日々雑感
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2002年07月31日(水) 暑いときには

夏といえばビヤガーデン。というわけで、友人とビヤガーデンに行く約束をする。

本屋で待ち合わせ。文庫の新刊コーナーに『地図のない道』須賀敦子(新潮文庫)が平積みされている。ヴェネツィアについての文章だ。既に読んではいるけれども、こうして文庫になるとまた一冊手元にほしくなる。本屋の中でその一角だけ特別な空間に感じるのは、きっとこの本に思い入れがあるからだろう。

暗くなっても気温は下がらず。ビール日和といえばそうなのだが、あまりの蒸し暑さに「冷房がきいてる店のほうがいいかね」と軟弱にも主旨を変更、韓国料理屋へ行く。

ビルの上にある店に入ってみると、鍋料理を頼む人が多いせいか、こちらも外に負けずにむっとした空気。大きな扇風機がぶんぶん回り、規則正しくぬるい風がやってくる。うちわ片手に鍋をつつく人。真っ赤な顔して焼肉を食す人。しかし、辛い鍋や海鮮パジョンなど食べているうちに、何か血のめぐりがよくなったような気がして、暑さもむしろ気持ちよくなってくる。「暑いときには辛いもの」という言葉を身をもって体験する。

夜、銭湯へ。「暑いときには熱い湯」がいい。番台前で常連さんたちが「昨日のほうが暑かったよね」「いや、絶対今日のほうが蒸し暑い」などと暑さ談義をしている。外へ出ると、茹だったような不気味に赤い月。今日も熱帯夜か。


2002年07月30日(火) ゆっくり大人になる

隣りに住む友人の家へ遊びに行く。チワワのナーちゃんは夏バテもせずに元気。

最近は小さなゴムのボールがお気に入りらしい。かみついたり転がしたり、そして時折、口にくわえて走ってきては「ほめて」というような目でこちらを見上げる。ドキドキしてしまう。友人が「この、めんちょこ!」と言ってでれでれしっ放しなのもわかる(「めんちょこ」は「かわいい子」という意味の方言)。

足元でボールをかじるナーちゃんにふと目をやると、何か白く小さなものが落ちているのに気づく。爪きりで切った爪のような大きさとかたち。手にとると、白くすべすべとして先がとがっている。真ん中にぽちりと赤い点。何と、ナーちゃんの乳歯だ。犬も歯がはえかわるのだとは知らなかった。「ナーちゃん、またひとつ大人になったねー」と友人は大喜び。すっかり母親である。

小さい頃、ぐらぐらとし始めた乳歯を、自分では怖くて抜けなかった。糸で引っ張って抜いている親戚のお兄さんは「すごい人」だった。ナーちゃん、歯が抜けたあとも平然とした表情でまたボールを追っている。たくましくなった。もうすぐ立派な大人だ。


2002年07月29日(月) やっぱり売れない

午後、いろいろな場所へ届け物をする。最後の用事をすませたのは自宅の最寄駅から2駅分離れた場所。相変わらずの暑さだが、思い切って歩いて帰ることにする。

歩き始めると、日陰の道のせいか思いがけず涼しい。それでも汗はかくが、よく風が吹くのであまり気にならない。冷房をかけた部屋の中にこもっているよりも、むしろ快適か。どんどん歩く。何重奏か判別できないほどの蝉の声がBGMだ。

夜、古本屋へ売るべく本を整理する。主に漫画。手塚治虫の『ブラック・ジャック』、どうしようかと迷ってパラパラめくっていたら、止まらなくなる。『火の鳥』はこの前古本屋へ持っていったけれど、やっぱりこっちは売れない。読みふける。


2002年07月28日(日) 知っている

外へ出ると、大家さんの猫モモちゃんが集合ポストの下で昼寝中。いつもは声をかけると目も合わせずにさっさと消えてしまうのだが、今日は逃げない。頭をなでても、じっとしたままだ。どうやら、今日一番涼しいこの場所から意地でも動きたくないらしい。

母親から電話。近所の野良猫が最近姿を見せないとか、弟が大型免許を取りに通っているとか、地元の最新情報が届く。母親自身はあちらこちらと夏山を歩いているらしい。八幡平に鳥海山。花も咲いて、よい時期だろう。そのあいだ、休日のない父親は例によって留守番である。

夜、冷や麦をゆでる。気温と湯気とでとにかく暑い。差し水をしながら、そういえば父親も麺は自分でゆでていたなあと思い出す。母親がいないとき、父親は自分で食事を用意する。「つくろうか」と言っても、自分でやるから大丈夫と言って、いつもきまって麺をゆでる。大きな鍋の前で、真剣な表情をして蕎麦やうどんや素麺などゆでている父親の姿。

母親がいると料理も洗濯もしない父親だが、いないときにはちゃんと皿洗いまでしていることを知っている。面倒だからではなく、母親の前で手伝うのが照れくさくて普段何もしないのだということも知っている。それに、子供たちに何かやってもらうこともまた、同じように照れくさいのだ。複雑な父親心。知っているので、そうした姿を見かけても、自分も弟も何も言わない。

暑いときの冷や麦はおいしい。あっという間に一皿食べる。無精をして薬味など何もなしで食べるあたり、たぶん父親と似ている。


2002年07月27日(土) これが「私」

暑い。本が読めない。掃除もできない。気がつくと手を止めてぼうっとしている。

たまらず冷房のよくきいた近所の喫茶店に避難する。同じような考えの人が多いのか、店内は満員。アイスコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていると、浴衣姿の人が何人も駅へ向かって歩いて行く。今日は隅田川の花火大会か。紺と白の浴衣が涼しげできれいだ。

店内には80年代の洋楽がずっと流れている。B.スプリングスティーン、TOTO、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、フィル・コリンズ、あとなぜか「フラッシュ・ダンス」や「ネバー・エンディング・ストーリー」まで。なつかしくて思わず聞き入ってしまう。「ベストヒット・USA」など熱心に観ていた頃。夏、冷房もない電車で汗をかきながら高校まで通った。校舎までの長い坂道を自転車を押してのぼった。向こうの空には大きな入道雲があった。

今、その頃よく聞いていた曲を耳にして「なつかしい」と感じる自分がいる。音楽といっしょに、いろんな場面が仕舞いこまれている。今まで見てきたもの、耳にしてきたもの、それは一人一人違って、他の誰にも代われない。いろんな記憶を底に沈ませて今ここにいる、これが「私」だ。

夜、右腕に、白い細長い毛が一本だけ伸びているのを発見。これが「この毛が抜けるときに願い事がかなう」という噂の「福毛」か。ちょっと嬉しい。ひょろりとして頼りないけど、大事にしよう。


2002年07月26日(金) 期待外れ

夕方から家庭教師バイト。1ヶ月分のバイト代がもらえる日ということで、帰りは映画でも観ようか、「月のひつじ」がいいかなあ、本屋でほしかったやつを買い込むのもありでしょうなどと、足どりも軽くバイト先へ向かう。

オートロックのマンションの入り口で呼び出しボタンを押すと「すみません…」という声。急用ができて今日は休みにしてほしいと言う。仕方ないと思いつつもがっくり。山手線に揺られて、おとなしく家に直行する。思いがけず早い帰宅に、西日の入る部屋はまだ暑い。窓から夕焼けが見える。

少し古くなったリンゴがあったので、友人からもらった赤ワインでサングリアをつくってみる。リンゴとオレンジを漬けて冷蔵庫で冷して数時間。果物の風味はついたが、どこか物足りない。もっと柑橘系の果物や、あとシナモンなど入ったほうがよいのかもしれない。

オレンジジュースを足して邪道な飲み方をする。既にサングリアではないと思いつつも、なかなか美味しい。グラスで2杯。


2002年07月25日(木) 花火とビールと川風と

足立の花火大会へ行く。

学部の頃は毎年のようにサークル仲間で来ていたのだが、卒業してだいぶ時間も経ち、さすがに平日の花火大会へ参加できる面々は減ってしまった。既に社会人生活も長くなった一人に「木曜どう?」と電話したところ「平日行けるわけないだろ、バカタレ」と言われたらしい。

バカタレ5人で河川敷への道を歩く。道の両側には屋台や店頭即席売り場がずらりと並ぶ。焼きソバのソースやスイカの匂い。タイ風ラーメンの屋台もある。たこ焼き、焼き鳥、餃子、加えてなぜか団子も買い込む。それと忘れずに缶ビール。河川敷にシートをしいて準備万端である。

やがて開幕。花火はどんどん上がる。皆で話していたのだが、花火はやっぱり音がいい。打ち上げられてから少しの間をおいてドンと低い音が鳴ると、ムズムズしていたクシャミがようやく出たときのような感じで、非常に気持ちがいい。そして、「花火」とはよく名づけたものだと思う。ほんのひととき夜空に開いて、あっという間に消えてゆく。

残像。残響。河川敷に座りながら、皆してその様子を眺めている。川からの風が吹く。


2002年07月24日(水) スペインに行きたしと思えど

友人と髪を切りに行く。

終了後、いつものお店で軽く飲む。友人は6月にスペインに行ってきたばかり。写真を見せてもらいながら話を聞く。ちょうどワールドカップ期間中だったが、マドリッドではジダンのレアル・マドリッドのユニフォーム、何と値段が40パーセントオフになっていたらしい。スペイン人、厳しい。

大聖堂。いちめんのひまわり畑。ものすごくスペインに行きたくなる。白のサングリアも美味しいらしい。写真を見ていると、スペインはイスラムの色が濃いということがよくわかる。混血の大地か。スペインでは混血の具合によって、男は北のほうが、女は南のほうがきれいなのだと言う。

外に出ると小雨が降っている。濡れた路面が街灯でひかる。


2002年07月23日(火) 通奏低音

蝉がしきりに鳴いている。夏の通奏低音だ。

夏休み期間に入りかけということで大学の構内は人が少ない。木陰ではいつものように野良猫が昼寝している。猫は、暑いときには涼しいところを、寒いときには暖かいところを見つけ出すのがうまい。

午後からは夏休み前の面接。順番を待ちながら、研究室に集まってくる人々とだらだらしゃべる。机の上には皆で食べるようにお菓子が置かれているのだが、今日はスターバックスのレモンジンジャー・クッキーの缶がある。いつもは煎餅やおかきなのに、こういう洒落たものがあるのは珍しい。どれどれと思って開けてみると、中は「かっぱえびせん」だった。

かっぱえびせんを食べつつ話しているうちに夕方になる。帰り道、まだ蝉の声が聞こえる。猫はどこかへ消えた。十分昼寝して、涼しくなった頃に活動開始か。



2002年07月22日(月) 『模倣犯』

友人から借りた『模倣犯』宮部みゆき(小学館)を読み始めたら止まらない。つづきが気になって何も手につかない。食事をとる時間も惜しい。

そんな状態でも、テレビ欄に「W杯スター夢の競演?」とあった夜10時からの「スマスマ」は観る。スマップの面々がロナウド、ベッカム、デルピエロといった選手に扮して、中学生のフットサル・チームと対戦するコーナー。

入場の場面でW杯のテーマ曲が流れたとたんに、何かじんとしてしまう。6月中は「今晩はサッカー中継がある」と思うと一日嬉しくて、あの感覚を思い出す。プロ野球のように、毎晩サッカーの試合が観られるといいのに。

「スマスマ」後、再び『模倣犯』の世界へ戻る。徹夜。


2002年07月21日(日) 名前を呼ぶ

うちのページの掲示板にときどき書き込みをしてくれる二人と「オフ会」なるものをする。「今日はハンドルネームで呼び合おう」と話していたのだが、笑ってしまってどうしても口にできない。

名前は不思議だ。他の人はどうだか分からないが、知り合ってから面と向かって相手の名前を呼ぶまでに時間がかかる。いったん口にしてしまうと、つかえがとれたように一気に楽になる。何かを確かめるように、呪文をとなえるように、相手の名前を呼ぶ。

3人でタイカレーの店へ。大通りから少し裏道へ入ったところにあるお店だ。ビルの奥へ進んでドアを開けると、意外と店内は明るく、お客も多い。学生御用達の店らしく、写真もたくさん貼ってある。それぞれ種類の違うカレーを頼んでシンハーを飲む。一人が注文したレッドカレーは口の周りがひりひりするような辛さ。顔を真っ赤にしているが、辛さのせいか、ビールのせいか、はたまた日焼けのせいか分からない。

食後にアイスクリーム。また、それぞれ違う種類のものを選ぶ。ココナツ、ドリアンときて、自分は「タマリンド」を注文する。甘酸っぱいというよりは「酸っぱ甘い」、何ともいえない味がする。

帰り道、結局ハンドルネームはどこかへ行ってしまって、いつものように喋りながらだらだら歩く。月が明るい。


2002年07月20日(土) 東京の人

今回の名古屋行きの本来の目的である演奏会に参加。東京からの後発組と合流して会場へ向かう。

野外ステージでの演奏なので、とにかく暑い。けれども、時折涼しい風が吹く。ビールなど飲んでひやかしていたら最高に気持ち良さそうな環境だが、ステージに立つ側なので我慢する。

夕方前には演奏会も終了。明日も参加する組と別れて帰途に着く。先に帰るのは3人。自分以外の2人は日帰りということで、ハードだ。名古屋駅で味噌カツなど食べつつ軽く地ビールを飲んだのだが(しゃちほこのラベルがついていた)、新幹線で席に着くなり皆寝てしまう。

目が覚めるたびに窓の外は日が暮れていく。ぽつぽつと街の灯りがともり始めるのを眺めながら、また眠り込む。その繰り返しで2時間、東京駅に着いた頃は、外はもうすっかり暗い。東京の駅の空気に少しほっとする。自分もだいぶ東京の人になったのだろうかと、ふと思う。

車内の電光掲示板ニュースに「関東、東海、四国などは梅雨明けの模様」というニュースが流れる。いよいよ夏本番か。


2002年07月19日(金) 名古屋

早朝の新幹線で名古屋へ。うとうとしながら車窓に海を見る。

到着してから夕方まで、大学図書館でひたすら資料のコピー。大学の図書館はどこも同じ匂いがする。古い本の匂いだ。途中、飲み物を買って外でひと休みする。構内は緑が濃い。Tシャツ、短パン姿の学生が「暑くてやってらんねえよ」という表情でうろうろしている。

コピーの山で重くなったリュックを背負ってホテルへ戻る。蒸し暑さと寝不足でぐったり。宵の名古屋を散歩すべく気合を入れて外へ出るが、1時間半ほどで降参、飲み物を買って帰る。

夜、ホテルの部屋で「耳をすませば」を観る。最後の「結婚しよう」「大好きだ!」の場面、いつも恥ずかしくて画面を直視できない。つい目をそらして、けれども指の隙間からのぞいてしまうような感じ。とても好きな映画。「恥ずかしい」というのは決して否定的な意味ではない。

名古屋の夜は更ける。「耳をすませば」に挿入されている「カントリー・ロード」を反芻しつつ眠る。


2002年07月18日(木) 年の差5つ

研究室の若い面々と飲む。

院となると、もう学年も年齢も何が何だかわからない状態になるけれども、いちおう学年でいえば5つ違う面々の中に混ぜてもらう。ちょうど小学1年生と6年生ということか。または中学1年生と高校3年生。あの頃は5つの差をとてつもなく大きく、深く感じていたけれども、今ではいっしょになって馬鹿な話をしながら笑っている。大人になるのはいいものだ。

上にしても下にしても、年齢の離れた人と飲んだり話したりするのは楽しい。頭や心の筋肉がほぐれるような感じがする。

久々にワインなど飲んで気分よく帰宅。明日の準備が何もできていないけれど、まあ、何とかなるだろう。気が大きくなっている。筋肉、ほぐれすぎか?


2002年07月17日(水) 夏の音

午前中、部屋の中にいると、外から笛の音が聞こえてくる。だんだん近づいてくる。何だと思って窓の外をのぞくと、男の子がひとり、リコーダーを吹きながらアパート前の路地を歩いている。小学校の制服に白い帽子、背中にはランドセル。彼には少し大きいであろうアルトリコーダーを手に、真剣な表情をして同じ旋律を繰り返す。笛吹き少年。ネズミならぬ、大家さんの猫モモちゃんに見送られながら、角を曲がって消えていった。

夕方からは水曜ゼミ最終日。外からは夕風といっしょにカエルの声。ずいぶん遠くから聞こえてくる。カエルの声はよく響くのだ。扇風機。テレビのナイター中継。蚊。誰かがどこかで上げたロケット花火。連鎖反応のように、夏の夜のいろんな音を思い出す。

ぼんやりと夏の宵へ思いを馳せつつ、ふと発表がどんどん進んでいるのに気づいて、あわてて「こちら側」に戻ってくる。まだ授業中。夏休みは先だ。


2002年07月16日(火) 嵐のように去って行く

明け方、目が覚めると外は大荒れ。台風だ。窓ガラスに雨が吹き付けて、すごい音がする。雨や風の低いとどろき。建物の中にいるんだからという安心感と、実はそれだっていつ崩れてもおかしくはないのだという思いと、両方の中でその音を聞く。

午前中はずっと強い雨が降る。ゼミは休講になったが、バイト先への届け物のため大きめの傘を差して外へ出る。街も電車も人が少ない。風に傘をあおられそうになりながら歩く。

何とか無事に届け、帰ろうとした頃に雨あがる。台風、それこそ嵐のように去っていった。午後からは青空。蒸し暑さも戻る。前半と後半とでくっきり分かれた一日。夜には月も出る。


2002年07月15日(月) 嵐の前の

月曜ゼミ、最終日。台風接近中ということで、風がだんだん強くなってゆくのが建物の中からもわかる。夕方、外に出ると、西の空に細い月が浮かび、雲の白が変に鮮やかだ。嵐の前の色か。

教授も交えて打ち上げ。久々に大勢でお酒を飲む。大勢で飲むのは楽しくて好きだけれども、必ず調子にのってしまう。ひとり地下鉄に乗りながら、酔っ払った気分のよさと、少々の「しまった」という思いと、半分半分抱えて帰る。

『幻の光』宮本輝(新潮文庫)を読む。宮本輝は定期的に読みたくなる。舞台である奥能登の冬の海が目に浮かぶ。台風接近中の夏の蒸し暑さの中で。


2002年07月14日(日) さよならで思い出す

今日は朝から日差しがまぶしい。街も空もぎらぎら光っている。

午前中、渋谷のスタジオで練習。狭いスタジオに何とか3人もぐりこむ。演奏は、集中しながら無心になれるところがいい。自分が空っぽになる。そして、ただ音楽の「通り道」となる。

午後からは短期バイト。いよいよ最終日だ。「今日で終わり」という感傷にひたる間もなく、明日からのバーゲンの準備で店中大騒ぎである。ようやく一段落ついたところで、店長自ら外へ走って行き、全員分のソフトクリームを買ってきてくれる。カップに入ったソフトクリームで、チョコレートがかかったものと、ブランデーのゼリーがかかったものと2種類。ブランデーのほうを食べるが、身体の芯からじんわりくるような美味しさ。俄然、元気になる。ほんとに美味しいソフトクリームは栄養ドリンクよりも利くらしい。

外も暗くなって、終業時間のベルがなる。同時に、店長、店員さんたちが、そろってこちらを向き「おつかれさまでした」と笑顔。立ちっぱなしにぐったりした初日だとか、店長に叱られたこととか、始めた頃はまだワールドカップ真っ最中だったとか、いろんなことを思い出す。そして、かつてこんなふうにひととき交差しては別れていった、いろんな人のことも。

少ししんみりしつつ地下鉄に乗る。外は風が強い。今日は少し奮発して、食べたかったアイスクリームを買って帰ろう。


2002年07月13日(土) 居着く理由

6月から始めた短期バイトも明日で最後だ。蒸し暑い中、お店へ行く。

地下鉄のこの駅も、いつも行きがけに寄ってトマトジュースを買ったコンビニも、休憩時間にコーヒーを飲んだ喫茶店も、もうすぐお別れかと思うと名残惜しい。どこかの場所に居着くというのは、愛着のあるものが増えてゆくことなのかもしれない。

雨が降り出す前に帰宅。すぐに窓を開けて換気する。全部食べたと思っていたアーモンドチョコレートの箱に、ひとつだけ残っていたのを発見。うれしい。すぐ食べる。


2002年07月12日(金) 知らない街で

バイト。ずいぶん早く着いたので、駅前の喫茶店で時間をつぶす。

このバイトを始めてから何度か来ているけれども、ここは、まだ「知らない街」という感じがする。ビルの間から路面電車がやってくる。駅前のロータリーに行き交うのは見知らぬ人ばかり。車の音も電車のアナウンスも人の話し声も、自分がいる場所とは離れたところから聞こえてくる。

知らない街をひとりで訪ねるとき、はじめはいつも居心地が悪い。自分だけがぽっかりと別の場所に浮いているのが心細くもなる。けれども、街の様子を眺めてぶらぶら歩き回っているあいだに、やがて何とも言えず元気になってくる。知らない街をひとり歩く開放感。自宅から30分も離れていない街にいながら、久々に思い出す。

今日も一日よく晴れた。夕方の空に夏のような雲が浮かぶ。


2002年07月11日(木) 外面がいい

台風一過。よく晴れる。ここぞとばかりに、あちこちの家で洗濯物や布団を干している。

夜、仕事帰りの友人と散歩。チワワのナーちゃんもいっしょだ。雨つづきで散歩してなかったせいか、大喜びでリードを持つ友人をひきずるように走ってゆく。

公園のそばのお店で夕食をとる。ここはテラス席があって、犬もいっしょに入れるのだ。道沿いのテラス席には、同じような犬連れの人々が何組も座っている。ミニチュアダックス、テリア、柴犬など、新しい犬がやってくると、皆いっせいに顔を向けて様子をうかがう。「犬社会」を垣間見る思い。

ナーちゃん、犬にも人にも愛想がいい。まったく人見知りせずに尻尾をふって近寄っていく。特に好きなのがきれいなお姉さん、次に小さな女の子。二人連れでも、男の人のほうには見向きもせず、女の人にばかり挨拶。「まったく外面がいいんだから」と友人もあきれる。ちなみにナーちゃんは男の子。まだ小さいのにしっかりしている。

ビールで乾杯。ナーちゃんは、お店の人が持ってきてくれたお水を飲んでいる。通りを歩いて行く人は皆半袖だ。遠くにはビルの灯り。どこかから低く音楽が聞こえる。いろんな人に「かわいいね〜」と頭をなでられてご機嫌のナーちゃんと、ビールとピザでご機嫌の人間二人と、ぶらぶら歩きつつ帰る。夜風が涼しい。


2002年07月10日(水) 台風モード

台風近づく。風が強く、空気はぬるい。

夜には関東地方に上陸かということで、念のため食糧を買っておこうとスーパーへ。今回の6号上陸に備えてか、台風シーズンが始まるからか、店内に「台風に注意」コーナーができている。並ぶのは、ペットボトルの水、乾パン、レトルトのご飯など。店内には台風情報の放送も流れていて「台風気分」、自然に高まる。

ときおり雨が強くなる。外を歩くと、風や雨の音に混じって、どこかの家からテレビの天気予報が聞こえてくる。街中が「台風モード」に移行中。心配と興奮が入り混じった、あの感じだ。

夜、いよいよ雨が強くなってきたなと思いながら、居眠りしてしまう。しばらく経ってから目が覚めると、何だか外が静かだ。眠っているあいだに暴風域が過ぎてしまったか。少し拍子抜けしながら、買っておいたバナナを食べる。


2002年07月09日(火) 負けました

朝から暑い。ぐったりしたまま大学へ行く。

飲み物を買おうと生協へ行くと、入り口で免許合宿の勧誘をしている。夏休み前、恒例だ。前を通ると、ポケットティッシュといっしょに「はい、これも」と言って、さくらんぼの入った小さな箱を差し出される。何故にさくらんぼ(山形の自動車学校なのか?)と思いつつも一個つまむと、「ダメだよ、3個じゃなきゃ」と、もう二つ取るよう要求される。何故に3個と思いつつも大人しく受け取る。久しぶりのさくらんぼ。おいしい。

ゼミの最中も、暑さに皆ぼんやりしている。早々と切り上げて、次回ゼミ後の打ち上げの計画。夏学期のゼミは来週で終わりなのだ。来週もこんな暑さだったら、さぞかしビールがうまかろうという話になるが、果たしてどうか。

夜、部屋に戻ると昼間の熱気がこもっていて、思わずくらくらする。窓を開けるが熱が冷めない。観念して、今年はじめての冷房を入れる。うちわ片手にしのいできたのに、何となく「負けました」という気分。しかし、快適。


2002年07月08日(月) 夏の客

夜、外を歩いていると、道端に黒っぽい小さな固まり。近寄ると大きな蛙だ。夜闇に保護色となって、片足だけ伸ばした姿勢のままじっとしている。近所には蛙が多い。この時期、夜道を歩くには注意が必要だ(ときどき、ぺちゃんこになってるのを発見する)。

蛙といえば。祖母の家には土間があった。夏でも冷たい土の上にいろんな物が置かれていた。まだ小さかった頃のある夏の夜、祖母が呼ぶので行ってみると、土間に蛙が一匹座っている。大きい。ヒキガエルか。そばによっても、つついても、目を閉じたまま動かない。こちらのほうが根負けして別の部屋に引っ込んだのだが、しばらく経ってから覗いてみると、いつの間にかいなくなっていた。

次の日。夜になり、思い出して土間に目をやると、なんとあの蛙が同じ場所に同じ姿勢で座っている。みんなして集まって覗いても、やはり動じず。そしてまた、気づくと消えている。

その次の日も、また次の日も、夜になると蛙はやってきた。ひと夏、毎晩律儀にやってきて、涼しくなった頃姿を消した。

しかし、ほんとにすごいのはここからで、その蛙、なんと次の夏にもやってきたのだ。さらにひと夏、夜になると土間で過ごしていた蛙。あれは何だったのだろう。ひんやりした土の上で涼んでいたのか。灯りが恋しかったのか。

近所の蛙も、あのときの蛙に負けないほど大きい。横目で眺めながら通り過ぎる。しばらくゆくと、今度は白い固まりがある。むくりと起き上がると、真っ白な野良猫。夏の夜道にはいろんなものが潜んでいる。注意。


2002年07月07日(日) 七夕、天の川

七夕のせいか、天の川の夢を見る。

夕方。川が流れている。その流れをのぞきこんでいる。ときおり水飛沫がたつ。夕空の色に染まる流れを眺めながら、不意に、自分が見つめているのは地上ではなく、空を流れる天の川であることを知る。水面に浮かぶ流紋は勢いよく流れてゆく雲である。だとしたら、自分がいるここは、いったい何処か。

来週引越しをする友人の家へ行く。貸していた本を受け取りに行ったついでに、2階の部屋から外まで、粗大ゴミを運ぶ手伝いをする。大きな桐の洋服箪笥はさすがにきつかったが、足元をよたよたさせつつ何とか成功。よい運動。終了後、近くの店でおごってもらったビールがうまい。日曜の夜遅くなのに人が大勢いるのはどういうことか。「みんなカタギじゃないのかね」。そういう自分たちも、人のことは言えない。

帰り道、天頂に大きな三角形が見える。夏の大三角だ。今年は織姫も彦星もしっかり見えた。七夕の夜。


2002年07月06日(土) 幸せな日

昨日の夜は、久々に目覚まし時計をかけずに眠る。半徹夜など夜更かしが続いていたせいか、夢も見ずにぐっすり。

特に何があったというわけでもないが、良い気分の日。洗濯物がよく乾く。探していた本を古本屋で発見する。ほしかった川上弘美の『龍宮』も思い切って買う。スーパーでは沖縄音楽がかかっている。店から出ると横断歩道の信号がちょうど青。そして空がきれいだ。何層にも重なった雲の向こうに透ける青色。「幸せな日」に必要なのは、大きな出来事ではなくて、いろんなことがするすると滑らかに連なってゆくこと。きっと、そういうものなんだろう(奥田民生の「イージュー・ライダー」になってしまった)。

たまにはご褒美のように、こんな日があってもいい。いちばんの理由は、昨晩の熟睡で体調がよかったせいかも、とも思いつつ。


2002年07月05日(金) 朝顔市

地下鉄に乗る。朝顔の鉢を足元に置いた女の人がいる。そういえば入谷の朝顔市の時期か。

何年か前、まだ早い時間に朝顔市を歩いた。道沿いにずらりと朝顔の鉢植えが並び、半被姿の売り子さんの声が飛ぶ。暑くなる前の空気の中、開きかけの青や赤の朝顔。地下鉄の車内の朝顔を眺めながら、またあの中を歩いてみたくなる。

夕方、道端で隣りに住む友人とばったり会う。友人は買い物帰り。大きなトートバッグの中からチワワのナーちゃんが顔を出している。「ちゃんと入ってなさい」と言われつつ、ナーちゃん、必死に這い出してこっちに寄ってこようとする。苺模様の首輪がお似合い(たしかナーちゃんは男だったが)。

その友人とは地元が同じだが、双方、会ったとたんに無意識に方言に切り替わるのが不思議だ。東京の街のど真ん中、ナーちゃんをはさんで秋田弁で話す。


2002年07月04日(木) 今日も蒸し暑い

梅雨の晴れ間。太陽の位置が高くなるにつれて気温も上がってゆくのがわかる。夏休みの匂いがする日。

むっとするような暑さのせいか、バイト先のお店にも人が入らない。通りを歩く人の数も心なしか少ない。あまりにもお客が来ないので「まさか仏滅じゃないわよね」と店員さんがカレンダーを確認したところ、何とほんとに仏滅だった。

結局、そのまま閉店時間となる。外に出ると、まだ微かに明るい暮れ方の街に、いろんな色の灯りがともっている。着物姿の女の人やスーツ姿の男の人、夜の銀座への入り口の時間。


2002年07月03日(水) 蒸し暑い

「今日も蒸し暑いね」というのが挨拶の言葉になっている。

スペインを旅行中の友人から絵葉書が届く。トレドの写真。一面のヒマワリ畑を見ることを楽しみに出発していったけれども、どうだろうか。ヒマワリは咲いているだろうか。彼女の頭上に広がっているであろう青空を思う。

帰りがけ、本屋に寄り道。以前は素通りしていた「スポーツ」コーナーを必ずチェックするようになった。サッカー関係の本、雑誌など立ち読み。その後、さらにブックオフへ。読みたいと思っていた『安住しない私たちの文化』姜信子(晶文社)を発見、購入する。サブタイトルは「東アジア流浪」、キーワードは「故郷」「ディアスポラ/離散」「記憶」だ。

夜、ビール。いよいよビールがおいしい季節になってきた。楽しみな季節。


2002年07月02日(火) 夜の散歩

湿度が高い。じっとりと空気がまとわりついてくるようで足どりも重い。

夜になって、ようやく涼しくなる。風も吹く。外に出たついでに近所を散歩。窓や玄関の戸を開けている家が多い。一軒の家、涼んでいるのか、玄関前に白い犬がだらりと寝そべっている。「やれやれ」という感じ。

暗い道の向こうにぼんやりと自動販売機の白っぽい灯り。居酒屋も入り口の戸を開けていて、笑い声とテレビの音がもれてくる。どこかの家からは線香の匂い(祖母の家の匂いだ)。そして、夜の中でも夾竹桃はやっぱり紅い。

猫も動き出している。暗がりの中、白と黒のぶち猫が座っているのを発見。きちんと手足をそろえて、しっぽもまるめて「姿勢のよい猫だなあ」と思ったが、猫背の猫に「姿勢がよい」はおかしいか。「行儀のよい猫」に訂正。


2002年07月01日(月) 余韻さめやらず

昨日の決勝戦、終了のホイッスルが鳴った後もゴールポストから動かず、やがてゆっくりと座り込んでいったカーンの姿が頭から離れない。

勝負の世界はほんとうに残酷だ。たった一瞬のミスですべてが変わってしまう。「英雄と役立たずは紙一重」。カーン自身がよく言っていたらしい。もちろん、彼のことを「役立たず」などと誰も思わないだろうけれども、昨日は本人がいちばんその言葉をかみしめていたはず。

「サッカーは人生と同じだ。ピッチの上では何が起こるか分からない」というが、ほんとにそうだと、しみじみ思う。「あの失敗さえなければ」とどんなに悔やんでも、決して取り戻すことはできない。「もし」は有り得ない。ケガもある。不運もある。年齢による衰えもある。思うようにならないことも。それらを自分で受け止めつつ、それでもまた、一歩ずつ足を進めてゆくのだ。なぜ皆あんなにサッカーに熱狂するのか、少しだけわかったような気がする。

7月に入る。梅雨空、さらに蒸し暑い。月が変わるのを良い機会に、W杯モードから日常モードに切り換えようと考えていたが、パソコンの壁紙をカーンに設定しているあたりで、すでに無理。


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