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- 2003年01月20日(月) 生きる
闇は嫌い
闇は怖い
一人ぼっちの恐怖の穴に吸い込まれる
そんな闇に負けないように
昔の思いで話を書こうと思う
あの頃、私はまだ幼かった。
小学校四年生、入院生活の真っ只中だった。
白血病だった頃
24時間、手の甲の点滴はつながれたまま。
でも、あの頃は不思議と自然に寝付けた。
朝、看護婦さんが7時にカーテンを開けるまで
私は熟睡していた。朝がこないでほしいと思った。
今とまるっきり反対の考えだ。
辛い&不安でいっぱいの
入院生活の中で、なぜだか楽しかった思い出も一緒に残っているのは
きっと家族のおかげだったと思う。
二人の祖母は暖かいおかずと、可愛いぬいぐるみ
そして点滴でも着替えがいつでも出来るようにスナップのパジャマを作って貰くれた。
母親は三ヶ月学校を休んでつきっきりで私の面倒を見てくれた。
私が飽きないようにと
ビーズを買ってきてくれたり、手芸のぬいぐるみを一緒に作ったり
ご飯が食べられないときは、どうにかして私に食事をとらせようと
病院の冷めたご飯をおかゆにしてふりかけをかけてくれたり
自分は病院食を食べて、コンビニで喉を通りやすいヨーグルトや
おそばを買ってきてくれたり。。。
クリーンルームと呼ばれる部屋に入ったときは内緒ではとにえさをやったりした。
>本当はばい菌が入るからいけないのだけれど
父親とも一緒に過ごす時間が多くなった。
夜、病院に泊まり、朝病院から職場へと出勤していく。
祖母か、母親の交代のときだ。
一緒にパズルをして遊んだりもした。
柄がみな同じで苦労したっけ(w
私が治療中でぐったり横たわっているときはずっとそばについていてくれたし
何かしら喜ばせようと、絵を書いたり、採血のうまい人順に表を作って指名したり
・・・(これにはさすがに驚いた
「暇だなー。」って言ったら
「元気になった証拠。よかったよかった。」と喜んでくれた。
父が母と交代になると寂しくなり、母がこないと駄々をこねたり
本当にお世話のかけっぱなしだったと思う。
看護婦さんたちの笑顔にはやっぱり勇気付けられた。
「バクタ―」という直径2センチ?くらいありそうな薬があった。
気持ち悪くてを飲めなくて戻してしまっているのを
みて、もう一度と最後まで薬を飲む姿を見届けてくれた看護婦さん。
学生さんにも若い元気のパワーで勇気をもらった。
だから自分が「死ぬ」なんてこと一度も考えたことなかった。
私の日記帳に
「退院するのは少し寂しい」
と記されているページがある。
たくさんの人から、抱えきれないほどの愛情を受けて
私は育ってきたんだ。
だから絶対幸せになってやる。
自分を大事にしたいと思う。
薄い薄いガラスケースにしまうようにそっと。