| 散乱 |
非常に鬱。
綿矢りさの小説の中で「死にたーい」と思う瞬間があるが、 ポップに死を捉えようとできるうちは、たぶんまだ死なない。 「死にたい」という意志すらも曖昧になって なんとなく「死」という瞬間が最も危険だろう。 なぜなら、突発的なものは防ぎようがないからだ。
約束をぶったぎっているのだが特に連絡も来ず 相手が怒っているのか呆れているのかもわからない。 ただ、そんなことを考えるのも非常に億劫である。
仕事が嫌なのと研究におわれていることが 精神をじくじくと追い詰めるのだ。 全部我が事ながら勝手に弱っている。 なんて駄目な人間なのでしょうか。
部屋の中には研究のための資料が散らばっていて 明日は仕事かと思うと もうどっかに行っちゃいたい気がしてくる。
|
|
2009年06月18日(木)
|
|