堀井On-Line



6559,閑話小題 〜『考えるを、考えると…』

2019年02月28日(木)


     <『考えるとはどういうことか
             〜知のトレッキング』外山 滋比古 (著)

 思考とは「知識と経験とを結合して新知識を創造する際の『触媒』である、
とする内容。とすると、このブログは、その役割を担っていることになる。
触媒とは言い得て妙。触媒の対象によって、結合がマイナスに働き、知識、
経験を劣化させる可能性を含んでいる。『考えるとは〜知のトレッキング』。
ウォーキングであり、ランニングであり、トレーニングでもある。
6550のテーマと、内容。これに毎日、新たな知識と経験を書き加えいく日々。
細やかな思考と、内省。これも慣れてくると面白い。右手の人差し指の触媒と、
自分に向けた中指、薬指、小指と、上に向いた親指で融合する。
左手は受けてたつ役割。 空の手か、宝を持つ仏の姿。 考える姿そのもの。 
  〜Amazonの読者レビューの要約から〜
≪本書において,既存の「知識」と組み合わせるべき自己の「経験」を重視し,
他人の作った知識よりも,自分自身の経験の場である生活を重視すべきだとする
考え方,すなわち,思考とは,「知識」と「経験」とを結合する「触媒」であり,
自己の経験を従来の知識と関係させることなしには,新知識を創造すること
できないとする考え方は,最後まで一貫しています。
・著者が第1章で「球面思考」(筆者はこれをを四次元の世界にたとえています)
を強調しているのは,考えるという触媒作用にとっては,他人の「知識」は
もちろん,自分の「経験」とも適切な距離を置き,「岡目八目」的な場に身を
置く必要があるからでしょう。
・第2章で,「考える」とは,他人から得た「知識」を素材として,それに自分の
「経験」を加味して,二次的な知識を創造するための「触媒」(作用)である
(50-51頁)と述べて,読者の最大の疑問(考えるとはどういうことか)に答えて
います。
・第3章で,人生における大切な選択のためには,冷静に「考える」ことが重要
であり,他人の意見ばかりでなく,自分の直感を鵜呑みにすることの危険性を
強調しているのも,同じ発想に基づくものと思われます。
・第4章と第5章は,日本人が良く陥る,自己の文化を低く評価することに対する
反省を促すものであり,球面思考の応用となっています。
・第6章(最終章)は,触媒作用としての「考えること」がいかに価値があるか
を示すために,他人による一次的創作よりも,自分の経験を加味して創作した
二次的創作の方が価値がある例を挙げて論証しています。

 このように,本書は,日本文化をはじめ,二次的著作等について再評価しよう
とする主旨は一貫しているのですが,記憶の整理・消去に関する記述において,
ノンレム睡眠とレム睡眠を間違えて記述したり(7頁),著者の経験談が繰り
返されたり(54頁と153頁)ということで,本書の説得力が弱められているのが
惜しまれます。そうとはいえ,「思考」を新たな知識を生み出す際の「触媒」
と捉えたことは卓見であり,思考を「知識」や「経験」と同等のものとして
扱ってきた従来の発想を転換するものとして,高く評価されるべきだと思います。
 私自身,読書をして感銘を受けた場合であっても,それを「自分の頭で考え直す」
作業を経ないと,理解できたはずの知識を自分のものにすることができないことを
実感していましたが,本書の「触媒」理論を通じて,はじめて,その意味を理解
できたように思います。「自分の頭で考える」という触媒作用によって,
「他人の知識」とこれまでの「自分の知識」とが融合し,自由自在に使うことが
できる「新しい自分の知識」が生み出されていると感じることができたからです
 (なお,「自分の頭で考える」ということの意味については,
稲垣佳世子=波多野誼余夫『人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 』中公新書
(1989)46-63頁。 山鳥重『「わかる」とはどういうことか−認識の脳科学』
(2002)77-78,110頁が認知科学の視点から考察を行っており,参考になります)。
本書には,普通の読み物としても,面白い箇所(全寮制教育がジェントルマンを
生み出す,ことわざ・川柳・日本語の再評価,民主主義の盲点,料理は高度な
知的活動であるなど)がたくさんあるので,「自分の頭で考えること」が好きな
すべての人に本書を薦めたいと思います。≫

▼ ため息が出るほどの識見。「(全寮制教育がジェントルマンを生み出す),
 には納得。学生時代の「青雲寮」は人生の砂場そのもの。 その割には、
ジェントルマンの真逆とは、是、如何に? だって、面倒とはいえ、
フリでもしなければならないのが、これ! やっておけば良かった?
世間の常識から身を守るには、ジェントルマンじゃあね。
 いや、御品が悪いだけ! ところで、「みられているよ」の婉曲の非難。
『何を、何処をみているの? 自分の三本指を親指に向けた創作でしょう。』
  今日のオチは、こんなところで、‘おちつき’ました。
 
追文: 書き残しておく意義は、私にとって充分ある。書いてなければ、
永遠の彼方の忘却で消え去っていた行蔵。 時どき、うす笑いの蔑視の視線を
受けるが、覚悟のうえで晒しているので、仕方がないと受入れている。

・・・・・・
2018/07/08
閑話小題 〜今年も半期の終了 −6
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 掘 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 まだまだ書き足りない感が残ったため、録画の三度目の見直しをした。
以前、『3・10・60・27の法則』の法則をテーマに取上げた。ここの教育方針は
『帝王学』で、まずインテリジェンス(知性)のベースを構築を図っている。
インフォメーションが「生の情報」であるのに対して、インテリジェンスは
「加工された情報」という意味で、インフォメーションをもとに分析された情報
などのことをいう。加工された情報を鵜呑みにしないで、ベースに自らの知性で、
生の情報として考えられる能力を生徒に身に付けることを目指している。
そのためには、「何故、何故、何故」と、常に自己問答する習慣が必要と教える
のである。洗練された自由人である。この情報・知識を元に、知恵に変えて、
モノゴトを判断し、プラスに導くことが、インテリジェンスになる。
  〜この紹介文より〜
≪ アルプス山中のヴィラールにあるボー・ソレイユ校は1910年の設立で、由緒
ある著名なプライベートスクールです。英語で学ぶ国際部とフランス語部があり、
卒業時にそれぞれIB、FBを取得することを目指して学習します。進学率はほぼ
100%で、ヨーロッパ、北米の大学を中心に進学します。
「バランスを大事に」をモットーに勉強だけではなく、スポーツや色々な活動
に全面的に参加し、一つに偏らないバランスの取れた人間形成を目指します。
スポーツだけではなく、演劇や音楽などバラエティに富んだ課外活動が用意
されており、週末には屋外探検活動や近郊都市への遠足に出かけることも多く
あります。修学旅行や休暇期間には、ヨーロッパだけでなく、南米、アフリカ、
アジアなど世界中の様々な場所への旅行に参加することができます。

11歳から13歳が学ぶ科学の授業では教科書を使いません。低学年のカリキュラム
には五つのテーマがあり、これらのテーマに基づいてあらゆる授業が行われます。

1.Adaption(適応力):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
2.Discoery(発見):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
3.Risk(リスク):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
4.Respect(敬意):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
5.Traditions(伝統):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育

――
課外活動のイアン・レイ氏はリーダーシップは生徒たちの人生において重要で、
すべてに影響を与える存在であるリーダーに役に立つスキルを身に着けてもらう
と言いました。責任感があり向上心を持っていること、それがリーダーの条件
だと言います。学校では世界に広く目を向けるだけでなくそれぞれの国の言葉や
文化も大切にしています。


▼ 11歳といえば、日本では小学校五年である。この頃から、年に1200万の教育費
 をかけてベースを教え込む。それも8年も。まあ、能力格差がつくのは自然の理。
選ばれた教師が、その全てを注いで、生徒に教え込む。それも、俗世を遮断した、
浮世離れしたスイスの山麓で… それも、世界中の国から集まった異色の人種と、
寄宿するのだから… こうなると、問題は血筋・血統まで行きつく。成るほど、
自分とは、自らの分、分際ですか。私の分際から見えてくるのは、当然こうですか。
 
――――
2018/07/09
閑話小題 〜今年も半期の終了 −7
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 検 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 様々な授業を紹介していたが、「地理」が、非常に面白い。
マダガスカルの貧困問題の扱いの切口が良い。同じような年代の真逆の立場の
少女の悲鳴に似た訴えを紹介し、キーワードを幾つか提示して、考えさせる。
ある生徒の一日の使用水道量が、マダガルカルの少女の運ぶ数十、数百倍の量と
知らしめる。

≪ 地理ではリーダーシップというテーマをもとに、アフリカのマダガスカルの
 水問題についてケーススタディをします。水を得るために一時間かける女性。
安全とはいえない水を19L頭に抱えて女性は水を運びます。それを一日に3〜4回。
マダガスカルは貧困を抱えています。先生は女性が持っていたのと同じ19Lの水を
用意し生徒に運んでもらいます。生徒たちと同じ年代のある女の子(ララ)は
最貧の地域に住んでいます。ララは靴もなくはだしで泥道を水くみに出かけます。
ララは次のような詩を詠みました。
< 私の一日もあなたの一日と同じだったらいいのに
  学校に行って勉強して公園で遊ぶの
  頭に浮かぶのは蛇口をひねるだけで出てくるきれいな水
  歯磨きしてシャワーを浴びるのもいいわ >
地理の先生は生徒たちに問いを投げかけます。生徒の一人が自分たちは水を
無駄遣いしていると言いました。またある生徒はどんな気持ちか想像します。
ある生徒はその水はどんな用途に使うのか質問しました。先生はララのお母さんは
子どもたちの面倒を見なければならないので水を運ぶことができないと言いました。

地理の先生は貧しい地域の人々についていくつかのカードを示しました。
 •公衆衛生
 •子どもの健康のケア
 •教育
 •栄養
 •疫病の予防
 •食の安全確保
 •妊婦の健康ケア
 •住宅環境
 •女性の社会進出

自分がリーダーならどのキーワードから優先して取り組むか生徒たちは考え
三人一組で話し合いカードを優先順に並べます。女生徒のグループは妊婦の健康
ケアが一番大事だと答えました。多くの生徒が女性の社会進出は優先度が低いと
考えました。先生は女性の社会進出が進まず地位が低いままで職にも就けなければ
一番大事だと言った妊婦の健康ケアは改善されるのか?子どもを産む機械として
利用され続けるだけではないかと問題を投げかけます。女生徒はまず力を持つ
男性とともに解決し… …わからないと答えました。地理の先生エリオット・
グリーン氏は裕福な家庭の子供たちが旅の経験や両親の仕事、授業から学んだ
ことを議論してもらい、将来持つであろう財力と影響力で世界が直面する問題に
取り組んでもらいたいと語ります。

生徒たちは年十三カ国を旅して自分の目で世界を知ります。
キリマンジャロへの登頂に挑戦することもできます。   ≫


▼ 半世紀近く、早朝と、午前中に数時間の読書習慣を持って、それまでの基礎
 知識不足をホローしてきた。受験システムに縛られ、自らも格付けをしていた
愚かさに気づくことが、第一歩であった。英会話能力や、対話力、文章化能力は、
付け焼刃では、直に欠けてしまう。このような指導と、長年かけたベースの知識が
必要となる。その理想形の教育システムが、これである。このスイスの寄宿舎が
素晴らしいのは、スイスが長年、中立国家で、権力者の手前勝手な価値観から、
解放されていることが重要である。「何が英国王室だ、日本の天皇だ。」を、
スイスの山麓で気づくこと、それが、教養ということ。そう、それぞれの内側から
見えている世界としての世間だけでなく、その真逆の視点に気づくこと、多様な
世界を知ることの必要性に気づくこと。特に、ネット社会こそ、理想形の、知識
獲得が必要になる。「クールヘッド、ウオームハート」こそ、情報化社会の絶対
条件といえる。 でないと、世間人の典型の、「ウォームヘッド、クールハート」
で、近所の500mを、徘徊するだけで… あれらは小池のホワイト・ナイトですか。
薄汚れて、愛嬌を振りまいて生きる姿も良し、外の世界で汚れたダーク・ナイトの
生き方もある。どのみち、同じでしかないが… 地球外生命の眼で、宇宙の彼方
からの生命体の視線で見る世界は、何と、綺麗で、明るく、刺激に満ちている。
早朝の自転車散歩で、大手大橋上をイオンよりから、ヒキチャリをしながら、
見える信濃川と、旧市内と、その向こうに見えてくるパノラマは、正しく、宇宙舟
からの視線のようである。スイスと、ロッキーの山並みに近い絶景とさえ思える
光景である。世界の絶景を知ればこそ、これに気づかされたこと。足元の世間の
素晴らしこそ、気づかないと… 52回目のチャレンジで、スイスアルプスの
向う側のイタリア・アルプスに行ってみたくなってきた。 
問題は、腰痛など体力と、固くなった頭と、気合。

 で、これまた偶然、丁度よい脈絡として、以下につづく。


6558,閑話小題 〜宝籤を買うバカ −2

2019年02月27日(水)

   * マイホーム 買えてた程に 宝くじ
 宝籤は博打の一つ。起業も博打のうち。 30年もエネルギーを入れ込み過ぎ、
ダウンした私に、庶民の夢の宝籤を否定する資格はない… それでも残ったのは、
充実感と、記憶の底に沈んでいた生臭い思い出のフラッシュ…  職・住が別の
都市だったのが救いになっているが… 資本主義社会では会社清算をした者は
前科者のようなレッテル付きになる。その立場から見えてくる社会が何とも、
面白く見えるのは、何故か? それは脳内の小さな分身が、現実社会の自分を
コントロール出来ているため。その一つが、18年前からの、このブログのテーマ
日記と、私にとって2ランク上の習慣管理。習慣は第二の天性。 習慣行動は、
一度転がってしまえば、何ということはない。基本は孤独、孤立の徹底から…
 ところで、「宝喰いを買ったことがあるか?」って。 20数年前に、長岡の
誰かに、新潟駅前の宝籤売り場で、10枚の購入を頼まれた時、面白そうと、一枚
だけ買ったことがある。勿論、11枚とも外れ! 宝籤でなく、大当りのような
ことは幾つかあったが… ? ふと「宝くじ川柳」がある筈と思い立ち検索して
みると、儚い庶民の夢が次々とあった。 夢ツリーを、宝籤でなく、定期預金で
すれば… それ自体が夢ツリーになるのに。月に5万×12ヶ月=60万。10年で、
600万。金価格が3倍として2000万。この金額を当選確率は、99・9…%は無理。
片方は… 要するに情報と知識になる。何とも『微笑ましい川柳』である。
 ――
  * 宝くじ川柳

宝くじ 買って一足先の春
皮算用 夢が破れた大晦日
何年目 黒字が今年 赤になる
1000円で 夢を楽しむ 庶民たち

幸運を これで使っちゃ あと怖い
宝くじ 当たったような 妻ができ
買わなけりゃ当たらん買っても当たらん

子宝が 当選続きで運取られ
ナンバーズ だったら当たっていたのにな
宝くじ どれにしようか あみだくじ
忘れてた 期限ギリギリ 一万円

使い道 聞いて人柄 チェックする
宝くじ買ったつもりで貯金箱
当選でグループ買いを後悔す
運がない人が支える宝くじ

親戚が突然増えた当選後
マイホーム買えてた程に宝くじ
当たっても 誰にも言わない でも言えない
買わぬのに当たった体で盛り上がる

当たらないわかっちゃいるけどやめられない
夢は夢 夢は夢も中 夢の夢
一等でなくても前後やミニ賞でも
当たるはず 淡い期待に すがり付き

やめとこう もういちどだけ 繰り返し
当たらない買ってないもの当たらない
当たらない交通事故よりあたらない
大当たり 何と大枚 700円

万倍日!?当たる算用 大人買い
当ったよ! 300円で 小躍り夫婦
また駄目か つぎも買おうか だめだけど
懲りもせず 今日も並んで くじを買う

何故買うの 当たるはずない 宝くじ
当たるよネ、 俺を呼んでる、 豪華船
残りもの 信じて買った バラ9枚
未だ買わず、 残りものには、福がある

当たりクジ、 中身はなんと、 六億円
当たりクジ、 持って銀行、 応接間


▼ 確率からして、ほぼ絶望の上に、当選すればしたで、この上ない不幸が
 待ち構えている。「庶民は夢を買ってる」というが、その夢を餌にした詐欺
まがいの代物。少なくとも、結婚詐欺寄り性質が悪い。夢への甘いプロセスを
味わえるだけで半分は? 何とか結婚に至っても、3割〜9割は、シリアスの現実
に、すぐさま夢儚く絶望に立たされる。「幸せそう」と、実際の「幸せ」は別物。
 パチンコ同様、<当たらないわかっちゃいるけどやめられない >のが現実。
『宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う!』 
… それはそれで良いでないか。 とはいえ、何か惨めじゃない?。
 再び…人様にいえた柄じゃないが。 で、いまは家内のアッシーで… 娑婆!
「不幸せな人が幸せを求めて、ナイモノネダリの夢を買う」 宗教は、それを
あの世で実現させてくれる。 一神教の天国の化身が協会。 共同幻想に縋り
つくしかないのが人間。 近々テーマにするが… 岸田秀の『唯幻論』の説。
その論の背景にあるのが、<人間とは何とオカシナ動物であるか! 人間は
本能が壊れた生きものであり、現実を見失って幻想の中に迷い込んでいる> 
というシリアスな社会で生きている想像を絶した社会の存在。これら愚民が
私たちという現実>である。 何と仄々と、それを川柳で見つめて、ニヤリ
として溜飲を下げている、己こそ、愚民その人。 だから娑婆という所以は、
そこにある。「妄想でもしてないと、この現実の殻の中で窒息してしまいそう」
ということですか… 宝くじは、唯幻論の共同幻想を楽しむ儚い具体的遊び!
 4k、8kTVの世界ってのも、共同幻想。それと、シネマ館もまた然り… 
同じ千円なら、VRの方が生々しくて私は好き。 今年はVRゴーグルで…
 ここで止めておく! かなり入りこんでしまった上に、今さら何を求めて? 
宝くじで、何を夢見る? 行蔵の中のステージの感動と感激の延長の中にこそ、
キャバクラとか、ホストクラブは、それらを満たす幻覚世界? 
一期一会の世界こそ、幻想世界が広がっている。 所詮、幻想は幻想だもの… 

・・・・・・
2013/06/17
宝くじが当たる確率(何倍?)はどのくらい?
 宝くじには全く興味がなかった。一度、一枚だけ話の種に買ったことがある。
SCなどの店先の宝くじ売場で買っている人を見かける度、
「夢を買っているんだ!」と思っていた。 ー教えて!Goo、によるとー
【 問い=  例えば、以下のような宝くじは当選確率はどのくらい。
  1等 1億円  20名  2等 1千万円 20名
  3等 百万円 200名  4等 5万円 30000名  
  例えば、1億円当たる確立は百万人に一人とか…
【 答え=
 ○ あなたが、宝くじの1等に当る確率は、1等の当選番号が、
          「11組111111番」になるのと同じです
 ○ 一般的な宝くじは、100kgの米の中からある1粒の米粒を探し出すのと
   同じくらいの確率。
 ○ 売り上げ枚数を調べれば簡単に分かりますよ 7億6千万枚ほど売れて
   いるようですから、完全ランダムで3800万枚に1枚ほど入っているかと
 ○ 年末ジャンボの場合、1ユニットで1000万枚発売されている。
  1等は1ユニットあたり1本ですから、単純に1000万分の1となります。
 ○ 当選番号が 123456番だとした場合 最初のくらいの1番はどのくじにも
  ついているわけで,あとは1の位から万の位までの5つの数字の組合わせは 
  10×10×10×10×10で10万分の1となりますよね。ただし,これは一枚 
  買った場合で 連番で10枚買ってると 確率は その10分の1で 1万分の1。
  一等は宝くじでは この組の数が二桁あるので、その10×10の100倍 
  つまり、一枚 買って一等に当たるのは千万分の1となりますよね
 ○ ちなみに東京ドームの敷地に新聞紙を敷き詰め、天井から針を落として
  新聞の一番小さい1文字に当たる確率と同じくらいとか聞きました。
 ▼ 一等、二等で合計500万分1の確率で、当たる分けがない。買う当人に
  とっては千分一の気持ち。アメリカなどで数十億円が当たるケースがあるが、
 それが元で不幸のどん底に落ちるケースが殆どという。悪銭身につかずである。
それなら毎日、何とか5百円預金をすれば一年で18万円、10年で180万円、30年で
金利を含め1千万になり、遥かに効率が良い。 が、そうはいかないのが人間。
生を受け、今、存在していること自体が奇跡なのに、それを生き切らなくて何が
宝くじ。せめて、当たった夢をみたいのは分かるが。1億当たったところで、
したいこと、買いたい物など、何も無いのも面白くないが。
――――
2015/06/21
宝くじを当てた95%が、5年以内に
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著)
  * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う
 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、
その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を
増やしたが、2001年の9・11と、リーマンショックと、2011年の3・11の10年で
壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、
二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40
≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と
いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった
人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。
「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に
証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを
被るとがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場
まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、
100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。
『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、
その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な
反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社)
ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」
という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで
成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で
あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金
を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、
"当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、
「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫
▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に
 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の
ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、
後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、
遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、
その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。
いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。
そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。
遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより
「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い?
ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。
「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。
『宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う!』 …良いでないか。

・・・・・・
6194,閑話小題 〜銃と犯罪 −5
2018年02月27日(火)
           『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * 銃社会のアメリカから見え隠れすること
 連日のように、アメリカの銃による大量殺戮のニュースが報じられていれ、
その都度、銃規制強化が叫ばれるが、建国以来の個人主義国家のアメリカは、
弾の込めた銃で身を守る文化は非常に強固のようだ。日本の文化には秀吉に
よる「刀狩」以来、侍の帯刀以外、特別の事情が無い限り、各家庭内も含め、
武器を持たない文化がある。ここで紹介している2015年の調査によると、
アメリカ国民の半数以上が、銃購入の規制より、所有の権利を守ることが重要
だと考えている。 これも数年前のギャラップ調査だが、
<1993年〜2010年の間に、アメリカの凶悪犯罪率が急激に下がった。銃器に
よる殺人がほぼ半数に(10万人につき7・0から3・6人に低下)。その一方で、
非致死性の犯罪が、これまでの4分の1に減っている。>
 が、その事実はあまり知られてない。
にも拘らず、56%の人は、犯罪は上昇したと答え、26%が横ばいと答えた。
減ったというのを知っていたのは、12%だけだという。
 TV画面に流れるイメージと現実の趨勢があまりに大きいことに、驚いたが、
原因は凶悪犯罪の主役が若者。1990年代にはベビーブーマー世代は、年齢
コーホート群から既に抜けていたため。さほど、統計とは当てにならないもの。
 統計の背景にある現実?を前に、どうすればクラウド時代に、賢明な判断を
するか? この日記で、流されてくる情報そのままを鵜呑みにして… 
真面目風に、解りきったように意見をする自分を合わせ鏡で、見えてくるのを
凝視する? のも厳しいもの。こうも、私たちは、いや私が軽いか。
「下手の考え休むに似たり」そのもの。 休むには丁度良いと思って… 
 〜以下の文脈を読むにつけ、<そうだね!>そのもの。 しょうがない!

・・・・・・
2018/01/28
閑話小題 〜キツネとハリネズミ −2
          『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * キツネとハリネズミタイプの事例
 まあ、シェークスピアとダンテを対極におくとは、解りやすい分析である。
 その二つを兼ね備えているのがトルストイとバーリンはいう。トルストイ
 自らはハリネズミ族に属していると信じていたようだ。 
  〜その辺りから抜粋〜
≪ 政治哲学者アイザイア・バーリンは自身の著書『ハリネズミと狐』で、
 トルストイの超大作『戦争と平和』の歴史哲学を真っ向から論じた。
バーリンは、ダンテは“ハリネズミ”であり、
 シェイクスピアは“狐”と分析
 ─では、トルストイは? ロシア文学者で東京大学名誉教授の川端香男里に
『ハリネズミと狐』で語られるトルストイの姿を聞いた。
【『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国では
たくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の
歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書
『ハリネズミと狐』でしょう。
 バーリンは、人間類型を二つに分け、
第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に
 構築して行く「一元的」タイプを置きます。
第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡
 の中にとらえようとするタイプを置きました。
そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知って
いるが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の
二つのタイプにあてはめ、第一部類をハリネズミ族、第二部類を狐族と名付けた。
 第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。
・プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、
 プルーストはハリネズミであり、
・ヘロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、
 ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。
ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの
極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに
属しているといえるのでしょうか。 バーリンの仮説では、
トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、
とされます。トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に
把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に
説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存
です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的
原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊
して行きました。このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはず
という「ハリネズミ」の信念がありました。
ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体だったのです。≫

▼【 熊さん: 俺なんて、針ネズミじゃなくて、ドブネズミだね。
  寅さん: じゃあ、俺はモグラですか。せめてリスかモモンガ?
    こうシリアスにタイプに選り分けられると嫌になるよ。ったく。
 大家さん: とするとワシはムジナ辺りですか。
八つぁん: 一応、役割はキツネですがね… じゃあ私は何でしょうか。
  ハリネズミに近いハツカネズミ? 私が、‘世間人’を子キツネというが、
  他人様の家族の内情の覗き込みのネタを餌に渡り歩くのを性にする人たち。
  とすると、子ネズミの方が適切な言葉になるね。
大家さん: 世間様の話は、御品が悪くなるから止めておきましょうや!
  誰もが持っている悪い癖だもん… 
寅さん: 八つぁんが「世間」の話をすると、俺のことかと冷や冷やだよ。
  俺はね、裏話に花を、いやゴミを添えて楽しむしかないのさ。悩がないから。
  熊さんは、素朴だが、俺は少しマシな役割のようですか。
熊さん: 呆け役なんだろう。それも天然呆け役。でも、純粋な疑問ほど道理
  を突くって言うじゃないか。しかし寅さんは、少し捻った性格なんだろう。
寅さん: 低俗の中の、上が俺、下が御前だよ。
八つぁん: 呆け役の切口に彩をつけるには二人の呆けが必要だからさ。
  何かさ、自分の言えないことを二人が代弁してくれいて便利だね。
  しかし、品格が下がったね。
大家さん: ワシの役割は、八っあんの中の知性というか、冷静さを持った
  役割だろう。それにしては、自分で、それが全く感じられませんね。
熊さん: だいたい、これを書いている奴の程度が低いからね! 
八つぁん: 『 … 』  
寅さん: ここまで話を引っぱって、落ちがこれ? 俺らを呼び出すのも、
  そろそろ止めたら。 …いや、大相撲の総括で言いたいことがあるか。】




6557,読書日記 〜バーチャル資本主義の行方

2019年02月26日(火)

スペシャル「欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を越えて〜」

   * バーチャル資本主義の行方
"欲望の資本主義"は2016年の第1弾放送以来、3回シリーズの
NHK異色経済ドキュメント。同番組は、国民国家や市場原理などすべてを
超越して巨大化する"GAFA"への懸念や、仮想通貨への期待と不安といった
議論を交え、資本主義の行きつく先や、その原点にあった誤りを問い掛ける。
第一弾は、「欲望の資本主義2017」
第二弾、「欲望の資本主義2018 〜闇の力が目覚める時・ルールが変わる時」
第三弾、「欲望の資本主義2019 〜偽りの個人主義を越えて〜」
 今回は、録画をしていた第3弾!
BS1スペシャル「欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を越えて〜」
  〜番組内容〜
≪「ネット界の四天王」と呼ばれるGAFAを巡る議論が熱い。強大な力に
 国家の枠組み前提の市場経済が揺れている。仮想通貨をめぐる議論も沸騰、
バーチャル経済時代の資本主義はどこへ行く?2017年富を生むルールの
変化を捉え2018年社会構造に地殻変動が起きている現実に迫ってきた
番組は次のステージへ。テクノロジーが社会を変える今、格差、分断を越え
自由への道は? 切迫感ある今問う、自由の形と資本主義の行く末は?

 資本主義という怪物が世界で暴れる
 GAFA、仮想通貨…野望がめぐる
 いま 怪物の正体を突きとめるには?

第3弾はハイエクを軸に構成されている。内容的に盛り込み過ぎの印象もあるが、
「資本主義」やそのなかの「市場」や「自由」そして「貨幣」のあり方を考え
させる深いテーマが貫く。そして「人間」という根源的なテーマ。
ケインズ対ハイエクという構図は単純だが、結局のところ、これからの経済学は
この構図をあらためて再考し、超えていくことが求められている。
人間の幸福は自己決定権を持つこと。それはまさしく、自由に最大限の価値を
置く考え方で、資本主義の根本であると思います。それはそうと、ノーベル賞
受賞者など高名な学者の方々においても、考え方が全く違うことを認識して、
改めてこの社会に正解はないことを思い知らせれました。
 ――
 ☆ 第一弾は、<やめられない、止まらない、欲望が欲望を生む世界。>
わたしたちはいつからこんな社会を生きているんだろう――。そんな問題意識
から、気鋭の若手経済学者・安田洋祐大阪大学准教授が世界のトップランナー
との対話を通じて、資本主義の本質に迫った番組が、NHK「欲望の資本主義」だ。
番組はカルト的な人気で話題を呼び、番組の未放送インタビューも多数収録した
書籍『欲望の資本主義』も刊行された。この異色の経済教養ドキュメントの
プロデューサーは、「英語でしゃべらナイト」「爆問学問」をはじめ、柔らかな
演出で、経済、仕事を解きほぐす異色エンタメ「ソクラテスの人事」
「仕事ハッケン伝」など、多数のヒット番組を手掛けてきた丸山俊一氏。
記憶に残る異色の番組を次々と生み出せるのはなぜなのか? 
番組作りの核となる発想の原点を紹介する。
 ――
 ☆ 第2弾は、
より速く、より多く、より遠くへ...。
私たちはいつからこんな世界に生きているんだろう?やめられない、止まらない、
欲望が欲望を生む、欲望の資本主義…。昨年その本質に迫り、話題を呼んだ異色
ドキュメントの第2弾。世界経済のフロンランナーたちは、この不確実性に満ちた
世界状況の中、どう資本主義をコントロールすべきと考えるのか?安田洋祐阪大
准教授はパリへと飛び、フランスの知性ダニエル・コーエンから資本主義の未来像
を引き出し、チェコの異端の奇才トーマス・セドラチェクと気鋭の哲学者マルクス・
ガブリエルは、ボンで激論。経済学の巨人、ケインズ、マルクス、シュンペーター
らが残したビジョンは、今どこまで有効か?
「闇の力」が目覚め始めた、「分断の時代」を生き延びる術を世界の知性
たちと共に考え、経済の最前線に迫る。


▼ ここで、<資本主義の暴走は「お金の本質は本来は契約であるのに、
「物質」と解釈したことから始まった」という言葉が、印象に残った。
その契約額の大小で、物事を判断するするため、欲望が肥大化する。
リタイアをして、一種、煉獄の住人の立場から、社会を、娑婆を、世界を
見つめ直すと、今さら大金を欲しいとも思わないし、成るほど、手持ちの資金は
預金通帳額としての契約事項の額でしかない。お金は「自由の塊り」と思うのは、
それがモノと信じるから。契約の大小で、価値を決めつけるのは、これ如何に?
とはいえ、手元の資金がゼロでは食事もありつけない。
まとまった資金といえば、今では3億円。 その現実を前に、解ったようなことは
口に出せない。といって、「それが如何した?」に、確固たる答えは出来ない。
『いやいや、その額だけ、欲望が満たせる!』 
『で、満たして如何なる!』
『そこには、愛と、満足感と、逸楽感と、逆に虚無感が少し残る。』 
『そんなの、3日もすれば、彼方に消え去ってしまうし、酒、薬物で、直ぐに、 
 その感覚を得ることが可能』 
『現に味わってみないで何をオッシャル、ウサギさん』と、延々とつづく。
 この正しい答えなど、あろう筈はないが… グローバル化は、冷酷に、私たち
を、手持ち資金の大小で、価値選択をされる。 先日、見た映画で、
「上の世界」と「下の世界」があって、下の世界の人は、上に行こうと必死に
なるという現代社会そのままを、風刺したものだが… なかなか、シリアス。
 大相撲の幕下上位と、十両の幕尻力士の千秋楽前の取組。負けると関取の後で、
御世話係で、召使い扱い。そのシリアスの取り組みが、何とも哀愁が漂っている。 
これが資本主義社会では、3・30,67%で、区分される。それが端的に現われる
のが、小・中・高校の同期会。それが何ともコミック的シリアスで面白い! 
これに死際も加わり何とも? 死にかけた人ほど、それはそれは! で… 
定番の物語がリアルに、「まさかの筋書き」で展開していく。その前にチャクラ
の揺らぎが、漂い、彷徨いを誘発する。他者に対する攻撃は、自己のデドックス
でしかないため、毒は自分に、そのまま猛毒として帰ってくるのが見てとれる。
・・・・・・
5095,悪夢の21世紀 ー3
2015年02月25日(水)
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜  佐伯啓思著
(7・A)
≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で
成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。
しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを
枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て
生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。
主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す
ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ
など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば
分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された
ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを
参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も
強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。
アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは
「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、
世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。
2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて
ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて
アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」
となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。
アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」
を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、
自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と
見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この
近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、
アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが
1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。
▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、
 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を
つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り
処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって
各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、
そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが
国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、
イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、
ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。
偶然だが、以下の文章につながる! 

・・・・・・
5825,閑話小題 〜しまった! ー夢のカルフォルニアー 12
2017年02月25日(土)
   * 夢のカルフォルニア 
 スポーツジムに通い始めて6年になるが、月に20日以上は通っている。
月会費が6000円のため、日割りにして1日につき300円でしかない。ゴルフも、
スポーツジム、スナックのボトルキープも、見通しの甘い人たちの存在がある。
この本を読みこむにつれ、過去の‘しまった!’が次々と思い出されてくる。
 金が有り余っていれば、それもありだが… 無いのに限って甘いのが常。
【 全米で最も住みたい州の夢のカルフォルニアに、年間220万人が引越して
 きて、150万人が出ていく。これが現実である。これは人生と同じで、遠く
から眺めるのと近くで見るのとは違って見える。例えば、医師や健康な人を
対象に、「三ヶ月の延命のための治療を受けますか」の質問に、「受ける」
と答えた人は僅か。ガン専門医で6%、化学療法士が0%、健康な人で10%。
それが、現に命の危険にさらされている人たちに尋ねると、42%が「化学療法」
を受けると、答えた。別の研究で、重病患者の58%までが、死が近づいてきたら、
たとえ一週間でも延命治療を受けるだろうと答えた。アメリカでは発行された
割引クーポンの4割が未使用で終わる。ギフト券も同様の結果になった。…】 
 ▼ その瞬間がくるまで、実態が理解できないのが人間。
 「その時は、その時」と、煙草を喫い続けた肺ガン患者が、その典型。
カルフォルニアで、良かった思っている人も多いだろう。とにかく、脱皮が
出来たのだから! しない後悔より、した失敗の方が、プラスの方が多い?
「若いうちの失敗は買ってでもしろ」というが。夢のカルフォルニアでも、
ハワイでも、一度は住んでみればよい。何処も変わりばえはしないことが、
分かるだけでも充分。その経験が無いと…  あとは次回。
・・・・・・
6192,閑話小題 〜映画鑑賞 ―ギフテッド
2018年02月25日(日)
   * 本当の幸せは何かを問いかけ
 ギフテッドの意味とは、<先天的に、平均よりも、顕著に高度な知的能力を
持っている人のこと。 半面、大きなマイナーを抱える人もいる。将棋や、囲碁、
チェスのチャンピオンに多く見かけられる。天から非凡な才能を与えられた少女の
育て方をめぐって対立する祖母と叔父を通して、幸せは何かを問いかける筋立て。
≪ 制作HPの解説: フロリダに暮らす、ちょっと変わった2人と1匹の家族。
 7歳の生意気ざかりのメアリーと、彼女の叔父でシングルのフランク、そして
“歴史上一番すごい猫”のフレッドだ。 互いがいるだけで、毎日が記念日の
ように楽しい時間は、メアリーが学校へ行くことになり揺らぎ始める。
彼女には、生まれながらにして数学の天才的な才能があった。「普通に育てたい」
というメアリーの母である亡き姉の遺志に従って、フランクはメアリーの英才
教育を頑なに拒む。しかし、そこへ縁を切ったはずのフランクの母親が現れ、
彼からメアリーを奪おうとする。歴史を変える才能の開花か、愛する者と生きる
人生か ─果たして、メアリーにとってどちらが幸せなのか?さらに悩める
フランクには、姉から託された“ある秘密”があった─。≫

▼ モンスターの祖母に反発し、母親が自殺したが、同じことを孫にまで強要
 しようとする。ところが天才だった母親が、数学の世界的難問を解いていた。
しかし、その解答を弟に託して自殺をしていた。そのことを祖母が知らなかった
という落ちがある。最後は、最高学府で大人と授業を受ける天才教育の道を
歩むことになるが… この7歳の少女が私たちに教えてくれた本当の幸せって
なに? の問題。 
 この映画の中で、祖母がいうところの凡庸な地方の小学校一年生の宿題が、
キッズによる「箱庭の動物園」つくりには驚いた。砂場の遊びと同じく、
あらゆる教育の原点が、そこに詰まっている。 
 そこで今、彼方60数年ぶりに想いだしたのが、小学2年の図工時間のこと。
グループの共同作業で動物の絵を切取って、糊代を下にして立体的に貼りつけ、
動物園つくりをしていたが、間違えて麒麟の首が切れてしまった。そこで、
必死の思いで、二つを重ねてノリを貼りつけて無事に立ち上げた。ところが、
それを見つけた女性の先生が、大声で、これは誰ですか? 部屋全体に鳴り
響く声を張上げた。てっきり叱られたと思ったが、実は、その知恵を褒めて
くれたのである。ということは、その頃から「箱庭づくり」に似た?教育が
行われていたようだ。7歳でも遅すぎる天才教育。その間に、叔父によるベース
の教育環境があればこそ。 数百万人に一人の天賦の才能、強引だとせよ、
そのコースに導こうとする祖母の考えも、理解できるし間違えてない。
それを引出す指導は、周囲の大人の責任である。 祖母の存在が無ければ、
自殺した実母の思惑どおりに凡庸の子供で終わっていた可能性があった。
 どちらが幸せか? 人類最大の課題だが… 様ざまな問題が垣間見られた
映画であった。
『いちばん大切なのは、<愛する>才能』ですね。それと、『感謝する能力』。
その上に、『感動…』と、『感激…』。 これも育て上げれば才能になる。
 せっかく頂いた地球旅行の人生だもの。愛し、感謝し、感動し、感激し、
深く広く、人生を味わわなければ、生きている甲斐がないじゃないですか。
天才は天才として、凡庸は凡庸でも、地球という世界を感知しないとね…。
どのみち直にプッツンだもの。元もとこのブログ、墓場のつもり。遺言かいな。
・・・・
4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー7
2013年02月25日(月)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤勝重 (著)
 * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話
 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の
ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の
思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。
≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を
 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の
食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。
その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、
最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが
美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、
義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。
隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、
食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、
「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、
義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから
美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、
その人も納得していたという。≫
▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、
 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、
【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を
用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、
スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から
高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、
いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや
死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを
飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 
読書を薦めてくれる人はいなかった。
・・・・・・
3623, 日本人発明の食べ物
2011年02月25日(金)
 カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを
作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、
手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために
天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。
カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。
これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、
インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる
ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に
浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに
アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に
日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。
 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。
日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が
つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、
15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食
として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。
酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。
古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに
変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。
 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に
サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。
外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは
日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、
上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。


6556,閑話小題 〜宝籤を買うバカ 再び−1

2019年02月25日(月)


  7年前のテーマに、<生保に入るバカ、入らないバカ(2012年02月23日(木)>
があった。これを「宝籤}に入れ替え、<宝籤を買うバカ>をテーマにする。
射幸心を煽る「籤」のコマーシャルが茶の間に流れている異常さに気づかない
恐ろしさ。ジャンボ宝籤の当選確率が1000万分の一は、ぞろ目の8桁を具体的に、
例えばゾロ目の八桁77777777を想定すればよい。「誰かが当たっても、自分は
当たらない確率が99・99999999。当たる訳がない。それなら毎日、千円の積立を
続けて当選の数字に近づけばよい。 セフティネットとして、40数年間、妻名義
預金を続けてきたので、逆に貧者の夢を餌にする宝籤、籤引きに怒りを覚える。
貧しい人ほど、賭け金が多くなるという。宗教のようなナイモノネダリ。
  〜そこで、『宝籤を買うバカ』と検索すると… あるある!
≪ ☆ 宝くじを買わない理由1:そもそも当選確率が低いからお金のムダ
 ジャンボ宝くじの当選確率は1000万分の1。下記コラムでは興味深い比喩が
紹介されていて、「東京ドームの収容人数を4万5000人だとすると、東京ドーム
約222個にひしめき合う人の中から1人が選ばれるのと同じ確率」とのこと。
 ☆ その理由2 :胴元が確実に儲かるシステムになっていて割にあわない
 宝くじの配当率は47%と、他のギャンブルと比較すると、還元率が非常に低く、
買った人はなかなか儲かりにくいシステム。
  ☆ 理由3.:時間のムダ
 時間を投下するとは、人生の一部をそこに投下する行為であり、ひとつの
投資とも言えます。では、宝くじの発売をチェックする時間、買いにいく時間、
並ぶ時間、ロトやナンバーズなどで数字を選ぶ時間を考えたとき、いったい
どういう投資的意義があるでしょうか。おそらく、富裕層(引退した悠々自適の
富裕層ではなく、現役アクティブ富裕層)は、自分ではコントロールできない
ものに時間を使うのがもったいないと…。 そんなことをする時間があれば、
やればやるほどリターンが見込めるビジネスのことを考えたほうがよいと…。
  ☆ その理由4 :自分の努力や才覚に依存しない夢を見る必要がない
 宝くじを買う行為を指して「夢を買うものだから、ゲームみたいなもの。
当選確率とかはどうでもいい」と言われることもあります。しかしこれは、
そんなことでしか夢を見る方法がないという、典型的なお金を稼げない人の発想。
夢とは本来、自らの努力と才覚で叶えるものであって、棚からぼた餅を待つ行為
ではないはず。それは夢というより「夢想」や「妄想」の類いでしょう。
おそらく「普段は満たされない自尊心」「自分の力で切り開くという努力は面倒
くさい」「やり場のない不満」「儲かる方法を具体的に考えるのも面倒くさい」
という潜在的な逃げと受け身の発想が、「楽して儲けたい」「一発逆転したい」、
そんな夢を見たいという欲望を起こさせるのかもしれません。 ≫

▼「この世に生まれ、現に、いま、此処にあるだけで大当り」に気づくこと。
終戦直後に日本人として生を受け、右上がり経済の中で精神的に、経済的豊かさ
を享受してきただけで宝籤の数倍、数十倍の価値があった、そのことに気づかな
くては! そのためには、やはり、自分という‘木’に囲いの門= 『閑』の
環境を創り出さなければ! 無理することもないが! iPadで音楽を聴くだけでも、
その環境が出来る。 
追文: 書上げて、HP内検索で「宝くじ」を入れると、あるある。
  二回に分けてコピペをするが、『何に使う?』が、あまりに貧弱。
 貧者の夢の結果が、そのまま、精神の貧しさとして現れ出ている。
誰も考えることは、『半分貯金、残りを散財をする』だが、そういかないのが
貧者の貧者たる結果に及んでいく。散財の楽しさも少しは味わうのも良いことだ。

以上からみて、まだ生保の方が、まだ、まとも?
ーーーー
3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3
2012年02月23日(木)
 ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。
≪「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段
 になって、買ったものが買い物袋に入っていない(しかも10万〜15万円分
足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・
セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで
契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。最近は、成人病でポックリという
のが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる
確立は2割である。それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打
をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。(詐欺的)要素を持った商品を
セールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社ビルが
立派なのは、顧客を信用させる小道具のため。国家予算と保険の売上が同額
というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。
ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の
岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める
  ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条
一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう 
二、加入は必要最小限、を心がけよう
三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する  
四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ
五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けは避けよう
六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう  
七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう 
◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされた。
 それが保険勧誘員。「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」
と勧誘されたと嬉しそうにいう。「典型的保険セールスのキャッチじゃないか。
カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったん
じゃなだろうな」と、私。 断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。
保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも法律の限界を
守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。
マスコミも広告もあるので、それに触れない。私の両親は、数千万はゆうに
払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に
食い物にされていた。

・・・・・・
2018/06/25
閑話小題 〜3、5、10億の宝籤に当ったような経験ってある?
   * 人生で大当りした経験は?
<・人生で、3、5、10億の宝籤に当ったような経験ってある?>って言われれば、
  何回もあると答えられる。その幾つかの一つが、何度も書いてきた21歳時の
「30日間、欧州一周旅行」。その10年後に、余裕が出来て、ハワイに行くことに
 なるが、40歳から本格的ライフワークに格上げし、合計51回が籤の景品になる。
・これに準備期間15年と、30年間の実業を加えた45年の事業人生。
‘装置産業の選択そのことが大当り’であった。新潟駅前シリーズのビジネス・
ホテル事業は、これ。 20年以上は、これほど面白く、刺激に満ちた日々は…
心の財産として深く残っている。最後は、事業断念で終わったが、遣り残した
後悔は全くない。良かったのが、装置産業のため、立ち上げた後に、余裕時間
が与えられること。海外ツアーも、この17年間続いたブログ作成も、読書時間
の確保も、余裕時間があればこそ。小さな世界だが、時間だけは満ち足りていた。

寅:高度経済成長時代に、宝籤を当てた自慢話じゃないか。何か感覚が時代
 掛かっていて変だよ。終戦直後に生まれた時節が大当りで、その成長に合わせて
 舞上がった凧でしかないじゃないか。父親が明治38年生まれなら、然もあらんだ。。
熊:俺だって宝籤を大当てして、人生を楽しみたかったよ。
大家:人間として生まれ、この年齢まで生きてこられただけで、充分に宝籤の
 大金を得ることより、遥かに奇跡的だよ。それも、この日本に。
八:何か、周りを見渡すとさ、小さな既成概念に捉われて、何にも知ろうとも、
 見ようともしないんだから。ガチガチの世間バカに囲まれて、それを全世界と
 信じて疑わないんだよ。家内の愚痴になるけどね。居間のボードにね、代々
 ある、あるいは世界中で買ってきたコーヒーカップとか、グラスがあるの。
 それを使おうとしないの。地震で、時々、2〜3割が粉々になっても、使おうと
 しないの。勿体ないから時々、使うと嫌な顔をするの。あれと同じことを、
 自分たちの持っているお金や、能力に気づかないでさ。
大家:それを使うには、習慣の力を利用すると、何時も八つぁんが言ってるね。
 時間も、お金も、使って何ぼのものでしょう。宝籤で当たっても、その使い方
 を知らずに、5年で、スッカラピンになるというじゃないか。有効に如何に
 使うかが問題だよ。
 
――――
5215,閑話小題 〜私の高度成長時代 〜
2015年06月25日(木)
   * 欧州旅行、一ヶ月 <宝籤に当たった以上の経験>
 大学の『海外旅行研究会』という愛好会が企画した40名参加のツアーで、
当時の参加費は30日間で、32万円。他を含めると40万円。現在換算で300万相当。
その前年に、海外旅行の規制が大幅に緩和され、非常に好評だった前年のツアー
に続いての企画。当時、親しくしていた友人から、この企画に参加しないかと、
誘われていたが、「私とは別世界」と、決め込んでいた。ところが、たまたま、
軽井沢の山荘で、アルバイト仲間との仕事が終わった後の4人のティータイムで、
近々、海外旅行の予定が無いのが私だけだった。
 その時、「自分も行こうと思えば可能のはず。そう、父親から幼稚園の頃から、
晦日にお年玉をもらったのを、積立預金してくれた10数万を、高校時代に選ばせ
買った『科研』の株式が値上がりをしていた。あれを売って残りを父親に借金を
すれば可能なはず」と、その夜半に思い立ち、バイト終了後、実家にとって帰った。
まず母親を説得、そして父親を説得した。 その一ヶ月は、馬小屋のような寮生活
とは全く違った世界に浸った。20歳の年齢で、国内旅行の経験も、海外の情報、
知識も殆どない中での欧州を十数カ国の旅行。20年間の固定観念が根こそぎ
壊され、帰国後、数ヶ月は茫然自失。その頃、父が、突然、私の寮を訪ねてきて、
生活の実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。友人関係が、自ずと金持ちの
子弟に代わっていった。その友人達は、スカイラインGT、イタ車のカルマンギア
などのスポーツカーを持っていた。彼らのお気に入りが、逆に私のボロ寮の部屋。
一度も、見たこともない底辺の漫画的世界に、逆に安らぎを感じた?
 軽井沢の別荘地で見た富豪の邸宅群、そして、友人の私生活を見るにつけ、
「事業を興し勝組になる」という思いが強くなっていった。そして、学生時代
の最終の4年に、武澤ゼミに入会することになる。 事業の最後はクラッシュ?
だったが、後悔はない。 高度成長時代の右上がりは熱気が溢れていた。
この温もり、時代が変わって抜けることはない。良い時代に奇跡的生きてきた。
 逆目線でみれば、「この馬鹿が出来上がった原因は、この旅行と時代」になる。

・・・・・・
2015/09/18
閑話小題 〜宝くじで5億円当たったら何に使いますか
   * 5億円当たったら何に使いますか?
 昨日の朝のTVショーで、『宝くじで5億円当たったら何に使いますか』
の街頭インタビューがあった。 回答が多かった順というと
1位、高級マンションなど住宅購入
2位、お店などの起業
3位、世界一周 (豪華客船の旅など)
4位、健康などのエステに (健康食品、スポーツジム)
5位、整形手術 の順であった。
 その中の一人が、『当たった人をみると、多くが離婚をしている』という
答えがあったが、そうだろう。 当選をしたとして、上記の夢が実現
したところで、それが何だ?ということか。 今回の会社整理の中で、
気づいたことが、一千万、二千万分の一しか可能性がない宝くじに夢を
託している人たちの視線。要するに世間様の夢でしかないのが宝くじ。
 高級マンション以外は、5年10年スパンで計画を実行に移せば、
可能なことばかり。答える方も面白半分としても、考えさせられる内容。 
『二週間で死ぬと宣言されたら何をしますか?」の質問に似ている。
その答えは、今すぐにでも出来ることばかり。宝くじの場合の質問が軽い
ものなら、ジョークで『ホストクラブで、ドンペリをあけて大騒ぎをしたい』
とか、『全部、周りの人にあげる』とか、『宇宙旅行をしたい』とか、どうせ
御遊びの質問なら、御遊ぶの答えがよい。 それに答えている庶民?の、
あの活き活きした顔がよい。1位から4位は実現したが、だから如何した?
である。残ったのは充実感だけだが、人生で、一番、大事なことでもある。
 2位の起業希望が多いのに驚いた。だから、何もしない、できない連中が
失敗をみると、「人の不幸は蜜の味」と大喜びをする心の内は、こんなもの。
その蜜には毒がある。その毒は、自分の膿ゆえ、撥ね返って来るのが己の脳。
 で、どういう訳か、去年の同月同日の、以下の内容に続く・・
が、その前に、以前書いた、「宝くじ」に関連した文章をコピーする。


6555,閑話小題 〜今のうち、元気のうちだよ…

2019年02月24日(日)

   * 毎日、何の負目を持たずに楽しめる人!
     (…諸事情のため、削除しました)
 ・・・・・・
5094,タガメ女の正体  ー
2015年02月24日(火)
       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * タガメ女度チェック
 カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。
まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか!
  ☆ タガメ女度チェックシート
1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる
2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける
3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 
4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール
5.習い事に夢中になっている
6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい
7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地)
8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ
9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。
日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ
10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている
11.結婚願望は強かった(強い) 
12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす
13.アルバムが充実している
14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ
15.ディズニーランドが大好き
16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる
17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる
18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ
19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす
20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない
 ・0〜4:タガメ女度20%
 ・5〜10:タガメ女度50%
 ・11〜15:タガメ女度80%
 ・16〜20:タガメ女度100%
▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 
 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、
タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%?
「このオレに あったかいのは インコだけ」
「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。

・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか)
2012年02月24日(金)
           宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 
ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒
エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ
でしかない裏ずけがで始めてきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを
今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる
ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか
という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという
のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、
その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、
そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の
星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・
6191,閑話小題 〜映画鑑賞 ー創業物語
2018年02月24日(土)
  * 映画鑑賞 ーグレイテスト・ショーマン
    ‘あらすじ’を要約すると、
 19世紀アメリカの実在の興行師、パーナムの半生を描いたミュージカル!
創業と挫折と再生を、家族愛を絡めたアメリカンドリームもの。
あらゆる困難を前向きに解決する筋立てが良い。しかし、そこに非難が集中する。 
古い博物館を買取り、再生をしたが思惑を外れ、失敗の様相の中で、どうすれば
客寄せが出来るかの瀬戸際で、二人の子供の何気ない言葉が…
『実際に生きている奇人を集めた見世物にすれば…』の何気ない言葉にヒント
を得て、奇人達のミュージカルショーに仕立て、大成功に導く。色々な個性を
持ちながら目立たないよう生きてきた人々を集めた、誰も見たことのない様ざま
なショーの企画である。しかし、それも焼討などで破たんしかけるが… 
 ――
  :解説:
「レ・ミゼラブル」でも華麗な歌声を披露したヒュー・ジャックマンの主演で、
「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの実在の興行師
P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル。劇中で歌われるミュージカル
ナンバーを、「ラ・ラ・ランド」も手がけたベンジ・パセック&ジャスティン・
ポールが担当した。貧しい家に生まれ育ち、幼なじみの名家の令嬢チャリティと
結婚したフィニアス。妻子を幸せにするため努力と挑戦を重ねるフィニアスは
やがて、さまざまな個性をもちながらも日陰に生きてきた人々を集めた誰も見た
ことがないショーを作り上げ、大きな成功をつかむ。しかし、そんな彼の進む先
には大きな波乱が待ち受けていた。

▼ 創業のサクセスストーリー …幼児の頃に、両親の敗戦直後から再生の後ろ
 姿をみて育ったこともあり、興行主の二人の子供の不安心理が手に取るように
読取ることが出来た。創業当初で、まず問題になるのが目先の繁盛。日銭だけが、
生きていく上の灯になる。「恒産あって、恒心あり」で、お金と、健康と、精神
(気の強さと明るさ)と、家庭の安定がベースにしてこそ大波を乗越えられる。
それがチョッとした切掛けで脆くも壊れかかる。 ソルジェニーツィンの
『イワンデニソヴィッツの一日』の中で、獄中の主人公への励ましの手紙の一節
を、今でも、鮮明に憶えている。
<人生、小説じゃないと思います。あくまで勝者が善、負者は悪です。
 その為には強くならねばなりません。強くあって下さい> 
の言葉が20歳代後半の一時期の私を支えてくれた。そのパーナムの苦労話も、
ミュージカルで演出されており、明るい気持ちでみることが出来た。乗越えれ
られたからこそ、面白かったと言えるが、舟板一枚下は、地獄が待っている。
松下幸之助が、創業当初、必死に紙に書いていた内容が、「金、金、金、金…」
だという。当然といえば当然の話。だから地元で、創業などするな!である。
創業は、既存の仕組みを根こそぎ否定することが第一歩。そこで露わな姿を
曝すのが‘生地’では…「あそこのバカ息子」と、絶対否定の対象になる。
だから遠く離れたところが条件となるか、生地ではアウトサイダーの覚悟が
必要となる。他人と同じ横並びなら生存価値がなくなるのが事業の宿命。
起承転結でなくて起承転々というが、失敗に終われば、『起承点滅』の後、
『起承転落』というより、『起床消滅』? 
これも『日々、是、口実(好日)』の自嘲の一つですか。

・・・・・・
4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3
2014年02月24日(月)
 * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア
が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、
浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分
  統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ
  人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に
  進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」
 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。
・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど
  時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、
 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
  あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」
  要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間
  に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間
  であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長
  社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
  頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、
 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ
  人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。
  しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的
  価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
   ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、
  と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる
  吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に
  すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な
  パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを
  センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。
  妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
  このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、
  パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした
  パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、
  それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。
  砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》
  にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。
  ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。
  家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、
  家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので
  用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。
  頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年
 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、
 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 
 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。
 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? 
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)           
 * 親しい友人は何もしてくれない理由   
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著
 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる
事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 
が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている
≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が
 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような
仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も
伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の
人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに
喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に
資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は
心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人
と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の
向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その
‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫
▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。
 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。
独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、
その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると
《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは
そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは
すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に
存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。
群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって
「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。
半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。
何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす
貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も
必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。


6554,閑話小題 〜映画評 「アリータ バトルエンジェル」

2019年02月23日(土)


   * 昨日のシネマは
 これが思いの外、面白い。首を刎ねたり、胴体を真っ二つにするシーンの連続。
ロボットの胴体と、人間の胸部から上が生身のサイボーグのド派手なサイボーク
同士の戦いで残酷さが半減。ロボット同士では、無人飛行機の空中戦のようで、
味気ない。中途半端な人間臭いサイボーグがミソで、目を瞑らず正視できる。
月に4回、1100円×4=4400円を高いと思うかどうか。楽しみ半分、あとは閉じこめ
られたエネルギーの解放のセラピーの治療費と思えば安いもの。感覚的には3分1!
 ―
≪ :解説: 木城ゆきとによる日本のSF漫画「銃夢(ガンム)」を、同作の
 映画化を長年にわたり熱望していたジェームズ・キャメロンの脚本・製作で、
ハリウッドで実写映画化したアクション大作。 
 主人公アリータ役は「メイズ・ランナー」シリーズのローサ・サラザールが
務め、いずれもオスカー俳優クリストフ・ワルツ、ジェニファー・コネリー、
マハーシャラ・アリが共演。数百年後の未来。スクラップの山の中から奇跡的に
脳だけが無傷の状態で発見されたサイボーグの少女アリータは、サイバー医師の
イド博士によって新たな体を与えられ、目を覚ます。しかし彼女は、自分の過去や
今いる世界についてなど、一切の記憶が失われていた。 やがてアリータは、
自分が300年前に失われたはずの最終兵器として作られたことを知り、そんな兵器
としての彼女を破壊するため、次々と凶悪な殺人サイボーグが送り込まれてくる。
アリータは、あどけない少女の外見とは裏腹の驚異的な格闘スキルをもって、
迫り来る敵たちを圧倒していくが……。
  :映画レビュー:
 2563年、没落戦争から300年後の人とアンドロイドが混在する世界で鉄クズの
山から発見された記憶喪失の少女型アンドロイドの話。
この時代には残っていない技術で没落戦争前に兵器としてつくられた心臓や脳に、
この時代の普通の女の子の身体を貰い再生した主人公。設定的にも映像的にも
ゲームの様な世界観。記憶はないながら備わっていたバーサーカーの血や機甲術
という戦闘スキルと、女の子としての心情とをミックスしながら成長し闘う様子
が切なく温かい。≫
 ―
▼ こういう特撮物の進化による面白さは止まるところがない。残忍なシーンの
 割には、後味の悪さが残らない。漫画を映画化したのも新鮮さを際立てていた。 
これでは週一、通っても飽きることはない。ところが、帰って直に韓国モノの
映画の録画をみたが、これが90点。こんなに毎日が面白く過ごしていて果たして
よいものか?と。 セネカの言葉、
<人生は短いのではない 我々がそれを短くしているのだ>
 確かに楽しむ者にとって、人生は短すぎる。また無為の人も。 
楽しまない者には、退屈な長い人生になる。 
何かしら快楽主義の臭いがする。快楽主義をネット検索すると…
 【快楽主義 hedonism】
快楽(ギリシア語hēdonē)こそ善の最終的な判断の基準であると考える倫理的立場。
一般には肉体的快楽,とくに性的快楽を追求する立場をいうが,哲学史的には,
何を快楽とするかは,各体系によって異なる。ソクラテスの弟子アリスティッポス
は,人生の目的を快楽の追求とした。ただしこの快楽とは肉体的放縦の所産では
なく,逆に魂による肉体的欲望の統御から生まれると考えた。この態度は次代の
エピクロス学派に続く。エピクロスとその学派は魂の平静を重んじ,健康で質素
な共同生活を通して得られる精神的快楽を重んじた。
 ――
記憶に残っているのは、心底笑っていたり、感動し、感激したことばかり。
それも、時節ごとに大波の上での一ときに… 快楽が最上というのではなく、
それはオマケ。そのオマケを求めて命さえ晒すのが人間。面白く、可笑しく、
哀しくて、平凡で、時にスリルがあって、虚無の深淵の際に立たされ、一瞬に
永遠をみたり、そして、そう遠くない近未来にプッツンと。それが人生ですか。
 
 〜以下の文章が、シリアスなるが故に面白い永遠のテーマ!
「恒産あって、恒心あり」でしょう、娑婆は。 その基準は、その人による!

・・・・・・
6190,閑話小題 〜夫婦で目安の預金が…
2018年02月23日(金)
  * 夫婦で目安の預金が3000万円
 何か論理に飛躍があるが… 朝日新聞にシリアスなテーマがあった。
< 65歳の夫婦の場合、90歳まで生きるとすると、3000万が必要! >
ドキッとする内容だが、これだけ持ってないと枕を高く寝てられないという内容。
「だから、どうした」の話は欠落している。あくまでも、計算上の三段論法。
「65歳の無職夫婦の平均年金が255万で、支出が321万で。90歳−65歳の25年で、
66万の赤字で、年70万のマイナスとして合計1700万と、その他の車の修理、
家の修繕、など特別経費で1000万として合計3000万という論理。概ね長生きする
妻の立場からすると、考えておくべき深刻な話。 とはいえ、金欠で餓死する
という話でもない。
▼ 一世帯平均の預金が1700万というが、均したボリュームゾーンの真中は、
 400万で、3割は預金ゼロという。400万なら、毎年、マイナスが66万なら6年で
底をつくことになる。一週間前に、近所に救急車が一日、4回も来たのが不思議
だったが、数日後に、この記事を読んで、「金欠のため搬送後に、逃げるように
帰ったのでは?」という考えが頭によぎったが、これは一方的な妄想?だが。
私が預金ゼロなら… 健康で、そこそこの準備は必要だが、死んでしまえば、
経費ゼロ。
 アテネの時代から現在の欧米社会に至るまで、3%の特権階級、30%の市民
階級と、67%の奴隷階級が存在してきた。三分の一の人達には2〜3千万の
預金が、未満の人達には概ね400万ぐらい、0〜100万が、三分の一を占める。
グローバル化、情報化社会で、今まで、表に出なかった階級社会が、面前に
つき付けられてきた。これで朝鮮戦争などの有事があれば、更なる厳しい
現実に直面することになる。
・・・・・・
4361, 嘘と真実 −2
2013年02月23日(土)          
    「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著
  * うそつき 
 この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。
この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、
自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。
特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく
ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈
をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。
だから生きていられることもある。
ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と
 いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。
「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 
          《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》
「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」
          《犯罪者の起点は、ここから始まる》
「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」
          《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》
「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。
           うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 
          《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》
「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き
 たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の
 自己欺まんを代弁することもある」
 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。
これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」
 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 
                 現在の国内政治にも心当たりあり! 》
「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」
          《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》
「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」
          《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》
「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が
          ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》
「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」
「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい
 ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係
 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》
「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、
          正確な歴史的事実など重要ではないということもある」
「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの
 でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断
 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」
         《リアルのウソが効果ある》
「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、
 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、
「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。
「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として
 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を
 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、
 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。
▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、
 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 
本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、
本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。
利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。
・・・・・・
5823,閑話小題 〜しまった! ーああ勘違いー 11
2017年02月23日(木)
   * ああ勘違い    <第6章「フレーミング〜ああ勘違い」>
・「日常の多くのもめ事は間違ったフレーミング(問題を捉える枠組み)が原因」
 解) 相互理解というが、人は相互理解など出来るのか? 自分の思いこみ
 (偏見)を貼り付けているだけで理解など出来ようがない。認識は、「主観が
 対象を従えるのであって、客観に主観が従うのではない」という道理。
 フレミングの共通化など、土台無理の話。烏合をフレーミングと勘違いした衆。
 楽で、寂しくなく、温もりがあるが… 
・「600人のうち200人‘助かる’選択肢が、400人‘死ぬ’選択肢より
  好まれる」‘助かる’方が、‘死ぬ’より、2倍の言葉のインパクトが強い。
 解) 言葉の持つ魔力。政治家が、言葉の持つ、効果を利用する。
・「結果が出るのが先であればギャンブルも辞さないが、すぐ出れば慎重になる」
 解)宝くじのキャンペーンは、長いほど、売れゆきが良くなることになる。
・「ローン案内に女性の写真を載せるだけで利率を5ポイント下げたのと同効果
  があった」 
 解)韓国では整形が普及しているというが、少しバランスをなおすだけで、
  売れゆきが増えるというのも、ドラマのヒロインが美形=正義のバイアスが
  強いため。考えてみれば不思議だが…
・「アンカー効果(問題に直面した人は答えを一定の数字に結びつける。
 「セット価格」や「一人何個まで」など)」 
――
▼フレーミング効果で、英国の研究者が行った実験。《食品店のワインの選択に、
 同じ値段の辛口のワインを並べて、フランスとドイツの音楽を隔日に流した。
その売れ行き結果が3〜4倍も流した国のワインが売れていた。当人たちは、その
影響に全く気付いてなかった》という。
 如何に人間はバイアスで捻じ曲がっているか、ということ。だから、バカンス
などで、日常から離れて、捻じれを自覚する必要がある。30年の新潟〜長岡間の
新幹線通勤が、地域間のバイアスの矯正をしていたようだ。20年間の年2回の
秘異境旅行も然り。で、地元バイアスを通すと大変な人!どっちが?、どっちも!
秀吉の辞世「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
天国も地獄も現世にあり。 それもまた夢…とすると、刹那に味わうしかない。  
 勘違いのままの夢の中で良いのかも。所詮は、娑婆は娑婆!シャボン玉のよう。
                 
・・・・・・
5457,閑話小題 〜政治を哲学する
2016年02月23日(火)
           「世界の哲学思想」小須田健著」より
   * 政治に対して哲学ができることは?
 政治には、烏合の衆をまとめて理想の世界に導く役割がある。そのためには
哲学が背景になければならないが、目先の力学も必要になる。政(まつりごと)
を治めるのが、まず第一になる。ここで「政治とは様々な意見の対立がある
ことを前提とした上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指す」と、
明示している。 高度成長期には、成長を。低成長期には、低成長の政策を
とるのが政治。哲学は、それらを鳥瞰した視点を持たなければならない。
だから哲学からは安易な答えは出してはならない。 ここで、政治についての
本質をズバリついている。 〜その辺りから〜
≪ プラトンたち古代哲学者が活躍した時代から現代にいたるまで、哲学の扱う
 問題はあきれるくらい変わっていません。もともと哲学とは、千年単位で思考
する営みであるため、一年や二年といった短期的な問題に答えていくのには、
あまり向いていないところがあります。つまり哲学とは、政治や社会や、急務な
課題に答えるものではないのです。
 では哲学が、政治や社会問題に対してまったく無力かといえばそうでもない。
哲学は、どんな問題に対しても安易に答えを出してしまう私たちを戒め、
自制を促す力をもっています。数学の問題のように、ただひとつの明確な答え
が領域が確かにあります。しかし、現代の、政治・社会問題には簡単に割り
切ることのできない問題が山積しています。また、どんな問題にも正解がある
はずだと考えることは、危険な一面も併せもちます。このような人は、正解だ
と思えるものを見出したとき、それを錦の御旗のように振りまわして、自分以外
のすべての立場を否定する態度にでかねないものです。確信をもって他人を批判
する人々は、もはやその自分の確信そのものが誤っているかもしれないという
可能性をすっかり失念してしまいます。ある時点で正解と思われたものが、
いつまでも正解であり続ける保証など、どこにもありません。ですから、
「もうこれは正解でなくなったのではないか」と、絶えず自己吟味をして、
自分対して批判的な目をもち続けることが大事なのではないでしょうか。
これはけっして日和見の勧めではありません。わかることはわかり、解決できる
ことは解決していくべきなのはいうまでもありません。「今の自分にはわから
ないことがありうる」という観点を保ち続けることが大切なのです。
 哲学は、けっして万能の解決策を教えてくれる学問ではありません。
むしろ、適切なかたちで問題を提起してくれるのです。適切なかたちで問題を
提起することができれば、そのときに解決もある程度見えていることでしょう。
なんにでもわかったような顔をするのではなく、わからないことはわからない
と素直に認める潔さもときには必要なのです。
 民主主義の基本は、自分と遅う意見の持ち主の存在を認めることにあります。
ですから野党が存在しない一党独裁の国には、どういいつくろってみても本来の
意味での自由はないので。政治とは様々な意見の対立があることを前提とした
上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指すのです。フランスの哲学者
スポンヴィルの言葉を借りるなら、「みんな一緒でエゴイストになれる」道を
模索するのが政治です。哲学的思考は、常に他の答え(正解)も在り得るのだ
ということを認識させてくれるものなのです。・・・≫
▼ 世界はキリスト教とイスラム徒の原理主義戦争の様相を呈しているが、
 これは、中東と、欧米の風土の違いからくる宗教観の違いがある。砂漠では
家長が絶対的権力をもって、家族を導かなければならない。過酷な環境では、
民主主義や個人の自由の主張はマイナスになる。イスラム原理主義を強引に
推し進めようとするISが、猛威をふるっているが、これを欧米に持ち込もうと
しても、土台無理がある。とはいえ、欧米の世界支配で、中東などの世界から
資源を奪略してきた現実と格差が、ネットで公然となってしまった。それは
民族間の相克であり根が深い! 21世紀の世界大戦は、既に始まっている?
世界恐慌、格差問題の露呈、世界大戦の図式が不気味に現実になろうとする。
・・・・・・
5093,タガメ女の正体  ー
2015年02月23日(月)
      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 〜深尾 葉子(著)
   * カエル男度チェック
  有難いことに、タガメ女と、カエル男度チェックシートがある。
まずは、☆カエル男度チェックシート  ( )内は、私自身のチェック
1.パートナーや家庭を大事にしている  (○)
2.周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられる(?)
3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」の言葉がでている(×)
4.住宅ローンを組んでいる(×)
5.月の小遣いは一万〜三万円と決まっている(×)
6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは
 憂鬱というよりもウキウキしている(×)
7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×)
8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×)
9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(?)
10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(?)
11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(○)
12.部下の指導力には自信がある(?)
13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(×)
14.酔うと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言う(?)
15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(?)
16.渡辺淳一の小説が好きだ(×)
17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をいう(×)
18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(×)
19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(×)
20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(×)
 ☆ あてはまった項目の数で、
   0〜4:カエル男度20%
   5〜10:カエル男度50%
   11〜15:カエル男度80%
   16〜20:カエル男度100%
(?)を0・5として加えると、私のカエル度 30%? 
  主観と傍目は違う? だから共生していける!いや、共演? 実演?


6553,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜4

2019年02月22日(金)

            【…】内私の内語
《  * 感情には隠された目的がある
 ・最も重要な問いかけは『どこから?』でなく『どこに向かって?』である。
 【ケニアのツアーに参加した時、震えて…そんなことを思う余地がなかった。
・悲しいから涙を流すのではない。相手を責め、同情や注目を引くために
 泣いているのだ。【そんなのは悲しみではない。涙など出てこない。】
・かっときて自分を失って怒鳴ったのではない。相手を「支配」するために
 「怒り」という感情を創りだして利用したのだ。
 感情はクルマを動かすガソリンのようなもの。
 感情に「支配」されるのではなく「利用」すればよい。
 【それを利用したのがヒットラーの演説手法。カッとしたエネルギーが
  人生の活力を生む。】
・不安だから、外出できないのではない。外出したくないから、不安を作り
 出しているに過ぎない。【腰痛は、まさに是。不安感が腰痛を増長する】
・子供は「感情」でしか大人を支配できない。大人になってからも感情を
 使って人を動かそうとするのは幼稚である。【危なそうで行くのを躊躇した
 旅先ほど感動が大きい。それは、その感動の予感が磁石になり引寄せられる】
・彼氏には甘えた声で。配達員に対してはキツイ声で。他人は相手と状況に
 応じて行動を使い分ける。あらゆる行動に目的があるからだ。 
 【行動の「行」には目的の意味が入っている。犬でさえしているのに今さら】
 ―
▼ ・感情といえば〔情念〕という言葉が浮かぶ。人は情念で動く。
 赤塚行雄<『ヒトラーの魔力』 情念の話術 大衆は女である>が、
深い示唆を示している。 ヒトラーはドイツ人の心に深く根ざしている何か、、
「情念の泉」を解き放ったのではないのかと。敵はユダヤ資本、ユダヤ人と
決めつけ、彼はスピーチや文章によって、人種的「純度」と「ゲルマン民族」
(「支配民族」アーリア人)の優位性という信念をドイツ国民に広めていく。
冷静な理路整然とした言葉より、計算されつくした剥き出しの情念による言葉
を大衆は望んでいる。大衆は女どもと何ら変わりない、煽動し、熱狂し、時代
の変化への不安感を、麻痺させてほしいだけと…
 人間も社会も、内なる情念の業火に悩まされている。ことに群衆は盲目の
群れになる。左手を胸に、右手を上に向けた「ハイル・ヒトラー」と情念を
込めて発散させておけば、思考力が無くなってしまう。そこに、先の敵・味方の
色分けを塗りこんでしまう。当人が途中から、麻薬づけになって正常な判断が
出来なくなったが… それ以上に、大衆の情動は偉大な力を発揮する。
・ところで説教に『節談説教』がある。 この手法は、難解な教えを文字の
 読めない人々に判りやすく説くために、語るがごとく歌うがごとく、聴衆の
情念に訴えかける真宗の布教法。何かヒトラーの大衆誘導の説教に酷似している。
「怒りを歌うがごときに変えて大衆向きにアレンジした」ような。
理性も感情も裏腹。理性というやつも、考えてみれば怪しげでもある。
情動を理路整然と理屈づけしたのが理性? いや違いますか? 最近、NHKで、
ヒトラーの話術をテーマに放送していたが、見落としてしまったが、是、如何に? 
・個人レベルに、これらを活用すれば生き方が全く変わってしまう。
『何か、あの人、別人のよう。喜怒哀楽が激しくて、内容が支離滅裂だけど、
 何か面白い。でも、一皮むけたよう…』と… 実は、学生時代に、この猛毒の
ような本に脳をやられて、実践していた時節があった。その結果は、狂人と、
変人の塀の上の住人に? それを鳥瞰している第三の自分が、冷笑をして見て
いるのも変。鳥瞰ですか、鳥瞰。その為に、秘・異郷ツアーに嵌り込んだ向き
もある。 彼方から此方を改めて見つめると、これまた現世の日常が面白い。
「歪んだ自分」と「社会」と「身近な世間」の世界。 そうとでも想わないと… 
面白いわけだ。 自嘲で笑い飛ばすしかない、コミックそのもの。理路整然と
間違っている? のを自嘲してみるのも。

・・・・・・
6189,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −2
2018年02月22日(木)
   * 私自身は運が有る方か
 「運」のつくり方や、幸福論、精神論などを40年、いや50年も学んできた
割には、さほど運があったように思わない。かといって、高度経済成長期の
時代に、20、30歳代を過ごせただけでも、いや人間として生を受けただけでも
幸運であった。特に、終戦直後の廃墟に、この日本に生を得ただけで、いや、
人間として生を受けただけでも奇跡的幸運に巡りあえたことになる。哲学的で
いえば、「存在論」の『存在の不思議』の問題につながる。
 朝日新聞のテーマの質問、「自分は運がいいほうだと思う?」に対して、
7割の人が、「運がいい」と答えには、実は驚いている。7割が、この幸運に
気づいているからである。
 人生を振返ってみると、何度も危機があったが、必死に取り組んでいる内に、
何時の間にか乗越えていた。改めて、危機だった事象を振返ると、実に危ない
難関があったが、幸運にも、咄嗟の判断で乗越えていた。
<一つの事故の背景に、30倍の似た危機がある。> の通りである。
「間がさした」の真逆の幸運で、運が良かったとしか思えない危険の連続。
母親の口癖が『私には、3歳の頃、亡くなった父親の守護霊がついている』。
それに対して、「そう信じることで、何か内から幸運に向かう力が働いて、
幸運に導いている」と考えていた。 
 はや7年になるが、会社清算とはいえ、倒産は倒産。 資本主義社会では、
経済的前科者にあいなった。 その時の反応が何とも皮肉で面白かった!
マイナー?な人ほど、掌を返してきた。 実は、そこに、その人の不幸のタネ
が明確に現れ出ている。人を妬めば穴二つ」の別バージョンが、そこある。 
カラスと同じで、弱ったから、攻撃する。相手の傷口に、自分の傷の血を塗り
たくり、己の不遇の鬱憤晴らしの本性が透けて見えてくる。不幸系、不遇系
のマイナス度が深いだけ、辛辣になる。批判、非難で、神様になったり、
判事や、検事だったり。弁護士役など、誰も見当たらない。そこで、自分だけ
でもと、ここで『日々、是、口実』として自己弁護しているが、それは笑い
タネになる。自虐、露悪の私にとって、憐み、あいみたがいになる。
 
 〜そこで、熊、寅、八つぁん、大家さんに再び、出演してもらいます。
――
大家: 八つぁん、あんた、運がいいと思ってるかい。
八つぁん: 決まってるじゃないか。幸運というのは、幸福につながる。
  私が幸福でなくちゃ、誰が幸福というんですか。過去を振り返って、
  2割方は不幸を抱えていたね。
大家: その位の割合で、不幸を抱えていた方が良いんだよ。私もその位さ。
  で、 熊さんは、どうだね。
熊: 俺って怠け者だろう。働きは悪いし、カミさんと共働きで、陽気だから
  助かっているんだ。両親とも、教育が無かったのを、そのまま、引継いで。
  寅は、その点、少しでもと、耳学問で知識を得ようしているね。
寅: 子供の頃に、勉強してこなかったのは駄目だね。この歳になって、
  小、中学校の教科内容って生きる上の最低の知識だったんだと反省しきり。
八つぁん: 時代背景の良し悪しもあるけど、家系と、姉弟構成の立ち位置も
  大きいね。条件、状況そのままが原因というけど、本当だね。
  「運」というけど、「運命」以前に、「宿命」の問題があるね。
熊: その違いって何?
八つぁん: 宿命って、本人の努力では克服できないこと。遺伝的な…
  運命は、努力で克服出来ることさ。
寅: そう思って、努力をしたけどね。あの親の子供じゃ無理だよ。
  でも、何か運だけは良いんだ。賭け事には運があるよ。
熊: 何んだ。勝った時だけ吹聴し、負けた時は、フテ寝じゃないか。
  差引ゼロと言ったじゃないか。
大家: あれだけ楽しんで、タダなら、それで充分さ。でも、そのエネルギー
  を、教養に向けていれば、後悔も少なかったさ。御前は、遊び5割に、
  働き3、学びが2割。 熊は、遊び7割、働き2割、学びが1割りさね。
  それも、この長屋住まいの御蔭で、道を外れないでいられるんだよ。
八つぁんは、どうだろう。遊びが5で、学びが3で、働き2。
  働きは、バブリ過ぎがあったしね。4・3・3だったのにな。
  甘いか、しょうがない、八つぁんの親指人形だからさ。ったく。
八つぁん: 有難いことです。この長屋の住人になれて幸運です。

・・・・・・
5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー�
2015年02月22日(日)
   *  『悼む人』が良かった ー�
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、
私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。
小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ
育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。
5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。
家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。
 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては
いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 
 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。
それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。
 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 
後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている!
『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。
 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、
 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。
撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、
失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、
『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、
  確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』になる。
その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。
 中原中也‘帰郷’の一節
「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」
が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! 
ただ面白かった ひたすら面白かった」
 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。
・・・・・・
5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2
2016年02月22日(月)
   * 逃げるから怖ろしいのだ ー2
 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、
<悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。
「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい}
「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」
「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」
このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。
「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から
始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。
 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」
「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。
彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、
<温かいもの> を受け入れる。』とか、
『友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている
内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えていれば、
その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情のコントロール
は非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、自滅するのは、
感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、取りあえず戦い
続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。
好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを
加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。
「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」
の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、
巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に
なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても?
 で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。
脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。
・・・・・・
5822,閑話小題 〜しまった!  ー人は皆、うぬ惚れの生きものー10
2017年02月22日(水)
       < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 人は皆、うぬ惚れの生きもの
  金沢に勤務していた時の会社のNO2に教わった言葉、
<創造の一歩は、自己能力の限界の設定>があった。それが何時の間にか、
うぬ惚れて、小隙から船が沈む諺通り…この有様。創業とは、小さな隙間に
的を絞り、バブッテ、破裂する一環。以前は平均30年だったが、今では10年。
自信喪失も、うぬ惚れも人間の持つサガ。その一環を経験してみたが、深い
甘塩っぱい味がした。 例えると何だろう?味の素をそのまま口にしたような。
 健康食品など多くの事業が、この人間の性癖を利用している。
懲りずに再び健康食品を使いだしたが…  〜その辺りから〜
≪私たちは自分を他人より上だとうぬ惚れて生きている。このバイアス(偏り)
が多くの過ちの種を宿している。行きもしないスポーツジムの会員権、リゾート
マンションの共同利用権の購入。初期だけの低金利のクレジットカード。こういう
傾向を研究している学者が一般的な結論に至った。
 <人はおよそ誰もが自信過剰である。例外は、じつは現実的な自己認識
  をしているという欝状態の患者だけだ。>
アメリカで大きな成長をしてきた「ニュートリシステム社」がある。その株価
が大きく上がったのは、その呼び名を借りると「シリアル・ダイエッター」―
つまり体重を減らそうとして失敗してきた人たち。大半(80%)が、平均年齢が
44歳、体重95キロ、大方の減量目標が27キロだが、結局9キロしか減らない。
10〜11週間でギブアップが通例。では、何故、会社は顧客が失敗し、会社が成功
したのか。他の企業と同じように、人の自信過剰につけ込むすべを学んでいたから
である。人が実際にすることでなく、人がすると信じていることで、この会社は
成立っている。ここでも、有名スポーツ選手を広告塔にしている。ただし広告を
よく見ると、重要な?の単語から成る免責事項が、小さな字で書かれている。
「結果に個人差があります」と。≫
――
▼ ネット検索によると、<日本にもフランチャイズで、2009年10月にハウス食品
より発売された「ニュートリシステムJ-ダイエット」だが、2年で全サービス終了
という結果となった。>とあった。こうした本が日本で出版されると、ハウス食品
が効果のないことを分かっていてフランチャイズ契約を結んだという悪いイメージ
がつくため、サービスを中止にしたようだ。大志を抱き、何とかカタチにして、
うぬ惚れの小隙がバイアスとなって、はい、それまでよ>も決して悪くない。
どの道、死んでしまえば、それまでの人生。神様が存在するのではと思えるほど、
丁度よい味ある結末を与えてくれたと我ながら感心する。外には飄々と風が吹く。

・・・・・・
3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2
2012年02月22日(水)
 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される
のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 
彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、
3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに
誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。
愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、
家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、
後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。
それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一
も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ
(文春新書)  岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する
【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、
  決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、
 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70)
* 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、
 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に
 関して理解していない。
 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを
  張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を
 販売してきた(p.43)
 ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、
 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、
 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46)
 ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が
 あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189)
 ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 
  1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障)
  2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障  
  3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】
* 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 
 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした
 タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、
 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても
 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。


6552,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜3

2019年02月21日(木)

         『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   * 魂を浄化するには、そのままの自分を認めよ 
 人間と、他の霊長類の違いは、イメージを持てるか否か。そのイメージは、
言葉と文字化の能力がなせる技。だから読書習慣の必要性がある。
それを育てるには、遊び(ゲーム化)が必要となる。格安の「秘・異郷ツアー」
で‘地球の何でも見てやろう’を世界を碁盤目に見たて、当初は外側(僻地?)
から埋めることをゲーム感覚にしてきた。 
・旅先で情報を仕入れて行先を決めると、
・家内が予測通り、猛然と反対する。そりゃケニアのサファリといえば当然。
しかし、何故か必ず『家にいるより良い』と、付いてくる。危ないところほど、
素晴らしい物語が待っている。誰に頼まれて、アフリカに行くのか。ツアー仲間
は、私のような変人?ばかり。しかし、その先は、マイナス(トラブルなど…)
1に対し、プラス3の夢のような至高体験が必ず待っている。それは、アドラー
の言葉そのもので、この上ない体験がある。旅先のベストの楽園と魂が融合する。
 劣等感、優越感は「対比」の結果。 しかし旅先にあるのは絶対の世界。
現生の世界からループを通って楽園?にスリップするゲーム。 それは向うから
はやってこない。自ら飛込んでいく!からこそ、出会える経験。 旅のプロから
すれば貧弱だが、私にとっては宝物。
 まず、現在の自分を乗越えなくては…
《 ・あなたが劣っているから劣等感があるのではない。どんなに優秀にみえる
 人にも劣等感が存在する。目標がある限り、劣等感があるのは当然なのだ。
・劣等感を抱くこと自体は不健全でない。劣等感をどう扱うかが問われているのだ。
・強がりはコンプレックスの裏返し。「強く見せる」努力をやめて、「強くなる」
 努力をすることだ。
・人は注目されないと、悪さをしてでも注目を集めようとする。
 それに失敗すると、今度は自分の無能さを見せつけるようになる。
・「みんなが私を嫌っている」「今回ダメだったから次もダメだ」という思い
 こみは冷静に立証を試みれば消えていく。 》
―   
▼ これらから学べることは、魂の中心部分の浄化の質の問題。それは高めるに、
 アリキタリになるが、感動、感激、感謝などから魂の浄化の蓄積が必要になる。
映画でも、旅行でも、芸術との触媒でも、可能な限り自ら求めて… これは、
老いがすすむにつれて表だってくる… 人生の夕暮れ時が60歳の還暦とすると、
75歳からは、日没時?  
 …そういえば‘なかにし礼‘がテレビ朝日で、4年前に食道がんが再発し、
「1日単位で大事に生きてください」と医者から告げられるほど酷い状況だった。
しかし、抗がん剤治療で何とか… 。 そこで印象的だったのが、
<80歳の風景は70歳と全く違う。あちら側って感じ>という言葉が残った。 
 その前に前期高齢者と後期高齢者の区切りの75歳がある。これも厳しい。
それまで魂の浄化を、自ら課してきたか否か。 人生は濃度だけではない。
その質の純度による?  今さら慌てても致し方がないが。
 ☆ これまた、過去の文章が、脈絡にピッタリとあっている。
としても、我ながら真面目に書いていたもの… 
 ありのまま、過去は嘘をつかない? で、何で、このザマなの!
だから、このザマなのさ! 「ご覧のとおり、そのまま結構」ってなわけ。

・・・・・・
6188,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1
2018年02月21日(水)
  * 自分は運がいいほうだと思うか?
先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。
  〜要旨といえば〜
< 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく
「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、
「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、
そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に
行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、
今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… 
 そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い
と答えるという。
 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、
良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って
いるためという。
 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、
努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。>

☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、
・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。
・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。
・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が
 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました

☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して
 いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。
正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事
の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず…

▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という
 テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田
 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、
<何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に
 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。
 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を
 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。
 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。
 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に
 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、
 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、
 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。
  …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。
                           〜つづく
・・・・・・
H0605
般若心経のすすめ

 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。
当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)
直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない。
 
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。

・・・・・・
2016/09/25
閑話小題 〜幸運の人と、不運な人
   * 人は、すべからく幸運である
 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。
・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。
 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、
 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。
・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の
 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と
 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識
 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。
・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。
 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、
 そして、6%、3%、1%にと。 
・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、
 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。
・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、
 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、
 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、
 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、
 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な
 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。
・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、
 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。
・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、
 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の
 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)

・・・・・・
5044,生と死をめぐる断想  ー1
2015年01月05日(月)
    『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
 * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世
   ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー
 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、
3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく
なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する
知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が
増えている。 ー まずは序文の冒頭からー
≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。
 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。
詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。
 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。
この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。
色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、
 色は色(しき)空  空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 
色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という
ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と
教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。
時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。
それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では
「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と
聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。
「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている
ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を
表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての
教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。
團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと
吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、
骨髄移植をしていた。・・・≫
▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて
 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、
とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世!
 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 
・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。
▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、
 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、
情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」
が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。


6551,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜2

2019年02月20日(水)



        『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   
 アドラーは読めば読むほど、その奥行きの深さに驚かされる。
前向きで明るい健康的であるのが特徴。『日々是好日』こそ人生と…
その業績が多大で無料の採石場のように盗用されている割に、誰もが、それを
隠す。シンプルで当り前のことばかり。 そのあたりま」こそが真実であり、
答えである。それは現代の個人主義の背骨のようであり、何時の間にか我々の
根幹に沈殿している。
≪  ☆ すべてはアナタが決めたこと
・重要なことは人が何を持っているかではなく、与えられたものをどう使い
 こなすかである。」
・人生が困難なのではない。あなたが人生を困難にしているのだ。
 人生は、きわめてシンプルである。
・たとえ不治の病の床にあっても、天を恨み泣き暮らすか、周囲に感謝し、
 余生を充実させるか、それは自分で決めることができる。
・遺伝や育った環境は単なる『材料』でしかない。その材料を使って、
 住みやすい家を建てるかは、あなた自身が決めればいい。
・人は過去に縛られているのでない。あなたの描く未来があなたを規定して
 いるのだ。過去の原因は「解説」にはなっても「解決」にはならない。
・敗北を避けるために、時に人は病気になる。
 そう言い訳をして安全地帯に逃げ込み、ラクをするのだ。
・「やる気がなくなった」のではない。
 「やる気をなくす」という決断を自分でしただけ。
 「変われない」のではない。
 「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。
・遺伝もトラウマもあなたを支配していない。どんな過去であれ、
 未来は「今ここにいるあなた」が作るのだ。 ≫
 ―
▼ バナナ(内側が白で、皮が黄色)を標榜しているため、個人主義の
 傾向が強いこともあり、どれも当り前のことばかり。立上げ屋(創業)を
目指した人生なるが故に、既存システム、常識の破壊から入る。そのため、
ことの本質をシンプル、スペシャル、スタンダードにして、集中して対象に
取組むしかない。行動の『行』は、仏教用語。判断、決断の意味がある。
決断したら、手持ちの自己能力を設定をして足りない材料を集めなくては
ならない。要するに「夢ツリー」の作成である。5w1Hで、ツリーを装飾で
満たしていく。カレーを作ろうとしたら、冷蔵庫の材料を調べて足りない
材料を買い出しにいくのと同じ。「カレーライスを食べたい、つくろうか!」
は「その人が決めたこと」。 外は、大嵐なら、翌日にすればよい。
 
 * 偶然、以下の3年前の内容が、この内容に丁度よく対応している。

・・・・・・
5454,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ
2016年02月20日(土)
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。
  怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』
と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、
オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、
「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の
変化が情動を引き起こすと考えた。
 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>
情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。
 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える
ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、
『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心
な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その
意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、
唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる
 のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。
『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが
集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の
至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った
大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。
それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。
 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。
末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく
終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と
情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは
気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 
学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と
教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・
 で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も)  ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚)
字をとったGNP営業の典型。
 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い
死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする
ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を
解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。
その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない
病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的
大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。
 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、
その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、
ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年
かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図
がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。
22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 
それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も
できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 
見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、
相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に
付け込むのが営業センス。


・・・・・・
6187,閑話小題 〜恋と愛の違い −3
2018年02月20日(火)
   * 『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義
『男はつらいよ』のシリーズ48作全てをみてきた。それに加えTVの放映で、
それぞれ2〜3回はみている。マニアックほどでもないが、同年代からしたら
多いはず。アウトサイダーの生き方に同調するが、何か許されてしまう甘えも
自分をみているようである。
  〜ネット検索で調べると、
《 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子
 に故郷の葛飾柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。
 毎回、旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして
 成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。
 主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。》
《 松竹によって1969年(昭和44年)から1995年(平成7年)までに全48作が、
 1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。渥美の死去により、1995年に
 公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。 》
《 参道の中ほどに一軒のだんご屋がある。「とらや」を名乗っている。
 当初は「柴又屋」といった。のれん、売り台、立看板などを持ち込んで店の
 中から表の参道向きのカットを撮った。年に二回も撮影があるんだからと
 気安く、大きく重い売り台を小道具係が置いてきた。店でも便利なので
 そのまま使っていた。売り台の正面に「とらや」と出ているので、通りすがり
 の参詣客が「あら、ここが映画の『とらや』よ」。そこで、店では、だんごの
 売り台を中央に据え、屋根看板も「柴又屋」から「とらや」に変えてしまった。
 宣伝部が抗議を申し入れたが、店側は柳に風。とうとう我々が我慢できず、
 次の作品から「とらや」から「くるまや」に屋号を変えた。》

――
大家: 八つぁんが、<寅のマドンナ役への想いが「恋」の典型だ>という
  言説が単純明快で解りやすいんで、改めて話を聞かせて貰うよ。 、
八つぁん: 前回、ふと思いついたが、言われてみりゃあ、いい着眼点だね。
  思春期そのままの寅さんのマドンナへの憧れが「恋」。「トラ屋」の親族
  の面々の互いの思いやりが「愛」で、その織りなす絵柄が物語とね。
大家: よくよく見ていると、物語の奥には仏教思想が流れている。
  『空即是色』だよ。俗世の欲やシガラミから解き放されて自由気ままに
  旅する姿に、男のロマンの物語。 私の好きな寅さんの口上に、
 【"ああ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。
   そのために生きてんじゃねえか。" 】がある。
八つぁん: 高度成長時代で地方から都会に移り住み、日常に忙殺され、ふと
  田舎の家族を懐かしむ人たちへの温もりを提供した映画。 私が大学を
  卒業をして6〜7年、地方都市(四日市、神戸、千葉、金沢)を転々として
  いた時に、上映すると、必ず見に行っていた映画。 思い出深いのが、
  卒業の翌年、四日市で、みた第3作 (昭和45年1月) …
 <オジちゃん、おばさん夫婦が、三重県の湯の山温泉へ旅行に行くと、なんと
  旅館で寅さんが番頭をしていた。旅館の美人女将・志津(新珠三千代)に
  一目惚れして、居着いてしまったという物語。>
  湯の山温泉は、寄宿していた四日市近郊もあり、生々しい感覚があった。
大家: 御前さんも、色いろあったんだ。
八つぁん: キツカッタ時節だった。よく潰れなかったのが不思議なくらい。
  でもさ、20,30歳代は、誰も多かれ少なかれ一杯いっぱいだろう。その頃、
  寅さんと自分の不安定な日々が重ねってね。涙して見ていましたよ。
  一番辛い時こそ、一番、良いことが足下に埋まっていたね。とにかく、
  自分で事業のネタを探し、独りで、コツコツ固めていくのは、それは大変。
  事業構想の絵図を何も手掛かりも曖昧の中で模索するのは、簡単ではない。
  「マドンナ」への思いを横にスライドして、「事業構想」を求めるのはね。
  朧げな絵柄をイメージし、構想するし、単独で実践する行為は、孤独業
  そのもの。五円玉の真中に穴が開いている。その、ど真中の穴を凝視して、
  その先に何やしらのヒントを探す日々。そこに得体のしれないエネルギが
  沸き起こる。
寅: 面白そうだね。初めて聞く話だよ。
八つぁん: 自然と出てきた例えだよ。「正・中心・一点・無」を5円玉に
  見たのだろう。真中の穴は、円玉があればこそ存在する空間である。
  その空白こそ、エネルギーの元になるんだ? 
寅: 何か分かるんだ、それ。棒だけ望んで、ハリだけ叶うだね。
大家: 話が、逸れたね。
八つぁん: 恋と愛の違いだろう。「恋は妄想に始まり、実行で実を結び、愛と
  なる」で、逸れてもいないよ。で、フーテンの寅が何か言わせろという…
                         〜つづく
・・・・・・
4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1
2014年02月20日(木)
  * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義?   
         ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた
ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、
何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 
森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか
の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 
ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要
だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義
であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代
資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 
  ーその辺りを抜粋ー
《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく
  過程を次のように発展段階的に説明する。
 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る
 �超コード化(古代専制国家)  =王様が秩序形成
 �脱コード化(近代資本制)   =王様に代わり貨幣が君臨する
・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり
 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」
 から「超コード化」までの過程が描き出されています。
・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」
  (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」
  (超コード化)に発展するという流れです。
・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている
 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、
 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、
 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。
・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に
 よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、
 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。
・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に
 おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ
 など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と
 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、
 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは
 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」
 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》
▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る
 とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。
 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。
 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に
 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在
 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・
・・・・・・
5090, タガメ女の正体  ー
2015年02月20日(金)
  * 恋愛結婚に恋愛なし (◎ n`◎)
 ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。
そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。
元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では
三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、
実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。
≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に
 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。
そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や
思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を
直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合
がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が
愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても
口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す
「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、
結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、
血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫
▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。
 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から
目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」
で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚=
身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も!
植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。
戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・
・・・・・・ 
3618,  忘却の整理学 ー3
2011年02月20日(日)
   「忘却の整理学」外山滋比著
 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは
たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、
一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに
気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに
次のようなを紹介してある。
   朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ
 まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。
昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、
「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事
を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事
でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる
ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。
その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。
更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる
ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした
「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを
書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの
内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男
の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。
ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。
忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても
忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。
それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、
目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく


6550,閑話小題 〜 一昨日は、中学校の同級会

2019年02月19日(火)

   * 中学校の同期会
☆ 先週の土曜日の夜は中学校の同期会。
 出席者は17名。会費6千円。会場は長岡グランドホテルの地下にある『南天』。
17時〜20時半。二次会の終了が22時。あいも変わらず、元気で仲がよい。
この40年、当初は年平均に2回。今では3〜4回は開かれる。当初は、クラス会
だったが、次々と欠け、同期会のなってしまった。 還暦、古希の会など年一回
の正式の会と、その打合せ、そして反省会で年三回。それにプラス一が?… 
古希、還暦などが100名、それ以外の本会は60人。打合せと反省会は17名前後。 
亡くなった人が大よそ4分の1。年金生活に入って暫く経過するが、よくぞ続く。
 中心の数名の団結の強さは女性なればこそ! 男は、何処も同じ添え物の存在。
今回、久々に?各自の近況報告があったが、相方か、自分の持病の話題が中心。
そこには、それぞれの人生がある。 
 次回は、悠久山で花見?を兼ねて… 実際のところ、どうなるか?
それにしても、何かに憑りつかれてように親しい。女性たちはラインで互いに
連絡をとりあってるとか。 
 ―
   * つれづれに
☆ 最近、家内との会話で、「友人が新聞を止めた」という。そこで我家でも、
 その可能性を探りだし始めた。このところ私も「価値が無い!」と思うように…。 
20年前?にWowowの加入と同時に「新潟日報」を。ネット導入時に「日経」を
止め、最後は朝日新聞に対して?… 小学生の頃からの朝一番の朝刊の習慣を
断ちきれるか? 試しに二週間でも休刊すればよいが… この一連は、
アナログからデジタル文化への移行の象徴になる。
 ネットTVとシネマ館での映画などとの価格対比、Wowowと朝日新聞、
NHK、BS・NHKも然り。 新聞が遥かに劣る。 時どき図書館やスポーツジムで、
新潟日報を読流して…‘これを今どき読むなんて!’と確信をもって…。 
しかし知人で半日かけ隅々まで読む人もいるから、生活環境、年齢状況もある。 
居間にiPadが二台あって、TVと交互に見ている生活習慣もある。さてどうする? 
 ―
   * 人生、二度なし!
 両親の生活習慣と、早朝の読書習慣から得た知識で、最も重要だったのが、
・人生二度無し。それも一期一会で日々、ことにあたる。
・その時々の、すべきことを済ましておく。それも全身全霊で。
・群れない。群れても相手を選ぶこと。
・苦悩を突き抜けて歓喜に。そのプロセスをゲームする。
・「よく遊び よく働き よく学ぶ」 それを鳥瞰視する第三の目線を維持。
 これらの総体が自分になるが、『我事において後悔せず(宮本武蔵)--』
後悔も時に必要。事跡を見て見ないふりよりも… 。
「やって後悔」「やらずに後悔」。対象の質量もあるが、同じ後悔なら、
「やって後悔」がプラスが多い。 8割の人が、「やった後悔にさい悩まされる
傾向が強い」という。 結婚相手の選定失敗が8割以上というが… 人生最大の
失敗が8割とは? 子供の8割が失敗の産物ということになるが、如何だろう?
人生は二度ないから面白いのである。 色即是空 空即是色 何ごとも裏腹!

・・・・・・
6186,閑話小題 〜恋と愛の違い −2
2018年02月19日(月)
  * 熊と寅の恋愛談義
寅: おい熊や。最近、八つぁんのブログに、チャクラとか、愛・恋とか
  小難しいことを書いているが、分かるのかい。
熊: 愛なら分かるけどね。手前のカカアに感じる愛おしさだろう。俺だって
  あるよ。しかし、恋となるとね。この歳でも、美しい若い女がすれ違う時に
  ドキドキする奴だろう。俺なんぞは、常日頃、恋していることになるよ。
寅: 御前と歩いていると、俺の方がこっ恥ずかしくなるよ。
熊: 御前だって、年増が来ると、そわそわするじゃないか。桜か、梅かの
  趣味の違いだよ。
寅: 御前のような男が若い女を変な目で見つめられたら、気味悪るがるよ。
熊: カカアは、若い時分は良かったけどね。今じゃ、跡形がないけどね。
  それでも何か馴染んだら、違う良さが出てきたね。
寅: え、あんなババアのどこが良いの? いや、うちも同じようなものか。
大家: 二人とも真剣な顔をして恋愛談義ですか? 何だかんだ言うけれど、
  欧米も、日本も大昔から、歳とか身分など関係なしに最大の関心ごとさ。
熊: とすると大家さんも、まだ関心があるんだ。
大家: 勿論さ。今でも、カミさんに黙って、昔の女の墓参りに行ってるよ。
  心の中では更に艶っぽくなって生きているよ。
寅: そういえば、公園で艶っぽい変な顔をして座っているのは、想い出に
  浸っているためですか。
熊: 今度、虐めたら、御かみさん云い付けてやるよ。ったく、この色爺め。
大家: 冗談で言っただけだよ。冗談さ。でも、半分は本当さ。
  でも、いい女って、年齢に関係ないね。傍にいるだけでワクワクするね。
寅: それって分かるね。熊みたいに若いのしか興味ないのは、可愛そうだね。
   俺はね、兄弟ばかりで、女っ気がないから、母親のような大らかな年増
  に魅かれるの。
大家: 後悔、後で立たずだよ。いや、先にだった。
熊: 年増を梅に例えれば、梅の花が恋で、実が愛になるね。
寅: 熊も、いいこと言うじゃないか!
熊: 「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」というじゃないか。
  花が恋なら、見るだけで満足できるが、梅の実は梅干しにして食べられる。
大家: 御前も哲学的になったじゃないか。
  「恋は幻想だが、愛は動詞」ですよ。行為の結果が愛になる。
  恋の幻想から始まり、愛の行為の結果、子供が授かる。
熊: だから俺のガキは、バカでも可愛いんだ。夫婦とも幻滅しているけど、
  我家は温か家族だよ。
寅: それにしても、若くて綺麗な女がくると、目つきが変わるな。
  あっ、俺もそうかい。もうじき、梅と桜が開花するな!
大家: で、結論は、如何なの?
八つぁん: 今回の出演は無しと思っていたけどね。フッと「男はつらいよ」
  の寅さんを思いだしたの。マドンナに恋焦がれて、最後は、失恋するけど、
  相手を思って身を引くだろう。恋心が、愛に至るからだよ。そこまで純粋
  で深い恋心と愛を監督は言いたいんだよ。 熊、寅には解りはしないよ。
大家: 実家の🍡団子屋の親仁が、ワシのようで、妹の旦那役が八つぁんで。、
  隣の印刷屋のタコ社長が熊。で、寅が、そのまま寅役になる。熊は若い
  マドンナ役の時の特別出演の時になるがね。
寅: あの中の「リリー」役の浅丘ルリ子が良いねえ!恋心よりも愛を感じるね。
  それと「ぼたん」という名の芸者(太地喜和子)と、大阪の美人芸者役の
  松坂慶子が絶品だったな。
熊: おれ、吉永小百合と、タコの娘が好きだね。
八つぁん: 本当に暇だね。でもマドンナ役は永遠に残るから女冥利に尽きるよ。
大家: 暇だから、自由気ままにに書けるんじゃないか。金も大事だが、時間も
  大事なんだよ。こんど暇をみて『男はつらいよ』の映画評をしましょうよ。
――
八つぁん: 二年前に、トラさんや、あんた方のような人たちが書いてあったよ!
  《豊かな貧困者》 とね! 
寅: あんた、さしずめ《豊かな時間持》じゃないですか。
大家: 問題は、その使い方だよ。使い方!生きた時間でこそ、
  豊かな時間持と言えるんですよ。 ところでワシな如何だろう?

・・・・・・
5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者
2016年02月19日(金)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在
「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、
「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現
する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも
ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから
≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層
 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で
苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も
その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、
彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、
大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。
 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの
路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、
このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。
 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を
まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品
などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。
 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。
チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた
ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中
踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や
ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、
大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。
焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。
彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と
無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ
の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。
 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院
の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、
「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、
おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、
しばらく考え込んでこう答えたのである。
「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」
「他には何かないか」「それ以外ありません」
かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。
「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く
を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の
言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例
しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、
と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。
物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍
に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて
罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。
世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、
躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。
スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫
▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の
 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー
そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、
今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。
デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。
今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀
のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、
逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。
 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制   (/へ\*)")ウゥ
で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。)
・・・・・・
4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2
2013年02月19日(火)
    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  * 愛情空間、友情空間、貨幣空間
 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、
定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを
受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。
家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。
その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を
買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。
金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という
不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。
その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値
のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 
 ーその辺りの要約すると
≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。
 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには
 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。
 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの
 シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。
・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。
 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、
 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット
 ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。
 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 
 だから、愛が無くなるなどありえない。
・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、
 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。
 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、
 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。
 群れから追放されることは死を意味していた。
・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、
 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引
 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間
 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、
 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく
 理解できないのだ。≫
▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが
 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。
 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが
 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。
 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。
 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、
 現実社会を覆ってきたのだから・・・  ーつづく
・・・・・・
5089,タガメ女の正体  ー�
2015年02月19日(木)
      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * 魂の脱占領化
 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。
この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・
「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に
学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻?
に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、!
  〜ネット検索をすると、以下の内容があった!
≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、
 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、
親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。
それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ
ているかを、まず自覚しないと。≫
≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、
 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。
それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて
いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。
『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」
ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように
日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷
をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが
「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫
▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る
 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を
極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、
世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な
人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で
作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺
していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。
毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、
娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ
ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。
・・・・・・


6549,読書日記 〜すべての悩みは対人関係

2019年02月18日(月)

        『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   * 一つ皮剥きゃホンダラホイホイ!
 またまたアドラーである。19・20世紀が、フロイト、ユングが潮流なら、
21世紀の混沌とした時代はアドラーである。これまでアドラーについて幾つか
書いてきた。彼は、フロイト、ユングに並ぶ心理学者で、<過去に縛られること
なく、未来を変えることができる>の未来志向がベースにある。
  〜 面白い個所を抜粋すると
≪ アドラーは、言いました。
<たった一人で住んでいる世捨て人のような人さえも、実は他人の目を気にする>
ある村に世俗的な欲望を捨てた仙人のような人がいた。彼は村に住むことを拒否。
山の中に掘っ建て小屋を造って自給自足で住んでいた。村人と交流することに
意味を感じなかった。
 ある日、その村が大火事になり、村は荒れ果て、人々はその土地を捨てて、
他の土地に移住することになり、大移住をしたのです。すると驚いたことに、
その仙人のような男までもが移住して、新しい村を見渡せる新たな山に引越した。
実は世捨て人のような人は、人間関係を捨てたのではなく、「世俗の欲望」を
捨てた仙人のように『清らか』で『優れた』であると村人から思われたかった
だけだった。「観客」がいない場所で生きることに堪えられないかったのです。
『最近ウツっぽい』『忙しくて休みが取れない』など、内面の悩みに思え
言葉も、すべて対人関係の問題に起因している。
――
・人間であるということは、劣等感を持つということ
           ・・・劣等感と優越性追求について
・「強く見せる」努力をするな。「強くなる」努力をせよ
           ・・・優越コンプレックスについて
・「弱さ」を武器にしても人生は変わらない
           ・・・劣等コンプレックスについて
・勇気がない人は「特別」であろうとする。
 勇気がある人は「普通」であろうとする
           ・・・勇気について
・あらゆる過ちは「共同体感覚の欠如」に起因する
           ・・・共同体感覚について
・激しい感情を使う人は強い劣等感がある
           ・・・感情について
・あなたには貢献する能力があり価値がある
           ・・・勇気づけについて
・ひとつのことができれば他のこともできる
           ・・・自己変革について   ≫
――
▼ アドラーについての読書録を書いていた筈とHP内検索をかけると、
あるある。真面目に、真剣に取上げている。暗く、混沌の時代であればこそ
未来志向のベースが必要になる。すべての悩みは
対人関係にあり、それは3つの課題にありと… 
 1つ目が「仕事の課題」
 2つ目が「交友の課題」
 3つ目が「愛の課題」
フランクル心理学の3つ価値に似ている。
 1つ目が、「創造価値」
 2つ目が、「体験価値」
 3つ目が、「態度価値」 
<良く働き、良く遊び、良く学ぶ> の3つの切口。
 フランクも、少しアドラーをパクった? 
より納得できるのは、フランクだが… 

――――
2018/11/14
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −3                
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * 「価値低減傾向」と虐め
 本書で、虚栄心に満ちた人に見られる「価値低減傾向」について取上げている。
誰でも持っている内幕情報など覗き込み願望も、これ。‘子ぎつね’‘腹グロ’
と敬遠され、その場の空気が汚れる為、名前を出すことすらしない。自分に甘く、
他人に厳しくが、もっとも端的に現れるから始末が悪い。特に、これを営業ネタ
と活用をしているコテコテの小悪党。その毒は、対象の人間を自殺に追いやる程、
効果がある。当人が、どれ程、怨まれているか、全く気づかない。
人は短所の特徴で他人を呼ぶ傾向がある。 子供の頃から『アダナ』など、
自然と「価値低減傾向」をしているのである。
  〜この言葉をネット辞書で検索すると
≪ 優越感を持とうとするあまり、他人の価値を貶める発言や行為をする… 
 …いわゆるマウンティング。相手をケナすことで自分の価値を上げようとする
ものの、実際には相手をケナしたところでその人本人の価値が上がるわけでない。
ところが本人はそのことに気づいていないため、必死にそれを繰り返す。
優越感を持ちたい人は、家族や知人間で価値ある人間だと思われたい。
そして自分に価値が無ければ家族や仲間が離れてしまう恐怖を抱えている。
そのため家族や仲間が離れていかないよう、自分にそれだけの価値があると
思わせたい。しかし自分にそれほどの価値があると証明できないなら、家族や
仲間の価値を下げればいい…というNot-Self(自分らしくない状態)に陥る。≫
 ―
▼ 娑婆には、このコテコテの小キツネが面白いほど存在する。
 他人の不幸は蜜の味と、蜜を振りまいている輩たち。
『メシウマ』=「他人の不幸で今日も飯がうまい!」。
『メシマズ』=「人の不幸でメシが不味い!」と、粗探しを酒のツマミにする。
それが、「生きづらさを自ら生産していることに自ら気づかない。
アドラーは、この性を「価値低減傾向」と名づけ戒める。 
 ところで、私たち、これを自分の過去に対してしるのでは? 
青少年期頃の若気の至りのフラッシュからウジウジして… 酷いのになると、
痴呆症の悪例として、身近な人に、遥か昔の脚色をつけた窃盗などの妄想を
ぶつける。「価値低減傾向』より性質が悪い話を聞く。日本社会の特徴の一つ
に「同調圧力」の強さと「自尊意識の低さ」がある。自尊心が無いため、他者に
対する異質を取上げ、攻撃にまわる。その人のそれは、歪んだ自虐でもある。
 
――――
2018/11/12
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う!             
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * アリストテレスの「原因論」
      〜「質料因」「形相因」と、「起動因」
 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。
≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。
・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、
 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。
・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。
 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。
・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。
 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。
・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立
 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫
 ―
   * アドラーの「原因」論
 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜
≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。
アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して
いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、
プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。…
アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。
  ―使用の心理学―
 …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、
「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている
状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。
『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』
 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。
目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や
症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が
脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動
する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。
【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。
  ―感情を使う―
感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。
感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は
美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に
良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた
エネルギーとして直接的になる。

▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。
秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積
された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること)
で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。
早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス
の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。

――――
2018/11/07
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ               
          「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
 * 今でもバカやってんだ!
  人生を10年スパンで振返りってみて、
・10歳までは明るい性格だったが、
・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、
 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。
・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの
「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。
 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』
 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 
その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、
若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を
話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから
考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで
なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。
そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。
 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。
都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』
『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って
何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。
そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの
ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも
自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。
高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場
を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。
「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’
から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。
 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、
『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の
拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。
 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」
の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、
重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。
他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。
 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は
雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 
問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 
 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い
隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、
その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う
ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは
光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。
‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 
聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 
時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、
おのれ独りで。

――――
2016/12/04
つれづれに哲学 〜嘆きの谷
               「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
   * アドラーの「嘆きの谷」
 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人
の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的
思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。
ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。
誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント
同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者
の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」
があるため、説得力が強い。 
  〜その一節から〜
≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。
 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に
努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に
しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係
にも「影の面」を持ち込む。
 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。
エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ
ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう
いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、
広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と
言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気
ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、
どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー
はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは
カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン
の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。
カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。
アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」
というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡
を望んでいた訳でない。
 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、
≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る
 ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと
 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。
・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と
 して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、
 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという
 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか
 ない理由を持ち出すのである。
・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう
 としなかったり、「ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、
 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、
 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。
 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…>
・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が
 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して
 いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に
 この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と
 いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」
・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題
 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、
 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、
 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても
 そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする
 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。
 症状はこのような目的のために創り出される。
・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する
 ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、
 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。
――
▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を
 ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が
存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、
同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その
毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素
だから始末が悪い。


6548,読書日記 〜人生における読書の効能 〜5

2019年02月17日(日)


            『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 「情報処理力」と「情報編集力」 
               <正解のない時代を切り拓く読書>
≪ 20世紀後半を牽引したのは、要素から正解を選び出す、情報処理能力に
 優れた人たちだった。この要素全てが出尽くしたのなら、これからの時代は
既にある要素をどのように組み合わせるかが問われることになる。
情報処理能力とは、「つなげる力」になる。通常、仕事の現場では、7割以上の
ビジネスパーソンや公務員が情報処理側の仕事をしている。最先端のIT企業
でも、最初の発想段階を除くと、プログラミングそのものは処理的な仕事。
人によっては9割が処理仕事である。 この習慣がつくと、アイデアを出したり、
柔軟なマネジメントをしたり、人生の次の一手を考えたり、子育てをしたりと
いったクリエイティブになる局面でも、つい正解至上主義のモードのまま取り
こんでしまい、上手くいかないことが多い。
 大事なのは、「情報処理能力」と「情報編集能力」の頭の切替え。
教育的な見地、子供の発達段階に応じて割合を変えながら両方の能力を育んで
いかなかればならない。 例えば、
・小学校なら情報処理能力9割に情報編集能力1割。 …まず「基礎学力」
・中学なら7割と、3割
・高校で5分5分
・大学では9割方を… 
こんな流れで両者の技術を身につけさせることが望ましい。 
 抽象的には、グーグルの入試問題。 
スクールバスの中にゴルフボールを詰めるとすると、どれだけ詰められる?」
この問題の答えは1つではない。とてつもなく難解を数式を駆使して証明する
人がいる反面、「スクールバスに乗っている子供は詰めたボールを外に放りだす
ので、結局、一つも残らない」といった文学的な答えをする人も採用される。
 このポイントは、それぞれが自分の知識を駆使をして、与えられた設問に
短期間で納得解を出すこと。頭の回転だけでなく、頭の柔らかさ(情報編集脳)
が問われている。 ≫

▼ 何度か読返している内に、「人生も、ピークポイントで、逆転して
 最後は痴呆化する!」という現実に気づいた。人間の内面も、単純作業、
スペシャリスト、トップがあって、それらが操縦を司っているのでは…と。
 一流のプロは、このどれもこれもが、卓越している。それらのベースは血筋
から生まれ出ることが多い。 <地頭が良い>とは、情報編集能力が卓越して
いることをいう。それぞれが、その特性をプラスに生かして人生を泳いでいる。
 このブログも、自分の最大の弱点の情報処理能力をカバーするため、18年間、
続けてきた…という、あと理屈づけが出来る。 それも断崖絶壁の瀬戸際の
生存本能がなせる業。 超一流?の人には親がかりが多いのは、長期的戦略が
必要条件。独学だけでは超一流にはなれない。 正解など何処にもない。
そう創り上げるのである。18年間も、全エネルギーをかけて情報処理をして
きた割に、情報編集力が貧弱なのは、これ如何に? 
 「日々、是、自己完結」しているため? 何時も最後は、この辺りに収まる。

・・・・・・
6184,閑話小題 〜恋と愛の違い
2018年02月17日(土)
   * 恋と愛の違い
 この年齢で「恋と愛の違い」について考えることでないが、昨日、シネマ館
に向かう車中のラジオから二人の若い男の会話が流れていた。その一人の学生
時代の専攻が哲学科で、卒論のテーマが「愛と恋の違いについて」という。
その大筋というと、<恋は愛の前段階で、花を例えるとツボミ。開花したのが
愛という。また、恋はまだ互いの間隔が空いた状態だが、愛は家族などの肉親
愛を意味することが多い>と。それを知っていたお陰で、恋愛に冷静になれた
という。成るほどと聞いていたが。私の意味付けでは、<恋とは気にいった相手
に自分の理想像を張りつけた妄想> そうでもしなければ、両親、兄・姉の生生
しい実態をみていれば、結婚を誰がするものか?である。ネットで調べると、
この二つを合せ鏡となり、人間心理の奥行が深くみえるから、まか不思議。
決して軽い話でない。
<「愛」は真ん中に心があるので真心、「恋」は下に心があるので下心> 
 だけでも酔い時のネタになる。
   〜まずネット検索から〜
――

愛は結果、恋は過程。 恋が育って愛になる。

1・恋は、一人でもできるもの。「恋をしてる」は、一人での行為です。
2・愛は、二人でないとできないもの。「愛をする」とは言いません。
 
恋は結局、自己愛だ。自分がそうするのと同じぐらい、相手から大事にされる
ことを期待している。 それは結局、相手の瞳の奥に映る自分をこそ愛している
ということなのだ。

心理学者ロバート・スターンバーグの言葉。
「愛」には、三つの構成要素があります。「情熱」、「親密さ」、「意気込み」。
「恋」には、この構成要素のうち、「情熱」に「親密さ」が加わったもので、
「意気込み」はありません。また、「愚鈍な恋」には、「愛」の構成要素のうち
「親密さ」が欠けています。
 では、三つについて。
「情熱」=恋愛感情や肉体的な魅力、性的な欲望が含まれる。
「親密さ」=温かみや相手との近さ、つながり、絆といった感情。
「意気込み」=誰かを愛する決意と、その愛を維持しようとする意気込みのこと。

恋を人間的感情で支える重要な部分が、情や愛の観念、感情。つまりは
『愛や情』が存在しない『恋』は、他者から見れば利己的な欲望に過ぎない。
恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く。

さだまさしの「恋愛症候群」という歌にこんなフレーズがあった。
 相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋
 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛

「恋」は天気が変わりやすい山の中にいる感じで、
「愛」は凪いだ海の浜辺みたいなイメージです。

恋は溺れるもの。 愛は身を焦がすもの。

恋とは相手を独占したいという欲求。相手の特別でいたいという願望。
相手の内側に居場所を求める行為。
愛とは相手を大切にしたい、尽くしたいという感情。
大好きな相手を慈しむ生物が持つ普遍にして不変の本能。
――
▼「一番、上質の相手と出会う機会が多い学生時代に結婚相手を選定しておく
 のがベスト」と聞いたことがあった。それも卒業のまじか。それらしき人が、
居ないでもなかったが、その後の様ざまな出会いからして、それでは面白く
なかった…。<一人を決めると、その他の全てを捨てることになる>の言葉が
重かった。フリーハンドは、環境が良ければ、イチャツキのスリルとサスペンス
が満ちてある。わずか5〜6年だったが。「恋」は塀の上側、「愛」は塀の内側。
で、大方は内側に落ちて無期懲役とあいなる。そこで脱獄か、仮釈放もあるが… 
 ってな訳で、イチャツキをしてくれるキャバクラが繁盛するのは、それが足り
なかった人が行くところと思いきや、夢をもう一度という男の方が多いそうな。
そこは仮想恋愛ゴッコで身を焦す異空間の竜宮城。 奪われるのがキャバ代。
換わりに得るのが、『愛や情』が存在しない『恋』モドキ悦楽。で、そこが
楽しいらしい。テレビ東京『 家、ついて行ってイイですか?』でキャバクラ嬢
が登場。この仕事に就いたところ、子供の頃からの様々な病気が治ったという。
客を癒すうちに、それが自分の癒しになったとか。「愛」の何かを身をもって
知ることになったようだ。 何か、真面目な切口が… 
 <恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く> 
てなこと言われて、その気になって… 問題は、その後。

・・・・・・・
4722,心を上手に誘導する方! 
2014年02月17日(月)
       「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著)
 *「運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ                         
「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは
他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、
心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、
運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが
「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。 
『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。
そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く
なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、
その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、
分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。ーそのあたりからー
《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。
「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと
思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する
妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの
人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・
ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。
 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、
それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、
ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて
いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。
調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」
と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。
しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。
その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、
紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは
百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている
被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。
一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、
ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、
運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は
私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。
ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、
新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく
心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》
▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。
 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。
運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには
 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、
貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。
この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が
悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた
リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、
このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。
・・・・・
4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ
2013年02月17日(日)
  *「今日という日は、残された日々の最初の日」
 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の
とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年
この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。
60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。
残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、
それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し
実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、
「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。
そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい
生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日
が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 
ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。
面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に
チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では
自己評価は70点だが・・いや、50点か?
  * 常日ごろがあるということ
 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。
しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々
で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日
ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、
そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが
必要になる。ところで真に味わっているだろうか? 
・・・・・・
5087,タガメ女の正体 ー
2015年02月17日(火)   
 まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、
収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり
はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の
人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。
  〜概要をまとめると〜
・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、
 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を
 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の
 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する
 ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」
 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の
 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、
 一般の価値観に捉われないことである。
・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に
 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した
 ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」
 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士
 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない
 ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を
 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界
 の地獄」だという不都合な真実」がある。
・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる
 カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。
 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」
 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった
 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。
▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が
 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、
改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ。
・・・・・・
5817,緩和小題 〜しまった! 
          〜「犯罪者の容姿が醜い」説は本当かー 5
2017年02月17日(金)     
       < しまった! 「失敗の心理」を科学する
        ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か
 卒業直後から女性の多い職場にいたこともあって、直ぐに気づいたことが、
美人は性格が温厚で優しい人が多いという容姿と性格の関係。子供の頃から
周囲に可愛いといわれ、男の子から優しくされ続ければ、歪みも少なく、自然体
になるのは至極当然(例外もあるが)。その逆に、マル暴事務所に属している人
たちは、確かに人相が悪い。 刑務所内で、悪党諸君と悪さ自慢をして、粗食を
食べているのと、美術館で名画を観て、美味しい食事をして、音楽会でクラシック
を聞いているのとは、人相は違って当然のこと。それが何代も続いて容姿になる
なら、尚のこと。 貧すれば鈍する! 恒産に恒心あり! で容姿がつくられる。
 〜そのシリアスの研究が、ここで紹介してある。 
≪ アメリカの大学で、1万5千人の高校生の被験者の容姿を「美形」から、
「ひどくブサイク」の5ランクに評価する。この容姿の評価と10代の犯罪歴から、
ブサイクな若者は送った暗い青春の長期的影響は、ささやかだが、抜きがたいと
結論づけた。「容姿の劣る人は普通の人と比べて犯罪を起こしやすい。美しい人
は、普通の人より犯罪を起こしにくい」犯罪者は普通の人より醜いと。≫
▼ 大人数の兄姉の末っ子で、幼児の頃から常に顔色を窺いながら育ったことも
 あって、特に女性に対する用心深さが人一倍あったような。 美形である程、
視線に対し敏感の半面、それを褒めて欲しいのが特質。しかしさほどに、人は
褒めてはくれない。だから何気なく褒めるのがポイント。表づらと内づらは違う。
 逆に、犯罪者は蔑視に非常に敏感である。だから怒り、争い、傷つき、傷つける。 
また老いるに従い、気づかず顔は曇り、老醜が漂ってくる。特に清潔感には注意… 
 大国アメリカの失敗が、毎日のニュースで御存じの… あれ。
で、偶然だが、男はすべからく、「しまった!」と後悔する。で、以下に続く!


6547,読書日記 〜心には裏の意味がある

2019年02月16日(土)



       < 『最後の授業』〜心を見る人たちへ ―北山修著}>
  * 精神分析は心の裏の意味を読み取る
図書館で見つけたのが「北山修」の著書。何とザ・フォーク・クルセダーズで
故・加藤和彦や、はしだのりひこさんとともに一世を風靡した1人。私と同年齢
で共に生きた仲間という感がある。グループ解散後も「戦争を知らない子供たち」
「あの素晴らしい愛をもう一度」などをヒットさせたが、突然、医師になって
芸能界から引退をしてしまった。 精神分析を学ぶためイギリスで研究活動を
した後、九大で教鞭をとっていた。 精神分析の世界に入った理由が、何と
「それが圧倒的に面白かったから」。 
 彼の言わんとすることは…
≪  ☆ 心の裏を読み取る
「心とは意味に満ち満ちているものです。私は、心はなにかを思い、そして
 意味しようとしている装置であると思っています。(…)ここでは精神分析の
観点を強調するために単純化して、「心とは裏の意味である」という定義に
焦点づけた。それは、「何々とかけて何々と解く、してその心は」というとき
の心ですね。この心は表にははっきりとあらわれていない。こういう、表に出
にくい心の部分を私たちは取り扱っているのです。
だから、言ってみればこの授業の総合タイトルは「裏をめぐって」です」
(第I部の「テレビのための精神分析入門」12-13頁)と、授業の冒頭で多義的な
「心」という言葉について、空間的なイメージを提示し、つづけて「裏の意味」
から連想して、「うら悲しい」「うら寂しい」という時の日本語の「うら」は
「心」という字であること、だから我れ知らずにじみ出る感情は、心の中でも
「裏側」から生まれてきているように日本人は感じてきたのだ…と。
心の意味を言葉にすることで得られることを、確認するに…
・先ず一番目に、目に見えないモノに名前をつけることで、それが取扱い対象
になるということ、これが非常に大事な営み。言葉にすることこそ重要である。
・二番目は、言葉にすることで、溜まっていることを外に出せること。これは
「『カタルシス効果」… 「浄化法」と訳されている、鬱憤していた情報や
思いを吐き出すことで、心がすっきりする。
・三番目は、言葉によって意識化できること。裏の意味、裏の心が言葉によって
表になる。これを狙っているのが精神分析の意味しようです。更に、言葉にする
と筋をとおすことになる。
   ☆ 言葉が人生を物語にする
 言葉の利点は、「言葉は人生を物語にする」こと。物語を、第二者、三者と
共有することが出来る。患者と治療者で共有するには言葉なしでは難しい。
絵物語にする方法もあるが、音楽も、踊りもあるが、言葉は自分の人生を語る
ことが可能なのは、長く生きてきたからこそ可能であり、それを自ら噛みしめる
ことが出来る。人や人生を取扱う学問の臨床心理学は、言葉なしでは成立しない。
   ☆ 私たちは心の表と裏の葛藤を生きている
 心には意識と無意識、あるいは表と裏があるが、これが混乱するのが精神病で
あり、この間で、葛藤をしてのた打ち回るのが神経症であり、これを分裂させて
二重に生きてしまうのがパーソナリティ障害と呼ばれる。これは誰も持っている
心の葛藤であり、何らかの、これは誰もが経験している。これが分裂するのが
パーソナリティ生涯。  ≫

▼ 問題はTVである。この前では、本音と建前の、建前しか言えない。その建前
 だけを信じて跳ね回るのが『世間人』 …あれらである。 誰も、そのことが
解らず生きている。政治家も然り。18年間、6500のテーマで、本音を公開して
きたが故に多く人を傷つけてきた。それも致命的? それでも、表面的現象だけを
信じて蚊トンボのように生きることも今さら。成る程、毎日、テーマを探して、
それを物語にして意識化して、過去文を読返すことが如何に大事なことか! と、
自己浄化をしていたことになる。 それは同時に、言葉の暴力にもなっていた。
自分が大事に生きようとすれば、表だけを装って、裏をひた隠しにすればよい。
半径500〜2000mで、つつがなく生きるのも、一つの生き方。徹してアウトサイダー
に徹するのも生き方。成るほど、私は、「うら悲しい!」物語を生きているのか。
でもね〜 建前、表向きだけの人生じゃあ… 面白味もヘッタクレもないし!
 このまま、大根、いやバナナで、いやゴボウ? 薩摩芋で 生きますか。

・・・・・・
6183,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー6
2018年02月16日(金)        
         『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * ピラミッド・パワー 
 座禅の空間環境にはピラミッド空間は最適だろう。実家の仏間の一角に、
書斎コーナーがある。その環境が、ピラミッド・空間と似ている。仏間が
亡き先祖の魂、とりわけ両親の魂と同化しているような安堵感がある。
これを書上げ、アップした後に、仏前で祈っている。早朝のこの時間と、
9時から2時間の読書か、ネットサーフィンか、随想日記の下書きの時空間が
パワーの源になっている。
――

≪ ぼくがピラミッド・テントの中で座禅、あるいは瞑想をするようになって
 からの効果となると、まだわからない。 しかし、この中に座ると、
<自分が完全に外界から遮断されているという意識だけは強烈に起こってくる。
それと、同時に非常に特殊な空間によって保護されている安心感が得られ、
また普段と違ってある種の聖なる意識を伴った上昇感がある。>
 になるのが特徴。
 
 …アメリカにはフラナガンというピラミッド・パワーの研究者がいる。
彼とそのグループは過去数年間にわたって生体宇宙エネルギーと呼ばれる
エネルギーの諸現象に関して研究を続けているが、まだ誰一人としてこれこそが
そのエネルギーであると現実に示した者はいないという。このエネルギーは古来
から色いろな呼び方をされている。生体エネルギー、磁気エネルギー、プラーナ、
マーナ、クンダリーニ、気、その他で、これらのエネルギーの根源や特徴について
殆どが宗教的あるいは秘教的修法にかかわる見解ばかりである。 

 ピラミッド製品を取り寄せたパンフレットに、フラガン博士のパンフレットの
‘ピラミッドと、その生体宇宙エネルギーとの関係’の一部が紹介してある。
【 現在私の研究では、生体宇宙エネルギーは磁気の特殊性質によって起こる現象
 であることを実験的に確認しており、このエネルギーは宇宙の諸力と密接不離に
結びついています。 … 磁気形態共鳴によって、ミクロ的次元のエネルギーは
ピラミッドのようなマクロ的次元の形態の中に凝縮化されていくに違いない。
電磁スぺクタルに於ける周辺効果の場合には、このエネルギーはしばしば隠されて
しまいますが、これと同じように、このエネルギーは不可視の次元で存在し、ただ
その性質だけが現われてくるのです。さまざまな物理的現象がこのエネルギーを
現出せしめていても、このエネルギーの本性自体は人々の注意を引くことはない。 
このエネルギーは生体絶縁子によって引き付けられ、磁力と同じように熱や光を
発生しますが、この熱や光自体がこのエネルギーの正体ではありません。これら
多くの発見は、ピラミッドによってもたらされたものです。】
                   横尾忠則『わが坐禅修行記』より ≫
――
▼ 気といえば、学生時代のクラブで、「合気道」に属していた。演武が中心で
 実戦がないが、「気」の鍛錬で相手を丸め込む技。これも、大男のアスリート
には、実のところ敵わない。しかし、「気」が鍛錬されているため、少なくとも
相手に気合負けすることはない。宇宙の気と自ら一体化する訓練は、ヨガ、座禅
に通じるところがある。特に重視するのは呼吸。 ヨガも同様だが、聖なる意識
空間が、道場にある。4〜11月の早朝の信濃川土手へのポタリングも同じ。
 人間には7つのチャクラがあり、ヨガは第7のチャクラを活性化させることが
目的と言われている。ピラミッドには、そのチャクラを全開にしてくれるパワー
を引出すのが目的に創られたとは、驚きである。いま、思いだしたのが、以前、
『光の手』ー上・下』と『7つのチャクラ』を読んでいたこと。倉庫の書棚にある
筈だが。この2冊は手かざしで7つのチャクラの歪みを正し、病を治す、ヒーラー
への道しるべの内容である。長年かけた不摂生の中でも、現在、生き残っている
のは、聖なる?生活習慣と、内臓に向けた夜半の手かざしの習慣があるためか。 
毎日、心かけていることは、「ああ面白かった」と心の底からいえること。
そう考えると、結構、面白い日だった。有難いことだ。で、今日はシネマの日。
 『グレイテスト・ショーマン』を予定。
☆「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの
 実在の興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル… 面白そう。

・・・・・・
5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー∩和づ生き方とは
2016年02月16日(火)
   * 創造的生き方とは
 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。
平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、
人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』
と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、
その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、
医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進
(山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。
医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」
で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。
直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに
60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職
直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。
 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、
嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、
中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると
感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス
を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、
着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。
父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、
その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。
分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。
羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい
のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。
・・・・・・
5086,タガメ女の正体  ー�
2015年02月16日(月)
         ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、
捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も
吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜
 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・
 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。
琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと
撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田
風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。
 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。
場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる
のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。
 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。
そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ
と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。
タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、
「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは
ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。
体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。
番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮
しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿
とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。
 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。
自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった
ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 
 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』
 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない
ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは
といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、
ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫
▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される
 タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」
と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを
パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に
見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙
・・・・・・
5816,緩和小題 〜しまった! ー 人は意味を探す  ー 4
2017年02月16日(木)     
       < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
 人は意味(価値)を求めて生きている。当然、自分だけでなく、他人にも、
それを求める。男女別なく、死ぬまで生活をしていかなくてはならない。
まずは、その確保。そして好きなこと(趣味)を生涯続けることが出来れば、
これに越したことはない。 それが連れ合いと重なれば尚のことよい。そこで
連れ合いとの相性の問題(価値の共有)がある。 また連れ合いとのバランス
がある。相方は長期物(人)件?。選定の9割は間違えるか、長年かけ破損する。
それでも、何とか… 
  * 人生何を生業(なりわい)にし、何に価値を求めるか?
<名前が他の要素に比べて、さほど重要ではないことは、数年前の英国の実験で
 証明された。にせの人物のプロフィールを暗記させる実験だ。各プロフィール
に架空の名前のほかに、人物ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、
にせの情報が記されている。たとえば、〖アン・コリンズ。有名なアマチュア
写真家。プリストル近郊在住。地元で訪問介護師として働いている〗とする。
 憶えていた第一が、職業で、69%。 第二位がタッチの差の68%で「趣味」。
第三位が、62%の「出身地」。最下位が、「名前」で、ファーストネーム(名)
が31%、ラストネームが30%しか憶えてなかった。なぜか、人は意味を求めて
いるため。その人の名がパン屋を営んでいることは姓がベーカリーより憶えやす
かった。人の名は、あまり意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかない。
それに対して、職業、趣味、場所は「意味論的に豊かで何かを意味している。>
――
▼ 当り前のことだが、その人となりの判断基準が生活を支える「職業」と、
長年かけて蓄積された「資産」。そして、「趣味」になる。 次に男なら、
「美形」と「センス」。女なら「出身地」「最終出身校」と続く。男は、実は
「美形」と「センス」ではない。 それに加えた身についた魅力で8割は知り
えるが、それでも数ヶ月は様子をみなければ…。当然、名前などどうでもいいが、
相手の注意を惹きたいなら、フルネームを覚えればよい… このことから、
人生如何に生きるを読みとく示唆がある。 まず職業を何にするか。そして何を
趣味にしたライフワークを続けるか。その為の学校の選択。その条件としての、
両親の職業(家柄)と、学歴の土台を元に、自分の特性をキャリアを加えていく。
それが、各自の人柄になる。「で、このザマ」が、知る限り万人に当てはまる。
 そう思えば、気が休まる。社会など、世間など、他人など、妄想でしかない。 
あるのは、行蔵と知恵だけ。遊べるうち、学べるうち、今のうち、人生を歩め!


6546,閑話小題 〜地元長岡は、底知れぬ不景気感が…

2019年02月15日(金)

   * つれづれなるままに
☆ 先の3連休はYouTube観賞。今ではユーチューバ―で稼いでいるプロの一群が
 存在して、その内容は日々向上している。 1万のフォロアーで千円が相場。
 土日・祭日など週末にはテーマを絞って集中して見ている。 先週末は、
「ドローンレース」。先々週は「街中闘牛」。その前は「世界の景観」。これが、
 数カ月単位で大幅に内容が更新される。これでは地上波の番組は廃れて当然。
 今まではパソコンで見ていたのを大型TVに移行しただけで面白さが倍増する。
 刺激的動画を検索で探して見ていると、受動的に見ていたTVを、能動的にみて
 いるような感覚が奇妙。 その上に、Wowowで次々と映画や、新シリーズの
 ドラマが放映されるのを録画をするが、限られた時間の中で、300本の録画分
 を見ないまま消去することが多くなる。その繰返しが在庫の質を上げるため、
 面白いのが残る。映しださる世界は竜宮城の世界。 御宅とはかくあらん。 
 確かにバカになるが否かは内容による。10〜15日もかけて辿り着いたベスト
 ポイント絶景が現地の視覚より鮮明に映し出されるため、連日、感動、感激
 の連続。20年前に買って目の前の書棚に鎮座してある『世界のプピリチュアル・
 スポット』という大型写真集。 何これ?である。尤も、YouTubeの目録と
 割切れば良いだけだが。<何時も、TVのことばかり書いている… それだけ、
 撮影機種や、ドローンなどや、受信機能が向上。一般人が様々な視点から
 新鮮な画面を投稿するようになった。

☆ 積雪が、この時節まできて30〜40僂箸肋ない。そこで各店が慌てて冬物の
 逃げ切りバーゲンに入って暫くになる。恒例の冬物衣料の半額セールを目指し、
 イオンの紳士服売場を覗いたが、そこは売れ残りの山。 他山の石でも… 
 地元もスキー場も小雪で苦戦。
☆ ヨーカ堂が昨日、閉店をした、この半年で長岡、柏崎、上越店が閉店。
 家内が週に2回、川西のイオンのSJに行く。 数日前に駅でバスを下りて、
 ヨーカ堂を振返ってみると閉鎖…。 帰路、駅内専門街の「こころ」は、幾つ
 かの店が廃店。北銀は第四に吸収。そして、近くの地元スーパーに立寄ると、
 食品の値上げ。何やら底知れない恐怖を覚えたという。
☆ 女子大生の殺人事件。図書館で週刊誌の立読みで、援助交際の金銭トラブル?。 
 約束の金額の支払いで揉めた結果の殺人? 15〜30万につられて… 
 真面目な身持ちが固そうなお嬢さん風で! 一行にすると
〔女子大生、無銭援交・居直り殺人事件〕何やら薄気味悪い時代になった。

・・・・・・
6182,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー5
2018年02月15日(木)            
         『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * ピラミッド・パワー
著者の横尾は、家で座戦をする時は、瞑想用のピラミッド・テントを使う。
アメリカから取り寄せたもので、瞑想用につくられたもの。 これはエジプトの
ギゼーと同じ精密な比率を持ったもので、人体に実際に反映し、エネルギー場を
反射し、生成、蓄積することがあるということから、開発されたもの。私が
20歳代半ばの頃だったが、世界的大ブームになって、カーター大統領の出身地の
ジョージア州では60%の家庭が、ピラミッドを所有しており、テキサスのラレド
の病院でもピラミッド・テントが病室に置かれているという。ファラオの墓と
して建てられたとした説が、『人間成長の器械』として建てられた説が有力に
なっている。 ピラミッドによって発生するエネルギー場が人間の意識を上昇
させる目的という説である。 〜そこで、ウィキペディアで検索すると〜

・ピラミッドパワーとは、ピラミッド形の物体に宿っているとされる
 不思議な力のこと。
・1930年、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドを見学していた
 アントワーヌ・ボビーが、ピラミッド内に残された死骸が脱水状態である
 ことに不審を抱いて、再現実験を行ったのが最初と言われる。
・腐敗を防いだり、精神を集中させて悟りを開いたり大幅に頭の回転が速く
 なったりさせるといった効果があるとされているが、科学的根拠が無いため
 疑似科学の一つと考えられることが多い。日本では1970年代から1980年代
 にかけブームとなった。
目次
1 語られている効果
2 ピラミッド(形)の条件など
3 ピラミッドパワーに関する諸説 
  3.1 「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説
 3.2 「中のものを乾燥させる」説
 3.3 「精神集中を助ける」説
 3.4 学者の見解

1 語られている効果
腐敗(細菌繁殖)の抑制
剃刀の刃の寿命が延びる
静電気の発生
瞑想、ヒーリング(癒し)効果
植物の成長促進効果
食品の味が(マイルドに)変わる

2 ピラミッド(形)の条件など
正四角錐であること。
方角を南北合わせること。
パイプ等で稜線を構成するのみでも可
形状が大きい程、効果が大きいといわれる。

3 ピラミッドパワーに関する諸説
1、「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説
ピラミッドの形そのものが宇宙エネルギーなどを受けて、その内部に
おかれたものの生命力を活性化させる効果があるため、人間は元気になり、
食品などの腐敗を防ぐ効果があるという説。
2、「中のものを乾燥させる」説
ピラミッドはその内部におかれたものの水分を
奪い去る力を発揮するという説。
3、「精神集中を助ける」説
ピラミッド型の施設の中で瞑想をすると悟りにいたる道が開かれるという説。
4、学者の見解
エジプト研究の学者である早稲田大学(現在客員教授)の吉村作治は、
ピラミッドの中で物が腐敗しないなどいわゆる「ピラミッドパワー」が
起こるのはピラミッドに使用されている石材の石質が磁性体であるために
ピラミッド内部に磁場が生じて起こるレナード効果現象であって、ピラミッド
の形(正四角錐)によって起こるという説はまったくのでたらめである、と
述べている。
――
▼ 半世紀前の世界的ブームで、ピラミッド・パワーについての知識はあり、
 以来、TV番組で取上げられたのを見てきたが、半信半疑の域を出なかった。
人生を振返ると<見て見えず、知ったつもりで何も知らなかった>に、尽きる。
年齢もあってか、バカの壁が低くなったのか、受入れ能力が出てきたようだ。
横尾のテントの中での効果についての記述が、面白い!  〜つづく

――――
5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3
2017年02月15日(水)     
        < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 見ていても見えているとは限らない
「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。
 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。
その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして
過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。
 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの
一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。
「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて
いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと
に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで
気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」
と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 
美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が
次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを
敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ
なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。
その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える
のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。
 その一つが、「不思議なドアの実験」
<仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。
 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人
 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。
 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、
 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。
 気づいたのは15人にうち7人だけだった。>
信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。
TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの
反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、
<厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、
 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。>
彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。>
初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える
経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。
本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。
「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が
出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様!
・・・・・・
5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜�
2015年02月15日(日)
    * 真の友人   【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、
仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に
一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的
に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、
ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で
ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、
何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー
≪  ある日本人がドイツ人に尋ねられた。
 「あなたに友人はどれくらいいますか」
 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、
 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 
  ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 
 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人――
 この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。
 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。
  ドイツ人が驚くのも無理はない。
 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。
 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。
 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。
  しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、
 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても
 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に
 めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫
▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、
 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには
強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、
自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は
存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。
しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。
・・・・・
3613, 旅ばなし 小題
2011年02月15日(火)
  * マッターホルンの登山ツアー
 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。
それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。
ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。
140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に
4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが
先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、
登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって
試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ
コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して
死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス
を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る
パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、
学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。
スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく
左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない
リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。
天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。
ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、
深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。



6545,読書日記 〜人生における読書の効能 〜4

2019年02月14日(木)


             『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 読書は私の人生にこんなに役立った(第三章)
 若者向きに書いているので、このような言い方になるなるのだろうが、
『人生における読書の役割とは?』が適切な問いかけだろう。それを軸に、
青少年期を振返ると、成るほど、人生の「どん底」時に縋るように読んだ本が
自分を支えてくれ、精神の滋養になっていた。それらが、精神的支柱になり現在
に至っている。そして、それらを抱いて死んでいく。 
 …次々と襲いくる挫折感。そこで自分の弱さと直面する。その時、書店や
図書館で見つけた本で魂が救われたことしばしば。何の手がかりも見出せない中、
フッと灯を、先人の言葉、行蔵の中で見出し、独り言を呟きながら嚙みしみた
言葉。それが重要な分岐点になる。学生時代、新たな門出に向って気持ちが
大揺れの頃、ロマンローランの『ベートーヴェンの生涯』の
「悩みを突き抜けて歓喜に到れ!」
「 良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐える
 ことができる」。
聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげた人物。
狂人と天才は紙一重そのままの人生を過ごした大作曲家。
  ロマンローランで想いだすのが、
<もっとも偉大な人々は、人に知られることなく死んでいった。
   人々が知るブッダやキリストは、第二流の英雄なのだ。>
金沢時代の25〜6歳の頃、大本教を知った。その生々しい重厚な教義をモデルに
した高橋和巳の『邪宗門』も、気持ちがどん底が故に人生の何たるかを垣間
見ることが出来た。学生時代の前半に、新約聖書、日本純文学書を読み込んで
いたことが、長い人生で非常にプラスに働いていた。最後は独りだけ…
「経験と知識と情報」の質・量の総計と、両親からの血筋が、その人そのもの。
それと、触媒の質も… 更に挫折という節目も。その限界の眼鏡で、私たちは
世界を感じ、考えているに過ぎない。殆ど知らないで、何も味わうこともなく、
小さなミクロの粟粒が、膨大の宇宙の中で彷徨い、浮いているだけ。読書は、
それを教えてくれる媒体。司馬遼太郎シリーズ、海音寺長五郎の『天と地』
『孫子』。などなど、独り自分の世界に閉じ籠って孤高になる時間の快楽。
それこそが人生の滋養である。 
 <達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
                        の 禅言葉もある… 
・・・・・・
3977, 人生を振り返る時節に
2012年02月14日(火)
 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。
一年近く前に会社も倒産し、事業人生を終えてしまった。後悔も、未練も全く
ないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち
着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 
子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 
大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も
独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から
住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、
それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく
右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の
バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業
も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが
出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。
しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 
時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 
で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が
背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性
老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、
中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし
面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!
 
・・・・・・
5814,緩和小題 〜しまった! ー概要とは?  ー 2
2017年02月14日(火)
          < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 概要とは?
「しまった!」で一番多いのが結婚相手の選定。ベルギー、ポルトガルなどは
7割が、アメリカでは5割以上、日本は3割半ばが離婚に至っている。家庭内離婚
を含めると9割が破綻している? とはいえ、家庭だけは持ってみないと…
 失敗を最小にとどめるに、知識と情報が必要。 ここで、
<医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。
だが、自分が影響されていると考える医師はわずか16%しかいない。> 
成る程、日本は贈答社会(ミニ収賄社会)であるわけだ。
   〜Amazonの内容紹介〜
≪ 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、
 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて
 分析した本です。たとえば・・・・・・
★レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす?
★トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている?
★黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる?
★人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という
 誤りを犯すほうを選ぶ?
★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる?
★人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、
 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。
★映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、
 「いま見たい」人は大衆的な作品を選ぶ。
★キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、
 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。
★予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。
★投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。
★人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。
★無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、いつしか
 「記憶」そのものになってしまうことがある。
★一般的に、男は自分を持ち上げるために、
 女は他人を持ち上げるために嘘をつくことが多い。
★社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度における三%しか占めていない。
★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。
だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的同期には左右されない。
(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)≫
――
▼ 上記の中で、【☆人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話
 をつくり変える。☆無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうち
に、いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。】などは、如何に
世間話の「噂話」が奇形されて流布されるかを端的に言い当てている。
9割は好い加減な馬鹿話。それを信じ真面目に論じているのが、世間人。
 ・・・・・・
4719,「余命3カ月」のウソ  ー3
2014年02月14日(金)
  * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 
             ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 
 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を
矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら
しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー
《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ
 ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が
なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が
ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節
1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。
 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を
本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命
3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。
迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした
「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、
がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の
一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し
つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長
の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」
とつぶやいたそうです。・・・ 》 
▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど
 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの
逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に
宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して
もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、
死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。
死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを
うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に
繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。
酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 
神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから
生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫
に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、
数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。


6544,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −4

2019年02月13日(水)

   * 時代の変化は全てを飲みこんでいく
 駅で北越銀行出身の知人とすれ違った時に、『如何なんだ?』と聞くと、
誰からも同じ質問をされ?でウンザリした顔で『新聞発表以外は何も知らないが、
吸収合併さ!私には、もう関係ないが…』と…。 聞く方も聞く方だが。現役
だけでなくOBまで肩身が狭くなる典型? 目立たない生活をすれば、それなりに
良い思いをしていた団塊の世代。 娑婆という言葉がピッタリの社会で、吸収
されるサイド、特にリストラ対象の管理職は厳しい。 元もと、行員は実家が
豊かな人を優先して採用するから、さほど深刻ではない? のが実情…。
 <サラリーマンには二種類ある。実家が裕福か、貧乏か>という。
そこに自ずから資金力の格差がある。 学生時代の友人によると〜
< 都会のリタイア組にも二種類の階層があって、連れに拘束されない資金が
 1000万あるか無しかが階層ライン! > まあ、面白いもの。
切れた首輪の紐を付けたまま彷徨う一群。社会は変われど地銀だけは守られて
きたが、一度、堰が切れれば世界が一変。 営業悪化の資金難など地域社会の
粗探しが職業故に、心底、嫌悪される職業なればこそ‘返り矢’が集中する!
看板が地に落ちれば、如何に自分の能力が看板との融合で生かされてきたかが
実感させられることになる。‘同じ雪には変わらねど、融けてしまえば皆同じ!’ 
元武士の家系程度しか誇るものがない、ここは窒息しそうな城下町の閉鎖社会! 
高みの見物の、それが無くなれば…。 問題はライフワークが有り無し?
 OB同士のゴルフで寂しさを紛らわす生活も、ここまで? せっかく職業の縛り
から解放されて、余白を埋める時節に、切れた紐付きの首輪のままでは、蛇の
ような目つきの老人になり下がる? 『どうしたら、なる?』と自問自答の末、
『節目に節目を打たず、そのまま生きていると、ああなる!』…
人の世は、あくまでクオリティの純度である。 

 ところで古希過ぎた辺りから独り遊びが益々、面白くなって、死にたくなく
なってきたから困ったもの。成るほど、人生プラスが3〜6、マイナス1だが、
両者とも年齢を重ねていくと、濃度が飛躍的に濃くなっていく。特に老いの
実感は何とも面白い心的映像、それも人生全体の、底に沈んでいた心象風景が
突然、湧き上がってきて、自己否定と、肯定感が根こそぎ動揺をする。
伊勢丹が三越を、大丸が松坂屋を、西武百貨店をヨーカ堂が傘下に置く時代。
第四が、北越を吸収合併も何ら不思議でない時代。

――――
2017/03/17
閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合
  * 北越と第四銀行の経営統合、の号砲一発
 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の
ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。
実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。
まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。
「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と
関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が
不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の
北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と
原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 
 〜ネット記事から
≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行
(長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。
4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。
統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。
将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など
によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。
2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。
統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上
する、大規模な地銀グループが誕生することになる。
・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。
一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と
超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ
新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少
するという推計結果(13年3月推計)が出ている。
2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入
以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の
金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。
対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。
一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、
北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の
減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である
新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を
統合交渉のテーブルに着かせた。≫
――
▼「15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で知ったが、
 これは深刻な事態。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、
この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。
その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」
として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている
感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。
 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。
目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。
今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細
経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者
の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯
をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 
越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の
常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが…  ワオ〜ン。いや、キャン!
――――
2017/04/08
閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2
   * 大蔵直轄統治の大光は
・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が
TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は
下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、
前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から
他県の有力な地銀との連合が筋道なるが…  考えてみれば、今まで動きが
無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の
疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行
まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。
銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、
弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め
ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが
銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉
強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。
立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。
・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス
からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。
しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。
ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。
また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、
元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。
・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、
問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは官僚役人
の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は
絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ
浸かってしまった私。「先手の一策は、事後の百策に勝る」という。 
この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、
文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!」 

・・・・・・
6181,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2
2018年02月14日(水)
   * 貴ちゃん登場
 寅ちゃんが貴ちゃんに憑依して登場する… 思わぬ展開になりそう…
――
大家さん: こうなったら貴ちゃん本人に登場願うが、本人は拒否。しかし、
  寅ちゃんが、本人に憑依して答えるというから… 実際に憑依しているか
  どうかは私は責任取らないよ。で、貴ちゃん、何か一言!
貴ちゃん: 大相撲は、江戸時代から続いてきた興業の一つで、大名、大金持
  のタニマチへの集り‘ごっあん’の奢られ体質と、利権で部屋の維持を
  してきた。その調整を相撲協会がしてきたの。だから古い体質が染みついて。
大家: 相撲取りも潰しが効かないため引退後も、生活を面倒見なくてはね。
  貴ちゃんのようにタレント性がある力士はいいけど、大部分は、やめて
  しまえば只の大男。翌日から生活が困窮するんだ。だから、御前さんの
  綺麗ごとに怒りさえ感じるんだ。
八つぁん: でも、この騒動は正解よ。モンゴル人の協同組合的仕組は、露骨。
  警察への直訴の判断は、当然じゃないですか。
熊ちゃん: あの親方たち、俺と大して変わらないとは思いもしなかったけど。
大家: あれだけ厳しい縦社会で、生きているんだから、御前とは違うさ。
八つぁん: 頭に丁髷を付けて、神官の衣装をつけた行司が仕切るんだもの。
  神前の厳かさ価値があるのに。彼ら出稼ぎ気分はいけないけど、異国の地で
  捨身で生きているから、生半可の根性じゃないよ。とは言え、横暴過ぎはね。
貴ちゃん: それが言いたかったの。いくら何でも、「横綱アドバンテージ」の
  洗脳はいけません。 誰かが理解してくれると思っていたが… 
大家: 誰かに解って貰いたいなんて思わない方がいい。生温い相撲界を掻き
  混ぜるだけで充分価値があったさ。 喧嘩の本質ってさ、相討ちなの。
  「身を切らして骨を切る!」では覚悟が甘い。「骨を切らして、肉を切る」
  ぐらいの捨身でないと、勝てないの。 目先、負けでも、長い目でみて
  正しいなら、その恩いを込めた精神は永遠に残るさ。世の中、捨てたもん
  じゃないよ。
八つぁん: 話を元に戻すね。 稀勢の里と、鶴竜、このトーナメン大相撲を
  欠場したね。三人とも現役として限界なら、如何なるかだ?
熊ちゃん: あんたが心配するすることでもないよ。
貴ちゃん: うちのカミさん上智大出で、アナウンサー出身だもの。母親とは、
  ソリが少し合わないけどね。マスコミの裏表と群衆操作を知っているもの。
  協会も、横審も、利益と名誉の塊で、このザマさ。
大家: この大相撲協会の構造体質を知って、観戦するのとしないでは、面白味
  が格段と違うさ。当面、今までの白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、玉鷲の
  横綱、大関、関脇のトライアングルの崩壊プロセスが、年内続く。
八つぁん: その代り、東欧の栃の心と、モンゴルの逸ノ城が繋ぎで入る可能性
  が強いが、これも甘い。
貴ちゃん: うちの部屋に若い双子の力士が育ってきた。それにしても、横審
  とかいうの、権威づけのためのお人形だろう。何じゃあれは、ですよ。
八つぁん: せめて理事長の選定だけは、横審にさせたら良い。選定基準の
  要素採点化をして、公表すればね。何が選挙ですか。変ですよ。
大家: それか、税金免除など、以ての外。特殊法人で無くなれば、部屋ごとに
  企業単位や、国家単位のスポンサーがついてさ、あれは三菱、これはトヨタ
  とかね。四股名も貸せば、多彩で面白くなる。例えば、『朝の山』ではなく、
  醸造の『朝日山』とか、『麒麟山』とかね。 面白いだろう、それ。 
熊ちゃん: 野球場、スポーツドームの名前も、売却する時代だよ。
大家さん: そういえば、八つぁんも、以前、30年間、経営していたホテル名。
  変形か、ファッション学生服のメーカー名にしたね。あれって、時代の
  先取りだったよな。
八つぁん: 『ベンクガーホテル』とかね。10年で変えたけどね。当初の10年は
  かなり儲かったけどね… 後半は、資産デフレと、価格デフレで食潰して、
  黄色の点滅で、早々に断念をし、自宅で年金生活が出来る身分で収まって
  いるけどね。自分で起こした会社は、割切りが早いの!面白かったしね。
貴ちゃん: 部屋の経営も大変。転身していった弟が羨ましいぐらいよ。
大家: 私も、弟の生き方が正しかったと思うよ。
貴ちゃん: でも、二代続いた血筋。この選択しかないでしょう。
大家: 今の状態が一番理想的だと思えるけどね。また、このままじゃ、
  不祥事が間違いなく起こるよ。あまりに深い汚点だね、この横暴は。
八つぁん: それも取返しのつかない大問題がね。この落選が生きて来るよ。
  良かったじゃないですか、この結末は。最後に残るのは、精神ですよ。
熊ちゃん: 大家さんは如何だろうと、俺は、この一連の貴ちゃんの態度、惚れ
  直したよ。 あのメンバーの一員にしておくには、面構えがが違い過ぎるよ。
寅ちゃん: 仮面は厳しいね。 ボケ役の方が遥かに楽だよ。でも、貴ちゃん、
  好きになれないよ。
大家: チャランポランの御前じゃ体質が違い過ぎですよ。それが逆に融合して
  いたんですよ。
大家: 丁度、お時間のようで… 寅ちゃん、ご・く・ろ・う・さ・ん。

・・・・・・
5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学
2016年02月14日(日)
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ'
 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。
8人姉兄の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。
幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。家内には幸せが磁石の
ように、擦寄ってくるようだ。 空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、
楽しかった想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事
を重ねたのが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐ他に気持ちが移る。
 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、
品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、
言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。
 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。  〜その辺りから
≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの
 ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に
影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。
 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病
の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、
精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、
ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が
非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。
 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因
が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な
幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。
人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感
を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ
ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。
70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果
も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。
・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件
 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性
 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。
・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。
 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。
 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真
 のような機能を持つ。
・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の
 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。
 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の
 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。
これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと
になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は
磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種
にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして
いるのである。≫
▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく
 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、
何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、
自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。 


6543,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −3

2019年02月12日(火)


   * 釈迦に説法ですか… 
 この発表で、新年度の4月から、現場の具体的リストラの手順に入る。
普通、内部的には、廃店予定の店は、残る店の「何々付け店」になる。
敵対してきた新潟の主が長岡の主を呑み込むため、プライド高き銀行マンの
悲喜こもごもの「帰り矢」風ドラマが生まれんとしている。都銀21行が3行に
集約された時の経緯と同じドラマが…、弱者にまわると現実社会は実に厳しい
ことは周知している? 
・街全体が弱体化しているため受皿が少ないのが大問題。
・それと職業柄、マイナス思考が強いため、潰しがきかない。 
・また中長期の準備があったかどうか? 
・最後は、最も銀行員の得意問題?の黒鳥の到来時の「資金準備」に行きつく。
・もう一つ、ライフワークを持ってるか… これしか危機は乗りきれない。
 即席ライフワークなら、週一のシネマ通いか、大型TVでWowow加入をしての
 映画三昧がある。
・あとは、野良犬、猫へのギアの切替。そう『態度価値』を切替えること。
 そう割切ると世界が俄然と面白くなる。これには、一度、孤立をして、
 孤独を噛みしめて、仲間たちとの「断捨離」から始めないと。
 野良猫、野良犬への切替は難しい必要条件! 今まで真白の五目の目が、
 振返ると、真っ黒にみえる爽快感? 面白さ! 実は、そこには空風しか
 吹いてなかった認識。比較脳しか持ち得なかった人生。
今さら孤立をいて独り考えろ!という方が土台無理。舟底には固定観念が、
ビッシリヘバリツイテ、重く動き辛い舟を、操縦しろと迫れれても、エンジン
そのものも錆がついて… こんなイメージが、先に立つ。人生を殺伐とするか
オアシスにするかは当人次第。文化都市長岡市民のエリートなら、準備万端? 
 
 ところで、先週、北越銀行OBの知人と駅で擦れ違いざまに… 
ああ、これは次回のテーマに。 この手の話題。小池に嵌った世空言。
他者に厳しく、吾が身に甘い世間話ですか。 一番嫌っているのに…
                          〜つづく
・・・・・・
5082,閑話小題 〜地方の現場では
2015年02月12日(木)
   * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状
 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。
内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め
られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金
の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体
状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、
ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。
≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜
 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き
 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。
元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。
東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島
には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。
◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税
 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は
1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが
1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、
旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を
滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。
「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、
 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」
「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」
「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」
◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、
 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。
甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。
「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている
こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」
 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・
対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫
▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が
 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、
悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。
 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ!
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』 
・・・・・
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・・
3975, iPad購入半年、経過報告
2012年02月12日(日)
 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン
のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 
先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は
合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる
気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。
 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような
不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、
まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある
ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、
◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 
便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり
付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 
卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。
それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書
を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 
読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。
それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを
自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に
なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon
より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に
iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、
それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート
フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが
向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。
画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 
これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。
  ・・・・・・・・
3610, 大相撲八百長事件 ー2
2011年02月12日(土)
 八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。ウキィペディアに、その一端
が書かれている。あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。
初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。
≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・
北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が
経営した大鳴戸部屋の後援会会長。元力士で力士時代は幕下まで昇進した
ことがある。廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の
名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、第52代横綱・
北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 
黒幕として暗躍したとされ、多大な尽力があったとされている。北の富士と
決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長とし大鳴戸部屋
の最大のタニマチとして存在した。週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに
角界の八百長体質などの裏事情を暴露。しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日
・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤り
であり、元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫
 この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。
しかし誰もが、この事件は不可解であり、何?がらみと思っても、声を高く
いえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。
そこで、優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか
数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は感情のもつれである。
北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう
事件があったのである。 興行世界の一端が垣間見れる。
 ・・・・・・・・
3245, アメリカ一極は終了したのか?
2010年02月12日(金)
 欧州のユーロが、ここにきてジワリ下げてきて、1ユーロ120円割れ
直前で数年前の三分の二である。PIIGS(ポルトガル、イングランド、
イタリア、ギリシャ、スペイン)といわれている国も破綻懸念。
その上に、中東欧のルーマニア、ハンガリーなどの危機もある。ドバイの
バブル破裂の今後も、どうなるか先が見えてない。日本も異常な財政赤字で、
国家も経済も疲弊しきっており、いつ経済の底割れが起こるか分からない事態。
 今年は欧州か日本が発火点になる可能性がある。ところが発火点のアメリカは
大きな変動がみられないのもおかしな話。彼等は不良債権を発行し世界中から
過剰輸入をしたが、その見返りはドル札とアメリカ国債、それと怪しげな債権を
発行しただけ。発行残高の数字が増えただけで、いざとなれば踏み倒せばよい。
支払ったドルも、行き場が無いのでアメリカに戻ってくる仕組み。
 リーマンショックからの金融恐慌で「アメリカの一極体制が終焉した」
と思っていたが、経済雑誌に欧米の数人の学者が、
≪ 経済の寡占化には、歴史的にみても必ず軍事的な圧倒的な優位が必要で、
 アメリカが、いまや圧倒的な軍事力を有している。特に海軍の戦力の影響が
大きく、地勢的に見てアメリカは大西洋と、太平洋に面しており、その海軍力は
世界で圧倒的に強い。中国はもちろん、ロシア、欧州も、どこも、その力は無い。 
その力を背景に、今後ともアメリカは世界一極の中心でありつつける」≫ という。
大英帝国をつくった英国も、当時は大艦隊で世界を圧していた。スペインも同様。
世界が不安定になるほど海軍力がものをいう。 海軍力の上に、さらに圧倒的な
空軍も、核弾頭もある。中国と2G体制など、おこがましいというのがアメリカ
の本音。 日本など、隷属国でしかないのは自明のこと。その暗黙の上で、世界が
成り立ってきた。ところが、この世界恐慌でアメリカ一極体制が本当に終わって
しまったのだろうか。それとも圧倒的な軍事力と情報産業で、その主導権を
持っている強者の立場が、これから続くかどうかの見極めである。
残念ながら、続くのではという論に一理あるようだ。アメリカ一極支配は、
まだ始ったばかりか?それとも飛躍的情報革命の進行は、それさえ呑み込んで
いくか?その辺が面白いところ。この数年が見ものなど、いっていられないか。  


6542,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −2

2019年02月11日(月)



   * 生々しいドラマの始まり!
 地方経済と地銀の衰退、特に中越地区は深刻な経済状況。今後とも止まること
がないのは厳然たる事実。その上にネット社会の本格的到来。何もかもが検索で… 
社会が一変してしまった。当然、事業環境も一変。 私も8年前に決断せざるを
得なかったため実感で衰退状況が理解できる 地銀関係者の「大丈夫かい!」
の指先は今度は誰に向かって? 先日書いた「一匹だけ生き残った山椒魚」。
何かしら、何処ぞの地銀とそっくり! あとは元第二地銀?
 地元不況は原発操業中止と、第二原因は人口減少! 
  〜『地方経済の将来』で検索すると… 
≪2030年から2035年にかけて、すべての都道府県で総人口が減少し、
 2045年には秋田県の2人に1人は65歳以上の高齢者になる… 。
国立社会保障・人口問題研究所がこの3月に発表した地域ごとの人口予測は衝撃的。
2015年時点の人口を100としたときに、2045年の人口がどのくらいに減少するかを
みると、もっとも減少する秋田県は約4割減少し、現在102万人の秋田県の総人口
は60万人になる。また、東北地方の高齢化の進行度合いは深刻で、65歳人口の割合
の高い上位5県はすべて東北地方が占める。市区町村別にみると、総人口が5000人
未満になる市区町村が全体の4分の1以上を占めることも予想されている。≫
 〜新潟県でみると…
≪新潟県は169万人と15年比26%減少する見通しだ。15年に比べて県内30市町村
 すべてで人口が減少、全国で14番目に多かった。65歳以上の高齢者が占める
割合が、45年に40.9%と15年比で11ポイント上がる一方、14歳以下の年少人口の
割合は10%と2ポイント下がる。≫
 ―
▼ 私の兄姉の甥姪が10名いるが、9名が首都圏在住。何やら心細い状況。
 その隙間に、中国、韓国人が埋めてしまう図式は避けられない。その中で、
当然、地銀の存在意義が根本から問われることになる。行員の作業の大部分が
AIに換わることになる。飛行機の座席予約も自宅で済まし、入国審査もセルフ
審査に取って替わるとは、驚き。銀行の窓口作業の自動化も尚も当然である。
 柏崎で家内の実家を引継いだ義弟が曰く、『大手が売上減のカバーのため、
自分たちの得意分野の隙間に平気で入りこみ根こそぎ取っていき厳しさが増す
ばかり…』と。結局は都会の会社の下請け作業を中高年を主とした地元請負に
活路を見出すしかないと、何かしら心寂しい話。大蔵省の末端窓口の立場も、
潮流に逆らえず。彼らの仲間内の絆が異常に強いとか。 それがプラスに
生きれば良いが、孤立に弱いのが組織人の弱点。首輪を嵌め紐をつけた
ままの姿は。今さら夜警や、駐車場の管理人、事務雑用は、プライドが… 。
                            〜つづく
・・・・・・
6178,閑話小題 〜ソウルダスト
2018年02月11日(日)
         『ソウルダスト―意識という魅惑の幻想 』
   * 意識って、そもそも何か?
                   ニコラス・ハンフリー (著),
 我々は毎日、意識を失う。寝るからだ。といって、寝る態勢を整えられるが、
自分の意思で寝ることは出来ない。目を覚ます時は、誰かに頼むか、目覚まし
時計か、習慣の力を借りる。その意識を自分だと思っているが…何だろうこれは。
毎日、ここで一文章を7時に完成し、アップし提示している。それを成している
のが意識であり、意思である。過去の同月同日の文章を読返すたびに、その時の、
意識を省りみることになり、不思議な感覚になる。その意識とは何か? そこで
図書館を回遊して、「意識は脳内のマジックショー」の副題に魅かれ借りてきた。
 結論から言うと、<意識とは、ミステリアスなマジックショーで、
『万人が心底で自らを特別の存在』と思い、自作自演を演じる存在ということ。
マジックこそが意識の要である発見を公表した> 書だと。とすると この幻想
を自他に自作自演するのが、人生ということになる。 他人の中に、それを
見出しても、自分のそれは、見出すことは難しいから娑婆は面白いのである。
 その露出が、このブログそのもの。 露出狂?だから出来ること? ったく!
自意識過剰も、見方を変えれば、それはそれで良し。但し、不快感を持たれない
範囲で。今度、雑談で、『あなた、自分を特別な存在と思ってるでしょう』と… 
聞いてみたら…
    Amazon内容紹介
  ―〈意識〉は脳内のマジックショーにすぎない―
それはいったいなぜ発生し、生物学的にはどのような役割を果たしているのか?
意識研究の最先端を切り拓く大胆な仮説を提唱する、理論心理学者ハンフリーの
集大成!  著者は本書で驚くべき新理論を提示する。
 意識は私たちが頭の中で自ら上演するミステリアスなマジックショーにほか
ならないというのだ。この自作自演のショーが世界を輝かせ、自分は特別で
超越的な存在だと私たちに思わせてくれる。こうして意識はスピリチュアリティ
への道をつけ、そのおかげで私たち人間は、ハンフリーが「魂のニッチ」と呼ぶ
場所に暮らす恩恵を受けることができると同時に、死への不安も抱くことになる。

隙のない主張を展開し、知的好奇心と読書の喜びをかき立てながら、深遠な
難問に次々と答えを出していく。そして、誰もが頭を悩ます疑問、すなわち、
「いかに生きるべきか」「いかに死の恐怖に立ち向かうか」という課題に、
意識の問題が直結していることを明らかにする。

神経科学や進化理論を基盤に、哲学や文学の豊富な知見を織り交ぜて書かれた
本書は、意識の正体についての独創的な理論を提唱すると同時に人間の生と魂を
讃えるリチャード・ドーキンスやダニエル・デネット、マット・リドレーら著名
な科学者たちからも支持を得る〈知の軽業師〉ハンフリーの刺激的論考。
 ――
【本書への賛辞】
理論心理学者のハンフリーは絶好調だ。シェリーやキーツなどのロマンティック
な詩情と、シャーロック・ホームズばりの鋭利な知性を持ち合わせた彼は、その
明敏な頭脳をもって、科学の一大難問「意識の進化的な起源」に切り込んでいく。
そしてこの解決不可能とされる問題に、これまでで最も優れた答えを出したのだ。
 ――V.S.ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』著者)
科学者が自然現象の解明を試みると、マジックのようなミステリアスな面を見落
としていると非難されることもある。だが、この詩的な驚異の一冊で、ハンフリー
は正反対のことをやってのけた。彼は脳を探究するうちに、マジックこそが
意識の要であることを発見したのだ。
 ――マット・リドレー(『やわらかな遺伝子』著者)

▼ 当日分を含め18年分の幾つかのマジックショーと毎日、再会している。
 これが面白いため同月同日が再読する動機になる。書上げた瞬間、安堵もあり、
内容そのものを客観視出来ない。そこで、その日の内に、再チェックをするが、
まず、誤字と、稚拙な文章に、赤面し修正する。それでも、数年後に再読すると、
全く違う切口の視線の自分を見つけ出す。意識は絶え間なく変わっていく。
読返すたびに、第三者の違った視線(=意識)を、道標として見出している。
書き残すことは、意識の刻印になる。
 マジックで『自分は特別で超越的な存在』だと誰もが心の奥に思っている。
問題は、万人が持っていることが理解できないこと。魂の居場所(ニッチ)は、
実は自分が特別の存在と思える場所や心の内、例えば両親の面影や想い出とか、
小中学校の同級会での歓談の中や、人生の節目の決断をした心の刻印にある。
毎朝、17年分の、マジックショーを省みれる幸せも悪くない。マジックショー
といえば、大家、八、熊、寅の対話も、ショーに相応しい面々? 
 特別の存在ですか、特別の! そうだろう、『存在の不思議』を考えれば!
マジックでも何でもない、元もと特別の存在だから… 純粋の意識こそ大元。
 で、何時ものように、文脈が丁度よく続いていく。

・・・・・・
4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15
2013年02月11日(月)
   * 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的に。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教
2017年02月11日(土)
               ー生きる事はおもしろいー五木寛之著
   * 下降感覚に身をまかせ
 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、
「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを
 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、
 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 
 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に
 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、
 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115)
≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 
・上昇感覚の仏教とは
  悟りを求める仏教がある。
  即身成仏をめざす仏教がある。
  立正安国をとなえる仏教がある。
  天地自然との合一を願う仏教がある。
  六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。
 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。
 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを
 高めていく仏教だからである。
・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、
 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。
 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である
 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、
 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) 
 その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏
 と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、
 この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。
 そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに
 他ならない。…(略)
 光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を
 凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺
 への下降にほかならない。≫ 
――
▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。
 そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の
教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、
念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、
オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。
 老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに
抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。
 スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と
思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の
従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま
現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人
には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、
重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。


6541,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −1

2019年02月10日(日)


   * 具体的店舗の統廃合が発表された
 北越と第四銀行の具体的店舗の統廃合が発表されたが、予測通りの
厳しいリストラ。200店舗のうち50店舗少ないが、主要都市の駅周辺ばかり、
取扱い金額からすると、軽く半数以上? 問題は長年かけた関連会社の統廃合。
情報化による首都圏一極化が進行する中で、地方経済の減退は加速するばかり。
県会議員の汚職疑惑も、その一連の事件になる。
 日経新聞のネット記事によると
≪ 第四北越フィナンシャルグループは8日、2021年1月に傘下の2銀行を
合併後、同年4月から3年がかりで実施する営業店統合の計画を発表した。
第四と北越の合計で約200ある店舗のうち50店が現在の建物での営業を終え、
近隣店に移転する。合併の準備作業として今年5月から10月にかけて順次、
56店舗の名称と店番号の変更に着手することも決めた。近隣にある店舗の
移転・統合準備を本格化する 営業店の統合は原則として「店舗内店舗」
と呼ぶ手法を採用する。ある営業店に別の店舗が移り、1つの建物内に複数
の営業店が併存する。顧客の中に店舗を混同する人が出る懸念はあるが、
口座番号の変更手続きなどが不要で利便性の低下を抑えられる利点がある。
 移転する50店舗の内訳は、第四銀が20店、北越銀が30店。
新潟県内の店舗が49を占め、県外では両行の東京支店が統合する。
詳細な統合の時期は未定で、具体的なコスト削減の効果も明示しなかった。
県内の統合対象のうち、移転する店と移転先の店の距離は500メートル以内が
40例と約8割を占める。最長で第四銀の小針南支店と平島支店の約1.2キロm。
過疎部など地域に1つしかない店舗は当初方針通り維持する。
50店舗のうち43店舗では、支店名に「中央」を加えるなどして名称を変える。
例えば、第四銀と北越銀両方の店舗がある村上支店では、北越銀の支店が
「村上中央支店」と名前を変え、将来的に第四銀の村上支店の建物に移転して
2つの支店が営業を続ける。一方、21年1月の両行の合併とシステム統合を控え、
今年5月から5回に分けて56店舗の店名と店番号の変更を始める。現在は店舗の
名前や番号が重複する例が多いためで、北越銀の39店と第四銀の17店で変える。≫

▼ これからすると、半数に近い?行員のリストラ? これだけ、銀行業務の
セルフ、AI化が進んでいれば、既存業務が激減して当然。 逆にいえば、まだ
リストラ可能の体質の証明でもある。新潟県は、何といっても柏崎・刈羽原発
の操業停止の影響は大きい。何が再開! その地下層には二つの地震帯の存在
があることを知りながら… 何処の誰が首を縦に振りますか。
答えはノー! 当り前でしょう。普通なら。老い先少ない人工層が主流を占める
なら、如何でも良いと頭を縦に振るかも? いや、振らないでしょう!
年1万の危険給付金を、月に1万にすれば、こっくんこっくんと… その辺り? 
でも、それが全国の原発地区に知れると、無理!    〜つづく

・・・・・・
6177,映画鑑賞 −羊の木
2018年02月10日(土)
 保守的な田舎町に6人の異物の元殺人者が住むという、不気味で異様な緊張感
が漂う物語。それぞれが深い傷を持ち、生きている。そして、それぞれの事情が
自ずと湧き上がってくる。ある意味、哲学的内容である。人殺しの過去の深い
傷口から見える、「人生、如何に生きるか、何を成すべきか、何を知るべきか、
どこまで臨むべきか」を失ってしまった絶望の底に、湧き上がってくる眼差し。
生きていれば、例えば、不注意で子供を死なせたり、大怪我をさせてしまうこと
もある。人生は不条理である。 <ご覧通り、そのまま結構> の諦念の中で、
日々、暮らすのが老年の心境である。手負い獅子であればこそ、魂が脈々と、
波打っている。
   〜あらすじ
≪ さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。
 市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。
一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。やがて月末は驚愕の事実を知る。
「彼らは全員、元殺人犯」。 それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で
受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故
をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、
少しずつ狂い始める・・・。
  ー内容ー
日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。
ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい
地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所
のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。

市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を
命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住
手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だった
ことを知り、愕然とするのだった。

ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に
出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていた
ところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と
再びバンド活動を始めることにした。

6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で
宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド
練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。
しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な
心境だった。

受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」
という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。
その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭
に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。
元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。

しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことを
きっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。
一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、
ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げて
しまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、
宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に
不穏な空気に包まれていくのだったーーー。 


▼ ある元受刑者の女性が語る心の内の告白が心にしみる。
 『監房内にトイレがある。その臭いがキツイが、それよりも、身内や恋人を
思ってか、何処かで誰かがシクシク泣くと、それに共鳴してアチコチからすすり
泣きが聞こえてくるのが哀しかった。人殺しの私が人を愛していけませんか…』
の言葉が、重く響いた。波乱万丈と一言でいうが…。人生を振返ると、よく無事
で、ここまでこれれたことに感謝の日々である。 何が悪いかといえば、無知と、
その自覚の無さ。知ってる事は知ってるが、知らないことは知らない、無知の
自覚無さ。 親鸞の『歎異鈔』に「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」
と、この思想が言及されている。阿弥陀仏の本願は、善人よりは,悪人こそ本願
により往生しうるとする考え方。この思想は,親鸞の師である法然から出ている。
 作者の意図が、そこまであったかは知らないが、彼らのためにこそ、
『南無阿弥陀仏』が必要に思えた。それは心が乾いて空から。 『空即是色』

・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ
2017年02月10日(金)
   * ブログのテーマ探しと書きあげ
 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。
一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この
テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動
刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、
大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 
 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人
HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも
持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』
たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ
を持てるようになった。
 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 
続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を
込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。
何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、
後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、
得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、
かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、
ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを
経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』
に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント
が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、
さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。
テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。
 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。
内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念
の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に
している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い!
 ーーー
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の
「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・


6540,読書日記 〜人生における読書の効能 〜3

2019年02月09日(土)


           『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
  * 読書とは「他人の脳のかけら」を自らの脳につなげること
 他人の脳のかけらをつなげることで、脳は拡張する。一人の人生では、
自分が見て経験するには限界がある。だから他人が獲得した脳のかけらを
自分の脳に沢山くっつけることが出来れば、より拡張することが出来る。
この随想日記は18年分、6500テーマがある。 それを毎日、年に一回、同月
同日分を読返すことで、新たな自分が過去の自分と対話する役割を果たしている。
この自己対話の積重ねが内面生活を充実させてくれる。 HP内検索の機能が、
過去に書いた文章を時系列に検索させてくれる。それは自分の脳を受容体だけで
なく能動的にする。脳の活性化である。過ぎ去った読書の記憶が、毎朝、よみ
帰ってくる不思議な感覚は何とも奇妙。この繰返しは、脳をつなげる感覚という
よりも、脳に溶かすという方が正しい。読書百遍から得る感覚が、これか。
 とすると、ブログの継続は、些細な脳の拡張作業でもある。わざわざ、毎朝、
2〜3時間もかけてする程でもないが、ただ無念無想に近づける瞑想代わりと
思えるためである。この時に、セレンディピティー(求めずして思わぬ発見を
する能力)が多々起こる。 瞑想に近い状態なればこそ生じるが、早朝に、この
拙い脳内で、奇妙な内的世界で生じる不思議な感覚。当日分の随想日記を書き
上げて、過去の同月同日分を見直した時、不思議なセレンディピティ―が
生じることが多々ある。 それも2〜3年前の文章とすり合わせると… 第三者
なら、これを念頭に、いま書上げたテーマと内容を考えたと思われるが、そう
ではなく、思いもしない偶然の一致が、何かを示してくれる脳内作用である。
瞑想と酷似した状態の「18年効果」である。
さて、面白そうなので「ライブ」で、過去文の添付作業に入ってみる… 
 何が出てくるか?
 ――
追文: …2017年分である。理屈づけになるが。かくも私たちは「頭が悪い」。
 だから、たった、この程度の文章を,小学生のように、何度も何度も書換え、
書き加え完成させている。そのエネルギーを知っているから、誤字、当て字を
見出しても、諦めもつくもの。 かくも、こんなに頭が悪いのである。
☆ ところで、さっきから、カタカタカタという小さな音が、窓の外から聞えて
きた。ところが次に背後の廊下辺りに移動して聞こえる。 そして次は再び、
窓の外から… 何だ、これは? 事実である。よりによって、これをライブで
書いている時に… 20年以上、無かったことだが。こういうことが、あるんだ!
 そう思いだした。一月前辺りから、奇妙な音が寝室の周囲から聞こえていた。
蝙蝠だろうと思っていた。いま聴こえたのは、それと少し違う? 如何だろう。
で、どうした? 「セレンディピティ―」を改めて堀下げろ!のサインである。

・・・・・・
5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
2017年02月09日(木)
                『困難な成熟』内田樹 著
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…
・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
  小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――
  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、
「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。
ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の
私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 
 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ 
これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、
同封させてもらいました。

 15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。
レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。
読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、
二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。
休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を
知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た
ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。
 
 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・
先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。
親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。
 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。
暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど!
                      : 堀井八郎

・・・・・・
6176,閑話小題 〜雪道トラブル
2018年02月09日(金)
   * まさかの雪道トラブル
 スポーツジムの帰りすがらスーパーに寄って酒とツマミを買って、大通りを
駅方面に走らせて、セブンイレブンのある小さな道路に右折しかけたところ、
中央に出来た雪壁に車輪が入り込み、空回りのカメさん状態になってしまった。
車にシャベルがあるでなし、さて如何いうものかと茫然としていると、10m先で
女子高生が、私の様子を立ち止まって見ていた。カード会社の車両事故トラブル・
サービスセンターへの電話と思ったが、携帯電話は不所持。そこで、その人に
声を掛けて、カードにある番号に電話をして貰った。 
 問題は、片側3車線の大道路での16時頃。二つある高校の帰宅時間。
サービス・センターによると、雪道トラブルは実費で数万はかかり、その場の、
実費払という。(帰ってから家内から聞いたが、ゴールドカードは無料と知った)
 が、それが幸いした。ならば、通行人から助けを呼ぶ覚悟が出来た。 ます、
その女子校生に礼を言い、帰って貰い、後は出たとこ勝負。その直後、二人
連れの若い女性が声を掛けてきて、「高校生の帰宅時間だから、とにかく声を
かけなさいよ」と教えてくれた。 至近距離にある高校の教師のような? 
そこで直、通りすがりの男子高生の声をかけて、二人の女性と後方から押して
くれたが、ビクともしない。やおら高校生が仲間を連れてくると、その場に鞄を
おいて長岡高校の方に走っていった。もう少しで車の渋滞だったが、バス一台が
通れる位置が良かった悪かったか? 渋滞なら直に運転手数人が押してくれた筈。
そうこうしている内に、7〜8人の野球部の部員と顧問の先生らしき人を連れて
戻ってきて、その人の指示で除雪をして、総出でバックギアで脱出し、無事、
車が出発したが、一時、車を止めていたため、渋滞になっていて停車が出来ずに、
大声で運転席から礼を言っただけで、そのまま帰ってきた。今日の午前中に
御礼にいくつもりだが… ダンプの運転手が、縄で引っ張ろうとしてくれたり、
次々と声をかけてくれたり。成るほど、これが仏心というものかと…
 雪道の中、スポーツジムに来る人が激減するはずだ。雪国の人は、雪道の
恐ろしさを長年の経験から知り尽くしている。 このような大道の真中での
トラブル、初めての経験だったが、動揺している私の姿。よほど気の毒そう
だったようだ。実際のところ、そうだった。北陸の大雪の困難民に自分が
なろうとは! 人生、教えられることが、まだまだ多くある。 特に私は! 

・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・
5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー�
2015年02月09日(月)
   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
仏間ノ書斎コーナー、寝室、スポーツジムで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっているのだろうが、
これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切リ、そのまま受け入れている。 
世間とかいう修羅世界への私の視線がいかに冷たいことは今さらである。
 死んで三日もすれば、300年前に死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや
悩みが消える。 無知は罪! 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬこと
を前提に、モノゴトを考え、判断するというが。
去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・・
3607、絵になりますね
2011年02月09日(水)
 「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさ
を表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚き。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが響く
のだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。



6539,読書日記 〜人生における読書の効能 〜2

2019年02月08日(金)

 
             『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 第1章の『本を読むと、何が得か?』
 育った実家が商売屋だったことも含めて本を読む環境になかった。
それでも、その気になれば市営図書館とか、校内図書館で読書もあったが、
遊び優先で、思いもよらぬこと。中学に入ったと同時にTVが家庭生活に入り、
野球や、アメリカものドラマに釘付け。高校時代に読んだのは、小田実の
『何でも見てやろう』と『愛と誠を見つめて』。そして大学樹幹に失敗した
どん底の中で読んだ、『新約聖書』。少なければこそ、心の底まで響く感動
を覚えていた。そして、25人の今でいう、シェアハウスのような寮生活。
 直に知ることになったのが、読書量の絶対的格差。それと大学の同期生との
知識とセンスの格差。ただ、黙って聞き役になるしかない現実に茫然と…
まずは日本文学の森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪の全集を
集中して読むことと、世界のポピュラーを聴く生活。そこに寮生活の醍醐味の
小宴会で、先輩諸氏の薫陶とか… そのどれもかもが、新鮮で衝撃の強いもの
ばかり、中学、高校時代の受験生活が、あまりに自分の世界を小さくしていた
かを思い知ることに。 それが都会暮らしの学生の最も重要なことだろうが、
寮生活の、学園生活が、それを効率よい触媒になっていた。これに1〜2年が
「合気道」と、夏、春には軽井沢山荘のヘルパーのアルバイト。 3年は、
「欧州周遊1ヶ月のツアー」への参加。4年は、週2回、2時間の「武澤ゼミ」
の参加。そして卒論と… 田舎の純朴の受験校上がりなればこそ、余白が
大きいほど、ドップリと浸かることが出来た。それと、余りある閑の中での
喫茶店での、底の浅い議論も、自分の底を知るうえで、この上ない環境。
誰もかもが、これまで会ったことがない人種。その経験話の多彩なこと。
『俺の親父、不動産屋をしてるんだけど、いま刑務所に入ってるんだ』とか、
『この夏休みに、地元の知り合いと出来てしまって… それが初体験だった』
『大学を卒業と同時に、カナダに留学して、一度、外から自分を見てから、
 人生を考えるつもり。このまま平凡なまま終えたくない』
『県会議員になりたいが、秘書のアルバイトをしてみて、自信が無くなった。
 そりゃ、酷い世界。 選挙で勝つためには「地盤」「看板」「鞄」の3バン
 が必要。そのどの一つも無いのが、如何すりゃいいか分からない。』
とか、成るほど、これが娑婆世界と知らされる日々。何が「本を読む人だけが
手にすもの」かであるが、それを言っちゃあ、後が続かない。
――
  〜 一章の概要から 〜
≪ ・ここで、パチンコをしない2人のうちの1人に、次に携帯ゲームもしない
 4人に1人に、そして、それを読書に向けると8人に1人の人材に成れると! 
 4年前のデータだが、学生の47・5%が一ヶ月に一冊も本を読まないという。
 なら成人なら、さらに低い?
・読書は、著書を通して「個人的リアル体験」が味わえる手段と
 ラジオなどの受動的インプットと違い、「アクティブ・ラーニング」。
 言葉を頼りに想像力をかきたてる効果がある。
・その上に、読書によって、「集中力」と「バランス感覚」が身に付く。
・また読書は世界観を広げる役割がある。世界観の広がりは、様々な視点で
 物事や他者を見ることが出来るようになる。読書を続けておかないと、
 私たちは、何も考えず、平々凡々に過ごすと、自ずと、視野狭窄に陥る。
・読書は、人生のステージを上げてくれる。
・人間たるゆえんの3つの触媒は、『読書』『遊び』『芸術』である。
 これらを経験し、沈殿させることで脳内に回路が強化され、それら
 が繋がり、脳の電磁波がより強力になっていく。
・著書は作家の「脳のかけら」。読者は、そのカケラを自分の脳につなげる
 ことが出来る。 ≫

▼ 50数年にわたり、一日、2〜3時間は読書をつづけてきた。その割には大した
 実績を上げることが出来なかったが、それも内面的は大きん収穫を得てきた
充実感はある。自分の信念と、直感と、それを自動的に論理構成出来るベース
は出来たが? TVで訳の分からないコメントを瞬時に判別可能になっていると
思ってきたが、それも現在は思いこみでしかなかったのでは?と足元がぐらつき、
孤独感が強くなる。 ここで、人間たるゆえんの3つの触媒が、『読書』『遊び』
『芸術』という。 そこから生まれる『感動』『至高体験』『永遠との邂逅』。
同じ人生、可能な限り豊かな経験を引寄せて、充実させたいもの。 もう充分? 
いや、まだまだ! 内的余白は真っ白。 今までの経験、知識は、染み、汚れ!

・・・・・・
6175,閑話小題 〜米朝開戦 −3
2018年02月08日(木)

   * トランプと、ケネディの対談だとさ
神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、
  やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。
寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか?
  それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。
ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ!
  敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも
  嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。
トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に
  するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。
  スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。
  だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、
  悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね…
大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている
  のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。
ケネディ: … 
トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。
  世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト
  を見れは解るだろう…
大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。
寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。
  一番上が、長屋でいえば、大家が一番で、次が八つぁん… 
大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。
  それが、人間というものじゃないですか。
トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって
  いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。
ケネディ: …
大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。
トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。
ケネディ: …
寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して
  いるのが分からないんだ
大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。
トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント
  の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は
  弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための
  宗教に変わってのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう?
ケネディ: …
寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。
大家: 神様、何とかならないですか。
神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける
  のは、何時も弱者。
寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が
  日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。
トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの
  疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。
ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 
  ああ、独り言ですけどね。
寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、
  終わった直後に、アメリカの出番になる。
トランプ: …  
寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。
  
・・・・・・
5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)
2017年02月08日(水)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だった
のが、現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを
数時間前に取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
私の場合、月に18回として、一回千円とすると18000円になる計算。満タンに
なるわけ。慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
  * 座禅とヨガの呼吸法
 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での
永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも
あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば
ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える
と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた
ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし
行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸
の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、
禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 
 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 
基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。
そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。
これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。
それを繰り返す。
  ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー
【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、
 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に
吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。
 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで
吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き
かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】
腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、
少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。
  ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー
【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、
 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から
 ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに
 なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く
 イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。
 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】
基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。
30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、
新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、
その必要もないが。
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。


6538,閑話小題 〜映画評『マスカレードホテル』

2019年02月07日(木)

   * ホテル業の影の部分
 「喉元過ぎれば熱さ忘れる」じゃないが、『新潟駅前の暴力団事務所が二つ
ある中で、4棟を30年間も、よくぞ経営してきた』と…。昨日も、地元で
暴力団が「メカジメ料」を要求して逮捕された。 脅し、自殺、窃盗、ヤクザ
の恐喝など、現在から考えても、怖いもの知らず。解っていたら出来なかった。
知らぬが仏も、必要なこと。これは人生と同じ! チンピラ、ヤクザ、渡りの
売春婦など、得体のしれない顧客が常時7〜8人は常住していた。そして、
警察が常時、彼らの動きを探っていた。何かあったら、寸時に、交番、警察に
電話する規定にしていた。それに暴対法で恐喝すれすれの行為を封じてしまった。
執行以来、彼らのエネルギーが激減した。植木鉢リースなど一度、妥協すると、
それが最低の利権、楔になって、業者の入替えは無理になる。
 世の中には、悪党という特別な人種が存在する。流動の激しい主要都市の
駅前が隠れ蓑になる。際どい人は、その日の宿泊費と食費を払うのが精一杯。
・夕暮れ時に出かけて朝に帰ってくる。
・映画もどきに、刑事に踏み込まれる直前に察知して逃げ去ったり、
・ロシア人が、ロビーに椅子をバリケードにして、たて籠ったり。
・訳ありの幼児?を抱えて、一週間分の宿泊代を前払いをして隠れるように
 ロビーに住む母子。
・赤いポロシャツのチンピラ風の男が、素人娘を騙し?売春や、ピンクサロン
 で稼いで… など、得体の知らない、それぞれの人生が垣間見れる。
兎にも角にも金が無いのが人生を狂わせる。『金が無い』という目安の金は、
「4万円」。 それを最後の拠りどころに、日々を過ごす人が… 
金も尽きて、駅前でホームレスなっている姿も。 誰も知らない遠くの街で、
独り茫然とすれば、それは死にたくなるのは当然のこと。その点、この高級
ホテルとは客層が違うが… 本質は何ら変わりはない。 
 ―
   ☆ 『マスカレードホテル』の解説
≪ 東野圭吾のベストセラー小説「マスカレード」シリーズの第1作
「マスカレード・ホテル」を映画化し、木村拓哉が初の刑事役に挑んだミステリー
ドラマ。都内で3件の殺人事件が発生した。現場にはいずれも不可解な数字の羅列が
残されていたことから、連続殺人事件として捜査が開始される。警視庁捜査一課の
エリート刑事・新田浩介は、その数字が次の犯行場所を予告していること、そして
ホテル・コルテシア東京が4件目の犯行場所になることを突き止める。犯人を見つ
けるためホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出した新田は、
教育係である優秀なフロントクラーク・山岸尚美と衝突を繰り返しながら、
事件の真相に近づいていく。ヒロインとなるホテルマンの尚美役に長澤まさみ。
「HERO」シリーズの鈴木雅之がメガホンをとる。≫    評価:85点

▼ 国内の宿泊は、ほぼ駅前のビジネスホテル。物音さえ気にしなければ、
 拘りは全くない。 格安の「秘・異郷のパックツアーハンター」を自認して
いるが、何故か8割のツアーの最終日には高級ホテルが組まれている。空けておく
より、日本人客はマナーが良いためか格安で販売する。良いものは良いが、
家内は、それが自尊心を刺激するようで… バイキングの料理を、底なしに…
40回も家内と同伴を重ねると、ホテルの朝食が日常生活のような錯覚になる。
非日常に、家内との日常が、何とも奇妙な感覚になる。それも欧州の主要都市の
高級ホテルでは… この積み重ねが、日常の粗食?に、何の抵抗感が無くなる
から不思議といえば不思議。それが日常生活にも及んでくるから、不思議。
アフリカの土人の酋長の一族が、こぞってブランド品を身につけても、漫画的
風貌でしかない。あれは、国際都市のホテルや、街角でヒケラカスもの。
貧乏人が憧れるなら、一品をさり気無く身につければよいものを… 
品性が身に付いてないのが… 漫画の世界になってしまう。サザエさんに
ブランドでは、顔とスタリルが、ミスマッチになるのと同じ。これだけは、
『馬子にも衣裳』とは違う。で、この商売を30年。そして、トリップを求めた
秘・異郷ツアー、そしてブログを18年も書き続けて、そのまま、公開するのだ
から、それは露悪。それが「売り」?でも、ドッチが? 大同小異? 同じ?

・・・・・・
6174,閑話小題 〜米朝開戦 −2
2018年02月07日(水)
   * 緊迫してきた朝鮮半島
 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると
同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの
週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。
沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。
 ‘まず目先は、4月が危ない!’
≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と
 なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。
原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として
訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。

 この結論に至るロジックは次の通り。
米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の
努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗
と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。

この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な
軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』
と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。

平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模
な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行
するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。

また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が
『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に
大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫
 ――
   * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ
≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。
 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、
脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。

本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km
で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm
放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。

これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、
それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。
そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン
スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海
になると、韓国政府は分析しているのである。
 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか?
「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した
評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷
するとしています。
この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を
空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。

その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、
開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。
これはあくまでも、通常兵器による被害です」
(ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏)  ≫

▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち
 オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを
遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の
危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー?
 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。
トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。

・・・・・・
5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
2017年02月07日(火)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?


6537,閑話小題 〜世界は知らないことばかり…

2019年02月06日(水)

   * 山椒魚の生態から見えたこと
 ★ アマゾンの人が入ってない地区の動物の生態研究が生々しい
 そのレポートの一つの『山椒魚』の生存実態の内容に驚かされた。
雨季だけの湖のような水溜りの中で、山椒魚が小魚を襲って食べていた。
ところが水が減少すると共に小魚がいなくなり、仲間同士の共喰いが始まる。
そして、最後に一匹だけ大きな山椒魚が残った。そこでエラが退化をして、
肺機能が出来上がり、陸に上がって生延びる。 動物の起源は海にあり、
それらが陸上に進出してきた、そのままを一匹で体現した山椒魚には驚き… 
 象の先祖はクジラと言われる。これは、海上で肺機能をつくり上げた上で
陸上に進出し、象に進化したもの。その原型が、この山椒魚。エラから肺呼吸
を進化させて上陸したのが一般的。ガラパゴス諸島の海イグアナのように、
戻ってきて海藻を餌にするのもいる。 世界は広くて深い。
 人間様の小池(半径500m)だけが世界ではない。スーダラ節じゃないが、
<解っちゃいるけど縛られる?>  淡水や海水を飲み分けられれば、海辺の
岩場に閉じ籠って生きるのも案外、良い? 多かれ少なかれ、人間の触媒は
限られている。
 ★ この年齢になってみて、好奇心、知識欲の減退が全くないだけでなく、
 無尽蔵に増えていることに驚いている。リタイアで、空の領域が広がったため? 
それより、世界に対する‘視野狭窄’が現実ですか。まだ、このブログ習慣と、
 老年であと先が少なくなったため? 新鮮な知識が流れ込んでくるようで、
とにかく毎日が面白い! 「今の内!」感が現実のためだろうか。 いや、
50歳代に入って20数年、ズ〜ッとそうだ。 …今さらか。
丁度、個人HP、ブログ開設の準備とネットを始めた頃。 現実社会を水中に、
ネット社会を陸地に例えると、ネット世界の肺機能が出来上がり、陸地に
這い上がってきたことになる。ところで、この山椒魚のようなタクマシイのが
人間社会にもいる?。いや、人生とは、こんなもの? 全てを食べ尽し、独り
陸地生存用の肺の機能をつくり陸地に旅立っていくのが。誰の中にも、いや、
全ての生物の中に、生存競争の結果、環境の変化に対する原始的適応能力の
遺伝子がある筈。そのためには、極限に自らを晒さないと! 極限にこそ、
生きる術が、こみ上げてくる。野良猫と、山椒魚の共通点は、遺伝子レベル
の生命生存の能力。 …底の浅い人には理解不能? そりゃ、無理無理!
 ★ 『予定挫折』って言葉と、経験。 これを自らに課すのが、キャリア。
 官僚は、それぞれの省庁のノウハウで、これを計画的に行う。
創業者は、計画的自己配転で、転業で、身につける。そのため、少しパーの
要素を必要とする。 これを知識で体得できるのが地頭。イチロウ、大谷の
ような論理構築の出来るのが、叩き上げの高卒超一流選手。プロ野球から
メジャーリーグへの変身が、上陸に。その為には、二代、三代の親がかりの
必要悪が… 最後は親を食い潰して、一匹、上陸していく物語が必要となる。
出来なかったのが自分で、この様。 誰もが通る挫折への一本道。それが
結果としてベストとなるから、皮肉なもの。それが、人生でもある。
この山椒魚から自然の持つ多くの摂理を学ぶことになった。
世界は、全てが繋がっている。
 
・・・・・・
6173,閑話小題 〜映画観賞 ー『スリービルボード』
2018年02月06日(火)
   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫

≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫

▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 

・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。
・・・・・・
5076,閑話小題 〜火あぶりの処刑
2015年02月06日(金)
   * 火あぶりの処刑
 イスラム国のヨルダン人パイロット兵の処刑の映像には驚いた。
ブログに掲載するかどうか迷ったが・・ 少し考えてみれば、ガンで死ぬ時は、
少しカタチが変わるだけ?いや、違うか? これ、殺伐とした時代の象徴である。
彼らはイスラム原理主義の名を借りた殺戮集団。世相が20世紀前半の第一次、
第二次世界大戦辺りの、ニヒリズム的様相になってきた。 ウネリの元は、
情報端末とネットの普及による情報革命。それはグローバル化と、一強多弱を
推し進め、弱者に格差と差別が曝け出され妬めと怒りが充満していく。
島国日本にとって、テロの不安は少ないが、今後は、そうはいかなくなる。
 初めてイスラム圏に入ったのがエジプト。深夜に入国し、数時間後に飛行機で
ルクソールに向かったが、早朝、街から聞こえてきた、アッラーの祈りの音声。
丁度、ラマダン(断食)の最終日で、ホテルの従業員が殺気だっていた。
 現地の日本人ガイドに、飛行場からホテルに向かうバスの注意。
『ここは、イスラム教の国。私たちは欧米文化の国。まず全ての常識を
横に置いて下さい。違うのです、全く違うことを忘れないで下さい!』と・・
「これだから、秘境・異郷は面白い!」と、思うようになるに、何度かの
経験を要した。世界は、それぞれ違うのである、全てが! 旅行は、日常生活
との差異を求めて外に出て、日常を外の目で見て、考える機会でもある。
原理主義者としても、誘拐、殺戮を容認する思想が現に存在している。そして、
それを脅しとして公開する。彼らにとって、テロも戦争の一つでしかない。
欧米が勝手につくったアラブの、いや世界の国家を否定し、イスラム原理
主義国家という共同幻想を優先し、地域を州と見なすとは、考えたもの。
共同幻想のイスラム原理主義に感化され、『そこでテロで、戦闘に参加せよ!』
と煽られれば、誰にもチャンスがある。まさか、半年前まで、こんな現象が
出るとは誰も思ってもみなかった。 恐ろしい時代である。
 良い時代を、数限りない良い思いで過ごせたと、感謝する日々である! 
東京オリンピックに大きな不安要素が加わった!幻に終わらなければよいが。
・・・・・・
5806,「7回読み」勉強法
2017年02月06日(月)
            <超速「7回読み」勉強法〜山口真由 (著) 
* 勉強法とは、最大限の努力すること
< まず目を通すだけで気楽に読むのを3回、キーワードに注目して3回、
 仕上げに1回、合計7回読むことが基本 >という本。「この経歴の人が、
7回読むのだから、凡庸の私が、1〜2回、目を通すだけでは駄目」という
道理を、この年齢でつくづくと実感するのだから我ながら何をかいわん。
「学生時代から、2〜4時間、本を読み続けている」という慢心が、勝手に
枠をつくっていたようだ。著者にとって、『1〜2回読んで理解したつもり
にならないで』といいたいのである。    
 〜内容紹介
【東大を首席で卒業するトップエリートは、いったいどんな勉強をしてきたのか。
一般の人とはもともとの頭の作りが違うのか、努力の量が違うのか、みんなが
知らない暗記のコツを知っているのか。東大法学部を首席で卒業し、官僚を経て
弁護士、テレビコメンテーターなどとして活躍する著者が、どのような勉強法を
実践してきたのか解説。「勉強は決して楽しいものではない」と著者は言い切る。
知識を学び、自分のものにするには「努力」が必要です。 勉強という作業は
極めて地味で、時には退屈、多くの場合は苦痛でさえあるのです。そんな作業を
継続してこられた大きな要因は、自分に合った勉強法を確立できていたから。
勉強法さえ確立できれば、知識の獲得は断然楽になります。
 本書では、その具体的な勉強法として、誰でも実践可能な「本を7回読む」
というシンプルな方法を中心に、著者が編み出した勉強のコツをたっぷりと
紹介しています。
――
▼ 初めは全体を把握して、3度4度と徐々に精度を上げていく手順を教える。
 まずは絶対量の勉強をしろ、それ以外の安易な方法はないと著者は教える。
これは人生について言えること。「ますはベースになる、ある程度の教養が必要。
そして目先の問題解決に最大限の努力をしろ。その知恵と知識は‘独学’でしか
身につかない」ということ。 独りの行為で一番、効率的なのは読書という。
今ではネットサーフィンがあるが、それでも熟考をするに、読書が最適。
その為には、好きな分野を早めに見つけ、読書好きになるしかない。
 そういえば、Amazonの電子書籍kindle、まだ買ってない! 
図書館だけではなく、実際に身銭を切って書籍を買い読んで、二回目以上は、
電子書籍で読返すのが、基本だが… 
・・・・・・
3969, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー3
2012年02月06日(月)
    * 情報(言葉)の恐ろしさ
「7割の確率で首都圏直下型地震が4年以内に起こる」とうニュースが衝撃的
だったが、土曜日の朝、BS朝日で例の東大地震研究所の教授が、その首都直下
型地震について話をしていた。「首都直下に7割起こるとはいっていない。
 南関東全域で7割の確率で、震源が首都直下の場合、死者1万1千人、
建物消失が85万棟になると算出したのであって、マスコミがそれを編集する
上で、南関東と都心直下の言葉が入れ替わった情報が一人歩きをした」。 
それも研究員個人の見解で、東大地震研究所が発表したのではない、という。 
記事の内容をよく読めば決して嘘ではない。見出しが誤解を生む内容で、
記事の内容も「都心が震源の場合」と書いてある。 情報とは、こんなもの。 
言葉の組み合わせで、受け止め方で、意味合いが違ってくる典型的事例である。
 見出しをそのまま、信じてしまう甘さに自分でも呆れている。 
マグネチュード7の地震は、3・11直後、何度も起こっている。それが南関東で
起こって当然で、実際その地域で小さな地震が多く続いていることから、4年で
7割の可能性が出てきたようだ。東北の沖合で500年に一度の大地震が起こった
ため、周辺で大地震が起こる可能性が10倍になっていることからして、数年間は
特に厳重な注意が必要。 ニュースで早速、スーパーなどで、避難・災害用
グッズ売り場を二倍にしたと報じていた。多くの家庭で準備が始まったようだ。
世界的金融不安の上に、足元の地震の心配。ますます殺伐としてきた。
 とはいえ、首都圏崩壊の可能性?の備えは、充分にしておくべきである。 


6536,閑話小題 〜郊外化の流れが止まらない

2019年02月05日(火)

    * ヨーカ堂撤退と、東京インテリア家具のオープン
  何とか長岡駅前で一棟、生残っていたヨーカ堂が2月11日で撤退。
駅周辺の衰退と郊外化の流れに逆らえず… 
 その交代要員のように、『東京インテリア家具』が2月1日に、信濃川西郊外
にオープン。県内には10数年前に新潟市郊外にオープンしていた。「ニトリ」
とは趣の少し違った商品構成。ニトリの仕様書発注に対し、問屋とメーカーが
企画する仕入れが中心。ここは実用より家庭内ファッション性の高い一般雑貨
の比重が高いこともあり、既存SC内の様々な店舗に甚大な影響を与える黒船。
 隣接するシネマ館『T・ジョイ長岡』に隣接しており、シネマに毎週、通って
いることから立寄る機会が多くなる? 家具売場のウィンドウ・ショッピングは、
若い時からの趣味の一つ。高級家具を見ているだけで豊かな気分にさせられる。
 数年前、ヤマダ電機が「家電製品とコーディネートを提案した「家具と家電」
の混合店を郊外にオープンした。驚いたのが、値段とセンスの提案。
「これこそカテゴリーキラー!」と思わせる業態店舗。 
 食品スーパーと、ドラッグストア、コンビニの「業態間競合」そのままが、
総合家具屋と家電屋間で生じた現象が面白い。 これにネット販売が加わり
競争が激しくなる一方。
――
寅: 熊よ、何だかんだといってもよ、丸大を加えた『ヨーカ堂』は昭和生れに
 とってさ、最後の拠り所だったんだよ。『ヨーカ堂文化ロス』になるんじゃない。
熊: 地元スーパーとは、商品力が違っていたね。それと、ヨーカ堂の文化と
 いうか何かがあったよ。でも、この数年、一度も行ってないね。
寅: ワクワクしなくなったね。筋ものでは、イオンと、アピタのユニに押され
 ていたね。でも、やはりショックだね。存在するだけで温みがある店だったしね。
熊: 昭和生まれ、それも戦中、戦後生まれの俺たちには、ここがないと困るよ。
 そろそろ自動車免許証も返さなくなるしね。ただね、ヨーカ堂ばかり行っていた
 らさ、徘徊しているじゃないかと気になるしね。
大家: だから、あまり行かなくなったの。いや、行けなくなってね。だいたい
 もの自体が欲しくなくなってね。経営サイドからみて、年寄りばかりが目立って
 くるし、とにかく金がないしね。その上に活気がないね、地方の老人は! 
寅: 店員も居心地が良いのか、中年から老年ばかり。何か侘しさがあったね。
 客も店員も「老々」じゃあ、商品まで新鮮味がなくなるしね。
八: 上さんが言うにね、どんどん在庫商品が少なくなって、「終わり!」って
 感じになってきたとさ。それでも、今まで値下げしなかった売れ筋を、どんどん
 下げているらしい。週に二回、バスで川西のイオンのジムのエアロと、SCの
 アピタに通っている上に、帰り道にヨーカ堂と、駅の専門店街に立寄って帰って
 くる家内が、ショックというから… 
大家: 廃れが止まれないのも仕方がないね。あまり大きな声で言えないけれど、
 柏崎・刈羽原発の操業停止、これがボデーブローで、効いているね。
八: 柏崎だけじゃなくて、長岡が響いているようだね。で、柏崎と長岡の
 ヨーカ堂店の撤退。県会議員秘書の談合問題も厳しくすれば… ハイそれまでよ。
大家: 第四銀行と北越の統合問題も、経済の下方圧力として効いてくるね。
熊: 俺様のような下系じゃ、これ以上、悪くなりようがないしね。としても、
 街全体が活気がないとね。冬なんぞ、独り寂しくTVを見るしかないもんね。
寅: それにしては大笑い声が聞えてくるね。
大家: 熊さんの、あれが空笑いって気づかないのかい。
熊: 別に空笑いじゃないよ! 笑うしかないじゃないか。大声で笑うとね、
 本当に面白くて、楽しくなるのさ。空笑いじゃないのよ。切実なんだよ。
八: 解るわかるよ… それって。ヤケクソでもね、腹の底から笑えるって、
 特技なんだよ。これって少しの訓練で出来るんだ。 習慣、習性だからね。
寅: 今度、熊さんから教わらないとね。いや、これは八っあん、ですか。
八: 理屈なしで、先ず笑う。 長くなるから、この話は今度ね。もっと
 もっと笑わなくては… 自分を振返れば笑えることばかり。まずは自嘲から!
大家: ヨーカ堂の撤退の話が全く変わったじゃないですか。
 「暗い話の中で、笑うしかない」ということですか。

・・・・・・
6172,閑話小題 〜米朝開戦 −1 
2018年02月05日(月)
  * 寅さん、プーチン、スターリンに問いかけ
神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに
   招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して
   いるがね。
熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。
   相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。
   敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。
神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。
熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。
プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても
   いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を
   頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。
大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。
プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。
スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように
   非情になって自国民を殺せますか。
プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン
   でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では
   虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。
   北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、
   中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。
熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている
   戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。
大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして
   ないので、現実の悲惨さが解ってないの。
熊: そんなのが大統領なの。 
スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、
   何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった
   ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。
神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。
熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に
   して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。
大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、
   万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への
   難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。
プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。
スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。
   あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの?
プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、
   女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。
   としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、
   民主主義の建前ほど変なのはないね。
スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。
神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を
   聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ
   ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。
   もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり
   頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。
プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。
   生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。
大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。
   まともな正論は通じないの。

▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加
 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と
いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。
この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 
 
 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていくr。
 ・・・・・・
3968, 民主主義への疑問 ー2
2012年02月05日(日)             
 * 明治元年の五箇条の御誓文 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、
 店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、われわれはよく目にする。
愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは
正しいふるまいをしているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な
行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の
偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした
愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとかうまく使いこなす方法は
ないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形
それ自体は、活気にみちた健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠な
ものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、
「国民のための政治」が実現するはずはない。・・明治元年の五箇条の
御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ
 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ
 ここでまず注目すべきところは第二条である。 
この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、
ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、
すべて心を合わせて、政治・経済の活動に積極的にかかわろう、ということ。
あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も
下も心を一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。
しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、まさに
民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて
根本的な民主主義批判ともなっている。】
▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要。
 一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に求められること。相手の論を叩き
潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、
公論が可能になる。声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。
現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、
 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 
 ・・・・・・
5075,強みを生かす
2015年02月05日(木)
  * 強み生かす ー無駄な努力はダメ―  
 ドラッカーのマネジメントの法則に「自分の強み生かす」がある。
この「強みを生かす」について、ネットで簡潔にまとめてあった。
≪ 卓越した仕事を生き生きしている人がいる。彼は単に有能な働き者
 ではない。自らの強みを知り、自らの属する場所を得た人がゆえと、いう。
誰でも、自らの強みはについてはよくわかっていると思っている。だが、
たいてい間違っている。気づいているのは、せいぜい弱み。それさえ間違って
ることが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。
弱みによって何かをおこなうことはできない。どうすれば自らの強みを知る
ことができるか。ドラッカーは、フィードバック分析しかないと言う。
 ドラッカー自身が五十年以上続けてきた方法だ。方法は簡単。まず何かを
することを決めたら、「自分はそれに何を期待するか」を記録しておく。
そして九ヵ月〜一年後に、自分が期待した内容と実際の結果とを比較。
フィードバック分析により、強みを生かすために行うべきことが明かになる。
\果を生み出す強みに集中する
誰にでも学べる技能や知識は身に付ける
専門馬鹿にならない
だ果を挙げるうえで邪魔になっている悪癖は仕事ぶりは直す
タ佑悗梁个景、礼儀はわきまえる
Χ貅蠅諒野の仕事は引き受けない
努力しても並にしかなれないことはしない
              ―(プロフェッショナルの条件』)≫
▼ ポジティブ思考は、ただ楽観的だけでなく、己の強みを生かすことで、
 ものごとをプラスに発展させる。幸せは、己の得意分野を生かしている
状態とすると納得できる。「得手に帆を揚げ」、フィードバックをする。
御隠居生活の強みは、「好きなことだけをして、嫌なことをしないで済むこと」
で、因業になっていくが、それで良い。まずは周囲に迷惑をかけないことだ。



6535,閑話小題 〜『動的均衡』とは

2019年02月04日(月)

   * " 動的平衡 " とは…
 分子生物学者・福岡伸一の最後の講義『生命は機械ではない』の、
‘動的平衡’が面白い! 生きるということは「動的均衡」だもの。
< 排便は、人間の食べる食品の残りカスの排出と思いきや、その半分が、
新しいインプットの交代に排出するデトックス>という。たったこれだけの
ことすら知らなかった。食べる行為が「動的均衡」。神経質になり過ぎること
もないが、大事な基礎知識。自然と世界も、この肉体も入れ替わっている。
  〜その概要は…
《 生命体の中の細胞や分子は 流動的に常に 入れ替わり続けていて
 分子レベルでいうと「1年前の自分」と「現在の自分」は全くの別人であるが、
外見的にも 内面的にも同じ " 個体 " として保たれている。そのような生命体
のバランスを ハカセは " 動的平衡 " と考えた。
〔 あるタンパク質分子のメカニズムを研究していた時、そのタンパク質分子の
 役割と重要性を 確かめるために、そのタンパク質分子の元を取り除いて発生
させたマウスにどんな変化(=不都合)が起こるのかを莫大な研究費をかけて実験。
しかし 結果は…" 何も起こらなかった "
何を意味するかというと「生命体は 機械ではない。部品の一部が 損なわれても
生物は 動的平衡を保つことができる。ということは…私達の身体の中で何か
不都合が起こったとしてもなんとかなる。細胞や遺伝子が 協力しあって生命が
維持されるようにやりくりして 働き続けてくれる…と 》

▼ ネット検索でみると、要約として
< 絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。
 人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのに
ブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。
近代科学は、生物や自然もミクロな目で見れば、部品が集まって機械じかけに
なっていると読み解いてきた。そこで大きく見失ってきたのが、生物や自然は
時間の関数として常に動いていること。絶え間なくこちらと思えばまたあちらと
動きながらバランスをとっている。>とある。
 人生一般にもいえること。自然体で生きていれば、自ずから知恵が湧出てて
バランスを保ってくれる。考えてみれば、このブログの連載のためのテーマと
内容が「動的均衡」そのもの。その背景に、18年分の蓄積がある。 そして、
それらが繋がっている。その背後には掲載出来ず、消え去った内容もある。
不安に対して、経験則、『何とかなる、その時は、その時』がある。
『何とかならないのも経験の一つ』でしかなかった。この論を人生論の
『幸福』に当てはめてみる。私は、これまでも、現在も幸せであった。
<良くない良い>の比率が「1対6」辺り。一般的には2対1。「1対1」が妥当と
思いがちだが、人間は頭脳を持っていて、「動的均衡」が働き「2対1」に。
そこに、少し意識を集中すれば「3対1」幸福感を維持できる。その確固の為の
習慣で、何とか「1対6」にしている。これが「動的均衡」にすれば、より良い
日々を過ごすことが可能に。群れるも良し、孤独も良し。その人、それぞれ。
<「生きている」とは「動的均衡」によって「エントロピー増大の法則」
 と折り合いをつけているということ、らしい > の教授の言葉が、これを
続けている動機である。 もし続けてこなかったら、静的不均衡?に… 
いや、現在の私が、その穴に陥っている? いや、不均衡じゃないし、
内面は間違いなく流れ動いている! と、これまた、日々、是、口実ですか。

・・・・・・
6171,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー4
2018年02月04日(日)         
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * あっちに行った者たち
< 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、
 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… 
あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と
何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう
現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と
呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと
当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の
世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて
しまったようだ。>
< 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。
 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を
捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって
いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ
グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス
の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも
何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた
のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も
もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの
世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その
世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態
にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、
われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は
すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも
しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい
世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は
あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。

▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、
 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、
(「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。
主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、
あっちの世界に同化した瞬間である。
 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、
集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、
この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。
それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、
『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、
『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。
 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、
至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の
作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館
で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。
 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い
寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 
 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも
八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。
 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。
プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、
「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能?
副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。
蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる
から不思議。 
ーー
 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、
    よく言うよ。バカじゃないか。
 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。
 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。
大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、
    本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を
    しているから、言いたいことの少しは通っているよ。
 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の
    「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。
 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、
    鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。
    それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が
    好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。
大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの
    溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。
 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。
    もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ 
    また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、
    無心になってね。
 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。
 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。

・・・・・・
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
   * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 
 ―――
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
  凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
  凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。
・・・・・・
5074,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜2
2015年02月04日(水)
         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾忠則(著)
   * 単純ですから・・
 単純にも、様々ある。シンプルに物事の要点を考えるのも、『20対80の法則』
の20への集中と、同じこと。問題は、その組み合わせになる。服装一つとっても、
欧州では、黒が基調。そこに白か赤の小物をポイントに置く。
以前『すべては「単純に!」でうまくいく』ザイヴァート(著)を読んだが、
概要といえば【人は単純なことを複雑に考えてしまう? モノ、金、自身を
シンプルにすれば、ストレスが消えてゆき、仕事も人生もラクになる。】である。
 〜まずは、その辺りから〜
―「私は単純ですから」と卑下とも謙虚ともとれる言い方をする人が結構多いが、
この人は単純の意味が解ってない場合が多い。「あんまり頭を使わない」という
意味だと思うが、単純こそ人間の究極の理想の姿じゃないかね。ぼくも一度は、
「ぼくは単純なんですよね」と言ってみたいものだ。   ーMay 10/2010 13:41
― 人はなかなか単純にはなれないものだ。問題をあれこれいじくり回し、大抵
は複雑にしてしまうので、なかなか問題から開放されない。ーMay 10/2010 13:44
― 単純って、いわゆるアホになること。黒住宗忠という江戸時代の神道の教祖、
ある時、手相を占ってもらった。すると「あなたの相はアホです」といった。
怒られるかと思ったら、忠神は「そうか、わしは長年アホになる修行をしてきた。
それが顔に表れたのか、実に嬉しいことだ」とおっしゃった。ーMay10,201013:49
― 子供の頃、田舎で、「アホ・ボケ・マヌケ」と相手を罵って喧嘩をしたもの
だが、このアホと黒住神のおっしゃるアホとは格が違う。
アホな政治家というアホは馬鹿というアホだ。     ーMay10,201013:59
― ぼくの中にも複数のアホが住んでいるが、なかなか立派なアホになれないまま。
「ツイッターをやっている人間はアホだと週刊誌に書いてあったわよ」と瀬戸内
寂聴さんから電話があった。「私もやろうと思っているのよ」。折角悟った
瀬戸内さんが、ツイッターでこれ以上悟ることになるのかな。ーMaylO,201014:10
▼ 単純といえば、カントの二番目の二律背反、『◎テーゼ:世界は単純な部分
から構成され、世界は単純なものか、またはその単純なものの合成されたものしか
存在しない。◎アンチテーゼ:世界はいかなる単純な部分で合成されたものでない。
また、世界に存在するものは単純なものを含まない。』がある。コンピューター
が、飛躍的進化をしたのは、0と1の組み合わせの二進法をベースにしたから。
 レーガン元アメリカ大統領が、問題に対し、重要度を3つ羅列させ、その3つを、
3つに分け、さらに3つに分けて報告させ、対応をしていたという。
・・・・・・
5438,人生で最も大切な技術 ー押
2016年02月04日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 厄介な感情と、その治療法、        
 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」
の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと
するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。
何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。
  〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。
≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする
 こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく
管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。
 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。
とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と
なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して
処方された特別の解毒剤で対応するというものである。
・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、
それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。
二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として
利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって
決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する
のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。
・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、
個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的
レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。
心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。
また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに
調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった
固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性
を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情
(例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を
熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。
・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で
神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、
無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、
時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、
それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫
▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。
 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。
ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの
トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。


6534閑話小論 〜映画評・『否定と肯定』

2019年02月03日(日)

   * ある映画批評
 映画といえば、昨日、録画をしていた映画『否定と肯定』が面白い。
<「ホローコースト」が元もと無かったと主張する学者が、それを批判をした
学者を訴えた裁判の物語。> 戦勝国とユダヤが、ホローコーストを
デッチあげと堂々と論陣をはる学者。日本の保守系?の政治評論家も、一時期、
同調?し非難を浴びていたが。ナチ肯定論学者の偏見?が、あまりに極論過ぎ… 
収容所の生残りの証人に対する罵倒も酷い。 腕の収容者ナンバーに対し、
「それで、どの位、稼いだ?」「収容所など、後で偽造したもの。勝者側の
でっち上げ」と論をたてる。裁判所前には、ネオナチ党のグループと、被害者
などの反ナチのグループが裁判関係者に罵声を投げかける。訴えられた弁護側は
ヒロインに、「相手にすれば同じ目線に引きずり降ろされる」と無言を要求する。
  〜Amazon 評論〜
【 ホロコーストの“真実"をめぐって、女性歴史学者はどう闘ったのか
 インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。
「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、
17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。 彼女は著書
『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを
「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられた。
裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。
かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる
大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。
 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての
出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助の
オファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで
弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。
「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」
詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。
近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト
(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。
「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。
例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていない
というのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、
事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字
付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。白人優越主義者は
おしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させて
ください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に
感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など
振らないでしょう」
『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ
現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優
レイチェル・ワイズ。 映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、
非常にリアルな作品となった。
      評者:「週刊文春」編集部(週刊文春 2017.11.30 号掲載) 】
――
▼ ここで、<「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方
 がある>と。世間話という御伽話の幻想の中で生きている人たちの問題点が、
『嘘』が、伝播の過程で下ぶれを起こすこと、尾ひれはひれが数知れずつく。
それが『事実』を変容され、『意見』に大きく左右する。『事実』と下系の
『意見』が一致して、『嘘』に比重が移動する傾向になる。フェイクが、恰も
『事実』と混同し、『真実』に変容していく。 500mの神様に取り込まれ、
一生を、その溝沼のヘドロに沈んでしまう。これは、別に地元だけでなく、世界
一般にいえること。「何も知らないということが、何をモタラスか理解できない。
人生の晩年に差掛り「知らなかった恐ろしさ」に愕然とする。何はともあれ、
読書をつづけて、自分の頭で判断する努力は、自分自身しか出来ない! 
ヘドロの沼のボウフラ。まず、その自覚が第一歩。 それってのは私のこと?
「人間も、人生も流体。固体ではない」というが、この激変の時代にあって。
時々刻々と、変化せざるを得ない。ヘドロ化とは、新たな潮流から取残された
半端な濃厚な部分。19年分の過去文を流し読みをすると、それが見えてくる。
恐ろしいかなである。『真理』『真実』『事実』『現実』『嘘』。何でしょう、
これらの言葉は? これらを銜えたハイエナ、いや古狐が、今日も走り回る!

・・・・・・
6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3
2018年02月03日(土)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>

 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。

・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。

――――
4341, イタリア人と日本人、どっちがバカ?
2013年02月03日(日)
「イタリア人と日本人、どっちがバカ? 」ファブリツィオ・グラッセッリ(著)
   * 「南イタリア人と、日本の地方人、どっちがバカ?」
 日本在住のイタリア人が書いた本だが、なかなか面白い。イタリアは、北と南
では民度が大きく違っていて、著者も、その一人だが、北イタリアはドイツを
しのぐといも言われる。 南イタリアは北の植民地的存在で・・ 首都圏と、
他の地方とかいう日本の感覚に似ている。最近の日本は欧州のPIIGSと同じ
レベルか、その下にまで成り下がってきた。まず、ーアマゾン〜内容紹介ーより
《 アメリカ型経済を真似て、私の国はメチャクチャです」。在日20年以上の
イタリア人建築家ファブリツィオ・グラッセッリは、こう語ります。 敗戦後
の奇跡的な復興から、近年の政治・経済・社会の劣化、教育制度の危機、
アメリカ主導のグローバリゼーションまで長い歴史を誇りながらも、今では
「立派な」借金大国である日伊両国には多くの共通点が存在します。国家破産
に向かう今日のイタリアは、明日の日本の姿なのでしょうか。架空のイタリア人
一家(ビアンキ一家)。ミラノの工場で働き、賃金カットの危機にある
ビアンキ氏と憧れの国日本にやって来るニートでオタクの息子。彼らを主人公
にストーリーが展開し、かの国で今、何が起きているかを描くとともに、日本
を少しでも良い国にするための、ウィットに富んだ提言を行っている。》  
 ー 要所を抜粋してみる ー
・「北イタリアだけを取り出してみれば、その経済の成長力や生産性の
 高さは、ドイツよりも上で、事実上「ヨーロッパ随一」であることが、
 よく言われます」(30頁)。
・「お互いがギブ・アンド・テイクの関係で成り立つこうした縁故関係を、
 イタリアでは「クリエンテリズモ」と言います。そしてイタリア人の
 社会は、この縁故関係をもとにした、無数のいわば「利権集団」の集まり
 から成り立っています」(38頁)。
・「イタリアは、近代国家建設の時点で、南イタリアを「絶対に」必要
 としていました。・・・ それは、一種の「コロニアリズム」=植民地主義
 だったと言って良いでしょう」(70頁)。
・「今もなお、イタリア人が「あまり働かない」国民であるというイメージが
 根強く残っているのは、はっきり言って「偏見」でしかありません。それは、
 ヨーロッパの労働者について調べた具体的な統計にも、はっきり表れている」
・「ベルルスコーニは ・・・ イタリアの政治の仕組みを、アメリカ型の
 「新自由主義」に変えること、そして、イタリアの経済を本格的に
 「グローバル化」するという使命を帯びて首相官邸に乗り込んで行ったわけ。 
 ・・ にもかかわらず、その政策遂行に当たって、ローマ政界の政治システム
 に頼らざるを得なかったのです。・・ 結果、ベルルスコーニは、彼のバック
 についていた勢力から見限られ、首相の座を降りることになった」(178頁)。
・「彼らにとって、プライオリティーの最上位にあるのは、
 「国際金融システムを、健全に保つこと」です」(189頁)。
・「バブル経済の興隆と崩壊、そしてその後の「空白の20年」と言われる
 時代に、一番大きく変わってしまったものは、日本人のメンタリティー
 だと私は思います」(207〜8頁)。
▼ 青の洞窟内でイタリアの船頭が、カンツォーネの歌の合間に、
「がんばれ日本」と言っているのをTVでみた。北が南を植民地化しているのを、
この本で初めて知った。その視点からみて、日本も首都圏が日本を支配している。
ということは「地方は首都圏の御荷物」であり、「南イタリア人と、日本の地方人、
どっちがバカ?」の質問になる。その首都圏も8年以内に100%、直下型地震がある
・・「人からコンクリート」は、埼玉周辺の副都心造りが最重要になる。
何がオリンピックか! まだ高度成長期のバイアスが罹っている石原。 
戦後日本のバイアス(偏見)そのもの。
・・・・・・
5073,閑話小題 〜夜明けのスキャット 
2015年02月03日(火)
   * 夜明けのスキャット 
――前日の夜半(2時半位)、半睡状態の中、淡い金色の球体を思い浮かべ、
その中に入り横たわるイメージを持ったいた。暫くすると、何と20歳代
半ばの金沢時代にスリップをしていた。何故か、金沢時代の写真が一枚も
残ってなかった。境遇的には、どん底だったが、そこは金沢。人間関係も、
華やかで、職場も美人が多く、楽しい面白い時間を過ごしていた。
夢の中の人達は、さらに光り輝いていた。一番辛い時ほど、裏腹に楽しい
ことが張り付いている。それから40数年後に、こんな夢を見るとは、
そろそろ危なくなってきたか? 当時は、「嫌なこと3つに良かったこと、
1つ」だったが、だから、輝くのだろう。それにしても、ほぼ忘れていた
当時の人たちの姿形が、映像として輝き現れ出るとは、脳は不思議である。
――で、今朝方の夢は恐ろしい物語。半睡の中、同じように金色の球体に
入って暫くすると、丸の内の大きなオフィスビルのロビーに、誰か二人と
居た。ところが、トイレに行きたくなって、外に出たが、見つからないため、
戻ってきたが、二人が見つからない。そこでビル内を探していると、
小さな部屋がある。そこに一人の男が居て、『何で自分が、こんな部屋に
居なければならないのだ!』と叫びながら出て行った。どうも、閑職に
追いやられたようだ。そこで、再び探し回ると、違った部屋に入った。
そこに10人位の人が、ノウネクタイのYシャツで、並んで立っている。
机は有るが、椅子がない。そこは退職を促すタコ部屋。
 その内の一人が突然、『謝って元に戻してもらいたい!』と叫び、
入口にいくと、自動的にドアが開き、出て行った。監視カメラがあって、
外出を認めれば出れるようだ。その後、数人が出て行った。
そこに、昼休時に数人の女性がジャケットを持ってきた。寒いらしい。
オフィスビルを探しまわった結果、そこで、サラリーマン残酷物語を
垣間見たみた夢だった。
――何ゆえに、こんな夢を見たのか? その直後、考えてみたがサッパリ
分からない。あの10人がうな垂れた暗い部屋!何だった? それぞれ、
色いろあったのだろうし、辞められないのだ。実際は、これより酷いはず! 
――今になって気づいたが、前日の夢と関連付ければ、当時の私のドン底の
心象風景が、この10人と同じ? 夢は結構、複雑な己を自分に提示する。
夢分析とは、成るほどこれか!前段(前日分)が、光、輝き。後段が、
その背景の暗闇の物語。ビル内を探し回って見たものは、当時の自分の姿。
とすると、あのジャケットを差し入れしてくれたのは? 辛いほど、
人には優しくなる。 同時に、人から優しくされる。これが娑婆!


6533,閑話小題 〜確かに便利になっている

2019年02月02日(土)


   * 冷凍食品の商品開発が止まらない
 競争で面白いのが最近の冷凍食品。 競争相手はファミレス、コンビニ、
スーパーの惣菜。 昼時に家内の外出が多いため、総菜売場の「冷蔵」の
ラーメンパックか、「冷凍」食品を買置きをしておく。その冷凍食品の進化が
止まらない。スパゲッティ、ピザ、焼き飯。最近、頻繁に買うのが、焼肉ライス
バーガ。これにフリーズの具入り味噌汁。手間は5分で目安が150〜200円。成る程、
これは便利。スーパーの野菜売り場には、「洗わずに、そのまま食べられる切り
刻んだ野菜パック」が並んでいる。考えてみれば、規格外れで売れない葉物を
カットすれば仕入れ値が半値以下で済む筈。若い人は結婚をしなくなるわけだ。
面白いのが家内の対応。二人の時には、絶対に自分が主導し完成形にする。
それで、あたかも自分が全てを作った錯覚になり、こんな、拙いモノを…と愚痴
を加える。モスバーガのメニューにあったようだが「焼肉ライスバーガ」の冷凍
には驚いた。ならばマクドナルドもと、<マクドナルド ライスバーガー>と、
検索すると、あるある。おまけにカツ丼も出てきた。面白い時代である。
年金生活も面白い!と思えば幾らでも楽しめる。 一番良いのは‘昼飯抜き!’
 追: そういえば、スキ焼もあった! ネット上だがステーキも… 
    居酒屋の美味いステーキも、もしかしたら…
いま現在、頭の浮かぶ新製品? 焼きサンドイッチ、焼き芋、寿司(ある?)
すっぽん雑炊(ある?) フグ刺し(ある?) 問題は価格ですか。
 ところで、この随想日記、この瞬間の冷凍パック?と想うと… 
『永遠の今』。 いや、『永遠の居間』ですか、ここは。

・・・・・・
6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2
2018年02月02日(金)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする
なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代
の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 
「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う
ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。
   △ 人間に出来て、機械に出来ないこと
≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。
 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」
と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の
「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと
考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。
機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。
私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには
「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境
(状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が
必要になる。それが人間たる由縁である。
 ―
   △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと
・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」
といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける
ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫
 ―
▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、
 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。
奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも
あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。
 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる
蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で
アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に
した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、
そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、
個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と
言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の
「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた
動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の
人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、
即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ
現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 
 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。
中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、
それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。
彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然
戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、
盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。
 ――
熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。
寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。
大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。
八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを
  みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人
  から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 
  釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。
大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。
  これが現実としてね。
神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に!
熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。
大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。
神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。
寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。
八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。
熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 
 
追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に
 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。
 それとも? 
――――――
5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1
2017年02月02日(木)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
   * 世間とは何か?
 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。
「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に
目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた
常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の
‘社会’が根付かなかったという。
ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな
島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」
の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも
情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。
いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。
   〜まずは、内容(Amazon)より〜
≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。
 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、
あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。
 「世間学」で読み解く日本の実像。≫
  〜あるレビューより〜   <解りやすく要約してある>
《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展
 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。
そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会
(タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。
日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」
をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。
98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名
報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、
その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。
 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」
としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や
会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で
あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」=
「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。
 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き
込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を
もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。
 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは
小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。
こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。
 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法
改正案が国会に提出される。
 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、
99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している
カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて
日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように
世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に
内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという
「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。
 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に
29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に
なり、世の中全体が保守化している。
 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、
互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。
 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、
堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の
親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで
なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に
示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては
まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」
か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、
はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる
ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。
 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、
「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。
それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理
やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を
得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで
なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と
して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、
ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。
 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す
ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫
 ――
▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に
 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、
それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。
とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、
身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが
つかない中国人の特質のように… 
 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に
あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。
・・・・・・
5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7
2015年02月02日(月)
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
* 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』
 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス
を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な
疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と!  
と断言している。 〜その辺りから
≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化
するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。
しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた
中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク
『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。
 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を
四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した
という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた
恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。
 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、
ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が
人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ
進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が
行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。
 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル
解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、
進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、
進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と
起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。
地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、
人間が再生することはない。・・・ ≫
▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、
 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな
ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた
結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。
・・・・・・
4707,<つまずき>の事典 〜分別  ー2
2014年02月02日(日)
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 何ゆえに神はノアの方舟に人間を選んだのだろう?
『ノアの箱舟の上で俺たちは絶えず不可解な気持ちで頭を悩ましていたんだ、
どうして神は他の明かにもっと優れている候補をさしおいて、人類を被保護者と
して選ぶことになったのかって。神がもし他の種を選んでいたら、そのほとんど
は人間なんかよりずっと忠実なことに気づいただろうさ。もしもゴリラを支持
していたら、神への不服従にしたって人間の半分も犯さなかったんじゃないか。
そうなけりゃ第一、洪水だって起こす必要はなかっただろうね。一バーンズー
 箱舟の密航者であるキクイムシが語っている一節。{神が「人類を被保護者
として選ぶ」ことにしたのは、地球環境から言えば取り返しのつかぬ〈過失〉
であったのは間違いない。したがって、あるフランスの皮肉屋の次の言葉は、
紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿であることを自慢している。しかし
猿は祖先が人間であると決して自慢などしないだろう」。したがって、ある
フランスの皮肉屋の次の言葉は、紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿で
あることを自慢している。しかし猿は祖先が人間であると決して自慢などしない
だろう」。』
 ▽ 人間こそ、地球の大気圏の生物にとって、ガンそのもの。
   * 分別
 『どんな愚者でも真実は言えるが、嘘の上手のつきかたには、分別のある人間
  である必要がある』 ーサミュエル・バトラー
 ▽ 今まで平気で真実を誰かまうことなく公言してきた。それも常に上から
  目線で! 時と場合で、嘘と真実を混ぜ合わせて語ることこそ、分別ある
 人間のすること。そうこう考えると、この随想日記の公開は非常に危険。 
 真理と真実を直感したまま書き続けると、分別がついたように錯覚に陥るが、
 愚者の真実は気違いに刃物? 相手を思いやる嘘こと必要である。 
   * 失敗には安らぎがある
 『それは前に数学の試験に失敗して、かえったほっとし、解放感があった時に
 似ていた。失敗というのは明快で、そして確実なものだ。確実なものの中には、
 いつも安らぎがあるのだ。』ートルーマン・カポーティ「最後の扉をしめよ」
 ▽ 強がりか、居直りかもしれないが、<つまずき>の半年辺りから、奇妙な
 心の安らぎが出てきた。不確実な日常の45年間の緊張が切れたこともあるが、
 この安らぎは思いの他。私自身が招いた因果応報と認めれば、人の思惑など
 考える必要もない。実際に経験してこそ分ること。「会社を綺麗に後継者に
 引渡すより、全て失い独り佇んでいる方が良いのでは?」と思ったのは、
 確実なものの中に心の安らぎを感じたため。前者は解放はされなく不安が
 常にまとわりつく。 道理は何処も同じ!である。


6532,閑話小題 〜創業の面白い男たち! 〜1

2019年02月01日(金)

   * 嫌がる仕事の代行の請負
・30年前になろうか、従兄(故人)の嫁さんの弟に、人の嫌がる仕事代行を
 始めた面白い男がいた。ラブホテルの掃除、フロント業務一切を請け負う。
リスクは少ない上に、数を熟せば、稼ぎは大きくなる。 ただ一言、
<人の嫌がる仕事に徹する!> ‘これ!って気づいたな’と感心していたが…
こういう分野は探すと幾らでもある。最近、風の便りに地元の業者間では、知ら
ない人がいない程という。経営サイドは、それぞれの経営者に任して、自らは
泥を被ることに徹すれば、大きな利益を得ることが可能。資本もリスクもないが、
それは野良猫商法で面白くない筈… しかし商売の基本中の基本。 
それを横に広げていったのだろう。
・同級生に小さなペンキ屋の息子が、地元名士様の世界で顔を売り、塗装の
 ディスカウントに徹して、財を成した男がいる。知性の無いことを逆手にとり、
「露悪、偽悪に徹し、請負は価格破壊」を業とする。一つに絞り、拡大し過ぎ、
失敗したのが何処かにいる? 事業は、一代で終えて良かったと、今でも嘯いて
いるから始末が悪い。
・宅配の『クロネコヤマト』が、そう。細かい宅配は運送業者が最も嫌がる業務。 
 その成功事例をアメリカの業界で見つけて、ベンチマークをして拡大をした。
飛ぶ鳥落とす勢いだった『三越』の強引の値下げ要求が直接の原因だった。
その三越も伊勢丹の傘下。 野良猫でも、クロネコ?
・学生時代のゼミの後輩に、新宿で呉服業をしていたが限界を知って、一念発起、
 『不動産鑑定士』の資格を取って開業。そこで考えたのが業界の常識の破壊。
顧客の鑑定依頼から3〜6ヶ月の納期を二週間に短縮すること。これが受けて、
面白いように次つぎと受注が続き… これも呉服業界の商法を応用したという。
・現在のアメリカと中国の関係もしかり。「ネズミと中国人は世界中、何処にも
 いる」と揶揄されてきたが、グローバル化と、情報化で、分散化された力が、
ネットで結ばれ、世界を蹂躙を始めた。これこそが「底力」である。
                              〜つづく
・・・・・・
6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1
2018年02月01日(木)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * 「知」とは何か?
 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。
自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中
から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的
ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、
道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。
 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜
≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない
 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる
 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて
いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を
作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。
 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、
「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う
道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」
であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。
 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。
強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す)
弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械
 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、
「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。
この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。
<ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」
 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが
出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、
作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で
仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。>
――
▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器
 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった
こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、
身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。
1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。

・・・・・・
4706,<つまずき>の事典   ー1
2014年02月01日(土)                      
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
図書館内を彷徨っていると、そこに住む天使が、その時どきの最適な本に
導いてくれる。今回は、これ。そろそろ節目も終わり、切り替え時期。 
冷静に<つまずき>を見つめ直すに丁度よい本である。
新たな創造前には、崩壊が必要。この挫折経験から、傍からみえた現象は
ワーストだが、私の人生にはベストと仮説をたてると、そう思える。
「これまで信じていたことが、ほぼ全てが間違っていたのでは?」という
視点が、大きな収穫。実際に経験すればこそである。
  ーアマゾンの内容紹介ー
【 世の中楽しいことばかりじゃない!様々な挫折があればこそ生まれた
 名言・名句の数々。"つまずき"の中に人生をみつめ、自分の失敗を笑う
勇気がでてくることばのアンソロジー。英米・日の文学作品・映画・芝居や
ヒットソング・広告コピーから選んだ237句にスパイスの利いたコメントと
原文を添えた。小さな文学事典を兼ねた作家・作品案内でもある。】
   * 新たなチャレンジに迷っている時に
「君はこれまで何度も失敗した、覚えてはいないかもしれないが。
 はじめて歩こうとしたとき 君は転んでしまった。はじめて泳ごうと
 したとき 君は溺れそうになってしまった、そうだったろう?」
▼ 転ぶことも人生の一部。自分の手と足で立ち上り、新しい人生に歩き出す
チャンスでもある。つくづく実感したのは、私にはこれがベスト!ということ。
で、次のチャレンジは?そう、あれ? いや、まだまだ、楽しみが足りない?
   * 世界の涙の総量は一定なのさ
《『世界の涙の総量は一定なのさ。だから、誰か一人が泣きだすたびに、
 どこかで別の誰かが泣き止むんだ。同じことは笑いにもあてはまるよ』と、
サミュエル・ベケット(二十世紀を代表するアイルランドの文学者)は、
ある登場人物に言わせています。もし自分が悲しみに沈んでいる状態にある
とすれば、この世界の誰かのところにあった涙がたまたま自分のところに
集まっているのに過ぎず、そのことによってその人の悲しみや苦しみを密かに
和らげていることになるからだ。もちろん逆の喜びの総量に関しても同じことが
言えるだろう。涙も笑いも実は私たちすべての者が分ち持っているのである。》
▼「泣いても笑っても同じ空」 (ノ∀`)っても(;_;)ても、同じなら、
 笑っていた方が良いが、時に悲しみも必要。「人生、あざなえる縄のごとし」
で、哀しみも、笑いも、同じ束の藁。それが人生。そう思えば、冷静でいられる。
喜怒哀楽のどれもこれも、人類の一定量の共有物と思えば、バランスをもって、
引き出せばよい。ところで、私の人生には哀しみが足りなかった! 実感として、
「喜3、怒2、哀1、楽4」の割合。楽の4を2にし、哀を3で丁度良い?で、
神様は、この結果を与えた!が、今で2? いや1のまま? σ@(゚∀ ゚) クルクルパ
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5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
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4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
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5435,人生で最も大切な技術 ー
2016年02月01日(月)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * セルフの分解
 セルフをネット辞書でみると、
☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、
☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外
 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。
ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜
≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。
個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が
ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、
というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。
・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」
 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態
 を経験するのが「私」である。
・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である
 として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な
 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに
 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。
『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、
 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的
 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間
 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の
 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって
 いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略)
 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、
「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、
複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化
を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。
環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を
受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫
▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、
飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ
ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。
 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼
のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、
「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。
「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、
そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。
その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、
どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? 

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