堀井On-Line



6834,閑話小題 〜下ネタ ー2

2019年11月30日(土)

   * ブラックジョーク、それも下ネタ!
 テーマのネタ切れで、やむなく去年の同月同日に「下ネタ」テーマがあった。
ジョークの中で何とも憎めないのが下ネタ。 エッと構えたくなるが、御愛嬌で
フルことが出来るテーマである。 このブログの分類に… 『ジョーク・小話』
コーナーがあるぐらい。 ネット検索に<ジョーク 下ネタ>といれると、
数多出てきたが、やはり、これはといえるのは、実に少ない。 20数年前に5年
ぐらい、凝ったことがあり、その後、テーマとして取上げていた。 これだけは、
御下品なるため、可能な限り嫌らしさを避けつつ、笑いに変える術が必要となる。
 私のブログでは、「江戸もの」「ジジババもの」「政治もの」「聖職もの」
「ファンタジーもの」「宇宙もの」「下ネタもの」など、様々な分類をして、
100の選りすぐりをしてある。(あとで紹介する…)
 ジョークは、ネタの向うの情景が頭に浮かび、そのイメージが出てこないと、
面白くない。ということは読書習慣が培われてないと、面白みが半減する。
語り手と聞き手が、ある程度のレベルが同じでないと… 都会では、タイミング
のよいジョークとダジャレのセンスが必要にされる。その中で、際どい下ネタは、
そのセンスが求められる… この数日来、、ネット上で探したのが以下のとおり!
 以前のような爽やか?のネタは少ないが、時間をかけて、何とか合格ライン?
のものを探しだしてきた。 
 ――

☆ 〜子供はどこから生まれる?〜
"ウチの姉、出産中に余りの痛さに耐えかねて 「いたぁ――いぃい! 
なんで、こんなところから出て来んのよ―!!」と叫んだら看護婦さんに
「入れたとこから出て来るに決まってるでしょよ!!」
◉  ○○が妊娠をした時、お手伝いの小母さんに言われたのが
  『入れたものは出さないとね!』 …現実にあったホンワカした話。 
 ―
☆ 男の子「ねーねーお父さん。赤ちゃんはどこからくるの?」
父「赤ちゃんはね。コウノトリさんが運んでくるんだよ」
男の子「流通経路の話じゃなくて生産元の話だよ。
 あなたは魚の居場所を聞かれて船と答えるのか」
父「おい、ちょっと待って」
 ー
☆ 彼氏:「どうしていつもブラジャーを付けてるんだ?
 必要なほど中身ないだろ?」
彼女:「あなたもパンツってものを履くわよね。つまり、そういうことよ」
 ー
☆ 2人のハンターが木の上にいたところ、一人が木から地面に落ちてしまった。
 彼は呼吸している様子もなく、白目を剥いていた。もう一人が救急隊に電話を
かけてオペレーターにこう言った。『友人が死んでしまった! どうすればいい?』。
オペレーターは落ち着いた声でこう答えた。「大丈夫、私が助けます。
まず、彼が本当に死んでるかどうかはっきりさせましょう。」
 一瞬の静寂の後、バン!
オペレーターの耳に1発の銃声が響いた。
そしてハンターが言いました。「OK! それから、どうすればいい?」。
 ー
☆ 夫の浮気に腹を立てた妻が夫のアソコを切り落とすという事件が発生した。
 現場検証で刑事が凶器を発見。そのおぞましい事件を起こした恐ろしい凶器は。
「爪切り」だった・
 ー
☆ 母親「あら、息子のベッドの下から本が出てきたわ。・・・キャアアア」
 父親「なんだ、どうしたんだ!」
 母親「見てよ!コレ!息子のベッドの下からハードなSM雑誌が!
   どうすればいいのっ!!」
父親「とりあえず尻を叩いてはいけないことだけは確かだな」

☆ あるところに夫婦がいた。ダンナは大の釣り好き。
その日は前日から雨が降り続いていたが、ダンナはいつも通り早朝から釣りへ。
しばらくして。妻はまだベッドに寝ている。そこへ誰かが潜り込んでくる。
「今日は早いじゃない」 「外は大雨だよ」
「それなのにウチのダンナったらまた釣りへ出かけていったのよ!」
 ー
☆ 泌尿器科にて
医者「どうしました?」
女「最近足の指の間がムズムズするんです。」
医者「それならここではなくて皮膚科へいったらどうですか?」
女「いえ、その...親指と親指の間がムズムズするんです...」
 ――――

▼ この笑の意味を理解するに、数分もかかった。男なら解っても女性は?
 解らないだろうな! 聞けないなら、ジッと見つめたら判るはず。男もか?
《 ジョージは勃起時??cmを超える彼の逸物を、いつも仲間に自慢していた。
 ある日、「巨根クラブ」 なるクラブの存在を知り、さっそく入会しようと
事務局を訪れた。
受付で入会希望を告げると、受付の男はジョージの下半身にチラリと一瞥を
くれ、こう言った。
「あそこにいる男が見えるか?ズボンが右足だけ太くなってるだろ?
 靴も右足だけ大きいだろ? あいつは、ここの守衛だ」》
何ごとも知的(痴的)センスが必要ってこと! 左もありますか… 
  鈍いアナタに… 以下の16年前の小話がヒント!                    
                         〜つづく
ーーーー
2003/11/24
私が選ぶ ☆☆☆ (ベスト20)より

  * [男のさが]☆☆☆ 
ある男が交通事故二遭って病院にかつぎこまれた。
その男の怪我を調べて 医者が小声で看護婦に
「左半身不随になりそうだナ」というと、
男は、意識は混濁しているのに、イチモツを一生懸命、
右に寄せ始めた。

・・・・・・
2018年11月30日(金)
6470,閑話小題 〜下ネタ

   * たまには下ネタを… 
 下ネタと、旅の話は、なかなか難しい。生々しい話を、あっさりしたした
内容にしなくてはならないため。下ネタについて、母親から「具体的な話を
してはならない」と硬く禁じられてきた。それを欧米人が、一度、ブラック
ジョークの架空の話として楽しむ文化があった。そこには知的センスが必要。
 過って若い娘たちが、彼氏との関係の深さを暴露しあう?言葉の隠語として、
『ABCの、どこまでいった?』の言葉をドラマなどで聞いてから30年程経過する。
面白そうなので、<下ネタABC>で検索すると、これがなかなか面白い。
 さらにDEFがあるそうな! いやzまで…。 
 ――
≪ 恋愛のABCは、「彼とどこまで行ったか?」という男女の関係性の深さを表す
 隠語のようなもの。 最もスタンダードな恋愛のABCは下記のような意味がある。
  A:キスをすること
  B:ペッティング(エッチの前段階までの行為)
  C:エッチ
・下ネタなので、それを分かりやすく、話しやすくすることができる恋愛ABCは、
1980年代に生まれており、徐々に世の中(当時の若者を中心に)広がっていきた。
80年代は不良用語が流行った時期でもあったので、不良の少年少女が用いる言葉
としてABCで恋人との関係を表すことが流行ります。
 その後、アイドルの沖田浩之『E気持ち』という流行曲がヒットしたことで、
一般にも広まるようになりました。隠語とはいえ、世の中に広く知れ渡ったのは
ネットもない時代にスゴいなぁ…という感じですね。
 ただ、今ではABCやペッティングの意味を知らない人がほとんどではないか。
恋愛観も世代によって変わるので、ずっと語り継がれる言葉ではなかったことが
わかります。

・ABCの純粋な続きとしては、下記のようなものがあります。
  D:妊娠すること
  E:結婚すること
  F:家族になること
 地方によってDEFの意味や順番が違うこともあるようですが、おおよそ上記
のような意味で通っています。また、「Z」はアルファベットの終わりなので、
何かしらの「終わり」を表す言葉が意味としてついたようです。    ≫
ーー
▼ 考えてみれば、手っ取り早く「H」、いや「C」から入る…のが自然?
 遣り逃げ?があるから… 問題は相手の見定め。家庭内離婚を含め9割は破綻し、
緩やかな不幸が生涯続くのが実態? でも、しないより遥かに良い?のが結婚。
今では男女別なく「B」だけを好む傾向があるとネットにあったが、成るほど。
早々に結婚し『君を愛す』より、「B」を広く遊んだ方が楽しい? 性格と相手
によりますが?<もうぞう同士が、妄想で結婚、夢破れて9割になる>で、… 
                              ー終わり
 〜次回は、「恋のHIJKとは?」+「下ネタ格言」に続く…   

・・・・・・
2003/11/24
私が選ぶ ☆☆☆ 順不同(ベスト20)

「スナックジョーク 」
   (ママかホステスをからかうジョーク)ひとつ
  
森に一匹のメス鹿が迷い込んだ。向こうからきた狼に森の出口を聞いた。
狼「ひとつヤラセテクレタラ教ええあげる」
もちろん断り、向こうからきたトラに聞いた

虎「ひとつヤラセタラ教えてあげる」もちろん断った。
熊も狐も同じ答えだった。それでも何とか森から出ることができた。

そこでママ(かホステス)に
「どうして出ることができたか知ってる?」

ママ「・・・・・・・・???」
「ひとつヤラセテクレタラ教えてあげる」

  −−−−
  ーーーー

「新しいメイド 」

家に電話をしたら、新しいメイドが出た。
家内を呼んでくれと頼んだら、男と寝室にいると言う。

頭にきたその男メイドに書斎の机にある銃で二人を撃ち殺すよう命じた。
暫くすると二発の銃声が聞こえた後、電話口で今殺してきましたとのこと。

ついでに死体を庭のプールに投げ込むように命じた。
暫くすると、メイドが電話口で
       
      ‘庭にプールはありません!’
  −−−−
  ーーーー
  
「氷水」

アフリカ縦断鉄道、あまりの暑さにある老夫婦の奥さんが
どうしても氷水が飲みたくなった。

車掌に頼むと、‘有るわけがない、とんでもない’とのこと。
それでもなんとかと頼みこむと暫く考え込んだ車掌わかりましたと言って、
氷水を持ってきた。

暫くするとまた奥さん飲みたくなった。
チップをはずみ2杯3杯と持ってきてもらった。

更にと言うと車掌困った顔をして、
‘これ以上もってくると死体が腐ってしまう!’

  −−−−
  ーーーー
[ 彼の事情 ]☆☆☆

海辺のバーに現れた男は、片足が木の義足、片手の袖口からのぞいているのは
大きな鉤(カギ)の手、片目には眼帯。
どこから見ても海賊キャプテン・フックだった。

ついつい聞いてみたくなるマスター。
「お客さん、その足、事故かなにかで?」
「ふっ。これはカリブで闘ったときに、相手の剣にやられちまったのさ」

「それはそれは…。じゃあその手は?」
「ふっ。これは太平洋を航海中に、サメに食われちまったのさ」

「なんとまあ…。じゃあその目は?」
「ふっ。これはジャマイカの海岸で昼寝していたときに、
 カモメにフンを落とされちまったのさ」

「ほう…。でも、カモメのフンで目がつぶれたんですか?」
「いや。その日ちょうど、このカギの手を付けたばかりだったんだ」
 
 ーーーー
 ーーーー
[こわい話]☆☆☆

男A「棺桶にテレコを隠しておいたんだ。
       ‘おい開けろ!’って声がしたはずなんだが」
男B「奥さんビックリしたろうな!」
 
 A「いや俺がビックリしたんだ!」
 B「なんで?」
 
 A「昨夜はおくさんがひとりで通夜してたはずが、
なんの騒ぎも起きなかったんだ!」
  B「??・・!!!!!!・・・・・・・・・ 」

  −−−−
  ーーーー

「サンゼルマンの嘘 」

18世紀に実際にいた大詐欺師サンゼルマンの話。

自分の年は2000歳でキリストとは知り合いだという。そのふれこみでヨーロッパ中を
詐欺をして回っていた。

その従者にある男が聞いた「キリストに会ったというが本当ですか?」

従者「300年しか生きてないので、その頃のことはわかりません」
  −−−−
  ーーーー

[ 旅立ち ]    
-
修道院から、少女たちが旅立とうとしています。
女性院長がはなむけの言葉を贈ります。

「いいですか。修道院の外には危険がいっぱいです。一番気をつけなければいけないのは、
男という生き物です。あなたたちにお酒や食事、お金をくれるのと引き換えに、
やつらはあなたたちの服を脱がせ、とんでもないことをします」

「院長。男って、そういうときお酒や食事、お金をくれるんですか?」
「そうですとも]
「でも院長。ここの司祭さまはクッキーだけでしたよ」

  −−−−
  ーーーー
[ターザンの最期]☆☆☆

ターザンが木から落ちて死んでいた。
土に書置きがしてあった。

「誰かがツタにー」
調べたら、いつもとうるツタに油が塗ってあった。

  ーーここで一句ーーー
ターザン殺すに刃物は要らぬ ツタに油を塗ればいい

  馬鹿馬鹿しい?
  
  −−−−
  ーーーー
「月曜の朝に 」  
        −哲学的にも有名なユーモアー

ある死刑囚が月曜日の朝、死刑執行に引き出され
連れられていくときのジョーク、

「ふん!今週も今日から幸先がいいわい!」

(・彼にとって今週がない 
 ・長い間の死刑の恐怖から解放される
 ・目の前の死の恐怖を和らげようとする笑い)

  −−−−
  ーーーー
[ 父と子 ]    

分娩室では、若いお母さんがお産の真っ最中でした。

「あ!頭が出ましたよ!顔も出ましたよ!がんばって」
そのとき ---。
その、顔だけのぞかせた赤ん坊は、しっかりこちらを見つめて言いました。
「あんた、おれのおやじ?」
「えっ・・。いえ、違いますよ。私は看護婦・・」
「あ、そ!」

赤ん坊は言い残し、もぞもぞと再び中に戻ってしまいました!

驚いた護婦は医者を呼びに行きました。
するとまた赤ん坊が顔だけ出して
「あんた、おれのおやじ?」
「いや違う。私は医者だ」
「あ、そ!」
もぞもぞと中に戻ってしまいました。

そこで、仕事中の父親を呼びに行きました。赤ん坊は顔だけ出して尋ねます。
「あんた、おれのおやじ?」
「そうだよ!お前のお父さんだよ!」

それを聞いた途端、赤ん坊ははい出て、こぶしで父親の頭を殴りました。
「よくも毎晩、おれの頭を小突きやがったな!」

  −−−−
  --------
  
(3)インデアンの娼館にで]☆☆☆


白人のある男がインデアンの娼館で若いインデアンの女を買った。
いざベッドインでおんなが「クエックエッ」と身をよじる、
それなりに満足をして下のバーで飲んでいると

、玉突きで遊んでいるインデアンの男達が時たま「クエ ックエッ」
と言っている。
マスターにあのクエツクエッってどういう意味だと聞いてみた。

曰く‘穴が違う!’   

  −−−−
  --------
  
[男のさが]☆☆☆

ある男が交通事故二遭って病院にかつぎこまれた。
その男の怪我を調べて 医者が小声で看護婦に
「左半身不随になりそうだナ」というと、

男は、意識は混濁しているのに、イチモツを一生懸命、
右に寄せ始めた。

  −−−−
  --------
  
「精力剤 」

鶏卵農場のおやじ一羽の雄鶏に500羽の雌鳥で済まそうと、
獣医のところに相談に行ったら強烈な精力剤を出してくれた。

これが強烈!500羽は軽く、それだけでなくアヒルやガチョウ
鴨などかったっぱじに手を出してしまう始末。

その雄鳥が倒れていて、その上空をハゲワシが舞っていた。
ついに無理がたたったかと、傍に行くと、薄めを開けて

「シーッあっちに行って、あの雌ハゲワシを狙っている!」

  −−−−
  --------
  
「チャーチルのユーモア 」

ある女議員が皮肉をこめて
「もし貴方が私の主人なら、紅茶に毒を盛るわ!」

チャーチル
「もし貴女が妻なら喜んで飲んでしんぜよう。」
  
・・・
当時獣医は社会的に低く見られていた。
チャーチルが獣医をしていたという噂があった。

野党議員が議会でそのことを質問した。
「もしそうならまず初めに貴方をみてしんぜよう!」

    議会は大爆笑だったそうだ。

  −−−−
  --------
  
  [殿の姉の死]☆☆☆


この小話は7〜8年前に仕入れたが、一番気に入っている1つである。

  殿様と家老が話をしているところに、
家老の家来が緊急にと青い顔して耳打ちをした。
‘殿(家老)の姉ぎみが亡くなったと’家老はてっきり殿様の姉と勘違い、
殿はうろたえ城内は大騒ぎ!
その後家老の姉と判明した。
家老に殿は怒り心頭、

「無礼千万なわしの姉を勝手に殺しおって、打ち首!」と刀を振り上げた!
その瞬間ハッとして刀をしまった。

  ‘わしには姉がいなかった!’
  −−−−
  --------

笑いの真髄    これがNO1!
(以前一回書いた内容だが、その後先に面白い話があったので今一度書く。)

ある男暇をもてあまし、知り合いの娼婦の館の女主人の所に遊びに行った。
「何かオモシロイコトないかね」と言うと、2Fのある部屋で裸になって
待っているように言われた。
その部屋で待っていると鶏が1羽投げ込まれた。
鶏姦をという事かと面白くなり鶏を追いかけまわし、やっとのことで事を成し遂げた。

1週間後また退屈になり、再びその女主人のところにやって来てまた何か面白いことが
ないかと聞いた。それでは3Fのある部屋に行くように言われた。
その部屋に行くと、数人の男が隣の黒人3人と白人女3人のスワッピングを隠れみていた。
一緒になって見ていたが、あまりに面白いので隣の男に声をかける。

その男曰く「いや1週間前はもっと面白かった!
       馬鹿な素っ裸の男が鶏を追いかけて鶏姦をしていた。」

  −−−−
  --------
  
[ 一発の銃弾 ] ☆☆   

スミスさんは狩猟用の双眼鏡を買うため、ライフル持参で店に入りました。
「お客さん、この双眼鏡はいかがです。どんなに遠くでもはっきり見えます。
ほら、あの丘の上に僕の家があるんですが、ここからでもはっきり見えますよ」

「どれ」

双眼鏡を目に当ててのぞきこむと、スミスさんは突然ゲラゲラ笑い出しました。
「お客さん?どうしました?」
「あはははは。きみの家で、裸の男と女が走り回ってる」
「な、なんだって!」
店員はぶるぶる震える手で双眼鏡をのぞきこみ、やがて意を決したように銃弾を2個
取り出しました。

「…お客さん。そのライフルであいつらを撃ってください。1発は妻の頭、もう1発
は男のナニをふっとばしてください。お礼はします」

「そう?じゃあもう一度双眼鏡を」
スミスさんは双眼鏡をのぞき、やがて言いました。

「あのさ。今なら銃弾は1個だけでできそうだよ」


6833,読書日記 〜『神の発明』―形而上学革命 −2

2019年11月29日(金)

              『神の発明』中沢新一著
 内部視覚といえば夢が考えられるが、自然史としての神(ゴッド)の出現とした
宗教的思考を「精神の考古学」とは言い得て妙。古代人が洞窟の奥に残した壁画
が、その名残である。

   Amazon商品説明
≪ ◉ 水木しげる漫画「妖怪」たちや、宮崎駿アニメの「もののけ」たちに
 親しみを感じても、ユダヤ教やキリスト教の「神はひとりだ」という考え方に、
違和感をおぼえる人もいるのでは。中沢新一は「人類の歴史の中では神も国家も
ないという状態のほうが、ずっと長かった」ことを強調する。
一神教やそれが生みだしてきた国家は、ほんの2000年の歴史をもつにすぎない。
では、それ以前の人類はどのような宇宙観をもっていたのか。
◉ 本書では、まず、古代から人類がスピリット(森羅万象にひそむ妖怪や神々)
と交感するために行ってきた努力が紹介される。アマゾン河流域に住むトゥカノ族
は、幻覚性植物の樹液を飲み、スピリットを光のイメージとしてとらえようとした。
同様のことが世界中の民族で見られ、アボリジニはそれを「夢の時間」と呼んだ。
このような「内部視覚」の体験をつうじて、人類は心の底に「思考の及ばない領域
が広がっている」ことを学び、それが超越的神の世界を想像することにつながって
いったのだ、という。
著者は、スピリットたちが徘徊する宇宙から、人間とのあいだに絶対的な距離
を保つ唯一神が誕生するまでのプロセスを解きあかしていく。 そこから、
「一神教の思考法」がつくりだしたシステムが横暴な国家を生みだし、
「地球上に単一のグローバル文化」を広げる原因になってきたことが見えてくる。
私たちがそれに飲みこまれずに独自の考え方を育むには、いま一度、人類が失って
きた叡智とむきあう必要がある、と本書は提案しているのだ。 (金子 遊)≫
 ――

「宗教的思考」の3万年を語りつくす
内部視覚、瞑想、夢の時間(ドリーム・タイム)……
「宗教的思考」の根源はどこにあるのか?
精霊(スピリット)が超越を生む。高神から唯一神へ。
<精神の考古学>が、神々の基本構造をあざやかに解き明かす。
 (本書の内容)
●脳の森の朝
●はじめての「超越」
●神(ゴッド)にならなかったグレートスピリット
●自然史としての神(ゴッド)の出現
●神々の基本構造(1)―― メビウス縫合型
●神々の基本構造(2)―― トーラス型
●心の巨大爬虫類
●未来のスピリット

 ――
▼ 18年半も、これを書き続けて透かすかの脳の一片を省みるに、
「内部視覚」の言葉が僅かだが実感できる。魂がこもった言葉は、垂直に
立上り、時空を超えて刻印される。かけた時間とエネルギーは入れてはいるが、
私の言葉に魂がこもっているか? 何かが欠けているのは解っては?はいるが。

・・・・・・
6469,閑話小題 〜貴乃花のギャラって、どの位?
2018年11月29日(木)
   * 下世話の話だが…
 新聞の週刊誌・見出しに、嘘か本当か? 貴乃花の全財産が財布内の数千円
しかないと語っていた>とあった。しかし、これだけ注目されているネーム
バリューなら、最低100万円だろうと推測していた。
  〜そこで、ネット検索ですると〜

≪「・貴乃花が1時間番組に出たら、ギャラ150万円が最低ラインですね。
  現役ならまだしも、元スポーツ選手としては別格です。
・また、テレビよりニーズは多くないものの、CMでも1クール2000万円は超える。
・今後、芸能人としてコンスタントにテレビに出れば、年収3億円は堅いでしょう」
 テレビ出演ともなれば高収入が約束されている貴乃花だが、
それ以上にワリのいいビジネスが「講演会」。
講師派遣会社関係者が語る。
「・貴乃花が講演会を開けば、ギャラは90分300万円以上となります。
・今年亡くなった星野仙一氏が同額、
・超高額の講演料を取るとして知られる橋下徹氏でも200万円ですから、
 いかに破格なのかは一目瞭然ですね。 
特に貴乃花は、ふだんは寡黙なイメージが強いだけに、参加者だけにまとまった
考えを語る講演会に大きな値打ちが生まれるんです。ギャラが300万円でも
『プロフェッショナル論』や『育成論』『相撲道と日本の心』といったテーマ
でひっきりなしに講演依頼があるのは間違いない。超人気講師になるのは確実」≫
――
▼ 『空即是色』で、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」である。
 部屋持ちの親方で、年頃の不安定な弟子を持ち、相撲道とか自分でも訳の
分からないことを呟き。平成の大横綱という実績と知名の首輪を掛けられ、
理事会では、力士時代は下っ端で、優勝経験も無くて、マトモに口をきかず、
相手にしなかったのが御前呼ばわりをする。実績がないほど、劣等感が強い。
その上に、並みの横綱・北勝海の八角が理事長、大乃国が副理事。何で、俺様が
並みの理事なの?と思うのは至極当然のこと。 それより、いびり出された
悲劇の純粋無垢の元親方としてのタレントとして名を売り、あわよくば政界に
出て、スポーツ大臣の方が遥かに将来性がある。 ‘あのバカが!といって、
モンゴル横綱に媚り、イビリ出したあの何方がたの相撲協会は? 如何のなる
のでしょう?’ 本来は、これで目出度し目出度し!だが。 本当でしょうか? 
 騙され、ボロボロの可能性の方が、高く思われるのは、私だけでなないのでは? 
腹グロ狐や、ハイエナがタニマチに屯する。そして、女性が、それもコテコテの
プロが…。こと人生からすると、天気晴朗なれド波高し! 格段に、面白そうだ。
元もと、壁をつくってあったから、その辺りの泥の汚れは最小。ただ、無菌が?
我ながら、よほど閑で、如何でもよいことを書いている。ただ浮かび上がって
くるままを書いているのが面白いからだ! 世間様そのものじゃ、ないですか!
良いにつけ、悪いに?つけ、前の奥さん、最高のマネジャーだったんじゃない?
 愛想をつかれた? そりゃ、つくさ! 母親をマネジャー!という手がある。
とすると、虫は付かないが、面白みが半減? 

・・・・・・
6104,閑話小題 〜再び「幸福アドバンテージ」について −1
2017年11月29日(水)
    * 一般的な、幸・不幸のバランスは…
【 <幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ>は、アランの言葉。
「幸福優位」7つの法則! 法則1の「ハピネス・アドバンテージ」、日本語では
「幸福優位性」。良いことは、幸せな人に、肯定感3:否定1の割合以上の人に 
 集まる。「努力すれば成功する。成功すれば幸せになれる」ではなく、幸福な
ポジィティブな気持ちを持っていることが結果として成功する。】
 この法則について、何度か書いてきた。そこで、一般人は? ウツ病患者は?、
その位の数値だろうか? そこでポジティビティー比を調べてみた。
 … … …
・大多数の人のポジティビティー比が「2:1」前後。
・うつ症状の人は「1:1」以下。うつ病の患者のポジティビティー比は…
 平均で、「0.5:1」。治療により、ある程度回復した人は…平均「2.3:1」。
 完璧に回復した人は…平均「4.3:1」と、非常に高い。
 うつ病の治療とは…ポジティビティー比「3:1」以上を目指すこと。
 で、抗鬱剤を与えられ、それが重症化して、薬中毒者が…
・「結婚生活に満足している夫婦」の比は…「5:1」程度。
 … … …
▼ 亡くなった一人を含めた4人の姉を事例に見ると、一概には決して括れない。
 心の持ちようも重要だが、相手との相性と、親から引継いだ素質がある。だが
相性の悪いマイナーは、どうもこうも。 土台、「3:1」は?、無理の話!
 私事になるが、6年余り前の節目で、30年以上職住分離を長岡と新潟に分けて、
可能な限り(出身校の同期生を除き)地元との接触を避けてきた。そして、40歳
過ぎてからは、海外ツアーに出ることで、近場の岩場に埋没しないように(縛られ
たくない一心で)注意をしてきた。40,50代の年2回の海外が、唯我独尊の社会
生活を過ごすに丁度良い息抜きに、更にピークにあったストレスの解消のベスト
のイベントになっていた。
 しかし、65歳で職を失い、岩場の住の「閑居」の生活圏に入ることになり、
「木(私)」を守るための「門(習慣)」として考えたのが、
<17時に一人晩餐に入り、20時就寝、0時から死者のポーズ… から始まる奇抜
の生活習慣。> 「生活習慣は第二の天性」。当初は少し戸惑ったが、このとおり
実践で、近くの森林や、町からの侵入者を防いでくれていた。御蔭で、ポジティ
ビティを「5対1」程度に何とか保っていた。 老いた際のマイナーの猛毒度は、
思いの外、高い。それもあり、他者の低いポジティビティー比が、透けて見える
こと屡々。狙いをつけてやってくるのは、何故か平均1.5:1レべルが多い。
普通レベルより、チョッと下、いや…?ここで止め。ほぼ全員が、自分は3:1
以上と信じているから問題がない? 私さえが5:1と思い込んでいるのだから。
これは身に沁みる問題。まあ、本人が「楽しい!」って言ってんだから、
それはそれで…   〜で、以下の内容に、何故か丁度よく続いていく。

・・・・・・
5737,閑話小題 〜リア充
2016年11月29日(火)
 「リア充」という聞きなれない言葉を耳にして、それ何?と、検索すると、
最近、ネット上で流行りだした言葉。一言でいえば、「現実が充実しない
コンプレックス症候群」の心理状態の意味。私のスケジュールをこなす
のを傍でみると「リア充」の患者? 自問自答してみると、そうではない。
 何かの会で、忙しそうな風で、『昨日は、△▽、一昨日は○◎、明日は××
の予定で時間が足りないほど忙しい。で貴方たち、普段何してるの?』と宣う。
「私はすることが多いけど、あなた方は家に引き籠ってるようだけど」が、
言外に見え隠れ。リア充症候群かどうか?は不明だが。「そんなの断って、
本でも読んでたら?」という見方もあることに気づいてない。それぞれ生き方
が、あるから、それも良いのだろうが。この、付き合いに忙殺されていることを
幸せに思う人に対し、「それにつけても、私って何?」と、落ち込む人もいる。
 家内も週に5日は、次々とかかってくる電話に応じ何処かにお出かけ、
残り2日は家事に専念する「リア充」の張本人。けっこう多い内向きの友人
について、「何で外に出ないの? 外出が週一から二日。お金も暇も学歴も
あるのに?」と宣う。「貴女が行動的で、知人・友人が普通だよ」と言うと、
不思議そうな顔をする。 それに対し私は、早朝のミニ・チャリと、スポーツ
ジムと、週一のシネマ館のみだが、私は内向きのリア充のため?
「リア充コンプレックス」はない。TVとPC、シネマとSJ通いがあればよい。
  〜その辺りから 
≪ 少し前に、こんな文章がTwitterで話題になったのを知っているでしょうか。
 中学生「小学生の頃は良かった」。 高校生「中学の頃は良かった」。
 大学生「高校の頃は良かった」。社会人「学生の頃は良かった」。
 退職後「働いてた頃は良かった」。 いい加減気づけよ、今が一番楽しい事に。
―私たちはしばしば過去の自分と今の自分を比較し、「あの頃は楽しかった…」
なんて言いがち。でもよく考えれば、その時その時が一番楽しいってことでは?
 
そんなことを気づかせてくれる素敵な文章ですね。近頃私たちは、この
「その時その時を楽しむ」という意識を忘れがちです。ではなぜ、この感覚が
薄れてきてしまっているのでしょうか。「昔は良かった…」となげくだけなら
ともかく、今の自分の日々がなんとなく充実していないかのように感じてしまう。
これは単なる懐古主義や、思い出補正という言葉では片付けられません。
では本当の原因はなんなのか。それはずばり“リア充”です。
 
もうすっかり定着しつつある“リア充”という言葉。このなんともあいまいな
「リアルが充実している人」という言葉を聞いた時、私たちはどんな人物を思い
浮かべるでしょう。交友関係が広くて、素敵な恋人もいて、日々何かに打ち
込んでいて人生をエンジョイしている…なんてイメージが思い浮かぶと思います。

ではこのリア充という言葉を使うのはどんな時か。
「あの子はリア充だからいいよねー」「私はリア充じゃないから…」
私たちがこの“リア充”について言及する時、多くの場合リア充と自分自身とを
比較するような文脈で使っていませんか? 逆に「私こそがリア充だ!」と声高
に主張するような人はいないですよね。
私たちが日常を省みるとき、自分よりワンランク上の存在=リア充を勝手に
想定してしまっているのではないでしょうか。
「仕事はやりがいもあるし楽しい…けれど、恋人ないからリア充じゃない」
 ・・(略)
この“リア充”は、他人とは限りません。過去の自分と現在の自分を比べ、
「あの頃は楽しかった…」と感じてしまうこともあるはず。過去の思い出を
懐かしむということは、もちろん悪いことではありません。しかし思い出に引き
ずられるあまり、今の自分の幸せを見失ってしまうのは悲しいことですよね。
 
他人に捕らわれず、自分の日常を受け入れ、日々楽しむ。それこそが真の
リア充の姿ではないでしょうか。そうした気持ちこそが新しい出会いを受け
入れることにつながり、そうすれば、愛情やパートナーにも恵まれ、結果的に
いわゆる「リア充」になることができるのです。
表面的なリア充を手放すことこそが、真のリア充につながる。
一見難しいけれど、簡単なこと。ぜひがんばってみてください! ≫
――
▼ 去年、家内に、『TV、PC、スポーツジム通いの平凡の日々に、飽きない?』
 というから、『現役時代は、圧倒的なプレッシャーがあった。現在の生活も
慣れば、それなりに面白い。差引同じぐらい!』と応えていた。親戚の法事で
何時もボヤク80歳半ばの人、現実に溺れて川を渡れないで、リア充コンプ
レックスに取りつかれた人。 周りを見渡せば死屍累々に思えるが、
これも私のリア充の上から目線か? 
・・・・・・
5372,楽しむことを人生の目標に 〜�
2015年11月29日(日)
 今だから言えることだが、あの会社清算?倒産?騒ぎの時、意外と冷静に
一つ一つを見極めている自分が、もう一人、間違いなくいた。30年来、月次監査
で長岡から新潟の事務所に来ていた税理事務所の担当が、あきれた顔をして、
『楽しんでますね!現在、何が起きて、何をしているか分かってないのでは?』
と苦言。幾つかの修羅場を経験してきた感覚が本人には理解できないだけ。
心の奥は、『こんな経験は二度とない。とにかく、冷静に処理し、この現象を
インプットするしかない』と、本能に従うしかない。万一の場合の備えがあれば
こそ、いえることだが・・ いざ修羅場に立ち、その視線から見えてくる現象は、
リアルだが、滑稽でさえあるが、それを楽しむとなるとう、生易しいことでない。
≪ ・楽しまずして何の人生ぞや。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962)
・幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするが、ごちそうには
  ならない。無駄なもの、無用なもの、余計なもの、多すぎるもの、
  何の役にも立たないもの、それがわしは好きだ。〜ヴィクトル・ユーゴー
        (フランスのロマン主義の詩人、小説家/1802〜1885)≫
・幸せを数えたら、あなたはすぐ幸せになれる。
         〜ショーペンハウアー(ドイツの哲学者/1788〜1860)
・この人生は生きる価値があると言えるだろう。
  なぜなら、人生は自分で作るものであるからだ。
 This life is worth living, we can say, since it is what we make it.
  〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910)
・汝の幸せは、他人の幸せによってつくれ。
  〜ヴォルテール(フランスの哲学者、作家、文学者、歴史家/1694〜1778)
・他人のために暮らすのはもうたくさんだ。せめてこのわずかな余生を、
  みずからのために生きようではないか。
  〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592)
・幸福な人生を阻む大敵は外にあるのではなく、内にある。
  すなわち、あなたの心の中に潜んでいる。
  〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910)
・「幸福を必要としないこと、それがおまえたちの幸福だ」と、神は言った。
 〜セネカ(ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人 /紀元前1頃〜紀元後65)
・幸福には、明日という日はありません。昨日という日もありません。
  幸福は、過去のことを記憶してもいなければ、将来のことも考えません。
  幸福には、現在があるだけです。今日という日ではなく、ただいまの
  この瞬間があるだけです。〜ツルゲーネフ(ロシアの小説家/1818〜1883)
・人間がこの世に存在するのは、金持ちになるためではなく、幸福になるため。
  〜スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』著者 / 1783〜1842)
▼ 幸福の状態は、生きている限り避けることの出来ないマイナスに対して
 3倍のプラスが必要。出来たら9倍というが、探し、習慣化をすれば可能。
老いて思い出すことは、自然に任せておけば、マイナスばかり湧き出てくる。
それは意図的に変えることは可能である。それより、いま現在を楽しむことが、
プラス感情を育ててくれる。だから、積極的に楽しみを探さなければならない。
今では、TV・パソコンという優れものがあり、手じかに、楽しむことが
出来る。楽しむには、少々の金と、知識と、時間と、知恵と、幸せ脳が必要
である。幸せ脳とは、感動、感激、感謝できる能力。


6832,閑話小題 〜『PLAN75』とはね!

2019年11月28日(木)


   * TV映画・観賞 「十年」ー‘PLAN75’
 録りだめをしていた、TV映画を見たが、これが考えさせられたストーリー。
10年前に私が設定した75歳の死亡時に、13ヶ月余り。なら手術の一つ、二つも
して、入院の繰返しの時節だが、有難いことにも、その傾向が全くない。
10年前に、この設定に『PLAN75』と付けていたら、ピッタリの命名。
ところが、今では何と『PLAN100』とか。寝たきりで管をまかれ、胃婁をして
まで生きたいか、やはりチョッと早めの‘Plan75’で、逝った方がよいのか。
前期は片足、後期は両足? その位の年齢という自覚と覚悟から考えると
前期高齢者、後期高齢者の区分けと命名、決して悪くない。
 『happy75』 …と割切ればよい。

  〜その内容とは〜
《 香港で大ヒットしたオムニバス映画「十年」の日本版として、
10年後の日本を題材に、5人の若手監督がメガホンを取ったオムニバス作品。
エグゼクティブ・プロデューサーを「万引き家族」でパルムドールを受賞した
是枝裕和監督が務める。》
 
 その中の一つが、75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する新制度を描いた
『PLAN75』(早川千絵監督)。

 この物語は… 法律に従い、『PLAN75』たる代理店の社員が営業活動をする。
会社の営業対象が「貧困層の高齢者と、認知症患者。
 …契約をすると、まず10万円が国から支払われて、10日間、入院をする。
運動場のような広い部屋の数十の死の床は、それぞれカーテンに囲まれ、一日
一錠の薬を飲まされ、その後、首に数兒擁の布が貼られる。これがトドメ。
 物語には様々のケースがあり、「死にたい背景」が描かれる。
ここで『PLAN75』の営業社員が、自分の親に対して、妻から勧められて、
躊躇する場面が圧巻。
 <私(一人称)の死はない… 三人称は知らない人だから、関係は少ない。
とすると、あるのは二人称の死のみ。>  連れ合いや親の死は身近ゆえに
1・5人称。 死んだ自分が生きていた自分を見つめることは、不可能だが、
死んだ自分に対して仮に人称をつけると、どうなる? マイナス一人称?
 
 で、この法律、微妙な年齢ゆえだが、賛成。 あるだけで…老いていける。 
私が回復見込みのない認知症になったら、当然?。10日より一週間でよい!

 74歳の感想は、少々、年齢からくる歪みがあるが、これだけ、刺激的な
ネット社会と、時代変遷を日々、味わえるだけで、生きる価値は充分ある。
何とか『Plan80』まで延長したいが…  ここからの内的、外的の折合いが
シンドそうだ。 <死んでしまえば、それまでよ>か。生かされているうち!
 
・・・・・・
6468,閑話小題 〜九州場所の総評
2018年11月28日(水)
   * 気まずい空気の天皇杯授与式
 今場所は誰も予測だにしてなかった貴景勝が優勝をした。イビリ出された
前師匠・貴乃花親方の怒りを対戦相手に叩きつけていた感があった。
その首謀者?の理事長が優勝杯を直接、手渡す場面が他の理事を含め何とも
気まずい雰囲気がTV画面から流れていた。こういうドラマ的場面が見れるのも
TVの醍醐味。実際のところ、「3横綱、1大関の休場があればこそ優勝出来た」
といってよい。実力からして、高安の優勝が順当だったが、対戦相手も、三役
陥落をかけて闘った御嶽海が、勝利をした御蔭で、貴景勝の優勝に至った。 
 来年のいま時分には、正代、御嶽海、北勝富士、朝の山、豊山、阿武咲、
阿炎などの若手が、大関、関脇を占めているのだろう。

   * …で、離婚の貴乃花!
 倒産、離婚の生の心情を幾つか垣間見たが、それは、厳しいようだ。
欝状態で、後悔、未練、自己嫌悪と寂しさの地獄の底で、のた打ち回るそうだ。
新潟駅前で装置産業もあり、日常の閑時間を持て余していると、様々な人が
立寄ってくる。その中で「倒産(失業)+離婚=自己破壊」の人が数人いた。
「失業+離婚」の現実は非常に厳しいことが滲み出ている。相撲取り、取り分け、
親方なぞ、引退してしまえば、ただの大男。それも収入なし、財産無しなら、
これほど扱いにくいものはない。その現実の厳しさを彼が知る由もない。
ベルギー、ポルトガルの離婚率が7割という。離婚しやすい法律があるため。
貴乃花の状態は、手足を失い、食費もままならない状態か、それとも昔とった
杵柄のタニマチか、女性が献身的に?… こういう純粋無垢の男の扱いは難し。
「自由の不自由性」もあり、時間さえ置けば、タレント性のある人物。数年後
にはタレントとしても活躍できる要素を充分に持っている。それより、NHKの
専属相撲解説が良いんじゃないですか? その前の女性関係の身体検査があるが…

☆追文: 去年、以下の文章を書いていたのを、コピペのプロセスで知った。
 成るほど、根深い問題だ、これは。残るより、この苦難の方が、貴乃花にとって、
遥かに有益なことは間違いない。彼が苦境に陥るほど、業界の方々の立場が悪く
なるから… 今場所は3横綱の全員と、1大関の休場。 異常でないですか! 
中途半端なればこそ、問題なのに。それさえ気づかないのが、あの男たち。 

・・・・・・
6103、閑話小題 〜根深い問題が露呈 
2017年11月28日(火)
   * 一場所前の大相撲の評論から… 
 まず、一場所前の大相撲の現状の批評からみてほしい。
横綱・大関の権威失落を、更にダメ押しの事件が、この日馬富士の暴行事件。
起こるべきして起きた「モンゴル人」による、大相撲の面汚し事件が、この文章
からも、読取れる。 やはり見逃すことが出来ない問題。横綱三人を暴力団幹部
とみると、最高幹部が白鵬であり、若頭が日馬富士と、鶴竜。これからすると、
主犯は白鵬で、2人の横綱が共犯ということに。誰も、このことに言及しない。
出来ないのだろう。それと、理事長の重みが全く感じられない。 千代の富士の
弟分の横綱で、二流横綱だった軽さが表立ってしまった。 だから白鵬に舐めら
れるのである。膿は当人であることの自覚がないのが漫画的。茹で蛙そのままの
醜態を、これ以上、見せることなく即刻、引退が正論と断言できる。
 もちろん、日馬富士は当然、引退であり、逮捕をすべきである。ここは日本。
モンゴルではない。冷静にみれば、貴乃花の行為と判断は正当。何故か、この
ことを言わない。これは、日本に対する逆上せ上りのモンゴル人横綱3人の
大相撲に対する侮辱行為であり、即刻、引退、国外退去をさせる問題。
 としても、この「正論」を言えないのが興業の側面を持つ辛さ。
≪  * 横綱・大関の権威失落  2017/09/15
 大相撲が大変な事態になっている。私の相撲ファン歴からして、これほど
大関・横綱の権威失落の事態は初めてで、理事長自らが辞任しても然るべきほど。
初日から4人横綱のうち3人が休場。残る一人横綱が前半で2勝3敗とはこれいかに。
上位に上がったばかりの阿武咲が横綱初挑戦で金星を挙げ5連勝。日馬富士の
負け方が空中に1回転して裏返し。その上に、大関の照の富士が負傷、3人の大関
も2人が休場ともなれば。 面白といえば面白いが、この惨状では、首を傾げざる
をえない。その背後には若手に実力があるのが何人か台頭してきたことがある。
もしかして、半年、1年後の番付が、これかとも… 
 ファンが、相撲協会の心配をする必要がない。横綱・大関の権威の崩壊を
見ながら、誰が優勝をするかを楽しめば、「また白鵬!」よりも遥かに刺激的。
「何で今の若手が強いのかって?」というと、勝つために頭(情報機器)を活用、
稽古土俵から考えているため。それも親がかりで。将棋の新生人と同じ。白鵬が、
それ。素材が良いだけでは難しい。一月前に、高校横綱のトーナメントを見たが、
その中に強そうなのが数多く見かけた。底辺の育成が出来ているということ。≫

▼ 日馬富士の引退、即刻、国外退去は最悪ではなく当然の帰結。
本来は主犯格?もろとも国外退去が筋だが、国家間のトラブルの可能性もある。
昨夜の横審も、厳しい対応のようだ。酷い折檻だったのだろう。
 〜ネットニュースによると、
【横綱審議委員会は27日、定例の会合が行われ、北村横綱審議委員長が会見。
前日の横綱・白鵬の優勝インタビューに言及し、「相撲界の膿を出すとか言った
が、何を意味するのか分からない。何か横綱としておかしいのではないかという
意見が多かった」と述べた。優勝インタビューを観客と異例の万歳三唱で締め
くくったことにも「これだけ相撲界が厳しい中で、何で万歳ができるんだろう」
 と首をかしげた。】とあった。 一応、まともな意見である。「白鵬自身が膿」
を自覚しろというのは土台ムリだが… 
<総括: 10年かけて、『大相撲』から外国人を排除するか、特別法人の資格
 を外すかハッキリすべし 。朝青龍、白鵬、日馬富士の行状からみて、主犯が
 白鵬であれ、日馬富士の単独犯であれ、三人の共同犯行であれ… 人種対立が
 悪化すれど、元に戻ることはない。何が国技!モンゴル相撲が発生源のルーツ
 だろうが… 五穀豊穣の 祝いの余興の力自慢に、肉食系異国人を入れること
 自体が間違っていた。としても、面白さが数倍も増したことを考え合わせて、
 落ち着くところは、特別法人を返上するのが筋… モンゴル人の無理に対し、
 日本人の我慢も、限界にきている。40回優勝しても、あれでは… > 
初めは「許してやって頂戴!」と、思ったが、掘下げると根が深い問題がある。
・・・・・・
5006,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜2
2014年11月28日(金)
       『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫(著)
   * 死を忘れた日本人
 41年前に、一年間、同居していた父親の死際を目の当りにした。
その時の生への渇望は、砂漠の真中に一人取り残された彷徨い人のようだった。
その時から現在まで、多くの死に関する書物を読んできたが、
一般的に人は死に関し目を背けているようだ。ーその辺りからー
≪☆ ホスピスにくる患者に接すると、自分が死ぬということをあまり考えた
ことのない人や、どうしても死を認められない人が増えている。若い人は当然
だが、中高年の人にも多く、特に金や権力のある人にこの傾向が強い印象がある。
自分は平均年齢までは生きられると考えている人が多いが、その一方で、平均
年齢に達しないで亡くなる人も多い。
☆ 日本は「寝たきり老人」が世界一多く、脳卒中の後遺症、認知症などで
 自分で食べられなくなったため、胃瘻(腹壁から胃に管を通し食べ物や薬を
流し込む処置)で生かされている人が5万人以上もいる。北欧の老人施設を
見学して驚くのは、寝たきりや胃瘻で生きている人がいないこと。これは日本
の介護と欧米の介護の考え方の違いで、欧米はどんなに手がかかっても、最期
まで自力で歩かせ、自力で食べるよう仕向け、それができなくなったら、あまり
手をかけない。意識がなく回復の可能性のない人に胃瘻で生かす考えはない。
☆ がん患者の在宅死の率は、米国では8割、欧州で5〜6割、しかし日本では
 1割弱。病院は死を迎えるには適切ではない場合が多く、住み慣れた自宅で、
家族や孫の声を聞きながら死んでいくのが求められる。
☆ がんで助からないと分かると、ほとんどが「こういう病気で今死ぬとは
思わなかった」と述べる。実際には、人は常に死にまとわりつかれ生きている。
人が死に向き合う時は、それまで身につけていた社会的衣のすべてが剥がれ、
むき出しの個人になる。繰り返すが、死に直面すると金、権力、名誉など
社会的衣は役立たない。「人は生きてきたようにしか、死ねない」死に直面
しても、その性格の本質が変わることはなく、自立心の強い人は死ぬときも
動揺が少なく、世の潮流に流されながら、他人や社会への依存心の強い人は
死に向かうときに不安や動揺が顕著になる。確かな死生観を持って、誠実に
努力して生きてきた人は、死に様も立派な人が多い。死ぬということは自然
現象で、死には金も権力も全く無力である。
☆「金で命は引き延ばせるか」金さえあれば世の中できないことはないと
 思っている人がいるが、そういう人が死に直面すると、金ではどうにも
ならないことに憤慨して不穏な気持ちになる。特に多いのは免疫療法に対する
"思い込み"である。特別高価な免疫療法が効かないわけはないと誤解して
いる人が多い。民間の代替医療も高いほど 効くと誤解している人が多い。≫
▼ 一部の望みは妄想でしかない。その妄想で、最期は悲惨な死をむかえる
 ケースが多い。元気なうちに、ノートかパソコンに、書き残しておくべき。
死の現場は悲惨である。
・・・・・・
4639, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―�
2013年11月28日(木)
         ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎 (著)
   * 東日本大震災後の第三次震災恐慌が狙い目
 貧乏人が金持ちになるには震災が狙い目?それが数年後の恐慌、経済大変動
というが、御隠居の身で鳥瞰するには良いが、知れば知るほど末恐ろしい。
震災恐慌では大部分が被災者になり、弱者になる。金持ちは、海外に資産を
移動して最小の打撃で済むか、焼け太りになる。しかし、貧乏人にもチャンス
があるはず!と。  まずは、ーその辺りからー
《 関東大震災後に世界恐慌の煽りで、第一次震災恐慌が起こった。
 そして1995年1月に起こった阪神・淡路大震災から2年後の1997年、橋本内閣は
�消費税を3%から5%に引き上げ、�特別減税を廃止、�会社員の医療費本人負担
を2割から3割に引上げ、都合9兆円もの国民負担を断行し、その後14年続く
デフレの原因を作ってしまった。
 恐慌ほどでないにしても、先進国でデフレに陥ったのは日本だけ。
これを第二次震災恐慌という。そして、この情勢から早ければ2014年、
遅くとも2015年に、第3次震災恐慌が日本を襲うだろう、消費税率は2014年4月
に8%、遅くとも2015年に10%に引き上げられる。一方で2014年には徐々に
復興需要のカンフル魂剤が切れる―過去の例を振り返っても震炎恐慌が起こる
確率はかなり高いのだ。 どれだけ資産価格が下がるかを正確に予測すること
ほできない。しかし、第3次震災恐慌は、少なくとも1997年以降に起った
のと同じくらいのインパクトを持っだろう。1997年から2010年までの13年間で、
全国の市街地価格指数に49ポイント下落し、日経平均株価は45ポイント下落
している。だから、資産価格の半額セールが始まると見てよいだう。・・・》
▼「日本の二つの大震災の数年後、恐慌か、それに比類する経済大震災が
 起こった。だから、今回も起こるのでは?それも、来年か、再来年に?」
という筆者の論も、ある面、納得できる。アベノミクスの政策をみれば経済震災
は至極当然。その時どう対処するか? その混乱を中国が虎視眈々と領土を
狙っている上に、米国がTPPを隠れ蓑にした郵貯を狙っている。
「刺激的なことを書いているが、恐慌など起こってないじゃないか!」は、
「日本のバブル崩壊後の20年間で、何も起こってないじゃないか!」と似ている。
二つの大震災、20以上あった都銀が3つになり、20年のデフレが続き、経済は疲弊。
 世界ブランドの、パナソニック、ソニー、日立、カシオは地に落ち、ダイエー、
西武グループが消滅。それと同じか、より激しい経済変動が静かに起こっている。
かくいう私も、大波に飲み込まれてしまった。 偶然だが、以下に金融面で
コンサルティングをして貰っていた林さんの著書の感想文があった。
この春で、円滑法が打ち切りになったが、表立った倒産の急増の話はない。
どうして? と思うが、消費税の増税で金融を緩めているため。地元の知人の話
を聞くと、景気悪化は止まっていない現実がある。株価が上がっているのは、
金融緩和の資金が実需でなく株式に回っているため。これも金持優遇である。
中国との領土問題など戦争の匂いもしてきた。被害者は弱者の大衆になる。

・・・・・・
5371,楽しむことを人生の目標に 〜
2015年11月28日(土)
 人生を振返り、『楽しく、面白い人生だった!』と断言できることは
有難いことが、そう思えば、そう思えてくるのが人生。考え方次第である。
森の生活(現役)から、サバンナの生活(隠居)に移行してからは、
日々を、いかに面白く楽しく過ごすかが目標になっている。51歳の年から、
人生観を切替え、10年以上を前倒しにし、捨身で「面白、可笑しく」を
テーマに生きることにしたが、その面白かったこと、この上なかった。
 それもあってか、「楽しむ」の格言は、どれもこれも納得できる。
秘境:異郷ツアーは、ごく短期間に圧縮された人生を垣間見ることができた。
≪・そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、
  こんなにも神の栄光があふれていたのに、僕だけが恥辱の中で暮らし、
 一人であらゆるものを汚し、美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ。
       〜ドストエフスキーロシアの小説家、思想家/1821〜1881)
・わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、
  自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。
       〜オードリー・ヘップバーン(英国の女優 / 1929〜1993)
・良いものでも、悪いものでも、人生での経験には感謝しましょう。
       〜スーザン・サマーズ(米国の女優、作家/1946〜)
・年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。
  〜バーナード・ショー(アイルランド劇作家、ノーベル受賞/1856〜1950)
・人生は楽ではない。そこが面白い。
     〜武者小路実篤(日本の小説家、詩人、劇作家、画家/1885〜1976)
・各人はその考え次第で幸福にもなり、不幸にもなる。
  他人が見てそう思う人ではなく、自分でそう思う人が幸福なのである。
     〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592)
・世間を知り、世間に寛大であれ。世間を楽しむためには、
  世間をかすめて生きるべきだ。〜ヴォルテール(フランスの哲学者、
                 作家、文学者、歴史家 / 1694〜1778)
・晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、
  楽しみなきところに楽しむ。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962)
・僕は生きてることが幸せさ。僕が僕らしくいられることが幸せなんだ。
 (I’m happy to be alive, I’m happy to be who I am.)
  〜マイケル・ジャクソン(米国のシンガーソングライター/1958〜2009)
・神より賦与されたる人生は短きも、楽しく送りし人生の記憶は永遠なり。
 (The life given us, by nature is short; but the memory of a well
   -spent life is eternal.)
  〜キケロ(共和政ローマの政治家、哲学者 / 紀元前106〜紀元前43)≫
▼ 【人生は楽ではない。そこが面白い!〜武者小路】がよい。
 「幸福の4階建」の全てのフロアーを味わい、それを楽しむのが人生!
<  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
 2階:獲得した「快」を永続させる。
1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。>
「人生は楽ではないそこが面白い」の「人生」を、「生老病死」に、いや
「死」に置換えてみるとよい。現点の私は「老いは楽でない。そこが面白い」。
成るほど納得できる。老いを面白がって楽しめば「豊穣の老い」になる。
「幸福の4階建」には屋上がある。屋上の外には広大な世界がある。
「そこには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、こんなにも神の
栄光があふれている」ことに気づくことだ。その為には、とにかく屋上に
出てみること! 生涯現役も悪くはないが、違う楽しみが世界に満ちている。
 で、昨日と同様、以下に続く! たっく、楽しみ方が、まだ中途半端だ。
そうこう考えると、無知は致命的な欠損である。但し、全ての人だが!


6831,閑話小題 〜傾聴ボランティア

2019年11月27日(水)


   * 傾聴と傾聴でない聞き方は何が違うか?
 学生時代の都会生活で、寮、学園のクラブ、ゼミ、欧州一周のツアー仲間と
人間関係が広まる中で、カーネギーの『人を動かす』『道は開ける』や、
ガードナーの『J自己革新』なる本に出合った。アメリカ的合理主義の考え方。
〈・内向性も個性のうち。 …ならば誠意をもって聞き役になりなさい。
 ・壁にぶつかったら、その壁を直視して目を叛けないで自問自答するうち壁は
  消える。岩には幾つかの割目の筋がある。闇雲に叩かず、そこを探せ。
 ・人付き合いには、まず笑顔を、相手の名前と、その人の関心に在り処を察知
  しなさい。誰もが孤独で自分の話を聞いてほしい。人から関心されて欲しい
  なら、それをして上げなさい… 誰も自分を認めて欲しいのである。 〉
人間関係でも、読書でも、心から傾聴するのが基本。傾聴なら簡単と思いきや、
此処で言わんとするのは、「日常会話と傾聴の一番大きな違いは、自分が主人公
ではないこと。相手がどんな人としても、傾聴は相手が主人公。」と。

AIなどの進化でロボットが脚光を浴びてきたが、人型傾聴ロボットが考えられる。
  〜ネットで検索した中に、以下の要点の抜粋があった…
 ――
◉ 日常会話は自己中心的ですが、傾聴は相手がどんな気持ちかを考えながら
 聞き、相手の気持ちを考えて、その気持ちを受け止める。そこが大きな違い。
確かに、家族や友人たちとの会話は、自分が話したいことを話し、自分が
聞きたいことを聞いています。しかし…
「人間は24時間傾聴することはできません。傾聴で大事なのは、主人公は
誰かをきちんと認識して、反論しないこと。共感してあげること。10分でもいい
から、家族や友だちの話を聞いてあげてみてください。短期間で関係が変わるはず。
自分の聞き方を変えることで、相手が心地よくなる。相手は心地よいと、心地よさ
をお返ししてあげたくなるんです」  傾聴を学ぶことで、
「家事を全くしない頑固な夫が優しくなった」「認知症の母の笑顔が増えた」
「退職後、同期会で久しぶりに会った同僚に変わったなって言われた」など、
人間関係に変化が起きたという受講生が大勢いるといいます。

◉ 「傾聴を学ぶと、自己変革が起こせるんです。傾聴すると、
『話を聞いてもらえて良かった』
『あなたに会えて良かった』と、いった言葉が自分に返ってきます。
だから嬉しくなって、また聞いてあげたくなる。相互支援なんです」
ボランティアは相手のためだと思いがちですが、自分のためにもなるんですね。

◉「特に高齢者は、誰かに話を聞いてほしい。そこに反論や意見は要りません。
 旅立ちの前の人生の総括を行う。それも終活です。私は、人生の最終章に立ち
会うのが傾聴ボランティアだと思っています」
たとえその話が愚痴だとしても、意見やアドバイスは要りません。
「よく頑張って来られたんですね。大変でしたね」と労ってあげることが大切。

「相手が若い方なら、対応の仕方はまた違います。若い方は道に迷ってるケース
が多いので、
『私はこんなときこんな風に生きてきた。だから私はこう考えるよ』
『私の場合はこうしたら良かったけど、どんなもんだろうね?』というメッセージで
話すこと。けっして意見を押し付けず、人生の先輩として道標になれるといいですね」
 ―
   =傾聴はすべての人間関係の基本=
◉ 「人権擁護委員会、家政裁判所調停員、統合失調症やうつ病の子どもや配偶者を
 持つ人など、これまでいろいろなところから講座やセミナーの依頼がありました。
傾聴の仕方は相手によって変わりますから、その度に私は猛勉強です。
『自殺防止のための傾聴の仕方を教えてほしい』とか、専門的な依頼もたくさん
来ました。それもこれも、傾聴は高齢者のためだけではなく、人間関係の基本
だからです。傾聴は大人にも子どもにも必要です」
「日本の教育は『聞く』というプログラムがないから、上手く話が聞けない
ために、人との関わりが苦手な子どもが増えているように思います。対話、
会話の基本は、まず「聞き役」に回ること。

◉ インターネットが発達して、メールやSNSでやりとりすることが当たり前になり
 ましたが、人間関係は向き合ってこそ。直接的なふれあいが大事だと私は思います。
今後は、「若いお母さんたちに傾聴を広げたい」と話す鈴木さん。
「夫婦でも親子でも、違う人間だから違う意見であって当然です。でも意見
する前に話を聞いてあげることが大切。子どもは高齢者と違って発展途上だから、
意見やアドバイスしてあげることは間違いではありません。
でも、子どものうちにしっかり話を聞いてもらえることの心地よさを知っておく
ことで、話を聞くことの大切さが分かる大人になれるんですよ」
保育園や幼稚園の先生にとっても、傾聴の知識や技術は重要かもしれません。

 ――
▼ 18年半にわたって、7000近いテーマ・日記を書き続けているのは、傾聴して
 もらえる「沈黙の読者の存在」。解釈は、あくまでそれぞれの側にある。
言葉は本当に難しい。行間に含む真意は解釈次第。 それでも書き続けると、
書けばこそ知り得ることが多々ある。書くこと即ち、孤独の成せる業の実感。
その蓄積が、自らを構成する「自分」の実感。 それが時空を超えた書き手の
魂の言葉を、それに応じて迫ってくる。 だから、書き続けるのである

・・・・・・
6467,閑話小題 〜何か釈然としないゴーンの逮捕
2018年11月27日(火)
   * 改めて、ゴーンの逮捕を省みると?
 国内の突然の法律変更で、経営者の所得開示義務で、それまで20億を貰って
フランスで問題になっていたゴーンが、『表て上、10億に減額する必要性から、
半額を退職後に貰う契約をして、どこが悪い! 明らかに私潰しではないか?』
の主張も一理ある。 それも、司法取引制度が実施されて数ヶ月後に逮捕。
ルノーによる、日産の吸収合併の動きを察知した日産側の策謀と揶揄されても
不思議ではない現象である。元もと不正を把握していた側近が、寝返りをして
検察に持込んだ、生臭い案件。
 フランス大統領が、ルノーへの日産の吸収合併を目論んでいるのが表立ち、
このままでは日本の現地経営者の未来が無くなることを危惧した結果である。
一昨日のNHKスペシャルで、これを掘下げていたが、何故か歯切れが悪い。
【 〜NHKスペシャル: "ゴーン・ショック" 逮捕の舞台裏で何が〜
 日産自動車のトップに君臨してきたカリスマ経営者、カルロス・ゴーン会長。
金融商品取引法違反の疑いによる突然の逮捕は、世界に衝撃を与えた。日産と
連合するフランスのルノー社内は騒然。フランス政府も捜査の行方を注視。
国際社会を揺るがす逮捕の裏側で、捜査はどのように進められ、どのような
思惑が交錯していたのか。番組では、日産やルノー、捜査の関係者を徹底取材。
不正な資金の迂回路となっていた、海外の現場にもカメラを入れる。
独自取材から、逮捕の深層に迫る。】
  
  〜そこで、ネット検索をすると…
≪ 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が東京地検特捜部に逮捕されたことに、
国策捜査説が出ている。というのも、大々的な報道な割には、無理スジの匂いが
するからだ。

 ゴーン氏の逮捕容疑は、2015年3月期までの5年間に100億円弱の
報酬を受け取ったにもかかわらず、日産の有価証券報告書には50億円弱と虚偽の
記載をしたという。その後、未記載は直近3年間を含め8年間に80億円となった。
これについて東京地検は金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)で
立件を視野に捜査を進めている。

 これが脱税なら大きな罪だが、税務申告上の
数字ではない。「高い報酬を表沙汰にしたくなかった」というだけの動機なら
“強欲”に尽きる。 日産のオランダの子会社などがパリ、アムステルダム、
ブラジル、レバノンの4カ国で購入した住宅を、ゴーン氏が私的に利用したと
報じられている。東京、ニューヨークにもあるという。フリンジ・ベネフィット
(企業が給与以外に提供するさまざまな利益)と呼ばれるもので、ワンマン経営者
ならよくやっていることだ。

 問題は額の大きさ。姉にコンサルタント料を払い、
母親や姉が住む場所まで日産のカネで賄ったことは、会社の私物化にほかならない。
 海外メディアのなかには、「なぜこんな容疑で会長が逮捕されたのか」
「狙い撃ちじゃないか」と捜査を批判する報道も出ている。司法関係者の間では
「公判を維持できるのか」と危惧する声が上がっている。

 11月21日付フランス
経済紙レゼコーは、ゴーン氏に近いフランス人の間に「日本人の陰謀」という見方
があると伝えた。ルモンド紙も「ゴーン氏を追放するための陰謀の薫りがする」
とするフランス側の声を紹介した。 レゼコー電子版は20日、日産の西川廣人社長
について、ゴーン氏の信頼が厚かったにもかかわらず記者会見で容疑者を
「失墜させた」と指摘、古代ローマの将軍カエサルを裏切った「ブルータス」と…。

――
▼ NHKスペシャルで知ったことだが、仏の国民によるルノーの愛着が、
 非常に高く、その衝撃は計り知れないほど高いという。それも比較的好感度の
高い日本による突然の逮捕。 ゴーンは、日産を劇的回復をさせた世界的人物。
日本でいうと松下幸之助レベルの人気を持った人物である。 それが、突然、
こともあろうに逮捕とは、晴天の霹靂だろう。 文化国家フランス人にとって、
如何とも批判の声を上げようがないのが実情。レバノン難民の子供でブラジルで
産まれ、フランスの大学を卒業し、ルノーで才能を開花、日産を劇的に建て直した
世界的人物。このままでは、済まされない。 もしかして、日仏経済戦争の可能性
も充分にある、安倍政権にとって、やっかいな案件だ。あまりの実績に、逆上せた
ゴーンの過剰の私的化を誰も経営チェック出来なかったことになる。
 ブラジルではなくて「フランス次期大統領」は?考えすぎ。その為の準備資金
と思えば、さもありなんだが。検察も、不祥事続きの中、相当の覚悟のはず。

・・・・・・
4638, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―�
2013年11月27日(水)         
 * 資本主義社会は、金持ちが有利につくられている!
 ー庶民は知らないデフレの真実ー森永卓郎(著)
 要点を絞り込むと、資本主義社会の金持優遇が明確に見えてくる。
消費税が5%から10%に増税される反面、金持ちや企業の減税がなされる。 
英国で1979年にサッチャーが首相になると、9年かけ、これまでと真逆の政策
を実行した。25〜83%まで11段階あった所得税率を25と40%の二段階にした。
 その反面、消費税を8%から15%へ引き上げた。金持ちの所得税を半減し、
庶民が負担する消費税は二倍近い増税である。これは1982年のフォークランド
紛争を利用して、勝者・サッチャーの政策を支持させて、この金持優遇の税制
改革をした。弱肉強食社会こそ国力を上げるという美名の元に。現在、TPP
の話し合いが続いているが、日本にとってはマイナス。環太平洋沿岸国の関税
などを撤廃して、アメリカ主導の貿易圏を作りましょう!というが、
これは弱肉強食の強者に有利な制度。狙いは、日本人が溜め込んだ郵貯。
それを民間にして、本体の株式と、預金を狙っているのは自明である。
  〜金持優遇の一節より
《 金持にとって、デフレは天国だ。私が持っている3億の価値は、デフレで
 1%下がっただけで300万分の価値が上がると同じことになる。資産がさほど
 無いけれど、おいしい既得権を握っている人はデフレは好都合。庶民は転職が
難しくなったり、リストラにあうが、終身雇用の公務員はリストラはない。
デフレは、この人たちの暗黙の了解で行われている。管弦楽団と同じように、
オーケストラのメンバーはタクトを見れば、具体的指示がなくても指揮者の
意図を読取り演奏ができる。それと同じことが、世の中で行われいるのだ。
 ・・ 消費税増税で10%になった場合、庶民は収入の80%を消費に回すのに対し、
金持ちは20%で済む。社会保険は収入に対してかかるのに、庶民の払う消費税は、
80%のうちの10%で収入の8%になるが、金持ちは20%×10%だから、2%で済む。
だから金持ちと、庶民は消費税一つとっても違うのだ。》
▼ 著者は、だから金持にならないとワリを食うと強調する。
 まず、一年分を貯めろ、次に三年分。そして、それを投資のタネ銭にしろ!
という。この辺りから、「君は一万円を破れるか?」の著者と、大きく違って
くる。本音は誰も貧乏より金があった方がよい。その目安は、金に心配しないで
済む収入と、貯蓄。一説では、300〜400万の収入と2千万の預金。あとは、
さほど変わらない?という。しかし、これも思い込み? 生物の進化は優勝劣敗
があればこそだが!

・・・・・・
5370,閑話小題 〜思いのままに
2015年11月27日(金)
   * 思いのままに
・後ろ側から追いかけられるような『死への怖れ』が、70歳過ぎると、
真正面から迫ってくるというが、あと二ヶ月足らずで到達する。半世紀
以上の腰痛持ちで、その年々悪化が老いのバロメーターになっている。
杖をつき、次に車椅子生活?も、そう遠くない先になるのか? 
それでも楽観的なのは、『人生の大よそのことは、遣りつくした』
手ごたえがあるため。自分自身を飼い殺しにして、老いてから、泣き言を
言わないで済むだけでも良しとしなければ・・ これも自分への説得か。

・先日のパリのテロ、2001年の9・11テロに匹敵まででないとしても、
欧州に、世界に、大きなインパクトを与えた。大国が本腰を入れて、シリア
などの拠点に攻撃を始めた。案外、早く掃討される可能性があるが、相手は
ネット上で繋がっている狂信の徒党、粘り強く生延び抵抗をする。
 世界各国の衛星を使った空爆の能力は、想像を絶する破壊力がある。
ひたすら、一方的に殺戮される。ISに大国のスパイが大量に入り込み、
情報を流すことも可能で、その反撃で、何時、何処で、誰もが巻き込まれる、
これまで無かった新しい戦争が本格化する。世界は、今世紀末まで持つ?

・コンビニでの年賀葉書のデザインを決定、発注をしたことで、年末に
近づいた実感できる時節になった。今朝は4時前に、霰の音で目が覚めた。
今年もごく身近は、相も変わらず!数年ぶりに、少し重い腰痛が出たこと位。
それでも一番上の姉(故人)の連れあいが享年87歳で、兄嫁のお父さんが、
99歳で亡くなり、中学校、大学の友人が、それぞれ二人が亡くなった。
 ( で、面白いことに偶然だが、去年の文章に繋がっていく! )


6830,読書日記 〜『神の発明』―形而上学革命 −1

2019年11月26日(火)

             『神の発明』中沢新一著
   * 3つの形而上学革命の切口
 オウム教の分析の甘さでバッシングされた中沢新一の著書を図書館で見つけた。
3つの‘形而上学革命’の切口が面白い。欧米史感の基本は、唯一の神、アッラー。
その発見を第一の形而上学的発見とし、第二次形而上学革命を科学革命にして、
第三次形而上学的革命を、その狭量さを取り除いて神を地に足をつけたと…
現在のAIとネットが、これにあたるか。現実社会の上に、ネット社会を覆った
現在、世界が根底から変わろうとしている。スピノザが宣った心の内部で起こる
「内在的超越」が、世界隅々までネットで繋がってしまった。
 
 〜ネット上のビュアーの概要と、Amazonの内容説明が良い。
  まずは、ネット上のビュアーの概要より

≪ 第一次形而上学革命---神の発見
 第二次形而上学革命---科学革命
第三次形而上学革命---科学の狭量さを取除き、神を地に足の着いたものする。

 日本語の神は2つの意味がある。
・超越的な神-ゴッド
・自然そのものに宿るカミ -スピリット
視点のひっくり返しスピリット族の中からゴッドは発生した。
むしろスピリットからGODの離脱は必然はなく、本質的な進化はおこってない。
人の求めにより、スピリットをGODとして勝手に格上げしただけだ。
一神教が自分だけ特別だというのは、むしろ例外的である。

「超越」:「超越」は心の内部で起こる。スピノザは「内在的超越」と呼んた。
「超越」な脳の感情の一形態にすぎないのかもしれない。
「世界はスピリット」で満ちている」という考えは、普通「アニミズム」は
一言でかたづけられるが、脳や心の中に住んでいる、外界と自由に行き来して
いると考えると、そんなに簡単ではないと思えるだろう。

第3章:GODにならなかったグレート・スピリット
 スピリットは、我々が意識を取得する以前から我々の脳にすんでいたかも
しれません。同時にその中でも秀でた「いと高き神」「グレートスピリット」
も含まれていた。しかしあくまでも数々の神の中である。唯一神にはなろうと
しないのだ。ではいつ唯一神が現れたのか?

第4章:自然史としてのGODの出現
 王の出現により平等が崩されたがそれでも、平等なコミュニティーに神と人
は暮らした。それが破られたのは、モーゼの出エジプトの後である。
モーゼが助けたのは、60万人奴隷(ヘブライ人)であった。せっかく自由に
したのに、彼らの精神は、奴隷のままであり、新たな主をもとめていた。
ここに神は一気に異常な高まりに達した。ここで人類史上初めて一神教の思想
が芽生える。モーゼは、奴隷の身分から自由人への変化には、人間の根底的な
変化(新たな自己意識と再誕意識)が必要であり、いかなる『奇跡』をもって
しても奴隷を自由人に変ええないことを悟ったのだ。だから奴隷を通じ、故意
にあらたな支配者たる一神教が作られたのでる。

終章:未来のスピリット
 スピリットの危機
スピリットの復活などといって喜んでいる場合ではない。
神はとっくに死んだ、 商品化されたスピリットがいまや死のうとしている。≫


▼ 「3:30:67の法則」を当てはめると、「3%の神と周辺。30%の信者。
 67%の神を信じてない人たち」に色分けするとクリアになる。考える人、
考えを理解できる人、そして、三分の二のただ彷徨う人たち。  〜つづく

・・・・・・
6466,つれづれに哲学 〜平等と公平の違い 〜2
2018年11月26日(月)
   * 餌付けされた猿!
 人間とチンパンジーではDNAの違いはわずかに1%という。
他に何が違うかというと、言葉と、それから起因する想像力の差。
そのチンパンジーが敏感なのは、エサや扱いの「差別」。類人猿からして、
こうだから、人間なら、当然、格差と差別に対する敏感であるのは当然である。
シャッポ(象徴)としての天皇制も、問題ないとは言いきれない側面がある。
 半世紀前の話になるが…  欧州一周ツアーに参加した時のこと。
北欧各国からイギリス、そして欧州本土に入った時、ドイツ、イタリアなど
の街中で浮浪者やヒッピーと有色人種を多く見かけるようになっていた。
そこで気づいたのが、その多様性が活性化になっている現実。ドイツ、フランス
は異種混合の人種が、違和感なく、根付いていた。当時、優勢を誇っていた
共産圏の東ベルリンに一時入国をして驚いたのが、市民や警備兵の顔が暗いこと。
現在、ニュース映像から現れ出ている現在の北朝鮮の市民の顔つき。
 ソ連という壮大な社会主義国家の壮大な失敗。そこに生じた理想と現実の差は、
「一度、特権を握ると同時に腐敗が始まる人間の性。」まずは自己修正機能の不全。
ゴーンも、その現代版! とすると、米国は、壮大なる「公正世界仮説国家・
アメリカ合衆国」の「公正実験」の失敗事例と相成る。 実は米国は、狂信的
キリスト教国家で、資本主義を標榜してきた白人優位システム国家。その陰りが、
トランプという怒れた大統領という姿で現れ出て世界を大混乱に… それでも、
白人にとって、ポピリズムを標榜するオバマより、遥かに人気があるのは、
国家としての盛りを超えたため? 「ブランド品」を穿った見方をすると、
「格付け機能」の役割を果たしていると…。ブランド品を身に付けた猿とみると、
これまた滑稽、いや結構である。ブランド品を喜んで身に付けたがるのは、
猿とは違う人間たる由縁である。ブランドという餌で飼い馴らされて、格付け
されて… 格差をされ、<平等でなくて公正>と諦念し、信じきって生きている。
「何?の行列に、交通止めをされ万歳と両手を上げて喜ぶ御目出度い大衆を横目で
みている自分を冷笑し、家路を急ぐ餌付けされた猿たち。でも、その国家が
国民の暮らしと、生命を守る基盤になっている。一つ間違えると、棄民された
難民になる運命を我々は持っている。 まあ、妄想でいいから、公平な社会仮説
を信じて、生きるしかない。 幸せなことである!

・・・・・・
5369,楽しむことを人生の目標に 〜�
2015年11月26日(木)
   * 楽しむことを人生の目標に
 両親から学んだことは、『仕事も趣味も、楽しめるほど追及すること!』
あのエネルギーは楽しんでいたからこそ、限りなく湧き出てきたようだ。
明治以降、いや西欧文明は本来、キリスト教倫理的な一心不乱に働くこと、
『苦悩を突き抜け歓喜へ』という、忍苦、勤勉、に価値の重心がおかれていた。
しかし、一部の人たちには、以下のように、『楽しむことの重要性』
『遊びをせんと生まれけん』こそ、人生であると理解していた。 
 『楽しんでこそ人生』でネット検索をしたら、あるある・・
≪ ・最も長生きした人間とは、最も年を経た人間のことではない。
  最も人生を楽しんだ人間のことである。    〜ルソー
・「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生。
                         〜斎藤茂太
・人間の一生は誠にわずかの事なり。好いた事をして暮らすべきなり。
 夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして、苦しみて暮らすは愚かな事なり。
        〜山本常朝(江戸時代の佐賀鍋島藩士、『葉隠』の口述者)
・楽天主義も悲観主義も一つの思考習慣によるものです。
 楽天家の人生が楽しく、悲観主義者の人生が暗いのは当然です。
 どちらもそれを望んだからです。 
  〜ジョセフ・マーフィー(アイルランド出身の宗教、著述家/1898〜1981)
・楽観的であることは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すこと。
           (ネルソン・マンデラ(南アフリカ共和国の政治家)
・一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、
 処世上の第一要件である。 〜渋沢栄一(日本の武士、官僚、実業家、
                    日本資本主義の父 / 1840〜1931)
・船に乗っても、もう波が出やしないか、嵐になりゃしないか、それとも、
 この船が沈没しやしないかと、船のことばかり考えていたら、船旅の
 愉快さは何もなかろうじゃないか。人生もまたしかりだよ。
    〜中村天風(日本初のヨーガ行者、天風会の創始者 / 1876〜1968)
・人生最大の幸福は、愛されているという確信である。
 自分のために愛されている、否、もっと正確には、こんな自分なのに
 愛されているという確信である。  〜ヴィクトル・ユーゴー
         (フランスのロマン主義の詩人、小説家 / 1802〜1885)
・人生には、二つの道しかない。
 一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
 もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。
  〜アインシュタイン(理論物理学者、ノーベル学賞受賞 / 1879〜1955)
・人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いが
 あればわずか一里でも嫌になる。人生の行路もこれと同様で、人は常に
 明るく愉快な心をもって人生の行路を歩まねばならぬ。
         〜シェイクスピア(英国の劇作家、詩人 / 1564〜1616)
・楽しまなけりゃ馬鹿らしい。しかし、楽しむというのも、なかなか大変だよ。
         〜平岩弓枝(日本の女性脚本家、小説家 / 1932〜)
・予想外の人生になっても、そのとき、幸せだったらいいんじゃないかな。
    〜松岡修造(日本の元プロテニスプレーヤー、キャスター/1967〜)≫
▼ サラリとした言葉だが、内容は深い。『私は愛されている』という確信は、
 幼児体験からの両親の愛情がベースになる。楽しむことが出来るかどうかは、
両親の生き方、愛情の質量に関わってくる。平岩弓枝の、『楽しむというのも、
なかなか大変だよ』というのも、『金持ち喧嘩せず』の、金持ちの状況が必要
条件になるということ。百万には百万、千万には千万、億には億の知恵が湧く。
楽しむためには、面白味を見出さなければならない。面白さは、何があっても
大丈夫!という確信と、逆にゾッとする危険があってこそ生まれ出る。

・・・・・・
6101,閑話小題 〜銀行にも大変革の大波が…
2017年11月26日(日)
        <銀行員 大失職 ―岡内 幸策(著)〜2017/6/2>
  * きついの〜! 御多分に漏れず…
 この春先に、地元の大手地銀の第四と北越銀行の統合計画が発表され、
ここでテーマにした。(後にコピー)。20数年前のバブル崩壊で20数行あった
都市銀行が、何と3行に集約された。そこには想像を絶する過酷な合理化が行わ
れたが、地銀以下の合併は少なかった。Amazon内の検索で、これに関する書籍を
検索すると、多くの著書が出てきたが、ことは深刻。その幾つか紹介する。
 まずは、<銀行員 大失職>から
  内容紹介(Amazonより)
◆ 銀行員の質の低下、銀行自体の自壊も始まる
銀行と金融マンの質の低下が止まらない! 金融の最新情報は聞きかじりだけ。
本部が薦める金融商品をマニュアル通りに売りつけるばかりで、顧客側ニーズ
には応えられない。バランスシートも読めなければ、地域情報も自分の足で稼い
でいないから、融資のための案件組成など望むべくもない。対人折衝の機会も
少ないため、コミュニケ能力も失われている。それでも銀行員は一生安泰。
行内での出世競争に敗れても、取引先が拾ってくれる?  いや、そんな時代は
完全に過ぎ去ろうとしている。
▽ 質の低下は今さら。何をもって質の低下というか?の問題もある。
劣化した人種とは、「リスクを負うことから逃げ、真摯に人生を追い求めること
を避けて、現象に振り回され、自らの脳で考える習慣を持たない人」といえば、
酷いサンプルが、彼方此方に。

◆ AIでほとんどの業務が代替可能に
AI活用で現場から人がいなくなるは製造業だけの話ではない。すでに、AI搭載
ロボットによる投資アドバイスが導入され、近い将来、窓口業務全般にも活用。
そこに蓄積された情報で、さらにAIは進化していく。そのうえ融資や案件組成
のための企業分析におけるAI活用も始まれば、多くの銀行員・金融マンは当然、
お払い箱になる。さらに最近は、企業の銀行からの人材受け入れが極端に減少。
まさに大失職時代の幕開けである。
▽ 10数年前になるが「小さなチップに支店の機能の全ての入力可能」と、
 耳を疑うような話を聞いていた。その現象化が、コンビニや、駅構内の自動
決済窓口。更に、中国などではスマートフォンによる直接支払いが進んでいる。

◆ 銀行大淘汰の時代に銀行と金融マンは何をすべきか?
本書は、実務はもとより銀行のウラ事情にも通じ、銀行員の質の低下を憂え
続けてきた筆者ならではの視点で、AI時代の銀行のあり方を切り取るもの。
IT化、ブロックチェーンなどネット社会の進展で銀行そのものの存在意義が
問われるなか、相変わらずの横並び経営を続ける銀行と、そのなかで自己変革
のできない金融マンたちが直面している課題を解説するとともに、一般読者も
金融(銀行)の最前線で起こっている変化がわかりやすく理解できる。
▽ 『地方銀行消滅』津田倫男(著) ー2016/9/13 の説明には、
<全国の地方銀行が人口減少による経営先細りに苦しみ、一斉に統合・再編に
 走り始めている。10年後には計105行が28のグループに。>と。
4分の1とは尋常でないが、20年前、都銀が3行に集約された現実から見て、
何ら不思議でない。
  … …
☆ 年金生活者の身には多山の石としても、社会変動の一現象をシリアスに垣間
 見るには参考になる。大都市への一極集中化と、情報化の現れでもある。 
世界は日々、隅々までネットで結ばれていく。
 
――――
2017/09/15
閑話小題 〜 地方銀行消滅
 ふと、去年分の同月同日分をみると、以下なるテーマ「地方銀行消滅」を
書いていた。「第四銀行と北越銀行の合併」をテーマにしていた時には、これを
書いていたことを失念していた。数年で、3分の1、5分の1に再編・統合なら、
早々に、合併するのも当然のこと。健全ということになる。ただし地方豪族化
した体質、塗炭の苦しみになるだろう。
  
――――
2017/03/17
閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合
  * 北越と第四銀行の経営統合、の号砲一発
 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の
ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。
実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。
まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。
「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と
関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が
不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の
北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と
原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 
 〜ネット記事から
≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行
(長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。
4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。
統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。
将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など
によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。
2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。
統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上する、
大規模な地銀グループが誕生することになる。
・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。
一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と
超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ
新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少
するという推計結果(13年3月推計)が出ている。
2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入
以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の
金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。
対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。
一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、
北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の
減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である
新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を
統合交渉のテーブルに着かせた。≫
――
▼「15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で知ったが、
 深刻な事態である。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、
この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。
その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」
として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている
感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。
 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。
目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。
今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細
経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者
の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯
をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 
越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の
常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが… ワオ〜ン。いや、キャン!



6829,閑話小題 〜大相撲も終わってしまえば

2019年11月25日(月)

   * 大相撲も終わってしまえば
 当初の予測どおり、白鵬が43回目の優勝。もう一人のモンゴル人横綱の鶴竜は
直前に休場。 白鵬とタッグで交互に休み、片方が優勝を狙うパターン。
休場しても罰金をとられるでなし、横綱特権を利用するのは至極当然。翌場所は
2人以外に優勝を譲り、翌々場所はどちらかが… 相撲協会としては、次の世代が
育つまで興業としての体制維持をするしかない。その時節が来年いっぱい。
貴乃花が相撲道とか訳の分からない?問題提起をしたお陰でガチンコ(真剣勝負)
が大勢を占めて、面白くなった反面、怪我が激増してしまった。
 ――
  
   * 映画観賞 :ゾンビランド:ダブルタップ   評価85点
 前作を見たような見てないような、如何だろう? 滅茶苦茶に残酷にゾンビを
殺していく内容に、直に慣れてしまうから恐ろしい。親しくしていた人が嚙まれた
瞬間、ゾンビに変身する。それを非情に殺すのだから、正視できないが、それも
演出の味付けにしてしまう。  
  〜内容といえば〜
<2009年に起きた爆発的なウィルス感染で人類がゾンビと化して10年。当時、学生
だったコロンバスは「二度撃ちして止めを刺せ」「人を見たらゾンビと思え」など
独自に編み出した「生き残るための32のルール」を守り、数少ない仲間と共に
ゾンビ社会を生き抜いてきた。だが、10年が経ち、ゾンビたちもパワーやスピード
が増した新種へ進化。新たな生存者の仲間を加えたコロンバスたちはルールを
さらに強化、生き残りを懸けた戦いに挑んでいく。>
 ―
▼ 上映開始から30分は、あまりの残酷な内容に、<判断ミスで失敗した!>と
 思いきや、その時間を過ぎると、その残虐性に慣れてしまっている自分が…。
「人間でなくなったゾンビを非情に切り捨る社会そのもの」の比喩と考えると
末恐ろしい。己の老化で解ることは「生の質の止ることなきゾンビ化の自覚」。

 ――

   * この年齢ともなれば
 第二の人生に入ってから8年半も経過したが、同年代も含めた第一の人生には、
生きてきた訳ありが、それぞれある。あと50日で74歳。1年と50日で、後期高齢者
の仲間入り。御迎えが来ても追い返す必要もない。 とはいえ、日々が面白くて
仕方がない少年のような気持の領域が限りなく残っている。…同年代には歪んで
いる人が多いように思われる。 加齢はゾンビ化への道というが… 値引商品に
「訳あり」と表示されるているが、それは、キズモノの意味もある。まあ、肉体
だけでなく、精神も歪むのは生命なるが故。

・・・・・・
6465,つれづれに哲学 〜平等と公平の違い 〜1
2018年11月25日(日)
   * 平等と公平論 ―平等実験、公正実験国家―
「平等」と「公平」、この似ている言葉には、実は大きな違いがある。
その違いの認識が曖昧のまま使われていることが、世の中を悪くして
いる大きな原因の一つとなっている。資本主義と社会主義の違いが、端的な
事例であり、数千万、数億単位の殺戮に至った。その残物が国家形態として、
国家理念として存在している。その背景には数日前に記した、「公正世界仮説」
の妄想が根太く、深く根付いているためである。 

 〜 先ずは、ネットで定義を検索すると…
≪ ・「平等」 個人の資質、能力、努力、成果に関係なく一定の規則通りに
 遇するシステムとなっていること。
・「公平」 すべての人に対し、機会が均等に与えられており、成果を上げた者が
評価され、報われるシステムとなっていること。
 人間社会は「公平」でなければなりません。これを「平等」と勘違いをして
いる愚か者が社会システム造りに参画すると、とんでもないことになります。 
世界では100年あまり前に国家レベルで、「すべての人間は平等でなければ
いけない」ということで共産主義という考え方が生まれ、かなりな数の国で
「平等実験」が行われました。結果はそれらの国すべての経済体制が破綻し、
人間は「平等」という考え方で集団をつくると殆どの人が
<最も低い能力の者に合わせた力を発揮する集団になる>
ということが判りました。考えてみれば当然でしょう。うんと働いても少ししか
働かなくても報酬が同じならば、多くの人間はだんだん働かなくなる方向へ行く
のは目に見えている。 これに対して資本主義では、働きの良い者と悪い者の報酬
には多大の格差があります。この格差があるからこそ人は、「自分ももう少し
頑張って報酬を増やそう」と考え、社会システム全体が進歩してきました。
人間社会、否、生物の社会では格差が生じるのは当然のことであり、むしろ、
格差が社会を進歩させる原動力となるわけです。 それでは、全く自由に放任
すれば、社会システムは良い方向へどんどん進化するのでしょうか。
そうでないことは過去の歴史を見れば明らかです。私たちは正常な格差が生じる
ようなルールを見つけねばなりません。この考え方の基礎となるのが「公平」です。
公平の定義にあるように、人間すべてに「自らの努力次第でどんなに大きくも
成長出来る機会」が均等に与えられている事が必要です。人種、国籍、家柄、性別
等による活動制限を合理的ルールで極力取り除き、どのような人でも、どのような
方向にも挑戦することが出来、成果があればきちんと評価されるシステムとなって
いる必要があります。公平なシステムが機能すると社会は良い方向へ進化します。≫

他にも、シンプルに…
≪「平等」= 個人の資質、能力、努力、成果に関係なく一定の規則通りに遇する
   システムとなっていること。
「公平」= すべての人に対し、機会が均等に与えられており、成果を上げた者が
   評価され、報われるシステムとなっていること。≫がある。

▼ 考えてみれば分かることだが、自然原理からして、平等、公正など存在して
 ないはず。建前として、それを掲げないと、社会が維持できない難しい存在が
人間の本質。ネアンデルタール人が滅び、ホモ・サピエンスが生延びた理由。
姻戚集団から抜け出せなかった前者から、ホモ・サピエンスは、違った血筋の家族
が寄添って集団生活を過ごす他者との融合が、人類にとって最大の境目になった。
敵は野生動物、自然災害の猛威だけでない。他部族、他民族の攻撃、殺戮に対する
猛威もある。                    〜つづく

・・・・・・
6100,閑話小題 〜チョイト哲学、「死」について −2
2017年11月25日(土)
                   <反・幸福論 佐伯啓思>
   * 死とは自己のうちから出てくる
 リタイア後の日々の生活で、毎日が‘絶対的な無意味’かつ‘ニヒリズム’
の果てしない海に私という舟が漂っている感覚にある。老いの心理状態とは、
こんなものかと。目先を楽しむか、何か新しいことに近づくしか手立てはない。

≪  ☆ ‘絶対的な’無意味
 たとえば、展覧会などでただ真っ白なキャンパスだけが置いてあれば、
怖ろしいとか、嫌悪感というより、不気味な感じをするのではないか。
それは、製作者の意図がわからないからです。製作者の意図とは、絵の持つ
意味です。その意味が見いだせないから、何か不気味なものを感じるのです。
もっとも、これらは「生」のなかの話なので、いずれ相対的なもので、あえて
意味を剥奪するすることで逆説的に「意味」を与えようとしているが、本当に
壮大な「無」に向合ったとき、恐怖や不安やおかしいなどというより、まずは
「不気味」な感じを持つでしょう。では、その不気味さから逃れるために、
どうすればよいか。さしあたり答えは簡単です。意味を求めないことです。
意味の無いことに意味を求めるから不気味になるのであって、意味ない、答えの
ないものについて、意味を求めることをやめることです。…
   ☆ ニヒリズムからの脱出
「死の観念」は、われわれをただ不安のまま宙づりにするだでなく、「死」に
ついての何の解決も与えるものではない。いくら「死」について考えてみても、
「死に方」一つ容易に糸口さえもつかめないのです。窓のない暗室のような部屋
に我々を誘導していく。その部屋で、われわれは、苦しい呼吸の中で出口を探し
もがくだけでしょう。「死」という必然によって「生」が囲まれ、脅かされると
いう感覚は、確かに「死」こそ恐ろしい、といった恐怖を与える。
 「死は恐ろしい」のではなく、「死について考えること」が、われわれに恐怖
を与えるのです。「死について考えているにかかわらず、全く何の解決が得られ
ないこと」が恐怖を与えるのです。「死の恐怖」といった問題は何を示している
のでしょうか。窓のない狭い部屋に誰が閉じこめたのでしょう。われわれ自らが
部屋に入りこんだのです。そうだとすればどうすればいいか? 「死」を考える
ことをやめればいいのです。相対的な限界の人間が、「絶対的なもの」について
考えることをやめることです。「‘絶対的な’無意味」について土台、考える
ことは無理だった。…われわれ人生が最後が「無意味」であれば、その無意味の
ゴールを目指し続けている「生」も無意味ではないか、という疑念が沸いてくる。
 であれば、「無意味なもの」に向けて走り続けているこの人生も、ただただ
苦痛の連続だ、ということになる。 しかも、このマラソンの最後の方には、
「老」と「病」が出てくると、これはもう本当に「生は苦である」になる。
そのゴールがただ「無意味」では、一体、何のための「生」かになる。
生・老・病・死、すべてが苦ということになる。
こうして「死」の問題は、われわれを深くニヒリズムに誘い込むのです。
 どうせ、みんな死んでしまうのだから、人生なんぞに特別の意味を求めても
しょうがない、ということです。これに続いてでてくるのは、「どうせ死ぬの
なら、死ぬことなど考えてもしかたない。それよりも、ただ楽しんだ方がいい
じゃないか」ということになる。やがてニヒリズムは、たいていの場合、現生で
の刹那的な快楽主義をもたらし、まれに現生からの「隠遁」への傾きをもたらす。
 さて、それでは、このニヒリズムからの脱出は、「死などないことにしよう」
として快楽の中に陥るか、あるいは樽の中に、陥るしかないのでしょうか。
実は、この問題を論じた人がいます。トルストイです。 ≫

▼ 早朝に、上記の文章を独り、一時間以上かけ、味わいながら書き写した。
 夜半の0時に4時間の熟睡から目が覚めて、やはり4時間、ヨガの死者のポーズ
(といっても、仰向けのウツラウツラの状態)と、右下にして丸まるポーズを、
交互に繰り返す。これに近いのは誰もすることだが、問題は、ニヒリズムの極み
の心理状態に陥った時。 余命数ヶ月の宣言を受け、夜半に悶々と、灼熱砂漠に
取り残された流離人の「生への渇望を味あい」。多くの作家が、リアルに描写
しているが… ニヒリズムの極みである。絶対的‘無意味’といっても、その時、
真正面から向き合うしか他にはない。そして、諦念に独り辿り着くしかない。
だから元気なうちに、ニヒリズムを内側に飼っておいて、快楽を、忙中の閑に
味わうしかない。これを飼っておかないと、最期の悶えの苦しみが深刻に…
その前に、「世人」の群れの「世間」に同化され、万年窒息状態に。本人が、
それに気づいてないから、それはそれで… アッ、自分の事ですか、これは!

・・・・・・
5733,なぜ本を読むといいか? 〜
2016年11月25日(金)
        <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著
  * とにかく乱読でいいから、読みなさい
今さら読書効果論でもないが、著者は平易に、丁寧に、解明している。
 背表紙の説明文に、『これからは、身分や権力やお金に‘階級社会’
ではなく、「本を読む習慣がある人」「そうでない人」に二分される
‘階層社会’がやってくる』と述べる。
情報化社会では、膨大な情報の中から、選択し、読み解く力が必要。
「本を読む層の人」は、「本を読んでない階層」の人を直ぐに識別する。
教養のあるなしより、「読んでる層、読んでない層」の階層分類の表現
の方が分かりやすい。私のように半世紀以上、欠かすことなく毎日、
読書を続けても、教養が身についたかと問われれば、返事に窮すが、
「本を読む層か」と、問われれば、イエスといえる。
 〜まず目に付いたのが、以下の内容〜
≪ ・‘ヘビー読者層とは月に3冊以上読む読者と言われる’
 ヘビー読者層が全国に1,654万1千人いるが、この人達がライト読者層と
 共に出版業界を支えてきたと言ってもよい。
・ ‘両親が読まないと子供も読まない’
 全体で『読まない』と回答した比率が46.1%で、年代別で目立つのは
 10歳代と60歳代以上。本当の本好きと考えられる『5冊以上読む』と回答
 している人の比率は60歳代であろうと10歳代であろうと年齢層でも大きな
 開きは無いことが読み取れる。『朝の10分間読書』や『本の読み聞かせ』
 などで、読書の楽しさを知って もらおうと全国の小・中・高校で取り
 組んでいるが、これらの読書運動は、やらないよりはやった方が良いが
 アンケートでは、両親が読まないと子供も読むことが長続きしないとの
 結果も出ている。『子供は親の背中を見て育つ』と言うくらいで家庭の
 習慣が良く出てくると言われている。 ≫
▼「読んでいる人」は「読まない人」を直ぐ識別するが、読んでない人も、 
識別されていることに何となく気づくが、その意味の深さを理解できない。 
知的コンプレックスを持つが、次の段階の読書習慣を持つことなく一生を
終える。世の中には言葉の持つ重要性が理解できない人が多く存在する。
なぜ出来ないか? 読書の習慣化で言葉を読みとく能力を持たないため。 
「聞く力」と、「話す力」のベースが、読書にあることに気づいてない。
著者は、そのことを明快に提示している。次回から、各章単位で考えてみる。

・・・・・・
5368,世間、社会、会社の意味とは ー
2015年11月25日(水)
        ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 日本の世間は稀有な条件下で育まれた人間関係である。
 自然発生の「世間」は馴れ合いで、「社会」は厳格な原則がある。
その辺りが、分かれ目となる。日本は島国で、異種混合が少ない世界。
そのため、「郷に入っては郷に従え」の馴合いになっていく。
≪ 世間というのは、馴れ合い同士の人間的つながりが、社会というのは、
一定の利害を共にする人間集団で、そこでは個々人の思想や行動の自由、
あるいはメンバーの行動規範の違いが前提となっているといってよい。
日本の世間は、千年余にわたって外国からの侵略もない、海に囲れた地域の
中で育ってきた人間関係。
 しかし社会とは、歴史的にさまざまな過去を持ちながら、たまたま利害を
共有する面があって同じ地域で一緒に生活する、といった人間関係です。
そこには他者と自分の間にシキリを設けるというか、あくまでも他人と自分
との間の越えてはならない障壁があることが前提となっているようです。
 世間には、人と人を隔てる障壁があろうとも、それを取り除こうとする
動きがあるように見えます。そのような形で、人と人を結びつける世間ですが、
それは無限のものではありません。具体的には、外国人に接するとき、日本の
世間の延長のつもりでいると、相手は妙な顔をするし、第一、言葉が通じません。
 岩手の人と鹿児島の人は、自分たちの日常の言葉では意味の通じないことが
あるかもしれませんが、それでも、NHKテレビの言葉にできるだけ似せて話せば、
まず、会話が成立しない、ということはないでしょう。
 しかし、相手が外国人であれば、どうもなりません。
つまり、世間というものには一定の範囲があって、それは別の言い方をすれば、
日本という地域、そして日本人という顔ぶれの範囲、ということになりましょう。
私がこの本で書いてきたことは、一言でいえば、「日本、そして日本人とは?」
ということなのかもしれません。つまり、日本人は世間を通じて一体となって
いるのです。≫
▼ 都会で、「田舎もの」という地方出身者を馬鹿にした言葉がある。
 都会に出て初めに意識するのが「田舎もの」の自覚。そこには、地方に
存在してない様々なタイプの存在に、孤独の群集に馴染めず、孤独に陥る。
そこで、都会という身近な「世間」に、まずは同調せざるを得なくなる。
そこには、契約で結ばれた部分と、暗黙の契約の存在がリアルにある。
それを逸早く察知できるかどうかが、当面の問題になる。今では、社会?の
隅々まで、外国人が存在しているため、「世間的側面」より「社会的側面」の
必要性が大になる。資本主義社会が世界の主流のため、価値基準が、お金と、
有効利用でリアルに判断される。「隣の人は何する人よ?」など論外になる。


6828,閑話小題 〜今年買って良かったもの

2019年11月24日(日)


    * 今日も、また…
 今朝、この随想日記を1時間以上もかけて書き直し、アップしようとすると、
何と昨日の文章に気づく。先日あったばかりの失敗。前回同様に、書き直す
程度の内容というにしても、悲しいことかな。
11月19日は、私にとって深い記憶に残る日になった。あまりに酷いので、ここ
では書けない。といって露悪の誘惑に勝てない。 SJに出発したのはよいが、
幾つかの忘れ物をし、取って返したのがいいが、今度は家に予約チップを忘れ、
その上に、ズボンのベルトをしてなかった。大丈夫だろうと思いきや、フロント
で… 何かしら、緊張感が切れて… 
 SCや図書館でバックで停車をする時、以前はなかったが、今では、真面に
停車が出来ない。数回、正すが、それでも停車位置に止めれない。同年代の
人に聞くと、「そんなの当り前!」と慰めてくれるが…
 ――
   * 今年買って良かったもの
◉ 我家の風呂は、この55年、タイル張りの壁と床。風呂は長寿泉という24時間、
 循環し何時でも入浴可能のタイプ。それも古くなり、最近は、ユニットタイプ
のシャワー・バスタイプが大方とかで、増税前に思い切って改装したが、
これが使ってみると快適… ‘家主の連れ’には、ますます頭が上らない始末。
◉ もう一つが寝室のベッド横幅1m、長さ2mのスペースのロッキングチェア。
 これが快適で、ますますカウチポテト族に。 
◉ 他には、PC前用の簡易ヒーターをハードオフで見つけ購入。
さらに、ソフトボール大の、球形のマッサージ・ボールと共に、家の内(居間、
書斎コーナー・ロッキング・チェア)を移動する度に持ち歩いている。
両方とも3500円ほど…
◉ 今年の書籍の購入は図書館で借りるだけで、ブック・オフ以外で買うことが
なかった。これも、加齢のためか。
 ――
   * 腰痛、その後
 高校3年の時の38豪雪で腰痛が持病になって以来、はや55年も経過した。
学生時代や勤務の県外在住時は、ほぼ、腰痛がなかったことを考えると、寒とさ、
湿気が腰に悪い要素になっているようだ。ゴールデン・ウィークと、11月の2つの
連休に大かれ少なかれ出てくる。SJのヨガ・エアロに参加して7年半になるが、
これで完治に近づくほどでなし。といって、効果がなくはなし。
10年前までは1〜2年に一度の重度の腰痛が出るが、この数年、少なくなっている。
 姿勢を気を付けているが、知らずに前屈みになって、SJのインストラクターに
注意されること屡し。
 
・・・・・・
6464,閑話小題 〜「公正世界仮説」という認知傾向! 〜2
2018年11月24日(土)
   * さらに、「公正世界仮説」について…
 この「公正世界仮説」を読んでいて奇妙な気持ちになっていた。
「上手くいったのは、やり方が正しくて、失敗したのはやり方が間違っていた」
と思っていた。ところが、これはあくまでも因縁の「因」で、間接原因の「縁」
が重なった「因縁」の結果、「運」が生じる。 私たちはえてして、因ばかり
目がいき、大事な「縁」を忘れがちになる。 事業が好転している時には、
<上手くいったのは、「公正世界仮説」でいうプラス要素の御蔭で、逆に
マイナスの「縁」の場合は如何であったか考えようとしない。たまたま、
順風の追い風の黄金色の大白鳥が到来した背中の隅に辛うじて乗れただけ。 
 ルノーのゴーンからして、それを体現した人。現実社会は、この仮説を妄信
している人達で構成されている。 移民社会の資本主義のアメリカ社会で、
暴動が起きないのは、この「公正世界仮説」があるため、移民は、
<いつか俺だって、大当てをして金持層に入るんだ>という夢を持っている。
そのプロセスで、<いま、ここで、自分が存在している>と… 
そのサクセス物語の夢があるから、生きていられると。
 しかし現実は、これが妄想でしかないと、ここで大胆に暴いてしまう。
世界は、半径500m、直径1kmの世界の重なりをベースで構成されている。
この小さな世界の住民は、それが現実であり、その外界の実感が全くない。
旅の御人の世界は非現実世界でしかない。 裸の王様を揶揄をしているが、
実は己自身の姿。<上手くいっている人は正しい人で、全て許され、失敗した
のは悪い人で、リンチの対象の悪党。直径1kmの御池の岩に閉じこめられた
渦巻く鬱憤の世界で互いの首輪の紐を引張りあって、終生(余生)を過ごす。
 社会の何が公正? 平等と公平とは違う。<資本主義社会のルールに則て
正しく手順を踏んで無事、こうしている何処が悪い?」。嘘をつけ!
 何処かの大統領、ドン様、首相、書記長を、少し凝視すれば分かること。
で、そのチョッとした不公正の御蔭で何とか、面白可笑しく生きられて、
何をおっしゃるウサギさんが、私たちの実情?… 
 
(別記: ところで数日前、TVで様々な動物に小型カメラを装着し、
 それぞれの動物目線で、日常の内容を映しだす面白い番組を放映していた。
その一つに、羊の牧畜犬の首輪からの録画が、犬社会の面白い現実を垣間見る
ことが出来た。 首輪のせいか?仲間内の数匹から徹底的に攻撃され、命から
がら、隅に追い出された犬が、外から羊を狙って忍び寄る狼を気づき、恐怖の
ため、雄たけびをあげて、狼の存在を他の牧畜犬に知らしめた場面があった。
弱者には弱者の役割の存在を、生々しくレポートしていた。これこそ、
「公正世界」というのだろう。老いて、傷つき、片隅で狼の影に怯え(笑)
早朝に、吠える代わりに、これを書いている我姿と自嘲していると、書けば、
丁度よいオチになるが… 次のテーマは、『公平・公正と平等の差』ですか。

・・・・・・
4635, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー4
2013年11月24日(日)
     『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
 * パワーカップルの最たる医師同士と、法曹界の収入は?
    ー要所を抜粋するとー
《 現在、医師の女性の占める割合いは20%。50年前は10%。
 現在の医学部の女子学生は40%を占めている。とすると近い将来、半分
近くが女医になると読み取れる。今だ役所、企業での女性の位置が低いが、
医療現場では、さほど、その障害がないことが挙げられる。現在、一億以上の
高所得者のうち、7人に1人が医師である。特に、開業医の収入が多いことは、
巷に知られている。男性医師の4人に1人、女性医師の3分2が、医師と結婚。
男子が少ないのは、収入が多いので、専業主婦の相方でも困らないことがある。
医師以外に、36・5%が薬剤師、看護婦、医療技能職の医療従事者がいる。
ちなみに、学生時代知り合った場合、に妻の方が子供育てを考え、負担の
比較的軽い、精神科、眼科、皮膚科を選ぶケースが多いという。
開業医が2千5百万、勤務医が、その半分の1230万。
医師カップルは2千〜5千万。開業医で夫婦で運営すれば、一億超える
ことも珍しくない。医師夫婦こそ、スーパーカップルといえる。》
▼ 収入から見ると、医者は一種の特権階級の住人。医師のパワーカップルに
 比べ、法曹界の収入は心もとない。女性が司法試験に合格し弁護士になる
プロセスが大変な割に収入が少ないこともあり適さないこともある。男性弁護士
からみて、弁護士の妻は6・6%にとどまり、医師の比率から見て6分の1になる。
それだけ医師の収入条件が良い。難関の司法試験に合格し、司法修行を終えても、
法曹職を得られない人が2割もいる。しかし、米国社会の後追いをする日本も、
訴訟社会になっていくので法曹職も、将来性がある。情報化、グローバル化社会
は、弱肉強食、一強多弱が更に進み、階級社会が固定化する。そこに生じてくる
のは激しい階級間闘争。とすると、第三次世界大戦が東西冷戦とすると、第四次
世界大戦は、民族間と、階級間の、果てしない戦争になる。それも、テロという
手段が頻繁に使われる不安定な社会が現れ出る。その反面、パワー階級は、
今もだが・・ 特別区という別世界に住むようになる。まあ、あまり明るくない
殺伐とした近未来が待っている。TPPは、アメリカ社会に右ならいということ。
厳しい階級社会が、本格的に来るということ! 第二次大戦から20年余の社会
主義化した、あれは、むしろ奇跡?地元の病院の眼科の先生が夫妻と聞いたこと
があった。歯医者はドクターではないが・・収入は似たようなもの?

・・・・・・
6099,閑話小題 〜チョイト哲学、「死」について
2017年11月24日(金)
                 <反・幸福論 佐伯啓思>
     * 「老いとは、死に至る重篤な病」だってさ!
 人生の一大事の「死」について、数多く引用し考えてきた。知識を持った
人間は、身近な人の死から自らにもやがてやってくる死の恐怖の予感に恐れる。
しかし、それは誰も自ら経験をしたことがない故、どれもこれもいい加減である。
死の問題を真正面に捉えると、深くニヒリズムに迷い込むことになる。その最たる
ことが、人生など「永遠の無=死」を前にして、無意味だという「生」に対する
否定な考えである。しかし、その真逆の「生」への極限の追及の本質を考える
足場が、そこに見てとれる。 永遠の無の中の、確かな「いま、ここ、私」…
――
≪ 終末の迎え方、「死に方」は、知恵や努力やカネやコネで人為的に操作できる
が、「死」そのものは、まったく人間を超えたものなのです。人は、「死」を前
にして、まったく無力であり、ただ頭を垂れるほかない。ここでは、全ての人間
の営みも文明も一気にすべての意味を失ってしまう。どれほど、人間が壮大な
建造物を建て、富を築き上げても、「死」を目の前にしたら何の意味もない。
近代人が理想とする「自由」も「幸福追求」もすべてが死を目の当たりにすると、
色あせてしまう。あらゆる存在を無意味化してしまうという点で、「死」は
「絶対的無意味」というしかありません。われわれは、しばしば「死を恐れる」
とか「死が怖い」といいますが、それは、「死に方が怖い」ということでしょう。
普通われわれは、「生」から「死」へと一挙に相転移するわけではありません。
「生」と「死」の間には、「生」でも「死」でもないような「病」と「老」がある。
「生」は徐々に力を失い、意味を薄めていき、世界は色あせていき、あげくに
「死」に至る。そのプロセスが苦しく、つらく、想像を絶するようなものであり、
屈辱的でさえあるのです。「死」に至るには、もはや「生」ともいえない「生」
を送りざるをえない。それに比べれば「死」は救済とさえいえるでしょう。
「生」の究極の時間からの解放であり、苦をもたらす物理的身体からの解放です。
「絶対的無意味」である「死」に対し、怖いも恐ろしいもありません。怖ろしさや
恐ろしさは、何かある意味を持った存在や事態についていえることだからです。
… 「死」は恐怖どころか救済であるのです。
しかし、この「絶対的無意味」は、こちら側でまだ生きているわれわれにとって、
何かある種の妙な感じを与えることも事実でしょう。≫
――
▼ <老いは死に至る重篤な病> とは、言い得て妙だが、現実である。
 死は、どうにもならない、ただ、ひたすら受け入れるしかないのです。
私も健康寿命の平均年齢に至り、いつ何時、介護に入っても不思議でない時節に
入っている。「老いていく」とは、「老いというの病の進行」とは、知らなんだ。
スポーツジムで、私の病の進行度は、これ如何に? と俯瞰すると、成るほどと。
「人生、良いところは還暦まで!」と曽野綾子女史が宣っていたが、その通り!
そして、12年近く経過したが、思いの外、「良いこと」が数多あった。それは、
「長年続けていたからこそ」の中の刹那な一瞬にあった。生きてきたように「老い」、
「病になり」、最後は「のた打ち回って死んでいく」。それで「良いんじゃない」
タップリと「麻薬」?を盛ってもらい、天国の階段を… 実際は真逆だろうが。

・・・・・・
5367,世間、社会、会社の意味とは ー
2015年11月24日(火)
          ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 西欧生まれの「社会」と、日本の「世間」はどう違うのか
 「社会」と、「世間」の違いは、日本社会と欧米社会の違いが起因する。
 欧米社会は一神教のキリスト教などの上に成り立っており、日本の
「世間」は、多神教のような無宗教的要素が作り上げた自然成立した
人間関係から出発している。 〜その辺りから〜
≪・「社会」と「会社」の二つの単語の元になった英語の「ソサエティ」
と「カンパニー」は、単語の形こそ違え、その語源は大変似ているのです。
カンパニーの本来の意味は「つきあい」といったところでしょう。語源は
「カメラ」で、今の日本語では写真機の意味になりますが、古いイタリア語の
「部屋」の意味です。古い英語で、同じ船に乗りあわせている船員の集団も
カンパニーです。これは当人たちのありようとは別に、一緒に企業を作る、
船を運行する、といった人間関係です。ここでは個人が仲間を裏切って、
勝手な行動を取ることを許さない厳しさがあります。
・「ソサエティ」もこの単語の語源のラテン語で、「仲間」とか「同盟」
といった意味です。「カンパニー」と同じような意味ですが、この場合は、
個人差やあり方に幅を認めている感じがあります。たとえば「同盟休校」
というのは、一人一人の学生は専攻も思想も違うが、その違いを超えて
何らかの要求を掲げ、申し合わせて一斉に学校を休むことです。
英語の「ソサエティ」の訳語である「社会」の構成メンバーは、さまざまの
個人が所属していることを承認しているのです。社会学の原型となる思想に
よって、後世に影響を与えたオーギュスト・コント(フランスの社会学者、
哲学者、数学者。一七九八~一八五七)は十九世紀前半に活躍した学者です。
彼は当時のヨーロッパの無政府状態を眺め、それを再統一するために、
実証主義(実際の状況から、そこに原理を見出そうとする考え)によって
何らかの原理、一定のルールを見出そうとしました。
・実証主義は「ポジティヴィズム」と言いますが、ポジティブは「確かな」
というのが本来の意味です。よけいなことを書いたような気がします。
しかし、それというのも、新しい単語である「社会」と日本の古い言葉である
「世間」との間に、かなりの距離があることを言いたかったのです。
ですから「社会性がないぞ」と言われると、何言ってやがる、という気が
しても、「そんなこと、世間には通用しないぞ」と言われると、ふと、
たじろぐものがあるのではないでしょうか。人間の集まりを示す言葉には、
西欧の近代社会が規定した、現実の事物から導きだした具象的に説明できる
理論を根拠にした「社会」なるものと、日本の「世間」のような、人が生活
してゆくうえで自然発生的に生まれた対人関係を意識することの二種類が
あるように思えます。≫
▼ 一神教は、神と僕(しもべ)との契約がベースにある。そこは、
 契約の原理が存在するのに対し、「世間」の世界は、曖昧な世界である。
だから曖昧な噂が、常に漂い、それに互いに怯えることになる。個々が
自立していることを前提にした社会に対し、曖昧な私の集まりの「世間」は、
不確かな事実の上で、ものごとが判断されている。そして「集団馬鹿」の
一員として、一生を終えていく。
・・・・・・
5002,閑話小題 ーつれづれに独り思うことー1
2014年11月24日(月)
   * 早朝、独り思うこと 
 現在の毎日の課題は、「既に残された時間は少なくなった分、
生きる面白さを味い尽くさないと!」になる。
 生きる面白さは充分に味わってきた。そして、あと何年、
生きるか分からないが、これからも、その余白に生きる面白さを
味わい付け加えることになる。生きる面白さには、味気ないことが
背後に膨大にあるが、それはそれで充分、価値があること。
 
 暇もあってか、過去をジックリ思い出すことが多くなった。
その度に多くの現象を改めて多面的にみることができる。
面白かった!という記憶が、非常に多いが、知らぬ間に、
面白くない記憶を消し、目をそむけてきた。
 とにかく、読書時間を持っていたことと、行動してきたのが
良かったのだろう。両親の影響も、あまりに大きい。

 「何事も取り組んだことが面白く楽しくなるまで、集中し続ける」
が、両親から学んだこと。そのために、世の中の流れをつかみ、
無駄を見極め、そのエネルギーは最小にすること。
一般の価値観は、娑婆の価値観。自分の価値観を見据えること。
そのためには、俗にいう「C」さん達と、距離を置くこと。
要するに「世間」を見切ること。それを20代から実践したため、
『色即是空、空即是空』の心持ちに少しでも近づけた?
早朝の時間の活用が、それを手助けてくれた? そうでもないか。

 ランチに週二回いっていたのが、今では週一である。
<昼飯は本来、ジャンクフードで、抜いても良いのでは!>
と思い立ってからだ。スナックとバナナ一本で充分と思えば、
それでもよい。実際のところ、惣菜売り場のパックの『つけ麺』か、
インスタントのカレーライスで、腹持ちがする。年齢もあるが・・ 


6827,閑話小題 〜とにかく‘毎日’書く習慣

2019年11月23日(土)


   * とにかく全部、書け ―3
「とにかく全部、書け!」は、私にとって「とにかく‘毎日’書け」になる…
これが慣れると、さほど苦痛でなくなるのは継続の効果である。書き続けると、
日々、新しいい発見があるが、ほぼ同じことを書いていることに気づかなくなる。
  〜書き続けることは
・脳内の外部化の作業であり、可視化にもなる。
・18年半が経過したテーマ日記。過去の同月同日分を数年分読み返す習慣と、
 過って書いた内容を、キーワードでブログ内検索で引出せるのが便利。
・外部化することで、書いた瞬間に安心して忘却できる。
・また過去に入れたエネルギーが、検索で、そのまま湧出する感覚になる。
・書上げた達成感と充実感が蓄積していく喜びも何ものにも変え難い。
 知れば知る程、その周辺の知らないことが見えてくる。
・言い残すことが、ほぼ無い実感が何とも有難い。

これを続けることは、膨大なエネルギーと根気を要するが、慣れると充実感が
満ちてくる。で、どうした? どうもしないがシリアスな内容だけに、他人様
から恨まれ疎んじられる反面、少しは何かを与えることが出来たか。生半可な
知識・情報を在庫として書き残し、数年にわたり、読み返すうちに理解する
ことがある。 
 
 去年の秋口に書いた中で、並列して飛ぶ2機の戦闘乗組員の無線のセリフ…、
《 ・ダニー:「 何事だ?無線は緊急用だぞ 」
 ・新人:「 すみません、ちょっと質問が… 飛行日誌についてですが、
  無線連絡はすべて書き留めた方がよいのでしょうか? それとも… 」
・ダニー:「 ぜんぶ書け、何が重要かは、後からわかってくる もう切れ 」》
 ―
 この言葉を若い時分に読んでいたら、人生は大きく変わっていただろう。
書き残してない人生の空白部分があまりに多い。私にとって あれだけ面白い
経験をしてきたのに、全くといってよいほど書いてない時節があった。
あの現場の感情や場面を克明に書き残していたらと思うと実に残念である。
 それでも22歳〜25歳にかけて、その時の気持ちを日記に書き留めていたし、
50歳半ばから18年半の間、このテーマ日記を書き続けてきた。それでも20代
後半から高度成長時代の濁流の中での心象風景を、そのまま書いていたらと
思うと… 後悔先に立たず。
 ソクラテスは何も書き残してなかったが、弟子プラトンが、彼の言葉を詳
しく記録し、後世に残していた。書き残こす意義は非常に大きい。
<今日、此処で、私が書いたテーマと内容>は、生半可としても、毎年、読み
返すことで改めてわかることが多々ある。それは、改めて考えることに。 
 ソクラテスの最たる言葉が、『私は何と無知か!』。その理解から第一歩が
始まる。「無知の知」の言葉が己を慰める。そして、次に娑婆のシタリ顔の
面々の人たちの言葉が湧きあがり、「深く考えない人生は生きるに値しない」
の言葉に納得する。湧きあがるのは、その時々の内なる無知蒙昧。
  ソクラテスの言葉に…
<それぞれが抱える不幸を持ち寄って皆で平等に分けたら、どうなると思うか? 
 ほぼまちがいなく全員が最初に持ってきた不幸の方がいいと言って、帰って
いくことでしょう。>がある。 時どき、冷たい視線に出会い狼狽えるが、
「カタチが違えど、御前さんと大同小異だろう。」の言葉で、一瞬で不快さが
なくなる。無知とは、それぞれに不快感を与えるものよと。
 
 〜過ってテーマにしたのを、コピペをする…
・・・・・・
6389,心に残った言葉 〜とにかく全部書け! 〜1
2018年09月10日(月)
   * 未来とは、今である。
         ーマーガレット・ミード―
 この随想日記を含めて、ダイアリーなどに小まめにメモをする習慣があるが、
数年前からは、この二つ以外のメモをすることが少なくなっていた。何でもいい
からメモは、その時点時点の心象風景を表現している。随想日記に全身全霊を
入れているため、日々の魂の刻印になる。それを毎朝、書きしるし、過去の同月
同日分の幾つかを読返すのは、内省になる。その上、キーワードでHP内検索が
出来るのが非常に便利。 例えば『娑婆』と入力をすると、17年分、6千数百の
テーマの中から文章を検索、羅列してくれる。正しく「未来とは、今である」
として、いま現在、考え、書いていることが未来の今に、再会可能にしてくれる。
ネットサーフィンで、ある名言集のブログに「未来とは、今である」があった。
毎日、書き続けるのは、今を未来に刻印することでもある。目標、夢は必要と
明確に示した内容である。

≪ 将来の夢や目標が明確になっている方は、
 いまやらなければいけないことも、おのずと見えるもの。
一方で、まだ将来の目標が定まらず、
いま何をしたらいいのか悩んでいる方も多いとおもいます。

わたしのまわりでも、
「今後のために いま何をすべきなのかわからない」
という話を聞くことがあります。
そんなとき、映画『メンフィス・ベル』のシーンをおもいだすことがあります。

『メンフィス・ベル』は、第二次世界大戦中の英国にある米軍基地を舞台と
した映画。とても危険な任務のなか、爆撃機「メンフィス・ベル」は、これまで
唯一、24回の出撃を無傷でのりきっています。25回目の任務を終えて故郷に帰る
ため、最後の飛行に向かう10人の若き乗組員のストーリーです。

最後の目的地に向かう途中、メンフィス・ベルと並んで飛行するのは
初出撃となる「マザー・アンド・カントリー」。
その新人無線士がメンフィス・ベルの無線士ダニーに無線通信をおこないます。

新人「 こちら、マザー・アンド・カントリー メンフィス・ベル応答願います 」
ダニー「 何事だ? 無線は緊急用だぞ 」
新人「 すみません、ちょっと質問が飛行日誌についてですが、
   無線連絡はすべて書き留めた方がよいのでしょうか? それとも。」
ダニー「 ぜんぶ書け、何が重要かは、後からわかってくる もう切れ 」
新人「 どうも、お邪魔を 」

このシーンが今でも気になるのは、ダニーの
『 ぜんぶ書け、何が重要かは、後からわかってくる 』という言葉。
それは、人生にも当てはまるのではないかと感じます。すべてを書き留める
ように、社会のなかで大きく目をひらき、耳をかたむける。そして、経験し、
感じ、考え、学び、そこから小さなヒントを得る。 その繰り返しのなかで
いつか自分にとって、本当に必要だとおもえるものが見えてくる。
だから、いま何をすべきかわからなくても、あせってその答えをだす必要は
ないとおもうのです。わからないのであれば、自分が好きなことに本気で打ち
込めばいいとおもうのです。そこにも必ずヒントがある。

若い命をかけて、メンフィス・ベルやマザー・アンド・カントリーに乗り
こむ乗組員たち。今日死んでしまうかもしれない彼らも、目の前のことに
全力をつくし、明日のために教えを請い、明日のためにアドバイスをする。
その姿から、どんな状況であってもすべては今にかかっているということを
学び、今日の名言『 未来とは、今である。』が心にきざまれます。  ≫


▼ 「何で、こんなことに全エネルギーを注ぎ込むのか?」
 私の場合、面白いという手応えと、充実感があるため。とにかく、書き
留めておけば、来年か、10年後の自分だけでなく、誰かが読んでくれる。
「今こそ、未来そのもの!」 永遠である。

・・・・・・
2018/09/11
心に残った言葉 〜とにかく全部書け! 〜2

「いま、ここ、わたし」は、過去、現在、未来も同じく永遠に向けて垂直に立ち
上がる。 一テーマを書き続けた後、5年、10年、15年後に読返すと、何気なく
書いた内容を読返す度に違った視点に変化する。 自ずから何もかもを書きだす
プラス、マイナス面がある。
 22歳から24歳にかけての具体的日常の細事の記録こそ、半世紀を超えた魂の宝。
人生の変り目の感情と理性そのままの心象風景の記録は、現在の自分が心底で
共鳴できる一番の話し相手。例えば「1968年10月」「青雲寮」の検索で、当時を
呼び出し可能になる。 この随想日記は、「とにかく一テーマの自分で納得する
文章を書きつづける!」のが、目標。 旅行中は、前もって書き下ろしたのを、
コピペをしてもらって凌いでいた。 「とにかく毎日書きつづけろ!」 
以下の文章は、16年前に書いた、50年前の日記の内容。具体的メンバーの名前と、
一日の記録が記されているにすぎないが、私にとって銀色に輝く青春の魂の記録。
しかし、もっともっと具体的な心象をの全てを書いておけば良かった。
その中でも、比較的に具体な一日の描写があった。当時の非日常のため記録した
のだろう。書き記してないと、忘却の彼方に消えていたはず。
――――
< 2002/10/27
 ある時間の断片ー7 
          1968年   9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。
 ――
ー感想ー
日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌ももう二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でも合った。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が
付いてなかった。寮にゼミに教授クラブに友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、
戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。
馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、
あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによってきて一人になれないのが悩みでもあった。
あの孤独の都会生活で最後には友人が吹き付けるように集まったのは
本当に良い青春の財産だ。 >


▼ 孤老化した使用後の現在と、雲泥の差があるが、当時は当時。
「未来とは、今である」 当時の、日記を読み、毎日、17年分のテーマ日記
の幾つかを再読するにつけ、とにかく、毎日、書きつづけてきて良かったと
実感する。他のノートもあり、こっそりと胸の内を書いてはいるが、やはり、
公開を前提にして書上げる内容が違ってくる。その方が、偽善の内容になって
いくところが絶妙である。公開すると、それが即、見抜かれるため、シリアス
かつ、露悪に成りざるを得ないのである。エゴまるだしの「このバカが!」
と思われてこそ、面白い筋立てになる。

・・・・・・
6463,読書日記 〜『孤独の発明』 −3
2018年11月23日(金)
          <『孤独の発明』または言語の政治学 三浦雅士著>
   * 孤独から飛翔する言葉
 アイフォン、タブレットPC、パソコンの進化などで、個々人主体の情報化
社会の本格的到来で、旧来の新聞、TVなどのマスコミの役割が、どのように
変わったかを知りたかった。これまでは、地元新聞、TVの地方局、地方銀行、
市議会と県会議員が、地方社会の骨格をつくっていた。これが10年前から本格的
に普及したアイフォンと、タブレットなどで、個々の情報端末が、互いに直接
結びつくことによって、社会の骨格を変えてしまった。 強者弱者の境目が
情報と資金力になるが、そこに情報選択と加工する能力のインテリジェンス
(地頭)の格差が端的に現れ出てきた。TV画面が、番組のディレクターの
素質もまた映しだしてしまうため、コミック的でさえある。大衆が大衆たる
由縁、マスコミが発信する情報を妄信し、考えないで済まされた。
 ところが、情報化で大量な情報が、フェイクニュースを含めて常時、入手
可能のため、自分で考えざるを得なくなってしまった。地頭は、幼児の頃から
親がかりでしか育成は不可能? 孤独に耐えきれないから、一般大衆になる。
考えるには、孤独に晒され、そこから滲み出る言語で格闘することである。
  
  〜その辺りを、解りやすく説明してある〜
≪ 言語と人間は互いに互いを育てあってきたと述べたのがC・S・バース。
AI革命がいわれインターネット革命がいわれるいま、この言語と人間の付き合い
方は新しい段階、というより、本格的段階に到達しているように見える。状況が
これまでと全く違ってきている。むろん、言語の本質が変わったわけではない。
これまで以上にいっそう顕わになってなって、いわば人は日々その本質、その
途方もない力――とりわけ嘘をつく力、騙す力、煽動する力――に直面しなければ
ならなくなってきたのである。人は自ら知らずに嘘をつき、たやすく騙されるが
――すなわちイデオロギーを持ちパラダイムに浸されているが――その事実に
46時中、直面させられるようになってきたと言っていい。言葉は人を騙し煽動
するが、同時に、人を励まし勇気づける。だが、それだけでない。
 言葉は人を傷つけ、ときには殺しさえする。
インターネットは人間ひとりひとりを新聞社に変えテレビ局に変えたとは、
よく言われることだが、重要なのは、誰もが同じ資格で自由に発信できるように
なったということではない。その結果、新聞やテレビがサブカルチャーすなわち、
下位文化に格下げされたということである。新聞やテレビの権威が失墜したわけ
ではないが、大幅に縮小されたのである。それは、国家的メディア、国際的
メディアではなくなりつつあるということだ。その結果、新聞、テレビがこれまで
以上に主義主張を鮮明に出すことになり、あるものはより右翼的に、別のものは
より左翼的になってきた。簡単にいえば熟慮することが少なくなってきた。
ということはつまり、自らサブカルチャー化に拍車をかけ始めたのである。
 失ってみてはじめて分かるが、権威の失落は重大である。これまで、いかに
新聞やテレビの権威に頼ってきたかが分かる。そして、失われていく過程で、
これまでの権威がいかに基盤の脆いものであったかが分かる。権威として登場
してきたものの多くが、若くて未熟な記者やディレクターによって恣意的に
選ばれたものにすぎないことが露呈してきたからである。インタネットの情報が
飛躍的に増えて、容易に比較することが出来るようになったのみならず、記事も、
番組をたやすく批判されるようになった結果である。
 マスコミの時代が終わった、あるいは、新たなマスコミュニケーションの時代
に入ったのである。… …情報は溢れかえっているが、それは分別も整理をなさ
れてない生の情報なのだ。いわば膨大の情報の海の渚で遊んでいるようなもの。
人類はいま、巨大な波がいつ押寄せるかもしれない波打ち際で戯れている。≫
――
▼ 学生寮でコーヒーや、酒を飲みながら、様々な大学の人たちと軽口に近い
議論をしてきた。それが突然、厳しいことで知られ、次々と脱落をしていくため、
一年コースの「途中補充」で入会したのが『人事管理』の武澤ゼミ
(ゼミ員・20数名)。 前週に一枚のレポートをわたされる。それは、
人事課に持込まれた社内のトラブルの生々しいケースの書かれたレポート。
 2〜3班に分かれて議論をして、問題のありか、解決法を導き出した後に、
全体で、その結論を、互いに批判し合う厳しい現場に立つことになった。
そこには、「東レ」から、見るからに切れ者の社員が5名参加をしており、
現場叩き上げの凄みがあった。議論の結果、その解答の書式が配られ、
ゼミ全体の結論と解答の差を、教授が結論として出す。 
 とんでもないところに来てしまったと、当初は思っていたが、それが、
私には水を得たように解決法が出てきた。それは両親の終戦後の転業の中での
幼児体験。その日の売上が、生命線の命金。幼児体験そのままの知恵が、突然、
表立ってきた。それと25人のオープンハウスのような寮生活そのものが
問題解決の日々。 問題は姿変われど、本質は変わらない。それらを、知識と
知恵で、深く掘下げれば自ずと解決する。 問題は、地頭の勝負! 
20万年に一度あるかなしかの、情報革命の断層で、一人一人の個々の知恵、
『孤独』の徹底が現われてくる。


6826,閑話小題 〜幸福のパラドックス −2

2019年11月22日(金)

   * 何ゆえに、何万年前と幸福感が大して変わらないか
  〜この概要をまとめると…
≪ この何万年…、特に、この二百年の間、幸せを追求し経済成長をして
きたにもかかわらず、何ゆえ大した幸福感を得ることが出来なかったのか。
それどころか、経済のグローバル化と、経済戦争で、かえって苦しんでいる。
その根底に、幸せには二種類あることを知らないためであると… それは、
「相対の幸福」と「絶対の幸福」である。この二つを意識して暮らせるか、
どうかで人生が変わってくる。

◉ まずは「相対の幸福」とはお金、財産、地位、名誉… 
 人と比べなければならない幸福である。その弱点は3つある。
・どこまで求めても、キリがない
・喜びが続かない
・死んでいく時には総崩れになる
◉ 「絶対の幸福」とは、仏教では、その目的が完成があり、死によっても
 総崩れすることがない。大安心、大満足の絶対幸福になること。カントの、
絶対言明にあたる。それに対し、仮言命法が、相対的幸せになる。
定言命法とは、カント倫理学における根本的な原理であり、無条件に
「〜せよ」と命じる絶対的命法である。定言的命令とも言う。
「もし○○なら▽▽せよ」というかたち。相対的である。
 ―
 そうこう考えると、一大問題が「死」の問題と宣った。
宮本武蔵が吉岡道場と三回の決死の戦いを…
織田信長も、今川義元と、絶対的劣勢の中で、勝利を収めた。
まず最も重要な敵の親玉に狙いをさだめて、まず殺してしまった。
 これに人生を当てはめると『死の問題』が親玉になる。… ≫
 ―
▼ これは若い時分から自問自答し、少しずつ納得していくしかない。
 「死」を直視し、覚悟を決めてしまえば、死の裏側にある「生」の問題が
豊潤に浮び上ってくる。 「人生に何をすべきか」「どこまで知るべきか」
「どこまで望むべきか」のカント哲学の基底に相通じていく。 ところが、
大方の人は、「自分だけは大丈夫、まあ80歳は生けるだろう」と勝手に決め
こんでしまう。 が、そうは甘くはないのが人生。これは覚悟の問題。
時間をかけるしかない。 そこに「幸福のパラドックス」が…。 
幸福の光の背後にある漆黒の闇を考える必要があるかどうか。光は漆黒が
濃いほど光り輝く。人生は「いま ここ わたし」は …宇宙の一瞬の輝き。

 ところで沢尻エリカ様、最高のエクスタシーを味わったのだろうに。
あとで待つのが「汚れ役」の人生としても… 芋づる?で他のタレントの名がチラホラ。

・・・・・・
6462,閑話小題 〜ゴーン逮捕 −2
2018年11月22日(木)
   * 日産とルノーの合併話が遠因?
 家内が昨日の朝、「昨夜のTVで、日産とルノーの合併話があって、それを阻止
するためのクーデターと報じていたよ!」と宣う。そこでネット検索をすると、
以下なるネットニュースがあった。
≪  ☆ ゴーン会長が日産・ルノーの合併を検討 FT報道
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は20日、日産自動車会長と仏ルノー会長
兼最高経営責任者(CEO)を務めるカルロス・ゴーン容疑者が両社の経営統合を
計画していたと報じた。日産側の経営陣は強く反対していたといい、ゴーン会長
の逮捕劇の背景に日産の経営を巡る内部闘争があったと示唆した。
 複数の関係者がFTに対して明らかにしたとしている統合は、ゴーン会長が強く
推進し、反対する日産経営陣は「数カ月以内」に実現する可能性があるとみて
いたという。相互に株式を持ち合う日産とルノーの統合は、日産を影響下に置き
たい仏政府がかねて望んでいたとされる。 三菱自動車を含む3社連合の形を
ゴーン会長に頼らない体制にするためだ。ゴーン会長も6月のルノー株主総会で
「私の任期終了までに企業連合の持続性に疑問が出ないようにする」などと
発言していた。これに対して日産側は仏政府による経営介入などを警戒し、独立
したままの資本関係の維持を望んでおり、水面下の駆け引きが続いていた。≫

▼ ルノーの経営会議で、ゴーンの解任は延期されたが、この事情であれば当然。
 水面下ではフランスと激しい遣り取りがあって当然。世界を揺るがす御家騒動
になるが… ドロドロした内情が噴きだしてきた。ゴーンの私利私欲のスキャン
ダルも事実で、合併が差し迫った現在、自分たちの身分が危なくなる現経営者の
策謀も事実としたら、さて如何なることか?ルノーが43%の日産株を所持に対し、
日産は15%というから、資本の論理からすると、絶対的にルノーが有利になる
のは周知のはず。 その後のルノーの臨時取締役会で解任されなかった、という
ことは、フランス政府がゴーン解任に反対したため?とすると、早々、日産の
現社長の辞任? フランスから猛抗議を受けた政府の圧力で、検察が、ゴーンを
釈放。合併を推し進めるのか、映画を地にいくバトルになる?
ここにアメ車のフォード、GMの要請を受けたトランプがアメリカ第一主義から、
ルノーの力を削ぐため、日本に圧力をかけるだろうから、日仏米間の政治問題も
絡んで何とも複雑な問題。 レバノンの難民の父を持って、世界を渡り歩いた
中で、学び、働き、勝抜いてきた筋金入りのゴーン。このまま、済むわけがない。
まさに生中継のハリウッド映画のようで、見もの。フリーのライターが色いろ
ホジクリ返すのだろうが…  検察に対して、弱みを持つ?安倍首相。
何を思って夜を過ごしているのやら! 私が日産の社長で、免責条件で、
ゴーンの不正告発を突きつけられたら、連犯で逮捕より、寝返るしかない! 
 やはり、何処かで死人が出るほどの、生々しい事件とみてよいのでは!
フランスの秘密警察は、陰湿で強力という。

・・・・・・
5365,世間、社会、会社の意味とは ー�
2015年11月22日(日)
          ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 世間の中で、もまれて大人になる日本人
 学生時代の専攻が社会学。それに影響されてか、社会科学に興味を持って、
以来40数年、その系統の本を読み続けてきた。そこに当然、身近な『世間』
なるものの正体に興味を持つことになり、手当り次第に読んできた。
その世間、社会の色取りが面白いからこそ、続けてこられた。特に日本人は、
『世間教』たる宗教めいた神様が存在して、それに大きく左右されて、
『世間馬鹿』(いま、思いついた言葉)になってしまい、人生の黄昏頃に、
その壁に気づき、自ら涙する。その世間を、否定をしないで、真正面から
捉えたのが、この本である。ーはじめにーの、「世間」「社会」「会社」
の定義が、的を得ている。まずは、その辺りを抜粋。  
≪ 日本には昔から「世間」という言葉がありました。
 「世間知らず」
 「世間の笑い者になるぞ」
 「世間は広い」
・世間とは個々の人が作った集団ですが、それは具象的というか、私たちが
日常接する人々とつくるつきあい、そして、その延長である知人のまた知人、
というふうに範囲を広めていった未知の人をも含めた集団といえる。
あくまでも、現実の人間関係の延長がつくる人間関係です。
 人は成長するに従って次第に複雑な人間関係を持つようになり、やがて
未知の人をも含めた集まりが存在していることを知るようになります。
 それが世間であり、大人になるということは、そういう世間で生きるための
常識が備わってくること、いや、積極的に世間を知ろうとすることが成長する
ことの意味なのでしょう。世間を前にすると、個々の人間は弱い存在です。
そのルールには従わなければならないし、ルールの担い手になることさえ、
周囲の人々に期待される場面もあります。世間の掟というのは、法律のように
個人を強制するものではないにしても、世間の暗黙のルールを破ると、物事が
スムーズに運びません。
 「世間知らず」とは、そういう世間の暗黙のルールが身についていない人の
ことであり、「世間は広い」という言葉には、暗黙のルールだと信じていたもの
のほかに意外なルールがあって、それに従って生きている人々がいることを
知った驚きが込められています。
・「世間」によく似た言葉に「社会」があります。学生のころ、社会学の講義
で、明治のはじめに英語の「ソサエティ」を訳すに当たり、当初、「会社」と
した場合もあったが、やがて「社会」に落ちついたと教えられました。
しめすへん「社」という漢字の左側の部分は「示偏」で、これは神を祭る祭壇を
表すと聞いた覚えがあります。そして、右側の部分をなす土という字です。
つまり、「社」という字は土の上に神を祭る祭壇を作ることで、「会」という
字は人々が集まることです。「社会」という単語には、まず祭壇があって、
そこに集まる人々がいる。つまり、共通の神があり、それを承認する人の集団
が社会なのです。
・そして、「会社」は、「社会」の漢字の順序を変えただけ。しかし日本語の
「会社」の場合は、まずある目的があり、それを達成するために人々が作った
かなり人為的な組織ということになります。たとえば紡績会社なら、織物の
生産を目的に、金と技術と意欲を提供して集まった人たちの組織ということに
なります。それに対して「社会」は、自然発生的で人間が知的にその存在を
認めた組織ということになりましょう。そうやって考えると、「社会」と
いう言葉は、あくまでも知的な認識というか、人にとっての個々の知人関係
などがつくる人間関係とは、一応は無縁な言葉ということになるでしょう。≫
▼ ウィキペディアによると、{社会とは、人間と人間のあらゆる関係を指す。
 社会の範囲は非常に幅広く、単一の組織や結社などの部分社会から国民を包括
する全体社会までさまざまである。社会の複雑で多様な行為や構造を研究する
社会科学では人口、政治、経済、軍事、文化、技術、思想などの観点から社会を
観察する。}とある。「世間」が身近な人間関係の広がりに対して、「社会」は
その範囲が広く、社会契約を含めた、構造と、その構成要素をいう。人生を
考えるとき、「世間」たる化け物を見据えておかないと、その一員に陥る
はめになる。それを避けるには、長年かけた教養が必要のはずだが… さて?

・・・・・・
5000,閑話小題 ー今日で5000回!
2014年11月22日(土)
   * 随想日記も5千回に
 気持ちを入れた文章は足跡として残る上に、過去の同月同日に再び、
その時の自分と出会える。5千回は、以前より大きな目安としていたので、
やはり感慨が深い。とにかく続けることだが・・
 この随想日記と、50回の海外ツアー(来年達成)と、新潟駅前事業が、
この30年の大きな行蔵だが、これ、何の価値(意味)があるの?と、改めて
問いなおせば、何もない。ただ、ひたすら生きてきた中で、これがあっただけ。
面白く、厳しい場面が多くあったが、悔いは無い。いや、そう思うしかない。 
 読み返すと千回までが大変だったのが見てとれる。5分遅れでアップ
できなかったことが一回あったが、我ながら五千回もよく続いたもの!
学生時代に日記と、卒論を書いた以外は、社内報に二月に一度、書く以外は、
殆ど書くことはなかった。それまで本を読みっぱなしで、ダイアリーにメモ書
で残す以外、感想も、要約も書き残すこともなく、一番大切なことをして
なかったことに気づいていた。そこでHPの存在を知り、記憶の雑記帳として
ネット上に公開すればと、思い立った。そこに、通勤途中に開業したばかりの
パソコン教室を見つけて本格的にのめりこんで行った。当時は、まだブログの
出だしの頃で、手作りのHPだった。それが、今でも、エンピツの「随想日記」
と、「分類」として続いている。そして7年前に、二つのフォロー用に始めた、
「はてな」のブログに殆どが移動していった。そのことに気づいたのが一月前。
13年の日時もあって、「ヤフー」のブログを加えると、400人の閲覧に
なっている。もっとも、最大のファンは同月・同日の自分と、未来の自分だが。
アップをした瞬間、その全てを忘れるため、読み返すと奇妙な気持ちになる。
なるほど、言葉は言霊!「その瞬間の自分は、集中すればしただけ残るんだ!」
を、読み返すと分かる。   ーまずは初回からー
・・・・・・
6097,閑話小題 〜先日、信濃川土手の公園で
2017年11月22日(水)
   * 早朝の土手の公園にて
 10日程前になるが、8年以上続けている早朝のポタリング(チャリ散歩)の
信濃川の土手でのこと。年齢が20〜60歳位の男10数人と、若い女性が集まって、
それぞれ押し黙ってスマートフォンを見ている。異様といえば異様だ。通り
過ぎてから、これが流行りの「ポケモンGO」かと。早朝の寒空の中で、何か
しら違和感があった。そこで、HPの『Pokémon GO』を開くと、何が何だか? 
参加する前に、ガラケイからスマフォに切替える必要があるか。私には、そこ
まで興味がわかない。嵌りこんだら、面白いのだろうが。
――
  * 晩秋の土日・祭日は「スポーツ観戦」漬け
 スポーツの秋の時節。相撲が開幕すると、土日、祭日は「スポーツ観戦」
漬けになる。実際の運動はジム、試合はTV観戦が主だが。先週の日曜から
「大相撲・九州場所」が始まり、月初には同時間帯に「全日本極真空手道大会」
と、「全日本柔道体重別選手権」が行われたため、3つ同時のTV観戦に相成った。
年に一度の日本一をかけた一発勝負が何とも新鮮。土日は、録り溜の300本前後
の中から厳選をした数本を見るため、寝室のTV前で終日、過ごすことに。
それが、全く飽きがこないから、始末が悪い完全オタク。ブルーレイの録画枠が
一杯になったため、最近始めたのが、記憶媒体へのダビングの移行。一枚40円の
ブルーレイに4〜5本が可能。 世界の自然紀行モノや、美術館モノをダビングし、
新たな録画用の枠を空けている。が、面白そうな映画が次々に放映され、録画に
相成る。 これに書斎コーナーのPCのデスクに4時間は座る。居間は気分転換
の場で、家内の敵陣?にキマリワルソウに鎮座。ガラス戸の向こうから、唯一
味方のインコが、親しげに鳴きかけてくる。そして日々が稲妻のごとく、瞬く間
に過ぎ去っていく。この凡々の生活も悪くはないが! 際モノ生活?はもういい。
・・・・・・
5730,閑話小題 〜トランプ劇場の憂鬱
2016年11月22日(火)
   *トランプに、ハネムーン期間はなし
 アメリカ新大統領の政権移管期に報道の「ハネムーン期間」
があったはずと、ネット検索をすると・・
【「ハネムーン期間」とは、近代の民主主義政治において、政権交代後の
 新政権の最初の100日間のことを指す。発足直後の新政権は一般的に高い
支持率を示す傾向があり、新政権の最初の100日と国民・マスメディアの関係
を新婚期(蜜月)の夫婦になぞらえて名付けられた。アメリカ合衆国では
報道機関のみならず野党も、この100日間は新政権に対する批判や性急な評価を
避ける紳士協定がある。】とあった。
 
―今回の選挙は、売名のための実業家泡沫候補が捨身で、人口の66%を
占める白人、特に中下層白人の不満を煽った結果の前代未聞の勝利だった。
これがアメリカの本音である。
 選挙終了直後から、デモが頻発することなど、考えられない事態である。
それも、趣味の悪い悪役スターとしか思えない家族も露出した。これでは、
スキャンダルが絶えなく続くことになる。 韓国現大統領の末路と、近未来の
トランプの先行きを重ねみることが出来る。
 マスコミも、国民も、「ハネムーン期間」を祝う空気は全くない。
米国内の経済シンジケートは、組しやすいと踏んだようだが、ゲルマン人の、
有色人種への差別は想像を絶するほどである。まず、隷属国家の日本の扱い。
仮想敵国の中国との取引材料として、どう扱ってくるか。
 中国が常々、アメリカに提案していた、<アジアは中国に、アメリカ大陸は
アメリカに!>の、裏の秘密協定を結ばない保障ない。逆に言えば、日本が
真の独立を果たす機会である。
 この状況は20世紀初頭から中ばの情勢に酷似している。平和憲法をあてがわれ
70年余り、最小のトラブルで、何とかきたが、大統領選の思わないフロックで、
それも終わろうとしている。天気晴朗なれど波高し。その先には暴風の可能性
がある。まずはオリンピック開催と、トランプの引退まで、安倍で?何とか!
 歴史は繰り返す。このミュージアムが、もしか私の終末の心象風景? 娑婆!
――
ウオーキングについて
2001年05月04日(金) 
 7〜8年前より 1日平均 15000歩、歩ている。土日曜祭日は
23000歩 は歩く。気功、屈伸、地蔵様へのおまえリ、瞑想、太陽視、
呼吸法、肯定思考訓練など全部取り入れてある。趣味をとうりすぎてライフ
ワークである。酒を多く飲みすぎた時など毒素が抜けるのがわかる。
日経新聞のコラムで1日7〜8万歩も歩いている人の文章を読んだ事があるが、
上には上があるもの。 10年前に書いた文章をコピーしてみる。−>
【最近、造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。
(江藤淳の“夜の紅茶”をもじった)�早朝(4時半〜5時半)起床 
�近くを一時間散歩 �テレビ体操 �瞑想 �家族全員のお祈り �食事�風呂
と続く。特に散歩が非常により。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。
季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経を
となえる。この散歩に全てが含まれても過言ではない。
 これを実施して4年、副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、
酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。
時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。
また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。
早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して自ら挑戦
してみた事だ。登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。
1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。
夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。
これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。
山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。平成3年5月】

 


6825,閑話小題 〜幸福のパラドックス

2019年11月21日(木)

 人生を振返りみれば、浮沈みはあったが、沈んでも丸裸ということもなく、
比較的安定?をしていた。「事前の一策は、事後の百策に勝る」… 万一の
構えを事前にしていたこともある。ブラック・スワンはいずれ飛来するか、
潜んでいる。幸福のパラドックスをさして感じることもなし、幸福度が減った
なりに楽しむ術は心得ていた。
<(イースタリンの逆説)によると、年収の7万5千ドル辺りが、幸福の目安と
いうが、中の上。そうかもしれない。 問題になるのが、本人の価値観。
幸せはお金で買え、しかもお金が多いほど多くの幸せが手に入る」ことも事実。
「恒産あって、恒心あり」。 漫画家が一発当てた印税で遊び放題の人生も、
これまた幸せの極致。人生を振返ると、大方が50歳代が一番に安定し、豊か感が
あったが、では現在と比べて、如何か?というと、大して幸福感は変わらない。
…が面白さは、50歳代が格段、面白かったのも事実。ここまでくれば、第三者の
認証も大した問題でもなし、「悪魔の大便」のような人物の嫌らしさ?を、知る
機会の楽しみもあり、差し引きゼロになる。我が内なる… 云々もあるが。
 ―
 イースタリンの幸福のパラドックス(イースタリンの逆説)… 
◉ 『「貧しい人は、お金により幸福感が増す。しかし、中流に達すると、
それ以上お金が増えても、幸福感はあまり変わらない。ある研究によれば、
年収が7万5千ドルを超えると、お金が増えても幸福感はほとんど増えない。」』
といった、お金の増大が必ずしも幸福と比例しないというパラドックスを
表した言葉である。リチャード・イースタリンという経済学者が考えた説。
◉ また、「幸せはお金で買え、しかもお金が多いほど多くの幸せが手に入る」
米ミシガン大学の2人の経済学者が結論づけたが、逆説で挙げられるような、
飽和点(7万5000ドル)を示す証拠はなく、「一国の中では、平均幸福度と
平均所得との間に明らかに相関関係が見られた」と主張。
 ―
▼ 中学、高校、大学の忘年会に出席続けていると、やはり後者の説に偏り
 たくなる。進学する度に、暗い人が少なくなる。「恒産あって恒心あり」。
「自由、平等、博愛」というが、これは逆説。でも理念として常に心がける
べきこと。平等と自由に関しては、チンパンジーが、一番、敏感という。
ああ、愛を持って接すれば愛が返ってくる博愛もある。 とすると、
人間は狂った猿」というのも、間違ってはいない。チンパンジーを引合いに
ださなくとも、自分をみれば解る! 何で人は、狂っていくのか?
< 不幸になるのは何も難しくない。ほんとうに難しいのは、幸福になること 
                            ―パスカル >
 女優の沢尻エリカを見るにつけ、その段差たるや… しかし多かれ少なかれ
誰にも待ち受けている究極の不幸……  一人称の「死」の問題がある。
 そりゃ哲学的になるは、砂漠の炎天下に突然置かれ、生への枯渇で独り
ノタウチマワルしかない究極の不幸と比べれば、全てがカスリ傷。だからこそ、
誰も正視が出来ない。「今、ここ、わたし」の幸福を赤裸々としても、
求めればよいのに。「死」の問題は、「生きる」問題の裏腹にあり。
 次回は、この問題をテーマにする予定。 
暗いも明るいもあるか、そこは漆黒の世界。目を叛けるより、まず慣れろ!
その奥に生の輝きが見えてくる。それを感じ取った結果が、幸福だろうに。
 
 〜で、これも丁度良い脈絡として以下に続く… 
・・・・・・
4999,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜�
2014年11月21日(金)
             ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
   * 般若心経の勧め ~(-ノ-)/Ωチーン
 般若心経を暗記をして30年近く経った。この間に、数十人に暗記を勧めた。
当時、息子二人も毎朝の仏前の読経をきいて、面白がって暗記をした。何万回、
唱えたことだろう。唱えた分そのままが、心の底に蓄積されている感がする。
 今は、数日に一度だが、唱えること自体に意味と実感している。ポイントは、
ゆっくりと、一言一言を区切ること。 創造工学の中山正和の講演で、
『運を強くしたいなら、般若心経を暗記しなさい』という勧めを受け、必死で
憶えた。これは一度憶えてしまえば、汽車待ちのベンチや、夜半に眠れない時
など、唱えることが出来て、頭がクリアーになる。 ーその辺りからー  
≪ 会社で出世して係長から課長になっておめでたいのは確かだが、見方を
変えれば係長級のストレスからさらに大きな課長級ストレスを抱えることにも
なる。それほどの大ストレスを癒すには通常の意識レベルを、違うレベルの
意識に持っていくという作業がすごく大事になる。そのため何をすればよいか
といえば、一番簡単な方法の一つが毎日、「般若心経」を唱えることなんです。
訳はわからなくていい。とにかく唱える。そこで大事なことは、へたに解釈
してはいけないこと。ただ、ありがたいと思うことが大事なんです。 
また、例えば会社でも、朝みんなで社訓を唱えたりするでしょう。
あれだって意味を考えてなくて怒鳴るから効果があるのです。
まともに考えたら馬鹿臭くなるのではないでしょうか。
 ーそういう意味で、「教育勅語」などは、その典型だったわけですね。
そうですね。僕ら、小学校のとき、何にも意味わからないことを聞いて
全部暗記してました。 ーある種の呪文なんですね。
 そうです。現代人には、ある意味でそういうものがなくなってしまった。
いわゆる近代主義というのは呪文を全部否定したわけです。呪文を否定して
何でも意味を考えて、何でもわかると考えてしまった。そうすること自体が
すごいストレスを生み出してしまった。つまり「般若心経」を例に取れば、
それをわかろうとするのではなくて、単に唱えることに意義、つまり心を癒す
作用がある、ということですね。 ただ、それで完全にわかったと思ったら、
もう駄目だと思います。理解するより唱ることに意味がある。「般若心経」は。
‘ありがたい’と思うことが大切だ、ということです。(p178)  ≫
▼ 「般若心経」を唱えている間は、別時空に入ったような感覚がする。
《現象は、五感は夢幻でしかない、それを自覚しなさい》ということ。
《南無阿弥陀仏》《南無妙法蓮華経》《南無観世音》も一心に唱えている時は、
心が魂の世界とつながっている。魂とは一心不乱に対象に没入している時の
心の状態をいう。ひたすら、念仏や、般若心経を唱えている時こそ、自分が
自分になる。 南無..(-人-) Д│
――
 H0605
般若心経のすすめ
 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。今まで何万回、
唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須。二人の子供ま毎朝の
仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。十年間の経験より
(私の実体験より)直観した事を列記すると
�自分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
�心臓音に波長があっている(リズム)
�α波がくみこまれている
�“念”がこの中に入っている
�お寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
�情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
�これをくり返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
�夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。
――
2001年06月11日(月)
[49] 一期は夢 ただ狂え

世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
    夢幻や南無三宝
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
                閑吟抄
470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男が
古今集をまねてつくった歌の一つ。‘人生など一瞬でしかない。なら
狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’と言う内容である。
今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった内容だ。
500年前この無名の男の人生‐過去に何があったのだろうか?
今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか!

・・・・・・
6461,閑話小題 〜ゴーン逮捕
2018年11月21日(水)
    * 大物経済人の異例の逮捕
 一昨日の15時過ぎに、「自動車業界で世界的規模のルノー・グループの総帥が
間もなく逮捕!」と目を疑うようなビッグニュースがTVのテロップに流れてきた。
即座にNHKが臨時番組を組んでいる中、他局はいずれも普段どおりの番組。
これまでのニュースから見ると、日産自動車の社長のクーデターのようだが、
真実は如何に? 数ヵ月前から社内告発を受けて調査していたが、免責を条件に
社長自らが検察と組んで調査に全面協力。その結果、逮捕に?… 
・検察に直接、社内告発があり、社長に接触突きつけて…
・社内から社長に直接、告発があって、このままでは詰め腹をきられると判断、
 数ヶ月前に、社長自ら検察に駆け込んで免責条件で… それが結果として
 社内クーデターに…
・いつ何時、首を切られかねない社長が保身のため… 仲間割れの裏切り行為…
・CIAか、日本の公安機関が、その事実を知ってリーク… などが考えられる。
 
 自家用ジェット機で羽田の到着した直後の格納庫内で身柄を確保。その晩の
うちに横浜の自宅捜査。昨日、社長が、『ゴーン会長本人と、ナンバー2の
代表取締役二人の解任を数日後に決定予定と発表』 用意周到で見事な手際。
結果現象からは、『ナンバー3のクーデター』だが。そうは簡単に説明がつか
ないほどの問題。 世界有数の経済界大物が逮捕とは、前代未聞。 ルノーの
大株主(15%)がフランス国家というから、日仏の国際問題に発展する可能性
もある。 強引な手腕に内部的に敵が多かったのだろう。
 
 超大物の逮捕には、『事実は小説より奇なり』で、ハリウッド映画の
ようなスリリングな駆け引きと、ドラマがあったのだろうが… 
風化しない数年以内に映画化されるだろう。ゴーン自身、これほど実績を
積んでしまえば、逮捕はない!と、思い込んでいただろうに…。
あれだけのゴーン資金、政治資金と流用されているのだろうから、ゴーンも、
日産社長自身も、不自然死など物理的に非常に危険な瀬戸際に立ってしまった。
まだまだスキャンダルが次々と出てくるのだろうが… 
 三権分立とはいえ、日仏国家間の政治的圧力で、即、釈放、国外退去に?
本人、検察の留置場で何を想っているのだろう。『日々、是、口実』ですか。

・・・・・・ 
4632, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー3
2013年11月21日(木)
      『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔(著)
  * 早慶・東大卒のお相手の学歴は?
《夫から見た場合、妻の大学カテゴリーは大きくぱらついている。
 ところが女性を基準にすると、別の結果が見えてくる。 まず、同じ
グループの大学を卒業した組み合わせが非常に多い。具体的大学名までは
分らないが、同大学の男性と結婚する人が多いのであろう。
「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大)グループに注目すると、同グループの
男性の比率が約64%に達する。次いで「その他の国公立大」「GMARCH(先述の
MARCHに学習院を加える)や「関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)ほか」
という比較的入試の難易度が高い大学卒の男性が続く。・・名門大学とされる
「旧帝一工」「早慶」の両グループを卒業した女性は、同グループを卒業した
男性との結婚を望み、実現させている。そうした夫婦は、パワーカップルの
代表例である。ただ、それらの大学で学ぶ女性の数は男性と比べ少ないので、
彼女たちに選ばれなかった同グループの男性は、他の大学を卒業した女性と
結婚することになる。これが男性側から見た、女性の出身大学の散らばりの
理由である。・・
 東大卒の105名の女性の場合、同窓の東大が70人と三分の二を占め、他の
国立を含めると、94名で、9割を占める。男性の東大卒19名のうち、東大卒
女性は少ないが、短大4名、大卒13名と高学歴が多い。御茶ノ水、津田塾、
フェリス、上智、慶応、ハーバードと難関のところが多い。》
▼ 難関校の女子は女性比率が低いため、よりどりで、三分の二が同じ大学生
 と結婚。男の方は一流女子大生と結婚に至るケースが多い。女性の場合、
まず家柄、大学のブランド、相性、次に容姿の順になっていく。それさえ
気にしなければ、それぞれの勤め先には、地場の美しい魅力的女性がいる。
20代前半は花の時節。とはいえ、一生抱えるとなると?その人を知ろうと
したら奥さん(旦那)を見ろ!という。その人、相応の相手とすると? 
深く考えるのは止めておく。 若い女性は、自己評価が思いのほか高い。
その自覚を持たない人が多い。 そのため?行かず後家を多く見かける。
秘境ツアーで見かけるが、それは大変な人。プライドが高く、唯我独尊、
傷つきやすく・・ 2〜3回に一度はいる。自分も同じか? 話を戻す。
パワーカップルといえば、20数年前、東京のパレスホテルの経営セミナーの
夕食の時、隣席の人と名刺交換をした。グリーハウスという全国有数の企業
の社内食堂を受託する給食ビジネスを展開していて、飲食業界では有名人。
駅などで見かける「サボテン」という豚カツ店、デリカのチェーンも
展開している。セミナーでは、可能な限り気楽に名刺交換をするのが慣わし。
異種業種からの情報が入るためである。私の名刺を見て、「私の家内は、
実は柏崎出身なのですよ!」というので、「私もです。柏崎には親戚や、
仲人がいるのでよく知ってます。どちらの娘さんですか?」と聞くと、
「ブルボンです」と。「私の仲人とブルボンの社長が幼馴染で、非常に
親しくしていると、聞いてます。ところで何処で知り合ったのですか?」に、
「母が慶大のOB女子会の役員をしていて親しくなったのが家内の母親。
その関係で・・」大手のオーナー会社トップのパワーカップル?である。
で、衰退系の会社?まず昼飯から合理化をするからだ!そういうこと!
・・・・・・
5364,閑話小題 〜親父と息子の確執
2015年11月21日(土)
   * 親父と息子の確執
 学生時代の友人に暫くぶりにあって話している中で、長男の話になると、
大部分の顔色が変わる。 触れて欲しくないようである。いずれの家庭内
にも何らかの問題がある。それが、夫婦仲の不和や、嫁姑、嫁小姑だったり、
父親と息子との確執などが絡みあってである。自営業をしている場合、それが
マイナスに働くと、致命傷になるケースが多い。先日、全国的ニュースにも
なった服部学園の場合、長男の詐欺行為となると、いかんともし難い問題。
その逮捕に至る葛藤は、地獄の業火に焼かれるほどだろう。地元最大手の関連
会社の社長だっが同級生が、派手な社交界で、遊行費を使いすぎて裁判沙汰に
なったことがあった。雇われならまだしも、これが親子となると、複雑だ。
父親と長男の確執と、嫁姑の関係は、人類の永遠のテーマ。
   * 腰痛と、圧縮パンツ
 数年前、次男から、『父の日』にスポーツ用靴下の『圧縮靴下』を二足、
プレゼントしてもらった。早速、履くと脚全体が軽くなったようで、使い心地
がよく、週一回は使っていた。ところで、数ヶ月前から慢性の腰痛が重くなり、
何かないかとネットで調べてみたところ、『圧縮パンツ』『圧縮タイツ』なる
ものの存在を知り、早速、取り寄せて使い出している。パンツかタイツの
どちらかの判断に迷ったが、圧縮靴下があるので、廉く済み、はきやすい
『圧縮パンツ』なるものにした。税抜き1980円である。
茶封筒に収まる薄いパンツで、「何これ?」と思ったが、身に着けると、
圧縮度が凄い。今では違和感が少なくなった。「身に着けるとタイムが
上がる、不思議な水泳パンツが、これか」と、着けてみて気づいた。 
あまりに締め付けが強いので、時間とともに、気分が悪くなるのではと、
心配しながら、『圧縮靴下』と共に身につけ、ポーツジムで使用したが、
時間とともに馴染んできて、今のところ問題ない。とはいえ、腰痛は、
良くなる兆しがない。


6824,閑話小題 〜つれづれに …昨日の明方にみた夢

2019年11月20日(水)

   * 母からの便り
◉ 昨日の朝、奇妙な夢をみた。母親が「幼児の頃に亡くなった実父に電話をした
ところ、電話に出た」と語りかけてきた夢。そこに至るまでのストーリーの脈絡
は無かった。次の瞬間には母に、その内容を必死に聞いたが、答えはなかった。
母親が普段から、「実父が私の守り本尊」と言うのが口癖で、耳にタコが出来る
ほど聞いていた。夢では恥ずかしそうな顔をして「何だったか解らない」の返事。
私の潜在意識も、その答えを用意してなかったようだ。 

◉ 人生を振返ると多くの危機に遭遇してきたが、何故か一瞬の正しい判断で助け
られてきた。それも数回ではなく、数十回、いやもっとある?。私の守り本尊は、
母親か、父も入れた両親ですか。毎朝の仏前の御参りを考えると、両親の背後に
広がる御先祖様とすると、年寄りぐさい話と相成る。年齢を重なるたびに、実感
するのは、何かに守られている実感。思いだすたび、一つ間違えたらと考える度、
背筋がゾ〜ッとする。
 
◉ ところで、数時間前の起き際に、母親に、今度は、私が電話をしたイメージ
をもって語りかけると… 
『私たちに会いたかったり、相談があったら、夜半に独りで電話をしなさい。
これって最高のノウハウ。重要なのは、イメージって、心が深く通じて、自分
だけでなくて、こちら側のアイデアが働くの。そこで考えると、思いもよらない
深い知恵が湧くのよ。』  何やら神憑り的内容に…

 こんな内容、10年後は無い?として、5年後に読み返したとしたら、奇妙な
心持ちになるのだろう。故人の母が、更に故人の祖父に電話をした夢について、
「いま、ここの、わたし」が、電話をするストーリーが、時空を超えて、
近未来の自分に届く奇妙な夢物語になる。何かしらの小説の序章のような。

 偶然としても、気味が悪いほど脈略として、以下の内容が丁度良く続く… 

・・・・・・ 
6460,読書日記 〜『孤独の発明』 −2
2018年11月20日(火)
          <『孤独の発明』または言語の政治学 三浦雅士著>
   * 孤独は言語の別名
 沢木耕太郎の『深夜特急』。インドからイギリスまでの旅過程での「独り言」を
呟きながらザックひとつで旅する物語。その内語そのままが、孤独の青年の魂の
生の声として伝わってくる。俯瞰の視点を言語化することの重要性を、これを
書き続けることで認識している。それを、さらに俯瞰している自分は、何?

≪・孤独は言語と共に古い。それには理由がある。
孤独とは自分で自分に話しかけることだからである。…人は言語によって孤独に
なり、孤独になることによって言語を得たからである。孤独は言語の別名と
言ってよい。人は、自分で自分に話しかけることによって私になったのである。
・俯瞰する眼は視覚を持つ動物すべてが持つ。目を持つ動物全てが、獲物の外観
に欺かれまいとすれば、回り込んで背後を見なくてはならない。そして、背後に
回り込むためには俯瞰する眼を持たなければならないからだ。だが、恐らく
人間だけが、それを言語によって対象化したのだ。鳥も獣も、追い追回される
ときに、それに整えるときに俯瞰するが、人間だけは、タダ俯瞰するためだけ
に俯瞰する。つまり俯瞰を自覚する。
・寂しさと優しさの感情が重要なのは何故か。孤独に含まれる寂しさと優しさの
感情は、養い育てられるという体験しか生まれてこないからである。「寂しさ」
は、失うことであり、「優しさ」は満たされるからだが、ともに養い親との関係
からしか生まれない。
・支配者の孤独というが、これは逆だ。孤独者が支配するのである。完璧な
支配者とは、完璧に手と足を、口と腹を、排便と性を支配できるものをいう。
この身体の支配を仕方を教えるのが母であり、養育者であって、それら他者の
視線、他者の言語―禁止の命令―のすべてを繰り込んだものを私というからである。
・人は孤独によって結合する。孤独は人間の特性である。その孤独の特性によって
互いに結びあう。 いわば、人と人とは分かりあえないということだけは分かり
あえるというかたちで、分かりあう。孤独な読書において、人は、数万、数十万、
数百万の孤独な魂が結びあうことが出来る、時代を超えて。≫


▼ 孤独といえば、母親から聞かされてきた生立ちの話。 母が3歳の頃、三人
の子供を残し実父が亡くなり、継父との妹、弟と差別と、虐めを受けた話。
それ故に、祖母も継父に気遣い、愛情をかけて貰えなかった生立ちそのままで、
実の子供たちへの扱い方が出来なかった。10人の家族を養い育てるには、幼児
体験のように目先、働くしか知恵が働かなかった無念があったが、言語化出来ない
寂しさは… 30年以上前の話になるが、教育学者の森信三が、亡くなる数年前に、
当時、立ち上げた「新潟木鶏クラブ」の関係で、間接的に母親の生立ちと、
それ故の悲劇話を聞いて、「是非、自分が主催している会に、主賓として話を
聞きたいと…(本人も似たような過去を背負っていた故に…)」
 会員は国内トップメジャーの人たち!末恐ろしくなり、御断りをしたが、
今思えば、母にとっても一番の癒しになったはず! 無念である。その方々は、
号泣したのでは? それだけの実話が詰まっている。両親の上っ面をみて、20歳
の頃に、<自分も創業を!>とは、若さと、高度経済成長が言わせた迷いごとと、
実感する日々。『孤独』、それも幼児体験から滲み出る言葉こそ、魂の叫び。
<「寂しさ」は、失うことであり、「優しさ」は満たされること>というが、
成るほど、人は満たされ、失い、泣き、笑い、7転8倒してこそ人生。 
充実した人生は甘辛い味がする。私の味は甘酸っぱい!ですか。 戦争は拙い!

・・・・・・
4998,暴走する世間 −12
2014年11月20日(木)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 世間とは、差別社会の日本的用語!
 日本の世間にも、欧米社会にも歴然とした格差があるが、高度経済成長と、
バブルと、崩壊を経て、中流階級が、総下流になりつつある中、世間様では
窒息感が強くなって、世間様のイギリス化が始まっている。この傾向は、
今後ますます強くなっていくことになる。 ーその辺りからー
≪ 八○年代までは相対的に景気がよかく、人びとに余裕というものがあった。
「世間」の贈与・互酬関係」や異通の時間意識」は、「お互い様」という
相互扶助」や「やさしい関係」という「共生感情」を生みだす。これが
「世間」のウチでセーフティネットとして機能していた。ところが、九〇年代
以降の不況の時代に入ると、人びとにこうした余裕が失われ、セーフティ
ネットとしての「世間」の機能がだんだんと後退し、「世間」の「権力性」
「抑圧性」といったネガティブ面だけが目立つようになった。「世間」の
「息苦しさ」や「閉塞感」が、前面にせりだした。この変化を、私は資本主義
の「中世」化とよんだことがある。九〇年は、オングのいう「第二次的な声
の文化」が始まる時代と符合する。オングは九〇年代以降、電子メディアの
普及によって、文化の伝承という点で、ちょうど「中世」のような状況が
あらわれたという。「中世」の特徴は身分社会にあるが、「世間」もまた
「目上・目下の関係」としての身分関係を重視する人的関係である。
この資本主義の「中世」化によって、世間」がせりあがってきた。 
 ・・(中略)例えば英国の階級社会とは、何なのか。イギリス生活が長い
ジャーナリスト林信吾によれば、英国の階級制度は、上流、中産、労働者
階級に明快に分けられる (『しのびよるネオ階級社会』林信吾)。 
☆ まず上流階級と中産階級を分ける基準は身分。これは古い貴族制度が
のこっているためで、上流階級には王室をはじめとする貴族や代々の
大地主などが入る。これはまあ、わかりやすい区別である。
☆ つぎに中産階級と労働者階級を分ける基準は、収入や資産もあるが
基本的には職業であるという。これはみた目で区別するのはむずかしい。
中産階級に属するものとして、医師や弁護士などの専門職のアッパー
ミドルクラス、高学歴のエリートサラリーマンなどのミドルクラス、一般的な
ホワイトカラーや下級公務員、自営業者などロウアー・ミドルクラスがある。
☆ 後に労働者階級に属するのは、特別の資格やスキルを必要としていない
仕事に従事している者。 ロンドンでは、二階建てバスの運転手は労働者階級
だが、むずかしい試験に受からなければならないロンドン・キャブの運転手は、
ロウアー・ミドルクラスだという。
 ・・英国でおなじみのパブでも、1軒のお店のなかで、中産階級向けの
ソファやスツールに座って飲む「サルーン」と、労働者階級向けの墓本的
には立ち飲みの「バー」が分かれていて、入口まで別。≫
▼ 欧州は人種の坩堝のため、飲食店は長年かけて以上のようなシステムに
なっている。日本も、ますます、この傾向が強くなっていくのだろうが・・ 
実際、日本も表立ってないが、客単価で、えり分けをしている。世間とは、
それぞれ階層の「目上・目下」の人的関係に過ぎないが、当人たちにとっては
大問題である。大学、高校、中学、小学校の同級会に毎年、出席しているが、
そこには、階層差が歴然としている。その上、それぞれにも明確に存在する。
それを見てきたため、創業時の事業設計から万一の備えを組み込んでいた。 
娑婆は面白い! が、それも所詮は、共同幻想でしかないが。
・・・・・・
6095,閑話小題 〜弱いから群れるのでなく…
2017年11月20日(月)
   * 「パラダイム転換」も様ざま
 寺山修司が「人は弱いから群れるのではない 群れるから弱くなるのだ」
という名言を残したが、『世間』を神様と敬う日本人には耳の痛い言葉。
天動説から地動説のような、真逆に変化するのを、「パラダイム転(変)換」
「パラダイムシフト」という。400年前までは天動説が当り前とされていた
のに対して、地道説を唱えるだけで宗教裁判にかけられ危険があった。
このパラダイムシフトの変換を、コペルニクス的転換として様ざまの分野で
使われるようになった。 〜その幾つかを挙げてみると…
・まず哲学者のカントが、天動説の発見を哲学の世界で使った。
 彼の展開する「認識論」の中で、「認識が対象に従うのではなく、
対象がわれわれの認識に従わなければならない」と唱えた。
「通常、我々がモノ(対象)を認識する時は、モノが存在するのを観測者が
捉え、そこにモノがあると認識していた。しかし、観測者がモノを捉えて、
モノがあると認識したから、モノが存在すると捉えることができる。」と。
 犬コロと「認識」し、対象を従わせることが「認識」であると。
「はじめにモノが存在すると捉え、それを認識する…」から、
「対象がわれわれの認識に従う」へのコペルニクス的大転換、
「認識するからモノが存在すると捉える」になる。
「認識が対象に従う」のは、「客観」に基づいた認識の仕方にあたり、
「対象が私たちの認識に従う」のは、「主観」に基づいた認識の仕方にあたる。
この辺をシッカリ認識してないと、自分の意見に自信が持てなくなり、同レベル
以下の群れの考えに流されることになる。 「人(他人)は人、自分は自分、
されど仲良く」の、「自分」の意志、信念が薄れていく。私たちは、
「スカッとサワヤカ、コカ・コーラ」の擦り込みで、コカイン入り砂糖水を
飲まされている。暑い中、冷えたコーラが猛毒でないはずがないじゃないか。
・<幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ>は。哲学者アランの言葉。
「幸福優位」7つの法則! 法則1.の「ハピネス・アドバンテージ」、日本語では
「幸福優位性」。良いことは、幸せな人に、
  肯定感3〜6:否定1 の割合の人に… 集まる。
「努力すれば成功する。成功すれば幸せになれる」ではなく、
 幸福なポジィティブな気持ちを持っていることが結果として成功する。
・ 愛されたいなら、その前に、まず愛すること学び、はたらきかけなさい。
 両親から頂いた愛情を、加味をして深めて、周囲に注ぐこと。
 ただし、相手を見誤らないこと。「誠実そうな人」と「誠実な人」とは違う。
・成功をしたいなら、まず素材の良い人を集めて、目的から作り変えるべし。
 目的から人集めをすると、長続きしなくなる。少なくとも家系だけは確認。
・そして寺山の「人は弱いから群れるのではない 群れるから弱くなるのだ」に。
群れにも多々ある。群れたいなら、その都度、自分レベルの2ランク上を。
同化したら、更に二ランク上に… 止まったと直感したら、閑静な空間をつくり、
人知れず自閉すべし。開放のままだと、世間体が…、御狐が… そういうこと。
・・・・・・
4631, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー2
2013年11月20日(水)
     『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木俊詔(著)
   * 学歴の組み合わせは?
《 1000人にアンケート調査を行い、結婚相手の学歴、とくに大学名を挙げ、
どのラインを理想とするか、あるいは、ぎりぎり妥協できるかを問うている。
この調査から、日本の学校間格差、男女差、心理的な葛藤など、様々がわかる。
・まず中卒、高卒の男女で相手に大卒を望む人は非常に少ない。高卒女性では
大卒男性を望む人もいるが、そのなかで大学名にまでこだわらない人が大多数。
・男女差に注目すると、男性よりも女性のほうが相手の大学名にこだわる。
大卒男性は女性の大学は無名でよいという人がかなりいるのに対して、女性の
場合は自分の大学よりも名門度が高いか、同程度の大学の男性を望んでいる。
・「国立大・早慶上智クラス」卒業の女性の64%が同クラス卒の男性を理想と
しているし「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)クラス」卒、および
「成蹊・成城・明治学院クラス」卒の女性の過半数が「MARCHクラス」卒以上
の男性を理想としている。なぜ入学の困難な名門大学で学ぶ女性は、相手男性
も同クラスの大学卒であることを希望するのか幾つか考えられる。
難関校に入学する女性は少数派なので、自分に自信がある。自信があれば、
男性にも同等ないしそれ以上の大学を希望するのは自然である。一方で、
男性は劣等感を抱く可能性があるため、自分より格上の女性を避ける
傾向があるとされる。》
▼「東大」「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大グループ)」「関関同立(関西、
関西学院、同志社、立命館)」「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)」の
色分けは、私の学生時代から、あまり変わらない。有り余る自由の中で、何を
していたかが大きい。としても大学は、それぞれの人生に大きな影響を与える。
血筋、大学、結婚相手のレベルで、人生が決まるか?というと、そうでもない
から面白い。しかし8割は大きく左右する。 毎年、中学、高校、大学の
同級会に出て感じる事は、進学するにつれ、世界が広まる奇妙な感覚。  
中学は駅周辺、高校は中越地区、大学は首都圏周辺と全国区へと広がる。
義兄に東大、一橋卒、中央・法科と、長岡商業卒がいる。姉は、大手高校、
ドレメ、実践女子短卒が二人。なるほど、その組み合わせが、そのままが、
その人となり?結婚相手の当たり外れかは、棺桶の蓋を閉めるまで分からない? 
結婚相手と両親、学校、生活の質(読んだ本と趣味の質・量)で多方が決まる? 
諸条件は、原因? 運もある?(★>Д<★)


6823,閑話小題 〜下越周辺、とりわけ新潟駅周辺は ー2

2019年11月19日(火)


    * 現場を離れると見えてくること
 そこは板前、ホスト、ホステス、ヤクザ、半グレ、そして一夜の快楽を
求める酔客が入乱れる夜の世界。様々な人生が、そこに展開する。それでも
何ごともなく30年も営業を続けていたのだから、腹が坐るのも当然。
 いま思いあたるだけでも、10年前の駅南タクシー強殺事件。前県知事の
買春事件、幼女誘拐殺人事件、新発田の女性3人を狙った強姦事件。またかと
思うほど下ネタ事件が多い。昨年6月には、勾留質問中に新潟地裁から逃走し
約5分後に取り押さえられ、逃走未遂罪でも起訴されている事件などがある。
…地元の長岡など中越地区を含めると更に増える。地元が故に敏感かと思い
たいが、そうでもなさそうだ。
「パレットの法則」=ビジネスやマーケティングで広く利用されている
「80:20の法則」や「2:8の法則」と呼ばれ、元は経済学者が発見した法則。
「駅周辺の繁華街の20%の地区で、犯罪の80%が発生している」ということ?
新潟駅前女性刺殺事件… 「オンライン」で知り合ったというから、痴情の
縺れより、女性が刺されながら「御免なさい!」と言っていたことから、
ネットゲームの敗者が掛け金を払わず逃げていた?… 闇の世界は深い!
 ―
    * 織田の訴追の会見って、あれ何?
 初めから終わりまで、ポカンとして聞いていた。世間知らずも程がある。
スケートは、個人競技の典型。そこは、コーチの能力次第で、個々の力量が
決まる世界。幼児の頃から、特別な環境に隔離され、無菌状態のボクちゃんが、
突然、監督に抜擢され、日本を代表するコーチの上に立てば、浮游は当然。
何が一千万の損害請求かと… 弁護士も最たる個人競技、いや個人業務。
その二人が、海千山千の記者の前で、その世間知らずを露呈した会見。
 一流選手の競争相手は、世界のトップレベルの選手。そこに、一般常識を
持込めば、当然、勝つことは出来ない。「一千万の根拠は? 何ゆえに彼方
だけ一千万を請求するのか?」と記者に突っ込まれ、弁護士共々、タジタジ
する姿はコミック的であり、かつお気の毒。 私など「悪魔の○○」にな…
 
・・・・・・
6459,読書日記 〜『孤独の発明』
2018年11月19日(月)
           <『孤独の発明』または言語の政治学 三浦雅士著>
   * 孤独の発明
 ‘孤独’に関して深く洞察してある内容。20歳に創業を決意して65歳まで、
ある意味で、孤独業をしてきたようだ。 終わってしまえば、
<折角の人生、勿体ないじゃないか!>が半分。
<御蔭で面白可笑しく充実していた!>が半分、あい半ばである。
17年半にわたり書き続けてきた、このブログからして、孤独業である。折角の
人生というフィールドで、ネット上に何か刻印して残したいと続けている。 
独白であり、近未来の自分や、近しい人に語り掛けるように、書いている。
早朝の6時前に完成した一文と、17年の生々しい過去文を鳥瞰しながら自己
対話をしていることになる。 過去も、過去の文章も、母親のようでもある。
懐かしく、優しく、厳しく、行蔵と、限界を、眼前に突き出される。

《 私とは繰み込まれた他者のことであり、その場合の他者とは、何よりも
 まずもっとも身近な他者、養い親とりわけ母にほかならない。
母がまず子の身になったその母の身になった子が、私という現象なのである。
言語はこの現初的な入れ子構造――から始まったのであり、そうである以上、
入れ子構造いわゆるリカーションをその性質の第一とするのは当然のことだ。
したがって、相手の身になることが出来るようになった瞬間、人はこの入れ子
構造が永遠に続きうるということを――母、その母、その母の母、つまり、
自己の背後には無数の死者がいるということ――を会得してしまっているはず。
現実にはしかし、この会得は、ただ、私という現象が、死から離れた視点、
第三の視点なしには成立しえないという事態に代替されてしまっている』。
 孤独が寂しさを伴うところに、「出自」が暗示されていった孤独は、母の
懐から生まれるのである。
 …相手の身になる能力は捕食するものと、されるものもの、追うものと、
追われるものの身にならなければ逃げきれない――、その能力は、この二つの
視点を入れ替え可能にする蝶番のような視線、すなわち、さらに上からの
俯瞰する第三の視点を想定しなければならない。この第三の視点が私という
実質――人間的意識の実質――なのだ。空中に浮遊する第三の視点は身体を
含まない。だからこそ、私には私の死が理解できないのである。死が不条理に
思われる理由だ。この第三の視点と、現に行動している行為主体との関係が、
内的対話、内面に他ならない。行動主体は現場に属し、俯瞰する眼は永遠に属す。
すなわち身体と精神である。…  》

▼ 毎朝、ブログを書上げた直後に、仏前で2〜3分の祈りをした後、
 ポタリングに出かける。その時、仏前の両親の写真をみた直後に、祖父、
祖母、亡くなった兄、姉の顔を想いうかべながら、安らかにお休み下さいと
念じている。自己の背後にある無数の祖先の存在こそ、永遠の具体的イメージ
になる。それに加えて、秘・異郷先での、大自然や、文化、文明との邂逅も、
然り。第三の視点こそ、永遠の魂の存在を暗示してくれる。 座禅、瞑想、
飛行機内の黙想にしろ、孤独の果てに行きつく永遠が浮び上ってくる。
 浮遊する自己の‘発見’? どこを彷徨ってきたのだろう、私の魂は!
「行きつくところ… 言語の政治(祭りごと)ですか?」

・・・・・・
5362,うらやましい死に方 〜死の前に一人でお遍路へ
2015年11月19日(木)
            ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 妹に対する姉の愛情が行間から溢れ出ている内容で涙を誘う。
 人の一生は、世界と同じく深くて広い。生きてきたように人は死んでいく。
   * 死の前に一人でお遍路へ   日引美江子(京都府宮津市52歳)
≪ 四人姉妹の末子K子(四六)は、七タの夜ホスピスで亡くなりました。
 死の間際「私達姉妹で良かったね」と声をかけると「有難う。さよなら」と
右手をちょっと上げて答え、それが最後の言葉となりました。ペルーが好きで
インカの遺跡を上空から眺めた時の感動をよく語っていましたので、枢の中を
ひまわりの花むぎわらだびで埋めつくし麦藁帽子と好きだった煙草を入れ茶毘に
付しました。その日の夏空はどこまでも青く澄み"コンドルは飛んでゆく"の曲と
共に妹の魂が天空に吸い込まれていくように感じました。
妹は大学院を出た後渡米、文化人類学で博士号を取得、帰国後は年老いた
父親との二人暮し、大学の講師や翻訳をしながら自由に世界中を闊歩し生き生きと
暮していました。妹なりの切り口で見たこと感じたことを面白おかしく話して
聞かせてくれ、私共もそのような妹を見ているのが楽しく好きでした。しりめ
そんな妹からある日突然「私は癌」と告げられオロオロしている私共を後目に
手術・抗癌剤・放射線治療と続き、その後仕事に復帰、以前と変わらぬ活動的な
日々を送っていました。よもや再発との気配は感じられませんでした。
ところがその又二年後のある日突然、「実は術後すぐ再発していた、自分なりに
調べ考えたすえ、治療はせずに自然に生きられるだ星きようとその時決めた。
いよいよその時が来たから私は今からホスピスに入る」と淡々というのです。
・・(略) 死の五ヶ月前、四国八十八ヶ所を一人巡り、高野山にも参って
いるのです。遍路体験を‘日本版ホスピス’と言い「踊る阿呆に見る阿呆、
同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理だと思う。途中行き倒れても
向かう先はお寺だから安心、次の札所までという目標があって自然の中を歩いて
いる方が寝ているより健康的なのは確かです。病人だから歩けないと思うのは
思い違いである場合も多いと思う。生きている限り寝ていてもエネルギーは
使います。とにかくお遍路さんは最高です」と友人にメールを送っています。
 そんな話を聞いても私は再発し死期が迫っているとは考えず、不断の好奇
心旺盛な妹の行動と思っていました。気付いてやれなかったことが悔やまれて
なりません。知ったところでどうしようもなかったでしょうが、明るい言動
とは裏腹に一人悩み苦しんだ夜もあったろうと思うと未だに涙がこぼれます。
でも最後まで誰にも知らせず胸の内にしまい生き続けたことが、妹なりに
学んだ哲学を、自分の生き方の中で実践したということなのでしょう。
最後の三週間は妹と一緒にホスピスで暮しました。冗談は言っても心の内を
語ることはありませんでした。ホスピスでの手厚い介護のお蔭もあり、妹は
とても穏やかで‘有難う’‘ごめんね’‘おいしい'と言うだけでした。
私は七タ様の短冊にこの言葉を書いて吊しました。我妹ながら、あっぱれ!≫
 ―
▼「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理
 だと思う」は、人生を通して実感した真理だからこそ響きが伝わってくる。
エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイヨイヨイヨイ」の エライヤッチャは
「大変なことだが平気だぞ」といった複雑な意味が 込められているという。
一人では出来ないことが娑婆には多い。踊るか、見るか? 集団で狂乱して
踊るのも、日常から外れる方法。人生、それぞれが独り阿波踊りでもある!

・・・・・・
4265, この非常事態に、万一の備えがあるの? −2
2012年11月19日(月) 
 私の場合、記憶が1歳の頃からある。そして両親の商売の一喜一憂が、
そのまま普段の生活に直に伝わっていた。終戦直後で、新しい事業を両親が
模索していた時期のため、今から振り返ると、何ともいえない張り詰めた
緊張感があった。「どこどこが倒産した」「店を出したが、少し良くなると
天狗になり夜逃げをした」などが、日常会話。それもあってか、自分が瀬戸際
に直面した時に、不謹慎だが、デジャブというか、その自分を冷笑し楽しんで
いる視線があった。現在も一部それがある。それらの幼児体験もあり、万一の
備えを無意識に次々と重ねていた。悪化と同時に、自動的に手順をつのが自然
の道理。30年間(事前の準備期間を入れたら45年間になるが)、創業から
整理までの起承転結の一サイクルの経験をしてみて、手じまいも、事業の最大
のイベント。 最悪に見えた経験も、奇妙な感情が支配していた。
あと講釈だから、言えるのだろうが。15年以上かけ準備をし立ち上げた
事業を、その衰退を見届け、自分の手で潰すのも事業経営の一環であり、
後悔も無念の感情も残らないのも道理。で、この本体の経済崩壊の大津波、
地方では既に到来の感がする。大方は茹で蛙状態で、知ってか知らぬふり? 
年末の選挙前後辺りにクラッシュの可能性の仮説はたてておくべきだ。
年越しの可能性もあるが、遅かれ早かれ恐慌は起きる。日本で、この2千年
の間に4回の東日本で震度8クラスの大地震があった後、10年以内に、
いずれも首都圏で直下型地震が連動して起こっていた。 西日本では18年
以内にM8クラス以上の巨大地震が起きている。経済の7割が集中している
太平洋ベルト地帯が破壊されてしまうのである。恐ろしいが日本には失われた
20年で経済が壊滅的状態。そこに少子化もあり、分かっていても、資金が
追いつかないのが、現実である。それと世界的恐慌と、デフレの問題がある。
ある日突然、何かの切っ掛けで、世界は機能不全に陥ってしまう危険がある。
そうすると、弱い国に矛先が向かう。その弱い国が、日本となる危険が
非常に強いのである。バフェットが、一度売り抜けた金を再び大量購入。 
イスラエルが、先手をうってガザ地域で戦争を仕掛けている。
イランへの攻撃が始まるか? 
・・・・・・
6094,閑話小題 〜「かあちゃん、怖い!」
2017年11月19日(日)
   * かあちゃん、怖い!
・団塊の世代が定年をむかえ、全国中の家庭内で大変な事態になっている?
私などは事態が事態だけに、その段差が大きい。抵当物件の自宅を、家内が
「安いから私が買う」の意思表示で、考えることなくアッサリと認めた結果、
夫婦の力関係が大きく家内に傾き、ここに<家庭内格差の問題>が発生。
何かを頼むと眼を剥き、逆に頼み事は命令口調。まさに「かあちゃん、怖い!」。 
この位で丁度よいのだろうが。 としても、哀しき70代にあいなってしまった。
パソコンコーナーのある仏間と、TVのある寝室に押しこまれ、鬱憤はネット上
のボヤキしかない。まだ家が広いためが最小で済んでいるが、娑婆
経験の少ない家内は力の手加減を知らないため傷口に容赦なく口撃をしてくる。
・先日、松居一代が、亭主の船越英一郎との離婚騒ぎでTVを賑していた。
この松居女史も挫折経験が少ないみたい。理想的夫婦にも、一つ仮面を外すすと、
こんなもの。まだ、私には一匹狼の要素があるから、閑静?し耐えているが。
有名人の離婚の愛憎劇といえば、高嶋政伸元夫婦の離婚劇。大昔では、三船敏郎
夫婦モノと、娘の「三船美佳」と、高橋ジョージ・モノも酷かった。
離婚経験をした男を何人か知っているが、その心情は複雑かつ深く傷ついている。
女性も、然り。まず生活の困窮は、それはそれは! ホームレスに近い。事前の
想像との段差と、将来の不安は並大抵でないようだ。まあ「かあちゃん、怖い!」
で、世の常に従い耐えるしかない。男の場合、「タガメ」に一生に亘り、収入と
全エネルギーを吸取られ、汚れ雑巾のようにポイ捨て… 産業廃棄物が、今度は
家庭廃棄物になる。‘かあちゃん、怖い!誰か助けて〜」の悲鳴が全国辻裏うら、
鳴り響いている? とうちゃんに、保険をタップリかけ、塩分と脂肪分過剰の
食事をさせた合法的?何もあるが… 殺意などの心の闇は、決して表面化しない。
登ぼり坂、下り坂、そして「ま坂」が世にはある。 『後妻業の女』の映画が
面白かったが、それより怖いのが『本妻業の女』。真面目腐って面白味のない
亭主なら、殺したくもなる? 大丈夫かいな… 専業主婦は家庭内正社員。
夫は、40年期限付き出稼ぎ労働者。誰も、己を助ける人はいない。だから、独り
遊びの習慣を持てッというの… 独りカラオケが流行るわけだ! 早朝、チャリ
でバイパス下のトンネルで老人が独りで演歌を歌っているのに出くわすが、
その度に、何とも切ない感がする。歌って憂さを晴らせる場があるだけマシか。
 連日のぼやきの御静聴と拍手?、本当に有難うございます。
・・・・・・
4997,暴走する世間 −11
2014年11月19日(水)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * 「格差」拡大による「そねみ・ねたみ」の肥大化
 建前が平等の社会にあって、格差が拡大すると、自分より上に対する
「そねみ・ねたみ」が拡大する。 逆に下に対して、陰湿な苛めなど差別を
するのが人間の性。それが世間様というもの。その互いに発する毒の共同幻想
で実は本人たちの脳がやられる。問題は自覚できないこと。ーその辺りからー  
≪ つまり自分と同じ」だと思っていたお隣さんが、ある日突然ベンツを買った
 とすれば、それは自分と「同じ」 ではなくなる。ビミョーな「格差」が
生まれたときに、他人にジト−ッと嫉妬する独特の心理が生まれる。 
この日本人特有の嫉妬について、正高信男さんは以下のようにいう。
【 いかに時代が変わろうと、日本人は基本的に非常に嫉妬深い。いじめも、
 モンスーン気候の風土と正比例するように、ジメジメしている。だから、
自分よりも注目されている人間に対しては、いくら口先で褒めても、内心は
ムカツク要素を秘めている。昔でいえぽ、胸くそ悪いとでもいうのか。
単に不愉快ではすまない。 いつまでも梅雨が上がらないようなしつこい
陰湿さがある。嫉妬心も消えない。(『他人を許せないサル』)】
 ・・(略)自分は自分、他人は他人という個人主義ではないから、自分が
他人に比べて損をしていないか、得をしているかがいつも気になって仕方ない。
横並び一直線で暮らしていた時代は成功した者とそうでない者のデコボコの
差がほとんどないから、嫉妬の質も深刻ではなかったかもしれない。 が、
現代のように勝ち組、負け組の区別がはっぎりして、所得格差も以前より
ひどくなり、社会システムがより欧米化されると反応は過敏になってくる。】
▼ 地方では勝組は少ないが、大都会は中国などの勝組の観光客も相まって、
 歴然とした格差が現前している。それが面白い!と言えるのは、余裕のある
立場の人たち。そこは一度沈んだら、二度と立上がれない世界。他人事では
ないが・・ 日本は国家として明らかに負組になってきた。 その結果、国内
には、ジメジメした空気が漂い、今まで無かったような殺人事件が多発する。
そして、それを揶揄して楽しむ歪な空気が漂う。そこに欧米のような個人主義で
ないが故に生じる共同幻想で集団で脳をやられる。 江戸末期の
「ええじゃないか!」の馬鹿踊りが形を変えて出てきたのが、
『東京オリンピック』である。 この共同幻想を楽しみながら、
最期の宴を国家とともに終るのもオツナモノか。
・・・・・・
5727,閑話小題 〜2016/11/18 「拍手の意味」
2016年11月19日(土)
   * 拍手の意味   
          〈折々のことば:569 鷲田清一2016年11月5日〉
 2週間前の朝日新聞の一面コラムで、「拍手の意味」をテーマにしていた。
拍手といえば、対象への、例えば演奏会の演者に対する感激・感動に対する
感謝などに使う。そこには、一般感情を超えた共感、共振を手を叩くことで、
共同で表現する行為になる。1人で拍手するのは、特殊のケースを除けばない。
多くが感動の対象に与える賞賛と感謝の念。 拍手は、片手を背中に見立て、
良くやったと片手で叩くことを簡略した行為を意味するという。
 敬礼の語源は、鎧の顔の部分を、開いて相手に挨拶をしていたのが、
鎧をつけない時でも、形式的にしていたのが、軍隊作法として残った形式。 
  〜そのミニ・コラムより
≪ 拍手は、明らかに空っぽの抱擁に、空っぽの叩く動作が加わったもの
   とみることができる (デズモンド・モリス)
 抱いて背中を叩くのは、ヒトのみならずサルにも見られる行動らしい。
それは「すべてはうまくいっている」「おまえはうまくやった」という慰めや
激励や称賛の信号なのだと、動物行動学者は言う。そして競技や演奏会での拍手。
離れているのでじかに抱けないから、代わりに片手に相手の背中の役をさせ、
もう一方の手でそれを叩くのだと。  〜「ふれあい」(石川弘義訳)から。≫
▼ ベランダのインコが、ガラス戸越しに触れあいを求めてピッピと呼びかける。
 振返ると同時に、たった一つの芸の「枝回転」をたて続けてする。
多い時で50回の記録がある。今では10回がせいぜい。その時、笑顔でヨシヨシと
声をかけながら、家内共々、拍手で応える。餌が欲しい時、寂しい時、席を立つ
とき、鳴声で呼掛けて、回転芸で自分の意思を伝えようとする。人が拍手を
する時は、ほぼ笑っている。握手も似ている。これは一対一で、親交を示す行為。
それと、手中に何も危害を加えるものは有りませんよというサインでもある。
拍手は、握手の替りに、それぞれが個々にする行為。大統領などが、群集の前の
挨拶で、両手を組んで親愛の情を表現するのも、片手は皆さん、片手は私と
見立てた行為。秘境の絶景に出会った瞬間、心の中で、「万歳!」と叫ぶのは、
感動に感謝が加わった極みの感情。賞賛をされるのは難いが、気軽なミニ・賞賛
なら幾らでも可能。 その、気楽なミニ賞賛が出来るかどうか? とすると、
我家のインコは、なかなかツボを心得ている。


6822,閑話小題 〜下越周辺、とりわけ新潟駅周辺は

2019年11月18日(月)


   * この数年、新潟周辺で…
 また新潟駅周辺で殺人事件が発生した。ここで4棟のビジネスホテルの経営を
30年してきたこともあってか興味がある。常時、危なそうな客が平均7〜8人が
宿泊しており、刑事が彼らの素性を把握し、尾行をしたりする。仮名を使えば
罪になるから犯罪者には肩身が狭い。フロント内には直近の指名手配書が貼られ、
そこは交番の様相。何も知らない流しのチンピラが、因縁をつけて脅しをかける
のは無知なるがゆえ。小説『御宿かわせみ』の世界そのもの。得体の知れない、
その日暮らしの男女が出入りする。 自殺は多々あったが、火事と殺人事件は、
一度も無かったのが奇跡のよう。近くのピンサロに赤ちゃんを部屋に残して、
働きに出る若い女性。半崩のチンピラの紐の男。あきらかに素人娘に売春をさせ、
凌ぎを稼ぐ。年に一度、定期的にやってくる流しの売春婦。警察に怪しまれるの
熟知していて、初めから仕事を明かす。
 
 2年に1度ぐらい、ジャスト7時の会社から電話は、自殺か、恐喝の報告。
宿泊業は、水商売そのもの。様々な社会の実態を目の当たりに見ることになる。
当事者として、ここで書けない内・外部の不審な現象が… とはいえ、これで
生業を成すものは、それは巧妙。 まあ…事業として20年が限界。 30年間は
10年も長く携わってしまった。 先日の事件は、私が事業をしていたホテルの
至近距離。若い男女の痴情の縺れ。殺したくなるような女も世の中に存在する。
痴情の沙汰には、正視できない問題が垣間見れる。
『何ゆえに、新潟周辺ばかり、危ない事件が起こるの?』と、家内に聞かれて
自然と出てきた言葉は、
『新幹線のドン詰まりで、東京から2時間。飛行場、港、高速道がある首都圏
の飛び地。何処にでも高跳びが出来るからさ!』と。海に近い河口は、飛込ん
だら死体が消えてしまう? 闇の世界には魑魅朦朧の底知れない世界が…
                          〜つづく
・・・・・・
6458,閑話小題 〜「ババくささは伝染(うつ)る」
2018年11月18日(日)
   *「先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ」
 内館牧子の朝日新聞のエッセイが面白い!「老いるほど、普段着と生活習慣
に気をつけろ!」と。 スポーツジムで様々な人を見るにつけ、そこには長年、
培ってきた生活習慣が滲み出ている。私の外出は、SJと、早朝の自転車散歩、
週一の映画館と、同級会位である。 一般的だが、一日、週一、月一、3月に一、
年一と、各スパンに分かれている行事。 その繰り返しで生延び、老いて、
「ジジくさ」「ババくさ」になっている。 70歳の峠を過ぎると、何ごとも
億劫になる。そこで気を緩めたら見事な老人の完成と相成る。そこで偽装で
いいから、身なりと、生活習慣から気をつけるべしと、宣う。
    =朝日新聞2018年11月10日掲載= 
≪ 5年ほど前、80代中心の集まりにオブザーバーとして出た。
 「くっきり二つに分かれていたんです。
自分に手をかけておしゃれにしている人たちと、身なりにかまわない人たち」。
見ていると、おしゃれな人たちは明るく元気で、リーダーシップがあり、気配り
もすぐれていた。
「外見と中身は連動している」と感じた。
 自分の同窓会で。さえない男たちに混じって、すてきな男性がいた。
友人に「あの人は何君だっけ」と聞いた。「ばかねえ、先生よ」と返された。
こうした体験から、品格ある老い方について考えた。おしゃれな高齢者の物語を
書きたいと思った。 
 そうして生まれたのが、主人公の忍(おし)ハナ。78歳。
銀座を歩いていてシニア向けの雑誌編集者に「写真を載せさせて頂きたい」と
頼まれるほどの女性だ。このハナさんの言葉が刺激的というか、過激というか。
・「ババくささは伝染(うつ)る」
・「先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ」
・「『ナチュラルが好き』という女どもは、何もしないことを『ナチュラル』
 と言い、『あるがまま』と言っている」
・「大事なのは他人の評価だ」 こうした言葉を連ねたのはなぜか。
 「すぐ死ぬんだから楽が一番というのは分かる。中身が大事というのもその通り。
 けれども、それだけではないのではないか。逆に、すぐ死ぬんだから好きにやる、
 自分の装いを磨いて心を弾ませるという考え方があってもいい。 
ハナを通じて、それを伝えたかった」
 数年前、桜に見とれながら歩いていて段差があるところで転んだ。右足の指が
全部折れた。外に出なくなり、化粧もいいかげんに。誰かの手を借りるのが嫌で、
何をするのもおっくうになった。「ああ、これが老人になるということだな」と
思った。動けるようになって、自分に手をかける気力がよみがえり、ほっとした。
 「終活」はしない。エンディングノートをつけるのも嫌だ。
「性に合わないから。相撲だ、プロレスだ、ボクシングだと心弾むことと接して、
残りの人生を生きたいんです」   ≫
 ―
▼ さすが、物書き!老人の心得を、あっさり書上げている。著者の、骨折が、
 私の7年半前の会社清算に同定して考えてみる。こういう危機管理は、て慣れた
モノ… 要するに時節到来の「節目管理」になる。遊びとして、俯瞰した目線で
見おろしている自分と、見おろされている自分を、遊び感覚で楽しむゲーム。
そこに、やってくるのが… ヘドロの蚊。そこで、まず私レベルの二ランク上の
スケジュールつくり。閑静の「閑」の門の中の「木」が生活習慣。「門」が下界
から吾身を守る唯我独尊。 一日一日を楽しみ、ストレスを貯めない。
 デトックスといえば、嫌がらせに、その日の内に全身全霊で、あるイメージを
繰返す。独り傷口を舐めるより、これはスカッとするが、これも内なるゲーム。
ある意味、対象の魂の抹消になる。 

・・・・・・
3889, 積極的逸脱 ー2
2011年11月18日(金)
 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。
ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。
天才と秀才の差は逸脱をしているかである。秀才は決して逸脱はしないで、
その世界の価値観の中で頭角する。野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、
松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは逸脱と捉えられがちになる。
彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、
日本では天才、アメリカでは秀才? いやイチロウはアメリカでも天才だろう。
そう考えると天才、秀才は比較の問題。とすると、自分で地元で、積極的逸脱
をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。
単なるアウトサイダー、ハグレモノ。天才は、対象に没頭するあまり誤解の
ベールに包まれ逸脱者として扱わた。ところで、酒や薬でトリップするのを
積極的逸脱というのか?というと、それは違う。前回、書いたが、40・50歳
代に多くの問題が重なり、そのストレス解消のため秘境旅行に数多く行ったが、
これは日常からの積極的逸脱であった。その総量のエネルギーと感動は、
その他の人生の総量と同じぐらいはあった。人生の積極的逸脱で見られるのは、
40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の趣味の世界に入る人がいる。
江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情があり、そんな優雅
がことは難しい。 いや、それより、早々に産業廃棄物扱いをされてしまう
恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、
第二の人生に入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。
どちらにしても結局は同じ。事業に「たら、れば」はない。積極的逸脱もある
なら消極的逸脱もあってよい。一般にいう落伍者である。落伍による失意の
果てに待っているのが自死。これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくも
ないが、好き好んで自死をする人は皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。 
鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。「捨聖(すてひじり)」
と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。
・・・・・・
4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか
2013年11月18日(月)
 『夫婦格差社会 ー 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) (その他)
* 結婚相手に何を望むのか ー
 ∵ 「なぜ一夫一婦制なのか?」に、
第一に、子供を養育する義務があるのは、男女の関係を結んだ一組を明確に
するためである。大昔は、生まれてくる子供の親が特定できないことが多々
あったため、養育に支障をきたした。一夫一婦制で子育てを義務化する
ことができる。第二に、キリスト教などの倫理観から生まれた。
性の乱れを防ぐ目的もある。第三に、弱者保護の目的である。権力、資産、
容姿、体格、知能などを有する以上、弱者と強者が出てくる。強者が多くの
異性を抱え込んで、弱者が異性から排除される事態を防ぐための人類の知恵
としての制度という学説がある。
 ∵「何故、男女が結婚をするのか?」に、「相補説」と「類似説」がある。
 相補説は、互いに違った点をもち、補完できるような組み合わせの方が結婚
生活は、うまくいくと考える説。類似説は、素質の似た者同士の方がうまく
いくという説。補完説でいえば、経済力がない人は、経済力のある人を、
精神的に弱い人は、心の強い人を、背の高い人は、低い人を求める、という
ことになる。自分のない部分を相手に求める。 一方、類似説では、
背の高い人は、背の高い人を、低い人は、低い人を、美男は美女を求めるなど、
同じ素養、素質を共有する方が、相手の欠点を気にしないで済む。
人と好み、育ってきた環境で異なる。人それぞれの優先順位で変わる。
 ∵ 「未婚者は相手に何を望んでいるか?」に、
第一に、男女とも相手の人柄で、具体的に会話が弾み、結婚生活をスムース
 に進む相手、
第二に、「家事能力」である。第三は、男女とも大きく異なるのが、職業と、
 学歴。女性の9割は経済力、男性は4割でしかない。まだ男女の役割分担
 の意識が高いが、学歴に関して、男女とも同類婚を望んでいる。
 ∵ 「見合いか、恋愛か、どこで出会うか?」に、
 大まかに分けると、職場と、友人・兄弟姉妹を通じてが、それぞれ30%。
学校が10%。サークル、街中、アルバイト、見合いが、5%と9割を越す。
見合いが低いが、結婚紹介所の出会いが、それを補完。
▼ 世界のおお方が一夫一婦制のわけや、何故結婚をするのか、何を相手に
 望んでいるのか、が解りやすい。殆どの人は、学歴、家柄、容姿のうち、
二つが揃っていれば良しとして結婚するしかない。誤解で結婚をし、理解し
合って、離婚するのが、今では3〜4組に一組。世の中、すべからく妄想で
なりたっている。その最たるのが結婚の妄想。青年期を振返ると、女性の方が
シビアで、見るところを見ていたようだ。それで人生、決まってしまうからだ。
・・・・・・
4264, しまった!  ー12
2012年11月18日(日)
 ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * 人生の財産 ーこの著書を総括するー 
 瞑想は、静かに独り座し、心を沈め、バイアスのかかった自分を見つめ、
かえりみること。ある人は、「飛行機のビジネスクラスで世界を移動する
ことを仕事の核にしている」という。10時間以上の、まとまった時間、
ただひたすら、黙想する。その時、深い何かに触れるという。
前回の旅行でエコノミーの席だったが、耳栓をし、同じように、ただひたすら
黙想をしてみた。「一万メートル上空で、時速千キロ以上のスピードの空間の
半睡のような黙想体験は、言葉で表現し得ない悟りというか、マドロミに
包まれた夢のよう。 考えるでなし、何かの思いが浮かんでくれば思うまま、
半睡状態にいる。それが飽きることなく(トイレと食事以外)、その状態。
宇宙と一体になっているような、何かから解放されているような永遠な何かと
一体になっているような。疲れ果てたとき、決断したいとき、頭を整理したい
とき、ただ、あの空間で、飲食のサービスを気ままに受け、自然体で黙想する
には理想的空間である。高速の移動空間は、脳内活動を活発にすることは
新幹線内での読書で経験していた。学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデス
をしていて、小泉元首相が外国への飛行での機内専用サービスの担当になった時
の経験談を聞いたことがある。「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、
ただ眠り続けていた」という。あれは疲れで寝ていたと同時に、黙想?も
あったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、ひたすら
10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕が
あれば、充分価値のある時間になると、納得。この経験から、ひとつの習慣が
出来た。休日などで、ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。
大体30分〜1時間。ただ目を瞑り、休む。この春から始めたヨガで、
最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。これも機内と同じ状態。
好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、人生の財産
である。私には時間という財産だけは充分にあった。装置産業を選び、それゆえ
に固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。
これこそ財産。秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何も
しないと価値のない時間と思い込む妙な習性がある。定年をむかえ、それまでの
延長に生きている人が、あまりに多い。私も似たようなものだが、改めて、
じっくり時間の過ごし方を考えなければ!
・・・・・・
4996,暴走する世間 −10
2014年11月18日(火)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 公共性と「世間」とは、同じでない!
往復一時間の新幹線通勤を30年続けてきたが、そこは全国レベルの公共の場。
時どき、台風などで在来線が不通になると、一般客で満席になることがある。
そこが、公共性のある新幹線車内の「社会」と、通学、通勤の客の「世間」の
ミスマッチのクロスになる。都会と田舎の違いは、両者がクロスしているか、
いないかの差。それは、ネット社会でも同じことがいえる。ーその辺りからー
≪「世間」は私たちを支配しているが、具体的にみえるモノではない。しかも
「世間」は、「広い世間」のウチに「狭い世間」が存在し、その「狭い世間」
のウチにもまた「より狭い世間」があるというように、一種の入れ子のような
複雑な構造をもっている。問題なのは、「世間」は「共通の時間意識」をもつ
ために、「世間」のウチの人間にたいしては相互に「配慮」しあい「優しい関係」
をつくるが、「世間」のソトの人間は、人間だとは思わないという本質をもって
いることだ。つまり「世間」は「世間」のウチにいる者を「身内」とよび大切に
するが、ソトにいる者を「赤の他人」と排除する。公共性という概念が「世間」
に似ているのは、ある種の社会的強制力をもつからである。しかし「世間」が
公共性と異なるのは、「世間」がつねにウチとソトという区別をおこない、
「世間」の内部の原理がソトまで及ばないこと。さきほどの例でいえば、
「世間」のウチとみなされる町の駅はキレイに保たれるが、「世間」の目の
とどかない「世間」のソトとみなされる富士山の頂上では、この「キレイにする」
「ゴミを捨てない」という倫理・道徳は通用しない。日本は「旅の恥はか捨て」
というとんでもない格言があるが、これこそ、自分の「世間」のソトでは、
「世間」がみていないので、タガがはずれて「なにをしてもいい」ということを
意味する。 居酒屋で盛り上がっている人間は「世間」をつくっているから、
他の人間は「赤の他人」であり、人間だと思ってない。「世間体」とか
「世間の目」という言葉は、その内部だけで通用するのであって、その外では
まったく機能しないのである。花見でも同じで、世間はグループ内だけの話で、
他のグループには通用しない。最近若い女性が電車の中で他人の目を気に
しないで化粧するのも、自分の「世間」を離れたところの行為。≫
▼ ワールドカップで、日本人観客席が、帰り際に綺麗にゴミを持ち帰る
 姿が話題になったが、これも「世間」の特質の現れである。その世間が、
神様かわりをしているとしたら、三年前の節目から突然、私の前に現れ出てきた
神様気分の、あの連中をコミック的に思えたのは当然至極。これは、実際に経験
してみないと味わえない経験でもある。世間様世界は、面白い動物で満ちている。
とすると私は、珍獣?
・・・・・・
5361,うらやましい死に方 〜愛犬に見守られ
2015年11月18日(水)
          ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 20世紀末に、文芸春秋に投稿された、身近な「うらやましい死に方」が
幾つか編集されていた。死に方は様々あるが、この中には、素朴な何処
にでもある死だが、何か心をうつ味わい深い死が連なっている。
「死に方」は、その人生き方に左右されている。「うらやましい」は、
あくまで受けとめる者の主観でしかない。そう思うのも供養の一つである。
昨日、兄の連れあいの御父さんの葬儀に参列したが、故人は穏やかな
人生を絵にかいたような人で、白寿をむかえて、ひっそりと亡くなった。
うらやましい生き方で、うらやましい死に方だった。 御冥福を!
  * 愛犬に見守られ    吉田達也(広島県三原市85歳)
≪ 近所のアパートに30年住む、独居老人が昨年暮れ心臓発作で他界された。
老人は年金生活者で、数年前に連れ添った妻とも別れ、我が子も訪ねてこない
孤独な一人住まい。愛犬を連れての散歩が唯一の楽しみであった。
近所付き合いもなく、愛犬と寝食を共にする生活であった。
 真夜中に急に苦しくなり、階下の管理人にすぐきてくれと電話する。
 管理人が駆け付けると、苦しい苦しいと胸を押さえて寝返りする。
愛犬は部屋の中を泣きながらぐるぐる駆け回る。主人の死を予感したのか
泣き声は悲痛であった。管理人は直ぐ近くの医師に連絡する。医師と看護師が
駆け付ける。診察の結果心臓麻痺で手のうちようもなく、死亡が確認された。
 その時の愛犬の泣き声がひときわ大きく、遺体に取り付いて離れようとしない。
周囲の人達は嘆き悲しむ愛犬の姿に、涙を拭うことができなかった。
 主入を慕う愛犬の姿に、親子以上の関係を見ることができた。
 老人と愛天とは十数年のつながりであったが、その後血のつながった我が子が
駆け付けると、涙ひとつ流すことなく、葬儀屋と相談し遺体を棺桶に型通り納める。
愛犬は棺桶から離れることなく、回りを泣きながら駆けまわる。
老人はいつも愛犬と一緒に寝る。愛犬を抱えた時の笑顔、微笑みは、安らぎの
境地を思い出していたのではないかと、管理人は回想する。
 息子は犬が嫌いで、置いていくという。「ご主人様がこれほど可愛がっている
犬を置いていくとは何事か」と、犬は棺桶から離れようとしない。
「その犬はお父さんの形見だから連れて帰れ」と管理人は強く言う。
息子は周囲の意見に従い連れて帰ることになる。犬は嬉しそうに車に飛び乗る。
孤独な老入は愛犬によって、安楽な往生を与えられたのである。
 我が家で家族に囲まれ、静かに息を引き取ることが、私の希望である。
とはいえ、一人暮らしの老人になったら、この老人のように、愛犬を友に
暮らすことも考えてみたくなった。孤独死だけは避けたいと思う。≫
▼ 動画投稿で鮮明に記憶に残っているのがある。「殺された若いギャングの
 傍で、可愛がっていた?野良犬が悲しげに佇んで、人を寄せ付けない姿」と、
「交通量の多い車道で、轢かれた仲間の犬を、必死に歩道に引いている犬の姿」。
犬は、死の何たるかを直感で分かるようだ。ところで、『孤独死』という言葉に
違和感がないか? 誰もが死ぬ時は、最たる孤独感が渦巻いているのでは?


6821,閑話小題 〜ソクラテスの名言集

2019年11月17日(日)



 これまで、哲学の入門書を何冊か、ここでテーマにしてきた。
入門書といえば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスから入る。
この3人の言葉は、何度も味わっても新鮮である。 特にソクラテスの
「無知の知」は心が洗われる。 若い哲学者のソクラテスの切口は、
その人により違っている。ところで、格言集を書いてなかったようだ… 
 
 〜そこで、『ソクラテス 格言』で検索すると〜

≪ できれば、人より賢くなりなさい。
 でも、それを人に知らせてはいけません。

書物を読むということは、 他人が辛苦してなしとげたことを、
容易に自分に取り入れて自己改善する最良の方法である。

行動し経験しなさい。
人間の美徳はその行いによって おのずと増えていきます。

それぞれが抱える不幸を持ち寄って皆で平等に分けたら、どうなると
思いますか? ほぼまちがいなく全員が最初に持ってきた不幸の方がいい
と言って、帰っていくことでしょう。

深く考えない人生は、生きるに値しない。

自身が無知であることに気づいた人間は、自身が無知であることに
気づかない人間よりも はるかに賢いのである。

心の底からの悪人など、この世に存在しません。

生きるために食べなさい。
食べるために生きるようになってはいけません。

良き友よりにまさる財産などありはしない。

富を持っているだけでは称賛には値しない。
その富をどう使うかが一番大事なのだ。

世界を動かしたいと願うなら、
まずは自分自身が動きなさい。

自分を売って、正義を買う者。
それが、指導者というものだ。

幼にしては、謙遜でありなさい。
弱にしては、温和でありなさい。
壮にしては、公正でありなさい。
老いては、慎重でありなさい。

あなたに対して褒め言葉しか言わない人間は信頼するに値しない。
間違いを指摘してくれる人こそ信頼に値する人物である。

 ――
▼ <深く考えない人生は、生きるに値しない。> の言葉を、
 さて<どう考えるか?> どのみち、微細な塵の存在なればこそ、
限界まで考え続けるべしか、<バカな考え、休むに似たり> と、
日々、安逸に、他人の顔色を窺い生きるか。

・・・・・・
3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」
2011年11月17日(木)
 サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。
自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に不満を持って辞め、
いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。
 私も然。初めて会社勤めで、その過酷の仕事に疲れはて、再び大学に入り
直したが、もう社会的には傷物。その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、
再度、金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 
何とか踏みとどまっていたが、逆に、その立場の視線で社会を見ると、多くが
見えてくると気づく。結果からみて、それは予定挫折への自己配転であった。
でも真の楽しみは、それなるが故に、魂の底から湧きあがってくるもの。
自由は厳しい!。「なるほどサルトルのいう自由は不自由!とは、このことか」
と骨の髄まで思い知った。結局は自分の思いは、想いでしかない。
 その経験を人生の前半に何度か味わってきたため、今回の事態では、こんな
ものかと冷静にいることが出来ている。それよりも65歳の現在、人生を振り
返ると、40年近く自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、如何に
恵まれていたか。自由を自分のものにして、判断をし、その結果をプラスも
マイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫。自由の不自由を克服し、
不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、幸せなこと
はない。サルトルは実存主義者だが、人間の本質は「投企=取捨選択しながら
未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在であるとし、実存が存在に
先立つとしている。しかし老年になると、その未来が少なく感じ、人生を切り
開く前に絶望が先立つから困ったもの。自由と平等と博愛の社会は理想だが、
こと個々人になると非常に難しい課題。「自由の刑罰」の獄死か、獄内で、
うち拉がれている人の山? それが世間という世界である。

・・・・・・
5725,技術的特異点 〜
2016年11月17日(木)
           『人工超知能が人類を超える』台場時生・著
   * 生物的進化のゴールは「手、口、頭の獲得!」
 ここで、<生物的進化のゴールは「手、口、頭の獲得!」>という。
現時点の具体的ゴールの一つが、スマートフォンと、ネットを如何に
使いこなすかにある。情報機器と、ネットシステムのとどまることのない
進化に日々に驚いているが、これが最近、加速を始めているようである。
  〜その辺りを要約すると〜
《特異点問題を考える際に重要なことは、人工知能開発だけに的を絞って議論
するのではなく、人類や生物の進化といったより大きな観点から議論を行うこと。
例えば「人類700万年の進化史から見たときに、技術的特異点にはどのような
意味があるのか?」、「人類の生きる意味は何なのか?」、さらに
「私たちは人類の最終的な未来に何を求めるか?」といったような哲学的
かつ根源的な議論にまで立ち返る必要があります。
 そこで、宇宙の始まりから現在に至るまでの進化の過程を振り返り、
その中で「生物進化におけるゴールとは何か?」について考える。
本書で、「手、口、頭」を獲得が生物進化における一つのゴールとみなす。
・外界を操作できる「手」を獲得することで道具を操り、
・多彩な音を出せる「口」を獲得することで言葉を話し、
・高い「知能」を獲得することで文明社会を築けるようになった段階で、
 生物学的な意味での進化はその役割を終えると考えます。
このゴールを迎えたといって生物的進化が止まってしまうわけではなく、
「生物的進化から次の進化へと移行するための切符を手にする」という意味で、
ここでゴールという。人類の祖先は、サルから新人(ホモ・サピエンス)へと
進化する過程で、これらの形質を獲得した。特に脳の容量が、猿人、原人、
旧人、新人となるにつれて徐々に肥大化していった。そして、最終的に、
その3つを揃えた人類が地球上で最初に文明のドアを叩くことが出来た。
ちなみに、3万年前まで生きていたネアンデルタール人が、新人のように高度
の言語を話せなかったという理由そのもので、絶滅してしまった。》
――
▼ この3つ能力が拡大した、止まることなく飛躍した人工超知能が、29年後の
特異点を過ぎると、その超能力は人知の知ることが出来なくなる。それゆえに、
「どのようにコントロールするか?」という哲学的問題になる。
この程度のレポートでも、私の能力からして、PCとネット環境がなければ、
15年間も書き続けることは不可能。公開で質の劣化を防ぎ、習慣化をすることで
何とか維持してきた。私にとって、外部脳化でもある。ところが、サーフィンを
していると、最新機器を使った、頭とセンスの遥かに良いブログを見つける度に、
深く溜息をついている。まだ、それに気づいているだけマシと自らを慰めている。
 私の現時点の生物的進化のゴールは、このブログの、「手、口、頭の獲得!」
・・・・・・
4995,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜
2014年11月17日(月)
              ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
  * 「三年寝姫」ばなな が過ごした‘さなぎ’の時期
 次の一節に考えさせられた。人生に無駄なし!である。
≪ 先日、テレビの番組で、作家のよしもとばななさんと対談をしました。
ずいぶんと面白い話を聞かせてもらったのですが、その中で、「三年寝太郎」
ならぬ、「三年寝姫」という話がありました。「高校時代の三年間、私は寝て
通しました。教室の中でも、両手の上に頭をのせて寝てばかりでした」と、
よしもとさんが言われるのです。以前から私は、「思春期さなぎ説」を唱えて
います。毛虫が蝶になる前にさなぎの時期が必要なように、人間も、子ども
から大人になる前には、さなぎのように閉じこもり、内面的な変化を乗り
切っていくというもの。
この変化がさなぎの殻によって守られず外に向かって出ていくと、思春期の
破壊性を持った行動になるが、よしもとさんは、三年間、さなぎの時期を寝て
過ごしたわけです。そのことが、後の作家としての大きな成長に役だったことは
言うまでもないでしょう。それにしても、この間、よしもとさんが‘寝ること
を許していた’高校の先生方も、大したものです。もしそうでなかったら、
よしもとさんはきっと不登校生になっていたでしょう。ちなみに、よしもとさん
のお父さんは哲学者の吉本隆明さんですが、奥様ともども、ばななさんの意思
を尊重して、その三年間を黙って見守っていたそうです。間違ってもらっては
困るのですが、思春期の子どもは放っておけばよいと言いたいのではありません。
それは一番困ることです。その子の成長に関心は持っているけど、ある時期は
見守るだけにしておく、こういうことも大切だと言いたいのです。よしもとさん
の御両親にしても、高校の先生方にしても、その点が大したものだ思ったのです。
そもそも、見守るということは、その子に対して何かをするよりもはるかに
エネルギーがいることです。≫
 ―
▼ ここには多くの示唆がある。私にとって受験のための高校生活は思い出した
くもない時代。悪いことに鼻炎に悩まされ、机に向かうと頭が重くなるが、
山ほど記憶しなければならない教科がある。何とか卒業は出来たが、更に一年の
浪人生活を加えた『空白の4年間』。それもあって記憶から切り捨てていた。
 もし希望校に入っていれば別だったのだろう・・ しかし実は、この期間を
「さなぎの時期」として見直すと、多の側面が思い当たる。 私にとって一番
面白く恵まれていた時節は、学生時代を加えた20,30歳代。
その中で特に20代。その背景には、この4年間があったという見方もできる。
読書習慣で培われたベースがあるわけでなし、何か夢中になったこともなし、
ただ、お受験の重圧の中、ただボ〜ッとしていた暗い日々! 
これが実は「思春期さなぎ説」の切り口で捉えると・・ 成るほど! 
この年齢で気づくことが、あまりに多い。振り返ると、「してしまった後悔より、
しなかった後悔」の方が、遥かに悔いが残っている。 しかし、「さなぎ」の
時節を改め肯定すると、新鮮な切口になる。そのまま一生ボ〜と過ごす人も
いるが、どうだろう? それは、蝶か蛾によるのか。フランスでは、蝶と蛾は
同じというが・・ 以前、ここで取上げた『ぼんやりの時間』辰濃 和男(著)に、
「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」がある。  
1、「闇」―蛍と星とダークマター  2、「独」―独りでいること   
3、「閑」―逆茂木に囲まれて   4、「怠」―「1日4時間労働」の夢  
5、「懶」―心の余白  ー彼女は、この世界に浸かっていたのである。

・・・・・・
6457,映画観賞 〜『ボヘミアン・ラプソディ』
2018年11月17日(土)
   * 2〜3年に一度の感動でした!
 この年齢で、まさかロック会場に呑込まれてしまうとは、自分でも驚いて
しまった。 ハリウッド映画で面白そうなのが見当たらず、邦画と思ったが、時に
普段、見ることのないロックバンドの世界を垣間見ることもありと判断をして見ること
にしたが、何と、この異質の世界が面白い。最後の場面が、20世紀最大の伝説
のライブを特撮で再現していたが、この熱狂が感動もの。これが話題の4DXの
シアターで放映されるというから、こっそりと行ってみたいと思うほど。
 数万人が埋め尽くしたラグビー場の会場の客と一体化した歌の数々が圧巻。
ゲイと、麻薬、酒、ロック漬の異様な世界の薄気味悪さが、面白さを増していた。
最期はエイズで亡くなるが、遠くない死を前にした、渾身の歌が数万人の会場を
一つにする迫力があった。  〜映画サイトのブログより〜
 
≪ 世界的人気ロックバンド「クイーン」のボーカルで、1991年に45歳の若さ
 でこの世を去ったフレディ・マーキュリーを描いた伝記ドラマ。クイーンの
現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮を手がけ、
劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用。「ボヘミアン・ラプソディ」
「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった名曲誕生の瞬間や、
20世紀最大のチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンス
といった音楽史に残る伝説の数々を再現するとともに、華やかな活躍の裏にあった
知られざる物語を描き出していく。「ナイト ミュージアム」のラミ・マレックが
フレディを熱演し、フレディの恋人メアリー・オースティンを
「シング・ストリート 未来へのうた」のルーシー・ボーイントンが演じる。
監督は「X-MEN」シリーズのブライアン・シンガー。≫
 
  ―感想―より
《 見るものの心に永遠に刻まれるであろう“特別な1本”が公開される。
 世界中のだれもが知るスーパーバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・
マーキュリーの半生を映画化した「ボヘミアン・ラブソディ」(11月9日公開)。
天性の歌声を持つ青年が、どのようにしてスターへと上り詰めて行ったのか。
栄光に隠された“苦悩”と“挫折”、その果てに到達した“救い”を限りなく
エモーショナルに描いた本作に、名だたる映画のプロたちも号泣&絶賛の嵐!》
《 カラオケバーから漏れてくる外国人の大合唱。
 人もまばらな早朝の空港、...イヤホンで聴きながら熱唱する外国人。
どのシーンでも人々を陶酔させているのはQueen の曲だった。
その様子を外から見ていた気持ちは、すっかり陶酔する側に変わってしまった。
孤独から生まれた全身全霊の歌の前には、理屈抜きの感動しかなかった。》
《 頂点に立つ人の孤独
 子ども騙しのモンキービジネス…かつて音楽業界を、そう謳いあげた
バンドマンがいました。そんな業界に、心惹かれしまうから、不思議です。
 家族の映画だそうです。だから、ケンカもする。家出だってしちゃう。
ただ、本気で怒っても、許し合える。嫌いになっても、お互いを大切に思う。
ビジネスじゃない。DNA だけが家族じゃない。そんな映画。万引き家族とは、
随分違うけど。 さて問題です。業界のてっぺん極めた代償に、失うものは?。
多くの人が集まる程、少くなるものは何?とあるタレントさんが言ってます。
てっぺん極めたら、降りて来ないと。出来ないと、遭難だよ、とね。
 戻るべき処、戻るべき家族を、一度は見失ったフレディ。劣等感と闘い
続けたフレディ。彼が冒頭で、パキ野郎呼ばわりされたのが、ショック。
そんな彼の闘いの証が、あのステージなんですね。
 私のフレデイ像が、どんどん、パッと、豹変です。胸毛から声を出す、
風変わりなおじさんは、もういません。魂削って、自分の居場所を探し続けた、
求道者だったんですね。 》
――
▼ 館内の同年輩の人たちが多いのは、当時のロックファンだろうか。
 ライブを再現した場面の後、エンディングの実写映像が流れていたが、
誰ひとり席を立つ人がいない。感動で席を立てなったのか?。
 ところで、幾つか映画評を書いていたことを思いだして、分類コーナーの
『読書日記・映画鑑賞日記』のコーナーをみてビックリ。丹念に、90点以上
を評価した映画の評論を書いていた。 成るほど、数ウチャ当たるで、
ミニ感動をしていたことになる。TVでみたのは、ほぼ書かないから、結構、
刺激的日々を過ごしていることが分かる。シネマ館、自宅のTVの映画で、
感動・感激を数多くしていることになる。秘・異郷ツアーの旅先や、美術館、
博物館で数知れず感動体験の積み重ねから、『感動・感激力』が知らずと身
についていたようである。二年に一本として、この数年、年に50回平均は
通っているので、100分の1にあたる。是非、ご鑑賞を勧め!  評価:95点。

・・・・・・
4628, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
2013年11月17日(日)
   * 相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
 一昨年の春以来、見始めたTV番組のが「相棒」で、平日の16時前からの
一時間のスケジュールに込んでいる。10年以上続いた刑事ものドラマの再放送。 
  ー概要をウィキペディアでみるとー
{ 優秀なキャリアでありながら、ある事件の影響で出世コースから外れ、
 警視庁内の窓際部署「特命係」に追いやられた警部・杉下右京(水谷豊)を
中心にした刑事ドラマ。いわゆるバディものであるが、相棒は3度変わっている。
1話ごとの基本的なプロットは、超人的推理力・洞察力を持つ右京が犯罪者を
理詰めで追い詰めていくというミステリ的なものだが、その一方、全体的な
ストーリーとしては『踊る大捜査線』が打ち出した警察組織内部のいざこざを
描く警察ドラマ路線を更に推し進めたものであり、警察組織のみならず、
官僚・政治家の権謀術数を描いている。2000年6月にテレビ朝日系・土曜日で、
単発ドラマとして放送され、2002年10月より連続ドラマとしてシリーズ放送}
▼ 団塊世代以上のリタイアー組を対象としての時間帯の再放送。その対象の
 一端に私も入ってしまった。 一年ほどして、家内に「これって、現代版の
水戸黄門でないか。トップ直通のルートを持った東大卒の歪んだ元エリートが、
最後は国家権力を振りかざし悪と対峙する勧善懲悪ものじゃないか」というと、
「今まで気づかなかったの?そんなのは、当初から言われていたこと」という。
12年も続いているので、過去分は、まだ2割も見てないが。 馬鹿馬鹿しいと
思いつつ、見ているが、内容は凝ったものが多い。刑事コロンボの逆の、
キザの東大卒の刑事が、相棒と様々な事件を解決する。その一つに、研なお子
が、明らかに美川憲一を思わせる役柄のタレントの犯人を演じたのが傑作。
再放送直後、家内が知人に、「あれ見た? 凄く面白かったわよ!」と、いう。
オバサマたちの多くが、見ているという。もう一つ、面白かったのは、岸恵子
がフランス帰りの「岸恵子」そのもののキャラを演じた犯人役のドラマも、
なかなかのもの。  


6820,映画評 〜『エンド・オブ・ステイツ】

2019年11月16日(土)

   * 現在進行中のトラちゃんのパロディからみれば
 驚いたのがドローン。 連射型の大砲から打ち出された大量のドローンが
集団で休暇中のトランブル大統領を襲撃する場面。それぞれが、シークレット
の顔認識を持って、主人公を除いたシークレット全員を殺害していく場面。
ネタばらしになるが、副大統領が秘密の集団に襲わせたのだが…  
何とも冷や冷やものだが、大胆の内容で、これが面白い。
 しかし現在進行中の世界の混迷ってのは、この映画なんてものじゃない、
極右の白人第一主義者のホワイトハウス乗っ取り? ではないかという疑問。
                      評価:90点
 ―
  【解説】
【「エンド・オブ・ホワイトハウス」「エンド・オブ・キングダム」に続き、
ジェラルド・バトラーがアメリカ大統領専属シークレットサービスのマイク・
バニングを演じる人気アクションシリーズ第3弾。
 世界を未曾有テロ事件から救ったシークレットサービスのマイク・バニング
は英雄として名を馳せ、副大統領から大統領となったトランブルからの信頼も
絶大だった。しかし、歴戦の負傷によって肉体がむしばまれ、近頃は引退も
考えるようになっていた。
 そんなある日、休暇中のトランブル大統領が大量のドローンによって襲撃
される事件が発生。マイクが容疑者としてFBIに拘束されてしまう。
隙をついて逃げ出したマイクは、何者かが仕組んだ陰謀を暴くため奔走するが…
主人公マイク役のバトラーのほか、トランブル大統領役もシリーズおなじみの
モーガン・フリーマンが演じる。】

【 引退が頭をよぎるようになっていたある日、休暇中のトランブル大統領に
空から大量のドローン爆弾が襲いかかる。激しい攻撃で意識を失ったマイクが
目覚めると、大統領暗殺を企てた容疑者として拘束されていた。FBIの隙を
突いて逃げ出した彼は、陰謀の真実を明らかにすべく、最後のミッションに
身を投じる。
 まずは新時代の兵器“ドローン爆弾”の奇襲からスタート。
バニングが命がけで大統領を護衛する姿、暗殺容疑をかけられて逮捕される様子
を映すだけでなく、真犯人探しの過程で描写される父(ニック・ノルティ)との
再会も活写。彼が息子のピンチを救うためにとったのは、予想だにしない行動―
―バニングが「俺まで殺す気か。爆弾じじいめ!」と思わず愚痴をこぼして
しまうほどのハチャメチャぶりが切りとられている。】
 
 ―
▼ で、夜半に目が覚めて考えると… 
< 現在のトランプ大統領の日々のパロディからみれば、大統領自らが主犯で、
敵国のロシアと組んだり、ウクライナ疑惑で「政敵バイデン前副大統領に関連
する捜査をウクライナ側に求めていたり、数知れないパロディ」からみれば、
まだ映画の方が可愛い?のでは。歴史に残る愚行をアメリカ白人社会が支持
している実態そのものが問われるが、これが白人第一主義の本音ということ。
多民族国家の複雑な様相がとして、この映画でも大統領が黒人で、黒幕の
副大統領が白人。これを暴く主人公が白人。FBIの担当捜査官が黒人と配慮
してある。
  
追文: 1〜2ヶ月に一度位、何故か不思議なことに、書いてある内容が
   面白いのが揃っていることがある。それが、今日… 
  これを書いた人ってのは、誰だろう! と思うこと屡々。
人は日々、変わっていく。書上げた次の瞬間には、全て忘れるからね。
それを誰かが読むのだから、不思議といえば不思議!

・・・・・・
6456, 閑話小題 〜10年後に後悔する事とは? −2
2018年11月16日(金)
 12年半前(2006年/05/23)に、このテーマで書いていた。
自虐的に書いた予測より、遥かに?客観的な世界情勢は悪くなっている。
・翌年の2007年に、中越刈羽沖地震が発生
・その翌2008年09/11に、リーマンショックが…
・2011年/03/11に、東北大地震
 直後の/03/31には、新潟駅前のホテル事業を閉鎖
当時でも、2001年の9・11テロ、そして、アフガンへアメリカ攻撃、
2004年の中越地震がたて続きに続いていた。 9・11テロから売上が下降し、
2007年の柏崎・刈羽沖地震で加速し、リーマンショックで更に悪化していった。
信じられ事態の連続である。50歳代に人生のギアを切替え、遣り残しを潰して
いたのが救いになった。 まさかのブラックスワン(想像を超えた事態)が
続くとは思っていなかった。そのため思いきった、(前倒し)事業清算の決断
が出来た。これを書いたのが還暦の時節。51歳から9年間で、30年分を生きた
節目の年である。人生に何ら後悔がないと… 独り万歳を叫んでいた。

改めて読返すと面白い。先に記した3つの大激震の煽りでまさか、事業閉鎖に
追いやられるとは… 人が想定できるのは、この程度ということ? あるのは、
9年間かけて、30年分を生きた行蔵。ということは、途中で頓挫しても、80歳
までの計画というより、想定。 
 80歳の私の自己問答の想定!
《 おいおい、まさか80歳まで生きているとは。 60歳を過ぎて考えたことは、
 75歳が死に頃と設定し、それを前提に生きること。しかし75歳になっても何ら、
その兆候が見えない。で、あれよあれよと、80歳。 同年代の半数近くが亡く
なってしまった。長寿願望は全く無い。年寄りには、決して生き易い世の中で
ないが、面白いのが、情報端末が限りなく進化して、年々、その恩恵を実感
できることが有難い。後悔といえば、5年間も想定より生きていること。
しかし、この5年間の面白かったこと。何が75歳で充分生きたと思い込んでいた
馬鹿さ加減に呆れるよ! バーチャルリアルティが、何ともまあ、世界を広く、
深く誘うのである。知れば知るほど、世界は味わい深くなる。今でも、毎日が、
感動と、感激の雨嵐のように吹き付ける。世間とかいうのから、我が身を守って
いたから、この孤高の世界を守れた。だから、毎日が面白くて面白くて、仕方が
ないのさ。だから、ここまで生きられたのさ。ざ・ま・あ・みろ、である。》
――――
2006/05/23
1876, 10年後に後悔する事とは?
                    おはよ〜!(*^ワ^*)i 
あるHPを見ていたら、次の言葉に引きつけられた。
「10年後に後悔しそうなことをリストアップして、それを潰していく
生きかたをする」である。(七田チャイルドの七田真氏と本田某氏の対談)
 私が十年前に考えたことは、   (。-`ω-)ンー
「50代の10年間で60歳以降の人生を全て押し込んで生きる」である。
20~30年間を50歳代の10年間で全て前倒しにする、と。
それがこの程度の変化でしかなかったのか? という自問自答は残るが。
現在になって振り返ると、先まわしをして良かったと思っている。
後悔しそうなことを潰していく生き方は消極的に思えるが、
「消極的な生き方(後回しーその大部分は中途半端)が一番後悔する」
とリストアップすれば、逆に積極的な生き方が出来る。  
 想定可能なマイナスをあらかじめ潰すのは、最善の行為と同じか、
それ以上である。後悔することは、その時は気がつかない行為と、判断ミス
が最悪だったということになる。 それが想定可能かといえば、可能である。
ということは、その想定は最善の準備と同じぐらい大事なことになる。
 ―                        (‐”‐;)
ところで10年後に何を後悔するだろう?
一期一会と、何ごとも真摯に立ち向かえば後悔することはないはずだが。
10年前に事業で時代の先行きを、より悲観的に読んでいれば、より
シビアな手が打てたはず。まあ甘さが見えてくる。
 ー面白おかしく「10年後の最悪の後悔」をイメージをしてみた?
・酒を飲んで暴れて、家内に愛想をつかれて離婚。
 現在は年金で、何処かの街の安アパートで冷酒を飲みながら懺悔の日々・・
 それでも冷酒を飲んでいるのだから、懺悔にはならないか? -ω-`A) フ…
・死んで、この世にいない。誰も、もうこの男のことを憶えていない。
 二人の子供も、あの父親のことだけは思い出したくもないと墓参りもない。
(しかし、自分がいないのだから後悔しようがないか!)                 
・脳梗塞で入院しているが、気が短く、毒舌が冴え、
 同室の患者や看護婦から嫌われて自閉症気味。
・考えていたより遥かに、日本という国家の疲弊が酷い状態。
 10年前に海外に思い切って財産や生活の場を代えておけば
 よかったと、毎日の生活の追われる日々。
ありそうな10年後の姿である。より深く時代を読まなくては!
酒にも、病気にも注意しなくては!    
―――
〜2016年6月29日・記〜
 この2年後に、リーマンショックが起きて世界経済は大混乱をした。
その煽りを受けて、3年後に事業清算に至ったが、何とか、それまでの
生活の延長上にある。大病もなく、この随想日記を書き続けている。
〜2018年11月16日・記〜
 この激変の中で、この年齢で、10年後の想定すること自体に無理がある。
しかし、その無理な物語を、振りかえ見ると、時分が想定する脳の甘さが
一部でも垣間見れるだけでもよい。「自分など、こんなもの!」と。

・・・・・・
3887, 積極的逸脱
2011年11月16日(水)
 異端をマイナスに捉えるのでなくポジティブにみる
「ポジティブ・デビアンス」という言葉がある。日本語にすると積極的逸脱。
世界を巡ってみると、それぞれの地域の閉鎖性が垣間見え、それが異端に見える。
当然、自分の住んでいる異端が合せ鏡で見えてくる。そういう私の方が地域社会
では異端になる。それもあり、地元の人の付き合いは一部の人と因縁ある学校の
同級生を除いて最小にしてきた。 これが私にとっての積極的逸脱。
職場が新潟、住居が長岡だったこともあり比較的上手くいったと思っていた。 
しかし、私という存在は他者がいてこそ成り立っている。その他者が限られた
閉鎖社会としたら、その兼ね合いは難しい。「ポジティブ・デビアンス」は、
もともと社会問題の解決法に使われていたが、現在ではビジネスに使われて
いるようになっている。後進国の農村で死亡率が高い中で、ある村が何かの
きっかけで、手を洗い、動物性タンパク質を取る習慣があって、たまたま
近くに医者がいる部落があったとする。その地域からすれば、その習慣は
他の地域社会の常識から逸脱していることになる。しかし、それを知った
外部の人が、それを他の部落の人に広めることで、全体の死亡率が減って
いったという事例がみられる。 コンピューターの世界に「暴走熱」がある。 
一定期間継続して作動するコンピューターが、熱を出して不具合が生じる
トラブルで、これはエンジニアの世界共通の常識であった。これをアメリカの
大手コンピューター・メーカーの一人のエンジニアが立ち上がり、世界中の
ポジティブ・デビアンスを探し出し解決をし、会社への競争優位をもたらした。
大体の改革とは、そういうもの。従来のやり方を根底から変えることは、
どうしても摩擦が生じる。秘境ツアーそのものも、極的逸脱である。
在り来たりの観光地から、秘境・異郷に興味が向いたのは積極的逸脱のため。
そうしなくてはストレスが解消出来なかった。逸脱する対象が奥地になるほど、
比例して満足度が高くなっていた。
 あと二週間しか生きられないとしたら、何をしますか?」という質問がある。
死に直面したら、当然、日常生活からの積極的逸脱が残された人生を生きる
術になる。ベターの時間より、ベストの時間を過ごす何かを求めるはず。
そこで、それを本気になって探すと、自分の生きている世界に、それが無限に
転がっていることに気づくことになる。第二の人生でのキーワードは、
積極的逸脱である。 緑の原野から、視界の広がったサバンナへの逸脱へ・・

・・・・・・
5724,技術的特異点 〜
2016年11月16日(水)
          『人工超知能が人類を超える』 台場時生・著
 カーツワイルの技術的特異点について、さらに知りたいので、
ネット検索すると、以下のようにあった。
≪・「特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な
 影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほど変容してしまうような、
 きたるべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・
 モデルや、死を含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考える
 うえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまう。
 特異点について学べば、過去の重大な出来事や、そこから派生する未来に
 ついての見方が変わる。特異点を正しく理解できれば、人生一般や、自分自身
 の個別の人生の捉え方がおのずと変わるのだ。特異点を理解して、自分自身の
 人生になにがもたらされるのかを考え抜いた人を、「特異点論者」と呼ぼう。」
・「特異点〜人間の知能が、非生物的知能と融合して、何兆倍も拡大するとき〜
 が これから数十年の間に到来する」
・「2030年代初めのコンピューティングの状況は、特異点ではない。
 まだ、われわれの知能を根底から拡大するまでには至らないからだ。
 しかし、2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは
 10の26乗cpsに到達し、一年間に創出される知能(合計で約10の12乗ドル
 のコストで)は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。  
 ここまでくると、確かに抜本的な変化が起きる。 こうした理由から、
  特異点― 人間の能力が根底から覆り変容するとき ―は、2045年に
 到来するとわたしは考えている。 非生物的な知能が2040年代半ばには
 明らかに優勢を占めるにしても、われわれの文明は、人間の文明であり
 続けるだろう。生物を超越はするが、人間性を捨て去るわけではない。」≫
 ――
▼ 現在でも、その一端をみることが出来る。2045年といえば29年後とすると、
29年前の1987年から現在を予測できただろうか。現実はSF学者でも想定外。
ソ連連邦と東側の共産圏の崩壊。中国の実質資本主義化。中東の戦乱。
IS国というSF小説並みのテロ組識の発生と、地域支配と、主要都市への攻撃。
それらの背景の一つが情報革命。最新の情報機器が安価に一般大衆が手にする
時代の到来。これを遥かに超えたテクノロジーの進化が、想像を絶した世界に
変化させていく。それ以前に、世界が消滅?考えただけでも恐ろしいが面白い?
 あと10年、特異点に近づいた世界をみたくなってきた。

・・・・・・
4262, しまった!  ー10
2012年11月16日(金)                  
   ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * どう思うかは、そのときまでわからない
 今回、思ってもみなかった事態に陥ってみて大変ではあったが、一度、
受け入れると、諦きらめがつき、後悔とかは皆無。この一年八ヶ月の生活は、
この10年間の気苦労の生活より、少し近所の視線が気になる以外、はるかに
気楽な平穏な日々に自分でも驚いている。これまで何かにチャレンジをして
不安になると、その結果に対して「なるようになる、その時は、その時!」
という言葉が常に繰り返していた。 何事も、その場に立たないと分からない
から面白いのだ。 ーその辺りよりー
≪ 大方の人は、自分が将来どう感じるかの予測は得意のはず。だが人生は、
 遠くから眺めるのと近くとでは違ってみえるもの。人はとかくその瞬間が
くるまで、自分がどう感じるかなどわからない。たとえば、自分が若いときは、
老いて、特別な延命治療を受けるかの質問に、殆どが「受ける」と答えない。
ガンの専門医で「受ける」と回答したのは6%、化学療法士でゼロ、健康の人
で10%だった。しかし、死にかけている人に同じ質問をすると、重病患者の
58%の人が、たとえ一週間しか命が延びなくても、治療を望むだろうと
答えている。・・ ≫と。
▼「こと(実践)」に擦り寄って、体感しないと、実際のところ分からない。
一流のエキスパートには二つの共通点があるという。一つは、「幼少期から
はじめている」ことと、二つ目は、「肉体面でも、頭脳面でも、生まれもった
能力は人が思うほど大した要因でなく、重要なのは練習量、特に10年間の
持続的な努力を要している点」。 研究者によると、バイオリニストの調査で、
同年代で、世界の最高レベルの人たちのグループは、20歳までに一万時間
の練習量を超えており、それほど成功してないレベルの人たちの平均は、
2500〜5000時間だった。当然ただ練習をすればよいのではなく、
練習の繰り返しの中で、パフォーマンスの記憶を改善する方向を目指すことが
必要。ところで秘境旅行は実際に当地に行き直接、その大自然に接し感動して
こそ醍醐味が実感できる。どんな大自然に出会うか、そのときまでわからない。
それが良いのである。それは事業でも人生でも同じこと。未知への不安に
対しては、自分で乗り越えるしかない。私の友人の哲学(信念)は、
「迷ったら、とにかくやる!」見ていて面白い人生である。節目ごとに私の
ところに相談にくるが、見事なぐらいに転進していく。どうなるのか、
現に実践してみないと分からないのを本人は知っている。本題から逸れたが、
ある程度を考えたら、後は出たとこ勝負である。

・・・・・・
5359,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年11月16日(月)
  * 男の結婚詐欺師は天性のサービス業
≪・シマジ:種族保存の本能で、動物のメスは自分の遺伝子を残すため、
 より優秀なオスを選ぶだろ。オスはとにかくあちこちにタネをばら撒ければ
いいから、そんなに選り好みしない。人間のメスも同じ。自分の容貌はさておき、
背が高くてイケメソで頭のいい、つまり子どもの生き残る確率が高くなるような
男のタネを手にしろと本能が囁く。それゆえ結婚詐欺男の吹く大ボラは、
スケールが大きいほど女にとって魅力的に聞こえる。そこに女性をお姫様の
ように持ち上げて夢見心地にする巧みな話術と、悦楽の極致にまで運んでくれる
閨房術を加え女を虜にする。だから男の結婚詐欺師は天性のサービス業かも
しれない。女性も薄々おかしいと分かっているのだろう。これだけの悦びを
与えてくれる男なら、詐欺でも仕方ないというくらいの気持ちなのかもしれん。
・ミツハシ:一方、婚活詐欺女の紡いだ物語は「学費が未納なので援助して」
ですから夢がないよね。金銭的な援助を施すということまで、自分が女性と
結婚するためのりアリティーにつながるのだとしたら悲しいことですよね。
・シマジ:日本の恋愛文化の貧困さの表れだよ。男と女のスリリングな駆け
引きが不足しているから、こういう事件が起きる。大企業の社長になるような
人間でも同じだよ。≫
▼ 普段の生活でも別に口説かなくても、リップサービスなら出来る。
 営業を生業にしている人は、それが身についていて、直感的に光っている
部分を見つけて褒めてまわる。美人ほど褒めて欲しいが、日本の男は遠慮を
してか、褒めてくれない。特に女性は、『私を、どう思っているか』に、敏感。
日本の恋愛文化の貧困に対する供給として、クラブ、キャバクラという日本
独特のサービス業が生まれてきた。そこで、日々、ホステスと、客の、恋愛
ごっこがおこなわれている。今では女性用にホストクラブもある。
 ネット検で、「都都逸」を検索したら
  〜習う事より 慣れろと言われ あの夜覚えた 四十八〜
  〜大きくなくても あたしはいいわ 使い勝手が 良かったら〜
 即興で、  〜ブーちゃんも 使い勝手は ほぼ同じ〜




6819、閑話小題 〜つれづれに人生 …よる年なみに

2019年11月15日(金)

   * あと14ヶ月で後期高齢者
 あと14ヶ月で後期高齢の75歳に相成る。還暦の時は老齢の実感がなかったが、
さすがに65歳からは、年々、老いを実感する。でも、あと一年、いや5年もある
から、まだまだ楽しめる! 
 その中で、老化現象を実感する一つが、駐車場に車をバックで入れる時に
真っ直ぐに収まらないのである。 これは、自宅の駐車場が二台分あるため、
適当に止めておく習性のためとしても、外で停める時には必ず捩じれている。
SJの2Fにあるランニング・マシーンで歩きながら、駐車場の収納をみて
いると、一発で整然と納めている。 捻じれの傾向は数年前から続いている。
 腰痛は、ジム通いの効果で当初よりかなり良くなったが、歩行は、休みを
入れないと30分以上は歩けない。 早朝のミニチャリと、週4回のジム通いで、
運動量は確保してある筈だが。

 数ヶ月前に、大学の10年に一度の同窓会に参加したが、10年前とは空気が
変わっていた。この10年で、思いの外に全体の空気感が老けこんでいた。
30、40歳代の頃、70過ぎの老人をみたとき、それは大年寄りにみえていた。
そして還暦時に辿り着いて気づいたことは、精神年齢は40代のまま。還暦の
同期会では、無事何とか到達した喜びが全体を覆っていた。 …が10年後は、
明るさが半減したような。何とか辿り着いたが、持病や、連合いや家庭内の
重荷が背中に覆って、ただ明るくしていられない状況のようだ。
その分岐点は65歳辺り。その時、私は会社清算をした。背おった重い荷物
から解放された実感は思いの上に大きかった。会社員などの組織生活の人は、
ゴルフなどで会社の延長上で愉しみ遊んでいる。事業系の人は、独自の愉しみ
で我が道を歩いている。 生きてきたように老いている。 それもこれも
「75歳が大きい節目」。さて、如何のように節目を打ちましょうか。
ほゞ、コトに変えてあるので、気持ちの上では楽の筈だが。 何とも愉しみ
過ぎたきらいが! 静かに、大人しく、明るく、面白く、一日一生で、
日々を過ごすしかない。 

 この情報機器の進化による社会の変化が面白い。それを見て、体験する
だけでも生きている甲斐がある。後期でも何でもよい、この時代の濁流?
何とも激しく豪快。 やはり21世紀は違う景色になったということ。

・・・・・・
6455,閑話小題 〜大相撲、つれづれに
2018年11月15日(木)
   * 引退しかないでしょうよ!
 大相撲も、貴乃花へのいびり出しをしたことと、2人の横綱が休場したためか、
2日目には満員札止め御礼の垂れ幕がなくなり、空きスペースが目立っていた。 
その上に、初日から4日連続敗戦の稀勢の里の引退問題が出てきた。
  〜ネットニュース記事より〜
【・稀勢の里が、初日から4連敗を喫した。結びの一番で初日から3連勝と好調の
 前頭2枚目の栃煌山にすくい投げで敗れた。 土俵際に押し込み、軍配は1度、
稀勢の里に上がった。だが、物言いの末、稀勢の里の体が先に落ちたとして軍配
差し違えで、初日から4連敗となった。横綱の初日から4連敗は31年1月場所の
宮城山以来、87年ぶり、1場所15日制になってからは初。】
 場所前は「絶好調の仕上り」のコメントで言訳が立たない。 一人横綱は、
当然、プレッシャーが大きい。気の弱さを必死に隠している姿が痛々しい。 
白鵬、鶴竜は、稀勢の里の4連敗で引退の危機で、結果的には非常に有利の立場
になった。邪魔者の貴乃花親方を協会から締め出し、残った日本人横綱を引退の
淵まで追いやり… 次は、憎い元貴乃花一門の力士を、陰に陽に潰しに… 。

▼・その貴乃花も、嘘か真か、「手元資金が財布の5万円だけの「金欠病で身動
きがとれない」と女性週刊誌の見出しにあった。素っ裸で放り出され、まず直面
するのが懐具合。相撲馬鹿で、実社会が如何なっているか何にも知らない。
「自由が如何に不自由なものかを実感する日々」が実情だろう。
サルトルがたしか、「人間は自由の刑に処せられている」と宣っていた…
怖ろしいのですよ、これ。で、まず自由の代用品として人はお金を発明した。
ここは日本社会、スポンサーは直につくはず。空即是色で、彼なら「空」に
なれば、色としての資金は、入ってくる?… 問題は、あの気取りの壁。 
それが重大な判断ミスをおかす元になる。いや、既に侵してしまった!
 こういうことでしょう!
《理事長なんぞは名誉職でしょう。君臨すれども統治せず。祭上げておけばよい。
ならば大鵬、千代の富士、貴乃花を何故にさせなかった? それが貴乃花の本音。
貴乃花が怒るのは当然! 横綱審査会より、理事審査会をつくり、それを明文化
して、決定権を持てばよい。利権が蠢く小さな世界では、そこから変えないと…
<国技などチャンチャラ可笑しい>が、ピッタリに戻りつつある! 
せっかく、面白くなりかけたのに…  》
「はっけよい、はっけよい」より、「はってよい、はってよい」、
いや「ほっとけ、ほってけ」ですか。    …面白ろ!
 
・・・・・・
4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子!
2013年11月15日(金)
   * 今度は絶食系男子だと!
 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」
を、NHK番組で紹介していた。彼らは女子に興味がなく、将来も結婚する
イメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合ったこと
がない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には男の3人
に1人、女4人に1人が生涯独身になるという。
 アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを
考えると、結婚に躊躇」とインタビューに答えていた。それにしても絶食系
男子のネーミングにビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが! 
ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、
(女房)おや、お前さん今夜もかい!」がある。 情報化の時代、面白いこと
が山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! 
というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しい
という。べき時に、べくことを、べくすべし、でないと・・
 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 
漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。
何人かの紐を持って困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。
   * ソリスト
 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。
ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る
踊り手。第一舞踏手」 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から
15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。私の一日の
スケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけ
でなし、一人で行って、幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか
青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、私のように
誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。
ヨガでは、50人中、男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が
陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが横一列に並ぶ。あとは
中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、
挨拶程度で、会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと
二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、人生のソリスト? 
それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。
単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを
優先するか、である。
・・・・・・
5358,島地勝彦の 〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?
2015年11月15日(日)
  * 女の結婚詐欺師がブーちゃんは、昔からの通り相場
 渡り歩いた、どの世界にもブーちゃんだが魅力的女性が存在していた。
『やり手ブーちゃん』である。彼女らの対象は、下位八割の男衆のため、
思いの外、声がかかる。 そのやり手ブーちゃんも、1〜2割いるかどうか・・
ブーちゃんだから営業努力をしている? ということは、誰もが営業サービス
を望んでいるのである。それが、日本の貧困な恋愛社会では、満足度が低い。
だから、まずは、以下のようなシステムが必要になる。
≪・シマジ:これは俺の持論だが、男は十代の後半に十歳くらい年上の女性と
 ねんごろになって、童貞を失えば、みんなきちんと大人になれる。
その意味で、このダーリンは理想形だよ。女はどういうふうに考える生き物
なのか、女のどこを押せばどうなるか。性道を含めて若いころに年上の女から
しっかり学んでおけば、三十四歳の婚活詐欺女や三十五歳の鳥取ホステス
みたいなのに騙される心配はない。
・ミツハシ:両方とも男が夢中になるようには見えないスタイルと容貌ですね。
・シマジ:女の結婚詐欺師はブーちゃんと昔から相場が決まっているんだ。
 びっくりするような美人だと、モテない男は「これはおかしい」と警戒する。
俺にこんないい女が「結婚して」なんていってくるはずがないというわけ。
これまでの人生の中で女にモテた経験があまりなく、結婚をできずにいた男
にとって、あれくらいの女のほうが自分の結婚相手としてリアリティーがある。
逆に男の結婚詐欺師は饒舌な二枚目なんだ。つまりクヒオ大佐だよ。
・ミツハシ:エリザベス女王の親戚でアメリカ海軍特殊部隊パイロットの
 クヒオ大佐ですね。しかし、「私と結婚すれば、英王室から数億円の
祝い金が出る」という話に至ってはギャグにしか聞こしえませんけどね。
男はロマンチスト、女はリアリストというが、結婚詐欺に関しては、逆。≫
▼ 結婚に対する憧れも、「共同幻想」の一つ。その幻想=夢を与え、お金を
 引出すのが、詐欺師の仕事。「割れ鍋に綴じ蓋」の割れた部分を隠し、高く
売りつけるのが、恋愛の妙味。その仮想(仮装)世界を、キャバクラや、クラブ
が提供。 ネット検索で見つけた、二年前の、松本人志のモーニングビッグ対談 
第17回 「女結婚詐欺師」の(初めての詐欺)
第18回 「女結婚詐欺師」(過去の失敗)がリアル。 詐欺のポイントは、
・金を取った後、如何に諦めさせるか
・失敗したときは、さっさと次のターゲットに切り替える 
・結婚詐欺は、結婚したら結婚詐欺でなくなるため、独身を通す 
映像を見ていて、寒々しい気持ちになったが・・
埼玉と、鳥取のブーちゃんの女結婚詐欺、あまり奇妙で、被害者が気の毒
だが、老いた天涯孤独の身には、結婚の可能性があれば、少々ブーでも?
という気持ちになってしまうのだろう。
・・・・・
2011年11月15日(火)
閑話小題
    * 江戸時代の幸福とは
 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。
<世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、
 負わず借らずに子三人>
 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。
 借金も、何時の世にもついてまわる。最後は、子供の顔でも見て幸せを
 感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると?
<世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人>
 というところ? ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感
 が妄想で不平の上に成り立っているかである。
   * 人生に意味(価値)があるのだろうか
 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、
「自分の人生は何だったのか? 意味=価値があったのか?」等を、
 考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。
 その時点時点で、価値を見出し、それに従って生きているのが人間だが、
 実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。
 ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、
 世の中に価値など無いと知るべきと、指摘している。 キリスト教の教えを、
 弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 
 価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、
 せっかく哲学書を読み続けていながら、今さら、自分の人生に価値=意味が
 あったか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実していたか
 どうかの一点である。その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の
 悪口、陰口を言っている醜さは、結局は自分のことを言っているに過ぎない
 ことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような価値論
 を述べているなど・・ エッ私のこと?いえ、貴方のこと!いや全ての人。
・・・・・・
4993,暴走する世間 −9
2014年11月15日(土)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著)
  * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ
 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおら
ケイタイを取り出し、友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えて
いたのには驚いた。考えようとせず、反射的に誰かに聞いて、その場を繕って
いる現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。それが今ではスマホで検索
すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心をそぎ
落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている!
≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を
 妨げるのではないかという議論がある。アメリカの社会学者タークルが、
つぎのような興味深いことをいっている。
<かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、
地下鉄に一人で乗るとか、ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しを
もらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、その子にとっては
「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけ
ですから、何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方
を決めなければなりません。人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き
起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。どんなことが起こった
としても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。
しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人で
あっても、親がずっとそばにいるという不思議な状況が生まれています。
また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。また、携帯
電話は、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心
もとないだろうと思われる場面で親が見守っているという経験をさせる
ことは可能になりましたが、自立の時を遅らせているだけだともいえます。
(タークル「技術を本来の役割に」より)>
 ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、
子どもひとりやらなければならないことが阻害されるというのだ。
「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。≫
▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる男がいる。
 重大な岐路であるほど、担当と議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、
身近な人に判断をあおごうとする。関西で、子どもが誘拐され殺害された
として、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか?
変なのは分かっていても、それを声高々に言えない。戦勝国のアメリカ
から与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次がネットである。
これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変に
している。情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。
その基盤がないため「IT世間」が、個人の内面を縛り付ける。
恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 
・・・・・・
6090,閑話小題 〜 映画鑑賞 ―ザ・サークル
2017年11月15日(水)
   * 映画鑑賞 ―ザ・サークル
 先週みた<ザ・サークル>がGoogleを彷彿させる会社を揶揄したストーリー。
だが、意外に内容は深くない。しかし後半は、一挙にドラマ仕立ての展開に
引き付けられたのはさすが。 ストーリ―といえば、〈主人公メイはSNSで
生活を公開して、多くの人から支持を得る。そしてサークルも、多くの利用者
が増えるなどプラスになる。共有(シェア)が与える恐怖と、市場の影響力
(シェア)が持つ恐怖が、そこにあることを教える。
  〜 HPの解説によると、
≪エマ・ワトソン主演、トム・ハンクス共演によるSNSを題材のサスペンス。
ユーザーのあらゆるデータを蓄積し、世界ナンバーワンのシェアを誇る超巨大
SNS企業「サークル」。憧れの「サークル」に採用された新入社員のメイは、
あることがきっかけでカリスマ経営者のベイリーの目に留まり、新サービス
「シーチェンジ」のモデルケースに大抜擢される。「サークル」が開発した
超小型カメラによって、自身の24時間を公開することとなったメイは、あっと
いう間に1千万人を超えるフォロワーを集め、アイドル的な人気を博すが…≫

▼「最後は、創業者自身が、そのシステムで透明化されて窮地に立たされる」
 のがオチで終わるが、もっとドロドロ、ネバネバした部分があっても…
これはGoogleに対する気遣いのため? 
偶然だが、去年の以下の文章。 何故か?何人かに伝わったような?…
それも覚悟で書き続けているとしても、何か気味が悪い。(いや、気味が悪い
のは私か?) これだけ、『世間様』のことを書いていれば、更なる反感も。
自己を透明化していると、後あと読返すと、その時々の自分が透けて見える
ようなところが良いが… 何だろう、この私は?と、想い返すことシバシバ。
「何とも馬鹿な奴(私)!」と、ビュアーは読んでいるだけだが。



6817、閑話小題 〜大相撲ですか…+ 6818,エピソード記憶と自伝的記憶

2019年11月14日(木)

2019年11月13日
閑話小題 〜大相撲ですか…
    …
2019年11月14日
閑話小題 〜エピソード記憶と自伝的記憶

        【記載ミスのため、二日分を】
   * 大相撲・談義
◉ この日曜から大相撲が始まったが、未だワールドカップ・ラグビーの熱が
 残っているためかマスコミは騒がない。その上、天皇の即位に伴うパレード
「祝賀御列の儀」が重なれば尚のこと。初日の取組前に早速、怪我で横綱・鶴竜
が休場を発表。初日の取組で大関の豪栄道が負傷休場。水をさす結果に。
 全般に若手の台頭があり、それぞれ本番が面白いのが多くなったが、横綱・
大関が、その特権を微妙に使って直ぐに休養、いや休場をしてしまう。その
最たるのが、これを利用して居残り組の、現在の、あの…。これでは、神事の
建前に逆流する応しくない。誰だって特典は使いたくということ。 
鎮守の神社の祭りごとに砂漠の不毛の地からやってきた闖入者が利用できる
ルールを最大限に利用するのは当然のこと。参入を認めたのがお門違い? 
今どき、これほど割の悪い格闘技に国内でだけでは… 無理なら仕方がないのか。

◉ その大相撲に暴力問題が生じている。白鵬などモンゴル人が、同国人内の
八百長システムを強制するために、飲み会に押しかけ暴行した事件辺りから、
力士社会の暴力が云々されてきた。
格闘技は、ルールを決めた上での暴力行為。それが分かってない部外者が、
あたかも正義の審判をしたつもりで報道し、それをマスコミが受けを狙って
騒ぎ立てる。 清く、正しく、美しくの建前が罷り通る社会に。グローバル化
社会で、そうは綺麗ごとではいかないのは「EUの壮大な失敗?」が、リアルに
示す。それは解っちゃいるが、その矛盾を総括して抱ていくしかない。それが
グローバル化の知恵。 特に日本は、敗戦74年から今までが良かっただけ! 
これから綺麗ごとでは済まされまい。
   
◉ 大相撲の妙味は立合いから数秒で間に、勝負が決すること。
 闘志を内に秘めた力士が無言の対話を交わし、立合いの一瞬に気力を充実
させてブツカリあう。そこに「小よく大を制する」の妙の味と、時に「霊気」
のようなオーラが漂ってくる。ただし土俵を下りればタダの人。
その辺りは、神主、坊主、俳優、政治家と同じ。そこには膨大の蓄積された
エネルギーが蓄積している。なればこそ、その接点の爆発は光り輝く!

・・・・・・
 …
2019年11月14日
閑話小題 〜エピソード記憶と自伝的記憶

 認知心理学では、記憶について、様々な角度から見ていきますが、
その中で、エピソード記憶と自伝的記憶というものがあります。過去を、
例えば学生時代の記憶で、寮生活のエピソードが現在でも鮮明に記憶として
残っている。それが自伝的記憶として残る。軽井沢の先輩が山荘のペアレント
(山荘管理人)の手伝いに夏休みや、春休みにヘルパーで手伝いに行っていた
時の様々のハプニングや、寮主催の合同ハイキングのエピソードがあるが、
どれもこれも昨日のように、記憶に残っている心の財産である。
 幼児の頃からの記憶や、青春期、壮年期のエピソードを考え合わせると、
人生には多くの行蔵が溢れんばかりにある。その一部分を、ここで披露して
いるが、自伝的記憶と、エピソード記憶を分類するだけでも、詰まっていた
記憶が、記憶の底から湧きあがってくる。 人生の晩期ともなれば、
「昔は近くなりにけれ」となる。そこでネットで『自伝的記憶』と検索すると!
 〜〜
  〜まずはエピソード記憶とは?
たとえば、朝ごはんとしてトーストを焼いて、コーヒーを入れて、テレビを
見ながら食事をしたなど、イベントや、一連の情景をまとめて覚えているもの
エピソード記憶には、イベントが起きた時間や場所、その時の感情などが入り
混じっています。
 エピソード記憶の一種なのですが、自分の人生で体験してきた色々なことを
記憶する自伝的記憶というものもあります。たとえば、人生において、大きな
事故に遭ったとか、小学校の時には、こんなことがあったとか、学校に面白い
先生がいたとか、妻と出会ったのは図書館だったとか、色んな出来事を覚えて
いるものです。これは、エピソード記憶の中でも、特に印象が強かったものが、
自伝的記憶に変化するということです。基本的に、エピソード記憶については、
自伝的記憶よりも、早く忘れてしまいます。
  〜その次が自伝的記憶
 自伝的記憶は、印象に残った記憶の集まりですから、長期間に渡って忘れる
ことはなく、一生覚えている場合もあります。ただし、自伝的記憶は、美化
したりして、自分の思うように書き換えられる傾向があります。
この自伝的記憶については、若い時の記憶が最もはっきりと残っています。
では、どうして、若い時の記憶が、最もはっきり残っているのかと言いますと、
若い時は、何もかも初めての経験が多くて、非常に刺激的でエキサイティング
であり、活動量も多いからです。初めての経験や体験については、非常に印象
に残りますので、記憶にはっきりと残りやすいのです。
また、毎日が楽しく、希望に燃えて、刺激的であり、いろんな冒険や挑戦も
しますから、最も活性化されて、色んな出来事がはっきりと記憶に残るのです。
 老いた人に、人生の思い出を語ってもらいますと、やはり若い時の思い出を、
リアルに語ってくれるものです。
逆に、壮年期や老年期になってきますと、初めての経験が少なく、毎日が単調
になり、驚くような体験もなくなってきますから、時に比べると、あまり記憶
に残りません。その他、幼少時の記憶についても、あまりはっきりとは覚えて
いません。どちらかというと、断片的に覚えていたり、ぼんやりと覚えている
だけだったりします。
 これは、なぜかと言いますと、幼少時は、まだまだ脳も発達段階であり、
記憶機能も完全にできあがっていないため、脳がはっきりと記憶できないから。
ましてや、赤ちゃんの時などは、脳の機能がほとんど発達していませんから、
普通の人であれば、赤ちゃんの時のことは覚えていません。
 以上、自伝的記憶については、若くて新しいことにチャレンジしていた時の
記憶が、一番、鮮明に覚えているものであるということをご理解いただきたい
と思います。

 ―
▼ この年齢で、つくづく良かったと思うのは、「後味が悪いことはしない!」
 というコンセプトを自らに課してきたこと。 さほど経験はないが、
「振るより、振られること」 直後は後味が悪くとも、その方が後あと後悔が
残らない。 


6816,閑話小題 〜「門」の話

2019年11月12日(火)

   * 「閑」で、「門かまえ」に興味を持って
 人間は動物や泥棒から身を守るため、垣根や塀をつくってきたが、当然、
そこには出入り口の「門」が必要となる。 それは物理的なものだけでなく、
自分という他者とのバリアをつくる意味合いもある。 「閑静の住宅地」の
「閑」は、他と隔離する「門」に「木」。幸福度を高めるためには、まずは、
己の周囲を一般から隔離して、己という木を手入れする。 なる程と… 
そこで、他に何か?と思いつく文字をあげてみると、耳で、聞く。口で問い。
日で間。才で閉。音で闇。 なる程と。門構えの中に、何をおくかで、その人柄
が見えてくる。
・「一」を入れると閂(かんぬき)。これは左右の扉もしくは扉と枠の双方に
 跨る様に通す事で建具を開かない様にするための棒状の金物や木材などの部材。
 なる程。門番が開門の時に引き抜く棒である。門に犬を入れたらと思ったが、
 さすがに、これはない。
・鳥居のカタチが入る「開」、門の奥の鳥居に向けて御開正か。
・「閣」とは{御殿・見晴し台など高く構えた建物」で、各階がある建物。
・「閊」は 〈つかえる。とどこおる。さしさわる。つまる。「後ろが閊える」。
 門の内側から見える山が、己を閊えさえる。

 〜「もんがまえ」で調べると、 
【 門. 1. 閂. 2. 閃. 3. 閊 · 閉. 4. 開 · 間 · 閑 · 閏 · 閔. 5. 閘. 6. 閣 ·
 関 · 閨 · 閤 · 閧 · 閥. 7. 閲 · 閭. 8. 閾 · 閻 · 閹. 9. 闊 · 闃 · 闍 ·
闇 · 闌. 10. 闕 · 闔 · 闖 · 闘. 11. 關関. 12. 闡. 13. 闥 · 闢 · かねへん ·
ながい ·もん ·おか こざとへん· れいづくり· ふるとり· あめかんむり…】
 ―
▼ 漢字も、改めてみると含蓄がある。闖入で使われる「闖 」は「突然現れる」
を意味する。突然、馬が門の中に闖入というと、目に浮かぶようだ。
 
・・・・・・
6452,つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う!
2018年11月12日(月)
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * アリストテレスの「原因論」
      〜「質料因」「形相因」と、「起動因」
 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。
≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。
・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、
 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。
・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。
 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。
・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。
 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。
・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立
 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫
 ―
   * アドラーの「原因」論
 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜
≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。
アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して
いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、
プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。…
アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。
  ―使用の心理学―
 …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、
「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている
状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。
『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』
 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。
目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や
症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が
脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動
する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。
【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。
  ―感情を使う―
感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。
感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は
美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に
良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた
エネルギーとして直接的になる。

▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。
秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積
された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること)
で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。
早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス
の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。

・・・・・・
6087、閑話小題 〜 「日の名残りに」 (2)―つれづれに
2017年11月12日(日)
   * 51歳の誓い
 人生を変える切掛けになった、カズオ・イシグロの『日の名残り』を読んだ
51歳の時節に、「還暦までの9年間に80歳までの大よそ30年分を圧縮して生きる」
と決心し、実践した。そこで「具体的に、どのように生きたか」を思い返した。
・まずは、捨身で! 目先に面白そうと思えば、迷うことなく決断。常識的な人
 や会合と一線を画す。何故か、その頃、近しくしていた友人・知人が、亡く
 なるか、転勤などで遠ざかっていった。
・その頃、拡大戦略の教えのペガサス・クラブから脱会。拡大路線の見直しに
 入っていた。
・また、意識の重心をパソコンとネット世界に移動することに決心した。
 まず、取引先のパソコンに詳しい人を紹介してもらい、個人HPの開設のための
 基礎の教えを乞うことに。その数年後に自宅近所にパソコン教室がオープン。
 早速、通うことに。その数ヶ月後に、このブログを開設することになる。
・40歳代の10年間に合計10数回、2年に3回?近く、海外ツアーに参加していたが、
 2年で5回近く?にアップ。結局、50歳代では20数回、行くことに、 40,50歳代
で40回、年に2回近くの割合になった。それも秘境・異郷の難易 を数ランク アップ。
・母親の介護の5年半で、子供たち二人が巣立っていった。

死に物狂いで、目先の面白そうなチャンスには躊躇することなく挑むことに。
少し迷うと曽野綾子女史の言葉、<人生の良いところは還暦まで、今を楽しめ」
のキーワードを想い浮べ実行していた。毎日が面白く、楽しく、精一杯の日々。
そしてハッピー還暦を向かえることに。
☆ そういえば、1994年のケニアツアーの同行者の一人が、『父親の介護を
 終え、念願のケニアにきた。万感の想いだ』と涙を浮かべてキリマンジェロ
を見ていた。イスラエルでは60歳の女性が目を血ばらし『2000万の退職金の全て
を毎月のツアーで使い切る予定。働きづめの人生を取り返すの!』と宣っていた。
アフリカ・中近東の一人参加には、深い人生を背負い、思い詰めて来る人が多い。
人生、生きているうち、動けるうち、気力があるうち、笑えるうち、泣けるうち!
追)日々是口実か、結局は自慢話ですか!それも似たようなことを何度も何度も。
 でもね、何度言いたいのが、「楽しんだもの勝ちさ、人生は」。
<エッ、楽しそうに思えない?> <薄汚れているからね、日常に、誰の眼も。> 
 …これを「日々是口実」という。 

――――
「45」ギリシャ                    2007
「44」北イタリア                   2006・
「43北ケニア                     2005・08
「42」オーストリア                  2004・08
「41」アイスランド                 ー2003・10
「40」アラスカ                    2003・07
「39」パタゴニア                  ー2002・12
「38」スイス                    ー2002・07
「37」西アフりカーコート−ジボアール・ガーナ・ベナン・トーゴ /02・03
「36」ベトナム                   ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ          ー2001・06
「34」メキシコ                     2001・01
「33]モッロコ                    ー2000・11 
「32」パキスタン・中国                ー2000・06     
「31」シリア・ヨルダン・レバノン            2000・04  
「30」ノルウエー                   ー1999・12 
「29」ケニア                     ー     ・08   
「28」イスラエル                   ー    ・04     
「27」ネパール                      1999 ・02
「26」北インド                    −1998・10   
「25」 北スペイン                    1998・07  
「24」タンザニア・ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) 1997・12  
「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地)                ・08
「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖)        1996・06    
「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット)     ・02   
「20]南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)1995・10   
「19」ニュージイランド(クウーンズタウン・ミルフォードサウン)ー ・05    
「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)・  ー   ・02?
「17」ケニヤ(ナクル湖・       )         1994・06 
「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道)  1993・12 
「15」フィジー(コマ島・ )              1992・11
「14」スペイン1周の旅(アンダルシア・アルハンブラ・闘牛) 1991・08  
「13」カナダ・ロッキーの旅              ー ・05
「12」香港クルージング                 1990・07 
「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ)    ー・04     
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅    1989・12   
「9」 中国(北京・けいりん・上海)          1988.09    
「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス           ー  ・06
「7」カナダ・ナイアガラの旅              1987・08 

・・・・・・
2016/06/29
60歳までに、人生を前倒しをしていて!

 70歳を過ぎた現在、「60歳までに人生を前倒しをしていて良かった!」と、
つくづくと思うことしばしば。以下にコピーしたの13年前の文章を読返すと、
1年後に中越地震、その3年後に刈羽柏崎沖地震、4年後の2008年に、リーマン
ショック、更に8年後に東北大震災が、たて続いた。その結果、私も、まさかの
事業整理に至った。 作家の曽野綾子が、「人生の良いところは、60歳まで」
といっていたが、体力も考慮すると、成るほど正しいと実感する。 
 以下の内容を書いて13年間、友人、知人、親族が次々と倒れ、亡くなった。
病に倒れて発する共通の言葉は、「まさか、自分が! これから、ノンビリ
するつもりだったのに!」である。 死に直面した時の恐ろしさと動揺は、
「人生に、やり残した無念」があるため。 とすると、老後の残務整理は、
それを探し、潰していくこと。そうこう考えると、【して失敗した後悔より、
しなかった後悔の方が遥かに大きい】ことになる。 どうだろう?
「してしまった後悔1に対して、しなかった後悔が3」ではないか。
 30年分を10年に圧縮して生きた50歳代は、充実感があって実に面白かった。
60歳代の最大のイベントが、会社整理だったが、3・11もあって、未練も後悔も、
最小になっていた。両親の晩年に同居していたこともあって、「その都度、
計画的に楽しんでおくべし」という、人生の何たるかを、後姿から学んでいた。
この教えを学んで実行していたのは大きい。10年前と、13年前に書いてある
文章を読返してみると、計画通りに、遊び、楽しむ必要性を知っていた。
その時々に、真面目?に学び、楽しみ、遊んでおけ、ということ。
 辛いことも多かったが・・ それも楽しみの内。
――――
2003/06/16
50歳の頃ー1
  −60歳までの人生
 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。
丁度私が50歳の時であった。50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の
損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという
自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米の
ギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら
息子と日本酒を飲みながらふと思った、「自分の人生の元は充分にとった」と。
 その時に考えたのは、
「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳
までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」と。
・海外旅行をそれまでに50回行くことー不景気で無理か?
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようと。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
その時、母の行き方を見ていたこともあり、まだ解っていないと思っていた。
本当に良いのは60歳からというのを母から教わっていたが、しかし
「60歳以降の前倒しにする決心』は良いと解釈した。 
 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人から人生の秘訣を
教えてもらった。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にし、
そこまでに人生のすべてを燃焼し尽くした。その一つに日本を全てを家内と
娘と3人で回り尽くした。しかし死ななかった。その後は世界にチャレンジを
始めて、ほぼ全てをまわり尽して現在もこうして生きている。短命の家系の
前提がなかったら人生をここまで味わいつくせなかった!」。 深い人生の示唆
であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた
直後であったから、尚のこと心に響いた。あと2年半で、その60歳である。
「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きる
ことができるのではないだろうか。そして、それまで経験をしたことのない
分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に
飛び出せるのではないかと考えている。
 最近、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどで
アフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。
この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。


6815,閑話小題 〜今どきの倒産事情

2019年11月11日(月)


   * 娑婆娑婆…
 今どきの倒産事情は如何かとネットサーフィンをしていると、こんなものか
というネット記事があった。バブル崩壊時の中堅以上の会社の平均寿命が30年 
だったが、あと数年後20年に近づくようだ。このネット社会の中で、社会変化
の対応は非常に難しい。現実社会の上を情報社会が覆った大津波に対応するに、
長年の企業体質が立ち塞がる。因みに個人・零細企業は6年。
 年金暮らしに入って、経済世情に疎くなっているが、家内の消費行動を見る
と、当然シリアスで厳しい。企業にとって、違法すれすれのことが年々、罷り
通りにくくなっている。その典型がヤクザのしのぎ。オチオチ恐喝も出来ない。 
スマートフォンなどデジタル機器が、ほゞ全ての人に普及、社内機密を手軽に
撮影やコピーで持ち出し可能。 社内告発も、メール一本で可能である。
社内チェックなど、ほぼ不可能。情報化は一強多弱の二番手以下に厳しい事態。
   
   〜ネット記事から〜
《◉ かつて企業の寿命は30年といわれていた。初出は1980年代の日経ビジネス。
1つの企業が「繁栄を謳歌できる期間」を平均30年としたもの。それから時を
経て、ビジネスを取り巻く環境は大きく変わりました。IoTとAIを軸とする
第4次産業革命は、既存の産業を破壊し、さまざまな業種の淘汰・再編を加速
させるともいわれている。そんな時代にあって、「企業の寿命」は今後どの
ように移り変わっていくのでしょうか? 東京商工リサーチの調査によれば、
2017年に倒産した企業の平均寿命は23.5年。前年よりも0.6年低下しています。
倒産件数そのものは9年連続で前年を下回っているものの『参入が容易な飲食業、
高齢化を見越して設立された老人福祉・介護業などの業歴の浅いサービス業
他の倒産増加により平均寿命を引き下げたようだ。』(東京商工リサーチ )
◉ 昨今、企業の存亡に多大な影響を及ぼしているのが、IoTやAIに代表される
テクノロジーの進歩です。第4次産業革命と呼ばれるその波は、あらゆる業界の
境界線を取り払い、企業間の競争を激化させています。
「今まさに起こっているイノベーションは、既存の産業を次々と駆逐しています。
たとえば、スマートフォンの普及によりデジタルカメラが売れなくなったのは
最も分かりやすい事例だと思います。

◉ アメリカではアマゾンをはじめとするインターネット通販の成長により、
小売業界が大打撃を受けています。2017年には8,000店以上もの大手小売店舗が
閉鎖しました。日本ではまだ街の書店が姿を消しているくらいで大手小売業
の破綻という事態にまでは至っていませんが、『アマゾン・ショック』の影響
は避けられないでしょう」。
また、自動車産業ではGoogleやAppleなどが参入し、熾烈な技術競争が繰り
広げられています。もし国産車のリーディングカンパニーが遅れを取れば、
日本経済の屋台骨を支える自動車すら電機産業のような苦境に立たされる恐れが
あるといいます。
◉ 「世界最大の市場である中国が電気自動車に舵を切ったほか、ヨーロッパ
でも2020年代半ばからガソリン車の販売禁止が検討されています。これからは
電気自動車化、自動化の流れをひとつ間違っただけで、いかなる大手企業も
窮地に立たされる可能性があるわけです」 》

 ―
▼ 情報化社会の進化は、一部の適応者に絶対有利で、外れた者には、
 厳しいのは古代ギリシャ社会と現代も変わらない。目を叛けたくなる
<3,30,67%の階層>の色分を下から目線で逆照射すると、それは鮮明…
としても、死んで三日で消え去る代物! その辺りが人生の妙味。
 で結局、最後は人生論で終わりですか! 

・・・・・・
6451,閑話小題 〜余命?年宣告の罠
2018年11月11日(日)
   * 他人事でない難しい問題
 先日のTVワイドショーで、「余命一年・120%」と宣言された患者が、
5年経過後も生きており、それを信じて仕事も財産も全て処分したため、生活に
貧している人をレポートしていた。樹木希林ではないが、全身転移と宣告されて
何年も生きたケースが多い。 余命?年とは、100人の50番目の人の余命で、
それが死亡時期でないという。
 日本人の平均貯蓄残高が1800万だが、中間値の人の貯蓄高は、400万あまり。
ほぼ、ゼロが三割。400万以下の人が2分の1を占めるている現実がある。
余命も、人様ざま。 現実に、父親や実姉の余命宣告は、ほぼ正確だった… 
 知人がステージ3、4の宣告を受けた話を聞くが、元気な人が多い。
医者は、概して短めに余命期間を宣告するというが… 入院をして数ヶ月で逝く
ケースも多いことも事実。 私と家内は、互いに余命期間を知らさないように、
決めている。どのみち、直ぐに逝くのだから、その期間は、安らかな気持ちで
いたいもの。 〜『余命宣言』で、検索すると…
≪ 慶應大学病院放射線治療科の近藤誠医師が語る。
「実は、医者がウソを言うのは、余命に関してが一番多い。初対面の医師が、
いきなり『あなたは余命3ヵ月です』と言ってくるケースはよくある。特に若い
医師に多いようです。だいたい短めに言って脅し、不安にさせ、救いの手を差し
伸べる。長めに言うと、患者はセカンドオピニオンを求めたり、他の治療法は
ないかと考えてしまう。そうした心の余裕を患者に与えないために、あえて
短めに言うんです。昔は家族を脅すのに『余命6ヵ月』がよく使われたのですが、
がん告知が当たり前になった今は『余命3ヵ月』に短縮された。そう宣告された
多くの患者の話を、私は直に聞いています」…
 …この「余命3ヵ月」には、もうひとつの理由がある。
「医療裁判に対する怯えはがんに携わる医師のほとんどが抱いている。余命に
関しても、1年と言ったのに半年で亡くなったなどとなったら、医師の責任を
追及されかねない。だから余命は短めに告げておく」(都内の総合病院外科医)
 これらはいずれも医師が病状を理解した上で、あえてついているウソだ。
だが、病状がわかっていないままつく、許されないウソもある。
…「開業医には、患者を抱え込みたいという意識が強い。だから、専門外で的確
に診断がつかない場合でも、患者には『ちょっと様子を見ましょう』という言い
方をすることがあります。 『様子を見ましょう』の真意は、
『もっと病状が進んで、症状が出るまで待ちましょう』ということです。
そして最後に、『様子を見ている間に自然に治ることもあります。悪くなったら
また来てください』と言い含める。そうすると、患者は医者に言われた通り様子
を見て、具合が悪くなったらまた来院してくれますからね」(都内の内科開業医)≫
――
▼ 医者も人の子、妄信しないこと。私たちの年代も、数年で後期高齢者の時節が
 到来しようとしている。老いは、病であり、生延びるほど、その病は重くなる。
長生きはしたくはないが、それ故に、苦しみたくもなし。長寿願望は、その時々
の体調を前提にしてだが、先々の老化から考えると? さて、どういうものか? 
現時点では、日々の日常と、非日常が面白い上に、楽しいと、つくづく実感。
17年半にわたるこの随想日記の継続の蓄積も、孤独感や寂寞感を少なくしている。
 同月同日の過去文を読返して、孤独の世界で独り俯瞰して、それぞれの自分を
振返るのも、瞑想のようで何とも味わいがある。 孤独の世界とは、自己問答
でもある。時に思いもよらぬ未知の旅人に出会うことも! 『誰だ、アンタは?』

・・・・・・
4989,暴走する世間 −5
2014年11月11日(火)
       「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著)
  * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病!
 ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。
≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの
いう共同幻想であり、
 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、
 ・「一人状況」が自己幻想である。  各々、
それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」
「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」
「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。
「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、
「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。
 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる
幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。
 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、
西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると
すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。
 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも
なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。
うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫
 また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。
≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、
世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、
『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」
という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫
▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。
{さらに多い韓国は先進国に含まない}
 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる
法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている
ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される
ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、
「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ
でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。
私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って
生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。
暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて
いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、
のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は
「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。

・・・・・・
5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年11月11日(水)
  * コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器
20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、
電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな
緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。
しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに
消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。
  ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます
≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは
 もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。
会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の
震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。
このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも
しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に
話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫
  ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者
≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。
 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で
死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、
声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、
一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。
こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、
人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。
・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。
・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。
 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと
もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて
いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」
 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。
・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。
・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が
 どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。
特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる
だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水
のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら
訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放
されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫
 ―
 ▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、
 「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を
前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、
何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、
自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの
友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、
『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という
趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。
話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。
・・・・・・
6086,閑話小題 〜経験価値
2017年11月11日(土)
   * 経験価値 
 物の価値を追い求める時代から、『経験価値』=「こと」を求める時代に
なっている。もっとも、「もの」は、「こと」のスローの形式でしかないが。
確かに「もの」を持って死ぬことは出来ないが、「こと」は、あの世とやらに
「持ち帰り」が可能? 趣味で何かを収集する趣味はほぼなく、海外旅行とか、
早朝サイクリング、スポーツジム通い、ネットサーフィン、シネマ通い、TVの
ドラマ観賞など、「こと」を楽しむのが主。父親の骨董収集は、上野界隈の
美術展とか、世界各国の美術館で、観賞することで、充分、満足できる。別に
富士山が自分名義の必要など全くない。この「こと」の価値を「経験価値」という。
 そこで「検索」すると…
≪ 経験価値とは、製品やサービスそのものの持つ物質的・金銭的な価値では
 なく、その利用経験を通じて得られる効果や感動、満足感といった心理的・
感覚的な価値のこと。カスタマー・エクスペリエンスともいい、顧客を単なる
購入者ではなく、最終利用者としてとらえる考え方に基づいている。
 この概念を提唱したバーンド・H.シュミットによると、経験価値には
 以下の5つの側面があるとしている。
•SENSE(感覚的経験価値):視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験
•FEEL(情緒的経験価値):顧客の感情に訴えかける経験
•THINK(創造的・認知的経験価値):顧客の知性や好奇心に訴えかける経験
•ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般):新たなライフスタイルなどの発見
•RELATE(準拠集団や文化との関連づけ):特定の文化やグループの一員という感覚
 もはや古いですが、経験経済的価値をもう一度、考えてみると…
これからは商品の使用を通じて得られる経験を売るんだ!とよく言いましたね。
例えば、スターバックスはコーヒーを売っているのではない、スターバックス
体験を売っているんだ!とよく言いました。
 経験経済的な価値というのはなんでしょう?というところを圧縮して
説明しますと・・・、
 よく言うのは、お客さんは商品を買いに来ているのではない、価値を買いに
来ている、まあ、便益と言う人もいますけどね。その便益にしても、誰でも提供
している機能だと、コモディティ化してしまいます。どんどん価格が落ちていく。 
結局、商品自体という形があるものではなく、どんな価値を提供するのか?が
大事で、その価値にしても、どこにでもある機能だと価値は低いけれども、
買う人の情緒に訴えるような価値であれば、固有のものなので、比較がしにく
くて、価格交渉圧力にさらされにくいというところです。
 ただし、情緒に訴えるにしても、そんなに毎回毎回感動がありえるの?という
疑問もあります。毎回感動させるにはどうすればいいの?という論点があります。
 人間は必ず飽きるものです。 女性を敵に回すことを承知で申し上げれば、
「美人3日で飽きる、不美人3日で慣れる」というところです。≫

▼ この経験価値を実感したのが、50年前の「30日間・欧州一周ツアー」。
 中・高校の教科書で、白黒写真でみた、パリのエッフェル塔や凱旋門や、
ロンドンの大英博物館や、ローマのコロッセオ、パンテオン。ポンペイ、
ギリシャのパルテノンなどが、連日、目の前に突きつけられた経験は、21歳の
私にとっての人生のハイライトといえる「経験価値」になっていた。
上記の5つの側面を、同時に味わった価値は、何にもかえ難い経験になった。
で、以降に50回の経験価値を積んできたが、元は、この旅行経験である。
フランクル心理学の、創造価値、体験価値、態度価値の『体験価値』の部類。
・創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値。
 仕事をしたり、芸術作品を創作したりすることがこれに当たる。
・体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値である。
 芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、あるいは人を愛したりする
 ことでこの価値は実現される。
・態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値である。
 病や貧困やその他様々な苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ
 (体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が
 人間に残されている。
☆ 振りかえ見ると、実に良かった人生であった。
 「上をみれば、きりがない。下をみれば底がない。横をみればない」
の比較をしなければ、世界は微笑みかけてくる。何故、比較をする?
知識の絶対量が少ないから? 比較しか、尺度を、価値の大小を、見分けられ
ないため。 悪貨は良貨を駆逐するというが、それはそれは…  悪貨か〜



6814,閑話小題 〜トランプ大統領の三年目の総括

2019年11月10日(日)


   * 急遽、トラのテーマに
 今日分の、テーマ日記を書上げて、同月同日分をとみると、3年前のトラさん
の大統領と、去年は湯沢のゴンドラ、「ゴンドラゴン」をテーマにした文章が
あった。そこで急遽、私くしめ目線のトランプ大統領の総括をすることに…
 米国という国も、一皮むけば、こんなものを、ただ正直に体現しているのが、
トランプ。40%何があってもトラ支持の岩盤層がある。学生時代に白人の
クォーター(4分の1白人混血)がいた。海外旅行研究会の部長で、何か一風
変わっていた男だった。その人と同席をした時の話題がシリアスで、アメリカ
の実情をしめしていた。
<アメリカにイメージとして黒人が多く3〜4割は存在していると思われがち
だが、実は15%ほど。それも、下町などの住居地区が分れていて、繁華街など
表通りでは、ほぼ見ることはない。一般的に白人社会で、熱狂的キリスト教
社会で、日曜日には礼拝に通い、生活は質素。日本で想像した社会とは
全く違うことが、日本人の大部分は知らない。> 
身近で、そのような話を直接、聞くのは初めてで、驚いたことを思いだす。

 当然、思い込みの激しい極右の白人第一主義者が大統領の職に就任すれば、
側近は、その不適応に驚き、呆れ果て辞任をする。当初の側近は、ほぼ全員が
辞めていったが、本人は何とも思いはしない。その本音は、「わしファースト」。
大統領の権限は、弾劾で辞めさせることも不可能に近い力を持っている。
そして、次の大統領選挙に、その権限を使って当選するつもりでいる。
その背景の白人第一主義の岩盤が基礎にある。アメリカンドリームの体現者
であるトランプは、岩盤に貧困層の白人を加えて次期大統領の座を、恰も
当然のように狙う。黒人のオバマや、女のクリントンより、支持者には、
まだ真面と思えるため。憎い中国や北朝鮮、ロシアを叩くには粗野なトラが
まだマシと。安倍は、このトラ扱いにはウッテツケのようだ。
来年は、その意味で米国大統領選と、東京オリンピックと、EUの崩壊と、
中国の政治的不安定?そして韓国の大混乱を含めて、何やら怪しげな区切りに
なる節目の年。 オバマ大統領の三選はないが、もし3選ありと仮定したら、
「トランプが良かった」と米国民が思っても不思議でないと思えるのは、如何して?
  まあ、世界のトップが何?なだけに、来年が面白そうだ!

・・・・・・
5718,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙
2016年11月10日(木)
   * 「もしトラ」が現実に!で、どうなる?
 日本国内で「もしトラ(もしトランプが勝ったら)」という言葉が飛び
まわっていたが、日本や、ニューヨーク市場の株価からみて、「もしトラ」は
無いと思われていた。トランプ自身、よもや勝利するとは思ってもいなかった
から、好き放題が言えたのである。二人の候補の罵り合いをみて、アメリカの
凋落そのままが現れていた。政治経験のないトランプが共和党の大統領候補に
選ばれること自体がアメリカの恥。彼の暴言がアメリカ白人の本音とすれば、
この方言が、今後、政治に露骨に反映されてくる。ロシア、中国は、強権国家。 
日本も保守派の阿部首相が政権をとったのだから、アメリカが対抗するには、
独裁者風の人物がなっても、何ら不思議ではない。15%を占める黒人が8年間
も現職大統領なら、白人の怒りが蓄積さて自然。それにしても、「隠れトランプ」
が、これほど多く存在するとは、驚きである。フィリピンの、あの大統領をみて、
トランプと重ねみれなかったアメリカの文化度の低さが露呈してした。 彼が、
方言のまま、政策を実行すると、まずは日本が、その犠牲になるのは自明である。 
 〜流れは、こういうこと。
<ドイツ移民の血筋のゲルマンが、白人優位主義と、アメリカ孤立主義を掲げ、
 中・下層の白人の積もり積もった不安心理につけ込んで、ホワイトハウスを
 乗っ取ったハリウッド映画並みの珍事。 小ブッシュが世界を大混乱を
 生じたのを、何とかオバマが修復したが、この男が、根こそぎ叩き壊す
 4年間の始まり!> 
演劇としてみれば面白いが、これが現実となると。直近には、政権交代後、
トランプと中国が裏取引をした上、尖閣列島を占拠する可能性がある。
そして、沖縄も、独立派を煽り、独立運動を起こし、乗っ取りを画策する。
その間、東京オリンピックに浮かれ、終わってしまえば、大不況。
現在の韓国の惨状に少し形を変え日本社会に現れ出ても何ら不思議でない。 
 5年後には、「アベノミックス? 何それ」で、遠い彼方になっている。
中近東、欧州に次いで、アメリカにも移民による暴動の日常化の火がつく? 

・・・・・・
6450,閑話小題 〜ゴンドラの話
2018年11月10日(土)
   * ゴンドラとロープウェイ
 先日の湯沢の紅葉観光で乗ったのがゴンドラ。
先年行った北イタリアのスイスアルプスを臨む時に乗った360度展望のものが
ロープウェイ。ゴンドラとロープウェイの違いをネット検索すると…
 ・ロープウェイ
支索(上側の太いロープ。これは動かない)と
曳索(えいさく:下側の細めのロープ、これが動いて引っ張る)、
平行索(これも引っ張るロープ)を使うもののようです。
曳索は山頂側でロープを巻き揚げ、平行索は山麓側で重りなどを使ってロープ
を動かす。 曳索と平行索は1つだけの場合と、両方使う場合がある。
支索や曳索の数はそれぞれ2本ずつ使うこともある。
 ・ゴンドラ
支索、曳索、平行索を兼ねた一本のロープで支えつつ牽引。
場合によってはロープが2本ある場合もある。
この仕組みのため、運転にも違いが生じます。
 ――
▼ ロープウェイの場合、片方が降りると片方が昇る、交互運転が多い。
 ゴンドラの場合は、1本のロープが循環してぐるぐる回る4〜8人乗りの小型。
出発地点と到着地点を循環する。北イタリアのアルプスを巡るバスツアーの
ドロミテ街道で、ゴンドラを彼方此方で見かけた。建設コスト格安のためか。
 日本最長の湯沢・苗場のゴンドラは、全長は5,481m。その間に、35本の立柱が、
大よそ150m間隔にあって、それぞれに35:01とかのナンバーが表示してあった。
 スイスは欧州の観光地への道路のインフラを100年、200年かけて、国家事業とし、
道路、鉄道建設をしてきた。しかし、今では、出発と到着地点に基地を設けて、
あとは立柱を立てて最短にロープで結べば、建設コストが数十分の1、数百分の1
で済む。成るほどドロミテ街道など、観光スポットが無数にあるところで、彼方
此方に見かけられる筈。 遊園地感覚で壮大な景観を見られるところが良い。
来年の紅葉狩りは、早朝に出発し、田沢湖コースを兼ねてになりますか!

・・・・・・
4621, 2000年前のポンペイー7
2013年11月10日(日)
  * ポンペイの迷子
 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン
ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを
見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、
一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの
チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。
で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。
そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。
背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。
帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ
なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。
 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。
それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が
居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、
添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。
ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、
警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、
添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、
本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、
他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、
事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで
値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の
携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。
バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 
家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、
まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。
二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間
に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。
以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ
から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー
になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 
今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール
が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。
何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。
移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。
そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に
「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに
見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で
笑い声を上げていた。  (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる!
で、以下の内容に続く! 偶然だが!




6813,閑話小題 〜映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」

2019年11月09日(土)

  
   * 老いの行末は、オタクモですか
 老いの風景は、寝たきりでなければ、御宅ということ。アメリカの統計で、
リタイア後の人たちの7割が、年金暮らしもあるが、スーパーか、コンビニ以外
は、家に閉じ籠っているとか。、日本も同じ? キリスト教の影響もあって、
神に祈るアメリカ人とは、群れを好む日本人とは、違うのだろうが。 50、60、
65,70歳から見える社会と、それぞれの年代の自分が、それぞれ初体験なるが
故に、面白いやら、哀しいやら。年寄りは肉体に比例して精神も緩んでいく!
内語で自らに「ガンバレ、ガンバレ」と、むち打ち、そして老いを諦念し、
とにかく一日を感動し、楽しむしかないのが実情だが、それが面白くて堪らない
のは、65歳時に発てた少しキツメの行動習慣のためだろう。 晩酌は旨いし、
TVや、PCは面白いし、読書も、ミニチャリも、毎日が新鮮。 人生を振返ると、
ストレスも多かったとしても、恵まれて面白かった手応えがある。 現在も
同線上にある「二度とない人生。楽しんだもの勝ち」。直にプッツンだもの。

 ―
   * 映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」
 みる度に、アクションが激しく、面白くなっている。初日もあってか、
100人以上は入っていた。(地元では100人は多い方) 同年代が多いのは、
シリーズ・モノで6作目もある。ここで悪役が破壊されても、何度も生き返る
不気味さがある。 最近、TVで放映されてもみることがなかったが、何故か、
衝動にかられて、みてきたが…  ストレス解消には良い! 評価:85点。
 ―
≪  解説
ジェームズ・キャメロンが生み出したSFアクション「ターミネーター」の
シリーズ通算6作目で、キャメロンが直接手がけ、名作として人気の高い
「ターミネーター2」の正当な続編として描れる。 キャメロンが
プロデューサーとなり、「ターミネーター2」以来にシリーズの製作へ復帰。
「デッドプール」を大ヒットさせたティム・ミラー監督が新たにメガホンを。
人類滅亡の日である「審判の日」は回避されたが、まだ危機は去っていなかった。
メキシコシティで父と弟とごく普通の生活を送っていた21歳の女性ダニーの
もとに、未来から最新型ターミネーター「REV-9」が現れ、彼女の命を狙う。
一方、同じく未来からやってきたという女性戦士グレースが、ダニーを守る
ためにREV-9と壮絶な戦いを繰り広げる。 何度倒しても立ち上がってくる
REV-9にダニーとグレースは追いつめられるが、そこへ、かつて人類を滅亡の
未来から救ったサラ・コナーが現れる。リンダ・ハミルトン演じるサラ・
コナーも28年ぶりにカムバックし、シリーズの顔であるT-800を演じる
アーノルド・シュワルツェネッガーも出演。         ≫
 ―
▼ 年齢もあるが、大画面でみる、アクションは、時どき目を瞑ることが
 多くなっている。地球外生命体なるが故に、その残忍性を和らげてくれるが、
それでも正視できない場面がつぎつぎに続く。自宅では、TVで、刑事モノの
アクションや、プロボクシングを連日のように見て、刺激を受けているため、
退屈というのは全くない。結局、縛られるのが、最小で、一日を刺激的に
過ごせるためか! 愉しみ周囲を見渡し、探せば、幾らでもあるから不思議。
  
・・・・・・
4987,閑話小題 ー 一日の閲覧者が、実は7倍の350!
2014年11月09日(日)
  * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった!
 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、
エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、
「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用
でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。
 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った)
一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、
7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350
の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、
少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 
学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 
何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60
は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。
未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、
墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人
の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 
 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、
面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前
からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手
(こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、
これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ
出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。
 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、
「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という
電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット
上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは
ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、
そのままを書けば、特異のブログになるはず。
 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、
コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて
大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか>
・・・・・・
6449,閑話小題 〜10日遅れの湯沢の紅葉へ
2018年11月09日(金)
   * 秋晴の、非日常のドライブの旅
 昨日の9時ごろ、急に家内が
『湯沢苗場のドラゴンドラの紅葉が素晴らしいとTVで見てネットで調べたけど
せっかくの秋晴れ、今年最終の紅葉でも見に行かない! 今日、行かないなら
明後日に独りで、‘普通列車・二日間乗り放題のチケット”で行くつもり。
どうする? あんたはせいぜいスポーツジムに行くくらいでしょ!』と。… 
 この数日、腰痛も出ているが、この秋晴れ! 車で遠出のドライブも、この
数年してないし、湯沢なら丁度よい距離。 途中で気が変わったら、川口の棚場
で鮎でも食べて帰ってくればいいと、日常生活に非日常の「苗場の紅葉かりへの
ドライブが決まった。全く知識も情報なしの突然の出来事。
 苗場の西武プリンスホテル近くの駐車場にある受付で、入場料2600円を払い、
ロープウェイの乗場まで5〜6分ミニバスで送られ、待つことなく4人乗りドラゴン
に2人が乗せられた。 
 全長は5,481m。日本最長の苗場ドラゴンドラ。片道の乗車時間は25分もあり、
秋の紅葉が素晴らしいと… 2600円は、ちと高いが、これだけの景色なら良しと
しなければ。麓は、まだまだ紅葉だったが、登るにつれて、ほぼ紅葉が終わって
いたことに気づく。それでも、全く失望しないだけのパノラマが広がっていた。
車で二時間なら来秋の10月半ばに来るだけの価値はある。 
成るほど、「よく見れば薺花咲く垣根かな…」。
10時に出発、宮内の青島でチャーシューラーメンを食べ、帰宅したのが17時半。 
7時間半の非日常の世界の物語。 家内の突然の提案後、30分ほど間をおいて
考えたのが、
<この年齢、何があっても不思議でない、次の機会は、あるかなし!
 いま行かないと後悔、先に立たず。そうして、今まで生きて、今さら
 何を躊躇する!>の大げさの内語。 突如の決心の場合もあったが…

☆ 『今日か、明日行きたい?』 
 『是非行ってらっしゃい。そこでなくとも!』
『次は、ほぼ無いですよ』 若い人ほど、それが言える! 
『いま、しておかないと、永遠にしないことになりますよ! 今しておく
 繰返しが、人生。老いてからの後悔ほど、哀しいことはない。』
それにしても、老いは哀しいものです。無為の人生。その内側たるや!
 一つ間違えると、建て直すに、それは膨大のエネルギーを要する。
だから、万一の備えをすべきということ。
誰に言ってるの? 自分でしょ。自分へですよ。 
何か間違えてるっじゃないですか? さて、 ポタリング! へ。

・・・・・・
5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー
2015年11月09日(月)
            ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
  * 旅すれば、内向きの自分が解放される
 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き
あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来
設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、
自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、
その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という
宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の
Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、
面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを
相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、
寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。
その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する
ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が
存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、
恵まれていた。  〜まずは、その辺りから〜
  ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生)
≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と
 キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。
夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。
このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫
  ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる
≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。
 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん
どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな
投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く
ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。
外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。
それは旅の功徳です。
・太朗: 国内旅行はいかがでしょう?
・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して
 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。
近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では
あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、
小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫
▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して
 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。
そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに
短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、
遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、
この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。
その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。
そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。
今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。
 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。
若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を
見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の
バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく
か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、
そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。
『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。
その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を
確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。
学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。




6812,閑話小題 〜 賞金が2臆じゃ、頑張るは!

2019年11月08日(金)


   * 異次元の強さの井上もドネアには…
 「井上の実力からしたら、その力の差は歴然としている」が、前評判だったが、
賞金が賞金だけに、ベテランのドネアも、踏ん張った試合であった。賞金が2臆
じゃ、頑張るは!今ではWowowoで面白いのが放映しているため、YouTubeを含めて
面白い試合を観戦可能。デビュー以来、15戦全勝と、7割KO率の全勝チャンピオン
との対戦で… 最後は挑戦者の勝利> とか。YouTubeでは、ヘビー級のKO集
とか、逆転KO集とか、それは面白いのが目白押し。
  〜ネットニュースによると…
《 バンタム級決勝が行われ、WBA・IBF世界同級王者・井上尚弥(26)が
3−0(116−111、117−109、114−113)の判定で、WBA
世界同級スーパー王者のノニト・ドネア(36)=フィリピン=を破り、優勝。
2回にドネアの左フックでキャリア初のカットを負った井上は5階級制覇の
ベテランの底力に苦戦を強いられる。苦しい展開の中、11回に右アッパーから
の左ボディーでダウンを奪い、再開後もKO寸前に追い込んだ。驚異的な粘りを
見せるドネアをKOすることはできなかったが、判定でバンタム級最強を証明。》
 ―
▼ 21時過ぎると、睡魔で寝入るが、22時半近くまでTVに見入ってしまった。
 まあ、幸せなこと。 試合としては面白かったが、KOでなかったのが少し
悔やまれる。まだノビシロがありそうな井上選手、主戦場がアメリカに移動する
のだろうが… 世界は広い、途轍もないのが隠れていて当然。で、起床が一時間
遅れの4時半で、このネットへの上奏が、この時間になってしまった。
 
 ―  
   * 何かうら哀しいインタビュー
 駅前や街中で、NHKの「ガイロク」など「一言インタビュー」が大流行り。
最近、印象に残ったのが、公園や川辺のヤツレタ中高年の男たちの愚痴。
「何にもするでなし、毎日がつまらない」「死んでしまいたいが、死なせて
くれない」「人生、ちっとも良いことがなかった」など等… つづく。
 しかし、「こうしているのが好きなんだ!」もあった。これは名回答!
それが全身から滲み出ているから、なる程と納得する。図書館で読書をすれば…
と、教えたくもなるが。無為に過ごした人の老後は、それは厳しいというが。
人生の面白いところは、「人生二度無し」の一回性に。これが解ってないから、
「世間人」に成り下がる。いや、なり上がる。

・・・・・・
6448,閑話小題 〜中間選挙の結果から…
2018年11月08日(木)
    * これがアメリカという国
 今回のアメリカの中間選挙。トランプ大統領にとって、大きな痛手でない
結果に終わった。これほど致命的と思えるスキャンダルと失態に関わらずで…
下院が共和党、上院が逆に共和党が過半数を押さえ、真逆に変わっただけの結果。
下院で過半数の民主党が法案に反対して、通過しないと、『それは民主党の反対
のため』という言訳が出来るし、いざとなれば大統領令で通過が可能。
弾劾裁判も、下院で通過しても、上院では三分二の賛成が必要で、通過は無理。
大統領の思惑どおりである。 あと二年は好き放題、やりたい放題になる。
プーチンに秘密を握られながら、次回の選挙までなだれ込む? 喜劇と悲劇が
紙一重そのもの。その前に、老化か、病でプッツンもある。大統領の直接選挙の
恐ろしさである。白人第一主義、アメリカンファーストを、更に強引にすすめる
しかないだろうから、世界は混乱を拡大する。ブロック化の潮流が、争いのタネ
になって不安定化するのでは。 とはいえ、アメリカ白人にとって、黒人や、
女大統領より、金髪の太った悪役面した大男を望むのも解らないでもない。
グロック化といえば、イギリスのEUからの離脱が、その初っ端。イタリア、
ドイツ、ブラジルに連鎖を始めている。北朝鮮が当初の思惑どおり?、何やら
妙な動きが出始めている。成るほど、ロシア、中国が、ここで金保有量を増加
したのは、何かを察知してのこと? オバマとトランプ、偽善と露悪を並べ、
さあ、ドッチといえば、アメリカ白人なら、金ピカのトランプですか! 
 結局、韓国を差し出して、台湾、沖縄ラインに戦線を引き下げるか? 
さもなくば、ガム・ハワイまで引き下げられたら、どうなるんでしょうか。
――――
6082,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜7 ポチポチきたか…
2017年11月07日(火)
   * ポチのポチの汚職問題が浮上
 アメリカ政府筋、よくぞ次々と問題がポチの周囲に起こるもの。頭が、ロシア
に育てられたポチ下の商務長官なら、さもあらん。ロシア筋は、自壊的現象を
冷笑してみていればよいだけ。オバマの高潔と気品は、何処に! 
それが良かったか、悪かったかは別問題… まずは、〜ネットニュースより〜
≪ ★ ー米閣僚、ロシア企業から利益 「パラダイス文書」を入手ー
 米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブンにある複数
の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得て
いたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)
の調べでわかった。ガス会社の主要株主には、プーチン氏の娘婿や、米国の制裁
対象である実業家らが含まれている。商務長官は外国への制裁判断にも影響力を
持ち、複数の専門家が「深刻な利益相反の恐れがある」と指摘している。
 【特集パラダイス文書】疑惑の島 トランプ政権X氏の謎
英領バミューダ諸島などに拠点がある法律事務所「アップルビー」などから流出
した膨大な電子ファイル「パラダイス文書」を元に、ICIJがロス氏の資産
報告など複数の公文書と合わせて取材した。「ロシア疑惑」に揺れるトランプ
政権にとって、新たな火種となることは必至だ。≫

▼ 大変な問題だが、「で、どうする?」となれば、どうしようもない」が現実。
 〜で、天空彼方からの内なる彼らの問答は、こんなものか…
《 A:「この男を使って、やっちまえ!」 B:「何を?」 A:「当然、あれ!」
 B:「やばすぎない?」 A:「やばいでしょう」 B「:これ始めると、後に戻れ
ないのでは?…」 A:「それがどうした?なるようになる!それで最終調整に、
周っている」 B:「本当か?」 A:「いま、決断しないと、世界も、取返し
のつかない事態に」 B:「としても、止めておいた方がよい」 
A:「そう言いつつ20年も経っている」 C:「これが必然なら、早い方がいいよ」 
A:「あとあとの、歴史家も、必ずそういうよ」 B:「終戦処理の問題がある」 
A:「誰が戦う前から、戦後を考えるか」
C:「朝鮮半島がイラク、シリアの戦禍状態に、日本はトルコ状態になる可能性
 が充分にある。過去70年以上も平和ボケの日本には、想像を絶した事態。そう
 こう考えると、周辺国は、真剣に締付けをしないと!」 
A:「どの道、あの国では無理! 国そのものがISのような狂信国家そのもの。
 住民もろごと、破壊する必要がある。 》 
書いている私自身、気分が悪くなっている。 どうもこうも!
C:「一年ぐらいは、様子をみたら!」を支持したいが、ポチと、何?が…

・・・・・・
5716,フラッシュバック
2016年11月08日(火)
   * フラッシュバック
「フラッシュバック」について何回か書いてきたはずと、HP内を検索すると、
幾つか出てきた。人生経験を積むにつれて、過去の行蔵に反省、独り赤面する
ことが多くなる。振返って見える自分は、知識・経験の少ない「若造」である。
 老いるにつれ、フラッシュバックが変形して、妄想化していく事例を幾つか、
見聞きしたことがある。「心に疚しいことや、後悔することはしない!」を
行動規範にしてきたが、振返りみると、多くの人たちを傷つけてきた。
このブログでも現在進行形? 現在も、そのフラッシュに悩まされる日々。
 〜ネット検索すると、精神科医と思しき人の書き込みがあった。
≪ フラッシュバックとは、
 「過去の体験を連想させる」ような、「過去の体験を感覚させる」ような、
何かのきっかけに接した時、あるいは、何かそうした刺戟を受けた時に、
(これをトリガー「引きがね」と呼ぶ)「 あのとき 」と同じ感情や感覚が、
不意に甦ってきて、それによって、さまざまな反応を引き起す状態を云います。
 あるときテレビで、住宅街で爆発火災があったニュースが流れ、現場の近所に
住む老人が、「 爆発音を聞いて、太平洋戦争のときの東京大空襲の情景を思い
出して、こわかった 」と、震えながらカメラの前で語っていたのを、見たこと
があります。 フラッシュバックでは、このように、「あのとき」の情景や
記憶も、共に甦ってくるケースもあります。
 一方で、ただ感情や情動(あるいは気分の様なもの)だけが、生じるような
ケースも多く、そうしたケースでは、ご本人自身も、フラッシュバックが起きて
いる(いた)と、気づくことが難しくなります。 そのため、実はそれは
フラッシュバックの反応によるものなのに、「自分の性格のせい」とか
「自分がダメだから」と、悩んだり苦しんでいる方たちも、多くいる。
 更に、カウンセリングやクリニックを受診しても、フラッシュバックである
ことを見落とされ、「それはあなたの心のクセ」だとか「あなたの性格の問題」
とされて、治療やカウンセリングがいっこうに良い方向へ進まない、という
ケースがあります。
 【 フラッシュバックと感情(情動)】
感情とは、ご存じのように、怒り、恐怖、くやしさ、恥ずかしさ、悲しさ、
不安、などのことです。(よろこびとか幸福感も、感情に入る)
そして、感情のエネルギーのより強いものを「情動 」と呼んでいます。
強い感情や情動は、自律神経系などを通して、心身の反応を瞬時に引き起す
ことになります。それはフラッシュバックに限らず、発生する感情や情動が
強いほど、たとえば、動悸が激しくなったり、手足が震えてきたり、手のひら
に汗をかいたり、息が詰まりそうになったり、頭が真っ白になったり、ワッと
叫びそうになったり・・などの心身の反応を、様々に引き起すことになります。
つまり、フラッシュバックとは、過去の出来事や体験による感情や情動が突然
甦ることで、なんらかの心身反応が引き起される「 情動反応 」のことです。
パニック症状・パニック発作の中には、フラッシュバックによる反応が、
かなりの割合で含まれていると、考えられます。≫
――
▼ 心の傷は、何時までも残るもの。老齢化は、それに打ち負けていくプロセス
 でもある。老いるほど、遊びと学びが重要になるのは、マイナスの情動反応に
対して、若い気持ちと、体力が必要条件ということ。老いるとゾンビ化するのは、
その押しつぶされた退行状態。多くの感動体験が必要なのは、それらを中和を
させるフラッシュになるためである。幸せに生きた人は、幸せに死んでいく。

・・・・・・
4986,暴走する世間 −3
2014年11月08日(土)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
   * 世間学的エポケー
 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。
その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の
私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな
役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、
迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、
その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー
≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。
 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた
主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、
世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで
自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、
すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止
について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。
< われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の
 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは
この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って
いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、
この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている
諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが
哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟
の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している
からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる
ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。>
 そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。
それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。
いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない
ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 
簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が
素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。
じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。
自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。
すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。
それが自分の「感じたこと」なのだ。≫
▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人
生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。
外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、
小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に
例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、
外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で
しかない、そのことを自覚するためにも! 
・・・・・・
6083,「砂の文明 石の文明 泥の文明」〜読書日記
2017年11月08日(水)
       「砂の文明 石の文明 泥の文明」松本健一(著)
 世界の「文明の衝突」を分りやすく説いた内容。砂、石、泥の例えが何とも妙。
人見知りもあり、パックツアーのシステムをフル活用をして、これまで51回の
海外旅行をしてきた。 パックとはいえ、そのエネルギーは膨大にかかる。
行先で世界の大自然、文化・文明を数多く見てきた。その中で、各地の住居は、
その周辺の物で作られた文化の象徴。エスキモーは氷で、チチカカ湖では、群生
している葦で浮島と家を作っていた。
 北アフリカや中東の動乱で、数百万単位のアラブ人が、欧州になだれ込んでいる。
当然、そこでは文明の相剋が出てくる。砂の文明は、金持ちが貧乏人に施すのが
当然というイスラムの教えがある。キリスト教圏は、弱者に施しの教えがあっても、
大部分の人にとって、自らの生活で精いっぱい。流民を見過ごす余裕などはない。
そこで人道上の問題もあって、郊外に仮説小屋を建て、囲いこむ。最近、トルコ
に資金援助をして、何割かを引き受けさせている。そこに欧州人と、アラブ人の
生活格差の問題が現われ出てくる。所詮、砂と石の文明は、体質が合わない。
砂の定義を調べると、<岩石が風化・浸食・運搬される過程で生じた岩片や鉱物
片などの 砕屑物から構成され、サンゴ・貝殻などの石灰質の化石片を含む …」
とある。砂漠の民が、石の文化と適応するには時間がかかる。
   〜Amazonの‘内容紹介’より
≪ 砂のイスラム、石のヨーロッパ、泥のアジア―
   ―文明の原点を風土に根ざした三つに分類。
「泥の文明」に位置付けられる日本の独自性に迫る。世界はいま「文明の衝突」
の世紀を迎えたという。だが「アメリカ中心の民主主義」VS.「野蛮なテロ集団」
という構図だけで、深層は読み解けない。ここでは、民族と風土のあり様を
三つのカテゴリーに分類。
 「砂の文明」としてのイスラム、
 「石の文明」の欧米、
 「泥の文明」のアジア。 そして、各々の本質が
<ネットワークする力><外に進出する力><内に蓄積する力>であることを
 考察。 著者は、「泥の文明」が生んだアジア的思考に、西洋文明を超える力
が秘められている、と語る。 世界を歩き、縦横に思索を広げた独創的文明論。
   ―主な内容― Amazon
【人はなぜ「不毛」な砂漠に住むのか/中国の「精神文明」、日本の「精神文化」/
「文化」は民族の生るかたち/「文明の衝突」はあり得ない/「アメリカ原理主義」
という病理/アラブの国境線が点線である理由/なぜ日本車が世界を制覇したのか/
日本文化の底層にあるインド文明/力のヨーロッパ、美のアジア/ など。
〜ヨーロッパ=石、アラブ=砂、アジア=泥。それぞれの文明の違いを著者の言葉
でわかりやすく述べている。 また、文化と文明の違いについての考察も興味深い。
文化=民族の生きる形、すなわちそれぞれの民族が固有に持っている個性的な
暮らし方であり、伝統であり、風習にほかならないという。
 一方、文明とは何か。普遍的なものであり、非常に使いやすいものだという。
それゆえにグローバルに浸透していく。普遍的なゆえに必ず滅びていく、つまり
新たな普遍的なものに取って代わられるということになる。全く同感である。
著者の教養がにじみ出ている書であり、特に泥の文明の記述は、さらに詳細に
知りたいという欲求を生じさせる。編集者がインドへ旅立ってしまったのも、
さもありなんと思う。あと一つ知りたいのはアメリカとヨーロッパの関係である。
単純に石の文明がアメリカに持ち込まれ、外へ進出する力がアメリカで働き
つづけているとすると、今のヨーロッパは過去から変化しているようにも見える。
また、本当にアメリカは石の文明が移植されたものなのか、アメリカという
土壌を得て別の文明と考えるべきではなのか。検証してみたい事柄である。】

▼ 泥は水分の混ざった土。土は腐った植物などで出来ている。人間の体質には
 土が理想的だが、地域により違う。欧米は、石、コンクリートの建物。日本は
木造づくり。石の文明は、あとあと残り続けるが、木は腐って土になるか、燃え
て消失する。すると、日本の文明は「木の文明」か。いや、だったか。
 まだ文明が出来て一万年も経っていない。森林の木から地上に降り、歩行を
始めて数百万年史か経ってない。 世界は知れば知るほど面白い。もっと味わう
べき。苦悩も喜びも、感動も感激のネタは幾らでもある。 ただ気づかないだけ。


6811,閑話小題 〜予測が外れたラグビー

2019年11月07日(木)

   * まさか、南アフリカが優勝するとは
 少し古い話になるが、ラグビー・ワールドカップ決勝戦までの両者の戦いを
見る限り、圧倒的にイングランドが優勝と思ったが、結果は南アフリカの優勝で
終わった。ベスト8の顔ぶれが、日本を除くと英国連邦の国々。体格からして、
日本は絶対不利の中で、よくぞ、ベスト8に勝ち上がったと、敬服する。
それにしても、世界的な力量のスポーツは、業種に関わらず面白い! これで、
プロ野球の日本シリーズや、大相撲の個人競技のブツカリあいが、萎んで見える。
大方のルールを理解していたが、細かいのを、ここで、知ることになった。
 ―
   * つれづれに人生…
 来し方と、現在と、そう遠くない未来の死を含めた人生を想念すると、
奇跡のように、何かから守られていた人生だったようだ。これが正しく『自分』
ということか、いや限界かと…。時代に、両親に、生活環境に恵まれ、守られて
いた奇跡のように輝いていた実感がする、この奇妙な感覚は… 事業結末いかん
に関わらず、こんなものと割切れるのは、それぞれの時節を十分に生きたため。
集団(世間教徒)から、距離を置いてきたスタンスも、老いてこそプラスに働い
ている。また哲学書を読書の中に取入れてきたことも。特にストア哲学の影響が。
これは、一種の心理療法、人生をより穏やかに過ごす、心理テクニック。
やっかいな世間人から逃れるための「閑」の確保。その代償が、冷淡で、薄情で、
人間性を失う。「自分を保つに、これしかなかった」とは、日々、口実の一つ。
 ―
   * トカゲも花束でプロポーズ?
        ネットサーフィンで見つけた面白い写真
《 イギリス「デーリー・メール」16日の報道によると、花で愛を伝えるのは
 人類だけではなく、動物界でも同じようだ。最近、ウクライナ人カメラマンが
2匹のトカゲのロマンチックな愛情ストーリを撮影した。1匹のオストカゲが
花の先頭までかけ登り、その花でメスのトカゲの注意を引きつけた。
メスのトカゲも花を登り相手の贈り物を受けとり、互いに見つめあって完璧な
ハート型を形作った。 愛情というものはいつも順調にいかない、メスのトカゲ
が突然植物から落ちように見えたとき、下にいたオストカゲが彼女の「手」を
握り、「美女を救う英雄」となった。》

 「2匹のトカゲのロマンチックな愛情ストーリ」と検索すると写真が…
         
 ―
▼ 写真を見ると、嘘だろうと… 如何だろう?
 
 ストア哲学の真逆が、去年の以下の哲学。 …これまた魅力的である。
同じ人生、隠遁的に生きるか、積極一貫に生きるか? 結果は同じだが!
時節で替えていけば、よいか! で、現在は、ストア的しかないので。

・・・・・・
6447,つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ
2018年11月07日(水)             
                「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
    * 今でもバカやってんだ!
  人生を10年スパンで振返りってみて、
・10歳までは明るい性格だったが、
・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、
 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。
・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの
「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。
 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』
 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 
その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、
若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を
話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから
考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで
なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。
そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。
 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。
都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』
『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って
何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。
そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの
ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも
自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。
高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場
を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。
「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’
から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。
 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、
『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の
拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。
 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」
の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、
重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。
他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。
 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は
雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 
問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 
 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い
隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、
その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う
ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは
光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。
‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 
聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 
時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、
おのれ独り。

・・・・・・
2016/12/04
つれづれに哲学 〜嘆きの谷
               「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
   * アドラーの「嘆きの谷」
 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人
の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的
思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。
ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。
誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント
同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者
の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」
があるため、説得力が強い。 
  〜その一節から〜
≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。
 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に
努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に
しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係
にも「影の面」を持ち込む。
 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。
エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ
ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう
いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、
広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と
言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気
ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、
どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー
はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは
カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン
の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。
カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。
アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」
というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡
を望んでいた訳でない。
 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、
≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る
 ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと
 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。
・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と
 して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、
 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという
 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか
 ない理由を持ち出すのである。
・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう
 としなかったり、「ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、
 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、
 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。
 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…>
・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が
 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して
 いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に
 この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と
 いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」
・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題
 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、
 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、
 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても
 そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする
 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。
 症状はこのような目的のために創り出される。
・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する
 ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、
 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。
――
▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を
 ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が
存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、
同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その
毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素
だから始末が悪い。

・・・・・・
2016/11/12
嫌われる勇気
       『嫌われる勇気 〜自己啓発の源流「アドラー」の教え』
 都会では目立たない「個人主義」を地方で貫けば、「大変な人」として
忌み嫌われる。「郷に入っては郷に従え」だが、どうしても露見するのが
地方の生きづらさ。これは、そのまま欧米社会と日本社会に、スライドする。
 それでも、31年間、職住分離だったためかファジーだった。
二人の青年の対話が、そのまま、青年と哲人とも、現在の日々の自己対話
に近い。更にいえば、これを20歳の立志から続けてきたことになる。
普通の生き方では、世間に押しつぶされたIT(こいつ)になる。  
   
  〜まずは、Amazonの「紹介内容」より
≪・フロイト、ユングと並び「心理学の三大心理学」と称されるアドラーが
 再評価されている。それは、トラウマに象徴される“原因論”の心理学とは
一線を画す“目的論”を唱えたものだ。過去も世界も変えることはできないが、
「自分は変わることができる」とするコペルニクス的転回の心理学を知ることで、
対人関係の悩みも解消されるかも。

・アドラーの心理学を、青年と哲人の対話という形式でまとめた本書では、
「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに迫る。
「人は変われる」「世界はシンプルである」とする哲人に対し、青年は懐疑的だ。
なぜなら青年は学歴や容姿の劣等感があり、過剰に人の視線が気になってしまう
悩みを抱えているため、哲人の主張が絵空事に聞こえてしまうのだ。
しかし、世界を複雑にしているのは青年自身の主観なのだと哲人は言う。
過去に「トラウマ」という「原因」を見つけて物語的に分析するのがフロイト的
心理学だが、アドラー心理学はトラウマ(過去)を明確に否定し、
「いま」の「目的」で考えることを基本としている。

・何年もひきこもっている人が「両親に虐待を受けたから社会に適合できない」と
主張していたとしたら、親は子育てが間違っていたのかと思い悩み、腫れ物に触る
ように子どもを丁重に扱うようになる。これは、自らのトラウマを武器に相手(親)
の注目を集め、支配しようとする働きかけなのだ。ただし、家にひきこもっている
限り自尊心は守られるが、一歩外に出ると誰からも注目されない凡庸な「私」に
なってしまう。ひきこもりの状態に不満もあれば不幸も感じているが、自尊心を
傷つけられることはもっと嫌なこと。これを避けようとする「目的」が、過去の
トラウマに理由付けしているのだ。

・過去の経験が人格形成に及ぼす影響がゼロだというわけではない。
ただし、過去の経験が必ずしも人格を決定するわけでもないのだ。
経験をいかに解釈するかが自らを決定する、というのがアドラー心理学の考え方。
過去を変えることはできない。しかし、経験に対する意味づけや解釈は更新する
ことができる。これが「人は変われる」とするアドラー心理学の前提となっている。

・青年はひねくれた性格であることや自意識過剰という短所ばかりが目につき、
自分のことを好きになれない。これに対し、哲人は「他者との関係のなかで
傷つかないこと」が「目的」となっているため、対人関係に踏み込まない理由
付けとして、自分の短所ばかりに目を向けていると言うのだ。

・孤独や劣等感を感じるのも他者あってこそのものであり、
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とアドラーは断言した。
そして、対人関係の軸に「競争」がある限り、人は悩みから逃れることは
できないとする。「競争」で考えると、他者が敵のように映り、世界が危険な
場所のように感じられてくるからだ。「競争」から解放されることができれば、
他者が「仲間」だと感じられるようになり、世界の見え方は安心できる居場所
へと変わってくるのだという。≫

――
▼ これを平易の問いかけに転換すると、こうなる。
『そこで、まだ、何やってるの! 群れてないで、人のことばかり
  気にしないで、もう少し自分のことを考えたら!』
『何で本を読まないの? 一歩、外に出ないの? 今を遊ばないの?
 果てしない世界の深さと広さを知ろうとしないの? それも今!』
『何で、愚痴ばかり言っている内向きな老人のマイナスから学ばないの?』
 
せっかく与えられた地球上で、何もしないで、何も知らないで、卑近な
物事に拘り、気付いた時には先がないのが人生。あくまで比較の問題だが。


6810、読書日記 〜具体と抽象 −3

2019年11月06日(水)

         
             <『具体と抽象』 ―細谷功・著>
  * 抽象度の高いものほど自由度が大きく汎用性が高く、応用可能
 抽象度を高めるプロセスが考えることになる。米を、餅に加工するように、
具体という飯(めし)を、こね回し、練上げて抽象にする。 食べ手も、
餅を噛みしめる過程で、飯の味わいを噛みしめる。連日、文章化していると、
『具体』『抽象』を按配よく混ぜた炊込み御飯をつくってるような感覚になる。
野生動物を撮るカメラマンが被写体を撮影するシャッター・チャンスを待つ、
膨大な時間で無の境地の中、自然に湧いてくる言葉を練り上げる。その言葉が
被写体と、言葉が一体となって、見る側に、その真の姿を伝えることになる。
写真が具体であり、言葉が抽象になる。それが合致して見る者に、伝わる。
 
 〜ネットに <応用可能><単純化・方向性の統一><視野を広げる>
の切口で概略した投稿が秀逸である。

≪ 具体性ばかりが重視される「わかりやすさの時代」である現代において、
 本書は抽象化思考の重要性を再認識させることを目的としている。
 ここで挙げられている抽象化思考の利点は以下の通りである。
  <要約する(共通点を見つける)>
・複数の事象に共通する特徴・法則を抽出し、表現出来る。
  (「1を聞いて10を知る」)
・ある事象と事象の間に存在する目には見えない構造・関係性を抽出出来る
 ようになる。
・上述のような横方向の見え方が出来るだけでなく、縦方向(階層の上のルール
 や属性が、下の階層にも同じように適用できる)にも見ることが出来る。
→膨大な情報を目の前にしても、複数の階層からなる抽象のレベルで理解する
 ことで、それらの要点だけを効率的につかみ、必要に応じて必要な領域に
 ついてだけ、深堀りすることが出来る。
  〜〜
  ◉ <応用可能>
・抽象化によって抽出された法則は、他の場所でも活用することが出来る。
・創造的に新しいアイディアを生み出す。
 (アナロジー(類推):「抽象レベルのまね」)
→抽象度の高いものほど自由度が大きくて汎用性が高く、応用可能となる。
  〜〜
  ◉ <単純化・方向性の統一>
・抽象の世界とは、膨大な数の事象をどこまで「単純化」出来るかの世界。
 (量より質を重視)
・抽象化した概念は、複数の具体レベルの事象に「統一感や方向性」を与える
 ベクトルの役割を担う。
→膨大な情報や複数の事象を一つの大きなまとまりとしてシンプルに捉えられる
 ようになり、「個別の無機質な行動(具体)」も、意義とつながりをもった
 生きた行動になる。
  〜〜
  ◉ <視野を広げる>
・物理世界での事象を抽象化によって精神世界に持ち込み、思考の幅を広げる
ことで様々な解釈が出来るようになる。また、抽象レベルで捉えることで
広い視野で考えられるようになる(二項対立)
→「AかBかどちらかしかない(二者択一)」ではなく、様々な角度から物事を
眺められるようになることで、かみ合わない議論から脱却することが出来る。
以上、私自身も具体の世界ばかりを見て「わかりやすさ重視」で生きてきた1人
であったが、本書を通して抽象レベルでの思考の重要性を学ぶこととなった。
抽象度の高い思考が出来るようになる為にも、著者が述べているように、
まだ経験したことのない世界の疑似体験(読書や映画鑑賞など)にもより
積極的になり、常に広い視野で世の中の具体を眺められるようになりたい。
具体と抽象をセットで考え、抽象の世界と具体の世界の往復運動という
思考が出来るように努めていきたいと思う。    ≫
 
 ――
▼ 抽象度が高いのが川の『上流』、具体度高いのは『下流』に例えることが
 出来る。これは質の上下ではない。これは按配よく混ぜることで、全体の
質度が高まる。4コマ漫画を哲学書に混ぜたり、哲学を分厚い大型本にしたり、
するのは、この典型。この著書が、その典型。3分の一が、まったりした漫画
が、組込まれている。平々凡々の日常の中で、一つのテーマを決めて書き続け
18年と半年になる。テーマ日記が、その日の抽象で、その他が日常のフロー。
その他のフローに、様々な日常と、その味わいがある。同月同日の18年分の
過去の文章と対峙するのも、味わいがある。間違いなく、自分であるが、既に
消えてしまった?過去の… 妄想のような自分。

・・・・・・
6446, アメリカ議員選挙がやってきた
2018年11月06日(火)
  * さてどうなりますか?
☆ 二年前の大統領選挙の信認にあたるアメリカ議会選挙、今日が投票日。
 その結果によって世界の情勢が大きく変化するため、要注意である。
下院が民主党、上院が共和党がそこそこの差で有利のようだ。
トランプの失脚までいくかどうか? これだけ失態を続けた割に、トランプ容認
の空気が強い?のが魔訶不思議。 白人優位の保守層が共和党の岩盤にある。
☆ この選挙に向け中南米難民の行進が始まったが、トランプ陣営が仕掛けた?
という穿った見方を否定できない。アメリカが本音の「アメリカファースト」を
前面に押し出し、友好国まで攻撃対象にするとは… それも人種差別を容認し、
人種差別を露骨に前面に押し出してくるとは。
以前から、孤立主義の可能性を主張していた学者があったが、明らかな泡沫が
ロシアの後ろ盾で大統領になって、あれよと建国の理念を自己否定を露骨にする。
さらに心配なのが、ドイツ。難民に寛容だったメルケル首相が、それ故に、引退
に追いやられ可能性が大に。その上、ブラジルも、ミニ・トランプのような極右
候補が勝利をした。 どうなってる?
 
☆ 文明の相剋が、これから直面する大問題となるのだろうか!
 <3%の支配層、30%のお裾分け層、67%の被支配層の階級闘争の乱世の時代>
とみると、この議会選挙、面白い社会構造の正体を垣間見れる。金も力のない人
には、ますます生き辛くなる。 …しかし弱肉強食は、自然のならい!
民族、国家間、思想対立だけでなく、社会階層の争いが絡みあう奇妙な世界。

☆ 地道だが、日本の軍事力、かなりの武器の蓄積があるそうな!特に空・海軍に!
 何せ、74年間、戦争無しは、軍事的体力は充分に温存してある。
室町時代のモンゴル襲来は、日本にとって最大の危機で、その恐怖心が遺伝子に
深く沁み込んでいる… 表立ってないが日本こそ官僚国家、 …その最たるのが
不戦の自衛隊。 これに原爆を公然と持てば、その実力は、並大抵ではないが、
そこはアメリカが許さない。戦争に関係ない広島、長崎の一般市民を原爆二発。
東京空襲を合わせ数十万も虐殺した加害国。怖れるのは当然。 それにしても、
英国のEUからの撤退。 米国は泡沫のトランプを大統領とは、あまりに酷い事態。
 アメリカ国民の判定結果が如何に? 数日後には、ここで何を書いているのやら。
 ―
 ここで、いま一度、北朝鮮問題を考えてみよう。あの北朝鮮が本当に核放棄を
するだろうか。どのみち、この選挙か、2年後の大統領選挙で大敗すると、読んで
いる。年齢からみて、あの肥満度からみて、そう長く持たないとみて当然。
中国、ロシアが、この数ヶ月で金を大量購入したという。天気晴朗なれド波高し!

・・・・・・
2018/10/22
閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜2 
   * 露骨な中間選挙用映画
 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の
人たちで40人はいただろうか。 〜内容といえば…
《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医
 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態
になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と
なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》
「デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様
の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の
リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して
いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング
狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。
現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング
を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て?
 
 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? 
これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間
という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が
露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定
とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 
< 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における
 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア
大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党の
議席増を27〜44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、
モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の
苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの
強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では
これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている
気配すら感じられる。> 
 しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。
ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。
・・・・・・
2018/10/21
閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜1
   * アメリカ中間選挙
 アメリカ議会選挙、アメリカのみならず、世界にとっても重要な選挙。
ソ連時代のKJB上りのプーチン大統領の息のかかった泡沫候補が、その力を
借りて大統領になってしまい、泡沫ゆえの政治的素人が、アメリカ第一主義と
称して白人第一主義を打ち出し、露骨な貿易保護主義を世界に押付け始めた。
これがアメリカ白人の本音。 しかし移民の国アメリカの建国精神とはチト
違う。 本音は建て前を自己否定するもの。 それを表に押出すと、建前の
世界の警察が、実は強盗に他ならぬ本性を丸出しになる。この二年、トランプ
の政治手法を目の当りにしたアメリカ国民が、どう判断を下すのか、非常に
興味のある選挙になる。 いくら何でも〈トランプがそこそこ善戦〉は無い
と思うが… そこで、ネット検索で、改めて議会選挙の状況を検索してみると…

≪ アメリカの中間選挙は4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施されます。
 ことしの中間選挙は11月6日に行われ、
・100ある上院の議席のうち35の議席、
・435議席ある下院のすべての議席、
・そして50の州のうち30の州で知事選が行われます。

☆ 中間選挙は、大統領の任期のちょうど中間に行われることから、大統領選挙
 からの2年間の実績や、大統領を支える与党の評価を問う「国民からの審判」
とも言える選挙です。中間選挙が終わると、次の大統領選挙の候補者選びに向けた
駆け引きが表面化することが多く、11月の中間選挙は2年後の2020年の大統領選挙
に向けた前哨戦とも位置づけられています。
☆ 議会上院は100議席のうち、現在、与党・共和党が51議席、野党・民主党は
 同じ会派に所属する無所属の議員2人を含めると49議席で、与党と野党の差は
2議席となっています。 今回の中間選挙では、このうちの35議席が改選され、
非改選の議席と合わせて過半数を確保した党が多数派となります。
☆ 一方、435議席すべてが改選される議会下院は、現在、共和党が236議席、
 民主党が193議席、空席が6議席。過半数は218議席のため、野党・民主党が
多数派となるためには、25議席以上の議席の上積みが必要となる。

中間選挙は歴史的に、政権与党に厳しい審判が下ることが多く、過去30年間に
行われた中間選挙の結果を平均すると、政権与党は上院で4議席、下院では
およそ22議席を失っています。

こうした中、共和党が上下両院のどちらかでも過半数を維持できなければ、
トランプ大統領は難しい政権運営を迫られます。そのうえ議会で、いわゆる
「ロシア疑惑」などをめぐってトランプ大統領の弾劾を目指す動きが勢いづく
ことも予想され、2年後の大統領選挙にも大きく影響することになります。

逆に、共和党が上下両院で過半数の議席を維持すれば、トランプ大統領は
「信任を得られた」として政権運営に大きな弾みがつくうえ、共和党内からの
支持もより取付けやすくなるため、安定した政権のかじ取りで、次の大統領
選挙での再選も視野に入ってきます。中間選挙の結果、与党・共和党が引き続き
上下両院の過半数を維持できるのか、それとも野党・民主党が両院のどちらかで
多数派を奪還し、政権与党と議会の多数派が「ねじれ」の状態となるのか。
トランプ大統領は、任期の折り返し地点でアメリカ国民からどのような審判を
受けるのかが焦点となります。

しかしトランプ大統領の人気は根強く、共和党支持者の間のトランプ大統領の
支持率はこの1か月の世論調査でも8割を超えています。この人気にあやかって、
不法移民対策や貿易問題でトランプ大統領と同じ主張をする「ミニトランプ」
ともいえる候補者も増えています。こうした状況に伝統的な保守派の間では、
共和党の「トランプ化」が進み、長年の伝統が失われるという懸念の声も
上がっています。 ≫

▼ 数日前にみた映画は、ブルース・ウィリアム『デス・ウィッシュ』。
 これが明らかに白人第一主義者のトランプを擁護するような露骨な内容。
流れからして、共和党の惨敗になるのだろうが… 黒人大統領の後に、
クリントンの女大統領選出を拒否したのは分からないでもないが…これでは? 
頭も尻尾も、その上にハラワタ(白人下層)も腐ってしまったアメリカ。
ロシアも、中国も、北朝鮮も、共和党惨敗を先読みしていたとしたら…
アメリカ保守層からしたら、頼りなさそうなクリントンより、少々、頭が軽く
とも、頼りに有りそなトランプの選択も… でも惨敗だろう!

・・・・・・
5349,浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています
2015年11月06日(金)
          ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、
各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。
今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ
借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後
を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜
  ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています
≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、
心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、
好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで
妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、
病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか
自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ
ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。
今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり
ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ
貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと
いうこともわかっています≫
  ● 回答: まずは妻と仲良く! 
次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の
 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな
 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして
 しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。
「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。
 うつ病だって働かない理由にはならない。
太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、
 れっきとした病気ですよね。
次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという
 ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。
 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。
 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、
 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番
 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて
 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう?
 ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。
 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の
 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的
 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と
 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから
 こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と
 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と
 セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、
 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。
 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。
 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に
 するんだ。≫
▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、
 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、
など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、
<徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、
その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、
その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ?
サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、
彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま
逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!>
 その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ!
苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。    


6809、読書日記 〜具体と抽象 −2

2019年11月05日(火)

           <『具体と抽象』 ―細谷功・著>
   * 抽象化能力は、世界が変わってくる
 学校教育は、具体と抽象の行き来をベースに出来ている。また私たちの
言語活動も然り。しかし、これを正面だって取り扱うことはほぼ無い。
これを書き続けていると、その濃度が高くなりがちで、第三者との違和感が
否めなくなってしまう。特に、初対面の人との会話が嚙みあわなくなる。
抽象の世界は具体の世界と違って、見えている人しか理解できない。
「相互理解は、ほぼ不可能である。」 抽象能力が、ある程度ないと、理解が
不愉快になるだけでなく、反発して、リピーターになる前に、暗い、哲学的と
決めつけ、二度と戻ることはないのだろう。具体的=善。抽象化=悪という
とんでもない誤解が固定観念として我々に沁みついている。
大学の「大」は、抽象能力を「大」にするため、社会というフィールドに
飛び出す前の「執行猶予期間」をいう。抽象化能力は、人間が思考するための
基本であり、役立つち、万物霊長の言われる由縁であるのに、あまりに軽く、
扱われている。 ことある度に、避難してきた「世間」には、具体的レベルの
言語能力しか必要としない世界に安住し、理解不可能な抽象的言語を受入れない
下の衆の人たちをいう。 
  ――
  〜ネットで、この要約を検索すると…
≪  ◉ どっちの道を歩いていくか   2018年12月7日
「抽象」という言葉が、悪いイメージで捉えられがちな風潮がある
「一般」に「分かりやすい」のが正義で「分かりにくい」のが悪とされる
「具体」は分かりやすく、「抽象」は分かりにくい。

本書では、民主主義の中で嫌われ者の「抽象」に「市民権」を与える
ことをテーマとしている
人と、議論がかみ合わなかったり、他人の行動を見て、苛立ちを覚えたり、
忙しくて、やる暇がないが口癖だったり、する人にお勧めしたい  ≫
 ―
▼ これを読んで、コンプレックスで怒りを覚える人が多いのだろうが、
 この抽象化能力は時間を掛けないと身につかない代物。自らが抽象化できる
のと、抽象化された言語を、解凍できる能力がある。 
<デカンショ、デカンショで半年暮らす>は、大学の教養課程を表現した
替え歌だが、これは抽象能力の必要性を説いたもの。この能力は、一段でも
高さが違う上から目線が理解できない… この抽象化に捻りを入れたのが、
例え話。  …「具体と抽象」の隙間を微妙に付いてくる。
 
  〜他にも秀逸な要約があった。 それは次回に。  ーつづき

・・・・・・
6445,閑話小題 〜11月3日の連休は、
2018年11月05日(月)
   * この連日は各種格闘技の全日本選手権の日
・11月3日は、格闘技などスポーツTV観戦が大好きな私にとって、年末年始を
 除くと、年で1番、楽しめる連日。 
・午前は、何時ものとおりの日課を熟し、
・午後からは寝室で… 「全日本学生相撲選手権」「全日本柔道体重別選手権」
「全日本剣道選手権」「全日本極真空手」と…一部録画に録り、イギリスの
 刑事ドラマを同時に見ながら、合間に、この文章を書き込を… 
・17時過ぎに寝室から居間に移動し、晩酌になる。1時間半もしないうちに、
 TV前のベッドに戻り、録画していた番組を見ながら一時間で寝入ってしまう。
何れの格闘技、一発勝負の晴れ舞台の気迫が直に伝わため、観戦でも疲れる
わけである。でも、どれもこれも魅入ってしまう。
 この中で、来年のプロ入りが係る「全日本相撲選手権」が特に面白い。
二年生にレスリング上がりの、モンゴル人に有望なのがいるが、途中で敗退。
去年、相撲を始めて半年で準決勝まで残った、将来は横綱になれる逸材だが
卒業まで、2年あるため、来春入門の逸材は皆無? 後は、高校生、実業団を
含めた「全日本相撲選手権があるが… 


・思いの外面白いのが剣道。毎年、楽しみにしているが、張りつめた中での
一瞬の隙をつく、竹刀と身体さばきが良い。 この数年は、内村、西村選手を
中心に競っていて、今年の決勝も2人が勝ち残こり、西村が優勝。内村から
西村の時代を印象付けた内容。

― 
2日間、快晴のため、早朝のミニ・チャリ(ポタリング)が出来たのが幸い。
TVで、スポーツ、映画、ドラマの観戦も、息を抜かないと、ストレスになる。
その点、10年近く続けてきた信濃川土手への自転車散歩は、毒抜きに効果的。
「ストレス蓄積ほど悪いものはない」という持論で、この数十年、生活をして
きた。それでも、単調な生活パターンの中で、73年分の記憶のフラッシュが
湧き出てくる。良いことも悪いことも。だいたい、悪いことが多いが、可能
な限り後味が悪くなる選択をしないよう心掛けてきた。それで、これ。
なるほど、良いこと3に、悪いこと1の割合が心が平安の幸せ状態。無理する
こともないが、心がければ、何とか維持可能。
・・・・・・
4983,暴走する世間 −1
2014年11月05日(水)
    〜暴走する「世間」―世間のオキテを解析する〜佐藤直樹 (著)
  ーまずは、アマゾンの解説から
< 日本社会の見えないオキテ、それが「世間」である。事件が起きマスコミ
 で報道されるたびに「犯人」にたいして極端なバッシングが起きるのも、
「空気を読め!」という無言のプレッシャーが生じるのも、携帯を使ったいじめ
が起きるのも、「世間」という同調圧力のなせるわざ。「お世話さまです」
「おかげさまで」といった物言いにさりげなく顔をのぞかせ、いじめ・うつ病
・自殺の引き金にもなる「世間」。バブル崩壊以降とみに暴走しはじめた
「世間」の危ない構造にメスを入れる長編評論> ~~
~~森林(現役)の生活からサバンナ(御隠居)へ、住居を移動したことで、
見えていた世界が様変わりをした。社会から、世間への移動?それとも、逆? 
いずれにしても、ますます、独善になっていく自分がいる。 世間的強制力に
アタフタするのは、やはり個人が確立してないため。
 実は社会も、世間も共同幻想でしかない。そう思えば楽だが、それが比較的
楽に出来るのが御隠居の身分。 ーその辺りからー
≪ 社会も個人もいない「世間」のなかで、「世間」的強制力をともなって、
 個人に責任を押しつける「自己責任」や「心理主義」が強調された場合、
「世間」はますます住みにくくなる。しかし「世間」は、日本人であれば、
生まれたときから取り囲まれ、あるものと親から教えられ、そのなかで生きて
きたから、それを意識的に取りだすのがとてつもなくむずかしい。 
これに加えて、「世間」は具体的なものではなく、ある種の共同幻想、つまり
人々のアタマに宿る観念である。人によって「世間」は広かったり、狭かったり
するが、それは「世間」とは関係そのもののことであって、本質的には人間の
アタマに宿る共同幻想だだから。共同幻想とは、複数の人間に宿す観念である。
厳密にいえば二人の間だけでは、共同幻想とはいえない。たとえば恋愛関係
などのように、二人の対になる関係においては、世間は存在しない。
この二人の関係を、思想家の吉本隆明さんにならって「対幻想」とよんで
おくことにする。
 「世間」は三人称的な関係で、三人以上の人間が共同して生みだす幻想。
なぜかといえば、「世間のオキテ」といったようなルールや規範が存在する
ためには三人以上の人間を必要とするからだ。「世間」は幻想であるから、
ないと思えば、ない。「世間のオキテ」も、ないと思えば、ない。げんに外国
で生まれ、日本に住んでまだ間がない外国人には、「世間」も「世間のオキテ」
も間違いなく、ない。だから原則として外国人は、「世間」には入っていない。
かなり長く日本に住んでいる外国人でも、日本の「世間」のなかに入ることが
できるのは、まれである。外国人が「日本人はとっても親切だ」というのは、
かれらがはじめから「世間」に入っておらず、そもそも「世間」の外にいる
「お客さん」であるから、親切にされるにすぎないのだ。 問題なのは、
「世間」が具体的なものではなく、共同幻想であるがゆえに、それを否定
するのが相当にむずかしいということである。具体的なものなら、捨てるか、
近づかないようにすればいいが、共同幻想は観念そのもののことだから、
そうはゆかない。簡単に捨てることができないし、そのなかで生活している
以上、近づかないでいるわけにもゆかない。だからこそ、「世間」の存在は
なかなか意識化できないのだ。しかし、これを意識化する方法がある。
それが、「世間学的エポケー」である。・・・≫
▼「あの老人、一度も恋をしたことが無いんだって!現実に溺れすぎて」
 という強烈な言葉がある。共同幻想の前の「対幻想」の幻想である。
その共同幻想も、何も考えもせず、ただ、成り行きで染められた幻想で
しかない。Uターンで地元に帰った時に感じたのが、城下町という特殊の世界。
専門が社会学だったことと、10年間の外界経験から、これが特殊ということ
が分かっていた。で、アウトサイダーに徹し、そして、事業場を新潟にした。
これが「世間学的エポケー」これも事業設計、人生設計の一つ。
予め世間を特殊世界と割切って捨てれば、これほど楽なことはない。一般的
には御隠居になって気づくが、気づかないままが殆ど!あのゾンビの群れ。

・・・・・・・
4616, 君は1万円札を破れるか? ー4
2013年11月05日(火)
  ー君は1万円札を破れるか? 
     〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)ー
   * 年収は人の価値判断の基準になるのか?
 森の生活(経済社会)から退いて、サバンナ(隠居生活)に出て
気づいたことは、これまで、「人の判断基準に、手持ちの資産と、年収を
価値基準にしていたこと」である。資本主義社会の洗脳である。
「格差社会」「勝ち組・負け組」の言葉の背景に資本主義社会の価値観がある。
それも一線を退けば、その比重は低くなる。お金を気にしないで済む収入と、
蓄財が幾らかあれば、それ以上は皆、同じ。森の生活では、稼ぎが、その人の
価値と錯覚をしてしまいがちになる。他人との比較で、その額の差が人間の価値
と錯覚をしてしまう。「お金には絶対的価値がある」「お金はすべてのモノの
価値を規定する物差し」という洗脳が長年かけされ、それを疑おうともしない。
お金で、自分の労働や価値を規定され、振り回されている状態は、宗教に洗脳
された信者と同じ。 著者は、ここで、現代社会における「価値」を
「物理空間における価値」と「情報空間における価値」と分ける。
物理空間とは、体で触れることができるモノの世界。情報空間とは、脳や心の中
に存在する様々な概念が作る空間。米を例にとると、タイ米と魚沼コシヒカリ。
その価格差は10倍近いが、物理的な味と栄養は、せいぜい二倍?
あるかなしか。「美味しい」という感じ方はそれぞれ違い、何倍美味しいとの
数字化は不可能。タイ米と魚沼コシヒカリと表示されなければ、値段の差だけ
の価値を感じることはできない。ブランドものはバーチャルバリュー
が、その価値を高めている。年収も財産も同じで、ある金額以上になると大して
変わらない? いや2千万と、2百万の年収では生活の快適さは違う?
貧すれば鈍するし、豊かさには幸運の機会を多く集まる。年収が多いに越した
ことはない。貧しさは、人間性を卑屈にする。問題は、年収が「絶対的」では
ない、ということ。タイ米なら、タイ米にあう調理をすればよい。
考え方である。「資本主義社会の洗脳」の自分を一度突き放し、冷笑し、
卑屈にも、のぼせ上がらないこと。所詮は、娑婆のこと。それを自覚し、
超越するために、ライフワークを持つこと、それが教養につながる。 
多趣味か、一つの趣味を深く追求するかと、年収が多少の差とを類推すれば、
理解しやすい。= 偶然、7年前に、同じようなテーマの読書日記があった。
〜〜〜
2073, 金は人を幸せにするか?
2006年12月06日(水)
           才八∋ウ_〆(∀`●)
 お金に関しては、何度か書いてきたが・・
先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。
 毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』=W・バーンスタイン著の書評で、
その内容が紹介されていたが、なかなかよい。建前でいえば、
「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。
それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。
 質問そのものがナンセンス」が正論である。
しかし本音のところ、 「金は何でも買うこともできる自由の塊、何で
そんな建前をいうのか? そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」
と、陰の声がささやく。
「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、最後は不幸のどん底、
投身自殺を図ったが死に切れず・・・」
 これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。
倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。
人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、
間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。
幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。
 私の持論は、「金で8割の幸せは買えるが、あとの2割は金で買えない。
その2割こそ一番大切なことである。しかし8割は買える。
幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。
それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、
やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。 理屈として、
「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。買えるものは金があれば
こそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。そのぶん自由度が
狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。
自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。生存レベルで必死の人
にとって、{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである}
のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。
生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、 幸福感が
「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、身近な世界の
人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、幸せなれなくなる。
 金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を幸せにはしない」
と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。

・・・・・・
6080,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜6
2017年11月05日(日)
   * トランプ大統領の来日
 「ロシアゲート」疑惑とは、トランプ米政権とロシアとの間で不透明な関係
 があったのでは ないかという疑惑の総称。 日ごと、その疑惑は大きくなる。
『文芸春秋・7月号』で、神谷秀樹が<トランプとロシア 深すぎる絆>
 のレポート、トランプとロシアの疑惑を取上げている。
 特にトランプの富の形成の背後にロシアマフィアの資金があり、ロシアと
マフィア資金の分別が難しいと… この疑惑、ニクソンの「ウォーター・ゲート
事件」より遥かに質が悪く深刻というから。 有り体にいえば、「ロシアが、
マフィアを使い、ソ連解体時に流失した資金の一部を、元KGBや、マフィアが
組んで、アメリカのラスベガスやニューヨークのビル群を買い漁ったが、その
一つのルートがトランプ。これを読んでいて、何か末恐ろしい感がしてきた。
トランプがロシアマフィアのポチ? 彼なら、このまま失脚するなら、朝鮮戦争
を決断するのでは? 
 更なる問題は、就任後のロシアゲート疑惑捜査に対する「司法妨害」。
後者も十分、大統領の資格を問う材料になる。手足になったイヴァンカと、夫
クシュナーに追及の矛先が近づいているような。問題なのが、クシュナー家が、
ポーランド系ユダヤ人の不動産投資家で、父親がニュージャージーの現州知事
クリス・クリスティーが検事だった時に、違法な選挙資金を提供、税法違反、
そして義兄に美人局を仕掛けて逮捕されていた経歴の持ち主。息子のジャレッド
も、怪しげな人物で、ハーバード出というが、「父親が、250万ドル寄付でして
入ったもの」だし、彼と取引をした人は、「話が信用出来ない要注意人物」
という。 この不安定な政権のトップが、吾が身のために何をしでかすのか? 
その煽りを受けるのが、日本と韓国。 危ない時節には、こういう手合いの役者
が集合する。実に危ない恐ろしい現実が目の当たりに。「冬季オリンピック」が
何故か盛り上がらない。戦争まじかの危険があるため。実質的非占領国家・日本
の悲哀が悲劇に変わらないことを祈るばかり。 大統領歓待の日々が始まった。
 これも仕方がないことだが… 

・・・・・・
5713,つれづれに哲学 〜レヴィナスの、「他者の顔」
2016年11月05日(土)
  * レヴィナスの「他者の顔」
 仏壇の横に、30年前の実家の法事の集合写真を置いてあり、度々みている。
40数人の参列の7割方が故人である。30年来の時々に、写真を見る習慣が、
私の生き方に大きな影響を与えていた。そこから、生き残っている親戚縁者も、
「散る桜」でしかないと、故人達が呼びかけてくるような。 
生きている不思議と意義の実感。亡き縁者の顔の背後に無限の存在を直観が、
死の不安を解消してくれる。遠くない日に私も阿弥陀の世界?に入っていく。
生れてきたからには死ななければならないのが世のならい。自分の内に取込め
ない「他者」の「顔」が、自分の周りを囲んだ壁の外に、自らを誘う。
 レヴィナスは、こう宣う〜
≪ 自分の解釈の中にすべてを取り込んで、自分中心の世界を創っても
「イリヤ」の恐怖から逃れることが出来ない。彼にとってイリヤから抜け出す
カギは「他者」の「顔」。もし、他者の顔が、「汝、殺すなかれ』と訴えたら、
人間は理性からでなく、無条件で他者に倫理的な責任を負わざるをえなくなる。
人は自律などできないのである。他者とは自分の世界に取り込めない、その外側
にいる無限の存在です。その「顔」に責任を持つことで、わたしはイリヤの恐怖
が渦巻く私の世界から抜け出し、永遠に向かう。≫
▼ ここでいう「顔」とは、
<実体的な顔のことでなく、他者の他者性を 意味する概念>として捉えられる。
 お互いの顔は、他者を通した「無限」の広がりの入り口になる。キリスト、仏、
を通した教えを例えると理解しやすい。自分の世界に固執すると、私はイリヤ
から抜け出すことができない。その行き詰まった結果、自己崩壊に至る。
その挫折が、己の殻を打破る。留まると、そこに「世間様の壁」が、強硬に立ち
塞がってくる。で、ゾンビに! 他者の顔を見ることで、その背後にある永遠の
直観こそ、「イリヤ」の恐怖を和らげてくれる。生まれ生れ、死に死にていく!


6808,読書日記 〜具体と抽象 −1

2019年11月04日(月)

              <『具体と抽象』 ―細谷功・著>
    * 知性のしくみ
 毎日、1テーマの随想日記、当初の3年間は大変だったが、1000テーマを超えた
辺りから面白みが出てきた。蓄積した内容が、次のテーマを呼び起すような感覚。
後あと残るのは、文章と、要したエネルギー、写真と映像、それぞれの時節に
手に入れた物質。 なる程と自己納得した知識はちゃんと残るもの。それを
効率よくしたのがブログ。それが年々、蓄積していくと、脳内が少しずつ透けて
くるような感覚になる。書き残すことの秘儀である。 具体的な事象を、言語化、
物語化する過程で様々な気づきが、生じる。公表するからには、曖昧さを最小に
しなければならない。 曖昧さは、限界そのものを自ら認めることになる。 
自らを省みると、若い時分ほど具体的思考に縛られていた。しかし年々、経験と
知識が増えるにつれ抽象的になっていく。知性や経験が少ないい人には、己より
高い人の抽象的言語を理解しにくい。 心が純粋であればある程、濁った心を
見通せるのと同じ。ブログを続けるほどに、心が純粋になっている実感がする。 
小さな世界に留まるのは、プラス、マイナスの両面がある。プラスは、純粋性を
保てること。 マイナスは逆に、小さく凝り固まり、淀んでしまうこと。
 ブログを一つとっても、具体的経験を写真、言語に要約したり、逆に時空を
超えた人物が言わんとすることを自らが納得するように具体的に噛み砕き、
近未来の自分と、読み手が理解しやすいように客観視する。その蓄積が自らの
教養となる。 体験という具体的獲物を、抽象化することを通して経験として
据え置く行為こそ人間が人間たる由縁である。それは脳内の外部化につながる。
                            〜つづく
  〜Amazon 内容紹介〜
永遠にかみ合わない議論、罵(ののし)り合う人と人。
その根底にあるのは「具体=わかりやすさ」の弊害と、「抽象=知性」の危機。
動物にはない人間の知性を支える頭脳的活動を「具体」と「抽象」という
視点から読み解きます。
【目次】
序章 抽象化なくして生きられない
第1章 数と言葉 : 人間の頭はどこがすごいのか
第2章 デフォルメ : すぐれた物まねや似顔絵とは
第3章 精神世界と物理世界 : 言葉には二つずつ意味がある
第4章 法則とパターン認識 : 一を聞いて十を知る
第5章 関係性と構造 : 図解の目的は何か
第6章 往復運動 : たとえ話の成否は何で決まるか
第7章 相対的 : 「おにぎり」は具体か抽象か
第8章 本質 : 議論がかみ合わないのはなぜか
第9章 自由度 : 「原作」を読むか「映画」で見るか
第10章 価値観 : 「上流」と「下流」は世界が違う
第11章 量と質 : 「分厚い資料」か「一枚の絵」か
第12章 二者択一と二項対立: そういうことを言ってるんじゃない?
第13章 ベクトル : 哲学、理念、コンセプトの役割とは
第14章 アナロジー : 「パクリ」と「アイデア」の違い
第15章 階層: かいつまんで話せるのはなぜか
第16章 バイアス : 「本末転倒」が起こるメカニズム
第17章 理想と現実 : 実行に必要なのは何か
第18章 マジックミラー : 「下」からは「上」は見えない
第19章 一方通行 : 一度手にしたら放せない
第20章 共通と相違 : 抽象化を妨げるものは何か
終章  抽象化だけでは生きにくい

・・・・・・
6444,閑話小題 〜生きる意味とは? −2
2018年11月04日(日)
     * 成田への機内で気づいたこと
 52回の旅ゲームのツアーを重ねるうち、それぞれが、文化、文明、大自然の
要素の全てが入っていることに気づくことになった。
  「ケニア、タンザニア」旅行を例にとると〜
【 まず欧州のハブ空港のあるパリ。そしてエジプトのカイロから、ケニアへ。
 その場合、パリの市内観光でギザのピラミッドに立ち寄り、ケニアへ。…
大型サファリカーで360度パノラマの大草原へ。夜半、耳元1m先から聞こえて
くるハイエナの息遣い。部屋と策で砦のように円形状に囲んでいるため、窓まで
近づいていることなど、深夜到着で、知る由もないため、恐怖のどん底。
 『ライオンか、象一匹が見れるかどうか?』と思いきや、翌日のサファリから
ヌ〜や象の群れがオンパレード。夕景のキリマンジェロと、ピンクから、黄色、
オレンジ色、そしてどす黒い黄み色、漆黒の黒へと変わっていく中、砦のホテル
に、何処までも続く一本道をサファリカーで突っ走る。 その中は、100年、
200年続いてきたイギリス統治のリゾートホテル。中央がレストランやロビーに
なっていて、部屋はコテージになっており、警備の現地人が長銃を肩に警備を
している。 …そして、早朝6時から、朝食前の一回目のサファリへ。
二時間のサファリの後に、朝食と休憩。二回目のサファリ。サファリは、無線で
ドライバー同士が情報を共有しているため、「ライオンがヌ〜を狩って、何処そこ
で朝食」とかの情報で現場に直行。これじゃあ、合理的で面白いわけだ。 
欧米の金持ちがつくり上げた遊びを、20〜30万そこそこで、楽しめる。 
帰路のカイロは、エジプト考古学カイロ博物館。館内には、ツタンカーメン王の
黄金のマスクや、カフラー王座像、ラムセス2世のミイラなど驚くべき文化財が
陳列されている。そして、最終のホテルは、最高級ホテルの宿泊が組込まれている。 
 帰路の機内のエコノミー席も回数を重ねる度に、その狭さが気にならなくなる。 
この到着するまでの時間こそ、基調と瞑想状態に持っていく。これが可能になるに、
10年近くかかった。人生と、その都度のツアーを重ね合わすうちに、日常が、夢幻で
ないかと? <他の銀河系から80年間、肉体と精神を借りた旅に来ているのでは?>】】
 
 数年前に、この宇宙の他に、10の500乗の他宇宙の存在の有無が言われ出した。
ならば、こんな空想もタワイのないもの。そんなことをしていないで、繭から
出てね、羽ばたいたら。 バカくさいことなど、横に置いてね。 繭って両親、
家族、身辺がつくり上げた、その壁。喰いちぎらない限り、外に出れないと…。
といっている、それ自身も、妄想が成せる業でしかないと! なら如何するか?
 さて早朝のポタリングに出る時間に近づいてきた。
――
 某ブログより
[旅の記録]
10月18日
夜、エジプトのカイロに到着。ホテルはナイル川沿いのラムセスヒルトン。
部屋からのカイロの夜景が幻想的だった。

10月19日
カイロは7年ぶり。ギザのピラミッドとスフィンクスを観光。遠くから見ると
やっぱり大きいな〜と思ってしまう。クフ王のピラミッド入場は限定300名/日に
なっていたが、チケット売り場に並んで入場した。 お昼はピラミッドが見える
レストランで魚料理を食べる。エジプト考古学博物館では前回行けなかった
ミイラ室を見学、気持ち悪かった。その後、ハンハ-リで買い物して、ナイル川
ディナークルーズへ。お決まりのベリーダンスよりも、甲板で風に吹かれながら
カイロの夜景を見るほうが気持ちよい。ナイロビ行きは1時間ほど遅れて、
深夜1時過ぎに出発になり、すごく眠かった。

10月20日
早朝にナイロビに到着。ナイロビからアンボセリまで約260km、途中、悪路を
進み、昼過ぎに到着。昼間は雲に隠れてなかなか見えないキリマンジャロの雄姿
がバッチリ見えた!キリマンジャロを眺めながら昼食、その後ロッジで休憩。
夕方、サファリに出発。キリマンジャロをバックにした野生動物の風景はホント
絵になる。公園内で唯一車を降りて歩けるオブザベーションヒル(展望台)に登る。
天気がよく、キリマンジャロや大草原の眺めがすばらしい。 今日はヌーや
シマウマ、ゾウ、キリン等の草食動物の他、ライオンの親子も見れて、満足な
1日だった。

・・・・・・
5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で −1
2017年05月29日(月)
   * 帰りの宇宙船で
 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、
「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」と、
そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が営々
としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔する」
と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの現実
社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の極みの
実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。
 旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界
の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、
約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、
宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう?
観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽
八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い
子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。
ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、
早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。
「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、
いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが… 

・・・・・・
5921,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜2
2017年06月01日(木)
  * 帰りの宇宙船内で 〜まずは父親と〜
 宇宙船内に父親の姿が見えたので、隣に座る。
開口一番に聞いてきたのは、<どうだ面白かったか?>である。
 〜その答えは〜
≪ お陰様で本当に面白く満喫しました。子供の頃から、色いろ教えて貰った
 知識と経験に加え、20歳時に創業の志を立て、読書など独学していたことが、
そのまま面白さに味を添えたようです。早寝、早起きと、新聞などの活字情報、
知識を収集する姿を幼児期から見ていた要素が大きい。新たな経験を加える
たびに教えを思い出し、参考にして、生きてきた。貴方が亡くなった半年後に
一緒に計画した飲食ビルの立上げと同時に結婚をしました。 悪いことに、
その時に石油ショックに直撃されたが、テナント部分に、居酒屋と、焼き立ての
ベーカリーを立上げ、一応カタチにし、数年後に、投資金額の二倍で売り抜けました。 
恐れていたとおり、動けないとみて、その隙を姉夫婦につかれましたが、
経営委託の奇策で乗り越え、実家にトンボ返り。任された本店に全エネルギー
を投入し支障なしに引継ぎが出来ました。
これも高校の頃、二度、仕入れの現場で、直に見ていたのが大きかったです。
それが、そのまま貴方の分身のように動けた大きな要因です。
 また、質素倹約と、合理的思考の習慣も大きなベースになりました。
分かっていたとしても、姉夫婦には驚いた。シロアリとは、こういう人かと。
貴方の静かな怒りが、そのまま伝わりました。
 地元経済の御仲間の存在にいるためには何でもござれだったということ。
貴方が一番嫌っていた、あの何も考えようともしない紋付羽織人たち…
根性の良い、母と、実兄も… 二人の姿に当初、茫然自失していたが、それぞれ
役割を果たし乗越えました。それも避けて通れない一本の道の現象と割切れば、
それもこれも許すことができます。その後、姉夫婦も、起業準備不足故に、創業
に失敗。最期は凄惨な結果に終わりました。
という私も、手を広げ過ぎて、9・11テロ、リーマンショック、東北大震災で、
遭えなくダウン。教えの通り実行していた幾つかのシェルターのお陰で、生活の
質を落とすことなく、ここに乗込むことが出来ました。この45年間で世界は
大きく変化しました。ソ連が解体してロシアに縮小。東欧など共産圏も消滅。
中国・共産党も、自由経済を取り入れ、今ではアメリカに次ぐ経済大国に成長し、
現在に至っています。さらに情報化社会が到来、社会の激変ぶりに驚きを持って
います。 地元商店街の「イチムラ」「丸大」「丸専」「大和」「長崎屋」
も消滅、当時、セトモノ屋からスーパーに転身をした「原信」が、一部上場
を成しとげたが、これも、10年?もしないうちに、商社か、ネット系の
資本系列下に統合されるでしょう。 
 父方、母方の親戚の商家も、全て廃業し、一軒も残ってません。 
また、地元の地銀の「北越銀行」も、第四銀行に経営統合が決まり、風前の灯。
あまりにも時代が激変してしまいました。面白いには面白いが、面食らう日々。
 こうして宇宙船内から、地球ツアーを省みると、地球は豊潤で、奇跡的
世界であったと思います。人間という生き物は、ケッタイで、変わった生物と
実感します。 生れ出た先の地球上の役割と舞台で、丁度よい両親と、時代に
巡りあえたことに感謝しています。特に貴方には! 幼児期から、長期に渡る
定期預金を続け、増えていく楽しみと、それを元手でベストのタイミングの
学生時代に、「30日間の欧州を中心とした世界旅行が出来たことが、人生の
ベースを培ってくれました。それが切っ掛けで、ライフワーク「秘異郷ツアー」
を続けることになりました。その先で、「感謝、感動、感謝」の念を、実感を
持って、報告出来るのは、これ以上の幸運はないと思ってます。 若くして
亡くなった2人の兄の分まで、生きた気がします。「有難うございました!」≫  
 辞世の文みたいだが。  
 
・・・・・・
5924,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3
2017年06月04日(日)
  * 母親と供に
 宇宙船内の両親の席の母の隣に座り、一方的に話した内容とは。
≪ 父親も尊敬してましたが、貴女も人間として見上げる存在でした。
 亡くなった時、医師の希望の解剖の結果、心臓の4分の1が壊死していたこと
を知り愕然としました。2人の息子を死なせ、母としての責任と後悔で重度の
ノイローゼに陥ってしまったことは知っていました。それでも、心臓が四分の一
も壊死していたとは。 中学校2年の時に、夜半、心臓発作のため、立川病院の
院長自らが駆けつけて、止まりかけた心臓のマッサージをしながら、大声で、
『堀井さん、自分で生きようとしなければ助かりません。苦しくても生きたいと、
思って自ら立ち上って下さい!』と絶叫していたのを覚えています。
言語に絶する苦しみが当時の私に伝わっていたと思ってましたが、殆ど分かって
なかったということですよね。 白髪が逆立ち、両手を上に突きあげ。私を見て、
「助けて!」と、絶叫していましたね。 その急場を乗越えた後、少しずつ病状が
良くなっていく過程で、新興宗教に助けを求めたり、宗教書や倫理書を熟読する
ことで、苦しみの種を、一つずつ取除いて立上っていく姿を身近で見ることが
出来ました。貴女の生い立ちは、生れて直ぐに父親が亡くなり、男後家の義父に
苛め抜かれたと、ことあるごとに聞いてました。実母も義父に気遣い、表向き
幼女の貴女には冷たくしていたと。 親からの直の愛情を、子供に与えられた
経験のなさが、仕事の忙しさも手伝って、目先、ガムリャラに生きるしかなく、
息子の不幸を招いたと、聞いていました。これは子供の私たちにも影響をあった
ようです。 その反動が、私に集中し、孫のような特別待遇をして貰いました。
結果的に、それが良かったか、悪かったか。貴女は、子供でも分かるような、
宗教書や倫理の本を何気なく、茶の間において、自然に読ませてくれていたのが、
間接的教育だったのですね。
 10年近くの重度のノイローゼの中で気づいたことは、「過酷の環境下での、
『無教養』が、取返しのつかない不幸の原因だった」ということですよね。
私自身も、「知識の絶対的不足」に気づいたのは、地元を離れた学生時代。
オープンハウス的な寮生活で、全国の多くの人と、私生活を共有したためです。
「面白い共同体の寮があって、実に社会勉強になる」と、何処かから聞きつけ、
放り込まれましたが、その実態について、殆ど話した事はなかったですが…
これが絵に書いたような雑多の家庭事情を持った玉石混合の25室の寮。その部屋
には、その友人も多く出入りをしており、良いにつけ悪いにつけ、赤裸々な様々
な品位を垣間見ることが出来ました。これが、面白い別次元の空間。都会の寮や、
アパートなら、こんなものでしょうが… 
 そういう貴女と33年間も同居することが出来、あまりに多くを学ぶことが
出来たことが、この地球ツアーで一番の成果だったようです。両親にならって
何が創業人生を目指してきたのが、この程度で、です。
『ご覧のとおり、そのまま結構!』とは、あなた方を省みると、決して
言えません。何はあれめぐり会えたことが、一番の感謝すべき幸運だったと、
黄昏の日々を過ごしています。≫

▼ 書いて初めて気付くことが、あまりに多い。愛情は与えることであって、
 受けているだけではダメということですね。 

・・・・・・
5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜4
2017年07月09日(日)
   * 人生の元をとったかい
 ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に
脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。
 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。
 A君が言うには、
『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、
見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら
が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。
ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが…
『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の
非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。
それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を
味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、
広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、
地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。
 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に
溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた
時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。
フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。
30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった
酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問
と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き
だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった
のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人
の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。
2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を
楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 
その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、
私の答えも同じ『充分とった!』。
★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、
 娑婆も漆黒の闇である。


6807,映画評 〜『閉鎖病棟 〜それぞれの朝』

2019年11月03日(日)

   * 昨日、みた映画評から
 暗くて重苦しいそうな題名で躊躇したが、見過ごせば後悔すると、気持ちを
 整えて見ることに。
 この映画評を書くにあたり、Amazonの大元の小説の概要には…
《 九州の精神科医の作家の山本周五郎賞の受賞の作品。
 精神病院で暮らす患者の物語で、3人の暗く事件性を持った過去が語られる。
舞台設定は精神病棟の患者達の日々。チュウ(鶴瓶)を中心に導入部で語られた
3人が絡み事件は大きく展開していく。》
 私は人間は多かれ少なかれ、須らく、精神疾患を抱えて生きていると思っている。
見ている内に、自分自身も、病棟の1人の患者のなってしまう程に感情移入を
させるのは、精神科医の成せる業か。
 ――
 ネット上の評価が、秀逸である。
   〜「病気」にある背景をみつめて〜
    chikuhouさん |2019年11月2日 |PCから投稿 |鑑賞方法:映画館
《 原作未読  妄想、自傷行為、常同行為、暴力、暴言、幻視、幻覚、不眠  
 社会で生活することが不適合とされる行為(症状)が現れると、その不適合な
症状をしっかりと受け止め、療養する精神科病院。一昔前はその密室性から様々
な事件が報道もされ、「開放化」の流れになっている中においても、家族や社会
との関係が損なわれてしまい、長期の入院にならざるを得ない現実も依然として
あります。「周囲からのすすめ」で医療保護入院の形態をとっていても、帰る
場所がなければ任意入院にならざるを得ない背景もあるのでしょうか
医療者ではなく、患者同士の関係から描かれるところで、「病気」に至った背景
を思わざるを得ません。 不適合な症状を「抑え込む治療」と共に、陶芸や書道、
絵画などの「創作活動を地道に取り組む治療」に作業療法士や、精神保健福祉士
が現実には取り組まれていて、地道な精神科医療の現場もよく描かれていた。
売店や屋外の様子、外出許可や金銭の所持など、今の精神科病院の姿もわかる。
患者同士のおもいやりのようなものの存在に、希望を持ちたいと思うラスト
でした  (11月2日 イオンシネマりんくう泉南にて鑑賞)》
 ――
《 殺人は起きるがミステリーではない。
 精神的な不調を持つ人達に、周りの人達や社会がどう受け止めているか。
また彼らが社会復帰しようする努力や期待にどう答えれば良いのか。
悲しくて、嬉しくて感情が昂り涙、涙でした。 事件が発生して、最後の法廷の
場面、チュウさんの「秀丸さん、退院したよ」の一言で感動がピークに達した。》
 ―
▼ 鶴瓶と、若い2人を中心に物語が進行していく中で、初老の女性の患者が、
 外出許可をもらい着飾って娘のところに会いに行く。その彼女が行方不明に
なり、3日後に遺骨となって帰ってくる。その時に、患者仲間が、
「この人、実は娘に会いに行くのは嘘で、カプセルホテルに泊まっていたの。
それは誰も知るところ。」と…。 何かしらうら哀しいが、カプセルの中では、
「娘と幸せな時間を過ごしていたのでは」と、思いたくもなる。老いていくと、
何やら精神病棟の患者に一歩ずつ近づいているようである。集まりみれば、
「それぞれの老いか」と端的に見てとれる。 その一員なればこそ… 
中年以上は、老いを整えるに、必見の映画。「何かしら自分が変」と自覚する
にも、老化で居場所が無くなる程に苦しいものはないと思い知るにも。

・・・・・・
6443,閑話小題 〜生きる意味とは?
2018年11月03日(土)
   * 自分が最善だと信じるように生きればいい
 今さら「生きる意味とは何?」と考えることもないが、といって、何度も
繰返し考えるべき問題である。「何のため、生きてきたの?何で生きているの?」
死の問題と同じ哲学上の問題である。そして、その自問自答を、テーマとして
取上げてきた。

≪ 殆どの哲学者は表現の仕方が違っても、「生きる目的があるかどうか、
 知ることができないのだから、自分が最善と信じるように生きればいい、
という結論に至っている。
カミユは、哲学において真に重要な問いかけは「なぜ自殺しないか」だという
言葉が的を射ている。
 ・自分を偽らず生きること、
 ・よりよく生きること、
 ・正しいことをすること、それが人生の目的である。
価値ある何かは、自分自身がつくりだすものだ。≫
 ―
≪ ハイデッガーは1927年の著作『存在と時間』の中で、人間の意識の重く圧し
 掛かる死すべき運命について考察した。彼は人間を「現存在」――文字とおり、
「現にそこにあることを意味する――と定義した。 …私たちは、現に限られた
人生をどう過ごすかを自分で選ばなくてはならず、しかも賢い選択をしなければ
ならない。何しろ私たちは一度しか生きられてないからのだから。
死が、私たちを生きることに集中させる運命を認識することは、何が私たちに
重要かを決めるように迫り、それに集中させる。もし、吸血鬼のように、永遠に
生きる命を与えられたら、きっと何をするにもやる気を失ってしまう。
優先順位が消えて、意味あるものが何ひとつなくなってしまう。人生に意味が
あるのは、やがて間違いなく死が訪れるかわかっているからだ。≫
 ―
▼ ズ〜ッと後ろから追いかけられていた死が、ある日を境に前側から迫って
 くるという70歳を過ぎて、3年近くになる。準備期間を含めた45年に亘った
事業整理を終えて7年半を過ぎ、行蔵から自分の姿を垣間見えるようになった。
良いも悪いも、「そのまま結構」。 満足度は、人生全体からみれば、80点。
 「遊び、学び、働き」を三分割してみれば、自己満足度の採点は、
「遊び90点、働き60点、学び80点」に…。バブル崩壊の認識に対し、あまりに
甘すぎた。それと、2001年のハイジャックテロ、2004年、2007年の二つの
地元の地震と、2008年のリーマンショックの認識も、あまりに甘かった。
 2001年5月から、この個人HPを始めて、ブログの両立をしていた割に、この
ブラック・スワンの到来の認識と対策が、甘かった。会社と、家族、個人の名義
を明確に分けていたため、路頭に迷うことのないと… で、これらの始末で、
「生きる意味とは何?」を肌身で味わうことなった。
『ご覧のとおり、そのまま、結構』で。「生きる意味とは、生きる味わい」と。
成るほど、甘じょっぱいが、食えない味でもない。結局は、自問自答で、
「日々、是、口実」。ふざけているのではない、これが自己葛藤。
後記: 過去文を個人HP内検索で、「生きる意味」と入れたところ、あるある。
 まあ、真面目なモノよと… 「‘良く’生きる」と、その意味あいが深まり、
味わいが深くなる。特に‘良く遊ぶが、基点。

・・・・・・
2018/04/04
閑話小題 〜加山雄三とヨット
   * 遊びをせんと生まれけむ!
 人間の価値は、それぞれ重複するが、遊び、働き、学び、と分けて考えると
理解しやすい。何処に重きを置くかになる。 それも時節により変化する。
幸福を目指すか、充実して人生を目指すかにより、大きく左右される。
世の中には生れつき幸福な人がいる。波乱万丈では加山雄三が、その部類に
含まれる。彼の趣味がヨットであることは、よく知られている。そのヨットが
全焼したというニュースが流れ、加山が涙を流した映像が映し出されていた。
 問題は、保険に入っていたかどうか。入ってなくとも、80歳の年齢からして、
そう遠くない旅立ちの未練が少なくなるのが幸いと穿った見方も出来る。
 
 「遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわぬ)れせんとや生まれけん
         遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動( ゆる)がるれ」

《 西伊豆町の港で、俳優で歌手の加山雄三が事実上のオーナーのプレジャー
 ボート「光進丸」が炎上した火災で、出火当日に船内でエアコンなどの点検が
行われていたことが2日、下田署への取材で分かった。同署は出火との関連の
有無を調べる。同署によると、船を管理する地元の船舶修繕会社の従業員が1日
午後1時ごろから約1 時間、船内で作業した。エアコンは、カビの発生を防ぐ
ため常時稼働しており、点検でも異常はなかったという。火災は1日午後に発生。
出火当時、船は無人でけが人はない… 
 このヨットは、27歳の時に自ら設計に加わり建造した中型クルーズ船「光進丸」
の3代目。値段は4〜5億。趣味として、自ら設計に加わったヨットの航海は最高の
贅沢な遊びになる。幸福を絵に描いたような男の一人である。》

▼ 幸せな男としてと有名人を絞ると、故・植木等、赤塚藤雄、 関野吉晴
(探検家・人類学者・外科医)、数年前に亡くなった鳩山邦夫などがあげられる。
逆に野球一つに絞った長嶋茂雄のようなの幸せがある。 関野は、アフリカから
ユーラシア大陸を経て、 広大な無人の新大陸(南北アメリカ大陸)へと旅した。
グレート・ジャニーなどの旅をするために医師になった冒険家。
加山雄三に似て趣味を貫徹するために職業を選択している。
 7年前に事業整理を決断したが、加山のニュースで思ったのが、ホテルの整理
とヨット消失。これを類推し、<彼がヨットを失っても、設計段階から参加した
ヨットの創り遊びと、航海を楽しんだ行蔵が酷似している。元は、そこで既に
取った行蔵を当事者以外は知り得ない!>と、思っていた。 1〜2年もしない
うちに、諦めがつく? 当人の心の内を吐露は出来ないが、悔いは少ないはず。
わたし個人として、遊びの切口では、9割方は満足しているが、遊び足りなかった
悔いは少ない。加山と比べようがないが、羨ましい限り! そこで… 
「上を見れば、キリがない、下を見れば底がない、横をみれば情けない!」
の言葉が浮かぶが。これも元もと少ない。 人生、こんなもの!

・・・・・・
4401,フランクル ーつれづれに
2013年04月04日(木)
   * フランクル
 昨日、何気なく昼、NHK/Eテレをまわすと、
≪フランクル“夜と霧”−終−第4回「苦悩の先にこそ光がある」≫
を放送していた。フランクルの著書は何冊か読できたが、いずれも大きな
感銘を受けた。  ーNHKのブログによると、
【 フランクルは、生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への
 案内役だと説いた。最終回では、フランクルの言葉に支えられながら生きて
きたという、姜尚中さんをスペシャルゲストとして招く。姜さんは「与えられた
運命を引き受け、それをバネにすることで成長が生まれる」と言う。先行きの
見えない不安が広がっている今、わたしたちは生きる希望をどのように見いだす
べきなのだろうか。「夜と霧」から考える。】とあった。
メモを取ってなかったので、少し文言は変わるが、
《 ◎ 成功、失敗は左右の水平軸に分けられるが、縦線の上に意味、
  下には絶望・苦悩を置いて縦横の立体で捉えるべき。
 ◎ 砂時計で上の砂が真ん中の細い管を通って落ちて、下に溜まる。
  上の部分が未来、細い管の部分が現在、下が過去になる。私たちは
  下の過去に重きをおかないが、苦悩などを含め必死に生きた管(現在)
  を過ごした過去は、充分に価値があり、その人そのものになる。 
 ◎ 苦悩とは、人間を成熟させて真実の自分を呼び覚まし、
  生きる意味を成就させるチャンスそのものになる。
 ◎ 人生に期待するのでなく、人生の方が私たちに期待している。》が印象的。
 フランクルといえばー自己超越のための3つの意味(価値)ーが、挙げられる。
1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術
2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛
3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで得られる価値・意味=
  極限状況の中での尊厳ある態度。また、ー人生には発見されるべき価値や
  意味があるーとして
1・意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる)
2・意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である)
3・人生の意味  (創造・体験・態度など生きる姿勢の中に意味を見出す) 
 の3つを上げている。フランクルは、「生きるとは価値判断(学習)と選択の
連続である」という信念が一貫してある。よく遊び、よく学び、よく働くことだ。
それに私の考えを加えれば、喜怒哀楽を開放してやることだ。
・・・・・・
2015/05/22
アウシュビッツの回想
                      『読書脳』立花隆著 
   * アウシュビッツの奇跡的幸運(地獄に仏)
 二ヶ月前のNHK/BSのアーカイブで、ある女性の奇跡的生還を扱っていたが、
これも似たケース。奇跡的幸運が重ならないと、この過酷の状況下で生延びる
ことなど出来ようはずがない。
≪「シモーヌ・ヴェーユは驚くべき女性だ」と書くと、日本では社会思想家の
シモーヌ・ヴェーユを思い浮かべる人が多いかもしれないが、私が言及している
のは、もう一人のシモーヌ・ヴエーユだ。フランスで最も有名な女性政治家。
一九七四年シラク内閣で保健大臣になったのを皮切りに、歴代の内閣で保健大臣
をつとめ、フランスに人工妊娠中絶法を導入したことで知られる。一九七九年
には、第一回欧州議会で直接選挙による初代議長に選出されてもいる。
だが彼女を何より有名にしているのは、ドイッがフランスを占領している最中、
ユダヤ人身分証偽造)に問われて、ゲシュタポに逮捕され、アゥシュヴィッツに
送られながら、奇跡の生還をとげたこと。彼女の腕には、いまでも囚人番号の
入れ墨がある。シモータ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ回想録』は自ら筆を
とってその数奇な人生をふり返ったもので、フランスでは〇七年に発売されるや
たちまちベストセラーになった。政治家になってからの話も面白いが、圧巻は
第二章「罠」と第三章「地獄」。逮捕劇とアウシュビッツ時代を語ったくだり。
【アウシュヴィッツに着くとすぐに、その場で囚人の仕分けが行われた。彼女は
十六歳だったが、見知らぬ人の耳打ちで「十八歳」と申告し危くガス室送り
をまぬがれる。子供、老人、身障者など労働に適さないと判定された者は、
その場でガス室送りのトラックに乗せられたのだ。「親や子どもがどこへ
行ってしまったのか(略)カポー(女看守)に尋ねる人がいると、彼女たちが
窓から見える死体焼却炉の煙突とそこから上がる煙を指し示していたことを
私は覚えている。(略)死体焼却炉の煙は休みなく煙をはき出していた。
堪え難い匂いが立ちこめていた】 読んでいくと、彼女が生きながらえたのが
不思議に思えるくらい地獄の生活がつづく。収容所の娼婦あがりの女監督官に
気に入られて「あんた本当にかわいいねえ、ここで死なすにはもったいないよ。
別のところへ行けるようにしてあげる」「でも母と姉が一緒だからいいです」
と断ると、「じゃお母さんとお姉さんも一緒に」と、本当に三人そろって、
アウシュヴィッツから別?収容所に移され、仕事も調理担当に代えてくれる
というウソのような話が本当に実現した。その女監督官がなぜそんな特別の
ことをしてくれたのか、理由はよくわからない。その頃かわいい女囚に同性
愛的サービスを求めて特別の便宜をはかる女看守もいたが、それ的な要求も
なかったという。それから間もな-戦争が終り、女監督官は英国の手で
逮捕され処刑されてしまったので、その理由がいまでもわからないという。
本書には若いときのヴェーユの写真もおさめられているが、確かにガス室で
すぐ殺すには惜しい容貌だ。≫
▼ アウシュビッツといえば、フランクルである。12年前に、彼の本を
 集中して読んだが、人生への絶対的肯定に驚かされた。こういう極限の中で
奇跡的に生延びている人の共通点がある。それは、この状況下から生延びて、
家族か、友人たちと楽しい時間を過ごす具体的イメージを持っている人という。
【人生に何かを求めるのでなく、人生が私に何を求めているかを問うべきだ!】
が、特に印象に残っている。女監督官は、ただヴェーユが可愛いという理由
だけでなく、光る何かを見出したのだろう。そして、その後、彼女は光った
のである。肯定的イメージ化と、信念こそが、人生で最も必要ということか。
――
2003/09/19
《V・E・フランクル》について
 十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。
そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。
人生の調度まがり角であったためであろう。
その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。
彼の「意味」発見のための3つの問い
「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」
「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」
「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」
この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』
『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、
フランク心理学では考えている。

特に以下の分析には深く納得をした。
ー自己超越のための3つの意味(価値)ー
1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味
          =仕事・子育て・学問・芸術
       ー力への意志
2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味
          =自然・芸術・愛
       ー愛への意志 
3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで
        得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化
        ※自身が何らかの喜びに満たされていること
       ー知への意志 
人生には発見されるべき価値や意味がある
 (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる)
 (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である)
 (3)人生の意味  (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す)
  ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である

ー私が読んだ本は以下であるー
・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録
 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳)  みすず書房  1985年
・「それでも人生にイエスと言う」 V・E・フランクル 春秋社 1993年
・「宿命を超えて、自己を超えて」
 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳) 春秋社 1997年
・「<生きる意味>を求めて 」
  V・E・フランクル  諸富祥彦(監訳)
  上嶋洋一・松岡世利子(訳)    春秋社 1999年
・「フランクル回想録:20世紀を生きて」
  V・E・フランクル  山田邦男(訳) 春秋社 1998年
・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年
・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
            大和出版



6806,閑話小題 〜招福の「まねき猫」

2019年11月02日(土)



        < ベスト・エッセイ 2019年 >
   * 国境を超えなかった招福の狸
 まずは、井上章一の『国境を超えなかった招福の狸』のエッセイの概略から…
< 「まねき猫」が世界中にラッキー・キャットとして広まっている。普及を
 始めたのが20世紀の終わりごろ。経済のグローバル化が言われたころ。
しかし、同じ招福の「狸の金○」の置物は全く見かけない。国境を超えられな
かった。股間の袋が問題だった? 何故、日本人は、あれを肥大化したのか?
信楽焼きの股間模様の、あれが。 日本では、金箔を引き延ばす技術が昔から
発達していた。鍛冶屋も、炉に送る風を、この引き延ばした袋で送風するに…
 この股間が膨らむ話は、江戸時代の後期にひろがり、20世紀初めには、招福
の造形として広がる。あのリズムとメロディーは、何と賛美歌という。>
 ―
▼ 「まねき猫」が、この20年で世界的な置物として普及したとは驚き。
 私の机上の小さな置物群には、いない。ちなみに、あるのは、4〜5兮腓痢
仏像三体、わらしべ長者が二体、7〜8僂良杪淪諭12〜3僂寮仭、マリア像
達磨像などなど。 それと、仏像が数十が彫り込んであるクルミが、鎮座する。
半分は母親が集めたモノ、残りは旅行先で買ってきたもの。
 
 ―
   * 新人大臣が一週間に二人、辞めた件
 この程度のことを、週刊誌が内部告発だろうが取上げて騒ぎ立て、辞任に
追込む。それを野党が、鬼の首をとったように記者会見。大臣なればこそ、
問題になっただけのこと。そんなことを言えるだけ潔癖か? 槍玉に上げらた
当人より、彼らの方が、みるに堪えないことが分らないようだ。これでは、
誰も大臣に成れないのでは! 
 ― 
   * 今日はラグビーのワールドカップの決勝戦
 ラグビーも、今までは外国勢との圧倒的な力量の差で、見ることは
なかった。そこで、半数近くの選手と、監督とコーチと、キャプテンまで
外国人で固め、徹した練習でベスト・エイトまで勝ち進んだ。何と、ベスト8
に勝ち残ったのが日本を除いて英国連邦の国だけ。長年の力の蓄積がないと、
勝ち残るのは難しい競技。筋肉の鎧をつけた大男同士の、ぶつかり合い。
ワールドカップが故の迫力があった。私のみるところ、圧倒的にイングランドが
有利に思えるが、さて面白そうだ。 閑もまた適応すると、これが楽しい。

・・・・・・
6442,読書日記 〜やさしさね〜 −3
2018年11月02日(金)
           「やさしさ」という技術 2015/12/3
                  ステファン・アインホルン (著),
   * およそ3千ある宗教の共通点
≪ 人間の集団化、社会に倫理が存在する理由を、アインホルンは2つ挙げる。
 一つは「人間が社会を機能させるために倫理をつくり出した可能性」、
 もうひとつは、「人間に生まれつき倫理力が備わっていたという可能性」。
 ツグミやクジラやサルなどには、集団全体の益になるふるまい(危険を知ら
せたり、エサを共有する行動など)がみられる。これは「相互利他主義」であり、
人間社会で言えば「持ちつ持たれつ」という言葉で表されること。
 動物行動学の観点を入れつつ考えれば、「進化」の過程で倫理的ふるまいが
身についていき、それを社会の統合理念にまで練り上げた動物がヒトである、
という話になる。 「人間どうしの協力作業は、快感を高めるドラッグと同じ
生理的効果をもたらす」のだという(p.125)。これは、幸福感と相互扶助行為が
関係していることを示唆するが、同時にアインホルンは、「やさしさは得だ」
と説いてきたのが宗教であると述べている。
 
 地球上のおよそ三千の宗教に共通するのは、
「他人からこう扱われたいと思うやりかたを、自分が他人に接するときの指針
 にすべきだ」(p.132)という、似たような倫理を持っている点。
・自分が嫌なことを他人にしてはいけない (ユダヤ教、タルムード)、
・人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい
                    (基督教、マタイ福音書)、
・自分のために望むことを兄弟のためにできない者は信者とはいえない
                    (イスラム教、スンナ)、
・己の欲せざるところを他人に施すことなかれ(儒教、論語)等々の教えは、
 よく知られている(p.132-134)。

 本書でまた、米国を拠点に活動するNPO団体フリーダムハウス(世界の自由の
拡大を目的とする監視機関)の調査結果を引用し、民主主義国家と専制国家とを
比較すれば、人命尊重を旨とする民主主義国家のほうが、戦争や飢饉による
死者が少ないという結果が出ていると指摘している(p.139-144)。 ≫


▼ 経験を積むほど、教養が深まるほどに、やさしくなるのは、これ如何にと
 考えると、著者の言わんとする一部分が解るということ。 老いて、
「いじわる婆さん」「いじわる爺さん」ほどの老醜化はない。しかし足腰が弱る
など、身体が不自由になれば、愚痴も言いたくなるし、怒りを他者にぶつけたく
もなる。だから、老いたら群れるのも程ほどが良い。いや、自動的に孤立化、
孤独化する。だから、独り遊びの習慣が必要。そして、その結果の楽しさを
他者に分け与えることが、やさしさでもある。
 ‘もう少し人にやさしく!’が、人生の要諦ということか。
けっして難しくないのに、何故、今まで 気づかなかったのでしょうか。 
自分には、いやに、やさしく振る舞っていたのに。その辺りが限界だからで
しょうね、きっと! この年齢になったのだから、こう言いかえれば。 
「熟年の年頃と感じたいなら、分け隔てなく、やさしい言葉をおかけなさい!」
聞いてやる、それもトコトン聞いて聞いて聞いてやる。 難しい? 
なら聞いたふりでも充分。「分かるわ〜  で?」を、繰り返せば。それが
やさしさ。誰にでもこびり付いた傷がある。今さら消そうと思わないで、受け
入れるしかない。受入れ容認することを諦念という。諦めることを諦めること
から第一歩が始まる。 で、毎日、ウダウダ、これを書いています。

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5345,私が送りたかった人生なのか? 〜身の下相談
2015年11月02日(月)
        ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
  * 私が送りたかった人生なのか
 読んでいてバカバカしいが、こういう人が男にも多い。
私の周辺には少ないが、金融関係者に見かけられる。で、決断出来ない
まま定年を向かえ、OB会で他人の噂話で憂さ晴らしするしかない。
誰もかもが最後は死という挫折が待っている。
 ● 問い: 私が送りたかった人生なのか?=相談者会社員女性41歳
≪ 41歳で会社員、幼児1人の母で、人生80年の半分を過ぎ、最近、私は
 こんな人生を送りたかったのか、という後悔に似た気持ちがあります。
37歳で出産以来、自分の思い通りに行かないと強く感じています。
それまではやりたいことをやってきたように思っていたし、いざやる気に
なれば何でもできると思っていました。しかし、子ども中心の生活に変わり、
自分のやりたいことを我慢し、仕事も勤務時間を短縮している状態です。
これが子どもが18歳まで続くのかと思うと、本当に私が送りたかった人生
なのかと思ってしまいます。私は海外(西洋文化圏)で生活基盤を作り、
自分の目でいろいろな国を見たり、世界を感じたbしながら働きたかった。
欧米圏に3年弱、大学生・大学院生としていたときは生き生きと生活していた
と思います。でも、節目で安易な方へ流れたようです。現在は、英語を多少
使う程度の仕事で、海外旅行も行っていないです。夫は私とは正反対で
自分が生まれた地が一番好きなので、海外に行きたいという話にはとても
嫌がります。自分の夢に近づこうと何かしたほうがいいのか、でも守るもの
が増えて思い切つた行動ができず、行き詰まりを感じています。
若い娘のような悩みで恥ずかしいですが、信念を持って人生を生きている
上野先生に、ご助言お願いしたいです。≫
 ● 答え: 求めて得た経験を楽しまなくちゃ
≪ 困りましたね、アラフォーでこんなに「夢みる夢子ちゃん」状態では。
 今の生活がイヤだからリセットしたいだけ、としか聞こえません。
のぞんで結婚し、ほしくて子どもに恵まれたんですよね。きつと晩婚・晩産
なんでしょうから、若気の至りで結婚ヘジャンプしたわけでもなさそうです。
「自分が生まれた地が一番好き」な夫と、地に足のついた暮らしをしようと、
熟慮の末に選んだ生活だったのに、こんなはずじゃなかった、と……。
今の生活もあなたの「夢」じゃなかったんですか?「安易な方へ流れた」
ことも含めて。節目の決断に、あなたは自分の限界を思い知ったのでしょう?
いじょうぶです、こんなにワリの合わない気分がするのは子どもが小さい
うちだけ。「子ども中心の生活」なんてすぐに終わります。中学生にもなれば
もう親とは同行してくれません。夢を語る人の多くは現実逃避したいだけ。
その証拠には、夢を実現するために今、何をしていますか、という問いに
答えられないからです。あなたの夢がホンモノなら……子どもをひっかかえて
海外生活することも可能。そのために今何か準備をしていますか? ただし
外国ギライな夫との生活をリスクにかける覚悟が必要です。なら、なんで
オマエはオレを選んだんだ、と夫は言いたい気分でしょうね。で、いったい、
あなたは外国で何がしたいんですか?学生生活ならお客さま。おカネを使って
帰ってくれるだけの消費者。ですが、そこで暮らしを立てるなら死にもの
ぐるいの努力が必要です。あなたのいう「外国」はたぶん「ここではない場所」
を意味してるんでしょうね。現実逃避したいほど、あなたは今の生活にくさく
さしているんですね。そんな母親に育てられる子どももかわいそう。
まず仕事と子育てにテンパってる状態からラクになるために夫の協力を求めま
しょう。そして子育ての今を楽しめるように余裕を作ることです。もし外国
暮らしの「夢」を実現していたら・・今ごろ海外で往きくれた「おひとりさま」
難民になっているかもしれません。≫
▼ 求めて得た経験が無いに等しい人だから、こういう悩みが、背後から
 覆いかぶさってくる。

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6077,閑話小題 〜チョットした旅の思い出
2017年11月02日(木)
   * 世界で出会った動物の世界 
 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。
小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに
遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、
嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、
『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。
そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が
唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。
魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。
 
 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、
蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが
当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。
 
 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に
似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。
日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。
 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を
小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間
の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。

 スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。
異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。
<航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル
の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、
多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。

 TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの
群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。

<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
 より、遥かに面白いことが満ちている。
YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。

追)何はともあれ、家庭内、いや夫婦間のドックファイトを忘れていた。

ここで取り上げた事例も、まず、仲間の立場に自分を置いて、間接的に説得
している。 口説きも、性欲という面で、似たような? ーつづく
・・・・・・
4613, 君は1万円札を破れるか? ー3
2013年11月02日(土)
 ー君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 
                        苫米地英人 (著)
  *「銀行」は詐欺から始まった! 
 手持ちの資金の8倍まで資金の貸出可能というから、必死になって預金を
集めるわけである。その8倍の枠も、米国の強制によるもの。それ以前は無制限。
そのアメリカといえば、自国に抜け道を多くつくっておいて、8倍の枠組みを他国
に強制するのだから、悪質。銀行ほど良い商売はないが、バブル崩壊で都市銀行は
三行に集約された。  ー以下が解りやすいー
《 現在のような形態の銀行が誕生したのは中世末期、17世紀ごろのヨーロッパ。
 この当時、ヨーロッパでは貿易などの拡大によって商業取引が盛んになり決済
に使われていた金を大量に保有する人たちが出てきました。大量の金を手元に
置いておくと、泥棒に狙われて危ないので、預けることにしました。その預け先と
いうのが「ゴールドスミス」と呼ばれる人たちで、金を加工して、金貨を造る
金細工商。彼らは、金をしまっておくための頑丈な金庫を持っていた。
ゴールドスミスは、お客さんから金を預かった際に、預かり証を発行しました。
この預かり証は本来、クロークに上着を預けたときにもらうチケットや、
パーキングのチケットと、なんら変わりないはずです。ところが、ここから
意外なことが起こります。重たい金を持ち運ぶのは不便なので、人々がゴールド
の預かり証を金の代わりに取引の決済に用い始めたのです。そして、ゴールド
スミスたちはあることに気づきました。それは、預かり証を持ってきて金を
くれという人がほとんどいない、ということでした。というのも、決済で
預かった人も、自分の手元に置くのが不安なので、そのままゴールドスミスに
頂けておくからです。預けに来る人ばかりで、受け取りに来る入が少ないならば、
自分たちが実際に保有する金の総量以上の預かり書を発行しても、問題に
ならない。預かり書を持った人々が一斉に窓口に来て金を取り戻そうとさえ
しなければ、どれだけ架空の預かり書を出してもバレないというわけ。彼らは
これを利用して、預かり書を大量に発行し、人に貸して利子を取り始めました。
これはハッキリいって、詐欺行為です。もし、個人が同じことをやったら、
完全に詐欺。でも、現代の銀行がやつていることも、原理はこれといっしょです。
このように、預かりを保証する金よりも頂かり証の量の方が多くなるのが、
「信用創造」です。銀行というのは、そもそも信用創造という考え方による、
合法的な詐欺行為をなりわいとしているのです。ゴールドスミスのやり方を
まね、やがてヨーロッバ全土に同業者が現れ、それぞれ独自の預かり証、
つまり紙幣を発行するようになります。そうなると、これまでのように国家が
お金の発行権をコントロールできなくなっていきます。
 時の権力者であった君主たちは、自らの権力が脅かされるわけですから、
「お前ら、何をやっているんだ」と口を出します。ところが、銀行家、
「こんなにおいしい商売はないですよ」といわれ、「じゃあ、俺にも入させろ』
ということになる。自ら権力を奪われるとも知らずに。そして、国が必要とする
金が賄えないと、銀行から借りるようになる。銀行家は、国家に貸し付ける
ことで、権力を自らの手に引き寄せていったのです。・・・ 》
▼「銀行の本質は詐欺! 金で世界が回っているが、その金は、架空の
 預かり書の紙切れ。」 現在の日本は、得体の知れない恐怖に覆われ、
将来に希望が持てなくなる。その恐怖に慄き、竦み、預金に励む。
それも結局、アメリカ国債を買わされ、その国債が4兆ドルに至っている。
売ろうとしたところ、それは米国に対する宣戦布告と脅されている始末。
日本の出世システムは、米国の属国たる優秀なポチになること。 
優秀な人ほど人相が悪い?のは、そのため。 

・・・・・・
4980,瞬間説得 ー1
2014年11月02日(日)
      「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
 面白い本である。その大部分が、一瞬の説得で、その気にさせた事例だが、
面白いものばかり。ヤクザの恐喝も、これ。何かに因縁をつけ、恐怖のどん底
に落としいれ、金を巻き上げる。書籍の帯も、店頭の客への瞬間説得のため。
情報化社会こそ、これが必要ということ。
  ー背表紙裏のないよう説明からー
【 そんなつもりはなかったのに、その人にはなぜかいつも説得されてしまう。
 もしかしたら、あなたの相手は瞬間説得力を身につけているのかもしれない。
ことば巧みというだけでは説明できない、この特殊能力はどこからくるのか?
視覚、聴覚、先入観と、説得力の密接な関係とは?心理学者が 科学を武器に、
隠された説得の方法を探りだす!】  〜まずは、幾つかの事例から〜
≪ ◎ 問題を一つ。
 金曜の夜、ロンドンの地下鉄で信号機故障があり、電車は五分ほど途中停車
しました。車内は満員で、しかもさらに五分間停車するというアナウンス。
すると、ジョギングウェアを着た男がいきなりタバコを取りだして火をつけた。
車内は不愉快そうな沈黙に包まれましたが、誰もが黙っています。
あなたならどう声をかけますか? トラブルもなく一発でやめさせるには?・・
 [ 答えは、明日ここで ]
  ◎ いま一つ。
 イギリス連邦政府の要人のためにロンドンで催されたある晩餐会でのこと。
ウィンストン・チャチルは、顔見知らぬ客が値のつけられないほど貴重な銀の
塩入れを盗もうとしているのに気づいた。問題の紳士は、稀少な工芸品を
ディナーをジャケットにすべりこませ静かに出口へと歩きだしだ。
チャーチルはどうしただろうか? 主催者の顔も立てなければならないが、
不祥事も避けたい。その板ばさみに悩んだすえに、妙案を思いついた。
一秒も遅れてはならないと、すぐにペアの胡椒入れを手にしてこっそりと自分
のディナージャケットに入れた。それからゆ共犯者に近づき、ひそかに持ち
だした調味料入れを見せた。「おれたちは見られたみたいだ」とチャーチル
は呟やいた。「あそこに戻したほうがいい」 ≫
▼ ここで、5つの要素、「単純性・私的利益感、意外性、自信、共感」
 が重要だとしている。(著者は英語での頭文字をとってSPICEとしている)
上記の、いずれにも、この5つの要素が入っている。おれおれ詐欺も、ブラック
の営業も、同じである。相手を混乱させ、瞬間説得で、金を、契約を騙し取る。
ファッション店の売り子も、迷っている客に、買わせるように誘導する。



6805,読書日記 〜小さな習慣 〜3

2019年11月01日(金)

             <『小さな習慣』ースティブン・ガイズ著>
    * 最初のアクションが一番、難しい
 第一歩を簡単に踏み出す「小さな行為」を勧めるから見事に盲点をついている。
仏壇前の御参り、時どき省略してしまうが、この『小さな習慣』のヒントの御蔭で、
数秒でも座ることになった。そして、似たようなことを探したらあるある。 
習慣の重要性に、気づいて利用してきたが、「小さな習慣」の切口は新鮮である。
老化は、「何事も面倒になり、動作も頭の回転も鈍くなりがち。それをカバー
するに習慣として小さな判断と、動作から小まめに始めなければ… 
逆もある、覚醒剤などの麻薬患者は、興味本位で始めて、深みに嵌るケースが…
 それをプラスの「小さな習慣」に善用する勧めということ。

〜鳥瞰するように流し読みするだけでも、多くのヒントが見てとれる。
 ―
・ストレスと悪習慣が永遠に繰り返される負のサイクル。例えば運動。
 ストレスが、背をおしてスポーツジムに向かわせる。ストレスは、何もせずに
 いると負のサイクルに陥ってしまう傾向がある。
・行動が習慣になるまでにかかる日数は平均66日。これはあくまで平均値で、
 18日から254日。それぞれあるから、大きな幅がある。
 【 実際に、この毎日の随想日記。慣れるまで1000日、3年近く要した… 
 20歳半ばに経験した<フィールド(現場)で得た経験と資料をカード二枚を
 ホチキスでとめたファイルにした「立体式日記」の習慣化の下地があったため
 続いたが、それがなかったら、続かなかった? この習慣は1日、中断しても、
 それで終わるということはない。】
・何をするかにかかわらず、「45%」は習慣として自動的に行っている。
 だとしたら、人生に役立つ習慣を取入れればよい。
・「熱意減退の法則」がある。これだけは誰にとっても突き当たる。
 毎日、2時間の読書を続け、3週間続いたとしよう。この時点で、この行動を
 習慣にする芽が育ち始める。…がモチベーションに頼っていたため、この先に
 進むことなく、習慣の芽は成長を終わる。そこで、意志の力を使う小さな習慣
 は、そのモチベーションの欠点をカバーしてくれる。 意志の力は筋肉と同じ
 ように鍛えることが可能。そこで「ニュートンの法則。
 A: 静止している物体は、外から力が加わらない限り、そこから動かない。
 B:動いている物体は、外から力が加わらない限り、その速さが変化しない。
 【 2〜3ヶ月に一度は、その意志の力が全く浮かばない事態に陥る その時、
 思うのは、こういう時に捻り出したテーマと文章ほど、本音の味が 滲み出る。
 そこから「意志の力」が持ち上がる。これが無いと、続かない!
 習慣は自分の限界点を超えていく。そこから一歩を超えていくと、何かしらの
 悟りに近い何かを獲得する。】
・ 最初のアクションが一番むずかしい。私たちはできるだけ多く、できる
 だけ頻繁に動きたいと思っている。そのために必要なのは実に簡単な最初の
 アクション。どんな課題でも、始めること自体が最初に抵抗を引き起こし、
 最初の壁になる。スタートが一番難しいのと、それは必ずしも、スタートが
 難しくしなければならないという意味とは違う。最初の一押しが、軽くできる
 なら、最初の抵抗が少なくてすむ。
・ アクションが始まると、第二の抵抗の波がやってくる。この第二の‘波’の
 強さは、最初のアクションの影響がどれほど大きかったにより変わります。
 それを前提に、その波を乗越えていく。
――
▼ チェーン理論に、チェンジ、チャレンジ、コンペティション
(変化、挑戦、戦い)の3C主義がある。 この中で最も重要なのが、「変化」。
仏の教えに、< ものはすべて縁によって起こったものであるから、みなうつり
変わる故に、怠りなく修行に打込み…>とある。 小さな変化を敏感に感じとり、
対応できる「小さな習慣」こそ必要。  …まずは腕立て一回ですか。

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6441,読書日記 〜やさしさね〜 −2
2018年11月01日(木)
         「やさしさ」という技術 2015/12/3
                   ステファン・アインホルン (著),
    * やさしさは、気づかいから…
  〜まずは本書の印象に残った個所をコピーから〜
≪ ☆「おはずかしい話ですが、私は生涯、人類の行く末について考えてきた
 というのに、結局は“もう少し人にやさしくしなさい"という言葉よりもましな
 助言を人に与えられないことがわかったのです」
         ――オルダス・ハクスリー(イギリスの哲学者・小説家)
☆ ―「はじめに」より―
「お金持ちになる方法や、頭がよくなる方法、創造力や仕事のスキルを高める
 方法について書かれた本はすでにたくさんある。だが、やさしさの技術を磨き、
よいことをして成功する方法について書かれているのは、本書以外にはないと…。
一般的な通念では、やさしさとは「生まれもった資質・性格」であって、個人
の意思でコントロールできるものではない。だが本書を読んでもらえればわかる
とおり、これは正しくない。一部は親から受継ぐものだが、やさしさというのは、
誰でも意識的に身につけることができ、一生磨き続けることができる「技術」だ。
そしてこの技術こそが、人生で成功を収めるために、そしてこの世界をより住み
やすい場所に変えるために、もっとも重要な要素なのである。
さらに私が伝えたいのは、私たちは自己犠牲的な博愛主義者になる必要はなく、
利己的な動機から他人によい行いをしてもまったく問題はないということだ。
やさしさは、まちがいなくあなたの得になる。こう聞いて憤慨なさる方も
いらっしゃるかもしれないが、本書を読み終えるころには、みなさんにも納得
してもらえると私は信じている」         
 ――
☆「毎晩ベッドで寝入るまでに一時間はかかる。でもその時間を苦痛には感じ
 ないんだ。あれこれと考え事ができるから。そうだな、その時間は家族に何を
 したら喜んでもらえるかをじっくり考えるよ。昼間は仕事のことをあれこれ
 考えてしまうからね」
☆ 公の場で大変な状況に出くわした時。「私の問題じゃない」と思った時は
 「もしこれが私の問題じゃないのなら、いったい誰の問題だろう?
 こんな時、人間らしく、仲間として行動をするのは誰の役目なんだろう?」
☆ チューリッヒ駅に一人の年老いた女性が立っている。しかもここ10年間、
 毎日。女性の名はハイジ。通行人のために祈っている。慈愛に満ちた眼差し
 で通行人に神様のご加護がありますようにと。
☆ ー人は自分がいい扱いを受ければ自分も周りに人を大事に扱おうとする
 ー晴れの日の方がチップが多い。
 ー良いテスト結果と伝えたグループは募金額が多い。
☆ 人生は計り知れないほど豊かで意味あるものだ。問題は私たちが忙しすぎて
 重要なことや意義のあることをなかなかできないことにある。できたとしても
 私たちはそれらがどれだけ意義深くどれほど重要かを必ずしも理解している
 ワケではない。だからこそ私たちは立ち止まって周囲を見渡し自分の行動を
 見直すべきだ。そして私たちは何が意義深くて何がそうでないかを判断する
 能力をやしなうべきなのだ。 ≫

▼ やさしさ。 人生を振返るとき、多くの人は、それを実感するはず。
 父親が家族、親族に一家を引継いだ当主としてからか、身内に対して非常に
親切だった。現在、核家族化が進む中で、身内の中も、距離が出来てしまった。
属する社会が、家族、親せき、学生時代の友人から、ネットへ大きく移動した
昨今、さらに、この傾向が強くなっている。ネット上だけでなく、身辺の人の
やさしさが必要のようである。 
「その善良さは、他の資質が相まってこそ」と、言いたいが… 結局は、相手の
話を果てしなく聞いてやるのが、第一歩。しかし、特に年齢を重ねるほど、その
必要性がある。それは分かってはいても、老いるほど、何事も億劫になる。
底が浅いということになるが、私は、まずは自分の心の声を聴くことから。
で、毎日、過去17年分の、このテーマ日記を読み直し、当日分を読返している。
 まず読返すのが前日分を読むが、恥ずかしいかな、必ずや間違い文字や、いい
加減な論理が目につき、修正する。 これをしないと、数年後に読返した時に
何とも嫌な心持になる。 この程度の内容でも、私にとって限界の線上。
だから諦めもつく。鼻先で笑うなら、実践してみたら? と。翌日、読返し、
前日分の誤字、当て字を見出し、その上に、数年前の中の文章にも… そして、
知能の程度が露わな内容の直面が連日、続くことに。愚痴になったが…
 昨日も、連れに、『今朝のブログに「やさしさ」をテーマに書いて、何よ。
まずは、私からでしょう! 笑わすんじゃないわよ』 と一括された。
その一言に、ロクに読んでないことが見て取れたから怒る以前の愚痴。
『やさしくなれないから、テーマに取上げたんだ!』とも言い返せず、ったく!

後記: 芯から優しくなるには、苦労に苦労を重ねないと出来ないんじゃない。
 テクニックではないんじゃないですか? 力も、知性も、あってこそ、包み込め
るんじゃないですか? しかし、それでもやさしさは必要。放っておけば人間は
野獣の顔になるから、せめて、「ふり」から入ればいいのさ。そうでしょ!
8年前から現在に至るまで、年に数度、吠えかけられるが、ほぼ老化現象か、
鬱症が見て取れる。2〜3年以内に、そのまま表立つから面白い! 
私も含めてだが、抱え込んだ問題を病気とすると、解りやすい。
問題は、対象にあるのではなく、当人の病の中にあるのである。それに
気づかないから、直ぐか、2〜3年後に、返り矢として当たる自然な事態。

・・・・・・
5709,つれづれに哲学 〜「イリヤ」について
2016年11月01日(火)
  * レヴィナスの、「イリヤ」について
 収容所から生還したレヴィナスの知人・親戚縁者の殆どが殺されていた。が、
世界は、そのまま、何事も無かったように存在している、その不思議と恐怖。
それを「主語無き存在」と語る。二人称の消滅した世界も末恐ろしいのだろ。
80歳半ばにもなると、同年代が次々と亡くなっていく恐怖に似ているのか。
≪ 【ハイデガーと対決したレヴィナスは、「存在」について、いかなる
 存在者も存在しないが「この存在者が存在しないという無」それ自体は
存在するとし、存在者なき存在を「il y a」と表現した。
存在について、ハイデガーは「〜がある(独語:es gibt〜)」を用いたが、
レヴィナスは「〜がある(仏語:il y a〜)」を用いて語ろうとした。
 ハイデガーの「es gibt」は「それが与える」という意味の他動詞。
一方、レヴィナスの「il y a」は「それがそこで持つ」という自動詞。
ハイデガーが指摘した「存在者(あるもの)」と「存在(あること)」
という区別を、レヴィナスも踏襲はするが、その時、「存在」が「存在者」の
述語となっているので、「存在」のより根源的な意味が見て取られていない、
とレヴィナスは批判する。レヴィナスがここで考えるのが「存在者なき存在」。】
 ヤスパーは、ユダヤ人だったレヴィナスの妻など、親戚・知人の殆どを
ナチストに殺される。辛じて強制収容所から生き延びたものの全てを失う。
それでも、なお、世界はそのまま存在している…。
何が存在しているのだろう。レヴィナスは、このような主語無き存在を、
「イリヤ」と呼んだ。自分中心の世界を創り上げれば、イリヤの孤独から逃れる
ことが出来るのか。いや、できない。それは、自分が知っている範囲で世界を
構築しているため。その恐ろしいイリヤから、抜け出せる道を、
「他者の顔に、その道を見いだす」とする。≫
▼ 死に直面すると、「自分の死後も、世界は何事もなかったように
 動いていくことが奇妙に思われ、それが恐怖心を呼起す」という。
それと、この世で遣り残した事と、残していかざるをえない家族と財産。
「あ〜、何で物でなく、事にしておかなかったか。事なら持っていけたのに!」
誰もかも、何も持たずに生れてきて、何も持たずに死んでいく。
レヴィナスの考える、<「存在者なき存在」> の自らの体験。絶対孤独の
世界の恐怖が、死に向かう人たちの共通の感覚だろう。 で、以下につづく。

・・・・・・
5344,自殺っていけないの? 〜身の下相談
2015年11月01日(日)
           身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
   * 自殺って何でいけないの?
 〜問い: 自殺は本当にいけないですか 〜相談者無職男性50代
≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で
年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の
することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、
自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ
暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ
ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある
小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定
できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て
きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって
悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて
きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死
を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を
支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、
私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。
世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと
私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫
≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう
 ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。
冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから
ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は?
☆ 解釈そのー。
 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。
残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。
☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答
 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで
あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ
で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名
の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。
☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし
 あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。
くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた
が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な
理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、
ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。
☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、
 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。
そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。
「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。
自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその
メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。
▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。
 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で
自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、
死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは?
・・・・・・
79,閑話小題 ー話すより書け      
2014年11月01日(土)
   * まずは、話すより書け
 数ヶ月前になるが、小学校の同期会が近隣の温泉宿で行われた。
86歳の担任の西澤先生も出席され、会の始まる前に別室の先生に挨拶にいき20分
ほど話をさせてもらった。以前、新潟で一晩、御一緒して古町に飲みにいった
ことがあった。その時、社内報に書きつらねた『事業百訓』のコピーを差上げたが、
その話から、『今ではブログに13年以上、毎日欠かさず文章を書き続けて、身近な
30人〜40人位が読者になっています。慣れてくると、これが面白くなって、毎日
2〜3時間はかけてます』と話すと、『そうですね、話すより書けと言いますよね。
書けば、一度、内容を整理できるうえに、考えますから・・』と答えられた。
先生から、高校、大学の合格時に、お祝いの葉書を頂戴した。そして三年前?
も慰めの葉書を頂いていた。先生は筆書の達筆家。そのため、悪筆の私には、
それがプレッシャーになり、その返事に悪戦苦闘。
大学のゼミの武澤先生も、何度も、手紙を頂いた。話すより、書けである。
入院した人に一番良いのが葉書の便りというが・・ 書く癖をつけると、論理的
になって、相手の話の骨格が把握できるようになる。読書と、手紙を多く書いて
いる人は、そうでない人に比べ、話す内容が格段の差が出てくる。逆に、一寸
した世間話に、気楽に答えられなくなり、結果として、硬い印象を与えてしまう。
性格もあるが・・ 頭に浮かんだ言葉を、一度、書き出してみると、更に、
考えが出てくる。話すことで、次々と、新たに考えるタイプもいるが・・
早朝、この文章の加筆、修正をしていると、意識内での自己対話をしている
感覚になる。それと、誰かに向かい問いかけをしているような・・ それが内省、
内観にもなっている。大自然に、一流芸術に触れ、驚き、感激し、感動し、
それを言葉にし、自己対話をし、誰かに話す、そして書き出し、残す。
この一連が人生を豊かにする。 
 

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