その王女を取り巻く環境に、さしたる印象はない。白い肌に金の髪、我の強そうな瞳に当然の気品は漂わせるが、たとえばユングウィの公女のように数多の男を惑わせる絶世の美女という訳でもない。 本職の傭兵にも勝る凄腕の剣士がイザークの王女と聞かされた時には驚いたものだが、それとは対照的に彼女はいかにも「姫」らしい姫だった。 可憐と傲慢と純粋な優しさ。それはレックスが「王女」という言葉に抱く、漠然とした連想だ。 だからこそその姫の口から出た言葉が、何を意味するのか咄嗟に理解出来なかった。 「私に斧の扱い方を教えて下さらないかしら」 「……」 ラケシスのその台詞に、無言を返すしかなかったのは我ながら間が抜けていると思う。 たっぷりと沈黙を取った後、ようやくレックスは口を開いた。 「…何の気まぐれだか知らんが、無茶を言うな。こっちはあんたのお遊びに付き合ってやれるほど暇じゃないんだ」 「気まぐれでも遊びでもありませんわ。あなたはドズルの方でしょう。私に斧での戦い方を教えて頂きたいの」 「……。あのな」 大真面目なラケシスの目に負けて、もう一度溜息をつくための時間を置く。そうしている間も、姫君は麗しの瞳でじっとレックスを見上げていた。 それはユングウィに発つと言い切った時のアゼルの顔に似ているとも思う。 「…良く考えてもみろ。そんな細い腕でどうやって斧なんか振り回すつもりなんだ?」 「まあ、腕が細いといけませんのね。エルト兄様は『剣技は腕力で身に付けるものではない』と仰ったけれど」 「あれがどれだけ重いか知ってるのか? オレだって馬に乗るから戦場で何とか動けるんだ」 「それなら馬に乗って戦えるようにすれば宜しいのね。大丈夫、乗馬なら兄様から多少手ほどきを受けておりますの」 …取り付く島がない。 こちらの話を聞くようで聞いていない(あるいは聞く気がない、のか)、美麗の姫の前でレックスは再び嘆息しなければならなかった。それを察するのかどうか、ラケシスはさらりと金の髪をかき上げて鈴の声で紡ぐ。 「でしたら出直して参りますわ。丁度今、ベオウルフから騎兵の戦い方を習っているところですの」 「あ…おい、そもそもオレは…」 言いかけた言葉は最後まで続かなかった。 そこまで言った時には既にラケシスの背中しか視界になかったからだ。一方的に自分の用件だけを伝えたまま、身勝手な王女は早々と立ち去ってしまっていた。 後にはただ行き場のない台詞が中途半端に空を迷う。 「……何だ、あいつ…」 仕方なくレックスは、彼女の従者が聞けば耳聡く咎めそうな独り言を乱暴に吐いた。 微かに残る柔らかな香りは彼女の付けた香水だろうか、それとも毎日彼女が部屋に飾らせているという花の香りだっただろうか。
サブタイトルは「マスターナイトの作り方」。
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