Kenyu日記
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| 2002年03月12日(火) |
見えているものが全て? |
日記02/03/12 見えているものが全て? 今日、心理学をおしえている医療系の学校の謝恩会で演奏しました。 不思議ですね。 まあ、ぼくが変わっているのかと思いますが。 音楽と心理学のふたつの分野で活動していますから。
ふだん背広を着て講議をしている先生がピアノを弾いて歌を歌ったりするのは、 やっぱり不思議みたいです。
ひとは、今見えているものが真実であり、すべてであると思いがちです。 でも、そんなことはかなり危うい思い込みであると言うのは、 数々の哲学者が何千年もまえから指摘しています。
こんな体験がありました。 夏、テーブルの上に麦茶のボトルがでていました。 同じテーブルには、グラスに茶色の液体が入っていました。 きっと入りきらなかった麦茶をグラスに入れたのだと思いました。 グラスの液体をひとくち飲みました。 思わず、口から吐き出してしまいました。 それは、正味期間がはるかに過ぎたとおもわれる、液体でした。 現実を理解するのに数秒はかかりました。 それは、あまった麦茶ではなく、あまった麺つゆでした。
思い込みの先入観から、普段食べている麺つゆを認識することができなかったのです。
また、こんなこともありました。 どこからかいただいたノリがあったので、出してみたところ、 おそろしい粗悪品でした。 ノリは小さい頃から大好物だったので、色合いと味はかなりうるさい方です。 みどりいろで(のりは高級品程黒い)、あなだらけ(むらがなく厚みがあり光沢があるものがよい) おまけに、生成が悪く、塩の成分が残っているではありませんか。 こんな粗悪品は始めてみました。あまり頭に来たので、全部すてました。
それが韓国のおつまみ海苔であると知ったのは、何ヶ月もしてからです。
そう、僕たちの日常もこうなのでしょうか。 だとしたら、おいしい麺つゆを、くさった麦茶として、おいしい高級おつまみ海苔を粗悪な海苔として日々捨てているかもしれません。
ああもったいない。
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