堀井On-Line



6226,閑話小題 〜贋作の世界 −2

2018年03月31日(土)


  <世紀の贋作画商: 「銀座の怪人」と三越事件、松本清張、そしてFBI;
                           七尾 和晃(著) >
   * 世紀の贋作画商: 『銀座の怪人』
 偽札つくりは大罪になるが、贋作つくりは、それほどの罪にはならない。
また客を騙す行為も、贋作か本物かの鑑識眼の問題であり、それは誰も証明
出来ない。だから横行するのである。従って、趣味とはいえ、素人の骨董収集
は頂けない。もう一つが、本人の鑑識眼と信用の問題になる。父親の収集癖を
見ていて、別に自宅倉庫に仕舞いこんで二度と見ないのなら、美術館の国宝級
の宝物をジックリと接した方が遥かに良いのに? これは、毎日毎日、せっせと
知識・情報の収集しているこれにも言える。「この程度なら、ネットサーフィン
の方が遥かにプラスになるのに、如何して?」と同じ?。「この行為そのものが
面白いから、充実するから」の私の答えは、父の骨董収集も同じことになる。
 成るほど、世界は騙し騙されの闇が広く深く存在している。
  Amazonー内容紹介
≪ 銀座・並木通り画廊街―。贋作絵画を雨あられと降らせた男がいた。
 松本清張、江上波夫ら大家の名を騙り、手練手管の画商たちを操った稀代の
詐欺師、「銀座の怪人」と呼ばれた男を追う。
 9.11テロの関連捜査をしていたFBIがニューヨークで捕えたユダヤ人画商は、
日本に驚くほどの数の「贋作」を売りさばいていた。バブル狂乱前夜から銀座
を拠点に暗躍したこの男は、企業、富裕層、美術館を標的に贋作を撤き散らし、
作家松本清張にも接触していたという。82年には三越の贋作秘宝事件で世間を
驚愕させ、社長解任・逮捕まで巻き起こした。FBIをして「世紀の贋作画商」
と呼ばせたその数奇な運命、そして彼の贋作バブルに生命を与え続けた日本人
の精神の「膿」を、綿密な取材からえぐり出す。 ≫
  〜レビューより〜
本作は、バブル時代の前後に、ニセモノの美術品を売りまくっていたユダヤ人
画商イライ(エリ)・サカイの事件を追いながら、著者の七尾和晃氏が、イライ
が逮捕されるまでに直接インタビューを成功させることができるのだろうか… 
という迫真のノンフィクション。
 個人的に注目した点は二つ。
・一つは、昭和57年(1982)8月29日付の朝日新聞にすっぱ抜かれた、
「三越本店で開かれている古代ペルシャの秘宝展の大半が偽物である」という
記事から始まる「三越贋作事件」の顛末。 殺人事件まで起こっていたこの事件
(しかも遺体は遂に見つからなかった)には、事件発生前にニセの展示物と同じ
アナーヒター女神像を松本清張に売り込みに来ていたというちょっとした事件も
あって、清張も興味津々。
「(三越の)渡辺社長も、サカイという外国人ではなく、『無尽蔵』の主人の
ような日本人が持ち込んだものなら、だまされなかっただろうし、三越の展示品
でなければ、ニセ物の解説を書く学者も、予約する客もいなかっただろう。
今度のニセ秘宝事件は、舶来崇拝、ノレンや権威に弱い、といった以前から指摘
されている日本人の欠点を改めて露呈させたといえる」と‘清張’が呆れ顔で語る
ように、未だに本当にあった事件なのかと首を傾げてしまうほど馬鹿げた事件。
・二つ目は、その事件の中心にいるイライが、「『あの人はいい人だった。
もう死んでしまったけれど』と懐かしそうに称える人物のこと。
「圧倒的な実績と権威を誇っていた。おそらく日本の考古学会では一切の抵抗を
無に帰せしめる唯一の人物」と、著者の七尾氏が満を持して登場させしめた、
本書の裏ボス敵存在の話が大必見。「東京大学名誉教授の故・江上波夫」その人。
<(前略)イライが、日本民族の由来を説いた『騎馬民族征服王朝説』で文化
人類考古学の最高権威に君臨した東大名誉教授の故・江上波夫を『いい人だった』
と讃えたとき、日本だけでも潜在被害が数百億円は下らないと言われるイライ・
サカイの贋作事件は、戦後の日本が遮二無二に突き進んだ経済発展の裏で、絵画
という文化や芸術をも『通貨』に貶めた無節操ぶりを、鏡のように映し出しても
いよう。生前の江上をよく知る弟子筋の人間に会って、江上とイライとの関係を
質すと、当人は意外という風もなく、むしろ納得いくといった様子で語りだした。
『やはり江上さんの名前が出てしまいましたか…』>と某氏が語る衝撃の話。

≪ 高価な美術品に贋作はつきもの。ニセの『有名ブランド品』と同じです。
 現存するモジリアニ、ゴッホなど、名画の作品点数は、増え続けています。
増え続けている、という現実そのまま、贋作であることを証明しているわけ。
とくに、近代、現代の名画に関する真贋判定は、ほとんど不可能性です。
なぜなら数百年まえの作品ではないので、近年の作品は科学的鑑定が難しいから。
作者が現存していても、アテにならないこともあります。
画家自身が制作の有無を忘れていて、判別できない場合です。
ようするに、画家(作者)自身に判別できないほど、クオリティーの高い贋作が
ある、ということです。ということは、過去の巨匠の作品も、おなじということ。
 本書は、美術品市場の現実を裸にしています。美術館の収蔵品にも、贋作は
すくなくないのです。
本書は、美術品市場の現実を覗き見た、稀有な取材の成果といえるでしょう。
美術に趣味がある人間には、本書は一読の価値があります。



寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと
 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、
 何が骨董だよ。
熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。
 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも
 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから
 いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。
大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。
 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。
 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、
 良いことを呼寄せるんだよ。
八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20?のモノが20はあるね。机の
 パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。
 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。
 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。
寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。
八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。死んで三日も
 すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。
熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの?
八: 子供の頃から、父に連れれて骨董店に行って、見飽きるほど、
 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、旧レニングラードで、
 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを
 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって
 くるんだ。だたただ無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、
 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、
 「心が垂直 に立っている感」がするんだ。
寅: 何のことかサッパリ分かりません。
熊: 俺って、仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかになるんだ。
 あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。
寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 
熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。

▼ これらを読むと、お宝鑑定団の判断も間違いが多いみてよい。本物か、
 偽物かを確かめる内容の、それ自体が、ほぼ判定不能なら、番組そのもの
が成り立たない。 詐欺師が罷り通る闇世界のエログロの笑をつくキツイ
側面がある。ここでいう、「文化や芸術品を『通貨』に貶めて笑い飛ばす
バラエティである。そう固く考えることでもないが… 
 楽しくもあり、恐ろしくもあり、哀しくある内容だということ! 
何が恐ろしいかといえば、無知の自覚の無い無知な人。 私ですか? 
自覚をしているが、実は心の底から自覚をしてないのでは?と。
 いや、してるさ! 

寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと
 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、
 何が骨董だよ。
熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。
 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも
 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから
 いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。
大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。
 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。
 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、
 良いことを呼寄せるんだよ。私の家には、
八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20僂離皀里20はあるね。机の
 パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。
 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。
 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。
寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。
八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。しんで三日も
 すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。
熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの?
八: 子供の頃から、父に連れれて骨董商の店に行って、見飽きるほど、
 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、エルミタージュで、
 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを
 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって
 くるんだ。だた只管、無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、
 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、垂直
 に立っている感がするんだ。
寅: 何のことかサッパリ分かりません。
熊: 俺って、実は仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかに
 なるんだ。あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。
寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 
熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。

・・・・・・
2014年03月31日(月)
4764,閑話小題 ー3年前の日記より ー2
  * 昨日で、あの日から三年になった
 先日、3・11災害から3年経った、と書いた。そして10年日記帳から、
3月9日〜19日までを書き写した。今度は、会社整理の日々になる。先日に続き、
2011年3月20日〜4月2日の二週間。(一般債権がほぼゼロもあり)自宅も、会社
の事務所にも一度も抗議電話も押しかけが無かった。債権者会議も当然無く、
無事、切り抜けていた。それもあってか、計画倒産の噂が流れたが、そんな
ことは出来よう筈がない。事業計画をたてる段階から、万一のリスク管理
(下の数値ライン設定と、避難のためのシェルターを長年かけ用意)をしていた。
これを計画倒産と言われれば、それまでだが・・ これを書き写していて、
涙が出そうになったが、面白いと懐かしがっている自分もいる。
・3月20日(日):この連休明けから、具体的手順に入る。差し迫ってきた。
    モーニングショーでは、大震災を詳しく報じている。それもあるが、
    私も、ある意味、被災者である。 あとは、流れに任せるしかない!
・3月21日(祭日):TVで週末の東京の歌舞伎町、新橋、銀座、魚河岸など
    中継していたが、震災のためいずこも閑散。昼食は近くの
   ‘サエゼリア’で。満席だが、被災民と思しきグループが目立った。
    これが現実である。
・3月22日(火):新潟の万代のラブラに行くが、人は閑散。 昼飯は
    ケンタッキーの鳥ハンバーガー。コンサルトの林氏にメール。
    今日、決断をしたが、この2〜3ヶ月、特に動揺をしている。
    この災害が、後押しをしたのは確か。
・3月23日(水):大矢、斎藤、弁護士と事務所で、状況について
         最後の話合い。17時〜18時半。
・3月24日(木):16時40分に弁護士と打ち合わせ。厳しいが、しかたがない!
・3月25日(金):弁護事務所で、弁護士と打ち合わせ。最後の決断の確認。
・3月26日(土):NTTで、携帯電話の会社から個人への切替の手続きをする。
・3月27日(日):NTTへ、再度、手続きをしなおしに行く。
・3月28日(月):整理の具体的手順に入る!身体が浮いたようで、
頭はフル回転。違う人格が入り込んでいるようだ。 
・3月29日(火):会社には行かず、個人の整理のための手順の幾つかを踏む。
久々に際どい危機感の中の自分が、いる。
・3月30日(水):13時より、弁護士二人に女子事務員と、現金など経理部門
の引渡しを大矢と私、5人で始める。そして、17時に正式に
弁護士の宣言で、30年以上の会社が消滅をした。 
全員、起立をしてm(_ _)m。
・3月31日(木):9時10分より、弁護士と二人、第四、商工中金、新潟信金
の順にまわる。何処も、豆鉄砲をくらった様子。
        :13時、従業員を集め、解雇の言い渡し。全員が不安そうな
顔をしているのを見て、気持ちが切れ涙を流す。
        17時、車で帰路の途中、Iさんより携帯に電話。迷ったが、
これも記念と、18〜20時半まで長岡駅裏の居酒屋で酒を飲む!
Iさんも、まさかと信じられない顔。
・4月01日(金):13時半、弁護士と会社の事務所で打ち合わせ。
15時、昨日の説明会で出席できなかった5人に説明。
         18時半〜燕のKさんと燕で酒を飲む。3人の就職先の依頼を。 
21時44分で長岡に帰る。
・4月02日(土):県内の親戚に数人に事情の電話。仙台の学生時代の行方
不明だったO君より無事の電話。5分の差で助かったとか。
前に仙台の住所にハガキを出していたのが、遅れて届いていた。
▼ 良質もあるが、悲しいとか、惨めとかいう感傷的気分はゼロに近い。
 目の前の一日をひたすらこなし過ごすしていた。それは今も同じだが。
それでも「喉ぼと過ぎれば熱さ忘れる」で、何事も2年半〜3年。
陰湿の嫌がらせはないことはないが、慣れてしまえ、「理解出来る範囲で
見ている方々の程度の測量」で遊ぶ楽しみになる。これは実体験でないと
分かるはずがない。その意味でも、自分観察、人間観察でベストの経験。 
救ったのは長期のリスク管理?
・・・・・・
2017年03月31日(金)
5859,閑話小題 〜何だこれは?
   * 何ってこと?
 昨日のこと。起きて、まず「飲むヨーグルト」を一口。そして風邪予防に
「生姜湯」の白湯を飲んで、前日、仕上た文章を一時間かけて書き直した。
で、アップしようとした時に気付いたのが、前日の文章だったこと。
連日、過去10数年の同日分を読み直しながら、誤字や、論理の好い加減さに
独り赤面しているが、前日分でさえ、気付かず何度も書き直していた己に、
「これは、どういうこと?」と、考えさせられた。この程度の文章に、これ。
前日も、同じように書き直したに関わらずである。
 数日前、家内に、『もう、こんなのを書くのを止めなさいよ。呆けを公開
しているようなもの。公開ならまだしも、バイ菌を振り撒いているのと同じよ!』
と罵声を浴びていた。思い当たる節があるため、これには効いた。 何割かは、
そういう見方をされているのは覚悟の上だが、僅か一日経過しただけでも、
これだけ訂正箇所が出てくるから、怖ろしい。だから、過去の人生を振返って
色いろ思い悩むのも頷けること。
 私たちが普段、目にするのは、プロの文章。読み手は、それを忖度しない
のは当然のこと。これは、時間を置いた自分の文章に対しても同じ目線になる。
「だから公開している」というのは、あまりに甘い。上から目線で、これを
読めば面白いはず。ブログは自然と、自画自賛の「自慢話」と、失敗などの
「自虐話」が、殆ど。 書き手責任はあろうとも、読み手は責任がない。
炎上を回避するため、同じ内容を2つのブログに公開している。2つを読むこと
もないから、単純に加えると1日、平均350人の読み手が存在するが、16年も
書き続けていると、本音が丸出しになる。現実をトリップした見方そのまま、
露出して楽しんでいるのも変といえば変…
 人間である限り、自分の知っていることしか知りえない。全ての人が、
歪んだ眼鏡をかけ歪んだ視点しか持ちえないが、そのことを自覚できない
ことが大問題。その歪みの大きいのが、このブログと割切ればこそ、読める?
 そういうこと! 
・・・・・・
2013年03月31日(日)
4397,「武士道」という諸悪の根源         
  * 「武士道」という諸悪の根源   《「世間」の捨て方 ー3》
「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前
のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。
その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。
それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー
≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。
「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは
主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・
この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。
・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。
戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、
雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。
鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫
▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と
 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも
奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、
人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の
身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など
信じるなどもっての外。  ーウィキペデアで葉隠れをみると
≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 
 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈
されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、
山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、
死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル
に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に
近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国
主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活
に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本
としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。
 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。
商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が
必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を
遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。
絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、
世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。


6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1

2018年03月30日(金)

           「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著),
   * 贋作の世界
 「開運!なんでも鑑定団」は常日頃、見ている。殆どが録画だが、骨董などの
お宝の真贋と、値段の鑑定である。 特に借金の形に…、持っているお宝と交換
などに贋作が多い。その贋作専門の世界を知りたくなり、AmazonのHP内で検索
すると、面白そうな本が幾つか出てきた。その中の一冊が、これ!
贋作の世界の奥行きの深さが垣間見られる。逆上せ上った素人が一番の餌食
になることが分かる。相手は詐欺のプロの住人。
  
  〜ネットによる粗筋といえば〜
≪ 本書は、「その朝、俺はピカソだった」ではじまる天才贋作画家ギィ・リブ
の告白手記である。波乱に富んだ彼の生涯は、まるでアラン・ドロンが出てくる
フィルム・ノアールのようだ。贋作画家の前に「天才」との冠が付いたのは、
・ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワール、フジタ等、多数の画家の
 贋作を手掛けたこと、
・名画のコピーではなく、画家たちが描いたであろう「新作」を創造したこと、
 の2つの理由からであった。 ある美術評論家は、彼の腕前を評して
 「ピカソが生きていたら彼を雇っただろう」と証言している。

ギィ・リブはフランス中部リヨンの娼館で生まれた。父親は殺人犯、母親は
占い師の家庭で育ったが、少年期に家を出てリヨンの暗黒街で不良少年として
路上生活を経験。20歳の頃には天賦の才能を独学で磨き、水彩画で生活できる
ようになるが、その才能に目を付けられて贋作ビジネスに取込まれてしまう。
それ以来、2005年に逮捕されるまで30年間を贋作画家として過ごした。

ギィ・リブが贋作を制作する過程が興味深い。ピカソ、ダリ、マティスに彼は
なりきるのである。そのためにギィ・リブは何日間もかけて専門書を読み、試作
を繰返した。画家が、いつ、なぜ、どのように作品をつくり、いかなる精神状態
であったのか。画家のすべてを理解してから制作に取り掛かった。つまり、
ピカソがギィ・リブにまるで憑依しているような状態で彼は絵筆をとっていた。
それが彼にとっての創作活動であり、贋作が本物と認められることに彼は無上の
喜びを感じていた。そして、描き終るたびに用いた資料一切を廃棄し、本来の
自分に還っていった。

彼の告白によって贋作ビジネスの実態が詳しく明らかにされている。
驚くべきことに有名画商や鑑定家もそのビジネスに大きく関与していたのだ。
彼らは実名で書かれているので本書の記述は信じるに足りる。 アート市場に
おいて絵画の資産価値が増大するにつれて、作品の品質よりも画家のネーム・
バリューが重んじられてくる。「人は作家の作品ではなくサインに大金を払う」
ようになったのである。そうした市場では、ギィ・リブのように名作の模倣では
なく「新作」を描ける贋作画家は、少ないリスクで大金を稼げる制作者として
重宝されたのである。ギィ・リブの卓越した技術は有名画家の遺族によって
「本物」のお墨付きを得るほどであった。また、ある画家はギィ・リブの描いた
作品を「自分が描いた」と誤って証言した逸話が残っている。

現在もなおギィ・リブの贋作が世界中の美術館に展示され、オークションの
カタログに掲載されているという。認められるまで貧困の生活を余儀なくされた
画家は多い。彼がもう少し忍耐強ければ、いずれ才能が見出されて有名画家の
一角を占めたかもしれない。ギィ・リブは仕事に誇りを持ち、憎めない性格と
魅力を備えた男である。本書はアート市場の裏面のドキュメントとしてのみ
ならず、一人の男の波乱の半生の物語としても出色である。

『本物か偽物かそれほど重要な問題なのだろうか?もし絵がうっとりするほど
魅力的で、力強く、心乱されるものだったら、その絵が誰の手によるものかと
いうのは、本当に重要なのだろうか?』は印象的。彼には、画家として決定的
な何かが欠けていたのだろう。しかし「贋作」を書くことについては天下一品。
それも、すでにある絵を模写するのではない。
その画家のあらゆる特徴を捉え、存在しない絵を描くのだ。≫

  コトバンクによると…
【 贋作とは、制作者あるいは制作年代などを偽って,買手をだます意図の
 もとに制作された美術品。現存作品もしくは実在した作品をそのまま模倣
したもの,特定の作者または時代の様式を模倣したもの,いくつかの原作を
もとにその諸部分を集めて作られたものなどがある。文献に残る最古の例は
ローマ時代のファエドゥルスが語るローマ人によるギリシア彫刻の贋作。
中世ではほとんどその例がないが,ルネサンス期に再び現れ,18世紀の考古学
の興隆とともに増加する。近代から現代にかけては鑑定家の目を欺くきわめて
巧妙な贋作も少くなく,19世紀でギリシア,エトルリア,ローマ,ルネサンス
初期の彫刻の贋作者 A.ドッセーナ,20世紀ではフェルメールの贋作者
H.メーヘレンなどの例が特に有名。日本では,江戸時代初期から日本画の贋作
が行われるようになり,中期以後は在世の名人の贋作も現れた。】


▼ 実家の商売が戦前まで老舗の「古美術商」だったこともあり、両親の趣味が
書画骨董の収集。子供の頃から父に連れられ骨董店の散策に、連れていかれた。
そのうち、仏像や、茶器の真贋の眼が増していくのが自覚するようになっていた。
 家の茶室の床の間には、季節季節の骨董が並べられている生活環境にあった。
良いものを見続けると、二級品は、直に分るが、贋物の見分けは、非常に難しい。
 書画の世界には、「写し」という言葉がある。
言わば絵を描く際の模写に当たる行為です。これ自体は全く問題ありません。
特に有名人のものは、それを前提に高値で売買されている。
<ピカソも、実は、多くの画家の模写を繰り返した画家。かれの摸写が他の画家
と違う点は、ただ真似をするのではない。少し変化させたり、自己流に写しかえる
のでもない。その原画を完全に自分のものとして消化し、自分だったらこう描く
という大展開をさせてしまうところだ。> そのピカソ自ら、「その出来の悪いの
が、私の作品かも知れない」とも宣っているとか。
ピカソ 『酒場の2人の女』 も模写である。
彼の名言「凡人は模倣し、天才は盗む」は、あまりに有名。
 
 知れば知るほど、経験を積むほど、知らないこと、未経験の己の小さな壁を
しることになる。やはり挫折体験と、そこからの再生の繰返しこそ必要になる。

・・・・・・
5493,幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 〜
2016年03月30日(水)
    『幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 ー』池田 晶子(著),
               NPO法人わたくし、つまりNobody (編集)
 池田昌子は、青少年や女性向に簡潔に哲学について、語りかけるような
文章が支持を受けた人で、生前に書かれた本は、ほぼ読んだというより、
手に取った。簡易であればあるほど内容は奥深い。この切り口は、壮年、
老年向き。次回からは、各章のテーマを取上げるが、今回は総論の紹介。
  〜アマゾンの内容紹介〜  ー死の問題は哲学の究極のテーマ。
《 悩むな、考えよ。混迷の時代を照らす、ゆるぎない言葉がここにある。
 日常の言葉で哲学の核心を伝え、「哲学エッセイ」という新たな分野を拓いた
池田晶子。累計30万部のロングセラー『14歳からの哲学』をはじめ、その著作は
没後の今なお、人生を真摯に考える読者から熱い支持を受けて読み継がれている。
本書は、池田氏の著作の中から、目まぐるしく移り変わる時代の中で、私たちが
物事を正しく考え、よりよく生きるための指針となる言葉を11のテーマ別に精選、
1冊にまとめた「言葉集」です。時を超えて変わらない真理と、人の世への
洞察にみちた池田晶子の言葉を、今こそぜひ味わってください。
 -- 〜アマゾンのレビューだが、どれも含蓄がある。‐‐
☆ 2007年に病死した池田晶子さんの文章を「死」と「生」という切り口
からまとめた本。第1章では30人の哲学者、宗教者の「死」に関する見解を
紹介し、それに対する池田さんの考えを述べている。あくまで「死」という切り
口で、これら30人の偉人たちの思想すべてがわかるわけではないが、どういう
思考様式をもった人たちだったのか、という池田さんなりの解釈がわかり、
ときおり「そういうことだったのか」と新鮮な発見をするところもある。
難解な哲学書などには歯が立たない私からすれば驚異の理解力の人である。
あと、池田さんは、世間一般では誇大妄想と避けられがちなヘーゲルを
(少なくともカントよりは)評価している、というのがチョッとした発見。
 --
そもそも、もはや語りえないことについてどう語るか、という状況において、
「1.語りえないことを考えることをやめて生活のための生産活動に戻る」
「2.何かを信じないと落ち着かないので宗教に行ってしまう」
「3.そもそも哲学的なことは考えたことが無い」
「4.しつこく考え続ける」の4パターンがさっと思いつくのだが、
大半の人(科学者も含めて)は1を選んでいるのに対し、池田さんは
最後の4を選んだ(選んでも生きていける)稀有な人なのだろうと思う。
 --
「14歳〜」で青年、「41歳からの哲学」で中年、
そのほかの本が老年などをターゲットを網羅できたので、
『もう(書かなくても)いいのではないか。』などと漏らしておられる。
―――
▼ 老いを実感し、得体の知れない不安に取りつかれようとする日々に、
 身近に置き手軽に読むに丁度よい本。「悩むな、考えよ」が人生の要諦なら、
考え続けなければならない。「考え、楽しみ、達観する」のが、老いの秘訣?
・・・・・・
4396,宇宙は何でできているのか −2
2013年03月30日(土)
             「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗.10のマイナス35乗の世界 ー2 
【 宇宙は10の27乗メートル、素粒子は10のマイナス35乗メートル。これが、
 私たちが存在する自然界の「幅」。その両端にある宇宙研究と素粒子研究の
 あいだに62桁もの「距離」がある。ところが最近、まったく関係なさそうに
 見える2つが、実は密接につながっていることがわかってきました・・】 
  これが、この本のポイント。
今回は素粒子になるが、どうも10の−35乗という世界の実感が沸いてこない。
137億光年の彼方より私を逆照射して、更に8桁小さい素粒子の世界を科学の言葉
として突きつけられたのである。それを実感じろという方が無理。
 「人間の大きさを一として、外界は137億光年の広がり、内は、その広がり
を逆算した、更に8桁も小さな素粒子。そして、宇宙と素粒子は同じようなもの? 
何なんだろう、これは?  ーまず、この辺りのポイントの箇所を抜粋ー
≪ ちなみにリンゴー個と原子-個の大きさの比は、天の川銀河と地球の大きさ
 の比と同じぐらい。天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個
程度の大きさしかない。さて、原子1個の直径は、10の−10乗メートル。
かつては、これが「この世でいちばん小さい素粒子」だと考えられていました。
しかし、やがて原子も「内部構造」があるーつまり「もっとバラバラにできる」
ことが判明します。原子の中心には「原子核」と呼ばれるものがあり、その
まわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10の−10M)」
とは、電子が回る軌道の直径だったわけです。そして、電子の軌道から原子核
までの距離は、決して近くありません。地球と人工衛星ぐらいの距離感を
イメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに
小さく、10のマイナス15乗メートル。電子の軌道の10万分のーです。もちろん
ミクロの世界の話ですから、私たちの目から見ればどちらも同じようなものです
が、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。
原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。この原子核の
発見によって、「素粒子」のサイズは一気に小さくなりました。ところが、
話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造
があり、その陽子や中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。 
その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、クォークこそが真の
「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても
10のマイナス19乗M。かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真中に
ある原子核とも4桁違うのです。さらに重力と電磁気力、そしてあとで説明する
強い力と弱いカも統一すると期待されている「ひも理論」は、素粒子の大きさは
10のマイナス35乗Mだと考えられています。≫
▼ 世界は「ウロボロスの蛇」(蛇が自分の尾っぽを齧っている絵)で、
 宇宙研究と素粒子研究の二つが密接に繋がっていて原理的に同じという。 
「天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさ。
これが10の−10乗。素粒子は−35乗」と言われても、実感など出来ようがない。
ただ「物は事の変化の過程の有り様」という意味が少し分かるような気がする。
振り返れば過去は夢幻でしかない。いや現在もである。「実は宇宙のエネルギー
の96%が、他の宇宙からループ状の管の先から無限に注ぎ込まれている」
と言われても、「何それ?」の話になる。 まあ、面白い!
・・・・・・
5128,閑話小題 〜副操縦士の心の闇
2015年03月30日(月)
   * 副操縦士の心の闇
 世に多く存在する‘うつ病’を持つ人は、副操縦士の心の闇の一端を理解
出来るだろう。子供の頃からパイロットを夢みて、すべてを捧げてきた純粋な
青年が、その世界の過酷の実態を知り、会社と社会を恨むようになり、
それが蓄積をしていったようだ。 報道によると《 ・・元恋人は同僚の客室
乗務員で、副操縦士と昨年5カ月間交際していた。副操縦士は普段は優しかった
が、仕事の話になると急変。「給料が安い」と怒りをぶちまける一方、契約が
更新されるか、不安を見せていた。突然、元恋人に怒鳴り散らしたかと思えば、
トイレに長時間こもったりした。「墜落する!」と叫んで目覚める夜もあり、
ある時、「いつか僕は全てを変えることをしてみせる。誰もが僕の名前を知り
忘れないだろう」と語ったという。当時、元恋人は気にもとめなかったが、
墜落を知って思い出したという。元恋人は精神疾患とは薄々気づいていたが、
本人は内緒にしていた。副操縦士は格安航空会社の親会社ルフトハンザ航空
によると、長距離便の機長になることを夢見ていた。「健康の問題から自分でも
不可能と分かり、思い詰めて(故意の墜落を)してしまったのではないか」と、
元恋人は話している。》 
 重度の‘うつ病’で病院から「勤務不可」と診断書を出され、自棄になり、
機体もろ共の思いが、こういう結果になってしまった。4年前の一連で、長年の
備えをしてあり、過去の経験も含め、想定内として辛うじて大きく落込むことは
無かったが、それでも一つ判断を間違えると、重度の‘うつ病’が、口を空けて
いた。だから図書館やネットで、節目時に読むべき本を探し、貪り読むしかない。
その危なさを楽しめるまで、突詰めれば、後は、時間薬が解決してくれる。
 副操縦士にとって、操縦士としてのエリートコースから外れ、格安航空会社の
待遇が、あまりに悪く、その不満で、‘うつ病’になり、その立場さえも、維持
出来なくなれば、スチュワーデスの彼女との付合いも、結婚も失われてしまう。
 操縦士というスペシャリストが、突然、その資格を失えば、恐慌一歩手前の
欧州では、新たな就職先は皆無。あるのは失業者か、ワーカーしか残されてない。
私が彼の立場なら、燃え尽き症候群になっている。 二年前に、高校の同級生が
老舗の自営店の不振から、‘うつ病’になって、自死をしたが、他人事では
なかった。ドップリと、小さな世界に浸かると、他の世界が見えなってしまう
のも致しかたがないが・・ ホテル業を30年していた中で、2〜3年に
一度は、自殺者が出るが、当事者として、その自殺理由が警察から報告がくる。
それには、そこに至る深い理由と、闇を垣間見ることができる。 過去を振り
返ってこそいえる戯言、『生きている内が花』などの世界は、そこには皆無!
そう遠くない近未来に、うつ病より恐ろしい?「余命○ヶ月!」が待ている?
 で、偶然だが、以下へと、物語は続く! 明日が無いという恐ろしさ!
・・・・・・
5858,物語で経験する「生老病死」 −6
2017年03月30日(木)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   △ 4S主義の応用で、旅行先を決める
  強みに帆をたて、風に従い船を勧める。これが人生にもいえる。
 4S主義をライフワークの「秘異境ツアー」に応用すると、以下のとおり。
1・スぺシャリゼーション(特化・絞りこみ) 
  = アフリカ、南米、インド大陸とか、当初は日本から見て秘異境、欧米圏
 の外側に、絞りこんできた。現在では重点を欧米圏に移行したが、もう南米、
 アフリカ、中東などは無理。
2・シンプリフィケーション(単純化)
  = 行先をシンプルなゲームとみたてる。一点豪華主義で、国内旅行と
 国内レジャーを捨て、シンプルに秘異境ツアー先の「至高体験」を目指す。
3・スタンダゼィーション(標準化)=30〜40万×2人×年2回の150万の予算
 をたて、シーズン際のエコノミーの格安を狙い目にする。10回を超える頃から、
 決行手順の標準化が出来てくる。
4・セグメンテーション(絞りこみ)
  = 趣味を‘ツアーゲーム’に集中。日常が比較的自由の装置産業の強み
 を生かし、新聞・雑誌の広告、旅行代理店から送付のパンフレットから行先を
 絞りこむ。 地球を碁盤目に見立て、行った先の狭間を埋めていく。
 思いきって行った僻地近くを狙い「線」にして、その後の三角点で面にする。
・例えばスペイン。「マドリッド・トレド・バルセロナのコース」の次は、
「南スペイン・アンダルシア」を、三点目が「北スペインの巡礼ロード」に。
・北欧だったら、「トロムソのオーロラ」と「北欧4国の旅」の次に、
「アイスランド」と。
・南米は、「ブラジルのイグアスの滝と、リオのカーニバル」の次に、
「ペルーのインカの旅」。「ベネゼーラのテーブル・マウンテン」、
そして「南米南端のチリ、アルゼンチン」と埋めていった。

尤もらしい理屈を並べなくとも、回数を重ねるうちに、自然と、そうなる。
一線から離れた気分気ままよりも、様ざな問題が重なっていた極限状態で、
極限の地に行けばこそ感動が大きく、至高体験になる。要約すると、何事も
<特化し、単純化し、標準化し、その時点ごとに対象を絞り込み、集中する>
 問題は、その引出しと、中味。 その為には… ?


6224,閑話小題〜 「わがままこそ最高の美徳」だと!

2018年03月29日(木)


         <「わがままこそ最高の美徳」ヘルマン ヘッセ (著)>
   * 我が道を行け!
 何処かの誰かが聞いたら卒倒しそうな内容だが、我ままの核心を如何に上手く
隠しながら、生き方として貫けるか否かに人生がかかっていると。
利己的遺伝子論は、ドーソンは遺伝子を人間的表現の利己的遺伝子と表現して
広まった説である。集団内の他者に対する「利他性」は、種の生命維持のため、
必要に迫られたものとする。その説の一部を引用して本来の自我は「わがまま」
であり、それを前提にコントロールの必要性があると飛躍した論が罷り通った。
  〜内容紹介〜
≪ ヘッセは少年時代から我が強く、親の手に余る子で、神学校の寄宿舎から脱走
 して落ちこぼれになる。しかし、ずっと詩人になる夢を諦めず、独学で大作家
になった。自分を信じて生きることの重要性を説いたエッセイと詩を集めた詩文集。
 「人生の下劣さに抗する最良の武器は、勇気と、わがままと、忍耐です。
勇気は私たちを強くし、わがままは愉しさを生み出し、忍耐は平安を生み出して
くれます」(ヘッセ) ―小さいときから我が強く、非行少年のレッテルを貼られ
ながらも、自分の好きな道を邁進し世界的な文学者になったヘッセの「わがまま」
礼賛の書。戦争や政治の季節の中でも自説を曲げなかった強靱な精神とは。
素敵な詩文集。」
  〜レビューより
「わがまま」と言えば、悪徳とさえ思われるもの(特に、日本において)なのに、
何故に「最高の美徳」なのか?ドイツ語圏でも「わがまま(Eigenshinn)」と
言えば、「普通あまりよい意味で用いられる言葉ではない」と翻訳者の岡田朝雄
も「訳者あとがき」に記している。
「個性の尊重」と日本でも言われる場合があるが、本当にそれを実現していこう
とすれば、「わがまま」「組織を大事にしなくちゃね」「世間はそんなに甘くない」
などという非難にすぐに出くわすことだろう。 日本では、「大勢順応主義」が
唯一のイデオロギーであるだけに、諸外国に比べても、「個性の尊重」に対する
圧力(もっといえば、抑圧)の度合いがいっそう深いといえるだろう。
 ヘッセは、この本の中で、「真に個性をもつ人びとは、この世でほかの人びと
よりも難儀しますが、またずっとすばらしい生活をします。彼らは群衆の保護を
受けませんが、自分自身の想像力の喜びを享受します」と言う。
 自己実現には、困難や孤独が付きまとうものらしい。 しかし、そこには、
何物にも侵されない喜びもあるのである。
ヘッセ自身、学校からの脱走、自殺未遂、心の病を体験しつつ、自己実現を成し
遂げからこそ、その喜びを語ることができたのだと考えられる。 

▼ 我ままといえば、子供の頃の黒柳徹子。そこで調べると、
【 彼女が通ったトモエ学園は、かつては東京・自由が丘に実在した。
 2016年5月7日付朝日新聞によると、自由教育の提唱者である手塚岸衛氏が
1928年に創立した「自由ケ丘学園」の幼稚園・小学校を、小林宗作氏が1937年に
引き継いだかたちで創設した。小林氏は音楽教育法リトミックを基盤に、子ども
の個性と自主性を尊重する教育を実践したという。
ドラマの原作となった自伝小説「窓ぎわのトットちゃん」によると、
黒柳は母の紹介で、この学校に転入した。黒柳は好奇心旺盛すぎて授業中に机の
フタの開閉を100回ぐらい繰返したり、教室の窓から大声でチンドン屋を呼んだり
したため、尋常小学校を1年で退学になったという。
トモエ学園では、本物の電車も教室に使われ、授業はめいめいが好きな科目を
選んで始めることができた。午後にはみんなで散歩という、一風変わった学校
だったが、黒柳は大好きだった。当時の自身について、「びっくりする事件を、
いくつも起こしていた」と黒柳は「窓ぎわのトットちゃん」で振り返った。
しかし、そんな事件が起きても、校長の小林氏が黒柳の両親を学校に呼び出す
ことはなかったという。かわりに小林氏は黒柳見かけると、「君は、本当は
いい子なんだよ」といつも言った。】とあった。
 ここで、<ヘッセへの治療にもかかわったといわれるユングは、
「人格が未熟の状態から完全な自己意識へと発達することは、賜物であると同時
に呪いでもあるのだ」と述べたが、ヘッセの主張とも符合する。それは二人とも
自己実現がいかに激しい二律背反を伴うものかをよく知っていたからだと言える。
だからこそ、孤独を恐れずに自分自身と向き合いつつ、日々の生活の中で、自己
実現に心を砕いていく「狂狷の徒」に対し、この本は勇気と喜びと平安を与える
ものとなるだろう。>が、ずばり核心をついている。 
 創業で自己実現を図ってきた人生に少し疑問を持っているが、その面白味と
充実感が残っている。父親の後ろ姿を、幼児の頃から見てきたから、何とか続け
てこられたようだ。結果など、二の次と… 何を選び、何を徹するか。
彼女が繰り返し語る言葉に、「他と比べない」がある。経験と知識の絶対量の
少ない三分の二の人達は、身辺の比較だけが、彼らの科学になる。それが長年
かけて自分自身を押さえつける。
 
追)以下の文章を読返し、芸術家とは、「エゴそのまま」の人間になる。
 ということは、芸術家には都会の環境が良いことになるか?それも閑静の。

・・・・・・
5127,「魂」の思想史 ー
2015年03月29日(日)    
       〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
  * ゴッホの魂 ーA
 ゴッホの魂は、ルター派のひとつ、カルヴァン派の職業観から生まれ出て
くる「働く神」であった。貧しかった彼は、いつも神から「退けられた者」
という劣等感にさい悩まされ、それが、そのまま、魂のエネルギーとして
絵画の中に残っている。  〜その辺りから(p27)〜
≪ ドイツ人のマルティン・ルター(1483〜1546)がカトリック権力者たちの
 信仰姿勢にプロテスト(抗議)したのが始まり。ルターによれば、信仰は、神と
信者の直接的な関係を本質としており、両者の間で唯一認められる媒介項は
聖書だけだとなります。カトリックの総本山ヴァチカンの豪華な教会装飾などは
邪道の最たる例となります。質素に信仰に励み禁欲的に労働に従事することが
称えられ、贅沢、無駄遺い、怠惰は批判されました。聞くべきはイエスの言葉。
「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」
天上の神も地上の神イエスも労働に専念しているのだから、神に喜ばれたけれ
ば、禁欲的に働かなければいけないというわけ。こうしたルターの禁欲的労働
思想をさらに神中心に改革したのがジャン・カルヴァ(1509〜1546)でした。
人類を救済する全権は神が握っている。救われる人を神はすでに選んでいる
(「予定説」)。 では、「選ばれていること」は何によって分かるか、その証は
何なのか。カルヴァン派の人々は、自分の職業を神から与えられた天職とみなし、
それに禁欲的に励んでいられることが「選ばれていること」の証だと考えた。
こうなると、誰しも、この証を示そうと自分の仕事に真剣に従事するように
なります。同時に、職についていない人間は、神から「退けられた者」と
みなされ、蔑まれます。カルヴァン派の労働論にはもう一つ注目すべき点が
ありました。労働を個人の問題ではなく、社会への貢献・社会にいる人々への
隣人愛と捉えた点です。隣人愛といっても、神中心に考えられているわけです
から。まず神への愛があり、それから同じ社会に生きる人々への愛があるが、
端的に言えば、人類を愛する神に愛をもって応えねばならないということです。
カルヴァン派にとっても神は基本的に「働く神」でした。その神は神自身に
合わせて人間の社会を働く集団にしようと欲した。人類の幸福を願って、
そう欲した。こうした人類に寄せる神の愛に応えるべく、労働社会に役立つ
労働をしなくてはいけない。神への愛の証とて社会に役立つ仕事、社会の人々
を愛する仕事をしていなければいけないとカルヴァン派は考えていた。
(略)・・「逆境にいる人々に平和と安ぎを与える。」これがゴッホにとって、
愛するということの第一義でした。この愛に照らして神学部の受験勉強は役に
立たないと感じられたため、彼はこれに興ざめし、アムステルダムの赤線地帯
の補助説教師に、ボリナージュ炭田の見習い伝道師に、身を転じていった。≫
▼ ロンドンのナショナルギャラリーのゴッホの‘ひまわり’の前に立った時、
 その漂っている空気に立ち竦んでしまったが、その作品が、ゴッホの2千点
ある作品の中で、最高傑作のひとつだったことを最近知ったが、納得である。
ひまわりに関しては、次回に取り上げる。
・・・・・・
4021, シングルイン、31年間の総括 ー3
2012年03月29日(木)
  * 計画倒産というが
 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで
倒産したのではないので、言われて当然である。売上が10年で三分の一に
減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。
それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。  
そこで計画倒産について考えてみる。何度か、ここで書いたが、私の理解して
いる意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、
現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 
そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、
≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり
 資金ショートをして倒産する場合をいう。しかし同じ倒産でも、事前に継続
不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」
という。計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、
噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、
「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。
 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、
最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。幼児の頃から、何時も夜逃げ話を
聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産を
つぶさにみていた。それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、
運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。
それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。二年続けて2割半ば
減少していた売上が、三年目に入っても、とどまることなく続いた結果である。
そこで、色いろシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショート
が明白。会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の
資金繰りに駆け回っているのが実態。現時点は下から4割レベル」という。
しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、ある程度、払えるのは、
今しかない、とシュミレーションの数値は示している。 7月には地デジ化
のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え
予定がある。両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして
正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。30年の現事業
経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。春恒例の催事が、ほとんど中止、
宿泊のキャンセルが続いた。その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃
は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。この躊躇は、差引き4倍の打撃。」
そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、
答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。
(字数の関係でカット2017年03月29日)
・・・・・・
5857,物語で経験する「生老病死」 −5
2017年03月29日(水)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   △ 4C主義にライフワークの経験を当てはめると
・地球上をキャンバスに見立て、4C、4S主義で行先を埋めていくゲームを、
 30年かけて経験してきた。トラベルの語源のとおり日常のトラブルが短期間に
 圧縮して現れ出てくる。そのハードルを一つずつ熟すのが旅行の醍醐味であり、
 それが楽しい上質な遊びになる。この主義で51回のサイクルを熟してきた。
1・チェンジ =行先をチェンジし経験の枠を拡大する。日常からの脱皮も。
2・チャレンジ =アフリカ大陸、南米、北欧のアイスランド、シルクロード、
 などに挑んでいくが、それには息が詰まるほどの決意と決断がいる。
3・チャンス =機会の開発は情報収集から。手っ取り早いのが、添乗員と
 同行の旅行キャリアの生情報と勧誘パンフレットから始まり、それらを
 元に機会の開発を計る。
4・コンペティション =自分との戦いと、際どい旅行そのものが戦い。
  「極限までは誰でも行けるが、問題はその先」
・6年前のリタイア時も、然り。「節目を打つ」の言葉とおりに、環境の変化を
チャンスと捉えて、ランクアップした生活習慣にチャレンジ、日々を充実させ、
楽しむように努めてきたが… 
・父親からは事業に、母親からは趣味の世界に、このサイクルを熟していた
 姿を見せられていた。父が常日頃に語っていたのが、太平洋戦争と、敗戦。
 家族10人分の生きる手立てが… それは何れの家族にも言えたこととしても。
 時代の激変に挑戦し、空襲で焼出された混乱をチャンスと捉え、日々、戦い、
 働いていくしかない。その渦中に生まれたこともあって、不安心理が人生の
 ついていた。 右上がりの潮流のなかで、このサイクルを合理化して拡大して
 いったのが、戦後世代の成功者。そこには、4C主義が有効に働いた。
 これを具体的にしたのが4S主義になる。
私の経験を振りかえると、創業10〜15年で事業売却をした転進が必要だった。
バブル崩壊の潮流の変り目を事業転進のチャンスに出来なかった。
これが4C主義のサイクルから外れた結果が、現在の事態ということか。
「脱皮できない蛇は死ぬ」、いや「茹でかえる」の戯言ですか、これは。
・・・・・・
4762,私を癒したのは、許しである
2014年03月29日(土)            
  * 究極の許しとは    ーひと言でいいのですー吉川直美編より 
 キリスト教的ケースの中の、私の規範を遥かに超えた世界である。
究極の心の傷には、究極の対応がある。8人兄弟の末っ子で、親の目が
届かないところで、いつも誰かから揶揄われてきた反面、許されてもきた。
そのため、許されるのが当然という甘さがつきまとっている。しかし、
許されないことが人生には数多くある。以下の許しのプロジェクトには、
非常に教えられる。人生には色いろあったが、許し、許されているのである。
  ーまずは、そのケースよりー
《『正義は私を癒してくれなかった。私を癒したのは、許しである。
 ーデビー・モリス』 米国には、人を殺して服役している被害者と、
殺された被害者の家族が面会をする、和解のためのプロジェクトがある。
コーディネーターが間に入って、文通からはじめて、慎重に長い時間を
かけて面会に向けて双方を整えていきます。実際の記録映像を観る機会が
ありましたが、若い女性を襲って銃で撃ち殺した少年と、その女性の母と
妹が初めて顔を合わせる場面。極度に張り詰めた空気の中で挨拶が交わされ、
当然、会話もはずみません。加害者の少年は顔をあげることもできず、
緊張と恐れで体調を崩していました。観ているだけでも胃がせり上がってくる
ような重苦しさの中、家族は、「ずっとあなたに一つのことを訊ねたかった、
そのためにやってきた」と切り出します。それは、愛する者を失った日から
知りたいと願って、叶わなかったこと。警察も裁判所も答えてはくれなかった。
やはり、「なぜ殺したのか?」「娘を返して」と訴えるのでしょうか。
  母親が静かに問いかけます。
「私の娘は、最期に何かを言い残しませんでしたか? 最期の言葉を
 知りたいのです、」
  沈黙のあと、少年は泣き崩れて、言葉を絞り出します。
「あなたを許します……。あの人はそう言いました。」
「……やはりそうでしたか。娘ならそう言うと思っていました。」
「……許してください。」
ひとしきり、肩を寄せ合うように涙を流すと、亡き人の許しの宣言が憎しみ
の連鎖を断ち切ったかのように、いつしか彼らは談笑はじめていました。
最後は、少年の体調を家族のように気遣って別れました。許しは簡単では
ありません。どうやっても許せるはずのないものを容赦することなのです。
ですから、この物語を理想として押しつけることをしてはならないのです。
それでもなお、これは誰にでも起こり得る、解放の物語であると信じています。》
▼ 結局、殺された側と、殺した側の溝は広く、深い。殺される間際に、
「あなたを許します」と言うなど、深い信心がなければ言えないこと。
そう言っただろうと確信していた母親も素晴らしい。そうこうみると、人間
には、宗教が必要である。例え、幻想でも、それが深まれば、やはり人間の
魂をすくうことになる。人生には、自分の力では、どうにもならないこと
ばかり。だが、一つずつ、一人で解決しなければならない。そして、最後は
許し、許され、生きていくしかない。それにしても、すざましい事例である。


6223,閑話小題 〜佐川・喚問

2018年03月28日(水)

   * 森友学園問題と書換について…
 昨日は、午前の参院で、その後にSJでエアロ・ヨガに参加して、午後の衆院
の(財務省の文書改ざん問題をめぐる佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問)を
釘づけで見ていた。その後、自民党の幹事長がコメントで<安倍晋三首相を始め、
政治家がどういう関わりあいを持っていたか、一つの焦点だったと思うが、幸いに
(関わりは)なかったことが明白になった。こういうことが再び起こることのない
ように、党として十分、慎重に丁寧にやっていくことは言わずもがなで大事だ。>
とコメントを出していた。この茶番を見るにつけ、自民党の腐った体質が、国民
感情に対して、悪化するのは必定のことを知らないのか?
  〜まずはネットニュースより〜
《 森友学園の土地は過去に 大阪音楽大学が7億の土地購入を申し出て 財務省
が「安すぎる」と蹴った経緯があるにもかかわらず、日本会議関係者の共謀で
森友学園に1億円程度で安く売るために「ゴミがあった。その撤去費用が巨額だ」
などの文書を作らせて 財務省に安く売るように圧力をかけたのが 事の発端。
以後 当時の理財局長 佐川の国会答弁に合わせて 財務省で辻褄を併せるために
文書の改ざんが繰り返し行われた。しかも、 内閣人事局の人事権で 佐川は安倍
に「首に縄を付けられた状態」。虚偽答弁の恩賞で 国税庁長官になったのもその
御蔭のため。佐川をトップにした圧力のダウンで精神的に疲弊したノンキャリア
に自殺者を出すという最悪の結末。 事実上政治が人殺しをしているのに、それを
闇に葬れと言っているのが現実です。》

▼ 首相夫婦がつるんで、森友学園に、実質的便宜で、数億の利益を与えた。
 貰った方は逮捕され留置場に収監されているが、便宜を与えた首相夫妻は、
権力をかさに、シラを切る。首相の犯罪を、首相自らの配下が、裁けるわけが
ない。国会喚問とはいえ、所詮は、限界がある。しかし、権力の腐敗の構図が、
そのまま現れ出ていることに、権力者側が気づいていない。

熊:おい寅さんよ、昨日の喚問を見たかよ。
寅:下手なドラマより遥かに面白かったよ。初めは気の毒にと思っていたが、
「刑事訴追のため、御答えは控えさせて頂きます」の連発には、ウンザリしたよ。
 それと、午前の出端の自民党の女性議員の誘導的な質問と、午後の演説風質問も、
 見え見えさ。庶民は、刑事モノドラマで、ゴマカシに、鋭いのを知らないんだ。
熊:あんな受答えで、いいのかよ? 
寅:40数回も、受答えを拒否したのに、議長は注意しない。仲間の長の喚問なら
 当然ですか。早速、野党議員が、「佐川は、自分をトカゲの尻尾になろうと
 している」と、怒りの形相で語っていたけどね。
大家:それにしても、国税局といえば、公務員社会では、エリート中のエリート、
 いくら何でも、「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の書換は酷い。
 誰が指示したかは、当然、安倍首相だよ。安倍。首相の立場じゃないと、指示
 できないほどの案件と、早速、元官僚上りの評論家が、語っていたが… 
八:とはいえ、憲法を変えられるのは安倍ぐらいだろうから困ったもの。
 それと、この緊迫した極東情勢の中で、サッサと、問題解決の必要があるが…
熊:でも、国税局が国家の存在を揺るがす、秘密文書の改ざんをしたのが明るみ
 に出てしまい、それが出来るのは首相の立場からの指示というからには!
大家:それにしても、奥さんがつるむと問題は深刻だよ。亭主をバカにする動物
 だからな。小沢一郎も、隠し子の発覚で奥さんに逃げられてから意気消沈した
 ままだよ。政治家など激務だろう。それが安心して休まる家が無くなると、
 魂が抜けたようになる典型だね。安倍ちゃんも、辛いところだが踏ん張りどこ。
寅:聞いているだけでも辛いね。俺は俺で良かったよ。絶対に政治家など嫌だね。
 それと、佐川の自殺が心配だね。それと口封じも。誰が、それを最も望むか?
熊:おいおい、その位にしておきなよ。で、如何なるの?
八:この問題、改ざん問題が加わってしまったのだから、この延長は難しいさ。
 麻生の首で手打ちが、順当か、安倍の引退かだが… そう遠くないうちに、
 思いもよらない事態が生じる? 私にも分からないけどね。
 
政治家は消耗品というけど… 光り輝くだけのエネルギーが残っているか?

・・・・・・
4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
2013年03月28日(木)
           「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ
本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人
に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が
存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」
は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、
これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・  
  =まずアマゾンのー内容紹介ーより=
≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は
何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子
が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、
素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、
逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。
本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、
「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」
「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、
限りなく小さくて大きな物語。≫  ーキーポイントの部分の抜粋ー
【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が
 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・  
たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。
ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、
建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」
「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。
では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに
直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転
する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。
でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は
「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ
(10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して
おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。
もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを
すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる
宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると
「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので
「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる
「天文学的な数字」のスケールなのです。】
▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と
 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある
可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。
他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー
を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、
正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。
それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に
刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく
・・・・・・
4020, 事業生活39年の、独り語り ー6
2012年03月28日(水)
 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。
そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、
 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの
問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく
時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして
商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も
あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的
にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗
展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 
そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、
慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。
≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、
自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地
(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という
人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような
日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの
激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間
プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち)
仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する
のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に
近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が
あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち
向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が
自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”
を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ
をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件
が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう)
震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに
従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。
フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、
マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 
 創業は辛い!  1973.11.07〜   ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の
 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地
に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー
を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
4761,ぼんやり時間をしてますか?
2014年03月28日(金)
         ーひと言でいいのですー吉川直美編 より
   * ぼんやり時間
 これを読んで気づいたことが、3年前からのリタイアで「ぼんやり時間」が
少なかったこと。当時、心配したのが、心の空白からくるウツ症である。
それも初老性ウツを、周辺で何人か見ている。そこで、無為の時間を最小にする
ことを第一にすること。そのために、早朝から、寝るまでミニ・サイクリングと、
スポーツジム通いで運動をすること。そして、ブログ作成、ネット・サーフィン、
TVの連続ドラマと、週一の映画館通いなどを組込んで置くことで、まずは
3年間を乗越えることにし、合間に、寝室、書斎で空白を置くことにした。 
 それが私の「ぼんやり時間」。 〜その箇所から〜
《「ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間である。
 単に漠然と貴いと言っている訳ではなく、この間に、本人はどの程度意識
しているか分からないが、必す貯えられているものがある。」〜串田孫一より
  一日の予定が、朝から晩まで有意義な計画で埋め尽くされてはいませんか。
スケジュール帳に有益な予定が 隙間なく詰まっていないと、人生を無駄に
しているようでそわそわしませんか。白紙の部分は無益な時間ではなく、自由
な発想が与えられ、想像力が羽を伸ばすぼんやり時間、たましいの息継ぎ時間。
 箸休めがあってこそ濃厚な時間も引き立つのです。 お気に入りのカフェで
コーヒーを味わう。風に流れる雲をなんとはなしに目で追いかける。公園の
ベンチに座って子どもたちの遊ぶ声に包まれる。仕事の合間にふと手を止めて、
雨の音に耳を澄ます。そんな無為な時に、ゆらりと身を任せてみましょうか。》
▼ この30数年間、何事も「遊び、仕事、学び」と、分けて、重なりの合間
 に余白時間を入れてきた。それが瞑想だったり、独りボ〜と物思いにふける
時間だったり、散歩だったり。ここで気づいたのは、ご隠居の現在、ボ〜と
する時間を、より多く持つこと。ポタリングをしていると、信濃川の土手で、
ぼんやりベンチにいる人を見かける。散歩の休憩か、ぼんやりが目的なのか? 
「ぼんやり」を検索したところ ーぼんやり時間 辰濃和男著ーがあった。
今日にでも図書館で探してみるが、面白そう 欧州では夏場など、避暑地で、
何をするでなく浜辺で無為の時間を過ごすのが最高のレジャー。
生活圏から離れ、綺麗な空気の中で「ぼんやりする時間」が最高の時間と
すると、早朝のポタリングと、午前中の三時間近い書斎でのフリータイムが
私の「ぼんやり時間」? 違う!これな日常の範疇!
・・・・・・
5856,物語で経験する「生老病死」 −4
2017年03月28日(火)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   * 経験を合理化にするに
 学生時代、書店で手にした月刊誌で知った、ダイエー、西友、ヨーカ堂など
新興スーパーチェーンの存在。暗黒の大陸と言われた流通業の合理化を提唱し、
一時期、流通業界のカリスマだったコンサルタントの渥美俊一が存在していた。
そこで武澤ゼミの卒論のテーマに『流通革命』をテーマにした拙い卒論を書いた。 
チェーンストアの流通革命理念の行動規範が「4C主義」と「4S主義」である。
  ◇4C主義とは
 1・チェンジ     … 変化(とにかく変化しろ)
 2・チャレンジ    … 挑戦(改革・改善に挑み続けろ)
 3・チャンス     … 機会の開発(チャンスを求め動き回れ)
 4・コンペティション … 戦い(常に戦いを挑め)
その為には、「的を専門化、単純化、標準化しろ」という経験則を掲げていた。
 マクドナルドは、ハンバーグを絞り込み世界を市場にしていった。
その後のユニクロは、マクドナルドのハンバーガーをベンチマークをし、的を
生活着にかえ、世界に躍り出ていった。その為に「4S主義」に徹していった。
  ◇4S主義とは、
1・スペシャリゼーション  ・・専門化
2・シンプリフィケーション ・・単純化
3・スタンダーディゼーション・・標準化
4・セグメンテーション   ・・限定化
これに一番主義と集中主義を長年かけて継続すれば事業拡大と成長は
間違いないという。この本に感化されて早や50年になるが… 右上がりの
高度成長期にはベストで、販売手段の合理化の提唱であった。
これは人生にも応用可能。合理的なキャリアを自身に組込むに絶好の主義。
 私のライフワーク「秘異境ツアー」をケース・スタディにすると…
                        〜次回に続く
・・・・・・
5126,閑話小題 ー 大塚家具の顛末
2015年03月28日(土)
   * 大塚家具の顛末
 父娘の経営権をめぐっての争い、娘側が勝ったが、当然の成り行き。
百貨店的経営モデルか、専門量販大店モデルか、の経営方針の違いによる
仲違いに親子の情実が絡んだようだが、情報化社会は父親の経営モデルを
良しとしない。リア王に、何か重なって見えるのは私だけではないだろう。
専門大店への切替となると、会長・子飼いの社員の大部分がヘドロとして、
処分されるが、これを良しとしない彼らが会長と組んで生残りを図ったとも
考えられる。しかし出資者からみたら、娘サイドを支持するのは当然のこと。
この結果、アメリカのファンドが大儲けをしたというが。それにしても、
会長の老醜、見苦しい! 老兵は黙って去るべし。それは、このブログにも
いえる事。ただ沈黙を守っていれば良いものを、恥かしげもなく、ったく!
   * 旅客機乗の道連れ自殺
 ドイツのエアバス機墜落で、検察当局は、《同機を故意に墜落させた
副操縦士の自宅で押収した書類に「勤務不可能」とする内容が見つかった》
と報じた。数年前に、燃えつき症候群の傾向があったというが・・ 
これで、当分、機長と副機長、トイレに気楽に行けなくなった?
これは道連れ自殺というより、149人を巻きこんだ虐殺? 消息不明の
マレーシア航空でも意図的な事故であることを示す証拠があり、このような
事故はここ1年5カ月で3件となり、死者は416人に上る、という。
これだけは、実際のところ防止は無理。当初、このニュースを聞いた時、
<テロリストによる操縦士の家族を人質にとったテロの強要の可能性がある>
とみたが、乗員にも同じ宗教の人も混じっているため、それは無いか。


6222,閑話小題 −よみがえる100年前の世界ー

2018年03月27日(火)

 

* アルベール・カーン コレクション
       −よみがえる100年前の世界ー
 ネットサーフィンで、たまたま面白い本に行き当たった。
100年前から発信された、あの世からの写真のようである。
 20世紀初頭の頃、フランスの大富豪アルベール・カーンは、好奇心旺盛な
野心家。彼は私財を投じて、当時の最新カラー写真技術を携えたカメラマンを
世界中に派遣、時にはみずからも同行した。彼の夢は、20世紀初頭のありのまま
の世界を記録し、地球映像資料館を造ること。趣味の良い散財である。
 ここでは、現在アルベール・カーン博物館が所蔵するカラー写真72,000点の
中からとくに選りすぐりを紹介している。そこで、どんな写真か好奇心が沸いて
きたので、検索をかけると、現在では失われてしまった異世界の生々しい写真
が現われ出てきた。現時点からみれば、全くの素人の写真家と、その被写体の
人物の視線の純粋、無垢な心そのままが、時空を超えて直に伝わってくる感覚
になる。

  〜アマゾンの内容紹介から〜
≪ 20世紀初頭の世界を、初めてカラーでとらえた写真集。
  同時期の40か国以上、387点をオールカラーで一挙公開。

「魅力的で鮮烈な最初期のカラー写真による祝祭」 ― ガーディアン紙
「まるで打ちのめされるような強烈なイメージ」  ― Time Out誌
「計り知れないほどの贅沢さ」          ―「テレグラフ」紙

NHK-BS「世界のドキュメンタリー」で放送されたシリーズ
「奇跡の映像 よみがえる100年前の世界」でも大好評。
「The Wonderful World of Albert Kahn」の邦訳版に、
日本の章を特別に収録したオリジナル版。≫

 カーンの地球映像資料館は第一次世界大戦やオスマントルコの崩壊など、史実
を記録した点で高く評価され、記録にとどまらない。カメラマンは全世界に散り、
その国の伝統的生活・文化を記録してある。中には東洋、日本の風景もある。 
カーン自身、日本に惹かれて3回も来日している。フランスの彼の邸宅には
日本庭園も造られました。≫


▼ 年齢のためか、100年前の、それぞれの人物の視線は、現在の私に
<私はあなたと同じように100年前に存在し生きていました。その私そのままが、
今見ている貴方ですよ!」と、語りかけてくる奇妙な感覚>と思わせるような。
 ここにはカラー写真も多くある。モノクロ写真では「失われた過去」として
郷愁を誘うが現実感が少ない。カラー写真はその美しさで眼前に迫ってくる。
成るほど、世界は広く、深く、現世だけでなく、過去世を背負っている。
せっかく貰った現世に閉じこめられし者の悲しみの視線か、生の喜びの視線か?

・・・・・・
5855,閑話小題 〜 大相撲・今場所が面白い

2017年03月27日(月)

   * 大相撲が面白い
 八百長事件や賭博事件で人気が地に落ちていた大相撲が面白くなっている。
TVの大型化と鮮明化に加え、ガチンコ勝負の徹底で迫力が圧倒的に増している。
モンゴル人の上位制圧に対抗するため、「腕白相撲」からの英才化で、日本力士
がモンゴルと互角近くになってきているが。逆に中卒からの叩き上げの日本人
力士は、稀勢の里、皸臓∪藺紊旅颪覆7〜8人しか存在しなくなった。
とはいえ、有望なのがモンゴル人にも多いのも事実。
 この19年、日本人横綱は出なかったが、先場所、稀勢の里が優勝をして横綱に
なった上、今場所も何とか連続優勝をした。まさか奇跡はないと思っていたが。
 数百年、数千年、モンゴルの草原で羊の乳と肉で育ったのと、狭い山間の農地
で育だった日本人とは土台、骨格が違う。おまけに、相撲の由来がモンゴル相撲
であるとすれば… さもありなん。
 10歳半ばの少年期に高校留学で単身、モンゴルから外国の地にやってくるのと、
親がかりの腕白相撲上りとは、ハングリーの根の深さが違う。とはいえ、モンゴル
に幕内上位を占拠され、優勝がかかれば、稀勢の里のように同国人の援護射撃で
土俵下に叩き落とされる。 海外に大相撲を解放したのが良かったかどうか? 
 柔道同様、衛星中継の時代、開放して正解。相撲は立合いの一瞬で勝負が
つく、体重無差別の大型小型が争う異様な格闘技。面白いといえば面白い!
 若手の日本人の期待組は、・高安・正代・御嶽海・北勝富士・貴景勝・石浦
・小柳や、幕下以下に面白そうなのが多くいるが、問題は大怪我。

・・・・・・
5490,閑話小題 〜移民で行き詰る欧州
2016年03月27日(日)
 ベルギーのテロ。もっと大きな規模だったのでは? と報じられている。
パリの二つのテロと、このテロが一連のテロとして繋がっているが、何処で、
何が起こっても不思議でない様相になっている。 自殺願望の人が、どうせ
死ぬならと、勝手にISに入ったふりをして、テロを起こす可能性もある。
 何か世界的に、いやな空気が覆ってきている。IS支配地区では、世界中の
国が、彼らを殲滅しようと、彼らからすれば、虐殺がおこなわれている。
 昨日借りてきた月刊誌の『新潮45〜1月号』の特集、
〜イスラム系移民で行き詰る欧州〜 が、ずばり問題の核心をついている。  
   ーその一部を抜粋ー
≪ ドイツ政府が難民・移民の受入れに前向きだったのは、人口減社会への
対策という将来的な計算もあった。それは人口減に悩む日本にとっても他人事
ではない。だが、西欧のイスラム教徒を取材した経験から言って、私には移民
や難民を単に「労働力」と見るのは、もはや無意味であるように思われる。
イスラム教徒を西欧キリスト教社会にうまく融合できない限り、彼らは社会の
異分子であり続けるからだ。 現在、EU人口五億人のうちイスラム人口は
約二千万人を占める。同時テロ事件があったフランスはもちろん、ドイツ、
英国でもイスラム教徒は別世界を構成し、容易に白人社会に融合しない。
人道上の観点から、移民受け入れに熱心な北欧諸国では、ソマリア人たちが
都市部にゲットーを作ってしまった。今の欧州には、イスラム教徒を巧みに
取り込んでいる「モデル」は存在しない。
 それどころか、イスラム教徒たちには、経済格差に加えて、白人社会の目に
見えない「壁」が厳然と立ちはだかる。知人の三十代の男性アラブ系フランス
人は、「求人広告を見て電話すると、名前を告げた途端に、だめですね。
『もう決まってしまった』と言われますよ。時には名乗る前に拒絶される。
声の様子で移民出身だと分かるから」と言う。表には出ない就職差別だ。
 アバウドが逃げ込んだパリ郊外のサンドニは失業率が公式統計で18%、
貧困率が27%で、それぞれ全国平均の約二倍だ。ベルギーも事情は同じ。
モロッコやアルジェリア、チュニジアのマグレブ三国からの移民やその
子孫の就労率は44%で、全国平均の76%を大きく下回る。こうした環境で、
イスラム教徒の若者は疎外感を募らせる。イスラム過激派対策に詳しい
フランス人の危機管理コンサルタントに
・「彼らはなぜ過激思想に走るのか」と聞いた時、彼の答えは明快だった。、
・「心に穴が開いているからです。ぽっかりとね」。ローランはシリアや
イラクに何度も渡航し、過激派に走る若者と接触してきた。さらに、
・「欧州経済はお先真っ暗で、若者は将来を描くことができない。自由だけを
与えられ、彼らは何をしていいか分からない。コーランは何をすべきか、何が
禁じられているかを明確に示してくれる。イスラム教を理解していなくても、
過激派仲間と一緒に戦反意識を分かち合うことに生きがいを感じるのです」。
 欧州に到来した百万人以上の難民は、相当長期にわたって難民キャンプ
で暮らさなければならない。難民申請が認められた後も、以前より敵対的な
キリスト教社会に溶け込むという障害が待ち受けている。彼らが、現在の
イスラム教移民社会よりもうまく融合できるという保証は、今のところ
どこにもない。〜 ≫
▼ 5億の人口に2千万人のイスラム難民とすると、日本に 五百万人の
 イスラム難民が存在することになる。考えただけでも、いや日本では、
考えられないことである。 中国人が観光ビザで入国して、そのまま滞在
している人が案外、多いのでは?いつの間にか、実は数十万も? は、
ないと思うがどうだろう? 砂漠の民用につくられたイスラム教徒が、
女・子供・奴隷などの弱者用につくられたキリスト教圏の欧州に、馴染める
わけがない。だから、目立たないように、生活圏を分けている。そこに、
当然、摩擦が起こり、その鬱憤が見えない戦争、テロになっていく。

・・・・・・
5125,洞窟の壁画 
2015年03月27日(金)
  * フランス、ラスコー洞窟の洞窟画
 8年前に購入した写真集、『世界のスピリチュアル・スポット』を
見ていたところ、「ラスコーの洞窟画」があった。以下は、そこに
書かれている説明文である。そこで、ネット検索をしたが、その規模の
大きさと、絵画の躍動感に改めて驚いた。面白半分の落書程度と思って
いたが、現代の画家も驚くほど、高度の技術を持った本格的な壁画・・
≪1940年、フランスのドルドーニュ県で、ヴェゼル渓谷の土手を探索して
いた4人の少年が迷子の犬を探していたときに木の下に穴があるのを見つけた。
そしてそれがきっかけとなり、地元の住人すら存在を知らなかった洞窟が
発見された。洞窟の中には約17.000年前、数世代にわたって創作された、馬、
野牛、鹿などの彩画、線刻画が保存されていた。はるか昔に衰退してしまった
文明で、ある特定の物事がなぜ行われたかを正確に知るのは困難である。
 だが、この洞窟が気軽な落書きの場でなかったことは明らかだった。
科学者で探検者でもあり、「先史学の父」と呼ばれたブルイユ神父は、道具や
ランプは散乱しているものの、人間が住んだ形跡がないことを指摘した。
この洞窟は何か特別な目的、おそらくは神聖な目的に限って使用された場所に
違いなかった。惰報が十分でないがゆえに、こうした場所がどういうかたちで
神聖だったのかについては、さまざまに議論を呼ぶものである。文書のかたち
でも口承ででも歴史が残されていないため、それぞれの主張を裏づけるものが
ないからだ。これらの壁画は狩猟の成果を表現したものと主張する説があれば、
猟の成功を祈願する共感呪術か、大地の「子宮」の内部で豊穣を願うシャー・
マンの儀式だったという主張もある。芸術的な内容から見るなら、壁画を描いた
人々の技術はそうした文脈を表現する上で大いに貢献した。彼らは洞窟内部の
凹凸を最大限に利用して多くの動物に立体感を与えることに成功し、なかには
高い天井を駆ける動物すらいた。画家たちの観察は正確である。彼らは対象を
熱知し、動きやカ、速さを表現することに多大な努力を払った。壁画は、
それを描いた人々にとって、単に目を楽しませるもの以上の重大な意味が
あった。これは、日常とは異なったレベルの意識領域に属す絵なのである。≫
▼「地下に長く伸びる洞窟は枝分かれし、壁画が集中している大空間などが幾つ
 かあって、洞窟の側面と天井面には、数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿 ・人間
・幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印してあった」という。
それも、数世紀にわたり描かれたというから、呪術のひとつだったのだろう。
最古の洞窟壁画は、20年前に発見されたショーヴェ洞窟絵で3万2千年前のもの。
古代人の魂そのもの。世界は広く深いわりには、現代人は、あまりに底が浅い! 
・・・・・・
4760,そんなに長生きしたいですか ー8
2014年03月27日(木)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 死に時を忘れた日本人が多過ぎる!
ここでは「ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢がある」
ことを提案している。
寝たきり時間が、男性6・1歳、女性7・6歳もある。問題は、不自然な形で、
生かしておくこと。それなら、ある年齢になったら病院に行かないこと。 
                   ーその辺からー
《 病院へ行かないことの利点として、
 ・第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
 ・第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
 ・第三に、よけいな病気を見つけられる心配がないこと。
 ・第四に、時間が無駄にならない。第五に、お金が無駄にならない。
 ・そして最後に、精神的な負担が減るということを挙げられる。
誰もが死ぬことと、苦痛に対して恐怖を覚え、自然の寿命を受け入れられない。
多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い、
そちらの方が死よりも苦しい余生になる。》
 ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』引用の
「タオス・ペブロの古老の言葉」(ネイティブ・アメリカンの詩)がよい!
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
 わたしの畑は、もう耕されることはない。
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
▼「自然体で、死時がきたら、受け入れなさい。介護9〜14年、寝たきり
 6〜7年半で長生きするより、病気を受け入れ、放って、早そう死んだ方が
良い!」というのも道理で、老人ホーム医の言葉だから重く響いてくる。
「ある年齢」とは、各自違うのだろうが、還暦から古希の間だろう。私は医者
に一切行かなくなったのが4年前の64歳。私の死に時を75歳にしているが、
どうだろう? 今の酒量では無理? もう充分生きた気がする。
 最近、ー私は、生きていることが好きなんだ!ーの言葉が、心に焼き付いた。 
今の私の心境である。生きてきて、実感で、良いこと二つに嫌なこと一つ
だったが、歳をとるにつれ、その比率が近づいて現在は半々。
これからは逆転し、最後は嫌なことが多くなるのだろう。 
それでも「生きることが好き!」と、思いたいもの。
・・・・・・
4393,閑話小題 −つれづれに
2013年03月27日(水)
 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど
散歩する姿はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さ
を凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。
毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったこと
になるが、自転車はボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電
で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、
持つかどうか。あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走った
ことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの
脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根
をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。
これで春の訪れを知るとは・・・
 * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。アフリカ大陸に
グーグルアースの地球儀を回転すると、画面の下に各地のツアーガイドの写真が
10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。
YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすく
なった。 また以前より写真とHPなどの貼り付けが多くなっていた。スマート
フォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。
改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。
マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾンなどが世界に与えた変化は、
あまりにも大きい。
 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。
こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。ところが一昨日、
一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断され
コルセットを付けて帰ってきた。私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。
しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。
時間が解決するのを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは
酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は重い腰痛はない。
スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、
季節の変わり目は鈍痛になる。50,60歳代の4割は腰痛に悩まされる
というが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 
・・・・・・・
4019, シングルイン、31年間の総括 ー2
2012年03月27日(火)
 ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めて
しまうと、30年は維持しなければならない。その間に経営環境は激しく変化
するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。立ち上げは
華々しく面白いが、その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、
やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、「ビルは
長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。
具体的には、骨組みを太くして、可能な限り柱を入れないこと。構造上、
難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の
「ビルは、神からのさずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」
が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。
千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化
するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。だから、
売りに出すと即売になって当然である。買い手の全部が、ホテルか建設関係者。 
それが分かるのだろう。この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚は
一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。また初期投資二億全てを
失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、
平然としていられるのは、その覚悟の上で始めたため。妻子を会社に入れ、
連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。それと職住を分けること。
また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さない
ため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、その家族にも多大な
迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を
言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。この人たちは明日から失業者。 
その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。取引先に支払う分、最後まで
残って残務整理をしてくれた社員に回すべきだったのか?これで良かったのか? 
自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、計画
倒産疑惑の流布がある。銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 
私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。  


6221,閑話小題 〜 つれづれに春

2018年03月26日(月)

   * 年齢もあるが、気持ちは…
 大相撲も、千秋楽を待たずに鶴竜が優勝をした。予想外だったが、終わって
みればこんなもの。ファンの立場からいえば『白鵬が居なくとも、充実した場所』
というのが収穫だ。
『平成シゴロ(4・5・6年生まれ)』と勝手に命名したが、この辺りに有望な力士
が多い。他に思いついたのが、『平成のコロ(5・6)組』も。
その顔触れが幕内前半に出揃い始め、新旧入替りの時節になってきたようだ。
 それに焦った昭和モンゴル組が、起こした事件が、『貴ノ岩、殴打事件』。
コロ(5・6)チャン組に、いやに明かるい力士が多いと感じるのは若さのせいか。
天皇の御退位で年号が変わると、昭和生まれは、ますます肩身が狭くなりそう。
『花のサンパチ組』は、昭和38年生まれの力士らを指す。
  双羽黒光司(第60代横綱)
  北勝海信芳(第61代横綱、現在の年寄八角)
  小錦八十吉(現在はタレント)
  寺尾常史(現在の年寄錣山)
  琴ヶ梅剛史(現在は相撲料理店経営)である。
この一群が十両から幕内上位に上がってくる頃に、多くの名場面が見られた。
相撲取りを大別に色分けすると、「外国勢」「大卒組」「中高卒、叩き上げ組」
に分けられ、これに年齢分別を横割りして「昭和組」と「平成組」も加えてよい。
――
 
 ラジオで、<「小春日和」を初春に使いそうだが、実は秋口の晴間に使う言葉>
と話していたが、その前日のブログで「小春日和の時節」と使ったばかりだった。
まあ、知らないことが実に多い。70歳を過ぎた頃から、日々、年齢の衰えを感じる。
とはいえ、SJの運動効果も実感している。酒さえ控えれば、体調は頗る良い。
ふと「介護年齢になった現在、何があっても受止める心の準備があるだろうか」
と思うことがある。
――

 昨日の早朝、長岡大橋から大手大橋の土手一周の自転車の初乗りをしてきた。
今年の走り初めである。 散歩からチャリ遊覧に切替えて10年目になる。まだ
寒さが残っているが… やはり気分は爽快だが、まだ日曜にしては人出は少ない。
早朝の、この文章作成時間は、これで一時間近く減少することになるが…。
精神面、肉体面で非常にプラス効果を直に実感できる。散歩を含めた早朝の運動、
40年間、続けているが、このお陰で何とか生命保持が出来ている。

・・・・・・
5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない
2015年03月26日(木)
  * つれづれに 〜ボンヤリしながら
「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に
増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、
数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、
減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、
アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・
 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間
かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ
ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識
をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か!
 ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ
のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。
目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、
この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間
(ま)でするが・・  
  * オープン戦の原・巨人が変? 
 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。
セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の
監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の
消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り
がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム
を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、
味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、
その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう!
原に実績があるため? 
・・・・・・
4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
2014年03月26日(水)
              ーひと言でいいのですー吉川直美編
  * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート
 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外
に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る
に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を
何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験
する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 
 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から
生じてくる  ーその辺りから!ー
《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の
 あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し
合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】
ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした
人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 
ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも
愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに
心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に
命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、
寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り
戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の
痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》
▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、
 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、
そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。
それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の
先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった
現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、
そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま
生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀
に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で
洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 
自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも
人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は!
・・・・・・
5854,『私の「戦後70年談話」』〜 「満州でソ連軍の侵攻をうけて」
2017年03月26日(日)                                 
           『私の「戦後70年談話」』(2015、岩波書店)
 北朝鮮の瀬戸際戦略、温厚なオバマには効果があっても、強硬派のトランプ
には逆効果に働き、情勢は悪化を辿ることになる。北の瀬戸際戦略は、中国に
とってはプラス効果。日本・韓国対北朝鮮の緊迫は、アメリカと中国のパペット
(指人形)そのもの。戦って消耗しようが、大国の指先のことでしかない。
第二次大戦の戦争被害者の戦中派からすれば、今の世相に底知れない危なさを
感じているのだろう。東北大震災の2万人の被害ではなく、日本人が300万人が
殺され、東南アジアで1000万人以上の被害者を出した戦争である。その最大の
被害者が戦中派。
  *「満州でソ連軍の侵攻をうけて」宝田明(俳優)1934年生
              (宝田明は満州で敗戦をむかえた)
…(中略)まして国民だって当時洗脳されて浮かれていたとはいえ、
父や息子たちが戦争にとられて死んで帰ってくれば、お国のために死んで
よかったなんて人はいない、みんな心の中では泣いていたわけです。
…(中略)戦争なんて一握りの政治家が決定すれば、開始できてしまう。
国家の運命何て一握りの人間の誤った判断で変えられてしまうのです。
…(中略) 
 たかだか数人の内閣で集団的自衛権の行使容認を閣議決定したり、
今や海外で戦争をする国へと変わりつつあり憲法改正の動きも進んでいる。 
戦争を知らない政治家たちが、こういう決断をしてよいのか、と思わずには
いられないですね。
…(中略)どんなに国が大きくなっても、戦争を好む国というのは、
最終的には滅びます。人間が起こす大罪は戦争を起こすことです。
――
  * 「戦争を知らない大人たちへ」山田太一(脚本家、小説家)1934年生
(山田氏は、東京浅草で育ち、空襲ののち、立ち退きを命じられ、伊豆に移り
住む。そこで母がまもなく亡くなり、兄2人も戦時中と戦後まもなく亡くなる。)
…(略)戦争は始まってしまうと、どうにもならない。否応なしに殺しても
心が痛まない敵をつくり、こっちも殺されるから憎しみがこみ上げて、殺し殺され
になってしまう。戦後70年、日本が戦争をしなかったのは実にすばらしいことだ
と思う。幾多の偶然や力学が加わったにしてもこわれやすい宝物を手にして来た
ようなものだと思う。荒っぽく扱ってはいけない。政治家はどんな手を使っても
戦争は避けるべきで、その時はあれこれひどいこともいわれるかもしれないが、
時がたてばきっとよき選択とされると思う。それでも避けられない戦争はきっと
あるだろう。その日を総力をあげて先のばし先のばしする知恵のあるプライドの
日本でありたいと思う。
――
▼ 両親が明治生まれで、大正、昭和を生き、7人の兄と姉は戦中派。敗戦の
 半年後に生まれた私は団塊の世代の狭間で、非常に恵まれたスポットにあった。
父親が常々言っていたのは、『戦争体験は生きるか死ぬかの人生最大の試練。』
戦後70年の日本は、奇跡的経済成長の中で平和を享受してきたが、これも何時
壊れても不思議ではない。地震列島・日本も活動期に入ってしまった。
なにやしら、中国・北朝鮮と日米韓の情勢も雲行きが怪しくなってきている。
世界は歴史から学ぶ能力がないとは聞いていたが、どうも、本当らしい。
・・・・・・
5489,人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践 
2016年03月26日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?  
・・・・・・
4392, 暴走老人!  −2
2013年03月26日(火)                
  * 待つことをめぐる考察 ー時間編  「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
 イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば
「待つこと」で大半は占められている。列車を待つ、車内で目的地に着くのを
待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど待たされることばかり。
最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち
合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチでネットサーフィンやゲームを
していればば、別に喫茶店でなくてもよい。それは待つ喜びも失われたこと。
 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。
現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、
相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが
求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり
つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員
カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ
がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した
発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が
きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、
今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて
ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために
生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの
フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで
割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の
書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。
8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を
こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、
マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に
とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、
パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を
始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の
前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと
私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。
生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ
ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。
「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
    準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、
   閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 
 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。
 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、
   勘定足って銭足らずの典型。
 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな
   右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが
   三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック
   以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 
   東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は
   9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 
   東北大震災は最後のとどめ。
 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、
   ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%
   の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、
   退職金払い済み。
 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 
   それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる
   と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた
   ビルは、売り出すと同時に即売。設計の中に売却前提で計画してあるため。
▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。三つの経済・自然災害
 が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、借金をしてする事業ではない。
そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネス
のあり方が変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになった。 
結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。
 


6220,閑話小題 〜米朝開戦 −8 「見捨てられ症候群」とは言え…

2018年03月25日(日)

       <「トランプ症候群」
           〜法哲学者・井上達夫と精神科医・香山リカの対談>
   * 精神疾患ですと…
  一時風靡した船村徹の『矢切の渡し』の歌詞 
< つれて逃げてよ……」「ついておいでよ… 夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し
 親のこころに そむいてまでも 恋に生きたい 二人です … >が
何とも物悲しいが、弱者・日本の「見捨てられ症候群」に重なって聞こえる。
冷戦時の日米同盟においては、「巻き込まれ」の懸念が圧倒的だった。当時は、
「米国の戦争」に関与せざるを得なくなることが恐れられたのである。他方で、
地理的には冷戦の最前線国家の日本で、中国・ソ連への脅威は、さほど高くは
なかった。
 しかし、その時代は去り、北朝鮮の核弾道ミサイル開発や、中国の海洋進出
が進む中、日本の領土防衛がより深刻の課題となっている。そこで果たして、
有事の際に米国は本当に日本を守ってくれるかが問われている。「見捨てられ」
の懸念である。 昨日の内容を、眉唾と思った読者が多くいたと思われたと
推測するので、この一節を紹介する…

≪ ・井上: 日米安保から巨大な利益を受けているのは、むしろアメリカ。
 日本はただ乗りどころか巨大な負担を背負わされている。アメリカは、海外に
おける世界最大のしかも代替え不能な戦略拠点を日本に持っているわけですから。
ベトナム戦争も、朝鮮戦争の時もそうだった。日本は技術水準の極めて高い兵站
拠点になるわけ。石油基地にしても、海軍の最大ものは、本土にあるが、第二、
第三位は日本にあり、二つを合わせるとアメリカ本土より大きい。その放棄は、
世界に対する軍事的な優位を放棄することになる。アメリカが、この大事な拠点
を保持する経費は殆どタダです。日本が75%の駐留費を持っている。もっと負担
をしろと言ったのはトランプだけ。知らないだけです。
 …日本人が「見捨てれれ不安」を持っているのは、日米安保の軍事的・戦略的
実態に対し知識が無さすぎるからです。軍事問題がタブー化していたためです。
・香山: 50年前に、精神疾患と思しきゴールドウォーターがジョンソンと
大統領選で闘った時、敗戦後の裁判で、彼が勝訴した。その時以来、『診断を
してない著名人の精神鑑定を、精神科医が診断するのを控えるべし』という
規定をつくった背景がある。トランプが大統領になって以来の、問題の続出で、
「黙っていられない」とばかりに何人かの精神科医が口を開き出した。
「自己愛性パーソナリティー障害」が一番多く、他に
「反社会性パーソナリティ障害」「妄想性障害」… 
…その都度、精神学会が警告を出しているが、精神科医たちは、「私たちには
危険を社会に警告する義務があるのだ」と引かず、シンポジウムや、本を出したり
デモをしたりしています。私自身、トランプ氏の多くを知りませんが、何らかの
パーソナリティ障害、それも‘かなり病態水準が悪い’と思います。病態水準とは、
現実検討能力、自我同一性、心的防衛メカニズムが上手く機能しているかどうかで
判断するのですが、いずれもかなり低めで、人格のまとまりが悪いということ。≫

▼ アメリカの民主党だけでなく、共和党さえも、この怒れた老人を苦々しく
 思っているようだ。歴史に残る漫画的日々を全世界が唖然と見ているのが実態。
安倍首相の政治生命も、危険状態の極みにあるようだが、トランプ退陣以降も
考えておくべきである。
 熊: 副大統領のクーデターかい? 
 寅: そりゃないよ! いくら何でも!
 颯太: とすると… 発病? 心不全、脳梗塞? 
 熊: やば!
 颯太: ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」の末尾で、
  「語りえないものについては沈黙しなければならない」といったけど
  我々庶民は、黙って静観するしかないのかな〜。
 大家: …「    」… 性質の悪い「劇場型コミックショー」ですか。
・・・・・・
4391、大衆は何も考えない
2013年03月25日(月)
    * 劇場版「相棒の映画感想
 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、
物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 
 ーまずは、専用サイトの内容よりー
【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。
 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事
・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行
本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた
疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う
伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて
いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】  
 ー私の主観で要約するとー
≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が
 ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを
知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察
トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と
マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 
キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや
銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の
打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。
 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。
 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。
 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。
  現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、
アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。
貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。
映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで
Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから
立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と
(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、
「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が
あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。
・・・・・・
5488、閑話小題 〜人間の尊厳とは
2016年03月25日(金)
 *「人生の意味」の、コペルニクス的転回
      〜主語を入れ替えるか、逆照射をするか
 カントは、認識について、「対象が意識を規定するのではなく、
意識が対象を規定する」と、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に
従う」と、コペルニクス的転換を示した。 かってテーマとして取上げたが、
フランクルは、アウシュビッツで、『私が人生の意味を問う』のではなくて、
『私自身が人生から問われたものとして体験される』と、転換してみせた。
この逆照射の視点から、人間の尊厳の問題が提示される。
『生きるとは、人間としての尊厳を大事にすること』と。
・『幸福とは、上手くいったからなるのではなく、幸福だから上手くいく』
という、幸福論がある。学生時代に、ある2つのグループに属したことが
あったが、上記の通りである。彼らは、明るく、物事に動じず、教養があり、
気楽で、積極果敢の要素を多く持っていた。
  〜フランクの哲学をネット検索〜
≪ 「 私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」
 そう言って生きることをやめようとした囚人に、フランクルは説く。
「他人によって取り替えることができないこと、かけがえのないあなたを
待っている仕事、待っている愛する人がいる。人生はあなたからあるものを
期待している」と。 フランクルたち囚人は、そのすざましい生活において、
生きるための「なぜ」を常に問わなければならなかった。そして、生活目的
を意識する。 目的が無くなったととたん存在の意味も消えてしまいます。
拠り所が無くなった人は死んでしまうのです。
 そして、生きのびるために、人生の意味をひっくり返した。
『人生から何をわれわれは期待できるか』が、問題ではなくて、
『人生が何をわれわれから期待しているか』が、問題なのだと。
『私が人生の意味を問う』のではなくて、『私自身が人生から問われたもの』
として体験される。人生は、私に毎日毎時問いを提出し、私はその問いに、
詮索や口先だけでなくて、正しい行為によって応答しなければならない。
「われわれ」「私」と「人生」を入れ替えることで、まったく違う世界を
出現させたのです。≫  ー別の検索結果はー
≪「生きる意味」は強制収容所の中でのみ必要だったのではなく、強制収容所
 は単なる野蛮な装置ではなく、凝縮された異形の近現代でもあった。
人生の無意味さに悩み、人生の意味に憔悴する「時代の精神病理」は、
これから近現代が極まろうとしている21世紀において、ますます世界を覆って
いるのではないか。これは、飽食と並ぶ先進国病理ではなく、近現代の成り
ゆく果ての病理としてとらえるべきではないかと。「ぜいたく病」ではなく
必然の摩擦ではないのかと。
「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味が
あるはず。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも
生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という
存在ははじめて完全なものになるのだ。」 池田香代子訳『夜と霧』より≫
▼ フランクルの強制収容所の経験の後で書くこと自体が、そぐわないが、
 私自身にも、かって心の変化があった。どん底の時節に、沸いて出た言葉が、
『この最悪の状況は、私にとっての最高の状況ではないか。最悪と思っている
現在こそが、事業に耐える力を培っている。何を勘違いしているのだろう』
 という心の大転換だった。5年前の会社整理の時に思ったことは、
『この結果に意味(価値)がある。事業の準備から、創業、会社清算の一連
を含めた45年間の一括りを、「学び、遊び、働き」のきり口で物語化して捉え、
自分で納得できれば、それで充分。他者の視線、批判に惑わされることはない』
である。で、直後に、シリーズのテーマとして、ここで書いていた。 
 残ったのは充実感だけだが、それで十分。 ・・として思うしかない!
で、これも丁度良く、以下に続いていく。
・・・・・・
2911,人生は作品である
2009年03月25日(水)
「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 
「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。
 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という
ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 
本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄
合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 
だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者
の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの
内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。
(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 
 (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)
・・・・・・
5853,物語で経験する「生老病死」 −3
2017年03月25日(土)      
      <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著>
   * 寂聴と今東光
 若き日の官能作家「瀬戸内晴美」を見知っていたが、今では尼僧の身。
一言一言が、常人では理解できないような人生を味わい尽くしたが故の
圧倒的なエネルギーが満ち溢れている。着の身着のまま家出をしたくだりと、
本人と思われる「そういう一日」の、この圧倒的場面が強く印象に残っている。
  〜その部分から
≪ タイトルの『風景』とは?自身のことを書いた3作「デスマスク」「絆」
「そういう一日」を景色として眺めたことによるのか? 全7篇。
なかでも、「そういう一日」に描かれている出家に到る様は、ある種の
凄まじさがある。 その凄まじさは・・・
【 <出家させて頂きたいのです>
 「御家族はどう言われている」
<家族はございません。両親はとうに死亡しています。姉が一人、父の残した
 家業を守っていますが、電話で出家すると告げましたら、あら、いい年貢の
 納め時ねと申しました>
「そのお姉さんが、得度式で一番泣かれるよ。
 肉親というのは泣くものだ。 髪は?」
<剃ります>
「無理に剃らなくてもいいんだよ」
<私はだらしない駄目人間ですから、型からも、
  きちんと入らないとつづかないと思います>
「下半身は?」
<断ちます>
「ふむ。仕事は?」
<続けたいと思っています。でも出家したら書かせて
 くれない場合も予想しています>
「その時は?」
<ひとりで書きおきます>
「わかった。あなたは尼僧になる前に、れっきとした小説家だったことを
 忘れてはならない。死んでもペンを放さないように。坊主とつきあうことも
 ない。寺をもつこともない。書くために出家をするのだから」 】
 この会話の二人、真偽は別にして今東光と寂聴である。≫

▼ 奔放すき放題に生きれば、娑婆には思い残すこともないはず。
 宇野千代と対談で、この日のことを具体的に話している。女傑同士の話は…  
世には魔性の女がいるそうな? リアルな、純粋一途で、床上手な、しかし
恐ろしいのが巷を徘徊しているそうな。水商売より、普通風の人に多いという。 
人生という森林には、様ざま広くて深い闇と、ドブと蓮の花が紛れ込んでいる。
「やはり野に置け、蓮華草」 摘んで持ち帰るより、眺めるが良し? ったく!
・・・・・・
5123,「魂」の思想史 ー
2015年03月25日(水)
     〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
   * ソクラテスを魅惑する魂
 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。
魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜
≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ
 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。
声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも
分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま
現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテスは
強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。
 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった
と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、
あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない
既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識
の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。
彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて
いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな
魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。
そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。
無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。
しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。
彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、
まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫
▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、
 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視
するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る
ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』
とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する
神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような
認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする
時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。
現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと
されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、
神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、
心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した
こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、
弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、
こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・
 ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム


6219,閑話小題 〜米朝開戦 −7

2018年03月24日(土)

        <「トランプ症候群」
           〜法哲学者・井上達夫と精神科医・香山リカの対談>
   * 如何みても精神疾患では?
 トランプ劇場も、ここまでくると、漫画的過ぎと笑っていられない。
長くてみても三年、間違いなく収監としか思えない嫌疑が多くあり、死にもの
狂いで保身を図る姿を「トランプ症候群」と呼ぶに相応しい。昨年暮れに発売
されたばかりの本を図書館で見つけた。リベラルな二人の切口は、鋭い。
それだけではない、精神疾患だけでなく、痴呆症では? の疑いも。
 強制的執務停止も? 何かハリウッド映画みたいである… その視点で、
最近のスタッフの交代劇を見てみると、あながちオーバーに思えない。
 〜ネットで、この内容を要約したのを見つけた…、まずはご覧あれ
≪ 題名にある通り、トランプ大統領に象徴される時代の特徴、差別、偏見、
 憎悪、自己中心性、言語の歪曲・壊変について語られているが、読んだ感想
としては、題名よりとても広いテーマを扱っている。
 ・アメリカの覇権
ジョゼフ・ナイ(国際政治学者)が唱えていたソフトパワー(精神的・思想的
指導力)は衰え、圧倒的な軍事力でもって世界に影響力を与える姿勢が明確に。
 ・アメリカは巨大な田舎者の国家
クオリティ・ペーパーを読むようなインテリや教養人は一握りで、ほとんどは
国際情勢など知らない人たちが多数。本音では他国に好戦的に関わりたくないが、
ちょっとした感情的な事がきっかけで火が付きやすい。
 ―アメリカには、民主主義の強さと危険性の両面がある。
 ・中間層の崩壊
排他的ナショナリズムの根本原因は経済問題。
中間階級が崩壊したら本当に危ない(ドイツのナチズム)
経済のモラルハザードの真の原因は、市場経済のグローバル化ではなく、
金持ちによる税逃れ(タックスヘイブン)などの無責任体制。
 ―保護主義と開発主義(草創期は保護し、競争力がついたら自立する)は違う
 ・日米安保の誤解
憲法9条のせいで軍事問題がタブー化され、知識人含め、日米安保の軍事的・政略
的実態に対する知識がなさすぎ。アメリカは日米安保から圧倒的な利益を得ている。
 ・アメリカ政治の衰弱
トランプが勝ったのはおぞましいことだが、ヒラリー・クリントンが負けたのは
正しかった(ウォールストリートとの癒着)。
 ―民主党は自己改革の圧力を高めなければならない
オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)
 ・断片化する物語
統合失調症(精神分裂症)の患者が軽症化している傾向があるが、喜ぶべきこと
ではなく、言語能力、思考力が劣化してきて、面白い妄想を語る人がいなくなった。

これ以外にも、井上氏のアメリカ留学時に感じたアメリカ人の愛すべき点など、
興味深かったが、井上氏が語っていた
「私は、いま安倍政権批判をしている人たちだけではなくて、安倍政権を支持して
いる国民、その人たちにもアメリカとの関係について本当に考えて欲しいと思う。」
という言葉が重かった。≫
 
――
この本の中でも、精神科医の香山リカが、トランプの精神疾患の疑いを指摘して
いる。 この一月末に、以下のニュースが流れていた。
≪ ☆ トランプの発言や行動は認知症の初期症状?それとも人格障害?
 トランプ米大統領に対して、「精神面の検査」を受ける事を求める書簡が、
70人を超える専門家によって送付されていた事が報じられました。
書簡を送ったのは、アメリカ、カナダ、ドイツの著名な専門家たちです。
トランプ米大統領の発言や行動は認知症の初期症状なのでしょうか?
専門家が問題視した言動はどんなものか?ホワイトハウスは一蹴するが
精神面の検査を求める専門家の声に対して、ホワイトハウスは「くだらない」
と一蹴し、トランプ米大統領が精神面の検査を受ける事はないとコメントを
出しています。専門家が問題視したのは、次の言動です。
 ※発言にまとまりがない
 ※ろれつが回らない
 ※古くからの友人の顔がわからない
 ※同じ内容の発言を繰り返す
 ※細かい動作をする能力が低下した
 ※読んだり聞いたり理解したりするのが困難
 ※判断、計画立案、問題解決、衝動抑制の能力が疑わしい
 ※最近めっきり語彙力が低下した
トランプ政権の内幕を描いた『炎と怒り』の著者、マイケル・ウォルフ氏も、
CNNとのインタビューで、トランプ大統領の周囲にいる人は、トランプ氏に
職務遂行能力が無いと、全員が考えていると述べています。≫


▼ 娘と娘婿が側近中の側近ともなれば、大統領の失権は、即座に逮捕か、
 身の破滅につながる。何があっても、それだけは避けたい。で、考えるのが
「朝鮮戦争」と連想するのが当然のこと。これに近いのが、北の?ともなれば…

熊: 本当かよ? そんな訳がないだろう。ビジネスマン上がりだから、実際に
 大統領になれば、現実的になると、大家さんが言ってたじゃないか。
寅: それが大統領になったら、精神病か痴呆症で、それを娘と娘婿が必死に
 隠して取り繕っているだけの程度の構図かい。片方は、異常太りの痛風で頭
 をやられたガキじゃ、洒落にもならないよ。
熊: おいおい、そこまで言っていいのかい? 国家最大秘密の公開をすると、
 暗殺されてしまうよ。でもさ、こんな病人が核ボタンを握ってるんだ。
 どうしたというの? 蓄えもないしね、物価が暴騰でもしたら困るよ。
大家: 悲観しても仕方がないけど、楽観過ぎも、あとあと困ることになるよ。
寅: じゃあ、如何すればいいか? 
大家: 常に最悪の事態を頭の中だけでも想定しておくんだよ。何があっても
 不思議じゃないよ。 欧州からみたら、極東地区は火薬庫そのものさ。
 まだ発火してないからノンビリしているがね。直近でも国務大臣、補佐官が
 首だもん。とにかく、酷い精神状態。以下の二週間前の内容をみれば、何も
 オーバーじゃないのご分かるだろう。
――
2018年03月10日
閑話小題 〜米朝開戦 −5
   * 朝鮮戦争への道
 プーチンの思惑どおり、ホワイトハウス内の混乱が増すばかり。
一年で、国務大臣、FBI長官、首席戦略官・上級顧問、首席補佐官などを
次々と罷免してきた。「凡庸な泡沫が大統領になると、この有様さ」そのままを、
私たちは目の当たりにしている。 直近から遡って、その履歴を検索すると… 
≪ ☆ ティラーソン米国務長官の罷免= 
 トランプ米大統領は3月13日、ツイッターで、ティラーソン国務長官を
 解任し、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を後任に充てると発表した。
☆ コーン国家経済会議(NEC)委員長の辞任=  
 ホワイトハウスが18年3月6日、近く辞任すると発表した。
☆ マッケーブ連邦捜査局(FBI)副長官の辞任=  
 18年1月29日に辞任した。
☆ プライス厚生長官の辞任=  
 17年9月29日に辞任した。可能な限り定期便を使うよう求める連邦政府
 の内規に反し、高額なチャーター便を頻繁に利用し、税金の「無駄遣い」が
 批判された為。
☆ バノン大統領首席戦略官・上級顧問の辞任= 
 16年11月の大統領選で選対本部最高責任者としてトランプ氏を当選させた
 立役者で、最側近だった。保守強硬派の政策を推進した「黒幕」とも目されて
 きたが、強引な手法の影響で内紛も絶えず、17年8月18日に辞任した
☆ スカラムチ・ホワイトハウス広報部長辞任=、 
 17年7月21日に就任したが、同31日に辞任した。31日就任のケリー
 大統領首席補佐官が「白紙の状態から自身のチームを組めるようにする」ため。
☆ プリーバス大統領首席補佐官=
 ケリー国土安全保障長官の首席補佐官就任に伴い、17年7月31日に辞任。
 事実上の更迭とみられる
☆ コミー連邦捜査局(FBI)長官= 
 17年5月9日に解任された。ホワイトハウスによると、先の大統領選中、
 民主党候補クリントン元国務長官の私用メール問題に関する捜査情報を公表
 したコミー氏の判断は「重大な誤り」だったとして、司法省が長官交代を進言、
 トランプ氏も受け入れたという。
☆ フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)=2017年2月1日 
 トランプ氏の側近の一人だったが、政権発足から1カ月に満たない17年2月
 14日に辞任した。フリン氏をめぐっては、補佐官就任前だったにもかかわらず、
 16年12月に駐米ロシア大使と対ロシア制裁について話していたことが発覚。
 民間人の外交交渉介入を禁じる法律に抵触する可能性が指摘されていた。
 事実上の更迭とみられる。
――
▼ 極めつけは、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を国務大臣の後任に充てた
 こと。これは、戦争の可能性が更に強くなったことを示唆する重大事。
北朝鮮が到底、飲めない条件を示して決裂? そして、ここで衰弱した張子の虎
の実態が現われ出て、自滅か? 戦争か? 
 近く、大家の皆さんと蒟蒻問答で話合ってもらおうか。
家族経営主義を露わに持ち込んだ泡沫候補上がりの大統領と、金日成気取りの、
撲ちゃん。観てる分には面白い!では、済まない。あそこまで挑発してしまった
からには、イラク、アフガンの国家破綻への道は避けられないとみるのが順当。
秋口のアメリカの中間選挙対策にも、戦争状態は必要? 共和党の支持率は34%、
不支持率は59%というから。更に大統領に不満が7割というから、何をかいわんや。
 これは北朝鮮問題で有耶無耶のようだが、アメリカ政治史に残る、大問題。
どうなっている? 日本では、安倍首相が、この失態。どうなってる?
 追) 偶然だが、5年前の黒鳥、今では朝鮮戦争? 


6218,閑話小題 〜「ディドロの後悔」

2018年03月23日(金)

   * 人生と消費
< ディドロはあるとき、緋色のガウンを贈り物としてもらっていたく喜んだ。
 しかし、やがてガウンの見事さに較べて自分の書斎が貧相なのが気になり、
ガウンに合わせて家具も次々と買い替えてしまった。そして気づいてみると、
書斎は最新の家具に囲まれてかえって居心地悪くなってしまっていた…。
これはディドロの『私の古いガウンを手放したことについての後悔』という題
のエッセーだが、現代のある経済学者は、所有物の調和を求めて次々と物を
消費してしまうことを、この話にちなんで「ディドロの後悔」という。>

▼ これはマイナーの事例の話だが、プラスとして、知識と経験にもいえる。
 この質量の総計が、その人の人生の幅だろうが。古いガウンを手放さずに、
使い続けるのも、最新の家具を揃えていく生き方も人生。
「フランス人は宝くじが当たっても、最高級の3つ星レストランには行かない。
行きつけの最高のワインを飲んで一番美味しい料理を食べる。それが一番、
心地いいから」と。

――
熊: 俺ならサシズメ「熊の後悔」になってしまうが… こんな後悔を、
  一度でもいいから、してみたいよ。
寅: 御前のは「ヘドロの後悔」だね。貧乏だから、そんなことしか思えられ
  ないんだよ。直に最新の家具に馴染んで、それが当然と思うんサ。
  人間は環境の変化に適応するからね。
八つぁん: 例えば、テニスのラケットでも、「道具は最高品を買え!」って
  いうじゃないか。至近の例で、私は40年前に、それに気づいて、TVだけは、
  ソニーか、東芝などの上位機種に決めていた。TVって、家電メーカーが
  総力をあげたテクノロジーの完成形だからね。それで茶の間の生活が大きく
  左右するんだ。それにパソコンなど情報端末もだがね…
寅: 熊さんよ、その汚い服を早々、買い替えなよ。須らく「孫にも衣装」だよ。
熊: 金が無いのに、如何すれってんだよ。でも、俺って投げやりで、モノゴト
  が長続きしないから、この様さ。
八つぁん: 居心地が悪くなるのは、貰ったガウンに合わそうとするからさ。
  ガウンに合わせるのは書斎の本だろうに。ガウンの見事さに合わせた書斎、
  私なら満足するがね。書斎って、男の砦だろう。熊さんには、それが無いね。
寅: 俺にもないけど、図書館が「俺様の書斎」と決め込んで、ある椅子を自分
  の居場所にして、週に一度は、ドップリと異世界にトリップするんだ。
熊: 現実に溺れた詰まらない奴と思っていたが、そんな世界を持っていたんだ。
  今の今まで気づかなかったよ。そこが俺らと少し違うんだ。そうそう、時々、
  喫茶店で難しそうな顔をして本を読んでいる姿を、何度かみていたがね。
八つぁん: 「ユニクロ」が、「ディドロの後悔」を逆手に取った商法だろう。
  10年前のカジュアルでも、新しいものでもコーデネートしても、違和感が
  少ないだろう。それと、高いブランド品とも、何故か、しっくりいく。
  今では世界のブランド品だからね。普段着だからさ熊さんもフィットする。
大家: 私だって、何気なく着ているんだよ。とにかく、安いしね。
  それと恥ずかしいから最近はネットで買ってますよ。
八つぁん: ベンチマークが、マクドナルドだっていうじゃないか。
  イタリヤでデザイをして、中国、東南アジアで製造し、日本を中心にして
  世界中で売るグローバルのシステムを完成させたのだからね。
寅: 熊や、大家さんから、パリジェンヌまで、着れるんだからね。
八つぁん: 居間にある、イタリヤ家具。見た目には100数十万のと、遜色ない
  けど、25万円で買ったの。5分の1だもの。 イタリヤ家具の専門店の親仁と
  親しくなって勧められて。 イタリヤでデザインし、皮はイタリア製の物を
  韓国に送って、木製部分と、組み立ては韓国産。(韓国は木製が得意の分野)
  そりゃ、見た目も豪華絢爛、居心地は良いしね。
熊: また自画自賛ですか?
八つぁん: 露悪のつもりだけれど… 「上物を、中から下の上の値段で」と
  言いたかっただけのこと。 でも何故か、今では家内の私物置き場? 

・・・・・・
5121,「魂」の思想史 ー�
2015年03月23日(月)   
         「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健(著)
 魂と心について、これまで多くここで取り上げてきた。秘境の大自然で
感じる神秘的感動は、そこに宿る神霊と、自分の魂との邂逅になる。
だから、おい立てられて、行くのである。この邂逅は、心の奥底に蓄積
され熟成され、次の神秘的感動に磁石のように引き付けられていく。
  ーまず、アマゾンのないよう説明よりー
≪ 合理主義と功利主義を基調とする近代。ゴッホ、ニーチェ、ボードレール
から岡本太郎、三島由紀夫まで―、彼らは時代の趨勢に齟齬を覚えつつ、魂の
声に引き寄せられ、思策と表現を行った。曖昧で無限定な概念でありながら、
人々を揺り動かしてきた「魂」とはいったい何か。人間の内部と外部を通わせる
その働きに、著者は現代人が見失ってしまったものを看取する。
近代の異端者を通して生の息吹に触れる異色の思想史。≫
▼ 魂の振動といえば、大自然や芸術作品だけでなく、父親との魂との邂逅
 の経験がある。それ以来、10年あまり、変な感覚がとりつかれていたが・・ 
 今では抜けている。 〜以前書いた内容から〜
≪  霊的体験‐  平成4年 7月
20年近く前になるが、父の死後49日まで何度か不思議な体験をした。
死後一週間位か妙な夢をみた。私自身父の気持が乗移り、“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい!”という“念”になった夢である。
夢の“念”は父そのもの。父と一年身で苦しんだ為に“念”が自身に、
実感できた。目覚めた時、父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的体験。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった実感。
これだけは経験した人間ではないとわからない。また死後二〜三日後の夢も
強烈な夢(?)であった。夜半に強烈な恐怖感がおそってきた。その時、
父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と思ってしまった。
と同時に廊下を隔てた仏間より強烈な“引力”が足をひっぱった。
その瞬間ベットにしがみついたが、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがり
トイレに行った。全身汗びっしょりになっていた。まだまだ不思議な
出来事が多くあった… あれ以来、10数年にわたり、幽体離脱とか、
妙な霊的体験などを多く経験した。 最近は少なくなったが・・ ≫
魂とは何かの解釈もあるが、脳には底知れない何かが刻みこまれている。
そこには地球上に生命が誕生して20億年の経験が記憶されているのだから。
・・・・・
4389, 「うつ」かもしれない ー4
2013年03月23日(土)      
 * 「うつ」による自殺  ー「うつ」かもしれないー 〜磯部潮著
 自殺の八割が精神疾患になっていて、その六割がウツ病。何と自殺者の
半分がウツ病による。自殺は一昨年まで10数年間、3万人を超えているが、
実際は4万と推測される。ということは二万人がウツ病による自殺をして
いる恐ろしい病である。もし原発の被爆で毎日55人が亡くなったとしたら、
外国人の大方は即刻、帰国するはず。それが何故か、ウツ病に対して
騒がない。ガンと同様に初期発見・早期治療をすれば大部分が治るのに、
それには疎い。「ウツ」による自殺を促進する最大の因子は「視野狭窄」。 
絶望感にとりつかれ、「自分は絶対に治らない」「治ったところでどうなる」
という考えにとれわれ、結果として死にたくなる。全ての人に心を閉ざし苦しむ。
前の会社の取引先の営業が高校の後輩もあり懇意にしていた。 ところが、
責任者になって暫くすると重い躁鬱病になった。その過程で、私のところにも
相談に来ていた。「躁鬱は、あくまで病気の一つ、恥ずかしがることはない。               
医者に行って治療すれば回復する。ただし放置したりすると手遅れになる
恐ろしい病」と、再発する都度繰り返し説いていた。そのうちに、会社の
役職を降り、平社員として営業を続けいていたが、最期は癌で亡くなった。
 親戚の人の自死の葬式に参列した時に、誰かが「何で自ら死ななければ
ならないのでしょうね」と囁いたところ、「死ぬほど苦しかったためですよ」
と、誰かが答えたのが印象に残っている。心も治療しないで放置しておけば、
傷口がタダレて苦痛は耐えきれなくなるが、第三者は全く気づかない。
数年前、幼馴染が倒産、離婚、引きこもり、アル中で崩壊していく過程をみた。
最後は娘の住んでいる県外に行ったが、壮絶そのもの。幼児期から、このような
話を聞かされ育てば、万一に備えるのは当然。ウツは、その知識と前向きの心
(言葉)の習慣化が必要である。心は壊れやすく、儚く、繊細。 
だから大事に扱わないと!
・・・・・・
5851,物語で経験する「生老病死」 −2
2017年03月23日(木)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著 >
  * 人生を色分けすると <青春、黄夏、赤秋、白冬> 
 古代の中国の「陰陽五行」による季節・色わけがある。
  ネット検索によると、
ー色 五行 季節 ー
 青 木 【春】 東
 朱 火 【夏】 南
 黄 土 長夏(土用)
 白 金 【秋】 西
 黒 水 【冬】 北 とあった。 
 ちなみに、フランスの国旗は、
・青=自由 ・赤=平等 ・白=博愛の意味。
 三色の色合いに、若者、青年、老年の各世代が共に、の意味まであったか
どうか? この二つを合わせると、青春期には自由を謳歌し、成人期は平等に、
老年期には博愛を主とすべし、といえば成程、理になる…
 <青春、黄夏、赤秋、白冬>の色分けを、現代に合わされば、
<壮年期は「朱夏」、還暦辺りから「白秋」、後期高齢者は「玄冬」と。
白い秋の定年ではいかにも侘しいし、黒い冬の余生はやりきれない>と。
そこで著者は、夏は逞しい陽光の黄色。秋は枯れなんとする前に燃える紅葉の
赤を。冬は同じ「やりつくしてない」を表すにしても、人それぞれ色づけられる
雪の白さの色分けに、という。71歳の私は、さしずめ日没直前の地平線の黄金色
のはずだが。 65〜74歳の前期高齢者が黄色で、75歳以降の後期高齢者が白。
そしてブラックに… 75歳以降がブラックは? 実感として白からネズミ色へ。
石原慎太郎の残姿を見るにつけ、85歳辺りからは、ねずみ色からブラックに。
・・・・・・
5486,人生で最も大切な技術 ー33 聞き、考え、瞑想する
2016年03月23日(水)
   『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 聞き、考え、瞑想する
「聞き、考え、瞑想する」の「聞き」を、「読み」に置換えてみると、
この随想日記は、「考え」のプロセスになり、その後、「瞑想」で血肉化する
ことになる。特に、数年前の同月同日のテーマを読返すことは、一度、記憶
から消えていることが多いため、新たな視線が瞑想かわりになる。得た知識、
情報を地頭で考えられるまでには、噛み砕く必要性があり、何度か考え、
かつ、瞑想する役割を果たしてくれる。 
  〜その辺りから〜
≪ どのような分野の見習修行にも共通することだが、精神的な鍛錬に
 おいても、いくつもの段階を経て前進する。最初は師の教えを受け、次に、
その教えを自分のものとして吸収することが必要となる。生まれながらに
知識を備えた子供はいない。そして、体得した知識が、ほとんど開かれる
ことのない美しい装飾本のような無用の長物とならないよう、活用することを
心がけねばならない。教えられた知識の意味を深く考えることも大切である。
 釈迦は弟子たちにこう説いている。「私への尊敬の念だけで、私の教えを
鵜呑みにしてはならない。金の細工師が金を切り、熱し、叩いて調べるように、
私の教えを吟味し、試しなさい」。 師の教えを頭で把握するだけでは不十分。
それは、医者の処方箋を枕元に置きざりにするとか、「治った、治った」と
唱えることが、病気の治癒を意味しないのと同じこと。 学習した知識を、
心を流れる想念に一体化させ、包括的なものとしてまとめる作業が必要。
 こうすることで、頭の中で組み立てられた理論が、具体的な自己変革に
結びつく。これまでにも触れたように、これが瞑想の意味するものである。
 すなわち、これまでとは違う、新しい在り様に慣れ親しむことである。
瞑想を実践することで、親切、忍耐、寛容などのポジティプな特質が自然に
身についてくる。そして瞑想を続けることでは特質は強化されない。
 最初は短時間でもかまわないが、この訓練を規則正しく続けているうちに、
特質が自分のものとして同化し、隅々にまで浸透してゆき、ついには第二の
天性として習慣化するようになる。平常心を体得するための瞑想を続けるのも
いいだろう。それには、例えば、花、感情、アイデア、仏像などの対象を決め、
それに精神集中するという方法も推薦できる。最初は心がぐらつくかもしれ
ないが、訓練するうちに鎮められるようになるだろう。蝶が花から飛び立って
も、またその花に戻るように、精神集中に心を戻せるようになる。
退屈しつつも義務を果たす生徒になる必要はない。
 瞑想の目的は、弾力的で、安定していて、力強く、明晰で、しかも注意を
怠らない心の状態を維持できるようにすることである。瞑想の訓練とは、
勉強を嫌がって駄々をこねる子供を増長させるようなものでなく、心を放置
して台無しにしないで、変革のための有能な道具として鍛え上げることである。
 瞑想の仕上げの段階に到達したら、思考のべールの後ろ側に常に存在する、
純粋な気づきの状態、具体的には、自分が壮大な宇宙に存在するように、
心を完全に解き放った状態にする仕方で、あるいは、心をよぎる思考の本質を
つぶさに見つめる方法で、意識そのものを抽象的で概念的にではなく、直接に
凝視することができるようになる。瞑想方法は多様だが、どれもが内的変革
プロセスの一環という共通の機能を持っている。瞑想は、単に知性が反映
されるものではない。なぜなら瞑想とは、同一の内省的分析、同化の変革努力、
そして同一の熟考であり、それをたゆまず反復する経験である。 ≫ 
▼ 海外旅行での目的地までの列車や、飛行機内で、ひたすら黙想するが、
 これは、一種の瞑想である。行きの機内と列車内は、日常から非日常へ。
帰りは、非日常から日常への心の切替えと、旅行の総括のための沈思黙考
の場。「聞き、考え、瞑想する」ことは、体験を経験にかえるプロセスになる。
ー偶然だが、以下の内容につながる。〜瞑想とは心が魂と一体化した状態。
・・・・・
4015, 閑話小題
2012年03月23日(金)
   * つれづれに
 変わりばいのない日が続くが、それも良い。 首都圏、特に東京の下町に
住む人たちは、直下型地震で不安だろう。震度7は、観測以来、神戸震災と
中越地震と東北大震災以外に起きたことがない。そのため大都会の直下型の
場合、なすスベがない。引っ越す決断も下せないし、下町の人ほど都会っ子の
軽さも重なって長野、高崎、新潟に住むのは都落ちという惨めさが強い。
 私が東京在住だったら、一年以内の引越しを考える。勤務が東京で仕事上、
難しいなら大宮か熊谷に引越し、そこから通勤する。夜間か土日の直下型地震の
場合は被害を免れるのでリスクが半減する。 家族のリスクが半減する上に、
帰る家が残る。 ところで去年の今頃は、会社の閉鎖を決定、無我無中で整理の
手順に入っていた。同時に東北大震災と、原発事故が進行中で、非常事態の
刺激的な日々。 何ごとも動き始めると、次々とすべき手順が現れ出てくる。 
決断を少し早めると打撃は半分で済むが、少し遅れると二倍になる経験則を
持っていたため、マイナスエネルギーの重圧は4分の一で済んだ。止め時は、
あの三月末しかなかった。 べき時に、べき決断をして本当に良かったが、
奇しくも30周年記念日の前日に会社消滅とは・・・ 
   * ウドンの素
 自宅での昼飯は大方、カレーか冷凍の讃岐ウドンかキシメンかチャーハン。 
冷凍ウドンとキシメンには、私が業務スーパーで買ってくる「ウドンの素」
を使っている。 ところが先日のTVで、このウドンの素が多くの下味に使える
料理の紹介特集をしていた。鍋の下味、味噌汁、生ラーメン、チャーハン、
生卵、卵焼き、炊き込み飯、などが格段に美味しくなるという。ウドンのダシ
といえば、昆布とカツオとの混合。それが素なら、ウドンダシ以外に使えて当然。
何ごとも、その枠を取り払うと、色いろ応用できる事例。家での隠し味は昆布の
出汁を使っているが、それにカツオ節を混ぜれば同じ? 
以前、「ホテル・レストランショー」で、カツオ節を粒状にしたダシ専門
会社が出店していた。 ウドンの素をを納豆にかけてみたら、なるほど美味い。
色いろなフリカケがスーパーに並んでいるが、隠し味の素のネタが、あるはず。
春の高校野球を含めて、サバンナもサバンナ(日常生活)なりに、面白い。
 ・・・・・・
3649, 地震 ーつれづれに ー10
2011年03月23日(水)
  * 日本経済がどうなるのだろうか?
 リーマンショックで死に掛かっていた日本経済は今後どうなるのだろうか? 
  ● まずは聞き及んでいる危なそうな話。
△ 地元のNSGなどの専門学校と、新潟大学などが卒業式と入学式を自粛。
  そのため稼ぎ時の美容室とホテルが大打撃。
△ 優先的に被災地が優先されるため、地元業者への建材の入手が困難になり、
  経営の根幹に関わる問題になっている。物から人へと民主党の政策のため、
  今回のような震災になると重機の絶対量が国内で激減。
   このような事態になると民主党の政策そのものが否定されたことになる。
△ 公務員の期末、期首の移動の歓送迎会が殆ど中止勧告。この時期に、
  当てにしてきた飲食店も大打撃。駅前などの繁華街は閑散としており、
  入店客は皆無の状態。
△ 注文していた商品が入荷したと家電チェーンから電話があったが、
  「節電のため、午後一時からの営業時間」という。学生が上京などで
  家電を揃える時期にである。
△ IT化で出張などが激減している上に、日帰り圏の地方の駅前ホテル
  などが大打撃を受けている上に、これ。厳しさが身に沁みる。
△ 高校野球の特別枠の佐渡高校では応援団を出さないことに決定。
△ この震災は12〜16兆円の直接損失というが、間接損失を含めると、
  その何倍になる。国民総生産はマイナ10数パーセントの可能性がある。
△ 東北・関東の農業、牧畜は雨などの水で汚染され、壊滅状態に。
△ 計画停電は夏まで続く上に、ガソリン不足が経済の足を引っ張る。
  ピークの夏では25パーの電力不足になる。恐ろしい限り。


6217,閑話小題 〜 人類の未来は明るいか? ―3 否定派の論

2018年03月22日(木)

     『人類は絶滅を逃れられるのか―
              ―知の最前線が解き明かす「明日の世界」』 
    * 否定論: 未来は暗い! 
 「人類が今世紀中、生存可能か否か?」の設問に当初は、冗談にしか思え
なかったが、今では3割は有りうると思うようになった。ロシアのスパイ上りの
大統領の策謀で、アメリカ大統領が選出され、アメリカ国内だけでなく、世界が
混乱の際に陥っている現状を見るにつけ、悲観的になるのも当然のこと。
 
  〜マルコム・グラッドウェル
☆ 進歩は新たなリスクを生む
 有る問題を解決する進歩は、新たな問題を生む。
 原子力がいい例。原子力は良いエネルギー源だが、究極的には街を吹飛ばす。
☆ 1%のリスクが進歩を台無しにする可能性がある
 人類の99・9%の暮らしが昔より良くなった、残りの0・1%で、恐ろしく
 惨めな状況に突き落とされる可能性がある。ソ連ではスターリンの一人のため、
 2000万人が殺された。この男一人以外全員が天使だったとしてもである。
 私たちはキリスト教の起源から現代まで進歩に取りつかれていたようだ。
 今はAIの時代である。人間は進歩により、自分の能力への不満を補ってきたが、
 テロリズムと気候変動のリスクは増大する。

  〜アラン・ド・ボトン
☆ 人間の本質は1000年たっても変わらない
 人口爆発の危機、核戦争へのシナリオ、増大し続けるテロ、AIの脅威、
 気候変動リスク…が山積み。
☆ データ(寿命、貧困、平和、民主主義といった指標)によって人間の暮らしは
 豊かになっているのは既に証明されているとする肯定派に対して、5年、10年後、
 25年後に人類が今より進歩していると言う保証は全くないと言う否定派。
・人間は結局「死への恐れ」と「妬み」から自由になれない/絶対的な貧困は未来
 でも消えることはない。寿命がいくら伸びてもそれに対応する「哲学」を人類は
 持っていない。
・人間の脳は不完全だ
・世界史の災禍は完璧主義が引き起こしてきた。

▼ インド、中国で10億人が貧困から脱出しても、その隣では、怒れた独裁者
 一家が国を私物化し、核ミサイルを恐喝手段にした危険極まりない戦争の間際
に陥っている。 しかし、アメリカも同じか… 人間という生き物、欲望に際限
はなく、どんなに豊かになっても、満足することはない。進歩をしても、満足が
出来ないから始末が悪い。人間の肯定と否定感の比率は、2対1というが、会場の
聴衆も大たい、その位の7対3の割合だった。ところで、進歩を内的、外的に分け、
学生時代に比べて、『進歩をした? 後退をしたか? どうだ?』と問われたら、
如何だろう? 『山は高くなった反面、谷は深くなった!』になるが… 
『こんな筈ではなかった!』か、『こんな時代を経験出来ようとは、進歩7対、
ところにより後退3じゃないか! ただ、面白かったと言えるだけ幸せか。』
自分に対する言訳のところもあるか。「日々、是、言訳」で良いじゃないですか!

・・・・・・
4755,そんなに長生きしたいですか ー7
2014年03月22日(土)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
   * 早いーうまいー安いー
現状の終末医療の現状を知れば知るほど、恐ろしくなる。以下の内容が現実。
《 ある医療講演会で、こんな話を聞きました。「早い!うまい!安い!」
 という看板のスライドを見せて、これはある牛丼屋の宣伝文句ですが、
うしろに「治療」という言葉をつけると、そのまま病院のキャッチフレーズに
なるというのです。たしかに、早い治療、うまい(上手い)治療、安い治療は
患者にとって最良のもの。講演者はさらに続けて言いました。
「『治療』の代わりに、「死」という言葉をつければ、今度は理想の末期医療
になります」早い死、うまい死、安い死というわけです。なるほど、うまいこと
を言うなと、私は感心しました。・・ その発想だけでは現実は立ち行かない。
患者はほとんど見込みがなくても治療を求める、医師は治療すればするだけ
儲かる、この状況では、医療費が膨大になって当然。そろそろ冷静になって、
現実をしっかり受け止め、無駄な延命治療から死を支える医療に転換すべき
ではないでしょうか。 死を支える医療は、よけいな治療をしません。
医療費が安くなれば、患者側も自己負担が少なくてすむし、国民の医療費も
削減されます。これで困るのは、無駄な治療で収入を得ている医師だけでしょう。
早い死というのは、患者を見捨てることでありません。苦しむ時間を短くする
という意味です。病気や老いと闘いながら、精いっぱい生きてきた人も、死が
近づくとどうしても衰弱します。食事や排泄などが自力でできなくなり、これ
以上生きることの意味が見出せなくなってしまいます。それを理想主義的な
励ましで無理にがんばらせたり、延命治療で長引かせるのは残酷なことです。
死は自然の成行きですから、どこまでも抵抗するのは不毛です。極論かも
しれませんが、死が避けられない状態になってから、少しでも長くとあがくのは、
手遅れだと私は思います。そうなる前に時間は十分あったはずです。・・・ 》
▼「終末期医療費が全老人医療費の2割を占める!とか、国民一人が一生に
 使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬を
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。 
良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
犯罪的システムではないか。
・・・・・・
5850,物語で経験する「生老病死」
2017年03月22日(水)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
  * 経験の4つの形と、物語化
 経験の意味を、ここで理解しやすく紹介している。 〜P/18
≪ 本屋大賞や吉川英治文学新人賞などを受賞した冲方丁が『天地明察』で、
 「人間は経験したことがないものを、理解できない」としてうえで、経験には
4つの形があると言います。
 【人間は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の5感で直接的経験をする。
 生きていくうえで、それだけに足りず、他者の経験による間接的経験に
依存する。しかし、誰にも実証は不可能な神話的、宇宙的な経験をする。
こういた3つの経験をもとに万人に伝える形にするのが第四の経験、いわゆる
物語です。物語は架空にあるにかかわらず、時には社会を動かすような力を
発揮します。】
 つまり、物語を読むことが‘経験’になるというのです。
言われてみれば、私たちは『三国志』で、中国の後漢時代を、『戦争と平和』で
帝政ロシア時代を、『竜馬がゆく』で日本の幕末期を経験した。それは世界史や
日本史の資料や知識では決して得られなかったはずです。
 批評の神様の小林秀雄の同じようか言葉に出逢いました。
「経験という言葉は西洋の言葉だが、誰も合理的な経験なんてしません。
ナマの経験の意味というのは、各自みんな自覚しえないものです。みんな、
自分の経験に対しては支離滅裂なことしかわからない。そこで創作という形式が
必要になる」というのです。これを逆に捉えると、創作という形式の物語によって
初めて、合理的な‘経験’が得られるということでしょう。≫
――
▼ 16年続けてきた、このテーマ日記は、毎日の読書や体験をテーマを元に、
 物語化の創作をしていることになる。事業人生45年をテーマに、50回以上に
わたって書いたのも支離滅裂で行き当たりばったりの転職、転業を、尤もらしく
文章化をすることで、合理的経験として修練したに過ぎない。人生など、所詮、
その程度のことでしかない。それぞれの人にとっての物語化の方法がある。
散歩の最中、頭に浮かぶ雑念を、物語化するとか、旅行に出て、日常に溺れて
いる自分を見つめ直すのも一人語りの物語化になる。そのためには独りの場が
必要になる。毎日、TVで楽しんでいる映画とドラマも、その物語を経験をして
いることになる。だから、やみ雲にみないことだが… 著者は、現在進行形の
「生老病死」の「老」を‘経験’するために、小説などにある「老い」を訪ねる
という奇妙な構図の物語なら、面白、可笑しく、哀しく共感する内容である。
山の麓から見ていた「老い」の雲に、一歩踏み込んだ霧の中で、一日一日、
「老」と「死」の何たることかを問うている道先案内人の言葉は、重く響き
わたってくる。還暦、古希を過ぎ、霧は晴れたり、濃霧になったりである。
前をみれば、日々、人数が減り、横をみれば、バタリバタリと… 
 生きている限りは、他人はお先! である。 
・・・・・・
4388, 「うつ」かもしれない ー3
2013年03月22日(金)           
  * ウツの治療 ー「うつ」かもしれないー
            死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 ウツ症とウツ病の境は、日常生活に支障をきたすかどうか、軽症か重症かは、
「死にたくなる度合い」がが目安という。逆にいえば、それだけ苦しいのである。 
身近にも自死した人が何人かいる。共通しているのは、真面目で、几帳面、感情
は表に出さず、周りの人を思いやる心優しさがある。また、考えに弾力性がなく、
自分一人に固まっている。 こういう人が暴発すると秋葉原の無差別殺人のよう
になる。私がウツ病に何で興味があるかというと、人間の原点が、見え隠れする
かである。人生は生易しくはない。要は難題への対処である。息をつくところが
ないと、ストレスが蓄積していく。ウツの治療には、「薬事療法」と「認知療法」
がある。薬事療法は、医者と相談して症状にあった薬をみつけ最小を前提に治療
すること。それに対し認知療法は、ウツの人の持つマイナス思考、悲観的考え方
を修正するスキルをいう。私は昔から、その類の本を身近において常に手に
取ってきた。その一つに中村天風の一連の「積極一貫」の哲学の本がある。
これは本当によい。 ウツによる歪みが固定化されると、「視野狭窄」に陥り、
自殺の危険性が出てくる。だから普段より予防剤として、少し気持ちが落ち
込んだとき手にする習慣をつけておくとよい。この本にある、
「「5つのコラム」も心のコントロールによい。
1枚の紙に5つのコラム(欄)を作って、何か問題が起きたときの状況や
自分の考えを書き留めていく方法で、頭であれこれ考えるよりも、冷静に
客観的に検討することができる。5つのコラムのうち、(状況、感情、自動思考)
の3つは、自分の「認知のゆがみ」をはっきりとさせるのに役立つ。
あと2つのコラム(別の見方・考え方と最終的な心の変化)を合わせて
書いていくことで、「認知のゆがみ」を直すに役立つ。
 第1コラム 状況(気持ちが落ち込んだり、不安になったときの出来事)
 第2コラム 感情(不安、怒り、悲しみなど))
 第3コラム 自動思考(不快な感情を経験するときに心に浮かんだ考え)
 第4コラム 自動思考とは別の見方・考え方
 第5コラム 最終的な感情と考え(心の変化)
ここで詳細を省くが、ネット検索で「5つのコラム」で調べると、事例が
数多く出てくる。 著者は、日常生活での日々の習慣づけは大変なので、
第三と、第四だけを頭に思い浮かべるシュミレーションを薦めている。
書いるうちに自分の思考の癖が見えてくるだけでも効果がある。
心は荒馬のようなもの、時間と愛情をかけて乗りこなしていくしかない。
・・・・・・
4014, 事業生活39年の、独り語り ー3
2012年03月22日(木)
  * 武澤ゼミ (20歳の頃 ーある教授との出会いー3)
 高度成長の真っ只中、創業人生が面白そうと20歳の時に思い立ち、色いろ
の教授に触発された。その最大の恩師が、人事管理の武澤教授である。
その後も、ゼミOB会に2〜3年に一度は参加していた。10年前に亡くなられた。
【 1024, 22歳の日記−2   ー武澤ゼミについて
 何度か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと
寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、ほとんどを占めていた。その中で
武澤教授の影響が大きいことが、当時の日記からうかがい知ることができる。
ゼミでは、一週間前に社内トラブルの事例(ケース・スタディー)の用紙を
渡される。その間に対処を考えて、全員で徹底的に議論をする。 
その後、その事例研究のベストの答えの用紙を見せられる。そこで私たちの
出した結論と、その差異について更に議論をする。また二班に分かれて、
それぞれが議論した結果を持ち寄り、互いに議論する。その結果、知っている
限界の知識と体験をもとにした、それぞれの地言葉(赤裸々)の議論になる。 
教授は要所要所以外はほとんど話さないで議論の推移を聞いている。
考えるヒントを与え、議論を通して「考えること」を促す。そして
「考えることは如何いうことか」と、一歩踏み込んでいく。そこに各自の
知識不足を自ら気づく仕組みになっている。当時の日記を写して気づいたが、
ソクラテスの「対話法」の真理追究を、そこで体験させていたようだ。 
素朴に深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的。
対話の訓練が友人に受けたのだろう、卒業まじかに多くの友人が私に集中
してきた。誰もが卒業という節目で迷っていたからである。武澤ゼミで学んだ
ことは、社会に出て、事業の組立てなどに非常に役に立った。冷静な事実の
把握と、仮説の積み上げと崩しの、繰り返しの中で計画の練り上げをして
いくのと酷似していた。要は地頭で考える訓練であった。 】
▼ 振り返ってみて、事業人生で学生時代の3人の教授と、コンサルタントの
 渥美俊一に大きな影響を受けていた。渥美コンサルタントは、カリスマ的
流通革命の指導的立場にいた。 学生時代に、鈴木教授に「意志」の自覚。
野田教授に「統合(経営)」。武澤教授に「分析(冷静)」を学んだ。
独り総括をしていると、「私の人生は結局は何だったのだろう?」という、
基本的な問いが、立ち上がっては消える。人生など何の意味(価値)もない
こと位は分かっていても・・哲学を学生時代に、より深く追求しておくべき
だった。それもこれも還暦過ぎれば、それがどうした!でしかないとしても。
・・・・・・
5485,閑話小題 〜51回の海外ツアーで ー
2016年03月22日(火)
    * 世界の絵画
 ベルギーのフランドル地方の古都ゲントの大聖堂にある
『フランドルの祭壇画』を、以前にみてきたが、立花隆が、死ぬ前にみて
おきたいと、わざわざみにいった絵画。この絵画はスペイン圏では、非常に
有名で、スペインから毎日、特急が出ているという。教会の定位置には、模写
の絵画飾られていて、特別のコーナーに本物が防弾ガラスの中に、監視の元で
飾られていた。模写のコーナーでは写真撮影はオッケーだが、本物のコーナー
では不可。少女が賛美歌を歌っている表情に、それぞれの内面が出ていてよい。
 ルーベンスの『夜景』と、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』、
ダビンチの『モナリザ』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、
ボッチィチェリの『春』、ゴッホの『ひまわり』、ピカソの『ゲルニカ』と、
このファン・エイクの『フランドルの祭壇画』を見れたのだから、これで良し
としなければ。 絵画といえば、スペイン、英国、オランダ、ベルギー、
イタリアである。 一枚の絵画の中に、さまざまな思惑、情報が詰込まれている。
ひとつ『夜景』を取上げると、ここに出てくる人たちは、自分の姿を後世に
残すため、この絵画を特注したという。 〜『夜景』をネット検索すると
《 レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれている。
 その他、鼓手、少女、少年などが絵の中には描かれたほか、左側には絵が
切り詰められる前はあと2人ほどの傍観者が描かれていた。この時の支払いや
受注の記録は全く残っていないが、発注者たちの記録によれば各人が
100ギルダー、計1,600ギルダーがレンブラントに払われた。これは当時の
肖像画の報酬としては大きな額である。
 絵画は次の三つの要素のために有名である。
・まずその巨大さ(縦3メートル63センチ、横4メートル37センチ)、
・次に光と影の効果的な使用、
・そして当時は不動の姿勢で描かれた軍隊や自警団の集団肖像画に
 動きの要素を取り入れたことである。
『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった1642年に完成した。
この絵は題名となった(火縄銃手組合による)市民自警団)が出動する瞬間
を描いている。・・一斉に人々が動き始めたため、その下では犬が吠えたて、
左には少年が走り回っている。各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、
多様な表情を見せて、隊員の動きが交錯して画面に興奮を生み出している。
いずれも体の一部分しか画面に映されておらず、全身が描かれているのは
3人のみ。》とある。 絵画を描かれる背景の意味などを知るか知らないかで、
捉え方が全く違ってくる。芸術とは、そういうことである。


6216,閑話小題 〜 人類の未来は明るいか? ―2 肯定派の論

2018年03月21日(水)

     『人類は絶滅を逃れられるのか―
              ―知の最前線が解き明かす「明日の世界」』 
  * 楽観論 〜人類に起きた良いこと10
 非国家アクター(NGO)などによるグローバル化や情報革命で、生活水準が
大幅に向上し、個人と集団がコラボレーションする領域が大幅に改善されている
と主張する肯定派のスティーブン・ピンカーの「人類に起きたいいこと10」
をリストアップすると…

――            
≪ 第一に、寿命。150年前、人間の寿命は30年だが、今は70年で40年も伸びた。
 第二に、健康。ウィキペディアで天然痘と牛疫を調べてみてください。
 「牛疫は感染症だった」と、過去形で書かれているはずです。つまり人類に
  最大級の苦痛をもたらしてきた二つの原因は、永久に撲滅されたのです。
第三に、豊かさです。200年前、世界の人口の85%は極貧生活を送っていました。
  それが今は10%に低下しています。さらに国連によると、この割合は2030年
  までにゼロになりそうです。
第四に、平和。人間の最も破壊的な活動、すなわち大国間の戦争は廃れつつある。
  先進国間の戦争は70年、超大国間の戦争は60年間起きていません。内戦は
  相変わらずありますが、数は減っています。
  世界の戦争による死亡率は、ギザギザの下降線を示しています。第二次世界
  大戦中は10万人中300人でしたが、1950年代には22人、1970年代には9人、
  1980年代には5人、1990年代は1.5人、2000年代には0.2人と減っています。
  シリア内戦の勃発後も、2000年代のレベルに戻ったにすぎません。
第五は安全です。世界の暴力犯罪の発生率は低下しています。それも多くの場所
  で大幅に主な犯罪学者の間では、向こう30年間で世界の殺人発生率は現在の
  半分に減ると見られています。
第六に、自由。逆行している国はありますが、世界の民主主義指数は史上最高。
  世界の人口の60%以上がオープンな社会に住んでいます。こちらも史上最高。
第七に、知識。1820年、基礎教育を受けている人は17%にすぎませんでしたが、
  現在は82%に上昇し、急速に100%に近づいています。
第八に、人権。世界的なキャンペーンが展開されてきたこともあり、児童労働、
  死刑、人身売買、女性に対する暴力、女性の性器切除、そして同性愛を
  犯罪と見なす国は大幅に減ってきました。
第九に、男女平等。世界的なデータを見ると、女性の教育水準が高まり、婚期が
  遅くなり、所得が増え、権力や影響力のある地位に就くことが増えている。
最後に、知性。すべての国で、知能指数は10年で3ポイントのペースで上昇。

 先進国ほど、環境が改善、犯罪組織を監視し、市民を教育し、医療を提供
する資金的余裕がある。 教育水準が高く、女性のパワーが進んだ世界は、
独裁者に支配されたり、戦争に関わりにくい。これらの進歩を後押しする
技術革新は加速する一方です。現在もムーアの法則は有効であり、ゲノミクス、
神経科学、人工知能、材料科学、データに基づく政策立案が急速に増えている。≫

――
▼ 上記の世界のボトムの改善の実態を改めて知った。200年前、世界の人口の
 85%は極貧生活を送っていたが、10%に低下。 基礎教育一つみても、17%
から80%に増加している。これらは科学革命など情報機器の進化の影響がある。
私の実感からして、当時からみた現在の世界は、バラツキは大きくなっている
としても、明るい世界になっている。としても、現在の若者たちが、その延長に
果たしてあるかといえば、疑問である。日本の敗戦直後に生れ出た私たち世代が
あまりに恵まれていた時代格差の問題になる。こう言い替えることが出来る。
「私たち世代は、肯定派のとおりだが、次世代からは、否定派の主張が正論に
なる。」ということか。 次回は、否定派の論になる。   〜続く

・・・・・・
5119,がんばれ〜!の絶叫 
2015年03月21日(土)
    * 風に立つライオン 
 映画の冒頭の場面が、アフリカの大地を少年たちが横一列に手を組み
歩いていく。そして、暫くして地雷の爆発がする。子供を使った地雷探し。
ケニアの病院研究所から国境近くの病院に派遣された医師は、そこが
実質、野戦病院であることを知る。そこは戦闘で腕や足を切断したり、
縫い合せる治療が中心の中で、主人公が、日の出の中、大地に向かって、
「がんばれ〜!」と何度も絶叫する。しかし終盤、極限の日々の中で、
自身に向けた絶叫と告白する。 見終わった後、内容が重いため、面白い
とか、ストレス解消より、何も考えられなかった。しかし、夜半、映画の
様々なことが、思い出されてきた。最後は、殺された後、行方不明になる。
 さだまさしが、この話を知り、感動して書いた原作『風に立つライオン』
を映画化。 そのまま題名の曲名にした歌がある。 〜内容説明から
≪1987年、日本人医師・航一郎(大沢たかお)は、大学病院からケニアの研究
施設に派遣される。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーの自伝に感銘
を受け医師を志した航一郎にとって、それは願ってもいないチャンスだった。
しかし、それは恋人との長い別れも意味していた。父の跡を継ぎ、女医として
離島医療に従事する貴子(真木よう子)を遠く日本に残さなければならなかった。
理想を胸に研究と臨床の充実した日々を送っていた航一郎は半年後、現地の
赤十字病院から1か月の派遣要請を受ける。物見遊山のつもりで赴いた彼は、
重傷を負って次々運ばれてくる少年が、みな麻薬を注射され戦場に立たされた
少年兵である事実に愕然としながらも、この病院への転籍を志願する。
過酷な状況ながらも生き生きと働く航一郎は、医療団からの信頼も厚かった。
一方、同病院に看護師として派遣されてきた和歌子(石原さとみ)は、確かな
スキルと手際の良さで、航一郎と時折ぶつかりあいながら互に認め合っていく。
そして、心に傷を抱えた少年たちを「オッケー、ダイジョブ」と温く包み込む
航一郎は、いつしか少年たちの良き友であり、師となっていた。
そんなある日、病院に少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれる。 彼は銃傷よりも、
両親を目の前で惨殺され、麻薬でかき消された心の傷が甚大だった
 ― 航一郎は、そんな彼の心の闇に真正面から向かっていくのだが…≫
▼ 20代30歳代の頃、もう極限!という場面で、左手を充電池に、右手を
 手動のトッテに見立てて回転をし、自らに充電する仕草をしていた。
もう一つは、自分をボールにイメージをし、初めは小さく、徐々に、大きく
バウンドさせるイメージを持つ本能的行為だったが、不思議にも、極限ほど、
気力も体力も、湧き出てきた。そうこう考えると、極限の彼が絶叫をしないで
いられない気持ちが現れ出ている。 重いが、心に残る内容。 
エンディングの歌が良い!
・・・・・・
4754,そんなに長生きしたいですか ー6
2014年03月21日(金)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部羊著
   * 「表の安楽死」「裏の安楽死」
 ガン末期の殆どは安楽死だが、当然、裏と表が存在する。ーその辺りからー
《 安楽死は、患者を死に至らせるというショッキングな行為である。
 方法としては、人工呼吸器はずし、塩化カリウムの注射のほか、筋弛緩剤や
インシュリンの致死量投与などがあります。いずれも患者には強い苦痛は
ありませんが、おどろおどろしい印象は拭えません。このように必ず死に
至らしめる方法を使う安楽死を、私は「表の安楽死」と呼びたいと思います。
それに対して、「裏の安楽死」は、必ず死に直結するわけではないけれど、
ほぼそれに近い行為を指す。「積極的」「消極的」という呼び方もありますが、
「表」「裏」のほうが実態に近いと思います。「裏」の安楽死は、当然のこと
ながら「表」よりはるか以前から行われていました。方法は、大量の鎮静剤の
投与や、強心剤の中止、透析や血漿交換や人工呼吸の見送り、栄養の漸減など。
誤解のないように書き添えますが、もちろん必要もないのに大量の鎮静剤を
投与するわけではありません。耐えがたい苦しみを見かねて投与するのです。
苦痛が激しいと、通常量では眠らないので必然的に大量に使われる。
そのとき、家族には副作用で死ぬかもしれないとは必ずしも説明しません。
自分たちが、安楽死を選択したという意識を与えないためです。・・ 》
▼ ここで一人の女性の安楽死をさせるかどうかギリギリの、ケースが
 書かれている。安楽死を懇願され、迷ったが留まった。その結果、一時的に
良くなったが、その後、さらなる苦痛の挙句、亡くなった。懇願されたときに
死なせてやればよかったか、一時的にでも回復したことで良しとするか・・  
普段は医者の口から語られない患者の悲惨な苦痛が、あまりに生々しい。
死ぬ時は、多かれ少なかれ悶絶をして亡くなっていくことは分かっているが・・ 
身近な人の臨終に何度か立会ったが、最後は、家族の了解の中で、医師が呼吸
装置を外し、息を止めている。時どき、積極的安楽死を槍玉にあげた問題が
生じるが、拷問のような苦痛の中で、安楽死をさせるのは当然である。
自分の死を考えると、牛丼屋のように、「早く、うまく(上手)、安く」
あげて欲しい!のは誰しも同じことになる。
・・・・・
4387, 暴走老人!
2013年03月21日(木)
               「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
「暴走青年、暴走中年?」のように生きてきたので、今さら暴走老人でもない。
しかしツアーで関西系は言いたい放題が多い。特に大阪のオバチャンより
オジサンが図々しいが、最近は関西系老人が目立っている。歳を重ね歯止めが
きかなくなったのだろう。数ヶ月前に近所を徘徊している痴呆?老人に、
傍につかれ怒鳴られ続けられ、殴りかかれそうになった。最近2〜3度、
顔を見たことがあった老人。何か怒りの先をみつけ、毒を叩きつけているよう
だった。 駅前派出所に届け出たが、怒鳴りでは事件にならないという。
激変する時代から放置された人生に怒り(毒)が蓄積しているようだった。
新潟駅前周辺の地元老人に、こういう人たちを多く見かけた。他人事ではない。
酒を飲んだ自分に時々、彼らの影をみてしまう。ーアマゾンの内容よりー
【待てない、我慢できない、止まらない「新」老人は、若者よりもキレやすい。
現代社会に大量に生み出される孤独な老人たち。その「暴走」の底に隠されて
いるものとは? 老人たちの抱えた、かつてない生きづらさを浮き彫りにする。】
 ーレビューよりー
≪ 小説家の著者は、私と同様、日常生活でたまたま見かけたこれら
「暴走する老人」たちの姿をきっかけにして、現代の激変する「時間」感覚、
「空間」感覚、そして今やマニュアル化した「感情」に老人が暴走する理由を
探るが、あくまでも「暴走老人」は手がかりであり、本質ではない。著者は、
暴走行為は激変する環境に乗り遅れた、あるいは読み違えて「孤立」した
人間の反動的行動と指摘。つまり、断絶的な世代間ギャップが問題ではなく、
暴走はあらゆる世代に共通する連続的な現象となりうるのである。
感覚がまちまちな孤立した個人間の感覚の衝突は、さながらホッブズのいう
「万人の万人に対する闘争」状態である。しかも、個人を律するはずの常識や
規範さえも、日々更新され続けており、今後も加速度的に拡大していくに違い
ない。急激な情報化社会が逆説的に孤立を生み、闘争(=暴走)状況を作り出し、
それももはや止めようがないというのであれば、私は生きていくために今後
どうすればいいのか、途方にくれてしまう。 ≫
▼ 老化は、肉体面では自覚できる。しかし精神面での弛みも出るのである。
 決して孔子の教えのようにはならない。「・・、40にして迷わず。50で
天命をしる。60で耳に順う。70にして心の欲する所に従って、のりをこえず」
ところが、これが真逆になる。「40にして迷い、50でも天命など遥か彼方。
60で自分の人生を悔い。70歳にして呆然自失で暴走化する」これが、最近
みられる老人である。高度成長期の良き時代に生きてきた世代が、低成長の暗い
時代に、老人の枠に入れられ情報機器を使いこなせず、取り残され、直ぐに
切れてしまい暴走を始めたのである。あの歪んだ老人と、理想的な老人像とは、
あまりに懸け離れている。この時代は40〜50年の変化は、昔の4〜5百年
  の変化に等しい。その変化に取り残され、一人彷徨い切れる。
そういう私も似たりよったり。粗大ゴミの成れの果てか。
・・・・・・
5849,「やさしさ」をにつける −
2017年03月21日(火)     
         <「やさしさ」という技術
                 ―ステファン・アインホルン (著)>
   * 賢い利己主義者になるために
 人間も生命体。その遺伝子は利己主義であり、生命体を媒介として、
生き延びてきた。生き延びるには、まずは賢くなければならない。
利他は回りまわって利己になるため、拙速に利己を求めないだけ。
あらゆる生命が利己的で、人間はその最たるもの。そこで、他者の利己主義と
おり合っていくには賢くなければならない。そのためには「やさしさ」が必要
となる。amazonの内容紹介と、「はじめに」の要約が至極丁寧にまとめてある。
 誰でも出来るやさしさは、無心で何気なく褒めてやること。作家の渡辺淳一
が生前、「思いを入れないで女性を褒めろ」と言っていたが、ついつい、思い
が入る。だからいいのだろうが。
 ――
 <内容紹介>
人口900万人のスウェーデンで驚異の30万部突破!
これが、北欧で社会現象となった世界初の「やさしさ学」講義。

なぜ、見返りを求めない行為があなたの得になるのか?
なぜ、「高い収入」や「名声」を求める人ほど幸福度がダウンするのか?
なぜ、多くの動物が「思いやり」や「やさしさ」を持っているのか?
ノーベル賞の選考委員会を擁する世界トップ医大・カロリンスカ医科大学で
「学生が選ぶ最優秀教授」にかがやいた名医が、わかりやすく、感動的に語る!
「死ぬ前に後悔しない人生」を確実に手に入れるための名講義、待望の日本上陸。

 ◎やさしさは誰でも身につけることができる「技術」である
 ◎「高収入」「名声」を求める人ほど幸福度が低い
 ◎銀メダル選手より銅メダル選手のほうが満足度が高い
 ◎他人に目をかけられることは心身の健康に不可欠
 ◎他人を褒める人ほど出世する
 ◎衝突は百害あって一利なし
 ◎やさしさは個人にとっても社会にとっても大きな「得」をもたらす
――
  ―「はじめに」よりー
       オルダス・ハクスリー(イギリスの哲学者・小説家)
「おはずかしい話ですが、私は生涯、 人類の行く末について考えて
きたというのに、 結局は“もう少し人にやさしくしなさい"という
言葉よりも ましな助言を人に与えられないことがわかったのです」
  〜〜 書評より 〜〜
「お金持ちになる方法や、頭がよくなる方法、創造力や仕事のスキルを高める
方法について書かれた本はすでにたくさんあるが、やさしさの技術を磨き、よい
ことをして成功する方法について書かれているのは、本書以外にはないと思う。
一般的な通念では、やさしさとは「生まれもった資質・性格」であって、個人
の意思でコントロールできるものではない。だが本書を読んでもらえればわかる
とおり、これは正しくない。一部は親から受け継ぐものだが、やさしさは、
誰でも意識的に身につけることができ、一生磨き続けることができる「技術」。
そしてこの技術こそが、人生で成功を収めるために、そしてこの世界をより
住みやすい場所に変えるために、もっとも重要な要素なのである。
さらに私が伝えたいのは、私たちは自己犠牲的な博愛主義者になる必要はなく、
利己的な動機から他人によい行いをしてもまったく問題はないということだ。
やさしさは、まちがいなくあなたの得になる。こう聞いて憤慨なさる方も
いらっしゃるかもしれないが、本書を読み終えるころには、みなさんにも納得
してもらえると私は信じている」
 内容(「BOOK」データベースより)
世界トップ医大で「学生が選ぶ最優秀教授」に輝いた名医が、わかりやすく
感動的に語る!北欧で空前の社会現象となった世界初の「やさしさ学」講義。
なぜ、「与える人」ほど多くを受け取るのか?
――
▼ 「やさしさ」といえば、「東洋的温和」が思いつく。争わず、一歩も
 二歩も譲る大らかさ。アジア人なら何を今さらだろうが。「自分を愛せ、
その後に、自分を愛するように他人を愛せ」ということ。自分を愛するように
他者を愛せるかどうか? これは過去の自分の行蔵についても言えること。


6215,閑話小題 〜 人類の未来は明るいか? ―1

2018年03月20日(火)



    『人類は絶滅を逃れられるのか―
              ―知の最前線が解き明かす「明日の世界」』 
       スティーブン・ピンカー,‎ マルコム・グラッドウェル(著)‎…他。
   * 断絶の時代の真っ只中で…
人工頭脳、ゲノム工学……など、目覚ましいテクノロジーの進歩が、果たして
人類の未来を明るくするか、逆になるかのディベート。なかなか、面白い企画だ。
私は如何だろう? 不穏な朝鮮半島情勢の切迫もあり、悲観的に傾いているが…
 トロントの会場の聴衆はディベートが始まる前は楽観派71%、悲観派29%…
終了時には楽観派73%で悲観派27%となり、楽観派の勝利で終了とある。  
  〜ネット検索によると…
【 人類の未来は明るいか、それとも絶滅に向かっているのか?
 肯定派のスティーブン•ピンカーとマット•リドレー、否定派のマルコム•
グラッドウェルとアラン•ド•ボトン、知の最高峰の4人が真っ向から対立する
知の格闘技だ。このディベートを面白くしているのは、聴取がディベートの前
と後でどのくらい意見を変えたかによって勝敗が決まる点だ。 データ(寿命、
貧困、平和、民主主義といった指標)によって人間の暮らしは豊かになっている
のは既に証明されて … 】
【 「ムンク・ディベート」とは、主催するムンク財団は、世界最大の産金会社
バリック・ゴールドの創業者ピーター・ムンクが設立した財団で、2008年以来、
年2回、世界の第一線で活躍する有識者や先駆的思想家などを呼んで、重要な
公共政策の課題についてディベートする。 】
――
  〜 Amazonの内容紹介より
  世界最高峰の知性が語る<人類の限界>とは。
● スティーブン・ピンカー (『暴力の人類史』)
● マルコム・グラッドウェル(『ティッピング・ポイント』)
● マット・リドレー(『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』)他!
 人口爆発の危機、核戦争へのシナリオ、増大し続けるテロの恐怖、
AIの脅威、気候変動リスク…… 繁栄か、滅亡か。

◎ 非国家アクターの増大は世界史を塗り替えるか?
◎ 遺伝子工学、人工知能においてムーアの法則は有効か?
◎ 第三次世界大戦は核戦争となるのか?
◎ 気候変動は有史上にない災害を引き起こすのか?
◎ 低炭素社会は実現できるのか?
◎ 世界的なポピュリズムへの傾倒はなぜなのか?

<本書の構成>
☆ 第1章 人類の歴史から導かれる明日の世界―4つのシナリオ
・人類の寿命は伸長し続ける/
 医学進歩、貧困率の低下、戦争の消滅、犯罪率の低下(ピンカー)
・人間は結局「死への恐れ」と「妬み」から自由になれない/
 絶対的な貧困は未来でも消えることはない、寿命がいくら伸びても
 それに対応する「哲学」を人類は持っていない(ボトン)
・食糧問題も環境破壊も実際には起こらない(リドレー)
・テロリズムと気候変動のリスクは増大する(グラッドウェル)
☆ 第2章 人類は絶滅を逃れられるのか?―
 ―世界の未来を占う論戦
・IoTがもたらす過剰コネクトとリスク社会
・アフリカ大陸の「絶対的貧困」は解決されるのか
・「成長」や「消費」は本当に誰もが望んでいるものか
・核兵器の数がどれだけ相対的に減っても平和は訪れない
・低炭素社会は実現されるのか
☆ 第3章  明日の世界は「繁栄」か、「滅亡」か
・科学は「なにができるか」は分かっても「どうすべきか」は分からない
・テロや戦争に直面しても秩序が永遠に失われることはない
・人類の歴史は昨日よりも「より安全」「より自由」「より豊か」
「より健康」「より平和」になっている

――
▼ 人類史からみると、平均寿命が伸び、戦争・戦乱が減少、生活が豊かになり、
 科学技術が飛躍的に進歩してきた実績から見て、未来を楽観視したくなる。
江戸時代、明治、大正、昭和、平成の何れに生まれたかった?といえば、
私が生まれた「太平洋戦争の終戦から現在がベスト」と確信をもって答えること
が出来る。その背景には経済と、科学発展がある。 50数年前の自分に、
「これから先の50年の時代環境は良かった?悪かった? と聞かれれば、
『最善だったよ!』と答える。現在、経済発展は、停滞しているが、科学技術
の発展は、止まることなく「ムーアの法則」とおり続いている。 とはいえ、
階級区分が明確になり、大多数の人は、決して豊かとは言えないことも事実。  
 〜次回は、まず「肯定派」の意見を取上げる。

・・・・・・
5848,閑話小題 〜ブログは、不特定に向けたマシンガン
2017年03月20日(月)

   * 暗闇にマシンガンを撃つような
 何冊も良書を書いているユダヤ教のラビの話。
< 本を書くのは暗闇でマシンガンを撃つようなもので、誰にあたるか、
 まったく予想がつかない。>
「一日・一テーマ」の文章を、ブログで公開してまる16年、「やすまない、
気を抜かない、無心に、全霊を込める」をベースに続けてきた。完成するだけで
精一杯のため、第三者を傷つけているかどうかの精査をする余裕など全くない。
暗闇に向かって無差別に乱射するマシンガンの弾のようでもある。多くの人に
傷をつけてきたようだ。気持ちは遺言のつもり。 毎日、過去の文章を読返して、
誤字とか、シリアスな言葉に冷汗を流すこと屡々。危険を背負っているが故の、
スリルとサスペンスもあるとしても… 公開した言葉は「覆水盆に返らず」。 。
 毎日、テーマを探し、内容を構築し、魂を入れる習慣は絶大な秘儀がある。
私しか書けないテーマと筋書がある。それも知る限りのことしか書けない。
始末が悪いのは、『あくまで、自分のための雑記を公開しているだけ!』の、
開き直りがあること。
   * 死は人生の完成
 「死は人生の終末ではない。生涯の完成である。ールター」の言葉がよい。
 終り(プツン)ではなく、完成と思えば、虚無的にならないで済む?
5円玉を人生に例えると、真ん中の穴が死? 有って、無いような。
70歳代に入ると、後方からの死神の気配が、正面から近くづいてくると
聞いていたが、成るほど日々、その実感をしている。 
 ウェーバーの「生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療。」
の言葉も、「そろそろ根本治療に入って然るべく時節かな」ということか。
「生きることは病」とすると、生きれば生きるほど、病が重っていく?
それも、その人次第だが。 娑婆には、生きたままの『未完成交響曲』が…
 「人生の完成ですか?死は!」 人は生きたとおりに、死んでいく。
未完成しか生きられないし、未完成で充分だが、生涯の完成と思いつつ、
老いを生きる覚悟も必要じゃないですか? 未完成というからには、
一応、カタチになっているのだから! 所詮は、宇宙の中の粟粒でしかない。

・・・・・・
5483,閑話小題 〜51回の海外ツアーで
2016年03月20日(日)
   * 海外ツアーのテーマの棚卸
 51回の海外ツアーに参加してきたが、その行蔵は何ものにも代え難い財産。
知れば知るほど、世界は広く深いことが解る。10回目辺りから秘境・異郷ツアー
に重心移動をしたが、10年ほど前からは欧州中心になっている。リタイアー後、
諸事情で家内の鞄持ち?のカタチだが、何はともあれ、行けるだけで充分。
「行けるうちに、行けるところに、行っていて良かった」と実感する。
・大陸別では、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア大陸、インド
 大陸、アフリカ大陸があるが、万遍なく行くのと、一つに絞り込む選択がある。
・他に、テーマを、文明、文化、山脈、滝、氷河、平原、クルーズ、お祭り、
 有名ホテル巡りなどのテーマを決めて周る人がいる。 〜テーマとして・・
☆ まずは文化。 ツアーの過半数以上は、何処かの首都を経由地として一泊。
 そこには、名だたる美術館や・博物館のコースが組み込まれていて、その国の
名画や工芸品、遺跡などで発掘された国宝クラスの古美術品が展示されている。
それらを、み続けているうちに、門前の小僧、その魅力に取込まれてしまった。 
上野界隈の美術館で、その数点の展示で長蛇の列になる名画などが、数多く
展示されて、間近で見られるのが良い。 文化の一つに、各地の料理がある。
それぞれ各地の特色ある味が、そのまま染み出ていて実に美味しい。と同時に、
日本料理の美味しさに改めて気づくことになる。 文化といえば、お祭り。
北スペインのパンプローナの牛追い祭りと、リオのカーニバルの熱狂がよい。
☆ 次に文明。古代の遺跡の7割がエジプトのナイル流域にあるというが、
 これには圧倒される。他にアフリカ、中東の遺跡郡、中南米の遺跡群もよい。
圧倒的なのが、古代エジプトと、ポンペイと、シリアの遺跡群。そこには数百年、
数千の時空を超えた当時の人たちの息づかいが聞こえてくるようである。
石文明は、それが、そのまま残している。
☆ 何といっても大自然の景観! アフリカ、インド、北米、南米、北欧、
 アルプス連峰、ヒマラヤ連峰などの大自然の景観も圧倒的である。そこは、
文化・文明の数千年の時間とは違う、数万、数百万、数億単位の時間がある。
 行蔵とは、よくいったもの。 以下は12年前のテーマだから、51回と
すると、3年分、行ってないことになる。 世界的パンデミック騒ぎとか、
5年前の節目時などの件で、行けなかったが、それより、年齢からくる気力、
体力、金力?などの衰え。外側(辺境)から、内側(欧米圏)になっているが、
これはこれで、面白い! ライフワークとしての世界観光も、限界点になって
きたが、移動が動くホテルのクルーズ・ツアーがある。しかし年金暮らしには
チトきつい。「生きているうち、元気なうち」と思って、はや、20年、いや
25年になる。なら、あと5年を貫き通せば満点のライフワークになるが。

・・・・・
2004/11/19
ーー地域別分類ーー
『アメリカ大陸』

ー中南米
「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)    −1995・02  
「22」ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖)         ー1996・06  
「23」べネゼイラ・(ギアナ高地)            ー1997・08
「34」メキシコ                     ー2001.01
「39」パタゴニア                    ー2002・12

ー北米
「2」アメリカ・商業界                  ー1976・07
「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー個人           ー1987・08
「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス            ー1987・06
「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ)     −1989・04 
「13」カナダ・ロッキーの旅 ー会社           −1990・05
「40」アラスカ                     ー2003・07

ーーーーー
『欧州』
ーーーーー
「1」欧州30日一周                    ー1967・07
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅     ー1989・12
「14」スペイン1周の旅 
   (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛)       ー1991・08 
「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道)  ー1993・12
「25」北スペイン パンプローナ              ー1998・07 
「30」ノルウエー・トロムソ               ー1999・12 
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ            ー2001・06
「38」スイス                      ー2002・07
「41」アイスランド                   ー2003・10
「42」オーストリア                   ー2004・08

ーーーーーーーーー
『アフリカ・中近東』
ーーーーーーーーー

ーアフリカ
「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ )     ー1994・06
「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 
「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット)   −1996・02  
「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)  ー1997・12  
「29」ケニア・ヌー                        ・08 
「33]モッロコ                      ー2000.11 
「37」西アフリカーコート−ジボアール
    ・ガーナ・ベナン・トーゴ              ー2002・03
ー中近東
                   
「31」シリア・ヨルダン・レバノン             ー2000・04 
「28」イスラエル                    ー1999・04 

ーーーーーーーーー
『アジア・オセアニア』
ーーーーーーーーー
ーアジア
「6」香港の旅                      ー1986・10  
「9」中国(北京・けいりん・上海)            ー1988.09  
「12」香港クルージング                 ー1990・07 
「26」北インド                     ー1998・10 
「27」ネパール                     ー1998・02
「32」パキスタン・中国                 ー2000・06 
「36」ベトナム                     ー2001・11

ーオセアニア
「3」ハワイの旅                     ー1978・08 
「4」ハワイの旅                     ー1980・08 
「5」ハワイの旅                     ー1983・08
「15」フィジー(コマ島・ )              ー1992・11  
「19」ニュージーランド(クウィーンズタウン・
  バンジージャンップ・ミルフォードサウンド)      −1995・05  

・・・・・・

2004/11/01
海外旅行ー履歴

「42」オーストリア                    2004・08
「41」アイスランド                   ー2003・10
「40」アラスカ                      2003・07
「39」パタゴニア                    ー2002・12
「38」スイス                       2002・07

「37」西アフリカーコート−ジボアール
     ・ガーナ・ベナン・トーゴ              2002・03
「36」ベトナム                     ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ             2001・06
「34」メキシコ                      2001.01
「33]モッロコ                      ー2000.11 
「32」パキスタン・中国                   2000・06  
「31」シリア・ヨルダン・レバノン              2000・04  
「30」ノルウエー                    ー1999・12 
「29」ケニア・ヌー                        ・08 
「28」イスラエル                         ・04 
「27」ネパール                          ・02
「26」北インド                    ー1998・10   
「25」 北スペイン                        ・07  
「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)ー1997・12  
「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地)                ・08
「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖)       ー1996・06   
「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット)      ・02   
「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10  
「19」ニュージイランド
  (クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウン)                                                        ・05  
「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)        ・
「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ )     ー1994・06 
「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道)  ー1993・12 
「15」フィジー(コマ島・ )              ー1992・11
「14」スペイン1周の旅 
   (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛)      ー1991・08  
「13」カナダ・ロッキーの旅                  ・05
「12」香港クルージング                 ー1990・07 
「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ)        ・04     
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅    ー1989・12   
「9」 中国(北京・けいりん・上海)          ー1988.09   
「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス                ・06
「7」カナダ・ナイアガラの旅              ー1987・08    
「6」香港の旅                      ー1986・10          
「5」ハワイの旅                     ー1983・08
「4」ハワイの旅                     ー1980・08 
「3」ハワイの旅                     ー1978・08  
「2」アメリカ・商業界                  ー1976・07
「1」欧州30日一周                    ー1967・07
   * つれづれに、哲学
 10数年前から、哲学に興味を持ち、初心者用の本を、読んできたことも
あってか、少しずつ、現象を自分の脳で考えることが出来るようになってきた。
意外と、人は考えてないことが解るようになってきた。 それと、考えない
ことは罪であり、その罪で、自分が罰しられていることに気づいてない。
まずは認識だが。対象に主観が従うのではなく、主観が対象を従わせることが
自覚できない。小さな脳の主観の妄想が世界と信じきっている自覚がない。



6214, 閑話小題 〜米朝開戦 −6

2018年03月19日(月)

   * 北が核開発とミサイルの放棄だって?
 急遽、コミックなお二人の掛合いが始まった。有得ない「北が核開発と
ミサイルの放棄」が前提だが、金様が命乞いなど、する筈はない。一方的
虐殺後の言訳づくりのトランプのポーズなら解る。 開戦ともなれば、
数百万人レベルの死傷者も、覚悟の上だろうが、日本も、10〜20%でも、
数十万人レベルの被害になる。
このテーマで、何回か書いてきたが、回を重ねる度に深刻度が増している。
――
熊: 今さら何だい、北が本気で核放棄をするわきゃないだろうに。
寅: 4月のアメリカの攻撃に怖気ついたのと、中国も本気になって制裁を
 強めて外からの物資が入らなくなったためさ。この4月が危ないからね。
 そこで5月の会談の設定にしてさ。トランプ 後先、考えずに、オケーの
 即答とくりゃ〜、思うつぼじゃないか。
八つぁん: あの男、世界の政治にド素人だもの。バカとシャッポは軽い
 ほど良いというけどね、あれは酷い。 
大家さん: 北の続けてきた「ソウル炎上」の恐喝で、何度も大金を騙し
 取ってきた前科持ち。それしか能がないんから、そりゃ必死になるさ。
 ただ時間だけを延ばして、規制を緩めて、あわよくば金を揺すり取る魂胆
 が見えみえ。ここでアメリカも本気で揺さぶり入れたからね。
 それと韓国首相も、軽すぎるね。 国家存亡の危機だから解るがね。
八つぁん: ロシアのプーチンの高笑いが聞こえて来るね。
 今さら、金ちゃんも、焼き直すことも出来ないし。脳梗塞待ち?
 トランプは、心筋梗塞待ち?…  
大家さん: ここが土壇場、辛いとこだね。ここで国務大臣を‘なだめ役’
 から、‘超強硬派’の人物に挿げ替えたね。これで結末が見えましたね… 
熊: 北が今さら‘核とミサイルの放棄’なんて有得ないことぐらい、俺ら
 だって分かるよ。 金ちゃんが亡命する以外の全てが空手形さ。そんな
 手練手管の詐欺犯のような口車が看破できないの? 
寅: 歯切れが良かった在日韓国の評論家が、急に口にモノが挟まった
 ように、口を閉ざしたね。俺と熊が口走ったことを言いたいのだろうが、
 我身が可愛いんだろうね。
八つぁん: 常々言ってることだが、戦争だけは避けなければね。でも、
 あそこまで言いたい、やりたい放題を、アメリカのフィクサーが見逃す
 わけがないさ。その最右翼の連中が政権中枢に占めているんだから… 
 結果は見えてるね。それなりの虐殺前の表向きのショーも必要だがね。 
 開戦は決断済さ。歴史に残る決断だからね。 
大家: アメリカ本土に向け数発、ミサイルを打込んだのは、いけません。
八つぁん: 祖父、父と三代にわたる世襲独裁国家と、ころころ頭が変わる
 韓国とでは… 権力の基盤が違う。 としても、後ろのアメリカが居る。
寅: この論調からして、開戦は避けられない空気だが、本当に? 
 秋の中間選挙と、ロシア疑惑を打消すにに、丁度手頃の案件。
八つぁん: それと、太平洋周辺の在庫の武器の本格的入替時期に入ったしね。
 あの坊や、やり過ぎたよ、やり過ぎ。実兄と叔父や、周辺の粛清も含めて…
 朝鮮といえば儒教の教えが沁みとおっている国だろう。世界が凝視して
 いる中で、平然として手順を踏むんだもの。
大家さん: 今日は、私が〆させてもらうが、「さらに事態が深刻になった」
 ということ。戦争ともなれば、何でも有りになるが、平和ボケの日本人。
 さて、如何なることに?

  ・・・・・・
2905, 寝入る瞬間を意識したことがあるか
 2009年03月19日(木)
 * 寝入る瞬間を経験したことがあるか?
ある随想に、「寝入る瞬間を経験しようと狙っているが、まだ経験をしてない。
それは死ぬ瞬間に類似しているのではないだろうか?云々・・・」とあった。
以前ここで書いたことがあるが、10年ほど前に、その経験をしたことがある。
その時に「過去の二万回で初めての経験だから貴重の経験だろう。無へ狭間の
瞬間の実感してみた」と記憶として刻印した。 具体的に、どうだったか?
というと、「TVを消した時の画面の感覚で、一瞬のスッと小さな点に意識が縮小
し消えいく感覚。もしかしたら、死ぬ時は、あの感覚ではないだろうか。」
一般的に多くの人が経験していることなのか、してないかは、私は知らない。 
先日、図書館で借りた「現代哲学がわかる」というAERAMOOKという
雑誌の特集号の中で、マギーという哲学者が「哲学人」という著書で、
「何故、人は眠る瞬間を意識できないか?」というテーマで論じていると。
(詳細は書いてなかった)とすると、その瞬間は意識できないことになる。
しかし私は、その一瞬を捉えたのは間違いない事実。私が特殊経験をしたのか、
それともマギーが正しいのか? ネットで「寝る瞬間をけいけんしたか」と
検索したが解答はなかった。ーマギーの「何故、寝入る瞬間を把握できないか」
の論旨を知りたいが、私の推論をしてみる。<寝入ったとは意識が無くなると
いうことだ。 意識が無意識への瞬間など捉える由はないのは、その瞬間の
無の際を経験しようがないのは自明のことだ。見たという一瞬の知覚は、
まだ寝入っていない意識であり実は寝入ってなかったのである。
意識から無意識への移行の瞬時など膨大な無意識が小さな意識の一瞬の補足
できようがないのである。向こう側(寝入ったサイド)から見ると、その
瞬間=扉は、すでに無の世界である故、その瞬間など捉えられない・・ >
ーマギーは、こんなわけの解らない論旨ではないはずだが。しかし、私は
間違いなく、その瞬間を捉えた事実は事実としてあるし、夢ではなかった。
マドロミの中で、漂うことは何時ものことだが。
今度、この本を読んでみるつもりである。
・・・・・・
5117,カエル男の末路 −2
2015年03月19日(木)
       ー日本社会を埋め尽くすカエル男の末路ー深尾葉子著 
  日本社会を築いてきたのがカエル男。「依存としがみつき」を良しとして
 物事の本質(国債、原発事故、政治改革等)にメスを入れない?政治と社会。
そのカエル男社会の治安を乱したホリエモンは、世論に推された検察のシナリオ
で逮捕された。小さな井戸では蝦蟇カエルは、ジャマのようだ。
   * カエル男の4つのタイプとは
 ★ 依存型カエル男(妻にしがみつく) 
  〜月の小遣い1〜3万。独立や転職を「妻、子供がいる」
  と断念したことがある。私服がダサい。妻の話をよくする。〜
 ★ 攻撃型カエル男(家庭外で鬱憤を晴らす)
  〜議論が大得意。親分肌。ミスを部下に押し付ける。使えない部下を
  怒鳴りつける。接客態度が悪い居酒屋で、怒鳴りつける。
 ★ 自己犠牲型カエル男(終身雇用にしがみつく)
  〜35年の住宅ローンを組んでいる。何年もスーツとYシャツ以外の
  服を買ってない。自分は「そこそこ甲斐性がある」と思っている。
  自分は定年まで会社に居れるが、若い後輩は気の毒と思う。
 ★ 現実逃避型カエル男(自己啓発と絆に逃げ込む)
  〜若い愛人がいて、仲間内で不倫自慢をしている。酔っ払うと
  愚痴を言ってしまう。会社は居心地が良く、サービス残業も良しとする。
  休日はイオンや、ヨーカ堂で過ごすことが多い。
▼ 攻撃的型と、現実逃避型カエルは、我身に覚えがある。どの要素を
 誰もが少なからず持っている。『今夜は遅くなる!、○時にはカエル』と、
あいも変わらず毎晩、鳴いている。ひたすら均質性を求める池や田圃では、
彼等のコピーの子カエル、子タガメを再生産をする。大都市へのアクセスが
30分以内が国民の7〜8割を占める日本で、このシステムに何の疑問を
持たない善良な人たちが、日々を過ごす。この「箍」から逃れるには、
アメリカ的価値観から逃れれば良いが、そこは世間様とかが立ちはだかる。
 このシステムは、悲しいかな、敗戦国日本の行きついた姿。これに
スマフォが行渡ったのが、現在の社会現象に現れ出ている。
・・・・・・
5847,閑話小題 〜大相撲の砂被りの茶色の羽織の人たち
2017年03月19日(日)
   * 砂被りの茶色の羽織の人たちの正体は?
 大相撲も、はや中盤にさしかかった。本命と思われていた白鵬が怪我で
休場になり面白みが薄れたが、それでも個性的な力士同士の熱戦が続く。
 数年前から大阪場所で30人位の茶羽織の人たちが目立っていた。
天理教などの宗教関係と思っていた。居間で iPadを見ていた家内に、
『彼らは何の集団だろう。見ていて宗教関係者みたいでもないし。』と、
話すと、暫くして、<大相撲 茶羽織>とネット検索をして説明をして
くれた。そこで、私も検索をすると、すでに7年前の日付の書込みがあった。
≪ 大阪東西会(たまり会)というたまり席で相撲を見る会員制の団体です。
 相撲界には東京・名古屋・福岡には「溜会」、大阪には「東西会」という
団体があります 彼らは相撲維持会員とも言われ、協会支援の親睦団体の会員達。
70年以上の歴史があり、千秋楽に幕下以下の優勝力士に表彰したり力士の断髪式
に立合うなど、結構重要な役割を果たしています。
東西会は大阪場所での親睦会なので、東京場所では見ることはありません。
ここに座る時は桧皮色のちゃんちゃんこを着て、土俵の東と西のいずれかに座る。
絶対、拍手してはダメ。つまり「ひいき」をしてはいけないと決まりがあります。
東西会会員は東と西の溜席を、15日間通しで入手しています。15日通して150万円
だそうです。 たまり席は、維持員会に入会しないと席の権利が得られず、維持
員会のツテがないと入手不可能です。
概ね関西圏の中小企業のオーナーなどでが中心となって運営しています。
なお、維持員会は、欠員発生かつ会員さんの紹介がないと入会できず、しかも
高額の入会金が必要です。 維持員は、協会の審査を受けた上で東京地区300万円
以上、大阪・名古屋・福岡地区 は100万円以上を協会に寄付した人達です。
維持員には、様々な特典があり観覧するのには溜席をあてられます。
茶色の”ちゃんちゃこ”は、大阪東西会の制服です。≫
 ――
▼ 1日につき10万円とは、あまりに多額。そういう目で見ると、成る程、
 人品良さそうな人達に思えてくる。塩かぶり席で大歓声の中で観ると、
金銭で代えられない何かがあるのだろう。
・・・・・・
5482,人生で最も大切な技術 ー32 幸福も苦しみも超えて
2016年03月19日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 幸福も苦しみも超えて
 悟りの心境とは、これほどのことか。「幸福も苦しみも、それからみたら、
相対的な真理でしかない」とは。悠然とした大自然と接し、我を忘れる感動の
一瞬を何度か経験してみたが、その心境そのままである。しかし、これは修行
の叡智から出てきた心境とは違う。  〜なかなかの内容である〜

≪ 絶対的真理という観点から見れば、幸福も苦しみも現実に存在しない。
 幸福も苦しみも相対的な真理でしかなく、それらは、混乱した心によって
知覚されるに過ぎない。物事の本質を理解している人は、何もかもが純金で
できた島に寄港する船長にたとえられる。船長は、ただの石ころを探そうと
しても、金以外何も存在しないことに気づくのである。チベットの渡り鳥と
呼ばれた隠遁者シャブカルは、悟りと慈悲の心を次のように詠んでいる
 ―――

リラックスして、自由解放状態でくつろぎ
壮大な空中王国に到達した
そこは無条件絶対の国
すべてを見通せ、静謐そのものの
壮大な空として、そのままにされるとき
毒を含み、苦痛を伴う心の拘束が
ひとりでに緩んでいく

どこまでも透明な空のような
この国に留まるとき
言葉も思考も表現も越えた歓喜を味わう

一切を包み込む空よりもさらに壮大な
叡智の目で見つめていると
輪廻転生と解脱の現象が
なかなか愉しい見世物になってくる
見事なその連続の中にいるときは
骨を折ることなしに
森羅万象は生起する
まったく安楽に自然に
完全な満足の中で

すべての感覚あるものは自分の母と知る
心の奥深くに潜む母の恩が思い起こされる
空しい言葉ではなく
今、利他の心をもって行為する 

―――
▼ 絶対的真理に到達した悟りと慈悲の心境が、そのまま言葉に現れ
 出ている言葉である。 感動、感動の心境に似ているが、それ以上の
叡智というと・・ 利他の心をもった行為が、人間の到達地点ということか。
・・・・・・
3645, 地震 ―つれづれに  ー8
2011年03月19日(土)
  * 震災 まる一週間
 地震も、昨日でまる一週間になる。当初は、ここまでの大震災とは思って
もいなかったが、時間が経過するにつれて、歴史的な大震災の姿が現われ出て
きている。その上に原発事故の誘発である。大津波だけでも歴史的大災害の上に、
大爆発をして日本中が被爆をしたら本州全体が破綻してしまう可能性がある。
3月11日から日本は、全く違う国になってしまったのである。村山が首相に
なった時に神戸震災、そして今度の首相で、この大震災である。現在、我われは
誰もが身近にデジタルカメラとビデオを持ち歩いている。そのために生生しい
写真とビデオが、あらゆる角度から映し出されている。それが規制無しでネット
で多く飛び交っている。その結果リアルの現実が直接、目前に突きつけられる。 
一つ例に挙げると、私の学生時代の友人が、仙台を気に入って終の棲家として
仙台飛行場近くの漁村に住んでいる便りを貰った。恐らく巻き込まれたのでは
と、その村の名前を検索したところ、その地の震災の惨状の写真が、その村の
ブログに載っていた。跡形もない村の惨状に、驚いてしまった。。
   * 原発事故のリアルな現実
 福島原発事故で、20〜30キロ内の屋内退避が県外退避に転換され
大型バスでの移動が始った。この圏内には14万人が居住していて、今後、
一斉に退避が始まるが、問題はガソリンや食料がないこと。米国などでは、
80キロ圏内の避難を指示しているが、福島原発の80キロ圏内には、更に
数十万人がいる。最悪の大爆発が生じて、放射能が日本中を覆うことになれば
日本壊滅になってしまう。 それが、この数日中に発生する可能性が大と
いうから、何をいわんかである。 リーマンショックで疲弊している上に、
この大震災と原発事故の二重の打撃は、日本経済は致命傷になってしまう。 
まず早急に消費税などの直接税が20パーセントも現実問題になる。
これは15パーの収入減と同じことになる。もちろん、この事態では当然、
受けいれるしかないが、体力を消耗してしまった中小企業は致命傷になる。
日本全体が被災者という現実がある。
・・・・・・
4011, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー4
2012年03月19日(月)
   ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ーキングスレイ・ウォード著
 * 実業界には三種類の成功者群がある  ー 翻訳者の、後書きより ー
【 実業界には、三種類の成功者、つまり二億ドル人間と、二千万ドル人間と、
 二百万ドル人間がいるといわれます。二億ドル人間は、自分の起こした事業を
世界的規模に育てあげて市場を征服することに夢を託す本来的な企業家、実業家。
その結果蓄積される個入の財産は二億ドル(約二百四十億円)を下らないでしょう。
一方、二千万ドル人間は、むしろ経済的な成功の成果である富で普通の人には
できない豪華な生活、つまり豪邸に最高級車、使用人がいて、海外の別荘で
ゴルフといった生活を楽しみたい人たちです。二千万ドル(約二十四億円)以上
の財産がなければ、そのような生活は望めません。そして二百万ドル人間は、
ウォード氏のような人たちです。製造業の例をあげるなら、二億ドル人間は
ホンダの創業者本田宗一郎、二千万ドル人間はホンダと創業をともにした
本社の幹部や部長たちと、関連会社の部品などの経営者たち、二百万ドルは
自営業の域を出ない下請けの町工場の事業主ということになるでしょう。 
二百万ドルは家族を養い、善良な市民の務めを果たしながら二百万ドルの資産
を築けば、よくやったと自分をほめてやれる、ごく普通の金銭感覚を失わない
市井の入です。本書で述べられているウォード氏の意見が私たちの共感を呼び、
私たちにとって適切な助言になるのは、ウォード氏がビジネスマンとして
成功しながらも、市井人の心を失わない二百万ドルであるからです。 
お金は生活を保証するもの、人生にはお金で買えないもっと大切なものがある
というのがウォード氏の持論です。大企業の創業者の人並みはずれた才能、
努力、そして時代を彩るまばゆいばかりのドラマをウォード氏に期待する
ことはできませんが、人生の成功者としてのウォード氏の功績は、決して
彼らに劣りません。ウォード氏は普通の人たちの普通の悩みや喜びを語る
ことによって、人生の成功者になるための秘訣を明らかにしています。 】
 ▼ 三種の成功者の分類が面白い。 娑婆は、それで色分けをして
人の価値を決めていく。日本でも、この数値が百〜二百万、千〜二千万、
一〜二億ドルと少し下がるが、こんなもの。これが人間の価値と信じて
疑わないのが、俗に言う世間様。一歩ひいてみると滑稽に見えるが、世の中
の9割が金で買えるという幻覚の中にいると、それはそれで目安になる。
3つの震災で実業界から退場してみて、「娑婆など死んで三日も経てば、
‘それがどうした!’でしかない儚い世でしかないのが分かる。
逆に、これも肯定してみるのも一つの理で面白い。事業人生を決心してから
去年までの45年間は面白かったが、赤裸々の人生。しかし45年間を通じて
人間社会の実態を多くを学ぶことが出きた充実感が残った。
それも3つの大震災で崩壊。敗者の弁かい!


6213,閑話小題 〜人類の総数は何人か?

2018年03月18日(日)


   * 現生人の総計は?
 ふと、これまでの人類が地球に生れ出た総数を知りたくなり検索すると…
  ―
 ≪ 数年だが、「これまでに地球上に生まれた人間の数はどれほどか」と
 いう推計値を国際非営利団体の人口調査局が発表した。その数は約1076億。
現在、地球上には約70億の人口が存在するので、これまでに生まれた
ヒトの6.5%が、現在生きているということになる。
 このような数値の根拠として、五万年前にたった2人の人から人類の歴史が
スタートしたと想定しているところが興味深い。

 その他、要点だけピックアップして紹介してみる。
•紀元前8000年ころ(一万年前)の世界人口は500万程度と見積もられる
•紀元1年(二千年前)までに3億人に増えたと推測されるが、この間の年間
 成長率は0.0512。
•人類の歴史の大部分の期間、平均寿命は10歳程度しかなかった。
•フランスの鉄器時代においても、平均寿命は10〜12歳程度であった。
•このような時代には、人口を維持するためだけにも千人当たり出生率は80程度
 必要であった。
•今日では、最も出生率の高いアフリカの国においても45〜50程度である。
•乳児千人当たり500人が死亡していた。
•紀元14年のローマ帝国では人口が4500万人だったと見積もられている。
•1650年の世界人口は5億人と推測されるが、この値は紀元1年の3億人から
 それほど増えていない。その理由として黒死病による死亡が挙げられる。
•1800年に十億人に到達し、それ以降は継続的に増加し現在の70億人に至る。≫

▼ 自分という存在は、1000億を超えるヒトの中の一個体に過ぎないと思うと、
 何か不思議な気がしてくる。人類の中で唯一残った現生人類だが、その前まで
一時期、共存していた「ネアンデルタール人の突然の絶滅は、何でもたらされた
かの疑問については、約4万年前の現生人類の爆発的増加によるとする論がある。
絶滅直前、現生人類とネアンデルタール人の人口比率はおよそ10対1になっていた
という。さすがに70億は多過ぎ。3〜5分の1の10〜20億人が適切な感がする。
そう遠くない時節に、戦争か、細菌などで、自然調整?が働くことになる?
 今世紀まで持たないだろうという説がある。如何だろう、トランプ、金、
習、プーチンの顔ぶれをみると、不安は倍増する。これらを頭に頂くのも、
自動調整への潜在的欲求の成せる業? これが冗談に思えないから困ったもの!

――――
2004/11/18
1325, 小型のヒト 

以下は、10月末に一斉にマスコミに流された内容である。

「新種」のヒト化石を発見、
インドネシア東部フロレス島
2004.10.28
- CNN/REUTERS/AP

シドニー──現代人が分類されるヒト科ヒト属の新種とみられる化石が、
インドネシア東部のフロレス島で発見された。
身長1メートル弱の女性らしい化石で、少なくとも約1万8000年前まで
生存していたと見られる。オーストラリアとインドネシアの科学者が、
28日付の英科学誌ネイチャーに発表した。

フロレス島西部にあるリアン・ブア洞窟(どうくつ)から見つかったのは、
女性と見られるほぼ全身大の化石のほか、別個体7人分の骨や歯など。
頭蓋(ずがい)骨の大きさは現代人のものより小さく、
脳の大きさは約3分の1程度。
あごと歯が残っていた。発見場所にちなんで、
「ホモ・フロレシエンシス」と名付けられた。

化石の近くには石器のほか、コモドオオトカゲや、
今は絶滅した小型ゾウのステゴドン、鳥類、魚類の骨も見つかった。
これら骨の一部は炭化しており、ホモ・フロレシエンシスが調理した
可能性があるという。

ヒト科は約700万年前に、チンパンジーと共通の祖先から分かれたと
考えられている。
その後、約150万年前に、北京原人やジャワ原人などが含まれる
ホモ・エレクトスが分岐した。
ホモ・フロレシエンシスは、このホモ・エレクトスの子孫だと見られている。

ホモ・エレクトスは進化に伴い、身長や脳容積が大型化したが、
今回見つかったホモ・フロレシエンシスは、いずれも小さい。
これは、外敵や食料が少ない孤島で進化したため、小型化したもとの考えられる。

ホモ・フロレシエンシスはこの地域に、約9万5000年前から
約1万2000年前まで生存したと考えられ、ヒトの祖先である
ホモ・サピエンスと同時代を生きていたことになる。

研究者らは今後、この化石のDNAを調査し、
種族間の関係を調べたいとしている。
毎日新聞の社説に『小型のヒト』という題名で記事が出ていた。
最近、この発見のニュースを新聞で見ていたが「アジアのどこかで、
一丹未両型の人類が発見された」という位しか印象には残ってなかった。
それを解りやすく、面白く解説をしてあった。
数年前までは全くといってよいほど知られてなかった事実である。

ーーーーーー
記者の筆はこのように一つの発見を、このような(後記)内容に
発展させて書くのだ。
特に、
「生物の小型化は孤立した島でしばしば起きる。
資源が少ないことが一因で、いわば「省エネ型」への進化だ。
生き延びたのが私たちではなく省エネ型人類だったら、
エネルギー問題や食糧難は生じていないかもしれない。
環境破壊の度合いも違ったのではないか。
 彼らが現代まで生きながらえ、我々と遭遇したら、と想像するのも興味深い。
現代人の祖先は、数万年前に各地で原人を滅ぼして今に至ったと考えられる。
その「好戦性」が健在であることは各地の紛争から明らかだ。」
のくだりの文章は、現在の人類・文明に対する批判にもなっている。

一つの発見から、考えを発展させる良い見本の文章である。

ーーーー
(毎日新聞 解説 2004年11月12日 0時27分 )

人類はどこからきてどこへ向かうのか
 1万数千年前のアジアの島に、小型象や巨大トカゲとともに、
小さな人々が生きていた。
インドネシアのフロレス島で見つかった小型人類の骨は、人類進化の見方を
変える驚きの発見だ。

 島の名前から「ホモ・フロレシエンシス」と名づけられたこの新種の人類は、
私たちと同じホモ属に分類される。
ところが、身長は約1メートル、頭蓋骨(ずがいこつ)はグレープフルーツ大で、
脳の容積は現代人の3分の1に満たない。
これまで想像だにしなかった小さな「親戚(しんせき)」だ。

 しかも、この人々は約1万2000年前まで存在していたらしい。
人類史からみると「ついこの間」のことだ。現代人の祖先が地球上に登場したのは
約16万年前。両者が同時代を生きたかと思うとなんとも不思議な気がしてくる。

 彼らはジャワ原人から進化したと考えられる。
であれば「ヒトは進化につれて体も脳も大型化した」との常識は覆る。
高度な石器を使い、小型象のステゴドンを狩っていたとみられることから、
小さな脳と「劣った能力」の関係も見直しを迫られる。

 私たちは人類進化の唯一の帰結ではなく、偶然の産物だった。
ほかにも最近絶滅した人類がいるかもしれない。
そう気づくと世界の見え方は変わってくる。

 生物の小型化は孤立した島でしばしば起きる。
資源が少ないことが一因で、いわば「省エネ型」への進化だ。
生き延びたのが私たちではなく省エネ型人類だったら、
エネルギー問題や食糧難は生じていないかもしれない。
環境破壊の度合いも違ったのではないか。

 彼らが現代まで生きながらえ、我々と遭遇したら、と想像するのも興味深い。
現代人の祖先は、数万年前に各地で原人を滅ぼして今に至ったと考えられる。
その「好戦性」が健在であることは各地の紛争から明らかだ。
とはいえ、人類の仲間を安易に殺りくすることは現代人の理性や倫理に反する。

 英国のドーキンスが提案した「利己的な遺伝子」の考えをあてはめれば、
体が大きく戦いに強いことは自分の遺伝子を増やすのに有利かもしれない。
一方で、ドーキンスは
「発達した脳を持つ人間は利己的遺伝子のたくらみに反逆できる」とも言う。
別種の人類と私たちは共存できるのか。

 現代人も進化を止めているわけではない。
小型人類の発見で、人間も他の動物同様、環境に応じて変化していくことが
確かめられた。
数百万年後の人類は思いもよらない姿かもしれない。

 生物的進化とは別のレベルの「進化」も進んでいる。
コンピューターを手に入れたことで人類は脳を拡張した。
インターネットや携帯電話は、人間の社会を根本から変えてしまった。
この早すぎる「進化」の行方はまだみえない。

 人類はどこからきて、どこへ向かうのか。
小さいヒトをきっかけに考えたい。

――――
2014/12/17
読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー3
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆 (著)
   * 今世紀で人類は終わる?  
「今世紀で人類は終わる?」マーティン・リース(著)から!
ー内容(アマゾン)よりー
< たとえば、致死率の高い危険なウイルスのDNA配列情報は、いまや
だれでもネットからダウンロードできる。このDNA情報から、ウイルスを合成し、
さらに強力なウイルスへと改造する技術を持った科学者は、世界に数千人
存在し、その数は年々増えている。もし、通り魔殺人や銃乱射事件を起こす
ようなタイプの人間がこの技術を習得したら、いったい何が起きるだろうか。
核戦争や地球温暖化といった、20世紀から危惧されてきたものとは全く別の、
予想外の脅威による人類文明終焉のシナリオを、物理学者が描き出す>
 ー著者・立花の解説が明快である。
≪ 著者は宇宙物理学者。英王立天文台の名誉天文台長をつとめる。
話はすべて、科学的にありうる地球滅亡、文明滅亡の話。小惑星の衝突、
「温室効果」の暴走、といった自然現象の脅威もあれば、核兵器の拡散、
バイオテロ、カルトの先鋭化といった人間の暴走現象もある。自己複製する
機械ができて、人間より優秀になり、ポストヒューマン文明を築いてしまうとか、
生物を栄養源とする自己増殖ナノマシンが生まれて、爆発的に増殖し、
地球上の植物を食いつくしてしまうなどというテクノロジー未来物語もある。
 驚いたのは、最先端の素粒子実験がもたらしかねない世界の終り。
巨大な金や鉛の原子核を光速近くまで加速して衝突させると、原子核が
くだけてグジャグジャになり、小スケールだが、ビッグバン直後の世界を
再現する。すると、ブラックホールができて、周りのすべてを吸いこんで
しまったり、複数のクオークが途方もなく圧縮されて、ストレンジレットと
呼ばれる奇妙な新粒子を作りだしたりする。ストレンジレットは自分が
接触するあらゆる地球上の物質を片端から奇妙な物質に作りかえて
いって、アッというまに地球を直径百Mほどの超高密度天体に変えてしまう
可能性がある。 あるいは、この実験え真空に転移を起こさせ、これまでの
空間を空間ならざるものに変貌させてしまい、これまでの空間がスッポリ
それにのみこまれてしまう可能性がある。このような真空の相転移が宇宙
規模にふくらんでいき、ついには銀河系全体がすっぽり、飲みまれてしまう
ことも考えられる。≫
▼ 小スケールのビックバン直後の世界の再現の可能性には、驚いた。
あるうることである。また、狂信的イスラム教徒達が、自分の体に細菌を
感染させて、世界各地で、いっせいにテロに走ることも十分に考えられる。
現在、問題になっている『イスラム国』。ネット上の教団が、世界中の狂信的
イスラム教徒に、テロを呼びかけている。そのアメリカも、考えてみれば
狂信的キリスト教国。とすると「目には目」の殺しあい、激しくなって当然。

――――
2700, 「レンタルの思想」−6
2008年08月26日(火)                 ー 読書日記
 進化生物学者の長谷川真理子との対談が面白い。
ネアンデルタール人と、現生人類が重なってた時期があるが、何故に 現生人類
が生き残ったのか?脳の大きさよりコネクションが違っていて、そのことが多く
の道具を使うことを促して生き延びたこと、言語能力が格段と上だったこと、
更に病気に対する抵抗力の差があったという。そして「おばあさん」の誕生が
現生人類の特徴という。 それまでの色いろな人類のメスは排卵が終わると
直ぐに死んだ。 しかし現生人類の女性はその後も生き延び、お産のノウハウを
娘に伝授したので人口が増えたという。人骨から「おばあさん」の骨が多く発見
されたことから分かったという。 面白い節である。
      ーおばあさんの誕生ー 長谷川真理子×松井孝典
  *おばあさんの不思議
長谷川: いまある限りの現生人類の骨から年齢を測ると、おばあさんの骨が
 含まれているから、長生きしたのだと思います。
松井: それは現生人類が繁栄するという意味で、非常に本質的な点ですね。
 なぜそうなのかについて何かアイデアはあるのですか。
長谷川: 「グランドマザー仮説」というのがありまして、祖母の知恵が、娘が
 母親になるときの孫の生存率を上げたのではないかと言っています。
松井: それはそう思いますね。出産の経験がまったく蓄積されないで単なる
 生物として初めて出産を経験するのと、出産とはこういうものだということを
 あらかじめ意識として持っているのとではすごく違いますよね。
長谷川: 全然違いますね。
松井: それで人口が増えることに加えて、寿命も長くなるわけで、環境には
 二重の負荷がかかる。
長谷川: そうですね。でも流行病とかが時々ありますから、長いこと人間の
 人口はそんなに増えませんでした。だけどまず一万年前に増えて、それから
 産業革命から増えて・・。でもそれから豊かになると出生率が減るでしょう。
 進化的に生物として考えると、 自らの繁殖率を減らそうとする生き物は
 いないわけです。豊かになるということは条件がよくなるわけで、条件がよく
 なると普通はもっと産むので、だから人間がどうして豊かな暮らしになれば
 なるほど持ちたい子供の数が減るのかなと。
松井: おばあさんが存在するという不思議と、もう一つは豊かさがあるところ
 に達すると産まなくなるという不思議と。
長谷川: 全世界的にそうです。それがどうしてそういう心理状態になるのか。
松井: やはり出産が大変じゃないのかな。本当は産みたくないんじゃないかな。
長谷川: それもあるかもしれませんが、進化生物学的に考えれば、そんな心理
 を持つこと自体が 不思議なことですから、いろいろモデルをたてて研究して
 いる人がいます。そこから見えてきたのは、べつにこういう先進国だけではなく、
 牧畜民の社会とか、農耕社会とか、少しでも富の蓄積ができたあとには、子供
 だけではなくてー子供も富と数えてー持っている富全体を最大化しようとする
 みたいなのです。… …
  〜〜
 (−対談を終えて) 松井孝典
これまでの人間論には、生物学的人間論と哲学的人間論があった。今回は生物学的
人間論とはいかなるものか、ということで長谷川さんと対談した。現生人類の起源
には、多地域進化説と出アフリカ説とがあり、後者が有力になりつつある。
現生人類はなぜアフリカから拡散したのか?あるいは数万年前、同じ地域に存在
したネアンデルタール人が絶滅し、ホモ・サピエンスが繁栄したのはなぜか?
現生人類はなぜ人間圏をつくって生き始めたのか? など、生物学的人間論には
興味ある問いが数多く残されている。そのすべてを議論するには紙面が十分では
なかったが、今回の対談で、少なくとも上に挙げた問いへの答えは出せたと思って
いる。 なぜか知らないが現生人類には、おばあさんが生存できるという特徴と、
言語能力が格段に高いという特徴がある。この二つの特徴が、現生人類をして
短期間に世界へ拡散させ、それぞれの地域での繁栄をもたらし、一万年くらい前
の環境変動に対し農耕牧畜という生き方を選択させた。今回の対談で明らかに
なったように、右肩上がりを前提とし、共同幻想を抱いて生きるといういまの
生き方は、現生人類の誕生以来の生物学的特徴なのだ。宇宙からの傭鰍的視点は
この特徴に対し、何らか有効なフィードバック作用をもたらすだろうか? (松井)
 〜〜
言語能力を高くして、より良い情報手段を獲得して長生きする。
 それが現代の特徴ではないかい?? 私もか!

――――
H0711
一万年の旅(一歩一年)

 一歩を一年とみたてて、過去一万年(歩)の旅をしてきた。
先日近くの土手をその感覚で歩いてみて非常に面白かった。
最初の四十九歩(私の年令)−こんなものか!
五十一歩前、私は完全に無!
一三〇歩明治維新!五〇〇歩戦国時代!
……二〇〇〇歩キリストの時代!
五〇〇〇歩文明の発生!
一〇〇〇〇歩農業の発生!
自分の人生と実感で比べる事ができた。
そういえば母が八〇才の時、
“家康とか信長は、私の人生の長さの五倍位前に生きていたと思うと
そんなでもないのね。”といった言葉を思い出した。
この発想のもとは考古学者の“一歩千年、数千万年の旅”の手記をよみ、
私なりに千年を一年に縮めて実験、実感したのであるが、
私自身年間平均一日一万五〇〇〇歩歩くので、
一年で約五五〇万年の旅をしている事になる。
丁度、猿人か人類が発生した頃にまいもどる事になる。
また生まれて今まで数億年の旅をしたことになる


6212,閑話小題 〜米朝開戦 −5

2018年03月17日(土)

   * 朝鮮戦争への道
 プーチンの思惑どおり、ホワイトハウス内の混乱が増すばかり。
一年で、国務大臣、FBI長官、首席戦略官・上級顧問、首席補佐官などを
次々と罷免してきた。「凡庸な泡沫が大統領になると、この有様さ」そのままを、
私たちは目の当たりにしている。 直近から遡って、その履歴を検索すると… 
≪ ☆ ティラーソン米国務長官の罷免= 
 トランプ米大統領は3月13日、ツイッターで、ティラーソン国務長官を
 解任し、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を後任に充てると発表した。
☆ コーン国家経済会議(NEC)委員長の辞任=  
 ホワイトハウスが18年3月6日、近く辞任すると発表した。
☆ マッケーブ連邦捜査局(FBI)副長官の辞任=  
 18年1月29日に辞任した。
☆ プライス厚生長官の辞任=  
 17年9月29日に辞任した。可能な限り定期便を使うよう求める連邦政府
 の内規に反し、高額なチャーター便を頻繁に利用し、税金の「無駄遣い」が
 批判された為。
☆ バノン大統領首席戦略官・上級顧問の辞任= 
 16年11月の大統領選で選対本部最高責任者としてトランプ氏を当選させた
 立役者で、最側近だった。保守強硬派の政策を推進した「黒幕」とも目されて
 きたが、強引な手法の影響で内紛も絶えず、17年8月18日に辞任した
☆ スカラムチ・ホワイトハウス広報部長辞任=、 
 17年7月21日に就任したが、同31日に辞任した。31日就任のケリー
 大統領首席補佐官が「白紙の状態から自身のチームを組めるようにする」ため。
☆ プリーバス大統領首席補佐官=
 ケリー国土安全保障長官の首席補佐官就任に伴い、17年7月31日に辞任。
 事実上の更迭とみられる
☆ コミー連邦捜査局(FBI)長官= 
 17年5月9日に解任された。ホワイトハウスによると、先の大統領選中、
 民主党候補クリントン元国務長官の私用メール問題に関する捜査情報を公表
 したコミー氏の判断は「重大な誤り」だったとして、司法省が長官交代を進言、
 トランプ氏も受け入れたという。
☆ フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)=2017年2月1日 
 トランプ氏の側近の一人だったが、政権発足から1カ月に満たない17年2月
 14日に辞任した。フリン氏をめぐっては、補佐官就任前だったにもかかわらず、
 16年12月に駐米ロシア大使と対ロシア制裁について話していたことが発覚。
 民間人の外交交渉介入を禁じる法律に抵触する可能性が指摘されていた。
 事実上の更迭とみられる。

――
▼ 極めつけは、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を国務大臣の後任に充てた
 こと。これは、戦争の可能性が更に強くなったことを示唆する重大事。
北朝鮮が到底、飲めない条件を示して決裂? そして、ここで衰弱した張子の虎
の実態が現われ出て、自滅か? 戦争か? 
 近く、大家の皆さんと蒟蒻問答で話合ってもらおうか。
家族経営主義を露わに持ち込んだ泡沫候補上がりの大統領と、金日成気取りの、
撲ちゃん。観てる分には面白い!では、済まない。あそこまで挑発してしまった
からには、イラク、アフガンの国家破綻への道は避けられないとみるのが順当。
秋口のアメリカの中間選挙対策にも、戦争状態は必要? 共和党の支持率は34%、
不支持率は59%というから。更に大統領に不満が7割というから、何をかいわんや。
 これは北朝鮮問題で有耶無耶のようだが、アメリカ政治史に残る、大問題。
どうなっている? 日本では、安倍首相が、この失態。どうなってる?

 追) 偶然だが、5年前の黒鳥、今では朝鮮戦争? 

・・・・・・
4383, 黒鳥は、いつ舞い降りてくるか分からない
2013年03月17日(日)              
 * 不測に備えよ!
       「なぜ多重債務者がベンツに乗れるのか?」鳥巣正樹 (著)
自家用車は20年以上前に買ったソアラである。現在も、ほとんど故障する
こともなく、乗り心地もベスト。スポーツタイプもあってエンジンも劣化した
感はない。燃費はL7キロだが、遠出は少ないのでガソリンは月に1万円。
当り外れでいえば、当りの車。査定ゼロで借金のカタにもならない。ところで、
「弁護士に全面委任したがよいが、どこまで信頼してよいものか?」
「個人保証分の債権のため個人破産をすべきか?」と戸迷っていた時、知人に
この本を紹介された。しかし殆ど読まないうちに忘れていたが、先日、書棚で
見つけ出し読んでみた。破産は債権者からすれば何も回収できない最悪の事態。
今回、余裕資金があるうちに弁護士に駆込んだのも債権者からみたら善し悪し。
破産は以前と違い個人への保護ネットと、この一連の経験の過程で知った。
著者は「最後の手段として、ぎりぎり、とっておくべき」という。
事業再開の意思など更々ないので破産を避ける必要性がない。ただ
「気持ちの問題、しないで済むものなら」と、現時点では、しない方針。 
著者の論からして、それが正しいようだ。ここで、「債務者の方が債権者より
強い立場にある」というが、実感である。まずは弁護士費用を用意しておく。
それ以前に長年かけ備えをしておくこと。黒鳥は、いつ舞い降りてくるか
分からない。  ーアマゾンの内容紹介ーより
≪ 合法的に、正々堂々と、借金を踏み倒す方法があった。
「借りた金はゼロになる!」。ズバリ、これが“新・債務整理論”。
本書では、事業ローン・住宅ローンをはじめ、多重に借金を抱える債務者を
救う借金返済術を大収録。「6億円の借金を踏み倒し、手元に残した1億円で
再スタートを図った社長」「4億円の借金を踏み倒し、家を手放すことなく
ベンツを乗り回し続ける社長」「3億円の借金を踏み倒し、事業再生に成功した
社長」など、合法的に借金をゼロにして、人生を再スタートさせた事例をもとに、
目からウロコの対応策を伝授します。父親の借金が原因で苦しい幼少時代を
余儀なくされた著者が、その復活劇から学んだ“踏み倒しノウハウ”が詰まって
います。借金は返すのがもちろん大前提だが、不幸にして返せない事態になった
場合、借金のために死ぬ必要はない。自己破産だってしなくてよい(自己破産は
最後のカード)。債権者だって人間、ハートとテクニックで開ける道もある。
そのためには筆者のようなプロに相談すべしという内容。
本書は、事業の借金や住宅ローンを返せなくなった人向けに書かれた本。≫
▼ 弁護士の当たり外れはある。30年来の会計事務所のグループで、
 同じ建物内の弁護士だったので安心していた。しかし、弁護士は債務者の
利益より法的正義を優先する立場。それを踏まえて対処すべきである。
債権者である銀行は、元もと損しない仕組みができている。長期事業のため
リスクヘッジを数十年積み上げてきた。が、「自分は大丈夫!」という気持ちが
あったことも事実。9・11、リーマンショック、3・11など想定できようがない。
何とか雪崩に巻き込まれる直前に決断。辛うじて最悪を逃れた。とはいえ
準備期間を入れ45年かけた事業崩壊。 そう簡単に割り切れないのが人情。
「問題の中心を凝視し続け、弱気にならない」それが長年の経験の対処法。
中小は個人保証が前提。奥さんの連帯保証を避け、奥さん名義の給与を
与えて、預金をするのは中小企業が出来る特権。そのためには、倒産、会社
整理=悪の考えを捨てること。誰ひとり、助けてはくれないのが娑婆!
家内も含め、両親からの染付いた情報と体質が、最後の拠りどころ。
・・・・・・
4009, 昼間、何してる?
2012年03月17日(土)
 数年前の集まりで、久々の高校時代の同期に「Uターンをして毎日、
何をして過ごしている?」と聞いたことがある。それと同じ質問を現在、
自分がされた。その時、「スポーツセンターとか、図書館とか、暇を持て余す
ことはない現在の私と同じような答えであった。それでも、暇そう、としか
思えなかった。私はアウトサイダーで群れることが好きでなく、同級会以外は
一対一の付合いが多い。 それもあり、月に平均一度の飲み会以外に知人友人
との接触が少なくても平気である。ブログなどで、自分の気持ちを開放し書いて
いるので孤独感は無い。ジムで人の中で運動していることも気持ちが落ち着く。
 参考のために、昨日の一日のスケジュールを、そのまま列記すると
4:10 起床ー>随想日記の下書き修正、ネットへアップと、翌日分の荒書。
6:50  コーヒー・タイムと、新聞閲覧とTV(モーニングショー)
7:40  朝食と、TV       8:20 風呂
9:20  書斎で読書、パソコン
11:00 昼飯(牛丼店)後、   11:30アピタのシネマで映画
13:40 スポーツジムへ (ホリディSJが休日のため、公営のミニSJへ)
14:40 図書館、ドラッグストア、給油
16:00 居間で休憩後、書斎で読書
17:20 TV(大相撲)、晩酌 TV(録画)
20:00 パソコン・・・     21:20 就寝
▼ 金曜と日曜は民間のジムが使えないため公営のジムに行く。
4月〜11月は、4時半に起床、6時まで、この随想日記の書き上げと、
そのアップと、翌日分の下書きをする。その後、一時間かけて信濃川の
二つの大橋を自転車で一周する。飲み会が月に平均二回。アピタのシネマに
月2〜3回。ランチが週2〜3回。図書館と蔦屋は、週一。この合間の隙間
時間に、iPadで、読書、ゲーム、ネットサーフィン、電子新聞・雑誌を
見たりする。私として充実しており、一週間はアッという間。

・・・・・・
2011年03月17日
  * 原発事故難民が新潟にも
 昨日、車で新潟から長岡までの帰り途中にラジオで、「福島からの避難民
の方は、この電話番号・・に電話を下さい」と放送していた。避難所の紹介。
東北自動車道が閉鎖されているためか、高速自動車道は車で満ちていた。
TVで、ぞくぞくと逃げてきた被災民が新潟市の体育館などに詰め掛けている
画面を映し出していた。その前に、ホテルに一泊しシャワーを浴びる宿泊客の
車が駅前に溢れている。 三人の男性の宿泊客が、「宮城から食料と、生活雑貨
の買出しにきた。街には死体が散乱していて、死臭が凄い。」と言っていた。
関東も関西方面に避難している車が多くあるという。日ごと、この災害の影響が
私たちにも迫ってきている。 避難のため、得別便を日本に飛ばす国があったり、
大使館の機能を関西に移動している国もある。我々は、ただ座して放射能の被爆
を受けるしかないのか! 大して先が残されてないので、諦めがつくが、
若い人たちや、日本国家を考えると、絶望的になるのは当然のこと。 
まだ、発生より6日目でしかない。
・・・・・・
5115,吉本隆明の「幸福論」
2015年03月17日(火)
    * 老齢の幸福論
  吉本隆明の「幸福論」に、青年期、壮年期、老年期に分け、
 その老年期を更に三つ、老年期(65〜74)、超老年期(75〜84)、
 老年第三期(85歳以上)と分けている。現在の後期高齢者を二分割し、
 老年第三期を加えたもの。 私は、老年期半ばの69歳で、しっかりした
 老年になるが、その自覚はあまりに少ない。だが、歳月人を待たず!
  〜印象に残った箇所を抜粋すると
・「老年では、1年先のことなんか考えない、考えたって無駄。幸、不幸を
 ちいさく刻んで考え、ちょっとしたイイ気分でも、それで幸せ。な感覚」
・「一般に日本の場合は、孫と親と自分の三代は、理想的には同じ家にいて、
 老人は子供とうまくいってなくても孫とはそんなことないから、孫の相手を
 してる間は楽しいよ、ということです。」
・「老人っていうことは、心身両面が慢性的うつ病である」
・「嬉しいとか、辛いとかを、縮めて考えること。
  どっちも、そう長く続くものじゃないってね。」
・「人間の幸福・不幸とか、人生の目的は何とかは、若いときに考えるもの。
  年をとったら、長い周期で考えるのをやめることじゃないかな、何事も
  短い周期で考えればよい。」
・「自分の主治医は、自分。自分が良いと思ったことを自分でやるしかない」
▼ 一日一日をかみ締めて日々是好日で生きるしかない。老いてきた実感は、
 長生きは、思いの外、厳しい!ようだ。以前、身近な誰かが言っていた言葉、
『まさか、自分が年をとるとは考えてもいなかった!』が、言いえて妙である。
老いは誰もが通る道。『子供しかるな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ』
が老いの先。父のように71歳で逝くか、母親のように88歳を目指すか? 
 やはり、想定を75歳が? 「良いこと3に、悪いこと1」を目指し、
日々是好日、ということか。 探すと、確かに幾らでも面白いことはある!
四苦八苦に、十二楽二十四楽で対処するしかない。「老いの愉楽」ですか。
 私の場合、傷口が深いから、その二倍、二十四楽四十八楽でいくしかない!
・・・・・・
5845,号砲一発、北越と第四銀行の経営統合
2017年03月17日(金)
  * 号砲一発、北越と第四銀行の経営統合
 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の
ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。
実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。
まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。
「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と
関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が
不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の
北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と
原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 
 〜ネット記事から
≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行
(長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。
4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。
統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。
将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など
によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。
2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。
統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上
する、大規模な地銀グループが誕生することになる。
・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。
一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と
超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ
新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少
するという推計結果(13年3月推計)が出ている。
2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入
以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の
金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。
対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。
一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、
北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の
減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である
新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を
統合交渉のテーブルに着かせた。≫
――
▼「15〜64歳人口は、2025年と2010年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で
知ったが、深刻な事態である。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、
この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。
その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」
として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている
感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。
 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。
いや、5年か。目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。
今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細
経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者
の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯
をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 
越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の
常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが… ワオ〜ン。 いや、キャン!


6211,閑話小題 〜キズがあるほど甘くなる

2018年03月16日(金)

        「リンゴも人生もキズがあるほど甘くなる」外山滋比古著
   * 失敗は最高の教師
 無傷は傷に及ばないことがいくらでもある。7年前の節目時から一年もしない
内に気づいたことは、会社清算の結果が私の人生にとってベストだったのでは?
という、実感が沸いてきたこと。丁度、その頃、百数十年の老舗の会社を潰した
男が、同級会の席で、『おい、八ちゃん。俺も会社をつぶしたけど、この結果に
感謝してるんだ。』と静かに語りかけてきた。それ以前、全国区に知れ渡るほど
の大きな不幸にみまわれた数年後、何かの講演会で挨拶をしていた壇上で、照れ
臭そうな表情が何とも味わいがあった。それそのまま言うと、『それって、
どんな顔?』と聞き返してきた。そこで、「『自分が笑われているだろうと慮って、
照れている顔さ』と伝えると、心の芯を付かれたようで、嬉しそうにしていた。
 で、その時、『これで、あんたも1人前になったな!』と偉そうに宣った。
その少し離れた席では、「○○協会・会長」に選出されたとかで、一人、踏ん
反り返って肩肘を張ってる男がいた。 『ああ、あれが一時期の私の姿か…』 
 成るほど、二人の合せ鏡からみた後ろ姿とは、こういうものかと。
――

≪ 青森へ行った帰りに、朝市に寄ってリンゴを買った。
 キズのあるリンゴを売っているおばあさんがいる。こちらが、
「キズのあるリンゴの方が甘いんですよね」と言うと、おばあさんが、
「東京のひとのようだけど、よくごぞんじです。みんなにきらわれています」
 という意味のことを土地の言葉で言った。

うれしくなってもち切れないほど買ってしまった。
キズのついたリンゴ。
なんとかそれをかばおうとして、力を出すのであろう。
無キズのリンゴよりうまくなるのである。
キズのないリンゴだってなまけているわけではないが、
キズのあるリンゴのひたむきな努力には及ばないのか。

 人間にも似たことがある。
試験を受ければ必ず合格、落ちるということを知らない秀才がいるものだ。
他方では落ちてばかりいる凡才がたくさんいる。もちろん、秀才の方がえらく
なるけれども、落第ばかりしていた人が、のちになって、たいへんな力を発揮、
かつての秀才を追い抜くことも、ときどき起こる。

若いときに失敗をくりかえすような人は、はじめはパッとしない。
しかし、いろいろな経験を重ねているうちに、実力があらわれる。
ちょっとした失敗は人間ならだれしもあることだが、失敗したことのない
秀才、エリートは、なんでもないミスで破滅したりする。  ≫


▼ この結果、キズのついたリンゴに相成ったが、私にとってだが、2ランク
 上の日程を課し、こなしてきた。日々、老いていく中で、平常な心を保つに、
ハッピーエンドより、遥かに生きる力を必要になる。そこで閑静な生活環境が、
心を、魂を、休めてくれる。傷ついたリンゴは、自分で自らを隔離しなければ
ならない。深手になるほど、甘さが増すようだ。 腐り始めたら早いもんね。

・・・・・・・
4008, 閑話小題 ースローヨガなど
2012年03月16日(金)
  * 昭和的価値が人々を苦しめている!
 図書館で、何気なく月刊誌「新潮45」をチラ読みをしたところ、
ある対談の中で印象に残った言葉があった。「良い大学を出て大企業に入るか、
公務員になり、マンション買って、子供を二人つくり、とかいう戦後の昭和的
価値から抜け出せないで、苦しんでいる人が多い」という内容。特に、団塊世代
の親子、とりわけ子供の心に、その断層があり、両者が、その葛藤に苦しんで
いる、ということ。 ここで現役から退いて一年、昭和的価値観に影響された、
それまでの人生が見えてくる。学生時代の専攻が社会学だったこともあり、
卒業後も社会の潮流に興味を持ち、昭和的価値観を突き放し鳥瞰していたつもり
だった。しかし振り返ると終戦後から高度成長期の昭和的価値観に縛られていた
自分に、あらためて気づいた次第。 特に地方は昭和的というより、戦前戦中
の日本的価値観が失われず、そのまま残っている。それを良しとするには、
情報化がそれを許さない。そのため、その年代の横の繋がりが強すぎ孤立化
傾向が強い。 それを絆というらしいが・・ 大量生産、大量消費を目指した
昭和が終わり、情報化もあり、グローバル化の波が大きく覆い被さってくる。
その昭和の価値から抜け出れない人たちが、財布を握りしめているため
経済は停滞、少子化もあり経済は最悪の事態に突き進んでいる。
  * スローヨガ
 スポーツジムで二週間前から「スローヨガ」に参加を始めた。入会当初に
3回、参加したことがあるが、腰にきつかったため、それ以降、参加するのを
止めていた。 イージーラインを続けて二回するのが習慣になり、それが私に
とってベストになっていた。ランニングマシーンのウォーキング30分に、
イージーライン(25分)を連続二回に、週二回のスローヨガ(50分)を
加えたことになる。チャレンジ10と勝手にキーワードを決めて昨日で4回目。
この言葉を繰り返しながら通っている。腰痛改善のためのコースと思えるほど
腰が軽くなる。40坪位のエアロビスペースに30〜40人。男の参加は4人。
殆どが常連で、最後列からみると全員、姿勢がよい。 まずは、あと6回は
参加すれば、恐らく常連になるだろう。 
・・・・・・
4382, ブラック・スワン −2
2013年03月16日(土)
 ブラック・スワン ー2
       「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」タレブ著
  ーまずは、「あるブログの要約」から ー 
≪ 歴史に接すると、人間の頭には3つの症状が出る。
1. 分かったという幻想。世界は実感するより遥かに複雑だが、
皆何が起こっているか自分には分かっていると思い込んでいる。
2. 振り返ったときの歪み。 我々は後付けで物事を解釈しがちになる。
(歴史は人が経験する現実よりも、本で読んだほうが分かりやすい)
3. 現実に起こった情報を過大評価する。権威と学識のある人は不自由になる。
特に物事を分類し始めると、それに縛られる。科学が導き出した結論の
いくつかは、めったに起こらないことが与える効果を過小評価したり、
完全に無視している。だから、現実の世界では使い物にならないケースが多い。
めったに起こらない出来事(黒い白鳥)を見るのに不自由だと、
他にも色々な事が起こる。
1. 最初から目に見える一部に焦点を当て、それを目に見えない部分に一般化。
2. はっきりとしたパターンを欲しがる自分を満足させる講釈で自分をごまかす。
3. 黒い白鳥なんていないかのように行動する。
4. 目に見えるものが全てとは限らない。歴史は黒い白鳥を隠し、
 それが起こるオッズを見誤らせる。
5. 私たちは素性のはっきりとした不確実性の源ばかりに注目する。
しかし、それらは黒い白鳥のリストとしては具体的すぎるので、
その結果、なかなか思いつかないその他の黒い白鳥は無視してしまう。
人間は現実に起こった物事に対して、やたら法則を作りたがる。
いったん法則の仮説を構築すると、その後はその仮説を立証しようとする
行為のみに熱中してしまう。歴史とは「後から起こったことの効果を
合わせて見た一連の事象」のことである。911テロ後の約3ヶ月間に、アメリカ
国内で交通事故で死亡する人が約1000人増加。これはテロの影響で飛行機に乗る
人が減り、その代わりに車で移動使用とする人が増加した結果である。実際、
飛行機事故よりも自動車事故の方が遥かに確率が高い。
 人々を2つのグループに分け、ピンぼけの消火栓の写真を見せる。
それが何だかわからないほどのピンぼけである。一方のグループには、
解像度を10段階に分けてゆっくり上げる。もう一方のグループにはもっと
すばやく5段階で上げる。そして、同じ解像度のところで、各グループに何の
画像かを尋ねる。すると、画像が消火栓と見分けられるのが早いのは、段階の
少ない方のグループであった。つまり、与えられる情報が多いほど、それだけ
人は仮説を多く作って、どんどん間違った方向に結論を持っていってしまう。≫
▼ 現在も、黒鳥が何羽か近くに来ているが、ほとんどは日常に気をとられ、
 自分に直接関係ないだろうと思っている。リーマンショックの直撃で、まさか
私が、この事態になるとは思ってもみなかった。9・11テロで直接、事業の根幹
を揺らぐとは、思いもよらなかった。まさか、1000年に一度の東北大震災が、
直撃しようとは。地元の中越の大地震二つも、まさかの黒鳥である。
人生にとってのブラック・スワンといえば、突然、目の前に突きつけられる
「死」である。必ず誰にもスワンは舞い降りてくる。私の人生時計は夜10時。
闇は深くなってきたが、生きている限り黒鳥は気配だけ。
・・・・・・
5114,カエル男の末路 −1
2015年03月16日(月)
        ー日本社会を埋め尽くすカエル男の末路ー深尾葉子著   
 * カエル男の正体とは
 〜まずは、アマゾンの紹介内容より〜
≪『タガメ女の正体』の第二弾にして姉妹作! タガメ女に箍めとられてカネと
 社会的リソースを搾取される「カエル男」が、日本の政治、経済を動かし、
部下や下請け会社、取引先といった周囲の関係者を搾取の”倍返し”で支配する
さまを、豊富なケーススタディをもとに紐解く。ビッグデータ、グローバル化が
いかに進行しようとも、日本の男たちの「カエル男」的体質が変わらない限り、
日本は失速し続け、ますます家庭生活は生きづらくなる構造矛盾を撃つ!! ≫
  〜印象に残った箇所を抜粋すると・・
* タガメ女とは、「収入のある男をガッチリと捕まえ、その財布のヒモを握る
 「専業主婦」。あるいは、共働きであっても、子どもや夫をコントロールし、
 家庭という王国の支配者として君臨する女性。・・
 「マンションや一戸建てと引き換えに結んだ35年間の住宅ローン。
 給料はすべて妻に吸い上げられ、渡される月の小遣いはわずか1万円。
 自由にできるカネがないので、まったく身動きがとれない。さらに、朝から
 晩まで命を削るように働き、ようやく休日がきたかと思えば”家庭サービス”
 という奉仕も求められる。カネと社会的リソース(労働力、経済的価値)を
 吸い尽くされ、気がつけば皮と骨だけになり死んでいく」(p.6)
* 「タガメ女・カエル男システム」はもはや食い止めることができないほど
 日本社会に蔓延(略)・・  たしかに「タガメ女・カエル男システム」
 の自己防衛本能には凄まじいものがあります。 恐らく、もうこの衝突は
 避けられません・・ ただ、ひとつ希望を言えば、衝突はしても「沈没」は
 避けることができるかもしれません。船の針路は帰ることができなくても、
 最善を尽くすことで正面衝突を避けることができる。そのため必要なことは、
 ひとりひとりの「生き残りたい」という強い思い。・・ 自分の人生を自分の
 力で生き、その命をまっとうするごとく普通の「ひとりの男」になればいい。
 いや、男も女も、まず「ひとりの人間」になるべきでしょう。その上で真に
 助け合う繋がりを紡ぎ出してゆく必要があります。だれかから搾取され、
 だれかを支配するような「ぶらさがり」の連鎖を断ち切って、ひとりでも
 多くの男たちがカエル男から脱却したとき、この日本は本当の意味で
 一人前国家になれるのかもしれません。」(p.200-)
* カエル男の4つのタイプとは
  依存型カエル男(妻にしがみつく)
  攻撃型カエル男(家庭外で鬱憤を晴らす)
  自己犠牲型カエル男(終身雇用にしがみつく)
  現実逃避型カエル男(自己啓発と絆に逃げ込む)
▼ 次回、この4つのタイプを中心に取り上げるが、どれもこれも
 身に覚えがある要素。特に攻撃的カエルは! 阿部首相を、その典型的
タイプと看破している。団塊の世代が定年に入った昨今、これらのカエルが、
家庭内で、ダガメと対峙しているが、これでは不景気が加速される。
・・・・・
5844,「やさしさ」を身につける −
2017年03月16日(木)      
        <「やさしさ」という技術
               ―ステファン・アインホルン (著)>
   * 賢い利己主義者になるための7講
 6年前に自主整理とはいえ、倒産をしてマイノリティの立場になった。
銀行債権だけとしても、経済的破綻者になったことは確か。マイノリティの
立場は、なってしまえばなったで、面白い切口で人間社会を見ることが出来る
利点に気づくこと屡々。そこで思い出すことは、マイノリティなればこそ気づく
辛い時代に受けた「やさしさ」。究極のドン底にこそ「やさしさ」が湧き立つ。
それが起因で「やさしく」される。しかし、情に竿させば流され、重荷を背負う
ことになる。その都度、突詰めた判断の積重ねをしてきた結果、現在がある。
当然、正しい判断と間違った判断の積重ねが、現状としてある。今から振返ると、
社会に出た後も最低二時間の読書習慣と、その時々の日記風メモ(現在は、この
随想日記)の静寂の時間を通して判断していたのがプラスになっていたようだ。
 金沢時代に、不確定要素が多い中、先が見えず、手掛かりは一年以内に千葉
郊外にある5万人の新興団地の十字路角地の隣地に、郊外型飲食ビルの立上げ
予定の計画…。千葉県主導の宅地開発の為、土地の値段は半値以下。
購入希望者は当然ながら抽選になる。で、落ちて元もとと、暇にまかせて応募を
して、あとは当選した時点に考えることにした。大きな講堂の中で行われた抽選会
に面白半分に出てみたが、目の前で幸運にも当選した物件。但し書きがあって、
二年半以内に着工の確認申請を出す条件があり、そろそろ決断の時が迫っていた。
このことは勤務先の誰にも知らせてなかった。そのため、気持ちを集中して
いないと、当時の私の実力と実績からして創業の小さい第一歩としても難関で
あることは自覚していた。一日一日を有意義に過ごし、力をつけなければ成功は
覚束ない。失敗をすれば、全てがゴミ。それまでの苦労が、全て泡。宙に浮いた
ような日々の中で、男子寮に帰れば、デートの為か、誰一人居ない。そこで
独りで読書三昧になるが侘しい。 一年後には、何も知らない地で、新たな事業
創業があるため、サブ・テーマの言葉とおりの、『賢い利己主義者』に徹する
しかない必然性があったが、実際は逆のような。 特に20歳代は、職業の選択、
結婚問題など、人生の根幹の判断が一生を大きく左右する事案ばかり。時代の
熱さと重さの息苦しい中で、次から次にと、「やさしい言葉」をかけられていた。
知らぬ間に「やさしくなていった」のだろう。「ほろっとすれば、はいそれまで」
人生の最終版に会社整理で終えたことも、『賢くない利己主義者』に成下がって
いたが故の慢心の、結果だったということか。 遊びすぎ? いや、遊べるうち
に遊んでいて良かった?ことも確か。 人生を振返えみると、「もっともっと、
やさしくしておけば!」の後悔ばかり。とはいえ、生きた手ごたえは残っている。 
現在の私が、「やさしい」かといえば、さほどでない。 ということは、
「どん底でない」ということか。  〜内容紹介と感想は、次回以降に。
・・・・・・
5479,人生で最も大切な技術 ー29 倫理の核心は心の状態
2016年03月16日(水)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 倫理の核心は心の状態
 倫理の核心は、「叡智を養うことと、利他的モチベーションの機能を
発揮することで、これを使う叡智は体験でしか養えない」という。この逆を
売りにしている人物が多く存在している。あの内幕情報屋である。誰もが、
その要素を持っているが、程度の問題になる。その隠れた毒が回りまわって、
自分を毒していることに気づいていない。 ーその辺りからー
≪ 利他的なモチベーションとポジティブな結果をを生じようとする努力を
 選択することはいつでもできる。 そのために、自分のモチベーションを
繰り返して点検することはいつでも出来る。
 これについて、ダライ・ラマの言葉を引用しよう。
{ー自分の心が寛大か、それとも偏狭か。 大きな視点で状況判断しているか、
それとも些細な事項のみを考慮している か。 見方が短期的かそれとも
長期的か。 モチベーションが純粋に思いやりに基づいているか。
 その思いやりは自分の家族、友人、親密な人だけに限定されていないか。
等々と考えて、考えて、考え尽くすことが必要であるー}。
 そうであれば、倫理の核心は行動様式ではなく、心の状態ということになる。
外部に現れる行為が本物だと信じ込むと、例えば、罪のない嘘と悪意に満ちた
嘘の区別がつかなくなる。殺人者に「自分が追かけている奴がどこに隠れたか
教えてくれ」と訊ねられたとしても、それが真実を告げる場合でないことは
明らかである。攻撃的な行為も同じことが言える。ただし、自動車に櫟かれ
そうな我が子を母親が道路からぐいと押しやる際の乱暴な行為は、見かけに
過ぎず、子供の命を救う善の行為である。逆に、誰かが笑顔でお世辞たらたら
近づいてきたとしても、その人の目的が物を奪うことだったら、行為は一見
非暴力的だが、意図は悪意に満ちている。
 ここで基本的な疑問が湧く。それは、他者を幸福にする、他者を苦しめると
いう基準は、何を根拠として決まるか、という疑問である。飲兵衛を「幸せ」
にするために、酒瓶を与えるだろうか。あるいは、その人の寿命が縮まるのを
避けるために与えないようにするだろうか。ここで、叡智を養えという教えと
利他的なモチベーションが機能を発揮するのである。真の幸福と、快楽などの
幸福のまがい物とを識別することが、本書の趣旨である。純粋無垢な幸福と、
それを破壊する思考と行動を正しく区別させてくれるのが、他でもないこの
叡智であり、それは教義ではなく実際の体験でしか養えない。≫
▼ 倫理とは、行動様式と思いがちだが、心の状態とは驚き!
 幸福な人とは、自分の倫理観を持っている人だ。いや、ないのもいる?
叡智は教養の度合いと品性で決まってくる。倫理といえば、西欧では
キリスト教倫理になり、明確な規範がある。それは心に幼少の頃から、
刻み込まれる。日本の規範は、バナナのようなもの。外側が黄色で、
内側は白。とすると、外見と同じことになる。


6210,閑話小題 〜世間師

2018年03月15日(木)

   * 世間人と世間師
 世間に縛られ一生を過ごすのも人生だが、そこで問題になるのが教養。
森の生物の例え、モグラ観、虫観、鳥観の目線。「10・10・10」の桁を変えて
見る目線。10円、10万、10億とか…。 地中、地表、空中の目線である。
「世間」とは、虫観の世界が全てとして地表目線だけの生き方の人。「世間人」
なら「世間師」があって然るべきと、検索すると、以下の通り出てきた。
< 世間師とは、
 1.世間に通じて、その智恵を地域にもたらす人。
 2.旅から旅へ渡り歩く人。 >とあった。
銀行員の営業や、床屋、自転車屋、居酒屋などが、その一端を担っている。
地元でも城下町内の噂話がネットになる。婿取り娘が「タガメ」、蛙が婿殿。
何処の世界も同じで、旧来の「士農工商」コスプレ階級社会が色付されている。
岩場内では、噂話が「餌」となり、何代前のゴシップも受け継がれ、舟底に
附着する牡蠣のように重い錘となっている。そこで活きるには、インサイダー
か、アウトサイダーに徹するか、世間師として割切るしかない。割切って
コスプレ感覚の良し悪しは、趣味の問題。コスプレも、なかなかの味らしい。

――
ところで、昨日、ジムへの車中で、『テレフォン人生相談』が流れていた。
月に数度、偶然、聞くことになるが、50年前から現在まで続く長寿人気番組。
途中から数分間だったが、姑への不快感、不満解消が解決できない悩み。 
パーソナリティーが誰かまでは知らなかったが、内容は名解答。
<私は嫌な人は何故か見えなくなるの。それに近い経験をした時に、たまたま
楽器にのめり込んでいたことと、合唱団に入っていて歌うことでストレスの
解消を図ったの。これから30年も一緒に生きるなら、子供のためにもイライラ
を溜めないために、工夫を自らしないと…> 
 成るほど良いこをいわはると、聞いていた。音楽の力は絶大である。
以前、大きなスランプになった時に、ウォークマンの「カセット」を常時、
身に付け聞いていた。あとは、カラオケ。今では、4千曲が二つのiPodに
入っている。もっぱら、ミニチャリの最中に聴いている。耳からの情報収集が、
意外と穴場というが…

――
怒りの収め方、ストレス解消に、この30年来、取入れていたのが、
年に2回の海外ツアー、それも秘異郷を中心にしたもの。実感として、
「その先で、バッサとうち捨ててくる」。 見事に消え去るから不思議。
週に一度のシネマ館の映画鑑賞も、ストレス解消には絶大になる。
 日単位、週単位、月単位、年単位のスケジュールは、ストレス解消のため
組み立ててあると言って過言ではない。 日々を楽しめば楽しむほど、
ストレスは減っていく。 私は一時期、「光の手」の訓練を入れていた。
それを応用した合理的断捨離「内的消去法」を身に付けたが、これが効果的。
心の中で葬り去るイメージを繰返し持って… 当人は堪ったものじゃないが、
私の怒りは消滅する。あとは私にとって故人が浮いている存在に過ぎない。
 
追: 偶然、以下の文章があったのが、こんなホワイトナイト気取り男。
 老年の痴呆症の一側面だろうが… 誰のことでもない自分の老化現象の
心持なのであろう。ホワイトなら、救いがあるが、薄れ濁った鼠色じゃ?

・・・・・・
5843,ホワイトナイト症候群
2017年03月15日(水)
   *‘ホワイトナイト症候群’という病
 ‘ホワイトナイト症候群’という病がある。一見やさしく、思いやりがある
ように見えるが、そのうち全く違った顔をだす。話題に乗った人に、恰も同情を
した風を装って近づき、内幕を聞き出し、面白可笑しく雑魚の餌にするのを生業
にする。問題は、それが人として最も悪が含まれていることに気づかないこと。
一番、軽蔑されるのが‘やり玉’よりも当の本人と、喜んで聞いている雑魚。
固定観念の枠外のことは彼らにとっての悪行か、見上げる存在。悪行を批難して
いる間は、そこはホワイトナイト(正義の騎士)気分に成上る。人の不幸は蜜の味。
 そのこと自体が己を毒し、その批難そのものが、自分を投影しているに過ぎない
自覚の無さを丸出し、蔑むことで、自分だけが「白馬の騎士」と錯覚に陥る。
 一般的に教養ベースの低い人が、自己肯定のため身に付け、自分という舟底に
付く貝殻のように、己(舟)の動きを重くする。「脱皮出来ない蛇は死ぬ」状態
に陥る。 横丁のオバサンの世間話がこれ。白馬の騎士に出会えなかった結果が、
ホワイトナイト症候群の病を生み出す。 父は、こういう人たちを、たった一言、
『カス!』で切捨てていた。
三重、神戸、金沢、千葉、新潟、地元長岡と渡ってきたが、若い女性だけでなく、
男も、土着のシガラミから逃れたいと思いがあるが、決断が出来ないまま、人生の
終盤に至る。そして始まるのがホワイトナイト症候群の病人の一員?の世間話。
 女性特有の『シンデレラコンプレックス』は、土着のシガラミから逃げたい
「何処かの王子様、お願いだから、ここから救い出して!」の潜在的思いである。
一生一度だけの脱出チャンスが結婚相手の白馬に便乗することだが、これがまた
与作しかいない。結婚した後に、妄想と気づくことになる。人生は、ままならぬ。
重症に罹るのが10に1人。その虚妄の思い込みが真実の世界と信じる人種の病。
群れて生きる人間なら、重症か軽傷か、の問題でしかないところが…
 
 ところで何故に人の不幸が蜜の味になるのだろう?満たされてない為である。
  〜あるハワイアンの言葉より〜
・「自分の魂が本当に満たされるというっていうのは、
 どういうことなのでしょうか?」
・「それはね、自分が本当に何をしたいのか、
 何をするためにこの世に生を受けたのかを知ることです。
いくらお金を持っていても、いい仕事を持っていても、
自分の魂を満足させられないと、病気になったり、
悪いことを引き起こしたりしてしまいます。
いろいろな辛い体験を踏み、苦しい体験を経てこそ、
その中から自分にとっての本当の幸せを学びとることなのです。」
・「だから、本当に必要なものを見つけるまで、魂は旅を続けます。
 ただじっと待っていても幸せになれません。
また不必要なものを捨て去ることができなくては、
新しく得ることができません。
変化をする時はいつも大変ですが、不必要なものを捨て去る決断を
下せない人の魂は決して満たされることはないでしょう。」
▼ ナニガホシイか解らないと、魂がたださまよい続けて一生を終えてしまう。
 必要なのは、勇気でなくて、覚悟。決めてしまえば、すべては動き始める。
この覚悟こそ、魂の根本。覚悟がないのが‘ホワイトナイト症候群’という病に
なる。 過去のテーマを検索すると、内幕情報屋について、多くあった。
その一つを紹介する。 成程…である。他人様のことでなく、自分のことだが。
この類のテーマ、書くほどに人の心を傷つける。万人の心の影を抉り出すため。
・・・・・・
4748,そんなに長生きしたいですか ー2
2014年03月15日(土)
      『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著 
  * 長生きは苦しいらしい 〜こんなはず、なかった!
 両親二人の死に際を身近に見たが、死のは甘くはない。父は70歳、母は
88歳だったが、死は傍でみていて直視できない。しかし死んでしまえば、
それまでよ。その私も父の死の年齢まで、あと2年。 父は、余命一年で、
スキルス性胃ガンが発見され、宣言のとおり亡くなった。そうこう考えると、
いつ何時、何が起きても不思議でない危険水域に入っている。ところで、
「長生きは苦しい」ことは、老人仲間の会話以外は、どうもタブーのようだ。
 まず、第一章から、このテーマを取り上げている。著者は、老人デイケアを
中心としたクリニック医の経験から、その苦しみを数多見て、老人の
「死にたい願望」が如何に強いかを述べている。 ーその辺りより抜粋ー
《・「心臓発作で死にかけた老女が生きかえって「まだ、死にません」に対し、
 「そんこと言わないで。長生きしていたらよいこともあるでしょう」と慰め
でいうと、声を荒げ「いいことなど何もない。苦しいこと、辛いことばかり、
このまま死んだほうがどれだけましか」と・・
有料老人ホームに診断に行くことも多いが、そこで「朝、起きて死んでいたら、
どれよどよいか」「階段からこけて、そのままポックリいけたら、どれほど
よいか」という嘆きの声が多い。・・
・よく耳にするのが、「こんなことになるとは思わなかった」という嘆き。
◎腰痛と膝の変形に悩む老人が、歩行器にすがりながら顔をしかめます。
 「若いときから山歩きで鍛えてきたのに、こんなに腰や膝がいかれるとは。」
◎脳梗塞で右半身が麻痺した老女が、口惜しげに問いかけます。
 「健康には人一倍気をつけて、身体に悪いことは何もしなかったのに、
 なんでこんな病気になつたのでしょう」
◎頑固そうな男性が腕組みのまま、撫然としてつぶやきます。
「年はとりたくないもんですな。引退したら司馬遼太郎の全集を読もうと
 思うてたのに、目がかすんでとても読めん」 多くの老人が、予想外の状況に
 悩み、苦しんでいるようで。しかし、それらはありふれた老化現象のようです。
・脳梗塞やその他の病、それはどうやら老いというものが、だれにも初体験
 だからのようでした。七十歳になった人は、みんな生まれてはじめて七十歳
 になります。八十歳も九十歳も同じ。老人ははじめての老いの中でとまどって
 いるのです。こんなことになるとは思わなかったという老人の多くは、老いを
 楽観していたのではないでしょうか。老いても元気な人を見れば、なんとなく
 自分もそうなれると思ってしまう。逆に、老いて苦しんでいる人を見ても、
 自分はそうはならないだろうと。今、長生きを望む人たちも、今の体力に
 近いまま長生きできると思っている・・・》
▼ これを読んでいると、老いていくのが末恐ろしくなる。還暦を過ぎて、
 まる八年になるが、どうだったろう? 良いことも、悪いこともあったが、
やはり生きていて良かった。時代の変化の激しさと、情報化による恩恵が良い。
不謹慎だが、倒産劇も事業人生の終わりの仕上げのドラマ仕立で、面白かった?
これも人生の味。いつ何時、上記の状態になるかもしれない危機感が、この
状況で、日々を面白くしている! 長年の準備と、独りを慎めばこそ!
・・・・・・
5478,閑話小題 〜ギョッとする ー�
2016年03月15日(火)
   * ギョッとする ー�
 人生で一番ギョッとする瞬間は、恐らく自分の死期を悟った時だろう。
何だかんだといっても、心の隅には、「自分だけは、そんなことはない。
まだ先だろう」という根強い気持ちがあり、その時に思う言葉が、
『あと10年は大丈夫と思っていたが、まさか自分が!』。
この数年、何人から聞いた、『あと二年と、医者に面と向かって言われた!
が、まだ信じられないし、受け入れられない。あと三年後にリタイアをして、
旅行三昧を計画していたが・・』と、悲痛な叫び。私など、過剰な量の酒を
飲んできたため、2〜3年以内に宣言される可能性がある。その時、いざ覚悟を
決めていたとしても、想像を絶する‘ギョッ’が爆発するのだろう。
 その前の‘一日一日’、いや、‘いま、ここ、わたし’を味わいつくす
しかない。生きている内、元気な内である。で、毎週、飽きもせずシネマに
通い、共同幻想の世界に浸りに行っている。シネマに限らず、TVで映画や、
ドラマの共同幻想の世界で夢見ている。やはり、父の口癖だった、「死んで
しまえば、それまでよ!」である。
  * 軽度の認知障害とは
 昨夜のバラエティ番組で、タレント?の蛭子能収が軽度認知障害(MCI)?
と診断された。天然ボケ発言が売りの67歳。「最近、ものわすれがひどい。
孫の名前が覚えられない」という彼が最新の脳検査を受けた結果、MCI・
軽度の認知障害が発覚した。家内から、『大丈夫?」と言われたが、まだ
大丈夫と自己診断をしたが、物忘れ、うっかりミスが、最近、あまりに多く、
ギョッとすることが何度かあった。
・・・・・・
5113,ホロコーストを生き延びて
2015年03月15日(日)
  * 囚人番号A26188〜ホロコーストを生き延びて〜
          〜15年3月11日 水曜 午後6時〜6時50分〜
 先日、大相撲が終わり何気なくまわしたチャンネルが、この番組。
当時の凄惨な収容所や、殺された人たちの写真と共に淡々と語る老婆
へニアの話に、我を忘れ見入ってしまった。転々としたどの収容所でも、
奇跡的に助かり生き延びた内容は、想像を絶した生き地獄。 途中で、
この番組を数年前に見ていたことに気づいた。 ポーランド、ソ連を
中心に500〜600万人が虐殺されたホロコーストは残酷の極み!何度見ても、
その悲惨さに驚愕をする! 〜NHKのHPの、その紹介記事から〜
≪ 1939年のドイツによるポーランド侵攻は、ある少女の運命を狂わせた。
 靴工場を経営する父と母、3人の兄弟と幸せに暮らしていたヘニアは、
マイダネク強制収容所、「シンドラーのリスト」の舞台として知られる
プワシュフ強制収容所、アウシュビッツ強制収容所、終戦時のベルゲン・
ベルゼン強制収容所と、4つもの収容所を転々とし、偶然と機転、そして
時には他人に助けられて奇跡的に生き残ったのだ。
 現在南アフリカで静かに暮らす彼女は、ホロコーストを知らない若者が
増えていることに危機感を抱き、今まで夫や息子にも話さなかった悲惨な
過去を明らかにすることを決めたという。目の前で日常的に繰り返された
ナチスの残忍な行為の数々、アウシュビッツ解放前に強いられた“死の行進”、
家族の行方―ホロコーストを生き延びた“囚人A26188”ヘニア・ブライヤー
が、壮絶な体験のすべてを語る。≫
▼ 20世紀といえば、スターリン、毛沢東、ヒトラー、ポル・ポトなどが、
 大量殺戮を重ねた世紀。彼らは国内や隣国の人民を1〜2割も殺戮した、
というから、平和ボケした日本では想像すら出来ない事態。 現在も、
北朝鮮が同じような状況にある。社会主義も資本主義も駄目というなら、
何が良いのか? その上、情報機器が飛躍的に進化する中、政治体制が、
それを持った大衆をコントロールするのは至難の業である。その行着く先は
混沌とした世界。そして極端な原理主義が、世を覆い、同じような大量殺戮
の世が再び、生じる可能性が出てきた。人間は本当に進化したのだろうか?


6209,閑話小題 〜グーグル効果

2018年03月14日(水)

   * グーグル効果
 「グーグル効果」たる言葉があった。早速、グーグル効果で検索すると…
【 「分からないことがあったらGoogleに聞け!」 …なんて言われるように、
 ネットにおける情報検索はもはや我々の日常の一部です。しかし不思議な
ことに、ネット検索で手に入れた情報ってすぐに忘れてしまう。
われわれの脳はそれ以前に、オンラインで瞬時に見つけることのできるような
情報は「記憶の必要なし」として、自動的に忘却する(「グーグル効果」)のだ
という。よって、うっかりすると、(うっかりしなくても)脳ミソをスマホに
外部委託することになり、事実上頭の中身はカラッポ近い状態にありながら、
総合的・体系的な知識があるように振る舞う愚かを演じることも大いにある。】
 ー検索バカーということだが。

【 現代はインターネットの発達により、人間の知能は主役からその他大勢へと
 転落し人はインターネットを人間の交換記憶のパートナーとして扱っている
時代になった。 自分の友人、恋人などに記憶を託すのと同じくらい容易く
「クラウド」に記憶を任せてしまう。しかし、インターネットは別の点で人間の
交換記憶パートナーとは異なっている。
 ネットはパートナーよりも物知りで、情報を素早く取り出すことが出来る。
今日ほとんどすべての情報が、素早くウェブを検索することで情報を素早く簡単
に取り出せる。インターネットは、記憶の外部メモリーとして周囲の人々に
取って代わるだけでなく、知的能力を代替する役割も担うようになってきている。
「記憶」という日常的な作業をシェアする友人家族に、インターネットがどの
程度取って代わっているかを調べた実験ではコンピューターのような目の前に
電子のパートナーがあると、自分の脳に細かい情報をとどめておけない。
コンピューターを交換記憶のパートナーのように扱い、自分の頭の中に情報を
保存する代わりに、クラウドの頭脳に記憶をゆだねている。デジタルソースに
記憶を預ける傾向にあるという。 人々はインターネットが自分自身の知能を
構成する道具になったとの感覚を持っている。グーグルの検索の結果はウェブ
ページで見つけたものでなく、自分自身の記憶の中にあるものの産物として想起
されて、あたかも「それを自分は知っていた」と無意識に感じてしまっている。 】

――
▼・ 私自身、この17年間、学生時代の日記帳の日記帳や、旅行記を書いたり、
 新たに得た情報や知識を調べ直してテーマにして物語化したり、記憶装置に
したり、新たな発想装置にしたり、内観の手助けにしたりしてきた。
内面のクラウド化で、備忘録の役割もある。これ等がブログの役割の主柱だが。
グーグル効果の意味合いは、ここでは否定的だが、書店では、積極的に、プラス
効果を前面に出した本が、多く並んでいる。現実に、このブログは、その産物?
として脳の一部になっている。 特にHP内の「分類」の内部検索が、非常に
役立っている。夜半にヨガの「死者のポーズ」を取入れた瞑想で、無意識から
新たな切口が見えてくるのがプラスに働いくる。だから続いてきたのだろう。
「自動的に忘れるから良いのである。」
「頭を空にすることこそ、面白い。」
「総合的・体系的な知識があるように振る舞う必要など必要ない。
 これそのままでしかないから」
・ グーグル効果?の、事例として過去の旅先のブログの写真に、ネット上で
 見つけた写真を追加して楽しむことがある。追体験が気楽にしているような。
新たな視線で見えてくる過去を味わうことが「気楽」で可能になる。
 南アフリカや、ニュージランドのバンジージャンプで、頭につけたビデオも
然り。当時の体験が、リアルに戻ってくる。
<ジンバブエ、バンジー、映像> の検索一つで、TVでの追体験が可能になる
 のも、ググルになる。 「能動的カウチポテト」だが… 。

・・・・・・
5477,閑話小題 〜エレベータ落下の夢
2016年03月14日(月)
 20年位前から、年に一度位、乗ったエレベーターが壊れて急降下する夢を
みていた。何故かリタイア後からはみなくなった。ある本で、それには意味が
あるという。 そこでネット検索すると、以下のようにあった。
《 エレベーターが落下する夢は、あなたの運気がどちらかというと下降線を
 たどっていることを象徴していますので、慎重に事を進めるように。
あなた自身が現在手にしている地位や周囲からの信用を失う暗示である場合が
あります。また、実際に地位や信頼を失うことはないとしても、それらを失う
のではないかと心配するあまり、恐怖心や不安感が夢として表れることがある。
  ☆ かなり高い場所から落下するエレベーターの夢
かなり高い場所から落下するエレベーターの夢は、今トラブルを抱えていた
としても、自分自身でそのトラブルを乗り越えて、解決できることを意味して
います。また、自分の能力に対して高すぎる理想や目標を抱いているため、
理想と現実のギャップについていけない心の葛藤が表れている場合もあり、
地に足がついた生活に変更すべきとの警告を促す意味を持つ場合もあります。
  ☆ エレベーターが降下する夢
 気分が良い感じが残る降下するエレベーターの夢は、あなたを取り巻く
状況が安定していることを暗示していますので、心配する必要はありません。
もし、なかなか物事が決まらなかったり、落ち着かない状況が続いている渦中
の方であれば、その不安定な状況から脱却できる可能性があります。ただし、
自分自身が落ち目だと感じているときには、非常に不安定な精神状態が、降下
するエレベーターの夢として反映される場合もあります。
  ☆ エレベーターが止まらず降下し続ける夢
 エレベーターが止まることなく降下し続ける夢は、深く悩み過ぎている
心理状態の象徴ですので、少し気持ちを楽に持つようにするとよいでしょう。
また、自分でコントロールができない精神状態をも表していますので、
意識して心を穏やかに保てるような工夫が必要です。》
▼ 客商売は、いつ何時、緊急事態が起こる可能性があり、即座の対応が
 必要なため、常に緊張の糸を張っていなければならない。万一、対応できない
場合の不安が纏わりついているが、それがプツンと切れた状態が、エレベーター
の落下の心理状態ではないかと思われる。決まって出てくるのが、一番初めに
つくったホテルのエレベーター。古くなってガタガタ音がした後、急降下して
いく。上記の説明からすると、一部、納得できる。高層ビルのエレベーターが、
止めどなく上っていくところで夢から覚めたこともあったが。エレベーターは
違った階を移動する小さな密室の異空間。夢の象徴として考えると面白い!
・・・・・・
4747,そんなに長生きしたいですか ー1
2014年03月14日(金)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
 4年前から、18年続けてきた一年一度の「一日人間ドック」を止めた。
別に、深く考えた訳でなく、毎年、同じことの繰り返しでしかない。
検査で早期発見をしても、悪性なら助からないし、良性なら助かる。
それならば現象が現れてからでも同じこと。それをわざわざ、定期検査を
するのは洗脳されているのではないか?の疑問もあった。それと
「60歳までに、人生を生ききった、元をとった」という思いがある。
この数年、近藤誠と中村仁一の「ガンとは闘うな!」の影響もある。
お二人は、薬漬け、抗癌治療、健康診断そのものに疑問を投げかけているが、
この著者・久坂部は、アンチエイジング、長生き、そのものに疑問を投げる。
   まずはーアマゾン内容ーより
《 何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるか? 長寿をもてはやし
 抗加齢に踊る一方で、平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。
多くの人にとって長生きは苦しい。寿命は不公平である。だが「寿命を大切に
生きる」ことは単なる長寿とは違うはず。どうすれば満足な死を得られるか。
元気な内にさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。 
数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。》
 ー‘はじめ’からしてシリアスであるー
「本書は、長生きの良くない面にスポットを当てています。だから、
基本的にはいやなことを書いています。なぜそんないやなことを書くか
というと、巷にあふれる健康長寿情報にはあまりにウソが多いからです。
そんなきれい事ばかりを聞かされていたら、この先どうなるのか。
ますます老いや長生きが苦しくなってしまう。その危機感が強くあります」 
   ーあるレビューよりー
【 著者は現役の医師。「長寿」に対する日本人の考え方、医療のあり方に
 疑念を抱き続けてきました。そんな著者が臨床例を紹介しながら、長生きの
よくない面にスポットを当てて解説します。「今や早死にの危険は減ったけど、
長生きの危険が高まっている」という逆転現象。むしろ、長生きすることを
「リスク」と捉える傾向すらあるそうです… 身体は死のうとしているのに、
それを無理やり引き留めるのだから、死が苦しくなるのは当たり前。
延命治療のこういう側面には、なかなか気が付きません。誰もが初体験である
「老化」そこに大きな不安が生じるのは誰でも同じです。しかし、そこに
つけ込んだビジネスの多さに驚かされます。本書ではそれらの実態を踏まえた
うえで、改めて理想の「老い方」、そして「死に方」を提案してくれます。
長寿を願い、健康情報に振り回され今を忘れていませんか?
遠い先ばかり見て未来に逃げず、今を十分生きていますか?  】
▼ 最近、自分の血糖値や血圧の話題をしている人に違和感を覚える
 ようになった。「ああ、この人、洗脳されている」と。子供の頃、老人へ
の悪口に、「死にそこない」という言葉があった。現在、それを言ったら
袋叩きになるが、著者は、「死にそこなわないで、自然に任せて逝きなさい」
と勧める。死にそこなった老人たちの実態を見ているからだ。
・・・・・・
5842,閑話小題 〜涙を流すより、考えよう −2
2017年03月14日(火)
  * 「涙を流すより、考えよう」を、さらに考える。
 20数年前から哲学に興味を持ち、「入門書」を中心に独学をしてきた。
宇宙時間からみれば、平均80年の微細な人生。 私たちは、何のため生まれて
きたのか、何をすべきか、何を知るべきか等々の自問自答の問いかけと答え。
そこで面白い例えに出あった。<なぜ生まれたかって? それは地球外生命が、
地球に大よそ80年の人間としての生命を授かり、可能な限り地球の大自然の
光景と出合い、属する「人間」とは何かを可能な限り知り、蓄積してきた文化
文明を知ること。特に身近な文化を味わうこと。それを可能にする特質である
「考える」とは何かを考えること。>
 考えるには、脳をクリアーにする必要がある。そこで、最先端の文明の力を
活用する。また情念では涙を枯れるほど流すこと。情念の最たる「感動・感激・
感激」こそ考える原動力になる。脳をクリアーにするに、瞑想が効果的になる。
手っとり早い「α波音楽瞑想」も可能である。一度、トリップをして現象世界
から離れること。 私の年齢は、人生という地球の旅も終盤にきている。
可能な限り、世界の広さと深さに触れてきたが、上っ面ばかりだったのようだ。
振返れば、知識も経験も若い時と比べると習熟している。その時々に、出来ない
ことも、知りえなかったことも可能のため、後悔が立上る。「われ後悔せず」
と、その時点時点で考え、判断してきたとしても、後悔が日々、湧きたつ。
それが晩年の人生の味だが。成る程「極限までは誰も行ける。問題は、その先に、
どれだけ行けるか」の道理が身に染みる時節。情念の最たる「感動・感激・感激」
こそ人生。まだまだ、この場面が私を待っている。人生の晩餐会に、これを酒と
肴にして、「涙し、笑い、楽しまなくては!」 生きてきたよう死ぬようである。
・・・・・・・
4006, 宇宙は本当にひとつなのか ー8
2012年03月14日(水)           
  * 超ひも理論とは    「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
【 これまで電子などの素粒子は大きさをもたない点として考えられてきました。
 ですが、素粒子をただの点として考えると、つじつまの合わない、ことが出て
くるようになってきたのです。そこで、考えられたのが素粒子は実はひもだった
と考える理論です。これが超ひも理論につながる最初の考え方でした。
素粒子が実はひもだったというのは、突飛な発想のように感じると思います。
どうすれば、今まで点だったものをひもとして考えられるのでしょうか。
超ひも理論でいっているひもは、とても小さなもので、その長さは一〇の
三三乗分の一マイナスセンチです。小数点の後にゼロを三二個並べた後に
一が来るくらい小さいものなので、私たちは見ることができません。 
超ひも理論では、私たちが素粒子だと思っていたものは、実は振動して
広がっているひもなのですが、あまりに小さいので点だと思い込んでいたという。 
今まで点だと思っていた粒子の正体がとても小さなひもだったという超ひも理論
が正しいものだったら、宇宙の姿も大きく変わってきます。まず、宇宙は
一〇次元でなければいけないことになります。一次元の時間に加えて空間は
九次元ということですので、私たちが目にすることのできる三次元空間の他に
小さな異次元が六次元あることになります。加えて、プレーンと呼ばれる
三次元空間の膜も確かに存在して、物質はその膜に貼りついているという
ことも、理論が正しいことになります。】
▼ 物質をカタチつくっていた素粒子が、実は振動して広がっているヒモ
 だったとすると、モノとは何かという原点から考え直さなければならなくなる。
その超ひも理論が正しいと、宇宙が10次元なければならなくなり、空間が
9次元なければならないという。それから、多元宇宙論が導き出されるという。
「物質は、コトの一時的現象」という話を聞いたことがあった。
コトのエネルギーから生じるのが振動なら、素粒子と思っていたのがヒモ状の
振動と同じことになる。人間の感動も魂の振動。下にコピーしてある,
二年前の3月14日のーカントの神について、どう語ったかーが、宇宙論を
読むと符合する部分が多い。その前年分もか。
・・・・・・
5112,タガメ女の正体  ー
2015年03月14日(土)
       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
   * 結婚の格言が何か、違って読めてくる!
 タガメ女とカエル男のシステムを知った後に、結婚の格言を読むと、
その意味が少し違って思える! それだけ、この切口のインパクトが強い!
 印象的なのが ー結婚とは、熱病とは逆に、発熱で始まり悪寒で終わる
(リヒテンベルグ)ー 干からびたカエルとタガメの溜息姿が目に浮かぶ。
☆ よい結婚はあるが、楽しい結婚はめったにない。〜ラ・ロシュフコ
☆ 恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。〜リヒテンベルグ
☆ 四ヶ月の交際が一生を保証するだろうか?      〜ルソー
☆ 男と女が結婚したときには、彼らの小説は終わりを告げ、
  彼らの歴史が始まるだろう。         〜ロミュビリュズ
☆ 女が再婚する場合は先夫を嫌っていたからで、男が再婚する場合は先妻
  を熱愛していたからだ。女は運を試し、男は運を賭けるのだ。〜ワイルド
☆ 人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、
  記憶力の欠如によって再婚する。       〜アルマン・サラクル
☆ 結婚とは、彼の権利を半分にし、義務を二倍にする。〜ショーペンハウアー
☆ 結婚は、多くの短い愚行を終わらせる。一つの長い愚鈍として。〜ニーチェ
☆ 三週間互いに研究しあい、三ヶ月間愛し合い、三年間喧嘩をし、三十年間
  我慢しあう。 そして子供達が同じことをまた始める。 〜テーヌ
☆ あらゆる人智の中で結婚に関する知識が一番遅れている。〜バルザック
☆ 不本意な結婚をした男にとって、彼女は妻ではない。敵だ。〜プラウトウス
☆ あらゆる真面目なことで、結婚が一番ふざけている。  〜ボーマルシェ
☆ 結婚とは、ただ一人のため残りの人々をすべてを断念せねばならぬ
  行為である。                    〜ムーア
☆ 結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ
  入りたがり、カゴの鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。 〜モンテーニュ
☆ 男は結婚により女の賢を知り、女は結婚により男の愚を知る〜長谷川如是閑
▼ まだ現役のうちは良いが、退役後、20年以上の家庭内生活が待っている。
 その上、6年の介護生活といえば、地獄? 短い愚行と、長い愚鈍の果てに!
としても、やはり家庭を持ってみなくては! カエルからすれば、バイロンの、
「ずいぶん敵持ったけど、妻よ、お前のような ヤツは初めてだ。」(>_<ウッ!
   で、偶然だが、以下の文章につづく!
 ・・・・・・
3640, 大地震 ーつれづれに ー3
2011年03月14日(月)
* これからは原発の放射能漏れと大爆発の可能性がクローズアップをする。 
 まず現在、何が起こっているか頭を整理してみよう。
明治三陸地震以来の岩手、宮城、福島県沖の活断層が400キロにわたり起こった
地震と大津波。世界的にみても、今回の地震は最大規模の一つになる。
 1番 チリ地震(M9.5 1960年) 2番 アラスカ湾地震(M9.2 1964年) 
 3番 スマトラ島沖地震(M9.1 2004年)
 4番 東北地方太平洋沖地震(M9,0 2011年)
  カムチャッカ半島地震(M9.0 1952年) 
 今回の規模は、日本の歴史的にみても、一番大きな地震と津波。
人的被害では、関東大震災がある。1923年9月1日(土曜日)午前11時58分32秒、
神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9による災害。
死者・行方不明者 14万2800人。地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なった
ことから、136件の火災が発生しめ死者が甚大になった。今回のように、地震、
津波、石油の備蓄基地の火災、市街地の火災、原子力発電の爆発と放射能漏れ
など起こりえる全てが重なってしまった震災は過ってなかったこと。 
地震災害研究者からみたら、これほど研究材料の多い災害はない。
* この土・日曜日のTVは、東北・関東大震災の報道で一色。
 リアルタイムの生々しい内容に時間を忘れて終日、見入っていた。
三陸海岸には津波に対する警戒もあり監視カメラが多く設置されており、
個人のビデオカメラなども含め多くの映像が映し出されていた。 
日がたつにつれてYoutubeなどから多くの映像が出てくることになる。 
急な避難のため体一つで逃げてきた人が大部分。帰る家も金も無くした被災民は
今後、大変だろう。年寄りなら生活保護があるが、中年の人は、この大不況の中、
生活していくのは大変。 それでも、助かっただけでも良かった。 
 ところで、福島原発から200キロもはなれた女川原発の放射能の値が、
福島原発から流れてきた放射能で、普段の観測地値の400〜700倍になった。 
すると300キロ位しか離れてない新潟も何らかの影響を受けることになる。
 一回ごとの発表が、どんどん悪くなっているのが気がかりである。
深刻な事態になっているのだろう。大爆発の可能性も考えていないと! 
家に閉じこもっているしかないのか? 


6208,閑話小題 〜人生はマシュマロ・テスト

2018年03月13日(火)

   * マシュマロって実に美味しいけどな!
 以前、マシュマロテストについて書いていた。
< 子供たちの目の前には1つのマシュマロが置かれている。
…目の前のマシュマロは食べたいが. 我慢すれば2つも貰うことができる.。
子供たちにとって,究極の2 択が突きつけられる。‘マシュマロ・テスト’は
1968年にアメリカの心理学者ウォルター・ミシェルが行った実験。 4〜6歳の
幼児をテーブルとイスだけの何もない部屋に通しテーブルの上には好きな…>
考えてみれば、人生は”マシュマロ・テスト”の連続である。三次産業に
従事していたため、女性中心の職場では、独身時代の数年は、日々、生々しい
マシュマロテストの真っ只中。一度食べてしまえば、ハイ、それまで。
20歳の頃、学生寮の友人にダブルデート誘われ… 誘った男は、あい成立し、
最終的に結婚に至った。 80点が合格ラインの70点評価の人だった。が、
75〜80点のファジーらしい人がいた。 友人が成立した女性は?点だが、
趣味の違いはある。 ところで80点って何を基準?というと、4人の姉の
平均評価で主観的な基準。 相方をみれば、その人物の大方が垣間見れる」
というが… その時点の、己の姿が合せ鏡として映しだしている。
その時に、『職業と相方の選択は、人生最大のポイントになるのに、如何
して、そんな簡単に決めるの?』が、その時の感想であった。
 以来、振り返って、結婚までの道のりで、7年もフリーの状態でジックリ
と観察を楽しむことが出来た。 しかし、それはマサにマシュマロテスト。
若い時は、いや現在もか、自分を過剰評価する。特に若い女性に見られる。

父が、私たち子供のため各自の通帳を持たせ、晦日に与えた御年玉を翌日、
取上げ預金させていた。それを高校時代に株式の一つを選定、購入させていた。
 それをタネ銭として21歳に30日間の欧州旅行に行ったが、その年齢なれば
こその貴重な経験になったことは、ここで何度も書いてきた。
 ロングランのマシュマロテストをさせていたのである。姉と兄には、持ち家
の為の結婚資金に当てていた。傍目からすれば、強欲に思えるかもしれないが、
親の金銭の躾そのままを忠実に守っているだけ。
・ダイエットのために、甘味なモノや、脂ものを避ける。
・お金は、死に金を使わないで、天引きにしてタネ銭を長期にわたりつくり上げる。 
・健康面では、ジョギングや、散歩や、スポーツジムで身体の健康を図る。
・文化面では読書やネットで教養面のベースをつくり上げる。
 どれも、中長期間の生活を良好に保つためである。
 〜
『自分のために、長・中・短期に分けて、目先の欲望を、コントロール
 しなさい』とかは、誰も言ってくれない。
『天引き預金をしなさい』『人生は一度だけ、何事も積極一貫で臨め』とか、
『計画的に楽しみなさい』『幸せ状態を常に工夫して維持しなさい』とかは、
 自分自身で習得しなければならない。
これらは、親の教育の一環だが、自分自身の問題でもある。

 まあ、疲れ切った時に食べるマシュマロの味は格別。それと、夕暮れ時の
晩餐の酒とツマミの味も然り。この年齢なればこそ、あのマシュマロを食べて
いたら?の思いも湧かないでもないが…我慢をした味わいも、これまた良い。

追)上記を真剣に書いた後に、以下を読返して飽きれるのが、殆ど同じこと
 の繰返し。それも小さな世界の些細な出来事を恥ずかしげもなく、毎日。
成るほど、内観そのものである。マシュマロも何も、何でもいいから、腹一杯、
食べてみたかった? の叫びが聞こえてきそう。誰も、幾つか、食べ足りない
ものがある。人生、儚く、短いが、充実していた手応えがあれば、救われる? 

・・・・・・
5751,マシュマロテスト 〜
2016年12月13日(火)
        『マシュマロ・テスト』ウォルター・ミッシェル著
 図書館を彷徨っていると<マシュマロ・テスト〜成功する子・しない子>
が目にとまった。子供に2つの御菓子をみせて、ある時間を我慢すれば二個、
貰えるが、我慢できない子は一個だけと教え、席を立つ。自制心の弱い子は、
目先の欲望に負けて食べてしまう。その結果と、将来の成長度を比べるテスト。
当然、我慢する子は将来成功する確率が高くなるという面白い実験結果の分析。 
  〜ネット検索の内容が簡潔である〜。
≪ マシュマロ実験、またはマシュマロ・テストとは、子ども時代の自制心と、
 将来の社会的成果の関連性を調査した著名な実験。スタンフォード大の心理
学者・ウォルター・ミシェルが1960年代後半から1970年代前半にかけ実施した。
マシュマロ実験という名前ではあるが、報酬はマシュマロの代わりにクッキー
やプレッツェルが使われることも多くあった。
  ◇ スタンフォード大学での実験
「自制心」「セルフコントロール」などと呼ばれている「将来のより大きな
成果のため、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」
が、人の社会における成功に重要であることはよく知られている。この実験の
本来の目的は、この能力の幼児期における発達を調査するためであった。
最初の実験は、ミシェルと、エッベセンによって1970年に行われた。
最終的にこの実験には、600人以上が参加した。
  ☆ 実験方法
・職員の子どもたちが通う、学内の付属幼稚園の4才の子供186人が実験に参加。
被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に
通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個
載っている。実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、
私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもう一つ
あげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を
出ていく。
・子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子ども
たちは、自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗。
小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。
目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。
映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局
食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたり
して、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。
すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して
2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどであった。
・ミシェルの娘も実験に参加した一人だったが、娘の成長につれミシェルは実験
結果と、児童の成長後の社会的な成功度の間に、当初予期していなかった興味
深い相関性があることに気がついた。そして1988年に追跡調査が実施された。
その結果は、就学前における自制心の有無は十数年を経た後も持続していること、
またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもをグループにした場合、
マシュマロを食べなかったグループが周囲からより優秀と評価されていること、
さらに両グループ間では、大学進学適性試験の点数には、トータル・スコアで
平均210ポイントの相違が認められるというものであった。ミシェルはこの実験
から、幼児期においてはIQより、自制心の強さのほうが将来のSATの点数にはるか
に大きく影響すると結論した。2011年にはさらに追跡調査が行われ、この傾向が
生涯のずっと後まで継続していることが明らかにされた。
・また被験者の大脳を撮影した結果、両グループには、集中力に関係すると
される腹側線条体と前頭前皮質の活発度において、重要な差異が認められた。
同実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験の
うちの1つ」とされた。≫
――
▼ 15年かけ創業の準備をかけ30年間の実業の結果が、9・11テロ、リーマン
 ショックと、東北大震災のブラックスワンの到来で45年のミニ物語が呆気なく
終わりをつげた。しかし、失ったモノ、コトより、得たコトが、少なくとも10倍
はあった実感がある。そこには想像を絶する忍耐を要した。両親の後ろ姿を見て
いればこそ、45年間を面白おかしく過すことができた。 学生時代に、水商売の
アルバイトなどから同棲や、二股、三股をかけるなど私生活の乱れがある知人は、
その後の人生は恵まれていない。それは目先の快楽を御菓子に例えられる。
家系もあるが… 
 独身時代数年の女職場は、猛毒入りのマシュマロ、いやマンジュウだらけ? 
一度かじったら…それまで! その後の様々な女性とのイチャツキを、その時点
で放棄したことに、不思議な感覚にとらわれた。いや、相手によるか? 今でも
後悔している?選んだ相手が、「猛毒を持ったタガメ」のケースが?誰のこと? 
人生は複雑怪奇!「若い時に誤りがないのが最大の誤り」としても。

・・・・・・
2016/12/14
マシュマロテスト 〜

『マシュマロ・テスト』ウォルター・ミッシェル著
  * 父親の教育 〜御年玉の預金
 この実験で、「我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、
1/3ほど」という。何の知識や経験のない子が目前の誘惑に負けて当然だが、
1/3もいるのだから驚かされる。
 父の金銭教育を5歳頃からされていた逸話を、何度か書いてきた。
会社清算の後、金銭的に窮しなかったのは、そのお陰で。15%の家内への給与
と、家内名義の積立預金のベースと、家内共々の厚生年金があったため。
これは40年以上の継続があればこそ。マシュマロ・テストと同じで、年末年始
に貰った御年玉の全てを回収して通帳に預金される。そして高校時に、私自身
に選ばせた株式銘柄を購入させ、その動きを見させていた。自然と日経新聞の
経済欄を見る習慣がついていた。 それが21歳時の欧州一周旅行の「種銭」に
なっていた。普段の生活を質素にして預金を続ける重要さを教っていた。
姉達には、結婚時に、それを種銭として家付き娘として嫁がせていた。
 「目の前の欲望を我慢する」「将来の結果のため欲求充足を先延ばしを
する能力を養成していた」ことになる。上京して、都会生活の中で驚いたのは、
その父親の呪縛?に、あまりに染まっていた自分に気づいたこと。その呪縛も、
一か月間の欧州旅行で半分近くは壊れていた。贅沢な遊びの味を知ってしまった。
面白いものである。
 ところで、学生時代を含めた独身時代、合コンに何度も参加してきた。
そこで見たのが、直ぐに一生の伴侶を決めていく友人たち。
 20歳の頃、「創業を目指す」という決心があったが故に、
「その人は、青春を捨てるだけの相手か?」と、冷ややかな目線が出来ていた。
といって生身の欲求がある。 社会人になって数年間、女性職場で何とか…? 
 若い女性が主な職場は、まさにマシュマロ・テストの生現場。18〜23歳頃の
女性は、どれもこれも美しいが、食べてしまえば、それまでよ。で…
「選んだ相手が、自分レベル」。とすると? 基準が4人の姉たちの具体例が
現にある。その姉らの評価に耐えられないと、行先長い人生、頭が上がらなく
なるため、いざ決断となると躊躇する。その先延ばしの繰返しで楽しめた? 
それが良かったか悪かったのか、落ち着くところに落ち着いた。戦争で一番男数
の少ない世代のため、対象は団塊世代で1〜2ランク上の選択が可能? だった
はずだったが… いっぱいマシュマロを食べておけば良かったが、食べたら
食べたで…桃色吐息? 

・・・・・・
2016/12/16
マシュマロテスト 〜
          『マシュマロ・テスト』ウォルター・ミッシェル著
   * 彼らは、どうして耐えたか
 マジックミラーでコッソリと観察された二個貰えた子供たちの耐え方の
観察が幾つかあるが、これがいじらしい。独身時代の女性職場で、何とか
先延ばしで耐えた?が、それが、ここで紹介されている子供の姿に二重写しに
思い出される。フラフラとすると、『この人と一生、添えられる?』と、
対象に集中すると、一週間ほどで、『い・や・だ、ヤ・メ・ト・コ』。
外見だけでなくて、品性、教養、人柄のバランスが、揃っていれば、
『こ・れ・が・い・い』になったのだろうが… その時々の自分に丁度良い
人が現れるが、そこはあくまで仮の場。
 ここ一番(ジャンプ)の旬のタイミングに、家内と出会えたから、
これが私のレベル! (ハアー?)という誰かの声? 
 〜その内容とは    
≪・組んだ腕の上に顔を載せて横を向く子
 ・顔を背けて、御褒美と向き合うのを完全に避ける子
・褒美をチラチラみて、待つ価値があることを確認する子
・「待っていれば二個、貰えるんだ」と自分に言い聞かせている子
・テーブルの向こうの縁まで、遠ざける子
・うまく先延ばしできる子は、気をそらし、自分が経験している葛藤と
 ストレスを和らげるため、ありとあらゆることをしてした。≫
アウシュビッツのような?死体(したい)の山中の当時が、いじらしい!
――
▼ 金沢時代の衣料チェーンの社長が、男社員だけの席で、
『女は煽てれば逆上せ上る、殺せば化けて出るが、群れるとサル集団になる。
 現場でサルと割切ってしまえば、何とことはない』と宣っていたが、当に、
その言葉通り。 人生を振返ると、男どもこそ、当てはまる道理。
 40年前の話だが、関西への出張などの列車の席の過ごし方に慣れない時、
着くまでの時間が本当に長くつらかった。で、如何したか? 腰骨を立てて、
きちっと座る。そして、到着時間を考えないこと。その方が、遥かに楽。
海外ツアーのエコノミー席の過ごし方のコツが20回目辺りから分かってきた。
・食べものは最小に、飲み物は多めに飲んでトイレに足繁く通う。 
・行先の観光本や旅行代理店から貰ったパンフレットを何度も読み返す。
・今では、座席前のモニターで、TV映画が幾つかみることが出来る。
 落ち着いたとき、何をみるか決めておく。
・「高速移動の乗物は脳が最大限に活性化する、それをプラスにて楽しむ」と
 自分に言い聞かせ、経過時間を可能な限り気にしない。ゆめゆめ嫌な時間帯
 と思わない。
回数を重ねるうちに、御褒美は観光だけでなく、飛行機内の瞑想タイムも含まれ
ていることを自覚する。これは、人生過ごし方と同じ。 忘我の世界に入れば、
そこは別世界。 隣席の家内の存在すら、「孤」の外に追いやることが出来る。
手っとり早い「合理的高質な瞑想タイム」になる。 この応用が夜半0〜4時の
「死者のポーズ」の瞑想タイム。瞑想なら良いが、時に「妄想」に? ったく!


6207,閑話小題 〜与太郎と颯太の大相撲談義

2018年03月12日(月)

閑話小題 〜与太郎と颯太の大相撲談義

   * 颯太、与太郎登場
八つぁん: 大相撲が始まったけど、また、熊、寅、大家の談義じゃ、
  まんねりだから、近所の与太郎と、颯太にしたよ。
颯太: で、何だい。大相撲のことか? 面白くなってきたね。張手と肘打ち
  が使えなくなった残りの3人が勝てるかどうかだろう? 答えを先に言うと、
 10勝が精一杯だろうね。お情けで無理やり押し上げた稀勢の里の横綱じゃあ、
 勝越しも無理だね。白鵬と鶴竜で10勝さ。あとは買取?の2勝で12勝か。
与太郎: で、早速、白鵬と稀勢の里が休場。左張手と、次の瞬間の右肘打ちが
  出来ないんだもの。栃ノ心と高安が出来上がるまで、引き延ばさないとね。
 稀勢の里も、張手を使っていたしね、怪我を抱えて、あれは駄目だね。
大家: 貴乃花がガチンコというけど、元もと無理があるの。暗黙のお芝居で
  いいのさ。こんなの興業さ、と言っちゃあ、お終いだがね。ガチンコは
 確かに面白いし、醍醐味が増したけどね。
颯太: 朝青龍と白鵬が「横綱アドバンティジで、立合いの張手と肘打ち」とは、
  考えたもんだね。白鵬の見方が一変したね。ああでもしないと、40連覇は
 できっこないよ。稽古場と本割を連携して圧力をかけてさ。日馬富士も怒って
 いるよ。「何で俺だけが…」 ってね。 ここで、大きく大相撲は変わるよ。
与太郎: 面白くなるから、それで良いじゃないか。大体、横綱不在の場所も
  仕方がないんじゃないか。どうせ、「横綱土俵入り」も儀式じゃないか。
 儀式用に無理して横綱をつくるから弱いのが…。 でも、人工オーラも必要か。
颯太: おや「人工オーラ」」って、与太郎にしては良いことをいうじゃないか。
  本場所の2日前に、貴乃花親方が「内閣府公益認定等委員会」とかに、
 代理弁護士を通して、日本相撲協会による本件傷害事件への対応が、事業の
 適正な運営の確保に重大な疑義を生じさせるものである」と告訴したには
 驚いたな。白鵬などのモンゴル人に牛耳られポチ化した理事会の有様の公開さ。
 まあ、やるだけやれば良いんだ。
八つぁん: 鶴竜も、一人横綱は重荷さ。今場所を乗り切れるかどうか?
  張手も、肘打ちも出来ない横綱なんて、10勝も出来ないよ。星の売買も
 難しいし。白鵬も、ガタがきているのを、張手、肘打ちで勝っていたのが、
 ボロが出てしまったしね。
大家: 八百長強要も無理だしね。白鵬が休場するのも当然さ。風化させない
  為の告訴とすれば、よくぞやってくれたね。
颯太: 3人が一度に引退は、興業に影響するから、徐々にね。 来場所か、
  その翌場所が、稀勢の里。秋場所か九州場所が白鵬。来年早々が、鶴竜
 じゃないか。いや次の横綱候補が見当たらないし、もう少し先延ばしか。
大家: 大たい、大関、横綱の昇進基準が厳し過ぎるよ。もっと甘くして、
  どんどん上げて、引退させればいいんだよ。活性化するし、もう権威も何も
 無くて良いんだ。横審の耄碌の集まりなど好い加減にしろだよ。私も爺だがね。
八つぁん: 一年間限定にしてね。これも、国民栄誉賞を貰った人を過半数人と、
  親方経験者にすればいいんだ。
与太郎: どうだ新旧交代は? チビッコ相撲上りの若手がどう? 面白味の
  あった『宇良』が潰れた?と同時に、『炎鵬』が出てきたし。
颯太: チビッコ上がりの、親がかりじゃ限界があるね。最後はハングリーさ。
  挫折をして帰国をすればモンゴルじゃ、極貧の生活しかないからね。
 そりゃ、死に物狂いさ。怪我をすれば、何の保証もないしさ、ハイ、それまで、
 の世界は非情だよ。一年前まで横綱間違いない大関だった「照の富士」が
 怪我で満身創痍、糖尿で十両まで陥落、引退一歩手前。行き場もないし… 
 人生劇場としても残酷だね。
大家: でもさ、腰を据えて改めてみると、相撲って面白いね。それまで稽古
  をしてきた何百、何千時間が、数秒の中に凝縮され、現れ出てくるからね。
 特に立合いにさ。それを「横綱アドバンティジ」で、絶対優位の役得なんて、
 貴乃花が指摘するのも当然のことさ。何が40連覇かだ。カッコ付きだもんな。
八つぁん: 4k・TVが徐々に、普及しているようだけど、これって、相撲を
  数倍も面白くしているよ。それに加え、砂被り席のファッションセンスの
 観賞や、人物観察が面白いよ。 ボクシングにも言えるがね。 
大家: 八つぁんよ、与太郎、颯太と、熊、寅と大して変わらないじゃないか。
  颯太と与太郎のボケと突っ込みの役割分担が甘いしね。
八つぁん: 急遽、思いつきでふるんだもの。
・・・・・・・
3638, 大地震 ーつれづれに
2011年03月12日(土)
 数年前に地元の中越地震、柏崎・刈羽地震を身近で経験したばかりなのに、
更に国家を揺るがすような大地震に遭遇しようとは。事務所のある新潟駅前では
震度4の震度だったが、揺れかたが広域の地震のような気がした。直ぐにTVを
つけたところ、リアルタイムに生々しい地震と津波が中継されていた。
特に大津波が海の彼方から押し寄せてくるのを据付カメラが写しだしていた。
そういば先週みた映画「ヒア・アフター」で、ヒロインの一人が大津波に襲われ
九死に一生を得る場面があった。津波に飲み込まれ流される場面は圧巻だった。
しかし、これは現実である。 TVの画面は長い海岸線に何波も線を描いて押し
寄せてくる場面がリアルである。 その上に、お台場のビルや、石油基地の
タンクが炎上している場面などが生々しい。夜になっても全国彼方此方から
津波が注意報が流されていた。観測が始って以来最大のM8・8の大地震。 
規模は東北全体と関東甲信越にわたっている。この文章を書いている現在でも、
現在進行形で余震が発生しており、TVからライブで流れている。
江戸時代には、地震が多発していたというが、1896年 明治の三陸地震-岩手県
綾里 の津波高さ 38.2 M - 死者不明者 22,000 人が知られている。
今回は、7メートルだったが、被害は、死者が数千か、数万人になるのか。
東北6県の人口合計と東京都の人口は、ほぼ同じ。もし関東に地震が起きて
同じような大津波が襲ってきたと想定したら被害は莫大になる。結果として、
これまで起こっていた東北の地震は、この地震の予兆ということになる。 
今朝も震度4の地震があった。これだけの大規模の地震に対して、即応は無理。
救援を待っている被害者が多く存在してことを思うと心が痛む。まさか、まさか、
まさか、で、今でも現実として受け止められないの大方だろう。 国内では
部分的な地震は多くあっても、これだけ広域にわたった地震と、津波は私が
知っている限り初めてである。そういえば、学生時代の友人が仙台飛行場
近くの河口辺りに住んでいるが大丈夫だろうか心配だ。
病いのある連れ合いがいるので動き辛いはず。
・・・・・・
4004, 3・11から一年
2012年03月12日(月)
 去年の今の頃、リーマンショックから三年目に入り売上の激減が止まらず
事業整理の検討を始めた矢先、3・11が起きてしまった。それまであった
迷いと躊躇が吹っ飛び、その一週間後の3月18日に整理の最終決断をした。 
この地震規模が千年に一度の、三連動の太平洋沿岸沖500キロに及ぶ大震災。 
それが大津波を伴って原子力発電所を直撃した歴史的大震災であった。
その上に、この規模の大地震は今後、数十年にわたり他の地震帯や火山に
大きな影響を及ぼし、再び大地震が起こる可能性が大きい。その一つが首都圏
にあり、何時、首都直下型地震が起きても不思議でない事態。日本経済にとって、
失われた20年間で国家体力を消耗した上での大震災。この経済的マイナスの
影響が、今後、大きく覆い被さってくる。更に悪いことに欧米の経済は世界恐慌
一歩手前。よくぞ、ここまで悪い条件がつづくもの。
  ー 東北大震災の最終被災をまとめてみるとー
・ 死者、行方不明が19000人。そのうち行方不明者が3155人もいる。
・ 避難生活者が34万人。 半分が仮設住宅に住んでいる。
・ 仕事を失ったままの人が 4割
・ 家族が離ればなれが   3割
・ 福島では原発事故の避難者12万人(県外避難者が6万3千人)で、
  そのうち三分の一は福島県には戻る気はない。
・ 日本にある原子力発電54基は、二基を除いて停止。その二基も1〜2ヶ月
  で停止予定。原油がホルムス海峡の封鎖が何時、起こるか分からない。
・ 欧州発の世界恐慌も、秒読み段階にきている。
▼ 他人事ではなく、私も間接的の被災民でもある。直接原因はリーマン
 ショックだが、最後の一撃が、この震災。昨日は一周年で、地上波のTVでは、
 終日、その報道を流していたが、このイベントを期に、次の関東直下型地震に
 シフトが移るのは、世のならい。日本は、過って経験をしたことのない
 マイナス坂を転げ落ち始めた。数十年にわたった安穏とした時代が長すぎ、
 ゆで蛙状態が現状。リーマンショックの経済大津波が、そこに来ているのに!
・・・・・・・
3273, 東京大空襲より65年
2010年03月12日(金)
 一昨日の3月10日で東京大空襲から65年というが、新聞では殆んど
扱ってなかった。東京の住民10万人がアメリカによって虐殺されてのである。
その日にマスコミが取上げないのは如何いうこと? 長崎も、広島も、同様の
殺戮をしているが、これも一般住民を狙った殺戮。日本人は人が良いのか、
馬鹿なのか? 敗戦国へのソ連の扱いを見ているので、恐ろしくて言えない。
 ー「東京空襲」をウキィペディアで調べると
東京大空は、第二次世界大戦中にアメリカ軍により行われた、東京に対する
焼夷弾を用いた一連の計画的かつ大規模な戦略爆撃の総称である。東京は、
1944年11月14日以降に106回の空爆を受けたが、特に1945年3月10日、4月13日、
4月15日、5月25日に大規模な空襲を受けた。通常「東京大空襲」と言った場合、
規模が大きかった1945年3月10日の空襲を指すことが多い。太平洋戦争中に
行われた空襲の中でも、とりわけ民間人に被害を与えた空爆。死者、合計10万。
▼ 以上だが、戦争とは、そういうものだとはいえ、罪ない虐殺は重大な犯罪。
 その後、アメリカは朝鮮とベトナム、アフガン、イラクで同じような殺戮を
繰り返している。アメリカ支配者層の輩は、日本人などイエローモンキーとして
数段下に見下している。そうでなければ、こんな残酷なことをしない。
もっとも、スターリンのソ連では国民を数千万も殺戮したし、毛沢東支配下の
中国では文化革命下2000万とか3000万の国民が殺戮された。狂った
猿の最たるものである。アメリカは戦争を金融に当てはめ、金融工学で
100年にわたり世界の金融を支配していた。そして、このザマである。
その直轄支配国が、この日本である。マスコミも、自民党も、官僚も、
その宦官でしかなかった。それに最近になって気づいたのだから、私は何? 
それさえ気づいてないのが、現在の日本人の大多数。そして、これから10年、
世界は恐慌の嵐になる。「東京と名古屋に原爆が二発!東京は金融恐慌。
名古屋は輸出壊滅」と恐慌本の見出しにあった。もっとも、世界中が
原爆が落ちているようだが、目に見えないところが不気味。
・・・・・・・・・
2898,現在、歴史的転換期の真っ只中
2009年03月12日(木)
現在、我われは途轍も大きな歴史的転換期に立っている。
・東欧・共産圏と、ソ連の解体を20年前に見せつけられた。誰も自分
 の生きているうちにソ連が解体するなど想像すら出来ないことであった。
・その直後から、パソコンによるインターネットや携帯電話などによる
 情報革命を目の当たりにした。
・21世紀の初頭の2001年9月11日にはニューヨークの二つのビルに
 旅客機による自爆テロが起きた。
・そして今度は、アメリカ資本主義帝国の破綻と世界恐慌である。
 それとアメリカで歴史上初の黒人の大統領が誕生した。
この一連の出来事は、何か得体の知れない歴史的な転換期に我われが立た
 されていることを知らせている。
近代という名のロシアを含めた欧米主導の進歩と共同幻想が破壊したこと。
そして、欧米の暗示から醒めた世界中の民族と、これまでの欧米の文明の衝突
が数十年にわたり本格化する岐路に立っているのが、現在地ではなかろうか。 
そうすると、今年にかけてイスラエル国内?のアラブ地区での虐殺が象徴的に
際立って見える。世界の中東・イスラエル化が今度の行き着くところだろうか。
アメリカはイラクを捨てて、戦線をアフガニスタンまで下げようとしているが、
イラクからの名誉ある撤退のための方便とも考えられる。最終的には日本まで
下げてくる可能性もある。アメリカの国力が、この恐慌で大きく疲弊して
しまったからである。 そこで日本は大きな選択を迫られることになる。
・中国と距離を置いて、アメリカ、カナダ、ロシア・シベリア地区、
 日本のラインの同盟を組むか、
・中国、韓国、台湾、アジアと組んだブロック化の仲間入りをするか、
・何処とも距離を置いた欧州のスイス的な方向か、になるだろう。
どれをとるにしても、日本の国力があまりに疲弊しているので、大きな問題
が次から次へと起きるだろう。今までのアメリカのポチの存在であることは
不可能である。
私の人生だけでも、世界の激変を多く目撃することができた。時代の激変と
いう面で何世紀も生きたような気がする。濃厚な時代を生きることが出来た!
ということか。
・・・・・・
5840,『私の「戦後70年談話」』〜 
2017年03月12日(日)
           『私の「戦後70年談話」』(2015、岩波書店)  
 戦後70年を私の人生を重ねると、終戦から団塊世代生れは、恵まれた時代
に生きたと、つくづく実感する。歴史的幸運の時代めぐりあった幸運に
気づいていたかといえば、そうでない? ここで書いている多くが戦中派。
凄惨な時代の被害者の無念と、それを再び過ちを繰り返してはいけないという、
念が、いずれの人からも伝わってくる。
  * 「死の影の下に」 梅原猛(哲学者)1925年生
≪ …日本という国は平和な国であると私はつくづく思う。
日本は平安時代の約350年間、江戸時代の約250年間、ほぼ戦争も内乱もない
平和な時代を送った。このような歴史は大陸から完全に切り離された日本列島
ゆえにあり得たが、そのような日本が他国に軍隊を派遣したことが三度ある。
 ・一度は白村江の戦い(7世紀)、
 ・もう一度は豊臣秀吉の朝鮮出兵、
 ・そして最後は明治以降の朝鮮及び中国への侵略である。
日本の歴史を顧みると、他国から攻められた戦争においては、刀伊の入寇
(11世紀)や元寇のように日本が勝利したが、他国に攻め入った戦争は
すべて敗戦に終わった。日本はそのような平和の伝統を学ばなければならない。
自衛隊というのは大変よい名称であると思う。攻めてきた他国に対しては死力を
尽くして戦うが。決して他国に攻め入らない。それは日本の伝統に沿った軍隊で
あり、またカントが提唱した永遠平和の理念にも合致する。日本国憲法は外から
与えられたものではなく、日本のこのような伝統に沿ったものであると思う。
現在の安倍政権の政策はそのような伝統の精神を脅かすものではないかと私は
憂慮しているのである。≫
――
▼ グローバル化の時代に、現憲法ではアメリカ隷属国として生き延びること
 が出来ても、真の独立は土台無理? 不自然の国である。韓国を他山の石
としてみれば… 私たちは朝鮮を軽く見がちだが、隣国に攻め行った経験が
無い珍しい国であり、その一点だけでも、日本より国としてまとも?
中国が長男なら、次男が朝鮮、三男が日本に例えれば、日本の位置づけが
解りやすい。ところが三男の家が、大陸から少し離れた海の向こうにある為、
遥か大海の向こうの白人国家・アメリカに間接統治をされ、為すがまま。
中国とアメリカに挟まれた地勢を戦略の要で生き延びてきたが、少しでも
バランスが崩れれば、現在の韓国のように右往左往するしか生きる術がない。
・・・・・・
5475,閑話小題 〜中国輸出25%減の衝撃
2016年03月12日(土)
   * 中国輸出25%減の衝撃
 中国の輸出が25%減というニュースに目を疑った。マイナス要素が幾つか
重なったとしても、あまりに大きい。 〜ネット検索のブログ〜より
≪ 中国の最新輸出入データが発表、輸出が25%も減少していたことが判明。
 これは、半端な減り方ではない。おりしも全人代で目標経済成長率が
6.5%〜7%のレンジとされたばかり。果たして、失業の痛みを伴う経済
構造改革と、社会不安が起きない程度の安定成長が両立できるのか。
二兎を追うものは一兎をも得ず、となりかねない。ジョージソロスの、中国
ハードランディング説が再度市場で取り沙汰されている。全人代では供給
サイドの改革として減税、そして、イノベーション分野強化が打ち出された。
 この実現の過程で、ゾンビ企業の淘汰が必要となり、オールドエコノミーの
会社に働く労働者の過渡的失業は必至だ。その失業対策は諸々盛り込んである
が、肝心の職を失う労働者たちが、政府に対して黙っているだろうか。
 金融政策の分野で、例えば、預金準備率引き下げにより、市中への通貨供給
を増やすことで、痛み止め効果を狙っても、それは、根源的解決にはならない。
寧ろ、供給されたマネーがゾンビ企業の救済に廻る可能性も強い。
輸出急減を回復するには、人民元安政策が最も効果的だが、同時に、人民元安
は中国からのマネー流出を加速させる副作用があるので、大きなリスクを伴う。
 結局、財政政策=リフレ政策頼みとなろう。財政赤字の対GDP比目標が
2.3%から3%に引き上げられたことは、財政政策発動の意志を明確に表して
いる。但し、財政出動で、ただでさえ中国国内で余っているモノが、もっと
つくられるような結果になれば最悪だ。イノベーション分野にキッチリおカネ
が廻ってゆくか。魑魅魍魎とした中国社会では、分からない。最終的には
党の意向により決まる国だ。≫
▼ 上海株価の暴落がおきてないことに、驚かされる。暴落懸念の銘柄が取引
 中止が可能になるのだから、これは本来の株式市場とはいえない。日本か、
欧州か、アメリカか、中国の何れかから発火するのだろうが、問題は、それを
切欠とした暴動、テロ、戦争。第一次、第二次、東西冷戦に続く三次大戦が
既に始まっているのかもしれない。日本は、この上に大震災の予兆である!
それを忘れようと、楽しい楽しい、東京オリンピックの祭典が待っている。


6206,閑話小題 〜「3・11」に何をしていたか?

2018年03月11日(日)

   * 3・11の、私の事情
 3・11からはや、まる7年になる。創業30年の会社の自主廃業と、東北大震災が
重なったが、こういう不幸は、えてして重なるものだが、それにしても…
 会社の万一用の「予備資金」に手を付けざるを得なくなったら、躊躇なく
会社清算をすると、決めていたが、冬枯れの時節とはいえ、その日が到来し、
年末から新年にかけ、独り真剣に清算の見極めを考え始めていた。
 2001年の9・11テロ以来、中越地震、柏崎・刈羽沖地震、リーマンショックと、
10年で、売上が3分の1近くへの減少の流れが止まらないのである。その背景に
情報化社会の到来もあって、首都圏からは日帰り圏に入っていたこともあった。
 社内留保や家内の保証を入れると、数年は維持できるが、これでは、何かも
失うことになる。今、清算すれば銀行債権以外は、何とか清算が可能。
そして年明けから、創業以来の右腕だったOと、財務の検討に入っていた。
 そして2011年の3・11に、事務所で話合いが終わり、立上ろうとした瞬間、
何か異様な揺れが始まった。これは遠くの大震災では?と、TVを入れると、
東北地区で大震災のニュースが。 「こういう事情の時に、こういうのが
重なることは、経験上、有り得ることは知っていたが… 
 私に強い「意味ある偶然の一致(=シンクロニシティ、共時性)」があるが、
あまりに出来過ぎと考えつつ… さて、この異常事態に如何すべきか?と。
そこに新幹線が不通とテレビのテロップ。県内の被害は、今のところ皆無なので、
まず当日の長岡への帰宅の心配。 それならバスは?と、電話で聞くと、通常
どおり運行、という返事。列車通勤客がバスに流れるので、サラリーマンの帰宅
時間前の17時に乗車と決めて、バス乗り場にいくと、空席があり何とか…。18時
過ぎに帰ってTVをみて驚いた。画面から絶叫に近いアナウンサーの避難勧告の声… 
「ああ、私の事業清算の、後押しが、これか」の内なる声。その混乱で、迷い
少なく、決断出来たことが不幸中の幸いになっていた。 350室で新潟駅前の
シリーズを終えて、新潟東バイパス近くに切替えるべきだった。まさか、9・11、
中越地震、刈羽沖地震、リーマンショック、東北大震災と、情報化社会の到来の
影響が、直に、ここまで衝撃を与えるとは、思いもよらなかった。事業とは、
そういうものかと、思い知った。 バブル期に一万円した「東京電力」の株価が
390円というから…25分の。 バブル当時、私の友人が、3人の兄妹で、10,000株
を持っていたというが、如何したのだろう? 他人事ではないか。でも、自分の
「愛と死」?を見つめているような墓石の日である。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏!
当時の文章を、コピーしたが、書くこと、書き残すことの秘儀を実感させられる!
 何もかも、「あとは朧、あとはオボロ… 、横浜ブルースになる。

・・・・・・
3638, 大地震 ーつれづれに
2011年03月12日(土)

数年前に地元の中越地震、柏崎・刈羽地震を身近で経験したばかりなのに、
更に国家を揺るがすような大地震に遭遇しようとは。事務所のある新潟駅前では
震度4の震度だったが、揺れかたが広域の地震のような気がした。直ぐにTVを
つけたところ、リアルタイムに生々しい地震と津波が中継されていた。
特に大津波が海の彼方から押し寄せてくるのを据付カメラが写しだしていた。
そういば先週みた映画「ヒア・アフター」で、ヒロインの一人が大津波に
襲われ九死に一生を得る場面があった。 津波に飲み込まれ流される場面は圧巻。
しかし、これは現実である。TVの画面は長い海岸線に何波も線を描いて押し寄せ
てくる場面がリアルである。その上に、お台場のビルや、石油基地のタンクが
炎上している場面などが生々しい。夜になっても全国彼方此方から津波が注意報
が流されていた。観測が始って以来最大のM8・8の大地震。 規模は東北全体と
関東甲信越にわたっている。 この文章を書いている現在でも、現在進行形で
余震が発生しており、TVからライブで流れている。 江戸時代には、地震が多発
していたというが、1896年 明治の三陸地震 - 岩手県綾里 の津波高さ 38.2 M
- 死者不明者 22,000 人が知られている。今回は、7メートルだったが、被害は、
死者が数千か、数万人になるのか。東北6県の人口合計と東京都の人口はほぼ同じ。 
もし関東に地震が起きて同じような大津波が襲ってきたと想定したら被害は莫大
になる。結果として、これまで起こっていた東北の地震は、この地震の予兆と
いうことになる。
今朝も、震度4の地震があった。これだけの大規模の地震に対して、即応は
無理のはず。救援を待っている被害者が多く存在してことを思うと心が痛む。 
まさか、まさか、まさか、で、今でも現実として受け止められないの大方だろう。
国内では部分的な地震は多くあっても、これだけ広域にわたった地震と、津波
は私が知っている限り初めてである。
そういえば、学生時代の友人が仙台飛行場近くの河口辺りに住んでいるが
大丈夫だろうか心配だ。病ある連れ合いがいるので動き辛いはず。

・・・・・・
3640, 大地震 ーつれづれに ー3
2011年03月14日(月)
* これからは原発の放射能漏れと大爆発の可能性がクローズアップ。 
まず現在、何が起こっているか頭を整理してみよう。
明治三陸地震以来の岩手、宮城、福島県沖の活断層が400キロにわたり
起こった地震と大津波。世界的にみても、今回の地震は最大規模の一つになる。
1番 チリ地震(M9.5 1960年) 2番 アラスカ湾地震(M9.2 1964年) 
 3番 スマトラ島沖地震(M9.1 2004年) 4番 東北地方太平洋沖地震
(M9,0 2011年) カムチャッカ半島地震(M9.0 1952年) 

今回の規模は、日本の歴史的にみても、一番大きな地震と津波。人的被害では、
関東大震災がある。
1923年9月1日(土曜日)午前11時58分32秒、神奈川県相模湾北西沖80kmを震源
として発生したマグニチュード7.9による災害。死者・行方不明者 14万2800人。
地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生しめ
死者が甚大になった。今回のように、地震、津波、石油の備蓄基地の火災、市街地
の火災、原子力発電の爆発と放射能漏れなど起こりえる全てが重なってしまった
震災は過ってなかったこと。 地震災害研究者からみたら、これほど研究材料の
多い災害はない。
* この土・日曜日のTVは、東北・関東大震災の報道で一色。
リアルタイムの生々しい内容に時間を忘れて終日、見入っていた。三陸海岸には
津波に対する警戒もあり監視カメラが多く設置されており、個人のビデオカメラ
なども含め多くの映像が映し出されていた。日がたつにつれてYoutubeなどから
多くの映像が出てくることになる。急な避難のため体一つで逃げてきた人が大部分。 
帰る家も金も無くした被災民は今後、大変だろう。年寄りなら生活保護があるが、
中年の人は、この大不況の中、生活していくのは大変。それでも、助かっただけ
でも良かった。 
ところで、福島原発から200キロもはなれた女川原発の放射能の値が、
福島原発から流れてきた放射能で、普段の観測地値の400〜700倍になった
という。すると300キロ位しか離れてない新潟も何らかの影響を受けることに。
一回ごとの発表が、どんどん悪くなっているのが気がかりである。深刻な事態に
なっているのだろう。大爆発の可能性も考えていないと! 家に閉じこもって
いるしかないのか? 

・・・・・・
3641, 大地震 ーつれづれに −4
2011年03月15日(火)
* ところであの男、大丈夫だろうか?
学生時代の友人が、仙台飛行場近くの阿武隈川の河口の漁村に、終の住家に選んだ。
このM9の地震と津波が直撃したのでは?とブログに書いたら、それをみた友人
から電話が入った。仙台区若林区荒浜は多くの犠牲者が出ている。生きていて
欲しいが・・・ いや生きているはずである!
――
3040,卒業40年周年か〜 −4
2009年08月01日(土)
昨日届いた、この手紙を本人の了解無しに公開すべきかどうか一日かけて
考えた上で判断をした。私の40年ぶりの問いかけに充分に答えてくれた手紙で、
自分の人生を心を込めたダイジェストとして書かれた手紙を貰うのは初めて。
私一人の心におくより、記しておく方が良いだろうと勝手に判断させて貰った。
‘学生時代の卒業間近に真剣に対話した延長線上’の手紙上の対話だから魂が
入ったのだろう。それとキャリアの転勤生活で鍛えられた人生の極みの経験の
積重ねがある。学生時代の友人との対話というより、高潔な精神と魂の対話を
させて貰ったような気持ちである。私にとって一期一会の対話になった。 
それだけ良い学生時代を過ごしてきた証明にもなる。  
ーー
* 奥野君からの手紙
お懐かしい堀井さんのお便りを頂戴し学生時代の記憶が一気に甦りました、
本当にお久しぶりでございます。合気道の道場、同志社や学習院への合同稽古、
合宿打上げ時の泥酔・不味い学食・ご自宅に泊めていただいての佐渡旅行等々
四十年前の皆さんのお顔と行状のあれこれが懐かしく浮かんで来ました。
堀井さんは当時から将来は事業家の道を目指して行くのだろうなと私なりに
思っていました。どうして? と問われれば、同僚に比べて社会経済の出来事
への関心が強かったとお答えします。その方向に真直ぐに進まれたのですね。
しかも大成功されて本当にすばらしいですね。
 プログも拝見させていただき堀井さんの人生の一端を垣間見ました。
暖かな生活が伝わってきました。
その後の小生ですが資生堂に入社し最初の赴任地名古屋をスダートし所沢、
福岡、東京、札幌、仙台、名古屋、広島、東京、仙台と転勤族の暮らしを送り、
56歳時に早期退職をして現在地に居を構えました。最終の役職は支店の責任者
でした。50歳台に入ると親しかった先輩、同僚、後輩等が次々と鬼籍に入られる
ようになりその方々の浬繋のお顔を拝む都度、一度の人生を思うように生きら
れましたか、満足されていますか という思考が強くなってきました。 
仕事は化粧品の製造、販売業務なので二十歳前後の若い女性が多く気持は若く、
楽しく送れた自負しています、が人生の残り時間があとわずかになってきたと
感じ始めると、時が無性に愛おしくなり、100%の自分の自由時間をはやく手に
入れ、日ごろより感じていた、生物として本来の姿、自然の中で自然と共に
暮らそうと決めた次第です。 日常生活は太平洋の日の出をワンちゃんと一緒
に拝み作った野菜を食し蔵王連峰に沈む夕陽に1日の健康を感謝する毎日です。
趣味は海釣りとゴルフです。自宅のすぐ目の前が海です。阿武隈川の下流域
にて魚影が濃く、黒鯛、サヨリ、ヒラメ、カレイ、海タナゴ、アイナメ、スズキ、
ハゼ、イシモチ、アナゴ等々を釣ってきては命をいただく感謝をしながら食して
います。 季節とともに変わり行く波と風と海水の濃淡をみて釣り時をきめます。
時の刻みが止まっているように思える一時です。
ゴルフはシーズン30-40回といったところです。自己目標が年1回以上30台
のスコアーをだすということでやってます。ちなみに今季は5月に38が出て
満足しています。 家族状況ですが29歳の時妻を娶り子供は息子が一人です。 
妻は若かりし時準ミス瀬戸で容姿はそれなりだったのですが6年前に○○○○
を発症し・・・。 最新治療を受診しているのですが○○疾患の為大変厄介な
病気です。現在私のサポートが少々必要な状態です。
そんな事情で立教会や同窓会といった宿泊のともなう集いは参加を断念して
います。息子は堀井さんの八と同じように名を新八(しんばち)といいます。
丸の内の○○生命国際投資部で海外債権の売買業務に携わっています。
平均睡眠時間は4・5時間との事です。親より出来がよかったのはカミサンの
弟が岐阜大の教授をやっているのでそのようなDNAをすこしばかりひきついで
くれたのかなとおもってしまう親馬鹿です。
ざっとした近況ですが一献傾けながら積もる話をしたいと思いつつ
先の事情でそれもかなわず拙文とあいなりました。 状況が好転したらぜひ
お会いしたいですね。堀井さんとご家族のご健康をお祈りいたします。 
                        7月28日 奥野和男
―――
* 奥野君への手紙        
            2009年07月22日 (今日、本人の手元に届く)
学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙
を書いています。卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを
20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。書いたことすら忘れていたので、
タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 
8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。
ブログに同月同日に毎日載せたものです。従って、毎年半年は、当時の日記を
毎日読み返しています。その時、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに
訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君
などとご一緒したことを思い出しています。 
先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君
などの顔が見受けられました。その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯
やりました。三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。三崎さんは10年前まで、
新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んで
いました。 ところで私は、その後
・ジャスコに一年在社後に、
・産業能率大学に途中編入をし、
・その後金沢の「いとはん」(その後ジャスコに吸収)に一年半在社、
・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、
 やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを二年間従事(その当時に結婚)
・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、
・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。
 
2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、
何とかやっています。どちらかというと、創業屋的な人生だったと思います。 
30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いた
というところです。ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、
仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。
資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、
その正反対の場所で。実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、
遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。それだけでも良い
人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるで
しょうが) 
何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。それでは、お元気で。 
あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。 堀井八郎  
 
追文)8年前より、ブログを開いています。暇のおり覗いてください。
 検索に堀井八郎を入れると出てきます。当時の写真や、先日のクラブや、
同級の二次会の写真があります。 分類には当時の私の日記があります。  
 〜 22・23・24歳の日記のコーナー 〜
 ー−
ー11月19日ー 1968年
・11時起床。
13時半に同級の奥野君が私の部屋に突然くる。1〜2年の時、
  席が隣のこともあって親しかったが。専門課程になってから疎遠になって
  いたのに。話をしたかったのだろう。人生について、倫理観について、
  その後読んだ本で感銘したことを必死に話をしていった。
特にケネディの自伝に感銘を受けたというのが印象的であった。

見違えるように自信を持ったらしい。男っぽくなったという言葉がピッタシ。
4時間ばかりして帰っていった。もうこうして彼と話合うことは無いだろう。
アパートから一時間以上かけてきたのだから、自分のメッセジーを伝えた
  かったのだ。

それにしても最近多くの人が吹き付けるように来るのに驚く。聞き役に
  徹していることもある。それと大学最後の時が来ているためだろう。

・・・・・・・・
276, 大暴落 サブプライムに潜む罠
2010年03月15日(月)
一昨日、Wowowで、「リーマンショック」の映画化をした
「大暴落 サブプライムに潜む罠」を放映した。ロンドンの一人のトレーダーを
通して、サブプライム問題を具体的な物語にしたもの。ニュースやドキュメント
で返済不能になって売りに出されている住宅が度々、映像に出てきた。
その家族の姿がリアルに浮かび出されていた。アメリカは まだ物件を引き
渡せば免責され個人破産においこまれないが。(日本は破産まで追い込まれてしまう) 
この金融恐慌の一番の被害者は日本である。悲観的になるというより最悪の事態。 
現状は「茹で蛙」で身動きが出来ないで、ただ呆然としている状態。年金など
にも関わってくるから他人事ではない。この金融恐慌、「たまたまリーマンを
潰したことが想定外の金融恐慌になってしまった。」というのではなく、アメリカ
が戦略的に金融恐慌を仕掛けてきたとしか思えないのである。まだ、誰も言わないが。
ーその番組の概要をNHKのHPにあったー
2008年9月に始まる株価大暴落。ロンドンの金融街で活躍するエリート、住宅ローン
を専門に扱うブローカー、住宅ローンを組んだ警備員、3人の男たちの人生は……。
「大暴落 サブプライムに潜む罠」は09年7月に英国BBCで放送。 米国で
サブプライムローン問題が発覚する前の07年、ロンドンの金融街シティの金融マン
たちもまた、空前の好景気に沸いていた。 多くの家庭が 不動産を担保に融資を
受ける中、住宅ローンの営業マン、デイヴ(ドミニク・クーパー)は住宅ローンを
組み込んだ証券を売りさばき、法外な利益を上げていた。
ある日、昔の同級生で警備員をしていたジム(ジョゼフ・モウル)に出会った
デイヴは住宅ローンの契約を持ちかける。だが1年後、株価のフリーフォール
(大暴落)はジムばかりでなく、英国中の人々の生活を一変させる…。
ーー
アメリカでは、トレーラーなどに住む破産者がニュースの映像に映し出される。 
まだ恐慌の入り口でしかないから深刻である。特に日本は数年間は暴風雨を覚悟
をしなければならない事態。それにしてもシビアな具体的なドラマとしてみると、
世界の金融を支配している連中に激しい怒りをおぼえる。


6205,閑話小題 〜追体験のような…

2018年03月10日(土)

   * アクティブ・カウチポテト
・イタリアには、半世紀前の欧州旅行で5日ほど立ち寄ったのが初めてだった。
またアフリカやスペインツアーの東周りの中継地のため、ローマに1〜2泊しての
市内観光や、ポンペイなどに数回行ったことがあった。
・そして10数年前に「北イタリア」に、数年前に「南イタリアとシチリア」と、
二度に分けて縦断した。欧州、とりわけイタリア・ギリシャは石の文化のため、
古代文明の遺跡と共に生きている感がする。この二回の旅行とも絶品だった。
・欧州の括りでは、これにギリシャが加え、北イタリア、南イタリアの面を…。
・その左側は、オーストリア、スイス、ドイツと埋めて、フランス、オランダ・
ベルギーを加え…。
・スペインは、マドリッド・バルセロナ・トレド。次が、南スペインと埋めて、
最後は北イタリア・巡礼ロードと…。あとはポルトガルが唯一残っているが…。
・そして、英国、北欧三国とロシア、ノルウェーのトロムソと、アイスランドと
埋めていった。
 ところで、今年に入ってから再放送だが、NHKで幾つかの「シチリア」の
ドキュメントを放送していた。何故にシチリアか? 半島から海を隔てるため、
昔のイタリア情緒が色濃く残っているためである。その幾つかの再放送とは…
【NHKドキュメンタリー  : 2度目のシチリア〜ちょっとディープな海外旅行…
 NHKネットクラブ    :(空港ピアノ「憧れのシチリア島」)
 NHKドキュメンタリー  :世界ふれあい街歩き「シチリア島カターニア…
 NHKオンデマンド : 世界入りにくい居酒屋 「イタリア シチリア州パレルモ】
どれもこ色濃いが、特に、<世界ふれあい街歩き「シチリア島カターニア…>
が、文化の奥深さが垣間見れる内容だった。日曜日の朝10時に、シリーズで
イタリア各地の田舎町の日常生活を紹介する番組もある。古来からの日常その
ままを楽しむラテン人気質が何とも味がある。
 「アクティブ・カウチポテト」といえば、国内ではNHKの人気番組の
<日野正平の「こころ旅」> 冬期間を除く平日、毎日、朝、昼、晩の3回も
放映している自転車で全国の道路を走り回る番組。日野の頭にカメラを付け、
視聴者自らが走っているような気にさせられる番組。まる6年経過するが、
人気は高まる一方のようだ。その3年前の9年前から、早朝、信濃川の土手の
一周をポタリングをしていることもあり、あのカメラ目線が実感できる。
野鳥の囀り、新鮮な空気、霊気と重なった陽光、川面の輝きとセセラギ。
来月から11月までの楽しみに楽しみになっている。走行距離は地球半周は
しただろう。アクティブ凡々の習慣の一つですか。 
・・・・・・
5473,閑話小題 〜歴史上稀なる恵まれた時代を生きてきた
2016年03月10日(木)
* 我われは、日本人数が最大の時代の先っぽに生きている
私たちの世代は、まさに日本の人口のピークになった時代に生きてきた。
確かに恵まれた時代環境に生きていることに気づくべきである。
それも終わろうとしているが・・ 平成20年12月の1億 2809万9千人をピークに、
若干の増減を繰り返してきた。 〜昨日のニュースによると、
《 総務省が26日公表した2015年国勢調査の速報値で、日本の総人口は
1億2711万人。前回10年の調査より94万7千人(0・7%)減り、
1920年の調査開始以来、初めて減った。首都圏を中心に人口が増える一方、
地方で減少しており、二極化がさらに強まった。》とあった。                        
たまたま9年前の同月同日の3月9日に「日本の人口動態の推移」をテーマに
していた。第二次大戦直後に生まれ、米ソの冷戦の最中、地政学的の好条件の中、
奇跡的な恵まれた環境の中で生きてこられたことに私たち世代は感謝すべきだ。 
それも風前の灯になってきた。そして、最期の祭典、そう東京オリンピックで、
終わりを告げることになる。 〜9年前のテーマより

―――
2166, 日本の人口動態の推移
2007年03月09日(金)   
         「超リタイア法」ー野口悠紀雄 ー読書日記
解りやすく、面白い本である。
その中で人口動態が書いてあったが、解りやすく要点がまとめてある。
日本の人口が一昨年から減少に転じた。それなら、歴史的にみて日本の
人口はどのように推移していったのか知りたくなるのが人情である。 
  人口推移を大雑把にまとめれば、
・1600年(1200万人)から1700年(2769万)までの間に倍増し、
 その後江戸時代の終り(3228万)までの約150年間はほぼ一定だった。
・明治維新(3481万人)から昭和の初め(6000万)までに倍増し、
・さらに昭和初めから現在までに倍増した。
 400年で10倍、
 140年間で4倍、
 80年間で2倍に増え、
 今後約100年の間に半分に減ることになる。。
 〜(略)〜
時点(2003年6月)の日本の総人口は、1億2761万人と推計されている。
昭和の初めから、約2倍に増加したことになる。
しかし、これがピークであり今後日本の人口は、
継続的に減少してゆくものと見られている。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成14年1月推計)
によれば、2006年にピークになり、2010年に1億2747万人、
    20年には1億2410万人になる。その後、30年に1億1758万人、
    40年に1億938万人になる。そして、50年に約1億人となり、
    2100年には、約6413万人になるものと予測されている。
我われは、日本列島に生息する日本人数が最大になったさまを見ている。
―――
▼ 時代背景にはグローバル化がある。世界の平準化は決して日本にとって、
 バラ色ではなく、人口のマイナス分が個々の生活に比例してマイナスに働く。
これだけ、戦中時代に生まれた、所謂、戦中まれの人たちは、時代の変遷を
目の当りにしただけで、生きてきた甲斐、価値がある。大衆は所詮、大衆!
で、以下の、宇宙の視点の去年の内容に続いていく。
・・・・・・
5838,閑話小題 〜涙を流すより、考えよう
2017年03月10日(金)
 * 涙を流すより、考えよう
先日のNHK・BSスペシャル番組で、アウシュビッツの日本人ガイドが、
「涙を流すより、考えよう」の言葉を紹介していた。その日本人ガイドを
指導した生残り受刑者の切実な言葉、「涙を流すより、考えよう。」、
6年前から現在に至る日々の心の葛藤をたった一言で表現されたような。
アウシュビッツには世界各国のガイドの多くが、アメリカの白人至上主義や、
欧州の移民反対などの右傾化に大きな不安を抱えているという。ナチがユダヤ人
を虐殺した現場からみえる時代の潮流は、当時を彷彿させるのだろう。
 〜NHKのHPより〜
≪ 100万人を超えるユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所。
 その悲劇を伝え続けているのが、世界各国出身のガイドたち。今、ガイド
たちは、大きな危機感を抱いている。移民や難民をめぐり広がる排斥の声。
世界が分断を深める中で、自分たちは何を伝えるべきなのか。ただひとりの
日本人ガイド・中谷剛さんも語るべき言葉に悩んでいる。
揺れるアウシュビッツのひと冬を追った。 ≫

▼ 印象的だったのが、強制収容所の近くにある大きな屋敷。
「あれが、当時の収容所の所長を務めていたヘスの家です。奥さんを愛し、
子ども4人居て…」の説明。彼は家族を大切にし、真面目に生活を送って
いたが、日々の仕事では何千の人間をガス室に送り、焼却処分をしていた。
本人にとって、時代に迎合し、自分は傷つかず、社会の勝ち組と自認し、
それを良しとする大義を拝み続けただけ。「目的は手段を正当化する」と
すると、白人第一主義は、ナチや、毛沢東、スターリンの大量虐殺の道を
欧米社会が歩むことになる。しかし、反グローバるも必要?今さら無理!
・・・・・・
5108,閑話小題 〜地動説以来の大発見
2015年03月10日(火)
   * 面白ネタ〜地動説以来の大発見
 誰かとの会話に使える、ある面白いネタを紹介する。
以前、ここで取上げた村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」を、
世間話風に、思うまま書いたもの。
《 天動説から自動説のコペルニクス的転回を知っているよね。
 ところが、それに匹敵するか、それ以上の宇宙的大発見が2003年に
観測された。星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の
4・4%で、目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないもの。
残る96%は何かというと、23%が暗黒物質で、約73%が暗黒エネルギー。
それを合わせると、残りの96%で、元素エネルギーを合わせ100%。
しかし、その正体は殆ど、つまり宇宙の殆どが分かってなかった。ところが、
その暗黒物質が分かる一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から
出てきた考えが、宇宙はもっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかも
しれないという宇宙多元論。多くの宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが
十分小さかったものがわずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。
そのダークマターと、ダークエネルギーが違う宇宙からループ状の管を通って、
この宇宙に流れ込んでいる。ビッグバン以来、宇宙が拡膨張しているが、
遠くに行けば行くほど、濃度が低くなるはずなのに、全然薄くらないのは、
ダークマターとダークエネルギーが、この宇宙に流れ込んでいるため・・ 
その物質の大きさが、マイナス10の35乗。他の宇宙の数は10の500乗も
存在するという。ところで、人間のサイズを1m単位とすると、この宇宙の果て
まで10の27乗で、光の速度で138億年、かかるらしい!100億は
10の27乗。直径で276億光年の広さになる。私たちはマイナス10の
35乗と、プラス10の27乗の世界に生きていることになる。》
 この話、受けるはずだが、現実に溺れている知的興味の無い人は白ける?
「それがどうした?」と訝る、あの男?の顔が浮かぶ。相手を選ばなければ。
「で、どうしたの?」 「・・・ どうもしません」 外は天風が吹いている。
・・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換
2012年02月24日(金)
宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵する以上に変わった。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の大きな衝撃的進展。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。
ここで、残る96%は何か? というと23%が暗黒物質で、約73%が
暗黒エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素エネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の
一つでしかない裏ずけがで始めてきた。学生時代にビッグバンとブラック
ホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを今でも憶えている。その後の科学の
飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られるようになった。その一つに
ブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないかという説。
それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったというのを
最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った
人間が、その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、
所詮は、そこまでということが分かる。私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、
周辺の星を吸い込んでいる。それは、他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・
2012/03/03
宇宙は本当にひとつなのか ー2
        「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
 先日、「宇宙論のコペルニクス以来の大転換」について書いたが、
そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。私にとって、世界観が
ひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを
考えると息苦しくなるほど。宇宙の果てがあるのか、時間の始まりがあるのか、
神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?などの問いは、
この本を読んでしまうと根底から揺らいでしまう。前提が宇宙がひとつ、
だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を突きつけられれば、
今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。コペルニクスの地動説が
事実と知った時のキリスト教徒のようなもの。これは万物の存在に根底から
問い直しを迫った宇宙論になる。
「宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %は
正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の暗黒エネルギーが占めている。
それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、それら
は他の宇宙から、私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方もない説。 
まず、「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。
  * 私たちの知っている宇宙
・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。
・ 星の成分は光を分析することで解る。 
  温度が高い場所ではどんな物質でもガスになる。
  光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。
  このスペクトラムの欠けで元素がわかる。
・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核が
  くっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。
  このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。
・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 
  月は7分。太陽系の中で恒星は太陽だけ。次に近い恒星はケンタウルス座
  プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。
  太陽系は中心から28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、
  まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動く。
・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のように
  つながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。
  これを宇宙の大規模構造という。
・ 60億光年位の範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質を持つ。 
  これを宇宙原理という。
・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器
  「大型ハドロン衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。
  ここでは、ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、
  つまり、異次元があるという証拠になる。そうすれば、異次元の中を運動する
  物質の暗黒物質の正体もわかるかもしれない。
 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、
  ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね


6204,閑話小題 〜スペイン風邪

2018年03月09日(金)

   * インフルエンザの時節に考える
 例年のごとくインフルエンザが流行っているが、第一次世界大戦の最中の
スペインかぜは、記録に残ってる中で、人類最初のインフルエンザの大流行
(パンデミック)である。 ネット辞書によると…
≪ ・感染者は約5億人以上、死者は5,000万人から1億人に及び、当時の世界人口
 は約18億人〜20億人と推定されているので、全人類の約3割近くがスペイン
 かぜに感染したことになる。
・日本では、当時の人口5,500万人に対し39万人(当時の内務省は39万人と発表
 したが、最新の研究では48万人に達していたと推定されている)が死亡、
 米国でも50万人が死亡した。これらの数値は感染症のみならず戦争や災害など
 すべてのヒトの死因の中でも、もっとも多くのヒトを短期間で死に至らしめた
 記録的なもの(ただし、第一次大戦の戦死者のうち、戦闘活動による死亡以外
 が多く占め、スペインかぜによる戦病死も含まれていることから、スペイン
 かぜの死亡と第一次大戦の戦死者には重複がある)。
 〜流行の経緯としては、
・第1波は1918年3月に米国デトロイトやサウスカロライナ州付近などで最初の流行
 があり、米軍のヨーロッパ進軍と共に大西洋を渡り、5〜6月にヨーロッパで流行。
・第2波は、1918年秋にほぼ世界中で同時に起こり、病原性がさらに強まり、重症
 な合併症を起こし死者が急増した。
・第3波は、1919年春から秋にかけて第2波と同じく世界的に流行した
(日本ではこの第3波が一番被害が大きかった)。
犠牲者が主に若い健康な成人だったのはなぜなのか、これまで明らかになって
いなかった 答えは驚くほどシンプル。1889年以降に生まれた人々は、1918年
に流行した種類のインフルエンザウイルスを子どもの頃に経験していなかった
ため、免疫を獲得していなかったのだ…。≫
≪ スペイン風邪の正体は、A型インフルエンザウイルス。それまでヒトに感染
 しなかった鳥インフルエンザウイルスが突然変異を繰り返すなかでヒトに感染
する新型インフルエンザになったと考えられています。
4000万人の死者数といわれても、あまり実感できないが、第一次世界大戦での
死者数が1600万人ともいわれますから、4000万人いうと、その倍以上。しかも
この1600万人には、戦場でスペイン風邪に感染して死亡した兵士も含まれ、
戦死者のおよそ3分1は、スペイン風邪が原因とされています。≫

 以上の経過からして、パンデミックの恐ろしさは分かる。
そこで「パンデミック」で検索すると、
【 パンデミックとは、感染症の全国的・世界的な大流行をいう。爆発感染など
 とも表現される。古くは、14世紀のヨーロッパにおけるペスト(黒死病)、19世紀
以降7回にわたって発生したコレラの大流行などがある。 また、昨今では
「インフルエンザ・パンデミック」と同義語として使われることもある。インフル
エンザ・パンデミックとは、新型インフルエンザウイルスがヒトの世界で広い範囲
に急速に感染して広がり、世界的に大流行している状態である。】とある。

▼ 飛行機などにより、僅かな時間で、人体を通して世界中に拡散する時代、
 いつ何時、新しいウィルスで数百万、数千万人の命が奪われる可能性が、何処
にもある。さらに細菌やウイルスや化学毒素による、テロの危険がある。そう遠く
ない近未来に人類が絶滅する可能性もある。百年持たないとも言われているが…

 ・・・・・・
4001,4000回の随想日記 ー2
2012年03月09日(金)
「11年も休むことなく2〜3時間もかけてエネルギーを入れて、それが何?」
という疑問が立ち上がる。そのことは私自身が、まず感じていること。40歳
後半から60歳まで、秘境・異郷旅行に年数回行っていた折に、義母が家内に、
「何で好きこのんで、そんなところにワザワザ出かけるのか分からない」と、
首を傾げていたという。これと同じ。そこで大自然の懐の中で出会う感動は、
実際に経験しないと分からない。毎日、一文章を書き上げる習慣で得られる
知識と情報の蓄積が、物事の視点を変ていく面白さは、実際に書き続けないと
分からないのと同じ。1ヶ月ほど前に朝日新聞の投稿欄に面白い。要約をすると
≪ 自分は退職後、ボランティアで忙しく充実した日々をおくっているが、
 聞くところ、定年後、暇を持て余して図書館で時間潰しをしている人が多い
という。それなら自分のように人のため、世のために、ボランティアをする道
がありますよ!≫  一見、正しく、道理である。ボランティアこそ定年後の
人生の義務かもしれない。 しかし図書館に通い人生の経験の糧を得た後の
読書もベストの時間の使い方になる。問題は自分のボランティアに酔いしれて、
読書三味の人が、ただ時間潰しにしか思えない自惚れに気づかないこと。
その人の人生の余白の埋め方は当人が決めること。それを批判する知性が問題。
万人が、このことと似た勘違いをし自画自賛をしている無知の自分に気づかない。 
四千回も書き続けている自分に自己満足をしているのと、ボランティアを自画
自賛している人を合わせ鏡にして、そのバカさを、自覚していない愚かな自分が、
ここにいる。自分のため、11年、書き続けてきた、ただそれだけのこと。 
人生は、経験と知識と感動を得ていく旅路である。面白いのは、書いている
プロセスで、自分の枠組が自然と浮かび上がり、内側を覗き見えてくること。
 ・・・・・・ 
5107,閑話小題 〜「セルフディアローグ」とは
2015年03月09日(月)
   * 「セルフディアローグ」とは
 ー内なる親愛なる対話相手は、数年後の私とする「セルフディアローグ」
という言葉があった。 内語の自己対話である。創業計画や、事業計画を練る
とき、思い浮んだことをノートに書きなぐり、独り内語を声に出して、
テーゼ、アンテーゼ、そしてジンテーゼへの対話をする。 
  〜この言葉をネット検索で調べると〜
≪ セルフディアローグとは、内語たる自己対話の相手(対自)を、自分を大切
 にしてくれる友人として対話すること。日記が、これ。ディアは「親愛」、
ローグは「言葉」。親友が失敗したとき、励ましたり慰めたりするが、自分が
ミスを犯したとき、何ゆえ自分を怒ったり自己卑下したりするのか。対話の相手
を外部から刷り込まれた自己認知を中心にしないで、親愛なる対話相手を自分の
中に作るのです。≫ とあった。
 読書も、日記も、随想も、そこに自己対話。この随想日記も、一種
「セルフディアローグ」になるが、後年、再読する時、当時の自分との自己対話
が何とも奇妙。それも毎朝、過去の同月同日分を読み返し内省する。一種の瞑想? 
写真家が動物や大自然の景色をシャッターチャンスを待つ間、独り頭の中で、
言葉を探すという。それは被写体と、自分との間に生じるセルフディアローグ
でもある。『対話の相手を外部から刷り込まれた自己認知を中心にしないで、
親愛なる対話相手を自分の中に作るのです。』が、よい。
 私など、このブログの想定したビュアーと、来年、再来年の同月同日の自分を
「親愛なる対話相手」としている。だから、どうしても本音の吐露になる。
 ・・・・・・・
3635, 他のせいにするな!
2011年03月09日(水)
  「自分の感受性くらい」 茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを
怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな  
しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな  
なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを  暮らしのせい
にはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を  
時代のせいにはするな  わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい  
自分で守れ  ばかものよ
▼ 自分を批判する目が失われることが、老いの一現象かもしれない。
 若い人でも、心が老いてしまっている人がいる。その目は他人にいき、
己の乾いた心が硬直しているのが見えなくなってしまっている。
「駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄」 
が身に沁みる! とはいえ、100年、500年来の地殻変動であることは確か。
「駄目な一切」を「時代のせい」ではなく、「他のせい」にするな、
ということ。 感受性が鈍るから。
・・・・・・・
3270, 焼き鳥は何故串刺しにするのか?
 2010年03月09日(火)
 図書館で書棚を見ていたら「焼鳥は何故串刺しか?」という本があった。
「何々??」と手にとってみたが、成るほどと思う部分があった。
迷ったが借りてはこなかった。記憶に残ったことといえば、ー串刺しにするとー
・何本食べたか出す方も、食べる方も分かりやすい。
・串は食べやすい。箸を使うことなく串を口に持っていける。
・皮、ハツ、モツ、軟骨など、多品種にできる。
・焼き台で焼くのに串が最適。 (かつ火が通りやすく、生焼きを避ける)
・肉や内臓の切れ端が無くすことができる。
・内臓など安い材料のものを、串に刺すことで、見た目に良く見える。
 このように、改めて考えると要領を得ている。
最近、串刺しをしないで、材料を焼くだけの焼鳥を居酒屋で見かけるが、
何か様にならない。串焼に刺した肉や魚などを鉄板の間に挟んで焼く専門店
がある。駅前に一店しか成立をしないが、焼き鳥の方が人気が高い。
 串ものといえば串団子がある。これも串刺しにすることで一々箸で摘むこと
なく食べることができる。蒲焼も串を通して焼くが、出すときは串を抜く。
焼き鳥の焼き台で一本一本がクルクル回転するものや、ベルトコンベアで
一回転する間に自動的に焼き上げるものもある。また火も炭のような金属を
熱して焼くものなど、色いろな工夫もされてきている。冷凍は客に嫌われる
ので、食肉屋が串に刺したものを配達するのもある。豚肉や内臓を串に刺す
焼とんは、戦後の食糧難のときに苦肉の策でできたという説がある。
最近、スーパーなどで中国製の冷凍のものを見かけるが、やはり焼き鳥屋で
酒を傾けながらが良い。
 ・・・・・・
 5837,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −6
 2017年03月09日(木)
   *「感激・感動・感謝」は一つの能力?
 最近、考えたことは、<「感激・感動・感謝」は、至高体験などの積み重ねで
つくられる‘能力’ではないか>という内なる問いかけ。感情の豊かさとは触媒に
より立ち起ったこれらの感情の蓄積で培われた情念の質量ではないかと。
 恋愛感情も、そうかもしれない。 毎日、飽きずにTVをみて、読書をして、
ネットサーフィンをし、毎週、シネマ館の映像に感激、感動する。これも知らず
と感情を豊かにしているのでは?…と。今ではWowowなどで映画が無尽蔵に流され、
知らぬ間に大きく影響を受けてしまう。しかし、あくまで受動態でしかない…
 人生を、この3つの感情の視点で振り返ると、如何に多く至ったことか。
どの場面で、それに至ったか? そこに、人生の秘儀があったような。汗と涙が、
そこにあった。これに至る前には、まずは「驚き」がある。いや、この感情の後
にもある? その結果、「これは何だろうという問いが立つ」ことになる。 
触媒により「感激・感動・感謝」の激情が立り上り、触媒に対する「問い」の
積み重ねが、人生を前向きにし、豊かにする。それが18歳までに作られた壁に
気づき、乗越える原動力になっていく。 その壁の厚さの程度が「世間人指数」
の高い人。日常に圧し潰され、常識をそのまま信じて、疑いもせず一生を終える。
これを壊すのは、「感激・感謝・感謝」の積重ね。 これが脳をクリアーにして、
「バカの壁」の存在に気づく切っ掛けとなる。今では、TV画面を通しての触媒が
中心だが、それでも探しただけ、無尽蔵に『本当かよ!』が現れ出てくる。
 この程度でも… まだまだ日々が面白い。明日のシネマ館は何をみるか? 
カミさんは数日前に??で「○○ショー」で、私は寝室でTV…。家庭内格差は
広がるばかり。「山は向こうから来ない、歩いていくしかない」のは分かって
いるが、腰痛持ちの身の私は… ああそう、長年かけた4k8k並みの「感激・感動
・感謝」の受信脳力がある。で、寝室で寂しくTV三昧。
迷う家内に、『直ぐ泣くときが来る。したいうち、出来るうち、今のうち』
と励ましている。 50歳代に「可能の限り、していて良かった」と実感する。
・・・・・・
5472,閑話小題 〜不眠とうつ病
2016年03月09日(水)
   * うつ病の人との対話で
 先日、うつ症の人と話していたら、一度、陥ると正常になるに苦労する、
というより、症状と仲良く付合っていくしかないという。そこで、
『般若心経』を暗記したら?と勧めたところ、既に暗記をしていると、その場で
唱えたが、初めだけで止めてしまった。その感じが? 他の対処療法として、
風呂で明かりを消して蝋燭の光をジッと見つめる療法を行っているとか。
仕事はストレスが多く、その蓄積は並々でないのは傍でも見てとれる・・ 
 夜半に寝付かれず苦悶するウツの睡眠不足は、日常の気持ちを暗くし、
マイナスの循環をもたらす。 当人がいうに、「不眠症は病気ではない、眠れ
なければ寝ないでいればよいだけ。人間は眠るように出来ているため、何処か
で眠ている。とはいうが、それを解っていても寝れないのが不眠症」とか。
仕事の関係で、いま寝ておかないととか、寝よう寝ようと、あせることが負の
連鎖になって眠れなくなる。 そこでマイナスのフラッシュが、出てきて、
不快の時を過ごすことが多くなる。人の心は複雑で、奇怪だからこそ、面白い。
  * あの難民たち滞在場所は?
 ニュースで、「シリアなどの難民たちは、欧州の都市に流れ込んでいるが、
その治安はどうか?」の一般的な疑問に対して、「難民キャンプに隔離・収容
されて、出入りが出来ないため、一般人との接触は少ない」とか。各国も入国
したからには餓死をさせる訳にいかず何処の政府も大変という。殆どの難民は、
衣服かリュック一つで、冬の最中、一日を過ごすに精一杯のはず。それでも、
シリアやアフガンに留まれば、命の危険が大きく、欧州に入れば何とか、
生きていける。昨日のニュースによると、難民をトルコに送り返す見返りに、
3700億の資金援助をする案があるそうだ。
■【ブリュッセル斎藤義彦】《欧州連合(EU)とトルコは8日、当局の許可
 を得ないEUへの「違法な移民」をトルコに送還する新対策で基本合意した。
EUは見返りにトルコ内の難民の生活向上に向けた追加支援を行い、トルコ人に
対するEUの入国査証(ビザ)を免除する。来週の首脳会議で詳細を確認する。
実現すれば、欧州の難民問題は解決に向けて大きく動き出すことになる。
EUは見返りに、トルコ国内に在住する約270万人のシリア難民の学校設立
などのため2018年末までに30億ユーロ(約3700億円)を支援する。
昨年合意した17年までに30億ユーロという支援に追加する。》
▼ 成るほど考えるものだが、何か似たような映画があった。これでは、更に
 難民がトルコに殺到するのでは? という疑問が出てくる。いずれにしても、
厳しい事態は変らない。混乱は混乱を呼ぶ。この背後には情報化がある。
・・・・・・
4742,閑話小題 ー大相撲が始まるが・・
2014年03月09日(日)
  * 面白くなってきた大相撲!
 今日から大相撲が始まるが、久々に有望力士の三人が出てきた。
遠藤、モンゴル出身の「照の富士」「逸ノ城」(実業団優勝で外国人初の
幕下15枚目付出しで、先場所から入った)である。1〜2年後には、役力士
として、次の大関候補になっているはずだが、怪我があるため断定は出来ない。
私の目では、モンゴルの二人は、白鵬、朝青龍クラスの要素があるようだが、
どうだろう。「遠藤」は相撲センスがあるので、大関になれる逸材だが騒がれ
すぎで潰される? 一連の不祥事の危機感もあってか、相撲が真剣勝負になり
俄然面白くなっている。ここで大関の鶴竜が、地味だったが徐々に力をつけた。
先々場所から、その力が開花し、横綱候補になったが、性格が大人いのが弱点。
真面目で、こつこつ稽古をするタイプで好感が持てるが、横綱は図太さが必要。
このところ上位陣に個性的力士が揃ってきた。ブルガリア出身の碧山あたりが、
突然、大化けの可能性がある。今場所は、色いろ楽しめそうだが、相撲協会の
体質が変わってないのが、気にかかる。
  * へ〜、そうか!
 一昨日のシネマの中で、「人はオナラを一日、平均14回する」
と言っていた。身に覚えのあるのは4〜5回?だが、意外と多いのに驚いた。
白人は腸が短いため、回数が多い? 大家族の商家の中で育ったこともあって、
暗黙の内に、鼻ほじりやオナラなど人前の不調法は厳禁であった。
「海外ツアーでは、日中、ほぼ皆無」を考えると、環境にもよる。
動いているとガスは溜まらない? ヨガにガス抜きのポーズがある。
仰向けになって、脚を曲げ、膝の上から両手で抑えて腹に圧迫を数分続ける。
これを50人でするから壮観。ところで、欧米人、本当に14回もするのか〜 


6203,閑話小題 〜宇宙は本当にひとつなのか −9

2018年03月08日(木)

    * 再び、多次元宇宙論
 6年前に、8回にわたって要約していたテーマ。内容は遠大で、当時の驚きが
そのまま伝わってくる。自分の死など大したことはないと、宇宙科学に面前に
突きつけられたようだ。
<我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!>という科学的事実?の前に、
プーチン、習主席、金、トランプが、それが如何した? 一兆、100兆、千兆円
が何んだ? 人生の一大命題の「死」の問題も、些細でしかなくなるような思い
に誘う破天荒な説である。6年前、ここにビッグバンが137億年前とあったが、
数年前に、正式に1億光年がプラスされた。1億光年といえば、気の遠くなる数値。
半世紀前の学生時代に「ビッグバン」を知り、驚いた。宇宙に外側があるか?が、
そこに、多元宇宙論である。6年前も、驚きそのままを書いていた。この本を読む
までは、宇宙は拡大するにつれて、密度が薄れていき、最後は縮小に転じて消滅
するとあった。観測からして、薄れてないという。他宇宙からループ状の管から
我々の宇宙に素粒子が注ぎ込まれており、永遠に拡大し続けるという。私たちは
三次元世界に生きているが、宇宙には7次元、8次元の世界があるという。三次元
世界からは考えられない次元というと、私たちは、宇宙も、世界も殆ど知らない
ことになる。子供じみたような、異次元宇宙の知的生物の管理下にあるのでは?
という説がまことしやかに語られている。それを否定する実証が不可能とか。
 論理の飛躍は、ここで止めておくが、孔雀の羽根のデザイン? 高度の知的
レベルの…と考えたくもなる。自己の存在を含めて、世界は、宇宙は不思議である。
私たちは何処から来たのか?=ビッグバン。 
何処に 行くのか?=いったん消滅。
はたまた多宇宙の一つに? 生残りし者の心の内? 宗教めいてきたか!
 重油で燃やされ、永遠の彼方に消滅するのが現実? 
…で、魂とは何ぞや? このブログに残した魂を込めた言葉。
私の両親をみると、娑婆に残した愛情。 心残りだったのだろうが…

・・・・・・
・・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換     
2012年02月24日(金)
               宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵する以上に大きく
変わった。コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽
が中心で、その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の大きな
衝撃的進展という。それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が
明らかになった。星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙
全体の4・4%で、目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしか
ないものだった。ここで、残る96%は何か? というと23%が暗黒物質で、
約73%が暗黒エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素の
エネルギーを合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。
この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙はもっと沢山、もしかしたら
10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。たくさんある宇宙の
「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものがわずかあり、私たちの
宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが分かってなかった事実と、
我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つでしかない裏ずけがで始め
てきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを
今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる
ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか
という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという
のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間
が、その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、
そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の
星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの宇宙の
一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・
3995, 宇宙は本当にひとつなのか ー2
2012年03月03日(土)
           「宇宙は本当にひとつなのか」村山斉著
 先日、「宇宙論のコペルニクス以来の大転換」について書いたが、
そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。私にとって、世界観が
ひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを
考えると息苦しくなるほど。宇宙の果てがあるかどうか、時間の始まりがある
のか、神の存在は、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?などの問いは、
この本を読んでしまうと根底から揺らいでしまう。 前提が宇宙がひとつ、
だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を突きつけられれば、
今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。コペルニクスの地動説が
事実と知ったキリスト教徒のようなもの。 
 これは万物の存在に根底から問い直しを迫った宇宙論になる。
「 宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %は
正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の暗黒エネルギーが占めている。
それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、それら
は他の宇宙から、私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方もない説。
 まず、「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。
   * 私たちの知っている宇宙
・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。
・ 星の成分は光を分析することで解る。温度が高い場所ではどんな物質でも
  ガスになる。光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。
  このスペクトラムの欠けで元素がわかる。
・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核が
  くっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。
  このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年
・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 
  月は7分。 太陽系の中で恒星は太陽だけ。次に近い恒星はケンタウルス座
  プロキシマ星で4.2光年。我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。
  太陽系は中心から28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、
  まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで
  動いている。
・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、
  線のようにつながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。
  これを宇宙の大規模構造という。
・ 60億光年くらいの範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質を
  もっている。 これを宇宙原理という。
・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器
 「大型ハドロン衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。
  ここでは、ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、
  つまり、異次元があるという証拠になる。そうすれば、異次元の中を
  運動する物質の暗黒物質の正体もわかるかもしれない。
 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、
  ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね。
・・・・・・
3998, 宇宙は本当にひとつなのか ー3
2012年03月06日(火)
          「宇宙は本当にひとつなのか」村山斉著
「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」
「多元宇宙」が、この本のキーワード。
まず、「暗黒物質ーダークマター」から取り上げてみる。
  * 「暗黒物質ーダークマター」とは?
 目で見えなくて正体不明だが重力を持つように観測されるものを
暗黒物質と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。
このためには、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加して
いなければならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な重力に
よって曲げられている。これから暗黒物質が存在していることがわかる。
そもそも、この暗黒物質がなければ、地球も、太陽も星も、銀河も生まれ
なかった計算になる。この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この
瞬間にも私達の周辺、身体をすり抜けている。暗黒物質の有力候補が
アクシオンと、超対称性粒子のニュートラリーノであると理論的に予言、
期待されている。
 ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星はすべて原子できている
と結論。銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、見えないが
重力を持つもの(暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーション
から暗黒物質が存在しないと現在の宇宙は存在しなかったことになる。最新の
宇宙研究の現場では、この「暗黒物質」をつかまえる一歩手前まで来ている。 
現在、仮説としては、「暗黒物質は異次元から来る使者であるという可能性」
が、まじめに議論されている。
  ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー
【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。ですが、
 その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。ここで疑問になるのが、
残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を占めるのが
暗黒エネルギーなのです。全部足すと誤差の範囲でちゃんと100%になります。
暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますがその正体はわかりません。】
【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の中の
 銀河の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。
 最近の観測では銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが
分かるのか?重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。
重力レンズ効果とは、アインシュタインが予言したもので、光は重力に引っ張
られて曲がる。 そのため、遠くにある銀河や星の光は変形して地球に届く。
この重力レンズ効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。
暗黒物質の分布地図作りではっきりしたことは、暗黒物質は原子ではない、
つまり宇宙にある物質の8割以上は、原子ではないということ。】
【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球なども
すぐに通り抜けてしまう物質です。電子やニュウトリノと同じような小さな
粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】
▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、
 どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から来たというなら、
ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かってくる
のでは?と思われる。
・・・・・・
3999, 宇宙は本当にひとつなのか ー4
2012年03月07日(水)
 * 暗黒エネルギー
   ー次に宇宙の全エネルギーの73%を占める暗黒エネルギーについてー
【 暗黒エネルギーは暗黒物質と並んで、宇宙を作るものの中で正体がわかって
 いないものです。正体不明のエネルギーなので、暗黒エネルギーといっている。
暗黒物質のほうは10年以内にその正体が明らかになるのではないかと期待が
持てるようになってきたが、宇宙の全エネルギーの73%を占めると考えられて
いる暗黒エネルギーは、まだ糸口がつかめていない。
 今のところ、私たちは暗黒エネルギーを見ることも感じることも出来ない。
しかし、宇宙のエネルギーの約四分の三を占めているものが、どこか一部の場所
に偏って存在するとは考えられないので、私たちの周りに既に存在することになる。
 暗黒物質も、暗黒エネルギーも、それが分かっていないのに、物質とエネルギー
とに分けているのはなぜか。
 一番の違いは、宇宙が大きくなると暗黒物質は普通の物質と同じように薄まる
のに対し、暗黒エネルギーは薄まらない。 暗黒エネルギーを発見するきっかけ
は非常に遠くの宇宙で起きた超新星爆発。 超新星の観測から宇宙は常に膨張し、
その膨張速度は速くなっていることが分かった。宇宙には、目に見える星や
銀河などより、目でみることの出来ない 暗黒物質のほうが多く存在する。
ところが、宇宙が広がっていけば、その分薄まっていきます。そうなると、宇宙
のなかのエネルギー密度が低くなり、宇宙の膨張速度は遅くなると、物理学者は
考えていた。ところが、観測結果はそうでなかった。
 宇宙が大きくなるにつれて、どこからからエネルギーが湧き出てくる。
何故そうなるのか。それは宇宙が大きくなっても薄まらない何かがある。
それを暗黒エネルギーと名づけた。】
【 宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。宇宙が広がる
 たびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため考えられたのが暗黒エネルギー。
有力な仮説は、真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り返してエネルギーを
持っている説。 この説により真空エネルギーを計算すると120桁も大きな値になり
宇宙は引き裂かれてしまうことになる。そこで、素粒子を点でなく、小さなひもだ
という超ひも理論が登場し、宇宙は1次元の時間、目にできる3次元、小さな異次元
が6次元(カラビ・ヤウ多様体)の10次元ということになる。超ひも理論は重力を
含む力の統一が出来る可能性がある。超ひも理論は特異点を持つブラックホールが
熱を持つという問題に解を与えた。アインシュタインの重力理論はまちがっていて、
宇宙は加速膨張しないとする人たちがいる。
彼らは超ひも理論の一つにより泡宇宙となるとの提案をしている。】
▼ 「宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。
宇宙が広がるたびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため考えられたのが
暗黒エネルギー。 有力な仮説は、真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り
返してエネルギーを持っている」という説が分かりやすい。真空の中にエネルギー
があるというと仏教の「空即是色」が思い浮かぶ。 この本をキッカケにし、
「宇宙オタク」のブログを幾つか見たが面白い。 広大な宇宙に興味を持つと、
シャバの世事に囚われている自分が見えてくる。
・・・・・・
4002, 宇宙は本当にひとつなのか ー5
2012年03月10日(土)
           「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
 * 多次元宇宙論と多元宇宙論
     ♠ まずは多次元宇宙論
◇ 多元宇宙という言葉はあまりなじみがないと思いますが、この言葉には
大きく分けて二つの意味が込められています。 一つ目は多次元の宇宙。
次元というのは時間や空間の広がりを表すもので、私たちの目には宇宙空間は
三次元に見えています。私たちは上下、左右、前後と三つの方向に動くことが
できるので、三次元空間といっていますが、実は、宇宙には私たちが気づいて
いない方向があるかもしれません。つまり、三次元以上の次元があるという
考えを多次元宇宙といいます。これは、あくまで、宇宙は一つという前提です。
◇ そして二つ目が多元宇宙。多次元と多元。文字が一つ違うだけで言葉の
 意味が大きく違ってきます。多次元宇宙は、宇宙空間に今まで知られていな
かった次元があるということで、次元が増えても、「宇宙の数は一つのまま」。
 ところが、多元宇宙というと、宇宙がたくさんあるかもしれないという
考え方なのです。 私たちは、宇宙は一つしかないと思って生きてきたわけ
ですが、もしかしたら、私たちが住んでいるこの宇宙は、たくさんある宇宙の
中の一つで、この宇宙のほかにたくさんの宇宙があるかもしれないということ
をいっています。
◇ まず、一つ目の多次元宇宙から話を進めていきます。そもそも、次元とは
 何かというとところからおさらいをしていきましょう。私たちは日常生活の
中で人といろいろな約束をします。例えば、友だちと映画を見ようという場合
・待ち合わせをするわけですが、 このとき、基本的に四つの数字が必要です。
場所を東京都新宿区の映画館としますと、新宿駅から東へ四分、そして南へ
三分というように目的地までの道のりがあります。ここで二つの数字が出て
きました。目的地がビルの場合、もう一つ、ビルの何階という数字が必要に
なります。これで三つの数字が出てきました。この三つの数字があれば、待ち
合わせの場所を指定することができます。
 しかし、これだけでは友達と会うことができません。あと大事な情報が
抜けています。「いつ」という時間の情報ですね。 今度の日曜日の十時と
時間が決まっていれば、すれ違うことなく出会うことができます。これが
四つ目の数字となります。 ・・・しかし、これ以外に、違った見えない
次元があるかもしれない。・・・空間が3次元であるというのは、人間の感知
能力では3次元までしか感知できないという意味であって、空間が絶対的に
3次元であるということではない(「ひも理論」という最新の物理の理論では
宇宙空間は9次元だという)。4次元以上の空間で働くエネルギーを把握
できていないので、残りの95%は何なのか、分からないのでは? 
・・・・・・
▼ 多次元宇宙は、この宇宙が一つで、その中の異次元宇宙をいう。
 三次元の他にも異次元があるが、三次元の空間では、それを理解できない。
二次元の世界で、三次元を理解できないのと同じ。10年ほど前までは、
異次元というと眉唾ものであったが、2003年を境に宇宙学者が真剣に
研究を始めるようになったという。


6202,閑話小題 〜大変な人

2018年03月07日(水)

   * 旅は根こそぎ人生観を変えた
 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。
国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、
ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の
日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの
段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 
 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの
感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク
に繫がっていた。 
 
 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。
今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は
自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を
守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。
 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった
ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観
が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。
私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく
なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、
添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない。
変でも何でもない、ただ卑小な人でしかない。ただ、これは誰にも言えること。
 
 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に
乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が
非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先
では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、
また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ
ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化
の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、
ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。
変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分
の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に
変化していることに気づく。

一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』
と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。
今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、
これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と
映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに
とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…

・・・・・・
5835,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −5
2017年03月07日(火)     
     < 体感!グレートネイチャー!「奇跡のビッグウェーブを追え!
           〜アメリカ ハワイ〜」(BSプレミアム)2月25日21:00
  * ビックウェーブのド迫力
 映し出される映像の圧倒的迫力に魅入って自分に、「いい歳をして、何を
しているのか?」の内なる言葉は軽く打ち砕かれる。ムササビスーツを着て、
頭の先にビデオカメラを装着してムササビのように滑空する録画や、大津波で
流される街の衝撃的映像を見るにつけ、魔物に憑かれたように冷静に見ている
自分に驚かされること屡々である。
 大空に展開されるオーロラや、アフリカのサバンナの野生動物の生死をかけて
生きる姿は、現地でないと分からない。 が、現在のデジタル技術は、それを
カバーするところがある。その一つが高さ20mのハワイの巨大サーフィン! 
色々な撮影手法で迫力ある波間の一瞬を映しだす。ハワイには、様ざまな要素
が重ねって神秘的な大波が打ち寄せる!
  〜NHKの説明では〜    
≪・ハワイ・オアフ島ノースショア。真冬になると巨大波が押し寄せる海岸線。
 20mもの波はエメラルド色の分厚い壁。重低音を響かせて白砂のビーチで
砕け散る。取材班は熟練のサーファーとともに、巨大波を追跡。目の当たりに
したのは高さ15m、5階建てのビルに匹敵する巨大な波。キラキラと輝きながら
刻々と形を変え、まるで生きたガラス彫刻のようにうごめく。 
 波の先端が丸まって円柱型のトンネルが形作られる「パイプライン」。
その内側の世界を熟練サーファーに取り付けた小型カメラで写し取る。
・なぜノースショアには大きな波が到来するのか?ハワイ諸島の空と海を縦横
無尽に探索し、たどり着いたのはホットスポット型噴火によって点々と並んだ
ハワイ4島の絶妙な位置関係。日本の嵐に端を発した波が、巨大波となって
たどり着く奇跡的なメカニズムだった。今までのグレートネイチャーとは一線
を画す、清涼感あふれるエンターテインメント大作。巨大波が放つ圧倒的な
自然美をたっぷりと体感する。≫
――
▼ サーフィンに魅入られ移住してきた父親と息子。父がパイプラインの中を
 サーフィンする一瞬を撮影する。本人の頭にはカメラがある。その迫力ある
映像の世界は見ている者にも共同体験の錯覚をもたらす。去年あたりから、
メガネ型動画プレイヤー が家電店頭に並ぶようになったが、これが次世代の
バーチャルの世界? あと10年、生きたくなってきたが… 3年間に圧縮可能?
 もっとも、今どきのハリウッド映画の世界は、バーチャルそのもの。
「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅言葉が
あるが、毎週、異次元世界を見ているのに、今さら何を? 
 …で、次は「パンプローナの牛追い祭」 その次は、「リオのカーニバル」
「イグアスの滝」「グトルフォスの滝」「イスラエル巡礼の旅」。 …行って
見てないが、「メッカ巡礼」の集団礼拝が面白そう。 
  <行ったつもりの世界異境の旅>のテーマがコンセプト?
  ・・・・・・
4740,<つまずき>の事典 〜   ー8
2014年03月07日(金)
  * 「他人歓迎」       <つまずき>の事典>中村邦生編著
 既に亡くなったが、長年、連続テレビ映画の『ララミー牧場』の解説をし、
「さよなら、さよなら、またお会いしましょう」で終わる名調子の淀川長治
の言葉を紹介している。
☆ 『 映画は、ただ娯楽というだけじゃなくて、いつでも人間勉強させて
 くれるので、私は映画に命をかけました。ちょっと大げさですけど、映画
 への愛が今日の私を作りました。(中略)そして私は、映画から3つの
 言葉を学びました。「がんばれ、苦労、来い」。二番目は「他人歓迎」。
 “他人”という言葉を持ちなさんな、みんな仲間と思いなさい、映画は、
 そう言っていました。もう一つは「私はいままで、嫌いな人に一人も会った
 ことがない」。映画を見ていて、こういう言葉が出てきた時に、私はメモ
 しました。家に帰ってから、それを身につけようとして、今日まで来て、
 どうやらどんな人とも仲良しになれる気持ちになりました。愛は、本当に、
 豊かな人生をもたらしてくれます。』  :淀川長治「美学入門」より
  〜ネット調べると、以下も、なかなか良い〜
☆『愛というものがあるからこそ、人間は美しく生きられる。
 愛のない人間は汚い。お金だけで行きている人間は汚い。
 アメリカの言葉にもあります。「金で買えるすべてのもの、それは悪魔
 でも買える。しかし・・金で買えないものを持っているのが、人間。」
 それは、愛ですね。愛は金では買えませんね。そういうことも映画から
 教えられました。』         :「大人の学校ー入学編」
☆『キザな言い方だが、講演するときもこのあと私はきっと死ぬのだと
 自分に言い聞かせることにしている。するとその講演に命をかける。
 二時間がまるで20分ぐらいの勢いでしゃべってしまう。講演の後は
 汗でびっしょり。けれども不思議なことにこの方が疲れない。思いっきり
 やったという私だけの満足感が疲れを忘れさせる。』『人は必ず死ぬ。
 一日を十分生きなければ損だ   :格言[いつも人生最後だと思う]
☆『チャップリンは幼少時代ひどい苦労をなめた。貧しさのあまり頭が変に
 なった母とチャップリンは二人暮らしになった。父を5歳で失った時に
 母は発狂した。腹違いの9歳の兄はこの家から逃れて船のボーイになった。
 5歳のチャップリンは食べるものがなくなってマーケット裏に捨てられた
 残飯を拾ったこともあった。その苦労がのちのチャップリン喜劇の中で
 いかに生きて描かれているかがわかるのである。それにこの母が実は
 偉かったのである。気が鎮まって正気を戻すと、小さな我が子を枕辺に呼び
 「イエス様はお前が運命を全うすることをお望みなのだよ」と何度も諭した。
 つまり自殺をするなということである。それは小さな我が子に言うよりも
 苦しい自分に言って聞かせたのであろう。 そのチャップリンの苦労が
 のちに幸せの花を咲かせたのである。思えば神様は人間を豊かに幸せに
 するためにいつも苦労させるのだ。:格言[苦難のあとに幸せの花が咲く]
▼ チャップリンのコメディの基本となる「悲惨な生活の喜劇化」。
 彼の芸は道化師の芸からの頂きで、「サーカスのネタばらし=自分自身
のネタばらし」である。少年の頃から、お金を稼ぐため、大道やステージに
立って注目を集めるために道化師の芸を盗んだ。子供の頃の生活のための
知恵は、万人の心をうつ。『一日を十分生きていれば、どんな場面でも
乗越えることが可能である』が、それが一番難しい。 
『一日を充実させる』さえ心掛ければ、十分!

・・・・・・
5470,人生で最も大切な技術 ー28 フロー状態
2016年03月07日(月)
   * フロー状態を経験する
 金沢の衣料チェーに一年半ほど勤めていた時や、実家の衣料量販店で、
服に値札の糸通しをしていた時に、三十分も続けていると、奇妙な悟りの
ような奇妙な心持になる。これをフロー状態というらしい。〜その辺りより〜
≪ 誰にでも、一つの活動、実験または感情に猛烈に没入する、という経験が
あるだろう。クレアモント大学院心理学部のミハリ・チクセントミハイ教授の
提唱するフロー理論は、まさにそのことを論理化したものである。1960年代に
創造的なプロセスを研究していた同教授は、一つの事実に思い当たった。
 画家は、創造プロセスが順調なとき、作業に完全に没頭していて、完成まで
その状態に止まり、疲労も空腹も不快感も一切意識しない。作業が終わると、
突然に関心が消える。このとき画家は、「フロー状態」を経験しているのである。
その時間中は、自分のしていることへの没入のほうが、最終的な結果よりも
価値が高い。この現象に好奇心をそそられた教授は、活動の喜びが一番の
インセンティブとなる、画家、登山家、チェス名人、外科医、作家、肉体労働者
たちと数多くの面談を行った。同じ岸壁を十数回登ったロッククライマーに
とっては、頂上にたどり着くまでのプロセスが喜びであって、登頂はそれほど
重要でないのは明白である。特別の目的地もなしに、音楽を奏でながら、
またはトランプで一人ゲームを楽しみながら、ヨットで湾を巡洋するヨットマン
にとっても同じことが言える。このようなときに人は、「活動そのものに完全に
没頭している。エゴや時間を超越する感覚がある。どのような活動、動作、
思考も、前のものを引き継いでいる。それはジャズ演奏のようなものである。
自分の全存在が巻き込まれ、自分の技術を最大限に駆使する」。
 フロー論に近い状態まで心を没頭させること、ということを自ら発見した。
通訳で、講師が話している間は、心を完全に応えられる状態にしておく。
すなわち、心を一切の雑念が入り込まないように解放した白紙状態に保ち、
緊張を伴わないで注意を集中した状態にしておく。こうして耳に入る内容を
伝達する。それは、一杯になった水差しから別の水差しに中身を移し変えるのと
同じ作業である。出発点と講義の脈絡だけを記憶しておけばいいのである。
こうすれば続々と耳に入る詳細も、概して、骨を折らずにこなせる。
 心が注意集中状態でしかもリラックスしているので、長々した複雑な講義でも、
極めて忠実に再構築することができるのである。雑念や外的な出来事が翻訳の
フローを断絶する場合、魔力は消え、本筋に戻るのが難しくなる。
この事態に陥ったときは、いくつかの詳細が記憶から漏れる。数秒間、
心が真っ白になる。フロー状態を正しく経験するには、メモは取らないほうが
いいだろう。すべてがとんとん拍子に運ぶとき、スムーズな流れが穏やかな
喜びを醸しだしてくれる。自意識とは、自分自身の観察であるが、それが
事実上不在になり、疲労を忘れ、時間の経過は、遠くからは見えない川の流れ
のように、知覚することがなくなる。チクセントミハイ教授によれば、アイロン
掛けとか組立てラインなどの最も平凡で単調な作業中にフロー状態を経験する
こともある。ただし、経験するかしないかは、時間の経験の仕方にかかっている。
フロー状態を経験しない場合、事実上どの活動も、耐え難いとまでは言わない
までも、退屈でうんざりしてくる。同教授は、フロー状態に入りやすいタイプと
そうでないタイプがあることも発見している。≫
▼ 早朝の、この文章の仕上げで、気持ちを集中させ、完成までの2~3時間は、
アッという間に過ぎ去っていく。この時も、一種のフロー状態。この程度の
文章に、ネタさがしと、下書きを入れると3時間を要している。何でまた?
というが、そのフロー経験そのものが良いから続いている。少しでも、嫌と、
思ったら到底続くものでない。フロー状態だから、前年の同月同日の内容に、
不思議な偶然として繋がるのだろう。
・・・・・・
5105,社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔
2015年03月07日(土)
       「毛沢東の大飢饉〜史上最も悲惨で破壊的人災」
                   フランク・ディケーター(著)
  * 毛沢東の大飢饉
 もう四半世紀前の1989年になるが、北京経由の桂林へのツアーで、
現地人ガイドが桂林で何気なく発した言葉に驚愕をした。
『文化大革命の時、それぞれの村に死体が山のように積まれていた。
私の村でも、積まれているのを見た。桂林では、あそこ!」と、指をさす。 
 現地で生々しい虐殺の話を聞くのは初めて。日本では、聞けない話。
旅行当時、北京の天安門広場近くには通勤途上の人民服の人が乗る自転車で
溢れていた。 資本主義的近代化?に向かう一歩手前の中国の姿だった。
  〜アマゾンの案内より〜
<15年以内にイギリスを追い越す」と宣言した毛沢東が始めた「大躍進」
政策は、人肉食すら発生した人類史上まれに見る大飢饉と産業・インフラ
・環境の大破壊をもたらした。香港大学教授が中国各地の公文書館を精査。
同館所蔵の未公開資料と体験者の証言から「大躍進」期の死者数を4500万
(大半が餓死。うち250万人が拷問死、裁判なしの処刑死)にのぼると算出。
中国共産党最大のタブーの全貌を明らかにし、北京が震撼した衝撃の書!>
  =投稿者の内容より=
≪ もし地獄というものが、あるとすればこの時期(1958〜1962)
 の中華人民共和国の姿であろう。この大躍進の前に、小躍進という大災害
があり、主としてスターリンのソホーズ・コルホーズを、中共がまねをして、
同じような飢餓と腐敗を味わったのであるが、たくみに、フルシュチョフと
張り合う形で、イギリスの鉄鋼生産量を追い抜くという、ばかげた、いや、
恐ろしい計画が、毛沢東がその権力維持の為に、発動される。それが大躍進
という地獄。共産主義国家において、しかも独裁者のもとでは、一度動き出した、
この地獄のプランは止められない。止めようとする者は地獄に落とされる。
およそ、考えられる地獄の様相はすべて盛り込まれている。単に餓鬼地獄だけで
なく、暴力、強姦毒殺、自殺のような他殺、親殺し、子殺し、人身売買、人肉や
泥、糞尿を食べる人、食べさせられる人、あらゆる冷酷のかたち、あらゆる
サデズムの形態で現実におこなわれる。発狂、逃亡、集団死、強盗、暴力
あらゆる悪徳、腐敗、無恥、がどのようにどこでおこなわれたかを、綿密に
書いていく。墓場から死体を掘り出し、あるいは飢餓で死んだ死体を肥料に
してまく。この歴史を国民に教えることはタブー。このような地獄のうえに、
その誤りを指摘する劉少奇を粛清するために、毛沢東は第一次文化大革命、
第二次文化大革命へと権力維持装置をフル回転させるわけだが、ここで
日本でも教養人にファンの多い周恩来などは、自分の命を守る方に
うごいていたこと忘れてはならない。身近な人が、身近な人に襲い掛かり、
子供といわず、婦女子、老人をたたき殺す、その異常死の数4500万人
ともいわれた大躍進の地獄は、人々の心から、忘却されてない。≫
▼ これに文化大革命を加えると、7〜8千万人が死んだというから、
 人口の一割に当たる。もし日本だったら一千万人が犠牲である。
1958〜1962年なら私が中学校の頃、隣国では、こういう惨劇が!


6201,閑話小題 〜恋と愛の違い −5

2018年03月06日(火)

閑話小題 〜恋と愛の違い −5

             『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義
   * 俺にも言わせろよ! 〜B
大家: で、改めて何を言いたくて登場したの。
フーテンの寅: 俺の澄んだ純粋な気持ちを誤解されたくないの。御前さんたち
  とは違うんだ。俺には柴又の実家の一室と家族しか無いんだ。
八つぁん: しばし、美人に恋心を持って、現実逃避をしてるんさ。恋心の
  絵図の妄想を楽しむしかないさ。その裏には辛い辛い現実があるの。
熊: そんなの俺だってそうさ。長屋の一室で女房・子供だけ。それと町内と、
  その周辺の500m範囲だけど、あんたは全国区だもんね。いやウィーンまで
  行ってきたじゃないか。その軽さに憧れるんだ。俺なんぞ長屋の住民を除くと、
  寅さんを通してしか、世界を知らないんだ。
フーテンの寅: 仕事を終えて、田舎町の安宿で、部屋で独り飲む酒のほろ苦さ。
  この味は、良くも悪くも格別だよ。明日、この宿を出れば無一文。さてと、
  今日の稼ぎと寝ぐらを如何するか?の流離の不安と情けなさ。そこが四国、
  九州なら、野宿が出来るけど、雪国なら茫然とするね。で、駅の待合場所で
  震えていると、涙が出てくるの。思いだす様々なマドンナとの邂逅のこと。
  それが毎日だからこそ一刻の幸せの味が解るんだよ。
八つぁん: 日常生活では、そういう経験は少ないからね。だから何時も言う、
  日常にドップリつかっている世間様から距離を置くの。
フーテンの寅: 俺と同じにしないでよ。全く、違うじゃないか。
  俺のような人間は、誰にも必要とされてない。その上に暇がタップリあるし。
  問題は、寂寞感に、孤独感が重なった時に、その状態を良しとする強い心持ち
  が必要なの。だからさ、自分を説得するの、「何とかなるさ!」とね。
  俺を待っている人が、きっと何処かに居るとね。そう思うしかないだろう。
熊: 気楽そうにしているけど、俺って何時もいつも、どうしようもない自分を
  持て余しているんだ。俺も実は、真っ当な人生を生きたかったとね。
長屋の寅さん: おい熊さん。その真っ当な人生って何だというんだ。
  そりゃ、真っ当な人間に向かっていう言葉で、俺ら長屋の住人を前に言って
  はいけないよ。そりゃ、老い先少ない大家さんが言うのは解るけどね。
大家: 老い先短いと、面と向かって言うんじゃないよ。現実なんだから。
  半径500mの世界に全国区の寅さんが、現れて話に加わると、何かチグハグ
  しないね。 とにかく、神様や、スターリンまで出てくる長屋だからね。
熊: 話の内容が面白ければ、それでいいけど、俺様からみても、現実から離れ
  過ぎてて… 。
八つぁん: ところで、長屋の寅の場合、何時も頭に貴方を想定しているけど…
フーテンの寅: いや、想定だけじゃ、面白みがないね。チャンと人格として
  呼出して欲しいの。 今日は初出演ということで… いいけどね。
長屋の寅: おい俺は、どうなるの?
大家: 最近、役割が熊と変わりばえしないし、つまらないね。
八つぁん: 熊さんもつまらないね。与太郎に変えようか?
  そういえば、珍コロと、珍獣もあったね。 
フーテンの寅: また呼んでよ。長屋の寅ではは面白くないからね。
リリー: 今度、私も呼んでよ。それと山田洋一監督に伝えてよ。寅さんが
  居なくとも、私と‘さくらちゃん’を二人を準主役にすれば、例えばさ、
  過去のマドンナの回想を細切れにして物語にするとさ。面白いでしょう。
  2人して厚化粧をして、ボヤかせばね何とかなるしね。
大家: …お後がよろしいようで。よほど書くネタが無く、暇のようで!
  
 追記) 明日、6年ぶりに、以下の問題を取り上げてみようか?
  10の500乗の他宇宙の存在について… 
  ・・・・・・・
3998, 宇宙は本当にひとつなのか ー3
2012年03月06日(火)
         「宇宙は本当にひとつなのか」 ー村山斉著
「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」「多元宇宙」
が、この本のキーワード。まず「暗黒物質ーダークマター」から取り上げる。
  * 「暗黒物質ーダークマター」とは?
 目で見えなくて正体不明だが重力を持つように観測されるものを暗黒物質
と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。このため
には、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加していなければ
ならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な重力により曲げられる。
これから暗黒物質が存在していることがわかる。そもそも、この暗黒物質が
なければ、地球も、太陽も、星も、銀河も生まれなかった計算になる。
この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この瞬間にも私達の周辺、身体を
すり抜けている。暗黒物質の有力候補がアクシオンと、超対称性粒子の
ニュートラリーノであると理論的に予言、期待されている。
ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星はすべて原子できていると結論。 
銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、見えないが重力を持つもの
(暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーションから暗黒物質が
存在しないと現在の宇宙は存在しなかったことになる。最新の宇宙研究の現場で、
この「暗黒物質」をつかまえる一歩手前まで来ている。現在、仮説としては、
「暗黒物質は異次元から来る使者という可能性」が、まじめに議論されている。
  ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー
【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。
 ですが、その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。ここで疑問に
 なるのが、残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を
 占めるのが暗黒エネルギーなのです。全部足すと誤差の範囲でちゃんと
 100%になります。暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますが
 その正体はわかりません。】
【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の銀河
 の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。最近の観測では
 銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが分かるのか?
 重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。重力レンズ効果とは、
 アインシュタインが予言したもので、光は重力に引っ張られて曲がる。 
 そのため、遠くにある銀河や星の光は変形して地球に届く。この重力レンズ
 効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。暗黒物質の
 分布地図作りではっきりしたことは、暗黒物質は原子ではない、つまり宇宙に
 ある物質の8割以上は、原子ではないということ。】
【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球なども
 すぐに通り抜けてしまう物質です。電子やニュウトリノと同じような小さな
 粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】
▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、
 どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から来たというなら、
 ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かって
 くるのでは?と思われる。
・・・・・・
5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4
2017年03月06日(月)
   * 世界の絶景をドローンで空撮
 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿
した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、
節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。
 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ
をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面
をタブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。
その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた
星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの
空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。
  〜2人のネット記事から〜 
【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。
 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、
これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン
だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。
「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。
世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の
写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が
近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。
それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」
いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん
が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ
2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を
のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した
映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、
BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。
  ● 2人が旅から得たものは?
 ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。
例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略)
上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、
すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。
パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて
いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない
とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」
 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験
だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。
千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を
していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している
映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、
『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。
 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示
している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の
オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、
最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、
「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。
――
▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の
 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。
この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの
進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代
からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ
があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の
受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。
〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。
・・・・・・
4739,<つまずき>の事典 〜   ー7
2014年03月06日(木)
* 私は人一倍こわわがり屋!(植村直己)<つまずき>の事典>中村邦生編著
 誰でもこわがり屋で、神経質である。もし、そうでないなら無知か、無神経
である。それを登山家の植村が逆に準備を周到にすることで乗り越えてきた。
私も、人一倍こわがりで、神経質の性格を乗越えてきた。初めてのケニアも、
 生きて帰れるかどうか、到着するまでは恐ろしさで震えていた。でも、
サファリ地区に入れば、何とことはない、世界で名だたるレジャーランド。
要は、決心できるかどうか。人生と同じである。 ーその辺りを抜粋ー
《 ☆ 人から「そんなに次次に危険を冒してこわくないのか」と、よく
 聞かれるがとんでもない、私は人一倍こわがり屋。危険に直面したとき、
自分だけはなんとしても生きたい、と思うのである。普段の生活では表に出ない
利己的なものが、危険に遭遇した時、あらわれるのである。ー植村直己『冒険』〜
 植村直己(1941~84)は登山家・冒険家。兵庫県生まれ。モンブラン、
キリマンジャロ、南米のアコンカグア、エペレスト、北米のマッキンリーと
世界初の五大陸最高峰登頂者となった。チョモランマを除いては単独登頂。
他にも、アマゾン川を筏で下ったり、北極圏一万二千キロを犬ゾリ単独走破
などを成し遂げた。この希有の冒険家も明大山岳部に入りたての頃は、
新人の中でも最もパテが早く、使いものにならなかったという。
 この『冒険』は一九八○年刊行の自伝的冒険記。引用は単独行への新たな
挑戦を語る章の一節。この「利己的なもの」という言葉に続けて、
「北極圏の犬ゾリ旅行のとき、ひとたび食糧が欠乏して生命に危険を感じると、
それまで家族のように接してきた犬も食糧に見えた」と告白している。
植村直己は「未知の世界に立ち向かうとき、私はあらゆる準備に時間をかける。
そして、成功への可能性が見つかったとき、初めて行動に移る」と自他ともに
認める慎重居士であった。しかし一九八四年、マッキンリーの冬期単独初登頂
に成功した帰路、消息を絶った。43歳の誕生日を迎えた後であった。
この登頂は南極大陸横断という挑戦に備えてのことだった。》
▼ 長期の設備投資の事業をしてきたが、20〜30年以上の投資のため、
 多くの時代の波に曝されることになる。判断と、決断は、それを前提にするが、
そんな先が読める訳がない。そこに底知れぬ恐怖感がまとわり付く。そのため、
万一の備えをつくっておくしかない。今回の一連で、大部分の人が計画倒産と
思ったようだが、そんな小利口なことなど、私に出来ようがない。出来るのは、
再投資の度に、リスク管理を積み重ねてきた。そこには利己的な自分が顔を出す。
 気が小さく、愚鈍で、利己的な自分と常に出会うことになる。
だから綺麗ごとが綺麗ごとと自覚できない人の心中が透けて見えてくる。
ドラマと、現実は違う。その内面は、ドラマでは表現できない。
それは、自分で経験するしかない。
  ・・・・・・
5469,人生で最も大切な技術 ー27 黄金の時間への回帰
2016年03月06日(日)

 5年前から、早朝から「黄金の習慣」を編上げたスケジュールを淡々と過ごす
日々が、そうと言えるが、どうだろう。世間的なことを、ほぼ無視できるし、
一人、ほぼ単独でこなしている。一番の心の切替が出来たのは、20時から4時間、
爆睡をした後の、4時間の半睡を、瞑想のように過ごす。4年前からジムのヨガを
週に2〜3回、参加しているが、最後に死者のポーズを5分ほど行う。それと同じ
感覚にすると、かなり酷似した感覚になる。 歩の時間が、成金の時間帯に
変わっている。 〜その辺りから
≪ 一日に一度、ほんのわずかな時間でもいい、心を内省する時問を持ったら
 どうだろう。たしかに、知的な会話や頭を使わないですむ娯楽もそれなりに
楽しいものではある。だが、それらが本当の満足感を与えてくれるだろうか。
心を内側に向けよう。山のように習得するだろう。毎日わずかの暇を見つけて、
利他的な考えを養成し、心がどのような働きをするかを観察するのは非常に
価値のあることである。こうした心の探査は、地域情報やスポーツ記事を読む
時聞に比べて千倍も多くのものを得る上、永続性がある。世間的なことを
すべて無視しろ、と言っているのではなく、時間が有効に使われるべきだ、
と言っている。現代人は思考ゼロの状態にはまり込んでいるのである。
 挫折を味わうとか、仕事が空回りする等の経験をした場合は、
「すべてを客観的に捉え直す」ことにわずかの時間費やす。だが、その方法と
費やす時間が問題なのである。辛い時間が「さっさと過ぎ去る」のを待ち、
「気持ちをまぎらわす」何らかの気晴らしを熱心に探そうとする。 それが
ほとんどの場合だろう。だが、俳優と場面は変わっても、芝居は続くことを
忘れてはならない。湖の畔、丘の上、静かな部屋に座り、自分の奥深い部分が
どのような構造になっているのかを観察してみたらどうだろう。まず、自分の
人生で何が一番大切か、それをじつくりと検証する。続いて、それまで時間を
割いてきたさまざまな活動を点検し、基本的に重要な事や活動を優先して順位
をつける。日常的な活動のうち、必要性の低い部分を、沈思黙考と内側に目を
向ける時間に切り替えることもできるだろう。長年にわたり、英国を離れて
隠遁生活を続けたテンジン・パルモ尼はこう記している。「人は瞑想の時間が
ないと嘆くが、それは正しくない。廊下を歩いている間、信号待ちの間、
コンピュータで作業中、列に並んで順番を待っている間、と入浴中、髪を梳か
している時でさえ瞑想はできる。今この瞬間に存在しているだけでいい。
心についての余計な解説は要らない」。 人生の残ざれた時間は有限である。
人間は、生まれたその日から一秒、一歩ごとに死に近づいている。
チベットの隠者、バトゥル・リンポチェは詩的な表現をしている。
  日没に太陽が沈むように、命が次第に残り少なくなると、
  死が、長ぐ伸びた夕暮れの影のように近づいてくる。
▼ 別に、私が黄金時間を満喫しているということでなく、御隠居生活
 そのものが、心の持ちよう、考え方で、それに近づける状況ということ。


6200,随想日記 〜日々、活きているかい?

2018年03月05日(月)

   * つれづれに、自虐的独り言!
 リタイアから7年、この淡々とした日々の生きる目的とは何だろうかと、
改めて考えてみた。 何度か、その類いの書籍の感想文の中で考えてきた。
 「自分の人生を鳥瞰して余白を埋めること」
 「活き活き活きること」
 「日々を楽しむこと」等々である。 
具体的目安は、
・食事と晩酌が美味いと思うか、
・ジムに進んで行きたいと思うか、
・TVの映画やドラマ、ドキュメントを面白いかどうか、
・随想日記を前向きに書いているか、になる。
 どれも一応、合格になるが… 

家内に『周りを見渡して、気の毒、可哀そうと具体的に思う人っている?』
と突然、聞かれた。当人の周辺に多く居るらしい。女人社会では人生の内側
がまる見えのようだ。私にとって 世間にドップリ染まった岩間の小さな様々
な生き様が気の毒。 私もそうだが、足腰が弱るにつれ引籠りがちになるが、
どうも極端な内向きの生き様の人が多いらしい。 人間関係を見ると、
色いろなサークルに属し、その触媒から、多く要素が垣間見れるようだ。 
 で、次の質問…
家内:『具体的に気の毒に思える人って、どんな人?』と… 突っ込み。
 考えてもいなかったが、すかさず出てきた言葉が、
私:『そうね、節目をつくれず、何気なく生きている人。例えば pi.pi.pi!』
家内:『その世界しか知らないから、それはそれで良いんじゃないの。』
私:『聞かれたから答えただけ。だけど、嫌な奴と思ってるだろうね。
  孤独、孤立に慣れてないからね。それが悪いこととさえ思ってるからね。
  だから全否定されてると思うんだ。話が詰まらないもん。日常にドップリ
  浸かって。そういう現在の私がそうか。でも、ネットサーフィンで外界を
  飛び回ってるよ。』
家内: 『カウチポテトそのもんじゃない。お金は最小で済むけどね。』
私: 『あんたのように、年に10回も、上京する人も少ないよ。それから
  したら気の毒な人になるよ。ケッセラセラ!で、楽観的過ぎるよ。
家内: 私まで布団被って、寝室や書斎に籠っていたらどうなるの。
  これで丁度いいのよ。私は遊ぶ人、あんたはお留守番。私の家にタダ同然に
  置いてもらってるんでしょ。手取り??万の家賃の居候じゃないの。
私: 『     』

ってな具合で。あと一月足らずで、早朝のミニチャリが始まる。そこで溜まった
毒ガスを新鮮な空気で洗浄する。12月から3ヶ月、毒がかなり蓄積をしている。

・・・・・・
5468,人生で最も大切な技術 ー26 退屈と孤独を越えて
2016年03月05日(土)
   * 退屈と孤独を越えて
 退屈とは、何ら楽しみを見つけ出すことの出来ない状態で、楽しみの準備が
出来てない状態をいう。身辺を見ていると、本当に多い。楽しみは、10年、20年、
40年かけての準備を要する。それがないから退屈になる。目先の気晴らしと、
楽しみとは、似て非なるもの。 
≪ 退屈は、気晴らしを唯一の頼りとする人が避けることのできない宿命である。
 その人は、人生を一つの大きな娯楽と捉えるが、見世物が終わった瞬間に惨め
になる。退屈は、時間に価値を見出さない人の罹る疾患である。
 反対に、時間には計り知れないほど大切な価値があることを理解する人は、
日常的な活動や外からのさまざまな刺激からの、わずかの休憩時間を余すこと
なく活用し、どの瞬間にも備わっている、芳しく澄んだ音色を味わう。
その人は、退屈の意味も味も知らず、精神的に枯渇することがない。
 孤独にも同じことが言える。米国人の15%が、週に一度は強度の孤独感を
経験している、という報告がある。人間関係または世の中との接触を断つ人は、
エゴの幻想に陥り、群集の中で孤独を感じる。あらゆる事象には相互依存性が
あることを理解する人は、決して孤独に陥らない。 
 隠遁者を例にしよう。たった一人で過ごすにもかかわらず、宇宙のすべてと
調和し、一致していると感じることができるのである。
 注意力が散漫で集中できない人にとって、時間は、混乱した心に入り込む
物憂げな環境音楽のようなもので、まったく無為無益なものになる。
このタイプをセネカは次のように表現している。その人は、長く生きたのでは
なく、長く存在したに過ぎない。航海に出た途端に嵐に遭遇し、あらゆる方角
から絶え間なく吹きつける強風に翻弄され、同じ誹をぐるぐると回鄭している
状態を、長期航海と言えるだろうか。そのような人生は、航海ではなしに運命
による翻弄と呼ぶに相応しい」。≫
  * 楽観論の真の意味
≪楽観論には非常に深い次元がある。すなわち、人間の置かれた状況の如何
 を 問わず、あらゆる人間には変革への可能性があり、それを現実化できる。
その次元を指している。他ならぬこの可能性が、生きることに意味を与えて
くれるのである。人生はほとんど価値がない、と考えるのが究極の悲観論で、
逆境であれ歓喜の時であれ、一瞬一瞬が宝であることを理解するのが究極の
楽観論である。両者の違いは、単なるニュアンスの違いではなく、物事の見方
が根本的に違うという点が強調されるべきだろう。人間がどちらの見方をする
ようになるかは、心に平和をもたらし、それを強めることができる充足感を
自分の中に見出しているかどうか、で決まるのである。≫
▼ 一瞬一瞬が宝ということは、歓喜の瞬間こそお宝ということ。感動は、
 人を変える力がある。その蓄積は、決して減ることがなく、歓喜を呼寄せる
力を持つ。
  ・・・・・・
4738,<つまずき>の事典 〜   ー6
2014年03月05日(水)
  * 据え膳食わなねど高楊枝の後悔と・・ 
               <つまずき>の事典>中村邦生編著
人生の黄昏時になると、若い時の愚行と共に、
絶好の機会でありながら、犯さなかった愚行の悔い?が交差する。
  ーここで紹介している内容からー
《「男が最も悔やむ愚行は、絶好の機会でありながら犯さなかった愚行です。」
                    ヘレン・ローランド『男への案内』
ヘレン・ローランドは、アメリカのジャーナリスト・作家・主に若い女性への
愛と結婚をめぐるユーモラスで、皮肉な寸言を得意とした。例えば、「結婚前、
男はあなたの言ったことを夜中あれこれ考えて眠らずにいるが、結婚後はあなた
の話がまだ終わらないうちに眠ってしまうものなんです」といったように。
 o(・`ω´-+) --☆Wink…o(;-_-;)oドキドキ♪ _+)(/_;) 
 引用の警句「絶好の機会でありながら・・」を読んで、忸怩たる思いが込み
上げてこない男はいないだろう。もちろんこの種の「愚かさ」は、特に男だけに
限られたものではないが。しかしこれはやはり男のもの。つまり「悔やむ」
という未練の引きずり方のだらしなさにおいて、男独自のものである。
そもそも「絶好の機会」などというものからして、常に後になってみなければ
気づかないようにできている「機会」なのだ。》  (“o(>ω<)o”))オシイー!! 
▼「あの時、もし、愚行をしてしまったら、どうだったか」を考えると、
 やはり留まる理由があったから。逆に「愚行の失敗の結果が現在の自分」
と思うと、これまた複雑な心境である。「踏みとどまって良かったのか、踏み
とどまらずに云々・・」などを考えることが、引きずっている男の哀しさ。
結婚を考えると、解りやすい! 男は強力な下半身のエネルギーによる愚行で
結婚相手の判断を狂わせ、一生かかって後悔する。その結果が世の男たちの、
 姿だが。「若気のいたりの愚行が無いのが一番の愚行、若気のいたり!」と、
今東光が身の下相談で言っていたが。
「いい女、いい男」は、「いい女、いい男に見えるため、思えるだけ!」
というのが解らず、家庭内離婚を含め、大部分が一生かかって後悔する。
人生の大部分が愚行で成立している。「絶好の機会」は「絶体的危機」だった。

・・・・・・
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。
・・・・・・
5103,悪夢の21世紀 ー7
2015年03月05日(木)
    * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�
   ー価値は、すべての観点から見たものに過ぎないー
 「価値」を、一つの点に修練される「遠近法」の、それぞれの立ち位置
 の観点でしかない、というのも面白い! 今まで「価値」の意味の解釈で、
 最も合点がいく。情報化で、それぞれが違った立居地から情報の受発信が
 出来るため、それが逆にニヒリズムを起因する。 
(13) ≪ 誰もが、広い意味で、何かの「専門家」になってしまっていて、
 特定の論点にしか関心を持てなくなってしまった。それぞれの観点を総合
 することが出来ないのである。かくて、我々の世界像は、巨大なピカソ状の
 壁画のようなもので、そこには統一もなければ、まともな論争も生じない。
 全てがちぐはぐだ。それこそ、ニヒリズムの特質で、ニーチェも言うように、
 ニヒリズムとは、統一も、目的も、真理も失われた状態である。≫
(14)≪『ではどうすればよいのか。このニヒリズムの時代には、残念ながら
 容易に答えなど見つけられるすべもないのです。ニーチェは、価値は、全て
 ある観点から見たものに過ぎない、といいました。確かな真理などという
 ものはない。ただ、様々なパースペクティヴ(= 観点、見方)があるだけだ、
 というのです。われわれは、結局、特定のある「パースペクティヴ」から
 見ているに過ぎない、というわけです。その意味では、誰もがある特定の
 専門家もどきにならざるを得ません。それはそうでしょう。そのことが悪い
 わけでもないのです。・・ 「パースペクティヴ」といったときには、
 すでにおぼろげながら、ある遠近法が忍び込んでいるのではないでしょうか。
 ある特定の観点、という自覚そのものが、おぼろげながら遠近法を想定して
 いるのではないでしょうか。少なくとも、様々な「パースペクティヴ」が
 バラバラになっては困るのです。それらの観点が文字通り、ひとつの点に
 収斂してくれなければ困るのです。・・この遠近法の収束点を与えるものは、
 やなり、我々の構想力以外には無い。この構想力は、決してグローバルな
 市場競争や大衆化した民主主義や新しい技術革新の延長上に置かれるもの
 ではありません。それらは、世界を一層混沌へと落し込むでしょう。』≫
(15)≪『そうではなく、われわれが、われわれの歴史的経験と文化を確認
 しつつ、しかも日常の常識(コモン・センス)に立ち返って将来の社会像や、
 よき生というものを構想する力というほかないでしょう。それは決して
 専門主義からは出てこないものなのです。一種の総合力と構想力なのです。≫
▼ ニヒリズムでは、世界は救われない。やはり総合力、構成力が必要である。
 民主主義、自由主義が正しいと信じてきて、今さら何を信じろ!というのか。
長くとも、10年先に生きているかどうかと、考えると虚無になるが、せっかく
地球に奇跡的に生を受けたのだから、知る限りの知識と経験を貪欲に求めて
やろう、と生きるべきだが。 


6199,閑話小題 〜恋と愛の違い −4

2018年03月04日(日)

        
                『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義
    * 俺にも言わせろよ!
フーテンの寅: 俺にもチョコット言わせてよ。
  旅先で、時どき、財布が空になり泊まるところも、食べるあてが無いのが
  一番辛いよ。 娑婆の柵から外れて生きるのは好きでやってるんじゃないの、
  外されてるんだ。それだけ我儘なんだ。他に生活の術が無いとくれば流離う
  しかないだろう。 自由だ、平等だ、博愛だなんて笑ってしまうよ。
  俺なんて、金も脳も無いから、不自由で、差別され、嘲笑され、社会の脇に
  追いやられているだけなんだ。何もないから、表向きは自由だけど、金の
  無いほど不自由なことはないの。
大家さん: 男は、愚痴を言わない。それが御前の良いところじゃないか。
フーテンの寅: 俺の現実と、一般のそれとは全く違うことを言いたいの。
  恋憧れた相手の心に、俺を気味悪いとか、軽蔑の視線を感じる時が一番、
  哀しいんだ。美人ほど俺と同じで我儘でさ、冷たいの。美人だって生身の
  人間というのは分かってはいるけど… 犬コロをジャラス気分でさ。
  ならば可愛いふりするしかないだろう。俺がマイナスな分だけ、心の傷が
  深いんだ。結局は、山田監督のパペットでしかないんだよ。
八つぁん: 愛といえば、浅丘ルリ子のリリーが良かったじゃないか。
フーテンの寅: あれは、愛の塊さ。近づき過ぎればヤケドするし、間合いが
  難しいの。間合いさえ置いておけば、俺と同じで、それはそれは面白い女さ。
  半端者の2人に世間は冷たいよ。俺を本当に理解してくれたのはリリーだけ。
熊: フーテンの寅さんが羨ましいよ。長屋の寅とらとは大違いよ。おれだって、
  こんな長屋で、カカアに縛られ、のほほとしていたくないんだ。
大家さん: 山田洋二と八つぁんの思い入れの違いだよ。同じ寅でも、役づくり
  が違うよ。フーテンの寅は、吾が身をわきまえているから、持てるんだ。
長屋の寅: 俺だってわきまえているよ。俺には女房もいるしね。
八つぁん: 現実に、フウーテンの寅さんが居たら大変さ。曽野綾子が、一刀
  両断で切り捨てていたね。甘えと狡さだけで生きている?男なんて最低と。
長屋の寅: そうだよ、いくら何だって、ありゃ変だよ。出来の悪い子供に
  見せちゃならないよ。うちのガキなんて、憧れてしまって、ほっつき
  歩いているんだ。
熊さん: 俺も、あんなに持ててみたいよ。それにしても一生の間に、50人
  近いマドンナに出会えるとはね。
長屋の寅: 無理無理! あれはお伽噺だよ。お伽噺だから、良いんだよ。
  それと問題は、扱い方だよ。
八つぁん: 20歳代の頃、三重、神戸、金沢、千葉と女性中心の職場を転々と
  していたけど、驚くような美人が居たね。実家の店での幼児体験で、美人に
  擦り寄っていき、何気ない好意を示すんだ。ただ、それだけで、毎日が
  楽しくて浮き浮きしてね。その癖そのままが出てしまい… とにかく、まず
  三回は褒めるんだ。意外と、直接、若い男から繰返し褒められてないんだ。
長屋の寅: 嫌な男だね。俺なんて、一度も、そんな経験はないね。
熊: 嘘こけ! 何時も、隣町の後家さんに横恋慕して、御前の奥さんが内の  
  カカアにこぼしていると聞いてるよ。 ったく助平! 
フーテンの寅: そうでもなくては、面白くもへったくれもないじゃないか。
  想ってる分には罪がないよ。富士山と同じで、遠くからみるんで良いんだよ。
                              〜つづく
・・・・・・
4737,<つまずき>の事典 〜   ー5
2014年03月04日(火)
  * 思い出のグリーングラスの意味  <つまずき>の事典>中村邦生編著 
                 
 半世紀近く前の学生時代、トム・ジョーンズが大ヒットを飛ばし、森山良子が
日本版で歌った「思い出のグリーン・グラス」の歌詞の意味を、この本で初めて
知った? 当時、その意味を知っている人が多かったのだろうが、現在になって
知ろうとは! この原曲の本当の意味は「若い死刑囚が、執行の朝、望郷の夢
から醒めた哀しい歌だった」 当時、何も知らなかったのか? 
知っていて、その心情を深く思わなかったのだろうか?その方が、もっと酷いが。 
当時の底の浅さが、思いやられる! 多くの人が死の直前に走馬灯のように思い
出す故郷は、こんなものだろうか。ーあるブログから、元歌の歌詞の訳を引用ー
 ーー
故郷の街並みは昔と同じ    列車を降りると 両親が迎えに来てくれている
通りを走ってくるメアリーが見える    金髪でさくらんぼのような唇の
故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ  そうなんだ 皆が迎えに来てくれる
両手を差し伸べて 優しく微笑みながら 故郷の緑に触るのは気持ちが良いものだ

古い家はまだちゃんと建っている   壁は干からびてひび割れてはいるけれど
そして僕が遊んだあの古い樫の木もある 愛しいメアリーと一緒に小道を歩くんだ
金髪でさくらんぼのような唇の   故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ

そして僕は目覚める 辺りを見回してみる   僕は灰色の壁に囲まれている
そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と
看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる
夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ それから僕は故郷の緑に触れることになる

そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ  あの古い樫の木陰のところに
皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ
ーー
▼ Youtubeで、この歌を改めて聞いてみた。 この意味を知ってから聴くと、
 歌が違って聴こえてくる。私の幼児の頃の家と、家族と、店の人たちを、
思い浮かべると、魂の故郷に帰ったような気がする。熟年になってきて、
死が近い将来?に近づいてきた現在、この歌の味わいは、ことさらである。
 そういえば、この随想日記で「白い雲に乗って」のテーマで、
書いたことを思い出した。
・・・・・・
5467,人生で最も大切な技術 ー25 人生は長くない
2016年03月04日(金)
『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 黄金の時間、鉛の時間、浪費の時間
 考えさせられる内容だ。黄金だけでなく、鉛も、浪費の時間も必要だが、
その兼合いが必要である。「人生は長くない」が、有益の黄金の時間を
過ごしてきた者にとって、人生は短くはない。 〜その辺りから〜
≪ 時間は、注意をそらしている間に、指の間から知らず知らずにこぼれ散る
黄金の粉末に喩えられる。最大限に利用される場合、時間は、意義深い人生の
布を紡ぐために、日常という横糸を往復させる杼(機織りのときに横糸を通す
道具)に喩えられる。幸福の探求においては、時間が最も貴重な財産であると
気づくことこそが最も重要なことになる。だからといって、人生を過ごす上で
意味深い重要な物事をすべて排除することにはならない。大切な人生を浪費
する原因を排除することが大切だと言っているのである。
 セネカ哲学書にはこう書いてある。「時間が不足しているのではなく、
余りにも多くの時間を無駄に過ごしているだけである」。人生は長くない。
重要な物事を先延ばしすることで人は多くを失う。人間に残された年月または
時間は、いとも簡単に消失する。知らぬ間に砕け散る値打ちの高い物質と似る。
このように非常に価値があるにもかかわらず、時間には自衛力がない。
通りすがりの誘拐者に難なく連れ去られる幼児のようなものである。
黄金の時間の受け取り方は人さまざまである。活発な人にとっては創造、
建設、達成、他者の幸せに自分を捧げる時となる。瞑想者にとつては、内面の
世界を理解し、人生の本質を再発見するために、自分の内側を凝視する時間
となる。その間は活動していないように見えても、今の瞬間の真価をはっきり
と認識し、他者を助けられる自分に内側の質を向上させる時は、黄金以外の
何ものでもない。隠遁者にとっては、生きているどの瞬間も宝であり、時間は
絶対に無駄にできない。
 ハリール・ジブラーン〔1883〜1931年レバノンの詩人〕の表現を借りるなら、
隠遁者は沈黙の中で「その心を通して時の囁きを音楽に変えるフルート」と
なるのである。怠け者は「時間を潰す」ことを考える。なんと由々しき表現
だろう。怠け者にとって、時間は、長々とした、単調で、荒涼とした1本の線
のようなもの。待機、遅延、退屈、孤独、退行に我慢できない人にとっては、
鉛のように重くのしかかる、自由を奪うものとなり、人生そのものが耐えられ
ないだろう。過ぎゆく一瞬一瞬が、拘束感と単調さを増すだけである。
時間を、恐れるべき死への秒読みと捉える人がいる一方、生きていることに
うんざりして、望むべき死への秒読みと捉える人もいる。この種の人にとっての
時間を、ハーバード・スペンサー〔1820〜1903年イギリスの哲学者、社会学者、
倫理学者〕は、「潰せない時間がその人たちを潰す」と表現している。
 時間とは苦痛で退屈な経験に過ぎないと考える人は、一日の終わり、一年の
終わり、人生の終わりに、自分が何もしてこなかったことに気づき慌てふためく。
また、誰にでもある成長の可能性にまったく気づかずに、過ごしてきた事実の
露呈に驚愕する。・・≫
▼ フランスのヴぇルジュリという哲学者が、【私たちは、幸福を外側に求めて
 いるが。それは幸福を物のように語ることである。それは、私たちが幸福で
あり、幸福が物でなく、私たち自身である ことを忘れている。】と言っている。 
 幸福は、どこかにある物でも、いつでも手に入れられるものでもない。
いま幸福になれない人は、いつまでも幸福になれない。私たちが生きているのは
「今」。今の私たちをとりまく世界を、まず肯定しなければ、来るはずのない
幸福を目ざして苦労するだけで終わっていまう。「いま、ここ、わたし」を
肯定するするしかない。
・・・・・・
5832,『私の「戦後70年談話」』〜   崋禺圓燭舛悄
2017年03月04日(土)
           『私の「戦後70年談話」』(2015、岩波書店)
 この本は、戦前生まれの41人の著名人が、各々の戦時中の体験を語り、
戦争と平和についての思いを綴った特集本。 終戦直後に生まれて71年。
何れの内容も私の人生に重なっている。『戦争は良くない』が底にある。
 ランダムに、その幾つかを取上げてみる。
  * 「若者たちへ」   ジェームズ三木(脚本家)1935年生まれ
               (三木氏は、満州で敗戦をむかえた)
≪ 若者たちに遺言しておく。戦争を起こすのは国家ではない。
 国家になりすました「時の政府」である。権力を維持するために、
国民に被害者意識を植えつけ、マインドコントロールして外敵をつくる。
場合によっては国民にも銃口を向ける。
 もうひとつ、戦争の本当の意味は、大量に人を殺すことである。
武器は人を殺す道具であり、軍事演習は人を殺す訓練である。
戦争に駆り出された兵士は、240万人が戦死をした。…(中略)
中国本土や東南アジアで、一千万人も殺した光景が、心にこびりついている
のと、国に命を捧げずに生還したのは、後ろめたさがないからだ。…(中略)
 日本の首相の靖国参拝が、中国の批判を受けたっときも、国のために戦死
した英霊を参拝してどこが悪いと居直ったが、中国人にしてみれば、国土を
荒らしまくり、父母や祖父母を殺した東洋鬼(トンヤンクイ)が、祀られて
いるのだから、面白くないだろう。日本人の歴史認識が薄いといわれるのは、
まさしくこのことで、ものごとを相対的に見ていない。若い世代にきちんと
歴史を教えないまま選挙権の年齢を下げるのは、どうも危なっかしい。…(中略) 
 旧満州にいた200万の日本人は、着のみ着のまま追い出され、戦争難民として
引き揚げた。頼みの祖国は米軍に占領され、爆撃で焼け野原になっていた。情け
ないことに私たちは、鬼畜米英とさげすんでいた米兵に、ギブミーチョコレート
と、へらへら揉み手して飢えをしのいだ。私たちは権力者に、騙されていたのだ。
はっきりいっておくが、核兵器を廃絶しない人類は、やがて滅亡する。
国家間の戦争なんてやれるはずがないのに、軍事力を強化して何の意味がある。
この国の存続を望むなら「永世中立」を宣言すること。人類の歴史をつなぎ
たければ、国境も国籍もなくし、世界を一つの憲法、ひとつの通貨で結ぶこと。
若者よ、がんばってください。
――
▼ 現在の様相が、太平洋戦争直前の様相に似てきている。米国の衰弱とソ連邦
 の解体で中国の力を増し、日本や東南アジアの海域に触手を出してきている。
日本も、敗戦時の政治家の孫が権力を握って同じ道を歩もうとしている。この書
は自戒の書として読む価値は充分にある。戦後から45年は成長期、残りの20数年は
停滞期にある。その辺りが、私たちに世代の人生に比例して重なる。300万人の
死者を出し、1000万以上のアジア人を殺した太平洋戦争は、日本にとって、最大の
歴史的大事件。世界にとっても、第一次+第二次世界大戦は人類史上の歴史的惨事。
そして70年。何かビッグウェーブが? 『今世紀中に人類が滅びる?』という嫌な
予言が日々、真実味を帯びてきた。

・・・・・・
5102,閑話小題 〜空を飛びまわるニワトリ
2015年03月04日(水)
   * 空を飛びまわるニワトリ
 以前だが、TVニュースのレポートで、神社で野生化したニワトリが、
樹木の枝を飛びまわっている姿の記憶がフラッシュしてきた。このニワトリ、
野犬に追われ、やむなく飛んでいるうちに、飛べるようになったようだが、
これは、人間の能力と同じ現象ではないか。野犬から身を守る生死の境で、
普段、使わない本来もっている羽の機能を使ったためである。生命が生まれて
20億年、現在の人類の祖先から20万年、経過している。脳には、生命として、
動物として、人間として、あらゆる生死をかけた経験が蓄積され、それを使い
生き残ってきた。その記憶が脳と身体に刻印されているのが、究極の危機から
目覚めてくる。その一つに火事場の馬鹿力がある。後家の踏ん張りも?
 私なんぞ、境内の木々の枝をコケッコと鳴いて飛びまわるニワトリ?
枝の上から、柵内の飛べないニワトリをみていると、何か人間の姿に?
   * つれづれに
 ☆ この30年近く、我家のペットはインコ。いまので10代になるが、
 名前は「ピー子」。7代まではボタンインコだったが、8代目がメキシコ・
コガネインコ、そして4年前から、世界で最も小さいルリハ・インコである。 
性格が大人しく、絵から抜出したように可愛いが、年を重ねる度に、野生が
顔を出し、攻撃的になる。外出先から帰ると、駐車場から察知し鳴きさけぶ。
このインコも驚いた時に、飛んで逃げるが、普段は飛べない。人間と同じだ。
 ☆ 先週の金曜日に観たシネマ『アメリカン:スナイパー』を観た。
 中東で160人を射殺したスナイパーが、退役後、心的外傷を負った男に射殺
される。その心的外傷の男が何ゆえ射殺したのか考えてみたが、私の結論は、
「自分が殺害したアラブ人への償いを、その英雄を射殺することで果たした?」
と考え至ったが、どうだろう。 キリスト教原理と、イスラム原理主義
との戦いが、21世紀の大きなウネリになる。 もう、おちおちアフリカ、
中東に旅行に行けなくなってしまった?


6198,閑話小題 〜知識と所得 −7

2018年03月03日(土)

   
             『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * 知識のプレミアム
 <多くの種々雑多な知識を知る者がたくさんの金を稼いでいた>
自分を振り返ると、どうだろう。一時期に稼いでいたが、ブラックスワンで
消滅しただけで、背景に数知れない雑多な知識があった分、一時的にしろ
稼いでいた? いや15年の用意周到の自己配転など準備や計画的知識習得や、
雑多の経験があればこそである。計画をたてる前提に豊富な知識が必要になる。
その知識にはプレミアムが組みこんである。問題は、雑多な知識を、如何に
組みこむベースがあるかどうか。以下は、リアルなアメリカ的実証主義の内容…
問題は形而下の現象を、文章などで形而化する能力。それもこれも
思い詰めてないと、機会は知らぬ間に通り過ぎている。深く穴を掘ろうと
すれば広い幅が必要になる。その為には純真な好奇心と、それを追及できる
条件が必要となる。
――

≪「事実を知ること、覚えておくことになんの価値があるのか?」という問いに
 対して、第二章では、より直接的にわれわれのモチベーションを引き出して
くれそうな回答が提示される。 パウンドストーンの調査によれば、
「より多くの種々雑多な知識を知る者がたくさんの金を稼いでいた」というのだ。
知識の豊富な人々はたくさんのお金を稼ぐ。それは教育や年齢が一定に保たれた
ときでさえそうなのである。
(……)そこには知識に起因した大きな所得の格差がある。そしてそれは、
教育や年齢に起因するものではない。(p162-164)

教育レベルや年齢という要因を排除したうえで、なお"一般常識"クイズの
点数は所得の多寡と強い相関関係があった。
興味深いのは、所得との相関関係がもっとも強く見られるのは広範囲な一般常識
クイズにおいてであり、科学知識やスペリング・文法、文化的知識、スポーツに
関するマニアックな知識と、所得とのあいだには何の関係も見られなかったと
いうことだ。言い換えれば、専門的ではない事実的な知識の多寡が、所得と
大きな相関関係を持っていたのである。

 これは何を意味するのだろう? 
・“一般常識"と所得の相関関係はすでに明らかだが、これは因果関係なのだろうか。
 我々はクイズ本を読み漁り"一般常識"を身につけることで所得を増やすことが
 できるのか?
・あるいは所得が増えた結果として我々は物知りになるのか?
・それとも、第三の因子が"常識力"と所得のどちらとも正の相関を結んでいるのか?
(たとえば記憶力とか、好奇心とか、保護者の資力とか?)

パウンドストーンの推測は、これらすべてがそれぞれある面で正しいということだ。
そして生まれもった記憶力や両親を取り替えることはできないが、自ら学ぶことは
できる。外界に対し注意を払い、より多くのものを吸収していく態度が所得の上昇
につながるのである。 ≫


▼ この問題と教養の問題は別問題だが、「恒産あって恒心あり」か?
「恒心あって恒産あり」か? 両方相まってこそだが、好奇心がまず必要になる。
<売り家と唐様で書く三代目>というが、他人事の話ではない。その意味といえば
【創業 ー「初代が汗水たらして財を成した」さらに二代目までは家「会社」は
苦労して栄えたが、三代目は苦労知らずで育ち、遊びごと芸事「習字も唐から
伝わった書体文字の書き方」にうつつを抜かしたので家「会社」も没落し家を
遊んだ時に覚えた唐様の書体で「売り家」と書いて売りに出しているということ。】
このブログも「唐文字」のようなものですか。知識のプレミアムが「稼ぎ」だけ
でない。知識単独だけでも、管理さえ怠らなければ、それで充分プレミアムになる。
 
 〜丁度よく、4年前の文章に繫がっていく。
・・・・・・
4736,<つまずき>の事典 〜  ー4
2014年03月03日(月)
           <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 言ってはならぬ、闘いが無益などと
 人生の終盤に、あまり良い結果ではなかった?が、自分の人生を
全面否定する気持ちは最小である。気持ちは「天気晴朗なれど、波高し」。
 この詩は、誰にでも訪れる人生の終焉で、励ましを与えてくれる。
《  言ってはならぬ、闘いが無益などと
   努力も傷手も無駄などと
   敵はなお息絶えず、怯むこともなく
   事態は相も変らず元のとおりだ、などと。
 ーアーサー・ヒュー・クラフ「言ってはならぬ、闘いが無益などと」P-44
アーサー・ヒュー・クラフはイギリスの詩人。ラグビー校でトマス・アーノルド
に習い、その息子マシューと生涯にわたる親交を結んだ。マシュー・アーノルド
の追悼詩の傑作「サーシス」はクラフを悼んだもの。「言ってはならぬ、
闘いが無益などと」は窮地にあってなお不屈の心をうたった詩として知られる
(引用は冒頭の一節)。また第二次大戦中にチャーチルがルーズベルトへの放送
の結びにこの詩を引用し、イギりス国民を励ましたという逸話を持っている。
クラフには「一度も闘わないよりは、闘って敗れた方がましである」
という有名な言葉もある。  》  
  ーネットで、調べたところ、以下の訳があった。   
【 悪戦苦闘しても無駄だ、
  骨折り損だし、怪我をするだけだ、
  敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、
        結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。
  希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂に終わることもある。
        もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、
  まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、
        君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。
  疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、
       いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。
  それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、
       そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。
  夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、
       光が射してくるのではない。
  東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、
       西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。 
               ー平井正穂編『イギリス名詩選』より 】
▼ 現在の私に、一言一言が実感として響いてくる。 何もしない人ほど、
 いや出来なかった人ほど、「闘いが無益で、努力も痛手も無駄」と言い張る。
闘いもない、さしたる努力もない人生ほど、毒が溜まり、精神を腐らせている。
その毒を、他人に?に向け、吐き出すしかない人々の哀れさを、この節目で
タップリと見せて貰った。「世界は広い。そして深い!」人類は成功によって
導かれてきたが、その背後には99%の失敗と挫折がある。それが人生だ。

・・・・・・
5831,閑話小題 〜しまった! ー「しまった!」の総括ー 18
2017年03月03日(金)           
          「失敗の心理」しまった!」ジョゼフ・T・ハリナン著
   * 「しまった!」の総括
 ランダムに印象に残ったところからテーマにしてきた。どれもこれも思い当る
 ふしがあるテーマ。須らく、さんまの「アフォ違いまんねん、パーなんねん」
――
・人は(90%は)間違るもの。
・手ごわいのが「あと知恵バイアス」〜更に危ないのは当人が気づてないこと。
・専門家によれば、視野のなかで高解析度をもつ範囲は角度にすれば親指の幅の
 僅か二度だけ。「見たつもり」「知っていたつもり」で、実は何も知らない。
・都合よく無意識でつくり変えた話でも、二度三度繰返すうちに、いつしか
 「記憶」そのものになってしまう。
・人はみな「意味」を探す だから物語化をして問題整理が必要となる。
・意外と大事な「色」の問題。黒いユニフォームのチームは、ペナルティを
 取られる可能性が高くなる。
・ギャンブラーは、なぜ自信満々なのか? 買った局面を度々、思い出すため。
・ドイツの音楽をBGMで流すと、ドイツワインの売り上げが上がる。
・状況は「偉大な杖」の如し〜ハロウィンで、首つり自殺を見逃しがちになる。
 正月に起こったことは、正月、思い出すことが多い。
・人間は「嘘つき」である。何故なら、情報伝達の間に、ほぼ歪んでいく。
・人間は、自分を人並み以上と思う。〜自分が無知蒙昧など微塵も思わない。
・馬鹿の一つ覚え。 〜一度覚えた方法を知ると、改善、改革しようとしない。
・人は馬鹿である。 〜学生と教員に単純なゲームさせ、洒落た服装の教員と、
 冴えない教員とでは、前者の場合は自信をなくし、後者には自信満々だった。
 〜さらに、コインの裏表を当てるゲームで、八百長で数回、当てるように
 仕組んだ方は自信過剰になり、裏表を当てる能力を持っていると信じるように
 なっていた。賭博場が、素人を誘い込むのは、これ。背後にある組織の力に
 気づくことなく独立をして失敗するのは、このパターン。
・人は自制しない。 〜いや、「出来なくなる」というのが、正しい。
・焦点幻想。 〜人は焦点をしぼる的を間違える。複雑の問題の場合に、
 簡単な方に注意の的を絞りがちになる。
・人生の資産は、時間をどのように使うかにある。
――
目次を見ながら、抜粋したが、どれも、これも、思い当たるふしがある。
基本は、志村けんと加藤茶のコントの『呆け老人の対話』が、その要約。
突っ込みも、呆け役も、その要領を得ないで、遣り取りをしている。
あれが実は日常の真実の姿。 他人同士の中では、鮮明に見えるが、
これが自分のこととなると、全く見えなくなる、人間の悲しさ。
追)馬鹿に「楽観」も「悲観」もないが、再び、去年の内容の文脈に
 つながる。心底、人間そのものが「失敗の塊」と思う。 特に私は! 
  ・・・・・・
5101,悪夢の21世紀 ー6
2015年03月03日(火)
   * ニーチェが看破したキリスト教の価値観 
(12)≪ 思想家ニーチェは、来る200年はニヒリズムの時代になる、と言った。
 ニーチェが死んだのは世紀の変わり目1 9 0 0年だった。ニヒリズムは人々が
 共有できる大きな価値観の崩壊。キリスト教が約束した福音も近代主義の福音
 も、ヨーロッパが生み出した大きな価値観であった。人々の幸福を保証する
 ものだったはず。ニーチェはそんな価値観は脱ぎ捨てろと言った。キリスト教
 や近代主義の理想にとらわれては駄目と言った。そんな幸福はちっぽけなもの
 だし、人はそんな価値によっては幸福になれないと言うわけ。 ニーチェは
 キリスト教は人間を見苦しいまでに自虐的な存在にし、自由や平等や人権などを
 唱える近代社会は極めて偽善的で欺瞞的ないやらしい社会だ、と言った。
 今日アメリカがグローバルな正義として打ち出している自由や民主主義、平等
 や人権、公正な市場経済などは、ニーチェの発想からすれば、何とも欺瞞に
 満ちたインチキくさい正義だとの論理。ニーチェの言い分が全面的に正しいか
 は別としても、今日、最早、自由や民主主義、平等や人権、公正な市場経済
 など無条件に信じられない。この「正義」の背後に、「力」の競争や闘争が
 隠されていることに誰もが気づいてしまったから。だから、市場しか見てない
 者は、規制改革を徹底して行い競争を強化すれば経済は効率化できる、という
 ことしか眼中にない。成長戦略しか見ていない者は、教育から観光から
 エネルギーから人間の生命や医療まで、すべていかにG D Pを押し上げるか、
 の観点からしか見ていない。人権主義者は、女性の職場であれ、家庭であれ、
 学校であれ、人間関係を権力関係としてしか見ていない。政治学者や政治
 評論家は、もっぱら政治を民主化という観点からしか見ていない。ある種の
 ナショナリストは、すべて中国が悪い、韓国が悪い、という観点に立つ。
 一方、平和主義者は憲法9 条にしか関心がない。≫
▼ ニーチェは、近代社会を偽善的、欺瞞的、社会と看破し、その根源が
 キリスト教にあるとした。人生振り返って、哲学では、ニーチェに一番、
影響を受けていた。特に欧米主義にドップリ浸かっている自分に徐々に
気づく過程が私の人生だった。世の論説をみると、ニーチェが看破した
価値観に即して論じているようだ。そして、世界は益々動乱になっていく。
20世紀の半ば1946年に、地球上に人間として生まれ、21世紀を15年を生きたが、
あの世からの視線で見直すと、面白い時代の狭間を生きてきた事を思い知る。

・・・・・・
5466,人生で最も大切な技術 ー24 楽観主義と悲観主義
2016年03月03日(木)
『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 楽観主義と悲観主義、この二つの世界観
 楽観だけではモノゴトは上手くいかないし、悲観主義だけでは、面白くは
生きていけない。この年齢になると、「もう○○歳」と「まだ・・」と考える
かで、大きく違ってくる。『悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志
のものである。およそ成り行きにまかせる人間は気分が滅入りがちなものだ』
と、アランが『幸福論』でいうが、やはり意志が受止め方を変えていく。
 〜その辺りから〜
≪・楽観論者とは、この問題は一時的、制御可能、特定の状況と関係している、
 というふうに考える人。「そのような些細なことで大騒ぎするのは理に
適っていない。すぐに片づく。自分で解決できる。いずれにせよ、これまで
常に解決できた」をモットーにする。
・一方、悲観論者は、問題は長引くだろう(この種の問題は簡単に片づかない)、
やることなすことが裏目に出る(私には期待しないでほしい)と考える人である。
また、生まれつき精神的な欠陥があると思い込み、「何をしても結果は同じ」
と冷めていて、「生まれつき幸せとは縁がない」と結論づける。
現代人の多くが不安感に苦しんでいるが、これは悲観論と密接に関係している。
悲観論者は常に災難を予想し、慢性的な不安症にかかっていて、疑い深く
なっている。不機嫌で、苛立ち、神経過敏になり、世の中や自分への信頼感を
失っていて、常にいじめの犠牲になっている、捨てられる、無視されている、
などと取り越し苦労する。≫
 * 楽観論に対する論外な非難
≪・心理学の世界では長年にわたり、多少抑うつ的な人のほうがものの見方が
 「現実的」で、楽観論者は、苦痛の伴う状況よりは、愉しい出来事に長々と
思いをはせ、過去の実績や達成を過大評価する傾向がある、と信じられてきた。
仮にそれが真実なら、楽観論者に比べて、悲観論者の方が目を大きく開けて、
状況をより明快に評価する傾向がある、という理屈になる。また、その説が
正しければ、悲観論者は、「現実は必ずしも、笑えるほどに愉快なことばかり
ではないだろうが、物事はあるがままに見るべきだ」と考える。
・一方の楽観論者は、たしかに愛想は良いが、救い難いほど世間知らずで、
無警戒な夢想者で「夢から現実世界に戻されるのが落ちだ」という議論になる。
どうやら、以上が正当化されてきたのは、単に偶然が重なっただけらしい。
各種の研究が進展中だが、その結果、客観的で超然としていて用心深い、
と考えられていた悲観論者の判断は不適切、ということが立証されたのである。
日常生活で起こる、現実的な状況に注目すると、楽観論者のほうが悲観論者
よりも現実的かつ実用的なアプローチをとることが実証されている。≫
▼ 明石家さんまの座右の銘は「生きてるだけでまるもうけ」という。
「生きてるだけでまるもうけ」は、「死」が視座にあればこそ言える言葉。
長門裕之の妻の故・南田洋子が晩年、この言葉を口癖にしていた。ならば、
生きているうちに楽しむだけ楽しまなければ! 


6197,閑話小題 〜氷の謎 −6 『クラウド時代の思考術』

2018年03月02日(金)

    
           『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * 北極海の氷の謎
 ここで、著者はイェール大学教授カハンの「北極海の氷の謎」について語る。
【〔気象学者たちは、人類が引き起こした地球温暖化の結果、もし北極海の氷が
溶けだしたら、地球上の海水面が上昇すると信じている ――○か×か ?〕
 冷蔵庫に行って、角氷をコップに入れて、コップの水位をテープで印を
つけて下さい。そこで発見するのは、水位が全く変わらないこと。】
 それが地球上の海面も同じことが言えるということ。成るほどと思いつつ、
ネット検索で調べると、何と、著者の説を全面否定する面白い記述があった。
≪ 地球上の氷の89.66%は、南極大陸に有ります。北極海の氷や極周辺の
 氷山の量は0.17%に過ぎません。南極の氷の厚さは2000mもあります。
北極海の氷が溶けてしまっても南極の氷が溶けてしまう事は有りません。
 仮定ですが南極の氷が溶けると、海水面の上昇は約10mと予想されます。海に
浮ぶ氷は、アルキメデスの原理で、溶けても海水面が上昇することは有りません。
しかし、大陸の上にある氷が溶けると、海に流れ込み、その分、海水面の上昇が
生じます。南極大陸の氷は、大陸の上にあるので海に押し出されると海水面の
上昇がは発生します。他の大陸の氷河は、溶けて海に流れる事で海水面の上昇を
もたらしますが、南極だけは、海水面上昇の原理は異なります。南極大陸の
標高は、2000mもあり、その上に氷が2000m乗っかっているのです。
従って、山から、氷は少ずつ、自重で海に押し出されているのです。海に押し
出されてしまうと、溶けなくても、海面上昇の原因になります。たとえて言うと、
ブルトーザーで南極の氷を海に落としてしまうと、氷が溶けなくても海面上昇が
10m起こる事になります。
温暖化は極地ほど、進行が進んでいます。北極の氷が溶けて、北極海周りの
海路が夏場回航する事も有るかもしれません。しかし、現在南極大陸の平均気温
は内陸部で−50℃です。今までの幾たびかの温暖化で直面しても南極の氷が
溶けたことは南極大陸誕生以来1度たりともありません。 従って、海面上昇が
何メートルも起こると言うのはデマです。科学的根拠は有りません。≫

▼ ネット検索をしなければ「北極海の氷」そのまま、私も同様、「冷蔵庫の
 コップの水位の話から温暖化など恐れるに足らずと!」と信じるところである。
私たち、いや私のように知識の少ない人には、このような常識外れの事例に弱い。
だからこそ、情報社会、クラウド時代には、より純度の高い良質の?情報選択が
必要ということを著者自身が、この「北極海の氷」で、露呈している。 但し、
言わんとするところは間違ってはない。<私は馬鹿だ、ただし他の人はもっと
馬鹿だ>が正しいか、<私は、そこそこ利口だ、ただし他の人も同じだ> 
<私は利口だが、他の人は、そこそこ馬鹿だ>  どれも、誰を「他の人」に
想定するかの対比の問題になるが。無知が故の悔し涙を流すか、優知が故の
有難涙を流すか? そりゃ、両方じゃないと面白くはないでしょうが… 
 当然、1対3の確率になるが。

 ・・・・・・
5100,悪夢の21世紀 ー5
2015年03月02日(月)
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜
  ー 自由、民主主義の普及こそ混乱の元凶ー
 最近では、「アラブの春」の一連の独裁国家の打倒。その結果、現れ出た
のが、「イスラム国」。キリスト教原理主義のアメリカが主導する世界に対し、
独裁者から解放されたイスラム教徒たちは、対抗するためイスラム原理主義に
向かうのは自然だが、それにしてもモハメッドの頃の戒律厳守とは・・。
( 9 ) ≪ 欧米的価値観の勝利? 現状はそれどころではない。
 イスラムとアメリカの対立が益々激化。民主化したはずのアラブは混迷に
中に迷い込み、新興国を巻き込んだ市場経済のグローバリズムは、資源や
市場をめぐる果てしない競争へ突き進んでいる。しかし、自由、民主主義の
普遍性、市場競争の普遍性などの近代主義こそが混迷を招く張本人。
だから、事態はかなり厄介である。近代主義を押し進め、グローバル化
していることそのものが問題。だから、今日生み出されている様々な
危機的な事態を乗り越える方法が見当たらない。自由、民主主義、
人権思想、市場経済のグローバル化や技術革新によって問題は解決しない。≫
(10) ≪ 人々の自由が拡大すれば拡大するほど、人々は益々自由を求め、
 その自由は相互に衝突する。それを調停するのは最後には「力」になる。
民主主義は問題を解決しない。民主主義そのものが、多数という「力」の原理。
イスラム教のような人民主権でなく「神権政治」を訴える宗教が出てくれば、
民主主義は有効性を失う。人々が豊かさを求めて市場競争をするほど、利害は
衝突する。グローバルな市場競争は、徐々に帝国主義的な様相を示してゆく。≫
(11) ≪ 今日の世界的な人口増加と新興国の経済成長を前にすれば、
 資源問題、環境問題、食糧問題の三点セットは、すでに世界的な問題。
世界的な問題とは、「世界」が我々の外にあるものではなく、我々も
そこに含まれ、いやがおうにも当事者になってしまっているという意味。≫
▼ 中東問題は、数千キロ離れた海の向こうのことだったが、ネット社会は、
 その生々しいテロや処刑を一瞬にして現前させる。この川崎中一殺人事件は、
明らかに、イスラム国の斬首の映像に影響されたもの。「目には目を、歯には
歯を」は、ハンムラビ法典や旧約新約両聖書に出てくる。我々は、これを
「やられたらやり返せ」という意味で使っているが、同害報復までの法で、
過度な報復を防ぐためである。「倍返しとかダメ」と。4000年前、すでにこの
ような、争いの拡大を防ぐ知恵があった。原理主義の衝突はニヒリズムを生む。
老いは、日々、ニヒリズムを強くする。しかし、生きているうち!いまのうち!
で、二年前の内容が、偶然だが続く! 
・・・・・・
5830,閑話小題 〜しまった! ー「印象操作」ー 17
2017年03月02日(木)           
        「失敗の心理」しまった!」ジョゼフ・T・ハリナン著
   * 嘘つき それとも「印象操作」が人間の常
 人間は、嘘つきで、印象操作をあたかも事実のように捩じ曲げる。問題は、
それに怖れて慄いて、自分の自由を束縛すること。 地方、とりわけ城下町は、
固定社会である。小さな世界で、互いに監視し合い、良くいえば相互信頼、
悪くいえば、相互依存で生きるしかない。で、体裁を繕うためにまず、己の
「印象操作」に精を出す。それが結果として城下町精神とかのバケモノになる。

≪ 何処の地でも、「うわさ」という世間人の嘘がまかり通っている。
 何人かの学生に対し、数週間、他人に話した内容を記録するように依頼。
話題の多くは社交行事のことで平均2・7回は再話された。これは意外でなかった。
意外だったのは、話の婉曲の程度だ。学生たちは真実を曲げたばかりか、予想
以上に歪めていた。 
・全談話の61%に情報の追加、省略、最少化をおこなっていた。それでも、
 その程度そうしたかと尋ると、全体の42%しか認めなかった。この差は大きい。
・改変の最たるものは重要なディテールの省略、36%もの話にあった。
・ついで誇張と最少化が26%。
・そして13%がまったくの捏造―もとの出来事と関係ない情報を占めていた。
その上に、学生は話を聞き手の好みに合わせただけでなく、さらに重要なことに
 自分の目的に合わせていた。特に面白い話題には、更に嘘を付け加えていた。
・・・(略) 人間はなぜ、このような嘘をつくのだろう? トヴァンスキーの
考えでは、一つの説明としては、語ることの目的の設定という。…(略)
談話は、事実を語る手段ではなくて、ある目的を達するための手段にもなる
と彼女は主張する。そしてその目的の一例をあげた。
<たとえば相手に何かを思わせ、自分へのアクションを起こさせるため。
 自分を好きに思わせるため、頭がよい、しっかりしていると思わせるために>
その意味では、対話の目的とは事実を伝えることではない。印象をつくりだす
ことだ。だから話の正確さが二の次で、印象操作が優先されがちになる。
…(略) 要するに、私たちは自分の嘘を本気で信じるようになる。に関らず、
このプロセスが自分の中で進行していることには気づかないのである。≫
――
▼ バケモノはバケモノ。とって喰われないための自己防御に一生を費やし、
 人生を終える。それも人生。決して、非難は出来ない。世間人の世間話とは、
所詮は、こんなもの。地区内炎上が日々、漫画的に行われている。
カルフォルニアのロスの中華街の中国社会を例にとると解りやすい。
中華街の常識は、そこだけの世界のこと、街を一歩出れば、それは非常識。
コスプレのような「印象操作」で、娑婆と競い諂うのも、面白いが…。
 後記)偶然だが、4年前の文章に文脈が丁度良くつづく。そういうこと!

・・・・・・
4368, 歳を取りそこねる人たち ー2
2013年03月02日(土)
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日武彦 (著)  
「老いると独自の当惑や釦の掛け違いによる問題、恥や失望や悔しさが待ち
受けている」というのが本当のところ。そして最期は死ぬのである。
その中で幸福であるために、幸福とは何かを常に自省しなければならない。
  * 幸福のふたつの文脈
≪ 近頃の私は、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになった。
・ひとつは日常における安寧とか平和とか、つまり波風の立たない平穏の毎日
 である。それは往々にして退屈に感じたり、無価値に映る。だが、大病を
 患ったり危機の状況に追い込まれると、つくづく【当たり前の日常】
 の有難さに気づく。現代社会における大問題として、年齢を重ねたなりに
 淡々として、維持していく筈の【当たり前の日常】が、老人にとって
 手の届かない危惧が挙げられてないだろうか。
・幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、
 楽しいこと、満足感を得ること―― そのよう躍動的で高揚感をもたらす事象
 との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとって十分喜ばしい
ことが、別の人にはむしろ物足りなさや悔しさを惹起することなど幾らである。
 こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを
 告げる日差しの変化とか、隣人から土産にもらった鯵の干物の美味さとか、
 窓の向こうに見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とが
 まったく同じ赤であったことに今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、
 学生時代に読んだ小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、
 そういったもので十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズ
 をしたくなるような晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく幸福の滴を
 感じ取ることができる。それが年寄りになることの醍瑚味だと信じてきた
 (へいや、今でも信じている)。… ≫
▼ 幸福とは、当たり前の日常を受け入れる「受容」と、驚き、楽しみ、
 満足感をえる「新鮮な事象との出会い」にある。自虐的な性格もあり、
倒産すら楽しんでいた自分がいる。ならば、老いていく自分を楽しむには、
これは最適。 ー次のアマゾンのレビューが解りやすいー
《 老いるとはいかなることか、そのかたちの探求を試みる。自己の人生の
 なかで出会ってきた様々に個性的な老人たちや、小説に描かれた味わい深い
老人たちを参考にしながら、その探求の過程において示されるのは、著者の
考える素敵な老いや適切な「年寄り」のかたちも若干はあるが、ほとんど、
みっともなかったり、哀しかったり、ときには常識をはずれさえするグロテスク
な老いの姿。他者と生き別れ死に別れた孤独のなかで、死の可能性が充実した
ゾーンへと入っていく時、空間の戸惑いのなかで、人間が抱えている厄介な
ものが唐突にあらわになる。老いるとは、あらゆる出来事に対する達観した
精神の獲得といったようなものではなく、人生が与えてくる難儀さに傷つけ
ながら、なんとか過ごしていくことではあるまいか。》
 肉体も精神も老いぼれ朽ち果て、無になる。それで良いではないか。 
ただ、噂話や愚痴を言い合う老人の群れに入らないことだ。

・・・・・・
5465,新約聖書は、共同幻想の『おとぎ話』
2016年03月02日(水)
   * キリスト教のアキレス腱
 大自然の働きを、神になぞらえて、共同幻想をつくりあげ、何とか人類は、
ここまできた。モーゼのつくり上げたアラーの神Xも、ユダヤ教、キリスト教、
そしてイスラム教の神とした共同幻想。しかし、この情報化社会では、共同幻想
の甘さが露呈してきた。 〜その辺りを哲学者は、以下のように表現している。
≪ 西洋といえばキリスト教である。はじめは数人の信徒しか持たなかった
キリスト教が、世界を支配するようになる。これは世界の不思議の一つである。
もっとも宗教というものは、たまたまタイミングがあえば爆発的に流行るもの。
仏教やイスラムにしても最初数人の開祖、信徒は数名であった。
 さて、キリスト教であるが、その教義にはもともと不自然なところがあった。
キリスト教は一神教である。しかし、イエスを神とみたため、話がややこしい。
イエスは「父なる神に呼びかけている。そうすると神は二人いるのか? 父なる
神とイエスが神なのか? いやいや、そうではないという。神はもちろんお一人
である。父なる神とイエスさまと聖霊は三つのものであるが、しかし、ほんとうは
一つであるという。これが「三位一体説」である。これまで誰もまともに説明
できた人間はいないのである。かのニュートンも、これには悩み、『聖書』を
徹底研究し、最後にはイエスは神ではないという結論に達するのであった。
 よく考えてみよう、もしイエスが神であるとすれば、「生まれた」というのは
おかしくない,か? 神が生まれるのか? 神は物事を生み出す原因であり、それ
自身は何からも生まれるものではない。生まれたとすれば、神を生んだもの、
つまり神以上にすごいものがあることになるのではなかろうか。
 あるいは、イエスが神で、神を生んだのがマリアとすれば、マリアのほうが
偉いのではないか?そういう意見も出てくる。イエスは死んでよみがえったと
いうけれど、しかしそもそも神が死ぬものであろうか?十字架の上でイエスは
血を流し、苦しんでいるようであるけれど、しかし神が痛さを感じるものか? 
ともかく、三位一体説はかなり問題のある理論なのである。 しかし、めちゃ
くちゃであろうとなかろうと、イエスが神だ、とするのがキリスト教である。
イエスは神ではない、とするとキリスト教の存在理由がなくなってしまう。
 しかし、根っこが問題ありの教義であるから、当然、これを批判する人間は
いつの時代にも出てくる。そうするとどちらが正統でどちらが異端であるか、
という争いがはじまる。キリスト教にはこの手の争いがつきないのである。・・≫
▼ キリスト教原理主義国家がアメリカ。ユダヤ教原理主義がイスラエル。
 アメリカ大陸でイギリスを中心に立ち上げた国がアメリカ。カナダは、
フランスが立ち上げた国。これと、欧州連合と、アラブのポチに対しての
戦いが、本格的世界大戦の様相を表しているのが現在の世界。その結果、
以下の内容に続いていく。


6196,閑話小題 〜春のめざめの時節ですか

2018年03月01日(木)

   * つれづれに 〜春
・大相撲の番付が先日、発表になり相撲モードに入ってきた。十両にユニーク
 なのが揃うと、その場所が面白くなるが、今場所は多く揃ってきた。
貴乃花部屋の双子の力士や、暴行を受けた貴乃岩とか、大関から落ちてきた
照ノ富士。小柄の翔猿、炎鵬、照強。そして将来性のある水戸龍、矢後とか。
 それと、三人の横綱が横綱アドバンテージの張手なくして、10勝以上、
勝てるか否かなど、面白い材料が豊富である。
春の高校野球の情報も新聞紙上を賑わせ、プロ野球のオープン戦も始まった。

・また、日々、朝鮮戦争の気運も高まっている。やはり4月に何か起きそうな
気配がするため、初春にしても何か心が晴れない。100%とは言わないが、
6割以上の確率で交戦の確率があると思うが、如何だろう? 3月一杯は大丈夫
だろうが、それでも、何処かでテロがあるのかも。
――
   * 腰痛が半減
 1963年1月の三八豪雪で、高校の屋根の除雪で腰痛になってから55年になる。
年に数回、腰骨が横にづれた状態になり、鈍痛が半月ほど続く。3〜4年に1度は
脂汗が出るほどになる。その都度、ホッカイロで温め、腰痛ベルトを装着して
治してきた。 500mほど先に出来たスポーツジムに週に5日間、通いだし7年に
なるが、当初の3年は、逆効果で悪化したが、二年前からサプリ効果が加わった
のか鈍重が半減している。 椅子に長時間、座り続けるのが腰痛には良くないが、
現在、書斎コーナーに4〜5時間は座り続けても大丈夫。一月半ばの大雪の中で、
10日ほど連続して1〜2時間程、駐車場の入り口の除雪したが、腰痛が出ることは
なかった。 数年前からみると、信じられない状態である。9年前に大学の10年に
1度の同期会の時、酷い腰痛に、腰を屈めながら強引に上京をした。その時に、
本気で腰痛対策に取組むと決意、布団上や、居間の座布団、椅子の上に、低反発
マットを設置したり、海老反りマシーンや、マッサージ機を買って、施術したり、
SJに通い、ストレッチや、ヨガを取入れり、サプリのをセサミンを飲んだり
した総合効果が出てきたようだ。家内に常日頃、腰を屈めた姿を揶揄われて
いたが、「ホッカイロと腰痛バンドはしないし、腰の曲がりが無くなったし、
別人のよう」と… とはいえ、腰痛は、何時なんどき出てくるかしれない難敵。
 あと一月足らずで、早朝のポタリング(ミニ・サイクリング)が始まる。
これも腰痛の大きな要因。ゴールデンウィーク直後に、疲労が溜まって鈍重が?

・・・・・・
5829,閑話小題 〜しまった! ー 視点の変更から考えるー 16
2017年03月01日(水)
   * 視点の変更で考える
 この本で、「ローソク問題」が紹介されている。考えたものである。
箱入りの画びょうと、箱を分ける発想に考えに至らない。思いつくのは極、
一部の人たちだけ。人生も似ているところがある。手持ちの材料の再点検を
して、使い方を考える。考えて考えて考えて、無い知恵を出す。そして、
「機能的固着」に気づいて、一歩外に出て、視点の逆転をする。役割における
「機能的固着」は、私たちの人生を牢獄にする。それが… ある日、突然に、
『さあ、自由に羽ばたきなさい!』と、不要物として、放り出されたとしても、
成す術が出来てない。 〜以下は「ローソク問題」ネット検索で調べた内容〜
《 …心理学者のKarl Dunkerは、ある実験をした。
 被験者に図を見せて、ロウソクと、マッチと、箱一杯の画びょうがあります。
テーブルに蝋がたれないようにロウソクを壁に取り付けてくださいと尋ねた。
被験者たちはなかなか正解に辿り着けない。この問題は、ちょっとした発想の
転換を必要とする(でも労力は要らない)、結構な難問なのだ。
 この実験では、もう一枚の図が用意されている。大きな差はない。
パーツは全て同じだ。でもその図では、画びょうが箱の外に出ているもの。
テーブルの上にあるのは、マッチと画びょうとロウソクと、箱。
これで同じことを被験者に求める。「テーブルに蝋がたれないようにロウソク
を壁に取り付けてください」こうすると、被験者たちは易々と正解に辿り着く。
もともとの問題が解けない理由は「機能的固着」のためだとされている。
人々は、画びょうが入っている‘箱’の存在に気がつかない。気がついても
その真の価値に気がつかない。箱の機能を無意識に固定してしまっている為だ。》
▼ 箱から画びょうを外に出した後に、内側から壁にとめて、土台にする考えに
 至るのは非常に難しい。そこで元もと外に出しておくと、直ぐ正解に辿りつく。
中村天風のカリアッパとの禅問答、『一度、コップの水を空にしてから、新しい
水を入れろ』の教えに通じる。私たちの日常生活でも、固定してしまった箱に
目を捉われ、その中身を取り出したり、箱そのものを他に利用しようとしない。
死を直前にした虚無の怖れに直面して、それまで縛られ、拘っていた固着に
初めて気づく。そして、独り、『しまった!』と嘯くのが人生の常。そして、
般若心教を急ごしらえで学ぶことになる。それさえ極、一部だけ。
そこで、ドリップアップをした向こう側からの逆転の視線が必要となる。
 
・・・・・・
5464, 『中村ウサギー他者という病』 ー2
2016年03月01日(火)
   * 自殺未遂の顛末
 彼女が書くと、いまいち、シリアスに感じられないのは何故?
自殺をしようとする時には、何か夢うつつの思考ゼロの状態というから、
当人が後で書いた内容は、軽いタッチになるのか。それは、死刑執行直前に
助かったドフトエフスキーのとはチョッと違う。死刑のそれはと、著者の
死にたい気持ちは違う。 〜内容は、あまりにもシリアスである。
≪ 死にたいと思ったことは、それまでにも何度かあった。が、
足が立たないのでタオルを取りにひとりで浴室に行くこともできない。
「身体が不自由だと自殺もできないのだな」と、薄く笑って諦めた。
しかしここ最近、私の身体はめきめきと回復して、家の中なら自分の足
で歩けるようになった。だから、「もう死ねる」と思ったのである。
 まず浴室に行ってタオルを取って、首に巻いてドアノブに結び付けた。
だいぶ回復したとはいえ、まだまだ身体が思うように動かせないので
腕もよく上がらず、ドアノブにタオルを結び付けるのはひと苦労だった。
 ようやく結んで体重をかけたら、レバー式のドアノブだったために
タオルが滑り落ちてしまい、失敗に終わった。 これは、いかん。
息を整えて、もう一度トライした。今度はドアノブから滑り落ちないよう、
しっかりと結んだ。足に力が入らないので、このような作業を中腰で行なう
のは、なかなか大変だった。
 それでもなんとかタオルを結び付け、腰を下ろす要領で体重をかけた。
気管が圧迫されて、うめき声ともつかぬ奇妙な音が聞こえてきた。
私の喉から出ている音だが、聞いたことのない声だった。顔面が充血して
くるのがわかった。そして、ものすごく苦しくなってきた時に、つい
身体がもがいてしまった。するとタオルがほどけて、またしても
失敗に終わった。人間の理想の死に方は、やはり「急死」であろう。
 自分でも死んだことに気づかないほど突然死ぬのが一番だ。
私はそのチャンスを逸してしまったので、次に死ぬ時は大いに苦しむ
羽目になる。自分で死ぬのは、思いのほか、難しいのだった。
これなら、入院中に心肺停止した時のほうが、ずっとラクだった。
呼吸停止の時だって、こんなに苦しくなかったし。≫
▼ 女流無頼漢作家としての彼女の文章は、シリアスだが引付けられる。
 それが自殺の場面では、こうなるのである。死刑になるまでの
心の風景を書いた手記を読んだことがあるが、それは、恐ろしく
リアルの内容だ。ガン末期で、死期を悟った時の恐怖も同じだろう。
それにしても、骨太の人である。
・・・・・・
2015/09/12
「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー
      ー私は「言葉」を諦めないー(新潮45/5月号)
            〜心肺停止になって考えたこと! 中村うさぎ
   * 女とは何か、の問い
 女の自意識のねじれと矛盾の言語化を何とアッサリと表現するとは驚き。
これは男も似ているが、受身である点で大きく変わってくる。 確かに、
「人間的価値」より、「性的価値」が「商品価値」として、優先するため、
それを高める化粧品や、ファッション衣料が売れている。プロの作家の
言語化は、流石である。  〜その辺りから〜
≪ 私とは何かという問いから始まって、人間とは何かを突き止めたかった。
 そしてまた、人間とは何かを考えているうちに、女とは何かという問題にも
突き当たったのである。私は自分を女という主体として捉え、その「私」は
「人間」であり「女」であると当たり前のように考えていたのだが、そもそも
「人間」であり「女」であることの定義は何なのか。 特に「女」という性別
に生まれてきたことで、自分が「欲望する主体」であると同時に「欲望される
客体」であり、そこに快と不快の両方が混在するアンビバレントな存在である
という認識を持ったのである。 
 男から一方的に性的欲望の標的とされるのは、私の心に支配への恐怖や反発
を生じさせる。若い頃、夜道を見知らぬ男に付け回されたり電車の中で痴漢に
遭ったりするたびに、私は自分が常に男から性的な視線で見られており、
しかも彼らは私の意思とは関係なくその欲望のはけ口として私の身体を使う
つもりなのだと感じた。それはまるで自分が人間ではなく物のように扱われて
いるかのような屈辱感と、彼らに力ずくで欲望の餌食にされるのではないか
という恐怖感を、私にもたらしたのだった。
 が、その不快さの一方で、私は男たちに求められることにナルシスティックな
快感を覚えることもあった。年を取って男たちに相手にされなくなってくると、
自分の価値が暴落したような気分になっ、た。それは決して私の「人間的価値」
の暴落ではなく、あくまで「性的価値」の問題に過ぎないこともわかっていたが、
しかし女の場合、「性的価値」は「商品価値」と密接に結びついているため、
まるで自分が価値のない商品に成り下がったかのような悲哀を味わったのだ。
 男たちに「性的道具」のような「物」扱いされることに怒りを感じながらも、
自分の価値を「商品価値」と捉えて「物」扱いしてしまう… その矛盾が、
理屈で解消されるものならまだしも、生理的な「快・不快」感と結びついて
いるため、よけいに始末に負えない。どんなに理性が「こんなものは根拠薄弱
で非論理的な感情だ」と結論づけたところで、やっぱり心は傷ついてしまうのだ。
それが人間というものではないか。
 私はこの「女」という生き物の自意識のねじれと矛盾を、自分の体験や感覚
を通して言語化しようとしてきた。私を、そして女を、「言葉」で再構築し、
人々に届けたいと願ったのだ。そのためならデリヘルでも何でもやった。
それがどれだけ世間から白い目で見られるかも承知していたが、それでも
「知りたい」「言語化したい」という欲求のほうが遥かに強かったのだ。 
 世の中の「自分がわからない」と嘆く女たちに、「女がわからない」と
ぼやく男たちに、私は自分の言葉を届けたかった。
諸君、我々は「主観」という濫の中から抜け出せず、互いに他者を理解し得ない
まま、閉鎖的な脳内世界の中で孤独に、生きている。だが、その隔絶された
各々の世界を繋ぐのが「言葉」なのである。だから私は「言葉」を諦めない。
それが私と他者を繋ぐ唯一の絆なのだから。 ≫
▼ 抜粋の文章をカットしようと上記を読み直すと、それが辛い。言葉に魂が
乗り移っているためである。ここまで書ければ、本望だろうが、それだけ傷が
深いのである。「言葉」に魂が乗り移ったのを「言霊」というが、成る程!

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哲学について
2015/09/11
「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー
      ー私は「言葉」を諦めないー(新潮45/5月号)
            〜心肺停止になって考えたこと! 中村うさぎ
   * 自分とはいったい何者なのか?
 世間を馬鹿にしているところが、いやに同調できる。『閑』という字が
ある。門の中に木がある状態、その木を己とすると、『独』の状態。
それを自分の中で守ってこそ、自分と他者との分別が可能になる。それが、
出来てない、他人志向的傾向の強い人たちを世間様と定義つけている。
 大方八割?の、世間にまみれた人たちに揉まれ、そこで、己とは何者なのか
を自覚するのは、並大抵でない。世間を見下しながら、そこに依存をするしか
ない己の心情を、以下で明晰に表現している。 〜その辺りから抜粋

≪ 自分もまた俗世間を馬鹿にしており、誰よりも高みにいる気でいたわけだ。
 なのに、そんな自分が世間から排除されたことにこれほどまでに傷つくとは!
私のこれまでの世間への侮蔑は単なるポーズに過ぎなかったのか? それとも、
私が世間を拒絶するのはいいが、世間が私を拒絶するのは許せない、と、
そういう理屈なのであろうか? 
 おそらく、そういうことなのだろう。 私のとどまるところを知らぬ
ナルシシズムは、自分を高い高い場所に押し上げ、超然と世間を見下ろして
いるつもりだった。なのに、その下々の世間から「おまえなんかいらない」
と言われたことで、私は激しい屈辱感を味わい、同時に、自分がずっと見下して
きた世間からの評価をいかに必要としていたか、強烈な痛みとともに思い知った
のである。これほどまでに尊大にして卑屈な人間を、私は他に知らない。
私は己の愚かさに呆れ果てているが、それは自己卑下と-か謙遜とかいった
ものとはまったく別の次元のものだ。
 私はいったい何者なのだろう。この問いに、またもや私は立ち返る。
何度も自分に問いかけ、一度も答えを得られなかった問いだ。これからも
たぶん、答えなんか見つからないに違いない。その答えを見つけるには、
私はあまりに己を知らな過ぎるのだ。 私は何者なのかを突き止めることが
私の人生の大命題なのだとしたら、これはもうきわめてパーソナルなテーマ
であるから、世間から承認されたり評価されたりする類のものではあるまい。
 私がその答えを見つけたとしても、誰の役にも立たないからだ。
 ならば、私は世間から排除されようが拒絶されようが痛くもかゆくもない、
ということになる。人がどう思おうと、私は自分のテーマを変えるつもり
はない。私は私にしか興味がないのだ。
 そんなふうに考えたら、なんだかちょっと気が楽になってきた。
おそらくこれからも私は態度を改めることなく、世間を馬鹿にし続ける
だろうし、そんな世間から許しをえたいとも思わないからだ。
世間が私を必要としなくても、私が私を必要としている限り、私は私の
ために生き続ける。それがどんなに傲慢なことかわかったうえで、あえて
そういう生き方を選択する。
 このように私が世間と隔絶した場所で生きようとすることと、私が本気の
言葉を諦めずに人々に投げかけ続けることは矛盾しているように思われるかも
しれない。が、私が言葉を投げかける相手は、決して「世間」ではない。
 私が言葉を届けたいのは、わざわざお金を払ってまで私の文章を読んで
くれる人々だ。その人たちの心に何かが届けばもうそれ以上は望むまい。
私はずっと「私とは何者なのか」という問題に拘泥し続け、その答えを得る
ためになりふり構わず生きてきた。「私」を解析することで、広く「人間」
というものの核心に迫れるのではないかと思ったからである。
 私は「人間」を知りたかったのだ。 私とは何かという問いから始まって、
人間とは何かを突き止めたかった。・・・ ≫
▼ 現在の、私の心情に、重なる部分が多い。数十万人?に向けて書く
 内容だから力が入りようが自然と違ってくるのだろうが、この湧き出て
くる力は、心拍停止から蘇った経験があればこそ。そう、4年前の一連の
出来事が、『脱皮』だったことを、彼女の脱皮した文章から、自覚した。
 『脱皮』といえば、51歳の時、母親を見送って、さて如何するか?
と考えたとき、還暦までに、死ぬまでの大よそ30年分のしたい事を
可能な限り、やり尽くすと決めた。 その時も『脱皮』であった。
だから8割?の有象無象を無視できる! 人生、良いように出来ている。

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