ショート・トリップ
 idea



 気候

「君の、君の、君の」

例えば、ex.君の、(きみに対する気持ち)
     ex.君の、(きみが持っている物)
     ex.君の、(ただの僕の呼びかけ)

彼がただ時々切に、いうものだから。何も考えていないときに突然、ポン、とキリコは思い出す。沢山或る言葉や意味につなげたところで、本当のところはオッフェしか知らないのだ。どうしても訊きたいほど興味のあることでもなく。

考えたところで答えは出ないのだけど。

キリコの思考は、答えを出すのに飽きている。といえば、聞こえがいいが正直なところ考えられない。途中で諦めてしまうのに似ている、だが確実に思考は止んでいく。それでもいいと思う。それで、彼がいるなら。

こ ん な 、 さ さ い な 願 い 事 で あ れ ば 、 神 さ ま だ っ て 赦 し て 下 さ る 。

相変らずの常曇天。厚い雲の上には、太陽はあるのだろうか。そんな最北の島。ここに居ると、思考がくるくると回る。色んな事が渦を巻いて、まるでコーヒーに溶けていくミルクの渦のようだ。最後は混ざり合って区別が付かなくなる辺りが似ている。

そんな思考に捕われて、ぼんやり外を覗いていると肩を叩かれた。ゆっくりとした動作。親しみのあるものと、驚かすときのような、(少し)弾む気持ちを持ったそれはオッフェ独自のものだ。独自、といってもそんなにこの島に居た住人と触れ合ったわけじゃないけれども、きっとそうだ。

「何」
「いろいろと」
「……飯。できたから、食べに」
オッフェは一瞬きょとんとした顔で、こちらを見返すと階下を示して促した。
「君の、君の、君の」
「……」
先ほどの表情からいきなり何を言い出すんだ、といった表情に変わっていく。この顔は嫌いじゃない。
「ねぇ、オッフェのいう君の、はどういう意味?」



夕方から波が高くなり、時化が来そうな様子だった。こんな日は早く眠るに限るとオッフェはいつも思っている。海から吹く冷たく力強い風に何もかもが、思考までもがもっていかれてしまいそうになる。この堅強な白い建物にいても不安なのだから、早々に布団の中に潜ってしまいたい、そう思うのだ。我ながら情けないとは思うが、オッフェはもともとこうした地の生まれではないのだから、当たり前だ。

キッチンに下りて、簡単に夕食を作った。今日はあまりもの野菜と味噌としょう油とコンソメを入れた雑炊の中に、辛味を入れてピリリとさせてみる。三日に一度届く食料は、キリコ一人の時は冷蔵庫の中にたまっていく一方だったがオッフェがこの島に居付くようになってからは、バランス良く減っていく。今日は、冷蔵庫の入れ替えのために底にあったキャベツともやし、半端な欠片の人参を出してみた。雑炊と言ってもどっしりとしたそれは、キリコの苦手なところだ。彼はどちらかというと、ふんわりとあっさりとしているのが好きだった。
そういえば、と作り終えてからオッフェは思いついて、溜息をついた。だからいけない、こんな日はそんな思考さえ持っていってしまうのだ。それでも久々に作ったこのメニューは好物だったから、思わずにやりとする口許を上から無理矢理押さえた。



「そんなこと、考えてたの」
フン、と鼻から軽く息を吐いてオッフェは告げてきた。どこか楽しげに、目尻が上がる。そうすると彼のはっきりとした顔の輪郭が崩れて、フッと雰囲気が変わる。
「…、そう、そんなこと」
優しい表情が嬉しくて、けれど意外な答えに拍子抜けしてなんだか変な顔になってしまった。両手で頬を引っ張るとますます変な顔になって、なんだろう、なんでこんなことになったんだろうとキリコは思う。
「突然だなぁ」
「たまたまだよ。さっきさ、頭に浮んで。ちょうど居たから訊いてみたんだ」
「それって、俺どういうときいうんだっけ」
「さぁ、そんなに数多く聞いた訳じゃないからわからない」
「ふぅん」
オッフェは顎を軽く抑えると、面白そうに窓の外を覗いた。彼らがいるのは階段の踊場で、丸く抜かれた窓からは灰色の雲と、薄くキミドリ色に染まった芝が見える。そこに、はめ殺しの桟がぴんと張られたリボンのようにクロスして、まるでラッピングされたようだ。

「よく、わからないけど。俺は、キリコに色々持っていて欲しいんだと思うんだよね。もの、とか気持ち、とか自分でもよくわかってないから答えにならないんだけどキリコはいつも空っぽな気がするから。だから俺からみたら空っぽに見える、キリコに、何かあげたいんだけどでも。なんだろうよく自分でもわかってないんだ」
オッフェは初めは楽しそうに告白していたが、だんだん困った顔になってキリコを見返してきた。
「そんなに気になってた?」
「まぁ、まぁ」
「良く考えないで、言っている事多いから悪いね」
「いいよ、そういうのたくさんもらっておく。」
観念したようなオッフェに、キリコは答えて階段から腰を上げた。
「それって、からっぽってこと?」

「君から、君から、君から」
「……」

君から、(きみから思うほどに僕はからっぽではない)
君から、(きみからもらえるなら、たくさんもらおう)
君から、(きみからこんなにもらっているということ)

そんな、最北の島の或る日。


2005年09月23日(金)
初日 最新 目次