退廃的で荒廃シタ愛の日々ノ綴リ   
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◆ 人の悲しみ方なんて人それぞれなんだけれども
いつも思ってた。天国から見てるとかまた生まれ変われるとか。
それが本当ならなんで泣くのかしらって。
本当は本能で人は死んでも生まれ変わらないし天国も地獄もないって感じていて、でもそれが寂しいからそう言う考え方をしたんじゃないかって。
人の弱さだってずっと思ってた。今は思わないけど。

ご冥福を〜とかっていうのは、ご飯を食べるときに「いただきます」って言うのと同じようなものなんだなって思ってる。ようは挨拶。定型。
そんな考え方は冷たいし寂しいのでしょうが。

きっと生まれ変わる。天国で見てる。そう思いながら悲しみを超えるのもありだ。
ただ、私はもう会えない事をただひたすら泣きたい。彼のためじゃあない。私自身のためだ。
今まで泣くの我慢してきた。絶対彼の前で泣かないでおこうと思ってた。彼の事以外で泣きたいことはたくさんあった。それでも笑っていた。私だって落ち込む時あるし死にたくなるほど嫌な事はある。それを彼に言わずずっと我慢してきたのだ。治るって思っていたから。治ったら一杯我侭聞いてもらおうと思って。
でもそれが叶わないのだ。たとえ天国に居ようが生まれ変わろうが私の側に居てくれなきゃ何も意味がない。
だから泣く。私はそういう悲しみ方をする。

希望を与えるから死ぬこともあるのだ。

2009年09月06日(日)


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