diary/column “mayuge の視点
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僕が見た「電車男」

 最近やけに、電車の中でケンカが多い。週に一度は目撃している気がする。実際、僕が通勤で使っている東急田園都市線では、かつてケンカが元で殺人事件が起きているのだ。車内で4人組の少年に注意をした銀行員の男性が、三軒茶屋駅のホームに引き摺り下ろされ、暴行を受けた挙句死亡。まったくふざけた話である。
 先日目撃したケースはこうだった。
 僕はいつものように「平和ポジション」をゲットしていた。車両の連結部付近、駅の乗り降りで煩わしい思いをしないで済む、あの場所だ。その背後で、きな臭い動きが起こった。
 若い男がしきりに舌打ちをしている。余計な争いに巻き込まれたくない僕は、駅に到着するタイミンングを見計らい、駅名を確認するフリをしてチラッと振り返った。すると二十代後半だろうか、背が低くて痩せ型の若造サラリーマンが、何だか不満気な顔をしてユラユラしている。見たところ、へなちょこ気味な男だ。僕は、少し安心した。「ケッ、このへなちょこ、うるせえよ」と、少し思った。もちろん口には少しも出していない。
 その後、へなちょこの舌打ちはエスカレート。どうやら、奴の隣りに立っている大男の肩が、時折触れているらしい。「その程度のことで周囲を嫌な気持ちにさせんなよ、このへなちょこ野郎」。やっぱり口には出さない。しかし、へなちょこのくせに大男にケンカを売るとは、もしやこいつ格闘技経験者か?
 舌打ちのボリュームアップとともに、車内に緊張が走る。二人の周囲が考えていることは(おそらく)ひとつ。
 「大男は、いつキレるのか」
 僕がまたチラッと振り返ると、隣りのオヤジも僕同様、チラ見中だった。やっぱり気になりますよねえ。
 電車は溝口駅のホームを前に減速。ここでへなちょこが下車態勢に入った。荒々しく網棚からカバンを降ろし、「あー、まったくよー」などと小声でつぶやく。あくまでも小声だ。扉が開くのに合わせ、へなちょこは猛然とダッシュ。そのとき、しっかりと大男にぶつかってから出て行った。
 「やり逃げかよ」。周囲はあっけにとられる。姑息な野郎め。すると大男、観客の期待を感じたのか、ハッと気がついたように奴を追った。他の乗客をかき分け叫ぶ。
 「降ろしてくれ。俺を、降ろしてくれ」
 悲痛だが、紳士的だった。大男の声は「モーゼの十戒現象」を呼び起こした。
 溝口駅のホームをドタドタと走っていく大男の足音が聞こえる。「ああぁぁぁ……」。へなちょこの悲鳴が続く。どうやらへなちょこは、ただのへなちょこだったようだ。「あぁぁ…やめろ…よ…ぉ…」。そして扉が閉まった。
 車内には、何とも嫌ーな空気が残される。一方で観客たちには不思議と、あるすがすがしい思いが共有されていたように感じた。
 「がんばれ、電車(大)男!」

2005年02月08日(火)

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