(ハワイ大学留学してたよ)be-ryoの触発日記
be-ryo

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■ 六本木の赤ひげ

朝日新聞の夕刊をとっている方は、ちょっと見て欲しい。
イヴの日の18面の右上にある記事だ。たくさんの子供の写真
の前に、白衣の外国人が写った写真が載っている記事だ。

全文を引用させていただく。

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12.24.2003 朝日新聞18面より


  六本木�◆.▲�ヒゲ魂

  血だらけの外国人男性が飛び込んできた。「ケンかで
 切られた」。一言告げると、あとは口をつぐむ。やがて
 治療が終わると、男は再び雑踏の中に消えた。
  様々な外国人が駆け込む診療所「インターナショナル・
 クリニック」。不法滞在、不良、一文無し。どんな事情
 があろうと、エフゲーニー・アクショーノフ医師(79)は
 追い返さない。
  イラン・イラク戦争時、両国の患者がここで鉢合わせした。
 緊張が走ったが、当の2人は笑顔。「ここでは人種も国籍も
 関係ない。実は私も無国籍です」。旧満州出身の老医師は
 言う。

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僕はハワイ大学に行く前にハシカの予防注射を受けるため、
このインターナショナル・クリニックを訪れた。


+++

8月のとてもとても暑い日、僕は六本木にいた。この街の賑
やかな通りを歩いていると、突然古めかしい門があらわれた。
英語で書かれた表札には「International Clinic」の文字がある。

門からみえる建物は、およそ六本木という場所とは不釣合いで、
まるで明治初期の洋風建築のような感じがした。

狭い鉄の門を開け、背の高さくらいの植木の間を通って玄関に
着く。ギギーと鳴る扉を開けると、中には古めかしい板が敷か
れた廊下がある。初めて見るような内装。まるで映画のセットの
ようだ。壁に掛けられた古い絵には、明治天皇の肖像が描かれ
ている。


 「すみません」


返事はない。


 「すみません」


再び僕は誰もいない廊下に向かって声を掛ける。



 「はーい」



出てきたのは意外にも、活発そうでキレイな看護婦さん。
26〜7歳にみえる。

 「大学のほうから言われてハシカの注射をしに来たものです
 けど。」

 「あぁ、はいはい、聞いてるよ。じゃあそこの部屋で待って
 てね。あっ、先生いま外にいるから。」

そう言われて通された部屋には、これまた今まで僕が見たこと
もないようなソファが置かれた、「品のいい」としか言いようの
ない部屋だった。ソファに座ってみると、想像以上に座り心地
がいい。なんなんだ、ここは。

部屋を見回すと、入り口と奥の2ヶ所に置かれた古く背の高い
書架に、古今東西いろいろな種類の書籍が詰められているのが
見えた。中にはロシア語のタイトルがついたものもあった。

壁には、インフルエンザに関する知識や人体の各部の名前など
が書かれた図があり、すべて英語で説明されていた。南側にある
窓には、外から入る暑い日差しを和らげるための薄いカーテンが
かかっていた。

15分くらい本を読んでいると、突然自分の名前を呼ばれた。
声のするほうへ向かうと、さっきの看護婦さんがいる。


「あっちね。先生いるから。」


指を差された部屋のドアを開けると、一面に写真の貼ってある
壁を背に、白衣を着たロシア人の医師がいた。かなり年をとって
いるように見えた。


(やばい、英語で話すのか。)


そう思った瞬間、その老医師は日本語で席を勧めてくれた。


 「どこにいくの?」

 「ハワイ大学です。アジア研究をしに。」

 「アジア研究か。あそこは有名な先生がいるからね。
 きっといい留学になりますよ。」

 「そうなんですか。ありがとうございます。」


注射を終えて、ハワイ大学に提出する書類にサインをして
もらった。


 「先生のサイン、すごく高いんだよ。」


意地悪そうに、看護婦さんが言う。


ふと気づくと、壁一面に貼られた写真はすべて子供の写真
だった。


 「この写真は?」


僕の質問に、彼はゆっくりと答えた。


 「あぁ、これですか。ここに来た子供たちの写真です。
 記念に撮ってあるんだ。もうずいぶん多くなったね。」


「インターナショナル」という名前が付いているだけあって、
そのほとんどは外国人の子供で埋め尽くされていた。


 「満州って知ってますか?僕は昭和の初めに満州から
 来たんだ。ずいぶんと前の話ですけどね。」

 「どうして日本に来られたんですか?」

 「妻が日本人なんだ。あと、日本で医者になりたかった
 から。」


 「ここはすごい建物ですね。初めてこんな建物を見ました。」

 「そうだろうね。この建物は明治時代に作られたんですよ。
 もうだいぶ痛んできてるけどね。前は診療所じゃなくて、
 フランス大使館だったんですよ。あまり言っちゃダメなん
 だけど、いまでもフランス大使が日本に来たときに訪れる
 んですよ。」


僕らがしばらく話をしたあと、部屋の入り口に奥さんが現れた。
まさにマダムだ。マダムという言葉はこんな人のことを言うんだ。
上品な色の白いスーツを来たその女性は、僕にあいさつをして
くれた。


 「ごめんね、今日はこのあと出かけるんだ。じゃあまたね。
 留学がんばって。」


握手を求められ、少し痛いくらい手を握られたあと、彼は奥さん
と一緒に外に出て行った。あとには僕と看護婦さんが残された。


 「変わった人でしょ。」


 「少し。」


代金を払うときに、彼女はかなりオマケしてくれた。


 「いいんですか?」


 「別にいいの。お金のための診療所じゃないから。」


突然、部屋にあった電話が鳴った。

 「もしもし。インターナショナル・クリニックです。
 Oh, hello, this is International Clinic. How can
 I help you?」

どうやら外国人の患者さんからの電話のようだ。電話口を
押さえながら、彼女は僕に帰りの挨拶をした。


 「ごめん、電話だ。じゃあまたね、なんかあったらまた
 来るんだよ。」



その古いつくりの建物を出たのは昼の3時半。

外はまだじっとりとした暑さがあり、僕はすぐに背中に汗を
かいた。


+++


解説はまた明日。


2003年12月24日(水)
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