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心身の不調を「五月病」とみなすことによって 意味不明の状況から逃れることが可能となり ひとまずは一安心といったところか。 意味がわからないことはなによりも恐ろしい。 とりあえず「名づけ」をしておくことで ある種の不安は取り去ったと考えてよいだろう。
しかしながら、次なる不安がある。 本当は「鬱」なのではないかということである。 「五月病」という一時的なものを名乗ってはいるものの 本当はそうではなくて単なる「鬱」なのではないか。 そうだとすれば、厄介である。 「鬱」などと長いこと付き合いたくはないからだ。
今日はまどろみのなかで20分死ぬことについて考えていた。
不安定すぎる。 そして、死について考えるというのは良くない兆候である。
どうしたものか。
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2009年05月16日(土)
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