世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年10月16日(水) 強風で、命からがら・・・メガネが飛んだ!

朝5時42分の電車、上野で6時51分の快速に乗れた。好きなことをする朝はどうしてこんなに早起きができるんでしょうね。
電車の中で爆睡。はっと気がつくと、宇都宮の一つ手前だった。宇都宮で乗り換えると、なんだか気配が変わる。ひなびて、田舎びて、のどやかになるのだ。好きだね。
黒磯でパンだのおにぎりだのを買って、ロープウエイ行きのバスへ。ほぼ満員である。黒磯の町中は変わっていないのだが、街道筋が変わった。怪しげな、お店、新興宗教の本部などが次々にできている。
ロープウエイ手前なかなかの紅葉。バスの中から、きれいだね、という声が挙がる。しかし、なんかくすんでいる。葉も落ちているし。
なにより心配になったのは、風だ。風が強い。もともと、このへんは風があるのだけれど、私の予想以上。何しろ、三斗小屋への峠、峰の茶屋、場合によっては、人が飛んで谷底にたたきつけるほどの風がくるところだ。死んだ人が何人かいる。日本一強風が吹くところとして、山登りをする人の間では有名だ。

バスを降りて歩き始める。まだ、ロープウエイは動いているし大丈夫かと、横目を使いながら登るが、これが止まったら、やばいんだよねえ。

できるだけ、早く峰の茶屋を越したいと急ぐが、途中で、ふっと見ると、ロープウエイがこない。まずい、まずい。
案の定、ブッシュの先のガレ場、石つぶてが飛んでくる。ときどき身体がうくほどのすごい風。どうする?でもな、せっかく来たのだから、強行。
しかし、な、なんと、その直後の風で、眼鏡、眼鏡が飛んでいった。
どひゃー。すぐに、近間の岩影で身をひそめてザックをあけてスペアを出して、飛んだ眼鏡を探すが、なし。どうやら、谷底だろう。なんてこったい、チタンのフレーム、プラスッチクレンズ。で、お金のことはいいたくないが、10万近いんだったぞい。すごくショック、しばし呆然、岩影で力が抜けた。
私がショックでうごけないでいたら、そこに風があんまりすごいんで、もどってきたというご夫婦が駆け込んできた。
う〜む、どうする?
夫婦者さんは、結局戻っていった、今日はあきらめると・・・。
そうだよね、賢明は判断だと思う。
十数年前にやっぱり台風の後風ですごいところをあるいたが、あのときよりひどい。 
もどるか・・
体が飛んでけがをしたり、人様にご迷惑をかけたり・・・・最悪命を落としたり・・・・この山で風で死んでいる人が何人もいることを思うと勇気ある撤退がいいか?
し、しかし、お遍路の本能が進みたいと・・・・この本能で、昔死にかけた・・
で、で、やっぱり前進してしまった私であった。
どんどん、ばりばり強くなる風の中、石つぶてが顔に当たっていたくて痛くてのじょうたいのなか、風の呼吸にあわせて、ほとんどほふく前進状態で進む。
持って行かれるほどの風が来たら、そばの石にしがみついて石になるのみ。

またまた眼鏡が飛びかけたので思い切って取ってウエストポーチにしまった。
スペアまでなくすと、金銭的損害も多大だが、生活に困る。
眼鏡がなくて危ういが、まあ勝手知ったる道、何とか、峰の茶屋の避難小屋に飛び込む。
すでに何人かの人がたまっている。
今日は1時過ぎには着きそう・・ゆっくり風呂はいって・・・なんてるんるんできたのにマジに信じられない展開になった。
横浜はぴたりと風が止まっていたし、低気圧は去ったと考えていたのが甘かった。
おまけに私はかって知ったるお山、ハイキング気分の装備で、手袋まで忘れている、山を甘くみるな、と天から眼鏡のことといい、鉄槌を食らった気がする。やっぱり、準冬山的装備をすべきでした。ものすごく反省。
しかし、私が反省しても風が弱くなるわけではない。どんどん強くなるばかり。
ごうおん、ぷううん・・・とにかく音もすさまじい。
この峰の茶屋を20メートル下れば風はびっくりするほど弱まるので何とか・・と思うがとにかくすごい。
たまっている人一人が、風速50メートル近いんないかといっているが、あながち大げさではない。
さてどうする、しかし、ここまでくると、三斗小屋までの中間地点、戻るのも地獄・・だとしたら進む地獄をとるしかないよな。
このままだと、気温も下がるし、体もどんどん冷える。
で、一緒に行きましょう、と声をかけてきた女性と、年配のご夫婦ものとともに、そとへ行く。
ロープウエイも今日はもう営業しないということだ、という情報をくれた人があって、ということは風は止まないということで・・・だとしたら、風の呼吸を読んで進むしかないのだ。
山屋さん的ふうぼうの女性に先頭に立ってもらって、私が呼吸を読んで今!!!と指示を出した。
この風はすごく呼吸が速い。ふーーと弱くなるときが、短いのだ。読み間違えると、一瞬で飛ぶ。鎖まで手を伸ばすその時間、とにかく弱くなってくれれば、なのだ。
3年前まで鎖はなかった。
4年前だったかの春先、この地点で飛んで下の沢に落ちて亡くなった人が出た・・・もちろんその前にもそういった事故があった・・ので、まあこの鎖は「犠牲者の鎖」といってもいい。鎖がなければ、今日の風は越えられない。前にもここをほふく前進ではいずって飛びかけながら越えたことがあったが今日は、あの時の風より強力だ。
鎖につかまったとたん、来た、グイイインという突風なんてもんじゃない、とばすという悪意さえ感じる風が。
しっかりとつかまってよけるが、息ができない。
次の瞬間少しゆるむ。
年輩ご夫婦の夫さんの手を、鎖まで引っ張る。彼の後ろにやっぱり手をつないだ、奥さん。彼が鎖につかまる。また息ができない、少しつかまる手を休めたら飛ぶぞ、という風がくる。
山屋さん的な女性は待っていてくれる。
行って、と合図。
一応、みんな鎖をつかんだ。
この後は・・・とにかくつかまりながら自分の身を自分で守るしかない。
そして風の弱くなるところまでなんとしてでも、進むしかない。
風の呼吸にあわせながらどのくらいの時間かかったのだろう。たかだか数百メートルを進むのに・・・・
ものすごく長い時間だった気がする。

やがて下のブッシュへ。
ダケカンバを揺らす風の勢いはすごいが、これで安心だ。
本当はここからの紅葉もすごいのだが、眼鏡を出してみれば、なんかやけたような・・さしたることはなし。
私がそういったら山屋さんの女性「でも、あの風の後だと、何でも美しく見えます、私にはすごくきれいに見える」と感動していった。
うむ、うむ、それはそうだなあ・・・・
でも、本当に飛ばなくてよかった。
命があってよかった。

下の避難小屋から、年輩のご夫婦を捜す。
見えた、まだ斜面の中腹だが、あそこまで来てしまえば、大丈夫、もう飛ばない。
観察してると、ちゃんと動いて進んでいるし、一安心だ。
下から手を振って「おさきしますよおお」と叫んで(聞こえないとは思うが、私の服は黄色いので姿は認めているはずだし、)出た。

いつもなら、下のダケカンバの道にはいったら、風のかの字もないのに今日は大揺れ。並大抵の風ではなかったと、改めて飛ばなかったことに感謝。眼鏡が身代わりだった。
「あまりに強いひと吹きが来たとき私は思わず「南無大師遍照金剛、お大師さん、お守りください」と唱えてました。
ホントに、お大師さんのお陰さまでした。

3時半過ぎ、20年来の宿、大黒屋着。
3年ぶり、時々旅先からはがきを出してはいたのだが、おお元気だったか、みんなから大歓迎してもらった。

かわんないんだよね。
ダイちゃんもミツエさんも宿のたたずまいも、働いている人も・・・・なみだが出るほど懐かしかった。
みんな、今日はこないな(風が強い)と思っていたよ、といわれた。そうでしょう、そうでしょう。

大好きなお風呂、夕御飯。
お風呂で、あのご夫婦の奥さんの方にあった。ああよかった、ご無事でしたね。
一緒に越えてきた一人旅の山屋さん女性と一緒に食べた。
お酒もビールもうまし。
常連のお客さんが持ってきたおいしいサンマやつみれスープの差し入れもあって、大満足。
眼鏡のご成仏は重ね重ね残念だが、すごい満足感である。

夜、9時、発動機でついてる電気が消える前に眠ってしまった。

全く命からがら、語りぐさになる今日の風体験でした。



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