股・戯れ言


BBS

どす黒い濃いジゴロ

今年の初めから地味に頑張っていた「ズーキーパー」
PC版に飽き足らず、携帯版もダウンロードして電車に乗ったらズーキーパー、昼休みもズーキーパー、待機時間にはズーキーパー、寝る前だってズーキーパー、とにかく暇さえあればズーキーパーという具合に頑張ってきたのですが、
苦節25日
昨日ようやくクリアしました!
最後に出てくる感動の物語まで辿り着いたヨ!
長いようで短い日々であった。しかし、2006年一番がんばったことがズーキーパーというのは人としてどうなんだろう。

他に頑張ったことといえば、「キタコレ!戯れ言」でも今回取り上げている「ジョージ・マイケル〜素顔の告白」を2回見に行ったことくらいしか思い浮かばん。というか、これは頑張ったことに入るのか?
何故こんなにも毛ガニゲイの生き様に惹きつけられてやまないのか。自分でももはやわからないのだが、
根がとても「女」なんだよなー本能で動き回ったり(タイーホの件など)、やりたいことをどんどん実現して行ったりするあたりが。思いついたことをポンポンやりのけている(失敗も数多だが)のは痛快ですらあるよ。
そしてケチコンは本当におめでとう。心から祝福してあげたい。


そういえば、ここ最近はこのニュースでもちきりですね

>「一夫多妻」女性10人同居 57歳男性
>
> 東京都東大和市の無職男性(57)が結婚と離婚を繰り返し、
>離婚した女性を含む20代−50代の女性10人、乳児1人と
>同市内の民家で集団生活をしていることが25日、分かった。
>集団生活に加わるよう脅された女性がいるとの情報もあり、警視庁などが事実関係を調べている。
> 男性は取材に対して「夢の中で、ある呪文(じゅもん)を唱えると女性にもてるようになると知った。
>自宅で占いを始めると女性客が集まるようになり、現在は一夫多妻制のような共同生活をしている」と話している。
>
>集団生活している女性はほぼ全員が男性の姓を名乗っているという。
>

果てしなく面倒くさそうな話である。
10人も女がいて、一体どうやって11Pをやるのか。嫉妬とか女同士のモヤモヤはどう解消されているというのか。
そしてある呪文とは一体なんなのだ。(友人によると「マンダムマンダム」らしい)
夢の中で唱えるってのはどういうことなのだ。思い通りの夢なんか見れやしねえってのに。
ひとつだけおおー!と思うのはこの「全員男性の姓を名乗っている」てのだ。ラモーンズみてぇ!
そして、この57歳男性ってのがスキンヘッドで目の下の肉がボコッと出ている、いかにも性欲の強そうな奴なんだよなー。
坊主でギラギラしているというだけで、歩くペニスという感想すら抱いてしまったよ。
まるでふくしま政美の漫画に出てくる登場人物(基本的にいつもハダカ)のようだ。(というか女犯坊思い出した)
前にどす恋ジゴロ(実写化するなら恋吹雪役は琴欧州でお願い)読んでたら、目の下の肉が厚い女性はスキモノ、ということが書いてあったけど、まさにそれが適用される感じだ。
あと若村麻由美のダンナのエロ坊主のことも思い出した。


ワイドショーやwebニュース、新聞を見ていて思ったのだけれど、このニュースの半分くらいは「やっかみ」「ひがみ」「ねたみ」で構成されているような気がする。
ハーレム、それは男の夢。監禁王子もそれを作りたくて失敗していたくらいだ。
「モテたい」という願望は誰にだってある。「モテ」たくても「モテ」ない男だっていくらでもいる。
しかもこの男性の場合、自身は57歳だというのに妻は9割が20代(1人50代だけど)、そして男性自体は無職だからな。女たちが働いているからな。
そりゃーおもしろくねえと思う人間も多かろうよ。よく、人気のスポーツ選手とかミュージシャン、俳優が結婚/熱愛発覚すると相手の女のことを「ブスのくせに!」「さっさと別れればいい」と憤慨し、さんざっぱら悪口を垂れ流し、行動が行き過ぎる場合、相手の人がやっているブログやHPに脅迫のようなものを送ったりする女は多い。そうすると女は怖いだの嫉妬に狂う女醜いだのいう意見が飛び出してきたりするんだけど、今回のニュースに関しては「男もみっともねえなあ」としか思えんなあ。(こないだお塩学と矢田亜希子のロス→ハワイ旅行の時も男のコメンテーターが憎憎しげに「これで矢田さんの好感度も落ちましたし」と言っていたのを見た時もこいつダッセー!みっともねー!と思ったもんだ)
たとえば、私が見ていたものでいうと

「(57歳男性が横田基地で働いてたとか言う話について、間髪入れずに)これは明らかに虚言ですね、ハイ」
「妄想じゃないでしょうか」

と言った人がいたんだけど、とてもテレビから聞こえてくる言葉には思えなかったのですよ。
こういうのは、世間話をしている時に出てくるような言葉だと認識していたんだが。「あいつの彼女いるって話、ぜってーウソだよ。脳内彼女じゃねえの?」と同じレベル。我々が世間話で「妄想」「虚言」「脳内」という言葉を使う場合、「絶対にありえないことだけれど、もしかして本当なのかもしれない。でもそんな本当の話はききたかない」というメカニズムが働いて、「脳内だよ」と断言するのである。95%ウソだとわかっていても、本人が強気or自信満々なため、5%に迷いやあやうさが漂う。その5%をどうしても受け入れたくないがために、95%のウソという確信が5%を「きっとウソだから、脳内/虚言ということで納得してくれよ」とねじ伏せる。と、私は思っているが。

まあ、私も横田基地だの自衛隊だのにいたという話はウソだと思うが、そんなに目くじらを立てなくてもいいんではないのか。

あと「女性たちはマインドコントロールにかかっている!」だのキーキーと騒いでいるが、女性たちの意思で男性の傍にいるということについては誰も触れないのナ。脅迫された人に関しては訴えてもいいと思うが、他の女性たちに関しては本人たちが惚れていてそれで幸せならば、それでいいじゃねえか、放っておいておやりなさいよ、とも思う。
自分から「俺は10人もの女に溢れていて幸せなんだぜガッハッハ」とか「あたしのご主人様は何人もの妻のいるモテ男なのよジュン」とか大声で主張しているわけではないのだから。もし主張していたとしたら無視しておやりなさいよ。

実際、無職だろうがオヤジだろうが、あんだけ堂々としていて自信満々で絶倫のような外見だったらモテると思うぜ。特に意志薄弱な女性であればイチコロだ。
小奇麗で定収入があってリスクの少ない(精子も薄そう)な男なんかモテねえんだよ。
「アタシがいないとダメ」で、その上濃いザーメンぶちまけてくれそうなギラギラした男のほうがモテるのだ。(ああ、ホント、「私がこの人をなんとかしてあげなきゃ」って思うのは女の負け試合パターンだ)
たとえダメな男とわかっていながらも、周りにさんざん反対されても、女は抗えないものなのである。そもそもいわゆるダメな男にはまっている女なんて、皆マインドコントロールにかかっているようなもんだよ。
逃げ出したか脅しから逃れただかの女性が、たまたま「男を見る目」があった、というのが今回の正しい見解なんではないか。
つまり10人の女性は皆「男を見る目がなかった女性たち」=「だめんず会員資格アリ」なのですよ。

世間の男たちは「だめんず」読んでもっと勉強しているのかと思ってたけど、そうでもないんだな。むしろああいうのは脅威なのかもしれないな。「他人(特に女性)に悪者と思われたくない」などと思っている男にとっては、特にな。悪者になろうが最後にダメな奴という烙印を押されようが、そういうリスクを負った上で根拠のわからない自信に溢れている姿が女の目には「余裕がある」というように映るんだがなー。それはそれで激しく間違ってるんだが。




結局、男を見る目のない女が多いということですね。女たちよ、目を曇らせている場合ではないぞ。

2006年01月27日(金)

2011年 執念の旅

今年に入ってからまだこなしていない何かがあるなーなんだっけなー、と思っていたらCDを買っていないのだった。
と、いうわけでCD初めを済ませてきました。ORGE YOU ASSHOLEとHERISH(ともに日本人バンド)、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・イエー、クルックド・フィンガーズ、ティーネイジファンクラブ、そして今更なことにワム!ですわよ。今、何故、ワム!?(その答えははキタコレ!参照)
ロバート・ポラード(ガイデッド・バイ・ヴォイシズのボーカルな)のソロアルバムが欲しかったんだが売っていなかった。なんだよオイ、と思ったら1月24日発売でした。こうなったらmergeでメールオーダーしてやるわ!と意気込んでいたんだがする必要はないか。よかったよかった。
新発売といえば、奥田英朗の新作「ガール」が出ていましたわ。公式ページとかないんで本屋に行って行き当たりばったりに見つけることが多いが、見つけると嬉しい。しかし彼はほぼ毎月本を出しているような気がする。それだけ売れっ子ってことか。
その書評もCD評も、「キタコレ!戯れ言」でそのうち書く予定。



さて、今年も入試の季節ですね。
センター試験の日は雪が降ってなにやら大変だったけれども(私も道で2回横転しましたわ。あまりにも派手なコケっぷりだったので知らない人3,4人が「大丈夫ですか?」と声をかけてきた程)、私の入試時も雪が降っていたのを思い出した。確か長野五輪がやってたんだった。五輪を見ながら入試の結果を知り、結局受かったのが1校だけだったという悲惨ぶり。
もちろんその大学に入り、なんとか卒業をし、今に至るわけだが、私はこの大学に入りたくなくてしょうがなかった(俺にはブルジョワすぎる、という理由であった。くだらねえ)泣きながら「浪人させてください」と頼んだりしたものだ。それもすべて昔の話。

前にも書いたが、この歳になってわかることは「どこの大学に入ろうが、大人になってしまえば大して関係がない」ということである。いや、これはすべてに当てはまる真実ではない。世の中には何処の大学を出たかが重要なフィールドだってあるだろう。でも私の知る限りでは関係ないよ。「いい大学に入らないと就職できない」なんて大ウソ。いい大学出ようが就職できない奴はできないし、仕事ができない奴はわんさかいるし、頭が悪いのだっていくらでもいる。(しかもいい大学出てる奴はそれがアイデンティティなので厄介だったりする)
年長者から見れば洟垂れ小僧ではあるが、私からあえて言わせてもらえば、最後にモノを言うのは「執念」でしかない。
どうしても〜したいと念じ、その思いに突き動かされて積極的に動いている人間は最後に勝ち取るなあ、と本当に思うよ。(念じているだけの人間はダメ、執念に突き動かされないとイカン)
私も就職に関しては、最初は全然活動しなかったが、そろそろ決めないとやばいんではないか、と思ってからの活動ぶりはすさまじかった。1日3社回ったり、その合間に授業に出て(4年なのに卒業単位が全然足りなかったのです)スーツで授業に出席して卒業するんですアピールをしたり。一週間で9社回った時は死ぬんではないかと思った。
そのおかげで1ヶ月もしないうちに決まったんだった。ま、その成れの果てが今なんだが。おかしいなあ、ブルーカラー志望ではなかったんだがなあ。
森進一も歌っているけれど、人生ってやつは思い通りにいかないものだからね!



先日、友人と呑んでいる時に「5年後の自分を想像してみよう」という話になった。
それまでは京王駅弁大会で買ってきたサバやスモークかき、鯛めしなどを食いながら愉快な話をしていたのだけれど、この話になってから一気に沈みましたよ。
だいたい、1年後の自分も2年後の自分も想像しようとすると恐ろしくなるってのにいきなり5年後を想像するってのが無理難題なわけなんだが、まあそこは酒の場。なんとかかんとか想像してみようと努力はしました。
努力はしてみたんだ。してみたが。








ダメだ、最悪の想像しかできなかったよ。
最悪の想像というのは

「5年後のクリスマスイブも、去年のクリスマスイブと同じように友人宅でクリスマスパーティをし(面子は一部がずっと固定されている)、ジングルベル歌いながらプレゼント交換をしている」

イヤだ!
イヤだ!
イヤだー!!!!

私も友人も、去年もおととしも同じ場所で同じクリスマスパーティに参加しているからな。恐ろしい。
2004、2005と続いたそれにはほとんど違和感を感じなかったのだが、それがこの先5回続くとなると話は別だ。
2011年。その頃には山陽新幹線は九州新幹線と接続するし、東北新幹線も青森まで延びているんだよなー(時代変遷の目安はいつだって新幹線だ)
そんな風に世の中だって変わるのだから!私もどうしても変えたい。どうしてもどうしても、と念じ続け、その執念に突き動かされていきたい所存。俺の執念、それまでもってくれよ。途中で諦めたりしないでくれたまえ。



最後に。
このページを読んでいる人間にどれくらい受験生がいるのかわからないが、ひとつアドバイスさせていただくとすれば
「洋楽アーティストの歌詞を訳して英語の勉強をしたつもりになってはイカン」
ということです。
実際に私はした。
しかもストラングラーズとフェイス・トゥ・フェイスという絶対に役に立たないチョイスを。
無論ひとつも役に立たず。
「俺を路上で見かけても無視してくれ、通り過ぎてくれ」なんて歌詞が一体何に役立つと思っていたんだろうか。
ザッツ・自己マン!イコール・マスターベイション!
あ、そうか、あれは現実逃避の自慰行為だったのか。今気づいたわ。8年越しの無意識。

2006年01月23日(月)

終わらない女子同好会部室の冬休み

世間では未だ、おたくといえば男、しかもとびきり気持ちが悪い奴!という認識ですが
私がずっと見守っていきたいと思う対象は「女のおたく」です。
ああ、女のおたく!その発生から終焉までの生態を見届けたいッ!
思い起こせば学生時代。私が通っていたのは女子校だったので、女のおたくはわんさかおりました。
だから「発生」から「第一次性長期」までは見届けていたようなものだ。

放課後はサンシャイン横のアニメイトに直行!
女子校なのによくわからない男名前(それも当て字ではなく「ヨシオ」など普通な)で呼び合い!
部活後に財布を盗まれた時、真っ先に心配するのは現金ではなくアニメイトのポイントカード!(実話)

などという非常に興味深い姿をよく目にしていたなあ。
10代なんてのはピート・タウンゼンドも言うとおり、まったくもって不毛の時代なので、今思い返せば一体何にのめりこんでいたのだ、何故そのようなものに夢中になっていたのか、というできれば消したい過去はいくらでもあるものである。私の場合、「透明の下敷きにアンディ・フグの切抜きを挿んでいた」「お笑いのライブに足を運んでいた(当時ボキャブラ大ブームだった)」などがそれに該当するんだが。ああ、ボキャブラブームに乗っていたのは今書いただけでも恥ずかしくて死ねる題材だ。
しかし私が知りたいのはその後の姿。消費者から生産者になってから終焉を迎えるのか、それとも突発的な出来事(モテたい病発病など)によってその道から降りるのか、それとも終焉なんてのはないのか。不滅なのか。



先日、その答えを垣間見る機会に恵まれました。


結論から言うと、「その生態の終焉まで見届けるのは無謀。やめておこう」でした。


ちなみにその機会で触れ合うことができたのは、アニメやマンガおたくではなく、いわゆる鉄道好きの女子。
鉄道好きの女性が集まって、鉄道旅の第一人者である横見氏と1日電車旅をするというイベントに、某ライター女史の強力な誘いに引きずられて参加したのです。
私も全国を旅しておるし、この日記でも度々鉄道イカスという話を書いてきたのでそれなりに電車好きの女性とは話せるだろうと思っていましたが、それすらも見当違いでした。
いや、鉄道の旅は楽しかった。中央線もちょっと乗っていけば古くて渋い駅に遭遇するし、鶴見線はやっぱりいい路線だと思いましたよ。あとホリデーパスは本当に万能。JR東日本はもっとおトクなきっぷを発行してくれないものか。

鉄道好きの女子達の知識はハンパなかったです。
すごいなあ、と感心させられっぱなしでした。私ごときが鉄道好きを名乗ってはいかんなあと思った次第。


でもね・・・

わたしは
じょしの
だんたい
こうどう
がにがて



学生時代の遠い記憶を甦らせようとすると、いわゆる「おたく」の女性が単体でいた光景がまったく思い浮かばない。
そう、常に団体なのだ。思い出されるのは授業の合間の休み、ポッキーを忙しなく口に運びながら、ジャンプ最新号の話を話し続ける小太りな女たちの姿。(中には訳がわからないほど髪が長かった女がいた。あれはコスプレ用だったのか?)
その中にリーダー格の子がいて、彼女によって束ねられてキャーキャー騒いでいるわけだが、彼女たち単体が声を発していた現場は見たことがない。
遠い昔で忘れてしまったのではない、声を聞き分けられるほど話したことがないのである。

と、これはオタクに限らず、学生時代のことを思い出すと、仲のよかった子たちだけが単体で思い出せるが、あとは団体でしか思い出せないのである。個々の存在で認識していなかっただけなんだが。
女性は固まる。個人では1の力しか持たないのに、固まると何十倍もの力になる。
そしてそれはとてつもなく厄介だ。めんどくせえ。何故ならば当たり障りのない話や、一方向の意見以外飛び出してはならぬ、など知らないうちにルールが決められるから。個人が感じること(主に違和感)は殺さないといけないから。
あのルールって一体どこからやってくるんだ。子宮内に八犬伝のような「女の団体玉」があって、女が集まると自然に光ったりでもするのか。ハタ迷惑な玉だなあオイ。そんなのいらんから金玉くれ。
世の中に女性だけの国家ができたら本当にめんどくさいと思う。あ、国家レベルまでいかなくても女性だけの職場ってのはあるか。それもめんどくせーだろーなー地獄だろーなー私は男性ばっかの職場でよかったよかった。


あと女が集まるとイヤだなあ、と思うのは、前に「ハクバノ王子サマ」書評でも書いたけど、女同志は「仲間」ではなく「全員ライバル」なところ。表面上は和を保ちながら水面下で争っているのがミエミエ。(男には見えない)
「男性のオタが集まると知識の争いになるが、女性のオタはそんなことなくていい」などという感想も小耳に挟んだのですが、そんなことは全然ないのだよ。むしろ女のほうがタチが悪いのだよ。傍観者であってもそれが見えると辛いくらいだからな。



最初の女のおたくの生態という話をすべて置いてけぼりにしてしまったが、
女のおたく個人の歩む道は未だ興味があるが、団体はもう、いい。
団体を追うには、団体に馴染まなきゃいけないというのが私にはやはり無謀なので。
まあ、おたくだけでなく、女の団体ってのは「永遠の表面上」「他人行儀フォーエバー」、そして「終わらない女子同好会の部室」であることがよくわかりました。
きっとそこには尽きることのないお菓子とジュースもあるはず。


私は入部しません。酒とつまみのほうがいいや

2006年01月20日(金)

あなたは女の子の一番大切なものをあげすぎだわ

こないだの飲み会である先輩女子が
「いちいちカンに触る女が『カシウーくださあぁい』って言ってて腹が立った」
と言っていたのだけど、カシウーってサークル/合コンノリでホントに腹が立つ言葉ですね。それを全世界の共通語であるかのように使うあたりが。


ちなみに当方、現在絶賛カゼコジです。無駄に省略語にしてみました。
声が出ないんだよ。耳が遠いのだよ。痰が出て出てしょうがねえんだよ。
そんなわけで本日は休業。
なぜならば言いたいことも言えないこんな状態だから。らーらーら ららーら言葉にできないから。
家で寝ていたのですが、ずっと寝ていなきゃいけない状態はしんどい。というわけで寝ながら年末のAV掴み取り大会で貰ってきたAVを見ていました。なんかすごく男子学生っぽい行為だな。
こんな注釈を今更つけるのもイヤなんだが、わたくしは女子ですが(未だに男性だと思われていることがある)、AVは普通に見るのだよ。インターネットの世界を泳ぎ始めて6年以上経つわけだが、何がどうしてそうなったのか今や思い出せないけども何故か知り合う人はAV関係者だったりAVファンだったりが多い。それは男性に限らず女性にも当てはまることで、特に女性のAV関係者/ファンは濃い人ばかりだ。一筋縄ではいかない人しかいない。そんな特殊荒波の中で育ったせいか「女がエロ話を平気でする」「女がAVを見る」ということはもう当たり前のことなのである。
いや、特殊荒波うんぬん関係ないか。うちのじいさんの家には昔、ビニ本販売機が置いてあったし(よくSMグラビアのエロ本を見ていた幼少時代)、小学校の頃友達の家でエロテレホンに何度もかけて聞いていたし(今考えればQ2だったんだよなー何回もかけていたけど請求は大丈夫だったのか)、高校のときは友人とジャンケンで負けたほうがコンビニでエロ劇画誌(ボンとかシャワー)を買ってくるというゲームを繰り返していたもんだ。ハタチを越えてからも会社を休んで荒川に行き、久々に友人と濡れたエロ本を読んだりもしたっけ。
すなわちいつ何時もエロがコンスタントに存在していたわけである。お隣のエロさん、という間柄だったわけである。余談だがうちのじいさんちの前には昔、某フェチ系AVメーカーがあった。ホントにお隣さんだったということだ。

しかし巷ではまだ「女がエロを普通に(音声にして)話す」というのはタブーのようでありまして、わたくしも飲み会で男性とエロ話で渡りあってドン引きされた経験が何度もあります。
それに関しては異議アリを申し立てたイ!
だってweb上には女性のエロ話が溢れているではないか!
なんで音声で「中田氏イクナイ!」とか「あの女マンコ臭そう」とか言うのがダメで、「今日はヌレヌレで困っちゃう」などと書いているようなブログがアリなのか。
私ならばエロ日記/エロブログをつけている女性に会ったら引いちゃうだろうけどな。
生々しい話を音声に乗せて話しているわけではないのだからいいではないか。生々しい話なんか音声でも文字でも書きやしねえけどな。
AVだって見てもいいではないか。何かが放出されるわけでもないんだし。


で、今日見たAVってのが「石橋渉の素人生ドル(ナマドル)」というシリーズものなのですがね。
私はそんなにヘビーにAVを見ているわけではないのだが、素人モノというジャンルは非常に興味深いのです。そのへんを歩いているおねえちゃんたちがちょっと声をかけられただけでついていってしまって、あっという間に服を剥がされちゃって、場合によってはコトにまで至ってしまうというドキュメンタリー。どこまでヤラセなのかなどはよくわからないが、こういうものを見ると付き合いいい子って多いんだなあと思うのと同時にセックスって「やりたい」だけじゃなく「やられたい」ってのもあるんだなあ、としみじみ思う。
だいたい明るいあっぱっぱーなギャル女子は「えーこれ以上はムリー」といって下着見せ、胸見せで終わるんだよな。明るく抵抗しながらフェラまでしてるのもあったが、決して挿入までは至っていなかった。フェラも挿入も一緒じゃねえかよ、という見解もあるが入れるか入れないかの違いは大きいと思うのでそれは寸止めだろう。
そうではなくて、一見地味な、ギャルでもない女の子の方が最後までいってしまうのだよね。
特に印象深かったのが、髪の毛も染めていない地味目な女の子(クラスの女子だとしたら廊下から2,3列目の2番目あたりに座ってそうな子)がプリクラ撮影の機械の前で最後までやってしまうというもの。抵抗というものは何もせず、体を強張らせながら男のなすがまま。痛々しかったなあ。「無抵抗の女の子を無理矢理なんて!キー!」という痛々しさではない。
なんというか、この子には
「女として求められる機会なんだからそれに応えなきゃ」
「相手として求められている=ちょっぴり不安だけど安心」
という気持ちが少なからずあったのが見受けられたのです。はー。打ってて切なくなってきた。俺、ちょっと泣いていい?涙出ないけど。


10代の頃抱いていた不安の中に
「私はこのまま一生処女のまま終わってしまうんではないのか」
「このまま一生男に相手にされないんではないか」
というものがあった。
私は今でもスカートを履くのが恥ずかしい、と思っている部分がある。(こないだりえ坊と飲んでいた時にりえ坊が同じことを言っていて心底同調した)昔はそれが今以上で、化粧をすることすら縁がないと思っていた。「男にモテたい」「男にモテるためにがんばりたい」という気持ちは、髪も伸ばしていないしダイエットもしていない、芋くさい自分がやってはいけないことなんだ、と何故か思っていた。そういうステージに立てる人間ではないという自覚。あまり認めたかないが、音楽やプロレスにのめりこんでいったのは「自分の立ち位置はそのステージではないから」という気持ちがあったからなのかもしれない。
そういう風に諦めながらも、先述の不安は常にあった。だから高校一年のときにバイト先の人に眉毛を描いてもらった時、自分の中の何かが開けたような気がした。世界が変わった気がした。それでも不安は常にあったのだが。
時が経ち、処女でもなくなり、いろいろな経験を経て現在に至るわけだが、今でも「この先私は男に相手にはされないんだろうか」という不安はある。昔ほどでかい比重ではなくなったし、それなりに楽しい毎日を送っているし、男に相手にされる/相手にすることは楽しいことばかりではない、辛くて苦しくて面倒くさいことばっかりだということがわかっているので普段はあまり考えないが。

私のような人間ですらそう思っているのだから、正統派女子道(普段は基本スカート、結婚して専業主婦になるんだろうなと思っている)を進む女子にとってはこの不安は相当なものなんじゃないだろうか。自分から意思表示できない女子ならばなおさらだ。
地味でおとなしい女子ほど経験人数が多いのは「断れないから」だけでなく、「男に相手にされること、すなわち安心」というのが絶対にあるはず。でなきゃ声かけられて15分後に挿入なんてないよなあ。
ナンパされてついていってしまう女の子はいい人が多い、とも思うが、それ以上に私を相手に選んでくれるなんて、ってそれだけで感激しちゃってるんだろうなあと思ってしまうよ。ああ切ない。
こういうノー自分が選ぶスタンス=相手に選ばれるスタンスの子ほどダメな男(浮気男、病的な嘘つき、借金持ち、DV常習者など)とくっついて苦労してしまいがちだからなー。
私が言うのもなんだが、女であることはそれだけで価値があり、優位に立てることなのだから自分がやりたいと思った男だけを選ぶべき。自分を安売りしてはいかんよ。(それでダメ男にはまったら自己責任だが)
あと、そのような「相手にされ方」をモテだと勘違いする人も多いな。信じられないほどのブスやデブが「経験人数100人以上」と言っているのは、「経験人数が増える=モテている証拠」だと思っているんだろう。勝手にしろ。


先述のプリクラ機械前でやられちゃってた女の子の去っていく姿もご丁寧に映されていたのだが、もう筆舌に尽くしがたいほどの虚しさ。男らは放出して金を払えばそれで終わりだが、彼女はきっと、また男に相手にされるかどうかの不安の日々に戻っていくのだろう。ギャラなんてその場しのぎでしかない。
素人ナンパものはこういうのがあるからなあ。侮れん。おセクシーン抜いたら立派な「NONFIX」だ。

まあ、こういう女の子のが一番エロかったりもするんだがね。結局素人ナンパものって、いや、ナンパ自体が女の子の側とも需要と供給が成り立っているということなのかな。


【お知らせ】
2006年になったので新しくブログを始めることにしました。
今までココに書いていたCDや映画やマンガや小説の評は
今後コチラでやることにします。


キタコレ!戯れ言

このブログは今までと違うよ!
何故なら!
毎週火曜日更新だから。
という割には第一回はこないだここで書いたものをそのまま貼っただけなんだけど。すまぬ。
どうか生暖かい目で見守っていてくださいませ。
2006年01月17日(火)

俺は一応!70年代生まれ

前回の日記は最後まで書いたし、ちゃんとアップもした(出来上がりも確認した)のになぜか途中で切られておりました。
脱力。どうなってんだよオイ。
こちとら風邪ひきながら書いてるんじゃい。書き直そうとしたが気力も体力もついて行かず。何にせよ申し訳ございません。そのうちこっそりとオチをつけときます。
しかしエンピツ何やってんだよバカ野郎。ここらで本格的にブログ化を考えたほうがいいのかもしれんな。


そういえば先週ようやく初めて「NANA」を読んだのです。しかも13巻のみ。
NANAというのは「20やそこらの娘たちのご都合主義な夢物語」なんだろうな、と思っていたのだけど、いやあ、本物は私の想像を超えておりましたよ。妊娠とか結婚というのも当たり前に出てくるんだな!少女マンガにおセクシーンはもはやタブーではない、ときいていたけれど、妊娠!結婚!もタブーではないのか。んで不倫てのも出てくるようですな。少女の範囲超えちゃってるよ。
ま、妊娠劇も結婚劇もご都合主義的ではあったが。まあ、小学生や中学生の女子って「お母さんが若いことがステイタス→アタシは20までに結婚したい」と思いがちなのでそういう夢に忠実な結果なんだろうけども。
あと驚いたのが主人公(なのかよくわからんが)がリストカットしていたよ。
以前、「ヤツザキさんくらいの年齢って学生時代、リスカ流行ってたんだよね?」と聞かれたことがあったが、リスカって流行るモンなのか?
私が流行に乗り切ってなかっただけなのか?そういえばリスカだけでなくピアッシングも刺青もドラッグも援助交際も何も流行っているのを聞いたことがないな。ああいうのは別の世界の別の世代の流行だと思っていた。
私の周りで高校時代流行っていたものといえば「特攻の拓」しか思いつかないんだが。


あと映画を見に行ってきたんですが、その予告を見ていて今、世の中は数学ブームなのか、と思った。
「数学なんかわからなくても生きていけるぜ」というのはよく聞くことだし、実際の生活で数学などほとんど使わないわけだが、数学ができることはとてもかっこいい。
私は数学は得意ではなかったし、高三で微分法がさっぱりわからなくて理系を断念したのだが、微分法わかっている人ってかっこいいよなー。数学ができるというだけでクールすぎるのであるよ。
たけしが昔なんかの番組で言っていたが「計算ができることはすべての考え方の基本だから、数学は勉強しなきゃダメ」って言ってたけど本当にその通りだと思うのですよ。
自分もそうだからあえて言うが、数学ができないってなんだかとってもだらしないんだよな。自分の許容範囲を越えた行動をしがちだから。学校の成績的なことはどうでもいいんだが、基本的な考え方としての「計算」ができないのは人間としてダメだ。字が汚い人間も信用しないが、基本的な計算もできない人間も信用できないのです。(計算しすぎがミエミエの人間も信用できないけど)
要するにバカイクナイ。ゆとり教育というものを受けていなくてよかった。円周率を3で考えるなど問題外。


その見に行った映画に関してはまたの機会に書くことにします
明日はちょいとイベントなのでもう寝ることにしますわ
2006年01月14日(土)

もてないギャング・オブ・フォー

あれは去年の9月に友人と秋葉原のメイド喫茶に潜入した時のこと。
夜も遅い時間であったため、ぱっと見ですぐにわかるメイド喫茶はほとんど閉店。それでもせっかく秋葉に来たのだからメイド喫茶に行ってみたいという気持ちに駆られた友人と私は、一見普通の喫茶店に見える地下の店に入ったのです。なぜそこがメイド喫茶だとわかったのかというと、アキバ男子たちが出てくるのを見たから。
ごく自然に「おかえりなさいませ〜」と私らを迎えるメイド。おお、これがメイド喫茶か。感慨もひとしお。
私らは喫煙席を希望したのだが、「喫煙席は満席で、禁煙席ならお通しできるんですけど・・・」と言われて喫煙席に目をやる。
呆然とした。
白い煙の向こうは脂くさいヲタ男性ばかりで埋め尽くされていたのだ。
脂ヲタどもはさっさと帰れバカとも思ったのだが、一拍おいて思いなおす。
ここは彼らの楽園。理想郷。イデア。
むしろアウェイは私らのほう。文句は言えまい。おとなしく禁煙席に引き下がる。
ふざけた名前の料理ばかりが掲載されているメニューを見ながら、やたらと高い飲み物を飲みながら、先ほど見てきたライブの話をしながら、店においてあった「アキバガイドブック」(表紙がやたら脂でベトベトしている)を広げながら、私も友人も絶えず喫煙席の彼らをチラチラ見ていた。見ずにはいられなかった。
そのほとんどのテーブルが男性4人組で構成されていたからだ。
そして禁煙席にも男性4人組がやってきた。
待合席にも男性4人組が。確かひとりはリラックマのぬいぐるみを抱いていた。
4人組は絶えることなく増殖していく。

ああ!
秋葉原スタンダードはギャング・オブ・フォーなのか!


それ以来男性4人組を見ると「この人たちはもてない集団なんだな」と思うようになりました。
とんだ偏見であるのは百も承知なんだが、どうしても4人組=もてないギャング・オブ・フォーと思ってしまうのです。これは何もアキバ系男性だけに限ったことではない。「男4人で海外旅行」なんてのも私の頭の中では=買春ツアー=もてないツアー=結局もてないギャング・オブ・フォーと変換されるようになっているから。「花より男子」のF4なんかはよく知らないが。

で、今日は秋葉原の対極である原宿に仕事できておるのです。(ライブ中継)
しかも仕事先は竹下通りのド真ん中。何故そのようなところに駆り出されているのか自分でもわけがわからないのだが、まあ、ひとつの普遍的な事実を手に入れたのでヨシとしよう。

「裏原宿の男4人組もまごうことなきもてないギャング・オブ・フォー」

昼飯を食うために裏原宿の店に入った際、入り口に近い席に座っていたら、男4人組が2組ばかり入ってきたのです。
もちろん脂臭さゼロ。それどころか香水の香りがしたし、服装だってアキバファッションの正反対に位置する「SMART」やクールトランス(今もあるのか知らないが)を読んでるようなカジュアルぶり。たぶんTシャツ一枚買うにしても8000円くらい平気で出すんだろうな。聴く音楽もおそらくレミオロメンやアジカン。おっしゃれー。スマート。クール。
あまりにも普通のおしゃれな男子たちを久々に見たので、私には2組の区別がまったくつきませんでした。
そんないまどきの男子たちでありながら、なんというか、

「無臭」「潔癖」「汗をまったくかかなそう」「ザーメン臭がしない」「精子薄そう」

ということを感じさせるわけですよ。たぶん彼らはオナニートークなんてのも当たり障りのない程度にしか話さないんだろう。
何を言ってるんだ、と思うかもしれないが私は普段男性ばかりの中で生活しているので「オナニーなんて(赤面)」とか「AVほとんど見ないんです」とか言う男子たちは本当にいる(1割以下だが)のを知っているのですよ。
そういう男子たちでも彼女を欲するのですが、彼らは「彼女とイチャイチャする」以上の能力を持ち合わせていないような気がするのです。というより、「彼女がいる」という事実だけで満足してしまっているようなフシすらある。
なんだかなー。
男なら、突き刺してー(つきさしてー)突き刺してー(つきさしてー)という道が選べるというのに勿体無いなと思ってしまう。(←アラジン調でお願いします、カッコの部分)
もてないギャング・オブ・フォーというか、この4人組のうち一組は合コンしたいギャング・オブ・フォーという具合だったな。まあ広義の意味でのもてないギャング・オブ・フォーってことで。
しかしもう片方の4人組はもてないギャング・オブ・フォーでしょう間違いなく。
最近のおしゃれ男子たちは帽子を被っているので、帽子を脱ぐまで気がつかなかったのだが、そのうちのひとりが見事なオンザ眉毛だったのです。デザインカットっつうのか?ジャニーズJr.や最近田舎や渋谷に増殖中のやたら髪の毛を立てる/でも前髪は右側だけ長い(NEWSの山下みたいな髪型)ではなく、「フェミ男」ともてはやされた頃のいしだ壱成のような、「ドク」の時の香取慎吾のような、そういうおしゃれな表参道の美容院で切っちゃった、というような髪型。服もよく見たら「SMART」ではなくヴィヴィアンのような服であった。
で、話す内容が
「××はー服のセンスないくせに威張っててむかつくわー」とか
「●●の指にクロムハーツの指輪がはまっててマジ古ィと思ってさー」とか
「△△△でセールで買った服が2万だった」とか
とにもかくにも一にも二にもお洋服の話のみ。きっとバンタンに通っていることであろう。きっと世の中にある職業は「デザイナー」「美容師」「洋服屋の店員」「DJ」のみだと信じて疑わないのだろう。あ、そういや他の話もしていたな、「テクノ系クラブイベントをやる」という話。案の定過ぎてイヤになるな。この世の中で一番正しい価値観は「おしゃれ」という考え。エロ本もおしゃれなものしか読まないんだろーなー、河原や橋の下に落ちている濡れた土方エロ本とか読まないんだろーなー。ああイヤダイヤダ。おしゃれなエロ本ってなんだよ。それこそSMARTに載っていた「ちんかめ」ですか。あんなのエロじゃねえよ、エロってのは生々しいものなのだから。



2006年01月11日(水)

大学生サークルバカの壁

唐沢俊一村崎百郎の「社会派くんが行く」的に言うと、2006年最初のゴッサムシティは仙台になりそうですね。今日も高2女子が大学生をナイフで刺すなんてのがありましたが。
とりわけ赤子連れ去り事件は伊坂幸太郎の小説みたいだったな、病院名を除いて。
仙石線や東北道がガンガン出てくるところやなんかよくわからん院長との関係とかフィリピン人妻とか。カポーティ「冷血」ばりのノンフィクション小説にするといいよ、伊坂センセイ。まぬけ度がハンパないけど。


先日の日記で高校サッカーを見に行ってきました、と書きましたが同じ日にプロレスも見に行ってきました。
スポーツ観戦二連荘!しかも見に行ったのは「リキプロ」!
1・4東京ドームじゃなくて1・5後楽園ホールですよ2006は。この方にチケットを譲ってもらったのだ。(メインイベントが前田長州トークイベントだと聞いていたのでチケットを取ったそうだ。無論中止)
リキプロの変なロゴを見ただけで不安に駆られていたのだが、これがなかなかおもしろかった。とくに素晴らしかったのは新日の長尾という選手。無駄な長身(196センチ)、あんまし鍛えてないような体、パンツでかい(残念ながら赤ではなく黒)という馬場−鶴田−田上ラインの後継者ぶりが素晴らしい。技も16文キックにネックブリーカードロップという昭和ぶり。とどめがノド輪落としだからな。
おまえポスト田上決定!なんで新日なんだよ、入門先間違ってるよ。

そして週末はハードコアチョコレート6周年イベントとバカ映像抜けないAV祭りに行っておりました。コアチョコ6周年は酔っ払ったりいろんな人に会ったりまさにお祭り。赤犬も素晴らしかったのです。
抜けないAV祭りではBクシーシ山下監督を間近に拝みましたが普通にかっこよかったです。かっこよくて話しかけられず。無念。私はJJ読んでなかったからAVギャルへの第一歩も踏み出してないしなあ、あんま関係ないが。

で、昨日(9日)は本当は昼までに起きて国立競技場に行くつもりでいたのです。先日見た野洲高校がまさかの決勝進出だったので。
しかし起きたら午後3時という体たらく(抜けないAV祭りは朝6時までやっていたから)無論行けませんでした。
代わりといってはなんだが、ニートマスターと別の全国選手権のDVDを観戦したのです。
それがこれ。



全日本コール選手権(画像をクリック)

私は高校生のスポーツ選手権モノには寛大だが、大学生の選手権にはからきし肩入れができません。高校時代も毎週マンガ書いたり頼まれてもいないプロレスコラム書いたり「特攻の拓」に出てくる夜叉神の旗を作ったりちまちまカセットを作ったり相当な暗黒時代でしたが、大学時代も高校の延長のようなものでした。
なんつってもサークルに入っていなかったからな。
だからサークル内でくっついたり離れたりはもちろんのこと、
「ノートを回してもらう」
「就職時にOB訪問」
「いつ何時でもサークル席に行けば誰かしらいる」(ここ私らサークルの席なんで〜と言って平気で人を立ち退かせたりする)
「毎晩のような飲み会」
「飲み会の席を抜け出して公園でキス」
「別れてサークルに居づらくなって脱会」
(最後の2つは同級生の実体験)
などはまったくない。無論先輩もOBも一人として知らん。
前にも書いたが、サークル連中が内部で惚れたハメたを繰り返していた頃、私がしていたことといえば毎週プロレスを見に行くことと隔週で名古屋に行くことだったからな。
まあ、15歳の時にJJを手に取っていればサークルを経由してAVギャルになる人生を歩んでいたのかもしれないけれど、人生の分かれ目で手にしていた雑誌がロッキンオンであり週プロであったのだからしょうがない。
大学でサークル男女がはしゃぐ姿を見るたびに唾ペッペと思い、全員死ね!死んでしまえ!と念じていたものです。今考えると完全なるひがみのような気もしますが。

サークルの繋がりをまったく利用せずになんとか社会人にはなれたものの、歌舞伎町で飲めば隣にサークル飲み会が開催されていて掛け声の嵐がうるさすぎだったり、新入社員時の同期飲み会で私がいけ好かないと思っていたバカ(常に口が開いている。鼻で呼吸しろ)がサークル飲みのノリで掛け声を連発していて非常に不愉快だったりで、サークル入っている奴全員死ね!急性アル中で死んでしまえ!できれば乱交中に火災にあって死ね!という気持ちは治まらずに生きてきました。

そんなところで「全日本コール選手権」
このタイトルの「コール」というのは、つまり、その忌まわしきサークル飲み会で飛び交う集団掛け声のことなのです。♪××の〜ちょっといいとこ見てみたい〜それイッキイッキ、というアレですよ。打っただけでも腹が立つ。
バブルも80年代もとっくに終わったというのにこのコール文化とサークル大学生浮かれ文化は全然廃れないな。むしろこれは何百年か後に日本の古来伝統文化になるのかもしれん。ああ想像しただけで恐ろしいことよ。
非サークル者としては苦々しいがおっかなびっくりな気分でこのDVDを見たのですが、店頭で5分弱見ただけで買うことに決定。むしろ私もニートマスターも「早く続きが見たい」という気持ちに駆られてしまったのだった。

いやあ!サークル飲み会って本当にバカだな!

選手権に参加しているサークルはどこも独特なコールを持っているんだが、本当にしょうもない。そして下品に次ぐ下品。おげれつに次ぐおげれつ。
サークルなので女子ももちろんいるんだが、そんな女子も声を荒げて
「しこしこしこしこしこしこドッピュ」
などとコールをかけていたからね(コールは「する」ものでも「やる」ものでも「犯す」ものでもなく、「かける」ものなんだそうだ。公式ルールより抜粋)、手コキの動きつきで。
中には性器そのものをグログロとコールするというものもあって、もはやコールというのは単に「酒を飲ませる」ものではなく、「酒飲んで酔っ払って男も女もすべてスーパーフリーにさせる」ものなのだな。そりゃサークル内恋愛→兄弟続出もあるわけだ。

そんなザーメンと栗の花の化かしあい臭が充満する中で登場する「男子寮」(サークルではなく横浜市立大学の寮生で構成されていた)はすばらしいよ。
みうらじゅんの解説でも「男ばかりで何年も住んでるとこうなってしまうの見本」と言われていたが、本当にモテややりたい的な姿勢皆無。同じ男子寮でも「ここはグリーンウッド」のような人物も皆無。
まるでたけし軍団の予備軍のような佇まい。
生粋の童貞(三浦君←みうらじゅんが「自分が呼ばれているような気がした」と言っていた)がいたのもポイント高し。
彼らの実演中だけ、会場が小汚い6畳一間(ビールの缶と焼酎の空き瓶が散乱/無造作に広げられたエロ本群、そして丸めて捨てられたティッシュの山/畳に生えているかのような陰毛/脱ぎ捨てられたパンツにはサルマタケ)に見えた程。
そんな錯覚、「ガラスの仮面」でもありえないぞ。

他のサークルは80年代バブルからの流れだったけど、この男子寮だけは70年代の下宿とか、中学校昼休みの後のほうの席のウケ狙い軍団とかそういう違う流れを汲んでいて、サークルとは一概に「死ね!」と念じる対象ではないのだなあ、と思った。ちょっとばかり心が広くなった気がする。

なんにせよこのDVDはバカバカしすぎておもしろかった。タモリ倶楽部あたりでやりそうだな、と思うがコールがあまりにも下品で公共電波に乗ることはない。だから買うべし。
意外にも普通に使いたくなるフレーズがあったりするのです。
ビールをちょっと残しちゃった場合には
「ちょーい残しー(オブジョイトイ)ちょーい残しー(オブジョイトイ)」
とコールをかけよう。これはいいキラーコールですよ。
2006年01月10日(火)

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