DEAD OR BASEBALL!

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Vol.204 果たし合いの矜持
2010年10月02日(土)

 先週9月25日、札幌ドームで行われた日本ハム×ソフトバンクの試合は、当代一と言っていい投手戦になった。日本ハム・ダルビッシュ有、ソフトバンク・杉内俊哉の投げ合いは、両者共に被安打5で完投、杉内が9、ダルビッシュが12の三振を奪い、ほぼ隙らしい隙を見せない圧巻の投げ合い。ワンプレーを飛び越えて1球にすら目を離せない張り詰めた緊張感を、観ている私に植え付けた。

 私が今年観たプロ野球の中で、ベストゲームと言っていい内容だったと思う。結果は1−0でソフトバンクの勝利。7回表に1アウトから死球で出塁した長谷川勇也を田上秀則がバントで送り、川崎宗則がショートの後ろにしぶとく落として破った均衡を、杉内が最後まで守り通した。

 日本ハムはダルビッシュの好投に報えなかったというより、あの投げ合いであれば先に1点を失った方が敗れる、という印象だった。それだけ投手に比重の高かった試合で、エース同士の最高の投げ合いであれば、完封された打線を責めることはできないように思えた。それだけ両投手の投球内容が素晴らしかった。

 1アウト1塁から送りバントを使って決勝点をもぎ取った作戦に象徴されるように、この試合はまるで一戦必勝の高校野球のようだった。犠打自体、この試合は7回に田上が決めたもの以外に、初回に先頭の川崎がショート内野安打で出塁した後に本多雄一が決めたものしかない。しかもソフトバンクは初回を除いて、結局9回までイニングの先頭打者が出塁できなかった。ランナー自体がまともに出られない、非常に重い試合展開の中、あの7回というタイミングで得点する確率が最も高かった作戦が1死からの送りバントだったというのも、展開を追えば頷ける話と言っていい。

 日本ハムは対照的に、2回・7回・9回に先頭打者を出塁させている。2回・7回は4番の小谷野栄一がヒットで出塁したが5番の糸井嘉男がランナーを動かすことができず、9回は森本稀哲がヒットで出塁し、小谷野の四球で広げたチャンスを、ここでも糸井がセカンドゴロ併殺打で潰してしまった。糸井がブレーキをかけてしまった格好になったが、この日の杉内の出来を見ればベンチが1点勝負の策を早くから徹底させていれば……と悔やまれる場面ではあった。

 ちなみに、9回に糸井を4-6-3の併殺網にかけた本多と川崎の二遊間コンビの守備は、実に見事だった。一分の無駄もないプレーで、打者走者として驚異的なスピードを誇る糸井をゲッツーに仕留めた守備力は、いまや日本一の二遊間守備だろう。「ゼニの取れるプレー」というのはこういうものを言うのだな、と改めて感服した。

 思うに、この見事な併殺を演出した要素には、この息詰まるようなギリギリの投手戦がもたらした緊張感も含まれているのではないだろうか。投手がテンポ良く隙のないピッチングをすれば野手の好プレーが生まれ、逆に投手のテンポが悪かったり追い込んだ後に簡単にヒットを許すようなダレたピッチングをすれば守備のリズムも悪くなる、とよく言われる。

 そんなひり付くような緊張感をもたらすような投手戦というのは、誰もができるものではないように思う。誰もがエースとして認め、パ・リーグであれば予告先発の発表で当日券の売り上げが伸びるような地位を築き上げた投手同士の対戦でなければ、例えこれだけの投手戦を演じたとしてもそこに“神々しさ”のような存在感は生まれないのではないだろうか。

 あの日の試合、マウンドに立つダルビッシュと杉内からは、エースとしての確かなオーラを感じた。この投げ合いには絶対に負けられないというオーラ。三振を奪ってマウンドで吠えるダルビッシュ、お立ち台で涙を流した杉内……その姿を見て、私の頭に浮かんだのは「矜持」の二文字だった。矜持と矜持のぶつかり合い……それは互いに認めるエースとエースがマウンド上でどちらが上かを競う“果たし合い”のように私には見えた。

 今、これだけの投げ合いができる投手は、セ・リーグでは見当たらない。今年本格化した広島の前田健太は、確かにエースの風格を纏いつつあるが、盤石の実績を積んだという印象はまだない。昨年1.54という驚異的な防御率を記録した中日のチェンは、今年ここまで13勝しているものの去年のような「調子のいい時はどうしようもない」という感覚は最後までなかった。エースの風格と実績という意味で言うと、全盛期の川上憲伸(元中日)や上原浩治(元巨人)、黒田博樹(元広島)辺りまで遡る必要があるのではないか。

 パ・リーグには、杉内、ダルビッシュの他に、田中将大、岩隈久志(共に楽天)、涌井秀章(西武)、和田毅(ソフトバンク)らの名前を挙げることに異論は少ないだろう。成瀬善久(ロッテ)、岸孝之(西武)も候補に挙がるだろう。

 主観が入り混じっているという反論があるのは承知している。なので、少し古い話になるが、昨年行われた第2回ワールドベースボールクラシック(WBC)の日本代表に選ばれた選手と当時の所属を振り返ってみる。

ダルビッシュ有(日本ハム)
馬原孝浩(ソフトバンク)
田中将大(楽天)
涌井秀章(西武)
松坂大輔(レッドソックス)
岩田稔(阪神)
岩隈久志(楽天)
藤川球児(阪神)
内海哲也(巨人)
小松聖(オリックス)
渡辺俊介(ロッテ)
山口哲也(巨人)
杉内俊哉(ソフトバンク)

 先発・第二先発はパ・リーグ、リリーフはセ・リーグの選手に主眼が置かれていることがわかると思う。先発ローテーションの3人はダルビッシュ、松坂、岩隈の3人で組み、第二先発からバトンを受けるリリーフは馬原、藤川、山口で切り盛りする構成。馬原ただ1人、パ・リーグのリリーフ専門として選出されていたが、クローザーは藤川が予定されていた。

 第1回WBCの時にも、この色合いはあった。こちらの代表投手も下に挙げてみよう。こちらも所属名は大会当時のものを記載する。

清水直行(ロッテ)
藤田宗一(ロッテ)
黒田博樹(広島)※途中離脱
久保田智之(阪神)
松坂大輔(西武)
上原浩治(巨人)
薮田安彦(ロッテ)
和田毅(ソフトバンク)
藤川球児(阪神)
渡辺俊介(ロッテ)
大塚晶則(レンジャーズ)
小林宏之(ロッテ)
杉内俊哉(ソフトバンク)
石井弘寿(ヤクルト)※途中離脱
馬原孝浩(ソフトバンク)

 ロッテが日本一になった翌年で、先発にもリリーバーにもロッテの選手が多く選出されていた。「パ・リーグ=先発、セ・リーグ=リリーフ」という程の極端さは第2回大会ほどではない。先発の3本柱は松坂、上原、渡辺の3人だったが、黒田は途中離脱したものの先発候補に挙げられていた実力者だし、藤田と薮田は重要なワンポイント要員として難しいリリーフの役割をこなした。ただし、クローザーは大塚で固定であったが、石井が東京ラウンドで離脱していなかったら、大塚に繋ぐリリーフの軸は石井と藤川が努めていた筈である。

 よく言われるのがセ・リーグとパ・リーグにおけるDH制の違いだろう。周知の通り、日本ではセ・リーグにはDH制がなく、パ・リーグにはDH制がある。言い方を変えれば、セ・リーグでは投手に打順が回ってくる。攻撃の重要な局面では、試合を作っていても代打を送られて投手交代になるケースが多々ある。それが、セ・リーグがリリーフ重視の野球に変わり、パ・リーグでは先発完投型の投手が育ちやすいという下地になっているというものだ。

 セ・リーグの野球を観戦していると、打席に入る投手の中で、どうにも打つ気が見られない選手が時々いて、疑問に思うことがある。というより、単純にもったいないなぁと残念に思うことがある。投手だから打たなくていい、打てなくて仕方ないというのは、道理ではない。投手が打って打点を稼げば、その分だけ自分自身を楽にすることができる。

 元々投手というのは、最も野球がうまい選手が努めるポジションの一つで、高校野球を見ていても「投手で4番」というのは珍しいものではない。プロで投手をこなす選手なら、打者としての才能もあって不思議でも何でもないのではないだろうか。投手による唯一の3打席連続本塁打を放ったことがある堀内恒夫(元巨人)は、通算21本塁打の強打者だった。昨年投手でありながら4本塁打、5二塁打を放ったカルロス・ザンブラーノ(カブス)は、通算3度のシルバースラッガー賞を受賞している。

 通算セーブ数のトップ3を見ると、1位が高津臣吾(元ヤクルト)で286、2位が岩瀬仁紀(中日)で276、3位が佐々木主浩(元横浜)で252と、セ・リーグの選手がズラリ並んでいる。パ・リーグで主に活躍し、歴代セーブ数のトップ10に入るのは、4位小林雅英(元ロッテ、現巨人)の228、8位豊田清(元西武、現巨人)の157だけである。5位江夏豊(元阪神等)は193で5位に入っているが、そのうち69を阪神と広島で記録した点、そして時代背景もここに挙げた選手たちの時代と単純比較できない点から、一旦参考から外すべきであろう。

 今シーズンに限って言うならば、10月2日現在、セ・リーグで200以上のイニングに登板しているのは、208回2/3の前田健太のみである。パ・リーグを見ると、金子千尋204回1/3、成瀬善久203回2/3、ダルビッシュ有202回、岩隈久志201回と4人がいる。

 善し悪しの問題ではなく、セ・リーグとパ・リーグでは、投手についての捉え方や起用の仕方に、若干の差異があるのは間違いなさそうだということである。リリーフ投手の価値を認めない訳ではなく、軽視しているのでもない。完投を許さないチーム事情や試合展開に、セ・リーグの投手はパ・リーグよりも多く晒されている。そのことが、先発投手としての大成具合に差を生み出す一つの要因ではあるだろう。

 リリーフ投手が重視されるようになったのは、ここ20年ぐらいの野球界の傾向だろう。分業制が徹底され、ブルペンの力量を厚くして覇権を握ったJFKの阪神やYFKのロッテによりその価値観は確立されたように思う。昨年・今年もソフトバンクのSBMが注目され、今年の優勝の原動力にも挙げられた。

 要因は一つだけではないだろう。ただ、名勝負と言われるような――ダルビッシュと杉内が見せた、ひり付くようなエース同士の矜持というもの――が少なくなってきたのも実感としてある。もちろん、こういう極上の果たし合いは、シチュエーション的にも1年に1回観られるかどうかというものでもあるだろう。

 日本の野球は、エースピッチャーにゲーム、そしてシーズンを任せてきた歴史がある。かつて大投手と呼ばれてきた投手の多くが、強烈な我と力量を持ってマウンドを守ってきた。ライバル同士で紡がれてきた数多の名勝負というのは、我と我の妥協なきぶつかり合いによる果たし合いと言えるものだった、と今は思う。

 単なる懐古趣味かもしれない。スマートに、そして合理的になった野球に、魅力がない訳ではない。日本の野球は世界一になった野球である。ただ――。

 ダルビッシュと杉内の果たし合いに夢中になりながら、時々はこんな強烈な果たし合いを観たいと思った。エースの矜持を引っ提げた剣豪同士の、愚直なまでにギラリと光る刃による一騎打ち……それもまた、サムライジャパンの誇りでもあると思うのだ。



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