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堀井On-Line
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2018年02月28日(水)
* 黄色?、はたまた赤点滅? 明日から3月。何かしら不安になってきた。何でもありか、考えすぎか? そこで、動転をしないためにも、これまでの仮想対談を振返り、それを元に、 再び、話し合って貰うが、何か、末恐ろしくもある。 ――――
大家さん: さて冬季オリンピックが終わったけね。ここで一番、恐れている のが北の金サマだろうね。人質に近いソウルの市民は、「今度は危ない!」 と思っているかどうか? 狼少年の逸話のように、慣れっこになっている ようだが、今度は日本も含めて、ただ事じゃ済まないよ。 八つぁん: 私もそう思うけど… あそこまでアメリカを挑発すれば、ソウル 壊滅など厭わないで攻撃をすると思うね。 始まれば、一方的な虐殺に なるのは自明で… それは悲惨になるだろうね。 大家: 恐ろしいのが東京都心への核攻撃と、稼働している原子炉への攻撃。 それと攻撃され破壊された北の核施設の日本への影響だ。 想像することすらしたくないが… 神様: あんた達も、深刻そうに語ってるが、現実の戦争の現場は… 熊さん: 全然、現実的に思えないけど、非情に危険なのは俺でも分かるさ。 彼方此方で、テロがいっせいに起こるんだろう。あるいは、都内が火の 海になるのだろう。で、その隙をついて、中国が尖閣列島を占拠する のだろう。 寅さん: 俺でも、その危険があるのは分かるさ。でも、アメリカとしては、 現にミサイルを発射されて、黙って見逃すことなど絶対しないよ。 それと関係国の役者が悪すぎ。 神様: これまでの語ってきたことと大して内容は変わらないようだが、 要するに、期限が、あと一月に迫ったと、言いたいのか。 熊さん: こうなると、八つぁんが羨ましいよ。好き放題してきたんだから。 俺なんど、半径500mの世界に閉じこめられてさ。出来るのは世間話と、 大家さんと八つぁんの自慢話の耳学問だけさ。 八つぁん: 何言ってるんだ。毎日、何するわけでなく、ボーッとしていた だけで現実にドップリ浸かっていて、何を今さら、泣き言を…。 寅さん: 神様、どうすれば良いのでしょうか。 神様: 今さら神頼みなど遅いけど、何とかなるよ。 何とかね。 戦争とは何でもありの世界になることを忘れないこと。銀行閉鎖とか、 生活物資の現物支給とか、軍事訓練とかね。そこで、北朝鮮から アメリカを日本列島越しに見ると、如何、考えますか? 寅さん: そりゃテロだよ。そう考えると危ないね、日本は。まず脅しで? 大家さん: 70数年かけて、アメリカに骨抜きにされてしまったからね。 そう考えるとアメリカも残酷だね。その国のトップに、老いぼれと 言ってしまったのだから… 白人の本性は、有色人種は、猿並みで しかないんだもの。東京大空襲や、長崎、広島への原子爆弾を投下 して、一般市民を数十万人も殺戮した国だもの。何でも躊躇しないよ。 熊さん: でも、本当に、まだまだ信じられないね。 寅さん: だって、あの連中だろう。何でも有りだよ。でも、絶対に核戦争は やっちゃあいけないよ。そういえば八つぁんがトランプなら、決断する と言ってたよね。俺でも、今と思うよ。 「後はは野となれ」だよ。 八つぁん: この言葉は、「近松門左衛門の作品、『冥途の飛脚』にある 一説「栄耀栄華も人の金、はては砂場を打ち過ぎて、あとは野となれ 大和路や。」からきていると言われているけどね。 神様: なるようになるし、それも神の思しママに… 熊さん: 戦争銘柄って、何か良い? 大家さん: 何を馬鹿なことを! それより、米の備蓄でもしておいたら?
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −1 2018年02月05日(月) * 熊さん、プーチンと、スターリンに問いかけ 神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに 招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して いるがね。 熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。 相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。 敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。 神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。 熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。 プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を 頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。 大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。 プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。 スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように 非情になって自国民を殺せますか。 プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では 虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。 北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、 中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。 熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている 戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。 大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして ないので、現実の悲惨さが解ってないの。 熊: そんなのが大統領なの。 スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、 何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。 神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。 熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。 大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、 万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への 難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。 プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。 スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。 あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの? プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、 女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。 としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、 民主主義の建前ほど変なのはないね。 スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。 神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を 聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。 もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり 頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。 プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。 生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。 大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。 まともな正論は通じないの。 ― ▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。 この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていく。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −2 2018年02月07日(月) * 緊迫してきた朝鮮半島 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると 同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの 週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。 沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。 ‘まず目先は、4月が危ない!’ ≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。 原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として 訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。
この結論に至るロジックは次の通り。 米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の 努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗 と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。
この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な 軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』 と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。
平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模 な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行 するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。
また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が 『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に 大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫ ―― * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ ≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、 脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。
本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm 放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。
これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、 それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。 そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海 になると、韓国政府は分析しているのである。 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか? 「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した 評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷 するとしています。 この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を 空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。
その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、 開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。 これはあくまでも、通常兵器による被害です」 (ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏) ≫ ― ▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを 遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の 危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー? 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。 トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −3 2018年02月08日(月) * トランプと、ケネディの対談だとさ 神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、 やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。 寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか? それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。 ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ! 敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも 嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。 トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。 スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。 だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、 悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね… 大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。 ケネディ: … トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。 世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト を見れは解るだろう… 大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。 寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。 一番上が、大家が一番で、次が八つぁん… 大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。 それが、人間というものじゃないですか。私から御前たちには、知恵をね。 トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。 ケネディ: … 大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。 トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。 ケネディ: … 寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して いるのが分からないんだ 大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。 トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は 弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための 宗教に変わったのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう? ケネディ: … 寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。 大家: 神様、何とかならないですか。 神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける のは、何時も弱者。 寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が 日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。 トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの 疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。 ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 ああ、独り言ですけどね。 寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、 終わった直後に、アメリカの出番になる。 トランプ: … 寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。
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2018年02月27日(火)
『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著 * 銃社会のアメリカから見え隠れすること 連日のように、アメリカの銃による大量殺戮のニュースが報じられていれ、 その都度、銃規制強化が叫ばれるが、建国以来の個人主義国家のアメリカは、 弾の込めた銃で身を守る文化は非常に強固のようだ。日本の文化には秀吉に よる「刀狩」以来、侍の帯刀以外、特別の事情が無い限り、各家庭内も含め、 武器を持たない文化がある。ここで紹介している2015年の調査によると、 アメリカ国民の半数以上が、銃購入の規制より、所有の権利を守ることが重要 だと考えている。 これも数年前のギャラップ調査だが、 <1993年〜2010年の間に、アメリカの凶悪犯罪率が急激に下がった。銃器に よる殺人がほぼ半数に(10万人につき7・0から3・6人に低下)。その一方で、 非致死性の犯罪が、これまでの4分の1に減っている。> が、その事実はあまり知られてない。 にも拘らず、56%の人は、犯罪は上昇したと答え、26%が横ばいと答えた。 減ったというのを知っていたのは、12%だけだという。 TV画面に流れるイメージと現実の趨勢があまりに大きいことに、驚いたが、 原因は凶悪犯罪の主役が若者。1990年代にはベビーブーマー世代は、年齢 コーホート群から既に抜けていたため。さほど、統計とは当てにならないもの。 統計の背景にある現実?を前に、どうすればクラウド時代に、賢明な判断を するか? この日記で、流されてくる情報そのままを鵜呑みにして… 真面目風に、解りきったように意見をする自分を合わせ鏡で、見えてくるのを 凝視する? のも厳しいもの。こうも、私たちは、いや私が軽いか。 「下手の考え休むに似たり」そのもの。 休むには丁度良いと思って… 〜以下の文脈を読むにつけ、<そうだね!>そのもの。 しょうがない!
・・・・・・ 2018/01/28 閑話小題 〜キツネとハリネズミ −2 『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著 * キツネとハリネズミタイプの事例 まあ、シェークスピアとダンテを対極におくとは、解りやすい分析である。 その二つを兼ね備えているのがトルストイとバーリンはいう。トルストイ 自らはハリネズミ族に属していると信じていたようだ。 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 政治哲学者アイザイア・バーリンは自身の著書『ハリネズミと狐』で、 トルストイの超大作『戦争と平和』の歴史哲学を真っ向から論じた。 バーリンは、ダンテは“ハリネズミ”であり、 シェイクスピアは“狐”と分析 ─では、トルストイは? ロシア文学者で東京大学名誉教授の川端香男里に 『ハリネズミと狐』で語られるトルストイの姿を聞いた。 【『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国では たくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の 歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書 『ハリネズミと狐』でしょう。 バーリンは、人間類型を二つに分け、 第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に 構築して行く「一元的」タイプを置きます。 第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡 の中にとらえようとするタイプを置きました。 そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知って いるが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の 二つのタイプにあてはめ、第一部類をハリネズミ族、第二部類を狐族と名付けた。 第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。 ・プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、 プルーストはハリネズミであり、 ・ヘロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、 ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。 ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの 極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに 属しているといえるのでしょうか。 バーリンの仮説では、 トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、 とされます。トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に 把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に 説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存 です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的 原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊 して行きました。このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはず という「ハリネズミ」の信念がありました。 ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体だったのです。≫ ― ▼【 熊さん: 俺なんて、針ネズミじゃなくて、ドブネズミだね。 寅さん: じゃあ、俺はモグラですか。せめてリスかモモンガ? こうシリアスにタイプに選り分けられると嫌になるよ。ったく。 大家さん: とするとワシはムジナ辺りですか。 八つぁん: 一応、役割はキツネですがね… じゃあ私は何でしょうか。 ハリネズミに近いハツカネズミ? 私が、‘世間人’を子キツネというが、 他人様の家族の内情の覗き込みのネタを餌に渡り歩くのを性にする人たち。 とすると、子ネズミの方が適切な言葉になるね。 大家さん: 世間様の話は、御品が悪くなるから止めておきましょうや! 誰もが持っている悪い癖だもん… 寅さん: 八つぁんが「世間」の話をすると、俺のことかと冷や冷やだよ。 俺はね、裏話に花を、いやゴミを添えて楽しむしかないのさ。悩がないから。 熊さんは、素朴だが、俺は少しマシな役割のようですか。 熊さん: 呆け役なんだろう。それも天然呆け役。でも、純粋な疑問ほど道理 を突くって言うじゃないか。しかし寅さんは、少し捻った性格なんだろう。 寅さん: 低俗の中の、上が俺、下が御前だよ。 八つぁん: 呆け役の切口に彩をつけるには二人の呆けが必要だからさ。 何かさ、自分の言えないことを二人が代弁してくれいて便利だね。 しかし、品格が下がったね。 大家さん: ワシの役割は、八っあんの中の知性というか、冷静さを持った 役割だろう。それにしては、自分で、それが全く感じられませんね。 熊さん: だいたい、これを書いている奴の程度が低いからね! 八つぁん: 『 … 』 寅さん: ここまで話を引っぱって、落ちがこれ? 俺らを呼び出すのも、 そろそろ止めたら。 …いや、大相撲の総括で言いたいことがあるか。】
・・・・・・ 2018/01/26 閑話小題 〜キツネとハリネズミ −1 『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著 * キツネとハリネズミの生き方 経験から知っているのが、スペシャリストか、ジェネラリストでいくかの選択。 これは古代詩人が看破していたこと。学生時代の友人でハッキリしていたのが、 一人の異性とジックリ付き合うタイプと、浅く広く適度に付き合うタイプである。 仕事も、人間関係も然り。「キツネは多くのことを知っているが、ハリネズミ は大事なことをひとつだけ知っている。(アルキロコス)> ‘古代ギリシャの詩人アルキロコスは、人生にはキツネとハリネズミという 2つの生き方があり成功者はしっかりとそれを決めている’と言う。 世界を一つの概念からなるメガネから見るのか? あるいは様々な視点から眺めるか?を決めた人たちが、結果を残してきた。 そして、キツネ型とハリネズミ型の才能が、結びつくと最強なチームが生まれる。 Appleはキツネ(ジョブズ)とハリネズミ(ウォズニアック)の強みの組み合せ で、成功をした。個々の知識と経験を生かせる、さまざまな分野のスペシャリスト たちとコラボの能力が必要となる。自分の強みと他者の強みを組み合わせができる 新種になることが未来の成功のためには、欠かせません。 〜ここで… < 教えるのがいちばん難しいのは、問うべき大事な問題を特定する直感です。 知的好奇心と言ってもよいでしょう… …教育を受けるなら、さまざまな筋肉を たくさん動かせるように、できるだけ多様な科目を学ぶべきです… …専門的な技能はいつでも学べる、そういうことは解決すべき問題に直面したり、 現実的な必要性に迫られたりしたときのほうが学ぶ意欲が高まるものです。専門 を、あまり早い時期に絞り込むのは問題。 あまりに早いタイミングで自分の専門分野を決めるのではなく多様性を重視した ほうが、面白い結果が得られるというのです。 多くの体験や様々な知識があった ほうが、人生を面白くできるのです。シンガポール国立大学学長のタン・チョー ・チュアンも同じように考えています。 私がますます強く感じるのは、幅広い知性の重要性です。理由は2つ。 一つには、私たちが仕事や生活のなかで直面する課題の多くが複雑化している ことがあります。課題がさまざまな分野や領域に関連するようになっている。 幅広い知的基般皿がなければ、複数の分野にまたがる潜在的な関連性を見抜く ことはできないでしょう。 もう一つには、かつては私たちが生涯に手掛ける仕事は3つか4つくらいだと 考えられていましたが、今では平均的な卒業生は10とか12といった種類の 仕事をこなす可能性があります。それらの仕事がいくつもの異なる分野にまた がることも想定されるので、軽快に頭を切り替えられるような知的基盤を持た なくてはいけないのです。≫ ー――― ▼ この例えからすると、私は明らかに「キツネの生き方」の要素が強かった。 しかし準備期間15年を含めた45年の仕事人生は、ハリネズミである。 この随想日記も17年間、続いたのだからハリネズミだが、内容はキツネ? それともハリネズミ? 私のライフワークの、『地球景観・観光ツアー』。 行先は、ハリネズミというより、キツネ。地球を碁盤目に見たて、外側から 埋めていく。少し贅沢であったが、コストの10倍の価値が充分にあった。 殆どが観光シーズン終了際のキワモノ狙い。その情報探しから、楽しむ。 51回の内容を振返って、深さをもっと実感するに、半分をケニア・ タンザニアか、スペインに集中する選択もあった。しかし、8割の全てがベスト と思えるため、これで間違いはなかった。 さて今、「キツネとハリネズミの対話」を思いついた! 面白そう。 司会を大家さん、対談仲間に、熊さん、寅さんを入れて… 近々に?
・・・・・・ 2018/01/21 読書日記 〜合理的無知とは誰? −2 『クラウド時代の思考術ーGoogleが教えてくれないただひとつのことー』 ウィリアム・パウンドストーン著 * ある強盗の話 レモンジュースのシミは、一見、見えないが、よくみると見えてくる。 それを顔に塗れれば「見えないインク」として監視カメラに写らないと信じた 結果の犯行である。今回の白鵬の「横綱アドバンティジ維持のための暴行事件」。 たまたま、日馬富士がカラオケの端末機器を使って大怪我を負わせたため、 大事件に発展した。先場所の取口の8割以上が、立合いの「張手」と「肘打ち」。 9通りの勝ちに至るコースの7つに、この2つが組みこまれているという。 このマジックで40連覇をしていたのである。特に回数を重ねる度に多用した? で、古傷の両足の親指の骨折を理由に、早々に休場に至ることに。暴行事件の 起こる数場所前に、白鵬が暴行被害者の貴乃岩に負けて優勝を逃した。この 数日前に白鵬から執拗に携帯電話が入ったという。TPOSからして、何の電話か は明らか。その伏線があって貴乃花親方は警察に直接、訴え出たのは当然の事。 このブログも似たようなもの。見ている方からしたら、この間抜けな強盗を 見ているようで面白いだろう。 死んで三日も経てば、全てが消滅。 瀬戸内晴美が、「作家とは、大道に素っ裸で大の字で寝ているようなもの」 と述べているが、それからすれば、露悪、露馬鹿も、まだまだ。 合せ鏡の知恵を持っていればよいが、それが… だから世間とかいうのに 惑わわされる。厄介なのは無知。タチが悪いのは、その自覚がないこと。 生半可なコメンテーターの、煽動な話を鵜呑みにし… 私のことですか? ― ≪ 1995年4月19日、身長168センチ、体重122キロのマッカーサー・ウィラーは、 自分は監視カメラに映らないと信じ、真昼間に2つの銀行を襲った。ウィラー は、レモンジュースが「見えないインク」として使われているというのを知って いて、自分の顔にレモンジュースを塗って顔を監視カメラにさらして犯行に及ん でいた。(塗っていれば見えないと信じ) これがコーネル大学のデビッド・ ダニングの目にとまり、<知識や技術に欠けた者は、自分が知識や技術を知ら ないことに全く自覚がない>ことを同僚のジャスティン・クルーガーとともに、 「ダニング・クールガー効果」と名付けた。 ネットの時代。ネット検索で、何でも瞬時に知ることができる。 そんな時代に自分の頭に知識を持つことにどれほどの意味があるのか。 そのことに対して、著者のパウンドストーンは、無知がどれほど正確な判断や 決断に影響を与えているか、デモクラシーがどれほど脆弱な大衆の知恵と判断に 基礎を置いているか、そして、知識の多寡が個人の豊かさとどれほど相関して いるかをこれでもかというほどの事例を示し、無知の危険を読むものに迫る。≫ ▼ 他人事だと分かるが、こと自分については、理解できない人間の滑稽さ。 だから、人間は生きていける。暗い顔をした老人が多いのは、「生老病死」の 問題だけでなく、その姿に気づくためだろうか… 全く気づかないふりもある?
・・・・・・ 2018/01/19 読書日記 〜合理的無知とは誰? −1 『クラウド時代の思考術ーGoogleが教えてくれないただひとつのことー』 ウィリアム・パウンドストーン著 * 人は自らの知らないことを知ろうともしない 「知れば知るほど、知った領域の周辺の知らない知識が多いことに気づく。」 これは知識の質量の拡大、向上の継続の必要性を一言で解らしめる言葉である。 このブログを開設して17年近くになるが、‘対自分’的には効果的であり、 面白いが、‘対他人’的には、マイナス効果の比重が大きいのは自覚している? エゴイストの本音の丸出し、経験と知識の未消化そのままを露出し続けてきた。 露悪、偽悪、そのものである。 直ぐ上の姉に、青年期の頃から、 「あんたの欠点は悪ぶること」と、キツク言われ、他の姉からも、 「露悪というより偽悪。まだ偽善なら良い…」とも。 「まず偽善を演じな。演じれば自ずに善人になれる。偽悪も続けていれば 悪人になってしまうよ」とも。 偽悪と偽善の問題?… 露悪よりマシ? 姉に頭が上がらないのを長女である家内に詰られ続けられ、末っ子は大変。 〜クルーガー効果という研究結果がある。 ≪ 優越の錯覚を生み出す心理学的現象は研究によって、自らの能力の低さを 認識することの困難さが過剰な自己評価につながる、認知バイアスの一形態で あると認識された。なぜ人間は自身の不得意を認識できないのか(2003年)と いった認知的不協和に関する調査は、与えられた活動の評価基準の無知に由来 する自己評価の誤りの多さを示している。自身の能力に対する過大評価の傾向は、 読解や診療、自動車の運転、チェスやテニスの試合など様々な場面で見られた。 また、この効果を策定したダニングとクルーガーによって2012年に行われた 「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」の調査によれば、 能力の低い人間は以下のような特徴が分かった。 ・自身の能力が不足していることを認識できない ・自身の能力の不十分さの程度を認識できない ・それ故に、他者の能力を正確に推定できない その能力について実際に訓練の後であれば、自身の能力不足を認識できる。 2005年に執筆された自身の著書「Self-insight」の中で、ダニングは自己認識 欠損の類推を「日常生活の病態失認」に適用し、身体障害者が自身の身体能力 の不全を否定、或いは認識しないといった認知バイアスが存在することを発見。 「あなたが無能なら、あなたは自分が無能であることを知ることはできない。 正しい答えを生み出すために必要なスキルは、正解が何であるかを認識するため に必要なスキルと同じである。」 2000年、この効果を策定したダニングとクルーガーは、優越の錯覚を生み出す 認知バイアスについて1999年の論文で、イグノーベル賞の心理学賞を受賞。≫ ― ▼「・無知がどれほど正確な判断や決断に影響を与えているか、 ・デモクラシーがどれほど脆弱な大衆の知恵と判断に基礎を置いているか、 ・知識の多寡が個人の豊かさとどれほど相関しているかを、繰返し述べている。 青年期の挫折経験の必要性は、如何に己が無知かを骨身にしるための必要条件。 「破壊からの創造」の言葉が示すように、一度、それまで植えつけられた常識を 粉々にし、棚卸をし直し、再出発する機会になる。 20歳半ばの金沢時代に学んだことが、「自己能力の限界の設定」。闇雲の プラス思考や、ポジティブ思考だけでなく、冷徹な自己能力の在庫管理が必要 ということ。…とはいえ、選ばれやってきた、大よそ『80年滞在の地球旅行』。 可能な限り、広く、深く知って、味合わないと生れてきた意味(価値)がない。 <アポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされたソクラテスは、 これを、【自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、 その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだ】と考えたとされた 「無知の知」。「賢い者ほど、無知であることを自覚しよう」を伝えたかった。 学生時代の総括が<私は全くの無知!>の自覚。ならば生涯、独学を自らに 課すことを誓い… で、17年前から、この習慣化に至る。で、以下の間抜けな 泥棒のように「見えないレモンジュース」を顔に塗ったつもりのように、毎日 ネットに… 成るほど、馬鹿は死ななきゃ治らない。
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2018年02月26日(月)
* ギフテッド教育 『アメイジング・スパイダーマン』とその続編を監督し、世界的大ヒットを 成し遂げたマーク・ウェブ監督。ヒューマンドラマが自身の原点だと語る監督が、 久々に超大作を離れて「映画を愛する純粋な気持ちに返りたい」と願っていた 時に、めぐり会った脚本を映画化。天から非凡な才能を与えられた少女の育て方 をめぐって対立する祖母と叔父を通して、本当の幸せは何かを問いかける。 監督が心のノートに書きとめた程の数々のセリフやエピソードが彼方此方に 見かけられた。 〜その一つが印象的である。 【 祖母に結婚を反対されて未婚の母子供という事実を前にして、少女が 『自分が祝福されて生まれて来なかったのでは』と悩む姪の姿をみた叔父が、 何も言わず産婦人科の待合室に、少女を連れて行き、今か今かと待つ一族が、 無事出産の瞬間に、大喜びをする場面に立ち合わせる。二番目の家族の場合には 少女も我を忘れて、その喜びの中に加わっていた。その経験を通して、全ての 人にとって、誰それでなく、喜びになることを体験させることで、少女の心の 傷を癒していたのである。 そこで、「ギフテッド教育」を思いたち検索すると、ギフテッド教育たる システムに出くわした。そして、子供にギフテッド教育を授けている親御さん のブログに行き当たった。 〜驚かされたが、まずは御覧あれ! ― 《 ここ三週間ほどかけて、次男五歳の学校の入学審査があったのですが、 一昨日昨日と二日がかりで心理学者による最後の審査が終わり、次男も上の 四人の子達と同じプログラム(ハイリーギフテッド)に入ることになりました。 今の時点で思うことなどまとめてみます。 ギフテッドの特徴?
「ギフテッド」という言葉を初めて聞いたのは、長男長女をよく遊ばせること のあったお母さんからでした。その方の娘ちゃんをプログラムに入れたいと 思っていると。日本では聞いたこともない概念で、少し調べてみると、 「ギフテッド」の子とは以下のような特徴があると言います。 今回の次男の審査でも、初日に、これらの特徴が書かれた用紙を渡されました: 優秀者 ギフテッド学習者 ― ― 答えを知る 質問する 反復6−8回で修得する 反復1−2回で修得する 質問に答える 詳細を討論する、話をそこから展開できる / 質問に疑問をもつ トップグループ グループを超える アイディアを理解できる 抽象化思考ができる 興味を示す 非常に好奇心が強い 一生懸命に努力する 遊びながら、集中力に欠けたり、 でもよい成績をとる 同学年の生徒といるのを好む 大人や年上の生徒といるのを好む 意味を把握する 推論する よいアイディア 常識外れたアイディア (とっぴな、ばかげたアイディア) 簡単に学ぶ すでに知っている 学校が好き 学ぶことが好き 受容的 インテンス 課題をこなす プロジェクトを率いる 精巧に真似ができる 新しいデザインを創造する 興味を持って聞く 強い情感と意見を表す 単純で順序立てたやり方を好む 複雑さを求める 注意深い 心身ともに熱中、没頭する 機敏 鋭く観察する A を取る 成績はモーティベーションに ならないかもしれない 自分にとても厳しい 自分にとても厳しい 情報を吸収する 情報を操る ―― 子供達を見ると、当てはまると感じる項目もあれば、そうでないと思う項目も あります。対象によっては「一・二回の繰り返しでマスター」どころか、何度 繰り返しても覚えませんし、質問されても、ぱっぱと答えるというよりは、 いつまでも考え込んでなかなか答えが出てこなかったり(とても簡単に見える 問題であったとしても)、どちらかというと、「スローな学習者」と見えもする。 遊びほうけていたら成績は下がりますし、大人や年齢の上の子と話すのも好き ですが、同じくらいの年齢の子や年下の子と遊ぶのも大好き。中には、複雑な ことよりも、シンプルに手順を踏んで示されることを好む子もいます。 先日も娘のクラスのお母さんと話していて、周りには目から鼻へ抜けるように 「できる」子がいるのに、まさか自分の息子が審査をパスするとは夢にも思わ なかったと、しみじみ言っていました。私もその気持ちがよく分かります。 これまで九年の間、プログラムの子供達や親御さんと身近に付き合う機会があり ましたが、「ギフテッド」と言っても、本当に様々です。十代前半でいくつもの 「有名大学」に受かったり、とてつもない発明をしたり色々なコンテストで 優勝したりなどの輝かしい業績を手にする「ギフテッド」の子が表に出て くることがありますが、確かに中にはそうした子も一握りいれば、 「目につき易い結果」からは程遠いような子も多くいます。 》 ― ▼ TVやネット上では、将棋の加藤一二三、羽生名人、藤井聡太などが 見かけられるが、個人的には、学生時代に慶応からハーバード大に入った 人物とか、新潟で出会ったのが、慶応在学中に会計士の国家公務員試験に 合格していた税理事務所の息子とか… 何か傍に近寄りがたい、壊れたコップ のようで… 触ると手が切れそうな、周辺は大変だ。
・・・・ 4364, 嘘と真実 −3 2013年02月26日(火) ー『「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著』よりー 嘘といえば、超能力と霊媒である。少しは本物もあるのだろが、99%は タネがある。所詮は、思い込みでしかない。世の中の現象、嘘と真実が丁度よい 塩梅で混合している。営業活動は9割方は、これを知り尽くしたもの。絶対量と 質を持ったものが、知らないものへ都合良く誘導する。政治など、まさにこれ。 * サイキックマフィア ≪ 50年前の1961年の頃、世界心霊主義者協会の理事で、世界で最も 金を取る霊媒師の一人だったラマー・キーンは、全米各地で交霊会を催し、 神秘体験を求める人たちの前で霊視能力や念動作用、心霊療法などさまざまな 奇跡を演じてみせる。スター霊媒ともなれば湯水のごとくカネが流れ込み、 王侯貴族のような豪邸に暮し、美女をはべらせ最高級のレストランで食事をし、 一流のナイトクラブで札束をばら撒く夢のような生活が待っている。 彼がほかの霊媒とちがっていたのは、虚飾の生活に倦んで正直な生活に戻ろう と思い直したことだ。彼は『サイキックマフィア』(太田出版)という本を書き、 ‘幽霊ビジネス’のカラクリを暴露した。交霊会では、さまざまな"奇跡"が 演じられる。物体移動の実演も、そのひとつで、こんな感じだ。 会場から指名され壇上に上げられた男に、霊媒が訊く。「免許証をなくされたん じゃない」怪訴そうな顔で、男は反論する。「そんなはずはないよ。免許証は いつも財布に入れていたんだ」 「だったら、確認されたらどうですか?」 男が財布を開けると免許証はどこにもない。「お捜し物はこれですか?」 霊媒は、胸ポケットから男の免許証を取り出してみせる。もう少し手の込んだ ものがある。交霊会で、年配の女性に霊媒が尋ねる。「最近、大切なものを 無くされたのではないですか?」そして、それを出してみせる。何ということは ない。スリを雇って予め抜き取っていた。交霊会前に、広告などで参加者を募る。 霊媒は、その中から適当な人を選んで、人を雇って花を届けさせ、家の中の様子 をうかがい、情報を取る。そして、あたかも霊感があたったように、 その詳細を全員の前でいう。 ≫ ▼ 要は事前に情報をとっていて、手品のように効果的に使えばよいだけ。 どんな社会にも、神秘体験に惹かれる人たちがいて、‘本物の神秘体験’ を求めてオカルト世界を放浪する。そんな彼らのために、‘超能力’を演じ、 効率的に搾取する仕掛けができている。そしてサイキックマフィアが、 そういう連中の情報を互いに流している。キーンが、活躍したのは1960年代。 あれから半世紀が過ぎ、科学は進歩してが、そのテクニックは更に進歩した。 手品師が、こぞって霊媒師に変身していった。 ・・・・・・ 5096,遊ぶこと ー人間であること −�� 2015年02月26日(木) 〜「人間であること」時実利彦著 ある本に、44年前に読んだ『人間であること』が紹介されていた。早速、 倉庫内の書棚で探し出し目を通しているが、当時、読書録をつけてなかったため、 印象に残ったページの折り目と、傍線の箇所と、少しの書込みしか、当時の記憶 はなかった。要約をノートに記録しておく必要性に気づかなかったのが青年期の 最大のミスで。そこで14年前から、随想日記で、公開し記録として残すこと にし現在に至っている。 それ以前の20年間、2ヶ月に一度、社内報に 『事業百訓』として書いたのがあるが。『人間であること』を改め読み直すと、 考えさせられる内容。44年の経験が、その意味を理解する裏づけになったため である。 当時、こんな格調の高い?本を読んでいたと我ながら感心するが、 真に理解していたかというと、疑問である。 ここではページ順でなく、 印象に残っている部分からランダムに選んでみる。まずはー遊ぶことーより。 * 遊ぶこと ーA 〜まずは、要約から〜 ≪ オランダの分明史家のホイジンガーは、私たちの人間のあらゆる文明は 遊びから始まったみてとり、‘ホモ・ルーデンス’(遊ぶ人)という書物を 書いている。彼の論旨には全面的に賛成できないとしても、「人間のある姿」と 一つの側面を捉えている。赤ん坊は赤ん坊なりに、子供は子供なりに、大人は 大人なりに、遊びを楽しんでいる。遊びは、動物も遊んでいる。日本猿の子供も よく遊ぶが、7〜8歳でピタリと遊びを止める。しかし、人間だけは、遊びを 止めない。この答えは、脳の本質を、その仕組みに即すると出てくる。 遊びを四つの異なる精神によって演出されている。 四つの遊びにはそれぞれ異質で、その存在意義がある。 ・第一の遊びは模倣するという心にかきたてられた行動である。動物の脳は、 生まれた時、殆ど成熟しているが、未成熟な部分が模倣行動(遊び)で成熟、 発達する。よく遊ぶ動物はサルであるが、大人になると遊ばなくなる。 しかし人間は大人になっても遊ぶ。それは人間だけが遊びを必要とする前頭 連合野を発達させているからである。私たち人間は、第二、第三、第四、と あの手この手で遊びをやている。・・・ つづく ≫ ▼ 第一は模倣、第二は憂さ晴らし、第三は勝負ごと、第四は創造である。 それらは次回になるが、私の母が、『仕事も、勉強も、何事も、遊びに なるまで打ち込むこと』と教えてくれたが、第二、第三は、馬鹿でも出来るが、 問題は第四。これは人間だけが出来る遊びという。この随想日記も、 14年の時間の結果、遊びになっている。 〜つづく ・・・・・・ 5460,遊びをせんと 〜�◆〕靴咾鯏�学する 2016年02月26日(金) * 「YOUは何しに地球に来たの」 TV番組に「YOUは何しに日本に. Why did you come 」(東京放送)がある。 〜ネットで、この番組を検索すると、 【 前代未聞の空港アポなしインタビュー。一寸先は全く読めない新感覚 ドキュメントバラエティ!日本を訪れる外国人の目的は?観光?仕事?留学? …そこで我々は外国人たちの日本への玄関口、空港で勝手にお出迎えして 直撃取材を敢行。前代未聞の空港アポなしインタビューをやりまくりました。 するとそこは…面白外国人の宝庫。一寸先は全く読めない新感覚ドキュメント バラエティ! 】とあった。人生も考えてみれば、80年のツアーである。 これを「YOUは何しに、人間に」に転換した問いには、一般的には、 『働いて金儲けするためやってきた』とは、答えない。その多くは 『面白いことをして、美しい絶景をみて、美味しい料理を食べ、色いろな人と 出会い、可能の限り楽しみたい』と、答えるだろう。それに人生を重ね合わると、 答えは自ずと出てくる。何で難しそうなことを!というが、大部分の人は、 漫然として、それが分からない。それぞれが目先の目的は持っているが、 「私たちは地球に何しに来ているのか?」と訊ねても、分かっていない。 宇宙サイズからみたら、私たちは短期間で地球観光に、そう、輝く『光』を 見るためにやってきた。決して闇を見に来たのではない。世間原理主義者は、 何故か光より、自分を含めた身辺の闇に目がいき、光を見ようとしない。 とはいえ背景の闇も必要条件で、深ければ深いほど、光は輝く。 井戸の蛙、井戸の外の世界を見れないが、満天の星空を見ることができる。 この蛙に、「YOUは何しに地球にきたの?」と問われたら、 (*´д`*)ハァ 「宇宙より、井戸の外の世界をいっぱい見てみたい」と、思うだろう。 そこには、蛇も、鳥もいて危険だらけでも、世界を知る価値は十分ある。 ところで、私は「何しに人間として地球に来たの?」と、問われれば、 〔危険を乗越えて、地球上の大自然と、文化・文明、人間を可能な限り知り、 それに感動(同化)し、空(無)への機中、ああ良かったと思えるために来た〕 が答えになる。 捨身にならなければ、そう簡単に世界は広がらない。捨身に なれなかった自分が、ここにいる。面白く、悲しい、極上で極悪の世界がある。 人生は、生まれて死ぬまでの綱渡りである。 後記) 偶然だが、以下にちょうど良く続く。この偶然は何? 私たちは、遊ぶためにやってきて、遊び疲れて、帰りの機中から、ちぎれる ほど手を振って、「さらば」をしたいもの。それには、まだ、遊び足りない? いや、もう充分か? 忘れてならないのは、遊ぶだけ、学び、働くことだが。 いずれにしても、機中で泣きながら帰っていくのが人生。 (╥_╥); ゥヮ ・・・・・・・ 3624, 自己の探究 ー1 2011年02月26日(土) 「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著) ーアマゾンの内容 悩む人にも、悩まない人にも。偉大な思想家たちの思索をたどりながら、 他者や世界と繋がる自己発見への旅。モンテーニュら偉大な思想家たちの 思索を辿りながら、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのより よい関係の構築を模索する。 ーー 哲学史から、世界との関係より、自分自身との関係を重視した思想家たち、 ソクラテス、モンテーニュ、パスカル、アミエルなど、を取り上げている。 「自己」の哲学的意味を知りたい人が、その思想家を見つけるための 「カタログ」でもある。どのページを開いて、4〜5行を読むと自己に 対する意味が自己完結しているように書いてあるのが良い。 ≪ 自己への問いは、いわば、われわれに課せられてくる問いなのである。 日常に亀裂がはいり、自己の存在そのものがひとつの問題であることに 気づかされる時が、われわれに訪れるのである。ひとたびこの問題に遭遇 すると、自己は一種の棘となってわれわれを苦しめることにもなる。 ----しかし、その歩みを通じて、自己がどのような存在であり、自己として 生きることがいかなることかが少しずつ見えてくるであろう。自己への旅は、 われわれが自己の多様な側面を解きあかしていく思考の経験であり、 自分との対話や反省の試みを介して自己を掘りさげていく経験である。 ≫ ≪ 自己探究という冒険には、終わりがない。それというのも、自己は不断に 変化することをやめないからであり、自己を探究する視線にも変化が伴うから。 それゆえ、この冒険は、変化するものをめざす視線と、それ自身が変化する視線 とが交錯するなかでくりひろげられる絶え間ない自問自答の過程である。 そこでは、見えていなかった側面が見えてくる、自分に疑いなく見えていたと 思っていた側面が疑わしくなる、自分の見方の狭さ、窮屈さが見えてくる、 もうひとつ先を読む見方が自分に求められてくる、というようにして自分を 軸にした思考がくりかえされる。この思考は・柔軟性を欠けば、こり固まって 偏狭な自閉的世界へと入り込んでしまうのかもしれない。 ≫ ▼ 60歳を過ぎてから、自分では見えていたと思っていた側面が疑わしく なってきた。 老化とは偏狭な自閉的世界に入るプロセスでも。最近、 自分の中に以前から下町などで見た歪んだ顔の老人の姿が合せ鏡になってきた。 自分の老いを見つめることも自己探究。 ・・・・・・ 5826,閑話小題 〜しまった! ー現実に溺れてしまいー 13 2017年02月26日(日) * 現実に溺れすぎて恋をしたことがない老人 『ちょっと、あの老人って、現実に溺れて一度も恋をしたことがなんだってさ』 出所は忘れたが、いやに印象に残っている言葉。夢のカルフォルニア」の 思い込みと、それが女性に向かう恋愛感情は似ている。それは端的な偏見? 異性に対し、すり込んだ儚い想い。 〜いま思いつく『恋』の定義は〜 【性欲が対象を美化、昇華し、愛まで熟す前の心の状態。恋のまま終わることが 望ましい。ついてモノは皆な同じ。愛とは、破れた幻想でも耐え容認すること】 恋から愛に、そして行く先は憎しみに?ったく人間は! 現実に溺れてしまうと、 幻想の心根を持ち続ける余裕がなくなる。「青年時代、若気の至りの大失態の 経験が無いほどの失敗はない」と、今東光の名言?がある。分からないでもない… 若者に志が必要。「棒ほど願って針ほど叶う」。恋も対象に想いを抱いた幻想。 醒めてしまえば、『はい、それまでよ』としても、現実に溺れ、その機会を失い、 老いてから後悔するのも? 「後悔、後に立たず…」 ?チンモク。現実という 奴は如何に残酷か。現実に溺れ流されて行きつく先は何とも儚い漆黒の中。 せめて、若い女性に理想を見いだす恋心も、道しるべとして必要。 <面白きなき世を面白く>で、手っとり早いのが恋愛ごっこ?「出来ちゃった婚」 の結果、3組に1組が離婚をし、その半数以上が貧困母子家庭になる現実。としても、 現実に溺れてながらでも恋をすべし!が、結論。丁度よく文脈が以下に連なる…
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2018年02月25日(日)
* 本当の幸せは何かを問いかけ ギフテッドの意味とは、<先天的に、平均よりも、顕著に高度な知的能力を 持っている人のこと。 半面、大きなマイナーを抱える人もいる。将棋や、 囲碁、チェスのチャンピオンに多く見かけられる。天から非凡な才能を 与えられた少女の育て方をめぐって対立する祖母と叔父を通して、本当の 幸せは何かを問いかける筋立て。 ≪ 制作HPの解説: フロリダに暮らす、ちょっと変わった2人と1匹の家族。 7歳の生意気ざかりのメアリーと、彼女の叔父でシングルのフランク、そして “歴史上一番すごい猫”のフレッドだ。 互いがいるだけで、毎日が記念日の ように楽しい時間は、メアリーが学校へ行くことになり揺らぎ始める。 彼女には、生まれながらにして数学の天才的な才能があった。「普通に育てたい」 というメアリーの母である亡き姉の遺志に従って、フランクはメアリーの英才 教育を頑なに拒む。しかし、そこへ縁を切ったはずのフランクの母親が現れ、 彼からメアリーを奪おうとする。歴史を変える才能の開花か、愛する者と生きる 人生か ─果たして、メアリーにとってどちらが幸せなのか?さらに悩める フランクには、姉から託された“ある秘密”があった─。≫ ― ▼ モンスターの祖母に反発し、母親が自殺したが、同じことを孫にまで強要 しようとする。ところが天才だった母親が、数学の世界的難問を解いていた。 しかし、その解答を弟に託して自殺をしていた。そのことを祖母が知らなかった という落ちがある。最後は、最高学府で大人と授業を受ける天才教育の道を 歩むことになるが… この7歳の少女が私たちに教えてくれた本当の幸せって なに? の問題。 この映画の中で、祖母がいうところの凡庸な地方の小学校一年生の宿題が、 キッズによる「箱庭の動物園」つくりには驚いた。砂場の遊びと同じく、 あらゆる教育の原点が、そこに詰まっている。 そこで今、彼方60数年ぶりに想いだしたのが、小学2年の図工時間のこと。 グループの共同作業で動物の絵を切取って、糊代を下にして立体的に貼りつけ、 動物園つくりをしていたが、間違えて麒麟の首が切れてしまった。そこで、 必死の思いで、二つを重ねてノリを貼りつけて無事に立ち上げた。ところが、 それを見つけた女性の先生が、大声で、これは誰ですか? 部屋全体に鳴り 響く声を張上げた。てっきり叱られたと思ったが、実は、その知恵を褒めて くれたのである。ということは、その頃から「箱庭づくり」に似た?教育が 行われていたようだ。7歳でも遅すぎる天才教育。その間に、叔父によるベース の教育環境があればこそ。 数百万人に一人の天賦の才能、強引だとせよ、 そのコースに導こうとする祖母の考えも、理解できるし間違えてない。 それを引出す指導は、周囲の大人の責任である。 祖母の存在が無ければ、 自殺した実母の思惑どおりに凡庸の子供で終わっていた可能性があった。 どちらが幸せか? 人類最大の課題だが… 様ざまな問題が垣間見られた 映画であった。 『いちばん大切なのは、<愛する>才能』ですね。それと、『感謝する能力』。 その上に、『感動…』と、『感激…』。 これも育て上げれば才能になる。 せっかく頂いた地球旅行の人生だもの。愛し、感謝し、感動し、感激し、 深く広く、人生を味わわなければ、生きている甲斐がないじゃないですか。 天才は天才として、凡庸は凡庸でも、地球という世界を感知しないとね…。 どのみち直にプッツンだもの。元もとこのブログ、墓場のつもり。遺言かいな。
・・・・ 4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー7 2013年02月25日(月) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤勝重 (著) * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の 思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。 ≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の 食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。 その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、 最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが 美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、 義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。 隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、 食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、 「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、 義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから 美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、 その人も納得していたという。≫ ▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、 【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を 用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、 スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から 高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、 いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや 死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを 飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 読書を薦めてくれる人はいなかった。 ・・・・・・ 5095,悪夢の21世紀 ー3 2015年02月25日(水) * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�� 佐伯啓思著 (7・A) ≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で 成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。 しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを 枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て 生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。 主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば 分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを 参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も 強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。 アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは 「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、 世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。 2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」 となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。 アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」 を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、 自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と 見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この 近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、 アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが 1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。 ▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り 処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって 各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、 そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが 国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、 イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、 ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。 偶然だが、以下の文章につながる! ・・・・・・ 5825,閑話小題 〜しまった! ー夢のカルフォルニアー 12 2017年02月25日(土) * 夢のカルフォルニア スポーツジムに通い始めて6年になるが、月に20日以上は通っている。 月会費が6000円のため、日割りにして1日につき300円でしかない。ゴルフも、 スポーツジム、スナックのボトルキープも、見通しの甘い人たちの存在がある。 この本を読みこむにつれ、過去の‘しまった!’が次々と思い出されてくる。 金が有り余っていれば、それもありだが… 無いのに限って甘いのが常。 【 全米で最も住みたい州の夢のカルフォルニアに、年間220万人が引越して きて、150万人が出ていく。これが現実である。これは人生と同じで、遠く から眺めるのと近くで見るのとは違って見える。例えば、医師や健康な人を 対象に、「三ヶ月の延命のための治療を受けますか」の質問に、「受ける」 と答えた人は僅か。ガン専門医で6%、化学療法士が0%、健康な人で10%。 それが、現に命の危険にさらされている人たちに尋ねると、42%が「化学療法」 を受けると、答えた。別の研究で、重病患者の58%までが、死が近づいてきたら、 たとえ一週間でも延命治療を受けるだろうと答えた。アメリカでは発行された 割引クーポンの4割が未使用で終わる。ギフト券も同様の結果になった。…】 ▼ その瞬間がくるまで、実態が理解できないのが人間。 「その時は、その時」と、煙草を喫い続けた肺ガン患者が、その典型。 カルフォルニアで、良かった思っている人も多いだろう。とにかく、脱皮が 出来たのだから! しない後悔より、した失敗の方が、プラスの方が多い? 「若いうちの失敗は買ってでもしろ」というが。夢のカルフォルニアでも、 ハワイでも、一度は住んでみればよい。何処も変わりばえはしないことが、 分かるだけでも充分。その経験が無いと… あとは次回。 ・・・・・・ 3623, 日本人発明の食べ物 2011年02月25日(金) カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを 作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、 手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために 天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。 カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。 これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、 インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に 浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に 日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。 日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、 15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食 として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。 酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。 古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに 変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。 外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは 日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、 上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。 ・・・・・・ 4730,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー4 2014年02月25日(火) * 口ーマ帝国の繁栄と共通する国際巨大資本 〜� ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 少しテーマと違う内容だが、国際巨大資本が、ますます肥大化をしている 反面、その恩恵を受けてきた新興国も変調の兆しが出てきた。巨大資本と ローマ帝国の繁栄と衰退を類推して、その将来を見通すと・・ーその辺りからー 《 ローマ帝国が衰退した第一義的な原因は、ゲルマン人の侵攻とされています。 しかし、その背景をより深く洞察すれば、�ゲルマン人に国を取り囲まれて、 新たな領土の獲得が困難となったこと、�その結果、戦争奴隷を獲得できなくなり、 ローマ帝国の経済基盤であった農業が衰退したことーのふたつが、実質的な衰退 の原因となったことがわかります。欧州から小アジア、北アフリカまでを制覇した 巨大帝国は、ゲルマン人の武力ではなく、自らの経済力の弱体化によって歴史から 姿を消したのです。 この構図は、現代の国際巨大資本が、新興国や途上国で 資本主義の領上を拡大している姿と似ています。欧米の巨大資本は、労働力の 安い新興国や途上国に工場を設け、安価な製品を先進国に送り出すことによって 巨額の利益を上げてきました。 ローマ帝国が領土を拡大できなくなってから衰退したのと同じように、 労働力が安価な国を追い求めるフロンティア開拓式の資本主義は、いずれ限界に ぶつかります。実際に中国では、急激な経済成長によって沿岸部では人件費が 高騰しており、価格を武器に輸出を拡大することが難しくなりつつあります。 また、「リーマンショック」による世界不況で、欧米の消費は冷え込み、 先進国への輸出によって高成長を実現してきた新興国や途上国は、かつての 高成長を保てなくなってきました。これらの国々に工場を建設して製品を輸出 していた欧米の巨大資本も、同様に成長を保つに四苦八苦しています。 農産物の生産が立ち行かなくなって崩壊に追い込まれたローマ帝国と同じように、 国際巨大資本も"国際分業体制"というビジネスモデルの限界にあと10年か20年で 到達しようとしている。時代や場所が違っても、同じ状況と条件がそろえば 歴史は繰り返すのである。・・・ 》 ▼ 世界はアメリカによって実質支配されており、グローバル化などは、 アメリカ規格の基準の順守を前提としている。情報化によるネット世界も、 その大元はアメリカが握っており、おお方がコントロールされている。 近代化=西欧化だが、それが果たして幸福を意味するか?というと、どうも おぼつかない。金=神では、幸せになれる訳がない。 私自身を振り返ると、 一日の三分の一以上は、テレビかパソコン生活。確かに面白く、便利だが、 少し不自然。スポーツジムや、電動アシスト自転車にしても、これまで無かった マシーンを使った文明のリキ。せっかくだから、使わない手はないが、 それに比例して幸せになったかというと疑問である。しかし、私自身、 毎日が面白く、楽しく、時間が足りないほどで、一日がアッという間に 過ぎ去るのも確かで、近代化の恩恵を充分に受けている。 幸不幸は、近代化が云々の問題ではなく、生き方の姿勢の問題である。 現代のローマ劇場が情報機器ということか。 ・・・・・・ 5459,閑話小題 〜文枝のギャグ 2016年02月25日(木) * 文枝のギャク 桂文枝の愛人問題、落語家の有名人なら今さらの話。奥さんにシゴカレて弱気 になっただけ、で、何時の間にか消えゆく艶話の一つ。女は強(したたか)か。 「たけし」なら、ニュースにならない。それが自然だからだ。「謝罪するから、 責められる」だけの話。 降番覚悟に『新婚さん、こめんなさい〜!』と、駄洒落 をかましておけばいいのに。『独居老人になってしまう?』が、既にギャグ。 * 物忘れが・・ 最近、買ったばかりの眼鏡が行方不明。相手は眼鏡だけに、探すのが大変。 年寄の行為の過半数以上が物忘れの探しものか、そのフォローと聞いていたが、 自分が当事者になるとは。 65歳を過ぎ、一線から退いた時から、それまでの 緊張感が一挙に激滅したが、その時期から、物忘れが始まった。本格的に老いる のは、これからだから、怖ろしい限り。週に5日、スポーツジムで2時間の運動と、 4〜5時間の読書とパソコンをし、ドラマ、映画を、数本見たりしていて、これ だから無趣味だったら、どうだろう。 他人の噂話で、溜まった毒を吐くしか ないのか。その自身の毒で死ぬより、死ぬべき時に早々、逝ったほうが良い? * スポーツジム、1100回 昨日、スポーツジムのフロントでチェックインした時、 『今回で1100回になります。』と言われた。500回の時と同様、指定日以外の 日祭日の一日無料券をもらったが、何で1000回でなく1100回? あと45日で まる5年とすると、年間平均220日あまりになる。 週五日制で、盆暮、祭日 などの休館と、旅行などでの休暇を差引くと、こんなもの。当初の冷ややかな? 視線に、ヌシになれば平然としていられる。体調が改善していく手応えがある のが良い。それと雰囲気が明るく健康的で良い。インストラクターの掛声の もと、ポップスをバックに、一同で踊るような動作をすると、何故か心が弾む。 ある意味、現在の私にとっての社会の窓である。これで月6千円、一日あたり 300円は格安である。満足度は90点。 * 歯医者通い (昨日のバードウォッチに掲載分) 一年ぶりに歯医者通い。今回は週一の割合で5回で終了。歯垢をとって、 歯茎の治療。毎日、歯の間を歯間ブラシで磨いてくださいというが、これが どうも・・ で、隔月に通うことにした。 時間帯もあるのだろうが、最近、 お客の数が少ないようだ。 家内も、??科の医院に通っているが、近くに 新しい医院が出来たところ、それまで満員だった患者が激減したという。 年金生活者なら、医療費は大きな負担になる。
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2018年02月24日(土)
* 映画鑑賞 ーグレイテスト・ショーマン ‘あらすじ’を要約すると、 19世紀アメリカの実在の興行師、パーナムの半生を描いたミュージカル! 創業と挫折と再生を、家族愛を絡めたアメリカンドリームもの。 あらゆる困難を前向きに解決する筋立てが良い。しかし、そこに非難が集中する。 古い博物館を買取り、再生をしたが思惑を外れ、失敗の様相の中で、どうすれば 客寄せが出来るかの瀬戸際で、二人の子供の何気ない言葉が… 『実際に生きている奇人を集めた見世物にすれば…』の何気ない言葉にヒント を得て、奇人達のミュージカルショーに仕立て、大成功に導く。色々な個性を 持ちながら目立たないよう生きてきた人々を集めた、誰も見たことのない様ざま なショーの企画である。しかし、それも焼討などで破たんしかけるが… ―― :解説: 「レ・ミゼラブル」でも華麗な歌声を披露したヒュー・ジャックマンの主演で、 「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの実在の興行師 P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル。劇中で歌われるミュージカル ナンバーを、「ラ・ラ・ランド」も手がけたベンジ・パセック&ジャスティン・ ポールが担当した。貧しい家に生まれ育ち、幼なじみの名家の令嬢チャリティと 結婚したフィニアス。妻子を幸せにするため努力と挑戦を重ねるフィニアスは やがて、さまざまな個性をもちながらも日陰に生きてきた人々を集めた誰も見た ことがないショーを作り上げ、大きな成功をつかむ。しかし、そんな彼の進む先 には大きな波乱が待ち受けていた。 ― ▼ 創業のサクセスストーリー …幼児の頃に、両親の敗戦直後から再生の後ろ 姿をみて育ったこともあり、興行主の二人の子供の不安心理が手に取るように 読取ることが出来た。創業当初で、まず問題になるのが目先の繁盛。日銭だけが、 生きていく上の灯になる。「恒産あって、恒心あり」で、お金と、健康と、精神 (気の強さと明るさ)と、家庭の安定がベースにしてこそ大波を乗越えられる。 それがチョッとした切掛けで脆くも壊れかかる。 ソルジェニーツィンの 『イワンデニソヴィッツの一日』の中で、獄中の主人公への励ましの手紙の一節 を、今でも、鮮明に憶えている。 <人生、小説じゃないと思います。あくまで勝者が善、負者は悪です。 その為には強くならねばなりません。強くあって下さい> の言葉が20歳代後半の一時期の私を支えてくれた。そのパーナムの苦労話も、 ミュージカルで演出されており、明るい気持ちでみることが出来た。乗越えれ られたからこそ、面白かったと言えるが、舟板一枚下は、地獄が待っている。 松下幸之助が、創業当初、必死に紙に書いていた内容が、「金、金、金、金…」 だという。当然といえば当然の話。だから地元で、創業などするな!である。 創業は、既存の仕組みを根こそぎ否定することが第一歩。そこで露わな姿を 曝すのが‘生地’では…「あそこのバカ息子」と、絶対否定の対象になる。 だから遠く離れたところが条件となるか、生地ではアウトサイダーの覚悟が 必要となる。他人と同じ横並びなら生存価値がなくなるのが事業の宿命。 起承転結でなくて起承転々というが、失敗に終われば、『起承点滅』の後、 『起承転落』というより、『起床消滅』? これも『日々、是、口実(好日)』の自嘲の一つですか。
・・・・・ 3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか) 2012年02月24日(金) 宇宙は本当にひとつなのか ー1 * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない! 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。 コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、 その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。 星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、 目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒 エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを 合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。 つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる 一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。 たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが 分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ でしかない裏ずけがで始めてきた。 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを 今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、 科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、 その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、 そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。 137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が 出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。 そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の 星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。 これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの 宇宙の一つというと、根本が変わってくる。 ・・・・・・ 4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3 2014年02月24日(月) * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜� ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、 浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。 《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分 統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ 人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に 進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。 ・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど 時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」 要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間 に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間 であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長 社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。 頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ 人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。 しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的 価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》 ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー 【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、 と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる 吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。 妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。 このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、 パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、 それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。 砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》 にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。 ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。 家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、 家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので 用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。 頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】 ▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? ・・・・・・ 4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4 2013年02月24日(日) * 親しい友人は何もしてくれない理由 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる 事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている ≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような 仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も 伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の 人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに 喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に 資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は 心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人 と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の 向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その ‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫ ▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。 独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、 その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると 《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に 存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。 群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって 「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。 半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。 何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす 貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も 必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。 ・・・・・・ 5824,閑話小題 〜金正男の暗殺劇、何か変? 2017年02月24日(金) * 金正男の暗殺劇、何かチグハグしてない? 〜この事件が起った直後に、以下の疑問を書いたが没にした文章〜 【 もし北朝鮮ではなく某国?の陰謀とした仮説をたてたら如何だろう。 尤もらしく見せるため、中国以外のマレーシアの飛行場で第三国の女を 使った暗殺劇。あの無防備な男を、北朝鮮が稚拙な手段で公然とやる? 毎日のようにシリーズの刑事ものドラマや、スパイ映画を見ているためか? 何か釈然としない。 5年前からの計画?と、事実のように流されているが、 某国の陰謀としたら、ドン様、怒り心頭で何をしでかすか? その辺りが 狙いなら、TVで毎日のようにみているスパイ映画並みのシナリオ。 近く大規模の米韓合同訓練の予定がある… 「某国」とは、韓国、中国、 米国、ロシアの何処か?を考えみれば、これ程、陰湿で効果的ストーリーは ない。ロシアが物語として一番、陰湿で面白いが。 現地のマフィアへの 暗殺の丸投げの仮説は、さもありなんと思われるが… マフィアも蔭の存在、 これほど危険な仕事は請負うことはない。ということは、北が、このレベル が精一杯だったということ? 】 ―― ▼ あと講釈すると、ドン様と4人の取巻きの女たちのインテリジェンスなら、 これが精一杯?ならば、こんなもの? 危ない状況が刻々と近づいている ため冷静になれないためか。中国も親指人形と割切ったとしても、見逃すこと が出来ない事態まできている。最大の誤算は監視カメラが、ことの顛末を録画 されていたこと。それが世界に向けて公開されたのだから、関係者は粛清されて 然るべき。カーター元米国大統領が、原子爆弾阻止のための朝鮮戦争を、阻止 したのが良かったか悪かったのか。あの肥満は5年辺りが寿命としても、ちょと 長すぎる。今のところ、北朝鮮の瀬戸際戦略の一環とするシナリオが一番、納得。 <韓国の98%が、「韓国人である」ことに恥ずかしく思い、70%の人間が海外に 脱出したい!再び韓国に生まれたいと願うのは30%。> 日本人が自国に対し考えられない数字だが、隣国が、この有様を考えると、 さも有りなん。日本も南北に分断されかけたが、日本贔屓の蒋介石が身を挺し 阻止したという。アメリカ、北朝鮮、韓国、中国、アメリカ、ロシアを隣国に する日本で、憲法改正、原爆保持は「絶対必要条件」と確信している。 ・・・・・・ 5094,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月24日(火) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * タガメ女度チェック カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。 まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか! ☆ タガメ女度チェックシート 1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる 2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける 3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール 5.習い事に夢中になっている 6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい 7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地) 8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ 9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。 日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ 10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている 11.結婚願望は強かった(強い) 12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす 13.アルバムが充実している 14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ 15.ディズニーランドが大好き 16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる 17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる 18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ 19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす 20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない ・0〜4:タガメ女度20% ・5〜10:タガメ女度50% ・11〜15:タガメ女度80% ・16〜20:タガメ女度100% ▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、 タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%? 「このオレに あったかいのは インコだけ」 「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。
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2018年02月23日(金)
閑話小題 〜夫婦で目安の預金が3000万円
* 夫婦で目安の預金が3000万円 何か論理に飛躍があるが… 朝日新聞にシリアスなテーマがあった。 < 65歳の夫婦の場合、90歳まで生きるとすると、3000万が必要! > ドキッとする内容だが、これだけ持ってないと枕を高く寝てられないという内容。 「だから、どうした」の話は欠落している。あくまでも、計算上の三段論法。 「65歳の無職夫婦の平均年金が255万で、支出が321万で。90歳−65歳の25年で、 66万の赤字で、年70万のマイナスとして合計1700万と、その他の車の修理、 家の修繕、など特別経費で1000万として合計3000万という論理。概ね長生きする 妻の立場からすると、考えておくべき深刻な話。 とはいえ、金欠で餓死する という話でもない。 ▼ 一世帯平均の預金が1700万というが、均したボリュームゾーンの真中は、 400万で、3割は預金ゼロという。400万なら、毎年、マイナスが66万なら6年で 底をつくことになる。一週間前に、近所に救急車が一日、4回も来たのが不思議 だったが、数日後に、この記事を読んで、「金欠のため搬送後に、逃げるように 帰ったのでは?」という考えが頭によぎったが、これは一方的な妄想?だが。 私が預金ゼロなら… 健康で、そこそこの準備は必要だが、死んでしまえば、 経費ゼロ。 アテネの時代から現在の欧米社会に至るまで、3%の特権階級、30%の市民 階級と、67%の奴隷階級が存在してきた。三分の一の人達には2〜3千万の 預金が、未満の人達には概ね400万ぐらい、0〜100万が、三分の一を占める。 グローバル化、情報化社会で、今まで、表に出なかった階級社会が、面前に つき付けられてきた。これで朝鮮戦争などの有事があれば、更なる厳しい 現実に直面することになる。 ―― * 面白い写真! Yahoo!で、見つけた面白い写真。 デジカメ機能が進化し、小型化、格安化したため、多くの人がデジカメを 常時、保持してシャッターチャンスが持っている。日常の中で、中で思いもよら ない「面白写真や、ビデオ」が、YouTubeを中心の投稿される。これはYahoo!に 合ったものだが… 《 オジロワシの頭の上でハヤブサが“スキージャンプ”−。 北海道・十勝の音更町在住で会社員の安斉芳行さん(56)が豊頃町内で、 2羽の猛禽類が縄張り争いをする珍しい瞬間の撮影に成功した。頭の毛をつかみ、 やや前傾気味に体を伸ばした様子はまるでスキージャンプの飛行姿勢のようだ。 写真は9日に撮影した。街路灯に止まっていたハヤブサとオジロワシを発見し、 新しいコンパクトカメラの試し撮りを兼ね構えたところ、飛び立ったオジロワシ を追い掛けてハヤブサが威嚇を始めた。背中の毛をつかんだハヤブサはそのまま 乗りかかるような態勢で飛行した後、上空へと飛び去っていった。》
・・・・・・ 3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3 2012年02月23日(木) ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。 ≪「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段 になって、買ったものが買い物袋に入っていない(しかも10万〜15万円分 足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・ セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで 契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。最近は、成人病でポックリという のが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる 確立は2割である。それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打 をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。(詐欺的)要素を持った商品を セールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社ビルが 立派なのは、顧客を信用させる小道具のため。国家予算と保険の売上が同額 というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。 ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の 岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条 一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう 二、加入は必要最小限、を心がけよう 三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する 四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ 五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けは避けよう 六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう 七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう ◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされた。 それが保険勧誘員。「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」 と勧誘されたと嬉しそうにいう。「典型的保険セールスのキャッチじゃないか。 カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったん じゃなだろうな」と、私。 断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。 保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも法律の限界を 守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。 マスコミも広告もあるので、それに触れない。私の両親は、数千万はゆうに 払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に 食い物にされていた。
・・・・・・ 4361, 嘘と真実 −2 2013年02月23日(土) 「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著 * うそつき この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。 この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、 自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。 特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈 をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。 だから生きていられることもある。 ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。 「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》 「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」 《犯罪者の起点は、ここから始まる》 「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」 《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》 「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。 うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》 「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の 自己欺まんを代弁することもある」 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。 これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 現在の国内政治にも心当たりあり! 》 「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」 《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》 「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」 《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》 「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》 「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」 「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》 「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、 正確な歴史的事実など重要ではないということもある」 「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」 《リアルのウソが効果ある》 「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、 「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。 「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。 ▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、 本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。 利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。 ・・・・・・ 5823,閑話小題 〜しまった! ーああ勘違いー 11 2017年02月23日(木) * ああ勘違い <第6章「フレーミング〜ああ勘違い」> ・「日常の多くのもめ事は間違ったフレーミング(問題を捉える枠組み)が原因」 解) 相互理解というが、人は相互理解など出来るのか? 自分の思いこみ (偏見)を貼り付けているだけで理解など出来ようがない。認識は、「主観が 対象を従えるのであって、客観に主観が従うのではない」という道理。 フレミングの共通化など、土台無理の話。烏合をフレーミングと勘違いした衆。 楽で、寂しくなく、温もりがあるが… ・「600人のうち200人‘助かる’選択肢が、400人‘死ぬ’選択肢より 好まれる」‘助かる’方が、‘死ぬ’より、2倍の言葉のインパクトが強い。 解) 言葉の持つ魔力。政治家が、言葉の持つ、効果を利用する。 ・「結果が出るのが先であればギャンブルも辞さないが、すぐ出れば慎重になる」 解)宝くじのキャンペーンは、長いほど、売れゆきが良くなることになる。 ・「ローン案内に女性の写真を載せるだけで利率を5ポイント下げたのと同効果 があった」 解)韓国では整形が普及しているというが、少しバランスをなおすだけで、 売れゆきが増えるというのも、ドラマのヒロインが美形=正義のバイアスが 強いため。考えてみれば不思議だが… ・「アンカー効果(問題に直面した人は答えを一定の数字に結びつける。 「セット価格」や「一人何個まで」など)」 ―― ▼フレーミング効果で、英国の研究者が行った実験。《食品店のワインの選択に、 同じ値段の辛口のワインを並べて、フランスとドイツの音楽を隔日に流した。 その売れ行き結果が3〜4倍も流した国のワインが売れていた。当人たちは、その 影響に全く気付いてなかった》という。 如何に人間はバイアスで捻じ曲がっているか、ということ。だから、バカンス などで、日常から離れて、捻じれを自覚する必要がある。30年の新潟〜長岡間の 新幹線通勤が、地域間のバイアスの矯正をしていたようだ。20年間の年2回の 秘異境旅行も然り。で、地元バイアスを通すと大変な人!どっちが?、どっちも! 秀吉の辞世「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」 天国も地獄も現世にあり。 それもまた夢…とすると、刹那に味わうしかない。 勘違いのままの夢の中で良いのかも。所詮は、娑婆は娑婆!シャボン玉のよう。 ・・・・・・ 5457,閑話小題 〜政治を哲学する 2016年02月23日(火) 「世界の哲学思想」小須田健著」より * 政治に対して哲学ができることは? 政治には、烏合の衆をまとめて理想の世界に導く役割がある。そのためには 哲学が背景になければならないが、目先の力学も必要になる。政(まつりごと) を治めるのが、まず第一になる。ここで「政治とは様々な意見の対立がある ことを前提とした上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指す」と、 明示している。 高度成長期には、成長を。低成長期には、低成長の政策を とるのが政治。哲学は、それらを鳥瞰した視点を持たなければならない。 だから哲学からは安易な答えは出してはならない。 ここで、政治についての 本質をズバリついている。 〜その辺りから〜 ≪ プラトンたち古代哲学者が活躍した時代から現代にいたるまで、哲学の扱う 問題はあきれるくらい変わっていません。もともと哲学とは、千年単位で思考 する営みであるため、一年や二年といった短期的な問題に答えていくのには、 あまり向いていないところがあります。つまり哲学とは、政治や社会や、急務な 課題に答えるものではないのです。 では哲学が、政治や社会問題に対してまったく無力かといえばそうでもない。 哲学は、どんな問題に対しても安易に答えを出してしまう私たちを戒め、 自制を促す力をもっています。数学の問題のように、ただひとつの明確な答え が領域が確かにあります。しかし、現代の、政治・社会問題には簡単に割り 切ることのできない問題が山積しています。また、どんな問題にも正解がある はずだと考えることは、危険な一面も併せもちます。このような人は、正解だ と思えるものを見出したとき、それを錦の御旗のように振りまわして、自分以外 のすべての立場を否定する態度にでかねないものです。確信をもって他人を批判 する人々は、もはやその自分の確信そのものが誤っているかもしれないという 可能性をすっかり失念してしまいます。ある時点で正解と思われたものが、 いつまでも正解であり続ける保証など、どこにもありません。ですから、 「もうこれは正解でなくなったのではないか」と、絶えず自己吟味をして、 自分対して批判的な目をもち続けることが大事なのではないでしょうか。 これはけっして日和見の勧めではありません。わかることはわかり、解決できる ことは解決していくべきなのはいうまでもありません。「今の自分にはわから ないことがありうる」という観点を保ち続けることが大切なのです。 哲学は、けっして万能の解決策を教えてくれる学問ではありません。 むしろ、適切なかたちで問題を提起してくれるのです。適切なかたちで問題を 提起することができれば、そのときに解決もある程度見えていることでしょう。 なんにでもわかったような顔をするのではなく、わからないことはわからない と素直に認める潔さもときには必要なのです。 民主主義の基本は、自分と遅う意見の持ち主の存在を認めることにあります。 ですから野党が存在しない一党独裁の国には、どういいつくろってみても本来の 意味での自由はないので。政治とは様々な意見の対立があることを前提とした 上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指すのです。フランスの哲学者 スポンヴィルの言葉を借りるなら、「みんな一緒でエゴイストになれる」道を 模索するのが政治です。哲学的思考は、常に他の答え(正解)も在り得るのだ ということを認識させてくれるものなのです。・・・≫ ▼ 世界はキリスト教とイスラム徒の原理主義戦争の様相を呈しているが、 これは、中東と、欧米の風土の違いからくる宗教観の違いがある。砂漠では 家長が絶対的権力をもって、家族を導かなければならない。過酷な環境では、 民主主義や個人の自由の主張はマイナスになる。イスラム原理主義を強引に 推し進めようとするISが、猛威をふるっているが、これを欧米に持ち込もうと しても、土台無理がある。とはいえ、欧米の世界支配で、中東などの世界から 資源を奪略してきた現実と格差が、ネットで公然となってしまった。それは 民族間の相克であり根が深い! 21世紀の世界大戦は、既に始まっている? 世界恐慌、格差問題の露呈、世界大戦の図式が不気味に現実になろうとする。 ・・・・・・ 5093,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月23日(月) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 〜深尾 葉子(著) * カエル男度チェック 有難いことに、タガメ女と、カエル男度チェックシートがある。 まずは、☆カエル男度チェックシート ( )内は、私自身のチェック 1.パートナーや家庭を大事にしている (○) 2.周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられる(?) 3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」の言葉がでている(×) 4.住宅ローンを組んでいる(×) 5.月の小遣いは一万〜三万円と決まっている(×) 6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは 憂鬱というよりもウキウキしている(×) 7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×) 8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×) 9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(?) 10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(?) 11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(○) 12.部下の指導力には自信がある(?) 13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(×) 14.酔うと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言う(?) 15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(?) 16.渡辺淳一の小説が好きだ(×) 17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をいう(×) 18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(×) 19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(×) 20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(×) ☆ あてはまった項目の数で、 0〜4:カエル男度20% 5〜10:カエル男度50% 11〜15:カエル男度80% 16〜20:カエル男度100% (?)を0・5として加えると、私のカエル度 30%? 主観と傍目は違う? だから共生していける!いや、共演? 実演?
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| 6189,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −2 |
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2018年02月22日(木)
* 私自身は運が有る方か 「運」のつくり方や、幸福論、精神論などを40年、いや50年も学んできた 割には、さほど運があったように思わない。かといって、高度経済成長期の 時代に、20、30歳代を過ごせただけでも、いや人間として生を受けただけでも 幸運であった。特に、終戦直後の廃墟に、この日本に生を得ただけで、いや、 人間として生を受けただけでも奇跡的幸運に巡りあえたことになる。哲学的で いえば、「存在論」の『存在の不思議』の問題につながる。 朝日新聞のテーマの質問、「自分は運がいいほうだと思う?」に対して、 7割の人が、「運がいい」と答えには、実は驚いている。7割が、この幸運に 気づいているからである。 人生を振返ってみると、何度も危機があったが、必死に取り組んでいる内に、 何時の間にか乗越えていた。改めて、危機だった事象を振返ると、実に危ない 難関があったが、幸運にも、咄嗟の判断で乗越えていた。 <一つの事故の背景に、30倍の似た危機がある。> の通りである。 「間がさした」の真逆の幸運で、運が良かったとしか思えない危険の連続。 母親の口癖が『私には、3歳の頃、亡くなった父親の守護霊がついている』。 それに対して、「そう信じることで、何か内から幸運に向かう力が働いて、 幸運に導いている」と考えていた。 はや7年になるが、会社清算とはいえ、倒産は倒産。 資本主義社会では、 経済的前科者にあいなった。 その時の反応が何とも皮肉で面白かった! マイナー?な人ほど、掌を返してきた。 実は、そこに、その人の不幸のタネ が明確に現れ出ている。人を妬めば穴二つ」の別バージョンが、そこある。 カラスと同じで、弱ったから、攻撃する。相手の傷口に、自分の傷の血を塗り たくり、己の不遇の鬱憤晴らしの本性が透けて見えてくる。不幸系、不遇系 のマイナス度が深いだけ、辛辣になる。批判、非難で、神様になったり、 判事や、検事だったり。弁護士役など、誰も見当たらない。そこで、自分だけ でもと、ここで『日々、是、口実』として自己弁護しているが、それは笑い タネになる。自虐、露悪の私にとって、憐み、あいみたがいになる。 〜そこで、熊、寅、八つぁん、大家さんに再び、出演してもらいます。 ―― 大家: 八つぁん、あんた、運がいいと思ってるかい。 八つぁん: 決まってるじゃないか。幸運というのは、幸福につながる。 私が幸福でなくちゃ、誰が幸福というんですか。過去を振り返って、 2割方は不幸を抱えていたね。 大家: その位の割合で、不幸を抱えていた方が良いんだよ。私もその位さ。 で、 熊さんは、どうだね。 熊: 俺って怠け者だろう。働きは悪いし、カミさんと共働きで、陽気だから 助かっているんだ。両親とも、教育が無かったのを、そのまま、引継いで。 寅は、その点、少しでもと、耳学問で知識を得ようしているね。 寅: 子供の頃に、勉強してこなかったのは駄目だね。この歳になって、 小、中学校の教科内容って生きる上の最低の知識だったんだと反省しきり。 八つぁん: 時代背景の良し悪しもあるけど、家系と、姉弟構成の立ち位置も 大きいね。条件、状況そのままが原因というけど、本当だね。 「運」というけど、「運命」以前に、「宿命」の問題があるね。 熊: その違いって何? 八つぁん: 宿命って、本人の努力では克服できないこと。遺伝的な… 運命は、努力で克服出来ることさ。 寅: そう思って、努力をしたけどね。あの親の子供じゃ無理だよ。 でも、何か運だけは良いんだ。賭け事には運があるよ。 熊: 何んだ。勝った時だけ吹聴し、負けた時は、フテ寝じゃないか。 差引ゼロと言ったじゃないか。 大家: あれだけ楽しんで、タダなら、それで充分さ。でも、そのエネルギー を、教養に向けていれば、後悔も少なかったさ。御前は、遊び5割に、 働き3、学びが2割。 熊は、遊び7割、働き2割、学びが1割りさね。 それも、この長屋住まいの御蔭で、道を外れないでいられるんだよ。 八つぁんは、どうだろう。遊びが5で、学びが3で、働き2。 働きは、バブリ過ぎがあったしね。4・3・3だったのにな。 甘いか、しょうがない、八つぁんの親指人形だからさ。ったく。 八つぁん: 有難いことです。この長屋の住人になれて幸運です。
・・・・・・ 5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー� 2015年02月22日(日) * 『悼む人』が良かった ー� 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、 私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。 小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ 育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。 5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。 家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。 それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている! 『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。 撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、 失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、 『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、 確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』になる。 その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。 中原中也‘帰郷’の一節 「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」 が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。 ・・・・・・ 5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2 2016年02月22日(月) * 逃げるから怖ろしいのだ ー2 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。 「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい} 「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」 「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」 このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。 「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から 始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」 「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。 彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、 <温かいもの> を受け入れる。』とか、 『友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている 内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えていれば、 その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情のコントロール は非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、自滅するのは、 感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、取りあえず戦い 続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。 好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを 加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。 「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」 の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、 巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても? で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。 脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。 ・・・・・・ 5822,閑話小題 〜しまった! ー人は皆、うぬ惚れの生きものー10 2017年02月22日(水) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 人は皆、うぬ惚れの生きもの 金沢に勤務していた時の会社のNO2に教わった言葉、 <創造の一歩は、自己能力の限界の設定>があった。それが何時の間にか、 うぬ惚れて、小隙から船が沈む諺通り…この有様。創業とは、小さな隙間に 的を絞り、バブッテ、破裂する一環。以前は平均30年だったが、今では10年。 自信喪失も、うぬ惚れも人間の持つサガ。その一環を経験してみたが、深い 甘塩っぱい味がした。 例えると何だろう?味の素をそのまま口にしたような。 健康食品など多くの事業が、この人間の性癖を利用している。 懲りずに再び健康食品を使いだしたが… 〜その辺りから〜 ≪私たちは自分を他人より上だとうぬ惚れて生きている。このバイアス(偏り) が多くの過ちの種を宿している。行きもしないスポーツジムの会員権、リゾート マンションの共同利用権の購入。初期だけの低金利のクレジットカード。こういう 傾向を研究している学者が一般的な結論に至った。 <人はおよそ誰もが自信過剰である。例外は、じつは現実的な自己認識 をしているという欝状態の患者だけだ。> アメリカで大きな成長をしてきた「ニュートリシステム社」がある。その株価 が大きく上がったのは、その呼び名を借りると「シリアル・ダイエッター」― つまり体重を減らそうとして失敗してきた人たち。大半(80%)が、平均年齢が 44歳、体重95キロ、大方の減量目標が27キロだが、結局9キロしか減らない。 10〜11週間でギブアップが通例。では、何故、会社は顧客が失敗し、会社が成功 したのか。他の企業と同じように、人の自信過剰につけ込むすべを学んでいたから である。人が実際にすることでなく、人がすると信じていることで、この会社は 成立っている。ここでも、有名スポーツ選手を広告塔にしている。ただし広告を よく見ると、重要な?の単語から成る免責事項が、小さな字で書かれている。 「結果に個人差があります」と。≫ ―― ▼ ネット検索によると、<日本にもフランチャイズで、2009年10月にハウス食品 より発売された「ニュートリシステムJ-ダイエット」だが、2年で全サービス終了 という結果となった。>とあった。こうした本が日本で出版されると、ハウス食品 が効果のないことを分かっていてフランチャイズ契約を結んだという悪いイメージ がつくため、サービスを中止にしたようだ。大志を抱き、何とかカタチにして、 うぬ惚れの小隙がバイアスとなって、はい、それまでよ>も決して悪くない。 どの道、死んでしまえば、それまでの人生。神様が存在するのではと思えるほど、 丁度よい味ある結末を与えてくれたと我ながら感心する。外には飄々と風が吹く。 ・・・・・・ 3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2 2012年02月22日(水) 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、 3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに 誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。 愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、 家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、 後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。 それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一 も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ (文春新書) 岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する 【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、 決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70) * 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に 関して理解していない。 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを 張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を 販売してきた(p.43) ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46) ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189) ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障) 2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障 3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】 * 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。 ・・・・・・ 4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」 2014年02月22日(土) <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 > * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。 これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに 気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー 《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・ 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》 ▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。 * 記憶のモザイク 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに 入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある 写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を 思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に 戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、 同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、 広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。 自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。 「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、 現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、 検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である 当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが 印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、 痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、 ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。
・・・・・・ 4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ 2013年02月22日(金) * 久々の百均ショップ 仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で 一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、 材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を 紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、 この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから 欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。 子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。 で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、 出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。 成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は 私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。 ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので 衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。 * 久々の夢の中の母 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。 それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。 夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では 呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が 母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から 特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、 あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを 見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、 そこに戻っていくのか。
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| 6188,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1 |
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2018年02月21日(水)
* 自分は運がいいほうだと思うか? 先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。 〜要旨といえば〜 < 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく 「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、 「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、 そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に 行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、 今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い と答えるという。 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、 良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って いるためという。 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、 努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。> ― ☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、 ・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。 ・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。 ・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました ― ☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。 正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事 の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず… ― ▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、 <何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。 …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。 〜つづく ・・・・・・ H0605 般若心経のすすめ
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、 般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。 今まで何万回唱えただろうか。 当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。 二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より) 直観した事を列記すると �ー�分サイズの時空を超えた一つの視点をえた �⊃澗_擦貿板垢�あっている(リズム) ��α波がくみこまれている �ぁ版亜匹�この中に入っている �イ�寺・神社等で唱えるとTPOとして、 その場のイメージが鮮明に残る ��情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、 結果として“運=無意識の判断”を左右する �Г海譴鬚�り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、 自己の中にその中空がつくられる ��夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、 等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で 「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」 のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、 少しでも近づける様な気がする。
・・・・・・ 2016/09/25 閑話小題 〜幸運の人と、不運な人 * 人は、すべからく幸運である 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。 ・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。 ・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。 ・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、 そして、6%、3%、1%にと。 ・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。 ・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。 ・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。 ・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)
・・・・・・ 5044,生と死をめぐる断想 ー1 2015年01月05日(月) 『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著) * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世 ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、 3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する 知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が 増えている。 ー まずは序文の冒頭からー ≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。 詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。 この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。 色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、 色は色(しき)空 空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と 教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。 時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。 それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では 「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と 聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。 「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を 表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての 教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。 團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと 吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、 骨髄移植をしていた。・・・≫ ▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、 とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世! 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 ・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。 ▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、 情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」 が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。
・・・・・・ 5433,人生で最も大切な技術 ー�� 純粋意識 2016年01月30日(土) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 心の本質、純粋意識の経験 仏教の教えの真髄を、欧米人向きに説明するための、「純粋意識」が、明快 でよい「色即是空 空即是色」の心境が「純粋意識」であり、修行の一つが、 座禅になる。それにしても、明快な解釈である。 〜その辺りから〜 ≪ 心の中には、絶え間なく流れ続ける思考の流れがあるという、それまで 一度も気づかなかったことが見えてくるだろう。好むと好まざるとに関わらず、 感覚、記憶、想像から生まれる無数の思考が人間の心を永久に流れ続けている。 ところが、人間がどのような種類の考えを抱こうとも、心の中には、一つの 特質が存在している。それは、あらゆる思考の基礎をなす根源的な意識である。 それは心が安らかな稀な瞬間にしか現れず、ほとんど動かないが、心の知力が そのままそこに残っている状態でもそこに存在している。この単純に解放された 自由な存在は、「純粋意識」と呼ばれるものである。心を構成する内容が不在 でも、それだけは存在しているものだから、純粋意識と呼ばれるのである。 心が心を観察する作業を一段深めると、この純粋意識とその働きによって 生まれる思考を経験するだろう。純粋意識は必ずそこにある、としか説明の しようがない。この思考には生まれつき備わった性質があるのか。 特別に存在するのか。 答えは否である。 では、色や形はあるか。同じく否である。そこに見出すのは、知(無知の反対 の意味での)の本質だけであるが、それ自身には本質的な特徴はない。純粋意識 に突入すると、心に本来備わっている中身が空の状態を経験する。この思考 ゼロの考え方は疑いもなく、西欧心理学には馴染みのないものである。 「思考をゼロにする目的は何か」 「第一、怒りなどの強い感情や考えが生じたら、何が起こるのか」。 確かに、強い思考には誰でも簡単に屈しそうになる。なぜなら、人間を不安 や無分別にさせ、時には暴力的な発言や行為に走らせ、他者を苦しめ、やがて 後悔する結果を生じる、無数の新しい思考を増殖するのがこの強い思考だから。 このような雪崩現象が起こらないように、怒りのような激しい思考そのものを つぶさに点検すれば、それが最初から煙や鏡のような存在でしかなかったこと がわかるだろう。純粋意識から生まれる思考は、純粋意識に再び吸収される。 それは海から生まれた波が再び海に消えていくのと同じである。この原理が 理解できれば、心の平安に向かって大きく前進することができたといえる。 この瞬間以降は、思考が心の障害になる毒素が弱まり始める。この手法を習熟 するには、一つの思考が浮かんだ時、その考えがどこから来て、いつ消えるか、 どこに行ったか、を自問自答することである。取り留めのない散漫な思考に 妨げられない、この短い瞬間に、心の本質を熟視するのが良いだろう。 過去の考えが沈黙し、未来の考えが未だ起らないこの瞬間こそが、光り輝く 聡明・純粋な意識の存在を気づかせてくれる。その意識は、頭で組み立てた 概念的な構築にへつらうことがない。この純粋意識を実際に体験することで、 仏教がいう心の本質を次第に理解できるようになるのである。≫ ▼ 純粋意識で純粋意識を説明しているから、スッと理解できるのか。 般若心経を忘我の状態で唱えている状態が純粋意識。では、仕事に 没頭の状態は、どうだろう? 少し違うか。 以前、大きな決断をする直前の 眠れない夜の二時半が、純粋意識に近い状態になっていた。その時、さあ、 どうする?と。 それでも、多くの間違いがあったが、自分としては、 考え尽くして決めたことと諦めがつく。思考の果ての、思考ゼロもある。 これも純粋意識とチト違うか。
ーH0407高野山へ旅してー 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。 初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。 また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのもの。 翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に 千年の歴史の深さを感じた。何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠、 伊達政宗、前田利長、豊臣秀吉等の墓であった。 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄 の墓であった。県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の 天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。 この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的 なものである。その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげて おり、奥の院そのものという感じであった。 秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間” (関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せ つけられたようであった。高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。 ーH0407霊的体験ー 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を してみた。死後一週間後位か妙な夢。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身 (父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感 できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった! という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。 その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母が スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが 幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
―――― ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、 六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。 度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。無知と若さの為 平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい 思い出になっています。 (私) −禅とは一言で言うと何ですか? (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの 雲頓庵の禅師との対話 (私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづく わかりました。 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。 世間も理屈もあるものか! (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。 頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたき こわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。 ーS6307ー 人生は雷光なり 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、 実感として“人生は雷光のようなものだ” 以下字数の関係でカット2008年8月20日)
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2018年02月20日(火)
* 『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義 『男はつらいよ』のシリーズ48作全てをみてきた。それに加えTVの放映で、 それぞれ2〜3回はみている。マニアックほどでもないが、同年代からしたら 多いはず。アウトサイダーの生き方に同調するが、何か許されてしまう甘えも 自分をみているようである。 〜ネット検索で調べると、 《 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子 に故郷の葛飾柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。 毎回、旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして 成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。 主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。》 《 松竹によって1969年(昭和44年)から1995年(平成7年)までに全48作が、 1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。渥美の死去により、1995年に 公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。 》 《 参道の中ほどに一軒のだんご屋がある。「とらや」を名乗っている。 当初は「柴又屋」といった。のれん、売り台、立看板などを持ち込んで店の 中から表の参道向きのカットを撮った。年に二回も撮影があるんだからと 気安く、大きく重い売り台を小道具係が置いてきた。店でも便利なので そのまま使っていた。売り台の正面に「とらや」と出ているので、通りすがり の参詣客が「あら、ここが映画の『とらや』よ」。そこで、店では、だんごの 売り台を中央に据え、屋根看板も「柴又屋」から「とらや」に変えてしまった。 宣伝部が抗議を申し入れたが、店側は柳に風。とうとう我々が我慢できず、 次の作品から「とらや」から「くるまや」に屋号を変えた。》
―― 大家: 八つぁんが、<寅のマドンナ役への想いが「恋」の典型だ>という 言説が単純明快で解りやすいんで、改めて話を聞かせて貰うよ。 、 八つぁん: 前回、ふと思いついたが、言われてみりゃあ、いい着眼点だね。 思春期そのままの寅さんのマドンナへの憧れが「恋」。「トラ屋」の親族 の面々の互いの思いやりが「愛」で、その織りなす絵柄が物語とね。 大家: よくよく見ていると、物語の奥には仏教思想が流れている。 『空即是色』だよ。俗世の欲やシガラミから解き放されて自由気ままに 旅する姿に、男のロマンの物語。 私の好きな寅さんの口上に、 【"ああ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。 そのために生きてんじゃねえか。" 】がある。 八つぁん: 高度成長時代で地方から都会に移り住み、日常に忙殺され、ふと 田舎の家族を懐かしむ人たちへの温もりを提供した映画。 私が大学を 卒業をして6〜7年、地方都市(四日市、神戸、千葉、金沢)を転々として いた時に、上映すると、必ず見に行っていた映画。 思い出深いのが、 卒業の翌年、四日市で、みた第3作 (昭和45年1月) … <オジちゃん、おばさん夫婦が、三重県の湯の山温泉へ旅行に行くと、なんと 旅館で寅さんが番頭をしていた。旅館の美人女将・志津(新珠三千代)に 一目惚れして、居着いてしまったという物語。> 湯の山温泉は、寄宿していた四日市近郊もあり、生々しい感覚があった。 大家: 御前さんも、色いろあったんだ。 八つぁん: キツカッタ時節だった。よく潰れなかったのが不思議なくらい。 でもさ、20,30歳代は、誰も多かれ少なかれ一杯いっぱいだろう。その頃、 寅さんと自分の不安定な日々が重ねってね。涙して見ていましたよ。 一番辛い時こそ、一番、良いことが足下に埋まっていたね。とにかく、 自分で事業のネタを探し、独りで、コツコツ固めていくのは、それは大変。 事業構想の絵図を何も手掛かりも曖昧の中で模索するのは、簡単ではない。 「マドンナ」への思いを横にスライドして、「事業構想」を求めるのはね。 朧げな絵柄をイメージし、構想するし、単独で実践する行為は、孤独業 そのもの。五円玉の真中に穴が開いている。その、ど真中の穴を凝視して、 その先に何やしらのヒントを探す日々。そこに得体のしれないエネルギが 沸き起こる。 寅: 面白そうだね。初めて聞く話だよ。 八つぁん: 自然と出てきた例えだよ。「正・中心・一点・無」を5円玉に 見たのだろう。真中の穴は、円玉があればこそ存在する空間である。 その空白こそ、エネルギーの元になるんだ? 寅: 何か分かるんだ、それ。棒だけ望んで、ハリだけ叶うだね。 大家: 話が、逸れたね。 八つぁん: 恋と愛の違いだろう。「恋は妄想に始まり、実行で実を結び、愛と なる」で、逸れてもいないよ。で、フーテンの寅が何か言わせろという… 〜つづく ・・・・・・ 4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1 2014年02月20日(木) * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義? ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、 何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要 だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義 であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代 資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 ーその辺りを抜粋ー 《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく 過程を次のように発展段階的に説明する。 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る �超コード化(古代専制国家) =王様が秩序形成 �脱コード化(近代資本制) =王様に代わり貨幣が君臨する ・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」 から「超コード化」までの過程が描き出されています。 ・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」 (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」 (超コード化)に発展するという流れです。 ・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。 ・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。 ・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》 ▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・ ・・・・・・ 5090, タガメ女の正体 ー�� 2015年02月20日(金) * 恋愛結婚に恋愛なし (◎ n`◎) ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。 そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。 元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では 三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、 実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。 ≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。 そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や 思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を 直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合 がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が 愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても 口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す 「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、 結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、 血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫ ▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から 目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」 で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚= 身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も! 植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。 戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・ ・・・・・・ 5454,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ 2016年02月20日(土) 『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。 怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』 と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、 オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、 「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の 変化が情動を引き起こすと考えた。 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」> 情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、 『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心 な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その 意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、 唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、 『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。 『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが 集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の 至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った 大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。 それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。 末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく 終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と 情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは 気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と 教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・ で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も) ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚) 字をとったGNP営業の典型。 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い 死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を 解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。 その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない 病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的 大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、 その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、 ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年 かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図 がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。 22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、 相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に 付け込むのが営業センス。 ・・・・・・ 3618, 忘却の整理学 ー3 2011年02月20日(日) 「忘却の整理学」外山滋比著 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、 一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに 気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに 次のようなを紹介してある。 朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。 昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、 「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事 を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事 でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。 その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。 更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした 「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを 書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの 内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男 の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。 ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。 忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても 忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。 それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、 目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく ・・・・・・ 5820,緩和小題 〜しまった! ーほら見ろよ!ー 8 2017年02月20日(月) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 後知恵バイアス 〜ほら見ろよ! 『後知恵バイアス』をネット検索をすると… 、 【自他の失敗・成功に、初めから「そうだと思った」と予言者風に感じる 人間の傾向をいう。プロセスや結果を無視し、何も行動も、決断もしない 無為の人が、結果論で人を不当に評価する。】 とあった。誰も持っている性癖だが、問題は、その濃度。それぞれの心には 壁がある。その境は、普段、多様している「後知恵バイアス」の積み重ね。 これは意外な落し穴。世間様の常用会話で、このロジックに注意をしないと、 何時の間にか仲間入り。 6年前の節目時に、「ウダツの上がらない人生を 過ごしてきた人」ほど手の平を返してきた。 可愛いものだが。私たちは、 この「後知恵バイアス」の変換用語の「ほら見ろよ」で、思考レベルを下げて きた。それが自分の失敗には、「覧の通り、そのまま結構」と呟くだけで、 原因追及をしない。しかし、その辺のボウフラが、その辺りを浅い物語として 創作してくれている。それが、『水戸黄門』『相棒』の上から目線の勧善懲悪 のシナリオそのまま。 悪役や三枚目に、『ほら見ろよ』と鬱憤を晴らし、 自己完結させるオチ。 他人事でない。『相棒』は、再放送分を週に数本は 薄笑いをしながら見ている。で、時々、相棒二人の権力者の倫理観に、引き 込まれている己にハッとする。娯楽としても、強者の立場の二人が、弱者を 裁いているに過ぎない。そのシナリオままに、「ほら見ろよ」の自己満足を。 で、「ほら見ろ」と、言う方と、言われる方の、どちらの人生を選ぶ? 当然、否応なく両方になるのが人生。少なくとも、無為の選択の「しまった!」 だけは避けたいが、それぞれ性格もある。してしまった後悔、しなかった後悔。 そこで充実感の質量が問われることになる。「脱皮できない蛇は‘畜生’と 言い残して死ぬ!」ですか。私には「しまった!」より、「ったく!」が合う。 ・・・・・・・・ 3253, 置き引き…? 2010年02月20日(土) 一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、 最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って 帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした 男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある 売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、 ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを 置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと 見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと 思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて 店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。 その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを 見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審 そうな感じで、その男を見ている。 (字数制限のためカット 2012年2月20日)
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2018年02月19日(月)
* 熊と寅の恋愛談義 寅: おい熊や。最近、八つぁんのブログに、チャクラとか、愛・恋とか 小難しいことを書いているが、分かるのかい。 熊: 愛なら分かるけどね。手前のカカアに感じる愛おしさだろう。俺だって あるよ。しかし、恋となるとね。この歳でも、美しい若い女がすれ違う時に ドキドキする奴だろう。俺なんぞは、常日頃、恋していることになるよ。 寅: 御前と歩いていると、俺の方がこっ恥ずかしくなるよ。 熊: 御前だって、年増が来ると、そわそわするじゃないか。桜か、梅かの 趣味の違いだよ。 寅: 御前のような男が若い女を変な目で見つめられたら、気味悪るがるよ。 熊: カカアは、若い時分は良かったけどね。今じゃ、跡形がないけどね。 それでも何か馴染んだら、違う良さが出てきたね。 寅: え、あんなババアのどこが良いの? いや、うちも同じようなものか。 大家: 二人とも真剣な顔をして恋愛談義ですか? 何だかんだ言うけれど、 欧米も、日本も大昔から、歳とか身分など関係なしに最大の関心ごとさ。 熊: とすると大家さんも、まだ関心があるんだ。 大家: 勿論さ。今でも、カミさんに黙って、昔の女の墓参りに行ってるよ。 心の中では更に艶っぽくなって生きているよ。 寅: そういえば、公園で艶っぽい変な顔をして座っているのは、想い出に 浸っているためですか。 熊: 今度、虐めたら、御かみさん云い付けてやるよ。ったく、この色爺め。 大家: 冗談で言っただけだよ。冗談さ。でも、半分は本当さ。 でも、いい女って、年齢に関係ないね。傍にいるだけでワクワクするね。 寅: それって分かるね。熊みたいに若いのしか興味ないのは、可愛そうだね。 俺はね、兄弟ばかりで、女っ気がないから、母親のような大らかな年増 に魅かれるの。 大家: 後悔、後で立たずだよ。いや、先にだった。 熊: 年増を梅に例えれば、梅の花が恋で、実が愛になるね。 寅: 熊も、いいこと言うじゃないか! 熊: 「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」というじゃないか。 花が恋なら、見るだけで満足できるが、梅の実は梅干しにして食べられる。 大家: 御前も哲学的になったじゃないか。 「恋は幻想だが、愛は動詞」ですよ。行為の結果が愛になる。 恋の幻想から始まり、愛の行為の結果、子供が授かる。 熊: だから俺のガキは、バカでも可愛いんだ。夫婦とも幻滅しているけど、 我家は温か家族だよ。 寅: それにしても、若くて綺麗な女がくると、目つきが変わるな。 あっ、俺もそうかい。もうじき、梅と桜が開花するな! 大家: で、結論は、如何なの? 八つぁん: 今回の出演は無しと思っていたけどね。フッと「男はつらいよ」 の寅さんを思いだしたの。マドンナに恋焦がれて、最後は、失恋するけど、 相手を思って身を引くだろう。恋心が、愛に至るからだよ。そこまで純粋 で深い恋心と愛を監督は言いたいんだよ。 熊、寅には解りはしないよ。 大家: 実家の🍡団子屋の親仁が、ワシのようで、妹の旦那役が八つぁんで。、 隣の印刷屋のタコ社長が熊。で、寅が、そのまま寅役になる。熊は若い マドンナ役の時の特別出演の時になるがね。 寅: あの中の「リリー」役の浅丘ルリ子が良いねえ!恋心よりも愛を感じるね。 それと「ぼたん」という名の芸者(太地喜和子)と、大阪の美人芸者役の 松坂慶子が絶品だったな。 熊: おれ、吉永小百合と、タコの娘が好きだね。 八つぁん: 本当に暇だね。でもマドンナ役は永遠に残るから女冥利に尽きるよ。 大家: 暇だから、自由気ままにに書けるんじゃないか。金も大事だが、時間も 大事なんだよ。こんど暇をみて『男はつらいよ』の映画評をしましょうよ。 ―― 八つぁん: 二年前に、トラさんや、あんた方のような人たちが書いてあったよ! 《豊かな貧困者》 とね! 寅: あんた、さしずめ《豊かな時間持》じゃないですか。 大家: 問題は、その使い方だよ。使い方!生きた時間でこそ、 豊かな時間持と言えるんですよ。 ところでワシな如何だろう?
・・・・・・ 5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者 2016年02月19日(金) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在 「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、 「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現 する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから ≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で 苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、 彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、 大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの 路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、 このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品 などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。 チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中 踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、 大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。 焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。 彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と 無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院 の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、 「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、 おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、 しばらく考え込んでこう答えたのである。 「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」 「他には何かないか」「それ以外ありません」 かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。 「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の 言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例 しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、 と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。 物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍 に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて 罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。 世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、 躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。 スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫ ▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、 今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。 デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。 今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀 のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、 逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制 (/へ\*)")ウゥ で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。) ・・・・・・ 4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2 2013年02月19日(火) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 * 愛情空間、友情空間、貨幣空間 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、 定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを 受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。 家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。 その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を 買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。 金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という 不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。 その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値 のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 ーその辺りの要約すると ≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。 ・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 だから、愛が無くなるなどありえない。 ・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。 群れから追放されることは死を意味していた。 ・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく 理解できないのだ。≫ ▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、 現実社会を覆ってきたのだから・・・ ーつづく ・・・・・・ 5089,タガメ女の正体 ー� 2015年02月19日(木) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * 魂の脱占領化 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。 この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・ 「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に 学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻? に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、! 〜ネット検索をすると、以下の内容があった! ≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、 親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。 それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ ているかを、まず自覚しないと。≫ ≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。 それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。 『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」 ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように 日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷 をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが 「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫ ▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を 極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、 世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な 人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で 作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺 していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。 毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、 娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。 ・・・・・・ 5819,緩和小題 〜しまった! ―人は楽観過ぎる ー 7 2017年02月19日(日) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 人は楽観的過ぎる生きもの えてして、人は自分の言動の記憶は甘くなる。自分の好成績とか、楽しかった ことは憶えているが、嫌なこと、失敗したことは本能的に封印する。褒められた こと、良い成績をとったこと、楽しかったツアーなどは記憶を繰返すため鮮明に 記憶に残る。半面、失敗したこと、立ち直れない程の挫折したことは、本能が 不快として、記憶の奥底に封印する。誰の身近にも、「世界は私のためにある」 と思い込んでいる超個人主義者が存在する。私もそうかもしれないが、横に置く。 遺伝子の本質が自己保存のため利己主義に出来ており、それ故に生存し現在に 至っている事実がある。人間とて、その延長の存在でしかない。遺伝子は生物の 物体を通して生き延びてきた。 超個人主義者を注視すると、意外と幸せそう。 当人は我儘を自覚しているため、隠す業が身についている。 何事も前向きに、 出来るうち、したいうちにするが基本となっている。 一般的には、18歳までにつくられた固定観念に縛られ、その枠内だけで 生き ようとする。我儘の特質の一つが超楽観的であること。同じ生きるなら楽観的が 良いが、悲観もないと、大きな挫折が待っている。楽観3に、悲観1の割合が丁度 良い塩梅か。 <短期は悲観的に考えて失敗を最小にして、長期的には楽観的に、 しかし最悪に備えたシェルターを整備しておく> というところか。 * 「決断」は意外と底が浅い 人生の大きな岐路で、「決断」の場面があるが、これが意外と底が浅いという。 その理由が、<人には「バイアス」がかかっているが、自分にかかっていると 認めたくない心理が働く。これを克服するに、自分に大きなバイアスがかかって いるという知識と自覚が必要だが、それは土台無理の話。> これが、強固な バイアスを通した「決断」なら、底が浅いという道理になる。その為、人生を 左右する岐路には、大きな挫折か、決定的な要因が必要になる。人間は、往々 にして、「決断」が出来ずに、後に延ばし、致命的失敗を繰返す生きもの。 中・長期の決断には、準備が必要。 準備を重ねた決断はその分、底が深くなる。 <「決断」は意外と底が浅い>は、あくまで一面でしかない。そういうこと。
〜ところで、以下の内容が面白い!どのみち死ぬのだから、際ものの人生もある。 いや、アンハッピーリッチの方が幅と深みがあって面白そう。人によるか? ・・・・・・・ 3982, スポーツジムに10ヶ月 2012年02月19日(日) スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。 金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。 一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を 動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の 人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい 視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、 実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、 何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に 通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ 解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、 その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、 ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」 というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、 ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も 入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と 言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 現職を含め、お薦め。
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2018年02月18日(日)
* 羽生が劇的な優勝 スポーツジムか、休んでフィギアスケートを見るか、迷った上に、 「この試合が、日本にとってピークの試合になるはずだから勝っても負けても 見逃せない」と判断してライブで見ることにした。プロ野球の大谷のような 風貌で、怪我を克服した劇的な結末。それも60数年ぶりの二大会連続優勝とは。 こうなると、次のオリンピックで三試合連続優勝を狙いたいところだが、 ここで身を引くと、今後の人生にとってプラスになる筈だが… 〜ネット・ニュースによると ≪ 羽生結弦「漫画の主人公にしても出来過ぎ」 読売新聞 平昌五輪第9日17日、フィギュアスケート男子で連覇を果たした羽生結弦が 記者会見した。昨年11月に右足首の靱帯損傷というけがを乗り越えて優勝した ことについて次のように語った。 「開き直るしかないと思っていた。けががひどくて練習がなかなかできなかった。 漫画の主人公にしても出来過ぎなぐらい。でもこうやって金メダルを取って、 たくさんの方々に応援してもらって、色んな方々にスケートを見てもらって。 こんなに幸せなことはない。人生として考えたら、なんか変だな、と思う」 今後については、「次のオリンピックについては考えていない。もうちょっと 滑ると思うけど、みんなと一緒に滑りながら考えていけたら」と話すにとどめた また仙台市出身の羽生は、被災地への思いを聞かれて、「自分が金メダルを 持って被災地の方々にあいさつをした時にたくさんの笑顔が見られた。今度は ちょっと自信を持って、皆さんにまた笑顔になってもらえたらいい」と話した。≫ ― ▼ 熊、寅、大家さんに御足労願って話してもらうことにした。 神様: 今回、私も参加させてもらうかわりに、羽生君に憑依しますよ。 大家: 有難いことです。 熊: 10日も経った前日まで金メダルが取れなくて、シルバーコレクターと 揶揄されかけていた。いざとなると、欧米の連中、強いからね。 大家: 欧米社会は、目に見えない差別社会が厳然とあって、生活がかかってる からシリアスになるのさ。 羽生: そりゃ、シビアなもの。それも、金メダル保持が印籠になって、TV出演 の値段が大きく違うんだ。これで更に?倍になるんだよ。 熊: 1〜2回の出演料が俺様の年収と同じもんね。選ばれしものだものね。 大家: 御前は、直ぐに、その話になるけど、現実は現実。 寅: 二回ほど、手をつきそうな場面があったけど、危なかったね。 羽生: 今もそうだけど、神がかりの部分もあるけど、絶対量の練習があれば こそ、堪えられたんだ。誰かの話じゃないけど、『練習は嘘をつかない!』 熊: また、大家さんに叱られるが、これで一生、安泰だね。 羽生: そうでもないんだ。とにかく、不自由なんだ。外食も、シズラクテね。 一瞬のすきに薬物を混入される可能性もあるし。 大家: まあ、まず一個、金が取れたんだから…良かった良かった。 あと最低でも二つをとって3つを確保しないと、東京オリンピックへの 弾みにならないし。 それを考えると、6個は必要だね。 羽生: こと、オリンピックに関しては、『金本位制』が現実ですよ。 扱いが、全く違うもの。二連続の金メダルともなれば、何か恐ろしいよ。 寅: 妬みもあるし、デマもたてられるし、山高ければ谷深し、だよ。 羽生: 「こんなに幸せなことはないけど、人生として考えたら、なんか変だな、 と思う」が本心。何が怖いかというと、世間の持ち上げと、自分の慢心。 大家: でも、この年齢で、この快挙は、御立派ですよ。素直に御目出とう! 神さん有難うございます。 ・・・・・・ 5452,「楽しむ」を楽しんで哲学する 2016年02月18日(木) 【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、 ー幸福原理「美徳に基づく魂の活動」ーより * 「楽しむ」を哲学する 母親からは、『仕事も、習い事も、それが楽しみになるまで努力すること!』 父親からは、『お金は事業と仕事を楽しんだカス。カスを稼ぐため努力する のではなく、楽しめるまで苦労し熱中すること』と、聞いて育ってきた。 その背景には、仕事も、習い事も、膨大な努力があってこそ。それを続ける には、楽しみまで引き上げればよい。古美術商時の上客から伝授して貰って いたのだろう? 同じことを2千数百年前の哲学者がいっていた。 <「本物の音楽家とは音楽を楽しむ人のことであり、本物の政治家とは 政治を楽しむ人のことである。そして、楽しむのは能力のある証拠だ」> これは、アリストテレスによる洞察である。何をするにせよ、本物の上達は、 そこにどれだけの楽しみを得られるかによって図ることができるのだ、と。 【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、幸福原理「美徳に基づく 魂の活動」から考えて、楽しむとは、美徳を実現させるため、の前提がいる。 ただ楽しければよいだけでは薄っぺら過ぎる。 〜その辺りから〜 ≪ 言葉だけを見ると、誰にも存在する美徳を実現することが幸福をもたらす と見えるかもしれませんが、実際は、音楽の卓越した素質を持たない人は、 いくら努力をしてもプロの音楽家になるのは困難。アリストテレスは、個々人 に、その人の固有の素質が本性として備わっていると考えているのです。 ですから、この原理における「美徳」は、あくまでもその人の魂に内在する 卓越した素質のこと。つまり、これは「幸福を、その人の魂に内在する優れた 素質に基づく魂の活動」ということなのです。アリストテレスは、 「馬の愛好者にとっては馬が快いように、美徳を愛する人たちにとっては 美徳に基づく行為は本性的に快いものである」とします。ここで重要なのは、 彼は幸福を快楽とする考え方は否定しましたが、「美徳に基づく魂の活動と しての幸福は、それ自体として快適である」としていることです。たとえば 賭博を快楽とする人がいても、それは真実の幸福ではありません。それは、 美徳に基づ魂の活動ではないから、これに対し、たとえば理性的な思考活動は、 美徳に基づく魂の活動なので、快いものです。 再び音楽家を例として考えて みれば、その人の魂に内在する卓越した音楽的素質が開花し発揮されれば、 その人は優れた音楽を作曲したり演奏したりすることができるから、その人は 音楽の喜びを味わうことができる。その人にとって、それは本性的に快いもの。 逆に、音楽的素質のない人が無理に音楽を長時間習わされても、それは苦痛で しかありません。このようにアリストテレスは、「本来の善なる活動としての 幸福は、魂に内在する卓越した素質に基づくがゆえに、その人にとっては 不愉快で面倒なものではなく、本性的に快いものだ」と考えました。 しかも彼は、それは美しく、善き行為であると考えます。アテレーは一般的 には「徳」と訳されていますが、美しいものでもあるので、私はそれを「美」 と訳しています。≫ ▼ 「幸福の状態」を、「楽しみ」に重ねてみた解釈だが、最も濃いのを 至高体験、薄めなのが「楽しみ」と、普通は「何となく幸せ」という実感。 オリンピックの選手が、『勝負を楽しみたい』とは、極限状態の現場で本性的 から出てくる実感の言葉だからこそ価値がある。それも勝ったか負けたかでも 意味合いが違ってくる。 濃い目の「楽しむ」とは、美徳に基ずく魂の活動 なればこそ、その味が濃くなろうというもの。まあ、美徳でなくとも、大自然 との邂逅でも、至高体験は可能・・ で、三桁の至高体験と、濃い目も 「楽しみ」が沈殿した池、いや風呂が心の底にあって、何時でも入浴可能。 で、落ちがつく。それが慢性したのがボケ状態の天国? 傍は、地獄に化す。 で、以下が、ちょうど良い塩梅につづく。 ・・・・・・ 4723,哲学はなぜ必要か? 2014年02月18日(火) * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!) もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ ったく! 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み 続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた? 男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、 逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、 著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また 満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら 言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、 酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、 魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ 魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを 乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓ 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、 その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、 コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった 「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を 学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗 造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの 教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が 必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。 対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から 生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という 言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師 なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 人は己が知っていることしか知らない! (゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ o( ̄ー ̄;)ゞううむ o(´^`)o ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ ・・・・・ 4356, 閑話小題 ー因果一如 2013年02月18日(月) * 因果一如 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、 原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも 原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。 なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。 善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると 納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。 * ヨガ・エアロの場にて 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。 欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と 木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、 縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、 マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで 暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。 「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。 9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の 硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰 の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている 合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、 誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 ・・・・・・ 5818,緩和小題 〜しまった! ートランプ大統領選出は?ー 6 2017年02月18日(土) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * トランプ大統領選出は凶か吉か? 既に失権をした韓国大統領と、アメリカの新たなトランプ大統領の選出。 誰の目にも「選定の失敗」は明らか。判断するには少し尚早だが、その辺を 考え読みとってみる。 ・韓国の場合、怪しげな新興宗教の教祖が、元大統領の娘に目をつけ、大統領 に祭り上げて黒幕になろうと画策し、自分の娘を同じ学校に入学させ近づけ、 大統領の階段の誘導に成功し、大統領にさせた。その結果、教祖の娘が陰の 大統領になり好き放題。 韓国映画並みの劇場型コミック物語そのもの。 ・トランプ大統領も然り。黒人大統領と、元大統領夫人の金髪白人女候補の 世襲に不満を持つ中下層の白人層に狙いをつけ、ロシアの後方援助を得て当選。 全くの素人が絶大権力を持つと、こうなるという珍現象が日々、ニュースで 話題になっている。 二流役者から成り上がったレーガン元大統領でさえ、 カリフォルニア州知事の実績があった。それも俳優で、蔭のシナリオ作家?が 書いた大統領役を忠実に演じればことが済んだ。しかし暗殺されかけたが… それに比べて、この御人、あまりに粗末な裸の王様。TVや、ネットが、 政治的に軽いオツムを、そのまま公開することになる。気づいていないのは、 大統領本人だけ。落目のアメリカの拍車をかけることになる。 どの切口をとっても、あまりに隙だらけ。弾劾裁判の可能性を排除できない。 軽いオツムの公開といえば、「このブログも?」と、斜め後から聞こえてくる… ・・・・・・ 5088,タガメ女の正体 ー� 2015年02月18日(水) * 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著) とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、 この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない! 誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。 ≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠) 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告” があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が 実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。 いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」 そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って 腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が 僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、 『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。 この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは 夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、 とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も 上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局 従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、 バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’ をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫ ▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・ 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的 化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。 この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。 必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは!
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2018年02月17日(土)
* 恋と愛の違い この年齢で「恋と愛の違い」について考えることでないが、昨日、シネマ館 に向かう車中のラジオから二人の若い男の会話が流れていた。その一人の学生 時代の専攻が哲学科で、卒論のテーマが「愛と恋の違いについて」という。 その大筋というと、<恋は愛の前段階で、花を例えるとツボミ。開花したのが 愛という。また、恋はまだ互いの間隔が空いた状態だが、愛は家族などの肉親 愛を意味することが多い>と。それを知っていたお陰で、恋愛に冷静になれた という。成るほどと聞いていたが。私の意味付けでは、<恋とは気にいった相手 に自分の理想像を張りつけた妄想> そうでもしなければ、両親、兄・姉の生生 しい実態をみていれば、結婚を誰がするものか?である。ネットで調べると、 この二つを合せ鏡となり、人間心理の奥行が深くみえる から、まか不思議。決して軽い話でない。 <「愛」は真ん中に心があるので真心、「恋」は下に心があるので下心> だけでも酔い時のネタになる。 〜まずネット検索から〜 ――
愛は結果、恋は過程。 恋が育って愛になる。
1・恋は、一人でもできるもの。「恋をしてる」は、一人での行為です。 2・愛は、二人でないとできないもの。「愛をする」とは言いません。 恋は結局、自己愛だ。自分がそうするのと同じぐらい、相手から大事にされる ことを期待している。 それは結局、相手の瞳の奥に映る自分をこそ愛している ということなのだ。
心理学者ロバート・スターンバーグの言葉。 「愛」には、三つの構成要素があります。「情熱」、「親密さ」、「意気込み」。 「恋」には、この構成要素のうち、「情熱」に「親密さ」が加わったもので、 「意気込み」はありません。また、「愚鈍な恋」には、「愛」の構成要素のうち 「親密さ」が欠けています。 では、三つについて。 「情熱」=恋愛感情や肉体的な魅力、性的な欲望が含まれる。 「親密さ」=温かみや相手との近さ、つながり、絆といった感情。 「意気込み」=誰かを愛する決意と、その愛を維持しようとする意気込みのこと。
恋を人間的感情で支える重要な部分が、情や愛の観念、感情。つまりは 『愛や情』が存在しない『恋』は、他者から見れば利己的な欲望に過ぎない。 恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く。
さだまさしの「恋愛症候群」という歌にこんなフレーズがあった。 相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
「恋」は天気が変わりやすい山の中にいる感じで、 「愛」は凪いだ海の浜辺みたいなイメージです。
恋は溺れるもの。 愛は身を焦がすもの。
恋とは相手を独占したいという欲求。相手の特別でいたいという願望。 相手の内側に居場所を求める行為。 愛とは相手を大切にしたい、尽くしたいという感情。 大好きな相手を慈しむ生物が持つ普遍にして不変の本能。
―― ▼「一番、上質の相手と出会う機会が多い学生時代に結婚相手を選定しておく のがベスト」と聞いたことがあった。それも卒業のまじか。それらしき人が、 居ないでもなかったが、その後の様ざまな出会いからして、それでは面白く なかった…。<一人を決めると、その他の全てを捨てることになる>の言葉が 重かった。フリーハンドは、環境が良ければ、イチャツキのスリルとサスペンス が満ちてある。わずか5〜6年だったが。「恋」は塀の上側、「愛」は塀の内側。 で、大方は内側に落ちて無期懲役とあいなる。そこで脱獄か、仮釈放もあるが… ってな訳で、イチャツキをしてくれるキャバクラが繁盛するのは、それが足り なかった人が行くところと思いきや、夢をもう一度という男の方が多いそうな。 そこは仮想恋愛ゴッコで身を焦す異空間の竜宮城。 奪われるのがキャバ代。 換わりに得るのが、『愛や情』が存在しない『恋』モドキ悦楽。で、そこが 楽しいらしい。テレビ東京『 家、ついて行ってイイですか?』でキャバクラ嬢 が登場。この仕事に就いたところ、子供の頃からの様々な病気が治ったという。 客を癒すうちに、それが自分の癒しになったとか。「愛」の何かを身をもって 知ることになったようだ。 何か、真面目な切口が… <恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く> てなこと言われて、その気になって… 問題は、その後。
・・・・・・・ 4722,心を上手に誘導する方! 2014年02月17日(月) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著) *「運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは 他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、 心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、 運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが 「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。 そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、 その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、 分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。ーそのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する 妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの 人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、 それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、 ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。 調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」 と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。 しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。 その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、 紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは 百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている 被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。 一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、 ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、 運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は 私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。 ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、 新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく 心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》 ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が 悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、 このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。 ・・・・・ 4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ 2013年02月17日(日) *「今日という日は、残された日々の最初の日」 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年 この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。 60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。 残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、 それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し 実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、 「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。 そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい 生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日 が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。 面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では 自己評価は70点だが・・いや、50点か? * 常日ごろがあるということ 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。 しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々 で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日 ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、 そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが 必要になる。ところで真に味わっているだろうか? ・・・・・・ 5087,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月17日(火) まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、 収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の 人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。 〜概要をまとめると〜 ・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、 一般の価値観に捉われないことである。 ・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界 の地獄」だという不都合な真実」がある。 ・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。 ▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、 改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ。 ・・・・・・ 5817,緩和小題 〜しまった! 〜「犯罪者の容姿が醜い」説は本当かー 5 2017年02月17日(金) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か 卒業直後から女性の多い職場にいたこともあって、直ぐに気づいたことが、 美人は性格が温厚で優しい人が多いという容姿と性格の関係。子供の頃から 周囲に可愛いといわれ、男の子から優しくされ続ければ、歪みも少なく、自然体 になるのは至極当然(例外もあるが)。その逆に、マル暴事務所に属している人 たちは、確かに人相が悪い。 刑務所内で、悪党諸君と悪さ自慢をして、粗食を 食べているのと、美術館で名画を観て、美味しい食事をして、音楽会でクラシック を聞いているのとは、人相は違って当然のこと。それが何代も続いて容姿になる なら、尚のこと。 貧すれば鈍する! 恒産に恒心あり! で容姿がつくられる。 〜そのシリアスの研究が、ここで紹介してある。 ≪ アメリカの大学で、1万5千人の高校生の被験者の容姿を「美形」から、 「ひどくブサイク」の5ランクに評価する。この容姿の評価と10代の犯罪歴から、 ブサイクな若者は送った暗い青春の長期的影響は、ささやかだが、抜きがたいと 結論づけた。「容姿の劣る人は普通の人と比べて犯罪を起こしやすい。美しい人 は、普通の人より犯罪を起こしにくい」犯罪者は普通の人より醜いと。≫ ▼ 大人数の兄姉の末っ子で、幼児の頃から常に顔色を窺いながら育ったことも あって、特に女性に対する用心深さが人一倍あったような。 美形である程、 視線に対し敏感の半面、それを褒めて欲しいのが特質。しかしさほどに、人は 褒めてはくれない。だから何気なく褒めるのがポイント。表づらと内づらは違う。 逆に、犯罪者は蔑視に非常に敏感である。だから怒り、争い、傷つき、傷つける。 また老いるに従い、気づかず顔は曇り、老醜が漂ってくる。特に清潔感には注意… 大国アメリカの失敗が、毎日のニュースで御存じの… あれ。 で、偶然だが、男はすべからく、「しまった!」と後悔する。で、以下に続く! ・・・・・・ 5451,人生で最も大切な技術 ー22 幸福の社会学〜個人の特性 2016年02月17日(水) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 個人の特性 幸福は知性には関係なく、心の温かがあって、開放的、外交型タイプ に多い。精神的な人で、リラックスが直にできる人も幸福が擦寄ってくる。 とすると、私はさほど幸福ではない?いや、これを書いている時は、 リラックスし、幸せタイムだから、少なくともネット上は幸せか。 〜その辺りから ≪ ・幸福と知性は直接の関係はないらしい。幸福度は、IQテストでも、 性別や 民族でも、ましてや肉体的美しさでも測定することはできない。 ・一方、「心の知能指数」は、幸福な人と不幸な人では大きな差がある。 ピーターサロベイによって造語、解説され、ダニエル.ゴールマンによって 一般に紹介された、心の知能指数とは、他者の感情を正確に認識、配慮し、 自分自身の感情を明確かつ即座に自覚する能力、と定義される。 あるグループによれば、「幸福は、自己主張する資質と外向性および 共感する力が揃ったときに実現する」、ということらしい。 たしかに、幸福な人は、一般的に開放的である。 ・幸福な人は、自分と自分の人生をコントロールできると信じている一方、 不幸な人は、自分が運命に弄ばれていると信じる傾向がある。自分の住む環境 を自在にコントロールできれば、それだけ幸福感が強まるということらしい。 ・日常生活で見る場合、外交的人間は、内向的人間よりポジティブイベント 経験が多く、神経症の人は、安定型よりネガティブイベント経験が多い、と いう点は興味深い。人は、不運を「連続」して感じたり、自分の中に問題を 惹きつける磁石がある、と感じたりする時がある。だが、大切なのは、外向型 だろうが神経症タイプだろうが、楽観的だろうが、自己中心的だろうが利他的 だろうが、繰り返し同じ状況にかり立てるのは、究極的には自分の性格である、 という点に留意することである。 ・心が開かれた人は、困難な状況を戦い抜くのに長けている。一方、リラックス できない人が困難に直面すると、不安を募らせ、それが感情的および家族的な 問題として反映される上、社会的落伍者という形をとることさえある。 ・宗教的であるなしに関わりなく、精神的な次元は、人生の目標設定、人間的 な価値の向上、慈善、寛容、の促進の行為に役立つだろう。 ・・・(略) 人間は、病気にかかっても、病気になる前の幸福度に戻れるというガン患者の 研究により、彼らの幸福指数は、患者以外の人々の指数とほとんど変わらない ことが判明した。・・ ≫ ▼ 不幸のどん底と思えるガン患者の幸福指数が普通の人と同じとは意外。 ガンは心を閉ざすものとの思い込みがあるためである。心が開かれている人は、 それゆえに心の闇の淵で何とか留まる。とnころで、ブログを始めて暫くして自分が 大きく変わったことに気づいた。ブログは、続けていると生身の心情と、能力の 限界がそのまま露呈するが、時間とともに、そのことが、幸福感を、以前より 遥かに強くする力になるようだ。 「幸福は、自己主張する資質と外向性と共感する力が揃ったとき実現する」 で、正にブログは、ネット上で、その役割を果たしてくれ、その多くから、 幸せ感が溢れ出ているのは、そのため。
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2018年02月16日(金)
『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー �� 座禅の空間環境にはピラミッド空間は最適だろう。実家の仏間の一角に、 書斎コーナーがある。その環境が、ピラミッド・空間と似ている。仏間が 亡き先祖の魂、とりわけ両親の魂と同化しているような安堵感がある。 これを書上げ、アップした後に、仏前で祈っている。早朝のこの時間と、 9時から2時間の読書か、ネットサーフィンか、随想日記の下書きの時空間が パワーの源になっている。 ――
≪ ぼくがピラミッド・テントの中で座禅、あるいは瞑想をするようになって からの効果となると、まだわからない。 しかし、この中に座ると、 <自分が完全に外界から遮断されているという意識だけは強烈に起こってくる。 それと、同時に非常に特殊な空間によって保護されている安心感が得られ、 また普段と違ってある種の聖なる意識を伴った上昇感がある。> になるのが特徴。 …アメリカにはフラナガンというピラミッド・パワーの研究者がいる。 彼とそのグループは過去数年間にわたって生体宇宙エネルギーと呼ばれる エネルギーの諸現象に関して研究を続けているが、まだ誰一人としてこれこそが そのエネルギーであると現実に示した者はいないという。このエネルギーは古来 から色いろな呼び方をされている。生体エネルギー、磁気エネルギー、プラーナ、 マーナ、クンダリーニ、気、その他で、これらのエネルギーの根源や特徴について 殆どが宗教的あるいは秘教的修法にかかわる見解ばかりである。
ピラミッド製品を取り寄せたパンフレットに、フラガン博士のパンフレットの ‘ピラミッドと、その生体宇宙エネルギーとの関係’の一部が紹介してある。 【 現在私の研究では、生体宇宙エネルギーは磁気の特殊性質によって起こる現象 であることを実験的に確認しており、このエネルギーは宇宙の諸力と密接不離に 結びついています。 … 磁気形態共鳴によって、ミクロ的次元のエネルギーは ピラミッドのようなマクロ的次元の形態の中に凝縮化されていくに違いない。 電磁スぺクタルに於ける周辺効果の場合には、このエネルギーはしばしば隠されて しまいますが、これと同じように、このエネルギーは不可視の次元で存在し、ただ その性質だけが現われてくるのです。さまざまな物理的現象がこのエネルギーを 現出せしめていても、このエネルギーの本性自体は人々の注意を引くことはない。 このエネルギーは生体絶縁子によって引き付けられ、磁力と同じように熱や光を 発生しますが、この熱や光自体がこのエネルギーの正体ではありません。これら 多くの発見は、ピラミッドによってもたらされたものです。】 横尾忠則『わが坐禅修行記』より ≫ ―― ▼ 気といえば、学生時代のクラブで、「合気道」に属していた。演武が中心で 実戦がないが、「気」の鍛錬で相手を丸め込む技。これも、大男のアスリート には、実のところ敵わない。しかし、「気」が鍛錬されているため、少なくとも 相手に気合負けすることはない。宇宙の気と自ら一体化する訓練は、ヨガ、座禅 に通じるところがある。特に重視するのは呼吸。 ヨガも同様だが、聖なる意識 空間が、道場にある。4〜11月の早朝の信濃川土手へのポタリングも同じ。 人間には7つのチャクラがあり、ヨガは第7のチャクラを活性化させることが 目的と言われている。ピラミッドには、そのチャクラを全開にしてくれるパワー を引出すのが目的に創られたとは、驚きである。いま、思いだしたのが、以前、 『光の手』ー上・下』と『7つのチャクラ』を読んでいたこと。倉庫の書棚にある 筈だが。この2冊は手かざしで7つのチャクラの歪みを正し、病を治す、ヒーラー への道しるべの内容である。長年かけた不摂生の中でも、現在、生き残っている のは、聖なる?生活習慣と、内臓に向けた夜半の手かざしの習慣があるためか。 毎日、心かけていることは、「ああ面白かった」と心の底からいえること。 そう考えると、結構、面白い日だった。有難いことだ。で、今日はシネマの日。 『グレイテスト・ショーマン』を予定。 ☆「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの 実在の興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル… 面白そう。
・・・・・・ 5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー�∩和づ�生き方とは 2016年02月16日(火) * 創造的生き方とは 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、 人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』 と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、 その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、 医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進 (山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。 医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」 で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。 直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに 60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職 直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、 嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、 中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると 感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、 着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。 父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、 その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。 分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。 羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。 ・・・・・・ 5086,タガメ女の正体 ー� 2015年02月16日(月) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、 捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も 吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・ 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。 琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと 撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田 風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。 場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。 そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。 タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、 「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。 体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。 番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮 しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿 とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。 自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、 ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫ ▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」 と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に 見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙ ・・・・・・ 5816,緩和小題 〜しまった! ー 人は意味を探す ー 4 2017年02月16日(木) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 人は意味(価値)を求めて生きている。当然、自分だけでなく、他人にも、 それを求める。男女別なく、死ぬまで生活をしていかなくてはならない。 まずは、その確保。そして好きなこと(趣味)を生涯続けることが出来れば、 これに越したことはない。 それが連れ合いと重なれば尚のことよい。そこで 連れ合いとの相性の問題(価値の共有)がある。 また連れ合いとのバランス がある。相方は長期物(人)件?。選定の9割は間違えるか、長年かけ破損する。 それでも、何とか… * 人生何を生業(なりわい)にし、何に価値を求めるか? <名前が他の要素に比べて、さほど重要ではないことは、数年前の英国の実験で 証明された。にせの人物のプロフィールを暗記させる実験だ。各プロフィール に架空の名前のほかに、人物ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、 にせの情報が記されている。たとえば、〖アン・コリンズ。有名なアマチュア 写真家。プリストル近郊在住。地元で訪問介護師として働いている〗とする。 憶えていた第一が、職業で、69%。 第二位がタッチの差の68%で「趣味」。 第三位が、62%の「出身地」。最下位が、「名前」で、ファーストネーム(名) が31%、ラストネームが30%しか憶えてなかった。なぜか、人は意味を求めて いるため。その人の名がパン屋を営んでいることは姓がベーカリーより憶えやす かった。人の名は、あまり意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかない。 それに対して、職業、趣味、場所は「意味論的に豊かで何かを意味している。> ―― ▼ 当り前のことだが、その人となりの判断基準が生活を支える「職業」と、 長年かけて蓄積された「資産」。そして、「趣味」になる。 次に男なら、 「美形」と「センス」。女なら「出身地」「最終出身校」と続く。男は、実は 「美形」と「センス」ではない。 それに加えた身についた魅力で8割は知り えるが、それでも数ヶ月は様子をみなければ…。当然、名前などどうでもいいが、 相手の注意を惹きたいなら、フルネームを覚えればよい… このことから、 人生如何に生きるを読みとく示唆がある。 まず職業を何にするか。そして何を 趣味にしたライフワークを続けるか。その為の学校の選択。その条件としての、 両親の職業(家柄)と、学歴の土台を元に、自分の特性をキャリアを加えていく。 それが、各自の人柄になる。「で、このザマ」が、知る限り万人に当てはまる。 そう思えば、気が休まる。社会など、世間など、他人など、妄想でしかない。 あるのは、行蔵と知恵だけ。遊べるうち、学べるうち、今のうち、人生を歩め! ・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/02 武器としての決断思考 ー� � ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている 内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。 30年以上前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、 開かれている。そのの例会に、年末か、年始に、年一回参加しているが、去年、 新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、 白紙で将来を考えたいという青年が来ていた。『思い切った判断だね!』 と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で 受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。 この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは 不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。 「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。 20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾン内容紹介より 《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術! 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている 「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく 若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を 身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。 仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と 一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。 きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》 〜カスタマーレビューより〜 《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。 人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を 伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ 次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。 私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、 思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、 これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力 をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。 ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。 (大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を 導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが 決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。 日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、 同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》 ▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って 考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。 50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、 バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが 実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に 出席予定だが、この青年、来ているかどうか? ーつづく ・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/03 武器としての決断思考 ー�◆ � ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー * 人間を自由にするための学問を ーリベラルアーツ 高度成長期は、20年以上も昔におわり、今では時代は氷河期に入ろうと しています。そこで選ばれし者同士の熾烈な戦い生じてくる。そのための 明らかなエリート教育が、これである。著者そのものが、更に選ばれし者。 自分自身の経験を、筋立てて教えればよい。 〜その辺りから抜粋〜 《 リベラルとは本来「自由」を意味する言葉で、アーツとは「技術」。 すなわち人間を自由にするための学問である。その基礎としての教養は、 10〜20代の若い時にそのベースをつくっておくべきである。 教養の起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。 当時の社会には奴隷制度があり、奴隷と非奴隷を分けるものとして、 学問の重要性がさけばれていました。かなり大ざっぱに言えば、 「学のない人間は奴隷として使われても仕方、ない」、ということです。 奴隷などというと、21世紀の日本で生活しているこの本の読者にはあまり 関係のない話のように思えますが、決してそんなことはありません。 私は、いまだからこそ、リベラルアーツが必要だと強く感じています。 それも、未来の日本を支えていく10代〜20代の若い世代にこそ必要なのです。 どうしてか? それを説明するため、京都大学医学部生の話をしたい。 * どうして京大医学部生の40パーセントが「起業論」を学ぶのか? 私は京都大学で、「意思決定論」だけでなく、「起業論」の授業も受け 持ってます。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを 中心とした、実践的な起業の方法であり、その根底にあるべき考え方です。 その授業を受け持ってしばらく経ったときのこと。ふと履修者の情報を 整理してみたところ、驚くべきことに気づきました。 なんと、学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも私の授業を 受けていたのです。その率、40パーセント。 京大医学部ば、東大医学部と双璧をなす最難関の学部として知られています。 卒業後は、ほぼ100パーセントの人間が医者になります。やりがいだけでなく、 高い社会的地位も報酬も得られ、まさに一生食いっぱぐれない安粛な人生を 約束されたはずのエリート中のエリートたちが、なぜ私の起業論の授業を 受けるのか?不思議に思い、私は学生にヒアリングを試みました。 すると、こんな答えが返ってきたのです。 「この国では、医者になったって幸せにはなれない」 「もう昔のように、医者髄お金持ち、という時代でもない」 「やりがいだけではやっていけない。新しい方法を見つけないと」 彼らは自分の将来に対し、明確な不安を抱いてました。》 ▼ 医者の卵でも、勤務医より開業医の方が遥かに恵まれていることと、 その開業(起業)のための知的準備を学生時代から始めておくべきも 知っている。だから、連れあいも、医師とか、資産家の娘の中から、 探すことになる。医師を目指そうというのは、本来、ある程度の資産が 必要条件である。開業するには、医師としての特性がなければ成立たない。 その特性を磨くには学生時代からの長期のリベラルアーツが必要となる。 「鬼に金棒」の金棒と、使い方は、学生時代から準備すべし、ということ。
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2018年02月15日(木)
『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー 著者の横尾は、家で座戦をする時は、瞑想用のピラミッド・テントを使う。 アメリカから取り寄せたもので、瞑想用につくられたもの。 これはエジプトの ギゼーと同じ精密な比率を持ったもので、人体に実際に反映し、エネルギー場を 反射し、生成、蓄積することがあるということから、開発されたもの。私が 20歳代半ばの頃だったが、世界的大ブームになって、カーター大統領の出身地の ジョージア州では60%の家庭が、ピラミッドを所有しており、テキサスのラレド の病院でもピラミッド・テントが病室に置かれているという。ファラオの墓と して建てられたとした説が、『人間成長の器械』として建てられた説が有力に なっている。 ピラミッドによって発生するエネルギー場が人間の意識を上昇 させる目的という説である。 〜そこで、ウィキペディアで検索すると〜 ― ・ピラミッドパワーとは、ピラミッド形の物体に宿っているとされる 不思議な力のこと。 ・1930年、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドを見学していた アントワーヌ・ボビーが、ピラミッド内に残された死骸が脱水状態である ことに不審を抱いて、再現実験を行ったのが最初と言われる。 ・腐敗を防いだり、精神を集中させて悟りを開いたり大幅に頭の回転が速く なったりさせるといった効果があるとされているが、科学的根拠が無いため 疑似科学の一つと考えられることが多い。日本では1970年代から1980年代 にかけブームとなった。 目次 1 語られている効果 2 ピラミッド(形)の条件など 3 ピラミッドパワーに関する諸説 3.1 「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 3.2 「中のものを乾燥させる」説 3.3 「精神集中を助ける」説 3.4 学者の見解
1 語られている効果 腐敗(細菌繁殖)の抑制 剃刀の刃の寿命が延びる 静電気の発生 瞑想、ヒーリング(癒し)効果 植物の成長促進効果 食品の味が(マイルドに)変わる
2 ピラミッド(形)の条件など 正四角錐であること。 方角を南北合わせること。 パイプ等で稜線を構成するのみでも可 形状が大きい程、効果が大きいといわれる。
3 ピラミッドパワーに関する諸説 1、「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 ピラミッドの形そのものが宇宙エネルギーなどを受けて、その内部に おかれたものの生命力を活性化させる効果があるため、人間は元気になり、 食品などの腐敗を防ぐ効果があるという説。 2、「中のものを乾燥させる」説 ピラミッドはその内部におかれたものの水分を 奪い去る力を発揮するという説。 3、「精神集中を助ける」説 ピラミッド型の施設の中で瞑想をすると悟りにいたる道が開かれるという説。 4、学者の見解 エジプト研究の学者である早稲田大学(現在客員教授)の吉村作治は、 ピラミッドの中で物が腐敗しないなどいわゆる「ピラミッドパワー」が 起こるのはピラミッドに使用されている石材の石質が磁性体であるために ピラミッド内部に磁場が生じて起こるレナード効果現象であって、ピラミッド の形(正四角錐)によって起こるという説はまったくのでたらめである、と 述べている。 ―― ▼ 半世紀前の世界的ブームで、ピラミッド・パワーについての知識はあり、 以来、TV番組で取上げられたのを見てきたが、半信半疑の域を出なかった。 人生を振返ると<見て見えず、知ったつもりで何も知らなかった>に、尽きる。 年齢もあってか、バカの壁が低くなったのか、受入れ能力が出てきたようだ。 横尾のテントの中での効果についての記述が、面白い! 〜つづく
―――― 5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3 2017年02月15日(水) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 見ていても見えているとは限らない 「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。 その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして 過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの 一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。 「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで 気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」 と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が 次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを 敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。 その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。 その一つが、「不思議なドアの実験」 <仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。 気づいたのは15人にうち7人だけだった。> 信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。 TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの 反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、 <厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。> 彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。> 初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える 経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。 本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。 「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が 出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様! ・・・・・・ 5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜� 2015年02月15日(日) * 真の友人 【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著) 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、 仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に 一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的 に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、 ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、 何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー ≪ ある日本人がドイツ人に尋ねられた。 「あなたに友人はどれくらいいますか」 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人―― この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。 ドイツ人が驚くのも無理はない。 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。 しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫ ▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。 ・・・・・ 3613, 旅ばなし 小題 2011年02月15日(火) * マッターホルンの登山ツアー 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。 それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。 ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。 140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に 4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが 先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、 登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって 試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して 死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、 学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。 スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく 左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。 天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。 ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、 深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。 ・・・・・・ 2012年02月15日(水) 3978, よかまん * よかちん節 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、 何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」 か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、 ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を 股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを 見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が 浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’ 人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大 の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」 でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、 ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・ 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす) ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン とお 十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに! ・・・・・・ 5449,閑話小題 〜木鶏クラブにて −� 2016年02月15日(月) * これが老いの悲しみということですか? 最近、何かがおかしい。一昨日、新潟の「木鶏クラブ」の新年会に出席。 ・まず出発時に、金券ショップで買っておいた新潟〜長岡間のS切符を忘れて、 駅から引き返して一時間後の新幹線に乗る。 ・次は、途中参加もあったが、会費を払うのを忘れていて、家内に、 『会費は幾らだった? それも酔払って払ってきたの?』と言われ、 払ってなかったことに気づいた。 ・更に、新潟駅の最終の出発時刻を間違えメモをし乗り遅れ、23時過ぎ の普通列車に71分も揺られ、着いたのが0時半。 一週間単位の日程以外の何かがあると、忘れ物や、思い込みなどで逸脱して しまう。 残念だが普段は自覚できない老いによる緩みがさせる業。 久々の会でも、ハイになり、馬鹿のことを言ったり、したりしていたのだろう。 それにしても酷い。ここで書いている内容も、ずれたことを書いている可能性 がある。一度、言葉にして書出してしまうと、消すことが出来ないため、 アップする直前に精査をしているが、完成に全エネルギーを使い果たし、 もたらす影響の配慮まで十分かける余裕がないことも確か。とはいえ、 何年後の私の目線とビュアーに納得させるためは、ある程度は際どくして おかないとの気持ちもある。御隠居の気楽さは良いが、底知れぬ生老病死の 問題が段々、深刻になっていくようだ。他人様は見えても、自分は見えず。 この会で、「今年の抱負は?」というテーマで、数分スピーチがあった。 本来は新年に考えておかなければならない重要なテーマ。そこで、順がくる まで考えた。で、出てきたのは、『もっともっと楽しむ!』である。 昨日書いた誰か?のように、頭を空にし、『さて、今日は何を楽しむか?』 と、無心に生きればよいが・・ 探せば、面白いことは幾らでもある。 問題は、その選択能力。人は生きてきたように生きるしかない! 去年も書いたが、ここに、新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳中で、良くぞと感心する。当人の一年終了後の一年間の休学は、 理想的に思える。これは長くなるので次回のテーマにする。 ところで、当初からの会員の一人に、『ブログから、楽しくて仕方がない 気持ちが、あふれ出ている』と、言われた。 それで、今年の抱負に、 『もっと楽しく!』と言ったが、『楽しく生きる一日一話』が、偶然あった。 ・・・・・・ 4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー5 2013年02月15日(金) * 「人プラス物」で書こう! 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) ≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、 「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、 その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと 浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 ・・ こんな川柳があります。 歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは こんな句を詠んでいます。 夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。 洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢 していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて 笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に 亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな 形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。 こんな川柳もあります。 亡夫の靴へふと足入れてみたくなり 靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。 「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』 の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。 【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、 病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座 通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に 嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、 よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。 そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】 ▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、 「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の 組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男 だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が 現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。 物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと 驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。 「人プラス物」に、僅かな金か〜
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| 6181,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2 |
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2018年02月14日(水)
閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2
* 貴ちゃん登場 寅ちゃんが貴ちゃんに憑依して登場する… 思わぬ展開になりそう… ―― 大家さん: こうなったら貴ちゃん本人に登場願うが、本人は拒否。しかし、 寅ちゃんが、本人に憑依して答えるというから… 実際に憑依しているか どうかは私は責任取らないよ。で、貴ちゃん、何か一言! 貴ちゃん: 大相撲は、江戸時代から続いてきた興業の一つで、大名、大金持 のタニマチへの集り‘ごっあん’の奢られ体質と、利権で部屋の維持を してきた。その調整を相撲協会がしてきたの。だから古い体質が染みついて。 大家: 相撲取りも潰しが効かないため引退後も、生活を面倒見なくてはね。 貴ちゃんのようにタレント性がある力士はいいけど、大部分は、やめて しまえば只の大男。翌日から生活が困窮するんだ。だから、御前さんの 綺麗ごとに怒りさえ感じるんだ。 八つぁん: でも、この騒動は正解よ。モンゴル人の協同組合的仕組は、露骨。 警察への直訴の判断は、当然じゃないですか。 熊ちゃん: あの親方たち、俺と大して変わらないとは思いもしなかったけど。 大家: あれだけ厳しい縦社会で、生きているんだから、御前とは違うさ。 八つぁん: 頭に丁髷を付けて、神官の衣装をつけた行司が仕切るんだもの。 神前の厳かさ価値があるのに。彼ら出稼ぎ気分はいけないけど、異国の地で 捨身で生きているから、生半可の根性じゃないよ。とは言え、横暴過ぎはね。 貴ちゃん: それが言いたかったの。いくら何でも、「横綱アドバンテージ」の 洗脳はいけません。 誰かが理解してくれると思っていたが… 大家: 誰かに解って貰いたいなんて思わない方がいい。生温い相撲界を掻き 混ぜるだけで充分価値があったさ。 喧嘩の本質ってさ、相討ちなの。 「身を切らして骨を切る!」では覚悟が甘い。「骨を切らして、肉を切る」 ぐらいの捨身でないと、勝てないの。 目先、負けでも、長い目でみて 正しいなら、その恩いを込めた精神は永遠に残るさ。世の中、捨てたもん じゃないよ。 八つぁん: 話を元に戻すね。 稀勢の里と、鶴竜、このトーナメン大相撲を 欠場したね。三人とも現役として限界なら、如何なるかだ? 熊ちゃん: あんたが心配するすることでもないよ。 貴ちゃん: うちのカミさん上智大出で、アナウンサー出身だもの。母親とは、 ソリが少し合わないけどね。マスコミの裏表と群衆操作を知っているもの。 協会も、横審も、利益と名誉の塊で、このザマさ。 大家: この大相撲協会の構造体質を知って、観戦するのとしないでは、面白味 が格段と違うさ。当面、今までの白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、玉鷲の 横綱、大関、関脇のトライアングルの崩壊プロセスが、年内続く。 八つぁん: その代り、東欧の栃の心と、モンゴルの逸ノ城が繋ぎで入る可能性 が強いが、これも甘い。 貴ちゃん: うちの部屋に若い双子の力士が育ってきた。それにしても、横審 とかいうの、権威づけのためのお人形だろう。何じゃあれは、ですよ。 八つぁん: せめて理事長の選定だけは、横審にさせたら良い。選定基準の 要素採点化をして、公表すればね。何が選挙ですか。変ですよ。 大家: それか、税金免除など、以ての外。特殊法人で無くなれば、部屋ごとに 企業単位や、国家単位のスポンサーがついてさ、あれは三菱、これはトヨタ とかね。四股名も貸せば、多彩で面白くなる。例えば、『朝の山』ではなく、 醸造の『朝日山』とか、『麒麟山』とかね。 面白いだろう、それ。 熊ちゃん: 野球場、スポーツドームの名前も、売却する時代だよ。 大家さん: そういえば、八つぁんも、以前、30年間、経営していたホテル名。 変形か、ファッション学生服のメーカー名にしたね。あれって、時代の 先取りだったよな。 八つぁん: 『ベンクガーホテル』とかね。10年で変えたけどね。当初の10年は かなり儲かったけどね… 後半は、資産デフレと、価格デフレで食潰して、 黄色の点滅で、早々に断念をし、自宅で年金生活が出来る身分で収まって いるけどね。自分で起こした会社は、割切りが早いの!面白かったしね。 貴ちゃん: 部屋の経営も大変。転身していった弟が羨ましいぐらいよ。 大家: 私も、弟の生き方が正しかったと思うよ。 貴ちゃん: でも、二代続いた血筋。この選択しかないでしょう。 大家: 今の状態が一番理想的だと思えるけどね。また、このままじゃ、 不祥事が間違いなく起こるよ。あまりに深い汚点だね、この横暴は。 八つぁん: それも取返しのつかない大問題がね。この落選が生きて来るよ。 良かったじゃないですか、この結末は。最後に残るのは、精神ですよ。 熊ちゃん: 大家さんは如何だろうと、俺は、この一連の貴ちゃんの態度、惚れ 直したよ。 あのメンバーの一員にしておくには、面構えがが違い過ぎるよ。 寅ちゃん: 仮面は厳しいね。 ボケ役の方が遥かに楽だよ。でも、貴ちゃん、 好きになれないよ。 大家: チャランポランの御前じゃ体質が違い過ぎですよ。それが逆に融合して いたんですよ。 大家: 丁度、お時間のようで… 寅ちゃん、ご・く・ろ・う・さ・ん。
・・・・・・ 5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学 2016年02月14日(日) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ' 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。 8人姉兄の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。 幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。家内には幸せが磁石の ように、擦寄ってくるようだ。 空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、 楽しかった想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事 を重ねたのが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐ他に気持ちが移る。 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、 品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、 言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。 〜その辺りから ≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に 影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病 の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、 精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、 ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が 非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因 が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な 幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。 人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感 を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。 70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果 も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。 ・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。 ・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真 のような機能を持つ。 ・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。 これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は 磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種 にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして いるのである。≫ ▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、 何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、 自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。
・・・・・ 3977, 人生を振り返る時節に 2012年02月14日(火) 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。 一年近く前に会社も倒産し、事業人生を終えてしまった。後悔も、未練も全く ないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち 着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も 独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から 住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、 それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく 右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業 も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが 出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。 しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。 それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が 背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性 老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、 中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし 面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!
・・・・・・ 5814,緩和小題 〜しまった! ー概要とは? ー 2 2017年02月14日(火) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 概要とは? 「しまった!」で一番多いのが結婚相手の選定。ベルギー、ポルトガルなどは 7割が、アメリカでは5割以上、日本は3割半ばが離婚に至っている。家庭内離婚 を含めると9割が破綻している? とはいえ、家庭だけは持ってみないと… 失敗を最小にとどめるに、知識と情報が必要。 ここで、 <医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか16%しかいない。> 成る程、日本は贈答社会(ミニ収賄社会)であるわけだ。 〜Amazonの内容紹介〜 ≪ 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて 分析した本です。たとえば・・・・・・ ★レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ? ★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、 「いま見たい」人は大衆的な作品を選ぶ。 ★キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。 ★予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、いつしか 「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★一般的に、男は自分を持ち上げるために、 女は他人を持ち上げるために嘘をつくことが多い。 ★社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度における三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的同期には左右されない。 (ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)≫ ―― ▼ 上記の中で、【☆人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話 をつくり変える。☆無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうち に、いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。】などは、如何に 世間話の「噂話」が奇形されて流布されるかを端的に言い当てている。 9割は好い加減な馬鹿話。それを信じ真面目に論じているのが、世間人。 ・・・・・・ 4719,「余命3カ月」のウソ ー3 2014年02月14日(金) * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を 矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー 《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節 1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を 本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命 3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。 迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした 「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、 がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の 一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長 の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」 とつぶやいたそうです。・・・ 》 ▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの 逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に 宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、 死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。 死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に 繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。 酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから 生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫 に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、 数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。 〜つづく〜
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| 6180,閑話小題 〜1,200機以上のドローンの群体飛行 |
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2018年02月13日(火)
* 開会式、光のショー 開会式はニュースで見たが、1,200機以上のドローンの群体飛行の光のショー には驚かされた。まさに鳥の群体飛行そのもの。サイバー攻撃の可能性もあって 事前に録画した映像を使用した画像のようだった… 〜ネットニュースによると ≪ 韓国で開催されている『2018年平昌オリンピック』の開会式映像にインテル製 ドローンが登場。世界最高記録となる1,200機以上のドローンによる群体飛行で 光のショーを繰り広げました。 https://www.youtube.com/watch?v=eIk6j6dprnA≫ ― ▼ ラスベスのホテル上空で、既に一定期間、光のショーとして群体飛行が行われ ていたようだが。小鳥の群体飛行は知られているが、小鳥の代わりに、ドローン に置き換え、様ざまな群体のカタチを表現する技術に唖然とした。これは鳩ぐらい の大きさだが、蚊ぐらいのモノから、小型ヘリ大のものまで開発されている。 ドローンの普及で、YouTubeの映像に面白いものが俄然、多くなった。 空中で鳥と戯れたり、ペットや、アフリカで野生動物を揶揄ったり、万里の長城を 游かいしたり、中国の下町界隈を散策したり、マッターホルン頂上から、様ざまな 角度の映像だったり… 飽きることはない。 毎日、PCと、TVの前に7〜8時間は 鎮座している。 画面が大きく鮮明で、内容が面白く豊富なため。 内向きだが、 内の向こう側に広く深い世界がある。良い時代を生きてきたが、本当に面白いのは、 これからだろう。尤も、気持ちと身体が若ければが前提! これこそ「死に欲」か。 それより、今日を、今を生ききることが必要じゃないですか。活きているのかな? ・・・・・・ 4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー3 2013年02月13日(水) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何? そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を 書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。 一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが 見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に 「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー ≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの 言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、 意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。 文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ) 文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる 文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて 書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が 文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。 文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に 起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。 そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質 の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が 必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の 最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された 自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。 なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も 言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。 また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す ことです。 ・・・ ≫ ▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。 記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして? ・・・・・・ 3611, 大相撲八百長事件 ー3 2011年02月13日(日) 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万 と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死 が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。 まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、 今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を 公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が 日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。 だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして 幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。 一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男 が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。 幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて 楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。 初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち 星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。 見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に 気をつけた方がよい。 ・・・・・・ 5813,緩和小題 〜しまった! ー9割の情報は間違っているー 1 2017年02月13日(月) <しまった! 「失敗の心理」を科学する/ジョゼフ・T・ハリナン (著)> * 9割の情報は間違っている 〖9割の情報は間違っている〗でネット検索をすると、幾つかが出てきたが、 これはというのがない。そこで実感で考えると如何だろう?と改めて考えると、 真実味があり間違いないような。 会社清算を現実に経験して6年経過するが、これが、まさにそうである。 長期の装置産業ゆえのシェルターを長年かけて組み込んでいたのと、兄と姉の 二つの事業清算時に、その凄惨な実態を見ていた事もあって、財務悪化で追い 込まれる前に早々に清算を決断をした。私の場合、弁護士との呼吸の間合いも あったが、かなりの程度の覚悟もあり、軟着陸で終えることが出来た。 幼馴染と兄の助言、「何はともあれ、弁護士代を確保して駆け込め」と。 振返りみれば、その十数年前に大きな判断ミスをしていた。1990年辺りの 国内のバブル崩壊と、その同時期に起きたソ連を筆頭とする共産圏諸国の崩壊 と中国の資本主義への転向に対する情報認識が甘すぎた。その時節にチャンス とばかりに、新潟駅前に300室から500室の増室に踏み切った。その200室は、 高速道路から延長をしたバイパスにすべきだったか、300室でストップか。 その上に、情報端末の進化と、ネット社会が根こそぎ社会の在り方を変えた。 バブル崩壊の10年後の2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、 2011年東北大震災が駄目押し。その瞬間、事業断念をしたが、その大元は、 欧米型資本主義と、共産主義の行き詰まり。成るほど、私たちは硬い思いこみ の9割の間違った情報と知識で縛られていていることと、鈍い脳にあることが 身に染みて知ることになる。傍観者の視線は、勝手に創作した妄想の貼り付け。 全ての人に言える、「貧弱な知識に、9割の間違った情報」の思い込みで 一生を終る。逆に、「自分の教養はそこそこあり、知りえた9割の情報は正しい」 と、信じ疑わないのが「世間様」 。9割の情報が好い加減で、ほぼ嘘という フィルターを持ち、醒めた目でみないと、間違った過多の情報で、判断を間違い 道に迷うことになる。 そうこう考えると、人生、知識だけは貪欲に求め続けて、 少し懐疑的に、しかし気楽に生きた方がよい。問題は正しいだろう1割の情報の 処し方。情報だけは金と手間をかけるしかない。 でも間違えるのが… ? で、数日前(2017年2/07)の、『困難な成熟』内田樹 著に続く。 ―― * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。 そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から 見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。 そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、 そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が 良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜 ・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略) この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略) むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p) さらに、 ・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」 ということなのです。…(略)》(184p) 《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略) 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略) 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが 軽減される。それだけのことです。》(185ページ) ―― ▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の 物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。 ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立 を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という 厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、 思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が 悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。 それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。 その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず… ・・・・・・ 4718,「余命3カ月」のウソ ー2 2014年02月13日(木) * 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。 ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。 健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。 そういわれれば思い当たることばかり。 ーその辺りをまとめてみるー ・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。 「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、 眠りからさめると性格が変わるケースがある。 ・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。 ・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。 ・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。 ・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。 ・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。 ・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、 延びた分、喜ばれるため。 ▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は 2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。 還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、 最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい! が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」 ・・・・・・ 5447,閑話小題 〜何もかもが美味しいと思える幸せ 2016年02月13日(土) * つれづれに このところプレミアムと名うった缶ビールを買って飲んでいるが、先日の プレミアムビールは濃厚の茶色。黒ビールで、黒いのは飲んでいるが、 こんな変わった色のビールは初めて。各メーカーが出しているプレミアム ビールが、どれもこれも美味い。家内に「飲んでみたら、美味いから」と勧め ても、「どこが美味いかわからない!」の生返事。 先日、ジム帰りに寄ったスーパーの肉売り場で、百グラム千円の霜降りの 牛肉の300gパックが三割の値引。ツマミに少し高めもいいかと、カゴに 入れたら、後ろの男の子が、「すごい!」。現役の頃は、長岡駅と新潟駅内 スーパーで勤め帰りにツマミ用に霜降りの牛肉を買っていたが、最近はない。 現在、何を食べても飲んでも美味しい。ただ、それだけの話だが。 トレーニングジムの運動効果もあるか。
美味いといえば、調理済みの冷凍麺類が良い。冷凍技術が進んだためだが。 下味つきの全国各地の名物の麺(例えば喜多方ラーメン)などがあって、 どれもクセになりそう。 今では、食品メーカーがファミレスに収めている? 冷凍の調理済みスパゲッティや焼きソバが家庭用で売り出されている。まあ 平凡で、健康的!ということ。 これまで外食で美味いのは食べ尽くした感が あるが、こういう平凡な日々のチョットした味わいもよい。老いもあるのか。
株価、為替、原油価格の変動が激しく動いている。これでは資源輸出国は、 堪ったものではない。ロシア、中東、欧州、中国の、何処から、火の手が 上がるのか? 一番の被害者は弱者。通貨量をアメリカは三倍、日本は二倍 に増やしても、物価は上がらないとは、摩訶不思議。何らかのカタチで、 その歪みが、出るのだろうが。
北朝鮮の大陸間ミサイルと、水爆?実験の成功で、アメリカだけでなく、 世界中が、本気に制裁を始めたようだ。戦争前夜的空気が出てきたような。 問題は、中国が鬼っ子の北朝鮮を、今まで通りに容認するのか? 今回は、かなり厳しい制裁のようだが? それより肥満による病死の可能性? ・・・・・・ 5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー�� 2015年02月13日(金) * 新幹線の実質大幅値上げ 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日 通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため? それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら! 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、 農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。 昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、 お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか? 晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・ TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。 地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。 家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが!
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| 6179,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −1 |
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2018年02月12日(月)
* トーナメント戦と横綱アドバンテージ 毎年2月の勝抜きのトーナメント大相撲が面白かった。特に、「左張り手と、 同時に右肘打ち」を多用していた白鵬に注目して見た。白鵬と遠藤の取組が 組まれていた。何か自信なさそうで身体に張りのない白鵬の姿は痛々しいほど。 勝には勝ったが、ヘロヘロ。次の対戦相手が、前場所の優勝力士。ガップリヨツ になって、最後は力負け。アドバンテージを封じられると、この程度の力量と いう現実が、そのまま現れ出ていた。 ―― 熊さん: 何か白鵬、元気がなかったね。横綱アドバンテージを禁じられると、 この程度は、俺でも分かるさ。 寅さん: このままじゃ、年内、持たないんじゃないか。鶴竜も、稀勢の里も、 八つぁんに教えて貰った視線で見ていたが、言ったとおり、張手が出来ない ため、相手が委縮しなくなってさ。勝越しさえ難しいざまだよ。 八つぁん: 貴乃花親方の警察の告発が無ければ、横綱地位の優位性の立合いが、 続いていたことになる。また、権威とやらを保つには、その位のズルを認め ないと。 寅さん: 白鵬の40連覇は、横綱アドバンテージの御蔭と、大きな汚点が付いて しまったね。他の横綱経験者も、心の内では、拍手喝さいさ。 大家: 30^40年前に、『板井』の本名を四股名にした力士がいたな。 八つぁん: 両手首にテープを巻いて、スプレーで凝固剤をかけて、ガチガチ にして、相手の顔面を殴りつけ、戦意を失わせ勝ったやつ。 大家: 最後、それを指摘され、張手が使えなくなり、追放のように消えた。 八つぁん: その後、週刊誌に、八百長相撲を告発をしたけれどね。 白鵬の左ひじのサポーターにも何か? 熊さん: でもさ、星の貸し借りもさ、少し良いんじゃないか。 あんな大男が、ブチ切れて、全身全霊で、立ちあうんだろう! どこかで 暗黙の了解がないとさ、危な過ぎるよ! 寅さん: 草食系日本人だけの、相撲仲間の暗黙の八百長相撲だったのが、 何処かのバカが相撲道とかいってさ。出稼ぎのモンゴル人なら、仲間内で 勝ち負けの星を融通するさ。それが日本的ってことだろう。それと、あの バカ力とくりゃ、敵うわけがないさ。 大家: 開放してしまったんだから、一つずつ、起こった問題をクリアーして いくしかないしね。で、結局、栃の心が優勝したけれどね。モンゴル勢に 古傷を狙われ… 結果は見えていますね。 八つぁん: 白鵬も相撲年齢からしたら終わっているけれど、アドバンテージ 無しで、優勝を二回以上してみせないと、折角の大横綱の名の穢れとなる。 芸能人気取りの、貴乃花にすれば、モンゴル一族の横暴に腹を据えていた だろうに。そうだ、神様に頼んで、貴乃花親方に御登場を願いますか。 神様: 今度ね。今日は、止めておきます。 寅さん: じゃあ、俺が貴乃花に憑依したつもりで話すよ。 本人より辛辣に話せるしね。いいアイデアだろう。「貴ちゃん」ってね。 ―― ▼ 何か、どんどん際どくなるけど、それがクダラナイけ面白い。 貴ちゃんが参加したら話が止まらず、続いているが、その続きは、また… 2ヶ月に1度のインテリジェンス?スランプ。最近は、月に一度位にですか。 その際どさが、呆け防止に適してのが解っているから、複雑。 〜これまた偶然、5年と、6年前のテーマが脈絡として最適?〜
―――――― 3610, 大相撲八百長事件 ー2
2011年02月12日(土)
八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。 ウキィペディアに、その一端が書かれている。 あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。 ≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、 元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が経営した大鳴戸部屋の後援会会長。 元力士で力士時代は幕下まで昇進したことがある。 廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、 第52代横綱・北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 黒幕として暗躍したとされ、 多大な尽力があったとされている。北の富士と決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長として大鳴戸部屋の 最大のタニマチとして存在した。 週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに角界の八百長体質などの裏事情を暴露。 しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤りであり、 元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫ この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。しかし誰もが、この事件は不可解であり、 何?がらみと思っても、声を高くいえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。そこで、 優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は 感情のもつれである。北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう事件があったのである。 興行世界の一端が垣間見れる。 ―――――― 4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー2 2013年02月12日(火) *「思う」と「思い出す」の違いは? 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。 ≪ ◎ まず「思う」を列記してみると ・さびしい ・孤独感 ・人間の幸、不幸 ・忙しいとか慌ただしさ ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと ◎ 次に「思い出す」の列挙である ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い ・親戚一同でやる暮れのそば打ち ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった グラウンドの落ち葉拾い ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌 ・センター試験に向けての勉強 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。 原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。 「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら 文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。 五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。 「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。 皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、 「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が 違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。 それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。 つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと 思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、 そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。 ▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、 意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、 記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり 出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、 物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。 ・・・・・・ 5812,閑話小題 〜虚実皮膜の間 2017年02月12日(日) * 虚実皮膜論 実に面白い説である。以前、若い女性タレントが、対談で 『役割の皮と、私という存在の間を薄くすることに心掛けています』 と語っているのを、成るほど!と聞いていた。 虚という役割を実の私が演じ、 その間の皮膜を薄くするだけでなく、個性で皮膜に味付けするのが名優その人。 近松門左衛門の説だが、ネット検索に、次のようにあった。 ≪ 原文では「きょじつひにくろん」と振仮名が振られている。 近松門左衛門の演劇理論で、真にすばらしい演劇を作るのに、ウソ(虚) とホント(実)の間にこそ、美味しいところがある、という論理。 近松に私淑して近松の脚本作成に参画していたともいわれる穂積以貫が 近松の死後に刊行した「難波土産」によって知られるところとなった。 近松自身が書き残したものではない。 <虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰 (なぐさみ)が有るもの也>≫ また他にも、 ≪ …〈虚〉を実体のないもの,うそ,偽り,〈実〉を実体のあるもの、 まこととみる一般的な考え方と, 〈虚〉は超越的な存在根拠であり,〈実〉はその具体的な現れであるという 《荘子》風の考え方とがある。 中国では古く《荘子》関係の思想書にこの言葉が見られ,以後詩文,書画, 医学,兵学等の分野でもしばしば用いられた。 日本では主として近世の俳諧や演劇の方面で用いられ,その芸術観, 文学本質論,表現論等を記述する場合の重要概念となっている。… 【難波土産】より …〈芸といふものは実と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの也。 …虚にして虚にあらず,実にして実にあらず,この間に慰が有たもの也という 〈虚実皮膜論〉で名高いこの聞書は,魂のない人形に魂を吹き込むには, 文句に情をこめることが大切で,個々の人物にふさわしい言葉を用い, 人物の実情・底意を表すためのデフォルマシヨンを行い,また,浄瑠璃の 眼目である愁いの表現には,説明的な描写を排して,〈芸のりくぎが義理に つまりてあはれ〉,つまり,劇の展開に内的な必然性を持たせるべきだと 説いている。≫ とある。 ―― ▼ 偽善者とは、善の膜で悪を包んでしまう者。露悪とは、そのままの悪を 露出する者。偽悪とは、善をあたかも悪にみせること。私など、役割ごとに、 偽善者と、偽悪者と、露悪の私を演じていたため、今では何が何だか… 分かりません。何処かの大統領のように、最後は人間性の問題になるが、 役割の能力不足そのまま、裸の大将というのもいる… まだ偽ならいいが? 〜ところで前に関連したような文章を書いていた。 ―― 2001/12/21 [109] 偽坊主 10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、 ふと哲学的になってしまった。内容というと「世話になったお寺の和尚 が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、口からデマカセの法 事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー そのとき奇妙な感覚になった。 まず本人ー 1・能作があり 2・本人の苗字があり 3・俳優の渥美清 4・寅さん 5・偽坊主ーと重なりがある。 能作?が2345を演じていることに気づいたためである。 このような場面は私自身も何回も経験をした事がある。 仕事も役割もこの重なり合いといってよい。 この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。 渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。(2001/08/15) ・・・・・・ 4717,閑話小題 ー45年前の自分 2014年02月12日(水) * ゴーストライターの報酬は? 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億 以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で 700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。 フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、 2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50 〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。 で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、 話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の 了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表 するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」 の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生? * 45年前の自分と向き合って 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも 年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、 書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、 具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。 当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。 今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、 顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事 にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に 指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、 面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。 それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、 夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、 学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』と。 ・・・・・・ 5446,人生の意味を見つけるための逆説の10カ条 2016年02月12日(金) ー「それでもなお、人を愛しなさい 〜人生の意味を見つけるための 逆説の10ヶ条ー」ケント・M・キース著 * 逆説の10ヵ条 図書館で借りてきた本の「逆説の10カ条」が良い。 ネットで検索すると、以下のようにあった。 ≪ 1968年、当時ハーバード大学2年生在学中に、高校の生徒会のリーダー たちを激励すべく150回以上の講演を行なう。代表作「逆説の10ヵ条」は、 その活動の一環として自治活動のリーダーの為に19歳の時に書いた小冊子 「リーダーシップの逆説10ヵ条」の一部から初めて出版された。後にそれが マザー・テレサの目に触れて、彼女が感動し「カルカッタの孤児の家」の壁に その言葉を書きとめた。ルシンダ ・ヴァーディ編著の『マザー・テレサ語る』 に掲載され、マザー・テレサの言葉として世界中に広まった。キース本人は、 それを25年後に初めて知った。 長い年月をかけて今日に至るまで、口伝で、 写しで、インターネットで、本人の知らない間に、ゆっくりと広まり、世界中 で愛される格言となっている。 米ニューヨーク・タイムズ紙も、その出版まで の不思議な経緯と格言の価値を1面で報じた。 ★ 逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments) ・人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。 それでもなお、人を愛しなさい。 ・何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に 責められるだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。 ・成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。 それでもなお、成功しなさい。 ・今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。 ・正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。 それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。 ・最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女に よって撃ち落されるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。 ・人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。 それでもなお、弱者のために戦いなさい。 ・何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。 それでもなお、築きあげなさい。 ・人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると 攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。 ・世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかも しれない。 それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。 【ケント・M・キース『それでもなお、人を愛しなさい ―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』早川書房 2002年】≫ アマゾンの内容説明によると、ケント・M・キースは、アメリカの行政官僚、 講演家。ニューヨーク生まれ。ハーバード大学、オックスフォード大学で哲学と 政治学、早稲田大学で日本語を学び、ハワイ州立大学で法学博士号を取得。 1979年よりハワイ州の経済企画開発局の要職を歴任、同局長として州政府の 閣僚を務めた。その後も私立大学の学長、YMCAのリーダーなどを務める。 ――― ▼『毎日、早朝に起床し、この添削や、ネットアップ、読書と、決まった スケジュールをこなしている。それが、何になるかって? ただ面白いから。 馬鹿馬鹿しくとも、それでもなお、スケジュールを続けなさい!』と内なる声。 「それでもなお」は、意志であり、力。最期は死という挫折で終わるとしても、、 ーそれでもなお、自分の人生を愛しなさいー
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2018年02月11日(日)
『ソウルダスト―意識という魅惑の幻想 』 * 意識って、そもそも何か? ニコラス・ハンフリー (著), 我々は毎日、意識を失う。寝るからだ。といって、寝る態勢を整えられるが、 自分の意思で寝ることは出来ない。目を覚ます時は、誰かに頼むか、目覚まし 時計か、習慣の力を借りる。その意識を自分だと思っているが…何だろうこれは。 毎日、ここで一文章を7時に完成し、アップし提示している。それを成している のが意識であり、意思である。過去の同月同日の文章を読返すたびに、その時の、 意識を省りみることになり、不思議な感覚になる。その意識とは何か? そこで 図書館を回遊して、「意識は脳内のマジックショー」の副題に魅かれ借りてきた。 結論から言うと、<意識とは、ミステリアスなマジックショーで、 『万人が心底で自らを特別の存在』と思い、自作自演を演じる存在ということ。 マジックこそが意識の要である発見を公表した> 書だと。とすると この幻想 を自他に自作自演するのが、人生ということになる。 他人の中に、それを 見出しても、自分のそれは、見出すことは難しいから娑婆は面白いのである。 その露出が、このブログそのもの。 露出狂?だから出来ること? ったく! 自意識過剰も、見方を変えれば、それはそれで良し。但し、不快感を持たれない 範囲で。今度、雑談で、『あなた、自分を特別な存在と思ってるでしょう』と… 聞いてみたら… Amazon内容紹介 ―〈意識〉は脳内のマジックショーにすぎない― それはいったいなぜ発生し、生物学的にはどのような役割を果たしているのか? 意識研究の最先端を切り拓く大胆な仮説を提唱する、理論心理学者ハンフリーの 集大成! 著者は本書で驚くべき新理論を提示する。 意識は私たちが頭の中で自ら上演するミステリアスなマジックショーにほか ならないというのだ。この自作自演のショーが世界を輝かせ、自分は特別で 超越的な存在だと私たちに思わせてくれる。こうして意識はスピリチュアリティ への道をつけ、そのおかげで私たち人間は、ハンフリーが「魂のニッチ」と呼ぶ 場所に暮らす恩恵を受けることができると同時に、死への不安も抱くことになる。
隙のない主張を展開し、知的好奇心と読書の喜びをかき立てながら、深遠な 難問に次々と答えを出していく。そして、誰もが頭を悩ます疑問、すなわち、 「いかに生きるべきか」「いかに死の恐怖に立ち向かうか」という課題に、 意識の問題が直結していることを明らかにする。
神経科学や進化理論を基盤に、哲学や文学の豊富な知見を織り交ぜて書かれた 本書は、意識の正体についての独創的な理論を提唱すると同時に人間の生と魂を 讃えるリチャード・ドーキンスやダニエル・デネット、マット・リドレーら著名 な科学者たちからも支持を得る〈知の軽業師〉ハンフリーの刺激的論考。 ―― 【本書への賛辞】 理論心理学者のハンフリーは絶好調だ。シェリーやキーツなどのロマンティック な詩情と、シャーロック・ホームズばりの鋭利な知性を持ち合わせた彼は、その 明敏な頭脳をもって、科学の一大難問「意識の進化的な起源」に切り込んでいく。 そしてこの解決不可能とされる問題に、これまでで最も優れた答えを出したのだ。 ――V.S.ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』著者) 科学者が自然現象の解明を試みると、マジックのようなミステリアスな面を見落 としていると非難されることもある。だが、この詩的な驚異の一冊で、ハンフリー は正反対のことをやってのけた。彼は脳を探究するうちに、マジックこそが 意識の要であることを発見したのだ。 ――マット・リドレー(『やわらかな遺伝子』著者) ― ▼ 当日分を含め18年分の幾つかのマジックショーと毎日、再会している。 これが面白いため同月同日が再読する動機になる。書上げた瞬間、安堵もあり、 内容そのものを客観視出来ない。そこで、その日の内に、再チェックをするが、 まず、誤字と、稚拙な文章に、赤面し修正する。それでも、数年後に再読すると、 全く違う切口の視線の自分を見つけ出す。意識は絶え間なく変わっていく。 読返すたびに、第三者の違った視線(=意識)を、道標として見出している。 書き残すことは、意識の刻印になる。 マジックで『自分は特別で超越的な存在』だと誰もが心の奥に思っている。 問題は、万人が持っていることが理解できないこと。魂の居場所(ニッチ)は、 実は自分が特別の存在と思える場所や心の内、例えば両親の面影や想い出とか、 小中学校の同級会での歓談の中や、人生の節目の決断をした心の刻印にある。 毎朝、17年分の、マジックショーを省みれる幸せも悪くない。マジックショー といえば、大家、八、熊、寅の対話も、ショーに相応しい面々? 特別の存在ですか、特別の! そうだろう、『存在の不思議』を考えれば! マジックでも何でもない、元もと特別の存在だから… 純粋の意識こそ大元。 で、何時ものように、文脈が丁度よく続いていく。
・・・・・・ 4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15 2013年02月11日(月) * 床の間は、本来、仏の座る場所だった 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。 そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町 時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された 建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の 中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は 部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置 されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。 宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が 上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった 床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる 場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、 そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。 * どこまでが宇宙か どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、 これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が 遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算 した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、 現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの 内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の 4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、 約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が 希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、 そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の 他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般 でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも 明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない 90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して 消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。 ・・・・・・ 5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教 2017年02月11日(土) ー生きる事はおもしろいー五木寛之著 * 下降感覚に身をまかせ 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、 「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115) ≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 ・上昇感覚の仏教とは 悟りを求める仏教がある。 即身成仏をめざす仏教がある。 立正安国をとなえる仏教がある。 天地自然との合一を願う仏教がある。 六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを 高めていく仏教だからである。 ・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏 と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、 この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。 そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに 他ならない。…(略) 光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を 凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺 への下降にほかならない。≫ ―― ▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。 そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の 教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、 念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、 オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。 老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに 抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。 スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と 思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の 従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま 現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人 には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、 重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。 ・・・・・・ 4716,「余命3カ月」のウソ ー1 2014年02月11日(火) ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠 (著) ーアマゾン・内容紹介ー ☆「進行性胃がんで、余命3カ月です。今すぐ手術を」医者にこう言われたら、 あなたなら、どうしますか? 本書を読めば、余命宣告のカラクリと、 がん治療の真実がわかること間違いなし! 医者のすすめる「がん治療」で、 あなたの余命が削られないように、話題沸騰の近藤誠医師が余命宣告の ウソにメスを入れた1冊です。 ☆ 歩いて通院できるほど体力のある人間が、ある日突然「余命3カ月」 と診断され、手術や抗がん剤治療の挙句、本当にあっけなく死んでしまう ―このような悲劇を身の周りでも見聞きされていないだろうか。 実は、余命宣告の多くはいいかげんである。治療が命綱の医者にとって、 余命は短く言うほど「うまみ」が増すのだ。余命を告知される病気は、 圧倒的に「がん」が多い。がんの本質に迫り、余命宣告のウソを 暴くことで、患者本位の治療を提言する。 ーアマゾンのカスタマー・レビューよりー ・ガンには「本物のがん」と「がんもどき」の二種類あり、本物のがんの殆どは 治療では治らならない(見つかるころには転移してる)。治るのは「がんもどき」 の方だが、それはほっておいても問題のなかったもの。つまり、がん治療はいずれ の場合にも無意味なものであり、むしろ副作用や感染症や合併症などのリスクが あるぶん有害であるというのがこの本の根幹に流れる主張です。無駄にあがいて 苦しむより残りの人生をいかに楽しむかというのは価値観の一つとしてありだと 思います。私は共感しませんが。 ・例えば、固形がんにたいして抗がん剤が延命に役立つと証明する臨床データ はないなど、全体的に引用や紹介されている情報は偏っていて、都合のいいもの だけを持ってきている印象はぬぐえません。がん治療なんてまだまだ未知の分野 で様々な主張があると思いますが、それについては全く触れられてない。 でも結局何が正しいかなんて私のような素人には分からない。私はこの本読む まで何もしないという選択肢があることを考えもしませんでした。自分や身内が ガン宣告され、今後の選択肢を模索してる人にとってこの本は選択肢を一つ 広げるヒントになる。この通りにするかどうかはおいて置いて。 ▼ この数年来『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠対談) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一) 『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫)など、怖しい本を 敢て、取り上げてきた。それに加え、この本である。書店では見かけていたが、 図書館にいつの間にか並んでいたので借りてきたが、これも、早速買った。 その時になった時に、慌てないための予習である。これらの本などに影響され、 4年前から、20年続けてきた年一回の,一日人間ドックを中止にした。 上記のとおり「どのみち助かるのは助かる!助からないのは助からない!」 と、判断した。 が、もう一つは平均看護期間が男9年と知ったこともある。 男は平均70歳で介護が必要になり、79歳で亡くなる。 介護で9年間を 薬つけで生きるより、余命数ヶ月で死ぬのも悪くない。平均からみて、元気で いられるのは、あと2年?だが、実感が無いのは何故? 老人性鬱症状が日々 強くなり、他人の粗探しで人相まで年々歪んでいくのが老人。 気持ちは、50歳前半! 実際のところ、そのギャップが大きい! ・・・・・・ 5081,悪夢の21世紀 ー2 2015年02月11日(水) 『月刊「新潮45」12号』ー悪夢の21世紀ー グローバル化は、白人優位の欧米文化の普遍化を意味するが、100年前に、 文明史家のシュペングラーが、その限界を指摘していた。現在は、それが表 だって本格的混迷期に入った状況である。イスラム教徒には、狂気を持った 独裁者が必要で、民主主義は似つかわしくない。 * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜� 佐伯啓思著 ( 5 ) 今では世界中、問題だらけ。一方、日本は、外国人から不思議がられる ほどのお祭り騒ぎも見られるが、少なくとも世界が置かれている状況を見ると、 仮装ごっこなどをやって嬉しがっている場合ではない。 新聞ジャーナリズムも政治家も、現在の世界で生じている相当に深刻で、 ある意味では破滅的な事態に、眼が飛び出さんばかりの好奇心と実証的厳密さ を持って対応してしかるべき。我々の能天気な日常風景とは別に、日本を 取り巻く状況は実に深刻化しつつあり、我々の日常を組み立てている目に 見えない骨組みがグラグラ揺らぎだしているように思える。 (6) 100年前に第一次大戦勃発。3、4ヶ月で終わるかとの期待を裏切り、 4年半続いた。終戦後に世界が一変。欧州が疲弊し、アメリカとソ連が台頭。 歴史を積み重ねてきた欧州に代わり、歴史を破壊する実験国家のアメリカと ソ連が、世界を動かし始めた。文明史家シュペングラーの「西洋世界の没落」 (1918年)によれば、『欧州は、優れてダイナミックな想像力をもった「文化」 によって科学を生み出し、産業を生み出し、経済を発展させ、優れた経済制度 を生み出した。しかし、それが成功し、普遍化すると共に、世界に伝播する <文明> となり、欧州から離れていった。 この近代文明は、それを生み 出したヨーロッパ文化から切り離されて、形式化し、極めて技術的なもの となり、味気もなく、内容の浅いものとなった。』 ▼ まだ東北大震災ショックから立ち直れない日本。この二人の斬首の画像は、 寝ぼけ眼の日本に大きなショックを与えた。アメリカは、世界基軸通貨の ドルを、リーマンショック前後から、三倍に増加したが、殆どドル安には ならなかった。三割ではなく、三倍も増やしたの係わらずである。 そして、致命的大打撃を受けた金融機関に流し込んで、その窮地を救った。 しかし、欧州も日本も、その手立てを持たない。損害を被るのは弱者の構図。 ・・・・・・ 3974, 超円高というが 2012年02月11日(土) 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。 アメリカで4ドル、日本が320円で、一ドル80円で日米が同じ値段になる。 現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイス は二倍。2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの 日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの消費者物価指数が 30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。 日本はバブル崩壊から現在に至るまで、物価の上昇率がほぼゼロなので、 日本の円高は当然のこと。20年前の円は125円で4割ほど上がっている。 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入 されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり弱体化していく。 特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 その結果として国の信任を失い、株式や、近い将来の国債の暴落要因になる。 日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆に近づいており、 あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。その時が国債の暴落である。 国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家 予算と同額になる。そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年 は続いた後、円安という地獄が待つ。それはハイパーインフレという形で、 国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。 更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が、 本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、アメリカに充てがわれた 憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、 10年は茨の道になる。超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。 円高は50円あたりで、一度、いって、150円か200円まで円安になる。 そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がった だけで、傷つくのは威信である。 のヤク」のようなアルコールが○で、覚醒剤が×なの? ・・・・・・
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2018年02月10日(土)
保守的な田舎町に6人の異物の元殺人者が住むという、不気味で異様な緊張感 が漂う物語。それぞれが深い傷を持ち、生きている。そして、それぞれの事情が 自ずと湧き上がってくる。ある意味、哲学的内容である。人殺しの過去の深い 傷口から見える、「人生、如何に生きるか、何を成すべきか、何を知るべきか、 どこまで臨むべきか」を失ってしまった絶望の底に、湧き上がってくる眼差し。 生きていれば、例えば、不注意で子供を死なせたり、大怪我をさせてしまうこと もある。人生は不条理である。 <ご覧通り、そのまま結構> の諦念の中で、 日々、暮らすのが老年の心境である。手負い獅子であればこそ、魂が脈々と、 波打っている。 〜あらすじ ≪ さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。 市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。 一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。やがて月末は驚愕の事実を知る。 「彼らは全員、元殺人犯」。 それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で 受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故 をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、 少しずつ狂い始める・・・。 ー内容ー 日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。 ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい 地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所 のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。
市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を 命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住 手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だった ことを知り、愕然とするのだった。
ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に 出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていた ところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と 再びバンド活動を始めることにした。
6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で 宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド 練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。 しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な 心境だった。
受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」 という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。 その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭 に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。 元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。
しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことを きっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。 一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、 ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げて しまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、 宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に 不穏な空気に包まれていくのだったーーー。
― ▼ ある元受刑者の女性が語る心の内の告白が心にしみる。 『監房内にトイレがある。その臭いがキツイが、それよりも、身内や恋人を 思ってか、何処かで誰かがシクシク泣くと、それに共鳴してアチコチからすすり 泣きが聞こえてくるのが哀しかった。人殺しの私が人を愛していけませんか…』 の言葉が、重く響いた。波乱万丈と一言でいうが…。人生を振返ると、よく無事 で、ここまでこれれたことに感謝の日々である。 何が悪いかといえば、無知と、 その自覚の無さ。知ってる事は知ってるが、知らないことは知らない、無知の 自覚無さ。 親鸞の『歎異鈔』に「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」 と、この思想が言及されている。阿弥陀仏の本願は、善人よりは,悪人こそ本願 により往生しうるとする考え方。この思想は,親鸞の師である法然から出ている。 作者の意図が、そこまであったかは知らないが、彼らのためにこそ、 『南無阿弥陀仏』が必要に思えた。それは心が乾いて空から。 『空即是色』
・・・・・・ 4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり 2014年02月10日(月) * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは! 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると! ・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、 ・2007年に、中越沖地震、 ・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。 ・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。 ・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。 ・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・ アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。 ▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。 ・・・・・・ 4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室 2013年02月10日(日) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる! まずは ー内容よりー ≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、 ・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。 ・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫ ▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上 かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、 この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、 気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。 その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、 更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として 随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面 している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった 随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し 書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、 「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、 「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって 当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に 表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」 という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。 それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、 これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない 呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、 メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変! ・・・・・・ 5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ 2017年02月10日(金) * ブログのテーマ探しと書きあげ 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。 一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動 刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、 大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人 HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも 持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』 たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ を持てるようになった。 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を 込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。 何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、 後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、 得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、 かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、 ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを 経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』 に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、 さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。 テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。 内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念 の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い! ーーー 3608, 人生には3つの坂があるというが 2011年02月10日(木) 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」 の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、 地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領 が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。 そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。 その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、 2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が 何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の 「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、 18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。 これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが 地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も 乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを 乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を 誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、 どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・ ・・・・・・ 閑話小題 ー混乱の世界経済“負の連鎖”は止まるのか 2016年02月10日(水) * 混乱の世界経済“負の連鎖”は止まりません 2月2日(火)、NHK放送の「クローズアップ現代」から8日経過したが、、 その流れは、金利ゼロ政策の発表と、昨日の暴落もあり止まらない。何か、 中東のISと、それによる欧州への難民問題と、中国のバブル崩壊、原油の 暴落を含め、恐慌前夜の空気になっている。 〜その内容といえば〜 ≪ 世界中で株安が進み、波乱の年明けとなった2016年。戦後初めて年明け から6日連続の下落で始まった東京株式市場は、いまも乱高下が続く。 背景にあるのがアメリカの利上げ、中国経済の減速、そして原油安だ。 IMFは最新の世界経済の成長率予測を下方修正、新興国が成長の足かせと 懸念を示した。特にブラジルでは資源安にさらされ、オリンピックイヤー にもかかわらずマイナス成長に。ロシアでは原油安が国家財政を揺るが 事態を招き、中国を相手に貿易を伸ばしてきた韓国も輸出が激減している。 一方利上げに踏み切ったアメリカは、ドル高や原油安などの影響で、製造業 やエネルギー関連企業で業績が落ち込むと予想される。経済が減速する中国は 1月、アジアインフラ投資銀行を開業、アジアのインフラ建設の資金を提供し、 に打って出ようとしている。混迷を深める2016年の世界経済はどこへ向かう のか、日本経済はどうなるか、探っていく。≫ ▼ その後、日銀がマイナス金利を発表、昨日の東京市場も千円近くの 値下がり。リーマンショックか、それ以上の大暴落前の前波とみるか どうか?微妙な空気である。2001年の9・11テロや、2008年のリーマン ショックのもたらした落込みを真正面から受けた経験からして、一歩も 二歩も退いたとしても、末恐ろしさは同じ。年内に10000円を割る可能性すら あるのに、何が三本の矢? 経済政策に関しては、どれほど酷い?言葉も 言い足りない!さらに、4年後の東京五輪。 今年のブラジル経済の窮状と、 リオ五輪の危うさが重なって見えてくる。ただし、憲法改正と、保守外交は、 それをカバーするかの線上にあるため、支持率が落ちてない。 で、世界経済“負の連鎖”は止まるのか? の答えは、止まらない! とすると、銀行預金を現物にし(ビル投資など)、デノミの可能性も、 視野に入れる手はずに入るべきか。もう、私には全く関係ないとしても。 で、いま去年の文章を見ると、何故か、丁度よい続きになる。 流れは同じだが、深刻度は、去年より遥かに大きくなっている。
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2018年02月09日(金)
* まさかの雪道トラブル スポーツジムの帰りすがらスーパーに寄って酒とツマミを買って、大通りを 駅方面に走らせて、セブンイレブンのある小さな道路に右折しかけたところ、 中央に出来た雪壁に車輪が入り込み、空回りのカメさん状態になってしまった。 車にシャベルがあるでなし、さて如何いうものかと茫然としていると、10m先で 女子高生が、私の様子を立ち止まって見ていた。カード会社の車両事故トラブル・ サービスセンターへの電話と思ったが、携帯電話は不所持。そこで、その人に 声を掛けて、カードにある番号に電話をして貰った。 問題は、片側3車線の大道路での16時頃。二つある高校の帰宅時間。 サービス・センターによると、雪道トラブルは実費で数万はかかり、その場の、 実費払という。(帰ってから家内から聞いたが、ゴールドカードは無料と知った) が、それが幸いした。ならば、通行人から助けを呼ぶ覚悟が出来た。 ます、 その女子校生に礼を言い、帰って貰い、後は出たとこ勝負。その直後、二人 連れの若い女性が声を掛けてきて、「高校生の帰宅時間だから、とにかく声を かけなさいよ」と教えてくれた。 至近距離にある高校の教師のような? そこで直、通りすがりの男子高生の声をかけて、二人の女性と後方から押して くれたが、ビクともしない。やおら高校生が仲間を連れてくると、その場に鞄を おいて長岡高校の方に走っていった。もう少しで車の渋滞だったが、バス一台が 通れる位置が良かった悪かったか? 渋滞なら直に運転手数人が押してくれた筈。 そうこうしている内に、7〜8人の野球部の部員と顧問の先生らしき人を連れて 戻ってきて、その人の指示で除雪をして、総出でバックギアで脱出し、無事、 車が出発したが、一時、車を止めていたため、渋滞になっていて停車が出来ずに、 大声で運転席から礼を言っただけで、そのまま帰ってきた。今日の午前中に 御礼にいくつもりだが… ダンプの運転手が、縄で引っ張ろうとしてくれたり、 次々と声をかけてくれたり。成るほど、これが仏心というものかと… 雪道の中、スポーツジムに来る人が激減するはずだ。雪国の人は、雪道の 恐ろしさを長年の経験から知り尽くしている。 このような大道の真中での トラブル、初めての経験だったが、動揺している私の姿。よほど気の毒そう だったようだ。実際のところ、そうだった。北陸の大雪の困難民に自分が なろうとは! 人生、教えられることが、まだまだ多くある。 特に私は!
・・・・・・ 3972, 閑話小題 2012年02月09日(木) * 大地震が夜半に起きないのは何故 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、 そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは 別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。 太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、 数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の 地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に 週末に集中する。 * 単身女性の3割がワーキングプアー? 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。 個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して 不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに 来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは 甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる? 時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数 以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と 現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。 プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか? 右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代 になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は 全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。 ・・・・・・ 5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー� 2015年02月09日(月) * 夢の中の幽霊の老夫婦 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。 今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった 民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、 御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に 声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」 と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、 自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。 ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、 迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・ * つれづれに 〜あと少しで4年ですか! あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い? ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。 仏間ノ書斎コーナー、寝室、スポーツジムで、半分の時間は開放されている。 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい! この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を 受けるが、想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっているのだろうが、 これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切リ、そのまま受け入れている。 世間とかいう修羅世界への私の視線がいかに冷たいことは今さらである。 死んで三日もすれば、300年前に死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや 悩みが消える。 無知は罪! 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬこと を前提に、モノゴトを考え、判断するというが。 去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 ・・・・・・ 5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか 2017年02月09日(木) 『困難な成熟』内田樹 著 * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。 そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から 見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。 そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、 そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が 良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜 ・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略) この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略) むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p) さらに、 ・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」 ということなのです。…(略)》(184p) 《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略) 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略) 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが 軽減される。それだけのことです。》(185ページ) ―― ▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の 物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。 ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立 を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という 厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、 思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が 悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。 それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。 その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず… ・・・・・・ 5443,小学校担任の西澤先生への手紙 2016年02月09日(火) 小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、 『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。 達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。 何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は 私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の 校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、 先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、 新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、 再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に 三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事 してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。
半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような 気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する 予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。 この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、 この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡 として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。 ―――― : 西澤正元先生へ
「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。 教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、 そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の 世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。 親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ 受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。
今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、 「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。 ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の 私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、 同封させてもらいました。
15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。 レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。 読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、 二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。 休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を 知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・ 先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。 親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。 暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど! : 堀井八郎 ・・・・・・・ 3607、絵になりますね 2011年02月09日(水) 「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさ を表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。 絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換 してしまうから驚き。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが響く のだろうか? そもそも絵とは何か? ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー ≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは 含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。 絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が 絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、 果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による 支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵 になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。 そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な 芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界 であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画 ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは 絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換 をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。 IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の 境目で見えてくる現象はこんなものか。 ・・・・・・ 4714,現代のベートヴェン 〜2 2014年02月09日(日) ‘現代のベートヴェン’のゴーストライターのライブの記者会見は、 「事実は小説より奇なり」を、そのまま地でいく内容。 物語風に、現代のベートヴェンの経緯をまとめてみるとー <私もミーちゃんハーちゃんになったもの> 《 18年前に(仮に彼をAとする)Aが作曲家で一旗上げようと思い立った。 が、才能がない。そこでA自身をタレントにして、作曲はゴーストライター に任せることを思いつく。親が被爆者であるのを利用し広島被爆二世の作曲家 として売り出した。しかし、それだけでは、いま一つインパクトが足りない。 そこで全聾の悲劇を加えることを思い立ったところ、これが大当たりになり、 NHKスペシャルで放映される。ところが、あまりに売れたため、ゴースト ライターが恐ろしくなり、止めたいと言い出したが、Aは引き下がれない。 そこで自殺を仄めかして、作曲を強要。とこが、オリンピックのフィギア スケートのテーマ音楽に取り上げられ、その重圧にゴーストライターは自滅。 週刊誌に、真相を告白。そこで共同会見が行われ、全聾もバラされた・・ 》 ▼ これに殺人を絡めれば、刑事シリーズの『相棒』物語になる。 現に似たストーリーがあった。また、その謝礼金額の安さにおどろいた! 現代のベートベン・Aの後ろ盾に、誰か企画立案者などがいるはず? 問題は、この件が刑事事件になるかどうか? 会見の記者の質問の鋭さは流石。 著名なシンガーソングライターに、こういう類の話が多いだろう。「たけし」 には週刊誌の連載や書籍があるが、彼に公然としたゴーストライターがいる。 しかし誰も咎めはしない。「たけし」だからだ。ゴーストライターが本人と対話 しながら、内容をまとめるのだから、別に問題はない。以前、ここで取り上げた プレーボーイの元編集長の島地勝彦は、有名作家のゴーストライターを自認、 堂々と『乗り移り人生相談』を出版している。二年前に、そのものズバリの 『ゴーストライダー』というハリウッド映画を見たことがあった。 『戦場のピアニスト』などのポランスキー監督が、ロバート・ハリスの小説を 映画化したサスペンス。<元イギリス首相のゴーストライターとして雇われた 平凡な男が、ある秘密に吸い寄せられていくさま>が描いてあったが、 これが面白い!これを題材にした小説をゴーストライダーと組んで出版すれば、 面白いものが出来ること受けあい!
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2018年02月08日(木)
* トランプと、ケネディの対談だとさ 神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、 やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。 寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか? それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。 ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ! 敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも 嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。 トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。 スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。 だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、 悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね… 大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。 ケネディ: … トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。 世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト を見れは解るだろう… 大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。 寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。 一番上が、長屋でいえば、大家が一番で、次が八つぁん… 大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。 それが、人間というものじゃないですか。 トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。 ケネディ: … 大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。 トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。 ケネディ: … 寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して いるのが分からないんだ 大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。 トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は 弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための 宗教に変わってのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう? ケネディ: … 寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。 大家: 神様、何とかならないですか。 神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける のは、何時も弱者。 寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が 日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。 トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの 疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。 ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 ああ、独り言ですけどね。 寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、 終わった直後に、アメリカの出番になる。 トランプ: … 寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。 ・・・・・・ 5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編) 2017年02月08日(水) * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編) 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、 そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だった のが、現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを 数時間前に取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。 私の場合、月に18回として、一回千円とすると18000円になる計算。満タンに なるわけ。慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、 600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。 それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化 した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死 の4苦として重く圧し掛かる。 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足 を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、 立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、 顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、 結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。 ―― 2013/05/25 早朝座禅 「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著 * 座禅とヨガの呼吸法 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での 永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし 行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸 の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、 禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。 そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。 これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。 それを繰り返す。 ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー 【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に 吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで 吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】 腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、 少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。 ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー 【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】 基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。 30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、 新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、 その必要もないが。 ―― 2013/05/16 ヨガと座禅の違い 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、 回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町 の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を 組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持 と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に 叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の 禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その 状況から仏の悟りに近づくことにある。 ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー 《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。 一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。 このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派 が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。 このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》 《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって 初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。 禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して ”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や 利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して 身心の健康を増進させる。》 《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書 にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の 動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学 集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。 そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、 瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として 確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。 違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの 関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察 することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、 根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》 ▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。 腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。 私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。 手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを 見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、 これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。 60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。 ―― 2013/02/18 閑話小題 ー因果一如 * ヨガ・エアロの場にて 週に二回、スポーツセンターの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。 欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と木曜日に 参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、縦120センチの ヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分の間、マントラなどの音楽 を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで暗く、大人数のヨガは何とも 不思議な気持ちになる。「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」 と何度も何度も繰り返す。9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けて いたため、関節の硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、 だんだんハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰 の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている合間に、 足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなったというより、 悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリした感覚になる。 で、先日、私の近くでプッという音。 ガス抜きのポーズで、誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 ―― 2012/03/16 閑話小題 ースローヨガなど * 昭和的価値が人々を苦しめている! 図書館で、何気なく月刊誌「新潮45」をチラ読みをしたところ、ある対談の中で 印象に残った言葉があった。「良い大学を出て、大企業かに入るか、公務員になり、 マンションを買って、子供を二人つくり、とかいう戦後の昭和的価値から抜け出せない で、苦しんでいる人が多い」という内容。 特に、団塊世代の親子、とりわけ子供の心に、 その断層があり、両者が、その葛藤に苦しんでいる、ということ。 ここで現役から 退いて一年、昭和的価値観に影響された、それまでの人生が見えてくる。学生時代の 専攻が社会学だったこともあり、卒業後も社会の潮流に興味を持ち、昭和的価値観を 突き放して鳥瞰したきたつもりだった。しかし振り返ると終戦後から高度成長期の 昭和的価値観に縛られていた自分に、あらためて気づいた次第。特に地方は、昭和的 というより戦前戦中の日本的価値観が失われず、そのまま残っている。 それを良し とするには、情報化が許さない。そのため、その年代の横の繋がりが強すぎて孤立化 傾向が強い。 それを絆というらしいが・・・ 大量生産、大量消費を目指した昭和 が終わり、情報化もあり、グローバル化の波が大きく覆い被さってくる。 その昭和の価値から抜け出れない人たちが、財布を握りしめているため経済は停滞、 少子化もあり経済は最悪の事態に突き進んでいる。 * スローヨガ スポーツジムで二週間前から「スローヨガ」に参加を始めた。入会当初に3回、 参加したことがあるが、腰にきつかったため、それ以降、参加するのを止めていた。 イージーラインを続けて二回するのが習慣になり、それが私にとってベストになっていた。 ランニングマシーンのウォーキング30分に、イージーライン(25分)を連続二回に、 週二回のスローヨガ(50分)を加えたことになる。チャレンジ10と勝手にキーワード を決めて昨日で4回目。 この言葉を繰り返しながら通っている。 腰痛改善のためのコースと思えるほど腰が軽くなる。 40坪位のエアロビの スペースに30〜40人の参加舎。男の参加は4人。 殆どが常連で、最後列から みると全員、姿勢がよい。 まずは、あと6回は参加すれば、恐らく常連になるだろう。
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2018年02月07日(水)
* 緊迫してきた朝鮮半島 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると 同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの 週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。 沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。 ‘まず目先は、4月が危ない!’ ≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。 原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として 訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。
この結論に至るロジックは次の通り。 米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の 努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗 と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。
この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な 軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』 と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。
平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模 な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行 するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。
また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が 『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に 大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫ ―― * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ ≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、 脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。
本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm 放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。
これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、 それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。 そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海 になると、韓国政府は分析しているのである。 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか? 「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した 評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷 するとしています。 この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を 空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。
その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、 開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。 これはあくまでも、通常兵器による被害です」 (ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏) ≫ ― ▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを 遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の 危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー? 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。 トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。
・・・・・・ 5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編) 2017年02月07日(火) * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編) 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。 ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。 慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。 ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。 (下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数 制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。 何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、 どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。 無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは 何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を 与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。 で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を 広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。 それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ! ・・・・・・ 2016/10/03 瞑想とは 〜1 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。 当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の 私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。 さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための 必要条件でもある。 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。 ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜 ≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP 2016年9月28日(水)午後7時30分 ・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法 として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、 宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的 は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の 一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。 ・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦 しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の 呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような パフォーマンスを発揮してくれるという。 ・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を 手に入れてみてはいかがでしょう? > ▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、 大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって 「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の 睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が 瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。 ・・・・・・ 2016/09/10 閑話小題 〜SJの現場で!ー�� * 週、5回のヨガにチャレンジ 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。 今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から 腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。 『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ 分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味 だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。 そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。 『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。 大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに 参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して 世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな 目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用 効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで! ・・・・・・ 2016/09/04 閑話小題 〜SJの現場で! * チャレンジ5! 二回目の最終日に ・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、 SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日 は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、 SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から 三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」 の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気 のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、 11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。 ・・・・・・ 2016/03/26 人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 瞑想の実践 ー�� スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、 足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間 は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、 全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、 集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、 似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 ≪ * 瞑想を始めてみよう! 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の 心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安 を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。 天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない 限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で 静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした 姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に 置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、 浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、 次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫ ▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を 見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか? ・・・・・・ 2016/02/27 3月6日分 * 黄金の時間への回帰 5年前から、早朝から「黄金の習慣」を編上げたスケジュールを淡々と過ごす 日々が、そうとも言えるが、どうだろう。世間的なことを、ほぼ無視できるし、 一人、ほぼ単独でこなしている。一番の心の切替が出来たのは、20時から4時間、 爆睡をした後の、4時間の半睡を、瞑想のように過ごす。4年前からジムのヨガを 週に2〜3回、参加しているが、最後に死者のポーズを5分ほど行う。それと同じ 感覚にすると、かなり酷似した感覚になる。 歩の時間が、成金の時間帯に 変わっている。 〜その辺りから ≪ 一日に一度、ほんのわずかな時間でもいい、心を内省する時問を持ったら どうだろう。たしかに、知的な会話や頭を使わないですむ娯楽もそれなりに 楽しいものではある。だが、それらが本当の満足感を与えてくれるだろうか。 心を内側に向けよう。山のように習得するだろう。毎日わずかの暇を見つけて、 利他的な考えを養成し、心がどのような働きをするかを観察するのは非常に 価値のあることである。こうした心の探査は、地域情報やスポーツ記事を読む 時聞に比べて千倍も多くのものを得る上、永続性がある。世間的なことを すべて無視しろ、と言っているのではなく、時間が有効に使われるべきだ、 と言っている。現代人は思考ゼロの状態にはまり込んでいるのである。 挫折を味わうとか、仕事が空回りする等の経験をした場合は、 「すべてを客観的に捉え直す」ことにわずかの時間費やす。だが、その方法と 費やす時間が問題なのである。辛い時間が「さっさと過ぎ去る」のを待ち、 「気持ちをまぎらわす」何らかの気晴らしを熱心に探そうとする。 それが ほとんどの場合だろう。だが、俳優と場面は変わっても、芝居は続くことを 忘れてはならない。湖の畔、丘の上、静かな部屋に座り、自分の奥深い部分が どのような構造になっているのかを観察してみたらどうだろう。まず、自分の 人生で何が一番大切か、それをじつくりと検証する。続いて、それまで時間を 割いてきたさまざまな活動を点検し、基本的に重要な事や活動を優先して順位 をつける。日常的な活動のうち、必要性の低い部分を、沈思黙考と内側に目を 向ける時間に切り替えることもできるだろう。長年にわたり、英国を離れて 隠遁生活を続けたテンジン・パルモ尼はこう記している。「人は瞑想の時間が ないと嘆くが、それは正しくない。廊下を歩いている間、信号待ちの間、 コンピュータで作業中、列に並んで順番を待っている間、と入浴中、髪を梳か している時でさえ瞑想はできる。今この瞬間に存在しているだけでいい。 心についての余計な解説は要らない」。 人生の残ざれた時間は有限である。 人間は、生まれたその日から一秒、一歩ごとに死に近づいている。 チベットの隠者、バトゥル・リンポチェは詩的な表現をしている。 日没に太陽が沈むように、命が次第に残り少なくなると、 死が、長ぐ伸びた夕暮れの影のように近づいてくる。 ▼ 別に、私が黄金時間を満喫しているということでなく、御隠居生活 そのものが、心の持ちよう、考え方で、それに近づける状況ということ。 ・・・・・・ 2015/06/24 私のゴールデンタイム * ゴールデンタイム 30数年前から就寝を20時半、起床を4時(冬場は4時半)にした。 就寝して4〜5時間、爆睡後、起床するまでの4時間、半睡状態が続く。 その間、脳が活性化をして、様々のプラスとマイナスの思いが起こってくる。 このコントロールが難しいが、これも慣れると、思いの大波の上のサーフィン をしているような感覚になる。で、時どき、睡魔に沈むが、これは自然に 任せておけばよい。そして起床をして、前日書き上げた随想日記の下書きの 当日分を、推敲し完成する。と同時に、翌日分のテーマと内容も書き始める。 その時、0〜4時までの半睡状態で考えたことが、材料になることもある。 そして、ブログにアップした後に、一時間の自転車散歩に出発する。 帰ってきて7時半にコーヒーを飲み、軽い食事後、風呂に入る。それまでの 0時〜9までが、私のゴールデンタイムになる。 9時過ぎから12時近くの読書 タイムも、ゴールデンタイムに加えてもよいが、9時から17時までは、シルバー タイムに区分した方が生活実感に近い。すると、17時から20時のTVを見ながらの 晩酌やiPadタイムの時間帯はプラチナタイムになる。20時から0時は、そのまま 爆睡タイムか。 現在、週に三日間、スポーツジムで45分間の、「ヨガ」に 参加しているが、毎回、終了直前の5分間に、ヨガマットの上で「大の字」に なって、全身を弛緩してマントラを聞きながら、「死者のポーズ」をとる。 その時のイメージを0〜4時に思い浮べて、瞑想の要素を入れたところ、 その時間帯のマイナス思考の割合が少なくなった。その時間帯のフラッシュ バックや半睡を冷静に見つめる視線を持つことが出来る。老いは、どうしても 弱気になり、動揺が起こり沈みがちになるが、バウンドをつけるのは自分だけ! 生きてきた、そのまま、老いて死んでいくというが、なるほど。 娑婆!
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| 6173,閑話小題 〜映画観賞 〜『スリービルボード』 |
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2018年02月06日(火)
* シネマ『スリービリボード』 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。 何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。 〜HPの紹介から <米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、 犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町 はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。 そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親 ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、 サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・ レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。> 〜評価・レビューより ≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで 武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、 西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、 ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、 理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ 想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、 そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。 オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫ ― ≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって 殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された 広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、 マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、 人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、 キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから 印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、 暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫ ― ▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを 掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。 【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで 書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、 常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。 八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。 怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的 肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。 大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。 八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。 熊さん: そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。 寅さん: 俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、 「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。 八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。 大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」 と言うけど、「御前も本当にバカだね。」 八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。 いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。 大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。 グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。 寅さん: 大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。 熊さん: ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの? 八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。 シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、 月に一回になるけどね…
・・・・・・ 3604, 旅ばなし 小題 2011年02月06日(日) * カナダ・ロッキー山脈の感動 カナダのロッキーの懐に初めて入った時の感動で世界観が一変した。 これが地球上に存在しているのか?と。バスの中で眠り込んでフッと 眼を覚ましたときに、「これは夢で現実とは違う」と思ってしまったほど。 しかし現実と気づいてからは、見る一景色ごとに息を飲んでしまった。 「ロッキーの、この景色を見た前と後の間に一本の線がひかれたようだ!」 という言葉が、次々と展開していく景色を見るたびに浮かんできた。 タイミングとして初めて広大な大自然を見たのが良かった。グランド キャニオンやスイスアルプスを先に見れば、同じように感じただろう。 私にとってロッキーが秘境・異郷にのめり込むキッカケになった。 大自然の壮大なパノラマに対する感動が、自分の心に深い何かを与えられた 初めての経験であった。 * 秘境ほどトラブルが大きくなる あまり人が行かない秘境ほど、問題が次から次へと生じてくる。それも 慣れてくると、こういうものと腹が据わってくる。それを逆に楽しむのが通 というもの。トラブルと思わなければ、それはトラブルではない。人生も同じ、 受け止め方の問題になる。波乱万丈の人生とは、トラブルが多くて浮き沈みが 激しい人生をいう。しかし一つ間違えば破滅を何とか乗り切ってきたに過ぎない。 トラブルを旅行でこなしながら、秘境の自然から何かを頂くのが、その妙味。 良い旅行には、必ず同行者に恵まれる。(例外もあるが?)そして、遠く 離れた大自然の神秘の懐の中で、感動の響きを頂く。神とは宇宙の織り成して いる力の総称というが、ロッキーを見ていると次々に現れてくるパノラマが 神の姿に思えてくる。 * 323,ある時間の断片-1 2002年02月06日(水) モロッコのマラケシュで、夜半ホテルより馬車に乗り中心街の 「ジャマ・エル・フナ広場」に行った時の話。4人のりの馬車に一緒に のったのが、同じグループの母娘であった。母親は少し初老性のボケ?が入って いたか、もしくは「元お姫様」ではという感じの品のよい人で、一人興奮してか 話しまくっていた。その話しが面白い!といって今回の観光のピークの場面。 その街の景色が素晴らしさと、どっちに気持ちを集中してよいのか迷っていた。 世界的に知られている「マラケシュの街並み」も素晴らしいが、その人の話しも 面白いのだ!私はマラケシュの街並みの方をとる。それは座る場所で決まる。 家内はその話の聞き役をとった為、街並みは殆ど見れなかったという。 その内容とは ー自分の亭主は日航の機長であった。以前羽田で精神症で大事故をおこした? 機長と同期。実を言うと自分の亭主が高所恐怖症。誰も知らない秘密を私だけが しっていた。「屋根の修理で震えていた」のを見てしまった。本人に聞いたら 「実をいうとそうだ!」と答えた。こういう話がそのベストタイムに続くのだ、 よりにもよってその時間に!そのTPOSで聞くから、その話が更に面白い! 家内は笑いっぱなし!それに劣らず、その夜景が素晴らしい。 まさしく小説の世界、いや映画の世界といってよかった。同行の娘が傍でハラ ハラしているのが手に取るようにわかる。母の世話に全神経を帰国するまで 使っていた。 ネタはツキマセン! このての話しなら! ・・・・・・ 5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由 2016年02月06日(土) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 自由への大いなる飛躍 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、 今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから 自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を 実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化 の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて 心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜 ≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成 の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。 そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な 振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、 衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。 しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる 思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。 「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」 とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一 の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、 心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、 間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、 明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略) 心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを 自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、 曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と 心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に 収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、 潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに 漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って 自分の選んだ目的地に向けて航行することである。 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、 忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、 断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは 生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも 何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ ▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」 に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。 ・・・・・・ 5076,閑話小題 〜火あぶりの処刑 2015年02月06日(金) * 火あぶりの処刑 イスラム国のヨルダン人パイロット兵の処刑の映像には驚いた。 ブログに掲載するかどうか迷ったが・・ 少し考えてみれば、ガンで死ぬ時は、 少しカタチが変わるだけ?いや、違うか? これ、殺伐とした時代の象徴である。 彼らはイスラム原理主義の名を借りた殺戮集団。世相が20世紀前半の第一次、 第二次世界大戦辺りの、ニヒリズム的様相になってきた。 ウネリの元は、 情報端末とネットの普及による情報革命。それはグローバル化と、一強多弱を 推し進め、弱者に格差と差別が曝け出され妬めと怒りが充満していく。 島国日本にとって、テロの不安は少ないが、今後は、そうはいかなくなる。 初めてイスラム圏に入ったのがエジプト。深夜に入国し、数時間後に飛行機で ルクソールに向かったが、早朝、街から聞こえてきた、アッラーの祈りの音声。 丁度、ラマダン(断食)の最終日で、ホテルの従業員が殺気だっていた。 現地の日本人ガイドに、飛行場からホテルに向かうバスの注意。 『ここは、イスラム教の国。私たちは欧米文化の国。まず全ての常識を 横に置いて下さい。違うのです、全く違うことを忘れないで下さい!』と・・ 「これだから、秘境・異郷は面白い!」と、思うようになるに、何度かの 経験を要した。世界は、それぞれ違うのである、全てが! 旅行は、日常生活 との差異を求めて外に出て、日常を外の目で見て、考える機会でもある。 原理主義者としても、誘拐、殺戮を容認する思想が現に存在している。そして、 それを脅しとして公開する。彼らにとって、テロも戦争の一つでしかない。 欧米が勝手につくったアラブの、いや世界の国家を否定し、イスラム原理 主義国家という共同幻想を優先し、地域を州と見なすとは、考えたもの。 共同幻想のイスラム原理主義に感化され、『そこでテロで、戦闘に参加せよ!』 と煽られれば、誰にもチャンスがある。まさか、半年前まで、こんな現象が 出るとは誰も思ってもみなかった。 恐ろしい時代である。 良い時代を、数限りない良い思いで過ごせたと、感謝する日々である! 東京オリンピックに大きな不安要素が加わった!幻に終わらなければよいが。 ・・・・・・ 5806,「7回読み」勉強法 2017年02月06日(月) <超速「7回読み」勉強法〜山口真由 (著) * 勉強法とは、最大限の努力すること < まず目を通すだけで気楽に読むのを3回、キーワードに注目して3回、 仕上げに1回、合計7回読むことが基本 >という本。「この経歴の人が、 7回読むのだから、凡庸の私が、1〜2回、目を通すだけでは駄目」という 道理を、この年齢でつくづくと実感するのだから我ながら何をかいわん。 「学生時代から、2〜4時間、本を読み続けている」という慢心が、勝手に 枠をつくっていたようだ。著者にとって、『1〜2回読んで理解したつもり にならないで』といいたいのである。 〜内容紹介 【東大を首席で卒業するトップエリートは、いったいどんな勉強をしてきたのか。 一般の人とはもともとの頭の作りが違うのか、努力の量が違うのか、みんなが 知らない暗記のコツを知っているのか。東大法学部を首席で卒業し、官僚を経て 弁護士、テレビコメンテーターなどとして活躍する著者が、どのような勉強法を 実践してきたのか解説。「勉強は決して楽しいものではない」と著者は言い切る。 知識を学び、自分のものにするには「努力」が必要です。 勉強という作業は 極めて地味で、時には退屈、多くの場合は苦痛でさえあるのです。そんな作業を 継続してこられた大きな要因は、自分に合った勉強法を確立できていたから。 勉強法さえ確立できれば、知識の獲得は断然楽になります。 本書では、その具体的な勉強法として、誰でも実践可能な「本を7回読む」 というシンプルな方法を中心に、著者が編み出した勉強のコツをたっぷりと 紹介しています。 ―― ▼ 初めは全体を把握して、3度4度と徐々に精度を上げていく手順を教える。 まずは絶対量の勉強をしろ、それ以外の安易な方法はないと著者は教える。 これは人生について言えること。「ますはベースになる、ある程度の教養が必要。 そして目先の問題解決に最大限の努力をしろ。その知恵と知識は‘独学’でしか 身につかない」ということ。 独りの行為で一番、効率的なのは読書という。 今ではネットサーフィンがあるが、それでも熟考をするに、読書が最適。 その為には、好きな分野を早めに見つけ、読書好きになるしかない。 そういえば、Amazonの電子書籍kindle、まだ買ってない! 図書館だけではなく、実際に身銭を切って書籍を買い読んで、二回目以上は、 電子書籍で読返すのが、基本だが… ・・・・・・ 3969, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー3 2012年02月06日(月) * 情報(言葉)の恐ろしさ 「7割の確率で首都圏直下型地震が4年以内に起こる」とうニュースが衝撃的 だったが、土曜日の朝、BS朝日で例の東大地震研究所の教授が、その首都直下 型地震について話をしていた。「首都直下に7割起こるとはいっていない。 南関東全域で7割の確率で、震源が首都直下の場合、死者1万1千人、 建物消失が85万棟になると算出したのであって、マスコミがそれを編集する 上で、南関東と都心直下の言葉が入れ替わった情報が一人歩きをした」。 それも研究員個人の見解で、東大地震研究所が発表したのではない、という。 記事の内容をよく読めば決して嘘ではない。見出しが誤解を生む内容で、 記事の内容も「都心が震源の場合」と書いてある。 情報とは、こんなもの。 言葉の組み合わせで、受け止め方で、意味合いが違ってくる典型的事例である。 見出しをそのまま、信じてしまう甘さに自分でも呆れている。 マグネチュード7の地震は、3・11直後、何度も起こっている。それが南関東で 起こって当然で、実際その地域で小さな地震が多く続いていることから、4年で 7割の可能性が出てきたようだ。東北の沖合で500年に一度の大地震が起こった ため、周辺で大地震が起こる可能性が10倍になっていることからして、数年間は 特に厳重な注意が必要。 ニュースで早速、スーパーなどで、避難・災害用 グッズ売り場を二倍にしたと報じていた。多くの家庭で準備が始まったようだ。 世界的金融不安の上に、足元の地震の心配。ますます殺伐としてきた。 とはいえ、首都圏崩壊の可能性?の備えは、充分にしておくべきである。
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2018年02月05日(月)
* 寅さん、プーチン、スターリンに問いかけ 神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに 招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して いるがね。 熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。 相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。 敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。 神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。 熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。 プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を 頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。 大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。 プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。 スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように 非情になって自国民を殺せますか。 プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では 虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。 北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、 中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。 熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている 戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。 大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして ないので、現実の悲惨さが解ってないの。 熊: そんなのが大統領なの。 スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、 何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。 神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。 熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。 大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、 万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への 難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。 プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。 スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。 あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの? プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、 女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。 としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、 民主主義の建前ほど変なのはないね。 スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。 神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を 聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。 もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり 頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。 プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。 生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。 大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。 まともな正論は通じないの。 ― ▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。 この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていくr。 ・・・・・・ 3968, 民主主義への疑問 ー2 2012年02月05日(日) * 明治元年の五箇条の御誓文 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著 【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、 店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、われわれはよく目にする。 愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは 正しいふるまいをしているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な 行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の 偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした 愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとかうまく使いこなす方法は ないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形 それ自体は、活気にみちた健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠な ものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、 「国民のための政治」が実現するはずはない。・・明治元年の五箇条の 御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ ここでまず注目すべきところは第二条である。 この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、 ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、 すべて心を合わせて、政治・経済の活動に積極的にかかわろう、ということ。 あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も 下も心を一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。 しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、まさに 民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて 根本的な民主主義批判ともなっている。】 ▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要。 一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に求められること。相手の論を叩き 潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、 公論が可能になる。声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。 現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 ・・・・・・ 5075,強みを生かす 2015年02月05日(木) * 強み生かす ー無駄な努力はダメ― ドラッカーのマネジメントの法則に「自分の強み生かす」がある。 この「強みを生かす」について、ネットで簡潔にまとめてあった。 ≪ 卓越した仕事を生き生きしている人がいる。彼は単に有能な働き者 ではない。自らの強みを知り、自らの属する場所を得た人がゆえと、いう。 誰でも、自らの強みはについてはよくわかっていると思っている。だが、 たいてい間違っている。気づいているのは、せいぜい弱み。それさえ間違って ることが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。 弱みによって何かをおこなうことはできない。どうすれば自らの強みを知る ことができるか。ドラッカーは、フィードバック分析しかないと言う。 ドラッカー自身が五十年以上続けてきた方法だ。方法は簡単。まず何かを することを決めたら、「自分はそれに何を期待するか」を記録しておく。 そして九ヵ月〜一年後に、自分が期待した内容と実際の結果とを比較。 フィードバック分析により、強みを生かすために行うべきことが明かになる。 �\�果を生み出す強みに集中する ��誰にでも学べる技能や知識は身に付ける ��専門馬鹿にならない �だ�果を挙げるうえで邪魔になっている悪癖は仕事ぶりは直す �タ佑悗梁个景�、礼儀はわきまえる �Χ貅蠅諒�野の仕事は引き受けない ��努力しても並にしかなれないことはしない ―(プロフェッショナルの条件』)≫ ▼ ポジティブ思考は、ただ楽観的だけでなく、己の強みを生かすことで、 ものごとをプラスに発展させる。幸せは、己の得意分野を生かしている 状態とすると納得できる。「得手に帆を揚げ」、フィードバックをする。 御隠居生活の強みは、「好きなことだけをして、嫌なことをしないで済むこと」 で、因業になっていくが、それで良い。まずは周囲に迷惑をかけないことだ。 ・・・・・・ 5805,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 2 2017年02月05日(日) <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族 佐藤 直樹 (著) > * 「世間」の4つのルール 世間をまとめると、《細かいカースト制度にならった差別意識の状況下で、 中元・歳暮、旅行先の御土産、貰い物の御裾分けなどのやり取りの中で、個人 の顔をひた隠す。建前は平等原理を引合いに、法事や祝い事などは大安などを 引合いにして物事を進める極く普通の人たち》になる。これを否定すると、 日本社会では、非常に生きづらくなる半面、アウトサイダーに徹すれば、 それなりに生きていける。その代償として(大変な人)のレッテルをはられる。 それに惑わされたくなけらば、自分の事業を立上げて、その中で唯我独尊で 生きるしかない。ただ、事業が傾くと、ふくろ叩きにあう。元もと、その接点 を最小にしておけば、馬耳東風で受流すことが可能。 要するに「世間とは 寝なければよい」だけのこと。父親は、『カス』の一言で切捨て、全く、気に しない風にしていた。他人とのラインを家族に引いていた明治男の典型。 〜その辺りの要約を抜粋〜 ≪ 歴史学者の阿部勤也は、「世間」のルールには主要に4つあるとする。 ☆贈与・互酬の関係(中元お歳暮などのお返し、)、 ☆身分制(年齢にこだわる、英語ではブラザー・シスターであり、 兄・姉を区別しないし、相手が大統領でも二人称はユーだ)、 ☆共通の時間意識(個人の時間意識が存在せず、人間平等意識で能力差を 認めない、皆一緒という同調圧力)、 ☆呪術性(クリスマス、盆の墓参り、お払いなど、信心深くはあるが特定の 宗教を信じるわけではなく、根底にはアニミズムや自然宗教の類がある) 1 贈与・互酬の関係 お中元やお歳暮が良い例。 相手との関係や上下関係を考慮して内容に差をつけるのも特徴的です。西洋には プレゼントの習慣はありますが、贈与や互酬を習慣として行うことはありません。 メールにしてもそうです、送った以上は相手もそれに返答しなければいけないと いう暗黙のルールがあり、LINEだと「既読スルー」などと揶揄されて気疲れする 原因にもなっていますね。日本人にはこのように「こちらがこれだけのことを したのだから、相応の返礼があって然るべき」という考え方を持っているようです。 2 身分制 憲法第14条で法の下の平等を謳っているにも関わらず、色々なカーストがまかり 通っているのが現状です。スクールカースト、学歴偏重、ママカースト、部落差別 などなど。表には出さなくとも、そのような差別意識が法律よりも強い影響力を 持っているのが日本の世間です。つまり憲法がタテマエになってしまっている。 西欧でももちろん差別はありますが、この場合は法的に「人権」を掲げて戦うこと ができます。個人が厳然と存在して「法の下の平等」が根幹をなす社会だからです。 しかし、日本は世間が強烈な影響力を持っている。だから、実質差別があっても、 それを覆すのが難しいのです。 3 共通の時間意識 出る杭は打たれる、ということです。 極論を述べれば日本人に「個人」はいません、これは西欧から輸入されて強引 に訳した言葉であります。みんな同じ時間を共有している、だから一人だけ 違うことをするのは許されない、みんな同じであるべきだという思想ですね。 能力差を認めないのも特徴的です。誰かが努力の末に結果が出なかったとしても 「運が悪かった」として、決して「劣っていた」とは認めない。人間には本来、 能力や才能の差があるものです。しかし、日本ではそれを周りにひけらかしては いけないという「人間平等主義」が支配的です。皮肉なものです、これほど あからさまに「身分制」が渦巻く世間で、表面的に平等を謳うのですから。 これでは多くの人が良く分からなくなり、病んでいくのも頷けます。 4 呪術性 合理的根拠のないルールが多いです。 大安に結婚式を挙げ、引っ越しを避け、友引に葬儀を執り行うことをしません。 大きな建物を建築する際には土地の神様に祈りますし、地鎮祭もする。 日本は先進工業国の中でも、異様に多数の古いものを保存する唯一の国。 合理的に説明のつかない俗信・迷信の類を尊重するのです。法律ではこのように 決まっているから、というのは「社会」という概念が醸成された文化でのみ通用 することであり、世間のルールが世の中を支配する日本では通用しません。 法律よりも呪術が強い影響力を持っている。 西欧では、このような俗信迷信の類、呪術性をとうの昔に否定しています。 一神教と多神教の違いも大いに影響しているようです。日本独特のアニミズム がこのような土壌を形成しているのでしょう。 ≫ ―― ▼ 一定量の経験と知識が人生には必要と最近、つくづく実感する。そこから、 知恵とか、新たな経験、知識が生まれ出る。 世間様から内実を隠し、目立つ ことなく無難に人生を過ごすことが、生きやすいのが娑婆。そうこういうが、 世間にしろ、社会にしろ、理解していると思いこんでいる妄想がベースにある。 その妄想度合いの高いのが世間人ということ。誰もかれもが、妄想の分厚い レンズを通して外界をみている自覚がないだけ。せめて自覚を持たないと! ・・そういうこと。 ・・・・・・ 4343,閑話小題 ーテレビの現状と未来 2013年02月05日(火) 先週金曜日のNHK・60周年記念「テレビの未来」について千人アンケートを しながらパネラーが討論する番組が面白かった。NHK以外の各局のディレクター も参加していたが、内容は冒頭からシビア。「現在のテレビはツマラナイ、 面白くない」と、街頭インタビューが辛口のものばかり。その上にTVを持たない 人や、不満の多さに各局のディレクターは言葉を失っていた。 無くて困るものの第一がパソコンで47%、携帯が24%で、テレビが22% には驚いた。これではテレビがパソコンに凌駕された結果になる。 私の場合、 「未来型のTV」を買い替えて二年半になるが、見るのは殆どが録画したものか、 再放送のもの。「テレビが面白くなくなった」「無くても困らない」という 街頭での意見が多いが、私は逆で、「スマートテレビ」に買換えて、バカ みたいだが、俄然に面白くなった。地デジの全番組を30時間分を自動的に 録画してしまう。ゴールデンタイム19時から24時までを設定すると、 6日間分の全チャンネルが自動的に録画される。それを週間のテレビ欄をみて、 面白そうな順に見る。2〜3日に一本の割合で面白いのが必ずある。 設定無しだと、全地デジの30時間分が自動録画され、時間が過ぎたものは 自動的に消去される。これに面白そうなBSの旅番組やWoWoWを録画しておけば 見切れないぐらいの面白い番組がストックされる。どんどん録画をし、どんどん 除去する。だから「面白くない番組がない」というのは、面白い番組を見逃して いることに彼らは気づいていないだけ。 実際、テレビに嵌るのは良くないのは 分かるが、面白いものは面白い。その上に、パソコンでも、TVでも、Youtubeなど の投稿録画を見ることが出来る・・ ネットゲームを知らない人と気ままに 遊びたくなってきた。 で、再びパソコン教室に通う時期が来たようだ。 居間では横にiPadを置き、TVドラマの合間にネット・サーフィンかゲーム。 ますます馬鹿になっている。 大馬鹿ならよいが、中馬鹿のようだから、 どうもこうも! 最近の話題はTVの内容が多いか。
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2018年02月04日(日)
『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * あっちに行った者たち < 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と 何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう 現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と 呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと 当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の 世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて しまったようだ。> < 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を 捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも 何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの 世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その 世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態 にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、 われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい 世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。 ― ▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、 (「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。 主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、 あっちの世界に同化した瞬間である。 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、 集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、 この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。 それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、 『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、 『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、 至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の 作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館 で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い 寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも 八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。 プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、 「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能? 副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。 蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる から不思議。 ーー 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、 よく言うよ。バカじゃないか。 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。 大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、 本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を しているから、言いたいことの少しは通っているよ。 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の 「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、 鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。 それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が 好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。 大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの 溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。 もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、 無心になってね。 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。
・・・・・・ 5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2 2017年02月04日(土) * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。 4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、 次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し 出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。 間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な 天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の 出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力 をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい 色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、 <スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、 気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。 秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。 経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の 機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに 見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 ――― 3237, 白川義員 2010年02月04日(木) *「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で 神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、 この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、 このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で 1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も 生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」 *「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で 凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで 凄い写真が出来るわけがない。」 *「世界は『使われなかった人生』であふれている」 *「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。 神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから 祈るしかないのだ…… 」 *「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」 〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。 「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から 次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる 切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。 天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。 その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の 秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。 「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は 出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が 最小に押しとどめてくれている。 ・・・・・・ 5074,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜2 2015年02月04日(水) 『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾忠則(著) * 単純ですから・・ 単純にも、様々ある。シンプルに物事の要点を考えるのも、『20対80の法則』 の20への集中と、同じこと。問題は、その組み合わせになる。服装一つとっても、 欧州では、黒が基調。そこに白か赤の小物をポイントに置く。 以前『すべては「単純に!」でうまくいく』ザイヴァート(著)を読んだが、 概要といえば【人は単純なことを複雑に考えてしまう? モノ、金、自身を シンプルにすれば、ストレスが消えてゆき、仕事も人生もラクになる。】である。 〜まずは、その辺りから〜 ―「私は単純ですから」と卑下とも謙虚ともとれる言い方をする人が結構多いが、 この人は単純の意味が解ってない場合が多い。「あんまり頭を使わない」という 意味だと思うが、単純こそ人間の究極の理想の姿じゃないかね。ぼくも一度は、 「ぼくは単純なんですよね」と言ってみたいものだ。 ーMay 10/2010 13:41 ― 人はなかなか単純にはなれないものだ。問題をあれこれいじくり回し、大抵 は複雑にしてしまうので、なかなか問題から開放されない。ーMay 10/2010 13:44 ― 単純って、いわゆるアホになること。黒住宗忠という江戸時代の神道の教祖、 ある時、手相を占ってもらった。すると「あなたの相はアホです」といった。 怒られるかと思ったら、忠神は「そうか、わしは長年アホになる修行をしてきた。 それが顔に表れたのか、実に嬉しいことだ」とおっしゃった。ーMay10,201013:49 ― 子供の頃、田舎で、「アホ・ボケ・マヌケ」と相手を罵って喧嘩をしたもの だが、このアホと黒住神のおっしゃるアホとは格が違う。 アホな政治家というアホは馬鹿というアホだ。 ーMay10,201013:59 ― ぼくの中にも複数のアホが住んでいるが、なかなか立派なアホになれないまま。 「ツイッターをやっている人間はアホだと週刊誌に書いてあったわよ」と瀬戸内 寂聴さんから電話があった。「私もやろうと思っているのよ」。折角悟った 瀬戸内さんが、ツイッターでこれ以上悟ることになるのかな。ーMaylO,201014:10 ▼ 単純といえば、カントの二番目の二律背反、『◎テーゼ:世界は単純な部分 から構成され、世界は単純なものか、またはその単純なものの合成されたものしか 存在しない。◎アンチテーゼ:世界はいかなる単純な部分で合成されたものでない。 また、世界に存在するものは単純なものを含まない。』がある。コンピューター が、飛躍的進化をしたのは、0と1の組み合わせの二進法をベースにしたから。 レーガン元アメリカ大統領が、問題に対し、重要度を3つ羅列させ、その3つを、 3つに分け、さらに3つに分けて報告させ、対応をしていたという。 ・・・・・・ 5438,人生で最も大切な技術 ー�押� 2016年02月04日(木) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 厄介な感情と、その治療法、 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」 の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。 何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。 〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。 ≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく 管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。 とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して 処方された特別の解毒剤で対応するというものである。 ・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、 それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。 二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として 利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって 決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。 ・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、 個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的 レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。 心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。 また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに 調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった 固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性 を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情 (例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を 熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。 ・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で 神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、 無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、 時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、 それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫ ▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。 ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。 ・・・・・・ 3967, 民主主義への疑問 2012年02月04日(土) * 近代日本の出発点に立ち返れ! 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著 最近の世界各国の紛争や、国内の政治を見ていて、信じて疑ってもみなかった 民主主義そのものに疑問を持つようになった。中国も、ロシアも体裁は独裁国家 ではないが、実情は独裁国家。 欧米は、隠れた独裁者はいたとしても、国家の トップは選挙で選ばれた首長が政治を司っている。民主主義は時代が安定の時には 有効だが、大きな時代の変わり目には厄介な代物になり、その使いこなす技は 非常に難しくなる。その民主主義について、分かりやすく書いてある書籍がある。 長谷川三千子著「民主主義とは何なのか」である。印象的部分を要約してすると、 ・ 民主主義とは「国民による国民のための政治」が、その基本形である。 だが、政治という道が、本当に最良だろうか、という疑問。この原理に従えば 従うほど、実は「国民のための政治」は遠ざかって行くという、逆説がひそむ。 ・ それは、人間という動物がイワシのようにリーダーなしに群れとしての 行動をとりえない生物で、町内の自治会ですらリーダーを要する。 指導者なしには政治は成り立たないが、「国民の、国民による」政治という 原理は、首相であり大統領であれ、全ての指導者は不順な夾雑物であり必要悪。 そのため常に、そこには指導者に対する不満がくすぶっている。国家が平穏の 時は、それでも、ちょうど水平飛行を自動操縦で飛行して何とか乗り越えるが、 ひとたび荒天が国家を襲うと、指導者がその能力を最大に発揮しなければ ならない時、深刻な危機にさらされる。飛行機が揺れているとうだけで、 操縦室になだれ込んで、操縦を妨げれば、どんな飛行機も墜落する。 ・ 民主主義はバイキンに似ている。それは強い伝染力を持ち、またたく 間に国境をこえて広まり、あちこちで出血性の発熱をともなう。 しかし、このバイキンを駆除すると、完全無欠状態で育てられて子供がひ弱に なってしまい、国の健康を害してしまう。独裁国家がそれ。 ▼ 日本の政治の混迷が、正に上記の弱点を曝け出している。 一年で首相交代が生じるのは、トップは民主主義では夾雑物になるため。 その期限が、日本の政治システムでは一年。それに情報化で、トップの威厳も あったものでない。しかし、世界的動乱に入ってしまった現在、何とか切り抜け なければ国家破綻が待っている。著者は、ここで明治元年の五箇条の御誓文に、 民主主義のバイキンの毒素を取り除き、それを最上の活性化酵素として活かす ヒントがあるとしている。 ーつづく
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| 6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3 |
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2018年02月03日(土)
<『人工知能の哲学』松田雄馬著> * フィルターバブルとは <インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先 され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。 米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。> Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。 便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者 にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ ゼーション’。 〜ネット辞書によると <パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。 消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション は成功への要件となりました。> ― 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この 「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の 味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的 にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖 社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。 大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。 老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、 うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、 ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。 10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と 確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、 泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。 で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった 直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の 付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、 言いたかった。 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的 に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。 その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方 もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、 「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって 重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生 しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を 気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。 寂しく、独りで彷徨っています。 ― ・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、 言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。 ・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ! ・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。 ・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。 それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね? ・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! ・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。 八つぁんは、バカぶっているバカ。 ・大家さん: 寅さんも良いこというね。 ・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。
―――― 4341, イタリア人と日本人、どっちがバカ? 2013年02月03日(日) 「イタリア人と日本人、どっちがバカ? 」ファブリツィオ・グラッセッリ(著) * 「南イタリア人と、日本の地方人、どっちがバカ?」 日本在住のイタリア人が書いた本だが、なかなか面白い。イタリアは、北と南 では民度が大きく違っていて、著者も、その一人だが、北イタリアはドイツを しのぐといも言われる。 南イタリアは北の植民地的存在で・・ 首都圏と、 他の地方とかいう日本の感覚に似ている。最近の日本は欧州のPIIGSと同じ レベルか、その下にまで成り下がってきた。まず、ーアマゾン〜内容紹介ーより 《 アメリカ型経済を真似て、私の国はメチャクチャです」。在日20年以上の イタリア人建築家ファブリツィオ・グラッセッリは、こう語ります。 敗戦後 の奇跡的な復興から、近年の政治・経済・社会の劣化、教育制度の危機、 アメリカ主導のグローバリゼーションまで長い歴史を誇りながらも、今では 「立派な」借金大国である日伊両国には多くの共通点が存在します。国家破産 に向かう今日のイタリアは、明日の日本の姿なのでしょうか。架空のイタリア人 一家(ビアンキ一家)。ミラノの工場で働き、賃金カットの危機にある ビアンキ氏と憧れの国日本にやって来るニートでオタクの息子。彼らを主人公 にストーリーが展開し、かの国で今、何が起きているかを描くとともに、日本 を少しでも良い国にするための、ウィットに富んだ提言を行っている。》 ー 要所を抜粋してみる ー ・「北イタリアだけを取り出してみれば、その経済の成長力や生産性の 高さは、ドイツよりも上で、事実上「ヨーロッパ随一」であることが、 よく言われます」(30頁)。 ・「お互いがギブ・アンド・テイクの関係で成り立つこうした縁故関係を、 イタリアでは「クリエンテリズモ」と言います。そしてイタリア人の 社会は、この縁故関係をもとにした、無数のいわば「利権集団」の集まり から成り立っています」(38頁)。 ・「イタリアは、近代国家建設の時点で、南イタリアを「絶対に」必要 としていました。・・・ それは、一種の「コロニアリズム」=植民地主義 だったと言って良いでしょう」(70頁)。 ・「今もなお、イタリア人が「あまり働かない」国民であるというイメージが 根強く残っているのは、はっきり言って「偏見」でしかありません。それは、 ヨーロッパの労働者について調べた具体的な統計にも、はっきり表れている」 ・「ベルルスコーニは ・・・ イタリアの政治の仕組みを、アメリカ型の 「新自由主義」に変えること、そして、イタリアの経済を本格的に 「グローバル化」するという使命を帯びて首相官邸に乗り込んで行ったわけ。 ・・ にもかかわらず、その政策遂行に当たって、ローマ政界の政治システム に頼らざるを得なかったのです。・・ 結果、ベルルスコーニは、彼のバック についていた勢力から見限られ、首相の座を降りることになった」(178頁)。 ・「彼らにとって、プライオリティーの最上位にあるのは、 「国際金融システムを、健全に保つこと」です」(189頁)。 ・「バブル経済の興隆と崩壊、そしてその後の「空白の20年」と言われる 時代に、一番大きく変わってしまったものは、日本人のメンタリティー だと私は思います」(207〜8頁)。 ▼ 青の洞窟内でイタリアの船頭が、カンツォーネの歌の合間に、 「がんばれ日本」と言っているのをTVでみた。北が南を植民地化しているのを、 この本で初めて知った。その視点からみて、日本も首都圏が日本を支配している。 ということは「地方は首都圏の御荷物」であり、「南イタリア人と、日本の地方人、 どっちがバカ?」の質問になる。その首都圏も8年以内に100%、直下型地震がある ・・「人からコンクリート」は、埼玉周辺の副都心造りが最重要になる。 何がオリンピックか! まだ高度成長期のバイアスが罹っている石原。 戦後日本のバイアス(偏見)そのもの。 ・・・・・・ 5073,閑話小題 〜夜明けのスキャット 2015年02月03日(火) * 夜明けのスキャット ――前日の夜半(2時半位)、半睡状態の中、淡い金色の球体を思い浮かべ、 その中に入り横たわるイメージを持ったいた。暫くすると、何と20歳代 半ばの金沢時代にスリップをしていた。何故か、金沢時代の写真が一枚も 残ってなかった。境遇的には、どん底だったが、そこは金沢。人間関係も、 華やかで、職場も美人が多く、楽しい面白い時間を過ごしていた。 夢の中の人達は、さらに光り輝いていた。一番辛い時ほど、裏腹に楽しい ことが張り付いている。それから40数年後に、こんな夢を見るとは、 そろそろ危なくなってきたか? 当時は、「嫌なこと3つに良かったこと、 1つ」だったが、だから、輝くのだろう。それにしても、ほぼ忘れていた 当時の人たちの姿形が、映像として輝き現れ出るとは、脳は不思議である。 ――で、今朝方の夢は恐ろしい物語。半睡の中、同じように金色の球体に 入って暫くすると、丸の内の大きなオフィスビルのロビーに、誰か二人と 居た。ところが、トイレに行きたくなって、外に出たが、見つからないため、 戻ってきたが、二人が見つからない。そこでビル内を探していると、 小さな部屋がある。そこに一人の男が居て、『何で自分が、こんな部屋に 居なければならないのだ!』と叫びながら出て行った。どうも、閑職に 追いやられたようだ。そこで、再び探し回ると、違った部屋に入った。 そこに10人位の人が、ノウネクタイのYシャツで、並んで立っている。 机は有るが、椅子がない。そこは退職を促すタコ部屋。 その内の一人が突然、『謝って元に戻してもらいたい!』と叫び、 入口にいくと、自動的にドアが開き、出て行った。監視カメラがあって、 外出を認めれば出れるようだ。その後、数人が出て行った。 そこに、昼休時に数人の女性がジャケットを持ってきた。寒いらしい。 オフィスビルを探しまわった結果、そこで、サラリーマン残酷物語を 垣間見たみた夢だった。 ――何ゆえに、こんな夢を見たのか? その直後、考えてみたがサッパリ 分からない。あの10人がうな垂れた暗い部屋!何だった? それぞれ、 色いろあったのだろうし、辞められないのだ。実際は、これより酷いはず! ――今になって気づいたが、前日の夢と関連付ければ、当時の私のドン底の 心象風景が、この10人と同じ? 夢は結構、複雑な己を自分に提示する。 夢分析とは、成るほどこれか!前段(前日分)が、光、輝き。後段が、 その背景の暗闇の物語。ビル内を探し回って見たものは、当時の自分の姿。 とすると、あのジャケットを差し入れしてくれたのは? 辛いほど、 人には優しくなる。 同時に、人から優しくされる。これが娑婆! ・・・・・・ 5437,人生で最も大切な技術 ー�院ヾ蕎陲寮� 2016年02月03日(水) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 感情の川 感情といえば喜怒哀楽を思いつくが、そこに感激、感動、感謝という 「魂の感情」を加えることができる。人生は、その質量で大方決まるが、 これも本人しだい。人の心の内側は、他者からはハカリ知ることはできない。 「感情の川」とは、言いえて妙。淀んだり、激流だったり、穏やかだったり。 ≪・情念が心の最大のドラマであるなら、それを演じる役者は感情ということ になる。人生の最初から最後まで、さかまく激流のように心の中を駆け抜け、 無限に近い数の幸福と不幸の状況を決定する。この激流をなだめる必要がある だろうか。そして、それは可能だろうか。可能ならどのようにすべきだろうか。 ある感情は、生気で一杯に満たしてくれるし、別の感情は、しばしば神的健全 性を損なわせたり、萎ませたりする。 エウダイモニアというギリシャ語がある。これは「幸福」と訳され、生気に 溢れ、満足し、達成する、などを意味する。他者の幸せに向けられる愛、他者の 苦しみに関心を示す思いやり等の思考と行為は、幸福を生みだす滋養のある感情 の例である。極端な要求、貧欲、憎悪などは人を消耗させる感情の例である。 破壊的な感情を払いのけて、建設的な感情を強める方法はあるのか。・・(略) ・仏教には、多種多様な精神的事象を表現する用語が実に豊富に存在する。 にかかわらず、古来より仏教語には感情そのものを表現する言葉が一つもない。 それはおそらく、あらゆる種類の精神的活動(合理的な思考を含む)は、快楽、 苦痛、無関心などの感覚と結びついている、という仏教的考え方に起因して いるものと考えられる。愛とか憎悪などの最も感情性の強い状態は、破壊的な 思考と一緒に生じる。 感情という言葉は、ラテン語の「動く」を語源としており、有害、 どちらでもない、ポジティブな思考等、心を動かすあらゆる感情を含む。 感情は、心を条件づけ、特定の見方を採用するように心を促す。・・(略) ・感情分析の最善の方法は、内省と自己観察である。 分析の第一段階は、感情がどのようにして生じたかを突き止めることである。 ここでは、精神がどのように活動するかを注意深く見つめること、破壊的な 感情と幸福を育む感情とを区別すること等が要点となる。この分析を繰り返し 実行することは、精神障害の状態を好転させる、最も重要な準備作業である。 仏教徒は、この作業を遂行する方法として、厳格な内観を行うことが要求 される。具体的には、精神を集中し、思考の透明性を高めるための修行である。 このアプローチは、近代心理学の草分け的存在であるウィリアム・ジェームズ が開発した「持続的で自律的な集中力」に似ている。ジェームズは、自律的な 集中力を数分以上維持することが可能かについては疑問視していたが、仏教の 瞑想者たちによって、この能力が大幅に改善できる。・・(略) ・仏教では、感情処理の唯一の目的は、人間に根源的に備わった苦しみの原因 から自らを解放すること、と教えている。特定の精神的な出来事は、いかに 強いものであろうが、どのような状況で生成されたか、などとは関係なしに、 常に苦痛を伴うという原則に出発点を置いている。特に、欲望(渇望やひどい 苦痛を伴う貧欲の意味での)、憎悪(害を加える意思)、妄想(現実を歪めた見方) など、基本的に「心の毒」となる三つの精神的プロセスにこの原則は該当する。 仏教では、自惚れ、羨望もこれに加えられる。これら五つの心の毒は、六十余の ネガティブな心の状態に結びついている。仏教では、その他に「八万四千の ネガティブな感情(煩悩)」があると説いている。・・ ≫ ▼ どうも歳を重ねると、否定的な人の感情に引き込まれるケースが 多くなる。そういう私も、その自覚がない。この夜半にみた夢が、これ。 <刑事と、知人と、何処かの軒先で、近くでおきた事件の話をしていると、 若いお母さんが来て、「内容がまる聞こえで、子供が怯えているので、 遠くで話をして下さい」と悪そうにいう>目が覚めて、「ここで好き放題に 語っている内容の自己批判?」と思ったが、全身全霊で内観した目で社会批判 をすれば、何処かで人を傷つけて当然だろう。しかし、基本的な心の毒の、 欲望、憎悪、妄想の垂れ流しの怖いものみたさもある? で、偶然だが、 去年の以下の恐ろしい夢が、これ。 得体の知れない自分の心の底が、垣間 みれる。内観そのものである。 この偶然の脈絡の繋がりに驚かされる。 当時、感情の激流が渦巻いていて、その激情は、今でも深く渦巻いている? 〜読返してみて、そこにも生身の自分がいて、現在に繋がっている。 傷が深いほど、人は癒され、恩寵を受けるようである。 ・・・・・・ 5803,閑話小題 〜プロゲーマーという職業 2017年02月03日(金) * 4ヶ国5人のプロゲーマー達のリアルなドキュメンタリー 何気なくWoWoWの番組表を見て、私の知らない世界に惹かれてみた。 これも21世紀の世界? ゲーマー同士の闘いを会場にある大画面のモニターで 公開。数百人のギャラリーが、一対一のロボットの格闘技を息をのみながらみる。 入場料が1500円というが、ゲーム好きギャラリーは安いぐらいという。ここで、 ラスベガスの大ホールでの格闘ゲームを紹介していたが、アメリカではプロが多く、 それぞれのスポンサーがつき、強ければ豊かな生活が可能という。 〜ネットの紹介文より〜 ≪ WOWOWドキュメンタリー番組『格闘ゲームに生きる』は、 4ヶ国5人のプロゲーマー達のリアルなドキュメンタリー。 2016年5月2日にWOWOW制作のドキュメンタリー番組 「国際共同制作プロジェクト格闘ゲームに生きる」の完成披露試写会が渋谷 の「Red Bull Studio Tokyo Hall」にて行われました。このドキュメンタリー 番組では、『ストリートファイターシリーズ』の競技シーンで活躍する4ヶ国 5人のプロゲーマー達の2014年から2015年の1年間にわたって戦い続ける生き様を 収めたものです。今回のドキュメンタリーでは、各選手の歩んできた道のりや 現在の心境などが本人から語られています。 ”遊び”として一般的に捉えられているゲームを職業としているプロゲーマー ですが、現在に至るまでのストーリーや苦労は人それぞれでプロゲーマーの真に 迫る人間ドラマになっていると感じました。 更には、主役となるEvil Geniuses所属のももち選手には24時間密着の期間や 1回の電話では2時間も話すという熱心な取材がなされ、非常に”濃い”内容の ドキュメンタリー番組となっています。試写会の司会を行った格闘ゲーム実況の アール氏によると、業界にいる人間も聞いたことが無いようなトッププレイヤー 達の裏側が語られていたとのこと。 また、本編中では、プロゲーマーの道を切り開いてきた梅原大吾選手と アメリカのジャスティン・ウォン選手による伝説の1戦も紹介されています。≫ ―― ▼ ラスベガスでは1000人以上のゲーマーが集まり、優勝に向け競う。 そして、決勝戦が、ゲーマーとギャラリーの前で、モニターを通した 闘いに会場が沸き上がる。それが何とも奇妙に思えるが、ゲーム好きの人に とって、たまらなく面白いのだろう。ロボット同士の闘いだけでなく、戦場での 殺戮のゲームも当然、多くある。 アイドル仮想歌手の初音ミクに5千人熱狂 ライブの様子をニュースで見たが、これに匹敵する驚き。 ゲームの意味を調べると、 〖「特定の規則の上で行われる参加型の娯楽・競技」を意味する 英単語。 主に「遊戯」「遊び」「試合」などと訳される。〗とある。これにバーチャル が絡むから尚のこと面白い。自分を現実世界で、コマにして楽しめれば、尚の こと面白い。 『人生ゲーム』というのもあるが… 今度、地球の光を観てあるく、『ツアーゲーム(秘異境ツアーゲーム)』 をテーマにして書く予定。 重なる文章は多く書いてあるが。
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| 6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2 |
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2018年02月02日(金)
<『人工知能の哲学』松田雄馬著> 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代 の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。 △ 人間に出来て、機械に出来ないこと ≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」 と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の 「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと 考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。 機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。 私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには 「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境 (状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が 必要になる。それが人間たる由縁である。 ― △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと ・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」 といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫ ― ▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。 奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる 蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、 そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、 個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と 言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の 「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた 動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の 人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、 即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ 現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。 中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、 それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。 彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然 戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、 盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。 ―― 熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。 寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。 大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。 八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人 から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。 大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。 これが現実としてね。 神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に! 熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。 大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。 神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。 寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。 八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。 熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。 それとも? ―――――― 5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1 2017年02月02日(木) <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族 佐藤 直樹 (著) > * 世間とは何か? 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。 「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に 目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた 常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の ‘社会’が根付かなかったという。 ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな 島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」 の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも 情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。 いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。 〜まずは、内容(Amazon)より〜 ≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、 あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。 「世間学」で読み解く日本の実像。≫ 〜あるレビューより〜 <解りやすく要約してある> 《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。 そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会 (タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。 日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」 をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。 98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名 報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、 その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」 としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や 会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」= 「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き 込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは 小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。 こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法 改正案が国会に提出される。 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、 99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて 日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように 世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に 内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという 「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に 29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に なり、世の中全体が保守化している。 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、 互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、 堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の 親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に 示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」 か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、 はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、 「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。 それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理 やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を 得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、 ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫ ―― ▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、 それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。 とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、 身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが つかない中国人の特質のように… 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。 ・・・・・・ 5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7 2015年02月02日(月) 『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著) * 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な 疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と! と断言している。 〜その辺りから ≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化 するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。 しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた 中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク 『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を 四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた 恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、 ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が 人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ 進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が 行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル 解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、 進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、 進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と 起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。 地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、 人間が再生することはない。・・・ ≫ ▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた 結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。 ・・・・・・ 4707,<つまずき>の事典 〜分別 ー2 2014年02月02日(日) <つまずき>の事典> 中村邦生編著 * 何ゆえに神はノアの方舟に人間を選んだのだろう? 『ノアの箱舟の上で俺たちは絶えず不可解な気持ちで頭を悩ましていたんだ、 どうして神は他の明かにもっと優れている候補をさしおいて、人類を被保護者と して選ぶことになったのかって。神がもし他の種を選んでいたら、そのほとんど は人間なんかよりずっと忠実なことに気づいただろうさ。もしもゴリラを支持 していたら、神への不服従にしたって人間の半分も犯さなかったんじゃないか。 そうなけりゃ第一、洪水だって起こす必要はなかっただろうね。一バーンズー 箱舟の密航者であるキクイムシが語っている一節。{神が「人類を被保護者 として選ぶ」ことにしたのは、地球環境から言えば取り返しのつかぬ〈過失〉 であったのは間違いない。したがって、あるフランスの皮肉屋の次の言葉は、 紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿であることを自慢している。しかし 猿は祖先が人間であると決して自慢などしないだろう」。したがって、ある フランスの皮肉屋の次の言葉は、紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿で あることを自慢している。しかし猿は祖先が人間であると決して自慢などしない だろう」。』 ▽ 人間こそ、地球の大気圏の生物にとって、ガンそのもの。 * 分別 『どんな愚者でも真実は言えるが、嘘の上手のつきかたには、分別のある人間 である必要がある』 ーサミュエル・バトラー ▽ 今まで平気で真実を誰かまうことなく公言してきた。それも常に上から 目線で! 時と場合で、嘘と真実を混ぜ合わせて語ることこそ、分別ある 人間のすること。そうこう考えると、この随想日記の公開は非常に危険。 真理と真実を直感したまま書き続けると、分別がついたように錯覚に陥るが、 愚者の真実は気違いに刃物? 相手を思いやる嘘こと必要である。 * 失敗には安らぎがある 『それは前に数学の試験に失敗して、かえったほっとし、解放感があった時に 似ていた。失敗というのは明快で、そして確実なものだ。確実なものの中には、 いつも安らぎがあるのだ。』ートルーマン・カポーティ「最後の扉をしめよ」 ▽ 強がりか、居直りかもしれないが、<つまずき>の半年辺りから、奇妙な 心の安らぎが出てきた。不確実な日常の45年間の緊張が切れたこともあるが、 この安らぎは思いの他。私自身が招いた因果応報と認めれば、人の思惑など 考える必要もない。実際に経験してこそ分ること。「会社を綺麗に後継者に 引渡すより、全て失い独り佇んでいる方が良いのでは?」と思ったのは、 確実なものの中に心の安らぎを感じたため。前者は解放はされなく不安が 常にまとわりつく。 道理は何処も同じ!である。
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| 6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1 |
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2018年02月01日(木)
<『人工知能の哲学』松田雄馬著> * 「知」とは何か? 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。 自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中 から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的 ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、 道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜 ≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を 作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、 「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う 道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」 であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。 強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す) 弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、 「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。 この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。 <ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが 出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、 作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で 仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。> ―― ▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、 身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。 1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。
・・・・・・ 4706,<つまずき>の事典 ー1 2014年02月01日(土) <つまずき>の事典> 中村邦生編著 図書館内を彷徨っていると、そこに住む天使が、その時どきの最適な本に 導いてくれる。今回は、これ。そろそろ節目も終わり、切り替え時期。 冷静に<つまずき>を見つめ直すに丁度よい本である。 新たな創造前には、崩壊が必要。この挫折経験から、傍からみえた現象は ワーストだが、私の人生にはベストと仮説をたてると、そう思える。 「これまで信じていたことが、ほぼ全てが間違っていたのでは?」という 視点が、大きな収穫。実際に経験すればこそである。 ーアマゾンの内容紹介ー 【 世の中楽しいことばかりじゃない!様々な挫折があればこそ生まれた 名言・名句の数々。"つまずき"の中に人生をみつめ、自分の失敗を笑う 勇気がでてくることばのアンソロジー。英米・日の文学作品・映画・芝居や ヒットソング・広告コピーから選んだ237句にスパイスの利いたコメントと 原文を添えた。小さな文学事典を兼ねた作家・作品案内でもある。】 * 新たなチャレンジに迷っている時に 「君はこれまで何度も失敗した、覚えてはいないかもしれないが。 はじめて歩こうとしたとき 君は転んでしまった。はじめて泳ごうと したとき 君は溺れそうになってしまった、そうだったろう?」 ▼ 転ぶことも人生の一部。自分の手と足で立ち上り、新しい人生に歩き出す チャンスでもある。つくづく実感したのは、私にはこれがベスト!ということ。 で、次のチャレンジは?そう、あれ? いや、まだまだ、楽しみが足りない? * 世界の涙の総量は一定なのさ 《『世界の涙の総量は一定なのさ。だから、誰か一人が泣きだすたびに、 どこかで別の誰かが泣き止むんだ。同じことは笑いにもあてはまるよ』と、 サミュエル・ベケット(二十世紀を代表するアイルランドの文学者)は、 ある登場人物に言わせています。もし自分が悲しみに沈んでいる状態にある とすれば、この世界の誰かのところにあった涙がたまたま自分のところに 集まっているのに過ぎず、そのことによってその人の悲しみや苦しみを密かに 和らげていることになるからだ。もちろん逆の喜びの総量に関しても同じことが 言えるだろう。涙も笑いも実は私たちすべての者が分ち持っているのである。》 ▼「泣いても笑っても同じ空」 (ノ∀`)っても(;_;)ても、同じなら、 笑っていた方が良いが、時に悲しみも必要。「人生、あざなえる縄のごとし」 で、哀しみも、笑いも、同じ束の藁。それが人生。そう思えば、冷静でいられる。 喜怒哀楽のどれもこれも、人類の一定量の共有物と思えば、バランスをもって、 引き出せばよい。ところで、私の人生には哀しみが足りなかった! 実感として、 「喜3、怒2、哀1、楽4」の割合。楽の4を2にし、哀を3で丁度良い?で、 神様は、この結果を与えた!が、今で2? いや1のまま? σ@(゚∀ ゚) クルクルパ ・・・・・・ 5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 2017年02月01日(水) * 冥途の土産に ・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの 録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月 経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に 秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。 決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、 やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。 奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。 これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、 何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 ・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから 終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に した世界に変っていた。 ・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される 力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。 ・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像 を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、 葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が 違う」と聞いた情報。 ・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像 世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では 圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。 「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」 ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった ためという。 ・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代 になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。 ・・・・・・ 4339, 自己とつきあうということ −5 2013年02月01日(金) 「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著) ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。 * ブッダが説く「自己制御」の必要性! ▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 ▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。 ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 ▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、 邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。 ▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を 巧みな比喩でいいう。 * 自己を乱す力! ▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、 制御されなければならないものであった。 ▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる としても、注意を促している点は共感できる。 ▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。 そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。 ・・・・・・ 5435,人生で最も大切な技術 ー�� 2016年02月01日(月) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * セルフの分解 セルフをネット辞書でみると、 ☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、 ☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。 ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜 ≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。 個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、 というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。 ・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態 を経験するのが「私」である。 ・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。 『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略) 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、 「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、 複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化 を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。 環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を 受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫ ▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、 飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼 のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、 「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。 「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、 そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。 その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、 どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? ・・・・・・ 5071,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜1 2015年02月01日(日) 『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾 忠則(著) ツイッターを、そのまま本にした面白い本である。たしか糸井重里の 『ほぼ日刊イトイ新聞の本』という、同じようなHPサイトの舞台裏や 対談などを書いた本があったが、この著者・横尾の呟きは、どのページを ランダムに開いても、引き付けられる内容である。その場で思い浮かんだ 雑念?を、そのまま公開することで、それ自体を価値ある素材にしようと している。私の随想日記は、一応、起承転結に捉われているが、ただ、 思いのままの雑記。だからこそ、光っていて鋭い。そこで、時系列でなく、 ランダムにパラパラと開いて感応した箇所を拾い上げてみる! ――人生の中で一番初めに自由になった! と思ったのは父が死んだ時だった。 その次に自由になったのは母の死だった。 May 10/2010 13:14 愛情は実は執着だったことをその時初めて知った。 愛は相手を自由にさせるが、情は相手を束縛する。 May 10/2010 !3:21 ▼ 私にとって父親の存在があまりに大きかったため、父の死に自失呆然。 その時、創業準備を父親と供にしたこともあり、その死は、『さあ、 これからは、お前一人でやりなさい!」というタイミングになった。 そして、孤独、自由の中の決断の恐ろしさ、不安が、そのままエネルギー の源と知ることになった。 それから24年後の母親の死。これも、哀しい 出来事であったが、ただ姿が見えなくなっただけで、極く近くにそのまま いるようで、今でも数ヶ月に一度は夢に出てきている。「愛情は執着」とは、 成るほど! 準備を含めた45年の事業人生、結果のいかんに関わらず、 離れてしまえば、夢幻。執着、後悔、無念など、跡形も無くなってしまう。 残ったのは、行蔵の記憶と、幾つかの書類のダンボールと、冷たい視線だけ。 だからこそ、むしろ、胸の中で愛おしまなければ、生きてきた甲斐がない! 父母の愛情も、子供にとっても、親にとっても、執着。まず、第一歩は、 そこから離れることだが・・ 愛も、情も、人にとってのベース。 何をしてきたのだろう、お前は! 外は雨と共に風が吹いている。 で、昨年、一昨年の、以下の内容に続く!偶然だが、お後が宜しいようで? ・・・・・・ 3964, ゲーミフィケーション ー2 2012年02月01日(水) 【ゲームが未来を救う!?〜広がるゲーミフィケーション〜 25日NHK・クローズアップ現代 】 * 結構、面白いゲーム化 私の趣味の一つが「秘境・異郷ツアー」だが、いや、だったが? 回数を重ねるにつれ、いつの間にかゲーム化になった。旅行中の楽しみの一つに ツアー仲間の情報交換があるが、ベテランほど旅先をゲーム感覚で構成している。 パリ、ロンドン、ローマとか都会文化を楽しむ都会派。 アフリカ大陸専門の サファリ派、南米派、インド派、シルクロード派、秘境・異郷派など、それぞれ の趣味に合わせて行き先を組み立てていく。そして、まず予算と行き先の選定、 旅行代理店のツアーの選定、そして、旅行準備。それが面白く楽しい。 それで一ヶ月は楽しめる。そして旅行中の10日間、帰ってから、写真や資料の 整理の一ヶ月で、大よそ三ヶ月近く楽しめる。その上、行った先は、毎日何処か のTV局で放送している。見るたびに、その旅行の延長にいるような気持ちになる。 何ごともゲーム化をして楽しめば、それが記憶をパッケーをする効用になる。 「面白くなき世を面白く」は、自分の経験を、上から目線でゲーム化することと 同じ。その意味で、ゲーム化は日常生活を面白可笑しく活きるノウハウでもある。 ゲーム機メーカーや、ゲームソフトメーカーには、大きな事業チャンスが限りなく 広がっている。ゲーム機メーカーが、ブルーレイ録画を売り出したが、これなど、 その典型。ゲームは、簡単に知恵が発揮できる場面を提示してくれる。 面白いとは知恵を発揮し生じる感情である。ゲームといえば、最近は聞かなく なったが、「マネジメント・ゲーム」があった。 社員教育のソフトで、 各自が会社を設立して、戦略をたて、市場の想定をした基盤の中で競争する。 企業とは何かを知るに、もってこいだが、麻雀や将棋を多くこなしたものが有利。 私は経験ないが、「人生ゲーム」というのもある。これも若いうちにやって おけば、人生を鳥瞰でき、目先にとらわれない生き方が出来よう。 男女の遊びをゲーム化しているのもいるが。「準備のゲーム化を手順に入れる 習慣」に、人生の秘儀があるようだ。平凡な一日をゲームと生きるとしたら・・
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