世界お遍路 千夜一夜旅日記

2010年12月26日(日) 小豆島遍路第1日目レポート at土庄

小豆島霊場会で出している地図など取り寄せてあったのだが、事前研究なし.
ひまがなかったので.
とりあえず、ホテルで朝ご飯を食べて、8時少し前に出た.
同行者は、松山市在住のヒサコさんだ。彼女は私以上に、知識なし、というか、お任せ状態.はい、承知と言う感じ.
風は冷たいが、雨の降る気配はなし.
さすが、地中海式気候、オリーブの島なり.
まずは、霊場総本院へ参拝して(というか霊場会の地図はそうしなさいと書いてある)納経帖を購入.
厚紙で作った和とじのシンプルで素朴なものを購入、なんだかハンドメイド風でいい感じ.
窓口もおじいさんが一人おられるだけでのんびりしている.もちろん、お参りも私たち2人だけ.
どこにもなかった納経時間をきいた。
まあ日が暮れるくらいまでやな、はじめも、8時くらいだけど、7時すぎやったらいけるやろ.
おおそうか、だからどこにも書いてなったんだわ.
納経料はお寺は150円、庵(無住のお堂)は50円.
お寺でそれぞれ受け持ちのお堂があって、お寺で朱印してくれるのだ.
そうか、そうか。
リョウカイ。
こういう流れ、わたし好き.
好感を持って島遍路スタートだ.
今回は、宮崎さんの菩提供養を祈願する。

まずは、松風庵.
ショウフウアンだと思って、通り掛かりの年配の女性に聞いたら、ああ、まつかぜあんな、そこ、と教えていただいた。
住宅地の上の小高いところにあるこじんまりした庵、しかしトイレもあるし、きちんと整備されている.
ご本尊の真言もお堂についていてありがたし.
ゆっくりとお参りして、次の西光寺へ。
こちらは町中の大寺だ.
行く道々、尾崎放哉の句が目立つ.
「咳をしても一人」
「いれものがない両手でうける」
といった、自由律句はチョ−有名である.
もしかして、このあたりに彼の終の棲家があったのか?
詳しい久子さんに聞くが、彼女も庵の名を思い出せない.
で、お寺で朱印をいただきながら聞いたら、南郷庵といいます、うちの墓地のほうにありますと教えていただいた.
いってみる.
まるで迷路のような細い小路をたどっていくのだ.土庄は迷路の町というのはキャッチフレーズだが、その通り.
たどり着いた南郷庵、記念館になっている.
お墓もあったのでお参り.
明治の終わり、東京帝大を出て高級官僚だったか銀行員になったのに、辞めて放浪の生活、たどり着いたのはこの町だ.
彼の魂の行路は人がなんだかひかれるなりゆきだと思う.
それしにても同じ自由律俳句の山頭火は四国松山の一草庵が終の棲家.
2人の生きるのがとてもへたくそな流浪の俳人を受けとめてくれたのが遍路の地というのがなんとも示唆的だ.
さて、あとは戸形崎という岬方向へ無住のお堂を巡拝する。
潮風、田舎方向ルートだ.
本四国ほど道しるべが充実していないので、お聞きしながら進む。
みなさん、丁寧.親切である。
印象的だったのは、「江洞屈」という、港の近くの洞穴ような霊場だ.
ここは、北海道出と言う堂守さんがおられた.
それで、わたしたちのお経に鐘で唱和してくださった.
終わったああとに何かをお願いされましたか、といわれたので、いいえ、宮崎さんという本四国の道しるべをたくさん付けられた方が、思いがけない亡くなり方をされたので、菩提供養の思いを込めて読経しました.
といったら、そうですが・・でもすごいこと、立派な業績を残された方が思いがけない亡くなり方を去れることが多いのですよ、もう定められた仕事は終わった、返ってきなさいと言うことでもどられるのですね。
そうか・・そうか・・私と久子さんは深く納得した.
多分、今度はこの答えを聞くための旅だったのだろうと.
宮崎さんのご遺族にも教えて差し上げたい。
ここは、まさに霊地.パワーのある地だった.
しかし、あまりに人の願い事が洞内に満ちていて、わたしは苦しくなったが.
まあ、本四国の御蔵洞をパワーアップさせたと思ってくだされや。
あと、海が近いという点では、江ノ島にも似ている.
ここが本日のハイライト.
いちばん印象的なところであった.
昼過ぎにほぼ降り出しに戻る.
ジモティでおおはやりのうどん屋を見つけて昼ご飯.
そうだよね、小豆島も香川なんだよね.
うどんご飯は然り、然り。
午後からまたいくつかお堂をお参りして、3時すぎ本覚寺というお寺へ。
こちらは、ご住職さんがおられて、いろいろとお話をする.
ご住職さん、島の衰退を嘆かれる、嘆かれる.
病人が出ても高松と医療がちがう、とか、フェリーの割引がないのはおかしいとかいろいろと小豆島の問題を述べられる.
そうだよねえ・・と思うことばかり.
で、.医療問題では、なんで医療ヘリを飛ばさないのですか、と.
やっとそうなるんや.
遅いよね、わたしの町じゃ結構前からとおくから病人を運んでくるけど.
そういったら、それはアンタの県の知事さんやら、市長さんやらが偉いんじゃ.
へんろみちのしるしでも、島四国は宗教じゃない、島の文化だから盛り上げよう、道しるべつけようといっても、宗教じゃといってなかなかじゃ、とこれまた嘆かれる。
しるしは確かに、本四国ほど充実はしてはないが、でも教えていただけるので問題はない。
といったら、そうや、みんな親切なんや、島の人は。
はい。
話しこんだのは、これから行こうとしていたお寺の住職さんが認知症で、いってももしかしたら、朱印もらえないかもと教えていただいたので。
でも、お話しているうちにあっという間に外も日暮れてきてちょうどよかった.
住職さん、次にくると気は電話せい、歩く場所まで送ってくれる宿を紹介してやるしな.
えらいご親切.
それにしてもこちらもとても立派なお寺なのだ。
本四国ではありえないしゃべりん.気さく.親切.
お堂、庵は無住だけれど、地域で大切に守っておられるのがよくわかる。のんびりして、経を誦しているうちに心から、すすやかで清らかな気持ちになれる.
宮崎さんや、亡弟、今関さんを偲ぶことができた.
読経の中で出会う3人、みんないい笑顔で出てくる.
ありがとう、ありがとう。
そう呼びかけていたわたしがいた。
小豆島、遍路に流れる本来の時間や姿が残っている、と言うか、私が1995年に感じたものと同じなにかがあった.
小豆島遍路、第1日目忘れがたし.


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