沖縄に帰った。ら。 - 2006年08月21日(月) 土曜の夕方に沖縄に帰り、 日曜の夜に羽田に戻ってくるという強行スケジュールをやってのけました。 しかも前日金曜の夜は入院していました。一日だけだけど。 金曜、当直明けでああ明日は沖縄だわ、と思いに耽りつつ仕事をこなしていたのですが どうもお腹の調子が悪い。 そのうちに立っていられないほど痛くなり。しかも吐き。 点滴してもらっているうちに熱が出て。下痢も始まるし。 翌日沖縄に行く為の最善の方法を考えると、 入院してがっつり点滴をしてもらう、という方法だったのです。 熱にうなされっぱなしだったのでああもう飛行機乗れないかも、と思っていたのですが 翌朝意外にもこれはいける、という変な手応えが。 心配症の親に電話で罵倒され、こちらも言い返し纏まらない言い争いを繰り返しつつも 沖縄に帰ったのです。 但し手には点滴のラインが残っており 機内に持ち込んだ荷物の中にはばっちり点滴のボトルが入っており 実家についてから再び点滴をしたのでした。ハンガーに点滴をぶら下げて。 ある意味貴重な体験でした。 それにしてもイギリスのテロ未遂で飛行機の保安検査が厳しい昨今 点滴ボトルは持ち込めるんだなぁ、と不思議な気がします。 まぁ全然危ないものではないんだけど。プラスチックボトルだし。 それにしても。 先生方みんな心配してくれたらしく 入れ代わり立ち代わりたくさんの先生方が病室に来てくれました。 同室の女の子に変に思われたに違いない。 その中でも、3年目の先生。 来てくれたのはいいんだけど、明らかに心配というよりも 冷やかしにきて指差して笑って帰っていきおった。 ああどうせ私が悪いよ! でもあのひとは来てくれなかったな。 まぁ、来てくれるとも思わなかったし、熱にうなされている所を見られたくもなかったけど けれど少し淋しいと思った。 けれども今は関わりがないんだし、それで当然だと思う。 今回帰ったのは友人の結婚式に参列させて頂くためだったのですが 強行スケジュールを押して行って良かったなぁ、と。 幸せそうな友人を見て、安心しました。よかったね。 やっぱり両親への手紙を読むところでは泣いてしまった。 それにしても花嫁であるところのお友達は 我々友人(総勢20名)のメッセージカード集を渡すところ(余興付き)でも泣いてしまい なんだか笑ったり泣いたり、忙しそうだったけれど 幸せだからできるんだよね。良かった。本当に。 11月にはママになるそうです。 しっかり幸せになって欲しいです。 沖縄に帰って。空が見られて。 海が見られて。友達にもたくさん会えて。 日が沈みかけても青い海に背伸びをして。 風の中で目を閉じて。 凄く短い帰省だったけど、行くことができて良かった。 今住んでいる所も嫌いじゃないけれど やっぱりここが私の知っているところだな、と思った。 でも、今住んでいるところで頑張る。できる限り。 9月はがっつり帰って遊びます。 それにしてもたった一晩入院していたことが病院の色んな人に知られており 今日は様々な人に労わりの言葉を掛けてもらうたびに 小さくなって消えてしまいたい程恥ずかしいです。 -
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