フミカの日記
フミカのひとり上手とよばないで

2002年01月31日(木) 昨日の事がウソのよう・・

完全復活!!そして今日は休み。
昨日早退する時には、明日休みだ。なんて考える余裕すらなくて、本当に申し訳ないようなシフトだけど、休みは休み!と、開き直ってみようかな・・・

昨日の異常な偏頭痛が和らいだ要因は、お風呂にあった!と考えるに、暖まるのがいい事だとすると、私の偏頭痛は冷え性から来ているのかな・・?

冷え性と言えば、私は子供の頃から、かなりこの冷え性に悩まされていて、恥ずかしながら、随分「オネショ」が続いた(ポッ!)

母はそんな私を可哀想だと思い、ありとあらゆる冷え性対策を施してくれた

まず足を暖める「あんか」これは今でも活躍中で、かなりの年代モノです!

そして忘れもしないのが、「とうがらし作戦」
お湯の中に、とうがらしパウダ―を入れて、その中に手・足を付けると身体が暖まると聞いた母と私は、早速やってみたのはいいが、私の皮膚が弱すぎたのか、とうがらしが多かったのか、私の足は見るも無残に腫れ上がってしまった!
もうヒリヒリするなんてもんじゃない!と言う事で、とうがらし作戦は1日で却下になってしまった。

それからお茶から、御家庭1人用泡風呂(これはちょっと効いたかな)
など秘密兵器が続々登場したけど、やっぱり食べ物を替えて体質改善するのが1番よいと言う結論!!
しかし私は好き嫌いの多い子だったし、何せよく夜中に吐く子だったので、食べ物での改善もあきらめた・・・

そんなこんなの長い道程だったけど、今だに私の冷え性は治ってないみたい

まあ「オネショ」もしないし(あたり前?)
とりあえず   いっか・・・



2002年01月30日(水) が・がんば・れ〜 し・し・ぜん・・・ち  ゆ

今日は9時30分出勤。
私はいつもの様に9時にはお店に入り、カレ―を仕込んでいた。
でもいつもと違う・・・それは「偏頭痛」

いつもは平気なんだけど、今日はさすがに弱音を吐いて早退させてもらった
だって痛すぎて、立っていられないんだもん
仕事の早退なんて、何年振りだろう・・・?

いやぁ〜死ぬかと思うくらい、激激激痛だった!転がっても起きても吐き気はするし、痛みは和らがない・・・
「201号室に奇妙な生き物がいる」と思われるくらい、七転八倒した!!

どうにか眠りに落ちる事ができれば、と思うんだけど、痛すぎてジッとしてられない・・・
あんなに痛い偏頭痛は、ちょっと今までにはなかったかな?

とりあえず、気持ちを落ち着けようと思って入ったお風呂が、大正解だったようで、その後コテッ!と眠りに落ちたらしい・・・

今起きたらちょっと復活している、でも痛い種はまだあるので、刺激しないようにしよう・・・

しかしなんだったんだろう?あの激痛!薬を飲まないにしても痛すぎ!!
「自然治癒能力」の限界にチャレンジと言う感じだった。

「私、よくやった!!」



2002年01月29日(火) 何だか判らないけど、頑張ろうと思った!

昨日「おはようございます!!」と言われて振り向いたら
店長が2人いた!!

いよいよ「フミカ日本語学校」の開設らしい。
しかし、思った以上に日本語が判らなくて、ちょっと戸惑いを隠せない私・・・

でも周りの話している事が、さっぱり判らない弟は、とても孤独で不安だろうなぁと思うと、つたないながらも、伝えてあげようと必死になってしまう。
これはジェスチャ―ゲ−ムがかなり得意になるなぁ〜と昨日1日で実感した

弟もコミュニケ−ションを一生懸命取ろうとして、私に英語で話し掛けてくる彼はイギリスに長く留学していたらしく、英語はかなりペラペラだ。
「ユウ ビュウティフル スキン!」「THANK YOU!」
よしよしこのくらいは判るぞ!
「ドゥ ユウ スピ−ク イングリッシュ?」
「とんでもない!あっこれは日本語だ!NO!NO!」(汗、、汗、、)
・・・あれ?これじゃあ私の英会話教室になってしまうよ。

店長は私と弟の間で、同時通訳者となって活躍していましたが、後半は訳が判らなくなり、私にバングラディシュ語で話して、弟に日本語で話して・・・
最後は「も〜う!!わかりません・・・」
と言って、粉々に崩れ落ちて行きました。

コミュニケ―ションとは話す事から生まれる・・・でもそれとは両極に話さなくても、その人の人柄や、伝えたい事がわかる表現・表情と言うのも存在し、それはそれでコミュニケ―ションの1つなんじゃないかなぁと思った。

彼は言葉が話せなくて、もどかしい時でも屈託のない素敵な笑顔をしていた

「大変だぞ!これは・・・」なんて思った自分を、少し反省してしまった笑顔でした。



2002年01月28日(月) うわっ!いっぱい書いちゃった

またまた防風雪で、弘前は真冬に逆戻りかな?
私は雪降りも大好きだったけど、た〜くさん降ると歩道が雪で埋まってしまって、車道を歩くと言うスリル満点な事をしながら、学校まで通わなければいけませんでした。
仮に車が来ても、逃げる所がないので、これ以上はスリムになれません!と言うくらい細ーくなって、車が通るのを待ちます。そのあいだ約10cmくらいでしょうか・・・
私の友人は、そのせまい道で、バスに足を踏まれた事があります。
教室に入って来るなり「バスが私の足の上を通って行ったんだよ!すごい事だよ!」と興奮して話していましたが、そこにいた友人は「バスに足を轢かれてピンピンしている、あなたが凄い!」と意見が一致しました。

私達の高校のセ―ラ―服は、毎年県の制服コンテストで1位になっていて、市内では「美人が多い聖愛高校!(すいません、腹立てないでくださいね)」と言われていました・・・が・しかし
ミッションスク−ルとは名ばかりで、実は悪行を語らせたら右に出る者がいないと言われていたヤンキー校でした。
本物のお嬢様もいたんですけどね・・・

ある日、家庭科が得意だった私は、友人のパジャマの宿題をチョコチョコっと手伝ってあげた。
次の日その人は「フミカー昨日サンキュー!これフミカが欲しがってたやつ」と言って私に財布を投げて来ました。
それは確かに私が欲しがっていた財布で
「そんなたいした事した訳でもないよ」と言うと
「うん!私もたいした事じゃないよ、1つ盗るのも2つ盗るのも一緒じゃん!」
「☆§¢▲◇£μ★・・・」
なんか使っていいのか悪いのか、複雑なプレゼントをされた私・・・
そんな過激な人がたくさんいる学年でした。

そしてそんな私達に頭を悩ませていた先生方、一番体重が減ったのは修学旅行の時だったと後で聞きました。
確かに持って行ってはいけないはずのドライヤ―を一斉に使って、旅館のブレ―カ―を飛ばしました!
「これは父のお土産です」と言って買ったお酒で酒盛りをして、予期せぬ先生の登場で、その日の夕食のスキ焼きの鍋に、残りをあわてて入れたまではよかったけど
ビ・ビンが転がってるよ・・・な〜んて事もありました。結局先生は見て見ぬ振りをしてくれましたが、その後のスキ焼は、人間の食べ物ではなくなっていました・・

毎日みんなバカばっかりやってたけど、一生懸命だったし、楽しかったなぁ




2002年01月27日(日) 肩に乗らなくても可愛いよ・・

昨日は冷たい雨でした。

我家のニャンコも御飯を食べてはフトンにもぐり、トイレに行ってはフトンにもぐり、を繰り返していました。

そして夜はずっーと私のお腹の上で熟睡していました。、もうすんごく可愛いんだけど、猫って熟睡すると夢でも見るのか、時々細かくフルフル震えながら爪を立てるんです。
私がちょうど深ーい眠りに落ちるかなぁ―と思う所で、爪が食い込む!
うっきぃぃー!と思って、フトンをめくると
クリクリ目で「私何かしちゃったの?」と言う顔をしている
「いえいえ・・・あなたは熟睡していただけよね」と心を鎮めるんだけど、これが本当に痛い!!

そして私がちょっと体制を変えようと思って動いても、ビクともしないでお腹にしがみついている。

らん丸(うちのニャンコ)はお腹の上だったらバランスよくずっーと乗っていられるんだけどね・・・

キムタクのCMに出てくる白いニャンコの様に、肩に乗らないかな?
昔から憧れたんだ!肩乗りニャンコ・・・
でも、こいつの体重で肩に乗られたら、とてもとても大変な事になるかも・・・

今この日記を書いている私は、パソコンのイスの半分以上をらん丸に占領されて、ちょこーとだけ腰を掛けています。

「ネェ〜らん丸!その横に伸ばした足を、ちょっーとしまってくれると、私がもう少し座れるんだけど・・どんなもんだろう」



2002年01月26日(土) 青春時代

今日は夕方から、雪になるらしい!
昨日から寒かったからね・・・

昔は吹雪でも、元気に学校に通っていたなんて、今思うと信じられない!!
しかも、わざわざ人の足跡のついていない所を歩くのが大好きでした。

中学から「朝シャン」が日課になったのはいいが、完全に乾かさないと、学校に着く頃には、髪の毛が棒の様にカチカチになっている。

でもうちの中学は通称「ダルマスト―ブ」と言って石炭を入れるスト―ブだったのですが、このスト―ブにお湯をかけて、その中にお昼の牛乳を入れて、暖めておくのが大好きでした!!

しかしこの「ダルマスト―ブ」は温度調節が付いている訳ではないので、部屋中が暖かくなる事はとても難しく、暖かくしようと石炭を入れると、とめどなく熱くなり、1番前の子はよくグッタリして、具合が悪くなっていました。

高校からは暖房設備が整い、とても快適になったのですが、ある時温風の出口に、お弁当を置いて暖める事が大流行し、クラスで一斉にお弁当を置いたら、教室が食堂の様な匂いになって、先生にえらく怒られました!!

中学・高校時代懐かしいなぁぁ〜






2002年01月25日(金) 太巻き伝説

節分がやってきますね。今年はもう関係ないんだけど、
かくれん坊で働いていた時は、商店街の豆撒きがやってきて、店の迷惑も考えず豆をタラフク撒いていく。

撒かれた豆をお客さんが踏んで、店の中はいつも大変な事になる!

去年はそうゆう訳で店の中に撒くのを辞めてもらった。
じゃあ変わりに外に・・・と言う事で外にタラフク撒いて行ったんだけど、それも踏み固められて、大変な事になった!

そんなこんなで、昔から「節分の日」は、誰もバイトに入りたがりませんでした
今年も豆撒きをするのかな〜?ちょっと懐かしいなぁぁ

今となっては、節分に太巻きを食べる事がかなり浸透していますが、
当時10年くらい前にバイトにいた「長浜君」と言う彼が、いち早く私達に「太巻き伝説」を教えてくれて食べたのはいいのですが、彼曰く
「しゃべってはいけない!ニコニコ笑いながら」と言うのが条件で、
その日バイトに入っていた4人で、かなり奇妙な光景を繰り広げた!!

と共に、太巻きを1本食べると言うのが、私にはとても拷問だった!!
そして長浜君は私に「笑わな、あかんで!!」
と言い続けていた。
そんな長浜君が、私には鬼に見えた・・・



2002年01月24日(木) あ〜全身浸かっていく・・・

昨日、救出されなかった「マッコウ鯨」をかなり悔しがってた店長

そんな店長は、今我がカレ―屋の新店舗の店長を探している。
その話題を私に振って、横目でチラリと様子を伺った店長!
「ま・まさか・・・私?」
「YES!!どうですか?」
「YESって、そんな簡単に・・・」
「給料アップ!アップ!」なんてニコニコ顔!!
そんな問題じゃないよ、その話事体が私にはアップ・アップだわ・・・

「私は音響の仕事もしているので」と丁重に断った。
「は〜・・・やっぱりダメですか・・・」
「あっ!でも下北にお店が出来たら、確実にあなたが店長です!社長にはもう言ってあります!」と言われた。

うそ〜聞いてないよぅ!もう私が店長なんて、マッコウ鯨を転がす事より難しいよ・・・
お願い下北沢店、出来ないで―――――

そろそろ働き出して、2ヶ月になろうとしていますが、毎回この店長の突拍子もない意見には驚かされっぱなしです・・・

そして、昨日2月のシフトを提出した。それを見て店長は
「やっぱりこっちに引っ越してこようかな・・・」とつぶやいていた
家に帰って、引越しの話をされる奥さんは、私以上に驚くだろうな・・・







2002年01月23日(水) 転がりませんよ!!たぶん・・・

昨日我がカレ―屋は、九州に打ち上げられた「マッコウ鯨」の話題でいっぱいだった。
と言っても騒いでいたのは、ただ1人店長だけで、
私に盛んに「何とかなりませんか?」と聞いていた。私はつれなくするつもりはなかったし、十分心配もしていた。しかしシフトを組んだりしていて、やらなければいけない事がたくさんあった!そのうち店長は、独り言の様になり「転がす?」「持ち上げる?」とつぶやいていた。

私は隣で聞いていながら「店長、転がらない!転がらない!」と言いたい気持ちを必死で抑えていた。

そしてしばらく黙ったのち私に「あの鯨達は、死んでしまいますか?」
と聞いてきた。私が返答に困っていると、たたみかける様に
「哺乳類だから大丈夫ですよね?」「それとも皆で水をかけてあげるとか?」などと必死で語っていた。
私もニュ―スを見て、とても気がかりだったけど、店長の熱意には負けた・・

テレビを見ながら「見ているだけなんてもどかしい!」と、つぶやいていた!

私は朝テレビを見ながら「鯨を必死で転がそうとしているバングラディシュ人」と言う報道が、目に飛び込んでこない事を心から祈っていた!!



2002年01月22日(火) 身近な強敵!!

BBSに爆弾一家が登場する様になって、何を暴露されるかと思うと、とてもハラハラする。

白状します!
BBSの「桜の実が大好きなあなたに」と言う言葉には、とても意味があって、実は私家の庭にあった桜の木の実を、鼻の中に入れてとれなくなってしまった事があります!!

小さい頭で「どこまで入るのかな?」なんて考えてしまったのが、間違いの始まりでした。
「普通そんな所まで入る?」と言う所まで入ってしまい、涙ながらに取り出した経験の持ち主です。

それから月日が流れ流れて現在・・・
私の姪(爆弾1号)も同じ事をしました!
しかし物は「ビ−ズ」です!そして周囲の「なんで?」と言う問いに
「入れてみたかったから・・・」と一言

血筋でしょうか?それとも子供の習性でしょうか?そろいもそろって・・・・

私の「桜の実事件」も長〜い事語り継がれてきたけれど、姪の「ビ−ズ事件」もこれから先ずぅ―と語り継がれていく事でしょう。

だいたい私は姉とは6歳も離れていて、子供の頃の私は、姉の遊び道具の様な物だったので、それはそれは暴露したいネタを、タラフク持っていると思う!!怖い、怖い・・・

怖いと言えば、そんな姉と2人で「コックリさん」にハマッタ事がありました。
ある日、お互い相手が動かしていると疑った2人は、「お互い知らない事で、今すぐ確かめられる事」と言って、時間を聞く事にしました。
確か12時36分だったかな?
そしてすぐ時計を見に行く事の了解を得て、下に見に行ったら本当にその時間で、2人そろって「全身鳥肌君」になった事を思いだした。

とここまで話して何だけど、
やっぱり暴露ネタをたくさん持っている姉が1番怖いかも・・・



2002年01月21日(月) さらに強敵登場!?

今日は最悪の雨降り・・・しかもこんな日に限って9時30分出勤。
でも私は、あわただしいのが嫌いなので、いつも9時には店に行っています
これは性格なので、どうしようもないとして・・・

この冷たい雨!なんとかして!!確かに私は雨降りが好き!と以前日記には書いたけど、今日は降りすぎだと思います。

実は今日、店長が10時に来たんです。そりゃあ雷も鳴りたくなるし、大雨も降りたくなるくらい珍しい事なんですが
そんな大雨よりも雷よりも、もっと大変な事が起ころうとしています。

店長が、開口1番私に
「弟がこの店で働くかもしれません!」と一言
「まだ内緒です!あなたにだけです!」とは言うものの、店長の事なので今日中には、他のテナントの店長さんや、常連の2〜3人には話すと思うのですが・・・

弟はバングラディシュから出てきたばかりで、日本語が全然ダメなのだそうです。店長は兄と言う事もあって、いろんな事が心配でたまらないらしい・・・

「まあ1週間で慣れるでしょう」なんて言ってたけど、言葉は1週間じゃなんとかならないでしょう!!

しかも「ここは1つあなたにお任せします!!」と言われた。
また1つ・・・・・・・・・・
たぶん店の中のどんな仕事よりも1番大変な事だ!

まあ、まだ決まった訳じゃないんだけど
カレ―屋が日本語学校になる日は、そんなに遠い日の出来事じゃない様な気がする・・・



2002年01月20日(日) あ―誰か教えて・・・

今日不思議な夢を見た。
何故か私は函館に1人で遊びに行き、ゴンドラに乗って山の頂上に向かう
目の前は海で、やがて前方に綺麗な大きい日の出が出て来る!

そして頂上に着いて、「北海道限定キティ―ちゃん」などを見ながら奥に進んでいくと、祭りをやっていて何故かお相撲さんがお相撲さんを肩車しながらパレ―ドをしていた。そのお相撲さん達は後ろに行くにつれて、だんだん身長が大きくなっていき、最後の人は肩車じゃなくても、3Mくらいはある大きい人になっていた。

そんなこんなで帰りのゴンドラに乗って、最後に降りる時何故かヘルメットをかぶっていて、そのヘルメットが頭から、なかなか抜けない・・・
と言う感じの夢を見た。その後はあまり覚えていないんだけど、ここまではハッキリと覚えていた。

目が覚めて「あれ〜日の出っていいんだっけか悪いんだっけか?」と、とても悩んで、朝1番でPCを開いて夢占いのペ−ジを探した。

う〜ん!あまり具体的にのっていない・・・

私は「夢占い」崇拝者で、すぐ夢判断をしてしまう。でもどの本を信じればいいのかわからず、結局いつも立ち読みで終わってしまう

でも「あ〜やっぱり1冊買っておけばよかった」といつも後で思う
そして今も思っている!!

現在9時30分、どこか開いてる本屋はないかな?



2002年01月19日(土) 私にはどうする事もできません!

今日は2時入り。お天気もいいし、洗濯もないしの〜んびり・・・
なんだけど、何せ具合が悪い・・・

持病の貧血だ・・・最近なかったんだけど、昨日からどうも調子が悪い!!

うちのカレ―屋の店長も調子が悪いらしく、病院で「肝臓」が悪いと言われたらしい、私は店長に「肝臓」の説明をするためにかなりてこずった!

英語ならわかると言うので「肝臓」は「レバ−」だと言ったら
「お―!レバ―ね!」と言って
「レバ―はココでしょう?」と心臓を指差している。
私も「心臓は‘ハツ’なので、あっ!それは焼き鳥か・・・」などと訳がわからなくなり「血を作る所です」と、簡単にまとめてみた!!

すると今度は「肝臓は胃ですか?」とまたさらに難問が返ってきた!
「う〜ん・・・肝臓と胃は別モノなので・・・」

さあ!困ったぞぅぅ・・・店長の頭は?マ−クでいっぱいになっている、
でも私の頭も???

「え―と!胃は食べ物を消化する所で、肝臓は血を作るところ」
「ふ〜ん」
ホッ!!どうやら納得してくれたらしい・・・

「じゃあ!私が今痛い所は何処ですか?」
うっきぃぃ――!もう勘弁してくれ〜

これじゃあまた肝臓の説明に戻ってしまう!
と思ったところにお客様がきた!これぞまさに「お客様は神様です!!」と言った感じだった。

その日、オ−ダ−で入る「レバ―」や「ハツ」が、とてもリアルに見えてしまう1日でした!(うちは居酒屋もやっているので・・・)






2002年01月18日(金) 命をかけた金魚すくい!!

最近雨が少ないなぁぁ・・・

昔、家にあった庭の池は、台風クラスの大雨が降ると、よく氾濫していた。
そのたびに池の中の金魚が脱走して、庭中を泳ぎ周る!そんな時私達一家4人は、大雨の中カッパを着て、庭中金魚すくいをして歩かなければいけなかった。

運悪く救い出してもらえなかった金魚は、後日よ―く晴れた日に、煮干の様になって発見されるので、それを食い止めるため、4人はいつもかなり真剣に金魚すくいをしていた!!

そんな私達の気持ちとは裏腹に、のびのびと泳ぎ回る金魚達は、どこか楽しそうだったりする・・・
普段限られた広さの池の中でしか泳げないんだから、そりゃあ気持ちいいだろうなぁ

このままのびのび泳いでいたい気持ちもよ〜くわかる・・・
つかまりたくない気持ちもよ〜くわかる・・・

金魚達にとって、私達は自由を奪う敵の様なものだけど、
私達4人も大雨にうたれながら、かなり必死だった・・・

いつも1〜2時間程悪戦苦闘して「まあ、だいたいこんなもんだろう!」と思い、切り上げる

しかしあんなに血眼になって探したにもかかわらず、後日煮干ちゃんが見つかる!!

「あ―あ!だからあんなに言ったのに・・」と思う反面「こいつは死ぬまで自由に泳ぎ周る事ができた自分を、喜んでいたかもしれない・・・」
なんて考えたりもした!!

人間もそうだけど、価値感なんて自分が決める事なんだよね・・・



2002年01月17日(木) 瞬間湯沸し器

今日はうれしいOFF!でも火曜日もお休みだったので、身体はそんなに疲れていない。
しかも火曜日、掃除・洗濯を終わらせて、うちのニャンコと日向ぼっこ・・・
と思った瞬間眠りに落ちていた!
目が覚めたのは4時頃、日向ぼっこも何も・・・日が暮れていた・・・
思うと11時前に寝たとして、かれこれ5時間も寝てしまっていた。

「ハ〜、これで今日の夜は眠れないだろうなぁぁ」と思ったものの、またまた夜12時頃眠りに落ちていた!

これ以上育ってもしょうがないけど、眠る事は悪い事じゃないので、眠れる時にたくさん寝ておこう・・・・・と思い爆睡した!!

朝8時起床までの間、我家のニャン子が、夜中2度程ゴハンを要求してきた。私はその2度とも起きれず、うちのダンナ様が相手をしてくれいた!!

そんなダンナ様に朝「お風呂沸かしジャ―ンケ―ン!」といつもの勢いで言ったら、その瞬間「プチッ!!」と音がした!
どうやら堪忍袋の緒が切れたらしい・・・
案の定次の瞬間‘大発狂’された・・・

ゴメンナサイ!確かに今回は私が悪かった!でもそうゆうつもりじゃ・・・

そして何とな〜く気まずいまま、私はバイトに行った!
昨日は店長会議から給料計算まで、やらなければいけない事が、た〜くさんあってヘトヘトだった!!
すべて任されてきている様な錯覚に陥っていたけど、錯覚じゃなかったようだ!気が付くと、店長は何もしていなかった・・・

まっ!いいか
まかり間違って将来カレ―屋を開く事になるかもしれないし・・・
(ありえな―い)

そんなこんなで家についてから、疲れた身体にムチ打ってゴハンを作ってあげた!通しの日はあまり作らないんだけど・・・

どうやら切れた堪忍袋の緒は元に戻ったらしい・・・

瞬間湯沸し器なんだよね・・・
な〜んてこれを読んだら、また「プチッ!」と言う音が聞こえてきそうだ!!



2002年01月16日(水) な〜んか淋しかった・・

おととい、とてもお店が混んだ!!そして、そんなワラワラ忙しい最中に4人で来ていた家族連れの、1番下の4歳くらいの女の子が、私達のお店の外の看板を倒してしまった。当然私は、駆け寄っていき看板を直して・・・とここまでは普通だった!!

がしかし、女の子の両親は、その一部始終を店の中から見学していて、1度も外に出て来る事もなければ、私達に「すいません!」の1言もなかった(別にあやまってほしかった訳じゃないけど・・・)

当の女の子は、重たい看板で、けっこうすごい音がして、ビックリしたのか、少しショゲテいた!
私は「寒いからお店に入ろう!」と言うと首を横に振るばかり、結局お店も忙しいのでその子をほっといてしまった。

しかし私がほっとくのは、しかたがないとして、その店の中にいた両親は最後までその女の子をほっとき、お店をでる時も、何事もなかった様に、何も言わず出て行った!!その女の子じゃないけど、私はかなり淋しい気持ちになった!!

そう言えば以前、私がまだ原付に乗っていた頃、飛び出して来た男の子を引きそうになり、急ブレ−キをかけて自爆した!!
その時もその男の子の母親は「**君が悪いのよ!!あやまりなさい!!」と大激怒していた!
私は身体中血だらけで、「あやまってもらわなくてもいいから、早く助け起こして・・・」と心の中で叫んでいた!!

結局男の子まで「僕、悪くないもん!」と言い出し「あやまれ!」「イヤだ!」と大喧嘩になってしまった!
私は1人むなしく起き上がり「あの〜・・もういいので・・・」と1言残して血だらけのまま、その場を立ち去った!!

しかし「もういいので・・」と綺麗事を言ったものの、私はその後2ヶ月まともに歩く事が出来なかった。その間児童劇の地方周りも続いて、かなり死ぬ思いをした。

でもその男の子も4歳くらいで、きっとビックリしたんだと思うんだよね!
あんなに母親に怒られて、私は血だらけで、きっとすごい事なんだって、ドキドキしただろうなぁ―と思うと、私も傷だらけで可哀想だったけど、その男の子も可哀想だった!!

別に人それぞれなので全然かまわないけど、いずれの時も私はすご−くさびしい気持ちになった!!

悪い事は悪い事として怒るのは大事だけど、きっとあの時の女の子も男の子も、ビックリした自分を受け止めてほしかったんじゃないかなぁぁ―って思った!!




2002年01月15日(火) ニッポン人!

最近テロの影響で、海外旅行が異常に安くなっている。
いろんな事を考えなければ、今が絶対お得なんだけど・・・
何せ小心者なので・・・・

実は去年母と2人でツア―に入って、南仏とスペインに行って来ました!
もうその感動と言ったら、言葉では言い表せないくらい・・・

日本のお城も素敵だけど、西洋建築ってどこか華やかで、グリム童話の世界その物と言う感じで、私はすごく憧れる!!そんなお城が街の至る所にあるんだから、素敵だよね・・・

景色とかもそうなんだけど、外国は屋根や壁の色を統一していたり、街全体でバランスを保っている。
青い海と真っ白な壁・真っ赤な屋根・・・もうワクワクしっぱなしだった。

南仏は治安もよく人も町ものどかで、時間がゆっくり流れる感じ
ここなら住んでもいいなぁ!と思わせる所

スペインはのどかと言うよりは、街の中にさりげなく「ガウディ」の建築物があったりして、芸術っぽい感じ
とくに「サグラダ・ファミリア聖教会」はもうため息しか出てこない程、すばらしい彫刻群だった!!

ただ1つ残念だったのが、食べ物・・・
狂牛病の影響で、毎日カモ肉・カモ肉・カモ肉・・・
私はこのカモ肉がダメで、毎日サラダとパンしか食べられずかなりゲッソリして帰って来た!
旅の後半は「お醤油」が恋しくて恋しくて・・・成田空港に着いてすぐ食べた「おそば」の味には涙がでた・・

かなり前に行った「バリ島」は食べ物がすごくおいしかったから、今回も期待したんだけどな・・・

あたり前だけど、やっぱり私は生粋のニッポン人だとあらためて思った・・・




2002年01月14日(月) つらい・・・

う〜ん?微妙だ!!
今年もまたやって来た、風邪なのか花粉症なのか判らないこの感じ・・・

てっきり風邪を引いたと思っていたんだけど、様子が違う!
私は人よりいつもちょっと早くて、1月末から始まったりする。

つらいんだよね・・・寝る時に呼吸が詰まる感じで・・・

私が花粉症になった時は、まだ世の中に「花粉症」と言う言葉が流行っていない時で、私はいつも猫の抜け毛のせいにしていた!(いい迷惑だよね・・・)

でも不思議と、都会だけひどい気がする。地方公演で高速に乗るとすごくよくわかるんだけど、東名高速では静岡あたりで1度楽になって、名古屋に入る頃またひどくなる、そして大阪を抜けるとまた楽になって、広島に入る頃またひどくなる。

私が思うにやっぱりアスファルトですよ・・・ハイッ!!土は大事ですよね

杉達の逆襲で今年は何人の人が「デビュ−」するんだろう!!

あっ!そういえば、「あるある大辞典」でやってたんだけど、花粉症には「甜茶」がすごく効くらしい・・・今から飲み始めたら効果があるそうです。
はたして効き目の方は・・・?



2002年01月13日(日) 幻の猫屋敷

BBSでフツフツと盛り上がっている猫話!
うちのらん丸は、こう見えて(見えてませんね・・・)3回子猫を産んでいる!今度こそ手術、と思う時いつも妊娠してしまっていた!

1回目2匹産んで、2回目は何と8匹も産んだんです。でもこれが実は7匹とも未熟児で、生後1ケ月くらいで、次々と死んじゃいました!
1匹だけやたら成長がいいなぁぁ!と思っていたんだよね・・・
んで1週間おきぐらいに次々と死んでいく子猫を「どうしよう?」と言う事になって、夜な夜な近くの公園に埋めに行ってたんです。
当時「夜な夜な現れて、土をおもむろに掘って、牛乳と水を置いて手を合わせていく不思議なカップルがいる」とウワサが立つんじゃないかと心配した!

3回目は5匹で、この子猫達の内3匹がどうしても、もらい手が見つからず二子玉川の東急ハンズで里親を探してくれると聞いた。さっそく電話して、3匹もこれで優しい里親に飼われるのを待つだけと安心していた!

3ケ月が経ってやっとミルク離れした頃、ハンズから「連れて来てくれ!」と電話が入った。
私は電車の中で3匹の子猫達に「いい人だったらいいね」なんて話かけたりなんかして、すっかり「危ないキャラ」でした・・・

そしてハンズに着いたらいきなり、その3匹をガラスのショウケ―スに入れるんです。話を聞くと「ここで売れるのを待つ」と言うんです!!
「売れる?!う・売るんですか?」と不安になってしまった私!(里親になってくれる人と、すっかりご対面する気でいたのに・・・勘違いでした!)
でもそんな私にハンズの店員は「猫は人気があるから・・・」との事(そうゆう問題じゃなかったんだけど・・)

でもしかたがないので、しばらく様子を見る事にした。
間もなく3匹のうち2匹は、優しそうな人に買われて行った!
しかし残る1匹がどうしても、自分をアピ−ルしに前に行かない、私はガラスを叩いて前に行かせようとしてみた・・・
そこへ、ハンズの店員が飛んで来て「大丈夫ですよ!今日中に絶対売れますよ」と言うのです。
しかたなくショウケ−スから離れて、遠くの方で様子を伺っていたのですが、
ふと隣の「ワンワンコ−ナ−」と書かれたショウケ−スの中の大きくなった犬達に目がいき、何だかとても悲しくなって泣けてきちゃったんです・・・
そしたらやっぱりハンズの店員さんが飛んで来て、「大丈夫!猫は絶対売れ残る事はないから」と優しく励ましてくれました。

私はもうこれ以上は、営業妨害になってしまうと思い、うしろ髪を長―――く引かれながら、泣く泣く(本当に泣いてたんだけど)帰ってきた!

生まれた子猫を全員飼っていたら、すんごい猫屋敷になってただろうな・・・

そんな私達は、猫が大家にバレテ、2度程アパ―トを追い出されています・・・



2002年01月12日(土) 原始的生活

だめだ!完全風邪気味だ!
でも私の今年の目標は薬を飲まない事!人間の自然治癒能力を信じてみたい・・・

と言うのも私は日頃遍頭痛持ちで、月に1・2度頭痛に悩まされている。ついこの前も朝から遍頭痛の予兆があって、いつもの私はここですぐ薬となるのですが、その日はどこを探しても薬が1個も見つからない!いろんな所でチョコチョコ買うので、いつも1つくらいは落ちているのに・・・
しかたがないのでそのままバイトに行って、案の定夕方から手が付けられないくらいズキズキ痛んできた。
遍頭痛の痛みは留まる所を知らなくて、最後には吐き気を伴ってものすごい痛みになるんです!しかも痛くなってから薬を飲んでもちっとも効かないし・・・と言う事で、その日1日私は死ぬ程苦しみ続けた!

そして苦しみながら何故か小さい頃の、うちの原始的な荒治療の数々を思い出していた!
うちはいつも風邪をひくと、父と母と姉の3人がかりで、私を布団にクルンデ閉じ込め、大汗をかかせて、着替えて、とこれを何回も繰り返すんです。
泣いても暴れても3人で押さえ付ける姿は、そりゃあ拷問なんだけど、その後嘘の様に熱が下がって治るんです。

そしてもう1つ!7才の時、転んでセメントの角におでこをぶつけて流血騒動になった時も、父は私の頭を日本手ぬぐいで「キリリッ!」としめ「これでよし!」と言って、そのまま血を止めてしまったんです!
結構パックリいってたんですけどね・・・
そんなこんなで私は強いはずだ!!

と思い、今年の目標を決めてみました!



2002年01月11日(金) 私、がんばった!!

ヤバイ!訳が判らないうちに何故か店長会議にでる事になった!
イヤダ!イヤダ!と言って、毎月のシフトは私が組む事になったし、月締めの計算も私がやっている。新しく来るバイトの面接まで任されて・・・

いつの間にかすごい事になっていた。あげくの果てに渋谷か下北にもう一つお店を出すんだけど、店長としてやってくれませんか?って言われた!
無理・無理!(ジタバタ・ジタバタ)

私、両足つかってる?

でもねェェ〜!ここだけの話、シフトを考えるのは、すん―ごく苦労した!
私以外の他の2人が「何曜日は絶対休みたい!!」と、それぞれ言うし・・・
それに加えて店長に「週3でいいので10時30分出勤いいですか?」と聞いてみた。店長は「え―と・・・私が10時30分と言うと・・・8時30分に電車に乗ります!」
・・・・んっ?  いやあ!そうゆう事を聞いているんじゃなくて・・・

ダメ元でもう1度「無理ですかね?」と強く押してみた!!
そしたら「週1ならどうにかなります!!」と一言!!
おまえまで言うか――――!!

と1度は投げ出したくなりました。が、ここはグッ!!とこらえて、みんなの希望を取り込んで作ってみました・・・

あ―――・・・やっぱり心を鬼にしなければ、自分の休みが作れない・・・
私結構‘悪魔要素’もたっぷりもっているんだけど、何故かこうゆう時は、その‘悪魔達’が出てきてくれないんです・・・

「まっ!いいか!」と締めくくる‘天使’の私・・・

来月の日記に「今、渋谷店の店長をしています!」
と死んでも書かない様にしなければ・・・




2002年01月10日(木) それって・・あり?

おととい児童劇で一緒に周っていたメンバ−に会った!!
やっぱり寝食を共にした仲なので、身内に会ったかの様に嬉しかった!!

思えば過酷な事とか、怖い事とか、いろいろあったけど楽しかったなぁ―

朝から夜まで、何件の温泉に入れるか・・・?なんてOFFの日は疲れを忘れて遊びまくっていた・・・
知らない土地のホテルで怖い思いもしたしね・・
まぁ、こんな時期に怖い話と言うのも何なので、夏までとっておく事にして・・・

よく困り果てたのが、訳の判らない人がメンバ−になる事で、最低でも5人必要なんだけど4人は固定メンバ−として、あと1人時々不思議な人が入ってきたりした。

1人は公演当日の朝「風邪ひいたんで休ませて下さい!」と電話してきた。休んだ分仕事がたまって行くとか、そうゆう話じゃなくて、あなたの変わりがいないんだから死ぬか生きるかの病気じゃなかったら出てきてほしい!!と言ったら
「実は死にそうなんです!」と一言・・・
それじゃあしょうがないと言う話なのですが、彼は次の日から音信不通になりました・・・

もう1人はわざわざ京都まで見学に来て、公演を観る前に朝ホテルから姿を消しました。それも50円玉1枚と、片方だけの靴下と、台本の裏に悲し―い詩をビッシリ書いて・・・
私達は「片方だけの靴下・・・」「悲しい詩・・・」「自腹を切って東京まで帰る?」「ううん帰らない!」・・・
と考え、まるでパズルがピタリとはまった時の様に、みんなの意見が一致した!

「ハッ!まさか・・・じ・・さ・・・っっっ・・っ」(そうゆうタイプだったんです)

いえいえ彼はちゃんと生きていて、後日話を聞くと、やるとは言ったものの、突然怖くなって逃げ出したくなったそうです。
それにしてもあんな居なくなり方しなくても・・こっちの方が怖かったよ

でも覚えるまで辛いし、それに加えて本番の緊張が毎日続いたりすると、壊れる人も出てくるよね・・・
しかもハプニングが起きたりすると、口から心臓が飛び出そうになる!

繊細な神経を売りにしてきた私?もこの旅で随分鍛えられたし・・・
とは言うものの、今だに本番はビビリモ−ドで掌に奇妙な汗をかきながら頑張っています!
そんな私を暖かく見守って下さい!!



2002年01月09日(水) 何でだろう?

この寒空で自転車や家のカギを探した事はありますか?

昨日バイトが終わって、さあ帰ろうと思った時、自転車のカギが見つからない!よりによってこんな寒い日に・・・と思い、わざわざ予備のカギを取り出して帰った!そして家に着いて、家のカギを探している時、ヒョッコリ自転車のカギがでてきた。「今頃遅いよ!!」と、誰に怒りをぶつけられる訳でもなく、ブツブツ言いながら家に入った。
今回は予備があったのでまだよかったのですが

昔私はカギっ子で、小学校からルンルンで戻って来て家のカギが見つからず、どうやって家の中に入ろうかと小さな頭で考えた!「そう言えば私の2階の部屋の窓はいつも開けっ放しだ」と思い出し梯子をかけて屋根に登った、しかしこの日に限って閉まっている。
あと開いている所は?と家の回りを見渡したら、トイレの小ーさな窓だけが開いていた。当時の私の小さい身体でも、入るか入らないかくらいの小さい窓だったんだけど、イチカバチカ家に入るためと考え、梯子をかけてチャレンジした!でも片側だけではどうしても身体が入らず、窓を両方外して、やっとの思いで家に入る事ができた!
そして外した窓を元に戻してホッ!と一息ついた所で母が帰って来た!

時間にしたら2時間くらいだったんだけど、何で待てなかったんだろう・・・?何であんなにまでして家に入りたかったんだろう・・・?いつもならランドセルを置いて、すぐ遊びに出かけていたのに・・・今思うととても不思議だ!!

でも確か帰って来たばかりの母に、自分の冒険談を熱く語って、やっぱり「何で今日に限って待てなかったの?」と言われた様な気がする。

重ね重ね子供心って複雑・・・



2002年01月08日(火) バクってエライよね・・・

ポカポカ陽気の午後、夕方からバイトがなければ最高なのに・・・

昨日からちょっと風邪気味!私は風邪気味の時に限って、怖い夢を見るんだけど今日の朝すかさず「悪い夢だったら‘バク’にあ―げた!!」
と‘バク’にあげてしまった。

そう言いながら小さい時、永久歯と乳歯が生え変わる時、自分の乳歯を屋根に投げて「ネズミの丈夫な歯と、取り替えて下さい!」って毎回言ってた事を思い出した。

何の信憑性もないんだけど、‘3月3日以降雛人形を飾るな’とか‘夜中に爪を切ったら縁起が悪い’とか、私は今でも、さりげな−く気にしている・・・
1番無意識に出るのが‘霊柩車を見たら親指を隠す事’

昔からやった方がいいと言われる事など、つい怠りますが、親指を隠す事はあまり忘れません!

やった方がいい!と言えば
チビッ子爆弾(姉の子)の上は通称「アライグマ」と呼ばれていて、自分がちょっとイヤだと思う物に触っただけで、すぐ手を洗います。みんなに「洗いすぎ!」と言われていたのですが、今年一家が風邪を引いてる中、1人だけ無事だったそうです。
「手洗い&うがい」これぞ信憑性のある事だなぁぁ!!と感心した。

と、ここまで話して何だけど、今日の私の悪い夢本当に‘バク’が食べてくれたんだろうか・・・?



2002年01月07日(月) 私は暗い子!

1つ悲しい事に気がついた・・・

昨日バイトが終わったのが5時で、着替えて1階に上がったら、もう外が真っ暗だった!!地下だから、除々に日が暮れていく様子がわからない・・・
雨が降っていたり、雪が降っていたり、仕事中窓からボッ―!!と眺めているのが好きだったんだけどな・・・

特に台風なんて青森にいた頃は、1度もめぐり会った事がなかったので、いつも荒れ狂う大きな木を眺めていた!

昔は、瞬間最大風速・・Km!なんて言葉を聞くと、どんな風が吹くんだろうと妄想ばかり膨らんで、もしかしたら飛べるかも・・・?とか、自分の力で歩かなくてもいいんじゃないかしら・・・?なんて今思うと、とても不謹慎な事を頭に思い浮かべていた!

別に私は、ナウシカでも何でもないけど、地面に叩きつけられる雨達が、とても無邪気な子供心の様に弾んでみえたり、台風の風にあおられている大きな木は、ここぞとばかりに大暴れしている、ガキ大将の様に見えたりする。

こんな事を窓からボッ―!!と眺めながら考えてる私って、ちょっと「オタク」が入った危ないキャラだなぁ・・と時々思うので、あまり人に言った事がなかったんだけど、今日は、つい・・・・・    



2002年01月06日(日) 「らん丸物語」

今日は11時―5時の楽なシフト・・・
らん丸(うちの猫)が10日間ほっとかれ、すっかり性格が変わって私から、かた時も離れなくなってしまったので、朝11時出勤は、らん丸にとっても嬉しいはず・・・

元々甘えっコなんだけど・・・?あっ!!元々って最初は知らないんだ!
実は私の友達の友達が飼っていた猫で、その人が大家さんに見つかって、捨てられそう・・・と言うので、それじゃあ里親が見つかるまで・・・・
と、今に至っている!!

名前も最初は‘らん丸’ではなく‘ボブ’だった(だから私は女の子なのに・・・)

はじめ‘らん丸’ではちっとも反応せず、そのうち‘ボブ’で首をかしげる様になって、だんだん自分は‘らん丸’なんだと思い込み始めたらしい・・
今では‘ボブ’と呼んでも、ちっとも反応しない。

そして毎日かけている掃除機を、異常に怖がる・・・
ウワサによると、小さい時掃除機に吸われたらしい!
そりゃあ怖がるよね・・・
幼児体験と言うのは、猫にもあるんだなぁ―と実感した!

初めてうちに来た時は、片手の掌に乗る大きさだったのに・・・
なんで9Kgにもなっちゃったんだろう?

でも親バカでも何でもなくて、顔は小さくて目がクリクリしていて、かわいいんです!!

一目見たい方、今日から整理券を発行しますので・・・



2002年01月05日(土) このまま根っコがはえてみたい・・

虚無感だ!!正月ボケと言う一言では、語り尽くせない虚脱・・・

街はクリスマスから一変、賀正でいっぱいだった。この街に流れている、昔くさーい正月音楽も虚脱を誘う1つだと思う!!

私は昔から街に流れる、ジングルベルや春の海(正月の琴音楽)を聞くたびに、胸がせつなくなる。何故なのかは判らないけど、ムショーウに悲しくなってきて、やりきれない思いにかられる・・・

やりきれないと言えば・・・
10日間離れ離れだった、うちのニャン子!!(名前は‘らん丸’一応女の子)
昨日は私から、かた時も離れなかった。幸せそうな寝顔には
「私の方がやりきれなかったわ・・・」と書いていた!!(たんに「やっぱり暖かい部屋はいいな・・・」って思っていたのかもしれないけど・・・)

でも帰って来て早々、私の足の上にド−ン!!と腰を据えたらん丸の体からは、‘動かないでオーラ’がタップリ出ていた。
今の私だったら、いくらでも座っていられる気がする・・・

「ネーらん丸!!明日は私、やる気が出ると思う?」



2002年01月04日(金) ただいまから始まる黄色い世界!!

明けましたね・・!ただいまです。

青森は相変わらず大雪でした。東京に戻る朝、バスの中から見える木は、真っ白な満開の花が咲いている様でした。

実家では、父のあだ名が、早寝早起きから来る「ニワトリ」に「ムササビ」と言うのもプラスされ、原始的な性格に更に輪がかかっていました。

そもそも「ムササビ」と言うネーミングは何処から来たかと言うと
真っ暗闇でも平気と言う、夜行性の習性から来ていて、
父は何処でも、何をするにも、あまり電気を点けません。

真っ暗な階段から、突然父の姿が現れる時や、真っ暗なトイレから
水の流れる音だけが聞こえてくる時なんかは、もうスリル満点です!!

母は心得た物で、夜寝る時には、父の通り道に置かれた障害物を
「ムササビの弱点だわ・・・」と言って綺麗に片付けてあげていた。
「ムササビ」になる条件は、夫婦の「あ・うん」の呼吸から来る物だった・・・

明日から真っ白な世界から、カレーの黄色の世界に変わるんだ・・・
でも降り積もった雪を見て、この下には春をジット無言で待つ、新しい強い芽達がある事を思うと、働くのがイヤだイヤだと思っている自分が
すごくチッポケに思えて来てしまった・・・

よし!またがんばるかぁぁ

でもなぁぁ、今現在は「チッポケでもいいかなぁ?」なんて、
よれている自分もいる・・・

今年はどんな年かな?いい年にしよう!!






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