世界お遍路 千夜一夜旅日記

2010年09月08日(水) アジア映画祭3本・感想コメントなり

月曜から始まっていたアジア映画祭。
本日初めて、フリー券を握り締めてリリックホールへ行った。

*9時40分からの「アメリカ通り」
韓国の女性監督によるドキュメント。山形市のドキュメントの国際映画祭で賞を取ったものだとか。
舞台は韓国の「アメリカ通り」。いわゆる基地の町である。
で、町には必ず米兵相手の怪しい場所がある、いわゆる性産業、そこで働く女性たちを撮った。
ロシア、フィリピン、アゼルバイジャンなど外国人がそこでは多く働く。
いわゆる出稼ぎである。不法滞在、強制層間、恋愛と結婚・離婚(このあたりは戦後すぐの日本の、パンパン・・こういう言葉いけないんだろうけどね・・・の世界、今もある沖縄の現実も重なる)。なんでもありだ。
それをくまなく、小さいカメラで撮って見せてくれて?いる。ひとりだけ、現役ではない七十歳くらいの韓国女性。この女性の結婚論が振るっている。結婚したらおやが4人増える、いいのはせいぜい一年くらいさ、しなくて正解さ・・みたいなことを、うら若い女性監督にいっている。(最後は亡くなったことを字幕で知らせていたが)ここはあまりに今時ふうで大いに笑った。
リアルに恵まれていないというか不幸な女性たちを撮りきっているのだが、そんな感じはしない。女は強いな・・って素直に思えた。
なんだか、太古よりの女性の姿をそこに見たような・・女はずっと女であった、みたいな。
それからアゼルバイジャンからの出稼ぎの娼婦さん・33歳の言葉がすごく哲学的で、まるでギリシャ時代の哲学者相手の娼婦のようだな、と妙に感心した。

*海角7号、君想う、国境の南
台湾映画。私、「非常城市」の昔から台湾映画のファンである。
これは、台湾の海のきれいな地方都市に日本の有名な歌い手が来ることになった。しかし、前座に地元のバンドをつかえ、そうじゃないと海浜使用許可は出さないと地元の議長さん。で、オーデションが行なわれて、台北で売れなくてもどってきた彼の息子を中心としたバンドが組まれた。彼は、仕事がなくて臨時の郵便配達をしているのだが、郵便物にあて名不明のものが・・それは終戦の時に恋人を台湾に残して去った男が60年前に書いた配達されなかったラブレターだった・・仕事でしかたなくそのシロートバンドにかかわりを持ち、ひょんなことから息子と水入らずの関係になった日本人の友子がそれを読んで、その息子にこれは大事な手紙だから、宛名の人を探して渡してやって、と。
まあテーマは、愛、六十年以上前の恋と、現代の2人の恋がシンクロするってわけ。バンド演奏に、月琴じいさんが入るあたりがとってもよかった。これまさに、台湾映画だよなあ。
ちなみに台湾では、なんと「タイタニック」につぐヒットとなったのだそうな。
月琴じいさんを初めとして、細部で大いに笑った私であった。

*ごぜさん唄が聞こえる
ごぜ、漢字で出てこないので、ひらがなで失礼。
ごぜもトキのように滅びた・・・ってことばがどっかにあった。
確かに。
ごぜとさんとは、盲目の女唄芸人。昔は、村を廻って、その地域のごぜ宿に泊まって、芸を村の人達に披露した。それを聞くのが村の人達の楽しみであって。かつては全国にあったが、それが最後まで残っていたのは越後であった。トキと同じく・・・(なんとまあ)
でこの映画は34分と短い。
その中につかってある最後の高田ごぜさんをとったフィルムは昭和46年だって。
これにびっくり。
私、高校生だったよ、こういうトキのような人達と同時代を生きていたんだって、なんだか感動した。
「うつくしい人達」であった。
日本は、ずいぶんと遠くに来てしまったのだ、と改めて思った。
この国、残念だけど、かなり亡国しているなあ・・・としみじみ悲しく思った。
上映のあとゴゼ唄を上演されるとのことだったが、私は仕事なんで飛んで帰ってきた。

突如涼しくなった。
子ども達が熱を出したり下痢したり、咳が止まらなかったり・・・次々休む。
やれやれ。夏疲れ。
みんな、はやくよくなってね。


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