七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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| 2017年05月31日(水) |
「母になる」を見ながら |
このドラマに出てくる子は、子どもとしての自分の心理と重なる部分が大きいから、見てて胸がずーんと重くなる。 あたしは施設に預けられることがなかっただけで。赤ちゃんのまま他の家に託されただけで。 なのにこんなに時が経ってしまった今でも、いまだに実の母親を本当は探してる。
ゆうべ眠れなくて、この地に越してきたばかりの頃を思い出していた。 地元駅にはエレベータさえなくて、ベビーカーをたたんで階段をのぼるのはしんどかった。 息子2歳。
越してくるまで実家で同居していた頃も、実家の近所は坂だらけで、ベビーカーを押して坂を上ることよりも 下ることの方が重みが増してきつかった。 療育施設に通い続けた2年間。バスに乗る時は抱っこして必ずベビーカーをたたんで乗車。世間の邪魔だと思われたくなくて 必死だった。降りてからベビーカーを上手く広げられなくて苦労した。
今ここの地元のバスじゃ、ベビーカーを広げて子どもを乗せたまま乗車してるけどね。たたんで乗る人ほとんど見かけないなぁ。
ベビーカーを持ってバスに乗るのがしんどかった時は、療育施設までの道を、1時間以上かけて歩いて通った。 あそこまで何キロあったんだろう?特に療育施設に隣り合った病院に行く坂は、心臓破りの急勾配だったな。 帰りは途中にあるファミレスに寄って一休みしてから、残りの道のりをベビーカーを押して帰った。
鬱だけど、療育は今までほとんどひとりで連れて行っていた。旦那はほんの数回行っただけ。 こっちに越してきてからも2ヶ所療育施設に通ったが、その時もほぼひとりであの辺鄙な場所まで連れて行っていた。
ベビーカーで療育に通いながら、本当に気がかりでたまらなかった。この子はこのまま歩けないんじゃないか?と。 息子がひとりで歩いた日、息子のあのうれしそうな顔、絶対に忘れることはない。
そう思ったら、今こうして息子が仕事に行って帰ってくるだけで、「おかーさん好きだと思って」って オカメインコのコミック買って帰ってくることが、どんなに幸せなことかあらためて思い知らされた。 今日も続刊買って帰ってきたよ。
どんな親であっても子どもにとって親は親なのだ。特に母親は。それを子どもとしての自分は身をもって知ってる。 子どもとしての自分も親としての自分も、どちらも他の人の常識とはまるで違う人生を歩んでるけど、ある意味自分の力になってる。 誰にも経験できない強み。負けず嫌いな自分にとって最強の自慢かな。
書きながら泣いた。
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