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2003年07月30日(水) 地方都市にて。●向田邦子の恋文(向田和子)

●午後。恋人の現場を訪ねて、地方都市のホテルに向かう。16時到着。仕事の終わった彼と会えるのは、たぶん23時を過ぎてから。……せっせと仕事をする。すっきりと何もない環境で、仕事ははかどる。明日の東京での打ち合わせの段取りはほぼ終わり、読み始めていた丸谷才一を読み継ぐ。

 23時を過ぎて、恋人から電話あり、ホテルの前で待ち合わせて、前もって調べておいた店へ直行。さすが地方都市、雰囲気もへったくれもあったもんじゃないが、料理はひたすらに美味しい。1時までで食べ尽くし、バーでそれぞれスコッチとライウィスキーのロックをダブルで一杯ずつ飲み、おとなしくホテルへ。
 仕事で右手を手痛く傷つけている彼のことを考え、ツインの部屋をとっていた。彼は、連日の徹夜仕事の疲れで、倒れ込むように寝てしまう。

 別に金持ちでもなんでもないのに(言ってしまえば貧乏だ。)、たかだか5時間の邂逅のために4万ほども使ってやってきたわたし。

 考えることがあった。

 わたしは恋人を今でもまちがいなく愛している。そしてA氏も愛している。
 ただ、わたしは、恋人といる時のわたしが、どうしようもなく好きなのだ。A氏といる甘えの強い自分より、恋人といる時の、向かい風に我が身を晒して気丈に立っている自分が好きなのだ。そこで生まれる、穏やかな時間がとても好きなのだ。

 よくわかった。わたしは、いい歳をして、自分を愛する方策として恋をしているのだと。

 だからどうするのだと自分に問うても、答えは出ない。

 でも、そんなシンプルなことが分かっただけでも、来た意味はある。

●こうして毎日書き付けるのは、とても辛いことだったし、辛いなら書かない方がいいと、この日記を読み続けている友人に示唆されたりもした。
 でも、たぶん、書いていたほうがいい。
 人に読まれている限り、わたしは事実を書く。
 自分の日記だったら、事実なんて書かない。体のよい感傷を書くだろう。あるいは、体のよい、自分への責めか。
 どんな結末が待っていようと、こうして書いていくことは自分にとって意味のあることなのだと、今夜、強く思う。

●昨夜、「向田邦子の恋文」という本をベッドで読んだ。向田さんの死後見つかった、不倫相手との手紙やら日記を公開したもの。
 人ひとりの人生での秘め事は、フィクションを超えるはずだ。何故こんなものが出版されたのだろう、と、読後もやもやしたものが残った。
 向田さんの著作は全部読んでいる。20代、偏愛していた。亡くなってからも、書棚から時折ひっぱり出す。この人が切り取る生活は、痛ましく美しく、当たり前でいながら、いつも不思議な日常の異界だった。
 作品だけで十分だった。
 いいじゃないか。……そんなもの出版しなくったって。
 書簡という文学形態を意識したものでもなんでもなく、ただただ愛情を綴った手紙は、読んだことを忘れたいくらいの、純粋さだった。大人になってからの純粋さは、あらゆる世間体や自己愛、見栄や計算の、その下にいる。大人なら誰でも持つ、それらの逡巡の下にいる。だから、見え隠れする愛情は、純粋なほど痛ましいのだ。
 ……読まなければよかった。本を読んでそんな風に思うことなんて、めったにない。……だから出版する意味があったというのか?

 明日は二人して朝が早い。眠らなければ、と思うのだが、こうして書くうち、どうにもこうにも興奮してきてしまった。
 こうしている内にも、次なる仕事を促す書類がメールで添付されてきたが、仕事は新幹線の中でやるとして、今夜は一人で酒を飲もう。


2003年07月29日(火) 答えの出ないときは、動く。●4TEEN(石田衣良)

●ただただ、仕事の1日。合間に本屋でまた買い込み、読書。合間とは言え、直木賞を受賞した石田衣良の「4TEEN」を読了。この作家は、職人だな、それもとっても「今」を意識した。否定ではなく、バランスの取れたエンターティメント。いい。

●明日は、恋人に会うために遠出する。
 意味なく意志薄く、喜びを伸ばしているだけなのか。それとも、誰から反対されても、そこが自分の場所なのか。
 分からない。分からない時は、行動してみるしかないんだ。


2003年07月28日(月) 仲間がいる。

●仲間の舞台を見にいく。月曜日だったせいか(月曜は比較的休演日が多い)関係者だらけ。いちいち挨拶をしていたらきりがないって感じ。そしてまた、懐かしい仲間の集まる同窓会状態でもあった。

 肝心の舞台は、言いたいことだらけ。ちょっとはぐっとさせてくれよと、愚痴りたくもなる出来。終演後、20年来の仲間たちと飲み屋で大駄目出し大会。お互い元気でいい加減で馬鹿だった、ただ欲望だけは人一倍強かった時代を共にしているから、歯に衣着せないし、愛情のこもった罵倒が飛び交う。そして、真っ向からそういうことを言い合うことが、恥ずかしくない。久しぶりにわたしも喧々囂々、男どもと言い合う。

 みんな嬉しいのだと想う。
 もう売れっ子になっていて、映画やテレビでは相変わらずイキのいい役ばっかりやっている男が、実は体のことをめちゃくちゃ気遣って暮らすようになっていたりする。でも、仲間と顔を合わせると、盲滅法、好き放題に生きてた頃の感じが、ぐぐっと蘇ってたりして、嬉しくなるんだ。もう、みんな40代だもの。……その中では、わたしって相変わらずたいした仕事してなくって、相変わらず馬鹿で相変わらず無茶な暮らしをしている。
「お前はいつまでたっても馬鹿な女でいいなあ」と、褒めてるのかけなしてるのか分からないことを言われたりする。

 愛情が、山ほどの愛情が、彼らといると、相変わらずわたしの中でふつふつとたぎっているのだと実感。

●朝日の夕刊に、芥川賞を受賞した吉村萬一氏の受賞エッセイが載っていた。これが実にストレートで、ちょっと気恥ずかしくなるくらい、創作にかける思いを実直に語っている。まあ、言ってみれば、逆に気持ちよい。
 斜に構えてみるとか、かっこつけてみるとか、作家としての偶像を演じてみたりとか、そういうのを文学的修辞に絡めこんで語るのは、もう古いタイプの作家なのかもしれないな。
 でも、わたしが、そういうタイプの小説や小説家を愛していることは事実。
 ヘミングウェイが、自分の作り上げた物語世界に拮抗して生きようとしたり、昨日読んだサリンジャーが、自分の物語世界を模倣して生きていたり、というのは、やっぱり、心を持っていかれるわけで……。

●朝方、悪夢を見る。絶望的かつ悲惨な夢。恋人とA氏をめぐる。
「生きたいように生きては駄目なんですね」と、天を仰ぐような目覚めだった。


2003年07月27日(日) 野音でJazz。●サリンジャー戦記(村上春樹・柴田元幸)

●可愛がってもらってるプロデューサーに誘われて、野音にjazzを聴きにいく。野音なんて、何年ぶりだろう。
 4時開演で5組。東京は久しぶりに暖かくって、野外はいい気持ち。3組目までは、まあ、なんというか、聴いても聴かなくっておんなじって感じの音で、後ろの方に座っていたこともあり、ずっとおしゃべりしている最悪の観客となる。まあ、それも野外ならではのこと。蝉の鳴く声だってずっとシンクロしていたし。
 最近の演劇界事情とか、文学界事情とか。あれこれと、お互いの最近の収穫を語り合う。

 4組目の登場で、二人とも「ああ、やっとjazzが聴ける」という思いでやおら黙る。
 Stevie Wonder"Over Joyed"のオリジナルアレンジが素晴らしい。名曲を聴きながら、二人の男を想う。……いい曲ってのは、どうしてもそういう感情を喚起してしまうものなんだなあ。ちょうど陽が落ちる時間で、色の変わっていく空を楽しみながら、短くもいい時間。この一曲を聴けただけでも、行った甲斐があった。

 ラストの真打ちはケイコ・リーだったが、二人とも彼女の声があまり好きではなかったので、一曲聴いただけで、食事へ。後輩の若いプロデューサーが加わって賑やかな食事。
 わたしはどうしたことか、ずっと毒舌をはきまくる人になる。仕事のことから世の中の三面記事的なあれこれとか、恋愛のこととか、なんだか調子よくばっさばっさと斬りまくる。受けるものだから、また調子にのってしゃべる。
 どうも、このところの自己嫌悪とか、自らの愚かさへの自己批判とかが、そんな形で出てしまったらしい。二人は楽しんでいたようだったが、自分自身は、なんだか心中げんなり。たった1本分のワインで、珍しく悪酔いし、おとなしく帰途につく。

●サリンジャーという作家。イノセンスを求めて、求めて、得られず、隠遁生活の中でいまだに発表しない作品の執筆を続けているという。
 一人の人が、一つの人生をどう生きるか、どう生きざるをえなかったか、どう生きることを選んだか、というようなことを、深夜、ひとり想う。


2003年07月24日(木) 愚かな自分。●シカゴ育ち(スチュアート・ダイベック)

●日曜日から、書かなかった。本当に、なんとも言えない日々になってしまったから。

●月曜日。
 美味しいお肉を買うために、デパートを奔走。GOに電話をして「ケーキはどうする?」と聞いたら、誕生日にケーキでお祝いしたことがないからやってみたいと言う。でも、たくさん食べられないから小さいのにしてねと、かわいいことを言う。トップスのチョコレートケーキの一番小さいやつを買う。
 大荷物にへこたれたわたしは、またGOに電話して、駅で待ち合わせ。彼は小さなポーターさん。

 食卓で、GOはわたしのプレゼントした恐竜の骨の発掘セットに夢中。ピンクの土を掘っていくと骨が現れるはずなのだが、けっこう本格的に土が固まっていて、なかなか出てこない。工作好きの彼は、飽きずに熱中。
 わたしは台所で、自分だったら絶対買わない高級ヒレ肉を、緊張して焼く。我ながら、見るからに美味しそうな焼き色で出来上がる。
 ケーキにろうそくを9本立て、火をつけて消灯。おじいちゃんと二人でハッピーバースデイの合唱。生まれてはじめてケーキのお祝いを受けたGOは、一息で見事に火を消した。
 でも、子供って、生意気なことばだけ覚えてはいても、可愛いもので、この「ろうそくの火を吹き消す」ってことに夢中になってしまった。食事の後、火をつけては自分で部屋の明かりを落とし、消すって動作を、何度繰り返したろう? ろうそくはアルミ箔のところまできれいに溶け去り、わたしは第2弾をさしてあげた。

 二人でわいわい言い合いながら人生ゲーム。そのあと、GOが近所に住むカエル探索に行こうといった時、恋人から電話を受けた。

 わたしは恋人に会いに行くことを選んだ。

 ふだんは散歩などしようと言わない彼が、そう言って、わたしたちは渋谷から散歩を始めた。朝まで、様々な話をする。
 一日前より、よけいに心が揺れる。4年間思い続けた、わたしが彼に持つ親密さが、育て続けた親密さが、今更、「いいの?」と問いかける。
 隣にいると、「ああ、この人が好きなのだ」という気持ちが化け物のようにふくれあがってくる。
 それでもA氏と結婚するのだという自分のことばが、何やら宙に浮いて行き場を失っているような気さえし始める。

●火曜日
 昼過ぎまで寝て、仕事をこなす。A氏に会う勇気がない。
 夕方、また電話を受け、恋人に会いに出かける。
 隣り合って食事して、眠くなってしまった彼と、彼の家へ。怖くて今まで入れなかった、奥さんと暮らしていた家。
 彼はソファーですぐに眠ってしまい、わたしは4時間後彼を起こすまで、最近読んだ本2冊の感想を書き上げる。久しぶりに、紙と鉛筆で書く。カルバドスをなめながら。
 起こした彼は、すぐに仕事を始め、わたしは書き続けた。電車が動き出したので、帰路につく。……それだけのこと。……でも、それだけのことが、いちばんのA氏に対する裏切りだと思い、情けなくなった。

 分かれ道の一方を選び、もうわたしは引き返せないところまで歩いてしまったのだと、分かったようなことを、偉そうなことを、書きつづってきた。でも、わたしは、一歩だって進んではいなかった。

 夜。A氏がやってきた。
 愚かな自分をさらすしか、わたしには出来ない。
 色んなことを、言って、聞いて、訊ねて、答えて、最後に行き着いたところは、「あいつを愛人にしてでも、俺と結婚したいなら、そうしよう。俺はそれでも一緒に暮らしたい」だった。

 心配し続けて眠りの足りなかったA氏はベッドですぐに寝息をたてはじめ、わたしは翌日の打ち合わせにそなえて遅れていた仕事を急ピッチで進める。夜通しの集中した仕事。9時半に眠り、10時半に仕事にでかける。

●そして今。
 精神が高揚していて、眠気は訪れない。
 A氏と結婚しようという気持ちは変わらない。でも、どうしてここまで自分は愚かなのだろうと、どうしようもないのだろうと、恥じ入る気持ちが膨れていく。
 でも、それでも、人を傷つけてでも、裏切ってでも、恋人のことを考える自分を、否定できない。

 これから、恋人が日本を離れ、A氏と二人の時間が過ぎて行く中で、わたしは変わっていくだろうか?


2003年07月20日(日) 怒濤の日々。

●恋人に、話した。結婚のこと。A氏に事情を話し、一晩一緒に過ごす。


●今日はGOの誕生日。昨日買ったおもちゃと、星座図鑑と、「大泥棒ホッツェンプロッツ」を持ち、ステーキ肉を買って出向く。ああ、その前に、マチネを一本見るのだった……。
 なんだか怒濤の日々だな。


2003年07月19日(土) 新しいともだち。わたしの息子。

●先日読んだ三浦氏の評論の中で、柴田元幸氏が訳したスチュアート・ダイベックの「シカゴ育ち」という短篇にかなり紙数がさいてあって、わたしは既読だったのにもかかわらず、「そんなに面白い短篇だったっけ」と朝方家捜し。ようやく見つけ出したその本を開いてみると、これがとびっきりの面白さ。いや、面白いって言うより、本当に「いい」のだ。

「右翼手の死」というごくごく短い短篇などは、もう驚くべき作品。「フィールド・オブ・ドリームス」と「禁じられた遊び」と「スタンド・バイ・ミー」を足して割って凝縮して、さらにシニカルにさらにアイロニカルにさらにクールにしたような。短い文節のひとつひとつの描写力と喚起力がすごい。
 
 で、昨夜は日記を書いてからA氏に朗読して聞いてもらう。最近、この読み聞かせがわたしはお気に入り。深夜に朗読するわたしもわたしだが、ビールを飲みながら耳を澄ませているA氏もまた変わっている。で、「右翼手の死」に、二人して感動。 
 出来ればこれを全部ワープロに打ち込んで、友達みんなに配布したい気分。それほど、いい。この良さを分け合いたい。

●昼間に細々とした仕事をすませて、A家へと向かう。最寄り駅について、GOとスーパーマーケットで待ち合わせ。2週間ぶりに会うのでどんな顔で来るのかドキドキしていたが、なんだかいきなりうち解けているので嬉しくなってくる。
 相変わらず落ち着きがなくってバタバタ走り回ってはいるが、慣れないスーパーで「お肉はどこ?」「お魚は?」と訊ねるわたしをちゃんと案内してくれる。ご褒美のお菓子を一袋だけ買って、A家へ向かう。
たどり着くまでの道々、GOはご近所案内をしてくれる。「この中華屋はね……この会社はね……この交差点はちょっとおかしくってさ……次の坂が大変なんだよ……」ってな具合に、ずっと。……可愛い奴だ。

 着いてご挨拶したら、GOはいきなり「折り紙折って!」お父さんは、やおら自分の昔の写真と天眼鏡を取りいだし、「わたしがどれか分かりますか?」と、なかなか料理を始められない。今日は1学期最終日だったので、さらにGOの通知票を見たり、夏休みの計画表を見たりした後、ようやく料理開始。

 ハンバーグとアボガドと鮪のサラダ、野菜のソテーなどのメニューを作る間、はじめて使う勝手のわからない台所で戸惑うわたしに、GOは「あれはここね、それはあっちね」ときっちりお手伝いしてくれた。……可愛い奴だ。
 ちょうど出来上がる頃にA氏も帰ってきて、4人で食事。とっても賑やか。

 片づけが終わったら、GOはお部屋の片づけをする約束になっていたらしく、わたしはお手伝い。生意気盛りなので、「バイト代払うからさ、ちょっと手伝ってよ」となめたことを言う。でも、一緒にいてもらうことが、とっても嬉しそう。
 いつもは9時過ぎには寝るのに、今日は興奮していて、片づけのあと、わたしと駒でさんざん遊び、眠ったのは10時半過ぎ。
 あとでA氏と寝顔を見にいったら、口に指をくわえて眠っていた。

●子供を産み、育て、しているお母さんたちには、ごくごく当たり前な日常が、わたしにはひとつひとつが事件だ。そして、その当たり前な日常を支えているお母さんたちの苦労を、わたしはまだ何ひとつ知らない。でも、まあ、いつものごとく、当たって砕けろだ。わたしにはわたしの想像力がある。

 あさっては、GOの誕生日。A氏が仕事で遅くなるので、わたしとお父さんと二人でお祝いする。でも、プレゼントは何にするかなあ……。工作好きの彼のために、何か面白い工作キットを、明日探しにいこう。

 何より嬉しいのは、やはり、わたしが誕生日に来るよと言ったとき、飛び上がって「やったー!」と素直に喜んだこと。

●片づけをしている時に、恋人から電話がはいり、食事の誘い。今日ばかりはどうしようもない。断ると寂しげな声。……でも、この「どうしようもない」を、これから繰り返していくことになるのだろう。
 一瞬で恋人からの誘いの電話と察したA氏は心配気。でも、大丈夫だよ。わたしは、もう責任を負うことを始めたんだから。


2003年07月18日(金) 人間失格?

●ああ、今日は最悪。またしても、日頃の読書による睡眠不足を、知らず知らず補填してしまい、起きたら15時。おかしいなあ、10時に目覚ましかけたのに……。まあ、寝たのが8時だからしかたないんだけど。
 人間失格の烙印を押されまいと、やおら仕事開始して自分にエクスキューズ。さくさく仕事の電話をこなしているうちに、情けなさがちょっとずつ消えていく。なんだ、簡単。
 ほっとして、暮れていく街を自転車散歩。今日は降らないだろうと思っていたのに、やっぱり小雨がぱらぱらと。いつになったら去ってくれるのか、長い梅雨。ご馳走を作ってあげようと、夕飯の買い物。帰ってからまた仕事。

●食事してお風呂につかって、ソファーでA氏がうとうとしているところに、恋人からの電話。明日のモーニングコール願いの電話だったのだが、それで目を覚ましたA氏は、さすがに複雑な面持ち。
 こっちの方が、よっぽど人間失格の因になるのか。
 でも、わたしはこのままでいく。

●明日はA家で食事を作る日。母がGOに食べさせてあげなさいと送ってくれたメロンを抱えて、わたしは山手線の反対側に赴く。A氏のリクエストで、この間感動を呼んだハンバーグを作る予定。
 今夜はあまり面白い本を開かない方が身のため、かな。


2003年07月17日(木) 読書熱おさまらず。●村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ(三浦雅士)

●ああ。またしても読書にうち興じて、夜を明かしてしまった。今日は三浦雅士氏の「村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ」。
 氏の「青春の終焉」に、評論を読む喜びを覚えたのは、確か昨年の春のこと。今回も本屋に並ぶのを待っていた。
 そしてこれが面白い。村上春樹翻訳作品を、柴田元幸作品を、追っかけてきたわたしには、自分の青春を読み直すくらいの時間旅行ができた。現代アメリカ文学翻訳作品として横一列に並んでいたものたちが、一気に時系列で、或いは作品の持つ「声」で、縦に縦にと積み重なり、自分が生きてきた時代を再確認した感じ。三浦氏の解き明かしだの推論を読むことは、砂金に磁石をあてるような快感がある。
 強引過ぎるまとめ方や突っ込みすぎに、ひいてしまうところもあるのだが、そんなことはなんのその。三浦氏の興味が自分の興味と重なり、なんだか一緒に夏休みの自由研究に没頭するような気分で一夜が過ぎた。それもこれも、やはり、村上氏と柴田氏の翻訳する作品をほぼすべて読んでいるからだし、ほぼすべて、色んな意味でひっかかってきたからに違いない。となると、そこに見えてくるのはやっぱり、自分だったりするわけで。

 なんだか、自分の成り立ちってものを、自分の興味の所在から読み取れる資質ってものを、考えてしまう夜でもあった。今は眠いからとても書けないけれど。

●「磔のロシア」っていう、スターリンと様々な形で闘いつつ表現活動した人々の本を次に読むつもりだったのだが、三浦氏の評論で、ずっと前に読んだスチュアート・ダイベックが気になって気になって仕方なくなり。でも、書棚になかなか見つからず、しばし探索。奥の奥の方に隠れていたほこりだらけの本をようやく見つけ出して、今からこれを手にベッドに入る。
 読書熱おさまらず。

●今度の土曜日、ようやくGOに会いにいけそう。A家の台所の使い方をA氏に教わり、これからA氏の忙しいときは、わたしがA氏父とGOに食事を作りに行けるようにする計画。そろそろ次の仕事の準備がわたしの休暇時間を脅かしてきたが、GOとゆっくり知り合っていけるのは、今のうち。現場に入るまでは、仕事は効率よく片づけて、読書と結婚の準備に明け暮れよう。
 それが、自分の現在を知ることにとっても近いってことを、最近感じている。


2003年07月16日(水) 久々の仕事漬け。●チェーホフ 短篇と手紙(山田稔編)

●明日だと思いこんでいた打ち合わせが、今日だと気づいたのが、午前1時。のんびり進めていた資料作りの仕事を急ピッチで進めて、ようやく眠れたのが、午前11時。1時間半の仮眠をとって、バタバタと打ち合わせへ。仕事場につけばとっても元気。休んでいるとやっぱり強いなあ。
 とは言うものの。
 制作会社を出たら、眠気と空腹に襲われる。帰宅して先ず空腹を満たしたら、眠気倍増。ここで寝たらまずいと頑張ってみるも、簡単に負けを喫する。
 21時から23時まで仮眠。

 昨日から仕事ばっかりしていたので、長い夜を使ってまた読書。みすず書房の、チェーホフ短篇と手紙。どれもかつて読んだものだが、アンソロジーというのは、編者が選んだ作品を選んだ順番で読むことに意味がある。
 これは地味ながら、とても幅のあるチョイス。頑張ってる名作ばかりでなく、静けさと落ち着きのあるアンソロジー。手紙も、選ばれがちなクニッペルへのものをひとつも入れず、兄への手紙を選ぶところなど、なかなかニクイ。これで「黒衣の僧」が入っていたら完璧なのだけれど。

 読書をちょっと休憩してA氏の明日のお弁当の下ごしらえをしたり。
 お休み復権の夜。

 A氏の求婚を受けた麗らかな日に、風に香りを思う様ただよわせていた青梅は、すっかり美味しい梅干しにしあがった。半分は梅雨明けしたら干して赤味をつけ、半分はフルーティーな緑のままいただく。細かく刻んでごはんに混ぜ込み、おにぎりにすると、とても美味。
 美しい思い出とは裏腹に、A氏はベッドでけたたましい鼾をたてている。疲れているんだなあ。しかしまあ、どんなに疲れていても、わたしのことばっかり気に懸けてくれる。なんというか、奇特な人だ。
 でも、ちょっと隣で眠る勇気はないな。今日は、このまま本に埋もれてソファーで眠ろうっと。


2003年07月15日(火) 日々を楽しく。●吾妹子哀し(青山光二)

●90歳で現役作家。青山光二氏の「吾妹子哀し」を読む。わたしの中ではすっかり文学史の中の人となっている織田作之助と青春時代を共にした、というところから、もう、書き続けているだけですごいと思ってしまう。
 40歳を過ぎただけで、物忘れが激しくなったなどとぼやいているわたしは、その文章のみずみずしさに驚く。宇野千代さんの文章をリアルタイムで読み、尊敬の念をそのたび強くしたことを思い出す。もちろん宇野千代さんの場合は、その大胆な生きっぷりにも女として傾倒し、師と仰いでいたわけだが。

 A氏はこうして書いているわたしの後ろで、ソファーに寝そべって眠りこけている。恋人から、明日起こしてくれと電話がかかってくる。

 わたしはただの強欲な女で、いずれは二兎を追う者として、断罪されるのだという気もしている。
 またその一方で、これだけ二人を一人ずつきっちり愛しているのなら、それが嘘偽りのないわたしであるので、どうしようもないと、開き直ってもいる。
 わたしがそういう女と知って、A氏は丸ごと許容してくれている。どうであれ、今が幸せだと言ってはばからない。

 小説を読みながら、やはりわたしは、そういう自分の現在を考えるわけで。人生の転機にあるわけだから、もうそれを楽しんでしまおうとも思っている。何も為さなくってもかまわない。好きなだけ考えて過ごそうって。そうこうしているうちに、どんどん仕事の影が押し寄せてきていることだし。

●休みで時間があるからと書き始めた本の紹介文だが、このところはすっかり、読んだら書くというのが習慣になってしまった。
 どうも、読んですぐに本棚に戻してしまうより、ディープに体験できるような気がするし、自分の作品へのこだわり方、その偏向性が明らかになって、面白い。
 後になって自分の書いたものを読んでみると、どうも偏りを感じる。読書している時には平衡感覚を持って読んでいたのに、だ。……何か、こう、感想文という形を使って、わたし自身が何か言いたいみたいな、そんな押しつけがましさを感じて、ちょっと自分でもおかしくなってしまう。まあ、それはそれで自分であるので、今はよしとして、書き続けている。
 基本的に、薦めたい本を書こうとして始めたことなので、つまらなかったものには書いていない。酷評文も書き出せば、何か違う面白さが出てくるかもしれないな。

●いよいよ始まるあちらのオールスター戦。野茂が初めて出場する時も、出勤前テレビにかじりついたっけ。
 イチローと松井が、今の日本人にとって、いちばん共通の明るい話題ではないかしらん。まあ、一部阪神ファンは別だろうけれど。

 小さい頃、巨人が勝った翌朝には、食卓にスポーツ紙が何紙も並んでいた。父が早起きして駅のスタンドで買ってくるのだ。すっかりそんな父に影響されたわたしは、根っからの巨人ファン、野球ファンになった。だから余計にそう感じるのかな。

 夢を叶えようとする人を見ることは楽しい。勝ち負けがはっきりするから楽しい。勝ち負けに関係なく余白に物語が生まれるから楽しい。自分の選んだ世界とまったく違うから楽しい。
 


2003年07月14日(月) きっと誰にも分かってはもらえない。●アレクセイと泉(本橋成一)

●恋人と食事に出た。電車ではちょっと行きにくい、隠れ家のような、行きつけの店。
 話は弾み、胃潰瘍の調子も少しはよいらしく、美味しい食事。

 このデートは、A氏が「行っておいで」と後押ししてくれたものだ。まだ失せてはいない恋情に強引にストップをかけても、あとでストレスを感じるだけだからと、彼は言う。

 疲れた体をマッサージしてあげるため、家に一緒に帰る。彼が眠ってから、わたしは思う。こんなに愛している、と。
 でも、彼は、わたしを日常的に必要とはしていない。だから、こうなったのだ。わたしの選んだことは間違っていない。

 朝。8時半に起こしてくれと頼まれていたが、余りにも働き過ぎなので、1本目の打ち合わせはとばしてしまえと唆す。唆しに彼はのって、のんびりとした朝の時間。11時半にタクシーに乗り込んだときは、元気な顔をしていた。
 ほっとして、わたしは車を見送る。

●A氏に結婚を申し込まれた当初、わたしは恋人のことを捨てられないからと断った。A氏は、恋人のことが好きなこともふくめて、君を守りたいと言った。そんなことがあり得るのかどうか疑問だったが、それは、少しずつ、現実になっていった。

 わたしは恋人のことを捨てないままに、A氏との生活に入っている。

 よそでは絶対理解されない関係だろう。そして、この関係を保つぎりぎりのラインを守るのは、わたしのA氏への愛情にかかっている。

 そして、少なくとも、A氏との結婚を決めたことを、恋人に伝えなくてはならない。恋人とも、新しい関係を始めるときがきている。

●新聞を開くと、嫌な事件ばかり。昨年の春に見た「アレクセイと泉」を、写真集を見て思い出す。救われる思い。


2003年07月12日(土) あえなく予定変更。●氷海の伝説(ザカリアス・クヌク)

●土曜日の予定は、すべて変更。A氏は知らなかったのだが、GOくんは亡くなった奥さんの実家に遊びにいくことになっていたのだ。
 わたしはまたまた緊張したりドキドキワクワクしたり、だったものだから、ちょっとがっかり。そして、残された孫を可愛がるご実家とも、これからつきあっていかねばならないのだと認識することに。

●昨日は世田谷パブリックでジョナサン・ケントのハムレットを観る。終演後は遅くまで、スタッフキャストに混じって、ハムレットを語る。昨年大変な仕事で一緒に苦労した主演俳優とは、膝をつきあわせて演技の話。
 ハムレットという演目に今ひとつ魅力を感じていなかったわたしだが、急に演出意欲が湧いてくる。「そうじゃないだろう!」って気持ちが、わたしの場合、エネルギー源になるらしい。

●朝起きてみたら、午前5時から6時にかけて、恋人から15回くらい着信通知が残っている。そんな時間に何度もどうしたのだろう?と、すぐに電話。……出ない。
 体調がすぐれない毎日を送っているようだったので、不安が募り、顔が青ざめてくるわたしに、A氏は「心配なら家まで行ってやればいい。」と言ってくれる。せっかくの一緒の休みに申し訳ないと思いながらも、わたしは出かける支度。と、恋人から電話がかかってきた。
 先日、薬というものをほとんど飲んだことのない彼が、胃潰瘍の薬で深く眠りこみ、本番ぎりぎりに起こされて駆け込むという事件があった。
 今朝は、どうしても痛みに耐えきれず、薬を飲んだあと、起きれるかどうか不安になって、わたしにモーニングコールを頼む電話であったらしい。

 一人が常態であることを好む彼は、わたしとの暮らしを昨年拒んだ。出ていってしまった。わたしは結婚できるという思いこみから、一気に突き落とされ、しかも彼はもうすぐヨーロッパで再び奥さんと暮らすことになる。
 そんな人でも、今はわたしがただ一人頼れる女なのだ。
 それを、A氏は許容する。
 わたしを失う痛みを彼が味わわねばならないことをA氏は懸念し、どこまでも寛容な態度をとり続ける。

 まだ、わたしは結婚に向けて、大きな山が越えられない。

●気分を取り直して、A氏とイタ飯。そして、神保町で古本屋巡り。目指すゴーゴリ全集が高くて諦めざるをえなかったものの、ずっと探し求めていたサルトルの「言葉」を見つけて大喜び。中国の戯曲集だの、ワイルド全集の分冊など6冊買って、4千円。なんて安い買い物!
 その後、イヌイットの監督による、はじめてのイヌイット映画を観る。極北に暮らす人々の千年も前のプリミーティブな暮らしが描かれるのだが、その愛憎、その人間関係は、現代とちっとも変わらない。我々の抱える感情の原点が剥き出しで現出してくる。複雑に見えるだけで、元をただせばこんなもの、といった相克また相克。新聞評に誘われて行ってみたが、想像以上の面白さだった。

●映画後、遅い打ち合わせにでかけるA氏のために、わたしは食事の支度。枝豆に、鰆の西京焼きに・アボガドと小エビのわさびマヨネーズ和え、豚汁と蕪の即席漬け。
 いつものことながら、最高に幸せそうな顔をして食事するA氏の顔を見ていることが、わたしの幸せ。

 恋人とは、常に外食だった。たくさんの店で常連になり、贅沢な食事と会話を穏やかに楽しみ、そして美味しい酒を飲んだ。それは確かに幸せだった。わたしも彼も、お互いによいパートナーだった。
 でも。
 わたしはA氏との、生活を選んだ。
 そう決めたのだ。

 何日か前に、わたしは書いた。
 分かれ道を一方に進み始めたら、もう一方の捨てた道の景色は楽しめないのだ。選んだ方の道に、見たい花を咲かせていかねばならないのだ。

 でも、捨てた道に人が倒れていたら?

 A氏とわたしが、二人して今逡巡しているのは、そのことに尽きる。

 本当は、こうして二人で心配していること自体、恋人のプライドを傷つけることなのだということも、わかっているのだが……。

 


2003年07月10日(木) 甘えなき、家族の肖像。●もうみんな家に帰ろー!/地雷を踏んだらサヨウナラ(一ノ瀬泰造)

●ひどい夢を見る。A氏と、その息子GOにまつわる夢だ。じめじめした寝汗を掌でぬぐいながら起きだし、朝早くわたしを起こさずに出ていったA氏の置き手紙を見つける。ようやくほっとして、一日が始まる。
 これから小学校三年生男児の継母になるわたしは、駿くん殺人事件の顛末にかなりショックを受けているらしい。不安は具体的ではなく、実に曖昧な姿をしており。
 犯人が判明し、すぐにも怒りのことばを社会的に表明してしまう被害者の親も、わたしには居心地が悪い。もちろん、怒り哀しみは察しきれない凄まじいものだろうが、何か幼さを感じてしまうのだ。
 また、少年法少年法と騒ぐが、それだけがどれだけの問題だろう。
 識者は教育を論ずるが、彼らにどれだけ児童たちのことが分かるというのか。そして、この報道はいつまで続き、いつ断ち消えるのか。

 事件の顛末、報道のあり方、世間の騒ぎ方、すべてがわたしには居心地が悪く、何やら不気味で大きな塊となって、自分のこれからの暮らしに灰色の影をさしている。

●一ノ瀬泰造の写真集「もうみんな家に帰ろー!」と、「地雷を踏んだらサヨウナラ」を、丸一日がかりで読む。先日、泰造の母信子さんの暗室日記が天声人語に紹介されており、すぐに書店に走って買ってきたものだ。
 先に逝った息子のネガに支えられて生きてきた夫婦が、写真集の製作を夢見て、二人して暗室で写真を蘇らせる作業。夢半ばにして逝ってしまった夫の遺志を引き継ぎ、一人で暗室作業を始める母。

 親と子の、お互いに寄りかからず、それでいて、お互いを最大限に思い合う関係に、わたしは頭を垂れる。……こんなに甘えのない家族。こんなにそれぞれを認め合う家族。

 朝のどうしようもない目覚めから、この1日の読書で、わたしはまた救われている。

●さて。日常的なトピック。8万円の前歯が、ようやくわたしの歯列におさまってくれた。これで安心して噛める生活が戻ってくる。噛む安心がない間は、スポーツクラブに通う気にさえならなかった。それにしても、仕事をしている限りは病院になどまったく行かないわたしが、休みに入ると必ず、体のそこかしこが不調を訴え、行かざるを得なくなる。いつもいつもそうだ。体も、そこらへんのことが分かっているのだと思うと、大事にしてやらねばと、神妙な気持ちになったりする。

●土曜日には、またA氏の仕事が休みになりそうなので、二人でGOの剣道の練習風景を見に行くことにする。それからわたしが男3人に料理の腕をふるい、泊まってくる予定。この間お宅にお邪魔した限りは、わたしの寝床などなさそうなので、A氏に訊いてみたら、「GOのベッドで二人で眠れるよ」という返事。相変わらず、新しい母に対しては、突き放し作戦、放任主義だ。
 またまたドキドキの週末になりそう。
 うーん、はじめての料理は、何を作ろうかなあ……。


2003年07月09日(水) 病院に行ってはみたけれど。●フラナリー・オコナー全短篇(下)

●昨夜は、少しずつ少しずつ読み進めていたフラナリー・オコナー全短篇をすべて読み終え、脱力常態だった。
 わたしは本が好きだし、時間が空けばずっと読んでる。それでも、こんな作家を今まで知らなかったのだ。
 詳しくはBook Reviewの方にアップしたが、とにかく、これだけストイックな視点で、これだけの作品量で、人間を描ききって逝った作家も珍しいのではないか? 圧倒されて、そのグロテスクさに気圧されて、その先に自分が受け取るべきものを考えて、しばし考え込む夜だった。
 このところ、休暇の特権で、読めば感想を書くという贅沢な時間を過ごしているが……いい、ほかの本はいいから、とにかくこの短篇集上下2巻だけは、手にとってほしいなと思う。ディープにはまってしまうには、下巻から読んだ方がよいかもしれない。方向性が明確なので、上巻の初期作品が読み取りやすくなるだろうから。
 これを読んでしまうと、駿くんの事件に対する報道が馬鹿馬鹿しくなってくる。少年犯罪と括って上っ面のコメントを繰り返す、大人たちの報道がである。

●昨日、病院に行ってきた。かつて神経の病気で1ヶ月入院していたところである。
 入院以外にも、かつてやっぱり乳房の異常で診察したことがあり、長らく待ったあと、かつてのカルテとX線写真が出てきた。これを見て、医者が言う。
「ふーん、前にも診てるんだね。あ、これ、取ったの?」
「ええ、撮りましたけど」
と、ここでわたしは齟齬に気づく。
「写真を撮ったんですよ」
「あ、写真ね」
え? 何か取るべきものが写真に写っているの? という問いかけがことばになる前に、医者はこう言ったのだ。
「じゃあ、また写真撮って、それで、専門の先生がくる時を予約しときますから。とりあえず、触診だけしときますんでね」
……不安がつのってる人間に、いい加減な発言、専門医じゃないならするなよ。しかもとりあえず、とはなんだ!
さらに、「すぐに取らなきゃならない膿とかはなさそうだけど……ま、専門医に診てもらってから」ときたものだ。

 そんなこんなで、わたしは放射線科にまわされた。部屋に入って、明るい声で「じゃあ、上着を脱いでくださいねー」という看護婦に、待っている間ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「たとえば、妊娠してる場合、X線はまずいですよね」
「はい。今、妊娠してますか?」
「分かりませんけれど、してる可能性はあります」
「先生はどうおっしゃいました?」
「何も聞かれませんでした」
「じゃあ、ちょっと聞いてみますねー」
 と、看護婦は去ったのだが。
 そう。乳房が痛いとか、いつもよりはってるとかいうのは、ある種の病気の初期症状であると同時に、妊娠の初期症状でもあるのだ。それなのに、なぜあの医者は、写真を撮ると決める前に、一言、妊娠している可能性の有無を訊かなかったのだろう?
 帰ってきた看護婦は、また明るく
「じゃあ、今日はやめといてくださいってことですから」
と、報告してくれた。

 わたしは、今、たぶん妊娠はしていない。抜けられない仕事が来年の夏までびっしり埋まっているから、その責任上、子供を作るのは来年まで待とうと話しているから。(もういい歳だからそれもどうかな……)
 でも、決然と、
「はい、じゃあ、妊娠していないことが確認できてから出直します」
と、踵を返して帰ってきた。

 もし。もし、だ。若い女の子が、妊娠の初期症状を勘違いしてやってきて、簡単にX線写真を撮って、何か胎児に影響でもあったら、どうするっていうんだろう? 専門医じゃありませんからですむと思ってるのか。馬鹿。

 というわけで、わたしの痛みは、腹立ちへと変わってしまい、今はおさまっている。でも、こういうことって、腹をたててるだけじゃなくって、ちゃんと医者に面と向かって抗議してくるべきだったかと、少し反省も。

●天気の悪い日が続き、窓を開けて暮らしていると、フローリングの床が何やらべとべとしてくる。大好きな盛夏よ、早くこい。あ、盛夏を迎えると、仕事が始まるのか……。
 次の仕事は、遠い遠い稽古場で、10時から22時までの闘いになりそう。ってことは、わたしは毎日13時間労働平均くらいになるかなあ……。打ち合わせをいれれば、もっとかなあ……。
 今のうちに、読みたい本は読んでおこう。今のうちに、A氏にたくさん美味しいものを作ってあげよう。早くGOたちと暮らしたいけれど、いろいろクリアする現実的なことがあって、なかなか実現しそうにない。
 


2003年07月07日(月) 心の闇の、枝葉の行方。

●まあ、いきなりこんな話題もどうかと思うが。昨日の昼頃から、どうも乳房が痛かった。常ならぬ痛み。乳ガンだったら痛みは伴わないということを知識として持ってはいるのだが、やっぱり気になる。どんどん、どんどん痛み出すと、それなりに不安感がつのってくる。
A氏に話したらもう大変。真っ青になって、「俺がおまえを守る!」とか、ちゃんと声に出してわたしに言ったりする。
彼は、病気で奥さんを亡くしている。その記憶には、どうしてもっと早く気づいてやれなかったんだ、とか、もっとしてやれることがあったのでは、という悔いが、ずっとずっとつきまとっている。だから、わたしと一緒になる以上は、二度と同じ過ちを繰り返すまいと自らに誓っているのだ。
……ありがたい。

●心配しつつも疲れて眠ってしまったA氏の寝息を聞きながら、この間読んだ「病気志願者」という本の感想を書き始める。
不安な気持ちを抱えて、タイムリーと言えばタイムリーだったのだが、ふと日常に「もし癌だったら……」なんて想像が紛れ込んでいるときに、どうしても癌になりたい人たちのことを考えるのは、なんだか曰く言い難いことであった。
みんな、生きてるだけじゃ駄目らしい。何かがなけりゃ駄目なんだ。そしてそれぞれの何かのために、壊れたり、傷ついていったりするものが、たくさん生まれていく。その欲望の方向の、枝分かれの複雑さといったらないわけで……。
暗澹とした気持ちの、夜。ちょっと気持ちをはらそうと、春に読んだぐっとくる物語「穴」の続編である、子供のための人生読本を読む。

●病院って、やっぱ嫌だよなあ、と思いながらも、ぎりぎりに駆け込んだつもりだったが、3時までと信じていた受付は実は2時半まで。さすが大病院。何の気遣いも思いやりもなく、すげなく追い返されて、帰宅。明日は予定が入っているから、あさってには行かないと……。

●種元駿くん誘拐事件で、中学生が犯人として捜査線上に上っている。またか……と、日本中がきっと思っている。今この時にも、どこかで、誰かの心の闇が、想像もできないところに、枝葉を伸ばしている。
わたしはこれからの、GOとの生活を思う。


2003年07月06日(日) 再びのチェチェン人自爆テロ。

●ロシアで、またチェチェンによる自爆テロが起こった。
 4万人が集まった野外ロックコンサート会場で、少なくとも15人が死亡、34人が負傷という報道だ。
 昨年、観劇のためにモスクワを訪れた折、ノルド・オストの劇場占拠事件が起こった。当日劇場を訪れていたわたしは、滞在中激しいショックを受け、観劇のためと言うよりは、あのテロ事件を体験するための2週間だった。

 報道では詳細が分からないが、驚いたのは、テロが起こって死人が出ているのに、コンサートが続行されたという記述だ。終了後は警備当局によって誘導されて解散したと言うが、何故、続行?
 
 ノルド・オストの時。犯人だけではなく人質にも危険が予想される化学兵器を使って事件の解決を見たが、多くの人質たちが化学兵器によって命を落としたり、深刻な後遺症を残した。驚いたことに、人質分の解毒剤は用意されないままの、計画実行だったのだ。
 それなのに、テレビニュースに映し出されるのは、病院を見舞うプーチンの心配顔と、救い主を見るような人質たちの顔だった。
 わたしは「そんなわけないだろう! そんなわけないだろう!」と、聞き取れないロシア語のニュースを見続けた。少なくとも、映像として流される報道は、あまりに偏りのあるものだった。

 そして、このたびの。何故、続行? 
 
 相変わらず、分からない国、ロシア。彼の地の文学も、演劇も、愛してやまないのに、実際に訪れてから、疑問がつのる。
 また長時間滞在して、この目で確かめたいが、ことばの壁がどうしてもある。若いときにもっと勉強しておればよかったと悔いても、もう遅い。
 わたしはこの国で、何かをしなければ。


2003年07月05日(土) 新しい家族との出会い。●FLY,DADDY,FLY(金城一紀)

●前夜、「FLY,DADDY,FLY」を読み始めたら、もうおかしくっておかしくって、泣けて泣けて、最後まで読んでしまう。7時起きだというのに、その時すでに5時。興奮冷めやらず、パソコンを起動して、感慨をメモに記す。結局寝たのは6時。でも、新しい家族との出会いを前にぶれにぶれていたわたしには、「これを読んで出かけるのと読まないで出かけるのとは随分違うぞ」とまで思えるくらいの、必要な読書時間だった。
 1時間の眠りを前にして、受け取ってもらえるかどうかなんて考えないで、球種なんてどうでもいいから、とにかくわたしは新しく出会う人たちに、ボールを投げてみればいいいのだと、そう思っていた。投げたボールが投げ返されたら、受け取って、また投げ返す。

●待ち合わせの場所には、A氏の息子GOが一人で現れた。
「こんにちは、はじまして。××です。」というと、「こんにちは!」と、なんだか関心なさげに言う。そのくせ、見てないふりをしながら、わたしの顔を何度となく見上げる。
 出発の前に、GOとマックで朝ご飯を買い込む。A氏はなんの儀式もなく、当たり前のように、あっけらかんと、わたしと彼を二人で行動させる。その姿勢は、一日中変わらなかった。
 いざディズニーシーへ。GOと一緒にカーナビをセッティング。わたしが説明書を読んであげ、GOがコントローラーを扱う。ゲーム慣れしているので、キー操作が驚くほどうまい。
 ちょっとした渋滞に巻き込まれ、GOは「混んでると思ったからさ、俺新聞持ってきたんだよね。読む?」と後部座席に一人で座るわたしに紙っきれをさし出す。開いてみると、「デンジャラス鼻毛新聞」というタイトルの、漫画新聞。コロコロコミックスの付録らしい、奇妙きてれつな印刷物を、わたしは熟読して過ごす。そこに登場する、これまた奇妙な人物たちの似顔絵を、GOはわたしのために何枚か描く。そうこうするうちに、車は舞浜へ。

 車を降りてすぐに、GOは異常に落ち着きのない子供なのだとすぐに分かった。A氏から前もって聞いてはいたけれど、半端じゃない。仕事でたくさんの子役とつきあってきたから子供慣れしているつもりだったのだが、そのちょろちょろぶりに、わたしは目が点。ちょっとでも目を離そうものなら、視界から完全に消えている。
 わたしがマップを見て、どこに何があるかをGOに教える。GOがどこに行くかを決める。わたしがマップで案内する。A氏はみんなの荷物を一人で抱えて、後からついてくる。
 これまたすぐに判明したのは、GOはこれまた異常に怖がりだということ。そして、高所恐怖症。ちょっとでも怖そうなアトラクション、スピードが出たり高度の出る乗り物は、すべてパス。でも、そんなことを言ってたら、遊園地なんて「じゃあ、何をするの?」ってなもので。
 もう3年生なので、そろそろその資質をなんとかしたいと思っていたA氏が懸命に説得して誘うも、彼は固辞。なかなかに頑固だ。

 アトラクションを選ぶ毎に、20分から1時間30分ほどの行列待ち。ちょろちょろGOは、並んでいる時も落ち着かず、A氏とわたしで交互に叱り、退屈しのぎのゲームをする。だいたいが子供っぽいわたしは、手を使ったちょっとしたゲームをいくつかGOに教えてもらい、飽きずに繰り返す。GOが楽しそうにしているのが、ひどく嬉しい。でも、彼はきっちりと、「今日はお父さんと仲のいい女の人と遊びにきたんだ」というような態度を守っている。
 まだ実際に結婚していないし、結婚したにせよ、すぐに母親だと思えるわけもない。それにしても、意識して「お父さんと仲のいい女の人」と仲よく過ごそうとする彼の態度が、あまり素直な感じをわたしに与えず、痛々しい気持ちになる。

 お昼ご飯。GOの食べ方は、お行儀悪いことこの上ない。さらには食べ物をもてあそんだり、しかも、食事の途中でトイレにいく。A氏に言わせると、なぜだか分からないけれど、しょちゅうなのだそうだ。
 女親を持たずに育ったのだということを、わたしは理屈ではなく肌で感じとった。

 大変なことだぞ、と、わたしは思い始める。想像はしていたけれど、不安は現実となる。

 1時間30分並んだ「海底2万マイル」というアトラクション。暗さとBGMの雰囲気で怖くなってしまったGOを説得して、なんとか乗り込む。二人用のベンチにA氏とGOが一緒に座り、わたしは隣のベンチに一人で座り、ゴンドラが滑り出す。
 ゴンドラの2重ガラスの間にぶくぶくと泡が立ち上る仕掛けで、GOはすぐに「水に潜っちゃったよ」と大騒ぎ。そして、ガタンと音を立てゴンドラがストップし、照明が落ちてしまった時点では、もう泣きそうな顔をしてA氏にしがみついている。その親子の様子を、もろもろの思いで眺めているわたしに、GOが突然、心細げな声で言った。「××さんも隣に座ってよ!」
 わたしは二人がけの小さなベンチに滑り込み、GOの体を一緒に抱いてやった。胸が詰まった。

 ディズニーシーを後にし、A氏父が待つ東京へ。後部座席で、わたしはたくさんの不安でいっぱいになっている。
 片親で育った男の子の、様々なアンバランスを目の当たりにした。父親への小学校三年生にしては度が過ぎている甘え方にも戸惑った。父親は自分のものなのだとわたしに伝えているような気さえして。そして、子供と時間を過ごすことがどれほど大変かという当たり前のことも身をもって知り、自分の仕事との両立を不安に思ったりもした。……とにかく、不安を挙げればきりがないので、わたしはそれらを振り払い、しばらく眠った。1時間しか眠っていなかったので、すぐにぐっすり。次なるお父さんとの出会いに鋭気を蓄えた。

●A家に到着。奥さんが亡くなったときに、福井に引退して一人で暮らしていたお父さんを東京に呼び、買ってもらった家だ。以来、A氏は働き、料理以外のほとんどの子育てを、お父さんが担当して4年が過ぎたらしい。

 A氏にならって書いてきた履歴書をまずお父さんに渡し、挨拶をしようとしていたところへ、2階からGOがわたしを呼ぶ声。「ねえ、こっち来て!」
 にこにこして「行ってらっしゃい」と目で示すお父さんに「ちょっと行ってきます」と断ってから上がってみると、GOが自分の部屋で手招きしている。
「俺の部屋見る?」
 GOは自分の部屋のあれこれをひとつひとつ説明してくれる。可愛い。本当に可愛い。不安が一気に吹っ飛んでしまう。
 荷物整理を終えて上がってきたA氏、「ついでに屋上も見せようよ!」とGO。遠く池袋のサンシャインビルを眺める屋上は、実に心地いい。これからわたしと過ごす時間を楽しみにしているA氏が、隣でにこにこしている。

 一通りの挨拶を終える。御仏壇に挨拶をする。
 大正の時代に生まれ、戦争を乗り超え、戦後を企業戦士として乗りきり引退して、今、子育てと洗濯掃除に追われて暮らしている、A氏お父さん。わたしは、厳しい時代を幾つも超えてきた人の、深い穏やかさと優しさを感じる。
 A氏の小さい頃の話など聞きながら、ステーキハウスへ。男三人家族は、何より美味しい牛肉に目がないらしい。
 美味しい食事をいただきながら、わたしとお父さんを中心に、話が絶えない。わたしもお父さんも、よく笑った。GOはマイペースで高価なお肉に夢中。A氏は始終わたしの隣でうれしそう。
 煙草を吸うこともお酒を飲むことも、下手に隠すまいとわたしは思っていたが、GOに「たくさんは駄目だからね。俺が注意するからね」と言われてしまった。「美味しいご飯作るから大目に見てよ」と頼むと、「うーん、でもたくさんはダメ」となかなか厳しい。

 A家に帰宅したのは10時。いつもは9時に眠るGOが、まだ興奮して眠りそうにない。A氏と11時までには絶対寝ると約束して、わたしと遊び始める。A氏はわたしの家に一緒に帰って泊まるため、明日の朝食と夕食をいっぺんに作り始める。
 折り紙をして、絵を描いて、レゴをやって、わたしに促されてベッドへ。パジャマを着て横になったGOが、ちょこまか動き回って疲れた足をわたしに向けて「もんで!」と甘える。よくA氏が眠る前にやってあげるらしい。
 もんでやっていると、「明日も来るの?」とGO。
「明日は来ないかな。すぐに毎日は来れないけれど、お父さんが忙しい時とか、ご飯作りにくるからね」とわたし。
 GOはもう眠いはずなのに、目をくっきりと開けて、わたしに
「よろしくお願いします」
と言った。わたしも
「こちらこそよろしくお願いします」
と、答えた。

 GOが眠り、食事の支度が終わり、日付が間もなく変わろうとしている静かな部屋で、またしばしお父さんとお話しして、A家を出た。お父さんが最後にわたしにかけてくれたことばは、
「大丈夫ですよ。あなたはやれますよ」だった。

 もちろん不安は消えない。想像でしかなかったそれらはすべて一度に現実になった。でも、それより大きな希望が残った。
 これからだ。今日のわたしはゲストに過ぎない。単なるお客さん。……これからだ。
 ただ、この人たちがわたしの新しい家族なのだという思いは確かにわたしを満たし、それはなんだかとっても温かく賑やかな幸福の予感なのだった。

●A氏と我が家へ。長い一日を終えて、お互いに「お疲れ様でした」とA氏とビールで乾杯していることろに、恋人から「これから部屋に飲みにいっていい?」という電話。疲れているからと断るわたしに、彼は「珍しいね」と訝しがる。わたしが恋人の誘いを断ることなどめったになかったから。

 わたしは、恋人も、A氏も、同じように愛しているところから、不倫という汚名を捨て、A氏との生活を選んだ。その辺りの様々な心の迷いにつきあってきたA氏は、誰よりわたしが恋人に寄せる思いを知っており、彼が9月に日本を離れるまで、結婚のことは無理して告げることはないと言う。友達として会っていればよいと言う。もちろん、それには、今恋人が過剰な仕事に体を壊していることへの思いやりも含まれている。わたしを失ったと知って、恋人がどうなってしまうかということを、心配しているのだ。

 新しい家族との対面を終えて、わたし自身が答えを出さねばならない。新しい家族の、信頼と期待に応えるために。
 


2003年07月04日(金) いよいよ明日、A氏家族と対面する。

●明日のA氏家族との対面を前にして、朝からどうも落ち着かない。朝、と言っても、アナイス・ニンの読後感をまとめていると午前5時近くになってしまい、さらにベッドで金城一紀を読みふけっていると、眠りについたのは8時半。明日の早起きに備えて2時間睡眠で起床。こんな生活も今だけかと思うと、だらしない暮らしっぷりの自分を、なんだか許容してしまう。

●手みやげを買おうと、伊勢丹へ。かつてプレゼントしたコムサデモードの親子お揃いTシャツは着たおされ色あせてしまったので、新しいペアルックを探す。折しも夏のクリアランスセール。が、自分用の洋服には目もくれず、子供服売り場へ。買い物と言えば伊勢丹のわたしも、子供服売り場に足を踏み入れるのははじめて。お上りさんのような顔して、ぐるぐると売り場をまわり、調査することしばし。
 残念ながらペアルックを扱っている店舗はないが、サイズ展開が身長170センチまであるブランドをいくつか見つける。
 結果。トミー ヒルフィガーで親子お揃いの赤いラガーシャツ。おまけに色違いで自分もお揃いを。そしてラルフローレンで紺色のTシャツを、これまたお揃いで。
 これ、似合うだろうな、これ着たら可愛いだろうな、って考えてると現実感のない母親候補者はウキウキしてしまって、ついつい買いすぎ。まあ、こんなことも、今のうち。何しろわたしは、生まれてはじめてのお見合いに行く前夜のような気分。
 どんな風に接すればいいのか、どんな気持ちで出会えばよいのか、そりゃあ、さんざんに考え尽くした。でも、何も答えはない。すべては明日。A氏がいて、A氏息子がいて、わたしがいる。出会う。それが、明日。
 と、わかったようなことを言っていても、やっぱりドキドキ。やたらとテンションが高くって、電話をくれたA氏が驚いていた。

●両親が、この結婚に関していちばん気にしていたのは、娘のこれからではなく、わたしがA氏息子を責任持って育てられるかどうかということだった。
 ……自信。……そんなものはない。
 でも、愛していくことはできる。そして、意外と心配もない。そういう意味では、今までそれなりに一生懸命に生きてきた。その自分で、大丈夫だと思っている。ただ、これから世界に飛び出していく子供を守ってあげるのは、それはそれは大変なことだろう。新聞を開くと、胃がしくしくするようなことばかりだ。
 のびやかに、しっかりとしたまなざしで、新しく出会う少年を、見守る決意。わたしの人生の、新しい挑戦の始まりだ。


2003年07月03日(木) 悔やまない生き方。●小鳥たち(アナイス・ニン)

●あさって土曜日、A氏のご家族と対面することになっているが、A氏の仕事が全日休みになれば、A氏息子と3人でディズニーシーに行き、それからA氏父を交えて食事に、という予定になっている。
 東京に暮らして20年以上になるというのに、わたしはディズニーランドでさえ1度しか行ったことがない。それが、見知らぬ「シー」とやらへ新しい息子と行くことになろうとは、人生わからないものである。
 で、当然、見知らぬ「シー」を調べまくる。すると、目的とは裏腹に、「これは楽しそうだ、ああ、これには是非乗らなきゃなあ」と、子供心が全開してしまう。相変わらず暢気な女っぷりだ。まあ、そうは言っていても、当日になれば、A氏息子のことばっかり気にしてるんだろう。ふむ……。ま、当たって砕けろだな。

●「病気志願者」があまりに深く深く心に重くのしかかっていたので、気分を変えて、アナイス・ニンの官能小説を読む。そして、改めて、訳者の矢川澄子さんの死を惜しむ。

●来年、再来年あたり、英国留学する計画があったので、この休みのはじめは英語学習に励んでいたのだが、結婚を決めてからはさっぱり進んでいない。母親として家庭に入ったとたん、「じゃあ行ってきます」ではすまないし、現実的必要がなくなるとこうもやる気が失せるものか。

 一回の人生でやれることは、個人差能力差こそあれ、限りがある。捨てた可能性を悔やまないためには、選んだ可能性を思い切り生きることだ。
 そんな当たり前のことを、実感する今日この頃也。


2003年07月02日(水) 残りわずかな独身生活。●病気志願者(M・D・フェルドマン)

●来年の仕事のキャスティング打ち合わせに出かける。制作事務所には、わたしを女優時代から知っているプロデューサーがいて、しばし昔話。東京に出てきて、大学2年の頃からもうギャラを貰って働いていたから、業界に居続けた時間は長い。そのプロデューサーと初めて会ってからでも、すでに18年経っている。
 どーんと売れた人。やめていった人。亡くなった人。相変わらずな人。様々な共通の知り合いのことを話していると、どんどん時間が過ぎてしまう。感傷はあまりない。ただ、たくさんの人と出会っては別れ、出会っては別れしてきた日々を思う。わたしのやっているのは、そういう仕事なのだと改めて思う。
 メインキャストはほぼ落ち着いたが、群衆劇なので、あと30人ほども選ばなければいけない。
 売り込みがきたからと渡されたたくさんのプロフィールを見て、いつものことだが、こんな紙っきれに書かれた情報だけで何がわかるか!と感じる。
「オーディションしよう、オーディション!」と言って帰ってくる。まあ、短い時間でオーディションをしたとて、どれほどのことが分かるわけでもないのだが、それでもまだ、ちょっとは誠実だ。歳のせいか、誠実に仕事をするというのはどういうことなのかと、折りにふれ考える。

●毎日、ただひたすらに本を読んでいる。家でさんざん読んでいるくせに、電車に乗っても、お風呂でも、ベッドでも、余すところなく読んでいる。
 独身生活の残り少ない自由な時間をどう過ごすか、なんて、考えているわけでもないのだけれど、むさぼるように、読書の快楽に身をひたして過ごしている。自分はやはりこの時間が好きだったのだと実感したりしている。
 仕事が始まれば、自分の時間などほぼないに等しく、また、人と深く深く関わっていく時間の積み重ねになる。わたしは休みの間、いくら一人でいても飽きない人だ。
 
 そう言えば、若いときから、1本の仕事が終わって休みが少しでもあると、電話線を抜いて、本を読んだり、何やら書いたりして過ごしていた。会うのはその時々の恋人で十分だったりした。それで、ようやく、バランスが取れていた。

 こんな自分が、三代の男家族の中に入り、義父の世話をやいたり、新しく出会う息子の面倒を見たり、本当にできるんだろうか。
 不安はもちろんつのっている。でも、自分の人生の新しい側面が切り開かれることに、期待感も高まっている。
 土曜日の対面は、もう目前。


2003年07月01日(火) 深まる闇。

●総理現役時代から不用意な発言でさんざん問題を起こした森喜朗氏が、また、少子化問題調査会で、馬鹿なことを言っていた。
 子供を産んで国に貢献してくれた女性にご苦労様と、税金は使われて然るべきものだ、と。子供も産まず、国に貢献しない女性に、福祉が適用されるのはどんなもんか、と。
 そりゃあ、女性議員は怒るよ。お茶の間の女性陣だって怒るよ。
 まったく、暴言吐きたけりゃ、料亭にでも行ってやってくれりゃあいいんだけど、相変わらず、公人としての自分の発言がどういう意味を持つかということが、分かっていないらしい。

 新聞で読むだけなら、わたしもまだ鼻で笑ってすんだものを、TVのニュースで、それを語るときのお気楽に緩んだ顔と、後になって弁解するときの、社会性のない餓鬼みたいな顔を見て、ちょっとムカムカがおさまらなかった。
 とにかく、ことばを発することが何事であるのかくらい、成人なら分かってろ。

●フラナリー・オコナーを、一篇ずつ大事に大事に読んでいる。上巻では「暴力」がこの人のモチーフだと思ったが、下巻に至ると、それは普遍的な、人間の「殺意」になっている。
 同時に、「病気志願者」という本を読み始めた。虚偽性障害、ひいてはミュンヒハウゼン症候群などを詳説するものだ。オコナーを読んでいるときは(彼女は二次大戦後の冷戦期に小説を書いている)、人間の裡の闇はこの頃とまったく変わらないなどという印象を持ったものだが、いやいや、闇はさらに深まるばかり。枝葉末節は伸び放題に伸び、絡まり合い、その全体像は見渡すこともできない。どう視点を変えても、あまりものカオス。

●仕事に出て行く前夜であっても、この夜更かし癖は止まらない。気の済むまで読んだり書いたりしないと、眠れない。A氏はもうすぐ起きる時間だ。目覚めの前にほんの少しだけ、隣に滑りこんであげようか。


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