Journal
INDEX|back|next
●この区切りの日になると、いつもいつも祈るような気持ちになっている。 自分自身に対する不満をあげればきりがなく、「こうありたい、ああ在るべきだ」と自分に言い聞かせて新しい暮らしを促す思いもあるのだが、それよりも、どうであっても生きている喜びの方が強い。 たいした人間ではなくとも、生きていて、時に物を生み出すことにエネルギーを傾けることが出来る。自由に人を愛したり愛されたりすることができる。この「自由」は、結婚しているとかいないとか、恋人がいるとかいないとか、子供がいるとかいないとか、そういった地平をひょいと超えたことろにある。 自分を自由に愛せること。他者を自由に愛せること。世界を自由に愛せること。 この「自由」があるから、わたしは自分がありきたりでも、自分に不満でも、「幸せ」だと、いつも思える。
そして、その「自由」を剥奪された人のことを、祈るようにして思う。この日になると、いつも思う。「平和」ということばはどうも仰々しくて自分との距離を測りかね、わたしはこうして「自由」のことを思う。 生活は、暮らしは、仕事は、忙しくって、忙しくって、目の前のことをクリアしていくことだけに懸命にならざるを得ず、それでも、大事なことからは目を離さずいられるようにしようと、区切りの日に、こうして強く思う。
●こうしたいつもの年末の物思いに囚われ続け、ちっとも仕事が手につかない。思い出したように、いつもは手をつけない部屋の深部を片づけようとしたり、百�里料棺犬鮃�げたり、ふらふらしている間に、1日が過ぎた。 明日からは気を引き締めて仕事しないと、4日の仕事はじめが不安になる。いい仕事をするためには、準備段階でごまかしをしてはいけないのだ。(と、自分に言い聞かせ……) 2004年を迎えた。
たまたまこの日記を読んでくださる人たちへ。
どうぞ……
健康であれ。 幸せであれ。 生きてあれ。
そして。
自由であれ。

|