Kenyu日記
Diaryインデックス|前の日|次の日
| 2002年03月02日(土) |
「ER」死のまぎわの分かち合い |
02/3/1 「ER」死のまぎわの分かち合い アメリカのTVドラマ「ER」が大好きで良く見ています。 企画制作がジュラシックパークで有名なマイケル・クライトンですが、 彼はハーバード大学の医学部出身というのは、驚きです。 アメリカのショービジネスの懐の深さを象徴しているようです。
「ER」では監督も脚本も役者も音楽も本当にすべてすばらしいです。 医療現場をテーマにして、人間の本質に迫ってゆくその力強さには圧倒されます。 毎日誰かが、手当ての甲斐もなく亡くなってゆくなか、医者やスタッフは、仕事の合間に事務所で誕生パーティを開いたりしています。 死と生がとなりあわせ、いや表裏一体なんだということがとても大切なテーマとして伝わってきます。
今日見たなかで、主演のグリーン医師のお父さんが癌で亡くなるシーンがありました。 最後まで、自宅でケアし亡くなってゆきました。 亡くなる直前にお父さんが「お前が医者になったときが私の人生で一番誇らしかった瞬間だったよ。」 「愛しているよ」と言いました。 グリーン先生も「愛しているよ」と応え最後の時をすごしています。
なんでもフランクに話し合うアメリカ人でさえ、「愛しているよ」ということを素直に伝えるのは難しいようです。 まして日本人はなおさらでしょう。
お父さんの「お前が医者に〜」は、親にならなければ分からないかもしれませんね。 僕の場合なら、自分がグラミー賞をとるのと、息子が医者になるのとどっちが誇らしいかと言えば、 当然なんの迷いもなく後者です。 親と言うのはほんとうに子供のことを愛しているんですね。 そこには何の理由もないんです。 無償の愛ですね。
ああそれなのに、死の瞬間にしか「愛」を確認できないとは、なんと悲しいことでしょう。 これからの新世紀、生きているうちに愛をわかちあう時代になってゆくと言われています。 そうなればほんとうにすばらしい時代になるでしょう。
愛しているよ」と言葉に出せれば最高だけれど、せめて「愛」をおくることは続けたいですね。 これは、具体的であればあるほどよいようです。 子供の話を聞いてあげる。いっしょに遊んであげる。勉強を見てあげる。仕事を手伝ってあげる。 毎日の些細なことがとっても大切みたいです。 僕も昔よりは成長していると思うんですが、もうちょっとかな。
|