陸橋...東風

 

 

プレゼント - 2012年01月24日(火)

どうしようかと悩んでいたのだけど、本人に聞いてみたところ
「クリスマスよりも誕生日がいい」と言われ。
それなら、と予め選んでおいたライターを贈った。

それと私が普段煙草入れに使っている小物入れ。
喫煙所で会った時に「いいなそれ。」と言われたが
私の物は旅行先で買ったものなので、同じものは手に入らない。
ならば、と思い、男のひとでも使いやすそうな、ばね口の小物入れも用意した。
ネクタイ生地でできている。
我々はほとんどスーツを着ることのない職業だから、むしろ新鮮で良い。


それらを全部揃えて。
メッセージを書くためのカードを探したのだが、結局シックな便箋も見つけた。
お互いの勤務を確認して、朝、其のひとが出勤した机の上にあった、というシチュエーションにしよう、と
いろんなことを考えて出勤した。


計画を実行しようと考えていた日は、急遽勤務変更で当直になった日だった。
日中仕事はそれほど忙しくなかったのだが、一つだけとある患者さんの処遇だけが気になっていて。
それについて、夕方相談したのだった。

其のひとの返事は「生半可に関わるな」だった。
これまでご家族に直接関わって来なかった者が関わると、ご家族が混乱する。
ここでお前が出てくれば、恐らく今の主治医はお前にこの患者さんを
言い方は悪いが「押しつけてくる」可能性だってある。
そうなれば、お前は傷付く。
俺が出ていくのは、部長としての責任もあるのだから当然。
だけど、俺とお前が根本的に違うのは、俺が男でお前が女だということ。
俺はこういうケースで何度も傷付いてきた。お前に同じ思いはさせられない。

こういう趣旨の答えが返ってきたのだった。
正直、落ち込んだ。
あの宙ぶらりんな状態の患者さんの筋道をつけることが、私がこの患者さんに出来る唯一のことだと思っていたのに。
それをしてはいけない、と言われてしまった。

頭では納得した。其のひとが部下としてなのか、女性としてなのか
解らないけれど私に傷付いて欲しくないと思っていることや
守りたいと思ってくれていること、それはひしひしと感じる。

けれどそこで男女の違いを出されたことに、私は心のどこかで静かな怒りを覚えた。
何よりも絶望した。多分私は誰も救うことができないのだ、と。

当直だけど、実に私の心が不安定な夜になった。
何度もリストカットが頭を過ったが、職場だからと自分に言い聞かせる。
でも何度も泣く。


そんな状態で、朝方まで当初予定していたプレゼントに添える手紙も書けずにいた。
一旦は全くもってプレゼントする気が無くなったのも事実だった。
其のひとへの気持ちが解らなくなってしまったから。

でも少し冷静になった時、やっぱり贈ろうと思って文章を書き始めた。
もちろん短いものだったけれど。

書いていて、思い出した。
私は好きな人に喫煙具を選ぶのが好きだったな、と。
そういう趣旨の言葉も手紙に添えて。そっと其のひとの机に置いたのだった。


その日の朝。其のひとは何も言ってくれなかった。
話しかけてはくるのだけど、プレゼントとは全く関係ない話で。
しかも日中に患者さんが急変したりして、それどころでは無くなったりして
其のひとは何も言ってくれなかった。
手紙は其のひとが時折、ふざけて言ってくる私の呼び名にしていたから
まさか私からとは気付いていないのでは、と不安になったが
確かめる術もなく、其のひとからメールが来ることもなかった。

プレゼントの翌日。
休みだったけれど、スライドを作らねばならなかったので職場に行く。
やっぱり其のひとに会ったけれど、他愛もない話が続く。
痺れを切らした私は、結局別れ際に自分から訊く羽目になる。
「置いてあったやつ、見ましたか?」
其のひとは早口で答える。
「見た。超フライングだよな。言おうと思ってたけど。」
そう言って早足で行ってしまった。

フライングというのは、私が手紙に書いた言葉だった。
誕生日よりも前に渡すことになってしまっていたから。
言おうと思ってた、ってもう2日経ってたんですけど。
ていうか言う機会なんか話しかけてきた時に何度もあっただろうに。

そう思うと、可笑しくなった。
あれは照れている。間違いない。

別れたあと、メールをした。
ちゃんとプレゼントに気付いてくれていて良かったという旨の。

ほどなくして、返事が来ていた。
ライターは無くす場合が多いので普段は使わないこと。
小物入れはちゃんと誕生日が来てから使うということ。

其のひとは送られたものを見て、昔を思い出したという。
そして「ありがとう」の一言。

私はライターを好きなひとに選んで贈ることを思い出して
多分其のひとは誰かからライターを貰った時のことを思い出して。
共有できない過去が一瞬、交錯する。

私が書いた手紙の文面を拾ってメールをくれたことが嬉しかった。
そしてこういう、小さな秘密を共有している感じも。全て。


私に切々と言い聞かせる頼るべき上司としての其のひとも、
面と向かって「ありがとう」と言えない少年のような其のひとも、
全て一纏めにして好きだなと思える。

一緒にいられる時間はどんどん短くなるけれど。
一層、愛おしさは増していく。


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