てらさき雄介の日記
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2006年07月07日(金) 「公設民営。」!?ものは言いよう

昨日�狒衞聾胸垳�共交通整備促進協議会�瓩�開催された。会長をつとめる小川市長は、今日もご欠席だ。言いたくないが、いい加減にして欲しい。今日の議題は非常に重要だったはずだ。代理者で足りるわけはない。

さて今日のテーマは、小田急多摩線の延伸についてだ。これついては、市議時代から消極的な考えを持っていた。果たしてそんなことが可能かという疑念と、そもそも必要なのかという根本においてだ。

今日の報告では、小田急電鉄が「単独整備は不可能なので、行政が路線を敷き、鉄道会社(小田急)が運営する、‘公設民営’で行なうべき。」と意思を持っていることが、市行政から報告された。

‘公設民営’という言葉は、公共施設についてよく使われる。行政の責任において設置はするが、柔軟に運営するため、その後は民間に委託するというもの。市内では市民活動サポートセンターや、国際交流ラウンジなどで実績を上げている。

今回のようなケースでも、‘公設民営’を使うことを、今日初めて知った。初めて使ったのは、小田急かあるいは行政か、皮肉で言えばなかなかのレトリックだ。

さてこの小田急多摩線は、現在新百合ヶ丘〜唐木田まで路線がある。そこから先の延伸をするならば、地買収や工事については、税金により支出しなければ出来ないということだ。

現在の県・市・そして国の財政状況で、そんなことが可能なのか。答えは明らかだ。延伸については、近いうちに断念すべきだろう。検討しているだけでも、人件費を含め、お金がかかるのだ。

上でも書いたが、そもそも相模原駅に小田急が来たときに、どんな人が乗るのか、考えてみると意外と少ない。私の住まい上溝の辺りは、橋本から京王線で都内に出るし、南部は今までどおり町田から小田急だろう。

延伸と想定される相模原駅近隣でさえ、路線が新百合ヶ丘経由であることを鑑みると、橋本駅から京王線に乗る人が少なくないだろう。どちらにしろ、余り使いようがない。

少し冷静になれば、誰でもわかることだ。しかしこんなことが、何故長年大きくクローズアップされてきたのか。それは政治の責任だ。

市長をはじめ、多くの議員や候補者が、明日にも小田急が来るかのように「米軍基地を返還して、小田急延伸!小田急延伸!」と安易に発言してきた。

「橋本にリニアモーターカー」の論理矛盾(橋本に停車したら東京〜大阪は1時間では着かない)と同じで、最早この種のデマゴーグには、主権者も冷めているのではないか。

後世に残すべきものは、そんな類ではないのだ。この契機に、今一度頭を冷やすべきだ。


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