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裏しんご
SCINGO
MAIL

2002年01月21日(月)
読めるもんなら読んで見ろ

どんどん書き込もーぜ掲示板。
いかんなー。掲示板回転しない恐怖症だわ。
っということでお・ま・た・せ(はぁとっ)
日記です。
今日は雷と風がすごかったね。強風Hello注意報だよ。絶対。
そこら中にヅラが散乱してたよね。きょうはたまたま、歌舞伎座の近くに用事があって
そこまで行ったんだけど、外人も「サムライニッポン!サムライニッポン」と奇声を上げてたし。
雷は人を狂わすね。竜雷太はもっと狂わすね。峰竜太はがんばってるよ。
2人とも昔は区別が付かなかったよ。まっいっかこんな話。
また今日もジャズのおばはん。前書いたときには、いい感じと書いてしまったんだけれど、
ちょっとブルー。声は良いんだけど、歌が・・・・・。CDってさー、、、金があれば簡単に作れるんだなぁと思いました。ちょっと前までさー「CD出しました!」とかいったらさー「うぉーすっげー」てな感じだったけれど今や香港も作る時代。よし!香港は社会人で僕を除いて金持ってるので今度はDVDを作ろう。ボカシ入れて。ドラマ仕立てで。
(あら!すじ?)
「奇跡の歌声〜香港好運〜救えるのは君たちだけだ!」

さえない社会人バンドとして、活動を続けるホンコンラッキーズの元に一通のエアーメールが届いた。「HI!コンニチワ!ワタシハ、レオナルド・ダ・熊トイイマス。ジツハウチノカミサンガ、ヤバイ。デキルダケコイ。チナミニコノテガミハ2ジカンゴニクサクナリマス。コノテガミトオナジモノヲキミノトモダチ50ニンニ・・・・」

ニューヨークアカペラコンテスト出場者募集ってことだ!機敏良く反応したYUが言った。はたしていくべきか、それともこのまま日本にいるべきか。普通なら喜んでお受けする面々だが今回ばかりは話が大きい。そしてそのコンテストに優勝すれば、副賞として常磐ハワイアンセンターご優待券が付いてくるらしい。・・・・・・・・ほ・・・欲しい。みんなの意見が固まった。早々と有給休暇を取り、香港の面々は一路ニューヨークへ。
(ッチャッチャラッチャチャッチャラッチャーッチャッチャラッチャチャッチャラッチャーー ドゥーワッ)
 ↑ウルトラクイズで、通過したときに流れる音楽です。

ジョン・F・ケネディ国際空港に降り立つ香港御一行様。
途中、入国審査でシンゴはアメリカでの犯罪歴を疑われ、戸田さんは「斎藤寝具」とか言ってて、
残間さんは成田の金属検査でずーっとピーってなってて、裸になっても駄目で、結局原因は石だったんだけれどもここはニューヨーク。めでたく入国を済ませた香港の目に飛び込んできたのは、あったか香港クンを拡大コピーして作った、「熱烈歓迎ホンコンラッキースターズ」の旗。すかさず竹内さんが「レオナルド・・・・」と言って駆け寄る。詳しい話はこうだ。カウントダウンの時に横浜にいてあったかホンコン君をもらったんだが、一個しかもらえずに、心優しい妻は夫にあげて寒空の中ずっと聞いていたら風邪を引いてしまって、いろいろとこじらせてしまった。(夫婦間等含む)んで、いまニューヨークアカペラコンテストの会場の隣の病院に入院中で、うわごとのように「ゥィー・・・ウィル・・・ロック・・・ユー」とうなされているらしい。
医者によると手術を受ければ50%助かるらしい。あとは奥さん次第だということだそうだ。
そしてレオ妻は「香港をもう一度聴けたらわたしっ!手術うけるわ!」
その言葉を信じて香港に手紙を書いたらしい。「だいたい話は分かりました。さぁ、これで涙を拭いて」といってあったかホンコン君を差し出すリーダー。と同時に「全員集合!!」みんな1Mと離れていないのに集合をかけられた。戸田節全快。みんな不満顔で渋々ホテルにGo。
「さっきはいったい何のために集合したんだよ」と言う思いを胸に曲のミーティングをする。
問題は山積みだ。まずMC。
リーダー得意の「こんにちはーーーーーーーーーほーーーーーーーーーーんこーーーーーーーん(以下略)」
ができない。これは大問題だ!英語版を考えよう。
「helooooooooooooooooooWeeeeeeeeAreeeeeee以下略」
「行けそうだな」「いいねぇ」
問題は解決した。
そんな話をしているうちに外からアカペラが聞こえてきた。
「きっと明日の大会にでる奴らだ。ちょっと偵察してくるぜ!!」といって小山さんは金髪美女とどこか行ってしまったのでみんなで見に行った。
「AISHITERUーーーーーーTTE SA-IKIN  IWA〜」

「ゴスペラーズだよーーー」「世界中で流行ってるんだなぁ」「旨いなぁ」「優勝できるかなぁ」とか言ってるうちに自分達もストリートでやりたくなった。でも・・・小山さんがいないっ!!みんなで手分けをして探した。しかし結局見つからず朝を迎えた。「HI! MEN!!」と言って部屋に入ってきたのは小山さんだった。え・・・・英語がうまくなっている・・・・。
「しんご・・・やっぱりピロートークで憶えるのが一番だよ」
とご満悦だ。よし。これで発音はOK。
後は、がんばるだけだ!!
会場に向かう。昨年忌まわしいテロ事件が起こったビルの隣に会場は作られた。
「此処で歌うのかー」
外国人がいっぱいいる。もちろんだ。緊張するメンバー。次々とハイレベルなアカペラがくり広げられている。
とそこへ、レオナルドさんが来た。
「ミナサン、カンバッテクサイ!コレ、ツマカラ」と流暢な日本語で手紙とホンコン君をくれた。
手紙には「手術の予定が早まり、香港さんが出演するとき私も手術しています。手術室まで届くぐらいの声で励ましてください。」
皆の緊張が解け、次第にやる気が湧いてきた。「そうだ!!俺達しかいないんだ!!」
皆の心が一つになった!
ステージに上がる!戸田さんの声が響く!!
「MERRY------------CHRI・・・・・・Helloooooooo以下略」
いつも通りのすべり出しだ。残間ボイスも絶好調。そして20分間の熱いステージは終わった。
「出し切ったよ、石もでた」と残間氏も言ったとおり、全てを出し切った香港は疲れ切っていた。
しかし、審査発表を待たずにメンバーは病院へ走った。果たして僕らの声は届いたのか・・・
成功していてくれ!祈るような気持ちで病院にたどり着く。手術室前には、貧乏揺すりをしているレオナルドがいた。
「手術は?」
「まだなんだ。予定だともう終わるはずなんだけど・・・」
っとその時、手術中のランプが消えた。
執刀医が出てくる。
駆け寄るレオナルド。
「先生!!妻は!!妻は!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・手術は成功しました。しかし・・今夜が山でしょう」
「先生!!言っていた話と違うじゃないですか!!何とかして下さい!!お願いします」
必死の訴えにも執刀医は耳を貸さず、娯楽室に消えていった。

「もう少しだけ・・・歌うか」と竹内さんがいった。「そーだな」「そうすっか」頷くメンバー。

会場ではなんと、優勝者に香港が選ばれていた。そして何度も「シャンハイラッキースターズサンステージニドウゾ」とコールされていた。

そして、レオナルド妻の病室には一晩中「ウィーウィルロックユー」が流れていた。
朝になった。
「・・・・・・・うるさいなぁ・・・・・」と言って目を開ける妻。「あれ・・・・あたし・・・・・」
「うぉーーマリアンヌ!!!良かった良かった!!先生!!先生!!マリアンヌが目を・・・・・・あれ?彼らは?・・・」町中を探すレオナルド。しかしそこにはもう香港好運はいなかった。


帰りの機内で
「全く散々だったよ、優勝したのに、ハワイアンセンターに行けないじゃん。あーあーー俺もピロートークしたかったよ」とシンゴ。「そんなものより大事なものがあっただろ」と竹内。
あれっ?また小山さんがいないよ。
 「構華昭暇上牧尾保父・・・・甘いなシンゴ何処でもやっぱりコミュニケーションが大事だよ」と小山さん。中華航空機でした。
無事日本に到着し、そして一通のエアーメールが届きました。
「HI!コンニチワ!ワタシハ、レオナルド・ダ・熊トイイマス。ウチノカミサンノミズムシモヨクナッテアリガトウ。トコロデ、ウチノイモウトガ、オダイバデ・・・・・・・・」

(完)

此処まで読んだ人はすごいね。いやぁーつまんなくなっちゃって途中で辞めたかったんだけど、書いちゃいました。すみません。


エンピツ