おひさまの日記
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2005年07月20日(水) ルナ

お気に入りのトレインカフェに着いて車から降りると、
その子はひとりで道の向こうの方からまっすぐこちらに向かって歩いてきた。

私のそばまで来た時、おいで、と手を伸ばすと、
人懐っこいその子は私のそばに寄ってきた。

首には赤いチロリアンテープみたいな首輪をしていて、
そこからちぎれた鎖がぶらさがっている。
真っ黒なラブラドールレトリバーの男の子。
しっぽをぶんぶん振って道端にごろんと寝転がると、お腹を見せて甘える。

君の飼い主はとてもいい人なんだね。
だってこんなに人が大好きなんだもの。
うんと可愛がられているのがよくわかる。

家につながれていた時に鎖が切れて、
そのまま冒険に出てしまったのだろうね。

子供と言ってもラブラドール、なかなか大きい。
アンナは初めて近くで見る大きな犬にちょっとおびえながらも、
気になってしょうがない様子だ。

今でこそ猫を飼っているものの、元来の犬好き、
突然現れた君としばし一緒に遊ぶ。

そして、ふと思う。
この子をこのまま放置するわけにもいかないと。

幸い、首輪には、
市役所に飼い犬登録されている番号の札がついていた。
アンナをトレインカフェに向かわせ、
オーナーのナオミちゃんに応援を頼み、
市役所に電話をしてもらい、飼い主を捜してもらった。

私とアンナと君は一緒にカフェの庭先に上がる。

市役所は飼い主を捜して連絡をくれるということで、
しばしやんちゃなわんこのお守りをすることになった。
いや、お守りと称してもっと君と遊びたかった。
私とアンナは君に夢中だったのだから。

ぐるぐると庭中を歩き回り、水たまりに入り、ごろごろして体中びしょぬれ。
庭先に転がっていた野球のボールを見つけると、くわえて大はしゃぎ。
そんな黒ラブと一緒に、私とアンナもきゃっきゃとはしゃいだ。

元気で好奇心の強い君は、やがてカフェの中にまで入っていってしまった。
そこで美人な女性客にやたらとからむ。
やっぱり男の子だな(笑)
彼女に飛びついて服を汚してしまった。
私は首輪を持って君を外に引っ張っていった。
「すみません、服汚れちゃいましたね」
飼い主気取り。

君があまりにもあちこち動くので、とうとうちぎれた鎖の先を柵に結んだ。

小さなバケツに水を入れてもらえば、よっぽど喉が渇いていたのだろう、
がぶがぶと飲み干してしまう。
飲み飽きると、バケツを前足で倒して遊ぶ。

ナオミちゃんにロールパンをひとつもらい、君に「待て」と言ってみた。
口からよだれをだらーんとたらしながらもきちんと待っている。
「おすわり」で座り、「お手」でお手をする。
ちゃんとしつけられてるみたいだった。
君はあげたパンを一気に食べた。

カフェの外にあるテーブルにオーダーしたアイスショコラオレを運んでもらい、
私はそれを飲みながらタバコを吸った。
煙が面白いのか、君は座ってきょとんとこっちを見ていた。

見上げるとたくさんの木の枝がちょっと曇った空を背景に伸びている。
風が枝をそよそよさせる。
とっても静か。
一瞬時間が止まったみたい。
隣にはまだあどけない黒ラブの男の子。
なんか幸せだなぁ…って思った。
アンナもそばで君を見ていた。

アンナは持ってきたお絵描き帳に、
君と自分と私とナオミちゃんの絵を描いた。
みんなでお水をあげている絵だった。

やがてお別れの時間がやってきた。
市役所の係の人ふたりが君を迎えにきたのだ。
飼い主がわかり、家に送り届けられる。

アンナは悲しそうな顔になった。
「わんちゃん、帰っちゃうの?」
私はうなずいた。
「おうちに帰るんだよ」

市役所の人が言った。

「この子はまだ子供ですね。
 名前はルナっていうみたいです」

市役所の係の人達はとってもいい人達で、
「よしよし、いい子だ」そう言って君と少し遊んだ後、
カフェの下に停めてある搬送用の車に連れて行く。

私とアンナがついていく。

その車には檻が積んであった。
ルナ、君はここに入るんだよ。
市役所の人が檻に君を入れようとすると、ものすごくいやがったね。
でも、おうちで飼い主が待ってるんだ。
ルナは暴れながらも檻に入れられ、あっという間に車に積まれた。
お世話になりました、と挨拶をして市役所の人達が車に乗り込む。

私の胸がとくん…とした。
バイバイだ。

車が走り去っていく。

「ルナ、楽しかったよ、ありがとう!
 会えてよかったよ!」

私とアンナはずっと手を振っていた。
ルナを乗せた車はやがて見えなくなった。

私とアンナはとぼとぼカフェに戻った。
アンナは黙って座り込むと、お絵描き帳にまた絵を書き出した。
ルナが檻に入って泣いている絵だった。

「ルナ、行っちゃって悲しいね。
 せっかくお友達になったのにね」

私がそう言うと、アンナは下を向いたまま小さな声で、うん、と答えた。
私もとっても悲しかった。

ルナと一緒にいたのは恐らくたった1時間程度。
だけど、なんて楽しくて無邪気で素敵な時間だったことか。

あの時、車を降りた私の目の前に、突然現れたルナ。
トレインカフェに来る前に、ちょっと寄り道したんだけど、
それをしなかったら会えなかったルナ。
君に会えたことはご縁なんだね。
そして、小さな奇跡なんだね。

後には悲しい気持ちが残ったけれど、
それは、ルナ、君との時間がそれだけ素敵だったってことなんだ。

君がどこの子かも知らないし、もう二度と会えないだろう。
だけど、今日のことは、きっと忘れない。
今日の君との楽しかった時間、きっと忘れない。
悲しくて幸せな気持ちと一緒に。

ルナ、ありがとう。
君は私達親子への宇宙からのギフトだった。

元気でね。


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