- Daily *萌* -
DiaryINDEX|past|will


2004年05月19日(水) 映画トロイのはなし

最近は、自分がなにか得体の知れない液体を分泌してしまう
のでは、と心配になるほど、色々なことに幅広く深く萌えて
しまっています。中でも、一人でも妄想してるアレクサンドロス大王
ですが、ひえ〜すげ〜愛してる、大王(&ヘパイスティオン)、と
自分の愛の深さに驚いてます。オトコ萌えというより、彼に関しては
彼を知れば知るほど、自分との共通点や尊敬する一面を見出したりして、
人間としての共鳴を感じます。彼はインド付近まで征服した古代の
覇者なので、そんな人と自分を比較するなんて馬鹿げたことですが、
偉大なのに自分と共通する苦悩や癖や人間性を抱えていた、と知る
ことで慰められてもいます。人間、どんなに偉大になっても根本的
なことは変わらないんだ、と思ったりします。

↓トロイのネタバレがあります。

ホメロスのことですが、イリアスは読み返したり色々な話をきたり
して、やっとその素晴らしさに愕然としたりしてます。凄すぎる!
アキレスになりたいな〜男総嘗め。女も総嘗め。
映画のプリーセウすは、荒唐無稽でしたが、役者も含めとても
かわいい女でした。

前々回、前回と自分の日記を読み返してみて、一気に
書いたので要領を得てない箇所が多いので、改めて気が付いたことと
一緒にまとめ直します。そんなすごい感銘を受けたとか影響を受けた
とかいうのでないんだから、熱く語ることもないんだけど、ギリシア
萌えに乗じて。

ひとつ気が付いたことは、映画版ファラミアでも論じられたロジックが、
ここでも災いしている、ということでした。TTTで、指輪を
奪おうとするファラミアのラインに批判が出た時、監督や脚本家は、
「指輪は絶対の(誘惑の力を持つ)存在として位置づけられているので、
それを途中から登場したファラミアに、意図も簡単に拒絶させるわけ
にはいかなかった」と弁明しました。

トロイにも同じようなことがいえますよね。
個人的には前に書いたように、パトロクロスを
魅力的に描くことで、アキレスはずっと活きたと思いますが、
原作でも扱いの大きいパトロクロスが、映画で小さな役割しか与え
られなかったのは、「パトロクロスを原作通り、敵を蹴散らす
強さを備えた素敵な戦士として描いたら、せっかく作り上げた
アキレスvsヘクトール、最強の男二人の戦い、という図式が霞んで
しまう」ということを、監督は恐れたのかもしれない。
原作イリアスでも、「パトロクロスは強かった。しかし、彼の友
アキレスは、彼よりずっと強かった」ということを何度も強調して
います。

前々回に書いたことが要領を得ていない、と感じたのは、
私が大王萌えも相俟って、「ホモ萌え」と「原作との比較」に
力を入れすぎてのらりくらり書いてしまったので、主張が曖昧に
なってることに気が付いたからでした。このことで、誰かに反論を
いただいたわけでもなんでもないのですが、少し考えて頭を整理
することができたので、もう一度。
アキレスとパトロクロスのラインをもっとしっかり描くべきだった、
というのは、私が腐女子のホモ好きだから、ということではなく、
また原作に忠実であるべきだ、という主張を持っているから
でもありません。単にシナリオへのこだわりが強いからです。
もっといえば、人がどんな心理的背景を得て行動に出るか、
どんなものに感動するか、どんなことで愛情を抱くのか、といった
ことに対する飽くなき探究心(笑)ゆえです。
物語を書くというのは、突きつめていくと、こうしたことへの関心が
強いからに他ならないのではないでしょうか。

もう一度考え直してみると、アキレスはもっと悪役でよかったの
かもしれないですね。単純な善悪で線引きはできないけれど、彼の
映画においてのプリセウスへのどっちつかずな態度が、アキレスという
人物を曖昧なものにしてしまったんですよね。原作では、彼は
プリセウスの略奪者であって、その女を奪われたことで怒り、
闘いを拒絶する。これが大前提にある物語が、現代的フェミニズム
(これは大いに良いことではあるが)に敵わないということで
作り変えられ、逆に女を守る立場になる。
単純な見方をすると、彼がパトロクロスを殺されて立ち上がる
シーンは、(女を奪われたという)つまらない利己的な理由で
仲間を見殺しにするアキレスの、「汚名返上」「名誉挽回」の
シーンであるべきなのに、最初から「汚名」も「挽回すべき名誉」
も与えられなかったことで、ヘクトールとの闘いのシーンが、
むしろ中途半端な「面目躍如」のシーンになってしまった気がします。

漠然とした苛立ちを換気するヒーロー像に陥ってしまうなら、
最初から「利己的で傲慢な男」として容赦なく描き、後に深く後悔し、
名誉挽回の末に命を落とす男として描く方がよかった
気がします。人は間違いを悔い改める人間には寛大なものですから。
また、これであれば、正反対の理想人間ヘクトールとの対照も
強烈だったんじゃないかな。

と、いってまた出てくるのはパトロクロスです。こんな状況↑
になると、オデュッセウスさえいなければ、単純に考えても
人はアカイア(ギリシア)側よりトロイア側を応援してしまいます。
アカイア側はまったくクソみたいな連中で、トロイア側は
王様もいい人だし王子たちはハンサムだし、愛情溢れる家庭もある。
ショーンにはむしろパトロクロスを演じて欲しかったな。
最強だけど傲慢なアキレスが誰よりも心を許す相手。彼と一緒に
いるときだけは、アキレスの人間的な優しさや愛情深さが垣間見れます。
パトロクロスは人徳があり、彼らのせいで死んでゆく仲間のために
心を痛めます。観客の共感や愛情が一方的に、善良な印象が強い
トロイア側に傾くのを防ぎ、均衡を保つための重責を一身に担います。
そんなパトロクロスが殺され、アキレスが完全にきれます。この時
始めて、観客はアキレスと気持ちをひとつにするわけです。ボロミアの
死に立ち上がるアラゴルンみたいなもんです。
憤怒に駆られるアキレスの嘆きや、ヘクトールの屍を引きずり回す
アキレスの姿を、観客はむしろ憐れに思うわけです。この気持ちは、
ヘクトールを殺された老王やパリス、妻や子を憐れに思う気持ちと
同質のものです。だから誰を責める気にもなれず、
老王が真夜中にアキレスを尋ねて来た時、ホメロスが「イリアス」に
込めた人間の哀しみ、怨敵との宥和というテーマに繋がる、なんていうのが
理想的かもしれません。

ところで、アキレスがプリセウスを守る立場に立ったのは、原詩のまま
では悪役になってしまうからだ、と書きましたが、トロイの木馬のシーン
を入れることが決定した時点で、これは必要になっていたのかも
しれませんね。こうして完成された形で宥和へと事が運んでいけば
いくほど、木馬シーンは蛇足になってしまう。アキレスにとって、
プリセウスを連れ出すことが唯一の目的、としなければ、どうにも
話が進まないんですよね。他にこじつけるとすれば、兄弟愛が彼を
最後まで戦場に留まらせた、という感じかな。パトロクロス
の死後、同胞というものを省みるようになり、陣屋のオデュッセウスを
訪ねて現われ「最後まで仲間と運命を供にする」的なことを言わせるくらい
しかないですよね。でもこのシーンを入れてしまうと、
トロイの木馬シーンのサプライズが少し半減しちゃうのかも。
シナリオって難しいですね。

コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)




WEB拍手のレスはこちらから DiaryINDEX|back|new

RPSのきわどいのはマイピクに上げてます。気軽に申請してください。

変態の本性を晒しているアカ。slash ficレビューなども。Follow me now!

Not His Day (footballのID&PW制同人サイト)
RPS小説のページ。ID&パスがわからなくなったらこちらから再入室をどうぞ
ジン |MAIL |HomePage