甘い煙
頭出し|巻戻し|早送り
お風呂からあがったら、着信履歴に男友達の番号があった。 そのうち彼氏から電話がくるはずだったので、折り返しの電話はできなくて、メール。
彼氏との電話が終わってすぐ、ちょうどいいタイミングで、返信がきた。 ふられた、って。
仲良しで長い友達だけど、さほど頻繁に連絡をとっているわけではないので、そういう存在の女の子がいるということさえ知らなかった。 でも、返ってきた短いメールから、かなりまいってる事が濃密に伝わってきた。 もちろん、すぐに電話した。
つい、「大丈夫?」って訊いちゃったけど、大丈夫なわけない。 自分に苦笑い。
いつもの元気な声じゃなくて、柔らかくてやけに優しくて、淋しい声だった。 そんな声で、すごく明るいようにやたら笑ってた。 話していたら、すごく会いたくなった。 積もる話がありすぎる。
「亜子と話せてちょっと元気になれた」って、本当に本当にちょこっとだけ元気を取り戻したように彼が言った。 その言葉ももちろん嬉しかったけど、こういう時に支えの一人として頼ってもらえた事がなによりも嬉しかったよ。
決して安易に衝動で連絡するまいと思っていた人に、メールしてしまった。 昔の写真を見ていたら、その頃への懐かしさや切なさやとにかくいろんな感情が、今までにないくらいのものすごい勢いで押し寄せてきたのだ。それが原因。 その頃の友達、じゃなく、彼に連絡したくなった。無性に。もうどうしようもなく。
何故、彼への連絡を自分に禁じていたかというと、ずっと心の中にいる相手だから。 こういう表現をすると、私がずっと一方通行の片思いをしているみたいだけど、むしろ逆。いや、今はわからないから、逆だった、と言った方がいいかな。
彼は私が好きだった。私も彼が好きだったけど、私が彼を想っているうちにつきあい始めることはなかった。 そして私が他の人とつきあい始めて、いまに至るまでほぼ途切れることなくおつきあいしている相手がいるけれど、彼はその間ずっと二番目なのだ。
彼が好きだけど、つきあっている相手の方がもっともっと好きだから、彼とは彼氏彼女の関係にならない。 つきあってみたいけど、きっかけがない、みたいな。変な話だけど。
そんな存在だから、距離が近づくと、危ない可能性をはらんでいる。 いや、まだ何もマチガイを起こしちゃいないけど、ずっと前に遊んだ時に、ぐらりときたのだ。 その時、彼の心の中には私がいた。かなり、苦しかった。確実にその人は二番目に好きな人だから。二番目。何もあっちゃいけない人。
でも、再来月に会うかも。 でも、なにもないよ。なにも起こさないよ。 会えるかもまだ確実じゃないけれど。
たまに、季一さんに対して言わなくてもいい事を言ってしまう。 季一さんくらいの距離でほわんと気になる人にこういう風になることは、今までになかった。 余計な事を口にしてしまった自分にはへこむけど、季一さんにムカつく女と思われてたらどうしようかなんていうことは全く気にならないあたり、やっぱり顔だけ好きなんだな、と思う。 もしも中身も好きなかんじだったら、この場合喋れなくなるはず。
美容室に、季一さんと同期っぽい、同じく見習いのとある女の子がいる。 その子は季一さんの事が気になってるっぽく、私には見えるんだな。 つきあってる風には感じられなかったけど、実際どうなのかは、謎。 でも勝手にまだつきあっていないと解釈して、かわいらしいなぁと思ってしまうのです。 この前私が先輩さんの練習のために美容室に行った時も、私の事をわかって意識していた様子。 大丈夫だよ、ライバルじゃないよ、と心の中で思うも、伝わるはずもなく。
いいなぁ。私も日常のそれなりに固定された輪の中で毎日揺れ動く恋愛をしたいよ。
当分なさそうだけどね。
季一さんから電話がきた。 前に紹介したモデルの女の子の連絡先を教えて欲しいという電話だな、と思ったら、違った。 違った上に、その子の予定を約束した日をすっかり忘れていて、その日はミーティングが入っているという。 思わず「季一さん?!」って声が大きくなってしまいましたよ。 それはだめでしょう・・・・・?
季一さんからの用事の時も、私からのモデル紹介の時も、電話くださいね、って言った日にちゃんとくれないし。 だから今日はつい、「じゃあ、明日また連絡しますね」って言い切っちゃった。
友達や彼氏彼女じゃなくて、美容師さんとお客さんなんだから、そういうところは特にきちんとしなくちゃいけないと思うんだけどなぁ。 季一さんは、かなりいいかげん。 忙しいにしても、駄目だと思う。意識が低いよ。
といいつつ、協力気味の私。 かっこいいってものすごい財産かもね。はぁ。
さて、ふと占ってみた結果の一部。 《あなたを大きく成長させる男性は、行動が派手で、目立ちたがりのタイプでしょう。》 ・・・・・・・・・・季一さん? って結びつけちゃうあたり、トホホだよ自分。
美容師さんにも、社員旅行があるんだって! この前美容室に行った時に、季一さんの先輩から聞いた話。 それも、たいていは海外らしい。でもいつぞやは北海道だったって。
美容師さんの社員旅行・・・・・あんまりイメージじゃない。 研修とかじゃなくて、社員旅行?うーん。
ちなみに夏休みもあるみたい。 これは季一さんが言っていた。
スタイリストになるにはどのくらいかかるんですか?って、先輩さんに訊いてみた。そしたら、 3年半っていうけど、それでなれる人はほとんどいないよ。4年とか5年とか。って教えてくれた。
季一さんはスタイリストになりたくて、私も就きたい職業がある。 テストの練習のために美容院に行っていた頃に、 「俺がスタイリストになる頃に、亜子さんもその職に就けてるといいですね」 と季一さんが口にした言葉。
季一さんにとっては、同じ目指すものに向かっている人としてさらっと口にした言葉だったかもしれないけれど、 私には心地よい重みを持った言葉だった。
・・・・・そんなにかかるんだ。スタイリストになるためには。 季一さんがスタイリストになる頃、私はどうしているだろう。
どうでもよくなってきたなぁ。
季一さん。
かっこいいだけだ。
いや、それは十分大きな事なんだけど。
人間性には、
魅かれないかもしれない。
いや、初めから私にはノリが軽すぎるとは感じていたけれど、
それもまた良しと思っていた。
いや、いいときもあるけど、
ノリ云々じゃなくて、
うん、人間性、が、多少どうかと。
だいぶ気持ちが薄れたな、と、最近よく思う。
季一さんに会ってきた。 ・・・・・というのは語弊があるな。 正確には、季一さんの先輩の技術向上のために美容室に行ってきた。
季一さんは相変わらずかっこよい。 たまに変わったシャツを着てるけど、趣味良く見えるのが素敵だ。 でも、今日はあくまで先輩の練習台なので、季一さんと話せたのは最初と最後、二言三言だけ。
季一さんも、向かい側のふたつ隣りの席で練習していた。たまに目の端に見える。 決して直接そっちを見ないあたり、多少なりとも意識してるな自分、と思う。 そのくせ、季一さんが自分の前の鏡に映ると目がいってしまう。
もちろん季一さんは女の子を相手に練習していたけれど、その女の子が羨ましくなることはあれど、別段つらかったり苦しくなったりすることはなかったので、そんな自分にちょっと安心。
たまに鏡の中で視線を交わしたり、季一さんが立ち止まってくれたりしたのが楽しかった。もしくは嬉しかった。
なんだかんだいって、のぼせてた気持ちが冷めたと感じた後も季一さんのことを書いているなぁ。 予想していたよりも会う機会が多いし、他に書きたい対象はいないし、何より会えると嬉しい気分になるから。
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