股・戯れ言


BBS

ファンレターは恥ずかーDo!

時たま、無謀にもアメリカのインディーレーベルに直にメールオーダーすることがあります。
アマゾンで買えばいいじゃん、とも自分でも思うのだがそのサイトだけで売ってるCDとかTシャツというものがあったりするのでこればっかりはしょうがない。
まあ、単なるメールオーダーですから、クレジットでパッパと注文すれば一週間もすれば日本の我が家まで送られてくるわけです。
その際に、ごくたまにですが、親切なインディーズのレーベルの方などは「注文はこれでよろしかったか?送ったけど届いたか?」という旨のメールを送ってきてくださることがある。(機械的注文内容を送ってくるメールとは別にだ)アマゾンでも中古屋から買うとそんなメールが届くことはよくあることで、「無事届きました、ありがとうございました」というようなメールを返すわけだが、当然、アメリカのレーベルの方にも同じようなメールを返すわけです。
このメール作成ってのが、私の生活の中で唯一の「英語を使わなければならない機会」となる。半年に一回あるかないかくらいの頻度だが、これを書く時にいつもとてつもなく苦労をするわけです。
形式的に「ありがとうございました」というメールを返せばいいだけの話なんだが、アメリカのインディーロックにどうしても思い入れがでかすぎる(そしてアメリカインディーはレーベル至上主義)私は「気の利いたメールを返したい」と思ってしまうのである。
どんな見栄だよ。
と、自分で自分が呆れてしまうことしきりだ。別に普通のお礼メールでいいじゃねえか、と思うのだが、「ものすごくファンなのですよ」的な一言を気の利いた感じに添えたいと切望し、でもその「気の利いた表現がわかんねえ」と壁にぶち当たり、簡素な中学生英語的表現だとマヌケだなと気後れし、結局普通のお礼メールを返すことで落ち着くのである。
そしていつも後悔する。そしてすぐに忘れて半年後くらいに同じ苦労にブチ当たるのだった。

先日もメールオーダーをしたのですが、送られてきた品物というのがアーティスト直々に発送されたものでした。
しかもそのアーティストの方は、私が「私の座右の銘はこの人の歌詞のココなんだ」と思い続けてる(かれこれ9,10年か)方で、その喜びと驚きはハンパありませんでした。ああ、あのお方が俺住所を書いてくれている、「koto-ku」と書いてくれてるよ(郵便なんだから当たり前だが)、江東区はシャブ中が多い区ではないよ・・・この封筒は捨てられん、と浮かれ続けましたわ。
で、あまりにも嬉しいので感謝メールを出したいのだが、これまた気の利いたことを書きたいと思っている自分がいる。
ていうか、むしろファンレターを書きたいと思っている自分がいる。
ファンレター。こいつは「気の利いたお礼メール」より更に一段階上じゃないか。気の利いたことを連続的に書かなけりゃならないじゃないか。


で き る の か ?


あと、ぶっちゃけ、今までの人生でファンレターを出したことがないんだ俺は。ハガキ職人はやってたことあるけど。
世間一般ではファンレター>ハガキ職人なのだが、なぜかファンレターのほうが恥ずかしかったのです。今思えば伊藤政則にハガキ読まれていたことのほうが遙かに恥ずかしい過去なんだけれども。(しかもそれを偶然高校の同級生に聞かれてて死にたくなった)
ファンレターは一度だけ書いたことはあった。
スティーブ・ウィリアムスとゲイリー・オブライトに。
ああ、ありえない。俺、ホント、ありえない。
そしてこの時も「こんなの気の利いた手紙じゃねぇ」という理由で投函は断念したんだった。ああ、甘酸っぱい気持ちがよみがえってきたわ。
ファンレター界(どこにあるのか知らないが)ではとびきり奥手な俺。
でもまあ、せっかくの機会なのでファンレター処女は喪失してみようと思います。出してみる、ポストに入れてみるだからこの際はファンレター童貞を切るといったほうが適切か。
よく考えたら「処女なのに経験豊富を演出」みたいだもんな、気の利いたことを書こうとするのは。そんな桜井亜美の小説のようなことは極力避けたい。(ヴァージンエクササイズという小説を後学のために立ち読みしたんだが酷かった)

あともうひとつの心配としては、こないだ「FBI心理捜査官」を読み返した私が悪いんだがジョン・ヒンクリーという人のよな「ストーカーサイコパスなファンレターを書いてしまうんではないのか」という心配である。自分でも何故それが心配になるのかわからないが。何も考えずに「きみ、処女なんだろ?」とか書けるようなタマならばこんなこと心配しないんだろうけど。
まあ、それは大げさな話として、「英語手紙のルール」というのがいまいちわからないので、失礼に当たるような手紙/メールを書いてしまうんじゃないのかと思うのです。

ああ、でもホントどうやってファンレター書けばいいんだろう。
どうやって「君が恋しい」と留守電に言えばいいんだろう、ってフレーズはリプレイスメンツか。いや、留守電に吹き込むわけでもなく恋しいっていうほど萌えでもないんだけどさ。そもそもリプレイスメンツ、関係ないことこの上なしなんだが。
「俺は何度も間違いを起こしてきた、これからも繰り返すだろう」とはかの、私に直発送して下さったミュージシャンが歌ってました。それを英和辞典片手に訳してたのはおぼこな高校生時代のことだ。いまや時も流れ、英和辞典なんかどこ行ったかわかんねという状態だったのだが、本日は久々に「歌詞を訳す」という行為をやってみましたわ。
一曲で終了。
すぐに競馬に出かける始末。
課題曲はシュガーの「ヘルプレス」だったので比較的カンタンだったのだが、
「もう何度も何度も、君って頼りないなと思わされるわ/おまえ、全然ダメだわ」「今のおまえはダメ以下だわ」と訳していくうちに、ボブ・モウルド兄貴に説教されているような気分になりました。
英語の歌詞はいつもいろいろな真実を教えてくれるのだな。
そういう感謝を英語で書きたいんだけども、俺、英語に関してはホントにヘルプレス状態だからなぁ。なんとか抜けだしたい所存。
英語と日本語ってニュアンスが違うから、とても難しいなと思います。
そういや俺の日本語会話はほぼ「ニュアンス」「ベタなギャグ的言い回し(いわゆるもじりとか)」「勢い」だけで成り立ってるな。この日記の毎回のタイトルに特に顕著ですが。
英語にはそういうごまかしやギャグ的言い回しがきかないからな。
あ、ボブ・モウルド兄貴の「Boblog」というネーミングセンスは立派なオヤジギャグだとは思ってますけどね。さすが日本のプロレス好きなだけある。とくに好きなのは全日だったしな。三沢ファンか。
2005年03月13日(日)

ガイデッド・バイ・デカヴォイシズ

好むと好まざるに関わらず、神に与えられた「資質」があるとすれば私の場合それは
「声がでかい」
ということに尽きるであろう。
プラス太い。低い。響く。3Hである。
Hとはいっても決してHな声というのは含まれない。
プラスだみ声ときた。声のヘレンケラーと言っても過言ではない。
先日、別部署でお仕事をしていた際に電話が鳴ったのでとったのだが、相手の方が一発で私だとわかってました。こんなとこにいるはずもないのに(まさよし風)何故わかったのか?と尋ねたところ
「声が太くてでかいから」
と言われてなんとなく敗北感。なんとなく非クリスタル。
そして、昨日の晩、会社内線で電話をしていたら周りから
「ものすごく盛り上がってたね!」と指摘されること数多。
どちらかというとデリケートな話をしていたから小声のつもりだったのに。

声に関しては、大は小を兼ねない。
これは私が突き止めた人生の絶対真理である。

そして声の大きさが自分デフォルトとなると、小声でしか話せない(その人のデフォルトなんだろう)人間に関してイライラすることがよくある。
なぜかというと、自分の声の大きさ基準なので、耳が小さい声を感知できないようになってしまうからである。実際私はデスクの向こう側から小声で話しかけられてもその声が聞き取れない。「はぁ?」「え?」と聞き返すのだが、これは非常に感じが悪い。3回くらい聞き返すから。
なのでたまに聞き取れなくても「そうですねーアハハ」とか適当に返すのだが、
そうすると「俺の話聞いてた?」などと聞き返されてさらに感じが悪くなるばかりである。
最近は「つんぼなんでねぇ、すいませんねぇ」と言うようにしております。大体ドン引きされるけど。(でもつんぼって差別用語じゃなくて耳が遠いって意味だってあるじゃないか)

自分の声がもっと素晴らしかったら、などと考えることもしばしばだが、本来の声とは違う声を出すという発想は決してない。
女子の方々の中には「高音妙ちきりんウィスパーボイス」とか「ロリ声」を出すことに苦心している方がいるが、あれは明らかに地声じゃないということがバレバレなのでやめたほうがいいんではないか。
というか高音ウィスパーボイスって声の中では「美人」に分類されるのでしょうか。私が思う声美人は、いわゆるラジオドラマでも通用するような凛とした声である。すなわち聴き取りやすいことが必須条件となる。(これには話し方の技術も携わってくるので、純粋声美人とはまた違うかも)それに対して高音ウィスパーボイスのような声はよく聴き取れないのだから、すなわち不快感を伴うわけで、決して実用的ではない。むしろ不愉快な声に近いはずである。(まあ「個性的」といってしまえばそれまでだが)
いや、生まれた時から「囁く」以上の能力を持たない声(ナンシー関は賀来千賀子がこれだって書いてたな)は囁く以上の能力が必要ない生活環境ならば問題なしだが、人間、生活するうえで「叫ぶ」時だってあるし「語る」時だってある。
「論ずる」時だって「嘆く」時だって「謳う」時だって「歌う」時だって「吠える」時だってあるわけだ。それらすべてを「囁く」声で表現できるわけでもなかろう。
あー何が言いたいのか、もっと具体的に言ってしまおう。人工「高音妙ちきりんウィスパーボイス」や人工「ロリ声」は言葉の伝達手段として使われているのではないからイライラするんだよな。
その声の使途は「オトコによく見てもらうため」だから。
稚拙でイノセントで無垢で甘えん坊でフシギでちょっとHなオンナノコ。いや、「オンナノコ」と女の子をカタカナにするあたりだけの強調といってもイイだろうこの際。
そういう演出は実際どれくらい男性に有効なのか。
私には判りかねる。私に判ることは、そういう女子っちゅーのはオトコがいない現場などでは無意識のうちに高音ウィスパーボイスが地声に戻ったりするということだけである。タチが悪い。どうせなら一貫してくれ。
先日もそんな「高音作り声」女子を見ました。話しているうちにだんだん地声に戻ってきててイタかった。

ちなみに男性は比較的「作り声」というものに苦心してないように思われるが実際はどうなんだろう。ベッカムのような「口を開かなきゃいいのに」と言いたくなる高音ボイスの人って結構多いからな。
でも無理に作っている人だってきっといるのだろう。細川俊之の地声が実は高音だったらいやだけど。

話が逸れた。
昨晩、地元駅を降りたところで父親(井筒監督激似)に「マサー、マサァァー!!」と大声で呼びかけられた時に「ああ、俺の声のでかさは遺伝なんだ」と思った、ということが書きたかったのだった。
ちなみに声が野太かったりしゃがれたりするのもこの人の遺伝子である。
うちの父はダミ声ですから。うちで飼っていたインコは、父が言葉を教えていたんだが「ジジ」という言葉しか覚えられませんでした。濁声で濁音の言葉教えてたから。しかも鳥なのに濁った声で発音してたから。小鳥のさえずりの対極。
鳥に言葉を教える時は高音の澄んだ声が必要なのです。
2005年03月10日(木)

(明日は午前休しないように)そろそろ寝なくちゃ

歌詞を載せたりするのは(ダイナソーJr.とセバドーを除いて)好きではないんだが、某友人のために載せよう。

なんだかどうでもよくなって午前中サボってしまった
みえすいた言い訳をしたらよけい滅入ってきた
昨日の夜彼女が食べてたポテトチップスの袋
テレビを見ながら飲んでたビールもそのままテーブルに・・・
さえない日々だとは思う
いろんな事考えちゃいるけど
「電話くらいよこせ」と家族は言う
話せることは別に何もないけど
「つまらない」とよく彼女は言う
もうすぐ正午 そろそろ行かなくちゃ

ドアを開けると冷たい空気がぎゅっと耳をつかんだ
ノブに手をかけたままぼくは息をすいこんでみる
すれちがった痩せこけた犬が僕の方を見てニヤッと笑った
白い息がわざとらしいくらいいちいち絡みつく
週末になればもうすこし
いろんなことマシになるのかな
「愛しているの?」と彼女は言う
いつもうまく返事は出来ない
「シケた顔をするな」と友達は言う
ため息はもういい そろそろ行かなくちゃ

「大人になれよ」と誰もが言う
僕にしか見えない夢はもういい
「ごめん」と口癖のように僕は言う
言い訳はいい そろそろ行かなくちゃ


俺のよな20代後半サラリーマン(正確にはわたくしはOLですが)にはいろいろとこたえる曲です。スガシカオ先生は偉大だ。
ちなみに私の場合の「みえすいた言い訳」は

1位 生理痛(上司に「おまえは月に3回くらい生理がくるんだな!」と言われる)
2位 偏頭痛/具合が悪い(たいていの場合酒飲みすぎ)
3位 言い訳しようがなくて「寝坊した」と正直に告白(そして振休消化なんだからと開き直る)

です。最後の言い訳じゃないし。
あと、週末は楽になるのかというと週末作業ばかりなのでむしろ地獄。
しかしスガシカオは数少ない「信頼できる」歌手ですよホント。(あと俺的に信頼できる歌手はスパゴーの八熊)なんつーか、童貞臭がどこかに残ってる感じがいい。童貞パワー全開開き直りは苦手なもんだよな。シカオ先生の場合は童貞モラトリアム(椎名アッポウぽくて嫌な語呂だが)とでも言っておこうか。
名前がカタカナじゃなかったらもっと信頼できるんだけどな。須賀鹿夫。あ、今漢字にして初めて気付いたが本名じゃないのかコレ。

某友人は急いでスガシカオを買いに行くべき!「4FLUSHER」に収録されております。

調べたらスガシカオ、本名だったわ。
菅 戈止男
おお、なんて名前なんだ!ますます偉大だ。
ちなみに私は子供が産んだら「鳳月(ひろこ)」か「檀(まゆみ)」にしたいと思っておるところです。前者はこないだテレビに出てた70歳くらいのオバハンの名前。後者は古事記読んでたら出てた。なんかヤンキーぽいが。
つうか子供産む予定すらないが。(予定すらないのに結婚式の時は「マーキームーン」流したいとか考えがち)
2005年03月08日(火)

過激恋愛依存症アトラクション

久々に純粋・読書読み日記(この日記のカテゴリは旅ではなくて、実は「読書読み日記」なのですよ)をしたいと思います。
私は前評判が悪いものに関しては徹底して読まず嫌い・見ず嫌い・聞かず嫌いをしていたのですが、そういう度量の狭さイクナイ!と思いまして、
「読む前からイヤな予感がしてたが、読んでみたらさらにイヤな気分になるんだろうと思われる本を読むキャンペーン」を行うことにしました。
悪循環なキャンペーンだな。しかし、読んでみたら案外おもしろかったということもあるかもしれないので、これはいわば未知の世界への冒険なのである。

ルール
1.「話題になった/話題になっている」作家の本を選ぶ
2.古本屋で200円以下で購入する
3.どんなにつらくても最期まで読む


そんなわけで第一回目にチョイスされたのは「桜井亜美」。
前評判によると
「援助交際、近親相姦、集団レイプ、オヤジ狩り、引きこもり、エイズなどさまざまな状況に置かれている人間の恋愛がよりリアルに描かれている。」
「現代の若者の日常を切り取った様な生々しい世界と美しい言葉で綴られる恋愛。」
わたくしも一応、現代人なので心して挑みましたよ。
「イノセントワールド」が一番有名らしいが、古本屋で見つけたのは「トゥモロウズ・ソング」というやつだったのでそれを読んでみました。表紙写真が蜷川実花。ぬかりねぇな、という印象。

で、読みました。
安い。
この一言に集約される。
まず本の薄さと字の大きさに驚いたんだけど、それ以上に中身のなさに驚愕でした。
なんつっても主人公が「高校に行ってなくて、ヴィヴィアンの服が大好きで、クスリをやりまくって、サイケトランスが大好きで、テレパシーがあって、高層マンションに住んでいる」17歳の女の子で、相手の男の名前は「シド」(!)(17歳ホスト)ですから。
んでこいつらセックスばかりしてて、マンション工事現場を「あたしたちの記念日ィー」とかなんとかいって爆破(!!)しちゃったりする。そいでエイズ検査薬をふたりで同時に試したらエイズに感染していることが判明。
主人公の双子の姉は拒食症の引きこもりなのに、クラブで踊ってたりして、しかもそいつの彼氏は盲目のDJ(!!!)で同棲してんの。で、姉は死にかけて部屋には植物がイッパイ。姉の心の優しさで植物がスクスク育ってるとかなんとか。姉の心を閉ざした人物は中学の教師なんだが、とんでもない美貌でこいつが姉を妊娠させ、殺しかけたらしい。
んで、自分のテレパシーを使ってその復讐をしようとする。
テレパシー軍団(率いるのは盲目DJ)が協力してくれる。
美貌教師もテレパシーを持っていた(!!!!!)
んで、闘って、最終的には双子の姉が美貌教師をやっつけてシドが迎えに来てチャンチャン。エイズについては言及ナッシング。



野島伸司原作なのかと思いました。過激に次ぐ過激。
どこらへんが生々しい世界なんだろうか。というか、これは「生々しい想像」なんではないのか。テレビや新潮45なんかで「少女たちの乱れた実態」とかいう特集がよくやっていますが、そういうところで手垢まみれの知識人の方々が振りかざす「いわゆる無秩序」ばかりだなーこりゃ。
「援助交際」に重きをおくというあたりが顕著だな。
実際に援交やってたとしても、高校生内ではどうってことない「日常」で「アタシ、援交やってるから非日常のヒロイン!」なんて思ってる子はいないわけだ。
時がたって本人が「あれはよくなかった」と思わなければ非日常ではない。(まあ、これは援交に限ったことではなく、不倫でも離婚でもやってる本人が過剰に非日常/ドラマチックだと思ってたりするのも一緒だ。日常であれば問題はない)
過激=ドラマチック、ロマンチックという価値観がもうすでに「ありえない」んだよな。
「ありえない」のならば、ありえない話書いてみましたーね、ありえないでしょ?くらいの心持ちが欲しい。「ありえない」をエンターテイメントとして見せてくれているならば「ね?ありえないでしょ?」という心持ちがなくても結構だ。
この作家の場合、「ありえない」をエンターテイメントではなく、「うっとり」に着地させようとしている魂胆がミエミエで鬱陶しい。ロマンチック過激派。文字通り吐き気がするほどロマンチックですよ。

で、さらに問題なのがほんとに「うっとり」しちゃう10代の少女がいたりすることだ。
私が10代の時は野島ドラマ最盛期だったので、「未成年」やら「高校教師」やらを見ては次の日学校で話題にするということが日常茶飯事であったが、決して「うっとり」していた子はまわりにはいなかったな。「今週、またすごいことになってた」「どこまで過激化してくんだろう」「こんなの実際にないのにな!」(うちの学校は女子校だったもんで)という着眼点で話をしていた。具体的に言えば「反町、胸ペンダントに銃弾が当たって死ななかったのはないだろー」というようなことだ。
そういう「うっとり見破り装置」的なコミュニケーションが周りにない人がいるということは驚きである。コミュニケーションじゃなくても、自分の中に主観的な自分と客観的な自分を配してるだけで十分だし、そうじゃなくてもナンシー関を読むなどの方法はいくらでもあるだろうに。
で、最後におくづけ見て驚いたが、桜井亜美って同じような本を20冊くらい発表してんのな。
高校の時の先生が「ハーレクイン小説ってのは、人物設定をインプットするだけで自動的にストーリーができあがるようなコンピューターを使って書かれているのですよ!」というものすごい偏見を語っていたことがあったが、それを思い出した。ライト版ハーレクインと呼んで差し上げたい。

桜井亜美の本と並行して恋愛依存症についての本を読んでいたんだが、桜井亜美で「うっとり」してしまう人はきっと恋愛依存症なんだと思うようにした。
「感覚的な出会いを好む」「デートを重ねることによって相手を見極めずにすぐにセックスしたがる」「男性の愛してるという言葉に弱い」「四六時中一緒にいないと不安になる」「相手の現実を見ようとしない」「別れる時はストックを作ってから別れる」「恋愛にのめりこむあまり私生活がおざなりになる」などなど。
そして彼女たちはきっとオナニーをしない。
今、日本に蔓延っている「すぐにセックスできること/彼氏彼女がいる至上主義」は本当に罪深い。いろいろな価値観があっていいだろうよ。

もっとも問題なのは、こういう安易なものを私が100円で手に入れたってことか。
安い。そりゃ蔓延るよ。
100円ですら払いすぎ。図書館で借りて読んでみて下さい。


話はかわるがフジロック追加決定。
ベックもフーファイもありがたいが、そんなことよりもCKBとエディ・リーダーですよ!キャー、フェアグラウンド・アトラクション大好きなのれす。こういうロマンチック(と私自身はあまり思ってないんだが)は歓迎だ。まさにパーフェクト。
2005年03月07日(月)

ブルートレイン、車上の愛(後編)

(まずは「ブルートレイン、車上の愛」前編、中編をお読みください。続きです)

ディスカバリー・ウェストのキャンペーンが盛況なのかそうではないのかはわかりかねる。新幹線内のチャイムだって鬼束ちひろの「いい日旅立ち」に変えられているくらいだから(いや、あれは山陽新幹線区間内始発の新幹線だけに限定されてるんだろうか?)力の入れ具合も相当なものなんだろうということはわかるのだが。
なんにせよ、私にとってはこれが初の西日本横断の旅である。通過するだけで滞在はしないんだけど。
西日本はトンネルが多いという話は聞いていたが、それは新幹線に限った話なんだろうと思っていた。実際のところは、在来線も結構トンネルを潜る。いや、よく考えれば東日本の在来線だってトンネルを潜る回数は多いのだけれど。
この旅の間、トンネルを潜れば潜るほど「夜汽車のブルース」が頭をよぎった。あーなんかいいこと無いか、そう、なんかおもしろいこと無いか、、、いや、今、コレに乗ってることが一番おもしろいことだよエンケン!と言いたい。
とりわけ徳山だか新岩国だか(名前失念)で新幹線乗り換え客がどっと降りた後の「はやぶさ」は貸切具合が増して愉快でならなかった。
食堂車に出てみる。今は食堂ではなく、ラウンジとして使用されているのだがそこの客のまばらぶりといったら!ああ楽しい。ああ愉快でたまらん。
温泉にせよ食堂車にせよ飲み屋にせよ、私は「貸切状態」が好きで好きでしょうがないのである。貸切状態の快楽は夜中の会社でも味わうことができる、もっとも身近なんだけどもっとも「ラッキーじゃないと遭遇できない」快楽だと思う。
しかしこんだけ貸切状態だとステーキでも食いたくなるぜコンチクショー。
朝であるから、腹が減ってきたのである。車掌のアナウンスが入る。
「下関駅で5分ほど停車いたしますので、そちらで駅弁当をご購入ください」
ああ、もうすぐ下関なのか。
どんどん本州の一番端っこに近づいているのか。ホントに遠くにきたんだな私は。沼津も茨木も遠い昔のように思えてならない。まだ半日くらいしか経過してないけど。
下関に来たのだから是非ともふぐ関係の駅弁を食いたいところだ。朝からふぐ寿司とはステーキばりに豪勢だな。値段だって結構張るだろうに。いや、ここではつつましい駅弁を食べといて、九州に入ってからうまいもんを食いまくったほうがいいんではないか。

などと考えていたのは杞憂で終わった。
下関駅に着いた途端、電車を飛び出した車掌や駅員たちが走り回って慌てだす。

・・・売店がお休みのホームに停車してしまったらしい。

駅員の人たち、皆「あれ?」とか言ってやんの。
「あれ?」じゃないだろうよ。
てか休むなよ。
かといって反対側のホームにある売店もとても営業を行っているようには見えない。地方ローカル線駅の悲劇。シンカンセン・キルズ・ローカル駅スター。勇気ある老人は猛ダッシュで隣のホームまで弁当を買いに行ったようだが、限りなく何もないホームから眺める朝の下関の風景に侘び寂を感じてしまって、とてもダッシュなどをする気にはならなかった。
昔はこの駅から上京する若者も多かったことだろう。
人の移動が早くなり、あらゆる意味で「去る」ことだけが多くなっていく。駅だけが残される。やがて老いていく。忘れられていく。必要とされなくなる。「会いにくる」ことがなくなる。終わる。そんな風に時間が過ぎていく。
この駅を毎日決まった時間に訪れ続けた夜行列車「あさかぜ」はかなり老朽化した列車なのだろう。乗る人もだいぶ少なくなっていたはずである。
それももう3月になったら訪れることはない。
とても哀しい。
が、私だってこの駅をこの線で訪れることはもう二度とないのかもしれないのだからそんなこと言えた義理ではない。
でもいつか来ようと思った。出張にせよなんにせよ。
本州の終わりはちょっぴりさみしい。

そんな感傷に浸っている間もなく、海底トンネルを越えた列車は九州に辿り着くのである。
小倉。おぐらではナイ。
九州で小倉ですから、気分はすぐに切り替わって俺脳内は「シャウト・トゥ・ザ・トップ」でいっぱいになるのである。字面からのみの連想だけど。
軽快なリズムが頭に充満するくらいだから、小倉駅は下関とは打って変わってホームに人が結構いるのである。それなりの栄えぶりなのである。
なんでかしらないが南国の陽気な空気を感じる。これがめんたいの本場なのかとか思う。どこかに鮎川誠のようなオッサンがたくさん居るような気がする。
そんなことを思っているうちに時刻は11時30分過ぎ。
なんと、2時間35分の遅れということである。
3時間遅れていたはずだからどこかで巻き返したのだろうけど、それにしても2時間35分の遅れとは!とりあえず2時すぎには熊本に着いてくれるらしい。それだけでもありがたいと思うようにしよう。
食堂車で見かけた老夫婦は「ナイスミドルパス」(65歳以上は格安の周遊券)を使っている様で時間はあまり気にかけていないようだった。羨ましい。
時間に追われない生活をしたいものである。あ、俺が時間に追われるのは時間ギリギリまでダラダラするからだった。

畑や工業地帯の多い地域を通り抜けて、列車はだんだん街に近づいていく。
博多である。
長かったー!新幹線ならば6時間、飛行機ならば1時間半くらいで辿り着くのに18時間である。本来ならばもう熊本に辿り着いている頃だろうに。
腹も減ってきた。イライラが募る。あとどれくらいでたどり着くのだろう・・・と考えている私の視界に飛び込んできたのは、博多駅のホームで奇声を上げるガイキチの方でした。カーテンをそっと開けてホームを見ていたんだが、カーテンの向こうに人がいることに驚いたらしく、アピールするように騒ぎ立ててくる。こわい。窓を手で叩かんばかりの勢いだ。ああ、こっちは博多駅着いた記念にホームを写真で撮りたいのに!
写真を撮ろうとするとそこに写ろうとしてくるので、車両を変えてなんとか撮影をした。ホントは「博多」という表札が撮りたかったのに、かろうじて撮れたのは「めんたい」と書いてあるキヨスクだけであった。とほほ。

博多を過ぎると、実は鳥栖、久留米、大牟田、熊本という停車順らしいのでそんなに遠くはないのであった。長い長い旅もフィナーレは近い。
しかも鳥栖では東京から長い間連れ添ってきた「さくら」(長崎行き寝台特急)とはお別れとなる。長崎までの道のりはこの後も長いんであろう。そんな長崎行きの寝台特急も今(2005年3月現在)はもう走っていない。いつか乗るからね〜と思いながら鳥栖で別れていったんだが。
切ないなあ。
話は戻るが、鳥栖に着く前に車掌さんがまた回ってきて、「駅弁、どこでも買えなかったんで、鳥栖で買えるようにしましたから」と言われた。
オイオイ、鳥栖でメシ買っても熊本まですぐだろうよ。と即座に思ったが、せっかくなので鳥栖で弁当を買うことにした。
が、鳥栖ってなにが名物なのかわからにゃい。困った。
字面だけで勝手に鳥モノがうまいのだろうと判断し、どこでも手に入りそうな鳥そぼろ弁当で手を打ってしまった。
しかし、同じように寝台を降りて弁当を買う人を見るとなぜか皆うどんのようなものを買って車内で食べているではないか。テイクアウトうどん・・・?なんでそんなにうどんに群がるの?そもそも鳥栖駅の弁当売り場も「駅弁」とは書いてなくて「うどん」って書いてあるし。
その後オオツボさん(佐賀県出身)に教えてもらったんだが、鳥栖駅のうどんはそれはそれは有名なモノなんだそうだ。
知らなかった・・・やっぱりリサーチは大事ですね。

さてホントに最後のグランドフィナーレである。
晴れた空、山の向こうに見える海は有明海・・・20時間かけてここまで良くたどり着いたなぁ、と思うと涙が自然に溢れてくる。よく頑張った、俺。
ここ最近で一番何かを成し遂げた気がした。途中で諦め(=新幹線乗り換え)なくてよかった・・・

などと思うことはなく、もちろん涙なども流してなくて、鳥そぼろ弁当をこぼしたり食べたりしているうちにあっけなく熊本に到着してしまった。
時刻は14時50分。
出発したのが18時9分であるから、20時間40分の旅であった。
たぶん今後、私が南米にでも行かない限りこんなに長い移動をすることはないんじゃないだろうか。
そして熊本駅下車後は、駅直結のJR九州直営ホテルに宿泊だったのでらくちんでした。ちゃんと作業前に風呂も入れたし。

熊本行くまでがいろいろなことがありすぎたので、熊本で起こったことはそんなにたいしたことなかったな。ただ、翌日客先に直行せざるを得なくなったため、熊本でスーツ買うハメになってしまったけど。

帰りは言うまでもなく飛行機でした。早かったです。
眼前に広がる九州と四国が美しかった。


またいつか、寝台列車に乗りたい。
それまではもう、どの路線も潰れないで俺を待っていて欲しい。
必ず経費で乗るからな!
今度乗る時はちゃんとコルトレーン持ってくから!



ああ、うまくまとめたかったのにタモリ倶楽部の空耳アウォード見ながら書いたからくだらなくなってしまった。後に書き直すかもしれん。
2005年03月04日(金)

ブルーフォレストシンドローム2とウオモコンプレックス

「里谷多英、六本木のクラブで下半身丸出し」

こういうスポーツ選手のハメをはずす(実際はハメてたわけだが)系の話を聞くたびに私の頭の中をよぎるのは、小池一夫大先生の「傷追い人」だ。
そう、一流の女優、俳優、一流のスポーツ選手をすべてポルノ俳優とみなし、そいつらを使ってポルノ映画を作りまくるというスケールでかいんだか小さいんだかさっぱりわからんあの悪の組織「GPX(ゴッド・ポルノグラフィ・X-rayフィルム)」はホントに存在してもおかしくねーなーと思うんだよな。ちなみにどっかの大学の野球部の選手がホモビデオに出てたと聞いたときも「さすが神の作りしポルノ」と思ったものである。

それはともかく、「ブルートレイン 車上の愛」シリーズ書き中ではございますが息抜き文章をば。ブルートレインもさることながら、書かなきゃならない旅日記が溜まってるわ。
で、昨日も東北に行ってきたのだが、その間に「俺の好きなバンド10個」というものを考えてみた。10個で収まりきるわけがないし、「ああ、これも忘れてた!」ってのが続出すること必至だったのに、とりあえず算出してみることにした。

ダイナソーJr./Jマスシス+フォグ
セバドー
スーパーチャンク
ガイデッド・バイ・ヴォイシズ
アーチャーズ・オブ・ローフ
ハスカードゥ/シュガー
マシュー・スイート
スリーター・キニー
ロイヤル・トラックス/ニール・マイケル・ハガティ
ソニック・ユース
うる星やつら

あ、11個になってしまった。
んで、考えてみていつも気づくんだが、「ピクシーズ」が入ってないのです。ピクシーズは聴くとすんごくすんごく好きなのだけど、なんでなのかはよくわからないが思い入れを持って聴いた記憶が殆どないのである。なんでなんだろーなー。
キム・ディールなんか物凄く影響受けてるんだけどな。フランク・ブラックだって好きでたまらないんだけどな。
でもピクシーズ知った時は、シュガーを物凄く聴いてた時期だった気がする。何の手がかりにもならないんだけども。
そして意図的にアメリカのバンドで固めてみた。ティーネイジファンクラブとユージニアスを滑り込ませることができなかったのが口惜しい。ってうる星やつらはグラスゴーのバンドなんだけど。これだけは外せないな。愛しているといっても過言ではない。

話は戻るが、「これ好きだったらこれも好きなハズ」というのはよくある話で、漫画や映画でも当てはまる。しかし不思議にも「いやーあんまり思い入れないんだよねそれは」ってのって多くないでしょうか。
私の場合は小池一夫大先生の話が好きで堪らないのに、どういうわけか梶原一騎は「あしたのジョー」しか読んだことがないのです。思い入れ皆無。格闘技やプロレスが少しでも好きならば、梶原一騎はマストでしょう、というのが世の通説ではあるが、なぜか全然思い入れがないんだよなー。なんでなんだろーなー。
これも前の日記で唱えた「ブルーフォレスト・シンドローム」の一種なんだろうか。
ちゃんと読んでみたいのになー全然縁がないな。不思議だ。

話は逸れる。
というか「マストでしょう」で思い出したんだけど集英社から新創刊された「UOMO」という雑誌は何がしたいんでしょうか。ウオモ世代とか言い出すんだろうなそのうち。メンノン→スパ!→ウオモ、という雑誌世代遍歴が生まれるのかと思うとやりきれないな。
だいたいウオモって「レオン」が標榜する「コヤジ」(おしゃれなオヤジって意味らしいが、なんちゅー言葉だ)あたりを想定してるんでしょ。ああ、いやだいやだ。モテる40歳とかいう特集が蔓延って、「40歳の恋愛白書」とかいう名の不倫自慢大会とかが始まるんだきっと。年齢が上がっただけの、ホットドッグプレス世代が世にたくさんいることが暴露されてまう。キケンだ。(いや、メンノン世代なんだけどなんとなくホットドッグプレスといいたくなった)
そもそも、ウオモという名前も大体どうなんだ。魚藻?
実際の40歳くらいの人はきっと魚民なんかにたくさんいるだろうから、その辺を皮肉った名前なんだというくらいに受け止めておいたほうがいいんだろうか。
しかし見たくねぇよ、ハウ・トゥ・不倫学とか。吐き気がするわ。
2005年03月03日(木)

ブルートレイン、車上の愛(中編)

満を持してブルートレインに乗車した私の目の前には、憧れ続けたベンチシートがあった。毛布とシーツと枕と浴衣(!)がきれいに畳んで置いてある。
ディス・イズ・旅!そう思った。
ベンチシートは横になっても十分余るほどスペースがある。おまけにカーテンを張り巡らせれば立派な個室だ。ライトもつけることができる。完璧だ。
夜行列車に住むことだって可能じゃないか、と思った。
しかしいきなり横になるのも勿体ない気がしたので、毛布の山によっかかって座り、出発の時を待つ。もう頭の中は銀河鉄道999のイントロでいっぱいだ。
ブルートレインと聞いて、頭に描くものは2つある。
ひとつは先にも述べた銀河鉄道999。星野鉄郎似の顔面を持つ私としては、ポンチョ持参なのである。乗車した途端に羽織りました。
もうひとつはドカベンである。ブルートレイン学園。あそこのピッチャーは隼だったな・・・そう、私が乗っているのも熊本行き夜行列車「はやぶさ」なのだ。なんたる偶然!なんたる幸運!
ワクワクしているうちに発車。あっけない。
ウェル歌夢・トゥ・17時間の旅・・・

17時間の旅といっても、東海道線のレールを使っての旅なので、品川、横浜、大船という道順に目新しいものはない。なので、横浜過ぎ頃には知らず知らずのうちに眠りについていた。
目を覚ましたら沼津。小田原や熱海はとっくに過ぎていたらしい。
大学の頃、なんとなく授業出るのがイヤになって東海道線で沼津まで行ったことがある。大学とは無関係の友達を誘ったら130円切符を買ってついてきたんだった。(私は定期使用)沼津なんて遠いなーもうJR東日本管轄じゃなくてJR東海管轄だよ、わーずいぶん遠くまで来たんだなーなどと大騒ぎをしたものだが、それから5年。沼津は遠いところではなくなっていた。私が目下目指しているのは熊本なのだから。
ちなみにこの沼津旅は帰りの列車がテキ屋夫婦との相席で、そのテキ屋夫婦の話すヤクザ話がおもしろくてたまらなかった。旅はいろいろな人との出会いといろいろなアクシデントとの出会いだと心から思う。
熊本に行くまでに出くわすアクシデントは一体どのようなものなんだろうか。

などと呑気に思っている場合ではなかった。
沼津を通り過ぎ、静岡を通り過ぎ、順調に進んでいくはずの「はやぶさ」がなんでか知らないが菊川という駅で停車した。
あれ、この駅で停まる予定はなかったんではないのか?ベンチシートにすっかり横になっていた私は頭を上げて窓の外を見た。雨が降っているようで、ホームでは高校生がふざけあっている。田舎の駅は電車がなかなか来ないからね、そりゃ待ち時間にふざけあいもするわな、などと微笑ましく思ってから5分、10分、20分・・・動かない。電車が前に進もうとしない。
なんでだよ!
コレ特急だろうよ!
いやーな予感が立ち込める。不貞腐れて買ってきた本を読み始めることにした。本のタイトルは「妻は多重人格者」。なんでこれを選んだのかはよくわからない。別に24人のビリー・ミリガンや5番目のサリーや多重人格少女ヒロ(別人格の名前がヤンキーとかビジュアル系好き女の当て字っぽくて胡散臭かった、すぐアニメ声出すし)が好きというわけではない。適当に時間が潰せると思っただけだ。
読んでいるうちに放送が入る。
「磐田駅で起こりました人身事故の影響で、しばらく停車になります」

しまった。
新幹線に慣れた我が身はすっかり忘れていたのだった。
「寝台特急はローカル線と同じ線路を使っている」ということを。
つまり踏み切りはそこかしこにある。つまり踏み切りに置石をするバカだっているし、「ラスト・ソング」のように線路の上を歩くバカだっているんだった。
どこのバカが電車走行を妨げるんだよ。恨めしい気持ちになる。
「妻は多重人格」を読んでも読んでも電車は動きそうにないので不貞寝をする。起きる。不貞寝をする。起きる。読む。タバコを吸う。寝る。起きる。
・・・こんなにいろんなことをしてもなんで動かないんだよ!
イライラが募る。自分がせっかちであることを自覚する。
気がつけば窓の外でふざけていた高校生の姿も見えなくなっている。ああ、反対方面は動きだしていたのか。それもとっくの昔に。

電車が再び動き出したのは約2時間後のことだった。
本も終わりぐらいまで読んでしまった。磐田駅を通り過ぎると、駅の周りにはパトカーや救急車が止まっていた。何があったかは知らない。確実にいえることは、11時30分熊本着だったはずなのに、到着は13時30分以降にもつれるということだ。
作業は16時45分からだが、もしかしたら間に合わないかもしれないじゃないか・・・!
頼む、遅くとも14時までには到着しテー。(なぜならば作業前に風呂に入りたくてたまらんからだ)

そんな気持ちに駆られながら、いつしか深い眠りに落ちていた。
浜名湖を通り過ぎたことも覚えてないし、セントラルタワーの下を通過していったことも覚えていない。
名古屋までも在来線で行ったことがあったが、その時の背中・腰・尻の痛くなり具合といったらたまったもんではなかった。横になれるというのは偉大なことである。さっきも書いたが、私が在来線線路をたどって目指しているのは熊本なのだ。名古屋よりもうんと遠い。横になれてナンボである。

次に目が覚めたのは、真夜中の3時ごろだった。
どこを走ってるのかもわからないくらいの真夜中である。もう神戸辺りだろうな、と思ってしばらく窓の外を眺めていた。なぜ神戸辺りだと思ったかに根拠はないんだが、ぐっすりと眠ってしまったので関西を通り過ぎるくらいだろうと思ったからだ。というか、2時間の遅れを巻き返してくれてるだろうな、いろんなところを足早に通り過ぎてくれただろうな、という寝台列車に対する脅迫みたいな気持ちがあったのだ。とりあえず進んでくれ。停まらないでくれ。ウォーク・オン・バイー、ウォーク・オン・バーイ〜とヒュー・コーンウェルばりに心の中で叫び続ける。心臓がジャン・ジャック・バーネルのベース音のようにブンブン唸りださんばかりの勢いだった。

しかし、そんな私の期待も空しく、列車が通り過ぎた駅は「茨木」。
ああ、大阪にも辿り着いてないンだね、この列車。
泣きたい。
アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・クラ〜イ、ウォーク・オン・バ〜イ〜ウォーク・オン・バ〜イウォーク・オン・バ〜イ
という部分が脳内エンドレスになったのは言うまでもない。

と思っていたら大阪駅から乗ってきたのか、それまでもずっと乗っていたのかは定かではないんだが、乗客の女性が小声で車掌に話しかけている声が聞こえてきた。
「この列車、3時間遅れてるってことは、振替乗車できますよね?どっかの駅から新幹線に振替乗車して欲しいんですけど」
大胆な話だ。振替乗車は電車事故の場合はよくある話だが、在来線から新幹線に乗り換えて。すごい申請しているな、としばらく感心していたのだが、途中である事実に気づいてハッとする。
3時間遅れてるってことは、11時30分の到着が14時30分の到着になるってことではないか。
作業先が熊本駅から近いのか遠いのかだって定かではないのに、16時45分に間に合うのかコレ。間に合わなかったらどうなるんだ・・・間に合わなかった理由が「夜行列車で熊本に向かってたから」なんてことになったら大変だ。「だから飛行機で行けって言っただろうよ!」というみんなの声が聞こえる・・・みんなの痛みを感じる・・・正確には「オマエ、ホントにイタイ奴」と思われるのを感じる・・・
次に無感覚になる。単にすぐ眠くなったので、考えずにまた寝てしまっただけなんだが。

再び目が覚めたときは、空が白んでいた。
夜が明けたのか。夜が明けたら、一番早い汽車に乗って・・・
って、もう乗ってるしな。
と浅川マキの曲に心の中でツッコミを入れて、ここがどこなのかをまず考える。
進行方向から右手には山、そして左手には漁港らしき海が広がっている。造船所の煙突のようなものもちらほら見える。
山のふもとの街には急な階段がたくさん見えた。
・・・尾道だ!
これが尾道なのか、と思うと感慨もひとしおだった。しかも夜明けという最高のシチュエーションだ。瀬戸内海というと夕日が美しいというイメージがあるが(実際、高松に行った際に夕暮れの瀬戸内海をわたった事があるが、心の中でG線上のアリアが鳴り響いたほど素晴らしい景色だった)、朝日だって十分麗しかった。
夜行列車に乗ってきてよかったなと思う。夜行列車に失望しかけていた自分を恥じる。さよならそんな俺!

そして再び眠りについたのだが、ほどなくして車掌が「新幹線に接続しますんで、お急ぎの方はお申し出てください」と回ってきた。新岩国だか徳山だかで新幹線に乗り換えてもかまわないという。
尾道を見る前までは新幹線に乗り換える気マンマンだったのだが、もうここまで来たらこいつに乗って熊本まで行ってやらぁ。落ち着いている人間ならば新幹線に乗り換えるのが得策だろうし、俺もそろそろ落ち着く年齢にきてるのはわかっているのだ。
だけどだけども人生は長いじゃない。そう、夜行列車で行くあの街はきっといいよ。そう思った。いつだって身軽な俺じゃないか。
このままウォーク・オン・バイすることにした。

つづく
2005年03月02日(水)

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