七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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2005年03月21日(月) 三連休がやっと終わる・・・

朝起きられなかったり、夕方寝てしまったりと、睡眠を取ることで家族に迷惑はかけたものの、
パニックにもならず、自分自身でも頑張ったと思っていた。

お風呂が沸いて、旦那と息子が入るという時。
息子はいつもごはんを食べるのが遅く、私たち親にせかされる。
今日もそうだったのだが、お風呂に入る前に息子がトイレに行っている間に、
旦那に言われた一言で、それまで頑張っていた(つもりの)糸が切れた。

詳しい言葉はもう忘れてしまった。旦那が一生懸命せかしているのに、私は全然頑張っていないというような
意味の言葉だったと思う。
だが、私が崩れてしまったのは、旦那のたった一言だった。

「アンタ」

私は、おまえと呼ばれることに対して抵抗はない。
しかし私は、旦那に名前で呼ばれたことも、おまえと呼ばれたことも、ない。
一度もない。
呼ばれて振り返った記憶が欠如している。たぶん呼ばれたことがないんだろう。
その度、呼びかけの言葉はなく話しかけられて、会話をしているのだと思う。
あ、私の呼び名は「かあさん」だった。それすらも思い出せなかった、今。

でも、私は「アンタ」と呼ばれることだけは大嫌いだ。

以前、旦那の母が元気だった頃、初めて九州に帰省した時のことだったと思う。
言葉数がひどく少ない親子だけど、それなりに方言で会話していた。
その時、旦那がお義母さんに向かって「アンタ」と言っているのを聞いた。
母親に向かって「アンタ」なんて失礼じゃないか?!
その時お義母さんはこう言っていた。
「もう何言うてもいろいろ言われるけん、こわくて言えんわ」
苦笑いしていたけれど、私はお義母さんの気持ちを思うと、なんだかとても悲しくなった。

こちらに遊びに来てもらった時も、まだ元気だった時息子を連れて帰省した時も、私はできるだけ
お義母さんに話しかけた。
その場が明るくなるように、頑張ったつもりだ。

子供の頃から、自分なりに頑張ってきたつもりだった。
学生の時も、社会人になってからも。
鬱なりにできるだけ頑張って生きてきたつもりだ。

いや、頑張ってないというようなことを言われたのも、糸が切れたことの原因の一つだと訂正しておこう。
でもやはり、いちばん嫌だったのは「アンタ」だった。

息子の前では泣かない、心乱さない、そのつもりで最近は過ごしていた私だったが、トイレから出てきた息子に、
泣いている私を見られてしまった。

「おかーさん、どうしたの?たーぼーのせい?たーぼーのせい?」
息子はしきりに心配していた。
「違うよ、たーぼーのせいじゃないよ」
私は泣きながら言った。
ぎゅうっとして?というゼスチャーの息子を、ぎゅっと抱きしめて頭をなでた母。
そして息子は、お風呂場に突進して行き、旦那に強い口調でこう言った。

「おかーさんがないちゃったじゃないかっ!!」

自己主張も激しくなって、ワガママも増え、母はイライラさせられることも辟易することも多くなったが、
その分成長したんだと感じていたこの頃。
息子は小さいながら母を守ろうとしてくれている。

お風呂の中で声を出さないように泣いた。私がよく取る行動だが、こういうのを「忍び泣く」と言うのだそうだ。
でも、泣いてからは落ち着いた。顔から笑顔は消えてしまったけれど。

今もベランダに出て、空を見上げていた私のところに、息子がやってきて
「おかーさん、どうしたの?」
と聞いてきた。
「なんでもないよ、ヘリコプターが飛んでてうるさいなと思って」
そう答えて、ベランダから部屋に入った。

もうすぐ春休みだ。
今年度転校して、閉ざしかけていた心を開き、一人で通えるようになり、楽しそうに学校で過ごし、
学童にも一人で行けるようになった息子。
背もずいぶん伸びた。
来年の冬は、今年のズボンもトレーナーもダウンジャケットも、みんなちょっと寸足らずになって
しまっているかもしれない。
でも、発する言葉が少しずつ大人びてきて、成長しているなぁと感じさせてくれる息子、
母はとてもうれしいよ。


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