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2002年10月16日(水) ひたすら休む。

●ようやく体調が戻ってきた。
 パリ公演を終え、シャルル・ドゴール空港へ向かうバスの中で急に気持ちが悪くなり、チェックインする時には、もう体中の水分がなくなってしまった状態に。もう朦朧としていて、2分おきにトイレに駆け込むわ、貧血で倒れそうになるわ、回りの仲間は「おいおい、これで11時間フライトするのかよ!」って心配していたらしい。
 事実、胃がひどく痙攣していて、自分でもちょっと迷っていた。でも、フランス語を全くしゃべれないわたしが、ひとりパリに残って、どう治療すると言うのか? 帰ってしまうに限る。
 飛行機に乗り込み、誰が見ても調子の悪そうなわたしにスチュワーデスが声をかけてき、詳しく症状を訊かれる。しばらくしてフランス訛りの英語で医者のような人が話しかけてきたので、再び説明しようとすると、すぐに一枚の紙切れを渡された。記されていたのは二つのこと。
・事故があっても航空会社には責任を問わない
・事故を起こしたら、航空会社に対して責任を負う
 面倒なのですぐにサインをしてたたき返したものの、こうして元気になってみると、そのやり方にずいぶん腹がたってきた。
 そんなものなの?

●相変わらず眠れぬ夜に(そりゃあ昼頃起きだしてるわけだし……)、今年やった仕事の資料をまとめる作業をする。夥しい紙の資料を、ファイルにまとめてゆく。再演に備えて、とりあえず資料はきっちり残していく習慣になっているが、それにしても半端な量じゃなくなってきた。書棚にどんどん増えていく本もそうだけれど、なんだか、歳をとるにつれ、いよいよ身軽じゃなくなっていく気がする。

●ロシアにはなんのつてもないので、ロシア演劇評のメールマガジンを書いているモスクワ在住の女性に、今ロシアで見るべき芝居を教えてもらおうと、メールを送ってみた。
 親切な返信がきたが、その中身のほとんどは治安の悪さを伝え、注意を呼びかけるもの。
 ベルリンやロンドンで観劇天国の幸福ばかり味わってきたわたしには、知っておくべき情報ばかりで、ありがたかった。どうやら、「ちょっと芝居を観にいってくる」って感じの気軽さで行ってはいけないらしい。
 よし、気をはって、行ってみるか。


2002年10月15日(火) 旅の準備に余念なし。

●もともと、休みになると必ず時差ボケみたいな生活を始めるわたしである上に、パリ帰り直後。朝7時を過ぎて、ようやく眠ってみようかなという気になってくる。ロシア時計を見ると午前2時過ぎ。ちょうどわたしが寝る時間。どうせならこのまま出発までロシア時間で暮らしてみようか。

●とういうわけで、先の仕事の準備のかたわら、ひたすらにロシア旅行の準備をしている。大学の第2外国語でとったロシア語は嘘のように忘れており、思い出すのに余念がない。それに、せっかく念願のロシアに行くのだから、読み返しておきたい文学作品がたっくさんある。意地っ張りのわたしは、旅行先で地図やらガイドブックなどを広げるのが大嫌いなので、必死になって地図を頭にたたきこむ作業も必用だ。(この性格のおかげで、わたしはどこに一人旅に行っても、そこで暮らしている人だと思われる。)でも。今度はロシアなんである。手強い。英語は通じないし、ロシア語で少しは話せても、聴く方は壊滅的である。で、準備に忙しい。あれやこれや、やるべきことはいっぱい。

●昼間はは拉致被害者一時帰国のニュースに釘付け。
 選択の余地のない人生を生きること。家族というもの。色々と考えることの多い時間。

●多和田葉子がバイリンガルとしてドイツに暮らすことで、自らのことばを解体していくエッセイを読み、自分のことばとのつきあい方に欠けている側面を痛感。演出家に必要な情感だけを持ち、必要な分析力と哲学のない自分を前に、「これから」を考える。


2002年10月14日(月) 久しぶり。

●今日、パリ公演から帰ってきた。
東京公演を終えてから、滋賀、新潟、福岡と回り、パリでツアー終了。ひとつの芝居で、また3ヶ月が過ぎた。

●3ヶ月の間に、恋人との関係に亀裂が走り、もう自分の人生なんてどうでもいいやって気持ちにいったんはなったものの、性格のせいか年齢のせいか、表面上は立ち直り、懸命に仕事をしてきた。癒えているわけでは決してないので、実に毎日がつらい。
愛しあえなくなったわけではない。愛しあい方がわからなくなってしまったのだ、お互いに。

●ちょっとした先の打ち合わせなどは入っているものの、基本的に11月半ばまで仕事はお休み。1ヶ月のオフ。
こんな時であるからと、モスクワとサンクトペテルブルグの旅を予定している。これまでの文学的興味からと、どうしても実物に出会いたかったアンドレイ・ルブリョフのイコン、聖三位一体を、トレチャコフ美術館で見るために。夜はもちろん、毎日劇場に通うつもり。大学時代に勉強したロシア語を、久しぶりに復習している。

●書かなかった間に読んだ本の中で面白かったもの。
やっぱり、「海辺のカフカ」。そして、チェーホフの幾つかの短篇。チェーホフは全集を頭から読み直している。生きていくことはどの時代も同じ。面倒で、理不尽で、愛おしく、切ない。


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