原初

羅列 回帰



―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年12月31日(日)
終わる頃にもう一度。


遠くへいけないのなら、何故何処かへいきたいなんて願うんだろう。
明確じゃ無い何処か、足を動かしてへこたれるぐらい歩き通して。
山なんかだと明確な終わりがあっていいかもしれない。
もう何年も前にハイキングコース程度の山を登った時、達成感があったのかどうかなんて思い出せない程度の思い出、それでも少し高い位置から見る絵は素敵なものかもしれない。期待しない程度で臨めば、期待以上のものが叶うかもしれない。
海へ行くのもいい。水着よりはウェットスーツで。穴場なんて知らなくたって広がる海に溶け込んでしまえばそれでいい。見知らぬ土地でも住み慣れた街のいつもは曲がらない角の先でも、いってみたい、そんな気がする。
どうせ遠くへ、いけないのならどうして。

なんてぶつくさ言っていてももう年末です。だからどうしたといわれればまさにその通りであり寧ろ自分から率先してそういった気の無い発言を繰り返したりもしますが、営業時間が短くなるお店や手の冷えが強く増してくると、それなりに期待と不安が入り混じったかどうかは本人の塩梅、たった一日を越えるだけで、たった一つの数字が変わり、たった一つの年を過ごしただけで、おめでとうと猛る街。
馬鹿みたい、すかす事も有るけれど、きらいじゃないよ。そうさ、きらいじゃ、ないんだ。



2006年12月30日(土)
いてないあいつ。


判っていても判らないフリをするのは、愚かだと思われていたいからだとして。
どこまでそうであるべきか時に悩み、ここで判らなかったけど判ったフリか或いは判ってないけど一応判ったフリをするべきなんじゃないかと思いつつも、結局一番愚かに見える方にしたがる。
適度な愚かでなければ見下されると知っていても、利用されたりまして期待なんてされるくらいなら、そっちの方がずっとましだと、いつまで経っても愚かなフリをしていると、思い込んだままの愚かさで。

近所の皆様にも御贔屓頂いて、いるかははてさてさっぱり判りませんが何故ってそれは自分ちの周辺さえアウトオブ眼中なのにほんのちょっと横の道に入っただけで別の区画とされるこの辺りでそんな別の地域の事まで知るかよ。でも顔見知りは多くなりました当店の仕来りの一つ。
どうもその人の誕生月に、プレゼントとしてクオカードを下さるそうなんです。去年頂いてやったぜ臨時収入! とかえげつなく喜んだのですが恙無く今年に入ればすっかり忘れていまして、小さなポチ袋とともにおめでとう、なんて言われてもはーさっぱり。手渡されても動揺していたり。
クオカードって意外に便利だからつい自分も常用したくなるんですがなんとなく馴染めないような気もして自ら購入はまだした事無かったりしますが、やっぱりカード一発は結構便利、かもしれない。故に伴うリスクなんて、微塵も気に掛けたりしない程には。



2006年12月29日(金)
ゲームは僕らのヒーローだ!


アークザラットがアプリで入っているんですが電池食うわその為に充電しながらやったら熱くなり過ぎてショートするわしかもそれがおなごを手に入れる為のダンジョン50階を終えて帰ってきてる20階だわそれでもめげずに頑張っていてもいつもの不注意で電源落ちるわまぁ兎に角やってられるか状態でいらっとして暫く放置していたんですが気を取り直してもう一回行って今度こそ帰ってきました。はいここまで一息で読んでー。
その後苦戦してたクイズも頑張ったり闘技場でアイテム目当てで色々戦わせたらイーガは拒否権なかったりそこにいる雑魚や宝箱にばっかり改心の一撃与えるトッシュがまぁ一番好きなんですけどでもそんなクリティカル使えない使えないよ小沢さん。このフレーズが最近聞きませんが。あまいばっかりだ。
年内にクリアしようと画策していたのも夢の後、さっくり年越えしそうです。何故って闘技場を極めてみたいからなんですが。そういう余計な事にばっか力を入れては途中で飽きて放置する事が多いんですが。判っているならやめればいいんですがやりたいんだからいいじゃないみたいな、自分に甘いタイプっているよね。諸ここにいますとも!



2006年12月28日(木)
いつものように童歌、世迷い言。


流石師走とでも呼びましょうか、基本的に暇人でもこの季節はそれなりに多忙のようです。
なんつっても世間様と比べれば高が知れていますし、若し比べて勝ったとしても嬉しくは無いんですが。嬉しくは無いだろう。

パズルを買ったと先日言いましたが、きっと完成前に挫折する事でしょう。
後ろ向きな発言は、勿論保険の意味でもありますが、きっと事実に程近い。現時点での発言も怖い。
故に他のエヴァラーなんだか焼肉のタレっぽい何か言い方あるんでしょうかつまり家人に収集を掛けて気が向いたらやるようにと指令。エヴァラーはちょっとどうにも、気乗りしません。
何処かでは、自分だけで作りたいとも思う。自分が知らないところで完成されるものが歯痒いとも思う。
けれど実現不可能とまでは言わないまでも、現実的に一人だけの作業では完成の確率が極端に低いのだから、途中で放り出すくらいなら、助力はして貰うべきなんだ。
諦めと、自分を知るべきだ。知っている、ふりではなく。いい加減、勘違いの時期を越えて。



2006年12月27日(水)
走り回って派手にずっこけて。


雑誌名を曝しはしませんが、買う度にがっかりしてしまうくらいならやめてしまいたい月刊誌一種類。惰性で買っているのは認めているものの、間違えて同じ本を購入してしまうよりももっと落ち込みたくなるんです最新号読むと。思わず燃やしたくなります火気厳禁。
単行本重複はまだ売り飛ばす選択肢があるからやもしれませんが、もう、本当になんでこんなの買うんだろうとか、たった一作の為に敷地を埋めるだけの価値があるのか、激しく悩んでしまい。
今月も買って、今度こそ、来月からはやめようと誓うものの、そんな月の頭の決意なんか覚えていられればこれまでどのような問題が違う道を辿ったのか、それでも本当に今回こそ、やめようと。
無駄遣いだよ。どうしようもないよ。そんな思いしか懐けないもの、きっと買われたって迷惑だ。いや会社としてはどのような理由であれ利益になるんだからいいんでしょうが。作者冥利の話?
付録が欲しい訳でもなし、応募したい懸賞がある訳でもなし、ほんのちょこっと、やめる事によりマイナスもあるのだけれどその為に、多大なマイナスを背負う気にはなれません。
来月こそは、新年こそは、新年号だからもう明日にでも出ますが、今度こそ早めようと来年の抱負。
ややこし!

某ジャニーズの長瀬が出ているカメラ屋かプリント屋のCMが、どうしても謎で仕方がありませんでした。
そも、何が疑問なのか問われても答えられないぐらい謎なんです。というよりも、真面目に見ていないからいつまでたっても理解出来なくて、判らないと言いながら自力で解決しようと思っていない。
やたらとCMを凝視する父君様に御高説頂いて、それで解決出来ればいいやと思っているものの現物を見ていない訳ですからストーリーの流れが判っておらず、話をしようにも何処からすればいいのやら。
訳わかんないだから知りたい、言う割にはちっとも興味を示していない、だけど聞く事だけはひたすらに。
同じようなやり取りを五回程続けてからいい加減自分でちゃんと見ろなんて台詞もようやっと飛び出ましたが、CMの音を聞いてこのCMが分からないんだよ、と示す頃にはそのCM自体がもう別のものに変わっていて、見れないなんて屁理屈です。見ようと思えば、正座して画面の前で待っていなくともちゃんと見る事が叶うのは判っているんです。此処まできたら意地で見たくないとかその性質どうにかしろよ。
更に三回程やり取りを繰り返してようやくCMの全貌を理解しましたが、結局自分で見て解決する事なら人に聞いたりせずさっさと見ろと付き合わされたとばっちりの言葉も、意味合いは判ります。
二人の間で出た結論といえば、興味が無い事に対してはとことんやる気を見せず事態が硬直したままをいっそ楽しんでいるお前はきらいだと、父君様との相性の悪さくらいでした。いけずですね。誰がかは。



2006年12月26日(火)
最初っからの付加価値。


主婦層の方々を始め今から正月休みのピンチヒッター探しが熾烈を極めている当店ですが、自分は恙無く元旦から仕事始めです。理由は単純に元日が月曜だからです。
これまで不覚にも体調不良からドタキャンを二、三回行なってしまいましたが去年の同じ時期も、土日という通常の休み以外は普通に出勤していました。
それを偉いと評価されるとむず痒いというか不本意というか一応褒められてんだからどんな事いうなよと思う気持ちも無きにしも非ず、しかし当たり前の事がピックアップされるとどうも、居た堪れなくなります。
そんな天邪鬼はさて措いて、この時期は兎角自分がターゲットにされ易い時期です。
去年だけで理解しましたが、朝にだけ入っている自分は、入れ違いで来る奥様方が休みたい時に代わりを頼めるうってつけの相手みたいです。
中々断り辛い、確固たる理由が無く大体が面倒臭いからという最低のもので、後はそうですね、自分が休みたい時に代わって頂ける方々では無いので正直本音はメリットが無いとかだからやっぱり口に出し辛いものでして、だからこそ断りの歯切れも悪い自分ですから追及すれば頼めるぞ、と目がもう爛々と輝いております。まぁ、仕事を終えた後も全く暇という事は無いんですが。詰められる用事なので。
また正月に家族と過ごしたいという気持ちも便宜上理解は出来ますから通常時は兎も角この時期は何方かの分は引き受けよう、と緩和姿勢。
しかしそうなると、誰を選んだか、なんとなく、注目されている気がするんですよ。選り好みよりは早い者勝ちである自分ですが、それでもこう、何処の世界にもある派閥というか、そこまで明確なものは無くとも、誰の休みを交代するかによって、本人からは喜ばれ、代わりに頼め無くなった人には、睨まれこそしないものの残念といった視線で名残惜しそうに見つめられるんですよ。
となると、自然誰のを受けるかある程度選別を行なうべきかしら、と。
先日の呑み会で晴れて交流を深めた誰かにしたいな、なんてちょっと好み差し挟み。これをきっかけに呑み友にしてくれるかもしれない、まぁある意味せこい思惑です。だってよぅ、一人か精々家人としか呑みに行かないなんてうら若き乙女にあっていい行為?
言っていて軽くサブイボが立ちましたがまぁ兎に角、それぐらいの基準はあってもいいかな、と。
ただ単に今日、張り出されていたメモをざっと見て、代わってあげられそうと思った方は人と呑みに行かれない方なので名指しされない限りはパスしとこうかなとか、思った魂胆の解釈なんですが今日のこれ全編。もっと簡潔に纏める努力は捨て置きました。
つまり嗚呼、誰か一緒に遊びに言ったり呑みに行ったりしてくれないかしら。そんな事です。
出来たじゃないか短く纏める事。しまった、つい出来心で……

出来心は兎も角、選考基準はどうせその辺りです。遊んでくれそうな人のがいいなと。
思うけれど世間一般的な遊びが判らないので、これは家人のせいだと躊躇い無くいえますが。遊び=パチンコ、ゲーセンを仕込んでくれた素敵な両親ですとも。
後は耐久である必要は無いけれどカラオケぐらいしか思いつきませんノウタリン。どっかでだべるとかなんでしょうか? その場合は聞き役でありたいと思いながらふとした拍子から語りたくなってしまう面もあるので自制を心掛けないと。なんだろうこの緊張感ばりばりのだべりシミュレーション。
うっかりシミュレーションを誤ってシュミレーションとか言ってしまいそうな感じです(どうでもいいがな)。
主婦の方々であれば井戸端会議宜しく本当聞き役になっていると盛り上がるし情報の収集として楽しいですが、若者としてはそれってどうよ? どうよってどうよ。



2006年12月25日(月)
今日こそが祝いの日。


屋上探偵略してオクタン2巻目も読破致しました。
相変わらず仕掛けやトリックといったものはまるで筒抜けではありましたがそれでもあれよね、なんとなく面白かったような気がしないでも無い。またそんな中途半端な。
読み易さと説くのならば、それはなんだか小説という媒体を否定していないでも無い気がするし、判り易さと説くのならば、先の通り深読みが大して得意じゃなくともするするいけます。面白さと説くならば、顛末が読めても起こる事によるのか? 否、それも結構ありがちではある。
キャラクタの魅力については既存半々独自性半々今回はミントが役に立ちませんでしたが犬村が何者であるかについて、知りたいような知りたくないような。
大いなる悲劇も無く有体な過去を送っていても説得力が無いですし、かと言って流行りのハードなもの背負わせても今更感はだだもれもれ(何それ)。
結局なんなのかと問われると曖昧な答えさえも出ないけれど、要はかちっと、上手く噛みあっている、って事でもいいんじゃないでしょうか。
批評が得手でも無いので投げ出したといわれればその通りですがいやまぁごほごほ。

一般的な線引きも判りませんが、自分は恐らく一般的、という枠よりも文章を読んでいない方だろうと。
漫画やアニメなら少しならばその限りではないとちっぽけな誇りぶちかませそうなんですがいっそブチ撒けられそうなんですが(やめれ)、こと小説に関しては、如何かなと。
薦められたハリーの既刊と、ダレンは途中までで、職場の先輩から頂いた本も三冊程度読んだものの、後はライトノベルばかりなんじゃないかなぁ。キノとかその辺です。
またそれらも個別に挙げても負荷が無い程列挙数は少なく、両手で足りるんじゃないかと。寧ろネットに数多ある文章の方が目に通している機会は多いんじゃないかしら。
その辺はさて措いて、小説ってなんだろう、とふと考えてみたり。
何にしても話いうのは勿論、基本のストーリー、キャラクターの魅力ありきで、漫画は+作者の画力、見せ方やコマ割り、気の利いたジョークの配分、人に見せる意思があるか、ざっというならばそんなところで、アニメも些事は違えど、何処に力を入れ何処まで手を抜けたか、映像と動きのマッチ、音楽との配合、エトセトラ。今はそれに限りませんが漫画や小説で原作があるアニメにとっては元がある分やり易く、そして勿論やり辛い。何処まで原作のファンを飽きさせず落胆させず、且つ新規のファンを取り込めるか、それもあるでしょう。
しかし小説においては、なんなのだろう。軸のストーリーとキャラクタは同じとして、文章力? だとしたら、その文章力とはなんだろう。読み易さ? 判り易さ? それもあるだろうし、逆に難解な言い回しや独特の台詞回しがなければ味を持たないだろうし、独創的な比喩表現やリアルな物事の分析、行いの秩序、それらも、矢張り。
そんな事を言ったら漫画の売りである絵なんて千差万別だから細かいのかもしれませんが。
面白い小説って、何を指すのだろう。どの部分を取ると、上手い、素敵、そう呼ばれるものになるのか。
如何せん知識自体が乏しい為自ら結論が出せるのかと問われれば大いに時間が掛かりそう。
人の意見をこれは聞いておくべきだな。だって、それもまた、とても楽しい経験になる。
見聞広めたさでも全く違う世界への好奇心でも、小説や漫画を見るのと同じくらい、
誰かの話を聞くのは楽しい。自分の話は、果たしてそれだけの価値があるのか判らないけれど。
捻出した語彙の甘さでも選べる範囲の狭さでもあり、語り部としての素質でもあり。
それでも何処かで、人の話を聞くのがすきでも何処かで話したくなる事があるのなら、あるのだから、無意識の内、苦手と意識で思っていても、発信する事は、すきなのかもしれない。そんなの、今更。



2006年12月24日(日)
聖なる夜とかこれっぽちも思ってない。


現在自分が平日受け持っている早朝の時間帯というのは人気が低く、主婦層の方々はお子さんの世話がありますし大体は夜勤の型が延長して下さっているのですがお一方だけめげずにいやいや別に何にへこたれる訳ではありませんけれども、引き受けて下さりだからこそ最近親密になったモエさんと共にやる曜日は、そういう地域なのか他の曜日より客の数も少なく、割とのんびりしています。
といってもただレジに突っ立っていればの話であって、やる事は色々とあるのでこなしていればそりゃもう目まぐるしく過ぎていく訳ですが。

うちの店では年中おでんが置いてありますがつまりそれが売りな訳で、この時期ともなればおでん重視、かなり盛んにこれに力を注いでいます。
味を保つ為に何度か汁変え、文字通りスープを変えたり器を洗ったりする作業で、自分は出来ればやりたくない、理由は眼鏡が曇る、外せば具が認識出来ない、現実的にも少し都合が悪いもので、いつもパートナーの方がそれを行なっています。
そんでもってコンビニでありながら何故か皆様レジに立つのが好きじゃないらしく、モエさんは自分と同じで特に好きも嫌いも懐いていませんが夜勤の方はいやなのだそうで、大半自分はレジ周りの作業を行なう事で時間一杯過ごしています。モエさんとの間は彼女がレジを兼任してくれるので店内を回る仕事を。
彼女は殆どの時間帯でやった事があるそうで、朝は人がいなくて楽ちんねー、と感想。お昼時は兎も角午前中も午後も割合手隙な時間は多いのですが、朝はそれが矢鱈と顕著で、混む時はわっと混みますしそうでない時は途切れない程度に。
故にその意見は正しくもあるのですが、なんだろう、かちーんと、思ってしまう時もあったり。
別に誇りも何も懐いてはいないのですが高がバイトですからね、それでもなんだろう、結構齷齪絶え間なく、暇な時が無いよう自分は動いていて、制限時間一杯無駄に過ごさないようというそれも一種の貧乏性、日々効率を考えているのに、あっさり簡単と言われてしまうと、なんだかすこぶる、言い難い気持ち。
怒りとかではないのだけれど、そう思うのならば思うなりにテキパキ動いてくれたらいいのにと。
いえね、モエさんにとってのお仕事と言えばおでんとレジとで手一杯ですから他にどうしようもありませんし時間内に終わらせる為に早くから出勤しているのは素晴らしいと思いますしなんつって自分も規定より早く来て作業しているんですがそこは作業が鈍足なので取っている措置であってモエさんにしてみればおでんが途中でも誰かしら引き受けてくれますから絶対の必要があっての事じゃない、自主的な精神は皆尊重しています。いい事だと思います。
であっても、そういった努力がいるのならそこまで簡単に、暇だね、と言って欲しくなかったというか。
そう、まるで自分がずっとやってきた事もあんたの手際が悪いだけなのよと言われているみたいでその通りとぐうの音も出ない時だってあるけれど、一緒にやっていくのなら、飲み込んで欲しかった。
神経質とか繊細とか冷やかしが入りそうですが、なんだろう、思っても言わない事が、配慮なんじゃないかと何処となく、考える部分がある訳です。

しかし翌日つまり今日、輪を掛けて人が来なかったのでうっかり自分も暇とか呟いてしまいました。
相手はモエさんではありませんが、その方もおでんで手一杯で、つまり自分はレジに張り付いていないといけない訳で、それでもやる事探せばあるんですが、今着手してきちんと終えられるのかという微妙な時間を取る作業が殆どで、なんというか、結構無駄に過ごしてしまったのが癪。暇と言ってしまったのが癪。しゃくしゃく林檎よりは梨が齧りたいです。え、何の話。



2006年12月23日(土)
はいはい、たっち。


なんだか最近痛い事ばかりです。物理的に痛いんですが。
教訓を生かせなかったのかそもそも生かせる題材じゃなかったのか目にガバンの明くる日、父君様と二人で出掛けたいつも通りの帰り道。ふと、青春グラフィティ漫画やドラマの如く、走って家まで競争を持ちかけてみました。
一切と冷たく跳ね除けはしないまでも基本的に無駄な事が嫌いな彼は渋がりながらも、それこそお調子者のクラスメイトのようにいきなり走り出したりする。
元々何故持ちかけたのかといえばふと走りたくなったという全くの思いつきと最近運動らしいものを何もしていないなという、極小の不安感に駆られて。
追いかける道すがら、いきなりがくんと膝より下から力が抜けていく。
見るも無残な若しかしたら鮮やかなすってんころりん、あんた一体何歳ですか。
転びましたとも。それはもう豪快に転びましたとも。惰性で数十cm進みましたとも。
前方では掛け戻りはしないものの立ち止まり、だからやめとけといったのになんて苦笑ものですそりゃあ。嗚呼すみませんといっそ平謝りしたい心境です。
手袋とジーンズに助けられ摩った感覚を残しながらも痛みは大したものじゃない。
走る前の徒歩中、でこぼこの道路で、段差よりも静かに膨らんでいる方が怖いよな。そんな会話をした正に直後、その恐怖の道路を埋め戻した場所に足をとられたみたいです。
流石の習性といいますかきっちり顔を庇う腕の働きに感動しつつも、本気でフィットネスクラブでも通わないと駄目かもしれない、なんて再確認。傷心ですとも。
でもたまにこけてみるとなんだか楽しくてうへうへ笑いたくなってしまったりも。気持ち悪いよそこの人。
ちなみにガードされていた手足の内右側に負荷が掛かっていたのか跡が残ってもいましたが。ここで出血していたら泣きたいぐらいの情けなさを笑い飛ばすんだろうなぁ。



2006年12月22日(金)
眼鏡かけてなくて逆によかったね特集。


先日の洗濯大合戦の名残はものの弾み元いお互いの相互関係の元半放置状態であった自室にも訪れていて、立地条件から日の当たりも悪く大概風呂場干しであってもこの時ばかりは許容外、我が部屋と言わず家という家中に梅雨時宜しく濡れた衣服等々が飾られていました。
しかし特に雑然とそれもでかい家具ばかり置いてあるマイルームの何処にそれだけのスペースが確保出来るというのか? まさか。ないのならば作ればいいのよ。パン→ケーキの発想です。
壁際に沿って競り上がる雑誌タワー、実に一年以上溜めている三種類ぐらいの雑誌が築き上げたそれは壮観ですとか思わず褒めたくなる程呆れた塔ですがそれに片足を、二段では無いのでどういってよいものやら捻り出し落ち着いたのは中空ベッドにもう一端を乗せれば空にかかる木造橋の出来上がり☆
夏は暑く冬は寒いそんな部屋の中まで律儀に四季折々状態の為好んでこのベッドを使う事は春秋を除き稀でして、もう本当に部屋の半分近く割合を占めるこの無用のベッドどうしてくれようなんて泣きたくなる事もままありますが、兎に角使用者は現在猫オンリーなので大した支障ではありません。
中空ベッドとはいうものの高さは二段のものと同程度ですから、かなり圧迫感有るんですよねこれ。そこをまたぐ木の板は丁度自分の目線と同じくらいの高度を保って洗濯物をぶら下げられる事一日。
春秋くらいにしか使わないと言っても休日は矢張りこのベッドを使ったりします。普段は居間のソファやソファベッドなんですが不定休どころか又しても今月お休みを貰っていない父君様に付き合う義理は有りませんし、もっというなら一人で起きられるかたまに不安だったりするので同じ頃合に起きる父君様とどっちか起きたらどっちか起こそうね、なんて一蓮托生の密約を交わしていたりします。
それらが適応されない土日、久々にいつもより長めに寝てやるなんて悲しいくらい小さな希望を懐きながら、眼鏡を外し前も多分見ていなかったんでしょう。見事にぶち当たりました板に。
ガバンとかなりました。ガッとかゴッではなくてガバゴン。ちょっと増やしてみたり。仔細まで状況を報告する意味はあるのかといえば単なる楽しみです。楽しいんですかそうですか。
一文字型の痣とかどこぞのタヌ山パン吉郎の親戚にはなりませんでしたが、いや、これ、かなり痛いです。痛かったです。思わず後ろに倒れこんじゃうくらい痛かったです。思わず就寝中の父君様に襲撃掛けて何しくさるんじゃ我ェっ! 怒鳴り込みたいくらい痛かったです。ですが尤も悪いのは不注意な自分でありますから八つ当たりするにはちょいと弱い理由ですね。抑えた自分を褒めてやりたい。えらいえらい。
眼鏡掛けていなかったから見えてなかったのかしらとも思いますがこれで掛けていたらまぁ間違い無く半壊はするでしょうし破片とか目の中に入って光が奈落を殺す……とか忠告されても困りますから、よかった事はよかった。のだろうか。ん? なんだか納得がいきません。残ったのは痛みだけです。アウチ!



2006年12月21日(木)
空があかいよ、まっかだよ。


家中の電気がON状態なんじゃないかと疑うくらい、眩しい世界に飛び込み。思ったままの感想を折角の休日に何が悲しくていそいそ楽しそうに掃除をしている父君様に伝えると、もれなく! 素晴らしく元気な声で返事が帰ってきましたが、玄関入ってすぐの部屋通称ワタクシの自室にはとことん暗闇が落ちていましたが何か。
視線で訴えるとあっさりもれなくを撤回し、更にはトイレの電気も付いていない事を自白。
まぁそこはどうしようもないよね、なんて気軽に言われると同価値っぽい自室はどうしましょう。どうしようもないのか。確かに彼にとっては目障りな漫画やビデオやDVDが山とありますからね。下手に領海侵犯して銃で撃たれなくともお小言洩らされるぐらいなら禁断地域指定した方が手っ取り早いしお互いの為ではありますけれども。でもなんかつまらない。ような気も。いや、虚しい?
昔から不定期どころか一月に何回あるかも判らない休日を家事に費やすのが好きな男です。

大掃除の中でダレンシャンを見つけうっかり読み耽ってみましたが、読み易さとしてはぴか一ですね。ものの二時間も掛からずそれでいて、読後感もある。そんでもって記憶の通り自分が見た最新刊、少年元帥の誕生までで、一体この後何巻出てるんだか探したいような相変わらず蔦にないのでそうすると次の本屋というのが又遠くて、そこから重いもの持ってくるのかー。げんなりします。
知っている人は御存知の通り(かぶってる)、自分はクレプーが好きです。クレスプリーもクレフもクレプー呼ばわりです。狂気の沙汰と兄上様がおののくのは知らん振りです。
又、反抗期ダレンとの絡みもそれなりにありですが、お互いを認めてからの方がなんだか株が上がっている気がします。ある程度、ダレンが痛過ぎてとそんな節もあり(笑)。
もうすっかり詳細は忘れてしまいましたが又一から読み返したいなぁ。
その為には一体何処を捜索して掘り当てなくちゃいけないんだろうか。
矢張りいらない本は早急に売り払ってしまわないと……何処ぞの誰のように床が陥没しそうです。



2006年12月20日(水)
謀ったかのような、ハカリゴト。


そろそろ恒例かキャッチフレーズに近くなってきましたが、それでも思ってしまうのはそれとも不満の内?
特に水曜日辺りにそう思う事が多いようです。嗚呼又、いつの間にか一週間だと。
急かされる事も無く或いは故に、頻繁に思ってしまうのはどうにも、好い気分ではないのですが。
どうしてでしょうかね。もう歳ですかね。一応まだ若い身空なのですが。しかし心はオヤジです。
それは認めてしまうそうです。振り切ってもほどけない因果の鎖ってやつです。そこまで重いのか。
たまには、それはたまには、もう何年経ってるとか、一つの事象から思う事もあるでしょう。
無いのです何も。思い返すだけの杞憂も切羽詰まった危機感も。何もないからこそなのかもと、何度か思い返してみる事はあれど、それが答えなのだとしたらもう本当にどうしようもない。

以前はそれこそ、何ヶ月ぶりか日曜日に感じる事が多かった。当社比。水曜日に移ったのも当社比。
けれど実際は、日毎週毎そんな事ばかり考えている。そんな状態が、たまらなくいやだ。
理由の思い当たらない行動がいやだと言っているのだから、解消する為の答えも思いつかない訳で。
いつにもまして貧困な頭で、じゃあどうすればいいのか、どうしたいのか、どうにかしたいのか。
最後が問題です。したいのか、判らない。変えたい気はするけれど、打破を望んでいるのだろうか。
本当に? 原因も思い当たらないのに? 季節外れの五月病とか皆目検討付かない答えかもしれないのに? 大体それって答えに入るのだろうか。ただ、逃げているだけじゃないのか。それとも、逃げ出したい。何からだろう? 堂々巡りな、問いさえ薄れてくる、そんな、堂々巡りな。
例えば新しい何かがあったなら、夢中になって興味を惹かれれば、変わるのかもしれない。
夢でもいいし恋でもいいし、嗚呼但し後者の場合は完全夢物語妄想の領域っぽいですが。
痛い痛いぞそれは。想像妊娠とか最終的にはしそうな感じです。危ない。
面白い事、楽しい事、没頭して日日の感覚さえ無くして形振り構わず突き進みたいもの。
あればこんな事にはなっていないのだから見つけてみれば何かしら変化が訪れるのかもしれない。そして、ないのかもしれない。訪れる事も、そも新しい何かを見つける事さえ、出来ないのかもしれない。

さみしい、とふと気付く時は大抵孤独の為じゃない。一人ぼっちでいる事は、結構すきなのかもしれないし。何も無い自分に、どうしようもなくたまらなく、何も無い自分の中で自分を見つけた時とか。でも劣等感の中でじゃない。似ているけれどそうじゃない。何も無い自分を誰かと比較したのではない。
何かがあった時代の自分と比較している訳でも無く、何かがあった時代がある訳でも無く、ただ、何も無いのだと、認める事。諦める事。受け入れる事。その作業が、たまらなく、きっとさみしい。
どうして何も無いんだと責めるのではなく、だったら新しい何かを見つけようと云うんでも無く、求めるよりは、そういう自分を、見つけて、許さなくちゃならない。そんな自分を、許す事なんて。そんな、自分を許すなんて。馬鹿馬鹿しい。くだらない。むなしい。くやしい。だけど、だから、きっとさみしい。
自覚して、許容した先、外界から取り入れる行動に若しか至れたなら、喪失感ではない、元々無いのだから。だけど足りない、生まれつき足りないのかもしれない、取って代わるものじゃなくて初めからそこに納まるべくしてか初めは歪でも形を整えてか、埋まるもの、見つけてゆかなくちゃいけない。
そういうものを面倒だと感じる自分がいる。気後れや、怠惰も含めて。そういう自分が、きっと又、さみしい。足りないって判っているのに、だから求めてさみしがるのに、怠って勝手に喚く自分が、どうしたくもないのだからどうにもならない自分が、腹立たしくってもどかしい。そういう感情が、きっとさみしい。
見つけるものは、それでもきっと人の中なんだろう。夢でもいいし、恋でもいい。憧れや新鮮味、知らないものに触れる未知数の未来、泥沼にはまっていく荊棘だっていい、見つける作業を怠るそれは、恐れかもしれないし、億劫もあるだろうし、そこでも一人ぼっちな気がして、既にさみしがっているのかも。
追い立てられる危急でもないけれど、漠然と悟りながら先ず受け入れられなくて、諦められなくて、認められなくって、何も始まらない。もどかしがっているのに許さない自分がいるのはどうしてだろう。
また、来週も思ってしまうのだろうか。次もその次も? そうやって決定付けられていくものが人一倍窮屈でいやがっているのに、感情さえ維持出来なくって左右されて振り回されて。みじめったらしいですそれは。情けない。それこそ許せない。許したくなくなる。先ず、何を許す事から始めるべきなのか。許すって何だろう。えらそうな言い方。何を許したいんだろう。何を、許して欲しいんだろう。自分に。
もうすぐ年も明ける。区切りを迎えてもまだうずくまっているんだろうか。もう数日経ったと、思い返す事しかしないのだろうか。そんな未来予想図が打ち立てられてしまう、行動パターンが気に食わない。
何か、見つかるといいのに。何かが、来てくれればいいのに。未だ最後には、他力本願で夢見てる。



2006年12月19日(火)
恋焦がれる君に殺されるその日まで。


特に誰にどういう事でも無いですが個人的にごちゃっとしていると感じていたものを片付けられるといい気分です。その調子のまま部屋の掃除も出来るといいんですが(黙)。
嗚呼、以前は家事の一切を取り仕切っていたというのに必要性がなくなればこの自堕落。
それだけいやな事だったのかとも一つ、それっくらい強制的で無いと駄目なのかというかとも一つ。


突然暴れだしていたら思いっきり着地を間違えて足裏じゃなくて真横からすとん、グギッと鈍い音がしてもげるかと思いました。実際には空恐ろしい事も無くただただ鈍痛が僕を責め苛めるだけです。何が一番あいたたって、突然暴れだしたらという書き出しなんかどうですか。いやこれ本当に痛いんですが。
それではここからは皆様から届いていないけど届くっぽい疑問点についてお答えを。

1.突然暴れだしたらって何?
これがですね、お恥ずかしい事に性癖の一種と申しましょうか(申すな)自分に限りなんじゃないかと思いつたまにちろっと触れますがきちんと言ってみた事がなかった気がするので解説行ってみましょう。
漫画や小説テレビなどあらゆる何かから刺激や面白いフレーズ、つまりネタになるかも、ここがこうだったら素敵かも、いっそこういうキャラがいたらいいかも! といった妄想の類いの熱が高まると、動き出したくてしょうがなくなるんです。
取り敢えず道端やおうちのお外でやった事はありませんが家の中だと凄い暴れっぷりです。
そのあまりの激しさに床が抜け落ちるんじゃないか、集合住宅一階にある実家の場合はしかし家屋が大変脆いですからいつか崩れるんじゃないかと冗談交じりに心配される程です。
現在の住居もマンションの四階ではありますがなんか頑丈そうだからいけんべ(楽観的)。最近の造りですから階下への騒音の心配もないね☆
実際に暴れると言いましても下半身を使って動き回るだけ、つまりはたから見ましたらただ走り回っているだけなんですねオーイエー。しかも狭いから往復、行ったり来たり。
レベルが高いと暇している両のおててをぶらぶら存分に揺り動かすそうなんですが本人としては未確認未承諾です。しかしあまり自制の聞いていなかった小学校時分は登下校中の通学路にて同級生に冷やかされる事も度々ありました。
恐らくそういった奇行が始まりで世にあるいじめの半分は始まっている気もしますがまぁそれは放っといて将来その癖を知らない誰かと同居する事になったらおれどうするのかなぁとたまに心配する事もあります。誰かの為にいや自分の為ですが自分を隠すのはひどくひどくひどく面倒で億劫なのでそれは絶対無いのでしょう(きぱ)。うわ断言しおったよこいつ。
つまりそれが乗り越えられる勇者だけが自分と共存出来るマイノリティですが、纏めますと妄想したくなったら走り出しますよ、という事で。あー長かった。
ちなみに蛇足。この暴れる現象を踊ると称しています。これは承諾。特許出願中(嘘付け)。

2.何で着地ミスするんですか?
それは僕が馬鹿だからです。一言で〆てしまいました。言っちゃったよこいつー感満載です。
勿論踊っていない通常時スニーカー掃いてても平らかな地面でもやりますよ。だっせ!

3.もげたんじゃないんですか?
度合いですただの。実際にもげたりしたら平々凡々とこんな事報告出来ません。
寧ろそんな武勇伝だったらもっとピックアップして詳細を切々語り隊です。

4.そもそも疑問点だらけのあなたの文章に今更ツッコむ人がいるんですか?
アウチ! 痛いとこ突かれたわー。いやそもそも初めからここまで全部一人芝居なんですが(痛)。
そういう訳で身体的にも精神的にも一人痛みを勝手に増やしながら閉幕。



2006年12月18日(月)
クリスマス前に唄う歌。


屋外で行われているフリマに出向くと、この寒空の下馬鹿じゃないのかと思います。失礼な。
お客は動いていられますけど、出店されている方は毛布被ってても寒そうです。
横浜の名所の一つらしい氷川丸とマリンタワーは今年で営業を終えるそうで記念フリマが暫くの間毎週あるらしく、故に今回はそっちじゃなくて別の方に行きました。距離的には近いものの終了時間が終わりだったので片方だけ見る算段。
出向く時間が遅いのは、父君様の帰宅を待ってバイクに乗っけて貰うから。徒歩でいけない距離じゃないですがフリマといったら何か買って帰りたいところですし、荷物が多くなったらちょっといやだなぁと、だらけてます。

今回赴いた場所は衣服を主に売っている方が多く、そりゃあもう多く。
つまり自分はそこまで興味をそそられなかったのですが、中には期待していたマニアックなお店もあり、エヴァのジグソーパズルなんて購入してみました。序でにガンダムヘッドを一緒にする事で値下げしまくり買い叩きました。価格破壊です。元値の半額ぐらいにさせてしまいましたが、そこは優しさ、温情と思いましょう。店主よ、有難う。逆ぼったくりでごめんなさい。そういう感触が有る内は、まだ値引きマスターにはなれませんね。まだまだまだ。
お土産も手に入れてほくほく、冷やかしに覗く中で先日壊れてしまった為代わりを探していた財布、好みのものを発見。思わず屈み込んで値段を見てみる。
新品だからなのでしょう、そしてそういったものを多く扱っているからかその出店は設定価格が高く、フリマの癖にお高く止まってるんじゃありませんの事? しかし、財布は好みです。
悩んでいると既に設定が原価の半分で、もっと値下げすると言ってはくれたものの四桁を切る事が出来ず、そういう場合は既に自分が行なったように他のものと一緒に買うからもっと安く、なんてしたいもの。
がしかし悲しい哉、他に買いたいものがこれっぽっちも見当たらない。うんうん悩む自分に新品新品と推してくれるも、正直別に新品とかどうでもいいんです。使用済みでも多少汚れててもいいから安くして欲しい。四桁とか有り得ないって貧乏性ですか。
まだ蹲って眺めていたらお店を出している婦人がため息と共にこう一言。

「じゃ、やめたら?」

上等です。やめてやろうじゃないかこの野郎女性だけど。誰が買ってやるかふざけんな!
と一言目からモノローグですが、にっこり微笑んで、じゃ、やめますv とはいいました。
商売っ気の無い人です。値下げしたのに悩んだまましかも新品が売りなのにべたべた触る、自分が気に食わなかったのかもしれません。しかしお客を不快にさせるなんて、それもこんな若い子なんだから大金積む訳無いだろうに四桁は大金ですよ。
大人の包容力を見せて欲しいもんです。しかしその程度でカチンと来てしまう自分も幼いとは自覚。
嗚呼いらっとするなぁあのおばさん。そんなにがめついから殆どものが売れて無いんだ!
スペースを埋め尽くす物量からそう判断しましたが実際に売れていたのかどうかは神のみぞ知る。いや彼女にも知る事は出来るのでしょうが。
たった一言で苛々させられてしまう自分もなんですが、そもそもその内容が果てしなく幼稚ではありますが、たった一言でその後暫く人の気分を害する事の出来る彼女も中々のもんだと思いました。まる。



2006年12月17日(日)
例えばそんな問題提起法。


土曜日に食糧難になってまた外食とか無闇に浪費してみたりしたのですが、そして矢張り面子は父君様と、食事が終わる頃になっていつも連絡をよこす兄上様という相も変わらない顔ぶれで、まだ付き合うのかよといやそうにそれでも彼に電話を掛けてあげる彼は律儀。しかしその日は、隣が違った。
ところどころ垣間見える否聞こえる単語が、名前が、嗚呼もう、本当に飛び出したい。
対面の父君様が一人で楽しそうだね、だのそんなに加わりたければそういう人と一緒に来い、だの若干不貞腐れつつ呟くくらい自分の聞き耳はマギーの弟子も吃驚のでかさだったに違いない。
更に飛び入りの兄上様にも聞いた覚えのある言葉が発せられるとなんだか勝手にウキウキしている子供達から蚊帳の外で父君様は大層哀れ。
共に食事に来ている人を差し置いて聞き耳立てるというのもどちらに対しても失礼ですが、嗚呼だけどGジェネだの宇宙世紀だのヴィクトリーだのウィングだのいわないで下さい後生です。
寧ろ今度熱論かますなら仲間に入れて欲しいとか。話の中心であるゲームに関してはRPGでさえ苦戦するのにやってられる筈はありませんが。

予想は二パターンあって、そのどちらも日常多く起こる事で、けれどたまたま予想なんかした日に限ってそのどちらでもないものが出てくる。
完全に日常から逸脱している訳でもなくそれでも予想に当てはまらない反乱分子は、慣れない予想なんかするもんじゃないと無言で責められているような気がした。



2006年12月15日(金)
その時にまで。その時に、でも。


手洗い嗽をきっちりとしましょう、というのは最早保育園辺りからの常套句ですが。
しかし現在に至るまで自分はつまり今も、それを訝しんでいたりする。
そも、外界のウイルスを家に持ち込まない為であるのは理解していますが、その程度で失せんのかよと某石鹸CMに喧嘩を売りたい訳でも無く、なんというか、外と内との差なんて大して無いじゃないですか。
外からやってきた人間が高が手を洗ったところで全身や衣服にあるものまでとれはしないし、扉に窓の開閉がある以上完全なる断絶というのは三回くらい身体検査受けないと無理でしょう。
こっそりエヴァネタを挟んでいる事はさて措いて、やれそのままの手はばっちいだとか言われましても、これまで、家という空間に入るまでそのばっちい手で外の彼是は勿論人だって触れている。手を繋ぐ相手は生憎いなくとも、それは普通にある事でしょう。
だのにいきなり敷居をまたいでから不浄のように扱われるのは、どうにも解せない。頓に我が母君様はそれが激しい方なので、尚更それってどうなの? と。
また外食したとして、寿司屋は兎も角レストランでは大抵、おしぼりで手を拭くのが大多数でそれなりにそういった面が厳しい家庭であれば食事の前はきちんと石鹸で手を洗いなさいとか言われる事も、家の中でさえなければ全くこれまでのセオリーが通用しない事もある。
どちらかといえば家という空間の方が汚れているんじゃないかと思いたくもなるような。
ならばもう毎回至る所水道があるたんびに手洗い嗽した方が願いは叶うのじゃなかろうか。
それによる自らへ侵入しようとする不届きウイルスはどうにかなるのかもしれないけれど、結局生きている間にそういう事をしている自体がなんだか不毛なんじゃないかなぁ、とか。

やっぱり人というものは、自分や自分の一部の事が、どう転んでも好きなんだと。
深読みは無くただただ、己が与えたものや己から分けたものは、可愛がりたくなる。
手法や見せ方、質が違うだけで痛めつけてても憎んでてもそうなんじゃないかな。
と、この辺は憶測です。相反してだけど近くって、なんて近年聞き飽きた理論。



2006年12月13日(水)
それじゃあ、また。


今更ワンピースの話。読み返してたら又ふつふつと同じ想いが湧いてきたので。
先ず、ロビンの懸賞金は予想に反して低かった。正直に大外れのその予想を言えば、ルフィと一、二を争う拮抗状態くらいで、差を開けてゾロ、サンジと続くと思っていたんですが。
実際には二位と三位の部分がまぁ逆ですね。確かに一度拘束されそれなり長い間ではありましたがしかし幼い頃より追われ続けた筈の彼女がこんな金額でいいんだろうか。なんか納得いかない(笑)。
次に、仲間になるのはやっぱりフランキーなのか。やっぱりですから、司法の島の条であれだけ共闘していればそりゃいやでも考えはつくのでしょうが、個人的にはパウリーを推したかった。寧ろ初めはカク推しでしたが。今からでも駄目ですかね(笑)。
キャラ被りについてはウソップも抜け出すフラグがばっちり立っていたしいいじゃんとか。それでいて今後ウソップは、仲間になった最初の時に掛けられた台詞と似たような感じで何事も無く仲間に戻れるのか、全く関与されず放置されるのかの二パターンではと思ってますが。いやもっとあるだろうって。
パウリーについては途中から後方支援に回っていたのでもう無いなと。望み絶たれる。
大穴一番でカリファがガレーラに戻るといいなとか無理難題を言ってみたりする今日この頃。他のCP9メンバーにもいて欲しい気はしつつ、何よりも、
セクハラです。
この甚く冷ややかなツッコミが聞けないと思うと悲しくて悲しくて枕を濡らす思い。
そんな大事か嗚呼でもこれで枕は泡泡しないぞダーイジョーブ!(百人乗ってものフレーズ希望)
50ベリーのペットに関しては、寧ろ巨大化を誰か政府の役人は見つけなかったのかしらと疑問。
=チョッパーと行かないまでも、謎の巨人とか光ってないからエヴァ変換は出来ませんが変な手配書作ってくれたらユーモアたっぷり茶目っ気たっぷりと褒めてやるのに。誰が褒められたいか。
そんな事をごちゃごちゃ考えながら未だにコビメッポの登場時予想を立てていたので全く一つの驚きも見せなかった自分に対して兄上様はつまらない奴だと横で嘆いております。
そんな事言われてもさー、なんとなくそうかなって考えるくらいあるじゃんかよー。



2006年12月11日(月)
夢の間合いに憧れた日々。


一番宅の近くにあるラーメン屋は繁盛しているのか、いつでも店の外で待っている人がいる。
何処かに食べに行こうか、と提案があった時先ず一番に思い浮かべるそこを、窓の外から覗けば一人二人三人待っている光景にすぐ諦め、そこから長考。
兄上様は定かで無いですが少なくとも自分と父君様は所謂決断力が無く、誰かに決められた事に従う方が得意。楽であるのもそうだし、そういった場面に見舞われた時は大概通したい意見が無いのも事実。
今日は珍しく、平日と、夕飯には早い時間帯だったからだろうか、空いていたのでさくっと入る事に決定。メニューも珍しく段取りよく決定。
いつも入れないのにねー、などと会話をしながら食べていると、女性が一人入店。常連のように入ってすぐその店特有の店名が入ったメニューを頼む。
そして父君様がこれまた珍しく完食し、自分はといえば奮闘中。別段特徴が無い中で脇に抱えていたヘルメットだけが目立っていた女性はすっと立ち上がり、さっさと店を出て行った。そう、後から入ってきた彼女はもう食べ終わったらしい。
確かによくよく人から食べるのが遅いと指摘される事は多いけれど、この時ばかりは父君様も、彼女の素早さを共に賞賛。
奇しくもこの日自分と父君様は市内イルミネーション巡りなんぞをツーリング、
ラーメン屋の趣味があい、且つバイクを乗り回せるその女性を、口説きたいと呟く父君様。……別にいいんですが、娘にどうかな、とアタック成功の余地を聞かれてもどうかと思われます。何せそういう事はあんまりにも興味が無いのだから。ばっさり切り捨て過ぎですか。
だって正直親父の恋バナなんてどうでもよくありませんか。嗚呼、ぶっちゃけ過ぎですか。
なんと言っても金注ぎ込むだけのフィリッピーナが好きなお方ですもの。目当てが何でも?



2006年12月09日(土)
忘れるくらいなら今から覚えないままで。


前と後ろの籠に子供を乗せ更にはその背に赤子を負ぶっている方が乗っているものを自殺志願自転車と呼ぶのなら(物騒)、五、六枚は厚着を重ねて身動きが取り辛い上雨が降っているので片手で傘差してバランス不安定、付け加えるならば眼鏡に雨粒が当たって視界不良なそれもまた立派な自殺志願自転車かと。帰り道、濡れた道路をハンドル両側に満タン積んだコンビニ袋引っ提げてても同価値だとは思いますが。危なさとしても。
こけたら痛いですし跳ねられたらたまったもんじゃありません文句言います。
でも多分このスタイルはやめられないんでしょう。雨の中歩いてたら余計ずぶ濡れなんです。

何かをしようと、考えていた。その為には、まだ時間が早い。
ではいつになったら始めようと明確に立てていた計画も、ふとした弾みで伸ばし伸ばしになったりする。
やりたくない事であればそれはより顕著であるし、例えそうでなくとも、膝の上に猫が乗っかってきたらどくまで待っていようとか、それぐらい些細な事。
その些細で時間が過ぎ、また行動を起こすには、今度は遅過ぎて適さない場合。
動かなかった自分を責めるべきなのか、アクシデントの対処を考えるべきか、それはそれで仕方が無いと諦めるべきか、事後処理が出来た事を褒めるべきか、その時その時の気分にも左右されがち。尻拭いをしている最中に、この作業が予定の時間に行なえていて、且つ予定を行ないたかった時間一杯潰していた行為を今出来るならば、交換出来るならば、どれだけいいだろうと夢見がち。
時に律する覚悟も欲しい。時に甘える弱さは少し。時に損得抜いた考え方は、憧れ。



2006年12月07日(木)
見つける為の、鍵ならあるから此処に。


先日某方も仰っていたのですが某方とか言って実はうっかり誰か忘れたのですが(うわ)最近は本当にレジスタンス、反政府を掲げ最終目的は反戦でありながら戦ってます、系の話を多く見ますね。斯くいう自分もきらいではないのですが、そこはほら、だからあれです。世に多く蔓延ると途端にいやになる持病の天邪鬼だと思われますが。
又触発されて考えてしまう事が多いので自分のネタもそういったアンチが多くなり、故に心情とか入り乱れまくって複雑な事情とか交渉とか時にいやになる。
その面白味から触れてみたくなるのにそればっかり、それだらけになると飽きてしまう。
今に始まった事ではえぇ全くありませんが、壮大な風呂敷ばっかりだと、そう、飽きるんです。
たまには凄い簡潔明瞭な一発ネタでも思いつけばいいんですが。好きな人が出来る→付き合う、くらいベタベタベターな。ベタベタベタビター。たまにビターが入るといい味出してるんですが。
まるで少女漫画を馬鹿にしているかのようですが意味合いとしては逆じゃなかろうか。
そのベクトルの中でどれだけ他との違いを見せ付けられるかが少女漫画という分野において重要だと思うのですよ。どれだけ難関なハードルが多いとか。
そんでもって自分の場合壁をえーらい高く作りますからまた昇り切るまでがてーへんで、やっぱりややこしくなって放り出したくなっちゃうんですが。寧ろ放置万歳ですが。
多分一話完結の、読みきりタイプの話とかを考えられる頭じゃないんだと思われ。
色々と詰め込みたくなるんですね。矢鱈とエピソード盛り沢山になるんでしょうね。
ここは一つ修行の意味合いも込めてそういった単発を考えてみるのも道でしょうがなんかでもそれってつまらない。その為に考えてしまうのは、どうしても。
大体読み切りだって、読者の反響如何で続編の有無は決まりますし。
既に枠組みや大きな流れのある二次創作なら一話で終える事も出来るのに、一次で行なおうとなると途端に難しくなるのは何故だろう。応用が利かない脳が悪いのか。
例えば嘗てぽんっ、とワンフレーズだけ浮かべたネタでも、今見直したらあれやこれや追加したくなってあっという間に超大作の出来上がりです。面白いかどうかは別として、言い方を悪くすればただだらだらと長くなるだけ。一部をカットしてもどうせ別の枠組みの、別の話に含めるだけの事。
一つの事実であっても、見方によって幾つもの表現がある事を知ってしまったら、切り捨てていく事なんて容易くは無いのかもしれないけれど。
前後の無い、その話の中で終える事の出来る、何かを一つくらい思いついてみたいです。

寂しくなったら、何処にいく?
寂しくなったら、誰を呼ぼう。
寂しくなるのは、いつだろう。



2006年12月05日(火)
はちゃめちゃな生徒会の話です。


やばい、ミツルギ面白い。新たなツボ刺激漫画に出逢えて二割増幸せそうな日でした。
最近雑誌を買うのやめてしまおうかなとちらり。読みたい連載が二、三しかなかったりしますし特に応募したい全員サービスも無いし、こうなると本当、惰性なんだなぁと。
逆にいっそ切り捨ててしまった方が魅力的な全サがあった場合どの雑誌でも手が出し易そう。
既に幾つも週刊や月刊を購入してると矢張り多少は鈍るもんです。財布の軽さには泣きそうです。
しかも最近財布のカード入れが壊れました。一番手前がぶっちぎれてしまったので仕方が無い後ろの部分を使おうかと思ったら何の寸法間違いか完全に埋まってしまう魔のブラックホールなので仕方が無くお札入れの部分に入れてます。新しいの買おうよ。
思い始めてから一体後何年掛けて実際に購入を止めるのかも謎であれば全てやめるのか一部やめるのかも甚だ疑問ですそんな自分の事なのに。
財布だっていつ買うんだか。いや多分買わずに父君様が誰かから頂いたものをそのままくすねそう。
それでもですね、どうせうじゃうじゃ単行本買うならなんかもういっそいらなくね?
そこまで踏み切れたという事が今世紀史上最大の事件だと思う訳ですよ個人的ニュース。

そういえば又この間、買ってある本を重複して買ってきました。お前もう本当いい加減やめれや。
その内どっかに売りに行こうとは思うのですが(返本は諦めた)(何ヶ月前のとかもばりばりあります)こう、種類も疎らで巻数もてんでばらばらなので万引きを疑われるかと思うと挫けます。
泣きそうだよ、大枚はたいてというか完全に無駄遣いの結果少しでも還元したいだけなのにそんなあらぬ疑いをかけられた日にはそのまま引き篭もりになってしまっても致し方ないよ。
既に半ヒッキーであるという前提はこの際排除して青少年が非行に走る理由を見ましたねここに!
買って損だった本も含めて先ず纏めるところから始めなければいけない訳ですが、そもそもそのお片付けにそう奮闘しなければならないかと思うとやる気無くしますね。思いっきり無くします。そこの駄目人間。
かと言って誰かにやらせると作者がバラバラじゃないかとか会社がバラバラ以下同文作品分類が以下同文、結局自分でやらないと気が済まないという辺りが傍若無人ですね。
一日で片してしまおうなんて壮大な計画を立てずともよいから、まず一日一種類ずつでも始めていけば来年には目処が付くんじゃないかなんてまぁ全くやる気の無い。
いつだってそんなにやる気に満ち溢れていませんしそんな状態になったら家人が精神異常を疑って即通報白黒の車に乗せられてしまうやもしれませんが。或いは黄色い救急車とかなんだよちょっと時代外れた事口走ってるよ。
そんなだから年齢の特定が出来ないと目下噂が立つんですね。ガッチャマンがすきとかね。
それでも日々家を部屋を侵食する本を何処かで纏めておきたい、というのは本当です。
それに未だに手持ちの単行本については無記入の某欄もやっと手を付けられるという一石何鳥?
結果がそれなりにいいもので無いと動こうとしないおいだからそこの駄目人間。
取り敢えず自室のパソコン横に積み上がっている本は崩れそうなので早急に手を打ちたいところです。



2006年12月03日(日)
何もしたくないという選択肢。


また日曜日だ。と思う事が最近多過ぎて泣きたくなります。
ついこの間は水曜日だ、とも思いましたが。もう月末だ、でももう別の月だ、でも同じ事。
なんだか本当にここ最近そんな事を思ってばっかりで、そしてそれが何故だか無性に、悲しくなるんだ。
それなりにまったり日々を過ごしているし、大きな不満も驚く喜びも確かに無いけれど、小事と称するかは当人の判断で、やっぱり日々それなりに、生きているんだ。
それでもすぐに、思ってしまう。もう一週間経ったんだ。もう一ヶ月過ぎたんだ。
そして次に来るのは、もう、一年が、終わるのかと。なんかこれこの間も言ってたような気がします。
漠然とした不安でも無いしどうしようもない倦怠感でも無いしだけど、どうして、どうしたら。
終わってしまう事が悲しいのか、過ぎ去る日常が無意味だったのか、経ってしまう時間の早さ。
もう、もう、とばかり牛が鳴いている。まだ、よりは若しかしたらいいのかもしれないけれど。
そうやってすぐに流れてしまう時間にどうしたらいいんだろう。どうしようもない事なのに。
おそれているんじゃない、受け入れてはいると思う、それでも大声で叫びだしたく。なってしまう日も。
ただのんびりと生きている事が億劫なら何かをすればいい。
何事も無く生き永らえる事が不満なら、自分から行動しなくちゃ始まらない。
少なくとも突発的であれ慢性的であれ他から促されたものよりは、能動的に生きていける。
何かを、しようか。何を、したら? 何かがしたいのなら、今ある事を全てし終えてからじゃなくて?
どうこうしたいのか、どうのしようもないのか、判らないまま今もただ、うだうだと。



2006年12月01日(金)
気まずさに似た気持ちふと漂わせて。


最近職場で一段と仲良くなったと申しましょうか、寧ろそうせざるを得ないとか、またどうしてそう悪い意味にばかり取れてしまう発言をするんだか。
兎も角もモエさんかっこ仮名と、メアドを交換してみたり。これもまたあれな言い方をするとモエさんが教えて下さったので選択とか余儀なし!
いやいや、教えて頂いた事はそれなりの信頼はして下さっているとイコールですから嬉しいですし大胆な解釈をすれば友達関係を築けたと、こんな私でもやれました! このブレスのおかげです!
雑誌の裏表紙の広告的なそんな戯けは言い出しませんが関係性を示すならそれが近いですし、ちなみに自分はその場でお教えする事が出来ませんでした。理由は勿論、メアドなんて忘れたので。
そんでもってケータイですがいえだからこそ持ち歩かないあれだよ例の発作が出たよ状態でして、記す事が出来なかったので自分が相手のアドレスを手打ち入力するという恐怖の作業が!
お前絶対間違えんべ何十匹も迷子作るべ不安不安で一投目を放りましたらやっぱりやりやがりましたよ送信先が見つかりませんでしたエラーですよ嗚呼畜生!
しかし理由はモエさんが教えて下さったものに余計にドットが多かったせいみたいです。
お、お、こ、これ、おれのせいじゃないじゃない! それとも普通は気付いて訂正する優しさですか。

うっかりこの間呑み会で、ふらり一人で如何にも居酒屋ですといった風体の呑み屋にたまに、いいですかたまに、ですよ、ほんの数える程、行くと言ったら毎晩のように呑み歩いているこの近辺の居酒屋マスター! とかえらい誤解をされもしましたが、嗚呼なんかここまで書いてから知り合いに読まれたら素性がばれるという気持ち始めて味わいました。
つまりそれっくらい、えぇ父君様や兄上様といった家人しかまじに交遊無いんですね寂しい奴だ。
そんな訳でバイト先では今時ありえないくらい純情可憐純朴素直その他その辺の言葉を列挙するに相応しいどえらい真面目っ子を演じていた、というか面白味が無いので周囲が勝手にそう解釈した、そんなあの子が実はヘビースモーカーだの趣味が呑み歩きの酒豪だの本業はパチプロだの事実をやや誇張した状態で物事が広まる中、お誘いを頂けるきっかけはメアドの交換という形で作れた訳です。本当に語弊があるんですが、家の前にある居酒屋や、その辺の呑み屋に数回、ふらっと入っただけなんですよ。暇だったから。
それが何処をどう間違って趣味にまで格上げされたのか知りませんが一人で呑みに行くというしかもお上品なバーとかで無く焼き鳥屋とか所帯くさい場所、それ自体は歴然とした事実であり、そしてそれらが今後少しでも解消されるのであれば、呑み仲間とかになれるのであれば、願ったり叶ったり、この歳にして学校生活に縁がなかった為お初に近い友達という臭い関係を持ちつ持たれつ実はちょっとウキウキです。イタキモ!

しかし、極ありきたりな、当たり障りの無い初めてのメールに、モエさんはこう返してきました。

「なんか如何にも琉華さんっぽい文だねv」

どどどどの辺が一体どのようにして自我を誇張していたのか判りませんセンセー!
そりゃ、それなりにね、堅苦しさと気軽さを交えただからいつも通りの文面ですし、別にここで公表しても問題は無いと思うんですが、なんだろうこの特殊な子発言。
そこまで深く受け取ってしまう脳が邪推なのか思わずどもり連発です。
果たしてこれから半年に一回くらいはメール交換をする事が出来るのか(目標が低い)。
呑みのお誘いなんか来ちゃったりするのだろうか(この辺はちょっと欲を出してみたらしい)。
っていうかこのお店の中では割合モエさんは若い方であるとお見受けしていますが相変わらず年上の方と仲良しこよしみたいです。はっ、マダムキラー!?(絶対違う)
オン以外の繋がりの人と親しくさせて貰うなんて本当、至上初ってくらいの勢いじゃないのか。
僕の居場所は一体何処だろう。僕に優しくしてよー! 内なる初号機パイロットは引っ込めとこう。
ともあれ、なんだか最近徐々に人になっている気がする妖怪人間の嬉し恥ずかし報告でした。


原初 羅列