世界お遍路 千夜一夜旅日記

2006年04月21日(金) もう4月も後半だわ・・

朝7時15分出発、末弟の病院。
リハビリまでつき合って、つぎは、車を30分走らせて、退院したら再開するデイサービスの施設へ自立支援法によっていろいろと変わったことの説明(金額面)を聞きにとその契約書交換。
末弟の通っていた施設では、費用の面で折り合いがつかなくて退所した人はいないとのことで、それはよかったです、という話しなどもしてきた。しかし、全国的にはかなりの数の人が退所を余儀なくされたと先日の新聞報道にあった。まあひどい話しだ。これもあのバカ小泉の弱者切り捨ての改革政策のせいだわ。
このときに施設の担当の人との話
「あの病院は、障害者の受け入れを喜ばないないんですよ。あまりいい評判は聞きません。だから私たち、どうしてあそこに入院したのかなといっていたんですよ」
「だって、骨折した日の休日救急の担当があそこでしたんで、私も父が死んだ病院だし、ヤだけどしかたなかったんですよね」
それにしても、担当者のことばで、そうか、そうか、だった。
末弟の入院中に起きたもろもろ、すべて納得。
なにしろ、ナースが人手不足もあるけどダメなんですね。(ドクターのオペの腕はいいらしいが)
末弟の病院は、地元のウワサ掲示板でも時々悪口?書かれている。
我が地元ではやはり、日赤が一番らしい。
「助かりたかったら日赤で どうでもよいならT央病院 死にたかったらT川病院」
が古くからの地元民の病院選びの合い言葉らしい。ま、実にわかりやすくて率直な・・・(末弟は最後の不吉な病院なわけで、トホホ。もう少しだ、無事の退院を祈りたい)

無事に全書類に署名してハンコをして、お陰様でデイサービスが1日ふえて、日帰りショートステイまでお金はかかるが送迎まで受けられるように交渉成立。「求めよ、さらば与えられん」であった。
末弟の場合は、1割自己負担の自立支援法のせいで、送迎まで入れることができて(施設側の増員があったのか?)結果的に家族にとっては負担軽減となった。片道30分以上かけて送らなくてもよくなったからだ。昨年秋からこの春までなにしろ、この往復1時間以上の送迎が大変だった。

ホームセンタームサシで買い物。母があの鮮やかな黄色がいい、朝鮮レンギョウを植えたいといっていたので植木売場を見たが、なかった。
母の日のプレゼントにしたかったのだが。
植木の注文取り寄せってできるんだろうか・・・そうか!ネット探せばいいのか。

午後1時からは行きつけの美容院、その後、久しぶりに蒼紫神社と成田不動院へお参り。
なんとまあ、悠久山公園はまだ残雪あり。桜も5分咲きである。
考えてみれば子どもの頃の夜桜見物って、4月末の連休入りの初めだったような気もする。
悠久山公園には、若い中国人の女の子たちがたくさん来ていた。
研修生だろう。
大連や西安に直行便のある新潟空港から来日する中国人はけっこういるんだわ。
で、うちに帰り着いたのは、4時近かった。
やっと昼ご飯にありついて、4時半からほんのさっき8時ちかくまで爆睡してしまった。やれやれ。
こんな1日もあっていいね。

きょうは晴れ間もあったけど、基本的に大荒れの1日。
信濃川の上で、風が強くてハンドルを取られそうになった。




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