堀井On-Line



1641, 37年前の自分へ返信ー2

2005年09月30日(金)

卒業間じかの22歳の自分が、
37年後の自分から手紙を貰った夢をみた設定で書いた手紙はどんなものか。
貰ったとしたら、夢の中としても面白いだろう。
「ソフィーの世界」の物語のようだが。
インナーチルドレンに対する心の癒し(幼児期の心の傷を治す)に似たものになる。
ぶっつけ本番で書いてみる。
それでは、当時の自分に戻って語りかけてみる。

ー1968年の私から、2005年の私への返信ー

手紙を読んでいて、何か狐に包まれたような気持ちです。
恐らく、これは夢だと思います。
夢と解っていても敢えて、返信を書いてみます。
むしろその方が気楽です。

何か自分の潜在意識が夢で私を誘導して私の全てを覗いているような気持ちです。
貴方の手紙は、何かユングの視点で深い地下世界からの声が語りかけられたようでした。

現在の私は、とにかく大揺れで自分を見失いがちの日々です。
これから社会に出るには、あまりにも基礎知識が希薄というのが、
日々の不安を大きくしています。
その不安と不足を、ここでどのように立て直してよいか解りません。

卒業間じかになって、学生時代に学んでおくべきことの不足部分が大きかったことに
自信を失っているのです。
おそらく武澤ゼミの影響と、卒論を書いているプロセスで、不足部分を見せつけられた
ためだと思います。

本心を正直に日記にも書けないのは、自我の殻が分厚く取巻いていて、
真の自分が吐露できないのです。
精神の極限の綱の上で、落ちないようにバランスをとることに精一杯なにです。

それにしても、今という時はすごい瞬間ということも理解しています。
少しの判断が人生を大きく左右するからです。

あなたの手紙から、60歳近くの貴方を窺い知ることはできませんが、興味があります。
しかし、知らない方が良いのかも知れません。
多くの人生経験の上に立って、このようなコンタクトをしてきているのですから、
色いろあったのだと思います。
ただ貴方のこと、こじんまりとした人生を送るとは思いません。

夢の中でも、37年後の世界は想像すらつきません。
ただ平凡な人生だけはおくりたくありません。

誰にも明かしたことはないのですが、
私は事業を幾つか起こして成功させて、その事業に価値をつけた状態で売り抜けるプロセスで
キャリアをつけていく事業家としての人生をおくりたいのです。
夢の中で、夢を語るなんて変な感覚ですが。

            ー つづく
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月30日(木)
1276, 「元気の出る言葉」−1

検索をしていて、いつの間にかネットサーフィンをして、思わず面白いHPに
出くわすことが多くなった。
ここにきて、時間が経ってそれぞれのHPが充実してきたこともあろう。

何か「元気の出る言葉」がないかと、
「プラスの言葉」で検索・サーフィンをしていたら、面白いHPに行き当たった。
切り口が単純で解りやすくてよい。
一言一言が、
心に染みるものばかりである。
感想文も所々に入れた。

「たった一言の言葉」で元気も出てくるし、絶望もする。
私など言葉の刃で、どれだけ人を傷付けてきたことだろう。
最近は、散歩の時「ありがとう」を500〜1000回、その他に「プラスの言葉」
を10〜20を、それぞれ数十回も唱えているが、それでも頭の中は何時の間に
マイナスの言葉を繰り返している。
まあ、普通は90佑魯泪ぅ淵考儻譴侶り返しというから、その半分は、
いや90佑肋辰┐討い襪箸い実感がする。

ーーーー

 「キッカケをくれた言葉」集より

一歩踏み出そうと思う言葉−1

■どんなに青臭いと言われても、夢を捨てたら、手段に殺される。
(by 藤原和博)
 感想ー「夢を捨てたら、手段に殺される!」
  考えてみたら凄い言葉だ。
 夢に挫折をした時、それまで準備してきたことが全て無意味と思った時の
 辛さや、仲間割れや、云々が頭によぎる。
 死ぬまで夢追い人でなくてはいけないのだろうか?

■時代はオセロのようなもの。
 隅っこの一人が、全部をひっくり返す。
(by 中谷彰宏)
■遅過ぎない。
 早すぎない。
 ちょうどいい。
(by 中谷彰宏)
■アノネ、がんばんなくてもいいからさ、具体的に動くことだね。
(by 相田みつを)
■たやすくなる前は、何もかも難しいものだ。
 感想ー全くそのとおりだ!
(by ゲーテ)
■夢は逃げない。
 逃げるのはいつも自分。
 感想ー逃げる場合もあるが、見えなくなる場合もある。
(by 高橋歩)
■新しく出て行くものが無謀をやらなくて、一体何が変わるだろうか。
(by 見城徹)
■20代の人間は打率を稼ぐな。年を取れば、打率は自然と上がっていく。
 でも、20代は当たるとでかい。今しか打てないホームランがある。
 感想ーほんまや!
■今が一番若い。
 感想ーそりゃそうだ!
■つぎこんだ情熱が、いま、形になってる。
(by 長坂将志)
■そこには何もない。
 だが、考えた結果が状況を作る。
(by シェークスピア)
■心に負荷をかけると、毎日成長できるよ。
(by 高橋がなり)
 感想ーあんまり負担はかけたくないけどね!
■あなたの目標の唯一の障害は、あなた自身の心の中にある壁である。
(by ブライアン・トレーシー)
 感想ー壁を乗り越える踏み台にすれば良いけどね、それができない!
■自分の心の中で正しいと信じていることをすればよろしい。
 しても悪口を言われ、しなくても悪口を言われる。
 どちらにしても批判を逃れることはできない。
(by エリノア・ルーズヴェルト)
 感想ー悪口を言っているのが一番楽だからね。
■人生が用意してくれたチャレンジから逃げるとき、人は神経症になる。
 そのチャレンジは、しかし、自分自身が求めたものなのである。
 自分の中の何かが求めたから、与えられたのである。
 それを越えることでより高い自分に至ろうとする、内なる「私」の勇気ある
 試みである。
 だから、踏み出す前からできっこないと諦めることは、自らの内なる勇気を
 否定したことになる。
 逃げるためのヤワな言い訳を叩き潰すために、神経症が現れるのだ。
 神経症とは、勇気である。
 勇気ある「私」の内なる叫びである。
(by 石井裕之)
■正解はない、前に進むだけ。
■思っていても、行動しなければ思っていないのと同じ。
 感想ー思っただけでも一歩前進しているんじゃないか?
■必要なのは、勇気ではなく、覚悟。
 決めてしまえば、すべては動き始める。
■この道を行けばどうなるものか危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。
 踏み出せばその一足が道となる。迷わずにゆけよ、ゆけばわかる。
(by アントニオ猪木)
■なんでも、やってみなはれ。
 やらなわからしまへんで。
(by 鳥居信次朗)
■心が変われば、態度が変わる。
 態度が変われば、行動が変わる。
 行動が変われば、習慣が変わる。
 習慣が変われば、人格が変わる。
 人格が変われば、運命が変わる。
 運命が変われば、人生が変わる。
(by インドのヒンズー教の経典)

ー感想は書かないほうが良いのでは?
せっかく元気が出始めたのに。
ただ茶化しているだけ?
ーこころの声より

               ーつづく
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 2003年09月30日(火)
909, 巨人軍の原監督の更迭について

「巨人・大鵬・玉子焼き」の世代に生きてきたものにとって、
巨人は大きな存在であった。
しかし、この数年は年々興味が薄れる一方だ。

「今回の原の更迭?まあ当然だろう」と思う位である。
しかし堀内恒夫が監督と聞いて、少し興味がわいてきた。
今の原では来年勝てる感じは全くしないが、堀内なら思い切った改革が
できそうだからだ。
「悪がき」といわれた堀内の、監督としての実力は未知数だが。
原監督は長島前監督のあくまで延長だ。
翌年は、長島更迭ショックでチームがまとまり一団となって優勝した。

 つぎが悪かった。ペタジーニや外国選手を金に糸目を付けずに入れた。
個人主義の塊のアメリカのベースボール選手が一挙に、
日本野球の典型的な巨人に入れば、チームがガタガタになるのは当然だ
ー結果論だが。
それに清原などの外様などの寄せ集めのチームに更に、数億をかけて
ペタジーニを入れれば、微妙に全体の結束が緩むのは至極当然である。

 長島のように、少し頭の??いカリスマがトップにいればこそ、
何とか束ねることができたのだ。そこに更に強烈な我侭?なペテタジーニを
入れることで、何かが狂って当然である。

 堀内といえば十数年前、経営セミナーで巨人の名物寮長の講演を聴いた
内容を思い出した。
初めは堀内は悪がきで生意気で手が付けられなかったが、歳を重ねるにつれて
良くなっていったという。「あれは必ず巨人の名監督になる」
と言っていた。

 しかし江川のことは口を極めて悪く言っていた。
江川を監督とかコーチにという話は全く聞いたことがない。
それぞれの特性があるのだろう、解説なら良いようだが?

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 535,同級会
- 2002年09月30日(月)

 この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。
但し同窓会はでないようにしていた。
同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで
気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。

・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。
・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。
 今年から復活する?
・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が
 亡くなられて今は出席していない。
 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。
 これが素晴らしい。
我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいものである。

 中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、
「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。
知人は最近同級会を始めたが、それまでは殆んど開いてなかったという。

 先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、
年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。
世の中上には上があるもので、それも13人だという。

 面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、
上に行くほど明確に世界が広くなっている。
「学校をでたら、10〜20年は学校の友人とは付き合わない方が
よい」と本で読んだ事がある。人間として脱皮できなくなるという。

 大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人の
グループに出くわして驚いてしまった。当時と何も変わってないのだ。
すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・・。
それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。

 地方には長男長女が多い。それ以下はどうしても外に出るケースが多い。
不景気になってくると、全体に暗い会になりがちである。
高校の同級会は年毎に少なく暗くなる。
地元じゃ大手の会社に勤めているか社長だ。
それまで胸を張っていたような人ほど元気がない。
また出席は10年前の半数以下だ。

 倒産、倒産直前、リストラ、早期退職など暗い話だけだ。
日本で現在長岡が一番不景気だともいわれている。
毎月のように廃業、倒産がおきている。
次は何処が噂のネタになっている。

 同級会は40前後が一番良いといわれている。
社会的にも絶頂で、先生も定年近くで、女性も子供の手が離れる時期だ。
50歳過ぎると、お互いに我侭が出てくるし遠ざかる時期でもある。
それと死亡が目立ってくる時期だ、5年ぶりの小学校で100人の同期で
5~6人も亡くなっていた。その年になったということだ!

・・・・・・


[166] 映画         
2001/09/30

昨日‘千と千しろの神隠し’を見に行ってきた。

何故いい年をしてアニメ映画?
動機は簡単TVで1700万人以上が、この二〜三ヶ月で見たといっていたからである。

なるほど面白い!三条まで行く価値があるかはさておいて、
広い範囲の客層が楽しめる内容であった。

軽くみれば軽くみれるし、深くみれば深くみれる内容であった。スターウオーズは
神話が背後にあるし西部劇もそうだ。

神話は[ある主人公が遠い旅をして、その先で大きい経験をして帰還する]のが骨子だ。
桃太郎、一寸法師もしかり、ギリシャ神話も全てそうだ。

このアニメの大筋はヒロインの少女と両親が道に迷い、魔界に迷い込んでしまう。
そこでいろいろな経験をして、最後に両親を助けだし目出度しのストリー。

ところで話が全く違うが、マイカルに帰りに入ったがみごと倒産直後の店であった。
食品売り場で生鮮売り場が閉鎖されていた。
この映画を見て、マイカルを覗き、ジャスコを覗き帰ってくるには丁度いい。


1640, 個性について

2005年09月29日(木)

 日野敬三ーと今西錦司の
「創造性とは何か」対談の中の「個性について」が、ズバリと真理をついている。
  数日前の随想日記の中から抜粋して、考えてみる。

 −−−
ー今西
個性というのはどこにあります?
「自己」と「自我」の相対から言うたら個性はどこにあります?

ー日野
「自己」の中には本来あるべきものが潜在してあるはずだけど、
それをほとんどの人が抑えている、あるいはそれと通じないようにしている。
一種、気味悪いせかいですからね。そのうちのどの部分をどこまで意識化して、
現実化しているかによって、それぞれの個人の個性が出てくるんだと思います。
より深く「自己」を生かして、自分の掘っている井戸の深いところから
汲み上げている個性は強い個性、豊かな個性。
貧しい個性、平均的な個性はあまり掘っていないじゃないですか。
その時代、その社会の最も最大公約数的な面で生きている。

ー今西
個性が浅いということですね。

ー日野
そうですね。優秀な個性、劣等な個性はぼくは考えない。
「自我」を突っぱねるのではなく本来の「自己」をより広く深く生かしている個性と、
浅くしか生かしてない個性の差だろうと思います。
そこで、じゃあ、どのようにすれば、「自我」を越えて「自己」のひろがりまで
達するかというとことで、先生が「私は山に生きて、山で別世界に触れることが
私の想像の根源だ」とおっしゃったのは、そういう意味だと思います。
別社会が何も外にある別社会だけじゃないですね。
自分の中にある別社会でもある。それは山に行くことで、日常から離れられて、
非日常の次元で直感がさえる、はたらくということでしょう。

ーーー

20年前に、中曽根内閣が臨時教育審議会で、
従来の「自由化」に代わり、「個性化」を打ち出した。
それは、それまでの画一的な詰め込み教育・偏差教育からのゆり戻しであった。

個性を育てれば、受験勉強一辺倒の価値観が変わり、登校拒否や校内暴力がなくなり、
国際的にみても変形の日本人的な歪みがなくなるはずだった。
そして、個性個性と言っているうちに、この教育により基本的な秩序さえも無くしてしまった。
中高生の援助交際を初めとして、フリーターの蔓延など程度の劣化が表面してきた。

「自己」の中の潜在している能力の、ある部分を、意識化し、現実化することによって、
それぞれの個性が出てくるもの。
より深く「自己」を生かして、自分の井戸の深いところから汲み上げたのが個性である。

個性とは、まず教養や常識を備えるプロセスで、自分の中の特性を見出すものであり、
それ以前の子供から個性を出せるようにというのは本末転倒である。
没個性の中の少し変わった違いを「個性」と思い込んでいる駅などの屯している
芋姉ちゃんのレベルのことでしかない。

昨夜、TVで教育現場の興廃の実態を先生の立場でレポートしていた。
あの現場の惨状は、ゆとり教育ー個性化教育の失敗の現象でしかない。

数年前から、あの失敗例としての年代が社会に出はじめているが、一部を除けば酷い。

これから20年近くにわたって、その教育の結果育った若者達が社会に出てくる。
日本の将来は、やはり悲観的に見るしかない。
家庭も、学校も基礎知識を教えられないのだから。
個性教育が、肥大化した自我育成になり、自分の中の可能性に対して
全く知らないで青春期を通り過ごしてしまう。
個性など、そう簡単につくれるものではない。
一生かけて、数代かけた血筋から生まれてくるものだ。

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2004年09月29日(水)
1275, 書いてなかった旅行記ー3

ーハワイー

ハワイが意外とよいのだ。
何が今さらという感があるが。
あまりにもハワイ・ハワイといっているので、そこの良さを
あまり誰も言わない。

オアフ島のホノルルのワイキキだけが、イメージが強すぎる。
観光化されていて、ツマラナイという感じが先に立ってしまっている。
行くまでは、私もそう思っていた。

しかしオアフ島でも、ワイキキから少し離れた浜辺とか、車で回るだけでも
思わない自然の宝庫が多くある。
ハワイ島も素晴らしい処が幾らでもある。
火山灰が砂になり、黒い浜辺になっている。
波が荒く、サーファーが波乗りをしているのがロケーションにピッタシなのだ。
ジックリと時間をかけて行くだけの、充分の価値がある。
高い九州や北海道より、数倍価値がある?ハワイの方が安いのは
皮肉といえば皮肉である。
日本のリゾート地の真の競合相手は外国ということを、彼等は知らない。

今から25年も前の話になるが、初めてハワイに行った時のことを書いてみる。
実家の会社で、社員旅行にハワイに行こうということになり、
社員の半分近くの総員27名で行くことになった。

これだけの人員を集めれば、一チームを軽く作ることができる。
どこに行ってもバス一台貸切である。
その時の添乗員が、後の三条、燕の両方の支店長になった轡田さんであった。
彼とは今でも付き合いがある。

これで面白くないわけが無い、6日間の祭り騒ぎの旅行になった。
これだけハワイが楽しく面白いところとは想像もしていなかった。

私も若かったし(当時32歳)、若い人(平均年齢22歳)の中での雰囲気が
また良かった。ビュ-ポイントも、夜のショーも、ワイキキの浜辺も、洗練をされている。
そこにいるだけで癒された。
何処にいっても、お客を遊ばせる仕掛けが作ってあるのだ。
今のラスベガスがそうだというが、全てがショーアップされていた。
世界のリゾート地なのだ。

学生時代の最後は、ここに来るべきであった。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年09月29日(月)
908, 医師?それとも技師?

 お医者様の話をしてみよう。
そして、これから書くことは極論と捉えてもよいし、
今の医療業界の実態そのものとして捉えてもよい。
少なくとも、この位のシビア視点を持ってないと、今回の患者のように
モルモットにされて殺されてしまう。
こんなことは元々、日常茶飯事とみなくては、この事件の異常性が理解
できない。あのエイズの血友病の放置と根は同じだ。
   ・・・・・・・
・慈恵医大の医者が、今回とんでもない事件で逮捕された。
これに近いことが日常茶飯事に行われていることは医者仲間では当たり前?だ。
一部真っ当?な医師以外は、?9佑い筺△擦瓩董0佑こういう連中とみて、
過言ではない世界である(少しいい過ぎだが?)。
こういうのが医師としてまかり通っている。

・倫理のレール上で患者をみるのが医師だろうが。
考えてみれば解ることだが、そんな倫理を学ぶ前に技師としてのノウハウ
が求められるのだ。
従って本来の医者ではなく、未熟な技術者が宗教の教祖顔をして悪行をする
のも納得がいく。
こんなのが医師という名で、「また殺したの?」と仲間同士の会話をして、
日常手術をおこなっているということは知っていた。
 
 ほんの数年前まで2時間以上待たして、数分の治療をして数千・数万の
治療費を国家と患者に請求していた世界だ。
ーいや今も大都会では変わってない。
その一端が今回表面化しただけだ。

 その呆れた現象を何回見たことか!国が滅ぶ時はこんなものだ。
あの慈恵医大のようなケースは誰も知っていて、今まで見てみなかったふりを
していただけだ。
決してオバーな表現でない事は、医者が一番よく知っている!
良心的医師こそ、その事実をよく知っているのだ。
良心的倫理観のない医師は、本人自身その異常性に気がつかない。
まだ一部の医者の真っ当なのがいるだけ、批判を書いているのだ!!
 
 彼等にとって、患者はモルモット以下の存在だ。
「それが何だ?!」という声が聞こえてくる。
医師は本来、人間の命を救う職業だろうが。
技師以下の連中に占められているお医者様業界の実態を、今回の事件が暴露した。

 医師も普通の人間だということを逆に、理解してやらないと駄目か?
自分の身は自分で守らなくてはならない!本当。

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534,「少し早めな遺言」
2002年09月29日(日)

50歳過ぎたら毎年ごとに、遺言を毎年書いておくべしとの事。
数年前から書こうと思っていたが、ほとんど書いてなかった。

殆んどというと、少しは書いていたのかというと、
会社の机の中の封筒に子供二人と家内に、
5年前に数行書き始めてそのままのものがある。

照れくさくって書けないのが実情である。
図書館で借りた「少し早めの遺言」という本が面白い。
作家やタレントなどの有名人が面白可笑しく書いている。

実際のところ、こういうタイトルで書けといっても、
ある程度フザケテしか書けないだろうが。
でも半数はけっこう真剣に書いている。

ーフザケテ?書いてみると,私の場合こうなるだろう!!
実感で書いてみる。
・財産は家内半分、息子二人はその半分づつ。
 ー事業は続いていれば価値があるが、そうでなくては価値はない。
 まあ大した事はないから、その点は気にしないでいてよい。
 大学を出した時点で、親の責務は終わっているので当てはしない事。

・辞世は「恵まれて 面白可笑し 悔いはなし あとは野となれ花になれ」
    「有難う、面白かった悔いはなし 情報社会の 激変の中」
  ーこれ今即興で・・・
・今度生まれてきたら、また同じ両親の元に生まれ、同じ家内?と一緒に
 なりたい ー同じ条件で生まれる事はないから大丈夫だが!
 ー参考のために、家内は嫌だと20年前に宣言された!

・子供たちには怖い父親であったが、あなた方も優しい父親でなく
 怖い父親になってください。ただ困っていたら、その時出来る範囲で
 優しく助けてやってください。

・ー子供たちにー父親訓として
 真面目な路線の上を、面白おかしく生きてください。
 性悪説の路線の上を、性善説で生きてください。
 人生二度なし、燃焼した人生を送るように。
 クールヘッド、ウオームハートで。
 人と違う人生をプラスに前向きに生きること。
・ー家内にはー
 死ぬときは必ず傍にいるから安心していてください。
 お蔭様で明るく楽しい人生でした。
 −何事も深刻にならず、鳥の羽毛のように軽く生きる事ができました。
・ー家訓として残しておく言葉はー
 他人との金銭の貸し借りはしない事
 請け判ー特に保証人には絶対にならない事
 小銭を大事にする事ーそうしないと大金が使えない。
 生き金は使え、死に金は使わない
 贅沢は敵、質素に、簡素に生きる
 法事や墓参りは必ずする事ー坊主の布施は最小にーこれは私の意見
 近所の人とは親しくしない事ー但し挨拶だけはしっかりと
 商工会議所や町内会や青年会議所には要注意???!!!
   −業種によるが、同種の情報媒体は避ける事!
 −下記の参加は避ける事ー
 ロータークラブ、ライオンズ、商工会議所ー青年部とかの???
 読書などの教養だけは身につける事

書いていて面白くなってきた。
この随想日記そのものが遺言そのものだ!
更にー
・姉兄には
 お世話になりました。
 皆様の分まで生きたようにも思います。
何か真剣に書いてしまった。

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[165] 創業の思い出-20年になるが  
 2001/09/29

 ホテルの社長と称する連中が押しかけてきた。
現N・S社長、G.Hの息子?(現社長?)、現D・Hの社長、
w・Hの息子だそうだ。ーどうであれ社長は社長だー名前は!−私もか。

あいた口が閉じなかった。何だコリャ!土人か。アフリカの槍を持った???。
これは成功だ!と心のなかで直感した。それより面白かった。

 曰く「値段を垂れ幕に出すとはけしからん!顔をただ見たいから来た、
値段を表示するのは可笑しい」
私「これだけの尊敬すべき先輩がこう言っているなら言うことを
聞きましょう。その皆さんがこうして団体で来るのはどいう訳ですか」

 自分たちは疾しい事をしている負い目が、彼らにあった。
おどおどしていた。そこだけはしっかり見ていた。
次の日に垂れ幕を下ろした、そんなことどうでもよかった。

 一人の強さとはこういうものか、反面闘いのない世界とはこういうものかと。
こんな程度か!地方は面白い!小手先の世界だと。
馬鹿にされたのも、気きずいて?なかったみたいだ。

この連中のビジネスホテル協会とか。価格協定談合組合ということらしい。
いまでも残骸として残っているという。長野はその5年後実質解散したという。

5歳の頃、両親から全く同じ話を聞いていた。あの連中のあの感覚を!
20年前のその時期に、新?ビル管理?の馬鹿専務が、気の遠くなるような
漫談を言っていた。内容は可哀想で言えない。
それぞれの視点がある。
とりあえず楽だった。
繊維の世界との差がありすぎた。



1639, 死に花

2005年09月28日(水)



DVDレンタルを借りてみたが、見ごたえのある内容であった。
「生きてる、と思える瞬間こそ、なにものにも換えがたい」
−全編を貫くテーマはシンプルだが、
充実した‘人生の大命題’を扱っていた。
み終わった後にサッパリした、心に残った内容である。
好奇心、それに対するチャレンジ、そして闘いこそ人生がある。

人生を楽しみつくしていた母の生きかたを身近で見ていたので、
年を重ねることはそう悪いことではないのは解ってはいたが。
(痴呆症になる直前までだが?)

この作品は正に、老人問題を通して人生如何にあるべきかのモチーフである。
常に新しいことに挑戦し、自分を作り替える若い心の必要性を説いている。
これから5年〜10年?という準備期間をおいて、自分自身も「老い」の時期に入る。
「それまで生きてきたように、人間は老いていく」という。
楽しみ方は知っているので大丈夫のはずだが?

ーHPで調べた内容をコピーしておきます。

東京郊外の瀟洒な老人ホームで悠々自適の日々を送る老人達に、
ある日突然に仲間の死が訪れた。
亡き友の遺した「死に花」というタイトルのノートには穴を掘りまくって
銀行から17億円を強奪するという衝撃的な計画が記されていた。
練りに練られた大胆不敵な計画に盛り上がる一同。
しかし、突き進む5人の前には、驚愕の展開が待ち受けていた!
17億円の行方は !? そして「死に花」という計画に隠された“真の目的”とは !?

老人ホームのシニアたちが金庫破り、この型破りな設定に集った豪華俳優陣。
主人公“菊島”にはシナリオ執筆の段階から監督がイメージしていたという山崎努。
彼率いる金庫破り五人衆は他に宇津井健・青島幸男・谷啓・長門勇。
菊島に「死に花」計画を託し、ひと足お先に逝く“源田”に藤岡琢也、ヒロインに松原智恵子。
そして極めつけ、物語の"核”金庫破り「死に花」計画の隠されたキーマン・99歳
“青木六三郎”役で2年ぶりの映画出演となる森繁久彌が特別出演!

高齢化社会と言われる今だからこそ、シニア・シニア予備軍のミドル・
そして若い人たちのハートにも、骨太エールを送ります。
年を重ねるって楽しい、人生の中で今が一番、これからはもっと良くなる!


以上だが、
豪華俳優の山崎努・宇津井健・青島幸男・谷啓・長門勇達が、
あまりに年寄り臭くなっているのにおどろいた。
そういう役もあったのだろうが、もう少し溌剌とした姿の方が良かったようだ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月28日(火)
1274, シュリーマンの話−2

ーシュリーマンの「語学習得法の秘密」
 
シュリーマンにとって、語学力が最大の武器であった。
語学力の方法として、
「当時売れていた小説を、丸暗記をする方法」を取っていた。
ストーリーは解っているので、意味は敢えて考えなくてもよい。
更に一ヶ国さえマスターすれば、他の外国語も同じ小説で、
同じプロセスを踏めばよい。(詳細は後記)
理に適っている。

若いときにこれに気づいていれば全く違った人生が踏み出せたのにと、
今さら悔やんでも仕方がない。
いや実をいうと、高校に入学をしたときの英語の先生が、殆んど同じ方法を
教えてくれていた。右の耳から入って、左に抜けていっただけなのだ。
バカの壁にしっかりと囲まれていたのだ。
「全く、もう!」である。

以下は幾つかのHPから抜粋し、まとめてモノである。
 
 ーー
 −−
シュリーマンは、1820年にドイツの一寒村に牧師の子として生れ、
貧困の中から商人として巨万の富を築き、その富を使ってトロイアなど
エーゲ文明の遺跡を発掘した人物である。。

彼がどうして巨万の富を築くのを可能にできたのか。
それは、彼の類まれなる「語学力」にあった。
10数カ国語を自由自在に駆使し、他の商人よりいち早く情報を把握して
ビジネス・チャンスを次々に掴んで富を築いていった。

彼は「多くの外国語を極めて短期間に習得した語学の達人」と言われているが、
その「語学習得法の秘密」はどんなものであったのだろう。
シュリーマンの学習法は、物語を丸暗記するという特徴的な方法を取っている。
英語では、当時よく読まれていたゴールドスミスの「ウェイクフィールドの牧師」
とウォルター・スコットの「アイバンホー」を丸々暗記している。

物語を丸暗記する方法は、ストーリーがあるので記憶に残りやすく、
文章を丸々憶えるので熟語やコロケーションなどの言いまわしがそのまま身につく。
この方法で、彼は英語を僅か半年でマスターした。

更に以下の勉強方を工夫していた。

・非常に多く音読すること。
・決して翻訳しないこと。
・毎日1時間あてること。
 ・つねに興味ある対象について作文を書くこと。
 ・これを教師の指導によって訂正すること。
・前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗誦すること。
 ・彼はさらに、会話をものにするために、
 その外国語が話されている教会にかよって説教を聴き、
 一語一語を口真似する方法もとっていた。

フランス語もこの同じ方法で、
「テレマコスの冒険」と
「ポールとヴェルジニー」を丸暗記して半年でマスターし、

続いてオランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語を
流暢に話し書くことができるのに、それぞれ6週間以上かからなかった。
オランダ語以降の勉強は、同じ上記の物語の本を入手して学習したと推測される。

既にストーリーがわかっているため文法書や辞書を引く手間が大幅に省け
短期間の学習が可能になるからである
(同じヨーロッパ語族という有利性もあった)。

シュリーマンの成功の出発点は、
まずロシア語をマスターしたことであった。
ロシア語の学習は難しく、これによって他の商人を出し抜くことができたのだ。
このロシア語の勉強でも同じ「テレマコスの冒険」をテキストにして、
この本の丸暗記という方法を取っている点に注目したい。
同じ物語の本を使って各国語を横断的に次々に征服していく彼の語学学習法は
今日的視点からも誠に合理的で優れたやり方と言える。

ここまではよく世間に知られていることであるが、
今回紹介するルートヴィッヒの本は、その語学習得法の秘密のベールの深奥を
さらに垣間見せてくれるまたとない良書なのだ。

ルートヴィッヒは、遺品として残されているシュリーマンの語学学習ノートなどを
詳細に研究してこう述べている。

「彼は自分の選んだ多くの単語をふくむ長い単語帳と、これらの単語を使った
一連の文章を、一枚の紙のうえに教師に書いてもらい、一字一字、
文字をまねながら全体を書き写し、それを暗記する。
ついで彼は他の単語をふくむ二枚めの表を作製してもらい、一枚めの表を
手本にして、新しい単語をつくったり文章を構成したり、他の文章と
組みあわすことを試み、それを教師に訂正してもらう。
こうして彼は辞書を使いながらきわめて急速に、自分の語彙をふやし、
ついにその文章がいよいよ長くかつ複雑となるまで、それをつづけてゆくのである」
(本書 P74〜75)

ギリシャ語の学習では、
「これらのノートに書かれている文字は、しだいに達筆となり、新しい単語が
出てくると、彼はフランス語やその他のことばで見出しをつけている。
…この練習帳では小学校の生徒にかえったように、
抹殺したり、
インクのしみをつけたりしている。
しかもその間に、先生の筆跡で訂正の筆がはいっている…」
(本書 P76)

このギリシャ語の練習帳に書かれたシュリーマン自身の文章を少し引用すると、

「そのあと、…わたしはどうしたら内陸へ行けるか、どうしたら金持ちになって
 土地を買い、えらい人になれるかを考えた。」

「わたしとタバコの取引をやる気はありませんか。
 ロシアでも、大きいタバコ農場をつくらないものだろうか。
 ロシア政府は便宜を与えないだろうか?」

「わたしは、じぶんが貪欲なことを知っている。
 …こんなにまでがつがつしている事を止めねばならぬ。
 …戦争中ずっと、わたしは金のことばかり考えていた。」

この文から読み取れるのは、彼がまず記憶しなければならぬ単語や熟語を選定し、
それらを含ませて、過去の自分の体験や自分が心からやってみたい事などに
結び付けて文章化する。それを教師にチェックさせて正しいものとし、
記憶するという方法をやっていることだ。

現在の学習法では、重要な単語・熟語を含んではいるが、
自分とは一切関係ない短文を無理やり次々と記憶してゆくのが一般的であろう。
しかし、シュリーマンの方法は、記憶術による夢のような連想力を働かせることが
できるのだ。
両者を比べてみて、記憶保持に雲泥の差が出るであろうことは容易にわかろう。

シュリーマンの語学学習法は、
・同一の物語を素材にして多言語にわたっる学習すること、
・自分に切実なこと密接なことを文章化して暗記し、その文章を
 つなげて行く事で長文も書けるようにすること、
・ネイティブの発音を徹底的に模倣すること、といったことに集約できそうだ。

繰り返すようだが、
今日の語学学習者にとっても参考になる優れた方法をシュリーマンは、
100年前に実行していたのだ。
また、この本の序文には、
彼が自分で作った10カ国以上の辞書があるという記載がある。
残念なことに、それがどんな編纂方式をとっているかは、この本には書かれていない。

シュリーマンは、なかなかの活動家で、江戸幕末にわが国にもやって来ている。
訪問したのは、横浜と江戸で、当時の日本の風景・日本人観など実に冷静な
観察をおこなっていて興味深い。

彼が発見したプリアモスの財宝は、彼の死後、遺言によりベルリン博物館に
寄贈されたが、第2次世界大戦直後から行方不明となっていた。
数年前、それがロシアで発見され現在公開されて今なお黄金の輝きを放っている。

ーーー
外国語習得年表

1842:英語、フランス語
 1843:オランダ語、スペイン語、イタリア語、ボルトガル語
 1844:ロシア語
 1854:スウェーデン語、ポーランド語
 1856:現代ギリシャ語 古代ギリシャ語
 1858-59:ラテン語、アラビア語
 1861:ヘブライ語

(文献)
 本書=ルートヴィッヒ「シュリーマン伝」白水社
1. シュリーマン「古代への情熱」岩波文庫
2. シュリーマン「シュリーマン旅行記 清国・日本」講談社学術文庫
3. ムアヘッド「トロイアの財宝」角川書店
 ーーー

 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/200195.htm 
 
『古代への情熱』(新潮文庫、1977年)
   ハインリヒ・シュリーマン
 ーーー
「私はこうして英語を征服した」
 ー18カ国語を独学でマスターしたシュリーマンに学ぶ
 平田 行雄 (著)
ー目次
 ー第1部 だれでも英語をマスターできる
「シュリーマン式英語学習法」
(だれでも語学の達人になれる「シュリーマン方式」とは
シュリーマン式英語学習法の「七つの原理」
日本人が見過ごしがちな、音読の意外な効用
読み書き能力を磨く ほか)

 ー第2部 シュリーマンとの出会いで、私の英語力は飛躍的にのびた
(いい教材があればあるほど、挫折しやすくなる
学ぶ条件が悪いほど上達は早くなる
英語が身につく勉強法・身につかない勉強法
留学しただけでは、英語は身につかない ほか)

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2003年09月28日(日)
907, 万事、引き際!

 何事も引きどきが大事である。
空手の突きの力は、突き出す力より引きの鋭さがポイントとなる。
引きを意識して打つとよい。
学生時代に「合気道」で学んだ幾つかの一つである。
飲み会大好き人間だが、数回?いや数十回の失敗をしながら致命傷が無かった?のは、
この事を知っていたからだ。

 朝起きたら、隣に知らない女性が寝ていたという事は全く無い!
多くの泥酔の中、危ない場面の中を辛うじて切り抜けてきたのは、
「引き時」を知っていたからである。

 学生時代、一時少し危ない同級の薬中?の男と、2年近く親友の時期があった。
「『お前は竹のような人間だ!』何があっても、何もない!」と言われた。
危ない場面を何回も遭っても、染まらずに元に戻ってしまう、ということだ。

 引き際が常に頭にあったからか?
それとも自分の殻から抜け出れなかったからか?
株でも事業でも、損切りができればプロだろう。
下世話の話になるが、遊び人(下経験が多い人間)は、経験上「引き際」
のタイミングをよく知っている。キヨウ(短期視点)貧乏でしかないが。
神(長期視点)からみたら虫観でしかない。

 人生も仕事も引き際が大事だ???????????
それができないのは、初めから織り込んでないからだ。
原監督もあっさり辞任したが、それでよい。

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533, 離婚事情
- 2002年09月28日(土)

現在は三組に一組が離婚するそうだ。
先日ある会で年配の女性が面白いことを言っていた。
「現代は少子化の為、嫌だったらいつでも帰ってきてもいいと
娘を送り出す。更に子供を連れてくれば一緒に暮らせるからだ。
一子、二子の結婚でお互いに希少価値がある。だから平気ですぐ離婚を
する」といっていた。

数年ぶりに知人に会ったら同じような事をいっていた。
息子が子供を連れて離婚をし、裁判で息子の方が親権をとったという。
息子1人では育てられないから、引き取って育だてているといっていた。
でも新しい子供が家庭に入り楽しそうであった。

それにしても三組に一組は多い。
わからない事は無いが、長く連れ添っていれば愛情がわくものを?
一家族に一人はいることになる。親子三〜四組うち一組になる。
ということは、この文章を気をつけて書かなくてはならない事になる。
読んだほぼ全員傷つけかねない。実際のところ、そこまで多くない。

以前TVで、離婚をした中年の女タレントと数人が口をそろえて
「離婚をして本当によかった!!」と言っていた。
それを黙って聞いていた小沢昭一が
「苦労を友にしてきた連れ添いと、歳をとって昔の楽しい思い出や
苦労話をお茶を飲みながら、しんみり話す味もいいもんだよ」と反論。
気の強そうな女性たちにとってカウンターパンチになってしまい、
その場がシーンとシラケの場になってしまった。

居ればうるさいし居なくては寂しいのが夫婦というものだ。
離婚をした独り者の飲み屋のママは連休が嫌だといっていた。
どうにもならない気持ちになるという。
家族の基本はやはり夫婦である。
現在の少子化もひどい、平均1・3人という。
人口維持の為には2,1人が必要という。
少子化が進めば更に離婚率が増すのだろうか。

好きになる相手は自分の持ってない部分をある人に惹かれる。
うまくいっているうちはいいが、一つかみ合わくなると破綻しやすくなる。
昔、足入れ婚というのがあった。結婚の籍をいれず仮結婚をさせる。
今も同棲があるが、周囲も仮結婚と認めて合わない時は
いつの間に別れさせてしまうという。

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[164] 目的と手段
 2001/09/28

 目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。
‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。
営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、
営業が反対に手段になってしまう。

何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。
手段を楽しむ事は大事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。
といって目的を忘れて手段に没頭してしまうのが、人間の人間たるゆえんである。

 以前‘ダンスと歩行’という文章を書いたが(後記)
まさしくその喩えがピッタシである。
目的は達成したと同時に次の目的の手段になる。
ドアについたら次の部屋のドアへの出発点になる。

 至近の例で旅館の二代目が商工会議所の部会の長に選ばれ、
イベントにウツツをぬかし廃業に追いこまれた例。
どこかの街のことだが、やはり二代目が青年会議所理事長になり‘街の活性化’
とかを政治家やゼネコンに煽てあげられ、真にうけて社長業を放棄・・・・・、
いまや????とか。まあこれだから娑婆は面白い。

 目的が何かも解ってないから、手段が出てこないのか。そう考えれば彼にとって
逆転も何もないのか!そのあたりが本当のところか?

ーー他人のことをいえた事か!どこかの馬鹿(私のこと)、
自画自賛のホームページにウツツをぬかし、つまらん事を飽きもせず毎日書いて。
馬鹿の脳内をさらけ出し恥さらして!−カミサンには冷笑され・・・・。ーー

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H0609歩行とダンス

 丸山圭三郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”
という二人の対話が面白かった。
“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。
ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。

 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?
ありうる!”という。
非常に含蓄のある面白い内容である。
人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。
今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、“よしこの仕事と
チーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と一人笑った。

 大手商社に勤めている友人と酒をのみながら右の話をしたら、
本人いわく“私はさしずめ、ホーク・ダンスだな!。
好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。
それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。

 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながら
パターンをマスターし、かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。
ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。
ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。
そしてその反対に逆の人も。


1638, 巨大スーパー販売前線の男達

2005年09月27日(火)

一昨日のNHKスペシャル『巨大スーパーの販売前線の男達』が、日本の流通業の現状を、
そのまま映しだしていた。

デフレ不況などの影響で大手スーパーマーケット各社の売り上げが伸び悩んでいる。
業界第2位の売上高を維持しているイトーヨーカドーの戦略に迫っていた。

流通グループの勝ち組のジャスコと、ヨーカ堂であるが、その一方の雄のヨーカ堂の惨状を
リアルにレポートした内容である。
よくぞ、ヨーカ堂も、堂々と公開したものだ。
まだグループとしての余力を見せたかったのだろか。

アメリカのスーパーを手本にスタートした日本のスーパーは、
バブル期に進めた経営多角化の失敗や崩壊後の収益悪化に苦しんでいる。
さらに安売り戦略を武器にしたアメリカのウエルマートの市場参入もある。
その中、イトーヨーカドーは安売りとは一線を画して、小売り主体の商品開発など
独自の戦略に力を続けてきたが、ここにきて大きな岐路に立っている。
長年続けられてきている"業務改革"も、あくまで戦略のミス?に対する
戦術でしかないのか。
毎週、東京の本部で全支店長が集まって情報の交換をきめ細かくおこなっている。
さらに業革委員会が20年近くのわたっておこなわれている映像を映し出していた。
しかし番組は、見ていてあまりのトップ意識と消費者の乖離の差の大きさを見せていた。

私自身といえば、以前はヨーカ堂にカジュアル洋品を買いに行っていた。
しかし、ユニクロが至近にできてから、普段着の半分はそこで買うことになった。
その他は、タカキューなどの専門店や、量販のアオキや、海外旅行の出先で買っている。
現在は、ヨーカ堂はほとんど行かなくなった。
家内もヨーカ堂の衣料売り場には、一切たち寄らなくなったという。

専門大店チェーンにいくと、商品力の差が明確に解る。
私はウォーキングが趣味?である。
そのため、ウォーキングシューズをついつい買ってしまう。
それもメーカーものでなく、廉くて履きやすいものを探す。
2000円から10000万円のシューズが5^6足も玄関に並んでいる。
数年前からは、通勤にもビジネスシューズに似たウォーキングシューズを履いている。

それに対してヨーカ堂では、3万の靴をわざわざ並べて、その横に1万以上の靴を
並べて廉く思わせて買わせる手法を真面目にとっていた。
バカじゃないかとしか思えない。
ヨーカ堂に来る客はそんなものを、この店には求めていないのが解らないのだ。

現在は深刻な大不況である。
さらに先の見えない状況が数年先に控えている。
国家にとっても、国民にとっても非常事態である。
それをヨーカ堂のトップが解っているが、どうしたらよいか暗中模索をしている。
陰に隠れているネット販売と通販の侵食も見落としているようだ?

ジャスコは、‘売れ筋の低プライス’と‘郊外ショッピングセンター’を
戦略に打ち出している。その戦いにヨーカ堂が遅れを取ってしまった。
まだ、グループにセブンイレブンがあるから大丈夫だが。

他山を批評できる立場にはないが、
時代の激変は番組を通してヒシヒシと伝わってきた。
専門大店とスーパーセンターに囲まれて侵食されているのが深刻である。
とにかく時代は激変している。
経営はネバーギブアップ。
飽くなき時代の変化に対する自己変身の継続しかない。
しかし・・・・

・・・・・・・
・・・・・・・

2004年09月27日(月)
1273, 2000年前のポンペイ

先日、TVで「ポンペイ」を特集をしていた。
十数年前にイタリアに旅行した時に立ち寄った、ポンペイの街の記憶と
TVの内容が重なって、非常に興味を持ってみることができた。

ーまずはポンペイの概略を書いてみる

ナポリの南東にあるヴェスヴィオス山のふもとの町。
古代ローマ時代には貴族たちの別荘地として発展し、
パクス・ロマーナ期の繁栄ぶりはめざましいものがあった。
当時の人口は2万。
公共施設が次々と建てられ、建物の構えはローマにひけをとらないほどだった。

悲劇は、AC79年8月24日にやってきた。
ヴェスヴィオス山が突然、大爆発を起こしたのである。
大地は鳴動して山頂は吹っ飛び、火口がぽっかり口をあけた。
きのこ雲は天に達し、くもった空の下に、三日三晩、火山灰と火山弾が降り注ぎ、
泥流は火口をあふれ出し、町を襲った。
ポンペイの町にも大量の石や灰が積もり、噴火の翌日までにその灰の深さは
5〜7mにも達した。
屋根の損壊や有毒ガスによる窒息による犠牲者の数は人口の1割にあたる
2000人と考えられている。

そこには火砕流でタイムカプセルのように、当時の生活が残されていた。
遺体を覆った火砕流の岩石の空洞に、石膏を入れて型どった生々しい遺体の像が
幾つかあった。お金を握った者や、妊婦や、奴隷、子供、犬など様々だ。
街を歩いていて驚いたのは、タイムカプセルでドロップアウトしたようになるほど、
リアルに当時の生活が残っていたことだ。
残っていた住宅の壁画などから見て、「性」に対して非常に大らかであったようだ。
女中部屋には、自?用の男性の??が壁につき出ていた。

幅10mの道路の両側には、焼きたてのパン屋、居酒屋、売春宿などが通りに並んでいる。
売春の値段まで残っている。今でいうと、コーヒー一杯分位だった。
道路には轍の後がくっきりとあるし、十字路には歩道がある。
下水道や、公衆水飲み場もあり、街の中央には広い集会場もあった。

今回のTVの特集で、全く知らないかった事実を多くあった。
街の殆どの人が、一瞬で亡くなったと思っていたが、発見された遺体は1000でしかなかった。
15000〜20000人の人口と推測されるから、遺体の半分は発見されなかったとみても、
9割の人が逃げ延びたのだ。
爆発から、この街に灰などが押し寄せるのに19時間の時間があったという。
逃げられなかった理由が遺体の様子から、それぞれ想像できた。

ポンペイとヴェスヴィオス火山の反対側にエルポラーノの遺跡がある。
この遺跡は、18世紀にある農夫が井戸を掘っていて発見したというが、
その近くの港で、300人の人骨が発見された。
その様子からエルポラーノの市民が、そこに逃げてきて救助を待っていて、
亡くなってしまったと推測される。

遺跡も多く見てきたが、それぞれが当時の生活や、深い因縁を秘めている。
しかし、衣服や住宅や街の様子が、火山でそのままリアルに封印されて残っているのは、
この遺跡だけである。
そこより、うかがい知れるのは「変らぬ人間の営み」である。

世界は広く、そして深い!

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・・・・・・・

2003年09月27日(土)
906, 金魚の話

 あるスーパーセンターのペット売り場の金魚売り場に行くと、
今まで見たことがないような元気な「黒いランチュウ」がいた。
仲間とは群れず、一匹水槽の中を泳ぎまわっているのだ。

 指を水槽につけると、人懐こく指を動かした先をついて回ってきた。
事務所の水槽は丁度定員一杯だったが、
「凄い!二度と巡りあうことがない!」とポケットマネーで即座に買った。
少し高かったが。

 事務所の水槽にはランチュウだけ12匹いるが、現在その中を一匹
我が物顔で泳ぎ回っている。
5倍もある一番大きいボス?と、顔をつけて餌を奪い合い食べている。
大きいヤツは普通の数倍、餌を食べなければならない。
その為には水面に口をつけてバキュームのように,浮いている餌を
吸い取っていく。
これと同じ食べ方を一匹だけ、この凄いヤツが早くも身につけた。
餌をやろうとすると、水面を飛び上がる勢いで餌にくいついてくる。
殆どが群れているが、一切群れないのがよい。
まだ数週間しか経ってないが、日ごとに大きくなっていくのが判る。

 こういう奴が、鳥でもいた。
エネルギーが満ち満ち溢れているやつだ。
無毛性のインコのヒナで手を差し出すと、必死で身体を摺り寄せてきた。
後で買っておけばよかったと後悔した。

 金魚でも弱いやつは、入ってくると既存のヤツに水槽の片隅に追いやられ、
一〜二週間で死んでしまう。隅のほうを向いてジッとしている。
動物社会と同じである、いや人間社会と同じだ!
所詮人間も金魚も同じだ。

 結婚した頃に、ランチュウを数匹飼っていた。
その一匹が水面を跳ねるのだ。
突如、水面に向かって泳ぎだすのだから、跳ねるのとは少し違うが。
遊んでいるようであった。なるほど金魚にも遊びがあるんだとビックリした
ことを憶えている。

 ランチュウの愛好のホームページがある。

 ・・・・・・・
 ・・・・・・・
 
 532,「一人娘とホモに気をつけろ!」
 - 2002年09月27日(金)

 息子二人が大学の入学の為、上京する時に注意した事があった。
お盆に下の息子が帰省した時に、居酒屋で彼等から聞いて思い出した話だ。
その時「一人娘とホモに気をつけろ!」と言ったという。

 「知っていれば、何処かで気をつけるだろう」と、注意しておいたのだ。
それにしても、変わった面白い注意をしたものだ。
せっかく育てた子供を、他人の家の子供にしたくないという心配が、
そう言わせたのだろう。あとは息子がホモもまずい。
後では取り返しのきかない。
特に都会ではそういうのが多い。

 女姉妹だけの長女とか、一人娘は要注意だ。
本能的に、よい獲?がいないかと目を光らせて狙っている?
これは注意をしておけば避けられる事だが、それでもよいなら問題ないが。

 あと幾つか注意したと思うが、「本を読め、色いろなアルバイトをしろ、
ゼミに入れ、クラブにも入れ、大学でしか経験できない事を可能な限り
経験しろ」等々、いったことを思い出した。

  大学時の経験が一生の圧縮だ。

   ーーーーーーーーーーーーー
[163] ] チンドンヤー 2   
                2001/09/27
 チンドンヤのことは以前にも書いたが、再び書いてみる。
チンドンヤの意味はその辺の英雄である。
鞍馬天狗や月光仮面である。それにはまず弱者が必要となる。
そして悪役が必要になる。

 そして本人-主役のチンドンが始まる。
自作自演の阿波踊りだ。本人はその主人公。
何回悪役にはまってしまったか。
次に観客も必要になり観客作りをやる。

 それを自身の利害をかけてやるか、にゃンにゃン(恋愛ごっこ)でやる。
私はすぐ気ずくが本人は大真面目!全てベッドインの小道具だ!そして破局!
この前もそうあったっけ、またその前も、その前も・・・。
特に狡すからい女は上手い!当て馬と本命を数名つくりその糸の手繰りをやる。

以前身近にほぼ詐欺に近い借金を重ねていた人がいた。
その手口をみていると、自分でまずストーリーを書く。
そして忠実にその主人公を演じるのだ。事実がばれないと踏んでやる、
しかし何度も重ねればその筋書きは見えてくる。
ヤクザ用語で「絵図を書く」と言うらしい。
ストーリをつくって素人に因縁をつけ、ゆすり取る。

 ヤクザが1〜2年に一度はこの手口で宿泊をして、ゆすりの因縁をつけてきた。
迷わず警察へ連絡。ホテルは警察の派出所みたいところが解らないようだ。
彼らのワンパターンの手口は
「仲間から電話を入れさせ、手違いで切れたことにする。そして数百万の商談が壊れた」
という手口である。
もう少しまっとうな絵図でも書けとも言えず、警察に電話をかけるのが手順。
実際相手にしている担当は何回あっても命が縮むという。

請け判ー(保証人の)を狙ったかなり陰湿の例もあった。
こうなると執念に近いが。
これをまっとうな知恵使えば!といいたくなる。


1637, 37年前の私への手紙−1

2005年09月26日(月)

ー22歳の日記を読み返してみて、当時の自分に手紙を書いてみたくなった。
37年前の自分は、自分のアイデンティテーであるが、全くの赤の他人にも思える。
だから手紙が書けるのだろう。

ー37年前の私への手紙ー

あなたの日記をまさか30数年経って、読み返してみるとは思っていなかった。
どうして書いたかさえ憶えていない。
倉庫で偶然その日記を見たとき、書いていたことさえ記憶になかった。
見つけた後、決して手に取ろうとしなかった。
見たくなかったのが本音である。
そこにいたのは、正に自分自身の姿がそのままあった。

数年前、この随想日記に思いきって書き写すプロセスで、露わなあなたを
冷静に?振り返ってみることができるようになった。

あなたは社会に飛び出す前後で、緊張の絶頂だったのが窺い知れる。
弱い自分をどう強くつくり上げるか必死のように思える。
社会全体がが学生運動や高度成長期の真っ只中で、燃え上がっていたが、
あなたは当時の言葉でいうノンポリもよいところだ。

あなたは、人生の根本的なことで迷っているようだが、それが若さだ。
根本的なことで悩んでいるからこそ、青春の輝きがあるのです。

現在の私は、あなたに比べて本当に強くなった。
自己改造を積み重ねてきた結果強くなったのである。
いや社会そのものに鍛えられたのだ。
その結果として、何か大きなものを失ってしまった。
あなたの弱さこそが自分を駆り立ててくれているのだ。
いま考えてみて、貴方(37年前の自己)の悩みこそ大事である。
そのことを貴方は直感しているはずだ。

歳を重なることは、強くなる反面、純粋さを失う。
膨大な未知の世界を前に、好奇心と期待に胸を膨らませている姿勢は認める。
しかし本心を決して開いてない。
開いても中には何もなかっただけか。

貴方の日記を読んで好感を持つ反面、狡猾な嘘つきと思えてならないのは、
どういうことか。
気まぐれなハッタリ、大言壮語を言っているだけではないのか。
もう少し、哲学書を読みこなしておくべきということも感じる。
あちこちと、浅く知識を摘み食いをしていただけだったが、まあ、それはそれでよい。

ただ、他に多くの文章(思い)を書いていたことを私は知っている。
それを全て捨てたことも。
なぜ彼方は捨ててしまったのだろうか。
捨てたから良かったのか、悪かったのか何ともいえないが。
あの時、真剣に書いた内容は、現在書いている随想日記の内容に決して劣ってなかった。
そのことを手紙を書きながら憶え出しただけでも、この手紙を書いてよかった。

あなたが内面を書きだしておかなければ、自分が押しつぶさていたことも理解できる。
あなたは、まさに基本的な足固めをしているのだ。
その後、三十数年の自分を振り返ると、決してあの時の理想とは一致はしない。
しかし方向は考えていた通りであった。
あなたが思っていたことは、高度成長期の時代背景の妄想かもしれない。
しかし気にすることはない、高度成長期にいかに生きるかが課題でよいと思う。
自分の人生は深く生きることが、一番大事なことである。

まあ、説教になってしまうので、この辺で止めておく。
少し力を抜いて、思いやりを持って、生きたほうがよいよ!
他人をもっともっと大事にしなさい。
これが私の最後の言葉です。 
              ーつづく

ーーーーー
ー後記
人生の反省会みたいで、なかなか書いていて面白い。
意外とスラスラ書けるのも驚きである。
当時の自分に強く愛着を感じるのは当然だろうが、
「気持ちを書きのこす」ことは、非常に大事なことだ。
当時の自分と対話さえ可能になり、心の芯同士の、魂の対話になる。

過去と対話をしているが?、実際は現在の自己会話でしかない。
それがよい。

旅行先で、知人や家族に手紙を出すついでに、自分に手紙を書いている
人を見かける。一番思い出になるからだろう。これは過去ではなく未来に
対して書いていることになる。

・・・・・・・
・・・・・・・

2004年09月26日(日)
1272, シュリーマンの話−1

映画で去年と今年「トロイ」が別々に、2本公開された。
去年公開された方をDVDレンタルで見た。
トロイの遺跡といえば、一生をかけ執念で発見した「シュリーマン」が思い浮かぶ。
誰もが憧れる波乱に満ちた人生の成功物語?である。

男の生き方として、他に注目するのは
ガラパゴス島に行ってヒントを得て「進化論」を書いた「ダーウィン」と、
日本の地図を実測で初めて纏めた「伊能忠敬」である。
それでも、スケールを考えるとやはりシュリーマンである。

反面、彼ほどマイナスの逸話が多い人物も珍しい。
また、膨大な日記や旅行記を書き残してある。

彼は15~18ヶ国語をマスターをして、それを武器に商売で莫大の資産を得た。
外国語をマスターするノウハウが、今でも多くの人のバイブルになっている
(これは次回、書く予定である)。

あるホームページに、彼の行蔵を上手く纏めたものがあったので、
コピーしておきます。

シュリーマンの一生は、常人から見たら常識をはるかに超えた
波乱に富んだものであった。
夢の実現のため、捨て身で人生をかける姿は、このような時代にますます
脚光を浴びる。

・・・・・・・
ー経営コンサルタント武沢信行氏のHPより抜粋

●ドイツ人・シュリーマンは、子供のころに父親から何度も聞かされた、
「ホメロスの物語」を忘れることができなかった。それは3000年以上も前の
ギリシャとトロヤの戦争物語だ。まるで神話のような大昔の話だ。
やがて彼は、「ギリシャに滅ぼされたトロヤの遺跡が必ずある」
と信じるようになる。
そして、「トロヤ遺跡の発掘」を人生の最終目標に決める。


●それからの彼の行動が現代人と違うところだ。彼は人生を逆算方式で
生きることを決意する。彼の戦略はこうだ。

◇最終目標・・・トロヤの遺跡発掘
◇中間目標・・・発掘資金と時間を確保するための充分な富の蓄積
◇短期目標・・・貿易商人として成功する
◇手段・・・貿易に必要な語学をマスターする

●夢に向けた最初のステップ、それは14歳のときである。
商業学校を卒業し、遠くの村の食料雑貨店で働く。
朝5時から夜11時までコマネズミのように働きながらも、
ホメロスの物語を自分で読むために、ギリシャ語の勉強を志す。
しかし現実は厳しく、勉強のための本を買うお金も時間もなく働き続け、
やがて健康を害して退職する羽目になる。

●雑貨店をやめた彼は、外国へ行く船のボーイになるが、そこでも彼を
待ち受けていたのは「不運と不幸」でしかない。
乗った船が嵐で沈没し、丸裸でオランダの海岸に打ちあげられたのだ。
志を立ててから早6年、すでに20歳になっていた彼の前途には、
希望の光は一筋もなかったかにみえた。

●だが、絶望のどん底に見たこの大地が、
シュリーマンの開運のワンダーランドとなる

●だが、そうした少年の気持ちとは裏腹に、現実は厳しい。
健康を害し、乗った船は沈没する。夢に近づくどころか、
どんどん遠くなっていくように思えた。
そんなシュリーマンにとって、丸裸で打ち上げられたオランダが、
開運のワンダーランドとなったのだ。

●成功には、地の利、時の利・人の利が大切だと言われるが、
シュリーマンにとって、オランダでの努力がまさしくそれだ。
6年間のアンラッキーがウソのように成功を始める。

●まず、ある貿易会社会社に就職し、その後の4年間で何と18カ国語を
マスターしてしまう。彼のひたむきな努力が認められ、ロシア支店を
任されるまでに立身出世。
独立した後、10年強の期間で、彼は大商人となって、
トロヤ遺跡発掘のための資金を充分に確保してしまうのだ。

●あれから月日がたってシュリーマン49歳、ヒッサルリクの丘にたつ。

この丘の地下にトロヤ遺跡が眠ると信じた彼は、
いよいよ人生の最終目標に向けて、発掘を開始する。
そうした彼の行為に対し、多くの考古学者は、
「ホメロスの物語を信じて大金を使うなんてバカげた話さ。
あれは単なる伝説だよ」と陰口をたたき合っていた。
穴掘り労働者150人も誰一人として、遺跡を信じている人間など、いない。

●シュリーマンの人生は、この発掘という挑戦のためにあった。
今さら他人の批判や陰口などが気になるようなヤワな信念ではない。

燃えるように暑い日も、凍るように寒い日もヒッサルリクの小屋を拠点に
発掘をつづける。
それは「毎日タマネギの皮をむくような仕事でした」と、後に語っている。

●そうして2年が経過したる日の午後。

「シュリーマンさ〜ん、何か変なものが出てきたました!」と、
穴掘り労働者の声。

駆けつけてみると、それは城壁のようなものであり、さらに掘っていくと
神殿や宮殿に通じた道も見つかった。
やがて土の中から、きらりと光るものが現れた。

●それは、黄金の王冠、首かざり、耳かざり、指輪、水入れ…。
おびただしい宝ものの数々。

「こ、これは・・・まさしく、」
立ちつくすシュリーマンの脳裏には、子どものころに本で見た、
まっかに燃えるトロイの絵がはっきりとよみがえった。
「ホメロスの物語は、やはり伝説ではなかった。
わたしが信じつづけたことは、夢ではなかった。」

シュリーマンは、あふれる涙を、こらえることができなかった・・。

●しかし、多くの大人たち(考古学者)は最初、この遺跡をトロイのものとは
誰も認めようとしなかった。
シュリーマンはその後も数々の発掘に成功し、そのたびに、
莫大な財宝を発見し、事実を証明していく。
そして、68歳のとき、現地に考古学者を集めて学会を開催し、
とうとう誰もが認める「トロイ遺跡」となったのだ。

彼の物語と彼の生涯はここで終わっている。

●いかがだろうか、これは実話だ。

常識で考えれば、遺跡の発掘をしたいのなら、商人ではなく考古学者を
目指すのではないだろうか。
決して大商人になるという中間目標を設定したりしない。
なぜなら、それ自体が達成できるかどうかわからないし、遠回りに感じる。
しかも、大商人になるために彼は、語学をマスターすることに多大な時間を
割いている。それだけではない。
奥さんを決めるときも自分にない語学ができる人を選んでいるのだ。

●生涯の目標を逆算方式で計画したからこそ出来た行動に違いない。

◇最終目標・・・トロイの遺跡発掘
◇中間目標・・・発掘資金と時間を確保するために充分な富の蓄積
◇短期目標・・・貿易商人として成功する
◇手段・・・貿易に必要な語学をマスターする

●えてして「戦略的」な行動とは、目的とは違う方向に進むように
みえるものである。新年を迎えるにあたり、私たちの人生や経営にも、
シュリーマンと同じような戦略的な考え方が参考になるのではないか。
 −−−−−−−
 
ー以上であるが、彼の驚異的な15各国語のマスターのノウハウは、
今でも充分通用するものである。

マイナスの話も付きまとうが、
「並みの人間の卑しい見方でしかない!」
という、彼の声が聞こえてきそうである。

「同じ一生、とことん自分の夢を追求すべし!」という人生を
そのまま実行した人だ。

日本にもきて、詳細を書いたものが残っている。

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2003年09月26日(金)
905, 物を置かない努力

 TV番組の自宅訪問で、デザイナーのコシノ・ジュンコが、
家では「物を置かない努力」を心がけている、といっていた。
「なるほど!」と納得してしまった。
家の中のデザインは無機質で、シンプルであった。
カラーは白と黒だけ、空間そのものがデザインという感じであった。
さすがデザイナーの住むところは違うものだと感心をした。
コシノ・ジュンコビルの最上階の広いワンフロアーを住居に当てていた。

 以前、事務所の部屋に来た知人が『机には一切物をおかないこと』
と注意をしてくれた。
「会社の机は物事を考え判断するところ、空即是色の空にしておけ」
ということだ。銀行の支店長室は無味乾燥な位に何も置いてない。
場所が少ない場合とか、仕事柄置きっ放しの方がよい場合が大部分だが。

 私の欠点の一つは、書類管理が苦手なことである。
このホームページに、その一端が出てしまっているようだが。
頭の中の書類?を公開することで、管理せざるをえない状況にしておく
目的もあるが。

 せめて机の上にモノを置かないことだけは守るようにしている。
モノの置きっぱなしは、後まわしの一番身近な習性である。

 ごく身近に?全てを後まわしにしようとする人がいる。
判断ができないのだ。周辺はやりかけの山になっている。
まあ書類やファイルに関しては私であるが。
確かに判断をのばしてよかった事もあるが、身近なことは即決の方がよい。
「孫子」も兵法では速攻を説いている。

 海外の旅行に出ると一日おきに、バックの全てを出して整理をしている。
これは長年の旅行経験からの知恵である。
10分で済むし、出発の時に慌てないで済む。
圧縮されたバッグの中はすぐに混沌として、小さい空間にかかわらず
必要なものが何処にいったか判らなくなる。
そのままだと、気持ちまで落ち着かない。

ところが、机の中やファイルや書類等になると、後回しにしてしまう癖が
ついている。

 経営者や弁護士や代議士は、まず秘書をどう機能として取り入れるかが
ポイントになる。
サービス機能ー総務管理が組織創りの第一歩だからだ。

 家に住んでいて、キチットしているのは気持ちが良い。
生まれたときから必ずお手伝いさんがいた。
父が潔癖症であったのもあるが、常に整然と片付いていた家であった。
しかし、いまは??!!である。
それでも居間と寝室の私のテリトリーは整然?としているが。

さあ今日は、事務所の机周りの整理をしよう!
   
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531, 天皇制度について
- 2002年09月26日(木)

 国家感だから書くのに少し気が引けるが,避けては通れない問題だ。
島国とか離れたスカンジナビア半島のように、
あまり外部との入れ替わりの無い国では,
王室を国家の体制としておいておく方式もあってもよい。
また多神教の場合の統治にも王室が有効となる。

 ユダヤ教やキリスト教やイスラム教のようなラージXの
一神教には共通の価値観がある。
アメリカの大統領の宣誓式でバイブルを手に宣誓をするのは、
一神教のラージXのアラーの神に国民の前で国家への奉仕を
約束をすることである。
旧約聖書では王を認めてない。

 日本の神話で神が出てくる。
彼の左右には必ず二人の対立したセカンドがでてくる。
対立をする間に中央の神が存在して、真空ー中空としての役割を果たす。
変化の乏しい島国では丁度よい役割を果たす。
良くいえば弾力的システム、悪くいえばいい加減なシステムになる。
今の日本の窮状はそのいい加減なシステムの弱点が出ている為である。

 アメリカが日本を占拠した時にアフリカとか東南アジアやインドの
占拠方式をそのまま当てはめ、天皇制の維持で国家体制の維持に利用した。
明治維新で日本という国家をつくろうとして、京都の天皇に目をつけた。
天皇家をシャッポ−帽子にした。

 ー国家のつくり方として
・先ずは帽子が必要である。警察の帽子といっしょである。
・次に暴力装置として内向けに警察、外向けに軍隊が必要になる。
・それと決め事としての憲法。

 戦後はその決め事ー憲法をアメリカに押し付けられ、
天皇も占領に都合がよい為、そのまま押し付けられた??!!
その名の下に戦争で死んでいった国民をこれほど馬鹿にした話はない。
少なくとも昭和天皇は変えるべきであった。
それと居を京都に帰すべきであった。

 裸の王様と同じで、誰もが解っていながら?口に出せない。
あの北朝鮮と同じである。
ドン様が存続しているのは、恩恵を受けている軍部の存在である。
天皇もしかり、宮内庁を縮小しなくてはならない時期はいずれ
やってくるだろう。
議論を避けて通ってはならない問題だ。

 石原慎太郎が「天皇家は朝鮮人のルーツを持つ」といっていたが、
それは古墳をみると明らかである。
日本こそ多民族国家である。その時々でいろいろの民族が浸入してきた。
台湾だったり、朝鮮だったり、アイヌ系だったり、南方系だったりした。
そしてその都度いろいろな一族が大きい勢力をもった、
それの一つが天皇家である。
千年以上続いているのが素晴らしいといえば、全くそうだが。

 欧州の王室のように、質素な一般大衆とさほど変わらない
慕われる王室に自然となっていくだろうが。
その為には、まずは京都に居を移ってもらわなくては!
予算も今の130億円から30億位に削って!

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 [162] 手順     
2001/09/26
 人生を生きてきてつくづく思うことは,どう学びどうそれを
実現してきたかというとである。大学を出たとか高校を出たとかは二の次、
しかしそこで何を学びなにを得たかがポイントのように感じる。

 私の場合、浪人が一番勉強になった。そこで得たものは、
そこにたつと「ぎりぎりの線に立つと」知恵が出てくるということだ。
そこで手順を身につけたことだ。

 人生の若い時にこれを身につけないと、人生の後半に問題にあたったとき
その解決に苦労する。
ぎりぎりの崖っぷちにたってはじめて、手順は身につくのではなかろうか。
それも前向きである必要がある。

 チャレンジの中で自分を追い詰めて
(その中で自己をぎりぎりのところに立たせる中で)、知恵が出てくる
プロセスを手順というのではないか。

 30数年いろいろな仕事を手がけてきた。
仕事は違えど同じことがある、それがプロセスである。
どこの世界にいっても馬鹿な二代目がいる、そしてプロセスをみて笑う。
創業のプロセスは傍目でみてミットモナイ姿でもある。

 
 プロセスは直線的にいかない。
それが傍目からでは解らないからであろう。
「目的と手段」の手段に似ているが手順はその両方を含む。
「空即是色」のところもある。
空にしてそこから手順を踏むからだ。


1636, ローズパレード

2005年09月25日(日)

昨日、何気なくNHKのBSHVをまわしたら、ど派手のパレードを放映していた。
アメリカのロス近くにあるパサデナの「ローズパレード」であった。
花や自然植物で作られる豪華な山車や行進が見もののお正月恒例のパレードである。
一時間の番組もアッという間に過ぎてしまった。

アメリカ全土だけでなく、世界からも多くが参加。
100チーム以上が参加している。
アメリカ海兵隊、カナダ騎馬隊、大学のチアガールチーム、企業体、などが
それぞれのテーマを決めて行進する。
これに参加すること自体が、アメリカでは大きなステータスになっている。
参加するには厳しい審査のパスが必要という。

リオのカーニバルと違い、ど派手だが、控えめな演出?で心打つものが次々と出てくる。
実際にみたらTVとは違った感動があるだろう。
このパレードを見るために全米から100万人が集まってくるという。
TVでは終始生放送で、その様子が一日中流されている。
前夜には、道に泊り込んで場所確保する人達で込み合う。
指定席もあり、かなり高い値段がする。

そのローズパレードは、毎年1月1日の朝8時から始まり、
パサデナ市内のメインストリートの コロラド通りを多くの山車などが練り歩く。

その山車も年々豪華になっている。
それと並行してローズクイーンコンテストも開かれる。
またこのパレードが終わると全米カレッジ・フットボール決勝戦の
ローズボールが行われる。

ローズパレードの始まりは1888年迄遡る。
今年で116回目という。七十数回も参加しているチームもある。
当時、キツネ狩りで有名なプライベートクラブ バリーハントクラブがあって、
クラブのメンバーが1890年1月1日に四輪馬車をきれいに飾りつけて
パレードしたのが始まり。
ヨーロッパの<バラ>の祭りを手本にして、山車(フロート)に沢山の花を飾って
自然の美しい輝く太陽を本当に楽しそうに行進している。

この中で美しさ、パレードのテーマ、デザイン、独創性、花の使用、また花の新鮮さや
参加者のコスチュームなど数々の項目で審査され、賞が決定される。

このパレードに使う山車(フロート)1台の平均費用は、1000万円という。
1台で10万本の花が使われまれ、まさしくローズパレードといわれる所以である。

お祭りは、TVでみていても楽しさが伝わってくる。
世界は広い、そして深い!

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2004年09月25日(土)
1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2

十数年前のこと、新潟に著名な教育者が講演に来た。
その夜、勉強会の「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。
そしてそのままホテルに泊まってもらった。

翌朝お礼を兼ねて、弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。
二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。
そして直に旧知の友のようになった。

知らないうちに、昨日書いた母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、
不条理の話に及んだ。
本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで
いたようであった。

それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。
「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ
「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」
と依頼されたという。

いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。
「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまったのだ。
こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会が
なかったのに、本当に惜しいことをした。
また、そこに聞きに来ている人はふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。
後悔あとに立たずである。
森信三氏も似たようなことがあったというが。

それから数年後の1992年に、森信三氏は亡くなったのだ。
本当にバカのことをしたものだ。

話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、
母の実父の上・三人は幸せな人生をおくり、
下4人は??
ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。
「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると軽く一冊の
小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。

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 2003年09月25日(木)
904, 讃岐うどんの店−2

 9月2日に『讃岐うどんの店』というタイトルで書いてから、3週間経つ。
その後、新潟の郊外にある店に7〜8回通っている。
 何かヒントがあるようだからだ。

・いつも感心するのは、お客の滞店時間が短いことだ。
 平均15分で出ていく。
・並んでからレジまで3~4分で済む。
 ウドンは注文をして、平均15秒で出てくる。
・毎回、色いろな組み合わせができ、何回通っても飽きない。
・値段が安いことも驚きである。
 特に100円のかけウドンは価値がある。
・外国の飛行場などにあるセルフ方式で、トッピングできるのがよい。
・若い女性や女子高生が平気で一人で食事をしている。

 面白そうなので、今マスコミで話題を集めている「はなまる」という
讃岐ウドンのチェーン店のFCの説明会にいってきた。
新潟のワシントンホテルの会場で、社長が直接説明をしていた。
「まだ100店だが、数年のうちに1000店にする」と言っていた。
聴く前はハッタリだろうと思っていたが、可能性は充分あるようだ。
婦人ファッション関係の出身で、
「ダサイ讃岐ウドンの店を、若い女性でも平気で入れるブテック的な店」
が店舗のコンセプトと言っていた。
 聴いていて、これは本物かと思った。
・今まであるものを、
・時代のニーズに合わせて、
・提供方法を変えることで、
価値を作りかえることー業種から業態に置き換えることー
を忠実に実行している。

ホームセンターも、スーパーも、
・郊外に大きい店と駐車場をつくり
・セルフ方式で
・より多くのアイテムを
・ディスカウントにして売る
業態にしただけである。

その意味で、面白い可能性のある商売であろう。
ホテルも、いま一度新しい業態という視点で、見直す時期に来ている!
一番の課題である。

去年の今日も焼肉屋の『新業態』の店の分析をしていたー後にコピー
たくもう、全く成長してない自分を見る思いだ!
分析している暇があったら、ホテルの新業態を死ぬほど考えろ!という言葉が
心の奥から聞こえてくる!

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 讃岐うどんの店 −1
- 2003年09月02日(火)

 最近ブームになっている讃岐うどんのチェーン店に行ってきた。
100円からの讃岐うどんを食べられる客単価400円の店だ。
揚げ物などを皿に取り、うどんを注文して勘定をする方式をとっている。
社員食堂のセルフ式をそのまま讃岐うどん屋に取り入れた業態である。

・一回目に食べたのが「肉コロッケと、掻き揚げと、普通の讃岐かけうどん」
で約500円であった。
・2回目は、「100円の小のかけうどんにオニギリとハンペンと天ぷら」で
400円であった。

 客層は家族ずれからサラリーマン風とOL とばらついていた。
一組あたりの滞店時間が20分位で、非常に短いのが特徴だ。
近くにあったら週に一度はいくだろう。
気軽で300〜400円で済むからだ。

 ガソリンスタンドと同じで、セルフ方式そのものが受け入れられている。
セルフ方式を取り入れて、美味しい?ものを安くしているところがミソだ。
家族で美味しいものを食べにいくところではない。
お腹を満たす為に行くところだ。

 新潟駅前の自社の事務所の近くに牛丼の「松屋」も開店予定だ。
おそらく週に一度は行くことになる?だろう。
遅かれ早かれ、この業態の讃岐うどんチェーン店も出てくるだろう。
客単価の低いところをねらった店が求められているからだ。
今までの単価の半額が目安である。

 これは一時的ブームで済むのか、このデフレの時代の大きな潮流にそった
ものなのか、今のところ判断はできない。
しかし、セルフ方式の合理的システムは流れに沿っている。

 最近の居酒屋チェーンも闘いの中から、必死にそれぞれの新しい業態の
店を創ってくる。いかに消費者に受け入れられるかの闘いである。
その闘いを避けた店は受け入れられなくなる。
その意味で個人経営の居酒屋はますます苦しくなっていくだろう。

 飲食店のウォッチングは身近で判りやすく面白い!
趣味といってよい。

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 530,焼肉屋の新業態の店?
- 2002年09月25日(水)

郊外に以前地元のホームセンターが経営していた焼肉の店があった。
一昨日、代替わりをして新しい焼肉屋なっていた店に入ってみた。

以前の店に2~3回同じ時間に行ったが誰も入ってなかった。
入ってビックリ、17時なのに9割がたの席の埋まりであった。
一時間後の18時に帰る時には3組の待ち客がいた。

客は殆どが若い人であった。
前の店は値段の割りにおいしい店で、カルビが¥480円だった。
周辺に同じような店が5~6軒もできた為もあるが。

新しい店は内装は全く変えてなく、変わったところは「しゃぶしゃぶ」
と「焼肉」が食べ放題で、1480円であった。
普通の単品もあり、以前の店より単品は一割ほど安い程度であった。

「ハナマサの食べ放題」もあるが、違うのは普通の焼肉屋と
同じメニューで、その皿の肉はどれでも注文をすればその都度持って
くる方式である。

前の店もこれと同じやり方をすれば、上手くいったと思われる。
100席以上の郊外型の店で、店員が数名が走り回っていた。

焼肉の新しい業態の店である、よく考えたものだ。
しゃぶしゃぶの単品で「牛ロース3人前と野菜と丼物とビール2本」
で3500円辺りであった。
肉は決して美味しいとはいえないが、その業態がなかなかよい。
「cha cha]という店で、何処かのチェーン店の新業態かと「検索」で
調べたが、全く無かった。

店に入ると必ずどういう業種で業態で時代に合っているかどうかという
視線で見るとなかなか面白い。
こうすればいいのにな〜と思う店があまりに多いが、
いうわけにいかない。

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[161] 自然体(自然態)
2001/09/25 07:01

 あまり気張らず、心配せず、そのまま、自然のまま、なるがまま、
生きていく生き方。目の前の出来事に気を取られず、
その背後の流れに従う行き方。
「自然体の経営そして生き方が大切」

 15年前かパレスホテルの経営セミナーに出ていたとき、
その時の時勢の勢いにのっていたある経営者がいった言葉である。
丁度必死に仕事をしていた時の不自然の自分にピッタシの言葉であった。
浪人を何回か経験していて少なからず身につけていが、
しかしかなり印象深い言葉であった。

 丁度ホテルという長期物件を手がけて、
その意味‐長期の装置産業の難しさにきずき始めた為もあった。
その後この言葉に生き方がかなり影響された。
目の前の困難に対してあまりジタバタしないで済んだのも、この言葉のおかげだった。

 7〜8年前南アフリカを旅行した時、あまり添乗の経験少ない中年の女性の添乗員が、
出発前に成田で言った言葉が印象的であった。
「この旅行全てのトラブルが起こるはずです!起きた時に一つずつ
解決していきましょう。自然体しかありません。無理せずそのままでいきましょう」

「なるほどいいことを言うな、でも素人だな!」とそう思った、
そしてそのとうりになった。その言葉が最期まで利いていた。
トラブルも旅行の一部、慌てずそれをうけとめ、そしてそれを楽しむこと。
自然体そのものであった。たしか法華経に自然法爾(じねんほうじ)という
言葉があった。イスラムの「すべてアラーの神の思し召し」もこれに似ているところが面白い。

もうひとつ似たのに、名人の域に達した落語家もこれに近い。


1635, 「イヴの七人の娘たち」

2005年09月24日(土)




ーまずは、この本の概略を書いてみるー

DNA研究から明らかになった事実として
ヨーロッパ人のルーツが7人の女性「イヴの七人の娘たち」
にいきあたり、さらに現存人類は、全世界で33人の女性先祖に絞られるという。
アフリカが起源なので、アメリカインディアンとか日本人は、
「辺境」になる。

我々はどこから来たのか? の鍵を握るのが、DNAである。
DNAは我われの中にある古代世界からの旅人といえよう。
人類は皆、20万年前のアフリカ女性「イヴ」の子孫であるといわれている。

6億5000万人にのぼる現代ヨーロッパ人の母系祖先は7人の女性に分類できるが、
この女性たちに名前をつけると、
アースラ、
ジニア、
ヘレナ、
ヴェルダ、
タラ、
カトリン、
ジャスミン。
それぞれが、
「別の時代に、別の場所」で生活を送っていた女性たちである。

ミトコンドリアDNAには、
・母親からしか受け継がない、
・遺伝子の組み換えが起こらない
という2大特徴がある。
このミトコンドリアDNAをたどっていけば、ヨーロッパ人の誰もが、
自分の祖先を知ることができるのである。
また人類の歴史―― 我々はネアンデルタール人の末裔なのか、
         それともクロマニョン人の末裔なのかを知ることができる。

ミトコンドリアDNAは二万年に一つの割合でランダムに突然変異を起こしている。
そのため、DNA配列の違いから何万年前に分岐したのかがわかるのである。
ホモ・サピエンスの歴史が遺伝子に記録されていった道筋について語っている。
誰もが人類の歴史を遺伝子の中に秘めていて、その歴史は、はるか昔の祖先から、
実質的になんら変わることなく受け継がれてきたDNAパターンの中に含まれている。

人間の細胞はすべて、長年の旅を乗り越えてきたもの、
つまり遺伝子を運んでいるのである。
そして、本書はユーモアをもって現代ヨーロッパに潜伏する人種差別主義を批判している。
我々は、祖先をたどっていけば誰もがつながっているのである。

遺伝子の立場からみると、遺伝子自ら生き残るために、
人間いや生物の体を使っているという見方もできる。

以前TVで、
日本の女性が「何十代か前の母を一にしたウクライナの女性に会いにいった内容」
を放映していた。DNAの解明から偶然見つかったという。

宇宙も含めて、科学は無限に広がる未知の世界を解明している。

ーー
「イヴの七人の娘たち」
( ブライアン サイクス 著 )
ソニーマガジン
目次

きっかけは五千年前に死んだ「アイスマン」の発見
DNAとはどんなものなのか
血液型から遺伝子へ
スペシャル・メッセンジャー
ロシア皇帝とわたし
太平洋の謎
偉大なる航海
最初のヨーロッパ人
最後のネアンデルタール人
狩人か、それとも農民か
不愉快な出来事
チェダー人は語る
男性の遺伝子―アダムの登場
七人の娘たち
第一の娘アースラ
第二の娘ジニア
第三の娘ヘレナ
第四の娘ヴェルダ
第五の娘タラ
六の娘カトリン
第七の娘ジャスミン
ホモ・サピエンスは世界へ
自分とは?

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月24日(金)
1270, 母が亡くなって、まる八年!

ー命日に,
母の魂に捧げる

今日の9月24日が母の命日である。
まる八年経った。
遠い昔のような気がする。
今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。

母の優しさは、誰にとっても共通である。
父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、自分がその年齢になって
初めて解るものだ。

世界広しといえども、母は一人である。
そして、ただ無条件で愛してくれたのは両親だけである。
親の愛こそ、神の愛に勝るものである。
真実の愛は、親の愛がその原点にある。

愛は力である。
内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。
キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。

人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で
ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。

ー命日ということで、母のことを少し話してみる。

母は特異な家庭環境の下で育った。
兄一人、姉一人の三番目に生まれた二年後に、実父が亡くなってしまった。
そこで祖母は、(後妻でなく)後夫をもらった。

その後、後夫の子供が4人生まれた。
後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。
特に一番幼い母が、その対象になった。
祖母は後夫の手前、守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。

そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。
子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。
ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。

それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。
その結果、重度のノイローゼになった。
私が7〜10歳の時である。立ち上がるのに5年もかかった。
その時、心臓が四分の一壊死してしまった。
(亡くなった後の解剖で分かった)

その苦悩・苦痛の中から、神様のような優しさを持つようになった。
そして強さも。

その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。
私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセスで
多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。

どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。
特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。


さあ墓参りだ!
          23日6時半ー記
          
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・

2003年09月24日(水)
903, 「仏像の不思議!」

 随想日記で多くの不思議について書いてきたが、仏像の不思議について
書いてみる。ー度、少し書いた可能性があるが。

 20年前のことだが、家内の実家の会社で毎年、倉庫でお客を集めて
「お祭りを兼ねた展示会」を開いている。
お祭り・騒ぎ大好き人間として、時々レジャーを兼ねて遊びに行っていた。
初めて行った時のこと、地元の古道具屋の出店で仏像などを売っていた。
多くの道具の中で、気になった象牙の仏像があった。
精巧な彫りでかなりのモノであった。

 半分冷やかしで値段を聞いたら、40万円という。
冗談で、15万円といったら、怒ってしまった。
「気が変わって値を下げるなら、家内の実家に置いていってください。
お金は後で送金しますから」」といって別れた。
買う気は全く無かったのだが、少し惜しい気持ちになっていた。
ところが数日後、その仏像が請求書と供に会社に直接送ってきた。
そこまで下げるとは思ってなかったのでビックリした。

 しかし気に入った仏像であったので、実際のところ嬉しかった!
何げなく仏像の台座の下を見て、背筋が凍る思いであった。
家内と同じ「恵子」という作家の名前が掘ってあったのだ。
たまたま一緒にいた人も、その話を聞き、その仏像を見て青くなった。
「霊気が漂っている、すぐにお寺に収めた方がよい」と忠告をしてくれた。
確かにその仏像には、霊的な不思議な念が入っている感覚があった。
しかし、今でも自宅にあり「家内の守り本尊」?として大事にしている。
いくつかの偶然の一致が重なっただけの話だろうが、それにしても不思議な
出来事であった。
ただ数珠が地震で倒れた際に欠けてしまったのが残念である。
商品価値は三分の一だろう。

 仏像といえば子供の頃、父から聴いた話がある。
父が以前「高村光雲」の仏像を買ったら、家で不幸があったという。
「いわく付き仏像」と聞いていたが、半信半疑で気楽に買ったという。
気味が悪くなって、すぐ売ったという。
ところが、それを売った家でも、不幸がおきて即転売したという。
「仏像は気をつけて買わないと駄目である」と聞いていた。

 −しかしこの仏像は悪い因縁モノでなく、守り本尊のようである。
 仏像は彫師や、拝み手の念が入っている。
 不思議なことがおきても何も不思議ではない。

 若い時は、不思議ということは殆ど無かった。
しかし、歳を重ねれば重ねるほど、不思議の経験を多く積むようになった。
不思議としか思えないことが、あまりにも多くあった。
生きていると、思いの他の経験がドンドンおきてくるのだ。
そして、そこに不思議な深い経験をする。
 これが人生である。

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・・・・・・・・・

 529、人の一生
- 2002年09月24日(火)

仏教説話でよくきく内容だが、
怪獣?に追われて古井戸の紐につたわり下りようとすると、

・上からはその動物が覗?込んでいる。
・周囲の岩から蛇が首を出して狙っている。
・下には大蛇が大口を開いて、落ちてくるのを待っている。
・しがみついている紐を鼠が齧っている。

・怪獣は現実。
・周囲の岩から首を出している蛇は、四苦八苦などの病気悩み災害。
・下の大蛇は死。
・鼠は歳月ー死への。
・紐は生命。
人間の一生を例えた仏教説話である。

これからみると仏教は暗い不安な宗教ともいえる。
また井戸は内面ー孤独ともいえる。

こういう喩えのストーリは如何であろうか?

ー熊に追われ井戸に逃げ込んだら、そこは酒の涌く井戸であった。
鼠や蛇がそこにいて、酒で酔っている。好みの美人もそこで酔っている。

この際自分も飲んでみたところ、その酒の美味いこと。
あまりに美味いので飲みすぎて泥酔してしまった。
ふと外をみると追いかけてきた熊ー現実もいなくなっていた。

それまでの記憶をすっかり忘れて外にでると、いないはずの熊に
食べられてしまった。
これ、酒で失敗した男の話でしかないか?
何回熊に食べられた事か???!

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[157] 自殺
2001/09/24 09:49 NoName

 ホテルオープン後10年で初めて自殺が出た。
やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。
まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。
「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」
‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。

 まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。
その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。
そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。
その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。
ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。

 そして5年後再び自殺、そしてその2年後から毎年1人出ている。
朝7時前電話があると、ああまたか!ヤクザの脅しか自殺かと!最近ヤクザのそれは
ほとんどなくなったが。
「ヤクザは自動的にに3秒で‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事が
マニュアル化してあるからだ。これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」
間抜けな流しのそれが来るが、すぐ青い顔をして出て行く。
今はもう止めた。最期の部屋に泊まって戴いて有難うと思うようにしている。

 自殺の方法とその事情は当事者として、
詳しく耳に入るがその深遠さに身も竦むことがある。
見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、
お湯を一杯溜め睡眠薬とウイスキーを飲んで溺死。
もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。




1634, 創造性とは何かー 日野敬三 対談集

2005年09月23日(金)

今西錦司との対談「創造とは何か」も深い。
もう23年前の対談で二人とも故人になっているが、生々しい肉声がそのまま伝わってくる。
自らを謙虚にして自然の声を聞く姿勢が、創造の原点であるが、
個性に対して「自己」と「自我」の相対の中から、その意味を導き出しているのも、
鋭い指摘である。

対談者ー今西錦司ー創造とは何か?
ー父性原理と母性原理

ー今西
西洋では神を一番上において、次に人間を据える。
そしてその間が切れている。
そこからもう一つ切りよって、その他の生き物は全部が人間の下に置かれている。
デカルトですけど、「我思う、故に我あり」に当たらん。
こいつらは何も考えよらん、で切られている。
縦割りのヒラルキーが厳然と決まっている。
我われは幸か不幸か、そういう絶対的な神はいない。
天照大神が一番偉いのだろうが。
ホカに八百万の神というて、さまざまな神様がいるが、これは欧米の縦の系列でなく、
横の系列なのである。ほかの生物に対しても、やはり同じ平面においている。
西欧が父性原理できるところを、こっちは母性原理でつないでいる。

ー日野
私自身も自分を氷山のようなイメージで考えるんです。
氷山は水面に出ている一角でね。水面下の方が大きい。
自分が意識している『自我』は、氷山の一角。まあ、ちょっと光ってるように
見えますけど、それだけのもの。本来の自己は海面下の氷山のように、
暗く無限にずうっと広がっていて、その中には自分の過去の経験、父祖の経験、
民族の経験、全生物の三十数億年の経験が詰まっているような気がするのです。
それが更に宇宙までつながっているという感覚をこのごろ持ちます。

ー今西
それは表現を変えたら、意識の世界に住んでいる以上は井戸の中の蛙と同じで、
なんぼ教わっても世界のことはわからない。
この文明は、人類の歴史から言うても意識過剰な時代ですね。

ー今西
個性というのはどこにあります?
「自己」と「自我」の相対から言うたら個性はどこにあります?

ー日野
「自己」の中には本来あるべきものが潜在してあるはずだけど、
それをほとんどの人が抑えている、あるいはそれと通じないようにしている。
一種、気味悪いせかいですからね。そのうちのどの部分をどこまで意識化して、
現実化しているかによって、それぞれの個人の個性が出てくるんだと思います。
より深く「自己」を生かして、自分の掘っている井戸の深いところから汲み上げている
個性は強い個性、豊かな個性。
貧しい個性、平均的な個性はあまり掘っていないじゃないですか。
その時代、その社会の最も最大公約数的な面で生きている。

ー今西
個性が浅いということですね。

ー日野
そうですね。優秀な個性、劣等な個性はぼくは考えない。
「自我」を突っぱねるのではなく本来の「自己」をより広く深く生かしている
個性と、浅くしか生かしてない個性の差だろうと思います。
そこで、じゃあ、どのようにすれば、「自我」を越えて「自己」のひろがりまで
達するかというとことで、先生が「私は山に生きて、山で別世界に触れることが
私の想像の根源だ」とおっしゃったのは、そういう意味だと思います。
別社会が何も外にある別社会だけじゃないですね。
自分の中にある別社会でもある。それは山に行くことで、日常から離れられて、
非日常の次元で直感がさえる、はたらくということでしょう。

ー今西
開かれた世界、無意識の世界にどういうチャネルを使って接触しているかという問題ね。
そういうものに触れるチャネルは意識が強すぎたらできへん。
山はじっとしているのとは違って、歩かなくてはならない。
いわばそれは「行」とみてよい。「行」を通じて意識をなるたけ捨てて山に密着して
いることが、別の世界とのチャネルのボタンが押されていることになる。
だから山は無念無想に歩いた方がよい。

ー日野
創造的であるということは、そういう回路が開いているということだろう。
閉じているということは、結局、その時代、その社会の最大公約数的な意識だけが
現実で、それを越えるものはむしろ非現実的な事として、自分を退けてしまう。
といって開きっぱなしだと、向こうに行ったきりになる。

ー日野
西欧の世界全体のそういう構造は彼らの心の構造でしょう。
いま先生のおっしゃった日本人のそういう一種の世界観・世界像は
われわれ自身の心の構図ですね。

ー今西
そう。その心の構図が和魂の「魂」ですよ。
ところがいまの学校教育は西欧一辺倒なんで、文部省は、そういうところを
教えない。国が率先して魂を捨てさせている。
そやから、進化論もそれなんですよ。生物の主体性を全然認めようとしない。
で、自然選択という言葉があるように。生物の進化はまず突然変異ができて、
それが環境に選択されるというのです。
突然変異はランダムに生ずるというから、生物の主体性はチットも働かない。
つぎに環境がこれを選択するといったら、これもまた生物は環境まかせで、
チットも主体性を働かせることができない。生物とはこんな憐れな存在なのか。
僕の進化論は主体性の進化論と銘うっています。


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2004年09月23日(木)
1269, 否定的想念の恐怖

人間の脳には、磁力があり、否定的想念を持てば否定的情報とその類の人間が集まり、
反対に肯定的想念を持てば、肯定的情報とその類の人間が集まる。

私の経験でいうと、否定的想念のほうが肯定的想念より磁力は圧倒的に強い。
周囲には否定的想念の情報とその類の人間の方が圧倒的に多いからだ。
肯定は意志を必要とするし、
否定的想念は感情のまま周囲と供に流されていればよい。

教養が身につけばつくほど肯定的生き方になるのは、その知識を持つからだろう。
いやそうでもないか。
否定的想念の習慣はその人に、必然的に否定的人生を強いることになる。

「否定的想念の恐ろしさ」を説明するにわかりやすい実験として
「ヴードゥー死」と呼ばれる実験がある。
 
 ーその内容とは、
ヨーロッパのある国にプアードという死刑囚がいた。
彼はある医師から、医学の進歩のために危険な実験に協力してもらえないかと
持ちかけられた。人間の全血液量は体重の10パーセントが定説となっているが、
われわれは、10パーセントを上回ると考えているので、ぜひそれを証明したいという。

彼はその申し出を受け入れ、目隠しをされてベッドに横たわったプアメードは
血液を抜き取るために、足の指先を小さくメスで切られた。
足元には、容器が用意され、血液が、滴り落ちる音が、実験室内に響き渡った。

プアメードには1時間ごとに総出血量が、告げられ、やがて実験開始から5時間がたち、
総出血量が、体重の10パーセントを超えたと医師が大喜びした時、哀れこの死刑囚は、
すでに死亡してした。

ところが、この実験、実は、血液など抜き取っては、いなかったのだ。
彼には、ただの水滴の音を聞かせ、体内の血液が失われていると思い込ませただけだった。

ーこれが、「ヴードゥー死」と呼ばれる現象である。
人間の想念には、それだけ大きい力があるのだ。

風邪とか、体調を崩した時は深く考えない方がよい。
否定的想念に陥りやすいからである。
それと人生マイナスの時は、否定的想念になっている。
仕方がないが。
その時は、無理をせずマイナスの時が過ぎ去るのを待つしかない。

石川啄木の
「人がみな我より偉く見ゆるとき、花を買い来て妻と親しむ 」
が、こころ打つ。

否定的想念に対する処し方の最適な本は、
やはり「中村天風」の本だろう。
もう二十年以上トイレに置いて、毎日読んでいる。
それでも時々、マイナス想念の風が吹きあれる。

「 こころこそ こころ迷わすこころなれ (こころにこころ) こころ許すな」(古歌)
ということか。

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・・・・・・・・・

2003年09月23日(火)
902, 「守護霊との対話 」

 母が晩年よく
「私には守護霊がいて、一生を通して、いつも守っていてくれたような気がする」
 といっていた。
 母の守護霊は、母が幼児の時に亡くなった実父といっていた。

『幸せの宇宙構造』を書いた小林正観と中川昌蔵氏の対談集が、図書館にあった。
早速借りてきて読んでみたが、なかなか面白い内容であった。
他愛のないものといえば、それまでだが。

 精神や意識に対する知識が少ない人には、具体的に守護霊という表現で
無意識の力を呼び寄せる大きな方法になるだろう。
それこそ、ストンと直感できるからだ。

 一般的には、守護霊といっても、何かピンとこないものだ。
『そんなものは、お前自身の神社だろう!勝手にしろ!!』と考て当然だ。

 ところで『お前の守護神は誰だ?』と問われれば、私は間違いなく両親だ。
潜在的に自分の中にあるコントローラの抽象として捉えればよい。
 
 −−−−−−−−−
 『守護霊との対話 』
 ー内容ー
「幸せの宇宙構造」を書いた小林正観と中川昌蔵氏の対談集だ。
80年余り「守護霊に守られて生きてきた人の実例体験記。
電気街・大阪日本橋の草分けである、「中川無線電機」の創業者社長、
中川昌蔵さんが、「臨死体験」を境にその職業を辞め、
「何のために人は生きるのか」「何のために企業があるのか」
といったことを説き始め、守護霊との対話が始まりました。
20年守護霊と一問一答してきた結果、「わかった」と思われるいろいろな
構造を正観さんにより、分かり易くまとめられています。

◆目次より◆
・宇宙意識 
・バランスと調和 
・私の体は誰のもの
・神仏界の構造 
・輪廻転生

 金額:1,500円  
発行所:弘園社
 発行日:1998年7月18日

・・・・・・

ー以下はインターネットから検索したものである。
 面白いといえば面白いー

ー守護霊
 守護霊はすべての人についているという訳ではなく、また一生の中で何度か
入れ代わったり、不在である時期もあります。
守護霊は主に先祖など、血縁である場合が多いのですが、必ずしも
そうという訳でなく、縁ある他人である場合も まれにあります。

 守護霊の仕事は基本的に「守ること」です。
守りの程度は霊 個人の生前からの性格に由来することも多いようです。
おせっかいで、何でも先回りして助けるタイプの霊、わりと放任主義で
大怪我をしない程度に見守るタイプの霊など、さまざまです。
ですから、おせっかいな守護霊がつくと怪我は未然に防がれ、運命の人でない
相手への恋はキズつく以前にうまくはいかず、と、いろいろな面で過保護な
位にガードされます。

 放任主義の守護霊だと、傷ついて初めて失敗を覚えさせるような感じで、
出会いや交際も多いが、その度に傷つき別れたり、人間関係や仕事などでも
悩みが多くなりがちです。前者は恋愛の経験も比較的少なく、無難な友人に
囲まれ、人生の波もあまりなく平凡です。
 
 後者は壁にぶちあたったら自分で乗り越え、学習し、人間的に成長します。
人生を海に例えると、守護霊は灯台、自分は小船です。
放任主義でも、進むべき道や決定的に危ない場所は指し示してくれます。
しかし、守護霊は、守護している人間には基本的に直接的な干渉はしません。
守護している人間に声を掛ける事も、人生の手助けを大きくすることもしません。
服や鎧と同じく、本人の身を守ってくれるものである、という霊だと
認識すればよいでしょう。

 守護霊も、もとは人間ですから、転倒しそうな時にかかえおこしてくれたり、
こける前に気付かせてくれるように、トラブルの程度を和らげてくれることは
あっても、守護霊に祈ったからと言って宝くじを当ててくれたり、
就職の斡旋はしてくれません。
その人自身の基本的な人生の路線から外れないように見守るのが仕事です。

 また、守護霊が強いからといって、運が強くなるとか、幸せになれると
かいうものでもありませんし、弱めだからといって強化する方法も、霊能者や
その他の人間の手によって入れ替えたり、抜いたりすることもできません。
また守護霊を選ぶこともできませんし、守護霊の格を持たない霊は守護霊には
なれません。

 守護霊がいないとどうなるのかというと、灯台のない夜の海を自力で航海
するような状態になります。
仕事も人間関係も、なんとなくうまく行かず八方ふさがりで、心も不安定に
なりがちになるか、意外な富に恵まれる成功時と全てをうしなう失敗時の
ような大きな落差がおこる場合もあります。

 良くも悪くも、全て自力で前に進まなければなりません。
ずっと守護霊が居ないままなのか、というとそういう訳ではなく、これは前任の
守護霊から後任の守護霊に変わる空白時期や引き継ぎ期間におこりがちです。
その期間は長くて数年、数ケ月かかることもまれにありますが、たいていは
気付かない位の日数のようです。

 そして新しい守護霊の力が発揮され始めると、うまくいかなかった状態や
トラブルも解消し、場合によっては服装や趣味、嗜好や気分も変わる場合が
あります。守護霊の交替は一生の中で何度かあります。十代の頃に1度
変わる事が多く、思春期などと重なることから、さらに心が不安定で面白く
なくて、周囲との関係もうまくいかない場合が多いです。
そして守護霊がきっちり交替し終えると、普通か並以上に運勢が波に乗り、
以前に比べて雰囲気なんかも変わったな、と言われる場合もあるのです。

 また守護霊は、その霊の生前の得意分野だった能力を伸ばしてくれたりする
指導者的立場を取る場合もありますし、性格や嗜好に影響を及ぼす場合も
よくあります。
直接指導するというわけではなく、守護霊の性格と本人の性格がダブるような感じです。 
 
 ーこのソフトは字数制限があるため、「分類のコーナー」でより多くの
 内容がコピーしてあります。
 
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 貧すれば鈍する
 2002年09月23日(月)

 私の周辺に不幸を絵に書いたような人が数人いる。
 「何をしてもうまくいかない人」である。 
 20対80の法則からいうと、その20佑凌祐屬烹牽悪佑
 不幸が集中するたぐいの話である。
 
  彼らの共通項とは
・甘さの塊である。そしてそれを周辺に押し付ける。
 人の甘さの隙を捜し続け、そこに擦り寄っていく。

・その結果群れたがる!一人になりきれない要素が非常に強い。
 腐った納豆?のような人だ。お互い粘粘絡み合っている。

・暴力団の事務所はそういう溜まり場だ。

・言い訳だけを常に考え行動しようとする。

・以前、ある会に入りたいと60歳を過ぎた男の人が来た。
 入会希望の手紙の内容も、初対面の時も「以前リストラされた時の
 虐めの話である。」そんなこと誰も心の奥に幾つかあるものだ。
 いい歳をして、他人に言うようなことでない。
 それを慰めてくれる人を探しているのだ、暗い顔をして。
 もしそういう人がいたら私も苛めたくなる。
 その人は一回で来なくなったが。
 自分は高卒でここのレベルについていけないという理由だった。
 馬鹿!大卒といっても私も含め馬鹿ばっかりだということが解らない。
 大学はそのコンプレックスを持たないだけでもいく価値があるのか?
 と思いたくなる。

・ある土地を買った時、隣地に挨拶に行った。
 その奥さんが初対面にかかわらず、買った土地の前のオーナーの
 悪口雑言である。その数年後旦那が脳梗塞になった。
 
・一番身近な連れ添いとの信頼関係がまず壊れている!
 浮気とか、嘘ごまかし、裏切りをまず一番の身近から始めている。
 最悪の場合、自殺とか、ストレスで早死にしている。
 その場合父親も本人も親子揃っての場合が多い。
 2~3の事例ではない。そういうのを家系というのだ。

 結局若いときに基本を創ってなかったのだ。
 家系等の環境もあるが。 
 「マイナス思考の何処が悪いのだ」と強がりをいう。
 マイナス思考にもよいところがあると、そこだけプラス思考をいう。
 漫才だー実際にマイナス男から聞いた。
マイナス思考はよくないは差っぴきプラスになるが、
 マイナスに対するプラスならかけあわせればマイナスだ。
 ブラックジョークにもならない。

 そういう男の呟きが聞こえてくる。
 マイナスマイナスというが、何をもってそういうのか?
 あんたの影の話ではないか?
 とんでもない!それさえ自覚できないその神経が、
 その原因になっている。

 耳が痛い??自分にも誰にも備わっている要素だからだ!
「貧すれば鈍する」になるからだ。

そうならない為には、自分で貧しないように律するしかない。
貧するには物質的な事と精神的なことがある。
物質的には貧乏をしない為には、時間をかけた蓄えが必要だ。
目安は収入の20佑箸?無理か。
死ぬその日までは金がかかる、しかし死んだら一円も掛からない。
ここのところが難しい。
精神的な豊かさも金と一緒で永い年月の蓄積が必要だ。

自分が貧したらなるべく人に接しない事だ。
また逆に貧した人には近寄らない事だ。
その人の血が付くからだ。
自分のマイナスを周辺の人にばら撒くからだ。
自分の傷口を他人の血で洗おうとする。

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創業は発狂-デフレに向けて   
2001/09/23

20年前の事業百訓に書いてあった言葉だ(その時の実感として)。
全く違うものを創るとき、この感覚でないとやれなかったからだ。
常識でなく自分の信念で全く新しい業態造りにチャレンジする時、
この感覚-あるいは精神状態が必要であった。

‘本当にこれで大丈夫か、いや大丈夫だ!’という迷いの中で最後は
どうにもなれという捨て身の中で得た感覚であった。
今その感覚が残っているであろうか、考えてしまう。

もし第二の創業期と考えると、その発狂は何か?とことん考えなくてはならない。
藤田田がハンバーグを240円から130円?に下げたとき、やはり考えるだけ考えた
のではないか。
そして平日としても65円に値下げの時も、そうであったと思う。
想像を絶していたからだ。そして今やそれが常識になっている。

デフレで大不況は現実、その中でこれは顧客の絶対的支持を得た。
もちろんそのための仕組みつくりも計算の上で。
今までなかったデフレの現在、思い切った発想の転換が迫られている。
全ての商売で言えることだが、思い切った値下げの感覚に切り替えなくては
ならない時期にきている。


1633, 閑話小題

2005年09月22日(木)


ー雲を消すー

私が、雲を消すことができるというと、頭がおかしくなったと思うだろう。
しかし消せるのである。
まずは雲の消し方を紹介しよう。

晴れた日にたくさん浮かんでいる雲のうち、3センチくらいに見える雲を指さして
「消えろ、消えろ……」と念じると、だいたい三分ほどで雲が消えてしまう。
ぜひやってみると面白いはずだ。
小さな雲は、常に発生したり消えたりを繰り返している。
指をさして念じなくとも、小さな雲は三分くらいで消えるもの。
そうした現象の種明かしをしらないと、実際に雲が消えたように見えて、
念動の存在を信じてしまう。
実際、それを信じている人もいるから面白い。


ーあのビルの臭い
爆破当時にニューヨークの9・11の貿易センタービルの下を通っていた地下鉄で
電車が通過する時に、ものすごい臭いがしたという。
何千?人分の腐った人間の出汁の臭いとか。
思い出したくない地元の人は生ゴミの臭いと言っていたという。
(マスコミにはあまり出てこないはなし)
また、その翌年アフガンでは10万人以上が餓死したというが、
そのことは殆んど新聞には報じられなかった。


ー晩婚化と高齢化

現在の晩婚化は高年齢化に深く関係しているという。
もうかなり以前だが、『人生ゴムバンド』という説があった。
高齢化になったぶん、人生の節目と節目の期間が延びたという。
なるほどと肯いた。
私の知人数人が30代半ば結婚したが、現在も子供が学生である。
65歳までは収入は落とせないと言っているが、
そう話しながらでも本人は嬉しそうである。
下の子供が大學を卒業した時にホッとしたと同時に、何か物足くなった。
年金が満額出るのはあと三年だが、その時は・・・


・・・・・・・・・・
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2004年09月22日(水)
1268, 大相撲に思うーつれづれに

大相撲が始まると、相撲について書くのが恒例になってしまった。
場所ごとに刻々と、相撲の様相が変わっている。

最近は、朝鮮相撲、モンゴル相撲、レスリング、そして日本相撲の
「国別異種格闘技」の様相に変ってきている。

外国人の出身地もハワイ、アメリカ大陸から、モンゴル・旧ソ連圏になってきた。
彼等は、お金を稼ぐという目的がハッキリしていて、ハングリーなのだ。
それと骨格も違うのだから、日本人がどの面から見ても勝つ要素が少ない。

異種格闘技のK−1では、日本人がほぼ駆逐されてしまったが、
相撲も、あと一年で大関・横綱はほぼ外人で独占されるだろう。

国別異種格闘技として割り切って大相撲を見ると、むしろ面白い。

日本人も個性的な面白い力士が出始めてきている。
小さくて、その小ささを武器にしている力士や、
気力を売りにして神がかり的相撲をとる高見盛などである。

一つ気になるのが、「一部屋に外国人一人の制限」である。
ある新聞の冗談とも、本音ともいえる提言が書いてあった。
「外人枠を撤廃をして、東西それぞれを日本対外国人に分けて対抗戦にしたら!」
なるほど、そのとおりにすべきである。
前半は外人対日本人、後半交流戦とかして。
これこそ、グローバル化である。

これに、今のプロ野球を重ねると、面白い姿が見えてくる。
このプロ野球の恩恵を受けていたのが、日本のトッププレーヤーである。
グローバルに見れば二流選手(大リーグからみた)でしかない。
2Aか3Aクラスの選手が、二倍以上の年収を受けていた事実が判明した。
今回の騒動の中で、それが露出されるだろうから皮肉なものだ。

相撲も、プロ野球も大きな曲がり角にきている。

TVでは巨人戦を開幕来、殆どみていない。
しかし大リーグは結構見ている。

一リーグ戦にすべし!
今、反対意見を言っているのは、目先しか見てないファンか、選手ごときと、
それをネタにしているマスコミである。
大リーグと契約をして、公式の交流戦に参加すればよい。
アメリカの方が断る可能性があるが、といって日本の市場ができるから
彼等にもメリットがあるはずだ。

話はかなり逸れてしまった。

ー後記ー
書き終わって去年と一昨年の随想日記をコピーしていたら、
三年続けて同日に相撲のことを書いてあった。
それにしても奇遇である。
潜在意識が呼び寄せるのだろう。
年々、内容が変化しているのが面白い

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

003年09月22日(月)
901, 相撲を考える

 大相撲が昨日で千秋楽、朝青龍が優勝をした。
他の格闘技も多くできたこともあるが、最近の大相撲はつまらなくなった。
つまらなくなったという点で、今のプロ野球に似ている。
NHKのBSでメジャーリーグを見るようになってから、全く見なくなった。
 
 以前、「過去の相撲の大一番」を特集していた。
子供の時から相撲が好きであった事もあって、ラジオやTVで大一番は
殆ど見ていた。
・私が見た中での大一番は「栃若の千秋楽の全勝の一番」である。
・大鵬と柏戸の千秋楽の全勝同士の一番も素晴らしい一番であった。
・生まれる前なので見てないが、歴史に残るのが双葉山が69連勝の
 後、安芸の海に負けた相撲も大一番といえる。
 
 栃若が全勝で向かえた千秋楽の前日の逸話がある。
栃錦があまりのプラッシャーに「一人でこっそりと映画に行ったところ、
前の席にやはり若乃花がいた」という。
大乃国・双羽黒・保志・小錦が一度に昇進していく時期も面白かった。 

 相撲は、立合いの一瞬に大方が決まってしまう面白さである。
また数秒間の中に、それまでの二人の全てが圧縮されて出てくる。

 いま人気の高見盛の相撲が面白い。
特に「入魂の儀式」としての、最後の仕切り前の気合を入れる仕草が
人気をよんでいる。それが神憑りになるから見ていて面白い。
緊張を気合に転換するための、純粋な仕草さが受けているのだ。
勝てば胸を張って退場するし、負ければ泣きそうな顔をして引きあがる姿が
滑稽で、忘れかけた人間の原点を見せ付けられるようだ。

 今場所、横綱をかけていた魁皇が逆上せ上がって自滅していった姿が
印象的であった。高見盛の人気に対して個人的嫉妬がアリアリで、
軽くいなそうとしてヒンシュクをかってしまった。
勝負の世界は一瞬の隙がチャンスを潰してしまう。

 朝青龍の弟弟子のモンゴル出身の朝赤龍というのが強くなりようだ。
それと目覚めてきた旭天鵬が一年後には、大関か横綱になっている可能性がある。
とにかく彼等はハングリーだ。
半年前に書いたようにモンゴル大相撲になってしまうか?
日本人には個性的な力士はいても、彼らに対抗しそうなのは殆ど見当たらない。
十両の普天王と豪風というのが面白そうだが。

 面白いもので去年の今日相撲のことを随想日記に書いていた。
丁度千秋楽が、前後にあったためだろう。

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2003年03月12日(水)
707, モンゴル大相撲

 先場所の各段の優勝は序二段を除いて全て外人が取ってしまった。
今場所からは、両横綱とも外人である。
外人力士が50数名いるうち8割がモンゴル出身である。
下位の有望力士の大部分が外国力士という。数年後には幕内上位は
大部分がモンゴル人に占められる可能性が出てきた。

 今の横綱の朝青龍より強くなりそうな素材を持ったようなのが
私の目で見ても数人はいる。
彼らはモンゴルの大地で羊の肉を食べ、馬に乗り自由に生きているため
骨格からして違う。
 
 更に所得が日本の100分の一しかないために、関取になれば数ヶ月で
モンゴルの一生の生活費が稼ぐことができる。
目の色が変わるのは当然の事である。今の日本人が敵うわけがない。

 日本の相撲のルーツはモンゴル相撲という説が有望である。
グローバルの時代、それでもよいと割り切ったほうが良いだろう。
一時代前には考えられなかったことだ。
ロシアに朝鮮にアメリカにモンゴル人と面白くなってきたが、
日本人だけと割り切っていた方がよかったのかもしれない!
巨人・大鵬・玉子焼きの時代は終わったのか。

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 2002年09月22日(日)
 527, 大相撲ー頑張れ武蔵丸!

 まさか貴乃花が千秋楽で同点決勝に持ち込めるとは思ってなかった。
もし優勝をしたら大騒ぎになるだろう。
こういう時に勝つのが大スターであるが、彼はそれを持っている。
しかし心情からみたら武蔵丸の勝利が望ましい。

 前回あまりにも貴乃花が劇的すぎた!
武蔵丸のその時の姿がリアルにある記事に書いてあった。
おまけにその為に貴乃花を大怪我をさせてしまい、
かれが負けると、場内に座布団が荒れ飛ぶ。

 この一年余り、独り横綱も大変であったろう。
それが7場所も休んだ主役に優勝をさらわれたら、余りに気の毒である。
もし彼が勝ったら、盛り上がった今場所に水を差すことになる。

 貴乃花が勝ったら、一応彼の人生の大きな節目になるのではないだろうか。
大横綱の道を歩く為には、今日は負けた方がよいだろう。
大鵬の30回の優勝に向けて、身体を作り直すチャンスだ。
勝てば他の力士に焦点を当てられてしまう。

 それにしてもスターの要素を持った若手がいない。
このままでは、ますます人気の陰りが増すだろう。
幕下と十両に元学生横綱の個性派と外人が数人いるが、
輝いているかというとどうか?
他の格闘技で面白のが、どんどん放映されているから八百長体質
があるなら、相撲人気はますます落ちていくだろう。

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[154] 性善説と性悪説   
               2001/09/22

 以前、身近に[おれは性善説だ]と口癖の男がいた。
本当に性善なら‘それを売り言葉に使うのがおかしい’という事も解らない。

 人間なんぞ性善も性悪もごちゃ混ぜになっているもの。
光のあて方でどうにもとれる。「性悪の路線の上を性善で走れ」
あたりが少しもっともらしいのかもしれない。

 善良は、ある状態ー苦労やぎりぎりのところに立ってない状態ー
でいっている戯言でしかないというと、言い過ぎか。
善悪とは、多様にあり解釈の結果でしかない。
詐欺師やその手合いはその事を熟知している。
従って善良という言葉の衣服を綺麗に着こなす。

 本当に世の中、悪がいる!芯からの悪党がいる。
その人間が‘俺こそは実は性善’だと信じていたら、手のつけられない
悪党になれる。それか、政治家いや政治屋向きであろう。

 自分中に隠れ住んでいる‘邪悪なるものと神聖なるもの’と、とことん付き
あってみれば、性善説や性悪説は見方の一片でしかない事にきずくはずだ。

 どうでもいいことだが、言葉の遊びレベルでいっているだけだが。


1632, 記憶する身体、飛翔する意識ー 日野敬三 対談集  3

2005年09月21日(水)



柄谷と保坂の違って、三木は本人自身が生死の淵の大手術をしているので
対談の内容は、よりリアルになっている。

ー手術の前前日、夜に病院を抜け出して、信濃町の駅の向かいの喫茶店に
一人座って茫然とコーヒーを飲んだのです。
ふと見たら駅の改札口が、ひどく明るく見えるのです。
そこだけ輝いて見えるのです。
努め帰りの人たちがドンドン出てくる。
以前だったら、疲れて不幸そうな顔をしているなと思うんですけど、
そのときは出てくる人たちの顔が、みんな輝いているのですよー

のクダリなど、
挫折を何度か繰り返してきた経験から、痛いほど解る。
現在、リストラにあった人の心象風景そのものである。

以下は、少し暗いが真実の声である。

ー記憶する身体、飛翔する意識ー
   三木卓

ー三木
生死ぎりぎりの大手術をして、人生の荒治療を食らったという感じは大いにありますね。
突如として目の前に「シャッター」がダーンと落ちてきたときには、やはりかなり慌てた。
多少は死のことを考えていたつもりなのに、やはり本番の覚悟はできてなかったのですね。

ー日野
『2001年宇宙の旅』というSF映画の中に、モノリスという不思議な金属が出てくる。
ツルツルの黒っぽい。三木さんは先ほど、シャッターとおっしゃいましたが、
僕はあれが目の前にスーッと現れた気がしたの。

ー三木
モノリスが?怖いな!

ー日野
つまり、引っかくところも隙間も何もない。
嘆いたって、喚いたって、抗議したって、何をしても受け付けない。
至上絶対なるものですよ、死というものは。
死というものは、生物学的にわかっていても、理解をはるかに超えたところにある。
これまで、作家とか評論家をしながら、生とか死とかを書いたり、それなりに
考えてきたのに、ほんとうに実感してないと思いました。

ー三木
病室の窓から、恵比寿の町の灯が見えるんです。
そうすると、街のどこかのバーで、僕が一杯ひっかけていてもいいわけですよ。
ところがその風景が、何か、明治時代のガス灯の世界か何かに思えてくる。
その間にあるガラスは厚いですね。驚くほど厚いガラスなんです。
そこに僕が行って飲むということは素晴らしいが、もう絶対できない。

ー日野
僕は、手術の前前日、夜に病院を抜け出して、信濃町の駅の向かいの喫茶店に
一人座って茫然とコーヒーを飲んだのです。
ふと見たら駅の改札口が、ひどく明るく見えるのです。
そこだけ輝いて見えるのです。
努め帰りの人たちがドンドン出てくる。
以前だったら、疲れて不幸そうな顔をしているなと思うんですけど、
そのときは出てくる人たちの顔が、みんな輝いているのですよ。
僕はここにいて、10~20m先の改札口の皆が帰っていく姿が、この世のものならぬ
光に包まれて、そして自分とそこの間には絶対の隔たりがあった。
その光景は忘れられません。

ー三木
日野さんも僕も、シャッターが落ちたときから、そういう時間が始まったんだと思う。
僕はときどき高校に講演に行くんですが、入試に絶対に受かる方法があると、
冗談めいたことを言うんです。
君達には、まだ一年があると思って悠々としているだろう。
しかし、入試一ヶ月前になったら必死に勉強しないではいられない。
それは一ヶ月という時間ならそれを実体として把握できるからだ。
その実感としての時間を一年前に見通して把握できるなら、つまり一ヶ月前の時間の質と
同じように一年前の時間を感じることができればいい。
きっと優秀な人間はそういう能力を持っていると思うと。

ー日野
もとに戻った、回復したということは、この世界のーー宇宙の、といってもいいんですが、
時間の流れの中に再び組み込まれたということです。
今という永遠が非連続に続いているのではなく、それは連続した時間なのです。
英国の物理学者、ホーキングは、三つの『時間の矢』があるといっています。
・熱力学的な時間の矢ーエントロピーが増大する時間の方向ですね
・それから、昨日のことは覚えているが明日のことは覚えていないという心理的な時間の矢。
・それと、ビッグバンから始まる宇宙的時間の矢です。
時間の矢はあるとおもう。
だから、今という非連続の永遠だけを一日一日楽しく生きればよいというのは、
三日ならできても、三ヶ月は難しい。
死ぬ経験をして生き返ってきて、死を毎日時間して、一日一日が永遠ですということは
いえない。

ーー
ー日野
僕らが今、言葉にして言っていることを、言葉にしてくれ、意識化してくれ、それに
形を与えてくれと、45億年前から原始地球の岩石たちが願ってきたんじゃないかと。
15万年位前のネアンデルタールの段階で、死という観念を持てた、
つまり言葉を持てたんじゃないか。

ー三木
言葉になった。つまり共通の記号ができて、死を死として認識できるようになった。

ー日野
死の儀礼を始めたことと、言葉ができたことはパラレルだろうというのが、
僕の経験的直感です。われわれが言葉を持っているのは、実は全生物、
もしかしたら、無機物まで含めた全存在が言ってほしいということを、
われわれはやっと少し言えるようになっただけかもしれない。
だから僕らが言葉を使って物を考え、言葉を使って表現できることに裏にはm
全物質の、少なくとも全生物の期待と願いがこもっていると思う。
おろそかに言葉を使ってはいけないという気がします。

ー三木
日野さんが感銘したとおっしゃっていた火星の写真。
僕は初めて火星の地表を見たのですが、あのごろごろした石や地平線や
ピンクの空を見たとき、これはもしかしたら、誰も見ないまま終わってしまう
はずだったのかな、それとも誰かがこれを見て欲しいと、願った結果だったのか、
なんて考えました。

ー日野
そのために人間はこの宇宙に発生して進化してきたのだと思います。

ー三木
ええ。見てもらわなくてはもったいないじゃないか、という感じを、なかなか消せない。
いや、そんな者がいるわけがないじゃないかと、そこで一歩思いとどまりならが、
前に、つんのめながら、そういうふうに思っているところがある。

ー日野
われわれの生きた20世紀の後半で、それまでと違うところというと、
電子顕微鏡と電波望遠鏡ができて、物を見る視覚がマクロとミクロに
拡大したことです。肉眼で見えないものがリアリティの視覚化、
実感できるようになったのは、僕らの生涯でとても大きかった。

ー三木
そうですね。この20世紀の後半、人工衛星が地球の上を周りはじめた
1957年と、月に降り立った1969年に生きてきて立ち会えたのは幸福だと思う。

ー日野
普通の僕らが、世界というものをいっそう細かく豊かで美しいイメージを
持ちえたことに、感謝しています。

ーー
死を直面する時に、だいたいこんな気持ちになるのだろう。
そして、ひとり悶絶して諦念するしかないのだう。
そのときの準備のために、人類は宗教をつくりあげたのだ。
最後の最後は、『神様助けてください、お願いします』になるしかない。
しかし、この二人は神ではなく科学的に死を見つめている。
だから心に迫ってくる。

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2004年09月21日(火)
1267, 書いてなかった旅行記ー2

カナダ旅行紀ー2

バンフスプリングス・ホテルが一つの芸術作品のようである。
重厚な石造りの建物に、豪華なロビーとレストラン。
もちろんホテルとして、世界的に有名なホテルである。

その庭先にはレイク・ルイーズがある。
いや、レイク・ルイーズのほとりにホテルを建てたのだ。
朝、昼、夜(白夜)とその湖の色が大きく変わって見える。

ロビーの窓が、あたかも絵の額縁のように作ってある。
早朝、その窓から見た湖の美しさに息を呑んでしまった。

白夜の11時過ぎに、一人でレイク・ルイーズの畔のウォーキングコースを
散歩をした。
よそ者は入ってくるなと脅しているように稲妻と雷の音が鳴り響く、
自リスや、ラッコが威嚇の声を上げる。
それが、その背景とピッタリなのである。

恐ろしくなり引き返そうとした。ふと人の気配するので、
目をやると若い白人女性が一人でハイキングから帰ってきたところだった。
男でも恐ろしいところをよく一人で歩くものだと感心をした。

高台から見えたペイト・レイクの美しさも心に焼き付いている。
コバルトブルーの色は、過って一度も見たことのない色であった。

右を見ても左を見ても、全てが絶景というのがカナデアン・ロッキーの特徴である。

旅行の都度、添乗員に必ず次の質問をしていた。
「貴方の主観でよいから、一番良かったところは何処ですか?」
殆どの添乗員答えは「カナダのロッキー」であった。
次がスペイン。そして、インドであった。

そういわせるだけのものは確かにあった。

ところで現在の私に同じ質問をしたら、
迷わず、「ケニア!」と答える。

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・・・・・・・

2003年09月21日(日)
900,『 V・E ・フランクル』についてー2

彼の言わんとすることは
ー「よく働き、よく遊び、よく学べ」ということだ。
「よく」あるためには、この3つのバランスがとれてなくてはならない。
よく働くためには、よく遊び、よく学ばなくてはならない。
よく遊ぶためには、よく学び、よく働かなくてはならない。
よく学ぶためには、よく働き、よく遊ばなくてはならない。
 
 私の場合は、
・よく働くは、現在の事業の発展・維持である。
バブルがはじけて大変だが、5年~10年先を読んで、事業構造の変換が当面の
課題である。
・よく遊ぶは、ウォーキングや、秘境旅行、映画・TV鑑賞。
・よく学ぶは、読書や人間・社会観察である。
 この3つはそれぞれ重なり合い、同じであったりする。
この「随想日記」は私にとって3つが含まれている。
「何を」という目的・目標をハッキリさせ、
そのプロセスを楽しみや遊びになるまで、徹底することだ。

 フランクルは死と常に隣りあった異常な状態の中で、人間の可能性を見た。
その「人間の可能性」を大学に復帰して講義をするイメージが、
彼を収容所から生還させたのだ。収容所で作業のため整列して歩いている
時に、数綻紊ら見ている自分がいたと書いていた。
これなど究極の体験から生じる脳の昇華であろう。

 彼のコぺルニクス的大転換は「人生に何かを求めるのでなく、
人生が何を求めているか」を常に問い続ける重要性に気づいたことだ。
それも死の収容所の究極の状況の中でだ。
初めて読む人は、
・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年
・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
  諸富祥彦  大和出版
 がよいのではなかろうか。
真っ暗な中にさしこむ太陽の光のように、輝き光っている人間の可能性を
見ることができる。

 以前にも書いたが、自分の赤ちゃんの服を編んでいる姿の中に
さっき書いた要素が全てー愛・創造(能力)・知が含まれている。
この随想日記も考えてみれば同じである。
好きなことや人を見つけ、心を込めてすれば何事も後悔をすることはない。
そして、その対象は、半永遠的に残る。

・・・・・・・・・・・・
 526,社会の変化
- 2002年09月21日(土)
日本も社会の価値観が根本的に変わろうとしている。
この失われた10年間で政治も企業も宗教も権威が失墜してしまった。
一昔前の一流企業といわれるところが、倒産や赤字や不祥事で
全く権威を消滅してしまった。
代議士や大臣を偉いと思う人が全くいなくなってしまった。
宗教もしかり、「集り」という姿がオウム教で露出してしまった。

「家」という制度も根こそぎ変わろうとしている。
江戸時代から続いてきた「日本的家制度」が、新しい年代の出現や
我々の意識の変化で根こそぎ変わってきている。
家のオモヒの仏壇も仏教がまだ権威を保っていた時の文化だ。
法事も地味なものになるだろう。

農家や商家が激減し始めきたことも「家制度」の崩壊の原因になっている。
家業としての商売や職業が成り立たなくなってきた。
周辺でも多い事例として、実家にUターンで帰ってきたが、
家業が成り立たなくなり再び都会に帰っていくケースが多い。
「帰ってこないほうが良かった」といって。
初めから帰ってこないケースも多い。

結婚式も最近、当人が会費制度でやる地味婚が増えてきている。
家どうしの顔ミセから、本人達のお祝いの会に変わっている。
家単位の行事が一づつ消滅か縮小してきている。
葬式や法事もこれに近づいてくるだろう。
何かの本に、「家業一代、家二代の時代」と書いてあった。

私の場合、この十年間で年で数回海外ツアーに出ているせいか、
更にこのホームページを開いたせいか、人間関係の感覚が変わった。
趣味の同じ人と、側にいなくとも何かどこかで繋がっている感覚がある。
気持ちの距離感が変わってしまった。
やはり情報革命が背後にあるのだろうか。

・・・・・・
・・・・・・
         2001/09/21

第三次世界大戦開戦!ーほんと!まだピンとこない。
しかし一日一日とその重みを感じる。

長期になる宗教戦争だ。怖いのは北朝鮮が関ってきたかどうかである。
30~40%の確率で関っていると見る。あの男ー金正日なら可能性大だ。
その場合もちろんアメリカは原爆を使う可能性がある。
そうすると日本海側の原発がまず狙われるだろう。

 また日本は世界恐慌を狙ったイスラム過激派に狙われて当然である。
パレスチナの癸欧殺されたので必ず大事件がおきると思っていたが、
まさかここまでのテロをやるとは!

 企業はまず生存対策に全てのエネルギーを向けなければならなくなった。
競争対策、成長対策などいっていられなくなった。
一年後の世界の経済環境は想像も出来ない。
今の若い人は大変だと思う。
この宗教戦争の中を生きていかなくてならないからだ。
それも大きいツケを払いながら。


1631, 愛か、夢か、それが望めないなら仕事を!

2005年09月20日(火)

       
この連休前に借りてきた
DVDの『フライト オブ フェニックス』の一場面の、ある男のセリフである。
砂漠の真ん中で墜落した飛行機から一人絶望のうえに脱出しようとした男が、
助けに行ったリーダーに向かって言うセリフである。

「この状況では愛など関係ない、ならばせめて夢を与えて欲しい。
それも無理なら仕事を与えて欲しい!ただ死を待つのはもう耐えられない!」
極限の言葉である。
それに対して、「あくまで援助隊を待つべし」という方針だったリーダーは、
その考えを変える。
この言葉は人間のあるべき姿を全てを言いあらわしている。

・人間の一番だいじなことは、「愛」    −暖かさ
・次に「夢」を持つこと          −方向
・そして、それを可能にするための「仕事」 −力ー愛と夢を支える力ー現前の気晴らし?
 である。

リーダーとしても、人間にとってもこの順位は変わらない。
どれも、決して侮れないことである。
極限では、この一つも見出されないのが人間の姿である。

極限の中にこそ、これを見出せるかどうかが試されるのだろう。
何気ない映画の一言に、胸がドキッとした。

ー検索で調べた荒すじをコピーしておきます。

 閉鎖された石油採掘所のスタッフと廃材を運ぶ運搬機が、巨大な砂嵐に遭遇し砂漠の
ど真ん中に不時着する。
毎度お決まりの仕事を無難にこなすだけだった貨物機操縦士のフランク(デニス・クエイド)は、
自分たちの状況が最悪なのを察し、助けを待つしかないと悟る。
しかし、コスト削減のため採掘所を閉鎖した本社が、彼らの捜索部隊を出す予算など持っている
わけがないことに気付き、彼らは絶望の淵に立たされる。
その中で正体不明だったエリオット(ジョヴァンニ・リビシ)が不時着した貨物機の
破損していない部分を見つけ、彼らはここから新しい飛行機を造ることを決意する・・・。

 1965年製作の「飛べ!フェニックス」をリメイクした作品。
砂漠の真ん中で遭遇した事故により過酷な状況に陥った生存者が、
砂漠から脱出を試みようと飛行機造りに奮闘する姿を描く。

 飛行機の残骸から新たな機体を造るという荒唐無稽なアイデアと軽快な音楽とが相まって、
過酷な状況である筈の生存者達の姿には、悲壮感や緊迫感があまり感じられない。
この点は賛否が分かれるだろうが、心理描写よりも飛行機造りをメインに据えて展開する
ストーリーは思い切りが良く、映画ならではの面白みがある。

 シンプルで解りやすいストーリーはテンポ良く進んでいき、すぐに作品の世界に
入り込むことが出来る。
ラストは容易に想像できてしまうものの、冒頭の飛行機墜落のシーンや飛行機造りの過程で
次々起こるトラブルは、観ていて飽きることがなく最後まで観賞する事ができる。
気楽に楽しめる娯楽作である。

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2004年09月20日(月)
1266, 仲人制度が消滅?

新聞に出ていたことだが、
「結婚式で仲人を立てたカップルは4・6佑函
前年より3誘瓩も減少。20組に1組以下になった。
首都圏では、僅か1佑靴なく、制度としてほぼ消滅した。

終身雇用が揺らぎ、ついてゆくべき上司に頼む風潮がなくなったこと、
「家」と「家」から「個人」と「個人」の結びつきに変化したためである。
更に仲人を頼まれるのを嫌がる人も増えているのもある。
三年前には20佑まだ仲人をたてていたが、そのサラに4分の1に激減
した」という。

そういえばこの数年来の結婚式で仲人をたてた結婚式はみたことがない。
非常に良いことだ。
昔から、仲人が二人の経歴を長々述べて、ただ祭壇に黙って座っている姿が滑稽で、
気の毒でさえみえた。

家という制度が確実に破壊していることもある。
これは決して良いことではない、少子化の時代の現象でもある。

反面、気楽に結婚して子供をつくるのはよいが、家庭を維持できなくなり、
先日の「幼児殺人事件」に見られる現象が度々起こってくる。

少し減ったというなら解るが、ほぼ消滅とは驚きである。

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2003年09月20日(土)
899, 《V・E・フランクル》について

十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。
そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。
人生丁度まがり角であったためであろう。
その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。
彼の「意味」発見のための3つの問い
・「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」
・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」
・「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」
この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』
『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、
フランク心理学では考えている。


特に以下の分析には深く納得をした。

ー自己超越のための3つの意味(価値)ー
1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味
          =仕事・子育て・学問・芸術
       ー力への意志
2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味
          =自然・芸術・愛
       ー愛への意志 
3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで
        得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化
        ※自身が何らかの喜びに満たされていること
       ー知への意志 

人生には発見されるべき価値や意味がある
 (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる)
 (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である)
 (3)人生の意味  (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す)
  ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である

ー私が読んだ本は以下であるー

・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録
 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳)
  みすず書房  1985年

・「それでも人生にイエスと言う」
 V・E・フランクル 山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1993年

・「宿命を超えて、自己を超えて」
 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1997年

・「<生きる意味>を求めて 」
  V・E・フランクル  諸富祥彦(監訳)
  上嶋洋一・松岡世利子(訳)   
  春秋社   1999年

・「フランクル回想録:20世紀を生きて」
  V・E・フランクル  山田邦男(訳)  
  春秋社   1998年

・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年

・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
  諸富祥彦
  大和出版

ー印象的なところを「検索」で調べてコピーしたー
 
ーーーーーーーー  
『夜と霧』(みすず書房、1971年新版)

収容所での体験を描写することによって語っているのは
「人は変えようのない運命に直面したときでも、それに対して取る゛態度゛というのは
自ら選ぶことができる」という真実です。

「精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態の
下においても、外的にも内的にも存しつづけたということを示す英雄的な実例は少なくない
のである。強制収容所を体験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは優しい言葉、
あちらでは最後のパンの一斤を与えて通って行く人間の姿を知っているのである。
そしてたとえそれが少数の人数であったにせよ――彼等は、人が強制収容所の人間から
一切を取り得るかもしれないが、しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態に
ある態度をとる人間の最後の自由、をとることはできないということの証明力をもっている
のである。
「あれこれの態度をとることができる」ということは存するのであり、
収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う数千の機会を与えたのであった。
その内的決断とは、人間からその最も固有なもの――内的自由――を奪い、自由と尊厳を
放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、「典型的な」収容所囚人に鋳直そうとする環境の
力に陥るか陥らないか、という決断なのである。」

 生きていれば、誰しも避けがたい苦悩に直面するわけですが、そういったときに、
 「どのような゛態度゛を取るのか」というコトが問題となってくるのだと思います。
 変えられない運命に絶望しニヒリズムに陥ることや、責任を転嫁して他者を恨むこと、
 現実逃避のために自暴自棄になることは簡単だけれども、フランクルは、そういった態度は
 人間としての自由と尊厳を放棄した態度だ
と言っているのだと思います。

「〜生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに
違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。
苦悩と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである。
 一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命をそれが彼に課する苦悩とを自らに
 引き受けるかというやり方の中に、すなわち人間が彼の苦悩を彼の十字架として
 いかに引き受けるかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況にあってもなお、
 生命の最後の一分まで、生命を有意義に形づくる豊かな可能性が開かれているのである。」

 変えようがない事実そのものをそのまま認識し、そこから自分はどうするのか
・何が出来るのか、といった自らの可能性を考える態度。
それは、苦しみを受け入れ、苦しみに耐えながら、苦しみと共に生きていこうとする態度。
人はこのような苦悩を正面から受け取る態度を取ることによって初めて、その苦悩を乗り越え、
自己をさらなる高みに引き上げることが出来るのだと思います。
ここにおいて、苦悩の持つ意味・価値が創り出されるのでしょう。

 フランクルは、このように苦悩を超えることによって生み出された価値というのは、
 他の価値とは次元の違うものであるとしています。
彼は、それは如何なる外的状況(例えば、傍から見れば「失敗」であったり
「不幸」であったり「悲惨」であったりするような状況)に関係なく得るコトの出来る
価値だと述べています。

 このように、苦悩を自己の飛躍へと転化することというのは、きっと誰にでも
可能なことなのだろう、とわたしは思います。
わたしたちの苦悩が収容所での経験を凌駕するほどの悲惨なものでないのなら、この、
人間が運命に対して挑むことの出来る唯一のやり方、「事実を受け入れ、そこから生きていく
という姿勢を取るコト」は、わたしたちにも可能だろうと思うのです。
フランクルも本の中で、このような態度を取ることが出来た人が過去において一人でもいた
という事実そのものが、「人間がその外的な運命よりも内的にいっそう強くありえる」
ということの証しとなると述べています。

 わたしたちはともすれば、自分を取り巻く様々な運命的な制限
(生まれや能力、容貌、環境などなど)に落胆し、成す術もなく空虚な気分になりがちな
ワケですが、しかし、これらの変えようのない事実をしかと受けとめ、その苦しみに塗れながらも、
どうにかして何かをしていこうという姿勢こそが、わたしたちを内的な成長へと導いてくれる
のだとフランクルは言っています。

収容所の中でさえ、そのような偉大な所業を成し遂げた人間がいるのなら、現代に生きる
わたしたちに出来ないはずがないでしょう。全ての苦しみをかかえる人が、それぞれ立っている
場所から自己と自己に与えられたモノを見つめることによって、それぞれの意味を見出し、
苦しみを乗り越えることが出来るはず。
わたしはそう思っていたりします。


「真の運命を正しく耐え、率直に苦悩することは、それ自身、行いであり、まさに人間に許される
最高の成就であり業績である。」(『神経症の理論と治療』より)

--
このソフトは字数制限があるため、より詳細を見たい場合は
「引き出しコーナー」に入れてあります。
トップコーナーを開いて、このコーナーから見てください。

・・・・・・・
・・・・・・・

 525,光ファイバー
- 2002年09月20日(金)

昨日から、会社のランが光ファイバーでネットされた。
今までの電話線の10涌造ぅ優奪販繕發妊灰好肇僖侫ーマンス
はよくなったが、諸経費等が65万である。
1~2年で元はとれるが、それで1000倍近い速度だ。

自宅では来月半ばに入る。
長岡で導入の一号だそうだ、その証明書も出してくれるという。
何か営業に強引に加入されてしまったが、一号の証明書をもらって我慢だ。
月9000円で、来春5800円に下がる?そうだ。
電話代が無料になるから、その辺が入り時という。

ブロードバンド ポルノと検索入力して、はじめは 定番から
入るしかないか?
「ブロードバンドと何々」の何々をこれからキーワードに
意識をしていくと、面白いものに行き当たるだろう。

愛犬家だったら犬と入れると、犬の画像が出てくる。
おしゃべり日記といれたら、何か話している人の画像が
出てきたりする?
自宅ではADSLが一月前に入ったが、早速ブロードバンドとポルノ
と入れたら、リアルな映像が出てきた。
それから見ていないが、あれはこっそり見るもので、
パソコンで見るのに適してない?

美術館とか博物館などが早速取り入れてくるだろう。
それとサービス関係のホームページも。
これに携帯が連動してくると、さらに面白い時代なってくる。
今まで写真中心の海外旅行のホームページが、写真が出てくるまで
時間がかかりすぎて、見るのに躊躇していた。
その問題は軽くクリアーするだろう。

二紙とっている新聞を一紙にしようかと、今月中に結論を出す。
トレードオフだ。
以前は3紙とっていたが、日経をまずやめた。
この時はWOWOW に加入した時だった。

次は朝日か?新潟日報か?どちらを残すか。
会社に行けば見れるのだから。

今の若い人は新聞を見ない傾向にあるという。
インターネットでネット新聞を見ているという、もちろん無料だ。
死亡広告がなかったら日報もやめたいのだが、全くつまらない!
考えてみたら、とってないのもいいかもしれない??!!
新聞社の斜陽が更に進むだろう。

ヒカリファイバーで3年先には大きな社会的な変化が進むだろう。

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[151] 世間様      
2001/09/20
「世間とは現実にドップリつかった馬鹿な4^5人のこと。」
浪人を重ねるうち悟ったことである。それは諦めと醒めた視点から感じたことだ。
現実とは世間とは「教養のない馬鹿な女と女みたいな男の現象世界」でしかないことを。
それが馬鹿な彼女・彼等にとって、現象が全てだからそうなのだろう。

 世間の目、世間様とかは自分の(自己の範囲を自分というなら)日々の泡でしかないのに。
それが解ってないから前に書いたチンドンヤや子狐が出てくる。
その言葉に呪縛されて、一生終えてしまうのが95%いやもとっと多いのでは。
世間様に笑われないようにとか、世間様に迷惑をかけないように!これも大事だろう。
城下町街はこの世間様の世界に入る。彼らの情報(噂)は下ネタか夜逃げか不幸,
それを皆で楽しんでいる。社会と世間の言葉の違いを定義つけておかないと!
こういう世界に迷い込んでしまう。
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(10年近く前に書いた文章に
似たような内容があったのでコピーしておきます。)

H0407城下街小唄

 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。

その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており
漫画的ですらある。彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。

特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、彼等の出す“ウワサ”がその社会を
大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが
“マンダラ”の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。(“ウワサ”として)

彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。

“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、
今は下火になったのだが、新興の各業界の癸韻亮卍垢十人あまり癸韻ゆえに聞くに耐えない
“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”なのだが、

そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。それがおもしろおかしくて
集団ヒステリック的につくりあげられており、自らの名が出るかどうか怯えている。

“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものといえよう。


1630, タクシー業界の実態は!

2005年09月19日(月)



ホテル業をしていると、生々しいタクシー業界の話が入ってくる。
平均して週一割りで外で飲んでいるが、健康の為にタクシーに基本的には乗らない。
年に数回?位だろう。

たまにタクシーに乗った時に運転手に実情を聞くと、信じられない内容が返ってくる。
「月の収入が、手取りで15万円で一家三人でギリギリくらしている。
家内がパートに出ているから何とか生活している。
高校出の新卒の給与より安いのは惨めだ。」
「直ぐにでも辞めたいが、同僚が辞めても直ぐに新しい運転手が入ってくる。
とにかくお客が乗ってくれない」等々である。

ある新聞のコラムに、
韓国・ソウルでタクシーに乗って景気の話ができないという。
その話になると、運転が急に荒っぽくなるという。
タクシー業界は一番、景気の敏感である。
韓国の景気もひどいらしい。

先日チラシに目を疑う内容があった。
『成田まで10000円、羽田まで8000円ー全ての経費込み
 スーツケースも運びます。一人様より可能!』
本当かと電話をしたら、相乗りのバンだが、広告に偽りなしという。
新幹線で行くと、長岡から成田まで10000万+スーツケース=12000円になる。
自宅まで迎えに来るというから、便利この上もない。
ただどちらを取るかは別問題だが。

ところで、一昨夜の
NHKスペシャル「タクシードライバーは眠れない」
 ー規制緩和から3年、年収300万過酷な戦争ー
を見た。
ど素人の視点(デレクター)が新鮮だが、
タクシー業界の自由化の一時的混乱の実態を映し出していた。

このNHKスペシャルの内容とは
・自由化によって自然淘汰されるはずの会社が、逆に車の台数を増やして 
 生き残りを図る作戦に出て、ますます競争が激化した。
・リストラされたサラリーマンや、倒産した中小の社長が気を使わないで済む
 気楽さもあって、どんどん入ってくる。
・合理化の手段として、運転手がタクシーを自宅に持ち帰る方法をとった。
 ー車の上にある、タクシー会社のネームを取り外しを可能にしておけば、
 通勤にもタクシーに使える。
・また会社が運転手に車を買い取らせ(100万)、メンテなどを本人達の責任とした。
・「初乗り500円、5000円以上は半額のディスカウント」などの値引き合戦が始った。
・この動きは、大阪から生じている。
 大阪は新しい現象がまず起こるところ、この動きは全国に間違いなく起こる。
 
現在問題になっている、郵政の自由化など、
タクシードライバーの目から見たら、「郵政局員は特権階級」でしかないのだろう。
いずれにしても、大不況の中、競争はますます激化していく。

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2004年09月19日(日)
1265, 少し際どい、「とある話」

かなり危ない話は、実際のところ随想日記では書いてない?
といって、「エッ!」という話は、よくあることである。

??日位前のこと?、あるところで飲んでいた。
カウンターの隣で、人品の良さそうな二人連れが気持ちよく歌い、帰っていった。
その一時間後、帰ろうとしたところママさんが
「あの人が、例の人なの!」
  ただ「    」
その店で、何回か「??!!」の話をしていたと思うが?!

具体的には、もちろん書けないし、40年以上も前の封印された??である。
少し際どい話になったが、今となっては殆どの人が知らないし、
この文章だけでは、誰だか解らない「とある話」だ。

以下の詩の、その人である。
・・・・・・・

こころにのこった詩ー2
2002/11/26
            ビートたけし
ー兄弟ー

兄ちゃんが、僕を上野に映画を見につれていってくれた

初めて見た外国の映画は何か悲しかった

ラーメンを食べ、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ

兄ちゃんが、後で入ってきた、タバコを吸っている人達に

殴られて、お金をとられた

帰りのバス代が一人分しかなく

兄ちゃんが僕をバスに押し込もうとした

僕はバスから飛び降りた

兄ちゃんと歩いて帰った

先を歩く兄ちゃんの背中がゆれていた

僕も泣きながら歩いた

・・・・・・・・・・・・・・・・

ーこれを読んで子供のころの出来事を思い出した
  詩的に書いてみるー


小学校の低学年の頃、兄と歩いていた
兄が急に頭に手を当てた

帽子を取ると頭が血だらけだった
兄はそれを見て泣き出した
帽子に穴があいていた

すぐに誰かが空気銃を撃ったのだと思った
近くに不良の中校生がいた
彼だろうと思った

兄の手をひいて帰った
その問題は大きくはならなかった

それから10年経ってその少年は??事件をおこした

「ざまみろ!」と思った

・・・・・・・・
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2003年09月19日(金)
898, 携帯TV電話を買った!

 ある飲み会で、ついに「携帯TV電話」を持っている人がいた。
数回飲んでいたが、携帯TV電話を持っているとは知らなかった。
今年の4月に28000円で買ったという。
アニメ系ソフトや携帯電話などのソフトの開発の仕事をしている為、利用
価値があるのだろう。
仕事仲間の殆どが携帯TV電話を持っており、仕事内容の打ち合わせに
最適だといっていた。
東京の仲間内の事務所にカメラが据えてあり、よくアクセスするとか。
また音楽が大好きで幾つかの録画をダウンロードしてあり、フルに
使っているという。
「普通のiモードの携帯の10倍の価値を感じる」といっていたのを
聞いて私も買うことに決めた。 

 実際に手にとってみて、SFの世界にいるような気持ちになった。
その人がアクセスした事務所の照明をつけたり消したり、室内の音声まで
聞こえてきたのには驚いた。

 まずはアダルト系とか、出会い系サイトに利用されるだろう。
まだ綺麗なTV放送は見られないが、あと数年経つと今とは全く違った
画面が見られるようになるという。
メーカーの研究所で次世代の液晶画面の開発がすすんでいるとか。

 まだ買ったばかりで殆ど利用方法が解らないが、これは面白そうだ。
カメラ付を来月にでも買おうとしていた矢先、
思わぬキッカケでTV付を買う羽目になってしまった。
値段は1万9800円で半年で三分の二に下がっていた。
もちろんカメラ機能が併設してある。

 私の場合、周辺では誰も持っていないので、他人の公開している
部屋や事務所でも覗き見してみるつもりだ。
そう、スナックや居酒屋の店内を覗くのも面白そうだが。

 もう少し使い込んだら再び話題の取り上げてみるつもりだ。
それより、紹介してくれた相手とTV電話をして使いかたを教わるのが
一番実用的だ。
 これを持っている??でもいたら一番よいのだが、無理か。

・・・・・・・・・・・

 524,北朝鮮を考える
- 2002年09月19日(木)

 解りやすく北朝鮮を要約するとー
得体の知れないマフィアの親子が国家を乗っ取ってしまった。
そして?鹿息子が自分を「偉大なるドン様」と国民にいわせている。

・やりたい放題、偽札は国家単位で生産する。
・武器を狂信的国家に製造して売りつける。
・麻薬も国家的生産体制でつくり、隣国のマフィアに売る。
・更にある平和ボケの隣国に銀行をつくり、どんどん金を高利で集め自国
 に移動する。
・スパイのネットワークを周辺の国に張りつけて、その国民を自国に
 連行はする。
・ある隣国の野党そのものを買収をして連合をする。
・最近はミサイルを造り、ある虚勢された?隣国の上を飛ばす。
・原爆まで生産、それを狂信国家に売りつけようと企んでいる。

 しかし、そのマフィアのパパが死んでしまった気の小さい僕ちゃんが
とんでもないミスをやらかしてしまった。狂信国家のテロリストと
組んでアメリカに対抗しようとしていたが、こともあろうに
アメリカの象徴のユダヤビルを2つ吹き飛ばしてしまった。
さらに3000人の命を奪ってしまった。

 この報復はすぐに始まった。
日本の銀行の締め付け、日本への侵入に対して衛星TVでの厳重
チェック、食料援助の凍結。
2〜3年後のアメリカの間違いない攻撃!

 そこで隣国に韓国と同じ手法で、詐欺の計画をたてた。
あたかも友好のふりをして援助が目的のパフォーマンス。
しかし人質の8人の殺害もばれてしまった。

 恐らくこれは国論がいくら脳天気でも硬化する。
これは日本国家にとっても数年先のアメリカの攻撃に、賛成に傾く。
脅かしで原発の一つや二つ爆発をさせるかもしれない。
この国もやっと、危険という意味でグローバル化してきたというところか。

 与えられた民主主義ほどやっかいなものはない。

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「再びホームページ‐5ヶ月 の実感」 
2001/09/19

・個人のサテライト・スタジオだ。
・個人の応接間だ。-WEB上に開いた個人応接間。
・個人のお店だ。
・個人の自己実現の場だ。
・個人の楽しい過去の行蔵、
    楽しい今の楽しみの場、
    楽しみな未来の計画の場。
・唯我独尊の独り言の場。

・この5ヶ月間の全エネルギーを注ぎ込んだ。
・自分がどんどん変化していくのが面白い。
・過去の内面に溜まっていた何かが一挙に出てくる感じだ。
・文章力が飛躍的についた。
・なんといっても1日30分も触ってなかったパソコンを、
 5〜6時間以上触るようになった。
・パソコン教室に通うようになった。
・同時に多くのソフトを知った。
・写真をメインにしたアルバムホームペイジから始めるのが
 一番の早道である。
 
以上であるが、これから1000項目のテーマを随想日記に書き込むのを
目標にしようか。


1629, 戦略的思考についてー3

2005年09月18日(日)

戦略的思考としての「質問」を
 幾つかの本からランダムにとりあげてみた。
 (戦略的でないものも含まれるが)

・その意味は何だろうか?
 何故?何故?何故?何故?何故?何故?
 何?何?・・・・・

・私が長期にわたって成し遂げたいことは何だろうか?
   私にとっての価値あることとは何だろうか?
     自分を使って何をしたいのか?

・それが可能なことは解っている・・・
    しかし、やる必要があるだろうか?

・ここで新しく学んでいることは何ですか?
    その目的は?
・それを仕切るのがあなたなら、どんな手段をとりますか。

・なぜ、ずっとこの方法でやってきたのですか?
    その方法で本当によいのですか?

・もっと前向きな方向に進めるために一つ決断を下せるとしたら、それは何ですか?

・お客にもっとも必要とされ、やりがいのあることは何でしょうか?
    お客に私たちが提供できるものは何でしょうか?

・顧客にどんなことを尋ねるべきでしょうか?

・自分のスキルを向上させるために、今日は何をしましたか?

・誰もが、果たすべき役割を持っている。
   その役割は何だか考えていますか?

・いま起きている変化は何ですか?
   そして、それに対する対応は如何しているのですか?

・あなたはどういう人生を送りたいのですか?
   今日、その一日を過ごしたといえますか?

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月18日(土) 1264, 自己喪失感


10年から20年前のことだが、喪失感?に捉われたことが何度かあった。
自信喪失というか、虚無感というのか。
このような心理状態を、誰からも直接は聞いたことがない。
誰も黙って、こころの奥に閉まっているのだろうか。

「自分は全くの無能者で、何にも中味も蓄積もない。
今まで生きてきたが、全て上辺のことしか経験してこなかったし、学んだ蓄積も
何も無い。いや何も学んでこなかったのだ。ただ此処にいる自分は
無能の抜け殻があるのみ」という凍りつくような恐怖感である。

いや、真実の自己に気がついたということか!
これが虚無感というのか、それとも一種のノイローゼの心理状態なのか?

その無能感のためか、他の存在がいやに大きく感じる。
多くの挫折感を味わってきたが、その虚脱感とは違う底を抜けたような無能感だ。
心のある状態なのだが、底知れない心の深遠を覗きみた。
「心に穴が空いて、その下を恐怖感で見たときに,虚無に取り付かれた
心理状態」である。

失業をしたり、離婚をして、山手線の駅の雑踏の中で自己喪失感に
とらわれた時に、思わず電車に飛び込でしまう自殺が多いという。
死を覚悟をした時に同じような感覚になるのかもしれない。

・・・・・・・
・・・・・・・

2003年09月18日(木)
897, イルカの話ー2

 先日、NHKで「野性の発見ーイルカとロビン・ウイリアム」
という内容のドキュメントを放送していた。
ロビン・ウイリアムは私の数少ない好きな性格俳優の一人だ。

 そういえば去年の今頃、イルカの話を書いた。
イルカの能力は底知れぬものがある。
鏡を見て自分と認識できる動物は、一部の類人猿とイルカしかいない。
先日のTvで、イルカに鏡を見せている場面が何とも面白い。
自分の顔を人間のように、いろいろの角度から見たり、表情をつくっていた。
そして笑っているようにさえ見えた。

 イルカは牛がそのご先祖様で、進化して6000万年が過ぎている。
イルカのひれと牛の蹄は同じものであるという。
ーイルカの特殊能力をあげてみると
・ハワイの研究所のイルカは60の手話と2000の文章を理解できる。
・人間の動きをすばやく捉えて、そっくりの物まねをする。
・一致協力して、ボラを陸に追い上げて捕る漁法を持っている。
・セックスそのものを楽しむ数少ない動物の一つである。
・イルカは心に傷を持っている人をすぐに見分ける。
 その能力を取り入れたイルカ療法がある
 
 去年、NHKスペシャルで「漁民とイルカが共同で漁をする」内容を
特集していた−後記コピー

 彼等は自分のサインのような個々の音を持っている。
人間が違う知性と交流できるとしたら、イルカだろう。
人間の想像をはるかに超ている進化した動物の可能性がある。
 
 二つのドキュメントとインターネットの検索で、
ちょっとしたイルカ専門家きどりだ。
 これが情報化というものか。

・・・・・・・・・・・・
510, イルカの話 - 2002年09月05日(木)

 最近癒しという面でイルカが話題になっている。
先日NHKでブラジルの漁村で野生のイルカと漁民の共同の
ボラの漁をドキュメントで放送していた。
湾の浅瀬でイルカが追い込んだボラを漁民が投げ網でとる。
イルカは、そこより逃れたボラを待っていて取るのだ。

 イルカが浅瀬に逃げ込まれる直前の一部のボラを取るのだ。
何代にわたっての親娘のイルカに、そのノウハウが受け継がれている。
その湾の60頭のうち20頭がそのノウハウを持っている。
面白い内容だった。

 猿と犬の中間位の能力があると云われている。
特に彼らの出す音波言語で、かなりのレベルの情報の交換が
行われている。人間との言語交換は不可能といわれているが、
もし可能になった時は、コペルニクス的大転換がおこるはずだ。

いかなる状況においても遊びを忘れず、
また人間の気持ちに対して、非常に敏感に反応する。

検索で調べた「イルカのホームページ」の内容をコピーしておきます。
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[イルカは病人を特別扱いする ]

 イルカやクジラ、ゾウなどはけがをした仲間の動物をかばう性質があり、
イルカは人間の中から病人を選び出すことができるらしく、
その病人を特別扱いするらしい。
イルカは人間の血圧の状態や脈拍がわかるようであり、
右半身が麻痺している人が海に入れば、
イルカは必ず不自由な右側を支えるような位置にまわってきて泳ぐ。
多くの泳いでいる人の中に自閉症の人がいれば、その患者の側に行くそうだ。
イルカと一緒に泳いだ人は自分はイルカに特別扱いされたと言い、
自分の存在を認めてくれたと喜び、自分の存在価値も認めてもらえたと
自信をつけさせる効力まである。


[イルカの不思議な力]
 
 イルカがどうやって治すのかは現在では科学的に説明しづらく、
イルカ療法に関しての本によってそれぞれ違う。
超音波のようなもので治すとか、気で治す、
テレパシーのような超能力があるなどといろいろ書かれているが、
確実な証拠はなく、未知の能力であるのかもしれない。
病人がよくなるというのは実際にあるが、
イルカだけが効果の源であるとは言い切れない。
広い海に出ること、太陽に当たること、多くの人に援助して
もらい水に入ることなども効力のあるすばらしい体験であると言える。

 心の病の治療にイルカが使われています。
その第一人者はベッツィー・スミス博士。
彼女は自閉症の子供をイルカと泳がせました。
すると、感情を表にだしことのなかった子供たちに変化がおきたのです。
喜びを表現したり笑い声を発したりしたのです。

彼女の言葉を借りると、
「イルカは超音波を使って、対象がどのようなコンディションであるかを
理解します。相手の体に不自由があったり、気分がおちこんでいたりと
いった状況を敏感に察知しイルカのほうから患者にちかよってきて」
人々を癒すのです。

  ・・・・・・・・・・
 イルカのメッセージを伝えたい
・高度に発達した文明を持ったアトランティス人は、イルカだった
 という説がある。
・別の説では、アトランティス大陸が沈没したときに、人々がイルカに
 姿を変えたとされている。
・いや、イルカはシリウスという恒星から、地球の変革を助けるために
 やってきた使者だという人もいる。
 
 いずれにしても、大昔からイルカは私たち人間と深い関わりをもってきた。
ギリシャに「デルフォイの遺跡」というのがある。
デルフォイとは、ドルフィン、つまりイルカのことだ。
古代ギリシャ人は自分たちを導く神の化身として、イルカを祀っていたのだ。
ギリシャ神話には、水難に遭った人を救ったイルカの話や、
少年と仲良く遊んだイルカの話が数多く残されている。
 同じようなエピソードはニュージーランドやカリブ海、
さらにはアジアのベトナムでも語り継がれている

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523, 本屋と書籍出版社と問屋
- 2002年09月18日(水)

本屋の世界が特殊ということがあまり知られてない。
書店の問屋に2大勢力がある、日販と東販だ。

・荒利が20諭∧嵒兵由の世界。
 価格は再販制−定価販売で、値引いては売らない。
 問屋への注文は本の間に挟まっている注文書を販売時点で抜いて、
 注文をするシステムであるー現在はバーコードがついている。

・本屋の棚割とか在庫数は問屋の指導で決められている?
 問屋は情報システムを本屋に売っていることになる。
 解かりやすくいえばいえば、本屋は不動産業そのものといえる。
 ある立地を確保して、本屋をやる!といえば問屋が飛びついてくる。
 そして棚割りと在庫数の決定をする。
 フランチャイズシステムに酷似している。
 イトーヨカ堂の鈴木敏文社長は大手問屋の課長の転職者だ。
 小売は情報システムの販売という事を熟知していたから、
 社長まで登りつめたのだろう。

・20佑旅嗟の内訳はー人件費が40諭地代が7~8諭電気光熱費が
 などの経費が30諭∨引きなどが3~4佑離蹈垢寮こΔ世蹐
 ーこれは私の推定だが。

・本の価格は、初版でコストが回収されるように値付けされている。
 大体の話だが、価格の分岐点は単行本で,
 。初版1〜2万部で1700円あたりである。
 。2000〜2500円だと初版は8000部あたり。
 。3000円にしておけば、3000部あたりでよい。

・単行本の中から、売れた本は文庫本に選ばれて書棚に残っていく。
 値段は半額から三分の一になる。

これからデジタルの時代といえ、本は残るといわれている。
それもビジュアルの要素が多く入った解りやすい本が。

そういえば本屋ではそういう本が多くなった。
文庫本にもカラー写真がたっぷり入った本も目に付くようになってきた。
かなり難しい哲学の本を3年前に買ったが、大きな絵入りと解りやすい
解説が空間にたっぷり入った本であった。居間のTVの横に置いてある。

最近は左のページが原書になっていて、右に難しい英語の解釈や
解説がしてある本もある。
これを読めば一応原書を読んだ事になるように、出版社もあの手この手で
知恵を絞っている。普通の人でも原書が読める時代だ。

そういえば、街の小さな書店がどんどん姿を消している。
大きなチェーン店にとって代わっているのは、どの業種も同じだ。

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[148] アフガン国境      
  2001/09/18

カイバル峠ーアレキサンダー大王が通った峠ー
ーー昨日間違ってけしたため今日改めて載せる
ー自宅のパソコンにコピーしてあったので助かった

中近東シリーズ、インド・パキスタン・シリーズとこの2年旅行して見てきたそのままが、
1〜2年後大きいニュースになるのが必然か。その前がペルーやケニアであった。
異郷をキーワードに行っていたのが、こういう結果になってしまったのだろう。
しかしツアーレベル(観光客レベル)でしかないのもわかっているつもりだ。

もっとシビアに言えば旅行で帰ってきて、どうだった?ときかれてもベラベラ喋れない!
というのが本当のところだ。かなりのお金を払ってなんで?とは一回思ったことはない。
しかしそこで見たものは、感じたものは、得たものはその数十倍もあるからだ。
したがってこう言う機会にしかいえないからあえて言う。

シルクロード!の昨年の旅行、考えられない社会の連続であった。
パキスタンが注目の世界に入る事を前提にシルクロードのバスの世界で垣間見た世界を
書いてみよう。表面的の話を!

ーバスの中で現地添乗員ー
「ここの部落は自治区です!治外法権の世界です!排他的な民族です、外を見たら目を絶対に
あわせないでください!」
「ここの部落は近親相姦の平気な部落です!従がってかなり民度と部族としてレベルの低い
世界です!」

「ここは麻薬と銃器の世界に対する密輸基地です、あの大邸宅の内側はホワイトハウスの
中より物理的にはるかに豪華な世界があります!警備もその数倍の仕掛けがあります!」

「この街は麻薬と銃の暗黒街ーマフィアにむけた秘密基地です、あの店の名前が麻薬やと
堂々と書いてあります」

「ここからアフガンまで2時間の街道の200メートルまではパキスタンの管理下、
その向こうの道路は密輸通り!みて見ぬふりです!」

芥子の花はその辺に咲き放題!その辺で石に混ざっているヒスイをさがしていたら、
ある女性が上から落ちてきた小さな石に当たった、しかしその速度のため頭は血だらけ
ーもちろん帽子の上でこうなるのだから!

あちこちで落石事故!自分たちだけは絶対大丈夫という信念の中で、
まずパキスタン添乗員が疲労で倒れ、次に我われの添乗員が倒れ!気を張っていた自分が、
最終のフライトの飛行機の中で、死ぬほどの下痢!脱水!トイレの前の席で30分ごとの
脱水状態!もちろん生まれて初めての経験

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参考に為にシルクロードの旅をコピーしておきます。

H12・07
シルクロード15日間の旅

"人生とは基本的には、うまくいかないものだ!"という誰かの本を読んで、
この命題をこの旅行で解いてやろうと出発した。そして帰ってきて、一つ解った事がある。
うまくいくカギとは、それがこの文章の内容であり、この旅行であった!
(少々のリスクと困難のむこうにあるもの、それは?)
うまくいかないのは困難を恐れてしまうからだ!

=旅は人生の縮図!

北京に一泊、そしてウルムチに一泊。さらに天山、タクマカラン砂漠を越えた
西域南道のホータンに一泊。そこよりマイクロバスを乗りついでパキスタンへ。
世界の屋根、パミール高原を越えヒマラヤの桃源郷フンザ王国とペシャワールへの
二千km以上を走破してイスラマバードへ、文字通り命懸けの旅行であった。
軽い気持ちで行って、"とんでもない旅行をしてきた!"
というのが、帰ってきての総括の気持ちだ。やはり十日間入院したという
ツアー仲間よりの手紙が早速届いた。

こんなリスキーさは日本の常識をはるかに超えていた。でもこれこそ旅の醍醐味でもある。
旅とは異質との出会いであり、その接点で自己の異質(本質)に気付く事でもある。

その点で今回は異質の出会いの連続といってよかった。ホータンはその最たるものであった。
街の大部分はロバにひかれた荷車にあのウィグル族などの何ともいえない風貌の老人ときれいな女性達、
目の前がクラクラしそうな感激。

そして旅の仲間二十名を乗せた車はホータンより西域南道を右手に
タクマカラン砂漠を見ながら五〇〇kmの道のりカシュガルに向かう。カシュガルを二泊後、
シルクロード最大の試練といわれるクンジュラブ峠(標高四九四三m)の峠を越え、
七〇〇〇m超級の山々を間近に臨みながら、中国よりパキスタンへとバスは走りぬける。
ここで四名の仲間が軽い高山病になる。

カラクリ湖よりみたコングール峰とムスタガータ峰の七〇〇〇mを越えた
山の美しさに圧倒される。
翌日より右手にインダス川が流れ、カラコルム山脈が左右に続いている
カラコルム・ハイウェーに入る。
ハイウェーとは名ばかり、軍事道路の為安全面はゼロ。危険きわまりない。
あちこちで土砂崩れの工事の横をすりぬける。一万人の軍隊が待機して
一〇〇〇km以上のハイウェーを補修工事をしているという現地ガイドの話。
当然何回も足止めをくう。
三〇〇mの巾の土砂崩れの道路を現地人の臨時のサポーターを一人ずつ、手をつないで
落石の中を走りぬける。

そして向こう側で臨時にチャーターしたバスに乗りかえる。
ところが、ところがそのバスの運転手がスピード狂、六時間以上、右手が川の流域まで
一〇〇〜二〇〇mの断崖の道路を一〇〇以上のスピードで突っ走ったのだ。

アメリカで"スピード"という暴走バスの映画があったが、そのカラコルム版そのものである。
まさしくジェット・コース!に乗っている気分!全員顔面蒼白、そして無言!
といって誰も文句をつけない!
それを楽しんでいるのだ。
"あの崖くずれの中の走破と、この暴走バス!日本に帰っても誰も信じないだろうな!
映画の世界そのものだ!リアルというより逆にバーチカルの世界みたいだ"と誰かがいっていた。

そして桃源郷・フンザに命からがらについた。翌日、ジープ六台で上部フンザのグルミット村へ、
カラコルムの山脈に囲まれた峰より見るホッパー氷河がすばらしい!
そして、向こうに見えるゴールデンピークの美しさ。
真っ青の空と濃い田園の緑のフンザの村々と純朴な村の人々、あとは絶句!。

そしてアフガン国境に向かう。ここは九つの部族の自治地区!実際は治外法権の無法地帯。
麻薬と武器の世界にむけての密輸基地である。
国道の右がパキスタンの法則が通用。観光用のバスには軍人が二人拳銃をかまえて
バスの前後の席にすわる。
テレビでこの国境の街のドキュメントをアフガン戦争時に見た事を思い出した。
そこも含めてヘレニズムと仏教の融合の地、ガンダーラになる。

ペシャワール付近に残るガンダーラ美術の仏跡がある。ヘレニズムと仏教が
見事に融合された仏像の数々。
鼻筋が通った巻き毛の頭髪、人類史上で最も美しい東西文化融合の結晶ともいわれている。
そして、そこで騙されて買わされた仏像とコイン!旅行より帰ってくると哲学者的になる。
同じ言葉が旅行前と後では全く違ってくる!

旅行はトラベルの言語でもあるトラブルとつらい事が圧縮して何倍もふりそそいでくる。
しかし、その先にその何倍、いや何十倍もすばらしい感動・感激に出会う。
だから危険を冒してまでも行く。
それは人生そのものだ。少々のリスクと信念、を持ってたちむかった時、
すばらしい感動・感激が心を開いて待っている!それをつくづく実感させられた旅であった。

2000.6.2〜6.15

追記

あ!そういえば川のむこうに見えたシルクロードにあった岩でできた
小さな丸いテントを思わせる宿坊が三蔵法師が実際に泊まったものという。
今まで遠い存在の法師が本当に身近に感じられた。
と同時にあの距離を危険な難所を無数乗り越えて往復した信仰・意志を実感した
千数百年の時間をこえてエネルギーとその偉大さがそのまま伝わってくる旅でもあった。


1628, ソウルの富士山ー日野敬三 対談集 −2

2005年09月17日(土)


また、作家の保坂和志の対談
ーソウルの富士山ーも含蓄がある。
死に直面した日野の心理が二人の対談から、
みごとに浮かび上がっている。


ー保坂和志
今日は日野さんが、脳の手術から回復される過程で体験されたことを、
闘病記というより旅行記のような感じでうかがいたいと思います。

ー日野ー
自分が脳を手術されて、術後に安静状態にあるんだとわりあい客観的に
自覚したのは一ヶ月ほどあとでした。
なんとなく現実がわかるようになっても、まだうつらうつら夢を見ている状態が
さらに一ヶ月続きました。
そこには、どうも完全な夢とは違う。
自分がソウルにいて窓の外がソウルの街がみえる。(実際は東京だが)
そして、富士山でなくてカイラス山がみえる。
もしかすると、この人生ではなくて、その前のいつか巡礼に行ったことがあるのかも、
と思い直しました。だとすると、僕の中で辻褄が合うのです。
カイラス山はそれだけの格と威厳がある山ですからね。
超意識の神話的空間内だったら、カイラス山も見える。
それだけのリアリティのエネルギーを持ってなかったら、何が聖山ですか。

ー日野ー
僕は実は世の中を楽しんでいる、あるいは生きていること、人間であることが
好きなんじゃないかと思い当たったんです。
それを好きでないように思い込んでいきていたのが、いよいよ最後のところに来て、
その思い込みが剥がれ落ちて本当の地が出たんだと気がついた。

もう一つ考えたのは、人生はなにも正しく生きねばならいことはないと。
楽しく明るければよい。
正しくありたいと思ってきたが、それは最も大切ではないと、
ベッドの中で声に出して自分に言った覚えがあります。

ー保坂ー
今回の日野さんの体験がものすごく言葉にしにくいのは、
死のそばまで行ったはずなのに、死の遠くに行っちゃって、
ずっと夢とも幻覚でもなかった、本人はもう一つの現実だとおっしゃっている。
つまり、死とか、夢とか、現実とかの定義が一般のものとは違っているわけです。
ふつうの人も同じ手術をすればたぶん何割かは似たような経験をするものでしょうけど、
たいていは周囲の目が怖いから、その辺のことを正直に言わないだと思います。
日野さんの場合、職業的な自負なのか、
ありのままに語れているところが非常に貴重ですよ。

ー日野ー
僕に言わせれば、やっと退院をしてみたら現実のほうが定義が壊れかけているかの
ように思いました。ちょうど僕の意識が戻ったころに、同じ脳の病気の
小渕前首相は亡くなるし、そのあとを継いだ森首相は妙なことを言い出すし。
もっとショックを受けたのは、社会面では子供達の殺しの記事ばかりですよ。
ものすごく異様だった。
ソウルで富士山やカイラス山を幻覚?で見ていて、
僕はとてもまともだったんだなと思いました。
僕らは日ごろいとも簡単に現実と夢と言います、全く別のように。
でも本当は、そう分かれる以前のところに生きているんじゃないか。
「夢現のあいだ」ということを東洋の人たちは古くから知っていたように思います。
「夢現のあいだ」は「無現のあいだ」でもありましょう。

退院をしてから老荘の本、道教関係の古い本を改めて身近に読んでいます。

たとえば、中沢新一さんもチベット密教を修行して幽体離脱を体験した話を
書いているでしょう。
もうひとつの微細な分身をこしらえて、肉体から自由に出て動きまわる・・・・・
僕も入院中にいろんなところに行きましたからね。
実際に行ける場所ではないにかかわらず、そこで見たり考えたりしているのは、
たしかに自分自身なんです。
この僕の肉体に限定された存在がギリギリ最後のものじゃなくて、そこからまだ先の、
本当のエッセンスのような小さく精妙な自分があるらしいと思うとドンドン自分が
怪しくなるから、まだきちんと考えつめてはいないですけど。
この予感は気味が悪いし、楽しくもあります。

−保坂ー
社会がひとつの現実だけをもって見ることができないのと同じように、
人間もやはり一つの個体のなかにすべてが規定されているのではないかも。

ー日野ー
その個体を離れるというか、さまよい出るというか、叩き出されるとうか、
どうであれ自由になることは楽しいですよ。
無責任ゆえの自由のみたいなものは。

ーー

冷徹な記者あがりの作家が幽体離脱をして、チベットの霊山のカイラス山に
いってきた。それも夢ではないと言い切っている。
また、
ー僕らは日ごろいとも簡単に現実と夢と言います、全く別のように。
 でも本当は、そう分かれる以前のところに生きているんじゃないか。
「夢現のあいだ」ということを東洋の人たちは古くから知っていたように思います。
「夢現のあいだ」は「無現のあいだ」でもありましょう。
という、クダリは、生死の狭間での極限から生じた魂の深い世界を
垣間見た体験があるからこそ、言えることだ。

人間の脳には、信じられない能力が隠されている。
死の瀬戸際を漂うと、その一部を垣間見ることができるのだろう。
死ぬ時の楽しみでもある。

ー面白いことに、去年の今日老子と荘子のことが書いてあった。
意味ある偶然の一致である。

・・・・・・・
・・・・・・・

2004年09月17日(金)
1263, 老子と孔子

本を読んでいて、時々ハッとする文章に出会うことがある。
以下を書き写してみるが、儒教と道教を対比させることによって、
それぞれの本質を、より解りやすく知ることができる。
              
     (生き方の研究ー森本哲郎 P・302より)

ー「孔子の教え」はあくまで「厳父の思想」であり、
対する「老子の思想」は「慈母の思想」とみることができよう。

老子と目される人物が生きたのはー孔子もそうだがー春秋、それにつづく
戦国時代の乱世であった。誰もが真剣に生き方、というより生き抜くための知恵を
求めていた。それに、応えて、孔子と老子に代表される儒教と道教が生まれたのである。
対立というより、対照というべきかもしれない。
いずれが是で、いずれが非か、などという問いは愚かである。
我われは、ここに二通りの生き方を見、学べばよいのだ。

考えてみれば、この世には「人間なるものは存在しない。
生きつづけてきたのは、男と女である」。
人間とは、女と男の総合した抽象概念である。
だとすれば、その「人間」には、当然二通りの生き方が考えられよう。
すなわち、男性原理による哲学と、女性原理につらぬかれた思想である。
中国は孔子、老子という祖によって、二元的に、つまり、全人的に生きてきた
といってもよい。私たちが学ぶべきことは、そのような二つの知恵
なのだろうか。

中国の作家、林語同は、こう書いている。
ー功なれば儒教ー孔子ーの徒になり、
 失意の時は道教ー老子の徒に奉じるようになる。
 道教の自然主義は、中国人の傷ついた魂を和らげる鎮痛剤なのである。

得意と失意で織りなされた人生、それを歩む人間の生き方ー
それは何といっても「父」と「母」に従うことなのではないだろうか。

ーーーー
以上であるが、
道教と儒教を対比させ中国そのものを、いや人間の生き方の知恵を
提示している。

学生時代、「諸子百家」を読んだ時に、孔子の教えは堅苦しく思い、
むしろ老荘の思想に共鳴をした。

老子の言わんとする要諦は
ー小さな私心を捨て去れということだ。
人間存在なんぞは宇宙から見れば砂、いやチリのような存在だ。
それを真に理解すれば、無為自然、母なる自然の道に従うのが一番の
近道ということが解ってくる。

人間が生きていくからには、常に挫折と失意が波のように、
押し寄せては返していくものだ。
その時、宇宙的視点でその波を見つめる視線が道教の真髄である。


ー老子の思想の幾つかを書いてみると、

・道を体得した人は、何事にもとらわれず、言葉を使わず教えを行なう。

・もっとも理想的な生き方は、水のようなものである。
 水は、万物に恵みを与え、相手と争そわず、衆人の嫌がる所へと流れていく。
 だから道に近いのである。

・実在が意味をなすのは、無が作用しているからである。

・道を体得した者は、行動した跡をのこさない。

・戦いの上手なものは、目的を達したら矛を収め、むやみに強がらない。

・人をよく知っている者は、知識人であるといえるが、
 自分を知っているものは、智恵者である。
 人に勝つ者は、能力のある者といえるが、自分に勝つものは、
 本当に強い人である。

・本当に巧妙なものは、稚拙なように見える。
 本当の雄弁は訥弁と変わらない。

・道を体得している人は、知識をひけらかさない。
 知識をひけらかす者は、道を体得してはいない。

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2003年09月17日(水)
896, 言いわけ読本 ー読書日記

塩田丸男
白水社 P230
\1,900
2000年3月30日
中央図書館ー2003・09・14日

ー感想
言いわけの評判は古今東西かんばしくない。
といって言いわけが無くなればよいのかというと、そうではないだろう。
言いわけも考えてみれば、原因追求の不可欠な要素とも言える。
また、自分を正当化するためにも必要な部分があるだろう。

この本では、文学 日本 エッセイ 歴史上の人物から現代人まで、
古今東西の多くの人が、紆余曲折のなかで思わず口にした逆境の
自己主張を摘出しながら、人生の苦境と人間の業の一端を示している。
言いわけもここまで集めると見事といわざるをえない。
そこで人間の滑稽さと本音を見ることができる。
これを読んでいるだけで、人間勉強になる。

 面白そうなところを、書き写しながら、自分の言いわけの場面を多く
省みてみた。その時は言いわけとは思わなかったが。
特に、最後に心の内奥で、自分に対して強引に言いわけをしている時の
歪みが、今更のようにリアルに目に浮かぶ。

 この本を読むまでは、言いわけの悪い面だけを見ていたようだ。
言いわけを『言いわけ』している本として捉えると全く面白い。
言いわけの言葉の奥にある深い真実?があるからこそ、その言葉が浮かび
上がってくるのだろう。
知人で枕詞が言いわけの人がいる。
こうなると芸術の域になる。
また小泉首相の一言コメントの言い訳もすばらしい!
ーこれ皮肉

 全てのことに対して『言いわけ』を通す人が読んだら、当をえる本だろう。
言いわけの真骨頂は「浮気に対しての言いわけ」である。
「だまし続けてほしかった!」という相手に対するマナーであろう。
この本は切り口そのものですでに、読者を引き込んでしまっている。


ーー印象に残った順に幾つか書き写してみたーー

・それは駒とは違う。坂田三吉が銀になって泣いているのだ。
 坂田三吉(13世名人関根金次郎との対局で不覚の手を指して)

・ジンギスカンは日本人だったのだ
 関東軍(日本が満州に進出する理由を聞かれて)

・行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に関せずと存じ候
 勝海舟(福沢諭吉に江戸無血明け渡しの批判に対して)

・投句したのは別の人よ。私は被害者です
 ある盗作女性)(文部大臣奨励賞受賞作が盗作で取り消されて)

・女にとって悪い社会は、本当は男にとっても悪い社会よ
 中山千夏(参議院議員になった才女が離婚するにあったって)

・学問するには多額の金銭が必要です
 ベートーベン(ゲーテにお金の無心の手紙を書いて)

・主さんを客ではなくて亭主同様と心から思っているのさ
 ある遊女(客の前でうっかりオナラをしてしまって)

・後悔してないんです。死んだ人には悪いけど
 阿部定(稀にみる猟奇事件「!−>・」をふりかえって)
 ーところで、「!−>・」の意味解る?
  解る人にはわかるはず!・阿部定を知らない人は無理

・通常の人間関係以上の強い結びつきがほしかった
 矢野暢(元京大教授が秘書にセクハラで訴えられて)

・自分にとって、女性の局所は入れるところであって、 
 出てくるところじゃない
 笠井信輔(フジテレビのアナウンサーが妻の出産に立ち会って)

・なんにもつけてなかったなんて、うそよ。ラジオをつけていたわ
 マリリンモンロー(売り出し前オールヌードを撮っていたことに対して)
 
・私がルールブックだ
 二出川延明(ジャッジに抗議する西鉄の三原監督を斥けて)

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522,勉強法ーノートのとりかた--3 -
2002年09月17日(火)

以前にも「鳩山家の勉強法」でも書いたが、
レオナルド・ダビンチやモーツアルトなどの過去の天才のノート
やメモの共通点があるという。

・絵と図を中心として、そこに文章を書き込んでいる。
 空間配置を中心にしてある。
 知識としてより、創造のエネルギーが、
 それを共通項として必要としていたのか、直感的なのか?

・似た方法として、左か右に普通のノートをとり、
 反対側に絵や図や遊びなどの自由のコーナーにしてある。
 
 考えてみれば、脳そのものが右脳・左脳と二重構造になっている
 いるから、そうする事が自然で効率が良くなる。

 このような箇条書きも、してないよりはず〜とよいが、
 できたら空間配置のほうが良いのだろ。
 
 空間配置の中でフルに○と→をフルに使ってそれぞれの関係を 
 現しながら、解りやすく表現する事が重要だ。

 考えてみたら、これはある目的を達成する為、
 中世から現在まで、見取り図、発想法、かつ記憶の手段であった。
 また対象をわかり易くする為の手段でもあり、準備作業でもあった。
 
 今はパソコンに変わろうとしている。
 私の場合パソコンのワープロ機能の活用で、毎日の随想日記が可能になった。
 
 この画面で左がこのワープロで書き込め、左にノートパッドに
 ペンで自由に手書きで書き込めるソフトあると、便利のはずだが。
 もうあると思うが?いやないか?デジタルとアナログの融合になるのだが。
 
 「天才のノート」というソフトを創れば、売れると思うが!
 手書きも、タイプで打ち込める混合のソフトだ。
 アナログから脱皮できてないレベルの発想か?
 
 携帯電話の絵文字はその先をいっているのか??
 絵文字の組み合わせは、まったく違った可能性を含んでいる。
 時代は技術はどんどん変わっていくが、可能な限りついていくつもりだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前書いた鳩山家の勉強方」をコピーしておきます。
 
ー鳩山家の「勉強法」ー

何回か立ち読みをして買うかどうか迷っていたが,
先日買って読んで面白かった。
しかし本来ある技法を、とってつけたような内容も多かった。

最近ノウハウ書に凝っている。
以前はノウハウ書などの小手先の本を甘く見るところがあった。

ところがそれが思い込みでしかないことが、この年で解った。
ノウハウ書ばかり偏るのがよくないのであって、
技術の宝庫であることは間違いない。

この本もそうだ。
ノートのとり方一つでも目から鱗である。
私の場合あまり勉強が得意でなかったこともある。

最近凝っている速読法もそうだ。
10倍とはまだなってないが、3~5倍早く読めるようになった。
うそみたいな話だが。

10歳ぐらいのときに、ある姉が教えてくれた。
「一科目だけでいいから、勉強して一番をとりな!」
これが小学年の後半、算数だったと思うが一番になった。
それがきっかけであった。
そして中学二年の時、・・・・・と。

さてこれで印象に残っている順に書くと!
・ノートの左右の書き分け
  左にキチット先生の教えたことを、ノートにとる。
  右に 右脳的に 絵とか自分の 形に遊びを入れて書き換える。
 また、そのときの部屋の様子や、他のことも書き加える。
 ダビンチのノートもそうだ。
 絵と文を交互に空間を広く取りながら書き込む。
 広くとった空間にどんどん書き加える。
・あと問題集を徹底的に解く。
 それもどんどん答えを見ながら、先に進む。
・本は全体をとりあえず読む。
 そして後ろのほうから、逆読みをする。
 推理小説の犯人を先に知った上で、
 そのストーリーを読み解く方法を勉強法に取り入れる。
・黒板を周辺に置き、いま覚えるべきところを書き込む。
・勉強をすることが楽しい雰囲気を作る。
 音楽はアダージョなどの、アルファー波の出る音楽を流す。
・黒板で自分が先生になったつもりで、生徒に教えるように演技してみる。
・暗記は繰り返し暗記をすれば、誰でも憶えられる。
・頭の切り替えの為、ポイントごとに遊びを入れる。
・最も大事なところは、勉強と終わりに集中させる。
・あくまで本人の主体性を尊重する。

これは別に写したわけでなく、自分の印象に残った順に記憶から記している。
受験なら、どこそこの大学と具体的に目標を決め、
その科目を集中して勉強する。
それも高校一年の時から割り切り、
他の授業は割り切って進級すればよいレベルにする。

こういうのを戦略的勉強法というんだろうが。
でもそれを出来なかったが、「生き方で戦略的に生きてやれ」
と、学生時代に意識できた収穫もあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

147] 機動捜査隊  
2001/09/17

7〜8年まえになろうか。当ホテルで年平均二〜三人の犯罪者を逮捕している。
その協力の功績で、機動捜査隊が表彰状をやるから私に来いとのこと。
「何いってるのか!来るのはお前らの方だろう」と思ったが、「面白そう!」
という誘惑に負け行くことにした。まずは車で若い私服の機捜隊が迎えに来た。

そして、機捜の新潟本部についた。10人ぐらいの機捜が玄関で整列をして出迎え。
「面白い!そして気分がいい!かっこいい!」だった。そして捜査隊長の部屋に!
暫くすると隊長が部下を連れてお出まし!世間話をする間もなく写真班が2名きて、
撮影バチバチとられた。そしてそれから表彰状と金一封の授与式と続く。

まあいいや、いい経験だ!と有難く戴いた。そしてまた会社まで送ってもらった!
彼等はまっさらな目で見ていて、新選組みたいな一体感を感じとった。
ウエットな親分子分という感じであった。それが異様であった。
こんな人間関係まだあるのか!という感じであった。

‐さてこの内容が面白いのは、これからであるー
その一年近く後に、機動隊の若い男と第三シングルインのマネージャーをしていたAさんが、
結婚するという。そうすると、あれは何だったのか?機捜に紹介された機動隊の人とか?
ーこんなものか世間は! まあ人生面白い!であった。


1627, 自分の死ー日野敬三 対談集 −1

2005年09月16日(金)


先年、亡くなった日野敬三の対談集「創造する心」が深い内容である。
癌から脳出血まで、次々と死に至りかねない病の中で書いた文章は、
一言一言が胸に刺さるようである。

秘境ツアーの代理店「ユーラシア旅行社」が毎月送ってくるパンフレットの
冒頭の旅行のエッセーを彼が書いていた。
これを編集した一冊の本が出ている。
それぞれの旅行先のエッセイが深く対象と一体になっている。。

「創造する心」を読んで、生と死の狭間の中で今生の地球を見つめていたのが解った。
著者心の奥行きの深さには敬意を払う。
言葉は、意識化をするはたらきがある。
そして、言語にすることによって第三者に引き継ぐことが可能になる。
「死」を、いや「死の恐怖」の意識を冷徹に言語化をして、第三者に伝えている。


6人の対談者の一人、
柄谷行人との対談の中の
ー自分の死ー
という内容が死に直面した心理を深く語っている。
死に直面し、追い詰められた一人の生の声がそのままリアルに響いてくる。

ーまずは、その内容を紹介してみよう。

 ー柄谷 
死ということについては、どう感じましたか。
 ー 日野
凄く理不尽な、確固たる実体だという気がしました。
あいまいな現象ではなく。
人間は誰でも、生き物は何物も死ぬんだということは子供の頃から
知っているはずです。でも知っているはずのことが、自分の身として、今、
自分の身体に起こって、たぶん三ヶ月か一年とかー意識を持ったまま、
毎月毎晩そのことを考えならが、だんだん取りつくしまのない実体へと押し出されていく。
いったい誰が、何者かがそうきめたのか、とにかく死ななくてはならない絶対の事実を、
今、パスしても、いずれ近くに必ず来るという理不尽さ。
ただ物質に帰る、自分というシステムがバラバラになって物質に返る。
この物質的世界の荒涼とした事態。

これは、今まで観念的に頭で考えていたのとは違う、凄みがある。
そういう自然の荒々しい感触のようなものが、じわじわと迫ってくるわけ。
何か、納得できないような、本質的な屈辱感があったね。
もうそれに対してこちらは何も、ほんとうに何の知識も役に立たない。
それを、どう理解しようたって、理解しようがない状態が一日何回かあって。
もうこの時だけは、前からもらっていた精神安定剤を飲んだ。
まあ、卑怯のようだけど、それしかできなかった。

あとになって、手術後のモルヒネ系の鎮痛剤のおかげだと思うけど、
自分の病室の隣の、別の棟の屋上にね、ぞろぞろ、ぞろぞろ、
色んな人間が出てくるのを見た。三晩位続けてね。
男ばかりで、全然見知らぬ人たちばかりなんです。
ただ、その人たちがとっても懐かしかった。
トテモ慰めらた感じがしてね。それは夢とは違う。
夢の場合は、かなり解るよね。あの人この人って。
それが全然ない。純粋に他人がいるということ。

この私という私的でしかない次元のことは,意外と重要でなくなって、
荒涼と巨大な「自然」に、一人で直面する。
あなたの言う、単独性ということをリアルに感じました。
あくまで単独性という荒涼たる事実の感触である。

ー日野
僕は以前から、キリスト教圏の悪魔という存在がよく解らなかった。
おどろおどろしい魔性のものでなくて、映画にでてくる「エクソシスト」
のような悪魔のイメージね。それが少し解ったような気がする。

                ーつづく
ー後記
両親の死を身近でみて、その死へのプロセスの中に、
それまで生きてきた全ての人生が凝縮しているようであった。
その重なりの中から、著者の視点を見ることができた。

これだけ自分の死をリアルに描写している文章も稀である。
ぎりぎり追い詰められた一人の生々しい姿が目に浮かぶ!
誰もが直面する問題であるから、迫ってくる。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2004年09月16日(木)
1262, 書いてなかった旅行記 −1

ーカナダ旅行記−

過去の旅行記は殆んど書いてきた。
しかし先日、地域別ごとに旅行記を纏め直していて、
カナダと、ハワイと、中国(桂林・香港)の旅行記が書いてなかった事に気づいた。
そこで早速、書くことにする。

まずはカナダである。
カナダは二回行っている。
一回目を書いてみる。
この旅行は、トロントと、その近くにあるナイアガラと、ロッキー山脈と、
バンクーバーと、その近郊のブッチャーガーデンを巡るコースである。

ナイアガラはNHKの特集を見ていたが、実際見てみて
「こんなものか!」と少し失望したのが実感であった。
しかし、ボートで近くの滝のカーテンの迫力は実物ならではの迫力があった。

しかし、この旅行のハイライトはロッキー山脈のジャスパー国立公園である。
飛行機の乗り継ぎなど、かなりの強行軍で、バスでジャスパーについた時には
疲れのため熟睡をしていた。
ふと目が覚めると、今まで見たことのない裸の大きい山が展開していた。
変な夢を見ていると思いつつ、再び目を開けると、どうも夢でない。
そこは私の知らない別世界であった。

それからは、次から次へと見える光景に目が釘付けになってしまった。
これまでの自然のパノラマを見るのは生まれて初めてであった。

日本でも黒部渓谷や立山など、多くのパノラマを見てきたが、
そこで見たものは全く違うものであった。

「なんだ?!こりゃ!」と息を呑む景色が次々展開しているのだ。
「こんなところが、地球にあったんだ?知らなかった!」
「これを見るまでの人生と、この後の人生は全く違う。
 家を叩き売ってでも見るべき価値はある!」
 
 等々の感激が、ロッキーにいる最中次々と出てくるのだ。

この時から、旅行は大自然派になってしまった。
自然の美しさを、これだけ数日に渡って味わって見たのは初めてであった。

この世には、やはり神がいたのだ。
自然が自然と、こういう神々しい姿を創りあげたのだ。
山々の神々しさ、そして空の青さ、湖のエメラルドグリーンの美しさ。
そこに住む地リスの愛らしさ。
あちこちで見ることができた熊とヘラ鹿。

はじめて見るものにとって、そこは違う惑星の景色である。

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2003年09月16日(火)
895, 超一流選手の共通項

ー世界柔道選手権と
 プロボクシング世界タイトル戦-

 この五日間の世界柔道選手権が面白かった。
昨日まで5日続けて男女の八階級と団体戦の試合がおこなわれた。
2年に一度おこなわれるもので、オリンピックと同じ位の権威のあるものだ。

 何といっても井上康生の強さが目立った。
背の低い棟田と大柄の外人との勝負も面白い内容であった。
二日目と三日目は、殆ど目に付く内容は無かった。
個人戦の最終日は、無差別級の鈴木桂治の強さと、女子の田村亮子の
安定感が印象的であった。
 
 また一昨日は、ボクシングのスーパーウエルター級の世界タイトル
マッチがあった。
5階級を制覇したオスカー・デラ・ホーヤと、3年前に負けている
シェーン・モズリーの因縁の試合であった。
デラ・ホーヤは前人未踏の6連覇を目指しており、デラ・ホーヤの有利と
いわれていた。
しかし結果としてモズリーが僅差で勝った。
二人とも、スピードと高度のテクニックが売りの選手。
見ていても、玄人好みのする稀にみる好試合で、最後の最後の瞬間まで
息の抜けない試合であった。
ここまでお互いの技が磨かれていると、芸術の域に達しているといってよい位だ。

 柔道にしても、ボクシングも世界の一流選手には共通項がある。
野球のイチローもそうだが、身体が相手の動きに自動的に反応するまで、
練習を積み上げてあるのだ。
間一髪で、お互いの技を外すことができ、攻撃もできるのだ。
見ていると、優勝をするのが、いかに至難であるかがわかってくる。
一つの技に反応するのに頭で考えていては勝てない。
特に優勝候補の場合、弱点を徹底的についてくるし、得意技に対する
防御に全てをかけてくる。それでも、その得意技で勝つのだから、
普通の練習では不可能。科学的に徹底して鍛え抜かれている。

 この二試合に、メジャーリーグの試合と、大相撲に、『お笑い』にと、
一日TVの前に釘付け。これに3時間の散歩に、スーパーに、図書館に、
パソコンに、居酒屋(あかちょうちん)にと、
根を詰めた、しかし充実した一日であった。

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521,「世の中を良くする為には」
- 2002年09月16日(月)

昨日の昼、なにげなくみた映画のなかで、薬中のホームレスが、
橋から飛び降りようとする見しらずの女性を助ける時の言葉がよい。

「なぜ助けようとするのか?」という瞬間の問いに、
「自分を助けてほしい、貴女を助ける事でしか今の自分を救われない!
たった今まで薬のことしか頭になかったが、いま気づいた!
貴女を救う事が自分を救う事だということを!頼む私を助けてくれ!
死ななでくれ!」この男の哀願に女性が自殺をとどまる。

中学の初めての授業で先生が出した自分への課題。
ーこの一年間で、世界を変える方法を考え実行してみよう!!−
ある少年の考えた課題ー「3人の人に役立つ事をする誓い。
それをして貰った人は他の3人に役立ちをわたす、
それが鼠算に伸びれば世の中が良くなる」という自分の創った課題を
実践しようとした。しかしことごとく失敗した。

その一つが薬中のホームレスを自宅のガレージで立ち直らせる事であった。
しかしその期待に答えられなかった男が、元の生活に戻って失敗した。
しかし人を救う何かをしなくてはというのが残っていたのだ。
それがその女性を救った。
その少年がいう
ー日々の生活に慣れきってしまい、良くないことが変えられないんだ!
怖いんだ、変化する事が。良いことをしたら、次に渡せ!ー
耳が痛いが、なかなか味のある内容であった。

その子供の運動がマスコミに知ることなり、全米に大きな運動として
広がっていくのだが??
シックスセンスの子供役がその男の子を演じていたが、
素晴らしい心理描写を演じていた。
「可能の王国」という題であった。

最近TVの内容が面白い!

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[146] チンドンヤ  
 2001/09/16

 社会学をやっててほんとうによかった!!!!!
これは‘個人とその集合体の社会’の学問である。 
それを解っていたから、(反社会的でなく?)超社会的に社会的とかを
全く気にとめないで?済んだからだ。

チンドンヤー(自分の仮面)ーペルソナーを演じないで済んだからだ。
仮面を演じている‘こっけいな姿’を嘲笑しながら?
チンドンヤ(その姿が自身でもある?)になりざるを得ない。 

 必死になってチンドンヤをやっている男は何処にもいる。
俺は英雄ー正義の味方、
−ここからが面白い。
「俺のやることは特別の自分(英雄を演じているチンドンヤ)
 のやることだから正しい!」
「だから俺様のやることに、皆従え!」

 その必死さがかわいいが。
それ(仮面)を利用してせいいぱい背伸びしているところが哀れである。
身近な親戚にも、この論法の男?がいた。

ー考えてみれば誰もがもっている要素だ、
そうすると目くそ鼻くそか!


1626, 頭脳の果て−2

2005年09月15日(木)


以前にも書いたが、
この本をヒントに「三つの部屋」
のイメージ空間を創ってみた。
一見バカバカしいが、イメージ空間から
 真実が語りかけてくる。

・縁者/故人の部屋
・10年 20年後の自分の部屋
・もう一人の自分がいる惑星(前回書いた)
 である。
 
通勤の列車の中とか、寝つきが悪い細きれ時間とか、
ウオーキングの時などに、このイメージ空間に入り自己対話をする。
これも習慣にすると面白い。
さらに二つが加わった。 

以前行ったネパールの、カトマンズ近くにある山の中空の突き出た岩場で、
座禅をしている男(王)が、現在の自分をイメージをする。
現在の自分が透けて見えるような感覚になる。
−荘子の「胡蝶の夢」ーからヒントを得たが。

また、毎日パソコンの壁紙を張り替えて、その場から自分を見ている
イメージをつくる。
子供じみているが「思考にイメージの世界の空間」
を持って、具体的な自己対話が気軽にできる。


この本の
「ポータブルメモリーバンク・テクニック」
 も誰でもできるテクニックである。
『小さなノートをいつも持ち歩き、どんなことでも書き留める。
たとえそれが、記憶に値しないと思われることでも、頭に浮かんだことや感じたことを
全てをノートに書く。
どうでもよいことの中に、意外と面白いヒントが隠されていることが多い
ことに気づく。
その度に感覚や創造された行動は強化され脳に深くインプットされていく。
これが感覚的、非創造的な行動を強化することになる。』
「ひらがな三語日記」もよいが、
この「ポータブルメモリーバンク・テクニック」も深い。

天才達は、日記、手紙、詩などを書きまくった。
全てを書くこと自体に、無意識のうちに知性を育て、
活性化するメカニズムが隠されている。

最近つくづく感じることは、
「ノウハウ書をバカにしてはならない」ことである。

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2005/04/02
1460, 頭脳の果て−1 
      −読書日記

この本は数年前に買ったが、目を通しただけで本棚に並んでいた。
何げなく手に取ってみたところ、面白い。
前に読書日記で書いた「迷ったときは運命を信じなさい」に似ている。

ネット書店の「アマゾン」で、この本の基本情報を取ろうとしたら、
この中古本が、何と10倍近くの値段で出ていた。
絶版のため、値段が競りあがっているという。
書き込みと、ページの折込をしてあるので売り出せないが、
そうでなかったら、売りに出したのだが。
(売り手の戦略の可能性もあるが)

それにしても、面白い本である。
特に天才のイメージを借りるテクニックが面白い。
天才の感覚を借りるテクニック(Genius Code)、イメージワークである。。
天才をイメージで呼び出して、その人になりきり、その人の疑似体験をする。
イメージトレーニングを発展させたと言えばわかりやすい。
使いようによっては、かなりパワフルにはたらく。

大まかにいえば、
1.リラックスする
2.モデルとなる師を具体的にイメージの中で描写する
3.着ぐるみの中に入るようにして師匠の背中から中に入り、
 師の焦点と、言葉と、体の使い方を体験する。
 終わった後では、その着ぐるみを脱ぐ。
 というような感じになる。

実際、随想日記を書いて読み直すとき、物書きのイメージで批判的に
自分の文章を読み返すと、いつの間に全く違った添削をしている。

他にもイメージ・ストリーミングが色いろ書いてある。

その一つを紹介すると、
1・エレベータのようなものに乗る。
2・ボタンを押すと、他の星に移動する。
3・そこには、他の星の自分がいて、自分よりはるかに能力がある。
4・その自分と一体になって、ものごとを考える。
  そして何かヒントがでてくるはず。
5・そして元の自分に戻って、そのマシーンにのって帰ってくる。
 まあ、大雑把にいえばこうだ。
 
私が考えた、「三つの部屋の物語」も、これがヒントかも知れないが。

更に、いま一つを紹介しておこう。

夜寝る前に目を閉じて、最も偉大な9人を透明な顧問にして、
彼らと一緒にいると想像する。
彼らは私を楽しい冒険の旅に導いてくれる。
おかげで真実の偉大さに再び深く感謝することができ、創造的な試みに
向けて努力する気持ちと正直な考えを表現する勇気を持つことができる。
自分の好きな9人を選ぶのもよいだろう。
「迷ったときは運命を信じなさい」の、ギリシャ神話の神様と似通っているが。

これらは、私達が持つ大脳の素晴らしい潜在意識のメッセージに
耳をそばだてることである。また違う視点を得ることが可能になる。
大脳皮質とそれが持つアイデアを吸収したイメージを形作ることになる。
そうすることによって、より優れた能力を発達させることが可能になる。

スター・ウォーズに出てくる、フォースをイメージするのも面白い。
フォースは基本的な訓練やテクニカル・スキルをマスターしてみて
初めて得られる威厳ある自由な力
フォースとは、右脳と左脳が完璧に調和したときに同時に
作用したときに得られる解放された力である。
 (フォースー潜在能力から湧き出してくる力)
 
これらのテクニックは幼稚に思えるが、実際は右脳をフルに使うことになる。

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2004年09月15日(水)
1261, 幼児虐待殺人事件

二人の子供を持つ離婚男のアパートに、一つ歳上の学生時代のクラブの先輩が、
やはり二人の子供を連れて転がりこんできた。
と言えば聞こえがよいが、暴走族崩れの成れの果てが、女房に愛想をつかれた結果、
行き着いた事件だ。
クレーマーの極限状態のアパートに、3歳と4歳の男の子が入り込んでくれば
地獄絵の世界になるのは当然だ。その上、家賃と光熱費も全部払っていた上に、
よい部屋もあてがっていたという。本人にとって悪魔が家にやってきたのだろう。
その矛先は、全て転がり込んできた二人の子供の所に集中していって不思議でない。

暴力を振るっていたのは果たして、その父親だけだろうか?
これ以上のことは推測では書けないが。

何処でも起きていそうな悲劇である。
本当に気の毒なのは二人の子供である。
といって、その父親だけを責めることができるだろうか。
自分が、その父親の役・割りになっていたら、同じ事をした可能性がある。
もっとも、そんな馬鹿な役につかないが。

殺された子供の父親も然りである。
他に、頼っていく所が無かったので、虐待をされているのが解っていても
見て見ぬふりをせざるを得なかった。

この世の不条理を絵に描いたような事件である。
元暴走族の無知と垂れあいが招いた惨劇だ。

亡くなった二人の母親の気持ちは?
似たような仲間だったのだろうが。
暴走族の群れは、このような甘さが常にバカの壁として囲んでいる。

哀れな自分が見えないのだ。

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 2003年09月15日(月)
894, 「バカの壁」読書日記ー2

「バカの壁」を常に感じ取っている。
過去を振り返ってみれば、よくわかるはずである。
子供に遡るほど小さな視界の世界ー壁が立ち塞がっている。
その壁を一つずつ乗り越えるのが、人生でもあり成長である。
学生時代、ある友人に「大爺」といわれたことがある。
「地方の固定観念の塊」と「両親からの価値観の殻」を感じ取って
批判したのだ。
学生時代の一番の収穫は、この壁‐殻を可能な限り叩きこわしたことである。
そのためか、地方にいると全く価値観が合いあわない。

 壁は乗り越えれば乗り越えるほど、多くの壁が立ち塞がってくる。
「バカの壁に気がついてくる」といってもよい。
メジャーにはメジャーの壁、マイナーにはマイナーの壁がそれぞれある。
この随想日記も、バカの壁の提示でもある。

 自分の壁を認識するのに、
過去の喜怒哀楽の極みを内省してみるのがよい。
一番、喜んだこと、怒ったこと、悲しかったこと、楽しかったことを
書き出してみることだ。それと好きなことや人、嫌いなことや人を
考えてみることだ。
感動・感激・感謝の極みもそうだ。
それが、その人の限界であり、プラスの意味の壁である。
その壁の上に立って、その向こう側を眺めると、自分が何をすべきかが
見えてくる。バカの壁を一番乗り越えるヒントが見えてくる。

私のバカの壁を乗り越える方法を幾つか書いてみる

ー新しい習慣をプラスしていくことである。
・ウオーキング
・お経ー般若心経
・読書
・本屋と図書館通い
・パソコンー随想日記
・頭の固い人との接触を避ける
・常に新しいこと現象に興味をもつ
・意識して感激・感動の場面に近づく
・秘境旅行に行き続ける

等々を時間をかけて習慣化していくことだ。
チャレンジ・コンペテション・チェンジの繰り返しのサイクルを
維持すること、中村天風のいう「積極一貫」である。
バカほど、こういう本は読まないものだが!
バカとは頭の固い人ーバカの壁がびっしり囲んでいる人のことだ。
  そう貴方、いや自分のことだ。


ーこの本の感想を書いてみると

「内容を理解もせずに、うわべだけを見ただけで知っただけで、
わかっているという思いこんでしまう恐ろしさ」を提示している。
「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」「都会と田舎」
等々は違うとして「二元、論」の考え方で主張している。
現代世界の三分の二が「一元論」者の中で限界がきているとしている。

「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に
経験するのがいい」というのが一つのテーマにもなっている。
「物事は全面的に良いものではなく,良い面と悪い面があるものだ」と捉え,
「一元論」を否定し,「二元論」を提唱しています。

 一般に良いこととされる言葉--たとえば「個性重視」,「効率化」,
「景気回復」「人間性」なども,両面から捉て論じている。

「個性重視」... 個性というが、個性は簡単には捉えることができない
「効率化」..... 人員削減された人を如何考えるか
「景気回復」... 回復の場面で無いのに、無理をしているのでは
「人間性」..... 人間性は、価値観の一つでしかない

「いくら話してもわかってもらえない」
「想いがどうしても伝わらない」
 誰もが味わう苛立ち、不快感。それを解くキーワードは「バカの壁」である。
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもある。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードと断じている。
この壁についてわかると、周辺の話が通じない人の思考が理解できる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じないのかもわかってくる。
誰もがぶつかる人生の問題について、「こんなふうに考えてみては」
と様々な視点を提示したエッセイである。

ー気になった文を抜粋しておきますー

・私はいつも脳について話すんです。
「あんたが100諭∪気靴い隼廚辰討い燭辰董⊃欧討い覺屬亮分の意見が
入っていないだろう。3分の1は違うかもしれない。67佑世茵
あんたが言っていることの100誉気靴い隼廚辰討い襪任靴腓Α
間違えることを考えに入れれば、自分が100誉気靴い隼廚辰討い燭辰
50佑牢岼磴辰討い襦廚箸いΔ海箸任后
バカの壁というのは、ある種一元論に起因するという面があるわけです。
バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。
向こう側が存在していることすらわかってなかったりする。

・安易に「わかる」、「話せばわかる」、「絶対の真理がある」などと
思ってしまう姿勢、そこから一元論に落ちていくのは、すぐです。
一元論にはまれば、強固な壁の中に住むことになります。
それは一見、楽なことです。しかし向こう側のこと、自分と違う立場のこと
は。見えなくなる。とうぜん話は通じなくなるのです。

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『バカの壁』
著者 養老孟司
出版社: 新潮社
(2003/04/10)
☆☆☆☆★

 ー著者からの内容紹介ー
「いくら話してもわかってもらえない」「想いがどうしても伝わらない」
誰もが味わう苛立ち、不快感。それを解くキーワードは「バカの壁」だった!
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもあるはず。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードだ。
この壁についてわかると、身の回りの話が通じない人の思考がわかる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じない
のかもわかってくる。誰もがぶつかる人生の問題について、
「こんなふうに考えてみては」と様々な視点を提示したエッセイ。

ー内容
イタズラ小僧と父親、イスラム原理主義者と米国、若者と老人は、なぜ互いに
話が通じないのか。そこに「バカの壁」が立ちはだかっているからである。
いつの間にか私たちは様々な「壁」に囲まれている。
それを知ることで気が楽になる。世界の見方が分かってくる。
人生でぶつかる諸問題について、「共同体」「無意識」「身体」「個性」「脳」
など、多様な角度から考えるためのヒントを提示する。

ー目次
第1章 「バカの壁」とは何か
第2章 脳の中の係数
第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞
第4章 万物流転、情報不変
第5章 無意識・身体・共同体
第6章 バカの脳
第7章 教育の怪しさ
第8章 一元論を超えて

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2002年09月15日(日)
520, 宇宙について -

宇宙についての知識がこの10~20年で、飛躍的に観測等で伸びた。
以前事業百訓で書いた内容をコピーしておこう。
これを書いてから数年後の7~8年前に、
NHKスペシャルで数回にわたり放送した内容がよかった。
あまりの壮大な内容に驚いた。

地球の特異点はビックバン、ビッククランチ、ブラックホールの3つある。
宇宙は130億年前あたりに大爆発があり時空をつくっていて、
今も膨張している。
最後には限界点まで行くと、収縮をはじめて消滅する。

宇宙にブラックホールが存在して周辺の星などの物質を飲み込んでいる。
それがある一点にむかっていくポイントがビッグクランチという。
あるところまでいくと、反転してビッグバンになる。

この宇宙は、その大きなブラックホールでもあり、
数億のブラックホールを抱えている。
それぞれのブラックホールもその中に宇宙を抱えており、
それぞれがビッグバンとビッグクランチをくり返している。

ある説によるとブラックホール内のビッグクランチが限界に達すると、
違う宇宙に管のようなトンネルを通ってつながっているといわれている。
当時3~4回この再放送を見た為、しっかりと頭に入っている。

当時感じたことは「何だこれは人間の生死と同じではないか」という
妙な気持ちであった。
15年前の文章に比べると、飛躍的な宇宙知識の飛躍でもあった。
あれから7年もっと科学知識は飛躍したはずだ。

TVだからこそ、その高度の内容を理解することが出来たのであって、
本でこれだけの内容の理解は、今の自分では無理だ

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S6209事業百訓 

“宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると−
  我々の宇宙は百二〇〜百五〇億年前にラグビーボール大の素粒子が
   ビック・バン(大爆発)により生じた。
  そのひろがりは(a)二千億の太陽で一つの宇宙(銀河系)を形成 
          (b) その銀河が百億存在しているところまで確認され
  地球誕生は四十六億年前であり、太陽のまわりの細かい隕石がぶつかりあって
  拡大して生じたもの。
  三十億年前に生命が地上に誕生
  数百数万年前、猿が誕生
  五万年前にホモ・サピエンス(今の人類)が出現
  文明は五〜六千年前以前にはじめてうまれた。
  宗教(仏教、キリスト教)がおよそ二千〜二千五百年にうまれ
  現在の地上の人類は60億人であり、過去人類として出現した数は
  およそ6千億人という。
  その人間も五十兆の細胞で構成されており、脳細胞は百三十億である。
  以上の背景を持っておよそ八十年間の寿命を全うする。子供の頃、胸にワッペン、
  片手にお菓子をもって、好きな女の子をおいまわす。
  女の子は大人をまねたママゴト。それを少し拡大した事を一生を通じて、
  何等不思議ともおもわずくり返す。
  
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 2001年9月15日
 [145] 宗教戦争ー4
   
   大事件を当然の上で私の主観を書く!

恐らくアフガン、イラクや??は国の壊滅に近い状態、
そしてイスラエルの過激派の幹部のかなり数が年内に抹殺されるだろう!
いやそれが必然の世界にはいった。虐殺がその連中になされる。
これが宗教戦争だ。その反面今のようなテロが行われるだろう。

しかし、アメリカの全体の力を考えた時、今回の事件は微弱の損害でしかない。
別にアメリカの力の過大評価でない、大儀名分を与えたからには力と力の戦いだ。
気の毒なのはイスラム教徒だ。宗教は民族の魂であると同時に自我でしかないのに。
自我と自我の戦いが始まる。神という名のもとで虐殺が始まる。
う簡単に済む問題でない。
4000(旧約)年対1300年(コーラン)の戦いでもあるからだ。
宗教全面戦争になるのか。

アメリカにとってアラブのメッカが破壊されたようなもの。
驚天動地だろう。何をやりだすかわからない。 
旧約はかなり生々しい、生きた補虜を尻から杭を打ち込むのだ。
最近その遺体がかなりの数発見されたという。それだけ残酷になれるのだ。

宗教戦争は恐ろしい。
今回はイスラム圏にとってあまりにも不利だ。


1625, 戦略的思考について−2

2005年09月14日(水)

アインシュタインは、質問の力について、
「もし自分が殺されそうになって、
助かる方法を考えるのに一時間だけ与えられるとしたら、
最初の55分は適切な質問を探すのに費やすだろう」
と述べている。

それだけ最適な質問には、莫大なエネルギーと力が秘められている。
その事態に対する『隠された質問』を探しだしさえすれば、
問題の殆どを解決したことになる。
それは思考についても同じことがいえる。

問答による思考発展として2500年前のギリシャで、
ソクラテスの対話による教育手法が生まれた。
現在もソクラテスメソッドとして、主流の教育方法になっている。

18世紀にアメリカで大人数の教育が世界に伝わり、ソクラテスメソッドを破壊してしまった。
これは高等教育を普及させるのに役にたったが、個人の教育の立場ではギリシャ以前に
立ち戻ってしまった。
その為に教育とは、生徒に情報ー知識を詰め込むことと考えてしまうようになったが、
教育という言葉の語源の『エデェカーレ』は、本来は‘引き出す’という意味がある。

古代から教育者が、生徒自身から持っている知覚や洞察力を引き出す方法で、
ソクラテスによって名が知れるようになったテクニックである。
先生が鋭い質問を生徒に投げかけ、彼らの持っている知覚を試して、
説明するように仕掛けることである。
これは闊達な対話を通して進められる教育形式である。
はじめに結論を言わないで、対話の中から結論を見出していく。

私が学生時代に武澤ゼミで訓練された
「ケースメソッドーケーススタディ」は正にこれであった。
多彩な事例問題を毎週二回与えられ、それに対して先生とゼミ仲間同士が問答形式
(ソクラテスメソッド)で、ある結論に導いていく方法である。
与えられた(一枚の紙の)ケースに対して、はじめはアトラン. ダムに論じ合い、
最終的には全員で一定の結論を導くという方法である。

その効果は
・不確実性の内容の中で、的確な意思決定ができる
・自由な質問(ソクラテスメソッド)を使い、 
 論理を引き出し問題を明確にしていくプロセスの学習
・ロジック構築のプロセスの学習
 である。

内容が「思考」に偏ってしまったが、戦略についてに戻そう。
戦略は鳥瞰としての絵図である。
その絵図の構図を練ることが戦略思考である。
それも地頭で考えることが戦略思考にとって最も要求される。
戦略とは、限られた資源を集中して最大の効率を図ること。
その為には、時流とその方向を見極めることが求められる。

わたしが最近ゲンキがないのは、
デフレのすざましさを読み違えたことだ。
インフレ脳でしか考えてなかったことか!

戦略思考など偉そうなことは書けない立場のはずだが!
冷静に鳥瞰しなくてはならない時期のおさらいである。

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2004年09月14日(火)
1260, 人生の基礎は10歳までに作られる!

人生は10歳での環境によって、ほぼ既に決まっている。

中学校は選抜される前の最後の場である。
その時の成績が、その後の人生を殆んど決めてしまっている。

以前にも書いたことがあるが、
私の中学の同級では、
一番が慶応大学の教授、
二番が日本レコード協会の専務理事、
三番が自衛隊の幹部である。

反対に、成績が悪い方を見ると、具体的に??書かないほうが良い。
それをより突き詰めてみると、10歳の成績と環境まで遡ることができる。
好奇心と向上心が潜在意識の中に如何育まれていたかである。

子供のころは「退屈をする時間」が有り余っていた。その時間の中
ありあまる好奇心で大人の世界を見たり、子供同士の世界の中で多くの
試行錯誤を繰りかえしていた。
初恋や、新しい遊びの発見、人間関係の駆け引き等々。
また大人の世界を子供の純粋な目でチャンと捉えていた。

ここで親が、その自由な時間を奪い取ったり、口出しをしたら、無気力な
指示待ちの基礎が出来てしまう。

もう一つのチャンスは、大学時代である。
嫌になるほどの、自由な退屈な時間と、有り余った時間の中で、自分の人生の
「予行練習」と、「人生計画」を練り上げる。
多くの分野の本を読んだり、多くの人と出会い議論するのは、その知識を得る為である。

クラブ、寮、ゼミの先輩、教授から、その準備期間に如何に多く教え頂くかで
決まってくる。
その時に、如何に準備に集中したかで長い人生が決まってしまう。
「べき時に、べき事を、べくすべき」ということだ。
10歳までは親の責任である。
好奇心と、自主性と、やる気を壊さないように導き出してやれるかだ。

しかし,それだけでないのが人生だからこそ面白い。
反面教師として、それをのりこえる場合も往々にしてあるから。
いや無いか!


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2003年09月14日(日)
893, 「バカの壁」ー読書日記−1

 以前から気になっていた本だが、ついに買った。
この人の本を多く読んでいたので、立ち読み程度でよいと思っていた。
しかし金を出して、手にとって読むと真剣度と理解度が全く違う。

人間は、本気になって知ったこと以外「バカの壁」に囲まれている存在である。
教養とはその「バカの壁」をいかに多く取り除いた状態の程度といってよい。
といってその壁は取り除けば取り除くほど、更に自分を取り囲んでいる多くの壁に
気がつく。

 この本では、「詳細を知らず、かつ知ろうともせずに上辺だけを見みて、
わかっていると思いこんでしまうことの恐ろしさ」を指摘している。
「わかっている」という思い込みの怖さである。
「人間は全てそんなものだが」と書いた後、そこで「人間を解っているつもりの
自分の壁」に気付いて驚くことが度々ある。
小さい世界から一歩も外に出たことのない住人は、この壁が頑強に
取り囲んでいる世界が全てである。その壁に囲まれている自覚すらないから
更に恐ろしい。そういう壁が全ての人に存在している。

 「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」
「都会と田舎」等々は、違うものであるという「二元論」の重要性を説いている。
「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に
経験するのがいい」というのがテーマでもある。

 一般に良いこととされる言葉--
 たとえば「個性重視」,「効率化」,
 「景気回復」「人間性」なども,考えるとそうである。
「個性重視」... これは最近あまりいわなくなったが、我がままの人間とどこで
        線を引くのか
「効率化」..... 仲良しクラブも良いところがある?のではないか
「景気回復」... ハイパーインフレになっても良いから目先の阿波踊りが良いのか
        ー景気回復が本当に良いのか
「人間性」..... いい訳に使う言葉に最適である

「物事は全面的に良いものではなく,良い面と悪い面があるものだ」と、
「一元論」を否定し,「二元論」を示唆している。
話せば分かる,という世の中にするためには,多くの人が「一元論」の考え
方から脱却し,「二元論」を受け入れることが必要としている。

・「いくら話してもわかってもらえない」
・「想いがどうしても伝わらない」
 誰もが味わう苛立ち、不快感。
それを解くキーワードは「バカの壁」である。
それぞれの固定観念ー常識こそ「バカの壁」ともいえる。
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもある。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードである。
他人の壁はよく見えるような気がするが、実際見ているのは自分自身の壁の
場合が多い。

 この壁についてわかると、身の回りの話が通じない人の思考がわかる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じないのかも
わかってくる。誰もがぶつかる人生の問題について、「こんなふうに考えてみては」
と様々な視点を提示している。
「相互理解」という言葉も考えてみれば、「相互誤解」と皮一重ということである。
                         −続く
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
 
 2002/09/14
眠れない夜に

 眠れない夜にどういうわけか、こうすると不思議によく眠れる。
・仰向けになり全身の力を抜く。

・頭から額にかけて力を抜くー次に目とその奥、鼻と口、
 首と肩、両手、両足と気持ちをその都度そこに集中して力を抜いていく。
 そうすると、自然に寝ていても何処かに力みが入っているのが分かる。

・完全に力が抜けた状態で、一番楽しかったことを考える。
 私の場合海外旅行の大体3番目のあたりで睡眠に入る。 
 それでも眠れないで、過去に行った全ての「思い出し旅行」
 に3時間かけたことがあるが。それはそれで楽しい時間であった。

・眠れないときは寝ようと考えず、眠れない状態で自然に任せることだ。
 それでも眠れないのが不眠症だろうが。
 月に一度位は、夜半に目が覚め寝つけなかったりする。
 でも苦にはならない。ポイントはマイナス思考の差し込む魔の時間に
 しないことだ。
 これは注意していれば防げるのが不思議だ、訓練の結果だが。

・羊の数を数えるとよいという説があるが、私の場合逆に疲れてしまう。
 何かの本に面白い内容があった。
 「アメリカの西部の砂漠の深い渓谷をイメージする。自分はインデアンの
 イメージで、騎兵隊の待ち受けている。彼らは狭い渓谷に入ってきた。
 その一人一人を狙い撃ちをする。一人一人が自分の銃で撃たれて死んでいく。
 彼らはそれでも何処に潜んでいるのか、いくらでもいるのだ。
 それでも執拗に一人一人を撃ち続ける。眠りに入るまで。」

これをやるチャンスはまだないが、何か寝てしまいそうな感じだ。
寝付きのよいほうだが、不眠症の人の焦りも解る。
不眠症の原因は、寝れない時間の過ごし方が下手ではないか?
その時間を空想や過去の楽しい思い出を楽しめばと思うのも、
当人でないからだ。

・・・・・・・・・

2001/09/14
宗教戦争−3

[姉のメールに是非見てみろとホームページのアドレスが載ってました。
今回の事件の写真が載ってます。 http://www.tch.org/~russb/wtc/ ]

初めてエジプトに行った時の事を忘れられない。
深夜にカイロに着き、ホテルで寝入った瞬間妙な音で目が覚めた。
丁度ラマダンの期間で早朝より街中コーランの祈りの声が流されるのだ。
何か異様な世界にきてしまったと感じた、強行軍で数時間の眠りの後直ぐ朝食。
レストランに行くと、ボーイ意がラマダンの為か苛苛していて皿を投げつけるように置くのだ。
バスに乗ったと同時に若い女性の日本の現地ガイドが曰く
「この国に来たら、キリスト文明の感覚を全部すてて下さい。
ここはイスラムの世界ですから。腹を立てるだけ無駄な事、車に轢かれたら、
轢かれたほうが悪いというのがこの国の常識。私もこの国に来た初日にひき逃げを見て
動転した。土産物屋やほぼ釣りは誤魔化す、文句をいって取り返さない方が悪いという国です
から。はやく慣れてください。」
なるほどとそこで身構えた。しかし何回もそれをやられていると、
怒りを抑えられなくなるほど露骨であった。

その中で逆に、いつの間にアメリカ文明にドップリ漬かっていることにきずいた。
ラマダンー断食ーの時期とはいえ街中、ある時間になるとあちこちで全員が頭をひれ伏している
のは、日本人には全く考えられない姿であった。都合のいい事、悪い事総て‘アラーの神の
思し召し’それで済むのだ。全員でアラーといっていればそれは気分はいいだろう。

メッカでの数十万のイスラム教徒が一同に集まり祈る姿は、TVで見ても感激する。
それを信じて、共同意識で祈ったら恍惚になるだろう。
このイスラムの神ラージXとユダヤとキリスト教のラージXが同じだから始末が悪い。
イスラエル人のラージXをマタイがローマ人や女性に解放してキリスト教をつくり、
マホメットがアラブ人に解放してイスラム教をつくった。

ユダヤ教対アラブの戦いが旧約聖書(かなり大雑把だが)新約聖書対コーランの闘いに
なったのだ。
西欧社会の正義とアラブ社会の正義は全く違うのだ。
今まではイスラエル対アラブ諸国の図式が欧米対イスラムの闘いにに換ってくる

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H0805エジプト、トルコ感激の旅  エジプト編 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。

まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。日本ではまだ縄文の時代、
これを造りあげた高度の技術があったのだ。

そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの
熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス鏡い覆匹硫Δ篆世料の数々、
今まで何度か海外旅行をしていながら、何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?
と考えてしまったほどだ。
 
次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、
かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも
入ってみた。
 
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と
そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も
印象的であった。
 
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス凝の巨大な立像も実際
そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という小さな帆かけ舟の
夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという
“四千年が諸君を見下ろしている!”というまさに異様なイスラム社会が
大きなカルチャーショックになった。

丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化去れているのが逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。

我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。

カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。

まだ今にも起きあがりそうなラムネス兇鬚呂犬瓩箸垢訖堯垢離潺ぅ蕕眇千年をこえて
不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった


1624, あるラーメン屋での、とある話

2005年09月13日(火)

十年ほど前に、
家内が友人から聞いた内容だが、今でも鮮明に記憶している。
どこでもあるような何げない話だが印象深い。

ー家内の友人がラーメン屋に入ってすぐに、
貧乏学生風の男が一人入ってきて、ライスの大盛りだけを注文した。
ライスだけなので、すぐに運ばれてきた。
すると、やおらラー油と醤油をライスの上に振りかけて
無我夢中で美味しそうに食べ始めたという。
そして食べ終えてお金を払って無言のまま出て行った。
その間、食堂にいた総ての人が一切食べていたものを口にせず、
呆気にとられて見ていたというー

たったこれだけの話だ。
が、どういう訳か?その場面が目に浮かぶように憶えている。
さすがに学生時代に、その経験はなかったが。
しかし何処でもありそうな内容である。

本人も、これだけ美味しいご飯は一生に一度?
ではなかったのではないか。
どんなご馳走より、美味かったはずだ!

そういえば下の子供が、ご飯そのものが大好きで、
新米の時期にオカズも無しに「美味い美味い!」と
食べていていたが。

去年のこと、駅前でホームレスがベンチで駅弁を一人で食べていた。
その隣のベンチでひとり座っていたやはりホームレスが生唾を飲んで
羨ましそうに見ていた。それを横目に見ながらワザト勝ち誇ったように
食べている姿が、人間の原点を見るようであった。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月13日(月)
1259, 「裏帳簿のススメ」ー読書日記 

  ー 岡本 吏郎 (著)
     出版社: アスコム

この裏帳簿の意味は、けっして危ない脱税の裏帳簿ということでなく、
「役員賞与を目いっぱい取って、生活費の差額を別通帳にプール
しておく、戦略的予備費のつくり方」、要するに「副帳簿を作っておくべし!」
という内容である。

我々中小企業の経営者は、こういう戦略的予備費を持つという考え方は持って
いないで、日々の資金繰りに追われているのが大部分である。

前書の「会社にお金が残らない本当の理由」では、
・裏帳簿は絶対必要!その理由と作り方
・決算書の数字はまったく意味がない理由
・経営をするうえで知らない人が多い、たった一つの数字ー本当の数字
・これに逆らったら、お金は貯まらない「ビジネス万有引力の法則」
・間違った節約、正しい節約
・会社が稼いだお金の本当の価値
・資本主義の正体を知れば行動も変わる
などを書いているが、

「会社を経営しようというなら、一億の金を
個人名義で持っていろ!」と暗示している。

今度の本では、その技術論であるが、さしたて突っ込んだ内容ではないが。

経営の目的は「有利なポジショニングにつくこと」と看破、
その為には、「戦略的予備費としての合法的裏通帳を用意しておくべし」
が要旨である。
デフレと恐慌に近い経済環境の中で、利益を確保することすら
難しくなってきている。

戦略的予備費を如何して確保するかは長期スパンの結果である。
「今日明日どう生存するか」が中小企業の90佑量簑蠹世任△襪里法
何を今さらという感がする。
しかし、そうだとしてもやはり読むべき価値はある。

「税務会計からみた中小企業戦略経営論」としてみると面白いが。

以前書いた前著についてをコピーしておきます。

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2004/01/17
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 −1

ー読書日記

 紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。
タイトルは−93・7佑硫饉劼10年以内に潰れるー攻めるだけでは
会社は10年続かないーである。

「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。
「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。
そもそも、現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。
総世帯4700万ですから全体の2.3佑任后
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。
でも、実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。
資金繰りに追われているところが大半です。
何故こうなったのでしょうか?
それはほんのチョッとした差から生じています。
そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。
・・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。
ーとのっけから読み手を引きつけていく。

 印象に残ったところを抜粋してみると
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。
 「取りやすいところからとる!」が結論である。
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。
 その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。
 税理士や会計士は無知もいいところ。
 ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。
 設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
 その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、
 税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。
 ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。
 一般常識の世界で生きているからだ。
 ロータリークラブとか・・・
 それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20諭⊆勸30諭
 但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。
 内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。
 リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。

 ー以上が印象に残った内容だ。

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2003年09月13日(土)
892, 危険物取扱主任者講習会

 先日の午前中「危険物取扱主任者」の3年に一度の法定で義務付けられた
講習会に出席してきた。
主に、ガソリンスタンドやタンクローリーや、大型ビルや、ホテルなどの
軽油や重油を扱う設備をおく事業所に一人は必要な資格である。
この資格を取るには結構、試験が難しい?
一日4時間、2週間は集中しなくてはならない。
参考のために、宅建は夜間の講習会に5ヶ月通って、更に家で3時間平均
集中して勉強して、合否確率は50佑任△襦

 この講習会の参加は7回目になる。
これに宅建の講習会が数年に一度あるから、大変といえば大変だ。
今回の場所は三条の地場産業振興会館であった。
第三セクターの豪華な、しかし有っても無くてもどうでもよい箱物である。
5百人は入る大会議場で、空気と温度は最適に保たれていた。
そのせいか、ほとんどの人が講師の話を真剣に聞いていた。
いつもは三分の一は寝ている人がいるのだが。
帝国ホテルやパレスホテルの会場より快適なのだ。
こんなものは、新潟県に一つや二つでよいはずだ。どうなっているのか?
これも補助金ばら撒きの箱物の典型だろう。
 
 ホテルの場合は、全くといってよいほど注意することが無いので
寝ていてよいのだが、ガソリンスタンドの従事者の場合そうはいかない。
何事もそうだが、関係ない話でも真剣に聞いていると結構面白い。
あれだけ硬い内容にかかわらずでだ。
「何事も楽しんでやれ」と、思って聞いたからだろう。

 危険物を扱っている事業所は年々減っているようだ。
ガソリンスタンドの廃業が増えているためだ。
それに比べて事故は年々増えているという。
何処も経費節減のため、人手が足りず事故につながっているという。
「何処も同じ秋の空」ということだ。

硬い内容だったので、駄洒落を一つ 
 ー空から鳥が落ちてきた・・・コトリ
 
 これじゃつまらないなら、
 私の創作連想駄洒落
 
 ー空から人が落ちてきた ひとい
 
 つまらない?それじゃ
 ー空からストーカーが落ちてきた 人〜か
 もっとつまらない? いい歳をして!
   朝っぱらから

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2002/09/13
勉強方ー速読法−2

10年近く前までは、構造やキーワードなど二の次にして、
初めのページから読んでいた。
そして本は汚さないようにして、古本屋に売る気もないのに!
本棚は途中で投げ出した本の山であった。

月に2〜3冊を買ってきて、半分ぐらい読んで投げ出し、
ただ読んだという満足感で終わっていた。
読み返しも大してしなかった。

大きい転機は近くに地方にしては大型の図書館が出来たことだ。
読みたい本が山ほどあった。
借りてきて少し読んで1〜2週間で返した。
そして再び借りる。通って借りているうちにとりあえず目次と
前書き、後書きを読むようになった。

そして2年前より借りられる量が5冊から10冊に増えた。
ポイントはギリギリ借りて、居間のTVの横に積み上げておく事である。
2年前に速読法に興味を持った、必然である。
丁度図書館に5〜6冊あったのだ。
それが前回書いた概容である。

10年前からみれば、10倍以上の速度と量になっている。

随想日記を含めたホームページを開いてからは、
書き出す量が10倍いや20倍以上になった。
やはり、第三者にさらけ出すということ大事だ。
アウトプットがあればインプットの力も強くなる。
そういう意味で物書きは、長い時間の中で膨大の循環がなされている。
生活とプライドをかけて書いているから、当然に違うわけだ!

インプットとアウトプット力は数十倍になった。
といっても、あくまで10年前の自分との比較だが、
ブラックボックスとしての自身の処理能力の革新である。

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2001/09/13
[143] 宗教戦争ー2
この事件はキューバ危機・ケネデ−暗殺・ソ連崩壊に位置ずけられる
とんでもないテロである。

元大蔵省の榊原某と寺島実郎が言っていたのが一番本当だろう。
「恐慌とか株価が云云とかのレベルでない、
とんでもない広がりの宗教戦争の本格的な始まりといってよい。」

世界中が今かたずをのんで、成り行きを見ている。
株価の相場にしてみると、2000円の下げに値する出来事だ。

そうなると!もう違う頭の切り替えをしなくては。
‘9月11日の前と後’というくらいの段差が出てくるだろう。
「彼らは世界恐慌を狙った!」と寺島実郎が言っていたが、
戦略的に見るとふかい狙いだ。

我々の日常に関係ないといっていられない事態でもある。
日本ももちろん巻き込まれるだろう。

ハイジャックの飛行機を4機同時に突っ込むなんて、
考えられない事をするのが宗教の恐ろしさだ。

旧約聖書の世界に入りつつある。
 
「イスラム対ユダヤ・キリスト宗教の宗教戦争の参考の為
以前書いた文をコピーしていく」

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ーH1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。
四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。

現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。
関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。

旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

印象の強い順に列記してみると、

まずは何といってもエレサレムである。
イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。

この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。

イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。

イスラム教の重要な寺院=岩のド−ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。

そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。

そして帰路にたちよったベトウィンの部落。
そして、そこで飲んだ紅茶。

“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、
キリストが死んだ四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員の
ユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。

−イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が
でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。

あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で一大転機
の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】

この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。

六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。

男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、
国を守る為のものというのがはっきりしているからである。

今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
[1999.4.14〜4.24 -ryokou ]



1623, 自民党大勝

2005年09月12日(月)

予測どおり自民党が歴史的大勝をした。
反面、民主党が惨敗である。
これで自民・公明で三分の二を占め、郵政改革案は確実に成立することになった。

自民党の郵政反対派が34人のうち18人も当選したのが意外である。
三分の一になると思っていた。
綿貫と亀井が当選したのも、地方の民度の低さをそのまま現していた。
この二人は落とさなくてはならなかったが。

これで、参院が法案を否決をすると面白くなってくる。
参院の存在そのものが、無用になっているのは誰の目にも明らか。
コントロール機関であるべき存在が、害悪そのものでしかない。
二院制度は激変の時代には、時間がかかりすぎである。

何回もここで書いているが、郵便局の存在価値が全く無くなってしまった。
それを国民が知っている。
宅配便と郵便局のバイクのオジサン、
どちらが合理的で社会の役に立っているか、誰の目にも明らかである。
『くちなしの花』の、「ゆうびんや(指輪)も まわるほど、・・・」ではないが、
もう歌謡曲の世界の存在でしかない。歌謡曲は必要だが、郵便局は不要である。
それを誰も声高々に言えないことが、この事態を生み出してしまった。
今回の判断は当然の結果である。

思い切った国家リストラをしろ!という国民の声である。
ただ自民党の体質がそれを許すかどうかは、大いに疑問がある。

小選挙区制度のあるべき選挙の姿が現れた選挙であった。
それにしても、ここまで大勝するとは思っていなかった。
二大政党から、自民圧倒の「一大政党」の時代になってしまった。
時代は大きく変わる。

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2004年09月12日(日) 1258, 人生のセイムスケールとは?

最近、個人のホームページが、注目を始めているという。
趣味を写真や文章で、個人のホームページに表現し始めてきた。
このHPもそうだ。10年も経てば、(あくまでも私にとってだが)
膨大な資料館になる。自分の情報基地を個々人が持ち始めて、ここにきて
時間と供にカタチになり始めてきた。

ネットウエーブをしていると、最近思わず唸るような
ものに多く行き会う。

ほぼ毎日、新聞の死亡欄を見ているが、自分の年齢の前後から下を見て、
その数を数えている。
今日は一人もいないとか、5人とか。
大体15佑任△襦
歳を重ねると間違いなく、その比率がドンドンあがっていく。

山田風太郎の『人間臨終図鑑』に、年齢別に亡くなった有名人と行蔵が分類してある。
山田風太郎が既に先陣をつけていたことを知らないで、2001年7月9日から
実行していた人がいた。
途中で風太郎の『人間臨終図鑑』に気がついて、その時から勝手に二代目・風太郎として、
その遺志を継いで、その後、こつこつと書き溜めて1200人以上になろうとしている。
この人の趣味のようだが、そのプロセスで多くの人の行蔵と魂を知ることが
可能になる。実際始めたら病みつきになるだろう。

サロンに、このホームページのアドレスをコピーしておきます。
とにかく面白い。
自分と同じ年齢をクリックすると、その歳で亡くなった人が出てくる。
何か自分が情けなくなる感が、しないでもないが。

この作業は、膨大な時間とエネルギーを使う作業だ。
好きでないと出来ない。

この人の最後の文章がよい
ー「大きな物語」の喪失した現在、「小さな物語」の集積とネットワークによる
「終わりのない人生の森の物語」は、どこへ向かうのだろうか。ボクにはわからない。
ただ言えることは、この「おつとめ」をするためにボクは今生きている。

ーーー

ーセイムスケール(空間のセイムスケール)

建築の世界では、新しい建物を計画する際、よく知られた古今東西の建物の平面図や
立面図を同じサイズ、スケール(縮尺)で並べて空間の大きさや高さ、
そしてコンセプトを比較するセイム スケールというプレゼンテーションの方法がある。

ボクも処女作「仙録苑」が竣工したとき、その処女作とサンピエトロ寺院や
コルビジェのサヴォア邸など古今東西の名建築とのセイムスケールのドローイングを
記念に作成した(図-1)。これから建築の世界で生きていく宣言でもあった。
25歳の時である。

空間のセイムスケールを最初に作ったのは誰だろう? 日建設計の林昌二さんに
聞いてみよう。

ー人生のセイムスケール(時間のセイムスケール)
それなら時間のセイムスケールを作ってみようと考えた。人生のセイムスケールで
ある。時、あたかも2001年7月9日。

古今東西・老若男女の「存在と精神の系譜」を編年体でも、アイウエオ順でも、
概念別でも、分野別でも、地域別でもなく、かといっれ恣意的な序列や順序、
ランキング形式でもない、この世に存在した生涯日数のみで再配置してみる
というもの。それにによって絶対的歴史年やジャンルの枠を飛び越える。

当初、人生の生存期間(享年/行年)によるこの分類は、不遜にも世界初のものだと
思って自負していた。

しかし、作業を進めて半年後、山田風太郎の『人間臨終図鑑I, II, III』
(徳間文庫)に出会ってしまった(図-2)。
愕然とした、すでにやられてしまっているのである。
臨終場面においては、先人の名著に敵うものではない。
この日を以て山田風太郎の信者となった。

勝手に二代目・風太郎として、その遺志を継ぐことにした。
できうる限り、即物的にデータベースとして使えるよう二代目は方向転換。
「一千一人物語」を目指すことにあいなった。

さりとて、人名辞典を作りたいのではない、「存在と精神の箱」を作りたいのです。
この「人生のセイムスケール」はジョゼフ・コーネルのように実は「箱」を作って
いるのです。それは「私書箱」であり「死所箱」とでも云ってもいいかもしれない。

「1000人供養」のつもりで写経をするようにコツコツ作業を初めて1年半、
2004年元旦にはいつの間にか1191人に達していた。
次は「三千世界」(三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい )に向かうことに
なってしまった。
かわりに、死ぬまでつぶせる最高の「おつとめ」を手にすることになった。
ライフワークである(ボクが死んだら誰か後を継いでくれないかなぁ)。

「大きな物語」の喪失した現在、「小さな物語」の集積とネットワークによる
「終わりのない人生の森の物語」は、どこへ向かうのだろうか。ボクにはわからない。
ただ言えることは、この「おつとめ」をするためにボクは今生きている。

 
http://www009.upp.so-net.ne.jp/artrandom/samescale/index.html

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2003年09月12日(金)
891, 9・11に思う

アメリカの9.11テロから2年が経つ。
この日を境に世界が変わった。
アメリカにとって、テロとの全面戦争に入った。
無条件に「テロ容認国家とテロ集団を破綻させる戦い」に全てのエネルギー
を注ぎ込む決意をしたのだ。100年戦争の突入である。
まずはアフガニスタン、そしてイラクである。
いまイラクの戦後処理に手こずっているというが、そんなもの当初からの
予定の範囲でしかない。

 次は北朝鮮、そして中国。
ロシア?とは取引済みのことは当然。
表面はポーズで和平交渉をしているが、戦争をするための一里塚でしかない。
まずは、兵糧攻めを徹底的し、戦争をせざるを得ない状態まで追い込む。
そして、戦争は至極当然に始まるだろう。
その間にある日本は一番の標的になることは間違いはない。

 私の9.11の出来事があった。
丁度その時、私が居間のTVの前でうたた寝をして、寝室に行こうと
していた時であった。就職をしたばかりの下の子供が帰省中であった。
寝室のTVで二人はその事件があったことを知っていたが、居間で私とチェンジの
タイミング、歴史的事件と解っていながら無視をして黙っていた。
寝室から開放されて、居間にきたのに今更呼ぶことがないと。
翌日、初めてその事件を知ったが、二人はそんなことは全く知らぬ顔。
たまに帰ってきた子供と家内に怒ることも出来ない。
これが私の9.11であり、家内の私に対する可愛いテロ?である!

 テロの後の一ヶ月は、ライブで見たか見ないかが話題の中心であった。
ライブで見たという話を聞くたび腹がたった。
多くの人が見ていたのには驚ろいた。
今でも9.11になると腹が立つ。
昨夜その話をすると、「『ありがとう』を回数いっている割にくだらない事に
拘っているのね」と軽くいなされてしまった。
まあいいか。

 --今日から、一年前と二年前の同日の随想日記をコピーします。
暇だったら、読んでください。
三年日記帳のつもりで読み返す習慣をつけるためです。

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2002/09/12
勉強方ー速読法

昨年から今年の前半は、ホームページ立ち上げとその為の
パソコンの勉強であった。

今年の前半からは、「読書法と文章作法を中心とした勉強法」
に集中した。
特に読書法の方法論が目から鱗という内容が多く、じっくり
身に付けるというより、いろいろな方法論の知識に気がいった。

しかし読めば読むほど、それだけ吸収力が確実につく!!
更に集中力とポイントの把握が飛躍的に付いた。
空の上から下の動物の群れをみる鷲のような感覚が強くなった。

共通の内容は大体がこんなものだ

・まずは前書き、後書き、目次を集中して読んで骨格を把握。
 −これは10年以上前から実施していたが。
・キーワードをさがす。
・図や箇条書きや太字のところを読む。
・それが終わったら最後の章からポイントを探しながら、
 一とおり流し読みをする。
・常に目次をベース基地にして各論を読む。
・旅としての読書か、旅行としての読書かハッキリ分ける。
 (読書そのものを楽しむのかーA、知識を多く得たいのかーB)
 両者の速読の仕方がまったく違う。
 前者ープロセスを楽しむにも早読法がある。

次がこの1年間に仕入れたポイントである
・目をスキャンに例えて、
  一ページをなぞる、
  そして半ページをなぞる、
  4~5行の段落でなぞってから
  2~3行ずつ飛ばし読みをする。ーー A、B両方可能
・とにかくページをパラパラと何回も目を通す。  ーーB
 目から脳に多くの情報が無意識で取り込まれるという。
・間違っても、初めから終わりまでまともに読もうとしない。ーーB
 楽しみとしての読書は別。
・段落の初めの2~3行を読んだあとは、流し読みをする。 
 ー大体が10~20行で段落になっており、一目で塊りは分かる。
 その一割の2〜3行に大部分の情報が載っていることが多い。−−B

自分で発見した方法は
・折込をいれる。ー前書き、目次、後書き、項目、図、まとめ
 箇条書きに。大項目ほど折込を大きくする。
・マーカーを引くより、ポストイットを縦に半分にきり、その部分の上に
 貼り込む。
・とにかく繰り返して読む。ー一冊に重要なポイントは少ないと
 割り切ってしまう。 
 −本より3~4つの最重要の部分のつまみ食いで十分と割り切る。

実際のところ本はまだまだ情報化とはいえ、まだまだ一番の情報の宝庫だ。
また合理的手段である。

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2001/09/12
[142] 宗教戦争

今朝おきて初めてアメリカのテロのニュースを知る。

・株を持っていなくってよかった!
・次に全面宗教戦争の可能性!
・そして恐慌の引き金にならなければよいが!
まずそう思った。

3日前の日曜日TV映画で、イスラム系アラブ人によるニューヨークの
ある地区の無差別テロの「マーシャル・ロー」というのを見たばかり。
さすがアメリカ映画と思ってみていた。それは劇場公共の場を狙った
無差別テロで、今回のテロに酷似していた。
かなり迫力のある内容であった。

その桁違いの内容が現実に起きようとは思っていなかった。
21C最大のニュースと解説が言っていた。
厳重な警戒態勢の中で行われたのが重大だ。
今日から、戦争・恐慌も含め何が起こっても不思議でない。
数万でなく、数百万単位の死者の起きる戦争になる可能性がある。

恐ろしい事件だ。




1622, 戦略的思考について

2005年09月11日(日)

「戦略」については、書いたことがあったが・・・。
不況の真っ只中に、それに対して戦略的な手をうってきたのかというと、
問題がある現在?あまり偉そうなことも書けないが。
まあ、いいだろう!理屈は理屈である。

戦略的思考とは、
「自分に対する質問と、その答え」であり、
その飽くなき繰り返しの中での練り上げのプロセスをいう。
質問に、その大きな要素が含まれている。

ー私の手帳に「戦略的質問」が、ポストイットに書いて貼ってある。
(どの本から書き抜いたか憶えていないが、恐らくドラッガーだろう)

・現在おかれている事態は何だろうか?
  -What
・それは何故そうなったのですか?
 −Why
・現在うっている手は、本当によいのだろうか?

・そのためには何故を何回質問しましたか?
 ー最低5回繰り返しまたか?

・それは、『自分の強み』を生かしたものですか?
 −その自分の強みとは何ですか?
・今後、どうなっていくのですか?
 −
以上であるが、なかなか良い含蓄のある内容である。
貼ってから、みて自分で自問自答したかといえば、ほぼしていないが。
「自分のおかれている事態は何だろう?」という質問を考えてみると、
全てに、根本問題が噴出してくる。
この歳になれば、誰も似たりよったりだろうが。
そして、この問題の答えがそう簡単に見つかるわけがない。
問題に対して『正中心一点無』なって自問自答を、し続けるしかない。

                      ーつづく
以前書いた『戦略について』をコピーしておきます。
 ーーー

「戦略について 」
ー少し難しい問題を定義してみる
 しかし一番大事な問題である。


・時代の流れを認識して
・限定された資源を
・自己の強みを認識して
・集中して投下を決めるー選択

その為に
・戦略を良質な情報に触れて、じっくり考える事。
 決済、権限を委譲する事。
・戦略を考える基本は他人と違う事,自己の強みに集中する事。。
・旧習を壊す事
・戦略を考えることに集中する事。
・ひたすら、1人で考える事。

戦略とは  −キーワード

・長期的ー継続し続ける
・革新的−革新の継続
・集中的ー革新ポイントへ集中し
・統合的ー集中のために要素を揃える


ペガサスクラブの4C主義も同じ
 チャンス     ー機会の開発
 チャレンジ    ー挑戦
 コンペテテーションー闘い
 チェンジ     −変化し続ける

 その為には
 4S主義をとる
 スペシャリゼーション  −特殊化
 シンプリフィケーション −単純化
 スタンダデゼーション  ー標準化
 セグメンテーション   ー限定化

人生もまったく同じである。

・自分の持っている材料から、自分の課題とチャンスをさがす。
・その中から課題と最重要な重点課題を見つける
・そこより戦略を構築ー自動的に戦術を具体的に見つける
・実施をするー習慣化をする。
・継続して執拗に

この結果がライフワークの構築となる。

今朝家内から聞いた話、
 −自分の知人の知り合いが定年になり、家にいるが何もしないという。
 犬の散歩とTVゲーム以外に。
 私の答えーその人実は何もできないんじゃないか? 
 家内ー実は私も同じ意見なの。
 私ー指示待ちで、誰も指示してくれないだけじゃないか?   

私ならー年単位、月単位、週単位、日単位で日程を立てる。
中心は週単位を最重要にする。
その計画に考えて考えて考え抜く。
これが戦略である。その為に本屋と図書館に通う。
時には東京の神田の本屋を回る。
そしてパソコン教室に行き、
インターネットのやり方とホームページの作り方を勉強する。
幾らでもあるが。
まあいいか、人は人の生き方があるだろうから。

理屈の割りに大した人生でなかった?そういえばそうだ!

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2004年09月11日(土)
1257, オーストリア旅行記ー4

パプスブルク家の人たちのことを書いてみる。

パプルブルク家は、オーストリアを統治した640年の間、多くの人たちで
時代時代を彩った。日本の徳川幕府の二倍の間、よく続いたものだ。

主な名前をあげてみると

・パプスブルク家の基礎を固めた「ルドルフ1世」−13世紀
・プラハの王城で閉塞して芸術を愛でた「ルドルフ2世」−16世紀半ば
・近代オーストリアの基礎を作った辣腕女帝の「マリア・テレジア」−18世半ば
・実質最後の皇帝「フランツ・ヨーゼフ1世」
・ヨーゼフ皇帝の皇后で、悲劇と美貌の伝説をうんだ「エリザベート」
 などをあげる事ができるが、

マリー・アントワネットの母でもあるマリア・テレジアと、
エリザベートをあげてみる。

ーまずは、エリーザ・べト。

19世紀の欧州で最も美しいと称えられ、「シシィ」の愛称でも知られた。
彼女のことをロシアの提督は
「すべての士官は老いも若きも皆、エリザベートに恋をしてしまった。
比類なき美しさと、近寄りがたい品格を持ち、いかなる時も皇妃としての
威厳を備えている」と述べたという。

彼女はたとえ礼儀作法を習わなくとも、品格を生まれつきもっていた。
エリーザ・ベトは子供の頃から、芸術に関心を持ち、絵画や語学、作詞などに
才能をしめした。
しかし誰もが羨むような皇妃として生活は、幸せではなかった。

愛する子供達は、生まれると同時に姑である大公妃ゾフィに取りあがられ、
一日に一時間、監視付にしか会わせてもらえなかった。
そして、その姑の溝はますます大きくなり、自分の中に閉じこもるようになり、
乗馬や作詞などにのめり込んでいった。
その中で、彼女がとりわけ愛したのは旅であった。

彼女は自分の美をも深く愛し、時には栄養失調になるほど食事制限をした。

そのような生活の中に、突然不幸がおこった。
息子の皇太子のルドルフが若き男爵令嬢と心中事件をおこして、自らの
命を絶ってしまった。この時から、彼女は公式の時だけでなく、常に喪服を
着るようになる。そして、あてども無い旅がより頻繁になる。


しかし62歳になった年に、彼女はあっさり暗殺されて劇的な生涯が
閉じられてしまう。

王宮には二人のヨーゼフ1世とエリザベートの肖像画が大サロンに飾られてあった。
そこは、永遠な二人の魂が漂っているようであった。

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2003年09月11日(木)
890, バックナンバー 4

 最近の傾向として、読書日記と映画日記が多く占めるようになっている。
ネタがなくなると、図書館や本屋で「何か読書日記として書くに適当な本」
を探している自分に気が付くことが度々である。

 一瞬で消え去る考えや気持ちを( ..)φメモにする習慣を身に付けた効果も大きい。
旅行先で撮る写真に似ている。
またバックナンバーのテーマを見ているだけで、内容の80佑鮖廚そ个后
これは非常にプラスに働く。忘れている場合は内容を読み返す。
特に読書日記を読み返すことが多い。そのプロセスが復習や思考にもなる。
その結果として知識から知恵へ転換を促すこともある。

 自分の得た情報や知恵を、そのまま公開していると、仏教の「与」という
意味が実感できる。与えると与えた対象と「〜と」になる、という。
別に与えている訳でないが、公開することにより「〜と」になっている部分
がある。多くの人に与えれば多くの人「と」つながることになる。
多くのものを与えれば、更に多くのものを逆に得ることができる。
仏教の真髄である。
人生を長く生きれば生きるほど、体験上その意味が解ってくる。

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2002年09月11日(水)
516,デフレと流通大乱

夏季の土日・祭日の午後の散歩はダイエーに行く。
店内を3〜40分歩いて帰ってくると、1時間の散歩コースに
丁度よいからだ。クーラーもきいているし面白いし。

それにしてもお客が少ない。
商品はそんなに悪くはない。ただこれはという商品は
ヨーカ堂と比べると少ない。
ニーズ商品は悪くはないが、ホット商品が少ない。
でも安いし、面白い事は確かだ。

家内もダイエーとヨーカ堂と専門店の特売を使い分けている。
それにしても消費物価が信じられないくらい安いのに驚く。
300円、500円クラスで面白いぐらい良い商品がある。

これでは洗濯屋が悪くなるはずである、洗濯代の方が高くつくのだ。
誰もわかっていることだ。

「バーミアン」というスカイラークが展開を始めた中華料理屋も、
ここに来てやっと本物になり始めてきた。
イタリヤ料理の「サエゼリア」の価値に近づいている。

とにかく安い、味はまあまあだが価値は充分感じる。
チェーン店評論家?として、この2つと、マクドナルド、家具のニトリ、
ユニクロ、無印良品、100円ショップ、しまむら、吉野屋、
居酒屋の一部に、日本にも本物が出始めてきた。
デフレに強い業態で、ロアーポピュラープライス専門店グループだ。

それにしても大手GMSのチェーンの盛衰が凄い。
・西武流通、ダイエーグループの実質解体。
・長崎屋、マイカルーニチイ、ヤオハン、九州最大の寿やの倒産。
百貨店だが,そごうの倒産。

総合店が苦戦している構造になっている。
本来GMS(ゼネラル・マーチャンダイジング・ストア)
は専門部門を束ねたものであるはずだが、組織がそれについて
いけないのだろう。

アメリカでは、10年前の雄であったK−マートが倒産。
今はウオールマートの時代だ。西武流通グループから西友を
買い取って日本に乗り込んでくる。

ジャスコとイトーヨーカ堂が合併しても太刀打ちできない相手だ。
ジャスコは、この3年間荒利をこのままにして人件費を20邑困蕕
という。正社員は3年間殆んど入れないという。
それも可能かどうか???実際は不可のはずだが??

ところが下げたとしても、20涌幣綽遊鑒颪糧耄┐
ウオールマートより高いという。
創業者の元会長が「あと3年で準備ができないときはジャスコも危ない」と、
警告を発している。

流通は渦中でなく、横でウオッチングしていると面白いが、
渦中で働く人は阿修羅の世界だろう。
デフレが更にこれに拍車をかけているからだ。
時代の変わり目だ!!
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2001年09月11日(火)
[141] (日本的)カースト制度−3

まず地方のカースト制をさらに書く!

地方の平均的なプチブルをみてみると、

資産が大体5億が目安。
老舗が10億が上クラスの老舗企業。
個人の年収が2000〜3000万。
会社も3000〜一億あたり。

この辺りが地方カーストの上部になる。
それも7〜8年つづけているかが基準となる

そこに地銀の頭取を頂点としているのが面白い。
お医者さんに、坊主に校長先生。会計士に弁護士、後はどうでもいい。

母が面白い話を聞いた。
嫁に来た時に父に聞いたそうだ。

母「この家は金持ちなの?」
父「う〜ん’7万ある。」

その時代の長岡の基準で5万が金持ちだったそうだ。
72年前の話だ。
1万倍か5000倍かというところか。
そうするとやはりそんなとこか。

話を元に戻す。
日本の官僚とその体制の官僚社会主義者の崩壊の話。

その大本が大蔵省、その次が外務省その次が通産とか。

大蔵官僚が今までの日本的社会主義体制の大要。
先日書いた長期国策銀行ー日本勧業銀行、潰れた長期信用銀行を頂点とした

銀行ピラミッドができている。
都銀、地方銀行、第二地銀、あとは信金ーーーとつずく。

テリー伊藤が革命的な本書いた。
「大蔵に検察は手を入れることができない。予算を減らされるから。」

検察はカースト制度を当然と信じていた。
しかしよくみたら犯罪の巣窟であった。
それが先年のの大蔵官僚の大量逮捕になった。
そして今外務官僚に対象が移った。
ほとんどが内部告発である。

さすが外務、キャリアは捕まってない。
いまは情報機器が発達している。
精巧なカメラやパソコンで直ぐに検察マスコミに送られてしまう。

ソ連の社会主義崩壊と一緒だ。
あれは情報手段を一般大衆が手に入れたため始まった。

これからますます混乱は当分続く。



1621, 91歳の人生論

2005年09月10日(土)

-読書日記

ー「本分」を極める生き方とは?
 日野原 重明 (著), 瀬島 龍三 (著)

 日野原 重明 と瀬島龍三の対談である。
第一線の名医師と、“昭和の名参謀”その人生の道筋は異なる両氏だが、
同い年の91歳同士。
じっくりと語り合った人生論は、さすがの内容である。

まず瀬島龍三のシベリア抑留で経験した話は感動的である。
腹が減ってしまうと教養とか地位とか関係なく、人間は浅ましくなる、
そんな状況にあっても他人にものを分けてあげられる人がいた,
見ず知らずのロシア人の老婦人のやさしさを忘れられない、など
「ああ、無情」「モンテクリスト伯」という小説を地で行くような経験をした。
極限状態の中で、フランクルと同じく人間にとって大切なことを体得したのだ。

二人が、「本分」という言葉をキーに、それぞれの経験を踏まえて、
どう生きるべきかということについて、対談である。
想像を絶する経験を積んできた人の言葉には、傾聴するに値する。
 ーーー

ー日野原重明と 瀬島 龍三
   の会話より 抜粋してみる。

ー日野原
「子供をだめにする一番 簡単な方法は、何でも欲しい物を与えることである。」
と「エミール」の中でフランスのルソーが、語っている。
ー瀬島
子供だけでなく、大人だって欲求のままに生きていれば、
人を思いやるどころか、人の事などどうでも良くなってしまうでしょう。

ー日野原
私は命の使い方を考えながら生きているんだ。
疲れると人間の身体に乳酸がたまり、その乳酸がたまりすぎるとアウトになるらしい。
「こう生きよう」と言う気持ちが、僕を疲れさせない。
朝起きると「今日はこれがある」「来週はこれがあるから、あれをしておかなくっちゃ」
とか・・・。
積極的になると疲れなんて感じてる暇はありません。
良いストレスなら、身体痛めつける事はない。たとえ、試練があったとしても
それに対して負けなければ、悪いストレスには、なりません。
立ち向かおうとする気持ちが、強い意志と適当な緊張感が、呼び水に成れば
良い緊張感になるのです。 苦を乗越えた達成感がありますね。
それが疲れを引き飛ばすと思います。 
良い緊張感。良いストレス。人生には必要ですね。 


ー瀬島
一言でいえば,「本分」は自分の果たすべき責任に対する心構えじゃないかですね。
そこには、人生観も入るし、世界観も入るし、宗教観も入る。そういうことが
「本分」ではないかと思います。
環境は様々に変化しましたが、根本は「滅私奉公」です。
私利私欲を捨てた生き方というのは軍人には欠かさない。
つねに命を懸けることを覚悟しておかなくてはならない。
ー日野原
滅私奉公にこそ、本分があるということですね。
ー瀬島
本分というのは、職務遂行の心構えですからね。
ダラスで亡くなったケネディがいった言葉に、
「姿勢は政策より大事である」というのがあります。
大切なのは、考え出した政策を遂行する姿勢だということ。
ケネディの言う、この姿勢が、つまり本分だと思うんです。

ー日野原
とにかく、生きるということは
「どんな場合でも前向きである」ということが重要だ。

ー日野原
子供をだめにする一番 簡単な方法は、何でも欲しい物を与えることである。
「エミール」と言う本の中でフランスのルソーが、語っている。
子供だけでなく、大人だって欲求のままに生きていれば、人を思いやるどころか、
人の事などどうでも良くなってしまうでしょう。 「
ー日野原
私は命の使い方を考えながら生きているんだ。
疲れると人間の身体に乳酸がたまり、その乳酸がたまりすぎるとアウトになるらしい。
疲労の原因は何か? それは、「こう生きよう」と言う気持ちが、僕を疲れさせない。
朝起きると「今日はこれがある」「来週はこれがあるから、あれをしておかなくっちゃ」
とか・・・。 積極的になると疲れなんて感じてる暇はありません。
良いストレスなら、身体痛めつける事はない。
たとえ、試練があったとしてもそれに対して負けなければ、悪いストレスには、なりません。
立ち向かおうとする気持ちが、強い意志と適当な緊張感が、
呼び水に成れば良い緊張感になるのです。 苦を乗越えた達成感がありますね。
それが疲れを引き飛ばすと思います。 

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2004年09月10日(金)
1256, 今年の台風と異常気象

例年に比べて異常に台風が多い年である。
今年の台風の上陸は、今回で7回目で、過去最高の6回を超えてしまった。

今までの平均は年2、6回で、既に3倍近くになったことになる。
特徴は、多くのコースが似ていることだ。
あと2〜3回は来そうなので、平均の4倍になる可能性がある。
被災地は、その都度用心をしなくてはならないので大変だ。

この数年、旅行先に行くと必ずといってよいほど数年来、
気候異変という話題がでる。地球規模で天候が異変をしているようだ。

先月末に行ったオーストリアも、今年は冷夏で雨ばかり降っていた。
地球温暖化による天候異常がアチコチで出ている。
地球にとって人間はマイナスの存在であるなら、自然は必ず反撃をしてくる。
異常に多い台風も、その一つである。

今一番恐ろしいのは、ロシアと中国とインドの目覚めである。
今までは、共産主義と宗教のお陰?で国全体が、稼がず、働かず、消費せずであった。
それが経済発展を始め、消費が活発化をしてきた。
ここでさらに地球温暖化が一挙に進む可能性がある。
この50年で平均年齢が100歳になる可能性があるが、決して幸せとは
いえないであろう。

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 2003年09月10日(水)
889, バックナンバー 3

 昨日に続いて、随想日記を総括してみる。
このように毎日書いていると、自分の気持がそのまま文章の中に出てしまう。
自分の頭の中で考えているのは所詮こんなものでしかないのだ。

 テーマを絞り出して文章を書き終わってから、以前書いた事を思い出し、
調べたら殆ど同じ内容であったことを数度経験をした。
単細胞でおなじことを飽きもせずよく書いたものと呆れた。
そういう時は以前の文章のほうが良いのだ。

 自分が考えたと思っていたことを、過去に読んだ本の中で見つけて、
その考えが借り物でしかなかったことに気づいた経験をしたのは
私だけではなかろう。
また全く同じ本を何回か買ってしまった経験も数回した。
 
 これを読み返していて、自分の知識の境界線でもあるようだ。
いや自分の世界の限界線といってもよいだろう。
その意味では自分の棚卸でもあるのだ。


2003年01月31日(金)  667,「成功する読書日記」-読書日記
2003年01月30日(木)  666,「読書・映画日記」
2003年01月29日(水)  665, 連れ合いーつり合い
2003年01月28日(火)  664, 「日本経済の破断界」
2003年01月27日(月)  663, 小売業売上げの推移
2003年01月26日(日)  662, 「他人の血で自分の傷口を洗うな!」
2003年01月25日(土)  661, イチロウ−3
2003年01月24日(金)  660, 夢のない話
2003年01月23日(木)  659, 人間-女心
2003年01月22日(水)  658, 躁鬱について
2003年01月21日(火)  657, 四行日記−2
2003年01月20日(月)  656, 四行日記
2003年01月19日(日)  651, 自分の一本の木
2003年01月18日(土)  650, 債務返済年数
2003年01月17日(金)  649, 損切り
2003年01月16日(木)  648, 流通業界を考える
2003年01月15日(水)  647, ハッピーバースデー
2003年01月14日(火)  646, 教育を考えてみた
2003年01月13日(月)  645, お金はむき出しの真実
2003年01月12日(日)  644, 呼称の妙味
2003年01月11日(土)  643, ハングリー
2003年01月10日(金)  642,DVDのレンタルショップ
2003年01月09日(木)  641, 動物と人間
2003年01月08日(水)  640 ,ラスベガス
2003年01月07日(火)  639, 自己疎外
2003年01月06日(月)  633, 不幸論ー中島義道
2003年01月05日(日)  632, 自由化\(~o~)/


・・・・・・・
・・・・・・・

2002年09月10日(火)
515, 眠りの瞬間

無への瞬間をとらえたことがある。
誰でも夜「何時の間にか睡眠の世界」に入ってしまう。
その睡眠の一瞬を意識で感じたのだ。

そのときの実感が「無」をみたという実感であった。
もちろん過去の人生で一回きりだ。
人からも、マスコミ媒体からもそういう話を聞いたことが一度もない。

眠れず般若心教を唱えていたときと記憶しているが。
恐らく死の一瞬とはこんなものかもしれない。
「あ!という無への一瞬の意識である」
意外とこの経験をしている人は多いのかもしれないが?

キュープラー・ロスというアメリカ人が「死の瞬間」
という本を書いているが、その瞬間には慈愛に包まれるという。
生まれてきた時と同じように管に巻かれて、のたうち回って
死ぬときもそうなのかもしれない??

話はそれるが、夢の世界も面白いものだ。
隔絶された別世界、それも現実とは違うが、といって現実的な異空間。
少なくとも、その世界では夢とは思えない。
夢からさめたとき、そのほとんどが消滅してしまうのも面白い。

眠りは一種の死の世界だ、あるいは彼岸の世界だ。
そこでみる夢は無意識の世界そのものだ。
大きい希望の「夢」に非常に似ているという。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・


2001年09月10日(月)
[140] (日本的)カースト制度−2

山の手の金持ち連中は、もっとひどいという。
「どちらの大学、どちらにお勤め、どちらにお住まい、どちらの出身、」
これで人間の価値を決めてしまう。

この前の音羽のザーマス殺人事件はこれを知らない奥さんの追い詰められた必然的事件だ。

地方にいるともっと露骨でコミックだ。
慶応か早稲田で、青年会議所の理事長になり、ロータリー何とかとか
ライオンズに入り、そしてゴルフの会員権。
ゆくは商工会議所会頭か副会頭。
そして本人もその気になる。

それを何にも疑ってないのがアフリカの部族社会以下?
そのカースト制がインドに劣らずある。
TVでアメリカの在日実業家が指摘していた今回の外務省の事件は正しくそれだ。
赤塚幸雄か小室直樹か、が日本的カースト制度の存在を指摘している本を出していた。

読んではないがカースト制度的の存在は厳然としてあるのは、今さという感じがする。

外務省で捕まるにはノンキャリアばかり、キャリアは日本的社会主義の特権階級だ。
実態はこんなものじゃない。合法的特権が巧妙につくられているからだ。
天下りはその構造的詐欺ー集りの一部かいま見える面でしかない。

これじゃ構造改革などできるわない。
東大の法学部のそして経済学部の成績のよい順に、官僚の卵として配分される。
その下か民間を希望するまた配分があって、三菱、富士、第一勧銀とかで下がっていく。
その辺に慶応、早稲田、一ツ橋あたりが入ってくる。

学閥もしっかりできて、情報の横の流れもできている。
(この程度で今回は終わり!)


1620, 「仮想と虚妄の時代」

2005年09月09日(金)

月刊誌の文藝春秋5月号の石原慎太郎の
「仮想と虚妄の時代」ー援助交際と純愛ー
が、現在の日本の現状と病巣をそのまま書きあらわしていた。

若者、いや現代人の携帯電話やインターネットの仮想と虚妄の実体と
病理をえぐっていた。
ITは確かに便利で効率は良くなったが、
人間の情緒などの一番大事な部分を失ってしまったと看破。
ITは情報を無限に提供してくれるが、人間本来の情念やエネルギーまでも伝えない。
そのため、リアリティと虚構の差が解らなくなってしまう。

私の知人に、何かあると友人に携帯電話で相談する男がいる。
それも、いい歳をした大人?である。
自分の頭の中で、「あれやこれやを考えること」ができない。
思索を何度か繰り返した上で相談するなら解るが、それを一切しない。
いや出来ないのだ。
本人を観察すると、彼は本を読んでいない。
読書は、著者との無言の対話でもある。
それを普段の生活の中でしてないから、内面の対話が出来ない。
だから、何かあるとすぐ携帯電話で相談するしかない。
事態を多角的に見ることや深く掘り下げることなど、彼の世界には存在していない。
携帯は会話しか成り立たない。
内面の対話をした上で、それを相手に投げかけをしあうのが対話である。

ー石原はここで以下のように述べていている。

ー最近、問題になっているエンコーなどの新しい風俗の正当化(?)
のために作られる言葉の醸し出すヴァーチャルなイメージは、
ことの本質を外れた価値判断を容易に導き出す。
内質の空疎化とは想像力の枯渇であり、無個性化による自己喪失画一化であり、
人間としての尊厳の喪失の繋がり社会そのものの活力を失わしてしまうー
と警告している。

現在、中高等学校の生徒の間で人気のある生徒の評価の指標が勉強やスポーツの
能力ではなく、ただ携帯電話が鳴る頻度と、いかに多くの連絡相手が登録されているかに
かかっている現象は、人間関係における本質の変化を暗示している。
こうした浅はかな人間関係が何ももたらさないことを、彼等は解っていない。
そんな交流の中では本気にお互いを預けあい頼り合うことができるだろうか。
ーー

そういう私も一日数時間もパソコンに向かい、家ではTVを3時間は見ている。
情報の多くは、ITから得ている。
それから入ってくる情報は、実際のところ生の人間からも質も量も格段に上である。
だから困ったものである。
この随想日記で書いている内容は、私の脳の多くの部分を占めている。
実際に会って話すより、より自分の言いたいことが顕わに書いてある。
といって、それが私の全てではないし、誤魔化しも、虚構もある。
やはり、情けの報せとして直接会わなければ伝わらないことがある。
 −−
また、この中で触れられているホーキング博士の発言の部分が面白い。

石原慎太郎がホーキング博士の講演に行った時
「地球ほどの文明を持った惑星は、どのくらいあるだろうか」
という質問に
「二百万ほど」という答えがあった。
それに対して、
「それほどの数があるのに、どうして他の惑星の生命体を目にすることが
ないのだろう」と質問があった。
その答えが、
「現在の地球ほどの文明を保有してしまうと、そうした惑星は
自ら正当な循環を狂わせ環境を破壊しつくし、文明の主体者たる
生物は内面的にも極めて不安定な状況をきたして、彼らの惑星は
宇宙の時間の総体に比べればほとんど瞬間的に自滅してしまう」
というという答えであった。
終末論や環境論として興味深いものである。

ーー
以上が概要だが、情報化は基礎教養の蓄積があってこそ、
仮想と虚妄の世界に漂う現代人は、自分という存在さえ仮想と現実の
境が無くなっている。

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2004年09月09日(木)
1255, ダイエットに100万円賭ける ー2


本人に「どうして、そのダイエット方法を知ったのか」の問いに、
「インターネットの検索で調べた」という。
そこで早速、インターネットで「グレープフルーツ・ダイエット」で検索を
入れてみた。なるほど色いろのHPがでてきた。

それによると
グレープフルーツに含まれるクエン酸 がダイエットに効くようだ。
糖の分解酵素を抑制して脂肪をつきにくくし、新陳代謝を促すという。

またダイエット効果のほか、疲労回復、エネルギー生成にも重要な働きをし、
ガン予防、抗酸化作用、脳梗塞予防などにも効果があるとか。
クエン酸はもともと体内で生成されるのですが、
現代人の多くが不足気味。

これにトマトやバナナやリンゴや生野菜を組み合わせて、なるべく
肉食をしなければ、5〜7舛呂垢袷蕕擦修Δ澄
インターネットで検索をすれば「レシピ」がすぐ出てくるので、興味の
ある人は是非検索をしてみるとよいだろう。
「ダイエット」と検索をすると他の多くの方法が出てくる。

グレープフルーツを三食食べるのが億劫なら、ジュースを飲むという手もある。
冷蔵庫には、リンゴジュースと、ブドウジュース、オレンジジュースが
交互に入っているが、グレープフルーツは無かった。
スーパーの特売で1000mlが最近では88円で売っていることもある。


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2003年09月09日(火)
888, バックナンバー 2

バックナンバーを見ながら、今まで書いてきた随想日記を総括してみる。

 まずは読書日記や映画日記の感想文。
あの時、あの本を読んでこんなことを考えていたのかがリアルにわかる。
日記は未来の自分に対して書くものだということが、一番わかりやすい事例といえる。

 映画もそうである。感想文を書いてないと、単なる娯楽で終わって
しまうものが多い。それはそれでよいが、文章化をきっちりしていると、
自分のメルクマールとなる。
また映画日記を書き続けていると、映画の見方が変わってくるのが解る。
その世界に意識的に飛び込みと同時に、冷静な目が養われているのだ。

 日記としての追悼文も姉と両親には書いていたが、親戚や友人の場合も
書いた方がよいことに気がついた。故人に対して一番の供養になる。

 こうして書いていると、いかに毎日つまらないことに振り回されている
自分に気がつく。それをいつの間にか鳥瞰してしまう作用が書いていて解る。

人が見ていたら、こんな面白いものはないのではないか。
他人の内面の棚卸と陳列変えと改築を傍観しているようなものだ。
また誤字なども冷静に見れるからだ。

一番面白いのは実は自分だが。

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2002年07月29日(月)  471,下着泥棒 new
2002年07月28日(日)  470, いい人とは
2002年07月27日(土)  469,チンパンジーの話
2002年07月26日(金)  468,戦略について
2002年07月25日(木)  467,内山由蔵さんへの手紙
2002年07月24日(水)  466,内山由蔵さんからの葉書
2002年07月23日(火)  465,流離のランチャー
2002年07月22日(月)  464,煮た豆
2002年07月21日(日)  463,再び業態について
2002年07月20日(土)  462,臭いのするような話し
2002年07月19日(金)  461,海外旅行のもう一つの難関
2002年07月18日(木)  460,スリにあう
2002年07月17日(水)  459,危機一髪
2002年07月16日(火)  458,一期一会
2002年07月15日(月)  457,スイス旅行記ー2-マッタホルンの凧揚げ
2002年07月14日(日)  456,スイス旅行記 
2002年07月02日(火)  455,地球をサッカーボールに喩え
2002年07月01日(月)  454,面白かった!!
2002年06月30日(日)  453,世界で一番に貴方の味方
2002年06月29日(土)  452,「まあだだよ」
2002年06月28日(金)  451,星野富弘ー詩画展
2002年06月27日(木)  450,吉村作治-宗教・教えー3


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2002年09月09日(月)
514,大相撲−貴乃花のこと

昨日は貴乃花が8場所ぶりの出場で館内が異常な雰囲気であった。
土俵に上がった瞬間、これは闘える身体ではないと感じた。
昨日は辛うじてかったが、今場所乗り切れる確立は5分かそれ以下だろう。

元横綱が2場所休むと土俵に上がるのが恐ろしくなるといっていた。
かなりの緊張感が館内に漂っており、他の力士まで異様な盛り上がりを
みせていた。兄弟子の貴ノ浪まで次の対戦で武蔵丸に勝ってしまった。

前回の優勝の時の怪我で、引退の状態であった。
協会の一人横綱では都合が悪いという状態で、
ここまで引き伸ばしてきたのは誰の目にも明らかであった。

館内にはいる待合では、凄い気合の入れようであった。
アフリカで100メートルのバンジージャンプの飛び降りる直前の10分前は、
丁度あの状態であった。
あの極限状態が見ているものの心を打つのだ。
審判をしている父親が勝った瞬間、泣きそうな顔に見えた。

そういえば、貴乃花が千代の富士に勝った時の事を思いだした。
今の彼の頭に、その時のことが去来するのはいつの事か!
相撲取りは現役がすべてだ。

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2001年09月09日(日)
[139] カースト制度−1

インドに行ったときそのカースト制の現状かいま見た。
4つの階級、その中に500以上の更なる階級があるという。

白、赤、黄色、黒色とみれば、直ぐ階級がそのままわかる。
3000年前、侵略してきたアーリア人(白)がその維持のため、
宗教を創った。そして人種が混ざらないカースト制度をつくり、
その階級を3000年維持してきた。

彼らはその理屈はわかっている。
ただ3000年かかった、その積み重ねからくる体質はどうにもならない、
人種の差を作ったしまった。

日本にもそのカースト制があるという。
今崩壊しつつある、体制がカースト制そのもの。

学生の時、すぐそれを感じ取った。
そのカースト制だ。
但し学生は大学の優劣だけで済んだ。
都会ではそれが露骨だった。

1、どこの大学を出て、
2、家柄はどの程度で、
3、収入はいくらか、
4、地方出か都会か。

大体これで決まる。
それでまずその連中が友達友人になっていく。

ガールフレンドももちろんその範囲。
金持ちの友人が、カースト制度者であった。
こういう考えがこの世にあると初めて知った。
学校でまず露骨の差別、次に家柄、そして能力、地方かどうか、
女性なら容姿と、その一つでも80以下は眼中にない。
そう勝手にきめっていた。


1619, 閑話小題

2005年09月08日(木)

ー書くとは

この随想日記で、
書くということは「自分に向かって語りかけている」ことである。
第三者の目を利用して自分を駆り立てて書いている。
公開することは、日記を続けるためと、内容を落とさない手段である。
日記の読者を巻き込んで自分に語ることである。
第三者の目を通して自分に納得しようとしている。
第三者を意識しなくては、毎日これだけ書けるわけがないし、
意識すればこそエネルギーも出てくる。
・毎日書くこと、
・第三者の目に曝した文章こそエネルギーがでる、
・一年~数年後の自分の目に対して恥ずかしくない文章にする、
・新しい発見を自分に課せる、
・私自身の言葉で人生を彩ることが書くことである、
・何のために書くというのではなく、書くために書くのである。


ー電波歯ブラシ

電動歯ブラシを10年位前に買ったが、あまり使わなかった。
そのため電波歯ブラシに興味があったが、買わなかった。
ところが、TV・ショッピングでのコマーシャルを見て欲しくなって買ってみた。
送料込みで8千円半ばの値段である。
(実際に買ったのは価格ドット・コムで調べたところだが)
そして使ってみた。
思ったより数倍は歯垢がとれる。
電波の振動により、歯垢が飛ばされるような感覚で取れる。
これは、いけそうである。
歯医者だけは行きたくないので、寝る前にしっかりと歯を磨き、その上に
「モンダミン」の水溶液で歯ぐきの間を注いでいた。
そのためか、この5年間は全く歯医者にはいってないが。
歯医者は大変だろう!


ー自公圧勝?

昨日の産経新聞の一面トップで
「自公圧勝・300席をうかがう!」と、あった。
勝ちすぎも困る。
あの郵政族の露悪な政治家の面が良くない。
それに民社党も一緒に括られた。

あまり勝ちすぎると問題である。
また、利権亡者が悪さを始める。
しかし郵便局の役目は、とうの昔に終わっていることは明らかである。
消滅しても誰も困らない。
メールと、コンビニ、そして電子決済の時代に、あの郵政の利権屋が
堂々と出て来ること自体がお笑いである。
民社の岡田某が総理?何を寝ぼけを・・・
政権交代はよいが、あまりにも民社には基盤がない。
それでも、政権交代が良いが、とにかく郵便局は次善でも民営化しなくては。

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 2004年09月08日(水)
1254, 自信喪失症に悩む韓国人

日経新聞の「地球回覧」の「自信喪失症に悩む韓国人」が考えさせられた。
日経新聞のソウル支局長の手記だが、なかなか鋭く現在の韓国事情を書いていた。
少しキーワードを変えると、現在の日本の地方の現状に酷似している。

ー概略を書いてみるとー

「景気や庶民の暮らしや考えを聞くにはタクシーの運転手が一番」。
駆け出し記者時代にそう教えられたが、最近では、話をしないようにしている。
景気やニュースの話になると、「こんな酷い状態は初めてだ」と興奮状態になる。
「スリル満点の運転で悪名高いタクシーが暴走しかねない。

ー現在の韓国は以下の状態である。

・韓国経済は今年も5佑寮長率を見込むが、牽引役はサムスンなど一握りの
 輸出関連企業だけ。内需不振が長引いて、景気は1990年代後半におきた
 IMF危機の時より悪い。

・イラクで「死にたくない」と絶叫しながら、韓国人人質が殺されたり、

・中国の政府系機関が古代国家「高句麗」を、中国地方民族政権と主張したり、

・アテネオリンピックで、サッカーやマラソンで期待のメダルが取れなかった。
 その上に、日本が多くのメダルを取り、大きく差をつけられた。

 大統領弾劾で始まった今年は韓国の「厄年」なのか・・・

「韓国人の多くが憂鬱症に悩んでいる」という記事が最近多くなってきている。
ソウルを南北に分ける漢江にかかる橋に自殺防止のセンサーが設置された。
年初から企業経営者や自治体首長が相次いで自殺をしたからだ。
自殺者の総数もこの十年で倍増、先進国で日本に次ぐ「自殺大国」になった。

「勝ち組」の富裕層も、強いプレッシャーを受けている。
 最近の過去史の清算過程で与党から、
「植民地時代の対日協力者や軍事政権関係者の財産が富裕層に受け継がれている」
との主張が出始めている。彼らも金を使って目立ちたくないと財布を引き締めている。
お金は、上海やロスアンジェルスの不動産投資へと海外に逃げていく。
これでは、国内消費が回復するわけが無い。
それが中小企業や商店や飲食店やタクシーなどを追い詰めている。

IMF危機の克服とサッカーでのベスト4の進出で沸き返った2年前の自信は
何処にいってしまったのかと思えるほど韓国が変わってしまった。

ー以上である。
ほぼ日本の地方経済と同じである。

現在の大統領が、あまりにも稚拙?な政治家というのが最大の原因だろうが。
これからの日本どうなるのか、その暗示がこの記事にある。
それとも、この十年間でバブルの清算を国を挙げてしてきたので、事情が
全く違い、その先をいっているのか、どうであろうか。

「ヨン様」などと騒いでいる日本は、更に深刻な事態と見たほうがよい。

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2003年09月08日(月)
887, バックナンバー -1

 今まで書いてきた、テーマ随想日記のバックナンバーである。
バックナンバーをクリックして内容を読めるソフトもあるが、手間が
かかるため今のソフトを使っている。
書初めの頃は、サロンのコーナーと混同して空のものが幾つかあるが、
「宗親日記」が別にあるから、総数はこんなものだろう。

 それにしても、よく書いたものだ。
「間違い字」が所々見られるが、殆ど内容を忘れているので再度読んでも
新鮮に思える。それだけエネルギーを入れてきたのも事実である。
とりあえず1千項目の目標は年内で達成する。
「自分史」であると同時に、「遺書」にもなる。
まだ見ぬ子孫の眼も意識して書いている。

 書いていて、初めの頃は戸惑っていたが、今は面白くさえある?
習慣化が一番の要点である。
言葉にまとめることの重要性が書き続ければ続けるほど解ってくる。
そのうちに自分の心の構造が見えてくる。
そして、その構造の建替えさえ可能になってくる。

 社内報で旅行記や事業百訓を書いていた頃は、他の人の文章のドロボー
もしたが、今はほとんどない?
ー文章術などに「初めは他人の文章を盗め!」と、あった。
プロなら問題ありだが、素人が上達する一番手取り早い方法だ。

 書き続けていて、作家や学者の文章の深さや味がより理解できるようになった。
しかし随想とは
「その人しか書けない文章にこそ、味わいと良さがある」という。
過去の文章を時々読んで見るのも楽しみである。(年一に丁度よい)
誤字、意味不明を見つけて自嘲することを覚悟で。

「引き出し」の『バックナンバー』のコーナーを
「その他・バックナンバー」から今日、独立させた。
ここに載せようとしたが原稿用紙20枚以内でないと拒否
された。残りは明日載せるつもりだが。
可能な限り載せてみるが、『引き出し』コーナーで見てください。

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 2002年09月08日(日)
513, 入試はクイズゲーム?

「入試にしても、資格試験にしても、暗記とか理解を捨ててしまえ!
ーゲーム、パズルゲームゲーム、クイズゲームと割り切ってしまえ!」
 というある文章を見て固まってしまった。

「ゲームや遊びの類と割り切ってしまったら、真っ当に受験勉強を
しないはずだ。クイズゲームの能力のレベルを上げたいなら、
過去のクイズゲーム(問題)の質問と答えを徹底的に調べて、
その傾向とか癖の調査を楽しめ!その為の準備を遊べ!」
要するにゲーマーになってしまえということだ。

何事も遊びに昇華した時に能力が飛躍する、入験がそうだと。
自分で試合を創れる男をゲーマーという。
ゲームとは「目標を決め途中に難関を置き、それを乗り越えながら
達成するプロセスを第三者か、自分自身と競う事を楽しむ事」という。
あるレベルを超えると、これが一番重要になる。

自分が事業を始めたとき、そうだった。
自分の練り上げた計画を実行というプロセスを楽しむゲームと
いう要素があった。そこまで計画を自分で内省した。
「計画お宅」といってよかった。

評論家がそれを非難した文を読んだことがある。
「遊びで事業をしている馬鹿がいる!」とか、これは第三者の目。
そこまで練り上げると遊びになっているのが解らないのだ。
いやそのはるか下のレベルの人を言っているのか?
その差も解らないレベルの批評というと、その批評に対しても、
同じレベルの目線という理屈になる。

高校時代に不思議に思っていた「同じ勉強をしてどうして全く違うのだ?」
それが40年経ったいま初めて気づいた浅はかさ!
でも実際社会にでた時から、実践でそれをやってきたから後悔はないが。
あの受験の時の優秀?の人はゲーマーだったのだ。

まあ、それだけではないと思うが。
本当にしたい事、なりたい仕事があったから必至に勉強したとかが
本当のところだろうが。
パズルゲームか、あれは!!?クイズ??
馬鹿馬鹿しいともおもえない。
誰も教えてくれなかった、その事実を。

愚直に挫折をしながら、独り知恵を絞った事も事実である。
それが力を創ったことも確かだ。

でも事業で両親から、その遊びかたを教わっていた!
遊びになるまで集中しろ、継続しろ、努力しろという事だ。
彼らはそれを受験勉強で知っていたのだ・・・??

人間はその人の範囲のレベルしか力はつかないものだ。
のっけから、そう思って真剣に望めば逆に能力が湧き出る。
秘境旅行も「旅行道?というものがあるならば地球の何処を
埋めていこうか?」というゲームになっている?!!


ところでこの随想日記はじつは危ないゲームになっている。
毎日のネタさがしと、その内容の構築がゲームでもある。
全くの無の状態から探し、材料の構築はスリルでもある。

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 2001年09月08日(土)
[138] 夢についてー10

ー今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみるー

・海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい

・谷の間を飛行している夢ー最高の気分

・お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ

・白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ

・長岡の大手通の店ー子供のころの3階の部屋の夢

・どこかの町でトイレを探している夢

・大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢

・5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢

・母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿を、亡くなった不運の一生だった
 叔母が見ている夢ー母の生前の10年前の頃

・あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢

・お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
 その池が幻想的である夢


1618, 楽しく生きるー3

2005年09月07日(水)

「楽しく生きる」にも、色いろある。
「ドラックをやって、目先の快楽を追い求めて人生をボロボロにしてしまっても」と、
いう意味で言っているのではない。
目先の楽しみだけを求めると、長期的に問題がでる。
何ごともバランスである。

前回書いた「楽しく生きる」精神科医・高橋和巳著の一部を
さらに書き写してみる。

ー人生の「動」と「静」を楽しむー
私たちの生活のあらゆる動きを生み出しているのは「欲求」である。
それは無限のエネルギーを生み出したりして、人生の全体を創造している。
欲求が生まれ、動き出し、目的を達成すると、一つのサイクルが終わり、動きは止まる。
すると、次の欲求が生まれ、新しいサイクルが始る、この繰り返しが生命活動である。
その生命の欲求サイクルが始るところが心の奥底の透明な「意識」である。
ただ私がそこに「いる」だけの場所である。
欲求は心の奥底の何もないところ、無から生まれる。
「欲求」は、生まれるとすぐに自分を実現しようと動き出すが、欲求を生み出した
「意識」はその動きに巻き込まれることなく、いつも欲求から離れている。
この「欲求」と、「意識」が私と私の人生を動かしている。
 意識は動かない 「静」で、
 欲求は動きまわる「動」である。

楽しく生きるということは、欲求を満たす過程を楽しむことである。
そのためには、いつも「動」と「静」の二つが私たちを動かしているのを
忘れないように。
いつも変わらない「静」があるからこそ、
        「動」を楽しむことができる。
「動」の欲求と「静」の意識が対になって、この世の花を楽しませてくれる。
楽しく生きる。
今、人生を楽しむ。
純粋の遊びこそが、遊びの真髄である。


ー私には「会いたいもう1人の自分」がいる
欲求とその成就は、本来、単純である。
このような欲求を邪魔をしている唯一のものは、私たち大人が身につけている
「思い込み」である。
この「思い込み」が、本来の欲求不満を自分から隠してしまうのである。
「思い込み」という間違った解釈を自分で与えることで、私たちは自分の
欲求不満をそらす。
この自分の思い込みを解除することは、実はもう1人の自分に出会うことでもある。
思い込みが積み重なって出来あがる最大のものは、
私たち自身の「自己像」についての思い込みであるからだ。
この思い込み、特にネガティブなイメージの取り除いて
本来の自分に出会うことが、「もう1人の自分に出会う」ことである。
あったはずなのに気づかなかった素直な自分の欲求に気がつく。
素直な自分が嫌いな自分のすぐ傍にあったことに気がつく。

人生は、その素直な自分の欲求を満たしていく時間である。

ーー
以上が、この本の概要である。

<自由とは、その周囲から植えつけられた「思い込み」からの解放である>
秘境ツアーに来ている人の中に多いタイプに、
思い込みに気がつき、真の「自分探し」の人を多く見かける。

そのタイプを要約すると、
ー親と世間の常識を信じて何も疑うことなく、何時の間にか歳をとってしまった。
ふと気がつくと、あと数年しか時間的に自分の残された人生しかない。
このままでは、死ぬに死に切れない。
そのために捨て身で世界の果てに来て、自分の心の渇望を埋めようとしている。
もう少し早く気がつけばよかった。余白はあまりにも短い!
等々である。
「楽しく生きる」も、深い心の底からの欲求の充足でこそ意味がある。
その辺のカラオケで騒ぐ、軽いものをいっているのではない。
 魂が入っていれば、それでもよいか?

・・・・・・・
・・・・・・・

2004年09月07日(火)
1253, 死について再び考える

過去に死について多く書いてきたが、五十嵐恭一さんの死で改めて
死について考えてみる。

毎晩、何気なく寝ているが、そのまま目が覚めないと仮定して、
深い長い夢をみながら死んだとしたら、その夢と現実とは
さほど変わりはしないのではないか。

死んでしまえば、重油をかけられ燃やされ、灰に帰す。
骨は墓に入れられ、一年もしない内にほとんどの人から忘れさられる。

人生とは何なのだろうか?ー意味
その行蔵の中味は何か?ー経験
何を成しえたのか?ー達成
何を成しえなかったのか?ー挫折
それを成し得たとして、それが如何ということだろうか?
人の苦しみ、喜び、快楽、達成とは何か?
精一杯生きたのだろうか?

答えは無いと思うが、それでもヒントは以下の格言に
多く隠されている。

ー生死の格言ー

・死者にたいする最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ。
                  byレーントン・ワイルダー
・墓場は、一番安上がりの宿屋である。
                  byラングストン・ヒューズ
・僕が死を考えるのは、死ぬためじゃない。生きるためなんだ
                  byマルロー
・虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。保険に入っていれば金を残す。
                  by吉行淳之介
・あたかも良く過ごした一日が、安らかな眠りをもたらすように、
 良く生きられた一生は、安らかな死をもたらす。
                  byレオナルド・ダ・ビンチ
・命とは、セックスで感染した病気である。
                  byガイ・べラミイ
・誰でも死ななくちゃいけない。でも私はいつも自分は例外だと信じていた。
 なのに、なんてこった。
                  byウィリアム・サローヤン
・立派に死ぬことは難しいことではない。立派に生きることが難しいのだ。
                  by映画『無防備都市』
・人間、死ぬときは死ぬのがよい。
                  by白隠
・どのみち死なねばならぬなら、私は、なっとくして死にたいのだ。
                  by梅崎春生
・死は生の対極としてではなく、その一部として存在する。
                  by村上春樹
・昨日まで 人のことかと思いしが おれが死ぬのか それはたまらん
                  by蜀山人             byモンテーニュ
・死の恐怖は、解決されない生の矛盾の意識にすぎない。
                  byトルストイ
・人は、自然の悪を知ることを学んで死を軽蔑し、
 社会の悪を知ることを学んで生を軽蔑する。
                  byシャンフォール
・不幸な人間にとって、死とは無期懲役の減刑である。
                  byアレクサンダー・チェイス
・死の持つ恐怖はただ一つ。それは明日がないということである。
                  byエリック・ホッファー
・もっとも偉大な人々は、人に知られることなく死んでいった。
 人々が知るブッダやキリストは、第二流の英雄なのだ。
                  byロマン・ロラン
・墓は、運命の嵐を防ぐ最良の砦である。
                  byリヒテンベルグ
・死ぬよりも、生きているほうがよっぽど辛いときが何度もある。
 それでもなお生きていかねばならないし、また生きる以上は
 努力しなくてはならない。
                  by榎本健一
・私は生きているときに、死以外のあらゆるものに対して備えをしていた。
 今、私は死なねばならぬ。
 そして、まだなんの備えもない。
                  byチェザーレ・ボルジャ
・人間的に言えば死にもよいところがある。
 老いに決着をつけねばならないからだ。
                  byラ・ブリュイエール
・人間一度しか死ぬことはできない。
                  byシェークスピア
・臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない。
                  byシェークスピア
・自分の命を愛しても憎んでもいけない。
 だが生きている限りは命を大切にするがよい。
 長く生きるか短命に終わるかは天に任せるがよい。
                  byミルトン
・生まれた以上死なねばならぬ、ということ以外確実なことはなし。
                  byクリティアス
・私たちは死の心配によって生を乱し、生の心配によって死を乱している。
                  byモンテーニュ
・我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、死においては平等である。
                  byロレンハーゲン
・死のことは考えるに及ばない。死は我々が手を貸さなくても我々のことを
 考えてくれているのだから。
                  byシェンキェーヴィチ
・人間はまだ十分に幸福ではなかったからこそ死を恐れるのである。
 最高の幸福に恵まれれば、すぐに死にたいと思う。
                  byエンゼ
・死を恐れることは、自分が賢くもないのに賢いと思うことと同じである。
                  byクラウディウス
・生まれたことは確かに我々の結果なのである。
 死ぬということは問題外である。
 生きることが我々の喜びであり、法則なのである。
                  byサローヤン
・我は生きようとする生命に取り巻かれた生きようとする生命だ。
                  byシュヴァイツァー
・人生は素晴らしいが、人生の終わりは死である。
 これは、いかなる人の望みの究極でもある。
                  byスウィンバーン
・何故死を恐れるのか?――人生で最も美しい冒険だから。
                  byフローマン
・生きたいと思わねばならない。
 そして死ぬことを知らねばならない。
                  byナポレオン
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年09月07日(日)
886, 「ありがとうの言葉」ー8

昨日の散歩で何回『ありがとう』をいえるか試してみた。
8500回であった。

 今日は1万回に挑戦をしてきたところだ。
1万回は2時間以上ふるに言い続けて初めて可能になる。
言い続けるにしたがって、忘我の境に入っていくのがわかる。
7000~8000回が、その入り口であった。
回りが全く遮断され「ありがとう』の言葉に一体化してしまう。

 カウントを間違わないように指先に集中するのがポイントだ。
そうしないと、すぐに何かを考えてしまうからだ。
右指を十単位、左指を百単位で折ってカウントをする。
カウントも、時間で計る方法と、距離で計る方法がある。
今の私には指折りが最適のようだ。
慣れてきたら時間か距離の計測に変るつもりだ。
散歩の歩数は、初めは万歩計であったが、今は時間で計っている。

 散歩に「ありがとう」を言い続けるのが一番良いようだ。

 この随想日記を読んで一番初めに反応してきた、ある社長は一日
平均6000回言っているという。
また彼が紹介した知人の数人が、「幸せの宇宙構造」を10~20冊買って
周囲に配っているという。
ありがたいことだ。
反対に一週間の約束で貸して、2ヶ月以上経った今も返してこない人もいる。
「ありがたい」と思えば約束を守っているはずなのに。
読んでないのか、馬鹿なのか。
「貸したら帰ってこない」と思わなくてはならないのは解っているが。

「幸せの宇宙構造」を読んで、『ありがとう』を言い始めて3ヶ月が経つ。
気持ちが安定をしたことが何よりの成果である。
それと、人に対して寛容になったようだ???
ミニ瞑想を繰り返しているようでもある。
否定語は相変わらず使っているが、すぐに「ありがとう」という言葉で
消してしまうのが良い。

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・・・・・・・・・・

2002年09月07日(土)
512,パンプローナの牛追い祭り

今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。
もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、
4年前のこの祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。

今年は例年になく多くの負傷者が出た。
今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、
毎年放映される中でも特に迫力があった。
初めから最後まで手に汗を握る内容であった。

この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界
に一躍知られるようになった。

この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、
赤いネッカチーフをつける。
パンプローナの出身者の多くが帰ってくるという。
毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の合計12頭が闘牛場に
向かう街の道路に放たれる。
毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねていく。
その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。
4年前その最終日の闘牛をみたが、会場が異様な熱狂に包まれていた。

その牛の前を走るエニシエロが、勇気試しになる。
19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中から
その祭りに加わった。

ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の
前の4階の部屋からファイナルギャザリングと牛追いが見れる。


4年前の「北スペインの旅」
−より抜粋ーの内容をコピーしておきます。
ーーーーーーーー

・・・・その中で一番のハイライトがパンプローナの
“牛追い祭り”であった。延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。
その牛を毎朝、市役所から闘牛場へ、町中を追い上げる。
その前を街の若者が走って、度胸試しをする。死人が出ることがある
という。

我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り上がりであった。
その夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。
これこそ正しくスペインと思われた。

深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、
一生の思い出になる感動的場面であった。
市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、
ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。
彼らが心の底からパンプローナを愛しているのがよくわかるのだ。

民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を見ているようであった。
トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏にあわせて歌を全員が
歌っている。
キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。
イスラムとキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎ
なのである。

このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験であった。
この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった。
一生の心の財産になった。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2001年09月07日(金)
[137] ピラミッド

「ピラミッドに登る人、途中で休んでいる人、オアシスにいる人、小さなピラミッドを
造っている人、ピラミッドの盗掘をしている人、駱駝で荷を運んでいる人、」

これは社会を例え話で解りやすく説明したもの。

ピラミッドは会社・組織を喩え、小さなそれは事業を起こそうとしてる人。
オアシスはノッケカラそれを捨て、人生楽しんでいるアウトサイダー。
荷を運んでる人は、その全てのサービスに徹してる人か。

20代前半からもちろんこのことは解っていた。

普通の人から見れば、社会構造を冷静に見据えていたようだ。
卒業する前から、ピラミッドに上る意思は全くなかった。

「立場があってそれも仕方ないのかな」とぐらいしか考えてなかった。

卒業の前年、石川播磨の造船所にゼミで見学に行った。
ショックであった。
タンカーに数百人が張り付いて働いているのを、上から見るのだ。

要するに組織の中では個人は小さな存在でしかない。
反面組織化すれば、これだけおおきい仕事ができるのだ。

その時の私の反応は「ボートでいいから海の中で自由に生きたい!」であった。
ピラミッドに必死に登り、突然ピラミッドから排除されミイラ人間になったり、
自殺したり、転げおって死んだり。

オアシスの何かも知らなかったりする。
単色の人生さえ気づかなかったりする。
もっともオアシスの人は、ピラミッドの広い視野眺めの素晴らしさが解らない。

それぞれの立場を、たとえで一瞬で見たことは一生忘れえぬ印象でのこった。


ーこれに似たたとえは‐大型船の船員か、小型線の船長的生き方か?
大型船は遠い海原を航海できる、反面その役割以外の事が出来ない。
小型船は自由に、全ての裁量が可能の反面、枠が決まってくる。
本人の立場と特性で決まってくる。


1617, 楽しく生きる−2

2005年09月06日(火)

大不況の中、毎日を楽しく生きることができれば、これにこしたことがない。
図書館で借りた
「楽しく生きる」精神科医・高橋和巳著が、
なかなか含蓄のある内容であった。

ー概要をまとめてみた。
(時間をかけて書き写すだけの価値は充分にあった)
 ーー
人の欲求が新たな希望へと向かう心の軌道とは?
欲求の生起ー>否定ー>欲求不満ー>
絶望(対象喪失ー>茫然自失ー>否認ー>怒りー>自失−>怒りー>自責)−>
抑うつー>悲しみー>孤独の自覚ー>諦めー>新たな希望の獲得ー

この過程のどこに「私」はいるのか考えてみよう、と提起している。

望みが叶わないといって
絶望や諦めを恐れる必要はない。
人の心は絶望や諦めを超えることで、
孤独の中の本当の自分と出合い、
自分が何を望んでいたのか、
欲求の全体構造を明らかにする。
そして、その先にある新たな希望へと導く。

挫折から、諦め、そして孤独の底から、新しい自分に出合い、
新たな希望を創っていく中から、真の楽しみ方を見出していくのである。

何を考えても埒があかない。どう望んでも解決が見えない。
そんなときには、一度すべての欲求から離れるしかない。
自分の心、身体、他人や環境のあらゆるものから離れて、濁流や、澱みや
流れの全体を見渡せる場所に自分を置く。そこで自分を作り直す。
そこで、もう一人の自分に自分に出会う。

我われがあらゆる欲求から離れることができるとすれば、
それは時間が止まったときだけだ。
時間は二つの場合に止まる。
絶望の中と、
満足の中で。

欲と向き合う、そして自分を満たして、自分から離れる
<諦めて得た楽しみ>
 追いつめられて見つけたもの、
 孤独と正面から向き合って心の安らぎを得ることである。
 それは、世間的な色・金・名誉を断念することで初めて可能になった
 心の安らぎである。その引き換えに諦めを得たのである。
 
 諦めは怒りへの固執を解く。諦めは生まれてから長く慣れ親しんできた
 自分の外界の世界への固執も解く。
 もう、表象の欲に振り回されることもなく、静かに居られる場所を持ったのである。
 人の精神が新しい世界に飛躍する時は、静粛に一度立ち戻らなくてはならない。
 静粛の中で起こることは、古い欲求構造の破壊と新しい欲求の誕生である。
 

ー 雅ー欲を楽しむという意味
 
 「雅であることは、この世の花を楽しむ心だからだ・・・」
 弓で的に矢を当てることと同時に、雅であることを大切にしなくてはならない、
 雅ということは、弓の握り方、矢の支え方、弦の引き方、的への向かい方の、
 的を射ぬくまでの一つひとつの過程を楽しむことだと、教えるのである。
  矢を当たることだけを追っている人は、余裕を失って、一つを達成すれば次が
 欲しくなり、何時までたっても満足しないから、「この世の花」を楽しめない。
 この世を楽しむには、まず留まることが必要だ。
 矢を射ること自体を楽しめる人が「雅」である。
 「雅」とは、欲を楽しむこと、諦めを通過することによって可能になる。
 しかし、欲を楽しんでいる過程は、やはり、それを実現したいと思っている時である。
 諦めとは、欲を捨てることではない。ただ、欲に対する自分の態度を変え、
 「この世の花」を楽しむことことだ。
 優雅さとは、奥ゆかしく、上品で、華やかなこと、それは欲に素直でありながら、
 それに囚われないで実現できる生き方である。 
             
                     ーつづく
・・・・・・・・
・・・・・・・・

2004年09月06日(月)
1252, オーストリア旅行記ー3

ーシェーンブルン宮殿

シェーンブルンの意味は「美しい泉」である。
その名を持つこの宮殿は、
女帝マリア・テレージアをはじめ、その娘マリ-・アントワネット、
皇帝フランツ・ヨーゼッフ1世、皇女エリザベートなど、
パプスブル家の人に愛され、光栄ある時代を今にとどめている。
そのきらびやかな部屋からは、華麗なる彼らの生活が蘇って見えてくる。

その幾つかを書いてみると、
・ナポレオンの部屋
 1805年、1809年の二度、ナポレオンがウィーンを占領した際に
 居室として使用していた部屋である。18世紀の軍隊生活を描いたブリュッセルの
 写実的なタベストリーが部屋を飾ってあった。
・マリー・アントワネットの部屋
 マリア・テレイジアの娘であるアントワネットが、フランスに輿入れをするまで
 殆どをこの宮殿で過ごした。 その後はダイニング・ルームとして使われていた。
・鏡の間
 1762年に、当時から神童として名だかかったモーツァルトが、マリア・テレージア
 の前で初の御前演奏を行なった場所である。
 そこで演奏後、けつまずいたモーツァルトを助け起こしたのがマリー・アントワネット
 であった。
・漆の間
 マリア・テレージアが亡き夫を偲んで改装した部屋は濃茶の漆塗りに
 金で描かれた花鳥や東洋的な風景が壁一面に覆っていた。
 そこにはフランツ1世や、ジョセフ2世などの肖像画が飾られていた。
 そこでマリア・テレージアが夫の思い出に浸っていたという。
 
ー聖シュテファン寺院 Stephansdom

 市内中心部にある大きな教会。
塔は一部修復中であったが、屋根の模様は見ることが出来た。
エレベーターで、その屋根の上まで昇ってみてウィーンの街を見下ろしてみた。
 その後、ケルントナー通りの聖シュテファン寺院から国立オペラ座あたりまでを
 ぶらぶらと歩いてみた。

・・・・・・・
・・・・・・・

2003年09月06日(土)
885, 遥かなるアルゼンチンタンゴ

 先日、NHKのBSTVで「遥かなるアルゼンチンタンゴ」の
2時間番組を放送していた。
昨年末にアルゼンチンに行って、本場のアルゼンチンタンゴのショーに
感激した余韻が残っており丁度よいタイミングであった。
(感想文は後にコピー)

 番組はアルゼンチンタンゴの歴史や由来、超一流のタンゴの踊りを
交えた内容の濃いものであった。
アルゼンチンタンゴは踊りだけでなく、歌も庶民の悲哀と愛を歌い続けてきた。
バンドネオンといわれるアコーデオンやバイオリンなど中心とした
タンゴオーケストラもある。

ー以下はその放送に流れるナレーションを纏めたものである。

 禁断の踊りの魅力に満ちた哀愁の漂う街ブエノスアイレス。
その隅々までタンゴの一部になっているようである。
パリの街の売春宿の踊りとして有名になった時、時の法王が、
そのあまりの過激さに、「タンゴ禁止令」をだした。
 その時パリにやってきていたカシミール・アイーンが、法王に直訴をした。
そして法王の眼のまで実際におどって見せた。
それをみた法王が感動して、禁止令を撤回したという逸話が残っている。

 この世界中を魅了している踊りの歴史は深くはない。
南米のアルゼンチンのブエノスアイレスに、世界中の踊りや歌を携えて
船乗りたちがながれてきた。
そしてそこの男女が互いを誘惑しあった踊りである。
キューバのタバネロや、スペインのフラメンコが混ざり合い出来上がっていった。
執拗に互いの身体を密着しあった踊り、それをアルゼンチンタンゴという
ようになった。

 男女が誘惑しあうタンゴの原点はいつの世にも変わることはない。
変な気取りを全て捨てて鳥のように誘惑しあう姿が美しい。
男女が身体を離して踊るのではない。
二人は密着しあって一つになる踊りである。
彼らはタンゴから人生そのものを学んだ。

 ブエノスアイレスは犯罪が少ないという。
男女の欲望はタンゴをとおして発散できるし、出会いの場が多い。
ダンス場が街のあちこちにあり、入場料はマンドリン(飲み物付き)
で200円ばかり、眼が合えば一時の恋人になる。
音楽の続く3分間はお互いに相手にゆだねる。
全く知らない人でも、ダンデーな男と艶やかな女になれる、
それがアルゼンチンタンゴである。

ー以上であるが、何よりも男女の誘惑しあう踊りがイヤラシクも何もない。
スペインのフラメンコは一人踊りか、集団で踊るかだ。
それに対して、男女二人が体を密着して誘惑しあう。
 ・・・・・・・・・・・・・
ータンゴの歴史
 タンゴがうまれたのは今からおよそ130年位前のブエノスアイレスの
場末といわれる。
ジャズよりもずっと昔からタンゴが存在していたことになる。
タンゴを生んだのはプエノスアイレスにやつてきたイタリア系と
スペイン系の移民たち、自然に生きてきた牧童ガウチョ、黒人の
子孫たち、それも社会生活からハミ出してしまったやくざ者たちである。

 彼らが自分たちの娯楽として作り出したダンス音楽がタンゴとなったのだ。
だからタンゴにはそれぞれが生れ故郷で親しんできた昔楽が入り込んで
いるし、望郷を思わせる哀愁あるメランコリックなメロヂィーを持って
いるのである。

 タンゴが他の地域へとひろまり始めたのが1920年代。
きっかけはそれまでダンス音楽だつたタンゴに「歌」という表現形式が
現れたことといわれる。
それから楽譜産業、レコード産業の発展も大きく貢献した。
それと並行してパリを中心にしてタンゴは世界的流行を見せ始める。

 その後はアメリ力の映画や音楽に押されてしまうが、1940年代に
復活、フアン・ドミン」・ペロン大統領とその妻エビータの
ナショナリステイツクな政策も助けとなって第二の黄金期を迎える。

 1950年代後半から経済悪化にともない、小編成グループが増加、
アストル・ピアソラを中心とした現代タンコ・への歩みもスタートする。
 今、アルゼンチン・タンゴ・界では昔からのスタイルも、
現代的なスタイルも、男性歌手も女性歌手もあり、ダンサ一も数多く活
躍し、とてもパラエティに富んだ趣味、芸術に発展したのである。

  ・・・・・・・・・

2002年12月21日(土)
617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4

 アルゼンチンタンゴがすばらしい!
昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士
が女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。
その踊りが西欧の人達に認められていった。
従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが
2時間以上にわたって繰り広げられた。
全く期待をしていかなかったのが良かったのか、
初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。

 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。
今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。
辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。
この旅を締めくくるに最高のイベントであった。
写真を見てもらえれば解るはずだ。
よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。

この旅行は心に多くのものを残してくれた。

・・・・・・・
・・・・・・・

2002年09月06日(金)
511,こころの添削

「文章を添削することは心を添削することだ。
その人の心が添削されないかぎりはその人の文章も添削されようがない」
       ー藤村藤村の「初学者のために」より

なにか毎日[[随想テーマ日記」を書き続けていて、一番勉強になるのが
自分自身である。思っていることを書き出して、添削を続けていると
心を書き出し、こころを添削しているような気になる。

小さな、ネジ曲がった自分がまず浮き彫りになる。
そして、他人に見られていることを意識して書き直す。
その作業を通して、自分の心が添削されていくのが実感で解る。

文章の上達は「量を書くことと添削しかない」と立花隆が
書いていたが、そのとおりである!
添削は誤字や文の脈絡の捩れを直すだけでなく、
その前提になっている自分の視線・視点を治す事だ。
言葉が汚い自分はこころも汚い事と反省しなくてはならないが!

・・・・・・・・・
人生は「自分が真にしたいことを見つけ、面白く生きること」
これが秘訣だと両親の生き方より若いときから学んだ。

ものを書くことも然りと、田辺聖子の「いい文章を書くために」
という随想に書いてあった。

「書きたいことを、面白がって」
そうすれば、読む方もその人の本当に言いたいことに注目をするし、
面白がって読むだろう。文章も躍動感に満ちたものになるだろう。

なるほどと思ったと同時に、文を書くとき本当にそう考えていただろうか?

・・・・・・・・・
「随想はつまるところ自慢話」と井上ひさしがいっていたと、
林真理子が書いていた。なるほど、そのとおりである。
毎日書き続けていてそう実感する。

「こんなことを知っているぞ」とか「こんな経験したことがあるぞ」
とかだ。それでは外に何を書けといえばいいのか?
やはりその類のことしか実際のところない。
勝手に書いて、公開しているんだからと開き直るしかない。

何か書いている原動力が自慢話とは、それも面白いものだ。
「毎回見ていただいてありがとうございます!」
いや「毎回自慢話を聞いていただき有難うございます!」

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2001年09月06日(木)
[135] 熊

「熊に追われ逃げてきた、そこに大きい池がある、その横に木が立っている、
その向こうに家がある」
 さあ貴方はどうする。
「木に登るか、池に飛び込むか、家に逃げ込むか?」

木は理想。
池はセックス。
家は-実家ー昔の思い出ー田舎に帰って実家の商売の手伝いーなど

ー木に登りしがみつき、池に飛び込み溺れ、家に飛び込み熟睡,でもすぐ飽きてしまう。
これが人間の姿だ。
熊は何かーもちろん現実そのものだが、
     自分の影か父親か。

この質問を第三者にしてみると本当に面白い。
そのものずばりだからだ。

この喩えを知っているためか、よく熊に追われる夢を見る。
「何処かの家の外に熊がいる、いつのまにか家の一階にいる、そのうちドアの
外まで来ている、どうしよう」というところで目が覚める。

どういう訳か熊に襲われる前に目が覚める。


1616, 楽しく生きる−1

2005年09月05日(月)

「楽しく生きる」を、
私流に「面白おかしく生きる」というコンセプトにして自分に課してきた。
それも20歳代の頃からである。
むしろ「楽しみを見つけだす」という生き方であった。
私の行蔵の中の「楽しい時間」の中には、溢れんばかりの行蔵が詰まっている。
(他人からみたらガラクタだろうが、私にとってお宝である)

楽しいときは、どういうときであろうか。
・自分のしたいことをしているとき
・何かを期待してワクワクしているとき
・感動をしているとき
・自分の望んでいたことが実現しているとき
・人に褒めてもらえたとき
・自分の生き方に自信を持ってるとき
等々、上げられる。

いずれも肯定的な感情に包まれ、自分の欲求が満たされたときである。
一度だけの人生、肯定的な感情で、かつ自分の欲求を満たさなかったら、
人生を浪費していることになる。
特に人生の後半は前半ほど単純ではない。多くの過去を背負っているからである。
ならばこそ、その中で「楽しく生きる」喜びも深くなる。

文筆家(哲学者)池田晶子 の
「楽しく生きるためにどうすべきか」という文章がよい。
彼女は、哲学することの意味を平易な言葉で語ることに定評がある。

ーまずは、彼女の文章をそのまま書き写してみる。
 
 人生は短い。と、どうしてもやはり思いますよね。
平均寿命は80とは言われますが、歳をとってからできることは当然若い頃より制限されますし、
ましてやその歳まで生きるかどうかの保証はどこにもないわけです。
ひょっとしたら、明日、心臓発作で死ぬかもしれない。
 
縁起でもないと、普通はやはり思いますよね。
しかし、よく考えてみると、いやよく考えるなどしなくても、生きている限り人が死ぬのは
当たり前で、この当たり前を当たり前として認識しているかどうかで、人の人生観は全然違った
ものになるようです。
今のここに死はあるからこそ今のここの生はあるのだと思えば、人生は長いとか短いとか
言いようもなくなるはずだからです。

だって、いつだって、「この今」しかないのだから。
「この今」しかないと気づけば、先のことをあれこれ悩んで苦しむことはなくなるようです。
悩みや苦しみというのは、人生には先があるとする錯覚的時間認識が作り出す、
まあ一種の気の迷いみたいなもんでしょう。
未来への不安、もしくは過去への後悔、いずれも時間認識の勘違いです。
だって、未来や過去を悩んだり苦しんだりしているのは、まさしくこの現在ではないですか。
あ、なあんだ。 と、気がつけば、錯覚としての悩みや苦しみは脱落します。
そして、なんらそういった感情は湧かなくなり、逆に楽しみや喜びといった感情が湧いてくる
ようになるようです。むろん、悩みや苦しみのタネは変わらずに存在していますよね。
我々は生身の存在だからです。仕事上の悩みが存在すれば、病いの苦しみだって存在する。
それは偽りのない事実です。

しかし、それらを言わば受け身で悩み苦しんでいるということではなくて、
妙な言い方ですが、
悩むことを楽しむとか、苦しむことを喜ぶとか、そんなふうに変えられるようです。
要するに、楽しみや喜びというのは、どこか外にあるものではなくて、
自分の側の心の構えのことだということです。それを楽しんでやろうという構えでいれば、
それが何なのであれ、それはその人にとって楽しみとなるはずです。
楽しむということは、今しか存在しないのだから、その今を楽しむということ
以外ではないでしょう。
 
 矛盾したことを言うようですが、それでもやっぱり時間というのは存在する。
我々は生身の存在であって、肉体は刻々老いてゆく、以前できたことが今はもうできない、
体の故障は不愉快だ。
昨今はアンチエイジングブームで、それら加齢に伴う現象を否定的に
捉える向きがあるようですが、しかしこれはもったいないことのように思います。
なぜなら、老いるという経験は、誰も初めてのことであるはずで、せっかくの未知なる体験を、
否定してないものにしてしまうのは惜しい。

死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから人は苦しむことに
なるのでしょう。
やはり、当たり前を当たり前として捉え、なおそれを楽しむという構えが、
ひょっとしたら人生の極意なのかもしれません。
 
まあこの人生、何のために生きるのかとは、生きている限り避けられない問いではありましょう。
それは人間にとって最も根源的な問いであって、だからこそこんな問い、人に問うて答えが
得られるものではない。根源的な問いほど、自ら問い自ら答える以外はあり得ないのです。
本当に答えを得たいのであれば、生きている限り一度は必ず自らに問うてみるべきでしょう。
「私は、食べるために生きているのか、生きるために食べているのか」
 さて、本当に楽しい人生は、どっちだと思いますか。

 ーー

「死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから
人は苦しむことになるのでしょう。やはり、当たり前を当たり前として捉え、
なおそれを楽しむという構えが、人生の極意なのかもしれません。」
の言葉が、彼女の言わんとすることだ。
現在という一瞬の連続が人生なのだから、その「いま現在」を楽しんでやれというしか、
楽しく生きるコツは無いはずである。
老いるにしても、苦しむにしても、その経験は、未知なる体験であるのであるから
否定してしまうのは惜しいはずであり、楽しむ材料でしかないと考えればよいのだ。
 
             ーつづく
 −−−−
 −−−−
 
2004年09月05日(日)
1251, オーストリア旅行記 −2

ーウィーンー
オーストリアといえば、ウィーンである。
ウィーナーワルツ、ウィーンナーコーヒー等の軽やかなイメージがわいてくる。

飛行場から街に入るまでの道路で、何か変った感じがした。
広告看板が一切無いのだ。
街に入っても、広告看板が小さく殆ど目立たない。
郊外は一切広告看板が禁止されており、街中でもかなりの規制があるという。

ウィーンはハプスブルク王朝の帝都として発展してきた。
17世紀以来、中欧都市として多くの文化の集積地として東西南北・欧州の
核ー交差点となっていた。

音楽やワルツ、食に建築、多大な富、異文化、優れた人材が流入し混在していった。
そこにはゲルマン、スラブ、ラテン、ユダヤのどれでもない独特の国際性豊かな
文化があった。その結果として、国民の民度は最高度のようだ。
一見華やかに見えるが、生活は質素で堅実な国民性である。

さほど大きくないないこの街に、一ヶ月間いても飽きることがないほど
多くの見所が詰まっている。
たった数日の滞在でそれを感じさせる何かがある。

学生時代、私の寮の隣室の河路という先輩と、一年後輩の南波嬢がこのウィーンに
留学したのだ。彼らは三十数年前に、この街に数年住んでいたのだ。
この街にいるだけで、いやこの国にいるだけで、多くのことが学べそうな
雰囲気が満ちていた。

ウィーンでは、まずは「王宮」である。
ハプスブルク家が640年間、帝都として代々の皇帝が住居としてきた。
13〜19世紀の間、増築を繰り返し、現在みられるような壮大かつ華麗な建物になった。
皇室の22室の部屋と、家具などが展示されていた。
旧王宮内にある「王宮銀食器等コレクション展示室」には
ヨーゼフ祇ど弸覆使用した銀食器をはじめ、多くの陶器などが展示されていたが、
ただただ、その豪華さに驚いてしまった。

次に[[美術史博物館]である。
世界の博物館でも所蔵する絵画及び美術工芸品のコレクションは最大級である。
1857年にハプスブル家の美術品を収蔵するために建てられたものでリング状に
部屋が創られ、多くの作家ごとに部屋が割り当てられており、ブリューゲルの
[青い花瓶の花束]や、ルーベンスの[古代の四大河川」や、ベラスケスの
「バラ色のドレスの王女マルガリータ]などが、所狭しと展示されていた。

「シェーンブル宮殿と庭園群」の美しさも見ごたえがあった。

                        つづく
  ・・・・・・・・
  ・・・・・・・・
 
 2003年09月05日
(金) 884, マンション事情

 先日、新潟市内のマンションを見てまわった。
モデルルームを見るかぎり、マンションはなるほどすばらしい。
ここで住んでもよいかな〜というのが幾つかあった。

 マンションは宝石を買うのと同じで、買った時が一番の高値のとき。
買った後は、急カーブで価値が限りなく落ちていく。
一戸建て住宅にもいえるが、デフレの時代は更にこれが加速される。
純朴な庶民に夢を売っているのだということが、よーく解った。
結婚に似ているが、全てにいえることだ。

 マンションの売れ行きを見ているかぎり、恐慌の世界とは程遠いようだ。
新潟市内に、いつの間にか多くのマンションが建っていた。
そして、その殆どのマンションの完売には驚いた。

 一戸建てなら、数十佑瞭金が必要だが、マンションならそれが必要がない。
ローンで三十数年の延払いが可能で、アパートの家賃を考えれば目先安く感じる。
売る方からみれば、最高の営業ネタになる。
払う方は30年以上縛られてしまうことになる。
以前はやったジュエリーの世界に似ている。
売りつけてしまえば、10年・20年以上経った時の商品価値に責任ない。
20年以上経ったマンションを見れば、それが良くわかる。
マンションも毎年のように、ドンドン進化していくのだ。

 しかし、マンションの良さもある。
一戸建住宅のメンテや町内の付き合いやゴミ掃除などから開放される。
また比較的良い立地に住むことが可能になる。
何事も 一長一短である。
結婚相手と同じで、そう簡単に変えられないから事前調査が十分に必要だ。
実際住んでみないと解らないことが多い。

 しかし、私みたいなマンション嫌いでも、実際住んでみたいと思うのだから
若い人にとっては魅力があるのだろう。

・・・・・・・
・・・・・・・

2002年09月05日(木)
510, イルカの話

最近癒しという面でイルカが話題になっている。
先日NHKでブラジルの漁村で野生のイルカと漁民の共同の
ボラの漁をドキュメントで放送していた。

湾の浅瀬でイルカが追い込んだボラを漁民が投げ網でとる。
イルカは、そこより逃れたボラを待っていて取るのだ。

イルカが浅瀬に逃げ込まれる前に人間の処に逃げ込んだ
ボラのおこぼれを取るのだ。
何代にわたって親娘のイルカにそのノウハウが受け継がれている。

その湾の60頭のうち20頭がそのノウハウを持っている。
面白い内容だった。

猿と犬の中間位の能力があると云われている。
特に彼らの出す音波言語は、かなりのレベルの情報の交換が
行われている。人間との言語交換は不可能といわれているが、
もし可能になった時は、コペルニクス的大転換がおこると
いわれている。

いかなる状況においても遊びを忘れず、
また人間に気持ちに対して、非常に敏感に反応するという。

検索で調べた「イルカのホームページ」の内容をコピーしておく。

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[イルカは病人を特別扱いする ]
イルカやクジラ、ゾウなどはけがをした仲間の動物をかばう性質があり、
イルカは人間の中から病人を選び出すことができるらしく、
その病人を特別扱いするらしい。
イルカは人間の血圧の状態や脈拍がわかるようであり、
右半身が麻痺している人が海に入れば、
イルカは必ず不自由な右側を支えるような位置にまわってきて泳ぐ。
多くの泳いでいる人の中に自閉症の人がいれば、その患者の側に行くそうだ。
イルカと一緒に泳いだ人は自分はイルカに特別扱いされたと言い、
自分の存在を認めてくれたと喜び、自分の存在価値も認めてもらえたと
自信をつけさせる効力まである。


[イルカの不思議な力]
イルカがどうやって治すのかは現在では科学的に説明しづらく、
イルカ療法に関しての本によってそれぞれ違う。
超音波のようなもので治すとか、気で治す、
テレパシーのような超能力があるなどといろいろ書かれているが、
確実な証拠はなく、未知の能力であるのかもしれない。
病人がよくなるというのは実際にあるが、
イルカだけが効果の源であるとは言い切れない。
広い海に出ること、太陽に当たること、多くの人に援助して
もらい水に入ることなども効力のあるすばらしい体験であると言える。

心の病の治療にイルカが使われています。
その第一人者はベッツィー・スミス博士。
彼女は自閉症の子供をイルカと泳がせました。
すると、感情を表にだしことのなかった子供たちに変化がおきたのです。
喜びを表現したり笑い声を発したりしたのです。

彼女の言葉を借りると、
「イルカは超音波を使って、対象がどのようなコンディションであるかを
理解します。相手の体に不自由があったり、気分がおちこんでいたりと
いった状況を敏感に察知しイルカのほうから患者にちかよってきて」
人々を癒すのです。

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イルカのメッセージを伝えたい
 高度に発達した文明を持ったアトランティス人は、
イルカだったという説がある。
別の説では、アトランティス大陸が沈没したときに、
人々がイルカに姿を変えたとされている。
 いや、イルカはシリウスという恒星から、地球の変革を助けるために
やってきた使者だという人もいる。
 いずれにしても、大昔からイルカは私たち人間と深い関わりをもってきた。
 ギリシャに「デルフォイの遺跡」というのがある。
デルフォイとは、ドルフィン、つまりイルカのことだ。
古代ギリシャ人は自分たちを導く神の化身として、イルカを祀っていたのだ。
ギリシャ神話には、水難に遭った人を救ったイルカの話や、
少年と仲良く遊んだイルカの話が数多く残されている。
 同じようなエピソードはニュージーランドやカリブ海、
さらにはアジアのベトナムでも語り継がれている

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 2001年09月05日(水)
[133] 事前の一策は事後の百策に勝る

この事業を創める前にこの諺は知っていた。
そして考え抜いて創めた。
考え抜いた分うまくいった。

浪人を何回かやったためその事を身にしみて知っていた。
特に装置産業はそれが極端に結果として出る。
失敗したらそれは屑以下だ。
取り壊しの費用がさらに加わるからだ。

その為会社の名前もホテルプロジェクトにした。

では事前の一策はどうしたらいいか?
情報と知恵だ、と足だ。
それでこの程度だから、私が書くに値しないのかもしれない。

ー自省の意味で書く。

原理原則を学ぶことだ、そして足を使うことだ。
そして策を練ることだ。
これが難しいし、甘くなる。

事業なら事業計画、旅行なら旅行プランだ。

当然これで100%きまる。
これが解ってない(一番解ってないのが自分かもしれない)
店に入るとすぐそれが解る。
平面とプライス設定と商品で。

チェーン店大きいところはすばらしい。
よいから大きくなったのだ。

個人店80パーセントの負け組みはひどい。
まだ生き残ってるのだから、それなりの理由があるのだろう。

悪いのは景気でない、その店の店主の頭だということが解ってない。

人のことを言えないが。
更に自省をこめてこめて書いている。

集中が基本だ。
プライスと商品の集中だ。

マクドナルドはハンバーグだけで何万の店を創った。

ユニクロは衣料の普段着と合着であれだけ爆発的人気をえた。

普段着はヨソイキの服のお下がりかスソものといわれる安物を
何にも不思議と思わず着て生活していた。

ユニクロはただマクドナルドをただそのまま真似た、普段着として。
イタリヤとか、アメリカの一流デザイナーにデザインをさせ、中国で
生産させ持ってくる。売れて当たり前だ。
そろそろ飽きられたとかいうが、とんでもない。
あのホームページの素晴らしいことを見れば解るはずだ。

最近電話での注文も創めた。
ダイエーがその模造を創りはじめたが、そうは真似られる訳がない。

ダイエー系のハンバーガーショップを見ればわかる。
事前の100策が練ってあるのか。

せいぜい一策ぐらいだろう。
潰れるか吸収されるだろう、間違いなく。


1615, アメリカインディアンの教え −3

2005年09月04日(日)

「死ぬことが人生の終わりでない
      インディアンの生きかた方」
              著者・加藤諦三
                 扶桑社文庫。
加藤諦三とは懐かしい名前である。
20歳代の頃、よく彼の本を読んだ。
心が休まる内容だったことを憶えている。
現在は「心の癒し」系の本は多いが、当時は殆ど見当たらなかった。
癒し系の日本の先がけだった。
心理学系の先生で、理づめであったためか、解りやすく納得のいく内容であった。
彼の本を手に取るのは三十数年ぶりだが、履歴をみるとその後も
多くの著書を出しつづけていた。
彼はこれまでも、「インディアンの教え」のシリーズも何冊か書いている。
(このHPでも、過去に二回インディアンの教えについて書いている。)

 この本の構成は、
アメリカインディアンにとっての
・生きるということ、
・死ぬということ、
・自然という存在
の3章になっていて、
それぞれアメリカインディアンの根底に流れる哲学に関し
て記述されている。

冒頭に
「死ぬことが人生の終わりでないインディアンの生きかた7か条の教え」が
書かれていたが、心に沁みてくる。

ーword 1

変化は必要です。
もしあなたが不幸なら、
何があなたを幸せにするかゆっくり考えて、
必要な変化を受け入れなさい。

-word 2

あなたの喜びは私の喜びである。
だから、あなたにすることは
私の負担になるはずはありません。

-word3

誰かに判断をくだす前に、
その人のモカシン(インディアンの革靴)を
二週間は履いて歩いてみましょう。

-word4

あなたが生まれたとき、
あなたは泣いていて周りは笑っていたでしょう。
 だから、あなたが死ぬときは
周りが泣いていてあなたが笑っているような
人生を歩みなさい。

-word5

魚は水のことを考えません。
インディアンは死のことを
考えません。

-word6

生きることと死ぬことは
ひとつのサイクルです。
 だから、死ぬことは
季節の移り変わりのように
素晴らしいのです。

-word7

自然は、正しい者の上にも、
悪い者の上にも同じように
甘い雨を降らせます。

 
 仏教もアメリカンインディアンも、ともに人間にとって死に
関しての死生観がはっきりと現わされている。
この根底には、アメリカインディアンにとっての基本原点は自然であり、
この自然に溶け込むことによって、そこからエネルギーを得て心身ともに
リフレシュするような感覚であることが分かりる。

アメリカインディアンは自然の中のすべてのもの、
例えば木とか岩が「神の存在」として扱われます。
さらに、あらゆる物に精神が宿るとしている考え方がある。

 また、アメリカインディアンの宇宙観として、
全体あるいは「統合」という考え方が基本になっている。
即ち、生と死がペアーであり、夜と昼がペアーであるように、あらゆる
ものの間にはこのようなペアーの考え方による宇宙の秩序があり、
これらを反映したものと考えられている。

 シェイクスピアは生まれるという「生」に関して、
「人間は泣きながらこの世にが生まれてくる」という言葉を残したが、
その対極にある「死」に対して笑って死んでいくというアメリカインディアン的な
考えはなかったようで、この考え方は東洋的な考えである。

 アメリカインディアンは、そのルーツを探ると我々東洋人と深い関わりがある。
氷河時代の終わりごろアジアに起源する集団の一部がベーリング海峡を渡り、
アメリカ大陸へ移住した。
1987年、日本人の一部と北米インディアンが、DNAの比較から明らかになった
ことが研究成果として発表された。

彼らの自然崇拝の背景には、同じような感覚がDNAとして残っているとも
解釈できる。
四季を考えてみて、春は花が咲き、
秋が来ると木々は紅葉し、散って行きます。
この様を見て死というものを考えてしまいます。

アメリカインディアンは、これらの自然の繰り返しを見ながら
美しく死んでいくことを教えていると理解する。
死は最後の人生経験との位置づけで、アメリカインディアンは、
死は我々の魂の再生であるとの考え方に立っていて、
仏教の輪廻転生の考えに近い。

アメリカインディアンは、死は人生の最後の経験であり、
自然界の中のサイクルの一つでしかないとみているのです。

ー以前に書いたインディアンの教え」をコピーしておきます。

2005/02/27
1426, アメリカインディアンの教え−2

ー何処かの国の教育学者のように、
私の「インディアンの教え」を書いてみる。

・両親の仲が良い子供は、暖かい心の子供になります。

・卑しい両親の子供は卑しくなります。

・人の悪口を家庭内で言っている親の子供は、冷たい子供になります。

・期待過剰の両親の子供は、無気力の子供になります。

・厳しすぎる親の子供は、影で悪いことをします。

・家庭内離婚の子供は、社会に対して敵愾心を持つようになります。

・男女間にだらしない親の子供は、離婚をする確率が高くなります。

・親の愛情をタップリ受けた子供は、心の芯の強い人になります。

・子供を自分の所有物と信じて疑わない親の子は、親を憎むようになります。

・子供に一流の音楽や芸術をシャワーのように与えた子供は、
 一流の人物になる傾向が強くなります。
 
・常に夢を持っている両親の子供は、創造(想像)豊かな人になります。

・他人に思いやりのある親の子供は、幸せな一生を約束されます。

・子供を優しく見守れる親の子供は、自主性のある自由な人生を過ごせます。

ー作成時間30分で熟慮はしてない。
  ーー
租借と熟慮をしていない分だけ、
アメリカのドローシー・ロー・ノルトの「子供が育つ魔法の言葉」
の方がよいが、数時間かけて考えれば近いのは作れる?!
インディアンの教えと、ノルトの言葉を声を出しながら何回か読んで
頭に何か浮かぶのを待てばよいのだが。

この位で止めておく。

-----------------------

2005/02/26
1425, アメリカインディアンの教え


批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします

敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います

ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります

ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります 

心が寛大な人の中で育った子はがまん強くなります

はげましを受けて育った子は自信を持ちます

ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります

公明正大な中で育った子は正義心を持ちます

思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます

人に認めてもらえる中で育った子は自分を大事にします

仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます

・・・・・・

以前にも、この「アメリカインデアンの教え」について書いたことがあった。
この本は、ドローシー・ロー・ノルトの「子供が育つ魔法の言葉」と思われる。
自分なりにアレンジをして変えたのだから、それはそれで良いのだろうが。

・この本の出版社からの紹介の文章と、
・「皇室」のHPより、皇太子の「ご発言」
をコピーしておきます。
 −ー
ー出版社/著者からの内容紹介
ドローシー・ロー・ノルトの「子供が育つ魔法の言葉」

世界22カ国で愛読され、日本でも120万部を超えるベストセラーとなった
子育てバイブルが待望の文庫化! 
子育てでもっとも大切なことは何か、どんな親になればいいのかというヒントが
この本にあります。

親は、子どもにとって、人生で最初に出会う、最も影響力のある「手本」なのです。
子どもは、毎日の生活の中で、よいことも悪いことも、親から吸収していきます。
本書は、よい子を育てるために親が知っておかなければならない知恵が、
誰もが共感できるシンプルな言葉で綴られています。

「けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる」
「見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる」
「認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる」
「和気あいあいとした家庭で育てば、
  子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる」など、
子育ての不安を解消する魔法の言葉がいっぱいです。

自信を持って子どもに向き合えるようになるに違いありません。
 ーー 
ー宮内庁HP

皇太子殿下のお言葉  
 
 皇室典範に関する有識者会議が設置されたことは承知しておりますが,
 私としては,お世継ぎ問題も含めて,コメントは控えさせていただきます。
 愛子の養育方針ですが,愛子にはどのような立場に将来なるにせよ,
 一人の人間として立派に育ってほしいと願っております。
 3歳という年齢は今後の成長過程でも大切な時期に差し掛かってきていると思います。
 愛子の名前のとおり,人を愛し,そして人からも愛される人間に育ってほしいと思います。
 それには,私たちが愛情を込めて育ててあげることが大切です。
 つい最近,ある詩に出会いました。
 それは,ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った
 「子ども」という詩で,スウェーデンの中学校の社会科の教科書に収録されております。


    『批判ばかりされた 子どもは
     非難することを おぼえる
      殴られて大きくなった 子どもは
     力にたよることを おぼえる

     笑いものにされた 子どもは
     ものを言わずにいることを おぼえる

     皮肉にさらされた 子どもは
     鈍い良心の もちぬしとなる

     しかし,激励をうけた 子どもは
     自信を おぼえる

     寛容にであった 子どもは
     忍耐を おぼえる

      賞賛をうけた 子どもは
     評価することを おぼえる

     フェアプレーを経験した 子どもは
     公正を おぼえる

     友情を知る 子どもは
     親切を おぼえる

     安心を経験した 子どもは
     信頼を おぼえる

      可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
     世界中の愛情を 感じとることを おぼえる』

 インデアンの教えのHPをサロンのコーナーに貼り付けておきました。
  
    http://www.aritearu.com/Influence/Native/Nativebook/Myth.htm
 ・・
ーインデアンの言葉より

・唯一の正しい知恵は、人類から遥か遠く離れた大いなる孤独の中に
住んでおり、人は苦しみを通じてのみそこに辿り着くことができる。
(カリブエスキモー、シャーマン)

・自分自身のことでも、自分の世代のことでもなく、来るべき世代の、私たちの
孫や、まだ生まれてもいない大地からやってくる新しい生命に思いを馳せる。
(アメリカ先住民の古老)

・おまえが大きな船に乗り、私が小さなカヌーに乗っていても、
私たちは同じ生命の川を分かち合わねばならない。
(アメリカインディアンの古老、オーレン酋長)

・すべての暖かい夜
月光の下で眠れ

その光を、一生をかけておまえの中に取り込むのだ
おまえはやがて輝き始め
いつの日か
月は思うだろう
おまえこそが月なのだと
(クリーインディアンの詩)

・岩は偶然ここにあるのではない。
木は偶然ここに立っているのではない。
そのすべてを造った者がいる。
私たちにあらゆることを教えてくれる者が。
(クロウインディアン)

・大地は知っている。もしおまえが、間違いを犯せば大地は知っている。
(コユコンインディアン)

・大地が横たわっている。
大地の魂が横たわっている。
その上はすべての生き物で装われている。
聖なる言葉が横たわっている。
(ナバホインディアンの歌)

・せせらぎや川を流れる輝かしい水は、ただの水ではなく、われわれ祖先の血だ。
湖の水面に映るどんなぼんやりとした影も私の部族の出来事や思い出を語っているのだ。
かすかな水の音は私の父の父の声なのだ。
(シアトルの酋長)

・祖先の人々に生命を与えたのは風。指先をかざして私たちは風の来た道を知る。
(ナバホインディアン)

・大気はそれが育むあらゆる生命とその霊を共有していることを忘れないで欲しい。
我々の祖父たちの最初の息を与えた風はまた彼の最期の息を受け取る。
(シアトルの酋長)

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月04日(土)
1250, 巨人がパに行けばよい!

「巨人がパに行けばよい!」
昨日の毎日新聞の一面トップ記事で、読売新聞の渡辺恒雄前巨人オーナーが、
インタビューに答えていた。
「一リーグ制に反対なら、パをもう一つ合併させて4チームにして、
巨人が移動すればよい」と思っていたら、前オーナーも同じ腹案を持っていた。
面白いものだ。

自社の読売新聞で書けば問題になるから、毎日新聞で書くところが
何とも面白いが。

一リーグ制への揺さぶりだろうが、それにしても現実化すれば面白い。
マンネリのセリーグの試合より、巨人がパに移動しての試合はエキサイティング
になる。その後2〜3年してから、セを救済という意味で一リーグ制に
すればよい。

大リーグを見てしまった現在、日本のプロ野球は二軍の試合を見ているようで
殆んど見なくなってしまった。
渡辺恒雄オーナーがいう、千五百万の給料しかもらってないオーナーが、数億の
プロ野球選手と交渉すること自体おかしいというのも、肯ける。

日本のプロ野球選手が、手前勝手な論理をかざしているのは自明である。
巨人大鵬玉子焼きの時代がまだ続いているなら、解らないでもないが。
サッカーや大リーグの放映などにより、プロ野球などアナザーワンになってしまった。

もし不満なら、大リーグに行けばよい。
それ以下のマイナーの選手だから利権を守りたいのだろうが。
大リーガーになれない2流選手が自分の権益を守る為のエゴ行為に過ぎない。

野球もグローバル化の時代に入ってしまった。

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2003年09月04日(木)
883, 脅しの手口

こういう(ホテル)客商売をしていると、低脳ヤクザやチンピラの
因縁付けの脅しが付きものである。
対処する一番厳しい場面になる。そこがマネジャーや支配人の仕事でもある。

 何かに因縁をつけて脅し取ろうというのだから、手が込んでいる。
しかし、ホテルを脅して金にしようとするのは、非常にリスクが高い。
ホテルによるだろうが、ヤクザなどのプロはそのことを知り抜いているから、
あまり脅しには来ない。
ホテルは警察の派出所に近いことを体験上知っているからだ。
それでも脅しの素人?が1~2年に一度位、「無知の涙」という感覚でくる。

 ー今回の顛末を書いてみる
やくざ風のアベック客の女が湿疹が出たと騒いだ。
深夜に支配人や副支配人やマネジャーまで呼び出されて、病院まで連れて行って、
そこでさらに大騒ぎ。翌日20万で手をうとうと本音を出してきたという。
警察に連絡したが、こういう微妙なクレーマーを装った脅しには彼ら警察の
方法・技術があるようだ。
ホテルの外で、そっと近づき「ここの縄張りの組事務所に挨拶をして仕事を
しているのか!これ以上騒げば、しょっ引くぞ!」と囁いたら、
二人は2度と顔を現さなくなった。
刑事曰く「20年前の手口でしかない!」

 この位の騒ぎは、大体が2年に一度ぐらいある。
電話の取次ぎミスを演出をして、「数百万の取引の損を出してしまった、
どうしてくれる!」と凄んで暗に金をせびる手口が数回あった。
彼等は責任者を外に呼び出して、決着を付けようとする。
外の呼びだしに出てくるかどうかが「金になるかならないか」の分岐点だ。

 常に得体の知れないヤクザ?が泊まっており、現場は緊張状態にあるのが
ホテル業である。因縁など如何でも付けられる因果な商売である。
それでも暴対法ができて、殆ど目にはつかなくなったが。
支配人やマネジャーも大変といえば大変な仕事である。
これに自殺騒ぎが1~2年に一度の割りにある。

 現場にいると、平岩弓枝の「御宿かわせみ」ではないが、色いろの人生が
宿泊客の中で垣間見れるという。
流れてきたソープ嬢は、初めから自分の素性を明かすという。
経験上、刑事に怪しまれるからだ。夜出て行って、明け方帰ってくるからだ。
また連れ込みを公然と入れるホテルには逆に泊まらないという。
仕事とプライバシー?をハッキリ分けてないと身が持たないのだろう。

 数年間、泊り込みの客が2人いるという。
アパートにも入れない事情があるようだ。
 
 ホテルは刑事の仕事の宝庫だ。
常に宿泊名簿とホテルの出入りの時間を調べている。
そして尾行をするという。
本当に得体の知れない客が最近多いという。
フロントの中には指名手配の写真が数枚張ってある。
素人はそのことを知らないのだ。
一年に2~3人は通報で捕まる、ホテルを出たところでだが。

しかし警察はあくまでも公務員であることも間違いはないが。

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2002年09月04日(水)
509,株安の不気味

7〜8月の私の会社からみる景気動向をみると、非常に厳しいと
「サロンコーナー」で書いていたが、
ここでそれが株安という現象で出てきた。

異常な状態であった。プラスの要素が幾つか重なっているにかかわらず、
昨年対比マイナスになったのだ。
特に一部上場会社関係の宿泊が激減した。

10月から何かがおこると予感していた。
ここにきて、その前触れでかジワジワと株価が下落してきていた。
8千円の割れは時間の問題だろう。
10月半ばか?!!

その時の覚悟はしておかないと。
でも株価の20年前は幾らだっけ?調べてみた!

そこへんまで落ちるのが、目安だ。これからみると7千円だ!!!
土地もそれ以下に落ちている。物価は凡そ半分はそれ以下だ。
公共料金は落ちてないが。いいきなものだ。

そうすると銀行は多くが倒産?!しかしそれが現実だ。
これからそのプロセスが始まるのか?不安だ。
何もオーバーな話しでない。

昨夜のNHKの「道路公団の民営化」の内容をみていて、
今の日本はタイタニックの世界である!!!!!


1614, 「やりたいことは全部やれ!」

2005年09月03日(土)

        ー 読書日記
           
51歳の年に私が決意した内容と、著者の考え方が非常に似ている。
著者とはスケールが違うが、考え方・生き方の面で共通点が重なっている。
大前 研一は何も特別な事を言っているのではない。
この年齢になれば、誰もが思うことで、その準備をしてきたかどうがである。

ー著者の言いたいポイントは
・人生、楽しめるうちに楽しみなさい。
・寄り道、回り道もおおいに結構。
・他人を気にせずマイペースを貫け。
・会社や仕事に振り回されるな。
・やりたいことは先延ばしするな。
・いつ死んでもいいように悔いのない生活を!
・将来を再設計し、見つめなおす勧め。
である。

日本人は生きている間にあらゆる我慢をし、やりたいこともやらない。
そして悔いを残しながら、
「自由な生き方ができる今の若い人がうらやましい!」
と思いながらあの世に行く。
これをやめよう、というのが大前研一の提唱である。

我々が「人生を楽しむ」という一点において価値観を変えれば、
世界の景色も全く変わってくる。
この価値観の転換ができないのが、日本人の悲しい習性ではないだろうか。

著者の、人生のバランスシート的見方も面白い。
「日本人は死ぬときに生命保険、貯金、ローンの終わった家などを残していく。
金融資産だけでも3500万円近くになり、その他に家があれば、少なくとも土地だけで
数千万円ということにだってある。そして、それを誇っている。
これでは子孫に残すのは美田ではなく、係争の種かもしれない。
理想的な生き方は、死ぬときにちょうど蓄えがゼロとなり、
ありがとうございました、と成仏できることである」と。

死ぬときにゼロにするには、65歳の平均的蓄えの2500万円と、その後の定期的預金の
1000万を足した3500万円をゼロにする生き方である。
65歳から80歳までの180ヶ月として、
毎年の生活費プラス20万円生き方である。
それも遊びにである。
夫婦で一回50万としても、海外に年5回以上はいけることになる。
そうすると、70回以上は軽くいけるのだ。

また、
「私は相当周到な人間である。だいたい飯が食える程度の芸は若い頃から
いくつか身につけていた。いざとなれば家族くらいは食わしていける自信があった。
クラリネットを職業にしようと思ったこともある。
電子力でも工学博士号を取っているから、どこかの大学の先生か安全委員などを
歴任していたかもしれない」とも書いている。
まあ、勝ち組だから、こう言えるのだろうが。

 −−
ー家内に、死ぬ時に預金ゼロの部分を見せると
家内
「80歳以上になってからは、どうしたらよいか?」

「80過ぎて、何に金を使うのか?」
家内
「解っていても、使えないわ」
自分で稼いだことのない人は、金を使えないのだ。
(但し、多くの例外があるが)
 −−
彼は今、ある週刊誌でサラリーマンの人生相談をしている。
その中で窺い知れることは、
ーサラリーマンの彼らは、会社人間となって会社に尽くしても報われない時代になった。
世間的に評価されるスキルが身についていないことも薄々気がついている。
しかし、それを上司から直接強く言われたわけでもないし、周囲を見渡してみても
似たり寄ったりであるから、深く考えないですんでいるだけなのだ。
彼のところに相談にくる人も「どうしたらいいんでしようか?」という質問をする。
その時、彼は、
「どうしたらいいかは、あなたがどういう人生を送りたいかによって異なります。
あなたはどういう人生を送りたいのですか?」と聞くことにしている。
まさに、それがわからなければアドバイスのしようもない。
自分の人生は他人のものではない。
だから、自分でどういう人生を生きたいのか、自分で決めるべきなのだ。

人生寄リ道結構ではないか。
回り道が実は近道だということもあるのだ。わき道の楽しさだって悪くない。
わき道に入ることによって、はじめて見えてくる景色だってあるのだ。
少なくとも、死ぬ最後の瞬間に後悔しないですむ。
「悔いはない。おれは自分で選んだ人生を生きた」と言えるだけ幸せではないか。
「そのうちに・・・」ということは人生では禁句なのだ。
やりたいことは先延ばししないこと。
そして一番いけないのが、「他人の人生」を生きることである。
親の期待する人生、
先生の言った通りの人生、
上司の期待する理想の部下、
などなど。

著者は自分の人生に対し、
「自分の生き方として何を基準にしているかというと、
死ぬときに“これでよかったのだ”と言うために生き方を工夫している。
これが逆にどれだけ人生を単純化してくれているか、
毎日悩みもしないでいかに安らかに眠れるか、計り知れない。
私は宵越しの怒りも持たなければ、胃が痛くなるほど考え込むこともしない」

「戦後の経営者の中で誰が一番すごかったか、という質問を受けたら、
私は迷わずにヤマハの川上源一さんではないかと答える」、という。
川上源一さんは創造的破壊力においては、誰をも寄せつけないくらいの
強烈なイノベータであった。川上源一は
「モーツアルト、ベートーベン、シューベルトなどは実質的に同世代の人だ。
なぜあの頃クラシツク音楽が一斎に花開いたのかというと、育った環境がそうさせていた。
だから、人間は生まれてすぐにリズム、メロディ、ハーモニー(和音)の三要素を学習すれば、
あの時代のように天才が生まれてくる確率が高い、と言う。
これを実践してヤマハ音楽教室で特にレベルの高い子を、また、JOCと呼ばれる
コンクールの勝者をヤマハで預かり、特訓して天才に育てるといったそうだ。
ヤマハはピアノを買って下さい、と言うのではなく、音楽を教えしましよう、
という真にマーケティングの真髄のようなシステムを貧しい頃の日本に作り上げてしまった。
川上源一のピアノ作りにかける情熱にものすごいものがあった」

大前研一氏は世界中講演旅行をしている。
その時の講演会終了後に質疑応答がある。
その場合ローカルな事情に通じていないと聴衆は満足してくれない。
彼はどのようにしてローカルの情報を集めたかと言うと、不動産屋に立ち寄り、
かなり高そうな部類の家を買いたいと言っていい情報を収集するという。
通常彼らは自分の売りたいところ三軒くらいに連れて行ってくれる。
家を見ながら、会話を通しいろいろな情報を集めておくそうだ。

以上であるが、勝ち組の自慢話とも受け取ることもできるが、
といって、自分の固定観念にとらわれて、
70歳過ぎても30%も預金にまわすのも哀れといえば哀れである。
それも大部分の人というから!
両親から、学んだことは「金の使い方ー生き方」である。

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「やりたいことは全部やれ!」
 著  者:大前 研一
 出 版 社:講談社

プロローグ 人生、寄り道・わき道・回り道
第1章 人生を長く楽しく生きる極意
第2章 経営者の素顔
第3章 世界を知る
第4章 旅に学ぶ
第5章 愉快な仲間たち
第6章 死ぬほど遊ぶ
第7章 私のルール
エピローグ 人生の収支決算

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2004年09月03日(金)
1249, これこれ詐欺

一昨日、我家にも俺俺詐欺の電話が来た。
たまたま、銀行でお金をおろそうと銀行の自動キャッシャーの画面を見たところ、
「俺俺詐欺に気をつけてください」という画面を見た、その日であった。

家内が電話に出ると、小さな男の声で
「事故をおこしてしまった!」という。
友人から同じような電話があったと聞いていて、詐欺と直感したので、
「あら、あら、あら〜」と答えたら、直ぐに電話が切れたという。
電話をする方は名簿を片手に電話をしているのだろうが、ここまで日常的になって
いるとは驚きである。

バブル期の證券会社も詐欺会社そのもので、「これこれ詐欺」だ。
自分の安く仕入れた銘柄を「これこれ」と言って、ゴミとしょうする素人に
高く売り抜ける集団詐欺をしていた。
いや、今もしているか?!

天下?の野村證券が先頭になってやっていたのだから、それも自民党と組んで
いたのだから悪質を超えていた。

今でも、週に数回は商品取引の会社から電話がかかる。
彼等からみれば素人は赤子を捻るほど可愛い詐欺対象である。

他人事ではない、あるファーストフードのFCに引っかかり、あわや数億の
投資をしようとしてしまった。
その社長は元トヨタ商事の社員、説明会では巧妙な言葉で勧誘する。
自己責任とはいうが、世の中も甘くはない。

特に情報化の時代、何が真実で何が虚実かの目を持ってないと
全てを失う可能性が高い恐ろしい時代だ。

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2003年09月03日(水)
882, 競売物件

 以前から、裁判所が差し押さえを売り出す「競売物件」に興味があった。
不動産業者で、競売物件専門の業者もいるという話も聞いていた。

 先日、最近の競売物件を数軒見て回った。
それなりのリスクがあるが、抵当等を奇麗にして改装して売れば
結構面白い商売になる。
調べたら相場の半額から六割のあたりに値がついていた。
やはり古い好感の持てるような物件は少ないが、値段からみたら
価値はある。

 この時代は競売物件専門を扱う仕事も面白い事業になるのではないだろうか。
恐慌により、競売の割安物件が出てくるからだ。もっとも買いが少ないから、
リスクも多くなる。その為には充分な資金量が必要なことが絶対条件である。
カタチを変えたハゲタカファンド?とも言える。

 ある不動産業の人の話だと、最近は素人が手を出すという。
近くの土地を知り尽くしている人が狙って買い取って、改築をして売り抜る。
お金と感覚が研ぎ澄まされていれば可能である。
プロも驚いてしまうという。

 アメリカでは、家を買い、日曜大工で時間をかけて改築・改装をして、
より高く売り抜けて、また新しい家を買って同じことを繰り返すという。
一般の人は家を利殖対象の物件と割り切って、引越しをするのが当たり前に
なっている。そのために、ホームセンターが早くからできたという。
日本もこれからは、そういう時代になるだろう。

 しかし、競売物件は扱うのは、よほどの知識がないと難しいのも事実である。
 
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2002年09月03日(火)
508, 長野県知事選に思う

長野県知事選の結果が出た。
田中氏の大勝ちで、当たり前の結果である。

片方は無私で当たり前のことをやっており、
女弁護士の候補は、明らかに権益団体の代表だ。
初めは隠れていた権益団体の県議団が、途中でバレテ前面に出てしまった。

こういう姿が、TV画面では露骨に露出してしまう。
土建利権団体の崩壊が長野から本格的に始まった。
公然の事実で公共工事は100傭鵡腓里海箸蓮国民も知ってきた。
それでも過去の習慣で今も100佑笋辰討い?!!!!!

国家もそれを黙認している、いや手助けをしている?!!
今の日本は犯罪的国家が実情だ。

これがインターネットで、デジタルカメラなどで撮られて、
マスコミに手軽に送られている。
東京電力の問題も2年前に告発、今になって隠し切れないでこの様。
平岩外四とか、論語とか何か偉そうな事を言っていたが、
結局犯罪的国家の俗物でしかない。

情報革命の本格的流れは、これから益々犯罪国家の実情を暴いていく。
日本的犯罪社会主義の崩壊が始まった。ソ連・東欧の十数年前の姿だ。

国民のレベルが低いからこういうことが野放しになる。
日本は益々弱体化するだろう。
それでも残物の処理としての破壊は必要だ。

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2001年09月03日(月)
[130] 内幕情報やー暗い子狐

営業系はこの要素がないとやっていけないので、
このことを書くと営業系を否定することになる為、この文章化は控えていた。

ーしかし敢て書こうー、

どこにも子狐のような男がいる。
会社でその時の権力者に擦り寄ってゴマをする。
そしてそのゴマの餌にいかにして食いつくか見る。

隙でも見せようものなら食いつく。
権力を失うと今度はその攻撃を始める。

彼は他にもおおきい要素を持っている。
内幕情報だ。
相手から内幕情報を引き出し、それを餌にあちこちに撒いてまわる。

仮に同じクラスに、一流大学を出てるわりにそれをいいたがらない男がいるとする。
彼が中退と解ると、それを言って回る。

本人は高卒の鬱憤もある。
これは例え話だが?
こういう連中は会社にはいっぱいいる。

もう一人の子狐は

その本人を信頼している知人の自殺未遂経験を冷たく言ったとき、唖然とした。
すぐ理由をつくり、遠ざけた。
悪意があるなら良いが、ないのが更にお恐ろしい。

明るい子狐のほうが怖いケースだ。
前者は暗い子狐である。

自分の分身なのか,ただその傾向の強い人間はすぐ見抜かれる。
今日も尻尾を出し、その辺をうろついている。

ーまずはくらい子狐の話ー

この男 ただただ子狐に徹している。
読書皆無、興味は人のあら捜し、ゴルフに酒と女に徹している。

こういう人生もいいのかもしれないが、ヤクザチンピラの一種独特のあの悪臭を
放っている。

‘暴力団の大きい収入源に、スキャンダルの脅しという情報産業の要素がある’が、
これと同じことをやっている。

地元に住んでいると、いくら用心しても因縁を切口にこういう連中が寄ってくる。
営業はほぼこの要素を振りまいているが。

もちろん彼はその札付きだ。
これを読んでいるうちの地元の何人かは彼が誰かわかるだう。
いや、あまりに多いから解らないか?

会社のヘドロはこんなものだ。
これも人生だ。

我が内なる暗い子狐といったほうが良いか。


1613, 愛とはなにかー2

2005年09月02日(金)


愛、それも「無条件の愛」こそ世界が必要としている。
無条件の愛とは、期待も要求も制約を持たないで愛すること。
過去を振り返ってみると、自分が受けた愛情で深く残っているのは
両親の愛情である。これは無条件?の愛情だからこそ深く残るのだろう。

それでは「条件付きの愛情」の、「条件」とはどういうものか?
ある本(*)にキッチリと箇条書きであった。
その共通点は、
自分の利益・欲を満たしてくれる前提条件である。
そして、その中に自己認知も含まれているが、人間なら当然のことである。

その「条件」を細かく当たると愛など、自己愛の延長でしかないし、
キリストも「自ら愛するように、汝の隣人を愛しなさい」と、自己愛を認めている。

ーその「条件」を、幾つか抜粋してみる。

『わたしは、あなたが・・・・
     の条件をもし満たすなら、あなたを愛します。』

・あなたが、私をあるがままに受け入れ、尊重するなら。
・私を認め、勇気づけ、理解してくれるなら。
・私を楽しませ、喜ばせ、飽きさせないなら。
・私に対して誠実で、善良で、忠実で、正直であるなら。
・私と共通点を持っていたり、信念や興味が共通なら。
・私を責めたり、批判したり、裁いたりしないなら。
・私のことを大人として、対等に扱ってくれるなら。
・私のことを最優先にしてくれるなら。
等々、いくらでもある。

これを読むかぎり、恋愛など「条件付のエゴの塊」である。
成田離婚は、まさにその条件をお互いに知り、誤解して結婚して、
理解して離婚する集約した姿である。
「バカな女」が男を渡り歩くのは、この条件付愛を真の愛と信じているからだ。
他人事ではないか。

無条件の愛とは、我われの深奥にある神的自己の表れでもある。
汲み続けていないと直に濁るか、水が枯れてしまうが。

*「愛することを選ぶ」誠選書房
           E.キャディ著
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2004年09月02日(木)
1248, ダイエットに100万賭ける−1

二年ぶりに、契約更新で柏崎の保険代理店の社長が来社した。
スリムになってスッキリした様子なので、どうしたのか聞いたところ、
ダイエットに成功したという。

彼の知人の保険屋さんから賭けを持ち込まれたそうだ
「お互いのダイエットで、失敗したら百万を払う」

期間は4ヶ月で、体重の12諭∨椰佑砲箸辰藤隠悪舛任△襦
賭けた仲間は7人。まだ全員の結果は判明はしていない。
但し、二人は成功をしたという。

彼のとったダイエットの方法は、
三食の食前にグレープフルーツを一個食べつづけて2週間、7舛眩蕕擦燭修Δ澄
それと家族が百万という金額に驚いて、食事に対してコトゴトク口出しを
したというのが、さらに効果を高めた。

そして4ヶ月にかなり余裕を持って達成することができたとか。
金額が1万や10万では、真剣にならなかっただろうが、百万円の金額が、真剣さを
増したのだ。一生に一回あるかないかのこと、必死になりざるをえない。

私のダイエットといえば、朝の散歩と、肉食と揚げ物をなるべくさけること。
それと、甘味もの(缶ジュース・砂糖・お菓子)を口に入れないことである。
それと週に2〜3回は体重計に乗って、少しでも増えたら食べ物に注意する。
この十年間はほぼ理想的な範囲であるが、これに酒量を控えれば理想的なのだが。

崖っぷちに自らを追い詰めるこの方法、大きなノウハウである。

考えてみれば、事業も人生も同じことがいえる。
                        
               −つづく
・・・・・・
・・・・・・

 2003年09月02日(火)
881, 讃岐うどんの店

 最近ブームになっている讃岐うどんのチェーン店に行ってきた。
100円からの讃岐うどんを食べられる客単価400円の店だ。
揚げ物などを皿に取り、うどんを注文して勘定をする方式をとっている。
社員食堂のセルフ式をそのまま讃岐うどん屋に取り入れた業態である。

・一回目に食べたのが「肉コロッケと、掻き揚げと、普通の讃岐かけうどん」
で約500円であった。
・2回目は、「100円の小のかけうどんにオニギリとハンペンと天ぷら」で
400円であった。

 客層は家族ずれからサラリーマン風とOL とばらついていた。
一組あたりの滞店時間が20分位で、非常に短いのが特徴だ。
近くにあったら週に一度はいくだろう。
気軽で300〜400円で済むからだ。

 ガソリンスタンドと同じで、セルフ方式そのものが受け入れられている。
セルフ方式を取り入れて、美味しい?ものを安くしているところがミソだ。
家族で美味しいものを食べにいくところではない。
お腹を満たす為に行くところだ。

 新潟駅前の自社の事務所の近くに牛丼の「松屋」も開店予定だ。
おそらく週に一度は行くことになる?だろう。
遅かれ早かれ、この業態の讃岐うどんチェーン店も出てくるだろう。
客単価の低いところをねらった店が求められているからだ。
今までの単価の半額が目安である。

 これは一時的ブームで済むのか、このデフレの時代の大きな潮流にそった
ものなのか、今のところ判断はできない。
しかし、セルフ方式の合理的システムは流れに沿っている。

 最近の居酒屋チェーンも闘いの中から、必死にそれぞれの新しい業態の
店を創ってくる。いかに消費者に受け入れられるかの闘いである。
その闘いを避けた店は受け入れられなくなる。
その意味で個人経営の居酒屋はますます苦しくなっていくだろう。

 飲食店のウォッチングは身近で判りやすく面白い!
趣味といってよい。

・・・・・・・
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2002年09月02日(月)
507,私の世界十大ニュース

56年間生きてきて、大きい時代の変化に驚きである。

21世紀を垣間見た一つの生命の視点、
驚きベスト10を私の主観で書いてみる

1、何といっても、インターネットである。
  ただただ驚きだ。キーワードを幾つか打てば世界中の情報が一瞬で
  画面に出てくる。
2、ソ連と東欧の崩壊。
3、日本の勃興と衰退ーこれだけ劇的になるとは。
4、パソコン、TV機器、などのハイテク機器の進歩。
5、世界中を気楽に多く行き見る事ができたこと。
6、宇宙への知識の進歩。
7、人類の月への着陸。
8、中国の文化大革命。
9、アメリカの9・11のテロ。
10、キューバ危機とケネデーの暗殺。

恐らくこの十年はもっと大きい変化がおきるのではないだろうか。

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2001年09月02日(日)
[129] 人間関係

人間関係、これが私の専攻した学問である。

私を知っている人間はほんと!と驚くはずである。
全く人間関係に,はちゃめちゃであるからだ。

といって人間関係に悩んだことはない。
悩むような場をつくらない、行かないからである。

よかったと思うことは、社会そのものが学問内容になるからだ。
実社会は人間学であるからである。

末っ子ということと、寮生活と、勤めと、事業の中で、あらゆるタイプの人間から
赤裸々な現象として割り切って見れた。

皆それぞれの過去ー血縁を背負って生きていることが解った。
その人間関係にどうしてもエネルギーを使うからだ。

人事管理のゼミの時の総意は、組織は能力は創れないというのが結論であった。

しかし、これは私の勝手な思い込みだった。


1612, ハワード・ヒューズ

2005年09月01日(木)



先週の日曜日にアメリカの大富豪ハワード・ヒューズ半生を
描いた伝記ドラマの「アビエイター」のレンタルDVDを観た。

学生時代に、彼の自伝を読んで感激をした憶えがある。
当時は、彼は神秘的な経営者として多くの人に知られていた。
映画監督として、また飛行家としても、その名を残していた。

この映画はハリウッド女優たちと華麗な恋愛遍歴を重ねた男のロマンの物語を
巨匠マーティン・スコセッシ監督が映像化したもの。
主演はレオナルド・ディカプリオである。
 
ー内容は、
18歳で亡き父の石油掘削機の事業を引き継ぎ大富豪となったハワード・ヒューズ
の半生を1人の男のドラマとしている。
1927年、21歳の彼は、その莫大な財産を全て注ぎ込み、
航空アクション映画「地獄の天使」の製作に着手。
30年に同作を完成させると大ヒットを記録し、ハワードは一躍
ハリウッド・セレブの仲間入りを果たす。
人気女優キャサリン・ヘプバーンと出会い、と恋。
その後も次々とヒット作を生み出す。
その一方、航空会社TWAを買収し、自らの操縦で世界最速記録を次々と更新する。
大空への夢も実現させて順風満帆な人生を謳歌するが…。
ーー
なかなか、見ごたえのある内容であった。
特に、細菌恐怖症の状態など、成功すればするほど、その反動が神経に
出てくる様がリアルである。
成功するには、狂気がなくてはならない。
その狂気を、上手くコントロールできているうちはよいが、
どこかでバランスを崩す。
その視点て観ても面白い内容であった。
ーーー

ハワード・ヒューズ略歴
1905年、ヒューストンで生まれる。資産家
1925年、ハリウッドに転居
1928年、映画「ラケット/The Racket」公開。アカデミー最優秀作品賞ノミネート
1930年、映画「地獄の天使/Hell's Angels」公開
1932年、映画「スカーフェイス/Scarface」公開
1935年、航空機制作会社「ヒューズ・エアクラフト」設立
1937年、アメリカ大陸横断記録を樹立(7時間29分)
1938年、世界一周記録を樹立(91時間)
1939年、「トランス・コンチネンタル・&・ウェスタン航空(TW&A)」を買収
1939年、映画「ならずもの」を製作。検閲問題で公開は3年後
1944年、「カリフォルニア映画社」を設立
1946年、高速偵察機「XF-11」を操縦中に墜落
1947年、世界最大の航空機「H-4ハーキュリーズ」完成
1950年、「トランス・ワールド航空(TWA)」に改名
1966年、TWAを5億ドルで売却
1966年、買収したカジノホテルデザートインの最上階スイートルームに閉じこもる。
1970年、「エアウエスト航空」を買収
1976年、腎不全で死亡。遺産は90億ドル

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年09月01日(水) 1247, さよなら!五十嵐恭一さん

-五十嵐恭一さんへの弔文

友人の五十嵐恭一さんが8月21日の夜半の11時過ぎ、
長岡西病院で亡くなった。
享年57歳であった。
その日はオーストリアの旅行の為、日暮里に前泊していたので、
旅行から帰ってきた翌日の30日になって初めて、その事実を知った。

朝日新聞系の「朝日広告」の営業で、高校の後輩ということもあって、
公私の付き合いがあり、私の弟分であった。
かなり激しい躁鬱症で、間接的だが私がカウンセラーとコントロール役をしていた。
支局長までなったが、その病のため平社員に降格された。
それでも過去の経験を買われて、そのまま同じ職場で仕事を続けていた。

盆暮れを含めて年数回、20年以上飲み続けていた。
アポ無しで事務所で直接来ても、抵抗感を持たせないキャラクターがあった。
気持ちが純粋で、面白いミニ情報を多く持ってきてくれていた。

三年前から、唇に腫瘍ができ、それが原因で転移して末期癌になっていた。
この5月に自宅に見舞いに行ったところ、苦痛に呻いていたのをみて、
末期医療の長岡西病院のビハーラ病棟への入院を勧めた。
(躁鬱病の重症の時も、私が入院を勧めると、直ぐに従った。)

自宅への見舞いの三日後に、即入院をした。
そして最後に見舞いに行ったのが、亡くなる10日前であった。
一緒に見舞った人が、五十嵐さんの知人で、先に亡くなった人の名をあげて、
「私も直ぐに行くから、彼らと待っていてくれ!」と慰めた。
ところが、
「まだ、早い!」と絶叫をしたのをみると、マダマダ生に未練があったようだ。
死ほど、自分と他人の差が大きいものはない。

苦痛は想像を超えていたようで、「24時間の拷問にあっているようだ」といっていた。
奥さんに苦痛の為[殺してくれ!]と、懇願したそうだ。
私の身辺で多くの末期癌の壮絶な死を見てきたが、彼のそれは悲惨で
見るに耐えないほど激しく厳しいものであった。
本人しか知らない想像を超える辛さがあったのだろう。

オーストリアの旅行先で、行く先々の観光地で、バスを降りると雨が降ってきた。
そして、バスに乗ると雨が止む。
それが三度目に、虹が出たとき、
「ああ、五十嵐恭一は亡くなった?!」と、思ったのが事実と知った時、
なるほど、彼らしく自分でお知らせをしてきたのだと思ってしまった。

知人縁者の死は、自分の死でもある。
しかし自分の中では、より身近になって何時までも生き続けることを実感する。

さようなら、五十嵐恭一!
そして、ありがとうございました!

ご冥福を!

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 2003年09月01日(月)
880, 敗戦の時 ー有事の時代に突入 −2

  彼が新宿のビルの上から東京を見ると、
 「大震災の後の無残な街の姿に見えてくる」という。
 このセミナーを聞いていて、その無残な国の真っ只中に置かれて、
 何も手をうってこなかった自分の鈍さに、背筋が凍る思いであった。
 99佑凌佑箍饉劼手をうってないとしても、大震災から疎開する1%で
 なくてはならないのが経営であり、時代を生き抜くということだ。
 
  この内容を一ヶ月かけて熟慮して、手順に一つずつ落としていくつもりだ。
去年からの対策を含めて戦略は進行中だが、装置産業はこの有事では
大きいハンデになる。
 返済能力が10~15年以内なら「良い借金」の範疇というから、一応大丈夫だ。
 四棟のホテルのうち2棟が新潟駅再開発の道路拡張にかかる。
 ついているのだろうが、しかし有事である。
 ある日売り上げが半分ということもあり得る。
 今は返済能力が100年や500年はざらというが、
その仲間内に入ってしまう可能性も無いとはいえない。
 
 逆に考えれば、大チャンスである。
  
  その為には、自宅などの全ての資産を売払い、その全てを
金ーゴールドに換えておく位の覚悟がいる。
 頭の固まった私に果たして、それができるだろうか。
 できれば今の大震災を軽く乗り切ることができるはずである。
 どこまで決断できるかであろうが。
 全てを賭けたゲームとして割り切っていけば面白いだろう。
 
  このセミナを再度聴きに来ている人が数人いた。
 何かわかるような気がした。凄い時代なのに、普段の生活の中では実感が
 わかない。
 多くの資料を貰ってきて、何度も何度も読み返しているが、
考えれば考えるほど 日本の惨状に驚きざるを得ない。
 
     『今は有事なのだ!!』
 
 「今頃わかったのか?」という声が聞こえてきそうだが、
 実をいうと実感として、正直そうである。
 有事の意味の捉え方もあるが。
 
 
以前に書いた読書日記をコピーしておきます。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
   
「財産を無くす人、財産を残せる人 」
     ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術-
ー読書日記


清水洋/著
出版社名 アスカ・エフ・プロダクツ
出版年月 2001年7月
本体価格 1,500円

[目次]
PROLOGUE 危機の時代―「危ない」か「機=チャンスか」;
1 新たな資産家、没落する資産家―今、目の前の決断の差が資産作りの分水嶺になる;
2 デフレ時代のチャンスをつかむ人、逃す人―「平成の徳政令」を味方にする;
3 デフレ時代の「逆転の発想」―このチャンスを活かせる人、活かせない人;
4 身近なところから資産対策を始める人、できない人;
5 この先五年間、日本経済の最悪状況に生き残れる人、残れない人;
6 危機にあえぐ中小企業―雇用を創出する会社、雇用を無くす会社

ー私のマトメタ内容ですー

時代を見極めよ、そして早く決断を!

その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると
・「デフレ基調」に変わった。
・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。
・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。
・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。
・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。
・これから5年間は「最悪期」に入る。
・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。
その結果
 ・不動産価格は5分の〜10分の1
 ・株式は5分の1から20分の1
 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1
 ・失業率は15~20
 ・消費税は15~20
になる。

以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。
更にこの動きは拍車がかかるだろう。

企業としては、この流れに対して
・総資産の圧縮と借入金の圧縮
・知的集約の企業形態に変身
・固定資産を手持ち流動資金への変換
 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。
・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する
・公的部門の民営化時代に先手を打つ
等への変身への決断をしなくてはならない。

以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみて
さっそく取り寄せて読んだ本である。
これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。
以前書いた随想日記をコピーしておきます。
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2003年01月17日(金) 649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?

その概要を書くと以下のとおりである。

・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 −まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   −貸してくれない銀行には返さないこと。
   −手元流動性資金の確保が絶対に必要
   −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 −不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 −円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 −事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。

・・・以上がその内容である・・・

「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。

この数年は負け組みの最後の整理が控えている。

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2002年09月01日(日)
506, 孤独について

人間は独りで生まれ、独りで死んでいかなくてはならない。
本質は孤独である。
学生時代、名僧いや怪僧?の新井石龍禅師との問答で、
禅師は、[禅は一言でいうと何ですか?]の私の問いに
「字のとおり単を示すことだー宇宙に自分が独りということに
気づくこと」と答えられた。全くそのとおりである。

若い時に大都会に出る必要性は、
大都会の中で、凍りつくような孤独の経験をしておくことである。
圧縮された大都会の真ん中での孤独な生活である。

じっくりと孤独の厳しさを知ると
・仲間の大切さを知る事ができる、但し真っ当な人だが!
・本を通して数千年前、数百年前の人物と出会うことができる。
・独り遊びの大切さ知るー音楽会や映画に独りで行くとか。
・自分のアイデンテティーが見えてくるー自己の確立。
・孤独の賑やかを知る。

それを若い時にじっくり経験してないと、
「何処かの子狐?」のように中年期・壮年期を迎えたとき、
どのようにしてよいか解らないで、
そのレベルでベタベタ群れるしかないのだ。
それか濡れ落ち葉になるしかない。
失敗の人生である。

地方にはこういう人が大部分だ。
仕方ないことだが?

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2001年09月01日(土)
[128] 地獄の舗装

地獄の舗装の砂利は善意でできている。
日本の裁判の何割かは善意が発端だ。

あれやってやったのにーー善意だったのにーー本人の為と思ってやったのにーー

請け判はその典型だ、連帯保証人という言葉に勘違いをして一生を棒に振った人を
何人も見てきた。

身近の親戚が、目の前で手形を出そうとしたこともあった。
私の目を見てヤバイと引っ込めた。

他の親戚までが「そんなに苦しいなら押してやりな」とかいう。
ーそういう奴ほど自分では絶対に押そうとはしないが

善意という名の悪行が、善意という甘さをねらって行われてきた。

正しく冒頭の「地獄の舗装の砂利は善意でできている」である。
これでいかに人が人を傷つけてきたことか。

現実に仕事をしていて、善意という相手の甘さを狙ってくる人間のいかに多いことか。
仕事をしているとこの絡みのくもの巣である。

しかしそれは現金をただ呉れてやると、全く同じことだ。
「何で貴方に現金をあげなくてはならないのか、現金にするとこの金額を呉れと
言っているのですよ!」というと、きょとんとする。

全く他意がなかったり、利害を抜くのが善意である。

対価を求めるのは打算でしかない。
結局べたべたした関係がその巣窟である。

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