| 2003年05月30日(金) |
不測事態 (SEED) |
不穏な空気が充満している。 殺気すらも見せる者が何名かいるのは、職業病とも言えるだろうか。 しかして、それだけでは彼らの様子を説明できないのも事実。 数十もの視線は悉く同じ対象に向けられている。 広くも狭くもない空間の中央に佇む小柄な人影。 最初こそ、その容姿に息を飲み惚けたものの、形良い唇からもたらされた事柄に全ては一変した。
「貴方達の作った枠で言うならば、私はナチュラルです」
ナチュラル。 我々【コーディネイター】を迫害し、支配下に置き続けてきた者達。 住み慣れた青い星を追い、宇宙に放り出しただけでは飽き足らず、我々が創り出す資源すらも奪っていく。
―――地球にある天然資源が枯渇状態にあることは知っている。 同じ【人間】という属に分類される者同士、供給する事は別に構わない。 そう、構わなかったのだ。 こちらが資源を提供する代わりに、あちらからは食料が供給される。 その取引は宇宙に出たばかりの自分達には確かに必要な事であったから。 だからどんなにこちらにとって不利な条件であろうと飲んできた。 多くの資源と引き換えのギリギリの食料しか貰えないとしても、我慢してきた。 けれどそれは既に過去の事であり、自分達は食料を自給自足するだけの技術も能力も有している。 だから。 『提供してもらっている』のではなく、互いに対等な立場での貿易をしたいと。 そう訴えてみても、地球からの要求は…言葉は同じ。
「今までと変わる事なく」
食料の自給は認めぬ、と。
―――そんな要求を呑まなければならない理由など、本当はどこにもなかった。 食料の獲得技術を得た今、不利な貿易を続ける意味も理由もなかったから。 蹴ってしまえば良いのだ。
「ならば食料は要らぬ。その代わり資源も渡せぬ。 他のモノに代用する必要もない」
「否」と答えても、文句を言われる筋合いなど存在しなかった。 それをしなかったのは、あくまでも対等でありたかったから。 自分達を。 コーディネイターという新しい種を認めてほしかったから。 ただそれだけの願いであったのに、彼らはそれを跳ね除けた。 しかも武器など一つも所有していない農業プラントを破壊するという暴挙でもって。
傲慢で身勝手な人種。 我々を創り出しておきながら、「お前達は間違った存在だ」と存在を否定する。 ならば我々は何だというのか。 今ここにこうして生きて生活している自分達は!?
与えられてきた理由なき暴力。 そして何万もの罪なき同胞を一瞬にして奪われて。 この怒りは憎しみは悲しみは。 ただひたすらにナチュラルに。 そして、目の前にいる人物もナチュラル。 敵として戦う者達の…仲間。
ここに揃っている面々は、皆自分を制御する術を持った軍人達ばかり。 であるにも関わらず、こうして動揺と憤りを瞳に表情にこめてしまうのは、彼らもまた軍人である前に人間でありコーディネイターであるという証だろう。
一方、件の人物を持ち帰った張本人を見遣れば、草木の緑を映し込んだ瞳の少年が困惑した表情を浮かべていた。
「どうするつもりだ? アスラン=ザラ?」
白い仮面をつけた青年が抑揚のない声で少年−アスランに問う。
「どうする、と言われましても………」
表情そのままの困惑した声音で、皆の注目が集められている中央に視線を走らせる。 艶やかな闇色の髪と瞳を持つ麗しき女性は、姿勢を崩す事なく黙って立っている。 普通ならば【コーディネイターの中のナチュラル】という図に何らかの感情を見せてもいいはずなのだが、彼女には全くそれがない。 突き刺さるような視線にすら怯む事なく、そこに在る。
実際のところ、連れてきてどうする、という事などあの時は考えていなかった。 ただ、あの場にいるのは危険だから連れて来たに過ぎない。 一瞬『戦艦に−保護という名目はあれど−民間人を乗せるのはどうだろう?』と自重を促す疑問が過ぎったは過ぎったが、人間としてあのままにしておく事はできなかった。 崩壊するコロニーに取り残すなど。 即ち【死】に繋がる行為など。
「………彼女はナチュラルとは言え、民間人です。 保護した以上、このままナチュラルの多いコロニーに送り届けるのが妥当かと思います」
暫し宙をさ迷わせ思考を纏めていたアスランが、この艦の実質的指揮者であるラウ=ル=クルーゼに視線を定め、告げる。 幾ら敵であるナチュラルとは言え、彼女はどう見ても非戦闘員。 保護した以上は責任を持ってどこかしらのコロニーに降ろすべきだろう。 自分達が−ナチュラルがしたような−無差別殺人をしているのではないと、しようとしているのではないと主張するのならば。
「確かに妥当な行為だな。だがアスラン、忘れてはいまい? 今は戦争中で、なおかつ我々が乗っているのは作戦遂行中の戦艦だぞ?」 「それは解かっています。ですが、だからこそ、このまま彼女を乗せ続けておく訳にはいかない事も事実かと」 「と言っているが。どうする、アデス」
アスランの言葉をそのまま利用して、クルーゼが更に隣に佇む男に尋ねる。 尋ねられた男は明らかにクルーゼよりも年配であり、この艦−ヴェサリウスと言うのだが−の艦長をしているが、答える言葉遣いは上官に対するそれに近かった。
「アスラン=ザラの言っている事は至極最もな意見だと思います。 それに、彼女にとっても我々にとってもその方が良いでしょう」
鈍く光る仮面を見つめながら、瞳に浮かんでいた負の感情を消し去る。 実際問題−ナチュラルとかコーディネイターとか関係なく−民間人を軍事機密も甚だしい艦に乗せておく事はできなかった。 何が目に触れ耳に入るか解からない。 また、彼女の口から外部に漏れないという保証もない。 特に戦争をしている今、それは更に重大な問題となる。 一つの情報・作戦の漏洩が即ち敗北へと繋がらないとは限らないからだ。 そんな危険を冒してまで彼女を留めおくよりは、一刻も早く最寄のコロニーに降ろした方が得策というもの。 そう、どちらにとっても。
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