プトレマイオスのフィク、好評で嬉しいです。やはり感動した、泣いた、と言われると、書き手としては一番です。この話は最後の方なんかは、私も書いていて胸が痛かったです(恥)。ヘパイスティオンが死ぬシーンで、妻や愛人たちすら、務めを果たすことが出来ない、二人の男の愛のその残酷さ、激しさ。実際こうだったかもしれないと本気で思いました。アレクサンドロスは妻なんかには触れさせなかったかもしれませんね。結局この話はアレクサンドロスとヘパイスティオンの愛の話といっても過言ではないのですが、プトレマイオスの恋に胸打たれた、と言われるのは嬉しいです。ここは自分のオリジナルの部分なので。中でも嬉しかった感想は、アレクサンドロスに「美しい」と先に言われるシーンがよかった、というものと、婚礼の夜のプトレマイオスの、寝室での台詞が素晴らしかった、というこの「素晴らしい」という表現に私こそすばらしく感動しました(笑)。 素晴らしいって言われるのって嬉しいですよね〜。そうです、私はフィクなり絵なり、漫画なりを書いている時、常に目指しているのは、「素晴らしいもの」です。自分が読む話や、見る絵、映画も、求めているのは「素晴らしいもの」です。これの内訳は、カッコいいとかカワイイとか、泣ける、面白い、怖い、萌える、色んなものが少しずつ詰まってるんでしょうが、総じて「素晴らしい」と思えるものを目指しています。このサイトだってそうです。何よりも「素晴らしい」ものにしたいと思って常々更新しているんだなあ。そういう意味では、私は規模は大きくなくては満足できません。ミニマムで素晴らしいものがあれば、それはそれこそ素晴らしい(笑)! 昔、ものを褒めるのによく「素晴らしい」って言うよね、それ口癖だよね、って言われたことがあります。何かを評する時に、「かっこいい」「面白い」「哀しい」では全然良さが伝わっていないどころか、そこには少しずつ嘘も込められている気がして、とにかく素晴らしいと言ってしまいます。 指輪もM&Cもアレキサンダーも私にとってはそういう存在です。コリン・ファレルは私にとって「素晴らしい」人です。だから好きなのです。ええもう彼を形容するのに「かわいい」や「かっこいい」はいらない。彼は「素晴らしい」!! ヴィゴも「素晴らしい」といえる人です。アレクサンドロスはもちろん「素晴らしい!」 「素晴らしい」には、何かこう、ハッとさせられる、stunning、という感覚もあります。絵や写真、小説の中のたった一行の描写や俳句だとか詩といったものを、褒める時には何ということはなく、ただただ「素晴らしい」と表現したいことが多いのですが、まさしくそれです。芸術の領域なのかもしれません。歴史的な出来事や故事に対して抱く感銘に対しても、ただ「素晴らしい」と思うことが多いですね。 今日はNHKのシルクロード第二部を見て、素晴らしいと思った。そして、マッツ・見蹴る線/ジャレッドと、ヴァル/ジャレッドのフィクを発見して、素晴らしい、と思った(死)。「ブラック・ダリア」の映画化をブライアン・デ・パルマが手がけるとは聞いていたけど、実はフィンチャーもスクリプトに着手していたと聞いて、素晴らしくも実現ならず残念だ、と思った。さあ、明日はどんな素晴らしいことが待ち構えているのか! まだ見てないコリンDVDを見たら間違いなく素晴らしい一日になる。 フィクに戻ると(笑)、 自分で気に入っているシーンはプトレマイオスが、少年ヘパイスティオンの眸に希望を見出すシーンです。それと、やはりヘパが死ぬシーンと、ラストです。ヘパイスティオンが死ぬシーンを、改めてこうして書くのは度胸がいるというか、唐突すぎて重たすぎる印象を与えかねないので、途中までどうすべきか迷っていました。これはつまり、指輪物語ならば、フロドが旅立つシーンを原作になぞらえて自分で書き直すという行為で、 なかなか勇気がいることです。でもインドまで書いた時に、「この話には入れても大丈夫だ」と思いました。ここまでよく書いたから、釣り合いが取れるものになるだろう、と。そんな風に思える話は滅多にありません。
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