思い出に変わるまで
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昨日母の入院する病院に行ってきました。 実家でだいたいの様子は聞いていたのですが、病状は日に日に悪化。 土曜には言葉を発する事が出来たのに昨日は既に言葉が出ない状態でした。 左手だけの麻痺も左半身に広がったみたいで自分では歩けない為トイレに行けないのでおむつをはめていた。 ナースコールを押すけど言葉が発せれない為にゼスチャーで示すけど、力の無い右手だけのジェスチャーではなかなか理解できなくて。 意識がある分本人もきっともどかしいだろう。
月曜にMRIを撮り検査の結果では太い血管で二箇所の血栓が発見されたが直接的な言語障害と麻痺に関係しているとは可能性が低いらしく、今日首の検査をしたらしい。 その結果はまだなんだけど、どっちにしろ今進んでる麻痺がどこまで進行して止まるか。 止まった時点からリハビリを考慮していく。 命に別状はないけど後遺症がどれくらい残るか。 そこが問題みたい。
私の手のひらに文字を書いて何かを示したいんだけど最初の数文字は分かってもその後が続かない為に母の根気が続かない。 指で「1」「4」と示すけど何の意味だか分からない。 おなかをポンポンと叩くのでトイレかな?と思いおむつも交換したけど表情の変化がほとんど無いのが悲しかった。 唯一分かるのが笑った時、口から息が「プッ」と吹き出る。 表情の豊かな母から微笑みが無くなった姿に涙が溢れそうになった。 それでも動く右手で麻痺した左腕をマッサージしたり揉んだりして刺激を常に与えてる母。 自分でも出来る事で病気と闘っているんだ。 がんばれ! 頑張って! 一番もどかしくて悔しいのは母なんだから! 気分が落ち込まない様に励まして病院を後にした。
実家ではこれからどうやって母と意思疎通をするか。 視力が弱い母にも分かる様に色彩がハッキリとした言葉ボードを作って指し示してもらおうか。 ホワイトボードに書いてもらおうか。 色々案を出しあった。 バイクももうすぐ卒検なので取れ次第、母の看病のメンバーに入り食事の世話もしたいと思ってる。
実家を出て家に着いたら次々と心配事や悪い考えが浮かんで来て感情が不安定になった。 飲んで遅く帰ってきたさとしクンが母の様子を心配して聞いてきた途端涙があふれて止まらなかった。 表情豊かな母から表情が無くなり、言葉が発せなくなる程病状が進み、病状を考えるとあたりまえのおむつを充てた母の姿がショックだったのだ。 今以上に病状が進まないのを祈るばかりだけど 「長野に連れて行かなければ発病しなかったのかな」 ため息交じりにポツリと言ったさとしクンの言葉。 私が何度も何度も思った事だった。 だけど、喜んで楽しかったと旅行帰りに何度もお礼を言った母の姿を見ると連れて行った事を後悔したくは無かった。 でも、もし連れて行かなければ・・・ 何度も考えた。 さとしクンも同じだったんだ。
こんな事母に言えばきっと怒るだろう。 そんな事ないっ!って力を入れて言うだろう。
後ろを振り返るより今は母の病状が悪化しないように祈り、娘として母にしてあげられる事は全力をそそいでしてあげたいと思う。 さとしクンもそう言ってくれた。
幼い頃から腎臓を煩い。 ヘルニアを患い足腰を痛め。 糖尿でわずかながらの視力だけ残し。 神様、それでも人生が楽しいと笑顔で微笑んでた母をこれ以上苦しめないでください。 体を痛めつけないでください もっと色んな話を母としたいんです。 教わる事がたくさんあるんです。 言葉を奪わないでください。 お願いです。
もし・・もし私達の言葉を理解できなくなってしまったら・・。 最悪の事が頭に浮かぶ。 悪い事を考えると負のオーラが出るから考えちゃいけない! 母の病状が良くなったら 一家総出で旅行に行こう。
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