堀井On-Line



5373,楽しむことを人生の目標に 〜④

2015年11月30日(月)

   * シリアスで、面白い格言
 自虐的な格言ばかりだが、鋭く心の弱点を指摘しているものばかりを、
選んである「面白い格言」集があった。 老いるとは、神の視線で、己の
生涯を振り返る視線を持つこと。そこから目を背け、他人に対して、悪魔の
目線で批判をしたがる。それが老いの厭らしさである。ある時は、神様。
ある時は検事に。ある時は、優しい天使に変身、漂う老境は、寂しい。
≪ ・馬鹿には会いたくないというのなら、まず自分の鏡を壊すことだ。
   〜フランソワ・ラブレー(フランスの人文主義者、作家/1483〜1553)
・もし神様を笑わせたいのなら、君の将来の計画を神様に話してごらんなさい。
 〜ウディ・アレン(米国の映画監督、俳優、脚本家 / 1935〜)
・我々は、幸福になるためよりも、幸福だと人に思わせるため四苦八苦する。
 〜ラ・ロシュフコー(フランスの貴族、モラリスト文学者/1613〜1680)
・人は自分の友に秘密を話すが、その人にもまた友がいるのだ。
 〜トルストイ(ロシアの小説家、思想家 / 1828〜1910)
・母親は子供を男に育て上げるのに20年かかるというのに、他の女性は20分で
 男をバカにしてしまう。〜ロバート・フロスト(米国の詩人/1874〜1963)
・見て見ぬふりして下さい、先生、何年かたてば笑い話ですから。(マーシー)
 人生って買い物カートみたいなものなの!私たちひとりひとりカートを
 もってる、そして世界はスーパーなの!世界はすばらしい物でいっぱい…
 あなたのカートを押して行くのよ、チャーリー・ブラウン! (ルーシー)
 〜チャールズ・M・シュルツ(米国の漫画家、スヌーピーの作者/1922〜2000)
・私を会員にするようなクラブには入りたくない。
 〜ウディ・アレン(米国の映画監督、俳優、脚本家 / 1935〜)
・いとしい女にはあんな長所、こんな長所があると君が信じて疑わないのは、
 ひとえに想像力のなせるわざである。
 〜スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』著者/1783〜1842)
・お世辞を言うには金がかからないが、大多数の者はお世辞に対して大金を
 支払っている。 〜トーマス・フラー(英国の聖職者、歴史家/1608〜1661)
・私の一番つらかった戦いは、最初の妻とのものだ。
 〜モハメド・アリ(米国の元プロボクサー /1942〜)
・医者は人間を弱いもの、
 弁護士は人間を悪いもの、
 牧師は人間を愚かなものと見る。
 〜ショーペンハウアー(ドイツの哲学者 / 1788〜1860)
・勇敢の誉れ高い人のなかには、ただ逃げるのが怖かっただけの人もいる。
 〜トーマス・フラー(英国の聖職者、歴史家 / 1608〜1661) ≫
▼ 「お世辞」を、いかに巧妙に言えるかどうかが、知性? そうじゃない?
  ー世界はすばらしい物でいっぱいのスーパーなのー も良い。
 こういうのはどうだろう。《世界は、大都会なの。コンビにも、スーパーも、
百貨店も、高級専門店もある。逆に、下町には貧民街もある。世界は、喜びも、
悲しみも、いっぱい詰まっているの。別に買わなくてもいいから、チャンとした
身なりの服装と、身すぼらしい服装を二着と、少々のお金を持っていれば、
何処に行けるの。良くないのは、少々の金と、一着しか、持ってないことよ!
その世界しか知らないのは、不幸と幸福が裏腹ということが知りえないからよ!》
・・・・・・
2014年11月30日(日)
5008,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜4
         『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺時夫(著)
  * 治療を後悔する人が多すぎ
 読むにつれ憂鬱になるのが、病院経営の利潤が優先され患者はグチャグチャ
にされる実態?である。父が亡くなる直前にポツリといった一言、「あんなに
苦しむなら、手術をしなければよかった!」 死を覚悟した時、「どのみち
助からないのに、あの激痛を長時間も耐えなければならなかったか?」
の疑問が生じるのは当然。 ー治療に対する後悔する原因を要約するとー
・ここで外科医だった当事者の著者が、末期ガン者の手術のやり過ぎの実態に
 強い疑問を投げかける。 転移している場合、根こそぎの切除は不可能に
かかわらず、大掛かりな手術をするケースがあまりに多い、と。 食道ガンの
名医が、転移している膵臓ガンも切るため、その方が好い加減な手術になる。 
・日本では、「手術して直る可能性が高いのか」「再発する可能性が高いのか」
「再発するならどれ位生きれるのか」などを、医者が説明せず、患者の方も医師
に質問しないのが普通だが、欧米人には考えられないことという。
・抗がん剤が効くのは、ある種の白血病、悪性リンパ腫、睾丸ガン、小児ガン、
7割位の人に有効で、5年生存率も6割を超えている。問題は、それ以外のガン。
延命効果があるのは10人に1人。著者が外科医だった頃、試みた中で殆ど
効果はなかった。新薬治験という誘惑があるが、これも薬品会社のモルモット
かわりか、法外の費用になる。新薬治験効果があった話はほぼ聞かないという。
・また民間療法も、あまりの法外の費用面で、「一千万単位の借金を背負った」
 という話があまりに多いとか。家族が苦し紛れで、自宅を抵当に入れケース。
これなど、少し冷静に考えれば、効果などある訳がないが、溺れるもの藁をも
すがるで、家族全体が破滅に向かう。代替治療という‘無法地帯’が、世の中
にはある。岩盤浴、低周波装置、ガン免疫療法などなど、幾らでもある。
しかし、著者の知る限り、全て効果は無かったという。
▼ 高齢の転移したガンの手術は考えた方がよいことになる。治療の後悔も、
 情報と知識不足が原因。それで目先は助かっても、長期間の苦しみが待ってる。
人生の晩年は、厳しい『生老病死』が待つ。やはり「手遅れで余命半年」が、
一番良い? その瞬間から地獄のような日々になるが、これも人生。同年代の
4人に1人は、そうして逝った!どうしたら良い?今を充実させ、楽しむしかない。
「死んで花実が咲くものか」で、死にかける前に、元気なうちでなければ、再び
よい目に会えない。さて今日は何を楽しもうか?面白そうなことは幾らもある・・ 
・・・・・・
2013年11月30日(土)
4641, 閑話小題 ー「考えないこと」こそ罪
 朝日新聞の‘論壇時評’で、作家の高橋源太郎がー暗い未来「考えないこと」
こそ罪ー をテーマに書いていた。「馬鹿な考え休むに似たり!」としても、
社会の常識を疑い、逆照射をしたり、哲学書を生半可とても、融かすように
学び続けるしかない。だから、考えようとしない人は直ぐに分る。まともな
順にA,B,Cと分け割り切っている。その全ては過去の自分の行蔵に含まれており、
険しい山道の道標の自分の姿でもある。死刑囚の『無知の涙』永山則夫著
という書があるが、「考えないこと」からくる罪は、無知から生まれ出る。 
過去の記憶のフラッシュは、B,Cの自分の行蔵が殆ど。他人の評価は別として、
私自身としてAに到着したのは、還暦辺りか、それとも65歳の辺り。
いや、Cのまま? ABCが混在しているのが人間だから人生は面白い。 
経済震災と自然震災もあって? この結果に終わり、あたかもオセロの白駒が、
黒駒に変わったような経験をしてから、更に考えざるを得なくなっている?
筆者は「日々の暮らしに目を奪われ、考えないことが、如何に罪を積み上げて
いくことを知るべき」という。   ーその辺りの一部よりー
《「憎悪の差別語をまき散らして憎悪をかき立てる『凡庸な悪』と、社会は
如何に向かい合うべきか」の座談会の出席者たちは、いわゆる「在特会」の
「朝鮮人は死ね」といったヘイトスピーチの主張に、かってハンナ・アーレント
がユダヤ人虐殺の中心人物であったアイヒマンについて語った「凡庸な悪」を
見いだす。深みのない「凡庸な悪」であるからこそ、底無しに広がってゆく
可能性があると指摘。彼らは特殊なのではない。
 私たち社会の中に、彼らの考えに同調する素地があるのだ、と。
だが、その「凡庸な悪」に染まり、世界を滅ぼそうとしているのは、「在特会」
とそれを支持している人たちだけなのだろうか。アーレントは、アイヒマン裁判
を傍聴し、彼の罪は「考えない」ことにあると結論づけた。
彼は虐殺を知りながら、それが自分の仕事であるからと、それ以上のことを
考えようとはしなかった。そこでは、「考えない」ことこそが罪なのである。
私たちは、原子力発電の意味について、あるいは、高齢化や人口減少について
考えていただろうか。そこになにか問題があることに薄々気づきながら、
日々の暮らしに目を奪われ、それがどんな未来に繋がるのか「考えない」
でいたのではないか。だとするなら、わたしたちもまた「凡庸な悪」
の担い手のひとりなのかもしれないのだ。》
▼ 年末年始になると、中学、高校、大学、そして趣味などの忘年会に出席。
 学歴が上がるほど、「凡庸の悪」の人が間引きされ?少なくなる。それが、
その場の空気を綺麗にする。「凡庸の悪」の傾向の強い人は、とにもかくにも
考えない。その代わりに、他人との比較と噂が主たる世界。そこから出る毒ガス
で脳が侵され、噂を嘘に変えていく「凡庸な悪」の担い手、無知の涙に浮かぶ
シラミ。で、どの会にも一定の割合で存在する。逆に「考えるとは何か?」
という問いかけは哲学の問題。「考えないことの罪」は、人類そのものの原罪。
だから、人は学び続けるしかない。その結果、我が内なる(過去・現在)B・C
に出会う。その姿を見ている視線が、Aなる自分、考える自分になる。
・・・・・・
2012年11月30日(金)
4276, 100の思考実験 ー2
「100の思考実験:あなたはどこまで考えられるか」ジュリアンバジーニ(著)
   * ギュゲースの指輪
 印象的だったのは「ギュゲースの指輪」である。
  〜ウィキペィデアに次のようにあった。
≪ カンダウレス王の治めるリュディア国に住む牧人のギュゲースはあるとき
 地震にあった。地震の後に畜群を放している山の手に洞窟を見つけた。
入ってみると中には玉座に遺体が置かれていた。その遺体は金の指輪をしており、
ギュゲースはその指輪を盗み出した。戻ってきたギュゲースは指輪を身につけて
あれこれと探るうちに指輪を内側に回すと透明になって体が見えなくなり、
外側に回すとまた見えるようになることに気づき、悪だくみを思いついた。
家畜の様子を告げる伝令として宮殿に入ると、透明になって后に近づいて姦通、
密謀してカンダウレース王を殺し、位を簒奪した。豪富で知られるクロイソス王
はギュゲースの子孫である、という伝説が当時行われていた。
プラトンは「国家」の談義では兄グラウコンがこの話を引用して
「人は知られなければ悪事を働くのものだ」と述べて、プラトンのこれに反対
する形で「悪事は知られなければ構わないという考えは良心を腐らせ悪しき
結果となる」と述べている。≫
▼ ギュゲースの指輪は、人間の心の奥に潜んでいる不道徳性を試す物語。 
 人にさえ知られなければ、誰も誘惑に駆られ多くの悪事をするが、他人に
なると声高に非難をする。もし、私がギュゲースの指輪を持っていたとしたら、
恐らく何をしでかすか分からない。見せかけの自分と、本性の自分は全く違う
ことは、自分の心を考えれば分かること。「指輪物語」は、これをヒントに
つくられたという。ギリシャの哲学者プラトンが、2千数百年も昔に、この
人間の性を物語にしていたというから恐れ入る。性善・性悪説の論争に似ている。 
若い時には純粋で理想に燃えて社会に出るが、何年もしないうちに垢に汚れ、
何時の間にか良心を腐らた世俗人になってしまう。それを他人には見えるが、
自身には見えないから、その矛盾が直接、自分に跳ね返ってくる。
その結果、精神分裂になり、自分の壁をつくって篭ることになる。
それからして、カントの道徳律は重要である。「仮言命法」としてではなく、
「定言命法」である。仮言命法とは,「もし…なら…べきだ」というもの。
道徳律においても、「人から信用されたいのならば、嘘をついてはいけない」
「早起きは三文の得」などがそれ。それに対して、条件なしに「…すべきだ」
とだけ命ずることを定言命法(無上命法)。 人間、良心に反する行為は、
すべきでないということ。しかし、・・  この「しかし」が、人間を
迷わせる内語になる。悪事は結局、回りまわって自分に帰ってくる。で、! 

・・・・・・・
2011年11月30日(水)
3901, 精神力ーその偉大な力  ー2
  ▼ 世界でもっとも重要なもの
著者が言わんとすることは、「原因の世界に住んで努力を続ければ何事も必ず
実現する。成すべきことを成し遂げれば、何事にも光がさし込む」ということ。
精神力とは信念のことをいい、確たる目標に対する継続した努力をすれば、
その努力が信念になっていく。そこには、当然に難題が立ち塞がるが、それには
必ず対策がある。そう信じることが信念。ここで、エマソンの次の言葉を引用。
「すべての個人には共通の一つの心がある。各人は、同じものの一つ一つの、
また同じものの全部の入口である。この普遍の精神に触れた人は、実存するもの、
あるいは、行われうることすべてへの仲間入りをした人である。これこそ唯一の、
そして最高の力だからである」 この辺は、中村天風の積極一貫の精神と同じ。
精神ー信念は、自然界が全ての人に贈った要具である。
それを使いさえすれば人生は美しく、光栄に満ちたものになる。
   ▼ 人が知識を得る三つの方法
 ◎ 知識を得るには、科学的方法があり、経験と実験によるわけ。 
 ◎ 二つ目は哲学的方法であり、それは理知による。
 ◎ 三つ目は宗教が用いる神秘的方法もあり、内心的に感知する。 
この三つを組み合わせたときこそ、満足する結果が得られることを著者は見出す。
   ▼ 人生は胸おどる冒険 、苦難は間違った考え方の結果
 「大生命力は実在します!それを生きなさい。人は大生命力のなかの、自覚を
持つポイントです。精神は大生命力の法則、生命が作用する方法、創造のための
大生命力の要具です。それを使いなさい!」そのためのドアは、本人が開けな
ければならない。不快、失敗、不満などの苦痛は、当然なすべきことをしてない
結果に過ぎない。その苦痛は心の使い方を不健全に使っていることを忠告して
いるに過ぎない。その反対に、幸福や裕福や健康や心の平和を、正しく考え、
正しく行なっていることに報いる自然界一流の方法です。 
 ホランドの詩に次のようなものがある。
「天国は、ひと跳びに行けるところではない  登るはしごを建造するのだ
低い地上から、まる天井の空まで― はしごの横木を一つ一つ登っていくのだ」
いかに思うかを学ぶことは、いかに生きるかを知ることだ」と、皆知っている。 
しかし信念の在り方を変えなさいと力説する人たちも、どうすれば、それが
できるかを教える人は、非常に少ない。
  ・・・・・・・
2010年11月30日(火)
3536、沈黙せよ!
「語りえぬものからの問いかけ」という東大駒場〔哲学・宗教・芸術〕連続講座ー
《「言い表せないもの」の詩学 −チュッチェフ『沈黙』の逆説ー沼野充義 》
 の「沈黙」という詩に、思わず息を飲んでしまった。 何か、毎日、自分が
書き続けていることを根底から否定されたようである。否定されるほどのものも
無いことを私が一番知っているから書いているだけ。ーまず、以下の文と詩からー
【チュッチェフには「沈黙」と題された詩がある。この詩人は、ドイツ・ロマン
 主義の影響の色濃い哲学的・思弁的な作風で知られ、バラティンスキーと
並んでロシアにおける思想詩の系譜の一人とみなされている。「沈黙」も、
そういった傾向を代表する彼の初期の代表するチュッチェフ初期の代表作の
一つ、ロシア人なら誰もが知っているほど有名なものです。
文豪のトルストイはこの詩に感激し、「なんという驚くべき作品だろう! 
これ以上の優れた詩を私は知らない」とまで言ったと伝えられていす。
それほど有名で優れた詩であれば、これまで多くの専門家によって数多くの
研究や解釈がなされてきたのも、また当然のこと。・・ 翻訳で読み、解釈
するという作業にはどうしても限界がありますが、そのことを肝に銘じたうえ、
それでも何かを読み取ることができるかどうか、読解を試みてみましょう。
  ー 沈黙! ー
沈黙せよ、隠れよ、そして隠せ         自分の気持ちも夢も―
魂の深みでそれらは              夜の星のように黙々と
昇っては沈むことを繰り返しているがよい    それに見惚れ、沈黙せよ!

心はどうしたら自分を言い表すことができるのか  
              他人にお前のことがどうして理解できようか
お前の生きがいが他人にわかるだろうか  心に思うことも口に出せば嘘になる
泉を掘り返しても、水をかき乱すだけだろう  ただ泉の水を飲み、沈黙せよ!

自分自身の中で生きることだけができればよい お前の魂の中にはまるまる
一つの神秘的で魔法のような思念の世界がある その思念を外の騒音がかき消し
昼の光が追い散らしてしまう   それら思念の歌に耳を傾け、沈黙せよ!…
 〜〜
「 ・・・・・ 」この詩について、何かを語れといっても・・ 
「HP読みながら、いつも思っていた!」って言わない。思念公開も面白いもの。 
土いじりや、趣味の世界、神への思念に没頭すると、沈黙せざるを得なくなる。 
 ・・・・・・・
2009年11月30日(月)
3161,つれづれに ー閑話小題
 * 円高 85円
為替が円高・ドル安に動き出してきた。それにつれて金の価格もジワリと
上がってきている。年末に向かって周辺も冷え冷えとし、殺伐としてきている。 
年末年始は大荒れになるのか、それとも何とか中小企業特別救済で乗切るのか? 
公共事業の大幅カット、そしてボーナスの減額、デフレスパイラルによる不況
の深化などで、一日一日と厳しさを感じる。この上に円高というから、救いよう
がない。社会はますます内向きに成りざるを得ない。
 * 「坂の上の雲」がNHKドラマの初回が放送されたが
「坂之上の雲」が日曜日夜のNHKで数回シリーズのドラマとして放送が始った。
私たちの年代の多くが、この小説に大きく感化された。 筋立ては、秋山兄弟
と正岡子規の生きかたを通して、明治時代の人間像と時代背景を書いている。 
(字数制限のためカット、11年11月30日)
 * 同じ映画を二度みたのは始めて! 
土曜日にシネマ「2012」を再び観てくる。映画を二回つづけて観るのは
初めてである。 (字数制限のためカット、11年11月30日)
 


5372,楽しむことを人生の目標に 〜③

2015年11月29日(日)

 今だから言えることだが、あの会社清算?倒産?騒ぎの時、意外と冷静に
一つ一つを見極めている自分が、もう一人、間違いなくいた。30年来、月次監査
で長岡から新潟の事務所に来ていた税理事務所の担当が、あきれた顔をして、
『楽しんでますね!現在、何が起きて、何をしているか分かってないのでは?』
と苦言。幾つかの修羅場を経験してきた感覚が本人には理解できないだけ。
心の奥は、『こんな経験は二度とない。とにかく、冷静に処理し、この現象を
インプットするしかない』と、本能に従うしかない。万一の場合の備えがあれば
こそ、いえることだが・・ いざ修羅場に立ち、その視線から見えてくる現象は、
リアルだが、滑稽でさえある。だから、楽しむことは、そう生易しいことでない。
≪ ・楽しまずして何の人生ぞや。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962)
・幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするがごちそうには
  ならない。無駄なもの、無用なもの、余計なもの、多すぎるもの、
  何の役にも立たないもの、それがわしは好きだ。〜ヴィクトル・ユーゴー
        (フランスのロマン主義の詩人、小説家/1802〜1885)≫
・幸せを数えたら、あなたはすぐ幸せになれる。
         〜ショーペンハウアー(ドイツの哲学者/1788〜1860)
・この人生は生きる価値があると言えるだろう。
  なぜなら、人生は自分で作るものであるからだ。
 This life is worth living, we can say, since it is what we make it.
  〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910)
・汝の幸せは、他人の幸せによってつくれ。
  〜ヴォルテール(フランスの哲学者、作家、文学者、歴史家/1694〜1778)
・他人のために暮らすのはもうたくさんだ。せめてこのわずかな余生を、
  みずからのために生きようではないか。
  〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592)
・幸福な人生を阻む大敵は外にあるのではなく、内にある。
  すなわち、あなたの心の中に潜んでいる。
  〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910)
・「幸福を必要としないこと、それがおまえたちの幸福だ」と、神は言った。
 〜セネカ(ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人 /紀元前1頃〜紀元後65)
・幸福には、明日という日はありません。昨日という日もありません。
  幸福は、過去のことを記憶してもいなければ、将来のことも考えません。
  幸福には、現在があるだけです。今日という日ではなく、ただいまの
  この瞬間があるだけです。〜ツルゲーネフ(ロシアの小説家/1818〜1883)
・人間がこの世に存在するのは、金持ちになるためではなく、幸福になるため。
  〜スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』著者 / 1783〜1842)
▼ 幸福の状態は、生きている限り避けることの出来ないマイナスの
 3倍のプラスが必要という。出来たら9倍というが、これは探し、習慣化を
すれが可能。老いて思い出すことは、自然に任せておけば、マイナスばかり
湧き出てくる。それは意図的に変えることは可能である。それより、いま現在
を楽しむことが、プラス感情を育ててくれる。だから、積極的に楽しみを
探さなければならない。今では、TV・パソコンという優れものがあり、
手じかに、楽しむことが出来る。楽しむには、少々の金と、知識と、時間と、
知恵と、幸せ脳が必要である。幸せ脳とは、感動、感激、感謝できる能力。
・・・・・・
5007,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜3
2014年11月29日(土)              
         『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著)
   * あるレビューより
 ーまずは、アマゾンのレビューを要約するとー
≪ 日本のガン治療の疑問を述べている。著者はあくまでも高度の進行がんに
 おいては手術・抗がん剤治療、免疫療法をするのではなく痛み・苦しみを
和らげながら静かに看取る方を良しとしている。タイトルの「何を後悔するのか」
はまさしく「効果の無い、苦痛を伴う無駄なガン治療は後悔えをする」に
他ならない。著者も57歳のときに喉頭がんを経験。妻が劇症の白血病を発症
すると休職して介護に専念。気力体力の限界まで精魂を傾けられたことは
大きな心のやすらぎである一方、死の直前、呼吸困難で苦しませ、穏やかに
逝かせてやれなかったことへの悔恨にさいなまれていた。どの言葉の一つ一つ
が説得力に満ちていて、実践的な「死に方準備ケーススタディ集」でもある。
・がんは大急ぎで治療する必要がないのです
・死は生の延長上の遠い淵にあるのではない。人は“死にまとわれながら
生きている不安定な存在
・死に直面すると、金、権力、名誉のある人の方が、不安、怒り、落ち込みが
 強いそれまで力のあったものが、死には全く役立たなくなるから
・生前に本当によく尽くし合っていなければ死ぬときによい介護を受けられない
 死ぬときに奥さんのいじめが気にかかる人は、恥を忍んで奥さんに詫びるか、
 今からでも懸命に尽くす姿を見せるなどの対策を講じておくのが安全
・唯一確実なボケ予防策は「高齢でも女性に関心を持ち続け、行動すること」
・死ぬ時に至って自分の生き方を他人と比較するのは全く無意味
・高齢になってもよく歩いている人ほど「コロリ死」が多い
・ホスピスの入院患者で、何かに没頭して楽しめる人はとても幸せな人
・死を迎える部屋は個室がお勧め
・「鎮静(麻酔などで苦痛を抑え入眠状態にする。続けると数日で死に至る)」
 は、早めに医師に願っておく。それもひとつの死生観。死の準備は本来、
 病状に応じたオーダーメードであるべき
・日本は多くの人が「自分の望まない死に方」をしている国
・孤独感が原因の激痛がある
・「低カロリー、低たんぱく質」でゆるやかに最期へ向かう… ≫
▼ この要約を読み返すたび、どれもこれも更に深く心に染みる。近い将来、
 恐ろしい現実が間違いなく待っている。恐ろしいが、覚悟はしてないと。
心の拠りどころは、50歳代の10年間で、30年分を圧縮し過ごしたこと。
さらに、このブログに行蔵や、思いや、青春時代の日記などを書き残したこと
が心強い。この奇跡のような私の生。ビッグバン以来、ここまで続いている、
この「私」という存在。それを満足し生きてきただけでも、充分に元を取れた
感がする。この文章を書いていて気づいたことが、後悔の逆は、感謝、感激、
感動、満足、ということ。老いの『俺たちに明日はない』の日々を楽しめるか
どうか、だが。
・・・・・・
4640, 閑話小題 〜都知事の狼狽
2013年11月29日(金)
  * 「徳洲会」資金提供問題で、都知事の狼狽
ーまずネット記事よりー《 猪瀬直樹知事が大手医療法人「徳洲会」から
5,000万円を受け取っていた問題で、猪瀬知事は、会見でも、個人的な借金だと
する点を強調している。さらに現金受け取りの前の和食店での面会についても
明かした。猪瀬知事は「借用証 徳田 毅殿 (去年)11月20日5千万円也、僕の
住所とサインです」(その借用書は最近作ったものでは?)の質問に「それは誤解。
これは、間違いなく原本」と述べた。》 
 この一連の会見の内容からして、明らかに逮捕に準じる資金提供。
検察も逮捕をするしかない?だろう。政治家としての叩き上げではないため、
副都知事の場合と違ったトップの立場の身の処し方が出来なかった。マスコミ
上がりの正直さが、そのまま表立ってかシドロモドロ。言い訳するほど、
自分の立場を悪くする。政治世界は一寸先は闇。これで逃げ切ることは難しい! 
2020年まで安泰と思っていただろうに。
それとも、石原慎太郎の知恵で難局を何とか乗りるか? 
   * ストーブリーグが面白い
 落合の中日のGMの就任で、ストーブリーグが俄然、面白くなってきた。
巨人の小笠原が中日に、逆に中日の井端が巨人に移籍。他に、広島からFA
宣言した大竹寛投手(30)が、巨人への移籍を表明した。更に、有力選手
2〜3人が移籍してくるだろうから、これで来年の巨人の独走がみえてきた。
その巨人を他球団が叩き潰し、原監督を引きずり物語が面白そうだ。
 ーネットの記事からー
《 落合GMは井端は「戦力外の選手には金額提示はしない」と、来季の構想外
 ではなかったことを強調。そのうえで「彼に対してはそれなりのものを例年
払ってきた。故障でメスも入れたし、億以上を出すリスクを球団が背負えるか、
という判断」と、年俸大幅ダウンの提示を説明した。球団は井端に対し、野球
協約に定める年俸の減額制限を大幅に上回る今季年俸1億9000万円から
1億6000万円減の3000万円を提示したとみられる。
▼ 小笠原が3000万、井端は4500万と大幅ダウンという。厳しいものだが、
 それでも井端の方が、お買い得? 原監督は、優勝をしていれば今期で辞め時
だった。早く言えば飽きてしまった!ということ。 江川監督、ヘッド兼任の
バッテリーコーチに桑田、GMに野村元監督あたりが面白そうだが! 
更に「巨人は27日、西武から国内FAを宣言した片岡治大内野手(30)と
都内のホテルで初交渉」というニュースで報じていた。
・・・・・・
4275, この非常事態に、万一の備えがあるの? −4
2012年11月29日(木)
   * 長岡冬景色 ーある同級生の死
 昨日の朝、高校の同級生から電話が入った。20年以上、毎年開かれていた
同級会のメンバーの1人が一昨日の夜、自殺をしたという。近郊の町で家業を
継いでいる人で、明るくサッパリとした性格で皆から好かれるタイプ。
本人が居るかどうかで、同級会の明るさが違うほど。その男が自殺とは、一瞬
耳を疑い、息を呑んでしまった。「この非常事態に、万一の備えがあるの?」を、
今月の15日に、ここで書いた。その前日の地元紙に、
* 同級生の老舗会社の倒産記事が出ていた。20年前に工場が
 火災で全焼、しかし保険で建替えて、無借金経営と聞いていた。
* その翌週には、計算サンターの社長をしている会社が、TVと新聞に大々的
 に、「不正に雇用調整給付金を受給。それも内部告発により調査の結果。不正分
を全額返済のため、刑事告訴はしないが、悪質なため発表した。」と報じられた。
全国ニュースにならなかったのが不幸中の幸いだが、銀行系もあり処分は
厳しいと推察される。
* そして今週は、彼の自殺である。 親戚や近所の自殺は身近であるが、
 同級生は初めて。まさか、このテーマで書いた警告が、そのまま、ごく身近で
直ぐにたて続けて現われ出るとは。3人とも傍からみれば、これ以上の堅実経営
はないかと思われた会社。そのため、ことさら驚きは大きい。それにしても
自殺とは、よほどのことがあったのだろう。同級会のメンバー内の話としては、
去年春に私が先ぶれに破綻。そして、この11月にたて続きに3人が、続いた。 
以前から、「2012年問題(時代の断層の年)」が言われてきたが、
今のところ何も起きていない。しかし極身近から、このように生々しく
起こるとは思いもしなかった。 恐慌の大波は根こそぎ、全てを破壊していく。
これが地方の特殊要因でなく、世界、日本レベルの大波の地方の一現象でしかない
ところが恐ろしい。まだ経済の大津波(恐慌)の本体は外海、到達は来年辺り? 
3900, 精神力ーその偉大な力  ー1
2011年11月29日(火)
  * 「精神力ーその偉大な力」 ダン・カスター著
 学生時代の卒業間近から27歳までの修行時代から事業創業期の精神は緊張と
不安の極限にあった。あまりに突き当たった壁が厚く、自己確立が曖昧だった
内面は粉々になりかけていた。しかし、それを表立てることは許されない節目時。 
傷つき荒れ狂った気持ちを自分で何とか立て直さなければ、絶壁の谷底に転がり
落ちる綱渡りの日々。その中で、狂わないようにバランスをとらなければ
ならない上に、自分を奮いたっていなければならない。その日々の中で、
学生時代の終わりの頃に読んだ、このブリストルの「精神力を活かす」と、
ダン・カスター著「精神力、その偉大な力」が心の支えになっていた。
そこには色の違う傍線が幾つも引かれている。経験を重ねるうちに、この手の
本は安物の精神主義の本でしかないと疑問を持つようになっていた。40年
経った現在再び、読み返しているが、決して安物の精神論の本でないことが
分かり安心をした。マーフィーの成功法則の下地になっていると思われる。 
特に「精神力ーその偉大な力」は、先がさっぱり見えない

 不安感と挫折感の中で、何度も何度も読み返したことが懐かしい。
節目時に読んだ本は、節目時の自分の心でもある。 40年の年月は長い!
そこで失ったものと得たものが私自身。一月程前に、信濃川の大手大橋を
歩いていたとき、地球の芯からの声が聞こえてきたことを書いた。
自分の独り言であるのは敢えて言うまでもないが、魂の芯から出ていること
は違いない。時どき、その声と対話をしたり、中心点に気持ちを収集して、
その蓋を開けるイメージを持つ。そして、そこからエネルギーが心に溢れ出て
くる感覚を持つ。また、その蓋の向う側に無限の宇宙の時空をイメージする。 
気持ちが弱った時など非常に有効に働く。その下地が早朝の散歩の途中にして
いた呼吸法。気持ちを地球の中心点まで到達するイメージを持ち、中心点を
擬人化して挨拶したり会話をしていた下地があった。
 散歩をポタリングに変え、しばらく、その呼吸法をしてなかった。
ところが、サイクリングの途中にウォーキングを取り入れて大手大橋を
‘引きチャリ’をしていた時、脳の底から独り言で話していた擬人化した
イメージの声が聞こえてきたのである。
 一月前の随想日記に同じことが書いてある。その芯と声が、
この「精神力」と同じである。心の底のエネルギの源泉を探し出し元気を
創造しろということ。次回から、少し書き出してみるが、過去を振り返り
ながら心の源泉の湯に浸かっている気分か。精神を哲学するのも、面白い。
精神=信念=「絶対言明」+エネルギー。意志に似ているが、少し違う。
意志の哲学といえばショーペンハウアー。その影響を受けたのがニーチェ。
・・・・・・・
3535, つれづれに ー 閑話小題
2010年11月29日(月)
  * 自分の初めの感じたことを信じなさい!
 夏の終わりごろにニューカレドニアに行った時の話。 ホテル内の土産店で
若い女性二人が土産物で迷っているところ、60歳代半ばの日本人男性が話し
かけていた。「自分の初めの感覚を信じなさい!」と。「私に、そんなことを
言ったら『アフォか、御前は!』と思うが、若い女性なら良いか?」と内語を
頭の中で呟いていた。 その言葉は、正しくもあり、間違いでもある。
これは経験からいえること。経験の浅い人になら、自分の感覚を信じて、
まず決断をし、その結果をフィードバックする方が、躊躇して何もしないより
良い、ということになる。それを信じて軽い気持ちで判断をして大失敗を数限り
経験してきた私にとって、そんなことは若い女性にしか言えないこと。
その人に何か怪しげなバナナ的雰囲気を漂わせていたが。同じ言葉でも、
受止め方は年齢、知識・経験の質量で変化する。
  * 尖閣ビデオでYoutubeが注目される
 もう古い話になったが、海保のビデオ流出事件でYoutubeが注目を浴びてきた。
Youtubeは10分の制限があるが、個々人が撮影したビデオを自由に投稿できる。
僅か5年前に若い二人の米国人によってつくらたサイトで、一年後にGoogleに
2000億円で売却された。日本にも、その翌年2007年に上陸、瞬く間に普及した。
一日20億回のアクセスがあり、このサイトから世界的に有名になる人が続出。
数ヶ月前から面白そうなものを私のブログに貼り付けている。過って見たことが
ない面白い映像が次々と見つかる。TV番組でも、世界の面白映像として毎週
紹介する番組が既に出来ているが、その多くは見たもの。 面白いビデオの右側
に関連したビデオの写真が貼り付けられ、アクセス数が書かれているので、
関連したビデオにネットサーフィンできる。そこで、思いもよらない世界を
垣間見るケースが多くなる。コスプレ、ラップ、ペットなど、知らなかった
世界を知ることが可能である。ところで、あのビデオについて石原慎太郎が
「売国奴の治世者が、英雄的行為をした人を国辱罪で訴えるという奇妙な現象
が起きている」と発言。言い得てるが、それが東京都知事ときている。
訴えると脅され、「チャンと受けてたって証言をする」といったら、何も
言わなくなったとか。 面白いと笑ってられないのが、この国の現状。
・・・・・・・・
3160, ドバイが債務不履行!
 2009年11月29日(日)
 アラブ首長国連邦のドバイの資金繰り悪化が表面化した。
数年前にドバイの発展する様子をNHKスペシャルで放送したが、
石油で得た資金で競って超高層ビルを中心とした新都市の様相には驚いた。
 世界のクレーンの3割が、そこで動いているという信じがたいことも
報じていた。大金持ちの若い御婦人が高級ショップで「もう、買うのに
飽きてしまった、ツマラナイ!」と云々。
( 字数制限の関係でカット 2011年11月29日 )
・・・・・・
2795.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・4
 2008年11月29日(土)
【第三の法則】 口はひとつ 耳はふたつ
「神が人間に二つの耳と一つの舌を与えたのは、
 話すよりも聞くことを重視したから」
ーユダヤの諺
「口を閉じれば閉じるほど、自分の話を聞いてもらえる」
「噂はかならず三人の人を殺す。噂をばらまく人、疑問を抱かずに
 噂話を聞く人、そして噂の対称になった人」「美徳と称するものは、 
 他人の嫉妬を刺激するものだが、控えめであることだけは例外だ」
ーユダヤの諺
「捕まえた鳥を逃しても、また捕らえることが出来るかもしれないが、
 一度発した言葉を取り返すことはできない」ーユダヤの言葉
「知恵に近づくには、まず沈黙し、次に相手の話に耳を傾け、第三に
 それを自分の中に吸収し、最後は人に教えてみることだ」
  ソロモン・カビロール  (字数制限のためカット09年11月29日)
・・・・・・・・
2007年11月29日(木)
 2430, <おばあちゃん> 『いのちの書』ーより
「ちくま哲学の森」シリーズの第2巻の『いのちの書』という生死の関する
 22人の内容が驚く内容の連続である。死刑の立ち会いの詳細、実際に
拷問にあった本人の手記、臨終のこととか。死に関しては、日常の中では、
誰もが見てみないふりをする。しかし書き手が言葉として書き連ねると、
それ自体が物語になるだけの深みを持つ。この本の冒頭の金子光晴の詩がよい。
<おばあちゃん>  金子光晴
『若葉』のおばあちゃんは もう二十年近くもねてゐる。 すべり台のやうな
傾斜のベッドに 首にギプスをして上むいたまま。はじめはふしぎそうだったが 
いまでは、おばあちゃんときくと すぐ<ねんね>とこたえる『若葉』。
なんにもできないおばあちゃんを  どうやら赤ん坊と思ってゐるらしく 
サブレや飴玉を口にさしこみにゆく。むかしは、蝶々のやふにへんぺんと 
香水の匂ふそらをとびまはった おばあちゃんの追憶は涯なく、ひろがる
そしておばあちゃんは考える。 おもひのこりのない花の人生を 『若葉』
の手をとって教へてやりたいと。ダンディズムのおばあちゃんは 若い日
身につけた宝石や毛皮を みんな、『若葉』にのこしたいと。できるならば、
老いの醜さや、病みほけたみじめなおばあちゃんを 『若葉』のおもいでに
のこすまいと。おばあちゃんのねむっている眼頭に じんわりと涙がわき 
枕にころがる。願ひがみなむりとわかってゐるからだ。
ーー
ある伯母が晩年に「歳をとることは、無念なこと」と言っていたとを、
聞いたことがある。偶然に去年、老いを取上げていた!


5371,楽しむことを人生の目標に 〜②

2015年11月28日(土)

 人生を振返り、『楽しく、面白い人生だった!』と断言できることは
有難いことが、そう思えば、そう思えてくるのが人生。考え方次第である。
森の生活(現役)から、サバンナの生活(隠居)に移行してからは、
日々を、いかに面白く楽しく過ごすかが目標になっている。51歳の年から、
人生観を切替え、10年以上を前倒しにし、捨身で「面白、可笑しく」を
テーマに生きることにしたが、その面白かったこと、この上なかった。
 それもあってか、「楽しむ」の格言は、どれもこれも納得できる。
秘境:異郷ツアーは、ごく短期間に圧縮された人生を垣間見ることができた。
≪・そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、
  こんなにも神の栄光があふれていたのに、僕だけが恥辱の中で暮らし、
 一人であらゆるものを汚し、美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ。
       〜ドストエフスキーロシアの小説家、思想家/1821〜1881)
・わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、
  自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。
       〜オードリー・ヘップバーン(英国の女優 / 1929〜1993)
・良いものでも、悪いものでも、人生での経験には感謝しましょう。
       〜スーザン・サマーズ(米国の女優、作家/1946〜)
・年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。
  〜バーナード・ショー(アイルランド劇作家、ノーベル受賞/1856〜1950)
・人生は楽ではない。そこが面白い。
     〜武者小路実篤(日本の小説家、詩人、劇作家、画家/1885〜1976)
・各人はその考え次第で幸福にもなり、不幸にもなる。
  他人が見てそう思う人ではなく、自分でそう思う人が幸福なのである。
     〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592)
・世間を知り、世間に寛大であれ。世間を楽しむためには、
  世間をかすめて生きるべきだ。〜ヴォルテール(フランスの哲学者、
                 作家、文学者、歴史家 / 1694〜1778)
・晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、
  楽しみなきところに楽しむ。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962)
・僕は生きてることが幸せさ。僕が僕らしくいられることが幸せなんだ。
 (I’m happy to be alive, I’m happy to be who I am.)
  〜マイケル・ジャクソン(米国のシンガーソングライター/1958〜2009)
・神より賦与されたる人生は短きも、楽しく送りし人生の記憶は永遠なり。
 (The life given us, by nature is short; but the memory of a well
   -spent life is eternal.)
  〜キケロ(共和政ローマの政治家、哲学者 / 紀元前106〜紀元前43)≫
▼ 【人生は楽ではない。そこが面白い!〜武者小路】がよい。
 「幸福の4階建」の全てのフロアーを味わい、それを楽しむのが人生!
<  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
 2階:獲得した「快」を永続させる。
1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。>
「人生は楽ではないそこが面白い」の「人生」を、「生老病死」に、いや
「死」に置換えてみるとよい。現点の私は「老いは楽でない。そこが面白い」。
成るほど納得できる。老いを面白がって楽しめば「豊穣の老い」になる。
「幸福の4階建」には屋上がある。屋上の外には広大な世界がある。
「そこには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、こんなにも神の
栄光があふれている」ことに気づくことだ。その為には、とにかく屋上に
出てみること! 生涯現役も悪くはないが、違う楽しみが世界に満ちている。
 で、昨日と同様、以下に続く! たっく、楽しみ方が、まだ中途半端だ。
そうこう考えると、無知は致命的な欠損である。但し、全ての人だが!
・・・・・・
5006,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜2
2014年11月28日(金)
       『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫(著)
   * 死を忘れた日本人
 41年前に、一年間、同居していた父親の死際を目の当りにした。
その時の生への渇望は、砂漠の真中に一人取り残された彷徨い人のようだった。
その時から現在まで、多くの死に関する書物を読んできたが、
一般的に人は死に関し目を背けているようだ。ーその辺りからー
≪☆ ホスピスにくる患者に接すると、自分が死ぬということをあまり考えた
ことのない人や、どうしても死を認められない人が増えている。若い人は当然
だが、中高年の人にも多く、特に金や権力のある人にこの傾向が強い印象がある。
自分は平均年齢までは生きられると考えている人が多いが、その一方で、平均
年齢に達しないで亡くなる人も多い。
☆ 日本は「寝たきり老人」が世界一多く、脳卒中の後遺症、認知症などで
 自分で食べられなくなったため、胃瘻(腹壁から胃に管を通し食べ物や薬を
流し込む処置)で生かされている人が5万人以上もいる。北欧の老人施設を
見学して驚くのは、寝たきりや胃瘻で生きている人がいないこと。これは日本
の介護と欧米の介護の考え方の違いで、欧米はどんなに手がかかっても、最期
まで自力で歩かせ、自力で食べるよう仕向け、それができなくなったら、あまり
手をかけない。意識がなく回復の可能性のない人に胃瘻で生かす考えはない。
☆ がん患者の在宅死の率は、米国では8割、欧州で5〜6割、しかし日本では
 1割弱。病院は死を迎えるには適切ではない場合が多く、住み慣れた自宅で、
家族や孫の声を聞きながら死んでいくのが求められる。
☆ がんで助からないと分かると、ほとんどが「こういう病気で今死ぬとは
思わなかった」と述べる。実際には、人は常に死にまとわりつかれ生きている。
人が死に向き合う時は、それまで身につけていた社会的衣のすべてが剥がれ、
むき出しの個人になる。繰り返すが、死に直面すると金、権力、名誉など
社会的衣は役立たない。「人は生きてきたようにしか、死ねない」死に直面
しても、その性格の本質が変わることはなく、自立心の強い人は死ぬときも
動揺が少なく、世の潮流に流されながら、他人や社会への依存心の強い人は
死に向かうときに不安や動揺が顕著になる。確かな死生観を持って、誠実に
努力して生きてきた人は、死に様も立派な人が多い。死ぬということは自然
現象で、死には金も権力も全く無力である。
☆「金で命は引き延ばせるか」金さえあれば世の中できないことはないと
 思っている人がいるが、そういう人が死に直面すると、金ではどうにも
ならないことに憤慨して不穏な気持ちになる。特に多いのは免疫療法に対する
"思い込み"である。特別高価な免疫療法が効かないわけはないと誤解して
いる人が多い。民間の代替医療も高いほど 効くと誤解している人が多い。≫
▼ 一部の望みは妄想でしかない。その妄想で、最期は悲惨な死をむかえる
 ケースが多い。元気なうちに、ノートかパソコンに、書き残しておくべき。
死の現場は悲惨である。
・・・・・・
4639, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―�
2013年11月28日(木)
         ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎 (著)
   * 東日本大震災後の第三次震災恐慌が狙い目
 貧乏人が金持ちになるには震災が狙い目?それが数年後の恐慌、経済大変動
というが、御隠居の身で鳥瞰するには良いが、知れば知るほど末恐ろしい。
震災恐慌では大部分が被災者になり、弱者になる。金持ちは、海外に資産を
移動して最小の打撃で済むか、焼け太りになる。しかし、貧乏人にもチャンス
があるはず!と。  まずは、ーその辺りからー
《 関東大震災後に世界恐慌の煽りで、第一次震災恐慌が起こった。
 そして1995年1月に起こった阪神・淡路大震災から2年後の1997年、橋本内閣は
�消費税を3%から5%に引き上げ、�特別減税を廃止、�会社員の医療費本人負担
を2割から3割に引上げ、都合9兆円もの国民負担を断行し、その後14年続く
デフレの原因を作ってしまった。
 恐慌ほどでないにしても、先進国でデフレに陥ったのは日本だけ。
これを第二次震災恐慌という。そして、この情勢から早ければ2014年、
遅くとも2015年に、第3次震災恐慌が日本を襲うだろう、消費税率は2014年4月
に8%、遅くとも2015年に10%に引き上げられる。一方で2014年には徐々に
復興需要のカンフル魂剤が切れる―過去の例を振り返っても震炎恐慌が起こる
確率はかなり高いのだ。 どれだけ資産価格が下がるかを正確に予測すること
ほできない。しかし、第3次震災恐慌は、少なくとも1997年以降に起った
のと同じくらいのインパクトを持っだろう。1997年から2010年までの13年間で、
全国の市街地価格指数に49ポイント下落し、日経平均株価は45ポイント下落
している。だから、資産価格の半額セールが始まると見てよいだう。・・・》
▼「日本の二つの大震災の数年後、恐慌か、それに比類する経済大震災が
 起こった。だから、今回も起こるのでは?それも、来年か、再来年に?」
という筆者の論も、ある面、納得できる。アベノミクスの政策をみれば経済震災
は至極当然。その時どう対処するか? その混乱を中国が虎視眈々と領土を
狙っている上に、米国がTPPを隠れ蓑にした郵貯を狙っている。
「刺激的なことを書いているが、恐慌など起こってないじゃないか!」は、
「日本のバブル崩壊後の20年間で、何も起こってないじゃないか!」と似ている。
二つの大震災、20以上あった都銀が3つになり、20年のデフレが続き、経済は疲弊。
 世界ブランドの、パナソニック、ソニー、日立、カシオは地に落ち、ダイエー、
西武グループが消滅。それと同じか、より激しい経済変動が静かに起こっている。
かくいう私も、大波に飲み込まれてしまった。 偶然だが、以下に金融面で
コンサルティングをして貰っていた林さんの著書の感想文があった。
この春で、円滑法が打ち切りになったが、表立った倒産の急増の話はない。
どうして? と思うが、消費税の増税で金融を緩めているため。地元の知人の話
を聞くと、景気悪化は止まっていない現実がある。株価が上がっているのは、
金融緩和の資金が実需でなく株式に回っているため。これも金持優遇である。
中国との領土問題など戦争の匂いもしてきた。被害者は弱者の大衆になる。
・・・・・・
4274, 「金融円滑法の打ち切りの是非」を 世に問う
2012年11月28日(水)
  「中小企業金融政策の理念」林憲昭著
* 初めてのアマゾンのレビューへの書き込み
 以前、金融に関してコンサルティングをしてもらっていた林さんが、
新著を出された。何冊目になるだろうか。そこで一度、アマゾンのレビューを
書いてみたいと思っていたので、投稿してみた。赤裸々な事態を曝してよい
ものか、どうか考えたが、実名を出すわけでなく、今さらと思い投稿した。  
 ーまずは、その内容からー
≪ 昨年の3・11直後、事業を断念して1年8ヶ月経ち、少し気持ちが落ち
 着いた矢先、以前、読んだことのある著者の、この本を見つけました。
9・11以来、売り上げが三分の二になり、血の滲む思いでリストラを断行し、
何とか目安がついた矢先にリーマンショックで、さらに半分、合計で三分一
まで激減。それでも金融円滑法と、雇用調整給付金で、何とか持ちこたえていた。
しかし、あと半年〜1年で資金が底をつくのが目に見えてきた矢先に東北震災が
発生。その直後に前倒しで会社を整理した。それでも複雑な思いがあります。 
大きな肩の荷が下りて本当に良かった、という思いと、重大な経営ミスをした
わけでなく震災ともいえる経済津波で長年培ってきた事業が消滅した無念さが
あります。大不況の中、大多数の中小企業は血の滲む思いで踏ん張っていますが、
来年三月で金融円滑法の打ち切りになります。著者が現場の窮状を目の当りにし、
可能な限り弱い立場に置かれた中小企業を、この非常事態に擁護すべき、
という熱い思いが、伝わってきます。来春このまま金融円滑法が打ち切られた
場合、数千、数万の中小が大きな岐路に立たされることは、私の経験からしても
間違いありません。しかしグローバル化の時代、3年も猶予を与えられたので
打ち切りも致しかたがない、のも道理です。悪いことに再来年には消費税の増税
が控えています。ここで1〜2年、更に引伸ばしても同じでは? というのも、
既に事業から退いたから言えること。私の事業フィールドが地方だったことも
ありますが、地域経済の冷え込みは、想像を絶しています。
著者の指摘で中小企業の金融政策関係者に大きく取り上げられ中小企業の助け
になることを望みます。私が、3・11以降、あのまま事業を続けていたらと思う
と背筋が寒くなります。経済的大津波は、外海から内海に向けて押し寄せて来て
いるのが、私には見えています。私は償却前赤字を事業断念の目安にしました。 
情報化と、グローバル化による生産の国内から海外へのシフトによる空洞化と、
物価と資産デフレの中小企業への直撃が、この異常事態を引き起こしています。
それを割り切り諦めるか、最後の最後まで踏み止まるか、難しい問題です。
小泉改革は、あまりに大手銀行よりで、私の経験からしても酷いものでした。
その方向に、自民党が政権をとった時に戻るとしたら、恐ろしい結果が待って
いるはずです。その中で、丁度良いタイミングで世に問うている素晴らしい
中小企業擁護論です。多くに金融関係者に是非とも読まれることを勧めます。≫
▼ 昨夜、TVで「来春の『金融円滑法の打ち切り』後は、弾力的に対応する」
 というコメントが流されていた。この著書が大きく影響したのか、タイミング
的に同じだったのか? 世情の厳しさは、止まることはない。
 ・・・・・・
3899, 国債クラッシュ
2011年11月28日(月)
   「国債クラッシュ―震災ショックで迫り来る財政破綻」須田慎一郎(著)
 ◎ 国債金利2%で発生 ?
図書館で何気なく手にした本だが、来年暮れの具体的な国債暴落の
シュミレーションが生々しい。この本の出版日が今年の6月末。それからして
4〜5月に書かれたもの。半年間の流れは、この本のシュミレーションより
危機の度合いは激しい。ギリシャ危機で世界恐慌一歩手前まで行ってしまい、
イタリアがIMFの実質管理入りし、そしてスペインとハンガリーが危険水域
まできた。さらに一番安全とみられていたドイツ国債が三分の一も売れ残って
しまった。 日米より遥かに健全?と思われているドイツ国債の売れ残りには
世界中が唖然とした。それならば日本は?の連想になる。
この本のシュミレーションは一年後の11月から12月の想定。この本を読み
始めた直後に、ある人からメールが入り、石角完爾『ファイナル・クラッシュ』
(朝日新聞出版)が、シビアに現在の日本の危機が書いてあると教えてくれた。
また昨日の関西系TVの政治経済を話題にしたバラエティーでも、この本を
取り上げていた。アマゾンの書評を読んで、こちらの方がよりシビアと早速、
購入した。 ー「国債クラッシュ」のアマゾンの内容紹介からー
 2012年12月、ついに「その日」がやって来る。大震災が「財政破綻」の引き金
をひく戦慄のシナリオを詳細シミュレーションで検証。3.11大震災以降、
日本の抱える「財政破綻」という"時限爆弾"のタイマーは、確実に時を刻む
スピードを上げている。国債の大暴落が円・株・債券の全面安という、空前の
「日本売り」を引き起こす戦慄のシナリオを詳細シミュレーションで徹底検証。
  〜印象的な部分を、書き出してみると・・
*「具体的には長期金利2%が、実質的な[国債クラッシュ]の目安。
 その数値に達成した場合、為替では、現在の様相がウソのように円安にぶれて
 いき、それによる価値の目減り分を嫌った資産の海外逃避が、いっせいに進み、
 円安の底なし沼にはまる」
*「マーケットには現実を正確に把握する力も、結果を見通す眼力もない。
 マーケットには不安に駆られやすく臆病で、かつ利己的な心理があり、
 それに従った場当たり的な判断があるだけ」
*「国は国民から税金を取れないがために、国債を発行して『借りる』という
 形で茶を濁してきた。国民は税金さえ取られなければ、国の借金体質には
 寛容だった。・・・そして危機が訪れるや、企業や個人は自己防衛のため、
 いっせいに日本売りに乗る・・・」
*「日本国債とアメリカ国債は、よく見ると連動している。アメリカの金利
 が上がり出すと、それにつれて国債の金利も上がる。と同時に、連動して
 日本の国債と銀行金利も上がるとすると、2%など直ぐにでも上がっても
 不思議でない。」
▼ 何か不気味な風が日本を覆い始めている。それも来年の今頃の
 シュミレーションが具体的な物語風に書かれているのをみると、不気味と
いうより、恐怖を感じる。それも半年前に書かれた時は、ドイツの国債が
三分の一も売れ残るなど著者も思いもよらぬこと。
 ・・・・・・
3534, エコポイントの駆込み購入の愚!
2010年11月28日(日)
  * エコポイントは目先延命の劇薬、それが切れる来年は? 
 少し考えれば分ることだが「エコポイントの駆け込み購入」で、このところ
家電チェーンが賑わっている。しかし、この騒ぎが終われば値崩れが起きて、
このポイント以上に値下がりをするのは火を見るより明らか。元もと
エコポイント制度そのものが、恐慌に対する延命のカンフル剤で、目先の苦痛
を避けるためのもの。しかし来年の前半には、この前倒しの反動が大きくなる。
薄型TVは典型的な相場商品、大きく値崩れをするのは火を見るより明らか。
そういう批判がないのは、マスコミがメーカーから広告を貰っているため。
地デジ化は来年7月、その間に大きく値下がりは当然のこと。その上に世界的
恐慌の火の手が更に大きくなる。 
 他人事ではない、当方は460台のTVの買い替えがある。来年7月の瀬戸際
ほど安くなる、と仮説を立てたところ、このことに気づいたのである。エコ
ポイントは、間接的には住宅、家電、自動車メーカーに対する間接的援助では
ないか。そのピエロが、それで買いに走っている大衆。決して穿った見方でない。
誰も気づかないだけで、これはこれで良い。それを声高にいうこともない。
国家にとって目先の失業と倒産を避けなければならない。しかし来年は、
この反動で、日本経済は大きく落ち込むことになる。「来年、怖い!」が、
キーワードか。デフレ・スパイラルが更に大きくなる。総中流が、総下流社会
に墜ちていく。しかし、総下流が大部分なら、それが普通になり、総中流では。 
ブラックジョークになるが、それが社会主義の理想とするところ。格差のない
清貧の社会。(以上、字数制限のためカット 2011年11月28日)
・・・
3159,金を通して世界を読む  −2
2009年11月28日(土)
 「金を通して世界を読む 」 豊島 逸夫 (著)
住宅価格下落を予測して、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金
《ゴールド》を中心としたファンドを始めるという。彼が3〜5年スパンで金に
「兆」単位を投資するというから、2〜3倍以上の高騰を予測しているはず。
銀も一年前から高騰を始め、年に90パー以上も値上がりをしているから、
金はまだ40パーセントだから、50パーの値上がりと考えることができる。 
そうはいかないのが相場の世界である。まあ、どうなることやら。
   ーこの本の中で、含蓄の深い部分を抜粋してみるー 
≪ 日本で最も金が売れる地域といえば、京都である。店舗の面積坪当たり最大
 の金小売店も京都にある。京都には宗教法人が多く、資産も蓄積されている。 
(以上、字数制限のためカット 2011年11月28日)


5370,閑話小題 〜思いのままに

2015年11月27日(金)

   * 思いのままに
・後ろ側から追いかけられるような『死への怖れ』が、70歳過ぎると、
真正面から迫ってくるというが、あと二ヶ月足らずで到達する。半世紀
以上の腰痛持ちで、その年々悪化が老いのバロメーターになっている。
杖をつき、次に車椅子生活?も、そう遠くない先になるのか? 
それでも楽観的なのは、『人生の大よそのことは、遣りつくした』
手ごたえがあるため。自分自身を飼い殺しにして、老いてから、泣き言を
言わないで済むだけでも良しとしなければ・・ これも自分への説得か。

・先日のパリのテロ、2001年の9・11テロに匹敵まででないとしても、
欧州に、世界に、大きなインパクトを与えた。大国が本腰を入れて、シリア
などの拠点に攻撃を始めた。案外、早く掃討される可能性があるが、相手は
ネット上で繋がっている狂信の徒党、粘り強く生延び抵抗をする。
 世界各国の衛星を使った空爆の能力は、想像を絶する破壊力がある。
ひたすら、一方的に殺戮される。ISに大国のスパイが大量に入り込み、
情報を流すことも可能で、その反撃で、何時、何処で、誰もが巻き込まれる、
これまで無かった新しい戦争が本格化する。世界は、今世紀末まで持つ?

・コンビニでの年賀葉書のデザインを決定、発注をしたことで、年末に
近づいた実感できる時節になった。今朝は4時前に、霰の音で目が覚めた。
今年もごく身近は、相も変わらず!数年ぶりに、少し重い腰痛が出たこと位。
それでも一番上の姉(故人)の連れあいが享年87歳で、兄嫁のお父さんが、
99歳で亡くなり、中学校、大学の友人が、それぞれ二人が亡くなった。
 ( で、面白いことに偶然だが、去年の文章に繋がっていく! )
・・・・・・
5005,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜1
2014年11月27日(木)
        『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著)
   * 2500人を看取った医師が知る「間際の心」
『死ぬときに後悔すること25』大津秀一(著)の読書録など「死に際の後悔」
について書いてきたが、これも重厚な内容。この20年〜30年間、死について
の本を多く読んできた。そこには、死とともに、いかに生きるかが、
逆反射で見て取れた。 ーアマゾンの説明よりー
《 外科医、ホスピス医として2500人以上の死と接してきた医師の小野寺時夫氏
 が見た、様々な「死に際」。人生の最期の場面に、その人の生き様がすべて
現れるという。しかし、死生観を持たない日本人は、すべからく「哀れな死」
を迎える人が多いと著者は言う。死に際に後悔をしないためには、どんな生き方
をすればいいのか。「人は生きてきたように死ぬ」「死」を考えることは、
よりよき「生」を考えることである。》
ー別の本の話になるが、数多くの患者を看取った女性介護人が振り返る老若
 男女の「最期」の言葉、『死ぬ瞬間の5つの後悔』ブロニー ウェア(著)の
「5つの後悔」が明快である。
1 自分に正直な人生を生きればよかった 
2 働きすぎなければよかった
3 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった 
4 友人と連絡をとりつづければよかった
5 もっと幸せを求めればよかった
 〜以上が、人生に対する正直な後悔の気持ちだが(・・;),(--;),(__;)
▼ 去年の春先、小学校の同期性が男女13人集まった。そのうち4人が男
 だったが、既に一人が膵臓ガンで、あと一人が、余命が長くなさそうな
ガンになっていた。当人にとって、死は内的な「ブラックスワン(絶対に
有得ない出来事)」とはいえ、必ず直面する問題。その余命長くなさそうな
男は、「まさか、自分が・・ 80歳までは生きれると思っていた!」と
慌てふためいていた。ボロニーウェアの場合、誰一人として、もっと金を
残しておけばという人はいなかったと・・ 殆どが後悔をするのが人生。
 問題は、それを少なくする生き方である。ならば、5つの後悔の逆の
生き方をすればよい。『自分に正直に、働きすぎず、自分の気持ちを思い
切って伝え、友人とは連絡を取り続け、幸せを追い求める人生を生きる』 
そう考えると、自分の場合どうだろう? (=_=;)
 後悔先に立たず?後悔しても、何でもやってみる生き方も捨てがたいが!
小林秀雄は「私の人生観」で、《 武蔵の言葉で、「我事において後悔せず」
(われ、ことにおいて、こうかいせず。)これはもちろん一つのパラドックス
でありまして、自分は常に慎重に行動してきたから、世人のように後悔などは
せぬというような浅薄な意味ではない。今日の言葉で申せば、自己批判だとか、
自己清算だとかいうものは、みな嘘の皮であると、武蔵は言っているのだ。
そんな方法では、真に自己を知ることはできない、そういう小賢しい方法は、
むしろ自己欺瞞に導かれる道だと言えよう、そういう意味があると私は思う。》
と述べているが、極限を生きてくれば、後悔などすることはない、ということ。
・・・・・・
4638, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―�
2013年11月27日(水)         
 * 資本主義社会は、金持ちが有利につくられている!
 ー庶民は知らないデフレの真実ー森永卓郎(著)
 要点を絞り込むと、資本主義社会の金持優遇が明確に見えてくる。
消費税が5%から10%に増税される反面、金持ちや企業の減税がなされる。 
英国で1979年にサッチャーが首相になると、9年かけ、これまでと真逆の政策
を実行した。25〜83%まで11段階あった所得税率を25と40%の二段階にした。
 その反面、消費税を8%から15%へ引き上げた。金持ちの所得税を半減し、
庶民が負担する消費税は二倍近い増税である。これは1982年のフォークランド
紛争を利用して、勝者・サッチャーの政策を支持させて、この金持優遇の税制
改革をした。弱肉強食社会こそ国力を上げるという美名の元に。現在、TPP
の話し合いが続いているが、日本にとってはマイナス。環太平洋沿岸国の関税
などを撤廃して、アメリカ主導の貿易圏を作りましょう!というが、
これは弱肉強食の強者に有利な制度。狙いは、日本人が溜め込んだ郵貯。
それを民間にして、本体の株式と、預金を狙っているのは自明である。
  〜金持優遇の一節より
《 金持にとって、デフレは天国だ。私が持っている3億の価値は、デフレで
 1%下がっただけで300万分の価値が上がると同じことになる。資産がさほど
 無いけれど、おいしい既得権を握っている人はデフレは好都合。庶民は転職が
難しくなったり、リストラにあうが、終身雇用の公務員はリストラはない。
デフレは、この人たちの暗黙の了解で行われている。管弦楽団と同じように、
オーケストラのメンバーはタクトを見れば、具体的指示がなくても指揮者の
意図を読取り演奏ができる。それと同じことが、世の中で行われいるのだ。
 ・・ 消費税増税で10%になった場合、庶民は収入の80%を消費に回すのに対し、
金持ちは20%で済む。社会保険は収入に対してかかるのに、庶民の払う消費税は、
80%のうちの10%で収入の8%になるが、金持ちは20%×10%だから、2%で済む。
だから金持ちと、庶民は消費税一つとっても違うのだ。》
▼ 著者は、だから金持にならないとワリを食うと強調する。
 まず、一年分を貯めろ、次に三年分。そして、それを投資のタネ銭にしろ!
という。この辺りから、「君は一万円を破れるか?」の著者と、大きく違って
くる。本音は誰も貧乏より金があった方がよい。その目安は、金に心配しないで
済む収入と、貯蓄。一説では、300〜400万の収入と2千万の預金。あとは、
さほど変わらない?という。しかし、これも思い込み? 生物の進化は優勝劣敗
があればこそだが!
・・・・・
4273, 100の思考実験
2012年11月27日(火)           
   「100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか」
                     ジュリアン バジーニ(著),
 ー 内容紹介(アマゾン) 
● これは「読む」本ではありません。「考える」本です。
● 「列車の暴走で40人が死にそうなとき、5人だけ死ぬほうにレバーを切り
 替えられるとしたらどうする」NHK「ハーバード白熱教室」で取り上げられた
「トロッコ問題」のように、古代ギリシャの時代から哲学者たちは「思考実験」
を“考えるためのシミュレーション・ツール”として用いてきました。
身体と脳・自意識・生命倫理・言語・宗教・芸術・環境・格差など、多岐に
わたるテーマから選りすぐった簡単に“答え”の出ない、哲学・倫理学・論理学
の100の難問があなたをぐらぐらと揺さぶります!
★【書評から】 「読んでいて思わず引きこまれる。知的で愉快で、型破り。
巧みでセンスのよい構成。 誰かと議論したいのに、相手が見あたらないとき、
繰り返し手にとりたくなる本だ」 「楽しんでできる頭の体操」「何度も考える
ことこそ、明敏で切れ味のよい本書の意図するところだ」 「この本はさながら、 
道徳哲学の“数独”。身動きできない地下鉄の中でも、“思考実験”のどれか
に取り組めば、たちまち 通勤地獄から抜け出せる」 
▼【私の書評】 考えさせられる本。まず一番私が考えさせられたのは、
「楽しみの法則」である。≪ キャリア上の躍進を続けてきて、ようやく、
二つのチャンスが同時に舞い込んだ。ふたつの国の大使である。どちらも
南太平洋の小さな島国で、ひとつは、厳しい法律があり、婚外セックスも飲酒も
麻薬も大衆的娯楽も、贅沢な食事まで禁じられている。許されているのは美術や
音楽といった高尚な楽しみだけ。実際に国が、それらを推奨していたため、
世界屈指ののオーケストラやオペラや美術館や劇場がそろっていた。
もうひとつ、 知的にも文化的にも砂漠のようだった。しかし、快楽主義者
にとって天国で知られ、何もかも許されていた。≫
 このふたつの判断、自分だったらどうするだろうか。 学生時代の四年間の
過ごし方に似ている。学生時代の遊学で、有り余る時間の中で何をするかは、
本人の自由。この問いのように、学びに中心を置くか、 遊びに中心を置くか、
大きく迷うところ。都会での遊びも、学びも、学生時代しか出来ないことがある。
 問題は、どう考えるか。人生でも同じことがいえる。往々にして、二つの
両立は、なかなか難しい。私の場合は、「硬派のレールの上を軟派に生きる」
を意識していたが。低俗の遊びには、高い税金がかけられ、崇高な遊びには、 
推奨金が出るケースが多い。とはいえ、どちらも実際に経験してないので、
本人にとって、選択した以外の方は、うかがい知ることはできない。
この歳になり過去を振り返って、この問題がフラッシュのように思い浮かぶ。
 あの誘惑に乗っていたら??・・ で、私なら? 答えは明白である。
高尚の方である? 何故なら、快楽の楽しみは、帰国した時にチャンスは無限
にあるが、高尚の方は、帰国した時に雑多な日常の中では、じっくり浸る時間が
取れないからだ。その人が、それまで苦労して手に入れた高尚な?大使職。 
その職に相応しい時間を味わうのは当然の理である。
とはいえ、大きな後悔も残るだろうが。
・・・・・・
2011年11月27日(日)
3898, つれづれに  ー景気の話ー
   * 金融株は、どうなっている?
 久々に金融株を見て驚いた。何と野村證券が230円、三井住友銀行が
2000円(額面を換算で200円)、みずほ銀行が100円割れ。
東京三菱が330円とあった。野村證券は5年前の10分の一、みずほ、
三井住友が6〜7分の一以下。銀行株が100円を割ると危険水域を超える
というから、みずほ銀行は非常に厳しい事態。いかに、リーマンショックの
影響が大きかったかである。EU危機も何処かの国がデフォルトでもすれば、
欧州だけでなく、世界中の銀行の連鎖倒産が起る。日本国債務のGDP比が
220%もあり、ユーロ圏の90%程を大幅に上回り、アメリカの100%、
イギリスの80%に対しても、あまりに多いことが分かる。その日本が、
このままでいられる訳がなく世界の投機筋が日本を狙うのも時間の問題。
日本人が1400兆円の金融資産を保有しているというが、その多くが
アメリカ国債に変わっている。日本が本当に健全なら、日本の三大メガバンク
の株価が、ここまで落ち込むことはない。その中で消費税の10%へのアップ
を与野党がこぞって反対をしている現状は情けない。とはいえ経済の疲弊度
からみて、内税のコストを中小企業が吸収するに限界を超えることになる。
  * 70インチTV
 新聞報道で70インチのTVが売り出されたとあったので家電で見てきたが、
想像以上に大きい。50インチの二倍近い画面であれば当然だが、一般の家庭の
居間に果たして収まるか疑問もある。大型TVは大きいほど良いが・・ 
あれでデナーショーを見たら現場感覚に近い迫力を感じ取ることが出来るだろう。
50インチのTVを見た時の驚き冷めないうちに、二倍の大きさになっている。
こういう不景気の時代、家でTVを見ているのが一番安上がり。
 ・・・・・・・
3533, 竹森俊平の「漂流を始める世界経済」
2010年11月27日(土)
 経済専門雑誌「Voice」12月号に、
竹森俊平「漂流を始める世界経済」があった。
彼はリーマンショックの直前に、それを予測するような著書
「資本主義は嫌いですか」を出版している。直ぐに読んだが、そこで
「紙切れ通貨制度」の功罪を呈示し、そこから生じる厄介な問題がいくら
抱えても、われわれは管理通貨制度と、うまくつきあっていくしかない!
と論じている。「漂流を始める世界経済」の中で彼は、2011年の記憶を
あらかじめ消去してしまいたいほどの経済惨状を予測する。
【来年には世界経済が二番底に陥る可能性が高く、その様相が悲惨になる
 からだ。主要国指導者は己の判断ミスを認めず、責任を外国に転嫁し保護
貿易主義に走る。しかし保護主義によって事態が好転しないため、指導者への
信頼は一層地に墜ち、その後の操縦席に人がいない状態になり、世界経済の
漂流が始まるという。 そこで二番底は、ギリシャ危機以降、PIIGS
(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)の破綻と
考えたが、それを撤回した。 ヨーロッパのエコノミストや政治家と、逆に
財政刺激策の継続を説くアメリカのカウンターパートとを比べると、景気浮揚
に失敗するのはヨーロッパと思われるが、ヨーロッパの政治エリートは、
大衆の意向に反して豹変が許されている。「状況が変わった」と、今までと
百八十度異なる政策をとることも可能である。しかし選挙民の思惑にがんじ
がらめなのがアメリカ。失業率9%台の高止まりも、本来、緊急景気対策費
65兆円のおかげで、その程度でいられると読むべきだが、「巨額な対策費
にもかかわらずそんな効果しか上げられないのか!」と受け止めるのが
アメリカ国民の実態。 さらに今年末には前政権による所得減税が終了し
11年からは増税が始まる。「ティーパーティ運動」が声高に叫ぶ
「これ以上無駄な税金を使うな」を、政治家が無視できなくなる。
ということは、二番底がどこかで発生するとみてよい。今や二番底と保護
貿易主義という暗雲がたち現われている。ここで世界は問われているのは
政治のありようである。】
 ・・・・・・・・
3158, 金を通して世界を読む  −1
 2009年11月27日(金)
  「 金を通して世界を読む 」 豊島 逸夫 (著)
 このところ、金の価格が動き始めてきた。年初からみると、
4割の上げで3500円。銀が9割上げていることからみて、まだ上がる
という強きの見方が大勢である。この本、半年前に買って目を通したが、
あまり積極的には読んでなかった。しかし、ここで新聞などで金の値上がりが
報じられたこともあり、再び読み始めたが面白い。 まず、その内容より。
・投機を目的とするか、投資なのかをハッキリすべし。
・金は一般的に「有事の買い」といわれるが、実は「平時の買い、有事の売り」。
・ドルは200年、金は2000年の通貨の歴史がある。
・ドル発券国のアメリカの外貨準備に占める金の割合は70パーセント以上。
中国・日本は1%に過ぎず、巨額のドルを保有。欧州のドイツ、フランスは
50パーセント以上。中国の金の生産量が南アを抜いて世界一位。その日本は、
金が高騰すると、貴金属のリサイクルが進んで、一転輸出国になる。
これは国力衰退の象徴である。
・ 金は30年前の5千数百円をピークに停滞が続いたが、10年前の
1999年から長期上昇トレンドに入る。10年前の底値は250ドルである。
現在は1200ドルに近いので10年で5倍近い値上がりになる。
・ 実物資産の不動産と比較すると、金には 
*固定資産税がかからない。 *売買市場が完備されており、日々の価格も
外為同様に公表される。 *小分けが出来る。 *資産の隠匿手段として最適  
*利息などキャッシュフローを生まない。しかし、これがアラブなど中東の
金持ちにとって、アッラーの教えに反しないので金保有は都合が良い。
〜〜
 以前にも少し「金」について取上げたが、金といえば商品取引業者の餌食に
なる「金の投機」が思い浮かぶ。目先の動きの先物で利ヤザを稼ぐ際どいもの。 
著者は、その道のプロだが、長年の結果が8勝7敗だが、そのプロ筋では
8勝の結果は評価は高い。金投機のプロは8勝7敗で生き残り、7勝8敗で
消えていく世界。その8勝と7勝の一勝の差は、「損切り」。問題は負けが
込んでいたときに、いかに手早く見切るか、それが出来ないという。
今に戻ると希望的観測を持ちたがるが、よほど強い意志がないと出来ない。
 だから、相場のプロも自分個人の資産運用に関しては純金積み立てと
決めている。相場に魔法の杖がないことを骨身にしみているので無益なゼロ
サムゲームには参加しない。 仲間のデーラーも同様だという。 
そういう世界が投機筋ということだ。 恐ろしい世界である。


5369,楽しむことを人生の目標に 〜①

2015年11月26日(木)

  * 楽しむことを人生の目標に
 両親から学んだことは、『仕事も趣味も、楽しめるほど追及すること!』
あのエネルギーは楽しんでいたからこそ、限りなく湧き出てきたようだ。
明治以降、いや西欧文明は本来、キリスト教倫理的な一心不乱に働くこと、
『苦悩を突き抜け歓喜へ』という、忍苦、勤勉、に価値の重心がおかれていた。
しかし、一部の人たちには、以下のように、『楽しむことの重要性』
『遊びをせんと生まれけん』こそ、人生であると理解していた。 
 『楽しんでこそ人生』でネット検索をしたら、あるある・・
≪ ・最も長生きした人間とは、最も年を経た人間のことではない。
   最も人生を楽しんだ人間のことである。    〜ルソー
・「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生。
                         〜斎藤茂太
・人間の一生は誠にわずかの事なり。好いた事をして暮らすべきなり。
 夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして、苦しみて暮らすは愚かな事なり。
        〜山本常朝(江戸時代の佐賀鍋島藩士、『葉隠』の口述者)
・楽天主義も悲観主義も一つの思考習慣によるものです。
 楽天家の人生が楽しく、悲観主義者の人生が暗いのは当然です。
 どちらもそれを望んだからです。 
  〜ジョセフ・マーフィー(アイルランド出身の宗教、著述家/1898〜1981)
・楽観的であることは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すこと。
           (ネルソン・マンデラ(南アフリカ共和国の政治家)
・一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、
 処世上の第一要件である。 〜渋沢栄一(日本の武士、官僚、実業家、
                    日本資本主義の父 / 1840〜1931)
・船に乗っても、もう波が出やしないか、嵐になりゃしないか、それとも、
 この船が沈没しやしないかと、船のことばかり考えていたら、船旅の
 愉快さは何もなかろうじゃないか。人生もまたしかりだよ。
    〜中村天風(日本初のヨーガ行者、天風会の創始者 / 1876〜1968)
・人生最大の幸福は、愛されているという確信である。
 自分のために愛されている、否、もっと正確には、こんな自分なのに
 愛されているという確信である。  〜ヴィクトル・ユーゴー
         (フランスのロマン主義の詩人、小説家 / 1802〜1885)
・人生には、二つの道しかない。
 一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
 もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。
  〜アインシュタイン(理論物理学者、ノーベル学賞受賞 / 1879〜1955)
・人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いが
 あればわずか一里でも嫌になる。人生の行路もこれと同様で、人は常に
 明るく愉快な心をもって人生の行路を歩まねばならぬ。
         〜シェイクスピア(英国の劇作家、詩人 / 1564〜1616)
・楽しまなけりゃ馬鹿らしい。しかし、楽しむというのも、なかなか大変だよ。
         〜平岩弓枝(日本の女性脚本家、小説家 / 1932〜)
・予想外の人生になっても、そのとき、幸せだったらいいんじゃないかな。
    〜松岡修造(日本の元プロテニスプレーヤー、キャスター/1967〜)≫
▼ サラリとした言葉だが、内容は深い。『私は愛されている』という確信は、
 幼児体験からの両親の愛情がベースになる。楽しむことが出来るかどうかは、
両親の生き方、愛情の質量に関わってくる。平岩弓枝の、『楽しむというのも、
なかなか大変だよ』というのも、『金持ち喧嘩せず』の、金持ちの状況が必要
条件になるということ。百万には百万、千万には千万、億には億の知恵が湧く。
楽しむためには、面白味を見出さなければならない。面白さは、何があっても
大丈夫!という確信と、逆にゾッとする危険があってこそ生まれ出る。
・・・・・・
5004,閑話小題 ーつれづれに独り思うことー2
2014年11月26日(水)
   * つれづれに 
 年金生活に入ると経済世情に疎くなると聞いていたが、そのとおりである。
景気に大きく左右される一つが歯医者というが、半年ぶりに歯石をとりに先週
二回、歯医者に行ったが、いずれもガラガラ。またスポーツセンターも、
3年半前の開業時から何割か減ったようだが? 

 阿部首相の思い切った解散。どのように国民が判断するか。圧倒的多数の議員
数を1〜2割減らしても、残り任期の2年を4年に延ばした方が得策と考えたのだろう。
とすれば、今しかない。二割は減るだろうが、来年なら四割は減るだろう。 
政治家はしたたか。三割減なら首相辞任になる?ため、思いきった賭けでもある。

 こう思いのまま書いていると、年齢相応の胡散臭い自分に気づかされる。
68歳では当り前だが、精神年齢が40歳半ばで留まってしまったようだ。 
年齢は、時節時節が初体験。老いるたび世の中の端に徐々に追いやられている。
それも仕方がないが・・ 

 年寄りの婚活も注意もの。【京都青酸カリ殺人】で、連続不審死が7人に
なったが、商品取引で失敗した老女が、婚活で金持ち独居老人を探し出し、
殺して資産を奪う手口。被害額が8億。ここまで放置していた警察も警察。
 こういうのが、ファージーを含めると多くあるのだろう。彼女の結婚相談所
での希望用件が、「高齢で、身寄りのない、年収一千万以上、病弱の人の面倒が
みたい」というから恐ろしい。引っかかるのが真面目な人で、勝手に相手も
真面目!と思い込んでしまう人。やもめの男性で、家に引きこもれば、一週間、
二週間、誰とも話さない人が多くいるようだ。殺さないにしても、こういう
類が増える?(;"ε")σ アナタ σ("ε":)
・・・・・・
4637, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー5
2013年11月26日(火)
        『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
   * ウィークカップル
ウィークカップルの現実をみると、近い将来の日本全体の現実が思いやられる。
高齢者を含めた単身世帯の寄与率が2001年で41%。(*寄与率とは、貧困世帯
全体に占めるそれぞれの世帯累計の%)母子家庭を加えると45・8%。
この12年で、更に悪化しているため過半数は軽く超えている。
・(夫の年間所得が100万円未満という超低所得階級における妻の有業率は)
1982年に比べて、調査年ごとに低下しており、20年で10ポイント近く低下。
このことは、夫の所得が低いにもかかわらず、妻が働かない夫婦の比率が
上がっていることを示している。・・衝撃的なことは、夫婦の合計所得の最も
低いグループと、最も高いグループとで、実に年間800万円以上の大きな所得
格差が生まれていることである。恐ろしいのは、子孫まで受け継がれること。
・夫の年間所得が300万円未満であれば、妻の年間所得も200万円未満という
 割合が70%を占めている。
 つまり夫も妻も低所得という組み合わせが非常に多いことがわかる。
・年間所得1600万円以上の夫では、妻の年間所得も1000万円以上という
 夫婦が約13%おり、パワーカップルの象徴と言える。
・貧困状態にある夫婦は学歴が低い傾向があり「男性の17%が中卒、3分の2が
高卒、女性も中卒が15%、高卒68%」になっている。また、若い夫婦に関しては、
配偶者がいても貧困に苦しむ世帯が少なくない(配偶者がいる20代男性の26%、
20代女性の約20%が貧困状態)。ウィークカップルの典型例とは、
「ともに低学歴かつ低収入で貧困にあえぐ若年夫婦である」と結論。
▼ ネット検索で、《日本の母一人子一人の母子家庭で、貧困率が57・9%で、
 OECD平均 の21%の3倍近くと飛びぬけ2007年(平成19年)の国民生活
基礎調査では、✩単身者で手取り所得が127万円、✩2 人世帯で180万円、
✩3人世帯で224万円、✩4人世帯で254万円が貧困層。》。 
現在、三組に一組が離婚するというが、子持ち離婚の6割が貧困家庭に陥る。 
著者は、「貧困になりたくなければ離婚だけは避けるべき」という。
先日、書いた、タクシードライバーの嘆き「母子家庭に育ち、直ぐに働いて、
転職を繰り返したあげく水商売に、ホステスと結婚した妻が客と浮気。
1人娘の引き取りで裁判で勝ったが、その子も手元から離れ、現在90歳の母親
と一緒。 現在の収入では、生活がギリギリ。人生何も良いことが無かった」。
一度貧困に陥ると、三代、四代、と続く典型的ケース。それでも、結婚できた
人は良いか? 人生には、登り坂、下り坂、まさか、の坂が待っている。
どの坂も、平坦な道より味わいあるが? 厳しい事は確か。陥るのは一瞬だが、
這い上がるのは何代もかかるから始末が悪い。「親の因果が、子に祟り」 
他人ごとでないか?
・・・・・・
4272, 閑話小題 −つれづれに
2012年11月26日(月)
* 過去の随想日記を改めて読み返すと、結構、面白く可笑しい時間を
 すごしていた。恵まれていた時代に生きていたということか。 自分が
経験したことや、本を読んで納得した以外のことは、全て想像と思い込みで
しかない。それは他人にも言える。一歩退いて、きし方を振り返ると、
 その時には気づかなかったことが今になって気づくことが多いが、それも
思い込みでしかない。「事実などない、あるのは認識だけである」という
道理がある。事実が真実とは限らない。そのことを知識だけでなく、
人生経験から理解出来る人と、理解出来ない人がいる。 とはいえ、真実と
思い認識していることも、怪しいもの。
* 情報化=ネット社会が世の中を根こそぎ変えている。
 ひと昔なら想像すら出来ない情報機器から限りなく情報が入ってくる。
さらに一人ひとりの情報発信基地を持てるようになってきた。しかし情報が
豊富になって、人間が豊かになったか?というと、そうではない。
むしろバカになっているところが多いのは自分自身を見ればわかること。
それでも年々、面白くなっている。こういう時代は、落語の御隠居とか、
はっつぁん、熊さんみたいな、暇人ほど良い。それに教養のベースがあれば、
ネット社会では色いろな世界と繋がることが出来る。繋がった先の世界から
逆照射して、自分の世界を見ることが出来る。
* もう、以前のような事業生活には戻りたくない。右下りの世相もあるが、
 今ぐらい状態が丁度良い立ち位置である。専業主婦は、暇の効用を知り
尽くしている。バーチャルのTVの世界と、人工頭脳空間の都会を彷徨う
楽しみを知っている。人生は夢幻と割り切ってしまえば、 これだけ面白い
時代はない。自分が幻想する前に、誰かの幻想空間が我々を魅了する。
 それは、逆に私たちの空想、幻想の力を削いでしまう。
* あと一月あまりで、今年も終わる。間違いなく、株の暴落か、イスラエル
 によるイラン攻撃があると見ているが、今のところ、静粛を保っている。
この時期の衆院解散が吉か凶となるか? どちらにしても、政権交代は必要。
ここでシャープ、ナショナルに引き続いてソニーの格付けが危険水域まで
下がった。2〜3年前では考えられないこと。戦後の日本の家電を引張って
きた世界に名だたるブランドの会社がである。恐慌前夜の風景といえば、
その通りだが。新幹線最終駅の、あの業態で、これほど堅い商売と思って
いた私の事業が、いともあっさりと終わるのだから、何も不思議でない
といえば、それまでだが。
・・・・・・・
3897, 腰痛は、脳内システムの不全が原因 ー2
2011年11月26日(土)
 先日、鎌倉の散策で起伏の激しい坂道を歩いていたら腰痛がきた。
その前日、スポーツジムでツイストのマシーンをしすぎと相まったこともある。
鎌倉の坂道で頭に浮かんだのは、腰痛はストレスなどで脳内の痛みをコント
ロール機能が弱まるためか? の疑問。その時、三人の間で海外旅行の話に
気持ちが集中したためか、腰痛のことを忘れていた。成る程と実感したが
7ヶ月もスポーツジムで鍛えた割に、いとも簡単に腰痛が出るとは・・ 
しかし帰りの駅のタクシーの乗車の間に腰痛は嘘のように消えていた。
そして翌日起きると、ほぼ全治。やはり腰を鍛えていた効果があったようだ。 
鎌倉は坂の多いところ。 
 ところで二年以上、重症の腰痛が起きてない。今回のように少しは出ても
直ぐに元に戻る。しかし人生の節目の後遺症のストレスは消えていないので、
注意しなければならない。 私の場合、多くの腰痛対策の複数効果が明らかに
出ている。腰痛は完治は無理。重症にならないように付き合うしかない。
身体全体を冷やさないこと、常にエビ反りマシーンで背筋を伸ばすこと、
寝室と、居間と書斎の椅子に低反発マットを敷くこと、冬期間は腰に
ホッカイロを当てること、など注意を怠らないなどである。脳内システムと
いえば、スポーツジムでインストラクターが、「ストレッチの時に、腰の
ストレッチだったら腰に、大腿部だったら、大腿部に気持を集中してください。
そうすると、効果が数倍上がります!」という。 実際に、そこに気持ちを
集中すると成る程、効果的なのが分かる。人間の気持ち=脳は不思議である。 
でも、寒くなると軽い鈍痛が、常に付きまとう。
・・・・・・
3532、何か哀しい北朝鮮
2010年11月26日(金)
 どちらが先に砲撃をしたか分からないが、28日の米韓の合同演習の直前
というところがポイント。その二日前に、金親子が砲撃をしてきた基地を視察
した?ということからみて北朝鮮の先制と報じている。12月4日に日米に
よる尖角列島付近の合同演習も控えているので、中国と北朝鮮が打ち合わせを
充分にした上の攻撃と見ることも出来る。これはアメリカにとって黄海での
原子力空母派遣の大儀名分を手に入れたことになる。
韓国軍の中に前回の哨戒艦の撃沈に対し沈黙をせざるを得なかった反発から、
アメリカ空母からの攻撃の誘発を狙った砲撃を北朝鮮に仕掛ける兵隊が出て
一挙に全面戦争もありえる。アメリカにとって、北の原子炉を破壊するに
丁度良い機会になる。そうあって欲しくないが、アメリカも何を考えているか
分からない得体に知れない国。あのドン様も、病気であとさき短いと考えて、
自分の命と道づれに戦争の中で死を選択しても不思議でない。と同時に、
日本にテロを仕掛ける可能性もある。昨日の新潟駅には、いやに警官の姿が
目立っていた。この数日は、黄海から目を離すことは出来ない。
あの「緊張感のない息子の顔」からして、瀬戸際を越えてしまう可能性は充分。
中国も、一つ判断を違えれば、動乱になるほど多くの問題を抱えている。
またオバマも中間選挙の敗戦で追い詰められている。北京万博、アジア大会、
そしてアメリカ中間選挙も終わり、この辺で、朝鮮で一騒動を起こすに丁度
良いタイミングである。年末まで、あと少し。今年の後半期のイベントは、
これになるのか? 欧州はアイルランド危機で、極東の小紛争でしかない。
アメリカも体力が消耗し尽くしているのを見込んだ上の、北の仕掛けで、
我慢するしかないのか、ここも。 もし、全面戦争になったとしたら、
アメリカにとって一番有利な展開になる。中国と日本に対する威嚇という面
でも。ところで「何か哀しい北朝鮮」からすると、この国の現状は
「何か惨めな日本」「何か哀れな日本」ということになる。
・・・・・・・・
3157,つれづれにー 閑話小題
 2009年11月26日(木)
  * 金か〜
 金の動向が気になってはいたが 一月前あたりからジワジワ動き出してきた。
金が上るのではなく、他の貨幣が下がるのだという理屈は言いえて妙である。
住宅価格下落をよんで、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金
《ゴールド》を中心としたファンドを始めるという。彼のことだから、
3〜5年の最低のスパンで金に兆単位を投資するというのだから、ズッシと
くるのは当然である。恐らく、2〜3倍の高騰を予測しているのだろう。
銀も、一年前から高騰を始め、年に90パーセント以上も値上がりをしている
というから、銀に正比例すると、金はまだ40パーセントというから、
50パーセントの値上がりが見込めることになる。そうはいかないのが、
相場の世界の恐ろしさ。どうなることやら。
 * その時、犬が吼えた ワン!
 まだ忘れることが出来ないが、ウソのような本当の話がある。
学生時代のドイツ語の授業のことである。 ドイツ語を日本語に誰かが訳して
いた時のこと。「そこで犬が吼えた」と訳した時に、ハカッタように何処かから
犬が「ワン!」と吼えたのである。部屋中、教授も含めて大爆笑だった。 
あれほどの面白タイミングの面白い偶然は、後にも先にもない。あれから
44年もたったか。年齢を重ねると、一年前も、50年前も同じようなものか。
 *「ランチョンテクニック」
 食事をともにした相手に心を許しやすい心理傾向を「ランチョンテクニツク」
という。我われは自律神経が午前中と午後とでは働きが違うが、これは人類が
まだ狩猟生活に明け暮れていた頃の名残で、「交感神経」が「闘争と逃走」を、
「副交感神経」に、午後は「休憩と食事」のモードを司っているからである。
つまり朝から昼にかけては論理が支配する「論理モード」に、夕方以降は
「感情モード」になっている。これをさらに応用すれば、ランチ時は
「論理モード」なので、契約や提携などビジネスモードのシビアな話をしても
「ランチョンテクニック」で緩和される。そして「感情モード」の夜に食事を
する相手は、ビジネスの話はそこそこ親密度がアップする接待モードが効果的。 
だからロジカルにビジネスの話を進めようとする外国企業はランチを共にする
ことを好み、取引先との人間関係を大事にしたい日本は夕食を共にしたがる。 
そういえば、自分をみるに、朝一番には、この随想日記の最後の仕上げをし、
出社した後には前日の数字を見て、新聞と手帳や手書きの日記帳に何やら
書きつけ、それが終わると遊びモードに入ってしまう。自由に気ままに
インターネットをしたり、本を読んだり、とにかくリラックスをして考える。


5368,世間、社会、会社の意味とは ー③

2015年11月25日(水)

        ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 日本の世間は稀有な条件下で育まれた人間関係である。
 自然発生の「世間」は馴れ合いで、「社会」は厳格な原則がある。
その辺りが、分かれ目となる。日本は島国で、異種混合が少ない世界。
そのため、「郷に入っては郷に従え」の馴合いになっていく。
≪ 世間というのは、馴れ合い同士の人間的つながりが、社会というのは、
一定の利害を共にする人間集団で、そこでは個々人の思想や行動の自由、
あるいはメンバーの行動規範の違いが前提となっているといってよい。
日本の世間は、千年余にわたって外国からの侵略もない、海に囲れた地域の
中で育ってきた人間関係。
 しかし社会とは、歴史的にさまざまな過去を持ちながら、たまたま利害を
共有する面があって同じ地域で一緒に生活する、といった人間関係です。
そこには他者と自分の間にシキリを設けるというか、あくまでも他人と自分
との間の越えてはならない障壁があることが前提となっているようです。
 世間には、人と人を隔てる障壁があろうとも、それを取り除こうとする
動きがあるように見えます。そのような形で、人と人を結びつける世間ですが、
それは無限のものではありません。具体的には、外国人に接するとき、日本の
世間の延長のつもりでいると、相手は妙な顔をするし、第一、言葉が通じません。
 岩手の人と鹿児島の人は、自分たちの日常の言葉では意味の通じないことが
あるかもしれませんが、それでも、NHKテレビの言葉にできるだけ似せて話せば、
まず、会話が成立しない、ということはないでしょう。
 しかし、相手が外国人であれば、どうもなりません。
つまり、世間というものには一定の範囲があって、それは別の言い方をすれば、
日本という地域、そして日本人という顔ぶれの範囲、ということになりましょう。
私がこの本で書いてきたことは、一言でいえば、「日本、そして日本人とは?」
ということなのかもしれません。つまり、日本人は世間を通じて一体となって
いるのです。≫
▼ 都会で、「田舎もの」という地方出身者を馬鹿にした言葉がある。
 都会に出て初めに意識するのが「田舎もの」の自覚。そこには、地方に
存在してない様々なタイプの存在に、孤独の群集に馴染めず、孤独に陥る。
そこで、都会という身近な「世間」に、まずは同調せざるを得なくなる。
そこには、契約で結ばれた部分と、暗黙の契約の存在がリアルにある。
それを逸早く察知できるかどうかが、当面の問題になる。今では、社会?の
隅々まで、外国人が存在しているため、「世間的側面」より「社会的側面」の
必要性が大になる。資本主義社会が世界の主流のため、価値基準が、お金と、
有効利用でリアルに判断される。「隣の人は何する人よ?」など論外になる。
・・・・・・
5003,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜③
2014年11月25日(火)
            ー「私が語り伝えたかったこと」河合隼雄著
  * 先住民の老人たちの品格ある姿
ユングがみた先住民の品格ある老人たちは「自分の生の価値」を確信していた。
人生を自信を持っていく抜くためには、「生の価値(意味)」を知っておかな
ければならない。それを知り得るかどうかで、人生は大きく分かれてくる。
その一番手っ取り早いのが読書。 ー以下は、考えさせられる内容であるー
≪ 民俗学者の柳田國男は、自分の近所の人で、いつも落ち着いて人間が
 できていると感じさせる人が あったので、その人に話しかけてみた。
そして、その人の安定した生き方の秘密を発見した。その人は自分は死ぬと
「御先祖様」になると確信していた。死んでも自分の霊は御先祖様の一員と
して迎えてもらい、それを子々孫々が祀ってくれる。柳田は、このように
「遠い将来」のことについて確かな見とおしを持っている人が、落ち着いた
生活をしているのは当然のことと思う。まったく異なる例をあげてみよう。
 スイスの分析心理学者カール・ユングは1929年頃に、アメリカ先住民の
プエブロ族を訪ねる。彼が非常に心を打たれたのは、その品格のある姿。
ヨーロッパの老人たちと比較すると、そのたたずまい、容貌などがまったく
異なっていて、犯し難い尊厳性を感じさせる。そのうちにその秘密がわかる。
ブエブロの長老たちは高い山に住んで、自分たちの祈りの力により太陽の
運行を支えていると信じているのだ。 彼らの存在感のスケールが大きい。
彼らが祈りを怠ると、世界中のすべての人々が太陽を朝に上ることができなく
なるのだろう。あの老人たちの品格が高いのも当然と納得する。 
自分の生のスケールが今生きていることのみではなく、死後や宇宙にまで
拡大される。この話を知って、高齢者の生き方について考えさせられるが、
さりとて、現代人として、高齢になると太陽の運行はおろか、家計の運営
にも関係なくなるのではなかろうか。現代人のなかのどれだけの人が、
御先祖の一員になることを確信したり、祈りによって太陽の運行にかかわる
と信じたりできるだろう。・・ ≫
▼ この老人の信念が宗教の原点だろう。”井の中の蛙大海を知らず ”とは、
 『狭い世界に閉じこもっているものには、広い視野や考え方はできない。』
の意味だが、以下の意味もある・・
 �井の中の蛙大海を知らず  されど 空の深さ を知る
 �井の中の蛙大海を知らず  されど 天高き  を知る
 �井の中の蛙大海を知らず  されど空の蒼さ  は知る
 �井の中の蛙大海を知らず  されど空の広さ  を知る
 �井の中の蛙大海を知らず  されど井戸の深さ を知る(ネットより)
とすると、世間様も、あながち否定はできないことになる。品格ある人は、
時間軸と空間軸がきっちり出来ているから、自分の価値に確信出来るのである。
少し考えれば、137億年のビッグバン以来の歴史に、この自分がつながって
いることが分かる。
・・・・・・
4636, 年齢(よわい)は財産
2013年11月25日(月)
  * 年齢と財産の結び目から見える女の一生
           ー「年齢(よわい)は財産」日本ペンクラブー
 以前、この瀬戸内寂聴の以下の文章を読んで、何もかも洗いざらいに曝け
出す作家の覚悟に圧倒されてしまった。「作家は、大道に素っ裸で大の字に
なる覚悟がなければ」という彼女の言葉を思い出していた。(他の作家も
似たような、言葉を残している)両親の創業時の修羅の姿に似ている。
生きることが、だいたい大道に素っ裸で寝ているようなもの。 
で、自分の姿は見えないが、他人の素っ裸の姿を囁いているが、その実、
それが自分への猛毒になっていることが解らない!
《 私は二十六歳の真冬、夫と子供の家を出奔した。その時、夫は私の着て
 いるオーバーもマフラーも脱いで行けと路上に追いかけてきていった。
尤もだと思い、その場ですべてを脱ぎ、着のみ着のままで歩きだした。
夫の声が追った、財布も置いて行けと言う。 ちょっと考えたが、やはり
尤もだと思い、それをきちんと畳んで路上に置いたオーバーの上にのせた。
私はふり向かず、電車の線路づたいに、ひたすら歩きつづけた。 
私の人生再出発はこうして無一文で始まった。線路を一時間ばかり歩いて、
東京に嫁いでいた故郷の女学校の友人の家にたどりつき、彼女が柱に
ぶっつけて割ってくれた素焼きの桃の形の貯金箱から、座敷にあふれ散った
銅貨を全部借りた。かき集めて、東京から京都まで鈍行の汽車賃になった。
京都で東京女子大の友人の下宿に転りこみ、下着から靴まで借りて職を探した。
ようやく勤めた小さな出版会社がつぶれ、京大の付属小児科病院の研究室に
移った。そこで少女小説を書き、投稿したところ、みんな採用され「ひまわり」
の懸賞も当選した。正式に離婚出来たのと、故郷の父が死んだのをきっかけに、
背水の陣を敷いて上京した。 すべては行き当りばったりの身の処し方で、
いつでも経済を度外視していた。家を出たのが二十六歳で、京都暮しから上京
したのが二十九歳であった。 少女小説で食べつなぎ、「文学者」で小説の
勉強をさせてもらい、小田仁二郎と同人雑誌「Z」を出し、新潮社同人雑誌賞を
受賞したのが、三十五歳であった。大人の小説でお金を貰ったのは、これが
初めてであった。 この賞のおかげではじめての本を出してやるといってきた
出版社があり、私は大喜びで原稿を渡した。『白い手袋の記憶』という本は、
再版までしたが、印税は一銭も貰えず、かえって社長に騙されて、五万円だか
十万円だか取られてしまった。ちょっと二・三日貸してくれといわれて出した
のが返って来ない。それでも本が残ったからいいと私は喜んいた。 ・・  
 四十二歳の末、中野本町通りの質屋だった蔵つきの家に引越した。
ここも借家だったが日白台のアパートより高い家賃がとどこおりなく払えた。 
四十四歳で京都に家を買つた。西ノ京原町で、西大路御池通りだつた。
どの引越にも、男の問題がからんでいた。京都の家はお金がなく、すべてを
銀行で惜りた。信用貸しの形で銀行が金を貸してくれるほど、私自身が財産
になっていた。その時の保証人になっくれたのが、祇園の女将で、私は二度
しか会ったことのない人だった。五十一歳の時、さすがにタフな私もつくづく
疲れて、その生活を一挙に破壊するには死ぬか出家をするしかないと思いつめ、
出家を選んだ。五十二歳の時、御池の家を売って、足りない分は銀行で
借りて、嵯峨野に寂庵を結んだ。」・・・ 》
▼ 寂聴の人生の粗筋が、それぞれの年齢と財産の網目で垣間見れる。
 三谷佐知子のペンネームで、ポルノまがいの小説を書き賞を貰うが、
「子宮作家」とまで呼ばれるようになる。当時の彼女の顔の写真を憶えている
が、手練手管の水商売女という感がした。純粋な反面、それが自分の衝動に
素直であるため、激しい人生になってしまう。それを小説のネタにする。
自作自演の人生を純粋に生き抜いた結果が、死ぬか、出家の選択になる。
そして、あの穏やかな寂聴が、そこにいる。何人、男を潰したのだろう? 
潰すというより、食べてきた、が本当だろう。家族からしたら、
『何が寂聴。悟りすまして、よく言うよ!』である。でも人生は激しく活きた
もの勝ち!寂聴名言集で「どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒してくれます。
そのことを京都では『日にち薬』と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬。」
「私の悪口を言った人はみんな死にました。」「子どもは、悪口を言われて
伸びることはありませんよ。悪口は他人が言いますからね、肉親は褒めて
やらなきゃいけない。どこ褒めようかなって探すのが親の努めと思いますね」 
これでも林芙美子の激しさと比べれば・・誰も人生、助けてくれないが
「地獄に佛」はいる!
・・・・・・
4271, 法則は思考のショートカット −3
2012年11月25日(日)
      「知っているようで知らない法則のトリセツ」水野俊哉(著)    
  * 明日できることを今日やるな
 マニャーナの法則とは、「仕事を洗い出し、明日以降でよいものは
とりあえず先送りにし、今日やると決めたことだけをやること」仕事で、
やるべきことをリスト化し、いつまでやるかをコミットメントするとよい。
英国のビジコンのマーク・フォスターが提唱した法則。明日やる仕事をリスト化
すると、今日の仕事は、昨日リスト化した仕事だけをすればよい。
リストを明確にして、優先すれば、今日すべき仕事だけに集中できる。
明日の仕事をリスト化できれば、一週間、一ヶ月と計画のリスト化が可能に
なる。逆に、下手に明日以降の仕事をすると、今日の仕事がおろそかになる。
やるとしたら、明日以降の計画を考えていた方がよい。的を得た法則である。
今日やるべきことを確実にこなす事こそ一番重要である。我われは、今日の
仕事を中途半端にして、明日以降の仕事をしていまいがちになる。
明日の仕事のリスト化は改めて考える行為である。成るほど理に適っている。
   * ハロー効果
 学生時代に知った法則で、いやに鮮明に記憶として残っている。
一つのことで顕著な特徴があると、他の評価まで歪んでしまう心理状態。
人は美人というだけで性格まで良くなってみえたり、言葉遣いが丁寧という
だけで誠実な人と思い込んでしまう。その心理傾向は、背中から、まるで
光がさして見えるため、背光効果=ハロー効果といわれる。一流企業の業績や
人事制度についての評価がいかに、このハロー効果で歪められているかが問題。 
一流大学を出ているだけで優秀とは限らないのと同じ。
   * ピーターの法則
 これも学生時代に知った法則。Aさんは平社員に能力を発揮、係長になり、
そこでも活躍し、課長、そして部長になる。しかし、その能力は、それが限度。
そして、そこに留まり続けると、ハツカネズミが回転の輪を何時までも回り
続けるのと同じで、ロボットのような限りない無能化に陥ってしまう。それが、
すべての階級で同様なことが起こり、やがて無能なA部長、無能なB課長・・と、
能力の限界に応じた最終段階に達したバカばかりになってしまう。いずれの
会社も、よく見れば無能者の群れ。これを「ピーターの必然」と言い、
「やがてあらゆるポストは職責を果たせない無能な人間によって占められる」
ことになる。いずれの破綻原因は、その果て。それもあり10年転職、
10年転業説が出てくる。その度、悪くなるのが殆ど?だが・・・
 ・・・・・
3896, デフレの最近事情
2011年11月25日(金)
 先日、鎌倉に日帰りで行ってきた。JRの期間限定の特別料金で新幹線往復
も含め昼飯付きで一万円。大よそ半額である。その数日前に家内がディズニー
ランドに遊びに行った時、義妹と御台場のホテル日航に泊まったが、交通費と
宿泊代を含めて一万八千五百円。割引パックの場合、景色が良くない格下の部屋
になるが、「今日は特別、良い部屋にしておきました」と、東京湾が一望できる
部屋に泊まったという。デジカメで撮った東京湾の景観と部屋からして二人で
三万はする部屋。ホテルには客が少なく、家内がいうに「 サービスをして
くれたのでは?・・」とか。 これも大よそ半額割引。それとシネマが60歳
以上が千円、これも充分価値がある。また毎月の一日が、年齢に関係なく全て
千円で、その日に客が殺到する。何度か書いているが、最近ランチを週二回は
食べに行っている。(そのうち、一回は家内と一緒)家内が情報を仕入れ、
ついていく。それもあってランチとはいえ十分満足できる内容である。 
牛肉も、高級魚も、不況のため、居酒屋や、回転寿司のネタになるほど、
値下がりをしているためである。鎌倉コースは行きも帰りも新幹線の自由席は
満席に近い状態。行きは旅行客と通勤客が半々。寺から鎌倉駅までのタクシーの
運転手に、「景気は、どうですか?」と聞くと、「大震災直後の売上は半分まで
落ち込んだが、現在は、それでも回復してきたが、元に戻ってない」という。 
このデフレの中、事業主はギリギリの状態。その上、資産デフレも重なり、
経営資源の枯渇が激しく経営を圧迫している。これにTPPの参加問題もある。
これは農業だけでなく輸出関係も影響してくる。デフレに大きく関係している
のが情報化である。ここで携帯電話がスマートフォンに変わりつつある。
それが、少しでも安くて、良いものを提示してくれる。 お客にとって
ベストだが、売り手にとっては常にベストを維持しなくてはならない。
消費者は収入が減っている上に、情報だけは過剰に?流れ込んでくる。
事業側はコストがかかる反面、お客の目は厳しくなっている。
 デフレ以上に恐ろしいのが、次にやってくるハイパーインフレ。 
二年前の同日(下にある)に、偶然、デフレについて書いていた。
・・・・・・
3531, 専門家を疑ってかかれ!
2010年11月25日(木)
  * 「ローゼンハン実験」 ー専門家の先入観を疑え―
 先日の朝日新聞の勝間和代「人生を変える法則」のシリーズに、
以下の実験に関する法則の紹介があった。医学など、こんなものだろうが、
アメリカ的で何とも面白い。 まずは、その内容から・・
【 精神分析学に、「ローゼンハン実験」という有名な実験があります。
 これは、1973年に米国の心理学者のデービッド・ローゼンハン博士が
友人7人を募り、8人で12の病院に「幻聴が聞こえる」と訴える偽(
患者を装って診察を受けに行ったところ、診察にあたった医者がそれを詐病と
見抜けず、全員入院させられて、薬物治療を受けることになったというもの。
この実験は、医学界から大変な反論と反響がありました。ある病院は、偽患者
はかならず見分けられると主張し、ローゼンハンに、好きなだけ偽患者を
よこせと勝負を挑みました。 じつはこのときも、ローゼンハンの完勝でした。
なぜなら、この病院は、3カ月間で診察した193人の患者のうち、
41人が偽患者だと見抜いたと発表しましたが、なんとローゼンハンは
この病院に一人も偽患者を送りこんでなかった。もちろん、当時と現在では、
精神疾患に対する診断基準が違うため、いま、偽患者を装って受診しても
即入院とはならないでしょう。しかし、経験則に重きをおく医学では、医者が、
短時間で患者の訴えの虚実を見分けることは大変、難しく、なんらかの病気の
診断を下そうとしてしまいがちだというのです。現代で、同じような偽患者に
よる追試を行うと、入院こそさせられませんが、念のため、ということで薬が
処方されることがあるでしょう。これも、医者が、患者の期待に、なんとか
応えようとするためです。この実験の教訓は、専門家たる医者の立場から
みると、先入観にとらわれてはいけない、ということです。さらに、患者が
嘘をつく可能性を念頭に置き、物事を熟知していると自負するあまり、ある
パターンに押しこめて理解しようとしていないか、常にチェックすることです。
また、患者の立場からみると、こちらからの情報が正確に伝わらないと、
誤診を犯す可能性があるということを理解しておくべきでしょう。
しかし、この実験から、「専門家はあてにならない」と即断すべきではない
と思います。専門家も間違える可能性を念頭に置きながら、互いに信頼関係を
築き、ベストな情報を交換し合うことが必要でしょう。
(勝間和代ー経済評論家)ー2010年11月22日 】
 ー 医者も間違えることをことを患者サイドは、常に意識しておかなければ
ならない。要は、医者も能力の差があり、正確な診断を下せるとは限らない。
それが精神疾患となれば、尚更である。これは、医者だけでない。
社会一般にも言えること。専門家と称する人が言うことが、常に正しいとは
言えないということだ。引退近い力士が、負けが込むと医師から色いろな
病気の診断書の墨付きをもらい休場する。見ているほうからすれば、力の衰え
からくる実力で負けが込んだのは一目瞭然。医者も阿吽の呼吸で診断書を書く。 
考えてみれば、人間の認識ってのは、全てが先入観でしかないのでは?


5367,世間、社会、会社の意味とは ー②

2015年11月24日(火)

          ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 西欧生まれの「社会」と、日本の「世間」はどう違うのか
 「社会」と、「世間」の違いは、日本社会と欧米社会の違いが起因する。
 欧米社会は一神教のキリスト教などの上に成り立っており、日本の
「世間」は、多神教のような無宗教的要素が作り上げた自然成立した
人間関係から出発している。 〜その辺りから〜
≪・「社会」と「会社」の二つの単語の元になった英語の「ソサエティ」
と「カンパニー」は、単語の形こそ違え、その語源は大変似ているのです。
カンパニーの本来の意味は「つきあい」といったところでしょう。語源は
「カメラ」で、今の日本語では写真機の意味になりますが、古いイタリア語の
「部屋」の意味です。古い英語で、同じ船に乗りあわせている船員の集団も
カンパニーです。これは当人たちのありようとは別に、一緒に企業を作る、
船を運行する、といった人間関係です。ここでは個人が仲間を裏切って、
勝手な行動を取ることを許さない厳しさがあります。
・「ソサエティ」もこの単語の語源のラテン語で、「仲間」とか「同盟」
といった意味です。「カンパニー」と同じような意味ですが、この場合は、
個人差やあり方に幅を認めている感じがあります。たとえば「同盟休校」
というのは、一人一人の学生は専攻も思想も違うが、その違いを超えて
何らかの要求を掲げ、申し合わせて一斉に学校を休むことです。
英語の「ソサエティ」の訳語である「社会」の構成メンバーは、さまざまの
個人が所属していることを承認しているのです。社会学の原型となる思想に
よって、後世に影響を与えたオーギュスト・コント(フランスの社会学者、
哲学者、数学者。一七九八~一八五七)は十九世紀前半に活躍した学者です。
彼は当時のヨーロッパの無政府状態を眺め、それを再統一するために、
実証主義(実際の状況から、そこに原理を見出そうとする考え)によって
何らかの原理、一定のルールを見出そうとしました。
・実証主義は「ポジティヴィズム」と言いますが、ポジティブは「確かな」
というのが本来の意味です。よけいなことを書いたような気がします。
しかし、それというのも、新しい単語である「社会」と日本の古い言葉である
「世間」との間に、かなりの距離があることを言いたかったのです。
ですから「社会性がないぞ」と言われると、何言ってやがる、という気が
しても、「そんなこと、世間には通用しないぞ」と言われると、ふと、
たじろぐものがあるのではないでしょうか。人間の集まりを示す言葉には、
西欧の近代社会が規定した、現実の事物から導きだした具象的に説明できる
理論を根拠にした「社会」なるものと、日本の「世間」のような、人が生活
してゆくうえで自然発生的に生まれた対人関係を意識することの二種類が
あるように思えます。≫
▼ 一神教は、神と僕(しもべ)との契約がベースにある。そこは、
 契約の原理が存在するのに対し、「世間」の世界は、曖昧な世界である。
だから曖昧な噂が、常に漂い、それに互いに怯えることになる。個々が
自立していることを前提にした社会に対し、曖昧な私の集まりの「世間」は、
不確かな事実の上で、ものごとが判断されている。そして「集団馬鹿」の
一員として、一生を終えていく。
・・・・・・
5002,閑話小題 ーつれづれに独り思うことー1
2014年11月24日(月)
   * 早朝、独り思うこと 
 現在の毎日の課題は、「既に残された時間は少なくなった分、
生きる面白さを味い尽くさないと!」になる。
 生きる面白さは充分に味わってきた。そして、あと何年、
生きるか分からないが、これからも、その余白に生きる面白さを
味わい付け加えることになる。生きる面白さには、味気ないことが
背後に膨大にあるが、それはそれで充分、価値があること。
 
 暇もあってか、過去をジックリ思い出すことが多くなった。
その度に多くの現象を改めて多面的にみることができる。
面白かった!という記憶が、非常に多いが、知らぬ間に、
面白くない記憶を消し、目をそむけてきた。
 とにかく、読書時間を持っていたことと、行動してきたのが
良かったのだろう。両親の影響も、あまりに大きい。

 「何事も取り組んだことが面白く楽しくなるまで、集中し続ける」
が、両親から学んだこと。そのために、世の中の流れをつかみ、
無駄を見極め、そのエネルギーは最小にすること。
一般の価値観は、娑婆の価値観。自分の価値観を見据えること。
そのためには、俗にいう「C」さん達と、距離を置くこと。
要するに「世間」を見切ること。それを20代から実践したため、
『色即是空、空即是空』の心持ちに少しでも近づけた?
早朝の時間の活用が、それを手助けてくれた? そうでもないか。

 ランチに週二回いっていたのが、今では週一である。
<昼飯は本来、ジャンクフードで、抜いても良いのでは!>
と思い立ってからだ。スナックとバナナ一本で充分と思えば、
それでもよい。実際のところ、惣菜売り場のパックの『つけ麺』か、
インスタントのカレーライスで、腹持ちがする。年齢もあるが・・ 

・・・・・・
4635, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー4
2013年11月24日(日)
     『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
 * パワーカップルの最たる医師同士と、法曹界の収入は?
    ー要所を抜粋するとー
《 現在、医師の女性の占める割合いは20%。50年前は10%。
 現在の医学部の女子学生は40%を占めている。とすると近い将来、半分
近くが女医になると読み取れる。今だ役所、企業での女性の位置が低いが、
医療現場では、さほど、その障害がないことが挙げられる。現在、一億以上の
高所得者のうち、7人に1人が医師である。特に、開業医の収入が多いことは、
巷に知られている。男性医師の4人に1人、女性医師の3分2が、医師と結婚。
男子が少ないのは、収入が多いので、専業主婦の相方でも困らないことがある。
医師以外に、36・5%が薬剤師、看護婦、医療技能職の医療従事者がいる。
ちなみに、学生時代知り合った場合、に妻の方が子供育てを考え、負担の
比較的軽い、精神科、眼科、皮膚科を選ぶケースが多いという。
開業医が2千5百万、勤務医が、その半分の1230万。
医師カップルは2千〜5千万。開業医で夫婦で運営すれば、一億超える
ことも珍しくない。医師夫婦こそ、スーパーカップルといえる。》
▼ 収入から見ると、医者は一種の特権階級の住人。医師のパワーカップルに
 比べ、法曹界の収入は心もとない。女性が司法試験に合格し弁護士になる
プロセスが大変な割に収入が少ないこともあり適さないこともある。男性弁護士
からみて、弁護士の妻は6・6%にとどまり、医師の比率から見て6分の1になる。
それだけ医師の収入条件が良い。難関の司法試験に合格し、司法修行を終えても、
法曹職を得られない人が2割もいる。しかし、米国社会の後追いをする日本も、
訴訟社会になっていくので法曹職も、将来性がある。情報化、グローバル化社会
は、弱肉強食、一強多弱が更に進み、階級社会が固定化する。そこに生じてくる
のは激しい階級間闘争。とすると、第三次世界大戦が東西冷戦とすると、第四次
世界大戦は、民族間と、階級間の、果てしない戦争になる。それも、テロという
手段が頻繁に使われる不安定な社会が現れ出る。その反面、パワー階級は、
今もだが・・ 特別区という別世界に住むようになる。まあ、あまり明るくない
殺伐とした近未来が待っている。TPPは、アメリカ社会に右ならいということ。
厳しい階級社会が、本格的に来るということ! 第二次大戦から20年余の社会
主義化した、あれは、むしろ奇跡?地元の病院の眼科の先生が夫妻と聞いたこと
があった。歯医者はドクターではないが・・収入は似たようなもの?
・・・・・・
4270, 法則は思考のショートカット −2
2012年11月24日(土)
       「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉 (著)
* ほめるこつ、「条件付け」「ウィンザー効果」「コミットメントと一貫性」
 部下が功績をあげた時、ほめる際に食事に連れていくと、それが当り前になる。
これを「連続強化」というが、何度かに一度は、何も褒美を与えない。これを
「間欠強化」という。何時も与えられている褒美を与えられないと、部下は
褒めて欲しいために尽くしたくなる心理になる。これを「条件付け」の法則。
これは、『新婚さん、いらっしゃい』というバラエティ番組で、新夫が相手を
口説く時に、毎日のように電話をしたが全く相手にしてもらえなかった。
そこで当分、連絡しない間を入れたところ、女性の方が不安になってデートに
応じるようになった」という話題を思い出した。 また「ウィンザー効果」
というのもある。直接褒めるのではなく、間接的に褒めて相手に伝える方法。
褒め育てる方法もあるが、初めから徹底的にしごいて、育てる方法もある。
「コミットメントと一貫性」である。新入社員を入社前に徹底的に鍛えあげる
と、忠誠心が大いに高まるという。 いずれにしても、組織には必ず20%の
怠け者が存在するので、手抜きは避けることはできない。
   * エメットの法則
「仕事を先延ばしは、その後片付け仕事の2倍の時間とエネルギーを要する」と
いうリタ・エメットの提示した法則がある。この法則があるとは知らなかったが、
私は経験則で知っていた。私のごく身近に何事も先送りする人がいる。
とにかく、後回し。見ていると、数倍もかけて、その後始末に追われている。
若いときに社会(仕事)で鍛えられなかったためだ。 事前の準備は、時間厳守
と同じく仕事の第一原則。 この不況で、新卒で正社員になれなかった人は、
ビジネスの第一原則を徹底的に叩き込まれてない。そのことを企業の人事担当は
着目するため、まともな会社には、なかなか入社が難しい。同じことだが、去年
春の決断時に弁護士に、「少し早い決断は、打撃が二分の一で済む。
少し遅れると二倍になる。今回の決断は少し早目だが、一瞬の差で、差し引き
4分の1になる。それなら、今決断します!」と、最終結論を出した。そして
一年後、弁護士に、「今回は見切り千両いや万両でした。半年でも遅れていたら
5物件は売れなかったでしょうね」と言われた。実際に私も、そう実感している。
東北大震災の影響は、マスコミは大きく騒がないが、日本の消費行動を根こそぎ
変えている。近未来に必ず起こる恐慌と、大地震をふまえ、消費マインドが更に
冷え込んでしまった。老後は太平洋側に住居を移したいという気持ちが少し
あったが、今や全く消えうせている。札幌か、函館なら考えてもよいが、
それなら現在と大して変わらない。何事も「先手、必勝」、「今日すべき
ことは今日中に」である。
・・・・・・
3895, 「現代型うつ」とは
2011年11月24日(木)
 新しいタイプの鬱病が多く見られるようになっていると、NHK
「クローズアップ現代」で取り上げていた。これまでの鬱病は、自分を責め、
劣等感に陥って不眠になったり、閉じこもりなったりした。しかし最近では
「現代型うつ」という新現象が以前ここで「エイズより怖い性病」として
「何事も他人のせいにする若者」の性癖を取り上げた。その結果が
「現代型うつ」として社会問題になっている。20〜30代の若者を中心に
増え続け、抗うつ剤など従来の治療法が効きにくいため医療現場は混乱している
という。このタイプは幼い頃から大事に育てられ怒れた経験がなく傷つきやすい。
本人に被害者意識が強く、他人のせいにする傾向がある。人依存の典型である。 
ここでは取り上げたケースとは・・
≪ 東京のIT企業・信興テクノミストでは、電車にカバンを置き忘れた入社
 2年目の社員に上司が注意したところ、体の不調を理由にうつ病の診断書を
提出、休職した。 ところが、社員寮を尋ねると本人は不在で、同僚と頻繁に
飲みに外出していることが判明。その後4人の社員が会社を休む事態が続き、
総務部部長は頭を抱えているという内容 ≫
 ある病院院(福岡県)では、患者同士のグループミーティングを取り入れ、
自分の心の弱さに気づいてもらい、7割の患者が復職を果たしたという。
自分で事業を幾つか起こし、全てが直接跳ね返ってきたため、他人のせいに
する余裕など、あるわけがない。その反面、色いろの場面で人のせいにしたがる
大の大人を多く見てきた。一番の身近の夫婦間が、その典型。その果てが三割の
離婚率。また会社内の仕事の場では、上下、横の関係の中で、色々の摩擦が起きる。
ところが、内面は鍛えられてないので、落ち込んでしまう。
 欝は、その落ち込んだ気分から立ち上がれないで社会生活に支障をきたす病。
生きていくことはトラブルと壁を解決をするプロセス。それを自分以外に原因を
見つけようとする積み重ねが、欝への道程になる。自己を見つめる事がないから、
自分の歪みが見えない。「電信柱の高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんな
アナタが悪いのよ」になってしまう。その結果、心の底に鬱憤というヘドロ
が蓄積されていることに気づいてない。情報化が、内面の芯の部分を鍛える
チャンスを潰している結果もある。韓国は徴兵制度があり、鍛えるべき時に
徹底的に鍛え上げるシステムがある。その上に最近では大学受験戦争が激しい。 
その結果、日本は韓国に明らかに遅れをとってしまった? 現代型うつが、
現代の若者の一現象とすると、日本の将来に悲観的になりざるを得ない。
 ・・・・・・・
3530, ハーバード白熱教室 ー2
2010年11月24日(水)
 海難で生きるために三人が一人の人肉を食べてしまった事件で、多くの問題
が出された。海の遭難現場での異常事態で、どの答えが正しいとはいえないが、
これをヒントに正義を論じ、考えることは可能である。次にサンドル教授は、
「イチロウの年俸は高いか?」の問題定義。イチロウの年俸は15億円。
それに対し、日本の教師の年俸は400万、400倍。オバマは3600万
だから、その40倍。イチロウの年俸が高すぎるという意見と、妥当という
意見を生徒から導き出して、議論を進めていく。これも、美徳と貢献などの問題
を提起し、議論を導き出していく。何でアメリカ大統領の40倍の報酬が妥当か、
逆に、それは不当すぎるほど高いと言えるのか等々を・・ この問題には自由と
平等・公平の問題が含んでいる。二時間目からは「戦争責任について」である。
そこで生じた道徳的義務と責任は *個人的なものと、*集合的なものと、
分けて考えられる、としている。カントは「責任は自分自身の自由意志と、
選択によって生じる」という立場、要は純粋実践理性よって生じるという。 
道徳の根本原理によって、普遍原理に達することが出来る、という。
アリストテレスは、「責任は、よき生についての私たちの考えによって成立」
という立場。 次に「義務」について、「殺人を犯した家族を警察に突き出す
べきかどうか」を事例に議論を進めていく。家族の立場をとるか、社会を優先
させるべきか、当然に意見が分かれてくる。互いの議論の中から問題を捉えて
いく。彼の授業は、古代哲学者や近代哲学者などの思想を現代の問題に結び
つけるやり方で、対話をしながら考え方そのものを教えていく。先に書いた
私の学生時代のゼミの授業の進め方、すなわち「自分自身で考えること、
それを進めることが、本当の教育」であるということだ。判断、決断する前に、
独りで考えを進められる能力が教養である。我われは、誰もが哲学をしている。
そのレベル、効率化の向上は可能である。パソコンから類推すると解りやすい。
哲学(考えることを考える)は、全ての人にとって最も重要である。
何故、生きるのか、何故死ぬのか?人生に意味があるか?
 ・・・・・・・・
3155, 「 2012 」
2009年11月24日(火)
  * シネマ 「2012」
 その迫力の凄さの予告をみて、初日の幕開けを観てきたが、期待以上の内容。 
現在のCGの技術をフルに生かした映画であり、次から次へと想像を絶する破壊
の画面が続く。映画館の大画面と音響で観るから良いのである。特に後半は
次から次へと都市破壊の映像が映し出され、思わず座席にしがみくほど。
都市破壊の場面や大津波は圧巻!エベレスト山頂近くまで洪水が押し寄せ、
ワシントンのホワイトハウス、自由の女神、ハワイ、ローマのバチカン、
エッフェル塔などが、次々と破壊していく場面などは観るだけの価値はある。 
これを映像で観ている自分が不思議に感じた。「マイケル・ジャクソン」と
同じく、上映中に、いま一度見たいと思えたから、お勧めである。 
  ーまずはHPの紹介文からー
 2012に世界が終わる!マヤ文明の黙示録的予言を描いたSF映画である。
天文学や数学に長け、高度に発達しながらも謎に包まれたまま消滅した古代マヤ
文明。マヤ人のカレンダーであるマヤ暦は極めて正確なものとして知られている
が、その暦は西暦2012年12月21日で突如終わっている。 いつのころからか、
その理由は「2012年には地球が滅亡する」というのが西洋世界では通説となり、
多くの書物が著され、数多くの人がこの説に現実的な恐怖を抱いている。 
この2012年を舞台に、その終末世界と人類が生き残れるかどうかを描いた超大作
が『2012』である。『ID4』『デイ・アフター・トゥモロー』など、過去
幾度も“地球的危機”を描いてきたエメリッヒ監督がついに地球の滅亡を描き出す!
 〜
 2009年。太陽の活動が活発化し、地球の核が熱せられた結果、3年後に世界
は終わりを迎える。この驚愕の事実をいち早く察知した地質学者エイドリアン
は、すぐに米大統領 主席補佐官に報告。(字数の関係でカット2011年11月24日)


5366,閑話小題 〜久々に聞いた面白い話

2015年11月23日(月)

   * 久々に聞いた面白い話
・身近で聞いた話だが、『あるグループの一員で、74歳の若作りの
小金持ちのオバアサン?が、思い立って真っ赤な乗用車を400万で
買ったが、家族には不評! 私には考えられない。』という。聞いていて、
大都会なら、いざ知らず、地方都市で良くぞ、この年齢で買ったものと感心。
 お金を持って、あの世とやらに、いけるわけでなし、持っていけるのは、
「コト」だけ。「74歳で真っ赤な乗用車を400万で買って乗り回したコト」は、
持って逝?ける。それを実行した当人は、人生の何たるかを知っている。
・そういえば、母親が、80歳の時、何を思ったか、ボケ現象の入りかけか、
『姉二人と、家内と、兄嫁の4人をお供に欧州旅行に行く』と、言い出した。
『どの道、お金を持って、あの世にいけるわけでなし、良いの!』と、酒の
入った勢いで啖呵を切った。4人は大喜びで、母共ども二週間、旅立っていた。
 その間、留守のお祖母ちゃん、お母さんに不満を持った小学生の二人息子
の面倒と、家事を私が見ることになったが、これが大変。帰ってきた家内が
一言、曰く、『楽しかった!悪いけど、子供も、彼方のことも、一切、
忘れていたわ!』。30数年前で、総額300万代半ばの旅費だった。まだ、
高度成長期の真只中、これも母の預金の一部をコトに換えたことだが。
どの道、息子達の旅行代か、酒代になって、どこかに消え去っていく金。
 私にとっては、多くのお金を、コトに換えてあるので、残す苦しみが
全く無いので、その点では、心残りは無いコトが、良いのか悪いのか?
  * 優勝決定の珍現象 〜目出度くもあり、目出度くなくもあり!
 千秋楽まで、一敗一人、二敗二人だったが、日馬富士が、大関稀勢の里に
敗れ13勝2敗となったが、2敗で追っていた横綱白鵬、平幕の松鳳山が
それぞれ黒星を喫し、優勝が決まった。千秋楽に三人とも敗れての優勝は、
聞いたことがない珍現象。「目出度くもあり、目出度くなくもあり」である。
残酷な話だが、理事長であっても、死んでしまえば、30年続いた一代限り
の相撲部屋の消滅が、昨日限りで決まった! 死期を悟った?当人は、
死ぬに死ねない苦悩を抱えていた。最期は、全ての人が挫折が待っている。
だから、人生は面白く、スリリングになる。「三日も経てば、三百年前に
死んだと同じ!」である。この世は、生きている人の為にある。だから、
生きているうちは、「活きていなければ!」ということ。
・・・・・・
5001,閑話小題 ーつれづれに〜5001回
2014年11月23日(日)
   * つれづれに〜5001回
 一昨日で、随想日記が5千回になったが、一日一テーマの作成の重圧は、
ストレスになるが、これも慣れ。一線から離れると、これが丁度良いストレス
とエネルギーの消耗になる。 としても、5千日連続して書き続けたもの。
この習慣は、頭を使いざるを得ないことと、自分しか書けないことを書き残せる
ところが最大の魅力。テーマを探し、決まったら、一気に書き上げ、書き直し
書き換えに全力をかけるしかない。これはストレスでストレス発散をしている
ことになる。 自分が何かを感じなければ、未来の私に、それをを伝えることが
できない。 だから、心のアンテナが敏感になるのが良いようだ。 
 未来の自分が再読するため、嘘とか中途半端なことは書けないから、
まず正直に書くしかないが、読み直すと、それでも、偽善、偽悪も、露悪、
露善が出ている。そこを第三者が見ているのだろうが、その緊張感が面白く、
反面、恐ろしい。 毎日、書き続けていると、日常に浸り流されている自分が
鮮明に見えてくる。それも、この年齢では平凡な日々を感謝しなくてはならない。 
早朝、この文章を書き直しをしたり、過去数年分の同月同日分を読み返すことは、
一種の内観。そして「何をしてきたのか、考えてきたのか、この男は!」と・・ 
 それにしても、文筆家の言葉はアマチュアや、素人とは全く違う。
それで、生計をたてているから当然だが。それにしてもである。
それは、書き続けたからこそ分かったのだろうが。
・・・・・・
4634, 閑話小題 〜また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書
2013年11月23日(土)
   * また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書
 また一人、創業時からの営業担当の奥さんから年賀欠礼の葉書が届いた。
創業を始めて40年、地元に帰ってきて38年も経てば、その時節ということ。
「東芝エレベーター」の営業担当の馬場さんで、この8月に亡くなっていた。
長岡の大手通四角の物件から始まり、都合、五台のエレベーターを入れていた。
その都度、本当かどうか、ギリギリの値段で入れていたため、会社から厳しい
視線で見られていたとか。サッパリした性格で、私とは相性が合ったようだ。
毎年、会社の忘年会に出席してもらった常連の一人。10年前に定年退職して、
自宅近くの公用地・500坪を借りて、野菜つくりをしていた。定年後も、前の
会社の事務所に訪ねてきたり、新潟駅前の町内の懇親会で酒を酌み交わしていた。
 彼から酒飲みで学んだことは、「自棄酒など、美味くない酒は飲まないこと。
さらに落ち込む!」である。長岡の実家の商業ビル建設を建てかえていた時の
修羅場の姿を見ていた数少ない人である。それもこれも、過ぎてしまえば、
夢幻である。当初からの忙新年会の上席で残っている?人は、
数人だけになってきた。「ひとは先、我は後」。 享年、74歳。 ご冥福を!
   * 昨夜は、高校同級生の偲ぶ会
 昨夜は、昨年の今頃に自死した高校の同級生の「K君を偲ぶ会」が長岡駅裏
の居酒屋で開かれた。出席者は16名。商売上の事由というから、他人ごとでない。 
30年近く、この同級会は毎年開かれているが、常連組17〜8人のうち、これで
5人が亡くなった。幼稚園から大学までの同級生で、自死は始めてである。
自死には、それだけの事由がある。明るくサッパリした性格の反面、神経が繊細。 
高校では山岳部に属し、趣味は落語を聴くこと。偲ぶ会の寄せ書きは、如何な
ことか、と思ったが、色紙に、それぞれが一言、書き留めて仏前に添えて
もらうことにした。
   * 雪下ろしの雷
冬の雷を「雪下ろし」という。11月の雷は初雪の前兆で、轟音がすざましい。
その後の雷は、激しく降る合図になる。今年も、例年と同じ下旬。
直ぐに降雪するか、1〜2週間後に50センチ位の積雪になる。一度、消えるか、
降ったり止んだりし、1月半ばか、下旬に2M位の積雪になる。
それが消えるのが四月の初旬の頃。
・・・・・・
4269, 閑話小題 ー虚無より傷心が上
2012年11月23日(金)
   * 人生、虚無より傷心が上?
 W・フォークナーの言葉に、「人生は虚無より傷心が上」がある。 
両親が大戦の長岡空襲で財産の全てを失い、第二の創業を幼児から少年期に
わたり目の当たりにしていた。 そして自分も創業人生を過ごしたいと20歳
頃に決心し、去年まで挑戦と挫折を繰り返した45年間。その心血を注いだ
事業も、3つ(9・11、9・15、3・11)の歴史的震災?で、呆気なく消滅した。 
口ではカラ元気なことをいっても、やはり深く傷ついている。 とはいえ
「何も人生をかける機会がない、虚無の人生」や、「上手く後継者の譲った
ハッピーエンド」より、傷心している現在の方が良かったと思っている。
いや、自分にそう言い聞かせている。節目には挫折感がともない、深く傷つき、
虚無が覆う。何事もない虚無や順調な人生より、傷ついた後の虚無の方が、
(ドーナツの穴のように)傷口が取り囲んで虚無を浮きだたせる。何度か、
そこ知らないほどの虚無感に陥ったことがあった。半年位だっただろうか。
何事にも自信が無くなり、虚脱状態で、ただ独り、極小に縮んで滅していく
ような妙な感覚。現在も、ひとつ間違えると、陥る可能性があるのが解る
ので、ブログを書き、スポーツジムに行き、読書をするなどで自分に隙を
見せないようにしている。ただ愚痴を言い、他人を標榜するしかない老人を
多く見てきたので、その愚だけはしたくない。しかし、知らぬ間に愚痴を
独りで呟いている自分がいる。 先日も、近くの道路で大声で愚痴を喚き
ながら歩いている老人を見た。家内がよくスーパーで買物をしているのを
見たというから、痴呆の独居老人らしい。心の傷口が化膿しているのだろう。 
男ヤモメの痴呆症は近くの親族は苦労する。「人生、傷心、時どき虚無」か。
いや、「虚無、時どき傷心、のち躁鬱」か。毎日が、心の天気模様のよう。
台風もたまに来るが。服装と、心と、身体の管理は気をつけてないと・・  
 ・・・・・・
3894, ギリシャの次は・・ ー2
2011年11月23日(水)
  前回、取り上げたPIIGSの国債の数値化を、改めて考えてみる。
 ・ ギリシャ    32.29%      
 ・ ポルトガル   11.52%
 ・ アイルランド   8.22%
 ・ イタリア     7.28%         
 ・ スペイン     6.43%     
ギリシャの32・29%からみる。EUが今回、国債の残高の半分を免責、
「ギリシャが現在の国家の支出を大幅にカットしても、 数年もしない
うちに行き詰まるのは明らかな数字である。あくまで延命である。それに、
他のPIIGSの金利も、この数値からみて、重体である。これらの国の
トップは殆ど、ここで変わったが、それで問題は片付いた訳でなく、
間違いなく破綻が近づいている数値。もしもの話をしても仕方がないが、
日本国債が今後どうなるかである。現在の10年もの国債は1・47%であるが、
何時、国際的 投機筋に狙われるかである。 現在の利払いだけでも千兆の
一%としても10兆円になる。その上に返済をしているので、既に国家予算
の半分が、国債に向けられている。ある日、国債に対して不信感から売り
浴びせられたら、国債金利は高騰する。考えただけでも末恐ろしい。
首相を一年ごとに変わるので長期的政策を持てずに、無責任の垂れ流しの
予算しか組めないのが現状。その破滅的システムが、この数年続いている。 
アメリカにとって、それがベストのため変えられないこともある。
5年、いや、もっと早くIMFの管理下に入って徹底的なリストラを行われる
しか手立てはない。そのキッカケはハイパーインフレ? それでも消費税が
5%で、欧米の平均値の20%まで15%のノリシロがある。また、国民の
預金が1千兆円以上ある。それも、アメリカ国債を買わされている・・ 
ギリシャか、イタリアが破綻すると、リーマンショックの比較にならない
ほどの大混乱になるというが、その具体的な状況は誰も想像つかない。 
一線をひいてみると、なる程、より鮮明に見えてくる。
  ・・・・・・・
3529, ハーバード白熱教室 ー1
2010年11月23日(火)
 一昨日(日曜日)のNHK・TVで15時から2時間、東京大学での日本版
アンコールのサンデル教授の授業をを見た。ハーバード大の彼の講義には、
毎回1000人以上の学生が出席しており、1636年に創立された同大の
歴史上、最大の履修学生数を誇り、あまりの人気ぶりに、大学側は非公開の
原則を覆し、初めてメディアに講義を公開した。その一つを以前に見たが、
私でも理解できる内容であった。日本でのアンコール版は、一般から応募した
1千人の生徒との質疑応答を中心としたもの。元のハーバード大の授業内容は、
米国のボストン公共放送局が制作し、昨年、全米ネットで放送した放送権を
買い取ったNHKが邦訳をつけ、今年4月から全12回での放送を始めたもの。
東大の大教室には一般から募った1000人以上の参加者が詰めかけた。 
彼の講義の特徴は、サンデル教授が提示した究極の事例研究を通して考え
させていく手法である。  始めのテーマは「正義とは何か」である。 
まず正義を、彼は3つ上げてた。
* 幸福の最大化 (ベンサムの最大多数の最大幸福)
* 人間の尊厳に価値を置く (カントの主張)
* 美徳と共通善を育む (アリストテレス) 
 初めのテーマは、(18世紀に実際にあった事件=)難破した船乗りが
救助を待つ間、最も衰弱した1人を残りの3人が殺し、その肉を食べて飢えを
しのいだという実話を挙げ、「道徳的に許されるか」との問いを投げかける。
まず初めの学生は、「3人が生き延びるためには必要だった」「被害者の同意
があれば許される」という立場、しかし他の学生からは「どんな場合でも殺人は
殺人」「食人は許されない」という否定論が出てくる。色いろな議論の中から、
初め上げたベンサム、カント、アリストテレスの立場の哲学を導き出し、会場
の生徒たちを巻き込んでいく。サンデル教授は、学生たちの意見を踏まえた上で、
「最大多数の最大幸福を求める行為が望ましい」と主張した18〜19世紀
の政治哲学者ベンサムの功利主義が、常に正しいとは限らないことを示唆したり、
カントの立場も示唆したりする。
 この授業で奇妙な既視感が浮かんできた。そう、私が度々、ここで書いてきた、
学生時代の人事管理の武澤ゼミでの放課後の週二回のゼミである。人事上の
トラブルを、ある一管理職が書きつらねた難問の文章を渡され、次回に、それに
ついて15〜6人が議論する。 初めはランダムに背後にある問題を抉り出して、
最善の解決策を考え出していく。次々と、問題に対する意見を搾り出すが、
そこには教授が難しそうな顔をして目たないように座っている。したがって甘い
指摘は許されない緊張感が張り詰めている。もちろん甘い意見は、その後の誰か
に指摘され潰される。2時間の議論を終えて部屋から出たときには、太陽が
黄色に見えるほどだった。そこで思い知らされたのは絶対的知識不足である。 
一年前の欧州一ヶ月の旅行で破壊された固い壁が、さらに粉々になっていた。
時間をかけ考え考え考えること!人生それしかない。
・・・・・・
3154,低反発マットと腰痛
2009年11月23日(月)
 低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとして
マクラにバスタオルを巻いて使っているが、その後、ベッドに低反発マットを
敷いて寝ている。使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。
腰痛も少なくなったようである。寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。
それと横向きが少なくなった。人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど
寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。だいたい寝返りの時に目が
さめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。それは腰や肩の部分が
身体に合わせて包み込むような感じで、マクラと首も同じである。
実感として、寝心地が二倍は楽になったようだ。これだけは実際に数ヶ月、
寝てみないと分からない。特に腰痛の人にはお勧め。この特徴は身体との接点の
部分だけが沈み込むことにある。シートの方が身体に合わせてくれるのである。 
誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、身体と布団の接点部分の重圧で
寝返りが多くなる。ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナー
がある。私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。どこが違うのか
聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。他にマットの素材に
ゲルマニウムやセラミックが混入されているのもある。
(私は、枕の下にゲルマニウム石を置いている) 低反発マットもニトリで
6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。ベッド
には、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、
目にはゲルマニウムのアイマスク、耳に100円ショップで買った耳栓をしている。 
その積み重ねの結果は充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、
耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は
無頓着である。この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、
これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。


5365,世間、社会、会社の意味とは ー①

2015年11月22日(日)

        ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 世間の中で、もまれて大人になる日本人
 学生時代の専攻が社会学。それに影響されてか、社会科学に興味を持って、
以来40数年、その系統の本を読み続けてきた。そこに当然、身近な『世間』
なるものの正体に興味を持つことになり、手当り次第に読んできた。
その世間、社会の色取りが面白いからこそ、続けてこられた。特に日本人は、
『世間教』たる宗教めいた神様が存在して、それに大きく左右されて、
『世間馬鹿』(いま、思いついた言葉)になってしまい、人生の黄昏頃に、
その壁に気づき、自ら涙する。その世間を、否定をしないで、真正面から
捉えたのが、この本である。ーはじめにーの、「世間」「社会」「会社」
の定義が、的を得ている。まずは、その辺りを抜粋。  
≪ 日本には昔から「世間」という言葉がありました。
 「世間知らず」
 「世間の笑い者になるぞ」
 「世間は広い」
・世間とは個々の人が作った集団ですが、それは具象的というか、私たちが
日常接する人々とつくるつきあい、そして、その延長である知人のまた知人、
というふうに範囲を広めていった未知の人をも含めた集団といえる。
あくまでも、現実の人間関係の延長がつくる人間関係です。
 人は成長するに従って次第に複雑な人間関係を持つようになり、やがて
未知の人をも含めた集まりが存在していることを知るようになります。
 それが世間であり、大人になるということは、そういう世間で生きるための
常識が備わってくること、いや、積極的に世間を知ろうとすることが成長する
ことの意味なのでしょう。世間を前にすると、個々の人間は弱い存在です。
そのルールには従わなければならないし、ルールの担い手になることさえ、
周囲の人々に期待される場面もあります。世間の掟というのは、法律のように
個人を強制するものではないにしても、世間の暗黙のルールを破ると、物事が
スムーズに運びません。
 「世間知らず」とは、そういう世間の暗黙のルールが身についていない人の
ことであり、「世間は広い」という言葉には、暗黙のルールだと信じていたもの
のほかに意外なルールがあって、それに従って生きている人々がいることを
知った驚きが込められています。
・「世間」によく似た言葉に「社会」があります。学生のころ、社会学の講義
で、明治のはじめに英語の「ソサエティ」を訳すに当たり、当初、「会社」と
した場合もあったが、やがて「社会」に落ちついたと教えられました。
しめすへん「社」という漢字の左側の部分は「示偏」で、これは神を祭る祭壇を
表すと聞いた覚えがあります。そして、右側の部分をなす土という字です。
つまり、「社」という字は土の上に神を祭る祭壇を作ることで、「会」という
字は人々が集まることです。「社会」という単語には、まず祭壇があって、
そこに集まる人々がいる。つまり、共通の神があり、それを承認する人の集団
が社会なのです。
・そして、「会社」は、「社会」の漢字の順序を変えただけ。しかし日本語の
「会社」の場合は、まずある目的があり、それを達成するために人々が作った
かなり人為的な組織ということになります。たとえば紡績会社なら、織物の
生産を目的に、金と技術と意欲を提供して集まった人たちの組織ということに
なります。それに対して「社会」は、自然発生的で人間が知的にその存在を
認めた組織ということになりましょう。そうやって考えると、「社会」と
いう言葉は、あくまでも知的な認識というか、人にとっての個々の知人関係
などがつくる人間関係とは、一応は無縁な言葉ということになるでしょう。≫
▼ ウィキペディアによると、{社会とは、人間と人間のあらゆる関係を指す。
 社会の範囲は非常に幅広く、単一の組織や結社などの部分社会から国民を包括
する全体社会までさまざまである。社会の複雑で多様な行為や構造を研究する
社会科学では人口、政治、経済、軍事、文化、技術、思想などの観点から社会を
観察する。}とある。「世間」が身近な人間関係の広がりに対して、「社会」は
その範囲が広く、社会契約を含めた、構造と、その構成要素をいう。人生を
考えるとき、「世間」たる化け物を、見据えておかないと、その一員に陥る
はめになる。それを避けるには、長年かけた教養が必要になる。
・・・・・・
5000,閑話小題 ー今日で5000回!
2014年11月22日(土)
   * 随想日記も5千回に
 気持ちを入れた文章は足跡として残る上に、過去の同月同日に再び、
その時の自分と出会える。5千回は、以前より大きな目安としていたので、
やはり感慨が深い。とにかく続けることだが・・
 この随想日記と、50回の海外ツアー(来年達成)と、新潟駅前事業が、
この30年の大きな行蔵だが、これ、何の価値(意味)があるの?と、改めて
問いなおせば、何もない。ただ、ひたすら生きてきた中で、これがあっただけ。
面白く、厳しい場面が多くあったが、悔いは無い。いや、そう思うしかない。 
 読み返すと千回までが大変だったのが見てとれる。5分遅れでアップ
できなかったことが一回あったが、我ながら五千回もよく続いたもの!
学生時代に日記と、卒論を書いた以外は、社内報に二月に一度、書く以外は、
殆ど書くことはなかった。それまで本を読みっぱなしで、ダイアリーにメモ書
で残す以外、感想も、要約も書き残すこともなく、一番大切なことをして
なかったことに気づいていた。そこでHPの存在を知り、記憶の雑記帳として
ネット上に公開すればと、思い立った。そこに、通勤途中に開業したばかりの
パソコン教室を見つけて本格的にのめりこんで行った。当時は、まだブログの
出だしの頃で、手作りのHPだった。それが、今でも、エンピツの「随想日記」
と、「分類」として続いている。そして7年前に、二つのフォロー用に始めた、
「はてな」のブログに殆どが移動していった。そのことに気づいたのが一月前。
13年の日時もあって、「ヤフー」のブログを加えると、400人の閲覧に
なっている。もっとも、最大のファンは同月・同日の自分と、未来の自分だが。
アップをした瞬間、その全てを忘れるため、読み返すと奇妙な気持ちになる。
なるほど、言葉は言霊!「その瞬間の自分は、集中すればしただけ残るんだ!」
を、読み返すと分かる。   ーまずは初回からー
――
ウオーキングについて
2001年05月04日(金) 
 7〜8年前より 1日平均 15000歩、歩ている。土日曜祭日は
23000歩 は歩く。気功、屈伸、地蔵様へのおまえリ、瞑想、太陽視、
呼吸法、肯定思考訓練など全部取り入れてある。趣味をとうりすぎてライフ
ワークである。酒を多く飲みすぎた時など毒素が抜けるのがわかる。
日経新聞のコラムで1日7〜8万歩も歩いている人の文章を読んだ事があるが、
上には上があるもの。 10年前に書いた文章をコピーしてみる。−>
【最近、造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。
(江藤淳の“夜の紅茶”をもじった)�早朝(4時半〜5時半)起床 
�近くを一時間散歩 �テレビ体操 �瞑想 �家族全員のお祈り �食事�風呂
と続く。特に散歩が非常により。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。
季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経を
となえる。この散歩に全てが含まれても過言ではない。
 これを実施して4年、副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、
酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。
時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。
また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。
早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して自ら挑戦
してみた事だ。登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。
1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。
夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。
これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。
山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。平成3年5月】
――
4000, 4000回の随想日記
2012年03月08日(木)
 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。 
旅行中も「書きだめ」をしたのを知人に頼んでアップをしていたのでほぼ
休まず書いてきた。自分でも11年近く四千も連続して書いたと驚いている。 
次は五千が目標になるが、四千回を契機に、時どき休むことにする。 
また五千回に到達した時点で半年位は休むつもりである。この程度の文章は
誰でも書けるが、一応自分で納得した内容を書き続けるのは大変である。
充実感があり、習慣化したから可能だった。「チョット聞いてよ。こんな
ことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、クマサンに自慢気に話して
いる感じである。もちろん、自分のために整理し知識として残すのが目的だが、
せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける動機づけにしている。 
気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いたため、それが、
そのまま伝わっていたはず。 それも四千ともなると、自分の脳内そのもの
でもある。 自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。
今では、その日書いた分を含めると11年分の同日の自分に出会っている。
書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議
で奇妙な感覚になる。だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰
で毎朝、心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、
気力が無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。 
しかしブログに字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、過去に書いた
文章をカットする。それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減
な文章を書くと数年もしないうちに、自分の手で削除することになるので、
内容の質を落とせなくなる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、
あとに戻せない。何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 
注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。
時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、
書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、価値が出来てくる。
また分類ボックスの一番下に、過去に書いた文章の検索が出来るように
なっている。 時々、検索をすると、キーワードの入った文章が出てくる。
もし、秘境旅行、と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。
これは記憶の検索になる。
――
3000、3000回か〜
2009年06月22日(月)
 この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。
書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、
ただ習慣だから続けているだけ。確かに、続けているとプラスにはなる。 
考えざるを得ないからである。それと、常に何か書くことがないか注意を
周囲に向けるようになった。 その現場で、キーワード探しと、その組み
合わせをするようになっている。書くことを職業にしている人は、
考えることを職にしていることになるが、紺屋の白袴で・・?
ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 
なるほど、今回も同じような気持ちである。ふと、気づいたが、
自分とは時間の経過と同時に広がっているということ。
それと、心の底の変わらない‘X’が魂ということになる。
――
2000, 継父
2006年09月24日(日)
           (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。
この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院まで
オシメをすることがなかった。

痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。
始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、
抑えていた悪口・陰口が始まる。
心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後になって、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、
驚いてしまった。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。
戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。
第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・

ところで母の命日なので供養として、
母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、
「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの
セレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。
母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)
家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。
そこで何が起こるだろうか? 
この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。
3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。   ーつづく
 さて墓参りだ!
 ーー
 書いた後に気がついたことだが、
 ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)
 次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。
               (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! 
ーー
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
2003年12月30日(火)
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」の
つもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。
自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際、面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が
間違いなく変った。一日一日が本当に充実したのだ。
50人位の人に毎日読まれていると思うと、誰かに見守られているような
感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。

 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅して
しまうか。そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。
 ところで実感としていうと
 一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。
といってこの程度の内容であるが。
 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。
それでも何とか書くからよいのだ。
書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。
書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。
書き続けることは、書き重ねることになる。
書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。
深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。
その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。少し難しくなって
きたが。来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を
挿んだり、土日を休むとかして、今のエネルギーを半分にしようと思っている?
このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。
千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。
来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に
切り替え集中しなくてはならない。
 それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか?
どうなるか?自分でもわかりません。
 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!


5364,閑話小題 〜親父と息子の確執

2015年11月21日(土)

   * 親父と息子の確執
 学生時代の友人に暫くぶりにあって話している中で、長男の話になると、
大部分の顔色が変わる。あまり触れて欲しくないようである。いずれの家庭内
には。何らかの問題がある。それが、夫婦仲の不和や、嫁姑、嫁小姑だったり、
父親と息子との確執などが絡みあってである。自営業をしている場合、それが
マイナスに働くと、致命傷になるケースが多い。先日、全国的ニュースにも
なった服部学園の場合、長男の詐欺行為となると、いかんともし難い問題。
その逮捕に至る葛藤は、地獄の業火に焼かれるほどだろう。地元最大手の関連
会社の社長だっが同級生が、派手な社交界で、遊行費を使いすぎて裁判沙汰に
なったことがあった。雇われならまだしも、これが親子となると、複雑だ。
父親と長男の確執と、嫁姑の関係は、人類の永遠のテーマ。
   * 腰痛と、圧縮パンツ
 数年前、次男から、『父の日』にスポーツ用靴下の『圧縮靴下』を二足、
プレゼントしてもらった。早速、履くと脚全体が軽くなったようで、使い心地
がよく、週一回は使っていた。ところで、数ヶ月前から慢性の腰痛が重くなり、
何かないかとネットで調べてみたところ、『圧縮パンツ』『圧縮タイツ』なる
ものの存在を知り、早速、取り寄せて使い出している。パンツかタイツの
どちらかの判断に迷ったが、圧縮靴下があるので、廉く済み、はきやすい
『圧縮パンツ』なるものにした。税抜き1980円である。
茶封筒に収まる薄いパンツで、「何これ?」と思ったが、身に着けると、
圧縮度が凄い。今では違和感が少なくなった。「身に着けるとタイムが
上がる、不思議な水泳パンツが、これか」と、着けてみて気づいた。 
あまりに締め付けが強いので、時間とともに、気分が悪くなるのではと、
心配しながら、『圧縮靴下』と共に身につけ、ポーツジムで使用したが、
時間とともに馴染んできて、今のところ問題ない。とはいえ、腰痛は、
良くなる兆しがない。
・・・・・・
4999,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜②
2014年11月21日(金)
             ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
   * 般若心経の勧め ~(-ノ-)/Ωチーン
 般若心経を暗記をして30年近く経った。この間に、数十人に暗記を勧めた。
当時、息子二人も毎朝の仏前の読経をきいて、面白がって暗記をした。何万回、
唱えたことだろう。唱えた分そのままが、心の底に蓄積されている感がする。
 今は、数日に一度だが、唱えること自体に意味と実感している。ポイントは、
ゆっくりと、一言一言を区切ること。 創造工学の中山正和の講演で、
『運を強くしたいなら、般若心経を暗記しなさい』という勧めを受け、必死で
憶えた。これは一度憶えてしまえば、汽車待ちのベンチや、夜半に眠れない時
など、唱えることが出来て、頭がクリアーになる。 ーその辺りからー  
≪ 会社で出世して係長から課長になっておめでたいのは確かだが、見方を
変えれば係長級のストレスからさらに大きな課長級ストレスを抱えることにも
なる。それほどの大ストレスを癒すには通常の意識レベルを、違うレベルの
意識に持っていくという作業がすごく大事になる。そのため何をすればよいか
といえば、一番簡単な方法の一つが毎日、「般若心経」を唱えることなんです。
訳はわからなくていい。とにかく唱える。そこで大事なことは、へたに解釈
してはいけないこと。ただ、ありがたいと思うことが大事なんです。 
また、例えば会社でも、朝みんなで社訓を唱えたりするでしょう。
あれだって意味を考えてなくて怒鳴るから効果があるのです。
まともに考えたら馬鹿臭くなるのではないでしょうか。
 ーそういう意味で、「教育勅語」などは、その典型だったわけですね。
そうですね。僕ら、小学校のとき、何にも意味わからないことを聞いて
全部暗記してました。 ーある種の呪文なんですね。
 そうです。現代人には、ある意味でそういうものがなくなってしまった。
いわゆる近代主義というのは呪文を全部否定したわけです。呪文を否定して
何でも意味を考えて、何でもわかると考えてしまった。そうすること自体が
すごいストレスを生み出してしまった。つまり「般若心経」を例に取れば、
それをわかろうとするのではなくて、単に唱えることに意義、つまり心を癒す
作用がある、ということですね。 ただ、それで完全にわかったと思ったら、
もう駄目だと思います。理解するより唱ることに意味がある。「般若心経」は。
‘ありがたい’と思うことが大切だ、ということです。(p178)  ≫
▼ 「般若心経」を唱えている間は、別時空に入ったような感覚がする。
《現象は、五感は夢幻でしかない、それを自覚しなさい》ということ。
《南無阿弥陀仏》《南無妙法蓮華経》《南無観世音》も一心に唱えている時は、
心が魂の世界とつながっている。魂とは一心不乱に対象に没入している時の
心の状態をいう。ひたすら、念仏や、般若心経を唱えている時こそ、自分が
自分になる。 南無..(-人-) Д│
――
 H0605
般若心経のすすめ
 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。今まで何万回
唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須。二人の子供ま毎朝の
仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。十年間の経験より
(私の実体験より)直観した事を列記すると
�自分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
�心臓音に波長があっている(リズム)
�α波がくみこまれている
�“念”がこの中に入っている
�お寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
�情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
�これをくり返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
�夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。
――
2001年06月11日(月)
[49] 一期は夢 ただ狂え

世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
    夢幻や南無三宝
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
                閑吟抄
470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男が
古今集をまねてつくった歌の一つ。‘人生など一瞬でしかない。なら
狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’と言う内容である。
今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった内容だ。
500年前この無名の男の人生‐過去に何があったのだろうか?
今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか!
・・・・・・ 
4632, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー3
2013年11月21日(木)
      『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔(著)
  * 早慶・東大卒のお相手の学歴は?
《夫から見た場合、妻の大学カテゴリーは大きくぱらついている。
 ところが女性を基準にすると、別の結果が見えてくる。 まず、同じ
グループの大学を卒業した組み合わせが非常に多い。具体的大学名までは
分らないが、同大学の男性と結婚する人が多いのであろう。
「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大)グループに注目すると、同グループの
男性の比率が約64%に達する。次いで「その他の国公立大」「GMARCH(先述の
MARCHに学習院を加える)や「関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)ほか」
という比較的入試の難易度が高い大学卒の男性が続く。・・名門大学とされる
「旧帝一工」「早慶」の両グループを卒業した女性は、同グループを卒業した
男性との結婚を望み、実現させている。そうした夫婦は、パワーカップルの
代表例である。ただ、それらの大学で学ぶ女性の数は男性と比べ少ないので、
彼女たちに選ばれなかった同グループの男性は、他の大学を卒業した女性と
結婚することになる。これが男性側から見た、女性の出身大学の散らばりの
理由である。・・
 東大卒の105名の女性の場合、同窓の東大が70人と三分の二を占め、他の
国立を含めると、94名で、9割を占める。男性の東大卒19名のうち、東大卒
女性は少ないが、短大4名、大卒13名と高学歴が多い。御茶ノ水、津田塾、
フェリス、上智、慶応、ハーバードと難関のところが多い。》
▼ 難関校の女子は女性比率が低いため、よりどりで、三分の二が同じ大学生
 と結婚。男の方は一流女子大生と結婚に至るケースが多い。女性の場合、
まず家柄、大学のブランド、相性、次に容姿の順になっていく。それさえ
気にしなければ、それぞれの勤め先には、地場の美しい魅力的女性がいる。
20代前半は花の時節。とはいえ、一生抱えるとなると?その人を知ろうと
したら奥さん(旦那)を見ろ!という。その人、相応の相手とすると? 
深く考えるのは止めておく。 若い女性は、自己評価が思いのほか高い。
その自覚を持たない人が多い。 そのため?行かず後家を多く見かける。
秘境ツアーで見かけるが、それは大変な人。プライドが高く、唯我独尊、
傷つきやすく・・ 2〜3回に一度はいる。自分も同じか? 話を戻す。
パワーカップルといえば、20数年前、東京のパレスホテルの経営セミナーの
夕食の時、隣席の人と名刺交換をした。グリーハウスという全国有数の企業
の社内食堂を受託する給食ビジネスを展開していて、飲食業界では有名人。
駅などで見かける「サボテン」という豚カツ店、デリカのチェーンも
展開している。セミナーでは、可能な限り気楽に名刺交換をするのが慣わし。
異種業種からの情報が入るためである。私の名刺を見て、「私の家内は、
実は柏崎出身なのですよ!」というので、「私もです。柏崎には親戚や、
仲人がいるのでよく知ってます。どちらの娘さんですか?」と聞くと、
「ブルボンです」と。「私の仲人とブルボンの社長が幼馴染で、非常に
親しくしていると、聞いてます。ところで何処で知り合ったのですか?」に、
「母が慶大のOB女子会の役員をしていて親しくなったのが家内の母親。
その関係で・・」大手のオーナー会社トップのパワーカップル?である。
で、衰退系の会社?まず昼飯から合理化をするからだ!そういうこと!
・・・・・・
4267, つれづれに ー衆院選・政治談議
2012年11月21日(水)
   * 次の内閣は安部首相で、石原が副首相か
消去法からすると、まず民主が消え、自民も駄目、公明、共産、社民は論外。
その他のミニ政党も烏合の衆の範囲。そうすると日本維新の会しかない。
中心人物二人が東京都と大阪市の首長として改革した実績が光っている。
その実績をもって二人が国政を改革をするというなら、期待するのは当然の理。 
おそらく、自民が180〜200票で、維新の会が80〜100票前後で、「安部首相、
石原が副首相」か、逆の「石原首相で、安部副首相」の超保守的強権内閣の
可能性が出てきた。こうなると、改憲や領土問題などで一挙に中国や韓国との
間に摩擦が生じる。また、国内的にみても荒療治が行われることになる。 
公明党も、時の権力に擦り寄るのは自明。ここで強大な救国内閣という名の下
に思い切った荒治療をすべき時期でもある。一歩退いて改めて日本を、世界を
みると、実相が鮮明に見えてくる。日本は既にEUのPIIGS並みに陥って
いる。ここで本気に改革しなくては周辺各国から狙い撃ち状態になる。いや、
既になっている。 国家非常事態の特別立法をつくり超権力を持って腐った
病巣を切り捨てるべき時節。 野田首相は、それでも真ともだったが民主党の
3年あまりは酷かった! しかし、このところ安部が、政権をとったら国債の
日銀の引き取りをさせるという。これを始めたら国家滅亡といわれていた。
個人国債も同じだ。自民だけには政権をとらせてはならないが、では誰がと
いうと、石原と安部しか見あたらない。どちらにしても先行き真っ暗である。 
安部・自民は時代の逆戻りという感が非常に悪い。国民には自民党への
トラウマが根強く残っていることを、彼らは分かっているのだろうか? 
この選挙で、日本の将来は大きき変わることになる。ご隠居の視線で
劇場型政治と割り切っている分には面白いが、壊滅は、どうも・・
 ・・・・・・
3892, 顔を哲学する
2011年11月21日(月)
 家中心の生活に入って8ヶ月になろうとしているが、平日のバラエティー
は化粧とァッションを取り扱った番組が多い。それほど顔が大事にしては、
「何故、これほどまでして人は化粧をするのか」という疑問と、答えをあまり
聞かない。顔について哲学した学者といえば、レビィナスである。
顔は、その人の魂の表出でもある。 特に女性は、そのバランスの釣り合い
(美系)によって人生さえ変えてしまう力がある。全身の肉体のバランスが、
そのまま顔に集約されて出てくるからだろう。口は女性の性器に鼻は乳房?を
表現しているという。顔面の評価認識は時代と、国により変化している。
また脳の中にそれ専用の部位があることから、生物的に有意な機能があると
考えられる。美醜の存在は、それが単にコミュニケーションのためだけでなく、
身体機能や脳機能の優劣選択のシンボルとなっている。そのことは目は脳、
鼻は肺、口は胃と同じ細胞から分裂して形成される事から推察される
(だから胃が荒れると唇も荒れる)。美人を優れた男が獲得する事が続けば、
結果的に身体的な強さと顔の美しさが相関するようになるのが当然である。
その意味で顔は、その人の家系の表出と見てよい。韓国では、女性の整形は
ごく普通のように行われている。整形も、化粧も、顔のバランスの崩れを
修正し、美形に近づける。顔の中で眼だけが、内臓が露出している。
目は脳の細胞と同じで、人の心が、そのまま現れ出てしまう。だから女性は
目元、睫毛、眉毛に注意する。イスラム教徒の女性が、ベールで顔を隠すが、
欧米人が酷く嫌い、恐る。顔・形を隠すからである。また、双子を除けば
万人、それぞれ違っている。その人の認証のサインである。
そうこう考えると、顔・形に、特に女性が集中するのは至極当然である。 
それと姿勢があるが、これも年齢と共に崩れていく。
 ・・・・・・
3527, 円高より深刻な国力低下
2010年11月21日(日)
 18日の産経新聞の一面の「日本の未来を考える」で、
東大の伊藤元重教授の「円高より深刻な国力低下」の論説がよい。 
  ーこの内容を大ざっぱにまとめるとー
≪ 現在の円高は1995年に比べると、アメリカの物価などを考慮すると、
 30〜40パーの円高に過ぎない。しかし、産業界の実情を聞くと、
どうも、その時のレートより今の方がきつそうだ。それを考えると、15年間で
日本の経済力が落ちてしまったのではないか。言い換えると、周辺国の競争力
が上ったのである。これは、円高を嘆くより、経済力、国力の低下を嘆か
なければならない。≫と言うのだ。 この20年間、海外に出て、日本に
帰ってきて、新聞と週刊誌を飛行場で買って読むが、年々、紙面から出てくる
エネルギーが目だって落ちている実感がしていた。最近は、それも慣れて、
それすら感じない。 様子が変わったのがバブルの崩壊からである。
一度、1995年に持ち直したに見えたが、数年もしないうち、再び下がり基調に
なってしまった。金融再編成で都市銀行が、三つになったり、証券会社が
淘汰された時期。そこに、2001年のリーマンショックである。
そこで、まず地方の弱体化が本格化した。その間に、関東・東海地区は、
金融と輸出で大きく潤ったが、地方は弱肉強食の弱肉になってしまった。
そして、2008年のリーマンショックで、関東と東海に原爆ニ発が落とされた位
の大打撃を被った。しかし、同時にとって、地方の更なる衰弱になっていった。
悪いことに自民党の自滅で、民主党が政権を取ってしまい、更に国力が削ぎ
落とされてしまった。これで、まだ大底についてないのが実情で、この数年で
大底が待っている。そして、二番底の可能性がある。それを前提に現在を、
そして、この20年、30年を振り返ると、アメリカによる、日本の愚民化
政策が見えてくる。それが現状と、数年先に予測されるだろう惨状である。
大学生の半分近くの就職先が見つからない事態を、10年、20年前に誰が予測
しただろう。この地方経済の惨状もである。高度経済成長の時代の陽気さと、
現在の暗い世相の段差が分かればこそ、国力の低下を嘆くのであって、それを
知らない若人たちは、こんなものと思っているのか。まだ円高だからよいが、
円安になったら、国力の衰退など言っていられなくなる。


5363,閑話小題  〜文明の相克

2015年11月20日(金)

   * 文明の相克
 今年も、あと一月足らずだが、やはりISのテロ関連が中心であった。
1月と11月のパリのテロと、ロシア機への爆発テロなど戦争の様相である。
さらにISなどシリア内戦で700万人が難民なり、その何割かが大挙、欧州に
押し寄せている。そこにISのテロリストが紛れ込むため、問題は複雑。
その対処に、欧州の安全がゆれだした。20数年前に、エジプトに初めて
行った時、若い女性の日本人現地ガイドが、空港からホテルに向かうバス
で言った注意が、鮮烈だった。
《エジプトはイスラム圏で、欧米文明の常識とは根本から違います。
これから今までの常識を捨ててください。イスラムは、金持ち、力ある者が、
ない人に何かを与えるのは至極当り前のこと。今日からラマダンが始り、
日中の断食に入りますが、全員がイライラの極み。日本人への釣銭は、ほぼ、
まともに返しません。「騙すより騙される方が悪い」のがイスラムです。
いちいち、それに腹を立てていては、せっかくの旅行がダイナシになります。
女性や、子供を褒めてはなりません。褒めると、それは欲しいと同じ意味に
受止められます。とにかく、ここは別世界、注意をして下さい!》 
 そのイスラム教徒が、欧米世界に大挙して押し寄せたら、摩擦が起きる
のは火をみるより明らか。グローバル化で、文明同士の争い、キリスト教と
イスラム教の争いは、より深刻になっていく。欧州に逃れたイスラム教徒は、
自由、平等、博愛の精神に自分たちが当て嵌められないことに、不満を持ち、
それが相克になっていく。今までは、国という括りで、隔離されていた人たち
が、欧州の文明の中に一挙に混入すれば、文明の相克が日々の生活の中で、
直に生じてくる。それにネット社会が、それぞれの絆を、より強固にする
ため、その対立は、より深刻になる。もし、日本に、某国の難民が10万人
単位で大挙して押し寄せてきたら、大混乱する。それが、欧州で現実に起きて
いる。情報化社会でネット難民を生んでいるが、これこそ文明の相克!で、
 以下のテーマにつながっていく。ネット世間が、そこにも存在する。
・・・・・・
4998,暴走する世間 −12
2014年11月20日(木)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 世間とは、差別社会の日本的用語!
 日本の世間にも、欧米社会にも歴然とした格差があるが、高度経済成長と、
バブルと、崩壊を経て、中流階級が、総下流になりつつある中、世間様では
窒息感が強くなって、世間様のイギリス化が始まっている。この傾向は、
今後ますます強くなっていくことになる。 ーその辺りからー
≪ 八○年代までは相対的に景気がよかく、人びとに余裕というものがあった。
「世間」の贈与・互酬関係」や異通の時間意識」は、「お互い様」という
相互扶助」や「やさしい関係」という「共生感情」を生みだす。これが
「世間」のウチでセーフティネットとして機能していた。ところが、九〇年代
以降の不況の時代に入ると、人びとにこうした余裕が失われ、セーフティ
ネットとしての「世間」の機能がだんだんと後退し、「世間」の「権力性」
「抑圧性」といったネガティブ面だけが目立つようになった。「世間」の
「息苦しさ」や「閉塞感」が、前面にせりだした。この変化を、私は資本主義
の「中世」化とよんだことがある。九〇年は、オングのいう「第二次的な声
の文化」が始まる時代と符合する。オングは九〇年代以降、電子メディアの
普及によって、文化の伝承という点で、ちょうど「中世」のような状況が
あらわれたという。「中世」の特徴は身分社会にあるが、「世間」もまた
「目上・目下の関係」としての身分関係を重視する人的関係である。
この資本主義の「中世」化によって、世間」がせりあがってきた。 
 ・・(中略)例えば英国の階級社会とは、何なのか。イギリス生活が長い
ジャーナリスト林信吾によれば、英国の階級制度は、上流、中産、労働者
階級に明快に分けられる (『しのびよるネオ階級社会』林信吾)。 
☆ まず上流階級と中産階級を分ける基準は身分。これは古い貴族制度が
のこっているためで、上流階級には王室をはじめとする貴族や代々の
大地主などが入る。これはまあ、わかりやすい区別である。
☆ つぎに中産階級と労働者階級を分ける基準は、収入や資産もあるが
基本的には職業であるという。これはみた目で区別するのはむずかしい。
中産階級に属するものとして、医師や弁護士などの専門職のアッパー
ミドルクラス、高学歴のエリートサラリーマンなどのミドルクラス、一般的な
ホワイトカラーや下級公務員、自営業者などロウアー・ミドルクラスがある。
☆ 後に労働者階級に属するのは、特別の資格やスキルを必要としていない
仕事に従事している者。 ロンドンでは、二階建てバスの運転手は労働者階級
だが、むずかしい試験に受からなければならないロンドン・キャブの運転手は、
ロウアー・ミドルクラスだという。
 ・・英国でおなじみのパブでも、1軒のお店のなかで、中産階級向けの
ソファやスツールに座って飲む「サルーン」と、労働者階級向けの墓本的
には立ち飲みの「バー」が分かれていて、入口まで別。≫
▼ 欧州は人種の坩堝のため、飲食店は長年かけて以上のようなシステムに
なっている。日本も、ますます、この傾向が強くなっていくのだろうが・・ 
実際、日本も表立ってないが、客単価で、えり分けをしている。世間とは、
それぞれ階層の「目上・目下」の人的関係に過ぎないが、当人たちにとっては
大問題である。大学、高校、中学、小学校の同級会に毎年、出席しているが、
そこには、階層差が歴然としている。その上、それぞれにも明確に存在する。
それを見てきたため、創業時の事業設計から万一の備えを組み込んでいた。 
娑婆は面白い! が、それも所詮は、共同幻想でしかないが。
・・・・・・
4631, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー2
2013年11月20日(水)
     『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
   * 学歴の組み合わせは?
《 1000人にアンケート調査を行い、結婚相手の学歴、とくに大学名を挙げ、
どのラインを理想とするか、あるいは、ぎりぎり妥協できるかを問うている。
この調査から、日本の学校間格差、男女差、心理的な葛藤など、様々がわかる。
・まず中卒、高卒の男女で相手に大卒を望む人は非常に少ない。高卒女性では
大卒男性を望む人もいるが、そのなかで大学名にまでこだわらない人が大多数。
・男女差に注目すると、男性よりも女性のほうが相手の大学名にこだわる。
大卒男性は女性の大学は無名でよいという人がかなりいるのに対して、女性の
場合は自分の大学よりも名門度が高いか、同程度の大学の男性を望んでいる。
・「国立大・早慶上智クラス」卒業の女性の64%が同クラス卒の男性を理想と
しているし「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)クラス」卒、および
「成蹊・成城・明治学院クラス」卒の女性の過半数が「MARCHクラス」卒以上
の男性を理想としている。なぜ入学の困難な名門大学で学ぶ女性は、相手男性
も同クラスの大学卒であることを希望するのか幾つか考えられる。
難関校に入学する女性は少数派なので、自分に自信がある。自信があれば、
男性にも同等ないしそれ以上の大学を希望するのは自然である。一方で、
男性は劣等感を抱く可能性があるため、自分より格上の女性を避ける
傾向があるとされる。》
▼「東大」「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大グループ)」「関関同立(関西、
関西学院、同志社、立命館)」「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)」の
色分けは、私の学生時代から、あまり変わらない。有り余る自由の中で、何を
していたかが大きい。としても大学は、それぞれの人生に大きな影響を与える。
血筋、大学、結婚相手のレベルで、人生が決まるか?というと、そうでもない
から面白い。しかし8割は大きく左右する。 毎年、中学、高校、大学の
同級会に出て感じる事は、進学するにつれ、世界が広まる奇妙な感覚。  
中学は駅周辺、高校は中越地区、大学は首都圏周辺と全国区へと広がる。
義兄に東大、一橋卒、中央・法科と、長岡商業卒がいる。姉は、大手高校、
ドレメ、実践女子短卒が二人。なるほど、その組み合わせが、そのままが、
その人となり?結婚相手の当たり外れかは、棺桶の蓋を閉めるまで分からない? 
結婚相手と両親、学校、生活の質(読んだ本と趣味の質・量)で多方が決まる? 
諸条件は、原因? 運もある?(★>Д<★)
・・・・・・
4266, 法則は思考のショートカット −1
2012年11月20日(火)
     「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉 (著)
今さら法則もないが、しかし面白い本。 ーまずアマゾンの内容紹介からー
【 内容紹介: 巷にはさまざまな成功法則や戦略書がある。いったいどの
 法則が実際に使えるのか、そしてどのような場面でどんな法則を使うべきか、
迷ってしまうことも多い。そこで本書ではどれが有効か、ケース別、TPO別に
解説する。 ナポレオンヒルから行動経済学までを完全網羅!
 △ 世の中はこんな「法則」で回っている!
   組織には必ず20%の怠け者が存在する
   会議では自分の意見に反対する人は正面に座る傾向がある
   一度Yesと答えてしまうと後でNOとは言いづらくなる
   先延ばしした仕事は、処理に通常の2倍の労力を要する等 
   不安定な時代に知っておくべき法則」 がある。
   人生の「ショートカット」となる「法則」の数々が、この一冊に! 】
▼ ざっと概要は、こんなものだが、取り扱い方というより多くの知らない
 法則が各分野に多くあるのに驚いた。それらの法則を知っているか知らない
かは大きい。「法則の取り扱い方」の説明書より法則の紹介書。「法則」を
多く知り、用いることが出来れば、人生、数倍、いや数百倍も豊かに人生を
生きることが出来る。しないで済む苦労も事前に避けることが可能。
長い歴史の中で科学も人生も、ほとんど先人が既に経験済み。法則は、
それらを経験則として凝縮されている。それを知るほど、世界を広げることが
出来る。三年前に出版された本だが、過去に、このような本は数多あったはず。
多くの「法則」、知っていても本当に理解していたか?というと疑問である。
ここで法則を、職場関係と仕事の法則、ビジネス一般、心の法則、勉強の法則、
そして成功本の成功法則など分けている。半分近くは、これまで読んだりして
少しは知っていたが、全く知らない法則も多く紹介されている。
何気なく目次を見た中で「好意の互恵性」の法則があった。
「好きになると、好かれる。好かれると好きになる」とかいう法則である。
これも一方的に思い過ぎたり、思われ過ぎると逆効果になるが、ほどよく
人間関係に適用すれば、職場などの人間関係で有効になる。 
次回から、今まで知らなかった面白そうな法則を選んで紹介する。
・・・・・・
3891, 腰痛は、脳内システムの不全が原因
2011年11月20日(日)
  先日のNHKTV番組「ためしてガッテン」で、腰痛を取り上げていた。
腰痛について、ここで何度も取り上げてきたが、内容は、思わない展開であった。
大雑把にまとめてみると、<腰痛の痛みは、椎間板ヘルニアと思われていたが、
その痛みはストレスなどで脳内にある痛みを抑える脳機能の働きが弱ったためで、
犬や他のことに気を散らせると大きく改善する・・云々>という内容。
今でも半信半疑である。 
ーまず「ためしてガッテン」のHPの内容紹介を、箇条書にしてみるー
 ◎ 日本人の8割が一度は経験するといわれている腰痛が、実は
「国民的大誤解」があることがわかった。まず、「腰痛の85%が原因不明」。
 ◎ さらに、主犯と考えられていた椎間板ヘルニアさえ犯人じゃない?
町の人に尋ねると、半分の人たちがこの椎間板に原因で、ひどければ手術!
と信じていました。ところが、これが国民的大誤解。ヘルニアを切除して、
神経の圧迫が無くなったのに、痛みが消えない人。さらに、ヘルニアがある
のに痛みがない人が続々とみつかりました。「ヘルニア手術」をした場合と
「手術以外の治療」をした場合を比較しても、2〜10年で患者の回復満足度
に差がないことも明らかになってきた。
 ◎ そんなナゾ多き痛みに、50年に1度という大発見がありました。
それはなんと「脳」と「腰痛」の意外な関係。「犬」を飼ったら大幅に直った!
という事例がある。神経が、痛みに集中していたのが、犬に気持ち分散した
ためである。研究者が注目しているのが「脳」と「腰痛」の意外な関係。 
  様々な論文で、ストレスが高まると「腰痛」が増えることが指摘されて
いましたが、その理由は解明されていませんでした。福島県立医科大学が、
原因不明の腰痛患者の脳血流量を調べたところ、7割の腰痛患者が、健康な
人に比べて血流量、つまり脳の働きが低下していたのです。 アメリカの
ノースウエスタン大学がさらに詳しく調べると、活動が特に低下しているのは
「側坐核(そくざかく)」という部分であることがかってきました。「側坐核」
は痛み信号が脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。 
これによって、脳は大きな痛みを自動的におさえていたのです。ところが、
慢性的なストレスを受けると、側坐核の働きが低下。鎮痛物質に命令が
いかないので、痛みがおさえられず、激痛を感じてしまうのです。
  ストレスが痛みの原因を作るのではなく小さい痛みを強めて激痛を
生み出すことが分かってきた。脳の鎮痛システムが働かなくなるので、
痛みが増加しているというのです。 
 ▼ 腰痛を47年も抱えてきた私にとって、まだ信じられない結果である。
 腰痛解消のため、30年前から早朝のウィーキングを続けており、二年前
からは低反発クッションと枕を取り入れたこともあり、重い腰痛は起こらなく
なった。そして、半年前からはスポーツジム通いで、更に改善をしている。 
それが、ストレスによる脳の働きの低下により重くなっていると、いう。
そんなものではない!というのが、私の現在の心境。しかしストレスは
万病の元である。ストレス無いのが一番のストレスというが。
・・・・・・
3526, 死に至る地球経済   ー2
2010年11月20日(土)
   「死に至る地球経済」 浜矩子 著
 ー今だ一番底に落ちてない世界経済ー
今だ、底に落ちてないのに二番底というのは矛盾がある。
来年から再来年に、一番底が来るのは流れからみて当然。
そして、その後に数年して二番底が来る。プライムローンなどの不良債権
は、まだ表ざたになされないまま、銀行、企業、そして自治体などに
塩漬けにされている。しかし、そのままにしてはおけない。
   ■ランダムに印象に残った部分を書き出してみた■
*「二番底」と言うが、問題がある。ここまでの地球経済は、しっかり
一番底に足がつかないまま、無理して舞い上がることを強要された恰好で
推移してきた。このリーマン・ショックをもたらした諸々の歪みを是正
され修正されるプロセスを貫徹されないまま、当座凌ぎの緊急対策で
経済活動を離陸させた。二番底というのは、失速し、谷に落ちた経済活動が、
一度は活力を取り戻して谷底から這い上がったのに、再び力尽きて谷に
落ちた場合である。今回のは、谷に落ちていく途中で、つかの間の踊り場
が人為的に繰り出されて一息ついた感じである。大底に向かっての小休止
に過ぎない。そんな小休止の踊り場はぐらついている。G20の「成長に優しい
財政再建」の苦肉の言い回しが、この厳しさを実によく言い表している。
* PIGS(ポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペイン)は「豚箱入り」
* アメリカとPIIGSはキリギリスで、ドイツはアリ。
 日本は「アリの民間」と「キリギリスの政府」と喩えられ、「アリギリス」。 
 アメリカは、これからアリギリスを目指そうと言うが・・・
* 日本のお家芸は「量的緩和」と「金利引き下げ」である。
*「自国さえ良ければいい」的な通貨安競争は一時的には自国の利益を
増やすが、各国が密接に関連している世界経済では、巡り巡って自国への
強烈なカウンターパンチとなりかねない
* ガルブレイスの言葉、「政治は可能性追求の技にあらず。
それは選択の技である。 選択肢は、悲惨なるものと耐え難きもの。
二つに一つだ」(61-2頁) (字数制限のためカット 11年11月20日)
 ・・・・・・・・
3151、災害で助かる人、助からない人
 2009年11月20日(金)
 韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店
火災で7人が死傷したが、色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 
一般的に地震や火災などに遭遇したとき、人はどのような心理状態で
行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。
 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる
 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 
  答えは2という。 
 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は
速やかな避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与える
ために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れとなることもある。
一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限り
パニックなど起きないという。過去の大災害時に助かった人で一番死亡
しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。逆に一番助かりやすいのは
「家族」で、行動を共にする人がいること。また若い人ほど生存確率は高い。
家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも
高めるということ。マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、
早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、また金持ちほど助かり
やすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。
状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるか
どうかが分かれ目になる。 
 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める
効果がある。神戸の震災は復興はしたが、経済的な後退感は否めない。
それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、
それを機に都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することが
できたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、衰退期の災害は
一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。 飛行機事故で
数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。
 :天声人語に以下のような文章があった; 
 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、
駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した  
 (字数制限のためカット 11年11月20日)


5362,うらやましい死に方 〜死の前に一人でお遍路へ

2015年11月19日(木)

            ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 妹に対する姉の愛情が行間から溢れ出ている内容で涙を誘う。
 人の一生は、世界と同じく深くて広い。生きてきたように人は死んでいく。
   * 死の前に一人でお遍路へ   日引美江子(京都府宮津市52歳)
≪ 四人姉妹の末子K子(四六)は、七タの夜ホスピスで亡くなりました。
 死の間際「私達姉妹で良かったね」と声をかけると「有難う。さよなら」と
右手をちょっと上げて答え、それが最後の言葉となりました。ペルーが好きで
インカの遺跡を上空から眺めた時の感動をよく語っていましたので、枢の中を
ひまわりの花むぎわらだびで埋めつくし麦藁帽子と好きだった煙草を入れ茶毘に
付しました。その日の夏空はどこまでも青く澄み"コンドルは飛んでゆく"の曲と
共に妹の魂が天空に吸い込まれていくように感じました。
妹は大学院を出た後渡米、文化人類学で博士号を取得、帰国後は年老いた
父親との二人暮し、大学の講師や翻訳をしながら自由に世界中を闊歩し生き生きと
暮していました。妹なりの切り口で見たこと感じたことを面白おかしく話して
聞かせてくれ、私共もそのような妹を見ているのが楽しく好きでした。しりめ
そんな妹からある日突然「私は癌」と告げられオロオロしている私共を後目に
手術・抗癌剤・放射線治療と続き、その後仕事に復帰、以前と変わらぬ活動的な
日々を送っていました。よもや再発との気配は感じられませんでした。
ところがその又二年後のある日突然、「実は術後すぐ再発していた、自分なりに
調べ考えたすえ、治療はせずに自然に生きられるだ星きようとその時決めた。
いよいよその時が来たから私は今からホスピスに入る」と淡々というのです。
・・(略) 死の五ヶ月前、四国八十八ヶ所を一人巡り、高野山にも参って
いるのです。遍路体験を‘日本版ホスピス’と言い「踊る阿呆に見る阿呆、
同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理だと思う。途中行き倒れても
向かう先はお寺だから安心、次の札所までという目標があって自然の中を歩いて
いる方が寝ているより健康的なのは確かです。病人だから歩けないと思うのは
思い違いである場合も多いと思う。生きている限り寝ていてもエネルギーは
使います。とにかくお遍路さんは最高です」と友人にメールを送っています。
 そんな話を聞いても私は再発し死期が迫っているとは考えず、不断の好奇
心旺盛な妹の行動と思っていました。気付いてやれなかったことが悔やまれて
なりません。知ったところでどうしようもなかったでしょうが、明るい言動
とは裏腹に一人悩み苦しんだ夜もあったろうと思うと未だに涙がこぼれます。
でも最後まで誰にも知らせず胸の内にしまい生き続けたことが、妹なりに
学んだ哲学を、自分の生き方の中で実践したということなのでしょう。
最後の三週間は妹と一緒にホスピスで暮しました。冗談は言っても心の内を
語ることはありませんでした。ホスピスでの手厚い介護のお蔭もあり、妹は
とても穏やかで‘有難う’‘ごめんね’‘おいしい'と言うだけでした。
私は七タ様の短冊にこの言葉を書いて吊しました。我妹ながら、あっぱれ! ≫
▼「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理
 だと思う」は、人生を通して実感した真理だからこそ響きが伝わってくる。
エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイヨイヨイヨイ」の エライヤッチャは
「大変なことだが平気だぞ」といった複雑な意味が 込められているという。
一人では出来ないことが娑婆には多い。踊るか、見るか? 集団で狂乱して
踊るのも、日常から外れる方法。人生、それぞれが独り阿波踊りでもある!
・・・・・・
4997,暴走する世間 −11
2014年11月19日(水)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * 「格差」拡大による「そねみ・ねたみ」の肥大化
 建前が平等の社会にあって、格差が拡大すると、自分より上に対する
「そねみ・ねたみ」が拡大する。 逆に下に対して、陰湿な苛めなど差別を
するのが人間の性。それが世間様というもの。その互いに発する毒の共同幻想
で実は本人たちの脳がやられる。問題は自覚できないこと。ーその辺りからー                       
≪ つまり自分と同じ」だと思っていたお隣さんが、ある日突然ベンツを買った
 とすれば、それは自分と「同じ」 ではなくなる。ビミョーな「格差」が
生まれたときに、他人にジト−ッと嫉妬する独特の心理が生まれる。 
この日本人特有の嫉妬について、正高信男さんは以下のようにいう。
【 いかに時代が変わろうと、日本人は基本的に非常に嫉妬深い。いじめも、
 モンスーン気候の風土と正比例するように、ジメジメしている。だから、
自分よりも注目されている人間に対しては、いくら口先で褒めても、内心は
ムカツク要素を秘めている。昔でいえぽ、胸くそ悪いとでもいうのか。
単に不愉快ではすまない。 いつまでも梅雨が上がらないようなしつこい
陰湿さがある。嫉妬心も消えない。(『他人を許せないサル』)】
 ・・(略)自分は自分、他人は他人という個人主義ではないから、自分が
他人に比べて損をしていないか、得をしているかがいつも気になって仕方ない。
横並び一直線で暮らしていた時代は成功した者とそうでない者のデコボコの
差がほとんどないから、嫉妬の質も深刻ではなかったかもしれない。 が、
現代のように勝ち組、負け組の区別がはっぎりして、所得格差も以前より
ひどくなり、社会システムがより欧米化されると反応は過敏になってくる。】
▼ 地方では勝組は少ないが、大都会は中国などの勝組の観光客も相まって、
 歴然とした格差が現前している。それが面白い!と言えるのは、余裕のある
立場の人たち。そこは一度沈んだら、二度と立上がれない世界。他人事では
ないが・・ 日本は国家として明らかに負組になってきた。 その結果、国内
には、ジメジメした空気が漂い、今まで無かったような殺人事件が多発する。
そして、それを揶揄して楽しむ歪な空気が漂う。そこに欧米のような個人主義で
ないが故に生じる共同幻想で集団で脳をやられる。 江戸末期の
「ええじゃないか!」の馬鹿踊りが形を変えて出てきたのが、
『東京オリンピック』である。 この共同幻想を楽しみながら、
最期の宴を国家とともに終るのもオツナモノか。
・・・・・・
4630, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ ー2
2013年11月19日(火)   
   * 相棒 ー愛人と共謀の夫殺し 
 昨日の『相棒』は、二回完結型の後半もの。概略は
《 有名女優が、内縁の夫の作家を愛人のマネジャーと共謀して撃ち殺す。
 強盗の仕業にするが、右京が追い詰める。ところが調べているうちに、
内縁の夫は女優の実の父であることが判明。子供の頃に両親が離婚。 
亡くなった母親が残したアルバムから、半年前に知るが、父は、そのことを
知った上に、女優と内縁の関係になっていた。そのことに同情したマネジャー
と共謀し・・ しかし、そこには二人の純愛があった。 逮捕をされる時、
マネジャーが相棒二人に、結婚届けを託すラストシーンが、涙を誘う。》
話は、これからである。 ああ終わったか、とチャネルを回そうとすると、
TV局も、視聴者心理をしってか、冒頭から、ニュースの触りを持ってきて、
引きとめようとする。ところが、冒頭のニュースが、似ている裁判の内容。
「裁判で、被告が突然、自分は主犯でなく、殺害した被害者の奥さんと共謀して
やった」と主張、その奥さんは、証言で「ストーカーの被告が勝手につくった
物語」と、両者の言い分が対立、と報じていた。被告の証言で、
「以前、奥さんから、本人がつけている香水をもらった」と、それを提出した
のに対し、奥さんは、・・まあ、テレビドラマそのもの。偶然としてもTV局
は、してやったりのタイミング。奥さんらしき人の写真が流されていたが、
被告も、奥さんも普通の感じ。今週のマスコミは、この問題で大騒ぎだろう。
『相棒』の話題、軽いので、テーマとして迷ったが、こうなると、良かった
ことになる!それにしても、視聴者の多くは、主犯は?二人共言い張れば通る?
   * 何もする必要が無いのが、御隠居生活
 思いのほか、御隠居生活に馴染んでいるが、準備期間を含めた事業人生から
解放された気楽さがある。大きな成功を必死に求めていた自分が、可愛らしく
思えるのが御隠居の視線である。以前も書いたが、家内が不思議そうに、
「毎日、単調な生活で刺激も無いようだし、つまらなくない?」と聞いてきた。 
その答えは、「実際に、事業をしていると、寝ても覚めても極度の緊張状態。
それは良いこともあるし、嫌なこともある。現在も、同じこと。これはこれで、
淡々として良いし、逆に詰らないこともある。どっちも同じこと」が、
偽わざる気持ち。滑り台に例えると、早朝が一番上で、就寝が一番下。
寝起きに、この随想日記の添削をして、アップ。30分の瞑想、ポタリング
と続く。そして朝食とり、八時またぎでTVを見て、風呂に入り、九時半から
パソコンと読書に二時間、費やす。そして、・・と、淡々と何時ものとおりの
習慣を繰り返す。重要度からすると、徐々に下がっていくから、楽といえば楽。
午後からは、スポージム、読書、ドラマの視聴といった流しになる。
面倒なら飛ばせば良い。どれもこれも誰に頼まれた訳でない。森の生活では、
少し不安だったサバンナも、慣れてしまえば、これはこれ。
50年近い、読書習慣が支えである。
・・・・・・
4265, この非常事態に、万一の備えがあるの? −2
2012年11月19日(月) 
 私の場合、記憶が1歳の頃からある。そして両親の商売の一喜一憂が、
そのまま普段の生活に直に伝わっていた。終戦直後で、新しい事業を両親が
模索していた時期のため、今から振り返ると、何ともいえない張り詰めた
緊張感があった。「どこどこが倒産した」「店を出したが、少し良くなると
天狗になり夜逃げをした」などが、日常会話。それもあってか、自分が瀬戸際
に直面した時に、不謹慎だが、デジャブというか、その自分を冷笑し楽しんで
いる視線があった。現在も一部それがある。それらの幼児体験もあり、万一の
備えを無意識に次々と重ねていた。悪化と同時に、自動的に手順をつのが自然
の道理。30年間(事前の準備期間を入れたら45年間になるが)、創業から
整理までの起承転結の一サイクルの経験をしてみて、手じまいも、事業の最大
のイベント。 最悪に見えた経験も、奇妙な感情が支配していた。
あと講釈だから、言えるのだろうが。15年以上かけ準備をし立ち上げた
事業を、その衰退を見届け、自分の手で潰すのも事業経営の一環であり、
後悔も無念の感情も残らないのも道理。で、この本体の経済崩壊の大津波、
地方では既に到来の感がする。大方は茹で蛙状態で、知ってか知らぬふり? 
年末の選挙前後辺りにクラッシュの可能性の仮説はたてておくべきだ。
年越しの可能性もあるが、遅かれ早かれ恐慌は起きる。日本で、この2千年
の間に4回の東日本で震度8クラスの大地震があった後、10年以内に、
いずれも首都圏で直下型地震が連動して起こっていた。 西日本では18年
以内にM8クラス以上の巨大地震が起きている。経済の7割が集中している
太平洋ベルト地帯が破壊されてしまうのである。恐ろしいが日本には失われた
20年で経済が壊滅的状態。そこに少子化もあり、分かっていても、資金が
追いつかないのが、現実である。それと世界的恐慌と、デフレの問題がある。
ある日突然、何かの切っ掛けで、世界は機能不全に陥ってしまう危険がある。
そうすると、弱い国に矛先が向かう。その弱い国が、日本となる危険が
非常に強いのである。バフェットが、一度売り抜けた金を再び大量購入。 
イスラエルが、先手をうってガザ地域で戦争を仕掛けている。
イランへの攻撃が始まるか? 
 ・・・・・・
3890, ギリシャ/イタリアの次は・・
2011年11月19日(土)
 ギリシャが何とか目先の命を繋いだが、これも解決したわけでなく問題の
先送り。その直後に、待ってましたとイタリアがマナ板に上がり、IMFの
管理下に置かれて徹底的な国家の合理化が図られる。イタリアには一度
就職をすると簡単に人員整理が出来ない法律がある。イタリア人は、それを
逆用して働かないで給与を貰う体質が染み付いている。グローバル化の世界
では競争力がなくなり破綻するのは当然。IMFの厳しい合理化にイタリア
気質が耐えられるか?というと、非常に難しい。ギリシャ、イタリア、
スペイン、ポルトガルという一時代を築き上げた国が次々と国家破綻の
瀬戸際になっている。
 リーマンショックがキッカケで、世界の多くの国が積年の矛盾が噴出し、
一挙に激変の様相になっている。それに対して指導者は、その対策が全く立た
ない事態で、その場限りの対処しか考えられないのが現状。あとは何時何処で
火を吹き出すか。1999年からG7にロシアを加えた蔵相会議が開催されてきたが、
リーマンショックを契機に世界の主な国の12ヶ国を加えたG20が年に
1〜2度のペースで開催され、その対策が検討されている。
そこで何とか恐慌を食い止めているが、それも秒読みになってきた。
イタリアに続いてスペインの国債利回りが7パーになろうとしている。
ここもIMFの管理国になるのだろうか。 ギリシャ危機の9月のギリシャ
国債のりまわりが136パーセントというから驚き。現在の32パーも、危機
ラインを遥かに超えている。日本だったら1千兆の利回りだから、329兆円
の利回りになる。国家収入の10倍になる。そのギリシャと程度が同じで、
数年後には、似た状態になるとしたら、ここで叫び続けていることは、まだ
楽観的範疇。 例の国の国債の利回を見て、呆然。近未来が見えている。
 <10年もの国債の利回>   ぷかぷか煙草を吸いながら川辺で車に
寄って引き潮を見ていた東北大震災の被害者の姿が目に浮かぶ。
・ ギリシャ    32.29%      
・ ポルトガル   11.52%
・ アイルランド   8.22%
・ イタリア     7.28%         
・ スペイン     6.43%   
たまたま、この数年来の同月同日に予告編?を書いていた。
・・・・・・・
3525, 死に至る地球経済
2010年11月19日(金)
  [死に至る地球経済」浜矩子 著
ー内容紹介ー
 ギリシャ危機に端を発するソブリンリスクを抱えたEUや、人民元の動向
が注目される中国など混迷が続く世界経済。長期低迷を続ける日本経済も、
デフレ、資源価格の高騰、財政危機というトリプルショックを迎えている。
今、進むべき道はどこにあるのか。グローバル経済の新しいあり方を
視野に入れ、現状を分析し未来を模索する。
(第1章)では、G20サミットの苦悩にみる政策主導型成長の限界を論じ、
   「成長に優しい財政再建を目指すこと」の困難さについて述べている。
(第2章)ソブリン・ショック=国家破綻の脅威についてで、グローバル時代の
   恐慌は、いったん始れば国家財政で押さえ込むスケールを遥かに越え
   広がり、セスキュー隊員を遭難させ、その隊員の遭難が更に恐慌を深める
(第3章)終焉近い基軸通貨体制 ートリフィンのいわゆる「流動性ジレンマ」
   論を踏まえての基軸通貨システムへの代替論の提示)、どうしても
   「地域通貨」に一つの解答を見出したくなるという
(第4章)ポスト・リーマンのグローバル金融の模索、ー再暴走か、
   大縮減かの瀬戸際に立つ緊迫状態
(第5章)中国は果たして救世主になれるか? 世界経済における中国の
   存在意義とそれが生み出す諸問題、経済活動は、成長と競争と分配を
   三辺とする三角形。中国は、はなはだ歪で成長だけの一輪車。
(第6章)そしてわが日本はどうすべきか。総中流に向けて忙しく働き、
   皆が豊かになっていく時代の状況は変わってしまった。「下流社会」
   という言葉も出ている中、誰もやらないことをやるのが政策の仕事。
▼ 著者は、辛口の経済学者として著書、雑誌で度々みかけ、その論調も痛快。
 エピローグで、ここで再び世界を不安感が覆いはじめていると警告。
その不安を呼び覚ましている言葉を二つあげている。その一つが「財政破綻」。
二つめが「二番底」という。財政破綻は、国家破綻を意味している。
その二の「二番底」は「死に至る危機」が襲う恐ろしいこと。これは当初から
あったが、目先の緊急措置で当面の間、乗り切ったに過ぎず、根本問題の
先送りをしただけ。その先送りの問題が、再び立ち上がっている。
「国家財政破綻」これが、恐ろしいのである。欧州では、理想的なEUが
発足されたが、さっそく、この金融恐慌で、その脆さが出てしまった。
先行き、真っ暗で、世界恐慌への引き金を引きそうな事態に。  


5361,うらやましい死に方 〜愛犬に見守られ

2015年11月18日(水)

          ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 20世紀末に、文芸春秋に投稿された、身近な「うらやましい死に方」が
幾つか編集されていた。死に方は様々あるが、この中には、素朴な何処
にでもある死だが、何か心をうつ味わい深い死が連なっている。
「死に方」は、その人生き方に左右されている。「うらやましい」は、
あくまで受けとめる者の主観でしかない。そう思うのも供養の一つである。
昨日、兄の連れあいの御父さんの葬儀に参列したが、故人は穏やかな
人生を絵にかいたような人で、白寿をむかえて、ひっそりと亡くなった。
うらやましい生き方で、うらやましい死に方だった。 御冥福を!
  * 愛犬に見守られ    吉田達也(広島県三原市85歳)
≪ 近所のアパートに30年住む、独居老人が昨年暮れ心臓発作で他界された。
老人は年金生活者で、数年前に連れ添った妻とも別れ、我が子も訪ねてこない
孤独な一人住まい。愛犬を連れての散歩が唯一の楽しみであった。
近所付き合いもなく、愛犬と寝食を共にする生活であった。
 真夜中に急に苦しくなり、階下の管理人にすぐきてくれと電話する。
 管理人が駆け付けると、苦しい苦しいと胸を押さえて寝返りする。
愛犬は部屋の中を泣きながらぐるぐる駆け回る。主人の死を予感したのか
泣き声は悲痛であった。管理人は直ぐ近くの医師に連絡する。医師と看護師が
駆け付ける。診察の結果心臓麻痺で手のうちようもなく、死亡が確認された。
 その時の愛犬の泣き声がひときわ大きく、遺体に取り付いて離れようとしない。
周囲の人達は嘆き悲しむ愛犬の姿に、涙を拭うことができなかった。
 主入を慕う愛犬の姿に、親子以上の関係を見ることができた。
 老人と愛天とは十数年のつながりであったが、その後血のつながった我が子が
駆け付けると、涙ひとつ流すことなく、葬儀屋と相談し遺体を棺桶に型通り納める。
愛犬は棺桶から離れることなく、回りを泣きながら駆けまわる。
老人はいつも愛犬と一緒に寝る。愛犬を抱えた時の笑顔、微笑みは、安らぎの
境地を思い出していたのではないかと、管理人は回想する。
 息子は犬が嫌いで、置いていくという。「ご主人様がこれほど可愛がっている
犬を置いていくとは何事か」と、犬は棺桶から離れようとしない。
「その犬はお父さんの形見だから連れて帰れ」と管理人は強く言う。
息子は周囲の意見に従い連れて帰ることになる。犬は嬉しそうに車に飛び乗る。
孤独な老入は愛犬によって、安楽な往生を与えられたのである。
 我が家で家族に囲まれ、静かに息を引き取ることが、私の希望である。
とはいえ、一人暮らしの老人になったら、この老人のように、愛犬を友に
暮らすことも考えてみたくなった。孤独死だけは避けたいと思う。≫
▼ 動画投稿で鮮明に記憶に残っているのがある。「殺された若いギャングの
 傍で、可愛がっていた?野良犬が悲しげに佇んで、人を寄せ付けない姿」と、
「交通量の多い車道で、轢かれた仲間の犬を、必死に歩道に引いている犬の姿」。
犬は、死の何たるかを直感で分かるようだ。ところで、『孤独死』という言葉に
違和感がないか? 誰もが死ぬ時は、最たる孤独感が渦巻いているのでは?
・・・・・・
4996,暴走する世間 −10
2014年11月18日(火)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 公共性と「世間」とは、同じでない!
往復一時間の新幹線通勤を30年続けてきたが、そこは全国レベルの公共の場。
時どき、台風などで在来線が不通になると、一般客で満席になることがある。
そこが、公共性のある新幹線車内の「社会」と、通学、通勤の客の「世間」の
ミスマッチのクロスになる。都会と田舎の違いは、両者がクロスしているか、
いないかの差。それは、ネット社会でも同じことがいえる。ーその辺りからー
≪「世間」は私たちを支配しているが、具体的にみえるモノではない。しかも
「世間」は、「広い世間」のウチに「狭い世間」が存在し、その「狭い世間」
のウチにもまた「より狭い世間」があるというように、一種の入れ子のような
複雑な構造をもっている。問題なのは、「世間」は「共通の時間意識」をもつ
ために、「世間」のウチの人間にたいしては相互に「配慮」しあい「優しい関係」
をつくるが、「世間」のソトの人間は、人間だとは思わないという本質をもって
いることだ。つまり「世間」は「世間」のウチにいる者を「身内」とよび大切に
するが、ソトにいる者を「赤の他人」と排除する。公共性という概念が「世間」
に似ているのは、ある種の社会的強制力をもつからである。しかし「世間」が
公共性と異なるのは、「世間」がつねにウチとソトという区別をおこない、
「世間」の内部の原理がソトまで及ばないこと。さきほどの例でいえば、
「世間」のウチとみなされる町の駅はキレイに保たれるが、「世間」の目の
とどかない「世間」のソトとみなされる富士山の頂上では、この「キレイにする」
「ゴミを捨てない」という倫理・道徳は通用しない。日本は「旅の恥はか捨て」
というとんでもない格言があるが、これこそ、自分の「世間」のソトでは、
「世間」がみていないので、タガがはずれて「なにをしてもいい」ということを
意味する。 居酒屋で盛り上がっている人間は「世間」をつくっているから、
他の人間は「赤の他人」であり、人間だと思ってない。「世間体」とか
「世間の目」という言葉は、その内部だけで通用するのであって、その外では
まったく機能しないのである。花見でも同じで、世間はグループ内だけの話で、
他のグループには通用しない。最近若い女性が電車の中で他人の目を気に
しないで化粧するのも、自分の「世間」を離れたところの行為。≫
▼ ワールドカップで、日本人観客席が、帰り際に綺麗にゴミを持ち帰る
 姿が話題になったが、これも「世間」の特質の現れである。その世間が、
神様かわりをしているとしたら、三年前の節目から突然、私の前に現れ出てきた
神様気分の、あの連中をコミック的に思えたのは当然至極。これは、実際に経験
してみないと味わえない経験でもある。世間様世界は、面白い動物で満ちている。
とすると私は、珍獣?
・・・・・・
4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか
2013年11月18日(月)
 『夫婦格差社会 ー 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) (その他)
* 結婚相手に何を望むのか ー
 ∵ 「なぜ一夫一婦制なのか?」に、
第一に、子供を養育する義務があるのは、男女の関係を結んだ一組を明確に
するためである。大昔は、生まれてくる子供の親が特定できないことが多々
あったため、養育に支障をきたした。一夫一婦制で子育てを義務化する
ことができる。第二に、キリスト教などの倫理観から生まれた。
性の乱れを防ぐ目的もある。第三に、弱者保護の目的である。権力、資産、
容姿、体格、知能などを有する以上、弱者と強者が出てくる。強者が多くの
異性を抱え込んで、弱者が異性から排除される事態を防ぐための人類の知恵
としての制度という学説がある。
 ∵「何故、男女が結婚をするのか?」に、「相補説」と「類似説」がある。
 相補説は、互いに違った点をもち、補完できるような組み合わせの方が結婚
生活は、うまくいくと考える説。類似説は、素質の似た者同士の方がうまく
いくという説。補完説でいえば、経済力がない人は、経済力のある人を、
精神的に弱い人は、心の強い人を、背の高い人は、低い人を求める、という
ことになる。自分のない部分を相手に求める。 一方、類似説では、
背の高い人は、背の高い人を、低い人は、低い人を、美男は美女を求めるなど、
同じ素養、素質を共有する方が、相手の欠点を気にしないで済む。
人と好み、育ってきた環境で異なる。人それぞれの優先順位で変わる。
 ∵ 「未婚者は相手に何を望んでいるか?」に、
第一に、男女とも相手の人柄で、具体的に会話が弾み、結婚生活をスムース
 に進む相手、
第二に、「家事能力」である。第三は、男女とも大きく異なるのが、職業と、
 学歴。女性の9割は経済力、男性は4割でしかない。まだ男女の役割分担
 の意識が高いが、学歴に関して、男女とも同類婚を望んでいる。
 ∵ 「見合いか、恋愛か、どこで出会うか?」に、
 大まかに分けると、職場と、友人・兄弟姉妹を通じてが、それぞれ30%。
学校が10%。サークル、街中、アルバイト、見合いが、5%と9割を越す。
見合いが低いが、結婚紹介所の出会いが、それを補完。
▼ 世界のおお方が一夫一婦制のわけや、何故結婚をするのか、何を相手に
 望んでいるのか、が解りやすい。殆どの人は、学歴、家柄、容姿のうち、
二つが揃っていれば良しとして結婚するしかない。誤解で結婚をし、理解し
合って、離婚するのが、今では3〜4組に一組。世の中、すべからく妄想で
なりたっている。その最たるのが結婚の妄想。青年期を振返ると、女性の方が
シビアで、見るところを見ていたようだ。それで人生、決まってしまうからだ。
・・・・・・
4264, しまった!  ー12
2012年11月18日(日)
 ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * 人生の財産 ーこの著書を総括するー 
 瞑想は、静かに独り座し、心を沈め、バイアスのかかった自分を見つめ、
かえりみること。ある人は、「飛行機のビジネスクラスで世界を移動する
ことを仕事の核にしている」という。10時間以上の、まとまった時間、
ただひたすら、黙想する。その時、深い何かに触れるという。
前回の旅行でエコノミーの席だったが、耳栓をし、同じように、ただひたすら
黙想をしてみた。「一万メートル上空で、時速千キロ以上のスピードの空間の
半睡のような黙想体験は、言葉で表現し得ない悟りというか、マドロミに
包まれた夢のよう。 考えるでなし、何かの思いが浮かんでくれば思うまま、
半睡状態にいる。それが飽きることなく(トイレと食事以外)、その状態。
宇宙と一体になっているような、何かから解放されているような永遠な何かと
一体になっているような。疲れ果てたとき、決断したいとき、頭を整理したい
とき、ただ、あの空間で、飲食のサービスを気ままに受け、自然体で黙想する
には理想的空間である。高速の移動空間は、脳内活動を活発にすることは
新幹線内での読書で経験していた。学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデス
をしていて、小泉元首相が外国への飛行での機内専用サービスの担当になった時
の経験談を聞いたことがある。「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、
ただ眠り続けていた」という。あれは疲れで寝ていたと同時に、黙想?も
あったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、ひたすら
10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕が
あれば、充分価値のある時間になると、納得。この経験から、ひとつの習慣が
出来た。休日などで、ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。
大体30分〜1時間。ただ目を瞑り、休む。この春から始めたヨガで、
最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。これも機内と同じ状態。
好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、人生の財産
である。私には時間という財産だけは充分にあった。装置産業を選び、それゆえ
に固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。
これこそ財産。秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何も
しないと価値のない時間と思い込む妙な習性がある。定年をむかえ、それまでの
延長に生きている人が、あまりに多い。私も似たようなものだが、改めて、
じっくり時間の過ごし方を考えなければ!
・・・・・・
3889, 積極的逸脱 ー2
2011年11月18日(金)
 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。
ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。
天才と秀才の差は逸脱をしているかである。秀才は決して逸脱はしないで、
その世界の価値観の中で頭角する。野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、
松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは逸脱と捉えられがちになる。
彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、
日本では天才、アメリカでは秀才? いやイチロウはアメリカでも天才だろう。
そう考えると天才、秀才は比較の問題。とすると、自分で地元で、積極的逸脱
をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。
単なるアウトサイダー、ハグレモノ。天才は、対象に没頭するあまり誤解の
ベールに包まれ逸脱者として扱わた。ところで、酒や薬でトリップするのを
積極的逸脱というのか?というと、それは違う。前回、書いたが、40・50歳
代に多くの問題が重なり、そのストレス解消のため秘境旅行に数多く行ったが、
これは日常からの積極的逸脱であった。その総量のエネルギーと感動は、
その他の人生の総量と同じぐらいはあった。人生の積極的逸脱で見られるのは、
40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の趣味の世界に入る人がいる。
江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情があり、そんな優雅
がことは難しい。 いや、それより、早々に産業廃棄物扱いをされてしまう
恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、
第二の人生に入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。
どちらにしても結局は同じ。事業に「たら、れば」はない。積極的逸脱もある
なら消極的逸脱もあってよい。一般にいう落伍者である。落伍による失意の
果てに待っているのが自死。これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくも
ないが、好き好んで自死をする人は皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。 
鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。「捨聖(すてひじり)」
と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。
 ・・・・・・
3524, 「人・ひと」と、「人間」の違い
2010年11月18日(木)
 私たちは「人」と「人間」の違いを意識せず何気なく使っている。
しかし、そこにはハッキリした違いがあるようだ。 この違いについて膨大な
エネルギーで和辻哲郎が研究している。
【 和辻哲郎は「人・ひと」と、「人間」の違いにこだわり、これがどのように
 混同されて使われてきたかを、英語、フランス語、ドイツ語などと比較対照
しながら、考察を進めてきた。日本語に「われひとともに」という言葉がある
ように、ひと」「人」はわれの人としての自覚から始めて、他人を意味している。
そのうち「ひと」は「人は言う」や「人聞きが悪い」などのように世人・世間の
意味に用いられるようになった。 では、「人間」という言葉はどうか。
これは、人に間の字を添加している。間を加えるとすると、すでに「ひと」「人」
は、自、他、世人を意味しているのだから、そういう人の間を意味し、そういう
人の間の関係を示すということになる。人間とは世間であり、世界でもある。
和辻は「法華経」や、その原典に関わる古いインドの神話まで渉猟して、人間
とはあくまで人間社会のことであって、天上や自然界に関わるものでないことを
実証している。】 ( 哲学者の言葉100 −稲垣真美著 p‐37 )
 〜「人間は、人の間の関係を示す」とすると納得する。人は人との関わり
あいの中で、人間になっていく。また、それは人だけでなく、我われを産み
出してきた根源といわれるものと発展していくが、それは、人間の意味に、
あくまでも含まないとする。根源を含め人間というと、それぞれの自己絶対化が
生じてくる。人は人間関係、社会を通して人間になっていく。
書物を通した色いろな人物もである。「出会い」こそ、人を人間に変えていく。
 ・・・・・・・・
3149,つれづれに ー閑話小題
 2009年11月18日(水)
  * 論理的思考とは
毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。
自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは「インプット
した知識もあるが、各種の題材を探し出し、その要点をまとめ上げる過程で
身に付いた本質を見抜く視点と、それを起承転結にシンプルにまとめる論理力
がついたこと」理構成力こそが、自分の核である。その核?はウネウネと
トグロを巻いているようで、ブラックホールのようなトンネルの先の別世界
に繋がっているようにも思える。大した論理構成力でないが、その蓄積と、
その発酵は、トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。
何かのイベントに参加すると、その事象をスラスラと文章化できるように
なったのが一番の収穫であるそれは記憶のパッケージ化をしていることになる。
その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。デジカメで日常の写真を撮り、
そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、それだけで豊かな気持ちになれる。 
その人によるが。
  * ブルーレイ録画機
7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたのでブルーレイを
ネットで買った。量販店の7〜8掛けである。  
  * オモシロ、オカシク
(字数制限のためカット2011年11月18日)
 


5360,閑話小題 〜何か不思議なウエーブが

2015年11月17日(火)

    * 何か不思議な現象が
 50歳の坂を過ぎた直後の5年間に、中学の同級生5人がたて続きに亡くなった。
そして前期高齢者になろうする65歳の前後数年間に、ガン、自殺、倒産、失脚
などで、高校の同級生が(私を含め)問題が集中した。そのウエーブが、今度
は大学の同級会になっている。20人前後の会で、この一年間で、4人が、
ガン、脳梗塞になって、手術とか。 去年の会でも、数人が深刻な病で倒れた
と知らされていたが、今度は、昨日のニュース、「服部学園」元総務部長を
逮捕 服部幸応さん長男で、背任の疑い 2015/11/16 12:43 とあった。
≪ 服部栄養専門学校を運営する学校法人「服部学園」(東京・渋谷)に
 架空請求で約1100万円の損害を与えたとして、警視庁捜査2課は16日、
同学園の元総務部長、染谷吉彦容疑者(43)=新宿区西新宿=を背任で逮捕。
同課によると、容疑を認めているという。染谷容疑者はテレビなどにも出演
している服部幸応・同学園理事長の長男。 逮捕容疑は、総務部長として
同学園の広告宣伝業務を担当していた2012年4月〜15年3月、都内の広告
代理店など2社に、架空の広告業務名目で計約1100万円を請求させ、同学園
に損害を与えた疑い。同課によると、染谷容疑者は架空請求の代金を知人の
銀行口座に送金させ、宝くじの購入などに充てていた。同課は架空請求は
数千万円に上るとみている。≫  
 これを読んでいて、直ぐに起きた疑問、『長男なら何ゆえに揉みげしを
しないのか?』 学園のイメージのマイナス効果は数千万ではきかないはず。
当人、これまで、有名が故に、何度か週刊誌でバッシングを受けていた。
家族問題でもあり、晴天の霹靂、内なる深刻なブラックスワンの到来。
 数年前に、その会の一人が、『居酒屋を数店、経営をしているが、長男に
運転資金の300万円を持ち逃げされた』と、こぼしていたが。
・・・・・・
4995,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜①
2014年11月17日(月)
              ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
  * 「三年寝姫」ばなな が過ごした‘さなぎ’の時期
  次の一節に考えさせられた。人生に無駄なし!である。
≪ 先日、テレビの番組で、作家のよしもとばななさんと対談をしました。
ずいぶんと面白い話を聞かせてもらったのですが、その中で、「三年寝太郎」
ならぬ、「三年寝姫」という話がありました。「高校時代の三年間、私は寝て
通しました。教室の中でも、両手の上に頭をのせて寝てばかりでした」と、
よしもとさんが言われるのです。以前から私は、「思春期さなぎ説」を唱えて
います。毛虫が蝶になる前にさなぎの時期が必要なように、人間も、子ども
から大人になる前には、さなぎのように閉じこもり、内面的な変化を乗り
切っていくというもの。
この変化がさなぎの殻によって守られず外に向かって出ていくと、思春期の
破壊性を持った行動になるが、よしもとさんは、三年間、さなぎの時期を寝て
過ごしたわけです。そのことが、後の作家としての大きな成長に役だったことは
言うまでもないでしょう。それにしても、この間、よしもとさんが‘寝ること
を許していた’高校の先生方も、大したものです。もしそうでなかったら、
よしもとさんはきっと不登校生になっていたでしょう。ちなみに、よしもとさん
のお父さんは哲学者の吉本隆明さんですが、奥様ともども、ばななさんの意思
を尊重して、その三年間を黙って見守っていたそうです。間違ってもらっては
困るのですが、思春期の子どもは放っておけばよいと言いたいのではありません。
それは一番困ることです。その子の成長に関心は持っているけど、ある時期は
見守るだけにしておく、こういうことも大切だと言いたいのです。よしもとさん
の御両親にしても、高校の先生方にしても、その点が大したものだ思ったのです。
そもそも、見守るということは、その子に対して何かをするよりもはるかに
エネルギーがいることです。≫
▼ ここには多くの示唆がある。私にとって受験のための高校生活は思い出した
くもない時代。悪いことに鼻炎に悩まされ、机に向かうと頭が重くなるが、
山ほど記憶しなければならない教科がある。何とか卒業は出来たが、更に一年の
浪人生活を加えた『空白の4年間』。それもあって記憶から切り捨てていた。
 もし希望校に入っていれば別だったのだろう・・ しかし実は、この期間を
「さなぎの時期」として見直すと、多の側面が思い当たる。 私にとって一番
面白く恵まれていた時節は、学生時代を加えた20,30歳代。
その中で特に20代。その背景には、この4年間があったという見方もできる。
読書習慣で培われたベースがあるわけでなし、何か夢中になったこともなし、
ただ、お受験の重圧の中、ただボ〜ッとしていた暗い日々! 
これが実は「思春期さなぎ説」の切り口で捉えると・・ 成るほど! 
この年齢で気づくことが、あまりに多い。振り返ると、「してしまった後悔より、
しなかった後悔」の方が、遥かに悔いが残っている。 しかし、「さなぎ」の
時節を改め肯定すると、新鮮な切口になる。そのまま一生ボ〜と過ごす人も
いるが、どうだろう? それは、蝶か蛾によるのか。フランスでは、蝶と蛾は
同じというが・・ 以前、ここで取上げた『ぼんやりの時間』辰濃 和男(著)に、
「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」がある。  
1、「闇」―蛍と星とダークマター  2、「独」―独りでいること   
3、「閑」―逆茂木に囲まれて   4、「怠」―「1日4時間労働」の夢  
5、「懶」―心の余白  ー彼女は、この世界に浸かっていたのである。
・・・・・・
4628, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
2013年11月17日(日)
   * 相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
 一昨年の春以来、見始めたTV番組のが「相棒」で、平日の16時前からの
一時間のスケジュールに込んでいる。10年以上続いた刑事ものドラマの再放送。 
  ー概要をウィキペディアでみるとー
{ 優秀なキャリアでありながら、ある事件の影響で出世コースから外れ、
 警視庁内の窓際部署「特命係」に追いやられた警部・杉下右京(水谷豊)を
中心にした刑事ドラマ。いわゆるバディものであるが、相棒は3度変わっている。
1話ごとの基本的なプロットは、超人的推理力・洞察力を持つ右京が犯罪者を
理詰めで追い詰めていくというミステリ的なものだが、その一方、全体的な
ストーリーとしては『踊る大捜査線』が打ち出した警察組織内部のいざこざを
描く警察ドラマ路線を更に推し進めたものであり、警察組織のみならず、
官僚・政治家の権謀術数を描いている。2000年6月にテレビ朝日系・土曜日で、
単発ドラマとして放送され、2002年10月より連続ドラマとしてシリーズ放送}
▼ 団塊世代以上のリタイアー組を対象としての時間帯の再放送。その対象の
 一端に私も入ってしまった。 一年ほどして、家内に「これって、現代版の
水戸黄門でないか。トップ直通のルートを持った東大卒の歪んだ元エリートが、
最後は国家権力を振りかざし悪と対峙する勧善懲悪ものじゃないか」というと、
「今まで気づかなかったの?そんなのは、当初から言われていたこと」という。
12年も続いているので、過去分は、まだ2割も見てないが。 馬鹿馬鹿しいと
思いつつ、見ているが、内容は凝ったものが多い。刑事コロンボの逆の、
キザの東大卒の刑事が、相棒と様々な事件を解決する。その一つに、研なお子
が、明らかに美川憲一を思わせる役柄のタレントの犯人を演じたのが傑作。
再放送直後、家内が知人に、「あれ見た? 凄く面白かったわよ!」と、いう。
オバサマたちの多くが、見ているという。もう一つ、面白かったのは、岸恵子
がフランス帰りの「岸恵子」そのもののキャラを演じた犯人役のドラマも、
なかなかのもの。  
・・・・・
4263, しまった!  ー11
2012年11月17日(土)                      
 * 人生の財産  ー総括するとー1
 〜ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
人の幸せについて研究してきた学者が同僚とともに、結論に達した。
《人生の資産はお金でなく時間である》と。人生の大きな転機に起こる大きな
まちがいに「時間の過ごしかたを変えない」ことがある。やろうと考えていた
新しいことでなく、人は、これまでと同じことをするのに時間を費やしてしまう。
人生を精巧に作り変えるには、決意と自制が求められるが、難しいのである。
人の幸せは、どこに住むかでなく、自由になる金があるなしでなく、時間を
どのように過ごすかにある。それを忘れて、思い切った割り切りをしない
ことが人生の最大の「まちがい」になる。この「失敗の心理」から自分の思い
あがりや、固定観念の殻に気づき、苦笑の連続であった。人間は、間違いを
犯す動物であり、それを前提にして、いかに間違いを減らすかである。 
それぞれに人間はバイアス(体系的偏見)がかかっている。それを知り、
自覚することは可能である。多くの知識の蓄積が教養だが、バイアスの自覚も、
その効用のひとつになる。 それぞれの人間のバイアスは面白いほどケッタイ
である。気がつかないから、本人にとって悲劇、他からみたら喜劇にみえる。
間違いを少なくするには「小さく考えること」。間違えは意外と身近な些細な
ことから生じていることに気づくこと。私たちの重大な決断も、考え抜いた末、
印象で勝手に決めつを避けているつもりだが、しかし結果は、大きく影響
されている。考えることを嫌い、こうなるはず、という直感に従ってしまう。
私たちは見ていて見えてないのである。知っていても理解してない。
そのことを、まずは自覚することから間違いを減らすしかない。それでも、
頑強なバイアスが脳の奥底に強固にこびりついて思考、行動を規制している。
節目に、それが現れ出てきて、大きな壁となる。ところで現在の状態に、
あまり不満はない。毎日の生活が自然のままだから。知りたいこと、楽しみが
絶えないこともある。失敗も成功も人生の内である。それも考えてみれば裏表、
一過性の現象でしかない。死んで三日もすれば、永遠の彼方に過ぎ去る。
・・・・・・
3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」
2011年11月17日(木)
 サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。
自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に不満を持って辞め、
いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。
私も初めて会社勤めで、その過酷の仕事に疲れはて、再び大学に入り直したが、
もう社会的には傷物。その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、再度、
金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 
 何とか踏みとどまっていたが、逆に、その立場の視線で社会を見ると、
多くが見えてくるもの。結果からみて、それは予定挫折であった。
自由は厳しいものである。「なるほどサルトルのいう、自由は不自由!とは、
このことか」と骨の髄まで思い知った。結局は自分の思いは、思いでしかない。
その経験を人生の前半に何度か味わってきたので、今回の事態では、こんな
ものかと冷静にいることが出来ている。それよりも65歳の現在、人生を
振り返ると、40年近く自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、
如何に恵まれていたか。自由を自分のものにして、判断をし、その結果を
プラスもマイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫。自由の不自由
を克服し、不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、
幸せなことはない。サルトルは実存主義者だが、人間の本質は「投企=取捨選択
しながら未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在であるとし、
実存が存在に先立つとしている。しかし老年になると、その未来が少なく感じ、
人生を切り開く前に絶望が先立つから困ったもの。自由と平等と博愛の社会は
理想だが、こと個々人になると非常に難しい課題。「自由の刑罰」の獄死か、
獄内で、うち拉がれている人の山? それが世間という世界である。
・・・・・・
3523, 都市型狩猟採集生活
2010年11月17日(水)
   「ゼロから始める都市型狩猟採集生活 」 坂口 恭平 (著)
 先日、「新潮45・9月号」を図書館から借りてきたが、そこに養老孟と設計士
兼作家の坂口恭平の対談があった。「都市型狩猟採集生活ー対談」がテーマで、
上記の著書の内容についての対談。彼は巨大建築物を設計することに違和感を
持ち、これ以上、新しい建物を作っても仕方ない、それより現在あるものを転用
したり、人が見捨てた場所を転用したりすればいいと考え、路上生活者の家に
興味を持った。都市から溢れ出た「ゴミ」によって作られた工費0円の家。
その写真集「0円ハウス」まで出版。たまたま図書館で、その写真をみたこと
があるが合理的だ。 路上生活者は都市に落ちている余剰物を「自然素材」と
捉え、それらから家を建てている。彼らにとって、都市は鬱屈したコンクリート
ジャングルでなく、資源ゆたかな世界に見える。 坂口は、廃棄されるゴミを
山や海の幸のように〈都市の幸〉と名づけた。彼らは“都市の幸”で暮らせば、
政治、経済、労働、あらゆるものから解放され、自分自身にしかできない
生活を獲得している。
ー以下の文章はアマゾンの書評だが、なかなか考えさせられるー
*「アルミ缶拾いは他人よりも先に拾わないといけない生業なのに、達人たち
の話を聞くと、みんなあまりガツガツしていないことに驚かされる。ようするに
焦ってはダメなのだ。採集したあとは周囲を掃除する位の心の余裕が必要だ。
そんな姿を見ている人がいる。それが次の顧客の出会いにつながる。」(p.68)
*「高い解像度で都市を見ることができるようになったきみは、社会のルール
を何一つ変えることなく文句一つ言うことなく、独自の生活をつくり出すことに
成功する。・・ 社会システムは、いくら変化させてもまた同じ循環を繰り返し、
人間を苦しめつづけるだろう。それよりも まず、きみの精神、視点、創造性を
変革させるのだ。 ・・<都市の幸>で暮らすことは、きみが起こすことの
できる唯一の革命なのだ」 (本書P148)
*「路上生活者支援に積極的なのはキリスト教会であり、それに比べて
仏教寺院の多くが冷淡なのはどうしてか?」
   ーこの対談の最後に坂口と養老の言葉がよい。
 坂口:意外だったのは、「都市型狩猟採集生活の民」たちが、激増する
自殺に危惧の念をもっていたこと。彼らは、「自殺する前に、なぜうちの
バラックのドアを叩きに来てくれないのか?」という。うちの手伝いに来て、 
アルミ缶を一緒に拾ってくれれば、金なんかなくても生きていけるのが
分かるのに、なぜ相談してくれないのか、と。 人生を失敗し、すべてを
失ったと思っても、絶望して死を選ぶ必要がない。「どん底に落ちたら、
とりあえず周辺を歩け。歩けば何でも見つかる」と、住民の酋長といわれる
男が言っていた。養老:身体を使うことは大事。私が好きなイタリアの
箴言に「どん底に落ちたと思ったらそこを掘れ」って。
▼ 日本にトレーラー・ハウスの住人が少ないのは、公営住宅などが揃って
 いたり、生活保護などの支給があるからか。それにしても、ホームレスの
仮設住宅?に合理性を見出すとは、感心させられる。カラスも雪国でチャンと
冬を越せる。何か無駄なものを人間は持たされてしまったのではないか!
立って半畳、寝て一畳というが、老後の心配で節約など・・


5359,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑧

2015年11月16日(月)

  * 男の結婚詐欺師は天性のサービス業
≪・シマジ:種族保存の本能で、動物のメスは自分の遺伝子を残すため、
 より優秀なオスを選ぶだろ。オスはとにかくあちこちにタネをばら撒ければ
いいから、そんなに選り好みしない。人間のメスも同じ。自分の容貌はさておき、
背が高くてイケメソで頭のいい、つまり子どもの生き残る確率が高くなるような
男のタネを手にしろと本能が囁く。それゆえ結婚詐欺男の吹く大ボラは、
スケールが大きいほど女にとって魅力的に聞こえる。そこに女性をお姫様の
ように持ち上げて夢見心地にする巧みな話術と、悦楽の極致にまで運んでくれる
閨房術を加え女を虜にする。だから男の結婚詐欺師は天性のサービス業かも
しれない。女性も薄々おかしいと分かっているのだろう。これだけの悦びを
与えてくれる男なら、詐欺でも仕方ないというくらいの気持ちなのかもしれん。
・ミツハシ:一方、婚活詐欺女の紡いだ物語は「学費が未納なので援助して」
ですから夢がないよね。金銭的な援助を施すということまで、自分が女性と
結婚するためのりアリティーにつながるのだとしたら悲しいことですよね。
・シマジ:日本の恋愛文化の貧困さの表れだよ。男と女のスリリングな駆け
引きが不足しているから、こういう事件が起きる。大企業の社長になるような
人間でも同じだよ。≫
▼ 普段の生活でも別に口説かなくても、リップサービスなら出来る。
 営業を生業にしている人は、それが身についていて、直感的に光っている
部分を見つけて褒めてまわる。美人ほど褒めて欲しいが、日本の男は遠慮を
してか、褒めてくれない。特に女性は、『私を、どう思っているか』に、敏感。
日本の恋愛文化の貧困に対する供給として、クラブ、キャバクラという日本
独特のサービス業が生まれてきた。そこで、日々、ホステスと、客の、恋愛
ごっこがおこなわれている。今では女性用にホストクラブもある。
 ネット検で、「都都逸」を検索したら
  〜習う事より 慣れろと言われ あの夜覚えた 四十八〜
  〜大きくなくても あたしはいいわ 使い勝手が 良かったら〜
 即興で、  〜ブーちゃんも 使い勝手は ほぼ同じ〜
・・・・・・
4994,閑話小題 〜一昨日はシネマ鑑賞の日
2014年11月16日(日)
   * 一昨日はシネマ鑑賞の日
一昨日みたシネマ「イフ・アイ・ステイ」が面白い。前週予告で、女子高生の
臨死体験に惹かれてみることにしたが、テーマは思春期の恋愛と苦悩があら筋。
ストレス解消のドンパチものの中で、たまには、これも良いのではと・・
 一家4人が交通事故で両親と弟が死んだ中、集中治療室で危篤の女子高生が
病院の中を彷徨っている。そして、その直前までの日々の世界が、彼女の意識下
で映し出されている。みていて私の人生69年近くの生涯が、主人公の17年の
記憶と、病院の中の彷徨いが、この3年半と重なっていた。 毎晩、夜半の
1〜3時辺りに目が覚めると、この映画の臨死体験と同じような意識下で過去の
世界を夢遊をし彷徨っている。意識を白い塊のイメージをして、思い当たった
記憶に集中する。余命半年、3ヶ月と宣告されると、この濃度が強くなり、
それまでの人生と同じぐらい生きるらしいが。  ーその内容といえばー
≪ ミア17 歳、高校3 年生。親友と呼び合える友達がいて、つきあい始めて
 1 年の大好きな彼氏がいる。将来の夢はチェロ奏者。今はジュリアード音楽院
への入学をめざして猛練習中。そんなミアを、ある雪の朝、突然の悲劇が襲った。
一家が乗った車に対向車が突っ込み、ミアは一瞬にして家族を失ったのだ。
病院のベッドの上、昏睡状態のままのミアの目に映ったものは、ベッドに
横たわる自分の姿と幸せだったこれまでの人生、そして、彼女を死の淵から呼び
戻そうとする人々の姿。いつもと変わりなく話しかけてくれるおばあちゃんの声。
「辛いなら頑張らなくてもいい」と言って泣いたおじいちゃんの涙。親友のキム
と、看護師の制止を振りきって来てくれた最愛のアダム。彼らはミアに何を語り、
ミアはそこに何を見るのか。事故から決断までの24 時間が描かれる。≫
▼ シネマも、少し見方を変えると、内容が全く違って見える。
 最期は、このような意識の混濁の中で、「あ〜面白かった!」の言葉と同時に
『プチッ』とシャットダウンするのだろう。その時{もっと知っておけば、
働いておけば!より、もっと楽しんでおけばよかった!}と思うはず。
そうすると、まだまだ楽しみが足りてないことが、よく分かる。
 でも、人生、面白かった! そして、いま今日此の頃も。それでも、
まだまだ楽しみが足りてないようだ。 さてと・・ 何して遊ぼうか? 
・・・・・・
4627, 夫婦格差社会 ー2
2013年11月16日(土)
    『夫婦格差社会 -二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
 * 夫と妻の所得の関係 ー不平等の鍵はどちらに
 奥さんがリッチか、有業かどうかで大きく違ってくる。一人の収入で二人口
より、二人の収入の二人口の方が長い年月で大きな差が出てくる。ローマの道は
一日にしてならずである。とはいえ、残しても、不安の残痕の通帳の残高でしか
ない。〔妻の勤労による所得が、夫婦合算所得の平等化に寄与していた時代は
終了し、むしろ格差拡大・不平等化に寄与する時代になっている〕の指摘が、
一番の要所。結婚相手で、人生は決まってくる。 ー概略といえばー
・「ダグラス・有沢の第2法則(夫の所得が高いと妻は働かない)」の観点で
 見ると、夫の年収が増えても以前ほど妻の有業率は減少しない傾向が出てきて
 いる(夫の収入が1000〜1500万の場合でも妻の有業率は50%)。夫の収入に
 関係なく、妻が働くかどうか、決めている。この10年で25-34歳の既婚者の
 労働力率が10%増加 (結婚しても仕事をやめなくなった)。
・国際比較では、日本の場合、大卒・大学院卒の女性の労働力率の低さは
 際立っている。まだ女性の社会進出が遅れている。
・1960年代後半に生まれた女性はそれ以前より離婚確率が高い、男性にとって
 未就学児がいることは離婚抑制に繋がるが女性は繋がらない、(日本では)
 低学歴の人ほど離婚確率が高い。
・生涯未婚率(50歳で一度も結婚の経験のない人の割合)のデータ分析(p113)。
 1985 年までは男女ともに5%以下だったのが爆発的に上昇に転じ、2010年
 には、男20.1%、女10.6%であるが、2030年には、男は30%、女は20%と予測。 
・長時間フルタイムで働く30代男性の割合は、東京、大阪、神奈川などの大都市
 で高く、島根、秋田、高知などの地方で低い。ところが30代既婚女性の就業率
 は、大都会では地方より20%も低い。つまり、キャリアウーマンが多い東京
 などの都会は専業主婦が少ないように錯覚されるが、高所得男性も多いので
 専業主婦率は地方よりも遥かに高い。
・同じ階層で結婚することが多く、高収入夫婦が増える一方で、その逆も増加。
(女性にとって、結婚は階層を上げる役割を果していたが、今では薄れている)
・職場での出会いが減ったため、婚姻率も下がっている。
・女性の約半数が「自分は異性に対して魅力がないのではないか」
「そもそも異性との出会いの場所がわからない」と不安。年収300万円未満
 の20代男子の4割は女性と交際した経験がない・・ 
 男性にとって年収300万円が結婚の壁になっている。
▼ 家庭間格差は妻が働くかどうかと、離婚、そして婚姻率の低下などが、
 直接、間接的に影響してくる。知人をみると、奥さんが働いているかどうか、
親からの資産があるかで大きく違う。短い人生、可能な限り稼いで使いきること。
百億稼いで残した人生より、それを使い切った人生の方が理屈から考えても、
面白いに決まっている。 どの道、夢幻!
・・・・・・
4262, しまった!  ー10
2012年11月16日(金)                  
   ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * どう思うかは、そのときまでわからない
 今回、思ってもみなかった事態に陥ってみて大変ではあったが、一度、
受け入れると、諦きらめがつき、後悔とかは皆無。この一年八ヶ月の生活は、
この10年間の気苦労の生活より、少し近所の視線が気になる以外、はるかに
気楽な平穏な日々に自分でも驚いている。これまで何かにチャレンジをして
不安になると、その結果に対して「なるようになる、その時は、その時!」
という言葉が常に繰り返していた。 何事も、その場に立たないと分からない
から面白いのだ。 ーその辺りよりー
≪ 大方の人は、自分が将来どう感じるかの予測は得意のはず。だが人生は、
 遠くから眺めるのと近くとでは違ってみえるもの。人はとかくその瞬間が
くるまで、自分がどう感じるかなどわからない。たとえば、自分が若いときは、
老いて、特別な延命治療を受けるかの質問に、殆どが「受ける」と答えない。
ガンの専門医で「受ける」と回答したのは6%、化学療法士でゼロ、健康の人
で10%だった。しかし、死にかけている人に同じ質問をすると、重病患者の
58%の人が、たとえ一週間しか命が延びなくても、治療を望むだろうと
答えている。・・ ≫と。
▼「こと(実践)」に擦り寄って、体感しないと、実際のところ分からない。
一流のエキスパートには二つの共通点があるという。一つは、「幼少期から
はじめている」ことと、二つ目は、「肉体面でも、頭脳面でも、生まれもった
能力は人が思うほど大した要因でなく、重要なのは練習量、特に10年間の
持続的な努力を要している点」。 研究者によると、バイオリニストの調査で、
同年代で、世界の最高レベルの人たちのグループは、20歳までに一万時間
の練習量を超えており、それほど成功してないレベルの人たちの平均は、
2500〜5000時間だった。当然ただ練習をすればよいのではなく、
練習の繰り返しの中で、パフォーマンスの記憶を改善する方向を目指すことが
必要。ところで秘境旅行は実際に当地に行き直接、その大自然に接し感動して
こそ醍醐味が実感できる。どんな大自然に出会うか、そのときまでわからない。
それが良いのである。それは事業でも人生でも同じこと。未知への不安に
対しては、自分で乗り越えるしかない。私の友人の哲学(信念)は、
「迷ったら、とにかくやる!」見ていて面白い人生である。節目ごとに私の
ところに相談にくるが、見事なぐらいに転進していく。どうなるのか、
現に実践してみないと分からないのを本人は知っている。本題から逸れたが、
ある程度を考えたら、後は出たとこ勝負である。
・・・・・・
3887, 積極的逸脱
2011年11月16日(水)
 異端をマイナスに捉えるのでなくポジティブにみる
「ポジティブ・デビアンス」という言葉がある。日本語にすると積極的逸脱。
世界を巡ってみると、それぞれの地域の閉鎖性が垣間見え、それが異端に見える。
当然、自分の住んでいる異端が合せ鏡で見えてくる。そういう私の方が地域社会
では異端になる。それもあり、地元の人の付き合いは一部の人と因縁のある
学校の同級生を除いて最小にしてきた。私にとって、これが積極的逸脱である。
職場が新潟、住居が長岡だったこともあり比較的上手くいったと思っていた。 
しかし、私という存在は他者がいてこそ成り立っている。その他者が限られた
閉鎖社会としたら、その兼ね合いは難しい。「ポジティブ・デビアンス」は、
もともと社会問題の解決法に使われていたが、現在ではビジネスに使われて
いるようになっている。後進国の農村で死亡率が高い中で、ある村が何かの
きっかけで、手を洗い、動物性タンパク質を取る習慣があって、たまたま
近くに医者がいる部落があったとする。その地域からすれば、その習慣は
他の地域社会の常識から逸脱していることになる。しかし、それを知った外部
の人が、それを他の部落の人に広めることで、全体の死亡率が減っていった
とういう事例がみられる。コンピューターの世界に「暴走熱」がある。 
一定期間継続して作動するコンピューターが、熱を出して不具合が生じる
トラブルで、これはエンジニアの世界共通の常識であった。これをアメリカの
大手コンピューター・メーカーの一人のエンジニアが立ち上がり、世界中の
ポジティブ・デビアンスを探し出し解決をし、会社への競争優位をもたらした。
大体が改革とは、そういうもの。従来のやり方を根底から変えることは、
どうしても摩擦が生じるもの。秘境ツアーそのものも、極的逸脱と見ることが
出来る。世界の在り来たりの観光地から、秘境・異郷に興味が向いたのは
積極的逸脱であった。そうしなくてはストレスが解消出来なかった。
逸脱する対象が、どんどん奥地になるほど、比例して満足度が高くなっていた。
あと二週間しか生きられないとしたら、何をしますか?」という質問がある。
死に直面したら、当然、日常生活からの積極的逸脱が残された人生を生きる術
になる。ベターの時間より、ベストの時間を過ごす何かを求めるはず。
そこで、それを本気になって探すと、自分の生きている世界中に、それが
無限に転がっていることに気づくことになる。第二の人生でのキーワードは、
積極的逸脱である。緑の原野から、視界の広がったサバンナへの逸脱へ・・
・・・・・・・
3522, 「尖閣ビデオ流出問題」を哲学してみると!
2010年11月16日(火)
 今回の尖閣列島の衝突問題と、そのビデオを海保の保安官が流出させた問題を
考えてみる。まず、この問題は、G20が韓国で開催される時期と、APECの
日本で開催される直前に明らかに政治的思惑で中国側から仕掛けられた難題。
それに、やすやすと乗って、中国の強圧的態度に尻尾を下げ、その間隙をつかれ
ロシア大統領に北方四島の一つに上陸をさせてしまった。これはアメリカに
対する圧力の駒であり、中途半端な外交姿勢の管首相の足元をみられた結果。
ところが、中国・ロシアの計算外の海保の保安官の秘密漏洩が起こってしまった。
これは、タイミングからみて周到に計算された国家戦略から幾重ものクッション
を通して行われた可能性を含んでいる。それが出来るほどのタマは現在の日本に
いない?しかし中国のトップの顔に泥を塗るにタイミング的に良かった。
その映像がアジアでも日本でも繰り返し放送されたからである。これは政治的に
みてタイミングがよすぎるたのではないか。保安官が、自分の身分に捜査の手が
及びそうになる直前にマスコミに接触したことも、一介の海保の保安官のなせる
技だろうか? 差出人の名前に「sengoku38」というネーミングも、上手く作り
すぎである。「仙石さんはパー」とか、「仙石は左翼」との解釈で揶揄されている。 
それより、中国の居丈高の姿が逆効果にするに、あまりに効果があった。だから、
あの男は、日本に来てからアカラサマに不愉快の顔をしていた。いずれにしても
保安官が逮捕でもされれば管・仙石ラインは、そうそうレイム・ダックになって
しまう。 まずあ支持率も20パーセント辺りまで急落することになる。
その隙をアメリカも、中国も、ロシアも狙っている。日本を更に追い込むには
TPPに日本を参加させ、農業の自由化を迫ること。これが完成すればアメリカ
の属国の縛りが一段ときつくなる。ここで、民主党小沢派と、自民党の隠れ
主流派が大同連合を組み、国家非常事態宣言をし、銀行閉鎖も、デノミも、
核武装もすればよい。それが100年、250年に一度の地球規模の危機に
対する対処になる。 海保の保安官の逮捕は海保のクーデターと認めることに
なるのを自覚も出来ないのか?
 ・・・・・・・・
3147, 地方経済惨状の一現象
 2009年11月16日(月)
 このところ、たびたび地方経済の惨状を書いている。 先日の読売新聞の
新潟県版に帝国バンク支店長のインタビューで「新潟市内のマンション建設が、
この数年で3千室も供給された。しかし売れたのは700〜800室。
いずれダンピングが始る。団塊の世代の定年退職者の退職金をあてにしたもの
だが、それが全く当てが外れてしまった・・云々」 マンション業界では100室
クラスのマンションで、最後の1〜2室で、やっと利益が出るかどうかの世界。
それが4分の1しか売れてないとは、惨憺たるもの。数ヶ月前に大手のマンション
販売会社が倒産し、新潟の信濃川の川沿いの大きなマンションが宙に浮いた状態。
それを長岡の行きつけの居酒屋店主に話したところ、「東京にいる息子が先日、
5200万のマンションを1200万の値引きで4000万で買った。しかし、売れ残りの
マンションでは半額のものもある」と、息子が言っていたという。それと、
「大手大橋の向うのショッピングセンターの真ん中にあるマンション、4室も
あって1200万円で買えるらしいよ。」という。大型マンションは、土地の
仕入れから建設期間をいれれば3年〜5年はかかるが、その間に世界が劇的に
変わってしまうから難しい。といって、仕込み、造り続けないと会社は存続
しない。ところでホテルは、計画から資金回収まで20〜30年のスパン。
その間に、時代は激変をする。その中で単品を売り続ける商売。 恐ろしい
事業に手を出してしまったことが今になって分かってきた。新潟駅再開発の
道路拡張で4棟のうち、二棟が買収されるから何とか帳尻が合いそうだが。  
(以下、字数の関係でカット2011年11月16日)


5358,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー

2015年11月15日(日)

  * 女の結婚詐欺師がブーちゃんは、昔からの通り相場
 渡り歩いた、どの世界にもブーちゃんだが魅力的女性が存在していた。
『やり手ブーちゃん』である。彼女らの対象は、下位八割の男衆のため、
思いの外、声がかかる。 そのやり手ブーちゃんも、1〜2割いるかどうか・・
ブーちゃんだから営業努力をしている? ということは、誰もが営業サービス
を望んでいるのである。それが、日本の貧困な恋愛社会では、満足度が低い。
だから、まずは、以下のようなシステムが必要になる。
≪・シマジ:これは俺の持論だが、男は十代の後半に十歳くらい年上の女性と
 ねんごろになって、童貞を失えば、みんなきちんと大人になれる。
その意味で、このダーリンは理想形だよ。女はどういうふうに考える生き物
なのか、女のどこを押せばどうなるか。性道を含めて若いころに年上の女から
しっかり学んでおけば、三十四歳の婚活詐欺女や三十五歳の鳥取ホステス
みたいなのに騙される心配はない。
・ミツハシ:両方とも男が夢中になるようには見えないスタイルと容貌ですね。
・シマジ:女の結婚詐欺師はブーちゃんと昔から相場が決まっているんだ。
 びっくりするような美人だと、モテない男は「これはおかしい」と警戒する。
俺にこんないい女が「結婚して」なんていってくるはずがないというわけ。
これまでの人生の中で女にモテた経験があまりなく、結婚をできずにいた男
にとって、あれくらいの女のほうが自分の結婚相手としてリアリティーがある。
逆に男の結婚詐欺師は饒舌な二枚目なんだ。つまりクヒオ大佐だよ。
・ミツハシ:エリザベス女王の親戚でアメリカ海軍特殊部隊パイロットの
 クヒオ大佐ですね。しかし、「私と結婚すれば、英王室から数億円の
祝い金が出る」という話に至ってはギャグにしか聞こしえませんけどね。
男はロマンチスト、女はリアリストというが、結婚詐欺に関しては、逆。≫
▼ 結婚に対する憧れも、「共同幻想」の一つ。その幻想=夢を与え、お金を
 引出すのが、詐欺師の仕事。「割れ鍋に綴じ蓋」の割れた部分を隠し、高く
売りつけるのが、恋愛の妙味。その仮想(仮装)世界を、キャバクラや、クラブ
が提供。 ネット検索で見つけた、二年前の、松本人志のモーニングビッグ対談 
第17回 「女結婚詐欺師」の(初めての詐欺)
第18回 「女結婚詐欺師」(過去の失敗)がリアル。 詐欺のポイントは、
・金を取った後、如何に諦めさせるか
・失敗したときは、さっさと次のターゲットに切り替える 
・結婚詐欺は、結婚したら結婚詐欺でなくなるため、独身を通す 
映像を見ていて、寒々しい気持ちになったが・・
埼玉と、鳥取のブーちゃんの女結婚詐欺、あまり奇妙で、被害者が気の毒
だが、老いた天涯孤独の身には、結婚の可能性があれば、少々ブーでも?
という気持ちになってしまうのだろう。
・・・・・・
4993,暴走する世間 −9
2014年11月15日(土)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ
 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおら
ケイタイを取り出し、友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えて
いたのには驚いた。考えようとせず、反射的に誰かに聞いて、その場を繕って
いる現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。それが今ではスマホで検索
すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心をそぎ
落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている!
≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を
 妨げるのではないかという議論がある。アメリカの社会学者タークルが、
つぎのような興味深いことをいっている。
<かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、
地下鉄に一人で乗るとか、ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しを
もらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、その子にとっては
「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけ
ですから、何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方
を決めなければなりません。人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き
起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。どんなことが起こった
としても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。
しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人で
あっても、親がずっとそばにいるという不思議な状況が生まれています。
また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。また、携帯
電話は、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心
もとないだろうと思われる場面で親が見守っているという経験をさせる
ことは可能になりましたが、自立の時を遅らせているだけだともいえます。
(タークル「技術を本来の役割に」より)>
 ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、
子どもひとりやらなければならないことが阻害されるというのだ。
「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。≫
▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる男がいる。
 重大な岐路であるほど、担当と議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、
身近な人に判断をあおごうとする。関西で、子どもが誘拐され殺害された
として、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか?
変なのは分かっていても、それを声高々に言えない。戦勝国のアメリカ
から与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次がネットである。
これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変に
している。情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。
その基盤がないため「IT世間」が、個人の内面を縛り付ける。
恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 
・・・・・・
4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子!
2013年11月15日(金)
   * 今度は絶食系男子だと!
 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」を、
NHK番組で紹介していた。彼らは女子に興味がなく、将来も結婚する
イメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合った
ことがない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には
男の3人に1人、女4人に1人が生涯独身になるという。
アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを
考えると、結婚に躊躇」とインタビューに答えていた。それにしても絶食系
男子のネーミングにビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが! 
ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、
(女房)おや、お前さん今夜もかい!」がある。 情報化の時代、面白いこと
が山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! 
というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しい
という。べき時に、べくことを、べくすべし、でないと・・
 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 
漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。
何人かの紐を持って困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。
   * ソリスト
 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。
ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る
踊り手。第一舞踏手」 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から
15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。私の一日の
スケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけ
でなし、一人で行って、幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか
青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、私のように
誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。
ヨガでは、50人中、男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が
陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが横一列に並ぶ。あとは
中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、
挨拶程度で、会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと
二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、人生のソリスト? 
それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。
単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを
優先するか、である。
・・・・・・
4261, この非常事態に、万一の備えがあるの ?
2012年11月15日(木)
   * 本当は危ない、夜逃げ予備軍の事業主に!
 第一線から退いたため、より冷静に事態をみることが出来ているが、余裕
資金のない大方の中小企業のトップは、どこかで株式の暴落か、イスラエル
によるイランへの攻撃でも始まれば、一発でダウン。私の事業継続断念時には、
運転資金とは別の僅かだが予備資金の積立てがあり、それが命綱になった。
あれから1年8ヶ月、大方の企業は更に体力を落としている。リーマンショック
の次なる津波は、ただならぬ大きさ。 私が前倒しの整理が可能だったのは、
30〜40年前の事業設計にシェルター機能を組み入れていたため。
それで思い切った事業整理が可能だった。「あと講釈」だが、
  ー中長期のリスク対策ー をまとめてみた。
 【来年にでも実情を書こうと思っていたが、前倒しする】
・全ての建物は万一を考え、用途変更可能の設計(壁以外の柱を入れない等、
 好立地もあり、不動産の6物件は完売。)
・借入金は県の保障協会を含め3分2が政府系金融機関。他は都銀と第四銀行
 で、ほぼ大部分。ー元金融関係の先生のコンサルティングを5年前から3ヶ月
 に一度の割で受けていた。それで常に先手の対策を打ち続けることが出来た。
・職場を新潟、住居は長岡と分け、住居地域では学校以外の人間関係は最小に
 する(名誉職的団体に一切に入らないなど・・)
・20年前に短期借入全てを長期借入金に組みかえ終了・・
 (悪化の場合、短期の借換え時点で追加担保の要求が出るため)
・10年前からは、万一の場合に備えた予備資金の積立てを続け、運転資金に
 一部でも転用した段階で事業閉鎖(隠れ目標値)を予め決めておく。そして
 到達と同時に廃業を決断。
 ー見切り時期の設定ー(償却前赤字の転落時点も、目安にする)この時期に、
 個人名義の事業物件を会社に転売して、個人の金融負債をゼロにする。
・二人の幹部社員には役員就任時に一度退職金を支払済み(平均・三分の一)。
 そのため結果として、会社の退職金規定の8割近くの支給が可能になる。
 (国の退職補助金一千万近くを含めて)
・ 事業停止時には、「取引先への20日締めの月末支払いを全て決済」
 を予め決めていた。一般債権は、ホボゼロ。
・*個人的には、当初より事業に親戚縁者は一切組込まず、家族経営を排除。
 *創業時に高値の事業転売を前提(売り時を逃がし、結果的に出来なかったが)
 *事業の創業を目指すと決意した時から、連れ添いは、「商売とは何かを
  体感している事業経営者の子女」を前提。
 *「家訓の、借入金の保証人を妻子など家族を入れない、
  保証人にはならない」を厳守。 
 * 家内には結婚来、毎月給与を支払い、健康保険と厚生年金をかけ、
  残りは家内名義の別立て預金。一般的には事業停止時に、自宅も銀行に
  収容され、個人破産?は必定だが・・自宅は家内が買い取ることで確保。
 【長期の装置事業に長期のリスクヘッジをしていた】だけだが。
  しかし結果は、ご覧のとおり。
▼ ーあとバイアス(偏見。あと講釈)の要素はあるが、大筋は以上の通りー   
 長期の装置産業には時代断絶の大きなリスクが伴うが、それに中長期のリスク
ヘッジをかけておくのは、経営の正道。経済震災は既に起こってしまった。
現在、中小・零細企業の三割は‘今日明日の資金繰り’に追われ極限状態。
あとの三割以上も、その一歩手前といわれる。そこで、まずは、「弁護士費用は
別口に用意して、家族の保証は避けるべき。」現在は想像を絶する国家的非常
事態。正常時とは全く違った舵取りが必要・・  金融機関に小手先の手法など
土台、無理。まして計画倒産など、この時節に出来ようはずがない。それほど
金融機関も一般債権者も甘くはない。そのためには、「事業は舟板一枚下は地獄」
を前提に《戦略的防御の構築》を中長期的に作っておくしかない。私の見立て
では7〜8割が、「本当は危ない、夜逃げ予備軍」。しかし、それに気付いて
ないため、ことは深刻。私の場合、決断をする3ヶ月前まで、まだまだ大丈夫
と思っていたが、気付いたときには雪崩が間近。
 直感的に即断したため、命拾いはしたが・・
  ・・・・・
2011年11月15日(火)
閑話小題
    * 江戸時代の幸福とは
 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。
<世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、
 負わず借らずに子三人>
 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。
 借金も、何時の世にもついてまわる。最後は、子供の顔でも見て幸せを
 感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると?
<世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人>
 というところ? ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感
 が妄想で不平の上に成り立っているかである。
   * 人生に意味(価値)があるのだろうか
 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、
「自分の人生は何だったのか? 意味=価値があったのか?」等を、
 考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。
 その時点時点で、価値を見出し、それに従って生きているのが人間だが、
 実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。
 ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、
 世の中に価値など無いと知るべきと、指摘している。 キリスト教の教えを、
 弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 
 価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、
 せっかく哲学書を読み続けていながら、今さら、自分の人生に価値=意味が
 あったか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実していたか
 どうかの一点である。その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の
 悪口、陰口を言っている醜さは、結局は自分のことを言っているに過ぎない
 ことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような価値論
 を述べているなど・・ エッ私のこと?いえ、貴方のこと!いや全ての人。
 ・・・・・・・
3521, 我が家に新しいTVが  −4
2010年11月15日(月)
 「新しいTVが入って2〜3ヶ月経ったら、居間の世界が変わるぞ」と、
家内に言ってから三ヶ月近くが経つ。そして、予測とおりテレビの見方が全く
変わってしまった。 これまでのテレビとは別物のマシーン。ニュースか
スポーツの生番組以外は録画に軸が変わった。そのためか居間での時間が
二倍以上面白く、充実をした。
* 画面と音響が格段に良くなった他に、地デジを全てを自動的に25時間
 録画するか、19時~23時の四時間×6日間(変更可)を自動録画する機能
がよい。これが一番の売りだったが、実際に利用する前は何で地デジの全番組
を録画するのか?不思議だったが、実際に使ってみると、これがよい。
ゴールデンには必ずといってよいほど面白い番組がある。しかし当日の地デジ
は殆ど見ることはない。見るのはBSか録画。録画のものは面白くなければ、
その場で消す。平日の18時半〜21時は、せいぜい二番組しか見る時間がない。
当日のベストは後にして、これまで録画をしたものでベストのものか、
ゴールデンタイムの過去6日分の中から、面白そうなものを選び、面白く
なければ、他を見る。 改めて過去のゴールデンタイムの番組を見て面白い
ものが冷静に選ぶことができる。そのため面白い番組の選択枠が5倍以上に
なった。トピックスなどはそれを早送りで見る。
* マシーンが変われば品変わるで、歌謡ショー、映画、次にボクシング
 などの格闘技、プロ野球が格段に臨場感が出たため、内容が数段良くなって
 見える。 家内は三日に一度は「凄い!」という。 要は一画面の情報量が
 格段に増えた分、臨場感がアップした。それが感受性を更に高めている。
* 先日、松田聖子のスタジオの(観客無しの)ワンマンショーの録画を
 観たが、二時間テレビに釘付けになった。ハイビジョンを意識して構成されて
 いて、音響とステージの色彩が幻想的。 それほど好きでもない歌手のショー
 に引きこまれてってしまった。次々と光と色彩が音楽に合わせて変化をし、
 全く飽きさせないショー。これほど幻想的画面を見るのは実のところ初めて
 といえるほど。映画館で最近観たマイケル・ジャクソン(オルテガ監督) 
 最後のコンサート「THIS IS IT」のリハーサル映像があるが・・ 
 また「生」で世界のショーを幾つか観てきたが、いずれもステージは臨場感。
 それが音響を含め数倍になったということ。所詮は、人生を振り返れば
 夢のまた夢。虚構は虚構で!
 (この下の方に、8年前にパイオニアのPDPのTVを入れた時の感想がある。)
  


5357,閑話小題 〜大学の同級生が次々と!

2015年11月14日(土)

  * 再び、腰痛談義 
 軽い慢性腰痛だが、時に重くなる。20分以上歩くと腰全体が重くなる。
週三回のヨガが、自己治療の役割を果たしているが、この季節の変わり目
の鈍重の痛みは気力を萎えさせる。でも腰痛持ちになって半世紀経つが、
一度も医者に行ってない。毎日4〜5時間、パソコンと読書で、椅子に座る
のが一番大きな痛みの要因のようだ。 先日、(ハイキング・登山用)折り
たたみ式の杖を購入したが、流石に、まだ使ってない。 旅先で何度か
使いたくなったが我慢した。歳には勝てないとは、こういうことか。 
  * 大学時代の同級生が次々と!
 7〜8年前から、学生時代の教養課程1〜2年時代の同級会に、毎年、
この時期に、出席をしている。参加人員が入替わりながら20人弱が出席。
参加した頃は、あまり病気で倒れたとかいう話はなかったが、前期高齢者
年齢になる頃から、毎年、その中から、ガン、脳溢血で倒れたという話題が
出てきた。『脳梗塞で半身不随、身体が捩れた姿に、本人の目の前で、
思わず泣いてしまった』等の深刻な内容。ところが、先日、武澤ゼミ仲間
でもあった幹事からの開催案内の電話が入った。 いつも同級会の終了後、
人形町から東京駅までタクシーで三人で同乗していた二人が倒れたという。
『N君が二番の脳梗塞で一月に死亡。S君が膵臓ガンで手術。他にM君が、
そして実は、自分も来週、手術予定』と、絞りだすような電話。
寒々しい内容だが、「他人は先、我は後!」など、言っていられないのが
古希、70歳の峠。この坂道、平坦でないのは頭で分かっていたが、
中野君が他界していたとは。 ご冥福を! 川柳に、自分の番になると、
~今までは 人のことだと思ふたに 俺が死ぬとは こいつぁたまらん~
・・・・・・
4992,暴走する世間 −8
2014年11月14日(金)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  *「IT世間」の登場
 この随想日記(自分の覚え書きや、読書感想、つれづれの思いなど)
の公開を13年以上も続けてきた。せいぜい50〜60のアクセスと思い込んで
いたところ、10日ほど前に、フォロー用の「Hatena]のブログが300
近くのアクセスがあることに気づいたことを先日書いた。
これと二つのブログを加えると350以上のアクセスがあることになる。
身近な50〜60だと「IT世間」になるが、350以上だと「ITネット社会」
になる?と・・ いや、この程度の数は「IT世間」でしかないか。
この発信もあってか、群れたいとか、寂しいとかが皆無に近い。人間は、
誰かに自分の話を聞いて欲しいのである。70年も生きてきたお陰で行蔵は
充分あり、考えることも、読みたい本も、行ってみたい世界も山ほどある。 
その独り語りを、ケータイやパソコンなどのITの端末から発信出来、
かつ様々なブログをみることが出来るのだから有難いことだ。
しかし、その反作用で「世間」しか持ち得ない日本では、IT社会がIT世間
として、プチ世界を更に小さくしているようだ。このブログも同じようなもの? 
     ーその辺りからー
≪ 日本では1980年代以降の「過剰商品化」によって、「ある限度」をこえた
 市場化ー商品経済化が生じ、その結果として、子どももふつうにケータイを
もつことになった。これは西欧社会と比較しても、ケータイの普及が日本では
いわば臨界点にたっしていることを意味する。しかしケイタイの普及によって、
人びとがウェブを介して世界の人間とつながることができるようになったか? 
そんなことはないはず。日本おけるケイタイのつかわれ方は、むしろ狭い
「世間」をますます狭くするように「世間」を再生産してる。いまや小学生が
ケイタイをもつようになって、それが「いじめ」につかわれることが問題に
なっている。ケイタイの登場という技術革新で、日本に新しい人間関係が
生まれたか。答えはノー。「日本ではケイタイの普及で、個人をベースとした
社会的交渉が成立している欧米にない、IT化された世間の付きあいが
生まれるに至ったのだ」といい、それを「IT世間」と名づける。
 つまり、いかに新しいツールをつかおうが、そこに形成される人的関係は・
西欧のように個人が集まってできる社会ではなく、あくまでも個人が存在
しない「世間」である。ケイタイもまた、この日本の「世間」を変えるチカラ
をもっていない。逆にいえば、「世間」はそれほどつよく日本人に根づいて
いるということ… ≫
▼ リアル世界の上に、ネット世界が別に出来、それがリアル世界を
 コントロールを始めている。しかし、リアル世界で「世間」しか持てない
日本では、ネットがリアル世界の「世間」を、更に狭くしている。
この随想日記も、「社会」に向け公開していたつもりが、身近な世間様に
向けての「IT世間の独り語り」でしかなかったのか,そして狭い世間を
更に小さくしていた? つくづく・・(_ _Paと思うが、今さらか!
・・・・・・
4625, デフレの真実 ー金持ちの本音
2013年11月14日(木)
          ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎(著)
「君は一万円札を破れるか?」の対極の要素が多い内容で、お金を考える点で
面白い。3億持てば、3億。100億持てば、100億の世界が開けるのだろうが・・ 
   ーアマゾンの内容紹介ー
《 消費税率を上げる前に、デフレからの脱却を図るべきだ! 増税路線に
 対する国民からの反発は大きい。また野党も執拗に批判を繰り返す。しかし、
増税路線は決して止まらない。そしてデフレも止まらない。それはなぜか?
経済政策の間違いでもなんでもない、庶民が知らないデフレの真実を森永卓郎
が明かす。金持ちの論理から日本経済を読み解く、初めての「金持ちによる
金持ちのための経済学」。申し訳ないが、庶民は、出入り禁止だ。 》
 面白い本だ。10年間、ひたすら働き、遊ばないで三億の金を貯めて、
一応、金持ちの仲間入りをして、見えたことは、一握りの金持ちに有利な
社会システム。だから「まず年収分を、次に三年分の預金を!」という。 
まずは、=アマゾンのレビュー=より
【 金持ちの立場から日本の経済状況を解説する一冊。消費税引き上げやTPP
 など政府の方針は、どれも「金持ちの金持ちによる金持ちのための政策」だ
という。デフレで一般庶民は生活が楽になっているようだが、実は借金のある人
には不利な状況だし(家を住宅ローンで買った人は特に)、一般人の年収は
ずっと下がり続けるだろう。金持ちは、数年後にくる暴落時に、土地や株を
買い占めることでさらに儲けることができる。その後には、アメリカのような、
乃至、日本の明治時代のような超格差社会がやってくる。我々にできることは、
とにかく節約して、キャッシュを貯め、来るべき暴落に備えることらしい。】
【✩プロ野球の一流選手だって同じこと。監督とコーチの指示を受けなくても、
 試合展開を読みながら、自分のポジションでやるべきことを理解して動く。
 それができない二流選手は2軍に落とされ、やがて解雇される。」 
✩ デフレを止めようとしなかった論理として、地価が下がり、二束三文で
 叩き買いまくった後、インフレを起こして「貧民はインフレになっても
 賃金が上がらず(スタグフレーション)、富豪は持っているモノの価値が
 上がって大もうけ。さらに株などで”カネがカネを生む”生活をして
 ますますもうかり、”貧民はその子孫も貧民、富豪はその子孫も富豪”
 にする社会づくり」を目指す。消費税増税、デフレ問題、TPPなど、
 お金持ちのためになされている政策である。】 
【 金持ちの視点からみた経済政策。 この金持ちを「米国」に置き換えると
貧乏人は「日本」。さらに金持ちを「米国を支配する者たち」に置き換えて
みれば貧乏人は? 対象をもっと広げて「世界全体」に目を向けると・・ 
我われほとんどの人類は「貧乏人」に分類されてしまう! 
金持ちは「マネーメーカー」のみ!!】
▼ 資本主義社会は、金持ち=善、貧乏=悪、という洗脳がされている、
 が「君は一万札を・・」の主旨。著者が10年かけて3億の現金を持ってみて、
社会構造が金持ちに有利で出来ていることを実感した!という。バブルの頃、
会社の預金を含めて3億近く持ったことがあるが、豊かさの実感はゼロ。
そして、今は色いろあってゼロだが、貧しいとも思わない。
やりたい事を、しつくした手応えがあるのと、年齢もある。
しかし世の中、8割がたは、金で解決できる厳然たる現実がある。
残りの2割に、人生の8割の価値があるというが・・・
・・・・・・
4260, しまった!  ー9
2012年11月14日(水)                 
  * 人は誰も人並み以上と思うもの ーしまった!
      「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
 色いろな挫折体験から学んだことは「自己能力の限界の設定」。しかし、
その設定さえも間違えてしまう。それだけ、自分のことになると見えない。 
若い女性の場合、これが極端に出る。若いだけで周囲が特別視するが、それは
束の間のこと。そこで若さを失うにつれ表面的な化粧や衣装で若く見せようと
するが、その衣装と化粧代は膨大になる。自分を人並み以上と思うのは、
まだましで、特別な存在と信じて疑わないのがあまりに多い。
  ーその辺りを抜粋し考えてみるー
≪ スポーツジム会員は、自分が期待する回数の半分程度しか通っていない。
 大半は回数券の方が得なのに会員権を買っている。統計からみると、
月会員の八割ほどが、利用ごとの支払いにしておいた方が得という。 
何故そうかというと「要するに自信過剰。自分が出来ると思っていることと、
実際に出来ることを混同している」のである。その原因の一つに、ジムに
行かない理由を、何かのせいにすることが多い。そのため、フィードバックが
効かなっている自覚が無くなってしまう。同じような結果が、兵隊の射撃の
予測と結果に現れている。大方の兵隊は射撃がうまいと思っているが、
実際に射撃をすると、大きな差が現れる。75%が予測より下で、25%以上
が、あまりに下手で不合格の成績に終わっていた。
気象予報官についても、経営者についても、同じ。奇妙なことに課題が難く
なる職業ほど、自信過剰のレベルが下がるのではなく上がる傾向にある。
困難が過大になるほど、自信過剰がもっと高まるのだ。・・・どうして、
このような自信過剰過多の幻想が出てくるのかというと、情報の持つ魔力、
というのが答えである。情報を読めば読むほど、知識が増えたと勘違いをする。
だが、実際には、そうとは限らないのである。それは見聞ではなく、
自信が増しただけ。情報化過多の落とし穴が、そこにある・・・ ≫
▼ 自信過剰自体は問題がないが、現実の自分に出会ったときに歪みが出て、
それが他人の弱点を見つめ攻撃に向かった場合、それは回りまわって自分に
返ってくる。それが嫉妬や怒りに転化して怨恨になっていく。だから不幸が
ついてまわる人には近づかない方がよい。あるいは自分が不調な時節には、
孤高を守るべきである。不幸タイプの人は、必ず、その正体を現し、恩を
仇にして返す。それを品性の低さというが、それが更に自らを貶めることに
気づかない。「人並み以下の人ほど、自分を並以上、いや特別な存在」
と思うもの。だから、お世辞が人間関係の円滑油になる。逆にいえば、
恵まれてない人ほど注意し大事にしなくてはならないことになる。
特に若い女性と青年と熟年には・・ そうすると自分を大事に扱わなければ。
・・・・・・・
3885, 平等と公平
2011年11月14日(月)
 最近、平等と公平に対する議論を多く目にするが、その辺の哲学か理論
があるはずと思っていた。ところが、小川仁志著「人生をやり直す哲学」の
中で、ロールズの『正義論』が紹介されていた。その概略というと、
≪ ロールズは、ハーバード大の教授で、アリストテレス以来の政治哲学の
 復権を図った人物で、その『正義論』は、その後の正義に関するあらゆる
言説、あるいはリベラリズムの議論の機軸になったと言われている。
リベラリズムとは自由主義のことを言い、物事の価値の中立性をとなえる
立場である。分かりやすく言うと「善に対して正の優先性」をとる立場。 
本来は平等など我われの世界には存在しない。全てが不平等である。
金持ちと貧乏人、才色兼備と、そうでない人など比較すれば全てが不平等に
出来ている。情報化などで一強多弱が進むと、その格差は社会的歪を生み
出してくる。そこで問題になるのが平等と公平の問題になってくる。
それを克服するために正議論が出てきている。正義の二つの原理、すなわち
「平等な自由の原理」と「機会均等」である。
◎ まず第一原理ー「平等な自由の原理」とは、<各人は基本的な自由に
 対する体系に対して平等の権利を持つべきで、この自由の体系は他者と
 両立しなければならない>という原理である。自由に関して誰も平等で
 あるべき、ということ。
◎ 第二原理とは、「社会的、経済的不平等は次の二つの条件を満たして
 いなくてならない。
(a)「社会の最も恵まれてない人の状況を改善すること」、
(b)機会の公正な均等という条件の下で 全員に開かれている公職や
 地位に伴うこと」の二つ。≫
▼ 競争条件の前提として、自由度と機会平等の権利を持たすべきという
 ことになる。資本主義も、社会主義も、家系の知力、資金力で、競争前提
が全く違っているのが実情。それが、そのまま、社会的格差になっている。
中学校の同級生の、その後の人生を見ていると、その時の家庭の格差の拡大が、
その後の人生に見えている。(但し、何事も例外はある)
ロールズの言わんとする趣旨は、道徳的議論、つまり善悪の「善」よりも、
手続き的な正しさの「正」を優先させるところにある。それを守るために、
これらの原理と、その都度の判断を比較して、公式そのものの妥当性を
チェックすべきとしている。「平等は無理としても、公平であるべき」
というが、しっかりした二つの原理の社会的前提がなければならない。
現在、情報化で社会的不平等が露出されてデモが多発している。これは
「平等と公平」の問題を訴えているのである。そこで、この『正義論』が
大きくクローズアップされている。自由人平等と博愛の問題は、そう簡単
でない。明治以降、日本が世界列強の一つになったのは、家柄より学力、
学歴を最優先したからだ。 二つの原理が明確に当てはまる。
・・・・・・・・
3520, 電子書籍は、その後どうなった?
2010年11月14日(日)
 iPadで火がついた電子書籍は、その後、どうなったか?が、読売新聞
で特集をしていた。また一昨日の朝のNHKニュースでも取り上げていた。
5月末に発売されて半年で、トピックスとしても丁度良いタイミング。
私も秋口11月頃と発売当初に考えていたが、各社メーカーが年内に出揃った後、
比較してからにした。それとまだ電子ブック・ソフトの販売網も充実をしてない。
 4年後にタブレット式パソコンが二億台も普及するという。戦士書籍だけで
なく新聞、雑誌も、ブログ、ツイッターも、ここから見ることになる。
これまでの隠れネット難民も、その使いやすさから使い出すだろうから、
社会的には大きなインパクトを与える。例えの話だが、村上春樹が自分の
小説をブログから直接販売も可能になる。映像ではYoutubeが自分撮った
ビデオを、直接投稿をしている。良い内容のものはネット上の口コミや
視聴ランキングの多さで、一瞬に世界を駆け巡るので、直ぐにスターになれる。
既に、ここから多くのスターが出ている。
 タブレットは電子書籍専門のものと、他の機能が入っているタブラットと
大別される。多機能のiPadは、半年で700万台売れた。その使用場面が居間と
外出先の電車やレストラン。多くのメーカーが、それぞれの機能の特徴を前面
に出した機種の出現が楽しみ。思いもよらないソフトも出てくるだろう。
既にアコーデオンの鍵盤を画面に映し出し、演奏できるものや、パソコンや
iPhoeにある自動車運転ソフトを使い、他の誰かとレースを競うものとか、
カラオケ端末機能とか、数年後には、日常の当たり前の端末になる。
その反面、雑誌、新聞、書籍などが激減することになる。レコード店など駅前
商店街が消滅していったように、新聞、雑誌、地方TV局など多くが淘汰される。
これもインターネットの渦の一つ。
 ・・・・・・・・・
3145,高速道路千円の仕掛け人
2009年11月14日(土)
 学生時代のゼミの一年下の松下さんと、以前に「新潟を活性化するに
如何したらよいかと大和総研に頼まれたが、何か知恵がないか」と電話が
あったので、「 新幹線を新潟駅から飛行場近くまで延長して、東京駅から
直接乗り込みの飛行場を持った環日本海都市として売り込めばよい。その沿線
には中国、ロシア、朝鮮の特区地区としてパスポートで出入りする地区を
つくり、工場などを誘致して、それで足りなければ、高齢者などの施設を
つくって首都圏の補助機能をつくり、元もと天領だった特性を、そのまま
利用すればよい。現在、新潟駅再開発が動き出したので、その延長として本気に
ならないと、北陸新幹線が完成したおりに、幹から枝葉の地区に取り残される。
これが最後のチャンスと思うよ」と、軽く答えた。 ところが数日たってから、
その話を新潟県のエライサンに直接話して欲しいということになり云々・・
話は長くなるので、これはこれで終いにするが、その松下さんが道路経済学を
一人で長年かけて学んできて、現在では、その道の権威者。「高速道路の千円」
の大元の理論家。更に無料化の流れを彼がつくったというから、尊敬に値する。
その彼が、民主党が天下を取ったら自分の理論が政策に取り入れられ、大きな
役割を与えられると数年前に言っていたが、その時代がやってきたようだ。 
先週に彼から、週刊エコノミストに大きく取上げられたとそのコピーが同封
されてきた。 早く言えば、「思い切った高速道路の値下げが、大きな
経済効果をもたらす」という、英国学者の理論を日本に紹介したもの。
彼の著書「道路経済学」も、なかなか説得力がある。「過剰な高速道路を、
世界一高い値段の料金を無料化をして、皆で使いましょう。大部分は、
ほとんど使ってないのだから」というのも一理ある。それを先読みして、
コツコツ学んできたのだから・・ ー以下は、コピーの礼状である。
  ー松下文祥様ー
前略、 送っていただいた資料、さっそく拝見しました。高速道路の料金
一律千円、松下さんの出版された本が出発点だったようですね。近くの岩室温泉
や月岡温泉などのリゾートホテルが潤っていると知人から先日、聞いたばかり。
また、民主党が高速道路の無料化の方針も、やはり貴方の理論的裏づけがある
ようですね。 貴方の長年の地道な努力が、こういうカタチで花咲くのは同じ
ゼミの出身者として誇りに思います。恐らく、戦略会議の一員にも推挙されて
いるのでは?と思いますが・・《以下、字数の関係でカット。2011年11月14日》


5356,そこに困っている人がいれば ーベストエッセイ ①

2015年11月13日(金)

           ーベストエッセイ 2015(文藝春秋)ー
  * そこに困っている人がいれば ー角田光代
 毎年のベストエッセイを特集した単行本で、面白いのが揃っている。
その中からランダムに面白いエッセイを幾つか紹介する。物書きのプロは
流石と、思い知らされる。このエッセイに、タイの仏教色が滲み出た国民性
が、色濃く表現されている。江戸・明治時代は、こんな仏教色豊かな空気が
日本にも漂っていたのだろう。 〜その辺りから〜   
 ≪ 完全な仕事で、遊べるような時間どころか、ゆっくり食事をする時間も
 ないほどのせわしなさだったのだが、数日間、バンコクにいった。タイに
初めていったのは一九九一年。もう二十三年も前で、以後、七度訪ねてきてる。
町はどんどん変わる。スカイトレインができ、地下鉄が走り、ピンクのタクシー
が多く見られるようになり、飛行場も場所が変わった。毎回、驚いている。
 二十三年前の旅は、私にとってははじめての自由旅行だった。宿もいき先も
決めない、一カ月の滞在だった。私がその後、二十年以上ひとり旅を続ける
ようになるのは、あの旅がすばらしかったからだ。何がすばらしいって、人。
食事もおいしい、光景もすばらしい、ものすごい体験もたくさんした、けれど
魅了されたのは、すれ違うだけのような関係の、多くの人たち。地図を開けば、
何か困っているのかと人が近づいてくる。ここにいきたいと伝えると、自分は
用もないのにいっしょにバスに乗りこんで、目的地で下ろしてくれる。炎天下、
バスがくるのをいっしょに待って、運転手に私の目的地を説明してくれる。
あまりのバスの混雑に辟易していたら、席を譲られそうになったこともあった。
目が合うと、みんなにこっと笑う。
 それから訪れるたびに、町の変化と同様に、人の顔つきも変わってきた。
バンコクはどんどん大都会になり、人の顔つきも都会のそれになった。
町も人も、洗練されたのだと思う。 パリとか、ニューヨークなんかと同じ
ように。そうした都会では、旅人がひとりで歩いていても、ふつうはだれも
声をかけてこない。と、思っていたのだが、今回、びっくりすることの連続。
方向を確認するために地図を開くと、「どうした、どこにいきたいのか」
と歩いていた人が近づいてきて、ていねいに道案内をしてくれる。ある場所
をさがして迷いに迷い、店番をしている人に訊くと、「こっち」と歩き出し、
目的地まで連れていってくれるではないか。なんにも変わっていないと、
驚きをもって思い知った。なぜ、都会的に洗練されたなんて思い込んでいた
のだろう。私が旅した二十三年前に生まれてなかっただろう若い人たちも、
戸惑う位親切で、あたたかい笑顔を見せる。ありがとう、とタイ語で言うと、
「まいど!」と笑顔と日本語が返ってきたりする。
 バイクタクシー乗り場をさがして、あるビルの駐車場にいたスタッフに、
乗り場が近くにないかと訊いた。バイクタクシーでどこに行くんだ、と彼が訊く。
私は目的地を言った。地図には載っていないムエタイジムだ。その彼は、
場所は知らないがジムの名だけ知っていると言い、ついてきてと手招きをして
歩き出す。どこにいくかと思っていると、車の走る大通りに出て、空車を
見つけては手を上げる。止まったタクシーのドアを開け、運転手にムエタイ
ジムの名を告げる。みな知らないらしく、首を横に振る。この人、私が
とめないと、ジムを知っているタクシーがあらわれるまで、えんえんと、
タクシーを止め続けてしまう! 自分の仕事を放ったまま、と気づいた私は、
もういいんです、だいじょうぶです、自分でさがしますと彼に伝えた。
いいんです、戻ってください、ありがとうございますと言い続けると、釈然
としない顔つきで、彼は駐車場に戻っていった。この国の人たちは、困って
いる人を見ると、平気で自分の時間と労力を差しだすのだ。
 二十三年前からずっとそうだ。だれかを助けたなんて彼らは思っていない。
そうして助けられた日本の若い女が、その後、人において圧倒的な信頼を持つ
に至ったなんて、考えることもない。例のジムは、その後にさがしあてて
乗ったバイクタクシーの運転手が、すれ違うバイクタクシー仲間にさんざん
訊きながら、なんとかたどり着いてくれたのだった。「文藝春秋」九月号}≫
▼ フィジーでも、その国民性の純粋さ、暖かみに驚かされた。
 イギリスから独立した国で、欧米と南太平洋の大らかさが、ほどよく
ミックスされている。近くにあるフランス領ニューカレドニアとは、
えらく違う空気。何か地中海の飛地にいるような感覚で、原住民は、
片隅に追いやられているような。海産物や果物など自然の幸が豊かで、
キリスト教が、プラスに働いているようだ。天国より、煉獄が似合って
いる私など、10日もいれば飽きあきするのだろうが。
・・・・・・
4991,暴走する世間 −7
2014年11月13日(木)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * なぜ日本の男はマザコンなのか
 世間が、そのまま家庭に入り込んでいるため、そこにあるのは甘えの構造。
その延長を男は、酒場の女将に「ママ」として求める。マザコンは、どこか
乳離れしない母子関係の名残。 ーその辺りからー
≪一般に日本では、恋愛が恋愛として完結しない。恋愛関係はいずれ壊れるか
壊れなければ「母子関係」に移行するかのどちらかになる。奇妙なことに、
日本の家庭で夫婦がお互いをよぶときに、「ママ」「お母さん」や「パパ」
「お父さん」がつかわれる。子どもが親をよぶときの名前が、そのまま夫婦の
呼称になっているのだ。これは、そもそも夫婦がお互いに個々の人格として向き
合っているのでなく、あくまでも子どもを媒介として向き合う関係を示している。
そして面白いことに、飲み屋のおねーさんや、バーの「ママ」、クラブの
「ちーママ」も「ママ」。つまり夫の場合、家庭の外に複数の「ママ」が存在
することになる。妻に家庭外に「パパ」がいることもあるかもしれないが、
それは、愛人関係など特殊な場合だろう。妻にとっては、家庭での「パパ」は、
ただちに「父子関係」を意味しない。だが夫にとっては、家庭内外での複数の
ママとの関係は「甘え」の関係であって「母子関係」を意味する。ようは、
男はいわば複数の「家庭」をもってることになる。さらに夫の側が、家庭は
「癒しの場」や「憩いの場」だというときには、根底にはこの「母子関係」
がある。つまり、自分が癒される場所、憩える場所だと考えている。
しかし妻の側にとって、家庭はあくまでも「夫を癒してあげる場所や、夫を
憩わせる場所」なのである。そこにある癒される自分のちがいは決定的である。  
阿部さんは日本では、西欧のような「個人の時間意識」ではなく、
「共通の時間意識」があるため、母親と子供の関係も、母親が90,70歳
でも、息子は息子であり、いくつになっても、母と子の関係が続く。 ≫
▼ 日本の夫婦間の喧嘩で常に妻から出る罵声、『マザコン!』。
 外向きは亭主が上だが、内情は、妻のほうが上位にある。これは「母子関係」
が、知らぬ間に夫婦間に移行したため。私など、マザコン、ファザコンの上に、
4人の姉の存在もありシスコンが加わる。これが悲しいかな大家族の末子の宿命。
家の中は「憩いの場」は一切なく、常に緊張をした「集いの場」で、無言で
大人しくするしかない。そう自分とは、家庭内の他者と、家庭外の他者から、
形づくられていることが分かる。健全な家庭こそ、全ての基本になるが、
ファザ、マザ、シスコンの歪んだ私が健全の家庭をつくってきたのだろうか?
ところで健全な家庭って存在するのか?程度の問題? マザコンとファザコン
が絡みあった二人が家庭をつくるのだから、それは大変なことである。
・・・・・・
4624, 夫婦格差社会 ー1
2013年11月13日(水)
 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他)
図書館の中公新書のコーナーで、この本を手にとって、てっきり夫と妻との
格差と思った。私など今では妻との立場が逆転、家内の家に年金を収めて
住まわせてもらっているよう。ママ(ババ)リッチ、パパ(ジジ)プアー。 
ところが、これは家庭間格差の問題。現在、パワーカップル(夫婦共に医師など
の高学歴・高収入世帯)と、ウィークカップル(非正規労働同士の低収入世帯)の
二極化が進んでいる。嫌な話だが、学生時代の欧州旅行で知り合った友人たちの
相手は、誰もがつり合いのとれた?家庭環境で、間違えてもシンデレラ物語の
相手でない。病院で、医師と看護婦の職場結婚が案外少ないのと同じである。
医師同士か、その収入レベルの出身者になる。女性の選択基準は、学歴と、
所得、家の資産状況、そして容姿になる。まずは互いに釣りあった条件の相手
を求めるのである。 卒業間近に「学生時代に伴侶を見つけるのが最良」と
気づき、半年の間、友人に頼んで探したが間に合わず? 今から振り返ると、
居ないことはなかったが、それが誰かを判断し、決断する能力が無かった、
ということ。それより、覚悟が出来たのが結婚をした27歳。事業創業を
目指す!と決めていたことが、相手の選定に大きは壁になっていた。
それと四人の姉と遜色ない相手の中で、なびく女性を探し出す能力と自信が
なかった?(シスコン?) やはり、一番面白い20歳から26歳に、独り者
の方が良かった?と言える。「結婚とは一人以外のすべての女性との(結婚の)
可能性を捨て去ること」という格言も効いていた? 二度とない、あたら
青春を早そう捨てることもない。 人それぞれだが・・ 
  まずは ーアマゾン〜内容紹介ー
〔 格差が拡大しつつある日本。家族の最小単位である「夫婦」もその流れに
 拍車をかけている。さまざまなデータに基づき、日本の夫婦の今を探ると
 見えてくるのは、夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさ。
 医師夫婦に代表されるパワーカップルと、対極にある若いウィークカップル
 など、興味深い事例を紹介。 また、結婚できない人たちから、離婚、
 そして地域差まで視野を広げ、夫婦をめぐる格差を考える。 〕
ー目次ー 第1章:夫の所得と妻の所得   第4章:結婚できない人たち
    第2章:どういう男女が結婚するのか 第5章:離婚による格差  
   第3章:パワーカップルとウィークカップル 第6章:地域差を考える
▼ 目次からみると、日本の結婚像と夫婦像を分析する構成でなっている。
 東大卒女性104人の結婚相手の大学の内訳や、早慶卒の相手の学歴の傾向、
中卒男子の相手の学歴?とか、離婚率は欧米では高学歴ほど高く、日本は真逆
とか、著者の教え子の女子学生?が補佐したこともあり、切り口が醒めており
女性週刊誌的で面白い。子供の頃から姉達や、実家が商売をしていた環境の中、
若い女性に多く接して、年頃を過ぎた後の変容の激しさを見てきたこともあり、
選定には用心をしたが、その結果が? 互いに(●≧Å≦):(/ェ\。))である。
結婚は百人が百人、そうだから? 書けるが! ライオンのメス集団の
ボス・オス選び以上に、女性の場合、結婚相手の選択にシビアになるのは
自然のなせる技。世間でいう階層をアップする最初で最後の機会、自分の特性
を最大限にアピールをして売り込むしかない。それが、つり合いの取れた
チョット上の相手。 ーつづく  で、結果が、以下の文章になってしまう。 
 ーこれも、たまたま偶然だがー 
・・・・・・
4259, しまった!  ー8
2012年11月13日(火)  ーしまった! 「失敗の心理」を科学する
                 ージョゼフ・T・ハリナン(著)     
   * 人は、聞いた話を自分なりに綺麗に改変する  
≪学生の被験者に、ある物語を聞かせ、後で、その物語を語らせると、大きく
 歪曲する事実があった。問題は、その話の程度が予想を遥かに超えていたこと。 
全談話の61%に情報の追加、省略、誇張、最小化をおこなっていた。
それを学生の42%しか、認めてなかった。それは学生が偽りだったとは思って
なかったことを示している。・・そのうえ、学生は話を聞き手の好みに合わせた
だけでなく、更に重要なことは自分の目的に合わせていた。特に面白い話の場合、
大幅に誇張したり、うそを加えたりした。後で聞くと、被験者の6割が、その話
に嘘を入れていた。人は談話をするときには、情報伝達をする目的と同時に、
ある目的を達成する手段になるもの、という結果になった。その意味で、対話の
目的とは事実を伝えるのではなく、印象を伝えることだと。もっと面白い作用は
聞き手だけでなく、話し手自身に対するもの。語り手が自分の作り話を、何度か
話しているうちに、作り変えた話が、その人にとっての記憶になるケースが多い。 
私たちは自分の嘘を本気で信じるようになるのである。更に悪いことに、本人に、
その自覚がないことである。≫
▼ 私が小さな地域社会で、アウトサイダーに徹しているのは、これを知って
 のこと。社会学を40年以上、独学してきて、その馬鹿馬鹿しさを知っていた。
逆に、それを独り楽しんでいる自分がいる。割切ってしまえば、これほど面白い
ものはない。B層の、さらに下のC層という何も考えない旧来の価値観から一歩
も出たことのない人たち。彼らにゾンビが多い。彼らは普通の風体をしているが、
中身はカラカラの干物。水気が失われているため、真っ当な人間に対する語り部
になるしかない。彼らの毒は、「作り話」として人に襲いかかる。 襲われ、
その毒に侵された人間は、その瞬間、ゾンビに変身する。そして地域社会の多く
がゾンビ化してしまう。彼らは思考能力ゼロのため、その自覚も無く、屍の
群れは今日も人を襲い続ける。これが城下町レベルでなく、情報化の御蔭で
全国区レベルになっている。
・・・・・・・
3884, マネーボール ーシネマ感想
2011年11月13日(日)
 ブラッド・ピット主演の『マネーボール』を見てきた。最近、シネマが
面白いのがたて続きで、先月から今月にかけて映画漬け。内容の概略といえば、
今までは、スカウトが見つけてきた有望選手を一流選手に育て上げ、有能な
監督が選手を有効に使って優勝に導く手法だった。それを実在のアスレチックス
のGMのビリー・ビーンが「他のチームで埋もれている傷物に近い選手を
一流選手の値段の数分の一で入団させて、その強みを組みあせて有効に使う
手法」を、考え出す。 そのため、当初は敗戦が続き、旧来のスカウトや監督、
選手、そしてマスコミからも袋叩きになる。しかし、ある時期からその理論通り
にチームが20連勝を達成をする。これでビーンは、現在のメジャーリーグの
野球を根底から変えてしまった。それも、10年前の実話を映画化したもの。
最近、弱小チームだったヤクルトが、監督交代と同時に優勝を争うチームに変身
したが、この理論に忠実に沿ったチームの立替えだったかどうかは分からないが、
みるみるうちに逞しいチームになっていった。
 また新潟の野球チームの前監督が、野村監督のデーター野球を引き継いでいた
のを買われて巨人入りをしたと報じていた。 過っての巨人のような一流選手を
金でかき集めたチーム編成で勝てる時代は終わったようだ。この映画を見た
翌日に、巨人の騒動である。この数年のトレードの責任はGMを兼ねている球団
代表にある。特に外人選手のトレードをみて、GMの首は当然と思うのは私だけ
でないはず。  ー 『マネーボール』のHPの内容紹介 ー
< メジャーリーグの弱小チームを“常勝軍団”に作り替えた男、
ビリー・ビーンを題材にしたノンフィクションを、ブラッド・ピット主演で
映画化した「マネーボール」が公開された。「ソーシャル・ネットワーク」
(2010年)でアカデミー脚色賞を受賞したアーロン・ソーキンらの脚本で、
燃える男ビリーと相棒ピーターの孤立無援の戦いが、抑制の利いたタッチで
描かれる。経営難の球団、オークランド・アスレチックスは、スター選手を
またしても裕福な球団に引き抜かれ、ピンチに陥っていた。
ジェネラル・マネジャーのビリー(ブラッド)は、イェール大で経済を専攻
したピーターを引き抜き、球界の常識を完全に無視したデータ主義による
チーム作りに乗り出す…。打点や本塁打の数より、出塁率や長打率を重視し、
低コストで人材をかき集めていくビリーに対し、ベテランのスカウトたち
から強い批判が集まる。そのビリーには、かつて巨額の契約金を提示され、
大学進学をあきらめてニューヨーク・メッツに鳴り物入りで入団、その後、
芽が出ずに退団した過去があった。>


5355,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑥

2015年11月12日(木)

    * 人生は人性なのだ
 あまりにエゲツナイ内容で、取り上げようか迷ったが、今さらと取上げた。
 大僧正、シバレン、坪内寿夫、梶山と当時の主だったフルメンバーのクセの
 強い人たちとの交友が出来た島地は、幸せだ。
≪・シマジ: ミツハシはまだまだ甘い。女性は男性と違って、何歳になっても
 セックスが可能だから性の問題は奥深いんだよ。これはずっと昔の話だが、
 八十三歳の松山の老芸者が、来島どっくの坪内寿夫さんに「私はもう二十年
 以上、男さんに抱かれていません。もう長くない命ですから、死ぬまでにもう
 一度抱かれたい。私を抱いてくれる男性を紹介してくれませんか」と懇願した。
 そこで坪内さんは今東光大僧正とシバレン先生に相談した。さすがの大僧正も
「おい、坪内、俺より年上か……。二人して死んじまうぞ」と丁重に断られた。
 シバレン先生も「そりゃ無理だ」となって、二人が顔を見合わせて
「梶山だな」と意見が一致した。そこで梶山さんが呼ばれたわけだ。
・ミツハシ:『赤いダイヤ』や『黒の試走車』を書いた当時の大流行作家の
 梶山季之さんですか?
・シマジ: そう。梶山さんの女好きは規格外の怪物だったからね。
それで、老芸者を坪内さんが経営する奥道後の温泉に入れて、十分に体を
ほぐさせ、梶山さんがお相手を務めたというわけだ。翌朝、大僧正とシバレン
先生が「おい、カジ、昨晩はどうだったんや?」と訊いたら、梶山さんは興奮
気味にこういった。「いやあ、女というのは恐ろしいですね。八十三歳でも
大洪水になって、雄たけびもすごかったです」
・シマジ:ミツハシはまだまだ甘い。女性は男性と違って、何歳になっても
 セックスが可能だから性の問題は奥深いんだよ。≫
▼ こういう毒にも薬にもならない話題は、刺激の少ないボンヤリ生活に
 とって一番。男は、その点、無理なものは無理。
〜達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」 禅言葉〜
 ・・・・・・
4990,暴走する世間 −6
2014年11月12日(水)
     {暴走する「世間」―世間のオキテを解析する}佐藤 直樹(著)
  * 家族の解体の原因とは
< 日本の「家族」は、世間様の「贈与・互酬の関係」の共同幻想に侵食
 されていて、元もと解体されていた> という論旨は、身近を見れば納得
できる。特に世間に生きる女性の場合、連添いで人生が大きく変るため、
「贈与・互酬の関係」にシビアになり、相手も商品と同じ?ように選定する。  
  ーその辺りからー
≪ 高度消費社会がもたらした「過剰商品化」によって、なぜもかくも、
 やすやすと家族が解体されたのか、それは一部例外を別として、日本には
市場原理に対抗できる近代家族、愛情原理が存在しなかったためである。
この家族の解体に大きな役割を果たしたのが「世間」であった。
その本質は共同幻想だが、ある場合には社会を意味し、ある場合には、
親族や家族を含むという、極めて曖昧な共同幻想である。 世間体が悪い、
という世間とは、「公」であるが、日本では家族もまた「公」と考えられる
ので、ヘーゲルのいう愛情原理で構成される家族と、市場原理で構成される
対立は存在してない。家族は「世間」という共同幻想に侵食されていて、
高度資本主義=高度消費社会によって「解体」されるまでなく、あらかじめ
「世間」によって、解体されていたのである。 ・・(略) 
 日本の夫婦には愛情がないためなのか?たしかに男女の恋愛はない。
恋愛は、個人の存在を前提とし、しかも二人の間が平等であることを前提に
するが、「世間」の中では、男女の間でも「平等な個人」は存在しない。
「世間」には「目上・目下の関係」という差別性原理があって、さまざまな
男女差別は、これから起因しいている。 例えば、夫婦茶碗や夫婦箸が、夫用
が妻のものより大きい。日本では男女間の愛など、もともと信じなかった?
日本の家族愛が建前、「滅私奉公」になっているが、日本の「愛」は、
「贈与・互酬の関係」があるため、どこかで見返りを求める「愛」となる。
日本人は何か親切にすると、「お返し」を求めるから、ボランティアと
行為が、広まらない。≫    
▼「世間」という共同幻想は、知らないうちに、「愛」や、「家族」の
 ベースに大きな影響を与えている。 そこには、「目上・目下の関係」
の差別性原理があって、少しでも弱点をみせると、襲い掛かってくる。
それに動じないためにも、その本質を見極めてないとウツに陥る。
その防御には、ただボ〜ッした「ぼんやり」の時間と、長年かけた教養が
必要になる。家族の解体の流れ、家族、核家族化、個族化は止まることない。
それを暴走する世間が加速させているとすると、ただ事でない事態である。
日本は国家として下り坂になった。
・・・・・・
4623, 閑話小題 ー創業当初の営業担当の年賀欠礼の葉書
2013年11月12日(火)
  * シネマ・人間資金
 シネマの『人間資金』が期待してなかった分、良かった。邦画で90点は、
私としては高評価。内容といえば、「実は噂のM資金が存在しており、
日米の選ばれた人たちで運営されていた。それも人類の発展のためが建前。
日本の戦後の復興資金にも貸し出されていた。しかし米国の責任者が、
それをファンドで、自分たちのために利用しようとし、日本の責任者と
対立する。その一部の資金で情報端末を某国の国民の多くに配布、それが
国民に有意義に使われて、理想像に近い国家になっていた。しかし、
それを良しとしない米国の責任者が、その国を攻撃しようと企らむが、
ギリギリの場面で、国連の壇上で、個々の国民の生の映像が次々と流され、
その企みを阻止する」というストーリー。もっと、欲と欲の中での
生々しいと思っていたが、最後はヒューマンストーリー。
こういうのも、良いのだろう!
  * 創業時の営業担当の、年賀欠礼の葉書
 実務で創業を始めて40年になるが、10年ほど前から次々と年賀欠礼の
葉書が届くようになった。昨日は、35年前に実家の商業ビルを建替えた
淺沼組の新潟営業所長だった牧野さんの奥さんから、年賀欠礼の葉書が届いた。
3ヶ月前の8月2日に、74歳で死亡、とあった。長岡のビル建設の後、
新潟駅前ホテルを三棟、合計四棟を営業責任者として直接の交渉担当者として
やりあった相手。 酒好きで、重症のアル中。 一時、二千万の酒代のツケが
あるといっていた。ゼネコンの営業は、会社の上司と、施主、現場責任者、
下請けなどに挟まれた軋轢があって、殆どがアル中になるか、ガンでの
壮絶死が待っている、と言われる世界。一緒に飲む分には、これほど面白い
相手はいないヤクザな役割。3〜4年前に、以前の会社の事務所に10年
ぶりに訪ねてきた時には、以前の面影は無く別人のような顔つき。
「ガンが進行していて、長期間、何度も入院、いつ何時、お迎えが来るかも
しれない」と、深刻な顔。互いに、これが最期と別れた。 勿論、そんな
ことは、口に出さないが。 私も、この人との付き合いで、酒浸りの日々が
続いたことがある。逆に、「あれだけ飲んで、74齢まで、生きていたもの!」
というほど、酒浸り。 ところで長岡も含めた事業の当初の親しくなった
営業担当が、半分近く亡くなっている。朝広の五十嵐さん、新潟デザイン
センターの阿部さん、マルヒロ不動産の後藤さん、富士総業の小竹さん、
と次つぎと顔が浮かぶ。亡くなる順番は、来るまで誰もわからない。
全てが夢幻の宴の仲間。辛さ三割、面白さ七割、だった。ご冥福を!
・・・・・・
4258, しまった!  ー7
2012年11月12日(月)                   
         「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン著
  * 状況は「偉大な杖」の如しーしまった!
 私たちは目先の出来事(現象)に、惑わされてしまう。大部分の人は、
目先の周りばかりみて長期的見方をしようとしない。それをするには考え
なければならないが、本質など見知りたくないのである。出来るのは、
他人の表面を見ることだけ。そういう私も同じだが、そのことを自覚して
いると思い込んでいるだけ、タチが悪い。 
   ーその辺りを要約してみるー
≪ 日常の出来事を認知するうえで私たちがいかに「状況」に頼っている
 かである。 状況は偉大な杖だ。私たちは自覚しているよりもはるかに
この杖に頼っている。ハロウィーンの時期に事件があると(ろくに考えも
しないで)ハロウィーンに関係があると思いこむ。たいがいはそのとおりだ。
しかし、そうでないことも多々ある。街角で首吊り自殺が実際にあっても、
ハロウィンの飾りの一つと見てしまう。スキムという法則がある。
情報の表面的理解のことだ。これはベテランの投資家や、音楽家などで
多く見られる。人は得意の分野ほどウッカリミスのスキムしがちになる。
特に集団が暗示にかかった時など、それに大きく左右される。
日本のバブルと崩壊が、その典型的事例である。それを悪用したのが
証券会社。現在、アメリカの金融工学とかで世界中に不良債権をばら
撒き、恐慌一歩手前の金融危機を向かえている。世界の金融機関が状況に
騙されたのだ。ある実験で、催眠中に暗示を与えられ気分が楽くなった人と、
悲くなった人が、それぞれ以下の物語を聞かせた。
【 二人の大学生が仲良くなり、テニスを楽しんでいる。一人は何をしても
 うまくいく楽観論者、もう一人は、何をしてもうまくいかない悲観論者。
後催眠をかけられた被験者たちは、物語を読み終えた時、主役は誰かと
問われた。すると、楽しい気分の人たちは楽観論者に、悲しい気分の人は
悲観論者を主役と感じた方が多かった。】
これが人間。 ≫
▼「幸福な記憶は、幸せなときこそ鮮明によみがえる」のである。
 だから貧してはならない。貧すれば鈍するになる。人は、あまりに
目先の状況に対して隙だらけ。だから考えなければならない。
自ら省みて、考え足らずを思い知らされる。
 ・・・・・・・
3883, 無知蒙昧が老いると、無知老害! ですか
2011年11月12日(土)
 「無知蒙昧」が歳をとると「無知老害」になるというが、成るほど老いて、
つくづく実感する。何事も知っていると知らないとでは天地ほどの開きが
出てきて当然である。それが自覚出来ないのが人間の儚さ。それでも情報機器
の飛躍的進化で私たちは、情報(知ること)が無限に近く入手可能になっている。
とはいえ情報蓄積と、分析と加工のベースがないと、情報が、そのまま通過する。 
知識の蓄積と知恵への変換の基礎教養が必要になる。そのため己の無知蒙昧を
自覚するのが、第一歩。「無知の涙」という死刑囚の執筆があるが、
これは万人の姿。人生を精一杯生きるほど、自分の限界線が鮮明に見えてくる。
何度か極限を見えたことがある。その先は何とか意識的狂気で乗り越えた。
事故死をしたレーサーの名言がある。「誰もが極限まではやる。問題は極限
の先を何処までやるかだ」と。限界を超えようとすることを狂気という。
自分の正気は小さな限界を示している。狂気こそが、その限界を破壊する。 
正気の世界のみで生きている人たちこそ、蔑視に値する人としてみると、
成るほど合点がいく。自分の現在だからである。正気の世界のみで生きた人生
こそ「正気の沙汰」の人生になる。「若気の至りがない人生こそ、若気の至り」
も同じこと。「若気」こそ、人生のヒントが隠されている。この言葉から
「老気」という造語?が浮かぶ。 歳相応の「老気」も悪くはないが、人生
を旅路とすると、最期まで旅そのものを楽しむ「若気」は失わない方が良い。
私たちは、あまりに人生を無意味に生きている。それもこれも、死んで
しまえば皆同じ、と思えれば良いが、心は足りなかった部分にいく。 
それが無知老害になっていく。これ、顔に出るから恐ろしい! 
最近、鏡を見るのが恐ろしい? 
 ・・・・・・・
3518, 不況景色とは、こんなもの? −2
 2010年11月12日(金)
 これまで何度も書いてきたことだが、日ごと娑婆が留まることなく冷え
込んでいると実感。「来年2011年から2012年にかけて世界も日本も大きな節目」
と仮説を立てると、現在の深刻度がはっきり見えてくる。二年前、アメリカ
のプライムローンの債権ばらまきから発した金融恐慌が、本格的に世界経済を
大混乱に陥る時期である。1929年に始った恐慌も大波は3〜4年後の1932年〜
33年度にきている。その一番の大波がまず日本に来る。
アメリカの軍事・金融属国の宿命で、当然といえば当然。悪いことに、
その時期が団塊の世代が大方、年金生活に入る時期に重なる。その引き当て
財源の多くがアメリカ国債などに化けている。 それが表面化すると一挙に
円高から円安に転換し、5〜10年かけて300円まで下がると予測される。
あと数年で国家予算すら組めなくなり、国家の信用失墜となり、長期金利の
上昇をもたらす。不動産は底抜けし、株は暴落、ハイパーインフレが吹き荒れる。
日本がG8の中で最初にデフォルトを起こし、IMFの管理国家として悲哀を
味わうことになる。これが近未来に起こる大波の現象である。現在は、まだ
預金が1400兆円あるというが、それらはハイパーインフレで価値が激減する。 
一部の資産家は金の現物か、香港、カナダか、オーストラリアの国債に替える
等の避難をするが、一般人は丸裸に近い状態というイメージがわく。 
この5年間の年替わりの政権たらいまわしをしてきたツケが、今後10年の間、
さらに低落に拍車をかける。日本の政治システムが激変に対応できない。 
これらを考えると悲観的になってしまうが、これが現実。割り切るしかない。 
これも情報化社会の到来による劇的変化の一現象でしかない。
 ・・・・・・・・
3143,プロ野球の順位予測と結果
 2009年11月12日(木)
毎年、毎日新聞の「記者の目」のコーナーで、スポーツ記者10人による
プロ野球の順位予測が、開幕前に取上げられる。それぞれのリーグに5人
ずつの記者が予測するが、その平均予測順位はセリーグ、巨人、中日、阪神、
広島、ヤクルト、横浜。結果が巨人、中日、ヤクルト、阪神、広島、横浜。 
ヤクルト5位の予測が3位に入れ替わっただけだから、良しとしなければ。
しかしパリーグが惨敗で、予測平均は西武、ロッテ、日本ハム、オリックス、
ソフトバンク、楽天。 そして結果は日ハム、楽天、ソフトバンク、西武、
ロッテ、オリックスというから惨憺たるもの。特に西武が完全に外れ。
その原因はコーチの大久保と、黒江が抜けてチーム全体が緩んだことを
上げていた。さっそく大久保の現場復帰が決定された人事が発表された。 
それと楽天を最下位に5人中3人が予測していたから、これまた大きな
外れといってよい。一位日ハムを予測した者は誰もなく、二位楽天も一人も
予測する者は無かった。野球はチームプレーで、チョッとしたコーチの
配置で、結果が変わってくる。だから、面白いのだろう。
・・・・・・・・・
2778, 世界は一冊の本
2008年11月12日(水)
 次の詩がよい。その中の「本でないものはない。世界というのは開かれた
本で、その本は見えない言葉で書かれている。」 私が秘・異郷ツアーに
魅せられるのは、世界の開かれた本を正しく読めるからだ。それぞれ一期一会
の出会いがあるからだ。そして感動し、考えるのである。生きるとは感動し、
そして考えること。
ーー  
  「世界は一冊の本」−長田弘
 本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。
書かれた文字だけが本ではない。 日の光り、星の瞬き、鳥の声、川の音
だって、本なのだ。ブナの林の静けさも、 ハナミズキの白い花々も、 
おおきな孤独なケヤキの木も、 本だ。 本でないものはない。
世界というのは開かれた本で、その本は見えない言葉で書かれている。
ウルムチ、メッシナ、トンブクトゥ、地図のうえの一点でしかない 
遥かな国々の遥かな街々も、本だ。そこに住む人びとの本が、街だ。 
自由な雑踏が、本だ。  夜の窓の明かりの一つ一つが、本だ。
シカゴの先物市場の数字も、本だ。 ネフド砂漠の砂あらしも、本だ。 
マヤの雨の神の閉じた二つの眼も、本だ。人生という本を、人は胸に
抱いている。 一個の人間は一冊の本なのだ。 記憶をなくした老人の表情
も、本だ。草原、雲、そして風。黙って死んでゆくガゼルもヌーも、本だ。  
権威をもたない尊厳が、すべてだ。200億光年のなかの小さな星。 
どんなことでもない。 生きるとは、考えることができるということだ。 
本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。
ーー
 ローガウの「格言詩」の中に「世界は一冊の本であり、人間ひとりひとりは
活字である。国々は綴じひもであり、時代はページである。」という詩がある。
これを人生という視点で置き換えると「人生は一冊の絵本であり、出会った
ひとりひとりは挿絵である。家族は綴じひもであり、時代はページであり 
筋書きは愛である」という詩ができる。
それにしても、「世界は一冊の本」の詩は、ひとことひとこと胸に刺さる。


5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑤

2015年11月11日(水)

 
   * コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器
 20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、
電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな
緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。
しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに
消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。
  ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます
≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは
 もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。
会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の
震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。
このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも
しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に
話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫
  ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者
≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。
 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で
死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、
声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、
一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。
こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、
人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。
・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。
・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。
 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと
もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて
いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」
 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。
・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。
・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が
 どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。
特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる
だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水
のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら
訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放
されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫
▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、
「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を
前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、
何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、
自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの
友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、
『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という
趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。
話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。
・・・・・・
4989,暴走する世間 −5
2014年11月11日(火)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病!
 ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。
≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの
いう共同幻想であり、
 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、
 ・「一人状況」が自己幻想である。  各々、
それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」
「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」
「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。
「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、
「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。
 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる
幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。
 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、
西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると
すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。
 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも
なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。
うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫
 また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。
≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、
世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、
『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」
という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫
▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。
{さらに多い韓国は先進国に含まない}
 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる
法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている
ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される
ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、
「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ
でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。
私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って
生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。
暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて
いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、
のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は
「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。
・・・・・・
4622, 君は1万円札を破れるか? ー7
2013年11月11日(月)
   * 空観、仮観、止観、そして中観に至る
 空観、仮観、止観、そして中観に至って真の自由の獲得する道筋が
わかりやすく、良い。一つ間違えばアウトローだが。としても、どっぷり
浸かってしまった小さな世界から、一歩も二歩も、外に出ないと「シラミ」
になってしまう。同じシラミなら、外の世界を持っているかどうか、
である。 ライフワークは、そのために持っていなければならない絶対条件。
 ーその辺りをまとめたー{般若心教の具体的解説とみると理解しやすい!}
《 無限に広がる巨大な「網」を想像してください。無数の網目が集まって
 網を成していますが、その区切られた一つの「網目」だけを取り出しても、
それは存在しているといえるでしょうか? いえ、「網目」という実体は
ありません。このように、すべての存在現象は他に依存して「仮」に現れて
いるだけ。本来は消滅増減もなければ色形の区別もない、つまり「空」。
このように宇宙を観るのが、「空観」です。 自分が作り出した欲求が「苦」
を生むのですから、煩悩を捨てていき、すべてが幻想であると理解したら、
心安らかに生きていける、ということ。しかし、人が煩悩を完全に捨て去ると、
人類が滅亡してしまいます。そこで、もう一度、認識されることによって
現れる世界の「仮」の姿を見るのです。これを「仮観」といいます。
 たとえばコップを見て、「水を飲むもの」と認識したら、それはコップに
そういさう「仮の役割」を持たせたということ。同じコップを「水を注いで
花を挿すもの」と認識することもあるでしょう。このように、世の中のすべて
を、役割を持たされた仮の存在と見るのが「仮観」です。
 釈迦がすごいのは、「空観」と「仮観」のどちらも欠いてはいけないと
わかっていたことです。すべてを「空」だと知ったうえで、同時にすべての
ものに「仮」の役割を見いだしていくのです。すると、結局のところ、
世の中に何一つ、役割のないものは存在しないということがわかります。
この考え方を「中観」といいます。中観こそ、私たちが最終的に目指す
べき境地だといっていい。
◎「一億円持っているから幸せ」とか「1億円の負債があるから不幸」
 と感じるのは、本当はいずれも幻想に過ぎないことを知るのが、空観方式。
ただし、どうせ同じ幻想なら、自分の望むようにゴールを設定し、徹底的に
目指すほうが途中の過程を楽しめます。
◎「じゃあ、実際にどんなものか、1億円を稼いでみましょう」と、
 仮のゴールとして設定するのが仮観方式です。注意すべきは、その達成で
得られる「幸せ」は、あくまで「仮観」。幸せの仮の姿と知っておくことです。
知っていれば、実際にお金持ちになっても、「もっとお金がないとイヤだ!」と
思うような不幸は起こりません。要は、煩悩に振り回されないよう、ということ。
◎そこで大事なのが、「止観」という考え方です。煩悩をいったん
「止めて、観る」のです。といっても、難しいことではありません。
煩悩が暴走してしまうのは、その衝動を意識できていないからです。
意識さえしていれば、コントロ!ル下に置いて、暴走を防ぐことができます。
意識するには、自分の煩悩を少し脇に置いて、客観的に眺めてみればいいのです。
「止観」によって、自らの欲求を認識することは、抽象度の上がった世界から
眺めることにほかありません。そこから眺めれば、欲求は自然とコントロール
できます。それを続けることにより、中観の境地に至っていく。》
▼「中観に至ると、ありとあらゆる価値観の束縛を超えながら、この世で真に
 自由に、自らの望む役割を果たすことができ、他のあらゆる存在も、それぞれ
の役割を果たしているだけであり、そこに一切の上下関係などないことが
わかってくる」 私たちの本来、持っていた自由と、親とか学校教育で教え
られた自由と違うことが、中観に至るとわかってくる。
ところで、武澤ゼミで教わった真髄は、この中観の目線だったのでは! 
一つ間違えば、私のようになるが?
・・・・・・
4257, しまった!  ー6
2012年11月11日(日)
 * 人は、あまりに楽観的過ぎる!
     ーしまった!「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン著
 人は楽観的の方が気楽で生きやすい。しかし、それが人生に失敗をもたらす
大きな危険を呼び起こすとしたら、問題は別。バブル崩壊後の失われた20年
は「根本問題から目を背け、経済成長に戻る」という楽観論に惑わされた結果。 
根本問題は、東西対立が終わり米国が地政学的に日本に対する特別待遇の
必要性が無くなったことと、アメリカの衰弱、少子化、そして情報化による
グローバル化の結果である。その前提が変化しているに関わらず今だ成長路線
への修正を目指している。あまりに楽観的である。間違いなく、10年後には
国民の生活レベルは現在の半分以下か、三分の一になる。著者はここで、
大学の色々な実験結果を示し、人間は昔から自分の記憶をいいように、自己
満足するように再構成する性を指摘している。たとえば親は、実際よりも
専門家の意見に近い子育てをしてきたと信じてきたし、ギャンブラーは、
負けより、勝ったことを、こと細かく記憶している。それぞれの顔を何割か
良くした修正写真と、修正前の写真を二枚並べて、どちらが自分に近いかを
問うと、確実に修正写真の方を選ぶという。人間は自分に都合よくものを
見たり思ったりするもの。人間で凄いのは、とにもかくにもモノゴトを考え
ようとしないこと、楽観的すぎるということである。更に悪いことに結果を
知ると、それまでの考えを無意識に修正してしまい、以前より修正後の考えを
持っていたと思い込んでしまう。大部分の人は世界は自分の為にあり、
自分中心に地球が回っていると考えている。実際は、その正反対であるのに。
その甘い考えで経験を重ねるうち、直接、自分に跳ね返って叩きのめされる。
それが小さな事態なら、まだ良いが・・ 「楽観は意志、悲観は感情」という
言葉は、一面、真理だが、これは意志に裏づけがあり強固であってこそ。
右上がりの時流の時は「長期、楽観!短期、悲観!にして、日々楽しく!」で、
右下がり時は、「長期悲観、短期楽観で、日々可笑しく!」を旨にして、
冷静にあるべき。楽観的であるのはよいが、現象のマイナス部分を見て
見えないという、欠点がある。その蓄積が大失敗に繋がる。
自分のことか?・・ いや、貴方も!
・・・・・・・
3882, 閑話小題
2011年11月11日(金)
   * カラスの怒り
 一月ほど前の話になるが、信濃川の大橋を自転車で走っていると、
橋の下から飛んできて欄干にとまろうとしたカラスと50センチ位の間近か
に鉢合わせをした。カラスは不意をつかれヒックリ返って橋の下の方に落ちて
いった。 しかし体制を立て直したのだろう、30Mも行かないうちに自転車
の数メートル先の欄干に止まって羽をいからせ威嚇してきた。それを4度も繰り
返したことから、怒り心頭が分った。 カラスも人間のような意地があるようだ。
散歩などで時おり威嚇してくることがある。 黒色系の服装が刺激するのだろう。 
鳥は、人間が思っているより遥かに頭がよい。それもカラスは、地元密着で多く
の知識の蓄積がなされている。 人間社会との微妙な距離を守り共存している。
土鳩とカラスと雀は世界の街の何処にでもいる鳥である。
  * オリンパスの飛ばし
 オリンパスの飛ばしと英国人社長の解任事件、英国の優秀な人物を社長に
したのはよいが、その男は一神教の堅物。彼を引き上げた実力者の意図と違った
行動を始め即刻、首なった。ところが、その英国人が内幕を暴露をし、世界的な
ニュースになってしまい実力者の元社長は追放され、司直が入る可能性が出た。
これが現在、伝わってくる情報。飛ばしは、粉飾決算の手法の一つ。
それが銀行と証券会社主導かが問題視されている。飛ばしは日本だけの慣習か?
世界共通の手法かは分からないが、これを切欠に、次の飛ばしの会社が槍玉に
なってくる。次は、どの会社かは情報筋は分かっているはず。
 この事件はアメリカにとっても、大きな日本バッシングのネタになる。
今度は、オリンパスが買収される側になる?一英国人からみた日本の経営的
慣行は、非常に歪んで見えるのだろう。それが白日に曝されるのだから・・ 
アメリカは、TPP交渉に日本を引きずり出す絶好のネタとして、
最大限、使ってくるはず。
 ・・・・・・・
 3517, 不況景色とは、こんなもの? −1
2010年11月11日(木)
  * 繊維業界の不況景色とは?
 昨日の朝のNHKニュースのレポートで岐阜を中心とした繊維不況の実態を
映し出していた。デフレに対する人件費の削減のため、中国人を研修目的の
名目で入国させて何とか凌いでいたが、研修目的という題目の低賃金が法律で
禁止されることになり、先行き真っ暗という。ついに、来るところまで来て
しまったという深刻なもの。30年前に5年近く実家の衣料量販店をたずさわり、
岐阜や広島などの生産現地に仕入れに行っていたこともあり、その深刻度が
直に伝わってくる。現在は業種は変わってもほぼ同じような問題で地域経済は
喘いでいる。住宅も、車も、電気製品も、エコポイント制度による前倒し
需要で何とか今年は凌いできたが、問題は来年はどうなるか?である。
前倒し需要の反動がモロに日本を覆うことになり、来年は更に冷え込みが
大きくなる。考えただけで恐ろしい。また消費税の増税も待ったなし、
ときているし、さらにTPP(環太平洋湾自由貿易)で、農業も例外なく
自由化されれば、日本の農業は大打撃を被ることになる。もし参加しないなら、
日本経済そのものが壊滅的打撃になる。 
一昨日の同じニュースのレポートは、目と耳を疑う内容。
「風俗嬢の派遣会社に一般主婦の応募が急増している」という。
顔を隠しているが、サラ金の借入れが厳しくなって、手っ取り早い風俗に
昼間に行っているという。週に4〜5日、6時間で月40万になるという。 
朝のNHKが放送する内容ではないが、時代は、そこまで深刻ということ。
もう自明になったが、民主党に政権を取らせたことが間違い。今年の暮れか
来年早々、政変で自民党と民主党の小沢派が大同連合をつくり、この難局を
乗り越えないと、国家破綻が現実的になってくる。 
アメリカのCIAは、あらゆる手を使って阻止してくるが、それしかない。 
まったく、どうなってしまった日本よ!
 ・・・・・・・・
3142, 最近、いやに時間が短く感じるが
2009年11月11日(水)
 齢を重ねるごとに、あれだけ長く感じた1年があアッという間に過ぎ去る。
還暦を過ぎてから、それがますます激しくなっている。 日常生活に大きな変化
がないためだろうが。年齢を重ねるほどに、時が経つのが早くなるのは万国共通。
これは実験でも検証されており、「数十秒から数時間という経過時間を被験者に
評価させると、加齢に従い短い時間を報告する」という。また、苦しい時間は
ユッタリ流れ、楽しい時間は短く感じるのはどうしてか?などを突きつめると
面白いはず。 「大人の時間はなぜ短いのか」一川誠著に、時間に影響を
及ぼす主な要因としては次の4つが挙げられていた。
・身体の代謝=代謝が高まると時間をゆっくりに感じる。1日の内でも代謝
 の関係で午前がゆっくりで午後が速く感じられるようだ。代謝は加齢に伴い
 低下する。年を取るほど時間経過を速く感じる一因となる。
・心的活性度=緊張や興奮によって時間経過は速く感じられる。実験では逆に
 クモ恐怖症の人をクモと一緒の空間に閉じこめると時間が長く感じられたという。
・時間経過への注意=時間を気にすると長く感じられる。時間経過への注意が
 時間を分節化してしまい、分節化された時間帯の数を多く感じることで、
 長いと感じるという仮説。 時計を度々見ると長く感じる!
・他の知覚様相の状態=広い空間では時間はゆっくり。刺激が多い時間は速い。 
 受け取る情報に脈絡やまとまりを感じていると速く感じる。目や耳で感じる
 印象と物理的実在のずれは案外に大きいことがわかる。時間感覚のずれも
 錯覚の一種としてとらえている。 今後、研究が進んでいけば、錯視パターン
 のように、人間の時間経過を操作する技術が発見できるのかもしれない。
 人間には心地よいと思える「精神テンポ」が備わっているとか。
ーー
なるほど、どれもこれも、納得できるものばかり。分子の一年を、生きてきた
分母で割ると、その分母が大きくなる分、導き出された答えは小さくなる、
すなわち短く感じると単純に考えていたが、他にも多くの要素があるようだ。
肉体の新陳代謝のテンポや、齢をとるごとに刺激の感受性が少なくなるのも
理由。要は老化現象で時間が短く感じるということか。 
長い時間をかけて、人間は自然とユッタリ身構えるようになる。


5353,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー④

2015年11月10日(火)

  ●質問: 大企業で出世する男の見分け方を教えてください
≪ 今、私がつき合っている男性は慶応卒の二十八歳、某大手電機メーカー
 勤務です。有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。
彼が出世競争を勝ち抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる
保険会社勤務ですが、ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、
専業主婦になりたいです。ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。
銀座で気軽にショッピングをしたり、一流のレストランでランチができる
くらいの余裕のある生活が希望です。そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎ
がないことには…。かといって、ベンチャー経営者なんていうのは、倒産の
危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で出世する人がいいのです。
そういう人の共通点って何でしょう。どんなところで見分けられるでしょうか。
こんな質問をしたら、コメント欄は非難難々かもしれませんが、
本音でお聞きします。(二十七歳女性) ≫
  ●質問: 出世をする男には眼力が必要だ
≪・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、
 出世するか、どうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世
する男はこうだとはいいきれないな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに
語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での
競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者の一生の伴侶
として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは
薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。
・アソシエ: 辛口ですね。
・シマジ:相談者の本音の質問に、本音で答えたまでだよ。出世をする人間の
 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や
上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。
あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソンを見極め、そこにしっかり食い
込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、
女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。
だってそうだろう。日本の大企業の中で課長になり部長になり、ついには役員
になったとして、どれほどの生活ができるというんだ。第一、子供はどうする。
子供が二人もできたら、優雅にお買い物にラソチになんていっていられなくなる。
しかも、教育に金がかかる。こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校
をお受験させるつもりだろう。そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品の
ショッピングに精を出し、高級レストランでランチ三昧なんてことをしようと
したら、数千万円の可処分所得が必要になる。ということは旦那は税込みで
一億円近く稼がなくてはならず、サラリーマンには到底無理な話だ。
・アソシエ:以前、本物の江戸前寿司を体験しようというイベントで週末の
 昼に読者に集まってもらい、銀座の超有名店に行きました。我々はテーブル席
で四千円弱の『お決まり』をいただいたんですが、そのときに、カウンター席で
たぶん母と娘だと思いますが、五十代と思しき女性と女子大生っぽい二人連れが
「おまかせ」で食べていたんですよ。おまかせだとお酒抜きでも一人三万円は
する店で、明らかに常連客の様子から、そのあとは芝居見物でしょうか。
こういう人たちって本当にいるんだなと感心したのを思い出しました。
たしかに旦那が一憶稼がないと、あんな生活は無理でしょうね。
・シマジ: 俺が「週刊プレイボーイ」の編集長をしていたころだから、
 二十五年以上前の話になるが、俺の秘書兼事務を務める二十代の可愛い
女の子が「今、若い女性の憧れの結婚生活は、広尾のマンションに住み、
乳母車を押して有栖川公園を散歩し、明治屋で買い物する`ことです」と
いっていた。要する相談者のメンタリティは四半世紀前のOLと変わり
ないということだな。≫
▼ 以前書いた、蛙に取りき栄養分を吸取る昆虫の「タガメ」の典型。
 この女性、銀座でランチなど千円前後で可能で、ウインドウ・ショッピング
ならタダというのを知ってか知らずか。しかし、多からずの女性が持っている
本音である。この御時勢、一千万もあれば上クラス。「おまかせ」だろうが、
「お決まり」だろうが、大して変わりはしない。要するに、それはそれ。
確かに、旦那の稼ぎで妻の生活は変わってくる。収入が多ければ、子供を有名
私立に入学可能である。それもこれも、持って生まれた器量で決まってくる。
妄想を凝視し、己を振返えれば、「つりあい」からして、その男が適当では。
・・・・・・
4988,暴走する世間 −4
2014年11月10日(月)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 『プチ世間』 ー小さな大人の世界の誕生
 30年前、息子を見て時代が大きく変わったと思ったが、スマートフォンが
普及した現在、更に子供が大きく変り、私たちとは断絶した別生命という感がする。
考えてみれば、私より50〜60年も長生きをするのだから、違って当然。  
  ーその辺りからー
≪ 日本では、一九八○年代にはじまり、九〇年代以降本格的に「小さな大人」
 が登場した。問題なのは、子どもが市場経済に巻きこまれ、子どもが大人と
ほとんど同じ消費生活をするようになって、子どももまた大人と同様の「世間」
に生きることになったことである。つまりそれまでは、子どもには子どもの
世界があり、それは大人の「世間」とは相対的に独自の世界であった。
しかし子どもが「小さな大人」になることによって、子どもの世界も大人の
世界と地続きになり、子どもも小さな「世間」として「プチ世間」に生きる
ことになった。要するに子どもも、「世間」に生きる大人と同じような困難な
問題に直面することになった。
 一九八○年代以降大きく変化したことといえば、子どもが「小さな大人」
になったことだが、八○年代後半以降の「いじめ」の発見は、おそらくその変化
を大人たちが敏感に感じ取った結果を反映したものといえる。大人たちは、
子どもの世界に何か大きな変化がおきていることに不安をもち、子どもを把握
できないというその不安が、子どもの世界をより強く監視管理する方向に
動かしたのだ。それまで、大人の世界とは相対的に独自のものであった子ども
の世界のいじめは、無視や、嘲笑や、からかいや、脅迫や、リンチなどといった
形で、個別的にとらえられるものであった。しかし八○年代後半以降、子どもの
世界は大人の世界と地続きとなり、子どもの「プチ世間」が登場した。
(略)・・・ この問題の解明への手がかりは、現在の少年たちの
「つながってなくちゃなんない症候群」にある。
ーある調査官はつぎのようにいう。
「今は中学生はもちろん小学校高学年ごろから群れていないと不安で、そこに
しか生きる世界がないんです。行動規範は仲のいい友だちグループの中だけで
決まって、そこから弾き出されたら生きていけない。それは、とくに女の子に
ひどい。三人グループでいたのが外れたら教室にも居場所がなくなってしまう。
そんなふうに、たがいが縛り縛られ合って、やれ携帯だメールだという
‘つながってなくちゃなんない症候群’がいよいよ強まっていますから、
自分の時間なんか持ちようがない。逆に言えば一人で行動できないように
なって、それがフツーの子として安心できる状態になっているのが現状」
(小林道雄「感受性の未熟さが非行を招く」『世界』二〇〇一年一月号)≫
▼ 大人になるまでの基礎知識や、精神的体力がない子供が、プチ世間の
 中で、子供たちは群れてないと、つながってないと、不安で息づまる
窒息感に悩むことになる。垣間見れる孫世代に背筋が寒くなることがある。
この「つなっがてなくちゃ症候群」が、世間の正体でもある。
島国で、水に恵まれた日本の閉鎖された環境を背景にした世間こそ、
全てと勘違いをするのは当然だが。これにネット上世間?で雁字搦めに
なっているのが、現在の女こどもの世界。これが21世紀の世界の一端
ということ! 使いこなせれば、思いのほか面白いのでは?
・・・・・・
4621, 2000年前のポンペイー7
2013年11月10日(日)
  * ポンペイの迷子
 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン
ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを
見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、
一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの
チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。
で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。
そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。
背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。
帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ
なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。
 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。
それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が
居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、
添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。
ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、
警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、
添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、
本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、
他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、
事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで
値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の
携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。
バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 
家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、
まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。
二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間
に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。
以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ
から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー
になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 
今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール
が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。
何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。
移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。
そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に
「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに
見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で
笑い声を上げていた。  (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる!
で、以下の内容に続く! 偶然だが!
・・・・・・
4256, しまった!  ー5
2012年11月10日(土)                 
  * 後悔の歪み   ー しまった! 「失敗の心理」を科学する
                   ージョゼフ・T・ハリナン(著)
人生、振り返ると後悔することがあまりに多い。その後悔が次の行為の壁に
なり消極的人生を過ごしてしまう。反省はよいが、後悔は程々に、である。
トラブルも失敗も生きていればこそ。 ーその辺りを抜粋して考えてみるー
≪ 失敗を裏づける証拠が増える一方なのは、意思決定における「感情」、
 とりわ後悔の念が果たす微妙な大きな役割について。人は誰でも、引き
出した結果を悔やむ状況に立たされ続けている。結婚の失敗。故障しがちな車。
処分できなかった不動産。しかし同じ後悔でも、「後悔する優先順位」
というのがある。後悔の深さの差から、なぜ人は最初の直感にしつこく
こだわるのか、その理由が見えてくる。一般に人は「不作為」よりも
「行為」に対して大きな責任を感じるものである。誤りを犯しそうなときは、
むしろ「行動を起こさない」という誤りを犯すほうを選ぶ。というのも、
不作為は受け身のできごとと見られがちだからだ。自分は何もしなかった、
だからその結果に感じる責任も小さい、というわけだ。1600人以上の
大学生による模擬試験の観察から、観察者は、先行研究で発見されたのと
同じ誤りとを発見した。答えを変えた受験者は、たいがい点数を上げていた。
変更された全解答をカウントして分析したところ、誤答から正答への変更は、
正答から誤答への変更を二対一の比で上まわった。 だが、もっと重要な
ことは、実験後の学生との面談から明らかになった。「正答を誤解答と変える
予感は、誤答を正答に変え損ねる予感よりも大きな後悔をもたらしていた」
のだ。つまり、何もしないほうが、何かをするより後悔しないで済む、
ということだ。どのみち誤答してしまうとしても。≫
▼ 人は、しなかった後悔より、実際にしてしまい失敗した後悔により
 捉われる傾向にある。実際に、この実験のとおり、私の具体的経験を振り
返っても同じことがいえる。やらなかった後悔は、実際に失敗した後悔の
数倍の損失のことが多い。しかし実際ところ、止めて致命傷にならないで
済んだことも多くあった。事業結果がこうだとしても、後悔をしていない。
原因がハッキリしているためだが、全身全霊を注ぎ込んだこともある。
思った通り、生きてなかったら数倍、いや数百倍も後悔していたはず。 
海外旅行は、起こりえるトラブルが全て起こると覚悟をしておかなければ。
「良いこと2に、後悔すること1」の比率で、通常生活10倍が圧縮して
生じてくる。そう割り切ってしまえばよい。「正答を誤答へ変える予感に
従うと、正解する確率が二倍になる」のと同じ比だが・・少し意味が違うか。
人生も同じことがいえる。刷り込まれた思い込みを間違っていると直感しても、
その修正による失敗を恐れ、大事な人生を棒に振る。 修正した方が正しい
と分かっていても、である。だから計画をたて、準備を充分するのである。
結果は、それまでの経験の色分けを変色し、その歪を大きくする。
それにシタリガオ批判の歪が加わり自滅してしまう。
・・・・・・
3881, 閑話小題 ースロータイムの勧め
2011年11月10日(木)
  * のんびり、ぼんやりといこか〜   ースロータイムも悪くない!
 第二か、第三の人生のキーワードは何だろと考えると、
「ぼんやり、のんびり、のびのび、ほのぼの」という言葉が浮かんでくる。
あまり、のんびりすると、ボケてしまう?。 数十年も緊張の連続の後、
これからの人生は、せめて一日のうち数時間でも、のんびりし、ぼんやり
することも必要だろう。この随想日記を毎日書き続けるのも結構、緊張をする。
スケジュールに沿って生活しているので、一日中は、ぼんやりしていられない。
一応、午前中はスケジュールを満つにして、午後はフリーにしている。
最近、「アングリー・バード」という子供向けのPCゲームで、午後の一時間
は遊んでいるが、これも、のんびりの範疇。無意味=無価値の時間を遊ぶこと
も必要?「定年になったら女房と、のんびりと世界一周をしたい」というのを
聞いたことがある。地方で装置産業を事業としてきたので比較的時間があった。
しかし、のんびりしてきたか?と言えば、そうでもなかった。しかし節目が
変わって、価値観がコペルニクス的に変わり、のんびりする時間が多い人生
こそ最大の収穫と思えるようになってきた。ところで栗田昌裕の指回し体操で
「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」とブツブツ
言いながらする健康法があるが、これを「ぼんやり」とすると良い。
積極的幸せの追求は、さておき、消極的幸せの追求に重心を移動する時節。
積極的幸せとは、自分の趣味を追及するとか、人に認められるような事、
人のためになる事を、追求すること。 消極的幸せとは、病気や事故に
ならないように、人の迷惑にならないようにとか、まずは普通の生活を
確保して、それに満足する生き方、無事平穏こそ幸せ、と信じる生き方。 
第二の人生は現状を、これで良しと諦念する生き方?。 年寄りっぽくなって
きたが・・ 「歳には勝てない」として生きるか、原野に留まり自分の価値を
高め続けるのか、その人次第。それも、生活が安定した上の話になる。
・・・・・・・
3516, インターネットは20万年来の革命か?
2010年11月10日(水)
 10年ほど前に、「ネットは人類の歴史で20万年以来の大革命である」
と聞いた時、20万年前は、言葉か絵画の出現?と勝手に思っていたが、
先日になって、それが「道具」と知った。
■一万年前に狩猟・採取から農業・牧畜が始り、
■5千年前に5大文明が世界各地で起こり、
■250年前に蒸気機関が発明され、産業革命が起きた。
■そして人間が道具を使うようになったのが20万年前。
■脳学者の茂木健一郎は、ネットは言語以来の発明というから、
 200万年以来の発明になる。
* 200万年の言語というと、掴みどころないので20万年の道具説以来の発明
 の方がよい。そして、この十年でネットが世界中に結ばれ、検索にキーワード
を入れると世界中からの情報が入ってくる。さらにブログやツイッターが普及し、
各自が情報を無条件に公開を始めたため、情報が爆発的に増えている。
ネット世界の出現で、もう一つの世界が出来たといわれるが、それが現実世界
の上位に立ち始めたことからみて、20万年来の革命的ツールという説も、
言葉使用からの200万年説も、決してオーバーとはいえなくなってきた。
そのネットと最先端電子機器が世界を根底から覆していることを、あまり
取り上げない。今さらなのか? しかし現実を見ていると、機器とソフトが
独走をして一部の人間を除くと、コントロール不能になり、政治、経済のあり方
を根底から変化させている。政治ひとつとっても、直接に政治に関りない
国民の方が、渦中の政治家より、正しい判断が可能になっているとか、思いも
よらない情報が表ざたになるとかで社会を大きく変えてしまった。現在問題に
なっている尖閣列島の中国漁船ビデオの流出も、それを阻止すること自体が
どだい無理の話。一人の海保職員が政治を大きく左右することが容易になって
いるのも、ネットのため。これらによる社会変動は、まだ始ったばかりで、
時間の経過が経つほど大きな影響を出してくることになる。 再度いうが、
TV、携帯電話、パソコンなどの進化には驚かされる。 問題は、それをどう
使いきるかである。まさか、これを現実に目の当たりにできるとは!


5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー

2015年11月09日(月)

            ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
  * 旅すれば、内向きの自分が解放される
 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き
あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来
設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、
自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、
その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という
宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の
Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、
面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを
相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、
寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。
その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する
ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が
存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、
恵まれていた。  〜まずは、その辺りから〜
  ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生)
≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と
 キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。
夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。
このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫
  ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる
≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。
 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん
どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな
投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く
ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。
外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。
それは旅の功徳です。
・太朗: 国内旅行はいかがでしょう?
・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して
 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。
近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では
あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、
小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫
▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して
 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。
そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに
短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、
遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、
この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。
その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。
そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。
今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。
 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。
若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を
見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の
バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく
か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、
そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。
『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。
その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を
確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。
学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。
・・・・・・
4987,閑話小題 ー一日の閲覧者が、実は7倍の350!
2014年11月09日(日)
   * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった!
 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、
エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、
「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用
でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。
 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った)
一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、
7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350
の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、
少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 
学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 
何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60
は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。
未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、
墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人
の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 
 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、
面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前
からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手
(こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、
これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ
出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。
 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、
「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という
電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット
上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは
ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、
そのままを書けば、特異のブログになるはず。
 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、
コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて
大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか>
・・・・・・
4620, 閑話小題 ー食材の不適切表示について
2013年11月09日(土)
   * 食材産地の不適切な表示について
 現在、問題になっている「食材虚偽表示問題」、騒ぎすぎではないか?
明らかにマスコミも店側も過剰反応。「今までは軽い気持ちでしていたことが、
情報化時代に移り変わり、現場の告発など発覚し、大事件となった」ということ。
「味さえ落とさなければ良い」という現場の調理人の意思がまかり通った時代が
終わりを遂げる事件。料理修行で虐められて辞めざるを得なかった人達の告発も、
情報機器の進化で気楽に出来る世の中。 日本中の料理店は真っ青。
ブランドに頼り、自分の舌に自信がないから、怒るのである。
所詮、成り上がり食通など、その程度。それより、この変な風潮の方が気になる。
それも百貨店に入っているテナントの食材表示虚偽まで、何故、大家が責任を
とらなければならないのか?「他が誤っているから自社も」というのだろうが、
酷いもの。 味が悪けりゃ、二度と行かなければよいだけ。店選定と、味に自信
があれば、どうでも良いこと。メニューに小さく、「その日の天候で食材が
変わることがあります」と、書いてあるかないかの問題である。
   * 消費税増税前のバカ騒ぎが始まった
 来年4月からの消費税の増税前の駆け込み騒ぎが始まった。このデフレの中、
どうすればよいか、考えどころ。特に、車や住宅など高額商品の購入を迷って
いる人達は、焦って判断を間違う可能性がある。数年前の地デジ移行のテレビ
の買替え騒ぎ。 その後のTVの暴落を目の当たりにした経験を、忘れている。 
「インフレの可能性と、売手は、円安による輸入コストのアップを加算すると、
1割、2割は高くなる?」という不安心理を巧くつく。
どの道、大恐慌が表面化するため、同じこと? 住宅購入は、人生の大博打。
それと生命保険もである。そこには大きな仕掛けがある。それが分からないから、
生命保険に入ってしまう。理屈からして、採算が合うはずはない。綺麗ごとを
掻き立て、いざとなると、殆ど詐欺同然のため、見返りは無いのが保険である。
相手は数百年かけたノウハウを持ったプロの詐欺集団も手口は酷似。
あれだけ経費をかけ集金し、その上に利益を出しているのだから、総体から
みれば、半分以下のはず。で、これから数ヶ月は、その狂乱が、一部だが
始まった。他人様のことは、言えないが、結局は、無知が不幸を呼ぶことになる。
・・・・・・
4245, しまった!  ー4
2012年11月09日(金)
    ーしまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * 人は、出会った人の名前はどうでもいい
 私は人の顔と名前が覚えられない性質である。元々、見ないのである。
数年前に義妹の名前も忘れいて、呆れ返られた。しかし、この本によると名前は
意味がないため、関心度の重要度が低いという。人は名前や名称より、意味を
記憶をする。逆に記憶するにはキーワードに意味を持たせればよい。人は、
職業と趣味に注目されるが、名前や性格は二の次になる。ーその辺りからー
≪ 人の名前は、じつは人の特徴とよく似ているが、大した意味がないので、
 忘れたり、まちがえたりしやすい。名前がほかの要素と比べて重要でない
ことは、数年前にイギリスの研究で証明された。 にせの人物のプロフィールを
暗記させるという実験だ。各プロフィールには架空の名前のほか、その人物
ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、にせの情報が記されている。
にせのプロフィールは、たとえばこんな感じだ。〈アン・コリンズ。有名な
アマチュア写真家。ブリストル近郊在住。地元で訪問看護師として働いている〉
では、実在する被験者たちは、その人物の何を覚えていたか?「職業」だと
思ったあなた、正解だ。職業は全被験者の69%が記憶していた。タッチの差で
二位だったのは「趣味」の68%。次いで、62%の「出身地」。ぶっちぎりで
最下位だったのが「名前」である。ファーストネーム(名)は31%、
ラストネーム(姓)は30%しか覚えてもらえなかった。どういうわけか、
その人がパン屋を営んでいることは姓がベイカーであることより覚えやすい。
なぜこうなるのか?研究者にもわからない。おそらくは、人の名前は、あまり
意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかないということだ。
ジムにしろティムにしろ、可能だ。・・・ 人はパン屋さんであるベーカリー
の方を、ベーカーさんより記憶する。≫
▼ 営業は顧客の顔と名前を必ず一緒に記憶する重要性を知ることから始まる。
過去のツアー仲間たちで、憶えているのは、職業、趣味、出身地、そして顔。
しかし、名前は、実際のところ殆ど憶えていない。031538という数字を
例えると、「3月半ばの15日の3時と8時か、どちらかに」か、
「王(おー)さん、いこか38本。」とか、何か意味づければよい。
意味づけるには、上記のように小さな物語を作ることである。
名前は、それぞれの物語だが、他人にとって符号でしかない。
 ・・・・・・
3880, 東北大震災と、9・11、9・15を重ねると
2011年11月09日(水)
   * 東北大震災と、9・11、9・15を重ねると
 東北大震災と、9・11テロ、プラス9・15リーマンショックを重ねると、
現在の世界金融危機が見えてくる。東北大震災は三つの地震が連動しM9の
大地震になって、それが10メートルの大津波となって太平洋側の東北の海岸線
に押し寄せた。その上に宮城の原子力発電所を襲い破壊してしまった。 
起こりうる最悪の重なり(大地震、大津波、原発事故)である。
その原発事故は今だ進行中である。9・11テロと、9・15の金融危機の重なりも、
ことは重大。9・11はイスラム対キリスト教の対立。またリーマンショックも、
金融王国アメリカがもたらした経済大震災。アメリカのサブプライムローンを
組み込んだ債権を世界中の企業と金融機関などに撒き散らしたが、今だ塩漬け
の状態。 しかし遅かれ早かれ表立って世界中の金融機関を破壊してしまう
規模のもの。今回のギリシャは何とか目先乗り越えたが、次はイタリア、
スペイン、ポーランド、アイスランドが待っている。東北大地震が起きた後
の大津波の襲来は、1時間から4時間経ってから海岸線に押し寄せた。 
リーマンショックを大地震と例えると、その大津波は金融恐慌、経済恐慌に
例えられる。前回の1929年の恐慌は、当初の株の大暴落から3〜4年後の1933年
に本格的大暴落になって、大恐慌落に落とし込んだ。 今回はG20を緊急に
組んで各国の首脳が対策に努めているので、何とか目先を引き延ばしている。
それも瀬戸際に近づいてきた。 不安を煽るようだが、東北大震災が日本経済
に与える影響は、これから。一年一年、ジワジワと生活に影響をしてくる。 
失われた20年とリーマンションショックの時期が重なっているため事態は深刻。
以前は世界規模の戦争を起こして清算してきた。しかし、現代では、そのロス
の方が遥かに大きいのは目に見えている。その中で、世界の指導者も、我われ
も自然の流れに身を委ねているのが現在。 株式の暴落=Xディーが、何時に
なるのか、薄氷の日々が続く。
 起こってしまった経済大震災と自然大震災、極めて大きな黒雲が漂っている。 
これに情報化社会がもたらす社会変化が加わる。その結果としての近未来の
惨状は世界も日本も第二次世界大戦を超える可能性がある。特に経済的ロスは
下々の方が大になる。その彼らは正常性、同調性バイアスで、日々を過ごす。
しかし、それも、あと僅かになってきた。悲観的過ぎるかもしれないが、
そうとしか考えられない。私の現状が既に震災の被害を直撃したため悲観的
過ぎるのか、そこに身を置いたから分かることなのか?
 ・・・・・・・
3515, ユダヤ人の頭脳活性法 ー7
2010年11月09日(火)
          「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
* ユダヤ人の考え方から何が学べるか
  ー日本人は、第一人称不在である。
 記憶力が良いことと、自分で問題解決方法を工夫するのは別次元である。
「それについて自分がこう思った。私はここを疑問に思った。私であったら
こう考える」という主張が欠如している。つまり「自分自身は」という一人称
が不在である。日本人の、無思考シンドロームの若者の多さは、大人たちの解答
直行主義がまいた種子の結果。学校時代のまる暗記などで大学受験を乗り切って
きた根源が社会に出てからも続いてきたからである。ベストセラーなど名著を
読んでも、その本に感化されるわけでもない、吸収もしない、いわば、消化器
の胃腸を持たない食道だけの状態の人間、知識の食道人間、それが日本人である。
ソクラテスもカントもニーチェも、自分の時代の問題を自分のことばで考えた
のであって、他人の言説の解説はほどんどしてない。対照的に、日本の知識人は、
あたかも自分の考えであるかのように海外の思想を引用し、それを基準に
世間の動向を批評している。 
 ■ここで考える四段階とは?を説いている。
△第一段階で、考えるための基礎的知識とヒントをどうつかむか?を、
△第二段階で、考える課題を自分自身に引きつけ
△第三段階で、自分で疑問を持ち、問題を発見し、解決法を組み立てて
△第四段階で、自分のことばで、自分の考えを述べるこれを徹底的にする
       ことで思考力を高める。
 ■「質問」ができるか?という能力も大きく問われる日本人は、
小中高校を通して、先生にあまり質問をすることはない。それは逆に言えば、
深く問題を自ら求めてないからである。先生の方も生徒に課題を多く出して、
生徒自身が研究し、自分で解答を見つけるように仕組むのが教育もあるべき姿。
ユダヤでは低学年の時から小人数のグループ編成とディスカッションを
進めている。一クラス25人を超えることはない。課題研究は5〜6名で、
生徒たちは議論をしながら進める。自分たちで考え、自分たちで疑問を持ち、
自分たちで質問しあい、自分たちで答えを出す作業をしている。
 〜〜
 自分の頭で考えること、そのためには「自分自身は、こう思う」という
第一人称で考えること。疑問を持ち、何が問題かを見つけ、解決策を見つけ、
自分のことばで考えなければならない。特にユダヤの教育は子供のころから、
これを徹底させる。島国の中で、外敵から攻撃の心配がないことが、思考の
必要性を最小限にしたのだろう。明治維新は、外的の脅威から起こった。
坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰など、強烈な個性を持った男たちは、
第一人称を持っていた。
 ・・・・・・・・
3140, マイケル・ジャクソン 「THIS IS IT」
 2009年11月09日(月)
 昨日、長岡T.joyでマイケル・ジャクソン「THIS IS IT」ー
を観てきたが、期待した以上の内容だった。長男が二回も観てきたというし、
家内も観て良かったというので、ネットで内容を調べ納得し見ることにした。
亡くなった時に、あれだけ世界中が悲しんだのだから何かがあるはずと・・。
ライブをそのまま映画化したものを観たいと思っていたので
丁度よいタイミング。 《以下字数の関係でカット2010年11月09日》 


5351,浅田次郎の人生相談 ーうつ病を治したい

2015年11月08日(日)

          ー世の中それほど不公平じゃないー浅田次郎
   * うつ病は、まず睡眠コントロールから
 ひき続いて‘うつ病’の悩みについて。
人間の心には、躁鬱症、分裂症と癲癇症など、精神に異常をきたす病がある。
以前は、うつ病はノイローゼと軽くみられていたが、今では立派な病気。
大方の人は、若い時分に一度は通った経験を持つ。この穴倉の深さ、複雑さは
各自違うが、一度落ち込むと這いあがるに膨大なエネルギーを要する。
  ● 相談: うつ璃を治したい
《 私はうつ病です。仕事も満足にできず、アルバイト生活です。
バイト先で変なヤツに見られ針のむしろ状態。病気のため作業能率も上がらず、
バカにされたり嫌がらせを受けたりしています。昔からやつていたマンガ般稿
(原作)に夢を見出し送ったものの、御社の某編集部からは「返信する」と
言われたきり。待てど暮らせど連絡がありません 》
  ● 回答: 
・次郎: よく杜会のオヤジ連中は、うつ病は気のせいだとか、根性がどうとか
 言ってるけど、これはもうれっとした病気ですから、まずは治療に専念する
こと。確かに治療だけで良くなるわけないけど、心臓が悪いとか胃が悪いとか、
それと同じことなんだから。僕もうつ病だった時期がありますよ。青春時代には
誰でも1〜2はあるんじゃないか。多かれ少なかれ。これね、住まいを変えるとか、
場を変えるとか、環境を劇的に変えるというのは効果があります。それから、
精神疾患というのは、どんな種類のものでも初期段階で睡眠障害が伴います。
だから、その症候が見えたら睡眠をコントロールするのが一番の予防らしい。
今は睡眠薬もいいのがたくさんあるから、ちゃんとした精神科医にかかれば
きちんと処方してくれるはずだ。 君、丈夫か?
・太朗: 今のところは大丈夫です。 
・次郎: 編集者は多いからな。知人の精神科医も編集者に会うのが怖いってたよ。
 「患者に会ってるみたいだ」って。
・太朗: 先生、あまり笑えません。
・次郎: あ、もうひとつあったよ、うつ病の特効薬。あなたは年齢制限で無理
 だけど、若い人だったら軍隊に入れて治る。毎日、眠れないなんて言って
 られないもの。2年くらい入院するつもりで自衛隊に……。
・太朗: 自衛隊の何がいいのですか。
・次郎: ひとりを伸ばすんじゃなくて、落ちこぼれをつくらないようにする
 教育だから。東大に何人、入れたという学校教育とは根本的に違う。
 兵隊に落第ない。あったら誰かが死ぬんだもの。だから、そのうち有無を
 言わさず心身ともに鍛えられてくる。》
▼ 空襲で逃げ惑って時代にノイローゼは存在しないという。生きることに
 精一杯になるからだ。私の経験からして、目先の究極の問題に取組んでいる
時に、悩みなど言っていられない。5年近く前も、内面も含め、目先に生じる
問題を、一日一日、処理するのに手一杯。「ああ、こんな経験は滅多にない!」
と、面白く?さえあった。(咽喉すぎればだが) 『正中心一点無』で、
問題から目を背けないで、凝視し続ければ、後は時間薬が解決する。それと、
長年かけた趣味を作っておくことだが、それが無いからウツになるから、
答えとしては矛盾するか。潜在意識は幼児みたいなもの。その幼児が、大の
大人の顕在意識を揺するのが躁鬱である。だから、幼児を、まず宥めないと。
その為には、充分、睡眠をとらせ、不自由な姿勢を正し、愛情を注ぎ、笑い
かけてやれば良い。幼児は親の気持ちに微妙に反応する。親本人が、まず
睡眠をとり、自由の時間を持ち、自分に愛情を注ぎ、腹の底から笑えば、
心の奥の幼児にも届く。これ、習慣化しようと思えば、出来るから不思議!
・・・・・・
4986,暴走する世間 −3
2014年11月08日(土)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
   * 世間学的エポケー
 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。
その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の
私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな
役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、
迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、
その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー
≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。
 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた
主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、
世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで
自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、
すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止
について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。
< われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の
 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは
この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って
いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、
この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている
諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが
哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟
の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している
からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる
ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。>
 そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。
それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。
いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない
ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 
簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が
素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。
じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。
自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。
すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。
それが自分の「感じたこと」なのだ。≫
▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人
生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。
外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、
小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に
例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、
外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で
しかない、そのことを自覚するためにも! 
・・・・・・
4619, 君は1万円札を破れるか? ー6
2013年11月08日(金)
    * 内部表現とは? そして、内部表現の書き換えー①
「内部表現」という言葉が新鮮である。目には見えない「心(脳)」「無意識」
「潜在意識」ということ。人は、この内部表現によって自動操縦されている。
この随想日記は、「内部表現」そのもの。過去文を読むと、よくわかる。 
ーまず内部表現を記した部分を、この本とネットから抜粋してみる。
◇ 「内部表現とは、一言でいえぱ、その人に固有の情報状態です。
 この世界について、自分の認識している情報だけを書き込んだハードディスク
のようなものです。そして、情報である以上、それは書き換えが可能。
人間の認識をなんらかの操作によって、別の認識に換えてしまうことを
‘内部表現の書き換え’といいます。あなたが今、現にもっている内部表現は
必ず、あなた以外の他者による書き換えを受けています。」
◇「外界を視覚で認識すれば、視覚野での神経が活性化し、その結果が前頭葉
 で認識される。この視覚野から前頭菓までのすべての脳内での情報状態が内部
表現である。内部表現は神経の物理レベルの情報状態のみならず、概念や感情
など、心理レベルでの表現も含まれる。すなわち、脳内の物理レベルから心理
レベルまで含めたすべての抽象度における外界の表現が内部表現である。
自分自身の表現や自己の記憶、内省的な自我、さらには現在時の自分の思考状能
や会話、言語の認識状能も内部表現の一部である。内部表現は常に外界と情報を
やり取りしながらリアルタイムに情報状能が更新されているため、その動きは
非常にダイナミック。 脳内にある自分自身を含めたあらゆる抽象度における
世界のモデルが内部表現。ただ、内部表現内のそれぞれの情報状態は、巨大な
相互関係のネットワークを構築し、それが常にリアルタイムでダイナミックに
更新されているので、実際にそれを我々が記述することができるか否かは別問題」
◇「内部表現は、進化のレベルに従って複雑になつてきている。これは脳が進化
 している結果。 人間においては、内部表現という外界のモデルとして脳内で
表象される世界が、物理的な現実世界だけではなく、映画や小説の仮想世界にも
持てるのが特徴的。例えば、言語で表せられた世界は、物理的な現実世界ではない。
 それでも小説で描かれる世界を整合性をもって、臨場感を感じて認識すること
ができる。これは小説の仮想的な世界を、内部表現として脳内で表象できるから」
◇「内部表現を変える」には、①狩りのゴールを設定し、そこに向かって
 コンフォートゾーンを変えていくー>内部表現の中で「自我」を定義している
 情報を選択的に書き換える。
②抽象度を徹底的に高めて、この世界・宇宙を見つめ直すー>
 内部表現全体を書き換える。
【コンフォートゾーンとは、自分がラクでいられる 範囲のことで、 人は、
 この居心地のいい環境や場所は楽なので、ここにとどまろうとする 】
▼ 高度成長期の右上がりの時代背景に、「創業者人生」を20歳時に決めた。
 それから私の「内部表現」の書き換えが始まった。と同時に、俄然、人生が
面白くなってきた。大空を掴むような得体の知れない目標に向かい、ドンキ
ホーテのようなコミカルな人生が始まった。それが「内部表現」そのもの。
事業人生を終わって、しみじみと傷口から45年間を振り返った時、その自分が
可笑しくて、独り笑いがこみ上げて大笑いをした。人生は、結果はどうであれ、
こんなものか。 笑えるだけ、まだ良い? か!
・・・・・
4244, しまった!  ー3
2012年11月08日(木)    
  ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 
   * 見ていても見えているとはかぎらない
 この年齢になって、つくづく感じるのは自分の無知。特異と思っていた
自分の人生も、小さな世界に縛られた凡庸な枠内。知っていたつもりが、
何も知ってなかった厳然たる事実。それでも可能な限り考え、前向きに生きて
きたつもりだったが、振り返れば「しまった!」の連続。
「見ていても見えなかった」のである。結局、地頭の限界が、その人の程度。
「知ったかぶりするな!」が、何事についての基本。知りもしないのに、
知っているつもりだったのである。そう、実験に昨夜、ビデオに録った
「居酒屋放浪記」を、見たが、二度目に見たとき、一度目は、殆ど何も見えて
なかったことに思い知らされた。大部分の人が、そうだとしても、こと重要
案件に対しては、それは許されるものでない。  
   ーまずは、その辺り部分を抜粋してみるー
≪ 私たちは何かを、または誰かを見るとき、そこにあるすべてが見えて
 いると思う。しかし実際はそうでない。小さなもの、背景などが目に入らない
ことが多い。目はカメラではない。出来事の「画」を撮りはしないし、一度に
すべては見えてない。視野の中で常に見えるのは、全体の数分の一に過ぎない。
たとえば通常の視距離でハッキリ見えるのは、視野の四分の一に過ぎない。
目はこの制約に対処するため、絶えず視野を動かし、一秒におよそ三回の割合
で動いて止まってを繰り返す。さらに動いている目に何が見えるかは、見る人
によっても変ってくる。たとえば、男と女では、気づくものが違う。
男が女の財布をひったくられたのを目撃したとき、女性はひったくられた
被害者の容姿や行動に目が行きがちだが、逆に男性はひったくられた犯人の
風体を覚えている。 ・・交差点では、右折か左折かをするとき、右利きの人
は右折を、左利きの人は左折を選びがちである。結果として、ある研究の
報告者は、こう助言した。「店や銀行で、なるべく短い列を探すとき、
まず左側を見るべきだ」と。・・・「人は探しだすのが難しそうだと、
早めに「あきらめる』ようにプログラムされている」また、レントゲン技術者
は画像に写った悪性腫瘍の9割を見落としている」というし、アメリカ国内で
10年前に調査された結果だが、四丁に一丁の割合で見逃されていた。≫
▼「自分は、見れど見えず、知っても理解できず」と、突き放すべき。 
 昔読んだ本を再読して、果たして、この本の主旨を理解していたのだろうかと
疑問を持つことが多い。その時の自分の知識レベルで中途半端に理解していた
に過ぎない。 リタイアをし、過去を振り返ると「しまった!、あの時の、
あれは」と、日々、独り言を呟くことになる。その上に「手ごわい後バイアス」
のフィルターがかかっていれば、独り思い込みの世界に、それぞれが居るような。 
しかし、人は、失敗を恐れ、「何もしないという、より大きな失敗」を選択して
しまう。そして、これが限界と、自嘲するしかない。そして誰かに向かい
「自分の人生を返してくれ!」と、嘯くしかない。それが両親に向かったとき、
自爆、無知の極みの悲劇になる。
・・・・・・
3879, 閑話小題
2011年11月08日(火)
   * 焼鳥屋、鳥梅
 私の幼稚園の頃の、一番初めの友達が、近くの焼き鳥屋の息子であった。
幼稚園の一年間と、小学校の二年の三年間。ある日の午後、そこに遊びに
行くと、今から思うと焼き鳥の串さしの仕込みを御父さんがしていた。
子供なりに、仕事の場には近づいてはならないことは知っていた。
ところが手招きをして、その一本の焼き鳥を差し出してくれた。そして、
食べて驚いた。その美味いこと。ガムのようで噛んでも噛んでも、噛み切れ
ないが、その味わいと香りは、今でも強烈な記憶として残っている。その後、
成人になって長岡にUターンをしてから1〜2度、飲みにいったことがある。 
私の幼馴染は何があったか分からないが、店から引退し、姉さんと、奥さんが
店に出ていた。その店の前を二月ほど前にポタリングの帰りに通ったら、
店の看板が無くなっていた。そこで、姉さんらしき女性が、店の前で掃き
掃除をしていた。 そこで、長岡の夜の博士と自認している?人に、聞いて
みたところ、「この春に閉店したが、その閉店の日に行ってきた。
姉さんも高齢と不景気で止め時と言っていた」という。それにしても、
幼稚園時代の記憶の原点の一つの店が閉店とは、時代の変わり目である。
   * 11月7日になると
 毎年、11月7日になると思い出すことがある。私が27歳で初めて
貸しビルを完成、その一角で養老の滝のFCの居酒屋をオープンした日である。 
まだ生々しく憶えているが、開店直後からパニック状態でオロオロし、身体は
硬直し、冷や汗が出て、茫然自失とは、あの状態である。一週間は使いものに
ならない廃人状態。 後で分かったことだが、20年、30年の経歴を持って
いた人でも、殆ど同じ状態になるという。 それを聞いて安心したが、
あの切なさは言語を絶している。それでも両親の創業時の姿からみれば、
全く甘いもの。実際に自分が現場で七転八倒をして、両親の苦しみの一端を
知ることになる。酒飲みの酔った時の異常な振る舞い。カウンターの内と外側
の一歩の大きな差。立場が変わった時の風景の違いを、そこで思い知った。 
数ヶ月は、朝7時から夜11時までの世界。千葉の郊外のニュータウンの
真ん中で、ズブの素人が、顔色を変え醜態を曝していた。その二年後に、
隣の一角でベーカリーの立ち上げを始めたのだから、振り返って我ながら
驚いているより、呆れている。しかし商売の原点を、肌で学んでいた日々。 
思い返せば、ジャスコも、その次に勤めた会社も、創業のプロセスにあった。
そこは究極の異常世界。 仕事の現場は、どの世界でも厳しさは同じ。
創業は、捨て身で全てのエネルギーを叩き込まなければ、一つの生命としての
事業は生まれない。振り返えると「人生は、良いこと51に、悪いこと49」
ということか。その辺の輩が一現象だけをみて分かったようなことを言うが、
一つの現象の背景には、多くの血と汗が隠されている。馬鹿さもだが。
・・・・・
3514, ペットロス ー2
2010年11月08日(月)
 インコの死で、何か家の中がシーンとしてしまった。僅か一年だったが、
存在感のあったインコだった。呼びかけた言葉を憶えてしまい、居間のガラス
戸越しに、その言葉で必死に呼びかけてきたからである。今までにない経験。
ここで、ペットロス症候群というウツ病を知った。ペットの死で幼い子供の死
と同じぐらいのショックを受け、立ち直れなくなる欝症。
先日、私のブログでペットの死を知った友人が「飼い犬の死に際の逸話」
を聞かせてくれた。「15年間飼っていた犬が、あと一日で死ぬときに、
県外にいる三人の子供全員が別れのため帰省してきた。ところが友人は私と
酒を飲んでいて午前様になってしまったが、犬は帰ってくるのを待っていた
かのように本人が頬ずりをした直後に息を引き取った」という。
うちのインコが長男が知らせを聞いて駆けつけてきて撫ぜてもらった直後に
死んだのも偶然だけではないと思っていたので、丁度よい内容であった。 
動物も、人間と同じようなことがあるのかどうか。休日だったこともあり
死に際に立ち会えたが、ペットが一日かけて死んでいく姿も人間のよう。
何度も危篤になるが、頭を摩りながら呼びかけるとハッと我に返る。
そして時々、餌場から下に堕ちてしまい、力を振り絞って金網を登ってくるが、 
その都度、衰弱してくる。しかし目は虚ろになりたっているのも難儀になり、
蹲ってしまう。呼吸が苦しくなりヒューヒューという息遣いが聞こえてくる。
そして、時々大きな深呼吸をする。意識が遠くなるが、その都度、何かを
待っているように戻ってくる。最後は、長男が喉を摩っている中、ドッサと
下に落ち、息絶えてしまった。長男も、家内も、涙を流していた。
ところでペットは何故、あれだけ人をひきつけられのだろうか。それは彼らが
無条件でなついてくれるから、人間の方も無条件で受け入れるのである。
それが愛情の原点である。愛情とは無条件だからである。人間は子供の頃は
無条件だが、時間とともに自立していくほど薄れていく。しかしペットは、
何時までも無条件で愛情を求めてくるため、人間も何時までも愛情を無条件で
与えることができる。したがって幼くして亡くなった子供の悲しみとペット
ロスの悲しみは酷似するほど深くなる。 特に子供たちが結婚などで巣立って
いった中高年の家庭では、ペットは実際の子供のように愛情をもたらしてくれる。
それだけ、悲しみも深くなるもの。それが犬や猫を10数年も飼っていれば・・・


5350,浅田次郎の人生相談 ー世の中、さほど不公平じゃない

2015年11月07日(土)

          ー『世の中、それほど不公平でない』浅田次郎著
   * 意外とチャンスは平等に与えられている
 私が青少年の頃の50〜60年前は、まだ大きな格差が歴然としていた。
ところが、この半世紀で、建前だけは公平になってきた。 逆にいえば、
世の中は不平等と、つくづく実感する。持って生まれた能力のあるものに
とって、これほど生きやすい世界はないし、無い者にとって、これほど
厳しい世界は無い。しかし、今ではチャンスだけは公平に与えられている。
だから、無い者には、知的武装と機会の開発をするしかない。身の回りを
見渡しても、それぞれの分野での格差が露骨に存在する。努力が報われた
著者の上から視線なら、『世の中、それほど不公平でない』と、見える
のだろうが、下から目線では、そうではない。〜その辺りから〜
≪・太郎:「最近の若者は」と言うなら何か思い当たる節がありますか?
・次郎:そうだな… 個性がなくなってきているという気はするな。
 それは、今の日本社会に格差が小さくなってきているからだと思う。
ニュースではよく言われているけど、日本の世の中が格差社会だなんて
贅沢でわがままだよ。僕らの時代だって、ずいぶん格差は縮まっていた。
それでも、経済的な理由で中学から高校に行けない子供もざらにいたね。
今はそこまでではないだろう。 ・・これも僕の持論なんだけれど、
「食べられないこと」「命の危険にさらされていること」、
このふたつに比べたら、ほかのことなんて案外大したことではない。
この本の読者は、少なくともこれを買うことができているのだから、
そのふたつには該当しないはずだ。・・ということはね、今の世の中では
意外とチャンスは平等に与えられているんだ。昔は、いかんともしがたい
壁というものがあった。本当にどうしようもないくらい家が貧乏だとか。
そういうハンディは、今は少ないと思う。だから、世の中が豊かになった分、
若い人たちもみんな同じような感じになったね。同じようなものを食って、
同じような生活をして、同じような志を持つ。それで、価値観まで同じに
なるんだよ。そういうつまらなさは、若い人たちを見ていていつも感じる。
例えば、僕には君と同じような年齢の娘がいるのだけど、娘の友達が5人出て
きても、その5人が全然個性の違う友達ではなくて「娘の友達A、B、C、D、E」
みたいなところがある。僕らの時代はね、例えば5人友達がいたとすると、
5人ともまず家の豊かさが違う。それも、大幅に違う。だから価値観が違う。
世界観が違う。それが、おもしろかった。
・太朗:今はそこまでの違いは生まれにくいかもしれません。
・次郎:この間、おたくの編集部に行っただろう。あのとき壁にザーッと
 何十枚もポスターが張ってあったな。なんとかってアイドルの……。
 あのコたちもみんな同じ顔に見えたよ。
・太郎:AKB銘柄ですね。最初は、皆さんそうおっしゃいます。
・次郎:だいたい、どこがいいんだよ。僕はさっぱりわからないのだが。
・太郎:身近な感じがするのが、一番の要因ではないでしょうか。
・次郎:適度にブスということか。
・太郎:「クラスで5、6番目にかわいい女のコたち」というのがコンセプト。
  ふ〜ん、そういうコンセプトはわかる気がするな。 ・・・≫
▼「彼女らが何で?」と思っていたが、クラスで5,6番目狙いとは、知らなんだ。
 誰でも手が届きそうな、といって妥協したくない、微妙なところ狙いなら、
男女かかわらず、客層は広くなる。逆にいえば、1〜2番は、意外と孤独で、
孤立している。だから、心の距離を置いた?褒め言葉に弱い。
遊び人は、それを知っているから常に美人に恵まれる。ただ憧れていると
伝えることは、簡単。 だから、どうした? どうもしません!
格差云々という前に、努力をしなくては。逆に美人ほど、努力をしている
から、その差は開く一方。 でも、やはり世の中、不平等に出来ている。
・・・・・・
4985,暴走する世間 −2
2014年11月07日(金)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
  ー著者は、安部謹也の「世間とは何か」を紹介している。
《 「社会」と「世間」について。「社会(society)」という言葉は、近代化
 の時代に西欧から輸入し、翻訳されたものである。神と個別の契約を結んだ
「個人」たちが営む集団組織のことを言う。西洋人たちは長い時間をかけて、
こうした「社会」を作り上げてきた。維新の立役者たちは西欧文明に追いつこう
と、様々な学問を持ち帰ってきた中で、日本にも「社会」という言葉が輸入され、
幅を利かすようになった。 日本には「社会」が無かったにもかかわらず。
そこにあるのは「世間」である。「世間は社会ではなく、自分が加わっている
比較的小さな人間関係の環」である。日本人にとっては、個人がどの「世間」
に加わっているかが重要であって、それによって、相手との人間関係が決まって
くる。「世間」はある時は強力な保護者になってくれるかもしれないが、一歩
間違えば、個人に対して没個性を強要する権威主義にもなる。本書は、こうした
関係の中で自己を形成せざるを得ない日本の個人についての論考である。 》
▼ 「世間を全世界と勘違いしている人たち」に同調したくないため、
 アウトサイダーのスタンスを取り続けてきた。幸いに装置産業は近隣社会と
接触が最小ですむ好都合の事業でもあった。以前の「世間」のテーマで取上げた、
藤沢周平の『海鳴り』の一節で、世間の中で生きているある商人の世間に対する
気持を正直に書いてあったが、世間の有様を鋭く観察するものと感心したもの。 
〜その一節から〜
< たしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。世間は時には悪意
 をむき出しに襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来た。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。
だが善意の人も、一たん利害が対立すると手のひらを返したように悪意に満ちた
中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛は
そのころ思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは
馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、隙があれば足元をすくおう
としていると覚悟をしていた方がいい。> とある。その権化が、週刊誌など
のバッシング記事となる。 この世界は、実は幻想、幻覚であり、それぞれが、
それぞれの小さな世界で妄想しているに過ぎない。それさえ知ってしまえば、
何事も切実に悩むことも無いが、この世間という妄想はどうにもこうにも。
で、『世間学的エポケー』の問題になる。 この世間という集団妄想を
見据えると『無知蒙昧』のヘドロ!
・・・・・・
4618, 君は1万円札を破れるか? ー5 
2013年11月07日(木)
        ー君は1万円札を破れるか?ー苫米地英人(著)
 * 世界経済の影の支配者 ー世界の富の95%を独占する人々
 世界は幾つかの世界財閥の支配下にあり、各国の中央銀行の株の多くを
握っており、富の大部分がコントロールされている。そして彼らは決して
表には出てこない。その存在は、多く書かれているが、FRBや、EUBの株式の
多くを握って、世界の金融をコントロールをしているとは驚いた。
  ーまずは、その辺りを抜粋ー
《 世界経済の中核を担う先進国の中央銀行は国の機関ではなく、これらの
 中央銀行の実権を握っているのは、大株主の英仏のロスチやイルドや、
アメりカのロックフェラー家、モルガン家など、ごく少数の富豪たちです。
イギリスの中央銀行イングランド銀行、フランスの中央銀行のフランス銀行も、
形の上で国営化されていますが、事実上は英仏ロスチャイルドをはじめとする
個人によって支配されています。それらの大富豪一族のほとんとは、前で触れた
ゴールドスミスの系譜に連なる人たちです。現在、世界の基軸通貨のアメリカの
ドルは、FRBが握っています。FRBは金融政策を決定する最高意思決定機関
でありアメリカの中央銀行である連邦のことでが、連邦準備銀行そのものは
民間銀行であり、ぞの株主は主にイギリスを中心としたヨーロッパ系なのです。
FRBには、1923年のクリスマス休暇中に、ロスチャイルドなどのヨーロッパ
の名家や、ロックフェラー家、モルガン家などのアメリカ名家の息のかかった
議員だけが突然集められ、成立した「FRS(連邦準備制度)」法案により
成立されたという驚くべき経緯がある。ユーロの発行権を持つECBにしても、
EU加盟国のどこの国の政府からも介入を受けないで、完全に独立をして通貨を
発行できると規定されている。このように、先進国の通貨発行権を握ることで、
これらの大富豪たちは世界の富のほとんどを独占している。だが、実に不思議な
ことに、表に出ることなく、分厚いベールに包まれている。・・・
 「アメリカの支配者」「欧州の支配者」とかいう表現は、それは必ずしも
欧米の指導者とか、為政者とかいう意味ではない。経済的な支配によって各国を
裏から動かしている人という意味であり、国籍は他国にあっても実質的に
その国の一端を握っている人たちもいます。たとえば、日本は実質上、支配して
いるのは総理大臣ではなく、第二次世界大戦以降、アメリカの属国のようなもの。
歴史をたどれば、明治維新のころから英仏ロスチャイルド家に代表される
ヨーロッパ系巨大大財閥の影響を受けています。》
▼ 日本の中央銀行の日銀の株式は政府が55%を保持しているが、他の45%は
 不明という。日銀の政策の独立性とかいうが、政府の意向は大きく働くのは
致し方がない。もし、その55%が欧米の財閥に握られているとしたら、その財閥
の隷属下にあることになる。ということは、アメリカの隷属国家の日本も、
彼らの支配下ということになる。そういう貨幣を信じて蓄財に励み、それを米国
国債を一兆ドルも買わされ、二度と戻って来ないというから、奴隷国家そのもの。
阿部も、麻生も家系からしてポチ系。ますます、忠犬になるしか道がない。
小沢は日本の独立に目指して一歩踏み出したが、忠犬官僚の検察とマスコミに
よって完璧までに潰された。そうこう考えると、大きな成功より、小さな個々の
成功(趣味など)を目指した方が、無難ということになる。彼らのスイッチ、
オンオフで、何もかもが決まるのだから。バブルの阿波踊りと、破裂だったか、
私の人生は? いや、全て。まあ、面白かったが! これでは、遅かれ早かれ、
素っ裸。今でも第二次大戦の敗北で間接統治のまま!
韓国にはIMFが入り、米国資本が主だった大企業の株主。近未来の日本?
・・・・・・
4243, しまった!  ー2
2012年11月07日(水)                
  * 手ごわい「あとバイアス」ー しまった!「失敗の心理」を科学する
                     ージョゼフ・T・ハリナン(著) 
周囲の世界を見たり、記憶したり、感知したりするのは、総じて‘体系的偏り’
(バイアス)を通して行われ、間違いの起因になる。 要するに、人は、それ
ぞれの偏見に焼きなおして記憶するのである。それは、その人の期待でもある。 
小さな地域社会では、それが一人歩きを始める。それが老人の多い町ほど、
内容は、地域の偏りの魔女狩りの様相になる。酷い噂は、流れのない淀みに
住んでいれば、誰もが何度も経験する。インサイダーになるか、徹底して
アウトサイダーになるかの選択をするしかない。それが、「あとバイアス
(歪んだ後講釈)」として、更に歪むため、ことは厄介になる。  
    ーその辺りを抜粋してみるー
≪ 簡単にいうと人間、自分が思うほど完全な存在ではない。だが周囲の
 世界は人間が完全であるかのような前提で動いている。たとえば、社会は
数え切れないほどのパスワードを、暗証番号を覚えるよう要求する。ところが、
この種の情報の記憶を人間は苦手とする、あるテストでは、たった一週間で
三〇%の人がパスワードを忘れてしまったし、別のテストでは、三ヵ月後に
六五%以上の人がパスワードを忘れていた。人間が一度にできることの数は
ごく限られているのに、ふだんの生活でマルチタスク(複数の作業を同時に
こなすこと)が求められ、その限界が試される。そのうえ同時におこなうよう
求められることは、たいがい実行中のことと無関係。しかし一般に人間の
短期記憶は、五つ以上の無関係なことを一度には覚えられない。
たとえば愛車はあなたに、いくつのことを記憶するよう求めているだろう? 
車内にナビは搭載? 自動速度制御装置は?衝突防止装置はある? 死角警報
システムやリアビューカメラ、子ども用の娯楽システムは? MP3プレーヤー
や携帯電話は? いまや車内には運転者の気を散らし、それ自体が事故の原因
になりうる装置があふれている。だが事故が起きれば、責めを負うのは車
ではなく、あなたなのだ。自分が間違えるのを「間違った」もののせいにして
いたら、同じ過ちを繰り返すことになりかねない。原因をまちがえていては、
経験から学べることは少ない。とりわけ大きな不具合が生じた場合に、
責任の所在を追及するのは当然のことである。だがどこに誤りがあったか、
それをつきとめるのは容易なことではない。だから「あとバイアス」をする。≫
▼「あと講釈」の一つに、スポーツ解説がある。勝手に選手の失敗に対して、
 あたかも本当のようなウソをいう。聞いている方は素人を承知で、
「あとバイアス」の言いたい放題。気の毒なのは、選手で、それが恰も真実
として罷りとおる。批判される選手と監督は、結果責任を問われているから
何も反論できないことを充分に承知の上のため、言いたい放題。
しかし、「あとバイアス」を自分の思考や判断を狂わせてしまう。
現在の日本の政治の混迷も、これが大きな起因になっている。
・・・・・・
3878, 閑話小題
2011年11月07日(月)
   * 再び、ギリシャ
 ギリシャの首相には驚き、呆れてしまった。例え話でいえば、
《暴走しているバスの運転手、助けにきた他の車が暴走車に鎖をつけて、
何とか大事故を抑えようとしたところ、「鎖をつけるかどうか、乗客に聞いて
みてから」と、言い出した。乗客は暴走をしているのを知ってか知らずか?
バス内の自分たちの不満で頭が一杯。瀬戸際で運転手が、どの道を選ぶか
乗客に聞いている場合でない。一つ間違えると、助けにきた仲間も道連れに
なることを運転手と乗客も知っているので、タカをくくっている。 
そこで「それなら助けるのを中止する。その上、共同体から排除をする」
というと、急に運転手も乗客も慌てだし、従うと言い出した。》
これは世界中が唖然とした寸劇。しかし国民の反対デモや議会の混乱を
抑えるため「国民投票」といえば、世界の袋叩になるのを覚悟の上、あえて
言った政治的駆け引きとすれば、これも納得。 国民投票やるべし!
のデモが起きるかどうかだが、起ってこないのが漫画的。この10年間、
哲学書を読み続けているが、始まりはギリシャ哲学。 その西欧文明の
行き着いた終着駅が現時点とすると、ギリシャ問題は、図ったように起きた
ユング的現象か。民主主義の発生の国で、その矛盾が、そのまま表出すること
になった。ともかく目先の火の手を納めたが、次はイタリア、スペイン、
アイルランドが控えている。そして、日本、アメリカ、中国も?
   * 少しウツ気味で、正常の状態?
 少しウツ気味。 年齢と現在おかれている状況から当然で、これが正常
なのかもしれない。パソコンの具合が悪かったり、スポーツジムで冷たい視線
を感じたり、家内が機嫌が悪かったり、幾らでも原因はある。それでもiPadと
いう新たな遊び道具を手に入れネットサーフィンや、パソコン・ゲームに熱中。 
スポーツジムや、早朝のサイクリングで発散ができている。 過去に身辺の
ウツ症状の人の素人カウンセリングをしたりし対処の擬似体験をしていたので、
最小で済んでいる。目先の落ち込みはシネマにいくのが即効性がある。
で、最近多く行っている? 他にストレス発散に買い物がある。
百金や、スーパーで「酒のツマミ」や、机周りのものを買ったりする。
あくまで日常品の範囲だが・・・。
 50歳代の10年近く、20年・30年分の人生を押し込んだのが、
ここにきて効いている。そのため現状を悲観し過去の良かった時節を懐かしむ
こともない。人生は時節ごとに一期一会。それぞれに、また違った人生がある。
これからの人生を有効に生きるに、何が良いのか考え尽くさねばならない。 
これまでの緑の原野から出て、目の前に広がる「草原の世界」で何をすべきか? 
そのためには新しい世界を知ること。そして、草原で生きるための
「人生の知恵」を改めて身に着けなければならない。緑の原野だけが人生では
ないことを知るには、そこを一歩出てこそ分かるもの。真実の自分に気づく旅路?
 ・・・・・・・
3513, ペットロス ー1
2010年11月07日(日)
  * ペットが風邪で死す
一年前に我が家のペットになったメキシコ・コガネインコが、数日前の
夕方に死んでしまった。12年は生きるとあったので一年は早すぎる死である。
死因は風邪である。大よそ30年から20年前にかけて、小桜インコを代々5羽
飼っていた。殆どは二年位で逃げられてしまった。その度に雛を飼ってきては
手乗りにした。しかし最後の一羽は凍死をさせてしまい、その罪悪感と子供が
大学入学で巣立っていったこともあり飼うことを止めてしまった。数年来、
ペットショップを動物園代わりに、近くのSCに行ったついでに立ち寄って
いたが、いやに人懐こいインコが気になっていた。しかし売れないようで
金網にとまって御客から頭を撫ぜてもらっていた。値段が6万8千円じゃ、
そうは売れない。たまたま中年の夫婦が、そのインコの頭を撫ぜていた。
「慣れたインコですよね」と話しかけると、「私たちはオカメインコを飼って
いたが、鳴き声が大きく近所迷惑で、親戚の人にあげた。それで時々、ここの
インコを見にきているが、このインコが懐いていて欲しいけど、やはり近所迷惑
が・・・」という。 何気なく私の癖が出て、近くいた女店員に「5万円なら
買いたけど」というと、「このインコ、店の皆が大事に育ててきたインコ。
値下げなど出来ません」と怒りだした。で、私もムキになって、「三ヶ月前
から、売れないでいる。ペットは大きくなるにつれて価値が下がるのは常識。
お客が、そう言っていると責任者に聞いてきて欲しい」というと、暫く姿を
消していたが「店長が6万円ならオッケーです」との返事。その成行きで買う
羽目になったことは以前、ここで書いた。で、家内に例のごとく反撃にあって、
あわや「新潟の長期滞在の御客様のペット」となる直前に、急に家内の気が
変わって暫くはOKになった経緯がある。そうこうして我家のペットになったが、
ペットショップの多くの御客から頭を撫ぜてもらっていた為、人懐こい。
しかし朝晩以外は誰もいないベランダに置いておくため、足音など人の気配が
聞こえるとピーピー鳴き叫ぶ。最初のうちは、うるさいと思っていたが、
だんだん、それが可愛らしくなってきたのは私と長男だけでなく、家内も。
直近は一番、あれだけ嫌っていたのが、このインコの大ファンになったいた。 
鳥というより犬に近いと思うほど、人懐こく、頭がよい。個々人の識別もし、
その対応も変わる。何とか人にかまってもらおうと、色いろな鳴声が憶えた
人間の言葉。それで呼びかけられれば愛情が湧いて当然。
「三つ子の魂いつまでも」で、店頭で可愛がられて育った温もりが、
性格になったいた。
 


5349,浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています

2015年11月06日(金)

          ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、
各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。
今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ
借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後
を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜
  ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています
≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、
心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、
好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで
妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、
病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか
自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ
ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。
今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり
ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ
貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと
いうこともわかっています≫
  ● 回答: まずは妻と仲良く! 
次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の
 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな
 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして
 しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。
「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。
 うつ病だって働かない理由にはならない。
太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、
 れっきとした病気ですよね。
次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという
 ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。
 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。
 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、
 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番
 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて
 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう?
 ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。
 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の
 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的
 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と
 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから
 こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と
 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と
 セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、
 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。
 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。
 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に
 するんだ。≫
▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、
 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、
など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、
<徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、
その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、
その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ?
サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、
彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま
逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!>
 その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ!
苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。                          
・・・・・・
4984,閑話小題 ー倒産は甘塩からい味がする
2014年11月06日(木)
    * 倒産経験もまた、価値ある人生体験と捉えると
 『倒産は甘塩からい味がした!』をテーマとして書くと、こうなる。
≪ 時どき『闘病と、倒産体験ほど貴重な人生体験は他に無いのでは?』
 という考えが頭によぎる。倒産体験をプラス面で光をあてると、具体的な
要素は幾らでもある。私のケースは、自分で立ち上げた会社を潰したため、
起承転結の「結」が、それ。元もとの立ち位置がアウトサイダーのスタンス
もあるが、何事もなく無事に後に継がせれば起承転々。そのどちらが良いか
悪いかは、受け止め方次第である。 事業内容の悪化に比例して辛らつに
変わる銀行と、身近の人たち。予め分っていても不快だが、時間が経つにつれ、
これが面白く思えてくるから不思議。更に、あれだけ沈んでいた気持ちも、
二年、三年と過ぎると、時間薬効果で元に戻ってくる。その直前・直後の
一ヶ月間は、身体と気持ちが宙に浮いてるように動き、それが意外と痛面白い
とさえ感じていた。 30年来、月次決算に通っていた経理事務所の担当が、
『何か楽しんでいるようですが、自分の立場が分かってないようですね。』
と、言われてハッとしたが、分かってないのは御当人。この感覚は当事者
しか知り得ないこと。何事でも、無我夢中に行動している時ほど面白いこと
はない。 実際、こんな貴重体験は滅多に経験出来きないし、一度は味わう
のも良よい!とは、今でこそ言えること。一日一日を区切って、一期一会と
割切って乗越えるしかなかったが・・ 「この人、こう受け止めている」が、
過って様々なケースで自分も受止めていたので、分かる。 
ボケ役の落語家が震える声で「バカ野郎〜、その程度か、御前さん!」
と思っている自分が、そこにいる。 これも、万一のセフティネットが
あったため言えることだが、敗者は敗者、「日々、是、口実!」になる。
「事前、事後では、これまでも違っていた」が実感。「開き直り」か。≫ 
▼ これを冷静に?読み返すと、こう思って日々を過ごさないと精神の安定
 を保てなかったが、冷静な自分がいたことも確か。それでも大波の中、
思わず水を飲んで、窒息しそうになっていた?
『何事も、最善と思えば最善に、最悪と思えば最悪になるから、こう捉えて
いた方がよい』ということか。これは、大病、大事故にも言換えが可能? 
少し話が変わるが、実兄が7〜8年前に倒産した時のこと、居酒屋で、慰めで、
彼の親しい友人の実名をあげて『大病で死ぬわけでなし、決して最悪の事態
ではないよ。Oさんは、無事に会社整理をしたが、実は末期肺ガンかもしれない。
これは、最悪の事態でないよ!現に生きていられることに感謝をした方が良いよ』
と、慰めたが、その2年後に、本当にOさんが肺ガンになって入退院を繰返して
いるという。この年齢になると、内なる黒鳥が、いつ舞い降りてきても
不思議でない。まだまだ、当時の森の中での夢をみる。・・当然のことだが。
・・・・・・
4617, 閑話小題 ーチョット何か変じゃないか?
2013年11月06日(水)
   * 今の空気、チョット何か変じゃないか?
 12年前のリーマンショックで、以前に経営していたビジネスホテルの売上が
三分の二に、そして5年前のリーマンショックで、その半分になり、合計で
三分の一まで売上が激減し、事業断念を決断した。その間、国の政策で何とか
追加借入無しで、何とか傷口が広がらないうちに止めることでき、最小の傷で
済んだ。問題は、その後。本当に景気が回復してきたか?である。 
実感として景気回復は、ほど遠い世界。政府は消費税の増税までと何とか
持維持しているが、何が起きても不思議でない。タクシーの運転手や、
周囲の話も、いま一、ハッキリ聞こえてこない。給与などの収入減を、
デフレ効果で、何とか遣り繰りをしている? 団塊世代は年金生活の中、
退職金で何とか食いつないでいるが、日々、厳しさが増している?
 この事態の中で、誰も黙して語らず。 一般的な趨勢はどうか?というと、
平均預金残高が1100万だが、ローン残もある。平均より多い人も、ゼロもいる。
そこで収入の中間点の人はどれくらいか?といえば、400万。預金ゼロが30%。 
マスコミが勝ち組とかいう資本主義の、お金優先の価値観で、洗脳するため、
大多数を占める負け組?の不満が充満する。
ー 先週末のNHK、日本新生「熟年サバイバル〜年金減額時代を生きる〜」
 がシビアー     〜その内容といえば〜
《「定年後は、年金をもらいながら悠々自適の生活…」、そんなサラリーマン
 の人生設計が成り立たない時代が始まった。厚生年金の受給開始年齢の引き
上げが今年度からスタート。現在52歳以下の男性は65歳まで年金が受け
取れなくなる。定年後、ゆとりある生活を送るために必要な費用は、民間機関
の意識調査によると月37万円で年金の受給額は月23万円、14万円の不足だ。 
支給開始年齢の引き上げで、状況はさらに厳しくなる。「生きがい」のため
だった定年後の就労が「生きるため」の手段とならざるを得ない状況になって
きているが、定年後の職探しは厳しいのが現実だ。一方、今年から始まった
「65歳までの希望者の雇用義務化」を受け、中高年社員の再教育に乗り出す
企業も現れるなど、「シニアワーカー」の活用が人口減少社会の成長の鍵を
握る課題となっている。しかし60歳以上の増加する「シニアワーカー」
の雇用を確保しようとすれば、若い世代との雇用のイス取りゲームが激化し、
社会の不安定化を招くという指摘もある。どうすればシニアワーカーに
活躍してもらい、社会全体に貢献してもらうことができるのか? 
そのために個人、企業、そして社会全体は何ができるのか?徹底的に議論する。》
▼ この国の経済力が三分の二になっているに関わらず、政治の貧困のため
 ダウンサイズ出来ず、ひたすら破滅に向けて借金を重ねているのが現状。
裸の王様と同じで、誰も、それを大声で主張できない。定年延長は若い世代の労働
にはマイナスという、悪循環が起きている。これで景気回復といっても無理がある! 
中小企業には地獄の鍋の蓋が大きく開き、で、東京オリンピック!
それは面白いだろう。
・・・・・・
4242, しまった! ー1
2012年11月06日(火)
  ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 
 誤りは人の常。人はそれぞれのバイアス(体系的偏見)から、自分自身と
世界を見ている。問題は自分で、それに気づかないで、それぞれの岩の中
(バイアス)で一生を過ごしてゾンビになってしまうこと。そして魂の抜け殻
人間になってしまう。そして最期に、「しまった!」と後悔する。年寄りの
顔が暗いのは、そのため。同じ後悔ならバイアスに気づき、出るしかない。
   ーまずは、内容紹介ーより
「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、面白くてネタになる
トピックを「これでもか」というぐらい集めて分析した内容。たとえば・・
★ レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす?
★ トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている?
★ 黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる?
★ 人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という
  誤りを犯すほうを選ぶ ?
★ 「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる?
★ 医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。
  だが、自分が影響されていると考える医師はわずか一六%しかいない。
★ 人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、
 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。
★ 映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、「いま見たい」人は
  大衆的な作品を選ぶ。
★ キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、
  利率を五ポイント下げたと同じ効果が期待できる。
★ 予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。
★ 投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。
★ 人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。
★ 無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、
  いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。
★ 一般的に、男は自分を持ち上げるために、女は他人を持ち上げる
  ために嘘をつくことが多い。
★ 社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度におけるわずか
  三%しか占めていない。
★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。
  だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的動機には
  左右されない。(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?) などなど、
  興味深い話がてんこ盛り。
 ▼ 多くの事例で人の「まちがい」メカニズムを解明。人はミスを防ぐ
  ことができるのだろうかを問う内容。人は自分を騙す動物だが、自分に
  騙されている自覚がゼロに近いため、その蓄積が致命傷になる。 本来、
「人生は、しまった」の連続。その最たるものは結婚。9割の夫婦が失敗と
思っているというデーターがある。 人間の最期は死に直面するが、誰もが
シマッタと思う。バイアスに閉じ込められていた自分に初めて気づく。
  ・・・・・・
3877, フォトビジョン
2011年11月06日(日)
 iPadを購入して数週間後、分からないことがあったので買った先の
ソフトバンクショップに聞きにいった。ところが、「それは販売店では解決
できない問題で、直接、アップルに電話をして聞いてください」と、軽く
あしらわれてしまった。その時に気づいたのは、こういう販売代理商品は、
ヤマダ電機などにあるアップルの担当のいる店で買うべきで、販売代理を
している店で買うべきでない、ということ。 その窓口の人が、「ところで、
iPadを購入すると、PhotoVisionというフォトフレームが
無料で貰えるのを知っていますか?」という。買った時に、そんな話を
聞いてない・・ そこで、「以前から興味があったが、買うほどでもないと
思っていたが、タダなら、もらいたい。」というと、急に態度が変わり、
その手続きに入った。 そこで分かったのが、デジタル・フレームに
携帯用の電話番号がついたもので、メール用の住所もある。 
携帯電話で撮った写真をデジタル・フレームに直接、電送してしまうもの。
なるほどと思ったが、手続きに時間がかかる上に、新たに携帯電話契約の
ローンを組まされた。その見返りとして、それに見合う金額が数週間後に
銀行に振り込まれる仕組み。何か騙されたような?奇妙な気持ちであった。 
これは、孫や小さな子供がいる家族に、遠くはなれた子供から携帯電話で
撮った写真を直接メールをしてくれる。 面白そうだが、孫もいないし、
新たに携帯電話料金もかかるし、どうでもよいものを持たされてしまった
と釈然としない気持ちであった。そのため二ヶ月ほど使わないで放っておいた。 
しかし数日前に急に思いたち、取り付けてみた。 携帯電話の写真電送
などすることがなかったので、初挑戦と、そのフレームに携帯電話で
撮ったばかりの写真を送ってみた。何度か失敗をした後に、確かに
フレームに撮ったばかりの写真が送られてきた。普通の電子写真立ては
携帯電話やデジカメで撮ったSDカードを差し込んで見るが、これも直接
入力も出来、スライドショーにもなる。 親からすれば、遠くの子供や孫
から、メールで写真がフォトフレームに送られてきたら、嬉しいだろう。 
という訳で、私の前のiMacパソコンの横に、iPadと、ソフトバンク
のPhotoVisionが仲良く並んでいる。面白いのは、同封されて
きたパンフレットに糸目が入った「フォトとも、をつくろう!」という
のがある。6つほど、そこにメールを書き込み人に配ればよい。 
最近のスマートフォンで若い人たちや、女・子供は、気楽に写真添付の
メールのやり取りをしているのだろう。 
 いや、メールでなくツイッターか。 面白い時代である。
 ・・・・・・・
3512, ユダヤ人の頭脳活性法 ー6
2010年11月06日(土)
  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  * 「論理力」を身につける
 ◎ ー知恵は、地中深く岩と砂にまじっている金鉱石に似ている。 
   論理は金を鉱石から抽出する水銀に似ている。
                (ラビ・モシェ・イブン・エズラ)
  ーまずは、論理力の身につけ方を要約してみたー
【 点と点の情報を結ぶ能力が、論理力であり、点と点とのつながりが
 論理であり、「論理的」であるとは、点と点が一貫した整合性で結ばれて
いることである。また論理的ということは、真実の根拠を積み上げて考える
ことである。論理的に考える際の、思考の最小単位となるのは、
「A=Bである」というであり、その表現を組み合わせながら、私たちは
物事を考えるのである。 また、考えるという行動には幾つかの面がある。
△論理的に考える △分析的に考える △直感的に考える △情緒的に考える 
△肯定的に考える △否定的に考える △建設的に考える △消去的に考える。
 これは、考えるという行動の様態というか、一面を示している。 
過去を思い出すのも「過去を想像する」ことから始る。しかし思い起こした
内容が実際かどうか、合理的かは問われる。過去のことを自由に想像して、
そこから整合性があるかどうか、確認でもある。それでは未来に向けては、
どうすれば良いか。いわゆる空想には、願望や憧憬、単なる想像がある。
どこまでも、自分の思うままに、自由に、想像の翼を広げてみるのもよい。
これを「考える力を高める」という目的に結び付けるに、現実化へ一歩ずつ
踏み出す必要がある。現実と理想の隔たりを埋めるために、考える力が必要
になって来る。そこで、一つだけ絞って、できる限り詳しく想像をめぐらして
みることである。  それが実現すると、どのようなことが起こるか。
○何がさらに始るか。○誰が喜ぶか。○誰が最もメリットを受けるか。
○それを持続していくと、さらにどのような幸せを誰と誰に与えることができるか
 これらプラス思考は、どんどん広がっていくもの。またマイナス思考も同じ
ぐらいしておくこと。それをなるべく具体的に描いていくことです。そして、
その理想を実現する方法は、今度は、理想とする未来の方向から現在へ向かって
発想する。そうすると、理想を実現化するための手段が明確になって来る。
いきなり自分から理想に近づこうとしても無理。逆順をしていって、現在の
具体的な行為で一つずつ片付けていけばよい。理想とは、未来のことでなく、
未来が要求する条件にかなうように、自分を準備する。そうすることで、
未来が現実のものになる。理想と未来からの発想が、人間を変えるのである。】
 〜以上だが、これらは長年の訓練の繰り返しの中でしか、身につくもの。
しかし、論理(筋道)がチャンとしてないと、行き当たりばったりの生き方
になってしまう。それぞれの家のハビタス=習性も、長年かけた代々の行い
から築きあげられたもの。それにそっていくのも良いのかもしれない。


5348,高校生の娘に裏切られました 〜身の下相談

2015年11月05日(木)

      
        ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
 以下の質問に違和感を感じたのは回答者も同じ。しかし、何か切ない内容。
世間体の価値観を、そのまま受け容れて生きてきた毒が、この結果を生んだ
ことすら全く気づいてない「無知の涙」の典型である。こういう世間の価値観
を信じきっているのが、私の見立てで八割。いや九割もいるからゾッとする。
   ●質問: 高校生の娘に裏切られました 〜相談者主婦55歳
≪ 55歳の主婦です。
「知らない方が平穏だった」という事実が我が身に起こってしまいました。
4カ月ほど前に、高校3年生の娘が妊娠し、その後堕胎していたという重大な
秘密と裏切りを、娘の知人の母親から知らされたのです。
 何とうかつな、そして愚かで情けない母親でしょうか。今日の今日まで、
一切何も気づかずにいたのです。1歳年上のボーイフレンドの存在は知っていた
のですが。何より情けなく悲しいのは、ずっと娘が何ひとつ取り乱すことなく、
普通に毎日を送ってきたごとです。大それた事件を、どのように処理したのか、
おくびにも出さない態度にうしいものを感じます。罪悪感や自責の念は
ないのでしょうか。 また母親として何より悲しいのは、娘があちら側の人間
私がもっとも嫌っている、倫理的、道徳的に許されないことを行った側の人間
になってしまったということです。
 私自身の学歴に対する深いコンプレックスから娘に受験させ、失敗したこと、
私と夫が不仲であることなど、さまざまな原因が大きく影響したかもしれません。
現在の私は、母親としての自責の念と喪失感、そして娘への嫌悪感という気持ち
がせめぎ合つています。娘にはまだ問いつめていません。≫
アドバイスをお願いいたします。
   ●回答〜「ごめんね」から始めてください
 うーむ。この質問、何度読んでも不可思議ですね。あなたの娘さんに対する
愛情を感じることができません。「母親として何より悲しい」のは、
まず何よりも「娘にこれほど信頼されていなかったこと」ではないのですか。
 あなたはそのことにうすうす気づいていながら、それを認めるのがあまりに
怖くて、すべての原因を娘に転嫁することで娘をますますあちら側に追い
やってはいませんか。高校3年生の少女が望まぬ妊娠をし、それを親にも相談
できず、「取り乱すことなく、普通に毎日を送る」ために、どれほどの努力を
したことでしょう。娘さんの「おくびにも出さない態度」には、どんなことが
あっても母親には知らられまい、という固い意志が見て取れます。
なぜなら母親が自分を叱責し、非難することがわかっているから。
 これまでの人生で最大の危機というべき事態に、つらさを分かち合って
自分の味方になってくれるという期待がこれっぽっちも持てないから。
そしてそういう期待が持てないことがはっきりわかるような親子関係が
すでに長期にわたって続いているから。「裏切り」とは信頼があってのもの。
あなたのいう「裏切り」は、娘が自分の思うようにならなかったことに
対する無念と怒りです。
 あなたの質問の文章は、以上のわたしの解釈をすべて裏付けるものばかり。
出だしが象徴的ですね、「知らない方が平穏だった」のなら、娘が援助交際
をしようが食べ吐きをしようが、「知らない」まま、娘に「よい子板面」を
かぶっていてほしかったのでしょうか。そして娘さんがその期待どおりに
ふるまったのでしょう。娘さんは望まぬ妊娠と中絶で、すでに十分に傷ついて
います。その娘を『あちら側』に追いやっているのは他ならぬあなたでしょう。
とはいえ、あなた自分にも非があるかもしれない、とかすかに感じてもいます。
自分の支配欲、世間体、夫との不仲など、あなた自身がウソで固めた生活を
していることが、娘にも影響しているのではないかと。最後の問いが救いです。
「私の気持ちの持ち方、娘への接し方へのアドバイス」を求めているのなら、
娘さんを「問いつめて」はいけません。代わりに、「あなたが困っている
ときに助けてあげられなくてごめんね」というところから始めてください。
あなたがこれからでも娘さんとの関係を築きたいと、ほんとうに思うなら。≫
▼ 「入れたもの?は、出さなければならない」という変な諺があるが、
 堕胎の選択を本人はしたが、それをアチラ側の人と判断している母親が
末恐ろしい。娘にとって母親の影響は、あまりに大きい。私の嫌う世間体の
世界しか知らない結果が、これ。家族内には、多かれ少なかれ、問題がある。
それは世間教という得体の知れないマインドコントロールがなされている。
それは毒にも薬にもなる劇薬が含まれている。問題はそのことをを知って
いるかどうか。この文面からして、相当の世間人に、理解できるだろうか。
九割の世間教の信者こそ、あちら側の人たち。その人たちからみれば、
それを冷笑している??は、ソッチの人。「世間教徒、金融系に多い」よ!
 世間教で凝り固まったコテコテの『ドライフラワー』といえば、誰(笑)
・・・・・・
4983,暴走する世間 −1
2014年11月05日(水)
    〜暴走する「世間」―世間のオキテを解析する〜佐藤 直樹 (著)
  ーまずは、アマゾンの解説から
< 日本社会の見えないオキテ、それが「世間」である。事件が起きマスコミ
 で報道されるたびに「犯人」にたいして極端なバッシングが起きるのも、
「空気を読め!」という無言のプレッシャーが生じるのも、携帯を使ったいじめ
が起きるのも、「世間」という同調圧力のなせるわざ。「お世話さまです」
「おかげさまで」といった物言いにさりげなく顔をのぞかせ、いじめ・うつ病
・自殺の引き金にもなる「世間」。バブル崩壊以降とみに暴走しはじめた
「世間」の危ない構造にメスを入れる長編評論> ~~
~~森林(現役)の生活からサバンナ(御隠居)へ、住居を移動したことで、
見えていた世界が様変わりをした。社会から、世間への移動?それとも、逆? 
いずれにしても、ますます、独善になっていく自分がいる。 世間的強制力に
アタフタするのは、やはり個人が確立してないため。
 実は社会も、世間も共同幻想でしかない。そう思えば楽だが、それが比較的
楽に出来るのが御隠居の身分。 ーその辺りからー
≪ 社会も個人もいない「世間」のなかで、「世間」的強制力をともなって、
 個人に責任を押しつける「自己責任」や「心理主義」が強調された場合、
「世間」はますます住みにくくなる。しかし「世間」は、日本人であれば、
生まれたときから取り囲まれ、あるものと親から教えられ、そのなかで生きて
きたから、それを意識的に取りだすのがとてつもなくむずかしい。 
これに加えて、「世間」は具体的なものではなく、ある種の共同幻想、つまり
人々のアタマに宿る観念である。人によって「世間」は広かったり、狭かったり
するが、それは「世間」とは関係そのもののことであって、本質的には人間の
アタマに宿る共同幻想だだから。共同幻想とは、複数の人間に宿す観念である。
厳密にいえば二人の間だけでは、共同幻想とはいえない。たとえば恋愛関係
などのように、二人の対になる関係においては、世間は存在しない。
この二人の関係を、思想家の吉本隆明さんにならって「対幻想」とよんで
おくことにする。
 「世間」は三人称的な関係で、三人以上の人間が共同して生みだす幻想。
なぜかといえば、「世間のオキテ」といったようなルールや規範が存在する
ためには三人以上の人間を必要とするからだ。「世間」は幻想であるから、
ないと思えば、ない。「世間のオキテ」も、ないと思えば、ない。げんに外国
で生まれ、日本に住んでまだ間がない外国人には、「世間」も「世間のオキテ」
も間違いなく、ない。だから原則として外国人は、「世間」には入っていない。
かなり長く日本に住んでいる外国人でも、日本の「世間」のなかに入ることが
できるのは、まれである。外国人が「日本人はとっても親切だ」というのは、
かれらがはじめから「世間」に入っておらず、そもそも「世間」の外にいる
「お客さん」であるから、親切にされるにすぎないのだ。 問題なのは、
「世間」が具体的なものではなく、共同幻想であるがゆえに、それを否定
するのが相当にむずかしいということである。具体的なものなら、捨てるか、
近づかないようにすればいいが、共同幻想は観念そのもののことだから、
そうはゆかない。簡単に捨てることができないし、そのなかで生活している
以上、近づかないでいるわけにもゆかない。だからこそ、「世間」の存在は
なかなか意識化できないのだ。しかし、これを意識化する方法がある。
それが、「世間学的エポケー」である。・・・≫
▼「あの老人、一度も恋をしたことが無いんだって!現実に溺れすぎて」
 という強烈な言葉がある。共同幻想の前の「対幻想」の幻想である。
その共同幻想も、何も考えもせず、ただ、成り行きで染められた幻想で
しかない。Uターンで地元に帰った時に感じたのが、城下町という特殊の世界。
専門が社会学だったことと、10年間の外界経験から、これが特殊ということ
が分かっていた。で、アウトサイダーに徹し、そして、事業場を新潟にした。
これが「世間学的エポケー」これも事業設計、人生設計の一つ。
予め世間を特殊世界と割切って捨てれば、これほど楽なことはない。一般的
には御隠居になって気づくが、気づかないままが殆ど!あのゾンビの群れ。
・・・・・・・
4616, 君は1万円札を破れるか? ー4
2013年11月05日(火)
  ー君は1万円札を破れるか? 
     〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)ー
   * 年収は人の価値判断の基準になるのか?
 森の生活(経済社会)から退いて、サバンナ(隠居生活)に出て
気づいたことは、これまで、「人の判断基準に、手持ちの資産と、年収を
価値基準にしていたこと」である。資本主義社会の洗脳である。
「格差社会」「勝ち組・負け組」の言葉の背景に資本主義社会の価値観がある。
それも一線を退けば、その比重は低くなる。お金を気にしないで済む収入と、
蓄財が幾らかあれば、それ以上は皆、同じ。森の生活では、稼ぎが、その人の
価値と錯覚をしてしまいがちになる。他人との比較で、その額の差が人間の価値
と錯覚をしてしまう。「お金には絶対的価値がある」「お金はすべてのモノの
価値を規定する物差し」という洗脳が長年かけされ、それを疑おうともしない。
お金で、自分の労働や価値を規定され、振り回されている状態は、宗教に洗脳
された信者と同じ。 著者は、ここで、現代社会における「価値」を
「物理空間における価値」と「情報空間における価値」と分ける。
物理空間とは、体で触れることができるモノの世界。情報空間とは、脳や心の中
に存在する様々な概念が作る空間。米を例にとると、タイ米と魚沼コシヒカリ。
その価格差は10倍近いが、物理的な味と栄養は、せいぜい二倍?
あるかなしか。「美味しい」という感じ方はそれぞれ違い、何倍美味しいとの
数字化は不可能。タイ米と魚沼コシヒカリと表示されなければ、値段の差だけ
の価値を感じることはできない。ブランドものはバーチャルバリュー
が、その価値を高めている。年収も財産も同じで、ある金額以上になると大して
変わらない? いや2千万と、2百万の年収では生活の快適さは違う?
貧すれば鈍するし、豊かさには幸運の機会を多く集まる。年収が多いに越した
ことはない。貧しさは、人間性を卑屈にする。問題は、年収が「絶対的」では
ない、ということ。タイ米なら、タイ米にあう調理をすればよい。
考え方である。「資本主義社会の洗脳」の自分を一度突き放し、冷笑し、
卑屈にも、のぼせ上がらないこと。所詮は、娑婆のこと。それを自覚し、
超越するために、ライフワークを持つこと、それが教養につながる。 
多趣味か、一つの趣味を深く追求するかと、年収が多少の差とを類推すれば、
理解しやすい。= 偶然、7年前に、同じようなテーマの読書日記があった。
〜〜〜
2073, 金は人を幸せにするか?
2006年12月06日(水)
           才八∋ウ_〆(∀`●)
 お金に関しては、何度か書いてきたが・・
先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。
 毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』=W・バーンスタイン著の書評で、
その内容が紹介されていたが、なかなかよい。建前でいえば、
「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。
それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。
 質問そのものがナンセンス」が正論である。
しかし本音のところ、 「金は何でも買うこともできる自由の塊、何で
そんな建前をいうのか? そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」
と、陰の声がささやく。
「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、最後は不幸のどん底、
投身自殺を図ったが死に切れず・・・」
 これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。
倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。
人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、
間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。
幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。
 私の持論は、「金で8割の幸せは買えるが、あとの2割は金で買えない。
その2割こそ一番大切なことである。しかし8割は買える。
幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。
それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、
やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。 理屈として、
「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。買えるものは金があれば
こそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。そのぶん自由度が
狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。
自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。生存レベルで必死の人
にとって、{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである}
のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。
生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、 幸福感が
「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、身近な世界の
人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、幸せなれなくなる。
 金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を幸せにはしない」
と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。
・・・・・・
4241, 閑話小題 ーある居酒屋で
2012年11月05日(月)
    * 再び不景気の話
 先日、TVで成田のホテル事情を放送していた。値段とサービス競争で
少ない客の獲得競争が激烈化している、という。日航ホテルがツイン・ダブル
で一人3千円からと、打ち出していた。もちろん飛行場までは無料のシャトル
バスが出ている。「訳あり客室」と名うって限定数だが、実は何の問題のない
部屋。最近は格安運賃で早朝出発の客が多いので、格安価格を打ち出すしか
ないようだ。そのホテル内にはローソンがあり、お客の殆どが、そこで弁当を
買っている。中国・韓国からの客も激減で死活問題。新潟駅前も厳しかったが、
成田は、そんなものではなさそう。リゾートホテルや温泉街など酷いようだが、
潰れないのは銀行が潰せないため。年の瀬に向かって厳しさが直に伝わる。
ナショナルが二年で1兆5千億の赤字を計上したと報道にあった。
粉飾などしないのがナショナルの良さだが、スマートフォンと、タブレット
PCに、テレビ、デジカメ、パソコン、電話、書籍、ナビなどが集約され
格安になれば、会社の土台から揺らいで当然。その上に韓国のサム寸や、
中国の家電がシンプルな格安商品を売り出し攻勢をかけている。世界ブランド
のナショナル、シャープ、ソニーなどが、会社存続も危ぶまれるなど
数年前までは考えられなかった。 
   * その上に不景気の話
 日経新聞に ≪ 【ソニー、パナソニック、シャープ】3社の5年前
の2007年前半の時価総額16兆円が、2兆円にまで激減、逆に韓国の
サムスンは14兆円まで増えている≫と報じていた。今や産業全体が衰退
しており、好調を維持している産業が衰退する事態になりつつある。
それにしてもナショナルが2年で1兆5千億の赤字で、20年分の利益
総額分をとばしたというから酷いもの。株価は暴落でストップ安。
シャープも4000億以上の赤字決算・・ リーマンショックの地震の後の、
日本版大津波の一つの現象。近未来の株式の大暴落より先に、こういう形の
現象が現れてきた。家内がイオン内にあるスポーツジムに通っているが、
「とにかく、変!」と、価格の底抜けが異常と、いう、主婦なら分かっている
ことだが。経済に疎い家内が、ことあるごとに、「会社を早々、たたんで
本当に良かった。中小や個人など、やっていけないのが私でも分かる!」と、
いう。先日、久々に殿町で定例の飲み会。何れの店の客の入りは良くない。
十数年ぶりに入った居酒屋、客の入りの割りに、注文した料理が出てこない。
主がイライラしてのがカウンター内から直に伝わってくる。
母親とパートのような二人の動きが変。二軒目のスナックで何気なく連れが、
「以前いた奥さんが居ない」と話していると、隣の客が、「どうも別れた
ようで、二人は母親と姉さん。以前より度々、奥さんを叱責していたが、
あまりに酷い怒りかただった」という。不景気と嫁姑の関係で、居たたまれ
なくなったようだ。 客商売の苦労は、売り上げが良ければ、それだけで
解消するが、逆だと相打ち。駅前のチェーンに客は取られるし、この不景気、
飲屋街の居酒屋など直撃している。 何か切ない話だが、これが現実。
 ・・・・・・
3876、閑話小題
2011年11月05日(土)
  * 五ヶ月前の「次の首相」は誰か?の予測は
「文芸春秋−7月号」を図書館で借りてきたが、そこで68人の識者が次の首相
を予測していた。その中で、9、7,6票と、石破、安部、小沢の順であった。 
野田を予測していたのが政治学者の伊藤敦夫だけ。彼は野田を「安定感」と
「バランス感覚」に優れていて、他の候補と比べて、「理」に走る‘民主党臭さ」
がなく、「論破」のタイプではなく、「説得」で物事を進めていくのが、他党
との信頼関係を築く上で、最適であるとしている。その頃でも、安部とか
小沢一郎とかの名を上げている識者が多かったのに驚いてしまう。 
野田は、就任してニヶ月だが、今のところ安定した政治運営をしている。 
これを読んでみて、識者の予測のいい加減なことに驚いてしまう。現在の日本
は大震災から僅かな時間しか経っておらず、まだまだ非常事態の最中。 
まだ実務的能力が優れているのか見極めがつかないが、兎に角、1〜2年で
終わらない政権であって欲しいもの。時代の変化は激しい!
  * 最近、ちなみに感じること
 一年ほど前に、林秀彦著の「9.11・考えない・日本人」の読書日記を
書いていた。この春に大きな人生の節目を経験し、その後も、色いろ考えさせ
られることが多くあった。そのプロセスの中で見えてくるのは、この書のとおり、
「大部分の人は全く考えないということ」である。という私も、考えが足ら
なかったので、この結末を迎えてしまった。偉そうなことは言えた立場でない。 
考えるとは、目的、目標に向かう時、最短距離と、不足しているものを探す
プロセス。他にも、目的が無くとも、楽しいと思えることを探すことも、
考えることになる。 林秀彦は、アメリカの戦後占領政策の一環として、
日本人に考えさせない教育をしてきた。
(字数制限のためカット 2015年11月05日)


5347,事前の一策は、事後の百策に勝る 〜2

2015年11月04日(水)

 何時ものようにボ〜っとしていたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」
という格言が浮かんできた。そこで以前、このタイトルのテーマを書いて
いたことを思い出した。 HP内検索で調べると、15年近く前であった。 
 会社整理も、事前の一策、いや10策・20策を長年かけ立てていたため、
最小の打撃で終えることが出来た。考えれば事前にしか出来ないことは、
幾らでもある。楽観だけでは世渡りはできない。最悪の事態の用意を、常日頃
から立てておく必要性をつくづく思い知らされる。事前の策は、最悪の事態を
想定し、シェルター、救命ボート、セフテイー避難口を用意してことである。
これは創業設計からの事前段階に組入れておくか、長年かけた準備をすれば、
さほど難しいことではない。これは、サラリーマンや、二代目には、何のこと
やら理解できない。幼児から少年期の両親の倒産の不安話からも学んだ事。
 この事業清算で、多くの人たちの視線、視点が滑稽にみえていた。
私の知る限り9割以上が最悪の想定の対処がしてない?のではないか。
それぞれが知っている範囲でしか判断できないことが透けて見えてくる。
 当時の私より、推定だが9割以上の中小企業の万一の備えが悪いことを
知らないで、「他人の不幸は蜜の味」と他人事と冷笑していたようだ。
 両親の倒産・夜逃げ話が、私に取っての子守唄であったことを誰も知りうる
はずはない。他人の隠された経験を推し量れないのは、自分自身にも当て
はまることを「合せ鏡」として知るに絶好であった。何事も、自分の分厚い
様ざまの色のサングラスを通してしか理解できないことが自覚できてない。  
 何事も、一に準備、二に準備、三に準備が必要である。 人生においての
準備は、ベースとなる教養である。他人様の教養度は、少しの接触では計れ
ない。その段差が大きいと、浅い人からは皆目、知る由がない。
 あれから4年半、あと半年で5年(私にとって)の喪があける。
あの結果が、私の人生にとってベストと思えるかどうか? 
どのみち同じことか! 人生は絶妙に出来ている。
「事前の愚作は事後の百策をフイにする」というところか、人生は!
―――
2002/01/16
事前の一策は事後の百策に勝る

生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。
これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。

ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、
ああしておけばよかった」ということが出てきても、その
修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない
と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。

これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。
それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。
宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、
建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。

以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。
事前の一策を練る事といえる。
一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーして
いるプロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。
他人事でないか?事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。

それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。
十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。
過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く!
準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、
とことん突き詰める事だ。

計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、
必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。

結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。
数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か!
・・・・・・
4982,瞬間説得 ー3
2014年11月04日(火)
    「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
  * 美人であることが、瞬間説得になる!
 「美人は本当に得か?」という研究を社会心理学者がしたところ、
その答えは、「本当」である。今さらで驚くべきことでないが、
女性にとっては大問題。 ーその辺りを要約するとー
・署名活動で、美人の方が普通の人より格段に多く集めるし、
・美人のボランティアが立っている慈善街頭募金は、圧倒的に金額が多いし、
・裁判でも、容姿の魅力が効果をあげ量刑が軽くなっているという。 
・アメリカの大学の実験で、男子大学生に事前に被験者の細かい情報に加え、
 美人と、そうでない人の写真を混ぜておくと、事前の10分間の電話打合せ
 では、魅力度で、対応に明らかな変化をもたらす結果だった。
・もっと露骨な調査があった。排卵期、月経期、その他のグループの3つに
 分けて、どのグループの女性が、持てたかというのもある。もちろん、
 子供ができる可能性が高い排卵期の女性で、フェロモンが出ていたため?
   ーこのジョークが、まさに瞬間説得である。
《 交通警察官が、スピード違反でバイクの男をつかまえた。
「違反切符を切れないような、納得できる理由があればいってくれ」と警官。
「それがさ。先週、女房がおたくの警官と駆け落ちをしたんだ。それが、
パトカーを見たとたん、彼女を帰しにきたかと思って逃げたんだよ」》
 身近なペットを見ても、それぞれの方法で飼主への瞬間説得を身につける。
ペットのインコは、鳴き声と、止り木での回転と、視線で瞬間説得をしている。
アイコンタクトも、女性の流し目も同じ。「目は口ほどにモノを言い」である。 
TVのスポットCMも、15〜20秒の瞬間説得になる。特に、女性への
コンプレックスCM(化粧品、ヤセ薬、装飾品)が巧妙で見ていて面白い。 
香水は、瞬間説得の最たるもの。 それと褒め言葉も。
・・・・・・
4615, 閑話小題 ー愛すればそっくり
2013年11月04日(月)
   * 愛すればそっくり
 30年間、ウォーキングとポタリングを続けてきた中、犬の散歩と行き
あってきたが、何故か犬と飼い主の姿と顔が似ている。TV番組で、その
レポートをしていたが、学者まで出て分析をしていた。犬と飼い主の写真を
左右において、ペア当てをしたところ、7割が一致。そこで、目だけを両者
切り取ってペア当てをさせたところ、やはり7割が一致。同じ環境で、
似たようなものを食べていれば似てくるのか? しかし飼った年月が長い
ほど似てくるか? といえば、そうでない。そこで「自分に似た犬を無意識に
選定する」という説がクローズアップ。同じ環境と、互の性格が同化する説が
尤もらしい。 似た者夫婦というが、同じ? 犬は上下が明確だが、夫婦は
対等?で、愛憎相まり!正反対の顔になっていくケースが多い? 
   * シネマ『スティーブ・ジョブズ』
 シネマで『スティーブ・ジョブズ』をみてきた。ーシネマのブログにはー        
【 常に既成の枠組みを打ち破り、理想を求め続けたスティーブ・ジョブズ。
人と違う考え方を貫き、周りの人全てを敵に回した<反逆児>が、どうやって、
世界中の人に愛されるデバイスを創ったのか。 シリコンバレーの寵児と
呼ばれながらも繰り返される成功と挫折の狭間で、彼は何を考え、何を想った
のか―。1970年代、友人たちと共に自宅ガレージからスタートしたアップル
・コンピューター。 その類稀なる創造力により、文字通り“世界を変えた”
天才の半生を描いた大注目作。】
▼ ジョブスに関するドキュメントは、幾つかTVで取り扱われており、
 シネマは、それらを忠実に物語化。その中で、ジョブスが、マイクロソフト
のビル・ゲイツ氏に電話越しに怒鳴りつける場面が圧巻。ジョブスは
「絵文字をモニター画面上に表したりマッピングの概念」をゼロックスから
盗み、そのアップルからゲイツが盗作したのである。
《 画面をスクロールするために「ボタン」をかたどった部品の絵を使ったり
 して、PCを直感的に、しかも簡単に操作できるようにしたウィンドウズは、
これらの経緯で出来ている 》ということ。
 映画では、ガレージでアップルを興した20代初めから、晩年までの約30年間
のジョブズ氏の人生のストーリ。まず学生時代に、友人たちと自宅のガレージ
でアップルを設立するところからスタート。4年で株式を上場させ富と名声を
手にするも、目に余る傍若無人ぶりで「君自身がアップルの敵だ」と役員の
全員一致で解任されてしまったジョブズ氏が、それでも夢を諦めずピンチに
陥ったアップルに立ち戻って「アップルをもう一度クールに」と大胆かつ
斬新なビジョンを実現していく。そのキッカケが、iPodである。
そしてiPhone・iPadにつながっていく。ウィンドウズも元といえば、ジョブス。
ジョブス、ゲイツは、明らかに歴史を変えた人物として残る。 〜評価85点
・・・・・・
4240, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー13
2012年11月04日(日)
  * 駅伝のルーツとは  ー「ルーツ大全」インフォペディア編より
 今日、大学選抜の駅伝が行われるが、駅伝のルーツが、この本にあった。
飛脚がルーツという感があったが、なるほど、色いろな経緯があった。
箱根駅伝もTV中継をするようになってから爆発的にファンが増えた。 
 −まずは、その辺りを抜粋する。
≪選手がリレーして走る、いわばロード・リレー・レースである駅伝は、
 日本発祥のスポーツである。最初に駅伝が行なわれたのは、1917(大正六)年
のことだ。この年は、京都から東京へ首都が移ってからちょうど50年目にあたる。
当時の有名企業は、こぞって50周年の記念行事を計画し、駅伝はそうした企画の
なかの一つとして、考案されたものだった。駅伝を発案したのは、当時はまだ
朝日新聞や毎日新聞の後塵を拝していた読売新聞の青年社員。彼は、京都の
三条大橋から東京の上野を結んで、昔の飛脚のように東海道五十三次をマラソン
リレーする斬新なアイデアを考え出した。「駅伝」という名前はこの時考え
出された。鉄道の駅に立ち寄るわけでもないのに、なぜ駅伝という名前が
つけられたのだろうか。これは、古代の「駅伝制度」にちなんでいる。
古くは飛鳥時代から、日本の主な街道には、急ぎの使老が乗り継ぐための
馬を配した「駅馬」「伝馬」が置かれていた。選手たちが次々に走り継いで
いく様子をこれになぞらえ「駅伝」と名づけたのだ。この日本初の駅伝は、
関東組、関西組のニチームで争われ、選手たちは三日間昼夜を徹して東海道を
走り抜いた。沿道は世紀の大勝負に大観衆が熱狂して声援を送り、最後は
関東組の勝利に終わった。この駅伝大会が成功したため、三年後は東京と箱根
を往復する駅伝大会が始めている。これが現在の箱根駅伝。最近では海外でも
駅伝が行なわれている。日本が生んだ競技が、世界に広がりつつある。≫
▼ 駅伝は順調でもチームの一人が倒れれば、それで終わりとう危険がある。
だから、見ている分には面白い。倒れた人は、それで一生の傷を負う。
甲子園の野球に、似たところがあって、そのドラマは残酷でさえある。
 ・・・・・・・
3875, ギリシャ危機の実態とは? −2
2011年11月04日(金)
  * 呆れたギリシャと、日本
 ギリシャが支援を受けるには借金を減らすため政府予算をきりつめなければ
ならず、国民の反発が強い。否決されれば、欧州の解決策が白紙に戻る。
そのジレンマの中で、何と国民投票をギリシャ首相が表明したとニュースに
あった。いずれ破綻をするのなら、一度破綻させ、ギリシャをEUから
外せばよい。一つ間違えると、世界は恐慌。いや、既に瀬戸際に立っている。
本来は10月に起こって不思議でない恐慌が、少し延びているだけ。
まず、その記事の一部をコピーから・・・
【 欧州の政府債務(借金)問題への懸念が再燃し、株安やユーロ安を引き
 起こした。ギリシャがユーロ圏各国による支援策を受け入れるかどうかを
国民投票で決めると発表し、否決されれば欧州問題が解決できなくなるとの
不安が強まった。独仏首脳はギリシャ側と2日に緊急会談を開き、対応を協議。 
1日の欧州株式市場では、ドイツの株価指数が一時6%、フランスの株価指数
が一時5%を超える大幅な下落になった。とりわけギリシャ国債を多く持つ
仏金融大手のソシエテ・ジェネラルやBNPパリバなどの株価が大きく落ち込み、
金融機関の経営への懸念が強まっている。その後のニューヨーク株式市場も急落。
大企業で構成するダウ工業株平均は一時、前日終値より約320ドル下落した。 
欧州通貨「ユーロ」も売り込まれている。1日午前の東京外国為替市場では一時
1ユーロ=109円台をつけたが、その後は 円高ユーロ安が進み、欧米市場
では106円台になった。】
▼ 世界の金融関係者は固唾を飲んで見ているが、日本は、他山の石でない
 から大変である。問題はギリシャだけでなく、他のPIIGSが控えている
こと。その上にアメリカも、日本も、そして中国も大きな地雷を抱えている。
各国の指導者の誰も、その解決方法が分らず、成り行きに従うしかないのが現状。 
ギリシャの公務員数が、何と人口の10パーセント。日本の公務員数はというと
400万人。国家公務員100万人、地方公務員300万人。多いといっても3%。
話は飛ぶが、日本の公務員は、退職金とか公務員年金を給料に換算すると年に
一千万近くになるという。で、それを掛けると、何と40兆円になる。
国家予算と、地方の予算は別としても、国家予算より多いことになる。
で、国の予算が実収入の三倍。 当然、待っているのは、国家破綻である。
そして韓国がIMFの管理下で血の滲むような、合理化をせざるを得なかった
道が目の前に待っている。同調バイアスと、正常性バイアス、そして他愛主義者
が政権をとっていることもあり、国民は大津波の前の土手で、車に寄りかかって
プカプカとタバコを吸っている姿に類推できるのが、現時点。海岸線の危ない人
の話だけでない。
  ・・・・・・・
 3510, ユダヤ人の頭脳活性法 ー4
2010年11月04日(木)
「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
   * 全身学習法
 子供が六歳でへゲルとよばれる寺小屋に通い始めると、まず文字を指で
押さえながら朗読することを教える。つまり、目で文字を追い、指で押さえ、
口で朗読し、耳で聞くわけである。人にとっていちばん記憶しやすいのが、
自分の声。次は胎内入る時から聞いている母親の声。母親の語る童話や
寝物語は、人間の知性の発育に大きく影響。ユダヤ人は、これに加えて、
身体を前後に揺らしながら読みます。つまり全身を使って読むわけである。 
我われは本を持って部屋をウロウロしながら小さな声を出して読むのが一番
効果があることになる。座って前後に身体を揺らせながら読んでもよいが。
こういう時、速読は駄目で、ゆっくりと一行ずつ幾度も音読を繰り返し、
文章の余韻を味わってみることである。 それと、考えと思いを書き出す
ことも重要。自分が心の中で思っていることと、自分が理知的に考えている
間には、大きな段差がある。自分自身に対して中途半端に妥協せず、自分が
納得するまで、とことん吟味し選び抜き、自分が納得できる表現の文章に
組み立ててみることである。
 解)そういえば、鳩山兄弟の勉強法に「部屋の黒板に書きながら
解をしていく」とあったが、これも身体全体を使っている。 
  *「模写する力」を身につける
ー「書き写す」、「真似る」そこから自然とオリジナリティーも育ってくる
書くということは、自分の考えを綴るだけでなく、他人の名文を書き写す
ことからも学ぶ点が多い。名文というものは、日本語の韻律に優れている
だけでなく、仮名と漢字の使い分けや、そのつなぎの妙、そして仮名と
漢字の織り成す音韻の点でも優れている。受験生などに有効な、もう一つの
方法は「筆写」。試験問題も、設問も、全部二・三度書き写してみる。
そうすると出題者の意図が試験問題全体から伝わってくる。もう一つ、
「写生」である。写生は見えているものを描こうとすることです。
紙の空白の何処のスペースの置くか、何を訴えて描こうとするか
ー奥行きが深いもの。それが上手く出来るかどうかは、全体の構図の取り方
にかかる。 「デッサン」も、誰もが実践可能な頭脳活性法である。
デッサンはフランス語で「下絵」のこと。 鉛筆や木炭、単色の画材だけを
使って対象物を書く素描のこと。対象物をその輪郭、白黒の濃淡、陰影、
線の太さ、細さなど、単純な要素で表現するもの。それだけ、描き手の目の
鋭さと腕の確かさが一目瞭然になる。自分でデッサンできないなら、
模倣と模写から始めることだ。欧米の美術館に行くと、巨匠の画家の作品の
前で終日、模写をしている若い人を見かける。
〜〜
真似る、書く、書き写すことが基本のようだ。それも繰り返し、続けること。
  


5346,貧乏生活で友だちもいません 〜身の下相談

2015年11月03日(火)

        ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
  * できる事と、できない事の腑分けを!
 人生に恵まれず、ひたすら流されて生きてきた人は意外と多い。
これからの日本人の大部分が下流になるというが、グローバルにみれば、
恵まれた環境に住んでいる。貧乏と、どう折り合いをつけるか、その中で、
充実した日々を送れるかの知恵が必要ということか。
   ●質問: 貧乏生活で友だちもいません 相談者OL39歳
 39歳、入社20年目の貧乏OLです。辞めたい辞めたいと思いながら勤めて
きました。会社の業績も厳しく、正社員とはいえ手取り月16万2千円の
ボーナスなしです。親元から片道1時間40分かけて通勤しています。
 貧乏なので毎日の通勤服も着たきりすずめです。だからロッカールームで
着替えるのが苦痛でたまりません。のびきったブラジャーにすり切れパンツ
を見られるのがイヤで、人気のない時間帯を狙って着替えるありさまです。
冬場はコートの下は制服を着て通勤します。 昼の弁当も粗末です。
おかずのない日の丸弁当を見られるのがイヤで、休憩室でも自分の席でも
食べられず、晴れた日は真夏でも真冬でも外で、スズメを相手に、雨の日は
欠食します。 どんな境遇になっても自分を見失わず、明るく元気に生きて
いきたいのですが、こんな生活を続けていると自分が壊れていきそうで
(もう壊れているかも)こわいです。貧乏くさいケチケチ生活をしているから、
いいご縁にも恵まれず、毎日が楽しくないのでしょうか。もちろん友だちも
いません。他人になんと言われても平気な強い精神力を持つべきでしょうか。
やはり他人の目を気にして、こじゃれた服を身につけて人並みのお弁当を
作ったり買ったりして、他人ともっとコミュニケーションをとるように
したほうがいいのでしょうか。
   ●回答: 「壊れず」にきた自分をほめて!
 あなたはちっとも「壊れて」なんかいません。
辞めたいと思うような会社に長い通勤時間をかけて20年間も通いつづけ、
質素な暮らしをして衣服にも食べ物にもおカネを使わず、まじめに忍耐強く
生きているあなたは、今どき珍しいりっぱなひとです。高度成長期以前の
日本なら、あなたのようなひとはけっして珍しくなかったでしょう。
 格差が拡大し、『蟹工船』がブームの昨今。あなたの反時代的な生き方は、
一周遅れのトップランナーかもしれませんよ。 給料が悪くても正社員なら、
派遣切りのように突然職を失うこともないでしょう。 夜勤・残業なしで
手取り16万あまりは介護職の労働条件よりまし。親にペラサイトできるなら、
母子家庭のシングルマザーより有利。自分より下を見て現状で満足しなさい、
とお説教しているわけではありません。
 あなたの本当のお悩みはいったい何? 貧乏なこと? 人並みでないこと?
仕事がつまらないこと? 毎日が楽しくないこと?結婚できないこと?
他人とコミェニケーションがとれないこと? ご自分で「こじゃれた服を身に
つけて人並みのお弁当を…買ったり」したほうがとありますが、「貧乏」なら
その選択肢はないはず。それともその気になれば使えるおカネがあるのに、
ケチヶチ暮らして貯金でもしているのですか? 
 できることとできないこととを腑分けして考えましょう。
 オシャレがしたかったらリサイクルでもファストファッションでも工夫次第
でチープシックは可能です。今どき梅干と個の日の丸弁当とは驚きましたが、
晩のおかずを詰めたり、いくらでも工夫できるでしょう。
 あなたは他入の目を気にしながら、その他人に合わせる気祷ちがないのです
からすでに十分に「強い精神力」の持ち主です。他人とコミュニケーション
する手段は服装や弁当ではありませんから、きっと本気でコミュニケーション
したいとは思っていないのでしょう。コミュニケーションしなくてもすんで
きた職場なら、あなたにうってつけ、と思えます。仕事はやりがいのためでは
なく収入のため。今より有利な転職がなければ、いやがられても職場にしがみ
つきましょう。20年間「壊れず」に続けてきた自分をほめてやりましょう。
▼ ここには書いてないが、収入から考えて下流の女性の典型のアラフォー
 の典型的な悩み。人生設計にセンスがないと言えばそれまでだが。
できる事と、できない事を腑分けする必要が、これまでの人生にあったが、
それができずに、ここまで来た人は意外と多い。

・・・・・・
4981,瞬間説得 ー2
2014年11月03日(月)
      「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
  ー前回の瞬間説得の問いの答えの内容はー
★ < 電車は五分ほど途中停車しました。車内は満員で、しかもさらに
 五分間停車するというアナウンス。すると、ジョギングウェアを着た男が
いきなりタバコを取りだして火をつけました。車内は不愉快そうな沈黙に
包まれましたが、誰もが黙っています。あなたなら、トラブルもなく
一発でやめさせるには? >
ー>人々の顔がそれを雄弁に物語っていたが、誰もが、こうした場合ありがちな
ように黙っていた。そのとき突然ピンストライプのスーツ男が禁を破りました。
「失礼」とタバコを持って男に身を寄せ、「ちょっと火を貸していただけませんか」 
これがきっかけになりました。 堪忍袋の緒が切れたのです。すぐに別の乗客が
止めに入りました。「あんた方、禁煙だってこと知ってるだろう?」と彼は
言いました。スーツの男は禁煙の表示に、突然"気づき"ました。
「悪かった。気づかなかったんだ」それから彼はジョギングウェアの男をふり
返りました。「これは消した方がよいみたいだね」 ・・禁止区域で平然と
タバコに火をつけるような人物は、おとなしくしていないのが普通で、必ず
抵抗します。 これに対処した乗客はどうしたでしょう? 真正面から対決する
のではなく、まったく反対の方向へ行きました。》
 ▽ 逆に二人になって、ますます黙りざるを得なくなる可能性もある? 
★《 =赤ちゃんには逆らえない=ヒューストンのある女性から聞いた話。
昨夜友達が自宅のポーチで赤ん坊の泣き声がするので、気味が悪くなら警察に
通報したそうだ。警察が彼女に言った。「とにかくドアを開けないでください」
するとその女性は心配し訴えた。もしも赤ん坊が窓のぞぱを這っていて、道に
出だりしたら車に轢かれてしまうかもしれないと。
 警察は言った。「すでに警官のチームがそちらに向かっています。
何があろうとドアを開けないでください」警察は連続殺人鬼が録音した赤ん坊の
泣き声を流し、誰かが赤ん坊を捨てていったのだと思わせて、女性たちを外にも
びきだそうとしているのだと言った。絶対とは言いきれないが、夜中に女性が
一人でいる家の外で赤ん坊の泣き声がしたという通報を数件受けているのだと…。
人間の赤ん坊の無力な泣き声は、か弱くもないし、無能でも、原始的なもの
でもない。それは自然界でもっとも深遠かつ強力なものだ。父親と母親はそれを
聞いて初めて、親としての自覚が生まれる。「幼児の」泣き声は、宇宙に
放たれるのではなく、人間の愛と慈悲の深みへ降りていく。それを強盗が
利用しようというのだ。》
 ▽ 子供の泣き声こそ、瞬間説得になるが、実際にあったことだから、
説得力があるし、この程度の細工はするのだろう。 初めての創業で、小さな
テナント商業ビルの一角に、養老乃滝をオープンした。ところが、居酒屋などの
経験が無かったため、2〜3ヶ月に一度は、酔っ払いの絡みに対応できなかった。
そこで考えたのが、相方や、手伝いのパートさんと事前に打合せておいて、
彼らを怒鳴りつけることで、酔払いの気勢を削ぐ方法を思い至り、何度か
きりぬけた事があった。 ・・で、女性が頻繁に使うのは、涙。瞬間説得の
最たるもの。 もう一つ、謝罪会見の後の、10〜20秒間の最敬礼! 
彼らは、下を向きながら 1,2,3と数えているらしい!
・・・・・・
4614, 2000年前のポンペイー6
2013年11月03日(日)
 イタリアのポンペイの遺跡には三度行っているが、行くほどに、その魅力に
惹かれる。また何度か、ここでも書いてきた。TVでは、『NHKBS歴史館』
などで、多くの特集を組んでいる。また、図書館には写真集がある。AC79年に、
ナポリ湾を見下ろすベスビオ火山 が大噴火すると、南東10キロに位置した
ポンペイの町は火山灰に埋もれたが、1748年から発掘調査が行われ、それが
現在も続いている。ローマ人が創り上げた古代都市が徐々に姿を現しているが、
今でも半分も、発掘されてない。 舗装された道路、神殿、住宅、商店街などが
20Mの火山灰に、2千年の間、保存されている。人骨などは、その熱で溶けて、
それを覆って出来た空洞に石膏を流し込んだものが発見された現場近くに展示
されている。 ところが最近、ある地下室で、54人が噴火後、生埋めになって
折り重なった生々しい遺骨が発見された。そこで、彼らのDNAや、装飾品
・衣服などから新たに多くの事実が分かってきた。そこは大きな商家で、
その主人と思われる人の身の周りから金銀が。エメラルドを身につけた
男女の遺骨には、人骨が青く同化。小銭を多く持っている人は近くで商いを
していた人。妊婦は胎児の骨がお腹の辺りあったことから推察される。
噴火から火山灰がポンペイまで到達するに19時間かかったというから、
留まった人は、大金持で金銀の財産を失うのを恐れ、妊婦は身重で、商人は
店に未練があったため、等々が推察される。ポンペイには下水道が完備、
都市計画があって、商店街、大広場、神殿などあり、現代の都市にひけを
とってない。古代ローマの都市は、中世のルネサンスまで、それを凌駕した
時代は一度も無かった。その古代都市を、大噴火の20Mの火山灰が石膏
代りに、都市全体を保存し、私たちの目の前に再現し見せてくれるのだから、
奇跡である。石の文化は、後々まで残るからよい。彼らは午前中だけ働き、
あとは浴場や、劇場などで、生活を楽しんでいた。
瀬戸内海周辺は、農作物などが豊富で、物流が盛ん。それが万遍無く
市民に行き届いていたようだ。 世界は広く、深い!
・・・・・・
2004/11/29
1336, 2000年前のポンペイー5
一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。
落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。
たまたまポンペイについて書いていたので、その偶然の一致が奇妙な気分。
2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。話は少し逸れるが、
エジプトのルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに,兵隊の絵があった。
同じ絵が多く描かれていたが、現地の日本人女ガイドの説明が面白い。
その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに向いているのだ。
当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。
いつの時代でも、そのような遊びがあった。それよりも、数千年の時空を
超えた男の生身の人間的なジョークを伝えているのがよい。
  ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには
・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレター
 を置いていってくれた〕返事が壁に書かれていた。
・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーション
 をしていた。
・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。
・ポンペイの街には400軒の店があった。 24時間営業の居酒屋があった。
 その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。
・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。 
 家計簿的なメモもあった。
・果物屋には桃が売られていたメモがあった。  等々である。
 メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来る。当時のローマ帝国の
 政策の大きなものとして、パンと、サーカス(街には必ず円形劇場が
 つくられていた)を庶民に与えることであった。AD・54に17歳で皇帝に
 なったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。
 そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。
 その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。
 それがエスカレートしたのかタブーのメモもあった。
・下品の言葉を慎むように
・他人の妻には手を出さないこと
・食事をしていて、着物を汚さないように
 宴会場の壁には、酔っ払いの落書きに
〔とことん飲むぞ!〕というものもあった。
富める者と貧しいものとの格差が鮮明になり始めてきていた。
そして、貧しい者の荒んだ心がそのまま落書きになっていた。
〔あの男に災いあれ!」当時の円形闘技場の落書きの中に「闘技場の外で
多くの人同士が剣をもって争う姿」があった。試合を見ていた同士が喧嘩に
なって殺しあう事件が起こったのだ。普段の生活が、火山で時がそのまま
密封され生々しい世界が奇跡的に今に多くを語りかけている。
  −この私のポンペイのシリーズはまだまだ続くー
・・・・・・
2004/11/26
1333, 2000年前のポンペイ −4
遺跡の中でポンペイの遺跡は、奇跡に近い状態で当時の世界をそのまま
閉じ込めて現在に提示してくれている。このグラビアの本を開いているだけで、
気持ちが2000年の時空を飛び越えてローマの時代にはまりこんでしまう。
この小プリニウスの手紙には、大きな衝撃を受ける。この青年の知性にも、
驚きざるをえない。それと、大プリニウスの行動にも当時の知的レベルの
高さを知ることができる。この内容が、2000年前の事実がそのままドキュメント
風に記載されているから迫力があるのだ。人間の変わらない感動、恐怖、そして
生活がそのまま伝わってくる。街全体が、当時のまま残っているから、
更にこの手紙の内容が生々しい。18世紀の初頭まで人々の記憶から忘れ去られた
ことが、当時のままの姿を残すことにもなった。35年前の日記を昨日のように
感じるのは何ら不思議ではない。全て昨日のようなものである。
数ヶ月前のTVドキュメントは、この手紙を忠実に映像化をしていた。
そして、爆発が起きてからポンペイが埋まるまでの19時間も、当時の遺体の
様子から想像をしたドキュメントが生々しく時系列で構成されていた。
ー6月20日の手紙
私は先に、あなたの求めに応じて、伯父の死についての手紙を書き送りました。
手紙を読で、ミセヌムに残されたこの私がいったいどんな恐怖を味わい、そして
どんな危険にあったかぜひ知りたいと貴兄はおっしゃいます。実は、先の手紙
ではそれを書こうとしていて、筆を置いてしまったのです。「思い出すのも
つらく、悲しみは深いけれど、とにかくやってみましょう」
 伯父が出発した後、私はずっと勉強をして過ごしました。そのために残った
のですから当然です。それから入浴と食事をし、そして短く途切れがちな睡眠
をとりました。それまでも、前ぶれのような地震が幾日も続いていましたが、
カンパニア地方では珍しいことではなかったので、さほど恐ろしくはありません
でした。しかし、その晩起こった地震はあまりに激しく、もはや揺れていると
いう程度ではなく、すべてがひっくり返ってしまったかのようでした。  
母が急いで私の部屋にやってきました。私の方ももう起き上がっていて、
母がまだ眠っていたら起こそうと考えていたところでした。私たちは中庭に
避難し、腰を下ろしました。そこは海と建物を隔てる格好の空間でした。
当時17歳だった私は、落ち着いていたというか、無分別だったというか、
ティトゥス=リウィウス(訳注:古代ローマの歴史家、『ローマ建国論の著者)
の本を持って来させ、いかにも暇を持て余しているかのようにその本を読み、
やりかけのレジュメを続けていました。そこへ伯父の友人がやって来ました。
伯父に会いにスペインから戻ったばかりだというその友人は、私が母と一緒に
座って本を読んでいるのを見て、私の無気力と不注意を責めました。
それでもなお私は、熱心に読書を続けようとしていたのです。 もう昼の第1時だ
というのに、光はなおもぼんやりとして、まるで病人のように弱々しいまま。
すでに建物には亀裂が入っていました。私たちは屋外にいたのですが、
建物が崩れ落ちたときのことを考えると、その狭い場所では安全とは言えません
でした。ついに私たちは町を出る決心をしました。私たちの後には茫然となった
群衆が続きました。人は突然激しい恐怖に襲われると、自分の決断より他人の
決断に従う方が賢明だと考えるらしいのです。   
(字数の関係でカット 2013年11月3日)
・・・・・・
2004/11/13
1320, 2000年前のポンペイ −3
  小プリニウスの「手紙」−1
ポンペイについて書いた直後に地元の新潟中越地区に大地震がおきた。
偶然の一致だろう。ポンペイの遺跡から当時の情報が多く知ることができた。
歴史から忘れられたポンペイの遺跡が発見され、発掘が始ったのが18世紀の
半ばであった。そして現在に至るまで250年にわたって発掘が続いている。
まだ発掘してないところが多くあるという。歴史家のタキツゥスが、
書の中で当時のある若い青年の手紙を残していた。当時まだ17歳だった
青年の2通の手紙が当時の模様をこと細かく整然と後世に伝えていた。
その文章を読んでいると、その一言一言が身に沁みる。その青年とは、当時、
地中海艦隊の司令官としてナポリ湾岸の町ミセヌムに駐在していた大プリニウス
の甥、小プリニウス(61年頃〜112年頃)である。歴史家タキトゥスの求めに応えて
書いたこの手紙は、ローマ帝国内の美しい都市に起きた大惨事の貴重な目撃談
となっている。 この手紙を読んでいて、彼の驚きと当時の若い彼の興奮が
そのまま、2000年の時空を超えて伝わってくる。
「言葉を持つことは魂を持つこと」という言葉の重みを実感する。発掘された
遺跡の姿そのものが、そのまま人間の変わらない生活と真実を伝えている。
ーー
小プリニウスの「手紙
ー6月16日の手紙
 伯父の死をできるだけ正確に後世に伝えるため、あなたに手紙を書くように
とのご依頼を受け私はとても嬉しく感じました。というのは、伯父の死があなた
によって書き留められることで、彼に不滅の栄光が与えられると考えたからです。
恐ろしい災厄によって死んだために、伯父の死は、他の被害にあった住民や
美しい町とともに永遠に記憶されるでしょう。また、伯父自身、後世に残るで
あろう多くの作品を書いています。しかし、それに加えてあなたの著書に書き
留められるとすれば伯父の歴史上の記憶は、より確かな、永遠のものになるはず。
私は思うのですが、歴史に残るようなことを行うか、あるい、は価直のある文章を
書く能力を神から与えられた人は恵まれた人であり、しかもこの能力を2つとも
与えられた人は、最も幸せな人です。私の伯父は、彼自身の著書とあなたの
御著書とによって、そのような恵まれた人物の一人となるでしょう。
というわけで、私はあなたの御依頼をお引き受けいたします。いや、こちら
から進んで手紙を書かせて頂きます。  伯父はミセヌムにいて、船団の指揮を
とっていました。異様な形の巨大な雲が現れたことを母が伯父に知らせたのは、
9月の第1日より9日前(8月24日)の第7時(午後?時)頃のことでした。伯父は
日光浴と冷水浴をしてから軽い食事をとった後で、ちょうど仕事の最中でした。
伯父は靴を持って来させると、その超自然現象を一番よく観察できる場所に
のぼりました。 (字数の関係でカット 2013年11月3日)
・・・・・・
2004/10/22
1298, 2000年前のポンペイ −2
(字数制限のためカット 2015年11月3日)


5345,私が送りたかった人生なのか? 〜身の下相談

2015年11月02日(月)


ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
   * 私が送りたかった人生なのか
 読んでいてバカバカしいが、こういう人が男にも多い。
私の周辺には少ないが、金融関係者に見かけられる。で、決断出来ない
まま定年を向かえ、OB会で他人の噂話で憂さ晴らしするしかない。
誰もかもが最後は死という挫折が待っている。
 ● 問い: 私が送りたかった人生なのか?=相談者会社員女性41歳
≪ 41歳で会社員、幼児1人の母で、人生80年の半分を過ぎ、最近、私は
 こんな人生を送りたかったのか、という後悔に似た気持ちがあります。
37歳で出産以来、自分の思い通りに行かないと強く感じています。
それまではやりたいことをやってきたように思っていたし、いざやる気に
なれば何でもできると思っていました。しかし、子ども中心の生活に変わり、
自分のやりたいことを我慢し、仕事も勤務時間を短縮している状態です。
これが子どもが18歳まで続くのかと思うと、本当に私が送りたかった人生
なのかと思ってしまいます。私は海外(西洋文化圏)で生活基盤を作り、
自分の目でいろいろな国を見たり、世界を感じたbしながら働きたかった。
欧米圏に3年弱、大学生・大学院生としていたときは生き生きと生活していた
と思います。でも、節目で安易な方へ流れたようです。現在は、英語を多少
使う程度の仕事で、海外旅行も行っていないです。夫は私とは正反対で
自分が生まれた地が一番好きなので、海外に行きたいという話にはとても
嫌がります。自分の夢に近づこうと何かしたほうがいいのか、でも守るもの
が増えて思い切つた行動ができず、行き詰まりを感じています。
若い娘のような悩みで恥ずかしいですが、信念を持って人生を生きている
上野先生に、ご助言お願いしたいです。≫
 ● 答え: 求めて得た経験を楽しまなくちゃ
≪ 困りましたね、アラフォーでこんなに「夢みる夢子ちゃん」状態では。
 今の生活がイヤだからリセットしたいだけ、としか聞こえません。
のぞんで結婚し、ほしくて子どもに恵まれたんですよね。きつと晩婚・晩産
なんでしょうから、若気の至りで結婚ヘジャンプしたわけでもなさそうです。
「自分が生まれた地が一番好き」な夫と、地に足のついた暮らしをしようと、
熟慮の末に選んだ生活だったのに、こんなはずじゃなかった、と……。
今の生活もあなたの「夢」じゃなかったんですか?「安易な方へ流れた」
ことも含めて。節目の決断に、あなたは自分の限界を思い知ったのでしょう?
いじょうぶです、こんなにワリの合わない気分がするのは子どもが小さい
うちだけ。「子ども中心の生活」なんてすぐに終わります。中学生にもなれば
もう親とは同行してくれません。夢を語る人の多くは現実逃避したいだけ。
その証拠には、夢を実現するために今、何をしていますか、という問いに
答えられないからです。あなたの夢がホンモノなら……子どもをひっかかえて
海外生活することも可能。そのために今何か準備をしていますか? ただし
外国ギライな夫との生活をリスクにかける覚悟が必要です。なら、なんで
オマエはオレを選んだんだ、と夫は言いたい気分でしょうね。で、いったい、
あなたは外国で何がしたいんですか?学生生活ならお客さま。おカネを使って
帰ってくれるだけの消費者。ですが、そこで暮らしを立てるなら死にもの
ぐるいの努力が必要です。あなたのいう「外国」はたぶん「ここではない場所」
を意味してるんでしょうね。現実逃避したいほど、あなたは今の生活にくさく
さしているんですね。そんな母親に育てられる子どももかわいそう。
まず仕事と子育てにテンパってる状態からラクになるために夫の協力を求めま
しょう。そして子育ての今を楽しめるように余裕を作ることです。もし外国
暮らしの「夢」を実現していたら・・今ごろ海外で往きくれた「おひとりさま」
難民になっているかもしれません。≫
▼ 求めて得た経験が無いに等しい人だから、こういう悩みが、背後から
 覆いかぶさってくる。

・・・・・・
4980,瞬間説得 ー1
2014年11月02日(日)

      「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
 面白い本である。その大部分が、一瞬の説得で、その気にさせた事例だが、
面白いものばかり。ヤクザの恐喝も、これ。何かに因縁をつけ、恐怖のどん底
に落としいれ、金を巻き上げる。書籍の帯も、店頭の客への瞬間説得のため。
情報化社会こそ、これが必要ということ。
  ー背表紙裏のないよう説明からー
【 そんなつもりはなかったのに、その人にはなぜかいつも説得されてしまう。
 もしかしたら、あなたの相手は瞬間説得力を身につけているのかもしれない。
ことば巧みというだけでは説明できない、この特殊能力はどこからくるのか?
視覚、聴覚、先入観と、説得力の密接な関係とは?心理学者が 科学を武器に、
隠された説得の方法を探りだす!】  〜まずは、幾つかの事例から〜
≪ ◎ 問題を一つ。
 金曜の夜、ロンドンの地下鉄で信号機故障があり、電車は五分ほど途中停車
しました。車内は満員で、しかもさらに五分間停車するというアナウンス。
すると、ジョギングウェアを着た男がいきなりタバコを取りだして火をつけた。
車内は不愉快そうな沈黙に包まれましたが、誰もが黙っています。
あなたならどう声をかけますか? トラブルもなく一発でやめさせるには?・・
 [ 答えは、明日ここで ]
  ◎ いま一つ。
 イギリス連邦政府の要人のためにロンドンで催されたある晩餐会でのこと。
ウィンストン・チャチルは、顔見知らぬ客が値のつけられないほど貴重な銀の
塩入れを盗もうとしているのに気づいた。問題の紳士は、稀少な工芸品を
ディナーをジャケットにすべりこませ静かに出口へと歩きだしだ。
チャーチルはどうしただろうか? 主催者の顔も立てなければならないが、
不祥事も避けたい。その板ばさみに悩んだすえに、妙案を思いついた。
一秒も遅れてはならないと、すぐにペアの胡椒入れを手にしてこっそりと自分
のディナージャケットに入れた。それからゆ共犯者に近づき、ひそかに持ち
だした調味料入れを見せた。「おれたちは見られたみたいだ」とチャーチル
は呟やいた。「あそこに戻したほうがいい」 ≫
▼ ここで、5つの要素、「単純性・私的利益感、意外性、自信、共感」
 が重要だとしている。(著者は英語での頭文字をとってSPICEとしている)
上記の、いずれにも、この5つの要素が入っている。おれおれ詐欺も、ブラック
の営業も、同じである。相手を混乱させ、瞬間説得で、金を、契約を騙し取る。
ファッション店の売り子も、迷っている客に、買わせるように誘導する。
ここで取り上げた事例も、まず、仲間の立場に自分を置いて、間接的に説得
している。 口説きも、性欲という面で、似たような? ーつづく
・・・・・・
4613, 君は1万円札を破れるか? ー3
2013年11月02日(土)
 ー君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 
                        苫米地英人 (著)
  *「銀行」は詐欺から始まった! 
 手持ちの資金の8倍まで資金の貸出可能というから、必死になって預金を
集めるわけである。その8倍の枠も、米国の強制によるもの。それ以前は無制限。
そのアメリカといえば、自国に抜け道を多くつくっておいて、8倍の枠組みを他国
に強制するのだから、悪質。銀行ほど良い商売はないが、バブル崩壊で都市銀行は
三行に集約された。  ー以下が解りやすいー
《 現在のような形態の銀行が誕生したのは中世末期、17世紀ごろのヨーロッパ。
 この当時、ヨーロッパでは貿易などの拡大によって商業取引が盛んになり決済
に使われていた金を大量に保有する人たちが出てきました。大量の金を手元に
置いておくと、泥棒に狙われて危ないので、預けることにしました。その預け先と
いうのが「ゴールドスミス」と呼ばれる人たちで、金を加工して、金貨を造る
金細工商。彼らは、金をしまっておくための頑丈な金庫を持っていた。
ゴールドスミスは、お客さんから金を預かった際に、預かり証を発行しました。
この預かり証は本来、クロークに上着を預けたときにもらうチケットや、
パーキングのチケットと、なんら変わりないはずです。ところが、ここから
意外なことが起こります。重たい金を持ち運ぶのは不便なので、人々がゴールド
の預かり証を金の代わりに取引の決済に用い始めたのです。そして、ゴールド
スミスたちはあることに気づきました。それは、預かり証を持ってきて金を
くれという人がほとんどいない、ということでした。というのも、決済で
預かった人も、自分の手元に置くのが不安なので、そのままゴールドスミスに
頂けておくからです。預けに来る人ばかりで、受け取りに来る入が少ないならば、
自分たちが実際に保有する金の総量以上の預かり書を発行しても、問題に
ならない。預かり書を持った人々が一斉に窓口に来て金を取り戻そうとさえ
しなければ、どれだけ架空の預かり書を出してもバレないというわけ。彼らは
これを利用して、預かり書を大量に発行し、人に貸して利子を取り始めました。
これはハッキリいって、詐欺行為です。もし、個人が同じことをやったら、
完全に詐欺。でも、現代の銀行がやつていることも、原理はこれといっしょです。
このように、預かりを保証する金よりも頂かり証の量の方が多くなるのが、
「信用創造」です。銀行というのは、そもそも信用創造という考え方による、
合法的な詐欺行為をなりわいとしているのです。ゴールドスミスのやり方を
まね、やがてヨーロッバ全土に同業者が現れ、それぞれ独自の預かり証、
つまり紙幣を発行するようになります。そうなると、これまでのように国家が
お金の発行権をコントロールできなくなっていきます。
 時の権力者であった君主たちは、自らの権力が脅かされるわけですから、
「お前ら、何をやっているんだ」と口を出します。ところが、銀行家、
「こんなにおいしい商売はないですよ」といわれ、「じゃあ、俺にも入させろ』
ということになる。自ら権力を奪われるとも知らずに。そして、国が必要とする
金が賄えないと、銀行から借りるようになる。銀行家は、国家に貸し付ける
ことで、権力を自らの手に引き寄せていったのです。・・・ 》
▼「銀行の本質は詐欺! 金で世界が回っているが、その金は、架空の
 預かり書の紙切れ。」 現在の日本は、得体の知れない恐怖に覆われ、
将来に希望が持てなくなる。その恐怖に慄き、竦み、預金に励む。
それも結局、アメリカ国債を買わされ、その国債が4兆ドルに至っている。
売ろうとしたところ、それは米国に対する宣戦布告と脅されている始末。
日本の出世システムは、米国の属国たる優秀なポチになること。 
優秀な人ほど人相が悪い?のは、そのため。 
・・・・・・
4238, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー11
2012年11月02日(金)                             
  * バイブレーターの起源は、ヒステリックの医療機器 
             ー「ルーツ全集」インフォペディア編より
 際どいが健康機器売場でのバイブレーターの見方が、これで少し変わる。
≪ちょっど刺激釣なセックスをしてみたい…。そんな時に使う大人のおもちゃ
の定番といえぱバイブレーター。女性を絶頂に導いてくれるスグレモノだが、
バイブレーター、じつはもともとは医療器具だった。いったいどんな治療に
使われたのかというと、情緒不安定、具体的にはヒステリー発作を起こしている
女性を対象としていた。ヒステリーの語源は、ギリシャ語で子宮を意味する
「ヒューステラ」。つまり、昔は、ヒステリーを起こすのは子宮が原因と
考えられていた。しかも子宮が欲求不満であることから起ると信じられていた。 
もうおわかりだろう。ヒステリーを起こすのは、性的欲求不満が原因なので、
治療法としては、女性を性的に満足させればいい。そこで、医者や助産師が、
指でマッサージ(愛撫)して、絶頂に導くことで治療をしていた。この療法の
ための医療機器として一九世紀の終わりに開発されたのが、ヒステリー専用の
マッサージ器であるバイブレーターだったというわけ。こうした治療は古代
ギリシャの時代から、一九二〇年代まで、西洋ではれっきとした医療行為。
確かに、目的自体は今も昔も変わっていないとはいえ、医者が患者にバイブ
レーターを使うなど現在では考えられない。一方、バイブレーター以前は、
大人のオモチャの主役だった人工ペニスは、10Cのビザンチン帝国の
百科事典にも記載されている。 こちらは一般的に普及していたようで、
アテネの女性に愛用されていたようだ。また、インドの性典
『カーマ・スートラ』にも「男性自身が小さすぎて満足できないときは、
これを使うとよい』と記されている。 ≫
▼ ・・・ ! これを読んで、「大人の玩具」と検索して吃驚仰天。  
・・・・・
3873, 緑の原野が君たちを待っている!
2011年11月02日(水)
 学生時代に衝撃を受けた授業といえば幾つかある。その中で当時、ドラッガー
の訳者で経営学の野田一夫教授の言葉である。HP内検索で調べてみたところ
10年近く前に、この随想日記で取り上げていた。
 ≪2002/02/28 20歳の頃ーある教授との出会い−2 野田一夫教授≫である。
野田教授の授業は厳しく、少しでも遅れてきたら入室禁止、途中の退座や、
よそ見や、私語は絶対禁止。授業は異常なほどの緊張感で進められていた。
その内容を再び大まかに書いてみる。
≪ 貴君らは選ばれて、ここにいる。そして、社会に出て行けば指導者の立場
になるために、ここで学んでいる。今日から食事をするときは、店の真ん中に
座って堂々ととりたまえ。間違っても、隅でとるな。君たちの学生生活は、
指導者になるための準備期間であることを忘れないこと。そのために可能な
限り本を読みたまえ。あらゆる分野の本を読めるのは今しかない。
ロマンローランの「ベートーベンの生涯」を直ぐに買って読みなさい。
彼は多くの災難を乗り越えて、あれだけの素晴らしい曲を作った。「運命」
は、音楽家でありながら、難聴の病に冒された時の絶望を音楽にしたもの。
「苦難を突き抜け、歓喜に」「良く、かつ高貴に行動するものは、その事実
によってだけでも困難に耐えることができる」などの言葉がある。絶望を通り
抜たからこそ、あの曲が出来上がった。 君たちは恵まれている。しかし、
それに甘んじていてはならない。「社会という緑の原野が君たちを待っている!」
だから、学生である現在、灰色(学問)の世界で、多くを学ばねばならない。≫
この感動的な教えを聞いて将来に明るい陽ざしを感じたのは初めての経験。
それも高度成長期の最中である。その日以来ドラッガーの書を必死に読み
始めることになった。自分の強みを見つけ、自分の資源を集中すること。
マーケッテングを優先すること。紳士的であること。他にもアメリカの経営書
を多く読むことになった。その何もかもが面白く、理詰めで、乾いた干乾びて
いた脳に吸収されていった。 教養課程の二年までは、日本の作家の書を中心
に読んでいた。 が、それでも絶対量が少ないことに気づいた。高校時代まで、
殆ど教養書を読むことがなかったツケが回ってきたことに気づく。お陰で、
卒業後40数年の間、毎日二時間の読書習慣がついた。 何で。このことを
思い出したかというと、当時が一つの節目だったからである。そして現在、
次の節目に至ったためである。「灰色の世界から緑の原野へ、そして、原野を
通り越して、大草原に出たのが、現時点」である。アフリカの猿は原野の木の
上から、草原に進出し、二足歩行を始めた、という説がある。そう考えると、
第二、第三の人生こそ、やっと人間らしい生活が我われを待っていると
考えられる。周囲は、既にエネルギーを使い果たし、抜け殻しか残ってない
ような人が三分の二? それも人生だが、緑の原野にいた蛇の代わりに、
草原にはライオンもハイエナも豹がいる。振り返ってみて、学生時代に多く
視点を得た。緑の原野では、さらに多くのものを得た。そして、現在、草原
に入った。 そこで生き抜くためには、ただ一つ、考えなければならない。
・・・・・・・
3508, ユダヤ人の頭脳活性法 ー2
2010年11月02日(火)               
 *インテリジェンスとはー点と点を結ぶ能力 
 「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  ーまずはP/28から
≪ インテリジェンス=考えるとは、そもそも何か? 考えるとは、点と点を
結ぶ行為をいう。考える力は、そもそも言葉や概念、知識などの量とは関係
ありません。まず考えるために物事をありのままに見る行為から始まる。
知識をたくさん持っているのに、考える力がない人が大勢いる。
知識と考える力との間には直接の関係はないのです。最近ではインテリ
ジェンスということばを「情報」と訳したりもしていますがインテリジェンス
は情報ではありません。Intelligenceというのは、もともと
[Inteー重なり、、際(きわ)」「legere(結ぶ)」という二つの
ラテン語が合成された言葉です。きわときわを結ぶ、物事と物事を結合する
という意味です。スパイは、点と点の情報を結んで線の情報を推理し、
他の線と線の情報を結んで、面の情報を組み立てます。そういう断片的情報を
つないで、総合的な情報に組み立て、物事を総合的に判断する能力が知性です。
そして、この点と点を結ぶ行為こそが「考える」という行為です。≫
▼ インテリジェンスとは元もと軍事用語で、スパイが諜報で得た情報から線、
面へ推論する能力。線と線を的確につなげるには、様ザマな能力が必要になる。
そのために、まず「五感」を鍛えなくてはならない。点と点から線を推論し、
他の線と組み合わせて面を推論、その面を幾つか重ねて立方体を推論していく
過程を考えること、というと、分かりやすい。この著で、ラビ・レオポルド・
スティンは「インテリジェンスの人というのは、まずオープンマインドで、
しかも積極的に記憶して、そして常に体験してみる人のことだ」と指摘する。
それは、点、線、面、立方体へと考えを進めていくことになる。その視点で、
もう一度、自分も含めて周囲を振り返ると、インテリジェンス人は稀のようだ。
せいぜい点と点を結んで線にして、それで止めている。佐藤優の本を読むと、
点と点から線を、線と線から面、面と面から立方体へと推論を組み立てている
思考に驚かされる。


5344,自殺っていけないの? 〜身の下相談

2015年11月01日(日)


身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
   * 自殺って何でいけないの?
 〜問い: 自殺は本当にいけないですか 〜相談者無職男性50代
≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で
年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の
することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、
自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ
暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ
ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある
小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定
できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て
きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって
悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて
きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死
を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を
支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、
私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。
世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと
私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫
≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう
 ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。
冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから
ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は?
☆ 解釈そのー。
 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。
残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。
☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答
 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで
あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ
で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名
の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。
☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし
 あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。
くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた
が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な
理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、
ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。
☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、
 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。
そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。
「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。
自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその
メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。
▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。
 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で
自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、
死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは?
・・・・・・
79,閑話小題 ー話すより書け      
2014年11月01日(土)
   * まずは、話すより書け
 数ヶ月前になるが、小学校の同期会が近隣の温泉宿で行われた。
86歳の担任の西澤先生も出席され、会の始まる前に別室の先生に挨拶にいき20分
ほど話をさせてもらった。以前、新潟で一晩、御一緒して古町に飲みにいった
ことがあった。その時、社内報に書きつらねた『事業百訓』のコピーを差上げたが、
その話から、『今ではブログに13年以上、毎日欠かさず文章を書き続けて、身近な
30人〜40人位が読者になっています。慣れてくると、これが面白くなって、毎日
2〜3時間はかけてます』と話すと、『そうですね、話すより書けと言いますよね。
書けば、一度、内容を整理できるうえに、考えますから・・』と答えられた。
 ところで、高校、大学の合格時に、お祝いの葉書を頂戴した。そして三年前?
も慰めの葉書を頂いていた。先生は筆書の達筆家。そのため、悪筆の私には、
それがプレッシャーになり、その返事に悪戦苦闘。
大学のゼミの武澤先生も、何度も、手紙を頂いた。話すより、書けである。
入院した人に一番良いのが葉書の便りというが・・ 書く癖をつけると、論理的
になって、相手の話の骨格が把握できるようになる。読書と、手紙を多く書いて
いる人は、そうでない人に比べ、話す内容が格段の差が出てくる。逆に、一寸
した世間話に、気楽に答えられなくなり、結果として、硬い印象を与えてしまう。
性格もあるが・・ 頭に浮かんだ言葉を、一度、書き出してみると、更に、
考えが出てくる。話すことで、次々と、新たに考えるタイプもいるが・・
早朝、この文章の加筆、修正をしていると、意識内での自己対話をしている
感覚になる。それと、誰かに向かい問いかけをしているような・・ それが内省、
内観にもなっている。大自然に、一流芸術に触れ、驚き、感激し、感動し、
それを言葉にし、自己対話をし、誰かに話す、そして書き出し、残す。
この一連が人生を豊かにする。 
・・・・・・
4612, 君は1万円札を破れるか? ー2
2013年11月01日(金)
            ー君は1万円札を破れるか? ー 苫米地英人 (著)
   * 世間を覆う「不安」の正体 ーお金の本質は「情報」であるー 
《 今の世の中、「先行きの不安」を感じている人が、大変多いようです。
2010年に次の世論調査の結果が発表。世界の国内総生産の75%を占める先進
23ヶ国の人々を対象に「将来について安心を感じるか、不安を感じるか」
という質問をしたところ。将来が「安心」と回答した人が23ヶ国中最低の86%
もの人が「不安」と回答えたそうです。ちなみに,「安心」と回答した割合が
高かった国のトップはインド(79%)、中国(78%)、オーストラリア(73%)
でした。 なるほど、インドや中国は今後、飛躍的な経済成長が見込まれて
いますし、オーストラリアは先進国の中にあって健全な財政状況が続いています。
それに比べて日本はと考えたときに、将来に不安を覚える人が多いこと。
・・恐怖というのは、その対象がハッキリしているものをいいます。その対象に
よって自身にどんな危険がもたらされるのかという認識が生じます。
その危険に対して、なんらかの対処をしなければという反応を伴う精神状態が
「恐怖」です。 たとえば、山道を歩いていてへピに出くわしたときに感じる
のは「不安」ではなく「恐怖」。「かまれたら、危ないかもしれない」と危険を
認識して、一目散に逃げるなり、危険を回避するための行動を取ろうとします。
それに対しして不安とは、その対象がはっきりしないもの。精神医学でいう
不安症とは、具体的に恐れる対象や根拠がないにもかがわらず
「何かいやなこと、恐ろしいことが起こるかもしれない・・」といった
悪い未来を漠然と予測し、不安にとらわれる病気。日本国民の大半が、不安感
に取りつかれている。「会社の業績が不振で減給された。いずれリストラされる
のでは……」「企業が次つぎ倒産し、求人がへり仕事に就けなくない…」
「年金や国保などの社会保障制度も維持できなくなることはわかりきっている…」
など不安を感じる理由が挙がってくる。けれど、「不況」や「財政破綻」など
の問題に対して、「どのように危険なのか」を正確に判断し、「どうすれば
対処できるか」といったことにまで考えをめぐらせている人は、あまり多くない
でしょう。大半の人は、テレビのニュースや新聞、雑誌などでそれらの言葉を
見かけるたびに、ただ漠然と「何か困ったことが起こり、その弊害が自分の身
にも及ぶのではないか」と不安を煽られているだけでないでしょうか。 
その不安の正体を突き詰めれぱ、「お金に関する不安」です。世の中の先行きが
恩わしくない方向に向かつていて、そのために自分が充分なお金を得られなく
なり、生活が苦しくなる・・ そんな不安に多くの人がさいなやまされている
わけです。 最初に結論を言っておきます。現代のお金は、単なる「情報」に
過ぎない。「これには、これだけの価値がありますよ」と主張する情報です。
これもまた「信用」という情報のみです。 多くの人は、日ごろ目にしている
紙幣や硬貨のことをお金と思っているかもしれません。紙幣や硬貨には物理的
な実体がありますが、実は、それはお金の実質ではありません。仮の姿だと
いってもいい。お金の本質により近いのは、みなさんの預金通帳に記帳されて
いる「数字」です。こういうと、「実際にお金があるから。通帳に数字が書き
込まれているんでしょう」と思われるかもしれません。通帳に起蔵されている
残高をいつでも引き出すことができる。それはただ、お金が出人りしている
記録だろう、と。実は、そうではない。数字のほうが本質で、紙幣やコインは
それを目に見えるようにして、やりとりできるための道具。
ただの紙っぺらであり、金属片に適ぎないのです。》
▼ 準備期間を含めた45年間の創業と事業人生、このカラクリを真に分かって
 いただろうか。2001年の9・11テロから急激に地方経済が悪化していった辺り
から、バブル崩壊の上に、更に大きな並みが押し寄せてきている。9・11テロも、
やらせ?・・そして、リーマンショックと、3・11災害と世界規模の地震と津波。
経済震災と、自然震災が世界と日本を襲った。お金の正体は情報というなら、
情報機器の革命的進化が世界を根こそぎ変えている。それが、経済震災で
リーマンショック、政治的には北アフリカ、中東の政変であり、欧米経済の
衰退。そして、静かに進行している世界恐慌。
・・・・・・
4237, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー10
2012年11月01日(木)                       
 * 卓球をピンポンと呼ぶのはなぜか    
              ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より   
卓球は英語で「テーブルテ二ス」という。1880年代、イギリスのテ二ス愛好家
たちによって考案されたスポーツだ。じつはテーブルテニスというのはあとで
ついた名前で、もともとはイギリスでもアメリカでも「ピンポン」と呼ばれた。
ピンポンの語源は、当時使われていた中空の革張りラケットで球を打つと「ピン」
という音が出て、球がテーブルに当たると、「ボン」と聞こえるところからきて
いる。この名称が卓球協会の名称として正式に採用され、イギリスとアメリカ
では「ピンポン協会」が設立された。ところが、このピンポンという名称は
すでにイギリスで商標登録されていることが、あとになって判明。スポーツ用品
メーカーが家族で遊べる玩具として発売していた卓球セットの商品名を、
「ピンポン」として登録していたのだ。そこで、トラブルを避けるため、
イギリスのピンポン協会は解体された。今でも卓球をピンポンと呼ぶのは、
当時の名残り。
   * 土壇場は斬首刑の土もリ
ドタキャンとかいう、土壇場の意味は、字の通り「土を盛って築いた壇の場所」。
江戸時代の死刑に、この土壇場に罪人を横たわらせて斬首刑を執行したため、
土壇場は「斬首刑の刑場」を意味していた。土壇場に上げられた罪人は、手足を
拘束され、どうにもならない状態で処刑を迎えた。ここから土壇場は、どうにも
ならない事態をさすようになった。
▼ 土壇場で死に直面した時のの恐怖は、言語に絶するだろう。そういえば、
 ユーチューブで、フセインが絞首刑になるまでの映像があった。吉田松陰も
恐怖で転げまわったとか。ところで、バンジージャンプの飛込み台の恐怖の
どん底の凍りついた瞬間を思い出した! 数分前から恐怖で呼吸困難、頭の中は
真っ白!「こんなはずでなかった!」という言葉。躊躇するほど恐怖が倍増
してくる。ワッーという感じで飛び込んだが・・ 高層ビルから投身自殺を
しようとして、2Fで何かに引っかかり九死に一生を得た人のインタビューを
TVで見たことがあるが、その直前まで意識があり、鮮明に落下していく光景が
見えていたという。ロシアン・ルーレットも、こんな感じだろう。
快感のところもあるようだが。
・・・・・・
3872, 一人旅
2011年11月01日(火)                       
 一人旅を過去に何度かしたことがある。北海道と九州に、それぞれ10日間と、
大学を出て四日市に勤務をしたときに、紀州の尾鷲に一泊したこともあった。 
金沢で修行していた時には、観光バスの日帰りコースで能登半島に行ってきた。
23歳から26歳の4年間、精神的な体力が出来たころである。一人旅には、
それに似合った時節がある。27歳で結婚し、事業の立ち上げを始める直前。
振りかえってみると、その時節しかタイミングがなかったのである。
一人旅をすべき時節に、すべき事をしていたことになる。一人旅は思い立ったら、
駅の旅行センターで、「一週間ほど北海道の一人旅をしたい」といえば、
窓口の担当者が、そのルートを一緒に組んでくれ、列車と宿の手配をする。
そして、そのルートに従えばよい。一度、列車に踏み込めば、不安とか、孤独感
はなくなる。 若さもあり、一人旅そのものに酔っている部分もあった。当時の
記憶が少ないのは、目先が変化変化の連続で、刺激の強い日々だったからである。 
現在、一人旅というと、面倒という思いが先にたつ。しかし今から思うと北海道
も、九州も思いで深い。人生を振り返ると、それぞれの時節の思い出があるが、
特に旅行の思い出は大きい。北海道は、青森から青函連絡船に乗り、函館、札幌、
釧路、網走、旭川、函館と周遊した。北海道の旅も、一歩踏み出すと気まま。
結婚してから10年間は家内と国内旅行ガ中心だった。事業と家庭中心で、海外
旅行に切り替えたのは15年経ってから。卒業記念に海外への一人旅が流行り
だしたのは、私が卒業をして数年してから。しかし当時の私の精神的体力では、
海外の一人旅は無理。私の知人ではオーストリアが二人、イタリアに一人、
留学をした。それと幼稚園から高校まで同窓で、慶応大学教授になった直後に
亡くなった男が、学生時代に欧州を数ヶ月一人旅をしたといっていた。
そう、新潟県活性化案を一緒につくった松下さんも、一年間、彼方此方の
アメリカの大学を聴講してまわったとか。 感受性の強いうちに世界を見ると
見ないとでは大違い。それも一人旅で・・ 幕末から明治維新にかけ、外国に
行った人と、行かなかった人と、その後の活躍が違っている。明治政府の高官
になって、新しい政府つくりの邁進したのは、前者が多い。一人旅は変わって
いく景色を見ながら、独りブツブツ呟きながら思いにふけるもの。


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