堀井On-Line



473,一言タレント

2002年07月31日(水)



小泉首相が大衆に人気がある大きい要素に
毎日だす一言コメントがある。

すべてをこめていると言ってよいほど簡素で
鋭いし、いいえて妙だ。
−ワンバイト(一言)化というらしい。

それで気が付いたが、随想日記も「一言コメント」に似ている。
テーマが一言コメントで、文がその解説と言えよう。
そういう面では時代に適しているのかもしれない。

テーマの決定にエネルギーをつかうが、それなりに出てくる。

小泉首相の場合、そのプロのコピーライターが側近にいるだろう。

時代が一言タレントを求めているのだろう。
これも情報化社会の一現象である。

TVの色々の分野の専門的な番組を初心者向けに放送すると、
よい番組が出来上がるという。
簡単に、特化して、編成すると内容が芯をつくという。

田中真紀子女史もその事をしって、批判をしているから
人気の大きい要素になっている。
つまらない時代になったのか、面白い時代になったのか
どちらであろうか?


472,近くの川の鴨

2002年07月30日(火)



15年前に自宅から150m先の川に鴨のツガイが来た。
そして半年がたった頃13羽の雛を連れていた。

そしてある時期が来ると旅立っていった。
そしてある時期が来ると再びやってきた。
その都度その数がどんどん増えて、一時200〜300羽まで増えていった。

ところがその一番多い時期から河川工事で川の泥が整備され、
鴨が住む場所が少なくなり、今では50〜100羽は近くまで減ってきている。
今では鳩やカラスと並んで、鴨の姿は一般的の光景になっている。

人家の近くは猟がない事を経験的に知っているのだろう。
鴨にも大型と小型の鴨がいる。
それと渡っていく鴨とのこり鴨がいる事が、散歩で解るようになった。

少し話が反れるが、結構多くの種類の鳥がいる事も知った。
見たこともない鳥もけっこういる。

こんな近くで鶯、カッコウ、鷺、雲雀、もず、などだ。


471,下着泥棒

2002年07月29日(月)



昨日ー15時位か刑事が来た。
下着泥棒が一軒先の家の下着を盗んで、たった今この辺に逃げ込んだという。
その家は大型の白い老犬がいて15年以上も通行人に吠え付き、
近所に迷惑をかけてる家。実際は前の犬を入れると40年近くなるが。
近所の顔見知りでなくては泥棒を出来ない事は刑事でなくても解る。

たて続きに違う刑事が2回も来たということはかなり緊迫をした状態だったようだ。
高校生か20歳位の茶髪の風体とか。
そういえば1カ月前少し前に近所に泥棒が近所に入って、その聞き込みにきた。
その時、泥棒に入られた事がないかとか聞きながら結果的に調べられていたのか?もしかしたら下着泥棒だったのか?

いつも休みの日に黒いウオーキングスタイルに黒帽子で、
3時間以上も土手をうろついている、それもデジタルカメラを手に。
刑事も大変だ、日曜日の真昼間から下着泥棒の追いかけをしているのだから。

誰もがそういう変質者に疑われても、人の内面までは解らない。
SCが出来たりして便利になった反面、アパートが増え得体の知れない
人が増えてきた。仕方がないのか。


470, いい人とは

2002年07月28日(日)



この意味を考えたことがあるだろうか。
子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。

突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。
「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。
「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。

あの人は本当にいい人だーそう自分にとってとっても都合のいい人だ。
ただそれだけだ。
それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。
都合などその都度変わるからである。

ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も
一生理解できないレベルである。
少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。
教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。
男も子狐というレベルの男もそうである。

こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。
人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。

少なくともいい人の振りをしないことだ。
ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。
地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか?
どうであろうか?!

真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか?
いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。
それも気違い部落の?


469,チンパンジーの話

2002年07月27日(土)


チンパンジーの集団行動について2~3年に一度くらい
TVでドキュメントを放映する。
大体が京大の研究グループのものだが、違うものもある。
面白いので必ず見ている。

彼らの集団は猿の集団と一緒で一匹のボスで率いられている。
常に二番ボス、三番手がいて、その序列は実力により明確に決まっている。
ボスは常に二番手の脅威にされさてている。

時に二番手と三番手が組んでボスを追い落とすこともある。
ボスも時にデスプレーとして、ヒステリックに木や石を投げつけたりして
自分の存在の示威行為をする。

時にボス争いで死闘が行われたりする。
その争いは政治家の派閥や権力争いに酷似している。
チンパンジーの研究は人間の原点の研究でもある。

ボスのいない時に浮気や小競り合いなどある。
若い恐れを知らないチンパンジーに対するリンチ事件や
序列争いも人間に酷似している。

今でもハッキリ憶えているのが、あるボスがメスに恋するが
全く相手にされず遠くからメスを見ている目付きが人間のそれとそっくり。
おまけに下半身が!!しているのが、あまりに人間的だった。

彼らは下痢をしたとき枯葉で尻を拭ったりする。
またウンチを踏んだときも葉っぱに何度も足を拭ったりする。

風邪で鼻が詰まったときなど、鼻に小枝を入れてクシャミを誘発したりする。
笑いに似た表情をしたりもする。

集団でアカゲザルの狩もする。
遺伝子の研究がすすむにつれて、彼らは人間の範疇でないかという
説も出てきている。

ボノボという種類の猿は更に人間に近い。
TVゲームもできて、その姿は空想映画のようでもある。


468,戦略について

2002年07月26日(金)


ー少し難しい問題を定義してみる
 しかし一番大事な問題である。


・時代の流れを認識して
・限定された資源を
・自己の強みを認識して
・集中して投下を決めるー選択

その為に
・戦略を良質な情報に触れて、じっくり考える事。
 決済、権限を委譲する事。
・戦略を考える基本は他人と違う事,自己の強みに集中する事。。
・旧習を壊す事
・戦略を考えることに集中する事。
・ひたすら、1人で考える事。

戦略とは  −キーワード

・長期的ー継続し続ける
・革新的−革新の継続
・集中的ー革新ポイントへ集中し
・統合的ー集中のために要素を揃える


ペガサスクラブの4C主義も同じ
 チャンス     ー機会の開発
 チャレンジ    ー挑戦
 コンペテテーションー闘い
 チェンジ     −変化し続ける

 その為には
 4S主義をとる
 スペシャリゼーション  −特殊化
 シンプリフィケーション −単純化
 スタンダデゼーション  ー標準化
 セグメンテーション   ー限定化

人生もまったく同じである。

・自分の持っている材料から、自分の課題とチャンスをさがす。
・その中から課題と最重要な重点課題を見つける
・そこより戦略を構築ー自動的に戦術を具体的に見つける
・実施をするー習慣化をする。
・継続して執拗に

この結果がライフワークの構築となる。

今朝家内から聞いた話、
 −自分の知人の知り合いが定年になり、家にいるが何もしないという。
 犬の散歩とTVゲーム以外に。
 私の答えーその人実は何もできないんじゃないか? 
 家内ー実は私も同じ意見なの。
 私ー指示待ちで、誰も指示してくれないだけじゃないか?   

私ならー年単位、月単位、週単位、日単位で日程を立てる。
中心は週単位を最重要にする。
その計画に考えて考えて考え抜く。
これが戦略である。その為に本屋と図書館に通う。
時には東京の神田の本屋を回る。
そしてパソコン教室に行き、
インターネットのやり方とホームページの作り方を勉強する。
幾らでもあるが。
まあいいか、人は人の生き方があるだろうから。

理屈の割りに大した人生でなかった?そういえばそうだ!


467,内山由蔵さんへの手紙

2002年07月25日(木)

葉書ありがとうございます。
この春奥様がご逝去されたと、
兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。
謹んでご愁傷申し上げます。

丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった
非礼お詫びします。

今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で
「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。
去年の五月より個人のホームページを開設して、
毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。
その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、
少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。

その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。
毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化にはベストのようです。
自分でも色々のことを考えているのに驚きます。
「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。

土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。
大手通りは何をしても無駄だと思います。
同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。
同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。

    −内山さんの手紙の下書きーより


466,内山由蔵さんからの葉書

2002年07月24日(水)



W杯のお陰でアフリカの地図を引っ張り出すチャンスが多く、
だいぶ勉強しました。
ホテル経も大変のようで、長岡のグランドホテルも市議の中では
云々されています。
日本精機の永井さんが赤字のグランドホテル手本にして
新潟の万代島の再開発の大ホテルをやるとか云っていますが、
永井さんでは経営はできませんね、どうするんでしょう。

貴方がメルクマールで誉めておられ、私もフアンになったユニクロ、
一揃え買ったが着こなせず若い者にやりました。
ユニクロも元の元気はありませんね。

大手通も今月一杯で丸越と覚張も廃業、キッドも閉まったまま。
どうするか考えはありませんか?
市民センターは一日600人の入場があるとか。

お会いして貴方の話を聞きたいと思っています。
私は元気でいます。

ー葉書の日付は7月20日ー2002年


465,流離のランチャー

2002年07月23日(火)

ある長年サラリーマンを勤めている人から、
彼らの昼飯をとることの大変さを聞いたことがある。

昼飯時は何処も混んでいる、それを同僚か誰かと探し歩いて食べる大変さ。
その気遣いだけでかなりのエネルギーを使うという。

私の場合は、殆ど一人で11時45分に出る。
サラリーマンで混雑する直前に入ってしまうのだ。

週5日のうち2日は回転寿司である。
今のランチは500円から300円以下になってきているという。
マクドナルドのハンバーガーに缶コーヒーで200円でも結構悪くない。

昨夜家に帰ると家内が不思議そうな顔で、
長岡の駅前のアルファー・ワンというホテルで、
680円のバイキングに入ったという。
12時少し前に入り13時まで自分達一組だけだったという。

値段も安いし、内容も良いし、店は大きいのに誰もいないのが不思議だという。
それとあの大量のバイキングの料理をどうするのだろうかと。

新潟駅前で自分が行く店で少し遅れて入って、
ピーク時間に誰もいない事は月に1〜2度出くわす。
週一度の居酒屋の楽しみを欠かさない為に、節約の一番のターゲットになる。
ランチは一番に景気に左右する。

流離のランチャーという言葉ももの悲しく聞こえてくる。
不景気だ!


464,煮た豆

2002年07月22日(月)

母から聞いた言葉で印象的な言葉で「煮た豆」がある。
もう出来上がってしまって芽が生えて来ない豆をいう。

人間に喩えると「もう出来上がってしまって、潰しのきかない人間」
をいう。
この言葉は自分の自戒の言葉であり、
常に前向きでチャレンジと変化と闘いを自分に課し続ける姿勢だ。

ある同?会の大部分が煮た豆だけでなく、納豆のようだ。
腐ってしまって、お互い粘粘している。
仕方がないが、もうオカラのような人もいる。

豆の質も10歳で殆ど決まってしまうらしい。
「3歳では遅すぎる」というソニーの創立者の井深大の本があるが。
私の見るところ、95佑呂い筍坑広佑呂修糧疇だ。
もっともその時の優等生も大部分がただの人だが。

私のよくいう子狐は「煮た豆」が必死になって「生豆」を演じている姿だ。
いや「生豆」を粘々で絡もうとする姿だ。

そういう自分ももう煮た豆か?

こういう文章を書いているといろいろ気づきがでてくる。


463,再び業態について

2002年07月21日(日)



何回か業態について書いているが、地元の今井家具が
昨日店の前を通ったら、いつの間にか倒産していた。
業種店の消滅である。

ひと時代前,いやふた時代前の商売である。
メーカー分類ごとの商品を並べる商法である。
靴屋、家具や、薬屋、金具屋、今でも原始的の兼業商家として
駅前立地で一部残っているが。

これに対し業態とは、お客ー生活者のサイドで商品の括りを変えることである。
全国チェーン化を始めた「ニトリ」がそうである。

店独自のコンセプトで商品を開発する。
それえも早くから、インドネシヤとか中国で開発輸入をしていた。
台所、居間、トイレ、ガーデニングとそれぞれのシーンごとに分類。

そこで買っていれば、家の中はカラーコーデネートが自然と出来ている。
昔は金持ちの一部しか出来なかった「家を飾り立てる楽しみ」が誰でも出来る。

これは考え抜けば、個人でも小さな企業でも出来る事だ。
5年ほど前、九州のある大きな神社に行った時、ある店がお客でいっぱいであった。
何と「土産1000円ショップ」であった。笑ってしまったが、これこそ生徒の
小遣いの範囲を見抜いた商法ー客サイドである。

百貨店は今大都会の一部を除いて殆んど淘汰されたか、されつつある。
これは業種店の典型である。
地方銀行以下もしかり。時間の問題である。

昔の駅前繁華街は業種店の集積で栄えていた。
今はご覧のとおり毎日のように廃業が続いている。


462,臭いのするような話し

2002年07月20日(土)



子供頃から母親に「臭いのするような話しはするな!」といわれてきた。
そういえば家族の会話では、そういう会話は殆んど無かった。
具体的な下ネタや、下痢や生理的などのデモノ・ハレモノの話しをするなということだ。

言葉は大事だ。
下痢の事をそのまま下痢というかお腹がゆるいというかで全くニュアンスが違ってくる。
言葉に無頓着の人と接すると、どうしても影響されてしまう。

学生時代に聖心女子大のグループと一時接する事があった。
その言葉のきれいな事に驚いた。
その前提の生活環境がまずその第一歩だろう。

私が嫌う子狐と飲むと、自分でも信じられない汚い言葉が出てくる。
変幻自在ではあるが、こういう人は可能な限り遠ざけなければならない最大の理由だ。

不幸の人はそういえば言葉が汚くなっている。
心の傷は、膿となって言葉に出てくる。
心が荒れると、言葉も荒れる、心の管理は言葉の管理でもある。

怒りやすい私も、その時は自分でも信じられない言葉がでてしまう。
話しは少しそれたが、言葉の重要性を言いたかった。


461,海外旅行のもう一つの難関

2002年07月19日(金)



今は殆ど気にならなくなったが、下痢である。
何とかなるものだが、初めの慣れてない一回目の一ヶ月の欧州旅行では
あわやということが数回あった。

やはり経験不足で、食事制限とかポイントが解らないことからくる。
大事なのはワンフライト(10~12時間)の機内食である。

飲み物はアルコールを含め飲み放題。
時差も含め次々と食事はこちらの体調に関係なく出てくる。
それが美味しいときているから自制がきかなくなる。

さらに気圧の関係で着陸後の2時間目あたりに、お腹がおかしくなる。
丁度煎餅などを入れておく真空パックが機上でパンパンになるのと同じ。
お腹もパンパンに張っていたのが、元に戻って腸を刺激する。

それに疲れと時差の関係で、2~3日はおかしくなって当然。
それを前提にして、機内食を制限したりして体調を整える。

一般的には、現地で出発の最低2~3時間前に起きてトイレにいき、
朝食後の出発前に更に行く。9割がたの人はそのようだ。
そして到着後2~3日は、昼食後もいく。
これは時差の為身体が慣れてない対策だ。

それとワンフライト目の食事、いや機内食は3ぶん1しか腹に入れない。
更に梅干を一日3個を食べる。これで大体大丈夫だ。
迷ったら人の目を気にせずドンドントイレに行くことだ。

私の場合、お城の牢獄に入るとどういうわけかオカシクなる。
インドは9割以上の人が、かなりひどい下痢になる。
日本の薬では全く効かない。
それと今回のスイスのように高度のところも危ない。

高山病は下痢と頭痛と倦怠が同時に襲ってくる。


460,スリにあう

2002年07月18日(木)



海外旅行のトラブルでは「盗難と下痢」が一番問題となる。
今回の旅行で初めてスリにあった。
といっても家内の話である。

ユングフラウヨッホに登山列車でのぼった時にスラレタ。
頂上の売店で日本へ出す葉書の切手を買った。
その時らしいが、帰りの列車に乗ったとき気づいた。

その時はまだ落としたと思っていた。
雨と霧の為ハイキングは中止で、降りた駅で2時間ほど時間ができてしまった。
そこで国際電話でカードの中止の手続きをした後、売店に入った。
目の鋭い30歳ぐらいの白人女が、日本人のバッグを見ているのが目に付いた。
その時は、店の人が万引きの監視でもしているのだろうと思った。

そして店の外に出ると、グループの女性が2人騒いでいた。
店内でバッグの蓋が開けられていたという。
何かバッグのあたりがモゾモゾするので、手で触ると空いていたので
慌てて出てきたという。
違うもう一人の女性も、全く同じ状況で飛び出してきたという。

家内がその時やっと自分もすられた事にはじめて気づいたのだ。
そういえばユウグフラウの売店で買ったあとトイレに行った時、
バッグが空いているのに気づき不思議に思ったという。
その時はまだすられた事に気づかなかった。

万引きに気をつけてと添乗員に言われていたが、
まさか自分たちとは思ってもいなかった。
雑踏をしていて、気圧の関係で少し頭がボーッとしている
その場は万引きの絶好の稼ぎ場である。
そして二度と顔を合わせない観光客ならさらに都合がよい。

カードの実損はなかったが3000円ぐらいの金が被害だった。


459,危機一髪

2002年07月17日(水)


今年2月、ある取引銀行が「ドルが必ず上がるはず買わないか」という提案。
当時130円、その時期は三月決算に向けて140円に成ることは誰の目にも
明らかであった。
そこを銀行の担当もついてきたのだ。
「上げるべき金利は上げないからドルを買ってくれ!」
一瞬どうしようと迷った、そうするうちに週末になり翌週になってしまった。
円が135円まで上がってしまっていた。
そうすると大して旨みがない。手数料を入れると139円になるからだ。
迷ったが、それでも132円辺りになったら買おうかと数字をみていた。

そのうち少し下がり133円辺りになり、さてと買いかなという時
大矢氏が反対した。「もうリスクを負った金融をやらないと決めたはず。
それと売買で4円の手数料を取られ、銀行のテラセンの餌食でしかない。
それも銀行に今になって薦められやるのはおかしい?!」

それも戦略的に円を買っていれば話は違うが、全くそのとおりである。
買っていたら今は1000万近く損をしていた?
途中で売っていたとしても500万は損をしていた?

「まさかアメリカがここでバブルが破裂しようとは思ってもいなかった!!」
それで担当者は済むが、こちらはとんでもない事になる。
危ない所であった!

NTTの株で大損をしておいて(8000万)、またもやというところであった。
それと去年の春先に金融関係者が一斉に持ってきた「変額保険」
うたい文句が、確か節税とかいうやつ。
先日TVでとんでもないシロモノと放送していた。

30万件売ったらしいが、これが???らしい!!
「ある子狐が持ってきて断ると手の裏をかえした」のもそれだった?
手数を稼ぐためには、何でもしなくてはならない時代になってきたのか!!
本人に悪気がないから困ったものだ?恐ろしい時代になってきた。

情報化とはこういうことだ!


458,一期一会

2002年07月16日(火)


 以前にも書いたが、旅行の楽しみの一つが色々の人と会えることである。
 それも字のとおり「一期一会」である。
 殆んどの人が初めて会い、2度と会うことがないことが解っているから、
 全てを曝け出し、そして別れていく。
 「天国?に行く途中の舟で一時隣り合わせた人たち」に喩えることができる。
 
 平気で自分を曝け出せる場でもあり、人生の学問の場でもありうる。
 お互いの人生の通知表を見せ合える場であり、
 人生の決算書を携えて来ているともいえる。
 
 色々な人生があるものとつくづく思う。
 遠藤周作の「深い河」というインドのツアーの参加者のそれぞれの人生を
 描いた小説があったが、正しくそれである。

 直にそれを見れるのも、
 一種独特の圧縮された社会がその期間形成されるからだろう。
 特に秘境系のツアーには濃い人生を生きてきた人が多い。

 私のように人間ウオチャーにとって、最高の観察ができる場でもある。


457,スイス旅行記ー2-マッタホルンの凧揚げ

2002年07月15日(月)


マッターホルンで凧揚げた!といっても、他人の凧揚げの紐を
一時も持っただけだ。
マッターホルンを近くに見る展望台の横の小高い丘で写真を撮っていると、
突然ある中年の夫婦が小さな凧を二つ取り出し、揚げはじめた。

家内と登山列車の隣席で話をしてきたという他のグループの夫妻。
その写真を撮って欲しいと頼まれた。
そこで「是非自分も記念で凧揚げしてみたい」とお願いすると、
気持ちよく私らに貸してくれただけの話だ。

それでも揚げたことに間違いはない!貴重な体験だった。
それにしても色々のことを考えるものだが、その情報を持っていたら
私も凧を買っていったに違いない!ーこれも情報なのだろう。
今度からは、大自然のツアーには凧を必ず持っていくつもりだ。

キリマンジェロやタンザニヤのセレンゲッテーの凧揚げなど最高だろう。
10個ぐらい持っていき、現地の人にあげるのも喜ばれるだろう。
その凧は横15cm、縦25cmぐらいの小さなモノだったが、
風に乗りどんどん高く舞いあがった。
おそらく西洋凧ではないかと思われるが、玩具屋で捜す楽しみがまた増えた。

いろいろ楽しい!!


456,スイス旅行記 

2002年07月14日(日)



感想をそのままかいてみると

・天気に恵まれた素晴らしい旅行であった。
   数年に一回の大当たりであった
・自然の美しさでは、カンデアンロッキーに匹敵するかそれ以上であった。
・自然の雄大さに圧倒された
・牧歌的な村や、絵のような牧草地や高原が印象的
・珠玉のような湖や村が何ともいえない
・毎日が感動感動の連続であった
・下を見れば高山植物とその花、上を見れば白銀に輝く峰峰
・美しき小さな村々と牧場

38回の過去の旅行でベスト5に入る内容といってよい。
一日一日が夢のような連続線で結ばれているようであった。
私の過去の「旅行の思い出の宝箱」の宝が一つ増えた。

こんなにスイスアルプスが素晴らしいと思ってもいなかった。

時系列で印象順に書いてみると

・まずは二日目の「アルプスの少女のハイジ」の舞台になった
 マイエンフェルトが素晴らしい!今でもあのアニメのハイジが跳ね回っているようだ。
 作家の家がハイジーの魂で満ちているようだ。
 そしてミニハイキング−季節も含めて何ともいえない明るさがよい。

・三日目のアルプグリュムのハイキングがよい。
 峠から見る眼下の谷と白銀の山々がよい。
  
 デアアレッツタ駅からの「パリュー氷河」が素晴らしい絶景であった
 あまり知れれてないが、そのパノラマに思わず息を呑んだ。
 永遠の時が一瞬凍り付いたようであった。−いろいろな氷河はは見ているが
 これだけ身近のパノラマで幻想的の景観ははじめて見るものであった。
 −これで元を取ったような気持ちになってしまった。

・5日目のツエルマットのマッターホルンが今回のハイライト!
 ホテルの窓からのマッターホルンがまたよい
 マッターホルンの麓の高原ハイキングが素晴らしいー
 ーここにこうしてハイキングしている自分が夢の中にいるようであった

・六日目のシャモニーよりロープウエーで3800mのエギーユ・デュ・ミディの展望台へ、
 そこから見た景観がやはり絶景

・7日目の「パノラマ特急」の車窓からみる珠玉のような高原の景観が夢のようだ。
 絵の世界が、いや絵よりもズート素晴らしい世界が延々と続く・・・・
 カンデシュテークからのったチェアリフトでいったエッシネン湖のトレッキングも
 忘れられない景色であった。

・8日目のグリンデルワルトからのユングフラウヨッホは
 途中で霧に包まれて楽しみにしていたトレッキングが中止になったが、
 ユングフラッホには過去2回いっているから諦めがついた。
 しかしやはりその景観は何回見てもよい。

・最終日のルッツェルンのアバルトシュテッテ湖とそこから登った
 ピラツス山から見たパノラマの景観が素晴らしい

     今回の旅行はただただ良かった!!!
   ある女性が何回も「うれしい!」と言っていた。


455,地球をサッカーボールに喩え

2002年07月02日(火)



今回のワールドサッカーを新聞はどう捉えているか、
毎日新聞の社説がダントツよかった

「・19世紀のナショナリズム、
 ・20世紀の資本主義、
 ・21世紀のグローバリズム化。
この3つが今の世界を動かす理念だとすれば、
地球がサッカーボールに凝縮して私たちの前に現れた。
私達は本物のサッカーの興奮を始めて知った。
欧州と南米で4年ごとに繰りかえされる祭りに加わった。
スポーツが野球などアメリカの影響下にあった日本、アメリカの影響から
逃れたい無意識の願望に後押しされて、アメリカが作らなかった国際標準を
初めて選んだ」

この鋭い分析に納得した。
「サッカーボールを地球に喩える」とは、書くプロはさすがに違うと感心した。

・延べ500億の人が見たと予測されているという。大きいビジネスでもある。
・「90分ナショナリズム」という言葉も新鮮だった。
・朝日新聞に出ていた川柳もよい
  「球ひとつ生命あるようなゴール決め」
・選手の過半数が何処かの国のプロサッカー
 多国籍の選手ーグローバルの時代
印象的キーワードを並べてみる
・地球最大の運動会
・国家の威信をかけた模試ー代理戦争
・壮大な民族展示会


454,面白かった!!

2002年07月01日(月)


ワールドサッカーが終わった。
やはり世界のトップが集まる試合は面白い。
サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。

その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。
優勝候補のフランスとアルゼンチンが早々に敗れるという
のも、勝負のアヤであった。

ワールドカップというのがこういうものだという事が、
理解できたように思った。
実際のところサッカーの面白みがいま一つピンとこなかったのが、
これを契機に好きになれそうだ。

決勝戦が終わったときの,勝者と敗者の差の大きさもそのまま
画面に出ていた。やはり一国でやるべきというのも確かであった。
最終戦で会場の勝者に対する会場のシラケぶりには世界に対して、
この国のセンスの低さを曝け出してしまった。

韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても
盛り上がりが少なかった事は否めない。

ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。
南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。
彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、喜びは最大級だろう。

TVの前でこれだけ熱狂するとは思っていなった。

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