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2003年03月31日(月) |
ロンドンに早一週間。 |
●休演日明け、キャストもスタッフも、元気を取り戻している。それなのに、芝居はどこか物足りないものに。
わたしは不調から立ち上がれず、まだどこか仕事の仕方をさぐっている。どうしたんだろう? わたし。
●断片的な情報しか得られない戦争。何か、現実から遠く離れたところで仕事をしているような気がする。この芝居自体が、この現実の中でこそ手触りを深めるものと受け止められているというのに。
●休演日! 素晴らしいお天気!
目ざめて、仲間と昼食をとり、ビールを飲んだら眠くなり、絶好の散歩日和だというのに、また寝てしまう。起きたらもう夕刻。しかもひどい頭痛。
持ってきていた宮部みゆきをベッドで広げ、そのまま朝まで就寝。
わたし、よっぽど疲れてたんだな。
2003年03月29日(土) |
そしてショウは続く。 |
●2日目。観客席から賞賛の拍手が鳴りやまず、癒される。日本の観客よりヴィヴィッドな反応。スタッフワークはまだまだ落ち着かないが、それでも、大変な仕事を開けたのだという満足感は、みんなの間に広がっている。
自分自身の仕事ぶりが、どうも納得できず、わたしの精神はどこか陰っている。
明日は休演日。疲れをとって、出直さなければ。
そう思いつつ飲みにいったら、どうもどろどろに酔ってしまったらしく、帰途についた時間の記憶がない。うーん。
●一度は「開かないかもしれない」と思われた初日が、無事開いた。客席はブラボーの嵐。スタンディングオベイション。しかしながら、スタッフワークの仕上がりはまだまだで、明日から、また新しい闘いの始まり。
2003年03月27日(木) |
こんな時に何故不調? |
●舞台稽古の続きを乗り切り、なんとか通し稽古まで持ち込む。クルーの半分がロンドンスタッフであるため、たくさんのミス。それでもなんとか無事故で乗り切る。
わたし自身は疲れが早くも出てしまったのか、どうも動きが悪く、仕事を幾つか取りこぼす。久しぶりにひどく自己嫌悪に陥る。
●照明の終わりの見えない仕事が続く中、わたしはキャストを迎え、舞台稽古の準備。眠っていないのに、大事な1日ということで、至極元気。テンションがあがって、集中力もある。
●舞台稽古終了後、午前3時半まで照明の作業の続きを手伝う。
●ホテルに帰らなかったため、煙草がきれる。劇場の販売機で買ったら、一箱900円もする。おまけに16本しか入っていない。さらには、吸ったらガンになるよ、吸った肌が老化するよ、のメッセージ付き。なんだかな。
●この仕事は、客席通路を出ハケ口としてしょっちゅう使う。舞台が設営されていくのを後目に、わたしは、こちらのステージマネージャーと、客席使いの打ち合わせに、半日を費やす。
詳細な資料を送っていたものの、やはりちゃんと目を通してくれたのは今日がはじめてといった按配で、一から様々な許可を取っていく。まだるっこしく、面倒だが、これが外国で仕事をするということ。
●照明の仕事の遅れ激しく、全パートが手伝って徹夜作業。必要な作業を終了しないままに、午前8時、とりあえず休憩。9時には新しい1日の仕事に入っていた。
わたしは楽屋のベッドで15分仮眠。眠っているのか眠っていないのか分からないままに、体を横たえていた。
●対岸の火事は、庁舎でもなんでもなく、一般のアパートだったと判明。
新聞を読まないものだから、日本でどういう戦争報道をしているか分からない。「対岸の火事」に、やっぱり過ぎなかったりするんだろうか? 米国との関係からすると、対岸でもなんでもないはずだけれど、噂に聞けば、報道にさかれる時間や紙面は極端に少なくなっているとのこと。
自分自身が、今は日本の対岸にいる。
●午前9時、仕事開始。午前中いっぱい楽屋割りに費やす。たかだか楽屋を見せてもらうだけで、ロンドン側の様々なスタッフを通さなければならない。通訳を通さなければならない、時間のロス、また、ニュアンスのロス。まあ、英語だから、昨年パリに行った時と違って、ある程度の訳し間違いは分かるので楽だが。
●照明の仕事が根本的に遅れてきている。
●午前3時、川向こうに火柱が見える。あれは何かの庁舎じゃないかとか、信憑性のない噂がつらほら。戦争、どうなってるんだろう? と、何日かぶりに思う。
●ロンドンに到着。驚くほどの暖かさ。17時のヒースローは、半袖でも平気なくらい。
デモによる市内の交通マヒを予想していたのに、これもまたあっけなくホテルに到着。すでに劇場入りしている先発スタッフを激励した後、演出家とSOHOで食事会。
ホテルはキッチンのついたアパートメントタイプ。皆それぞれに食材やらビールを買いこんで帰宅。当分キッチンに立つ余裕などないことを知りつつも。
●東京でアクセスチェックをし、たぶん大丈夫だろうと踏んでいたローミングだったが、当地ではつながらず。どうもあてがわれた部屋の電話に問題があるらしい。なんたって、外線が繋がらないのだから。日本にいるわけじゃないから、部屋を変えてもらうだのなんだの言い出すと面倒なことになる。それに、どうも多くの部屋で外線が繋がらないらしい。まあ、ヨーロッパのホテルなどそんなもの。水とお湯がちゃんと出るだけでありがたい。
2003年03月22日(土) |
出発目前。さくさく荷詰め。 |
●只今午前5時。ためこんでいた仕事がようやく終わって、今から荷詰め。7時には家を出なきゃいけないから、あと2時間の勝負。
仕事の旅仕様の荷物リストが作ってあるので、いつものようにこれをプリントして、ひとつひとつ消しながら詰め込んでいくだけ。ロシアに行くことを思えば、楽な荷詰めだ。大丈夫。
それにしても、アレルギー症状が今夜は特にひどい。これさえなければ、もっとスムーズに全て運んでいたのに……。ロンドンも、花粉、飛んでるのかなあ。
●ここまで来たら、とにかく、行って、幕を開けるだけ。
●2週間もいるから、向こうでも日記を書き続けたいのだが、さて、ローミングがうまくいくかどうか。
●休みの間、確信犯的に仕事をせず、本ばっかり読み、うだうだとあれやこれや考え過ごした。しかしその猶予期間もタイムアップ、さすがに向こうでの仕事に備えて、台本の整理、旅の支度を始めた。出発は23日の朝。あと24時間後だ。目の前には、やることが山積み。マックのデスクトップにやることを書き出し、クリアしたものを消しながら時間を過ごす。
●まわりの多くの人から、「本当に行くの?」と聞かれる。確かに多くの問題を孕んではいるが、行くのだ。
ロンドン側のスタッフは、何の問題もないよ、と言ってきている。
プロローグエピローグで、「傷ついた、五体不満足な人間たちによって演じられる物語」という大枠を持ち、舞台装置は、たくさんの銃痕が開いた壁に囲まれた世界。そんな芝居を持っていくことを、なんと「タイムリーだよ」と言ってきている。
でも、そんな呑気な話なのか?
それとも、芸能者というのは、それくらいの思いで現実とつきあった方がいいのか? 現実と拮抗する虚構を生み出すために。
●しばらく寝て、起きたらまた仕事。次ぎに寝るのは、きっと飛行機の中だ。
●それにしても、戦争報道を見るのは苦しい。
民間の人間が、これほどまでに納得できず、違和感を感じているのだ。明々白々に。ブッシュの、フセインの、小泉の、口元を眺めながら、歪んでいく世界を思う。その口から出たことばが、これからどんな不幸を呼ぶのか。危惧しながらも、何もできない。世界各国で、多勢の集まるデモが起こっているけれど、たくさんの口は、一人の口にかなわない。
いったい、何が出来るというのか、わたしたちに。
さっき書いたことと矛盾してしまうが、結局わたしは、「だから芸能者として生きる」というところに、戻っていく。
2003年03月20日(木) |
開戦。この3日間を振り返る。 |
●第2次湾岸戦争、開戦。
1日中、報道番組をつけっぱなしにして過ごす。
新聞を読んでも、報道番組を見ても、どんな真意もくみ取ることができない。武力によって制圧されるべきものがはっきりと提示されているにも関わらず、その実体が、見えない。
どんなに「人道的」にと謳ってみても、避けえない悪の制圧だと謳ってみても、無差別殺人になって仕方のない、百花繚乱、進化した兵器の活用は、そこに当然、敵味方の線引きをし、人心を歪ませる。想像力のバランスは崩れ、崩れたもの同志は寄り合い引き合い、歪んだマスを形成する。歪んだマスは、次ぎに何を生み出すか分からない。人間とはそんなものだろう。また、一度生まれた憎悪、深い痛みは、遺伝子となって子孫に繁栄する。きっと、血となって受け継がれる。
自分もまた、歴史の中の一部なのだと、感じざるをえない。
不愉快で、つくづく、悲しい。
●3日間、いろんなことを考え考えしていたら、どうにも書く気にならなかった。どうせ書ききれないからと、書かなかった。
思い切って3日分を書こうとしてみたら、やっぱり何も書ききれず、自分につくづく愛想を尽かしたりする。
それでも、意味があるはずだと、やっぱり、書いてみる。
●明日から、ロンドン公演の準備を始める。打ち合わせに出向いたり、向こうでこなす仕事のシュミレーションをしたり。
単純に、仕事に忙殺されると、本質を見失いがちだ。こうして時間のある時に感じる、(あれこれとどうしようもなく彷徨ってはいるが)自分の立ち位置を、忘れないようにしなければ。
2003年03月19日(水) |
人間と、状況。●戦場のピアニスト(R・ポランスキー)●ザ・ピアニスト(W・シュピルマン) |
●ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」を観る。
彼らしいと思える特別な手法は何もない。目に見えるシーンのすべては確かに衝撃的だが、かつてあったことを淡々と再現しているにすぎない。
そんなことに関わりなく、この映画が素晴らしいのは、表現者の目線が、現在が、とってもはっきりしているところにある。
●ポランスキーは、2時大戦下のワルシャワに幼少期を過ごし、ゲットーで暮らし、自らはゲットーを脱出したが、母親を収容所で失っている。
その記憶を、映画人である限りいつか撮るだろうと思い続けて暮らした中、ようやく巡り会ったのが、この原作であったらしい。
「シンドラーのリスト」の監督をオファーされて断った彼が、この原作に魅かれた理由は、「自分と近すぎず、距離感を持てる」ということだった、と、語っている。
そして、その通り、あったことはあったこととして描き、忠実で、しかも、自らの情感に偏りすぎず、その「状況」下での、人間の多様な物語を描くことに成功している。
あるのは、「人間」と「状況」だけ。
そこに、どんなことが起こりうるか。
●見終わってすぐに本屋に行き、原作を買い、一晩かけて読み終えた。
ピアニストのシュピルマンは、記憶の生々しいうちにこれを記し、もちろん発禁の憂き目に会い、戦後50年を過ぎてから、彼の息子が出版をした。
そこに読めるは、感情的に整理できない事実(もちろんそんな事実は一生涯整理できるものではないだろうが)ばかり。事実ばかりが、羅列されている。しかし、彼が秀でた芸術家であったこと、偶然にも敵の目をかいくぐって過ごせたこと、終戦間際に彼を救う「ドイツ人」に巡り会ったこと、その小説より奇なる現実の力ゆえに、人に読まれるべき作品となっている。
物語は、生きている人間に付随するものなのだ。彼と同時期にゲットーで過ごし、子供たちとともに収容所で亡くなったコルチャック先生だって、そこまでは生き長らえ、最期まで人間として選択をした末の死だったからこそ、わたしたちにその生き様が伝わっているのだ。そう考えれば、敬意を表すべきどれだけの「生」が、意味なく(当人の選択なく)失われていったことか。
シュピルマンの戦後の「生」の影には、ドイツ兵でありながら彼を救い、自らは戦犯としてシベリアで亡くなったヴィルム・ホーゼンフェルト大尉の「失われた物語」が隠されている。
●原作には、ホーゼンフェルト大尉の日記抄が併載されている。ドイツ人でありながら、その前線に立ちながら、平和を希求し、人間の尊厳を問う姿勢が、自らの現在に照らして、痛ましく書きつづられている。
彼の物語は、語られることなく、終わっていたのだ。
●シュピルマンを語り、ホーゼンフェルトを語り、戦争を語り、ナチを語るポランスキーの目に、曇りはない。一生晴れないであろう、彼の個人的な記憶の曇りは、そこに垣間見えない。少なくとも、それが映画の本質ではない。
あくまでもそこには、ありえる「人間」の姿があり、かつてあった戦争(ユダヤ人迫害)という「状況」があるだけだ。
いつかは死ぬ人間が、どう生き、どう死ぬかということ。極端な状況下で人間の尊厳がどう変形するかということ。極端ではなくとも、人はそれぞれの状況下で、生きたり死んだりするということ。
●悲しむべき事は多い。でも、悲しんでいるより先に、生きている限り物語は続くのだと知る。続いていく「生」が、喜ばしかろうが辛かろうが、それぞれの物語は綴られる。それこそが、生まれてきた意味であるかのように。
2003年03月18日(火) |
飽和状態。●白痴群(車谷長吉) |
●日がな一日読書にいそしんで休日を過ごす。読書の合間に、自らの現在だの未来だのを考える時間が、たびたび紛れ込む。読んでなければ紛れ込まない思索があり、読んでなくても紛れ込む思索があり。
●夜遅く、「飯を一緒に」の電話が恋人からかかる。終電に飛び乗って、待ち合わせの街へ。
彼は、9月にフランスに発つまで、あまりにたくさんの仕事を抱えている。そのすべてにおいて責任ある仕事をしているものだから、もう、飽和状態にある。仕事をこなしてもこなしても、まだ目の前に山積み状態。休む暇なく、本当に、ひたすら働いている。時間と成果の両方を競うゲームの主人公のように。
彼と話していて、わたしは全く別の意味あいの「飽和状態」を待っているのだと気づく。
この仕事をはじめてずいぶんと経ち、自分の作品を創るべき時期にきているわけだが、「じゃあ先ず何をやるんだ?」と企画を求められると、わたしはその「ひとつ」が提出できない。
いつぞやも書いたが、わたしの中に複数の視座があり、何をどう語るのが自分らしいのか、何をどう伝えることが今のわたしの必須なのかが、どうもはっきりしない。
たとえば、こんな風だ。
わたしの中に、受け皿としてのコップが、幾つもある。わたしの幾つかの問題意識と言い換えてもよい。
そのコップの中には、ほぼ均等に水がたまっていく。どれか一つが一気に溢れることはない。真面目に生きていると、どれも一杯になるのだが、私固有のバランス感覚で、どれも表面張力レベルで拮抗して止まってしまう。
どれかひとつに、たった1滴が落ちてくれれば、表面張力が崩れ、たらたらと零れ出す瞬間がくるのに、その1滴が落ちてこない。何かひとつに偏れない。
●喜劇でもいい。悲劇でもいい。楽観的でもいい。悲観的でもいい。主観的でもいい。客観的でもいい。具体的でもいい。抽象的でもいい。
切り口が定めることが始まりなのに、わたしは、世界を見る目がゆらゆらゆらゆら揺れていて、どこにも「とりあえず」と腰をおろすことができない。
●どうしたって語り始めなければしょうがない「飽和状態」が訪れ、そこに決定的な1滴がしたたる瞬間、その瞬間を待つための時間を、わたしは過ごしている。
●そんなことを話したり考えたりしながら、ぐいぐいと、盃を傾け続けた。酔っぱらってのち、現実的な飽和状態でくたくたになっている彼をマッサージする使命を帯びて、この夜はホテル泊まり。彼が眠りにつくまで、それが天職ででもあるかのように、マッサージし続けた。
●雨の中、自転車を繰って、税務署へ。通り道の公園は、白梅紅梅がほぼ満開。暖かい日には、さぞ芳しい香りをふりまいて人々の嗅覚を喜ばせているのだろう。
なんとなく、去年の日記を見ていたら、3月13日には、わたしはもう初桜を見、梅がすっかり散ってしまったと書いている。
去年の11月から毎日、朝から晩まで稽古場か劇場にいたものだから、わたしはこの冬をちっとも肌で感じていなかった。
ああ、今年の冬は寒かったのだな、と、ようやく思ったりする。
●税務署は、表向き確定申告の最終日なものだから、大混雑。まだ諸々の計算をすませていなかったわたしは、喫茶店へ。テーブルの上に領収書の山を積み上げて、端から整理していく。2時間の算数作業の末、税務署に舞い戻り。さらに混雑きわめた申告所で、さくさくと書き上げ。
隣に坐ったおばさんが、説明に駆り出された税理士から「違うでしょ、それ。ちゃんと計算した? ここからこれ引いて、なんでこれになるのよ。機械でやってもらいなよ。いつまでかかってんの?」などと言われている。
「こういう高飛車な言い方、ありがちだよな。」と、同情したが、まあこの1日彼がやる作業を思えば、仕方ないよな、と思う。それでお金をもらっているとは言え、そんなに我慢強く教えたり、相手の立場になってものを考えたりできる人は、そうそういない。サービス業でもないし、大体はそういう高飛車さをもって、「素人ばっかりでいやになるよな」とか「毎年のことなんだからもうちょっと自分でやれよ」とか思っているものだと想像する。
しかし、そのおばさんも負けてはいなかった。別の税理士をつかまえてきて、高飛車な人の名前を訊いている。
「名前教えてちょうだい。投書しますから。忙しいのはわかりますけどね。あんまりにも失礼ですよ。あんな人はいちゃだめですよ。訴えますよ、わたしは。」とキイキイした声で、小鼻をふくらませながら。
また、詰問された新しい人の方の答えもすごい。
「ああ、そうですか。色んなタイプの人がいますからね。あの人は○○さんですけど、わたしの名前は出さないでくださいね。わたしはちゃんとやってますから。」
なんだろうなあこの人たちは、と、悲しくなってくる。そのおばさんは、わたしの収入とか必要経費とかが、よほど気になるらしく、わたしの申告書をずっとのぞきこんでいた。「見ないでね」とわたしがチラと視線を向けるとあっちを向いてそらとぼけるのだが、またのぞきこんでいたりして。
……おばさん、あなただって失礼よ……と思いながら、記入し終えて、席をたった。
ああ、市民たちよ。(って、何度も呼びかけたのは『ジュリアス・シーザー』のブルータスだったか、アントニーだったか……?)
人々は、わたしを感動させたりがっかりさせたり。
世界は、美しかったり嘆かわしかったり。
●こうして一息ついて1日をのんびり過ごすと、忙しかった時の自分のことが思われる。やることが余りに多すぎると、仕事を優先順位で区切ってこなしていくので、とりこぼしていく人間的な仕事が、たくさんある。
ついぴりぴりして、まわりに声をかけさせない雰囲気をたたえていたこともあると思う。
忙しくっても時間がなくっても、ゆとりのある心を保つ道はきっとあると思うのだが、なかなかそれができない。
人間が小さいんだな。所詮。でも、小さいなりに、ちっとは大きくなろうとしてみてなんぼだぞ、と、自分に言い聞かせたりして。
●さて、明日もお休み。大掃除でもしてすっきりするか、お布団にくるまって物語の世界にどっぷりつかるか。
●年始から始まったこの仕事、ようやく一区切りを終えた。これからロンドンに出向き、帰国したら、地方二カ所で開けて。すべてが終わる頃にはゴールデンウィークを迎えている。なんとも長い仕事、ようやく折り返し地点というところ。
●少し気持ちが緩むと、アレルギー症状がひどくなる、というのがここのところの決まりで、今夜も、明日はお休みだと思った途端に……。明日はでも、何がなんでも確定申告に出向かなければ。
●3日くらい、好きに暮らせる。2日以上続けて休めるのは、今年初めてのこと。
2003年03月15日(土) |
書いてもよい、今夜。 |
●2時間しか寝てないくせに、元気に過ごした1日。まあ、確かに朝は、5分乗る電車で立って寝て、30分乗る電車を40分寝てしまって、タクシーを飛ばし、最低の出勤だったけれども。
●きっと今夜は早く寝るのだろうと思っていたら、また0時を過ぎて、恋人と御飯とお酒。それぞれの青春期の馬鹿さわぎを、馬鹿みたいに回想して過ごす、罪のない時間。
●東大生だった恋人は、実に健全で盲滅法な、なんというか、沢木耕太郎「深夜特急」的な旅行をしたり、吉本ばなな的な純愛をしたり、仲間内で野球ゲームに明け暮れる時間を過ごしたり、回想するには悪くない青春を送っていたらしいのだが、このわたしときたら……。
外出拒否症になって4ヶ月くらい部屋に籠もっていたり、一時期にたくさんの男の子とつきあっていたり、駆け落ちしたり、身を持ち崩したかと言われるようなバイトをしたり、まあ、不健康きわまりない青春であった。それと平行して、演劇活動を続けるなんら問題なく見える優等生のわたしもいたりして、まあ、なんだか、訳のわからない人間だった。そんなこんなを思い出せば、よくまあ、そこそこ筋の通った人となりに、なれたものだと思う。
●生まれてきたからには、いつだかはわからない死んでしまう日まで、生きていかなきゃならないわけで、その時間をどう過ごすかを、真剣に考え、立ち向かっていける自分を、とりあえず今現在のわたしは、持っている。このわたしを作ってくれたのは、たった二人の父と母であり、たくさんの他者であり、たくさんの他者が贈ってくれた芸術作品だ。文学やら映画やら絵画やらに、どれだけ救われてきたか。その恩恵でここまで生き延びてきたからこそ、ここまで日々を謳歌できたからこそ、これからは、自分が創って発信するのだと思っている。
●今書いているEnpituという日記では、どういうリンクをたどってこの頁が読まれているのかを知ることが出来る。
この1ヶ月、「パワーハラスメント」を検索してここを訪れる人が、毎日必ずいる。一気に20人、なんて日も。
何気なく書いていることが、そんな風に読まれるということに、ちょっとした危惧を覚える。3日に1度は、酔っぱらって書いてるしなあ。
極力、検索にひっかからないように、実名をことごとく避けて書いているし、友人にも仲間にも、アドレスを教えないで書いている。記録として読んだ本を付していくことで検索にひっかかることを知って、一時はその習慣をやめたりもした。
でも。ろくなことは書いていなくても、嘘は書かない。まあ、それだけが取り柄ではある。その日その日において、嘘じゃないことを書いている。だから開き直って、誰が訪ねてきても怖くない、と、読んだ本を付す習慣も取り戻した。
鈴木真砂女さんが亡くなったことを知り、彼女が俳句ということばの形式と共に生きていなかったらと想像し、胸が詰まった。
文才にたけていなくても、ことばを知らなくても、やはり、書くこと読むことで自分を鼓舞したり救ったりしていける人の部類に、わたしは属しているのだと思う。
●明日はひとまず千穐楽。
2003年03月14日(金) |
書いてる場合じゃないらしい。●ぶらんこのり(いしいしんじ)●武蔵丸(車谷長吉) |
●恋人と、遅い食事を摂り、グラスを傾け続けた結果、午前6時の帰宅。明日は8時起きなんだけれど。マチソワなんだけれど。
4時間くらい、ほとんど喧嘩腰に、仕事と、夢と、こうして生きてることについて語っていた。彼は非常に正しく論理的に、わたしは感情的にふらふら言い逃れしながら。
●あなたの、ことばになってない部分も、不遜ではあるが理解している、だから、今は静かに寝て、明日に備えてくれという、恋人からの忠告(進言)電話がかかる。
●今日は、書きたいことがたくさんあったのにな。でも、きっと寝た方がいい。はあ……。こんな夜もある。
今日、いっぱい書くんだったら、「ちっぽけな神様」というタイトルだった。久しぶりに書きたいことを頭につらつらと思い描く夜だった。明日、それを書くだろうか? それとも、明日になったら、書かなくってもいいことになってるんだろうか?
とにかく、今は、書いてる場合じゃないらしい。仕事をしている人として。おとなしく、寝る。寝れるのか?
●何やら落ち着かぬ日々。仕事でも、私生活でも。
●前の仕事でご一緒した女優さんが先日、現在の公演を観にきてくれて、今日、実に感動的な「感動しましたメール」を受け取った。
感動したことを伝えて、逆にわたしが感動してしまう、温かい文章。ありがたかった。
女優としては抜群の才能、でも人見知りが激しく、「使いにくい」と敬遠されることもある彼女。いやいや、わたしにとっては、「自分は一人で闘っている」のだということを知っており、「自分を愛する」ことを知っている、素敵な人だ。誰からも愛されようとする女優より、よほどわたしには潔く思える。そういう人が本当に感動してくれる時、作った者の方も感動できるものだ。
●膨大な「紙葉の家」をちょっと置いておいて、ネットの本屋から届いた、いしいしんじ氏の処女長編を、朝から読みはじめる。たぶん、今夜中に読み終えるだろう。
「まさに今求めるタイプの本に、その時その時巡りあってしまう」というのは、幼い頃からずっと本好きでいたわたしへの、神様のご褒美だろうか?
いしい氏の語るものがたりは、乾いたわたしの精神に、きらきらと陽に光る清新な水を、ひたひたと注いでくれるようだ。
帰りの電車の中で読みふけり、涙がこぼれて、サングラスをかけて隠した。いらぬ涙を廃棄して、きれいな水を自分の内に新しくたたえたい。
●23日にロンドンに渡る予定になっているのだが、この世界情勢では、何があるかわからない。
ロシアでチチェンのテロ事件にでくわした時も思ったことだけれど、平時に感じる芸術の影響力は、非常時になると、実に脆い。たったこれだけのものだったのかと思うほど。
●今、上演中の舞台は、傷ついた旅芸人たちが集まって、荒唐無稽な幸福の物語を演じてみせるという、大枠を持つ。不幸なことばっかりの時代に、夢見る権利ぐらいはあるだろう、と、演じてみせるのだ。
プロローグでは五体不満足な旅芸人たちが演劇という救済を求めて集まってき、エピローグには、演じ終えてまた何処かしらへ帰っていく。
現演出では、ラストシーン、真っ白な照明の中を彼らは帰っていくのだけれど、これを、開戦したら、真っ赤な照明に変える予定になっている。
わたしは、上演中の舞台を、とっても愛しているが、その演出プランには、密かに反対している。そういう即時的なことに耐える、精神力がないからだろうか? それとも、自分の体を通過していない痛み、自分の想像力を越えた痛みを、人に提示する勇気がないからだろうか?
白が、赤になるだけのこと。それも、虚構の舞台の上で。
でも、そこにわたしの人生が確かにあるので、どうしても納得できない。
●日本での公演も、あと4日、5回限りとなった。16日までだから、ニュースで見聞きする限り、たぶん、それまでに開戦することはないだろう。でも、ロンドン公演では……。
●明日は午後からの出勤。また物語の世界にたっぷり逃避行して眠ろう。
●性善説とか、性悪説とか、まあ、いろいろ言い方はあるだろうが、人は生まれてきた以上、ある程度、同じような感受性というものを持ち合わせている。
ほんの小さな社会をのぞいてみても、その感受の力のある部分が麻痺していたり、麻痺させていたりする人がいて、それが社会のぶれや損失を招くことが多い。もちろん、ある部分を麻痺させなければ生きていけない、或いは生き抜けない社会が存在するから起こることなのだろうが、それこそが、実際、諸悪の根源であることが多いと、わたしは常々思っている。
自分が自分であるために、生きるために施す最低限の自己弁護が、パーマネントに持っている感受性を、損なっていく。
●2次大戦を経て、この現代に戦争を興すということは、マスになって、ある感受性を麻痺させることにほかならない。
人が二人寄ってできるいちばん小さな社会をとってみても、その罪は明らかであるのに、それがどうして、国家レベルにまで発展するのか。
知性が無さ過ぎる。どう考えても。いくら新聞を読み、学者や政治家の解説を聞き、しても、わたしには、そう思える。そういう風にしか思えない。
●想像力! 想像力! 想像力!
●花粉症の症状ひどく、お休みの1日を無為に過ごす。
ほんのわずかな時間仕事をし、ほんの少し部屋を片づけ、ただぼうっと。
●「紙葉の家」という長尺の小説(というより、読み物か?)を読みはじめた。
2003年03月09日(日) |
制御できない感情。恋。 |
●世界を揺るがす戦争が今にも始まろうとしているこの時に、わたしは、たった一人の自分の恋人のことで、頭がいっぱいだ。
●わたしが恋人と呼んでいる人は、妻帯者だ。彼の奥さんは、自分の仕事を模索するために、現在パリに住んでいる。つまりは別居中だ。そして、彼はこの9月から、国費在外研修でパリに赴く。
妻帯者であるという事実を棚上げにして、わたしの一番のパートナーとして生きていた人が、また奥さんの元に戻るわけだ。
彼は彼で、自分の仕事を模索しにいくわけであり、それがたまたま、夫婦してパリであったというだけのこと。ただ、彼らはまた一緒に暮らし始める。
●自分の中に生まれる様々な感情の中で、わたしは特に「嫉妬」という感情を憎んでいる。どうしても、みっともないものとしか思えないからだ。それが自分の中に生まれようとしている今、なんとか理屈をつけて、なんとか自分を制御して、「嫉妬しない」自分を見つけようとしている。
今、わざわざ「嫉妬」の虜となって苦しむよりも、彼の人生とわたしの人生が再びクロスする時間を、人としてちゃんと生きつつ、ひたすらに待っていたい。
でも、それができない。そんなに簡単なことじゃない。
●自分の人生の空き時間を、たくさんの男たちと暮らしてきた。たくさんの人を自分勝手に傷つけてきた。20代30代なんて、とっかえひっかえだった。でも、さらに自分勝手に言えば、本当の恋は二つしかない。ひとつはもう終わってしまったもの。ひとつが、現在の恋だ。
●17日にも開戦かと告げる新聞を読みながら、わたしは自分の恋のことをひたすら考える。そして目の前には、果たさねばならない仕事がある。
明日は休演日。こんなに心が乱れている時に、訳知り顔に仕事をしなくてすむのは、ありがたい。
2003年03月08日(土) |
偶然の産物としての、わたし。●愛のつづき(イアン・マキューアン) |
●ああ、やっと家に帰れた。
あんまりにお腹が空いているので、恋人と行きつけの飲み屋に着いたのが、もう1時過ぎ。(太るよな、そんな時間の夕食なんて)
ビールと、お総菜めいたつまみと、御飯をもらって、頬張る、頬張る。おなかも一杯になったところで、幸せに帰るつもりが。
そこへ、恋人がよく一緒に仕事をするスタッフ仲間がふらりと現れ。
●お酒を飲んで面倒くさくなる人って、たくさんいる。
その要因を、わたしは、かなりおおざっぱに、こう見てる。
ひとつは、自分を愛しすぎている人。つまりは、自分を基準にしてしか世界を見れない人。
もうひとつは、自分の愛し方を知らない人。つまりは、人に対しても、自分に対しても、ストレスのたまりやすい人。
わたしはお酒を飲んで、酒に負けて翌日ギブアッップすることはあっても、絶対人にからんだり迷惑をかけたりしない。だって、お酒様に失礼だもの。
まあ、なんだか、からみ酒する人とたまたま同席してしまって、自分の眠りをちょっと減らしてしまった夜。
それでも。
いつもなら、恋人と幸せに御飯を食べて、お酒を飲んで、分かれる、といった日常が、ちょっとした偶然で違う展開を見せるっていうのは、そんなに捨てたもんじゃない。
わたしが現在の恋人に会えたのも、偶然のなせる技。すべては、こうした毎日の偶然から発することに、私自身の明日がある。
物語はこうして作られるんだな、と、過去を振り返って納得してしまうくらい、今のわたしは偶然の産物なのだ。もう20年つきあっている演出家との出会いだって、言ってみれば、偶然。
必然なんてことばは、死ぬ時にようやく分かることなのかもしれない。現在のわたしは、本当に、偶然に偶然が重なって、あり得た、わたしなのだ。
2003年03月07日(金) |
すし詰め終電車内で思う。 |
●仕事で疲れたところに、JRの人身事故。都内に向かう電車は一向に動く気配を見せず、大宮方面に逆行してから大回りして帰る。都内にたどり着いてからも、終電ぎりぎりで、駅まで走る、走る。着いてみると、JRの接続待ちで、私鉄もさんざんに遅れ、しかも超満員。ひどいすし詰め。
まわりの乗客たちが気長に構えているのを励みに、読みかけの本を開いてじっと耐え、家に着いたら、もう1時半を過ぎている。
●小さい頃、大人っていうのはいつも「坐りたがる」人種だと思っていた。今や、電車に乗ると、まず空席を探す自分がいるのが淋しい。眠りが足らないので、わずかでも眠りたかったり、いつも重い荷物を抱えていることが辛かったり。実際とっても疲れていたり。
年輩の人などに席を譲るくらいのことはすぐに出来るけれど、そういうことがなかったら、やっぱり坐っちゃうなあ、今のわたしは。
そういう自分を、ちょっとずつ認めてやるのも大事。ちょっと意地を張って疲れた大人になることを拒むのも大事。
問題は、バランス感覚だな。そんなことを、満員電車の中で考えたりする。
2003年03月06日(木) |
なんだか調子がいい。 |
●酔っぱらって、日記を書いて、本を読んで、寝たのは午前4時。演出家からの電話で12時に目ざめるまで、8時間たっぷり眠った。眠って起きると、なんだか気持ちがやけにすっきりしていて、肉体と精神の蘇生力にちょっと感動。そう言えば、こうやって毎日毎日を暮らしてきたのだな、今までも。
●眠ったせいか、薬を前もって飲んでいたせいか、このところわたしを苦しめている花粉症の症状が1日ぱったりと消える。心と体の調子がいいと、行動にずいぶん余裕が出てくる。
●明日も、午後までは自由な時間。少し仕事して、少し本を読もう。
(久しぶりにHPのEtceteraを更新。)
2003年03月05日(水) |
わたしの中の、複数の視座。 |
●なんだか、毎日仕事をしていることが落ち着かなくって。
その落ち着かない理由をきっちり書くとなると、とんでもない紙数を要しそうので、とっても書く気になれないのだけれど、でも、たとえば、簡単にその落ち着かなさを説明しようと試みれば。
誰しも、ある自分の視座を中心に生きていて。それは、自分を他人にどう見られたいという自意識とか、自分はどういう人間であるかという自負に依っていたりとか、自分は社会の中でこういう役割であるという認識とか、そういうあれこれに依って生まれ、それぞれの視座で社会を見、よって、自分をどう存在させるか選んでいるわけで。
その視座っていうのが、わたしははっきりしていないのだな。
いつも、他人の視座に自分を置き換えることが、自分の基本的な在り方になっている。それが、自分の表現の基礎であると言っても過言ではないくらい。
でもそうした中で、役割がはっきり決まった現在の仕事をしていると、もう、しょっちゅう、疑問が湧いてきて。
世の中には、あらゆる論理が存在する。ちょっとした詭弁術を身に付けていれば、どんな弱者、どんな強引な強者の存在も、正当化できるほどに。
それでも、その正当化できるあらゆる論理がないまぜになったりぶつかったりすることで、あらゆる世の中の「どうしようもないこと」が起こっている限り、やっぱりわたしは、たくさんの他人の視座の間をうろうろするほかはない。
「自分はこうだ」と言い切るふりをして生きている人もあれば、「自分はこうだ」と思うことのみで生きている人もいる。自分の論理以外に盲目になれることは、ある意味幸せであり、ある時は、それ自身を才能と呼ばれたりする。
でも、わたしは違うんだな。ふらふらふらふら、複数の視座をさまよって、ああでもないこうでもないと、喜んだり悲しんだりしているんだな。
●複数の人間が集まっているところ、いわゆる社会の中で、仕事をしていると、もう、考えることが日々あって、わたしはちょっと疲れ気味。休日に本を読んで、自分がより普遍的な考え方に戻っている時は、よけいに、そうなってしまう傾向があり。
●今夜も、酒を飲んで帰った。飲めば当然酔っており。それでも、こうして書いてからベッドに入るのは、習慣として、如何なものか。
敬愛する宇野千代が書くように、荷風が書くように、日記を綴ることとは、ほど遠い。自分を持て余して書くことにだって、深沢七郎のなした、「言わなければよかったのに」の日記という、大見本があるが、それはもっと遠い。
希望もなく絶望もなく、書く、ということを、それでも続けようと思うのは、たとえ視座の落ち着かない人間であっても、「ことば」によって思考し、「ことば」によって自分を測っているという基本だけは、落ち着いているということか?
2003年03月04日(火) |
別の……何か別の……。●贋世捨人(車谷長吉) |
●横浜のホテルへは、わざわざ高いお金を払って、眠りを貪りにいったようなもの。それにしても、58階から眺める、海と街の夜景は美しく、わたしは眠る前に、車谷長吉を一気に読破。なんとも取り合わせは悪いが、休日だからこそ入り込める、人生のうだうだくどくどの面白さ。人目のよい仕事をしていても、仕事を失っていても、人間自体はたいして変わらんのだと思わせる、彼の人生観を楽しむ。私(わたくし)小説を書き続ける彼の強さと弱さに、共感しつつ、眠りに入った。
●思考するというのは、発音しない言語活動だ。
演劇の仕事をしていると、実に長きにわたって、戯曲のことばとつきあい続けなくてはならない。それが毎日の思考に及ぼす影響は大きく、このところ、別のことば別のことば、と、欲し続けている。自分が偏っていくのが怖い。同じルートをたどって同じ仕事場へ通い続けるという偏りも、やはり怖い。別の視点を別の視点を、と欲して、わたしは本を読み、また、海の側で眠ってみたりする。
そういう視点の置き換えが、どんなに固定化された生活でも容易にできる人生の達人になれればいいが、わたしのような凡人はそうはいかない。
眠りを削っても、お金をかけても、体力を消耗しても、自分に仕掛けていくしかないのだ。
2003年03月03日(月) |
出会って嬉しい1冊。●麦ふみクーチェ(いしいしんじ) |
●今日はこれからお出かけ。でも、どうやらこれから雨模様になるらしい。せっかく海の見える高層階を予約したのにな。それに、お相手は、「俺、着いても仕事してると思うよ」なんて言っているし。
でも、まあ、いいか、と思える、今日はやっぱりお休みなのだ。
●ベッドで、いしいしんじ著「麦ふみクーチェ」を読み終える。これは久々に、本好きなともだちみんなにプレゼントしてまわりたい本。
先日も書いたが、メタファーや寓意ばかりのように思える世界が、だんだん現実味のある温かい世界に思えてき、最後には、すっかり物語世界に取り込まれ、生きるものすべてが愛おしくなっている。
児童書とは言え、実に立派な哲学の本だ。弱者にも強者にも、等しく陽射しは降り注ぎ、幸も不幸も、等しく「生」の一部として描かれる。
著者に関して、わたしは何の情報も持たないが、この1冊を書くだけで、著者は、たくさんの失われてしまった命を祝福し、現在を生きるたくさんの命を、鼓舞することに成功していると思う。「書く」ということ、物語を生み出すということの素晴らしさを、実感させてくれる、素晴らしい1冊だ。
●次は、久しぶりの、車谷長吉。ねじ曲がった、ねじ曲げてみせようとしなければやってけない、彼の精神は、実にこのわたしの精神に繋がっていると、いつも思う。すぐご近所で出生しているものだから、そこにまつわる屈折も、ストレートにわたしをくすぐる。でも、鬱屈し暗いだけじゃない、直向きな生命力を感じるから、わたしは彼のものを好んで読む。
●さて、そろそろ着替えて、横浜へ。どんな夜が待っているやら。
●風が吹き、春を感じて、わたしの花粉症症状は、最高潮。そうとう苦しいが、まあ仕方ないと諦めつつ、読書を楽しむ。
●明日の横浜デートは、相手の仕事のため夕刻から。昼間は、結局わたしも仕事をして過ごすのだろう。
●恋人といる時間はそりゃあ楽しい。心が浮き立つ。でも、一人でいる時間が楽しくなければ、なんのための人生か? ずっと、この自分自身とこれからもやっていかなきゃなんないんだから。
一人で生きることを楽しいと思うことが、人生の基本。複数の楽しみは、そこから派生するもの。
●はあ、くたびれた。でも、あとマチネ1回こなせば、OFFがやってくる。ここを過ぎれば、もう余談を許さない日々が。しっかり命の洗濯。するぞ、してやるぞ、と、休むことまで自分に言い聞かせつつ。(お休みでも、ついつい仕事のことを考えてしまうものだから)
●ゆっくりじっくり、本を読む生活が戻っている。今読んでいるのは、坪田譲治文学賞をとった「麦ふみクーチェ」っていう、ジャンルで言うなら児童文学もの。これがあなどれない。寓意やメタファーの羅列の二次元的な世界が、読み進むうちに不思議なリアリティーを持ち始め、わたしはすっかりその世界に取り込まれている。そこに住む人たちと一緒に暮らしている。電車の中で、ベッドの中で。
さあ、今夜も本を持ってベッドに入ろう。