堀井On-Line



2098, 今年を振り返って −2

2006年12月31日(日)

     オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!

    今日で今年も最後になる。
    12月の10日に「今年を振り返って」を書いているので、
    ここでは、「私的なこと」に、割り切って書いてみようか。

今年は私にとって「60歳」になった節目の年である。
{60歳までに、一生分を前倒しをして、やりたかったことを、
全てやりとげる}と51歳で決意し、そして生きてきたので、
肩の荷物が降りたような虚脱感と、ホッとした満足感が現在もつづいている。
そして来年の3月までに、60歳代の生き方を決めるつもりである。
    
    2人の息子も婚約をして来年には結婚予定で、
    丁度、還暦の頃に子供が家庭をもつという「人生のサイクル」は、
    丁度よくできている。私にとって、その意味では節目の年であった。
    
    友人と話すことといえば、なるほど年金の話が中心になる。
    企業年金が??万+厚生年金21万=3?万とか、
    私は家内が厚生年金に入っているので+?万とか年寄り臭い話になる。

12月1日に義母が亡くなり、盆と正月に唯一行くところが消滅した。
仕事場が新潟市にあり、自宅は長岡、そして家内の実家が柏崎と、
丁度良いバランスであったが・・・。

前回も書いたが、今年は塩野七生の「ローマから日本が見える」
「ウエブ進化論」「グーグル」「あたりまえのことばかり」が印象に残った。

  印象の強い順にベスト10を思い浮かぶまま書いてみると

    1、「ウエブ進化論」梅田望夫
    2、「あたりまえのことばかり」「14歳からの哲学」
     「知ることより考えること」「41歳からの哲学」池田晶子
    3、「ずっとやりたかったことをやりなさい」ジュリア・キャメロン
    4、「要約世界文学全集機Ν供很攜局隶
    5、「生き方の研究」森本哲郎
    6、「『私』のための現代思想」高田明典
    7、「ローマから日本が見える」塩野七生
    8、「グーグル」佐々木俊尚
    9、「エピソード読む西洋哲学史」堀川哲
   10、「冒険投資家ジム・ロジャーズ世界バイク紀行」

「生きていることの不思議さに気づいた年」である。
  考えれば考えるほど不思議なことだ。
             *^ワ^*)i それでは良いお年を!                    バイバイ 
 (以下は先日書いた内容です)
 ・・・・・・・・
12月10日(日) 2077,
今年を振り返って −1   才八∋ウ_〆(∀`●)

   そろそろ、今年の十大ニュースが話題になり始めている。
   年末の31日になったら、もう一度書くつもり?だが、
   ランダムに頭に浮かんだまま書いてみる。
・北朝鮮の核実験とミサイル実験が日本にとってトップになるだろう。
・イラクでは日ごとテロが激しくなり、イスラム教の宗派間の内戦の
 様相を示してきた。
   ・国内では小泉から安部首相に代わったということか。
   ・それに児童虐待(親と仲間内)が頻繁におきだしてきた。
    家庭内が荒んでいるのが原因だろう。
   ・大型薄型TVが売れ出したことも大きい。
   ・県知事が三人逮捕となれば、やはり大問題だろう。
    市長の逮捕など、それがどうした?と思えるほどである。
・会社は、なんとか減収同益に持ちこめそうだ。
 来年から駅再開発が着工、
 今期を含めて三期がどん底だったが光が見えてきた?か・・
 それとも、今そう考えていたほうが都合がよいから?楽観的に・・
・それと一番私らしくないこと、「県活性化のための会」を主導して開いた。
 学生時代のゼミの後輩に依頼されてのことだが・・・
 まあ面白かったが、無事終了。
   ・身辺では義母と、仲人の高橋与三八さんが亡くなった。
   ・二人の息子が婚約?、自宅に連れてきた。 来年が結婚式か?
   ・新しい習慣として、モーニングページ(思ったことを起きざまに
    30分間にわたり大學ノートに曼荼羅の枠の中に書き込んでいく)
    の習慣を、3月から始めたことだ。これが今年の一番の収穫である。
   ・旅行はケニアであったが、サファリ・カーの外より、
    車内の動物に・・・
・今年は、「面白い本」の大当たりの年であった。
 次から次へと目が醒めるような内容に出あった。
 あまりの無知に一人赤面をしていたのが本音である。
 ここはと思ったところを一字一字タイプで打ち込むのが、良いのだろう。
 自分の潜在能力に対して、「頭の悪い子供」として対応するのが 早道。
   池田晶子の[ゼロ基点の孤独]と、
        [人生経験とは、失敗経験でしかない。
         それほど人生を深く考えることはない。
        ‘たかが人生’でしかない]という言葉が印象に残った。
         その‘たかが人生’が、問題である。
         ‘されど人生’であるからだ。
       これをブツブツいいながら、あるとき、垂直にプッツンになるのが人生!?
   来年は何が待ち受けているか?
   花も嵐も・・・ でもないか?
・・・・・・・・
2005年12月31日(土)
1733, 今年を振り返るー総括 b(’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?ヨ〜

大晦日になり今年の総括と思ったが、
『私が選んだ今年の十大事件』の先日の内容が、総括に近い。
そこで今年の十大事件から世相を考えてみる。
まずは先日の内容をコピーしてみる。
 ーー
ー私が選んだ日本版・10大事件ー
1、人口が初めて減少に転じる
 2、衆議院で自民党が歴史的大勝
  3、JR福知山線で脱線、107名死亡
   4、耐震強度偽装で大揺れ
    5、郵政民営化関連法が成立
    6、愛知万博が開かれる
   7、堤義明西武グループ会長逮捕
  8、小学生女児が相次いで殺害される
 9、アスベスト関連死、次々と明るみ
10、プロ野球のセ・パ交流戦が始まる。そしてロッテ、優勝
    大相撲では、外人力士が大活躍−朝青龍が7連覇、琴欧州大関に      
              (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
              それとも(。・・)_且~~ お茶どうぞ
 −−
以上から読み取れることは
・少子高齢化
 ・国家リストラ(小さな国家の選択)
  ・情報化が社会(日本だけでなく世界も含めて)を根底から変え始めた
   ・その結果として、グローバル化がますます進む
    ・地球規模の環境破壊が、地震や台風などの天災を多発
情報化の結果、競争が激しくなり、、
 一部の勝ち組と大多数の負け組みの社会になりつつある。。
  しかも、その一部勝ち組も一瞬で負け組みになる可能性を多く孕んでいるから
   世の中は殺伐としてくる。  ( ゚曲゚)キィィィィィ (σ`д´)σ訴えてやる!!
                  こら( `Д´)y-*)゜Д゜)y _~~~
                   アハハ "o(^▽^メ)。o0○((ゆるさん))
    最たる日本が、負け組に入ってしまい、尚のこと凄惨な事件が起こっている。
情報社会では、無限にある情報の中の価値をみいだし、
 社会ニーズにあった価値に加工できるかがポイントになる。
  それが国とか人種を超えて一瞬のうちに世界を駆け巡る。
   ソ連の崩壊も情報化社会の到来が背後にある。
    面白いといえば面白い時代の到来である。
      SF作家の小松左京が
      「我われが想像を遙かに超えた社会が到来した」
       といっていたが、正にこの言葉の通りである。         
   今年は、きつい局面が少しはあったが、良い年であった!!
  (*゚▽゚)*゚▽゚)ノ <よいお年を。O○      
        スコシハヤイケド ツコッ!
         ( ーoー)o━━☆[[Д]] ゴーーーン!!
   過去の大晦日の総括を読むと、
    毎年いろいろの事件があるものである!と、
     つくづく感じる。
   それと書き残してあるのもよい!   
・・・・・・・・
2004年12月31日(金)
1368, 今年を振り返るー総括

毎年、同じような言葉で始る。
「今年も、あと一日になった」である。
 それが誰もが抱く感慨だろう。
  地球が怒っているのではないかと思われるほど、次々と災害に襲われた。
   その幾つかを記録として書いてみる。

・インド洋で、とてつもない大きな地震がおこった。
 震度はM9で、阪神大震災の1400倍のエネルギーというから想像を超えている。
  地球を津波の余波が三回したという。
   被害は10ヶ国をこえて、現在のところ10万人というが、
    まだまだ増えるだろう。
     TVで多くの映像が流れているが、見ていても恐ろしい。
      何人かを飲み込んで流されている映像もあった。
明治29年の明治三陸地震の2万2千人の被害を軽く超える惨事で、
 20世紀来、エネルギーとしては4番目の大きさという。
  やっと、中越地震の余震が収まりかけてきたと思っていたら、
   この大震災である。
    台風は例年の3倍もあり、やっと落ち着いた時に、中越地震、
     そして、このスマトラ地震である。
      全くどうなっているのだろう。
・暗い話だけでは片手落ちになるので、明るい話は
  オリンピックで日本が久しぶりに多くのメダルをとったことである。
   強いところに、集中的に強化をしたのが功を奏したという。
・地方の景気も相変わらず、良くはない。
 特に新潟県はその中でも一番悪いところである。
  これに台風による水害と、この中越地震である。
   復興景気といっても土木が少し良い位で全体的には決して良くはない。
    日本全体から見ると、明るい兆しが見えてきた。
     その要因として、政府の力、外部要因、内部要因からみると、
      外部要因は、中国向けを中心とした輸出の伸長である。
       内部要因は、液晶・プラズマの薄型TVやDVD、
        そしてデジタルカメラに象徴されるデジタル家電のブーム。
         中国とデジタルの頭文字の「CD景気」は、この1、2年で反転する
          ようなことはないだろう。
         しかし中国景気は、日本の地方に直接・間接の大きな影響を与えている。
・この十年間2〜3回は海外旅行をしていたが、今年は一回であった。
 年末にと思っていたが、この中越地震である。
  これがなければインドネシアか、タイと考えていたので、助かったのかも。
・プロ野球問題、西武鉄道の問題、ダイエーの解体の決定、など
  多くの問題が噴出した年でもあった。
   情報化・グローバル化による時代の変化が、ますます激しさを増して
    時代を変えた年といってよい。
・身近の人で亡くなったのは、取引先の朝日広告の五十嵐恭一さんである。
  会社の事務所に一番多く訪ねてきた人である。
   年に数回は、個人的に飲みにいっていた。
    多くの取引先をまわっているので、景気とか時流の情報に敏感であった。
     親戚では、亡くなった人はいなかった。
      伯父叔母も、あと数人になったこともあるが。
・仕事の方も、相変わらず下方圧力は大きいが、今年の10月の後半で
  底うちをしたようだ。
   と同時に中越地震の復興関係の宿泊のためミニ・バブルになり、
    予算を何とか達成可能になった。

     今年はやはり何といっても
      中越大地震が一番の出来事であった。
       忘れられない年になった。
・・・・・・・・
2003年12月31日(水)
1001, 今年の総括

今年も大晦日になってしまった。
 恒例の今年の総括をしてみよう。
 
ー個人的の問題では
・今年の身近な物故者は
  高校の同級生の‘スーパーツチダ'の社長をしていた土田恒夫君が亡くなった。
   一番死にそうでない男であったからショックであった。
    親戚では母方の従姉の連れが亡くなった。
・海外には二回行った。
  この数年三回であったので、少し物足りなさが残った。 
   アラスカとアイスランドである。
    これで41回である。
     当面の目標の50回にはまだだが。
      60歳までに、というのは無理になった。
       大不況の中、今年は特に行くのを躊躇をしたが、
        後になれば何ということはない。
         行けない状況に行くからこそ価値があるのだが?
・国内では、京都に一泊のバスツアーと鎌倉に行く。
 ・産能大で「一時間講義」をする。
  いい思い出になった。
   ・ 新潟の引越しを考えるが、決断が出来ない。
    ・ウオーキングは一日平均1万4千歩を確保した。
      数年前より1万5千歩より1千歩減らしている。 
      ・新しい習慣として「ありがとう」を1千回平均言うことが加わった。
ー会社は
・去年11月に始まった売り上げの落ち込みが進む。
  今までは他山の石だったが。世間並みになったとはいっていられない。
   ・来年の事業構造の転換に向けて、支配人と副支配人をホテルの
    ラインから外して本部付け(新規プロジェクト開発部)にする。
      久々に仕事に本気になる。新規事業の準備が進む。
ー国際社会では、
・イラク戦争があった。
  その後テロが進む。またフセインが捕まる。
  ・またSARDが流行、世界がパニック状態になる。
ー国内では
・景気がますます悪化、特に地方経済は救いがたい状況になってきた。
  りそな銀行と足利銀行が国家管理になる。
   ・衆議院選挙で二大政党化が顕著になった。
    それぞれが選挙公約をするマニフェストという言葉が流行する。
      自民党は仮面を変えてしぶとく残った。 
    来年は、会社も国も待ったなしのリストラの年になる。
 ・・・・・・・・
 2002年12月31日(火)
 627,パタゴニア旅行記ー9

ー絵を描く人ー

今回の旅行で素晴らしい絵を描く女性がいた。
見るところプロ並みの絵を描いていた。
画家の安野光雅に小学校の絵の担任でもたれたと嬉しそうに言っていた。
いつも面白い話をしてくれて、「先生お話!」皆が囃したてていたとか。
今から考えると情緒教育をしていたのではないかと言っていた。

何十種類のクレヨンを持ってきて30〜40分位で仕上げてしまう。
見ていても気持ちが良いぐらい綺麗に仕上がっていく。
あの位巧く書ければ本人も気持ちが良いだろう。

主人の方はカメラマニアでお互い自分の世界に没頭しているのが
バランスが取れていて良い。
ある意味で理想的な夫婦の形に見えた。

絵を描くということは対象に対し観察眼が鋭くなるし脳に残る。
私も60歳になったら、クレヨン画の勉強をしようかと考えてしまった。
旅行では一人はデッサンをする人がいるが、この位本格的の人は珍しい。
個展を開いたり、自宅のリビングに額に入れて折々楽しんでいるとか。

ところで話は変わるが、ご主人に写真の撮り方を学んだ。
・対象をしっかり見定めて
・両脇をしめて
・片目でファインダーを片目はその外をみて
・足を少し開いて
・撮る瞬間は息を止めること
・時に木や花を通して風景を入れる
・外国の場合意識してその土地に住んでいる人をいれる
等々であった。
雲一つでもその地域しか見れない色や形がある。
夕景の太陽の色とそれに映える雲もそうだ。
同じ景色でも経験を積んだカメラマンの目は鋭い。
私などいつもマニアの後について回っている。
旅行は日常から離れる事ができ、色いろな知識と経験を積める!  

・・・・・・
2001年12月31日(月)
286、良質の人材とは-

「ビージョナル・カンパニー」という本を知人に紹介され、
その後その人と酒を飲んだ。ある目的のために人材を集めるのでなく、
まずよい人材を集め、それから何をやるか決める、という逆の見方である。
考えてみればその方が正論である。

ある人材が何人か出会い、さて何をやるかを考えそれをやり遂げていく。
その上で明確な目標をきめていく方が筋が通っている。

酒を飲みながら、それではよい人材とはどういう才能をいうのだろうか?
という話の内容になった。酔っ払いが話しているのだから、
いい加減の内容であったが、それでも結構真実をついていた。

「自分で問題を見つけ、それを解決する手順を考え、
着実に実行やり遂げる能力である。」それがその時の結論であった。

そう考えると、私も悪い人材ではないと少し安心した。
そういう目で周辺を見渡すと、なるほどと思う。両親、兄、姉、義兄も元上司、
友人を見渡せた。大学時代のあの男、高校のあの男、なるほどと思った。

その視点で見たとき、よい人材といえる人はごく僅かである。
その点で誰もが安心してよいのではないか。

その時、その知人が言うに、「ビジョンとは、夜旅をしている人が星を目安にして、
自分の位置を確認する。その人の一つの星がビジョンでないか。
それを時々確認しながら一山二山乗り越えていくことではないか」
なるほどといやに合点した。

日本的に言えば「志を持つ」ということか。
来年は自分の若いときの志はなんであったかを、早々考え直してみよう。
 ・・・・・・・・・・
ある時間の断片
12月31日  1968年

あと10分で1968年も終わる。
学生時代最後の年になる。
今年を振り返ると、色いろなことがあった。
・三月下旬から2週間、石川君と一緒に、卒論の「流通革命」を書くために
大阪の船場のメリヤス問屋に住み込みで流通の現状を見てきた。
生々しい旧来の世界と、そこに蠢く人間がいた。
・帰って直後に、欧州旅行の川崎と深井と松村と九州旅行に出かける。
先ずは川崎の家に行って一泊をする。ところが川崎は事故がおきる予感が
すると言って、急に旅行から降りた。三人で今度は名古屋の酒向の家に行く。
家に泊めてもらって、その夜は高級中華料理店で最高級のご馳走だ。
こんな美味しい中華料理は初めてであった。それから九州に行く。
九州の鹿児島で聖心女子大のグループと落ち合う。
1泊2日の薩摩の彼女等との旅行は一生忘れられないだろう。
・そして4月に父に「もしアメリカに行きたかったら、全ての費用を
出してやるから留学をしてこい」と急に言われた。その気になったが、
英会話に通うこと2ヶ月で、急ごしらえの留学は無理と断念をした。
そこでの自己葛藤があった。
・またその時期に、石川に勧められて「武沢ゼミ」に入った。
これは私にとって前の年の欧州旅行とともに大きな出来事であった。
・そして急遽ジャスコオカダヤと長崎屋を受験。
両社とも合格する。ジャスコオカダヤに決める。
・夏休みは、卒論のための本を十数冊買い込み読む。
9月に二週間、10月に一週間、新潟県の六日町の禅寺の「雲洞庵」
で、集中するために籠る。
・11・12月は、かなり頭を使いすぎたため不安定な時期になる。
去年に続き今年は、これからの人生での土台になる事があった。

ーそう書いているうちに、あと三十秒で今年も終わろうとしている。
・・・
ここより今年である。
1969年になった、学生から社会人の年になるのだ。
今度は自分独りの力で生きていかなくてはならないのだ。
頼れるのは自分だけである。
人生は三つの戦いがある。
自分、他人、そして自然との戦いだ。
先ずは自分に打ち勝たなくてはなるまい。
信念としての決意は「自分に打ち勝つこと」だ。


2097, 日本経済は本当に復活したのか−  読書日記

2006年12月30日(土)

             (。^0^。)ノ オッ
             (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ
    今後、日本経済はどうなっていくのだろうか、
    現在の日本は楽観論と悲観論が交差しているのが実情である。
    私が知る限り、どの切り口からとらえても悲観論になってしまう。
    その中で関東を中心として景気が持ち直しているような雰囲気が漂っている。
    この本の概要は、このHPの「サロンのコーナー」で、
    あるHPの著者のインタビューで、この本の言わんとしているところを
    凝縮して語っているので、ここでは部分的に印象に残った箇所を
    クローズアップして考えてみたい。

    まずはアマゾンの本の紹介文が、ずばり一番急所を書いている。
    =内容の概要=

日本経済は本当に復活したのか
好調な企業収益や上昇する株価、不良債権処理が一段落した状況を見る限り、
日本経済は回復したと言える。
しかし『「超」整理法』などの著書・野口悠紀雄・早稲田大学大学院教授は、
一連の小泉改革は欺瞞と一時しのぎの策に満ちており、経済の基本構造に
おいては将来に明るい兆しはないと論じる。

    企業収益の回復については、上辺の数字ではなくその実を見よと言う。
    利益が回復したのは自動車や家電を中心とする旧来型産業であり、
    また利益率を世界の企業と比較した場合、一部を除いては低位を
    さまよっていると指摘する。
    旧来型産業や金融機関が何とか生き残った裏には、国民の家計の
    多大なる犠牲があったと言い、独自の分析でそれらを示していく。

さらに、郵便貯金事業の民営化によって「資金の流れが官から民へ移行する」
という物言いはまやかしだと断言。
構造改革の御旗の下に行われた施策の多くは、
旧来型の仕組みの延命措置にすぎなかったと厳しく批判する。
こうした視座から税制や人口減少、地方自治の問題にも言及し、
日本経済が世界水準で生き残っていく条件を提示する。

ーー
また、ーあとがきーの結論も悲観的である。

景気はこの数年間好転しつつあったが、回復がいまや明確になった。
企業収益は好調であり、それに反映して株価は上昇、銀行の不良債権は
処理された。こうした動向を背景にして日本経済が長いトンネルをぬけ、
新しい躍進の時代に入ったという意見が一般的になっている。

    しかし問題は経済の基本構造にある。
    この基本構造で、実り多い未来を期待できるようになったのだろうか?
    これが本書のテーマであり、それに対して悲観的な意見を出さざるを得ない。

第一は、日本経済の将来を支えるレーディング・インダストリーが、
 いまだに登場していない。収益が回復しているのは旧来の産業だ。
 それらが将来の日本を支えられるかどうか、大いに疑問である。
第二に、世界のおける日本経済の地位は、着実に低下している。
第三に、株式市場でのいかがわしい企業やファンドの増長が、目にあまる
 段階まできている。
第四には、そうした傾向にチェックをかけるべき健全な世論が眠ってしまった。
 −
 等々、厳しさは増すのは当たり前である。 *^ワ^*)i バイバイ 
・・・・・・・・・
2005年12月30日(金)
1732, 日本一短い父への手紙 ー読書日記            
            オハ☆:*:・ ★(o≧□≦)o☆・*:..。o○☆*゚
 父親の役割ほど微妙な立場はない。
 外では7人の敵、家では稼ぎ頭のわりには居場所がない。
  せめて家の中ではと思っても、誰も認めてはくれない。
   それでも家庭の重さが、そのまま男としての重みになる。
    夫婦の相性としての当たり外れは五割というから、
     なおのこと父親の立場は、微妙のケースが多くなる。
   カンカンカン〜・・¶ゞ(; ̄д ̄)ノ☆=♀ワラ人形  −−
石けんよーし
 タオル よーし
  湯加減よーし
   パパが風呂場のぞく口実
    全然 なーし  今村嘉之子(静岡県13歳)

合格発表の日、
 掲示板に僕の番号を見つけて僕を殴った父さん。
  うれしかった。          (σ*ゝω・)σゲッツ
             大石悠太(東京都17歳)
父がコップに残したビールは、
 父の残りの人生のようで
  寂しくなりました。  
大久保昇(東京都29歳)
事情はあったでしょうが、
 やっぱり認知はしてほしかったです。
             糀谷弘美(三重県53歳)
どうしてあんなに
 私を殴ったの
  子供を産んだら
   余計 わからなくなりました         (`_´;)
             幸田亜子(神奈川県29歳)
大好きなお父さん。
 私たち三人と結婚してくれて、ありがとう。
             庄野恵美(大阪府18歳)
戦争へ行った父へ・・
 とうちゃんも人を殺したの?
  昔、何もわからんで悲しい質問をして   ごめんなさい。
              浜田静江(愛知県35歳)
父さん、老人病院でも
 また窓際族だね。
  でも今度は、神様がよく見える
   特別席だよね。
               村井泰彦(福岡県62歳)
お父さん。
 あまり関係がないようで、
   かなり関係があるかも。
             森永由香里(福井県15歳)
お父さん、コワイけど弱い人
 気がついちゃってごめんなさい。(/−−)/ ┷┷ちゃぶ台返し
            山本明日香(愛知県17歳)
 お茶 (@゜▽゜)_且~~          
・・・・・・・・
2004年12月30日(木)
1367, 酒についてー2

ー作家が書いた「酒の名言」ー

ある本を読んでいたら、作家の酒についての名言を集めたコーナーがあった。
この随想日記の中で、酒にまつわるテーマで十数編も書いてきた。
この「分類・引き出し」の中の検索で「酒」を打ち込むと、出てくる出てくる。
数多くの文章が書いてあった。その全てをコピーするわけにいかないから、
「酒について」を、このテーマにした。
酒乱一歩手前?も、色いろの経験がある。
だから、酒についての真髄は、心の奥に染みる。

私の人生から、旅行と酒をとったら何が残るだろうか。
さすが作家が随想や小説の中で書いている「酒」についての言葉は
含蓄が深い。
あの作家が酒について、こういう感想・実感を持っていたいたと思うと、
感慨が深くなる。特に多くの経験?を重ねたせいもあるからだ。
ーその幾つかを書き写しておきます。

・酒飲み人はただ酒飲む人それのみであることはできない。
酒を飲む瞬間は、生きつづけたその人の到達したある一点である。
                     −武田泰淳
・<狂酒>から<酒悲>の段階に移行すると、こんどは自分が
無限に小さな存在にかんじられはじめる。
つまり酒によって己みずからを知ってしまうのだ。・・・・
「いいお酒ですな」と人に感心されるようなのみかたが、
あんがい静かな絶望の表現であったりする。
                     −高橋和己
・酒飲みというものは、どういうものか酒のこぼれるのだけは
非常に惜しがる。あやまってお膳にこぼしてみたまえ。
十人が十人「もったいない」と唇をつけて、すするから。
                     −サトウハチロウ
・酒飲みは判官びいきであって、かならずといってよいほど、
小さな醸造元の酒を推薦するものである。
                     −金子兜太
・酒を飲んでいて次第に拠ってくるその移り変わりが
一番の味はひである。           
                     ー内田百聞
・酒好きにとって、酒というものは、どの一口もうまいにはちがいないが、
わけてもうまくなるのは、ちとすぎる頃からだ。
                     ー堀口大學
・酒と旅・・・本当に不思議なものだ。
どうして旅に出ると、うまい酒に出会うのだろう。
東京でどんなに高級なウイスキーを飲まされても、
あの旅情に浸りつつの酒にはかてない。   −赤塚不二夫
               ーつづく
・・・・・・・
2004/05/02
1125, 酒について −1

「神はこの世を六日間で創り給うた。そして、第七日目には、二日酔いを与え給うた」
というが、酒はよいことだけではない。。
「バッカス(酒の神)はネプチューン(海の神)よりも多くのものを溺死させた」と、
ローマの諺にある。酒は肝臓に悪い。腎臓に悪い。
しかし、酒は「心の特効薬」?である。
酒の一杯は健康のため。二杯は快楽のため。三杯は放縦のため。四杯は狂気のため。
というが、酒はプラスにもマイナスにもなる。。

「おい堀井。お前、晩酌で二日酔いしたことがあるか?」
 と高校の同級生に聞かれたことがあった。
「ほとんどない!」と答えたら、
「おれなど、いつも晩酌で二日酔いをしているぞ!」
 何か深い深い意味があった。 
目の前の悩みを洗い流してくれるのは、酒と先人の言葉と諦念である。

酒は愉楽の完全な典型である。
酒は実にうまい、不満を追い払ってくれる。
それ以上何を望もうか、それでよい。

酒を飲むことほど日々を楽しくさせてくれるものはない。
くよくよさせず、勇気をいっそう勇敢にさえしてくれる。
しかし、酒であまりの多くの失敗をしてきた。
若き日、酒を飲んで多くの議論をしてきた。
そして、多くの人と争ってきた。
酒は、脳に入れた敵、気違い水であり、あまりに危ない敵である。
それでも、酒は美味い。
これで20年は寿命を短くしただろう。

ー私の場合特に以下の言葉は胸に刺さる

・酒を飲む理由は二つある。一つはのどが渇いたときに喉をうるおすため。
もう一つはのどが渇いていないときにのどの渇きを事前に防ぐため。
             Tーピーコック
・若者にとって酒は大人の勲章である。  ー吉行淳之介

・一生を洗い流してくれるのはただ酒だけである。
             ー韓愈
・どういうことになるものやら見当のつかない二つの場合がある。
男が初めて酒を飲むとき。女が最後に(今夜きりよ、と)酒を飲むとき。
             ーヘンリー
・土曜の夜の酒の味が、平生と違うことを知らないものには、
日曜の朝の楽しさは解るまい。
             ー水上滝太郎
・酒がいちばんいいね。酒というのは人の顔を見ない。
貧乏人も金持ちも同じように酔わせてくれるんだ。
             −古今亭志ん生
・酒と美しい娘は二本の魔の糸。
経験を積んだ鳥でもこれにはまんまと引っかかる。
             −リュッケルト
・酒に害はない。泥酔する人に罪がある。
             −フランクリン
・喫煙家が禁煙家にかける迷惑は肉体的なものであるが、
禁煙家が喫煙家にかける迷惑は精神的なものである。
             ー林語堂
・酒は茶の代りになるが、茶は酒の代りにならぬ。
             ー張潮
・酒を飲めば、言葉に羽が生えて、傍若無人に飛び回る。
             −ヘロドトス
・勤労は日々を豊かにし、酒は日曜日を幸福にする。
             −ボードレール
・少し飲み、そして早くから休むことだ。これは世界的な万能薬だ。
             −ドラクロア
・酒と人間とは、絶えず戦い絶えず和解している仲のよい二人の闘士のような
感じがする。負けたほうが勝ったほうを抱擁(ほうよう)する。
             ーボードレール
・酒は人を魅する悪魔である。うまい毒薬である。心地良い罪悪である。
              −アウグスティヌス
・人生は生きるに値するか?それはひとえに肝臓にかかっている。
              −ウィリアム・ジェームス
・人は次の五つの理由で酒を飲むことができるのである。 
 まずは祝祭日のため。
 次に、その場の渇きを癒すため。
 それから、未来を拒むため。
 その上に美酒をたたえて。
 最後に、どんな理由からでも。
             ーリッケルト
・煙草が存在しなかった時は、セックスの後で皆何をしていたのだろう。
             −ヴァシリス・アレキサス
・酒は百薬の長なり。
            −「漢書」
・百薬の長とは言えど、よろずの病は酒より起これ。
             −吉田兼好
・ときには我を忘れるほど酔うことも人間の特権だ。
             ー山本周五郎
・大体お酒のみには二種類ありますね。酔いたい人と飲みたい人とです。
             −内田百
・・・・・・・・・・
 2003年12月30日(火)
1000, \(~o~)/千日の随想日記!

 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。
あくまで自分ひとりの記念でしかない。

 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、
また「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)
だから続いたのだろう。
自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が
間違いなく変った。一日一日が本当に充実したのだ。
50人位の人に毎日読まれていると思うと、誰かに見守られているような
感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。
 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。
そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。
 ところで実感としていうと
 一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。
といってこの程度の内容であるが。

 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。
それでも何とか書くからよいのだ。
書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。
書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。
書き続けることは、書き重ねることになる。
書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。
深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。
その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。
少し難しくなってきたが。

 来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を挿んだり、
土日を休むとかして、今のエネルギーを半分にしようと思っている?
このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。
千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。
来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に
切り替え集中しなくてはならない。

 それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか?
どうなるか?自分でもわかりません。
 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!

・・・・・・・・
2002年12月30日(月)
626, 葬式仏教の由来

現在の日本の仏教は完全に成り下がっている事を随想日記で何回も
書いている。葬式仏教の集り体質である。

その成り立ちを、ある仏教学者の本に明快に書いてあった。
・その発端は徳川幕府がキリシタンを弾圧した江戸時代にある。
 キリスト教徒を撲滅する為に、お寺に監視機能を持たせた。
 お寺の檀家にならないと、キリシタンにみなした。
 −具体的にはお寺に宗門人別帳という登録権をもたせた。
 そこで布施や付け届けをもってこないと宗門帳から抹殺すると、
 脅して間接賄賂ー布施や付け届けを強要した。
 それにより自ら堕落をしていった。

・更に徳川幕府はお寺に葬式を命令した。
 キリスト教の葬式をやらせない為だ。
 本来坊主は出家をしている為、家族の代わりに坊主仲間がやっていた。
 一般人は家族が出していた。
 そこで葬式を命令されたので、一般人を死んでから出家した事にして 
 葬式をあげることにした。戒名はその為に作られた風習でしかない。
 弟子の葬式をやってやる建前にした。
 在家の葬式を坊主が始めたのは江戸時代の幕府の命令で行われたに
 すぎない。

本来それは本物の宗教とかけ離れたものだ。
先祖を弟子にしてあるから、先祖供養をネタに葬式業としての職業化を図ったのが実情だ。
それが現在になって壊滅を始めているのが彼等葬式仏教界の深刻な問題だ。

もっとひどいのは現世利益を約束している新興宗教団体だ。
戦後、宗教団体に免税したのが最悪の状態にした。
それを利用してドンドン大きくなって政治まで利用して国家を動かしている
何とか学会とかいうカルト教まで出てきている。
ここまでくるとエログロである。
毎朝おまいりをしていると、逆にそういう集りが見えてくる!

・・・・・・・
2001年12月30日(日)
285、フィジィ‐について

地理的にみるとオーストラリアとハワイの中間点、
日本より飛行機で7^8時間位か。
もう9年なる。
この世のパラダイスという言葉が似合う小国である。
ハワイの観光化する以前の、何ともいえないのどかさを残している国である。

人がいい!のだ。
、フィジアンといって無垢な温かい素朴な人なつこい国民性。
世界にまだこのような世界が存在していたとは!
NHKでも‘フィジーの特集’をしていた。

一度行けばその魅力にとりつかれるはずである。
今でも映画館が男女別席である。小さい島国なのにまたその周辺に、
多くのミニの島よりなりったている。
島そのものがホテルになっているところもある。

他の南国はハワイとニュージーランドしか行ってないので、
他と比べる事はできないが、華やかな観光がない分、
海と空の素晴らしさを満喫できたのかもしれない。

そこで行ったカーマ島がよかった。小さな島で一周一時間ぐらい、1人で
海岸を一周してきた。おとぎの国に迷い込んだようであった。

たまたまその日が日曜日。住民はホテルの従業員とその家族が、
小さな教会でお祈りをしていたのが印象的であった。

会社の社員旅行で行ったが、そのうちの1人が新婚旅行で行ったと聞いた。
そしてあらためてその素晴らしさを知ったと風のたよりで聞いた。
南洋の楽園とはよく言ったものである。

もし海の綺麗な、静かな天国のような島に行ってみたいなら
フィジーがいい。
・・・・・・・
ある時間の断片
12月30日 1968年

12時に起床する。
正子さんと母と食事をとる。
正子さんが、今の私が陰鬱という。
前の私の方がよいという。
何か頭だけが先走っているようだ。
社会に出ることに対する不安による動揺が陰に振れているのは
解っているが。

14時に大手通りにいく。気持が晴れる。
ただ塞いでいただけか。18時に帰ってきて食後にTVを見て
23時に日記を書いて一時に寝る。
三日からジャスコに出す論文を書かなくては。


2096, 下流喰い −5

2006年12月29日(金)

             (。^0^。)ノ オッ
             (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ
             
最近、まったく週刊誌や月刊誌を買わなくなったが、
以前は文藝春秋(月刊)や週刊文春を数ヶ月に一度は買っていた。
このHPを開いたあたりから、読まなくなった。
時々、図書館で立ち読みをしても面白くないのは、年齢もあるのだろう。
   
     というわけで新宿の歌舞伎町の、その後の様子など知りようもない。
    石原都知事になってから徹底した取り締まりをしたことと、
    監視カメラの設置などで風俗の呼び込みなどが激減して、
    昔の猥雑さが無くなったというが。
    ところが、この本で歌舞伎町の風俗事情が説明してあった。
     なるほど、色々事情があるものだ。

*歌舞伎町の風俗事情*
 −−−−−−−−−
ソープランドをのぞいて、当たり前だが本番が禁止されていたが、
以前はそれは表向きの話であった。
実際は、その裏で本番の盛況をきわめていた。
ところが、警察の集中取締で、さすがに鳴りを潜めざるを得なくなった。

    どこの店でも「本番はご法度」を謳っているが、そこはアジアの歓楽街である。
    どこの店も現在も「本番要員」をこっそりと確保し、客のニーズに応じている。
   「接客をする女の子が10人いるとしたら、そのうち5人の場合、歌舞伎町では
    まず手入れをくらう。しかしゼロだったら、絶対にお客は寄り付かない。
    だから今は本番要員を2^3人置いて、混ぜてつかう。
    それだけの人数でも口コミで評判は広がるから、店は何とかやっていける」
   (飲食店店主)それら本番要員の供給を一手に仕切ってきたのが、
    暴力団もしくはそれに限りなく近い女衒たちだった。

 そうした暴力団につながるフロント企業が、歌舞伎町一帯で手広く
『レディース・ローン』を営んでいる。
新宿の『レディース・ローン』の特徴として、その多くがホストクラブと
裏で繋がっている。ホスト達は、トラブルの保険として暴力団と個人契約を
している者が少なくない。最近はホストの中に暴力団の準構成員が混じっていて、
女性の多重債務者情報は『金のなる木』として重要視されている。

   「最初に多重債務の女に目をつけたのが、ホストのケツ持ちをしていた
    ある暴力団員だった。ホストクラブの支払いを500万以上溜めている女たちは、
    わりと簡単に身体を売る。そうした女達を一手に集めれば、商売になると
    気づいたのですよ」(風俗雑誌のベテラン編集者)
  ーーー

 以上だが、私たちに知らない闇の深さが花柳界、いや下流世界にはあるようだ。
事情は歌舞伎町でも新潟など地方でも同じと見てよいだろう。
フィリッピン・パブが華やかなりしとき、数回行ったことがあるが、
あの裏に、そういう世界があったのだろう。
                         *^ワ^*)i  
                          バイバイ 
・・・・・・・・
2005年12月29日(木)
1731, 私が選ぶ今年の10大ニュース
    
          ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
新聞に今年の総括として10大ニュースが発表されているが、
 以下は私の選んだ10大ニュースである。
                   フム(*゚Д゚)φ))ナルホド!!
  ー日本版・10大事件ー
1、人口が初めて減少に転じる
   ー二年早く2004年に人口ピークとなる。
 2、衆議院で自民党が歴史的大勝
  3、JR福知山線で脱線、107名死亡
   4、耐震強度偽装で大揺れ
   5、郵政民営化関連法が成立
   6、愛知万博が開かれる
   7、堤義明西武グループ会長逮捕
  8、小学生女児が相次いで殺害される
 9、アスベスト関連死、次々と明るみ
10、プロ野球のセ・パ交流戦が始まる。そしてロッテ、優勝
  大相撲では、外人歴史が大活躍−朝青龍が7連覇、琴欧州大関に
            (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
            それとも(。・・)_且~~ お茶どうぞ
ー外国版・10大事件ー
1、大災害が続く
  パキスタン大地震、アメリカ南部超大型ハリケーン
 2、テロがつづく
  ロンドンの同時爆破テロ、バリ島のイスラム過激派テロ、
  エジプトの同時爆破テロ
  3、NY原油が高騰、60ドル代に
   4、ブッシュが再選される
   5、ローマ法王ヨハネ兇死亡
   6、フランスで、アラブ系の大暴動
  7、韓国でES細胞論文の捏造が発覚
    韓国のイメージの失墜
 8、イスラエル、ガザ地区の撤退
 9、中国で人口13億人突破
10、中国で鶏インフルエンザで死亡、
 再び危険状態に入る
                (。・_・)ノ”【   】”
                   メモ貼り付け
私が選んだニュースとはこんなものだ。
 去年が、身辺の中越大地震があり、
 スマトラ沖大地震で30万人が死亡した大事件があったため
  比較的小粒な事件しかなかったように思えるが、やはり大事件が
  続いたといえる年であった。    
  人口減少が予測より二年早く始った歴史的年といえる。
  国内では、自民党の大勝で郵政民営化の流れがついて、
  れを象徴とした国家レベルのリストラが決定したといってよい。
 また東京からバブルの兆しが出てきた年ともいえる。
 世相として、毎日のように凄惨な殺人が紙面やTV画面を賑わした。
ますます時代はアメリカナイズしているよう。  
                     。゚+.(・∀・)゚+.゚ バイイ!!
  ーーーーーーー
 2004年12月29日(水)
1366, あなたにできること

文芸春秋12月号の 巻頭随筆 の
 小川洋子の「あなたにできること」がよかった。
  中越震災のNHKスペシャルの題名が確か、
  「あなたにできること」であった。
   時期からみて、この随想がヒント?ではなかっただろうか。    
   心に響く内容であったので
   その文章を抜粋して考えてみた。
   ーーー
  ー16年前ほど前、文芸誌「海燕」に小説を書くようになったとき、
  最も驚いたのが、編集者が親身になって私の作品と向かい合ってくれたことだった。
  どうして自分の小説でもないのに。というほど圧倒されるような気持ちに陥った。
   その彼はまだ私と同い歳のまだ若いのに、思慮深く、
   決してうろたえない人であった。
    どういうわけか、ふと小さな灯りがともり、私の中に新しい場面が浮かんだ。
    すぐさま私はゲラに赤ペンで、十数行ほどの書き込みをした。・・・
    その時、編集者の視線が痛いほど鋭く手元に突き刺さってくるのがわかり
     私は恐ろしかった。
     仕方がないので、恐る恐る一歩ずつ進んでゆくしかなかった。
     そのうちに思わない方向に道が拓け、
     小説は「ドミトリィ」という題名となった。           
                 (´・ω・`)_且~~ イカガ?
     以来私にとって、ズット編集者は恐い存在であり、
     完成前の未熟な小説の前で彼等の内面ではどのような思いが渦巻いているのか、
     想像もできないでいる。

    そんなある日、偶然「『ニューヨーカー』とわたし 編集者を愛した40年」
   という本を手にした。アメリカの『ニューヨーカー』という雑誌のライターである、
  リリアン・ロスの自伝であった。
 内容の多くは、名物編集長ウィリアム・ショーンとの出会い、結婚を許されない
 状況の中、関係を深めていくないように割かれているが、私が興味を持ったのは、
 編集者としてのショーンの姿であった。サリンジャーやレイチェル・カーソン
  などの信頼を寄せられていた。
  作家がどこに向かっているにせよ、そこまでの道のりをしめすことができた。
  そして、「あなたにできることはあなたにしかできないんですよ」
   と言って、作家を励ました。・・・・・・・

    耳にたこができるほど、何度でも作家達はショーンのこの言葉を
     聞きたかったという。私も16年間、同じ言葉で励まされてきた。
     別の言葉で、態度であるけれど、大勢の編集者に導かれてきた。
      私の小説にどれほどの意味があるのですか、素晴らしい小説は
      世界には一杯あるのに・・・・。
      そんな気分になって座り込もうとする私を、無理やりにでも
       立ち上がらせてくれた。・・・・・・・
       ウィリアム・ショーンは既に亡くなり、文芸誌『海燕』は休刊になった。
       けれどもショーンの残してくれた言葉は、今までの小説に向かいあって
       くれたすべての編集者たちの声と一体になり、心の中で響き続けている。
      ーーー   (*゚Д゚)つミ匚_ _ あ゙!
     以上であるが、読んでいて自分の内面、過去に対して深く考えさせられた。
    NHK・BSの「遠くにありて日本人」のバイク・ビルダーの生き方にしても、
   ひた向きに何かを創造している姿勢と精神の真髄に、
   改めて教えられた思いである。
   
  「私にしかできないことは私にしかできない」
  それが何か、いま一度考え直してみる必要がある。 
 随想は自分にしか書けないことを書けばよい。
 毎日書き続けると、自分に書けないことしか書くしかないが。
それが毎日書き続ける効用である。

・・・・・・・
2003年12月29日(月)
999, 人間って何の為に生きているの?

 昨日、TVで「男はつらいよ」を見ていたら、
「人間って何の為に生きているの?」という質問に
「『ああ〜、生きていて良かった!』と思う為に生きている」
という寅さんの言葉が良い。
刹那的な言葉であると同時に,複雑な思いが残る。
「ああ〜、生きていないほうが良かったのに!」と思いざるを得ないような
背景があるからこそ、この言葉の重みが出るのだ。
また、柴又の住職が「寅さんの言葉を借りて仏様は話しているんだよ。
仏様は愚か者を、むしろ愛しているようだ」という言葉に監督の思い入れを
感じた。

  ところで、この質問を自分に投げかけられた何と答えるだろうか?
「飯食って、糞して、死ぬだけ」という名僧・暁烏敏の言葉が思い浮かぶ反面、
「よく遊び、よく学び、よく働くこと」が私の答えになる。
死ぬ時に、「ア〜よい人生だった!」と思えるかどうかだ。
 哲学とか何とか難しいことを言っているが、突き詰めればこの問題になる。
「自分の人生は何だったのか?」=「人間って何の為に生きているの?」
しか究極はない。「生老病死」という大問題を乗り越えた果てに
「あ〜生きていて良かった!」と言えてこそ人生を勝ち取ったことになる。

 そういえば母や叔母から、この言葉を聞いたことがあった。
叔母の場合足を切断するかしないかの瀬戸際に、あわや信濃川に投身自殺を
しそうになって思いとどまった。その後切断しないで済んだが、その直後に法事で
聞いた話である。絶望の果てに、この言葉がある。
 暁烏敏といえば
 「十億の人に十億の母あらむも わが母にまさる母ありなむや」 の歌がよい。

・・・・・・・
2002年12月29日(日)
625, 朝鮮戦争の不安

来年の一月下旬にアメリカのイラク攻撃は避けられない情勢に
なってきた。攻撃に入れば時間の問題で早期に片付くだろうが、
あまりにもあっけなく終わった場合や、直前にイラクにクーデターが
起きた場合の方が日本にとって問題である。
そのエネルギーをそのまま北朝鮮に向けられるからだ。
北朝鮮が間接的に日本にテロを仕掛ける事で牽制をしてくる可能性がある。
すでに自衛隊ではシュミレーションで原発への攻撃に対する作戦を
想定しているという。
北朝鮮は脅しと嘘で周囲から物資や資金を脅し取ってきた国家。
それが不可能になった時に最後の賭けに出てきた時の暴発が
恐ろしい。

柏崎原発をかかえている新潟は一番攻撃されやすい。
多くの工作員と武器も日本に入っているというから、
北の工作員のテロの格好の攻撃対象になる。
アメリカのアメニティーの代表のデズニーランドもテロとして宣伝効果が
あるだろう。全く防御という面で丸裸だ。

そうでもないのに死に瀕している日本経済が破滅のきっかけに
ならねばよいが。これも現実味をおびてきた。
来年は世界中がかなり緊迫した状況になるだろう。

アフガンやテロやイスラエルの問題でも対岸の火事であったが、
来年からは直接わが身に迫る問題が目白押しになってくる。
借入の多い装置産業の当社など景気に左右するからキビシイ状況になる
可能性がある。今までが恵まれすぎていたと割り切るしかないのか。
 
・・・・・・・・・
2001年12月29日(土)
284、[大倒産時代]

大倒産時代
今年四月に出版された、帝国バンクの情報部長の「大倒産」
を図書館から借りてきて読んでみて、その深刻さに改めて驚いた。

そのサブ表題が、今年から来年にかけて、過去最大の倒産ラッシュに
襲われるという。今年はこの表題ほどでなかった?から来年がそのしわ寄せ
が大きくなるのではと不安になってきた。100万社の倒産予備軍控えているという。

今年2万社が倒産しているが、その予備軍の二割から三割が、
この数年で倒産するとしたら、一年で5万社あたりになる。
考えただけで背筋が寒くなる。

データーから読むとそう考えざるを得ないという。
まずは来年4月のペイオフの第一弾、
そしてその翌年四月の第二段と控えている。

今もそれに近いが、倒産が日常茶飯事になりつつある。
身近にマイカルが、新潟鉄工が、新潟中央銀行が倒産したが、
それが日常になり驚かない時代に入ってきた。
それが飛び火して身近の火事にならないという保障がない時代である。
誰もが未体験ゾーンに入ってしまった感が出てきた。
とくに今まで溜まっていた膿が来年一挙に出ようとしている。

この本によると、「放漫経営による倒産」は死語に成ってしまったという。
「不況倒産」がほとんどという。この波は新構造不況業種を洗い、名門・
老舗企業を飲みこんでいく。
発火点は地方都市より始まり、大都会へと荒れ狂うという。

その典型が長岡市であり、新潟市に思えて仕方がない。
公共工事が多く占めている新潟県は直撃そのものである。
その中で経営者はケチ、ガンコ、ムクチが必要要素とか。
それにしてもそこまできたか!というのが実感である。
........
ある時間の断片
 12月29日 1968年

今朝5時に長岡に到着する。
バスで帰るのは初めてである。
6時に就寝、11時に起床する。
12時まで裏に住む正子さんと話をする。
昼飯を食べた後に本を読む。
昨夜、この日記を書くために頭を使いすぎたようだ。
あまり頭を使うと否定的な気分になってしまう。
楽観的に自分を置いておかなくてはならない。
今の私は悲観的になってはならないのだ。
楽観的面から悲観を引っ張りあげなくてはならない。

夜になって父が帰ってくる。
何か話していてもシックリいかない。
寝る前に年賀はがきを書いて午前1時に寝る。
このところ、親しい石川とも、深井とも、佐藤とも、兼古とも
ギクシャクしている。いま上手くいっているのは川崎位のものだ。
何か焦って友人達と摩擦を起こしている。
個人主義といいながら、エゴになっているのではないか。


2095, 下流喰い −4

2006年12月28日(木)

            オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
        
バブル崩壊から日本の経済が立ち直りつつあるというが、
金融の再編成の歪みや、ゆとり教育の行きすぎなど
多くの問題が日本社会を蝕んでしまった。
強者が弱者からむしり取る社会構成が出来上がったのである。
高利貸しは徹底して弱者からサラ金三悪という手法で全てをむしり取る。

    十数年前のことだが、ある話が鮮明に記憶に残っている。
   「中華料理店を共同経営者と立ち上げた時、資金繰りに窮した。
    資金は高利貸を受け取りにして保険をかけて、
    もし失敗した時は死んで償いをする約束で借りた。
    そして共同経営者は自殺をした。そのお陰で現在この店が存在している。
    この店には血と汗と涙が入っています」という内容である。
    ただ唖然として聞いたことを憶えている。
    もっとも幼児の頃に両親から、このような話は子守がわりで聞いていたが・・
    事業にしても、商売にしても、一つの生命体を立ち上げることは、
    命がけである!
    
 ーー
*サラ金一人勝ち*
 −−−−−−−
アイフルの「おまとめローン」が酷いものだ。

・返済不可能な多重債務者に他者からの借り入れをます一本化する。
・さらに増枠させて融資を可能にする。
・それに親族や知人などの不動産を担保にさせる新手の不動産担保ローン。
 いずれ返済が滞るのを見越したうえでさらに
 300万円から500万円の貸付けをする。(p.23)
・多重債務者に追い貸し。で、不動産を格安で乗っ取ってしまう手法である。
 これが一時期のアイフル躍進のカラクリであった。
 々睛貸し、過剰融資、2弭鷦萠てー不動産ののっとり
 の三点セットで「サラ金三悪」と一般にいわれている。
 笑えない事例として、元アイフル社員へのインタビュー。
仕事に嫌気がさして退社。しかし、自分が退社するときになって、
夫が多重債務者になってることが判明。
「そんな出来事もあって、被害者の痛みが実感できました。
 サラ金は人を簡単に多重債務者にしてしまう。
その恐さだけでもキチットお話しておくべきだと・・・」(p.37)


   *メガバンクが消費者金融を系列下に*
    −−−−−−−−−−−−−−−−
    消費者金融と取引実績があるというだけで平気断っていた
    メガバンクが系列下という手法で臆面なく参入してきたのだ。
    こうなったら、大手銀行もエログロのレベルに落ちてきた。

    04年03月に東京三菱グループがアコムに1000億出資、
    実態として傘下におさめてしまった。
    さらに三井住友銀行もまた、プロミスに資本参加、三井住友FGの
    持ち分法適用会社になった。

    銀行による大手消費者金融の系列化には、当然、その背後に霞ヶ関の
    思惑があったとみるべきだ。
    もし国民経済にとって消費者金融が真に必要なら、
    いっそのこと息のかかった銀行に仕切らせて、
    業界を健全化させてしまえばいいじゃないか。


*債務整理の選択肢4つ*
 −−−−−−−−−−
債務整理には次の4つがあると、この本で初めて知った。
新聞やTVのニュースで聞いたことがあったが、
細かいことは知らなかった。
丁度よいので大まかな知識を書き写してみよう。
    まず種類としては、
    ’ぐ媽依
    特定調停
    L瓜再生
    ぜ己破綻がある。
’ぐ媽依は、ー裁判所を利用しないで弁護士や認定行政書士が債権者である
 消費者金融側と交渉して、債務を圧縮する手段である。
 当然、利息については利息制限法の上限金利に引きなおした上で残高を確定。
 後は分割方式で支払っていく経過が一般的だ。
    特定調停は簡易裁判所の調停委員を介入させ、債権者と協議して債務者と
     協議して減免を実現する。通常三年程度の分割形式で支払っていく方法だ。
     利息も利息制限法の上限金利が適用される。
L瓜再生は任意整理や特定調停でも、返済が困難な場合に適用される方法で、
 債権者が定期的な収入が見込める場合、債務の一部を分割で支払い、
 残額を免除してもらうなどの解決が図られる。
 負債総額3000万円以下の個人が対象で、自己破産と違って一定の条件が
 クリアさえすれば、持ち家など手放さないで分割返済できる。(3~5年)
 ただし、住宅ローンは圧縮の対象外となる。
    ぜ己破産は、借り入れの返済が不可能になった債務者に再出発の機会を与える
     ための救済処置である。改正破産法では、再度の免責を受けるまでの
     猶予期間が10年から7年になった。
     基本的には破産宣告を受け、少額の預金や家財道具などをのぞく
     財産を処分し、それを債権者に分配。裁判所から免責決定を受けた後、
     債務の返済を免除されるという制度である。
     破産者が公民権や、公務員、教員、医者などの資格を剥奪されることはない。
     破産者は官報に記載されるが、戸籍や住民票に掲載されたり、
     勤務先に通知はされない。
     ただし破産者になると、企業の役員、監査役、代理人にはなれない。
     職業では弁護士、会計士、税理士、司法書士、宅建取引者、警備員、
     風俗営業者にはなれない。
  ーーー
  こういう世界は、今まで意識したことがないが、
  これだけ不景気に見舞われると、決して他人事ではない。
  高利貸しから借りることは無いとしても、
  会社が大きな津波(新幹線の爆破や、ウイルスの発生・・)に、
  見舞われることは充分考えられる。
  悲観的に考えても如何にもならないが、
  楽観的にばかり考えてもいられない時代である。    
                 (。・ω・。)!ホンジャ!
・・・・・・・・・
2005年12月28日(水)
1730, 新潟県活性化案

ある知人から、
 新潟県活性化案の知恵を貸してもらえないかと相談を受けた。
  学生時代のゼミの後輩だけに、
   私の知恵を搾り出せるだけ出した案が、
    以下の通りである。
             (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
1、新幹線を新潟飛行場まで延長する。
 2、新潟飛行場を3千辰鳳篦垢靴
   ハブ空港(国際空港)化する。
  3、コスト削減のため単線にする。
   4、第三セクターを立ち上げ、新潟飛行場周辺を
    数十万坪買い上げ、そこを特区にして
     高層のビルの容積率を1千%に上げ、買入価格の二~三倍の値段
     で売却して、新幹線の工事費の半分以上か大部分を捻出する。
   5、飛行場と東・西港周辺に大流通センターの特区とする。
  6、飛行場から新潟駅まで新幹線の線路を使った新交通システムの
  無人電車を通す。(新幹線の空いている時間をフルに使う)
 ー特区地区の住民には格安の乗車券にする。
7、新潟駅から朱鷺メッセ〜西港~飛行場~東港の新交通システムを別に通す
 以上、新潟県を「環日本海拠点都市」と位置づけ、宣言をする。
 その象徴として「東京駅から飛行場への直接乗り入れの新幹線」を
 上越新幹線の特化とする。
 ーー
これが私の新潟県活性化のための原案である。
  φ(._. )カキカキ   (。・ω・)ノ□ハィ 3(-ω-。)クシャ (。-ω-)ノ⌒゚□ ポイ
今さら、観光は金沢・富山・福井の観光資源に対して
  太刀打ちはできないのは誰の目にも明らかである。

  それなら東京駅から新潟飛行場まで直接乗り入れをすることで、
   日本初の直接乗り入れのハブ空港にすれば良い。

   これからは、中国・ロシア・朝鮮半島の時代であり、
    首都圏からは一番近い立地を生かした拠点として、
    物流基地、アジア大陸への拠点基地として首都圏への
    中継基地として、さらには独自の物流基地化しか
    新潟県の生きるしかない。
   
   新潟から2百舛離謄螢肇蝓爾箸靴疹Ψのハブ空港化を売りに出すべきだ。
  これが軌道にのるには20~30年のスパンがかかるが、
 これなくして新潟県の活性化はありえない。
おそらく、この案に近いものが方針に出されるだろう。
何故なら、当たり前のことだから!
角栄が失脚してから、
この視点を持ちえる政治家がいなかっただけだ。
新幹線の速度を上げさせ、30分の短縮をさせ、
 事故で数百人を死なせるぐらいの(政治家の)知恵しかないのか?
  速度を可能な限りだし短縮するのは悪くはないが。
                        ξ\(・_・)バイ
・・・・・・・・
2004年12月28日(火)
1365, シンプルの勧め−3

以前にも何回か、シンプルの勧めを書いてきた。
 服装に関して、昔の旦那様の粋な着物の着こなしについて書いた。
  欧州を旅行していると、気づくことが服装のセンスである。
  よく見ると、シンプルなのである。
   基調は白と黒である。白と黒のどちらかといえば、黒である。
    他は、せいぜいベージュか、濃紺か、ネズ。
    しかしデザインがよい、それもシンプルである。
    それと、ネッカチーフとか、くづ下とか、カバンや、
     帽子などの色を変えてポイントにしている。

     オカマのオスギが、銀座で服装チェックの番組がある。
     家内が好きなので見ることがあるが笑ってしまう。
     気取ってブランド物を身につけている人を片っ端から切り捨てている。
     着こなしているつもりのブランド物のバランスがチグハグなのだ。
     すべての人が、「コスプレ」そのもの、それもチンドンヤ以下である。
    銀座で目立つブランド物を固めている人はコスプレ!と、
   思ってウオッチングをして歩けば楽しいだろう。
  「銀座の街を意識した、外見を繕っている世界のコスプレ!」
  は少し言いすぎか?
 そう思っていれば、ブランド物など欲しくはなくなるはずである。

 土人が西洋のブランド物を身につけても似合うわけがない。
 まして、黄色人種はさらに似合わないのが解からないのが可笑しいのだ。

 オスギが言いたいことはただ一つ、
 「シンプルに、着こなしているかどうか」である。
  定番的服装をまず着こなすことという。

 一例をあげれば、パリでよく見かける、何げない白のブラウスに、
  濃紺のタイトスカート。これを何人が着こなすことができるだろうか。
   定番的服装も着こなしができない人ほど、ブランド物に頼る。
   よくスナックなどで見かける、やり手ブス風ブランドチャラチャラ女。

   そういう視点で人生を見直すと、また面白いことに気がつく。
   捨てて捨てて捨て去った時のシンプルさは、禅僧の生き方に見られる。
   そこまでは極端としても、他人に惑わされているものを最小限度にすべきである。
   一般には、死を宣言されて人生を振り返った時に、
  無駄なことが何であったか、初めて気がつく。
 人間関係もそうだ!

捨てて捨てて捨て去った時に残ったシンプルこそ一番重要なことだ。
 但し若いうちは、せいぜい派手に、その時にしか着れない色彩をして、
 多くのものを身に着けてみることも必要なことである。

  ー以前書いた1,2と大して内容は変わりがないが。
  自戒・反省のため、書いた。
ーーーーーーー
シンプルの勧めー2
−ワンプライス・ショップ

私の経営するホテルはワンプライスホテルである。
 ホテルは値段を数種類にしておいて、繁盛時期ー夏期や連休や、
  週間単位では火水木曜日に高い値段の比率をあげて売るのが常識であった。
   それを一切無視してお客本意にしたのが当ホテルだ。

   スナックでも、時間制で3千円とか5千円という店がある。
   九州の境内の土産物屋で、中学生がいっぱい入っている店があった。
   1千円均一の店であった。修学旅行の土産物として中学生に
   一番手ごろの千円に絞って品揃えをしてあった。
   土産物屋でも業態が可能であったのだ。

   100円ショップもそうだ。
   居酒屋で300円か400円の均一の店を出せばと思うのだが。
   料理や酒すべてワンプライスにすればよい。おそらく多くある筈だ。
   おでん屋もよいのではないだろうか。
  今なら不況なので200円均一にして、ビールなら生ビールだけにして、
 千円のセットー5品から出せばよい。
格安なセルフの讃岐うどん屋が流行っているが、これも100円ショップにすればよい。
素うどん100円、トッピング100円とか。

 すべての事にいえるのは「絶対に例外を認めない!」ことだ。
  一つでも認めれば意味がなくなる。100円ショップで「200円コーナー」
   をという誘惑にかられそうになるが。例外なく均一100円だからよいのだ。
   値札をつける必要もないし、値下げの必要もない。
   ヘドロ商品は2個100円にすればよい。メーカーも問屋も分かりやすいし、
   お客の方もそうだ。

    ワンプライスでなくても、ファミリーレストランや居酒屋チェーンでは
    値段を3〜5種類に絞っている。
    「シンプルイズベスト」の典型である。
    駄目な店ほど多いアイテムの商品と値段の店が多い。
    無知の涙を地にいっている。
   こういう眼で見ていると、飲食店ウォッチグになる。
・・・・・・・
2003年12月28日(日)
998, アマチャアビデオ特集

 昨夜NHKで「アマチュアビデオ特集」を放送していた。
単身赴任の父親に赤ちゃんの姿を映像に録って、毎日TV電話に送る姿や、
小学生のグループがテーマを決めてビデオで録って編集をする活動があった。
また庭で雀が、足が何かに絡んで動けなくなった仲間を助けようという
微笑ましい内容が映しだされていた。
 井筒和幸という映画監督が、解説をしていたが、
この中で「他人に見せるということになると、全く違ったビデオの内容になる。
もっと深く言えば、誰に見せるのかを意識をした時に内容は全く変わってくる」
という言葉が印象的であった。

 ところで私の随想日記を一番意識をしているのは子孫の眼である。
その意識を持ったと同時に、書く内容が変ってきた。
それにしては、あまりに露悪であるが。

その経験があるから井筒監督の言葉が理解できた。
反対に、現在書き写している22歳時の日記は、ただ何も考えないで
自分をコントロールする為に書いたものと思われる。(動機が定かでない)

 技術の進化に伴なって、限りない能力が出来てくるものである。
このデジタル化などによる高度情報化社会は無限の進化を遂げていくだろう。
誰もがプロになれる時代になったのだ。その境が無くなりつつある。
そうすると、自分の分野をきっちり決めて掘り下げていくしかない。
逆に誰もがプロになれるのだ。

100年後は予測も出来ない社会になっているはずだ。
10年後さえ予測不可能だ。
十年前にインターネットや携帯TV電話の普及を殆ど誰も予測できなかった。
個人がより主体的になる近未来が見えてきた。

・・・・・
2002年12月28日(土)
624,今年の総括

今年の総括の時期になった。
毎年卓上日記に書いている。
・姉正子が亡くなる
 ー9人のうち4人死んだ。
・父方のオバがなくなる。父方の叔父の連れ添いだ。
 これで父の兄弟・姉妹とその連れ14人が全てが亡くなった。
 年齢の一つの風景か。
・海外は三回行った。 
 西アフリカ、スイス、パタゴニアだ。
 これで39回、60歳までの50回の目標に近づいたが。
 来年は戦争の可能性があり、どうなることか。
・子供は長男が再就職と更なる転職。
 次男は会社ごと身売り、転籍。
 これは時代の風景だろう。
 
会社は
・この不景気の中一応順調に経過という事か?
 相変わらず銀行の貸しはがしの予兆があったが。
 借り入れも一応順調にいった。
・売り上げも微弱ですんだが利益は2割減った、来年はどうなることか。
 新入社員が6名入って若返った。
国際社会は去年は歴史的な9・11があったが、比較的に落ち着いた
年だった。北朝鮮問題がクローズアップしてきた。
国内も比較的安定した年だったが、景気がますます悪くなって救いがたい状況。

国内も国際的にも20世紀的なものが本格的に壊れ始めてきたのが
今年の特徴だった。自民党は仮面を変えてしぶとく残っているが。

・・・・・・・
2001年12月28日(金)
283、創業の頃ー2

中途採用は‘男で、一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきた
キャリア’以外は入れない。
間違えて入れたら、いらない苦労を背負い込むからだ。

ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から電話が入った。
会いたい、どうしても面接をして欲しいとのこと。
かなり強引の電話内容であった、そうして会った。
「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」
とのこと。
私もドライだが、こういう小説みたいな事は、まずいのは解かっている。
それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない)
人間を集めないと、空中分解をする可能性を孕む。
当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない
性(さが)をもつ、更にそれに対し無自覚だ。

その意味で人選は立ち上げ(創業)の一番の要素になる。
当然その話は成立しなかった。
次はマネージャーである。初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。
癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。

時計やの2代目!これも一週間でヤメ。
あとはリクルートしかないと、東京まで中途採用の関連会社に出向いて、
広告と面接!
そして応募してきた今の支配人と出会う。

・・・・・・・・
12月28日 1968年
11時に起床。
13時に千葉の姉の優子さん宅に向かう。
途中花屋で植木の花を買っていく。

卒論の清書をしてもらった分をもらい、16時半に帰路につく。
途中に集団すりを目撃をする。財布を掏ろうとして騒がれて
慌てて逃げていった。17時半に帰寮。
20時に帰省バスに乗る為に新宿に行く。21時のバスに乗る。
翌朝の5時に到着。家に着いたあと就寝。

ーこの4ヶ月の日記を見ると字があまりに乱雑である。
他人に見せるものでないとしても、これ自体自分の姿である。
最近自分というものに対して目覚めてきたと同時に、
自分に懐疑的になってきた。そして少しのことで動揺するのだ。
この二ヶ月間は特にそうだ。
また同時に脱皮に向かってモソモソしているようだ。

自分の理念とは何だろうか?
・創造、遊び、愛、知性という面から、それぞれをどう位置づけるか。
 自分の理想的なバランスである。
・それと真善美のいう面からも自分のバランスを考えてみよう。
 
ー 創造について
 男としては、価値基準の一番の指標になる。
 これは生きていく手段としてより、人生の目的として、
 自己の具現化として追求するのが重視されて当然のことである。
 人生の大部分はこれを追求すべきである。
 その追求をしていく過程・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー愛について
 ・・・・・・・
ー遊びについて
 ・・・・・・・・・
ー   省略


2094, 下流喰い −3

2006年12月27日(水)

               (+>∀<+)ノ 
                 おぁはは〜ようさん!
*タクシー業界運転手の悲鳴*
 (この内容は本の概略でなく生の現場のレポートである)
 −−−−−−−−−−−−
この本を読んで、改めて現在の日本の病巣に深さに驚かざるを得ない。
ここでは何度も取りあげてきたが、「タクシーの運転手の悲鳴」である。
飲み会の帰りに数ヶ月に一度は使う程度だが、必ずというほど、
「運転手さんも大変でしょう!」と聞くが、ほぼ同じ返事が返ってくる。
<月の手取りが14~5万円で、奥さんがパートで8万位稼いで、
子供1~2人で何とか食いつないでいる云々・・。
それでも辞めても直に補充が入ってくるからね〜」である。
ホテルの前にタクシーが並んでいるので、
その時々の景気状況や彼らの身近の話が入ってくる。

    全国的に「固定給のベースが廃止され、完全歩合給制」
    が全国的に普及始めてきたという。
    新潟市も来年四月から完全歩合制になるという。
    4年前に規制緩和を受けて、タクシー業界に多くの新規参入があった。
    そのため業者間競争が激しくなり、各社一斉に増車をして収益確保に入り、
    各社には成果主義が導入された。その一環が完全歩合給である。
    平均年収が300万弱と、全産業のそれより150万円も低い現状にある上に、
    今度は最低賃金も保証されないのだという。
    運転手もお客という獲物を他の車より先に捉えるセンスが要求される。
    そのセンスのあるとなしでは、収入が全く違ってくる。

ところで、ここで何故取り上げたかというと、
彼らがサラ金の丁度よいターゲットの典型の立場であるからだ。
来年から、更に公共事業の削減と、談合の徹底取締で建設業界も整理統合が始まる。
最近では建設業からの雇用の安全弁とされている。
その収入の低さで辞めていく人も多いが、気楽に入れるため参入者も多い。
しかしその労働現場は収入の低さも含めて「悲惨」の一語に尽きる。


*キャッシングは麻薬と同じ*
 (罠にはまっていく部分をまとめてみた)
 ーーーーーーーーーーーー
仮に「毎月15日締め・25日支払い」のクレジットカードを利用した場合、
締め日の翌日には、新しくキャッシング枠ができる、そこで借りる、
そうやって毎月借越していき、最後はボーナスで辻褄をあわせる。
いわゆるロール・オーバーを繰りかえす。
これが普通の人のギリギリのパターンである。
ところが出費が重なり、気がつくとクレジットの枠を一杯を使い切ってしまい、
サラ金に気楽に借りたとしよう。

    そこから、
   「サラ金業界のお客様のごくごく普通の転落のパターン」が始まる。
    そのプロセスはほぼ同じパターンである。

ー手取り20万の30歳位の男を例に取る
ゝこ擇縫▲灰爐帽圓最初は30万位借りるつもりで与信の審査をしてもらったら、
 50万の枠があると言われて、金利29%で借りた。
 ボーナスで清算できる算段であった。
△箸海蹐、まとまったキャッシュで、気持ちが大きくなり、 
 外食や、それまで控えていた買い物をして1~2ヶ月で50万を使い果たした。
そこで次に信販会社のローンを申し込み、100万円を借りた。20諭
 月々の返済だけで、既に26万円が消えていった。
い世、ほどなく今度はレイクからも30万借りた。
 これで月々の返済に追われて完全に首が回らなくなる。
ズE戮魯▲ぅ侫襪鯔れ、10万円を借り
Ψ荳册が迫ると、今度は武富士にいったが融資を断られ、
Ш討咼▲ぅ侫襪帽圓と、20万を更に貸してくれた。
そして街金からも数万単位で借りて、最後は・・・

    これは実例をそのまま書き写したものだが・・・
    麻薬に嵌っていくプロセスと同じである。

    この連中に眼をつけ、街金をたらい回しにし、
    ババ抜きゲームをするのが、ヤミ金業者なのである。
    二回の金利返済で元をとって、あとは誰がババを掴むかの
    犯罪集団の駒になっていく。
  ーーー
 以上だが、これが合法国家の有様とは到底いえない。
先日、ニュースでわざわざ西新宿の路上に
首無しの死体が放置されていたが、あれなど見せしめだろう。
 
              ーつづく
         ホンジャ(*^ワ^*)i
・・・・・・・・
2005年12月27日(火)
1729, 流通再編成
               (*´ノД`)<<< +。:.才八∋ー
「西武・そごう」をセブン&アイグループが
 傘下に収めると各誌のトップで報じていた。
  これで、7兆数千億の規模になり、
   世界の流通グループでも5番目の規模になるという。

    これで国内でイオンと二大流通グループを構成することになる。
    アメリカのセブンイレブン本社も買収しているから、
    世界の流通として質からみても
    遜色ない流通グループになる。
                         ~~旦_(-ω-`。)
   イオン・グループはホームセンターやドラッグストアー、
  SMのマックスバリューや、デベロッパーのイオンモールなど
 郊外型の小売業業態を多く持っており、
 セブン&アイにない一般消費者に向けて低価格を目指している。

 反面、駅前型GMS型の店舗のおおいセブン&アイは、
 その業態変更に大きなエネルギーを裂かなくてはならない
  ハンデがある。
   果して、この統合がプラスかマイナスかは評価は違ってくる。

   私の評価は、イオン有利と判断するが、
   西武百貨店の購入金額が2000億は安い買物?ではある。

   百貨店では、まともな商品戦略を持っているのは
   「伊勢丹」だけというから、ヨーカ堂のシステムが入れば
   勝ち組に入る可能性もある。
  見ている分には面白いが、当事者は血みどろだろう。
                        (。・ω・)ノ ジャ! 
 ・・・・・・・
 2004年12月27日(月)
1364, M資金

学生時代から、この資金の話を聞いていた。
また父が、東京女子医大病院で手術をした時、隣のベッドの人の話も
M資金に似た話を父にしていた。
「終戦時に軍の秘密の金塊を隠して持っている」とか。

以前、潰れかかったミニゼネコンの社長から「M資金のルートがあるが、
興味があるか?」と、聞かれたことがあった。
のっけから相手にしてなかったので、相手は直ぐ諦めたが。

「検索」でM資金で検索して調べてみたら、面白い内容が次々と出てきた。
往年の二枚目俳優の田宮二郎も、騙され自殺をしていたことを初めて知った。
「M資金」は第二次大戦後に、日本に占領行政を行ったGHQ(連合国軍総司令部)の
経済科学局長だったマッカートの秘密資金と言われ、
その頭文字からM資金といわれている。
戦後の巨額詐欺事件で何度も登場している

戦後50年以上に渡って現在も進行中の古典的詐欺である。
「ある秘密資金があり、それを将来有望な貴社に低金利で融資したい。
しかしその資金を運用する為には様々な事前工作の必要があるので、
その工作資金を支払っていただけないか?」といった類の詐欺話である。

50年以上にわたって被害が後を絶たないのは何故なのか?
それは「ホントにM資金ってのがあるらしい・・・」
という噂がまだ蔓延しているからだ。

「なぜこんなことにだまされたのか」と思うが、
資金に困り、融資がのどから手が出るほど欲しい人にとっては、
絶望の中に光明を見た思いだろう。
それだけに悪質だ 。
関東圏だけでも、数万人がこれで生活しているという話を聞いたことがある。
ーその具体的詐欺の内容は

「実は、巨額の隠し資産があるのですが、
それを信用のある企業の方に低利でお貸しして、
企業の発展ひいては国家の発展を目指そうと言う制度があります。」

数億〜数百億円を利子数%で融資してくれるという(サラ金で借りると20%位)。
「そんないい話しが」と疑っていると、
「財界の大物」風のご老人や、「大物政治家の秘書」を名乗る好青年、
「旧皇族」を名乗るやんごとなき身分の人?に会わせてくれたりもします。
お決まりのパターンである。

{字数の関係上省略してありますが、2004年12月26年に全文書いてあります。
・・・・・・・
2003年12月27日(土)
997,「 私の死亡記事」−2

 この本を読んで、それでは私も書いてみようかと思って既に2年経つ。
そこで書きだしたが、そうは書けないものだ。
あからさまな自分を、突き放して見つめることは辛いことである。
宇宙から地球を見つめ、地球から日本を見つめ、日本から新潟を見つめ、
そして自分を見つめ、その自分を突き放して、最終の死の視点から冷静に
書くのも面白い挑戦でもある。

ー以下、真面目にフザケテ書いてみるー

戦後直後の混乱期の1946年01月15日、新潟県長岡市に8人兄姉の末っ子
として生まれる。
父が43歳、母が38歳にの時に生まれた為に、両親に溺愛?されて育った。
実家が丁度、転業期の為、いつも一人放って置かれて育った。
一生を通して独り遊びの癖が抜けていないようであった。
しかし無事に人並み?に大学を卒業をした。

両親の姿をみていたためか、大学時代より創業の準備を始めていたと
彼の文章に書いてあった。
27歳で千葉で独立したが、その二年後に実家で騒動が勃発。
実家の「衣料量販店」を五年近く従事する。

実家の経営を軌道に乗せ、その後新潟の駅前で日本で初めて
客室主体の「シングル専門ホテル」を開業する。35歳の年であった。
一階に学生服を兼業して奇妙なホテルとして注目を浴びる。
その後、70室の客室を500室まで新潟駅前で増やす。
そのプロセスでリースバックを思いつくが、バブルの時代に買い取り方式
に拘りすぎたようである。
現在デフレのフィッシャー効果の為、事業構造の転換迫られ
丁度手がけた矢先であった。

酒を飲んで多くの失敗を繰り返していたが、昨夜ついに暴走族と
長岡駅裏で乱闘、袋叩きにあって翌日死んでいるのを発見される。
誰も同情する人が無いのは、この人の生き方をそのまま顕している。
死を予感したのか、随想日記を997日分書き残したが、その最後に
皮肉にも「私の死亡記事」が書いてあった。
本人の目標の1000に、あと三日であった。

享年57歳。
葬儀、告別式は本人の希望でなし。

・・・・・・・・・
2001年08月13日(月)
[107] 「私の死亡記事 」‐文芸春秋
図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!
各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」

 そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。
よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。
まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。
どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては

意外と自己正当化しているのが可笑しい。 

 −私も書き始めたが侘しくなってきた。死亡時期‐父と同じ71歳
(そうすると後16年の時間)
・死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。
・生前の業績ー書くに値せず。
・葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの遺言の為に音楽葬
 ただし身内のみで。
近じか真面目に書いてみよう。
   
・・・・・・・・ 
「私の死亡記事
出版社: 文芸春秋
ーレビュー

新聞の社会面に載る「死亡記事」。
それが、本人自らの筆によって書かれたとしたら…。
そんな発想から書かれた本書には、細川護煕、岸田秀、田辺聖子、渡辺えり子ら
著名人102名の空想上の死亡記事が著者本人によって記されている。
味気ない客観的業績の記録や経歴だけでなく、著者自身の視点から見た、
これまでの強烈な生き様や輝かしい業績への途、これから築くであろう架空の人生、
希望あふれる業績(予定)の数々が、手紙や俳句など形式にかかわらず、
見開き1ページで著してある。
何より、墓碑銘や死の描写などの創作的要素が多く盛り込まれた各々の文章が
共通しておもしろい。
著者各人の自由発想によって、「これが自分らしい死に方である」というくだりが
ドラマチックだったり、失笑を買うものであったりと創造性豊かな死に様が
描かれているのだ。また、「海に遺骨を撒く」、「風葬にする…」など自分なりの
墓標を立てたいという希望が多く、その主義主張が興味深い。

しかし、「死」を読んでいるはずが、読むうちに執筆者の「生」を感じ取れるのは
なぜだろう? 自身の「死」を想定することによって書かれた各人の死亡記事の根底には、
これから続くであろう「生」への希望、今まで生きてきた「生」への悔悟、自身の「生」
に深くかかわった人々への思いが流れていることに読者は気づくに違いない。
本書は創作された「死」の物語として楽しみ、「生」を省みる機会を読者に
与えてくれる。(青山浩子)

出版社/著者からの内容紹介
筒井康隆、若者グループと乱闘し撲殺さる!
──阿川弘之、桐野夏生、妹尾河童、細川護熙、渡邉恒雄ら百二名が記した「自らの死」

ー目次ー
御挨拶(阿川弘之)
とうとう最後まで(阿川佐和子)
いまだ死せず(阿刀田高)
愛犬稟に何の便りもなく(阿部謹也)
友人医師の一言を鵜呑みにした末に(安部譲二)
絶版男、熊に食われる(嵐山光三郎)
「歩く百科事典」逝く(荒俣宏)
趣味は嫉妬(安野光雅)
じゃんけんで負けて俳句に出会ったの(池田澄子)
御挨拶(阿川弘之)
とうとう最後まで(阿川佐和子)
いまだ死せず(阿刀田高)
愛犬稟に何の便りもなく(阿部謹也)
友人医師の一言を鵜呑みにした末に(安部譲二)
絶版男、熊に食われる(嵐山光三郎)
「歩く百科事典」逝く(荒俣宏)
趣味は嫉妬(安野光雅)
じゃんけんで負けて俳句に出会ったの(池田澄子)
そばつゆ(池部良)
〔ほか〕

・・・・・・・・
2002年12月27日(金)
623, 新しいパソコンについて

会社の自分のパソコンを日立のPuriusに入れ替えた。
感想はとにかく画面がきれいだ。
明るくクッキリしているのが良い。
画面は二年前に買った自宅用のパソコンの3倍は良い感がする。

会社のパソコンの入れ替えを利用して大体2年に一度変えている。
年々パソコンが飛躍的に良くなっているのが良くわかる。
今回もかなり迷ったあげく画面の良さを優先した。
それと違うメーカーを取りあえず使ってみるのも要素にいれた。

当たりであった。
画面が明るいこととクッキリしているのが本当によい。
まだ機能やソフトは把握をしてないが新鮮な感じも良い。

今のパソコンは2年経つとゴミとNTTの人が言っていたが、当たらずとも
遠からじという感じがする。あと二年経ったらもっと凄い内容に
なっているのは間違いがないだろう。

恐らく動画と電話の画面が主体になるだろう。
不況でもこの分野の世界の進歩はとどまる事が無い。
パソコンを使えないということは時代に見放されてしまったといってよい。

話は変わるが、ニュースで携帯電話で音声付動画が配信
できるのが売り出されるという。
5〜6分のものを3本まで可能といっていた。
面白い時代だ!

・・・・・・・・・・
2001年12月27日(木)
282、同姓同名

東京でも、地方でもいつも同姓同名を電話帳で探していた。
必ずいるはずだと。山田太郎とか、小林恵子とか言う名前の人は
何回もそのことに慣れていたと思うが、一回もあったことがないのも気になる。

そしてインターネットの検索で見つけた。岐阜の駅周辺の呉服屋の主人だった。
ー商工会議所の名簿に出ていた。
それを知った時妙な気分であった。周辺にいたらあまりいい気分でないだろう。

初めて見つけたことと、同姓という因縁である。手紙でも書こうと思ったが、
それはおかしいと思い止めた。

その話をある知人に話したら、
それでは「自分の名をインターネットの検索に入れてくれ」とのこと。
それではと入れてみた。なんとその5年前の新潟で行われた、
マラソンのシニア部門の記録の名簿が出てきた。本人もびっくりしていた。

堀井は遡ると平家の武将で、源平の合戦で負けた落ち武者だそうだ。
その為か、富山や新潟の上越市周辺にその姓が非常に多い。
第二新館の鉄骨工事が富山の業者であった。その社長の名が堀井だった。
鉄骨検査でその工場に行ったとき、私の想像どうりヒタイの広い自分に
そっくりな男だった。

・・・・・・・・
ある時間の断片
12月27日  1968年

12時に起床する。
午後読書をする。
夕方に新宿の紀伊国屋に行くが、目的の本がない。
帰寮後、21時に瓜生の部屋で、彼と佐藤と緒方と酒を飲んで騒ぐ。
22時に先輩の永田さんと渡辺文雄さんがくる。
飲んでいるうちに、現実社会は厳しいとかの愚痴が始まる。
自分の思っている範囲が手に取るようにわかる。
彼らに理想などあるものだろうか。
この溝はもう埋められない。

-2004年12月27日ー記
これを読んで気がついたが、二人が後年に「県会議員」になったという。
何じゃ、こりゃ!こんなものだろう。両方とも、国会議員の秘書だった。
国会議員なら、もっと程度が??
・・・・・・・
ーある時間の断片
12月26日  1968年

11時起床。
午後から卒論のまとめ。
ジャスコオカダヤから「販売革新」という月刊誌が贈ってくる。
その文面によると、2月21日から出社のようだ。
これを見て焦りがでる。気持の整理がまだできてないせいだろう。
あと55日しかないのだ。いかに気持を整理していくかだ。
少し自分の気持を整理をしてみよう。
学生時代に自分の能力ー特徴を見つけ出した。
行くべき方向も見つけた。
自分の長所も欠点も把握した。そして自信もついた。
これからはジャスコという会社に入り、先ずはその中で組織にチャレンジを
することになる。そこで自分に対する課題を一つずつ処理をしていかなくては
ならないのに、ここで躊躇しているのは何故だろう。

 両親を見てみるがよい。
戦前戦後を通して生き抜いてきた姿が実例である。
私もここで社会に旅たつときが来たのだ。
自分の柵を乗り越えなくてはならない時期に来た、自分の足で一歩一歩。
その為には、逆に自分の中に生きなくてはならないのだ。
武沢教授にしても、高木にしても、あの奥知れない能力を見るがよい。
私の中のそれを探し出していかなくてはならない。
石川にしても、外山にしても、河村にしても、それぞれが外から見ると
大きな宝石が見て取れる。もちろん自分にもそれに負けないものが
あるはずである。

 最近、「何故何故」という問いかけが、自分の中に生じてきた。
これは哲学的になってきたということだろう。
何故はたらくのか、何故生きていくのか、何故お互いに傷つけあうのかなどである。
  纏めるつもりがいつの間にか混乱をしてしまった。
  少し考えすぎだ。


2093, 哲学者が皇室の意味を考えると!

2006年12月26日(火)

       b(^o^)dおっW(^O^)Wはー♪
 
   「知ることよりも考えること 」池田晶子著−  読書日記
        
    現在の日本の皇室はあまりにも金をかけすぎであり仰々しい。
    幕末に国家をつくるときの御旗として仰々しくする必要があったのだろうが、
    時の権力者が如何に「あの家の方々」を利用して御旗の陰で何をしてきたか?
    外務省と同じように「無用の用」なのだろうが、あまりに金ピカ過ぎる。
    
    京都御所に皇居を移されて、江戸城跡は公式の外国の来賓が来たときの
    迎賓館としての機能のみを残すべきである。
    本来の城跡としての史跡公園にして、災害が起こった時の避難場所として
    整理すべきである。
    
    まずは皇室の質素化こそ、日本再生のモデルとして国家システムの合理化の
    範を示すべきである。
    これをきちっとしておかない限り「神社のお賽銭=神への賄賂レベル」
    から日本の官僚と国民の意識は変わらない。
    著者は言葉は選んであるが、「皇室問題」に対して本質をキッチリと
    論じているところはさすがである。
    
    島国は土着の王様という「中空」=ガス抜き、としての天皇制も必要だろうが、
    金のかけすぎということ!
    その不自然さが「皇太子妃の重度のノイローゼとして逆の立場でも
    爆発している」ことからみても解ることだ。
    早々、より象徴的な天皇制をうちだして「質素な親しまれる天皇」として再出発。
    直接選挙の「大統領制」に切り替えて明確な権限と責任を与えなくてはならない。
     
     ーまずは要点を抜粋してみる。
  
  ー楽しいお祭りー 
        「知ることより考えること」より

まあ、あの家の方々は大変である。
あちらも大変だが、「こちらの側の」盛り上がりも並大抵ではない。
まさにそのことが、あちらが大変な理由である。そうでなければ、
所詮は他人の家の騒動でしかない。
こちら側は、たまたまこの国に生まれたその理由だけで、興味をもつだけ。
我われにとって、あの方がたは何なのか、このことを考えてみたい。

    古来、天皇家の仕事は、生産に関する祭祀をおこなうことであった。
    四季折々、神に代わって暦を司り、農事の開始を告げる。
    したがって、人々はその人の語ることに耳を傾け聞き耳を立てていた。
    その振る舞いに注目するのは当然のことである。
    天皇家にたいする我われの考え方の原型はそこにある。

ところで、神に代わって神の言葉を告げる人とは、神主である。
あの家の方々は、古い古い神主の家である。
神主の仕事を長きに亘り世襲しつつ、現代までこられたわけである。
そして、その「世襲」に対して、我われは深い関心をよせる。
ところが、今回このお世継ぎが誰になるかの問題が起こっている。
血統もしくは男系ということが問題らしい。

    しかし、古いところ、天皇家の仕事の始まりということまで遡ると、
    それはあまり問題ではないのではなかろか。
    天皇は、天皇霊という霊魂を受け継ぐことで天皇になる。
    受け継ぐのは霊魂であって、必ずしも血統ではないらしい。
    名を受け継ぐことによって、霊魂を継ぐ。
    それなら歌舞伎役者の「襲名」と同じである。
    継ぐに相応しいなら誰でも良いのである。
   「世継ぎ」は「代継ぎ」、代が変わるごとに新しい時代の始まりを継げる。
    それが神主としての天皇ということで、問題はないのではなかろうか。

紀子様の御懐妊は、なんとプリミティブな。
あの方々は、生産すなわち生殖の祭紀を司るという、
天皇本来のお仕事に励んでおられたのである。
男女の行為をさして「お祭り」と呼ぶらしいが、
まさにそれこそがあの方々の「お仕事」だったのだ。
なるほど、お目出度いという感情の源である。

    皇室典範などしょせん法律、近代になって整備されたものに過ぎない。
    天皇家の歴史は遥かに古く、我われの心の癖も、それと同じくらい古いもの。
    だからそんなもの気にすることはない。
    法律など、その時に適当に変えればよい。
    我われがあの家に関心を寄せるのは、そこに変わらないものをみるからだ。
 −−−
 まあ、これ以上、私のコメントは要らないでしょう!
              (*^○^*)ノ バイ!
・・・・・・・・・
2005年12月26日(月)
1728, 中野ブロードウエイ  −2
         (ヾ(´・ω・`オハヨウ〜(o´_ _)o)ペコッ
         
この中野ブロードウエイの中に、異様な店があった。
 商品が何も無い店のレジ8台位のところに、人が行列をしている。
  知人に、
  『あれって何をしているのですか?』と聞いたところ、
   「古本、衣服、カセットなど、何でもかんでも10円で仕入れている」
    という。ミソは、「ほぼ全部、無条件で買い入れること」という。
     仕入れる方は、その中からお宝を見つけるという。     
     いま一つ印象に残ったのは、
      店を借りた人がショーケース・棚ごとに細分化して、
       又貸しをしているという。
       それらのショーケースの商品は、インターネットで全国に発信されていて、
       売れ何割かの手数料を支払うシステムが出来ているという。 
                     ~~匸Pヽ(・ω・`)
                        コーヒー デモ ノモウヵ〜…
      ここで初めて存在を知ったのが、
     マンガ、アニメ、TOY、同人誌の専門店
    『まんだらけ』である。
   中野ブロードウエイが、ここまで有名になったキッカケは
 『マンダラゲ』が此処に出店した後に、
 自然発生的に「お宅」対象の店が集積していったという。

 この「まんだらけ」のHPが「楽天」のヒントの原点とか。
  面白いのは、HPと店がリンクしているこで、
   なるほど時代の先取りである。            ( ̄ー ̄)ニヤリッ
                         (_ー_)逆ニヤリッ!!
    
    あくまで現在は一現象でしかないが、未来のある姿を含んでいるようだ。
     
     サロンに『まんだらけ』のHPをコピーしておきますので見てください。
          http://www.mandarake.co.jp/index2.html
                       (*・x・)ノ~~~ ほんじゃ♪
・・・・・・
 2004年12月26日(日)
1363, 金に泣く人笑う人 −3

ヒモの男の話は暗くはないが、女性の場合は違ってくる。
 ヒモにしても、イロにしても結局は浅知恵でしかない。
  そのイロの話である。

   ー抜粋ー
    その「イロ」の方は19歳のホステスのP子が典型である。
     彼女の素性は悲しい結末から明らかになった。
      P子は20数年前に大阪の東淀橋のマンションの一室で絞殺死体で発見された。
      16歳の時に親との仲がこじれて大阪に流れてきて、
      年齢を偽ってホステスになった。
      殺された時、7人の異性と毎週関係を持っていた。
      月、火、水、木、金、土、日と異なった男が、日ごとに訪ねてきた。
      会社役員、自営業、僧侶、公務員、医者等々。
                         ( ^▽^)σ)~0~)アヘ〜♪
     この複数の男が浮かび上がったのは、P子の死後に残された幼い日記の記述と
    7枚の差し込み式の表札であった。
   彼女は毎日「表札」を変えていたのだ。
  その曜日によって男の表札を差し変えていた。
  7人のアホな男達は、自分だけの女と思っていたのだ。
                     ヽ( ´ー`)ノ ワオッ♪
  殺害直後の捜査段階で、7人の男は警察に呼ばれて、事情を聴取された。
  が、全員にアリバイがあり、犯人は流しの犯行とわかったものの、時効となった。
  一人平均5万円を徴収していたというから、夜のホステスの収入も含めて
   一ヶ月八十万位を稼いでいたようだ。
    現在だと300万といったところだろう (σ・・)σゲッツ!

     司法解剖の結果、陰部の色素沈着の度合いから、40代の女性とおもわれていたが、
      結果は二十代ぜんはんであった。
      相当異性との関係があったことになる。

     ヒモは心で稼ぐ、それも偽りー詐りの心である。
    が、女性は詐リの心と体で稼ぐようなものである。
   働かずに暮らしていこうとしたら、それは安楽のことかもしれない。
  ヤドカリにしてもカメレオンにしても相当な自己欺瞞に徹する必要がある。
                         
                         (*▼ー(。-_-。)ゝ
                            今夜ハカエサナイゼ! 
              pyu~♪〜(=^ε^= )
   ーーー
ー以上であるが、
 このヒモとイロを比較してみると、男女の差が出ている。
  女は自分の住居で、表札を差し変えるところがミソである。
   あくまで自分の巣である。
    花と蝶の差である。
      男を騙す、女を騙す、という点では二人ともプロである。
      いずれにしても、普通の世界とは全く違うものだ。
     このヒモの、女のチェーン(ストア?)化が凄い。
    それも関西から九州にかけて、それぞれの地域を変えているところが
   ノウハウの真髄である。
  ローカルではバレ易いが、リージョナルではバレル確率は少なくなる。

 イロの世界は、常人では窺い知れないものがあるのだろう。
              (ノ´ー`)ノ~~~~《愛》イロ〜
                 (○´3`)ノ アイラビュ───ン
          (" ̄д ̄)けっ!
・・・・・・・・・
2003年12月26日(金)
996, 戦死者と犠牲者と殉職者ー2

ー自衛隊と警察 ー
 
 先々週2日間、NHKの夜のゴールデンタイムに「安全保障・徹底検証」
  を放送をしていた。少し観たがバカバカしいので、直ぐにチャネルを変えた。

   警察官の視点から自衛隊をみると、割り切れない部分が多いだろう。
    警察は常に危険な中に身を曝しているのに、一度も危険な立場に立ったことも
     ない自衛隊が少し危険な立場になるだけ大騒ぎをしているからだ。。

      「安全」に対する暴力装置という面で、 
       ・警察は内部に対する-国家体制を守る為の-暴力装置
       ・自衛隊は外部から国家体制を守る為の暴力装置
      という役割を果たすのが、その機能である。
 
     自衛隊は、戦後60年近く訓練以外の戦闘で死亡はゼロである。
    警察は戦後、何人殉職しただろうか?数千人以上だろう。
   見方を変えれば、所詮は自衛隊は犠牲者の立場でしかない。
  いざ本業の遂行の立場に立った時に、その半世紀以上の都合の良かった
 立場から抜け出れないのだろうか?

 自衛隊は誰も死んでないのに、戦死に対してマスコミが面白おかしく
  危険をいっている事がオカシイ。
   国を守る為に存在しているのが軍隊だろう!

    今の自衛隊は「歩行訓練で行ったり来たりして給料を貰っている」だけ。
     「国家危急の時に命を張る」のが軍隊の仕事だ。
      それがアメリカの国家戦略に組み入れられてもである。
       北朝鮮とイラクのテロは日本もアメリカも共同の敵である。
        そこに行って参戦するのは至極当然である。

      自衛隊が初めて危険に立たされて、何で国全体が揺れなくてはならないのだ。
     戦闘が嫌なら軍隊に入らなければよい。
    戦争は起こるまいと思ってはいっているのが、大部分だろうが?
   「大型免許証とクレーン車?の免許をタダで取るために入隊する」という
   話を聞いたことがある。

  軍隊は外交の手段でもある。
 彼等もその位の知識を持っていると思うが。
 この狂った国の世論は、狂った視点しか言論できないのだ。
  そう見えているのかもしれないが。

・・・・・・・・
2002年12月26日(木)
622, パタゴニア旅行記ー8

アルゼンチンとチリの民度の差を感じた。
 特にアルゼンチンの汚職体質と民度の低さを。

  一度アルゼンチンに入りペルノモリノ氷河などの氷河国立公園を
   行った後にペルーに入った。
    その出国にあたり国境警備をしている憲兵隊が、要求をしたこがない書類を
     バスの運転手に要求してきた。これは暗にお金を要求していることだという。

      拒否をした為に書類を取りにワザワザもとの街に戻り、4時間近くのロスを
      してしまった。
      また再入国のときもにも同じような事があった。
      アルゼンチンはそういう体質らしい。国境を越えると空気が全く変わったのだ。
     ペルーは資源に恵まれていることも含めて民度の差が歴然としているのが
    はっきり判った。

   さらにアルゼンチンは国家が破綻をしている状態だった。
  国家経済は破綻しているが、国民はドルの箪笥預金を持って自衛をしている。
 自国の金よりドルが国内で主に流通しているという。
 日本の数年先の姿に見えてきた。

昨日たまたま野口悠紀雄のホームページを見ていたら、全く同じ内容の
ことが書いてあった。あとでコピーしておく。
 チリ・アルゼンチンと日本の物価の差は3倍であった。
  賃金は10分の1である。そうすると豊かさの差は3倍ある。
   実際そう思えた。
    日本がデフレで騒いでいるが、まだまだ物価は外国に比べて3倍であることは
     事実である。
      当分はデフレは収まらないだろう。

・・・・・・・・・・・
ー野口悠紀雄のホームページからー

日本とアルゼンチンの違いは何か?
 答え:2年。
  (すでにかなり膾炙(かいしゃ)している(特に、金融関係者のあいだで)。
   原典が外国の雑誌なので、外国人に話しても多分ダメだろう。
    もっとも、先日ある大使館の昼食会で話したら、かなり受けた。

     なお、私の友人の指摘では、2 年というのは間違いで、
     正しくは 2 ヶ月だという。
     そうだとすると、言うならいまのうちだ。

     ある会合で、ある人(政策当局者)が、
     「アルゼンチンと比べるなんて、けしからん。失礼だ」と息巻いていた。
     私は、「本当に失礼ですよね。アルゼンチンに。」
     と言いいかけて、危ないところで思いとどまった。
  
    ー上記を説明するとー
   2年というのは日本の将来の姿である。
  アルゼンチンの失業率は30佑任△辰拭
 日本の汚職は絶望的だ。
自?党と官僚と企業がつるんだ時間をかけた構造汚職だからだ。
アルゼンチン以下の日本に成り下がったか!!

・・・・・・・・
2001年12月26日(水)
281、夢日記ー12

夢で景色のあまりの美しさに、
 よーく見ようとした瞬間消えてしまう。
  誰も経験があると思う。

   変わった夢にこんな夢がある。夢の中で瞑想をしていると、
    自分の体がスーと浮き、部屋の天井の近くに漂っている。
    さらに庭の辺りまで浮いている。
     そして下をみて凄い経験をしている自分が信じられない!
     浮遊しながらこういう自分が不思議と思っている夢である。
      昨夜の夢は、かなり危ない夢であった。
     「酔って留置場に一晩泊まってきた」
     と家内に起こされ説教されている夢であった。
     夢の中だが誰かと飲んで後の記憶は全くないのだ。もちろん留置場など
    泊まったことがないが、朝起きて記憶のないとき、そういわれてもしかたがない。
    前日「男はつらいよ」のなかでそれに近い場面があったのが、
   自分の酔っ払いの失敗と重なって夢になったと思うが。

 夢は一日100分見るという。そうすると、一年で一ヶ月ちかく夢の世界にいるという。
 一生で五年間以上夢を見ていることになる。そうするとそれを如何考えるかは重要だ。

それを記録して自分の潜在意識を覗き込むと、明せき夢(はっきり覚えている夢)
を見る頻度が多くなる。夢は自分の潜在意識の入り口でもある。

 夢日記でよく覚えているのは、その直前に非日常の激しい経験をしたあとの
  リアクションである。
  そう考えると他愛のないものとも思う。
  むしろ忘れてしまっている内容こそ深い自分の意識ではないか。

  潜在意識下の戯曲化が夢であろう。


2092, 下流喰い −2

2006年12月25日(月)

           おっW(^O^)Wはようございます
                  ー 読書日記
 
 前回では概要を中心とした内容だったが、ここでは、
 消費者金融の世界の生々しい現場のレポートを中心に抜粋しながら考えてみる。
 駅のダンボールの住人(ホームレス)の殆んどが多重債務者という。
 一歩踏み外すと、誰もが陥ってしまう世界である。 
     350万人といえば30人に1人が多重債務者。ということは、
     10世帯のうち1世帯が多重債務者が存在していることになる。
     4世帯に一軒が高利貸しの金を借りていること自体が異常である。
     時代が変わってしまったということである。
     消費者金融の顧客が、どういう経過をたどって多重債務者になっていくかが
     詳しく書いてあり、大手消費者金融会社が彼らを罠に落としていく様が生々しい。
 
ーまずは、生々しい実態の部分を抜粋して考えてみようー
 
*多重債務者の平均像とは*
  −−−−−−−−− 
 いま私の手元にある事業団がまとめた
 「多重債務者の平均像」という資料がある。
 その資料によると、
 ‖申添通骸圓亮擇蠧れ目的の筆頭が「生活費補填」で、女性の割合が高い。
 一般に女性は男性に較べて年収が低い上に、債務件数も男性を上回る傾向がある。
 年収は平均240万円で、借り入れ時より20万ほど減収している。
 債務件数は八件で、現在の債務残高は約335万円。
 い劼鳩遒△燭蠅諒嶌儚曚14万円。 
 何処にでもいる若者の姿が眼に浮かぶが、
 債務件数が平均八件とは異常である。
 
     *おんな市場*
      −−−−−
     眼を疑ったところは
     ー「借金総額+50万」で売られる女ーである。
     これが本当に日本国内のことか?信じられない思いである。
     −−
    〔明るいラウンジ内には、すでに40代から50代の30人以上の男達が
     集まっていた。ホストクラブの店内で、それは唐突に始まった。
     パンティ一枚きりで胸を両腕でかばった女達10人が、店の奥から出てきた。
     平均20〜40代半ばといったところか。
     彼女らは全員腹の部分に直接マジックで書かれていた。
     
     意外だったのはその表情に蔭はなく、あっけらかんとしていた。
     もちろん入札といっても、威勢のかけ声があるわけではない。
     男たちはメモに金額らしきものを走り書きし、清算は後払いのようだ。
     同行した飲食店主に聞いてもらうと、どうやら値段は、
     「借金総額+50万」らしい。
     
     落札された女は、業者から住まいを提供され、‘年季が明けるまで’
     最低の生活は保障される。 通称、「やみ金」とよばれる荒っぽい手合いが、
     債務者の命を奪うところまで追いかけてくるのだ。
     彼らにロックオンされたら、おそらく逃げ道はないー。〕
 
 *ターゲットは低所得の若者*
  −−−−−−−−−−−−
 消費者金融の顧客像をもう少し細かく触れておきたい。
 ・大手消費金融の新規顧客の72佑男性であり、
 ・年齢は「30歳未満」が44諭
     「30〜40歳未満」23諭△40歳未満が三分の二を占める。
 ・収入面では、81佑「500万未満」で、「400万未満」が65諭
  300万未満」が42佑箸弔鼎。
  
  これでも日本はいまだに「現金社会」であり、家計支出に占めるカード決済は
  アメリカの半分にも満たない。
  携帯電話からの「お財布ケイタイ」など新しい決済機能を考えると、
  さらに多重債務者の数は増えていくだろう。 
 
     *やみ金の資金源と手口*
      −−−−−−−−−−
     彼らの経営資源といえば、次の三つになる。
     .織輿(金主)
     携帯電話
     6箙垳座 である。
    これを見ただけでピンとくるだろう。
    そう、やみ金と「オレオレ詐欺」「架空請求詐欺」「振り込めさぎ」などが、
    イコールの関係にあることが一目瞭然だからである。
    ちなみに振り込め詐欺の世界では名簿、携帯電話、他人名義の銀行口座の三つは、
    犯罪遂行上、欠かすことのできないツールとして
    「三種の神器」などとも呼ばれている。
    主に電話を使って債務者を脅し上げ、金を振り込ませるー犯罪の基本的手口は
    違えども、バリエーションは実に様々である。 
     02年から03年にかけて一斉に摘発された山口組系五菱会は
     独自に開発したマニュアルで、被害者と顔を合わさない「非対面式」をとって、
     その手口は、電話のかけ方や騙しのテクニック、電話で警察に扮したり、
     被害者の親族に扮したりするもの。
     暴力団特有の弱者を徹底的に喰いつくすものだ。
 
     自己破産者や多重債務者の周囲には、闇のネットワークが二重三重に張り巡らされ、
     ヤミ金融業者から勝手に金が振り込まれる「カラ貸し」もある。
     いったん振り込まれたものを使ってしまうと、一日100回以上の督促・恫喝の電話が
     自宅やアルバイト先、親戚、知人宅、子供の通う学校までかかってくる。
     さらに頼んでないタクシーが迎えにきたり、大量の宅配ピザや寿司屋の出前が
     きたりする。ちなみにヤミ金融界ではキャッシュカードと銀行口座がセットで
     販売されていて、専門の「口座屋」まで存在する。
  ーーーーー 
 それにしても、これでは日本は無法地帯ではないか。
 銀行に行くと、高利貸しのヤクザまがいの男が入金のため闊歩している。
 ??銀行のヤクザまがいの恐喝場面に私自身も出会ったことがある。
 この国は、アメリカの隷属国家! その完成の姿が若者に出ている。 
 しかし狂っているのは誰だというのか?!
 魚は頭と尻尾から腐るというが!
  
 確かに、情報化社会の進歩は目を見張るものがあるが、
 反面こんな狂った社会を見るとは思わなかった!
 これもグローバル化の一端の現象なのだろう! 
                (o ・д・)ツ  バイ!
 ・・・・・・・・
 2005年12月25日(日)
1727, 中野ブロードウエイ  −1
                (゚∇^*)オハヨ♪〜
「中野ブロードウェイ」は
 JR中野駅の前にあるショッピングモールの一番奥にある。
  中古漫画など、コレクターズアイテムを扱うお店が集まることで知られる。
               その近くに住む知人に案内されるまで、その存在を知らなかったが、
    一歩足を踏み入れて驚いた。
    猥雑な?店がところ狭し並んでいて、根暗な感じの男や東南アジア・韓国・
    中国人などでどの店も満ち溢れていた。
    上海の場末のモールという雰囲気である。
    不気味?な雰囲気で、最近はオタクだけでなく一般の客が
   異様な面白さに引かれて集まってくるという。
  地下1〜4階までは、フロアごとに商店会が組織されていて、
 それぞれが「ビルの中にある商店街」になっている。〔ワンフロアー1000坪位か〕
また5〜10階は住居フロアになっている。 
ここは1960年代最先端スポットであったが、
 今ではマニアックな買い物が楽しめる場所として秋葉原と同じぐらい全国レベル、
  いや世界レベルに知られる観光ゾーンにもなっている。  
         ∪・ェ・∪ イヌ (=・ェ・=) ネコ
         (・ x ・) ウサギ (・(エ)・) クマ    
   骨とう屋、宝飾品店だけでなく、ペットショップ、
    漫画、アニメはもとより、フィギュア、食玩、オーディオ機器など、
    いわゆる“オタク”な人々がお宝を探しにやってくる。
    そういう店が2、3階に集中していて、異様な雰囲気を醸しだしている。
               ((≡ ̄♀ ̄≡))/T タケコプター ドラえもん
               └|∵|┐ はにわ (=゚ω゚=) たまちゃん
    地下にはアメ横のような食料品店や、安くておしゃれな衣料品の店がそろっている。
    バッグ、化粧品、寝具など、くらしに身近で気軽に入れるお店も多くある。
   その一角には西友があったが、何か場違いであった。
   一言でいうと、
  お宅?を中心にした客層を狙ったレアモノのショッピングモールである。
 前のアメ横のイカガワシサがプンプンとしている。
 ブラックの商品が多く流れている雰囲気がよい。

   サロンに、ここのHPを貼り付けておきます。 
      -つづく
  ・・・・・・・・・・ 
  2004年12月25日(土)
1362, 金に泣く人笑う人 −2
             読書日記             
第五章の「男と女の金の相関」
ー「ヒモのAとイロのB」の内容が面白く、かつ悲しい。

 まずはヒモの話である。
ーヒモのAはなんの変哲もない二十代後半である。
 ホストクラブで働くような男ではない。
  むしろ風采の上がらないセールスマンといったタイプである。
   この男に18人の女性がどうして貢ぐのか。
   いくら考えてもわからなかったが、何回か会っているうちに、
    この男には特殊の偽善性があるのがわかった。

    虚言癖がごく自然に具わっているのが徐々にわかった。
    その理由は、Aと会う場所がその都度変わっていて、彼はどの雰囲気にも
    自然に溶け合っているのだ。
    場所は喫茶店という外の店でなく、常に違った女性の部屋であった。
    OL,ホステス、居酒屋の女将、学生、看護婦とさまざまであった。
   彼はどの部屋にも溶け込む男であった。
   どの部屋にもピッタリと合っていたものだ。

  ヤドカリ男は見事なカメレオン野郎でもあった。
 転々と、2〜3日で次の女の部屋に移っていくのだ。
 だから、平均して二ヶ月に一回の割合になる。

 彼は一貫して同じ職業を名乗っていた。
 外資系の薬品会社のセールスマンであり、二ヶ月に一度は日本の土を踏む、
  という生活をしていると偽っていた。

   18人の女性はまんまとこの口車の乗せられたことになる。
   大阪、京都、神戸、姫路といった具合に女性たちを分散していて、
    一日の仕事は、女性の部屋から他の女性に電話を短く入れることである。
    偽の国際電話であることはいうまでもない。
     女達はこの電話を頭から信じていたのだ。

     小道具としては、洋書が二冊と外国のマガジン一冊で十分だといっていた。
    海外に出たこともないのに、海外の情報に精通していて、
    彼女たちに外国の街の模様をさりげなく寝物語にしてやるだけで、
   久しぶりに帰ってきた彼を暖かく迎え入れていた。
   パリ、ロンドン、ニューヨーク、ベルリン、フレンツェ、サンフランシスコ、
  サンパウロ・・・といった地名が女性たちを操るのはかれは十分に熟知していた。
 女性から見れば、自分の部屋にいる以外は外国暮らしをしていると思えば
 安心することを知り尽くしていたのだ。

 このAには一つの隠し玉があった。
  それは女性の部屋を立ち去る時に、必ず女性の宝物「宝石、指輪の類)を
   一個失敬していくのである。大した額のものではない。
    この持ち出した品物は次の女性のプレゼントをするのだ。
    B子の物はC子へ、C子の物はD子に、とリレーされていくのだ。
     香水の場合や、ベルトの時もある。
     このさりげないプレゼントで彼女たちは十分に満足が与えられるという。
     一種の天才色事師といえる。これほど効率的なプレゼントはない。

    このAは現在何をしているかというと、創作に励んでいるいるのである。
   作家を目指しているようだ。・・・・
 ーーー
以上だが、この女性版が飲み屋や、クラブのママさんである。
 多くの鼻の下の長い男や、若い男を、そして旦那を操るのである。
  クラブ・スナックの世界は、間接的な仮設自由恋愛の世界である。
   自分と手伝いと称したアルバイトのスタッフの女性を、使い分けて
   自由恋愛世界を演出して一夜を遊ばせる世界である。

   売春するわけでないし、ただ話をして、歌を歌い、踊るだけの世界である。
    世界広しといえども、日本だけのシステムである。
    その中では、ホステスやママは数人の男と??、先ほどのヒモのような
     綱渡りをしているケースも聞くが。
     大分は真面目なケースが多いが?
    次はイロの方である。
            − つづく
 ・・・・・・・・
2003年12月25日(木)
995, クリスマス−2

昨日は学生時代のクリスマスイブの日を書き写したが、
 その[一年後のクリスマスの日]を記憶の中から引き出してみる。

  ジャスコオカダヤに入社して四日市本店に勤務、そこから合併先の
   ジャスコフタギの「神戸垂水店」に転勤になり、半年経っていた。
    会社は幹部候補生を即戦力にする為に、店と売り場の高速配転をしていた。
    2ヶ月もして慣れると、即配転である。四日市、神戸、桑名等。
     5番目の売り場では、関西では初めての靴部門の立ち上げの責任者に
     取立てられていた。
     それにしても、あまりにも過酷であった。

     当時のスーパーは、まだ得体の知れない新参の危うい小売屋でしかなかった。
    濁流に放り込まれて、毎日が濁り水の中を溺れながら押し流されている日々だった。
    現在考えても、よくぞあの濁流に飛び込んだものだと思う。
   それだけ当時の流通は暗黒の世界であった。
  いや今もそうだが。

話はそれたが、クリスマスは食堂でささやかなクリスマスパーテーを
やったような記憶があるが、確かかどうかはハッキリしてない。
 その後に会社仲間と寿司屋で酒を飲んでいたような記憶があるが、
 これも如何であろうか。女性とは一緒ではなかったようだ。
  そうなら何処かで記憶が残っているだろう。
   クリスマスなどと浮世のことなど考えられない状態であった。
   それにしても、あまりに異常の世界であった。
    合併というのは、信じられないほど現場の摩擦がある。
    の先兵は如何立場かという知識は全く無かった。

    先ほど書いたように、流通業は当時は濁流そのものであった。
    信じられないような光景が色いろあった。

   ところで、その年の年越しを思い出した。
  宿直で、年越しを床屋で髪を刈っていた。
 当時の関西は、年越しは床屋が深夜まで営業をしていた。
 それまでの年越しは全て実家で両親と供に年を越していた。

 刺激が強すぎた日々でも、芯には染まらないのが私の特性である。
 これは武澤ゼミのお陰であるし、また欠点かもしれない。
 また創業という目的があったためである。

  「クリスマス」や「年越し」という視点で、過去を切り取ってみると
    色いろのことが記憶の底から湧き出てくる。
 
        メリークリスマス!
・・・・・
2002年12月25日(水)
621, 電子辞書を初めて買った実感

今回のパタゴニアの旅行で、ある人が電子辞書を持ってきていた。
常に持ち歩いて,ことあるごとに使っているのを見て早速買った。

買ってすぐに感じた事はとにかく便利な事だ。
携帯電話でその代用をしている人はその必要はないのだろうが。
結構身近においておくと使うのだ。あれば使う至極当然である。
インターネットで調べられるが、電子辞書は電源を入れて立ち上げての
手間が少なくて済むのがよい。

私が買ったものは超ミニパソコンの型をしている。
10冊以上の辞書がコンパクトに収められていて手軽に広辞苑や
百科辞典やカタカナ語や漢字辞書がひける。
また分野別に辞書機能ー人名や地名や慣用句別にもひける。

1度調べたものは栞や単語帳に収まるのも便利である。
スーパージャンプで同じ単語を他の辞書で飛んでひける機能もある。
こういう機能の存在や便利さは実際買ってみて初めてわかる。
パソコンより実際のところ早く買うべき商品であった。

私の買ったものは家庭の居間用に最適な辞書を揃えてあるものだ。
ー手紙文作成機能や料理機能もついている。

数日使っているが、家内の方が頻繁に使っている。
文字サイズも大と小があり切り替える事ができ便利である。
時々家電の売り場で見ていたが、実際買ってこの便利さがわかった。

インターネットや電子辞書を使ってみて、頭がよいとは如何いうこと
なのか解らなくなってきた。

・・・・・・
2001年12月25日(火)
280、喩え話

かなりキワドイ難しい内容だ。これほど危ない内容はテーマに出来ない。
何で?あまりに本質的な内容になるからだ。それは能力の限界の
表現になる。浅い知識の底を見せてしまうからである。
といって、今更という気持ちで書いてみよう。

キリストも仏陀も喩え話の名人だったという。

難しい話も喩え話で一瞬に理解でき、かつ理解させる事が可能になる。
本質を心象風景で、いや心象画でー心的視覚化する事だ。

喩えー易しく噛み砕き、かつ事例に置き換えることか。
喩えのほうが本質より,より中心をついている場合が多いのは何故か?

イソップ話の内容はあまり知らないが、
「かなり深い喩え話が含まれている」のではないかと想像できる。
神話もその国の潜在意識という。

おとぎ話も昔話もそうだという。ジョークもユーモアも、
庶民の笑いに転化した喩え話が多い。

「暗い子狐」など、自身の心象風景そのものだ。ハワイなどでは出てこない
喩え話である。雪国の特化された生き物だからだ。

喩えはその本質の中心をつかまえてないと、転化できない。
逆にそれさえしっかり把握していれば、可能である。自分の心象風景に
置き換える作業である。そして心象風景の中から、その中心をより
把握させる置き換え作業である。

いずれにしても、自分の理解のためにも喩えを使うことも大事である。
鯰とかーとらえどころのないやつ。ムジナー??とか、動物に喩えるのも面白い。
キリストの「右頬を殴られたら、左頬を出せ」など、キリスト教の教えを
喩えで一言で表現している。

・・・・・
ある時間の断片
12月25日 1968年
11時に起床。
午後本を読んだり、食事をして過ごす。
夕方、米林が帰省をしていく。
夕食後、会社の論文の構想を色いろ書いてみる。
21時に、市川さんの友人等5人を引き連れて赤坂に行く。
いざ中に入ろうとすると、誰も物怖じをして入ろうとしない。
ここまできて何だろうと強引に入れようとするが3人が逃走する。
やっとのこと市川さんと、あと一人を入れる。
入って、踊りだせば後は狂ったように踊りだした。
24時に帰寮。
変な学生時代最後のクリスマスであった。
来年はどんなクリスマスを過ごしているだろうか。

ー2003年12月24日記
その一年後のクリスマスは、ジャスコに勤めて四日市から神戸に転勤になっていた。
神戸の垂水という街であった。凄い世界であった。
転勤直後に瀬戸物の叩き売りをやらされたり、店舗の大改築の真っ只中にいた。
クリスマスの日は、おぼろげな記憶だが寿司屋で仲間内で飲んでいた思い出がある。
神戸の場末のストリップ小屋に、現地の店の先輩に連れて行かれたりしていた。
興味より気持ちが悪いというのが実感であった。
その時は、もう靴屋ー靴部門の責任者であった。僅か八ッヶ月である。
まだ憶えているのが、年越しに宿直で年越し時間に床屋に居たことだ。
何か侘しい寂しい時間の中にいた。
何が流通革命だ!というのが、実感であった。
いま考えてみると、半分正しく半分は純粋になれなかったのだろう。


2091, 下流喰い −1

2006年12月24日(日)

      b(^o^)dおっ
      W(^O^)Wはようー♪
                  ー 読書日記

銀行に勤めている親戚の人から、
「サラ金から金を借りている人の多いのに驚くばかり!」と、
聞いてから10年近く経つ。
本屋で、この本を何度か立ち読みしていたが、
<直ぐに図書館に並ぶだろう>と思いとどまり買わなかった。
ところが会社の‘Oさん’から、「面白いから読んだら」と、
この本を手渡され読んでみたら、この中味が凄い!
やはり立ち読みとは違う。

    さっそくインターネットの検索に「多重債務」と入れたら、
   「2000万人、200万人、20万人、1万人」の数字が解りやすい!と、
    金融筋の人から聞いた話として、あるHPの中に紹介していた。
    サラ金からの借金をしている人が2000万人、
    そのうち多重債務に陥っている人が200万人、
     (この本では350万になっていた)
    自己破産者が20万人、
    借金苦による自殺者が1万人、だという。
    8000万人の勤労者の中2000万人がサラ金を利用しているというと、
    勤労者の1/4になる。
                 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
 ーまずは「下流喰い」の概要をまとめてみるー

・小泉構造改革が最終盤にかかった05年後半あたりから、
「地域格差」に加えて、「格差社会」というキーワードも話題にのぼるようになった。
 その分岐点が1980年代にあった、バブルの発生である。
 それが借金=悪というそれまでの日本人の常識が、
 借金を如何にして土地などに投機した方が得という風潮に変わってしまった。
 消費行動も買ってからローンで支払うという感覚に変わってしまった。
 クレジットが推奨されはじめた時期である。
 この背景をもってバブルが弾けてしまった。
・日本の全産業の平均年収が500万円を下回ったとされ、
・貯蓄ゼロが24佑硲簡の1になり、
・生活保護が100万世帯を超え、
・全体の4分の1の世帯の高額所得が、その他の4分の3に匹敵する事態、
・その他の4分の3の平均の半分に満たない人の数が、この数年で15.3佑膨靴余紊った
・いまや多重債務者は、数年で二倍の350万人以上になり、
・大都市の大阪や東京の公立小中学校の就学援助者を受ける人数は、
 04年までの4年間で40佑眩え、4人に1人。
 足立区では2人に1人が受給する事態である。
・2003年の「消費者信用産業」の市場規模は「73兆円」というから、
 この年のGDP中に占める民間最終消費支出「282兆7000億円」の4分の1になる。
 この数値が意味するものは、すでに日本が、階級社会の色濃く残っている
 欧州を凌いで、アメリカに次ぐ第二位の格差を実現させていることになる。
                            
   消費者金融の想定する理想的な優良顧客像とは、
    ・年齢は40代後半、
    ・年収は300万円程度で
    ・子供が二人おり、
    ・家計的には住宅ローンの返済の他に養育費、
     教育費のやりくりが最優先され、一家の主人は完全に後回し。
    ・定収と呼べるサラリーがあるものの、恒常的な金欠状態ゆえ
     長いお付き合いが望め、とりあえず返済意欲もあれば、家族もいる。
     世間体だって考える人たち・・・
   以上が、だいたいの平均イメージである。 
   タクシーの運転手のこの年代が象徴している。  (;´Д`)

ところが最近では、その顧客増が急激に変化し、
・新規顧客の71%が男性、
・30歳未満が44%、30歳以上40歳未満が23%で、
・年収も新規顧客の81%が500万円未満、
 その中でも年収300万円未満が42%、200万円未満が16%と、
 「低収入の若年男性」が主たる顧客層に変わってきているという。(▼▼!) y-
              
    彼らは利息制限法を上回るグレーゾーン金利の下で月々の利子を
    払い続けるだけで手一杯、ベタ貸し状態が維持されていく。
    消費者金融業界の本音は、元利金等できちんと払い込んでくれる客よりも、
    月々の金利だけを払い続ける客の方が「上客」。  
    サラ金ビジネスからいうと、顧客として「持続性」がある方がよいというのだ。

こサラ金のビジネスモデルが「悪魔的ビジネスモデル」として、弱者を食い物にする
闇金融の「下流喰い」の実例が、生々しくレポートされている。
多重債務に陥った利用者は、ヤミ金に全てを奪われた挙句、
深い闇に沈められる内容はまさに生き地獄である。 (▼ー▼メ(-"-;)

この甘い蜜を求めて三菱UFJフィナンシャルグループや、
三井住友フィナンシャルグループなどのメガバンクも進出してきた。

    ーー
    以上をマトメながら、ある程度は解っていたつもりだったが、
    ここまでのリアルな格差社会と下流社会の実態に驚かされる!
    この流れは、ますます強くなるだろう。
    現在の4分の1が、5分の1、
    そして10分の1と、10分の9の所得が同じになる傾向になる。
    
まったく嫌な社会になったものだ。 
   ビジネス系ホテルをやっていて、シビアの娑婆と接していても
   この本に驚くのだから!いや世の中の変化に!   
                         − つづく −
ーーー
「下流喰い」
 須田慎一郎著 ちくま新書
ーあらましー
格差社会の暗部で、弱者が借金漬けにされている。
デフレ経済下、大手消費者金融会社は低所得者層を貪り、肥大化してきた。
いま、大手銀行と外資企業が争奪戦を演じている。
その一方で、貸し手と借り手の双方に生じている変化を分析し、
金融業界と日本社会の地殻変動を克明に描いた渾身のノンフィクション。
    
   ーー
   序章 消費者金融と格差社会;
   第1章 サラ金一人勝ち;
   第2章 悪魔的ビジネスモデル;
   第3章 多重債務者三五〇万人時代;
   第4章 下流喰いの深淵;
   第5章 庶民金融の虚実;
   第6章 何が必要なのか
                 ¥(*^_^*)\
                  バイバイ
・・・・・・・・
2005年12月24日(土)
1726, つれづれに
          (。・o・。)ノ こんにちゎぁ♪
ー東京は明らかにバブルの様相ー

久々に東京に行って、知人と終日都内の要所を回ってみて驚いた!
 高層ビルが彼方此方に建っていることだ。
 〔知ってはいたが、実際みた感覚は違うということ〕
  建築中のものが多く、明らかにバブルの様相が見てとれる。
   この反動で2010年あたりが危ないというのも、解るような気がする。
   それと、新宿近くの大通りに韓国通りとか中国街ができていた。
    何か日本もここにきて、大きな回り角にきているのか!
    世界の首都でスラム街が無いのは、日本だけと聞いていたが。
                       ○=(≧Σ≦)  へっくし
ー新潟の大停電ー

近年、新潟は次々と大きなニュースが起きるものだ。
(真紀子のパフォーマンス、拉致、小学生の長期監禁、水害、地震等々)
  たまたま、停電のおこる一時間前に東京に出かけ一泊していたが。
   昨日、帰ってきて家内から話を聞いて驚いて会社に電話をしたら、
   大ごとだったという。
    家内も諸用で新潟に来ていて、 
    大風と停電に遭遇してやっとのことで長岡に帰ってきたという。
 
    新幹線が不通になり、 
    ホテルの方も50人のキャンセルが出たが、
   150人の東北電力の宿泊があり差引100室プラスになり、
  不幸中の幸いであったという。
                  チャノメ!(・∀)つ且~~
                     ⊂(´∀` )アリガト         
ー中野ブロードウエイー

明日のネタになるが、知人に案内された中野ブロードウエイには驚いた。
 お宅?を中心にした客層を狙ったレアモノのショッピングモールだが、
  秋葉原と同じぐらい全国レベル、いや世界レベルに知れていて
  観光ゾーンにもなっているという。    Σ(゚Д゚ノ)ノ おおぉぉぉぉ〜
                           【゚Д゚】ハァ?!
   以前のアメ横のイカガワシサがプンプンとしていた。
                 
                 (^_^)/~~ バイ〜
・・・・・・・・
2004年12月24日(金)
1361, ルーブルの一日

ー夢の美術館

昨日は、NHK・BSHIの「夢の美術館」で
「ルーブル美術館」の6時間生番組を見た。
 10時から17時(昼一時間休憩)までのロングランであった。
  私にとって、「ルーブルの一日」であった。
  NHKの存在に対して疑問を持っている一人であるが、
  こういう番組みを見ると、その存在も必要かと思ってしまう。

学生時代の旅行でのルーブル美術館とベルサイユ宮殿は
 カルチャーショックの最たるものであった。
  ミロのビーナス、
  モナリザ、
  ニケの像、
  そしてボナバルドの戴冠式、
   
   などの絵を見た時の感動は今も鮮明に憶えている。
   いつか、数日をかけてじっくり見てみたいと思っていたので、
  丁度よいタイミングであった。

昼の一時間は息抜きで、ウォーキングをして効率的に時間を使った。
 実際に見始めたら非常に内容が濃い。

  800年の時間の中で、それぞれの時代に翻弄されながら、
  皇帝や市民に愛されたプロセス(歴史)を克明に追っていた。

この番組みでは、それぞれの絵などの背景や歴史を克明に追っていた。
 その時代時代の皇帝や、その愛人、そして市民の、ルーブルに対する思い入れを
  それぞれの作品の背景を通して追っていた。
  フランソワ1世、ルイ13世、ルイ14世、ナポレオンの役割をあげることができる。
  それぞれが思い入れて収集をしてきた作品群が残っている。

   これだけ美術に対して思い入れてあるのも、フランスという国柄である。
   国民が会員になって基金を毎年積み立てて、作品の収集を続けているという。

  まだ、「自然・文明から文化に戻ってくる」には5年は早いと思っているが。
 それでも、チャンスがあれば何でも見て知っておかなくてはならない。
それにしても、ハイビジョンは作品を鮮明にリアルに映し出すものだ。

人生は、前倒しにしておかないと。
いや、してきたか?!

・・・・・・・
2003年12月24日(水)
994, 戦死者と犠牲者と殉職者ー1

「戦死者と犠牲者」は図書館で立ち読みをした
 「文芸春秋」の塩野七生の寄稿文の「題名」である。
  イタリアでは、イラクのテロで亡くなった兵士を「戦死者」で統一したという。
  「戦死者」は言葉の通り、戦争で死んだ兵士をいう。
   現在の日本は、もし死者が出たところで「戦闘」に参加したことにならない。
   首相官邸でさえ「犠牲者」扱いにせぜるをえないのだ。

   イタリアでは、戦死者として国葬並みの扱いをした。
   それもアメリカ大統領が終戦宣言をした後で、参加したにかかわらずである。
   ところが日本ではあくまでも「犠牲者」になってしまうのだ。
   憲法を変えずに軍隊をつくり、このイラクにも「戦闘でない後方支援」と
  言葉を濁して、問題を先送りをしようしている。
 矛盾が出ることは必定だ。

 隣にスターリン主義国家があり、その脅威に曝されている現実を直視しようとしないで、
 平和主義を唱えていれば済む問題ではない。
 それも堂々と主権国家の国民を100人以上も拉致をしている現実がある。
  旧社会党と自民党の一部は、それに間接的に加担しているのである。

   それにも拘らず、まだ寝ぼけている平和国家日本。
   その虚構が脆くも崩壊しようとしている。
   すでに国家の体を生さなくなっていると言わざるをえない。
  ここまできても、自民党の利権屋に牛耳られているのだから、
 小泉のパフォーマンスに目先を誤魔化されているだけである。

・・・・・・・・・
2002年12月24日(火)
620, パタゴニア旅行記ー7 
 −話しまくる人ー

今回の旅行で面白い人がいた。
常に一人話しまくっている人である。
常に自分が話をしていないと気がすまない人だ。

アメリカ経営学者のドラッガーの本にもこういう人のことが書いてあった。
500人に一人の割合でこれで上手くいく人がいるといっていた。
タレントのタモリやサンマや古館一郎あたりの人のことだ。
相手の反応を見ながら瞬時に内容を変え続けられる人で、
一方的に話をしていても不快さを与えない人だ。

誰かの話している間に割り込んで強引に自分の話題に引き込んでいく。
聞いているほうはたまらない。一種の自閉症に似ている。
閉じてしまっている自分の世界に相手を引っ張り込もうとする。
三人のグループであったが、その一人がコッソリト
「あの人は悪い人でないが直らない病気!」と教えてくれた。

誰もが持っているが、自分でコントロールしているものである。
私など人のことをいえた義理でない、他人より数倍その要素が大きい。
それにしても老年に差し掛かった女性のそれはすざましい。 

人の話を聞けない人は案外と多い。
すぐに自分に置き換えてしまう心の癖がついてしまっている。
「出羽の守」という人だ。東京では、長岡では、仲間内では、
家族ではという自分の世界に置き換えてしまう人だ。
そうあの人のことだー幾らでもいるからこう表現した。

この随想日記も一人話しまくっているようなもの??
人間その要素を誰もが持っている。

・・・・・・
2001年12月24日(月)
279、飲み助考ー隙間風

男の楽しみの一つに「ちょっと一杯」がある。

酒を飲みながら‘隙間風’という歌を聴いていて、 
「飲み助の気持ちの本質は隙間風、だから飲みに行くのだ」と感じた。
それだけでないが。
こういう時代だからこそ、この隙間客という言葉がでてきたと思う。

隙間ーこれはどういうことか?ハンドルの遊びか?竹の節か?
「漠然とした心に満たされない何か」というところか。
それを埋めについつい行ってしまう。
特に単身赴任の中年にさしかかった人は、それがないとやっていけないだろ。

学生時代に金がないので寮で月に一回ぐらい酒を買ってきて飲むのが楽しみでだった。
サッポロジャイアンツやトリスの大瓶、それにスルメ。
酒の美味さを知った最初といっていい。何ともいえない楽しみであった。
知恵で深夜から飲むのだ。そのほうが酔えるからだ。夏4時ぐらいに陽が昇ってくる
くるあたりは陶酔の絶頂になる。若いから出来たのだろう。

人は酒を飲んで大笑いしている時が、一番の幸福の状態だという。
それに知的会話があると、非常にお互いプラスになる。
他人の悪口になると、暗い狐になってしまう。
サラリーマン同士のそれは仕方ないか?組織内の軋轢は厳しいからだ。

私の金沢時代(25-6才)ある意味で一番つらい時期であったが、
片町や香林坊や武蔵ヶ辻の一杯飲み屋の酒は最高であった。
酒の美味しさとストレスは反比例するのだろう。
数百年の歴史のある街、一杯飲み屋にも何ともいえない深みがあった。

・・・・・・・ 
ある時間の断片
12月24日 火曜日 1968年

9時ごろ、長岡の姉の正子さんから電話。
千葉の姉の西村、小林さんの所にクリスマスプレゼントを届けるように頼まれる。
16時に部屋を出て、伊勢丹に行って、犬の玩具と電車を買って東京駅に行く。

西村さんと待ち合わせるが、勘違いで30分待たされる。
その足で独りで銀座に行ってみる。
銀座4丁目から、みゆき通りを歩いてみる。
人の数は思ったより少ないようであった。

市川さんの部屋ですき焼きパーテーをしていた。
相楽がきていた。
私と対立して寮から出て行った男だ。
少し休んで、面白くないので新宿に出る。
23時過ぎまで飲みまわる。

0時に帰寮するが、市川さんが部屋に来て、再び寿司屋に飲みに出る。
明日自分を赤坂の「ムゲン」に案内をしろという。
自分のお客に案内するのに丁度よいという。
明日の飲み代は全て自分が持つという。
何か毎日、他人に振り回されている。


2090, 人生は生きるに値するか?

2006年12月23日(土)

           b(^o^)dおっ 
        W(^O^)Wはー♪よう♭さん♯

『人生が生きるに値するかどうか』は、哲学上最大の問題になる。
値しないとして自殺した作家も多々いる。
思想家ではショーペンアウアーは『生きるに値しない!』と言い切った。
しかし彼は長寿であったが・・・!
              人生なんて(人・・)(・・人)  
                  生きるなんて価値ないじゃ〜ん!
    ショーペンハウアーのように値しないというなら、
    生きているだけ無駄として捨ててかかるしかない。
   「生きるに値しないからこそ、価値あるものへ転換することが人生である!」
    という情熱が湧いてくるか?
    それぞれの考え方があるだろう。

私の場合は、もちろん『生きるに値する』であるが、
どうも世の中、どうもそうでもない人が多くいるようだ。
生きるに値するかどうかは、その人の生きかたであり、
「生きる意味を求めていけば、人生は生きるに値するのは当然」である。
意味=価値であるから、
「人生に意味をもとめること=人生に価値をもとめること」になり、
「求めよ、さらば与えられん」のとおり価値が出てくる。
   「よく働き、よく学び、よく遊ぶこと、
    そして常に‘一歩日常から外に出る時間を持つこと’。
    この4つのそれぞれに価値を見出し、冷静に掘り下げていくこと」
    このことが「私の生きるの値する」論拠である。
                       まあまあ、お茶どうぞ
                         ( ^-^)_且~~~
まあ、そんな難しいことを言わないでも、
「人生なんぞ『飯食て、糞して、死ぬだけ』じゃないか、
こんなもの!生きるに値してもしなくとも、それが何ほどのもの。
生前があり、生まれ、そして生き、生前に戻るだけ、他に美味い酒を飲んで、
上さんの顔を見て幸せと思い、寝て、楽しい夢でもみて、仕事を楽しんで、
人生の価値など考えなければ、それで最高ではないか!」でよいものを。

    そこでだ、
    「お前さんの人生は生きるに値した?」というと難しいから、
   「人生で元とった?」と近くの遊び人だった不動産屋の親父
   (10年近く前に亡くなったが)に聞いたことがあった。
    よくぞ聴いてくれたという顔をして(´ー`)y-~~
    「とったとった十二分にとった!」という返事。

同じ質問を呆けて亡くなる前の母親に同じ頃したところ、
やはり「充分すぎるほどとりました!」との返事。
「生きるに値するか」と、
「生きた元をとったか」は確かに違う!
しかし、「生きるに値するか」の質問よりも人生の価値を考える時に
深い問いになりまいか。
人生の元をとったか?はー充分人生を生きたか?と同じ。

    ショウペンハウアーは、人生は生きるに値しないという嫌世家だが、
    その慰めは芸術で一時期でも紛らわせることができるとした。
    このような難しい問題を気楽に扱うこと自体に問題がある。
    答えなどある訳がないのも解っている。
    しかし、これは生涯自問自答していかなければならない問題である。

    しかし、あと三ヶ月の命と宣言され逃れようもない事態に追い込まれて
   「貴方の人生、生きるに値したのですか?」と、
    あと一週間で間違いなく死ぬ人に問われたら、真実どう思うだろうか?
   「    」しかないだろう、実際に!
                       ( ^3)〜♪
生きる価値があるかって?
「真剣に生きてきた事実の前にそんな愚問は質問に値しない!
クソして寝ろ!この馬鹿野朗!!」というのが、私の現在の答えである。
《本当か?本当にそんなことが、いえるのか?》 (-"-;)
《たいして真剣に生きてこない御前に相応しくない》と、
心の奥の声が聞こえてくるが。         Ψ(`∀´)Ψケッ!

                ほんじゃ、ばいばい!
                o(^-'o)♪☆(o^-^)o〜♪
・・・・・・・・
2005年12月23日(金)
1725.一年経てば全て過去
    
      オハヨウゴザイマス o┐

「一年経てば、すべて過去」
 どこかで聞いた言葉だが、
   全くそのとおりである。
    感情面を入れると、実際のところは三年であるが。
    (一世一代?の失恋とか、連れ添いを亡くした場合の治癒期間は三年)

    去年から、10年日記に心情を書いているが、
     前年の分が上段に書いてあるので、嫌でも目に入る。
     それをみると、一年経てば殆どが過去のことである。

     嫌なことを忘れるのが上手い方だが、
     それでもつまらないことに気を使っている自分が解る。
    〔一年経ったからこそいえることだろうが〕

   反面、30年も前のことが昨日のように感じることもある。
   年齢を重ねるとは、そういうことかとツクヅク思う。
  殆どのことは、「一年経っても問題だろうか?」と、自問自答すれば良い。

自分の存在は過去の総合である。
数10年経っても心に残っているのは自分にやましい何かがあるためだ。

 しかし人間は過去の総合態〔体〕である。
 記憶を全て喪失した人間をみればわかるはずだ。
 過去も未来も、言葉でしかないのだろうか?
        
            ( ゜Д゜)⊃旦 < 茶飲めやフォルァ
            ~~旦_(-ω-`。) ドモドモ
・・・・・・・・
2004年12月23日(木)
1360, 金に泣く人笑う人 −1

藤本義一のこの本は、
「面白い」という点では抜群である。
 この人は、金銭と欲と詐欺にからむ小説を多く書いている。
  雑学を多く知っていることに感心をする。
   一冊の本を書くために、多くの人とインタビューをするから尚更である。
    この本の中にも、ナルホドと唸る面白い話であふれている。

     その幾つかを抜粋してみる。
 
12章の「騙しのカラクリ」が面白い。

ーペテンの技法・香具師の商法ー
 香具師の語源は
  武士→野武士→野士→野師→香具師。
   と考えるとよいだろう。
   武士になれない野武士が武器を取り上げられて、野士になり、
   武器を持たないので既に‘士’でないので野師になったと考えればよい。

   野師は口先三寸で啖呵売をして騙す方法を考えた。
  つまり、言葉巧みに香具(仏具)を売る方法を考えた。
 この巧言を説明するとこういうようになる。

香具師は最低二人組む。
一人の場合は単なる啖呵売りであり、これは詐欺行為でなく、
 大道芸人の一種と考えてもよい。
  例の「男はつらいよ」の寅次郎を考えればよい。
   二人以上で組織されるのが香具師の原則である。

    原則的な香具師は一人が山伏姿になり、
    いま一人は仏具を商う仏具士に化ける。
    先ず山伏に化けた男が京の方から里に下りてくる。

    錫杖を手にして高下駄を鳴らして歩く白装束は誰も目立つ異様さがある。
   そして、山にこもって修行したという人という印象から村人達は尊敬の目を向ける。
  昔も今も詐欺師たちは魅力的な特色を持っていなくてはならない。

 この山伏は悠然と村を通り過ぎようとする。
が、一軒の家の前で、急に立ち止まる。家は村の庄屋の場合が多い。
庄屋でなくとも、村長と思われる豪勢な屋敷前である。

 山伏はその場で急変する。全身を痙攣させ、口から泡を吹かんばかりの
  苦しみ方をする。
  村人たちは仰天をして、庄屋を呼びに行く。
   庄屋は水を与えたり、苦しみを鎮めようとする。
   ようやく一息入れた山伏は苦しい息の下からいう。
   「この家の前に通りかかった時に、急に悪霊に取りつかれて身動きが
    出来なくなってしまった。出きれば、この家の仏壇を拝ませてほしい」

    庄屋は、これを拒むことはできない。
    自分の屋敷内に悪霊がいるといわれれば、恐怖心で招き入れる。
   仏壇の前で山伏は狂ったように祈りつづけて、やがて上半身を前にして気を失う。

 一同は不安げな様子で見守るが、山伏は息を吹き返して、座りなおして、
 やおら鈴を手にして委細を眺め
「や、四代前のご先祖様が成仏できずに迷うておられるぞ」と告げ、
 「この鈴の傷が何よりもそれを物語っている」と、指差す。
  鈴にヒビワレが入っているのだ。
   そこで、庄屋がどういうふうにすれば、霊がおさまるかと問うと。
   「いずれ、この前に仏具師が通る故に、このものを何としても引き止めて、
    この鈴と新しい鈴を引き換えて買うがよろしい。
    どんな高い値段でも買うがよろしい」といって立ち去っていく。
    当然の事に、この時、庄屋は山伏に祈祷料を渡している。
    そして、この仲間が仏具師に化けて何日後に通る。
    庄屋は鈴を交換してくれと頼むが、一応仲間は拒む。
    庄屋はさらに高い値段で買いたいといい、それではと譲り渡すのだ。

  これが香具師の騙しのテクニックである。
 これがカラクリであるが、何ということはない、はじめに来た香具師が
ヒビの入った鈴を袖に忍ばせて、仏壇に倒れた時に、その家の鈴と交換したのだ。
庄屋は、元々あった、家の鈴を知らないで買わされていたのだ。

これが香具師の技法である。
 −−−−−
 ー以上である。

まあ、Tvに出てくる霊媒師は、この応用をしているにすぎない。
 詐欺の原型である。健康食品のメーカーがよく使う手口で、本の出版がある。
 本の出版自体が詐欺?の手口の一つだが、その新聞広告がミソなのだ。
  大新聞に出ている、健康食品に関する本の広告自体が、その手口になる。
  「水溶性アガリスクの効用」とかいう奴だ。
   大新聞に水溶性アガリスクが癌を治すという刷り込みをしているのだ。
   その本には、あるメーカーを臭わせながら効用を化学的に説明して、
   その効果を実際、治った人のインタビューを載せている。
   新興宗教の場合は、もっと手口が巧妙である。
  新規の人を入れようと、さっきの香具師の手口の応用をいくらでも仕掛けてくる。
 一番初歩的なのは、入り口の待合席にサクラを置いておき、何げなく根掘り葉掘り聞く。
それを、教祖様が盗聴してズバリ当てた振りをする。
後は、言葉のテクニックで済む。

                    ーつづく
・・・・・・・・・・
2003年12月23日(火)
993, 「魔女は夜ささやく」ー読書日記

 長編小説を読むのは久々である。
 一昨日家内が親戚の葬式で不在であったので、一気に読み終えてしまった。
 「あ〜面白かった!」というのが実感の言葉である。
 
 新聞の書評で激賞をしていたのを読んで、早速インターネットで取り寄せた。
 新幹線の中で読むことにして、約2ヶ月かかった。
 上下800頁で、読みがいがあった。
 
 初めから一気に緊迫場面の連続で、ロバート・マキャモンの世界に
 引き込まれてしまった。
 主人公の青年マシューの真実を追究する姿勢は好感が持てた。
 一人の青年の成長過程をみるようで、読み終えて爽やかさが残った。
 
 内容は
 18世紀直前の植民地時代のアメリカ。
主人公の青年マシューは、判事の書記として魔女を裁判にかけるため、入植地に向かう。
そこで魔女として牢に入れられている美女の無実を実証しようと必努力を尽くす。
詳細はインターネットで調べたものを後でコピーするが、登場人物を一人一人
丁寧に描いている。最後の最後まで息をつかさない作品であった。
これをきっかけに、新幹線では長編小説を読むことにした。
歴史の暗部を引き出し、それでいて内容は息をつかせないエンタテインメント
仕立てである。
次の小説を何にするか探し始めたところだ。
トマス・マンの「魔の山」か、それとも買ったままでまだ読んでない本か。
 ・・・・・・・・
題名:  魔女は夜ささやく(上下)
原題:  Speeks the Nightbird
著者:  ロバート・R・マキャモン
訳者:  二宮 磬
発行:  文藝春秋 (2003/08/30)
価格:  上下で\5,334

ーー
以下は、インターネットで検索した内容紹介を幾つかをミックスした
ものである。
内容

 17世紀植民地時代のカロライナ、史上悪名高いセーラムの魔女裁判の噂も
消えぬその7年後、雨の降り続く原生林の中を、親子連れとも見える二人の男が
馬車で通り抜けようとしていた。
年長の男ウッドワードは判事であり、20歳の連れマシューはその書記である。
彼らはチャールズタウンから新興開拓地ファウント・ロイヤルに「魔女裁判」
のために派遣されるところだった。
判事一行は世にも怪しい旅籠に宿泊、一気に緊迫シーンが
展開する。その中で、二人の背景や来歴なども明らかになっていく。
導入部が伏線になって重層的な仕掛けも楽しませてくれる。
悪魔とまぐわうみだらな姿を目撃された上に、家の床下から呪術の藁人形が
発見されたことが動かぬ証拠となって逮捕された「魔女」レイチェルは、
夫と司祭を切り裂いて殺害したという。
おびえる住民は次々町を去り、町長は一時も早い裁判と処刑を望んでいた。
闇と迷妄、そして欲望の渦巻く中、その生い立ちゆえに「理知」を武器とせざるを
得なかった青年が、愛と正義のために挑む孤独な闘いの行方は…。
 
 判事に限らず植民地時代ということで、入植者の多くはなんらかの過去を
背負っている。
「約束の地」を見いだそうとした者、
「インディアン」を追い払って広大な土地を手に入れることを目指した者、
欲望は常に犯罪の動機となり、弱者が「魔女」に選ばれる。
 主人公の新大陸生まれの若い書記マシューと、魔女は見え見えの冤罪。
証言はすべて美女レイチェルが犯人、少なくとも悪魔と交歓したことを告げている。
孤児院から判事に「拾い出された」マシューは、判事に恩義を感じながらも、
きわめて独立志向の強い精神の持ち主である。
彼は美人人妻のレイチェルの姿に惹かれながらも、
それは魔女の誘惑なのか真実のイノセンスなのか迷い続ける。
折しも判事は沼沢地帯の気候が災いして病に倒れてしまうが、マシューの
孤独な捜査が始まる。
 最後にはシリーズ化の含みまで持たせている。
 
 こういう分野の小説をじっくり読んだのは初めてであった。
また新しい世界を見つけたようだ。
 
 ・・・・・・
 2002年12月23日(月) 
619,パタゴニア旅行記ー6

今回の添乗員が過去の添乗員の中でベストの人であった。
大手銀行のリストラ組で、その後事業を起こして失敗をしたそうだ。
バックの力と自分の力の差を読み違えたと言っていた。
「バックとは何か?」の問いに、資金力と答えた。
それにしても、彼の知識量と見識の高さに驚いてしまった。

これで添乗をどん底で経験すれば、人生という意味で大きいものを
掴むことができるのではないか?そう甘くはないが。
前回は南アフリカ、今回の南米のパタゴニア、次回はウイーンの
新年の恒例のウイーンフィルの観賞の添乗だそうだ。

仕事はテキパキとかたずけるし、質問には何でも完璧に答えるし。
凄い人がいるものだとつくづく感じ入った。
特に英語がぺらぺらでイギリスに長年駐在していたようだ。
リストラでこういう人が多く職を失ったと思うと経営者の責任も
甚大とつくづく思う。

話しが違うが、秘境の旅で一人参加の人が多い。
そのエネルギーに驚かされるし、何か余白を埋めに来ている人が多い。
ある人が何気なく言っていた。
[[帰ったら死ぬ心配をしなくては!いろいろの問題を引き出しの中に
ギュウギュウに押し込んで出かけてきた。帰ったらそれが待ち構えている」
人生の圧縮された言葉だ。

・・・・・・・・
2001年12月23日(日)
278心の開放のために!

心の開放のために!-何からの開放????かんがえてみよう!

「心を自由にする為に!本当に自分がしたいことを見つけよう。
これが一種の瞑想だ。これを探し出して、明確にしてそれを推し進める事が
本来の人間の姿だ。それが本来の価値であり、価値観といえる。」

下記にコピーした要旨である。瞑想の意味が今ひとつ解かってなかったが、
逆に自分探しという意味で説得力があった。

「仕事人間」を馬鹿にする風潮があるが、本人が本心に楽しければ第三者
の批判外である。自己実現こそ心の開放ということか。
何事も考えているだけで解からない、やはり積積的にやってみて初めて
解かるものだ。

私が好きなのが早稲田教授のエジプト等の遺跡発掘の吉村作治氏である。
3年浪人して早稲田に入り好きなエジプトの発掘に自分の全財産を、
全人生を投げ込でいる。

家族の生活費は大学からの収入で。タレント活動の収入は全て発掘活動に使う。
8000万だそうだ。それを種にして寄付等を願うと、その事実の前で
4〜5億の金が集まるという。「タレント教授」といわれても、
本人は手段と割り切っているから「そのとうり!」と開き直っているのがいい。 

大橋巨泉の生き方とレベルが違うと思う、それは私の価値観か!
・・・・・
H6/09ーコピー
ー自己実現のために-日下公人

心を自由にするために、こうするといい。自分は何が欲しいのか、どうすれば
幸せに感じるのか、人の寝静まった深夜に起きて、紙を広げて7つ書いてみなさい。

そしてそれに優先順位をつける。終わったら忘れて寝る。
翌日生活していると、おりにふれて思い出す。

友人、知人、有名人の言動をみて「あの人は自分の欲望の3番目をやっているな」
とか。・・・そうしたらl「実現の手段を考えよう。そして実現しそうなことより
実行しろ」と。実行の優先順位をつけたら、ほかの事はやらなくていい。

そうすると他の人の話が生き生き自由に聴けるようになる。こういうような作業は
一種の「瞑想」です。

・・・・・・・
12月23日 日曜日 1968年

11時過ぎに起床。
午後はTVを見たり、本を読んだりして過ごす。
21時過ぎに、永田さん等が寮のOB会の忘年会の帰路に寮による。
高橋の部屋で飲み会にでてこいとのこと。
そこで飲んだ後、近くの「ヤマ」という居酒屋で飲む。
一年先輩の衛さんが隣でチョッとしたことで私に怒り出す。
初めは何とも感じていなかったが、怒りが途中からわいてくる。
「あまり他人のことに関心をもつな!」と、我慢をしていたら涙が出てきた。
OB会で私の批難をしていたのだろう。
この連中をみていると、まだ学生という臍の緒が抜けてないのだ。
情けない!恥を知れ!卒業をしたら当分は一切の友人と付き合うなということが
解かってないのだ。それも元いた学生寮に入り浸っている姿は最低だ。
すっと抜けだして帰ってくる。
自分までが情けなくなってくる。
結局何なんだ、自己逃避でまだ学生時代の寮から抜けきれないのだろう。
こんなものだ。

ー2003・12月23日 後記ー
 5〜6人来ていたOBのうち二人が政治家の秘書をしていた。
一人は未亡人の愛人でお金を貰っていた。
後で聞いたが二人とも県会議員をしているという。
何か聞いていてゾッとした。恐らく、変身したのだろう?!
この程度の人が実際のとろの政治家(屋)になっている。
ただ、政治家志望の渇望はすざましかった。

この寮の出来事を小説にしたら面白いだろう。
馬鹿馬鹿しくて書けない事を脚色したら、その馬鹿馬鹿しい事が
味付けになる。地方出身の鬱々とした男達と、そこの出入りする近くの女子寮
の女子大生や、ホモや、政治ゴロが織りなす赤裸々な私生活だ。
書き残すということは、やはり必要である。
魂?心の軌跡を残す事になる。


2089, 道教と儒教

2006年12月22日(金)

          <(_ _)><(_ _)>
          おはようございます!

少し硬い一席を!
          
    昔から中国では二つの役割を儒教と道教が果してきた。
    中国人は長い歴史の中で、功なれば儒教の徒になり、
    失意の時や隠居の身になった時は、道教を奉じるようになる。

   ・儒教は、人間社会を構成していく基盤として男性原理的であり、
    礼を説き、それぞれの分を戒め、それに忠実に従うことを求める。
   ・それに対し道教は、老荘の哲学が元になっている。
    無為自然を基本におき、人間の色いろな規則からなる社会の掟をことごとく否定。 
    また儒教などを超越した世界に住むことが最上としており、女性原理に支えられる。
    道教の自然主義は傷ついた心を癒す力になるが、現実からの逃避主義ともいえる。


孔子は時の権力者に都合のよい思想をつくり上げ売り込んだという見方がある。
それは自分の思想で世の中を良くしたいという一心から出たものである。
どちらかというと窮屈な悲観的イメージがついてまわる。
「自省・反省」を常に自分に課す思想といえるが、その「自省・反省」という裏には、
常に「世間的に認められる人」になりたいという意味が隠されている。
その「認められる人」は社会的に偉い人ではなく、
「人間としてできあがった人」の意味が強い。

    これに対して、老子は孔子の世俗的なものを根本から否定する。
    山の中の一軒屋に住んで仙人的な生活を良しとするイメージがついてまわる。
    どうでもよいことに汲々とするな、
    無為自然に日々を生きよと説く。

    老子の思想の中で「三宝」が説かれている。
   「慈」と「倹」と「先に立たず」である。
   ・「慈」は、万物を包容する広さ、
   ・「倹」は、自分の状況に応じて慎ましやかにしていられる心のゆとり、
   ・「先にたたず」は、名声を求めない心の落ちつきである。
    これを持つためには、私利・私欲を捨てさえすれば自然の中にいるような、
    無心の気持ちになれると説く。 
    
    常に大宇宙のような森のように大自然であれ。
    人為的な差別や争いから一歩退いて水のように柔軟であれ。
    名利にとらわれないで、自らを誇るな。
    足るを知れ。
    大自然の道に従え。
       等々である。
 
ーー
以上であるが、学生時代に貝塚茂樹著「諸子百家」の中の『師徒行伝』と、
『老子の哲学』『荘子の立場』を読んだ。
その本が現在、手元にあるが、学生時代の感想は、
孔子に対しては「権力者に尾を振る人」、
老子には「山中の田畑を耕して隠れ住む人」、
荘子は「農家で晴耕雨読をする人」であった。

今でも論語に対しては、
「何で自分から首輪をつけなければならないのか?」という気持ちは変わらない。 
 0∧ ∧
 [^ェ^]
  ===  わん
000( ω ω ) 彡
    あくまで教養の一端として把握しておけばよい、
    というレベルしか理解していないということ?

    この思想を手っ取り早く言えば、
    厳しい父親と、優しい母親ということ!
    得意の時は心の中で父親と酒を交わし、
    失意の時は母親とお茶でも飲んで社会を鳥瞰しているイメージか。

            ごきげんよう さようならm(__)m
・・・・・・・・
2005年12月22日(木)
1724, なにを遺せるのだろうか
           ~~旦⊂(・∀・ )マァ チャ!
中野孝次著
「何を遺せますか」という本がある。
 実際のところ我われは後世に一体何が遺せるのだろうか?
   この本に、人が死後に遺せそうなものについてあれこれ検討してみたが、
   結局最もたしかな後世に遺せるものは人間性である、というくだりがある。
   財産を残すことができるが、通常こだわっている目に見えるもの
   ー金、家、土地、遺言、宝物、宝石等は、いずれは消滅する。
   著者は後世に残せるものは唯一人間性であるという。
                            【゚Д゚】y─┛~~~
  遺すべき考えられるモノ・コトを目次にあげて
 それぞれを説明しているが、その幾つかをみると
成る程と考えさせられる。

以下は目次からひろってみた項目である。
ー機
勲章

お金                カネ・マネ+.゚(●´I`)b゚+.゚  
イィ!!
暮らしのなかの器と道具
コレクション
原稿・手紙
日記
寄付
臓器移植
墓〔ほか〕
ー供
木を遺す
会社

技と芸
酒造りの技術            ∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ 酒持ッテコーイ
梅干           
観察記録
郷土の記録
記念碑
私の場合
ー掘
家訓・戒語
経営哲学
心掛け
人材育成
木谷の遺産
プリンシプル
人類の文化           ビンボウ ノコソッ!(=^ε^= )”’
                   (;`・ω・)ノ ---===≡【えぇ?!マジ?】
普段何げなく考えていることを、            ウソ! (^┰^;)ゞ
 整然と書かれているのを見ると考えさせられる。
  人は死んで何を遺すかというー生の結末から、
   いかに生きるべきかが逆に見えてくる。
   我われを成り立たせている物や事を取りあげ、
    死後に遺すに足るか否かを検討、
   「最もたしかな後世に遺せるものは人間性である」
   と結論づけている。
  子供達の残るものは親の性格の一部である。
 多くの姉と兄を見ていてつくづく感じることである。
 
 この時代の大激変の渦中、
 自分の残せるものを見つめ、
 逆算することこそ必要だろう。 
                 バイ!(。・o・。)ノ
 ・・・・・・・ 
2004年12月22日(水)
1359, 「23歳の日記」ー8
ー9月01日 1969年

新潟の六日町の雲屯庵にきている。
学生時代に司法試験のため一人勉強している三条の高橋さんがいた
新井石龍禅師と、早速話しをさせてもらう。

私「世の中こんなに厳しいとは思ってもいませんでした!
理屈と実社会との隔離に、ただただ驚いています」
禅師「世の中は、変わりはしない。世の中が厳しいのではなく、
あなたの理屈が甘かっただけの話です。」
私「・・・・・」

その夜、日本にきていた慶応卒で、ハーバード大ビジネス・スクールの
在学中の同じ歳の人と、高橋さんと、そこの雲水と話をする。
ところが、その雲水が博学で、高橋さんと私はダンマリ。
ハーバードと雲水の議論に全くついていけないのだ。
どうしたのだろう?

禅師に昼間真っ二つに甘さを指摘され、夜は夜で二人の議論について
いけない自分が、ここにいる。
何だろう、何だろう、何だろう!

実践としてスーパーに入ったが、何にもできない中途半端な自分が存在し、
現実として濁流の中で、もう溺れかけてアップアップしているだけの自分が、
神戸の垂水の地で一人呆然としているだけだ。
どうしたのだ、どうしたのだ。

適当に真面目に考えることもないが、
早くいま一度、ゼロから知識の再構築をしないと。
逃げ込んだところで、逆に叩きのめされてしまった。

・・・・・・・・
2003年12月22日(月)
992, クリスマス

 クリスマスといえば色いろ思い出がある。
子供の頃ツリーを買ってきて,電飾を姉たちと作った時のトキメキを,
クリスマスソングを聞くと思い出す。

 パリのシャンゼリデ通りの電飾の美しさも忘れられない。
またフィンランドのヘルシンキのクリスマスイブの氷を張りつめたような
神聖な思い出がある。街全体が張り詰めた独特の雰囲気に包まれていた。
丁度、日本の年越しに似ている。

 会社でスペインに行ったときの帰りに立ち寄ったのだ。
その時、何かの時間待ちに会社の和田さんと二人で30分ばかり街を歩いたのが、
いやに記憶に残っている。昔の正月の街を歩いたような既視感が印象的であった。

 最近は不景気のせいか、あまりデコレーションスケーキの派手な販売は
殆ど見られなくなってしまった。

 昨日ダイエーで光ファイバーで出来たツリーを買ってきた。
ふとレジの横を見ると半額セールで1500円。
糸状の先に小さな光が点滅する幻想的なものであった。
家で飾ったところ思ったよりずっと良かった。
ミニサンタなどと供にクリスマスの雰囲気がでてきた。

 インターネットでクリスマスと検索したら、
以下の内容が印象的であった。

・・・・・
 ークリスマスを楽しむ24の方法ー
クリスマス・グランデからちいさな提案です。
01:
 指折り数えて待つ。
   待つことで見えてくるものがあるはず。
02:書を捨てよ、街へ出よ。
   参考書はなし。肌で感じることからはじめましょう。
03:
 毎年、を持つ。
 プレートでもカードでも。積み重ねる月日の上にあなたがいます。
04:
 手紙を書いてみる。
 言うは易し書くは難し…僕は手紙というものが苦手です(^^;
05:
 今年あったいいことを書き出す。
 たぶん、今年会ったいい人のリストに?
06:
 三年後に残したいものは何か?
 三日後でも百年後でもなく、三年後を考えてみてください。
07:
 「特別な日」にしない。
 これは基本ですね?
08:
 ご近所をみなおす。
 300m四方にも輝きがあふれています。
09:
 腕によりをかける。
 いつもの食卓の方がいいに決まってる!
10:
 想像はパワー。
 サンタさんの12/26を想像できますか?
(Yesと答えた人、人類はまだいける)
11:
 庭木を飾ってみる。
 ベランダの鉢でも街路樹でもいい。最近、木と話してます?
12:
 去年と違うところはどこか?
 それは良い変化ですか?
13:
 背伸びをしない。
 精いっぱい背伸びをしたら、人は自分の丈に戻る。
14:
 昔読んだ本を読み返してみる。
 自分のパワーを感じるひととき。
15:
 ラッピングは気合!
 ご自分でやる。ぶさいくでもええやないですか!
16:
 街でいちばんの場所をさがせ!
 意外と悩むはず。あなたの大切な人はどこを選ぶでしょう?
17:
 目を閉じてとなえる。
 何をとなえるかはおまかせします。
18:
 あわてず、あせらず。
(ハーイヤ、イ−ヤサッサ!)
19:
 手作りを、ひとつ。
 できればパンなんかがよいのですが・・・
20:
 あなたがお父様より勝ってるところは?
 僕の場合、まだありませんが(^^;
21:
 ちいさな自然に会う。
 身近な地球と話せる人はおおきい。
22:
 鏡と仲良くする。
 恥ずかしがらずに笑顔の訓練をしてますか?
23:
 誰かのサンタをめざす。
 僕にもなれるでしょうか?
24:
 感謝する。
(ここまで読んでくださったあなたに!)

  −メリークリスマス!
  -------------------
 以上だが、
 何かブルークリスマス用の楽しみ方みたいだ。
 それでも、楽しむことは良い!
 最近は何でも意識的に楽しむことにしている。
 
 ーーーーーー
2002年12月22日(日)
618, パタゴニア旅行記ー5
 ー広尾のお犬様 ー

旅行をしていると、普段では会えない人といろいろ出会える。
今回は一人参加の東京の高級住宅地の広尾の奥様がいた。
犬の話から、愛犬の散歩の話題になった。
広尾の公園で朝のお散歩の話で大爆笑であった。

愛犬に衣装を着せて連れてくるが、そのファッションが面白いとか。
天使の翼をつけたお衣装だったり夏は浴衣であったりする。
冬は何と毛皮を着せた犬もいるという。
まあそういう人は水商売の人だとか。

犬にも公園デビューがあり、
数日は全ての犬が匂いをかきにやってくるという。
そして認知をされるという。まあ人間の世界と同じである。

犬好きの人は自分の犬の自慢がしたいらしい。
このあたりも人間と類似している。
まずは相手の犬を褒める。
そうすると互いの褒めあいの場になるという。
横で聞いていると馬鹿みたいだが、それがまた面白いとか。
聞いていても目に浮かぶようだ。

住人でもないのに遠くから車に乗せてその世界に来る人もいるとか。
人間の一番の悲しい?いや愛くるしい性が丸出しのところがよい。
愛犬は飼ってないが、散歩でその世界を毎朝近くの土手で見ているから
真実味がある。

・・・・・・・
2001年12月22日(土)
277、笑いについてー

私の最大の素質に気づいた!
腹から笑える事だ!
昔からいろいろあったが、これは子供の時からの特技だ!
それだけ激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。

笑っていなくては、やってられない!
TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな顔をして
「どうしたらそうして笑えるの?」と、学生の時代に聞いたことがあった。

笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。
でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?
人生から笑いをとったら、残るのは何だろう?
笑う為に生きてきたみたいなものだ。
それだけで人生元を取ったように思える。
いや感動・感激もいえるが。

笑いと感動は、魂の顕現化といっていい!
それでは落語家か、漫才家になればよい。
しかしそれは商品でしかない。

実際の(笑)は違う。
心、いや、魂の緩みだ!
どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。
笑えない時期でも、(笑い)は別腹であった。
その理由は今でも解かってないが、背後に豊かさがあった為だろう。

家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、
大笑いをしていたらしい。
でも本当にそうかと自問してみると、そうでもないか!?
「凍りつくような時期」ではどうであっただろうか?
笑いはなっかった!
 
やはり結婚をして,家庭を持ってからは、どんな時期にも笑いだけはあったようだ。
それが家庭の効用?か。

いや訓練と、習慣である!

ーーーーーーー
ーーーーーーー

12月22日 土曜日
1968年

9時起床に後、食事。
土砂降りである。

千葉に住む、すぐ上の姉・礼子さん宅へ向かう。
しかし早速、二人でいがみあう。
あいも変わらず仲が良いのか悪いのか解らない。
彼女の悲観的な面から抜け切れてないのが気に入らない。
如何してマイナスマイナスに考えるのだろう。
夫婦仲が原因?。

15時に寮に向けて出発。
17時前に寮に到着。
瓜生君の部屋で、お茶を飲む。
その後部屋にいると、米林君が来て5日間の寮内の出来事を何気なく切り出す。
佐藤と駒村孝道がチョッとしたハプニングがあったという。
また一年先輩の留年組みで残っている佐々木さんが女性を連れ込んだとか。
今さら何もいうことがない。
あと二ヶ月で居なくなるのだから。
もういいだろう。

20時過ぎに飲みにでる。
まあ、面白い一日であった。


2088, 14歳からの哲学−1

2006年12月21日(木)

   才八∋ウ_〆(∀`●) 
   
   「14歳からの哲学」 池田晶子著 
               − 読書日記
   
「知ることより考えること」と、「人生のほんとう」と、「41歳からの哲学」と、
この「14歳からの哲学」の中から、その都度目についたテーマを考えてみる。

人間として、社会人として、家庭人として、色いろな問題を地頭で考えているから、
そして子供向きに書いてあるから、解りやすく、深いところが考えやすい。
     今回は、
    ー「家族」ーである。 
   「家族」については、家庭崩壊が大問題になっている現在、
    その本質をつかまえておかなければおかなければなるまい。
    家庭内離婚の含めたら半分は家庭崩壊というが、その中で一人一人が
    夫婦とは、親子とは何かをしっかりと把握しておかないと両親の犠牲になったり、
    子供の犠牲になってしまうことになる。

カナダでは親の責任は高校卒業するまでという。
卒業したら学費を夏休みと、冬休みにアルバイトで稼ぎ出すのが常識になっている。
観光地の若い従業員は殆どが大学生の学費稼ぎである。
首相の子供でも、大金持ちの子供でも、もし親が出しているということが知れると、
一人立ちできない人間として軽蔑されるという。
どこかの国の、いい歳をしたフリーターとは「独立心・自立」という面で
雲泥の差がある。

    動物の母親の責任は子が外敵に襲われても個体で対処できる時点という。
    その時点を過ぎると、親は子供を冷たく突き放す。
    これは殆どの動物に共通の親子関係であり、例外は人間位のもの。
    本来、人間も当てはめることが自然である。


ー著者の「家族」についての章の中の要点を抜粋してみる。
 なかなか面白い!
 
 ーーー
世の中にはたくさんの他人がいるが、その一番近い他人が、家族である。
その痛みや心が解らないという意味で、たしかに他人である。
君が君のもともとの君は、誰から生まれたものではない。
もともと君自身なのだ。
両親は、あなたの両親ではないというなら、いったい誰なのだろう。

    彼らのほうから考えてみよう。
    彼らにしたって、あなたが生まれたから君の親になったのであって、
    はじめから君の親としていたわけではない。あなたが生まれなかったら、
    彼らはただの彼らであって初めから親という彼らではない。
    この事実を、多くの場合忘れている。誰が生まれるかわからなかったのに
    君が生まれたという、他人と他人のこの不思議な出会いの感動を忘れて、
    君のことを自分の子供だと思い込んでしまう。

親の役割は動物では、子供が独り立ちできるようになるまで、
危険から守って育てることだ。子供が独り立ちできるようになれば、
それ以上手を出そうともしないどころか、逆に突き放そうとする。

それでは動物の親でない人間の親の役割があるとすれば、
それこそが、他でもない、人生の真実を教えることのはずだ。
子供より先に生きている者として、何が危険で、何が大事か、
人はどのように生きるべきかを教える役割がある。
真実とは何かを考え、教えることができるのは人間だけなんだ。
両親が全知全能と思っていたかもしれないが、君が生まれることによって、
初めて親になったんだ。

    完全な親なんて、人間の中には存在しないのだ。
    完全な親であることができるのは、動物の親だけなんだ。
    彼らの目的は生命を全うすることだけだからだ。
    人間としての親は、人生とは何か、死ぬまで考えているのだから、
    その限りすべての人間は不完全だ。
    どうしてあなたの親だけ完全のわけがない。

ーーー
以上だが、
半年位前のこと、帰省していた息子と酒を飲んでいた時に、
酔った勢いでか、「親として、尊敬できない!」と言われたことがある。
その時の私の答えが、「それじゃ、お前は尊敬できる親になれるというのか!」
であった。子供もドッキとしたようだったが。
尊敬できる父親ではないことは確かだが、軽蔑される親でもないはずだが?


   もう一つ。
   いま一人の子供が高校生の頃、家内に
   「自分が親になったとき、親父と違って子供には優しくするつもりだ」
   と言っていた聞かされた。かなりショックだったが・・・
   そのときの私の心の声は、
   「しかし、じゃあ御前さんが優しい親となったとして、
   御前さんのような現状で優しくするというのか、
   自分自身そのものが、いまのその結果だろう」だったが・・・

尊敬できる親が存在したら見てみたいものだが、多いのかも知れない。
尊敬できる親と、優しい父親か〜。
それより黙って温かく見守る両親が望ましいのか。

    家族は、外の社会の多種の他人とどう付き合っていくかを予習する場所。
    よりにもよって、自分の両親の縁で生まれたことの意味を考えると面白い。
    たまたま縁あって両親の下に生まれてきただけ、
    自分というこれ!は、親から生まれただけであって、
    「本人そのもの、そう自分自身でしかない」のだ。
    なぜ、この親の元で生まれたか、この親から何を学べばよいのか?
    考えれば考え尽きることはない。
    ただ私の場合は、両親には恵まれすぎるほど恵まれた。
    
黙って温かく見守る父親は、家庭が子供にとって社会への予習の場と見れば
最低の父親ということになる。
社会は温かくは見守ってはくれない!むしろ逆だろう。
そうすると、時に厳しく、時に優しく、そして温かくすればよいが・・・
そうはいかないものだ。

    教えられるのは生活姿勢と、生きてきた生き様と、
    やはり人生の真実である。

              (+>∀<+)ノ ホンジャ〜
・・・・・・・・
2005年12月21日(水)
1723, ベルグマンの法則
             オハョョヨヨ∃"ヽ( ゚∀゚)ノ"ョョヨヨ∃ゥ!!
生物学上の法則に
「ベルクマンの法則」がある。
  哺乳動物の分布と体の大きさの関係を表した法則で
  「近縁のものが南北に渡って分布するときは、
   寒い地域に生活するもののほうが、体が大きくなる。」
   というもの。
    例えばクマでは (。'(ェ)'。)ノ♪

   北海道のヒグマと本州のツキノワグマではヒグマの方が体が大きい。
    ホッキョクグマ 体長3.5m 体重400〜500kg
     ヒグマ 体長 2m 体重300kg     
      ツキノワグマ 1.5m 体重60〜150kg
       と、極端に北にいくほど大きくなる。
                     ☆━━━…‥‥ソウカ〜('(ェ)'ヽ)
   その理由は、
    体重の大きなものは小さいものに比べて体表面積の割合が小さく、
     それだけ保温効果が大きいから。
      もっっとわかりやすく言うと、
       大きな鍋と小さな鍋ではどっちがさめにくいか、
        考えてみるとよくわかる。

 他にも「アレンの法則 」というのもある。      
  キツネやアメリカのウサギ類の耳のように、    m9(`ω゚)  (*`ω´)
  「より寒冷地に行くに従って体の突出部が小さくなる傾向がある」というもの。
    突出部が小さいと熱の放散量が多く、突出部が小さいと放散量が少ないためだ。
      
  さらに「グログラーの法則」というものもある。
    哺乳動物の分布と体の色との関わりを表した法則。
    「近縁のものが南北に渡って分布するときは、
     北に生活するものがほど体色が薄く、白っぽくなる傾向にある」
      というもの。                
     ‖┓  ((  
    (_)  匚P  
    ━┻      
       人間もほ乳類だから、この原理は当てはまる。
        確かに北国の人は色が白い。
         中間のアジアは黄色で、
          南にいくほど黒くなる。 
          
  旅行してきて気がついたことは、
   カナダや北欧で黒人やインド人をほとんど見かけない。
    体質的に合わないのだろう。
    
 ・・・・・・・・・
 2004年12月21日(火)
1358, あなた、ここにお座りください

「あなた、ここにお座りください」
  夫に出て行けといわれた妻が、
  「私の大切な物を一つ持って行きます」
    と風呂敷を広げた後にこう言ったそうです。
  
 昨日の朝日新聞の一面広告の中の、思わず手帳にメモをしたくなる
 「身近な人の名言・格言」と
  「手帳・日記・家計簿の商品企画」
   の大賞受賞作である。

  他にも幾つかあった。
   ーーー
・立ちどまることも
 ひとつの「動き」である

  中学校の全校集会で先生が言った言葉。
 ーーー
・子供は親の思いとおりにならないけれど、
  心配どおりにもならないものだ。

   5歳の子供があまり文字などに興味を持たないことが気になっていたとき、
    近所の先輩お母さんから聞いた言葉。
 
 ーーー
・思うに、どこ向いていようと
  自分が向いている方が前なんよ、きっと。

   以前、心の病気で入退院をくり返していた頃、
   「私はどこを向いて走っているんでしょう」
    というメールに友人が返してくれた言葉です。

 ーーー
・「あー」「まー」「ぶー」、
  三つの言葉で君は世界の全てを表現してしまう

   主人が一歳の娘に対してつぶやいた言葉。
 
  ーーーーー
面白いと手帳に書こうとしたら、手帳メーカーの宣伝広告であった。
 この軽さと、身近さが良いのだろう。

「あなた、ここにお座りください」
  この余裕と一瞬の合い間こそ、人生で一番必要なことである。
   遊びの言葉のないことから生じる不幸も多いものだ。

ー私の場合は

「あなた、ここにお入りください」
 
  夫に出て行けといわれた妻が、
  「家の腐った粗大ゴミを捨ててから出て行きます」
   とゴミ袋を広げた後にこう言ったそうです。
   となりそうだ。
    丁度、去年の同日の日記に連動している。

      お後はよろしいようで・・・

・・・・・・・
2003年12月21日(日)
991, 離婚事情ー2

2日前に長岡の大手通りの市役所サービスセンターに印鑑証明をとりにいった時、
 隣りの市役所相談室という小さなコーナーに電話がかかってきた。
  老齢の相談員の話し声が聞こえてきた。
  「ハイハイ、・・・・・、ところで貴女の年齢は幾つなんですか?
   エッ74歳!その歳で離婚ですか。何をいっているのですか、いいを歳をして」
    その声を背にして帰ってきたが、何か切ない思いが残った。
     数軒先の近所の人が最近60歳を過ぎて二組離婚をしたとかいう。

     以前も離婚について書いたことがあった。
     家庭内離婚を含めて、5分5分とは恐ろしいことである。
    ということは、この文章を書かない方がよいのだが。
 
   一番に身近にいる他人が連れ添いである。
  それが一つ屋根に住んで、舅姑などの圧縮された人間関係の中で
 二人の権力闘争が絡んでくるから一層難しい問題になる。
その人の全て圧縮されたのが夫婦問題といってよいだろう。
一つ間違えばお互いの人生の破滅も待っている。
 以前、取引をしていたメーカーの社長は玄人向きの女好きだが、
  その結果として奥さんに「?病」をうつしてしまった。
   離婚はしなかったが、酷いものだ。
    この人の過去をみていると、
     一番世話になった人の裏切りの積み重ねであった。
     勤めていた会社の取引先や同僚を奪っていた。

     「自分とは何かを考えるということは、他人とは何かを考えることである」 
    その一番身近な他人が連れ添いということになる。
   浮気や、可処分所得の分配、お互いの身内との人間関係などで、どうしても
  自分と他人の関係の接点でトラブルが生じてくる。
 ある仲睦ましい老夫婦にその秘訣を聞いたところ
「我慢、我慢、我慢・・ただ我慢!」
と答えたというジョークのような話しがある。

 子供の頃両親の喧嘩も何回か見てきた。
  親の喧嘩は一番子供の心を傷をつけるものである。
   子供の神経症は、殆ど両親の不仲からきている。
    以前、遠い親戚の老齢になってからの離婚のことを書いたことがある。
     やはり、その子どもは神経症で病院通いをしていた。
      離婚経験のスナックのママさんを見ていると、
      結婚は大事にしなくてはならないものだと実感する。

     しかし「合わないのは合わない!」のはよーく解るが!
    当たり外れは5分というのも神様は酷な課題を与えたものだ!
   本当!
 以前書いた文章です。
ーーーーー
533, 離婚事情
2002年09月28日(土)

現在は三組に一組が離婚するそうだ。
 先日ある会で年配の女性が面白いことを言っていた。
 「現代は少子化の為、嫌だったらいつでも帰ってきてもいいといって
  娘を送り出す。更に子供を連れてくれば一緒に暮らせる。
   一子、二子の結婚でお互いに希少価値がある。
    だから平気ですぐ離婚をする」といっていた。

数年ぶりに知人に会ったら同じような事をいっていた。
 息子が子供を連れて離婚をし、裁判で息子の方が親権をとったという。
  息子1人では育てられないから、引き取って育だてているといっていた。
   しかし新しい子供が家庭に入り楽しそうであった。

それにしても三組に一組は多い。
 わからない事は無いが、長く連れ添っていれば愛情がわくものを?
  一家族に一人はいることになる。親子三〜四組うち一組になる。
   ということは、この文章を気をつけて書かなくてはならない事になる。
    読んだほぼ全員傷つけかねない。
     実際のところ、そこまで多くないようだが、どうだろうか。

以前TVで、離婚をした中年の女タレントと数人が口をそろえて
「離婚をして本当によかった!!」と言っていた。
  それを黙って聞いていた小沢昭一が
   「苦労を友にしてきた連れ添いと、歳をとって昔の楽しい思い出や
     苦労話をお茶を飲みながら、しんみり話す味もいいもんだよ」と一言。
      気の強そうな女性たちにとってカウンターパンチになってしまった。
       その場がシーンとしてしまいシラケの場になってしまった。

居ればうるさいし居なくては寂しいのが夫婦というものだ。
 離婚をした独り者の飲み屋のママは連休が嫌だといっていた。
  どうにもならない気持ちになるという。
   家族の基本はやはり夫婦である。
    現在の少子化もひどい、平均1・3人という。
     人口維持の為には2,1人が必要という。
      少子化が進めば更に離婚率が増すのだろうか。

好きになる相手は自分の持ってない部分をある人に惹かれる。
 うまくいっているうちはいいが、一つかみ合わくなると破綻しやすくなる。
  昔、足入れ婚というのがあった。結婚の籍をいれず仮結婚をさせる。
   今も同棲があるが、周囲も仮結婚と認めて合わない時は
    いつの間に別れさせてしまうという。

・・・・・・・
2002年12月21日(土)
617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4

アルゼンチンタンゴがすばらしい!
 昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が
  女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。
 そして、その踊りが西欧の人達に認められていった。
  従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、
 ショーが2時間以上にわたって繰り広げられた。
  全く期待をしていかなかったのが良かったのか、
   初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。
    お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。

今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。
 辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。
  この旅を締めくくるに最高のイベントでもあった。
   写真を見てもらえれば解るはずだ。
    よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。

     この旅行は心に多くのものを残してくれた。

・・・・・・・
2001年12月21日(金)
276、べきことを、べき時に、べくすべき

ーべきことを、べき時に、べくすべき
 昔からこの言葉が好きだった。
 「時節到来」ということか。その時その時の何かの時節がある。
  それを見つけ、積極的に挑むということだ。
   昨日書いた「後回し」の諌めでもある。

学生時代は勉強を、働く時期には働き、引退すべき時は引退をという事だ。
 これがこのまま出来ないのが人生だ。あるいは社会だ、それだから面白いのだ。
  その時のすべきことが見えなくなってしまうからだ。

   その意味で家族、親の果たすべき役割は大きい。
    結局それを刷り込むのが親の教育だからだ。親として耳が痛いが。

   その世界に埋没してしまうと、べきことが見えなくなってしまうケースが多い。
  常に変化に対し、チャレンジと闘いをしつづけていく姿勢が必要だ。

 その時々、基本としてウオームハートとクールヘッドが必要だ。
いつもウオームヘッドとクールハートになっているからだ。

・・・・・・・
ある時間の断片

12月21日  ー1968年
 昨日に続き、今日も空白になっていました。
 明日からは続いています。
(おそらく卒論の最後のまとめで、
  書いている余裕が無かったと思います)
  


2087, 経験についての一考察 −2

2006年12月20日(水)

        b(^o^)dおっ
         W(^O^)Wはようー♪
 
  10日ほど前に、「経験」について書いたが、さらに考えをすすめてみよう。
     歳を重ねるとは経験を重ねることであり、それが成熟することであり、
     良い人生経験を重ねることが熟年として豊かな心で最後の光となる・・
     云々と前回書いた。
     しかし経験がマイナスの部分から自分の心を苛むことも多くなった。
    
  福田和也の「成熟への名作案内」(PHP)に以下のような一節があったが、
    自分の心の影の部分をそのまま言い当てている。

ードイツの哲学者ヘーゲルは、経験を「自分の真実を失うこと」だと書いている。
自分の真実を失う、つまりこれが自分なのだ、自分はこういう人間であり、
そのように認識され規定を試みた人間として、この世の中を見ているんだという、
自信というよりも、自認と足場が崩壊し、自己が自己として、自分に対して
持っていた信頼感なり当てにする気持ちが胡散霧消してしまうこと、
それが経験なのだ。

それは自分というのは、良くも悪くも、この程度の人間、がんばっても、
しくじっても、この範囲の人間であり、どんな窮地におかれても、
最低の品位を崩すことはない、というような自信が、具体的な行動の中で失われる、
あるいは変わるということ。
それが、経験だと、ヘーゲルは言っている。

だとすれば、成熟とは、何よりも自分が自分であるということを失い、
自分から任じていたような、立派な人間ではなければ、尊ぶべき個性も独自性も、
勇気も持っていないということを知り、その崩壊のあとになお、自分の姿を
見つめて生きていこうと努力することが、成熟をするということに他ならない。
ーーー
    
    以上であるが、私の現在の心情はとりもなおさずほぼ同じである。
    これが「熟年という心象風景」かと、毎日のように内省する日々である。
    経験を重ねるということは深い悩みが色濃く蓄積していくことでもある。

    ひとり、心の奥の高みにいて、すべてを見下していた自分が、
   「薄汚れた軽薄な馬鹿な男」と気がついたときの衝撃。
    そのとき、中原中也の詩「汚れてしまった悲しみに 今日も・・」
    の悲しみが深く心に響いてくる。
    
    挫折という「心の背骨」の骨折で逃げおおせなくなったとき、
    見下していた周囲を見上げたときに初めて気づく真実の光景。
    そのとき、自分の価値観が根底から変化する。
    この繰り返しの中で、人間の成熟が初めてもたらされる。
    
    熟年は、深く心の憂いが霧になって取り囲んでくる。
    その中で独り飲むコーヒーの味も良いが!
                (⌒▽⌒)/"”さいなら!
 −−
2006年12月09日(土)
2076, 経験についての一考察 −1
              オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
経験について考えてみよう。
「経験」は、「経験を積む」や「経験者」のように、
 『くり返しおこなってきたことから得られた知識や技術』をさす。
それに対して「体験」は、「面白い体験」「戦争体験」など直接感じた行為経験をいう。

「人生経験」を例にとると、体験などを通して腑に落ちること、了解したことをいう。
その蓄積が人生経験豊富ということになる。
 
経験は、過去の積み重なねとしての現在の自分を構成している。
したがって、年を重ねただけ了解した蓄積が多く、
何をしても、何を読んでも、そのプールが面白くなっていく。

    経験そのものも貴重だが、それ以上に、
    そこから何を、どのように学ぶかが重要である。
    バーナードショーは、
   「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、
    経験に対処する能力に応じてである」と、いっている。
    経験から学ぶことこそ「経験を生かすノウハウ」である。

人は経験から学ぶと同時に、忘れる動物である。
忘れるから生きていける部分もあるが、喉もと過ぎれば何とかで、
経験を消化する前に忘却してしまうのが人間の性である。
汝自身を知れ!、そう消化しないで忘却する自分を知れ!
こそ経験を無駄にしないことになる。
汝自身を知れとは!とは、この意味で考えると腑におち、納得できる。
消化できない自分の無知さえ自覚できない愚かな動物である、ということを                     (ノ≧ロ)ノ<天然のばかやろぉ〜〜〜!!! 
               ( ̄(●●) ̄)フン!     
    経験といえば他人の経験からも学ぶことができる。
    それが文化・文明をつくり上げてきたのである。
    他人の不幸・失敗は、その経験則を把握さえすれば、
    自分の経験則に織り込むことが可能になる。
    これが「合理的・合理性」である。
    
    この歳になり、過去が未来より圧倒的に多いと実感してくると、
    他人の経験則の吸収と、自らの経験を消化する知力の至らなさを
    痛切に後悔するようになる。

生きるとは、失敗こそが意味を教えてくれる切り口になる。
失敗こそが人生である。全てが失敗といってよい。
最近は後悔すべき過去がフラッシュのように、頭を過る。
しかし、人生は失敗・後悔の塊と割り切ってしまえば、
深く人生を見直すこともできようし、分別もできよう。
砂に喩えれば、砂金も少しはみつかるだろう。

    石ころも混ざっているが!
    大したことがあるわけない人生、
    意味など今さら考えても仕方ないが。
    意味は、価値だろう、
    価値の後つけほど馬鹿馬鹿しいものはないのに、
    自信がないから、裏づけが無いから、記億の修正のため、
    そして疾しさを正当化するため、経験を歪めてしまうのである、
    人間というものは!
             (人・・)それで(・・人)
                い〜〜いんじゃ〜んない!
  経験は、先生である!
  先生の話は、よーく聞くべきだった!  
              (。^0^。)ノサイナラ!


・・・・・・・・
2005年12月20日(火)
1722, 時代を読み解く「三つの言葉」

             才八∋_φ(・ω・`)゚+.
文藝春秋の今月号の<新年特別企画> の特集が面白い。
 この数年は、殆んど月刊誌と週刊誌を買わなくなった。
  図書館で立ち読みをする程度だが、文芸春秋の新年号の新聞広告をみて
   思わず買って読んだが、それぞれなかなか含蓄がある。

    各界リーダー32人が選ぶ時代を読み解く
     三つのキーワーであるが、それぞれの人の文章が短いが鋭い。

丹羽宇一郎 ▼「改革・民営」「二極分化」「阿諛追従」                   
国谷裕子 ▼「格差」「サステイナブル」「ひとりの時間」
堺屋太一 ▼「まやかし」「あほらし」「あらまほし」
玄侑宗久 ▼「正義」「効率」「遊ばない」
大前研一 ▼「マルチプル」「ヒルズ族」「球団」
中西輝政 ▼「やさしさ」「安心」「構造改革」
半藤一利 ▼「地獄の上の花見」「そこのけそこのけ」「ちんぷんかん」
堀江貴文 ▼「世界平和」「肉体と精神の分離」「宇宙」
山田昌弘 ▼「リスク」「格差」「希望」
渡遇恒雄 ▼「抵抗勢力」「ハゲタカ」「刺客」
前原誠司 ▼「ボランティア気質」「改革競争」「戦争責任の風化」
中曽根康弘 ▼「改革万能膏」「同情大臣劇場」「ナショナリズム感冒」
阿川佐和子 ▼「脱力」「弱年化」「ボーダーレス」
玄田有史 ▼「改革」「極端」「振り子」
藤岡和賀夫 ▼「時代後れ」「インコンビニ」「絶滅危倶」
橘木俊詔 ▼「勝ち組・負け組」「少子・高齢化」「男女共同参画」
秋山ちえ子 ▼「IT時代」「片仮名外国語」「インスタント食品」
茂木健一郎 ▼「偶有性」「スモール・ワールド・ネットワーク」「多重文脈性」
江上 剛 ▼「自力」「本業」「現場」
鈴木敏文 ▼「需要の飽和」「経済学から心理学へ」「ブレイク・スルー」
天外伺朗 ▼「パラダイム・シフト」「合理主義の破綻」「意識の成長・進化」
林 文子 ▼「団塊の世代交代」「女性の台頭」「男女協働」
山崎 元 ▼「給料階級」「ボーナス階級」「株式階級」
森永卓郎 ▼「構造改革」「自己責任」「自暴自棄」
佐藤俊樹 ▼「愚民どもー」「チルドレン」「ヒルズ族」
中村うさぎ ▼「自分探し」「分身」「NANA」
香山リカ ▼「カネ」「モテ」「バカ」
井筒和幸 ▼「靖国」「韓流」「パッチギ」
池内 恵 ▼「煮詰まり」「重石」「底抜け」
後藤謙次 ▼「改革」「ポピュリズム」「小泉劇場」
片山善博 ▼「似非リフォーム」「鈍感」「基軸欠如」
車谷長吉 ▼「無関心」「好奇心」「おしゃべり」
  ーーー

これを見ているだけでも、時代の潮流が見えてくるようだ。
 言葉として目新しいところでは、
ー山崎 元 の
  「給料階級」「ボーナス階級」「株式階級」ーである。
   なるほど、よく言ったものだ。
   ・「給料階級」ー給料しかもらえないサラリーマン階層
    ・「ボーナス階級」ーボーナスが出る階層
     ・「株式階級」ー株で一瞬、数億を稼げる階層というところか。
  ーー
  
 次回には、私の主観で選んだ幾つかの内容を紹介してみる。
              (。・o・。)ノ じゃぁ♪ o┐
  ・・・・・・・・
 2004年12月20日(月)
1357, 23歳の日記ー7

1969年 7月17日
神戸・垂水にて

この会社で、もう何人から誘われたが、女の職場は厳しい。
一人に振り向けば、その人以外は全てに無視されるのが女性の職場である。
地方のせいか、心の綺麗な純粋な人が多い。
また、声をかけてくる人は自分に自信がある人だ。
目的がなければ何人かが合格で?、毎日が楽しい日々だろう。
それでは何故ここまで来たのか、意味がなくなる。
それと、学生時代の女友達と比較してしまう。
妥協できない。
武澤先生のいう、学生時代に相手を見つけておくのが一番良い相手に
出会う確率が高い、というのがわかる。
ただ、決めてしまっていれば、今のような気持ちでなれない。
ーーーー
7月18日

今日、堀田君と女性に関してお互いに誓う
『女性に関して、お互いに流されないようにチェックしてコントロールする。』
早く妥協してしまいそうだからだ。
彼も、動揺するような誘いが多いようだ。

全くもう、こんな異様な状況で神戸の元町のような場所に誘われて・・、
自分が自制できなくなる。
荷物は持たないことだ。
持ってしまってからではお終いである。
それにしても、神戸も綺麗なあかぬけた明るい女性の多い。
若い女性の中には、地方の特徴がそのまま出ている。
ーーーーー
8月9日

意のむくまま、文章を書いてみよう。
9月になったら、1〜5日まで休暇をもらうことにしよう。
最も効率的にすごす為には、学生時代に卒論を書く為に籠った
新潟の六日町の雲屯庵に行くことにした。
そこで自分を見直してみるのもよいだろう。

自分を冷静な状態にしておかないと、大きな落とし穴にはまり込んでしまう。
自分の目的が何だか解らなくなってしまう。

こう文章を書いていても、この境遇から何も見えなくなりつつある。
同室に堀田君という同期がいるから、気持の中で支えがあるが。

あまりにも4ヶ月は変化が激しいし、刺激が強すぎる。
自分を支える為にも、違う視点を持つ為に。

ーーー
2004年12月20日
ー感想記
文章に残すということは、良いのか悪いのか。
読めば読むほど記憶としての糸口になるが、反省・悔悟の思いがでてくる。
35年前の反省をしても仕方がないだろうに。
おそらく死期を悟った時、昔のことが走馬灯の思い出され、反省と悔悟と、
反面喜びなどの、多くの思いが重く軽く、嵐のように吹き荒れるのだろう。

真面目な、世間知らずの?男が、高度成長期の時代背景の中で、
あせっている姿がそのまま文章に出ている。
当時の心の傷が、そのまま今も残っている。
心のままに書き残すことも大事なことだ。

それにしても、やはり異常な状況での体験であった。
20〜40歳代は、誰もがこんなものか?
それとも、やはり?
人生は面白い!

・・・・・・・
2003年12月20日(土)
990, 軽井沢の思い出ー2

軽井沢駅から少し歩いたところに「離山」という小さな山がある。
麓から頂上まで一時間もしないうちに登れる山で、独りで何回か登った。
その頂上から見る風情は何ともいえない趣があった。

また別荘地の散策も面白い。
歩いているだけで豊かな気持ちになれるのだ。
別荘と、そこの表札を見ているだけでも面白い。
有名人や大手の会社の名前で占められているのだ。
それと一歩、別荘地に入ると殆ど人気が無いのもよい。

一時期、都内の若い女性の間で「5千円族」というのが流行った
ことがあった。
その金額で休日、軽井沢の日帰りコースとして丁度手軽だからだ。
別荘地を散策して、軽井沢銀座のウインドウショッピングをして、
軽く食事をして5千円で済ますのだ。

早朝、街を歩いていると小奇麗な喫茶店が開いていて何げなく飲んだコーヒーが
絶品だったことを思い出した。いま考えいてみると、何処の湧き水と最高級の
コーヒー豆を使用していたのだろう。
また「万平ホテル」もレトロ調で軽井沢にピッタリの雰囲気で、
そこのレストランが美味しい。

ところで私の新婚旅行は軽井沢であった。
挙式後、三浦さん夫妻と一緒に帰ったことを思い出した。
丁度30年前のことである。

・・・・・・・・・
2002年12月20日(金)
616,パタゴニア旅行記−3

パタゴニアの印象といえば、氷河の他に遠くに広がる原野とアンデス山脈である。
アルゼンチンからペルーへの移動で見たビューポイントの左右の視界が270舛
あるアンデス山脈のパノラマが素晴らしい。

数千メートルの山頂なら幾らでもあろうが、少し小高い平地で
三百キロに近い景色が見えるのは想像を絶していた。
アフリカで数十キロの視界の景色を見たときの驚きを今もはっきり憶えているが、
それがなんと数百キロの視界の景色を目の当たりに見たのだ。
世界は驚異に満ちていると実感した瞬間であった。

秘境系の旅行はこういうチャンスに満ちているのがたまらない。
世界の果てのマゼラン海峡や世界の果ての町ウシュアイア。
そこから船に乗り、ビーグル水道に埋めつくすアザラシやペンギンの
群れをまじかに見たのも鮮烈な記憶に残っている。

人口十万のこの町で見た夕日の美しさも忘れられない思い出だ。
それと大型の野良犬があちこちに屯していたのが印象的だ。
厳しく貧しく派手さはないが、ある豊かさを感じ取った。
ほとんど時代の変化に翻弄されることなく地道に生きてきた逞しさからくる
ものであろう。

ペルーでは殆ど見ることなかったコンドルが多く見ることができたのも
今回の印象であった。小さいテーブルマウンテンに似ている山の
岩壁に巣が多く作られていた。
ペルーで見たリャマの一種の野生のグアナコが身近に多く見れた。
それとダチョウにそっくりの野生のニャンドウも印象的であった。
両者とも捕獲が禁止されている為に多く繁殖した。
その土地の景色にピッタリの動物が棲んでいるのも自然のなせる業だろう。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2001年12月20日(木)
275、後回しー我が内なる無能性

後回しにして忘れ失敗した事を、誰もが数知れず経験しているはずだ。
後回しは半分以上やらないことだ。言葉の遊びになると思うが、
「さき回し」もあるはずだ。準備はそれに似ている。

夢を持つことは、一種のさき回しになる。準備はものごとを
上手くやる最大の秘訣である。成功の功はネルという意味だ。
練り上げ成すことが、成功という。
準備・計画の練り上げが最も大切だ。
計画の練り上げ内容でほぼ決まってしまう。
実行プロセスはあくまで、その手順レベルでしかない。

後回しはそのレベルと全く違う。ABC分析のCの後回しならわかる。
それ全て含めて後に回す。
無知無能の習慣パターンだ。わかっている、それが致命傷のなることを。
そして今までそれで致命傷に近い失敗をした。それでも後回しにしようとする。

今の日本の姿そのものがこれだ。ここにきても更に改革を後回しにしよう
のたうち回っている。戦後社会主義ー官僚体制主義から抜けきれずに。

決断の後回し、いや決定の後回しといっていい。後で後で後で人生終わってしまう!
「全て定年後といって内の亭主何にもしないの!」と家内の知人が言っていると
いう話を聞いたことがある。それの究極だ。ブラックジョークにもならない。
 



2086, 哲学者が霊能者を一刀両断すると!−2

2006年12月19日(火)

  オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
    
    「知ることよりも考えること 」−  読書日記
             
    「生きていること自体が、神秘体験である。
     生前、死後の世界と何を取り繕っているのか、
     馬鹿も休み休み言いなさい。
     それなら、現に生きている神秘を説明してみたら!」
     と問われたら江原某はどう答えるのだろうか?
    「見えるものは見える」と言うしかないだろう。
     それとも「それじゃ心が見えますか?」と言うか?


 ばっさり切り捨てている部分が更に面白い。             
 ー生きていること自体が神秘体験だろう!−
ーー
前世を語る者たちの、あれらはオーラとカルマの「物語」なのだ。
物語とは、文字通り物語なのだから、本当でも嘘でもない。
知り得ないことについて、本当とも嘘とも言えないのは決まっている。
あれらの物語を求める人はおそらく、あれらの物語を「本当のことだ」と思っている。
それを信じることによって、人生の意味と理由が与えられたように思うのである。

    しかし、そのような仕方で与えられるような人生の意味と理由は、
    それ自体が物語である。本当か嘘かさだけではない。
    そんなもので本当に救われるのだろうか。
    人が何らかの神秘的なもの、「神秘体験」に惹かれるのも、恐らく同じ理由である。
    オーラやカルマや臨死体験を神秘というなら、自分が存在しているということは、
    どうして神秘ではないのか。
    ほとんどの人は、自分が存在していることを神秘だとは感じていない。
    そんなことは当たり前だと思っている。
    だから、生まれる前とか死んだ後とか、どこか別のところに神秘を探しに行くのだ。

神秘を見つけて、神秘だと騒ぐ。そんなことができるのも、
自分が存在しているからこそという神秘には、どういうわけか騒がないのである。
自分が存在していることは、科学的には説明できず、理性によっても理解できない。
なんでこんなものが存在し、これが毎日生きているなんて、とんでもないことである。
驚くべきことである。私には毎日が神秘体験である。

   じっさい、「存在する」ということは、それ自体で生死を超越しているのだから、
   「生前」「死後」は眼中になくなる。逆に、存在の神秘の前には、そういうものは
   全て物語だということが、ハッキリ見えてくる。
   「毎日を生きている」と、とりあえず言ったが、その意味で毎日が死に瀕している。
   毎日が臨死体験である。生きているという神秘を知れば、死後の神秘には用は無い。

なるほどこの世には、霊能者、霊媒、魔法使い、「常人」が所有しない能力を
所有する人は存在する。普通の人が見えないものが見える。できないことができる。
物語が語れる。単にそれだけのことである。
だからたとえば、非常な有能な霊能者が現れ、宇宙開闢以来の全歴史が見えると言っても、
私はその人が何を理解しているとも思わない。
人生が存在する。存在が存在するということの神秘は、いかなる仕方によっても
理解できないということを、私は理解しているからである。


    ーーーーー

    ところで、ビッグバンが爆発して、この宇宙ができたというが、
    元のラグビー大?の素粒子は、無から生じるわけがない。
    それがどうして発生したのか?この根本が解るわけがないのに
   「生まれ変わり」など論じても何の意味もないはず。
    そして「私が存在する不思議」もしかり!

「生まれ変わりの存在」を仮説として作ることにより、
天使の役割をもたらすのかもしれない。
エホバの商人とかいうカルト的宗教団体の
「物見の塔」の視線に似ている?か。
生まれ変わると確信して死んでいけるなら、
これほど幸せなことはない。               
              ‖┓  ((  
             (_)   匚P  バイバイ!
              ━┻     
・・・・・・・・
2005年12月19日(月)
1721, 日本一短い手紙 「喜怒哀楽」 −1


『 日本一短い手紙』のシリーズを読むのが二冊目になるが
  この「喜怒哀楽」がよい! 人間の赤裸々な姿だからだ。
   読んだ瞬間、涙が出そうになった。
      何も書けません!
                       w(;o◎)w
ー 第10回一筆啓上賞の中の10篇である。


口元のわずかな動きで分かります。
      かあさん、きょうは、うれしいんだね。
                    金子数栄 長崎県 59歳 農業
喜怒哀楽って季節みたいだ。
      1度に全部来ないし、
           何かを残してすぎてゆく。
                     寺沢紗裕里 岩手県大船渡市 15歳 中学3年
潮が引いた浜辺に貝が二つ。
      お父さん、私達みたいだね。
        次の波も 被り抜いていこう。
                     田中久美子 熊本県水俣市 46歳 地方公務員
家族全員がいたときの玄関いっぱいの
      あの喜怒哀楽の靴たちはどこですか
                     中江三青 鳥取県鳥取市 54歳 会社員
畜生!あげたてのてんぷらが食いてえ! 
      ― ガ島で戦死した兄からの最後のハガキ ―
                     井邑勝 福岡県北九州市 69歳 無職
きみは小さな足でかわいい地団駄を踏む。
      いったい誰から教わったんだい?
                      塩見直紀 京都府綾部市 37歳 自営業
雨音で目を覚ましたので窓を見たら
      アジサイがのぞいて笑っていました。
                     岸波由佳 福島県福島市 18歳 高校3年生
目を閉じるとき瞬間私は貴方との人生に
     「喜怒哀楽」のどの顔をするかしら
                     高橋直美 青森県青森市 31歳 主婦
母が怒り出したから、「だっ」と逃げたら、
     「だだっ」と母が追って来た。
                     石榑美樹 新潟県長岡市 18歳 高校3年生
いつの間にか付けていた心の仮面が、
      今では勝手に感情を作る。本当の感情はどれ?
                     加藤裕美子 福井県福井市 15歳 高校1年生

ー他にも、すばらしい作品が多くある。
人の心は、弱く儚いものだが
ーー

ねぇあなた、哀しみの次には楽しさが来るんだよ。
      もう一度頑張ってみようよ。      
      
先日、満員電車で、席を譲られてね、
      感謝したけど、何故か心に、空席が出来たよ。
            
あなたがいないから、泣いていたんじゃないの、
      私もいないから、泣いていたの。      
      
虹が出た時、土筆の顔が見えた時、
      今年初めて燕を発見した時。何だか幸せ。      

「喜び」はきっと一人じゃ作れないよ。
      だって一人じゃうれしくないじゃん。
      
・・・・・・・
2004年12月19日(日)
1356, 梅の花ー2

部屋は六畳ぐらいの大きさで、机の下が掘りごたつ風になっている。
 メニューは、湯葉煮、茶碗蒸し、豆腐のけんちん揚げ、
  黒豚と季節野菜の豆乳しゃぶしゃぶ、豆乳リゾッテ風、シャーベットである。
   食事が終了するのに、一時間半はかかった。

挨拶に来た、マネジャー風の人の話によると
「昼客の殆どが女性のグループで、11時過ぎに来て2時近くまでいる。
  その為お客はあまり回転をしない」とか。
   最短で1時間半かかるのだから、女性客はそれだけ居座るだろう。
    いま流行の、スローフードの典型である。

「郊外型、高級料亭ふう京料理のスーパーストア廉価店」といえる。
 新潟下越と中越地区の女性客が一巡する数年は、物珍しさも手伝って
  好成績をあげるだろう。その後は何とかやっていけるかどうかの業態。
   経営者も、3〜4年で投資回収をしてしまえば、
    後は何とかなると踏んでいるのではないだろうか。

たまたま知人の姪が、東京の「梅の花」で店長をしているという。
 新潟のこの店は成功で、客単価は5000円弱。
  会社全体として、この三年で勢いは落ち始めたという。
   店で作る豆腐以外は、九州の本部から送ってくるレトルトの加工するだけ。
    「チェーンシステムを京懐石料理に取り入れた」ということだ。

「梅の花」のHPを調べると、決算書の内容から見て、
 それほど好業績の会社ではない。
  売り上げが200億、自己資本比率が30%弱。
   多店化を始めた頃の店が成績が急落したため、新店でカバーせざるを
    得ないというのが決算書から読み取れる。
     三年前の9・11事件からの落ち込みは何処も同じである。

客としての判断は、
 あくまでも女性客に的をしぼった店であり、
  もう二度と行かなくてもよい店である。
   しかし、長い時間ゆっくりと食事をしたい女性客にとっては
    良いと思われる。

・・・・・・・・ 
 2003年12月19日(金)
989, 軽井沢の思い出

 現在書いている随想日記に「軽井沢」のことが頻繁に出てくる。
記憶の彼方のことが、今更のように思い出される。

 大学二年の秋に、隣の部屋の先輩から「OBの先輩がペアレントを
している軽井沢の山荘」のアルバイトに誘われた。
丁度、学生時代の生活に慣れて、寮とクラブだけの生活に辟易としていた
時期で、丁度よいタイミングであった。

 仕事といえば、食事つくりと、掃除と、宿泊客の夜の遊び相手である。
若い女性が殆どで、フォークソングを一緒に歌い、ゲームをしたり、話相手になる。
初めての経験で夢のような毎日であった。
卒業するまで連休や夏・冬休みなどに二年間ほど行っていた。

 早朝の朝もやの中、宿泊客とか同じヘルパーの女学生と散歩をするのが
一番の楽しみであった。並木道の木が重なり合っている「愛のトンネル」
いや「「愛の小道」という絵に出てくるような場所もあった。
周囲は別荘や池やホテルなどがあり、鳥のさえずりや雉の鳴き声が聞こえてきて、
幻想的な小説の主人公になったような世界であった。

 そこで仲が良くなって東京で会ってもTPOSが違うのか、一度で夢破れた
ことが何回かあった。夢は夢にしておくべきということを何度か再確認をした。
また久々に会う女学生が嬉しそうな顔をして走りよってくる姿が、
何ともいえない記憶として残っている。

 何で誰とも結婚しなかったのだろうか、不思議で仕方がない。
両親の縛りから抜け出せなかったのだろう。
いや??!まだ受け止められるだけのものが無かった。

 ところで話が変るが、そこの名前は「友愛山荘」であった。
旧軽から歩いて7〜8分のところにあった。
政治家一族の鳩山家の政治団体「友愛」が、ボランティアで運営している
ユースホステルであった。今はもう「鳩山家」の別荘に変っている。

 そのペアレントー山荘の責任者が、学生寮の先輩で「三浦満さん」あった。
結婚したてで、奥さんが明るい人で「波子さん」と言われて皆に慕われていた。
一歳の赤ちゃんがいた。
夜の「お遊びタイム」の後、三浦さんと酒を飲みながら政治や哲学など
話すのも楽しみであった。
{ユースホステルでは、宿泊客をホステラーと言い、アルバイトをヘルパー、
マネジャーの役の夫婦をペアレントといっていた。}

 大学を卒業をしてから10年位の間2年に一度は遊びにいっていた。
また私の結婚式には三浦夫妻に出席してもらった。

「海外旅行」「葉山」「留学」「軽井沢」「外車」ゼミ」などの言葉は
学生時代の私の世界では、特別の響きがあった。
友人の何人かは外車のアルファロメオやフォルクスワーゲンなどを
乗り回していた。貧乏(寮生活)と金持ち(欧州旅行で知り合った友人)
の狭間で、目が回るような日々であった。
 
 今から考えてみると、あらゆる人と社会的なものを一切脱ぎ捨てて、
裸で付き合えたのが学生時代の一番の特典であった。

・・・・・・・
2002年12月19日(木)
615, パタゴニアの旅行記ー2

この旅行は12月4日〜17日までの14日間の旅行であった。

・まずの見どころは世界自然遺産の一つ氷河国立公園の拠点の
アルゼンチンのカラファテに三連泊。大迫力の氷河の崩落
を見るペリノモレノ氷河、及び氷山の浮かぶアルティーノ湖の
クルーズを楽しみ、この氷河国立公園最大のウプサラ氷河を
見る内容であった。

モレノ氷河については前回書いたが、ウプサラ湖の一面小さい氷山
で埋め尽くした景観はその氷河をバックに何ともいえない美しさを
現していた。
またウプサラ氷河は幅10噌發毅牽悪辰料埖腓雰粉僂髻∪嘉靴龍の
青に氷河の白と青をミックスさせて我々の眼の前に展開していた。
何ともいえないパタゴニアの美しさに時間の静止を感じた。

・次のハイライトはパイネ国立公園であった。
1万年前に絶滅した巨大なナマケモノーミロドンの骨が発見された
ミロドンの洞窟の岩ドームに呆然とした。

その中でやはり圧巻はパイネグランデの雄姿である。
雲を頂く岩峰が4つ天を突き刺す姿はパタゴニアを象徴するものである。
帰りの車の中でみたその姿は一生概忘れられない夕景であった。
山頂近くまで以前氷河があったのが山頂の岩の色の違いで分かるのがよい。

その先にあったグレー湖とその水源のグレー氷河に50旦瓩まで
船を近づて見上げたのも印象的であった。
氷河の美しさでは近くで見たこともあってベストであった。

・・・・・・・
2001年12月19日(水)
274,一卵性双生児

今は行かなくなったが、10年前ぐらい週一回、10年近く通っていた店がある。
そこの板前兼亭主が一卵性双生児である。店の名前が「味生」である。

面白いのが、共同経営のうえに一軒の住宅に二家族が住んでいる。
子供が2〜3人ずついて、食事も一緒に食べるという。

二人の奥さんが一日交代に店にきて手伝う。
残ったほうの1人が家事をするという。小説になるような話だ。
「現実は小説より奇なり」とはよく云ったものだ。

ふぐの専門店で客種はいい、なんともいえない雰囲気があった。
副業と趣味を兼ね、チャウチャウのブリーダーでもある。

双子の世界は、一般の常識では解らないものが「テレパシーとか感覚の世界」
であるという。二人がカモシダシテイル雰囲気がなんともいえなくいい。
TV小説の世界に入ったような気になる。

いろいろな世界があるものだ!
・・・・・・・・

ある時間の断片
12月19日 1968年 

  目が覚めたのが12時少し過ぎである。
少し寝すぎたようだ。
食後13時から17時まで集中して卒論を書き上げる。
休んで、21時から0時まで再び集中する。
 
 そこから頭を休めるつもりで、「愛について」を読む。
今の自分の姿勢を否定している部分が多い。
「受容」と、「犠牲的精神」「信頼」という部分が
見失われているようだ。
クールヘッド・ウオームハートといっているが、
今の私が完全に逆のようだ。
もっともっと広い範囲で本を読むべきであった。


2085, 哲学者が霊能者を一刀両断すると! −1

2006年12月18日(月)

                才八∋ウ_〆(∀`●)
知ることよりも考えること −
            池田晶子著  ー読書日記
ー前世を知りたいー             

哲学者が霊能者を批判すると、これだけ説得力があるものか?
霊能者の立場の視点で読んでみると、反論しようがみあたらない。

    哲学者は霊能者のいい加減さを一刀両断で以下の通り切り捨てる。
    ー人間は自分が存在しているという以上の神秘がありえない。
    (自分が)存在していることということは、科学的には説明できず、
    理性によっても理解できない。なんで存在するのかわからないものが存在し、
    毎日生きている驚くべき神秘の毎日こそ神秘体験のはずが。
    その当たり前のことこそを知ることが先ではないか。
   [超常]を言う前に、[常識]を知るべきだー
    と。 全く、哲学者のこの論は理にかなっている。

私も父が死んだ後に「妙な霊的な感覚?」が10年近く身についたことがある。
今TVなどで話題になっている江原啓之氏のことを多くは知らないが、
恐らく見えないものが見えるのだろう。

それより女哲学者の論があまりに的を得ている。  
  ー以下は、その中の抜粋であるー
    
     ーー
    輪廻転生という考え方は、現代に限らない、科学の発生以前から、
    人間が宇宙と人生をという謎を理解しようとする時、繰り返し
    起こってくる型である。同一の魂が宇宙的法則によって生まれ変わりを
    繰り返すというこの物語は、わかりやすいので受け入れられる。
    つまり人はそれを[本当のことだ」と思うのである。

しかし、よく考えて見ると、これもよくわからない。霊能者は過去を見るという。
しかし、過去なんてものは、今やどこにも存在していない。
過去はその人の記憶としてしか存在していないのである。
そして、記億はそれ自体が物語として構成されたものでしかないのは明らかだ。
霊能者が見る過去世の物語というのは、人間の言語により構成された文字通りの
[物語」なのであって、客観的事実であるわけがない。
それらの人たちは、それらの物語を事実だ、本当のことだと「思い込んでいる」。
本当はどうなのかわからないことを、本当だと思い込んでいるのである。

    しかし、物語もまた、謎を語るためのあくまでも「方法」であって、
    方法によって謎が謎でなくなるわけがないのは同じである。
    宇宙が存在し、我われがそこで生きて死ぬというこの驚くべき謎の側は、
    やっぱり動かない。我われは何一つ理解していないのだ。
    この根源的絶対的無知、これを忘れると物語は容易に宗教と化す。

自分の現在を理解するために、とくに過去世を知る必要はない。
過去を知ったところで、現在が変わるわけはない。もし現在を変えたかったら、
現在において変わる以外ないだろう。「色即是空」もブームと聞く。
生まれ変わり、死に変わりというのは、どう考えても「色」である。
よって「即ち」、そんなものは、「ない」と言う。

 −−
 次回も続くが、霊能者も言うだろう、
「空即是色」と!
現世のことが解ってないのに、何が来世!
変な物語を勝手につくりおって!という論は、
非常に説得力がある!秋刀魚の頭も信心からとなると、
インチキ宗教になってしまう。似たようなものである。

信じたい人いるのだから、
面白いじゃないかプロレスの観戦と思えば!

ショーと知りつつ、楽しむのも!
現世も、来世も、生まれかわりも、ショータイムでしかないのだから!            
          ーつづく
                まあ冗談はさておいて
              ~~■P o(´・∀・` )coffee 飲めて
       \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・・
2005年12月18日(日)
1720, 生きるのがつらい     ー読書日記
 「一億総うつ時代」の心理学
          平凡社新書 
           諸富祥彦/著
  ー本の内容
この国の年間自殺者はもう何年も三万人を超えている。
 誰もが自分は「軽うつ」ではないかと疑いはじめている。
  この時代には確かに、私たちの生きる意欲を奪う何かがある。
   生きるのがつらい。もう、前向きになんか生きられない。
    そんな閉塞感が漂う世の中で、自分の苦しみにうまく対処し、
     身近な人と支えあいながら生きていくには、どうすればいいのか。
      反ポジティブシンキングの思想で語る、
       「一億総うつ時代」の心の処方箋。
                         (*`θ´*) i
ー目次
第1章 みんなつらさを抱えて生きている     
 第2章 つらさをつらさとして受けとめる
  第3章 弱音を吐くのも生きる技術
   第4章 ありのままの“今の自分”を受け入れる
                オレ クルクル σ@( ゚∀ ゚) パー!?
    第5章 身近な人がつらいとき
     第6章 「助けあい、弱音を吐きあう関係づくり」の大切さ
  ーーーーーー
こういう本のほうが私にとっては、面白い!
 ポジティブの本より、ネガティブシンキングの方が、気休めになる
  類の人にはプラスになるのだろう。
     (~_~;) (~Q~;) (--;) (;-_-;)
(-。-;) (-o-;) ( ̄ω ̄;)!! o    
    一部勝ち組以外は、負け組みの時代、
     一億総うつになるのも、必然かも知れない。
    といって、そうそう万年うつ病も肯定はできまい。
  その為には、ネガティブなものに居場所を与え、それとうまくつきあう工夫の方が、
 強引なポジティブシンキングよりも、はるかに効果があるのだろう。
何処かに仏様?の持つポジティブ、暖かさがなくてはならない。
 だから、人間は必ず信心が必要なのだ。
  その意味で、この本は何かが欠けていると誤解してはなるまい。
   隠しポジティブがこの論の背景にあるのだ。

「あとがき」の中で生きづらさを、
どのようにして凌いでいくかの工夫のエッセンスを
・決して前向きになりすぎないこと。
 ・ ポジティブに考えすぎないこと。
  と述べている。また、
   「つらさや弱さを追い払うことではなく、それと共存すること。
     その存在を認め、それに居場所を与えること。
      そしてその言い分を聴いていくこと。
      つらさや弱さをしのぎ、それとうまくつきあっていく方法を工夫すること」
      である。
     また心を楽にしてくれる二つの考えを紹介している。
    ・一つは「人類は、いずれ滅ぶ。いつしか、跡形もなく、消え去る」という考え。
     そう考えると、なぜか、圧倒的な解放感になる。 【゚Д゚】y─┛~~~ソウカ〜
   ・いま一つは、「人間どこからも来ないし、どこにも行かない」ということが
   解ると気が楽になるということだ。
  ひとことで言うと、「わざわざ死ななくても、人間は、生きているうちから、
 じつは同時に、死の向こう側の世界(あの世)にもいるのだ」ということ。
 このことに気がついたとき、
  著者は「生きていける」と確信を持てたと。    (・_・)ヾ(^^;  
   この人の人生観とみれば、納得するが?
    無理してまで肯定をするな、ということでしかないのか。

                      (^Ω^ )ノ ンジャ〜
・・・・・・・・・
2004年12月18日(土)
1355, 梅の花

新潟の郊外に最近「梅の花」という
‘ユバと豆腐'の京懐石料理のチェーン店が開店した。
本部は九州で店は61店舗あるという。

面白そうなので、昨日の昼飯を食べに行ってみた。
実をいうと、一昨日の12時にいったが、駐車場が満杯なのだ。
まさかと思い玄関口に行くと、前の若い二人連れが予約を確認して入っていった。
フリー席は、もう満席で一時間待ちだという。
100人のお客が既に入っていて、待合に10人いるという。

それでは、翌日の予約というと、お一人様3700円という。
予約は個室になるので、昼のサービス・コースは予約はできないという。
バカバカしいので、「予約なしでは何時に来たらよいか」と聞くと
「11時のオープン直後なら大丈夫」と言う。

「ランチが1600〜2900円で、11時過ぎでなくては入店できない店」
と知ったら、意地でも入りたくなるのが人情である。
 家内も新潟の友人から、店に行ってきた話を聞いたという。

昨日の11時に店に行くと、3分の1の駐車場の埋まりである。
しかし、車が次々と入ってくる。
門構えから、京都の懐石料理亭の雰囲気が出ている。
入ると、老舗の高級料亭の感覚だ。
下足人兼案内人が、マネジャーと思しき人に取り次いで、数分待合に待たせて
仲居さんに取り次ぐ。そしてその仲居さんが丁寧に個室に案内する。
予約が入ってない部屋があるので、優先的に個室に入れるという。

私が2900円の「野菜と豆乳のしゃっぶランチ」
つれが「京の梅ランチ」を注文をした。

部屋からは中庭が見え、料亭の雰囲気をかもし出している。
さあ、これからが新しい物好きの観察が始る!

                   ー つづく 
・・・・・・・・・
2003年12月18日(木)
988, 建物をつくることは神の代行

 40年前に、父親が現在住んでいる自宅をつくった時、
「将来必ず事業で上手くいかなくなる時がくる」と想定して設計をした。
売却やアパートに建替えるとか、潰しがきくようにしてある。
鉄骨の建物で、一切柱が入っていない構造になっており、
中を掻き出せば、どうとでもつくりかえる事ができる。

 その教訓もあって、私が手がけてきたビルも殆ど柱を入れてない。
千葉で初めて建てたビルから現在のホテルまで増築も含めて八棟全て、
やむをえない部分を除いて柱の極力ない構造にしてある。
27年前に私がたずさわった実家のビルが、最近に私の予想値よりも
はるかに高く売れたのも、建物の構造が他の業種に転用可能であった為だ。

 30数年前に千葉の建物の設計計画にはいった時に、設計事務所の担当に
言われた言葉が「建物をつくることは神の代行」である。
これは設計事務所の当時の社長の信念であった。
特にビルは当事者の思惑とは違って、数十年も独りで生きていくものである。
それを建築主の好みで創ったとしたら、時代の変化の中で他人にわたった時に
潰しが効かなくなる。

 自分だけの思惑で建物は創るべきでないというのも理に適っている。
なるほどと唸ったものだ。
たまたま実家の家が、その10年前に「その思想のとおりのもの」
を見ていたのでその意味を直ぐに理解した。
26歳の時であった。
それから事業で多くのことを学んだ。

・・・・・・・・
2002年12月18日(水)
614,パタゴニア旅行記ー1

今回の旅行のハイライトはやはり氷河であった。
氷河の融け水でできた湖から、氷壁と崩落を船で見るものであった。
ソニーのコマーシャルで見たものは、てっきり南極の氷が崩落する
ものと思っていた。
しかしアルゼンチン国内の山脈の麓の湖に崩落するものと初めて知った。
ソニーのそれはペレノモレノ氷河の景観であった。

まず驚いたのは氷河の美しさである。
太陽に映える白とコバルトブルーの織り成す美しさだ。
どんな美しさもこの単純な輝きには敵わない。
白をバックにしたコバルトブルーの輝きの美しさ。
太陽の光のブルー以外を吸収して妖しく反射する美の極致だ。

8000舛離▲鵐妊校殻はパタゴニアの地でその積雪を氷床に姿を
変えて最後は海に流れ込むか、山脈の麓に湖をつくりそこに自らを
崩落させていく。それを湖から眺めるのが今回の目的であった。
アンデスに降り積もった万年雪が、溶解と氷結を繰り返しながら
数百キロの氷河をつくりだし、最後はその最先端で長い旅路を迎える
ドラマである。それが夏の時期に目の前で見れるのである。

数日に一回の崩落と思っていたが、モレノ氷河で1時間のうちに4回の
崩落が見ることができた。
静けさを打ち破る腹の底までとどろくような轟音ともに氷壁が崩れ落ちる。
その瞬間誰もが息を呑み見とれるのだ。時間が止まるとはこの事だろう。

そして同時に湖面に高波が立つ。氷河が氷山に変わったのだ。
その数十メートルか数百メートル先から、氷が裂ける轟音が時々
落雷のように聞こえるのが何ともいえないバックグランドの音になる。

小さい氷山が湖面に多く漂っているのが美しい形を創っている。
自然の芸術の展示会のようである。白鳥のようであったり、
船のようであったり、ラクダであったりする。
自然は本当に大芸術家であるというのは、別に文学的言葉では
ないことを思い知った!!

・・・・・・・・
2001年12月18日(火)
218,喜怒哀楽 -情念の世界

学生時代に読んだ、赤塚行雄の‘ナチの研究’の
「教祖の話術」が印象的な内容で今もはっきり憶えている。
ある意味で、運命的な出会いの本といってよい。
その本を読んでから、生きかたが全く変わってしまった。

その本の内容は、「ナチがいかにして短期間に大衆を惹きつけ、扇動したか」
の要素の分析であった。

ヒトラーの感情むきだしの演説の手法である。
大衆の感情にうったえる手法である。
感情を抑えるのでなく、むしろ前面におしだし自己を主張せよ。
「感情を抑えるのが理性でなく、むしろ燃え上がらせ、
その舵取りが理性であると。

大衆を感情的に徹底して扇動、熱狂させろ!大衆はそれを待っている」
「大衆は馬鹿な存在だ、それを待っている」というのだ。

かなり刺激的の本であった。
昔の記憶なので、かなり主観的な内容に変わっているが。

30歳少し前、長岡に帰ってきた時「おい堀井が変わってしまったぞ!」と
地元の友人に言われたのも、実はそれが大きい要因である。
考えてみれば単純なものだ。

しかし創造は発狂だということを実際体験した。
たいして狂ってなかったが。
これをやると決めたら全ての情念を叩き込む!

「もっともっと喜べ、怒れ、悲しめ、楽しめ!」というのだから。
周りは大変であったと思う。それも気づかれない様にやってるのだから。
本人はもっと大変だったが。ペルソナ(仮面)であったからだ。
長岡で全員が、その反対を真面目な顔で演技していたから驚いた。

感情豊かであるほど人間性豊かである。
感情豊かという事は、車のエンジンの排気量が大きいことに繋がる。
ガソリンは、感動・感激である。その為には超一流の芸術に接しることだ。
素晴らし音楽を聴くこと、絶景の場所に行くことだ。そのシャワーを浴びる事だ。

その時の感動が人間を豊かにするのだ!
というような教えであった。

殆どこの辺が創作になる。いやこの文そのものが偽悪の表現だが。
まっとうに生きようと思ったら、狂うしかないのも事実だ。

まっとうに生きるとは何かだが?自分の真に好きな事をみつけ忠実に生きる事だ!
それをやれば、世間様の目から見たら、狂っているとしか見えないからだ。

チロリチロリ、チンチロリ
一期は夢 ただ狂え  

今は「ホームページつくり」に狂ってます。
・・・・・・・
  
ある時間の断片
12月18日 1968年

9時に甥のムーちゃんに起こされる。
食後。浅草近くで電気商をしている従兄弟の治田さんが遊びに来る。
12歳も年上だが、子供の頃から殆ど変わってない万年青年だ。
彼を見ていると青春は年齢でなく、理想と創造性をいかに持ち続けるか
ということが解る。
写真マニアで子供の頃の写真は殆ど彼が撮ってくれたものだ。
昼飯を一緒にとって13時頃に帰る。

14時から17時まで卒論のマトメをする。
卒論の清書を一枚50円で姉に書いてもらうことにした。
50枚で2500円である。それに食事代を5000円を払うつもりであったので
この金額を捻り出すのが大変である。それと今月は遊びすぎて支出が
大きい。
23日にジャスコオカダヤにレポートの構想と下書きを書いて、
27日までに完成させる予定である。


2084, 森の生活

2006年12月17日(日)

                (。^0^。)ノ オッ
                (*^○^*) ハ〜 ヨウ
      『森の生活(ウォールデン)』 
           岩波文庫

現在、世界において「シンプルライフの生きかた」が見直され始めているが、
その元祖といえるソローが再び注目され始められている。
1817年生まれのソローは、1845年の独立記念日を機に、
故郷のボストン郊外のウォールデン湖のほとりに移り住む。
そこに20代後半の2年あまりの間ひとりで過ごした生活を記したのが、
『森の生活』である。シンプルライフの元祖といえよう。
ソローは、この森の生活の中で、人間が生きるために必要なものは、
「最小限の持ち物と最小限の労働だ」という結論に至っている。

    
    ソローの‘自然のなかで質素に生きる’を至上とする考え方は東洋的である。
    自然との共存を図ろうというソローのメッセージは、効率良く、
    便利な生活になった反面、混沌として複雑化する世の中にあって、
    単純化した生活のあり方を提示している。

森林生活や農業の専業の人からみたら、何を今さら!と思うだろう。
あちら側(都会)の人が、二年余り遊びに来た戯言でしかないと。
しかしソローが読んで欲しいと思う対象は、そういう連中ではない!
まあ、そういう穿った理屈はやめておこう。
都会生活につかれ田舎の生活に憧れている自然派にっとは、
桃源郷のような生活と思えるのだろう。

     ーー
    ーまずは、印象的なところを抜粋してみるー

   「私が森へ来たのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、
    人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、
    死ぬときになって、自分が生きていなかったことを発見するようになりたくなかった。
    人生とはいえないような人生は生きたくなかった。
    生きるということはそんなにもたいせつなのだから。
    深く生きて生の精髄を吸出し、もしそれがつまらなかったら、それをつきとめて、
    そのつまらなさを世の人々に伝えよう。それがつまらないものであったら、
    それを身をもって味わい、その真相を報告できるようにしたい」
                    (上巻162-164頁)


「われわれは存在するように見えるものを、存在するものと思いこんでいる。
 ・・永遠の時間には、確かに真実で崇高なものがある。
けれども、そうした時間や場所や機会はすべて、いま、ここにあるのだ。
 ・・・『自然』そのものと同じように、一日を思慮深くすごそうではないか。
 ・・・一日を精一杯、楽しく生きようと心にきめて。
 ・・・生であろうと死であろうと、われわれが求めるものは実在だけである。」
                    (上巻172-176頁)

    「春の到来は、『混沌(カオス)』からの『宇宙』の創造であり、
    『黄金時代』の到来であるかのように感じられる。」
    (下巻256頁)


私は私の実験によって少なくともこういうことを学んだ。
「もし人が、みずからの夢の方向に自信をもって進み、
頭に思い描いたとおりの人生を生きようとつとめるならば、
ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる、ということだ。
そのひとは、あるものは捨ててかえりみなくなり、目に見えない境界線を乗り越える
ようになるだろう。新しい、普遍的でより自由な法則が、自分のまわりと内部とに
しっかりとうち立てられるだろう。・・・
   生活を単純にするにしたがって、宇宙の法則も複雑でなくなり、孤独は孤独でなく、
   貧しさは貧しさでなくなる。・・・・
   君の生活がいかに見劣りのするものであろうとも、それにまともにぶつかり、
   それを行きよ。それを避けたり、けなしたりするな。それは君自身ほど悪くは無い。
それは君が最も富んでいるとき、最も貧弱に見える。
あら捜し屋は天国でもあら捜しをするだろう。貧しくとも、君の生活を愛したまえ。
賢人らしく、菜園の野菜のように君の貧しさを耕せ。
衣服でも友人でも新しきものを手に入れようと焦るな。
古いものに目をむけ、古いものに戻るがいい。事物は変わらない。
我われが変わるのである。君の服を売り払い、君の思想をとっておきたまえ。」
 (下巻276頁)
    ーーー

    ソローにとって、「自然」と向き合うということは、
    「自己」を見つめることでもあり、人生の探究は、遠い幻想的なものでもなく、
   「いま、ここ(現在)」の世界で「自己」を実現させることにある。
    彼の「実在」は、現在の生活そのものの中にある。
    森での生活は、彼の、それまでの日常生活の狭い限界を乗り越え出て、
   「自己」を解放させ、楽しみながらの労働によって生計を立てる営みが、
    心からの喜びに充たされる生き方であるかどうかの実験であった、と言えよう。

彼にとって「生きること」は、「哲学すること」である。
自分の、一度しかない人生を真剣に考え、その考えに自信を持って従い、
幻想から抜け出し、いかなる現実をも直視し、ありのままに生きることが、
彼自身の人生をより良く生きるあり方であり、森での生活を通して、
さらに確信を得た生き方の方法であった。

  
   「ところで、インディアンが、この文章を見たら何と思うだろうか?
    日本の地方に住んでいる人でもよい。
    東洋には、老荘思想があるじゃないか。
    二年余りのお遊び?でしかなかったともいえないかい。
    しかし、これが理想なのだから、それでよい!
    都会という束縛する反自然があればこそである。」
    
    
  みる人、立場、視点で、同じことでも全く違ってくる。  
  しかし、そうわかっていても彼の言葉は時代を超えて、
  心に突き刺さってくるのはどういうことだろうか?
  次の言葉がよい!
   −−
 私は大部分の時を孤独で過ごすのが健全であるということを知っている。
 最良の人とでもいっしょにいるとやがてうんざりしてくる。
 私はひとりでいるのが好きだ。私は孤独ほど気の合う道ずれを持ったことがない。
 たいていは部屋にいるときよりも外の人々の間にいるときのほうが孤独である。
 考えごとをしている人間、仕事をしている人間は、どこにいようが孤独である。
 
 一度、畑で草取りをしているとき、ちょっとの間、私の肩に雀がとまったことがある。
 私はそのことによって私のおびることのできるどの勲章・肩書きよりも素晴らしい
 名誉を与えられたような気がした。リストはすっかり馴染みになり、時おり、
 それが一番近道のときは私の靴の上を踏んで歩いていった。
 
 ーー
 この本は一読も二読もする必要がある、
 特に都会の人間関係で疲れている人ほど!
 それぞれが自分の行き方をみつけ、
 自分自身になることこそ必要であると、
 彼が魂を込めて伝えたかったことである。
 人まねでなく、自分自身と対話することが、
 自然の教えであるということを!!
 
               (*^○^*)ホンジャ、マタ!
ーーーー
2005年12月17日(土)
1719, 熟年離婚
          おはよう!v(=∩_∩=)v
 
 TVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映していた。
 そのうちの二〜三回しか観ていないが、考えさせられる問題であった。
  作家が悪いのか脚本が悪いのか、離婚理由が希薄で現実離れしていた感があった。

   男の立場からみると、渡哲也役の亭主が気の毒すぎるように思えた。
    停年の日に家族の前で突然離婚を申し立てるのはドラマとはいえ不自然である。
     しかし、最終回(12月8日放送)の視聴率が21・%と、
      同ドラマ9回中で最高を記録、平均視聴率も19・%と、
       この木曜ドラマ枠では過去最高だったという。   
                                 ~~匸Pヽ(・ω・`)
                                    コーヒーデモ…   
        テレ朝が調査会社に依頼したアンケートでも、
         2年後に定年を迎える団塊世代(1都3県、男女各100人)で
        「離婚を考えたことがある」と回答した女性は38%
        (男性23%)だったとか。       
       周囲でも熟年離婚の話をよく聞く。      """(_ _,)/ mou iya
      あと二年すると団塊の世代が定年をむかえ、
     それまでの離婚待機組(退職金と年金待ち)が多く控えている。
   知人で離婚をした人をみると、女性の自立は困難を極めている。
   一人、老後を生き抜くのは並大抵ではない。
                               (--;) (-o-;)
  インターネットで調べてみたら、
 同居期間25年以上の熟年夫婦の離婚は、ここ10年で2倍以上に増え、
同居期間30年以上に限ってみると3倍近くになるという。
この増え方は、離婚全体の増加率の2倍にもなり、
 しかも、そのほとんどが妻からの申し立てによるものという。
  何か解るような気がする。
   相手の話をよく聴こうとしない人種があまりにも多い。

 以下はスポニチのネット記事のコピーである。
 ーーー
「熟年離婚」共感呼んで20%超
 テレビ朝日のドラマ「熟年離婚」(木曜後9・00)の平均視聴率が、
  10日放送の第5話で20・3%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録し、
   番組開始以来初めて20%の大台を超えた。
    世代・性別ごとの視聴率では
     50歳以上の女性が24・3%で他世代を大きく引き離し、
      50歳以上の男性がこれに続く。
      最近の連続ドラマにはない現象で、
     好調の背景には「団塊の世代」の離婚危機があるようだ。

    辺見マリ(55)、横内正(64)と堀越陽子さん(54)夫妻、
    小西博之(46)…。
   芸能界でも中高年の離婚問題が相次いで発覚する中、
  熟年世代のハートをわしづかみにしているのが
 渡哲也(63)主演の「熟年離婚」だ。

仕事一筋に生きてきた幸太郎(渡)が60歳の定年退職を迎えた日、
35年間連れ添った妻・洋子(松坂慶子)に
「自立して第2の人生を歩みたい」と離婚を宣言されて物語はスタート。
  平均視聴率は第1話から18・7%と、同時間帯の他番組を圧倒。
   第5話までほぼ右肩上がりで、50歳以上の女性の平均視聴率は
    常に20%を超えている。
                             sayonara!
                             o┐ペコリ
      これまで連ドラを見ていなかった層が飛びついた格好だ。
      番組ホームページにはこの世代を中心に書き込みが多く寄せられ、
      14日現在で約500件。
     「私も下の娘が大学を卒業したら離婚します」
     など生々しい内容が目立ち、
    テレビ朝日も「これほどの反響があるとは思っていなかった」
   (大川武宏プロデューサー)
  と驚きを隠せない。               (。ロ。)おぉ魂消た!

07年に団塊の世代の一斉退職が始まり、熟年夫婦は退職金を手にする。
 同年4月以降に離婚する夫婦は厚生年金の報酬比例部分を最大半分に分割可能。
  このため、専業主婦でも離婚がしやすくなり
  「人ごとではない」との感情がこの世代をテレビの前に座らせているようだ。

   その現象には、ライバル局の村上光一フジテレビ社長も定例会見で
   「熟年離婚の視聴率に、うちのドラマ担当者はショックを受けていた」
    と話すほど。
     多くの放送関係者が
     「今後、団塊の世代を狙った作品は増える」と話す。

     エプロンを着けて台所に立つなど、
    渡がこれまでにない役柄を演じていることも人気の秘密。
   20%超えを果たした第5話では洋子の用意した離婚届についに判を押し、
  視聴者をハラハラさせた。
 大川プロデューサーは「決して離婚を推奨しているドラマではない」と説明。
ラストについては「ハッピーエンドにしたい。
熟年世代のハッピーエンドとは何なのか、模索中」と話した。
  [ 2005年11月15日付 紙面記事 ]

性格の合わないのはどうしようもないのか? (;-_-;) ワカレマショ! (-。-;)
「サロン・コーナー」に離婚経験者の書き込みのあるHPを貼り付けてあります。 
 http://www.kingdom.or.jp/nanchie/html/00/10_13.html
 
 ・・・・・・・
 2004年12月17日(金)
 1354, 私の宝物

「私にとっての宝物」とは何だろうと考えてみた。
これだけはというものはないが、秘境旅行のアルバムと、
その先々で買ってきた小さな置物人形と、
その都度社内報と随想日記に書いてきた旅行記である。
底は浅いが。

旅行だけは私として、金とエネルギーを使ってきた。
いま全額のお金と、旅行のどちらを取るかといえば旅行経験である。
そうすると旅行経験と、それにともなう写真と人形と旅行記が
「私にとっての宝物」ということになる。
37〜8年のスパンの、わずかなライフワークである。

現在、23歳の頃の日記を書きうつしているが、
その時、初めてで最期の手紙を両親に書いていた。
転勤で通帳からお金が引き出せないで、手元のお金がゼロになって
住所の移動の知らせと、お金の無心をしていた。
母親が死んだ時に寝室を整理していて、その時の手紙が出てきた。
「子供の思う心と親心の差」を、その時おもい知った。
両親にとっての宝物?だったのだ。

現在の私の宝物といえば、「この随想日記」である。
何せ一日3時間近くのエネルギーが、この文章に時間を入っている。
1350×3時間=4千時間の圧縮である。

それと秘境の旅行先で買ってきた小さな土産人形だ。
500円から5000円位の土産物屋から買ってきた置物だ。
会社のサイドボードと、自宅の棚に置いてある。
地震で全て壊れても、おそらく惜しくは思わない代物である。
しかし、それがある限りモノとして残っている思い出の塊の
宝物である。

・・・・・・・・・・
2003年12月17日(水)
987,新潟駅周辺整備計画

先日の新聞に「駅前周辺整備計画」が少し延びそうになってきた。
といって、半年から一年だろう。
自社のホテルの4棟のうち2棟が、この整備計画の道路拡張に引っかかる。
10年か20年後には道路に変っているのだ。

2〜3年前に「駅前周辺整備計画」説明会があった時に、
むしろ当社にとってプラスであると感じた。
丁度設備の老朽化の建て替え時期になっていることと、分散をしている棟を
一ヶ所に集めることができる。
恐らく新潟駅の現在の線路の何処かの代換地になるだろう。
その時は私は引退しているが、10年20年先の事業のデザインを考えて
判断をしなくてはならない。

大手ゼネコンの営業部長の話によると「駅周辺の再開発の買収」
 は、焼け太りになるのが過去の通例だという。
  具体的な内容が出てくるのは着工後の数年後の話だが、少なくとも
   地価の下げ止まりになる。そのためか駅周辺の買いの話が多くなってきている。
    最近知ったことだが、買収は手付金がミソという。
     これが確実な買収の裏付けの内容になるからだ。

実際に工事が始まれば、雰囲気が一変をすることは間違いはない。
 そして具体的な話が飛び交うだろう。
  その意味で一日でも早く着工をしてもらいたい。
   新潟も他県同様に景気は最悪である。今ふうに言えば‘寒ぶー’である。
    いま新潟で残されているプロジェクトは、この再開発だけであるといってよい。
    その駅周辺で事業をしているだけで恵まれているのだが?
      いずれにしても面白くなってきている。

・・・・・・・・・
2002年12月17日(火)

613,爆笑再開発
 -新潟駅前ビル再開発

以前再開発の愚をこの随想日記に書いたが、その馬鹿世界が
新潟駅前ビル再開発の完成で顕になってきた。
見物?にいった人はご存知だが、爆笑の世界の哀れな世界だ。

この雑居ビルのバラバラの世界に県が20億も出した??
気違い世界というより爆笑の漫才の世界である。

彼らー雑居ビルのオーナーは全然理に合っているが、
その為に醜悪の再開発の姿がより露出している。
今の日本の醜悪の姿の集約として露現しているから情けない。

東横インの契約書をみて驚いた。
理に合っているように見えるが、これからの時代に負担が
5〜6年後にくるのが見え見えである。

何処かが買ってくれるだろうか??あれをーあの会社を!
面白いものだ、それが見えるのが。

その二段目がもっとひどいあの万代島再開発が来年控えている。
日本はますます劣化をしていく!その典型だ。
駅南再開発のあの失敗の様を懲りずに、さらに金のはきすてをしている。
大恐慌に転げ落ちていく典型をみせている。

私が言っていることが極端に聞こえるとしたら、何も知らない
崩壊した審査部門を抱えている地銀以下のレベルだ。
そのレベルが県のお墨付きで資金を出しているのだろうが。
日本は確実に崩壊に進んでいる。

・・・・・・・ 
2001年12月17日(月)
272,人生は問題解決のプロセス

ー小説・脚本の創り方と人生ー

ジェームス三木の「脚本の創り方」という講演を10年前に経営セミナーで聴いた。
「藍より青く」を創ったエピソードである。朝の8時15分の連続TV 小説の時間の
身近にあるもの考えた。
「醤油と魚」である。醤油やと網元の対立に恋愛をかませる。それから「藍より青」
ができた。
その子女、子息の恋愛に対して、困難という山を次々と置き、それを
主役が解決していくプロセスをドラマとして筋を付けていく。

「へー、どうということないんだ!自分でも創れる!」ということを思い出した。
主役とは「問題解決人」だ。
水戸黄門もそうだ、勧善懲悪だから解かり易い。

人生も考えてみれば、問題解決のプロセスだ。そして一山二山越えていく事だ。
自分がその主役である。その意味で[みんなが大将!」である。

自作自演の舞台劇である。しかしそれをまた間接的に操っている存在に気づく事が
ある。どうにもならない運命という奴である。それを神という存在で解決しようと
いうのが宗教であろう。

いづれにしても問題は派生する。そういうものだと割り切ってしまえばいい!
「その問題はその時のその人に、ピッタリの内容」と思えば諦めがつく!

その時私のおまじないは以前も書いたように「正中心一点無」だ。
問題から逃げないで、その中心から目をそらさない事だ。
それが出来ないのが人間だが。

・・・・・・・
ある時間の断片
12月17日 1968年

 朝11時起床。
12時に一年先輩の佐々木さんに、クリスマスで20時以後の
女性の寮立ち入りについて相談される。
私に対して軽んじている風がありありであった。
その時に蒲生にもう20時以降の禁止はもう時効と面と言われた。
生意気な奴だが、2年も下なので相手にもできない。

 一度池袋に行き、学校に立ち寄って、駅で28日の帰省バスの切符を買う。
その後、千葉の検見川の姉の優子さん宅に向かう。
17時に着く。
 押しかけで悪かったが、家庭内が落ち着いた感じがした。

22時からよく2時まで卒論に集中できた。


2083, 哲学者がローマ法王の奇跡を切り捨てると!

2006年12月16日(土)

    
才八∋ウ_〆(∀`●)
   知ることよりも考えること−  柴表馥記
              
週刊新潮の連載コラムを集めたため、身辺の話題が解いやすい内容である。
先年亡くなったローマ法王のヨハネ・パウロ兇髻慇賛諭戮箸靴毒定するかどうかの
審査会議などの低?次元の話題や、最近TVなどに出てくる胡散臭い江原啓之とかいう
男の超常現象?について、哲学者の視点から言及している。
どれをみても理路整然と、その矛盾をストレートに切り捨てているところが痛快である。。

   「あたりまえのことばかり」「人生のほんとう」に続いてこの本を読んで、
    あまりに面白いので、さらにアマゾンで中古本だが「14歳からの哲学」と
   「41歳からの哲学」を買って、読んだ。
    第四章ー54項目の構成だが、ランダムに面白そうなところから選んで
    要点の場所を抜粋しながら考えてみよう。

    まずは次元の低い「教皇の聖人の認定か否か」の問題である。
    アホくさいが、まあ著者・池田の真骨頂が現れていて面白い!
   「秋刀魚の骨も信心から」と思って読めば、これもよい。
 
ー奇跡大好きー

新ローマ法王の選出選挙、コンクラーベの政治性も凄かったが、
これも凄い話である。何でも、この[聖人]とは、カトリック教会の最高位で、
死後これに認定されるためには、厳しい審査がある。
[聖人]よりワンランク下の「福者」として、先般マザーテレサが承認されたが、
法王といえ、これらの位にはなかなか昇格できないという。
神の前に平等のはずの宗教界でも、階級化が[死んだ跡]にもついて回るのである。
生きているうちに政治的な動きをしていたのだろうか?

    が、凄いと思ったことは、その資格認定とされるものだ。
    必須とされているのが、「聖人」の場合でも二回以上、「福者」でも一回の
    奇跡をおこしていなければならない。
   [奇跡]の定義が、[科学的に説明不能」であること、それを審査するために、
    バチカンにも専門の科学者がいる。そこで、説明不可能といわれたものが、
   [本物]の奇跡であるか否か、高僧達が判断を下すそうだ。

私はある種感嘆をおぼえた。科学的に不可能であるということが、
「すなわち」価値である世界があるとは、盲点を突かれる思いであった。
彼らが[奇跡]を価値とするのは、イエス・キリストが病人を癒したとか、
死人を生き返らせたとか、聖書に記載されているからだろう。
それで、そういう[奇跡的]力を有する人が宗教的に優れた人ということになるのだろう。

   しかし、当のキリストは、この世の命を命と思うな、
現世の価値に執着するなと、繰り返して説いている。
永遠なるものは、その価値は、あなたたち自身の内にあると。
   宗教の本質とは、現世的価値に対して永遠的価値を提示するところに
   あるのではなかろうか。

癒しや復活など現世的としての奇跡的出来事は、宗教の本来無関係のはずである。
ゆえに、宗教が奇跡それ自体を価値とするなら、すでに話は転倒している。
宗教など、早い話が、永遠のふりをしたしょせんは現世利益じゃないかと言われても、
仕方がないのである。
だいいち、科学により説明不可能ということが、なんで奇跡ということなのか。
逆に、科学により説明可能なら、奇跡は奇跡でなくなるというのか。
ここに根本的な勘違いがある。

    科学というのは、そのとおり、説明のための一方法である。
    何を説明するかといえば、言うまでもなく、自然である。
    自然の奇跡である。花が咲くこと、陽が昇ること、この宇宙が
    このように存在することの奇跡である。ゆえに、科学がいかに説明しても、
    このこと自体の奇跡が、軌跡でなくなるわけではないのである。
    逆に、このこと自体の奇跡はいかにしても説明不可能だからこそ、人は、
    [神]という発想をもったはずなのである。

したがって、科学により説明不可能なことのみを奇跡とするような宗教は、
科学の優位に立っているいるつもりで、じつは科学に従属しているのである。
神の奇跡なんぞ、本当に感じているわけではないのである。
そういう人々が、現世利益、現世的ヒエラルキーの追求にかまけることになる。
本当に宗教的な人、本当に神の奇跡を感じている人は何もかも奇跡的なことのはずだが。
だから、とりたてて何かだけ奇跡的だ、価値なのだと、騒ぎ立てるはずがない。
  ーーー
以上であるが、[ゴッドファーザー]に教皇を暗殺する場面が出てくるが、
教皇といえ、あの程度の男でしかない?という裏面を辛辣に表現していた。
「奇跡」の云々を信者が求めているのなら、それを演じて見せるのも
必要であるということか。*** Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪
               (~Q~;) ネム〜〜
・・・・・・・・・
2005年12月16日(金)
1718, お金の現実          
 オハ ☆:*:・★(o≧□≦)o☆・*:..。o○☆*゚
       ヨオオオオォォォーーー!!       
          −読書日記  岡本 吏郎著            
             ma!~~匸Pヽ(・ω・`)コーヒーデモ
これまで著者の本は二冊読んでいるが、
 ・中小企業を経営しているなら、一億の現金を個人名義で持ちなさい。
  ・ヤップ島のフェイという石で出来たお金の話
   以外、さしたる記憶が残っていない。
    今年の4月に新らしく刊行されて本屋で見たが買う気にならなかった。
     ところが先日図書館で見つけて読んだところ、なかなか面白い。

 ほとんどのポイントが最後の章の
  第五章・この本の結論(お金という冒険)に集約されていた。
    それを更に私流に要約すると、

お金の語源から、その意味するところは
「測定」 「警告」  「狂気」  (´д`ノ)ノ
「生け贄」「循環」 というキーワードである。
「測定」は、対象の価値を測定するもの
 「警告」は、お金からの警告である。
    儲からなくなってきたのは、お金から事業に対する警告である。
  「狂気」は、成功している人は必ず狂気を含んでいる。
    パラノイア(偏執狂)とか、変人である。
     それが無くなったとき、平凡な経営者に落ち込んでいる。 
   「生け贄」は、何かことを成すときは、必ず犠牲が必要である。
      それは私生活であったり、普通の人の生活の犠牲であったり。
    「循環」は、お金は循環してこそ、お金の本領が発揮できる。
      お金の概念として一番重要な意味といってよい。
       箪笥預金は、お金として一番意味も無いし、
本領を発揮しない。
        我われが情報を買っているのは、
         お金で時間を買っていると同じことである。
   ( )     
     ‖┓  ((  
    (_)  匚P  
    ━┻      ♪〜♪〜
 ーさらにポイントをあげるとー
 
   1.知識労働が主体の社会へ移行し、より所得格差が発生しやすい社会になる、
   2.長寿化が同時進行しているので、より長く働く社会になる
    という2点から、逆算してお金を生み出す法則を述べている。   
      その一つは、安田善治郎(安田財閥の創立者)や
       本多静六(巨額の財産を築いた農林学者)
が実行した地道な貯蓄方法で、自分の所得の何割かを
        決めて、貯金することである。
         安田善治郎氏は実に収入の9割を貯蓄し、
         本多静六氏は名目収入の4割を貯蓄に回している。
           その結果、安田善治郎氏は安田財閥をうちたて、
   もう一方の本多静六氏は現在の価値で数百億もの資産を作った。
           この地道な方法は時間を味方にする方法である。
          
 特定の分野に集中すれば、かなりのスキルや能力を身につけることが出来る。
  それを狙う方法は、自分の好きなことに集中すること。
   長い目で見ると、好きなことを長時間すると圧倒的なスキル・能力を
    身につけることが出来る。
 著者は、十年間を特定のスキル・能力に投資すると十年を超える時に、
  大きな見返りを得ることが出来ると主張。
   その長期的な目論見を妨げるのが、目先の金銭的な成功になる。
    甲野善紀氏の言葉
    「小成は大成を阻む最大の要因」を引用して、説明している。
                        キャーq(|`驚´;;*)     
      また節約の大切さを述べている。
      細かな節約ではなく、大きなレベルの節約の方針をたてる。
  
  まず、特定の分野の出費を減らすと良い項目に、
   家、車、旅行、外食、保険の五つを見直した方がいいと指摘している。
                       (>ε<)
   世の中の価値観を疑い
    本当に欲しいのかを問いかけることの大切さ
     を説いている。
   例えば、住む場所や肩書などのステータスなどを根本から問い直すことを。
                       (。・ω・)ノ゙バイ!    
・・・・・・・・
2004年12月16日(木)
1353, おれおれ詐欺ー2

お笑い学芸会ー可愛い演技
「おれおれ詐欺ー振り込め詐欺」

4〜5日前に自宅に「面白い電話=俺俺詐欺」と思われる電話があった。
「土地を買いたいという人がいるが、業者ではないが売る気があるのか」とか。
 これ、土地の売買のプロからいうと、とんでもないことである。
  素人の騙しか、玄人の人をバカにした内容である。
   それも、旦那がいない時間に自宅に電話をするのは、
    詐欺以前の軽蔑の電話である。
     宅建業法違反ということも解かってない程度の低い俺俺詐欺レベル。
      第三者の仲介は業者以外してはならないのだ。

      家内は、「そういう話は文章でいってほしい」といったという。
     その文章が昨日封筒できた。
    ワクワクしながら開けてみると、チャンとした会社のふりをした??株式会社とか
   いう会社名であった。
  インターネットで調べると、一生懸命に詐欺のためつくりあげたHPであったが、
 よく内容を見ると実体のない会社ということが、見え見えである。
実在している会社のグループのように見せているが、よく調べると違っている。

早速、電話をかけると?と思われる若い男が出てきた。
 無言できったが、それにしてもここまでやるかである。

  そこで、イエローページで調べるとそんな電話番号がない。
   電話番号(携帯でない)も、おそらく新潟で詐欺をするために直近につくったのか?
    名刺はつくったばかりのペラペラの即席もの、
     封筒も作ったばかりの見るからに詐欺用。
      手の込んだ、振り込め??か、近所?の事情をよく知ったものと組だ??!
      程度の低い??である。
     何処かのインターネットカフェで一生懸命につくったのだろ?
    不動産の売りのオーナーを片っ端から電話をしているのだろう。

   まあ、こういう時代なのだろう。でも不可思議な面が多い。
  その辺のチンピラ暴力団員か、流しの詐欺が必死に考えた新手の詐欺レベルである。

 面白いことに、去年の今日「おれおれ詐欺」を書いていた。
 不思議といえば不思議である。

 毎日、面白いことは続く。

ーもしかしたら、私の思いすぎかもしれないが、
   その方がもっと面白い。
ーー
2004/09/03
1249, これこれ詐欺

一昨日、我家にも俺俺詐欺の電話が来た。
たまたま、銀行でお金をおろそうと銀行の自動キャッシャーの画面を見たところ、
「俺俺詐欺に気おつけてください」という画面を見た、その日であった。

家内が電話に出ると、小さな男の声で
「事故をおこしてしまった!」という。
友人から同じような電話があったと聞いていて、詐欺と直感したので、
「あら、あら、あら〜」と答えたら、直ぐに電話が切れたという。
電話をする方は名簿を片手に電話をしているのだろうが、ここまで日常的になって
いるとは驚きである。

バブル期の證券会社も詐欺会社そのもので、「これこれ詐欺」だ。
自分の安く仕入れた銘柄を「これこれ」と言って、ゴミとしょうする素人に
高く売り抜ける集団詐欺をしていた。
いや、今もしているか?!

天下?の野村證券が先頭になってやっていたのだから、それも自民党と組んで
いたのだから悪質を超えていた。

今でも、週に数回は商品取引の会社から電話がかかる。
彼等からみれば素人は赤子を捻るほど可愛い詐欺対象である。

他人事ではない、あるファーストフードのFCに引っかかり、あわや数億の
投資をしようとしてしまった。
その社長は元トヨタ商事の社員、説明会は巧妙な言葉で勧誘する。
自己責任とはいうが、世の中も甘くはない。

特に情報化の時代、何が真実で何が虚実かの目を持ってないと
全てを失う可能性が高い恐ろしい時代だ。

・・・・・・・
2003年12月16日(火)
986, おれおれ詐欺

 今年に入って既に1000件以上も、この手の詐欺がおきているという。
「おれおれ詐欺」のネタも徐々に増えつつあるという。
 最近は女による「わたしわたし詐欺」も出始めているとか。

・「交通事故を起こしてヤクザから高額な賠償を請求された」とか、
・「保険屋を通さずに示談で済ませたいから」という交通事故の発生を 
 騙ったものが大半だった。
 しかし、ここにきて
・「知人の女性を妊娠させた」
・「悪徳金融の借金取りに追われている」
・「催眠商法に引っかかった」
 など、新手が出てきているという。
 
 朝方で、だいたい40万円位が騙されやすいという。

 事件の発生が広く報道されることで現金を振り込んでしまうことは
減少しつつあるというが、報道された内容から犯人側が手口を巧妙化させたり、
失敗しないように方策を取っているという。

 ところで、そう簡単に騙されるものだろうか。
やはり巧妙なテクニックが多いのだろう。

実際に彼等の手口は以下が多いという。
 まずは
1、電話で無作為で「おれおれ」といって、片っぱしに電話をする。
 そこで、「息子か孫の名前をいう相手」をさがす。
 毎週のように電話が来る「商品取引」の会社や、「高利貸し」の会社の
 電話作戦の手法と同じである。
2、そこで子供か孫の個人名をいってしまった相手に対して、
 先ほどの理由で架空の口座に金を振り込むように言う。
 確率の問題である。
 詐欺師は確率の世界である。
 但し一歩間違えば逮捕をされる、全く割りに合わない仕事である。
3、もっと手が込んだ手法なら、「ウイークリーマンションかホテルに
 いることにして現金書留を遅らせる」
 私でも考えられるのだから、多く使われているだろう。
 
 そういえば20年前に、詐欺に一度会社で引っかかった事があった。
電電公社の子会社を名乗った電話帳の広告料の振込み詐欺である。
確か10万か20万であった。
それも事件が新聞に載ってから初めて気が付いた。
「おかしいな?」と思ったが、・・・この話は止めておこう。
 
・・・・・・・・
2002年12月16日(月)
612,ある時間の断片-26
10月27日1968年  土曜日
夕方6時に、欧州旅行のハレンチ会が集合。
池袋の「嵯峨」に集合。
川崎と隣で話す。彼は私のことをよく解かってくれる。
欧州旅行中に私のことを一番理解してくれた。
でもいい加減な自分を感じてもいるようだ。
今後とも彼のような男と巡り会えないだろう。
20時に高木が来る。
これで我々の仲間の6人中5人が集合した。
「パブ・エリート」へ飲みに行く。最後の一人の酒匂も来る。
全員集まった。個人主義の塊のような男が5人目の前にいる。
それだけ見ているだけで楽しい。

その後、目黒の高木の行きつけのバーに0時半まで飲む。
本当にこの会をやってよかった。
その後食事をして、2時頃に寮に深井と酒向がくる。
30分で酒向は帰る。
私は隣の留守の佐々木さんの部屋で寝る。
このところ毎日刺激が強い酒だ。

 10月28日1968年   日曜日
10時起床。深井とオリンピックの閉会式を見る。
13時に新橋の深井の家に行く。15時まで彼の家で過ごす。
その後に深井の車で久々に江ノ島に行く。
第三京浜も久々だ。
夕日の富士が絶景だ。
こんな夕景の富士は初めてだ。
合気道の合宿で富士吉田のそれよりもよいように見えた。
右に真っ赤な夕日、左に江ノ島。
秋の夕べの海岸はよい。
一生の思い出だ。
帰って、夜半の3時まで卒論の勉強をする。

・・・・・・・・
2001年12月16日(日)
271,今年の驚愕?

毎年驚愕することが多い! 
 ー驚きーでは言葉が足りないので「驚愕」にした
  
 ー今年は以下五つー
1、アメリカのテロ
  あえて書いても仕方がない!
2、ホームページ作りからみたパソコンとインターネットの世界!
3、イチローのアメリカでの活躍!
4、不況感!
5、ソニーの36インチのハイビジョンTV
  1年見続けての実感として凄い!
ー実感としてこの五つは、今までの常識を超えていた。
やはり21世紀の景色である。
旅行には例年感じる驚愕は少なかった。

・それでは去年は如何であったか?「シルクロード」「シリア・ヨルダン・
 レバノンの旅」!「オーロラ!」
 どちらが凄い?と聞かれてばもちろん、迷わず去年?
・ 一昨年はもちろん驚愕!「ヌ〜の河渡り!」そして「イスラエル」と
 「ネパール!」・・・・・!

・3年前は「スペインのパンプローナの牛追い祭り」と「インド」と
「イスラエル」凄いショック!

・4年前、「ギアナ高地」と「タンザニア」・・・・!
 
と比べることが、おかしいといえばおかしいが。
何だ旅行の自慢か!いや、違う!
「うん〜」「そう〜か!ちゃんとバランスがとれているのか?」
それにしても21世紀とはこういうことだったのか!  
 ・・・・・・
 ある時間の断片 
 12月16日ー月曜日1968年

10時起床。
卒論のテーマの変更のため登校する。
武沢教授に会うことができた。
10分位で用件が終わる。
食事をして帰寮するが、急に眠くなる。

今日は、姉の優子さんのところ行く予定であったが
17時過ぎまで寝込んでしまう。
駒村君の部屋に行き、彼と食事に出る。
食堂のTVでゴーゴーをやっている。
見ていたら、二人で顔を合わせて行こうという話になる。
着替えて、そのまま新宿へ行く。23時近くまで2時間も踊る。
 その後、スタンドバーに入り飲む。
もう寮では私のあとの見えない勢力争いがおき始めているいう。
初めて解ったことだ。彼とブーちゃんと尾形君だという。
40分近くも歩いて帰ってくる。
南波嬢の件を言いだす。
私がイビッテイルという。
別にそうしている訳ではないが、そうなら気をつけないと。

最近は石川や深井や米林につぎ彼女のことを、イビッテしまったのか。
この前の軽井沢で生意気そうだったので、少し意識をして無視をしただけだ。
まだ以前に軽井沢の「愛の散歩道」を二時間おデート散歩した気持ちの
余韻が残っていることか。
可愛いが、あまり身近すぎて面倒だ。


2082, ワーキングプア

2006年12月15日(金)

              (~Q~;) おはよう〜〜
                ファ〜
    12月10日(日)にNHKで総合テレビで放映された
    「ワーキングプア供廖偲慘呂垢譴佝瓦噂个擦泙垢 ー
    がシビアで、深く考えさせられる内容であった。
    今年の7月に放送したのを見て、肌で感じていた厳しさを
    全国の事例として目の当たりにみせられ衝撃的であったが、
    その続編である。
 まずは、
ーNHKのHPより抜粋したものであるー

 『働いても働いても豊かになれない…』。
今年7月に放送したNHKスペシャル「ワーキングプア」は、
生活保護水準以下の暮らししかできない“働く貧困層”の厳しい現実を見つめ
大きな反響を呼んだ。NHKに届いたメールやファックスをもとに、
今回、ワーキングプアのさらなる実態を取材。「第2弾」である。

    この10年の雇用環境激変の影響を、最も大きく受けた女性たち。
    その窮状を訴える声が数多く寄せられた。
    雇用が回復した今も「正社員」は依然として狭き門で、
    複数の派遣やパートの仕事を掛け持ちしても、
    生活ギリギリの給料しか得られない女性が急増している。

 一方、中小零細企業の経営者からは、『景気回復など実感できない』
という声が相次いだ。海外との激しい価格競争の渦に巻き込まれ、
廃業に追い込まれる企業が続出。地域全体が地盤沈下するところも出ている。
再チャレンジしようにも、衰退した地域の中では、なかなか新しい仕事を
見つけることはできない。
 
    さらに老後への不安も高まっている。
    医療費などの負担が増え、年金だけでは暮らせず、
    70歳を過ぎても清掃や廃品回収の仕事を続けるお年寄りも数多い。
    なぜ真面目にコツコツ生きてきた人たちが報われないのか。
    どうすればワーキングプアの問題を解決することができるのか。
    一人一人が抱える現実を直視し、社会のあるべき姿を

 ーー

師走の日曜日のゴールデンタイムに、これだけシビアの内容を放送したNHK。
ワーキングプアのギリギリの状態を知らしめたかったのだろう。
1980年頃に5年ほど、実家の衣料量販店を任されていた時に、
岐阜駅前にある衣料メーカーの出店と問屋が立ち並ぶ街に隔月ごとに通っていた。
そこには、7〜800軒ほどの店が所狭しと並んで全国からの小売店の商店主や
バイヤーが仕入れに集まっていた。 

    その街が中国製品の影響と不景気のため、
    殆んどの店がシャッターを閉めている映像と、
    そこの窮状のレポートがあった。
    何か裏悲しい時代の変遷があまりに衝撃的であった。
    どこの地方都市にも見られるダウンタウンの姿だが。
    丁度よい時期に?手を引き転進したものだ。

それにしても逮捕された福島や和歌山の県知事の
成金大名といった風体と対照的だが。
これはここのテーマではないから、これ以上言及しないが・・・

    地方経済は土砂降りがつづき、首都圏のような景気回復はみられない。
    耳に入ってくるのは、スナック・飲食店の主人の自殺や、
    地元企業の倒産などの話ばかり、これが地方の現状といってよい。
    
さらに談合の取締りが一段と厳しくなり、
建設業者の淘汰が来年から本格的に始まる。
2007年は団塊の世代の退職が始まる上に、
東京の大型ビルが完成ラッシュで、不動産バブルのはじける年である。
    
    それで、どうした!
    悲観的に考えることもない、
    日本は不況を脱して本格的な立ち直る年!
    何とかなっていくだろう・・・
    変化を受け入れさえすればだが。    
 ホンジャ(*^ワ^*)i バイバイ
 
 ・・・・・・・・・
2005年12月15日(木)
1717, 戦略ノート ー2
          オッハー☆_φ(´∀`    
以下が具体的な
「戦略ノート」である。
  夢実現のための具体的な技術編である。
   何ごとも、実際に文章化をして一つずつ実行すればよいが、
    誰も実行しようとしない。
  −−            ma nomete ~~旦⊂(・∀・ )
                         ~~旦_(-ω-`。) ドモドモ
1、自分の夢を書く
 しかも締め切り入りで
 2、今の自分の資源を洗い出す
  a)夢を実現するためにどれだけのことをしなければならないのか、
   そしてそのために全身全霊で打ち込む決意があることを確認する
   声明文を具体的に書きなさい
   b)夢の実現に役立つ自分の強みを三つ書きなさい
    1
    2
    3
    c)夢の実現を拒むもので自分の力でなんとかできるものを三つ書きなさい
     d)夢の実現のために払うべき代償はなにか?
      ◇金銭
      ◇時間
      ◇人間関係
      ◇現在の仕事・キャリア
      ◇安楽な生活
      ◇その他
     3、夢、実現への理念を書く
       自分の夢が明確になったら、
       実現へ向けての理念を書く
       自分の価値観と信念に根ざしたもの
      4、成功への旅の進行度をたずさえてチェックする
        成功の目安となる具体的な目標を設定する

 −−−−       φ(・ω・〃) ♪
 ー他に、この本のポイントを書き出すと

  *人生の質を高めるなら自分自身を高めるしかない
   *いつか、そのうちなんて日はない
    ・今日この日に手をつける習慣をつける
     ・今日の成長は明日のための投資
      ・自己成長は自分の責任で行う   
       ・今日の成功は明日の敵   ねむ!(ρ_-)
        ・時間不足などいくらでも埋め合わせができる
         ・人生の核となる軸に時間とエネルギーを集中させよう

         ・一日一時間、週5日法でその道のエキスパートに。
        ・捨てるものを厳選しろ
       ・せっかくの知識を持ち腐れするな
      ・どこで使えるか
       いつ使えるか
       誰の役に立つか
       を考えると情報の使い方がうまくなる
     ・成長が加速する環境に身を置く  よっしゃ♪o(>w<)〇゛
    「付き合う相手で自分の価値が決まる 」
   「自力でできることだけに集中する 」
  「成功は失敗と反省の繰り返しによってのみ成される 」
 「得るか失うか交換する ー
  この三つの選択肢で成り立っている 」

  ーこういう人に人が集まるー     σ (=^ε^= ?)’♪ 
 *人は誰しも自分を価値ある人だと思いたい
  自尊心を高め、自信を持たせてあげなさい
  *人は誰しも励まされると頑張れる
   *人は誰しもやる気を持ってうまれてきている。
     やる気を失った原因を克服する手助けをすれば、
      人間は自分からやろうという気持ちになる
       *人はリーダーの地位ではなく人間性に惹かれる
        人は信じられる人についていくものだ
         *人の上に巻いた種はやがて自分の上に咲く
                            (´-ω-` )ゝ
   ーー 
 よほど、純朴でないと、これらは空論にしか思えないものだ。
  しかし、自分のミッション・ステーツメントになる。
   何ごとも判断基準を明確にしておけばよい。  
              d(-。^)good!!
    ・・・・・・・・
 
2004年12月15日(水)
1352, 23歳の日記ー6
6月17日 (2)

今日は休日である。
何かしらない安堵感と、寮で一人いる不安感が複雑な気持である。
何か日ごとに、会社に染まりつつある。それ自体悪いことでないが。
流されている自分が不安である。
自分が目指してきたものが、少女の淡い結婚を夢見ている姿と
どこが違うというのだろう。
その甘さが、今の気持を不安にしているのだ。

それが行動にチグハグが出ているのだ。
流されているという感じも、そのためだろう。
自分の信念に対して、決してたじろいではならないのだ。
歩むことしか、今は許されないのだ。
休むことも必要だ。
といって、休みすぎて、歩くことに躊躇を感じるようになってはだめだ。
登っていることはそれでよいが、しかし断念はしてはならない。

頂上の着くことより、そこへ着こうとしている努力こそ求められなくては
ならないのだ。しかし、登山には登山の準備が必要である。
一つずつ山を登り続けなくてはならないのだ。
現在目指す山は『商道で力をつけることだ』
流通業で、自分の創造力をつけることだ。
しかし、僅か3ヶ月もしないうちに、不安と疑問を持ち始めているのだ。

このこと自体ナンセンスなのではないか?という疑問である。
5月病でしかないのか。自らが燃えないで、どうして光をつくることが
できようか。そのエネルギーがこの程度ということか?
どうしたのだろうか?

 −−−
7月16日  1969年
    22時30分
10日位前に四日市から、神戸の垂水店に来ている。
四日市の検収をしている商品管理部から、室内装飾の売り場に移動後、
やっと慣れたら、2日後に急遽転勤の辞令である。
実際のところ頭が真っ白である。
前知識なしに何人かが合併の先頭として、交流の為に神戸や大阪や
姫路などに転勤である。
まだ日にち4ヶ月も経ってないが、刺激的な日々である。
昨夜は当直、その為か今日の午前中は肉体的極限状態であった。

聞きしに勝る酷い環境で、何か数百年前の江戸時代のような世界である。
日用雑貨の一部を受け持つが、30歳近い「主のような女性」が難物である。
店の女性を仕切っている大ボスである。
まず彼女を自分の監督下におかないと。
乗りこえなくてはならない女の壁だ。

四日市本店は丁度よい時期に転勤かもしれない。
ボロが出る直前だったからだ。
そのためか、良い思い出だけが残った。

特に寝具売り場の大西さん、黒田さん、伊藤さん、名前は忘れたが
エッチャン、伊藤さん、それに梅村さんだ。
それも、四日市のよい思い出になった。
特に最後の夜の思い出は忘れることができない。

ところで今日、アポロ11号の打ち上げがTVで放送されていた。
歴史に残る、素晴らしい光栄に満ちた出来事である。

あと半月後に社員登用試験が控えている。
それには絶対受からなくてはならない。

それにしても、凄いところにきたものだ。
寮が、四日市で同室であった堀田君が一緒というのが救いである。
丁度良い相手が同室になって良かったが、寮生と店の人たちは、
まだまだ、心を開いてはくれないが、彼らも様子見というところだろう。
ーーー

2003年12月15日(月)
985, アパについて

 先日の夜のワイドショーに
アパホテルの女社長がTVで出ていた。
アパ・マンションの社長婦人で、ホテルを任されている人だ。
ホテルにしても、会社の奥さんがTVのワイドショーに出てきた時は
大体が末期の時である。
落ちとして、最後には「わが社のマンションを買ってくれ」
とのコマーシャルで終わった。

 このマンションを請け負った大手ゼネコンの営業部長が
「あそこのマンションだけは買わないほうがよい。10年もしないうちに
ボロボロになるのは必定の設備である」と言うのだから、
これだけ確かなことはない。

 いつ消滅するかどうか分らないマンション分譲メーカーの長期物件を
買う人の無知に大問題がある。無恥を曝け出してTV出演をして
サクセスストーリーを得々と話している姿をみると、
こちらまで恥ずかしくなってくる。
 
 そもそもマンションを買うのは、やめておいた方がよい。
理由は20年〜30年経ったマンションをみればよい。
ほぼゴミ屑同然である。
それすら分らない相手を騙すのだから凄い。

 アパ・マンションに対しては、
・光の部分をみると、
 「三こう」がコンセプトに入っている
 −高(高感覚ー若い人の感覚に合っている)
 ー広(広い面積)
 ー好(値段が見た目から安く好感が持てる)
 これは、今までなかったマンションで若者に支持を受けている。
・影の部分は
 10年、20年経ったときのことはほとんど考えてない?
 ー目に見えない部分の設備などは徹底的のコストカットしてある。
 水漏れなど、時間が経つとトラブルが続出する。
 精神衛生上、マンションは問題になることが多い。

 確かに、メンテや防犯的には合理的に見えるが、
日本におけるマンションの歴史が浅いのが致命的な欠陥である。

・・・・・・・・・
2002年12月15日(日)
 611,ある時間の断片-25
 1968年 10月25日 金曜日

8時前に起床。学校へ向かう。
人事管理で討論をやる。
我々のグループでは予習をいいかげんの割には論議に筋が
通っていた。
授業後、兼子と奥村と食事。
その後、ゼミの同期の連中と食堂で話をする。
その後、欧州旅行仲間の川崎と酒向の下宿に行く。

大学の近くにある。
寮住まいも大変だが、アパートの一人住まいも寂しそうだ。
それぞれあるのだろう。
欧州旅行の仲間の会を日曜日に開くことにする。
そこで連絡の打ち合わせをする。

喫茶店のジョーイに行く。
そこで川村の鈍行というグループが集まっている。
石川と田島もいる。田島と例の件で議論をする。
田島は個性豊かな人間だ。
私の顔がユニークだという。
貶しているのか、褒めているのか。

お前に言われたくないとも言えなし。
13時から武澤ゼミに参加。
指定の本をあまり読まなかったせいか、軽井沢ボケのせいか
まるでついていけない状態だった。
つくづくいやになる。

ゼミ終了後、高木と石川とゼミの3年の二人と飲みに行く。
2軒回った後に、所属している合気道会の主催の
「素晴らしき飛行機野郎」をタッカーホールに見に行く。
21時半に寮に帰ってくる。

新聞を読んでいると、後輩の米林君がくる。
寮の佐藤嬢とのノロケを聞かされる。
別れようが別れまいがどうでもよいだろう。
23時に就寝。

ー反省ーゼミでの論理の曖昧さを実感した。
もっと本を集中して読まないと。批判にしても
プラスマイナスを明確に把握しないと。
その為には、本を4~5回は読まないと。

10月26日 土曜日
朝10時起床。
午後は卒論や音楽を聞いて過ごす。
22時から、先輩の河路さんのオーストリアへ留学の送別会だ。
彼らの仲間のOBが主体でやる。

全く彼等とは上手くいかない。
私の吊るし上げに近い状態だった。
もう少し寮の先輩らしくしろと言っているようだ。
彼等の目で見たらそうかもしれないが、如何しろというのだ。

自分の世界に一人割り切りすぎるというのか。
まとまりのある寮にしろというのは自分が外に行き過ぎている
ことか。
2次会の終了後、市川さんと飲みに行く。
自棄酒で夜半の2時に帰ってくる。
市川さんが気の毒と思ってくれたのか奢ってもらった。
ぼろぼろだ。

・・・・・・・・
2001年12月15日(土)
270,本屋と図書館

“私は書物を人にはすすめない。その人にとって本は買うまでが勝負である。
本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
(第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)

本屋に行くと何ともいえない緊張感がある。そのせいかもしれない。
自分でリサーチをして、そして決断か、情報万引きー立ち読みか、本当の万引きか、
その雰囲気を楽しむか、いろいろあるからだ。

週に二回か、三回行く。その時の時勢が反映しているのが面白い。
最近はネットの「紀伊国屋」や「アマゾン・コム」で、半分以上買うようになった。

桜井氏の考えにも一理あるが、私など是非そのような人物が近くにいたら、
教えてもらいたいと思う。といってやはり自分で苦労して捜してこそ意味があるのも
当然の事だ。

本屋とか図書館に神か妖怪がいて、自分が真に求めている所に導いてくれるという。
誰もがその不思議な出会いを経験しているはずだ。

立花隆の「僕はこんな本を読んできた機Ν供廚今の私のガイドブックになっている。
トイレに置いてある。一度座るたび、ダイジェストで一冊の要約を知る事ができる。
・・・・・・・・・
ある時間の断片
12月15日 ー日曜日
 1968年

 朝10時に起床。
午後も何となく過ごす。
夕方食事に行き、その後独りで本を読む。
その後卒論をまとめたりして過ごす。

 今朝ゼミの植本君から一昨日の礼状がきていた。
その番のうちに礼状を書いて翌朝速達でよこすとは凄い。
それだけ感激したようだ。
しかしこの気持ちが一番大事なことである。

 先日のゼミの私が創作をした内容は実家の商家をモデルにした。
そこでの人間関係を現在の寮の自分の立場に置き換えて話した。
しかし、あまり練ってなかったので、その場でパフォーマンス的に
つくり変えたので矛盾点が出たのだ。
どうしても表面的な受け答えに なってしまった。
必死に突っ張っている自分がそのまま露呈したようだ。
 


2081, あたりまえのことばかり −20

2006年12月14日(木)

      才八∋ウ_〆(∀`●) 
      
    ここでは哲学という視点で、心の問題を取り上げているが、
    感情について、なかなか切れ味は鋭い。
   「激しい感情が、向こうからの訪れる」とは、なるほど!である。
    向こう側とは何処なのか?
    
    学生時代に[情念の話術]という本を読んで、実際に自分で試したことがあった。
    喜怒哀楽を前面に出して、自分を押し出して、話しをする。
    車でいうと、感情というエンジンを前輪駆動にする。
    
    これをやりだすと、それまでと全く違った自分を見出せる。
    抑えている感情を逆に、エンジン代わりに言葉にのせて自分を奮い立たせる。
    これは性格改造にもなるが半面、非常に危険である。
    一つ間違うと、周囲を深く傷つけてしまう。
    
    これはヒットラーが大衆を煽動する手段として演説などに使った。
    よほど計算を緻密にしておかないと、自分が見えなくなる。
    しかし自分の感情を常に支配下に置くに、よい訓練になった。
    感情を道具にするのだから。
    傷つくということは、感情に支配さえていることだから!
    
    
 ー傷を癒すには傷とは何か、傷つく感情とは何かを、
  考えてみなければなるまい。
  虚構の自我に捕らわれている自分に気づいていない無知が、
  勝手に傷ついているだけである。
   要点を抜粋してみる。
ーーーーーーーーーーー
どうすれば癒されるのか −
ーーーーーーーーーーー

私が私であり、私の心が私の身体の中に存在するという錯誤の世界像を
思い込んでいる人だけが、各種のグッズやセラピーによって「癒される」。
癒されたと思い込むことができる。

「本当」の傷を負った人々は、そのような単純な主客二元の処方箋では治療できず、
「本当か」の問いに直面するのではなかろうか。すなわち、傷ついている人は誰なのか。
「私の」意志を越えて立ち上がるこの感情の激しさとは何か。
「私の」運命はなぜこのようでなければならないか。私は私である、
すなわち私は自我であるとは明らかに虚構であり、しかも近代特有の虚構である。
それなら、病理として現れるその崩壊現象こそ、ある意味では、
近代以前の本来的のありようを示しているといえるかもしれない。

    古代の人々にとって、感情の自律性とは、それ自体で神々の訪れだったようである。
    怒りの神が、嫉妬の神が、憎しみの神が、到来する、私の心に、このとき私の心が
    私の所有であるとは意味を成さないだろう。感情それ自身が神々である。
    あるいは魂が複数の人格から成るという世界観は、現代のわれわれの心的生活を、
    少なからず解放する。

ある強い感情に圧倒される時、これは「私の」感情ではない。
向こうからの訪れなのだと捉えることは、自己観察の距離を生む。
そして逆に、見慣れない感情、厄介な感情をもむかい入れ、親しむ余裕すら
生じるかもしれない。

    否定的な感情というのは厄介なものである。主客が分かれた世界においては、
    黒々とそこにあるそれは、目を逸らすにも抑圧するにも明瞭にすぎ、
    人は主観のうちに担い切れず、客観の側に犯人探しをして
    その責めを負わせることになる。

現代社会の構造が、人の感情を否定的にしていると思われがちだが、
話は逆で、否定的感情の処理の仕方を知らない現代人が、それを社会のせいに
している場合がおおいだろう。
主観と客観の狭間で、処理することができずに膨張する一方の否定的感情に
追い詰められて、自爆寸前の現代人にとって「魂」という第三の存在の視点として
所有することは、それ自体で対立に風穴を開けることになるだろう。
それはあくまでも視点でしかない。

    主観と客観の対立が虚構であるように、魂もまたひとつの虚構である。
    しかし、それ自体が謎であるところの世界と存在の謎を見抜こうとする
    眼差しにとって、一切が虚構として見抜かれるとして何の不都合があるのだろうか。
    虚構は虚構として自覚されることによって、視点として有効になる。
    
 ーーー
この本も、この辺で終わりにする。
池田晶子の本を、さらに4冊も読んでしまった。
1、「14歳からの哲学」 2、「知ることより考えること」
3、「人生のほんとう」  4、「41歳からの哲学」で、
   良かった順である。

それだけ、わかりやすく鋭い切り口で、
気楽に哲学の世界に引き込んでくれる。
年内は、池田晶子ワールドにドップリ浸かるのもよいだろう!

            おわり  (*⌒ヮ⌒*)ゞ  バイ!
・・・・・・・・
・・・・・・・・
2005年12月14日(水)
1716, 絵文字が面白い!ー2

ー喜怒哀楽の絵文字

絵文字の世界を一部垣間見たが、不思議な世界である。
 象形文字に似ている。
  文字の原始的かつ、初期的なものといってよい。
   それも、デジタル世界の原点の表現ときている。
    特に、感情面と下ネタ系が面白いほどリアルに表現できる。
     もちろん限界があるが。
 若い世代の人は、
  これまでと全く違った携帯電話とパソコンという情報伝達手段を手にした。
   そして、今までの文字とは違った記号を使いだした。
    この記号?の意味と世界は思っていたより深い。
     世界は音をたてて変化している。
      それにしても絵文字を知れば知るほど面白い!
 以前は、「嬉しい」としか表現できなかった人が、
  以下のように、
   ストレートに自分の気持ちを表現できる。
  ーー
喜 
  (..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーーー!!!
  o(^^o) (o^^o) (o^^)o キャアキャア♪
  (^Q^)/ ギャハハ  ぎゃはは
  ~(^◇^)/ぎゃはは
  **** Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪
  d(-。^)good!!
  (=^m^)クスクス
怒 
  (`_') (`´) 凸(`_')
  (゛Å゛#)   (▼▼)  )`ε´(
  〇(>_<)〇  パンチ!( °▽°)=◯)`ν°)・;'.、
  ( `´)=0))××)
  (ノ≧ロ)ノ<天然のばかやろぉ〜〜〜!!!
  (ノ-_-)ノ ~┻━┻ こんな飯食えるか
  ふん !(●`ε´●)    
  ぷんぷん (*`θ´*)

  (~_~;) (~Q~;)   (--;) (;-_-;) (-。-;) (-o-;)
  ( ̄ω ̄;)!!    エルボ!o(”>_<)っ★(#’3’)痛!,
  Σ( ̄□ ̄;;;)!!   (>ε<)

 \(^o^)/  1∩11∩   (^_^) ノ111
 (^o^)J
 / \
 o(^-^)o o(^o^)o    o(^^)o (^o^)
 v(=∩_∩=)v   ¥(^_^)¥   \=^o^=\

驚き 
 \(◎o◎)/!     w(0o0)w オオー!
     キャーq(|`驚´;;*)
 Σ(゚Д゚ノ)ノ おおぉぉぉぉ〜
 【゚Д゚】ハァ?!  ( ゚Д゚)y \_ ポロッ
 Σ(O_O;)Shock!!  Σq|゚Д゚|p ワオォ
 ёё≡ Σ(ω |||) エェェェッ!
 ウソ━━Σ(-`Д´-;)━━ン!!

ありがと
 (*'(エ)'*)o・:*:・°★,。・:*:・°☆アリガトー
       ヾ(。'(エ)'。)ゞドモドモ♪
 ♪ d(o'(ェ)'o)b ♪
         v(o'(ェ)'o)v ありがとうぅ
  Thanks☆☆**v(o^(ェ)^o)v**☆☆Thanks
         (〃'(ェ))ノ☆・°:*:了└|力"├♪
  (〃'(ェ)'d)(b'(ェ)'〃)ありがとう♪
      ☆━━━…‥‥('(ェ)'ヽ) アリガタビィ〜ム
おはよう
 (。'(ェ)'。)ノ オハヨ♪

【熊の巣】 ェ)')o,。・:*:♪・°'☆才八∃ウ  
  !ま〜鮭でも食えや (*'(ェ)')ノ>°)))彡

 −−−−−−−−
よっしゃ♪  o(> w <)〇゛

(・_・)ヾ(^^;   オイオイ
くしゃみ  ○=(≧Σ≦)  へっくし
ワタシ? ?σ(゜ー゜*)

(*^-^)(ε^*)チュチュチュ♪

アタ ヽ(´Д`ヽミ ノ´Д`)ノ フタ
(≧Σ≦)ぶっ

グワハッハッ(≧∇≦)人(≧∇≦)人(≧∇≦)ハッハラガー
ξ\(・_・)

パンチ!( °▽°)=◯)`ν°)・;'.、
\(+×+)/バタンキュー

  (▼ー▼メ)
o_ _)o パタ
  (o- -)oムクッ    (o°▽°)oニパッ
(o_△_)0ゴロン   (o_ _)o.。o○グー
w(☆o◎)w

(゜σ ゜)ホジホジ

ヘ(^ヘ^)(^ノ^)ノ (/_ _ )/♪へ(-。-へ)♪(/_ _ )/
└(=^O^=)┐ ┌(=^c^=)┘ ┌(=^e^=)┘

o(^-'o)♪☆(o^-^)o〜♪    茶どうぞ ( ^-^)_且~~~

(__)mペコッ  (^人^)オ・ネ・ガ・イ

おねがい ☆彡 (^人^;) 
       願い事願い事
φ(><;) ψ(`□´;)ψ メモシトケ

・・・・・・・・・
2004年12月14日(火)
1351, 全日本相撲選手権

この時期の日曜日、全日本選手権が行なわれている。
全日本学生選手権か、この選手権で優勝すると、
多くが卒業をすると大相撲にいく。
毎年、そのためか多くのドラマがある。

今年の見どころは既に学生選手権で優勝して大相撲の幕下から角界に入る事に
なっている学生横綱と、スケールでは一回り大きい高校横綱の優勝争いであった。
トーナメント戦と準準決勝で争い、高校横綱が連勝した。
これで高校横綱も角界に入ると思われる。

今年は、思わない伏兵が優勝をした。
過去ほとんど予選で敗退してきた29歳の小手投げでしか勝てない選手が、
すべて小手投げで勝って優勝をした。
小手投げを相手も用心をするのだが、それで勝つのだから面白い。

小手投げは、捨て身の起死回生の技である。
それが得意技というのも、珍しい。
今まで見てきた、この選手権では一番面白い内容であった。

この選手権の面白みは、一発勝負である。
去年も書いた内容をコピーしておきます。

毎日、面白いことがつづく。

ーーーーーーーー
2003/12/08
978, 全日本相撲選手権

昨日、TVでこの試合が放送された。
毎年、この時期におこなわれる。
学生と一般のアマチャュアが勝ち抜きトーナメントで優勝を決める。
学生で優勝すれば、大相撲の勧誘が待っている。
幕下の付け出しか、15枚目からの番付け保証される。
現在の学生出身の力士は、ほとんどが、この試合で優勝か準優勝をしている。
一発勝負の要素も強いので、見ていて面白い。

かなり個性的な選手が多く含まれているのも面白い。

 TVでやるのは予選を勝ち抜いた出場選手32名の勝ち抜き戦である。
学生選手権や実業団などの優勝経験者ばかりである。
また「元学生選手」と「学生選手」との戦いでもある。
やはり学生の方が練習時間と若さの為有利になる。
その辺の戦いが面白いのだ。

今年のベスト8は、学生4名、社会人4名であった。
大体この辺りは、このバランスである。
決勝は社会人同士の戦いで、まもなく31歳になるベテラン選手が優勝をした。

 現在の幕内上位の半分近くは学生出身力士といってよい。
高見盛、土佐の海、武双山、などがいる。
以前は輪島など超大物がいたが、最近はあまりいなくなった。
相撲そのものの人気が無くなったこともあるだろう。

 これと全日本剣道選手権は毎年楽しみである。

・・・・・・・

2003年12月14日(日)
984, 電波時計

 電波時計を買って2年近く経つが、
昨日のチラシに電波時計のフェアが載っていた。
安いもので1980円のものもあった。

昨年買って使ってみた感想を書いてみる。
 
 今までは1〜2分位の誤差があったが、電波時計は自動的に時間の
修正をする為に、時間合わせが全く無くなってしまった。
時間に対する信頼感というものは意外と気持ちが落ち着く。
JRの時計は結構間違えていることがある。
もし信頼感がなければ、自分の時計が間違っているのではと思うが、
今では自分の時計の方が正確と確信がもてるようになった。
この絶対信頼感が意外な盲点であったようだ。

 これにソーラー機能の付いたものや、薄型デジタルなどが
チラシ広告に載っていた。
15歳の時、父親に時計を買ってもらった。
当時クラスで誰も持っていなかった。
隠すように腕にはめていた。
気持ちの中では凄く豊かな気持ちになったことを思い出した。

 今や時計も、100円ショップで買える時代である。

・・・・・・・・

2002年12月14日(土)
610,ある時間の断片-24
  10月24日 木曜日

6時半起床。
7時半に三浦さんが上京の為に、車で駅までおくる。
ホステラーが帰った後、一人で過ごす。
16時半に寮の高橋君と佐々木弟を迎えに行く。
寮の難波嬢もくる。そういえば彼女と一年前に2時間位
散歩をしたのを思い出す。ただそれだけだが。
あいも変わらずキャキャやっている。

去年ここでホステラーをしていた時に、夜の話の中で
確か4人のうち私だけが外国に行く予定がないのに疑問をもった。
そして、その夜のうちに旅行を決定した。
両親を口説いたっけ。
まず母を篭絡して、母と父の篭絡の相談をした。
母が「私が反対すると、あの人は賛成に回るから」と言ってくれた。
そしてその通りになり、その後その計画に父は気づいたが
うれしそうな顔をしていた。

19時の列車で寮に向かう。22時前に部屋に着く。
ボクシングで原田弟がノックアウトで勝ったところだ。

その後駒村と米と語り、零時まで明日のゼミの予習をして就寝。
追文ー軽井沢はスランプのためによかったが、気を取り戻して
卒論をやらなくては。
ーーー
2002年
11月28日の日記感想文

この当時の事は、もしこの日記がなかったら99.9曜叉僂
彼方のことだ。どうしてこの日記を書いたのか憶えがない。
でも奇跡的に残っていたのは本当に嬉しい。

内面をこれでも曝け出して書いてある。
まさかこれを公開しようと思ってもいなかった。
何か学生時代の最後になって最後の青春を必死になって
謳歌しているようだ。

それと現在考えると、かなり行動的だったのに驚いてしまう。
それと光り輝いていたエネルギーが満ちていたこともよい。
その当時はそのことに気がついていない。
それと人に生かされていたことも気がついていない。
自分のことで精一杯であった。

昔の青春時代読んだ本を読み返しているようだ。
別にその時代が懐かしいと惜しんでいるのではない。
こういう記憶の彼方にこういう自分がいたことに驚いている。
実際は気持ちはボロボロであった。
爆発しそうだった事はこの日記には書いてない。
そう書けばよいのにとも思うが。

・・・・・・・・・

2001年12月14日(金)
269,再開発の愚

過去に書いた再開発の愚の文をコピーしておくが、懲りずまたもや
新潟駅前で始まった。それと万代橋の近くの再開発もである。

理屈はわかるが、民間がやるべき事だ。どうしても権力を持つと
自己証明をつくりたくなる。そしてやり逃げをやる。
逃げるところがあの世だから、更に始末が悪い。

再開発だけには関係するな!これが鉄則である。
役人と政治が絡んでくる分、計画が甘くずさんなってくる。

万代の再開発、死にかけたモウ?ク社長の墓か!長岡の?さらしだ。
言い過ぎじゃない!
それだけ馬鹿が多いということ!確信を持ってノーといえない。
岡目八目というところか!

駅前のそれも然り!どこの銀行が金を出しているか知らないが、
イイカゲンにしろである。こちらが腹を痛めるのでないから、
知ったことはないが。

過去の再開発失敗から何も学ぼうとしない。ようするに銀行
はバブル時に審査部門が崩壊!今もそのことに気づいてない。
崩壊したのは、銀行にとって経済だけでない、審査能力だ!

ーーーーーーーーー
H0511
高級化と高度化 ー再開発の愚

・ ペガサス・Cで印象的な言葉で“高級化と高度化を勘違いするな!”がある。
バブルでは、この勘違いで多くの業界が大ヤケドを負った。
ペガサスの会員はほとんど、大きいケガがなかったのは渥美先生が当時よりこれを、
くり返していた。システム・科学等を駆使して高級風にみせる。
それも低コスト・低プライスで、これこそ高度化だ!新潟のホテル業界でも
漫画みたいな話が本当にあった。
高級ビジネスホテルが、それもアメリカのホテル・システムで駅南で計画があった。
(一泊一万円)それに対して、周辺住民が大反対であった。
その理由が計画者よりスジが通っていたのだ。
・ “こんな馬鹿な計画はおかしい。必ず失敗する!そうすればラブホテルに
転用しなければならなくなる。だから反対だと!”そして中止となった。
その会社は住民運動のお陰で助かったのだが、しかし今はつぶれかかって??。
百貨店業界も、この程度の原則さえ判っていなかった無知業界(渥美先生
)というのが今や現実にさらされている。
再開発がこれに陥ってしまう

失敗事例を書いてみるとー

a,古町に“ネクスト・21”という高度?の建物、
b,“新潟ふるさと村”
c,“ロシア村”
d,古くは“プラーカ”
e,柏崎の本町再開発?と、トルコ村
f,そうそう古町に腐りかけたローサ  

誰があれをやったのか!一発屋のイベント屋と組んだ政治屋の??の結果が、
ああいう形で残っている 。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
12月14日 土曜日  1968年

12時に、同級生の雨宮のフォーソングのライブを聞きに行く。
以前、長岡の自宅の遊びがてら泊まりにきたことがある友人だ。
ーその見返りに茅ヶ崎の旅館に泊まりに行った。
知り合いでは彼と角田などがいる。
想像をしていたより、ズット上手いのと生き生きしていたのに驚いた。
それと堂々といていたのも新しい発見である。
しかし途中で飽きてしまった。
わざわざ池袋まで行ったのにと思ったが中座をして帰ってきた。
悪いことをした。

 18時から寮の忘年会である。
全員が楽しそうであったが気持ちの奥で、何か白けている自分がいた。
何げなくその会場から出る。
先輩の文夫さんの言っていることは何だ!
先輩だろう、情けない!自分で考えることのできない人間だ。
何も考えないできたのだろう、気の毒の一言である。

 同僚のいや同寮の水野と新宿のクレージキャッツに行き、踊り狂う。
汗ビッショリである。しかし気分がすっきりとした。
0時半に帰寮。毎日何をしているのだろうか。


2080, 談合列島!−3

2006年12月13日(水)

_ _)oパタ (o- -)oムクッ (o°▽°)oニパッ
     (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー   オハヨ〜

    昨日・一昨日、この随想日記に
    「談合列島」というテーマで書いたところ、
    昨日の19時半のNHK「クローズアップ現代」で、
    ー談合列島ーが二日間にわたり放送していた。

一昨日は忘年会でみることが出来なかったが、
昨日の「崩れ始めた“談合列島”」は、脱談合が進みつつある業界の実態に迫るもの。
公共事業の大幅な削減や談合を規制する制度改正が進む中、地方では、従来型の談合では
共倒れになると業者が対立。"談合破り"とそれに対する報復が繰り広げられるなどの
異変が起きている現状をレポートしていた。
  一連の県知事逮捕が続いている中で、タイミング的に丁度よい内容である。

    大手ゼネコンや機械メーカーは、独占禁止法改正による罰則強化をきっかけに
    "脱談合"を宣言。その結果、入札の現場では自由競争が促進されたが、
    予定価格の50〜60%の「叩き合い」が起きているという。
    談合で守られていた価格破壊が、一挙にこの業界襲っている。
    建設関係の従事者が国民の一割に当たるというから、
    この数年は、すざましい淘汰が吹き荒れることは必定である。

公共工事が平成七年の35兆円から、現在は半分に減少している。
全国土木協会会長の大成建設の社長が、これまでの談合の存在の事実を認め、
「今後は談合は行わない」
「その結果として、業者数が五分の一、十分の一に減ることも仕方がない」
と答えていたのには驚いてしまった。
当社のホテルのある「前町内会長」が経営していた土木会社も、
落札率が6割では経営が成り立たないと、今年になって廃業をしてしまった。

    数年前まで、スナックなどで飲んでいる建設関係の人が目立っていたが、
    今年に入ってから彼らの姿が少なくなってしまった。
    激変の時代の一つの現象である。

         \\\★ (^_^)/~~ バイバイ

・・・・・・・・

2005年12月13日(火)
1715, 下流社会    茶 どうぞ ( ^-^)_且~~~

最近、下流階級とか、下流社会という言葉が目につく。
 その丁度良いタイミングに『下流社会』という本が出た。
  先取りの典型的な本である。
初めて東京暮らしをして実感をしたのが、
「世の中は歴然とした階級社会」ということであった。  (*o☆)\
  初対面で、自己紹介で何気なく自分の身分のキーワードを入れる。
   それでそれぞれの立場(階級)を確認するのだ。
情報化、グローバル化は結果として競争激化をもたらす。
 それが激しければ激しいほど、階級格差がハッキリする。
  特に近年の競争の激化が中流社会を希薄にし、
   一部勝ち組の上流?社会と、他の負け組みの下流社会の二分化を
    鮮明にしだした。
そういえば「○金」「○ビ」という二分法が、  
 80年代末の日本では一世を風靡したことがあった。
                      オレ〇ビ? σ(*`θ´*)
ーーー
ーこの本のインターネットで調べた概要を
  編集してコピーしてみたー 
   〔読まなくても充分である。〕           
         「下流社会  新たな階層集団の出現」
              光文社新書(著:三浦展)

「下流」とは、単に所得が低いということではない。
  コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、
   つまり総じて人生への意欲が低いのである。
    その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。
     そして彼らの中には、だらだら歩き、
      だらだら生きている者も少なくない。
       その方が楽だからだ。
         (「はじめに」より)
団塊ジュニア(1970年〜1975年頃誕生)世代の女性で
「上流」意識を持っている人が気に入っている時計のブランドが
 オメガ等を押さえてセイコーやシチズンであるという。

  オメガからシチズンに変えた理由はオメガの鎖が切れたので
   修理しようとしたところ、
    大変な時間と費用がかかることが分かったからだ。
     また自動巻きのオメガは少し外していると止まってしまうし、
      月末には日付の調整をしなければならない。
      それに較べて電波時計は、全くのメンテナンスフリーだからだ。   
      時計とは
     「正確」で
     「手間がかからず」
     「そこそこの堅牢性」
     があることが最大のポイントだ。
    それをデザインだの、手巻きに味がある等と
   講釈を付けるのは時計メーカーのセールストークに過ぎないだろう。
 時刻合わせに気を使うより、世の中には沢山しなければならないことがある。
                 (/_ _ )/♪へ(-。-へ)
                        ♪(/_ _ )/
先程の時計の調査で下流階級ほど
ロレックスやオメガを好む傾向が出ている。
 外見以外に自分を際立たせるもののない
  下流階級の悲しい性(さが)という。
著者は「『下』は自民党とフジテレビが好き」であることを指摘している。
  これを数字で以下のように示している。。
   対象世代は
    「団塊ジュニア世代」(1973−80年生まれ)。
    
    「上」の自民党支持率は8.3%、
        民主党支持が16.7%、
        支持政党なしが75%。
    「下」の自民党支持率は18.8%、
        民主党も同率、
        支持政党なしが60%。
    はっきりと政治意識の階層差がこの世代には現れている。
   階層が下になるほど資本主義的な、競争原理と市場原理、
  つまり社会的弱者である当の彼ら自身を排除と
 収奪の対象としている体制をより好むという倒錯が生じているのである。

「あなたの生活レベルは世間一般に比べてどのくらいですか?」
 という質問に
 「上」と「中の上」と答えた階層を「上」、
  「中の中」を「中」、
    「中の下」「下」と答えた階層を「下」に類別している。
    年収800万円で「中の上」だと思っている人もいるだろうし、
   「中の中」だと思っている人もいるだろう。
   階層意識というのはかなりの程度まで主観的な問題なのである。

 ジェンダー意識についてもたいへん興味深いデータが示されている。
「男は男らしく、女は女らしくあるべきだ」に
「そう思う」と答えたものは
 「上」で29.4%、
  「下」で16.2%。
   つまり「ジェンダーフリー」的な社会理論は社会的に
   「下」の階層で支持されているということである。
     これまでのフェミニストの考え方とはずいぶん隔たっている。
高学歴で、専門性の高い仕事をして、
 高収入であるような「勝ち組」の女性の方が、
  家事手伝いやフリーターの女性よりも「ジェンダー的因習」
   に対する容認度が高いのである。
    これはなかなか興味深い事実である。
社会的に「下」の階層でむしろジェンダー規範が弛緩しているのは、
 権力、財貨、情報、社会関係資本などを「重要な価値」とみなす
  支配的なイデオロギーを内面化する傾向はむしろ「下」において強い
   ということを意味しているだろう。    
                          ふん !(●`ε´●)
「金がある」ということを無条件に「偉い」みなす人間は、
  男女の性差よりも「勝ち負け」の階層差の方をむしろ意識するということだ。
   それが父権制イデオロギーが解体してジェンダーフリーが達成された徴だと
    言い張るフェミニストはおそらくいないだろう。
「男女に均等な成功機会を」という提案は、
 「成功」(端的に言えば「金があること」)こそが至上の価値である
   という支配的なイデオロギーに同意することを意味している。
「自分らしさ」ということばがキーワードになっていることが
 「下」の特徴だということである。     jibunn rasii? σ(゜ー゜*)  
  団塊ジュニア世代で
   「個性・自分らしさ」をたいせつだと考えるものは、
    「上」で25%、「下」で41.7%。
      「自立・自己実現」は「上」が16.7%、「下」が29.3%。
       「自由に自分らしく生きる」を人生観として選んだのは、
       「上」が58.3%、「下」が75.0%。
       つまり、下層の若者の方が
     「個性」や「自己実現」に高い価値を賦与しているのである。
    著者は冷静に「そうした価値観の浸潤が、好きなことだけしたいとか、
   嫌いな仕事はしたくないという若者を『下』においてより増加させ、
  結果、低所得の若者の増加を助長したと考えることができる。」
  (160頁)と分析している。
^^^^^
ー目次
はじめに
・第1章 「中流化」から「下流化」へ
「上」が15%、
「中」が45%、
「下」が40%の時代がやって来る!?/若年層で下流化が進行/
中流化の「1955年体制」から、階層化の「2005年体制」へ/
中流化モデルの無効化/「上」に対して物を売るノウハウが必要になる/
55年のクラウンから2005年のレクサスへ
・第2章 階層化による消費者の分裂
階層化社会の価値観/女性の分裂/
(1)お嫁系/お嫁になるのは難しい/
(2)ミリオネーゼ系/日本橋に美人増加の謎/
(3)かまやつ女系/ (^з^)-☆Chu!!
(4)ギャル系/
(5)ふつうのOL系/拡大する女性の格差/女性も自己責任の時代/
  就職できれば「勝ち組」?/男性の分裂/
 (1)ヤングエグゼクティブ系/
 (2)ロハス系/
 (3)SPA!系/
 (4)フリーター系

・第3章 団塊ジュニアの「下流化」は進む!
団塊ジュニア男性は「下」が48%!/
団塊ジュニアの階層意識はどんどん下がっている/
真性団塊ジュニアも「下」が急増/
消費社会に酔いしれていた真性団塊ジュニア世代/
あとは悪くなるだけという不安 
―ふつうの人に展望がない/団塊世代や新人類世代は安定した中流だった/
希望格差/許容される(?)格差/正規職員と非正規職員の格差
・第4章 年収300万円では結婚できない!?

この10年で勝負がついた?/貯蓄額は500万円以上と150万円未満に二極化/
未婚だと生活満足度は低下/女性は大学を出ないと上流になれない?/
結婚はやはり中流の条件か?/500万円が結婚の壁/強い標準世帯志向/
700万円をとるか、子供をとるか/女性の必勝パターン/
パラサイト女性は年をとると下流化する/400万円が女性のリッチ生活の条件/
やっぱりホワイトカラー管理職の妻がベストか?/
「上」の多い大学院生、
「下」の多いフリーター/派遣社員、
フリーターの結婚、子育ては不利/家族形態は多様化したが、
幸福の形は必ずしも多様化していない

・第5章 自分らしさを求めるのは「下流」である?
自分らしさ志向は「下」ほど多い/団塊世代と団塊ジュニアは逆の傾向/
自分らしい人生という呪文/「個性を尊重した家族」も「下」ほど多い/
低階層の若者ほど自己能力感がある/自分らしさという夢から覚めない/
自分らしさ派は階層意識も生活満足度も低い/
自分らしさ派は、未婚、子供なし、非正規雇用が多い/ 
自分らしさ志向の問題点
・第6章 「下流」の男性はひきこもり、女性は歌って踊る
o(^-'o)~♪ ☆(o^-^)o〜♪
下流社会の三種の神器=3P/
下流の女性は歌ったり踊ったりしている/カーニヴァル化する社会/
「下」は自民党とフジテレビが好き/幸せを感じるとき/
団塊ジュニアは「上」でもユニクロや無印が好き/
買い物好きな「下」と買い物をする暇がない「上」/
典型的トリクルダウン型消費の担い手だった団塊世代

・第7章 「下流」の性格、食生活、教育観
乾杯! (/^-^)o日 日o(^0^|)
階層は性格で決まる?/上流は女性らしさ、下流は自分らしさ/
上流は社交的、下流はだらしない/ぐうたらしていちゃ恋もできない/
恋愛が難しい時代/自分流は下流/階層意識別の食生活/
下流用カップラーメンの時代/郊外下流クラスタ女性の暮らし/
団塊ジュニア女性の子供たちが階層社会を決定づける/上流はゆとり教育が嫌い/
上品で国際的に通用する子供を求める上流団塊ジュニア女性/
親の生き方にかかわりなく、子供は自分の生き方を選択できねばならない

・第8章 階層による居住地の固定化が起きている?
東京の地形――山の手と下町/「山の手」に住む中流/
東急田園都市線沿線の「上流化」/
地方出身者は「上」になりにくい/      gann!( ̄□ ̄;)!!
都心回帰と「郊外定住時代」の始まり/
団塊ジュニアは83%が今後も同じ地域に住む/
郊外のブロック化とジモティとインターネット/
グローバル・ヴィレッジではなく、ただの「村」/
西武池袋線の学生が池袋に行かない/
「縮小した世界」に知らぬ間に築かれる「バカの壁」
おわりに――下流社会化を防ぐための「機会悪平等」

 ーーーーー
【あなたの「下流度」チェック】…半分以上あてはまれば、
  あなたはかなり「下流的」

□1 年収が年齢の10倍未満だ
□2 その日その日を気楽に生きたいと思う
□3 自分らしく生きるのがよいと思う
□4 好きなことだけして生きたい
□5 面倒くさがり、だらしない、出不精
□6 一人でいるのが好きだ
□7 地味で目立たない性格だ
□8 ファッションは自分流である
□9 食べることが面倒くさいと思うことがある
□10 お菓子やファーストフードをよく食べる
□11 一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある
□12 未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)
ーーー
ー感想
この「下流度チェック」半分以上である。
(2~7と11が、!チェック)
  そうすると、私は下流? (T0T)\(^−^;)mama!
   まあ、いいや!
読みようによっては、かなりシビアな本である。
 しかし、これが現実であり、競争社会の姿なら、
  そう受け止めざるをえないだろう。
   それが、勝ち組から負け組みに落ちた時に、
    社会の現実がリアルに見えてくるのだろう。
今後はニートやフリーターなどの
「労働意欲のない、多く働かない層」がそれによって下流に転じ、
  逆に「上昇志向の強い上流」という流れと相反して二極化が進む。
  またその層の子弟らは自然にこの階級の社会環境によりそこに留まり、
   階層の固定化が強まるということか。
  第5章「自分らしさを求めるのは『下流』である?」
 は刺激的なタイトルである。

 この章の「生活の中で大事にしていること」で
  「個性・自分らしさ」を挙げる人は階層意識が「下」の人に多い、という。
   「自立・自己実現」もそうだ。
    一見世間的に悪い響きでもなさそうなのだが、
    実際データを取ると下流だと自分を考える人ほどこの項目を挙げる率が高い、
   というが、どうだろうか?
  それでは「上流」では?、
 男女ともに共通しているのは「ゆとり」だ。
男性はこのほか「仲間・人間関係」「創造性」「活動的・アクティブ」で、
女性は「美・おしゃれ」「公正さ・品の良さ」という。
 これまた極端な内容すぎる。
                           (*◎ω◎*)~ 〜♪
 団塊ジュニア男性が
 「これからお金をかけたい事」は
  『上』では「財テク・投資」「家具・インテリア」「健康」
   「スポーツ・フィットネス」「住宅・リフォーム」であるのに対し、
    『下』では「教養・資格取得」「娯楽・イベント」が顕著に多い。
    男性の趣味でも
   『上』は
  「旅行・レジャー」「スキー」「サイクリング」「ゴルフ」と
  アウトドア志向なのに対して、
 『下』は
「AV機器」「音楽コンサート鑑賞」「テレビゲーム」
「スポーツ観戦」「パソコン・インターネット」・・・
 「私はどうか?」と不安になる。
  著者が自分を規準に考えているに過ぎないだろうから!?
○=(≧Σ≦) へっくし!
                バイ〜〈*・。・*)/
・・・・・・・
2004年12月13日(月)
1350, 遠くにありて日本人

この番組み、度々見ているが、昨日のアメリカのロス近郊の
バイク・ビルダー(手づくりバイク)の日本人がなかなか面白い。
ライダーからの特注のバイクをつくるミニメーカーの日本人の紹介なのだが、
ライダーの世界と、そのバイクの製造過程が垣間見れた。
いずれにしても、プロフェッショナルの共通点がある。
すべてを投げ打っているという点で学ぶ点があまりに多い。

この「遠くにありて日本人」は世界のそれぞれで自分の生き方を貫いている
日本人を紹介しながら、その地域や、人間の生き方を覗き見る内容である。

自分の好きなことを見つけ、それを貫いていることが、
人間としての理想的な生き方である。

グローバルの時代に、本場に行って理想的な生き方をしている人を紹介している。
アルゼンチンに行って、「アルゼンチンタンゴ」の踊り手になっている中年に
差し掛かった女性も印象であった。

この番組みを見ているとき、
時たま街で出会う高校の同級生から電話が入った。
「佐藤というあの無口の同級生が、中越地震で被害にあった山古志村の診療所の
医師をしている。いま仮設の住宅地でやはり仮設の診療所を開いて苦労しているから
クラスの同士で来年早々、慰安会を開いてやらないか」とのこと。
時々TVや新聞に出ているという。

それを聞いた家内がいうには、
「近くにありて日本人。ね」
なるほど上手いことを言うものだ。
色いろな人生があるものだ。
 
 ・・・・・・・・・・
ある時間の断片

12月13日 1968年

 昨日に続き、朝起きることが出来ない。
結局起きたのが、11時過ぎである。
やっとタクシーに乗り、学校へ向かう。

 昼飯後、ゼミに出席する。
この日は、ゼミの「ケーススタデー」は、私の番である。
私が創作した「ある会社内のトラブル」を具体的に述べて、
それを全員が問いただし問題のありかや処理を考えるのだ。。
質問に対して臨機応変に答えなくてはならないのだ。
アガリはしなかったが、一人一人の質問に辻褄を合わせなくてはならない。
特に武沢教授の執拗な質問には、ドンドン追い詰められていった。
私のいい加減なところを徹底的に問い詰められてしまった。
この時に、このゼミの奥行きの深さに内心タダタダ驚いてしまった。
ストリーを創ることで精一杯で、そのストーリーの組み立ての
いい加減さを自分で気がついてない。
全員に囲まれて、竹刀であちこちから打ち込まれるのだ。
それも道場主から鋭い竹刀が彼方此方から来るのだからたまったものではない。
石川の「イヤミ」もその中で出た。
その後、総評の中で石川、植本、東レの照井さんの
私に対する性格分析があった。
非常に鋭い内容で、丸裸の自分を曝け出しているようであった。
一生忘れられないだろう。

 ゼミ終了後、一年後輩の植本君を誘って飲みにいく。
池袋の「嵯峨」「パブエリート」そして、先日姉達といった赤坂の
「ムゲン」のコースであった。
その日の鬱憤晴らしで、2時間も踊り狂う。
植本君も純粋で面白い男である。
自意識過剰のところが他人に性格を変えられてしまう可能性がある。

 その後、帰寮。
駒村孝道が部屋に来る。
学校で何かあったようで、大荒れであった。
部屋のウイスキーを飲んで、話を聞いてやる。
2時就寝。

ー今日のゼミ、一人で全員を相手に受けて立つのもよい経験であった。
よい学生時代の思い出になるだろう。
真剣勝負の感じがしたが、舞台のステージに立っているようで
面白いところもあった。


2079, 談合列島!ー2

2006年12月12日(火)

             才ノヽ∋―_φ(^O^*)♪

この土日の大手新聞の「知事の犯罪」の特集記事や社説の中で、
日本経済新聞がずば抜けて要点をついていた。

その要旨は
・2000年に施行された「地方分権一括法案」で、知事の許認可権限が
 一気に強まった。元々絶大な権力が更に絶大になっていった。
 業者の方から見れば「知事をおさえさえすれば」ということになる。

   ・国会議員のゼネコン汚職で加速した政治改革の結果、
    地域の利権にからむ存在感が一気に低下。
    それを知った国会議員は利権を求め知事への鞍替えが加速した。

・常に選挙のことしか頭にない知事は、巧妙に手口を変え、
 知事の代理人を汚れ役にして集金システムを維持してきた。

   ・それまで東京高険だけにあった起訴権限を、全国の地検まで
    扱えるように変更した。その結果検察の姿勢が
   「一罰百戒」から「一斉摘発」に方針をかえることが出切るようになった。
    このため、談合はどこでも摘発される「普通の事件」になった。

・罰則の強化、談合を自首した企業への課徴金減免制度の新設、
 公共取引委員会への強制調査権の付与、等の談合摘発システムが
 着々と進んでいった。
 警告は出されていて、その猶予期間は終了、そして
「ある日、突然、一斉の摘発が始まった」のが、この一連の逮捕劇になった。
 検察は日本社会にはびこる悪弊を根絶する機会として、
 その根絶を目指す姿勢を明確にした。

    ・大手ゼネコンも談合を続けることは無理と判断、
     これまでの談合のプロを一線から交代させたことも県知事まで、
     その手が及ぶことになった。

 −−
以上が、だいたいの論旨である。
この規準を当てはめるなら、
さらに多くの逮捕者が出ることになる。

あと二年後に次の選挙が控えている「某県知事の心の声」
を想定?すると・・・
「ほんまに如何すりゃいいんだ?
 2000万そこらの給料で次の選挙資金など捻出できるわけがない。
 この絶大な権限を利用して合法的な資金プールしかないじゃないか。
 あと2年で、最低1億が必要だ。どうしたらよいのか?
 前の選挙の借りも多く残っているし、天の声も使いづらくなったし。
 今期で降りるには権力の魔力が強いし。・・・・ああ、金金」
てな、ところだろう。           \(\ー\;\) )))カネー!
  
     (≧_≦)/~~~~~~~~~~ サヨーナラァ〜〜〜
・・・・・・・・
2005年12月12日(月)
1714, 脳梗塞について
      (*´ノД`)<<<才八∋ー゜                    
先週の日曜日夜のNHKスペシャルで、   ( ^-^)_且~~
 脳梗塞の患者となった多田富雄氏の日常を半年にわたって
  リアルにレポートしていた。
  患者になってしまった彼がふり絞るようにいう言葉が
  深く心に突き刺さる。
番組を見ながらパソコン内の「メモ帳」に下書きをして
 数日以内に『随想日記』に取りあげようとした矢先に、
  産経新聞の「産経抄』に、名文を書かれてしまった。<(_ _)>
  プロの文章を読んでしまったら書く気がしなくなるが、
  それでも書くのが文章上達の早道になる。
学生時代の友人や、仕事の関係などで脳梗塞や脳溢血で倒れる人が
 多くなってきている。              Σ(´Д`;)
  数ヶ月前にも、会社のナイトフロントの人が
  定時になっても出勤して来ないので、副支配人が一人暮らしの
  アパートに行ったところ玄関で倒れていた。
  救急車をすぐ呼んで緊急入院をしたが、もう少し遅れれば??
  脳出血で左半身が麻痺が残り、退社をせざるを得なくなった。
私など、深酒の機会が多いので気をつけなければならない。
 脳梗塞は身体は動かなくなっても、思考だけはしっかりして
 「身体の監獄に閉じ込められる』というのが実感という。
  多田富雄氏も放送で『生き地獄』と言っていた。
 『地獄がこの世にあるものと実感した』という言葉が重い。
                         s(・・;)(/_;)
  人間、生きているうち、元気なうちに、
  出来ることを出来るだけしておくべきと思う。
               ja~ (*゚∀)ノ.。・:*:・゚
ーーーーー
=産経抄= 
        ~~ ~~┗─y('〜`;)
米国のコラムニスト、ボブ・グリーンに
「勇気あるアルファベット」という佳品がある。
 家庭の事情で学校に通えず、読み書きのできないことを、
 家族にも隠して生きてきた五十五歳の配管工が主人公だ。
   男が家庭教師についてABCから習いはじめたのは、
   妻に初めてのラブレターを書くためだった。
 ▼日曜日のNHKスペシャルでは、
   七十一歳の多田富雄さんが言語療法士からたった一つの言葉の発声を
    学ぶ姿があった。多田さんといえば、免疫学の世界的権威にして、
     能楽にも造詣が深いエッセイスト。
 ▼読み書きができないどころか、日本を代表する知性の一つが、
   四年前旅先で脳梗塞(こうそく)に襲われ、右半身の動きと声を失った。
    水も飲めなくなり、大好きなウイスキーをゼリー状にしてすする
     晩酌の様子まで番組は容赦なく映し出していた。
 ▼それでもリハビリに励むかたわら、著作を次々と世に送り出す。
   キーボードで打った言葉を音声に変える装置を使って、
    自宅で学生たちの指導も行っている。
     今年は原爆を題材に書いた新作能が、広島、長崎で上演された。
      前立腺がんまで併発して、ベッドから起き上がれない
       体調不良の日でも「仕事がしたい」と奥さんに訴える。
 ▼一時は絶望から死を身近に感じたこともあったそうだが、
  「今の方がよく生きているとも思う」と言い切る。
    多田さんが発声を習っていた言葉は「カンパイ」。
     二年に一度、全国から弟子たちが集まる会で、
      音頭をとるためだった。
 ▼日本列島に本格的な寒波が襲来し、各地から雪の便りが届く。
   いたいけな女児の命が次々に奪われるニュースには血も凍る思いだ。
    だからこそ、多田さんからほとばしる生の輝きがよけいにまぶしく、
     心のなかをぽかぽかと温めてくれた。
                 ○o。―y(・ε・) フウー
・・・・・・・・・
2004年12月12日(日)
1349, 教養が試される341語

本屋で立ち読みをしていた本だが、図書館にあったので早速借りてきて目を通した。
 思ったより内容は気楽に読める本で、何気なく使っていたり、
  知っていたが意味まで考えたことがない内容で面白い本である。
   検索で調べたら、その中の71語の意味を書き出していたのがあったので、
    コピーして貼り付けておきます。
毎日、文章を書いているためか、言葉に対しする興味が全く違ってきている。
 言葉は、そして文章化は人間を人間たらしめているものだ。
  それと数千年、いや数万年かかってつくりあげてきた人類、
   そしてそれぞれの民族の蓄積された叡智である。
ーーー
・冥加に余る(みょうがにあまる):ありがたすぎて罰が当たりそうだ。
・弥栄を祈る(いやさかをいのる):ますます栄える。
・惻隠の情(そくいんのじょう):人の不幸を黙視できず、その人の身を哀れみ傷む心。
・やんぬるかな:予想した通りに事態が進行して、今となってはどうしようもない。
・気息奄々(きそくえんえん):息も絶え絶えでいまにも死にそうな様子。
・含むところがある:怒りや恨みを心の中に抱くことである。
・あやをつける:言葉のちょっとした技巧や修飾。
・沙汰の限り:是非を云々する範囲を越えている。
・以って瞑すべし(もってめいすべし):その結果で満足すべきだ。
・潔しとせず(いさぎよしとせず):自分の生きる方針に合わないからきっぱり断る
 態度のことをいう。
・風樹の嘆(ふうじゅのたん):両親がすでに亡くなり、孝養を尽くすことが
 できない嘆きをいう。
・鹿島立ち(かしまたち):旅立ち、出立のこと。
・人中が薬:若者にとって、世間の人と交わることが何よりの修養。
・奇貨とする(きかとする):チャンスを逃がすな。
・嚆矢とする(こうしとする):物事の始め、起源の意味。
・春秋に富む:年が若くて将来性がある。
・無聊をかこつ(ぶりょうをかこつ):自分の能力が乏しく世に認められない。
・世故に長ける(せこにたける):世渡りがうまい。
・尾羽打ち枯らす(おはうちからす):かつては羽振りの良かった人が、
 すっかり落ちぶれてしまうこと。
・百年河清を待つ(ひゃくねんかせいをまつ):どれだけ待ってもあり得ないこと、
 望みが叶わないこと。
・死して後已む(ししてあとやむ):死ぬまで努力する。
・馬齢を重ねる(ばれいをかさねる):何の功績も挙げず今日に至った。
・逆さ別れ(さかさわかれ):子が親よりも先に死ぬことをいう。
・旦夕に迫る(たんせきにせまる):死期が迫っていること、危篤状態。
・墨守(ぼくしゅ):自説を固く守って動じないことから「旧習にとらわれる」
 の意に転じた。
・端倪すべからず(たんげいすべからず)
    :始めと終わりが見えない、全貌が測り知れない。
・嚢中の錐(のうちゅうのきり):人間の隠れている才能は外から見ただけではわからない。
・並び大名:名前だけは連ねているものの、何ら重要な役割を果たしていない人々。
・千三屋(せんさんや):うそつき、ほら
・寸鉄人を刺す:一言で人の心を刺し抜く。
・銀流し:見せかけをつくろって、その場逃れをすること。
・謦咳に接する(けいがいにせっする)
         :日頃尊敬する人物に直接対面したという喜び。
・既往は咎めず(きおうはとがめず):すでに起こってしまったこと、
 済んでしまったことは蒸し返さない。
・刎頚の交わり(ふんけいのまじわり):たとえ首を刎ねられても構わないという
 熱い友情をあらわす言葉。
・正鵠を失わず(せいこくをうしなわず):ぴたりと的をついた指摘、表現、
 または術策のことを言う。
・論語読みの論語知らず:何事も書物の上で理解しているだけで、
 それを実行しない者。
・驥尾に付す(きびにふす):優れたリーダーに従えば、
 平凡な者でも事を成し遂げる。
・糟糠の妻(そうこうのつま):ともに貧しさを耐え忍んだ妻を言う。
・亭主の好きな赤烏帽子(ていしゅのすきなあかえぼし
      ):どんなにとんでもない好みでも、
 一家の主人の好みとあれば、家族はそれに逆らえないの意。
・文目もわかず(あやめもわかず):物事の(善し悪しの)区別もつかない無分別。
・内股膏薬:どっちにもつく無節操。
・腰折れ文:つたない文章を指す言葉。
・卒爾ながら:突然で失礼ですが
・鼻毛を読む:女が自分に気のある男をいいように利用したり翻弄したりする。
・髭の塵を払う:臆面もないゴマスリのこと。
・肝胆愛照らす(かんたんあいてらす):互いの臓腑まで理解し合う関係という
 ことある。
・肯綮にあたる(こうけいにあたる):急所をついていること、当を得ていること。
・埴生の宿(はにゅうのやど):土間にむしろを敷いただけのような
 貧しい小屋をいう。
・夜の錦:美しいものも、時と場合を間違えるとまったく映えなくなる。
・遣らずの雨(やらずのあめ):帰ろうとする人を、まるで引きとめるかのように
 降り出した雨。
・送り梅雨:強い雨が降り、梅雨を追い払うほどに勢いがある。
・たまゆら:ほんのかすかなひと時。
・轍鮒の急(てっぷのきゅう):危急存亡のさし迫った状態。
・空蝉(うつせみ):セミの脱け殻。
・喪家の狗(そうかのいぬ):やつれて元気のない様子。
・獅子身中の虫(しししんちゅうのむし)
    :獅子の体内にあって養分をもらいながら、
 獅子の体に害を与える虫。
・馬脚を現す(ばきゃくをあらわす):隠していた正体が現れること。
・ひょうたんなまず:つかまえどころのないことのたとえ。
・風声鶴唳(ふうせいかくれい):すっかり気が弱くなって、ささいな音にも
 びくびくして恐れること。
・沐こうにして冠す(もくこうにしてかんす):高い地位についたり、美しい着物で
 着飾ったりしていても、内面が卑しかったり、愚かだったりすると、
 やはり釣り合いが取れない。
・優曇華(うどんげ):めったに起こらないことのたとえ。
・桐一葉(きりひとは):ごくわずかな動きから、衰えのきざしを敏感に感じることをいう。
・波の花:海に関係した白いものということで、塩のことを指す。
・蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい):狭い世界でのつまらない争い。
・迷える羊:心の正しき人よりも、悔い改めることを知らない迷える者(罪人)こそ、
 力をつくして救わなければならない。
・象牙の塔:権威主義に凝り固まった学問、現実生活とは隔たった芸術に閉じ篭もった人を
 皮肉を込めて言う言葉。
・新しき酒は新しき皮袋に:新しい思想や発想を実践するためには、
 新しい制度やシステムが必要という意味で用いられるようになった。
・バベルの塔:とうてい実現できそうもない空想的な計画のこと。
・木馬の計:予想もしない奇策、奇計の意。
・トロイのヘレン:多情であるがゆえに大きな争いの元を作る女。
・コーランか剣か:厳しく二者択一を迫る言葉。 
お分かりのように341語のうち、特に71語を選びだして記載した。
本書ではそれぞれの言葉の由来、意味なども書かれている。
しかし、71語に関しては語句の意味のみを記載した。
言葉の由来までお知りになりたい方は、ぜひ本書を読んでいただき、教養を身につけて
欲しいと願うものである。日本語の言い回しは世界に例を見ない繊細さがある。
例えば雨という語句を取り上げてみると、日本文化の特徴でもある、繊細さや感性、
の豊かさなどを強く感じてしまう。本書のなかでも取り上げている、
「虎が雨」「5月雨」「菜種梅雨」「遣らずの雨」「送り梅雨」など、
表現の豊かには驚かされる。まさに「教養が試される341語」である。
本書は2003年5月30日に初版が発売され、同年の2ヵ月後には7版となっている。
肩をはらずに気楽に読める本だから売れているのであろう。
ーーー
以上ですが、なるほどすごい人がいるものだ。
よくぞ抜粋して書き写したものである。

・・・・・・・・・
2003年12月12日(金)
982, 目先だけを切りぬける人

 このノウハウを持って一生を切りぬける人がいる。
しかし程度の差はあっても、それは誰も持っている要素である。
その「程度」が、人生で大問題になるのだろうが。
「口先だけで生きてきた」飲み屋のママさんがその典型だ。
人生の一番の欠点になるが、その人にとっては最大のノウハウである。
「我がうちなる小狡さの人」である。

 目先をどう切抜けるかにポイントを置いている人は、
「志ー長期視点」が無いといえる。
「7つの習慣・最重要事項」の「緊急事態病」に似ている。
緊急事態に追われて、一番大事な事が全く見えなくなっている人である。
それも相対的なことでしかないが。
 また「愚か者」と「馬鹿者」の関係に似ている。
反対に「目先だけを切抜ける人」を肯定的にとらえて見ると面白い。
これも黒光りの方法・手段までなることもある。
これで首相になった悪しき?事例がある。
この人?、この小手先だけで首相に上り詰めた?のだから。
最も角栄を引き摺り下ろしたことは、歴史的には業績になった?
小手先だけで果たして首相になれるのだろうか?という疑問も残るが。

ところで「目先だけを切抜ける人」を検索をしてみたら
「見当たりませんでした」と出てきた。
「目先だけで生きる人」も「見当たりませんでした」と出た。
こんなテーマで文章を書く奴は、いないか。

 「目先を切り抜ける」内容でした。

・・・・・・・
2002年12月12日(木)
608,ある時間の断片-22
 
ー1968年 10月18日
一時間目の人事管理に出る。その後朝食も含めた食事をしていると、
ゼミの田島と川村がくる。ゼミのOB会の連絡簿の案内書の住所書きを
コモンルームで12時半まで手伝う。

その後田島とウイーンにいく。
そこに鈍行という勉強会を開いている井上と森本など5人がいる。
あまり付き合いは深くないが、そこで30分も話さないうちに
旧知の友人みたいになる。

金沢に行きたいというので、寮の市川さんから情報を聞いてやると約束を
する。森本をほめると嬉しそうな顔をしていた。
こちらのほうが気分がよかった。ほめる事に関しては石川が先生だ。

帰寮後野球を見てすごす。
夕方食事へ行く。そこで先輩の永田さんと尾形君、丸谷君と会う。
一時間勉強の後、佐藤のところに行き、夜半の0時から3時まで酒を飲む。
今日も田島に言い過ぎた、困ったものだ。

 ー 10月19日
10時過ぎにおきる。
夕方まで二日酔い?で夕方まで勉強をするが身が入らない。
夜9時から寮のミニコンパ。
一時間本を読んで夜半の一時に寝る。
空虚な一日であった。

・・・・・・・
2001年12月12日(水)
267,一点豪華主義

1品豪華主義(一点豪華主義)趣味でも、仕事でもー

人生でも総てにいえる事だが、これだけは特別というものに
金をかける、人生の総てをかけることが重要だ。
反面それがアンバランスでもいいかという問題が残るが。
それでもいいかどうかは、やはり本人の問題でもある。

金も、暇も、能力もない人間でもこれは可能だ。
好きな何かを見つけ、一点集中的にエネルギーを注ぐ。
それを続けていれば、それについてプロの領域にたっする。

私のそれは、ご存知のとうり秘境ツアーだ。
他人の評価など全く関係ない、それが好きでたまらないからだ。
パソコンもあと2〜3年経つと、それに近い存在になるかもしれない。
旅行のネタをインターネットに載せるのも、一応理にかなってる。

「絵の好きな人が旅行先で景色を書いている」のを見ると、
人生の一番の奥義を見ているようだ。
一番好きな旅行で好きな絵を描ける幸せは何も変えられないだろう。

ピアノも一曲だけを練習すれば、弾けるようになるという。今度
ピアノの先生について一曲おぼえてみようかと思うが、無理か?
       (2) ─────
wMWMWw, / ̄7 (好きな事をやろう!)
W"ヽ /  (感激しよう! )
(6 ^J^ / /  ────
|  ̄ノ/ /
    ̄ |
 
 ・・・・・・・・・
 ーある時間の断片
12月12日  1968年

 朝9時に目が覚める。
しかし起きることが出来ない。
どうしたことか、学校に行かなくてはならないのに。
結局は行かないで、本を読んだり、風呂に行ったりして
一日を過ごす。
千葉いる姉の優子さんに電話をして、来週から一週間
一室を借せてもらうように頼む。
夕方、寮の近くでパチンコをする。
こういう時は、遊んでいても面白くない。
 その後、ボクシングの藤猛の世界タイトル戦を見る。
無残に負けてしまった。勝負の世界の厳しさをみた。
その後、夜半の1時まで、今後の予定を立て1時半に寝る。


2078, 談合列島!

2006年12月11日(月)

                 (。^0^。)オッ
                 (*^○^*)ハ〜
    「垂直に立つ!」
    これが「情報化社会」と、「非情報化社会」とを、分けるキーワードになる。
    「死が人生の終点」と信じる人の延長上と、
    「いまここに生きている今日明日の現実」と、
    ‘水平と垂直’との境目が[いまここ]である。
    人生に垂直も水平も、ハッキリした境があるわけがないが・・
    垂直とは何だろうか?  水平とは何だろうか?
    水平とは、現実である。
    垂直とは、いまここの切り口から直感できる永遠である。
    そして、この瞬間の中にある澄んだ純粋性である。
    
    以下の、異常な事態を考えるために、
    [垂直に立った]澄んだ視点で
    現在の三県・県知事逮捕を鳥瞰しながら考えてみる。
    
 −−
 先日のNHKニュースで、宮崎県知事の逮捕を受け、
「日本は談合列島の様相を示してきた」と、アナウンサーがいっていた。
そのニュースの中で、元ゼネコンの営業責任者が解説で、
「スーパー・ゼネコンが談合を廃止、談合のプロが一線から排除され、
 それまでの犯罪システムが崩壊。県知事、市長の権力を利用した
 集金、集票のゼネコン・マフィアの癒着が露出してきた」
 と、県知事・市長の犯罪システムを暴露していた。
 
     一ヶ月半で、県知事3人、市長2人が逮捕された。
    「次は何処と何処の知事」とマスコミ関係者の中では
     噂になっているという。  これなら、
    「大部分の県知事が何らかのカタチで犯罪に手を染めている!」と、
     思わざるを得ない状況であり、これは極めて異常事態である。

このHPで何回も「ゼネコン・マフィアの犯罪」を辛辣に批判してきた。
そのゼネコン談合システムと、市長、県知事の選挙のための集金・集票システムが
結びついていたのだ。
私自身、彼らに嘲笑されながら、掌の平で転がされてきたからこそ、いえることである。

    ソ連が崩壊したのと同じ原理が働きだしたのである。
    必要悪と黙認されて公然とした犯罪システムが情報化で、
    露出してしまったのだ。さらに利害と関係していない
    「大衆の方が知能レベルが格段と上」になってしまった。
    この逆転現象が根こそぎ社会変革を起こしているのである。

まだまだ、県知事や市長の逮捕は続くだろう。
その尻尾は、公共事業の発注側提示に対する成約率である。
90佑浪燭蕕のカタチで、そのシステムが公然と働いている?
と、みるのは当然のことである。
その成約率が大手新聞のトップ記事に上位からランキングされているから
犯罪がどこで行われているか、一目瞭然である。
それをつかって当選してきた県知事が「ほぼ全員?」であるからだ。
過去は決して消せない。来年もこの逮捕劇はつづくだろう。
特に市長の逮捕者が多く出るだろう。
行政から司法への圧力がかからなければだが。

    マフィア・システムの崩壊の結果、
    ますます建設業界の不況は深刻になるだろう。
    しかし健全になるのだから、中長期的にみてよいことである。
    
    談合システムとは、権力者が永年つくり上げてきた体質である。
    専門分野で、それぞれの代議士がスペシャリストになる必然性はある。
    それは解るが、選挙資金の確保も切実な問題であるから、
    献金を搾り取る構図になりざるを得ないのだ。
    道路族とか、郵政族など見れば一目瞭然、
    頭と尻尾から腐ってくる。
    
    少しずつ良くはなってきているのが救いだが・・
   
             (*^_^*)\バイバイ   
・・・・・・・・・
2005年12月11日(日)
1713, 絵文字が面白い! −1
                 (。・o・。)ノ こんにちゎぁ♪
随想日記を読みやすく、かつ面白くするため、
 絵文字と空間を入れて一月経つ。
  
  実際に、書いた後に絵文字を入れる方が面白い。
   感情が、いや心情がそのまま絵文字に入るからだ。
    それと内容を和らげるのにもよい。                                          ♪〜(=^ε^= )     
     そこで絵文字の素材をHPで調べてみたら、これが面白い。
    その中で見つけたのが、このエッチ系の奴だ。
   
   少し下品だが、とにかくご覧あれ!!
  人間の本質が、そこにあるのだから仕方がない。
 漫画的に下ネタのイヤラシサを笑いに変えるところが良い。
赤裸々な人間の姿とみれば可笑しさも増すだろう! 

携帯電話世代が、心の深いヒダを記号で表現しだしている。
 言葉とは違った情報手段が出来つつある。
  その組み合わせで、言葉以上?か、同じレベルまで
   心のやり取りの可能性が出てきたのだろうか。   
                        ,,,,,(((( ;:゚皿゚:)_◇~~
                       アァァァ!! ナンテコトヲ!
       ーエッチ ー
         スケベ! ¬_¬) 
               (´m`) ムフッ♪    
                 イヤラシイ(*・ω・*)
イヤ━━━(゚,_ゝ゚)━━━ン!!!

 (´Д`;)/ヽァ/ヽァ

  ベット‖・Д・)ノ ハヤク コイョ マチキレナィ ゼィ

   ストリップ♪ ▼⌒ ヽ州'∇^)ノ ⌒-●●-

    (´ρ`)φ シコ・・シコ・・ ( ´▽`).・: ゚ ・。.  イチャタ

     (((.人.)))ユッサユッサ (((.人.)))ボヨヨーン!!

      ぃぇ━━━━━ヽ(*゚浮゚)人(゚気゚*)ノ━━━━━ぃ

     (・´з)(ε`・) ←--|柱|゚ω゚;)。oO(ゥ・・浮気モノォオ)

    女王様とお呼び、
        オホホホ  川^。^)/~~~~~~~~~ν
                 ピシッ!   ;~Q~)アン!イイッ

   ムチ ト ロウソクヨ♪ .:~ロヘ( ̄▽ ̄)ノ~~~~~~ ピシ !

  [HOTEL]  ( ̄∇ ̄*)o―――――C<*-_-))))))ズルズル

 ‖風俗店‖ ヽ( ´ー`)ノ 爽快♪

【たんす】 ▽ヽ(▼▼メ) パンツ、パンツ♪

 風呂 ┬┴┬┴┤(~∀├┬┴┬┴ 覗き

  ▽⌒ポイッ -○-○-⌒ポイッ  ε=ε=ヾ (*゚ー゚)シ |風呂|

   イッショニハイロウ||風呂||´0`)=O(*´▽`)/イヤン♪

    キ??マ━ω━━ω━━━(゚ω゚)━━ω━━━ω━!!

     [HOTEL]゚∀゚)----C< ´Д`)!!

      二二二Эヽ(‘ε’)チュ
    
       ~~~\(`へ')この陰?う が目にはいらんか!

        (((((((U))))))))) チ?コ ブルブル

        {[(-_-) (-。-)y-]}゚゚゚よかったよ♪
        
        ( 人 )ヽ(m ̄* )  イイケツダ

       エッチィー♪ ┣┫…(*ノ▽ノ) イヤン

     (~O~;)アン(;~O~)イク(~O~;)アン(;~O~)イク(~O~;)アン(;~O~)イク
                         (~◇~)アアアアアアア
    あ〜ん( ´θ`)ー´))))☆パンパン

   壁|っ⌒Y⌒▽  パンツぬいだー
  壁|っ⌒Y⌒-●-●-  ブラジャーぬいだー

 イソイソ。。。(((o;^ー^)o.:☆  【風俗街】☆。.:

 ∞⌒((( ベット )))⌒ 凹

 ドピゥッ (;´Д`)♂*:・。.:*:・

  [HOTEL]゚∀゚)----C< ´Д`)!!
   [HOTEL] イイダロ? ヽ(○´3`) (*ノωノ)キャッ

   ハァハァ(((;´Д`)/..........Σヘ(Д`|||)ノ キモイヨー
          (;゚∀゚)=3ハァハァ

     ω_(゚∀゚ )≡ モヒョヒョヒョヒョ
          ヽ(A`*)ノ≡ コラァァァ!玉! カエセヨー!!!!

    ♂ヾ(・∀・*) ゴシゴシ♪  ♂⌒・ デタ━(゚∀゚ )━!!

   ミモミ(´д`)ノノ(・ (・

  エロゲージ MIN ■■■□□□□□□□ MAX (* ´Д`*)=3 ハァハァ

 (*゚∀゚)ノθ゙゙)*´Д`) ブイィィィィン
 
イクー(; -`Д´-)♂*:・'。.:*:・'゜。.:*:・':*・*(ノ´∀`*)
                       ゴクリ ぉぃιぃゎ
ブラジャーゲット!(((((((●´U`●ノ)ノ~▽▽

 [HOTEL] ヾ(∀`●)(・x・`o))) ..... きゃぁ♪

  【 AV 】  (i∀`●)yうほ♪

   プニプニ((=´ω`)σ"(・(・

    ネェネェ ヾ(´∀`/ ̄車 ̄\  ノッテカナーイ?
 
    凸(`ι _´メ)Fuck You!!
  
  ーーーーー
いい歳をして何じゃい!
 という声が聞こえてきそうだが。  
  面白いものは面白い! クルクル  σ@( ゚∀゚)y パー!?
  
    − 次は感情(喜怒哀楽)を取り上げてみる。
 
                 (^_^)/~~ja~ 
  ・・・・・・・
  
 2004年12月11日(土)
  1348, もう一冊のアルバム

中越地震の少し前に、事務所の移動をしていた時、
 2百数十枚の写真が入ったファイルが出てきた。
  2〜3年前に200枚入りのポケット式のアルバムに、今まで行った旅行の
   ベスト8〜10枚を選んで、ダイジェスト式に纏めようとしていたようだ。
    おそらくアルバムに張る前に忘れてしまったのだろう。

もしかしたら以前書いた20枚入りのアルバムもその時、
 更にダイジェスト版にするために買っておいたのかもしれない。
  中越地震の時に自宅で、丁度良い時間つぶしに200枚をアルバムに整理をした。

   結果として「ベスト20のアルバム」に劣らない位よい。
    厚めの本ぐらいの大きさであるが、それよりもコンパクトなのがよい。
     ほぼ、この十数年の旅行を網羅してあり、いつでも気楽に見ることができ、
     事務所か居間のTVの横に置いておくに丁度よい。
    お宅そのものであるが。

   開くと同時に、頭の中では、異次元の世界になる。
  家内の分を入れると、新築の家一軒分の費用は使った。
 モノは残るが、コトは残らない。
しかしコトは、生きた証として!あの世に持っていくことができる。

・・・・・・・
 2003年12月11日(木)
  981, 足銀の経営破綻 について

足利銀行の経営が破綻した。
 新潟県に例えると、第四銀行と大光銀行の総額の預金量がある。
  群馬と新潟の経済規模から考えると地銀が全てが破綻したようなものである。
   総貸出しの50誘瓩占めている。

   破綻処理は、予想されていた「りそな型」ではなく、
    国が既存の足銀株全てをゼロ円で取得して経営を建て直した上で受け皿銀行に
     引き渡すという、いわば「長銀型」の方式だ。
      投資家は株主責任をキッチリ取らされるのだ。
 
      危機が叫ばれた時、「増資を貸出先に上積みをして引き受けさせた」
      と聞いている。取引先は二重のパンチである。
     栃木県の深刻な経済危機である。
    これから年末にかけて本当に深刻になるだろう。
   政府系金融機関などは「土日なしの緊急事態」と何かに書いてあった。
  隠されていた負債が今後多く出てくるだろうから、県外の地銀に対して
 その連想が出て株価の暴落を呼びおこす可能が出てきた。

もし新潟で、このような倒産が起きた事を考えたら背筋が寒くなる。
想像を超えた現象があちこちで始めるだろう。
 失業率が十数佑箸いう数字である。
  繁華街の店の灯は半分は、いや大部分が消えてしまうだろう。

   これが栃木県だけでなく、これから地方で次から次へと連鎖する可能性が大だ。
    今でも地方の落ち込みは、想像を絶するものがある。
     この事業は、デフレスパイラルが手に取るように分かる。
     政府は目先政権を維持するだけで精一杯である。
    その中で地方経済の疲弊はマスマス激しさを増しているのだ。

   長野県が長野オリンピックの反動と、田中県知事による徹底的な公共事業の
  削減で大打撃を受けている。
 そしてこれで栃木県が続いたことになる。
そして公共事業を潤ってきた新潟県や富山・石川県 なども疲弊の極みにある。
会社の大矢支配人の実家が栃木県にあるが、早速生々しい情報が入ってきた。
 破綻となると、やはり空気が全く変ったという。

  再来年の4月からペイオフが待ったなしで行われる。
   ペイオフに向けて預金の引き出しが続くだろう。
    そうすると貸し剥がしがおき・・・
   来年からは考えただけで恐ろしい年になることは必定だ。

  高橋乗宣の本でも、いま一度じっくり読んでみよう。
「引き出し」のコーナーに彼の文章をコピーしておきます。
 ・・・・・・・・

2002年12月11日(水)
607,ある時間の断片-21
  10月15日  1968年

9時起床。午前中卒論のまとめをするが集中しない。
夕方まで机に向かう。
夕方米林君が部屋に遊びにくる。
夜は夜で集中できない。

         10月16日
10時起床。オリンピックのせいか集中できない。
4時間は集中しなくては間に合わない。
夜の8時過ぎに集中できた。明日は早く起きて学校の図書館に
行こう。もっと集中しなくては。

        10月17日
9時過ぎの産関論を受講する。
50人も出席してない。午後は休講。
図書館で卒論のまとめをしていると石川がくる。
20分ぐらい話をする。
いつもの彼でないみたいだ。この前のことを根に持っているのか。

かなり混乱をしているようだ。彼の弱点をまた言ってしまった。
もっとクールに状況をみなくては。自分に気を許しているから
人に対しても気が緩むのだ。外部と内部の一線を引くべきだ。
外部の内部化と、それを消化した内部の外部化が今の卒論だ。

割り切りをきっちりしてないと混乱がますます大きくなる。

・・・・・・・・
2001年12月11日(火)
266,基軸の日、基軸の時間

一週間単位の基軸の日、基軸の時間。

それを決めておくといい。あくまで一つの見方としてだが。
ふと私の場合、土曜日の9時に考えてみた。そうすると何かぴったしだ。

そうすると一日単位でも9時だ、いや9時20分だ。会社について「さてと!」
と言う時間だ。そう考えるとうなずける。

そうすると、月単位では何時だろうか?
年単位では、何時だろうか?

難しい話はまたとして、ホテル計画をして、ある重要な決断の場面の数ヶ月は、
実際のところ午前二時三十五分が基軸の時間になる。それだけ集中せざるを
えないし考える。「何かその時間に意味がある」と、ものの本に書いてあった。
深夜の底というところか。木の水を吸い始める時刻が3時35分と聞いた事
がある。
「5時から男」は何時に基軸をおいているのだろうか。

仕事にんービジネスマンは一般論で言うと月曜日の9時というところ!
そうすると、プライベートでみるとやはり土曜日の9時、
ビジネスでいうと月曜の9時というところか。
そこを芯にして、生活とビジネスを組み立てるといい。

・・・・・・・・・
 ある時間の断片
  12月11日   1968年

11時に起床。
学校の図書館に行って卒論の勉強のために行く。
2時間位集中する。
欧州旅行で一緒だった江夏君にバッタリ会う。
宮崎の大きな酒メーカーの御曹司だ。
少し話す。朴訥としたいい男だ。

4時過ぎに帰路につく。
途中に池袋駅の地下の床屋で、レザーで髪の毛をすいてもらう。
私の髪の毛が硬いので、頭にきているのがよく解る。

帰寮すると、ゼミの同期の高木から電話で、人事管理の
問題を教えてくれとのこと。
今の私には、人事管理に関して教えるだけの蓄えがないと
いい、石川譲治に頼んだらといった。
何か悪いことをしたようで後味が悪かった。
明日、謝らなくてはならない。


2077, 今年を振り返って −1

2006年12月10日(日)

                       才八∋ウ_〆(∀`●)
   そろそろ、今年の十大ニュースが話題になり始めている。
   年末の31日になったら、もう一度書くつもり?だが、
   ランダムに頭に浮かんだまま書いてみる。

・北朝鮮の核実験とミサイル実験が日本にとってトップになるだろう。
・イラクでは日ごとテロが激しくなり、イスラム教の宗派間の内戦の
 様相を示してきた。
   ・国内では小泉から安部首相に代わったということか。
   ・それに児童虐待(親と仲間内)が頻繁におきだしてきた。
    家庭内が荒んでいるのが原因だろう。
   ・大型薄型TVが売れ出したことも大きい。
   ・県知事が三人逮捕となれば、やはり大問題だろう。
    市長の逮捕など、それがどうした?と思えるほどである。
・会社は、なんとか減収同益に持ちこめそうだ。
 来年から駅再開発が着工、
 今期を含めて三期がどん底だったが光が見えてきた?か・・
 それとも、今そう考えていたほうが都合がよいから?楽観的に・・
・それと一番私らしくないこと、「県活性化のための会」を主導して開いた。
 学生時代のゼミの後輩に依頼されてのことだが・・・
 まあ面白かったが、無事終了。
   ・身辺では義母と、仲人の高橋与三八さんが亡くなった。
   ・二人の息子が婚約?、自宅に連れてきた。 来年が結婚式か?
   ・新しい習慣として、モーニングページ(思ったことを起きざまに
    30分間にわたり大學ノートに曼荼羅の枠の中に書き込んでいく)
    の習慣を、3月から始めたことだ。これが今年の一番の収穫である。
   ・旅行はケニアであったが、サファリ・カーの外より、
    車内の動物に・・・
・今年は、「面白い本」の大当たりの年であった。
 次から次へと目が醒めるような内容に出あった。
 あまりの無知に一人赤面をしていたのが本音である。
 ここはと思ったところを一字一字タイプで打ち込むのが、良いのだろう。
 自分の潜在能力に対して、「頭の悪い子供」として対応するのが 早道。
   池田晶子の [ゼロ基点の孤独]と、
         [人生経験とは、失敗経験でしかない。
         それほど人生を深く考えることはない。
         ‘たかが人生’でしかない]
         という言葉が印象に残った。
         その‘たかが人生’が、問題である。
         ‘されど人生’であるからだ。
         これをブツブツいいながら、
         あるとき、垂直にプッツンになるのが
         人生!?
   来年は何が待ち受けているか?
   花も嵐も・・・
   でもないか?

・・・・・・・・・
2005年12月10日(土)
1712, 私の生活流儀 −本多静六
                ー読書日記
著者の本多静六は色いろな本で紹介されていたが、
 書を読むのは初めてである。
  平易な言葉の中に深い洞察が感じ取れる。

 給与生活者である立場にも関わらず、
  40才で預金の利子や株からの利益が給与を上回り、
   60才(昭和元年前後)で、当時の数百万円の貯金と、株式、家屋、
    田畑、山林が一万余町、別荘六カ所という財産を築き上げた。
                              ( ̄〜 ̄)ξ
ーその方法は簡単なもの。
1.本業に励む。
  一日一枚、出版レベルの原稿を書く。   _〆(。。)
  2.給与の1/4と臨時収入のすべてを銀行に預ける
    3.ある程度のお金が貯まると、株式などに投資する。
                              ・まずは、本業に励むことを説く。
 「人生最大幸福は職業の道楽化にある」 
  という言葉に集約される。
   本業がキチンと確立すると、
    副業として、官庁や公共団体の嘱託、
     早稲田大学の講師、民間企業からの事業の相談を受けることができる。
      また、一日一枚の原稿で、370余冊の本を出版することになった。

・そして、二番目の「給与の1/4と臨時収入のすべてを銀行に預ける」で、
  人並み以上に働き、人並み以下の支出に押さえられれば、
   自然に、お金が貯まる。
    これは、給与生活の最初からの習慣にする方がスムーズに実行できる。
・三番目には、お金が貯まると株式などに投資を行う。
  本多静六は、山林の投資で多くの財産を築いた。
   氏の専門が造林学というのが有利に働きいたようだ。
    二万円の投資が、最終的には、当時の金額で五千万円になっていた。
株式投資も行っている。
 投資方法は、先物で株式を買い、
  購入時に二割の利益を得られる状態になった場合は、
   躊躇せずに、現金化する。
    ある程度、保有して、二倍になった時に半分を売り出す。
     その後の株の値段はすべて利益になるのです。
      下がった場合は、ずっと、保有する。
 「好景気、楽観時代は思い切った倹約貯蓄、不景気、
  悲観時代には思い切った投資を」という。
   好景気時代にはお金を重視し、不景気時代には物を重視する。
 ーー
以上だが、
凡人が億万長者になる方法が理解でる。
 本業に専念して、
  給与の一定割合を貯蓄に回し、
   堅実な投資を行うことにより、
    思っても見ないほどの資産を残せるのも理にかなっている。 
 若いときから、その情報や習慣をつけているかどうかだ。
  金持ちと結婚するということは、その家系からくる
   生活習慣が家庭に入ってくるということだ。
    
    両親をみて結婚相手を決めなくてはならない!!!!
     ハズレもあるが?        ,,,,,(((( ;:゚皿゚:)_◇~~
                           アァァァ!!
・・・・・・・
2004年12月10日(金)
1347, 「自分を活かす極意」−3 
              読書日記
ー情報摂取法

この本は、ダイジェストなので多くの要点がつまっている。
 本の一番の情報収集は
 「三色ペンを使い20対80の法則の20と10を色分けを
   することと、
    それを続けることが読書術そのものになる」である。

情報収集に関しては、本にしても、人からの情報にしても、
 収集した情報を的確に要約することが最重要課題である。
  いわば「ミソ」の部分をマトメルコトだ。
   それを、私は随想日記で毎日している。
これは、第三者に対してギブ・アンド・ギブであるが、何よりも
 自分の基地に情報をコツコツ収集していることになる。
  数時間の(情報)エネルギーを文章にして真空パック的に押し込む
   作業でもある。
本屋の立ち読みでも、何気なく読んでいながらパックしていることになる。
 頭の中で文章化をしてしまうのだ。

  何気ないTVの解説を聞いていてもアンテナが動いている。
   毎日、一文章のテーマに対して敏感になりざるをえない。
    自分の発信・備蓄基地を持つことの重要性をつくづく実感している。
     まあ、斉藤孝の本の内容からずれてしまったが、言おうとしている
      主旨は同じである。

     著者のコミュニケ−ション術と会話の技術が面白い。
    ーまずはコミュニケーション術である。
  −抜粋ー
私は、コミュニケーション術を上手にするコツは「質問にある」と考えている。
 いい質問さえできれば、会話はクリエイティブなり盛り上がる。
 「質問力」というのは私の造語だが、内容は誰にもわかることだ。
  それらの多様な質問は、同等の価値があるわけではない。
   いい質問と、そうでない質問といったようにレベルの差がある。

    いい質問というのは、「具体的かつ本質的」ということだ。
   具体的だが本質的でない質問と、本質を突いているが、あまりに
  抽象的で意味がないという質問がある。

 質問を向上させるには、TVのインタビュアーの質問に採点をつけることだ。
とりあえず「質問」というコンセプトで、いろいろなコミュニケーションを
 みてみることから始めてみることのが手っ取り早い。
ー以上であるが、
私の学生時代の友人が、商社の新潟支店に転勤になってきて16年間、
暇ができると飲んでいた。()6年前に東京に帰ってしまったが。
彼は商社マンになりきっていて、会話や、人の気持を飽きさせないプロになっていた。
会話をしていても、この「そいずらし」が上手い。
翌日気がつくが、いつの間にか勘定負けが続いていた。
私も「質問力」と、「沿いずらし」は上手いつもりであるが、
相手は商社で鍛えられたプロ、やはり敵わない相手であった。

聞き手にまわるというのは学生時代に鍛えていた。
聞き手に回って、相手の気持を引っ張り込むには
「目を見て、大きくうなずくことだ。
更に相手のキーワードを幾つか頭に残しつつ、あまり真剣に聞かないことだ。」
疲れることと、途中でつまらなくなるが、真剣に聞いたふりをしないと
長い具体的な話でも辛抱強く聞けない。
世の中で、何が面白いといっても人間が一番面白い。それも自分が!

・・・・・・・
2003年12月10日(水)
980, スーパーセンター

 この随想日記で最近話題にしている
「スーパーセンター」とは、どういうものか調べてみた。
 スーパーセンターとは
「生活用品や衣料品のディスカウント-ストア」と、
「食品を主体とするスーパーマーケット」を組み合わせた
 新形態のショッピング-センターをいう。
 地価が安い米国の田舎で発達したため、通常は1階建てで
1万2000平方メートルから2万平方メートルもの広大な売り場面積である。
「1カ所ですべての買い物ができるワンストップショッピングのニーズ」
に対応する点が特徴だ。
 ジャスコやイトーヨーカ堂の荒利率が28佑紡个靴董
この業態は17〜18佑砲垢ない。
経費率は14〜15佑砲さえている。
この10涌幣紊虜垢聾楜劼砲箸辰涜腓い。
実際の価格差は3割以上の差を感じる。
分からないように、何げなくスーパーと同じ値段の商品もおいておく。

 スーパーセンターは世界最大の小売業である米国の
DS、ウォルマート・ストアーズが本格的に導入したことで有名になった。
同社がスーパーセンターを初めて出店したのは1988年。
現在では、米国で1000店以上も展開しており、いずれも24時間営業である。
1989年に「ペガサスクラブのアメリカ視察ツアー」で行った時に
腰を抜かさんばかりに驚いてしまった。

 このウォルマートが2002年3月、西友を傘下に収めて日本に進出を
決めたことで、日本でもスーパーセンターが注目され始めた。

 今のところ、日本での代表的な事例としては
地方の小売業、「PLANT(福井県坂井町)」や、群馬の「ベイシア」や、
地元新潟では「ムサシ」などがある。
「PLANT」は、もともとプロパンガスの専門店として設立されたが、
93年から福井県でスーパーセンターの展開も始めている。
同社は「自動車で25分の距離に人口5万人」が出店の基準となっている。

 このほかをみると、もともとホームセンターを経営している
マキオ(鹿児島県阿久根市)が97年に、
同じくホームセンターの天野金物(秋田県男鹿市)が98年に出店している。
地元新潟のホームセンターの「ムサシ」も、その頃から出店を開始している。
米国と同様、日本でも地方から威力を発揮する業態といえる。

 10月末に開店をした「PLANT」に何回か行っていて、圧倒的な商品量
とアイテムと、安さには驚かされる。

・・・・・・・・
2002年12月10日(火)
606,ある時間の断片-20
 10月13日
9時半起床、午前中は何事もなく時間が過ぎる。
午後、姉正子さんが来て、一昨日の事を聞く。
姉が東京に友達といって、夜どこかの東京の夜を深井に
案内してもらった件だ。

深井にしたらあれが精一杯の接待だったのだろう。
その後悠久山に自転車で一人遊びに行く。
夕方になって街に出る。
実家の店と靴屋ーキッドに行き靴を買う。
その後両親と3人で自宅に帰る。

西村夫妻がおり裏に住む正子夫婦とともに一緒に食事をする。
正子の亭主の芳郎さんが急に席をたった?
夜半の0時半に西村幹夫さんが夜行で帰るので、見送りにいく。
ーー
10月14日
7時半に起床。
オリンピックのバレーをTVでみる。
日本がアメリカに勝つ。
姉が芳郎さんの席を立った理由を言いにくる。
色々あるのだろう。父の毒舌に腹を立てたようだ。
11時43分の佐渡で帰ってくる。
私の留守の間に寮の後輩の駒村がハプニングをおこしたらしい。
誰か友達と騒ぎ、喧嘩になって留置所に入れられたという。
呆れたものだ。
2~3日はそっとしていてやろう。
 明日から卒論の再開だ。

・・・・・・・・
 2001年12月10日(月)
 265,運について

運がいい、悪いというが運とは何か考えてみよう。
「ある事をやった結果がたまたま上手くいった、失敗した」
というのが一般的にいう運の意味である。
運は結果論でもある。そうするとその「決定」が関ってくる。
ある決定の段階で、情報の受けかたと判断が重要になってくる。

そう考えると運のいい人とは、
「無意識の判断」が適切・正しいということだ。
運のいい人とは適切な判断家ということになる。
適切な判断の連続線が運と言ってよい。

曇りのない心で情報、情勢を見る目が大事だということだ。
以前、情報工学の中山正和氏の講演を聴いた。科学者に似合わない内容だった。
その内容は後でコピーしておく。この文章もそれが土台になっている。

ついている人がいる。そういう人は本当に、どこまでもついているという。
もって生まれた運勢があるという。

その共通点をみると。
明るく、楽天的で、勘が鋭いという。(これは私の追加の感想ー>)それと
努力家で夢がある人である。

ーこういう問題を自分で提起しておいて、逆に疑問を投げかけてみるー
運なんてあるのだろうか?「能力」の別名でしかないのではないか?

何も努力をしないで、なにも学ばないで「俺は運がない」と呟いている人を
何人も見たからだ。そして他人の努力の結果を運にしか見えない人間の浅さを。

運は字のとうり「はこぶ」である。努力と判断力で結果を呼び寄せるものだ。
多くの人と接していると、その人の将来まで解かる。少しオーバーか?
運の悪い人に多いのは「甘さと狡猾さ」を持った人である。それなら私だけなく、
別に誰でもその人間の将来を見通せる、何故なら誰もそれをもっているからだ。
その逆を重ねていくということか。

ーーーーーーーーーーー
H・0605「般若心経のすすめ 」

十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”
という講演で般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。

今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”
を左右する。
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき自己の中に
その中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない。
・・・・・・・
ある時間の断片
 12月10日 1968年
 
昼の13時に起床。
姉の突然の來京で、また予定が狂ってしまった。
あと二週間で卒論を書き上げなくてはならない。
どういうことだ、これでは間に合わないではないか。
あと二週間では無理である。
どうしようか。
おまけに就職予定のジャスコオカダヤに提出しなくてはならない論文がある。
これは来年に一月十五日が期日である。
姉の千葉にいる優子さんのところで数日篭るしかない。
図々しいが仕方がないか。
明日優子さんに電話で打診である。
それと姉の正子さんに満足できたか電話をしてみよう。

深井のところに電話をする。
彼いわく「今度の会(聖心女大のグループと、松村と深井と私との会)、
来たかったら来い、来たくなかったら来なくてもよい」とのことだ。
先日の件で強く言いすぎたためか、他に何か思惑でもあるのか。
ところが、すぐに電話で「やっぱり来い」との命令口調だ。
何を考えているのだ。行かないことにした。
それに時間的・物理的に無理である。
まあこういうときは、アマリ頭にこないことだ。
私の道は彼達とは違う。
自分に対して誠実であれば、こういう無礼なことに対して気にしないで済む。
このように怒っているのは自分に誠実になりきれないことか。

何か毎日毎日がギリギリである。

・・・・
ー2003年12月10 日記
「深井義明」のことを書く。

10年位前に脳梗塞で亡くなってしまった。
あとで聞いた為、葬式に出席できなかった。
「新橋しの田寿司」の四十数店舗の寿司屋チェーンの息子で、
「ある時間の断片」の中に度々出てくる。
私の結婚式に出席してくれた学生時代の友人だ。
日記を読み返して、ある時期によく寮に来ていた。

 彼とは、欧州旅行で親しくなり、亡くなる直前まで接点があった男である。
最後に会ったのが、チェーン理論のペガサスクラブのセミナーで
箱根の小涌園であった。
その時に学生時代のある秘密を私の打ち明けてくれた。
共通の知り合いの女性に結婚を申し込み振られてしまったことだ。
まあ、美女に野?で不釣合いで、当然のことだ。
ところが、その女性に共通の友人も結婚を申し込んでいたという。
私にすれば20数年後に知った「え〜まさか!」という驚きであった。

 わたしら三人と、合コンで一泊二日のドライブをした。
相手方は「雲の雲の上の人」に見えた。
将来のことで頭がいっぱいで、余裕は全くなかった。
無傷は私だけだったのか、そして私は二人のダシに使われていたのか?
後先出会った女性ではナンバーワンとは思っていたが、自分の恋愛対象など
考えられなかった。
母親にどういうタイプが良いのかと言われたとき、その人の写真を見せた。
それを見た人が今の家内の話を持ってきた。
あの時代のことが、改めて思い出された。

 それと、父親に対して「社内クーデター」
を起こして強引に社長になったことも打ち明けた。
「その時父親が泣いていた」と話してていた。
自分が考えていたことを実行したが全て失敗してしまった。
頭の中の理想でしかなかったのだ。
その時になって初めて自分のした事の重大性に気がついたという。

最後とも思っていなかったのだろうが、心の秘密を10分ぐらいの立ち話
で全て話した。何か虫の知らせがあったのだろう。
人には色いろ心の傷があるものだ。


2076, 経験についての一考察

2006年12月09日(土)

              オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
経験について考えてみよう。
「経験」は、「経験を積む」や「経験者」のように、
 『くり返しおこなってきたことから得られた知識や技術』をさす。
それに対して「体験」は、「面白い体験」「戦争体験」など直接感じた行為経験をいう。

「人生経験」を例にとると、体験などを通して腑に落ちること、了解したことをいう。
その蓄積が人生経験豊富ということになる。
 
経験は、過去の積み重なねとしての現在の自分を構成している。
したがって、年を重ねただけ了解した蓄積が多く、
何をしても、何を読んでも、そのプールが面白くなっていく。

    経験そのものも貴重だが、それ以上に、
    そこから何を、どのように学ぶかが重要である。
    バーナードショーは、
   「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、
    経験に対処する能力に応じてである」と、いっている。
    経験から学ぶことこそ「経験を生かすノウハウ」である。

人は経験から学ぶと同時に、忘れる動物である。
忘れるから生きていける部分もあるが、喉もと過ぎれば何とかで、
経験を消化する前に忘却してしまうのが人間の性である。
汝自身を知れ!、そう消化しないで忘却する自分を知れ!
こそ経験を無駄にしないことになる。
汝自身を知れとは!とは、この意味で考えると腑におち、納得できる。
消化できない自分の無知さえ自覚できない愚かな動物である、ということを                     (ノ≧ロ)ノ<天然のばかやろぉ〜〜〜!!! 
               ( ̄(●●) ̄)フン!     
    経験といえば他人の経験からも学ぶことができる。
    それが文化・文明をつくり上げてきたのである。
    他人の不幸・失敗は、その経験則を把握さえすれば、
    自分の経験則に織り込むことが可能になる。
    これが「合理的・合理性」である。
    
    この歳になり、過去が未来より圧倒的に多いと実感してくると、
    他人の経験則の吸収と、自らの経験を消化する知力の至らなさを
    痛切に後悔するようになる。

生きるとは、失敗こそが意味を教えてくれる切り口になる。
失敗こそが人生である。全てが失敗といってよい。
最近は後悔すべき過去がフラッシュのように、頭を過る。
しかし、人生は失敗・後悔の塊と割り切ってしまえば、
深く人生を見直すこともできようし、分別もできよう。
砂に喩えれば、砂金も少しはみつかるだろう。

    石ころも混ざっているが!
    大したことがあるわけない人生、
    意味など今さら考えても仕方ないが。
    意味は、価値だろう、
    価値の後つけほど馬鹿馬鹿しいものはないのに、
    自信がないから、裏づけが無いから、記億の修正のため、
    そして疾しさを正当化するため、経験を歪めてしまうのである、
    人間というものは!
             (人・・)それで(・・人)
                い〜〜いんじゃ〜んない!
  経験は、先生である!
  先生の話は、よーく聞くべきだった!  
              (。^0^。)ノサイナラ!
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2005年12月09日(金)
1711, 道路の経済学     ー読書日記   

 学生時代の武澤ゼミの一年後輩から
  一月ほど前に電話が入った。       (。・ω・。)】ゝモシモーシ
                           (*´o)8 ohisasi
  あるプロジェクトの相談である。
   その詳細は書けないが、かなり難しい問題である。
    
    ・戦略の失敗を戦術でカバーできないか? 
     ということか、
    ・戦略の再構築のための情報収集ということか、
     その両方だろう。
     その時の電話で、
      現代新書から「道路の経済学 」を出版したところ、
       半年たらずで3万部も売れたので是非読んでほしいという。
       
 そこで、先日ネットで発注して読んだが、
  道路に対して全くの素人の私も理解できる内容であった。
   彼が不動産鑑定士をしているという話は10数年前のゼミOB会で
    会ったときに聞いていた。
      現在、不動産鑑定士だけでなく、 
       明冶大學や母校の大学院で講師をしているという。
【dou ro】\_( ゚ロ゚)
     私がまとめた概略を、あとで記してみる。
   その前に、
  この本をネットで調べた内容をコピーしておきます。マ ~~匸Pヽ(・ω・`)
                            coffe ーデモ…
 ー
著者: 松下文洋
     現代新書
  内容紹介
 <本書より・カバー裏面より>
  アクアラインは800円でよい!         【゚Д゚】ハァ?!
  「必要な道路」「ムダな道路」はどう見分けるのか?
  よくわかる公共投資分析の本
  日本の公共事業を「民営化」するために
 道路公団が保有・管理してきた高速道路には、
「ネットワーク型」と「バイパス型」があります。
まずはバイパス型の道路資産の一部について、
 改良・維持管理・料金徴収などの運営事業を、
  民間企業に売却するのです。
 たとえば、東京―名古屋間は東名と中央高速が並行していますが、
   どちらかを(バイパスとみなして)民間に売却し、
    官と民の競争を促進させるのです。
 そのとき、私はDBFOやBOTの考え方を採り入れることを提案します。
 一定の契約期間ののちに国に無償で返還させ、
  以後は無料道路とするわけです。
   ネットワーク型の場合も、工夫次第で売却は可能でしょう。
----
ー私の概略と感想を書いてみるー
((φ(-ω-)
まずは首都圏のアクアラインの事例がよい。
 誰も判りやすいからだ。
−その要旨とは、
 千葉の木更津から川崎の通行費を
  3000円から約4分の1の800円に下げれば、
  利用台数が3倍近くの2万9千台に増え、経済効果を考えると、
   充分に収入減をカバーするという試算を出している。

     木更津のバブルピーク時からの土地の下落率14分の1という惨状が、
¬_¬)   このアクアラインの期待はずれを、そのままあらわしている。
  ちらっ!  
        アクアラインの開通まで、
        東京から木更津まで2〜4時間かかっていたのが、
       僅か一時間に短縮された。
      しかし15キロの道に当初は4000円の料金が高すぎた。
     (現在は3000円。社会実験中でETC車なら2320円)。
     通過時間は僅か10分くらいである。  
    筆者は、高速道路の料金を決定する際、
    (1)経済性
    (2)環境
    (3)社会的な公平性
     が必要と説く。
   建設費と交通量と償還期間の数字だけを見て、
  料金を設定(「経済性」の無視)した結果が、
 予測の三分の一の交通量しかない結果になったと主張。
 開通前から、三分の一の予測を主張していた。
 
・「需要者の必要性と財布のヒモとのバランス」が
  全く考慮されない。(「社会的な公平性」の無視。 タク、モウ`ε´(
・「目の前の高速道路が高すぎて使えない」
 という市民たちの熱意を受け、筆者は分析の結果、
  アクアラインの料金は1000円が適当との結論
 (最終的に800円でも可となる)。
 1000円に値下げすれば、
  利用台数は1日2万5000台前後に上昇する
  (現状は1日1万4000台)。
   これなら、適切な値段といえよう。
   1000円の値下げで、1日約1000万円の減収となるが、
    逆に1日1億円の経済効果が生まれると試算。
     結果的に市民たちの主張を受け入れたという。
      木更津の荒廃ぶりがあまりにも酷いものである。ヒャー! (T_T)
 この本のキーワードに
 DBFOとBOTとPFIがある。
・PFI は(private finance intiatiave)の略で、
  民間の資金によって道路や橋、空港、港湾などの社会資本を
   建設・運営する方式の事業である。
 
    この導入の目的は、政府が行うよりも費用が安く、
     効果的であることです。
      『民間に出来ること』ではなくて、
       『民間のほうが得意は民間にまかせる』のが、
        イギリス流の民営化である。

・BOTはPFIの事業を資金回収した後に、国に無償で譲渡するやりかたです。
  途上国の開発によくおこなわれていたが、最近は先進国の公共事業でも
   おこなわれるようになってきた。

・DBFO(design build finance operation)
 は民間企業が設計から建設・財務・管理までおこなう方式で、
   40~50年の契約終了後に、
    やはり道路などの公共事業が国に返される。
     この方式の場合、民間企業は交通需要の予測の精度が重要になる。
 
 なるほど、理屈に合っている。
 『官から民への流れ』の道路行政版というのが主旨のようだ。
  それにしても、今までの道路行政の理解をはるかに超えた
   乱脈ぶりに改めて驚いてしまった。
イギリスの道路行政と対比して、日本の道路・建設族の利権?からくる
非合理性を指摘している。
   
 今度の小泉の対象で、道路偏重の行政が大きく変わろうとしている。
  その先駆けを、彼は長年かけてしていたことになる。   
    武澤ゼミ門下生、ここにあり!ということか。
(^_^)/~~ja~
・・・・・・・・

2004年12月09日(木)
1346, 23歳の日記−5

実際のところ、書きうつしていて気持ちの良いものではない。
 三十五年前の自分と直面するのも恐ろしい。
  正常と異常の塀の上を一日一日歩いているようなものだった。
  それが若さということなのだろう。
何か焦りと焦燥感がつきまとっていた。
 黒い影に常に追われている気持ちであった。
  20代は毎日が変化の激しい息詰まるような日々であったようだ。
  もっとも誰もがそうだろうが。
それと当時から理屈っぽいのがよく見てとれる。
 デズニーのミッキーマウスなどのキャラクターはみな頭がデカイが、
  若い時はそれでもよいのだろう。
   
   パンドラの箱を開けて、覗き込んでいるような気持ちである。

4月20日 ー1969年
現在は仕事面でも、私的な面でも日々に流されているに過ぎない。
 それを乗りこえなくてはなるまい。
  それにしても、週に一回同期と飲む酒の上手さも格別だ。
   二軒の店を開拓した。我われに丁度良い居酒屋があるものだ。
   自分の考えが、あまりに理屈っぽいということは解る。
  一日一日を毅然としているしかないが。
「転ぶのはそれでよい、立ち上がる事が、立ち上がるその姿勢が、良いのだ。」転ぶのを恐れてはいないのか。
 −−−
4月26日(土曜日)
現在、会社の一端を知ってきて、
 不安と不満と安堵感が入り混じった状態である。
  8割が女性社会ということは、はっきりいって知らなかった。
  働いている女性の生き生きした姿を身近で見るのも初めて。
 それにしても、いろいろな人がいるものだ。
ただ、自分はハッタリだけでないかと自己嫌悪に陥る。
 ーーー
4月30日
仕事面でも、対人関係でも、その中に自分がそのままいた。
 今の自分は、ここで何をしようとしているのか、見失いがちになっている。
  ウエットになりすぎているのか、それとも日々に流されているのか。
   私は、ここに修行に来ていることを忘れないことだ。
    しかし、それを知られては駄目である。
   私は、結局実家の会社に帰り、そこを基点に会社を発展させなくてはならない。
  周囲の人と同じ考えでは、駄目なのだ。
 この現実と理想のギャップに悩むことは良いことだ。
それが無くなった時に、人間の姿をした人形になってしまう。
ーーー
5月03日
今日、店長との座談会があった。
 ふっと自分だけが取り残されている感がする。
  気持が散漫になり集中できないのだ。
   自分が何様のつもりだろう、単なる青い一人の男でしかないのに。
  自分自分と勝手に、独りよがりなだけでしかないのに。
 ちゃんと仕事ができるようになってから、真っ当に理屈を言えば
よいが、何もできてないくせに意識だけが先走っている。
ーーー
5月21日
ふと、仕事に対して気持ちの入っていない自分に気がつく。
 何をしているのだろう。いい加減な自分が情けない、惨めである。
  確かに視野は広く持っていなくてはならないが、といって目の前を
   チャンとこなしてからのことである。 
   本を読みこなして、その上で現在自分に何を期待されているかを
  把握しなくてはならない。そして何を成すべきかを把握したら、
 それに対して行動しなくてはならない。
これだけ、毎日の激務の中、肉体的にも精神的にも限界である。

・・・・・・・・・
2003年12月09日(火)
979, 結婚30年

一昨日で、結婚30周年になる。
 昨日気がついた。今までは結婚祝いなどしたことはない。
  結婚という視点からいうと、「30年は短かった」というのが実感である。
   女性問題でもめたことは一切ないし、夫婦の危機は一度もなかった。
    つくづく嫌気がさしたこともない?
     上手くいっているかどうかの自己判定は、
      20組いたら、上位の1〜2番目であろう。
       「親しき仲にも礼儀あり」が、私たちの特徴である。
         お互いの世界には立ち入らないことにしている。
         海外ツアーで「あなた方が夫婦とは知らなかった。
        いつもバスから降りると別行動をしているから」
       と何回も言われた。
      現場に行けば、その世界に独り溶け込んでしまうからだ。
     それと、24時間常に隣にいることになる。
    その時、せめて一番の見せ場では独りでいた方がお互いによい。
   それだけ対象は素晴らしいが。
  一つだけ自慢がある。
 夫婦で30回近く海外ツアーに参加している人はいない。
 それだけ大変である。

 昔から「A型、長女、教養、お嬢さま、ウエット」が好みの
要素のキーワードであった。
「30年間比較的うまくいっている」のは、その要素が比較的に多かった
 ためだろう。
  それと常に対話をしてきたこともある。
   長年の「権力闘争」から、全く会話がない夫婦がいるが、
    そうなったらお終いである。

     夫婦を一生続けることは大事業というが、
      私の場合はそうは感じなかった。
       同じTvでも当たりと外れがある。
      当たれば10〜15年間は全く故障ないが、外れれば2〜3年で故障する。
     夫婦も同じである。
    海外ツアーで、初対面のオバサン同士が自分の連れ添いに対して、
   買った家電のように
  「私は当たり!」と嬉しそうにいっている人と、
 「そうなの、良いわね、私は大外れなの!」
 という会話を聞いたことがあるが、夫婦の仲はこんなものだろう。
 一緒に暮らしてみなくては、これだけは解らないものである。

 数年前に親戚の夫婦が70歳を過ぎて離婚をした。
ほんとうに深い人生の失敗?である。
結婚は家庭内離婚を含めると半分近く破綻をする。
 これも仕方ないことである。

 子は鎹ーカスガイというが、本当である。
  家は住まいである。「住まい」は「巣まい」が語源という。
   子供を育てるための居場所が、家庭である。
    子供が巣立てしまった家庭を英語で「何とか?」と言っていたが、
     今の我が家が、そうである。
      そこで再び二人きっりで向き合うことになる。
       そして??????
        結婚30年は、丁度その時期である。

川柳に [二人とも 何か欠けてて いい夫婦」
          というのがあったが、
   私らは「二人とも 全て欠けてて ぼけ夫婦」というところだ。
・・・・・・・・
2002年12月09日(月)
605,ある時間の断片-19

10月12日 1968年
8時起床。
 11時半に長岡に出発する。
  15時過ぎに帰宅。
   家はやはりよい。
    両親が帰ってくる。
     学校町と柏崎のおばも来る。
兄の三郎さんが婚約したという。
 どんな人か早く会ってみたいものだ。
  長岡の街を歩いてみる。
   街が禅寺に行っていたせいか何かよい。
    西村さん夫婦は旦那の実家に行っていたため会えず。
夜半の3時までオリンピックをみる。
 世の中も変わったものだ、小学生の頃のメルボルン大会を
  ラジオでやっと聞こえたのに。
   12年でカラーTVで見れるのは夢のようだ。
・・・・・・・・・

2001年12月09日(日)
264,税務調査ー2

野村沙知代が脱税で逮捕された。
 悪質の為だが、それにしても実の息子に
  告発されるとは異常だ。
   国税局の査察の場合大部分が内部告発だ。

全国の会社の15佑之侏の不正が行われているという。
 そしてあまり表ざたにならないのは、多かれ少なかれ、
  脱税が行われているからだ。
  「ことを大きくすると全てばらすぞ!」
    それがあるから、足元を見て不正をする。

国の政治家があれだけ悪い事をし、官僚もたかり放題。
 やりたくなるのも解るが、それをいちゃーおしまいである。

それにしても今まで、税務調査に入らないのもおかしい?
 野村監督も知らないではすまないはずだが、
  ここが日本の甘い体質がそのまま出ている。

うちの会社の税務調査の一年後の去年に、
 至近のホテルに税務調査が入った。
  そして一億数千万を追徴されたという。
   税務署も当社の数字を参考に、調べあげたと予想される。
    敵もさるものである。

旧約聖書に税のちょう収人が、
 かなり身分の低い人としてイヤシメられて書いてあるが、嫌われる仕事だ。
  中国に旅行した時、定年退職したばかりの税務署所員が4人できていた。
   中国の金で一万円相当を貸してやったが、帰国した新潟空港で
    円が下がってると9500円を返した返した。
   
    こうなると卑しいと卑下したくなる。
   いや、その職業でなく人間性か!
・・・・・・・
12月9日  1968年

9時半起床。
11時45分に上野へ、正子さんを迎えに行く。
 上野の寿楽で食事をしていると、軽井沢で知り合った、
  小林君と大井君でバッタリ会う。
   彼等と一時間話をする。
    やはり方向に迷っているみたいであった。
その後、正子さんの希望で京成電鉄で「成田」へ行って、
 お札を納めてくる。
  17時にニューオータニに着く。
   姉がチェックインをした後,
    18時に川崎達と会うため赤坂見附へいく。
18時20分に彼等と落ち合う。
 車が四人乗りで、横浜は無理である。
  以前石川と行ったレストランで食事をする。
   その後、ゴーゴーバーへ行く。
    赤坂見附の近くの「ムゲン」という店である。
   このような店で踊ったのは初めてである。
  姉とその友人とも踊る。
 サイケ調でその世界に引きずり込まれてしまった。
その後、「アシベ」というクラブで飲む。
 遠藤周作がいた。
  22時半に姉達を送っていく。


2075, 世界の「富」、人口の2%が半分以上所有

2006年12月08日(金)


 
             (。^0^。)ノ オッ
             (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ

    先日の日経新聞によると、
    国連の研究機関が12月5日に発表した調査で
    ー世界の「富」、人口の2%が半分以上所有ー
    という記事があった。
  
 ーこれを解りやすくまとめるとー

・世界の成人人口の2%が、
 家計全体の「富」の半分以上を所有。
・逆に貧しい方からみると、
 人口の50佑所有する富は1パーセント。
・最も豊かな層に属し、成人人口の1%に相当する人々が所有する富は、
 世界の4割に相当。「上位1%」を居住している国別に分類すると、
 米国が最多の37%、日本は2番目に多い27%となった。
 日米だけで上位1%の3分の2近くを占めた。
・一人当たりの世界の富の平均が、2600ドル。
 日本は18万1000ドル、アメリカは14万4000ドル、
 中国は2600ドル、インドは1100ドルだった。
・富の分配の格差を示す「ジニ係数」も国別に算出。
 値が一に近づくほど格差が大きくなるが、
 世界の平均値が0・89に対して、
 アメリカは0・8に対して、日本は5・5で格差は比較的小さい。
 まだまだ、日本は健全にみえるが、この数年で大きく変わってきた。
 
 2000年の統計値を使ってまとめたもので、
 預貯金や不動産などの資産から負債を引いたものを
「富」と定義したという。

 ーー
     以上が大方の数字だが、
    「世界の富の80%は、世界の20%の富裕層が所有している」
     というが、それを裏づける数字になっている。

    中国や旧ソ連や、イスラム圏などから学ぶことは、
    アッラーや、イデオロギーは富という面からみたら問題ありになる。
    無知が貧しさの原因になる。
    それと幸せ感とは違うというが、やはり・・・
 
 日本の長期低落傾向は、その豊かさと、ジニ係数がふつうの国レベルまで
 修正されるプロセスにあるということだ。
 やはり金に換えておくか、外国に資産を移動しておくべきだろう。
 あればの話だが。
                     *^ワ^*)i  
                      バイバイ
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 
 2005年12月08日(木)
1710, 結婚32年の風景

昨日で結婚32年になった。       ゚(゚ノ∀`゚)゚。アヒャヒャ
 ほとんど危機らしいことは無かった?が、
  そうそう甘いものではなかった。
                   ~~旦⊂(・∀・ )
                      マァ チャデモ!  且~

相性が良いかどうかは、直には判断できない。
 相性という面では当たったのだろう。

以前にも書いたが、昔から好きなタイプは
  ・長女
  ・丸顔のノッペラ          A(´∀`人)
  ・A型
  ・控えめ
  ・慎重
  ・身長160
  ・気が強い             ( ;:゚皿゚:)_◇~~ アァァァ!!
 であったが、
 ほぼ範疇に入っていたのが良かったのだろう。

ただ、「代々続いた婿取りの家系の娘の特性」には
 本当のところ驚いてしまった。
  男子受験高校の中でのチヤホヤされた環境も加え、
   60年に一回の年回りの『剛の虎』生まれと、  ((=゚Д゚=))剛のドラ
    A型という血液型が加味されると、
     だいたい想像がつくだろう。
      
全くの無知であったが、それは相手にも言えるだろう。
 「相互理解」という言葉の重みが身に沁みた32年間であった。
  その為には、やはり会話(いや、対話か?)が必要だ。
   会話が無くなるのが大きな亀裂になるようだ。
   
「我われ夫婦には『溝』などない、
      しかし、『浅くて広い河』がある」  [河]`∀´)Ψ ヶヶヶ
  と、いつも知人に笑い話をしている。
   だから上手くいっているのだろう!!?
それと、結婚して以来、国内外に旅行に供に出ていたのも
 良かったのだろう!
 我われにとっては『旅がカスガイ』だった。
                         ジャ! (^_^)/~~
   
・・・・・・・・

2004年12月08日(水)
1345, ビデオ・DVDで観たい 名画200選
         ー読書日記

この本、最近本屋の平台に積まれていて気にはなっていた。
 しかし定点観測で見ていると、いつの間にか売れている。
  過去の名画は、よほど名画といわれる以外あまり見ていないと
   思っていたが、この200選の40佑盍僂討い燭里砲篭辰い拭

最近は事務所の近くにDVDレンタルショップが出来たことと、
 PDP・TVを二年前に購入したこともあって、
  平均週二本は借りてきて見ている。
   名画のコーナーがあるが、
    どうしても最近封切られたものを借りることが多い。
     しかし、立ち読みをしているだけでも内容をダイジェストに
      まとめ上げている
       内容の濃い本である。
        見たことのあるものも読むことによって
         思い出すことができる。

これからは、この本を参考書として、過去の見ることができなかった
 映画の世界に入っていこうと考えている。
  恐らく過去に見た人でも、このあらすじを思い出すためにも
   非常に良い本であることは、私も認める。

   あまり過去の名作映画に興味ない人でも、あらすじを知っておくのにも
  素晴らしい理想的な本である。

  ー私の場合、
2.サスペンス&アクション
 3.SF&スペクタクル
  4.ウエスタン
   のコーナーは殆んど見ているが、他はあまり見ていない。
    かなり極端である。
この本は
・あらすじ
・みどころ
・主役の詳細
・淀川長治のワンポイント
  のコーナーが分かれていて、読みやすくなっている。
   読みやすく、手引書として絶賛してよい本だ。

ーーーーー

「ビデオ・DVDで観たい名画200選 」
知恵の森文庫
淀川 長治 (著),
佐藤 有一 (著)

「映画こそは生きた人間教科書」(淀川)
生涯を映画に捧げた師弟による〈遺言の書〉!

「映画は生きた人間教科書」(淀川)、
「思いの丈を、この一冊にぶつけた」(佐藤)
――映画に生涯を捧げた師弟が、
「風と共に去りぬ」「太陽がいっぱい」「ベルリン・天使の詩」など、
選りすぐりの名画200作品を解説。
あらすじ、見どころ、名場面の写真、監督や俳優のプロフィールに加え、
製作秘話なども楽しい名画ガイドの決定版。

まえがき

1.ラヴ・ストーリー
 巴里の屋根の下/モロッコ/或る夜の出来事/風と共に去りぬ/ニノチカ
/哀愁/カサブランカ/ライムライト/ローマの休日/終着駅/裸足の伯爵夫人
/赤と黒/麗しのサブリナ/ピクニック/ヘッドライト/慕情/旅情/恋人たち
/勝手にしやがれ/鞄を持った女/情事/ティファニーで朝食を/突然炎のごとく
/男と女/卒業/みじかくも美しく燃え/ロミオとジュリエット/ある愛の詩
/アニー・ホール/グッバイガール/愛と青春の旅だち/愛と哀しみの果て

2.サスペンス&アクション
 望郷/裸の町/第三の男/罠/アフリカの女王/恐怖の報酬
/現金(ゲンナマ)に手を出すな/裏窓/抵抗〈レジスタンス〉
/死刑台のエレベーター/太陽がいっぱい/007ロシアより愛をこめて/シャレード
/コレクター/俺たちに明日はない/冒険者たち/夜の大捜査線
/暗くなるまで待って/イージー・ライダー/フレンチ・コネクション
/スティング/タクシー・ドライバー/ロッキー/ストリート・オブ・ファイヤー
/刑事ジョン・ブック目撃者

3.SF&スペクタクル
 西部戦線異状なし/ヘンリー五世/戦場にかける橋/ベン・ハー
/アラビアのロレンス/大脱走/クレオパトラ/博士の異常な愛情
/2001年宇宙の旅/スター・ウォーズ/E.T./ラストエンペラー/タイタニック

4.ウエスタン
 平原児/駅馬車/荒野の決闘/赤い河/アパッチ砦/死の谷/黄色いリボン
/ウインチェスター銃'73/真昼の決闘/シェーン/捜索者/大いなる西部
/荒野の七人/許されざる者/荒馬と女/夕陽のガンマン/明日に向って撃て!
/ワイルドバンチ

5.ミュージカル
 会議は踊る/未完成交響楽/オーケストラの少女/オズの魔法使/赤い靴
/踊る大紐育(ニューヨーク)/アニーよ銃をとれ/巴里のアメリカ人
/雨に唄えば/王様と私/パリの恋人/恋の手ほどき/黒いオルフェ
/ウエスト・サイド物語/シェルブールの雨傘/マイ・フェア・レディ
/メリー・ポピンズ/サウンド・オブ・ミュージック
/エルビス・オン・ステージ/キャバレー/アマデウス/コーラスライン

6.ヒューマンドラマ・アメリカ編
 グランド・ホテル/オペラハット/モダン・タイムス/我が家の楽園
/スミス都へ行く/独裁者/怒りの葡萄/わが谷は緑なりき/市民ケーン
/打撃王/我が道を往く/ブルックリン横丁/我等の生涯の最良の年/ママの想い出
/黄金/女相続人/三人の妻への手紙/イヴの総て/サンセット大通り
/欲望という名の電車/静かなる男/地上(ここ)より永遠(とわ)に/波止場
/エデンの東/黄金の腕/白鯨/ジャイアンツ/十二人の怒れる男
/翼よ!あれが巴里の灯だ/五つの銅貨/お熱いのがお好き/アパートの鍵貸します
/ニュールンベルグ裁判/酒とバラの日々/砲艦サンパブロ/真夜中のカーボーイ
/ジョニーは戦場へ行った/ゴッドファーザー/スケアクロウ/ハリーとトント
/カッコーの巣の上で/ディア・ハンター/プリティ・ベビー/天国の日々
/クレイマー、クレイマー/普通の人々/黄昏/愛と追憶の日々
/セント・エルモス・ファイアー/プラトーン/ラウンド・ミッドナイト
/八月の鯨/フィールド・オブ・ドリームス/ダンス・ウィズ・ウルブズ
/シンドラーのリスト/フォレスト・ガンプ 一期一会

7.ヒューマンドラマ・ヨーロッパ編
 我等の仲間/大いなる幻影/天井棧敷の人々/美女と野獣/自転車泥棒
/禁じられた遊び/赤い風車/道/居酒屋/鉄道員/戦艦シュペー号の最後
/誓いの休暇/甘い生活/素晴らしい風船旅行/81/2/山猫/ひまわり
/ベニスに死す/ルートヴィヒ 神々の黄昏/ミツバチのささやき/家族の肖像
/父 パードレ・パドローネ/秋のソナタ/ブリキの太鼓/エレファント・マン
/U・ボート/ファニーとアレクサンデル/田舎の日曜日/シテール島への船出
/マイライフ・アズ・ア・ドッグ/グッドモーニング・バビロン!
/ベルリン・天使の詩/子熊物語/ニュー・シネマ・パラダイス
あとがき
俳優リスト
監督リスト

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・・・・・・・・・

2003年12月08日(月)
978, 全日本相撲選手権
 
 昨日、TVでこの試合が放送された。
毎年、この時期におこなわれる。
学生と一般のアマチャュアが勝ち抜きトーナメントで優勝を決める。
学生で優勝すれば、大相撲の勧誘が待っている。
幕下の付け出しか、15枚目からの番付け保証される。
現在の学生出身の力士は、ほとんどが、この試合で優勝か準優勝をしている。
一発勝負の要素も強いので、見ていて面白い。

かなり個性的な選手が多く含まれているのも面白い。

 TVでやるのは予選を勝ち抜いた出場選手32名の勝ち抜き戦である。
学生選手権や実業団などの優勝経験者ばかりである。
また「元学生選手」と「学生選手」との戦いでもある。
やはり学生の方が練習時間と若さの為有利になる。
その辺の戦いが面白いのだ。
今年のベスト8は、学生4名、社会人4名であった。
大体この辺りは、このバランスである。
決勝は社会人同士の戦いで、まもなく31歳になるベテラン選手が優勝をした。

 現在の幕内上位の半分近くは学生出身力士といってよい。
高見盛、土佐の海、武双山、などがいる。
以前は輪島など超大物がいたが、最近はあまりいなくなった。
相撲そのものの人気が無くなったこともあるだろう。

 これと全日本剣道選手権は毎年楽しみである。
 
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 2002年12月08日(日)
604,ある時間の断片-18

ー10月9日
7時半起床。どうしても6時半には起きれない。
まず初日からこれではどうしようもない。
もっと気合を入れなくてはならない。
一人で自分を律するのは厳しい。
土曜日まで頑張らなくては。

ー10月10日
今日も計画通りに起きることができない。
午前中まで野田一夫の「ゆれる経営風土」を読む。
15時から卒論の下書き始める。
波に乗ったようだ、ここで可能な限りやってしまおう。

19時に実家から電話がある。
母と長姉の正子さんと話をする。
一番下の姉夫婦の西村さんが帰っているという。

明日正子さんが東京に行くので、
深井に夜の東京を案内を頼むという。
深井に電話をするが彼がいない。
明日もう一度電話をする事にする。

ー10月11日

8時に起床。
卒論の方は予定通り進んだ。
明日夕方帰ることになった。
姉たちが来ているから帰ってこいとのこと。

今日は時間のたつのが早い。

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2001年12月08日(土)
263,玉突き事故

半年位前に、市役所分室に印鑑証明をもらいに行った帰りのこと。
長岡の大手通り四つ角で、車に追突してしまった。
その車がまたその前の車にぶつかる、玉突き事故になってしまった。

その玉突きされた車の中から、恐持てのやくざ風の男が、怒鳴りながら飛び
出してきた。雪駄を履き、金の首輪、角刈りの何とかスタイル。
「何さらすねん、この野郎!」と、やべえーなと思っても仕方ない。

「これは全て私が悪いこと、とりあえず100メートル先のところで!」
という事になった。直接ぶつかった車の人が真っ青の顔をしていた。
どういう訳か、いつもこういう時は腹が据わってしまう。

そしてそこに行くと、直接ぶつかってしまった人がいない。
少し待ってみようということで、待っても待っても直接ぶつかった人が
こない。恐れて逃げてしまったのだ。恐れる必要は全く無いのに。

こちらも拍子抜け、相手も拍子抜けになってしまった。
バンパーがかなり傷が入っていた。「バンパーを変えなくては駄目だ!」
ときた。しかし直接ぶつかった相手がいない。私も「保険が降りない。
手を打ちましょう!」というと「幾らだ?」と言うから「一万円!」
と言った。4〜5万?取られるなら、ハッタリで思い切って安く言ったのだ。

相手の額に青筋が立った。すかさず「こちらも本来保険で下りるところ
相手がいないので一銭も出ない。警察を呼ぶと面倒です、手を打ちましょう!」
と言うと急に「よし!」と言った。警察がよほど嫌だったみたいだった。
拍子抜けであった。

その時財布に7〜8万の金がたまたま入っていた。いざ支払う時に
それを見た相手の顔が忘れられない。「しまった、全部取れたのに!」
と言う顔であった。
後は逃げるが勝ち、さっさとその場を離れた。

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12時8日(日曜日)  1968年

 12時に起床する。
昼飯後、何か落ち着かない。
夕方独りで池袋に出てみる。
独り目的もなく池袋の街をブラブラするのもよい。
皆がそれぞれ楽しんでいるのを見ると、自分まで楽しくなる。
田島がアルバイトをしているスナックに行ってみたが、日曜日でも
やっていた。しかし彼はいない。
今度は銀座にしてみよう。
本屋などは独りで立ち寄るが、何の当てもなく出かけるのは
初めてだ。違った遊び方を一つおぼえた。
今度は銀座にしよう。

ところで朝寝ていると、
長岡の一番上の姉の正子さんから電話が来る。
明日東京に遊びに来るから、よろしくとの内容であった。
ニューオータニだそうだ。
高木・川崎・松村が案内の候補にあがった。
高木は遊びすぎで謹慎の身だそうだ。
次に川崎に電話をするとOKであった。
友人の車があるから、車つきである。
明日は明日になってみなくては判らない。

 それにしても、いろいろ毎日有り過ぎだ。
一日一日がギリギリである。
何せ、卒論と卒業を絶対に成し遂げないと。


2074, 寝ずの番

2006年12月07日(木)

            才八∋ウ_〆(∀`●) 
先週の金曜日の昼休みに、近くのレンタルDVDショップで何気なく
「寝ずの番」を借りた。
落語家の大御所の葬式にまつわるコメディーで面白そうであった。
そして事務所に帰ってきて30分もしないうちに義母の死亡の連絡が入った。
その夜は生通夜、翌日が通夜、そしてその翌日が葬式とつづいた。
何かの因縁だろうと、土曜日の納棺・通夜の出発まで時間があったので
DVDを見ることにした。
くしくもそれが通夜の内容で、下ネタのヒットパレードである。
不謹慎と解っていても、2時間近く爆笑であった。!!(^Q^)/゛

    「寝ずの番」とは、生通夜に線香を絶やさず故人の思い出を語って、
    一夜を過ごす風習である。
    この映画は、それを題材に色いろな故人のエピソードを面白おかしく
    笑い飛ばすストーリーである。
    伊丹十三の「お葬式」や「男はつらいよ」などで、
通夜のドラマが演じられている。
    泣きながら頭にあるのは相続の算段をしているのが、
シビアで笑いを誘う。

ーその概要といえばー
俳優・津川雅彦が、祖父(牧野省三)、叔父(マキノ 雅弘)と同じ「マキノ」性で
映画監督デビューした作品でもあり、原作は故中島らもである。
笑満亭橋鶴という落語家一門の「寝ずの番」の可笑しくも悲しい物語。
師匠橋鶴、一番弟子橋次、おかみさん(師匠の奥さん)志津子と次々に亡くなり、
それぞれのお通夜でのエピソードが味がある。
始りの場面が、死に際の師匠の「そそ が見たい」という言葉から始まる。
(実はそそは‘空’の聞き違いだが)
そこで弟子の上さんの??を死に際の師匠に、見せる場面から・・・
 映画全体が下ネタのオンパレードである。 
 o_ _)ノ彡☆ ぎゃはは                   _(_ _)ノ彡☆ばんばん!
    −−−
    京都で饅頭のことを「おまん」というらしが、京都でこの言葉を聞いて
    赤面したことがあるが・・。ここまで次々と艶歌や下用語が出ていると、
    逆にイヤらしくなくなるから不思議である。
    浅丘ルリ子、米倉涼子、中村勘三郎、桂三枝、笑福亭鶴瓶などが
    本人役でチョイ役で出てきたが、津川雅彦の友情出演だろう。
    笑満亭橋鶴のモデルは、鶴瓶の師匠・笑福亭松鶴?。

生通夜の席上、亡き骸と踊る“らくだのカンカン踊り”や、
下ネタの‘座敷歌合戦’は「粋」でさえある。
死ぬ前に遺した最期の言葉で残っているのは   
ゲーテは「光を、もっと光を・・・」
ベートーベンは、「友よ拍手を!喜劇は終わった!」
トルストイは、「私は真実を愛する」である。
そして、この映画の笑満亭橋鶴は「そら(そそ)が見たい」である。
           
    邦画が再び息を吹き返してきたようだ。
    この映画は明らかに中年年代以上を狙ったもの。
    しかし、悲しみを笑いに変えて偲ぶ内容は、
    下手な泣きよりも深い愛情が出て良いものだ。
    葬式ほど、虚実の虚構そのものに目がいくから、
    尚のこと下ネタの奥にある人間味が表出するのだろう。
    
    それにしても、えげつない!!
    下ネタ‘座敷歌合戦’の中の
   「ちんぽ、ちんぽと、いばるな、ちんぽ
        ちんぽ まんこのつまようじ
    まんこ まんこと、 いばるなまんこ
        まんこ ちんぽの??? 」
   など、ふきだしてしまった!
    
         !(^o^)  バイバイ♪
・・・・・・・・・

2005年12月07日(水)
1709, 耐震偽造問題について 

 マンションとホテルの耐震強度偽装問題は、あまりに悪質である。
  これまで「建設業界そのものが、政治、官公庁がらみの構造汚職体質」
  と、このHPで辛らつの批判してきた。

   その末端の一現象が、そのまま露出したにすぎない。
    さらに大きな広がりが、日ごとに出てくるだろう。
                           ~~匸Pヽ(・ω・`)
    今回の偽造が発端になった物件は、
    総研というビジネスホテルの開業指導のコンサルタント会社が
    偽造の設計主導をしていたというから、問題が深い。

    数年前に、坪・40万でホテルが建つと聞いていたが、
   まさか犯罪まがいの建物とは思ってもみなかった。
  もし当方で数年前にホテルの計画があれば、
 総研の紹介の設計施工の業者に建設させていた可能性がないとはいえない。
 TVで着工時の鉄筋の骨組みの写真が出ていた。
 10階の建物で、本来はビッシリ鉄筋が詰まってなければならないのに、
  スカスカの鉄筋が露出して写っていた。 
  施工業者が気がつかないわけがない。       ヽ(゚Д゚;)ノ!!
 
ー先日の地元の新潟日報によると、
 地元最大手の福田組が、ヒューザーのマンションを川口市で
  建設をしていたという。(丸運建設も似たような関連がある)
                     
                        nannjai┐(´ー`)┌
  住民側の説明によると、マンションに対する瑕疵責任を負わないと
  ヒューザー側と契約していたという。
   福田組は承知の上に施工していたと疑われても仕方がない。
    今回、問題になって倒産した木村建設も建設協力業者として
    参加していたというから犯罪集団と判っていて
    加担していたということだ!
    ということは、犯罪集団の一員ということか?
                      Σp(`□´)q ナニィィイイイ!!
    今回の被害者?のホテルをHPで調べてみたが、
    見ていて背筋が凍る思いである。
   マフィア体質の建設業界の膿が、     mafia( `´)=0))××)
  これからとどまることなく出るだろう。

 この事件は、考えてみれば殺人未遂事件である。
 明らかに、震度5の地震がおこれば倒壊するのを知っていた確信犯である。

 阪神大震災の時に倒壊した中で、
 ある施工業者が建てたビルが目立っていたという。
  「ドサクサで問題にならなかった」 (ノ_・、)
  という情報を持っていたと思われる。
---
以下は問題のホテルの一覧である。
ここではクリックしても見ることが出来ないので
サロンに張っておきます。

ホテルセンピア
http://www.saint.ne.jp/ohashi/index05.html
グレースイン前橋
http://www.grace-inn.co.jp/
名鉄イン名古屋
http://www.meitetsu-inn-nagoyakanayama.jp/
岡崎サンホテル
http://www.sun-hotel.jp/
センターワンホテル
http://www.centreone-handa.com/
京王プレッソイン
http://www.presso-inn.com/

・・・・・・・

2004年12月07日(火)
1344, 面白くない日は
    一日たりともつくらない

「面白くない日は一日たりとも作らない」という信念で病院をつくった
  医師をテーマにした映画(内容は後でコピー)を見たことがあった。
   それを「実際に自分の生活の中で実行できまいか」
    と思い立って、一ヶ月経つ。

そう思って一日一日を過ごすと、いくらでも面白いネタはある。
 最近、10年日記帳がマンネリ化してきたので面白日記に切り替えた。
 「面白いことに、面白いネタは面白いほどあるので、面白くなってきた。」
最近気がついたのが、「面白いとは主観的」ということだ。
 その切り口は、何ごとにも好奇心を持つことであり、
  対象の中の本質に気づくことである。
   それにしても「パッチ・アダムス」という映画には考えさせられた。
   「泣いて生きるも一生、笑って生きるも一生!」
     なら笑って生きた方が良いに決まっている。
     「日曜日は笑いの一日にしている」
      と、以前の随想日記に書いたことがあったが、
       この映画を見て思い立った。
        もちろん今も実行している。
ーーー
ーあるHP よりコピー
「パッチ・アダムス 」
  (98年アメリカ作品1時間56分)

「なぜ患者を病名や部屋の番号で呼ぶのか?」
 「危篤と聞いて駆けつけたのに、書類がないと中に入れないとは
   どういうわけだ?」。
    医大に入学した中年の男が、こんな疑問を投げかけながら、
     笑いこそ最良の薬と信じて道化となり治療費無料の病院を作り上げていく。
      実話だそうだ。
       パッチには「直す、繕う」の意味がある。
 
      「医療に人の心を」。
      これがロビン・ウィリアムス演じる主人公アダムスの信念。
     治療方法は患者を笑わせること。
    アダムスはピエロや天使の扮装をし、患者の前でステップを踏み歌を唄う。
   これが可笑しい。どう見ても奇行。
  至極まじめな学部長とはことごとく対立する。
 しかし曲げない。なぜか。

 重病人は絶望感に打ちのめされている。
 それ自体が深刻な病気だ。アダムスはそこから治さなければと考える。
  いぶかしげに見ていた同級生や看護婦は、やがて彼の行動を理解する。
  『パッチ・アダムス』の面白さは、システム化した現代医療の在り方に
   一石を投じただけにとどまらない。
    理想実現にまい進する彼の生き方は、広く人の心をつかむに違いない。

     同じロビン主演の『いまを生きる』(P・ウィアー監督)をふと思い出した。
    これも学園が舞台だったが、双方の主人公を見ていると
   前向きな気持ちが湧いてくる。

  かつてアダムスは精神病院に入院していた。自殺癖があった。
 そんな彼に生きる目標を与えたのは、カウンセリングの医師ではなく
 同じ病院の入院患者だった。その老人、親指を折った手を見せてアダムスに聞く。
「何本に見える?」。
「4本」と答えると老人は首を振り「目の前に見えるものにとらわれちゃ駄目だ」。
 ヒントを与えられてアダムスは正解にたどりつき、同時に患者が患者を治すことも
  あると悟る。「患者と医師になんの違いがあるのか」。
   だが、順風に見えたその後の彼に思わぬ不幸も襲う。

ロビンが役どころとテーマに心底から共感し、楽しんで撮影に臨んだのが
 スクリーンを通じても伝わってくる。スタッフたちも同じ思いであったろう。
  監督トム・シャドヤックはコメディ畑の人だが、この作品で映画心をつかんだか。

・・・・・・・・
2003年12月07日(日)
977, 「開運!なんでも鑑定団」

 この番組み、いつも楽しみにしてみている。
代々、実家が古美術商であった為に両親の収集した古美術品に 囲まれて育った。
(両親は戦後になって衣料量販店に転業した。)
しかし衣料量販店で成功したお金で、趣味で骨董を買い集めていた。

  古美術の世界では「目利き」という言葉がある。
この世界では、「騙しは悪いことでない」一般から観れば異様の世界である。
・「傾むきかけた旦那様から骨董を詐欺同然で買取る」のが仕入れになる。
  まずは仕入れで大儲けをして、
・反対に「旦那様」に可能な限り高く売りつけて、儲けるのだ。
 
 その為には、ほぼ太鼓持ちに近い状態になる。
如何に良い旦那様に贔屓にされるかが腕になってくる。
父のお客は当時軍事産業で勢いを持っていた「津上製作所」の津上退助、
山本五十六、互尊文庫の創設者の野本互尊翁などなど、
そうそうのメンバーだった。
一年に一個売れば、一家が充分に生活ができる稼ぎであったという。

 両親を見ていて、その買い方の凄さにタダタダ驚いた。
「蔵出し」という言葉がある。
事業が傾いた家が、道具屋と組んで蔵の古美術品を売りに出すのだ。
事業が上手くいっている人が、事業を失敗した家に乗り込んで買い取る
場面に両親に連れて行かれて何回か見た。
修羅場もいいところである。子供ながら、そのことは解っていた。

私が異常に「痴呆名士や、その??息子」を嫌うのは、
こういう場面を両親に意図的に見せられていた為だ。
「蔵出し」とは、商売の勝ち組が負け組みからただ同然で財産を買い叩くことだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍の凝縮された場面である。
絶対に負け組みになってはならないのだ。

昨日、「開運!なんでも鑑定団」を十年近く見てきた中で、
一番すごい場面をみた。
「光悦」の茶碗が出てきたのだ。
嘘だろうと思ってみていたら、何と本物であった。
この春、ある収集家が自信を持って出したものが全部、贋物であった。
その本人がリベンジで出てきた。
10年前400万で買った「光悦」の茶碗の鑑定だ。
もし本物なら、国宝ものである。

結果からいうと本物であった。
光悦の作品が17点あることは知られていて、
今まで8〜9点の存在は確認されているという。
新たに不明の一点が出てきたのだ。
鑑定の値段は「5千万円」であったが、
実際は値がつかないだろう。

ー最近、話題はTVか、レンタルDVDの映画が多い。
どうしてもカウチポテト族になってしまう。

ーインターネットで「光悦」で調べた内容をコピーしておきます。

 本阿弥光悦
(ほんあみ こうえつ 1558〜1637)
永禄元年(1558)、京都に生まれる。
安土桃山・江戸時代初期に活躍した芸術家。
近衛信尹、松花堂昭乗と共に寛永の三筆の一人。
京都の三長者(後藤、茶屋、角倉)に比肩する富豪で、代々刀剣の鑑定、磨き、
浄拭を家職とした本阿弥家に生まれる。熱烈な法華教信仰を根幹とする一族の
厳格な節倹、誠心を光悦も失うことなく、和学の教養と独自の書風(光悦流)を
身につけて、美術工芸面に金字塔をうち立てた。角倉素庵に協力して出版した
嵯峨本や俵屋宗達の下絵に揮毫した和歌巻、色紙、さらに蒔絵、茶碗などは、
当代の日本文化の花と讃えられる。
茶の湯の師、古田織部が自害した1615年(元和元年)徳川家康より洛北鷹が
峰の地所を与えられ移住し、〈皆法華〉の芸術家村を築いて、題目三昧と創作、
雅遊の晩年を送った。友人は公家、武士、僧など広範に及び、〈天下の重宝〉
と惜しまれて、同地に没した。

(コンサイス日本人名辞典より抜粋)

・・・・・・・
・・・・・・・
2002年12月07日(土)
603,ある時間の断片-17
 10月8日 1968年

10時起床。
12時40分に上野に向け出発。
六日町の雲頓庵へ。
久々だ雲頓庵だ。
計画はこうだ。
6時半起床、一時間掃除、食事、30分間座禅、9~12時勉強、
昼飯後、13時から15時勉強、30分休憩後、17時30分まで勉強。
食後30分座禅の後、19時半から23時半まで勉強。24時就寝。

卒論の大筋をつくり、目次を第三章までまとめる。
小項目をそれぞれ書き込むこととする。

ー追記ー     
       2002年12月06日記

 この時に書いていた卒論の内容について書いてみる。

ー卒論 「流通革命について」

 私の卒業論文は「流通革命」であった。
内容は今のスーパーの出だしのころで、
そのころ主流を占めていた百貨店や一般小売店やデスカウントハウス
に変わり、チェーン店の時代がくるという論証であった。

 その為にアメリカのチェーン店を引き合いに出して、その組織や
業態を事例に出して、これからは今までの流通経路と全く
違ったバイパスとしてのチェーン店の時代の到来を、渥美俊一や
林周一の流通革命という書物を種本にして纏め上げようとしていた。

 今なら一月もしないうちに、いや二週間で軽く書き上げることができるが、
基礎となる文章の書き方も知らないで、もがき苦しんでいるのが
手に取るようにわかる。

・今なら結論は何だ!と決める。その30~40語をまず決める!
・その結論を導き出す3〜4の項目をたてる。それに集中する。
・あとはそれぞれのキーワードを3〜4つさがす。
・あるべきスタイルをアメリカのチェーン店にモデルをさがす。
 それと日本の現状の差を見つけて埋めるプロセスたてる。
 
 以上を繰り返し書き直しを重ねるだろう。
34年経った今、その当時の雄であったダイエーが国家管理で、
長崎屋やニチイが倒産。西武流通グループは解体。

ヨーカ堂やジャスコも今はよいが、10年後は存続は5分5分の状態。
面白いものである。

・・・・・・・・

2001年12月07日(金)
262,強請りーその手口

ヤクザ対処法

この仕事をやって20年、前面(現場)には一切立たない。
現場は危ない部分があったが、危ない人に一円たりとも支払った事は
一度もない。

暴対法ができてから、チンピラやヤクザも大人しくなった。
しかしその以前から殆どない。現場に「すぐ警察に電話をするよう」
と指示してあるからだ。

2ヶ月位前、本屋で「ヤクザの実践心理術」という本を買った。
どうということのない本だが、面白い内容であった。
脅しのテクニックが詳しく書いてあった。
まず私の経験を書くと

1、彼らが一番恐れているのが警察である。
  電話を迷わずかけること、警察の門をくぐる事だ。
  ーこれをただ実直に守ったから20年間一回も脅されたことはない。

2、暴力の使用を一番恐れているのは、彼ら自身である。
  それを熟知していればよい。「恐喝で逮捕の危険」の塀の上を彼らは歩いて
  いるのだ。

3、彼らと3メートル以内に近寄らない、いや100メートルだ。

4、数年に一回ぐらい間違えて電話をとってしまうことがある。電話を無言で
  たたききる。2^3回やると二度とこない。いちゃもんのつけようがない。

5、「ワイは正しいで、間違ってるのはアンタや」という我田引水のレトリック
  をつかう。「心理学のプロフェッショナル」である。
  火のないところにイチャモンをつけ、煙を出させてシノギー稼ぎ
  にする。言葉のパフォーマーである。ただそれだけだ。

6、簡単だが、でも恐ろしい?‘警察’という言葉を多用することだ。
  そして行くことだ。それしかない。彼等はプロである。金のならない
  ヤバイ相手はすぐ見抜く!

7、弱味を見せない、彼らは情報産業だ。つけ入られるような事をしないことだ。

ー先ほどの本の要旨は

・まずは怒鳴り!そして筋論に引っ張り込む。
・次は捨て身の居直り。
・王手飛車取り「数百万の損をしたとか大きく出て、数十万、時に数万を
 下げ強請る。
・いかに底深く、底知れなくするかを演出。ーそれを常に考えている。
・キャステングボードをとって、相手を引きずりまわすかが勝負。
・善意の第三者をよそう、そしてチャンスを狙う。

恐れるのは仕方ないが、とりあえず警察に相談それしかない。
そしてその瞬間、彼等にとって「それはもはや獲物でなくなる」
幼稚なお芝居の終了になってしまうからだ。

恐怖も悩みもそれから逃げようとせず、その中心点を凝視することだ。

「恐れさせ、混乱させ、警察に垂れ込めないようなお芝居」が彼らの実態だ。
ーこれがその本のいわんとするところだ。

・・・・・・・
・・・・・・・
 
 ある時間の断片
12月7日(土曜日)
      1968年  

12時過ぎに目が覚める。
何となく時間が過ぎる。
18時に、山岡さんがくる。
先日のバザーのお金を受け取ってないという。
私はただ言われたまま無料奉仕をしただけだ。
20個の歯ブラシ代を。永田さんがポケットに入れたままだと言う。
何で私が責められなくてはならないのだ。

11時過ぎに深井を呼ぶ。
この前、ドタキャンに対して強く彼を責める。
言い過ぎたようだが、これでよい。
 夜半の0時に駒村と米林と3人でのみにいく。
駒村が、かなり酔ってしまった。
私のことを寮の先輩として尊敬すると褒め立ててきた。
お世辞でも嬉しい。
 この時、思わずオーストリアに行った河路先輩を非難してしまった。
また、満田先輩もだ。
寮から抜け出れない姿勢が問題であると。
学生気分から抜け出れないのだ。
逃避で寮に来ているだけだ


2073, 金は人を幸せにするか?

2006年12月06日(水)


           才八∋ウ_〆(∀`●)
    お金に関しては、何度か書いてきたが・・
   先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。
    毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』
    =W・バーンスタイン著の書評で、
    その内容が紹介されていたが、なかなかよい。
    建前でいえば、
   「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。
    それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。
    質問そのものがナンセンス」が正論である。
    しかし本音のところ、
    「金は何でも買うこともできる自由の塊、何でそんな建前をいうのか?
    そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」と、陰の声がささやく。

「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、
 最後は不幸のどん底、投身自殺を図ったが死に切れず・・・」
  これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。
 倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。
人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、
間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。
幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。

    私の持論は、
   「金で80佑旅せは買えるが、あとの20佑篭發杷磴┐覆ぁ
    その20佑海衆貳崑臉擇覆海箸任△襦しかし80佑惑磴┐襦
    幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。
    それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、
    やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。
                    (*´θ`*)金、欲しい!
理屈として、「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。
買えるものは金があればこそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。
そのぶん自由度が狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。
自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。
生存レベルで必死の人にとって、
{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである}
のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。

    生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、
    幸福感が「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、
    身近な世界の人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、
    幸せなれなくなる。

  金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を
  幸せにはしない」と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。
    
    ー先日の毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』の詳細は、
     ‘サロンのコーナー’にコピーしておきました。
                          *^ワ^*)i  
                          バイバイ   
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2005年12月06日(火)
1708, 戦略ノート −1
          −読書日記
また斉藤孝である。        ~~匸Pヽ(・ω・`)
 ただし、この本は訳者としてだが。
  俗にいう「夢・枝もの」である。
   『夢』-目標・戦略ーを持ち、それに対して『枝』ー戦術ーと
    根ー教養ーを長年かけて養えば、
     いつの間にかほとんどのことは叶う、
      という手のものである。
       実際のところ、その通りだが
        80佑凌佑初めから興味を示さず、
         残りの20佑Δ舛5佑凌佑靴、
          長年にわたって努力をしない。
          これが人間の固定観念のなせる業だ。
         この本では、成功とはなんだろうか?
        富は成功の付属物にすぎない、から始まり、
     
     ー 成功を以下のように定義する。  φ(・ェ・o)~カキカキ
   1、自分の人生の目的を知り
  2、潜在能力を最大限に発揮するために成長し
 3、人のためになるような種をまくこと  (n´∀`)η゚・.。. .。.:*・

   ・自分の心の奥底から望むことは何か? ということを熟考して
   ・自分の後ろ盾、強みは何か? を把握
   ・何でも屋ではなく専門家になれそうすれば
   ・優先順位が明確になる
  
更に 次の5つのステップで夢を見つける
 1、自分は成功できる! という強い信念を持つ
 2、プライドを捨てる
   プライドが高いと能力よりも外見にとらわれ、安全圏を出れない
 3、不平、不満を建設的なアイデアに変える
 4、マンネリ習慣から脱却する
 5、いつもやる気満々で仕事に向かえ      ょしゃ∩(´∀`)∩
   そのためにバックアップしてもらえる人や、     yaruzo!
   情熱の火を消さない知人を持つことも重要。
  勝者の思考回路を徹底的にまねる 事も重要だ。
    ‖┓  ((  
     (_)  匚P 
     ━┻    
  ー自分の可能性を最高度に発揮する7つの習慣 ー
  1、自分に力強く前向きなイメージを持つ
    自分自身を信じると客観的に見れる
    2、他人の長所に敏感に気付く
      気付こうとすることで、相手に対して期待感を持ち、
       積極的な心構えができるようになる
      3、いつでもどこにでもチャンスを見出す
       4、問題ではなく解決策に意識を集中させる
        5、他人になにを与えられるかに心を砕く
         6、夢や願望への執着心を持つ
          7、自分の人生に責任を持つ
            になる。
 ー忍耐強く自分をコントロールする5つのテクニックー
  1、権利ではなく責任に意識をフォーカスする
     権利の話をしてると後ろ向きになる
   2、自分の一番いいところを引き出してくれる人と付き合う
    3、ストレスは上手に発散しよう
     4、ユーモアのセンスを忘れない
      5、行動すれば臆病な自分は消える
                        (´・∀・`)y-~~ヘーsouka
     ・人は自分の志以上は大きくなれない
    ・どうでもいいことには一秒たりとも時間をかけないことも重要な要因になる。
  「人は、過去を未来を夢見、過去を悔やんでいるうちに、
  持っている唯一の『いま』がすり抜けていく」 という。
                        
ー戦略ノートの書き方として
 1、どこまで自分を成長させる夢を明確に描けるか?
    自分がどこに行きたいかわからなければ成功はできない。
   2、今の自分のプラスとマイナスの資源を洗い出す
     ・それはどれくらいの時間とお金がかかるのか?
     ・自分の能力、人的資源で役立つものは何か?
     ・克服すべき課題とは何と何か?
      スタートする前に何が欠けているかを正確に見極め、
      それを克服する覚悟を決めなければならない
     ・何を犠牲にできるのか?
    3、理念は何回書き直してもよい。
     成功の定義に基づいて最終的にあなたがやりたいと
     思ってることを簡潔な文章にまとめること。
            カキナオシ…φ(゚ロ゚*)ノ⌒@ ポイ  
          ((ロ(´皿`●)m ケシケシ φ(。。*)matome  
   4、成功へのガイドラインをしっかり守る
     決意書を書いたら、今度は目標の設定である。
      成功の目安となるポイントを書く
                     φ(。。*)メモメモ
      ・頭の中ではだめ。必ず紙に書くこと。
       ・自分の力だけで実現できるものについて書く
        ・ピンポイントに絞る
         ・萎縮する目標ではなくやる気が起こる目標であること
         ・計測可能であること
         ・制限時間は必ずつけること
         目標とは締め切りのある夢である
        目標に締め切りを設けて確実に実行していく
     5、すべてはやってみなければわからない
      目標を達成するにはまずやってみることである
    6、見直し、更新をめんどうくさがるな
     目標を達成するためには、絶えず目標と自分の進み具合を検討し、
     調整、更新していかなければならない
 ー幸先のいいスタートを切るためには、
  *目標を達成したらお祝いしよう。   *:.。☆..。.(´∀`人) omedetou
   *あなたにはその資格があると確信し。
    *夢を追い求めるときは、その目的について考え、目標を確認し、
    すばらしいことが起きることを期待しよう。
 こういう本を読んで、
  実際に実行する人間がほぼいないから安心して実行するがよい。
  ゚・*:.。. .。.:тндйк уoц
  ヾ(^-^)ゞbaibai
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 ・・・・・・・・
 
2004年12月06日(月)
1343, 雪下ろしの雷

今朝方の夜半の2時から、大きな雷が30分ほど鳴り響く。
特徴は、落雷の時間の長さである。
落ち始めてから十数秒?も鳴り響いて、
それが何度も続いていた。

これだけ長い時間の落雷の音を聞くのは初めてである。
さらに明け方になって、再び駄目押しの雷が鳴り響いた。
おかげで、かなり寝不足である。

今の時期の落雷は「雪下ろしの雷」といって、
雪がまじかに降るというお知らせである。
雪も降るときには降ってもらわないとスキー場や冬物商売に差支えが出てる。

新潟県は雪で一年の3分の1か4分の1は閉ざされてしまう。
反面、その雪が天然のダムの役割を果たして豊かな水をもたらす。
そのため中越地震の被害を受けたところは、内福のところである。

魚沼米とか、錦鯉とか、闘牛の山古志牛とか、
地味だが内福を絵に描いたようなところといわれている。
見たと聞いたとこれだけ違う所も少ないだろう。
贅沢をしない県民性もあるが。

雪下ろしといえば、最近は温暖化のためか雪の量が年々少なくなっている。
子供の頃は、3〜4メートルの雪など珍しくなかった。
柏崎の原発が出来てから、さらに顕著になったようだ。

住んでいるほうは、少ない方が生活をしやすいが、
自然のバランスからいえば降るべき時には多く降ったほうが良い。

雷といえば、学生時代に自衛隊に合宿した高崎の雷を思い出す。
数十メートル先に何回も落雷があった。
二段ベッドの鉄の手摺りが、落雷の電気が走ったのをアリアリと憶えている。

・・・・・・・・・

 2003年12月06日(土)
976, 新婚さんいらっしゃい ! −2

この5月に、このテーマで書いたが、再び書く。

 人間関係の、いや人生の凝縮が結婚と親子関係である。
特に結婚は全く違った人生を生きてきたもの同士が、
一つの家庭の中で生活をするのだから大問題が生じて当然である。

まずは二人だけの権力闘争がはじめるのだ。
そして、底知れないドブ沼が二人の間にできてくる。
 その入り口に立った二人が、熱にうなされ発情している状態が面白い。
‘我まま’丸出しの女が出てきて、男を奴隷のように扱っている姿を見ていると、
その男の中に自分の姿を見ているようで、我を忘れて感情移入をしてしまう。

 先日みた番組では、週の小遣いが500円という。
500万円の収入があるのに、月に2000円の小遣いである。
「何で、そんなに少ないの?」と桂三枝の質問に
「貯金が私の趣味なの!」と答える??女の答えが可笑しい。
亭主の昼飯が月曜日から金曜日まで
「かけうどん、かけうどん、かけうどん、かけそば、かけうどん」という。
凄いものだ。本人はやせ細っていた。旦那が小遣いの値上げを懇願していた。
せめて5000円というなら解るが、900円で喜んでいた。

 また数年前になるが、
パキスタン男と結婚した女は亭主を奴隷のように扱っていた。
まあ「愛の奴隷」のうちはよいが、「人種差別」による奴隷のようだった。
この時も月に2000円か3000円であった。
会場からは怒声が聞こえてきた。

 番組みの関係上、下ネタを明け透けに話すが聞きなれてくると
「いやらしい」感じないのがよい。

それにしても新妻?
が恥じらいもなく話すのには驚いてしまう。
書いていて気がついたが、この番組みの主役は新妻だ。

「高校三年生」の流行歌を聞いて育った年代としては、
女性の変容に時代の流れを感じる。

・・・・

783, 新婚さんいらっしゃい ! −1
2003年05月27日(火)
 
 テレビ朝日系で毎週日曜日の13時に放映している。
桂三枝と山瀬まみ、が司会をしているトーク番組で、2組の新婚をゲストとして招き、
新婚秘話や、なれそめや、おのろけを桂三枝、山瀬両司会が引き出していく。
恋愛のパワーのエネルギーが直接つたわってくる。
人間の原点や、それぞれの人生が結婚というプロセスで見えてくる。
時には際どい下ネタが出てくる。

 この番組を見はじめて30年以上が経つ。
軽いのりで時代背景がそのままでるのがよい。
周辺のいろいろな結婚を見ているが、全国レベルの変わった結婚のカタチが面白い。

 先日のケースの「拾った男と結婚した」というのが面白かった。
17歳の家出少年を一歳年上の女性が拾って、カラオケにいって、そのまま
部屋に泊めて、成り行きで結婚したケースであった。
捨て犬を拾ってきて、飼っているという感覚である。
いろいろあるものだが、結婚は人生の私生活という面で大半が決まってくる。
結婚相手レベルが自分であるといって過言ではない。
幸せを笑いで祝っているのだから、本人達、放送局、視聴者の三方両得になる。
 
・・・・・・・・・

2002年12月06日(金)
602,ある時間の断片-16
 1968年 10月6日  日曜日

朝10時半に起床。
部屋の大掃除後、洗濯屋に行くため部屋を出ると、
大妻女子大の5人と出くわす。
この前に来ていた人もいた。
彼女たちの会いに来た相手がいないので、私の部屋で一時間ほど
過ごす。

昼飯後、風呂に行ったり、音楽を聴いて時間をすごす。
夜半の12時に先輩で代議士秘書をしている永田さん部屋にくる。
何か自分中心で好感が持てなくなってきた。
自分のことしか見えてないのが嫌だ。
のんびりした一日であった。
 ーー
10月7日
9時半起床。10時半に学校に出発。
ところが学校は休み。図書館もやってない。
校庭の4丁目にいると、クラブの加藤と古市と会う。
彼等が変わっていたのに驚いた。
12時過ぎに石川と待ち合わせて会う。
ウエストサイドで3時過ぎまで話す。
辛らつにお互いの批判になる。

自信過剰で、視野の狭い人間だといわれた。
かなりこたえた。

その後本屋に寄り、寮に帰る。
音楽を聴いていると、後輩の米林君がくる。
頭のよい吸収力のある男だ。

明日から卒論のまとめの為に新潟の六日町の雲頓庵に行くが、
そこで大筋と構想をまとめてみようと思う。

石川についてー
かなり自尊心に傷をつけられた。
もともとお互どちらが正しいとはいえない。
割り切って付き合わなくては。
それにしてもこの自分の動揺はどういうことか。

・・・・・・・・・・

2001年12月06日(木)
261,ブランド品

ブランド品の定義ー
1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。
  それも不釣合いのノーコーデネート。
    一品豪華主義の典型
2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。
3、キャリアのブスの中年女がこれ見よがしに身に付けたがる。
   −野村監督の奥様。スナックなどでも時時いる金ぴか女?
  ブランド痴呆女というところか!
4、自分のセンスに自信がない人の印籠代わりの小道具。
5、家具から、身に着けているも全てコーデネートして初めて
  意味のあるもの。したがって大金持ちの贅沢遊び!
  収入が年間何億のレベルの人種のステータスシンボル。
  したがって一般の人が買うことは、金持ちコンプレックスの
  低脳を披瀝していることと同じ。

 一時凝っていた家内が突然買うのを止めた。その意味が解ったのだろう。
 アジアの黄色人種が身に付ければ、エテコウのお笑い!
 それが旅行を重ねているうちに気づいたようだ。
 
 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2〜3年か
 それ以前の「投げ捨て商品」。
 その筋のシンジケートから「 売価の一〜二割の原価」のしろもの。
 ハワイの飛行場で確か売上の 6割か7割の家賃を取っていることで、
 それが公になった。
 その事は20年以上前から、知っていた。
 
 大手の旅行代理店がそれを熟知、それで一時は荒稼ぎをしていた。
 黄色のエテが群がっている姿は、
 西欧人の軽蔑の対象だった。

・・・・・・
12月6日 1968年

朝7時半目覚まし時計がなる。
しかし起きることが出来なかった。やっと10時過ぎに起きた。
タクシーで学校へ。
11時20分にやっとのことで、食事をして
ゼミの「工場見学」に、時間ギリギリで間にあう。

新宿から京王線で府中へいく。
NECの工場だ。
事業所長の説明後、工場の見学だ。
アカデミックな感じがした。
雰囲気が知的で、コンピュータが部屋せましと並んでいた。

16時から、工場所長と人事部長補佐など数名と労務管理に
ついて話し合う。
積極的に話したのは、石川・田島・植本君の三人であった。
それに質問者の横井さん以外誰も無口であった。

18時から腹がすいて苦しかったが、19時に天丼がでる。
19時半に終了。その後マイクロバスで府中へ。

解散後、田島と河村と三人で井の頭公園へ行く。
それから荻窪へ行って、喫茶店で話をする。

田島がよく話す。
彼は先まで一緒だったゼミの石川に腹を立てていた。
彼が10月頃から大きく変わったと言った。
彼は「寂しい、ずるい、ゆわい人間だ」と指摘していた。
いま私が感じていることを,
そのまま言葉にして田島が言ったようだ。

ゼミの個性派同士の対立というべきだ。
おとなしい河村も石川を否定したということは、彼はやはり
異常と言ってよいのだろう。

人間性が崩れているというのが、共通項であった。
自分で墓穴を掘ったのか、
それとも自己の創造性を見出したのかは判断できない。
何か話していて、その姿が自分の姿でもあることに気がつく。


2072, 義母・故桑山正子さんへの弔辞

2006年12月05日(火)

                 (。^0^。)オッ
                 (*^○^*)ハヨー!

    先週の金曜日(12月1日)の昼に柏崎の義母の死亡の連絡が入った。
    その一週間前に見舞いに行った帰り道に、
   「年内は持たないだろう、覚悟しておくように!」と、家内に言ったが、
    そのまま帰らぬ人になってしまった。
    病室では風前の灯火という感が漂っていた。
    2年以上の長期入院の末で、自然死に近い死に方であった。
    享年82歳である。
               ご冥福を!
 ー追悼で義母のことを書くー
 
私が知る限り、これだけ幸せを絵に書いたような人に出会ったことがない。
これは家内も誰も認めていることで、こういう人生があるのか?と、
思うほど静穏な恵まれた人生であった。「穏やかな品位のある穢れのない人」
というのが、義母の正確な人柄の描写になる。

    数代つづいた婿取り娘の家系で、
幼児の時から無菌培養のように大切に育てられた。
    母親が4歳の時に亡くなり、祖母に育てられた。
    そのため?義母は両親の愛情を知らないで育った。
    婿養子の義父は10年前に78歳で癌で亡くなったが、
模範的は品行方正の温厚な人物で亡くなるまで義母に尽くしきった人である。
    柏崎のロータリー・クラブ会長などをしていて、誰にも好かれる人であった。

義母は柏崎の実家から数年に一度出るかで出ないで、箱入りの人生であった。
一人で柏崎を出たことも一度もなく、生活の食事・掃除・洗濯以外は全て
亡くなった義父が執事のように仕えていた。
家内とは年に5〜6回は遊びに行っていたが、義父がつききりで歓迎してくれた。

私の家内も、すぐ上の兄が生まれて間もなく死んでしまったため、
その失敗の轍を踏まないように大事に「婿取り」を前提に育て上げられた。
その後、弟が二人生まれたため後をとる必要がなくなり私と結婚するはめになった。
しかし、そのように育てられたためか意識は婿取りより強い。
後は喧嘩の火種になるから書けないが・・

    義母の「幸せの人生」は、私が知る限り右に出るものはいない。
    列車などの交通機関も一人で乗ったこともなく、すべて、義父と一緒か、
    ごく親しい知人と数年に一度温泉に行く程度であった。
    非常に美形で、結婚式の二人の写真は息を呑むほどである。

近所に親しい親戚や友人がいて、いつも夕飯時になると惣菜などが毎日届いていた。
家業も20人ほどの老舗の建材屋で、常に年商以上の流動資産がある手堅い会社である。
会社には二人の息子が入っていて、下の息子が会社を引き継いで社長をしている。
この義弟の嫁さんは、私の知人の会社の秘書を紹介してもらった人だ。
娘二人も家内を含めて近くに住んでいて、ホットな雰囲気が常に漂っていた。

    世の中には、幸せが身に付いている人と、その正反対の人がいる。
    その幸せの最先端にいた人が義母である。
    その部分は、家内が引き継いでいて、
   「世の中、幸せになるのが当然!」と信じて疑わない。
   「亭主は執事の如く自分に従うのは当然!」
    というところまで同じであるから、
    堪ったものではないが・・・全く!

前に、「煉獄の中にて」というテーマで書いたが、
その正反対の世界が、人生が、義母の人生というと言いすぎだろうか?
地方には、まだまだ、こういう岩陰の中の「ひっそりした豊かさ」が残っている。
例外に近いのだろうが・・・

    本人が幸せだったかどうかは、本人でないので知ることはできないが。
    どこの世界にもある悩み、トラブルはあったようだが。
    突きつめれば皆同じであるが、義母だけは別のようである。
               \\\★ (^_^)/~~ バイバイ
・・・・・・・・

2005年12月05日(月)
1707, 家訓づくりのすすめ −2

 第三章では
「わが家の家訓」の作り方、活用法が、詳しく説明されている。
 それぞれの事例のなかに、
 それぞれの事情が生々しく本音で書いてある。
 
  ー子育てに関する家訓の例として
   ・子は親を見て育つもの、親は子を育てて育つもの、
    子育ては親子の一大事業
     ・家族は幸せになるためのチーム、みんなで協力し合おう
       ・小さい時のしつけは一生の宝物、子のしつけは親の努め
    ー他には
     ・お金や名声よりも大切なものを持て
      ・毎日心がけよう笑顔の挨拶、元気のいい挨拶
       ・家族の問題からは決して逃げるな、
         心を合わせてみんなで解決しよう
          などがある。
    家訓を通して家族関係を見直すきっかけにもなる。     
    
      離婚直前の夫婦が、
      家訓をつくることで危機を乗り切った真に迫った内容もあった。  
                          )`ε´()`ε´(
     ーその家訓とはー
 
  1、人生は思い通りにはいかないもの、満足と感謝が大切
   2、誠実と謙虚と感謝の気持ちで人に接すれば世をおくれる
    3、得意げに正義をふるまわすな、むやみに正論をいいたてない
     4、あせるな、怒るな、くさるな、自分に負けるな
      5、罵声はわが身を振り返る鏡、ありがたい激励と思い
         怒らず、恨まず、悪口を言わず 
                          (o・_・)=○)*_*)
      6、最後まで聞くのが聞き上手、自慢しないのが話し上手、
        聞き上手、話し上手になれ
     7、親しくなっても、決してなれなれしくするな
                  ""(・・、) ヾ(^^ )""
    8、人の協力なくして成功はありえない、人を見る目を養え
   9、信頼と愛嬌をだいじにすべし  
  10、お金のゆとりは心のゆとり、ゆとりがもてるだけ稼げ
 ー読んでいると、喧嘩が絶えない阿修羅の日々が目に浮かんでくる。
                   
                      ‖┓  ((  
                    (_)  匚P 
                     ━┻ ♪〜♪〜           三章末の以下の文章が、この本の要約ーエキスといってよい!
      (書き写してみる)  
  *人生は思い通りにかいぬもの、満足と感謝が大切
   *積善の家、陰徳の人を心がけよ
    *勤勉が第一 志をもって、常に自己啓発に努めよ
     *言葉に誠を持て、言葉に信用のある人になれ
      *約束は守り、嘘をつくな
       *世のため人のため 何か役に立つ仕事をしよう
        *他人のしあわせも考えられる人間になろう
         *夢を持っても夢想家になるな、現実を離れては夢はかなわない
         *人一倍の夢をかなえたいならば、人より先に、人より多く行動しよう
         *努力なくして成功はありえない、大きな成功を得たければ人一倍努力せよ
         *自分で責任とれないことはやる
         *働かざる者は食うべからず、自分の持ち場をはたせ
        *人生、山あり谷あり、どんなときも倦まず弛まず努力すべし
       *人から何かをしてもらったら、いつも{ありがとう}と言おう
                       Σd(ゝ∀・)アリガトォ♪
      *自分にされて嫌なことは、人にするな Ψ( `∀)(∀´ )Ψ ネー
     *お金や名声よりも大切なものをもて
    *質素な生活を心がければ、めったに失敗することはない
   *人様に迷惑をかけてまでお金儲けをするな
   ((8-(o・ω・)o□☆□o(・ω・o)-8))♪
  
  第5章の家訓のサンプル350 
  (これで家訓が簡単につくれる)がよい。
 
   それぞれの項目に10位が記載されているが、
  日本のユダヤ教の教えみたいである。
 
 『家族は大切・こんな家族にしたい』を書き写してみる。
  ー家族は大切ー
    ・家族は生きる力を生む源、わが家は家族が第一
   ・仕事は大切、家族はもっと大切
  ・贅沢我がままは家族が壊れるもと、質素と思いやりを忘れぬこと
 ーサンプル=
 親の務め・子の務め
  楽しい生き方
  感謝する生き方
  自信の持てる生き方
  自分の発言には
  人生で何をめざすか
     夢をかなえる生き方:
 意欲ある生き方
  やるからには
  才能を伸ばせ・才能に気をつけろ
  決断
  人の世は
  誠実で責任ある謙虚な生き方
  手堅い生き方
 ゆったりとした生き方
  どっしりとした生き方
  度量のある生き方
  不遇のときの生き方
  反省も大切
  不屈の生き方
  誠意のあるつき合い方
 慎重なつき合い方
  気持ちの良いつき合い方
  人情味のあるつき合い方
  このつき合い方は厳禁
  感情に対する心得
  感情的になったときの工夫
  食事の心がけ
 お金に対する心構え
  お金の使い方
  お金儲けの心構え
  色・欲・酒の心構え
  ーー
以上だが、
 それぞれが人生訓そのもので、内容は深い。
 ー 私の家訓作りでは、
   このサンプルは殆んど参考にしないで済んだが、
    考えるヒントにはなった。
     マインドマップに、まず思いつくかぎり描いてみて、
      その後、この本を参考にした。 
       ゲーム的に、遊び気分で、気楽にするとよい。
   『家訓作り』は、
    自分を、
     そして家族を
      みつめ直すキッカケになる。
 ーー
 『家訓づくりのすすめ』
 −あなたと家族に幸運をもたらす確実な方法
 (浅見政資 東洋経済新報社

・・・・・・・・
2004年12月05日(日)
1342, カルフールが撤退

日経新聞に小売世界第二位のフランスのカルフールが
 店舗売却打診という記事が出ていた。

2000年に大鳴り物で日本進出をしてきたが、
 僅か4年あまりで撤退することになる。
  03年までに13店舗の出店予定だったが、日本の市場にはあわなかったようだ。
  一括売却を打診していたが、値段があわないため二分割をして売り出した。
   面白いといえば面白いが、数百億の損失であろう。
    駄目だと思ったら撤退すればよい。

中国にエネルギーを集中するというが、本当だろうか?
 日産のようには上手くはいかなかったようだ。
  日産はトップに問題がある会社の首のすげ替えが一番のネックだったが。

華やかな進出であったが、一店辺りの50億円の投資がネックだったようだ。
 ウォルマートも西友を買収して進出をしてきたが、
  まだ大量出店にいたってない。
   アメリカ本土ではKマートもシアーズに吸収され、
    ウォルマートとの一騎打ちの様相になっている。

流通戦争は傍から見ている分には面白いが、
 当事者は明日をも知らない世界である。
  あの長崎屋、マイカル、ヤオハン、
   そしてダイエーの結末をみれば解る。

今は国内のGMSは、
 ジャスコとヨーカ堂が一騎打ちのようだ。
  死に店舗の多さではヨーカ堂だが、管理能力はある。
   ジャスコは郊外型SCでは先行しているが、
    システムではヨーカ堂に劣る。

ダイエーも、解体が決まった。
 栄枯盛衰である。
  ウォルマートが買収した西友のスーパーセンターが
   どうなるか楽しみだ。
    大量出店をいつ仕掛けてくるかだが。

・・・・・・
・・・・・・
2003年12月05日(金)
975, 「それぞれの輝ける日々」

 スペインの「パンプローナの牛追い祭り」の再放送を見ていたら、
「それぞれの輝ける日々」という言葉が、ナレーションで流れていた。
この言葉には「それぞれの人の、輝ける日々」とか、
「それぞれの、人の輝ける日々」と分けることができる。

 その反面「それぞれのどん底の日々」もある。
この話になってくると、いろいろあるので内容は「・・輝ける日々」に絞る。

 人生には「それぞれの人にとっての輝ける日々」がある。
現在書いている「学生時代の日記」は、私にとっての「輝ける日々」の、
ある時期の、記録である。

「輝き」という言葉の背後には暗黒がある。
暗黒があるから、輝くのだ。
 
 偶然の賜物として倉庫の奥から出てきた「22歳の日記」を読んでみると、
私にとっての「輝ける日々」である。
誰もが記憶の彼方に持っている青春の日々である。
そして現在進行中の人もいる。

青春とは、決して素晴らしいとはいえない。
むしろ見っともなくボロボロの状態である。
しかし、それが輝きになっている。
「輝き」は、光っていることである。
人間が光っていることは、燃え狂っている状態である。
そして背後には暗黒が大きく口開いている。


そこで思い出したのが、「 一期は夢 ただ狂え 」である。
 
  世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
    夢幻や南無三宝
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
                ・・閑吟抄・・
 
 470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男
が古今集をまねてつくった歌の一つである。

‘人生など一瞬でしかない。
なら狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’
と言う内容である。

「一度しかない人生だからこそ、ひかり輝いて生きるべきである」
という人生観をいっている。

人生を顧みたときに「光輝いていた時」は、
何かに狂っていた時である。

人は、それをパラノイヤー偏執狂という。

・・・・・

2002年12月05日(木)

601,ある時間の断片-15
 1968年 
10月5日  土曜日

昨夜飲み過ぎせいか頭が痛い。
10時に深井に電話をするが、アユに用とかでお流れ。
集団デートお流れ。小作の方にしておけばよかった。

その後、酒井君が部屋にきて疎外論から人間関係論について
話し合う。かなり哲学づいているようだ。

深井が寮の部屋にくる。車を持っていると行動範囲が広い。
新橋の深井の自宅に行く。
親父に紹介される。
40店舗を持っている新橋しのだ寿司の社長だ。
私に興味があるみたいであった。

そこで食事をした後、彼と東名高速で横浜・板付へドライブをする。
あまり面白くなかった。

帰寮後、ボクシングの世界戦をみる。
小林が一方的に勝つ、つまらない試合であった。
その後食事に行く。

TVを見ていると市川さんが飲みに誘いにくる。
寮の近くの「三浦」という行きつけのスナックへ行く。

帰寮の後夜半の2時に寝る。
明日からは本格的に卒論に集中しなくては。

-------
「青雲寮」の過去に書いた内容をコピーしておきます。
                        2001/12/20
 −青雲寮(わが青春)

私が学生時代過ごした寮ー青雲寮のことを書いてみよう 。
場所は飯田橋から都電で新宿への中間 、新宿の牛込柳町にあり
早稲田南町のバス停にも近い住宅地であった。

早稲田大学の理事の自宅の庭にあり牛小屋のような造りで、
古くきたないL字型の24〜5室の寮であった。
早稲田の学生が3分の1,
あとは各大学の在学生で占められていた。
そこからは代議士(渡部恒三)や県会議員が数人ずつ出ており、
汚い棲家でもけっこう皆プライドはもっていた。

全国からの出身者のため個性的な人間の集まりであった。
今でも年数回、そこに今でも住んでいる夢を見る。
月に数回は10人位集まり酒を買ってきて飲んでいた。
誰か必ず部屋に遊びに来ている状態で、勉強に良い環境とは言えないが
人間勉強という意味で非常に良かった。

自民党の総裁の鳩山一郎系のいきがかかっていた。
思いもよらない先輩がいて、よく赤坂とかあの頃の学生では行けない所に
飲みにつれてもらったりした。音羽の鳩山御殿も数回行った憶えがある。
その関係で軽井沢の友愛山荘に長期の休みにアルバイトに行ったりしていた。
そこで学生時代の大きい財産になった欧州旅行のきっかけもできた。

その寮は一緒に生活をしている事もあってか、とにかく癖が強い人間が多かった。
私生活がお互い丸見え、どうしてもアラが見えてしまう、と同時にサル山と同じ
勢力争いがあって結構それが面白かった。

ホモ、女狂い有り。
哲学専攻でいつも一人ニヤニヤぶつぶつ言っている先輩あり。
クソ真面目のいやみな先輩、学生運動の闘士有り、
現在振り返ってみて、非常に面白い寮であった。

学生時代は
「この寮と、武澤ゼミと、一ヶ月間の欧州旅行と、クラブ」
を除いては考えられないが、いい経験をした寮であった。
私の大学の友人の間でも、
この寮の存在―特に汚い馬小屋風の寮で珍しがられていた。  

父がこの寮に卒業の八ヵ月前にきて、
翌月から仕送りを二倍に上げてくれた事で、
いかに凄いか想像出来るのでは。      (昭和40〜44年)
                 2001/05/24
・・・・・・・・・・
2001年12月05日(水)
260倒産ー2

新潟鉄工所の倒産の影響は私の想像以上になりそうだ。
その重みを解かってなかったのが本当のところだ。
地元に生まれ育った人は、実際かなりショックのようだ。

息子が新潟鉄工に勤めているだけで、自慢になるほどの
重みがあったという。

下請け、孫請けの地元の影響は、これから益々大きくなるのは避けられない。
考えてみれば当然で、これからその波及が出てきそうである。

地元では第四銀行が潰れた位ほどのショックらしい。
具体的にあそこがいくらとか、金額が出始めてきている。

一昨夜のTVのニュースで,債権者に対する説明会が出ていた。
直接の影響がないと思っていたが、そうはいってられない状況だ。
国内のテロを用心していたが、とんでもない処から火の手が上がった。

「日本の経済の終わり」の始まりの景色とはこんなものか。

長岡でも‘七?商店’が一億?千万とか、‘何とか工?’がいくらとか。
‘何とか銀行’が致命傷とか。今まで貸し先がおかしくなると
必ず噂の発生元としてて??銀行が流していたが、今度は自分の番になった。

それもペイオフに丁度いい塩梅で!
家内も「年内で全ての預金を引き上げる」という、当然の事だ!

もし株で信用売りができるなら、全ての財産を賭けて売りにするだろう!
これだけ確かな事はない。

仕手株の価値もないか!巡る巡るものだ。
全ての会社に言えることだが、「他人事でない!」
       
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

ある時間の断片
1968年 12月5日

 試験で最後の問題を書くのを忘れる。
自分に腹が立つ。
川崎と兼子と一緒に食事。
兼子が私の分を出してくれる、悪かったが。

 帰寮後、佐藤と飲みに行く。
このところ気まずかったが、真剣に話をする。
色いろあったが、ある程度解消をした。
彼も急に変わってきたが、本音を隠す部分が出てきた。

 池袋の居酒屋だが、50歳から60歳ぐらいの10人位の
グループ。勘定になったら、店の女の人に絡む。
「財布がなくなったが、お前が盗んだのでないか、裸になれ!」
しつこく絡んだ。中に割って入ると、あわや乱闘寸前!
集団の酒乱の姿の嫌らしいのは初めてであった。
今考えるとバカバカしい。酒の席のそういうことは見てみぬふりが第一だ。
池袋から、二人で歩いて帰る。

 毎日があまりにも刺激的だ。


2071, ゆっくり急げ! −2

2006年12月04日(月)

     b(^o^)dおっ 
       W(^O^)Wはー♪
       
以前も「ゆっくり急げ!」のテーマで書いたことがあったが、
最近、この意味の深さを痛感する。
ラテン語で「フェスタ・レンテ」という。
まあ、この言葉を暗記して繰り返していれば、
少しは気短が直るだろう。

    還暦をむかえると、人生に焦りが出る。
    私の場合、60歳までにそれ以降の全てを50代にやり遂げようと、
    10年間に詰め込んで生きよう心がけて過ごした。
    そのため焦りすぎて多くのミスも多かったが、
    ほっとしたような心の余裕ができている。
    あとは、おまけ!という気楽さというか・・・

団塊の世代の人達が定年を向かえようとして、急に、
「明日から会社には来なくても結構です。ご苦労様!」と言われても、
産業粗大ゴミが空地に捨てられたように呆然とする。
そして、‘60歳後の生き方’のような本にある
「ゆっくり生きましょう。群れてないで、一人で自分の世界を確立しなさい。
してなかった?それは貴方の責任です。これから一つずつ趣味をつくって生きましょう」と・・・
しかし焦っても、焦っても、どうすることはできない。

   焦らず、ゆっくりと死に?急ぎをするにはどうすべきか?
   いや死は実際には本人に存在しないのだから、
   寿命の尽きるまで輝いて生きるには「ゆっくり急げ!」を
   座右の銘にすべきであろう。
   「ゆっくり急げ!」という言葉に似た格言としては、
   
   ・ゆっくり行くことを恐れるな(中国)
   ・ゆっくり行くものは遠くまで行く(アメリカ)
   ・急ぐなら、もっとゆっくりせよ(イギリス)
   ・急いで行こうと思ったら古い道を行け(タイ)
   ・ゆっくり行くものは確実に行く(フランス)
   ・おそくても、ぜんぜんしないよりよい(ドイツ)
   ・急げば急ぐほど、まずくゆく(フランス)
   ・急げばまわれ(日本)
   ・急ぎの文はゆっくり書きなさい(日本)

どの国の言葉も、こと、これに関してはほぼ同じである。
「目的、目標を明確にしたら、それに向かって手段をハッキリ決めて
一つずつ確実にすすみなさい」ということだ。

   二度とない人生だもの、
   せっかく地球に遊びに来たんだもの、
   可能な限り学び、遊び、創造することだ。
   やはり急がなくては、しかし、ゆっくり!
      とくに、お前は!
 
             (+>∀<+)ノ
              バイバイ!
・・・・・・・・

2003/05/15
ゆっくり急げ!

 この相反する言葉をひとつにしているのが面白い。
方向を間違わないで一歩ずつ確実に歩めという意味である。
童話の「亀とウサギのかけっこ競争」や「急ぐ文はユックリ書け」
に似ている。
私の性格が気短で、せっかちで解っていても急いでしまう。
人生の達人といわれる人にゆっくり急いでいるタイプが多い。
何にもしていないようでいて、ポイントを外さない人だ。
モノゴトのABC分析がキッチリできているのだろう。

 早速インターネットで「ゆっくり急げ」と検索してみた。
上記の私の半端な解釈より、ずっと深い内容であった。

ーその結果はー
・ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの言葉として知られている。
「完璧な将軍にとって、軽挙妄動や猪突猛進ほど不似合いなものはないと
 考えていた。そこで常日頃から好んで次のような文句を口にしていた。
『ゆっくりと急げ』
『大胆な将軍より慎重な将軍の方がましだ』
『なんでも申し分なく立派にやりとげたら、申し分なく早くしたことになるのだ』」

・ローマ時代の銀貨に錨(いかり)にイルカが巻きついた図柄の銀貨がある。
 錨はゆっくりを、イルカは速さを表している。
「ゆっくり急げ」を描いた銀貨だ。
『急ぐべき時には急げ、ゆっくりすべき時にはゆっくりしろ』
と言うことだそうで、要は判断とバランスの問題だと言う。

・何をすべきかを考えることが大切
《急ぎは浪費のもと》「急いては事を仕損ずる」
「短気は損気」
《急ぐと自分の踵・つまずく》

ー以上であるが、じっくり考える事と判断と、それを踏まえて
 の行動の早さが大事だということだ。
 目的と手段・戦略と戦術を冷静に見据えた果敢な行動の必要性をいっている。

・・・・・・・
・・・・・・・
2005年12月04日(日)
1706, [我が家の家訓] をつくってみた

ところで、この本『家訓の作り方』を参考にして、
「わが家の家訓」をつくってみた。
                (作成時間3〜4時間)
                       ヨムマエニ
                 ma ~~匸Pヽ(・ω・)
                       コーヒーデモ…
 【【 堀井家の家訓 】】

*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*
 =人生について=
               ヽ('A`)ノェェェ マンドクセ
・群れるな!
  一人どっしりした生き方をすること
  そのために、教養の蓄積と余裕ある蓄財をしておく

 ・一度だけの人生、思い残すことなく生きよ

  ・何ごとも楽しめ!
    嫌なこと苦しいことほど楽しみのネタはある!

   ・自分の強みを見つけ、それを生かした人生を歩め

    ・自然体で生きよ
      無理しない、あわてない、気にしない

      ・何ごとに対しても誠意を持ってあたれ
        
       ・笑いと、喜びを持って日々励め       (´m`) ムフッ♪
 
        ・はやい時期に自分の楽しみを見つけ、一生をかけて追求すること

       ・継続すべきプラスの習慣を一つずつ身に付けていくこと

       ・何ごとも一期一会、「いま現在」を大事にして生きよ
         明日は常にないものと心がけよ!

      ・頭が固いとは、『脳硬化』と心得よ
       つねに変化に備えて、変身の用意を怠らないこと
                   (; ゚ ロ゚)ナン!( ; ロ゚)゚
                  ナンデス!!( ; ロ)゚ ゚トー!!
                  orega teinou dato~
     ・言葉に気をつけること
      特に(心の中の自己対話)内語に気をつけること
       (;^_^A " kuso! baka! teinou! kogitune! ore dameda!
    
    ・行動、行動、また行動。常に積極的に行動すること
     その周辺に情報と、さらなる行動がついてくる

  ・勉強、勉強、また勉強
    知れば知るほど、知った周辺の知らないことが増えてくる
                        
 
 *:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*  
  =お金に対して=
 
 
・保証人になるな
  ー請け判は人生を滅ぼす

  ・借金は能力範囲ですること

   ・商品取引、先物取引は厳禁のこと
    大きな博打はしないこと

   ・個人的な金の貸し借りは親兄弟でも絶対にしないこと
    −友人の出資とかいう手合いの話に絶対乗らないこと

  ・お金は楽しんで使え
  
 ・支出は収入の8割までにすること


*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:* 
  家庭について=

・生活は質素倹約に徹すること (=_=;)

 ・親しき仲にも礼儀あり、特に挨拶は必ずすること
  
  *おはようございます ∩(´∀`)∩ オハヨ〜♪
   *おやすみなさい |寝室Юヾ(●´∀)ノ" おやすみ〜♪
    *いただきます    (^人^)
     *ごちそうさま ( ̄ω ̄;)!!
      *いってきます  (^-^)ゞ
       *ただいま   (* ̄0 ̄*)
  *ありがとうございます   Σd(ゝ∀・)アリガトォ♪
               ♪〜♪〜 ♯♭
・自分のテリトリーは整理整頓に心がけること
  *自分の部屋の掃除
   *靴の並び
    *割り当てられた掃除
                      ~ヽ( ̄Д ̄*)ちっ
  ・親子、夫婦といえども自分のトラブルは
    家庭内に持ち込まないこと    mou sima senn! (^┰^;)ゞ

    ・笑いと感謝を持ってお互い敬うこと      uyamaimasum(_ _)m  
              ヾ(o;▽;)ノ"ギャハハ   kannsya kannsya(^人^;)
               ヾ(。ゝ∀・)ノ┌┛☆ドンドン!!
                 ・゚・(ノ∀`)σ・゚・。
                   
     ・常に話し合う習慣を日常よりつけておくこと
ヽ(ヽ゚ロ゚) ギャギア!! ヽ(゚Д゚○)ノ
    アアデモナイ、コウデモナイ

*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*
  =社会に対して=


・常に笑顔を持って他人に接すること
 ー近所の人とは、表面的な親しさに止めること

  ・ライオンズクラブ、ロータリークラブなどの  ehenn!( ̄〜 ̄)ξ
    社会的ステータスを求めている場所には近寄らないこと
     −但し、商売上止むを得ない場合は例外とするが
      それを必然とする仕事は可能な限りさけること

     ・マイナス語を日常に使う人種とは一線をおくこと
                         butubutu(; ゚ ロ゚*)!
       ・社会は本来『不平等』と知ること、
         間違っても、平等が基本などと誤解をしないこと
          平等と信じている人を信用しないこと
                         konoyoha byoudouja
                          ナンテコトヲ!
                   (;^_^a   ヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ!!
          ・他人に対して、心にやましいと思うことはしないこと (=_=;)
           
・人は人、我は我、されど仲良く
            を基
                        マタ~~■P o(´・∀・` )
                              coffee time☆     
*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*
 =家訓としての戦略=

 
つねに長期的視点に立ち、
  求めることを一つに絞りこみ、
   全精力を集中して、
    競争相手を定めて、
     先手を打つこと

  夢を持ち、
   明るく、
    質素に、
     ものごとの本質をみつめ、
      他人に良かれと思い、
       日々を一歩一歩踏みしめて
        生きること!

    「変化・挑戦・戦い」の絶え間ない繰り返しこそ、
      活きることである。
       つねに新鮮な気持ちを持って
        日々生きること。

       一流の人物を見つけ、その習慣を学ぶこと  
  ーーー
 
 こんなものだが、「親父の小言」のまとめである。
 それより自戒の言葉でもある。        (^┰^;)ゞ
 
 ・・・・・・・
 ・・・・・・・
 
 2004年12月04日(土)
1341, 岩にスジをみつけよ

20代に、読んだ本の中に、
「どんな岩でも、必ずスジがある。
そのスジさえ見つけノミを入れれば簡単に割れる。

岩は中味が均等には詰まってはない。
地球の力によって貼りあわされた合成物にすぎない。
その接着の後が残ってスジになっている。

それさえ見つけ、そこにミノさえ入れれば簡単に割れる。」
たしか、松永安左衛門の言葉だった。
最近は、この人のことは話題にはならなくなったが。

それを読んでから、常にこの言葉が座右の言葉になった。
それでは、それを実行してきたかというと何もいえない。

どういう訳かハンマーで岩を割ろうとして、スジさがしはしない。
ハンマーで割ることが、素晴らしいと思い込んでいるのだ。
その為か、割れやすい部分さえ探そうとしない。
他人事ではない、自分のことである。

プロは、そのスジを経験から直ぐ見つけ出す人である。
これも長年の経験が必要である。

ふとこの文章を書いていて、
「自分の中にスジを見つけよ」という言葉が浮かんだ。
自分の中のスジとは何だろう?
習慣化、マイ・ゴッド、それとも口癖の言葉?

そういえば、習い事で「貴方はスジがよい」というが。
才能ということか。
スジの意味が違うか。

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2003年12月04日(木)
974, 「黒い十人の女 」ー映画日記

「誰にも優しいことは、誰にも優しくないことよ!」

 昨夜「黒い十人の女」という市川昆の映画をWOWOWの映画を見ていたら、
この言葉が出てきた。
「女たらしのTVプロデューサーを殺害するための謀略を練る計画をするが・・」
という内容だが。これが、山本富士子、岸恵子、宮城まり子、中村玉緒、
岸田今日子、小山明子等、若き豪華女優が出ていた。

 そこで「誰にも優しいことは誰にも優しくないということよ」
と妻役の山本富士子がいう言葉がよい。いいえて妙な言葉である。
このプロデューサーの奥さんも含めて殺害計画の十人の物語である。
いざ殺害になると、妻以外は全て逃げてしまう。
もっと女の本性を映し出しているのが、計画段階で妻以外の大部分の女が、
プロデューサーにそれぞれ抜け駆けをするところだ。

 その内容はどうでもよい。
この言葉が面白い、いや意味を考えると深い。いや浅いのか?
「どこかの怪しげな新興宗教の教祖」とか、
「何処かの居酒屋やスナックの、優しい言葉だけを武器に生きている
強かなママさん」の世界そのものだ。

 しかし「誰にも優しい人」も大事なことではなかろうか。

 今の大女優の若い時の姿が素晴らしい。
今では60〜70歳位の大女優である。
そして、ほとんどが今も生存をしている。
いや現役というのが驚きである。

本当によい人間ー人材は最後まで残るものだ。

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 「黒い十人の女 」
1961年/大映/1時間43分
監督=市川崑 脚本=和田夏十
撮影=小林節雄 音楽=芥川也寸志
出演=岸恵子、船越英二、山本富士子、宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子

[ストーリー]
TVプロデューサー・風末吉(船越)はモテモテ男。妻がいるにもかかわらず
彼にむらがる女は多く、なんと風には妻を含めて十人もの女と関係があった。
やがて十人の妖しい女たちが集まっていっそ風が死ねば良い、
とグチをこぼすようになる。

そんな話を耳にした風は、自分が殺されるのではないかと思いこむ。
彼は妻の双葉(山本)に相談を持ちかけ、双葉は女たちの前で大芝居を仕かける。
やがて、男は女たちに社会的に抹殺される。
TV業界の男と女の人間模様を題材に、市川崑の独特のセンスが光る傑作。

  [コメント]
 この『黒い十人の女』は、現代のオシャレ若者から絶大な支持を得ている
PIZZICATO FIVEの小西康陽がリバイバル上映の仕掛人となったことで、若者の間で
ブームにすらなった。公開以来ほとんど上映される機会もなく幻の傑作と言われてきた

この作品は、『炎上』『鍵』『野火』と名作をたて続けに発表して、当時絶好調だった
名匠市川崑の『おとうと』に続く作品である。
日本映画離れしたシャープで、オシャレで、グラフィックな映像・コマ割りには
40年近く経った今でも、その斬新さに息を呑む。

さらに、みどころは妖し気な美しい女優陣。
クールな岸恵子、妻を演じる山本富士子、宮城まり子、現在でもお馴染み中村玉緒、
岸田今日子……。妖しい! カッコイイ! マヌケ! こんなにオンナを魅力的に撮れる
才能は稀だ。代わる代わる風こと船越英二に10人もの女たちが群がる様は、
異様すぎて笑いを誘う。特に、冒頭のシーンでゾロゾロと9人の女たちが岸恵子を
追う姿は見もの。

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2002年12月04日(水)
600, カットスロープ

ある経営セミナーで聞いた戦法・商法である。
立地やプライスラインで おこなわれる。

立地で解りやすいのが、先日新潟駅前にオープンした東横インだ。
税込み6500円ラインを駅直通の再開発ビルのテナントで
ぶつけてきた。咽喉仏を掻っ切られるのが、そのプライスラインの
ワシントン、アルファーワン、東急イン、第一ホテルである。

10〜20佑稜笋蠑紊殴瀬Ε鵑砲覆觧は必定だ。
そうでもないのに20〜30優瀬Ε鵑靴討い襪里法

当方のプライスラインは70涌焚爾琉戞軽微である。
値引き期間の今月は1割はダウンするだろうが。
当分は東横インの一人がちだろう。

新潟の宿泊は東横インのミドルプライスと当社のロープライスと分
け合うカタチで集約されていくだろう。

新潟駅前の十数の小型のビジネスホテルとビジネス旅館は
当社とターミナルホテルのカットスロープで消滅した。
市内の旅館も7〜8割も消滅した。

丁度開業の時に考えたのが以下のコンセプトである。
 〜蠎蠅凌澗,髻
 △垢襪匹
 ナイフで
 げ爾茲蝓
 イ弔あげる
 捨身で!

( 畫蠎蠅亮舂肋ι福
 ◆瓮廛薀ぅ垢里靴椶蠅海漾
 =当方の主力商品、
 ぁ當礇廛薀ぅ垢如
 ァ畚電製乎羲腟繊
 Α甼搬屬量棲硫宗

これを元に今の事業を立上げ続けてきた。
カットスロープに似ている。
弱肉強食の世界がますます露現してきている。
事業は全てをかけたビジネスゲームである。

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忘れられない言葉
      「2001/12/04 08:21 」

ー青年期の言葉

1、ベートーベンの
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に
耐ええることを証明したいと思う」ーロマン・ローラン
これが学生時代の私の一番好きだった言葉である。
これにこだわりすぎた部分もあった為、行動を制限されたが。

「苦境を突き抜けて歓喜に」ーこれもおなじべトーベンの言葉だ。


2、ソルジェニーツィン
「人生小説でないと思います。弱者は悪、強者が善です、強くあってください。
いや強くあらねばなりません。良くあるためにも強くなくてはならないのです!」
-これは25歳の頃やはり社会で強さが求められたためか。


3、「そうだ。人生に期待するには間違っているのだ。人生の方が、
私たちに期待しているのだ!」人生の問いのコペルニクス的転換。
未来には貴方に生み出される何かが待っている。人生が
貴方に見出される事を期待しているのだ。フランクルは、
人生に何も見出せなくので自殺するつもりだった二人の囚人を説得し、
生きる意志を起こさせている。事実一人の男性には、深い愛情をよせている一人の
息子がおり、外国で彼の帰還を待っていた。またもう一人は、科学者として本の
シリーズを書いていたが、まだ途中で、その完結が待たれていた。

ーこれは15年前に「夜と霧」に出てきた内容。自分が死んで葬式の額の写真の目から
視点を全く変えてみたのと類似している。

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12月4日
       ー1968年
・11時に起床。
 中間試験の勉強だ。
ところで昨日の件で、今になって怒りが押し寄せる。
「何なんだ!」という感情がくる。
といって考えてみたら何でもない事だ。
パーテーの日が変った事で、一つのチャンスが消えただけでしかない。
それだけで自分が情けなくなってきたのがオカシイ。

 大体あれもこれもというのが悪い。
凄い美人でなくては何とも無いことだが、その辺が問題だったのだ。
この辺さえ受け止められないのが、今の自分でしかない。
この先に、自分で事業を立ち上げるのが今の自分の目指すことだ。

22時から23時半まで市川さんと飲む。
昨日のことを愚痴っていたら、自分なりに冷静になれた。
一日半の揺れで終わりだから、傷は浅かったが。
かすり傷が最近多い。
今の自分は卒業に向けて最後の締めを決めなくてはならない。

その後、明方の4時まで勉強に集中できた。
毎日が嵐の中だ。
小さなコップでしかないが。


2070, 書画骨董の話 −2

2006年12月03日(日)

        才八∋ウ_〆(∀`●) 

    「画の六法」は絵画だけでなく、仏像や、壺、茶碗などにも
    当てはめることができる。
    気韻生動の一番わかりやすいのが、人物画や鳥獣画である。
    特に 「目」 である。
    
    爛々と輝いている眼に出会うことがある。
    獲物を狙っている鷹の眼光を発するような眼や、虎の眼である。
    仏像の優しい慈愛に満ちた眼もよい。
    幽霊の眼も背筋が凍り付く深い眼差しもある。
    
    眼に焦点を合わせてから全体をみるのも良いし、
    全体をみてから、眼をみるのもよいだろう。
    活きた眼はなかなか画けるものではない。
    眼は唯一露出された内臓である。
    「眼は口ほどにモノを言い」という諺がある。
    「人の心はみえる」とは、眼のことをいうのだろう。
    
他に、中国画独特の遠近解釈「三遠」があり、
中国画の画風の基盤になっている。
高遠(カユゥエン)  ‐ 空高く見上げろ (上空空間)
深遠(サンデュエン) ‐ 空間を奥深く見通せ(物体空間) 
平遠(ピンデュエン) ‐ 地の下面から、地平線まで見通せ(床面)
である。
書画を見るとき、このような見方をすればよい。
 
  
  茶碗の世界も奥深い!
  茶道に興味がないと、あまり縁がないだろうが、
  一流品の茶器全体が醸しだす雰囲気は、人を虜にする。
  素人でも自分で焼くところまでいってしまう人もいる。
    
    書画骨董品には、その背景の深さ広さー宇宙を直感させる魅力がある。
    そして現実社会を忘れさせてくれる。
    一つの物体のなかに、過去の因縁が、エネルギーが凝縮されているからだ。
    その中味を解る人は解る。
    解らない人には、ただゴミでしかない。
    その人に、その作品を理解できるだけの素養がなければならない。
    
    ゴミにしか見えないのは、
    あなたが(自分が)ゴミ程度の知識しかない!
    ということである。 
                   ?(゜_。)?(。_゜)?  
                   エッ!オレ〜馬鹿! 
    対象はみる人に話しかけているのである。
    わからない人は、その波動がわからないのである。。
                   (:゜д゜:)ハア?
   
 ところで両親の残した書画骨董は、兄が全て兄が引き継いだが、
 ぜんぜん興味が無いのは如何いうことだろう?
 美術館で世界の超一流品を見て感動していれば良いだけなのに、
 何で持たなければならないの? というのが実感である。
 
 
 そういえば、1週間ほど前に、新潟駅前の敦井美術館の「良寛展」で、
 「良寛」の書画をみてきたが、やはりすばらしい。
 あの教養どうして身につけたのだろうか?
 あの書の力強さ!そして品格!
  しばし見ながら立ちすくんでしまった。
 
 来春なったら、五合庵にでも行ってこようか!
 
 ・良寛の歌・
◆「焚くほどは 風がもて来る落ち葉かな」
◆「騰々として天真に任す」
◆「霞立つ長き春日を子供らと 手毬つきつつ今日もくらしつ」
◆「裏を見せ 表も見せて散る紅葉」
◆「淡雪の中にたちたる 三千大千世界(みちあふち)
   またその中に 沫雪(あわゆき)ぞ降る」

              \(^▽^*)バイ!
 
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・
  2005年12月03日(土)
1705, 国際結婚が東京で 10諭

 一昨日の読売新聞一面の
 『家族』−国際化時代のきずな・1ー
  の見出しに
   ー国際結婚が20組に1組ー
     と出ていた。       (o ・д・)ツ⌒□
                   号外!!号外!!
    
    東京では何と10組に1組、
     大阪で12組に1組という。    【゚Д゚】ハァ?!
      25年前では全国平均100組に1組というから、
      わずか20年あまりで5倍に増えてしまったことになる。
                       マ(。Д゚; 三 ;゚Д゚)ジ!?
                  
      外人男性を紹介する結婚情報会社もあるというから
      時代が変わったものだ。
     その反面、外国人女性が生活の安定を求めて
    日本人男性を探しているケースが多いという。
               
   それにしても大都会で10組に1組とは、信じられない。
  (100組に1組なら、まだわかるが)     へ(~Д~*へ)))) ...(((( 
  都会の傾向は、地方に波及するから全国平均もそれに近づいていくだろう。
 古い家族観を持った日本人男性より外国人に傾くのは解らないでもないが。
 イギリスの貴族と結婚したマークス寿子著の本を先日、
  図書館から借りて読んだが、しっかりした自立を主張していて
   殆どの主張は納得はしたが。
   それでも国際結婚は特殊としか思えなかった。

~~■P o(´・∀・`)coffee time☆

    しかし、このまま国際結婚がすすむと、国という概念が
   希薄になる可能性があると考えるのは、私の頭がまだ固いのだろう。
  地方にいるためか、その辺の事情はサッパリわからない。
 息子が、東南アジア系とか、白人、黒人を連れてきたら
 拒否反応が出るだろう。   
 
(。-∀-)ニヒ!♪ まじヵょ >(゚∈゚*)!
                       ゚(゚ノ∀`゚)゚。アヒャヒャ
     嫁がスペイン人で、
      年に一度ぐらい嫁の実家に行くのも悪くはないか? (o^v^o)v
       kamisannには嫌だけれどね?
                             
                 ヾ(^-^)ゞbai
 ................
 ................
 
 2004年12月03日(金)
1340, 「酒乱になる人、ならない人」

−読書日記−2

酒乱の一現象としてのブラックアウトのエピソードの記述の部分を
抜粋してしてみる。
まさに「事実は小説より奇なり」を地にいくものである。

ー抜粋
「狐憑き」になったアルコール性幻覚症の話があります。
伊豆の旅館の番頭をしていた人ですが、もともと大酒飲みで
仕事をしながらチョコチョコ酒を飲んでいたそうです。

年も押し迫った大晦日の前日のことです。
突然部屋の中にキツネが見えたそうです。それも一匹でなく数匹もいて
自分のまわりを飛ぶ跳ねていて、そのうち部屋の外に出て行った。
その番頭さんは何故かこのキツネに自分を呼んでいるように感じ、
雪の中に出て行ったそうです。

その後について追かけていくと、天城山の中腹の神社にいたそうだ。
その灯篭の後ろから隠れて、おいでおいでをしているように見えたそうだ。
二つある灯篭の一つに行くと、
今度はもう一方の灯篭からおいでおいでをしている。

ふと気がつくと、キツネは道路の向こうからおいでおいでをしている。
番頭さんはどこまでもついていき、電車に乗ったらしいのですが、
その一週間後に川崎で見つかり、不審人物として警察に連れて行かれたそうだ。
本人によればそのときもキツネを追かけていたそうだ。

このようにアルコール性幻覚症もひどいものになると
一週間を超える期間、幻覚が続くことがある。

酒乱はやはり一種の病気と考えてよい。
酒や麻薬は人工的に快感を人間に与える。
何の苦労なしで快感を得るということは、必ずその代償がくる。
この快感が「依存症」という恐ろしい病気と裏腹になる。

私たちは苦労した時間が長いほど、
目的を果たした時の快感が大きいものです。
こういう快感は、連続した快感を得るのは難しい一面がある。
ーー

ー以上であるが、
考えてみたら、酒は一種の軽い麻薬である。
それが体や脳に良くないわけがない。
それでも飲みたいなら、自分で限界を決めてルール化するしかない。
気分の良い酒は確かに良いし、人と人との垣根を取り払ってくれる。
またストレスを解消もしてくれる。
僧侶が般若湯というように、酔えばこそ常識というブロックを外してくれ、
思いもよらない知恵も出てくることがある。
しかし手軽な手段の快楽は必ず、その反動もあるものだ。

この本によると、
イギリスや北欧では平日は飲まないが週末になると大酒を飲むパターンで、
イタリア、スペイン、フランスといったワイン国では
食事時に飲むパターンだという。
どちらが酒乱になりやすいかというと、イギリス方式である。
反面、毎日飲むフランスなどの国は肝硬変が多い。
驚くことに、ワイン国ではワインは、アルコールと思っていないという。

私も長年、食前酒のアルコールを試してきたが、行きついたところが
中国5000年の知恵の「紹興酒」になった。
飲むと直ぐに酔うことと、悪酔いをしない。
翌日も胃腸の影響が少ない。
少し高くつくが。
焼酎は、口と胃に残るからあまり家では飲まない。

まあ、酒の話は尽きることはない。

ーー
「酒乱になる人、ならない人」
著者: 眞先敏弘
出版社:新潮社
   11月30日 新潟セゾン

日本人の六人に一人は「酒乱」?
「酒乱」遺伝子を持っていて、
かつ「下戸」遺伝子を持っていない人、それが酒乱になるための必要条件である。
この条件には、なんと日本人の六分の一が該当する。
自分の「酒乱」が実は遺伝子のせいであると知ったら?
「酒豪」も遺伝子のおかげだと分かったら?
本書は、アルコールが細胞や脳にもたらす「酔い」や、
「酒乱」のメカニズムを最新の研究をもとに科学的に解説。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年12月03日(水)
973, 「永平寺」

  先日、ハイビジョンで永平寺の特集の再放送をみた。
 
  永平寺といえば、過去に三回行ったことがある。
・初めは父と高校生の時に行った。高野山に行った時に立ち寄って一泊をした。
 場所は福井県にある。早朝の3時に起こされて、雑巾がけをしたことと、
 夜半のトイレが恐ろしかったことと、坊様が一堂に集まって朝の読経が
 印象的であった。

・二回目は、二回目の修行先の金沢の「いとはんー現北陸ジャスコ」の新入社員
 教育で泊り込みで座禅をさせられた時だ。
 私にとって1〜2日の座禅など何とも無いが、初体験の人は厳しいということを
 初めて知った。

・三回目は、家内と関西旅行の途中でたちよった。

 永平寺は、道元が創った曹洞宗のお寺である。
 一歩寺に入ると、何ともいえない張り詰めた雰囲気の世界である。
 何の虚飾のない厳しい修行の世界を感じ取ることができる。

 今でも、数百年続いて毎日欠かさず、道元のいた部屋に三食の食事が運ばれる。
 一度も消したことのない灯火もあり、道元がいまだ生きているような世界を、
 そのことで思い知らされる。
 ーーーーーーー
 
 ・・以下は、あるホームページを纏めたものだ・・

ー 生死事大 無常迅速  光陰可惜  時不待人
せいしじだい むじょうじんそく こういんかしゃく じふたいじん 
  と読む。

これは道元禅師の有名な文章です。
「命が無くなれば帰らず、時間も過ぎ去れば絶対に帰らない」という意味だ。


永平寺の禅宗は、ご本尊は釈迦如来(如来=神様)だけであり、  
教えの根底は中国の少林寺のダルマ大師様の教えの通りに
「自分で直せ、自分で判れ」の教えです。
それが、中国からの禅宗の根底なのです。
「生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人」が易学と酷似した所です。

・「生死事大」とは、「生きていなければ絶対にいけない」のお釈迦様の教えです。
・「無常迅速」とは、「いつも時は早く過ぎ去りますよ」という意味です。
・「光陰可惜」とは、「光は昼、陰は夜を意味し、昼も夜も惜しまずに生きよ」
 という意味なのです。
・「時不待人」とは、「時間というものは、人を決して待ってはくれませんよ」
 という意味なのです。

「無常迅速」と「光陰可惜」と 「時不待人」とは、三つがまったく同じ意味だ。
 人間の生れ持つ怠惰な気持や過度な怠けを戒めています。
 道元禅師は、このように同じことを三回も繰り返して戒めているが、
 もっともっと「大事」なことは「生死事大」という。
 
「とにかく元気で生きていなさい。命があってこそ道は開ける。諦めてはならない」
 ということが、三回もの強い戒めの第一番に出てきている。
 そこが、易学とひじょうに「似た所」のことなのです。
 根底にはお釈迦様の「罪を憎んで、人を憎まず」
 のインドからの直通列車の仏教の教えです。

   ーーーー
2002年12月03日(火)
599, 忘年会

開業の年から毎年行われている会社の名物が忘年会である。
昨夜がその忘年会であった。

社内中心の新年会もあったが6^7年前からは行われてない。
とにかく盛り上がる。大体50人前後が出席する。
若い女子社員を先頭に一次会では座敷ゲームが行われる。

そのゲームでとにかく酒を飲ませるのがミソの様だ。
そこで最高潮になる。
今年のように大不況でも盛り上がりは最高潮だ。

お客さんがだいたい7割を占めるが、ほとんど人が営業か
営業経験者の為、遊び上手でうまく盛り上げてくれる。

昨夜も最高潮に盛り上がった。
毎年その日にボーナスを出すので、社員も気持ちが盛り上がっている。
とにかく若い人のエネルギーがよい。
時代時代により色々な忘年会の思い出がある。

急性アルコールで入院した人もいる。
この忘年会で初めて年末の到来を実感する。

過去に書いた文章をコピーしておきます。
・・・・・・・・

H0905  宴会好き!

 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。
私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのが
この回数になったのだろう!

忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、
理由をつけてよく飲んだものだ。

もともと私の父が宴会好きであった。
酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、
無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。
これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。

今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位
だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返して
いると思うと“三つ子魂”何やらである。

当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。
今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。

酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、
痴呆で亡くなった。

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[255] 税務捜査
 2001/12/03 07:51

二年まえの9月の初め頃突然税務署に踏み込まれた。
基本として脱税はしない方針できた。

たまたまその年、広告塔の150万を看板として、20万以下にして
分散して,経費にして落としたのが指摘された。200万近くもっていかれたが。
皮肉なもので、たまたまその年、その一件だけ小手先を使ってしまった。

ある朝自宅に二人、事務所に二人、そして各ホテルに一人づつ合計8人が
10時に踏み込んできた。その瞬間私は刑事事件の‘被疑者’と同じ扱いである。

机の引き出しを全て開けられ、手帳もすべて押えられその内容を聞かれる。
三日間会社に監禁状態!(夜はもちろん開放されるが)
昼飯に食べに出ても何気なくつけられる。

その位しないと脱税は指摘できないだろうが、それなら「脱税をしなくては損だ」
と思うくらい、疑ってかかる。

自宅も刑事と同じように、調べあげる。
もし脱税をしていたら、絶対にごまかしは無理。
それより腹が立った。そこまでやる!というまで非人間扱いである。

別に悪い事をしているわけでないのに、何故そこまでと思う。
感情が許さない。その日は酒を飲んで荒れ放題であった。
それがなければ広告塔の件は、指摘されないで済んだ。
たった一件のそれをフォローしていたと思うからだ。
銀行の貸金庫はもちろん、取り引き銀行全て行って調べ上げる。

最後は間接的に褒められた。一つ指摘されたにかかわらず、
他は全く潔癖だったからだ。

初めてついた会計士の言葉が納得のいく言葉であった。
「節税はいい!但し脱税はやらないように。結果として同じ事だ。
脱税の方がむしろエネルギー使う。それならやらない方がいい」

それを信じてそのとうりの方針できたが、ここまでやるなら基本から考えて
しまう。ところがその数ヶ月後に、学生時代の九州の友人が遊びに来た。

飲食店を数店経営をしていて、税金を払った事がないという。こと税務署
の話になると目の色が変わるのだ。、逃亡者のような生活をしているという。
恐れかつ怯えているのだ。それなら払うものを払えばと思った。

それにしても8人の税務署員に踏み込まれるくらいに見られた
のか。信じられない。何事も経験だ!

私の家内の叔父さんが国税の査察をしており、以前面白おかしく
その話を聞いていたが、自分がね!というところだ。

ーーーーーーーーー

ある時間の断片ー1968年
12月3日

11時起床。
食事後、13時から2時間勉強をする。
夕方風呂に行く。
その後、同級の井上のところに電話をする。
パーティーが8日から15日に延期とか。

清田さんに電話を約束どおりにする。
「行く予定だった、15日は行けない」とか。
気持が揺れているようだ。まあいいだろう。

石川と綾部嬢とのケースに似ている。
色いろあるようだ。
 
この時期は全員が大揺れの時だ。
少なくとも人の揺れに惑わされないようしないと。
自分で立候補をしてきて、気を向けたあとに途中で気が変わる
パターンになるだろう、可愛いものだ。

女の世界は違う思惑があるのだろうが、深く考えないことだ。
最近はチグハグしたことが多い。
色いろ過熱気味だ!
あれもこれもは無理だ。


2069, 書画骨董の話 −1

2006年12月02日(土)

      才八∋ウ_〆(∀`●) 

    戦後になって転業するまで、実家が何代か続いた骨董屋であった。
    そのため転業後も父は書画骨董を趣味にしていて、常に居間には書画骨董があった。
    私が父の40歳を過ぎてからの子供のため、暇をみつけては散歩代わりに、
    骨董店に何度も連れられていった記憶がある。
    門前の小僧の何とかで、真贋を見分ける眼がついたようだ。

さらに、海外旅行で有名な美術館に行く度に世界の名画を数知れず見てきた。
そのためだろう、書画骨董の真贋の鑑識眼がついてしまったようだ。
贋物に騙され、それを糧に眼を肥したプロには足元に及ばないが・・
    TVの「お宝鑑定」にでてくる真贋は、ある程度はわかる。
    (誰も解るか?)

    書画骨董を自分で買ってまで欲しいと思わないのは、どういう理由か?
    逆に人は何で自分の手元においておかなくてはならないのか不思議でさえある。
    そんなもの、自分の倉庫や居間に置いておく必要はない、
    美術館に置いて公開すべきである。
    死にかけて初めて、そのことに気づく耄碌が大部分だが。
    それが趣味なら、他者の言うことではないが。

名の残っている人の書画は、波動というか何ともいえない雰囲気が漂っている。
それと品格というか気品である。絶妙のバランスである。
これは自然の中に多くみられるから自然の中にこそバランスが存在している。

そのバランスを表現するには、それなりの技法があるはず。
それを知りたいと思っていたら、ある本で偶然見つけた。
中国の山水画の六技法である。

動を出している本体の構造をつくりあげる技法とは・・・

    ーーー
    以下はインターネットで調べた「画の六法」である。

    1、気韻生動 ‐ 初期においては気と韻律、動勢と生命感ある絵画か。
      物質が保有する詳細から来る気韻を正確に掴み取って、
      その特色を描けるに到るか。実在物との正誤を欠かずに。
      かつ、自身の気韻もそこに同調するかどうかも重要になる。
      自身の気韻と、描画対象の気韻。
    2、骨法用筆 ‐ 物の正確な形(骨法)は正確に取れている、技巧ある筆運びか。
      己が骨子が如くして大事に扱い、己が骨知る生活が如く、筆を良く知る。
      己が筆が如く用いる事で、筆や自身を大切に生活出来る。
    3、応物象形 ‐ 媒質の形状個性を、いかんなく象徴化し、応用できるか。
      媒質に応じた象徴を塑写す。
      物質の詳細にまでいかんなく応え、描にて象を描き成す。
      媒材詳細に正確に適応し、かつ緻密で正確な状態に更に実在性を
      加えた状態での象徴たらしめる。
    4、髄類賦彩‐ 精髄究めるべくした具体性とかね合わせる。
    5、経営位置 ‐ 構図は正確で、意味のある位置取りか。
      描くにおいては描画対象に対して意義を成し、自らの位置掴み取るにおいては
      描画に最も適した媒材や自身の位置取りであるか。
    6、伝模移写 ‐ 模写力はある
     以上は南斎の「謝赫」が、その著作『古画品録』の序において説いたもの。
     その第1、の「気韻生動 きいんせいどう」を「謝赫」が絵画の最高理想とした。
   −−
 
 まあ、そのままでは難しいから解りやすくいうと、
 
 1、「気韻生動」とは、直感的に感じとらせる、名伏しがたい迫ってくる躍動である。
   自分の気合いと韻律を、エネルギーを込めて対象物への投入すること。
 2、その絵には、しっかりした基礎となるデザインがある、それが「骨法用筆」。
 3、その対象を的確に描写しなくてはならない、それが「応用象形」。
 4、それに色づけをするのが、「髄類賦彩」である。
 5、さらに構図をきちんとまとめる「経営位置」。
 6、こうした技術を身につけるため、古人の名画に数多く接して、
   その作品に忠実に模写する修行をするのが「伝摸移写」である。
 
 骨法用筆以下の5法は,努力して会得することができるが,
「気韻生動」は天与の才能と人格をそなえた人物のみが実現できるとして、
 その後の文人画の根本的思想となったという。

 −−−
こういうのが、解るようになってきたのは
やはり熟年になったからか〜

        つづく
                   (+>∀<+)ノ バイバイ!
・・・・・・・・
・・・・・・・・

2005年12月02日(金)
1704, 家訓づくりのすすめ −1                
              ‖┓  ((  
             (_)   匚P 
              ━┻     
「今さら家訓でもないだろう」と思いつつ、
 図書館から借りてきて読んでみたら、これが面白い。
  
  個人の心得としても、そのまま通じる。。
   近年、世間を騒がせているモラルの低下や犯罪の増加、
    ニートやフリーターの大量出現も、家族のあり方と無縁でない。
     
     目の前で説教をしても、今どきの子供は聞かないが、
      家訓として書いて貼っておけば必ずみるものだ?
                (;`・ω・)ノ ---===≡≡≡【えぇ?!マジ?】
      著者は、この時代の家庭の危機を救う方策として
     「家訓づくり」を提唱している。
     350の家訓サンプル付で、
    家訓を作る時の注意事項も具体的でよい。

   家訓とは、その家の中心人物が、
  一族や家臣のために自分の体験に基づいた教訓である。
 しかし、その言葉の多くは、
 現在の個人に対しての戒めにもなる。
                  へ(~Д~*へ))))... ...((((

 第二章「家訓の歴史」と
   「名家の家訓」がよい。
 
  有名なものとして、
   徳川家康・伊達政宗・岩崎家の家訓・遺訓は
    何度か目にした事があるが、
     記録として今後目を通したいので写してみた。
                       φ(。。*)

 −徳川家康の家訓ー

 一、人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、必ず急ぐべからず。
  一、不自由を常と思えば不足なし
   一、心望み起こらば、困窮したる時を思ひ出すべし
    一、堪忍は無事長久の基
     一、怒りは敵と思え
    一、物好きは末に歎くことありと知れ
   一、勝つことばかり知りて負くることを知らねば、害その身に至る
  一、唯だ己を責めて人を責むるな
 一、何事も及ばざるは過ぎたるに勝れり
                    
                  〆(´m`) ムフッ
  ーーー

何度かわが家の家訓を書いたことがある。
 家訓というより、常々両親が言っていたことを
  まとめたものだ。

   ・保証人になるな
    
    ・金の貸し借りは絶対にするな
      
      ・お金を決して粗末に扱わないこと
       お金を前にすると、人間は変身をする

¬_¬)ちらっ     
       ・借金は極力しないこと
                   (`´ゞ
       ・親しき仲にも礼儀あり、誰とも同じ距離を保つべし
      
       ・私生活は、奇麗にしておくべし
       特に男女間に関しては、家庭内に持ち込まないこと
    
      ・生活は質素倹約を基本とべし。
    
    ・政治には最小限の接点にすること
  
   まあ、明治時代の人は大体こんな考え方が8~9割であっただろう。
  これを土台に『わが家の家訓』を制作中だ。
 これをやりだしたら、面白くて面白くて!     
    φ(._. )カキカキ 3(-ω-。)クシャクシャ
    (。-ω-)ノ⌒゚□ ポイ 〆(。。)
  
  夫婦で共同作業をしておけば離婚の確率は低くなるだろうに?
    
       (ノ-_-)ノ ~┻━┻ こんな飯食えるか
           */□\*)うわぁ〜ん
             m(_ _)m  離婚!
                (^_^)/~~
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2004年12月02日(木)
1339, 「酒乱になる人、ならない人」
              −読書日記 −1

男なら一生のうちに何度か酒で失敗したことがあるはずだ。
 私も酒大好き人間として、何度失敗したことか。
  大失敗をしても、数年もしないうちにまた酒の失敗を繰り返す。
   一番の敵を、平気で口から脳に送りこむのであるから
    人間は馬鹿の生きものだ。

     酒で家庭を壊し、職場を追われ、最愛の人にも愛想をつかれる。
     過去に多くの酒乱の人や、アルコール依存症の人を見てきた。
    そして、私も一過性の酒乱になったこともある。
   それでも、間違って朝起きたら女性と?ということは一度も無かったし、
  暴力沙汰で留置場ということも無かった。
 しかし、危ないことは数知れずである。

 アルコール依存症の手記を月刊誌で何度か読んだことがある。
 TVに本人が出てきて、生々しいアルコール依存症の話を淡々としていた。
  三連休、4連休の休みに、大量の酒を買い込んで
   三日間続けて、意識を失っている以外のみ続けるという。
    信じられないような精神状態になるようだ。
     身も心もボロボロになる。

私も色いろ試した結果、
酒の自制のルールをつくった。

・一人酒を飲まない(一人で外にのみに行かない)
 ・外での2日続けての酒はさける
  ・週2日以上はさける
   ・23時以降には帰る
    ・一軒目では、酢の物、野菜サラダか漬物を初めのつまみにする
    ・飲んだ後の、食事ーラーメンなどーはさける
   ・不愉快な酒は絶対に飲まない
    自棄酒や、嫌な飲み会や、気の合わない人の屯する店には行かない
  ・飲み会の場合は必ず酔い止めのドリンクを飲む
 ・家では
 日本酒は飲まない(在庫をおかない)
 ノンアルコールビール(350ml)を一本と、 紹興酒(300ml)
 を一日の基準にする
  ・女性とは一々にならない

これを実行していても、
年に一回は危ないことがある。

ーブラックアウト

飲んでいて、あるところから記憶が全く無くなることを
「ブラックアウト」という。
  この言葉は、お医者さんの専門用語であるが、ブラックアウトの経験を
   するようになったら、チョッと気をつけなくてはならないとか。

    私も十数年ほど前から、ブラックアウトの経験が何度かあるようになった。
    重症になると、数日間のブラックアウトが生じて本人はまるで、その期間の
   ことは憶えていないという。
  どこかの街でフット我にかえるが、
 飲んで正体を失ってしまってからの記憶が全くないという。

 留置場のお世話になってはいないが、
 これが、酒乱かどうかの大きな目安である。
  二十数年前に、花見で飲みすぎて池の端で転がっていて、朝になって救急車で
   病院に運ばれたことがあったが。
    それでも、その夜の泥酔のことは、ほぼ憶えていた。

    アルコール依存症と、酒乱は本来違う。
   私の場合は、酒乱のケがあるというレベルだが。
  致命的な失敗はないが、それでも大きな失敗を多く繰り返してきた。

 この本のアルコール依存度テストでは、全く問題はなかった。
 歳も考えてか、気をつけていることもあるが。

 同級会で、酒の失敗の話を聞くと飲んで暴れて留置場に泊まってきたなど、
  話はきりがない。
  特に日本では、「酔っ払い」といって甘く見る傾向があるが。
               
               つづく
・・・・・・・・

 2003年12月02日(火)
972, ナレッジマネジメントー3
 
ー「ベンチマーキング」と「ベストプラクティス」
 
ナレッジマネジメントといえば、その手法として
「ベンチマーキング」と「ベストプラクティス」が頭に浮かぶ。

 ・ベストプラクティスとは
  ー自社に比べて、優れた業務方法のことをいう。
    他業種のよりすぐれた業務手法に多くのヒントがある。
     ・ベンチマーキングとは,
      ーベストプラクティスに学ぶ経営変革手法のことをいう。
       ‘解りやすく’いえば、「他業種のベストのモデルを見つけて、
                      徹底的に真似ることである。」
      ‘難しく’いえば「系統的且つ継続的な測定プロセス。
      ある組織が業績を改善する為に役立つ情報を得るために、
     組織のビジネスプロセスを継続的に測定し、世界のビジネスリーダー
    と比較するプロセス」
 
   業界の内外を問わずベストなものとの比較を行うことによってギャップを
  埋め、現状を改善する有効な方法である。
  前向きなプラス志向の経営手法といってよい。

ーベンチマーキングの成功例では、
 ユニクロが、異業種のマクドナルドを徹底的にベンチマーキングを
  したのが知られている。
   日本のコンサルティング会社のペガサスが徹底したアメリカの
    小売業をベンチマーキングをして、それを日本の零細小売業のダイエーや
    ヨーカ堂などに「ノウハウ販売と指導」をしていた。
   ベストプラクテスの対象としては、その時期時期によりシアーズであったり、
  JCペニー、Kマートであったりした。

 このように知識を中心にした、ナレッジマネジメントに徹した企業が
ますます力を発揮していくのは間違いない。

前回にナレッジといえば、「知識」というより「知恵」のほうの意味だと書いた。
「知恵とは何か」の、ある解釈をみると
 ー「知」の要素の一つである。
  知識をベースに、そこに個人が持つ独自のノウハウ、応用力を加えることに
   よって価値創造に役立つ源泉になるもの。
    データー、情報、知識、などの客観情報に、コツや経験といった主観的な情報を
    加えてでできた判断力、解決策をさすー
    となっている。
   私たち日本人は、知恵というと仏様の知恵を思い浮かべてしまう。
  経験を加味をした霊感的意味合いにとってしまう。
 それも知恵といってよいだろう。
 ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 598,八ちゃんの時代ー2
 2002年12月02日(月)

少年期までは今考えても、かなり刺激的な環境で育った。
 生後3ヵ月後に、長岡の東神田から大手通に帰ってきた記憶がある。
  もしかしたら父親の話の刷り込みかもしれないが。
   子宮の中の記憶のある人もいるとか。

    お手伝いの背中におぶさっていたのも這い這いも憶えている。
     歩かされた時に面倒くさいと思った事も。

     商売の真っ只中で育ったせいか、今も人ごみが好きである。
    スーパーや飲食店に行くのが異常に好きなのは、三つ子の魂百までだ。
   競合店がオープンすると偵察に行った、5歳の頃である。
  家族全員が毎日の売り上げに一喜一憂をしていた。
 もう50年以上も昔のことだ。

 今考えると当時は金色に輝いていたように思える。
  生きるのに必至の両親の姿がそのまま伝わってきていた。
   素晴らしい時を両親と共有できたのだ。

    兄二人の死とその5〜10年後の母の心筋梗塞の死線があった。
     これで母は死ぬんだと思った、しかし生き延びた!

     2歳の頃に実家で更に新しい事業を始めた。
    その記憶が生々しい。
   ビル建設の完成まで住んでいた木造の家の下に丸太を入れ、
  近くの公会堂の前の広場まで移動した。
 完成するまでそこで店を開いていた。

 建物の完成した引越しの日々が生々しい。
 コンクリトーと生壁の匂いと混乱の凄みを。
  あの時代は皆が必死であった。

  1階は店,
  2階が倉庫兼事務所、
  3階が自宅兼店の食堂と風呂、
  4階が従業員の宿舎兼後方であった。

 毎日が戦争のような日々であった。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 
 [254] 愛の貧乏大作戦
 2001/12/02 13:44

  -土曜日の13時放映
「商売の上手くいってない料理店」を建て直す番組である。
その対極にある繁盛店に、その主人が修行に行ってその精神を叩きなおし、
繁盛のコツと技術を教え込む番組である。

ー上手くいってない理由の共通点がある。
1、全てでないが まずは夫婦仲が悪いか、あるいは片方が死んでいるか、
  離婚をしている、生活が壊れているのだ。
2、甘い、甘いから上手くいってない。プロの自覚がない。
  店を張って生きていく事の厳しさの自覚がない。
3、上手くいかない理由が解かってないから、横に商品の間口を広げていく。
  (アイテムの数を増やしていく)
  その為一品一品の力(商品力)が落ちていく。
4、仕事を楽しんでない。

商売にかかわらず、なんごとでもいえることだが上手くいくコツは
「選択と集中」である。その正反対をどんどんやってしまう。

それを一週間の修行で叩きなおせる訳がない。
それをやってしまうから無理あるが、そこが面白い。

大体が商売は上手くいかないのが当たり前。
上手くいくほうがオカシイ位に考えておいたほうがいい。

とりあえず一品をとりあえず教え込むのが理に合っている。
それとまずはギリギリのところに追い込む。

甘い自分に直面させ、そしてそれを叩き壊す。
それと面白いのは、最高の職人と最低の職人の初めの掛け合い
である。

・・・・・・・・・
ある時間の断片
  12月2日   1968年 
 
 夕方、米林が部屋に来る。
南波さんと、蒲生のことは自分がつくったデマだという。
こんなものだろう。
嘘をつくということに対して何とも思わない人種が多い。
この手合いの男だ。
早稲田大にはこういう手合いが多いのは確かだ。
嘘をつくのはよいが、自分でそれによって混乱をするのがわからない。
べつに無視をすればよいが、色いろな人間がいるものである。
これが今の寮の流れなのだろう、人の気持ちは流れゆくものだ。


2068, あたりまえなことばかり −19

2006年12月01日(金)



           (+>∀<+)ノ 
            おぁはは〜ようさん!


    哲学的にみると、トラウマ「心的外傷」に対して、
    心は物理的に存在していないのだから、外傷と言えないという。
    しかし深い悩みを持った人は、心を肉体に喩えると大きな傷を負っている。
    大きな傷として仮定して、その傷口を消毒し、外科的な手当てが必要である。
    それが精神科であり、セラピーの役割となる。
    それぞれの立場・見方も必要である。
    
        以前は、癒しなどの言葉は無かった。
        精神科があっても、セラピーなどあったのだろか。
        手相などの占いが、昔流のセラピーの役割をしていたのだろう。
        私の場合の心の危機の場合、読書、音楽、ウォーキング、酒を飲んだり、
        このHPなど、癒しそのものである。
    最近は、これに早朝の曼荼羅モーニング・ページである。
    それに毎朝の仏壇の前の祈りもある。
    ストレスなど溜まるわけがないが、それでも少しは溜まる。
    
        自分の連れ添いが自殺したり、子供が自分のミスで死んだりした時に、
        癒しなどという言葉は、あまりにも甘く聞こえてくる。
        自分で自分を救う以外ないだろうが、自分で自分を癒すなどできはしない。
    そう考えると、癒しとは「目先の心の傷を応急処理すること」ということになる。
    それも大事なことである。
    それをしなかったため、精神病になる糸口になるからである。

   まあ、この本の抜粋もなかなか面白いが・・・
   
ーーーーーーーーーーー
どうすれば癒されるのか  −
ーーーーーーーーーーー

癒しは「ストレス発散」「コンプレックス解消」に比べると、
具体性に欠ける。ストレス解消のためカラオケに行く。
コンプレックス解消のために化粧をするという具体性は無い。
何となくふわふわと浮わついた「雰囲気気」、それが当の癒しであると
するならば何となく納得する。
だとしたら、癒されるべき傷などどこにも無かったか、その程度のものである。
具体的なものが見えないから、漠然とした物欲しげなそこへ、
各種のグッズやセラピーが商品として流通するという構図である。

    しかし、受動態「癒される」の主語あくまでも「自分」なのだから、
    主語を支点にこれを能動態に変換すれば、「自分が自分を癒す」になる。
   「癒し」とは、各種グッズやセラピーによって、自分で自分を癒す能動的行為
    であると言うこともできる。

自分で自分を癒すとは、どういうことであろうか。
癒すためには癒されるべき傷がなくてはならない。
傷とは何であろうか。
傷ついているのは自分である。
そう思っているのは誰だろうか。
「自己治癒」という、いっけん明瞭なようなこの概念は、
日常レベルの予測をはるかに超えた、広がりと奥行きと複雑さを持っている。
それは、一般的な問いのある種の逆転によって垣間見られる。

   「私とは何か」   −>「何が私であるのか」
   「心とは何であるか」−>「何が心であるか」

   「心はどこにあるか」ではない。「何が心であるか」である。
   「どこに」は、既に三次元空間内にそれがある存在していることを
    前提としている。脳も心もこの三次元空間内の物体である。
    しかし、心の痛みは、その痛みはそのものは、物理的な存在ではない。

本来、物理的な存在でないものを、物理的な存在であるように表象する、
もしくは表象させるそのような命名が、多くの誤解を生じさせている。
トラウマ「心的外傷」、その視覚的イメージが、何がしかの塊り状のものが、
傷口を空けているという光景である。
心的外傷、すなわち心が外から受ける傷である。
物理的でないものの、「外」、その「内」とは、どのような区分であろうか。
「心の外」とは、どこを指すのであろうか。

   「心」に外と内があるというのは、これも長い我われの錯誤は、
   「私」が身体であるという一方の強力な錯誤と手を組んで、
   「私の心は体の内側に存在する」、その主観である。
    そしてそれは客観としての世界もしくは他者とは関係しないか対立する、
    という錯誤の世界像として定着する。
    したがって、「私の心に傷を与えるのは、世界もしくは他者である」。

トラウマ理論とは、あるいは、主客二元の世界観に典型的な、
短絡的解釈ではないだろうか。
幼少期に虐めを受けたから性格はこうなった、という遠い原因から、
あなたにそういわれたから私は傷ついた、という近い原因まで、
そこに共通しているのは、「心の外」に、「傷の原因」を求められるという、
それ自体が一種病的な捉え方である。
なぜなら、「心」は身体のうちに存在していないからである。
「私」もまたこの身体ではないからだ。すると傷ついているのは誰なのか。
それは「誰」の傷なのか。

    したがって、私は私であり、私の心は私の身体の中にあるという錯誤の世界像を
    思い込んでいる人だけが、各種のセラピーグッズやセラピーによって
   「癒される」。癒されたと思いこむことができる。
    心の傷は外から与えられるものであり、その傷は外からの癒しによって
    癒されるものと思い込んでいるからだ。
    おそらく、「本当の傷」を負った人々は、そのような単純な主客二元の
    処方せんでは治癒できず、「本当」のかの問いに直面することになる。
    すなわち傷ついているのは誰なのか。

  −−−
  心に外傷というのもオカシナモノだが、
  心が痛むというのはあって当然ではないか。

                 \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2005年12月01日(木)
1703, 政府系金融機関の統合

              (~O~)ふぁ
政府系金融機関が三年後に統合されることになった。
 郵政民営化にともなう郵貯の出口の縮小処置である。
  悪く言えば、中小金融機関への貢ぎもの(中小企業の債権)である。
                         ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!!
   
   思いきった人員整理も断行されるから、
    政府系金融機関の職員は仕事にはならない。
     
     統合は地方の切捨てでもある。        (@_@;)
      戦後60年、地方への過剰投資が目にあまったことも事実。
       四国への三本の大橋の建設は、この象徴である。
                            (=_=;)
      糖尿体質の現在の地方には、過激な手術になるが、
     グローバルの時代に中途半端な体質変換では、
    日本そのものが衰弱死をしてしまう。


 先日BS・TVで、公務員削減と合理化についての
 地方の自治体の取り組みの放送をしていた。
  横浜市の一万人当たりの公務員が97人に対して、
   大阪市が180数名という。
    市町村の大合併は、地方公務員の大削減になる。
                            """(_ _,)/~~"" "
     
     民間企業が、この十数年生死をかけたリストラを実施してきた。
    公務員も当然リストラをせざるをえなくなっただけ。
   まずは政府系金融機関から手始めにということだ。 (′O`)〜

    今回のテーマからは少しはずれるが、
     新潟県も「2010年問題」急浮上してきた。
      先日書いた北陸新幹線の開通に伴う、
       新潟県の横丁化ー衰退化の問題である。
        商工会議所などを中心として、のんびりしていた新潟県民も
         さすがに事の重大さに気づいたようだ。  Σ(゚ロ゚;)
   ( )     
     ‖┓  ((  
    (_)  匚P 
    ━┻    
   ♪〜♪〜 県単位だけでなく、日本いや世界単位で
       2,007年から2010年にかけて、大問題が山積みをしている。
      ハイパーインフレや、銀行閉鎖もありうるのかもしれない。
                                `ν°)・;'.
     私が一線から一歩退く時期と重なっているから、なお不気味である。
   心配しても仕方ないが、今から手をうつのが役割である。
  
  他人事のようだが徹底して行革を断行して、自民は下野をすれば良い!
 それが長年かけて日本を最悪に導いた罪滅ぼしになる。
  
 ¬_¬)ちらっ    三年前の金の価格が、130佑望紊っていた。
             これから5年は、さらに波乱含みになる。
             
                              (^_^)/~~
  ・・・・・・・
  ・・・・・・・

2004年12月01日(水)
1338, 「自分を活かす極意」ー 読書日記−2 

ー自分のクセを技に変えるー

 三色ペンの技法に次いで、この言葉が印象的である。
  その文章を抜粋して考えてみる。

  ーでは、ふつうに日常生活を営み、ある程度の年齢に達成した
    私たちには何を技にすればよいのだろうか。
     私は究極的には「クセの技化」だと考えている。
      武道や芸道ではクセを直して技を身につける。
       しかし、年齢を重ねると、クセはほとんど直らないものである。
      それを直そうとするよりも、それを芸にする、技化することを考えた方が
     現実的だと思うのだ。

    それがクセなのか、技なのか、その分かれ目は
   全体に対してクリエーティブな働きをしているかどうかである。
  その人のある種のクセが周りをクリエイティブにしていれば、
 それはもはや技化しているといえる。

たとえば「卑屈さ」さえも技化できる。
 卑屈さというのはそのままでは軽蔑の対象になるものだが、
  タイミングよく下出に出ることがうまい人がいると、
   場全体が円滑に回ることがよくあるものである。

   そう考えると、新たな技を身につけるより、一見ネガティブにみえるものを
    技化し、自分なりのスタイルを確立するほうが、社会全体をトータルに
     見たときにクリエイティブといえよう。

画家にしても、二流の人にはスタイルがない。
 プロ野球の選手でも、スタイルは一流選手しか持っていない。
  その典型がイチロウ選手である。
   彼のバッティングは完全にクセが技になっている。
    このクセは、バッテングセンターで早い球を打つために、
     あの体全体をスライドさせる打ち方になったという。

    野茂投手の投げ方も同じである。

   世の中、クセを技化して、自分のスタイルを作った者の勝ち、
  というところもある。
 ふつうはあまり推奨されない発想だが、人間、残り少ない人生になってきたら。
自分なりの味を出して、
「あの人のやることだから・・・」
  と周りに認めさせるようになればよいではないか。

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 以上である。

 この文章を読んでいて、100庸Г瓩討茲い疑問であるが、
  クセを逆に技化してしまう考え方は面白い。
   特に、ある程度の年齢を過ぎてしまえば、焼き直さなくてはクセを
    変えろというほうが難しい。
     それなら、それを技としてしまうのがよい。

    母親が、部屋の飾りに近くの川から流木を拾ってきて、
   そのクセのある枝を逆に飾りとして置物にしていた。
  何とも風情であった。

 落語家が年配になってくると、何ともいえない性格そのものが
  笑いになってしまう。
   晩年の林家三平とか、今では林家円鏡がそうである。

    間違ってはいけないのは、年配の癖は「守・破・離」の
    〔離」でしかないということだ。
   クセー我流をスタイルに変えればよいだけだ。
  一番難しいことだが。

 ー斉藤スタイルという、スタイルもクセと大して違わないのでは?
   いや技化しているから違うのか!

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2003年12月01日(月)
971, ナレッジマネジメントー2

 「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」について

 ナレッジマネジメントといえば、まず頭に浮かぶのが
「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」である。
アメリカが1980年代前半に大不況に見まわれていた時に、
 日本のTQCに倣って経営の品質管理を推奨した
 「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」を国家戦略でつくった。
  現代の「エクセレント・カンパニー」の勲章といえる。
   今までには、モトローラ、ゼロックス、インスツルメンツ、IBM,
    メリルリンチ、など一流企業が受賞している。

   この賞の凄さは、1700人のビジネスマンが一同に会して、
  経営の品質の向上の秘訣を知識共有にする仕組みにある。
 受賞企業は、その成功の秘訣を産業界にオープンにすることを義務付けられている。
 3日間の会合のほとんどが質疑応答に割かれる。
 この審査基準に準拠した表彰制度は,現在世界50カ国以上で実施されている。
 
 経営品質の向上のための考え方、枠組み、規準などの知識を共有し
  アメリカ産業会の競争力向上のために、この審査基準書は公表され、
   今までに百数十万部がアメリカの企業に無料で配布されている。
    こういう国家戦略の下積みが、現在のアメリカの強さの背後にあるのだ。

    現在、業績の良い会社は、正しくナレッジマネジメントの結果である。
   情報社会になって「ヒト」が労働力としてでなく、知識の源として認識されてきた。
  企業活動を「物やサービスの流れ」と見るのではなく「知識や知恵が流れている」
 と考えれば、それを適切にマネージすることが経営の質を向上させることになる。
 知識ワーカーが仕事の中心になったのである。
 知識や知恵をどのように活用するかが、この情報化社会では最も重要になった。

  同業、異業種の最も優れた業務手法を取り入れ続けなくては、
   会社はすぐに陳腐化していく時代である。
    同業他社は全て、そうしている。

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 2002年12月01日(日)
597, スーパー床屋 −2

そこで働く人たちはほぼ全員椅子貸しの契約社員。
 TVで見た範囲の知識だが、頭の洗いは省略をして掃除機のような
  もので吸い取ってしまう。髭そりもオプションになっているようだ。
   一人当たり10〜15分で仕上げてしまう。

    特に土曜と休日に集中するという。
   それなら美容院もあってもよいのではと思ったら
  新潟にも全国チェーンで「クイーン&キング」という名で
 青山にあるという。
 これなら家族でいける。


知人が最近スーパー床屋に切り替えたと言っていた。
 月に一回行っていたのを2回行くようになったとか。
  それでも安いという。
  「将来殆どがスーパー床屋にきりかわるだろう」と言っていた。
    自宅の近くのSCゾーンの一角にスーパー銭湯が開店するが、
     その中にスーパー床屋が併設されると家内が言っていた。
     500円の銭湯に1500円の床屋で2000円である。
    それでも床屋の半額なら大部分がそちらを選ぶだろう。


    今の回転寿司と寿司屋の使い分けの状態ににてくる。
   寿司屋も数年前に80佑浪鹽昭司に取って代わると食堂専門誌に
  書いてあった。現在その流れが加速している。
 年に1〜2度寿司屋に行って、月に1〜2度回転寿司に行く
 パターンになってきている。

 学生時代の事を思いだした。
 池袋駅の地下に半額に近い床屋があった。
  多くの若い女性の従業員がいて広い店であった。
   いつも満杯であった。
    ただ一回で二度と行かなかった。

    若い女性にミニスカートに胸の開いたブラースを
   着せて色気を売っていた店がある時期流行ったという。
  クラシックを流している床屋もあった。

 何か床屋談義になってきた。

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[253] イケスの魚
    2001/12/01 10:23

北欧のある国に本当にあった話。
 あるイケスの魚が元気がよく、
  そこの魚は特に高くれていた。
   その秘訣を聞いても誰にも絶対教えなかった。


そして死ぬ時、息子に初めて明かした秘密とは
 「雷魚などの、食肉魚を一定の割合で入れとおく」という。
   魚は何時襲われるかもしれない為、緊張感を常に強いられ泳ぎ回っている。
    その為活きがいい状態に保てるためだ。なるほどと唸った。

    我々は食べられた損失に目が行き、
    全体の利益ー活性を忘れてしまう。


   組織論でよく事例に使われる喩えだ。
  かなりの危機がないと、その中は
 逆に全体が死に瀕してしまう。
 仲良しクラブになってしまうからだ。

 生もしかり、
  常に死への危機感を持ってないと‘生’が活きてこない。
   内なる危機を常にもっている事は必要であり、
    それこそ外から入れても
    その状態にしておかなければならない。

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ある時間の断片
12月1日(日曜) 
   1968年

今日から今年最後の月である。
私にとって色いろやらなくてはならない事が山積をしている。
卒論に、他いろいろである。

11時に起床。
17時まで、中途半端な時間を過ごす。
勉強に集中できない。
これでは計画通りにいかないのにどうしたことか。

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