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■ 峻峰
「――、…眠い」 ほっと、溜息をつくような軽さで言葉が紡がれる。振り向くと彼が嘘のように後ろに引っくり返るのが見えた。駆けつけるその手前、
――ダァン。
背を打ち付ける音を感じて思わず目を瞑る。だが実際は柔らかな音を立てて、ベッドに埋まった。オッフェの居る位置からは、白いキリコの足が見える。それがピクリともしないまま、ベッドからはみ出ていた。 (…瞬間睡眠) そんな言葉が頭の中で反芻して、そして必ずしも笑いからは遠のいた苦い笑いをした。ああ、そうだ、これは瞬間睡眠だ。ゆるくかぶりを振ってオッフェはベッドに近付いた。
最近キリコはつとめて眠気を訴える事が多くなった。朝、いつもよりも長い睡眠から覚めた後、食事中、散歩の途中、入浴の前など、ぼーっとしていることが多い。それは一ヶ月ほど前に引いた風邪が治らずにずるずると引きずっている所為から、元々持病を抱えている彼の体がくたびれてきているからだ。そして、辛うじて意識を保っている琴線がぷつり、と切れると眠りに落ちる。今のように。
二人で暮らしている事に不安が無いわけではない。それは常に生活の中に潜んでいる。最大の不安は、この足場――島、が侵食される事。そして、こうして掴んでいるキリコの腕が冷たくなること。
すがるような願いがあるならば、このまま、暮らしていきたいのだ。それだけだ。
長い白い髪を一束掴んで横に流した。こけた頬がますます白く、細い鎖骨の下には骨が薄い皮膚を浮かせてその存在感を出している。きっと、良くなる。こんなことは一時的なだけだ、沢山眠って、体力をつけて、そしてまた、不安なく暮らす。
「……めずらしい」 いつの間にか視界が歪んでいて、一瞬小さく躊躇した。ただ、体は賢く瞬きをさせるとタタッ、とシーツに涙が落ちて染みを作った。涙を流していたらしい。二、三粒の大きな涙が流れて顎を伝ってなんだかむず痒い。泣いた事なんて、久方ぶりだった。さらに驚いた事に、キリコの腕が伸びてそれを拭った。突然起こるキリコの睡眠は初めは深く、じきに浅い。
「何が」 「……涙、流すなんてらしくない」 「苦しくなったんだよ」 覚醒は短くキリコを目覚めさせた。涙で濡れた手を彼の頬に滑らせると、オッフェは珍しく素直に弁解をした。 「もう直ぐ治る。最近は調子が良いんだ。眠くも、あまりならない」 「さっきは、」 「足を滑らせたんだ」 「嘘」 涙を払うと、キリコは笑った。オッフェもそれを見て、気持ちが軽くなるのを感じた。
毎日が不安です。それでも、暮らしていくことは幸せです。
生きることは、ときどき辛いです。 だけど生きていくことは、幸せです。
僕らは、それぞれがそれぞれのために生きていくんです。 オッフェはキリコの。キリコはオッフェのために、それしか居ないから。それでもいいから。 だから、毎日が必死で大切で、いとおしいです。
今日も、曇りです。 それでもこの空天は、僕らの脆弱な気持ちを支えてくれそうで、 好きです。
2005年09月25日(日)
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