壬生義士伝 - 2001年12月10日(月) 浅田次郎という作家と出会ったのは、もう10年くらい前の事。 最初に触れた彼の文章は「競馬の達人」といういわゆる競馬の必勝本(必敗本?)だった。 競馬の必勝本というのは読み物としてはかなり面白くない。 出目派にしても、データ派にしても 「これをこうすればこうなる。そうすると、ほ〜ら万馬券を三点買いでGET!」 ・・・まぁ殆どがこんなカンジで。 25%(実質は30%近い。配当は10円台からで1円台は切り捨てられるから。)のテラ銭を取られつつ競馬で浮く、というのはまず無理というのは頭では解かっているのだが何故か買っちゃうんだよな、その手の本は。 だが「競馬の達人」はそれまで買った多数の競馬本とはチト違っていた。 読み物として成り立っていたのだ。 文章が面白かった。 他の無味乾燥な馬券本とは違い読者を楽しませようとするサービス精神が感じられた。 そしてはげ頭にサングラスの怪しい作者近影・・・インテリ然とした現在の作者近影と比べてみると笑えるのだが。 暫くして「とられてたまるか!」という本が出た。 これは浅田次郎の裏街道時代のエピソードを書いた本でこれも面白かった(タイトルは「捕られてたまるか」という意味と「殺られてたまるか」の二重の意味なのだ)。 そして俺は「浅田次郎」という正体不明の文章家のファンになっていた。 時は流れ、長編「蒼穹の昴」そして短編集「鉄道員(ぽっぽや)」が刊行され、彼は直木賞を受賞することになる(「鉄道員」はあまり好きじゃないのだが)。 この時の俺の心境としては。 新馬戦から目をつけていた若駒がダービーを獲ったような。 応援していた四回戦ボーイがチャンピオンに上り詰めたような。 「俺はあの頃から目をつけていたんだぜ!」と廻りに自慢したいような。 そんな嬉しさがあった。 最近、「壬生義士伝」という本を読んだ。 南部藩出身の新撰組隊士、吉村貫一朗の生きざまを浅田節で書き上げた作品。 ゴテゴテしすぎている感のある「蒼穹の昴」よりも俺はこっちの方が好き。 強すぎた、そして優しすぎた男の哀しい物語。 泣ける。 殆どが雪の降る季節の物語。 冬の長い夜にはうってつけの本だと思う。 ...
|
|