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僕の、場所。

今日の僕は誰だろう。



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宝貝儿歌(下)

 ナタは私の子。不思議な生まれ方をしたけれど、ナタは私の子。夫や、家のものが実は気味悪がっているのを私は知っていたけれど、それじゃあ私がナタを愛さなくて誰が愛するのだろう。子供は敏感なもので、私以外のものにはなかなか懐かない。夫でさえそうだった。
「ちょっと淋しいわね、ナタ」
「母上がいるから淋しくはありません」
「そう? ありがとう」
 小さな手が、私の指を握って、微笑んで言う。愛しい愛しい、私の子だった。元気一杯で走り回ってばかりのナタだけれど、今日は私と一緒に散歩をしているのだった。遠くで兵士が訓練をしている声が聞こえる。私の夫は彼らの指揮官で、ということはあちらに夫がいるのだろう。父上のお仕事を見に行こうか、とナタに尋ねると首を横に振る。やっぱりこの子は夫に懐かない。それがちょっと私の悩みだった。夫は夫でナタを可愛がらないし…。
 と、ナタが私の指から離れて、走り始めた。子供はこれだから可愛いと思う。予測つかない行動は、その未知の可能性を示しているようで。ナタのお兄さん達もこうだったわね、と家に居ない長男と次男を思い出しながら後を追いかけてみた。子供の足とはいえ、ナタは普通の子供より足が速く、私も小走りになる。すると突然、私の耳に誰かの歌声が聞こえてきた。
 川辺に一人の人が居り、その人に向かってナタは走って行ったのだ。そしてその人は――麗人は、あの子守唄を歌っている。
「…こんにちは、ナタ」
「?」
 ナタが不思議そうに首を傾げるのが分かった。私は今までこの麗人にニ度出会った。一度は夢の中で、一度はナタが生まれてすぐに現実世界で。この麗人、いや仙人さまは、私のお腹に居た肉塊に命を吹き込んで下さったのだ。しかしナタは知らないはずだ。
「元気そうで何よりだよ、殷氏」
「ええ、おかげさまで…ナタも私も健やかに暮らしております」
「母上の子守唄…」
 ナタが呟く。そう、あの日夢で聞いた子守唄を、私はナタに聞かせてきた。今まで知っていたどの子守唄よりも、深い愛情が感じられたその歌を、私はナタに聞かせてきたのだ。その歌をこの仙人さまが知っていること、ナタは驚いたのだ。仙人さまも破顔して答えた。
「これは…愛する人への歌だからね」
 そう言われるとなんだか照れくさいけれど…第一印象よりずっと親しみのあるこの仙人さまは、穏やかに笑ってナタを腕に抱いた。私以外に懐かなかったナタは、特に嫌がった様子も見せずに大人しくしている。それどころか、子供ながらの好奇心で、不思議な衣服や美しい髪にぺたぺたと触れている。それに気を悪くした様子も見せないこの仙人さまを、私はとても敬愛していた。とてもいい人なのだ。本来なら平伏するべきところを、忍びで来ているから正体がバレては困る、どうかやめてほしいと還って頼まれてしまったくらいだ。
「一種の親心のようなもので…ついナタの様子を見に来てしまった。ナタが幸せだと私も嬉しいから」
「そんな…。是非いつでもいらして下さい」
「ありがとう殷氏。…ナタ。母上が好きかい?」
「大好きっ」
「うんうん。良かった」
 会話を交わすほどに、この仙人さまの茶目っ気が見えてきて、つい私は笑ってしまう。はじめ、あんなに圧倒されたのに。人は、いえ仙人さまも、子供の乳くささに変わられるのだろうと勝手に納得している。
「殷氏。何年かすれば、この世に戦乱が訪れる。その時に我々は、あなたのお子さんの力が借りたいのです。遠くない時、私はいずれナタを迎えに参りますが…その時までどうか、この子を慈しんでやってはくれまいか」
 少し押さえられたトーンで、改まった口調で、急に真面目な話。そうなのだ、この子は、ナタはいつか私の元を離れていく命数にある。けれどナタは私の子だから。だから。
「もちろんですわ」
 私はにこりと微笑む。そして、ナタに向かって手招きする。
「ありがとう。それと…すまない」
 ナタは仙人さまの腕からぴょんと飛び降り、ぺこっとお辞儀をしてからこちらに駆け寄ってきた。そのまま抱き上げる。あどけない頬に口付けをしてみせると、仙人さまは少し苦笑された様子だった。そして、深々と一礼して、ふと消えた。
「母上、歌って」
「…ええ」
 私は風のように歌う。この子が大きくなって、いつか私の元を離れても、この歌を覚えていますように。母の愛はあなたのすぐ傍であなたを守っていると、この子が肌で感じるように。そっとそっと、祈りを込めて。
「ナタ、愛しているわ」




宝貝儿歌 <終>
蛇足ですが。
お分かりの方もおられるかもしれませんが、パロディものです。(管理人、初)
中国の小説『封神演義』に登場するナタと母・殷氏のお話です。
やや説明不足ですが、細かい事は気にしないでください…。
ちなみに「宝貝」は「たからもの」の意味で、転じて「赤ちゃん」や「恋人」、「可愛いもの」といった意味もあります。
また『封神演義』では仙人の使う道具を「宝貝」とよび、
霊珠という宝貝を女性の身体に埋め込んで生まれた子供であるナタも宝貝の一種…みたいものです、きっと。

母の日&子供の日、とかいうことでキレイに収めてみようと試みる。


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