月の輪通信 日々の想い
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2005年04月12日(火) 巾着耳と赤レンジャー

久しぶりの雨降り。
アプコ、今日初めて傘をさしてのランドセル登校。
国語と図画工作の教科書を持って行くのも初めてだ。
ランドセルに赤い傘がへばりついたような格好で、やっとの事でゲンの早足にくっついていく姿がなんとも頼りなげで可笑しい。
今日もアプコには「初めての・・・」がいっぱいだなぁ。
「行ってきます」が照れくさくて、「じゃね、バイバイ」と手を振るアプコを見送って、母にはひとつも「初めての・・・」がないいつもの家事が始まる。

先日、台布巾をきゅっと絞っていて思い出したこと。
私自身の小学校入学の時、初対面の教室でぴかぴかの一年生を前に担任のT先生は面白いお話をなさった。
「あのね、人間の耳には二つの種類があるのよ。
一つはね、人のお話をしっかり聞いてぎゅっと捕まえておく事の出来る『巾着耳』さん。
そしてもう一つは、人のお話を聞いても、すぐに忘れてしまう『ザル耳』さん。
皆さんは先生やお父さんお母さんのお話をちゃんと聞いて、頭の中にしまっておける『巾着耳』さんになりましょうね。」
当時の私は「巾着」という言葉をまだ知らなくて、紐できゅっと口を縛る布袋と海にいるイソギンチャクのイメージを重ねて、なんだか可笑しくて仕方がなかったのを思い出す。
大人になった今、小学一年生の入学式の思い出といえば「巾着耳」のお話ばかり。他にもきっとたくさんのためになるお話や大事な教訓をたくさん教えていただいたはずなのに、他は皆忘れてしまっている所を見ると、小学一年生の私はT先生のおっしゃる通り立派な「ザル耳」さんだったのだろう。
一年生の女の子の理解力や好奇心というのは、たいがいそんなものなのだ。

で、台布巾の話。
T先生は入学してまだ日の浅い一年生に、お掃除の箒や雑巾の使い方を丁寧に教えてくださった。
「箒は穂先のとがったほうを前に、とがってないほうを手前にして持つんですよ。部屋の隅っこはとがったほうで丁寧に掃きだして、広い所は穂全体を使って広く掃くんですよ。」
「机を拭くのは掃き掃除が終わったあとにしましょうね。先に拭くと掃き掃除の埃でまた汚れてしまいますよ」
家ではお母さんが適当にやっていると思っていた掃き掃除、拭き掃除にもちゃんとしたやり方や理屈に合った手順というものがあるのだなぁと子どもながらに妙に感心してお話を聞いていた記憶がある。
T先生は実際に教壇の上にブリキのバケツを置いて、真新しい雑巾を几帳面にキリキリ絞ってお手本を見せてくださった。
「雑巾はね、最初に4つにたたんでぎゅっと絞りましょう。絞った雑巾はたたんだままで机を拭くんですよ。そうして雑巾が汚れてきたら、今度はたたみ直して汚れていない綺麗な面で拭きましょう。こうすると一枚の雑巾が何度も綺麗に使えるでしょう?」
パタパタと雑巾を畳み替えて順々にクラスの子達の机を拭いて行かれるT先生の手が魔法のように手際よく見えた。
その印象がとても強かったのだろう。
大人になった今、家事全般お恥ずかしいほど手抜きでずぼらな私だけれど、雑巾や布巾を絞るときには必ず濡らす前にパタパタと雑巾を畳む。
二つ折の雑巾を手のひら全体で押さえて拭く。汚れたら裏返して綺麗な面で再び拭く。裏表使ったら、四つ折にして残った綺麗なところで拭く。
T先生が一年生の子どもに教えてくださった几帳面な雑巾掛けの作法が、40過ぎのおばさんの惰性に任せたいい加減な家事の中にも根強く残っていることの不思議。
小学一年生の女の子の記憶や吸収力もあながち馬鹿にしたものでもない。

お昼前、下校時間を見計らってアプコを迎えに出る。
今日は上級生との集団下校ではなく、初めて一年生だけでの下校になる。
帰り道が同じ方向の子ども達を集めて、何人かの先生方が途中までおくって出てきてくださる。
坂道の途中で待っていると、向こうから子供用の小さな3つの傘と長身の大人の傘が前になり後ろになりしながらずんずんこちらへ歩いてくる。
どうやら、アプコたちの班は校長先生じきじきのお見送りらしい。
「あらあら、お世話になってます。ここの班はVIP待遇ですね。」とご挨拶すると校長先生も笑っておられた。

「校長先生、入学式の時は赤レンジャーだったけど、今日は白レンジャーやね。」
恥ずかしくて「さよなら」も声に出していえなかったくせに、母と二人になると俄然元気になって学校であったことを機関銃のように喋りだすアプコ。
入学式のとき、演壇の上で礼服から赤いジャージに着替えて「校長先生は子ども達を守る地球防衛隊だよ。」とお話になった校長先生のことをアプコはひそかに赤レンジャーと呼んでいる。その赤レンジャーが今日は白い雨合羽で送ってきてくださったのが面白かったのだろう。
「今日はね、粘土やってるときに、校長先生が教室のドアが固くて締まりにくいのを見に来てくれたよ。」
と熱心に語る。
知らない先生、知らない友達がいっぱいの小学校で、入学式の時に強烈な印象を残した赤レンジャー=校長先生の存在が結構大きな位置を占めているのだなということに驚く。
いつもどこからかふらりとやってきて、自分達を守ってくれそうな大人がいる。
そんなたわいもない空想で新入学の不安を晴らしていただけるアプコは幸せだ。
私にとっての新入学の思い出は「巾着耳」のお話。
もしかしたらアプコにとってのそれは、校長先生の赤レンジャーになるのかもしれない。

「おかあさん、今日はくたびれたから寝るわ。」
お昼ご飯を食べたアプコが珍しくお布団を引っ張り出してごろごろしていたかと思うと本当にうとうとと寝てしまった。
お昼寝なんて本当に久しぶり。
朝からの「初めて」続きできっと心も体もくたびれるのだろう。
たくさんの「初めて」をいっぱい吸収して一日一日小学生らしくなっていくアプコ。
明日もガンバレ。


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