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2004年05月23日(日) 相変わらず、ギリシア

今日はアレクサンドロス本に見出した素晴らしい一説を最初にご紹介!

アレクサンドロスの死後だいぶたってから、
犬儒学(キュニコス)派の哲学者たちが次のように言った。
「アレクサンドロスはたった一度だけだが負けたことがある。
彼は負けた、へファエスティオンの腿に」


なんつーー萌えかっ。実際は勿論アレクサンドロスはいくつかの
戦闘で敗北していますが、しかし二人の関係を言い当てている。

「裸の王様」あらため、「牧場から逃げた馬」が好評で嬉しいです。
私としても、狼以来、はじめて書き上げられそうな(笑)様相を呈して
いるので、うほうほ。狼を終えてから、実はひとつの話も(ウェブ上では)
完結させていないんですよね。プロットを立ててるので、また着手すれば
書き終えることは出来ると思いますが、馬を終えたら、檻をアップして、
イタリア旅行へ行こうと思います。
いや〜イタリアなんて歴史的に男萌が思いつかないし、面倒臭い
な〜
とかほざいてたくせに、今日はサンダルとおぼうしとパンツを
買ってきゃっきゃして備えてますよ。駄目だなこの女。しかも財布まで
買ってやがります。このサンダルが、ギリシアっぽくてv

話が脱線しましたが、馬は楽しくここまで書けました。駆け足だったので
辛い思いもしましたが、当初考えてたよりはまとまりのいい話になった
ような気がします。書き出す前、「あれもこれも入れないほうがいい」
と思ってたのに、結局セオドレドとエオメルとか、エオウィンと
ファラミアとか、馬とか少年まで入れてしまっておたおたしました。
この下は、ネタバレになりますので話をお読みになってから。


結局やりたかったのは、「裸馬に跨る裸の馬の王」でした。それも、
裸なんてお笑いだぜ〜という状況に本人は淡々と耐え、気がつくと
神々しく君臨してたという馬メルを書きたいと思うとりました。
今回、いつもよりファラミアは、より人間的だったかもしれません。
エオメルと喧嘩もするし、恐がるし、恥ずかしい過去を思わず吐露
してしまったりと、ファラミアらしからぬファラミアでした。
レイプをされるとわかって、その通りされ、そのことを友人に
知られる、という男としてはなんとも不面目な状況に陥った時、
彼のような男がどう出るか、ということを、自分で生み出した局面
ごとにいちいち考えるのは、とても楽しかったです。
彼だけでなく戦場の男たちは皆タフでなければならないので、
侮辱を受けることそのものより、そのことで「傷つく自分」という
ものと対面することの方が、より厄介なんではないかと思います。
「まあ、このくらいのことはたいしたことじゃない、〜〜と比べたら」
とタフになる、タフを気取る、というのは、私が自分の好きなキャラ
に一貫して求めてしまうことです。本当は堪えてるんですけどね。
でもある意味では、これは私が陥りやすいパターンでもあるんです
よね。話を書くとき、パターンの打破というのは必要なことですよね。
「もういつもこの言い回し使ってる!」「場面転換の時、“その時”って
入れるのやめよう!」「珍子の描写、いつも同じだよ! もっと
個性のある珍子を書け!」


ところでだ、アレクサンドロスの本を読んでたらいくつか面白い
ことが出てきました。アレクサンドロス本を通して知るイリアス、
ホメロスの話は非常に面白くて知らなかったことがいっぱいです。
これは原詩に書かれてたのでしょうか。パトロクロスはアキレウスより
年上だったそうですよ。そしてこの歴史家は、ヘパイスティオンは
アレクサンドロスより二歳以上年上で、父親代わりに愛情を注いで
いたんではないか、と書いてます。やっぱ大王受っぽいなあ。
とはいえ私はリバにしますが。

こんなことも書かれてました。
「最初の家庭教師であったリュシマコスが終生アレクサンドロスの
愛顧を得ていた理由のひとつは、彼が自分の生徒にアキレウスという
ニックネームをつけたからではないだろうか。アレクサンドロスが
愛したヘファイスティオンは、同時代の人たちからパトロクロスに
比されていた」
アレクサンドロスは腸イリアスオタクで、アリストテレスに
自分用(やや都合いい縮小版)イリアスを編纂させ、
それを遠征地でも、短剣と一緒に枕元においてたらしく、
しかも時々小箱を抱えてると思ったら、中にはイリアスが入ってたそうですよ。
前の日記で、大王がアキレスごっこをしてハァハァしてたと書き
ましたが、子どものころアキレウスの愛称で呼ばれてたとは。
喧嘩するとヘファイスティオンは「あきれうすv」
なんて呼んで機嫌を取ってたんではないか。そんな単純か、大王。

そうそう、マケドニアは当時男色がものすごかったらしーですよ。
アテネからきた使節団は、そのあまりっぷりに報告書に書き残してる
ほど。ギリシアは節度さえあれば普通にホモってたという時代ですが、
マケドニアの男たちはすごかったようだ。このマケドニアというのは
説明をするとややこしいけれど、ローハンを思い描けばちょうどいい
かも。実は、このギリシアの歴史とマケドニアの風土について読んだ
ことが、しっかりと「野に放たれた馬」に反映されてます。

アレクサンドロスの父フィリッポス二世は好色で有名ですが、現在
読んでる本では、彼はマケドニアの男らしくがんがん男も
食い荒らしていたことが書かれてます。まず萌えるのが、
マケドニアの西にエペイロスという小国(当時、ギリシアは都市国家の
集まり。トロイもそれらからなる連合軍でしたよね)があり、この国は
当時ひじょうに強かったマケドニアの属国のような存在でしたが、
ここの王子は長いことフィリッポス二世の人質となって宮廷に住んでて、
このときフィリッポスの情夫だったそうです。も、萌えだ…
人質といえど、軽い軟禁状態でしょう。自分に逆らえない国の
王を情夫にするなんて。この男は、フィリッポスの後援を受けて
無事王になります。

それからもう一つすごい話があり、フィリッポス二世はアレクサンダーが
19才の時に暗殺されるんですが、これを殺したパウサニアスという
男、フィリッポスの愛人だったそうです。これには諸説ありますが、
パウサニアスは美貌の兵士で、もう一人の部下アッタロスと、
王の寵を競っていたそうです。アッタロスの方は凡庸な見かけの男だった
ので、彼はパウサニアスのことを「女のような容姿で王を誑かしている」と
罵ったそうです。実際のパウサニアスは、身を挺して王を守ったこと
もある勇敢な兵士でもありました。
こうして犬猿の仲だったアッタロスとパウサニアスですが、ある晩
アッタロスはパウサニアスに酒を飲ませてべろんべろんに酔わせ、
右も左もわからなくしたところで、狩猟小屋の男たちに渡し
「あとは好きにしろ」と冷酷に命じたそうです。
パウサニアスは男たちに陵辱され、我を取り戻して大激怒。
ただちにアッタロスを罰するよう王に嘆願しますが、王にとっては
アッタロスは大事な部下(アッタロスの娘を、王は妻に迎えた)なので
無視。これに怒ったパウサニアスが、王を暗殺した、というのは、
暗殺を調査した報告者たちの言い分であったようです。

これは実際は陰謀で、本当は妻オリュンピアスの謀略だったという
のが定説ですが、こういう背景は事実あったようです。かのアリストテレスなども、
「アッタロスがパウサニアスをレイプしたのが元凶」といい加減な
ことを言ってるみたいです。

またまた話は飛びますが、かねてから私が一人でハァハァしている
妄想があります。ヘファイスティオンはマケドニアの氏族の息子
なのですが、彼のような身分の少年は、フィリッポス二世の近習として
宮廷に仕えていたそうです。実質、彼らは人質だったのですが(その
説明をするにはもう疲れすぎた)、良いご身分だったようで、王と
一緒に食事をしたり、馬を駆ったりという小姓役を務めたそうです。
彼らを鞭打てるのは王だけ。彼らは14歳から数年、ミエザで、
王子アレクサンドロスと共にアリストテレスの教えを受けました。
ここで、アレクサンドロスはヘファエスティオンと運命の出会いを
果たすのですが、私は当然、アレクサンドロスとヘファエスティオンの
同い年説を信じます。対等の友人だったと。ヘファエスティオンも
親元を離れて人質のご身分、二人とも孤独だったはず。
ここで、思わぬことにフィリッポス王が参戦してくれたのが
おいしい。彼が美形で自分に逆らえない男に目がないことはわかった。
父と息子は恋のライバル、なんてことだとハァハァどころかゼェゼェ。
むしろ父王は、生意気で恐れを知らない王子の生命線として
ヘファエスティオンを握ってたりしたらもー。

トロイの荒唐無稽fic、本気で日記で募集しようかな。





コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)




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