おひさまの日記
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最近、自分について色々考える。
たとえば、若さを失っていくこと。
目の下や鼻溝口のシワとか、顔中にうっすら出ているシミとか、 夕方のメイクの崩れ方を見て、愕然とすることがある。 最大限の努力をして、加齢を遅くすることはできても、 それを完全に止めることはできないだろう。
1年後、5年後、10年後、私はその年齢なりの自分と付き合っていくのだ。
今までは、いかに若くいるか、若く見えるか、 そういうことにとてもこだわっていた。
けれど、最近、38歳という年齢と正面から向き合うようになった。 体力や筋力の低下や、身体のライン、肌などの外見的なものも含め、 自分の身体のあらゆる衰えを認めるようになった。 今までは、それを感じてはいたものの、 あがきながらどこかで否定していたと思う。
今年の暮れには39歳、来年には40歳。 少し悲しい気持ちになりながらも、 そろそろ受け入れなきゃなぁ…ある瞬間そう思った。
私の周りには素敵な40代の方がいっぱいいらっしゃる。 だから、決して絶望的な気持ちではない。 そんな素敵な方を見て、ああいう40代になりたい!って思う。
それでもうすら悲しいこの気持ちは、きっと、 夏が終わって秋にさしかかり、日が短くなって、夜には虫が鳴く、 あの、どこか切ないような、そんな気持ちに似ているのかもしれない。
四季はまるで人生のようだと思ったことがある。 春は命の芽吹く季節、芽吹いた命が育つ季節、 夏は命が力一杯元気に輝く季節、 秋は命が穏やかさを知って静かな美しさを放つ季節、 冬はすべてを味わった命が寒さの中ですべてを達観し受け入れる季節。
最近、仕事で都内に行くことが多く、その度に電車を使う。 電車には色々な人が乗っていて、私は人間ウォッチングを楽しむ。 そこには、まさに人生の四季折々の人達がいる。
先日は、歳の頃で言えば、70歳後半くらいに見える女性がいた。 顔はしわくちゃで、頭は真っ白、背中が少し丸まっていた。 手もしわくちゃで、シミがいっぱいあった。 ふらふらして、足取りはおぼつかず、 電車を降りる時も手を貸したくなるほどだった。
私はその女性をとても愛おしく感じた。 とても長い時間を生きてきて、そのすべてを内に秘め、 今こうして体現しているのだと思うと、なんだろう、心の奥が熱くなった。 感じた気持ちは敬意にも似ていた。 人生でのあらゆる出来事に心揺らし、自分の身体で生き抜き、 彼女がそこに存在しているということが、ものすごいことに思えたのだ。
昔、私は、年寄りはヤだなぁ、と思っていた。 けれど、今は違う。 お年寄りを見ると、うまく言えないけれど、 悲しみとは違う涙が出てきてしまうような、そんな気持ちを感じることがある。 その人の重ねてきた歴史の重みと言うか、生き抜いてきたことのすごさと言うか、 その背後にある悲喜こもごもすべてにふと想いが行って、胸が熱くなる。
そんなことを感じるのは、私も年齢を重ねてきたからなのだろう。 若い頃には決して感じることのないことだった。
だから、私は、今、ゆっくりと自分を受け入れ始めている。 38歳の自分、10年後には48歳の自分、やがては老人になる自分を。 身体を少しでも若く維持できるように努力はしていきたいと思う。 でも、そこに異常な執着を持つことは、もうないだろう。 いい意味でのあきらめみたいなものが生まれたかもしれない。 もちろん、外見が衰えてゆく自分は悲しい。 それでも、そんな悲しみと一緒に、 年齢を重ねていく自分を受け入れていきたいと思った。 私は生きているのだから。
そして、それと同時に、自分を大切にしたいとも思った。 心はもちろんのこと、身体を、だ。 たとえば、食べ物。 最近は忙しさにかまけてすっかり食生活がぞんざいなものになっていた。 それも見直したいと思った。
胃もたれが激しい私は、 「寝る前3時間は何も食べず、ほうじ茶に大根おろしと醤油を入れて寝る前に飲む」 というのを、ついさっきやってみた。 胃腸にいいそうだ。 消化を促して口臭などもなくなるんだって。
お湯を沸かして、急須にお茶っ葉を入れる。 お茶が出るのを待つ間に大根をおろし、 湯のみに注いだお茶にその大根おろしと醤油を入れる。 何事も面倒は嫌いで、お茶も飲まず、もっぱらインスタントコーヒー、 何かを作るにしてもそそくさと済ませたい私にとっては、 そんなことでもなかなか手間をかけた作業だ。
パソコンを離れ、座ってそれをゆっくりと飲んでみた。 とってもおいしい。 それにおながが満足する。 今までは、夜更かしでお腹がすくとつまみ食いしていた私も、 そのお茶ならものすごく満たされる。 気持ちも、満たされる。
そして思った。 ああ、これが身体をいたわる、大切にするってことか、って。 身体がとっても喜んでいるのがわかった。 心もなんだかほくほくした。 私はずっととても大切なことを忘れていたと思ったよ。 身体のことを考えて、ちょっとした手間をかけることを。
自分の年齢を受け入れる気持ちになってきて、 自分の身体のことも真剣に考え、いたわりたいという気持ちがわいてきている。 それが健全な心を作ることにもなるのだと感じる。
若い、美しい、そう見られたいというすべての女性の願い、 それを私も持っていはいるし、 願い空しくそこから離れてゆくのはとても悲しいこと。
でも、そんな中でも、楽しみながら努力して、 生きてきたすべてを存在で醸し出すような、そんな人になれたらいいなって、 自分の年齢を愛せるような、そんな人になれたらいいなって、心から思った。 そのためにも、心豊かになることに努力を惜しまずに。
そんなことを感じた時、ちょっと力が抜けてゆく自分を感じた。
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